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[3338] ねこでもわかる経済問題
日時: 2020/06/11 14:13
名前: ねこでもわかる経済問題サイトから転載 ID:3SQDi4bg

このスレッドは「ねこでもわかる経済問題」のサイトからの転載をします。
皆様が自然と受け入れておられ、それより手段がないと思われている市場主義経済のルールを、別の観点から見直しているもので、将来の社会のあり様を考えるとき、非常に参考になります。
多くの記述がありますので、興味を引いたものを少し紹介しまます。

まずは、ベーシックインカムから始めましょう。

https://sites.google.com/site/nekodemokeizai/beshikkuinkamu/korona_bi


「コロナ危機とベーシックインカムの重要性」

<市場経済(交換経済)は危機に脆弱である>

(じいちゃん)
コロナ肺炎の感染拡大によって、日本の経済が深刻なダメージを受けるのではないか、と心配されておる。すでに観光やイベント、外食、小売りといった第三次産業を中心に、前例のないほどの売り上げの落ち込みが生じ、多くの企業が倒産のリスクにさらされておる。そのため、経済が危機的状況になるのではないか、と心配されておるのじゃ。

(ねこ)
でも、売り上げが激減しているのは観光やイベント産業のような一部の業種ですにゃ。それなのに、どうして日本経済全体の危機を引き起こす心配があるのかにゃ。

(じいちゃん)
それは、現代経済の基本システムが「市場経済」であるためじゃ。市場経済とは、別の言い方をすれば「交換経済」と言える。つまり、物々交換の仕組みが、その根底にあるんじゃ。

(ねこ)
今の社会では、物々交換なんかしてないにゃ。

(じいちゃん)
左様じゃな、確かに物々交換はしていない。今日の市場ではおカネを介してモノが交換されておる。が、本質的には物々交換なんじゃ。大昔はカネなんかなかったから、市場経済の起源は「物々交換」じゃった。自分たちが生産したモノを市場に持参して、他の人の生産したモノと交換することが行われたと考えられる。こうして、多くの人が様々なモノを生産して、互いに交換することで成り立つのが市場経済じゃ。

物々交換において重要なのは、「参加者がそれぞれに、交換できる何かを生産すること」が前提となる。

例えば、お米を作るAさんと、魚を取るBさんが、それぞれに100の米と100の魚を生産していたとする。そのうち米50と魚50を市場で互いに交換することで、それぞれが米と魚の二つの財を手に入れることができる。つまりAさんもBさんも豊かになれるわけじゃな。

しかし、もし干ばつになってAさんのお米がとれなかったらどうなるか?この場合、Aさんには交換するものが全くないので、Bさんとお魚を交換することはできない。だからAさんは飢えてしまう。一方、Bさんはいつも通り魚100を生産したが、Aさんには交換するものが何もないので、Aさんに魚を渡すわけにはいかない。代価が払えない人には渡さない。そのためBさんは魚50が余ってしまい、腐らせて捨てることになる。つまり、経済が破綻すると言える。

(ねこ)
う〜ん、確かにAさんはかわいそうだし、行き場がなくて腐ってしまうお魚はもったいないけど、代価がなければ渡すわけにはいかない。経済には常に代価が必要。タダでモノはあげられない、フリーランチはない、そんなの当たり前のような気がするにゃ。おカネを介する場合はどうなの?

(じいちゃん)
おカネを介したとしても、基本的には物々交換と同じじゃ。なぜなら、一旦は「おカネと交換する」が、結局は、「おカネとモノを交換する」ことになるからのう。例えば、Aさんが米50をBさんに50円で売り、50円のおかねを手に入れる。その50円をBさんに支払って、Bさんから魚50を買うことになる。この時、おカネ50円がAさんとBさんの間をぐるぐる回ることになる。おカネがまわる、と俗に言われるのはそういうことじゃな。もちろん現代の市場は複雑化しているので、ここまで単純ではないが、基本的にはそういうことじゃ。

この場合も、やはりAさんが干ばつで米の生産ができなくなると、売るものがないので、おカネが手に入らない。だからAさんは飢えてしまうし、Bさんは魚が余って腐らせてしまう。このとき、AさんとBさんの間のおかねは、回らなくなっている。つまり、おカネがまわらないと、経済が破綻する。

今回のコロナ肺炎の場合で考えてみると、中国からの観光客がストップして観光業はほとんど売り上げがなくなった。つまり、観光サービスの生産ができなくなった。売る商品(観光商品)がなくなった。だから観光産業の従事者は給料がなくなって飢えてしまう。一方、観光産業の従事者の給料がなくなると、観光産業の従事者の購買力がなくなるので、他の産業が生産したモノも売れなくなって、売れ残りが生じ、売り上げが減る。つまり世の中のおカネが回らなくなる。こうして経済全体に「モノが売れない」という悪影響が広がって、経済が大きなダメージを被るんじゃよ。

(ねこ)
う〜ん、ひどい話だけど、これは避けられないんじゃないかにゃ。経済活動の仕組みから言って、必然的に生じることだと思うにゃ。

(じいちゃん)
普通の人はそう思うじゃろう。しかし、ところ変われば品変わる、というか、経済システムが変わると状況は一変する。市場経済だけが唯一無二の経済システムではない。別の経済システムの場合、必ずしも同じようになるわけではないのじゃ。たとえば共産経済じゃな。

<共産経済(分配経済)は危機に強い>

(ねこ)
共産経済って、共産主義のあれかにゃ。イメージ悪いにゃ。

(じいちゃん)
まあ、そう言うじゃろうと思ったが、まあ、まずは我慢して聞いてくれ。共産経済と言っても、昔のソビエトのような独裁政治体制としての共産主義じゃなく、原始共産制のことじゃ。原始共産制とは、昔の人々の社会のことじゃよ。

昔の人々は集落を形成して、共同で生活していたと考えられる。その場合、人々は互いに協力したり、手分けして野山へ行って猟をしたり、木の実や山菜を収穫していたじゃろう。そして、みんなで協力して収穫した食料などは、集会所に集められて、人々に公平に分配されていたと考えられる。例えばAさんとBさんがそれぞれ手分けして、Aさんが山に栗を拾いに行って100の栗を手に入れ、Bさんが海へ行って100の貝を拾ったとすると、それを持ち寄って、二人で山分けにする。するとAさんもBさんもそれぞれ50の栗と50の貝を得られて、一人で収穫するよりも豊かになれる。共同で労働し、労働の参加者全員にモノを分配する方法じゃな。交換ではなく、分配じゃ。

そして、もし仮に山へ栗を拾いに行ったAさんが、運悪く栗が一つも拾えなかったとしても、共同体の場合、Bさんが取ってきた貝の半分を分け与えらえる。なぜなら、みんなで分配するのが当たり前じゃからじゃ。逆に言えば、海が荒れてBさんが貝をまったく拾えないこともあるじゃろう。そんな時もBさんに栗が分け与えられる。このように、共同で生産して共同で分配する経済のシステムは、仮に一つの部門や一つの地域に問題が発生したとしても、それが経済全体を機能不全にすることはないのじゃ。

(ねこ)
へえ、例えば今回のコロナ肺炎の場合はどうなるのかにゃ。

(じいちゃん)
共産経済であれば、基本的には生産物は政府が集めて分配するし、サービスも政府が提供するんじゃ。じゃから、生活必需品は政府がすべて集める。そして政府が市場に商品を並べて、販売する。国民には政府からおカネが支給されるので、このおカネを使って政府から商品を買ったり、政府の店でサービスを受けることになるんじゃ。

じゃから、例えば観光産業が売り上げゼロで壊滅状態になったとしても、観光産業の従業員に給料が支払われて、買い物ができる。共産経済では生産物を手に入れるための「代価」を必要とせず、おカネというかたちで財やサービスの分配を受けるからじゃ。あるいは、コロナ肺炎の感染予防のために会社を休んだとしても、きちんと給料が支払われて、買い物ができる。市場経済では「労働の代価」として給料が支払われるが、共産経済では代価ではなく、分配として支払われるからじゃ。

(ねこ)
にゃー、すごいにゃ。みんなで財を生産して、みんなで財を分配する共産経済もいいにゃ。これなら、仮に自分のところに不幸が降りかかってきても、他の人と助け合って、安心して生活できるにゃ。でも、そんなの大昔の話であって、今じゃ、まったく時代遅れなんじゃないかにゃ。通用しないんじゃないの?

(じいちゃん)
ところが、今でも共産経済に近いシステムがしっかり機能しておる。それが「会社」じゃ。会社というシステムは、共同体にとても近いと考えられるのじゃ。特に日本では、その共同体意識が高いと考えられる。

会社には営業部門や生産部門など、部門ごとに役割分担があって、それぞれが仕事をして、その成果が売り上げ利益として出てくる。これは各部門が協働して生まれた利益じゃな。この利益が、給与制度という分配のルールに沿って、社員に公平に分配されていると考えることができるのじゃよ。もちろん給料の額に差はあるけれど、あくまで「分配」という形になっておる。

この場合、例えば、東北地区の営業部門が地震災害で売り上げがゼロになってしまったとしても、東北の営業部門の社員の給料がゼロになったり、極端に減らされることはない。つまり、必ずしも労働の対価としてのみ給料が支払われているのではない。共同作業という意識が根底にあるはずじゃ。だからこそ社員は「自分の会社」という意識を持つし、仲間意識もある。

(ねこ)
なるほどにゃ〜、会社というのは生産共同体であって、その内部システムは「共産経済」にすごく似ているんだにゃ。だから、会社の各部門が互いに支えあって生活していると言えるにゃ。どこかの部門が打撃を受けても、会社としてカバーするんだ。とってもいいと思うにゃ。だったら、社会全体にも会社の仕組みを広げたらいいんじゃないのかにゃ。

(じいちゃん)
会社のようなしくみを、社会全体に広げたら、それはまさに共産主義じゃ。会社では、経営陣が生産計画や販売計画、開発計画を立てておるが、共産主義になると、政府がそうした決定を行うようになる。計画経済じゃな。じゃが、すでに広く理解されておることじゃが、共産経済は資源の利用効率が市場経済に比べて低い。その理由はややこしいので省略するが、社会全体を共産経済にすれば済む、という単純な話にはならないんじゃ。

(ねこ)
むずかしいにゃ。

(じいちゃん)
じゃから、ワシも「世の中を共産主義にしろ」と主張しているわけではない。そうではなくて「市場経済システムだけが唯一無二で、最高のシステムであって、そこで発生する問題は避けがたいのだから、仕方がない」という考え方になってしまわないように、視野を広く持って欲しいということじゃ。市場経済システムには長所と短所があり、共産経済システムにも長所と短所がある。短所を補うべく、それぞれから参考にすべき点があるはずなんじゃよ。

<ベーシックインカムによって、脆弱性がカバーされる>

(じいちゃん)
ところで、「ウィルスが蔓延しても、人間の代わりにロボットが働けば経済が動くんじゃないか」と思う人がいるかもしれない。しかし、それは根本的に違うのじゃよ。モノが生産されなくなるから、モノ不足で経済が破綻するのではなく、本質的に言えば、カネが回らなくなるから経済が破綻するのじゃよ。市場経済では経済活動に常に代価が必要だから、カネが回らなくなると、即、経済がマヒしてしまう。

本来であれば、生活必需品の生産さえ確保できれば、そのほかの生産は消費を我慢すればいいだけの話じゃ。たとえば、観光をしなくても、命に係わるわけじゃないから、観光なんかしなくても本質的には困らないんじゃ。しかし、他の産業で生産された生活必需品、例えば食料や衣類を手に入れるためには、必ず「代価」が必要となる。その代価を得るために、必要・不必要にかかわらず、生産活動をやめることができない。生産をやめると、交換できなくなるから、常に交換するための何かを作ることになる。

つまり、生産できなくなるから経済が崩壊するのではなく、生産しないと売り上げがなくなって、賃金がもらえなくなるから、世の中のカネが回らなくなって、経済が崩壊する。だから生産を止められない。

(ねこ)
ということは、たとえ会社の売り上げが全滅しても、その関係者がおカネをきちんともらえるなら、世の中のおカネが回るから、経済は崩壊しない、ということかにゃ。

(じいちゃん)
そういうことなんじゃ。もちろん、生活必需品の生産は欠かすことができない。生活必需品が生産できなくなったら、そもそも分配するモノやサービスがなくなるのだから、おカネが回ろうが何しようが、経済は成り立たない。しかし、生活必需品の生産に支障をきたしていないのであれば、おカネさえ回せば、経済が完全にマヒしてしまうことはないんじゃ。

じゃから、いま、コロナウィルスで売り上げに大きなダメージを受けている人たちの所得を補償することは、すごく大切なんじゃよ。それは単にダメージを受けている人たちの生活を支えるという意味ではなく、カネが回らなくなって自分たちにも悪影響が及ぶ、ということがないように予防する意味もあるんじゃ。「政治家が人気取りのためにカネをばらまいている」とか批判があるが、それはまったくの間違いじゃ。

(ねこ)
被害の大きい産業の従事者は、会社が給料を払えない場合、政府が代わりに給付金を支給する必要があるんだにゃ。給料が減額された場合もそうにゃ。そうすれば、世の中のカネが回って、経済を支えられる。

(じいちゃん)
そうじゃ、そして企業の倒産を防止するため、企業への資金繰り支援も必要となる。が、この話は長くなるので、今回は省略するのじゃ。

(ねこ)
でも、ふと考えてみると、コロナ肺炎が流行しても、「それが必要であろうとなかろうと、生産しなければ生活できない」という理由で、多くの人が会社を休めない、なんて、変な気もするのですにゃ。仮にコロナ肺炎が流行していなかったとしても、「ひたすら生産と消費を繰り返さないと、経済が成り立たない」という社会は変ですにゃ。

さすがに「生活必需品だけ生産すればいい」とは言わないけど、世の中に売られているものは、なければ本当に困る、という商品ばかりじゃない。市場で交換する商品を生産するために、ストレスや疲労を貯めてまで必死に働かなくても、世の中のおカネがきちんと回るような仕組みがあれば、ほどほどに働いて、生活に時間的なゆとりが生まれるような気がするにゃ。

(じいちゃん)
まさに、その通りじゃな。生活に必要な財の生産が十分に行われるなら、本来であれば、それ以上に働く必要はない。もちろん、仕事が面白くて、生きがいで、24時間働いても苦にならない人もおるじゃろうから、それはそれでいいのじゃ。しかし、「給料が無いと生きていけないから、とりあえず働いている」という人も非常に多いし、仕事に生きがいを感じている人でも、もっと時間的なゆとりが欲しいと考える人もおるじゃろう。

だから、「労働の代価」として賃金が支払われるだけではなく、「共同体による分配」として支払われる部分があっても良いと思うのじゃ。それがベーシックインカム、国民配当の考え方に結び付く。もちろん、この配当をいきなり増やすことは現実的ではないから、例えば毎月国民一人1万円の支給から始めても良い。そして徐々に毎月の支給額を増やしてゆくわけじゃ。それが人々の物質的なゆとりを増やし、やがては時間的なゆとりへと、つながってゆくはずじゃ。

また、同時に人工知能やロボットの技術革新が進んで、人間の労働時間が減るようになると、そもそも労働の代価として国民に支払われる賃金の金額は減少傾向に向かう(技術的失業問題)。人間の労働時間が減るんだから、「労働の代価」としての賃金が減るのは当たり前じゃな。そうなると、世の中のおカネを回す、という意味から「共同体による分配」が重要になってくるんじゃ。
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ベーシックインカムの財源と通貨循環 ( No.3 )
日時: 2020/06/12 14:57
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:y82yz5oU

ベーシックインカムの財源と通貨循環


財源を考える際に重要な点は「通貨循環」です。おカネは経済を循環していますから、出て行ったおカネは再び戻り、また出て行く。ですから循環を考えずに歳入と歳出だけで財源を考えることは、ほとんど無意味だとわかります。

(じいちゃん)
今日はベーシックインカムにおける世の中のおカネの循環について考えてみたいのじゃ。

(ねこ)
なんでそんなこと考えるのかにゃ。

(じいちゃん)
世の中の経済は、多くの人々や企業が、生産した財(モノやサービス)を交換することで成り立って居るが、その交換の媒介を担うのがおカネじゃ。人々や企業の間をおカネが循環することで経済が成り立っており、もしその循環が滞ったりすると、たちまち経済が不況になってしまうんじゃ。じゃから、経済にとっておカネの循環が極めて大切であり、ベーシックインカムのような経済の仕組みも、おカネの循環から理解しておく必要があると思うからなんじゃよ。

(ねこ)
ふにゃ、おかねの循環がうまく行かないと、ベーシックインカムもうまく行かないんだにゃ。

(じいちゃん)
その通りじゃ。さて、まずは人間の労働が関係することですべての財が生産されている今日の経済について考えてみよう(図1-A)。なお図は極めて簡略化しており、金額は仕入れや経費のようなもの、あるいは設備投資などはすべて差し引いた後の額(付加価値)と思って欲しいのじゃ。また、金額の数値はあくまでもシミュレーションのための仮の数字であることは言うまでもないのじゃ。



財は生産者である企業で生産される。そして企業は労働の対価として労働者に対して、例えば@賃金100を支払う。労働者は同時に消費者でもあり、家計と呼ばれる。A家計は得られた賃金100を企業に支払い、B財100を得ることができる。企業に支払われた100のおカネは、再び賃金として家計に支払われる原資になる。このように、おカネが生産者(企業)と消費者(家計)をぐるぐると循環することで経済が成り立っておるわけじゃな。

次に、テクノロジーが飛躍的な進化を遂げ、人工知能やロボット、無人工場などですべての財が生産されるようになると、人間は働く必要がなくなり、いわばすべての人が失業状態になると考えられる。もちろんこれは最終的な話じゃが、仮にそうなったら、おカネはどのように循環するのじゃろうか(図1-B)。



すべての仕事を機械が行なうようになると、すべての人は失業状態となってしまう。それでは誰も企業から財を買うことができなくなってしまう。そこでまず@通貨100を発行する。それをA政府がベーシックインカムとして家計に100支給するんじゃ。家計はB100のおカネを代金として支払い、C100の財を得ることができる。D企業が代金として受け取った100のおカネは税金として政府に支払われるんじゃ。政府に支払われた100のおカネで、政府は100のおカネをベーシックインカムとして再び家計に支給することができる。


(ねこ)
ふにゃ、売り上げ利益をみんな税金で取られたら企業は潰れないのかにゃ。

(じいちゃん)
それは大丈夫なんじゃ、というのも、最初に100のおカネを発行しておるからじゃ。このおカネはそもそも政府がベーシックインカムを回すために発行したおカネであって、それによって企業の売り上げが生じておる。じゃから企業から政府がそのおカネを回収したとしても、企業には何の問題もない。回収しなければベーシックインカムを継続するためにおカネを発行し続ける必要があるし、一方で、毎年政府が発行する通貨を企業がどんどん貯め込み続ける結果になる。

またその逆に、もし仮に最初に100のおカネを発行せず、初めから税金として100のおカネを企業から回収すれば、企業の資産が100だけ減らされることになるじゃろう。これでは企業は潰れてしまう。

最初に、ベーシックインカムとして循環するためのおカネを発行し、これを家計に支給するところからスタートすれば、仮に税金を課されても経済に大きな悪影響を及ぼす恐れはないと思うのじゃ。

(ねこ)
なるほど、最初におカネを発行することがポイントなんだにゃあ。

(じいちゃん)
さて、それでは、人間の仕事が完全に機械に置き換わってしまう前の場合を考えてみよう。たとえば、50%の仕事が機械に置き換わるとすれば、およそ50%の人が失業状態になるわけじゃから、企業から家計に支払われる賃金も50%にへると予想できる。ならば、残りの50%のおカネをベーシックインカムとして支給する必要があると思うのじゃ。それを(図1-C)にしてみた。



この場合も、@最初にベーシックインカムとして支給する50のおカネを発行する。そしてA家計にベーシックインカムとして50のおカネを支給するんじゃ。一方、50%の人は仕事をしておるから、B家計は賃金として50のおカネを受け取る。すると家計はベーシックインカムと賃金を合わせて100のおカネを手にすることになる。C家計は代金として企業に100のおカネを支払い、D100の財を得ることができる。企業は100のおカネを受け取り、Eそのうち50のおカネを税金として政府に納め、残り50は次回に労働者へ支払う賃金の原資となるわけじゃ。そして、政府は企業から回収したおカネを再びベーシックインカムとして家計へ支給できる。

以上が、ベーシックインカムの基本的な通貨循環だとワシは考えておるのじゃよ。なお、ここでは株主へ支払われる利潤は省略しておる点に留意いただきたい。また、いくら政府がベーシックインカムのために発行したおカネだとはいえ、税によってすべて政府に回収されてしまうと、企業のモチベーションが下がるとの話もあるじゃろうから、すべて回収はせずに企業の内部留保などとして蓄えさせ、その分だけ通貨を少し多めに発行するという方法もアリじゃと思う。

(ねこ)
そうにゃ、政府が発行したおカネを企業がすべて貯め込むのは問題だけど、逆にすべて回収するのも酷なのですにゃ。すべて回収するんじゃなくて、企業の成績に応じて企業におカネが残る仕組みも必要なんだにゃ。バランスが大切にゃ。

(じいちゃん)
さて、もう少し具体的に考えてみよう。というのも、企業からベーシックインカムのおカネを回収する際に税制を利用するにしても、税制にはいろいろある。そこで、二つのケースを考えてみたいと思うのじゃ。一つはストック(資産)に課税する方式、もう一つはフロー(利益)に課税する方法じゃ。前者は資産課税、後者は消費税を考えてみよう。

最初は資産課税じゃ。これは内部留保、あるいは剰余金と呼ばれるいわば「企業の貯蓄」に課税する方式じゃな。人間の仕事の50%が機械に置き換わって、50%の人が失業状態にある場合を考える(図2-A)。



まず@通貨を50発行し、Aベーシックインカムとして家計に50を支給する。B家計には企業から50の賃金が支払われるので、家計の所得は合計で100となる。そしてC代金として100を払うことでD100の財を手に入れる。企業は売り上げとして受け取った100のうち、50を次回の賃金の支払いに使うわけじゃが、残りはE企業の利益として貯め込まれることになる。これが剰余金じゃな。普通は企業の利益から株主に配当が支払われるのじゃが、ここでは支払わないものとする。すると企業の剰余金はどんどん増え続けることになるので、Fこれを資産課税として政府が50回収という寸法じゃよ。これがストックに課税する一つの方法じゃ。

ワシとしてはこれが良いと思っておるのじゃが、「内部留保に課税するとはけしからん」と経団連などが大騒ぎするかも知れないのう。おまけに「何が何でも消費税で」という人がいるので、消費税で考えてみよう。また、「働く人からカネを取って働かない人に配るのは反対」という人も多いので、なら消費税という形で消費者全てが広く負担するかたちにすることも一つの方法かも知れない。これはフロー(利益)に課税する方法になる。消費税を財源とすると、次のようになると思われるのじゃ。



まず@通貨を50発行し、Aベーシックインカムとして家計に50を支給する。B家計には企業から50の賃金が支払われるので、家計の所得は合計で100となる。そしてC家計が企業に代金を100支払うわけじゃが、この代金には消費税も含まれておる。ここでは分かり易いように消費税を100%にしてある。すると、支払い100のうち50が消費税になる。D家計は100の財を手に入れて、企業は100の代金を受け取るが、このうち50は次回に支払う賃金の原資となり、E50は消費税の仮受金なので、これは政府に納めることになる。

この方法であれば、企業から文句を言われる筋合いはない、むしろ経団連は消費税を増税したくてウズウズしているほどじゃからのう。だが消費税とは付加価値税でもあるので、企業の付加価値に税を課しているとも言えるんじゃ。付加価値税を増税されて喜ぶ不思議な人たちじゃ。

いずれにせよ、最初にベーシックインカムを行なうためのおカネを発行して供給しておるから、家計にも企業にも大きな負担はないと考えられるのじゃ。つまり、財源が資産課税だろうと消費税だろうと、ベーシックインカムは通貨の発行を先行して行なう必要があると思うのじゃ。

(ねこ)
なるほど、消費税を増税してベーシックインカムを行なう場合でも、通貨を発行し、そのおカネを回すようにすれば、家計や企業に大きな負担を強いることなく運用できるかも知れないにゃ。

(じいちゃん)
ところが「通貨発行などけしからん、ベーシックインカムの財源はあくまで消費税だけ、しかも財政再建しろ」という考えの人も居るようじゃ。こういうタイプのベーシックインカムをワシは「緊縮型ベーシックインカム」と呼んでおる。では、消費税を財源とした、緊縮型ベーシックインカムはどうなるか、考えてみよう(図3)。



緊縮型ベーシックインカムの場合は、通貨発行はしない。税収等で通貨を調達して@ベーシックインカムとして20を支給する。おカネを発行しないのだから、当然、支給される額は小さくなる。A家計は企業から賃金50を受け取るが、ベーシックインカムと合わせて所得は70しかない。もし財100を購入しようとすれば、貯蓄を切り崩す必要がある。そこでB家計は貯蓄30を切り崩し、C代金100を企業に支払って、D財100を手に入れる。企業に支払われた代金100のうち、50は次回の賃金支払いに、E残り50は消費税として政府に納められる。政府は納められた税金のうちF仮に30を財政再建に回すとすれば、残りは20となり、これがベーシックインカムの財源となる。

つまり、このサイクルを繰り返すたびに、家計の貯蓄(金融資産)が切り崩され、政府の借金(負債)が減ることになる。家計の貯蓄を財源として財政再建する仕組みなのじゃよ。なにか妙な気がするかも知れんが、金融資産(おかね)は金融負債(借金)によって生じるのが現代の通貨の基本システムじゃから、借金を返済する以上は、誰かの資産(貯蓄)を取り崩さねばならないわけじゃ。

(ねこ)
酷い話しだにゃあ、もし、家計が貯蓄を切り崩さないとどうなるのかにゃ。

(じいちゃん)
家計が貯蓄を切り崩さなければ、財を買うためのおカネが不足する。この場合、ベーシックインカム20と賃金50の合計である70しか収入がない。だから財の売り上げは100から70に減少する。つまりデフレ不況に突入するというわけじゃよ。最悪の場合、家計の貯蓄が減る上に、さらにデフレ不況になる恐れもある。おそらく、財務省がベーシックインカムを主張し始めると、これが起きると思うのじゃ。緊縮型ベーシックインカムには大きな注意が必要なんじゃ。

(ねこ)
ふにゃ、緊縮型ベーシックインカムには気をつけるのですにゃ。

(じいちゃん)
では、消費税によるベーシックインカムについて、もう少し細かく考えてみよう。無職の人はベーシックインカムだけで生活することになる。このばあいの通貨循環はどうなるじゃろうか(図4-A)。



まず@通貨を50発行して、Aベーシックインカム50を支給する。無職者の家計はこの50がすべての所得なので、B企業に50のおカネを支払って、C財50を入手する。この財の量で最低生活が可能であれば、最低生活保障となる。さて消費税が100%ということは、家計が支払った50のうち、25が消費税に該当する。従って企業は受け取った50のうちE消費税として25を政府に納付するが、無職者に賃金を支払うことはない。となると、企業には剰余金として25のおカネが貯まることになる(配当金の支払いがない場合)。そうなれば、政府に回収されるおカネは25となり、ベーシックインカム50を支給するには足りなくなる。これを防止するためには、企業の剰余金25を回収する必要があるため、消費税だけではなくF資産課税を併用することで剰余金25を回収する。このように考えられるのじゃよ。

(ねこ)
ふ〜ん、消費税単独でベーシックインカムを行なうのは難しそうだにゃ。ちなみに働いている人の場合はどうなるのかにゃ。

(じいちゃん)
働いている人の場合はあまり問題なさそうじゃ(図4-B)。



同じような図を何度も説明しておるので、詳細は省くが、この場合は企業に剰余金が貯まり続けることはないと思うのじゃ。

(ねこ)
うにゃ、それじゃあ、ベーシックインカムの財源としては、「資産課税の方法」と「消費税+資産課税の方法」のどっちでも成り立つから、どっちでも構わないのかにゃあ。

(じいちゃん)
「資産課税の方法」と「消費税+資産課税の方法」のどちらでも同じかと言えば、そうとは限らない。これはおカネの循環を単純化したマクロのモデルに過ぎない。人々がそれに沿って合理的に行動するわけではないのじゃ。実際の社会は個々の人々や企業の多様な行動が合成されて方向性が決まる。たとえば消費税を財源とする場合は、いくら最初におカネを発行して配ります、と言ったところで、いきなり消費税が100%だとそれだけで消費者心理が冷え切って、消費が抑制されてしまうかも知れない。おまけに、このモデルでは家計の貯蓄は考慮していない。人間はおカネを貯め込むのが好きらしいので、そうなった場合は家計の貯蓄に課税する方法も検討する必要が出てくる。人間が常に合理的な行動をするなら、誰も苦労はしないじゃろう。

とはいえ、おカネの循環から考えるとスッキリわかりやすいと思う。財源ガーとかシャッキンガーとか、単にそれだけを見て騒ぐ連中のバカバカしさがより明確になる。税と通貨循環の関係も分かるはずじゃ。マクロにおいては、おカネを介して全てが繋がっており、経済は一体のシステムなのじゃ。

じゃがこうした考え方は新聞マスコミには決して出てこないじゃろう。マスコミの意図がバレてしまうからな。マスコミは報道しないことで世論を操作する。もちろん、これはワシが勝手に考えたシミュレーションじゃから完璧なものではない。ミスもあるじゃろ。じゃが、単にプライマリーバランスだの、国の借金だのという話ではなく、こうした通貨循環から経済、あるいはベーシックインカムを考えることの大切さを理解して欲しいと思うのじゃ。
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