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[99] 高山 渚 さんのスレッド <官僚論・東大論
日時: 2009/08/29 20:24
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2900  日本の教育の見直し 
□投稿者/ 高山 渚 -(2008/02/10(Sun) 11:27:01) [ID:xRpRbi5Z]

親記事
引用
日本の教育は一日でも早く革命的改革が必要な国家事業だと私は思います。

日本の教育は入学試験に合格するための受験教育に過ぎません。そしてその弊害を象徴的に示す最近の新聞・雑誌の記事を二つあげてみます。

一つは、日経新聞でJFE(日本鋼管と川崎製鉄の合弁)が官需減少のため海外からごみ処理プラントを受注したところ受注に見合う技術レベルが追いつかず大幅の赤字損失を計上した。また石川島播磨重工の発電用ボイラーも荏原の廃棄物処理施設も結局、見積もりに見合う技術的裏づけがなく海外受注したものの解約や工事の遅れで大幅な損失を出しているというものです。

もう一つは、週刊文春の記事で、千名の女性からみた嫌いな大学アンケートで、1位東大176票、2位早稲田138票、3位慶応89標、4位京大29票で、その理由はいずれも「自分は頭が良いという自己中心的価値観」ということに集約され、いずれも自分の同門と群れを作っている(企業や官庁にはびこる学閥の原点)という指摘です。多くの大学卒がいる中で、京大は除外できても、上位3校は10%以上の人が不快に感じ、少なくとも尊敬されない人間集団であり、この国の難関校なるものの教育の実態を極めて良く示す証拠でもあります。

この一見全く無関係に見える現象こそが、喫緊に革命的な改善を加えなければならない日本の教育の姿を表しています。そして入学試験の点数の高さのみに関心を奪われた難関校の当事者自身が、入試点数が高ければ我が校は超一流と鼻を高くし、自分の学校の教育内容などどうでもよいという極めて愚かで低級な、これを愚劣と言いますが、愚劣人間によって日本の教育が荒廃させられていることを私たちは確認することができます。

最初の記事は、戦後の日本の高度経済成長を支えたものが高品質の製品製造を可能にした技術教育、職業教育を受けた技術者でした。しかし、この30年間の間に難関東大を頂点とする受験教育にこれらの生徒が巻き込まれ、内容のない大学教育の犠牲になったことを示しているのです。

日本の労働生産性を見ると、いまや先進30カ国中19位です。大学卒が多い第三次産業のサービス業は最下位なのです。しかし製造業の第二次産業がアメリカに次いで第2位なので、全体で19位にとどまっているに過ぎません。日本を支える産業が農業などの一次産業や製造業の2次産業であるのもかかわらず、受験名門合格を最優先させる教育改革などまさに狂気の沙汰であることを申し上げたいと思います。

メンテ

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Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.19 )
日時: 2009/08/29 21:08
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2392  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/10/09(Tue) 15:53:00) [ID:QveveMQR]

Res84
引用
nyanfoさん
私のこの論証も自分の経験から骨子を作っていますが、貴方のご経験による検証は、更にこの論証に公平さを与える上で、大変有難いものです。

今日は東大主導文科省による「大学構造改革」なる欺瞞に満ちた政策を取り上げます。
これは21世紀COE(Center of excellence)プログラムというもので、「研究拠点形成費等補助金」という科学研究費とは別のお金配分プログラムです。

その主旨は「我が国の大学が、世界トップレベルの大学と伍して教育及び研究活動を行っていくためには、第三者評価に基づく競争原理により競争的環境を一層醸成し、国公私を通じた大学間の競い合いがより活発に行われること」とされています。

そして各大学から提案された課題について第三者委員会が評価してトップ30と呼ばれる大学が選ばれ、総額180億円、1件年間1〜5億円が5年間補助されるという仕組みです。
ところが、「選考過程は非公開。結果は公表するが、理由などどこまで公表するかは決まっていない。」とされ、委員長の東大卒ノーベル賞受賞者江崎玲於奈は「将来構想を重視したい。評価は主観的なもので、客観的なものはあり得ないと思う。評価者の見識に任せるしかない」というのです。

それで採用件数はどうかというと次の通りです。
11件: 東大,京大
 7件: 阪大,名大
 5件: 東北大,早稲田,慶応
 4件: 北大、東工大、九大
 3件: 筑波大、立命館大
 2件: 農工大、東京外大、奈良先端大,横浜国大,豊橋技術大,広島大

競争原理により競争環境を醸成する必要があるなら、研究費で差別してきた環境を一度すべて取り払い、公平に研究費を配分した後で第三者の評価にかけるのが競争原理の最初です。競争する前から研究費や設備費で差別したら、競争も何もありません。競争という言葉そのものを使うのもおこがましい。研究費があるほうが研究実績を上げるのは当然です。

もし東大が優秀であるというのであれば、下位の大学に多く補助金を逆配分して、改めて競争原理による評価を行うべきなのです。国立2期校と呼ばれた地方の大学は研究費が満足に貰えず、大学院もなく、戦後は国立1期校と呼ばれた旧帝大系大学に研究実績を独占されてきたようなものでした。

地方の国立医科大学の基礎科目担当の教授は、研究費が100万円に満たない年もあり、文科省の科研費審査は毎年落選続きと嘆き、その一方では東大卒の独立行政法人研究所の教授は年間6千万円、5年3億円の研究費を貰っているのです。論文数に差がでるのは当たり前で、Nature誌にも論文掲載の実績を持つ医学部教授は日本語の論文すら満足に書けない状況に追い込まれています。

東大以外の大学からの不満や批判に応えて、こんな欺瞞に満ちた構造改革の政策を出してきましたが、今までのあり方ではダメということは、少なくとも東大ではダメだという意味以外にはあり得ません。他の大学は世界と競争など研究費すら満足にないのですから、夢のまた夢でした。こんな不平等を半世紀以上続けて来ても恬として恥じないこの傲慢さペーパー試験によって支えられて来たのです。これ以上の下劣な後進性はありません。まともではないのです。

構造改革の本質は入試点数序列に従って予算を配分してきた誤りを正すものでなければなりません。入試難関が研究員の資質など保障しないことはもはや常識の部類です。それに日本の教育費は入試難関の研究員だけのものではあり得ない。江崎玲於奈が主観的に将来性に期待するというならなおのこと、無名でも全ての研究者へ予算を配分すべきことは論を待たないことです。彼らだって選ばれた人間だからです。それから公平に評価すればいいのです。

しかしこのような自明な理屈でも上の採択件数に見るように考慮されることはまずありません。だからこの日本の国は、東大が主導して行う政策の全てが必ず先の戦争のように破滅に進むことを私達日本人は肝に銘じなければならないのです。


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