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[1101] 貧困の構造
日時: 2011/06/15 10:15
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:dsDdpM5o



ここに人口減少県の推移を上げる。

1920〜25年   2
1925〜30年   0
1930〜35年   3
1935〜40年   22
1940〜47年   3
1947〜50年   1
1950〜55年   7
1955〜60年   26
1960〜65年   25
1965〜70年   20
1970〜75年   5
1975〜80年   0
1980〜85年   1
1985〜90年   18
1990〜95年   13
1995〜00年   24
2000〜05年   32

これは人口が流出した都道府県の数であり、人数をあらわしているものではない。
年配の方ならこれが示す意味を御分かりでしょう。

1955〜70年の時代は、それこそ我が国の経済も行け行けドンドンの時期であり、都市部の人手不足を解消するため、都市部で働くために人口の大きな移動が続いた。
ところが、1985〜現在に至る都市部への人口の集中は、我が国の生産体制が海外へシフトを始めた時期であり、労働を求められて移動していた時代と様相が異なる。
さらに、地方からの人口の流出は年々激しい勢いで増している。
2000〜05年に至る過程は異常な数値となっている。

これが意味するところは、1985年頃に起きた「前川レポート」の論理に基づいて、この頃から地方の切捨てが始められ、地方で職がない人が、都市部を頼って流出した事になる。
都市部でネットカフェに宿泊する人間や、公園を住居にする人たちが目立ち始めた頃とも一致する。

ワーキングプアは現実に存在するのである。
5年に一度、国政調査を行いこのような統計も掴みながら、政策に何の反映もしてこなかった、自民党政権の本質は、年金問題に留まらず斯くのごときものである。
都市部のタクシーが異常に増え、少ない給料で働く運転手のことなどを、規制緩和の影響などと、話をそらして平然としている奴等を一刻も政権に留めておくことはならないのだ。

メンテ

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Re: 貧困の構造 ( No.167 )
日時: 2019/01/02 03:35
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8idaFzV6

 日本はかつて「1億総中流」と言われ、貧富の差が少ない暮らしやすい国とイメージされてきた。だが、現実は違っており、日本社会は貧困化している。

 一般的に貧困の度合いは相対的貧困率(可処分所得が中央値の半分以下の人の割合)で示されるが、2015年における日本の相対的貧困率は15.6%となっており、先進国の中では突出して高い。福祉が手厚いといわれる欧州各国は1ケタ台のところがほとんどであり、これほど高い貧困率となっているのは米国と日本だけである。

 相対的貧困率という統計については、実態と乖離しているとの批判もあるが、実際はそうでもない。日本の等価可処分所得の中央値は約245万円となっており、貧困レベルはこの半分の123万円以下ということになる。家族の人数で調整されたものではあるが、この金額で普通の生活が成り立たないことは明白だ。収入が300万円以下の世帯も30%を超えている。単身なら何とかなるが、子供を養うということになると生活はかなり苦しいだろう。

上の文章では年収300万円以下の世帯が30%を超えているとしている。
別の統計で次の様なものがあるが、これは労働者個人についての統計で、独身者もいれば若年労働者もいる。
これによると年収300万円以下は52.9%になっているが、世帯単位で見れば、このようなものであろう。

(平成23年度分国税庁発表の申告所得金額及び平均税額)
              
年収 100万円以下      8.1%
同 100〜200万円      24.8%
同 200〜300万円      20.0%
同 300〜500万円      19.5%
同 500〜1000万円      16.3%
同 1000〜2000万円      7.5%
同 2000〜5000万円      3.1%
同 5000万円以上       0.2%

年収800万だ、1000万だと豊かな環境の人びとを紹介するメディアが氾濫するなか、声なき人々の実態とは、このようなものなのである。
現在、貧困であえいでいる人たちの多くは、過去の経験から自分がおかれている状況を絶対的なものとみるのではなく、何時かは豊かになれると言う期待を忘れず気持ちを支えている。

しかしながら、この状況は昔と異なり世の中の景気、不景気の問題ではなく、時間が経てば切り抜けられると言ったものではない。
また、貧困を行政の問題と受け止め、生活保護など行政が対応してくれるものと思い込んでいるが、どこの国でも、それは限界となってきている。

このスレッドは「貧困の構造」というタイトルでやっている。
「構造」という言葉には、実態を把握すると言うことと、なぜこのようになるのか、理由を問うと言う意味の「構造」である。

経済のグローバル化が進み生産、流通の過程が従来とは随分と異なってきた。
物々交換の大昔はいざ知らず、通貨が登場して以来、人々は働くことで通貨を手に入れ、それで物を買って生活してきた。
通貨は経済で言う需要と供給、生産と消費の媒体であった。
その需要と供給の関係(生産と消費)が地域でバランスが取れていてこそ通貨は循環し、人々の生活を支えることが出来ていた。

経済のグローバル化は、通貨の流通のバランスが取れていた経済圏を凌駕し、生産と消費の場所を世界規模で広げていった。
結果、地域に依っては生活に必要な通貨を得るための生産の機会がなくなってきた。
地域毎の需要と供給(消費と生産)という循環の中で生活に必要な通貨を得られると言う環境がなくなってきた。

経済活動の中で、それなりに位置を占めることが出来ていた多くの人たちは、知らぬ間に経済活動の一線からはじき出されて来たのである。

グローバル化が始まったころは、意外と安価な商品が、豊富に出回り喜んだであろう。
しかしながら、知らず知らずの内に、生産の機会は地域を遠ざかり、流通する商品の販売は地域の小売店から量販店にとって代わられた。
小さな生産業者、小売店では大きな組織のそれには、極一部を除き歯が立たないのである。
また最近の大量消費材、ATなどのハイテク商品の生産などは、小規模の企業ではできないのである。

気が付けば働く機会は限られ低収入にあえぐことになり、さらに安価な商品を探し求める様になる。
これでは地域の生産業者、小売業者はますます廃業に追い込まれる。

これが現在の状況であり、限られた生産業者と限られた流通で経済を抑えられて、どうして地域の生活に必要な通貨の流通が出来るであろう。

卑近なたとえで申し訳ないが、今年もいよいよ寒さがまし、我が家でも石油ストーブを使うことが多くなった。
その灯油代であるが、今までは業者に頼み不足した灯油は随時補給されてきた。
ただし灯油の単価は、近くの量販店で買うより高い。

家内によれば、節約のために量販店で何故、買わないと言う。
今年は止むに止まれず量販店へ向かったが、
考えてみれば、この様な事が定着すれば灯油販売業者は従業員を解雇するばかりでなく廃業しなければならない。

社会は持ちつ、もたれつ、多くの人たちがそれぞれに仕事を分け合い生活してきた。
商品の単価が少々高くても、まわりまわって社会は維持できていた。

幾ら商品が安いと言っても、お金そのものがなければ買うことはできない。
解雇された灯油販売業者の家族は収入を失い、安くても何も買えない。
一方で、このような人たちを排出しながら、安価なものを求めて飛び回るのが現状ある。

否、すでに
安価なものを求めなければ生活できないのが現状であり、この悪循環はとどまるところを知らない。

底辺の方では貧困がさらなる貧困を生み出しているのである。

要するに貧困を生むのは産業構造であり、その大きな影響は行政の福祉政策でカバーできるものではないのである。
しかしながら、この流れはすでに止めることはできない主流でもある。
貧困の問題を考えるのは行政ではなく政治であるのだ。

官僚共に頼り切った現代の政治屋共では、その考えが育たないことに絶望する。

冒頭の統計資料は、ますます悪化する一方なのである。
メンテ

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