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[2575] 掲示板・個人ブログの紹介
日時: 2017/11/27 17:10
名前: topics editor ID:I/nZ6MzE

現代社会考で言いました様に、掲示板活動に嫌気が指して、また疲れて、また別の理由で、個人ブログを始めている人の紹介をしようと思います。

解るものから少しづつにはなりますが。
まず糾弾掲示板に参加されていた人から紹介します。

「官僚政治を撃て」高山渚氏
http://n-takayama.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_3d7c.html

「どうなるのだろう?、どうすればよいのか? 世界」グッキー氏
http://bbs7.sekkaku.net/bbs/haruno.html
メンテ

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Re: 掲示板・個人ブログの紹介 ( No.7 )
日時: 2017/12/06 10:35
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8lqHENvc

るいネット - 探求の輪

http://www.rui.jp/ruinet.html?k=0&t=6

(るいネット主唱者による基本理念)

◆実現論(本文公開) 目 次
 
実現論 : 序  文

第一部 : 前  史

第二部 : 私権時代

イ.人類の同類闘争=性闘争から掠奪闘争へ
ロ.私権文明を問い直す(東洋と西洋)
ハ.私婚関係から私権の共認へ
ニ.私権の強制圧力と私権統合
ホ.性権力と占有権力のせめぎ合い
ヘ.支配共認=権力の共認と表層観念の共認
ト.性市場→商品市場の発生と繁殖
チ.性権力を正当化する欺瞞思想
リ.性権力と市場主義・民主主義

第三部 : 市場時代

第四部 : 場の転換


ロ.私権文明を問い直す(東洋と西洋)

教科書が「人類の文明発祥の地」として教えるメソポタミア・エジプト・インド・中国は、全て掠奪闘争が繰り広げられた場所であり、それらの国家は、全て掠奪闘争の覇者によって作られた国家である。つまり、今日の「文明」は、全て掠奪闘争によって生み出された文明である。しかも、性闘争や私権闘争や掠奪闘争=戦争、あるいは環境や集団や精神の破壊、更には権力による支配・抑圧・疎外など、人類の罪悪と言われるものの全ては、性的自我(=邪心)を源とする性闘争→掠奪闘争→支配国家が生み出したものである。もちろん、性闘争→掠奪闘争→私権統合国家の流れが人類にとって必然の流れであり、かつこの性闘争・私権闘争系の「文明」が今後も更に進化してゆけるものであるなら、その流れに対して主観的に善悪の判断を下しても無効であり、無意味である。だが、この「文明」の帰結が人類滅亡であるとしたら、人々が戦争や破壊や権力を罪悪視し続けてきたのは基本的には正しかったのであり、それどころか、この「文明」が肯定視されてきたその根幹部そのものの是非が改めて問われることになる。  
   
この私権「文明」は、人類を含めて全ての生物がその中で育まれ、進化してきた本源集団を破壊した上に築かれている。しかも、自然の摂理から大きく逸脱したその私権原理そのものが、今や機能不全に陥り、人類滅亡の危機が迫ってきた。とすれば、本源集団を破壊して終ったことが、人類の最大の誤りであった可能性が高い。ところが、西洋と東洋では本源集団の破壊度に大きな差がある。従って、この「文明」を見直す上で、西洋と東洋の違いがかなり重要なテーマとして浮上してくる。  
   
人類最初の掠奪闘争がイラン高原の白人(コーカソイド)遊牧部族によって引き起こされ、それがモンゴル高原の黄人(北方モンゴロイド)遊牧部族に伝播していったことは既に述べたが、両者はその前身も、掠奪闘争の在り様も大きく異なっていた。コーカソイドはもとから狩猟部族でそれが遊牧に移行した人種であるが、北方モンゴロイドは、南方の平和な採集部族(南方モンゴロイド)が北方に移動して狩猟・遊牧に転じた人種である。乾燥期に入った頃、イラン高原にはもともと農耕・牧畜・遊牧などの諸部族が混在していた。しかも、イラン高原は急速に乾燥していったことにより、極めて深刻な食糧危機に陥った。従って、遊牧派生の邪心集団による掠奪闘争は極めて激しい容赦の無いものとなり、皆殺しが常態となる。従って、仲間を皆殺しにされて一人二人と生き残った者たちは憎悪と警戒心の塊となり、共認基盤を失って終ったことと相俟って、全面的にかつ強く自我収束する。そんな者たちが生き延びる為に寄せ集めの新たな掠奪集団を形成しては他部族を襲うという形で、数百年に亙って掠奪闘争が繰り返された。そんな生き残りの末裔が、西洋人である。それ故に、本源共認の基盤を根こそぎ解体して終った西洋人は、本源的な共認収束力≒集団収束力が極めて貧弱で、自我収束が極めて強い。しかし、自我だけでは共認を形成できない。そこで彼らは、専ら自我に基づく本源風の架空観念に収束し、架空観念で共認を形成する。  
   
それに対して、モンゴル高原は見渡す限りの大草原であって、そこには同じ遊牧部族しかいない。加えて、イラン高原ほど乾燥が激しくない。従って、ここでは掠奪闘争というより覇権闘争の色彩が強く、皆殺しも発生したが、それより支配・服属という形が主流になる。従って、勝者はもちろん服属した氏族も、氏族集団としての本源性を強く残すことになる。東洋人は、概ねこの遊牧→掠奪の北方モンゴロイドが、採集→農耕の南方モンゴロイドを征服した混血であり、従って東洋人は小氏族(大家族)の本源性を色濃く残しており、西洋人ほど自我を肥大させていない。  
   
この様な意識構造の違いは、夫々の思想の違いに典型的に現れている。同じ二六〇〇年前頃に、西洋ではユダヤ教(→その後キリスト教)、東洋では儒教が登場するが、西洋の観念信仰が自我に基づく極めて独善性・排他性の強い唯一絶対神を非現実世界に構築したのに対して、東洋の儒教は残された本源規範に基づく仁・義・信など、現実世界を導く関係規範に収束した。本源集団・本源共認を破壊して自我に収束した西洋人は、非現実の世界に失われた本源価値を(架空観念として)再構築するしかなく、かつそれが自我に基づくものであるが故に独善的・排他的な絶対観念(ex. 唯一絶対神)への思い込み信仰となるしかなかったのに対して、本源的集団と本源的共認が残存している東洋人の方は、本源規範を私権秩序と整合させることによって現実世界を律しようとした訳である。  
   
本源集団を破壊した私権文明が滅亡の危機を迎えた今日、東洋人の心の底に残る本源集団性・本源共認性は、人類再生の基盤を成すものとして極めて重要になる。中でも、島国ゆえに一七〇〇年前まで掠奪闘争に巻き込まれることなく原始文明を発展させてきた日本人の心の底に残る本源的な共認体質は、極めて貴重である。もし、人類に絶滅を免れ得る資質が残されているとしたら、それは東洋人、とりわけ日本人の心の底に残された、類い稀なる縄文人的精神基盤なのではないだろうか。

(るいネット紹介記事)

■るいネット*1という「新しい認識を求める人のサイト」がある。「30年の実績を持つ企業・類グループを中心に管理・運営」されているのだそうだ。以前、るいネットの人たちと議論する機会があったが、彼らの認識が新しすぎて私がついていけなかったため議論がかみ合わなかった。しかし、それ以来、るいネットには注目している。私の他にも、黒影さん@幻影随想が言及している。
るいネットは多くの投稿から成り立つが、「掲示板の質を高めるために、一定の水準を満たす投稿のみ掲載」するために、管理者の意向が強く表れる。つまり、るいネットの思想を的確に批判する投稿新しい認識を提示できない単に否定・批判するだけの投稿は掲載されないわけだ。投稿を前もってチェックするシステムは、掲載する投稿を選ぶ管理者がお馬鹿だったらお馬鹿な投稿しか載らないという欠点がある一方で、投稿の質を保つという長所がある。管理者が良質だと判断すれば佳作、秀作に分類される。全投稿一覧だと、まともな発言も新しい認識を得ていない投稿も散見されるが、 佳作一覧、秀作一覧だと、るいネットの思想をより反映した投稿のみ見れる。これがなかなか面白いので紹介する。
メンテ

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