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[3338] ねこでもわかる経済問題
日時: 2020/06/11 14:13
名前: ねこでもわかる経済問題サイトから転載 ID:3SQDi4bg

このスレッドは「ねこでもわかる経済問題」のサイトからの転載をします。
皆様が自然と受け入れておられ、それより手段がないと思われている市場主義経済のルールを、別の観点から見直しているもので、将来の社会のあり様を考えるとき、非常に参考になります。
多くの記述がありますので、興味を引いたものを少し紹介しまます。

まずは、ベーシックインカムから始めましょう。

https://sites.google.com/site/nekodemokeizai/beshikkuinkamu/korona_bi


「コロナ危機とベーシックインカムの重要性」

<市場経済(交換経済)は危機に脆弱である>

(じいちゃん)
コロナ肺炎の感染拡大によって、日本の経済が深刻なダメージを受けるのではないか、と心配されておる。すでに観光やイベント、外食、小売りといった第三次産業を中心に、前例のないほどの売り上げの落ち込みが生じ、多くの企業が倒産のリスクにさらされておる。そのため、経済が危機的状況になるのではないか、と心配されておるのじゃ。

(ねこ)
でも、売り上げが激減しているのは観光やイベント産業のような一部の業種ですにゃ。それなのに、どうして日本経済全体の危機を引き起こす心配があるのかにゃ。

(じいちゃん)
それは、現代経済の基本システムが「市場経済」であるためじゃ。市場経済とは、別の言い方をすれば「交換経済」と言える。つまり、物々交換の仕組みが、その根底にあるんじゃ。

(ねこ)
今の社会では、物々交換なんかしてないにゃ。

(じいちゃん)
左様じゃな、確かに物々交換はしていない。今日の市場ではおカネを介してモノが交換されておる。が、本質的には物々交換なんじゃ。大昔はカネなんかなかったから、市場経済の起源は「物々交換」じゃった。自分たちが生産したモノを市場に持参して、他の人の生産したモノと交換することが行われたと考えられる。こうして、多くの人が様々なモノを生産して、互いに交換することで成り立つのが市場経済じゃ。

物々交換において重要なのは、「参加者がそれぞれに、交換できる何かを生産すること」が前提となる。

例えば、お米を作るAさんと、魚を取るBさんが、それぞれに100の米と100の魚を生産していたとする。そのうち米50と魚50を市場で互いに交換することで、それぞれが米と魚の二つの財を手に入れることができる。つまりAさんもBさんも豊かになれるわけじゃな。

しかし、もし干ばつになってAさんのお米がとれなかったらどうなるか?この場合、Aさんには交換するものが全くないので、Bさんとお魚を交換することはできない。だからAさんは飢えてしまう。一方、Bさんはいつも通り魚100を生産したが、Aさんには交換するものが何もないので、Aさんに魚を渡すわけにはいかない。代価が払えない人には渡さない。そのためBさんは魚50が余ってしまい、腐らせて捨てることになる。つまり、経済が破綻すると言える。

(ねこ)
う〜ん、確かにAさんはかわいそうだし、行き場がなくて腐ってしまうお魚はもったいないけど、代価がなければ渡すわけにはいかない。経済には常に代価が必要。タダでモノはあげられない、フリーランチはない、そんなの当たり前のような気がするにゃ。おカネを介する場合はどうなの?

(じいちゃん)
おカネを介したとしても、基本的には物々交換と同じじゃ。なぜなら、一旦は「おカネと交換する」が、結局は、「おカネとモノを交換する」ことになるからのう。例えば、Aさんが米50をBさんに50円で売り、50円のおかねを手に入れる。その50円をBさんに支払って、Bさんから魚50を買うことになる。この時、おカネ50円がAさんとBさんの間をぐるぐる回ることになる。おカネがまわる、と俗に言われるのはそういうことじゃな。もちろん現代の市場は複雑化しているので、ここまで単純ではないが、基本的にはそういうことじゃ。

この場合も、やはりAさんが干ばつで米の生産ができなくなると、売るものがないので、おカネが手に入らない。だからAさんは飢えてしまうし、Bさんは魚が余って腐らせてしまう。このとき、AさんとBさんの間のおかねは、回らなくなっている。つまり、おカネがまわらないと、経済が破綻する。

今回のコロナ肺炎の場合で考えてみると、中国からの観光客がストップして観光業はほとんど売り上げがなくなった。つまり、観光サービスの生産ができなくなった。売る商品(観光商品)がなくなった。だから観光産業の従事者は給料がなくなって飢えてしまう。一方、観光産業の従事者の給料がなくなると、観光産業の従事者の購買力がなくなるので、他の産業が生産したモノも売れなくなって、売れ残りが生じ、売り上げが減る。つまり世の中のおカネが回らなくなる。こうして経済全体に「モノが売れない」という悪影響が広がって、経済が大きなダメージを被るんじゃよ。

(ねこ)
う〜ん、ひどい話だけど、これは避けられないんじゃないかにゃ。経済活動の仕組みから言って、必然的に生じることだと思うにゃ。

(じいちゃん)
普通の人はそう思うじゃろう。しかし、ところ変われば品変わる、というか、経済システムが変わると状況は一変する。市場経済だけが唯一無二の経済システムではない。別の経済システムの場合、必ずしも同じようになるわけではないのじゃ。たとえば共産経済じゃな。

<共産経済(分配経済)は危機に強い>

(ねこ)
共産経済って、共産主義のあれかにゃ。イメージ悪いにゃ。

(じいちゃん)
まあ、そう言うじゃろうと思ったが、まあ、まずは我慢して聞いてくれ。共産経済と言っても、昔のソビエトのような独裁政治体制としての共産主義じゃなく、原始共産制のことじゃ。原始共産制とは、昔の人々の社会のことじゃよ。

昔の人々は集落を形成して、共同で生活していたと考えられる。その場合、人々は互いに協力したり、手分けして野山へ行って猟をしたり、木の実や山菜を収穫していたじゃろう。そして、みんなで協力して収穫した食料などは、集会所に集められて、人々に公平に分配されていたと考えられる。例えばAさんとBさんがそれぞれ手分けして、Aさんが山に栗を拾いに行って100の栗を手に入れ、Bさんが海へ行って100の貝を拾ったとすると、それを持ち寄って、二人で山分けにする。するとAさんもBさんもそれぞれ50の栗と50の貝を得られて、一人で収穫するよりも豊かになれる。共同で労働し、労働の参加者全員にモノを分配する方法じゃな。交換ではなく、分配じゃ。

そして、もし仮に山へ栗を拾いに行ったAさんが、運悪く栗が一つも拾えなかったとしても、共同体の場合、Bさんが取ってきた貝の半分を分け与えらえる。なぜなら、みんなで分配するのが当たり前じゃからじゃ。逆に言えば、海が荒れてBさんが貝をまったく拾えないこともあるじゃろう。そんな時もBさんに栗が分け与えられる。このように、共同で生産して共同で分配する経済のシステムは、仮に一つの部門や一つの地域に問題が発生したとしても、それが経済全体を機能不全にすることはないのじゃ。

(ねこ)
へえ、例えば今回のコロナ肺炎の場合はどうなるのかにゃ。

(じいちゃん)
共産経済であれば、基本的には生産物は政府が集めて分配するし、サービスも政府が提供するんじゃ。じゃから、生活必需品は政府がすべて集める。そして政府が市場に商品を並べて、販売する。国民には政府からおカネが支給されるので、このおカネを使って政府から商品を買ったり、政府の店でサービスを受けることになるんじゃ。

じゃから、例えば観光産業が売り上げゼロで壊滅状態になったとしても、観光産業の従業員に給料が支払われて、買い物ができる。共産経済では生産物を手に入れるための「代価」を必要とせず、おカネというかたちで財やサービスの分配を受けるからじゃ。あるいは、コロナ肺炎の感染予防のために会社を休んだとしても、きちんと給料が支払われて、買い物ができる。市場経済では「労働の代価」として給料が支払われるが、共産経済では代価ではなく、分配として支払われるからじゃ。

(ねこ)
にゃー、すごいにゃ。みんなで財を生産して、みんなで財を分配する共産経済もいいにゃ。これなら、仮に自分のところに不幸が降りかかってきても、他の人と助け合って、安心して生活できるにゃ。でも、そんなの大昔の話であって、今じゃ、まったく時代遅れなんじゃないかにゃ。通用しないんじゃないの?

(じいちゃん)
ところが、今でも共産経済に近いシステムがしっかり機能しておる。それが「会社」じゃ。会社というシステムは、共同体にとても近いと考えられるのじゃ。特に日本では、その共同体意識が高いと考えられる。

会社には営業部門や生産部門など、部門ごとに役割分担があって、それぞれが仕事をして、その成果が売り上げ利益として出てくる。これは各部門が協働して生まれた利益じゃな。この利益が、給与制度という分配のルールに沿って、社員に公平に分配されていると考えることができるのじゃよ。もちろん給料の額に差はあるけれど、あくまで「分配」という形になっておる。

この場合、例えば、東北地区の営業部門が地震災害で売り上げがゼロになってしまったとしても、東北の営業部門の社員の給料がゼロになったり、極端に減らされることはない。つまり、必ずしも労働の対価としてのみ給料が支払われているのではない。共同作業という意識が根底にあるはずじゃ。だからこそ社員は「自分の会社」という意識を持つし、仲間意識もある。

(ねこ)
なるほどにゃ〜、会社というのは生産共同体であって、その内部システムは「共産経済」にすごく似ているんだにゃ。だから、会社の各部門が互いに支えあって生活していると言えるにゃ。どこかの部門が打撃を受けても、会社としてカバーするんだ。とってもいいと思うにゃ。だったら、社会全体にも会社の仕組みを広げたらいいんじゃないのかにゃ。

(じいちゃん)
会社のようなしくみを、社会全体に広げたら、それはまさに共産主義じゃ。会社では、経営陣が生産計画や販売計画、開発計画を立てておるが、共産主義になると、政府がそうした決定を行うようになる。計画経済じゃな。じゃが、すでに広く理解されておることじゃが、共産経済は資源の利用効率が市場経済に比べて低い。その理由はややこしいので省略するが、社会全体を共産経済にすれば済む、という単純な話にはならないんじゃ。

(ねこ)
むずかしいにゃ。

(じいちゃん)
じゃから、ワシも「世の中を共産主義にしろ」と主張しているわけではない。そうではなくて「市場経済システムだけが唯一無二で、最高のシステムであって、そこで発生する問題は避けがたいのだから、仕方がない」という考え方になってしまわないように、視野を広く持って欲しいということじゃ。市場経済システムには長所と短所があり、共産経済システムにも長所と短所がある。短所を補うべく、それぞれから参考にすべき点があるはずなんじゃよ。

<ベーシックインカムによって、脆弱性がカバーされる>

(じいちゃん)
ところで、「ウィルスが蔓延しても、人間の代わりにロボットが働けば経済が動くんじゃないか」と思う人がいるかもしれない。しかし、それは根本的に違うのじゃよ。モノが生産されなくなるから、モノ不足で経済が破綻するのではなく、本質的に言えば、カネが回らなくなるから経済が破綻するのじゃよ。市場経済では経済活動に常に代価が必要だから、カネが回らなくなると、即、経済がマヒしてしまう。

本来であれば、生活必需品の生産さえ確保できれば、そのほかの生産は消費を我慢すればいいだけの話じゃ。たとえば、観光をしなくても、命に係わるわけじゃないから、観光なんかしなくても本質的には困らないんじゃ。しかし、他の産業で生産された生活必需品、例えば食料や衣類を手に入れるためには、必ず「代価」が必要となる。その代価を得るために、必要・不必要にかかわらず、生産活動をやめることができない。生産をやめると、交換できなくなるから、常に交換するための何かを作ることになる。

つまり、生産できなくなるから経済が崩壊するのではなく、生産しないと売り上げがなくなって、賃金がもらえなくなるから、世の中のカネが回らなくなって、経済が崩壊する。だから生産を止められない。

(ねこ)
ということは、たとえ会社の売り上げが全滅しても、その関係者がおカネをきちんともらえるなら、世の中のおカネが回るから、経済は崩壊しない、ということかにゃ。

(じいちゃん)
そういうことなんじゃ。もちろん、生活必需品の生産は欠かすことができない。生活必需品が生産できなくなったら、そもそも分配するモノやサービスがなくなるのだから、おカネが回ろうが何しようが、経済は成り立たない。しかし、生活必需品の生産に支障をきたしていないのであれば、おカネさえ回せば、経済が完全にマヒしてしまうことはないんじゃ。

じゃから、いま、コロナウィルスで売り上げに大きなダメージを受けている人たちの所得を補償することは、すごく大切なんじゃよ。それは単にダメージを受けている人たちの生活を支えるという意味ではなく、カネが回らなくなって自分たちにも悪影響が及ぶ、ということがないように予防する意味もあるんじゃ。「政治家が人気取りのためにカネをばらまいている」とか批判があるが、それはまったくの間違いじゃ。

(ねこ)
被害の大きい産業の従事者は、会社が給料を払えない場合、政府が代わりに給付金を支給する必要があるんだにゃ。給料が減額された場合もそうにゃ。そうすれば、世の中のカネが回って、経済を支えられる。

(じいちゃん)
そうじゃ、そして企業の倒産を防止するため、企業への資金繰り支援も必要となる。が、この話は長くなるので、今回は省略するのじゃ。

(ねこ)
でも、ふと考えてみると、コロナ肺炎が流行しても、「それが必要であろうとなかろうと、生産しなければ生活できない」という理由で、多くの人が会社を休めない、なんて、変な気もするのですにゃ。仮にコロナ肺炎が流行していなかったとしても、「ひたすら生産と消費を繰り返さないと、経済が成り立たない」という社会は変ですにゃ。

さすがに「生活必需品だけ生産すればいい」とは言わないけど、世の中に売られているものは、なければ本当に困る、という商品ばかりじゃない。市場で交換する商品を生産するために、ストレスや疲労を貯めてまで必死に働かなくても、世の中のおカネがきちんと回るような仕組みがあれば、ほどほどに働いて、生活に時間的なゆとりが生まれるような気がするにゃ。

(じいちゃん)
まさに、その通りじゃな。生活に必要な財の生産が十分に行われるなら、本来であれば、それ以上に働く必要はない。もちろん、仕事が面白くて、生きがいで、24時間働いても苦にならない人もおるじゃろうから、それはそれでいいのじゃ。しかし、「給料が無いと生きていけないから、とりあえず働いている」という人も非常に多いし、仕事に生きがいを感じている人でも、もっと時間的なゆとりが欲しいと考える人もおるじゃろう。

だから、「労働の代価」として賃金が支払われるだけではなく、「共同体による分配」として支払われる部分があっても良いと思うのじゃ。それがベーシックインカム、国民配当の考え方に結び付く。もちろん、この配当をいきなり増やすことは現実的ではないから、例えば毎月国民一人1万円の支給から始めても良い。そして徐々に毎月の支給額を増やしてゆくわけじゃ。それが人々の物質的なゆとりを増やし、やがては時間的なゆとりへと、つながってゆくはずじゃ。

また、同時に人工知能やロボットの技術革新が進んで、人間の労働時間が減るようになると、そもそも労働の代価として国民に支払われる賃金の金額は減少傾向に向かう(技術的失業問題)。人間の労働時間が減るんだから、「労働の代価」としての賃金が減るのは当たり前じゃな。そうなると、世の中のおカネを回す、という意味から「共同体による分配」が重要になってくるんじゃ。
メンテ

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ベーシックインカムとは ( No.1 )
日時: 2020/06/11 15:37
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:3SQDi4bg

ベーシックインカムって何かにゃ?

A.(じいちゃん)
ベーシックインカムと言っても、人によってとらえ方が違う場合がある。まず最初にベーシックインカムを定義しておくと「すべての人に無条件で最低限の生活に必要なおカネを支給する政策」がベーシックインカムじゃ。お金持ちでも無職の人でも、すべての人に支給される。たとえば年齢性別に関わらず、1人毎月15万円を支給するといった政策じゃ。無条件で支給されるので、基本的には労働しようがしまいが、最低限の生活が保障される制度じゃ。

Q.(ねこ)
ベーシックインカムと給付金とはどこが違うの?

A.(じいちゃん)
ベーシックインカムの考え方は憲法でも謳われている「生存権」に近い理念じゃ。国民は等しく最低限の生活を保障されるのじゃ(もちろん国民としての義務はあるが)。だから無条件にすべての国民におカネが支給され、しかも最低限の生活が可能なだけの金額が支給されるのじゃ。もし毎月2〜3万円のおカネを無条件にすべての国民に支給したとしても、正確に言えばそれはベーシックインカムとは違うものじゃ。2〜3万円では生活できないからじゃ。

毎月2〜3万円のおカネを支給する場合は、給付金じゃ。給付金はそれだけでは生活できない低額で、しかも支給対象者や支給期間が限定される場合もある。なぜなら、給付金は「生存権」ではなく「経済対策」として行われるからじゃ。ヘリコプターマネーが欧州で最近話題に取り上げられるようになったが、ヘリマネで国民におカネを配るのはベーシックインカムと基本的には異なる考え方じゃ。ただしヘリマネと同様に、ベーシックインカムも通貨の分配を通じて経済対策として働く側面がある。

ただし、ワシが主張しておる「小額からスタートする方式のベーシックインカム」は、小額なのはあくまでも導入段階だからであって、徐々に支給額を増額してやがて最低生活を保障する金額を実現し、最終的には十分に豊かな生活を保障することが目的になる。じゃから小額であっても、「ベーシックインカム政策」であると言えると考えておる。未来型ベーシックインカムとは給付のことではなく政策のことじゃよ。

Q.(ねこ)
ベーシックインカムを実施すると生活保護や年金はどうなるの?

A.(じいちゃん)
生活保護や年金、児童手当などの給付は、最終的にはすべてベーシックインカム制度に統合される形になるのじゃ。たとえば生活保護費を毎月15万円受給していたなら、それがベーシックインカム毎月15万円に置き換わる。年金は、たとえば現在の基礎年金の毎月約6万円がベーシックインカム毎月15万円となり、厚生年金分はそのまま上乗せ加算されるじゃろう。高齢者の貧困は無くなる。児童手当などの育児支援もベーシックインカムとして支給されるから毎月15万円となり、相当に手厚くなるじゃろう。子供の貧困や学費不足の問題は解決する。

現在、社会保障の給付に関しては、生活保護、基礎年金、児童手当、失業手当、福祉手当など多数あるが、それらをベーシックインカム制度に一本化することで行政の合理化や経費削減、給付漏れの問題を解決できるとの主張もある。行政の生産性を高めることは必要なので、合理化の効果についても十分に検討の価値があると思う。専門家がきちんと検討して欲しいところじゃ。

Q.(ねこ)
現在の税制のままベーシックインカムを導入することは可能なの?

A.(じいちゃん)
これについては簡単に試算した例がある(下記※1)。それによるとこういう話じゃ。厚労省のホームページで、社会保障給付費を見ると、平成21年度で総額が約99兆8500億円であり、ここから「医療」の約30兆8400億円を差し引くとざっと69兆円となるが、これを人口を1億2500万人として単純に割り算すると、月に4万6000円くらいのベーシックインカムに相当するという話じゃ。じゃから今でも毎月4万6000の給付は可能じゃが、この金額では生活保護や国民年金を代用するのは難しいし、まして最低限の生活は不可能じゃ。現在の税制において予算を組み替えるだけでベーシックインカムを実現するのは難しいと言える。今すぐに完全な形で実施するなら、あらたな財源の仕組みが必要じゃろう。

Q.(ねこ)
ベーシックインカムを導入すると働かない人が増えるの?

A.(じいちゃん)
これは非常に難しい質問じゃ。これについては実例が無いため確たることは何も言えない状況じゃ。ある記事によれば、ベーシックインカムを検討しているスイスにおける世論調査において、ベーシックインカムが導入されれば仕事を辞めると回答した人は全体の約8%に過ぎなかったとされている。一方、日本における直接の世論調査データはないが、おカネのために仕事をしていると回答した人が約50%、収入よりも自由時間を増やしたい人が約38%だったのじゃ。人々がどう動くかは予測が難しい。

一つ確実に言えるのは、もし現段階で働かない人が急に増えすぎると財(物やサービス)を生産する人が減ってしまうため、総じて国民が貧困化する可能性があるということじゃ。日本では高齢化で労働人口が減少し続けているので、こうした点も考慮されるべきじゃろう。もしベーシックインカムを導入しても働く人がそれほど減らなければ、理想的な制度となるじゃろう。ベーシックインカム制度はスイスやフィンランドが導入に向けて検討中であり、もし導入が成功したなら、その結果は現在の行き詰まった経済システムにとって極めて重要な意味を持つと考えておる。

Q.(ねこ)
ベーシックインカムは実現できないの?

A.(じいちゃん)
将来的には必ず実現すると考えておる。なぜなら、ロボットや人工知能は現在でも劇的に進化を続けており、こうした生産マシンによって財の生産が自動化されるようになると、そもそも人間が無理に労働する必要がなくなるのは当然じゃ。もし生活に必要最低限の消費財を機械がすべて自動的に生産するようになれば、必要最低限の消費財は無料で人々に支給されても不思議はない。じゃから将来的には必ずベーシックインカムは制度として成り立つと確信できる。それどころか、生産の自動化が高度に発達したにも関わらず、もしベーシックインカムを導入しなければ、生産者と消費者の間で循環している通貨量が減り続けて経済システムが崩壊するじゃろう(下記※2)。今すぐに完全なベーシックインカムが可能かどうかは判断が難しいのじゃ。

Q.(ねこ)
ベーシックインカムはいつ、どうやって実現するの?

A.(じいちゃん)
人によって考え方は違うが、ワシは完全なベーシックインカムは機械による自動生産が十分に実現した段階で完全に達成すると考えておる。とはいえ、生産の自動化は徐々に進むから、ベーシックインカムの実現も徐々に進むと考えることが可能じゃろう。つまりベーシックインカムの段階的な導入じゃ。これには二つの考え方があると思う。

@支給金額を徐々に増やす方法
ベーシックインカムは本来は最低限の生活を保障するだけの金額を支給しなければならない。しかしはじめは毎月1万円からスタートして、状況を見ながら徐々に支給額を増やしてゆく方法も考えられる。つまり、給付金としてスタートして最終的にはベーシックインカムになる。生活保護や基礎年金はそのまま制度を維持し、毎月支給される給付金の金額だけ生活保護や基礎年金の支給金額を減額する。最終的には生活保護や年金はベーシックインカムに統合される。この方法だと、いきなり仕事をしなくなる人が大量に発生する可能性は低いため、ベーシックインカムの導入に伴う社会の構造的な変化は、対応可能な程度に抑えられると思う。たとえば10年かけて実現する。

A非生産年齢から徐々に対象者を増やす方法
少ない支給金額からスタートするのではなく、対象者を限定した形でスタートする方法じゃ。まず非生産年齢、つまり15歳以下の子供や65歳以上の高齢者から支給を開始するんじゃ。そもそも非生産年齢人口は労働人口ではないから、こうした人々にベーシックインカムを給付しても仕事をしなくなる人が増える事はないじゃろう。そして対象年齢を徐々に拡大するんじゃ。子供は15歳以下から初めて大学卒業年齢の22歳まで徐々に拡大してストップ。高齢者は65歳以上から初めて、支給開始年齢を60歳、55歳、50歳・・・と言う具合に早めるのじゃ。子供のベーシックインカムは児童手当に該当するし、学費の支援にもなる。少子化や子供の貧困化に対応するためにも、まずは子供のベーシックインカムから始めるのが良いと思う。高齢者のベーシックインカムは年金に該当する。年金について言えば、基礎年金がベーシックインカムになるということは、基礎年金分の保険料(毎月1.5万円)を払う必要がなくなるということじゃ。つまり若い世代の保険負担も軽減される。

Q.(ねこ)
ベーシックインカムの財源はどうするのにゃ?

A.(じいちゃん)
「財源」という概念は2種類の意味があると考えておるんじゃ。そもそも財源の「財」とは本質的に物やサービスの事じゃ。じゃから一つは生産面、もう一つは通貨調達面の意味があるのじゃ。

生産面としては、人々の生活に必要十分な財(物やサービス)を生産する生産力が社会にあるかどうかじゃ。必要十分な財を生産する能力があるのであれば、財が不足する心配は無い。つまり財源は十分にあると言える。もちろん海外から資源などを輸入する必要があれば、その代価として輸出する財を余分に生産できなければならない(海外からの所得収支除く)。そしてベーシックインカムの受給額は社会の生産能力が拡大するほど増加するはずじゃ。またベーシックインカムは労働投入量の減少を促すため、生産性の向上が極めて重要じゃ。以上より生産能力(生産性)がベーシックインカムの財源となる。従って、生産能力を高めるために今後は研究開発投資(生産技術および新しい財の発明)、生産設備投資(消費財および生産財の生産性向上)、公共投資(基本的な社会資本の維持拡大)が欠かせないじゃろう。

通貨調達面は難しい問題じゃ。ただし徐々に支給額や支給対象を拡大する方法であればそれほど難しくはないと考えるのじゃ。例えば全国民に毎月1万円の支給から始める場合、当初に必要な予算は年間約15兆円となる。この程度であれば通貨発行(ヘリマネ)によってまかなう事が可能じゃ。現在の金融緩和では日銀が年間80兆円のペースで現金を増やしておるから、それにくらべて15兆円は決して大きい金額ではない。通貨発行によって財源を賄う場合に問題となるのはインフレじゃ。じゃからインフレ率が大きくなりすぎないよう、インフレターゲットを3〜4%程度に決めて通貨発行量をコントロールすればよいじゃろう。もしインフレ率が高くなるようであれば消費税の増税によってインフレを抑えることもできる。

通貨としての財源を税制に求める場合、はじめから消費税でベーシックインカムを支えようとしても、消費が滞って不況を悪化させるリスクがあるし、所得税を増やしすぎると、それこそ勤労意欲を損なうじゃろう。ベーシックインカムを実施するためとはいえ、所得のほとんどを税金で取られてしまえば、苦労して働く意味なくなる。ところで信用収縮の影響を除外すれば、基本的に世の中のおカネの量は減らない。好況でも不況でもおカネは減らない。じゃから、金融資産に課税することが最も安定した財源となるんじゃ。おカネの所有者は家計であったり企業であったりするので、その両方へ課税する必要があるじゃろう。

また、金融資産に課税する場合、世の中におカネを供給すればそのぶん税収が増えるという性質がある。たとえば世の中の金融資産の総額が2500兆円から3000兆円に増えると、税率が1%のままであっても税収は25兆円から30兆円へ増加する。じゃから税収を増やすことが容易であり、この点からも持続性が高い。金融資産に課税するとタンス預金が増えるとの指摘はあるが、金融資産の税率はせいぜい1〜2%程度じゃろう。景気が良くなれば金利も上昇するので、タンス預金ではなく運用したほうが良いじゃろう。

実際には、金融資産課税と通貨発行益を組み合わせて運用する必要があると思うのじゃ。

一方、ベーシックインカムの財源を考える場合、閉鎖系(国内だけ)の経済であれば比較的方法は容易じゃが、解放系(グローバル)の経済の場合は、カネも人も国境を越えて自由に動き回るので、複雑で予測が難しい部分はあると思うのじゃ。もし世界が協調してベーシックインカムに取り組むなら、話は簡単なのじゃが。

Q.(ねこ)
ベーシックインカムの導入にはいろいろ難しい問題もあるにゃ。

A.(じいちゃん)
そうじゃな、一筋縄ではいかん。反対意見も多いし、世界との関係もあるし、システムをどう構築するかも簡単ではない。しかしロボットや人工知能による生産の自動化は今後も確実に進むはずじゃ。経済システムを持続可能にするために、ベーシックインカムは最終的に不可避であることは間違いないじゃろう。問題はどのタイミングで、どのような形で始めるか、その判断だけじゃろうと思う。2016年現在、欧州ではヘリコプターマネーのように、おカネを刷ってすべての国民に無条件におカネを給付する政策が議論されておる。欧州だけでなく、日本も含めて先進国でこれを実施することは、新たな仕組みに対する世界共通認識の一つのきっかけになるような気がするんじゃ。


(※1)
「ベーシックインカム」の誤解を解く:山崎 元
http://diamond.jp/articles/-/16672

(※2)
経済は通貨の循環で成り立ちます。企業(生産者)で労働者が働くことで財が生産され、労働者は賃金としておカネを受け取ります。その賃金を使って労働者(消費者)は財を購入し、代金としておカネが生産者へ戻る。それを繰り返すことでおカネが企業(生産者)と労働者(消費者)の間をぐるぐる循環し、財の生産と分配が成り立っています。機械化によって生産性が向上すると生産される財の量が同じでも、人手が余るようになる。そのため企業は労働者を解雇してしまいます。解雇された労働者は収入が無いので企業が生産した財を購入することが出来ません。結果として、生産される財の量は同じだが売れ残りが生じることになり売り上げが減る。つまり循環するおカネの量が減ってしまうのです。

最終的には機械がすべての財を自動で生産するようになり、すべての労働者が失業する。財は自動で大量に生産されるが、誰も買うことはできない。この時、おカネはまったく循環しなくなり、経済システムが破綻します。これを防ぐためには、労働の如何にかかわらず、すべての消費者におカネを支給することにより、生産者と消費者の間で通貨を循環させる必要があります。これをベーシックインカムと考えることができる。

この場合、おカネは生産者から消費者に対して無償で支給されることになる。これは現在の経済システムでは考えられない事態なので、利潤、金利、投資そして銀行、私企業といった常識は将来的に通用しなくなり、経済システムは資本主義とは別の何かに生まれ変わると思われます。もちろんそれは最終段階であって今すぐにそうなるわけではありません。しかし現在はその移行期間中であると考えるなら、すでに変化は起こりつつあると理解すべきでしょう。

(補足)
ベーシックインカムの持続可能性については、資源(石油、金属等)の持続性についても検討する必要があります。
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