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[1774] 日本の陰謀
日時: 2013/07/13 23:14:05
名前: ねこ ID:1373724845

エジプトの黒幕、日本

http://park.geocities.jp/j_con4/0204/p047.html#page308

http://book.geocities.jp/conspiracycalendar/02/Y02/jre029.html#0704

エジプトの立地条件は今でも世界最高。

( http://park.geocities.jp/jpcdebate/0103/p034.html )
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神風特攻は太平洋戦争が八百長だと見破られない為に昭和天皇が命令してやらせた ( No.14 )
日時: 2020/06/13 22:30
名前: 777 ID:IowOlXcI

>>12
昭和天皇の陰謀 _ 昭和天皇と吉田茂はアメリカのスパイだった _ 2

神風特攻は太平洋戦争が八百長だと見破られない為に昭和天皇が命令してやらせた


[2019.7.29放送]週刊クライテリオン 藤井聡のあるがままラジオ(KBS京都ラジオ) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=ffcFIkJDkSg


2019/07/05 藤井聡 京都大学大学院工学部研究科教授
不条理な大和特攻という大本営決定
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/257604


 この週末、ある雑誌の企画で吉田満氏の「戦艦大和の最期」という文学作品についての座談会を行った。


戦艦大和ノ最期 (講談社文芸文庫) – 1994/8/3
吉田 満 (著)



この作品は、先の大戦末期、沖縄戦に特攻出撃した戦艦大和の、出撃命令が出てから撃沈されるまでの数週間を描いた物語だ。吉田氏はこの大和の乗船員で、上官の脱出命令を受ける形で九死に一生を得て奇跡的に生き残り、無事生還した後に、たった一日でその初稿全文を書き上げたという。

 この作品には、この大和の出撃に対して「現場」が猛反発していた様子が克明に描かれている。大和には一機の戦闘機の護衛もなく、ほぼ丸裸の状態で何百何千というアメリカの雷撃機・攻撃機の猛攻を受けることが必定であり、一切何の戦果を上げること無く轟沈することは、誰の目にも明らかだったからだ。

 しかし、そんな現場の大反対を完全に無視する形で、大本営からの大和出撃令は覆らなかった。そして案の定、誰もが予期した通り大和は徳之島沖で米軍機の猛攻を受け、攻撃開始からたった数時間であえなく撃沈した。


 一気に3000人を超える特攻死をもたらした、この史上最大の「特効作戦」の全容を記した『戦艦大和の最期』からは、現場が如何に必死に闘ったかが克明に浮かび上がってくる。そしてわれわれ読者はその戦いに対して、その初稿の最後に書かれていたという『天下に恥じざる最期なり』との結語を繰り返す他にない。


 ただし、そうした現場の兵士達の勇猛果敢な戦いぶりは、その大本営の判断を正当化する論拠にはなり得ない。そもそもわれわれは、「軍事作戦の成果」の視点から現場の幹部全員が猛反対していたという事実、そして、現実は彼らが主張した通りの顛末に終わったという事実をけっして忘れてはならない。



▲△▽▼



昭和天皇の特攻命令:戦艦大和の場合



1945年4月6日,第二艦隊司令長官・伊藤整一中将座乗の巨大戦艦「大和」は,9隻の艦艇をしたがえて徳山沖を出航,沖縄本島西部海域をめざす征途についた。連合艦隊の生き残りをあつめた最後の艦隊出撃である。作戦計画では航空機による護衛は皆無。燃料は全艦片道分しか搭載せず,生還を期さない海上特攻であった。

作戦構想の内容とは,はじめ敵迎撃機の攻撃を吸収する海上の“囮”となって特攻機の突撃を助け,次に敵上陸地点へ殴り込んで徹底的な艦砲射撃を加え,最後に銃をとって陸上戦をたたかう,というものであった。しかしこんな計画が実行できるはずはない。実際,南西海域の制空権と制海権はすでにアメリカ側に握られている。その海域を,わずか10隻の残存艦隊が航空機による護衛もなく進攻すればどうなるかは問うまでもない。出撃命令の下命以前から,伊藤・第二艦隊司令長官は断固反対との意見具申をおこなった。

伊藤中将の頑強な反対を異例の事態と認めた中央は,説得のための特使として,連合艦隊参謀長・草鹿龍之介中将を派遣, “説得”は成功した。しかしそれは,「一億総特攻の模範となるよう,立派に死んでもらいたい」という言葉によってであった。

本作戦発動の一週間前,及川軍令部総長が沖縄方面の戦況ついて,「航空機による特攻攻撃を激しくやります」と天皇に報告した。

すると天皇から重ねて,

「海軍にはもう艦はないのか。海上部隊はないのか」

と“御下問”があった。及川総長はこれを

「水上部隊は何をしているのか」

という叱正の言葉と解した。

及川総長から連絡を受けた豊田連合艦隊司令長官は,さっそく

「畏レ多キオ言葉ヲ拝シ恐懼二堪エズ」

にはじまる緊急電を発し,あくまで作戦の完遂を期すべし,と呼びかけた。

「海上部隊はあるか?」

という疑問の言葉は

「あるなら使ってはどうか」

という間接的・暗示的命令として解されうる。

「海上部隊はないのか?」

という否定疑問文では,こうした間接的・暗示的命令性がいっそう強まるだけではなく,

「あるのになぜ使わないのか!」

という“叱正”のニュアンスまでが加わってくる。


こうして及川総長と海軍首脳部は

「海軍にはもう艦はないのか。海上部隊はないのか?」

という“御下問”を深読みし,そこにまず

「あるなら使ってはどうか?」

という間接的・暗示的な命令を発見する。連日出動してゆく特攻機群にくらべて,空しく係留・温存されている海上部隊は顔向けができない。天皇に対しても,特攻機に対しても面子まるつぶれではないか。間接的・暗示的な命令は

「あるのになぜ使わないのか!」

という“叱正”と解され,“恐懼”の感情を誘発し,海上部隊活用への「焦り」を生む。

海軍上層部の空気は変化し,ついには海上特攻艦隊という構想へ到達したと推定されるのだ。それだけではない。天皇の発言を契機として生じた海軍上層部の空気のこうした変化こそが,草鹿特使の“説得”の真の内容であったと推定することによって,伊藤中将の態度急変の謎も初めて解けるのだ。

こうして,戦艦大和がひきいる10隻の特攻艦隊は,死の南西海域へ向って出撃して行った。



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