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[3338] ねこでもわかる経済問題
日時: 2020/06/11 14:13
名前: ねこでもわかる経済問題サイトから転載 ID:3SQDi4bg

このスレッドは「ねこでもわかる経済問題」のサイトからの転載をします。
皆様が自然と受け入れておられ、それより手段がないと思われている市場主義経済のルールを、別の観点から見直しているもので、将来の社会のあり様を考えるとき、非常に参考になります。
多くの記述がありますので、興味を引いたものを少し紹介しまます。

まずは、ベーシックインカムから始めましょう。

https://sites.google.com/site/nekodemokeizai/beshikkuinkamu/korona_bi


「コロナ危機とベーシックインカムの重要性」

<市場経済(交換経済)は危機に脆弱である>

(じいちゃん)
コロナ肺炎の感染拡大によって、日本の経済が深刻なダメージを受けるのではないか、と心配されておる。すでに観光やイベント、外食、小売りといった第三次産業を中心に、前例のないほどの売り上げの落ち込みが生じ、多くの企業が倒産のリスクにさらされておる。そのため、経済が危機的状況になるのではないか、と心配されておるのじゃ。

(ねこ)
でも、売り上げが激減しているのは観光やイベント産業のような一部の業種ですにゃ。それなのに、どうして日本経済全体の危機を引き起こす心配があるのかにゃ。

(じいちゃん)
それは、現代経済の基本システムが「市場経済」であるためじゃ。市場経済とは、別の言い方をすれば「交換経済」と言える。つまり、物々交換の仕組みが、その根底にあるんじゃ。

(ねこ)
今の社会では、物々交換なんかしてないにゃ。

(じいちゃん)
左様じゃな、確かに物々交換はしていない。今日の市場ではおカネを介してモノが交換されておる。が、本質的には物々交換なんじゃ。大昔はカネなんかなかったから、市場経済の起源は「物々交換」じゃった。自分たちが生産したモノを市場に持参して、他の人の生産したモノと交換することが行われたと考えられる。こうして、多くの人が様々なモノを生産して、互いに交換することで成り立つのが市場経済じゃ。

物々交換において重要なのは、「参加者がそれぞれに、交換できる何かを生産すること」が前提となる。

例えば、お米を作るAさんと、魚を取るBさんが、それぞれに100の米と100の魚を生産していたとする。そのうち米50と魚50を市場で互いに交換することで、それぞれが米と魚の二つの財を手に入れることができる。つまりAさんもBさんも豊かになれるわけじゃな。

しかし、もし干ばつになってAさんのお米がとれなかったらどうなるか?この場合、Aさんには交換するものが全くないので、Bさんとお魚を交換することはできない。だからAさんは飢えてしまう。一方、Bさんはいつも通り魚100を生産したが、Aさんには交換するものが何もないので、Aさんに魚を渡すわけにはいかない。代価が払えない人には渡さない。そのためBさんは魚50が余ってしまい、腐らせて捨てることになる。つまり、経済が破綻すると言える。

(ねこ)
う〜ん、確かにAさんはかわいそうだし、行き場がなくて腐ってしまうお魚はもったいないけど、代価がなければ渡すわけにはいかない。経済には常に代価が必要。タダでモノはあげられない、フリーランチはない、そんなの当たり前のような気がするにゃ。おカネを介する場合はどうなの?

(じいちゃん)
おカネを介したとしても、基本的には物々交換と同じじゃ。なぜなら、一旦は「おカネと交換する」が、結局は、「おカネとモノを交換する」ことになるからのう。例えば、Aさんが米50をBさんに50円で売り、50円のおかねを手に入れる。その50円をBさんに支払って、Bさんから魚50を買うことになる。この時、おカネ50円がAさんとBさんの間をぐるぐる回ることになる。おカネがまわる、と俗に言われるのはそういうことじゃな。もちろん現代の市場は複雑化しているので、ここまで単純ではないが、基本的にはそういうことじゃ。

この場合も、やはりAさんが干ばつで米の生産ができなくなると、売るものがないので、おカネが手に入らない。だからAさんは飢えてしまうし、Bさんは魚が余って腐らせてしまう。このとき、AさんとBさんの間のおかねは、回らなくなっている。つまり、おカネがまわらないと、経済が破綻する。

今回のコロナ肺炎の場合で考えてみると、中国からの観光客がストップして観光業はほとんど売り上げがなくなった。つまり、観光サービスの生産ができなくなった。売る商品(観光商品)がなくなった。だから観光産業の従事者は給料がなくなって飢えてしまう。一方、観光産業の従事者の給料がなくなると、観光産業の従事者の購買力がなくなるので、他の産業が生産したモノも売れなくなって、売れ残りが生じ、売り上げが減る。つまり世の中のおカネが回らなくなる。こうして経済全体に「モノが売れない」という悪影響が広がって、経済が大きなダメージを被るんじゃよ。

(ねこ)
う〜ん、ひどい話だけど、これは避けられないんじゃないかにゃ。経済活動の仕組みから言って、必然的に生じることだと思うにゃ。

(じいちゃん)
普通の人はそう思うじゃろう。しかし、ところ変われば品変わる、というか、経済システムが変わると状況は一変する。市場経済だけが唯一無二の経済システムではない。別の経済システムの場合、必ずしも同じようになるわけではないのじゃ。たとえば共産経済じゃな。

<共産経済(分配経済)は危機に強い>

(ねこ)
共産経済って、共産主義のあれかにゃ。イメージ悪いにゃ。

(じいちゃん)
まあ、そう言うじゃろうと思ったが、まあ、まずは我慢して聞いてくれ。共産経済と言っても、昔のソビエトのような独裁政治体制としての共産主義じゃなく、原始共産制のことじゃ。原始共産制とは、昔の人々の社会のことじゃよ。

昔の人々は集落を形成して、共同で生活していたと考えられる。その場合、人々は互いに協力したり、手分けして野山へ行って猟をしたり、木の実や山菜を収穫していたじゃろう。そして、みんなで協力して収穫した食料などは、集会所に集められて、人々に公平に分配されていたと考えられる。例えばAさんとBさんがそれぞれ手分けして、Aさんが山に栗を拾いに行って100の栗を手に入れ、Bさんが海へ行って100の貝を拾ったとすると、それを持ち寄って、二人で山分けにする。するとAさんもBさんもそれぞれ50の栗と50の貝を得られて、一人で収穫するよりも豊かになれる。共同で労働し、労働の参加者全員にモノを分配する方法じゃな。交換ではなく、分配じゃ。

そして、もし仮に山へ栗を拾いに行ったAさんが、運悪く栗が一つも拾えなかったとしても、共同体の場合、Bさんが取ってきた貝の半分を分け与えらえる。なぜなら、みんなで分配するのが当たり前じゃからじゃ。逆に言えば、海が荒れてBさんが貝をまったく拾えないこともあるじゃろう。そんな時もBさんに栗が分け与えられる。このように、共同で生産して共同で分配する経済のシステムは、仮に一つの部門や一つの地域に問題が発生したとしても、それが経済全体を機能不全にすることはないのじゃ。

(ねこ)
へえ、例えば今回のコロナ肺炎の場合はどうなるのかにゃ。

(じいちゃん)
共産経済であれば、基本的には生産物は政府が集めて分配するし、サービスも政府が提供するんじゃ。じゃから、生活必需品は政府がすべて集める。そして政府が市場に商品を並べて、販売する。国民には政府からおカネが支給されるので、このおカネを使って政府から商品を買ったり、政府の店でサービスを受けることになるんじゃ。

じゃから、例えば観光産業が売り上げゼロで壊滅状態になったとしても、観光産業の従業員に給料が支払われて、買い物ができる。共産経済では生産物を手に入れるための「代価」を必要とせず、おカネというかたちで財やサービスの分配を受けるからじゃ。あるいは、コロナ肺炎の感染予防のために会社を休んだとしても、きちんと給料が支払われて、買い物ができる。市場経済では「労働の代価」として給料が支払われるが、共産経済では代価ではなく、分配として支払われるからじゃ。

(ねこ)
にゃー、すごいにゃ。みんなで財を生産して、みんなで財を分配する共産経済もいいにゃ。これなら、仮に自分のところに不幸が降りかかってきても、他の人と助け合って、安心して生活できるにゃ。でも、そんなの大昔の話であって、今じゃ、まったく時代遅れなんじゃないかにゃ。通用しないんじゃないの?

(じいちゃん)
ところが、今でも共産経済に近いシステムがしっかり機能しておる。それが「会社」じゃ。会社というシステムは、共同体にとても近いと考えられるのじゃ。特に日本では、その共同体意識が高いと考えられる。

会社には営業部門や生産部門など、部門ごとに役割分担があって、それぞれが仕事をして、その成果が売り上げ利益として出てくる。これは各部門が協働して生まれた利益じゃな。この利益が、給与制度という分配のルールに沿って、社員に公平に分配されていると考えることができるのじゃよ。もちろん給料の額に差はあるけれど、あくまで「分配」という形になっておる。

この場合、例えば、東北地区の営業部門が地震災害で売り上げがゼロになってしまったとしても、東北の営業部門の社員の給料がゼロになったり、極端に減らされることはない。つまり、必ずしも労働の対価としてのみ給料が支払われているのではない。共同作業という意識が根底にあるはずじゃ。だからこそ社員は「自分の会社」という意識を持つし、仲間意識もある。

(ねこ)
なるほどにゃ〜、会社というのは生産共同体であって、その内部システムは「共産経済」にすごく似ているんだにゃ。だから、会社の各部門が互いに支えあって生活していると言えるにゃ。どこかの部門が打撃を受けても、会社としてカバーするんだ。とってもいいと思うにゃ。だったら、社会全体にも会社の仕組みを広げたらいいんじゃないのかにゃ。

(じいちゃん)
会社のようなしくみを、社会全体に広げたら、それはまさに共産主義じゃ。会社では、経営陣が生産計画や販売計画、開発計画を立てておるが、共産主義になると、政府がそうした決定を行うようになる。計画経済じゃな。じゃが、すでに広く理解されておることじゃが、共産経済は資源の利用効率が市場経済に比べて低い。その理由はややこしいので省略するが、社会全体を共産経済にすれば済む、という単純な話にはならないんじゃ。

(ねこ)
むずかしいにゃ。

(じいちゃん)
じゃから、ワシも「世の中を共産主義にしろ」と主張しているわけではない。そうではなくて「市場経済システムだけが唯一無二で、最高のシステムであって、そこで発生する問題は避けがたいのだから、仕方がない」という考え方になってしまわないように、視野を広く持って欲しいということじゃ。市場経済システムには長所と短所があり、共産経済システムにも長所と短所がある。短所を補うべく、それぞれから参考にすべき点があるはずなんじゃよ。

<ベーシックインカムによって、脆弱性がカバーされる>

(じいちゃん)
ところで、「ウィルスが蔓延しても、人間の代わりにロボットが働けば経済が動くんじゃないか」と思う人がいるかもしれない。しかし、それは根本的に違うのじゃよ。モノが生産されなくなるから、モノ不足で経済が破綻するのではなく、本質的に言えば、カネが回らなくなるから経済が破綻するのじゃよ。市場経済では経済活動に常に代価が必要だから、カネが回らなくなると、即、経済がマヒしてしまう。

本来であれば、生活必需品の生産さえ確保できれば、そのほかの生産は消費を我慢すればいいだけの話じゃ。たとえば、観光をしなくても、命に係わるわけじゃないから、観光なんかしなくても本質的には困らないんじゃ。しかし、他の産業で生産された生活必需品、例えば食料や衣類を手に入れるためには、必ず「代価」が必要となる。その代価を得るために、必要・不必要にかかわらず、生産活動をやめることができない。生産をやめると、交換できなくなるから、常に交換するための何かを作ることになる。

つまり、生産できなくなるから経済が崩壊するのではなく、生産しないと売り上げがなくなって、賃金がもらえなくなるから、世の中のカネが回らなくなって、経済が崩壊する。だから生産を止められない。

(ねこ)
ということは、たとえ会社の売り上げが全滅しても、その関係者がおカネをきちんともらえるなら、世の中のおカネが回るから、経済は崩壊しない、ということかにゃ。

(じいちゃん)
そういうことなんじゃ。もちろん、生活必需品の生産は欠かすことができない。生活必需品が生産できなくなったら、そもそも分配するモノやサービスがなくなるのだから、おカネが回ろうが何しようが、経済は成り立たない。しかし、生活必需品の生産に支障をきたしていないのであれば、おカネさえ回せば、経済が完全にマヒしてしまうことはないんじゃ。

じゃから、いま、コロナウィルスで売り上げに大きなダメージを受けている人たちの所得を補償することは、すごく大切なんじゃよ。それは単にダメージを受けている人たちの生活を支えるという意味ではなく、カネが回らなくなって自分たちにも悪影響が及ぶ、ということがないように予防する意味もあるんじゃ。「政治家が人気取りのためにカネをばらまいている」とか批判があるが、それはまったくの間違いじゃ。

(ねこ)
被害の大きい産業の従事者は、会社が給料を払えない場合、政府が代わりに給付金を支給する必要があるんだにゃ。給料が減額された場合もそうにゃ。そうすれば、世の中のカネが回って、経済を支えられる。

(じいちゃん)
そうじゃ、そして企業の倒産を防止するため、企業への資金繰り支援も必要となる。が、この話は長くなるので、今回は省略するのじゃ。

(ねこ)
でも、ふと考えてみると、コロナ肺炎が流行しても、「それが必要であろうとなかろうと、生産しなければ生活できない」という理由で、多くの人が会社を休めない、なんて、変な気もするのですにゃ。仮にコロナ肺炎が流行していなかったとしても、「ひたすら生産と消費を繰り返さないと、経済が成り立たない」という社会は変ですにゃ。

さすがに「生活必需品だけ生産すればいい」とは言わないけど、世の中に売られているものは、なければ本当に困る、という商品ばかりじゃない。市場で交換する商品を生産するために、ストレスや疲労を貯めてまで必死に働かなくても、世の中のおカネがきちんと回るような仕組みがあれば、ほどほどに働いて、生活に時間的なゆとりが生まれるような気がするにゃ。

(じいちゃん)
まさに、その通りじゃな。生活に必要な財の生産が十分に行われるなら、本来であれば、それ以上に働く必要はない。もちろん、仕事が面白くて、生きがいで、24時間働いても苦にならない人もおるじゃろうから、それはそれでいいのじゃ。しかし、「給料が無いと生きていけないから、とりあえず働いている」という人も非常に多いし、仕事に生きがいを感じている人でも、もっと時間的なゆとりが欲しいと考える人もおるじゃろう。

だから、「労働の代価」として賃金が支払われるだけではなく、「共同体による分配」として支払われる部分があっても良いと思うのじゃ。それがベーシックインカム、国民配当の考え方に結び付く。もちろん、この配当をいきなり増やすことは現実的ではないから、例えば毎月国民一人1万円の支給から始めても良い。そして徐々に毎月の支給額を増やしてゆくわけじゃ。それが人々の物質的なゆとりを増やし、やがては時間的なゆとりへと、つながってゆくはずじゃ。

また、同時に人工知能やロボットの技術革新が進んで、人間の労働時間が減るようになると、そもそも労働の代価として国民に支払われる賃金の金額は減少傾向に向かう(技術的失業問題)。人間の労働時間が減るんだから、「労働の代価」としての賃金が減るのは当たり前じゃな。そうなると、世の中のおカネを回す、という意味から「共同体による分配」が重要になってくるんじゃ。
メンテ

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ベーシック・インカム ( No.5 )
日時: 2020/08/02 16:43
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:H.VkZCdk

ロボットとAIによって20年後の日本では50%の仕事が奪われる?!。そんな予測が多くの専門家から指摘されています。もしそうなれば失業者が溢れデフレ恐慌で経済が崩壊してしまいます。そうしたリスクに備えてベーシックインカムという仕組みがにわかに注目を集めてきました。ベーシックインカムとは就労している、していないにかかわらず、全ての国民に一定の所得を無条件に給付する仕組みです。一方、ベーシックインカムは大多数の人々にとってまだ理解が進んでいるとは言えません。

ベーシックインカムと聞けば多くの人は「最低限の生活保障」つまり社会保障の延長であると考えがちですが、その考えはすでに時代遅れになりつつあります。ベーシックインカムは社会保障ではありません。社会保障を必要としない未来社会を実現するための、新しい経済システムなのです。テクノロジーの進化によって人間の労働が不要になりつつある現代、資本主義や共産主義というそれまでのイデオロギーに変わる新しい時代の幕開けがまもなく始まろうとしています。


>ベーシックインカムの時代が始まる: その理由と財源および導入手順(書籍)

<目次より>

第1章 ベーシックインカムの時代が始まる
(1)テクノロジーが経済を破壊する
 人工知能と深刻化する失業リスク
 これまでの失業問題とはワケが違う
 従来の雇用対策は通用しない
 このままでは経済が破綻する理由
(2)ベーシックインカムによる解決法
 ベーシックインカムによる通貨循環
 所得は労働の対価なのか
 資本の独占が正当化された理由
 ベーシックインカム以外の解決法
 労働なしに生まれた富は誰のものか
第2章 ベーシックインカムの効果と懸念
(1)ベーシックインカムの効果
 ・デフレ脱却と景気回復
 ・産業空洞化への対策
 ・貧困と格差の解消とブラック企業の根絶
 ・生産性の向上
 ・資源の効率的利用
 ・「もったいない」の精神が活きる
 ・GDP至上主義からの脱却
 ・人口増加の効果
 ・地方経済と農業の活性化
 ・自殺や犯罪の発生率低下
 ・社会保障制度の効率化
  ほか
(2)ベーシックインカムの懸念
 ・自分の生活が犠牲になる
 ・働く人が減って経済が衰退する
 ・共産主義国と同じ考えではないのか
 ・モラルハザードになる
 ・社会や文明が進歩しなくなる
  ほか
第3章 ベーシックインカムの導入方法と財源
(1)ベーシックインカムの導入方法
 満額支給スタート方式
 小額スタート増額方式
 年金&子供手当て方式
 失業給付方式
(2)ベーシックインカムの財源など
 通貨発行と法人課税が基本財源
 デフレ不況を引き起こす貯蓄の問題
 金融資産課税の併用
 社会保障費の付け替え
  など
(3)ベーシックインカムと通貨改革
 通貨制度の仕組みと改革の必要性
 ビットコイン技術のベーシックインカムへの応用
 ベーシックインカム通貨が主流通貨となる
第4章 未来社会と予想される課題
(1)未来社会とベーシックインカム
 ベーシックインカムの持続可能性
 未来社会に求められる価値観
(2)ベーシックインカムに関わる課題
 平等に貧しくなる危険性
 富裕層による資源の独占
 人口爆発と環境破壊の影響
 ベーシックインカムを阻害するグローバリズム
 グローバル・ベーシックインカムの未来

(文字数:約11万文字)

<本文より〜「はじめに」を転載>

 「ベーシックインカム」という言葉をご存知でしょうか。ベーシックインカムの知名度は最近高まっていると思いますが、それでもご存じない方はまだ多いのではないでしょうか。ベーシックインカムとは、ベーシック=基礎的、インカム=所得、すなわち国民に基礎的な所得(おカネ)を給付する制度のことです。これを国民への配当金と考えて「国民配当」と呼ぶ場合もあります。ベーシックインカムは人々におカネを給付することにより、すべての人々の生活を豊かにする政策です。おカネを支給する政策は一般に社会保障であると考えられています。ただし、これまでの社会保障の考え方は貧しい人の生活を支えるために行われてきましたが、それとは異なり、ベーシックインカムは個々の家計の所得の貧富に関わらず、無条件にすべての家計に等しい金額のおカネが支給されるのです。生まれたばかりの赤ん坊から高齢者まで、男性も女性も、働いている人もそうでない人も、資産家も貧困な人々も、政府から同じ金額の給付金が定期的に支給されるのです。

 どの程度の金額を国民に支給するのでしょうか。支給金額については主張する人や目的によって幅があると思いますが、一般には「必要最低限の生活が可能な金額」と考えられています。つまり最低生活保障と考えられています。なぜそのように考えられているのでしょうか。ベーシックインカムは最近になって提唱されるようになった政策ではなく1960〜70年代から主張されていましたが、その当時は貧困者対策としての側面が強かったため、伝統的なベーシックインカムの考え方の根底には社会保障の理念が今でも強いと考えられます。しかし今日におけるベーシックインカムは社会保障を目的とした考え方だけではなく、肥大化する行政の効率化あるいは人工知能やロボットの進歩が引き起こす技術的失業問題(後述)に対する解決策として様々な分野の人達に広く支持されるようになりつつあります。そうした観点から言えば、それぞれの立場によってベーシックインカム政策が国民に給付すべき金額は異なり、最低生活保障として毎月12万円程度(現在の生活保護の水準)の支給から毎月1万円のような小額の支給まで含め、幅広く考えることができると思うのです。あるいは最低生活保障を「狭義のベーシックインカム」、金額の多少に関わらず全ての国民に継続的に支給される給付金を「広義のベーシックインカム」と考えることもできます。いずれも共通する点は「すべての国民に無条件で所得が支給される」ことです。本書ではどちらかと言えば広い意味でのベーシックインカムを考えています。つまりベーシックインカムは毎月1万円の小額からスタートして徐々に増額し、やがて最低生活を保障できる毎月12万円に到達し、その後も増額を続け、未来において人々の生活をより豊かにする基本制度となるはずだと考えています。それは後ほど詳しくご説明します。

 今日、ベーシックインカムはその効果や影響について多くの国で実験が始められています。フィンランドでは2017年1月から失業者2,000人を対象に毎月560ユーロ(約6万8,000円)を2年間支給する実験が開始されました。またオランダのユトレヒト市において福祉受給対象者となっている人の中から300人を選んで毎月900ユーロ(約12万円)を支給する実験がまもなく開始されるといいます。他にもアメリカのオークランド市、アフリカのケニアでベーシックインカムの実験が計画されているといいます。過去の実験としては、カナダのマニトバ州ドーフィンで1974年から1979年にかけて行われた例があり、その効果としていわゆるワーキングプアに該当する貧困者数が減少し、支給対象者の生活が安定する効果が得られたとの結果が出ているようです。またインド政府がベーシックインカムの導入を前向きに考えている趣旨の発言をしたようです。EUでは2016年にベーシックインカムの賛否を問う初の本格的な世論調査が行われました。この調査はEUの支援を受けた調査会社が28カ国のべ1万人を対象に行っており信頼性が高いと思われます。それによれば64%の人々がベーシックインカムの導入に賛成であり、反対は24%に過ぎませんでした。賛成者の多かった国は順に1位が71%でスペイン、2位が69%でイタリア、3位が63%でドイツ、4位が63%でポーランド、5位がイギリス、6位がフランスとなり、経済規模の大きな国を中心に賛成派が多数を占めていることが判ったそうです。その一方、2016年6月にスイスで実施されたベーシックインカム導入の可否を問う国民投票では、反対多数で導入が否決されています。まだまだベーシックインカムの実施については超えるべき壁が大きいようです。

 日本ではベーシックインカムの導入に関する公的な大規模アンケートは実施されていないと記憶しています。インターネット上での調査は見られますが、必ずしも賛成意見が多いわけではなさそうです。アンケートに反対意見として書き込まれた内容に目を通した印象から言えば、反対意見の多くには次のような共通点があると感じました。

@ベーシックインカムの財源を確保するため増税されると自分が損をする。
Aベーシックインカムは働かない貧困者にカネを与える不道徳な社会保障。

 こうした意見には社会保障の古い考え方に基づく誤解や思い込みが強く影響しているように思われます。これまで「ベーシックインカムは社会保障制度」と考えられてきましたが、今では社会保障制度とはまったく別の側面からも注目されています。社会保障制度ではなく社会保障制度を必要としない豊かな社会を実現するための「新たな経済システム」と考えることもできます。従来の社会保障とは異なる考え方であるため、制度の導入に当たって人々(家計)への増税が必ずしも必要ではありません。新しい視点におけるベーシックインカムの本質は所得の再分配政策ではなく「所得の分配政策」なのです。ですから一部の富裕層を除き、大多数の人々はベーシックインカムによって損をすることはありません。また働かない貧困者の救済を目的としたものではなく、すべての人々の豊かさを底上げするための政策なのです。もちろんベーシックインカムを推進する人々の中には、消費税を増税して財源を確保すべきとの主張もあります。しかしこれは供給力が不足していた頃の古い考え方だと思います。テクノロジーの進化によって供給力が極めて大きくなった現代社会では、経済におけるおカネの流れを良く観察すれば、消費税や所得税を増税することなくベーシックインカムの財源を確保する方法は見つかります(後述)。

 ネットにおける多数の書き込みを観察すると、ベーシックインカムに人々が反対する大きな理由は「自分は損をしたくない」と考えているためであると思われます。人間なら誰しもそう思うのが当然でしょう。しかしそうした不安は本書をごらんいただければ杞憂に過ぎないことがご理解いただけると思います。それどころか人工知能やロボットが急速に進化しつつある現代社会においてベーシックインカムを導入しなければ、需要不足のためにやがて経済はデフレ恐慌へ突入し破綻してしまう恐れが十分にあるのです。ベーシックインカムの導入は不可避です。もはやベーシックインカムの是非を議論する段階ではなく、導入は必然であり、残された課題は「いつどんな方法で導入するか」だけであると思うのです。

本書へつづく・・・
メンテ

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