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[1101] 貧困の構造
日時: 2011/06/15 10:15
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:dsDdpM5o



ここに人口減少県の推移を上げる。

1920〜25年   2
1925〜30年   0
1930〜35年   3
1935〜40年   22
1940〜47年   3
1947〜50年   1
1950〜55年   7
1955〜60年   26
1960〜65年   25
1965〜70年   20
1970〜75年   5
1975〜80年   0
1980〜85年   1
1985〜90年   18
1990〜95年   13
1995〜00年   24
2000〜05年   32

これは人口が流出した都道府県の数であり、人数をあらわしているものではない。
年配の方ならこれが示す意味を御分かりでしょう。

1955〜70年の時代は、それこそ我が国の経済も行け行けドンドンの時期であり、都市部の人手不足を解消するため、都市部で働くために人口の大きな移動が続いた。
ところが、1985〜現在に至る都市部への人口の集中は、我が国の生産体制が海外へシフトを始めた時期であり、労働を求められて移動していた時代と様相が異なる。
さらに、地方からの人口の流出は年々激しい勢いで増している。
2000〜05年に至る過程は異常な数値となっている。

これが意味するところは、1985年頃に起きた「前川レポート」の論理に基づいて、この頃から地方の切捨てが始められ、地方で職がない人が、都市部を頼って流出した事になる。
都市部でネットカフェに宿泊する人間や、公園を住居にする人たちが目立ち始めた頃とも一致する。

ワーキングプアは現実に存在するのである。
5年に一度、国政調査を行いこのような統計も掴みながら、政策に何の反映もしてこなかった、自民党政権の本質は、年金問題に留まらず斯くのごときものである。
都市部のタクシーが異常に増え、少ない給料で働く運転手のことなどを、規制緩和の影響などと、話をそらして平然としている奴等を一刻も政権に留めておくことはならないのだ。

メンテ

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Re: 貧困の構造 ( No.129 )
日時: 2016/02/09 12:23
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:dmkX7GEs

このスレッドは、日本の現状を知るために書いているものです。
色々とデータを集めています。

ご覧ください。

メンテ
技術の進歩が貧困をもたらす ( No.130 )
日時: 2016/02/09 14:37
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:dmkX7GEs

https://sites.google.com/site/nekodemokeizai/jing-jino-ben-zhitookane/ji-shuno-jin-buga-pin-kunwomotarasutoiu-mao-dun

<ネコでも解る経済問題>サイトより全文紹介

科学技術が進歩して生産性が向上すれば人々の生活は豊かになると誰もが思うでしょう。ところが現実はその反対です。科学技術の進歩により、安い価格で大量の商品が生産できるようになると、逆に失業がどんどん増えるのです。今まさにその矛盾が日本を襲っています。

<市場経済の致命的な欠陥>

科学技術が進歩して、機械やコンピューターが人々の労働を軽減してくれるなら、人々にゆとりが生まれ豊かな社会になる。子供の頃、多くの人はそう信じていたはずです。たとえばすごく高度なロボットが現れて、人々の代わりに労働をすべて担ってくれるなら、人々は労働から解放されるはずです。そして、人々はスポーツや芸術や学問の場で競い合うことによって、人間のさらなる可能性を追求するようになる。まあ、すこし現実離れした夢のような話ですが、でも、科学技術が進歩すれば、その夢に向かって徐々にでも前進するはずでしょう。

ところが現実は逆です。科学技術の進歩で生産性が高まると、労働力がいらなくなります。すると企業はコストダウンのために人々を解雇するようになります。コストダウンにより企業は、より安い価格で商品を大量に生産できるようになります。ところが日本のあちこちの企業で同じように生産性の向上に伴って人々を解雇するようになると、社会にどんどん失業者が増えます。失業者が増えることで商品を買うことのできる人も減ってしまいます。すなわち、技術革新により安い価格で大量の商品が生産できるようになる一方で、それを買える人がどんどん減っていくのです。そして商品を買える人が減るため商品が売れ残るようになり、デフレになってしまいます。驚くべきことに科学技術の進歩が原因で経済が衰退するのです。その引き金を引くのは「コストダウン」というおカネと市場の理論です。「生産と分配」という本来の目的を無視しておカネの理論が暴走しているのです。

少し考えれば、多くの人がこの異常な矛盾にすぐに気づくはずです。ところが、政治家も経済学者も、当然ながらマスコミも、この最大の矛盾を正面から問題提起する人は誰もいません。未だかつて、その答えを聞いたことも見たこともありません。

<新自由主義が矛盾を増幅する>

かつて終身雇用制の日本では、このような矛盾は露骨に表面化してこなかった。なぜなら、終身雇用だからコストダウンのために、社員を簡単に解雇することはなかったからです。確かに社員を首にできないぶんだけコストは下がりにくかったかも知れないが、逆に失業が増えないことで人々の購買力は維持され、商品が売れなくなることもなかったのです。それが日本の高度成長期の厚い中間所得層、いわゆる「日本総中流」の実態であり、これが貧富の格差の少ない日本を実現していた。物価は高くとも、貧富の差は少ない社会だった。

ところがアメリカからグローバリゼーションと新自由主義が導入され国際間のコスト競争が激化した。そして企業は海外とのコスト競争に打ち勝つためにコストダウンを迫られ、雇用の流動化が進む中で容易に社員を解雇するようになり、終身雇用制は崩壊した。これによりコストダウンが実現し、物価は安くなり始めたが、逆に人々の賃金が低下し、失業が増加することになり、国内の消費者の購買力は不況もあいまって低迷を続けた。内需が不足するデフレが続いているのだ。その結果、せっかくコストダウンで大量生産した商品も国内では売れず、結局は海外へ輸出せざるを得ない状況になった。事実、高度成長期には比較的低かった日本の貿易依存度は近年延び続けている。こうして日本の中流層は崩壊し、物価が安くとも貧富の格差は広がり、貧困層の増加を招いたのです。

技術革新により、安い価格で大量の商品が生産できるようになる一方で、それを買える人がどんどん減っていく。これは貨幣経済と市場経済のメカニズムが内包する致命的な欠陥です。「生産と分配」という経済本来の目的を無視しておカネの理論が暴走しているのです。今の日本政府のようにこれを「グローバリゼーションと新自由主義」は良い事だといって放置を続けると、貨幣経済と市場経済の負の側面がどんどん拡大して、やがて日本の経済が崩壊してしまうでしょう。

<高付加価値商品の開発は問題解決にならない>

今日まで貨幣経済と市場経済の矛盾を防ぐ唯一の方法として主流だった考えは「新しいニーズの開拓」です。新たな商品に対する人々の欲求を刺激することで需要を生み出し、その需要を満たすための商品を生産することで仕事が生まれ、失業していた人が職を得るという方法論です。「日本は高付加価値商品の開発に活路を見出すべきだ」などの主張がこれに当たります。しかしこの方法を採用した場合、人々の雇用を維持するためには生産性の向上に伴って限りなく欲求を拡大し、生産量を拡大し、大量生産、大量消費を続けなければなりません。永久に右肩上がりに大量生産・大量消費を拡大する。そんなことは可能でしょうか?不可能です。地球の資源が枯渇してしまいますし、環境の破壊も懸念されます。しかも欲求の拡大は無限ではないようです。だから日本の内需が伸びないのです。もし日本人の欲求が拡大し続けていたなら、日本経済は今とは違ったものになっていたはずです。

しかも、もし日本のメーカーが高付加価値商品を開発したとしても、それが日本の雇用を生み出すでしょうか?答えはNOです。高付加価値商品も人件費の安い海外で生産されます。実際、アメリカのアップル社はiPhoneで飛ぶ鳥を落とす勢いですが、その製品の生産はアメリカではなく台湾や中国で行われ、台湾や中国の雇用を生み出しています。すでに国境を越えた技術移転も簡単に行われるようになり、日本の企業が日本の雇用を生み出すという常識さえ疑わしいものになりつつあるのです。

「日本の不況は生産性の向上ではなく、中国からの輸入が原因だろう」と言う人もいるでしょう。しかし、それも生産性の向上の一種です。この生産性の向上は技術革新ではなく、グローバリゼーション(国際分業)が引き金です。中国で安く生産できるようになるということは、コストベースで言えば生産性の向上を意味するからです。技術革新でコストダウンすることと同じです。ロボットが人間の代わりに労働してくれると同じように、日本人の代わりに中国人が労働してくれるわけです。それで、日本人は生活必需品を作る必要がなくなったのです。その分だけ、日本の失業者が増えるのです。


メンテ
現代資本主義 ( No.131 )
日時: 2016/02/12 21:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:x9umxIbE

このスレッドは、日本の現状を知るために書いているものです。
色々とデータを集めています。


貧困の原因が、どこから来ているか真剣で考えて頂きたい。
私は、格差のことは言うつもりはない。

格差は競争の結果であり、人間が生き生きと生きる場合に、競争の原理を奪ってはならない。
だが、それでも皆に生きる権利を保証するべきなのである。

ここで言う貧困とは、人々を破滅に追い込むシステムを問題としているのです。
現在の資本主義の理論は、全ての人間を縫抱合することはできず、はみ出した人々を切り捨てる方向へ向かっているのである。

仕事をなくした人間が、生きられると思うか。
田舎で自給自足できる人は、ともかく、お金を稼ぐ手段を取り上げられて、どうして生きることができる。

社会保障などに頼れる時代は終わった。

日本で、ワーキングプアーと言われる人は、既に2000万人に近くなっている。
アメリカで、フードスタンプをもらって生活している人は、4700万人いる。

これ以上、グローバル化が進み、経済が資本の為の経済に徹すると、この人たちは、どうなる。
ますます増える失語湯者は、どうなる。

金利を操作して、このような人達を救える社会ができるというのか。
何が、問題であるか、いい加減に正しく見つめるべきである。

メンテ
ブラック企業 ( No.132 )
日時: 2016/02/15 11:47
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:qaBRES1U

以前に外食企業「ワタミ」がブラック企業と名指された。
今ではすっかり範囲が広まり、次の様なランク付けがある。

•セブン-イレブン・ジャパン
•暁産業
•フジオフードシステム
•エービーシー・マート
•明光ネットワークジャパン(明光義塾)
•引越社関東(アリさんマークの引越社)

1月働いても10〜20万円より手に入らない、タクシー運転手も随分と昔からブラックであった。
流行の介護ヘルパーも、そのようなもの。

要するに、ブラック企業は第三次産業、サービス業に集中している。
現在、我が国の就労者の75パーセント以上は大惨事産業に働いている。

特徴は、必ずしも必要ではない分野の職種が多いこと。
金がなければ外食を控える、タクシーには乗らない。
服飾品も我慢する。

その中で売上を確保するには低価格競争が始まる、
そこで、職を探している安価な労働者へ目が良きことは当然の成り行き。

そんな仕組みなのにブラック企業を批判しても埓など開かない。
避難されたブラック企業は潰れるのみ。

そんなものが潰れても誰も困らない。
困るのは、働き場所がなくなった、多くの大惨事産業従事者であろう。

サービス業と言うものは、もともと不安定な業種である。



メンテ
化学技術の進歩が貧困をもたらす? ( No.133 )
日時: 2016/02/23 19:16
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:qZbL1p0c

NO130のレスの再掲です。

科学技術が進歩して生産性が向上すれば人々の生活は豊かになると誰もが思うでしょう。ところが現実はその反対です。科学技術の進歩により、安い価格で大量の商品が生産できるようになると、逆に失業がどんどん増えるのです。今まさにその矛盾が日本を襲っています。

<市場経済の致命的な欠陥>

科学技術が進歩して、機械やコンピューターが人々の労働を軽減してくれるなら、人々にゆとりが生まれ豊かな社会になる。子供の頃、多くの人はそう信じていたはずです。たとえばすごく高度なロボットが現れて、人々の代わりに労働をすべて担ってくれるなら、人々は労働から解放されるはずです。そして、人々はスポーツや芸術や学問の場で競い合うことによって、人間のさらなる可能性を追求するようになる。まあ、すこし現実離れした夢のような話ですが、でも、科学技術が進歩すれば、その夢に向かって徐々にでも前進するはずでしょう。

ところが現実は逆です。科学技術の進歩で生産性が高まると、労働力がいらなくなります。すると企業はコストダウンのために人々を解雇するようになります。コストダウンにより企業は、より安い価格で商品を大量に生産できるようになります。ところが日本のあちこちの企業で同じように生産性の向上に伴って人々を解雇するようになると、社会にどんどん失業者が増えます。失業者が増えることで商品を買うことのできる人も減ってしまいます。すなわち、技術革新により安い価格で大量の商品が生産できるようになる一方で、それを買える人がどんどん減っていくのです。そして商品を買える人が減るため商品が売れ残るようになり、デフレになってしまいます。驚くべきことに科学技術の進歩が原因で経済が衰退するのです。その引き金を引くのは「コストダウン」というおカネと市場の理論です。「生産と分配」という本来の目的を無視しておカネの理論が暴走しているのです。

少し考えれば、多くの人がこの異常な矛盾にすぐに気づくはずです。ところが、政治家も経済学者も、当然ながらマスコミも、この最大の矛盾を正面から問題提起する人は誰もいません。未だかつて、その答えを聞いたことも見たこともありません。

(引用終わり)


そうなのです「貧困の構造」とは、このことなのです。

それを、多くの人は、景気の問題、金融政策の問題とか、ユダ菌の暗躍のせいにして済ませます。

これでは、何時まで経っても問題は解決できません。

実際に、そのとおりに推移しているでしょう。

ゼロ金利や、なんやと騒いでいますが、それと貧困の問題と、何の関係があるでしょう。

官僚の腐敗、税金の無駄使いを言って、何の解決になるでしょう。

「貧困の構造」をはっきりと見極めるべきなのです。

そのことができてこそ、解決のために何ができるか、何をすべきかが解ってくるのです。


メンテ
人間の生活とは ( No.134 )
日時: 2016/03/15 19:03
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:HuzIbwww

大辞林によると「資本主義」と「社会主義」と「共産主義」の違いが下記のように記されています。

「資本主義社会」
封建制以後に支配的になった生産様式。蓄積された富や貨幣という素朴な意味での資本は,古代から存在する。だが資本主義とは、労働力を商品化し、剰余労働を剰余価値とすることによって資本の自己増殖を目指し、資本蓄積を最上位におく社会システムに限定すべきである。
   
「社会主義社会」
@
資本主義の生み出す経済的・社会的諸矛盾を、私有財産制の廃止、生産手段および財産の共有・共同管理・計画的な生産と平等な分配によって解消し、平等で調和のとれた社会を実現しようとする思想および運動。共産主義・無政府主義・社会民主主義などを含む広い概念。

A
マルクス主義において、生産手段の社会的所有が実現され、人々は労働に応じて分配を受けるとされる共産主義の第一段階。

「共産主義社会」
@
財産の私有を否定し、すべての財産を共有することによって、平等な理想社会をつくろうという思想。ギリシャ時代のプラトンあるいはトーマス=モアのユートピアなどにもみられるが、現代では主として、マルクス・エンゲルスにより確立されたマルクス主義思想をさす。

A
階級対立のない共同社会。広義には、プロレタリア革命によって権力を獲得した労働者階級が生産手段の社会化をなしとげて築く、社会主義と呼ばれる低い段階と、狭義には、そのもとで発展する高い生産力によって、「各人は能力に応じて働き,必要に応じて受け取る」という状態が生まれた高い段階の社会をさす

(引用終わり)

主義として言われていますが、実際には、どのシステムも問題点を内包しています。
資本主義社会では格差が広がり、共産主義社会では人間精神の堕落をうみ、社会主義社会では、経済が成り立たない。
これらの主義主張の内部事情を云々しても始まりません。
それらに何が欠けているのかを見なければ成りません。

経済的、主義主張は、そのままに、人間社会と言うものを検証してみることにします。

>生活とは、生きるとは!、

生存して、活動すること。生きながらえること。
世の中で暮らしてゆくこと。


生活とは基本的に、命をつなぎ活動することであり、また生きながらえるために行う様々な活動である。 人は生き続けるためには、少なくとも、何らかの栄養を取らなければならず、(一般に)身体に何かをまとうことで体温を保つ必要があり、また野の雨や風をしのげる場所で眠りをとることを必要とする。つまり食べること、着ること、住まうことである。日本では、そうした生活の基本を漢字で簡潔に表現しようとする時は「衣食住」(いしょくじゅう)などと表現する[注 1]。「衣食住」の基本は、人が生活していく上で必要な、食(食事)、衣(衣服)、住(居住、雨風をしのげる寝場所)の確保である。

人類の歴史を俯瞰して見ると、実は、人類はその歴史の90%以上、野外での生活(=キャンプ)をして生きてきた[3]。食べるものを得るために狩りをしたり木の実などを採りまた漁をし、動物の皮を身にまとい、洞穴や樹木の陰で雨風をしのぎ眠り、新たな獲物を求めて移動を繰り返してきた[3]。(人類学ではこうした人類の社会、生活形態を「狩猟採集社会」と言う。)人類は自然界(山や野や海)に生きている動物や植物を食糧とし、またそれをほとんどそのまま(あるいはわずかに加工して)衣類として用い、自然の地形や樹木等をそのまま活かして眠る場所を確保し、そのように生活してきたのである。そうした一連の行為は、近・現代人が考えるような「苦しみに満ちたもの」というよりは、大自然の生命力を讃えたり、その恵みに感謝したりする行為であった[注 2]。

その後、人類の中に農耕をする者が現れると、農耕人(民族)たちは(その性質上)土地を占有するようになり、狩猟人(民族)たちを排除しようと暴力をふるってきた歴史がある、と指摘している学者が幾人もいる。また農耕がおこなわれるようになって、他の者が栽培・収穫したものを奪って自分のものにしてしまう者も現れるようになり、それによっても貧富の差が広がりはじめた、と指摘している歴史学者も多い。貨幣の使用も、さらに貧富の格差をもたらしたという。

人類の歴史の中に位置づけてみれば、ごく最近という位置付けになるのであるが、人類の中で自然から離れて都市で生活する者の割合が増えると、他の人々に、狩猟・漁などの、食べ物を得る行為をさせて(ある意味で、他人に押しつけてしまって、自分自身で汗水をたらして働かずに)食糧を得て食べる者も増えた。

さらに、近代になり資本主義化が進められると、大企業なども出現し、組織で何らかの仕事をすることで「給料」という形で貨幣を得てその貨幣を用いて食糧を確保する者の割合が大きくなった。(かつては各部族、各家族がそれぞれ狩猟採集を行い、自分たちが食べる食糧を直接的に得ていた、のと比べると大きな違いがある)。生活の重要な要素である「食糧を得る」ためにすることが、狩猟や漁をすることでも農耕・栽培をすることでもなく、食べ物とは直接的には無関係の何らかの"仕事"をすることで貨幣(給料)を得ること、という人々の割合がますます増えたのである。かくして「生活」の一角に、「金銭稼ぎ」(=「仕事」「職業活動」)が位置を占めるようになったのである。
近年
上述のように、「生活」というのは、もともと命をつなぎ活動することや、命をつなぐために活動することを指しておりそれが基本の意味であるが、近年では、より柔軟に広範囲のことがらを指しても用いられるようになっている。

また、命をつなげることが当たり前のように可能になることが増えるにつれて、ただ生きながらえるだけ、ではなく、同じ生きながらえるにしてもその「生」の内容、「生」の質も問われることが増えるようになり、「クオリティ・オブ・ライフ (Quality of Life)」という用語でそれが言いあらわされるようになった。

ただし、近年でも基本的に、生き延びるためにあまり必要ではないような行為・要素、例えば極端に贅沢な行為などは「生活」とは呼ばれていない。

現代人の生活の具体的な有様は、地域・文化・信仰・年齢・婚姻状態・家族構成・経済状態 等々等々の影響を受けており、実に多様である。住居、家庭の人間関係、学校、学校での人間関係、仕事場・勤務先、仕事での人間関係など、人の生活をとりかこむものを指して「生活環境」と呼ぶことがある。


(生活を構成するものをまとめてみると)

普遍食べる - 栄養をとること。食事。そのために食材を入手し調理をすること(あるいは食品を入手すること)。

着る - 身体が冷えないように衣類をまとう。

住まう - 睡眠をとり身体に休養を与えるための場所を確保すること。居住。住居の確保。

子供をつくり、産み、育てる − (婚姻)、性生活、出産、子育て

近年は「生活」の原義にとどまらず、生活以上の何か、QOLに関わる様々なこと。例えば健康の維持・増進など。 

(引用終わり)

ここで特筆しなければならない事は、

>近代化、資本主義化以降(食糧を直接自分で狩る、採る、漁する代わりに)貨幣を得る - 貨幣を得られる仕事(労働)をする。家計を成り立たせること

が、生活自体であるということである。

現行の経済理論の、どれも、通貨を作る、得ると言うことが生活、そのものであるという観点から外れ、通貨の流動性ばかりを追っているのです。

このことが貧困の構造の第一義的要素なのです。



メンテ
Re: 貧困の構造 それは当節の経済システムとそれを促進する政治や! ( No.135 )
日時: 2016/03/20 17:46
名前: 贅六@関西弁 ID:gSmfQ7RY

天橋立はんが縷々述べてはる文章は貧困の構図としての一面を指摘してると思いますが、 ワテは其れをもっと単純化して「資本の暴走と飽くなき欲望の追求」やと思いますねん。そいで、資本から見返りを受ける「政治の援護射撃」が其れを助長してる。ちゅう事です。

今みたいに政治が資本の遣りたい放題を許してたら、日本は「アベノミックス」じゃろが、「三本の矢」じゃろが糞のツッパリにも成りまへん。それどころか国民や中小企業はドンドン疲弊して行き、日本の基礎技術も、労働力も、死に絶えますな。世に言う「角を矯めて牛を殺す」ちゅう奴でおます。

戦後、日本中が其れまでの日本のシステムに反省をし、頂きもんであっても「民主主義」「基本的人権」「団結権}即ち「労働組合の結成」なんかを日本中で認め、歓迎して、其れに沿うた日本の運営をした訳ですけど、バブルの崩壊と機を一にして一挙に反動の世の中に成って、「食う為に必死な」労働力を買い叩く「雇用環境」が生まれた訳で、企業の冷血性が際立って来てます。

今や、全世帯の1/3が貧困と言われる状況で、「日本奴隷列島」ちゅうてもオカシイ無い有り様ですなァ。

安倍の国民・庶民をゴミとしか思てへん政治と、資本の過度の冷血・冷酷化が、日本を滅ぼしまんねん。
メンテ
貧困の構造とは ( No.136 )
日時: 2016/03/20 20:21
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:zOnBy8do

贅六さん、コメントをありがとうございます。

>今や、全世帯の1/3が貧困と言われる状況で、「日本奴隷列島」ちゅうてもオカシイ無い有り様ですなァ。

この言葉、戦後の繁栄期も経験した私たちにとって、意外な展開ですね。

民主主義、資本主義のシステムをバイブルのように信じて疑いことはありませんでしたが、システムのどこかに悪魔が住み着いていたのでしょうね。

現在になって資本主義の限界などと言う言葉が聞かれるようになりましたが、民主主義の限界と言う言葉は、まだ使いたくはないようですね。

それで、結局は現代の困難は全て資本主義の暴走、金融資本の暴走と決めつける傾向があります。
しかしながら、それを許してきたのが政治であり、すなわち、我々自身でもあるのです。

人間の欲望は際限なく、また、その欲望心によって社会は発展してきました。
考えても下さい、現在の我々、貧困層と言われる人たちでも、100年、200年前では、みんなが羨むような生活をしています。
自宅も、自家用車も大概はもっていて、貧乏といえども明日の飢餓に貧している訳ではありません。
そんな癖に、自分たちは奴隷で、虐げられて生活していると嘯きます。
誰に虐げられているかと言えば、もう、具体的に示すことなどできません。

これが人間の性なのです。
もちろん、だから、問題ではないとは言いません。
私は人間の欲望に基づく競争心の存在を肯定します。そうして結果としての格差も肯定します。
これが大原則でして、競争に勝とうとして強引なやり方をする連中でも、顔をしかめながらでも容認します。
それが人間の姿であり、過去、何千年の間、哲学、宗教が幾ら諭しても変わらない性であるのです。

私が考えていますのは、格差などあっても良いですが、生きて行けないほどの格差、要するに、そう言う環境に追い込まれている多くの人たちは、何とかシステムとして救済する施策があるべしと言うことです。

と、言いますのは、昔と違い個人個人が生きて行く為に自己責任と突き放せない環境になってしまっているのです。
100年、200年は、最悪は開き直って自給自足をやれば生きることはできました。

現代社会では、そうは行かないでしょう。
人口の2/3は都市部に集中し、そこで資本主義のシステムからはじき出された人たちは、それこそ、地獄でしょう。
生活保護に頼る以外、生きるすべはなく、生活保護も予算的に、もう限界で、このまま行けば制度は破綻するでしょう。

アメリカのフードスタンプの受給者は4700万人を超えたと言われています。我が国の2000万人と言われるワーキングプアーも、増えることはあっても無くなることはないでしょう。

それは資本が悪いからではなく、そう言う経済社会を望んだ我々の結果です。
100円ショップに殺到しながら、低所得に悩む労働者の存在に文句をつけるなど勝手気儘も良いところです。

私が言っています「貧困の構造」とは、このようなものであり、資本がすき放題することを否定している訳ではありません。
要するに、こう言う構造をしっかりと認識し、それを是正できるシステムと併せ持つようにしなければならない時代にはいったと言うことです。

と言う訳ですので「貧困の構造」対策として金融資本の悪行を槍玉に挙げるつもりはありません。
ややこしくなりましたが、種明かしは簡単なことで、

必要な通貨の増刷をして仕事に溢れた人に仕事を与えると言うだけのことです。
仕事さえあれば、ある程度の収入を保証してやれば、それ以上は自己責任の問題です。
勝手気儘な人間を過保護にする必要は、さらさら、ありません。

(追伸です)

私は当年とって70歳、少しは収入のある方ではあったのですが、歌手志望の愚息へ未だに仕送りをしていて、病院へ入院して手術を受ける金も使い果たしました。
ですが、自宅のローンも最近は支払いが済み、自家用車もあります。
金がない、金がないと愚痴は言うものの、いくらあれば満足かと、家内と話し合った結果、あと10〜20年生きられるとして、せいぜい1000〜2000万円あれば、よいかな! と言うことになりました。

私の人生の対価は1000〜2000万円と言うことです。
その程度の人間で、人生であると言うことに、別に不満があるわけではありません。
それ以上の金があっても、使いようがない。使って喜ぶ趣味もない。

1億円のジャンボでなくても、1000万円の宝くじに当たれば、私の人生は完璧です???

人より多くの金を手に入れるために、アクセクし、へりくだり、また憎まれるなど性格も変えて生きるくらいなら、自分が思うように清く正しく生きる方が良い。

人間の幸福は金と比例するものではないと知りながら、どうして金持ちを羨むのか!
そんなことには関係なく、
貧乏で生きて行けない人たちの救済をのみ、思えば良いのでは!

と思います。
メンテ
Re: 貧困の構造 ( No.137 )
日時: 2016/03/21 07:23
名前: 贅六@関西弁 ID:71zifaGA

天橋立はん、

ワテの考えを言いますと、モノの考え方ちゅうもんは、「昔に比べて今は皆テレビを見てるやないか!」「車も持ってるやないか!」「夏はエアコンで酷暑の日はしのげるやないか!」etc,etc,ちゅうても始まらんのだす。斯う言うのんはみんな歴史の流れの中の事で、文明の流れと共にその時その時のリアルスタンダードは変化しますねん。

明治時代には無かったもんが今は有る。そやけど其れは今現在の標準で、特段豊かに成ったちゅう事ではおまへんのや。そうですやろ、明治時代に庶民が百万円ちゅう様な金を持てまっか? 今は庶民が一年に百五十万円持っても貧困層ですなァ。仮に四人家族やったら年収百五十万では到底食えんのだす。

と言う事でワテの年収もこの貧困層に匹敵する年金で、豆自動車=軽四輪車を持って、ワテやカミさんの病院通い、カミさんのスーパーの買い出しのアッシー君、なんかに無かったら困る必需品ですねん。ワテ自身自動車なんか「ワシらみたいな貧乏サラリーマンが持てるもんや無い!」て免許も取りませんだしたが、仕事の都合で50近こう成って免許を取りましたんや。

そうでっさかい「昔に比べて・・・」ちゅうてもしょうが無いんだす。飽くまで今を基準にして世の中の矛盾を追及して行かなあきまへん。そうや無かったら我々は縄文時代に返らなあきまへん、縄文時代や無ォても江戸時代に逆行せなあきまへん。江戸時代に比べたら今の我々は恵まれ過ぎてるちゅう事だす。

そないな事で我々は贅沢な不平不満を言うてる訳や無ォて、資本や政治の天を恐れぬ横暴を糾弾してる訳ですねん。
メンテ
貧困の構造 ( No.138 )
日時: 2016/03/21 00:53
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:twrPz8Fo

贅六さん、

前回は、現代人の貧乏など贅沢と言いましたが」、実際のところ、一歩間違えば、江戸時代よりも深刻な状況に陥ってしまうと思っています。

それで、そうならない内に、政治に抗議することは断然必要なことと思っています。

ただ、抗議の方向について、私は少しだけ違っていると思います。

大方の人は、市場主義経済の論理が間違っている!
ユダ菌をはじめとする金融資本の横暴を許せない!

と言いますが、現実は、それを是正する何の具体的な手立てもなく、いくら叫んでも、そうか、そうかで終わってしまいます。
官僚などは我が身は安全圏にいるので、真剣で考えようとはしません。

現行の市場主義のシステムのどこかを触れば解決できるように錯覚しているので、何時までも埓があかないのです。
私は、思うのです。

非正規社員、ワーキングプアーが多くなっているのは、市場主義経済のシステムのせいではなく、科学技術の発達で、雇用のの省力化ができるようになっていることです。

これを、止めなくては、更に大量の失業者、ワーキングプアーが増えていきます。
自由競争を前提としているからには、価格競争は絶対に無くならないからです。

でも、科学技術の発達も、実際には止めることは出来ません。
そうであれば、もはや現代社会が抱える貧困の問題は、誰がやっても解決はできないのです。
できないことを認めず、やみくもに抗議してもダメではありませんか。

ですが、何回も言っていますように、現行の市場主義の基本的ルールを少し触れば、解決の方向は見えてくるのです。
ベーシック・インカムも、その一つですが、これは人間性を損なうので行けません。

次には、雇用を確保するための事業をやるための財源を通貨の増刷で賄う事を認めること。
これなのですが、

これを、現行の経済の専門家は絶対に受け入れようとはしません。
我が国で年間、30〜50兆円の通過を増刷し、公共事業、介護保険事業、基礎年金につぎ込んでも何の問題も起きないのですが、彼らは頑なに、これを拒みます。

ならば、己らで現代の危機を乗り切る策を講じてみよというのですが、これにはさっぱり無言で通します。
ともかく、現行の市場主義経済の理論の一部を捨て去れば、先も見えてくるのです。

現行の至上主義の理屈など、たかだか200年の歴史、そのようなものが絶対に変えられない不滅の原理などと、だれが言えるのでしょう。

現在社会にとって、民主主義と資本主義は空気のように何も感じないシステムとなってしまっています。
よもや、そのシステムの中に病原菌が含まれているとは思いもよらないのでしょうね。
もっとも、その改正すべきルールも、今までは役に立ったものなのですは、なにせ科学技術の異常な進歩が、市場主義経済の理論の背景をも変えるようになってしまっているのです。

繰り返しますが」、現代の貧困の問題を、現代のシステムを操作している連中に、いくら抗議しても埓は空くはずはないでしょう。

メンテ

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