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[2483] 安保条約を破棄して、大和の国独立を。
日時: 2016/07/03 09:10
名前: 倭人の叫び !  ID:SAfTcBqY

今、英国がEU離脱の問題で揺れに揺れていますが、詰まる所、此れは一国の国民が「自らの国を自らで律したい!」と言う、その国に住む人間の基本的な自然権の問題ではないかと思います。
勿論、世界が此れほど狭くなったと言うか、グローバル化が進んだと言うか、独自の規範のみによって生きて行けない時代が来た所為で、周辺諸国との連携が必要に成り、共通ルールを作って皆が其れを守り全体として発展・成長して行くためには、自我の抑制と言う物を強いられる事も止むを得ないと自覚すべきではないかと思われます。

尤も此れは複数の地域・国家間で連携するケースの事で、二国間に於ける取り決めや条約は少し異なって来るかも知れませんが、其れでも基本的な考えは、徹底した相互平等の考えに基づく条約の締結が実現するよう交渉するのがその国の政治家の絶対使命だと断言します。

と言う考えに基づいて現在の「日米安全保障条約」と言う物を俯瞰して見る時、其の余りにも国辱的隷属条約の姿に留まる所を知らぬ憤りを禁じ得ません。

この掲示板に投稿されて居る諸賢、及び閲覧されている諸士の、忌憚のないご意見を承りたいと、敢えてスレッドを立ち上げた次第です。日本の首相、安倍晋三氏は「ニッポンを取り戻す」と言うスローガンを掲げて国民を洗脳しようとして居ますが、「ニッポン」を何から、誰から、取り戻すのか? まことに漠然とした話で我々の心に響く事が有りません。

真に「日本を取り戻す」には何をすべきか? 諸賢、諸兄・姉のご教示を乞い願います。 
メンテ

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真に「日本を取り戻す」 ( No.4 )
日時: 2016/07/03 13:24
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:p4dCp4gM

>安倍晋三氏は「ニッポンを取り戻す」と言うスローガン
先に言いました様に下らないというか、危険なものですが、
倭人の叫び さんが、言っておられる
>真に「日本を取り戻す」には何をすべきか?
これは別のもので、これが言いたいのであると思います。

前段の説明は終としまして、それを考えることにしましょう。

明治維新を経て日本は急激に西欧文明の影響を受けることになりました。
国家の仕組み、各種科学技術の展開は元より、議会制民主主義の導入も始まり、西欧民主主義と言う概念が国民の間にも広く伝わりました。

確かに長いあいだの封建国家に暮らしていた人々は、それを謳歌でき社会もかわりました。
その明治の時代でも、新渡戸稲造は我が国の「武士道」を解釈し、その中に日本人魂を捉え、西欧民主主義との融合と言いますか、日本的な西欧民主主義を考えました。

ですが、結局は西欧民主主義は西欧民主主義としてより捉えられることはありませんでした。
その民主主義も、明治政府以来の天皇を名目人とする強烈な中央集権の前に十分な展開が出来たとは思いません。
先の対戦後、それが一気に花ひらいた様に見えますが、ここで考えなくてはならない大きな問題があります。

西欧民主主義を受け入れっると言っても、西欧と、日本とは本来の精神的土壌が異なります。
一神教であるキリスト教徒の間で広まった、民主主義の表面的なところは同じようでも、彼らは、それ以前にキリスト教徒なのです。
権利、自由、平等と言っても、彼らが考えるそれと、日本人が思う、それとは微妙に異なるものがあります。

現在、世界は概ね民主主義の考え方が行き渡っていると考えられます。
ですが、イスラム世界では、かなり、その解釈が異なるでしょう。
チベットなどの仏教の盛んな地域でも、西欧民主主義がそのまま取り入れられている訳ではありません。

経済のグローバル化において地域の事情を無視したやり方が問題を起こしているように、文化、文明の領域に置いても、進化発展があるとしても、それは地域の事情、環境に順応した関係で展開すべきものではないでしょうか。
必ずしも、そうあらねばならないとは言いませんが、根なし草的な展開では、何らかの齟齬が生じても仕方がないでしょう。

元へ戻って、我が国の西欧民主主義の展開過程において、明治の初期、新渡戸稲造の武士道との融和と言う試みはあったものの、ほとんど無条件で、そのまま受け売りされた状況です。

当時の日本は明治維新を迎え、それどころではない急ピッチで社会が変革している時代でもあったので、西欧文化を十分に咀嚼する余裕がなかったのかもしれません。

理由はなんであれ、明治から続いてきた西欧民主主義に対する消化不足の思いが、戦後一気に放出され現代に至っています。
そこには、あくまでも地域性、民族性は度外視されています。
と、言いましたが、実は度外視されている訳ではありません。

江戸時代以降、国民に染み付いた朱子学を中心とする倫理、道徳の思想は、いかなる場合でついて廻ってきました。
それだから、現代の日本の世界でも一番と言われる平穏な社会があるのです。

ですが戦後生まれの人たちは、日本人に本来、備わっていた、倫理、道徳観の影響のない生き方をするものが多くなりました。
権利、自由、平等をまず先に、重んじる学校教育の結果、ます西欧民主主義が教え込まれるのです。
現代日本の民主主義は、純粋培養された民主主義であり、それが可能であるか、適切であるかの問題があります。


表題の「日本を取り戻す」と言う意味の中に、このことが含まれているものと思います。
日本的な物を忘れ去ってはいないかと、言うことです。
しかしながら、私はさらに一歩進めて、取り戻すべき日本を見てみたいと思います。

日本人は江戸時代以降、朱子学の影響を受けて倫理、道徳の概念が発達していると言いました。
倫理、道徳観が豊かであることは好ましいもので否定するべきものではありませんが、

そもそも儒教の教えと言うものは治世の為のものであり、統治者にとっては都合が良くても、統治に異論を挟むような変革者を育てることはできません。

現代でも国民の間に根強く生きている「お上」意識は、その影響によるものです。
私が言いたいのは、そもそも、日本民族とは、どのような民族であったかと言うことです。
「倭人の叫び」 さんが、くしくも「倭人」とか「大和」の言葉を使っておられるのは、日本人の源流を、その時代に求められているものと思います。

当時の様相、聖徳太子の言葉などから、日本人は「和」の民族と思われてきましたが、それは必ずしも正解ではありません。
日本の民話、伝説などからして「和」の心が強い民族であることはわかります。
しかしながら、日本も、その後、下克上と称される様な権力争いもあり、海外からの侵略も受け、海外に雄飛する日本人も出てきました。
ですので、日本人を「和」の心で括ることは不適切であると思います。

源氏物語に見られる女流文学の隆盛、鎌倉時代の武士階級の反乱、大衆仏教の興隆など、実にバイタリティー溢れる面ももっているのです。
「大和魂」という言葉はほとんどの方が知っています。
その多くは先の大戦の影響で、蛮勇としか解釈されていませんが、「大和魂」という言葉は平安時代からあり、それは当時、日本への影響が強かった「漢流」に対して日本流を尊重するという場合に使われました。
また紫式部は源氏物語で将来、国の政に就くであろう貴族の青年に対する教育として「大和魂」をもって、これに当たるよう諭しました。

現代、西欧文明を謳歌する社会において、問題意識を持つとすれば、このような日本の再発見ではないでしょうか。
これで言えば、1000年近く忘れていた「日本を取り戻す」ことになり、少々大げさですかねえ。

馬鹿な安倍は、取り戻す時代を大日本帝国憲法の時代に求めています。
新渡戸稲造は江戸時代の武士道に求めています。
さて

倭人の叫び さんの想いは、どのあたりにあるのでしょうか。

(終わり)
メンテ

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