2005年 衆議院議員 選挙区 当選者 山形2区 |
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| 世襲議員 | 父は遠藤清海・市議会議長 | |||||||||||||||
| 就任1週間、何もせず 農水相、報道直後に辞任決意 2007年09月03日12時 就任会見からまる1週間。遠藤武彦農水相が3日午前、今度は辞任会見を開いた。発端となった補助金の不正受給について「事情はどうあれ、厳正、中立さを傷つけるものだ」と謝罪する一方、「横領、着服はない」と釈明した。成果を上げられないまま「忸怩(じくじ)たる思い」だけ残し、また1人、大臣が農水省を去った。 会見で釈明する遠藤農水相=3日午前10時35分、東京・霞が関で 「国民の皆様に政治に対する不信を感じさせたことに深くおわび申し上げます」。遠藤氏は3日午前10時10分に農水省で始まった記者会見の冒頭で頭を下げた。「思いやりの心をもって再チャレンジなされようとした安倍総理のご期待に応えられなかったことをおわびする」と述べた。 一方で、トップを務めていた置賜農業共済組合の不正請求によって国から交付された分の返還手続きがこの日午前9時に完了したことを明らかにし、「制度の仕組み上、横領、着服あるいは私したことは一切ありません」と釈明した。 返還が遅れたことについては、県の調査が今年5月だったことに触れ、「なぜ3年前にやってくれなかったのか。忸怩たる思いがある」。問題について安倍首相に説明していなかった理由に関しても「県の部長から『近々解決する』と。私はこれで解決していくものと思っていた」と悔しさをにじませた。 農水相就任は01年に大臣・副大臣コンビでBSE(牛海綿状脳症)騒動を乗り切った武部勤・自民党元幹事長が安倍首相に推薦した。遠藤氏は先月末の山崎派の会合で「農業は国のもと。全力を尽くして活性化に努力したい」と語っていた。 就任会見で「ここだけは来ない方がよかった」と農水相ポストに不満とも取れる発言に、事務所には苦情が殺到した。周辺は「山形・米沢の人らしく照れを表現しただけなのに」と漏らし、遠藤氏は会見で「誤解を招くような発言だったと深く深く反省をしています」と陳謝した。 今回の問題発覚後、遠藤氏側は、説明用の資料を準備するなど、事態の沈静化に期待を寄せていたという。しかし、辞任を決意したのは報道された当日の1日夜だったことを自ら会見で明かした。職員が深夜まで資料収集や情報の確認に走り回っている姿をみて、「こんなことをさせてはいけないと思った」。 農水省によると、首相らが兼任した例を除けば、在任8日は戦後、最短。大臣の交代時に、数百人の職員が花束を贈って見送るのが慣例だが、遠藤氏の強い意向で取りやめられた。遠藤氏はわずかな職員に見送られて農水省を後にした。 |
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