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[2235] 政治とは<政治の崩壊<グローバル化を考える
日時: 2017/08/19 21:55
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:HCc5ejl6

政治とは」改めて根本の理念を考えます。

まず辞典・事典類がどのように解説しているか見てゆこう。 広辞苑では「人間集団における秩序の形成と解体をめぐって、人が他者に対して、また他者と共に行う営み。権力・政策・支配・自治にかかわる現象。」としている[1]。 大辞泉では「1. 主権者が、領土・人民を治めること。2. ある社会の対立や利害を調整して社会全体を統合するとともに、社会の意思決定を行い、これを実現する作用。」としている。

と有ります。言い換えれば、

政治とは社会に対して全体的な影響を及ぼし、社会で生きるひとりひとりの人の人生にも様々な影響を及ぼす複雑な領域である。広辞苑では「人間集団における秩序の形成と解体をめぐって、人が他者に対して、また他者と共に行う営み。」としているわけであるが、政治は、社会や社会に生きるひとりひとりの人にとって そもそも何が重要なことなのか、社会がどのような状態であることが良い状態なのか、ということも扱い、様々ある人々の意志からどれを選び集団の意志とするか、どのような方法でそれを選ぶか、といったこととも深く関係している。

また民主主義国家では、社会主義体制に移行することで社会保障等の充実を図るのではなく、資本主義体制を維持した上で、貧富の差・賃金格差等を是正し、社会保障制度の充実と完全雇用の実現により国民の健康で文化的な生活を保障し、国民の福祉の増進を最優先しようとする国家体制のこと。
となっております。

ところで、最近、オランダでは次のような事が言われています。(福祉国家は死んだのか)

 オランダはこれまで「大陸型福祉国家」と言われる福祉システムを取っており、国家の社会保障制度は手厚い。昨年の国内総生産(GDP)に占める福祉支出(教育関連費を除く)の割合は24.3%で、北欧諸国ともほぼ拮抗するレベルだ。ちなみに日本は16.9%である。
オランダのウィレム・アレクサンダー国王は先月17日、2014年の政府予算案提出に伴って議会で演説し、「20世紀型の福祉国家は終焉し、『参加型社会』へ変遷している」と話した。演説の草稿は内閣が作成しており、この内容は国家施策の政府方針を直接国民に通達するものとなっている。

 国王が言う、つまりオランダ政府が目指す「参加型社会」とは、国家の財政難により労働市場対策や公共サービスは賄えないので、国民は自助努力で何とかせよということだ。これまで国の福祉の保護下にあった失業者、病人、障害者、貧困層や年金受給者などへの保障が打ち切られ、その責任を国民とその家族が担うことが期待されていることになる。
そうなのです、社会福祉の財源を税収に頼って考える事ができなくなっているのです。

その原因は、民主主義国家の発展と共に、共生のシステムが向上し、そのための財源の確保が困難になってきている上に、社会的な格差が広がり、失業者も随分と増えてきて、それに対応する為に、更なる財政不足が生じ、各国の財政が破綻に貧しているのです。
ギリシャ危機に関して、ギリシャが破綻すると言われていますが、実際に国が滅びる訳ではなく、ギリシャの金融経済のシステムが破綻すると言うことです。

それと同時に、ギリシャ政府の権限が極端に制約され、もはや社会福祉政策など取れなくなると言うことです。
結果、ギリシャ国民は、100年も前のシステムを享受せざるを得なくなり、自給自足の生活を余儀なくされるということであり、ギリシャがなくなる訳ではありません。

これを体よく言えば、先のオランダ国王の「参加型社会」を取り入れると言うことでしょう。
ギリシャの例を上げなくても、現代の国家の大半は、この問題に直面しているのです。
要するに冒頭にあげた、この言葉(政治とは何か)は空文化しているのです。

「民主主義国家では、社会主義体制に移行することで社会保障等の充実を図るのではなく、資本主義体制を維持した上で、貧富の差・賃金格差等を是正し、社会保障制度の充実と完全雇用の実現により国民の健康で文化的な生活を保障し、国民の福祉の増進を最優先しようとする国家体制のこと。」

にも、関わらず、多くの人々は、この命題が生きている事を信じ続け政治に何が足りないかを見ようとはしません。
また民主主義国家の形として、政治は民意を汲み取る事に重点をおいていますが、政治には啓蒙と言う使命もなくてはなりません。
全ての事象において、民意に沿っていると言う言い訳は許されないことです。

この世界的な現状から脱する為には、何をしなければならないかを、民意に頼ることなく考えねばなりません。
グローバル化した資本主義経済のシステムに対して根本的な見直しをする以外に解決策はないでしょう。
で、あるのに、未だに政治の話題として、金利政策とか、汚職の問題が中心であり、本当の問題に言及する風潮がありません。
また、現代の危機を感じている者でも、ピケティの理論のような小手先の問題に飛びつく有様です。

現代政治は、その目標、理念を完全に喪失しています。

最後に、視点を少し変えて、現代社会の産業構造を見てみましょう。
(産業別就労者の比較)
             ドイツ  フランス  スペイン  ギリシャ  日本
農林水産業         3.0   3.0    3.0    3.0     3.7
製造業           24.1   15.3   16.0    10.5    16.5
鉱業・電力・ガス       2.0   2.0    2.0    2.0     2.0
建設業           3.7   5.1    9.4    7.3     7.9
流通・観光・交通      18.5   19.2   25.2    37.4    22.6 (小売・レジャー・運輸) 
金融・不動産・サービス   28.5   32.1   22.3    17.3    27.5  (金融・通信・不動産・そのた) 
公的管理・その他      22.0   23.0   21.5    21.1    19.9 (公務員・医療・介護)

科学技術(生産技術)の発達に伴い、製造業の分野が極端に減ってきており、それに代わる雇用先として第三次産業(広範な意味のサービス業)が期待されています。
昔は農林水産業、製造業の比率が高く、50〜60年前では、これらで25〜30%はありました。
グローバル化の進展は、この傾向をますます強めて行きます。
この第三次産業と言われている分野で、パート、非正規雇用が多く、ワーキングプアーの温床となっています。

人類は、いい加減で、この流れの事を、しっかりと認識しなけらばならないでしょう。

メンテ

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Re: 政治とは<政治の崩壊<グローバル化を考える ( No.2 )
日時: 2015/03/17 10:35
名前: 北の国から ID:abRGgvZo

 近代国家における政治は、言うまでもなく選挙(さまざまな種類はある)で選出された
議員によって行われています。
 有権者は、日常なさまざまな生活や、しがらみやその他の要素を考えながら投票所に行
って投票します。
 国の支配者たちは、選挙制度を自分たちの支配に有利になるようにつくり変えながら、
同時に、文化そのものも自分たちに支配に都合のいいようにつくっていくこともよく知ら
れたことです。

 ところが、全国の地方自治体の選挙などを注意深くみていると「税金を不適切に流用し
た首長」は次の選挙ではほとんど落選しているし「住民の暮らしに大きく不利益を与える
政治をした首長」も、確実に敗北しています。

 つまり「お人よし」「忘れっぽい」と言われている日本の有権者でも「途方選挙」とい
う単位でみると、一定の「有権者としての権利」をしっかりと行使していると言えなくは
ないと思えます。
 政治が、国民の「政治的関心度」や「民度」に左右されるという法則があるのは間違い
ない客観的なものでしょうが、「地域」「地方」という単位でみてみると(もちろん、ま
だまだ不十分ですし初歩的なものでしょが)、有権者は、人類の歴史的な到達である正義
感や、地域愛を発揮しているとも考えられるのではないかと思います。

 地域には、具体的なフィールドがあり、食生活があり働かなくてはならなく、そのこと
が「目に見えるかたちで」しかも「暮らしに直結していることが実感、体験的にわかる」
ということかもしれません。

 「グローバリズム」というものは、こうした地域思考にとっては打倒の対象です。
メンテ

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