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小選挙区 山口4区 確定得票 |
| 順 |
氏 名 |
年齢 |
政党 新旧 |
得票数 |
割合 |
| 1 |
安倍 晋三 |
50 |
自民 前 |
当 137,701 |
73.62% |
| 2 |
加藤 隆 |
56 |
民主 新 |
36,847 |
19.70% |
| 3 |
木佐木 大助 |
50 |
共産 新 |
12,499 |
6.68% |
| (年齢、所属政党は選挙時(2005年9月11日、比当は重複立候補した比例区での当選) |
| 父親の安倍晋太郎の妻、つまり晋三の母は岸信介の長女、洋子。 晋太郎の父親、安倍寛と岸信介は、当時の大選挙区制での同じ選挙区。 信介の弟の佐藤栄作は大叔父にあたる。 岸信介が養子縁組で岸姓に変わった。 2003年の参議院選挙で当選した岸信夫は実弟で晋太郎の三男。 信介の息子、岸信和に子供が無く養子となり、母方を継ぐ。 安倍晋三の妻、昭恵は森永製菓、松崎昭雄(元社長、現相談役)の娘であり、安倍晋三、岸信夫の兄、安倍寛信の妻幸子は、ウシオ電機会長牛尾治朗の娘。 |
岸信介(1896年-1987年)は、山口県田布施町出身の政治家。 東京帝国大学法学部を首席で卒業、満州に渡り、満州経営で辣腕を振るう。 満州の三スケと言う満州の実力者、鮎川義介、岸信介、松岡洋右の総称。 東條英機内閣で、商務大臣などで2度入閣。 また昭和の妖怪とも呼ばれる。
戦後、A級戦犯として巣鴨プリズンに収監されるが処刑にはならず、のちに釈放されて自民党に入党。 自民党の初代幹事長として保守合同などに力を振るい、石橋湛山内閣の外相として入閣、石橋が病気のため退陣した後、総理大臣を務める。 岸信介からアメリカ一辺倒の政治が始まり、信介の業績は、改定された日米安全保障条約の批准(1960年)。 この条約で日本のアメリカ属国化がはじまる。 岸信介の弟、佐藤栄作も、自民党政治家で、総理大臣になった。 栄作は1954年から捜査が始まった造船疑獄(ぞうせんぎごく)で逮捕寸前に犬養健法務大臣による検察指揮権の発動により逮捕は免れる。 また政治資金規正法違反で在宅起訴もされている。 ノーベル平和賞受賞???。 |
官房副長官だった安倍の人気を一気に高めたのは、北朝鮮の拉致問題に臨む姿勢だった。被害家族の帰国を求め、妥協しない発言は、毅然(きぜん)とした頼もしさを印象づけた。 支持者はそこに、プリンスとして宰相を待望されながら志半ばで倒れた父晋太郎より、祖父岸信介の血を見る。
甘いマスクの裏に“昭和の妖怪”と呼ばれた岸の悪の遺伝子が引き継がれている。 |
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