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[1633] 気晴らしに無料映画名作紹介
日時: 2012/12/09 12:56:19
名前: 流浪の民の乱 ID:1355025379

大映映画・兵隊ヤクザが面白いとは、一世代前の人間から聞いていたがなるほど大変に愉快で優れた反戦映画です。

監獄で懲罰房・・これは恐ろしかったが、軍隊の刑務所・・これも怖そう

喫食・安座・炊場など懐かしく、点呼・検身・歩行風景は現在の日本の刑務所も同じ、沈黙と規律の日本の刑務所での自由とは、息をすることと、悔悟教誨へ参加不参加の選択だけ、意思決定が許されぬ人格破壊される。

この兵隊ヤクザ篇は公開期間が短く、明後日まで観られます。

ttp://gyao.yahoo.co.jp/player/00643/v09626/v0953700000000540073/?list_id=1779125&sc_i=gym082
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テレビドラマ 賀来千香子・佐野史郎『ずっとあなたが好きだった TBS 1992年』 ( No.22 )
日時: 2022/05/08 17:21
名前: スメラ尊 ID:WrctpPwU

テレビドラマ 賀来千香子・佐野史郎『ずっとあなたが好きだった TBS 1992年』

放送期間 1992年7月3日 - 9月25日(13回)
制作局 TBS
脚本 - 君塚良一
音楽 - 小林武史
主題歌 - サザンオールスターズ「涙のキッス」(タイシタレーベル)

各話 放送日 サブタイトル 演出 視聴率
VOL.1 1992年7月3日 危険なお見合結婚 生野慈朗 13.0%
VOL.2 1992年7月10日 セックスしない夫 13.9%
VOL.3 1992年7月17日 氷の微笑 加藤浩丈 15.3%
VOL.4 1992年7月24日 妻の過去は許さない! 14.1%
VOL.5 1992年7月31日 涙の誕生日 桑波田景信 17.4%
VOL.6 1992年8月7日 離婚裁判 生野慈朗 18.1%
VOL.7 1992年8月14日 ビデオテープの告白 15.7%
VOL.8 1992年8月21日 性生活の不一致 桑波田景信 20.5%
VOL.9 1992年8月28日 悪夢の妊娠 23.8%
VOL.10 1992年9月4日 人形の家 生野慈朗 20.6%
VOL.11 1992年9月11日 姑の罠 桑波田景信 22.3%
VOL.12 1992年9月18日 冬彦の狂気 生野慈朗 29.6%
最終回 1992年9月25日 NO SIDE ! 34.1%

動画
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キャスト

主人公
西田(大岩) 美和
演 - 賀来千香子
宮城県仙台市出身。高校生の頃にマネージャーをしていたラグビー部の大岩と交際していたが、高校3年の七夕の夜初めて二人だけで松島旅行に出かけ朝帰りした後、それを知った大岩を追っかけしていた同級生が自殺。その際に遺書に逆恨みが書かれており濡れ衣を着せられ、大岩との仲を壊された過去を持つ。この事件は近所で知らない人がいないほど有名になってしまう。東京の短大を卒業後、新高輪プリンスホテルの結婚式場に就職。29歳で父の強引な勧めで、桂田冬彦と見合い結婚をするが、同時期に大岩と再会。冬彦との結婚生活にギャップを感じたこともあり、心が揺れる。のちに冬彦の子を妊娠していたことを承知で離婚。大岩と再婚した。

主人公の関係者

大岩 洋介
演 - 布施博
美和の高校の同級生で元恋人。高校時代はラグビー一筋でその推薦で大学に進み卒業後、サントス建設[5]実業団のラグビーチームで活躍していたが、バブル経済崩壊で会社が傾いたためチーム解散の憂き目に遭う。大岩は美和との事件の後、美和に電話や手紙を出していたが美和の父が間に入って取り合わずに焼き捨てるなどしていたため、その事実を美和が知るのは結婚後のことだった。美和との復縁の為、交際していた律子に別れを告げるが、律子の自殺未遂などで窮地に立たされる。しかし紆余曲折を経て、ついに美和と結ばれる。典型的なスポーツマンで大雑把で少々、無頓着な面が見られる。

中井 律子
演 - 宮崎ますみ
大岩の所属するチームのマネージャー。基本的には明るく、さっぱりした性格だが、結婚の約束をしていた大岩との破局を受け入れることが出来ず、妊娠したと嘘をついた挙げ句、自殺未遂騒動を起こしてしまう。チーム解散の後、海外赴任を引き受け、大岩の元を去って行った。

桂田 冬彦
演 - 佐野史郎
東京大学出身[6]でエリート銀行員。美和を深く愛しているが、マザコン的な性格を始め、様々な性癖が元で結婚生活がうまく行かず、大岩と再会した美和から離婚を切り出され、嫉妬から嫌がらせを展開したこともある(現在のストーカーの概念に通じる言動が、随所に見られる)。物語中盤、仕事で会社に損害を与えるミスをしてしまい、銀行を退職。その後、消費者金融会社(現在のヤミ金融系と思われる)に就職した。母親とのトラブルの直後、離婚を承諾。亡くなった冬彦の父が西田のお菓子が好物で冬彦は子供の頃に店を訪れたことがありその時から美和に恋心を抱いていた。のちに見合いで再婚することになる。

桂田家

桂田 悦子
演 - 野際陽子
冬彦の母。夫は銀行員だったが冬彦が小さい時に死別している。女手ひとつで息子を育てたこともあり、非常にプライドが高く、厳格な性格。しかし息子に対しては非常に甘く溺愛しており、息子のため西田家への切り札を振りかざすこともある。物語終盤、美和との離婚を決めた冬彦との言い争いの末、冬彦に刺されてしまう。

西田家

西田 春子
演 - 高田敏江
美和の母。心優しく美和の理解者ではあるが、夫・常雄には逆らえない。

西田 常雄
演 - 橋爪功
美和の父。仙台で和菓子屋を経営。美和を気に掛けてはいるが、店の経営資金融資が、桂田家の口添えであることから、美和の離婚・大岩との復縁を認めることが出来ない。娘の高校時代の事件を裏切りだと感じており、その以降信用していなかったが、物語終盤、大岩と和解した。

中井家

中井 健治
演 - 小沢仁志
律子の兄。妹を自殺未遂に追い込んだ大岩を憎悪する。

北野家

北野 知子
演 - 中村久美
美和の友人。結婚生活に悩む美和の良きアドバイザーだが、自身の流産でショックを受けたこともある。

北野 啓一
演 - 明石家さんま(友情出演・第5話ゲスト)知子の夫。

美和たちの後輩

浅井 なつみ
演 - 坂井真紀
美和たちが通っていた高校の生徒。幸治の子供を妊娠してしまい、悩むが後に産むことを決断。

佐藤 和也
演 - 長澤ユキオ

高田 幸治
演 - 川原永詩(現・田辺誠一)
浅井なつみの彼氏。美和たちが通っていた高校のラグビー部所属。恋人・浅井なつみの妊娠に動揺し、洋介に相談。小説版では、両親に勘当された設定。

ストーリーそのものは「昔の恋人と結ばれなかったヒロインが、マザコン男と結婚したが、夫や姑の身勝手な振る舞いに耐え切れなくなり、昔の恋人とヨリを戻す」というもの。

当時のトレンディドラマ全盛時代においては、特にヒットする要素はないように思われたが、佐野や野際の強烈な演技が話題となり、じわじわと視聴率を上げた。

劇中で示された特異で極端なマザコン男性像は「冬彦さん現象」と言われる一大ブームを作り、初回は13.0%しかなかった視聴率は、最終回では34.1%をマーク。1992年の民放連続テレビドラマの中で最高視聴率となった。

「マザコン」「冬彦さん」は、この年の流行語に選ばれた。

このドラマ放送から数年後、当時のプロデューサー貴島が編成部長時代に、日本テレビの土屋敏男編成部長(当時)と対談した際「最初はロミオとジュリエットみたいな話にするはずだった」点と、「もともと冬彦はマザコンではなかったが、冬彦が指に血を出した際、母親役の野際が口で止血するアドリブを見て、急遽マザコンキャラに変えた」と述懐している。

また後年、君塚が自著で

「自分は愛についてのドラマを書いたつもりである」

「佐野が評判になったため、当初作っていたプロットから大幅に変更し脚本を書き直して冬彦の出番を増やした」

と述べている。


一方、佐野は冬彦を演じるにあたって犯罪を題材に取った作品が多い劇作家・山崎哲の戯曲や論文を参考にしたと自著で回想しており、冬彦を語る上で欠かせない唇を歪めて「んん〜」と唸り声を発する演技も佐野が当時生後間もなかった長女・八雲のぐずる声を自宅で聞いて考案したものである。


▲△▽▼


テレビドラマ 賀来千香子・佐野史郎『誰にも言えない TBS 1993年』

放送期間 1993年7月9日 - 9月24日(12回)
制作局 TBS
脚本 君塚良一
オープニング 松任谷由実 「真夏の夜の夢」


話数 放映日 サブタイトル 演出 視聴率

第1話 1993年7月9日 私を凌辱した男 生野慈朗 24.9%
第2話 1993年7月16日 隣に棲む悪魔 19.9%
第3話 1993年7月23日 罠に堕ちていく夫 横井直行 17.0%
第4話 1993年7月30日 不幸を呼ぶ蛇 23.1%
第5話 1993年8月6日 恥ずかしい写真 生野慈朗 19.1%
第6話 1993年8月13日 八月の濡れた抱擁 20.7%
第7話 1993年8月20日 深夜のお仕置き 横井直行 21.8%
第8話 1993年8月27日 お義母さんが好き 福澤克雄 24.7%
第9話 1993年9月3日 夫をレイプした男 生野慈朗 26.1%
第10話 1993年9月10日 地獄に堕ちる蛇 横井直行 26.6%
第11話 1993年9月17日 加奈子の逆襲 生野慈朗 27.6%
最終話 1993年9月24日 REINCARNATION 33.7%

動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E8%AA%B0%E3%81%AB%E3%82%82%E8%A8%80%E3%81%88%E3%81%AA%E3%81%84++%E8%A9%B1+


キャスト

北沢(松永) 加奈子
演 - 賀来千香子
短大入学と同時に上京。卒業後は新宿のデパートに就職。そこで来店客として知り合った麻利夫と交際。未婚で妊娠するが、別れを告げられたことから中絶。医師から不妊の宣告を受ける(高校在学中にも中絶経験がある)。のちに不動産仲介業の事務員に転職。部屋探しにやって来た伸吾と揉めたことがきっかけで親密になり結婚。伸吾には内緒で不妊治療に通っていたが、隣に越して来た麻利夫から付きまとい行為・それに伴う周囲の誤解を受け悩む。麻利夫に監禁された際に反撃し、麻利夫を刺す。警察沙汰になるが、正当防衛が認められる。事件解決後に転居。伸吾との間に双子の女児を出産する。前作(ずっとあなたが好きだった)と加奈子の関係性は西田美和(演 - 賀来千賀子)と大岩洋介(演 - 布施博)との「実子」。加奈子には「兄」がおり、その兄が美和と桂田冬彦(演 - 佐野史郎)との子供。全てが「輪廻」で因果であること、兄はすでに死亡していることが最終話内で加奈子自身から語られている。

高木(山田) 麻利夫
演 - 佐野史郎
加奈子の元恋人で弁護士。交際していた加奈子から妊娠を告げられるも、その頃、担当した裁判で知り合った美雪を騙し結婚。山田書房の社長の座と同時に、加奈子との復縁を狙い、住所を突き止めると隣の部屋へ引っ越し、エキセントリックな言動で周囲を恐怖に陥れる。言葉巧みに周囲を丸め込んでゆく策略家だが、のちに加奈子への気持ちがエスカレート。拉致監禁・放火などを引き起こしたことが元で、山田家を破綻寸前に追い込んでしまう。この時に、少年期の家庭環境・亡くなった父との確執・自分を捨て、駆け落ちをした母への思いが明らかになる。最終回では、美雪の気持ちを知って離婚を思い留まる。のちに生まれた子供と共に逗子の海岸付近へ移住。山田書房の社内にて、著作権を始めとする法律関連の部署に配属されていることが自身のセリフで語られる。ノベライズ版では、1957年3月28日生まれ。母の名は芳江と設定されている。前作(ずっとあなたが好きだった)の桂田冬彦(演 - 佐野史郎)が美和と離婚した後、再婚相手の女性との間に設けた「実子」であることから、加奈子の兄と麻利夫は「異母兄弟」の関係に当たる。最終話内で加奈子自身から語られ、真実を知ることになる。

山田 美雪
演 - 山咲千里
一見、誠実そうな麻利夫の態度に心惹かれ結婚を決意。山田家の跡取りとして育てられたが、結婚後もスチュワーデスの仕事を続けており、出版社の業務に携わっていた様子は見られない。母親に対して依存心が強いことと同時に、加奈子に対して嫉妬心と憎悪に近い感情を抱き、後に麻利夫と加奈子の過去を知ると、「嘘をついた」ことで麻利夫に強烈なおしおきを据えるなど、ワガママで甘えん坊な印象があるが、基本的には明るい性格で、麻利夫に対して健気な想いを抱いており、のちに離婚を強要した母に反発。やり直しと母からの自立を決意する。男児を出産後は穏やかな性格となり、再会した加奈子に笑顔を見せた。絵心がある。

山田 愛子
演 - 野際陽子
山田書房の社長で美雪の母。実業家としてのプライドは高いが、美雪に対して甘い面と占いを信じ込んでしまう面から、周囲が見えなくなりヒステリックになってしまうことも多く、誤解から加奈子を敵視。身辺調査をした上で罵倒したり、伸吾との離婚を強要する等、さまざまな嫌がらせを展開する。後に麻利夫を社長に昇格させるが、彼の起こしたトラブルに巻き込まれ失脚。反逆者に企業を乗っ取られてしまう(以前、麻利夫に弁護を依頼した社内クーデターの残党とみられる)。美雪からの自立宣言を受けた後、山田書房に残留しメセナ部門を担当。穏やかな性格に変貌したと麻利夫のセリフで語られている。

松永 伸吾
演 - 羽場裕
一加奈子の夫。さっぱりした気性・体育会系的な面と同時に、不可抗力による前科やゲイを疑われたり、大学への進学を断念させられたという過去などもあり、思慮の浅さ・学歴などへのコンプレックスが見受けられる。麻利夫の罠にはまり、山田書房へ転職し、社長室関連の業務を担当したこともあるが、加奈子から秘密を打ち明けられた直後、麻利夫に対して毅然と立ち向かい、のちに知人の紹介でスポーツ用品の営業へと転職。同時に転居を決意する。新居購入に関しては、2回とも実家から援助を受けていた様子。趣味は釣りなど。

___


前年の1992年に大ヒットしたドラマ『ずっとあなたが好きだった』の事実上の続編。前作の脚本家・君塚良一とプロデューサー・貴島誠一郎が再びコンビを組んで送り出したサスペンス調の恋愛ドラマ。

妻がいながらも、かつての恋人に異常な執着心を発揮する麻利夫のエキセントリックな言動がさらに強調され、事実上の主役となっている。最終的には、物語は自分自身の理不尽な愛に葛藤する麻利夫の苦悩にまで迫っていくことになる。

高木麻利夫の言動は、現在のストーカーの概念に、ほぼあてはまる[1]。そして劇中で語られる彼の育った環境も、そういったトラブルを引き起こす性格が形成されやすい状況である。

後年、君塚は著書で「次回予告を視聴者が見て引きつけられそうなシーンをいくつか作り、それを組み合わせて本編のストーリーを作っていった」と語っている。

『ずっとあなたが好きだった』の正式な続編と解釈することには、登場人物の苗字、時代背景など随所に矛盾が存在するが、前作を意識したシーンが多数登場し、最終的に設定上の意外なつながりが明かされることが物語の鍵となっている。なお、1993年の12月29日と12月30日の16:00〜17:54に放送された『誰にも言えない 総集編』には賀来千香子が『ずっとあなたが好きだった』の登場人物、美和として登場するシーンが新撮影部分として追加された。

放映終了後に発行されたノベライズ版では、加奈子・麻利夫らは1950年代後半生まれと設定され、加奈子が秘密を知った経歴もテレビドラマとは異なっている。

この作品が放映された1993年はドラマの当たり年で、民放テレビドラマで最高視聴率30%以上が5本も出たが、このドラマは前作同様好調な視聴率を叩き出し、初回24.9%と好発進した勢いが衰えることなく、最高視聴率は33.7%(関東地区、年間第2位)であった(関西では最高視聴率39.3%で年間最高視聴率)。

主題歌は松任谷由実が「真夏の夜の夢」を提供し、この曲も『ずっとあなたが好きだった』の主題歌「涙のキッス」同様大ヒットし、ミリオンセラーを記録した。


▲△▽▼


佐野史郎が語る「冬彦さんは平成のゴジラだった」
佐野史郎ロングインタビュー(前編)「文春オンライン」編集部 2018/06/09
http://bunshun.jp/articles/-/7663

心理サスペンス『限界団地』(東海テレビ・フジテレビ系)で連続ドラマ初主演を務める佐野史郎さん。その役どころ寺内誠司は“異常な老人”で、「冬彦さん」を思い出す人もいるかもしれない。あの、妻に不倫されるマザコン男の怪演から26年。あらためて佐野さんに「冬彦さんとは何だったのか」を伺いました。


視聴率をどうしても意識してしまいますでしょう?

――連続ドラマの主演は初めてなんですね。

佐野 ありがたいことに映画は主演デビューでしたし(林海象監督『夢みるように眠りたい』86年)、舞台や映画、単発のドラマなどではフロントに立って仕事をすることは今までにずいぶんやってきたんですが、地上波の連続ドラマっていうのがね、またこれまでと違った責任を感じるんですよ。


『限界団地』第2話より ◆オトナの土ドラ『限界団地』(東海テレビ・フジテレビ系)毎週土曜日23:40〜放送。第2話は6月9日24:05〜、第3話は6月23日放送予定

『限界団地』第2話より ◆オトナの土ドラ『限界団地』(東海テレビ・フジテレビ系)毎週土曜日23:40〜放送。第2話は6月9日24:05〜、第3話は6月23日放送予定

――テレビの地上波だからこその責任ですか?

佐野 視聴率をどうしても意識してしまいますでしょう? それは脇役の冬彦をやっていた時でさえそうでしたから、主演となると重いですよ(笑)。『ずっとあなたが好きだった』が放送された時代って、今からもう26年も前になりますけど、あの頃はフジテレビの月9、トレンディードラマが全盛で、W浅野で視聴率30%超えみたいな世界でしたよね。TBSは数字的に苦労していたから、視聴率というのは一つの目標であり、モチベーションでもありました。ただ僕は主演の賀来千香子さんと布施博さんに次ぐポジションでしたから、フロントマンとしての責任はそこまで実感していなかったかもしれない。でも今回は主演ということで感じざるを得ません。


親分肌ではないんです

――視聴率も担う、座長のようなプレッシャーというか……。

佐野 うーん、ところが僕には意識的にみんなをまとめようという「座長気質」、親分肌みたいなところが見当たらない(笑)。ただ、似たような感覚かなと思っているのは、人気ドラマのゲスト主役の心境。あれはもう死に物狂いでやるんです。なぜかというと、その回の視聴率はゲスト主演次第だから。


――近いところでは長澤まさみさん主演の月9『コンフィデンスマンJP』に映画マニアの食品会社社長の役でゲスト主演されていましたね。

佐野 あのマニアぶりは、僕の実人生の嗜好とも重なり楽しい仕事でしたけど(笑)、それにしてもゲスト主演というのは言い訳無用の恐ろしさが付きまとうんです。そう考えると連続ドラマの主演って、怖いですよ。


あの頃と、時代の空気感が似ている

――団地が舞台のドラマですが、主役のお話がきた時はどんな感想を持ちましたか?

佐野 尋常じゃない老人の役ですから、その意味では当然、26年前のマザコン男、桂田冬彦のことも頭に浮かびましたし、比べられるだろうことも覚悟の上、僕自身も意識しています。冬彦への挑戦ですかね? 人生でこういう強烈な役柄を、もう一度連続ドラマでやることになるとは思わなかったですけどね。


――巡り合わせだな、という印象ですか。

佐野 そうですね、時代の空気感もあの頃と似ているな、なんてことも思ったりしました。

――『ずっとあなたが好きだった』で冬彦さんを演じたのは1992年、平成4年のことです。

佐野 あの年は、いわゆるバブル崩壊直後で、経済も恋愛も生きる糧にならないのであれば、一体何を心の糧にして喜びを得たらいいんだろう……とか、それでも家族や共同体は必要なんだろうかとか、そういう時代のムードがあったと思うんです。冬彦の役は、そういう時代背景を探りながら演じていったつもりです。あれから26年、この2018年だってハラスメントの問題しかり、いろんな価値観が変わりつつあるし、国内外の情勢、経済、様々な不安定要因もあって決して明るい材料ばかりではないですよね。四半世紀の時間を経て、冬彦的なるものがまた復活するということは、大げさかもしれませんけど「歴史は繰り返す」という感じさえしています。


冬彦ってゴジラと一緒じゃないですか

――92年の流行語にはきんさん・ぎんさんの「うれしいような、かなしいような」もありましたが、「冬彦さん」も流行語に選ばれましたよね。

佐野 「冬彦さん現象」と呼ばれるような社会現象になったわけですけど、「冬彦=マザコン男」というキャラクターだけが一人歩きしてしまったことには、ちょっと思うところはあったんです。

――どういうことですか?

佐野 別にキャラクターを演じるために冬彦をやっていたわけじゃないんだ、という気持ちですかね。もちろん、物事がヒットするためにはわかりやすいキャラクターが必要かもしれません。ただ本当に大切なことは、なぜそのキャラクターとなって現れるかという、その背景だと思うんです。キャラクターでいえば、僕はあの時、冬彦という男は怪獣だと思って演じていたんです。


――冬彦さんは怪獣?

佐野 僕がゴジラファンだから言うわけじゃないんですけど、冬彦って、自分は何も悪いことしていないのに、母親の過剰な期待とか、自分ではどうにもできない環境によってああいう人格形成になって、周囲から化け物のように扱われてしまった人なんですよ。それって、ゴジラと一緒じゃないですか。そして、結婚相手が初恋の人に走って傷つけられ、溜まりに溜まったものを哀しみとともに一気に吐き出す。ただただ、正直に生きている人だと思う。でも、いつの時代も、正直すぎること、イノセントであることは世の中から怖れられ、排除され、葬られる運命にあるような気がします。社会にとってはその時代の価値観を崩してしまうかもしれない恐ろしい存在だから。


――冬彦=ゴジラ説! なるほど納得です。

佐野 もっと言いますとね、ゴジラの特撮監督・円谷英二はアメリカの怪獣映画『原子怪獣現わる』や『キングコング』に対抗するものを作ろうと考えたわけです。それは巨大タコのような怪獣という案もあったのですが、ゴジラを始め、その後の怪獣たちは日本の古代からの信仰の龍蛇信仰や山岳信仰を踏襲して……ってどんどんマニアックな話になっちゃうな(笑)。

そこに木馬があったから

――冬彦さんはその「出現してしまった」人なんですよね。

佐野 そうそう。実は『ずっとあなたが好きだった』の脚本を書かれた君塚良一さんも、プロデューサーの貴島誠一郎さんも、僕と同じく特撮ファンで、特にゴジラとウルトラマンが大好き。君塚さんはウルトラマンシリーズの脚本を手がけた金城哲夫さんや上原正三さん、『快獣ブースカ』『仮面ライダー』の脚本も手がけた市川森一さんの手法も勉強されているから、何となく冬彦への共通理解はあったかもしれないです。


――ドラマの視聴率は初回13%から最終回34.1%に急上昇するわけですが、それに刺激されるようにして佐野さんの演技もエスカレートしていくところはありませんでしたか?

佐野 途中から冬彦が世間の注目を一気に集め始めたこともあって、役が勝手に動き始めちゃった感じはありました。だから、変なことをやろう、強い演技をしようとは思いませんでした。むしろ抑えようとしたくらいで。とにかく、人格にはリアリティを失わなせいようにしようと、無茶苦茶なことやってもその発露だけはしっかりと伝えなければと思っていました。冬彦が木馬に乗りながら「他の男に僕の子どもを抱かせるなんて……あああ〜〜っ! 許さないぞ〜!」って言う、あのよくテレビドラマの歴史などで使われるシーンも、そこに木馬があったから乗ったまでで(笑)。


平成という時代の予言の物語

――まさに佐野さんの俳優人生にとって「冬彦さん」は重要な役柄だったと思いますが、今あらためて「冬彦さん現象」とは何だったと思いますか?

佐野 平成の始まり、でしたよね? 平成という時代の予言の物語とでもいうか……。それはゴジラが備え持つような不安の象徴であったのかもしれません。


――冬彦さんは東大出のエリート銀行員で、ディーリングを担当していましたが、それも関連しているでしょうか。

佐野 彼は取引で大失敗して、勤め先の銀行に大損害を与えてクビになりますよね。そういう意味で冬彦はまさに、バブル崩壊、平成4年という不安定な時代、3年の助走を経て動き始めた平成時代の始まりの象徴のような気がします。

――最近では90年代にはまだ生まれていない子から「冬彦さんだ!」って言われることがあるそうですね。

佐野 小学生とかにね(笑)。動画配信なんかで観ているんだと思いますけど、まさか四半世紀後に小学生があのドラマを観るなんて、当時誰も思ってなかったから、びっくりしますよ。僕だって、平成最後にもう一度“冬彦的なるもの”を演じることになるとは思わなかった。

“怪優”佐野史郎が「フジテレビをぶっ壊す」と思ってた時代
佐野史郎ロングインタビュー(後編)「文春オンライン」編集部 2018/06/09
http://bunshun.jp/articles/-/7664


『限界団地』(東海テレビ・フジテレビ系)で連続ドラマ初主演を務める佐野史郎さん。冬彦さんから井伊直弼まで、数々の役柄を演じてきたからこその演技の秘密を伺いました。役者歴40年以上の名優が語るバイプレーヤー論とは?


テレビで見た団地への憧れ

――主演される『限界団地』はその名の通り団地が舞台です。佐野さんには「団地の思い出」はありますか?

佐野 僕は昭和36年まで練馬にいて、7歳から島根県の松江で過ごしましたから団地には縁がなかったんですよね。松江は県庁所在地とはいえ、その頃はほんとに田舎の風景で、クラスの半分は農家の子。その子たちは農繁期の刈り入れ時になると午前中で帰っていました。家の手伝いだから。ただ、テレビなんかで文化住宅や団地の映像は目にしていたから、なんとなくの憧れはありました。


――松江から上京されるのは74年、昭和49年のことですね。

佐野 高校卒業して、表現の道に進みたくて東京に出てきたんですが、一人暮らしする時に団地への憧れって、まだやっぱりありましたね。友だちが荻窪団地に住んでいて、倍率が高いだの、入居手続きが面倒だの話を聞いていると羨ましいというか。僕は阿佐ヶ谷の木造モルタルのアパートに住んでました。この前、そこを通りかかったんですけど、でっかいマンションが建っちゃっててショックだったな。お隣のラーメン屋さんもなくなってた。

なぜこのドラマが平成最後の年に放送されるのか

――思い出のラーメン屋さんだったんですか。

佐野 劇団員時代でお金もなかったから、醤油を借りに行ったりしたんですよ(笑)。100円持ってって「メンマください」ってお願いしたら、どっさり差し入れしてくれたりね。メンマつまみながら仲間と酒を飲んだのもいい思い出です。


――歴史の長い団地には今や「昭和遺産」的な側面を持つ部分もありますが、佐野さんはこの『限界団地』のお話がきたときにどんなことを感じましたか?

佐野 正直言うと、主役をどう演じようかと考える前に、なぜ団地を舞台にしたドラマがこの平成最後の年に企画として成立したのかなって、まず、その理由を知りたいと思いました。時代の気配というか。

唐十郎さんから受けた影響

――時代の気配。

佐野 お話をいただいたときに「なぜ今この企画なのか?」と、今に照らし合わせて考えてしまうのは、劇団時代の恩師、唐十郎さんの影響が大きいのかもしれません。僕は20代の頃に唐さんが座長の「状況劇場」で舞台に立っていたんです。唐さんの戯曲ってたとえば『由比正雪』にしても、江戸の始まりとは何だったのかということを、戦後史やその当時の60年代のことを重ね合わせながら描いているんですよね。そこから学んだのは、コメディーにしろ、ホラーにしろ、ハートウォーミングなドラマにしろ、それこそ冬彦が出てくるようなドラマにしろ、演じるうえで大切なことは、「なぜ今この作品が生まれ出ようとしているのか、それを読み解くこと」なんです。


――佐野さんの俳優論の根っこにあるものという気がします。

佐野 個人史を大きな歴史の流れに照らしながら、作品を探るということかもしれないですね。この『限界団地』も、憧れの団地が次第に齢を重ね、昭和で解決できなかった問題群がそのまま平成に引き継がれ、その平成もまた終わりを迎えようとしている、そんな時代背景を象徴していると思います。家族観、共同体のあり方を含め、結論の出ていない問題が「団地」という場所に集約されているというか。


――特に住宅というのは、時代の家族観を反映しますよね。

佐野 冬彦の翌年に、再び賀来千香子さんとご一緒した『誰にも言えない』で住まいに設定されていたのは南大沢の高層マンションの最上階でした。なんというか、それこそ現実がドラマのオープンセットのような空間で、虚実が転倒するような空気が漂っていた気がしますね。

井伊直弼の最期を演じながら思ったこと

――佐野さんは歴史上の人物も数多く演じていらっしゃいます。過去を生きた実在の人物に取り組むときには、どんな心構えで臨まれるのでしょう?

佐野 その人物に対して失礼のないように演じようとしています。犯罪者を演じる場合は、被害者に対して失礼のないように気をつける。そこだけは、大事にしています。


――今年の大河ドラマ『西郷どん』では井伊直弼を演じられました。

佐野 直弼公については「安政の大獄」が圧政であったと批判されがちですよね。たしかに過ぎていたところはあったかもしれません。ただ、非情の選択をしなければ、世の中が収まらなかった上の覚悟であったのだと思います。そうした想いが葬られ封じ込められた直弼公の「この国を頼む」という想いを、桜田門外で倒幕派に首を斬られる最後の表情に込め、演じました。

――なんとも言えない表情での最期でした。

佐野 歴史というのは、どうしても勝者の視点で語られることが多いですよね。直弼公の圧政が批判されるのも、それは勝者の側からの歴史観だからでしょう。彦根に足を運んで学んだのは、彼が文武両道の非凡な人物であり、禅を極め、能楽師であり、茶人としても一期一会を旨とした広い世界観を持つ政治家だったということ。そうした人物像を、これまでの価値観の中に一石投じてみたかったんです。


『226』で青年将校を演じた時の怖さ

――歴史に封じ込められた「敗者」で言えば、応仁の乱を描いた大河ドラマ『花の乱』では、8代将軍・足利義政の弟で、後継となりながらも次期将軍の座に就けなかった足利義視を演じられましたし、映画『226』では急進派の青年将校・栗原安秀中尉を演じています。

佐野 栗原中尉は奇しくも僕と同じ松江の出身なんです。キャスティングした方はそんなことを知らずに依頼してくださったんですが、あの時はさすがに怖いというか、背筋が伸びるような思いがしましたね。あの時も、2・26事件が起きた昭和11年とは何だったのか、青年将校たちはなぜ急進的にならざるを得なかったのか、クーデターが鎮圧された無念とはどんなものだったのか、ずいぶん考えました。

“主役と脇役”はあるのか

――佐野さんの、勝者の歴史観とは違った視点を大切にする姿勢にも繋がるのかもしれませんが、これまで主役ではなく数々の名脇役を演じてこられての「バイプレーヤー論」とは何でしょうか。

佐野 そうですね……、歴史と一緒で、どんな縮尺で物事を見るかで主役も脇役も同じと言えば同じなんですよ。何が歴史の転換点だったのか、誰が時代の主役だったのかなんて、歴史の縮尺の度合いで変わってきますからね。そりゃ、若い頃は「芝居に主役も脇役もないんだ」なんて言われても「いや、あるじゃん」って思ってましたよ(笑)。でも主演であろうがエキストラであろうが、ワンカットワンカットで言えばそこに存在するという意味では同等ですよね? ただ、それが全体として、編集されて1つの見方を提示する作品になったときに、主役と脇役が生まれてくる。


「フジテレビ、もうぶち壊してやろうぜ」

――『ずっとあなたが好きだった』の冬彦さんは、主役の賀来千香子さん、布施博さんに次ぐ役どころでクレジットされていましたよね。でも、「冬彦さん現象」によって主役を喰っちゃったという思いはありませんでしたか?

佐野 いやあ、あの時はどう思ってたかな……。今だから思うのかもしれないけど、僕も30代で若かったし、もともとパンクをガンガン聴いて、ロックバンドやってるような人間ですから、乱暴なところは内側に秘めてますよ、実は(笑)。ただそれは、主役のお二人に対してってことではなくて、テレビドラマの約束事をぶっ壊してやるとか、それこそプロデューサーの貴島(誠一郎)さんと言っていたんだけど、恋愛やってるフジテレビをぶっ壊すぞ的な闘争心。「もう、ぶち壊してやろうぜ」みたいなのはあったかな(笑)。そうして、今はフジテレビで「限界団地」をやるという(笑)。


――先ほど、「冬彦さん=ゴジラ説」が唱えられましたけど、封じ込められた人物としての冬彦さんは、ある種の主役だった気もします。

佐野 振り返ればね。だから偉いとかそういうことではなくて、誰が物語を先導していくかにおいては、どの役であっても“主役”になれるということかもしれません。

憧れのバイプレーヤーは

――佐野さんは「状況劇場」を辞めた直後の頃に、ひと月ずっと小津安二郎の映画を観て過ごしたことがあるそうですね。

佐野 ひと月どころじゃないですよ。20代の終わりに、小津だけじゃなくて、成瀬巳喜男、清水宏……観られる限りね。


――佐野さんの憧れるバイプレーヤーってどなたでしょうか。

佐野 そうだなあ……、バイプレイヤーというか、尊敬する昭和の俳優さんたちだと、天本英世さん、岸田森さん、佐藤慶さん、小松方正さん、戸浦六宏さん、植木等さん……笠智衆さん、吉田輝雄さん。一番尊敬しているのは佐分利信さん。佐分利信さんはやっぱり好きですね。

――ちゃぶ台の前に座ると出てくるあの父性みたいなものですか?

佐野 『お茶漬の味』ね。佐分利信のお父さん役って何もしないでしょう(笑)。山村聰さんも好きなんですけど、ああいうどっしりした感じの構え方に、僕もちょっとは影響を受けています。まあ、僕はあんな風にできなくて、チョコチョコやってますけど、こういうふうに佐分利信、山村聰に影響を受けた俳優が60を過ぎてどんな俳優になっていくのか、僕自身、これからがたまらなく楽しみです。

さの・しろう/1955年生まれ。
山梨で生まれ、東京は練馬を経て島根県の松江市で育ち上京、75年に劇団シェイクスピア・シアターの創設に参加。80年から4年半、唐十郎主宰の「状況劇場」に所属した。86年に映画『夢みるように眠りたい』(林海象監督)主演で映画デビュー。『ぼくらの七日間戦争』などの出演を経て、92年TBS系ドラマ『ずっとあなたが好きだった』の桂田冬彦役で大ブレイクする。2018年『限界団地』で連続ドラマ初主演。俳優活動のほか、故郷松江にゆかりのあるラフカディオ・ハーン(小泉八雲)作品の朗読を現在も続けている。


▲△▽▼


「母殺し」が象徴するもの

混沌としていて、人の心はもちろんのこと、自分の本心さえも見えにくい現代社会。自分自身との「対話」を重視したユングの心理学は、現代を生きる私たちに何らかのヒントを与えてくれるハズです。


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グレート・マザーとの対決


ユング心理学の中に、
「母親殺し」というドぎつい表現が出てきます。

「えっ、ユングって少年犯罪の心理にも詳しいの?」
…と誤解してしまう方もいらっしゃるかもしれませんよね(笑)。

ユングの言う「母親殺し」は、あくまでも“たとえ”。
実際に母親を殺すわけではありません。

母親殺しが象徴しているのは、人間の「心理的な成長」、
つまり、母親殺し=母離れということになりますね。

人間が心理的に成長していくプロセスにおいて、
一人前になるためにどうしても克服しなければならないテーマを、

ユングは「母殺し」言い方で表現したのです。

このテーマは、実は、世界各国の神話や民話にも登場するエピソード。
後述しますが、日本に伝わる伝承にも、

この“母親殺し”に相当するエピソードが登場します。

それにしてもなぜ、克服すべきテーマを母親になぞらえるのか?
それは、ユングが唱えた「元型論」の

「グレードマザー=太母」が持つ意味に起因しています。
このグレートマザーは、

「無条件で愛を与え、守ってくれる」「受け入れてくれる」…といった
一般的に言われる“母親”のイメージの他に、

「束縛する」「飲み込んでしまう」
といったネガティブなイメージも内包しています。

確かに、母親って、口うるさいところがありますし、ともすれば
過干渉で子どもの可能性をつぶしてしまう存在でもありますからね(汗)

そのため、このグレートマザー=母親と対決をして、
それに勝つ、殺してしまうことが求められるというわけ。

それで初めて「一人前になれる」ということです。

日本人は“母親殺し”が難しい?


前述した通り、日本に伝わる伝承にも、
ユングが言うところの「母親殺し」のエピソードは登場しています。

最もポピュラーなのは、
素戔鳴尊(スサノオノミコト)の八岐大蛇退治。

素戔鳴尊は、八岐大蛇を退治して、
奇稲田姫(くしなだひめ)を救いました。

そして、大蛇の尾から草薙剣(三種の神器)を奪ったのです。

…と、ここまでは、
「素戔鳴尊が男として一人前になるためのエピソードなのね」

「これが、ユングの言う“母親殺し”なんだな」
と、納得しながら読めるのですが、問題はここからです。

彼は、せっかく手に入れた草薙の剣を、
姉である天照大神に献上してしまいます。

“支配者”になるために
「なくてはならないアイテム」であるにも関わらず、です!

しかも、献上した相手、天照大神は、
自分の“母親代理”とも言える存在。

つまり、母離れが完全にはできていなかったということですね(苦笑)

この伝承のエピソードも踏まえ、
ユング心理学の権威である河合隼雄先生は、

「日本の男はみんな永遠の少年だ」
とおっしゃっています。

つまり、いつまでも“母親殺し”ができない
=母離れができない=精神的に一人前になれない!

みなさんの周りにも、いわゆる“マザコン”が多いのでは(笑)?

「父親殺し」との比較


さて、母親殺しは
「成長に不可欠なプロセス」「母離れ」を意味するわけですが、

では、“父親殺し”はどのような意味があるのでしょうか。

これは、ユングよりも
ノイマン(ジョン・フォン・ノイマン。ユング派の心理学者)の

考え方を紹介したほうが分かりやすいでしょう。

ノイマンによれば、
「母殺し」と「父殺し」とでは意味が異なるのだとか。

「母殺し」は太母からの自我の自立を、一方の「父殺し」は、
古い文化を否定して新しい文化を創造する心の働きを

意味しているのだと言います。

確かに、父親や“父性”は古い慣習や伝統、
文化を象徴するものでもありますから、こういった古いものを

打ち破って新しいものを作るという意味で捉えられるのは
あながち不思議な話ではありません。

ちなみに、ユングによれば、「母親殺し」や「父親殺し」は
愛の挫折や愛の倒錯から生まれるのではないとのこと。

つまり、個人的な感情云々から生ずるエピソードではなく、
「より元型的な心のメカニズム」、

誰もが通る道として捉えられています。

ですから、

「うちの子が私に対して攻撃的なのは、育て方が悪かったからだ」

と自分を責める必要はありません。
子どもは自分自身の“内的な成長”ゆえに、必然的な傾向として

母親から自立していこうとするものなのです。
親としては、むしろ喜ぶべきことなのではないでしょうか!

▲△▽▼

西洋のおとぎ話では、王子様が「閉じこめられたお姫様を救出する」お話がよく出てきますが、そのようなテーマが古くから多くの人の心を揺さぶり、言い伝えられてきたことも、深層心理学的に解釈すると、納得できそうですね。
それは、私たちの生の「本来の課題」を表しているわけですから・・・。


大学時代、児童文学の講義でグリム童話を通して人間の成長過程についてユング心理学的に学んだのですが。

その時に教授が使ったテキストが、河合隼雄先生の


昔話の深層 ユング心理学とグリム童話 (講談社+α文庫)

でした。

その中で、「金の鳥」のような冒険譚で主人公が魔物に捕らわれている王女を救出し、後に結婚する、というパターンがありますが、このパターンのストーリーに登場する王女は、アニマと呼ばれる男性の深層心理の内にある理想の女性像の象徴であるとユング心理学では言われているそうです。

その一方で、「白雪姫」や「いばら姫(ペロー童話でいうところの眠れる森の美女)」に登場する、ヒロインの王女を救出する王子が、女性の深層心理の理想の男性像をアニムスと呼ぶそうです。

今年、HeleneさんのメールリーディングやThambaさんの対面リーディングセッションを受けたことで、私のツインソウルである、初恋の相手にとってのアニマが私自身であり、彼が私にとってのアニムスでもあるようでいて、私自身に自分の本質がプリンセスであることを気づかせる役割を担ったトリックスターでもある、ということがはっきりしました。

一口にツインソウルと言いますが、関係性というか、お互いの相手に対する役割だとか立ち位置は、それぞれ違うと思います。

ただ、対等のパートナーである場合が多いとは思うのですが、こういうパターンもある、という一例ではあると思います。

男性性、女性性の象徴としてのツインソウルのあり方としては、わかりやすいパターンだとは思います。

女性にとってはある意味、理想的な関係と言えるのかもしれませんね。


ただ、対等ではないので、相手と自分の気持ちに多少の温度差があるのはどうなんだろう?と思います(°д°;)



ソフィア (sophia)

「万学の祖」といわれた偉大な哲学者アリストテレス。
この名を聞いたことのない人はまずいないでしょう。

このアリストテレスが第一哲学と称する『形而上学』という著述があります。
そこでは、いわゆる「存在」に関するさまざまな問題が扱われているわけですが、
「形而上学(metaphysics)」という言葉は、アリストテレスの数々の著作を編集する際、「自然学関係の諸巻(physica)」の後に置かれた諸巻という意味で作られたとされる“metaphysica” がもとになっているようです。

meta は超越を意味しますので、“metaphysica” とは自然を超越したもの、「超自然学」を意味します。
自然の背後にあるもの、いわゆる“あちら”の世界についての学問。
(自然と訳される physis は、そもそも「生まれ出たもののすべて」を意味します)

深層心理学的に、ちょっと大胆に言ってしまうと、
“無意識”にあるものの探究、と言い換えることもできるのではないでしょうか。

この『形而上学』について、アリストテレスはまた、「ソフィアをあつかう学」とも称していますが、ソフィア sophia とは、ギリシア語で「知恵」を意味することを鑑みますと、ソフィアをあつかう学(第一哲学)とは、われわれの 「存在根本についての知恵に関する学」 であり、「万物を動かす原理である不動の動者、神(と呼ばれる存在)を探究する学問」であるといえます。


西洋世界において意味深い「ソフィア」の存在について、ユングはあくまでも心理学の観点から、男性の無意識に存在する、“高次のアニマ”*であると述べています。

* アニマとは男性の無意識の中に存在しているとされる、普遍的な女らしさの元型。ソフィアは第四段階の叡智のアニマ。



(ゲーテの『ファウスト』における)「永遠にして女性的なるもの」
(ソフィア)は錬金術の≪智慧≫を具現化したものとして登場する。


ソフィアは、(中略)「楽園の」あるいは「神的な」人間、すなわち
「自己」である。


転移の心理学転移の心理学
著者:C.G. ユング
販売元:みすず書房
(2000-10)


また、前回記事で書いたグノーシス主義では、『旧約聖書』で「最初の人間」とされているアダムとイブに、2人が“無知の闇”に閉じこめられていることを知らせるため、智慧の女神ソフィアがヘビを遣わしたとされています。

『旧約聖書』において、知識の木の実を食べるようそそのかした悪魔の使いとされるヘビを、グノーシス主義では礼拝の対象としていたのです。

(正統派キリスト教、異端派グノーシス主義における、“ヘビ”のこのアンビバレンスな捉え方も、今日は触れませんが、非常に意味のあることです。
ちなみにユングは、自分の心の深層に導いてくれる存在として、緑のヘビを描いています。)


私たち人間は、自我が芽生えてこそ、他者の存在のみならず、自分の“存在”をも認知できるようになります。
“無知の闇”(無意識)を抜け出してこそ、「人」となるわけです。
(赤ん坊が幼児に成長する過程を見ていると、それがよく分かります。)

闇を完全に光で満たすことはもちろん不可能ですが、そこに何があるのか、少しずつ明かりを灯していくことこそ、「ソフィアをあつかう学」につながるのだと、私には思われます。


「人間の肉体に閉じこめられて解放をまっている『霊魂』『本来的自己』『光の粒子』」
である、グノーシス主義における女神ソフィアを、ユングが解釈したように、私たちのこころの深くにある「自己」と考えると(この場合はあくまでも男性心理からの視点で、ユングは、アニマとセルフを同一視している部分があることが研究者によって指摘されている)、やはり、わたしたち人間一人ひとりが、自身の“無意識の声”を聞いていくこと、“認識(グノーシス)”すること。
そして、“無知の知(闇)”の自覚を出発点に、“ソフィア(叡智)の救済”へ努めることは、たとえそれが終わりのない道であっても、とても意味のあることなのです。

それは、以前のブログで書いた「ホントの自己実現」の生き方と同義です。


西洋のおとぎ話では、王子様が「閉じこめられたお姫様を救出する」お話がよく出てきますが、そのようなテーマが古くから多くの人の心を揺さぶり、言い伝えられてきたことも、深層心理学的に解釈すると、納得できそうですね。
それは、私たちの生の「本来の課題」を表しているわけですから・・・。


【参考文献】   
竹内 昭 『哲学案内』 梓出版社 (2004-04)
筒井 賢治 『グノーシス (講談社選書メチエ)』 講談社 (2004-10-09)
山中康裕監修 『ユング心理学 (雑学3分間ビジュアル図解シリーズ)』 PHP研究所 (2007-02)
メンテ
テレビドラマ 松山ケンイチ ミムラ 木南晴夏『銭ゲバ 日本テレビ 2009年』 ( No.23 )
日時: 2022/05/07 19:19
名前: スメラ尊 ID:hljhk4o.

テレビドラマ 松山ケンイチ ミムラ 木南晴夏『銭ゲバ 日本テレビ 2009年』

原作:ジョージ秋山『銭ゲバ』(幻冬舎文庫)
脚本:岡田惠和
音楽:金子隆博
主題歌
かりゆし58 「さよなら」(LD&K Records)

動画
https://www.youtube.com/results?search_query=Zeini+Geba+ep

各話 放送日 サブタイトル 演出 視聴率
第1話 2009年1月17日 愛をください…金のためなら何でもするズラ!! 大谷太郎 12.0%
第2話 2009年1月24日 愛は金で買えるズラ!!!! 11.3%
第3話 2009年1月31日 罠! 美しい心が欲しいズラ 狩山俊輔 9.0%
第4話 2009年2月7日 僕の家族は母さんだけズラ 大谷太郎 10.7%
第5話 2009年2月14日 友情も愛も必要ないズラ… 狩山俊輔 10.1%
第6話 2009年2月21日 逮捕…金が招いた不幸ズラ 大谷太郎 10.2%
第7話 2009年2月28日 命の値段も結局金ズラか… 狩山俊輔 8.7%
第8話 2009年3月7日 悪は静かに死んでやるズラ 大谷太郎 6.4%
最終話 2009年3月14日 幸せはどこにあるズラ? 10.5%



日本テレビ系列で、2009年1月17日から3月14日までの毎週土曜日の21:00-21:54(JST)にて松山ケンイチの主演で放送された。全9回。

『銭ゲバ』は、ジョージ秋山による日本の少年漫画。

脚本は原作の内容を概ね踏襲したものとなっているが、場面設定としては原作が発表された1970年代を再現するものではなく、リーマンショック後の派遣切りなどの社会的格差が社会問題となった2009年時の世相を色濃く反映させたものとなっている。

登場人物は風太郎や健蔵などの一部のキャラを除き、ドラマオリジナルの人物が多い。また、主人公の風太郎の左目にある傷は、原作では先天的な障害でついたものに対し、本作では小学生の頃に父親から突き飛ばされ、引き出しの角に顔が当たって出来た設定である。


キャッチコピーは「金のためなら、なんでもするズラ」。

キャスト

蒲郡風太郎(23):松山ケンイチ
主人公。工場で働く派遣労働者。最初は「蒲田合板工場」で働いていたが、生産調整のため解雇される。その2日後から、「三國造船(株)京浜工場」で働き始める。静岡県伊豆半島出身。学歴は(自称)小学校中退。普段は温和で物静かな青年だが、それは仮の姿で時には残忍で非情な「銭ゲバ」の本性をのぞかせる。口癖は原作と同様「ズラ」。母の作ってくれたベラの煮付けが好物。
派遣労働者としてその日暮らしをしていたが、三國造船に派遣されたことをきっかけに社長令嬢である三國緑と偶然を装って再会。三國家に取り入り、陰で殺人事件を繰り返し、ついには三國家を乗っ取る。
最終回では、「自分の考えが間違っていなかったこと」を理由に、同行した緑が見守る中、子供の頃過ごした海辺の小屋で体にダイナマイトを巻き付け自爆を図る。導火線の火が近づき刻一刻と死が迫る中、野球と漫画を愛する少年として育ち、大学卒業後は「海の男になりたい」と緑の勤める造船会社に就職、大学の同級生だった茜と結婚し、一児の父となる平凡で幸せな人生を夢想しながら爆死[2]。自殺の直前に「この腐った世界で平気なツラしてへらへら生きているやつらの方がよっぽど狂ってる。この世界に生きているやつらはみんな銭ゲバだ」と吐き捨てており、その場面をラストシーンとして物語は幕を閉じる。
少年時代の風太郎(11):齋藤隆成
蒲郡夫妻の一人息子であり、好物は、ベラの煮漬け。幼い頃から明日の生活にも事欠き、教科書代、給食費、遠足の写真代50円すら払うこともままならない程、貧困な家庭に育つ。貧乏の惨めさと、金の力を目の当たりにして世の中すべてを憎み、「銭がすべて、銭のためなら何でもする」という考えに達し、金のためなら殺人さえも厭わない非情な人格(=銭ゲバ)となる。
三國緑(24):ミムラ(幼少期:森迫永依)
三國造船社長令嬢。容姿も心も美しいお嬢様。子供の頃に風太郎と知り合ったが、風太郎が菓子を盗んだことで絶交する。その後大人になり、運転している車に風太郎が飛び込んできたことで再会する。風太郎と茜の結婚により、風太郎とは義理の姉弟という関係になる。風太郎の壮絶な生い立ちを知ることで、彼に対して憎しみと哀れみが入り混じった複雑な感情を抱くようになる。
最終回では風太郎の上司となり、風太郎が茜と結婚したことにより義姉となる。
三國茜(21):木南晴夏
緑の妹で、右の頬に大きな痣を持つ。痣に加え、足も不自由で車いす生活を送っていることから周囲に壁を作り、幸せな人間を憎んでいる。風太郎の真意を薄々知りつつ、幸せが欲しくて結婚するものの、後に首吊り自殺を遂げる。
最終回では顔の痣や脚の障害も無く、風太郎と同じ大学に進学する。後に風太郎と交際するようになり、風太郎を「ふうくん」と呼び、風太郎と結婚し、一児の母となる。
三國譲次(56):山本圭
三國造船(株)第4代社長。代々続く大富豪。緑と茜の父親。風太郎によって雇われた枝野良夫により、射殺される。
桑田春子(19):志保
三國家の家政婦。風太郎と同郷。偶然風太郎の本性を知り、怯えながら家政婦としての仕事をこなす。
荻野宏(22):近藤公園
少年時代の風太郎と共に新聞配達をしながら大学に通っていた苦学生で、荻野聡の弟。不幸な境遇の風太郎に親切に接していたが、ある時逆上した風太郎にバットで撲殺されてしまう。
荻野聡(36):宮川大輔
荻野宏の兄で、警視庁本庁の刑事。菅田とコンビを組んでいる。弟・宏の仇でもある風太郎の周囲で起こる事件を執拗に追い続けていたが、妻子の安全と治療費とを引き換えに風太郎に買収される。
荻野加奈江:宮本裕子
聡の妻。長らく、心臓の病気で病床にあったが、聡と風太郎との取引により無事、移植手術を受ける。
荻野正義(11):深澤嵐
聡と加奈江の息子。小学5年生。
菅田純(25):鈴木裕樹
刑事で、荻野聡とコンビを組んでいる。執拗に風太郎を付け狙う荻野に半ば呆れつつも付き合っている。
野々村保彦(48):光石研
食堂「伊豆屋」の店主。風太郎に家族ぐるみで親身に接しているが、甥・真一の件をきっかけに金の力に屈服させられる。
最終回では風太郎の行きつけのレストランの店主。風太郎に故郷の味、おふくろの味であるベラの煮つけをふるまう。
野々村祥子(36):りょう
保彦の妻。
野々村晴香(34):たくませいこ
保彦の妹。
野々村由香(16):石橋杏奈
保彦の姪。第8話では、借金の申し出と引き換えにその肢体を買って欲しいと風太郎に懇願する。
野々村真一:松山ケンイチ(二役)
保彦の甥で、由香の兄。容姿は風太郎に酷似しているが、左眼の傷がないのが相違点。無謀な性格で多額の借金を抱えており、家族にとって非常に頭の痛い存在。
蒲郡桃子(35):奥貫薫
風太郎の母で、蒲郡健蔵の妻。夫の健蔵に代わって水産関係のパートで家計を支えていた。貧困のために満足に治療を受けることができず病死。最終回では、手術で病気は完治したということになっている。最終回では家計を預かるしっかり者の主婦として、風太郎と健蔵を叱咤する。
蒲郡健蔵(45):椎名桔平
風太郎の父。口癖は「わーお[3]」。最初は、会社に勤務していたものの、社内での不祥事で解雇されてしまう。それ以来、仕事に対する意欲を失い、酒と女に溺れ自堕落な生活を送っている。したたかな性格で、時には風太郎すら翻弄する。社長となった風太郎から現金10億円をせしめるが持て余してしまい、大金持ちの虚しさを知る。最終回では、ゴルフ好きだが家庭を大事にし、妻と子を愛する理想的父親像を演じている。
主なゲスト
寺田修司(49) : 田口トモロヲ(第1、2、6、最終話)
風太郎と同じ派遣先「蒲田合板工場」で働いていた派遣労働者。借金で首が回らない状態になっていたところで風太郎に金を無心するが、風太郎に撲殺される。最終回では風太郎と良夫のバイト先の建設現場の良き先輩でアングラ劇団の団員をしている男を演じる。
白川正輝 : 田中圭(第2、3、6、最終話)
緑の幼馴染で、三國家と同様の富裕層の青年。腕時計マニア。風太郎の正体を看破するが、このことによって殺害される(手口は描写が無く、どう殺されたのかは不明)。最終回では緑(風太郎が働く造船会社の上司で、後に義姉)と友達以上恋人未満の関係。
田辺 : 正名僕蔵(第3、最終話)
貧しい労働者。風太郎に金で買われ、彼の策略に加担する。最終回では風太郎の就職した造船会社の上司を演じる。
枝野良夫 : 柄本時生(第4、5、6、最終話)
三國造船で働いていた派遣労働の青年。両親は借金が原因で自殺した。また、ガンのため余命幾許も無い。境遇の似た風太郎に親近感を抱くようになり、彼の悪事に協力する。最終回では風太郎の親友で、風太郎と茜が通う大学での同級生であり、2人の良き友人となっている。
寛子 : 奥貫薫(第6話)
風太郎の母である桃子と瓜二つのホームレスの女性。風太郎から大金を受け取ったが為に、ホームレス仲間のいざこざに巻き込まれて殺されてしまう。風太郎の母・桃子と同じ奥貫薫が二役演じている。
ホームレスの老人:品川徹(第7話)
子供の頃の風太郎が一時期行動を共にしていた男。風太郎を匿うように振舞っていたが、実は風太郎が宏を撲殺した情報を売って報酬を得ていた。
その他のゲスト
診療所の医師 : 八十田勇一(第1話)
担任の先生 : みやなおこ(第1話)
高村薫:平野靖幸(第1話)
「蒲田合板工場」に勤務している派遣社員。
派遣社員 :久松信美


主な舞台

蒲田合板工場
風太郎が解雇されるまで働いていた派遣先。多くの派遣労働者が働いている。撮影には、キーテック(株)木更津合板工場が使われている。
三國造船(株)
風太郎の派遣先。三國譲次が社長である。本社の建物は、群馬県前橋市にある群馬県庁が使われている。
なお、工場では多くの派遣労働者が働いており、風太郎もその一人である。
三國家別荘
伊豆の三國家避暑地。子供時代の風太郎と緑が出会う。ここに招かれた風太郎が母親に食べさせようとマカロンを盗もうとしたが緑に見つかり、激しく糾弾された。この事件は風太郎の人格形成に多大な影響を与えることになる。
蒲郡家
伊豆の寂れた港町にあり、現在は廃屋。
伊豆屋
風太郎の行きつけの食堂。風太郎はいつもベラ定食を注文する。アットホームな雰囲気で風太郎をもてなす。
三國家
緑たちの住む豪邸。撮影には、和敬塾が使われている。風太郎も結婚後はここに住む。
理想の世界(最終話)
風太郎が死の直前にイメージした、誰もがみな(一部を除く)幸福に暮らしている社会。暗い運命をたどった登場人物たちが全員救済(成仏)されている。


銭ゲバ
作中で「金のためなら何でもする奴」と説明されている。ゲバとはドイツ語のゲバルト(暴力行為)という意味の略語で、『銭ゲバ』の原作が発表された昭和40年代当時、流行した左派政治運動に参加した学生の隠語で、国家に対する実力闘争を指す。略して「ゲバ」と言うことが多い。誤った用法であるが、一般的にお金に執着する人(守銭奴やけち)の事を「銭ゲバ」と表現される。

口癖である「ズラ」は中部地方の静岡県・山梨県・長野県で使われる方言である(静岡弁・遠州弁・伊豆弁・甲州弁・信州弁)。しかし、「ズラ」は推量や確認を表す言葉であり(共通語の「だろう」「でしょ」に当たる)、「金のためなら、何でもするズラ」のような使い方は方言としては正しい用法ではない。また現在「ズラ」は「ダラ」という新しい方言に取って代わられ死語に近く、年配層以外ではほとんど使われない。

第4話で三國家の裏庭に埋められた死体を掘り起こす際に出てきた、「へのへのもへじ」の落書きは、原作者によるもの。また、この回では主人公の父・蒲郡健蔵役を演じる椎名桔平は、裏番組の『警官の血』にも出演していた。本作の役柄とは対照的に、主人公やその息子を慕う役割を演じていた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%AD%E3%82%B2%E3%83%90
メンテ
テレビドラマ 松嶋菜々子 山口祐一郎 原田龍二『百年の物語 TBS 2000年』 ( No.24 )
日時: 2022/05/08 15:20
名前: スメラ尊 ID:WrctpPwU

テレビドラマ 松嶋菜々子 山口祐一郎 原田龍二『百年の物語 TBS 2000年』


『百年の物語』(ひゃくねんのものがたり)は、2000年8月28日から8月30日の3夜連続で、TBS系で放送されていた日本のハイビジョン製作のスペシャルドラマ。制作・TBSエンタテイメント、製作著作・TBS。

女性の生き方は百年の間に大きく変化したことをテーマに、母、娘、孫、曾孫とそれぞれの世代を通して“百年”を描ききった作品である。

民放で3夜連続の2時間半のドラマを制作したのは史上初の試みであり、3夜とも高視聴率を獲得。3夜の平均視聴率は29.6%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)。
3夜にわたって松嶋菜々子が主演をつとめた。『やまとなでしこ』(フジテレビ系列、2000年)、『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』(NHK大河ドラマ、2002年)、『家政婦のミタ』(日本テレビ系列、2011年)と並ぶ、松嶋の代表作でもある。
脚本家は、これまでTBSドラマを支えてきたヒット作の多い3人がリレー方式で執筆。3夜の物語を通じて肖像画が登場する。

また、脇を固める俳優陣、演出、音楽とも、豪華な顔ぶれを揃えて話題となった。


第1夜「大正編・愛と憎しみの嵐」
放送時間 2000年8月28日、21:00 - 23:24、視聴率29.2%

動画
https://www.youtube.com/watch?v=X6yOt3fNQ-Y


ストーリー
20世紀前半、大正9年の夏。江戸から続く米沢の豪農戸倉家の長女、彩。本宅の東京からたまたま米沢に帰省中、小作の青年、八代公太と知り合う。貧困に苦しむ小作の公太は彩に想いを寄せ、肖像画を描く。公太の夢が画家になることだと知った彩は、公太に上京を勧める。たったひとりの母の反対を押し切り、彩を慕って東京に出てきた公太は彩と再会を果たす。

しかし、再会の喜びもつかの間、戸倉家の事業の失敗から彩に政略結婚の話が持ち上がる。彩は家を守る為に、九州の貧農から一代で身を起こした青年実業家の横山平吉の元に嫁ぐ。自分とはまったく違う世界に住む彩の姿を目のあたりにした公太は、みせると約束した絵を川に投げ捨て2度と絵は描かないことを心に決めるのだった。

横山家に嫁いだ彩を待っていたものは、成り上がりである平吉の“体面を保つ為だけの嫁”を求める姑、イトとの生活だった。夫の平吉は新婚初夜に夫婦の営みを拒絶してから、毎晩めかけの家に泊り帰宅しない。ついに離婚を決意して、戸倉の家に帰るも母や兄が語る平吉頼みの戸倉家の内情を知り、横山の家に戻るしかない彩だった。

横山家の飾り物の嫁としての生活を送る彩に転機が訪れる。関東を襲った大地震は横山家も例外ではなかった。逃げ遅れた彩を助けにきたのは、影から彩を見守り続けていた公太だった。画家の夢を捨てた公太は株で資金を得て、東京郊外の土地のを買い占めを進める不動産業を営んでいた。助け出された彩は郊外の公太の家で好きな人と過ごす当たり前の暮しに心を癒していた。

しかし、そんな生活も長くは続かず、彩を平吉が連れ戻しに来た。帰宅を拒み離縁を持ち出す彩に平吉は、公太との姦通罪で訴えると脅しをかける。不義を働いた覚えはないが、自分だけでなく公太もすべてを失うことになることを恐れた彩は平吉の元に帰る。公太との不義を疑う平吉は力づくで彩の体を我が物にした。抜け殻のようになった彩を平吉は毎夜抱く。

そんなある日、彩は平吉の子を身ごもる。妊娠を知った平吉はほんとうは公太の子ではないかと責を攻める。決意を固めた彩は平吉とイトの隙をつきて逃げるように出て行く。そして平吉の子を堕胎してしまう。無許可の堕胎は罪に問われる時代、彩は警察に捕まり、懲役一年の実刑を言い渡される。

戸倉家からも絶縁された刑務所での生活は、彩が生まれ変わる為に必要な時間であった。

一年が過ぎた。刑務所を出た彩を公太が車で迎えに来ていた。その公太の後ろから歩いて近づいてきたのは平吉だった。この一年の間にイトは他界し、事業にも失敗した平吉には何も残っていなかった。離縁を自分から切り出した平吉は、彩を初めて見た時から熱烈に愛していたにもかかわらず、自身の出自による劣等感から歪んだ愛し方しかできなかったこと。そのことと公太への嫉妬で彩を苦しめたことを心から詫びた。

平吉に背を向けて家を出た彩だったが、立ち止まり平吉の元に戻る。彩は今知った。自分のこれからの生きるべき道を。それはすべてを失った平吉と満州へ一緒に渡り、彼を支えて生きていく事だった。大連への出航の日、港には家族の目を盗んで見送りに来た母・史の姿が目に入る。しかし、もの影からそっと見送る公太の姿は彩の目に入る事はなかった。

大連の船会社に職を得た平吉と彩は一男一女をもうけて、忙しくも慎ましやかで平穏な日々を送っていた。そんな彩の元を幼子を連れた一人の女性が訪れる。女性は公太の妻、八代由加であった。一流の事業家に成長した公太であったが、第一次上海事変の召集令状を受け、肉弾勇士として突撃爆死した。公太が常に大切にしていた肖像画が彩を描いたものであることを知った由加は、その人物を確かめる為に大連に訪ねてきたのだった。彩と会い、夫の想いを理解する。由加は夫の生きた証として、肖像画を持つ許しを彩からもらい別れる。

やがて満州で始まった戦争は日中戦争、そして太平洋戦争へと拡大。やがて平吉を南方で喪い、彩自身も東京大空襲で、幼子二人を残したままその人生の幕を閉じるのであった。

出演
戸倉(横山)彩 - 松嶋菜々子
戸倉史 - 黒木瞳
横山平吉 - 山口祐一郎
八代公太 - 原田龍二
八代由加 - 菅野美穂
戸倉直道 - 林隆三
八代きぬ - 泉ピン子
横山イト - 草笛光子
戸倉耕作 - 柏原収史
横山家 家政婦トメ - 岡本麗
戸倉力 - 浜田学
刑事 - 温水洋一
ナレーション - 奈良岡朋子
木瓜みらい、藤田哲也、林和義、小寺大介、渡会良 ほか


スタッフ
脚本 - 橋田壽賀子
音楽 - 若草恵
ロケ協力 - 山形市、北上市、東邦航空、紅花資料館、遠野ふるさと村 ほか



第2夜「戦後編・愛は哀しみをこえて」
放送時間
2000年8月29日、21:00 - 23:18、視聴率27.0%

動画
https://www.youtube.com/watch?v=e0IMfIfIzxA

ストーリー
昭和24年。焼け野原と化した東京は混乱と荒廃が続いていた。すさまじい食糧難と物資不足が国民を襲い、人々は闇市に群がった。その中に小学校教師の横山純子の姿もあった。警官に娼婦と間違われて連行された純子を助けてくれたのが日系米軍士官のヒロセ・カズオだった。 ある日、闇市で危険な取引を繰り返す弟の真一が米兵を相手に喧嘩騒ぎを起こした。カズオが止めてくれたものの、真一は負傷して病院に担ぎ込まれる始末。純子が駆けつけると、真一の恋人・とし子が喧嘩は自分のせいだと言い出した。とし子は一年前に米兵に乱暴され、真一はその復讐を企てたのだ。この事件をきっかけに純子はカズオとしばしば会うようになった。戸惑いながらも次第にカズオに引かれていく純子を見て、真一は怒りを募らせていく。 そんな時、一人の復員兵が純子のアパートを訪ねてきた。母・彩の弟・耕作だった。耕作は激戦地を渡り歩き、覚悟の突撃をしたが結局生還したのだ。耕作は「死に損なった」と自分自身を追い詰め、身も心もぼろぼろになっていた。そんな耕作を、真一は負け犬を見るような眼差しで見つめていた。 純子が彩の遺骨を郷里・山形の菩提寺に納骨し、カズオと初めて結ばれた翌日、事件は起きた。闇市の取引でテキ屋グループの怒りをかった真一は倉庫に監禁され、絶体絶命の危機に直面していた。とし子の知らせで真一の救出に向かい謝罪する耕作に相手は拳銃を取り出した。反射的に自分の銃を抜く耕作の姿には、幾度となく死地をくぐり抜けた男の不気味さがあった。一方、カズオは純子にプロポーズの言葉を残して朝鮮戦争のためソウルに向かった。

出演
横山純子 - 松嶋菜々子 - 彩の娘にあたる。
戸倉耕作 - ビートたけし - 彩の弟にあたる。横山姉弟の母方の叔父。
ヒロセ・カズオ - 大沢たかお
島崎芳江 - 永作博美
永井とし子 - 竹内結子
成田 - 久本雅美
横山真一 - 反田孝幸 - 彩の息子で純子の弟(耕作の甥)にあたる。
寺の住職 - 伊東四朗
野原医師 - 角野卓造
ナレーション - 杉本るみ
広岡由里子、ロバート・ホフマン、森下哲夫、片岡聖子、山上賢治、濱近高徳、南雲勇助、栗原直樹 ほか

スタッフ
脚本 - 山元清多
音楽 - 若草恵
ロケ協力 - 海上自衛隊横須賀地方総監部、茨城県大子町役場 ほか



第3夜「現代編・Only Love」
放送日
2000年8月30日、21:00 - 23:18、視聴率32.6%

動画
https://www.youtube.com/watch?v=j4mFsZKC7gk

ストーリー
西暦2000年の夏、横山純子が73歳で他界して早二年。郷里での3回忌法事に出席した孫の千代を偶然小川で目撃し、そのまま米沢から東京へ尾行する男がいた。その男は八代進次。仮出所したばかりの元ボクサーでパンチドランカーにおかされていた。初めて会った男に千代は、妊娠中絶手術の書類にサインをして欲しいと頼み込んだ。不倫相手のある男との子であった。事情は知らない進次だが、何故か土下座をして中絶はやめて欲しいと千代に迫った。しばらくして、一枚の絵を持った進次が千代を訪ねてきた。古い絵だが、描かれている女性は千代にそっくりだ。そんな折、4歳の千代を捨てた母親から20数年ぶりに連絡があった。混乱した千代は、結婚して幸せに暮らしていると電話口で嘘をついた。その母がアメリカから来日することになり、慌てた千代は、母親が日本にいる間だけ進次に偽装夫婦を依頼。母を迎える準備が整ったところ、やって来たのは、病気悪化のため逆にアメリカに来て欲しいというエアメールであった。嫌がる進次を連れて、千代はアメリカに飛んだ。二人はレンタカーで母親の住むロス・オリボスに向う途中、ちょっとした隙に車を盗まれてしまう。そしてヒッチハイクを始めた千代たち。しかし、行き先は全く違うラスベガスで、有り金全部を運転手に盗られてしまう。残った金目のものを現金に替え、カジノで一攫千金を狙う千代だが、全部裏目。だが、千代の逆に賭けた進次が儲けを増やしていった。高級ホテルで別々に夜を過ごし、いよいよ母親の家に到着という時、急に千代が尻込みし始めた。千代も進次もそれぞれ自分の語りを話し始め、強気だった千代も徐々に心を開いていった。そして、ついに母親が暮らす家に着いた二人だが・・・。

出演
横山千代 - 松嶋菜々子 - 純子の孫、彩の曾孫にあたる。母方の祖父違いの叔父と叔母がいる。
八代進次 - 渡部篤郎 - 八代公太の曾孫にあたる。かつては、プロボクシングのジュニアライト級東洋太平洋王座まで行った。
千代の元恋人 - 佐野史郎
八代進太郎 - 久富惟晴
井上弁護士 - 橋爪功
千代の母親 - 原田美枝子 - 純子の娘にあたる。
根本菜穂 - 山口紗弥加 - 千代が勤務する出版社の後輩。
斉藤暁、半海一晃、久富惟晴、窪園純一、森みつえ、山本ふじこ、宮下今日子 ほか

スタッフ
脚本 - 遊川和彦
ロケ協力 - 全日本空輸、JTB、東日本旅客鉄道、新東京国際空港公団 ほか

主題歌
ナナ・ムスクーリ「オンリーラブ」(ユニバーサル)
メンテ
豊川悦司・夏川結衣 青い鳥 (TBS 1997) ( No.25 )
日時: 2022/05/08 15:09
名前: スメラ尊 ID:WrctpPwU

豊川悦司・夏川結衣 青い鳥 (TBS 1997)

原作・脚本 - 野沢尚
音楽 - S.E.N.S.(BMG JAPAN)
主題歌 - globe「Wanderin' Destiny」[2] (avex globe)

部 各章 放送日 サブタイトル 演出 視聴率
第1部 第一章 1997年10月10日 許されない愛 土井裕泰 18.6%
第二章 1997年10月17日 秘密の絆 17.3%
第三章 1997年10月24日 炎の夜 15.6%
第四章 1997年10月31日 逃避行 竹之下寛次 14.6%
第五章 1997年11月7日 幸せのある場所 19.1%
第六章 1997年11月14日 黒い影 18.2%
第七章 1997年11月21日 終着駅 土井裕泰 17.3%

第2部 第八章 1997年11月28日 再会 19.3%
第九章 1997年12月5日 新たなる旅 竹之下寛次 19.1%
第十章 1997年12月12日 運命の愛 18.0%
最終章 1997年12月19日 永遠の愛 土井裕泰 17.3%

動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E9%9D%92%E3%81%84%E9%B3%A5(1997%EF%BC%89%E7%AC%AC+%E8%A9%B1
https://www.youtube.com/results?search_query=L%27oiseau+Bleu+0
https://www.youtube.com/watch?v=swAFMrtQbEw
https://www.youtube.com/watch?v=PgIKWv1o5n8

『青い鳥』(あおいとり)は、1997年10月10日から12月19日まで毎週金曜日22:00 - 22:54に、TBS系の「金曜ドラマ」枠で放送されたテレビドラマ。主演は豊川悦司。

第1話 - 第7話、第8話 - 第11話(最終話)の2部構成で、野沢尚が「本当の愛とは、そして幸せとは何か」を主題にし、幸せを求めて不倫と逃避行を行い、その償いに奔走させられる男の運命を描いた。最終回放送翌週の1997年12月26日には、完結編として新撮シーンが追加された総集編2時間スペシャルが放送された。フランス語表記は「L'oiseau Bleu」。また系列局外の秋田県でも秋田放送で放送された。

1995年に放送された「愛していると言ってくれ」で高視聴率を叩き出した豊川悦司主演作として破格の予算と半年間の撮影期間が投じられ、架空の舞台・長野県清澄市と清澄駅の撮影には東日本旅客鉄道長野支社と富士見町が全面協力し、逃避行はロードムービーさながらの日本縦断ロケーション撮影となった。

なお、舞台の清澄駅は清澄市の中心駅という設定のため、撮影に使われた中央本線信濃境駅には存在しないマルスやキヨスク・駅前にバス停などのセットが設置された。清澄駅の位置は信濃境駅と隣の富士見駅の間という設定である。

ストーリー
長野県の諏訪地域にある人口1万5000人の市、清澄市の玄関口であるJR東日本中央本線「清澄駅」で駅員をしている主人公・柴田理森の前に、ある日突然現れた一人の女性・町村かほり。彼女は次期市長の座を狙う綿貫広務の妻であり、一児の母であったが、現在の生活に違和感を覚えていた。いけないとわかっていながらも徐々に惹かれあっていく二人であった。


主要人物

柴田 理森(しばた よしもり)〈30 → 40〉
演 - 豊川悦司
主人公。1967年7月7日(映画『気狂いピエロ』の日本での公開日[1])生まれ。5歳上の兄・敬文(たかふみ)を敬愛していたが、9歳の時に水難事故で敬文は理森を救い出し犠牲になる。その直後に母親が失踪。以降、父親と二人暮らしをして来た。高校では理系クラスで陸上選手として活躍し、3年生の時に清水乃梨子と初恋をする。一緒に東京の大学進学を考えていたが、敬文が撮影した父が列車を見送る写真を見て兄が果たせなかった父と同じ職業に就くことを決意し、1986年に国鉄長野鉄道管理局に就職し、松本駅に配属された。翌年に分割民営化によりJR東日本長野支社社員となり、2年前に実家の最寄り駅で父親が駅長を務める清澄駅に配属。

就職から1年で乃梨子と別れてからは女遊びをほとんどせず、美紀子からは「一番似合ってるのが制服」と言われる実直な勤務振りと、兄の教えから自然と児童文学を好む優しい性格である。平社員の営業係(駅員)であるが、誌織が「駅長さん」と呼んだことからかほりも同様に呼んでいる。
駅前で、大雨と風で赤い傘を飛ばしてずぶ濡れになったかほりの姿を見て一目惚れをし、密会が重なって恋に落ちる。不倫の事実を知って激怒した広務によりかほりから引き離されようとしている詩織に過去の自分を重ね、かほりへの思慕も手伝って咄嗟に取った行動からかほり、詩織とともに終わりの見えない逃避行が始まることとなる。
逃避行の末、広務への殺人未遂と自殺したかほりの殺人の濡れ衣を広務から着せられ、受け入れたことから懲役刑となり6年後に仮出所。保護司の待つ下関へ向かう列車で誌織と同行した事をきっかけに、鹿児島へ逃避行して未成年者略取及び誘拐容疑で逮捕される。6年では短すぎると再び罪を受け入れ、仮出所取消のうえでさらに4年間服役。
出所後、清澄駅で待ちわびた誌織と再会。後に(本編終了後の年末に放送された「特別編」にて)二人の間に娘が生まれ、南の島でサトウキビ農家で生計を建て、幸せを掴む。娘を演じていたのは鈴木杏。

町村 かほり(まちむら かほり)〈28〉
演 - 夏川結衣
広務の内妻。1969年7月20日(アポロ11号による月面着陸の日[1])に厚木市で生まれる。複数の男に一目惚れされる美貌と個性の持ち主。横須賀市出身の父親が米軍兵士相手の飲食店とスーパーマーケット経営に成功し、銀座のホステスだった母親を交際相手からかっさらい結婚したが、事業の失敗により借金取りから逃れるため小学生の一時期、鹿児島に住む母方の祖母宅に預けられていた。その後、バブルで父の事業が成功。母と共に厚木に戻るも両親がダブル不倫をして夫婦喧嘩が堪えず機能不全家族状態であったが、父に対しての愛情は抱いていた。家庭環境のせいか早熟で中学2年生の時に大学生と2週間同棲する(この事で父を心配させ、母を怒らせてしまう)中学卒業後は美容学校に進学するも1年で中退。両親には資格を取得し卒業と嘘をつき、年齢を偽って居酒屋でアルバイトをして知り合った男と2度の冷めた恋愛と人工妊娠中絶を経験し、歳を偽って居酒屋で働き始める。18歳で六本木のクラブでNo.1ホステスとなった時にカフェバー経営の27歳の実業家・澤田利伸に口説かれ、ホテルニューオータニで盛大な結婚式を挙げる。しかしバブル崩壊により夫の事業失敗によるヤクザに対する1億円以上の借金返済や家庭内暴力に悩まされていたが、銀座でホステスをしていた店で広務が惚れ込んだ。かほりは広務への恋愛感情は無かったが、救いの手が差し伸べられたと感じ、澤田と離婚。半年後の入籍を条件に清澄へ転居。見知らぬ土地での孤独な生活や、舅からの嫌味に耐える日々を過ごしていた時に理森と出会い、駅の事務所で「私を、この町から連れ出して」と言ったりした。その様なやりとりを重ねる中、偶然駅事務所に押しかけてきた広務が理森に「澤田への手切れ金の存在」について語るのを隠れて聞くまで、広務の父がほのめかす「借金」の事をかほりは知らなかった。神社のお神楽での触れ合いでお互いに意思表示をし、理森と不倫関係になる。しかしその後の密会(未遂)が広務の知るところとなり、駅に来たかほり母子が別々の暮らしをさせられると聞いて激情した理森が、事情を知らない詩織を連れてかほりと同じ列車に乗った。広務とその手下に居場所を突き止められ、北海道の岬(ロケ地は地球岬のトッカリショ)の崖まで追い詰められ、理森に「さようなら」と告げて投身自殺した。

町村 誌織(まちむら しおり)〈9〉 ⇒ 綿貫 誌織(わたぬき しおり)〈15 → 19〉
演 - 鈴木杏 ⇒ 山田麻衣子
澤田とかほりの娘。1988年4月11日(美空ひばりの「不死鳥コンサート」開催日[1])生まれ。周囲に溶け込めない事が多いが、芯は強い。実父の見栄張りもあり東京の私立小に実力で入学するなど成績優秀。童話の「青い鳥」を清澄駅でかほりを待つ時間に朗読していた時に声をかけられたのが、理森との出会いである。かほりの不倫のペナルティとして広務に東京の親戚に預けられることになり、それを快く思わなかった理森の咄嗟の行動から、母と3人で後に「家族旅行」と称する逃避行をすることになる。かほりの死後、母が内縁であったため広務と養子縁組をする。松本市の私立小学校を卒業後、東京の全寮制の中学校へ入学。かほりと理森の出会いによって始まった悲劇から6年後、仮出所した理森のもとへ母親のことを聞きに会いにくる。理森が下関の保護司の元へ発つ夜、理森に同行するように同じ列車に乗る。当初は「下関まででいいから」と言っていたが、車中で話し込むうちに「鹿児島に行き母親の遺骨を埋めてあげよう」と本音を吐露する。養父の広務を嫌悪している向きもあったが、最後には明るい笑顔を見せる。4年後、理森と再会し結ばれる。

秋本 美紀子(あきもと みきこ)〈26 → 36〉
演 - 永作博美
清澄駅前の食堂の一人娘で理森の幼なじみ。1972年頃生まれ。父・照之(森富士夫)、母・繁美(島ひろ子)と共に店を切り盛りしている。明るく世話好きで、理森の母親の失踪後は何かと柴田家に出入りしていた。理森のことが好きだがなかなか言い出せずにいたが、出所後の再会時にようやく告白する。第1部ではかほりの、第2部では誌織の良き相談相手。そして食堂で弁当配達部門を立ち上げていた。物語の終盤では詩織とともに出奔し広務によって誘拐犯に仕立て上げられた理森を連れ戻すべく、二人の後を追う。理森の再収監後に第1話の見合い写真で両親から打診された精密機械工場勤務の男と結婚し子宝を授かる。


綿貫建設
綿貫 広務(わたぬき ひろむ)〈35 → 45〉
演 - 佐野史郎
綿貫純一朗の一人息子。父の用意したレールに乗り、綿貫建設の専務に就き、清澄市長選への立候補を控えている。東京の二流大学卒業後、綿貫建設に入社し、東京支社勤務時に出会ったかほりに心底惚れ、澤田と一騎討ちをする。澤田が手切れ金3000万円の支払いでかほりを渡すと取引を持ちかけたことから、父に土下座して金を借りて救い出し、自分の実家に連れて来る。しかし理森と出奔した彼女を狂ったように捜しまわる。冷徹な父親に厳しく育てられ、小学生の頃は東京の親戚に預けられていた事、中学の同級生で唯一の友人であった理森の兄・柴田敬文へのコンプレックス、10年前の母の病死などの影響で、性格にやや屈折した面が見受けられる。しかし敬文に仲間達とカヤックでの渓流下りを薦めて事故死を引き起こさせた自責の念から、彼の墓参りは欠かした事がない。

理森がかほりを殺したと偽証を警察や公判時に述べて濡れ衣を着せ、父も没した2年後に悲劇の主人公を装い同情票を集め清澄市長に初当選する。しかし4年後の選挙では家出に過ぎなかった詩織と逃避行した理森を未成年者略取及び誘拐罪で指名手配させた事が表沙汰になり敗北し失脚。誘拐は無実だったと警察へ前言撤回するなど改心を見せる。理森の出所後、市長選に再出馬する。


綿貫 純一朗(わたぬき じゅんいちろう)〈65〉
演 - 仲谷昇
中堅ゼネコン・綿貫建設の創業者社長(元を正せば、土建屋からの叩き上げの成り上がり者)で東京の政財界とパイプを持つ地元の有力者。モデルとしては大八廻りを短縮する形で掘られた塩嶺トンネルを掘らせた地元の政治家、というあたりの設定である(詩織の小学校にある図書館「綿貫文庫」にその辺を綴った著書があるという)。息子の広務を清澄市長にしリゾート計画を推進する。広務の母親である亡妻と政略結婚をするが、妻の実家の力が当てにならないと知ると、冷淡な態度で接する様になり、臨終の時も、政治家とのゴルフに興じていた様子(この事で広務から反感を抱かれる)。広務がかほりの前夫に渡した手切れ金を裏金から融資したことで、かほりを「高いオモチャ」、広務を「貧乏暇なし」と嫌味を言い切る。しかし誌織には僅かではあるが、優しい面を見せる事もあった。かほりの死の直後、他界した様子。

若槻 真一(わかつき しんいち)〈38〉
演 - 浅野和之
綿貫建設の社員で広務の私兵的存在。彼の命令で理森とかほりの捜索を行う。広務の暴走を食い止められなかった。

原田 靖夫(はらだやすお)〈34〉
演 - 宇梶剛士
綿貫建設社員であり、若槻の直属の部下。捜索の為に聞き込みや内偵やスパイ狩りを行う。怒り狂った広務とともに家のなかを滅茶苦茶に壊して暴れたりもする。

理森の家族

柴田 憲史〈59〉
演 - 前田吟
理森の父。JR東日本長野支社社員、清澄駅駅長。敬文と理森を連れて夜間の線路点検に勤しむなど根っからの鉄道員であり、ゆくゆくは敬文が職業を継ぐ事を望んでいた。しかし敬文の死で絶望の淵にいたすみ子を慰めず仕事に逃げた事を情けなく思い、すみ子の駆け落ちを許し、自分の署名捺印をした離婚届だけを送った。自分と同じ道を選んだ理森を誇りに思っていた。理森がかほりと密会している事を誰よりも早く察知すると、すみ子からの小遣いを理森に手渡し、営業主任試験を受けて清澄駅から出るよう促す。理森の逮捕直後に体調を崩し、第2部では故人になっている。遺影は理森が同じ職業に就くきっかけになった、敬文が撮影した仕事中の写真である。

岡安 すみ子(おかやす すみこ)〈56 → 66〉
演 - りりィ
理森の生き別れの母親、憲史の元妻。かつては甲府の商社で働く優秀なタイピストであり、駅で乗り降りする姿に憲史が一目惚れして結婚し、2人の子供をもうけた。清澄で女の一生を終える事に閉塞感を抱くなど夫婦にすき間風が吹き、その緩衝材の役割をしていた一家の期待の星であった敬文が死んだ直後、他の男と失踪し、夫と離婚した。自責の念から失踪直後から21年間、清澄郵便局の局留めで毎月5000円ずつ現金書留で理森へ小遣いを送り続け、憲史が受け取り郵便貯金に預けていた。その書留の住所をたよりに逃げてきた理森一行を、岩手県の自分の牧場に匿う。最終回で憲史の命日の墓参で出所後の理森と再会する。

清澄駅
清水 昌男(しみず まさお)〈26 → 32〉
演 - 櫻庭博道
JR東日本長野支社社員、理森の後輩である清澄駅員。勤務中の仮眠で寝坊しかけたり、携帯音楽プレーヤーで音楽を聞いてサボるなどややルーズな一面がある。理森の高校時代の元恋人・乃梨子の弟であり、時々姉のことを話題にする。美紀子に気があるが相手にされていない。10年後には助役に昇進している。

高井 三郎(たかい さぶろう)〈45〉
演 - 青柳文太郎
JR東日本長野支社社員、清澄駅副駅長。温厚な人柄。

その他

澤田利伸(さわだ としのぶ)
演 - なし
1960年頃生まれ。かほりの初婚の相手で誌織の実父。貧しかったが野心家でバブルの波に乗り、株への投資と都心でカフェバーを始めとする事業に成功。通い詰めていたクラブでかほりと知り合う。グラビアモデルと二股を掛けていたが、妊娠を知ってかほりとの結婚を決意。広尾の豪華マンションで暮らし始める。 子煩悩で心優しい男だったが、バブル崩壊に伴い1億円以上の借金を抱え、返済に追われる様になると、苛立ってかほりのみならず自身が可愛がっていた誌織にも暴力を振るい始める。ヤクザとも交遊があり、借金の度に証書として入れ墨を彫らされていた。見栄から誌織を私立小学校に入学させるが37歳の時に現れた広務と対決。嫉妬心から脅しに掛かるが敗北を認め、最終的に借金を肩代わりして貰う形でかほりとの離婚。誌織の親権放棄に応じる。生い立ちなどの詳細は不明だが親族などは描かれていない。


他作品との関連
同じ野沢尚の原作で2002年にテレビドラマ化された『眠れぬ夜を抱いて』では舞台が清澄になっており(なお、テレビドラマでは元澄市となっている)、青い鳥のエピソードが会話中に登場する。


エピソード
駅員の演技にあたり、実在の駅社員から業務のレクチャーを受けた豊川は、リアリティとフィクションを取捨選択したいという意向から、作中のJR東日本の夏制服はワイシャツ部分のみオリジナルの開襟シャツを着用している(TVガイドより)。なお駅長の憲史を演じた前田は現実と同じ制服を着用していた。

本作は野沢尚が唯一TBSのドラマの脚本を務めた作品である。それまでフジテレビ、とりわけ木曜10時枠のドラマの脚本を務めることが多かったが、TBSでも当時同じ枠でドラマが放送されており、1994年、1995年と本作プロデューサーの貴島誠一郎プロデュースの『長男の嫁』シリーズで競合するなど、言わばライバル関係にあり、「まさか貴島さんから声がかかるとは思ってもいなかった」と、ノベライズ本の後書きで語っている。

2014年2月現在、信濃境駅にはドラマのスチル写真や広告が待合室に展示されている。また、ドラマ同様、駅のホームには空っぽの鳥籠(劇中に使われた洋風のものとは異なる)が吊るされている。

「青い鳥」というドラマのタイトルはプロデューサーの貴島誠一郎がザ・タイガースの8枚目のシングル曲「青い鳥」からヒントを得て名付けたもの。
主人公の名前「理森」は「知性(理)と素朴さ(森)とがある男」という意味でつけた[1]。また、リズムをつけるために主要登場人物3人の名前(理森・かほり・誌織)はすべて「り」で終わらせている[1]。


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青い鳥 完結編
1997年12月26日 せつない愛をもう一度 涙と感動のメモリアル 青い鳥・完結編
理森の終着駅はサイパンの海と空の下で

動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E9%9D%92%E3%81%84%E9%B3%A5%EF%BC%881997%EF%BC%89%E5%AE%8C%E7%B5%90%E7%B7%A8


青い鳥 完結編・前編
【誌織と再会し、彼女と結婚した理森は南十字星の見えるサイパンに渡った。
理森と誌織の愛の逃避行のその後が明らかになる】

【den-Line】青い鳥 完結編・後編
【誌織と再会し、彼女と結婚した理森は南十字星の見えるサイパンに渡った。
理森と誌織の愛の逃避行のその後が明らかになる】


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佐野史郎/撮影現場、密着レポート
TBSドラマ「青い鳥」撮影裏話

永作博美と河内屋のオヤジさん

1997/12/1
photo 「青い鳥」のキャストはみんな上諏訪の河内屋というお蕎麦屋さんに行ってて、ここがメチャクチャ美味いんだよ。この河内屋のオヤジさんとカラオケでいっしょになったんだけど、オレが矢吹健の「あなたのブルース」を唄ったら、同じ矢吹健の「蒸発のブルース」っていうのを唄い返してくれたんだよ。これがまた上手くて、昔ムード歌謡かなんかやってたんじゃないかな。
photo
永作さんの歌に思わずおひねりを差し上げる佐野のマネージャー・ニカワ女史へー、ディープ歌謡を返してくれたんだ、すごい。

後日、永作さんたちとスナック「恵」に行ったんだけど、オレは永作さんが知らないというから、タイガースの「青い鳥」やテンプターズの「エメラルドの伝説」を唄ったのよ。これは支笏湖のロケの時にも唄ったんだよね。台本には全然ないのに。

「みーずうみーにー」って。(笑)

そうそう。朝、女房を探しに湖に来て「湖に、きみは身を投げたー」って石を投げるんだけど……

縁起でもない歌を唄うもんだねー。(笑)

もう、最初からネタをばらしてるようなもんだよね。(笑)でも、「はい、本番」って言われてから、いきなり唄いはじめたんで、結局「使いましたよ、佐野さん」って押し切ってしまいました。(笑)

まったく、カメラが回ると佐野の天下だね。(笑)

animationオレも何やってんだろうって思いながら唄ってたんだけどね。長野までの移動中、GSばっかり聴いてたからかもしれない。(笑)
それで、永作さんは元・RIBONじゃない。水割りを呑みながら、隣でアイドルに戻ってNOKKOの「フレンズ」を耳元で唄ってもらったのよ。これが好かったねー。ロリ・ファンにはたまらんぜ。(笑)

「青い鳥」の佐野流物語分析(戦争責任は誰がとる?)

1997/11/14
人は無意識に物語を組み立てるものなんだなーって、ほんとに思うよ。結局「青い鳥」は、最初に赤いスポーツカーみたいな邪魔なものを町に持ち込んだのがいけないというような話しなんだな。
いったいこの人は何を言いたいんでしょう?(笑)

実は「青い鳥」は、豊川くんと貴島プロデューサーの企画なんだよ。

ああ、そうなんだ。

「ずっとあなたが好きだった」の冬彦ちゃんのときも、プロデューサーや監督、作家と物語分析をやりながら、父権不在とか、母系と母性、父性と父権の違いとか、家族とは、国家とはみたいな話しを骨格にしてストーリー作りをしていったわけだよ。
そう考えてみると、今回の「青い鳥」は責任の在りかを問う戦争責任みたいな話しじゃないかね?

また、えらいことを言い始めたね。同じ映画を観ても、ただ一人誰も観ていないエンディングを観てしまう「思い込みの佐野」の面目躍如だね。(笑)

広務(佐野)は経済のために家族や町といった集団を守ろうという立場なんだ。一方、理森(豊川悦司)は完成されない家族を想う情愛なんだな。それが、二人してお互いの立場を主張してゆずらない。しかも、どっちも「オレは悪くない、おまえが悪い」という被害者意識があるんだよ。結局、二人して女を殺しているのに。
そこは柄谷行人さんの「日本精神分析再考」(「文学界」十一月号収録)を読むと、責任不在のこの日本の現状だということが明確に分かるよ。
だから、いい悪いではなく、それをお互いに認めあえば、事情は分かりあえるはずなのに。現状を見続けるしかないと思うんだけど、心情的に許せない。いやァ、ドラマだねー。

でも、もう時代が変わってしまって、暗黙のうちの了解では分かりあえない状況になってしまっているわけだから、何か新たな手立てを考えなければならないでしょ。

昔の出雲民族はそうだったんだよ。「まあ、いいわね(いいですねではなく、まあ、どうでもいいじゃないといった意味)」の世界じゃない。いいわけないんだけどね。でも、それしか突破口がないような気がするんだよ。
今の出雲人は変えようとしているから、破綻してしまうんだ。全員がそう思えばいいんだよ。ダメ?(笑)

その旧態依然としたやり方が無効になってしまってると思うよ。でも、「まあ、いいわね」というのはボクらには聞きなれた言葉だし、地面に根付いた圧倒的な説得力があるかもね。(笑)

養老(孟司)さんの本を読んでたら、日本人の言語である漢字と平仮名を認識する脳というのは、矛盾したことが成立している実はメチャクチャな状況なんだって。「まあ、いいわね」の世界だよ。だから、日本人は他の国の人に比べて、いいかげんになってるんじゃないかな。
なにはともあれ、柄谷行人の「日本精神分析再考」を読むと「青い鳥」が見えてくるよ。

支笏湖ロケへの思い入れ

1997/11/10
「青い鳥」で支笏湖ロケがあると聞いたときに、まず思ったのが田宮二郎主演、渡辺淳一原作(無影灯)の「白い影」という金曜ドラマだよ。これは重要な話しダ!(笑)
高校生の頃よく真似をしてたんだよね。元・松江市長の娘の中村泉が山本陽子役をやってくれて、「先生、奥さまが待ってらっしゃいますわ」「気にすることはない」みたいなセリフの真似を休み時間にやってたんだよ。(笑)
同じTBSドラマの「私の運命」で医者役をやったときに、田宮二郎みたいにやろうとして、あまりに思い入れが激しくて失敗したしたぐらいだから。(笑)その「白い影」の最終回が支笏湖に入水自殺する話だったんだよ。しかも、同じ金曜ドラマで支笏湖ロケは「白い影」以来だと言われた日には、いやが応うでも盛り上がるよね。(笑)。
なんか、変な写真が何枚か撮ってあるんだけど。

animation支笏湖で山本陽子とボートに乗るんだけど、降りるときに多発性骨髄腫の田宮二郎が「手を貸してくれないか」と言うんだよね。それを写真でやってみました。ハッハハハ。(笑)

まったく、ドラマでは豊川さんとシリアスな場面なのに、裏ではこんな能天気なことをしてたとは。(笑)

よかったなー。(笑)支笏湖、室蘭は気合が入ってたから、斧をもって妻を追いかけるシーンは「シャインニング」みたいにやらなきゃと思って、殴られた口から血を流しながら追い掛けたんだよ。ディレクターも変だなと思ってたらしいけど、本番まで斧で口を隠してて、本番で血糊をダーって口から流しながら芝居したんだよね。もう、みんなあきれてたけどね。(笑)

なんとまあ、姑息な。(笑)

アングラ劇団出身者、大集合

1997/10/24
豊川さんが渡辺えり子さんの劇団3○○にいたころの舞台は観てるの?
初舞台のイルカに乗った少年役から観てるよ。(笑)
お互いアングラ劇団出身という過去を知っている部分もあるし、なんかいっしょに芝居をしてて、他の人にはない緊張感があるね。

佐野くんがロケ現場をプライベートで撮影した写真を見ても、豊川さんはほとんど笑顔がないものね。本番と同じような顔をして写ってる。

そうなんだよね。(笑)
実は「青い鳥」の演出をやっている土井裕泰という人が山の手事情社という劇団出身で、劇団3○○出身の豊川悦司、状況劇場出身の佐野にこの間は同じ状況劇場で同期だった六平直政というメンバーで本読みしていて、アングラ劇団出身者ばっかりで、とてもTBSとは思えない現場になってしまいましたが、って話してたんだよ。(笑)
昨日は「青い鳥」の前のドラマ「恋のためらい」で元・東京乾電池の岩松了、主演の竹中直人ともうTBSの緑山スタジオは大アングラ大会だったよ。(笑)


豊川悦司の制服フェチぶりを観てほしい

1997/10/1
10月からTBSではじまるドラマ『青い鳥』の収録裏話でも聞きましょうか。面白いのは誰?
ボクのマネージャーのニカワかな。(笑)

また、そんなことを言い出す。みんなはたぶん、豊川さんの話を聞きたがると思うけど。

ああ、そうだよね。(笑)みんな呑むんだけど、豊川くんはすごくでかいから酒も強いし、足が股下90センチだからめちゃくちゃ長いよね。
彼は、JR職員の役だから制服を着るんだけど、どうしても制服フェチにしか見えないんだよ。オレが観てほしい豊川悦司というのは、そういうところだな。帽子のかぶり方とか、ひさしの角度とかまるっきり丸尾末広の世界。(笑)
だから、かなりルックスに気を使ってるナルちゃんだよね。まあ、みんなそうだけど。(笑)オレだってナルちゃんじゃないとは言わないけど。

まあ、出方が違うよね。ルックスを気にするタイプではないね。

オレなりに気にしてんだけどね。(笑)

ああ、そうか。(笑)日常生活でもその場の演出とかものの置き方とかけっこう気にしたりするでしょ。これはここに置いてないとダメだとか。そういう上辺に気を使うところが。

上辺は好きだよね。

ところが本当はそんなことどうでもよくて、実際はなんとも思ってないという。(笑)

セリフとかでも監督に「こう言いたい」とか言うんだけど、「イヤ、佐野さん、ここはそう言われるとちょっと」とか言われると、「ああ、いいですよ」ってすぐ引っ込めるもん。(笑)

こだわってるのか、こだわってないのか、全く分からない男だね。

どうしても、こうじゃなきゃ困るなんてものは、この世にはない。(笑)

とまあ断言したところで、豊川さんの話しに戻すと。

娘役の鈴木杏ちゃんは母親が再婚して父親となったオレよりも、豊川くんになつくんだけど、駅で二人で遊んでいるところがあるんだよ。これがけっこうヤバイ感じに見えるんだな。(笑)なんかロリコンに見えるんだよな。(笑)

なんか、危ない話になりそうなので、他に観てほしいところというと?

ウチが豪邸なんだけど、そのセットだけで一千万円(本当は750万だけど、TBSの貴島さん(プロデューサー)が言ってた。)かけてるところかな。TBSの緑山スタジオの一番大きなスタジオを使ってるものね。

また、ロケの話しとかは随時アップしていきましょう。


ドラマ「青い鳥」の伏線を読み解く

1997/10/17
今回はドラマ『青い鳥』の2話からの話しを聞きましょう。
柴田理森(豊川悦司)と寿司屋で思い出話をするところがあるんだけど。

ああ、ハプニング大賞で見た人もいる場面だね。

そうそう、あのシーン。
あそこで話される、理森(よしもり)と理森のアニキの敬文(たかふみ)とその親友の綿貫広務(佐野史郎)に関しては、脚本の野沢尚氏による裏ストーリーのようなものがあるんだよ。それによると、広務(ひろむ)は敬文と仲のいい理森に対する嫉妬心のようなものがあったんだな。その三角関係は、激流に取り残された理森を助けようとして敬文が亡くなってしまうことによって崩壊するんだけど、理森はそのことによって負い目をずっと感じている。ところが、その川に行けばと勧めた広務は、理森が溺れてしまうことを無意識に望んでいたと思うんだよね。きっと、理森のお兄さんと広務の間には少年の同性愛に近いような感覚があったと思う。というような解釈の上で、演じてるんだよ。
性的に未分化な時期の三角関係が成立していることを、みなさんにはまず覚えておいてほしい。

はい、分かりました、先生。(笑)

こういう台本分析というか、世界観を解釈するためのことはディレクターさんやプロデューサーさんにいつも話すし、冬彦役の『ずっとあなたが好きだった』や『誰にも言えない』でもやってたんだけど、今回はなかなか難しいね。

その裏ストーリーの伏線はどこで顕在化してくるわけ。

広務は町村かほり(夏川結衣)を暴力亭主から奪って田舎に戻ってきて、理森と再会するんだけど、そのかほりと理森が逃避行してしまうという三角関係がまた出来てしまう。広務はなにも悪いことをしていないどころか、暴力亭主からかほりを救ってやったのに、また理森によってその関係を壊されてしまうわけ。

ハプニング大賞では野際陽子さんに、また「悪い人役」だと言ってた割には、かわいそうな人役なんだね。まあ社長の御曹司で市長選に出馬しようとすること自体、権力的だからちょっと嫌味な感じはするけど、東京から田舎に帰ってきてイジメの的になったり公立中学に入ったり、ロックバンドを組むところなんて、ほとんど実生活の佐野くんを見るようで可笑しいね。

その田舎の閉塞感を突破するための突破口に、理森がなると直感的に閃いたんだけど、それが違う突破口を開いてしまったんだな。
それと、今回の主題歌はglobeなんだけど、「青い鳥」といえば私らの世代で言うとやっぱりタイガースでしょ。だからglobeはタイガースの「青い鳥」のアンサー・ソングのつもりだと思ってるよ。

曲は歌詞も小室哲哉?

そうでしょ。そういえば、小室氏を最初に観たのは20年ぐらい前だよ。新宿の厚生年金ホールで高校の同級生だった山本恭司のバンドBOW WOWを観たときの前座がギズモだったんだよ。思えば、そのギズモに居たのが小室氏だったんだな。そのあと宮沢りえ主演の映画『ぼくたちの七日間戦争』の音楽がTMネットワークだったから、いっしょに舞台挨拶をしたりしたよね。あの映画もヒットしたから、今度もヒットするといいね。(笑)

「青い鳥」は全国縦断ロケもウリなんでしょ。

信州にロケに行くときなんかは、上諏訪に向かう夏の中央高速でテンプターズの「エメラルドの伝説」とか、タイガースの「青い鳥」、スパイダースの「夕陽が泣いている」を聴いてるんだけど、気分が盛り上がるんだよね。
ああいうGSサウンドを聴きながらこのドラマを観てみるのもいいゾ!

いや、それは難しいでしょ。実際はglobeがかかってるわけだから、無理だよ。

いや、ヴィデオに録って、GS(グループ・サウンズ)をあててみるんだよ。

そんなことまでする人は、まずいないね。

そういうカルトな見方もお薦めって。(笑)オープニングはタイガースの「青い鳥」で、盛り上がってきたところで「美しき愛の掟」、理森と誌織(鈴木杏)が二人で満天の星空を見上げるところでは、やっぱり「星のプリンス」だよね。もう豊川ファンはたまんないよ、星のプリンスそのままだもん。
最初の話に戻れば、昔のディープな体験を裏に隠しもちながら、寿司屋で再会した理森と広務が話しているバックにかかっているのが、ディープ歌謡の藤本卓也作品「君が欲しい」だよ(選曲・佐野史郎)。この歌詞をよく聴いて欲しいよね。

普通、寿司屋ではかからないけどね。すさまじいなあ。
メンテ
志田未来 14才の母 (日本テレビ 2006年) ( No.26 )
日時: 2022/05/08 09:19
名前: スメラ尊 ID:WrctpPwU

志田未来 14才の母 (日本テレビ 2006年)

日本テレビ 2006年10月11日 - 12月20日(11回)

脚本 - 井上由美子
音楽 - 沢田完、高見優
主題歌 - Mr.Children「しるし」(トイズファクトリー)

各話 放送日 サブタイトル 演出 視聴率
第1話 2006年10月11日 中学生の妊娠…ごめんね、お母さん 佐藤東弥 19.7%[5]
第2話 2006年10月18日 お前なんかもう娘じゃない 佐久間紀佳 16.8%
第3話 2006年10月25日 さよなら…わたしの赤ちゃん 佐藤東弥 18.3%
第4話 2006年11月1日 約束…私は、もう泣かない 佐久間紀佳 19.4%
第5話 2006年11月8日 バイバイ…初恋が死んだ日 佐藤東弥 17.3%
第6話 2006年11月15日 私にも母子手帳くれますか 佐久間紀佳 16.7%
第7話 2006年11月22日 お金で未来は買えますか? 佐藤東弥 18.4%
第8話 2006年11月29日 二つの命…どちらを選ぶ? 山下学美 17.3%
第9話 2006年12月6日 出産・命をかけた24時間 佐藤東弥 16.7%
第10話 2006年12月13日 もう一度笑って… 佐久間紀佳 21.1%
最終話 2006年12月20日 涙の最終回スペシャル…命ってなに? 佐藤東弥 22.4%

動画
https://www.youtube.com/playlist?list=PLwnXD16mhcmyf2i-PdWA9tx6dRcftqEtZ
https://www.youtube.com/results?search_query=14%E6%89%8D%E3%81%AE%E6%AF%8D+%E7%AC%AC+%E8%A9%B1%E3%83%95%E3%83%AB


 '06年10月から12月にかけて日本テレビ系にて放送され、最終回では視聴率が20%を大幅に上回る大ヒット※を記録した連続ドラマ『14才の母 愛するために 生まれてきた』

 14才、中学生で妊娠してしまった主人公は、周囲の猛反対の中、産むことを決意する―。一見スキャンダラスでセンセーショナルな設定ですが、このドラマが高視聴率を獲得した理由のひとつには、中学生の妊娠をテーマにしつつも、そこに主人公や彼女を温かく見守る周囲の人々の“生命の尊さ”と正面から向き合う真摯な姿が描かれ、感動と共感を呼んだことをあげることができます。愛と生命を考えさせられる、まさにヒューマンドラマの傑作。

 また、人気を支えたもうひとつの要因が出演者たちです。主人公の女子中学生を演じるのは、本作が連続ドラマ初主演となる志田未来。これまで『女王の教室』(日本テレビ系)や『サプリ』(フジテレビ系)などに出演し高い評価を得ていた彼女が、衝撃的な役どころに体当たりで挑戦。女優として一段と大きく成長したところを見せてくれています。なお、この作品で「第15回橋田壽賀子賞新人賞」を史上最年少で受賞しました。

 脇を固める共演陣も田中美佐子、生瀬勝久、高畑淳子、室井滋など実力派ぞろい。
ユニークなところで、お笑いコンビ、次長課長の河本準一が主人公の叔父役で登場しているのも注目です。



一ノ瀬家

一ノ瀬 未希(いちのせ みき)〈14〉
演 - 志田未来
本作の主人公。1992年5月10日生まれ、14歳。名門・聖鈴女学院に通っている、
普通の家庭に生まれ育った中学2年生。破天荒で明るい性格なので友達も多い。学校では放送部に所属して校内放送のMCもしており、将来の夢はラジオのDJになること。しかし、成績はあまり良くなく、学校の教師の受けも悪い。同じ塾に通う桐野智志と周囲に内緒で付き合っており、第1話で彼と関係を結んだことで思いもかけず妊娠し、第2話で的場クリニックで検査し事実と判明した。

周りの意見から一度は中絶に同意するが、両親から自分が生まれたときの話を聞くと、中絶を拒否して周囲の反対を押し切り「おなかの子に会いたい」と子供を生む決心をする(学校で恵たちクラスメートの前で学校を辞めてでも出産すると宣言する)。出産するという決意を通す一方、智志に迷惑をかけないように別れを自分から言いだし一度は別離をするが智志から説得され一人娘のそらのためにも智志とともに生きていくことを決意する、学校のみんなに迷惑をかけたくないからと退学しようとしたり、妊娠報道で家族が苦しむと家を出ようとする(マコトに店の手伝いをするからおいてほしいと頼んでいる)など家族をはじめ周りの人たちのことを大切に思っている。智志と同じく最終話で精神的にも成長した彼女の姿がほんの一瞬だが見ることが出来る。陣痛で苦しい中、子供を産んだ後の夢として「お医者さんになりたい」と打ち明ける。


一ノ瀬 加奈子(いちのせ かなこ)〈43〉
演 - 田中美佐子
未希の母。
番組冒頭でナレーションもしている。未希の幸せを願い、未希のために名門私立中学である聖鈴女学院に通わせている(妊娠発覚後、中絶はするから退学は勘弁してほしいと学校で頭を下げている)。学費の重い負担に耐えるためファミリーレストランでパートをしていて、チーフを務めている。当初は出産に反対していたが、未希の強い決意(学校での出産宣言)を前に娘を守り支えていくことを決意する。その後、未希が家を出て行くと言ったときに周りが冷たくなろうと家族4人でこの家で踏ん張るしかないと未希を諭したり、静香に誓約書を突きつけられたときに14歳でも将来を決めることはできると言い切るなど腹の据わったところを見せる。


一ノ瀬 忠彦(いちのせ ただひこ)〈45〉
演 - 生瀬勝久
未希の父。
大手住宅販売会社に勤めており、次長に昇進したばかり。会社での取引や評判を気にしているが、家族のことも大切に思っている。家族の中では最後まで出産に反対していたが、娘や妻の強い覚悟(未希の家出宣言と加奈子の諭し)を目の当たりにし妻とともに娘を守り支えると腹を決める。未希の妊娠発覚後に加奈子を引き連れて桐野家に乗り込みに行ったり(ただし、忠彦は直前(玄関前)で怖気つき、静香に話を切り出したのは加奈子)、未希が中絶すると智志に伝えに行ったり、誓約書を返してもらいに桐野家に向かったり、桐野親子の居場所を調べに週刊トップ編集部に乗り込んだりするなど行動的な一面を見せる。

一ノ瀬 健太(いちのせ けんた)〈11〉
演 - 小清水一揮
未希の弟で小学生。
ませているが、家族思いのところもある。未希の妊娠報道をきっかけにクラスでいじめに遭う。未希の担任である香子に子供を産んではいけないのかと尋ねたり、未希に産めよと言うなど、未希の出産には理解がある。


一ノ瀬 そら(いちのせ そら)
未希と智志の娘、加奈子と忠彦と静香の孫娘、健太の姪、マコトの大姪。
常位胎盤早期剥離のため帝王切開で誕生、1648gの未熟児だった。名前の由来は 未希と智志が一緒にいる時にいつも空がとてもきれいだとお互いに思っていたことから。

ギターショップ「HINA」

三井 マコト(みつい マコト)〈33〉
演 - 河本準一(次長課長)
加奈子の弟で、未希の叔父。
バンドにはまって高校を中退している。現在はギターショップを経営している。23歳でひな子と結婚したが、結婚の際は、母(未希の祖母)に反対されたらしい。夫婦で未希のことをかわいがっている。未希の妊娠を知った後も、彼女の良き理解者である。中卒で働くことに関して、自身の体験をもとに未希にアドバイスもしている。三井 ひな子(みつい ひなこ)〈28〉演 - 金子さやかマコトの妻で、未希の叔母。加奈子と忠彦の義妹。18歳でマコトと結婚した。子供がなかなか出来ないが、今の生活に満足している。マコトとともに、未希を温かく見守っている。

桐野家

桐野 智志(きりの さとし)〈15〉
演 - 三浦春馬
未希の彼氏であり、そらの父親。有名進学校に通う中学3年生。
未希と同じ塾に通っており、学年は1つ上だが未希には「キリちゃん」と呼ばれている。母の静香に反抗したい気持ちを2話で明かした。未希に妊娠を打ち明けられた当初は出産には賛成せず、母親に言われるまま海外に留学(ほとぼりが冷めるまで逃走)しようとするが、良心の呵責からできなかった。妊娠報道で学校でいじめにあうが、通い続ける。その後、未希から別れを言われ「自分は子供を育てるから、キリちゃんは勉強してなりたいものになって」を胸に努力する決意をするが、最終的に自分の守るべきものを理解し未希と未熟児で生まれてきた一人娘である「そら」を守るため中卒で働き出す。最終話のエンディングでもその一部が見られ精神的にも大きく成長した。


桐野 静香(きりの しずか)〈48〉
演 - 室井滋
智志の母。天才実業家として毎日数百万の金を動かしている資産家。
ベンツやポルシェなども所有している。愛人と別れた後、智志を出産して女手一つで育てている。教育理念や経営理念には歪んだ部分もある。当初は息子である智志が未希を妊娠させたとは信じていなかったが、事実と知ると智志を海外に留学させることで避難させようとした。その後、未希が出産すると知ると未希に(2,000万円の慰謝料の代わりに智志に対する認知請求権を放棄する)誓約書を送りつける(未希ら一ノ瀬家は同意しサインはしたが慰謝料は断った)が、これらの行動はすべて智志を守るためのものであった。

その後、波多野による記事が出たのをきっかけに会社の業績が悪化。以降は智史と共に自宅を離れ、自暴自棄に陥って荒んだ生活を送り、最終的には自殺未遂まで起こしてしまうが、加奈子の発見により一命を取りとめる。回復後は一ノ瀬家に訪れ、未希と智史の「将来的には結婚して子供を育てていきたい」という懇願に対して最初は自身の育児経験を元に反対するが、2人の強い意志を汲み取り「3人で幸せな人生を送れる様になるまで祝福はしない、子供(そら)とも会わない」と彼女なりのエールとも言える言葉を残し、交際を認める。最終話のエンディングではゼロからやり直す事を決意、保険会社のセールスレディとして勤務する様子が見られた。

的場クリニック
的場 春子(まとば はるこ)〈52〉
演 - 高畑淳子
「的場クリニック」院長で産婦人科医。
未希は的場クリニックで産まれ、未熟児で逆子の難産だったため、春子もよく覚えていた。未希の出産の決意を知ると、一度は他の病院を探すが、自分のところで引き受け全力でサポートすることを決める。通院する妊婦に子育ての指導、アドバイスを行う「母親学級」を開いている。


桃田 ヒロミ(ももた ヒロミ)〈27〉
演 - 西野妙子
「的場クリニック」の看護師兼助産師。若くして子供を産んだが、結局育てられずに手放した。そのため未希には、何があっても子供を手放さないように言っている。

聖鈴女学院教職員

遠藤 香子(えんどう)〈25〉
演 - 山口紗弥加
未希の担任。理科教諭。
校内での生徒の成績や行動には責任を感じているが、ある事件をきっかけに生徒には深入りせず、校外での行動は各自の責任という方針を持っていた。未希の妊娠にも当初は深くかかわらず穏便に済まそうとしたが、健太と最初に交わした言葉、未希の出産と退学の決意、未希の学校での最後のDJ、公園での未希の言葉を聞くうちに心情に変化が出てくる。そして、未希の退学の回避に尽力し、彼女をサポートするようになる。


原口 和明(はらぐち かずあき)〈28〉
演 - 井坂俊哉
聖鈴女学院の体育教師。周りに内緒で、遠藤香子と付き合っている。


中谷 栄三(なかたに えいぞう)〈58〉
演 - 小野寺昭
聖鈴女学院の校長。

猪原 光江(いのはら みつえ)〈50〉
演 - 長谷川稀
世聖鈴女学院の教頭。

生徒
柳沢 真由那(やなぎさわ まゆな)〈15〉
演 - 谷村美月
未希のクラスメイト。作中では明言されていない理由で1年留年しており、そのことと関係して担任の遠藤を恨んでいる。周りとは距離をとっており、冷たい性格。しかし、未希の出産を援護や理解するような描写が見られる。


久保田 恵(くぼた めぐみ)〈14〉
演 - 北乃きい
未希のクラスメイトで親友。放送部に一緒に所属している。
未希に妊娠を打ち明けられるも、未希の妊娠に嫌悪感を抱き、遠藤に報告して、さらにクラスで言いふらして未希を裏切った。しかしその後、真由那のはからい(未希に教科書を返すように恵に頼む)で、未希と仲直りし、出産に対し理解を示すようになる。


長崎 さやか(ながさき さやか)〈14〉
演 - 小池里奈
未希のクラスメイト。放送部に所属している。


上田 はる
演 - 波瑠


週刊トップ

波多野 卓(はたの すぐる)〈38〉
演 - 北村一輝
週刊誌「週刊トップ」の編集長。
加奈子が勤めるファミレスの常連客で、お替り自由のコーヒーばかり飲んでいる。未希に出会う前に「中学生の闇」や「14才病」を特集しようと考えていた。元戦場ジャーナリストで現代の日本の子供の現状に大きな不満を持っている。桐野静香の取材をドタキャンされ、そこから未希と智志のこと、未希の妊娠を知り、特集記事にした。自分の正体を告げた後、加奈子から未希が出産すると知らされると、その後も智志や加奈子の前に現れるなど取材を続けている。ただし、未希への直接取材を控えたり、未希が倒れた場面に遭遇した際にはタクシーで的場クリニックに送ったりするなど、一定の配慮を見せる側面もある。


稲葉 真也(いなば しんや)〈21〉
演 - 宮下雄也
週刊誌「週刊トップ」の記者。

その他

奥村 美子(おくむら みこ)
演 - 出口結美子
加奈子のパート先の同僚。

松本 リカ(まつもと リカ)
演 - 大沢逸美
加奈子のパート先の同僚。

山崎 光陽(やまざき ひなた)〈29〉
演 - 海東健
桐野静香の秘書。

あゆみ〈34〉
演 - 戸田菜穂(第8話のみ)
未希と相部屋の妊婦。

土田 太郎(つちだ たろう)
演 - 反町隆史(第10話・最終話のみ特別出演)
未希が緊急手術を受け、そらを出産させた「関東医科大学病院」の小児科医。
メンテ
志田未来 秘密 (テレビ朝日 2010年) ・広末涼子 秘密 (東宝 1999年) ( No.27 )
日時: 2022/05/08 08:41
名前: スメラ尊 ID:WrctpPwU

志田未来 秘密 (テレビ朝日 2010年)

第1話 2010年10月15日 東野圭吾!! 伝説のベストセラー 心は38歳、体は16歳の妻
第2話 2010年10月22日 東野圭吾原作〜今夜16才の妻を抱く!!
第3話 2010年10月29日 東野圭吾原作〜16才の妻、同窓会へ!!
第4話 2010年11月5日 東野圭吾原作〜私の記憶が消える日!!
第5話 2010年11月12日 東野圭吾原作〜妊娠!! 唐木希浩
第6話 2010年11月19日 東野圭吾原作〜許されない恋の始まり
第7話 2010年11月26日 東野圭吾原作〜妻の恋人
第8話 2010年12月3日 最終章〜妻との永遠の別れ…
最終話 2010年12月10日 運命は妻を二度奪う…そして驚愕最終回!!

動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E7%A7%98%E5%AF%86++%E5%B0%8F%E8%81%B0+


放送期間 2010年10月15日 - 12月10日(9回)

原作 東野圭吾
脚本 吉田紀子

キャスト

杉田藻奈美・直子 - 志田未来
杉田平介 - 佐々木蔵之介
橋本多恵子 - 本仮屋ユイカ
小坂洋太郎 - 橋本さとし
吉本和子 - 池津祥子

▲△▽▼

秘密が、愛を、濃密にする。

ごく平凡な3人家族を襲った突然の“悲劇”。 すべてはその瞬間から始まった--。

妻と娘を乗せたバスが崖から転落。 妻は死亡し、娘は奇跡的に助かる。 ところが… そのとき誰もが想像すらしなかった事態が起こっていた。 助かった娘の体には妻の魂が宿っていたのだ!

その日から、一家の切なく奇妙な“秘密”の生活が始まる…。

大人気作家・東野圭吾氏がブレイクするキッカケとなった感動のロングセラー傑作長編ミステリー『秘密』。

母親の魂が宿った女子高生・杉田藻奈美を演じるのは志田未来。

そんな娘(=妻)の存在に大きく揺れ動く男・杉田平介役には佐々木蔵之介。

25歳差の演技派2人を迎えて珠玉の名作『秘密』が連続ドラマとなって蘇ります。

(C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日


1. 第1話
2007年夏。電機メーカーに勤務する杉田平介(佐々木蔵之介)は、いつもとさほど変わらない一日を過ごしていた。家の中では長野の実家に行くことになった妻・直子(石田ひかり)と娘・藻奈美(志田未来)が慌しく準備をしていた。平介はそんな2人を送り出した。さらりと、ごく普通に。そして、そんなありふれた日常の幸せを実感することもなく--。 しかし数時間後、そんなありふれた日常が一瞬にして消える事件が起こる。妻と娘がいない家でひとり晩酌をしていた平介に、耳を疑うようなニュースがテレビ画面から飛び込んできた。それは、直子と藻奈美を乗せたバスが崖から転落したことを知らせる緊急ニュースだった。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年10月15日


2. 第2話
姿は藻奈美(志田未来)だが、その魂は亡くなったはずの母・直子(石田ひかり)--誰にも信じてもらえないであろう<秘密>を抱えた平介(佐々木蔵之介)と直子(=藻奈美)の新しい生活が始まった。ところが事故後、初登校した“直子”に衝撃的な出来事が降りかかる。なんと、クラスメートの相馬春樹(竜星涼)に突然キスされたのだ! 藻奈美から春樹のことなど聞いたこともなかった“直子”は凍りつき、春樹を突き飛ばして逃げ去る。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年10月22日


3. 第3話
平介(佐々木蔵之介)と直子(石田ひかり)宛てに、大学のサークル同窓会の案内状が届いた。直子の魂は今も娘・藻奈美(志田未来)の体に宿っているが、世間的に直子は死んだことになっている。どう考えても、堂々と2人揃って同窓会に出席することは不可能だ…。平介は同窓会のことを直子に伝えるべきかどうか悩む。 一方、直子は藻奈美の彼氏・相馬(竜星涼)をきちんとふることを決意。春樹に「お父さん(=平介)に心配をかけるわけにはいかない。今はお父さんのそばにいて、身の回りのお世話や家事をしてあげたい」と告げ、別れを切り出す。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年10月29日


4. 第4話
娘・藻奈美(志田未来)の魂と妻・直子(石田ひかり)の体を奪ったバス事故。あの事故を引き起こした亡き運転手・梶川幸広(吹越満)は、札幌に住むサワダミカコという女性に毎月10万以上の金を3年半にもわたり送金していた…。梶川の妻・征子(堀内敬子)からその事実を聞かされて以来、平介(佐々木蔵之介)はサワダミカコの正体と梶川の送金理由が気になって、頭から離れずにいた。 そんななか平介と直子は、事故の日に直子と藻奈美が向かうはずだった長野を訪れることに。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年11月5日


5. 第5話
年が明けた。平介(佐々木蔵之介)、直子(石田ひかり)、藻奈美(志田未来)の3人で明るい食卓を囲んだ去年までの正月とは打って変わり、今年の杉田家には淋しい空気が漂っていた…。そんななか、“藻奈美”として生きることを決意した直子は受験に向け、元旦から猛勉強を開始する。 やがて新学期が始まり、藻奈美の担任・多恵子(本仮屋ユイカ)が杉田家を訪ねてきた。藻奈美のことで話があるという多恵子。なんでも、藻奈美が医学部を志望しているというのだ。本人から一度も相談されたことのなかった平介は、驚きを隠せない。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年11月12日


6. 第6話
藻奈美(志田未来)の魂と直子(石田ひかり)の体を奪ったバス事故を引き起こした運転手・梶川幸広(吹越満)の妻・征子が心筋梗塞で亡くなった。平介(佐々木蔵之介)、そして藻奈美として生きる直子は通夜に参列する。その後、通夜から戻った平介に、征子の娘・逸美(日向ななみ)から電話がかかってきた。どうしても平介に渡したいものがあるという。直子の提案で、平介は逸美を自宅へ招くことに。やがて逸美が杉田家にやって来た。彼女が平介に差し出したのは、なんと梶川幸広がいつも身に着けていた懐中時計。しかも、蓋の裏には3歳くらいの男の子の写真が貼ってあり…。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年11月19日


7. 第7話
札幌出張の際に、バス運転手・梶川幸広(吹越満)と前妻の息子・文也(田中圭)に会った平介(佐々木蔵之介)。しかし、文也は家庭を捨ててほかの女と逃げた父のことを恨んでおり、平介が渡そうとした梶川の形見も受け取ろうとはしなかった。藻奈美(志田未来)の魂と直子(石田ひかり)の身体を奪った事故を起こすほど身をすり減らして働きながら、前妻の姉・沢田美香子に送金していた梶川の意図は何だったのか。そして、美香子はなぜ送金の事実を文也には隠していたのか…。平介はもやもやとした気持ちが収まらないまま、東京へと戻る。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年11月26日

8. 第8話
藻奈美(志田未来)の姿をした直子(石田ひかり)との生活が続くなか、平介(佐々木蔵之介)は急速に焦りを感じていた。直子が自分から離れていくような恐怖に襲われていたからだ。直子を繋ぎ止めたい--平介の一途な想いは、盗聴器を仕掛けたり、相馬春樹(竜星涼)と直子のデート現場に押しかけて邪魔をするなど、卑劣な行動となって表に出た。「お願いだから、私をこれ以上苦しめないで」--直子と平介の関係は、取り返しがつかないほどまでに破綻しようとしていた…。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年12月3日

9. 最終話
身体は藻奈美(志田未来)だが、心は直子(石田ひかり)--バス事故以降、周囲には秘密で妻との奇妙な生活を送っていた平介(佐々木蔵之介)。ところが突然、ずっと消えたままだった藻奈美の魂が戻ってきた! それ以来、藻奈美の魂はたびたび戻ってくるようになる。状況だけ見れば、依然として奇妙であることには変わらなかった。だが、平介は久々に家族3人で暮らす幸せを噛み締め、この状態がずっと続けばいいと願う。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日

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広末涼子 秘密 (東宝 1999年)

監督 滝田洋二郎
原作 東野圭吾
脚本 斉藤ひろし

動画
https://www.youtube.com/watch?v=W-N2h-q4Rl0

キャスト
杉田藻奈美・直子 - 広末涼子
杉田平介 - 小林薫
杉田直子(入れ替わり前まで) - 岸本加世子

「秘密/滝田洋二郎;1999年劇場公開作品」
 
 雪山でバスの転落事故に遭った直子(岸本加世子)とその娘の藻菜美(広末涼子)は救急病院に収容されるが、直子は手当ての甲斐なく死亡し、藻菜美だけがかろうじて生き残る。しかし、昏睡から目覚めたとき、鏡を覗き込んだ直子の目に映ったのは藻菜美の顔だった。つまり、藻菜美が意識を取り戻したとき、その意識は直子のものだったのだ。夫の平介(小林薫)は事実を知って混乱するが、やがて直子は藻菜美としてその人生を全うすることを決意する・・・。

 登場人物の人格が入れ替わってしまうという設定の作品はけっこうある。代表的なものは大林宣彦の「転校生」だが、二人の人間の意識がそっくりそのまま入れ替わる、などという現象はさすがにフィクションの中だけに起こるものであるものの、一人の人間の意識が別の人格に取って代わられる、という現象は現実に起こりうる。解離性同一性障害、つまり俗に言う「多重人格」である。

 ある人間の「魂」が別の人間に乗り移り、その人を支配してしまう現象をオカルトの世界では「憑依」と呼ぶのだが、それも一種の解離性同一性障害として捉えることができる。通常の多重人格では、新たな人格は独自に創り出されることが多いが、当人が自らを他に実在する人物である、と思い込んでいれば、その人格が実は創作か否か判断することは難しい。現実に、ジョン・レノンを殺したマーク・チャップマンは一説によると自らをジョン・レノンであると思い込んでおり、殺害事件はその延長線上にあった(本物を殺害することで自らが世界に唯一のジョン・レノンになろうとした)とも言われている。

 基本的にファンタジー作品なので、登場人物はありえない話をあっさり信じてしまう。現実に自分の娘がこんなことを言い始めれば、普通ならまず統合失調症を疑って精神科医に診せるところだが、それでは物語が成り立たない。藻菜美(の中にいる直子)が話す二人の結婚前のエピソードを聞かされ、平介はいとも簡単にそれが直子だと確信するのだが、よく考えればそんな話は平介がいないところで母子の会話として話されていたかも知れず、藻菜美が母の話を自らの記憶だと誤認している可能性もなくはない。

 そう思いながら本編を観続けていると、広末の演技力の限界もあるのだろうが、やはりこの話はファンタジーとしてよりも、一種の解離性同一性障害の症例として観るべきではなかろうか、という気分が抜け切れなかった。

   

 娘の体内に宿る妻に触れられないジレンマに悩む平介を見かねて、直子がある決意をする中盤から物語は急展開を見せる。この手の「憑依」ものの定番は、憑依した何者かが結局は宿主に体を返し、自らは消え去っていくというものだが、本編もまた表面上はその通りの展開を見せる。ある日突然藻菜美は「藻菜美」本人として目覚めるのだ。藻菜美の人格は直子の人格と交互に現れ、やがて藻菜美の方が優位に立って直子の影は次第に薄くなっていく。

 やがて、完全にもとに戻った藻菜美はバス事故を起こした運転手の遺児である文也(金子賢)と結婚するのだが、このあたりの展開はやや唐突で、しかも結婚指輪を封入したぬいぐるみを唐突に伏線として登場させるなど、かなり無理のある話になってしまった。結局のところ直子は消え去ってなどおらず、元に戻った藻菜美はすべて直子の演技であり、それが表題の意味するところであったわけだが、正直言ってこのあたりの演出はあまりうまいとは思えず、定番の展開に酔いしれていた観客に冷水を浴びせるような結末になってしまった。

 原作ではこのあたりを映画ほど断定的に描いてはおらず、主人公の夫は憑依という現象それ自体をも完全には信じていないようなのだが、こうした曖昧さを受け入れる余地は、映画という何でも光と影で表現しなければならないジャンルには、存在しづらいのかもしれない。・・・


▲△▽▼
▲△▽▼

秘密 (文春文庫) – 2001/5/1 東野 圭吾 (著)

妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美を乗せたバスが崖から転落。妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。その日から杉田家の切なく奇妙な“秘密”の生活が始まった。

映画「秘密」の原作であり、98年度のベストミステリーとして話題をさらった長篇


運命は、愛する人を二度奪っていく。

自動車部品メーカーで働く39歳の杉田平介は妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美と暮らしていた。

長野の実家に行く妻と娘を乗せたスキーバスが崖から転落してしまう。
妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。
その日から杉田家の切なく奇妙な“秘密"の生活が始まった。

外見は小学生ながら今までどおり家事をこなす妻は、やがて藻奈美の代わりに 新しい人生を送りたいと決意し、私立中学を受験、その後は医学部を目指して共学の高校を受験する。

年頃になった彼女の周囲には男性の影がちらつき、 平介は妻であって娘でもある彼女への関係に苦しむようになる。

98年度ベストミステリーとして話題をさらい、広末涼子主演で映画化、志田未来主演で連続ドラマ化もされた東野圭吾の出世作。累計200万部突破の伝説のベストセラー。

▲△▽▼

東野圭吾 秘密 のあらすじ 妻が娘で娘が…???
2016年6月25日 [文学/あらすじ, 東野圭吾]

今回は現代日本屈指の人気作家、
東野圭吾さんのミリオンセラー
『秘密』(1998)で行ってみます。
 


もちろんこれ、2010年のテレビドラマ
(佐々木蔵之介、志田未来主演)の
原作ですし、その前には広末涼子さん、
小林薫さん出演、滝田洋二郎監督で
映画化もされています(1999)。


さて、一口に「あらすじ」を、といっても、
話の骨子だけでいいという場合から、
読書感想文を書くんだから分析・解説
つきの詳しいものがほしいという
場合まで、千差万別でしょう。

そこで出血大サービス((((((ノ゚听)ノ

「ごく簡単なあらすじ」と
「やや詳しいあらすじ」の
2ヴァージョンを用意しましたよ~~(^^)у

ごく簡単なあらすじ(要約)
まずはぎゅっと要約した
「ごく簡単なあらすじ」。


杉田平介の妻・直子はバスの転落事故で
死亡するが、その意識は身体だけ
生き残った11歳の娘・藻奈美の中で
生き続ける。

世間的には娘になりすます直子は、
成績優秀で私立中学を経て有名進学校へ
と進むが、男子との交際のことなどで
平介との間に波風が立つ。

  
やがて藻奈美の身体に藻奈美の
意識が復活し、直子の意識と交替
する「二重人格」の状態になる。

藻奈美と直子の2人格は交換日記の
ようなノートで意思を伝え合うが、
直子の意識は徐々に弱まる。

藻奈美は直子の指示通り、二人の
最初のデートの場所へ平介を誘い、
そこで……


どうでしょう?

え? これだけじゃ意味ない?

ハハハ、まあそうでしょうね。

本当は父娘以外にも多くの個性的な
登場人物が絡み合って進む本格的な
長編小説をムリヤリ凝縮し、
しかも一応、ネタバレを避けてますしね。

では、様子見にちょっとだけ
テレビドラマの方を覗いてみて
もらいましょうか。


ん? やっぱりよくわからん?

そういうわけでやはり「やや詳しい」
ヴァージョンのあらす」を読んでいただく
ことになるわけですね、ハイ;^^💦

やや詳しいあらすじ
では始めましょう。

わかりやすさのため「起承転結」の4部に分け、
もちろんラストまで包み隠さず完全ネタバレありで
参りますので、結末を知りたくない人は
読まないでくださいね;^^💦

ひっかかるかもしれない部分には【CHECK!】印で
注釈を入れていますが、うるさいと思う人は
飛ばしてください。

なお「 」内及び「”」印のグレーの
囲みは原文(上記文庫本)からの引用です。


🌓【起】
自動車部品メーカー社員、39歳の
杉田平介は愛妻・直子と11歳の娘・
藻奈美との3人で暮らしていた。

1985年冬、長野の実家に向かう
直子と藻奈美の2人が乗った
スキーバスが崖から転落。

2人は病院に運ばれたものの、
直子は死亡し、藻奈美は一時は
回復不能といわれながらも、
奇跡的に助かる。


が、意識を回復した藻奈美のその
意識は実は直子のものとわかる。

「あたしがあの子の
身体を奪っちゃった。
あの子の魂を追い出して……」


この信じがたい事態に戸惑いながら、
平介と直子(身体は藻奈美)は、
世間にはあくまで父娘と見せかけて
生活していくことにする。

直子は仏壇の引き出しに入れてあった
結婚指輪を、かつて自分が作り
藻奈美が大切にしていた
テディベアの頭の後ろに縫い込む。

「正体は二人だけの秘密ね」


🌓【承】
直子は小学校に通い始め、平介は
バス事故の「被害者の会」に出席。

会には死亡した運転手の妻である
梶川征子が現れて謝罪するが、
相手にされない。

会の終了後、平介は新宿駅で征子を
見かけ、階段で彼女が倒れたので、
タクシーで自宅まで送る。


その後、連絡を取り合うようになり、
亡夫(梶川幸広)の超過労働や、
札幌にいる前妻とその子に仕送りを
していたことなどを知っていく。


やがて直子に初潮があり、
「あっちのほう」どうする?
「我慢していられる?」と尋ねる。

「そんな……じつの娘と。
しかも小学生の」
「じゃあほかの女の人と
するってこと?」といった
微妙な会話が交わされる。


藻奈美に自分のようなただの
専業主婦になってほしくないと
思う直子は私立中学受験を目指し、
担任の若い美人教師、橋本多恵子と
平介との接触が増える。

その橋本に気があるのではと
直子はからかうが、それは事実で
平介は欲求不満のとき多恵子を妄想。

橋本の側でも運動会の日に弁当を
用意してくれるなど好意を示す。


遺族会が一周忌に企画した事故現場への
慰霊旅行のあと、梶川征子が病死。

その葬儀に出た平介は娘の逸美から
父の遺品として古い懐中時計を
渡される。

蓋が開かないので専門店で開けて
もらうと、蓋の裏に幸広の子らしい
5歳くらいの男児の写真。


札幌出張の際に梶川の前妻、
根岸典子を訪ねるが、息子の
大学生、文也によって拒絶される。


🌓【転】
有名私立女子中学に進学した直子は
そこでも成績優秀で、医学部に
入りたいから、高校は共学の
進学校を目指すと宣言。

その動機には男への欲求も?
と平介は疑うが、ともかく
猛勉強して有名進学校へ進学。

 

高校では体力も必要だからと
テニス部に入り、練習で遅く帰って
食事の支度もするという多忙な生活。

不満がたまった平介はつい「男と
玉遊びをしてる」などと悪態をつき、
二人の間は気まずくなる。


お盆休み、十年ぶりに直子の実家に
帰省した平介は、義父の三郎に再婚
すればいいと言われ、直子自身にも
聞かれて「いいんだ」と答える。


テニス部の一年先輩、相馬春樹から
直子への電話が繁くなり、心穏やかで
なくなった平介はついに電話盗聴
セットを仕掛け、二人の仲を探る。

クリスマスイブ、平介は盗聴で探知
した待ち合わせ場所にが姿を現し、
直子と相馬を驚かす。

「なぜだめなんですか」と問う相馬に
「世界が違うんだよ」と平介。
「私や娘が生きている世界と、
君のいる世界は、全く別物なんだ」


帰宅後、「あたしはふつうにしてた
だけよ」と訴える直子に、妻である
以上「ふつうにする権利なんかない」
と平介は言い放つ。

「若い身体を手に入れて、もう一度
人生をやり直せるような気に
なっているようだけど、それは
あくまで俺の許せる範囲内
だってことを忘れるな」


俺は今でも浮気もしていないし、
再婚のことも考えてない。

小学校の橋本先生が好きで
「交際したい」とも思ったが、結局
電話すらしなかったのは「おまえを
裏切りたくなかったからだ」


一月半ば、クラスで行くスキーの
チラシを破り捨ててみせた直子に
「俺のこと、憎んでるのか」と平介。

そうではなく「途方に暮れてるだけ」
「そうだな。俺もだよ」という会話の
あと、「ねえ、あれしようか」と直子。


二人はベッドでふれ合い「あれ」を
試みるが、平介の中の何かが拒否し、
「やめよう」…「そうね」…。


🌓【結】
別用で上京した根岸典子と会った平介は、
梶川は自分が実父ではないことを知り
ながら文也を愛し、大学進学後は毎月
必ず10万円を仕送りするように
なっていたのだと知る。

家族の幸せが自分の幸せだと語っていた
という梶川の生き様に打たれ、平介は
自分も、直子が藻奈美として生きて
いくことの幸せを願う気持ちになる。


帰宅して「長い間、苦しめて悪かった」
と詫びると、直子は泣いて自室へ。

眠って目覚めると、パジャマ姿で
庭を見下ろしていた直子が
「お父さん、あたし、〔中略〕
どうしてここにいるのかな」

 
藻奈美の意識が戻ったのだ。

その後、彼女の身体には直子の意識と
藻奈美のそれとが交互に出入りする。

「二重人格」の状態となったのだが、
直子の人格は出現頻度が徐々に減り、
二人の人格は交換日記のような
ノートで意思を伝え合う。


七月、就活で平介の会社に来た大学院
生の根岸文也が、平介に面会を求め、
以前の非礼を詫びる。

平介が是非にと誘って、夕食を家で
一緒にということなり、藻奈美に電話。

二人で帰宅し挨拶すると、文也と
藻奈美の「視線が空中で絡んだ」。

勉強も見てくれた文也を見送ってから、
藻奈美は、明日の土曜日、横浜の
山下公園に連れて行ってと頼む。

平介と直子が最初にデートしたこの
場所へというノートでの指示という。


その日、山下公園のベンチで海を
見ながら松任谷由実の曲を流すと、
直子の人格が現れ、「ありがとう。
さようなら。忘れないでね」。


数年後、25歳になった大学助手、
藻奈美と文也との結婚式。

梶川幸広の形見の懐中時計が動かないので
松野時計店へ行った平介は、9年前、
直子がテディベアに縫い込んだ指輪を
藻奈美が取り出して自分用に
作りかえさせたことを知る。

二人の「秘密」を知っていたことから、
直子は実は消えておらず、藻奈美の
演技を続けているだけなのでは
ないかと平介は考え始める。


文也を控え室に連れて行った平介は
「殴らせてくれ」「二発だ」と
拳を固めるが、振り上げる前に
涙があふれ、声がかれるほど泣く。

まとめ
さあ、いかがでした? 

さすがによく出来たミステリーで、
しかも主題は夫婦愛。

さらにそこに父娘間の情愛が微妙に
絡むので、これはもうグッと来て
しまう読者が多いのも頷けます。


直子の意識がほんとうはまだ生きて
いるのか…と匂わせて謎のまま閉じる
オープン・エンデイングもよい。

ただ私個人の感想として言わせてもらえば、
むしろそこ(45章)で終わってしまった
方がよかったのでして、ラストの
46章は蛇足の感が大きいですね。


なぜって、主人公が花婿に言う
「殴らせろ」ってのは、
あまりにも通俗的で古臭い
クリッシェ(決まり文句)。


これを使ってまとめようとしたことで、
作品全体の品性を下げてしまったのでは?
と東野氏のために憂える次第です。


いや、そこでこそ泣ける…という
意見もあるでしょうし、それは
それで結構なんですけどね。


さて、読書感想文を書こうという場合も
ネタはすでに十分ご覧に入れたと思います。

考えさせられる名言やポイントも
泣かされる展開も、いくつも
拾うことが出来ますよね。


▲△▽▼
▲△▽▼


東野圭吾 秘密 の意味を理解するのは心理学の知識が有っても非常に難しいですね。

おそらく、

直子自体は完全に死んでいて、藻奈美の無意識内の直子の記憶が人格化されて憑依状態になっていた

という設定でしょう。

ポイントは 娘が母に飲み込まれる母娘の一体的関係 と 憑依現象 の二つでしょう。


娘が母に飲み込まれる母娘の一体的関係

2017.08.10
女性の心理的発達に関する一試論:過食症症例の面接過程と夢の分析を通じて (思春期青年期精神医学,5(1):63-76,1995.)

女性の心理的発達に関する一試論

─過食症症例の面接過程と夢の分析を通じて─

A STUDY OF FEMININE PSYCHOLOGICAL DEVELOPMENT : The Psychoanalysis of the Interviews and the Dreams of a Female Bulimia Case

小寺 隆史※

※浅香山病院精神神経科 〒590堺市今池町3-3-16

Takashi Kotera : Department of Psychiatry, Asakayama Hospital


抄録: 女性の心理的成長を考える上で、それが阻害されている多くの症例に、「娘が母に飲み込まれる母娘の一体的関係」というモチーフが散見される。このような状況は、女性の心理的発達の原始的な段階と考えられると同時に、かなり後まで残存し、その影響を背後から与える構造でもある。

一方、この母娘の一体的関係に割って入るものは男性性に他ならない、それ故、このような女性にとって「男性像は父親も含め侵入的、侵略的なものとして認識される」ことが多い。このモチーフはギリシャ神話のデメテルとコレーの物語にその典型を見ることができる。この侵略的男性像を受容することによって、女性は強固な母娘関係から脱することができる。今回、過食・嘔吐を主訴として来院した21歳の女性の面接過程と夢の過程について、以上の文脈からの分析を試みた。その中から母親との関係の編み直し、男性像の変遷、女性性の受容、といったテーマを抽出し、母娘の一体的関係から、次の段階に展開する移行期を見ることができた。

Key words: Primitive mother-daughter relationship,

Invading male image, Demeter and Kore, Hades, Bulimia


1.はじめに

臨床場面において、女性のクライエントと会っていると、母親との結び付きが強固で、そこに“娘が母に飲み込まれる母娘の一体的関係”というモチーフが見いだされる例に数多く出会う。それ故、このモチーフは女性の心理を考える上で重要な視点を与えるものの一つではないかと思われる。このような女性の状態に関して、Neumann,E.11)はそれを「女性の自我が、母性的な無意識や母性的な自己といまだ結ばれたままでいる自己保存の段階」と指摘している。Ne-umannは女性の発達と男性の発達との基本的差異について、男性の場合、最初の対象である母から異化することのなかに自己発見を達成するのに対し、女性の場合、母との同化のなかに自己を発見することができ、そのため「あの原初の関係にみられる母親との関係は引き続いて存続することがある。」と指摘している。そしてこの母娘の関係が母権制社会の中心的心理構造をなしていると考えている。つまり、彼のいう原初的母娘関係とは、単に女性の発達のprimitiv-eな段階という意味にとどまらず、母権制社会を支えるarchaicな心理構造でもある。この母権制社会の心理構造については、これに先立つBachofen,J.J. 2)の研究がある。

また、Freud,S.5)もこの構造に言及しており、「婦人の本質のかなりのものが、根源的な母親への愛着の中に残ったままになっており、男性の方向へ向かう、正しい変換をしないでしまうという可能性もある」と述べている。Freudは女性の愛の対象が母親から父親へと「性の変換を経なければならない」点が男性の発達と根本的に異なることを強調している。さらに「エディプス・コンプレックスは、女性の場合にはかなり長い発達の最終成果」であるとし、女児の発達においてはプレエディパールな母子関係が男児に比べて延長し、かなり後まで存続し続ける場合がありうることを示唆している。Freud派における女性の研究としては、Deutsch,H.4)によるものが重要である。彼女は思春期・青年期の女性の心理に関して、この時期に、幼児期の発達課題が再現することを指摘したうえで、「エディプス・コンプレックスを卒業するばかりではなく、思春期前期と早期思春期に始まった働き、すなわち母親との古くかつ根深く、いっそう原始的な絆を大人にふさわしいものに編み直すこと」が、その課題となることを述べている。Blos,P.3)も思春期女性の症状形成がその強力な母娘関係に起因していることを指摘している。また、中村10)は青年期女性の治療に関してエディプス的葛藤に先立つ「母子関係がさまざまの意味で問われる」と指摘している。 Deutsch、 Blos、 中村ら、これらの研究者は共通して、思春期・青年期の女性において、母娘関係の課題の比重が男性の場合より高いことを示唆している。このことと、上記のNeumannの指摘、F-reudの指摘は整合するものと思われる。即ち、女性の幼児期において残存しやすいこの関係は、その分、女性の思春期・青年期にも課題性の比重が高いものと考え得る。

さて、一方このような母娘関係が思春期・青年期に強固に存続している場合、“男性は父親も含め侵入的、侵略的なものとして認識される”ことが往々にして起こりやすいのではないかという臨床上の印象がある。このことに関して、Neumann,E.12)は、このような母と娘の一体感があるとき、「女性が心理的または社会的に母系集団のなかに留まり、(略)女性的なものとの一体化とそれへの接近は、男性的なものの排除とそれへの冷淡さを生まずにはいない。」「女性がそこで経験する男性的なものとは、敵対的な征服者にして否定的な略奪者ということになる。」と述べている。そしてこのような、侵害的な男性像を女性が受容し、それが肯定的で親和的な男性像に変容して行く中で、女性は強固な母娘関係を脱し次の段階へと展開して行くものと考えられる。この展開は幼児期の発達にも、思春期の発達にも、螺旋状にくりかえされるものであろう。また、その母娘関係の様態によって、その男性像の侵略性もさまざまなスペクトルをもつことが予想される。幼児期においては、最初の男性像として、父親が現出するだろうが、母との結び付きが未分化である場合、父親像は侵略的となり、その関係の中に入れず、除外されてしまう危険性がある。(母親との両価的関係を解決するものとしての父親の役割について、Abelin,E.1)の発達的研究がある。)また、思春期においては、“異性の受容”という大きな課題に直面しなければならず、それまでの展開性が不十分であればあるほど、男性像の侵略性は顕著なものとなるだろう。そして、それが展開するためには、男性像は一旦は侵略的なままで受け入れなければならないという、一つの筋道が考えられる。(このモチーフは後述するギリシア神話:デメテル・コレー・ハーデスの物語に、典型的に現れる。)その場合は、母娘関係は一旦切断されたうえで、新たな関係として編み直されるのではなかろうか。(もちろん、この筋道は巨視的な筋道であり、微視的には、男性の侵入と、母娘関係の改編は相補的に起こるものと考えられる。)また一方、母娘の結び付きが強く、男性が弾き飛ばされてしまう場合も臨床的に見受けられる。

以上のような観点から、本小論においては、過食・嘔吐を訴えて来院した21才の女性が、就職という一つの節目を乗り越えて行く過程を一例として提示し、その夢分析を含む面接過程のなかから「母への取り込まれとそこからの離脱」「そこに現出する侵略的な男性像とその変容」といったモチーフを抽出しようと思う。その二つの文脈を軸として青年期の女性の心理的成長について考察を試みたい。

2,症例の概略

◆症例:B子(21才 女性)

◆主訴と現病歴:過食・嘔吐を主訴として来院した。初診時大学の4回生在学中であったが、大学1年生のときより過食症状が出現し、大学3年生頃より太るのがいやになり過食後吐くようになった。過食はひどいときはほぼ毎日あった。このとき161 の身長に対し、体重は55 まで増えたが初診時は46 まで減少している。初診時過食は週1回程度であった。初診時の母親からの情報では、大学4年生になってから、実家に帰宅時、情動が高まり大声で泣き叫びつづけたり、ドアをたたきつづけるということが幾度かあったという。また、自殺をほのめかす発言が幾度かあったという。

◆生活歴:中学・高校と女子校。中学校の途中で親の意見により公立中学から私立の女子中学に転校している。初診時大学4回生在学中。大学の選択についても、主に母親の意見で決まっている。なお、B子の実家は大都市圏にあり、通っている大学は地方都市にある。◆家族歴:父、母、兄、本人、妹の5人家族。兄は境界例人格障害の診断にて、筆者の勤める病院に受診歴がある。

3,面接と夢の過程

面接は大学の夏休みを利用して行われた。筆者の勤める病院は、B子の実家の近くの大都市圏にあり、また、B子の兄もこの病院に受診歴があることから、当院に来院したと言う。この際、受診がB子の意思でなされたのか、母親の意向でなされたのか、あるいはその両方であるのかは、あまり明確ではないままに面接が開始された。この、本人の意向なのか母親の意向なのかが不明確であること自体が、この症例の特徴であることに筆者は後に気づくことになる。面接過程においては、主訴であった過食・嘔吐の訴えはあまり前面に出ないで、家族関係などに関する話題が中心となっていった。また、面接期間中に手首を尖ったもので刺すという自傷行為が出現した。(このとき手首は傷だらけになっていた。)面接は、一般外来にて予約制にて行った。予約はそのつど次回日時を決め、最初の4回は1週間間隔、少し安定してきた4回目以降は2週間間隔で、2カ月間に7回の面接を行い、一応の終結となった。ただし、夏休み中に終わるというような契約で始まったものではない。その間に全部で15の夢が報告され、今回はその中から重要と思われる5つの夢を選んで提出した。また、夢の分析については[考察]の欄でまとめて述べる。なお、治療の中で、夢の解釈を返すことはほとんどせず、夢についての本人の連想を聞いたり、夢を媒介として話し合うことが多かった。これは、筆者が夢自体に治癒力があると考えているためで、あえて治療者が夢の意味を解釈することをせず、夢を真ん中において、患者と治療者があたりを散策し、「夢自体に語らせる」というようなイメージで治療をすすめた。

なお、「」内はB子及び家族の発言、『』はB子がノートに記録して来た夢の内容、それらの内の()内は筆者による補足、内は筆者の発言である。


◎第1回面接

初回面接の最初に過食・嘔吐の問題が訴えられたが、初回面接の中でも、その後の面接の中でも過食・嘔吐の問題は重大なテーマとして繰り返されるということはなく、むしろ家族の話題が中心となった。筆者は受診の目的の明確化を図るよりは、B子の話について行く方向を選んだ。以下は面接でのやりとりである。

「過食症で受診したんですが、おかしいのはそれが一番ではなくて、食べるのは自分のすることがないときに食べ、そのあと太るのがいやで吐くんです。」

<何が一番問題なのかな?>

「わからないけど・・・今下宿している。家を出たかったから。おかしくなったのは3年前から。父は信用できない人で、私は母に守ってもらって育った。将来私が家族をささえないといけないと思って。将来に、私の夢がないのです。結婚も・・離婚しなかったらいいとか・・暴力ふるわなかったらいいとか・・・父は母に暴力をふるった。私にもふるった。警察を呼んだこともあった。私は無力感を感じた。生理は1年間止まっている。」

この回の最後で、この面接についてこれからどうしますかとの筆者の問いに対し、ここに通いますと言う。薬は飲みたくないとのことで不投薬にした。あなたの心の風景を知りたいのでと夢の記録と提出を提案するとB子は承諾し次回から夢の記録を持参してもらうこととする。本人退室後、母親が面会を求めて入室し、今までの経過をやつぎばやに述べて、薬をだしてほしいと言ったが、本人と話し合って決めたことだからと母親を説得し不投薬とした。これは、娘の不都合な点を羅列的に述べ、それを「除去してほしい」と訴える母親の姿勢の中に、母親の娘に対する支配性の強さを筆者が直感したため、少なくとも治療者が母親が娘を支配するための代理人とされないように、歯止めをかけておくというねらいもあった。

◎第2回面接(前回から1週間後)

1週間後、B子は夢の記録を持って受診した。過食の問題には触れずに母親との関係を語り出した。前回、守ってくれるものとして語られた母親が、今回はB子を困惑させるものとして語られた。

「1週間疲れました。毎日母の言葉にいちいち反応して、泣いてしまって目もはれている。どんどんいらいらがひどくなっている。

母は私の言ったことに間髪入れずに違うと言う。それで昔のすべてのいやだったことが思い出される。」

母親の言葉が直接的にB子の情動を刺激しているように語られ、問題の重心はむしろ母親に移されて語られている。ここに母親との間の自我境界の不鮮明さを筆者は感じていた。また、問題の重心の母親への移動は投影性同一視の問題を示唆していると考えられた。このことについては考察にて後述する。

また今回も、父親はいわば悪者として語られる。

「自分も母親と同じように満足できない人生を歩むのではないかと心配する。父親は信頼したくても信頼してはいけない人なのです。人間的に冷たい気持ちをもっている。あの人を理解しようとすると、こっちが変になる。私はあの人を自分から排除したい。父親は母、兄、私と一緒に電車に乗るときは自分だけ違う車両に乗る。生活費が乏しくても自分の小遣いは確保する。生命保険もすべて解約した。」 このような日常的な話題が一段落ついたところで、記録してきた夢を読んでもらい、それについて連想を聞くという方法をとった。[夢1]

『大きい部屋で、輪になって踊る。2人がペアになって踊る。私はうまく踊れない。少しの間1人の友人と輪から抜けて、へやのはしで踊っているのを見ている。後で輪の中に入れてもらったが私の右手にいる人(踊っている相手)が、前の人(B子の前にその人が踊っていた相手)の方が良かったと言い、心の中で、悲しい思いをするが、笑いながら、ごめんねと言う。私は上手に踊れるつもりだったが、また同じように踊れなかった。回りの皆は楽しそうに踊っている。』

(連想)

「今、彼がいるんだけれど、男の子との付き合い方が全くわからなくて。クラブに入っても男子と1年間しゃべれなかった。うわべだけならしゃべれたけれど。大学2年の終わりまではクラブの女子は私1人だった。2年の終わりに女子2人が入ってきた。仲の良い2人で、私は仲良くなれなかった。その2人の女の子はクラブの男の子とすぐに仲良くなってしまって、夜、下宿を行き来したり。心の中では嫉妬心、羨ましさ、劣等感でいっぱいだった。そのころ、私はクラブの1人の男子と付き合っていた。3年生でふられた。そして、その人は新しく入って来た女の子と付き合うようになって、それがとてもつらかった。そのころから生理が止まった。ふられた男の子と4カ月後によりをもどした。私は彼のことを好きじゃない。ずっと、初めから、今まで好きという感情がない。それより心おきなく思ったことをしゃべれる方がうれしい。」

◎第3回面接(前回から1週間後)

この回では友人に対する関係の取り方が話題となった。ここでも、B子の対象(ここでは友人)に依存している姿がうかがえる。ここで筆者は彼女の対象に依存している自らの姿を彼女自身が気づけるよう、また、対象(相手)が自分の期待どうりに動かないときに生じる葛藤を、自らの心の中に包含することが、実は対象からの独立性を確保することになることを、以下のような働きかけのなかで提示しようと試みている。いわばここで対象からの分離、自我境界の強化を働きかけのテーマとしている。

「落ち着いてきているような気もするけれど、立ち直れないような気もする。閉じこもったままみたいな。」

「自分の中でどうしても納得できないときどう処理してるんですか?例えば、友達が泣きながら電話して相談してきたら、私は次の日私からその子に電話する。でも、逆の立場なら、友達は私に電話してきてくれない。」

<相手はこちらの期待どうりに動いてくれないこと、多いよね。>「そうです。」

<そのとき悲しい情けない気持ち起こって来るでしょう。>

「そう、それです。」

<その気持ちは自分の中にあるもので、それを消そうとして相手を動かすとなってきたら、その分、相手に頼ってるということになってくるよね。>

「わかります。そのとおりと思います。結局、友達に頼ってることになるんですね。」

<もし、その気持ちを自分の中に置いとけたら・・相手から自由になれるんだけどね。>

◎第4回面接(前回から1週間後)

この回、自分が憎く、その自分を消してしまいたいという自傷行為が報告される。尖ったもので手首を突き、手首はそのため傷だらけであった。その反面、過食した日は1日すべてが悪いのではない、という発言がなされる。これは自傷行為にみられる極端化した思考に対し、程度感覚をふまえた思考が部分的にではあるが、可能であることを示している。筆者はその重要性を指摘し、印象に残すねらいの発言を入れている。 またこの回より、部分的にではあるが、落ちつくときがあることを報告している。現実状況についても、明るい展望が開けつつあり、就職について某公共機関の事務職の一次試験に合格したことが報告された。以下はそのやりとりである。

「起伏が激しい。落ちつくときは前より落ちつく。イライラするときは自分が憎くて・・・アーっとなる。」

<どうなるの?>

「怒りとイライラがたまらないほど噴き出してきて、自分をたたくとか、はさみで手首をついた。自分が嫌い、もう無くなればいいのにって。でも落ち着いたらなんでこんなことになったんだろうと・・・過食しても1日が全部だめなんじゃないと思える。」

<全部だめ、とならないのは、大切なことだよ。だめな部分もあるけど、いい部分もあるって思えるのはね。>

「就職試験の1次試験にパスした。うれしかったのは苦手な作文で通ったこと。でも、悪かったのは、就職の願書を出さないといけなくて、特技、本人希望が書けなかった。自分からアピールすることができない。」

[夢2]

『(略)妹を見ると、妹の前髪と後髪にカーラが巻いてあった。どうしたのかと聞くと、母にしてもらったと言う。私はまえからその髪型にしてみたいと思っていたので、怒りがこみあげ母親に抗議しに行った。どうして私の気持ちを逆なでするの、どうして私の気持ちを分かってくれないの、と私は大声をはりあげた。母親とは面と向かっていたが、母親がバケツに汲んだ水を持ち上げた。私にぶっかけるのかと思ったが、母はその水を自分からかぶった。

家族で奈良に旅行に行った。あるお寺に泊まることにしており、どんな所か見に行った。お坊さんが、寝る場所を案内してくれたが、そこはお寺の本堂で、大きい大仏さんがどーんと座っている。その大仏さんに向かい合って、ふとんが敷かれていた。でも、私だけ1人離れている。大仏さんの横に黄色い菊の花と、誰か亡くなった男の人の写真が飾られており、私は気持ち悪くなり、母親に、ここはいやだ、こわくて寝れそうにないと言った。母は私も小さいとき、そういう思いをしたことがあるよ、と言った。それから、お寺を出て、歩いて行った。そして、うどん屋さんが見えてきて、母親が食べて行こうと言った。私はお腹一杯だからいいと言ったが、母はそういうときもあるの。食べて行きましょうと言う。私は後ろを歩く兄と父に、行きたくないよねえと同意を求める。すると2人とも行かなくてもいいと言って、うどん屋を通りすぎようとした。そのとき、母は急に胸を押えて倒れそうになった。私は母が、私が健康でいるうちに早く自立しなさいと言っているように思えた。』

(連想)

「兄と父に同意を求めるのはめずらしいこと。家族の要は母親だった。兄妹同士の関係も希薄。」

[夢3]

『学校から帰る前の教室で、教室には私を含めて4人の高校生の同級生が残っている。(略)私が傘を持って教室を出ようとすると、1人の子が「Bちゃん」と呼んだ。私は振り返って、何か言われるのを待っていたが、クラスのもう1人の子がその子に耳打ちして、その子は「何でもないよ。ばいばい。」と言った。その子は何か言いたげな顔をしていた。私は呼びに来た友人と階段をかけ降りて、下足室に出た。私の下駄箱の横に大人の男の人が立っていて、私がごそごそ履きかえていると「乱暴だな。」とぼそっと言った。近くに、その大人の人の知り合いの男の子が立っていたので、私はその子に「私のことみたい。」と言った。「おまえのこと?」「うん、私の靴ね運動靴なんだから。」と言って、靴をポンとほうり投げた。まわりは黒い靴ばかりだが、私の靴だけ運動靴だった。男の子はへえーと言たげな顔をしていた。私は下足室から出た。さあ、帰ろうとしたとき、服の両脇のリボンがほどけているのを思い出し、しっかりと結びなおした。』

(連想)

「学校は高校。教室の3人は高校の制服を着た高校3年生。私と、私と一緒に帰った子と、下足室の男の子の3人は私服を着た小学校6年生。その男の子は小学校6年生のときの同級生。心理的に成長できてないのかなあと。小学校のときは活発でいたずらしていた。いたずらが一番楽しかった。一番思い出が生き生きしていた。Bちゃんと呼んだ子は高校の同級生。仲がよかった。高卒後も手紙のやりとりがあった。恋に悩む子。手紙で恋の葛藤を書いてきてたのに、私には、それが読み取れなかった。返事に何を書いてたんだろうかと思う。(彼女は、夢の中で)忠告のような、アドバイスのようなことを言おうとしていたよう。」

◎第5回面接(前回から2週間後)

この回から、B子の発言は落ち着きを取り戻して来たという内容に重点が移ってくる。それと同時に自己受容が幾許か可能となって来たことを示す発言も出現する。

「良くなって来ている。らくになってきている。しばられていたものから、放たれたような気がする。でもイライラしたら自分をたたいたりする。はさみで手首をつっついてしまった。包丁でも少しつっついた。」

「コンピューターの人生ゲームをしていて、大学入試で2浪してしまった。こんなこともあるんだ、望みをかなえられないときもある。やってみてできなかったら、それでもいいと思えるようになった。できることしかしなかったから。」

「家の周りを走っていて、中学校のときの運動クラブのことを思い出し、クラブはやっててよかったと思えるようになった。以前は否定していたが昔のことを否定しなくてもよいと思えるようになった。」[夢4]

『女の子が、一生懸命に、紙を探している。何をしているのかと聞くと、ある人の退部届けを探しているのだという。退部届が受理されないように抜き出すつもりのようだ。彼女はその人と以前つきあっていて、最近別れたばかりだが、クラブまでやめられるのは、いやだそうだ。彼女と一緒に、下へむかうエレベーターに乗った。エレベーターの中で会話を交わすが、そのとき、彼女は、彼がやさしかったこと、クラブに入ってすぐにまわりの人に内緒でつきあいだしたこと、でも一部の後輩に知られてしまって、その後輩が、やってられないと言ってクラブをやめたことを話してくれた。笑顔で話していたが、その表情には少し悲しみが感じられた。』

(連想)

「クラブは大学のクラブ。女の子は、私の彼がいったん私をふってつきあっていた子。この子のことは嫌いだった。日本人形みたいなきれいな子で、センスとか良くて。(夢の中での)話し方は、私の話し方と良く似ていた。悲しくても笑いながら話すところなど。やっと、彼女の存在を認めることができた。自分の中に受け入れられない面があった。」

<あなたに無くて、彼女にあったものって思い付く?>

「きれいなこと。物事にあまりこだわらない。感じがいい、生き生きした面。男の子と平気で話すし、男の子の家に押しかけて行ったりするし。お化粧もうまくて,セクシャルな彼女。」

◎第6回面接(前回から2週間後)

この回では就職の内定が出たり、また、失敗には終わっているものの、初めて父親との会話を持とうとしたことなど、現実場面の進展が語られる。

「事務職に内定した。でも、2次試験パスしたらの話。今までは自分の心の中に入り込んでいたけれど、今からは外を向いて行こうと思う。」

「お父さんに、私がいままでこうだったからと言うと、お父さんは自分は自分で立ち直った、お前は弱いと言った。これでは話にならないと思った。」

◎第7回面接(前回から2週間後)

この回で就職決定の報告がなされる。B子は某公共機関の事務職と、某官庁への就職試験の両方に合格する。母親は後者を勧めるがB子は自分で前者を選ぶ決心をする。

「就職が決まった。事務職の2次試験に受かったから。母親は官庁の方がいいと言った。いつも母に従ってきたが、やっぱり自分で決めた。自分で決めれたのが良かった。以前、自分では選択できないのではないかと思っていた。今の(在学中の)大学にしたのもそうだった。今回は自分で決めたから責任がある。」

「もう、手首も突いていない。こないだの診察から今日までアーっとなるのは1回だけだった。」

<ちょっとは自分のこと好きになれそう?>

「うん・・・死にたいと思い詰めることがなくなった。結局、自分で決められなかったから、その結果に責任を持てなかった。」

[夢5]

『私ともう一人の人が一緒に手をつないで逃げている。こわくて、こわくてたまらない。追いかけて来る人(男性)は、石をなげてくる。石が当たると体の中に入ってくる。骨の間を石が通過するのが分かる。前へ前へ逃げるときには、石が当たるときも当たらないときもある。でも、追いかけてくる人をかわそうと、後ろに下がると必ず2回続けて石が当たる。ズボッ、ズボッと石が体の中に入り込む鈍い音がする。しばらく休んでいると、石がお腹の前のほうに出てきた。肉と皮の間にはさまっている。私はこれから逃げて走るとき、邪魔だからと言って、皮がめくれるのも構わず、石を体から取った。横に母親がいて、大丈夫?と聞く。大丈夫だからと言って、パシッ、パシッと取る。私のお腹は赤くただれたようになった。』

(連想)

「本当に怖い夢だった。逃げているのもこわいけど、逃げても石が当たる。とりあえず前に逃げないと当てられる。石は直方体の石。グレー。石を取るとき痛かった。半分目をつぶって。投げてくる人は2個づつ連続で投げてくる。後ろに、と言うのは少し逃げてかわすこと。」

<当たると痛いの?>

「いや、ズボーって音がする。一緒に逃げている人はたぶん男の人。顔は見ていない。中性って感じ。女性でもない。(略)私は女の子してないし。昔から、自分自身を大切にしていない。自分を自分でかわいがることができないんです。今、考えると過食して吐くというのもおかしいな・・・」

<おかしいというのは?>

「自分がきらいで、吐くとすっきりするから。自分をかわいがっている行為ではない。赤くただれたというのは、吐いたときに母親に、食道が赤くただれると言われたことがある。吐くのは自分がいやなときしかしない。」

<吐くというのは自分を受け容れないことかもしれないね。>

「これはいらないって、放り出してるのかもしれない・・・私は・・例えば家族とか。 家族に感謝している。就職にしても、家族がささえてくれた。口出しもしないで、必要な援助はしてくれた。今からは自分の人生は自分の人生と。幸せになるかもしれないし、不幸せになるかもしれないし。今までは周囲に私を幸せにして欲しいと思っていたけれど、不幸でも自分で対処していけばいいと考えられるようになった。」

この回の面接では一段落がついたという雰囲気がB子と筆者の間に漂っていた。当初より、B子との面接では彼女の判断を引き出しそれを尊重することが治療的にも重要と考え、その姿勢をとってきたため、ここでも<ちょっと一段落ついたみたいだけれど、この面接はどうする?>とB子の意向を聞くと、「ええ、今日で一応おわりにしようかなと思います。」と答えたので、一応の終結となった。

4.考察

この症例について、様々な問題点を抽出することができると考えられるが、ここでは先述したように第一に母に取り込まれている娘、そこからの脱出というテーマ、第二にそこに現れる男性像の変遷という2つの視点から考察を進めたい。

1)母への取り込まれと離脱のテーマ

初回面接において、B子は「母に守ってもらって育った」と述べる一方、父親を迫害者としてとらえていることを述べた。しかし一方第2回面接においては、「毎日母の言葉に一々反応して泣いてしまって(略)母は私の言ったことに間髪入れずに違うと言う。それで昔のすべてのいやだったことが思い出される。」と述べ、母親の言葉に直接的に動揺させられてしまうことを語った。このことが、母親からの情報にあった「家の中で大声で泣き叫びつづける」という行為となっていたようである。初回面接で語られた母親像と第2回面接にて語られた母親像とは手のひらを返したように異なっており、2つの母親像は split している。さらに、第2回面接での発言では問題点の重心が母親の側にあるように語られている。このことは、自分の問題領域を相手の問題領域に移し替えているわけで、投影性同一視の機制が働いている可能性が考えられる。これらは重層的に母娘の境界の不鮮明さを示唆するものでもあろう。また、この来院自体が本人の意向であるのか、母親の意向であるのかが、不明確であったこともこのことと軌を一にするものであろう。母親は、初回面接において、B子が退出した後1人で入室し、B子の問題点を羅列的に並べて述べ、薬を出して欲しいと言っている。ここで母親は、娘の心の悩みを理解しようとはせず、すぐにそれを取ろうとしており、葛藤の共有が困難な人であることを示唆している。このことは母親が自らの心に生じた葛藤を娘に一方的に投影し、娘を操作することでそれを取り除こうとしている姿勢と捉えることもでき、ここに母親の側の、娘に対する投影性同一視の機制を読み取ることができる。葛藤を内面にしっかりと抱えることによって人間は対象からの自律性を獲得できることを考えると、母親の葛藤を内面に抱えられないこの傾向は、娘との間の自我境界の不全と平行しており、このことは鏡像的に娘にもあてはまる特徴となっていると考えられる。

さて、このような境界の不明確な母−娘関係がこの面接過程の中で、微妙に変容をとげる。それは、まず夢2で自分のことを分かってくれないと抗議する“夢の中の自分〃(以後、夢自我と表現する)に対して、夢の中の母親はバケツの水を娘にかけるのではなく、自ら被る。ここで夢自我は自分が水をかけられると思っているが、夢はそれと反対の展開となる。さらに、夢の後半、母親がうどん屋に入ろうと提案するにもかかわらず、夢自我はそれを拒否する。その際、現実場面では話もろくにしない関係にある、兄、父に同意を求めている。

明らかに、この夢は現実のそれまでの母−娘関係とは異なった関係の可能性を提示している。現実場面で母は娘にとって反抗できないもの、動かしがたいもの、「言い争うと、いつも母の方が正しい」ような存在であるが、その絶対性はこの夢では相対化されている。また、母親は正しくて、父親は誤っているという現実のB子のイメージはこの夢の中では逆転している。

Jung,C.G.はじめ多くの研究者が、夢が現実の自我に対して補償的な機能を果すと考えている。Jung,C.G.は、「夢はそのときの意識状態に対して補償的に行動する」7)と述べ、補償という概念を用いることについて「意識と無意識とは、(略)互いに補い合って一つの全体を形作るからである。」8)と説明している。この夢の補償的な機能を視野に入れることは必然的に夢の目的志向的観点を我々に要求する。Jungは「夢には前方への連続性もある(略)夢は意識的な精神生活に目に立つほどの影響を残すことがある」7)と述べている。この夢2の場合にも補償的、目的志向的な機能を考えることは的外れなことではないだろう。この夢が提示した新しい関係可能性は、その後現実のものとして展開する。即ち、第7回面接において、B子は母親の勧める就職をやめ、自らが選んだ職場への就職を決意する。そして「自分で決めれたのがよかった。自分で決めたのだから責任がある。」と述べている。またこの夢2の最後で、母は胸を押えて倒れる。これは飲み込む母の、ひいては母娘一体関係の象徴的死とも考え得る。ここで「母が早く自立しなさいと言っているように思えた」とB子が印象を述べているのは、この夢の本質をついている。

2)男性像の変遷

さて、ここでもう一つの視点としてこの症例にとっての男性像について考察を進めたい。Neumann,E.11)12)は母−娘関係が未分化で一体性の強い状態を「女性の自我が、母性的な無意識や母性的な自己といまだ結ばれたままでいる」状態として、これを女性の「自己保存の段階」と表現している。さらにこの状態の中に「女性の自分自身ならびに男性にたいする特有の関係の仕方を規定している母権的心理というものが、まざまざとうかがえる」と述べている。この状態が往々にして、「男性的なものの排除とそれへの冷淡さを生まずにはいない」とし、男性がその中では侵入者としてとらえられることを指摘している。このモチーフをギリシャ神話の女神デメテルとその娘コレー(ペルセポネー)の神話が象徴的に表現していると述べている。その物語りの概略は次のようなものである。


『デメテルは大地の守護神であり、豊饒と収穫の女神である。デメテルには愛しい娘、ペルセポネー(コレー)がいた。ある日、ペルセポネーは仲の良い娘たちと花畑で、思い思いに花を摘んでいた。そのとき、突然大地が割れ、冥界の主神ハーデスが、黒馬のひく戦車に乗って出現しペルセポネーを略奪する。デメテルは必死にペルセポネーを探し、この間デメテルの恨みのために、大地は枯れ果て飢餓が地上を覆う。これに手を焼いたゼウスの調停によって、ペルセポネーは母に会うことを許され、地上に戻る。しかしこのとき、ペルセポネーはハーデスが手渡したザクロの実を4粒食べてしまう。冥界のザクロは、もしそれを食べれば冥界の住人になるという「禁断の木の実」であった。このためペルセポネーは1年の内、4カ月だけ、冥界に住まなくてはならなくなった。その4カ月の間、地上は暗い冬に覆われる。その後、冥界にもどったときのペルセポネーはハーデスの妻となり、冥界の堂々たる王妃として君臨したという。』

(丹羽隆子著「ギリシャ神話」6)より抜粋)

この神話においては男性は冥界の主神ハーデスとして現れ、コレーを冥界に誘拐する。本症例においても第1回面接で「父は信用できない人で」「父は母に暴力をふるった。私にもふるった。警察を呼んだこともあった。私は無力感を感じた。」と語られるように、父親は侵害者、悪者としてとらえられている。父親像は男性像の一つの重要な柱となるものである。先述したようにこの悪い父親像は、夢2において補償的にとらえ直される。また、夢2において大仏の横に亡くなった男性の写真がおかれ、夢自我は家族と離れてその写真のそばで寝なければならなくなる。ここに、男性は冥界の存在として現出している。女性の夢に男性が死者として現れることはまれなことではない。Neumann,E.は母性世界という観点から見るとき、女性にとって男性の接近は常に分離を意味し、ひいては死としての意味を持っていることを指摘している。11)そして、それを「死の結婚」のモチーフとして取り上げ、この体験によって、少女は女性になると述べている。13)ハーデスが冥界の神であることの意味もここにある。この夢にも分離と死のテーマが織り込まれている。このとき、夢自我は母親に怖いと訴え、それに対して母親が「私も小さいときそういう思いをしたことがあるよ。」と言っているのが印象的である。現実の母親と父親の関係を考慮すると、母親にとって、今でも男性性受容の問題が解決していない可能性が濃厚である。そうだとすれば、夫が侵略者として現出するのも夫側の要因だけではないように思われる。Jung,C.G.9)は、「デメテル/コレーは男性に異質の、そして男性を寄せつけぬ母と娘の体験領域を表現している。」と述べている。しかし一方、この夢2はB子が母親との一体感を断ち切る男性像との本当の意味での出会いへの導入をも示しているように思われる。いわば、これから始まる長い物語の序章としての意味が考えられる。B子には現実にボーイフレンドがいるが、「好きだと思ったことはない」が「話をきいてくれてたら良い」というように、彼女にとっては部分対象としてしか立ち現れておらず、例えば夢に現れたような侵略者としての側面をも包含した全的対象とはなっていない。

一方、女性にとっての男性像の成熟は自らの女性性の受容と切り離して考えることはできない。それらは表裏をなす事象と言えるだろう。夢1では他の同級生がうまくダンスを踊っている中で、自分だけがうまく踊れず、ペアにおいて女性としての役割がうまくとれない。連想において、つきあっていたボーイフレンドが他の女性に取られるという経験を思い出している。この夢はいわば彼女の紹介夢としてとらえることができる。夢3の夢自我は小学校時代のおてんばな少女の段階に未だ留まっており、思春期の課題である女への脱皮を通過していないことを表現している。つまり彼女の靴だけが運動靴で周りは黒の革靴である。恋に悩む同級生が夢自我になにかを言おうとするのも印象的である。連想においてもB子は自らの心理的未熟性に言及している。しかし、この夢の最後で女性性を象徴するかのようなリボンを結び直しているのは、彼女における女性性の受容が前向きに動き出していることを暗示しているのではなかろうか。夢4においてB子が嫌っていた実在の女性が夢に登場する。この女性は夢1の連想にて述べられた彼女のボーイフレンドを横取りした女性である。B子によるとセクシャルな女性で、男性との交際も活発で、いわばB子とは対称的な女性である。ところがB子は夢の中のその女性の話し方が自分とどこか似ていたと言っている。つまりこの女性は、彼女が今まで発達させてこなかった彼女自身の半面を象徴しているのではなかろうか。しかもそれが、全く遠い存在としてではなく、かなり夢自我に近い存在として立ち現れている。また、彼女がこの夢をみることによって、その女性を初めて認めることができるようになったと語っていることはこの仮説の傍証となるものである。

彼女の女性性受容がこのように開示してくるとそれと平行して男性像も活動を開始する。夢5において夢自我は男性に追跡され、攻撃を受ける。夢2における冥界の存在(死者)としてあらわれた男性がありありと生き返って活動を開始したとも考られる。ここで夢自我はもう一人の中性的な男性と一緒に逃げているが、この男性には侵略的な側面はなく、去勢された男性といったおもむきで、現実の彼女とボーイフレンドとの関係を彷彿とさせる。この追いかけて来る男性と、一緒に逃げる男性とはどちらも部分対象的でありB子の中のsplitした男性像と考えることができる。Winnicott,D.W.14)は部分対象について「部分対象または部分対象としかいいようのないものとの関係は本能欲動が負荷されているわけだが、これは生のままの報復恐怖をひきおこす。」と述べている。

ここで追って来る男性は直方体の石を2つペアで投げて来る。この石については女性に侵入するものとしてphalicな象徴としての解釈も成立するだろう。またさまざまな解釈可能性があると思われるが、いずれにしてもこの石が何らかの彼女が受け取るべき課題を意味していることは確かなようである。彼女がそれを避けようとすればするほど石は確実に彼女に命中している。

また、彼女が自分の体内に入った石を自分で処理することができていることは重要なことと思われる。心配げに見守る母親を尻目に彼女は「大丈夫」と言いながら独自の対処をしているわけで、母が直面してきた問題を今度はB子が自分の問題として受け止めているかのようである。さらに、その石を取り出す際に生じた腹部の赤い瘢痕から、B子は自分の過食・嘔吐を連想している。彼女にとっての嘔吐が女性としての自分の受容困難という意味をもっていることは彼女自身がこの夢をみたあと連想していることからも確かであろう。しかしさらに一方でこの嘔吐には母親とは違う自分独自の対処という積極的な意味も考えることができるのではなかろうか。夢はそちらの意味をも示唆しているように思われる。

この最後の夢5は、彼女の男性像の変遷という文脈からも今後、多くの課題が山積していることを示している。例えば、夢自我は追いかけて来る男の顔も一緒に逃げている男の顔も見ることができていない。その分それらは未分化な位置に置かれている。当然のことながら追って来る男性は自我に親和的なものにはなっておらず、男性像が受容されたとは言い難い。この夢はむしろ問題提起の夢である。この意味からも筆者はB子の問題が解決したとは思っていない。いわば第1段落が終わったわけで、将来再び彼女が面接の再開を求めて来院する可能性は大きいと思われる。その際には第2、第3の段落が展開されることが予想される。

5.結語

この症例は女性の心理的発達過程における母娘の一体的関係という段階から一歩踏み出そうとする移行の段階にいるものと考えられる。その際この一体的関係に割って入ろうとするものは男性性に外ならない。それ故男性は侵略者、略奪者として立ち現れる。この症例の夢2において男性は、冥界の存在として出現した。その後の夢5では侵略者として、彼女を追いかける。女性にとって外的、内的になんらかの形でその侵略を受容することがこの段階から次の段階に展開するために必要となるが、彼女はまだそれを達成したとはいえず、将来の課題として残されている。しかし全くの拒否となっているのではなく、彼女が受容の方向に動き始めていることも事実である。またこれら男性像の活動と平行して、夢の中での彼女と母親との関係は、微妙な変化をとげており、これらのことは治療者に明るい展望を与えている。

最後に本小論を書くにあたり、さまざまな貴重な御意見を下さった大阪大学医学部精神医学教室の井上洋一先生と浅香山病院院長の高橋尚武先生に心から感謝の意を表します。


文献

1)Abelin,E.: The role of the father in the separation-individuation process, In: McDevitt, J.B. & Sttlage, C.F. (eds.): Separation-Individuation. International Universities Press, New York, 1971.

2)Bachofen,J.J.: Das Mutterrecht.Verlag von Krais & Hoffmann, Stuttgart, 1861. 岡 道雄,河上倫逸, 監訳: 母権論, みすず書房, 東京, 1991.

3)Blos,P.: Modification in Classical Psychoanalytical Model of Adolescence. In: Adolescent Psychiatry. Vol.7, The University of Chicago Press Ltd., London, 1979.

4)Deutsch,H.: Psychology of Woman. Vol.1, Grune & Statton, New York, 1944. 懸田克躬訳: 若い女性の心 理(1), 日本教文社,東京,1964.

5)Freud,S.: Female sexuality. (1931.) The Standard Edition of Complete Psychological Work of Sigmund Freud. Vol.21, The Hogarth Press, London, 1961. 懸田克躬, 高橋義孝他 訳: 女性の性愛について (フロイト 著作集5), 人文書院, 京都, 1969.

6)丹羽 隆子:ギリシャ神話, 大修館書店, 東京,1985.

7)Jung,C.G.: Allgemeine Gesichtspunkute zur Psychologie des Traumes. (1948.) Die Gesammelten Werke von C.G.Jung. Bd8,Walter-Verlag AG., Olten, 1967. 秋山さと子, 野村美紀子 訳: 夢の心理学(ユングの人間論 ), 思索社, 東京,1980.

8)Jung,C.G.: Die Beziehungen zwischen dem Ich und dem Unbewuβten. (1935.) Die Gesammelten Werke von C.G.Jung. Bd7, Walter-Verlag AG., Olten, 1964. 松代洋一, 渡辺学訳: 自我と無意識, 思索社, 東京, 1984.

9)Jung,C.G. und Ker nyi,K.: Einf hrung in das Wessen der Mythologie. Rhein-Verlag AG., Z rich, 1951. 杉浦忠夫訳: 神話学入門, 晶文社, 東京, 1971.

10)中村瑠木子:前青年期・青年期前期女子の精神療法の一技法,小此木啓吾編,青年の精神病理 2, 弘文堂, 東京,1980.

11)Neumann,E.: Zu seelischen Entwicklung des Weiblichen. Ein Kommentar zu Apuleius . Rascher & Cie. AG., Z rich, 1952. 河合隼雄 監修, 玉谷直實, 井上博嗣訳:アモールとプシケー ————女性の 自己実現———, 紀伊国屋書店, 東京, 1973.

12)Neumann,E.: Zur Psychologie des Weiblichen. Rascher & Cie.AG., Z rich, 1953. 松代洋一, 鎌田輝男訳: 女性の深層, 紀伊國屋書店, 東京, 1980.

13)Neumann,E.: Die Groβe Mutter. Bollingen Series XL . Phantheon, New York, 1955. Rhein-Verlag,Z rich, 1956. 福島章,町沢静夫,大平健一他訳: グレート・マザー, ナツメ 社, 東京, 1982.

14)Winnicott,D.W.: The Maturational Process and the Facilitating Environment. The Hogarth Press Ltd, London, 1965. 牛島定信訳: 情緒発達の精神分析理論, 岩崎学術出版, 東京, 1977.



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『私という他人 〜多重人格の精神病理〜』を読んで その@ — 幻聴が聞こえたら
2005年1月8日

 最近、

H・M・クレックレー、C・H・セグペン[著]川口正吉[訳]『私という他人 〜多重人格の精神病理〜』(講談社プラスアルファ文庫)

を読みました。この本は1973年に邦訳・発行されたハードカバーの文庫版なのですが、著者の患者であったイブ・ホワイトという名の女性の、多重人格症状の発症から回復までの過程について書かれています。精神的な分野の書籍であり、今回は、この本の内容について触れていくことにします。

 一連の出来事は、彼女がひどい頭痛に悩まされはじめ、町の診療所に行くことにより始まります。その診療所の医者にクレックレー・セグペン精神科クリニックを紹介されるのですが、実は、そのクリニックの治療者が著者であるクレックレーとセグペンの両博士であり、彼女に対しての精神療法による治療が始まることとなるのです。そして、その治療の過程で著者は、当時、非常に珍しい症状であった多重人格症状の症例に接することとなったのでした。

 治療者である著者は、面接を行うことによりイブ・ホワイトの話(症状)を聞いてきます。彼女は、夫婦生活をする中で、度々、夫に腹を立てられ、時には平手で打たれる事があると告白し、自分では何故そういうことを夫にされるのか理解できないと言います。著者も、この小さな女性と接した感触では、性格が大人しく、腹を立てられるようなことをするとは想像できない。夫が尋常な男ではないのか、それとも、他に何か原因があるのか。問題の原因を探りはじめることになります。

(本書、第1章「それは偏頭痛からはじまった」17頁より)
 彼女はしばしば、「目がくらむような」頭痛と形容した。どんな意味でこの形容詞を使っているのか、なかなか正確にはわからなかった。どうも字義どおりに視覚を失う、あるいはまったく見えなくなるということではなさそうであった。ただ、偏頭痛の患者によく見られるような視覚障害があったことだけは事実のようであった。彼女はまた、頭痛発作のあとに意識喪失があるともいった。彼女が意識的に説明を避けたというのではないが、こうした発作期間にいったい何が起こったというのか、診療者ははっきりとした意味合いをつかむことがむずかしかった。

 ときに、彼女のいう言葉から、ただの卒倒だったのではないかと思われるフシもなくはなかった。たるいは彼女のいうのが、もっと悪質な記憶喪失を意味しているのではないかと疑われることもあった。しかし、神経病学検査では、脳腫瘍の徴候は見られず、意識喪失を起こすような他の器質障害の徴候も見られなかった。また痙攣症の病歴も彼女にはなかった。

[中略]

 彼女のパーソナリティ(人格)は誰が見ても、異常とか強烈とかの特徴の全く欠けた、どんな驚くべき可能性もありようのない、ごく陳腐なものであった。

 治療を始めて数週間で彼女はかなり良くなり、もう意識喪失の発作を訴えなくなったので、事態は好転したかに思われました。しかし、安心したのもつかの間、その後、彼女は夫であるラルフ・ホワイトに連れ添われて再度診療所にやって来ます。ラルフが語るには、妻の気質が時々奇妙に変化し、それが原因で彼が癇癪を起こすことがある、とのこと。また、そういう事件があったにもかかわらず、彼は妻のことを、そういう病的な面を除いては大体において魅力的な女性、非常に貞淑で、辛抱強く、子供に対して献身的な、良い母親であると見ています。

(同、第2章「幻聴を聞く」23頁より)
 「先生、こんなやさしいしっかりした女が人を怒らせるなんて、とても信じられないでしょう。ですがそれは事実なんです。僕が悪いのかもしれません。いや、妻はあまりに善良すぎて、そのために時々、僕は癇癪を起こすのかもしれません……先生は妻のいいところばかり見ていらして、それに慣れきっていられるのです。もし先生も……それとは全然ちがった反面……それが出たとすれば……どう解釈すると当惑されると思います」

 もっと詳しく話してくれと私たちは頼んだ。イブはときとすると、いつもの辛抱強さと冷静さとは似ても似つかない様子で、別人のように振る舞うことがあるという。

 その後、治療者の症状を解決させようという努力の効果が表れたのか、夫婦の間柄はかなりよくなったように察せられました。しかし、再度ラルフから期待を裏切る手紙が来ます。ひどい頭痛がぶり返したので、なるべく早く面接をお願いしたいとのこと。診察室でイブ・ホワイトに会うと、ひどい頭痛が続いて、生活が極めて惨めだったと訴えられます。そして、彼女は、何度も繰り返し同じ不思議な夢を見ると告白します。

(同26頁より)
 医師は、催眠術をかけてみようかといった。

 彼女は別にいやな顔もせずに承諾した。何度もすぐさめて、うまくいかなかったが、最後にやっと催眠状態になった。医師は、眠っている彼女に、そのままもう一度夢を語ってくれるよう命じた。そして目が覚めてからその夢が現実の経験とどの部分で一致しているのか、よく考えてみるのだとよといいふくめた。

 催眠状態からさめたあとで、彼女は、夢のその部屋が彼女の存在全体を意味しているらしいこと、よどんだ汚水は夫がカトリック教会のメンバーだという意味らしいことを、きわめてスラスラと申したてた。こう見ると、夢と現実とはまったく一致しているのであって〜[中略]。

[中略]

 この夢の解釈で新しい事実が発見されたわけではない。
彼女がこれまで意識的には、そしてはっきりとは気づいていないことが、一つでもこの夢の解釈で明らかになったというものではなかった。だが夢の解釈を医師と話しあうことは、彼女がこれまでの面接でふれることを避けていた重要な意味を持つある部分の感情を、明瞭に彼女に意識させるには役だったようである。

 事実、彼女自身も驚いたように、頭痛は突如として消え去った。彼女はすっかり元気を回復して診療室を辞していった。精神治療医(セグペン)がこれまでの面接で見たこともないほど彼女の気持ちはほぐれ、明るくはればれとしていた。


 それから約1年間、イブ・ホワイトの状態はかなり良好な状態を保ちます。しかし、ある日、治療者の元に彼女から一通の手紙が来るのでした。夫と、とり返しのつかない争いを起こしてしまった、という内容の手紙です。催眠術による治療は有効であったが、このケースでは、約1年間しか効果が続かなかったようです。

(同27頁より)
 大変な喧嘩、そのあと夫も妻も逆上して、もはや二人の関係もこれまでだと宣言しあった。ラルフはすぐ一人で家に帰り、妻があとで衣類や自分の品物をとりにくるのを待った。

 彼女がもどってくると、態度がまるで変わっていた。夫は、妻のほほえみ、やさして声のちょうしにびっくりしてしまった。彼女は、何事もなかったかのように、夫の頬に軽く接吻し、いつものとおり家の中の仕事をやりだした。彼女の行動に当惑をおぼえながらも、夫は妻の態度に心がやわらぎ、妻が、あの時のはげしい憎悪と破局的な意向を何かの考えでひるがえしたのだろうと思って気をやすめた。今さらあの喧嘩のことを持ち出して危機をおしすすめるべきではないと考えた。それからの数日、家庭は平和にあふれ、夫婦の間柄はこれまでにないようなものであった。

 するとある日の夕方、旅行に出かけるつもりか、スーツケースに物をつめている妻を見つけた。彼女は冷静で、事務的で、そして軽く微笑していた。夫は何気なく、なぜ旅行の支度をするのかと妻に聞いた。

 「なぜ……?私、フローのところへ出かけるのでしょ?」

 彼女は、夫の質問にびっくりしたような表情で答えた。夫がなぜそんなわかりきったことを聞くのか彼女はとまどっている様子であった。悲劇的な終わり方をした先ほどの旅行は、じつはこのフローのところを訪ねたことであった。

[中略]

 「おい、何をバカいっているんだ。君のフローを訪ねる旅行はもうすんだじゃないか!」と夫は声を荒げて妻をなじった。彼女はただ呆然とするだけであった。

 治療者との面接でも彼女は、納得がいかない、フロー夫妻を訪ねて数日を過ごしたことも、あとから夫が来たことも、全然覚えていない、と言いました。これはひどい記憶喪失だと思った医師は、再度彼女に催眠術をかけることにします。すると、フロー(従姉妹)と仲良く数日を過ごしたことを明瞭に思い出すことができるのでした。しかし、 夫との口論の原因については、なぜか曖昧なことしか言えず、おかしなフシも見られました。

 治療者は、面接をしているときの彼女の穏やかな態度と、夫の述べる、喧嘩の際の彼女のはげしい行動との間に辻褄の合わないものを感じ取ります(夫の証言は、その口論の場に居合わせたフローの夫に会うことにより誇張でないことが証明されていました)。その後、治療者との面接により少し自信を取り戻した彼女は夫に伴われて帰っていくのですが、直後に手紙が届きます。それも、未完の手紙であり、途中で突然、筆跡と内容が変わっている手紙なのです。その変わり様は、子供がイタズラ書きしたように、同一人物が書いたとは、とうてい思えないようなものなのでした。この手紙を受け取り、医師は様々な可能性を模索します。

(同36頁より)
 これまでイブ・ホワイトはいつも変わりなく慎重で実直な人柄であって、几帳面なくらい誠実な女であった。その真面目な彼女が、正気でこんないたずらをするとは、とうてい考えられない。とすれば、コロンビア市の従姉妹を訪問したときの健忘発作という事実と考えあわせて、この場合も、それに似たようなごく短時間の夢遊病、あるいは遁走(フユーグ)が発生したのかもしれない。それが医師のいちおうの説明であった。


 この手紙の一件から一週間もせず、著者は、今度は夫であるラルフから連絡を受けることになります。彼女が、今度は夫に相談なしに町に行き、非常に高価なドレスをたくさん買い込んできたという。それで急遽、翌日に面接することになるのですが、会うと、また彼女はそのことについて何も知らないと言います。彼女は、夫の怒りを(誤解を?)解けずにいる、子供も失うかもしれない、そういう不安により地獄にいるように苦しめられている、そう察せられるのでした。

 自分を救って欲しいとすがるような目で医師の方をまじまじと見る彼女。治療者である医師との間に、緊迫した沈黙の時間が生まれます。その時、医師は深い呼吸をし、自分でも何故そうしたかわからないのですが、微かにほほえみます。すると、彼女の意識の中で何かの変化が起きたのか、初めて幻聴の体験を告白するのでした。それまで、彼女の性格もあり告白できないでいたのです。彼女も、幻聴という異常現象から統合失調症(精神分裂病)という重い精神病をイメージし、精神病院に入れられて、二度と外に出られないことを恐れていたのでした。

(同41頁より)
 「もう、何ヶ月にもなります。あの声が聞こえだしてから。めったにしかないのですけれども……」

 ところが、ここ数日はそれがとても頻繁になってきて、いまではどうしても避けることができなくなってきた。聞こえるのはいつも女の声である。誰の声だかどうしてもわからない。が、聞き慣れた声のように思われることが時々ある。その声は軽快な調子のしゃべり方で、時どき下品な言葉を使う−と彼女はいった。

[中略]

 精神病者の幻聴というものは、通例こんなにはっきりした声を聞くものではない。精神病者は、聞きなれぬ声がしゃべるその内容に恐怖を覚えはするが、異常な知覚そのものをとくに恐ろしいと思うことはめったにない。幻聴を聞く精神病者はほとんど一様に、自分の聞く声が現実にある声だと考えている。彼らはラジオとか、レーダーとか、あるいは無限の距離に音波を発射する放射性物質、さらには霊能者の内部に潜む心霊体に、目には見えぬ波動が作用してそうした声が聞こえてくるのだ、と絶対に信じている。

 精神分裂病の患者は、幻聴が精神病の一つの証拠だとはけっして思っていない。幻聴の声が現実のものでないと、いくら説明してやっても、とうてい彼らを納得させることはできないのである。

 これに反して、イブ・ホワイトの反応の仕方はまことに奇妙なものであった。すなわち、彼女は、精神病学の理論としては重症の精神病者にだけしか起こらないはずの幻聴を感じると同時に、それに対して正気で健康な通常人のするような反応を示しているのであった。

 今回は、ここまでの内容で筆を置かせていただきます。全29章の中の、はじめの2章についてのみ触れていったのですが、それだけの内容の中にも、有益な情報が多くあるように私には感じられました。最初は激しい頭痛、そして、意識の喪失を訴えるイブ・ホワイト嬢。脳に問題があるのかというと、脳腫瘍などの異常はないという。そして、夫による証言では、妻の気質が変わり別人のように振る舞うことがあるとのこと。病院にかかるほどの問題を抱えていなくても、気分屋であったり、時として別人のように振る舞う人は、現在の日本にも多く見られるのではないでしょうか。

 その後、頭痛がひどく、日常が惨めで、不思議な夢を繰り返し見るという彼女の訴えにより著者は催眠術という方法よる治療を試みます。その結果、一年間ほど症状は好転するのでした。催眠術というと、私はブライアン・L・ワイズ[著]『前世療法』を連想しますが、ワイズ氏のケースでは、退行催眠により患者の病気の原因になった時期まで記憶を遡ることを試みたところ、患者の生前にまで記憶が遡ってしまい、そこから新しい事態が展開されていくのでした。

 話を元に戻します。治療から約一年後、再び彼女に事件が起こりはじめます。夫からの視点によると、彼女は気質が変わることがあり、癇癪を起こしたり、そうかと思うと、そのことをすっかり忘れていたりする。彼女にしてみたら、頭痛で悩まされる上に、自分がしてもいないことで夫に激しく怒られ不条理に感じるし、気分は沈む。不安にもなる。解決することがむずかしい状態に、彼女たちはおかれているように察せられます。

 著者が再度催眠術による治療を行うと、彼女は忘れていた記憶を大部分思い出すのですが、問題の核心については何故か曖昧なことしか言えません。そして、後になって、彼女が幻聴の体験をしていながら告白できないでいたことが発覚するのでした。彼女は、幻聴が聞こえることにより自分は統合失調症であるのかと疑うのですが、私の場合と同じく、幻聴という症状により統合失調症と診断され、精神病院に入院、二度と外の世界に出られないことをイメージし、彼女はクリニックの治療者である著者にも言えないでいたのです。しかし、ある切っ掛けにより治療者との信頼関係が気づかれることにより、、遂に彼女は告白することになるのでした。

 著者によると、精神病患者の幻聴と、彼女の幻聴との間には明確な差異があります。それは、精神病患者は現実の声と幻聴との区別をすることができないのですが、彼女は幻聴を幻聴だと認識し、現実の声と区別することができるということです。ともかく、彼女のこの幻聴の告白により、治療に関しても新しい展開を迎えることになるのでした。


『私という他人 〜多重人格の精神病理〜』を読んで そのA — 幻聴が聞こえたら

今回も、前回に引き続き『私という他人 〜多重人格の精神病理〜』の内容について触れていきたいと思います。前回、イブ・ホワイト夫人は幻聴の体験についての告白をしました。その後、彼女は精神病と診断されていないことに安心しながらも、娘を手放すことに対する恐れ、夫との問題、などにより神経をすり減らし続けます。そして、頭痛の回数は増え、激しくなり、意識が喪失することも多くなっていくのでした。

 そんなある日、医師が彼女と面接している最中に、信じられないような事件が起こります。彼女に聞こえる「女性の声」が話題であり、その声のことをうまく説明しようとして、彼女が考えあぐねていたときでした。

(本書、第3章「もう一人の女」44頁より)
 彼女の考え込んでいる目の表情が、ほとんど凝視の形をおびてきた。イブは、瞬間、眩暈を感じたらしかった。突然、彼女の姿勢が変化しはじめた。彼女の体はおもむろにこわばっていき、ついに硬直したまっすぐな座り方になった。と、見なれない、わけのわからない表情が彼女の顔をサッとかすめた。が、次の瞬間にはそれも消えて、完全な無表情となった。容ぼうのあらゆる線が、ほとんど認められないくらいの、さざ波が立つような変化で移っていくように思われた。しばらくのあいだ、何かひじょうに計り知れぬ神秘的な表情がそこにただよっていた。両目を閉じ、彼女は両手をコメカミにやり、そこを強く押さえ、急激な痛みと闘うように交互に上下へひねりながら、顔をしかめた。かすかな震えが彼女の体全体を通り過ぎた。

 それから−両手は軽くおろされた。そして彼女の姿勢は、医師がこれまでこの患者について目撃したことのないゆったりとしたものに、たわいなくほぐれていった。青い目がぽっかりと見開いた。すばやい大胆なほほえみ……。

「ハイ!……そこなの、先生(ドック)!」

 人格が交代する瞬間の描写についての記述になります。イブ・ブラックという未知の人格が、イブ・ホワイト人格と交代して医師の前に初めて現れたのでした。記述から、喋り方が変わっているだけではなく、姿勢なども変化していることが理解できます。

(本書、第3章「もう一人の女」49頁より)
 ここでもうすこしくわしく、この新しい幽霊の女と、消えさったイブ・ホワイトとの外見上のちがいを説明しておこう。あの平凡なイブ・ホワイトが、内気な稀に見るしとやかさと節度とをわきまえた女性であるのにたいし、新しく出現したこの女は、子供のようにものおじしない気質、エロチックでいたずらっぽい流し目、滾々と湧き出るような活力、遊びを求める貪婪な意欲などが特徴であった。このまるで屈託のない女は、イブ・ホワイトとその悩みを、人ごとのように口にし、イブ・ホワイトを指すのに「彼女」という三人称を用い、自分自身とのあいだにはっきりとした境界線をもうけていた。

(中略)

 二人の女性のあいだの数えきれないほどのちがい−態度、物腰、表情、姿勢、反射の度合い、視線、眉のかたむけ方、目の動き、そういったもののすべては、たしかにこの女が全く別人であることを主張しているかに見えた。だが、そうした差異が実際何であるかと正面きって問われると、まったくどう返答していいかわからなくなるのであった。

 二つの人格の間には数多くの異なる特徴があり、例え同じ肉体を共有しているにしても、同一人物であるようには感じられないし、その差異をうまく解釈することができない、ということです。つまり、ある人が二重人格者と会い両人格と接した場合、それぞれ別の人と会ったように感じるのですが、それが何であるのかよく理解できない、そういう状態です。二重人格という症例は、精神科医もめったにお目にかかるものではなく、その解釈に著者自身が非常に困らされるのでした。

(本書、第5章「二重人格−その人格交代に直面して」87頁より)
 多重人格はしばしば、ヒステリーの一形態だといわれる。これまでに報告されたケースでは、たしかに、意識の分裂を示すとともに、転換ヒステリーの古典的なまちがいのない症候を示しているものが少なくはなかった。誰でも知っているように、ヒステリー患者はひじょうに暗示にかかりやすく、芝居がかった行動をする。こうしたヒステリー患者が、自分はいますばらしいものを発見しつつあると思いこんでいる医師の熱心な呼びかけに答えて、凝りに凝った、信じられないくらいの仕草をやってのけ、観察者の期待にそうような、いや観察者の想定を上まわるような変貌を見せるであろうことは、想像にかたくない。

 読者も見聞きされただろうが、およそ薄気味のわるい怪奇な現象−たとえば空中浮遊だとか、死者との通信だとか、物理的な力が働いていないのに物が動くとか、遠隔の人と会話をするとかいう現象−は、むかしは「騒ぐ霊(ポルターガイスト)」の仕業だと思われていたのだが、今日でも、相当の学識ある人でさえ、これを死者の心霊によるものだと信じているようである。ところがよく調べてみると、術者はたいてい、じつは悪意のないヒステリー症の少女か何かなのであって、彼女をあやつる黒幕の人物の命令するままに、無意識のうちに行動し、演技が度重なるにつれてますます芝居がかり、神秘性をおび、ついには信じがたいまでの「奇跡」をやってのけるにすぎないのである。

 多重人格の解釈について書かれていますが、ヒステリー症の一形態だといわれることが多いのだそうです(本書が執筆されたのは1958年です)。また、著者は、ポルターガイスト現象について、黒幕の人物に操られたヒステリー症の少女か何かが引き起こしている、との解釈をされています。

 私は、そういうことも多くあるのかなと感じます。もう、心霊的な世界には怪しげな山師が多数潜んでおり、詐欺的な行為を多くしてきたために信頼性を失っているという現状があるように感じるからです。そのことも一因となり、学識ある人々の多くは心霊的な世界について語ることを嫌がるのではないでしょうか。つまり、物欲に囚われているような人間は、精神的な世界について語ってはいけないということです。特に、金儲けや虚栄心のために精神世界・心霊的なものを利用してきた人々が少なからずおり、結局は、そういった行為が心霊的なものの信頼性を低めてきたのでした。

(本書、第6章「孤独な魂の記憶」99頁より)
 だが、いま直面している患者は、ありきたりの精神障害とはまったくちがう。私たちは二十年近く、共同で精神科クリニックを経営してきたのだが、イブ・ホワイトのようなユニークなケースに出会ったのは、これがはじめてである。この患者は無数のむずかしい問題を提起し、いかなる不測の可能性を秘めているかもわからない希有のケースである。

 精神医学の教科書ではしばしば、二重人格はヒステリーという周知の名称のもとに、他の意識分離症といっしょに分類されている。だが私たちには、この患者をはたしてヒステリーの分類に入れていいかどうか自信がなかった。彼女がはたしてヒステリーに共通なありきたりの反応を示すかどうか疑わしく思った。この患者には、私たちの知識の限界をはっきりと自覚させる何かがあった。人間という統一体あるいは人間の生命という小さな核的事実をとりまいて、そこに広がる無限の神秘性についてわれわれの知識がいかに乏しいか、そしてまた精緻な精神病理学の諸理論がいかに疑わしく、頼りないかを思い知らしめる何ものかがあった。

 著者は、このイブ・ホワイトのケースを、ヒステリー症として分類していいかどうか悩みます。著者の知識を超えるものが現状としてあり、自分たちの力の限界を自覚させられたからでした。

 心霊的な知識からは、このケースを霊魂の交代だと解釈しすることができます。霊魂が交代する。だから、肉体以外の部分は全て交代する。そういう解釈になりますし、著者は、それを無限の神秘性として感じられているのではないでしょうか。また、心霊的な精神病の解決方法として、霊媒に霊を憑依させて解決していく、というやり方があり、そのことについては後述します。

(本書、第6章「孤独な魂の記憶」110頁より)
 観察期間中、彼女には多い隠された、あるいはごく初期の、精神分裂病の徴候はなかった。また分裂病質傾向すら全然見られなかったということを、とくにここで強調しておきたい。よく、一件常人であって、行動も言語も非の打ちどころのない合理性をもっていながら、その内側の奥深い個所にきわめてかすかな分裂病的な異常さが隠されており、何かのはずみに察しても、彼女の動作、姿勢、その他いっさいの外部に現れる部面で、おかしな気味のわるい徴候などは毛筋ほども見られなかったのである。

 彼女には、多重人格といわれる人格の交代は起こっていたが、現実と幻覚を混合するといったような一般的に統合失調症患者に見られる傾向はなかった、ということです。

(本書、第7章「意識がとぎれた間」131頁より)
 イブ・ホワイトと対座しながら、治療者は静かに、イブ・ブラックの名を呼んだ。そして、何も知らないこの患者に、直接に話しかけてくれと、医師は要求した。

 反応はただちに、しかも印象的に表れた。イブ・ホワイトの顔は、突如として表情を失い、中略。すべての表情と感情とをはぎとられた空白の一瞬がすぎて、その顔には、原始の驚きともいうべきむきだしの感情が表れた。そして寸時の沈黙ののち、彼女の相貌は、またいつもの静かな落ち着きをとりもどした。かすかな、聞き取れぬほどのため息を一つもらし、彼女はおもむろに、ささやくようにいった。

 「……ありえないことですわ」

 患者の心は深部から揺すぶれ、乱された。彼女の医師はその午後ずっと彼女につきそってやらなければならないと思った。彼女の感情が、この不気味な、恐ろしい自己了解に順応していくように、できるだけ彼女を力づけてやらなければならないと思った。

 これは、著者とイブ・ブラックがあらかじめ話しあい、イブ・ホワイトにもう一つの人格(イブ・ブラック)の存在を知らせるため、彼女にその声をわざと聞かせたのでした。それは、イブ・ホワイトにもあらかじめ説明してから、意識の奥の方からイブ・ブラックが語りかけたわけです。

 イブ・ブラックの方は、イブ・ホワイトの考えていることがわかるといい、その存在を以前から知っていました。しかし、イブ・ホワイトの方は、それまでイブ・ブラックの存在を全く知らなかったので、著者は、その存在を知らせることが治療の役に立つと考え、彼女に幻聴(イブ・ブラックの声)を聞かせたのでした。

(本書、第9章「第二の人格はいつできたか」160頁より)
 私たちは、イブ・ブラックとの対談で、彼女がイブ・ホワイトの幼少期からずっと独立の生活をもっていたと聞かされて、驚くとともに、その真実を疑った。イブ・ブラックなるものが、患者のここ数年経験した破壊的な情動ストレスから生まれた産物らしいと推測していた私たちは、これをまた例のイブの誇大な作り話の一つではないかと思っていた。彼女は、二十年前、あるいはそれ以前の挿話を、隠しだてせずに語った。みんな、彼女が出現した話で、いたずらをしたり、両親のいいつけに従わなかったというような話ばかりであった。

(中略)

 私たちが両親と面談するにおよんで、イブ・ブラックの語った挿話のあるものは、両親その他の家族の証言で、これを裏づけることができた。(中略)。両親ともイブ・ブラックが私たちに話したことのあるいくつかの事件を記憶していた。

 イブ・ブラックは二十年前から記憶をもっており、その記憶が両親の証言で裏づけられた、とのことです。これはイブ・ホワイトにとっては、信じられないような、恐ろしいことではないでしょうか。自分の知らないところで、自分のことを知っていて、考えていることもわかる人格(霊魂)がいたのですから。しかも、イブ・ブラックの場合は、時どき肉体に表面化しては問題を引き起こし、後始末はイブ・ホワイトにとばかりに、責任は取らずにまた奥に引っ込んでいくのでした。こうなってくると、興味は、どうしてこのような事態になったのか、どうしたら問題が解決するのか、という方に移ります。


(本書、第10章「自殺願望」176頁より)
 ごくはじめのころの面接で、イブ・ブラックはこういうことがあった。彼女の中のイブ・ホワイトの記憶(memory)が、ごくわずかの時間ではあるが、ひどく妨げられることがあった。それは、イブ・ブラックの支配がなおつづいていながら、しかも彼女の交代人格が必死にもがきでようとするので、意識にありつこうとする両者の争いがはげしくなり、いっときどちらが勝ちをしめるかわからないようなきわどい一時期に、そのような記憶の妨げが起こるということができる。いつもできるとはかぎらないが、時々はできる、といった。しかし、これをするには、かなり不快な努力がいるので、めったにそうはしないのだという。

 恐ろしいことに、イブ・ブラックにはイブ・ホワイトの記憶を妨げる能力があるのでした。イブ・ブラックの場合は、滅多にそういうことはしないとのことでしたが、もしも、そういう行為ばかりするとなると、「『霊感者スウェデンボルグ』にみる幻覚の心霊的解釈」における、憑依霊と同様の行為をしている、より悪質な霊であるということになるのではないでしょうか。

(本書、第11章「誰にも本当のことは言えない」188頁より)
 「偽善者」という言葉がある。その人の主張、自負が、実際の行動とあまりにくいちがっている場合、彼は「偽善者」といわれるのだが、そのくいちがいが極端な場合は、彼は「二重の人生を送っている」といわれる。

 このように、意識からしりぞけられシャットアウトされた傾向、態度、性質が、その人の心の内奥に、気づかれぬまま一つの潜在能力として存在し続けるという説は、けっして根拠のないものではない。かく、意識からしりぞけられ分離されたものが、何かのきっかけで動員され組織化され、ついには一つの目に見えるものとして表面に表れてくる−それがいわゆる二重人格の中の第二の人格であると説明されているわけである。

 この考えにもとづけば、治療の道はおのずから明らかであろう。すなわち、二つの人格相互認知をすすめてゆき、最終的な再統合へもってゆくということである。かくて、数十ヶ月にわたり、おのおののイブを一歩一歩その幼児期までたどっていかせるという努力がつづけられた。

 何らかの原因により、一つの肉体に二つの人格が宿るという状態になり、片方は真面目で、もう片方は不真面目なのでした。そして、時どき、不真面目な方の人格が肉体を支配しトラブルが起こる、という構図になります。著者は、人格が分離した幼児期まで記憶をたどること、そして、二つの人格の相互認知をすすめることが、この問題を解決する治療方法であるといいます。

 「C.A.ウィックランド著『精神科医ウィックランド博士の迷える霊との対話』」にみられるように、精神病の心霊的な治療方法として、精神病患者に取り憑いている憑依霊を霊媒に憑依させ、霊能者(この場合は精神科医)がその憑依霊と対話することにより、解決を探る(病気を治していく)というやり方があります。実は、このイブ・ホワイトとイブ・ブラックのケースについても、これら心霊的なケースとの類似性が見られるのでした。肉体を支配している主人格(この場合は、イブ・ホワイト)に対して、非協力的(この場合は、イブ・ブラック)であったり、攻撃的な他人格がおり、主人格が苦しめられるという構図がそうです。そして、そういった不満分子の理解を得ることが、問題解決のポイントであると考えられています。

(本書、第13章「内向を深める性格、外向に走る性格」217頁より)
 しかしながら、ミス・ブラックのロールシャッハ・テストが、私たちが依頼した臨床心理学者によって、「ホワイト夫人のそれよりはるかに健全である」と解釈されたことは注目に値する。この臨床心理学者によれば、イブ・ブラックの記録はヒステリー傾向が顕著であるのに対して、ホワイト夫人には、「しめつけられている感じ、不安状態、強迫神経症傾向」が見られるという。(後略)。

 これは、現代人の生き方の違いにも通じる両人格の間の差異になります。抑制的で大人しい性格のイブ・ホワイトよりも、開けっぴろげで我慢を知らないイブ・ブラックの方が、精神的には健康であるということです。

 現代の日本にも、流行を追い、クラブに踊りに行き、乱痴気騒ぎが大好きで、大した向上心もなく日々を生きているA君と、本を多く読み、勉学に打ち込み、倫理・道徳的な生活規範で自分を縛り、目標を持ち日々生きているB君がいます。私は大体はB君でありたいと思っていますが、実は、精神的にはA君の方が健康的であるといわれています。A君はストレスを感じない生き方をしているのに対して、B君は、自分をより向上させるためにストレスを溜める生活をしているからです。

 では、みんなA君のような生き方をするのがいいかというと、私は決していいとは思いません。B君のように目標を持ち努力し、時には、人の道に外れない範囲内で羽目を外し、ストレスをうまく処理して生きていくことが、最良の方法ではないのでしょうか。つまり、バランス良く生きていくことが大事であるように感じます。

(本書、第13章「内向を深める性格、外向に走る性格」219頁より)
イブ・ホワイト
 つつしみぶかく、控えめで、ある点では聖女に近い。
 顔は静かな甘美さを示す。休んでいるときの表情は悲しみをじっと噛みしめているといったふうである。
 声にはいつもやわらかでなだらかな抑揚があり、つねに、ひときわ女性的な抑制に支配されている。

(中略)

 過酷な環境に苦しみ、悲劇に恐れおののき、そうした中でわが子を守りぬこうとする健気な努力は非常に印象的であるが、本質的には破れやすいものであるだけに、いいようのない悲壮感を誘う。はたから見て、いまの環境にやがて圧しつぶされるのではないかと、ハラハラさせられる。
 ナイロンに対するアレルギーはない。

イブ・ブラック
 どう見ても、パーティ・ガールで、抜け目がなく、子供のように見栄っぱりで、自己中心的である。
 顔はピクシーのようで、目は、いたずら小僧が瞳の奥からのぞいているように、躍っている。
 表情は変化しやすく、いつも何かおもしろいことがしたくてたまらないといった衝動的な光をただよわす。目つきはカゼのごとく移りやすい。顔には悲壮のかげがまったくない。時どき子供のあどけなさを見せるが、ほんとうは、それは表面だけの無邪気さである。
 声はすこししわがれている"ディスカルチュアな"(本人の住む文化的枠組みから逸脱した)ところがあり、陽気さと、相手をなぶるひびきがある。

(中略)

 およそ思索的などではない。真剣になることは、彼女にとっては、退屈なバカバカしいことである。男はこの女を見るとすぐおもしろい女だと感じ、人好きのする女だと思うだろう、そういう魅力がある。つまらぬ日常経験の細かいことまで、異常な好奇心で観察しようとする。そして不思議にも、「じわじわとくる外部世界の汚濁が伝染してこない安全地帯に引っこんでおり」、あらゆる精神的苦悩と悲哀とから離れて安泰である。
 彼女の皮膚は時どきナイロンによってジンマシンを起こすと本人がこぼしている。だから「出ている」ときは、靴下を長時間はかないようにしている。


 イブ・ホワイトとイブ・ブラック、両者の性格の違いについての記述になりますが、これはもう、完全な別人だということがわかります。そして、イブ・ブラックは20年前からの記憶があるといいます。それでは、なぜ、その時からの記憶があるのか、ということが疑問として生まれてくるのです。そして、両人格の間の相互理解がこの症例の解決策になると著者は考え、その方向での治療が行われていきます。この、両人格の相互理解が達成されたら、症状は好転するのか、どういう結果を招くのか、非常に気になるところです。

 わたしは、この両人格を心霊的に霊魂であると考えていますが、何らかの事件が二十年前に起こり、それまでは一つであった人格なり魂が、二つに分かれたのではないかと考えている点において、精神科医である著者の解釈と何も異なるところはありません。

 丁度、太陽のように一つの丸い球体が、ヒョウタンのような形状を経て、二つの球体に分かれるような感じに分かれたのではないかとイメージしています。そして、片方の真面目で責任感のある霊魂(人格)が普段は肉体を支配し、もう片方の不真面目な方の霊魂(人格)が奥の方に引っ込んでいたということになります。両者は分裂する前はバランスのよい人格であったが、分裂時に、「真面目で病的な人格」と「不真面目で生き生きとした人格」とに分かれた、と考えることができます。

 また、別の話になりますが、この本の内容について考えていて、クローン人間を連想することがありました。クローン人間とは、ある人間と遺伝子配列が全く同一の複製人間のことです。一人の人間にさえ、複数の人格が存在することがあるというのに、それが、クローン人間ではどうなるのか。イブ・ホワイトの肉体のクローンを作成したら、そのクローン人間にもイブ・ホワイトとイブ・ブラックという二つの人格が宿るのでしょうか。非常に興味深い点だと思います。

 それでは、今回は以上の内容で筆を置かせていただきます。



『私という他人 〜多重人格の精神病理〜』を読んで そのB — 幻聴が聞こえたら

今回も、前回からの続きを書いていきたいと思いますが、少々お伝えしておかなければならないことがあります。題名にある通り、H・M・クレックレー著『私という他人 〜多重人格の精神病理〜』を読んだことが、今回の連載を書き始めるきっかとなっています。

 しかし、現在、たった一冊の本を読んだことにより多くのことを理解したと考えることは浅はかであった、と実感している次第です。どういうことかといいますと、先日、酒井和夫著『分析・多重人格のすべて』l(リヨン社)という著書を読んだのですが、これが非常に勉強になる本でした。そして、『私という他人』についても多くの頁数が割かれており、私の認識が改められるとともに、今回の連載の締めくくり方に関してかなりの路線変更が必要であることが判明したのでした。そのことをご了承いただけますよう、お願いいたします。

 以下、『分析・多重人格のすべて』内、「私という他人の要約」の一部からなります。

本書「多重人格のはじまりの物語」67頁より
 面接を進めるにつれて、イブ・ブラックは患者が流産した時からではなく、患者の幼児期からすでに時々出現していたことが明らかになった。そして、記憶の奥に眠る<陶器の青いコップ>のことが語られるようになった。

 ところが、今度はイブ・ホワイトの頭痛が再び悪化し、第三の人格であるジェーンが出現したのである。
 ジェーンは、二人のイブの中間物というべき人格で、円熟した、奥行きのある人格であった。ジェーンは以前の記憶はなく、まさにゼロからの出発であったが、どんどんと奥を自分のものとし、三人の人格の中で大きな地位を占めていった、そして一人の肉体をこの三人が共有する混乱のなかで、患者は夫との離婚を決意したのだった。

 くり返される面接のなかで、セグペン博士が催眠下で<青いコップ>のことについて探索するにつれて、あの見栄っぱりのイブ・ブラックが涙を流し、「私の形見に赤いドレスを持っていて」と懇願した。そしてイブ・ホワイト、ジェーンが出現したところで患者は両手でこめかみをおさえ、いきなりバンシー(恐ろしい泣き声で家人の死を予言する女妖精)のような悲鳴をあげる。

 そして第四の人格であるエブリン・ホワイトが誕生したのである。

 エブリンは幼児期に<青い陶器のコップ>で遊んでいた時に母に呼ばれ、祖母の葬儀に参列し、祖母の死顔に触るという儀式を強要されたことを思い出した。

 そして、この瞬間に一つの新しい人格が溶接されたのである。

 その後の変化は、「分裂していた人格が融合してしまったあと、彼女自身が見いだした個性を形成していく過程」であり、やがてエブリン・ホワイトはアール・ランカスターという男性と結婚し、ようやく幸福な人生を手に入れるのである。

 このようにこの物語は、三人の人格が一つの肉体を共有するという混乱した状況から、人格の分裂の根本的な原因である、祖母の葬儀での外傷体験を想起することによって人格の統合が得られたというハッピーエンドなのであるが、現実は少し違っていた。

 以上。要約より。イブ・ホワイトの症状について、やはり幼児期に原因があったのでした。解離性同一性障害(多重人格障害)の発症の原因の多くは幼児期の性的虐待による心の傷であり、退行催眠により原因となった事件までさかのぼり、再体験することが治療に有効だといわれています。イブ・ホワイトのケースでは、葬儀の際に祖母の死に顔に触ることを強要されたこと、それが発症の原因であり、治療の過程で退行催眠を行い事件を再体験することにより、人格が統合してハッピーエンドになった、と『私という他人』においては記述されています。

 しかし、後になってから、『私という他人』の内容は、実際の現実とは違っていたことが明らかにされました。それは、イブ(クリス)自身と、彼女のよき理解者である従姉妹・そして心理学者でもあるエレン、による共著『私は多重人格だった(私はイブ-ある多重人格者の自伝)』によって明かされるのでした。本書は、イブの真実の姿を正確に描こうとしたものであり、彼女は良くなっていなかったのです。実際は、第三の人格であるジェーンが自分が消えゆく危機に際して自殺を図り、盲目のレディが登場したのでした。そして、再度、頭痛と人格変換の日々が始まります。このような過程のなかで、イブは少しずつ自分自身を統合していったのでした。

 つまり、治療者であるセグペン博士とクレックレー博士は、無意識のうちに中立性を失い、その著作は少なからず主観的な内容になってしまっていたということです。イブは著作の最後で「48年もして初めて私は自由になった」と宣言しますが、『私という他人』の内容(ハッピーエンド)とは全く矛盾した宣言です。

 セグペン・クレックレーの両博士は、イブの人格を統合させて、それで治療が終わった、問題は解決されたとしたのですが、実際の彼女は、その後も苦しみ続けたわけです。では、どうすれば解離性同一性障害(多重人格障害)は解決するのか?治療するためのプロセスについて、『分析・多重人格のすべて』から抜粋して見ていきます。

本書「多重人格の治療」215頁より抜粋(箇条書き)
@多重人格の治療には、二つの異なった側面からのアプローチがある。

A一つは精神分析療法だが、その治療効果は疑わしい。

Bもう一つは催眠法であり、数年にわたる根気よい治療が必要である。

C催眠とは解離状態を作り出す技術であり、解離することは否定的な側面ばかりではない。自己の痛みを解離することにより、生存の役に立つ。解離状態は、無意識の扉を開くための重要な鍵なのである。

D多重人格の原因は、幼児期からの無数のトラウマになっている出来事に対する、本人が知らずに行っている防衛のメカニズムにある。

Eそれに対して、催眠は解離状態を人為的にコントロールする技術。

Fマッピングとは、さまざまな人格が個性と悩みを抱えているが、それぞれの人格と人格の関係、人格の特性を、あたかも地図を作るように配置し、一望できるようにすること。複雑な関係を整理する作業は、精神内界の探求の糸口になる。

Gマッピングが可能になる条件は、催眠なしで出現する人格たちと良好な関係を築く、それらの人格をあるがままに認め受け入れる、このことにより、各人格は安心して治療者と接触できるようになる。各人格に対して、普通のカウンセリングの技法で接して治療を行うことも可能であり、それは望ましいことだ。

H患者の許可がない限り、決して入ってはいけない部屋を心の中に創り、確実なものにしていく。

Iマッピング以降、患者は幼児期から思春期迄のつらい体験の再体験が求めれるが、そんなときにも、心の中に安全な部屋を持っていれば、「いつも安心して帰っていける場所」として、新たな傷を受ける可能性を最小限にできる。

J全人格に「自己催眠」を学んでもらい「自分をリラックスさせる技法」を会得してもらう。それは、ある人格から別の人格にスイッチすることを自分の意志で出来るようになる基礎的な訓練になる。このような心を守る方法を身につけてから、本格的な治療をはじめる。

K感情の再体験をする。ありありと当時の状況を想い出して、その時の感情をその時のままに感じ取る経験をすること。心の古傷をリアルに、現実のものとして再体験することは、その傷を取り除く上で、とても重要になる。傷を更に深くすることを避けるため、最初は催眠下で比較的強い人格に軽度のトラウマを再体験するように試みる。催眠下の想起で歯の治療を想い出させれば、現実に痛みを伴って想い出すことが可能。同じように、催眠下で、思春期に出会った不快な記憶を想起させると、実際にその時の不快−苦痛な感情を経験し「解放」される。

L多重人格の成因の仮説によれば、幼児期の性的虐待のような避けることのできなかった、自分の力ではどうすることもできないような経験を直接感じなくてすむように、人格を解離させて、自分を守ってきたのである。しかも各人格はそれらのつらい出来事を忘れている。そこで、人格のなかで比較的自己のコントロールをする力の強い者を選んで、治療の出発点にし、その人格を鍵として治療を行う。

M人格同士の友好関係を強化し、多くの記憶を共有させるように、催眠法を用いて変えさせる。どのようにマッピングを変化させたら、最も安全で本来の自己に近くなるかを洞察し、治療に協力する人格を選び、協力させ、それぞれの人格に記憶体験をさせて、それをできるだけ多くの人格が共有するように方向づける。

N人格を融合させようとしてはいけない。多重人格障害を単一の人格とすることは、現実に無理なだけでなく、非倫理的とさえ言える。多重人格であることが問題なのではなく、問題は、それぞれの人格が不幸であり、何らかの傷を持っていて、回復できていない点にある。

 以上、非常に有益な情報であるように感じます。とても印象に残ったのは、治療の目的が分裂した人格の統合ではないということです。そうではなく、分裂してしる各人格の心のケアを行い、お互いの人格相互の理解を深め、治療者に対しても協力的になっていくように促す。そうして、心の中でしこりになっているものを徐々に取り除いて、精神的な健康を取り戻していく、それが目的だということです。

 ところで、病気の治療を霊的に行う場合、大きく分けて二つのやり方があります。一つは、取り憑いている霊を追い払うというやり方です。その霊が障害を引き起こしているので、その場から排除してしまえばいい。そういう考え方によります。そして、もう一つは、取り憑いている霊を諭して、理解・協力を得るというやり方です。治療者である霊能者が、霊と直接話をすることにより、霊を納得させ問題を解決するのです。現在、前者より後者の方が、より高度であり正しい治療の仕方だといわれています。

 それは、悪い影響を与えている霊を追い払っても、なにも根本的な解決にはならないからです。その場から居なくなっても存在していることに代わりはないので、いつ戻ってくるかもしれない。それに対して、霊を納得させるということは、問題が根本から解決されたことになります。

 そして、そういった心霊的な治療のプロセスと本書「多重人格の治療」における治療プロセスの間には、類似性を感じずにはいられないのでした。人格であれ霊魂であれ、治療者に対して協力してもらう、そして、それぞれの人格(霊魂)に相互理解を深めてもらい、しこりになっている問題を解決していく、そういうプロセスを経るという点において非常に似ている点があるのではないでしょうか。

 最後に、私は今回、自分にとっては全く関係のない病気だとばかり考えていた多重人格を扱い、とてもよかったと感じています。それは、非常に勉強になったということです。幻聴とは関係がない話だと思ったら、イブ・ホワイトは幻聴体験をしており、その告白が重要なポイントになっていました。そして、いくつもの人格が登場することにより、心霊的な世界とのつながりを感じさせられました。何より、治療法に関する記述(『分析・多重人格のすべて』)は非常に勉強になるもののように感じます。やはり、本を読むことに得られるものは、非常に多くあるようです。

 それでは、今回で『私という他人 〜多重人格の精神病理〜』についての連載を終わります。
http://www.gennchougakikoetara.com/index.php?id=watasi3


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多重人格者だった恋人の話

僕が実際に体験した不思議な恋愛についてお話します。

三年程前、僕はある一人の女性と付き合っていました。

彼女は僕よりもいくつか年上だったのですが、子供っぽい雰囲気を持つ人でした。
容姿から喋り方、仕草まで全てが幼い子供のような人でした。
今思うと、彼女は本当に子供だったのかも知れません。

付き合い始めた切っ掛けは、偶然にもお互いに一目惚れだったのです。

もちろん、初めて会った日から交際を始めたのでは無く、それから随分経ってから交際が始まりました。

最初はお互いに容姿から好きになったのですが、喋ってみると趣味などの共通点も多く、気が付くと彼女の全てを好きになっていました。

共通の友達がいたのですが、彼女の事を好きな友人がいた為、仲間内では内緒で交際をしていました。

友人に隠し事をするのはいい事ではありませんが、共有する秘密を持つ事でより親密な関係になっていったのだと思います。

極々普通のカップルで相思相愛、何の不満も無くお互いに幸せな日々を過ごしていました。

しかし、ある日を境に信じられない展開になります。

話の始まりは、彼女と付き合って半年ほど経ったある日の事です。
いつものように彼女が夕飯の支度を、僕はその横でお手伝いをしていました。
料理を作りながら二人で仲良く話をしていると…

何が切っ掛けか分かりませんが、突然、彼女は僕の事を忘れてしまったのです。
半年付き合っていて、今の今まで話していて、喧嘩したワケでも無く、唐突に

「あなた誰?」

と真顔で言われたのです。

僕には何が起きたのか理解できませんでした。
何を話しても僕の事を思い出してくれないのです。

何故、自分がここにいるのか?
何故、知らない貴方と料理を作っているのか?

彼女は僕に質問をマシンガンのように浴びせました。

しかし、状況を理解できず混乱している僕に彼女の問いに答える余裕はありませんでした。

最初はイタズラかと思いましたが、少し落ち着いてから順を追って話をしてみると、どうやら本当に僕の事を知らないみたいなのです。

そして、彼女の喋り方や仕草は明らかに僕の知っている彼女では無かったのです。
言うなれば完全に別人でした。

事態を把握できないまま、僕は自分自身の事や僕の知っている彼女の事などを彼女に話す事から始めました。

そして彼女の話を聞いている内に彼女が多重人格である事が分かりました。

今、話をしている彼女は僕の知らない人格の彼女だったのです。

つまり、彼女からしても僕とは初対面なので、まったく知らない人だったのです。
しかし、僕の事を知ったもう一つの人格の彼女はその後も頻繁に僕の前に出てくるようになりました。

これを境にごく普通の幸せな恋愛から現実離れした特異な恋愛に変わっていったのです。

後になって知った事なのですが、彼女は幼い頃に家族から受けた虐待が原因で人格が分離してしまったようです。

本当に極一部の人にしか当てはまらない事なのですが、そういった虐待などの経験を持つ人の中には、通常の思い出を記憶する場所とは別のところに辛い思い出を記憶してしまう人がいるのです。

簡単に言うと辛い事を記憶する場所が別に用意されているのです。

人の人格は経験…、つまり記憶から作られていると言っても過言ではありません。
辛い事を別の場所に記憶すると、その記憶が溜まるにつれて一つの別人格が生まれてくるのです。

言わば同じ一つの身体の中にまったく違う過去を持った二人の人間が存在するようになるのです。

一つの人格は普通の生活を送ってきた記憶しかないので、とても純粋な子供のような性格です。

社会に出すのが怖いほど純粋過ぎる性格でした。

もう一つの人格は、家族からの虐待など辛い事だけを味わってきた人格です。

精神的にはとても強いのですが、やはり辛い現実ばかりを見てきた為に、考え方が曲がった部分も多く、性格はツンツンしていて突っ張った印象を受ける人格でした。

しかし、彼女は自分が辛い思いをしてまで、もう一人の純粋な自分をずっと守ってきたのです。

気の強い人格の彼女は口調もきつく、多少接し辛いところもありましたが、今まで辛い思いをしてきたのだと思うと、僕は彼女のきつい性格を嫌いになる事はできませんでした。

元々はもう一人の自分を守る為に生まれてきた人格なので、きつい口調の中にたまに優しさを垣間見ることもあり、次第にその人格の彼女の事も好きになり始めました。

純粋な人格が妹だとすると、気の強い人格の彼女はまるでお姉さんのようでした。
知識も豊富なので、もしかしたら今まで殆どの時間は気の強い彼女が過ごしてきたのかも知れません。

それほどに辛い時間が多かったと言う事でしょうか…。

出会った頃の僕は、純粋な人格の彼女を好きだったのです。

気の強い彼女は付き合い始めの頃は、僕の前に出てくる事も無かったからです。

次第に僕は両方の人格を好きになっていたのですが、そこで問題が起きたのです。
気の強い人格の彼女が純粋な性格の彼女に対して嫉妬をし始めたのです。

それは僕が純粋な性格の人格の彼女をも好きだったからです。

それに対し気の強い人格の彼女は強く嫉妬しました。

僕にはどっちか一方の人格だけを好きになる事なんてできませんでした。
人格は二人であれ、身体は一つしかない一人の女性なのですから。

その一人の女性を人格によって好き・嫌いと別ける事など僕にはできません。
ただ僕自身もまるで二人の女性を愛しているような、そんな錯覚に陥っていたのも事実です。

そこで僕が導いた答えは二つの人格を一つにする、つまり多重人格を治すという事でした。

ここまで極端に違う性格を一つにしたらどういう人格になるかなんて想像できません。

しかし、一つにする事は今後の彼女の為を考えても必要な事だと思いました。

僕なりに色々と調べたのですが、多重人格と言うのは一度かかると癖になるらしいのです。

最初は辛い事だけを別の場所に記憶する事から始まるのですが、それに慣れてしまうと無意識に辛い事以外の思い出も複雑に記憶する場所を別けてしまうのです。
その場所が増えれば増えるほど人格も増えていきます。

それは彼女にとって日常で差し支えになる事は言うまでもありません。
僕は彼女の人格を一つに統一させる事を決意したのです。

人格を一つにするのに必要なのは、別々に別れた全ての記憶を繋げるという事です。

それぞれの人格から彼女の記憶を聞き出す事から始まりました。

彼女の記憶をたどって行くと、小学生の頃の親の離婚が原因で母親が暴力を振るうようになった事から人格が別れ始めた事が分かりました。
この時期を境に彼女の兄も暴力を振るい始めました。

背後を蹴られ階段から突き落とされたり、沸騰した鍋の中の湯に顔を突っ込まれそうになったりなど…
殺されてもおかしく無い程の酷い虐待だったようです。

本来ならば守ってもらえるはずの家族に殺されそうになるという、とても残酷な話でした。

頼れる相手のいない彼女は鏡の中の自分に相談して自分自身を慰めるようになっていったのです。

そして、鏡の中の自分が今の自分とはまったく違う人格だと信じ込み、その人格に憧れを抱くようになったのです。

当時、小学生であった彼女にはあまりに過酷な環境だったのでしょう。
行き場を無くした彼女は、自分を守る為に徐々に新しい人格を作っていったのです。

まるで鏡の中の自分を現実の存在にするように…。
この話は気の強い人格の彼女から聞いたものです。

純粋な人格の彼女はまったく知らない事実です。

しかし、その事実を彼女に話さなくては症状は改善されません。
純粋な人格の彼女は家族を愛していました。
家族にも優しかった時期があるのです。

それは両親が離婚する前でした。
全ての歯車は両親の離婚を境にずれ始めたのです。

離婚の事や女手一つで子供二人を養って行く厳しさが原因で、母の精神状態はストレスで限界に達していたのでしょう。

優しかった母は子供に暴力を奮うようになり、それまで仲良く遊んでくれていた兄も次第に彼女に対し暴力を奮うようになり、彼女は孤立していったのです。

純粋な人格の彼女はそんな虐待の記憶は無く、優しいお母さん、頼りになるお父さん、一緒に遊んでくれるお兄さんの記憶しかありません。

そんな彼女に真実を語る事は、家族との綺麗な思い出を壊してしまう事になるのだろうと思いました。

しかし、真実を知らないままでは彼女の症状は改善されないでしょう。

彼女の悲しむ顔を見るのは僕もとても辛かったのですが、ありのままを話す事にしました。

家族による虐待があった事から、中には第三者による性的な虐待を受けた話もありました。

その話を聞いた僕も辛かったですが、事実を知った彼女はもっと辛かった事でしょう。

それを物語るかのように、純粋な彼女は気の強い彼女に何度も入れ替わろうとしていました。

気の強い彼女が出てくる度に、僕は純粋な人格の彼女を出すように頼みました。
そういった事を繰り返しながら、ゆっくりとゆっくりと真実を彼女に伝えて言ったのです。

最初は僕の話を信じず、ただ泣くだけだった彼女も次第に信じ始めました。

時間はかかりましたが、最後には全ての事実を彼女は受け止める事ができました。
せめてもの救いが、家族と彼女は既に離縁しているので二度と虐待を受ける事は無いと言う事です。

彼女には身内がいません。

家族と離縁してからは、付き合っていた彼氏と同棲するなどして暮らしていました。

幸いにも彼女はかなりの美貌の持ち主であった為に、男性には困った様子も無く、恋人と別れたとしてもすぐに新しい彼氏を見つけ同棲をする事ができたようです。

中には多重人格の症状に気付いた彼氏もいたようですが、彼女のあまりの変貌振りについていけずに別れた人も多いようです。

治そうと試みた彼氏もいたのですが、結果的には失敗に終わり、精神的な辛さから別れてしまうケースが殆どでした。

その度に彼女は自分の居場所を探さなくてはいけないかったのです。
そういった不安定な生活が彼女を苦しめたのは言うまでもありません。

記憶の糸を繋げていくにつれて彼女に変化が表れ始めました。

今までは一人の人格が出ている時はもう一人の人格は暗闇の中に閉じ込められて身動きが取れないような状態であったようですが、症状が改善するにつれてその暗闇が無くなっていったのです。

暗闇が晴れる事によって、一人の人格が今何処にいて何をしているか、もう一人の人格が認識できる状態になったのです。

少なくともこれからは、それぞれの人格で記憶が違ってくる事は無くなったのです。

それから毎日のように彼女の記憶が分離しないように、一日の終わりに今日は何をしたかなど詳しく聞くようにしました。

普通の人には簡単な事でも彼女のように記憶障害を持つ人にとっては、一日全ての行動を正確に思い出す事は容易な事では無いのです。

それでも日が経つに連れ、彼女の症状が次第に良くなっていくのが分かりました。

そして、暫く経ったある日…。
ついに彼女の中の二つの人格が一つになる時が来たのです。

これほど突然に多重人格の症状に終止符を打たれるなど思ってもいませんでした。
もしかしたら、彼女の中の暗闇が取り除かれた時から、いつでも多重人格を治せる状態にあったのかも知れません。

あとは彼女の決意次第だったのでしょう。

彼女の話によると、多重人格を治すにはどちらかの人格が今後の人格のベースになる必要があるようなのです。

つまり、どちらか一方の人格は完全に消えてしまうという事です…。

もちろん、僕にはそれを選ぶ事はできません。
もし選ぶ事ができたとしても、僕には答えは出せなかったでしょう。

消えてしまう人格にとっては、それは永遠の眠りなのです…。

僕は二つの人格を共に同じくらいに好きでした。

二人の人格を愛していた僕にとって、どちらが選ばれるにせよ、それを受け入れる事ができそうにありませんでした。

僕の心の準備も出来ていない内に

「消えるのは私の方だよ。」

と、気の強い彼女が言いました。

気の強い彼女が今まで見せた事のないくらいに悲しい顔をしていました。
今思うと、彼女自身、どちらの人格がベースになるかなど選ぶ事はできなかったのでしょう。

ただ、僕に気を使って…、まるで彼女自身の意思で消える事を決意したかのように…

そう演じようとしていたのではないでしょうか…。

元々、彼女は純粋な人格を守る為に生まれてきた人格です。

自分の存在意義から残るのは自分じゃない…、そう自覚していたと思います。
僕は彼女との思い出など絶え間なく話し、最後の時間を過ごしました。

絶え間なく話しをした事は、彼女の気を紛らわす為でもありましたが…

何よりも、話を止めたら、すぐに彼女が消えていなくなってしまいそうだったからです。

彼女は何も言わずに話す僕の顔を見つめていました。

彼女に僕の声が届いているのか、それさえも分かりませんでした。
それでも僕は話を続けました。

しかし、彼女の意識が薄れていくのがはっきりと分かりました。
意識の限界を感じたのか、彼女は少し笑みを浮かべて

「ありがとう…。」

と、呟きました。
それが彼女の最後の言葉です。

彼女は小さな体を震わせ、大粒の涙を流していました。
気の強い彼女が見せた最初で最後の涙です。

僕は震える彼女の体を包み込む様に抱きしめました。
もっと話をしたかったけど言葉にする事もできず、そのまま静かに抱きしめていました。

本当にこれで良かったのか?
と、僕は何度も何度も自分の胸に問い掛けました。

そんな僕の想いとは裏腹に、彼女は苦しみから解放されたかのよう、まるで生まれたての赤ちゃんの様な表情を浮かべていました。

彼女を苦しめてきた全ての物を心の底から憎みました。
家族から愛を与えられず、虐待を受け、性的な暴行など受け、幼い心に深い傷を負い…。

何が起きているのか、誰に助けを求めてもいいかも分からない。
とても言葉では表せない程に、辛く悲しい体験をしてきたのでしょう。

「もう何も辛い事は無いよ…。」

せめて今だけでも気持ちよく眠りについて欲しいと願いました。

彼女が消えた後、彼女が存在した事を証明するものは何も残りません。

人の死は記録に残りますが、彼女のように人格だけの存在では何一つ記録には残りません。

彼女にとって、それは言い表せない程の孤独感だったと思います。

「体が二つあったらいいのにね。」

時折、彼女が言っていた言葉の意味の深さを改めて感じさせられました。

暫くすると、彼女の体の震えも収まり、彼女は深い眠りについた様でした。
僕は眠る彼女を静かに見つめていました。

このまま目を覚まさないかと思う程に静かに眠っていました。
それからどのくらいの時間が流れたのか、僕には分かりません。
ふと、彼女の体が動いたかと思うと、彼女は目をゆっくりと開けました。
その眼差しは、今まで僕と話していた彼女のものではありませんでした。

目を覚ました彼女は、幼さは残っているものの何処か垢抜けたような、そんな印象を受けました。

気の強い彼女とまではいきませんが、何処と無く大人っぽく見えました。
二つの人格が一つになったようです。
僕も彼女も望んだ結果です。

彼女が生きていく為、そして、僕と彼女が一緒にいる為。
そう信じてやまなかったから、二人で困難を乗り越える事ができたのです。
しかし、人格の統合は想像もしない結末を招いたのです。

一見、今までで言う純粋な人格の彼女なのですが…。
記憶が繋がり全てを知った彼女は、今までの彼女とは大きく違うところもありました。

記憶が繋がる事で人を知り、人を疑う事を覚えました。

人を疑う事は時には必要な事です。
しかし、僕は疑う事を知らない純粋な彼女に惹かれていたのも事実です。
望んだ結果であるはずなのに…、僕は不安を感じ始めていました。

彼女は、僕を含めたこの世の中に対する見方が変わりました。

疑う事を知った彼女が、僕だけ疑わないなどと都合の良い事はありません。
彼女には今まで経験してきた全ての記憶があるのです。

幼い頃にあのような辛い経験をした彼女が、そう簡単に人の事を信じれるはずは無いのです。

二つの人格を一つにすると言う事は二つの人格を失う事…。
そう気付いたのは僕と彼女の関係に終焉が迫っていた頃でした。

僕は彼女の多重人格を治す事に二人の未来があると盲目的に信じるあまり、一つになった彼女にどのような変化が起きるかなど考えもしなかったのです。

一時期は結婚という話も出ていたのですが、次第にそういった話をする機会も無くなってきていました。

そして時は経ち、僕と彼女は別れる事になりました。

別れた事は辛かったのですが、それでも月日が経つにつれ精神的にも落ち着きを取り戻し始めました。

あの時の状況の変化に耐えれる程に、もう少し僕に精神的な強さがあればと悔やみました。

しかし、多重人格が治った事で彼女の為になったのならそれは満足です。

あれから数年の月日が経ちました。

彼女が受けた幼い頃の心の傷は一生背負い続ける事でしょう。
だけど、せめて今は幸せな生活を送っている、そう信じ願います。



_____


 僕の実際に経験した変わった恋愛についてお話します。

2年程前に僕はある一人の女性と付き合っていました。

彼女は僕よりもいくつか年上だったのですが子供っぽい雰囲気を持つ人でした。
見た目も僕の方が断然年上に見られる事が多かったです。

容姿から喋り方や仕草まで全てが幼い感じでした。

よく真夜中に寝ている僕を強引に起こしてコンビニに一緒にアイスを買いに行こうと誘うなど少しワガママな面もありました。

都内でも近くにコンビニの無いところに住んでいるのでバイクに乗って一番近いコンビニまで行ってました。

寝ぼけた頭で二人乗りはちょっと怖かったですが…。(^^;

何だかんだ言っても彼女の事が好きだったのでどんな形であれ一緒に過ごす時間はとても幸せでした。

ワガママな面も含めて僕は彼女の事を愛していました。
最初は偶然にもお互いに一目惚れだったのです。

悪い言い方をすれば顔だけで好きになってしまったのですが喋ってみると趣味などの共通点も多く気が付いたら彼女の全てを好きになっていました。

ごく普通のカップルでお互いに幸せだったのですが,ある事を切っ掛けに意外な方向へ急展開するのです。

その話をする前に言ってしまうのですが最終的には彼女とは別れる事になります。
この事が無ければ彼女と別れる事は無かっただろうとまで言い切る事はできませんが少なくともその要因にはなった事は確かです。

それではその話をしていきます。

話の始まりは彼女と付き合って半年ほど経ったある日の事です。

二人で一緒にいる時に何が原因か分からないのですが、彼女はいきなり僕の事を忘れてしまったのです。

半年付き合っていて今の今まで話していて喧嘩したワケでも無く、いきなり「あなたは誰?」と彼女は言い出したのです。

僕には何が起きたのか理解できませんでした。
何を話しても僕の事を思い出してくれないのです。

最初はイタズラかと思いましたがどうやら本当に僕の事を知らないみたいなのです。

そして彼女の喋り方や仕草は明らかに僕の知っている彼女では無かったのです。
言うなれば完全に別人でした。

事態を把握できないまま僕は自分自身の事や僕の知っている彼女の事などを彼女に話す事から始めました。

そして彼女の話を聞いている内に彼女が多重人格だという事が分かりました。

今、話をしている彼女は僕の知らない人格の彼女だったのです。

つまり彼女からしても僕とは初対面なのでまったく知らない人だったのです。
この事を切っ掛けに僕の事を知ったその人格の彼女はその後も頻繁に僕の前に出てくるようになりました。

これを境にごく普通の幸せだった恋愛から特異な恋愛に変わっていったのです。

後になって知った事なのですが彼女は幼い頃に家族から受けた虐待が原因で人格が分離してしまったようです。

本当に極一部の人にしか当てはまらない事なのですが、そういった虐待などの経験を持つ人の中には通常の思い出を記憶する場所とは別のところに辛い思い出を記憶してしまう人がいるのです。

簡単に言うと辛い事を記憶する場所が別に用意されているのです。

人の人格は経験…つまり記憶から作られていると言っても過言ではありません。

辛い事を別の場所に記憶してその記憶が溜まるにつれて一つの別人格が生まれてくるのです。

言わば同じ一つの身体の中にまったく違う過去を持った二人の人間が存在するようになるのです。

一つの人格は普通の生活を送ってきた記憶しかないので純粋な普通の性格です。
無知すぎる程の純粋な性格でした。

もう一つの人格は家族からの虐待など辛い事のみを味わってきた人格です。
精神的にはとても強いのですが、やはり辛い現実ばかりを見てきた為に考え方が曲がった部分も多く性格はきつい印象を受ける人格でした。

しかし彼女は自分が辛い思いをしてまでもう一人の純粋な自分をずっと守ってきたのです。

気の強い人格の彼女は口調もきつく多少接し辛いところもありましたが、今まで辛い思いをしてきたのだと思うと僕は彼女のきつい性格を嫌いになる事はできませんでした。

元々はもう一人の自分を守る為に生まれてきた人格なのできつい口調の中にたまに優しさを垣間見ることもあり、次第にその人格の彼女の事も好きになり始めました。

純粋な人格が妹だとすると気の強い人格の彼女はまるでお姉さんのようでした。
知識も豊富なのでもしかしたら今まで殆どの時間は気の強い彼女が過ごしてきたのかも知れません。

それほどに辛い時間が多かったと言う事でしょうか…。
出会った頃の僕は純粋な人格の彼女を好きだったのです。

気の強い彼女は付き合い始めの頃は僕の前に出てくる事も無かったからです。

次第に僕は両方の人格を好きになっていたのですがそこで問題が起きたのです。
気の強い人格の彼女が純粋な性格の彼女に対して嫉妬をしはじめたのです。

それは僕が純粋な性格の人格の彼女をも好きだったからです。それに対し気の強い人格の彼女は強く嫉妬しました。

僕にはどっちか一方の人格だけを好きになる事なんてできませんでした。
人格は二人であれ身体は一つしかない一人の女性なのですから。

その一人の女性を人格によって好き、嫌いと別ける事は僕にはできません。
ただ僕自身もまるで二人の女性を愛しているような錯覚に陥っていたのも事実です。

そこで僕が導いた答えは二つの人格を一つにする、つまり多重人格を治すという事でした。

ここまで極端に違う性格を一つにしたらどういう人格になるかなんて想像できません。

しかし一つにする事は今後の彼女の為を考えても必要な事だと思いました。
僕なりに色々と調べたのですが多重人格と言うのは一度かかると癖になるらしいのです。

最初は辛い事だけを別の場所に記憶する事から始まるのですが、それに慣れてしまうと無意識に辛い事以外の思い出も複雑に記憶する場所を別けてしまうのです。
その場所が増えれば増えるほど人格も増えていきます。

それは彼女にとって日常で差し支えになる事は言うまでもありません。
ですから僕は彼女の人格を一つにまとめる事を決意したのです。

人格を一つにするのに必要なのは別々に別れた全ての記憶を繋げるという事です。
それぞれの人格から彼女の記憶を聞き出す事から始まりました。

彼女の記憶をたどって行くと小学生の頃の親の離婚が原因で母親が暴力を振るうようになった事から人格が別れ始めた事が分かりました。
この時期を境に彼女の兄も暴力を振るい始めました。

背後を蹴られ階段から突き落とされたり、沸騰した鍋の中の湯に顔を突っ込まれそうになったりなど…殺されてもおかしく無い程の酷い虐待だったようです。

本来ならば守ってもらえるはずの家族に殺されそうになるというとても残酷な話でした。

頼れる相手のいない彼女は鏡の中の自分に相談して自分自身を慰めるようになっていったのです。

そして鏡の中の自分が今の自分とはまったく違う人格だと信じ込みその人格に憧れを抱くようになったのです。

当時、小学生であった彼女にはあまりに過酷な環境だったのでしょう。

行き場を無くした彼女は自分を守る為に徐々に新しい人格を作っていったのです。
まるで鏡の中の自分を現実の存在にするように…。

この話は気の強い人格の彼女から聞いたものです。
純粋な人格の彼女はまったく知らない事実です。

しかしその事実を彼女に話さなくては症状は改善されません。
純粋な人格の彼女は家族を愛していました。
家族にも優しかった時期があるのです。

それは両親が離婚する前でした。
全ての歯車は両親の離婚を境にずれ始めたのです。

離婚の事や女手一つで子供二人を養って行く厳しさが原因で母の精神状態はストレスで限界に達していたのでしょう。

優しかった母は子供に暴力を奮うようになり、それまで仲良く遊んでくれていた兄も次第に彼女に対し暴力を奮うようになり彼女は孤立していったのです。

純粋な人格の彼女はそんな虐待の記憶は無く優しいお母さん、お父さん、お兄さんの記憶しかありません。

そんな彼女に真実を語る事は家族との綺麗な思い出を壊してしまう事になるのだろうと思いました。

しかし真実を知らないままでは彼女の症状は改善されないでしょう。

彼女の悲しむ顔を見るのは僕としても辛かったのですがありのままを話す事にしました。

家族による虐待があった事から、中には第三者による性的な虐待を受けた話もありました。

その話を聞いた僕も辛かったですが事実を知った彼女はもっと辛かった事でしょう。

それを物語るかのように純粋な彼女は気の強い彼女に何度も入れ替わろうとしていました。

気の強い彼女が出てくる度に僕は純粋な人格の彼女を出すように頼みました。
そういった事を繰り返しながらゆっくりとゆっくりと事実を彼女に伝えて言ったのです。

最初は僕の話を信じずにただ泣くだけだった彼女も次第に信じ始めました。

時間はかかりましたが最後には全ての事実を彼女は受け止める事ができました。
せめてもの救いが家族と彼女は既に離縁しているので二度と虐待を受ける事は無いと言う事です。

彼女には身内がいません。

家族と離縁してからは付き合っていた彼氏と同棲するなどして暮らしていました。
幸いにも彼女はかなりの美貌の持ち主であった為に男性には困った様子も無く恋人と別れたとしてもすぐに新しい彼氏を見つけ同棲をする事ができたようです。

中には多重人格の症状に気付いた彼氏もいたようですが彼女のあまりの変貌振りについていけずに別れた人も多いようです。

治そうと試みた彼氏もいたのですが結果的には失敗に終わり精神的な辛さから別れてしまうケースが殆どでした。

その度に彼女は自分の居場所を探さなくてはいけないかったのです。
そういった不安定な生活が彼女を苦しめたのは言うまでもありません。

記憶の糸を繋げていくにつれて彼女の症状が目に見えて改善されて行くのが分かりました。

今までは一人の人格が出ている時はもう一人の人格は暗闇の中に閉じ込められて身動きが取れない状態であったようですが、症状が改善するにつれてその暗闇と言うのが無くなっていったのです。

つまり暗闇が晴れる事によって一人の人格が今、何処にいて何をしているのかがもう一人の人格が認識できる状態になったのです。

これで今後はそれぞれの人格で記憶が違ってくる事は無くなったのです。

暗闇が取り除かれてから数日後、ついに彼女の中の二つの人格が一つになる時がきました。

想像では少しずつ症状が改善されていくものと思っていたのですがある日突然、多重人格の症状に終止符を打たれるとは思ってもいませんでした。
もしかしたら彼女の中の暗闇が取り除かれた時からいつでも一つになれる状態だったの知れません。

あとは彼女の決意次第だったのでしょう。

彼女の話によると多重人格を治すにはどちらかの人格が今後の人格のベースになる必要があったのです。

それはどちらか一方の人格が完全に消えてしまうという事らしいのです。
もちろん僕には選ぶ事はできません。答えは彼女自身の中で決められる事なのです。

もし選ぶ権利があったとしても僕には答えは出せなかったでしょう。

何故なら僕は二つの人格を共に同じくらいに好きだったわけですし、消えてしまう方の人格にとってはそれは永遠の眠りなのですから…。

二人の人格を愛していた僕にとってはどちらが選ばれるにせよ辛く悲しい事です。

僕の心の準備も出来ていない内に気の強い彼女が「消えるのは私の方だよ。」と言いました。

気の強い彼女は今まで見せた事のないくらいに悲しい顔をしていました。
元々彼女は純粋な人格を守る為に生まれてきた人格です。
自分の存在理由から残るのは自分じゃないと判断したのでしょう。

僕は彼女との思い出など絶え間なく話しました。
それは彼女の気を紛らわすためでもありましたが、話を止めたらすぐにでも彼女が消えていなくなってしまいそうだったからかも知れません。

彼女は何も言わずに話す僕の顔を見つめていました。
彼女の耳に僕の言葉が聞こえているのかも分かりませんでしたがそれでも僕は話し続けました。

しかし彼女の意識が薄れていくのがはっきりと分かりました。
意識の限界を感じたのか彼女は少し笑みを浮かべて

「ありがとう…」

とつぶやきました。

それが彼女の最後の言葉です。

彼女は小さな体を震わせ涙を流していました。
気の強い彼女が見せた最初で最後の涙です。
僕は震える彼女の体を包み込むように抱きしめました。

もっと話をしたかったけど言葉にする事もできずにそのまま静かに抱きしめていました。

本当にこれで良かったのか?と僕は何度も自分の胸に問い掛けました。
そんな僕の想いとは裏腹に彼女は苦しみから解放されたかのようにまるで生まれたての赤ちゃんの様な表情を浮かべていました。

彼女を苦しめてきた全ての物を心より憎みました。

家族から愛を与えられずに虐待を受け、性的な暴行なども受けた人生。
誰に助けを求めてもいいか分からない。
言葉では表せない程に辛かったのでしょう。

「もう何も辛い事は無いよ…」
せめて今だけでも気持ちよく眠りについて欲しいと心から願いました。

間もなく体の震えも収まり彼女は眠りについた様でした。

僕は横に眠る彼女をずっと見つめていました。
このまま目を覚まさないかと思うほどに静かに眠っていました。

暫くして彼女の体が少し動いたかと思うと彼女は目をゆっくりと開けました。
それは今まで僕と話していた彼女ではありません。

目を覚ました彼女は純粋な性格の人格を少しあか抜けさせたような雰囲気でした。
気の強い彼女とまではいきませんが、純粋な性格の彼女は何処となく見た目も大人っぽくなっていました。

どうやら二つの人格が一つになったようです。

もちろんそれは僕も彼女も願っていた事なのですが、僕にとっては失ったものも大きかったようです。

一見、今までで言う純粋な人格の彼女なのですが記憶が繋がり全てを知った彼女は今までの彼女とは大きく違うところもありました。

記憶が繋がる事で人を知り人を疑う事を覚えました。
確かに多少は人を疑う事も必要です。

しかし疑う事を知らない純粋な彼女を僕は好きだったのも事実です。
望んだ結果であるはずなのに何処か僕と彼女の歯車が噛み合わなくなっていました。

一時期は結婚の話もしていたのですが次第にそういった話をする機会も無くなっていました。

それから暫くして僕と彼女は別れる事になりました。
結局、最後まで僕は彼女に馴染む事ができなかったのです。

僕自身、精神力を使い果たしていた事もあり人格が一つになった彼女を見る気力も残っていなかったのです。

僕の精神的な弱さが仇になった別れでした。

最後の最後に僕自身で彼女を幸せにする事ができなかったのが悔やまれます。
せめて彼女が今、幸せな生活を送っている事を願います。
そして虐待で苦しむ人達が少しでも減ってくれる事を願います。

▲△▽▼

憑依・降霊現象

イタコの口寄せ
恐山
http://www.youtube.com/watch?v=-WUGBMDBC2E&feature=related

死者の名前や命日などの手がかりを元に、動物の牙や骨のついた数珠を鳴らしながら行う儀式。

1回あたり約20分。謝礼として数千円を払う。

神社で働く巫女とは区別され、口寄せ巫女や村巫女と呼ばれる。起源は不明だが、江戸時代後期に東北を旅した紀行家・菅江真澄の日記に登場する。イタコの語源は「神の委託(いたく)」とも、アイヌ語の「イタク(言うの意味)」とも言われる。


「イタコ」にはどこで会える

 当地域(むつ・下北)では、

恐山大祭(毎年7月20日〜24日)と恐山秋詣り(毎年10月、体育の日を最終日とする土、日、月の3日間)の年2回、

恐山境内の中にいるので、入山料を支払って恐山へ入る。

時間は、恐山開山時間(6:00〜18:00)。

予約等はなく、順番待ちとなる。また、最近ではこの期間以外にも恐山にいる場合があるらしい。

料金には特に決まりはなく、”気持ち”や”志(こころざし)” で金額や品物を渡すそうだが、目安として一口(一人降ろして、一人につき)3,000円位からといわれている。


”口寄せ”の雰囲気

サウンドFILE1(386K)35秒
サウンドFILE2(276K)24秒


消えゆくイタコ 修行を敬遠・高齢で廃業…今や十数人


盲目の女性が死者を呼び寄せる。「口寄せ」と呼ばれる儀式を受け継いできた東北地方の巫女(みこ)が姿を消そうとしている。厳しい修行が敬遠され、福祉政策の充実で生計を立てる手段としての意味も薄れている。


目の不自由な巫女は、青森県の「イタコ」が有名だが、それ以外の東北各地にも存在していた。

 秋田「イタコ」、岩手と宮城が「オガミサマ」、山形「オナカマ」、福島「ミコサマ」。近親者を亡くした人たちからの要請で「死者の霊を体に乗り移らせ、言葉を伝える」という儀式が「口寄せ」だ。依頼者のタイプに合わせて定型の口上を使い分けているとの見方もあるが、健康や縁談、商売などのよろず相談にも応じている。いずれも国の無形民俗文化財に選ばれている。

 かつて東北には500人以上いたが戦後、廃業が相次ぎ、秋田、山形、福島県では途絶えたとされる。いまは青森、岩手、宮城県に十数人残っているだけだ。

 遠洋漁業の基地である宮城県気仙沼市の唐桑町で「オガミサマ」をしている小野寺さつきさん(85)は14歳の時、病気で視力を失った。20歳から岩手県の巫女の家に住み込みで修行をした後、独立した。この半世紀、海難事故と隣り合わせの漁師町で、「口寄せ」や行方不明者捜しの相談に乗ってきた。多い時には1日に十数人の訪問者があったが、最近は体調を崩し寝たきりになった。

 戦後の一時期まで20〜30代の若い女性も珍しくなかった巫女は今、高齢化が進み平均年齢が70歳を超えている。


日本三大霊山の一つ、青森県下北半島の恐山では年数回の祭事の際、北東北各地から「イタコ」が集まってくる。かつては40人近くが参加していたが、近年は4人だけだ。大半の女性が高齢化で足腰が弱くなり、外出が難しくなってきた。


■視覚障害者の環境、変化

 青森県八戸市で63年間、「イタコ」を続けている中村タケさん(78)は「厳しい修行が敬遠され、後継者がいなくなった」と話す。

巫女は少女期から師匠役の先輩巫女の家に住み込み、家事をこなしながら技術を習得する。すべてが口伝えで、断食の一種である「穀断ち」や水ごりもある。修行は3〜5年かかり、師匠への「お礼奉公」も義務だ。

 文化庁伝統文化課の石垣悟調査官は「目の不自由な女性を取り巻く環境が大きく変わった」と分析する。巫女は戦前まで、三味線と歌で各地を巡り歩いた「瞽女(ごぜ)」などとともに視覚障害者が社会で生きるための重要な仕事だった。ところが、戦後は盲学校への就学が義務化され、修行を支える徒弟関係が成り立たなくなった。音声ソフトの普及でパソコンへの入力作業が簡単になり、視覚障害者の職業選択の幅も広がってきた。眼科医療の進歩で幼少期の失明も減っている。


_________


青森の恐山のイタコについて


1 名前: こわい 投稿日: 2000/07/16(日) 11:58

青森の恐山のイタコと呼ばれる霊媒師達は本当に死者の霊を自分の体に落として遺族に
話が出来るのでしょうか?知ってる人教えてください。


2 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2000/07/16(日) 13:12

本当に出来る人も居る・・と聞いた事があります。
まあ・・あくまで噂ですけどね。


3 名前: いたろう 投稿日: 2000/07/16(日) 14:19

ある男が恐山のイタコに死んだ女房の口よせをしてもらった。 女房が降りてきて、

「私は、あなたより○○さんの方が好きで、関係もっていた」

というような内容を話した。 男は、イタコを死んだ女房だとマジで思いこみ、逆上してその場でイタコを絞め殺した。
恐山で本当にあった話です。


5 名前: 名無しさん@おっぱいがいっぱい 投稿日: 2000/07/16(日) 17:50

「すいません友人の○○を呼んで貰えますか?」
「仏さんの没年月日は?」
「昭和○○年○月○日、交通事故で死んでます」

ジャラジャラと数珠を鳴らすと経を唱えしばらくすると何かが降りてきたようで歌うように話し始めた・・・・・
実は呼んで貰った友人の○○は今でもピンピンと生きておりイタコが本物かどうか試したのです、

9割方のイタコは偽物でその能力はかなり低い物です、でも中には

「これ仏さんでねぇ、悪戯は止めてくれ」

とズバリ言い当てるイタコも居ます。


12 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2000/07/18(火) 22:32

ホンモノのイタコにあいたけりゃ、冬、行け。

籠もってるイタコがそうだ。見つけだせるかな?

閉山されてるから、途中で凍死するかも知れないし、間違いなく幽霊に会える。 それでも行くなら、止めはしないが。


ホンモノのイタコはすごいよ。

当人しか知らない事、例えば銀行の暗証番号を当てたもん。誕生日とか、簡単な数字じゃないぞ。 俺と、死んだ人の体重をあわせた数字だったから。

それがビンゴだったのは驚いた。それに、メッセージを聞く事も出来て、すっきりした。

ホンモノのイタコに間違いなく会いたかったら、冬、行け。 ただし、命の保証はないぞ。


36 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2000/09/10(日) 02:24

家では毎月お払い行ってるけど(あおもりにいないおでしさん)
その人は新聞にも載った行方不明者のいどこを突き止めたよ。

新聞は汚いからその辺を伝えなかった(作りと思われたくないから)。 みんなメディアで知ったのはうそだよ。
ほんとにあった話はメディアに載らないから。


39 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2000/09/10(日) 02:35

入院先の病院名をあてたイタコが一人います。調べようはなかったって話。
千葉の旅館の女将から聞きました。



イダコ祭り


去年亡くなった義母をおろしてもらいに親戚と一緒に、青森県おいらせ町のイダコ祭りに向った。普通はイタコだがここではなまってタが濁音のダになって「イダコ」とよぶ。イダコ祭りは午後1時からと聞いていたので、途中、八戸で昼食をとり午後1時過ぎた頃においらせ町の法運寺に到着した。一人200円の入場料(下足代)を支払い、入り口で手渡されたビニール袋に履物を入れて手に持ち、およそ100畳近い本堂の中に足を踏み入れると、すでにイタコの口寄せを聞く為に集まった人々で一杯だった。中年のカッチャ(おかあさん)もいるが見た所ほとんどがバッチャ(お婆さん)である。横になって仮眠をとったり、お菓子をたべたり、それぞれ畳の上でイタコを囲み自由な姿でくつろぎ順番待ちをしている。バッチャ(お婆さん)の住む霊界に迷いこんだような一種独特な非日常的な風景である。

 近くのバッチャ(お婆さん)に話を聞こうとしたらどうも様子がおかしい。素性のはっきりしない者にいきなり話しかけられたのでバッチャ(お婆さん)は驚いて引いてしまったらしい。それと長髪の男を身近で見かけることがなかったのか私を男か女か判別できなかったらしい。目もそうとう悪いのかイルカのTシャツのお陰なのか50過ぎの中年男を20歳の大学生と思ってくれた。それでも思いっきり地元の訛りをいれて話すと安心したのか口を開いてくれた。


イタコの順番待ち


 「早朝4時から来て待っていた。」という。すでになんと8時間も経過している。それでも誰かに先を越されたらしい。

「1年に一度は先祖の声を聞かないと落ち着かないので、毎年欠かさず来ている。」
「ほとんどの人が死んだ旦那や両親、兄弟姉妹、子どもと次々におろす。」
「ほとけを一人おろす度に千円をはらう。」


恐山では一霊三千円なので何故か法運寺は二千円も安い。昔は二十銭、百円だった。

おそらく恐山は全国からバスで大挙してやってくる観光客を相手にしているので値上げしても客足は落ちず、恐山と違って法運寺はどちらも地元なので口寄せもリピーターが多いからではないかと思われる。それでも大抵5〜6人も降ろすのでバッチャ(お婆さん)達にとっては結構な金額になり、さらに値上げすればかなりの金銭的な負担になってしまう。

「一人で何人もほとけを降ろす人が多いので待つ人ごとに30分以上かかるのがざらだ。今からだとあんたたちは夜になるのではないか。」という。

イタコが何人いるか数えてみると6名いてそれぞれ膝元にメモ帳が置いてある。順番を待つ人が多いのでそこに名前を記入することになっている。すでに名前が20名ほど記入済みである。


衰退するイタコ祭り


 イタコは恐山が有名だが、恐山にイタコが住んでいるのではなく、普段は青森に散らばって住んでいる。イタコが恐山の大祭の時だけ各地から集まって来るのである。

青森県は昔、右側は南部藩で左側は津軽藩に分かれていた。以前は盛んだったイタコの市も最近では恐山の他に津軽の川倉地蔵堂と南部の法運寺の三カ所だけだという。法運寺の本堂は明治14年に建立され翌年の15年よりイタコの口寄せがはじまり、その歴史は昭和10年頃から始った恐山よりも古い。

法運寺に集まったイタコの人数は最盛期80人もいたが昭和29年には50人、昭和40年に31人で今年は6人である。イタコはあきらかに衰退の一路をたどっている。


シャーマニズムの形態

 最も古い日本の宗教の形態はと問えば仏教でも神道でもなく、それはシャーマニズムである。シャーマニズムはおそらく数十万年も遡ることができる人類最古の宗教的伝統でもある。世界中の狩猟採集民族にはあらゆる事物には精霊が宿るというアニミズムの信仰がほぼ共通して見受けられる。そして霊的存在と交流する人々をシャーマンと呼ぶ。

エリアーデによるとシャーマンにはトランス状態になって肉体から抜け出して霊的存在と交流して帰還するエクスタシー(脱魂型)と霊がシャーマンの肉体に憑依するポゼッション(憑依型)がありイタコは憑依型である。


東北地方におけるシャーマンが誕生するプロセスには2つのタイプがありイタコ系とカミサマ系に分かれる。

カミサマ系はある日、突発的に神懸かり、シャーマンの病とよばれる変容をへて、祈祷師としてデビューする。信者を持つ新興宗教の教祖タイプである。南部では屋号をつけて○○のカミサマと呼ばれる。津軽ではゴミソと呼びカミサマ系は死者の口寄せをせず予言や託宣、占い、災難を祓う祈祷を主に行なう。

イタコ系はほとんどが盲目の女性でイタコの師匠に弟子入りして一定期間修行して、死んだ人の霊をおろさせる口寄せの技術を学んで自立する。


イタコの口寄せ

 イタコの順番待ちが22番で遅くなるのは明らかなので、夕方まで外に出て海に行くなり、ゆっくり温泉につかるなりすることにして法運寺を後にした。三沢市内の200円の温泉につかり、さっぱりした所でとりあえず5時頃戻ってみると待っているのはちょうど後一人で、次にはあっけなく順番が回って来てしまった。順番待ちのメモ帳を見るとかなりの人がキャンセルしている。どうやら待つことを嫌って、あきらめたのか、すぐに口寄せ可能なほかのイタコに移動したようだ。


中村タケ

私たちが口寄せを依頼したのは中村タケ巫女である。

現在75歳、3歳の時に麻疹で失明して、13歳のころイタコの修行に入り、15歳で法運寺でデビューした、この道約60年のベテランである。

CD「日本語を歌・唄・謡う」(アド・ポポロ企画、制作)では人間国宝の中村鴈治郎や桂米朝とともに中村タケ巫女の口寄せも収録されている。マスコミに登場することもあるが、かといって尊大なところはなく人柄はいたって純朴で謙虚だ。


昔の口寄せ


昔の口寄せには決まりがあり「百日過ぎているかどうか?」をイタコは問題にした。

百日すぎなければ霊はよんでも答えず、別な霊を呼んでしまうからだという。

しかし厳格に定められていたこの決まりも守られなくなり最近はなんでもかんでも降ろすイタコもいるようだ。

明治以前の仏おろしは一回の口寄せで話が出来なくなるくらい消耗し、1日に1〜2回が精一杯だったらしい。

特に恐山はあまりにも有名になったために、商売目当てにイタコのほかにカミサマやゴミソも参加するようになった

短時間で現金収入が得られるので、口寄せの時間も2〜3分と短くなり、本来の地元のイタコによる死者の巫儀の意義はすたれ、観光客相手に簡単な口寄せで済ましてしまうお粗末なものになってしまった。


 イタコはかつては地元の人々との繋がりの中で部落のオシラサマの儀礼や正月の恵比寿まわり、農作物の作柄を占ったりと濃密な関係を保っていた。

口寄せには死口(しにくち)といって行方不明になった死者の霊を憑依させ「ワ(私)のからだはどこそこにある。」と遺体の場所を遺族に告げることもあった。

ほかに生口(いきくち)といって行方不明の生霊(いきりょう)を憑依させ居場所をつげることさえあった。生口(いきくち)は最も辛く3時間も汗だくになりながら全国の神さん稲荷さんにお願いして四方八方手を尽くして探してから魂を抜きイタコの身体に寄せる、

そうしてタコ部屋に監禁させられていた行方不明者をあてたイタコ(三浦かしの)もいた。

昔の東北は津々浦々までイタコが大勢いた。かつては生者と死者の境界が分たれてはおらず生と死は連続していた。その名残りをイタコは今に伝えている。


形骸化した口寄せ


間山タカ(1988年恐山)

嘘のほとけでも降ろすからイタコはインチキだといわれるがイタコにもピンからキリまであり、よく当たると評判がたつイタコには長蛇の列ができた。

特に最も評判が高かったのは伝説のイタコ間山タカだった。

しかし優れたイタコもよる年波には勝てず次々と他界しイタコの数はかなり激減した。真性のシャーマニズムを期待して出かけても恐山でのほとけおろしは型にはまった口寄せしかみられないのが現状である。


恐山の口寄せパターン


イタコが数珠を鳴らしながら仏おろしの祭文を歌う。


「あーいーやーあー」
「今日は呼んでくれてうれしい。」
「本当は死にたくなかった。」
「家族の健康を願っている。」
「夫婦、兄弟、親子、仲良く暮らしてくれ。」
「某月某日、喜びあり。良いことがある。」
「某月某日、交通事故に気をつけろ。戸締まりに気をつけろ。」
「今日はおまえに会えて良かった。喜んで帰る。」


イタコが数珠をじゃらじゃら鳴らす。
はい3000円です。


イタコの修行

 昔の全盲の女性はイタコになるしか生活の道はなかった。盲目の娘は特に霊能力がなくとも、まわりの勧めにより、しかたなく、イタコの師匠のもとに弟子入りするのである。入門は早いほど良いとされる。

J・ピアスによると7歳くらいまでの子どもは透視、テレパシー、予知能力がありESPも多数報告されるという。そして7歳から14歳 ころまでの子ども達は暗示にかかりやすく、8歳から11歳がその頂点だといわれる。子供は大人の様に世界と自我との境界がはっきりと確立されてはいない。自我がまだ未発達の方がイタコの世界感を受け入れやすいのである。

師匠も弟子も盲目なので般若心経や観音経などのほか三十から四十のイタコの巫歌を口うつしでおぼえる。様々な仏教、神道、修験道、民間宗教の神々、権現、大明神、菩薩、諸天善神の名前とダラニ、祝詞をおぼえなくてはならず、おぼえが悪く10年もかかったイタコもいたという。


イタコの入魂儀礼

 仕上げの入魂儀礼は「大事ゆるし」と呼ばれる。祭壇が祀られている行場で弟子に神懸かりが訪れるまでおこなわれる。食事は精進で塩断ち、穀断ちをして干し柿、干し栗、などの果実で餓えをしのぐ。水垢離の行場にはしめ縄がはられ、師匠も弟子も真新しい白装束に5尺のはちまき、白足袋を身につけ、冬でも暖をとらずに食事前に日に三度、毎日水を三十三杯かぶる。マントラを唱えながら右回りにぐるぐる旋回したり、気合術師を呼んで気合いをかけることもあったらしい。イタコの弟子は極度の疲労と緊張の中ではげしく身体を震わせて失神する。師匠はその時に「何がついたか?」と問いかける。そうして答えた神仏の名がイタコの生涯の守護霊になるのである。
 

 最後に「師匠上がり」といって商売道具の数珠を譲り受けて師匠から独立するのである。イタコの数珠はイラタカ数珠と呼ばれ普通の数珠と違い独特である。珠は無患子(むくろじ)の実で子安貝、熊の爪、獣の牙と角が使われている。イタコはこのイラタカ数珠をじゃらじゃらならしながら「仏おろしの祭文」を語って仏に来てもらうのである。


シャーマンの病


 イタコの入魂儀礼も時代と場所によって多様であるが、いずれにしても神懸かりになる為に大変な苦行をする。寒い冬の水垢離は冷気に耐えかねて逆に身体に熱を発生させる。下半身に発生した熱が背骨を通って頭まで達成して変化が生じるのである。蛇や龍はこの熱エネルギーの象徴である。不動明王が右手にもつ、倶利伽藍(くりから)の剣に蛇が巻きついているのは、このことを表しているように思える。正常な意識では耐えられないので思考から切り離すため祝詞や祭文といったマントラを延々と唱え続ける。イタコは変成意識状態の中で神や仏と出会うのである。

 右耳の上にある大脳の右側頭葉は魂の座と呼ばれている。自己と意識の接点があり、右側頭葉を刺激するとテレパシー、光のヴィジョン、音の幻聴、人格の変容、体外離脱体験が起きることが解っている。この領域に脳の損傷がおきると魂の抜けた自動機械の状態になり、さながら生きる屍のようになる。


イタコの入魂儀礼は堪え難い疲労と緊張によるストレスが引き金になり大脳の右側頭葉の回路にスイッチが入るのだ。儀礼はスイッチが入るまで続く。

そうして右脳の中から声が聞こえるようになって、はじめてイタコが誕生するのだ。

イタコ系は人為的だがカミサマ系の教祖達は人生の中で極端な不幸、災難、困難を経験して発狂寸前まで追い込まれる。病気や苦悩の頂点でカミサマと出会うのである。

日常を超えたこのような体験はシャーマンの病と呼ばれる。


意識の成長・進化


 体験を否定して自我の崩壊、分裂が起こることもある。自我がある程度発達していないと恐怖のあまり退行してしまうのだ。閉じこもってそこから出て来ようとしなくなる。退行してしまうと、自我を越えることも社会にも適応できない状態に置かれてしまう。

 体験が肥大化すると、自分は凄い人間なんだとうぬぼれてしまう。教祖が信徒に攻撃的になったり人に対して抑圧的、支配的になってしまうのは抑圧された無意識のエネルギーに巻き込まれてしまっているからである。カルトや新興宗教の教祖にこのようなタイプがいるので注意が必要だ。

 私たちは自分の思考や感情を波動として周囲に放射しているので自我の境界が薄くなった人は気をつけなくてはいけない。霊能や特殊な能力をえて人に認めてもらいたいというのは自己評価欲求が満たされていない段階なので、問題を生じやすいのである。

 不思議なヴィジョンを見たり、異常な肉体の感覚を経験したり、このような普通では考えられない体験を大いなる自己に統合できれば意識の成長・進化がおこる可能性がある。

 それには抑圧されたエネルギーを解放し、体験を否定も肯定もせずただあるがままに見てゆく観察的な自我を育てることが必要だ。


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憑依・降霊現象 2

シャーマンのイニシエーション

イニシェーションは宗教用語で、入会儀礼と訳されている。
仏教の出家もフリーメーソンの入会もこのイニシェーションを通して確実なものとなる。
この儀礼の重要な要素は個人として「死と再生」を象徴的に体験することである。
キリスト教では洗礼をすることで、これまでの自分を清算し、キリスト者として再生する重要な儀礼となる。
この洗礼はもともと川に行き、頭まで水の中に沈めてしまうという力強いものであった。
スタインベックの小説『怒りの葡萄』にも川での洗礼の場面が出てくる。
この水をかける儀礼は、インドの場合には王様の即位儀礼と関係がある。
これを仏教では潅頂といい、王の資格を持つ者の頭頂に頭から水をそそぎかけた。

この水は聖なる力の象徴であり、この水をかけられた瞬間、彼は個人ではなく天国の代理人となるのである。

  残酷な風習と考えられる割礼も、イニシェーションのひとつである。
正式に割礼を受けた者は、それまで母親の所有物であった関係を断ち切り、その象徴である血を出すことで、初めて男の世界の仲間に入るという象徴行為であった。
しかしこうしたイニシェーションの伝統は、地縁、血縁の結びつきが生きている時には効果的に働いていたが、現在ではイニシェーションの伝統そのものが失われ、また維持されているところでもその効果は疑わしい。
それは時代の要請によって、新しく生まれた宗教団体の閉鎖的な空間のなかでしか力を持ちえないのかもしれない。 



イニシエーションとは、入社式または加入礼とも呼ばれる、通過儀礼の一つである。
外部の人間が新たに共同体に加入する時、しばしば苦痛を伴う儀式の洗礼を受けなければならない。

こうしたイニシエーションがなぜ必要なのかをシステム論的に考えてみよう


@ イニシエーションとしての成人式


代表的なイニシエーションは、男の子(場合によっては女の子)が、母親との甘えた関係を断ち切り、成人の仲間入りをするときに受ける割礼である。
割礼とは性器の一部を「断ち切る」儀式で、男の子の割礼の場合には陰茎包皮を切除し、女の子の割礼の場合には陰核の全体あるいは一部を切除する。
割礼は、イスラム教圏、ユダヤ教圏、アフリカ、アジア、オーストラリア等で行われ、全世界の割礼人口は10億人と推定されている。

日本の成人式では、割礼は行われないが、縄文時代では、上顎の両犬歯と、下顎の前歯2本を左右対称に抜き取る抜歯が、成人となるためのイニシエーションとして行われていた。

今でもオーストラリアでは、抜歯をしている民族がいる。
この他、小指や耳たぶの切断、鼻の隔膜や処女膜の穿孔、頭蓋変形、唇や首の伸長、瘢痕文身など、痛々しい身体毀損と暴力がイニシエーションとして世界各地で行われている。


A イニシエーションとしての入学式


暴力を伴うイニシエーションは、遠い過去のあるいは未開の社会で行われている野蛮な習慣というわけではない。

現代の日本でも、イニシエーションを目にすることができる。
個人的な体験談で恐縮だが、応援団の先輩が一年生全員をしごく歌唱指導という行事は、私が高校に入学した時に経験したイニシエーションだった。
一週間にわたって、新入生は二種類の校歌に寮歌を加えた三種類の歌と応援を練習する。
歌や振り付けを間違えたり、たるんでいると受け取られたりすると、応援団員に「ふらふらしてんな!」と怒鳴られ、ど突かれる。
こうしたバンカラなセレモニーは、創立が古い田舎の高校によく見られる。

そうした練習が、その後何かの行事で本番を迎えたことはなかったし、大体、寮など廃止されてなくなっていたから、寮歌を覚えることなど無意味である。
歌唱指導は、それがイニシエーションであることを除けば、正当化する理由は何もない。
すなわち、歌唱指導の本当のねらいは、応援団員という最も愛校心の強い先輩たちが、校歌という集団との自己同一の象徴を新入生に叩き込むことによって、彼らに集団の一員としての自覚を持たせるところにある。


一般的に言って、日本の大学や高校は、海外の学校とは異なって、卒業よりも入学の方が難しい。
このことは、日本の学校が、機能的・手段的性格よりも、共同体的性格を強く帯びていることを示している。
入学試験に合格するために、受験勉強という苦難を経ることも、一種のイニシエーションである。


B イニシエーションとしての入社研修


学校だけでなく、会社に入る時にも、似たような、苦痛を伴うイニシエーションを受けなければならない場合がある。
最近では、企業も、定年までの人生をそこで過ごす共同体ではなくなりつつあり、機能的・手段的になっているから、しごき型の研修は減ってきているが、かつては、次のような研修がよく行われていた。

「仕事は男の戦場だ」
「気力は体力に先行する」

1969年(昭和44年)、都内の電機メーカーの社員だった男性は、箱根山中の研修所で、大きな声を張り上げた。
天井からは、黒墨で書かれたげき文がつるされていた。
2泊3日のスケジュールで、テーマごとの討論会は、相手を論破するまで延々続く。
討論というよりは、ば声の飛ばし合いに近い。
中には、精神的に追い詰められ、泣きだす社員もいた。
睡眠をほとんど取れないのに、早朝からは2キロのマラソンも強制され、講師がムチのようなものを持って追いかけてきたという。
現在、50代になるこの男性は研修を振り返り、

「参加しつつどこか冷ややかに見ていた。今も酒の席で話題になったりするが、あの研修が仕事で役に立ったとは思わない」

と語った。 この男性は、研修の意味をあまり理解していないようだ。

しごき型の研修が実用的でないのは、私が受けた歌唱指導が実用的でないのと同じことである。
何十年も経った後でも、酒の席で話題になるのなら、この研修は、本来の目的を達成しているということができる。

もしも、入社の時、社長の退屈な話を聞くだけだったならば、それも一種のイニシエーションではあるが、決して、これほど記憶に残ることはなかっただろう。


C イニシエーションとスケープゴートとの関係


通過儀礼の原型は、出産である。

子宮から、狭い隘路を経て、この世に生まれ出る過程は、死ぬときと同様に、大変に苦痛に満ちたものなのだそうだ。
成人になるなど、新たな生まれ変わりをするとき、擬似的に出産のプロセスが反復される。

しかし、イニシエーションとしての通過儀礼には、システム論的観点からすると、別の機能もある。
入所式としてのイニシエーションとスケープゴートは、方向は反対だが、機能は同じである。
すなわち、自分たちと異質であるにもかかわらず、自分たちと同じ共同体に属する中間的存在を完全に排除することにより、共同体の境界(システムと環境の差異)を明確にすることがスケープゴートであるのに対して、外部から自分たちと同質のメンバーとなる中間的存在者に、境界を意識させることにより、共同体の境界(システムと環境の差異)を明確にすることがイニシエーションなのである。
どちらのケースでも、中間的存在者が境界を通過する時、暴力がふるわれるという現象が起きることが多い。

通過儀礼一般には、暴力は必ずしも必要ではない。
例えば、結婚式は、イニシエーションとしての性格がない通過儀礼であるから、既存のメンバーから暴力を振るわれるということは、まずない。
しかし、既存のメンバーがいる集団に入る時には、境界を通過する新参者に何らかの苦痛を味合わせることによって、境界をはっきりさせ、システムと環境との差異である、システムの秩序を維持しなければならないわけである。



部族社会では危機が訪れるとシャーマンが変成意識状態の中で啓示を受け部族を導き、部族を危機から救おうとする。

 シャーマンのイニシエーションには「シャーマンの病」と呼ばれる精神的な危機がある事が知られている。
その構造は神話の構造と共通している。


1、セパレーション(分離・旅立ち) 
地下世界 天上界 異界への長く苦しい旅立ち


2、イニシエーション (通過儀礼) 
異界で神々、悪霊、祖先霊、動物の霊と遭遇する。
精霊に出会ったシャーマンは苦痛の中で象徴的にバラバラに引き裂かれる。
死と再生のプロセスを通過して シャーマンは深い人格変容をとげる。


3、リターン(帰還)
シャーマンは宇宙の智慧と癒しの力を得て共同体の一員として再統合する。

 現代の、拝み屋、新興宗教の教祖などの霊媒体質のシャーマンに共通するのは人生の中で突然、極端な不幸、災難、困難に出会い、発狂寸前まで追い込まれることだ。
病気や苦悩の頂点でカミサマと出会うのである。
危機状態を通過したのち霊能力を活かし、相談事を請け負う拝み屋になるのである。
ただし祈祷師、拝み屋、今風にいえばスピリチュアル・カウンセラーにもピンキリがあり、無意識が浄化されていないと物質的な現世利益に走り精神を病んだり、体調を崩したりする者がいる。
シャーマンの危機は現代医学では重度の精神病と診断されている。


精神的な危機に陥った住民を経験豊富なシャーマンは歌や踊り、祈りによって適切な処置を施し共同体の中に着地させる。
精神的な危機を理解できる指導者がいない文化では精神病の患者は共同体から隔離され誰からも相手にされない。

薬づけにされ、病室に閉じ込められる。
シャーマンがいない共同体では危機状態に陥った者の精神の苦しみはより増すばかりである。


 神話に表れる英雄、シャーマン、神秘家の体験、精神分裂病患者(統合失調症)の旅には共通の構造がが見られる。
自我の境界を超えると様々な無意識のイメージやヴィジョンの洪水に襲われる。
同じ無意識の海に飛び込んでも神秘家やシャーマンは泳ぎ、精神分裂病患者は溺れてしまうのである。

 20世紀の初頭イヌイットのシャーマンはデンマークの探検家に偉大な精霊シラについて話した。

「宇宙の霊であるシラは、目には見えない。声が聞こえるだけだ。
わたしらが知っているのは、シラが女のようにやさしい声をしているということだ。
とても上品でやさしい声なので、子どもでさえこわがらない。
そしてシラはこう言う。『宇宙を恐れるな。』」 と


 シャーマニズムの研究によるとシャーマンになるには二つのパターンがある。
召命型と探求型である。

沖縄と奄美には「カンカカリャ(神懸かり)」「ムンスイ(物知り)」「カンヌプトゥ(神の人)」と地域によって呼び名がことなるユタが存在する。
ユタはほとんどが女性であるがカミグルイ、カンブレ、カミダーリィと呼ばれるイニシエーションを経験する。

ある日、結婚生活を送っていた主婦の心身に異常が起きる。
夢や日常の中に神々が表れたりして精神状態が不安定になり、様々な体の不調を訴えるのである。
そのうちに神の歌を歌い一日中踊り続けたりするようになる。
当然、「モノグルイだ」「神グルイだ。」と近所で噂になる。
シャーマニズムの伝統が生きづいている地域ではこれが「聖なる病」であることが理解され家族は精神病院ではなくユタを訪れる。

やはり、カミダーリィとわかり一人前のユタを目指す。
ただしカミダーリィが起きた人が全員ユタになる訳ではないようだ。

「精霊から何代か前の先祖の葬られた場所を探し当てて供養しなければいけない。」

といわれ何年も探し歩いて彷徨しているユタもいる。
精霊にもやり残した仕事があるのだろう。
又、精霊と交流するうちに自分は特別な存在としてエゴがますます強化することもある。

無意識の抑圧に無自覚な人が妄想の中で神社巡りをつづけることもあるのである。
無意識に抑圧や緊張がある者が霊的な能力を得るとその能力故に自滅するケースもある。
突発的に神懸かりになる召命型のユタには人生でさまざまな災難が降りかかり、病気、貧乏、友人、家族、兄弟の死、夫の浮気、離婚などの苦悩と極端な不幸な経験をつむものが多い。

絶望しても死ねないことは普通の人では耐えきれない人生である。
しかし3次元の世界では不幸だがのちに神様の世界から見れば素晴らしい経験だという事を知るのである。
そして超自然的な出来事の中で思考が落ち、神に選ばれた自分の運命を受け入れ自覚した人がユタになるのである。
生まれながらのユタとして人々は「ウマレユタ」と呼び神と直接交流出来る人として特別視する。

ユタには人々をカミンチュ(神の人)に導くことを使命と自覚している人もいる。
カミダーリィを経ないでユタのもとに通っているうちに、ユタのシステムをおぼえていつのまにかユタ稼業を始める者を「ナライユタ」と呼ぶ。
探求、修行型は東北のイタコに相当する。


カミダーリィをシャーマンの病とも呼ぶが召命型のイニシエーションは世界中の先住民の文化に共通してみられる。

変成意識状態の中でシャーマンの今までの肉体は完全に解体される。
頭は切り離され手足と骨盤、関節はバラバラに分解される。
心臓や内蔵が生きたままとりだされる。
筋肉が奇麗にそぎ落とされ目がくり抜かれたりする。
体液が抜き取られ、そして釜で煮込まれたりする。
シャーマンはその間ほとんど息をせず臥せっているのである。
最後に骨が拾い集められ、肉がかぶせられる。

解体と再生は3日から7日続きイニシエーションは終了する。
これらはLSDやメスカリン、アヤワスカなどの向精神物質の摂取でも同様な報告がある。

シャーマンの病とはまさしく跳ぶ前に屈むことなのである。



うつとシャーマニズム


以前このブログで、私のうつ体験について書いたとき、インディアンのシャーマニズム(呪術的民間信仰)について詳しいある人が、

「先生の体験って、シャーマンのイニシエーション(呪術師になるための通過儀礼)そのものですね」

と話してくれた。


そう言われてみれば、自分ばかりでなく、うつの人のカウンセリングをしていても、自然とシャーマニズムについて話すことが少なくない。

どうやら私の目には、うつの人々とシャーマンとが、重なって見えることが多々あるらしい。

一体なぜそうなるのか、話の流れなどを具体的に思い出し、考えてみた。


シャーマンは、世界各地、特に古くから続く文化を踏襲している地域において、より多く存在し、日本語では「呪術師」あるいは「巫師(かんなぎ)」と訳される。

多くはトランス状態に入り、神の言葉を伝えるという職能の人々のことである。

日本で代表的なものとしては、巫女があげられるが、現在なお実質的な影響力を持つ人々として知られるのは、沖縄周辺の「ユタ」や青森県の「イタコ」が有名である。

青森県の「イタコ」の場合、視力障害を持つ人などが、その職能を身につけるために厳しい修行を行い、その立場を得る。

しかし、沖縄地方の「ユタ」の場合、一部の例外を除き、それまで一般人として生活していた人が、何らかのきっかけで一種の精神病様状態「カミダーリ(神障り)」に陥り、それを克服する中で、自らの「ユタ」としての能力と天命に目覚めていくという経緯をたどる。

イニシエーションにおいてシャーマンがたどるプロセスについて、井上亮(故人)という心理学者から聞いた話がある。

井上氏は大学に助教授として在任中、海外留学先を決める際、周囲の驚愕をよそに、さっさとアフリカはカメルーンの呪術師のもとに留学することを決め、1年を経て、実際に呪術師の資格を得て帰国した人で、さほど口数は多くないが非常に魅力的な人物であった。
シャーマンになるためのプロセスの中では、いくつかの課題を克服せねばならないという。
中でも、特に私の記憶に強く残っているのは、「孤独」と「恐怖」の克服である。

氏自身も、「恐怖」の克服こそがもっとも大きな課題であるとして、通過儀礼の中心に位置づけておられたように思う。

シャーマンの通過儀礼においては、「恐怖」の対象は、単なる観念ではない。

戸のない小屋で、夜一人で睡眠をとることを命じられ、ベッドに横たわっていると、黒豹が小屋の中に入ってくるというのである。

この黒豹は、たしかに実体ではあるが、ある大きな存在の化身らしく、普通に自然の中で生活している生きた黒豹とは違うようだ。

通過儀礼を受ける者は、これから逃げてはならないし、起き上がってもならない。

氏が儀礼を受けていた際も、確かにこの黒豹が、小屋に侵入してきた気配があったということである。

これまで自分が生活していた日常の世界から、未知の異世界へと通路が開かれていくとき、夢や物語の中では、異世界を象徴する存在は、しばしば獰猛な動物的性格を帯びる。

以前、このブログで『こぶとり爺さん』の解釈を試みたことがあったが、爺さんが最初に見た異世界の姿もまた、異形の鬼(妖怪)どもの宴であった。

そして、やはりこの爺さんも、「鬼に食われてもよい、わしは踊るのだ」という形で、恐怖を克服したのである。

ごく普通の人の場合でも、外部からの圧力によって表現することを妨げられた感情は、「怒り」という様相を帯びる。

それは、檻に閉じ込められた、あるいは鎖につながれた獣が、怒りのためにより凶暴になるというイメージに似ている。

異世界も異世界への通路も、潜在的にはとっくに存在していたのだが、ただ人の側にそれを受け入れる準備ができていなかったために、意識の向こう側に閉じ込められていたに過ぎない。

かなり前の放送だが、NHKスペシャル『脳と心』の最終章「無意識と創造性」に、宮古島のユタである、根間ツル子さんという女性が出演しておられた。

先に述べたユタの例に漏れず、彼女もまた離婚という節目をきっかけに精神病様状態となり、他のユタのもとを訪れて、「この人はユタになる人だ」と見抜かれたのだという。

都会であれば、「精神病」あるいは「人格障害」で片付けられてしまう状態だ。

根間さんに初めて神がかりが起きた頃、ある一つのことが強く訴えられた。

番組では、当時の神がかり中の根間さんの肉声が放送されていたが、まさに壮絶なまでの叫びであった。

「ああ私が悪かったぁー!…………
何としてもこの井戸を、これだけは、これだけは頼みます……!」

と、すでに使われなくなり、埋もれてしまっていたある井戸を再び掘りなおすことに、強く執着したのである。

根間さんは実際にこれを実現し、そしてユタとなった。

万物の根底にある地下水脈、地下世界という異界と、この世とをつなぐ通路。

根間さんの魂、あるいは宮古島の人々や自然の魂にとっては、それがその井戸だったと言えるだろう。
この場合、「井戸は、単に象徴に過ぎない」と言うことはできない。

心理的に大きな何かを乗り越えるというのは、単に「心の持ちようを変える」というのとは、まったく次元を異にする。

うつという病を乗り越えるにも、まず例外なく、ある現実との実際の闘いなくして、遂げられることはない。

だから根間さんも、実際に井戸を開通させねばならなかったのだ。

万物の根底にある地下世界のイメージによって表現される領域を、ユング心理学では「普遍的無意識」と呼ぶが、ユング自身もまた、当時ヨーロッパを席巻していたフロイト心理学と袂を分かった後、精神病様状態をともなう極度のうつを経験している。

そののち、ユングはこの考えを体系化するに至るのだが、彼もまた、フロイトとの決別という苦難に満ちた過程を経ることで、普遍的無意識に達する井戸を開通させたのだと言える。


うつの人々の特徴は、一言でいうならば、ものごとの本質・本筋・矛盾を見抜く目に、曇りがないことである。

だから、まわりの雰囲気や、慣習や、馴れ合いに流されず、いつも本当のことが見えてしまう。

要するに、非常にシャーマン的なのだ。

こういった人々の割合は、どれほど多く見積もっても1パーセントくらいではないかと、私は考えている。

はっきり言って、特殊と言わざるを得ない。

そして、そこにこそうつの人々の苦悩と劣等感がある。

一般の人々は、自力では大きな存在とは繋がれない。
それを導き、繋げてやるのがシャーマンである。

本来の姿のままに自然と人間とが有機的に絡み合い、人間性が生き生きとした文化の中であるならば、シャーマンのような立場となるべき人が、うつになるタイプの人々の中には少なくないのではないかと思うのである。

本来ならば、常に真実を見、正しい言葉を語り、尊敬を集めてこそしかるべき人々が、踏みつけにされ、もがき苦しまねばならない社会。

一体われわれは(というよりも私は)、これをどうすればいいのだろうか。




■カミンチュ(ユタ)とは  


沖縄本島・離島・奄美諸島に古来から存在する民間の巫女・シャーマンのことを一般にユタと呼ぶ。

運勢の吉凶を見たり、死者の口寄せ、先祖事などの霊的相談に応じる。

昔からカウンセラーや精神科医の役割も果たしていた。

他の地方のシャーマンたちと同様、ほとんどのユタは女性である。
カミンチュになった動機を聞くと、ほとんどが「好きでなったのではない」と言う。

他の地方の霊能者と違い、沖縄や奄美のユタは、ユタになることを運命づけられていると思われる人が多い。

そういう人々のことを「サーダカウマリ(性高生まれ)」とか「カンダカウマリ(神高生まれ)」などと言う。


  ■ユカミンチュの成巫(せいふ)過程  


カミンチュの多くは人生のあるときに、離婚や親族との死別などの不幸な体験をきっかけに神懸かりになり、「カンダーリィ(神ダーリィ)」と呼ばれる巫病を患う。

この期間中は精神状態が不安定になり、人によっては不眠、拒食、意識喪失、大声で歌い騒ぐ、身体が震えるなどの状態が続き、精神病者と紙一重になる。

しかし、これはほとんどのカミンチュが経験する「関門」なのだ。

この間、彼らは自分に憑いた神霊や先祖霊に命じられるままに、いろいろな御嶽を回って祈らされたりする。

こうして彼らは自分と関係が深い神霊や先祖霊によって祖先の道を悟る。

するとカミダーリが収まり、霊感が得られる。
この状態をチヂアキという。

そして、ユタと神霊との関係ができ、判示をする存在ができる。

こういう存在のことを「ジヂブン(守護霊)」などと呼ぶ。

カミンチュになった後でも、病気、貧乏、身近な人の死、離婚などの不幸な体験を何度も経験する。
また、幼少時から病弱な人が多い。

ユタのほとんどを占める女性のユタは、ほとんどといって良いほど離婚歴がある。

こうして、ユタになることを拒む彼らにさまざまな災難が降りかかり、けっきょくイヤイヤながらカミンチュに招命されることを承諾するのだ。


  ■カミンチュの分類  


カミンチュには2つのタイプがあり、宮古では天ヌザーを扱う者と、グソー(あの世)ザー
を扱う者にわかれる。

前者は、主に神や遠い先祖に向けた儀式を行う。

後者は死に関連した儀式を専門とし、宮古ではグソーザスとかスンガンカカリャと呼ばれたりする。

沖縄では死者が出ると一族揃ってユタのところへ行き、ユタは死者の胸の内を家族に語り聞かせる

「生まれユタ」と「習いユタ」という区別をする場合もある。

生まれユタは生まれつき神懸かり能力をもっていたり神事を直接神から習った人で、習いユタは、そういうことを他のシャーマンから習ったという違いがある。


  ■カミンチュの役割  


沖縄文化圏では古くから、ユタ禁止、ユタ征伐、ユタ狩りなど、琉球王国時代から明治政府、戦時体制下まで幾度もユタを禁圧した歴史がある。

だが、民衆の要求に支えられて潜伏し、いままで生き続けてきた。

青森のイタコなどは絶滅寸前のようだが、沖縄・奄美のユタは、民衆の必要性に応じて、その数は増える一方であるようだ。

ユタの存在に対して否定的な見解をもつ人々の多くは、祖先の祟(たた)りをことさらに強調し、人の心を畏怖(いふ)させることを問題とする。

だが近年は学者の間でもユタに対する肯定的な意見が多くなってきつつある。

たとえば1997年の多文化間精神医学会のシンポジウム「癒しと文化-土着の中の普遍」では、沖縄土着の癒しの三つのキーワードの一つにユタの「判じ」を挙げ、ユタはある意味で地域の精神保健を担っていたという意見も出ていた。

専門家の間にも、ユタによって「精神的安定」が得られ、それが沖縄人の長寿の秘けつの一つとする見解さえあるようだ。

ユタに見てもらうことを「ユタ買い」という表現をする。

沖縄の精神科医は、患者さんにユタを薦めることもあるという。

こういう習慣を「医者半分、ユタ半分」という。

お医者さんも、その効果をある程度認めているからこそ薦めるのだろう。

多くの人は「カミンチュ=霊能者」と思うだろうが、まったくイコールだとは言えない部分があるように思われる。

カミンチュの多くは先祖ごとを主として行い、人々に「癒し」を与える。

だが、社会や人間を罪から救うというもっと普遍的な目的のために、カミンチュとして立つ者も存在する。

私(百瀬)が会ったある女性カンカカリャは、自分の使命は皆を公平に扱い、神の教えを広め、新しいカンヌプトゥ(神の人)を産み出すことにあると信じている。

だからこそ、われわれはユタの存在を無視できないのだ。


神人(カミンチュ)=ユタへの道先日、伊良部島でお会いした女性から、お電話をいただきました。

その内容は、沖縄の神人(カミンチュ)から、

「あなたは、神さまから、神人(カミンチュウ)にならなければいけない時期に来ています」

と告げられたので、そのことを受け入れて宣言した後、今、毎日、拝所(ウガンジョ)を回っているんですが、何か、アドバイスはありますか?ということでした。

神人になるということは、最終的に、

自分の神を持つ = 神につながる = 神の役目として生きる道

のことを言います。

これは、決して、なまはんかな気持ちではできないことです。

今年の3月の宮古島・伊良部神事のときに、伊良部島に住んでいる方で、現在、神人修行中という女性に逢いました。

その方の苦しさがよくわかりますので、これからのアドバイスをしましたが、神の声と、自分の気持ちをどうバランスよく調和をとるかが、とても難しい期間なのです。

この神人になる道は、普通は、”三年修行”と呼ばれていて、三年間は何をさしおいても、最優先のテーマとして、神の言葉に素直に動かなければいけません。
特に、沖縄以南の神人と呼ばれる人たちは、昔からこのこの期間の苦しさを経験していますので、よく知っています。

でも、周りの人に頭がおかしくなったと思われたり、変な人になったと敬遠されたりするので、この苦しさから逃げ出そうとして、家族の命をとらえたり、大きな事故が起きたり、想像を絶する経験をしている神人も少なくありません。

だから、ほとんどの神人は、自分の三年修行の話はしません。普通の方には、理解できない苦しみがあるからです。

この期間がどんな感じかというと、まず、自分のしたいことは、ほとんでできません。
すべての意思は、神にあるからです。
自我を完全に消すための修行期間ですので、自我と神のいうこととのはざまに陥る苦しい時期なのです。

そして沖縄地方独特の神さまごとに手をあわせる祈りには、必要なものを買い揃えたりもしますので、祈るたびに、お金もかかります。

さらに、祈る時間は、朝も夕も夜中も関係ありません。
神が必要とするときに、動けなくてはいけませんから、ほとんどの方は、仕事ができなくなってしまいます。

こういう経済的な問題や生活パターンの変化は、家族の問題を引き起こしたり、夫婦関係や親戚関係にも、大きな影響がでてきます。

皆さんが、普通だと思っている日常の現実世界での優先事項が、一切できないこともよくあるからです。

神に使え、神の一部となり、神の役目をする神人(カミンチュウ)とは、そういう役目の方たちなのです。

伊良部の神人と話しているときに、”大和の国の人”と私たち日本人のことを呼んでいましたが、現在の日本で活躍しているセラピストやヒーラー、また、スピリチュアルカウンセラーよ呼ばれる人たちとは、まったく違う存在くらいに、ものすごい経験をしなければできない仕事だと理解してください。

私も昔は、自分のことを”霊媒師”としか説明できなかった時代がありますが、今は、癒しの時代のおかげで、世間で受け入れられていることに感謝しています。

しかし、神人は、土地を守り、先祖を守り、すべての御霊のふるさとの神さまの伝言を正しく伝える役として、一生、働らかなければいけない役目の人なのです。

私も実は、大和の人間ではめずらしく、”三年修行”を経験しています。

だから、沖縄や伊良部島の神人に逢っても、互いの歩んできた道の苦しさを理解しあえますし、その結果で得られたお互いの”霊格”を尊重しあえるのです。

お電話いただいた60代の女性は、琉球地方に最初に神が降りた場所と呼ばれる久米島出身ですし、さらに、現在、沖縄本島でも、自分なりに祈ることをずっと続けていた方ですが、それまでの祈りとは、桁はずれの修行の道に入ったことになります。

守るべきところを守る方がいない場所が多くなってきているのも、沖縄以南の島々の現在の大きな問題です。実は、そういう方たちがいないと、天災や災いから、守る霊力や神さまの力が弱まってしまうからです。

現代の風潮の面倒なことはなるべくしないで楽をしようとする一方で、こういう苦難の道へ進んでも、みなさんの土地や日本や地球を守ろうとする方もいらっしゃることを知っておいてください。

だから、皆さんにお願いしたいのは、ウタキや拝所のルールを正しく知り、神人(カミンチュウ)の方たちとの付き合い方も覚えて、その大切なルールを誰かに伝えていかなければ、この日本を守る大きな霊力バランスが、崩れてしまうことになることを知っておいてほしいのです。

現在、それぞれの土地を守っている神人たちと、これから神人(カミンチュウになられる方たちへのご理解と、大切にすることの意味を知り、これからもさらなるご理解とご支援をよろしくお願いいたします。

すべての過去を司る神々たち、そして、その役目を果たす神人たちに、心からの感謝と愛をこめて。



ノロ神様に会いに行く

蝉のシャワーを浴びながら、緑の森の中を登っていきます。
 どこへ向かうかというと…

ノロ神様という生き神様に会いに行こうと山を登っていきました。

 奄美大島には「ノロ神様」とか「ユタ神様」といった生き神様がいらっしゃる。
見てもらったという友達が「すごいよ〜。」と言っていた。
 何がすごいって、例えば電話で話をしていたら

「テレビの上に赤ちゃんの写真を飾ってあるわね。やめた方がいいわよ」

と見てもないのにぴたりとあてるんだそうだ。

 実は奄美に来てから病気やケガばかり、いいことがないなあと思う今日この頃。
今後の指針のために見てもらおうと思って以前から考えていて、やっと実現したわけ。

「卯年の子供がいるね」
「馬がいるね〜。男の子みたいに活発な女の子」

 などなど、不思議にピタリと何年かを当ててくる。
「何に気をつけなさいね」など注意した方がいいこととか、色々お話ししてくださった。

 最後に持ってきた焼酎に何やら唱えてくださってから
「これを家の水回りに全部流してお清めをしてね。
それから外に塩を撒きなさいね。それで家の状態が良くなるから」

「あなたは下をよく見て気をつけて歩きなさいね」

 ハハハそういえば、何もないところで転ぶのは私の特技。

 実は男の子が欲しいと切望してはいたのでちょっと聞いてみたのだが、
「二番目は男の子みたいに活発でしっかりしてるから男の子だと思ってその子に期待なさいな」
と笑顔で言われてしまった。

 それにしても、生き神様。
そこまでみることができるとは。結構すごいのではないかな?
うなずきながら、また道を下っていった。高く昇った太陽が眩しい……。


____________


ユタ神様の所へ行かれたんですね!

島の皆さんもユタとノロを混同してノロ神と言うことが多いのですが、ノロは那覇ン世の時代琉球王朝から辞令を受けて政を担った神女のことでもちろん制度としても今は残っていません。

tokorineさんが行かれたのは奄美の土着信仰のユタ神様です。
同様の例に青森むつのイタコがありますね。
よく当たると言われるユタ神様が島内には二人か三人いらっしゃいますね。
一般の人が普段の生活で意識することはまずありませんし、話題にすることもありませんが、人をみることの出来るユタ神まで昇華できた方はほんの一握り氷山の一角です。

それは過酷な修錬(奇怪な言動を伴なう心身分裂状態)を乗り越えられた稀有な方です。

突然の天命に打たれその道に踏み込んだ殆ど大多数の人たちは心身分裂の迷路を抜け出すことなくその状態のままひっそりと各シマの家々で半隔離状態のまま忘れ去られたように生涯を終わります。
その数はかなり多いようです。またその状態から元の健全な状態に戻ったという例は殆ど聞きません。
普通人からすれば怪しい幻聴の天声に操られ彷徨い行った修行祈念の跡(人知れず夜中に徘徊して行った呪術の跡)を、(少しだけ霊場を感じとれる)私は泉や林や山中の随所でみかけます。
奄美の土にしみ込んだこの霊力が島の闇にぶきみな奥深さを与えているのかも知れません。
投稿: tokorin | 2006/07/13 17:36


ユタ神様に会われたのですか?

私も奄美時代にユタ神様体験あります。
本当にいろいろぴったり当てるので、びっくりしてしまいます。
私はユタ神様のような自然から力を授かった人たちを尊敬します。
だって、その力を悪い方向で使わず、私たちを助けようという良い方向で使ってくださるから・・・。
投稿: patinha | 2006/07/13 19:57 



こんにちは…私は沖縄県に移住して、10年になる男性です。
人間は、二つの人がいます。

1つは、無宗教・無関心・信じない人
もう1つの人は、信じる人

以前は、正直前者でした…
何が、霊だ?はぁ〜?って感じでした。

しかし、災いや、女性関係のもつれや、事故に不幸、まるで、映画の中にいる気分でした。

ある日突然呼吸が出来なくなり、首を締め付けられ、耳元では何やらゴチャゴチャ…

頭がおかしいのか? それとも、アルコール中毒か?
おっかしい自分がいました。

精神科はチョット抵抗があったので、うつかな?と思い、心療内科へ行く。

しかし、処方された薬は効果なし。
7つの心療内科に出向いたが、薬の副作用が…

おかしい…おかしい…あ゛ーーーーーーって感じでしたが、ある日友人が、
お前変やね。
さっきから、水ばかり飲んでるよ。
ん?
それと炭水化物ばかり採る。
?????

友人は、私のことを心配してくれて、ユタと呼ばれる人や神人と呼ばれる人に、僕の写真を持って
相当相談に行ってくれたのですが、
どれもこれも、偽者で、3万円5万円のお金がドンドン出て行きました。

ホームページを調べては、出向き、偽者。
新聞読んでは出向き、偽者。

自分も動ける時は、ネットで調べて、東京へ行ってみたりしましたが、最後には、壷買えとか
供養するには、100万円かかるとか、ほんと、偽者しかいない…。

ある日の事、もうこうなったら、ヤケくそで、適当に会えそうな霊能者に予約を入れ、言われた
10万円を封筒に入れて、ICレコーダー(録音機)をポケットに入れて、大阪まで出向いてみました。

話をしている最中に、色々試してみようと思った。
結局話し上手なただのオッサンだった。

ホテルで、再生すると会話は全て、聞きだした情報から、もっともらしい事を言っているだけ。

あきれたもんだ…

そうこうしている間、ドンドン調子が悪くなり、病院へ。
お医者様から、あなたの場合、私たちの領域では何も出来ない。

と言われたり、原因不明の病気(症状は当てはまるが病名はつけれない)などに、6ヶ月間苦しみ
続け、
総合病院のMRIや血液あらゆる観点から4ヶ月もかけて入退院、
挙句の果てには心臓にカテーテルをグサリさして、全ての検査を沖縄で二つの病院で行ったが、原因は解からず、
結局、実家に逃げ帰り、皆さんも知っている程の大病院で検査しましたが、何の回答も無い。


戻った時に友人からの電話 → いたいた! 本物!!

慌てて飛行機に飛び乗り、向かうは沖縄。

着陸した瞬間に、ドーンと重たい。
ロビーを出て、友達の車へ飛び乗った。
彼は無言で、見知らぬ山へ…
で、友達に本物?
まず、間違いない。

何で?
金いらんらしい…

そんなん、後で壷か?

行けば解かる…

そうこうしてると、到着。
ん?
敷地に入った瞬間、軽い…? 何で?
友達もニヤリ?

お邪魔したのは、だだっ広いフローリングの25畳はある小屋。
座布団も無い。
ひんやりしたお寺みたいな空間だった。

鏡がでっかくて、自分が写った。
んー確かに、死人みたいな色してる。

待つ事10分。
きったない、軽自動車で、オバサンがお待たせ♪

って、大丈夫か?
どう見ても、ただのオバサンで、時計もしていないし、化粧も無い。
貧乏臭い…

でも、近くで目を合わせた瞬間!!!!

眼光の鋭さに、びびった。

何一つ会話せず、膝を突き合わせて、じーーーーーーっとこっちを伺う。

ドンドンずけずけズバズバ、人の過去喋る喋る。

全て当たり。

そして、今度は、質問した瞬間に、涙がポロポロでて(男なのに恥ずかしい)号泣した。

それから、しばらくして、私の側面から出てきた、(誰か知らん)に、文句と罵声を浴びせ

この子に構うな!!
離れろ!!
さもなくば…
って言う、対決をしてくれました。

オバサンは、取り除いてくれた。
苦痛も1週間ほどでウソみたいに無くなった。


▲△▽▼


憑依・降霊現象 3

アイヌのシャーマンの治療分野として大きく以下のジャンルがある。

1.ウェインカラ(透視・千里眼)
霊的障害(サイキック・アタックなど)、心的要因、具体的要因を透視して呪術を施したり、その障害の具体的な治療方法で対応するもの。「空」の境地に入るといわれる。

2.トゥス
治療師のトレンカムイ(憑き神)や患者の先祖などを降ろし、トゥスクル(トゥスする人)の肉体をそれらに支配させ、病因や治療の方法を託宣いただくもの。 いわゆる「トランス状態」に持っていくため、トゥスクルの神憑りの間の記憶はないらしい。

3.ウェポタラ
祈祷師による呪術に準すると考えられる。魔実的要素が濃い。

4.フッサラ
悪霊の嫌う薬草や植物などをを用いて祈りと共に病人に憑く悪霊を追い払うもの。 ウェンカムイ(悪霊)払い。

6.薬物療法(単品・複数のアレンジの治療法)
多くは、民間伝承によるが、霊的なアドバイスにより薬草は個別性に応じて配合するらしい。 筋骨格系、神経系に働きかけ、歪みの矯正、身体のバランス保持やリラクセーションをはかる。 カイロ、整体、指圧、マッサージなどのボディワークの概念を含むとされる。

9.テクマウ(手当て療法)
カムイへ祈り、行う手当て療法。外気功に対応するらしい。

これらの秘儀の継承は家系的に受け継がれるのもと、臨死体験し、魂が持っている要素を引き出し秘儀を授かることが多い。


REF034 二風谷アイヌのウェポタラ 1     Ainu
Exorcism Rites Uepotara in Nibutani, Hokkaido: 1         N.G.Munro D-2
13'00" 1933 白黒サイレント
94011001 (ORG・RETAKE)(Hi8), 92090202 93052603 (AGFA版・字幕無・チセノミと混)(Hi8), 96030801 (非復元版・日本語字幕・チセノミ混)(β-CAM)     

帰化スコットランド人医師N.G.マンローは、第二次大戦前、二風谷アイヌへの医療と健康改善につくしながらアイヌ研究を続けた。その中で撮影され、生前未完成に終った悪霊払いの儀礼の記録、オリジナル版その1(原版16mm)。エカシの祈祷(アッツシ、イナウ)、儀礼(庭先、家の脇:樹の枝)、治療(庭先・川岸、数種類のイナウ)、樹に祈祷(刀、着物を治療に使用)、火のついた草束を患者がくぐる、エカシの踊り(イナウ、刀の使用)、女性の踊り


REF048 二風谷アイヌのウェポタラ 2      Ainu
Exorcism Rites Uepotara in Nibutani, Hokkaido: 2     N.G.Munro D-2
15'00" 1934 白黒 サイレント
92090202 93052603 (チセノミと混じっている)(Hi8)     

N.G.マンローの悪霊払いの儀礼の記録、オリジナル版その2(原版35mm)   

川辺での治療、家の脇での呪い・治療、織物(糸紡ぎ、アットゥシを織る)、揺り篭の子供をあやす、赤ん坊を背負う、頭にのせたものを運ぶ、炉端の周りに集まり食事をする、女性の踊り、輪舞(男女)




不思議なアイヌの超能力


アイヌの霊の世界 (小学館創造選書 56)を取り上げたいと思います。

著者の藤村さんは、アイヌ研究の第一人者で、
現在は北海学園大学の名誉教授ですが、
以前、開拓記念館の研究員をなさっていたときに
主に道東各地のアイヌ文化に関してフィールドワークを実施し、
さまざまな長老の方々と語り合う中で徐々に受け入れられ、
その本質に触れていくことができるようになったということでした。

この本の中で「憑き神」について述べられているところを要約しますと、


・誰にでも憑き神は憑いている。

・憑き神は人が生まれるとともにこの世にやってきて、
 その人が死ぬとその霊共々あの世に返っていく。

・先天的に憑いて来る霊には2種類あり、1人から最大3人で-ある。

・後天的に憑く霊は4種類ある。
 非常事態(たとえば病気)などのときに助けに来たりする霊もいれば、わるさする霊もいる。

・個人以外に人間の集団に憑く神もある。家系や村などの集団組織ごとにいる。

・同じ憑き神が複数の人を渡り歩くことはない。

・その人の動きやしぐさを観察すると、その人の憑き神がわかったりする。

・憑き神を知るためには「トゥス(シャーマン)」のところへ言ってみてもらうと判明する。

・その個人が成長するとともに憑き神も成長し、老化する。


…などなど、という感じですね。

現代スピリチュアリズムで言うところ「守護霊」とは同じ雰囲気のところもあれば、
そうでないところもありますが、大きな差異が見られるわけではない、とも思います。
「わるさする神もいる」、ということですから、それは「憑依霊」として分類されますね。

「守護霊」というと、なんでもかんでも守ってくれるもの、と勘違いしそうですが、
「その人(集団)の成長を助けてくれる見えない存在・神さま」と考えるほうがあっているようですね。


そして、それらの憑き神などの存在を、
普段は意識できないように、この世界もできているわけですが、
どうもこれはちゃんといるんだなーと感じる体験ができるのが、
上記にもあったシャーマン的な特異能力を発揮するような人に出会ったときですね。


本の中に「不思議なアイヌの超能力」という章があり、
そこには巫術行為(トゥス)の系統について述べられています。


 ・トゥスは世代世襲制である。家系をはずれてトゥスができるようになる人はいない。

 ・母親がトゥスをする人であって、子供が誰もできない場合、
  母方の兄弟の子供にできる人が現れたりする。

 ・例えば、姉がトゥスをよくする人で、その姉が急死した場合、
  ぜんぜんできなかった弟が代行する場合などもある。


ということで、霊能力には家系が非常に大切と言うことも分かります。

そういえば有名な霊能者さんのお話を聞くと、ご先祖様が霊能者をやっていた方もいらっしゃいますし、
そのままでなくても、お医者さんだったり神主さんお坊さんだったり、という方が多いような気も致します。

そうするとその方の拝む対象や、浄化の仕方なども自然とその系統を受け継いでいくようです。


また「ノイポロイクシ」と呼ばれる能力もあるそうで、
著者の藤村さんがご存知でそれができるという方はお二人いて、まずある古老の方は、


 ・あるときに「頭痛」がして、そうすると五分以内に来客が来ることがわかる。

 ・その来客も遠方から来る見知らぬ人に限って起こる。

 ・必ず頭痛する部位が、頭の右か左に偏り、
  左の場合は位の高いような大切なお客であるし、右の場合は並の人である。

 ・「はげしい頭痛」がある場合は、とてつもなく偉い人の来客である。


ということであり、もう一人のおばあさんの場合は、


 ・来客する1時間か30分くらい前に頭痛が走る。

 ・荒々しい頭痛の場合は女性の来客で、緩やかなときは男性の来客である。

 ・訪問理由の概略と来客の年齢まで分かる。


という感じで、来客に関して分かるという共通点はあるものの、
細部の情報の伝わり方はそれぞれ違うようなのですね。


それで、「どうして分かり方がちがうのか?」というのは、
私の考えでは、おそらく頭痛が走るようなやり方で、その方々の「憑き神」、
つまり「守護霊」さんたちが教えているのからなのではー?と思うわけですね。
つまり、憑き神さんたちとその受け取る人の能力差によって、
サインの受け渡し方法が違うのだろうと思うのです。

ですから、いろいろ便利そうだからと
若い人などが興味本位で超能力を伸ばそうとしてもそうならないのは、
きちんとそれぞれの憑き神さんが受け取る人の能力や人格を配慮して、
受け取る準備ができている人のみに、お知らせを送っているためと思われます。


ちなみに後のおばあさんの場合は、嫁いだ先のお姑さんがそういう能力があった方で、
離婚した後、自分の故郷に帰ってからご自分にも能力が出てきた、ということですから、
霊能力には実際の血のつながりだけでなく、さまざまなご縁も非常に大切なのかもしれませんね。


そのほか、この本にはカラスの鳴き方でもって来客や死別、
向かいの家でご馳走がある、それが自分の家に回ってくるか、こないか(笑)、
天気のよしあし、豊漁の有無などもわかる、ということですから、
カラスさんもいろいろ考えておしゃべりしているものなのだなーとも思いますが、
今ではすっかり忘れられている以心伝心的なコミュニケーションがあったおかげで、
昔の人々も厳しい自然の中で生き延びて来られたのかもしれないと思いましたね。


アイヌ文化の中のスピリチュアル的な行為の代表としては、
ツス(降霊現象)とウエインカラクル(観自在・千里眼能力)が挙げられるかと思います。

要するに、恐山のイタコさんのような力のある方が村の中にいて、
何か問題が起こるとお伺いを立ててことなきをえた、ということですね、
いわゆる「シャーマン」がいたわけです。

具体的にはどのような感じだったかということで、
今でも活躍中の方がいらっしゃればよいのですが、
なかなか「アイヌ式」などと謳っておやりになっていらっしゃる方は居ないようなので、参考文献として


『アイヌお産ばあちゃんのウパシクマ―伝承の知恵の記録』
 青木愛子 述 長井博 記録
   樹心社 1983年 新版2001年 ¥2000+税

の記述をお借りしますね。

『ウエインカラをするためのカムイノミ等の儀式形式は何もない。
対座する相手と話をしながら、相手の過去や未来のことが見えてしまうのである。

これは目の前にいる相手でなければならないということはなく、
電話に出ている1千キロ離れた相手であってもかまわないし、
今どこに居るかわからない人のことであってもかまわない。
想うと見えてしまうのである。

…病人が来て愛子の治療を受ける。
治療の謝礼として金子(きんす)を包みに入れて差し出す。

開封せずに中の金額がわかる。その金子を借金してきたこともわかる。
貧しい家庭の様子まで見える。財布の金額もわかってしまう。
こうなると貧しい人からは謝礼を受け取れないということになる。

牧場主が1〜2ヶ月後に出産予定の子馬の性別を知りたがる。
生まれる時の様子が見えるので、雄か雌かわかる。

商売の運勢を見てもらいに人が来る。
その商売で動くおかねの様子が見える。
ついでにその人の浮気の様子まで見えてしまう。』


…ということで、この本に出て来る青木さんも、
なかなかお見通しな方だったようですねー。
見たくなくても見えてきてしまう、とのことですから、
とても霊感がおありの方だったようです。

それで、そのような能力というのも、
青木さんの場合は、若い頃に死の淵を彷徨ったことから始まったようですね。

臨死体験をして、あちらの世界へ行きかけたのだが、
「お前はまだやりのこしたことがある!」とかなんとか
守護天使さんのような方に言われて舞い戻ってきたら、
いつのまにかそのような能力が付いていた、という体験談も良く聞きますよね。

また強制的に臨死体験をするようなことをして霊感を高める修行は、
各地の伝統宗教などにも良く見られますね。

ネイティブアメリカンの方などでは
呪術師見習いがひとりで少しだけの食糧を持って荒野をさまよい、
精霊の声の導きを待つ、といういわゆる「ヴィジョンクエスト」などもあり、
ほんとに命がけで行なったようです。

ただ共通しているのは、「見える」ようになるということは、
自分ひとりの力で行なっているわけではないと言うことですね。
ただ、聴きに来る方は「その人自体がエライ先生」と言う風に祭り上げやすくなってしまうので、
霊能者自身も勘違いしやすい、道を誤りやすい、という弱点もあるようです。

そのような能力があっても青木さんのようにずっと謙虚な姿勢を保つというのは
霊能者自身にとっても難しいでしょうから、様々な人にできるだけ救いの手を差し伸べると言う事と共に、人間的にバランスを保つというのは、この世に学びにきている大きなテーマかもしれません。


アイヌ最後のシャーマン_青木愛子フチは「ウエインカラ」ができたそうです。

それは何かというと「千里眼」ですね。

「陰部まで見える」って書いてありましたから、よっぽど見えたそうです、でも見たくない人のも見えて困ったと思いますが。それはがんばってようやっと女湯覗けたらおばあちゃんだらけだった(小6の修学旅行にて)、という感じでしょうか?(^^;)

まぁつまり彼女は数少ない本物のアイヌ霊能者「ウエインカラクル」だったのですね。


たとえばある方が見てもらいに来て、封筒にお金をいただく、そうするとあける前に金額がわかる、そしてそのお金は借金したものだということが見える、だとするとなかなか受け取れない、というような感じだったそうです。

この方は10年位前までご存命だったそうですから、なかなか現代の神人のようだったんだなぁーって思いますね。

あとは「ツス」といって神がかりになることですね、イタコさんのようになることがおできになったようです。

それでその「イタコ」という言葉の語源もアイヌ語にあるようで「イタック(言葉)オイナ(宣託)」の変化だそうです。

それでははー出てきました、アイヌ語で「守護霊さん」というのは「トレンペヘ」って言ったそうです、「憑き神」っていうことですね。

だいたいどんなに凡人でも3人くらい憑いていて、守っているようです。自分の子供の憑き神は大体見ていれば親がわかったそうですが、わからん場合はこういう人に頼んでみてもらったそうです。ご先祖様がどうとかもですね、沖縄ではユタさんがそうですね。

そして書いてあります。


『一人ひとりが持っている光(注:オーラ?)が見える。

明るい人、非常に明るい人はごく少なく、暗く見える人が多い。

何も見えないほど暗い人もある。

暗い人の過去現在をウエインカラしてみると、詐欺、泥棒、異性関係の乱れている様子、売春や覚せい剤、物欲の強い様子等が見える。


ウテキアニ(愛)の精神で生きようとしている人は明るく、無慈悲な人、愛のない人は暗く見えると解釈している。

現在財宝をたくさん所有しているかどうかということとは関係なく、その光の量が見えてしまう。』


ということですね。自分なんかは細かいことは見えないですが、おそらくこの光の量というのは良くわかるんだと思うんですね、ですから、自分が遠くから見ていてもそれは結構良くわかるので占いができるんだと思いますし、あまりはずさないのかな?って思うんです。でももっとはっきりわからないとあかんなぁーっては思いますね(^^)。


ウテキアニ(育みわかちあう愛) 青木愛子ババの一周忌に思う

1989年の秋、日本列島の「気の文化」を考える上で、また日本人の生き方を見つめ直す上でも国内の先住民族・アイヌの伝統文化を学ぶことが最も重要なことだと考えた津村喬さんから、「アイヌ自然医学を訪ねて」という研修名で私と連れ合いにコーディネートをしてほしいという要請があった。 

その前年、私は一年近くアイヌの人達と仕事をしたおかげで、道内のかなりの数のアイヌの人達と知り合っていた。とりわけアイヌ語でカムイノミ(神事)のできるエカシ(長老)や伝統的な女の手仕事を身に付けているフチ(おばあさんの尊敬語)との出会いは強烈で、北海道で生まれ育ってはいたものの今まで実際には知る機会がなかった目に見えない世界・魂の領域を私が意識するようになれたのもこの頃からだった。

 ぜひ年内に第一回目を実施したいという津村さんからの要請を引き受けてはみたものの具体的な提案はなく、全てこちらにおまかせ方式。これは大変な課題を背負ってしまったと悩みつつも、自分が出会い感動したアイヌのコスモロジーをなんとか他の人達にも伝えたいという気持ちがいわば私のエネルギーになっていた。

 アイヌの伝統文化の根幹に学ぼうとするならばシャーマニズムは不可欠なものだが、沢山出会ったアイヌの人達から今もシャーマンがいるという話は一度も聞いたことがなかった。よく考えてみれば、和人がいっきにおしよせた明治以降、厳しい同化政策が一方的に進む中でアイヌの信仰やシャーマニズムの世界は特に差別の対象にされてきたのだから、私が知り合ったアイヌの年輩者達がそれらの事を今でもそう簡単に口にすることはできなかったのだろう。

はたして薬草や呪術的な世界に精通したシャーマンは今も存在しているのだろうか。

どういう組み立て方にしようかと考えあぐねた私は、「アイヌ自然医学」というテーマの研修をするならばやはりこの本しかないと思ったのが『アイヌお産ばあちゃんのウパシクマ(樹心社)』だった。

これは札幌在住の写真家で伝承医学研究家の長井博さんが記録した本で、アイヌの伝統医術の世界、とりわけ人間の誕生・出産に関するコスモロジーが青木愛子ババを通して驚くほど豊かに語られていた。

アイヌに関する書籍は次々出版されていたが、この本のように一人の実在するシャーマンの口から伝承医術が具体的に語られている内容のものは当時これ一冊といってよかった。

 表紙の言葉をそのまま紹介すると

「青木愛子はアイヌコタンに代々続いた産婆の家に生まれ、古代から継承されて来た産婆術(イコインカル)、診察・治療のための特殊な掌(テケイヌ)、薬草(クスリ)、整体手技、あるいはシャーマンとしての技量をも駆使して(ウエインカラ ツス ウエポタラ)、地域住民の心身健康の守り役、相談役として活躍している。

本書は十年にわたって愛子の施療の実際を見、その言葉の一つ一つを丹念に記録して、アイヌの信仰と文化の実態に迫った伝承の知恵の書。」

と書かれていた。

 研修の核となりうる存在はこの人だと思ったもののいっさいの噂を耳にしたことがなかった当時の私は、もしかしたら亡くなっているのではという不安をいだきながら大急ぎで愛子ババ探しを始めた。しかし、意外にも出会いは短距離で実現した。ババは二風谷に健在で、親しくしていた樺さんの母方の叔母さんにあたるというのだ。

「連れては行くが、それから先の話は自力でやるように。」と樺さんに念をおされながら私達が訪ねて行ったのは研修実施一ヶ月前の事だった。

初めて訪ねて行った時の愛子ババは、すでに産婆としての現役時代を終えてはいたものの、鋭い眼光でいきなり「アイヌのモンキー見物に来たのか!」と煙草をふかしながら言った。

参ったなあと思うほどこちらを見透かすような強い眼力と迫力で、こういう人には素直にしなくてはと思った途端、

「なしてそんな青っちょろい顔してる。」とババは連れ合いに向かって言いながら自分の近くに手招きした。

私達がそばににじりよるとババはポイと煙草をほおってよこした。

「いいから二回吸ったらババさよこせ。」。

連れ合いが言われるままに煙草を吸いババに戻すと、今度はババがまたその煙草を一口大きく吸い、薪ストーブの焚き口を開けて火の神様にアイヌ語でなにやら祈りはじめた。私達にはアイヌ語は解からなかったが、何か連れ合いのために神々にお願いしてくれているということはよく伝わりありがたい気持ちになった。


 この時、愛子ババは私達と初めて会ったのにもかかわらず、連れ合いが帝王切開かつ仮死状態で生まれ、決して丈夫とはいえない体で育ち、一ヶ月前に母親を癌で亡くしたせいで身も心も疲れており、父親も病弱で心配の種であることなどを瞬時にして感じとっていた。

質問などいっさいなしで、ババの心の中には連れ合いのことが色々観えてしまっていた。ババはこういうふうにいろいろ観えてしまうことを“胸の知らせ”と言っていたが、初対面で私達はいきなりシャーマンが持つウエインカラ(千里眼)の力を思い知らされた。

 祈り終わるとババはすぐに

「ババのこと信じるか。」

とたずね、私達が信じますと心からそう思って答えると、

「ババのことを信じてこの薬草がなくなるまで煎じて飲めば丈夫になる。間違いないから。」

と言いながら部屋中にぶら下がっている薬草の中から連れ合いに必要なものを選び、無造作に渡してよこした。そして何度も

「あんたのためにやる薬だから他の人には絶対やるんじゃないよ。信じて飲めば効くんだから。」

と言った。

その時ババが連れ合いのために選んだ薬草は、ヤマニンジンとシケレベ(きはだの木の実)、キトピロ(行者ニンニク)だった。

この日、私達はアイヌのシャーマンがウエインカラ(千里眼)と薬草術によって人を癒やすことを身をもって体験した。そしてババは一ヶ月後に研修で訪ねて来る人達にも会うことを約束してくれた。

 再び二風谷を訪れるまでの間、連れ合いはババの薬草を毎日煎じて飲み、どのくらいからか記憶はさだかではないが一ヶ月後には慢性的な下痢が止まり、血色の良い顔になっていた。

生まれつき胃腸が弱いせいか下痢状態の便があたりまえだった彼にとってこれは画期的なことで、どんなに沢山食べても痩せていた体に少しづつ肉がつきはじめていた。


■89年12月、慌ただしい師走の隙間をぬうようにして「アイヌ自然医学を訪ねて」の第一回研修ツアーは実施され、冬〜夏〜秋〜春と季節を変えながら4年続き、5年目は京都気功会の企画として、さらに翌年は春なお寒い道北の白樺樹液採集の森を訪ねつつ通算6年間行なわれ、延べ120人余りの人達が参加した。

 研修内容は毎回かならず二風谷を訪ねて愛子ババと歓談することをはじめ、大長老の葛野エカシや亡くなった織田フチ、木幡エカシ、当時まだ国会議員ではなかった萱野茂さん、杉村京子フチ、千歳コタンのフチ達、その他多くのアイヌの人達の様々な協力に支えられた。チプサンケ(舟おろしの祭り)やラォマップ・カムイノミ(伝統漁法による鮭迎えの儀式)にも参列させてもらった。

また、不治の病いを愛子ババに助けられ、それ以後伝承医学の研究をライフワークにされている長井博さんには、ほとんど毎回お話を聞かせていただいた。


しかしなんといってもこの研修の核となったのは愛子ババである。回を重ねるごとに急速に体調を崩していったババは、入退院を繰り返し、こんどは無理かなと思っていても不思議に研修ツアーの時は自宅に戻っていて皆に会い続けてくれ、毎回参加者とババとの間にはなにかしらのドラマが生まれた。

 ババはウエインカラでその人の不幸や心の傷を観てとると、「かぁわいそうにぃ〜。」と独特の言い方と眼差しでその人を包んだ。いきなりとも言えるその愛の癒しに沢山涙を流した人達がいた。

「いつまでも空家(独身)にしとかないで、もっと素直になれ。幸せになんないばだめだ。」と言われた人。

「真っ直ぐいけ。真っ直ぐいってどんとぶつかれ。」と言われた人。

「あとはここ(胸のチャクラを指差して)、ここの窓を開けばいいだけ。すぐそこまできてるんだから。」と言われた人。

「今のこの人と一緒になれば幸せになるから。」と言われて翌朝すぐに相手の所に行って結婚を決めた人。


ババは終始一貫して皆に最愛の人を見つけ、結婚して幸せな家庭を育むようにと言っていたが、大宇宙の法則からしてそれが自然な営みなのだから自然に逆らわずに生きることが一番だと説いていた。

 また、ババは参加者の何人かの手を握り、ほんの少し手相を観てはその人の不幸や具合の悪さをいったん自分に引き受けその人を癒した。

「なんともない。だいじょうぶだから頑張って。」とババに言われた人は、手を握られている間に悪い手相が消えていた。不思議な話だが本当だ。

ババの説明によるとその人を癒そうとする時、その人の病いや悩みをババはいったん我身に引き受け、その後自力あるいは自分の憑き神様達の力で、引き受けた悪いものを自分の外に祓い落とすのだそうだ。 

皆と歓談しているうちにフゥーフゥーと肩で大きく息を吐きながら、水をがぶがぶ飲むこともしばしばで、

「憑いてた悪いもん引き受けてやったしょ。したから火照って、火照ってどうもなんないしょ。」

と私に耳打ちしながら着ている物を次々脱いで肌着一枚になったこともあった。


こうした“いったん我身に引き受ける癒し”の行為にはものすごいエネルギーを必要とし、歳をとり体が弱ってきたババにはだんだんそれがしんどくなっていた。それにもかかわらずババは自分に助けを求める人が傍らにいれば、たとえ相手が無意識でもつい手を差し伸べ悪いものを引き受けてしまっていた。

 愛子ババは、優れたイコインカラクル(助産婦)であり、ツスクル(降霊能力者)であり、ウエインカラクル(観自在者)であり、薬草や整体を含める各種療術師であった。カムイノミ(神儀)やウエポタラ(まじない)も行ない、さらにはウェプンキネ(看取り)も行なっていた。その人がさわやかにあの世へと旅立つことができるようにその人のトゥレンペヘ(憑き神)と話し合ったりしながら臨終に立ち会うこともしていた。

 これについては昨年9月に出版された『女と男の時空: /ヒメとヒコの時代(藤原書店)』という本の中で、旭川医科大学助教授の松岡悦子さんが「魂を見守る人」というタイトルで愛子ババのことを書いている。84年から88年までの4年間に松岡さんが愛子ババのもとに通って話を聞いたもので、これを読むと愛子ババを通して知るアイヌのシャーマンの役割とは、総じて「魂を見守る」ということなのがよく解る。

助産を意味するイコインカルは見守るという意味であり、臨終を看取るウェプンキネということばも見守るという意味なのだそうだ。

つまり愛子ババは直接的には生まれてくる赤ちゃんや死にゆく人を見守りながら、この世とあの世とを行き来する魂を見守る役目をはたしてきた。そしてこれまでアイヌのコタン(共同体)には、愛子ババのようなシャーマンがかならずいて人々の健康と生と死を見守ってきたのだ。


■私達が「アイヌ自然医学を訪ねて」という研修ツアーをきっかけにして愛子ババと出会った時、ババはすでに現役時代を終えて少しづつあの世へ旅立つ準備を始めていたともいえる。八人の子宝に恵まれ、皆無事に成人してはいたものの私と同じくらい歳の末の娘さんは不治の病いで病院生活が長く、どんなに他人を癒すことができても我が子にその力は効かないのだとババは時々シャーマンの運命を悲しそうに語った。

 私達は6年間、ババと一緒に食事をし、歓談し、研究者のような質問をさけ、ただただ一年に一度皆でババに会うのを楽しみとした。「たまげたなあ。皆、心のきれいな人ばっかしでないの。」とババは大きな目を見開いて言い、かならず皆のためにアイヌ語で祈ってくれた。津村さんが愉気をしてあげるととても気持ちが良いと喜び、「先生こんどいつ来る?。ババの生きてるうちにもう来ないっしょっ。」とわざとだだっ子のように言うのが口癖だった。

 そんなババが第4回目春の時には一緒に山に入り、子供の時よく遊んだというカンカンの沢まで行った。途中茂みの中に生まれてまもなく亡くなったお父さんの霊が姿を現わし、ババはうわさ通りの立派な風貌だとすごく喜んだ。その日の夕方、ババは今まで自分が祝い事の儀式の際、神々と交信するために用いてきたトゥキ(お椀)とトゥキパスイ(捧酒箸)を参加者全員の前で津村さんに贈った。

唐突にお祈りを始め「このトゥキをシサムのツムラに贈るのでカムイよどうかそれを許して祝ってください。」というような内容の祈りが終わると、なんの説明もなしにいきなり津村さんにあげるから持って帰れと言った。津村さんが驚いて「こんな大事なものはいただけない。」と断わると、「甥っこや娘らが持つよりも先生んとこさいくほうが生きる(トゥキが)から。祝い事にしか使ってこなかったんだよ。なしてさっさとしまわない。」とババは相変わらず乱暴な口のききかたをし、隣りにいる私になぜ津村は受け取らないのかと目で言った。ババは津村さんを代表にこうして自分のもとに集い、自分からの一方的な愛だけでなくお互いに癒し合う交わりを本当に喜んでくれていたのだ。

そしてこれから先も手渡した神器が愛と幸せを祝う働きをなしていくようにとババは願っていた。恐縮している津村さんをうながしてババからの贈り物を受け取ってもらいながら、私は全員がこの神器と共に大事な心をババから託されたという実感を抱いた。


■ババがあの世へ旅立ってからも、時々私にはあの独特な話し声が聞こえてくる。

「自分が今までこうして生きてこれたのも、愛のおかげさ。こんな田舎の、それもうんと昔に、なしてババに愛子なんて名前ついたのさ。“愛”でしょ。愛のために生きる人になれって、愛をみんなさ伝える人になれって、どっか上の方(神様)でババの親にそういう名前をつけさせたのさ。

アイヌもシャモ(和人)も全国世界中、神の道は一つなんだよ。“ウテキアニ(註:ウ・互いに テク・手 イ・それを アニ・執る)”さ。解かるかい。

こうやって(自分の両脇にすわった人の手を握り)あんたもあんたも(目で一同に手をつなぎ合うよううながす)ほらこうすれば伝わってくるっしょ。これがウテキアニ。これが愛でしょ。」。研修ツアーで遠くから訪ねて来た皆にババが一番伝えたかった話だ。

 癒しにおいて大切なのは超能力や技術よりもむしろ愛だということは、愛子ババだけでなく多くのヒーラーが語っていることで、気功でもそれは同じことだろう。世界が健康でなければ個人の健康もないという立場も愛を基にしてこそ成り立つものだ。

自分では何も書き残すことのなかった愛子ババは直接触れ合った私達に、大切なものの伝え方、遺し方を教えてくれた。ババの愛に包まれた者は、また自分が出会った人にその愛を手渡していけば良いのだと思う。今は神戸で暮らすババの神器が、協会のこれからの活動の中で、津村さんのそして私達の人生の中で、愛と幸せを祝うことができるようにと祈りたい。


青木愛子の人となりを簡単に紹介するならば、収入になるかどうかの問題は置くとして、アイヌ世界のプロフェッショナルとしてのイコインカルクル(助産婦)であり、ツスクル(降霊能力者)であり、ウエインカラクル(観自在者)であり、クスリや生体を含める各種療術師であるといえよう。

…巫女の側面としては、ツス(降霊現象)とウエインカラ(千里眼)がある。ツスは昭和二十一年五月(三十二歳)に始まり、ウエインカラは章は三十年(四十一歳)、癌の手術で死にかけた時から始まっている。

例えば人生相談のものが来て、すでに他界している先祖の霊にお伺いしたいというようなことで、愛子の肉体に死者の霊を降ろして語らせる現象をツスと呼ぶ。

ウエインカラ、いわゆる千里眼で何でも見えるようになると、人生相談の者が来てもツスをする必要がなくなり、もっぱらウエインカラして見るようになる。巫女として、他の種々のカムイノミ(神儀)やウエポタラ(まじない)等も行う。


というわけで、愛子さんも小さいころから能力があってということではなく、途中からよくわかるようになって来た方のようですね、さらに、女系の方は代々そのような能力をお持ちの方のようです。

では実際にはどのような感じでわかったかというと、

距離と時間を越えて見える

ウエインカラをするためのカムイノミ等の儀式形式は何もない。対座する相手と話をしながら、相手の過去や未来のことが見えてしまうのである。

これは目の前に居る相手ではなければならないということはなく、電話に出ている一千キロ離れた相手であってもかまわないし、今どこに居るかわからないある人のことであってもかまわない。想うと見えてしまうのである。

…病人が来て愛子の治療を受ける。治療の謝礼として金子(きんす)を包みに入れて差し出す。開封せずに中の金額がわかる。その金子を借金してきたこともわかる。貧しい家庭の様子まで見える。財布の金額もわかってしまう。こうなると貧しい人からは謝礼を受け取れないということになる。

牧場主が1〜2ヵ月後に出産予定の子馬の性別を知りたがる。生まれるときの様子が見えるのでオスかメスかわかる。
商売の運勢を見てもらいに人が来る。その商売で動くお金の様子が見える。ついでにその人の浮気の様子まで見えてしまう。

…例えば、一緒に居る人たちには見えないのだが、愛子にだけは大蛇が沼に居るのが見える。

死者の霊が見える。例えば愛子の親しい友人が交通事故で死亡した。死亡してから四十九日目の間は、その友人の例が愛子のところに遊びに来るのが見えて、対話する。愛子にとっては日常的なことなので恐ろしいという気持ちは起きない。

四十九日が来ると、すでに死亡しているその友人の親族の霊が友人の霊と一緒に現われて歌をうたったりする様子が見え、その声も聞こえる。これは四十九日で終わる場合である。


またオーラはこのように見えていたようで、大変興味深いですねー。


一人一人が持っている光が見える。明るい人、非常に明るい人はごく少なく、暗く見える人が多い。何も見えないほど暗い人もある。

暗い人の過去現在をウエインカラしてみると、詐欺、泥棒、異性関係の乱れている様子、売春や覚醒剤、物欲の強い様子等が見える。

明るく見える人をウエインカラしてみると、他人に対して尽くしている様子が見える。ウテキアニ(愛)の精神で生きようとしている人は明るく、無慈悲な人、愛のない人は暗く見えると解釈している。現在財宝をたくさん所有しているかどうかということとは関係なく、その光の量が見えてしまう。


と、なるほど、私も光の量が違うということは良くわかるようで、くすみが内ない人ほど良い人ですよね、しかし、もともと心が温かい人でも、さまざまなストレスがたまっているとその周りにくすみがたまっていってしまって、そのストレスを発散できていない状態が長い間続くと、もともと明るい朗らかな方もふさぎ込むようになってしまったり、ガンコになってお酒に走ったりというわけで、オーラの明るさというのはまず非常に重要かつわかり易いその方の性格、状況の指標になったりしますよねー(^-^)。

ですので、まずスピリチュアルなこと学び、またそれを人生上で活用していくときに、オーラがわかるのとわからないのでは結構差がつくような感じも、実は致しますね。

「そんなオーラなんて普通の人がわかるようになるはずがな〜い!レインボーブリッジも封鎖できませ〜ん!」

とあきらめてしまうのは簡単なのですが、まぁ自分としては自分が一応わかるようになったということは、もっと霊感体質で、かつ慈善的な活動なさっているような人はたくさんいらっしゃるわけですから、そのような方もうまくその能力を特に難しいことを学ばなくても活用できるようになる時代が来ると思うのですね。


歴代継承者について 本書より引用


この本の原稿締めきり間近になって、愛子からこれまでになかった伝承記憶を思い出して語られ、また筆者が再度フィリピンを訪れて確認した事実により、これまでの原稿をそのままにした上で、更に歴代継承者の項を設けたい。この部分を加えることによって歴代の輪郭がよりはっきりしてくるかと思う。


初代の産婆は1756年(宝暦6年)頃、現在のフィリピン共和国・バギオシティー、ラクナムの地、ルソン島北部山岳地方を支配したイゴロット族の聖地アシュラムで生を享けている。

この初代に産婆や薬草等の治療の技術、及び信仰について授けたのは、アシュラムの開祖である

ティエンチンイー(天静一)という名前の男性であった。ツスの中で初代の霊が名乗っている

天静一の名は、実は初代その人の名前ではないことがはっきりした。初代は降霊現象(ツス)の中で、自分の名前を名乗っていないというのが事実である。


天静一は、中国人名のようだが、現在までの筆者の調査によっても、その出身地は不明のままになっている。現在までに判明していることは、船でルソン島に渡りついた異国人である。

薬草その他の治療の技術にすぐれた男で、彼が瞑想の地と定めて住みついた場所が、後にアシュラムと呼ばれるようになったようだ。この地方はイゴロット族の居住域で、天静一はイゴロット族を中心にして周辺の少数民族の畏敬を集めた人物であったようだ。


初代の産婆はそのアシュラムから北海道まで渡って、シトシというアイヌレヘ(アイヌ語名)のシャモと結婚している。シトシはコタン(村)の人々をトバットミ(強盗集団)から護る役目等を持ち、初代の方は産婆や子育ての技術、薬草等の治療術を生かしながら、夫婦で北海道各地のアイヌコタン(村)を巡回した。


初代81歳の時に訪れたヤマモンベツコタン(現・沙流郡門別町庫富)が最後の地となる。初代は、アトイサムという名のシャモの老婦人のチセ(家)に身を寄せている内に急に容体が変化し、おせわになったその老婦人にテケイヌ(診療・治療のための特殊な能力を持つ掌)を継承して他界した。

この時、初代を追って来ることになっていた夫のシトシは、まだコタンに到着していな
かった。この時の老婦人、シャモの女性が二代目継承者になるのであるが、初代との間には血縁関係のないことを、念を押しておきたい。


この二代目アトイサムは出生地不明、1775年頃に生を享け、1855年頃に他界したようだ。

初代からの教育的伝承はほとんど受けておらず、カムイノミ(神儀)の儀式的な継承のみであった。アトイサムは自分の子供に継承せずに、1851年頃に生れたまだ幼ない孫に三代目するカムイノミを行ない、他界している。やはり実践教育的な継承の期間が、ほぼなかったといえる。

三代目ハイネレの夫はアイヌ語名・門別アンリケチュウという名で、比較的若くて他界したと伝えられている。シャモであったようだ。

四代目は、三代目ハイネレの第二子長女・ウコチャテクが継承して、20歳頃に13歳年上の貝沢ウトレントクと結婚している。ウトレントクの父親はウカリクン、母親はシュトラン、祖母カシテクン、二風谷地方の古いニシバの家系であったようだ。


五代目継承者の愛子は父ウトレントク、母ウコチャテクの第七子四女である。以上を簡単に整理すると、青木愛子に伝わるアイヌイコインカル(助産術)やテケイヌ等は、ルソン島のイゴロット族のアシュラム(聖地)から運ばれていることになる。

アシュラムの方にはヒーリング(心霊技術)が歴代継承され、既に他界したが、トニー・アグパオアが現れて、その手術の真偽が世界的な話題になったようだ。

真偽の問題を論ずる趣味は筆者にはないが、聴診器も注射もメスも使わずに手当てを
行なう特殊な掌をアイヌ語でテケイヌと呼ぶことを報告しておきたい。


二代目、三代目はヤマモンベツコタンに、四代目、五代目は二風谷に定住した。初代以降五代目まで、アイヌの信仰と文化の中で人生を送っている。

しかし、アイヌと結婚した者は、現在までの調査では四代目ウコチャテク一人が判明しているだけである。


青木愛子さんについては

アイヌ民族 (朝日文庫) (文庫)
本多 勝一 (著)

でも詳細に紹介されています。  

▲△▽▼

輪廻転生とシャーマニズム
 われわれには自我があり、それは脳などの有機的な組織に依拠しておらず、ゆえに死後も存在し続けると仮定してみよう。

では、その次にはどうなるのか?

一つの可能性として、霊魂は死した身体を離れた後ただちに、あるいは間隔をおいて生まれ変わり、別の身体に入って新たな人生を始めるという考え方がある。

実際、太古から特定の信仰を持った人々は死後の生まれ変わり、すなわち『輪廻転生』を疑わざる事実として受け入れてきた。

世界の主要宗教のうちヒンドゥー教と仏教の二つはとりわけそういった思想の中核を成しており、初期のケルト人のキリスト教会でも積極的に輪廻転生を教義として導入していた。
 
 近代科学の登場以前、人間には霊魂が存在するということ、そして死後の世界の存在は疑問を差し挟む余地もない“事実”であって、その存在を疑う者などほとんどいなかったのである。

世界宗教の教えはそれぞれ、独特の死後の世界観を持っていて、それは基底となる精神風土あるいは文化潮流によって大きく異なっている。前述したヒンズー教や仏教の教えでは、人は最終的に現世の苦しみを逃れ、最高原理である梵天との神秘的で至福に満ちた合体に至るか、涅槃に入るとされる。また古代ギリシア人、ローマ人、ヘブライ人は、死後の霊魂は暗いハデスや冥土に向かって旅立つものと信じられてきた。
 
 肉体は滅んでも霊魂は永遠に消えず、再びこの世に生まれ変わる――催眠術での『過去生』への退行、子供が突然思い出す他人の経験、あるいは大人の中にある『遠い記憶』、デジャ・ビュ(既視体験)の経験――生まれ変わりの証拠であるとされるこれらの体験を徹底的に収集かつ分析するため、中国国際生命科学院が大規模な調査を実施した。

同院の性現象研究室の科学者、賈天全(カーテンゼン)、張建佛(チョウケンウェイ)両教授はその調査結果から、輪廻転生の存在を確信している。調査では6人の転生が確認され、分析の結果、中国で起こった転生には次のような特徴があることが分かった。

転生は都市部では起こらない。中国の転生事例は辺鄙な山奥の小村に多く、人口の多い都市部には一例もない。

前世から今世への転生時間は一定しない。

収集した事例では4時間、4ヶ月、11年あるいは18年と“再生”に要した時間はバラバラであった。

前世の記憶は、3〜7歳くらいまで残る。

言葉を話せない2歳以前は不明だが、7歳以降は前世の記憶よりも今世の生活の比重が重くなるため、前世の記憶は薄れるか、時には完全に消滅してしまう。

転生した人間は、超能力を持つ人が多い。

調査では千里眼、予知能力、念力を持つ人や、心霊能力(死後の霊を実体として見る能力)を持つ人が確認されている。

前世と今世の性は同じとは限らない。

前世で男性だった人が女性に生まれ変わる場合もあるし、その逆もある。

生活習慣や趣味嗜好には前世の影響力があるとされる。前世で煙草好きだった人は、今世でも三歳の頃から煙草を吸っていたとか(オイ…)。

前世を思い出すのは、肉体的負担を伴う。前世のことを連日話したあと2、3日間、思い風邪のような症状になる人もいる。


 前世を覚えていると主張する人は世界中に数多く存在する。

しかし、よく耳にする批判の一つとして、有名な歴史上の人物の生まれ変わりと称する人があまりにも多すぎるというものがある。

1930年代には、ジョアン・グラントというイギリス人女性が、古代エジプト(ギリシアと並んで前世の話によく出る行き先)の華やかな人生の思い出を続けざまに脚色してみせて名声を得た。

他にも、スコットランド王ジェームズ四世としての前世を思い出した女性や、チャールズ二世の愛妾ネル・グウィンだったと称する女性などがいる。

しかし、アメリカにおける188件もの事例を対象とした最近の調査では、大半の被験者が矛盾だらけのお粗末な前世を思い出していることが分かっている。


◆逆行催眠と前世

 逆行催眠というものがある。

催眠術を使うことで、人を青春時代や子供時代、幼児期へと年齢退行させ、忘却の彼方にある過去の記憶を取り戻そうというものだ。

この逆行催眠を徹底すると、胎児の状態を超えて前世にまで遡ることができるという。

輪廻転生の研究においては、当初、意識的に前世を思い出すケースが対象となる事例の中で大部分を占めていたが、1950年代初めに催眠術の被験者が誕生の瞬間からさらに前世まで逆行することで、輪廻の証拠となる比類ないほど大量の情報を採集できることが発見され、この分野の研究は飛躍的に進歩した。俗に『前世逆行』と呼ばれる初の重要な事例は、1952年コロラド州で行なわれている。
 
 モーリー・バーンスタインという名のアマチュア催眠術師が、ヴァージニア・タイという若い女性に催眠術をかけ、精神を前世まで逆行した結果、彼女が1798年から1864年まで中流階級のアイルランド女性ブライディー・マーフィーとして生活していたことが分かったというものだ。

その時、タイは中西部アクセントからアイルランドなまりにすっかり切り替わると、19世紀前半のコークやベルファストでの日常生活について、説得力ある細かい内容をとうとうと述べたという。

バーン・スタインが1956年にこの事例の記録を出版すると、たちまち大評判となり、彼に倣って催眠術による前世逆行実験を行おうとする者が雨後の筍のように続出した。
 
 もっとも当時のアイルランドに関する記録はほとんど残っておらずタイの話を確認することは難しいことから、バーンの実験に疑問を呈する人も少なくない。

結局、逆行催眠で得られた記憶が本当に前世の記憶なのかどうかは、歴史的にも確認できる詳細な前世記録を収集し、その中に時代錯誤と思われるものを探すことでしか証明され得ないのだ。

催眠術によって極めて暗示にかかりやすい状態にある被験者が、催眠術師の誘導的な尋問によってヒントを得たか、あるいは知っている歴史記録をもとに空想を作り上げただけという可能性を完全に除外することはできないだろう。

 
 例えば、ハリー・ハーストという被験者は、前世逆行によってラムセス三世時代のエジプトに古代都市テーベが存在したことを記憶していた。

その他にも、彼はローマで広く使用されたセステルティウス硬貨を持っていたと述べた。

しかし、ハートの証言の細部を確認するように依頼されたエジプト学者は、そこに明らかな矛盾点を数多く見出した。

ラムセス時代のエジプト人なら、この都市を“オン”とは呼んでも“テーベ”とは言わない。テーベとは後代のギリシャ人作家たちがつけた地名なのだ。

さらに、エジプト人は歴代のファラオに番号をつけたりはせず、誕生や王位や治世の名前を複雑に大系立てて、同名異人の支配者を区別していた。
 
 当時のエジプト人がラムセス“三世”などという現代的な称号を知ってるはずがないのだ。

また、セステルティウス硬貨が初めて流通したのは、ラムセスの治世から1千年後のことだった。

しかし、このような決定的な矛盾点にさえ、逆行催眠による前世の記憶の妥当性が完全に否定されるわけではないと主張する研究者もいる。前世の記憶が現世の体験にどの程度ふるいにかけられるかの問題にしかならないと言うのだ。

研究者たちがこうした前提を認める以上、前世でイタリア人だった人がその記憶を英語で述べたとしても、被験者が空想にふけっているという決定的証拠にはならないということになる。

一方で、被験者が異国語を話した数少ない事例を調べれば、前世の記憶の信憑性をより確実に評価することができるという主張も確かであろう。
 
 心理学者イアン・スティーヴンソンは、逆行催眠の被験者がノルウェー語を的確に交えながら当時のスウェーデン語を流暢に話したという事例を紹介している。

しかし、こうした事例に対して心理学的な立場から有力な批判・反駁を行おうという研究者も存在する。その一人イアン・ウィルソンは人間の驚異的な記憶力を証明するある事例を挙げている。

ジャンというマージサイト出身の若い被験者は、1556年にチェルムズフォードで行なわれた巡回裁判で魔女として裁かれたジョアン・ウォーターハウスという少女の劇的な前世を思い出したと言う。

ウィルソンは古い記録を徹底的に捜索し、確かに同名の女性がこのときの巡回裁判で魔女として裁かれたことを確認した。
 
 では、ジャンの事例は輪廻転生の確固たる証拠になり得たのかというと、それとは逆だったのである。

当時の資料によれば、実際に裁判があったのはジャンが述べた日時から10年後の、1566年7月だったことが分かったのだ。

この混乱の元凶と思われる情報源は巷に流布していた巡回裁判に関する書籍であった。

ジャンの語った1556年とは植字工が犯した致命的な写植ミスであったのだ。

ジャンが、どこからその記憶を仕入れたのかは正確には指摘できなかったが、安っぽいラジオ・ドラマか少女漫画、あるいは図書館で隣の人が開いていたページから偶然的に拾った記憶だったのかもしれない。


ウィルソンは自分の研究結果をまとめて、次ぎのような結論を下している。
 
 催眠術下で得られる前世の記憶は、実際は、脳が記憶とは認識しない内容を想起するときに起こる無意識の剽窃、つまり“隠された記憶”という心理学的現象の例である。

ウィルソンはさらに、催眠術下でさまざまな人生を思い起こすのは、一般的には子供時代の精神的外傷(トラウマ)の結果として、一部の精神病患者に現われる多重人格になぞらえることができるとも示唆している。

生まれ変わり現象に対して、多重人格障害を理由に持ち出したウィルソンの主張は物議をかもしたが、1950年代以降、多重人格障害は催眠逆行療法と並行して増加傾向にあり今や世界的な広がりを見せている以上、彼の論点は軽視されるべきものではないであろう。


◆シャーマニズムと人格分裂

 興味深いことに、多重人格症の患者の中には分裂した人格のほかに不可解な人格、例えば死んだ人間の“魂”の人格が存在する例があり、『悪魔憑き』や『憑依現象』と勘違いされることがある。

また交代人格が、自分は複数の人間に乗り移っていた『霊』だと主張したケースもあり興味深い。

当然、そのような死者の記録を調査して、実際に該当する人物が見つかった例は皆無に等しく、被験者が潜在意識の奥で作り上げた空想上の“魂”であることは歴然としている。

このように近年、退行催眠で“思い出した”記憶には多分に被験者の空想が混在することが分かったため、すでに欧米では退行催眠の妥当性に対する信頼は大きく後退している。
 
 確かに被験者に催眠術かけ、記憶を遡って昔の自分に戻させることで、顕在意識の上では忘れてしまった潜在的記憶を呼び起こす退行催眠は、現在でも幼少時のトラウマをさぐる目的で心理カウンセリングなどで活用され、また宇宙人に連れ去られ記憶を消されたと主張する人たちの記憶を取り戻す目的で用いられることがある。

しかしその一方で、催眠術師あるいは心理療法師の誘導の仕方如何によって、退行催眠が偽の記憶を作り出してしまう可能性も警告されている。

カールトン大学のニコラス・スパノスと共同研究者は、このことに関する興味深い実験を行っている。
 
 スパノスらは被験者に、「自分の眼球運動と視覚探索能力がよく連動している」と信じさせ、それはベビーベッドの上で揺れるモービルのある病院で生まれたからと説明した。

そして、被験者の半数には「実際にそう確かめる」という名目で退行催眠をかけ、半分には幼児期の体験をイメージするようにという“記憶再構成誘導”を施した。

すると、催眠をかけられた人の56%、誘導を受けた人の46%が、実際にはなかった揺れるモービルの病院の様子を思い出したのだ。

あるいは退行催眠に依って前世を思い出したという事例は古来から存在したシャーマニズム、ないしシャーマンによる憑霊現象などと比較することができるかもしれない。

 
 多くの部族社会で重要な地位を占めるシャーマンは宗教や呪術を司る特殊技能者で、シベリア、中央アジア、北アメリカ、オセアニアなどの狩猟採集文化に広く見られる。

シャーマニズムは、シャーマンを中心とする宗教形態で、通常、そこでは精霊や冥界や霊の世界が一般的に信じられている。

シャーマンは恍惚状態に入ることで自己の魂を霊の世界に送り込み、霊と意思を通じ合わせる特殊な存在であるとされる。

その際シャーマンはしばしば幻覚や幻聴を引き起こす――彼らに言わせれば“神聖な薬物”を使用する。

例えばシベリアのシャーマンは、トランス状態や幻覚を起させる薬として、ベニテングタケやカラカサタケなどのキノコを煎じた液を飲む。
 
 多数の人類学者や古代宗教の研究者によれば、このように意識の変革を起させるためにキノコなどの幻覚性物質を用いるのは極めて古い時代、おそらく人類の歴史と同じくらい古いのではないか、と述べている。

古代ギリシアでは、エレウシスの神秘宗教の新入会員に“女神の姿が見えるようにするため”、特殊な菌類を飲ませた。

同じように、古代インドでは、ソーマというものが“神々の食物”であると同時に、神々の顕現に接したいと考える人々のために選ばれた食物でもあると言われていた。このソマの正体が、シャーマンが飲んだ何らかの幻覚性物質のようなものであろうことは現在では異論がない。
 
 さらにスペインの年代記作家ゴンサロ・ドビエドによれば、ネイティブ・アメリカンのシャーマンたちは、霊と意思を通じ合わせることができる秘密の手段を持っていたという。

「シャーマンは恍惚状態にあるように見え、また不思議な苦痛を感じているようでもあった。……

彼は意識もなく地面に横たわり、族長やその他の人々が自分たちの知りたいと思うことを尋ねると、霊がシャーマンの口を通して、きわめて正確な答えを与えた」


と彼は書いている。しかし、古代のシャーマンたちと同様、トランス状態に入る現代の霊媒師たちは幻覚性物質など用いていない。彼らが霊を憑依させる(厳密にはそう信じ込む)ための主要な手段はおそらく“自己催眠”であろう。

 
 先に多重人格障害について述べたが、シャーマンや霊媒師が“支配霊”とか“霊の導き”と呼んでいるものの大半は、この多重人格症の一例に過ぎないのではないか、という解釈である。

この場合“別の自我”は、表面に現われると本来の人格を完全に乗っ取ってしまうため、当人には別の人格になっていたときの記憶はまったくない。

こういうと、通常の多重人障害のパターンと、シャーマニズムの憑霊あるいは交霊会で霊媒が支配霊を呼び出すときの様子はあまりにも違いすぎる、という反論もあるだろう。

しかし、シャーマンや霊媒師は霊魂を呼び出す際に、ほぼ例外なくトランス状態に入る。とすれば、トランス状態の下で、霊媒が自分でも気付かないうちに別の人格を出現させたと考えることも可能なのだ。
 
 実際、この現象は精神病歴のない正常な人に催眠術をかけた際にも、不意に起こる場合があることが知られている。

ではこの場合、霊媒の出現させた“第二の人格”が特定の限られた人しか知り得ない情報を知っているのはなぜだろう。

これを説明するには、人間の心に潜む驚異的な力、俗に『神話作成』として知られる能力を引き合いに出さねばならない。神話作成とは、誰かが催眠術にかけられてトランス状態にあるときに、よく“過去生”という形で語られるものだ。

これは非常に説得力のある詳細な話や、神話を創作する能力を伴っており、その結果が一部の霊媒に“潜在意識の偽造”の能力を与え、死者の声や生前の癖や筆跡、さらには作曲やデッサンのスタイルまで真似る力を与えるという。
 
 実際に、催眠術にかかった被験者が、突然、通常の生活では気付いてもいなかった才能を示す場合があることはよく知られており、ある人は催眠状態で見事な絵を描き、またある人は巧みな歌を歌う。

人間は通常、脳細胞の1割しか使っていないといわれ、残りの9割の部分は無意識状態で普段は意識できない領域である。

催眠中に失われていた記憶を呼び戻したり、あるいは非常に重たいものを軽々と運んだりするなど、催眠術には脳細胞の残りの9割を活性化させる働きがあると言えるのだ。

潜在意識の偽造は、交霊会の霊媒師や恐山のイタコなどに特有の心理現象というわけではない。意識的であれ無意識的であれ、おそらくは死人の生まれ変わりを称する多くの人々に適用できると言わなければならないだろう。
 
 いわゆる前世を記憶していると主張する人々は、宗教的に輪廻転生が認められてるインドやスリランカ、その他アジア地域などで出生している場合が多い。

ヴァージニア大学の朝心理学者、イアンスティーヴンソンがインドで収集した事例の3件のうち2件は、貧しい境遇の子供が上位カーストの一員として前世を記憶していたという。

この場合、子供の側に願望的思考が窺えるだけでなく、生まれ変わった人格が元の家族に財産の所有権を主張する可能性も認められる。

実際、ヴィア・シンという子供が、前世での父親ラクシュミ・チャンドに財産の三分の一の分与を公然と要求したが、チャンドが不運にみまわれて新しい父親より貧しくなってしまうと、元の家族への関心を失ってしまったという妙に現実的な事例まである。
 
 スティーヴンソンが収集した有力な事例には、前世で負った傷跡に相当するアザを持った子供たちが数多く含まれている。

その一例がラヴィ・シャンカールというインド人少年の場合で、この少年は前世で惨殺されて首をはねられたアショーク・クマーという少年だったと主張した。

実際、スティーヴンソンはシャンカールの顎の下にナイフの傷跡に似た、細長いアザがあるのを発見している。しかし、アザは生まれ変わりが実在する決定的証拠にはとてもなり得ないのが実状である。

むしろ、このようなアザに合理的な説明をつけるために、わざわざ前世の記憶を作り上げたというのが本当のところだろう。とはいえ、多くの事例の中には、虚言や精神分裂症そして催眠による神話作成だけでは説明できない事例があることも確かである。


「神々の糧」:トリプタミン幻覚剤と意識のビッグバーン

ホモ・サピエンスは5万年前に知性が爆発的に急成長し、アフリカから脱出した150人程度のグループが現在のすべての人類の祖先となったとされている。アフリカで意識のビッグバーンを引き起こしたものは何だったのか。

『神々の糧(Food of the Gods)』のテレンス・マッケナは、強いエクスタシー感覚をもたらす世界中の向精神性植物を比較検討し、アフリカ中部で幅広く植生し、人類祖先の食糧となった可能性があるのはトリプタミン幻覚剤を含有する植物・キノコ類ではないか、と推理する。

トリプタミン系のシロシビンを摂取すると視覚が鋭敏になり、性的な興奮を誘発するという実験を引き合いにしながら、マッケナは5万年前の激変を以下の3点から考察している。


■ 1. 鋭敏な視力は狩猟や採集を大幅に向上させ、食糧の大量確保が可能になった。

■ 2. 性的な興奮を引き起こし、人類の急速な繁殖に役に立った。

■ 3. シャーマン的なエクスタシーを経験し、超自然的な判断力・予知能力・問題解決力をもつ指導者が現れた。


視力向上によって「狩猟される側」から「狩猟する側」に転換したともいえる。裸眼視力が3.0〜5.0に上がっただけではなく、心の目による察知能力も高まり、安全な住み家や集落を確保したうえで、生めよ殖やせよ、が起こったのかもしれない。

やがて超自然との交流を専門にするシャーマンの家系が生まれ、神秘世界や生命現象が徐々にコトバで表現されるようになり、ここから宗教や文字社会へと発展した、と想像できる。

わたしが主張したいのは、初期人類の食物に含まれていた突然変異を起こさせる向精神性化学化合物が、脳の情報処理能力の急速な再編成に直接影響を与えたということである。

植物中のアルカロイド、とくにシロシビン、ジメチルトリプタミン(DMT)、ハルマリンといった幻覚誘発物質は、原人の食物の中で、内省能力の出現の媒介を果たす化学的要素となり得るものだった。<中略> 

この過程のもっと後の段階で、幻覚誘発物質は想像力の発達を促し、人間の内部にさまざまな戦略や願望をさかんに生み出し、そしてそれらが言語と宗教の出現を助けたのかもしれない。(p41)


著者はエクスタシー感の高い“ドラッグ”を以下の4つに分類する。


1. LSD型化合物・・・近縁はヒルガオ、麦角など

2. トリプタミン幻覚剤・・・DMT、シロシン、シロシビン(豆類など)

3. ベータ・カルボリン系ドラッグ・・・ハルミン、ハルマリン(アワヤスカのベース)

4. イボガイン科の物質・・・アフリカと南米に存在


余談だが、本書では『神々の果実(Magic Mushroom)』にも登場するベニテングダケについては、若干の向精神性はあるものの、安定的なエクスタシーはもたらさないとして除外されている。

私も『神々の果実』を読んでみたが、インドのソーマ(Soma)に関しては文献学的に説得力があるが、飲尿習慣を絶対の前提とするところが難点だ。また、神話学やユダヤ・キリスト教に関しては、拡大解釈が甚だしい。


ともあれ、人類の祖先がアフリカのトリプタミン幻覚剤で意識のビッグバーンを経験したと仮定すると、その後の放浪地では良質の幻覚剤に恵まれなかったということか。

エジプト脱出のモーゼは麦角(LSD)の知識が豊富だったという説もある。エレウシスの秘儀は麦角ビールのような特殊大麦飲料を使っていたという考察もある。だが、麦角は一歩間違うと大量の死者を出す猛毒物質でもあるため、扱いが困難だ。


アヘンは中国を攻略する薬物となり、“スピリット(精神)”と呼ばれるようになった蒸留アルコール飲料も、大量の中毒者を出して社会不安を広げた。

アヤワスカは現在注目されているものの、これを使っていた中南米の民族が戦略的な優位に立てていたかどうか。

砂糖・コーヒー・茶・チョコレートは、医薬品や催淫剤としては期待倒れだった。現代社会が抱えるタバコの害についてはすでに周知の通りだ。


現代社会では草原で狩猟をするような視力は不要であり、人類全体の視力は低下する一方だ。生めよ殖やせよの効果が効き過ぎたせいなのか、地球上の人口がこれだけ増えても年中型の発情は続き、それでも満足できず、「もっともっと」とドラッグを求めている。

残された快感と英知の世界は、シャーマン型のエクスタシーの世界だ。このエクスタシーを一般庶民が常時体験するような革命の日々は、果たして訪れるのだろうか。


モーゼが視たヘルメス蛇の幻想 ― 龍神イエスを導くマトリックス


ヘブライ大学の認知心理学の教授がモーゼ研究で面白いことを言っている。


◆AFP:十戒を受けたときモーゼはハイだった、イスラエル研究報告(2008/3/6)  旧約聖書に登場するモーゼ(Moses)はシナイ山(Mount Sinai)で神から10の戒律を授かったとされているが、それは麻薬の影響による幻覚経験だった――イスラエルの研究者によるこのような論文が今週、心理学の学術誌「Time and Mind」に発表された。

 ヘブライ大学(Hebrew University)のベニー・シャノン(Benny Shanon)教授(認知心理学)は、旧約聖書に記されている「モーゼが十戒を授かる」という現象に関し、超常現象、伝説のいずれの説も否定。

モーゼもイスラエルの民も麻薬で「ハイになっていた」可能性が極めて高いとしている。

 モーゼが「燃える柴」を見たり、聖書によく出てくる「声を見た」という表現も、麻薬の影響を示しているという。

 教授自身も麻薬を使用して同様の感覚を味わったことがあるという。

1991年、ブラジルのアマゾンの森林で行われた宗教儀式で、「音楽を見る」ための強力な向精神薬、アヤフアスカを服用。精神と宗教のつながりを視覚的に体験したと言う。

 アヤフアスカには、聖書の中でも言及されているアカシアの樹皮でつくる調合薬と同程度の幻覚作用があるという。

「アヤフアスカ」はアヤワスカとも呼ばれる幻覚調合剤で、エハン・デラヴィやグラハム・ハンコックなど意識の冒険家たちが何度も服用している。

このアヤワスカを飲むと大蛇の幻覚を例外なく見ると言われているが、シャーマンとしてのモーゼがアカシア樹脂を使って同様の幻覚作用を得ていたとすると、モーゼの「蛇の杖」や「炎の蛇」や「青銅の蛇」も説明がつく。


蛇信仰は世界中で普遍的に存在するが、旧約聖書の創世記では蛇はサタンの化身であり、イブをけしかけて知恵の実を食べさせた。

一方、エジプト脱出のモーゼは杖を蛇に変えたり、堕落した民を炎の蛇で殺してしまうという“蛇使い”だ。


◆旧約聖書 『民数記(Numbers)』 21:4−9 (新共同訳)

彼らは、ホル山を旅立ち、エドムの領土を迂回し、葦の海を通って行った。

しかし、民は途中で耐え切れなくなって、神とモーセに逆らって言った。

「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのですか。荒れ野で死なせるためですか。パンも水もなく、こんな粗末な食物では、気力もうせてしまいます。」 

主は炎の蛇を民に向かって送られた。
蛇は民をかみ、イスラエルの民の中から多くの死者が出た。

民はモーセのもとに来て言った。

「わたしたちは主とあなたを非難して、罪を犯しました。主に祈って、わたしたちから蛇を取り除いてください。」 

モーセは民のために主に祈った。主はモーセに言われた。

「あなたは炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれた者ががそれを見上げれば、命を得る。」 

モーセは青銅で一つの蛇を造り、旗竿の先に掲げた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぐと、命を得た。

最も不思議なのは、ユダヤの民が許してくださいと哀願したときに、蛇にかまれても死ぬことのない“解毒装置”として、「青銅の蛇」を用意したことだ。蛇にかまれても、この青銅の蛇を見ると命を得るという。

偶像を拝んではいけない、他の神を拝んではいけないといいながら、チャッカリ蛇の偶像を用意したことになる。

みんな死ぬのが怖いので、この青銅の蛇をありがたや、ありがたやと拝むに決まっている。どうして蛇の天敵である「鷲」や「鷹」の像を使わないのか。あるいは「ヤウェ、ヤウェと10回繰り返せば直る」という言葉のパワーを使わないのか。


◆旧約聖書 『列王記 下(II Kings)』 18:1−4 (新共同訳)

イスラエルの王、エラの子ホシュアの治世第三年に、ユダの王アハズの子ヒゼキヤが王となった。

彼は二十五歳で王となり、二十九年間エルサレムで王位にあった。

その母の名はアビといい、ゼカルヤの娘であった。

彼は父祖ダビデが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行い、聖なる高台を取り除き、石柱を打ち壊し、アシェラ像を切り倒し、モーセの造った青銅の蛇を打ち砕いた。

イスラエルの人々は、このころまでにこれをネフシュタンと呼んで、これに香をたいていたからである。


時代が下ってヒゼキヤ王の時代になると、モーゼの造った青銅の蛇は打ち砕かれてしまう。

蛇神は拝んではいけませんよ、何度注意しても、人々は蛇を拝んでしまっていたということだろう。

しかしながら、この蛇拝みの元を造ったのはユダヤ教の開祖モーゼなのだ。


蛇神というとおどろおどろしいが、いわゆる地の神の象徴であり、龍神さまと言ってもいい。龍神の側に立って、旧約聖書にある「ヤウェ vs 龍神」の対立構造を読み取ると以下のようになる。


ヤウェがこの世を創造したけれど、ロクなもんじゃないよ、この世界は。

アダムとイブを救うべく、知恵の実を食べさせる龍神さまの電撃作戦がついに決行!

ところがヤウェが「原罪」と恐怖政治の手法を使って闇の人間支配を継続。

これに反撃すべく、モーゼが登場。ヤウェだけを拝むように見せかけて、「青銅の蛇」を拝まざるを得ない仕組みを構築。

ヤウェの化身ヒゼキヤ王がこの工作に気づき、龍神の通信機「青銅の蛇」を破壊。

互角の戦いといったところか。

で、この後にユダヤの律法主義を批判しながら登場するイエスは、さて、どちら側の化身なのか。

正統派のキリスト教会は口先でユダヤ教を否定・超克したと言いながら、<ユダヤの神=キリストの神>という路線を選択。

一方、キリスト教の異端であるグノーシス派は<ユダヤの神=サタン、キリストの神=龍神>を選択している。

ユダヤ教の神ヤウェがサタンであるとすると、アダムとイブに知恵づけをした蛇が本当の神さま(龍神さま)だったということになる。

また、イエスこそが龍神の化身であり、ヤウェが仕組んだ「原罪」を浄化するために、あえて十字架に掛かって犠牲になったという解釈や、スキをついてサタンをコブラツイストで締め上げたという解釈も成り立つ。

中世のキリスト教では、旧約の神様が偶像崇拝はいけないと何度も警告したにもかかわらず、イエスの磔刑や聖母マリアを偶像にしてしまう。

一方、東欧で栄えたグノーシスのボゴミール派は、龍神イエスを処刑した十字架を拝むなんてトンでもないということで、十字架を含めいっさいの偶像を否定した。

ルネサンスになると、エジプトのヘルメス主義やギリシャの秘儀、ユダヤ教のカバラなどを融合した新プラトン主義が台頭する中で、「十字架に架かる蛇」(フラメル紋章)も現れる。

反カトリックの神秘主義者は<蛇神=イエス>をほのめかし、詭弁のキリスト教徒は<これはモーゼの青銅の蛇を意味し、イエスの磔刑を予言したもの>とうそぶいて、“旧約は新約の予表”という預型論(タイポロジー)に溺れる。

いずれにせよ、一方が神で他方はサタンであるという善悪二元論を超越しない限り、旧約を“聖”書に仕立て上げたバイブルであれ、旧約を全面的に否定したグノーシスであれ、英知に至ることは不可能であろうね。
http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1714647
5. 中川隆[-12937] koaQ7Jey 2019年1月17日 08:45:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告
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東野圭吾 秘密で直子の人格が藻奈美から消えていったのは、藻奈美の演技なんかではなく、ユングの死と再生の儀式そのものなんですね:
死と再生というテーマ

ユング心理学の本を読んでいて「死と再生」というテーマにたびたび出会うことに気がつきました。

ここでいう「死」は肉体的な死を意味するのではなく、象徴的な「死」のことです。

それは、「ひとつの世界から他の世界への変容を意味し、古い世界の秩序や組織の破壊を意味」しています。

象徴の世界の「死」は肉体の死と直接結びついているものではなく、ある人が象徴的な死を繰り返し体験しても、肉体的生命は生き続けていることが多いのだそうです。

ユング心理学では、たとえば「結婚」は娘にとっては処女性が失われるという死の体験であり、両親にとっては娘が失われる死の体験という、2重の死が含まれていると考えます。


肉体的な死と象徴的な死はかならず結びつくものではないですが、微妙なかかわりを持つものでもあるといいます。

生死をさまよう体験をしたときに、それを転機としてそれ以降の人生が大きく変わるようなことがそうです。

これは特別新しい考え方ではないですよね。夏目漱石が生死をさまよう大病をわずらったあとでその後の作品が変わっていった例、また精神科医であった神谷美恵子さんが若い頃結核になったが自分が死ななかったことが心の中で大きな部分を占めていたこと、作家の辻邦生さんも生死に関わる病気をしていたことがその後の作品に影響を与えていると思います。


このような死と再生のテーマを、河合隼雄さんが自殺との関わりについて述べたものがありました。

自殺しようとする人が、象徴的な意味での死の体験を求めていることについてです。

人は深い意味での死の体験によって、次の次元に生まれ変わることができる。
このような体験を求めたが、しきれなかった(死の体験をしそこなった)ために自殺未遂を繰り返すことになるというものでした。

深い意味での死の体験には充分な自我の力が必要になるといいます。自我の力がそのときに充分強いかどうかで、ひとりでその体験を行ったり、セラピストの力が必要であったり、または今はそのときではないとして、それが肉体的な死の体験へつながってしまうことを予防するのだそうです。

死の体験はいちどすれば終わるのではなく、その体験を繰り返しながら長い成長の過程をたどっていくものでもあるそうです。

自殺が精神の再生や新生を願って行われることもあるという考え方は、自殺がすべてそのようなものと考えるのではないですし、自殺をすすめるものでもありません。ここで私が伝えたかったのは

象徴的な死の体験が、次の次元へ生まれ変わる意味をもっていること、

そう考えることで自分自身の「死」についての考えに何かが加わったように感じたことです。

死と再生についてのテーマは私にはまだよくわかっていなくて説明できない部分も多いです。また、みなさんそれぞれのとらえかたもあると思います。このテーマについてもっとよく知りたい方は、ユング心理学やその他死と再生に関する本を読んでみてください。

私が参考にした本は、少し古い本ですが、

「絵本と童話のユング心理学」(朝日カルチャーブックス)山中康裕/大阪書籍/1986年
「カウンセリングと人間性」河合隼雄/創元社/1975年 

です。[10.Mar.2002]


「死と再生と、象徴と/考える人 河合隼雄さん」 2008/01/12

大晦日だったか、元旦だったか、
新聞の広告に、大きな笑顔があった。

親しんだ、名前があった。

「さようなら、こんにちは 河合隼雄さん」
(新潮社 考える人 2008年冬号)




その中で、こんな話が出てきます――


今増えてきているのは、抑鬱症(デプレッション)ですね。それはわりと説明が可能なんです、人生が長くなったこととか、社会の変動が速くなったことで。つまり自分の獲得したパターンというのが、意味を持たなくなることが多いんですね。


今まで大丈夫だったものとか、
今まで大切にしてきたものとか、

もっというと、今までそうやって生きてきたものが、<意味を持たなくなる>。

あるいは、通用しなくなる。


たとえば、私が算盤(そろばん)のすごい名人になったとします。算盤さえあれば、と思っているときにコンピューターが出てきますね。そこで自分の持っていたシステムそのものが、まさに行き詰るわけです。そうすると、これはもう抑鬱症になりますね。


自分の大切にしてきたものが、突然、価値を持たなくなる。

いい悪いではなくて、ともかく、そうなる。

それではどうしようもなくなる。

(大丈夫だと思いたい、でも、現実、大丈夫じゃない)
(一部をとったら大丈夫、でも、総体として、危うくなる)
(大丈夫だといえば大丈夫、危ういといえば危うい)

状態というか、環境というか、
取り巻く状況が変化しているのに、
自分というものが取り残されてしまう。

(もちろん、それはいい悪いの問題ではない)

それは、例えば(ヘンテコリンな例だけど)、

厚着をしているうちに、春になり、夏になったようなもので、
薄着をしているうちに、秋になり、冬になったようなもので、

冬に厚着をするのは間違ってないのだけれど、
暖かくなったのに厚着のままでいると、さすがに暑い。
真夏となると、なおさら。

夏に薄着をするのはその通りなんだけれど、
寒くなったのに薄着のままでいると、さすがにつらい。
真冬となると、なおさら。

身体も壊す。
壊す前に、つらい。


ファッションだとか、生き様だとか、
それはその通りで、ある意味、個人の聖域だけど、

だけど、実際問題、
凍えたり、汗だくになったり、
困ったことになってしまう。


気温は測定できて、温度計とか、天気予報とかで、
それを確認できるけれど、

時代の流れとか、社会の流れとか、
己を取り巻く状況とか、
そういうものは、なかなか数字として測定できません。


人生観でもそうでしょう。たとえば節約は第一なんて考えているうちに、息子は全然節約せんで無茶苦茶やっているのに、あれはいい子だ、なんて言われる。そうなると自分の人生観をいっぺんつくり変えなきゃいかんわけです。




こういうことが、14歳(思春期)とか、中年の時期に問題化するのかもしれません。

思春期には、思春期なりの、<今まで積み重ねてきたもの>があって、
でも、それが行き詰ってしまう。

中年期には、中年期なりの、<今まで積み重ねてきたもの>があって、
でも、それが行き詰ってしまう。

いいとか悪いとかじゃなくて、
ともかく行き詰ってしまう。(*1

(理由なんかない。ないことはなくても、明確ではない)
(言葉を持たないから、納得も表現も、伝えることもできない)
(つまり、なかなか意識化できない)
(そういう風になっている)

ともかく、通用しなくなってしまう。

こうなると、壊すしかなくなる。


そこをうまく突破した人はすごく伸びていく人が多いんです。突破し損なった場合は、極端な場合は、死んでしまう、自殺するわけです。もう生きていても仕方ないと。抑鬱症というのは、常に自殺の危険性があります。それがわれわれとしても非常に大変なんです。




ここが難しいところで、
根本的な崩壊を防ぎながら、いかに壊すかということが、突破するための必然になるのだと思います。

言葉をかえると、
いかにうまく壊すか、ということになる。

もっと奥に突っ込むと、
いかに生命としての死を避けながら、象徴的な死を経験するか、ということになる。


我々は破壊や死を避けるあまり、<そこを突破すること>まで拒否してしまう。

それは一方で正しく、もっともでありながら、
もう一方では、それだけでは語れない部分がある。

何を壊し、何を殺すか、
生命としては壊さず、殺さず、
(むしろ、生かし、残し)
どうやって、壊し、変革させていくか。

そのために、互いにつながった、深い部分にある、内なるものを、
どう壊し、変容させていくか。

それには、どうしても悲しみというものと付き合わなければならない。

そして、象徴ということが、非常に意味を持ってくる。



実際には壊さず、実際には死なず、殺さず、

それでいて、殆どそれに近い、
それでしか語れぬもの、
それでしか代替が利かないものを、
経験し、経ねばならない。

(ここに象徴の魔法がある)

しかし、そのものは見えず、
(また、見たくないものである場合が多いし)
実際と同じくらいの、悲しみも経験する。

(ギリギリ、皮一枚を隔てて、あちらとこちらが隣接する)

ここに、象徴の意味が出てくる。

実際にはそうでなくて、
しかし、ほぼ実際に近く、

深いところでつながっていて、

実際と同等の悲しみを経験する。

そして、最終的に、実際に変容する。


これをうまく表現するには、
もっと言葉が熟さねばならないのだろうな…。

実際にやらずに、実際にやるというのは、
たいへん意味深い。


(それは安易な代替では行えんことだ)


(*1
環境の変化や、身体の変化が、
生じやすい時期でもありますね。

ユングは、「死後の生」のような神秘的な考えがもつ意味について、次のようにも述べます。
彼は母親が死ぬ前日に彼女が死ぬ夢を見ます。
悪魔のようなものが彼女を死の世界へとさらっていったのです。

しかし彼女をさらった悪魔は、じつは高ドイツの祖先の神・ヴォータンでした。ヴォータンはユングの母を、彼女の祖先たちの中に加えようとしていました。

この高ドイツの神・ヴォータンはユングによれば「重要な神」「自然の霊」であり、あるいは錬金術師たちが探し求めた秘密である「マーキュリー(ローマ神話の神)の精神」として、「われわれの文明」の中に再び生を取り戻す存在でした。しかしその「マーキュリーの精神」は歴史的にキリスト教の宣教師たちにより悪魔と認定されていました。

ユングにとってこの夢は、彼の母の魂が、「キリスト教の道徳をこえたところにある自己のより偉大な領域に迎えられたこと」を、そして「葛藤や矛盾が解消された自然と精神との全体性の中に迎えられたこと」を物語っていました。

母の死の通知を受け取った日の夜、ユングは深い悲しみに沈みつつも、心の底の方では悲しむことはできなかったと言います。

なぜなら彼は、結婚式のときに聞くようなダンス音楽や笑いや陽気な話し声を聴き続けていたからです。

彼は一方では暖かさと喜びを感じ、他方では恐れと悲しみを感じていました。

ユングはこの体験から、死の持つパラドックスを洞察します。

母の死を自我の観点から見たとき、それは悲しみになり、「心全体」からみたとき、それは暖かさや喜びを感じさせるものになります。

ユングは「自我」の観点からみた死を、「邪悪で非情な力が人間の生命を終らしめるものであるようにかんじられるもの」と述べます。

「死とは実際、残忍性の恐ろしい魂である。…それは身体的に残忍なことであるのみならず、心にとってもより残忍な出来事である。一人の人間がわれわれから引き裂かれてゆき、残されたものは死の冷たい静寂である。そこには、もはや関係への何らの希望も存在しない。すべての橋は一撃のもとに砕かれてしまったのだから。長寿に価する人が壮年期に命を断たれ、穀つぶしがのうのうと長生きする。これが、われわれの避けることのできない残酷な現実なのである。われわれは、死の残忍性と気まぐれの実際的な経験にあまりにも苦しめられるので、慈悲深い神も、正義も親切も、この世にはないと結論する」(下p.158)。

しかし同時に夢は、母をヴォータンの神が死を通じて祖先たち下へつれていったと教えます。死は、母にとって、またユングにとって、喜ばしいものであると夢は教えます。

「永遠性の光のもとにおいては、死は結婚であり、結合の神秘である。魂は失われた半分を得、全体性を達成するかのように思われる」(下p.158)。
メンテ
テレビドラマ 松雪泰子 芦田愛菜 田中裕子 『Mother(マザー)日本テレビ 2010年』 ( No.28 )
日時: 2022/05/08 07:31
名前: スメラ尊 ID:WrctpPwU

テレビドラマ 松雪泰子 芦田愛菜 田中裕子 『Mother(マザー)日本テレビ 2010年』

脚本 - 坂元裕二
音楽 - REMEDIOS
主題歌 - hinaco「泣き顔スマイル」(rhythm zone)


各話 放送日 サブタイトル 演出 視聴率
第1話 2010年4月14日 児童虐待からの脱出 渡り鳥になった二人 水田伸生 11.8%
第2話 2010年4月21日 居場所のない二人 12.0%
第3話 2010年4月28日 母の手のぬくもり 12.8%
第4話 2010年5月5日 学校へ行かせたい 長沼誠 10.0%
第5話 2010年5月12日 二人の“母親” 水田伸生 11.9%
第6話 2010年5月19日 さよならお母さん 13.9%
第7話 2010年5月26日 あの子を返して! 長沼誠 12.4%
第8話 2010年6月2日 断ち切れない絆 14.0%
第9話 2010年6月9日 引き裂かれる二人 12.2%
第10話 2010年6月16日 ひと目会いたい 水田伸生 14.8%
最終話 2010年6月23日 ずっと愛してる 16.3%


動画
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『Mother』(マザー)は、2010年4月14日から6月23日まで毎週水曜日22:00 - 22:54に、日本テレビ系の「水曜ドラマ」枠で放送された日本のテレビドラマ。 完全オリジナルストーリーで脚本の坂元裕二による書き下ろし作品。ハイビジョン制作。

作品内容
母性神話による抑圧など、現代において「母性と言われているものは何か」をテーマにした社会派サスペンス作品。

本作を書き下ろした坂元裕二によると当初は長女だけでなく三姉妹の物語にしようかと考えていた。最終的にどうするか決めかねている初期段階では取り敢えず、長女の奈緒以外の2人の妹の背景や物語も長女と同じくらいの分量で詳細に設定資料へ書き込んでいたが、この長女に関して書き込んだ話だけでも既に一本作れますねとプロデューサーが坂元へ伝えたことで、三姉妹の設定はそのままで長女の話をメインに脚本を書き下ろす方向へ持っていくことができたと坂元は説明している[1]。

松雪泰子の連続ドラマ出演は3年ぶりで主演は約12年ぶりであるほか、田中裕子も民放の連続ドラマ出演は24年ぶりである。また、本作の開始直前まで放送されていたNHKの朝ドラ『ウェルかめ』の主演で注目を浴びた倉科カナも民放のプライムタイムでの連続ドラマは初出演であるほか、これまで民放のテレビドラマで単発出演が多かった尾野真千子は、地上波民放の連続ドラマでは初のレギュラー出演[注 1]となった。また、芦田愛菜の出世作にもなっている[注 2][注 3]。尾野と綾野剛は本作での演技が高く評価され、元々の映画作品における演技への高い評価も相まって、後のブレイクへのきっかけの一つになった[2][3][4]。

海外展開
2016年、アメリカ合衆国に次ぐドラマ輸出国であるトルコ共和国において、『ANNE』というタイトル[5]で日本のテレビドラマとして初[6]のリメイク版が制作され、放送開始後トルコ国内で視聴率1位を獲得し、さらに『ANNE』が世界35ヶ国以上に展開[7]されて、本作品は世界的なヒットを得るドラマになった。

『Mother』のリメイク版は韓国でも制作・放送され[8]、フランス、ウクライナ、タイランド、中華人民共和国、スペインなどでもリメイク版の制作・放送が行われており、各国が制作したリメイク版ドラマもトルコ版同様それぞれ広く展開されている[7][9]。

あらすじ
室蘭で渡り鳥の研究をしていた鈴原奈緒は、大学の研究室の閉鎖によりやむなく小学校教諭となり、産休教師の代理として担任を任される。奈緒は他の児童たちと少し違った言動を行う道木怜南を苦手に思い、怜南が児童虐待を受けている様子に薄々気付くも傍観者の立場を取っていた。元の研究職に戻ろうとしていた奈緒は、別の大学の研究室を紹介してくれた准教授と待ち合わせる途中、極寒の中薄着一枚でゴミ袋の中に入れられ捨てられていた怜南を発見する。奈緒は怜南を抱きしめ、誘拐して「母親」になることを決意する。まず漁港で怜南が海に落ち行方不明になったように装い、警察の大捜索が始まる中で二人は夜行列車に飛び乗り東京へと逃避行を開始する。車内で奈緒は怜南を自分の「娘」とし、鈴原継美と名付ける。

途中の駅で、不注意から荷物と所持金を盗まれ途方に暮れた奈緒は以前自分が入所していた児童養護施設「桃の家」に向かう。しかし施設は荒れ果てており、認知症を患った園長の野本桃子が一人いるだけだった。奈緒と継美はしばらくそこで過ごすが、桃子は福祉施設に引き取られることとなり、一時的に記憶が戻り奈緒との思い出を語りながら別れていく。

奈緒は自分を7歳のときに引き取ってくれた里親である鈴原籐子の経営する会社を訪ね金を借りるが、籐子からは鈴原家に戻るよう諭される。その際、偶然すれ違った実母の望月葉菜は奈緒に気付き、また継美を奈緒の子だと思ってしまう。やがて継美は図書館で出会った葉菜を「うっかりさん」と呼び仲良くなる。ある日、葉菜は新聞記事で継美が「室蘭で行方不明の子供」と知り、その上で奈緒に味方するが、当の奈緒は彼女がかつて自分を捨てた実母と知り怒る。同じ頃、事件を追う 雑誌記者の藤吉駿輔も奈緒と一緒にいる継美を見付け、奈緒を恐喝する。しかし継美を守るためどんな手も厭わない奈緒の形相に対し、藤吉はかつて取材対象であった虐待児を救えなかった過去を告白し、この結末を見届けたいとの理由から、以後奈緒に協力的になる。

奈緒と継美は鈴原家に住むようになり、妹の芽衣と果歩も継美を奈緒の子と思い可愛がるものの、いつまでたっても小学校の転校手続きをしない奈緒に籐子は不審感を抱く。悩む奈緒に葉菜が救いの手を差し伸べ、特例による身分を明かさず小学校に編入する方法を教え、継美は登校ができるようになった。その頃室蘭では、死んだとされた怜南の葬儀を終え、怜南の実母である道木仁美は警察から虐待を疑われ一人おびえる暮らしをしていた。ある日、鈴原家にかかった電話を継美がとり、電話の主である仁美の声に思わず「ママ」と答えてしまう。それを聞いていた籐子に奈緒は継美の素性を明かす。凍り付く家族に、奈緒は鈴原家からの養子離縁を申し出て家を出る。また継美は皆の迷惑にならないよう室蘭に帰ろうと一人家を出てしまうが、奈緒は藤吉の協力のもと見つけ出し、葉菜は二人を守りたいと申し出、自宅の理髪店に住まわせた。三人での生活が始まった中、葉菜は奈緒を捨てた理由について、夫への放火殺人で逮捕される前日まで奈緒と一緒に逃げていたためと告げる。また、怜南の実母である道木仁美は、最初から怜南へ強く当たっていたわけではなく、自らを取り巻く環境に適応しきれず、様々な要因が積み重なった結果精神的に追い詰められていったのではないかということが過去の話からわかってくる。 一方、怜南が生きていることに気付いた仁美は、東京に来て怜南を取り戻そうと理髪店に現れる。そこで怜南=継美は再会した仁美に対し「好きでも嫌いでもないよ。もうママじゃないから」と答える。観念した仁美は室蘭に帰るが、事情聴取に訪れた警察に娘は誘拐されていた事を告発する。

葉菜は継美のために闇取引で戸籍を買い、三人で新たに家族として暮らすことを奈緒に提案する。戸籍の入金のため伊豆に向かうが、既に警察の捜査の手は伸びており、奈緒は継美と葉菜の目の前で未成年者略取・誘拐罪として逮捕されてしまう。奈緒の逮捕が報道された後も、籐子は奈緒の養子離縁届は提出しておらず、家族で奈緒を守ることを誓い合う。裁判の結果、奈緒は執行猶予付の判決がおり、継美は室蘭の養護施設「白鳥園」に引き取られていく。同じ頃、仁美もまた保護責任者遺棄罪で逮捕された。 奈緒の出所後、葉菜は今まで隠していた急性骨髄性白血病のため入院。あと数日の命と知らされると奈緒は彼女を理髪店に連れて帰る。そのとき継美が室蘭の施設から脱走し、理髪店に現れるのだった。葉菜に過去の放火事件についての話をしにいく藤吉。「カっとなっても、娘がまきこまれるかもしれないのに、火を放つわけがなくそれをしたのは、守りたいものがあったから、母と子による母性みたいなものが起こした事件じゃないかと」と藤吉は言うが「そういうの、男の人の幻想です」と否定をして、結局なにも語らないまま話を終える葉菜。 束の間の楽しい時を過ごしたその夜、葉菜は眠る間際に子供のころの奈緒の手を引く情景を思い出し、そのまま息を引き取った。

葉菜の葬儀を籐子に任せ、奈緒は継美を室蘭に帰すことを決断。いやがる継美に奈緒は「必ずまた会える」と諭し、室蘭で別れ際に手紙を託す。そこには12年後の成人した継美に宛て、二人がいつか再会する日への思いが綴られていた。


登場人物

主要人物
鈴原 奈緒(すずはら なお)〈35〉
演 - 松雪泰子
鈴原家の長女。室蘭市の大学で渡り鳥の研究をしていたが、施設の閉鎖により小学校の教諭となる。これまで渡り鳥以外のことに興味・関心を示さず、誰に対しても無愛想で冷たく、人と関わることや会話、子供の相手を苦手としていた。また10年以上も東京の家族と離れて北海道に住み、芽衣の結婚式に欠席の意思を示したり、籐子からの電話には出ないなど家族とも距離を置いていた。
5歳のときに母親に捨てられ、7歳になるまで児童養護施設で育ち、当時子供のいなかった鈴原夫妻に引き取られている。実の母親の顔を覚えておらず、何故自分が捨てられたのかを知りたがっている。生年月日が1975年1月31日だという事実は産みの親以外の誰も知らず、本人も施設に入った日(8月14日)を誕生日にしていた。
産休の教師の代理として渋々一年生を受け持つことになり、教え子の怜南に懐かれる。初めは彼女を疎ましく思ったが、会話をしていく中で徐々に気になる存在となる。怜南が虐待を受けていることに気付き、後にゴミ袋に入れられ放置されていた怜南を助けたことをきっかけに彼女の「母親」になることを決意。怜南を誘拐し、渡り鳥の一種である鶫から「継美」と名付け、疑似親子として逃亡生活を送ることとなる。東京へ向かったもののすぐに生活に行き詰まり、妹達に継美(=怜南)の存在が知られたため、「自分の娘」として実家に連れ帰り身を寄せる事になる。その際、実母とは知らずに望月葉菜とも再会する。
怜南との生活を続けるうちに、彼女の「母親」になるという気持ちは次第に確固たる意志へとなって行き、彼女に献身的な愛情を注ぎ、時として自らを省みない行動を取ることもある。また、葉菜との長年のわだかまりも次第に解けていったが、仁美の告訴により、伊豆で未成年者略取容疑で逮捕され執行猶予つき判決を受ける。釈放後に怜南と再会するが、程なく彼女を養護施設に戻す決断をする。
道木 怜南(みちき れな)《鈴原 継美(すずはら つぐみ)》〈7〉
演 - 芦田愛菜
奈緒の教え子。誕生日は2002年8月3日。子供ながらどこか現実的な言動をしたり冷静な態度を見せるなど、学校からは「不思議な子」と認識されている。自分の好きな物をメモ帳に書き記し「すきなものノート」として常に持ち歩いている。仁美や真人から虐待を受けながらも健気に耐え、まともな食事を与えられない栄養失調が原因で、小学1年生にして身長104cm、体重15kg、靴のサイズ16.5cmと他の子供より発育面で下回っている。
夜の喫茶店に一人でいる奈緒と会い、懐くようになる。その後、自宅で仁美に叩かれ、ゴミ袋に入れられ夜の屋外に放置されていたところを奈緒によって助けられると、札幌にある赤ちゃんポストに連れて行ってほしいと懇願するが、「あなたのお母さんになる」と決心した奈緒と共に家を出たのち、「鈴原継美」の偽名を授かる。港で怜南を見かけた漁師に海に落ちたと警察に連絡され、行方不明事件として報じられたあと死亡扱いになったのを機に、自身も今後を「鈴原継美」として生きていく決意をする。仁美のことは「ママ」、奈緒のことは「お母さん」と呼ぶ。
東京で奈緒の妹達に事情を知られ、「奈緒の娘」して奈緒の実家に身を寄せ可愛がられている。図書館で出会った「うっかりさん」こと葉菜にも懐いており、彼女の機転により学校にも通えるようになる。幼いながら奈緒をはじめ大人に非常に気を遣う面があり、奈緒の事を考え一人で室蘭に帰ろうとしたこともあった。
奈緒が逮捕された後は室蘭の養護施設に預けられ再び「怜南」として生活している。施設に入ってからはそこに馴染み、楽しく暮らしているかに見えたが奈緒を母親として思う気持ちは揺るがないものとなっており、再会を懇願していた。後に一人で奈緒のもとに向かい、一晩だけの再会を果たす。
怜南の関係者
道木 仁美(みちき ひとみ)〈29〉
演 - 尾野真千子
怜南の実母。夫とは出産後に離婚したが、怜南には「天国に行った」と説明している[注 4]。その後、スナックで出会った真人と付き合う。怜南の相手をまともにせず、娘の私物を勝手に処分したり食事も満足に与えないなど、ネグレクトに近い状態だった。真人が怜南を性的対象として見ているかのような場に遭遇すると、怜南を逆恨みして叩いた上にゴミ袋に入れ外に放置した。怜南が行方不明になった後は、虐待が明るみに出るのを恐れ、以前にもまして深酒を繰り返していた。
かつては真人が現れる前までは良き母親として手料理をふるまうなど怜南に愛情を向けて育てていたが、頼る人が周囲にいない状態のまま生活が困窮し、様々な寂しさを一人で抱え込んでいき、追い討ちとばかりに円満な新しい家庭を作っていた元夫の姿を目の当たりにした事が決定打となり、怜南への対応が変化していった。怜南が奈緒のもとにいることを確信し東京で再会するも、怜南の心が既に自分には無い事を目の当たりにし、我が子を連れ去った奈緒を警察へ告訴するが、自身にも虐待容疑で逮捕状が出され、警察に逮捕される。心の底では怜南に対して罪悪感を持っている様子もあり。逮捕の際に初めて後悔を露わにしている。
浦上 真人(うらがみ まさと)〈29〉
演 - 綾野剛
仁美の愛人で新しい男。親の援助でスナックを経営しているが経営は上手くいってない。仁美の家に入り浸ってはゲームをしたり、ひそかに怜南を遊び半分で虐待したりしている。仁美が目を離しているうちに怜南を性的対象に見ていると思われる行動も取り、それを見た仁美は逆上し怜南を捨ててしまうこととなった。怜南が死亡扱いとされた際には自分の行動を悔やむ様子も見られる。仁美が逮捕される前に虐待容疑で警察から逮捕状が出ており、その後逮捕された模様。
藤吉家
藤吉 駿輔(ふじよし しゅんすけ)〈33〉
演 - 山本耕史
雑誌『週刊サプライズ』の記者。仕事柄、相手に対して失礼な事も平然と言う無遠慮な面がある。鋭い観察力・観察眼の持ち主で、怜南の行方不明後も仁美が悲しんでいないことを一目で見抜いた。大学で兄の健輔を待っている奈緒と会ったことがあり、怜南の事件について取材をしていく中で奈緒が関わっているのを知り、口止め料を要求し二人に付きまとうようになる。その真意は、以前に幼児虐待の取材で知り合い、懐かれていた被害児童が父親に蹴り殺されるという事件を経験していたためであり、奈緒のしている事はかつて自分が出来なかった事だと考え、その行く末を見届けたいと奈緒に告白する。その後は、虐待児を救えなかった自身の後悔に報いるかのように様々な場面で奈緒や鈴原家に積極的に手を貸す存在となる。
藤吉 健輔(ふじよし けんすけ)〈38〉
演 - 田中実
大学の准教授で駿輔の兄。大学の学生曰く「奈緒に惚れている」らしい。奈緒と同じく渡り鳥の研究をしている。奈緒の論文を高く評価し自身の研究室に誘う。弟の駿輔に対しては疎ましい態度を取る。
鈴原家
鈴原 芽衣(すずはら めい)〈26〉
演 - 酒井若菜
鈴原家の次女。自分を「打算的」と称し、できちゃった結婚の相手である資産家・圭吾との結婚式を控えている。結婚式に欠席の意思を示した奈緒に対し、相手側の家柄や両親のことを考え怒るも、東京に居ると知って会いに行く。幼い頃から籐子が自分以上に奈緒に対して優しく気にかけているのを快く思っていなかったが、奈緒が一時的に戻り再び生活を共にする中で姉としての奈緒の包容力や家族に対する思いを感じ、次第に心を開き慕うようになる。妊娠した胎児の心臓に障害がある事を知ると即座に中絶を希望するも、手術当日になって泣き崩れ中絶はしなかった。その後、中絶に何の抵抗感も示さなかった圭吾とは別れ、子供を生み育てていく決意をする。しかし、最終的には圭吾が芽衣のもとを訪れ、再び一緒になる。
鈴原 果歩(すずはら かほ)〈22〉
演 - 倉科カナ
鈴原家の三女。明るい性格の持ち主で、幼馴染の耕平と交際している。奈緒の行方が分からなくなったのを心配し、室蘭や東京に足を運ぶなどの行動も見せる。奈緒が血の繋がっていない姉と知るも、その事実を受け入れそれまでとなんら変わりなく奈緒と接する。奈緒の鈴原家からの離縁届けの際でも最後まで反対し続ける程、奈緒を姉として強く慕っている。
鈴原 籐子(すずはら とうこ)〈55〉
演 - 高畑淳子
鈴原三姉妹の母。東京にある会社を経営している社長。女手一つで三姉妹を育て、何よりも娘たちのことを優先し大事にしている。音信不通となっている奈緒を心配している。東京に戻った奈緒から継美(=怜南)の存在を告げられ困惑するも、孫が出来たと喜び可愛がる。実は奈緒とは血の繋がりがなく、子供がいなかった時に児童養護施設で育った当時7歳の奈緒を引き取った。当初は心を開かない奈緒を引き取るのを周囲から勧められなかったが迎える決断をし、強い愛情を向けて育てた。その為か奈緒に対して特段、親子の繋がりを強く意識した行動が目立つ。葉菜とは面識があり時折会う事もあるが、奈緒を手放した葉菜の行動を強く非難しており、葉菜が奈緒や怜南に近づいている事を知り激昂する。しかし鈴原家を出た奈緒が再び葉菜といることを知ると、葉菜と奈緒の絆を感じ、互いに理解し合う仲になる。
その他
望月 葉菜(もちづき はな)〈55〉
演 - 田中裕子
奈緒を捨てた実母で、理髪店「スミレ」を経営している。30年前に夫(奈緒の父親)を殺害し懲役15年の実刑判決を受け、栃木刑務所に13年間服役していた。東京に戻った奈緒とすれ違い、ひと目でわが子と悟った。籐子から奈緒とは一切会わないよう言われていたが、継美(=怜南)を奈緒の娘だと思い、ついつい一緒に遊ぶなどしてしまう。怜南からは「うっかりさん」と呼ばれている。急性骨髄性白血病に侵されているが、自分の体の事は常に後回しで、怜南が「室蘭で行方不明の子供」だと知った後も辛い思いをさせた奈緒に報いるかのように、奈緒と怜南が普通の暮らしを手に入れるため全力で行動する。その為には手段を厭わず、戸籍売買などの行動にも走る。最後は奈緒や怜南と家族のように束の間の楽しい時を過ごした後、息を引き取った。
野本 桃子(のもと ももこ)〈79〉
演 - 高田敏江
かつて奈緒が育てられた児童養護施設『桃の家』の元園長。現在も施設に住んでいるが、既に認知症が進行しており、市の介護施設に入所することが決まっている。
木俣 耕平(きまた こうへい)〈22〉
演 - 川村陽介
果歩の幼馴染みで彼氏。温厚でとぼけた面があり、果歩達に度々からかわれる事もある。
袖川 珠美(そでかわ たまみ)〈36〉
演 - 市川実和子
大学病院の医師で、葉菜の主治医。
加山 圭吾(かやま けいご)〈33〉
演 - 音尾琢真
芽衣の婚約者。重病を抱えた子を中絶しなかった芽衣への不同意や親からの反対により徐々に離れ、一旦は別れる事となるが最終的には芽衣との暮らしを選択する。
日野(ひの)
演 - 長谷川公彦
刑事。
恩田 克子(おんだ かつこ)〈69〉
演 - 五月晴子
良き母親だったころの仁美を知っており、聞き込みをする駿輔に当時の様子を語る。
多田 平三(ただ へいぞう)〈80〉
演 - 高橋昌也
葉菜に理髪店を譲った元刑事。かつて葉菜の事件の取り調べを担当した。

▲△▽▼


「Mother」 第10回 優しさがつき動かすもの
 最初にお断りします。 「めっちゃ巨大」 …じゃなくって、長ーい記事になってしまいました。
 先週はあまりの怒涛の展開に、とうとう自分も感想文を書くことを放棄してしまったほどの 「Mother」。 (笑)と何度もつけながら、自分が号泣したことを告白することへの恥ずかしさを隠してまいりましたが、今週はもう、堂々と宣言させていただきます。

 「今週も、号泣いたしました」(笑…まだ恥ずかしい…)。

 鈴原奈緒(松雪泰子サン)の逮捕から、裁判で執行猶予付きの判決が下され、鈴原家に戻ってくるまで、この物語を貫いていたのは、すべての登場人物の 「優しさ」 でした。
 その 「優しさ」 に触れるたび、私は断続的に涙を流していたんですが、要するにつまり、見ているあいだじゅう、ずっと泣いてた、というか。

 それがラストでは、一気に滂沱の涙。

 見終わったあと強く感じたのは、私はこのドラマによって、代わりに泣かせてもらっている、ということでした。

 現実には、泣きたいようなつらいことの連続なのに、泣くこともできない。
 心のどこかでは悲鳴をあげながら、自分の人生を、生きている気がするのです。
 その悲しみを、「Mother」 の中の人たちは、ありったけの優しさでもって、洗い流してくれている。
 最初はあまりの話の暗さに、主人公の暗さに、ちょっと引いていたところもあるのですが、今はこうでなければならないと強く感じます。

 冒頭、道木怜南(=継美、芦田愛菜チャン)誘拐で逮捕され護送中の奈緒の細い手には、ニュースでもモザイク付きでしか写さない、手錠が冷たく光っています。 ちょっとショッキング。
 取材陣で騒然とする警察署入口を抜けて、取調室に入ろうとする奈緒は、継美チャンの 「お母さん!」 という声を聞いたような気がして、立ち止まって振り返る。
 もうちょっと、この時点でグッと来てます(早すぎ…笑)。

 いっぽう鈴原家では、取材陣が押しかけ母親の高畑淳子サンは社長を退任、果歩(倉科カナチャン)は就職内定を取り消され、嵐が吹き荒れているのですが、そこにカナチャンのボーイフレンドの川村陽介クンが 「何かあったんスか?」 と入ってきて、ちょっと笑わせます。 この人、失礼ながらこのドラマにそんなに必要な人物に見えなかったのですが、やっといた意味が分かった、というか(笑)。
 川村クンのノーテンキぶりに緊張の糸が途切れて笑い出す、その鈴原家のテレビには、奈緒が護送される様子がミュート(音量ゼロ状態)のまま映し出されています。

 継美チャンは仁美(尾野真千子サン)の元には、虐待の事実のために引き取られず、「白鳥園」 という児童養護施設に預けられます。
 「白鳥」 と書いてあるのを見て、「鳥のお店ですか?」 と尋ねる継美チャン。 このあと、奈緒が鳥の羽根の図鑑に挟んであった継美チャンの 「お母さんの絵」 を取り出すシーンがあるのですが、継美チャンには、自由に空を飛びたい、本当に自分の生きたいところへ飛んで行きたい、という気持ちの象徴として、鳥が何度も出てきますよね。 名前も、「ツグミ」(英名ブラックバード…ビートルズにも同名の歌があるのですが、なんかこの歌のコンセプトと継美チャンに対する作者の思いは、リンクしているような気がしてなりません) ですしね。

 奈緒と接見する藤吉(山本耕史サン)は、奈緒の継美チャンへの母性そのものが罪なのだ、と考えている。
 そして鈴原家の内情を奈緒に話し、継美に固執せずそのことにもっと思いを致すべきだ、と奈緒に意見するのです。
 それは至ってごもっともなことであります。 もっとも過ぎて、イライラします(冗談)。 やはり見ている側の感情として、奈緒と継美チャンをまた一緒にさせてあげたいとばかり思っているから、藤吉の正論にもイライラするのでしょう。

 葉菜(田中裕子サン)は、理容室(結局、売らずに済んだ、ということですね)で、奈緒の記事が載った週刊誌を見ている。
 「母と呼ばれたかった女が逃亡の果てに見た絶望」
 「室蘭から伊豆までの逃亡生活 彼女を狂わせた動機とは!?」
 「研究員の職を失ったエリート 独身女性が落ちたぬかるみ」
 ありがちですなあ(笑)。
 表面的な事実ばかりを追いかけて、読者の興味を惹起させるような見出しを考える。
 それが、興味本位だ、って言うんです。

 そこに訪ねてきた、藤吉。
 「何か私にできることはないか」 と尋ねる葉菜ですが、「あなたは30年前に、いさかいの末自宅に火を放って夫を殺害している前科がある。 ヘタに動かないほうがいい」 と諭されます。 なるほど、うっかりさんの罪とは、そういうことだったのか。

 取り調べや公判でも、塩見三省サン演じる検事に、「あの子の母親になりたかった」 と明言する奈緒。 藤吉の話を思い出しながら、判決の行方が気になっていきます。

 いっぽう仁美と虐待男浦上には逮捕状が。 「私を死刑にしてください!」 と刑事に懇願する仁美ですが、冷たい言いかたをすれば、「何を今さら」 という気がしないでもない。
 でも、やはり仁美は、自分が裁かれることを待っていた、と思うんですよ。
 決して許されることをしたわけではありませんが、このドラマの作り手は、見ている側に 「仁美を責めろ」 という態度を示していない気がする。 これは見ている側の感受性の問題に帰着する話なんですが。

 施設では友達とも打ち解けあって、今までのことなどすっかり忘れてしまっているように見える継美チャン。 自分の名前も、「怜南」 と名乗っています。

 ここで気付かなければならないのは、継美チャンは仮面をかぶるのが上手な子供である、ということのように感じます。 自分を 「怜南」 だと名乗っているのも、自分を偽っているからなのだと。
 ある夜、冷たい月を眺めている継美チャンと、牢獄の格子の隙間から、同じ月を眺めている、奈緒。
 絢香サンの 「三日月」 状態ですが、またここで、泣けてきました。

 奈緒はここでまた、牢屋にいるはずのない継美チャンの幻影に、「お母さん」 と話しかけられる。
 奈緒が手を伸ばすと、消えてしまうまぼろし。
 自らを抱きかかえて涙する奈緒。

 懲役1年、執行猶予3年という判決が奈緒にくだり、ホッと胸をなでおろす葉菜。
 髪の毛には、白いものが目立っています。
 その直後葉菜は、病気が再発して、倒れてしまう。
 葉菜の病室を見舞った高畑淳子サンは、葉菜の病状を知り、奈緒が出てきたらお見舞に来させるよう話をする、と言うのですが、葉菜はそれを拒絶するのです。

 このときこのふたりは同い年であることを確認し合い、同じ時代を生きてきたことで、たがいに共感の度を増していくのですが、これは年配の人ほどよく分かる感情ではないでしょうか。
 「ダメよ。 絶対ダメ。 娘に(自分の死ぬことを)知らせずに逝くなんて」
 静かに微笑むだけのうっかりさん。
 どちらの思いも静かに伝わってきて、またここでも涙です。

 そして釈放され、鈴原家に戻ってきた奈緒。
 芽衣(酒井若菜サン)や果歩との再会でも、セリフがほとんどなかったけれども、やはり泣けてきます。
 なにしろ、みんな優しいんですよ。
 自分たちがあんな目に遭っていながら。

 自分の部屋に戻り、さっきも書きましたが図鑑に挟んであった継美チャンの絵を見て、継美チャンが自分を 「お母さん」 と呼んだ時の記憶が次々よみがえる奈緒。
 またまた泣けます。
 継美チャンが 「お母さん」 と言っただけで、泣けてきます。
 ケータイの着信音が鳴り、経歴を見ると 「非通信設定」 がずらずら並んでいる。
 事件を知った人からのいたずら電話なのか、取材の電話なのか。
 それはのちに、明らかになるのですが。
 再生をストップして細かく見たら、午後9時半前後に、それは集中していました。
 ああっ、また泣けてくる(笑)。

 葉菜のところに電話をする奈緒ですが、電話には誰も出ない。
 そこに藤吉が訪ねてきて、施設での継美チャンの様子を撮影したビデオを見せる。
 そこには、自分を 「怜南」 と名乗る、元気いっぱいの継美チャンが映っています。
 もう過去のことなんだと、自分を納得させるしかない、奈緒。
 ここらへんの奈緒の悲痛さも、涙がちょちょ切れます。
 「奈緒ねえを忘れたわけじゃなくて、がんばってるんだよ」
 と慰める妹たちも、限りなく優しい。
 「継美、楽しそうだった…あんなに、笑ってた…大丈夫よ、お母さん…私…ちゃんとうれしいから…ちゃんと喜んでるから…」
 奈緒を抱きしめる高畑サン。
 奈緒に葉菜の病状を告げ、彼女のところへ見舞に行くように言うのです。

 その時の高畑サンの回想も、泣ける話で。

 葉菜は奈緒の見舞いを断ったことを高畑サンに 「ダメよ」 と言われ、こう話したのです。

 「奈緒と継美チャンと、観覧車に乗りました…私が 『好きだ』 と言ったら、ふたりが連れてってくれました…もう悔いはないと思った…。
 一日あればいいの。
 人生には、
 一日あれば…。
 大事な大事な一日があれば、
 …もう、それでじゅうぶん」

 この考え方って、結構大事なような気がしました。
 長い人生で、本当によかったのがたった一日なんて、あまりにもつらい話ですが、そう思えることが、人生に対する大きな慰めとなり、ときにはこれからを生き抜く力になる。

 病室を訪れた奈緒に対して、葉菜は 「もう帰りなさい」 と言うのですが、奈緒は拒絶します。

 「夜までいる。 明日も、あさっても、来る。
 …もう、やめて。 もう、分かってるの。 今までずっと、母でいてくれたこと。 離れてても、母でいてくれたこと。 もう、分かってるの。
 …だから今度は、あなたの娘にさせて。
 …あなたの娘でいさせて…」

 涙があふれ、手を差し伸べる、葉菜。

 「こっちへおいで…」

 確かめるように自分の娘の顔をなで、髪を撫ぜる葉菜。

 「奈緒…」

 「お母さん…」

 抱きしめ合い、母親の腕に抱かれて号泣する奈緒。

 「ずっと…ずっとこうしたかった…」

 あー、また号泣モードに入ってきたあ〜(笑)。

 いっぽうその夜、自分の靴をリュックに詰める継美チャンの姿。
 なんだ、施設を脱走か?

 奈緒のもとに、またもや非通知設定の電話。
 たぶん出てみて嫌な電話だったら切るつもりで、奈緒も電話に出てみたのでしょう。 それ以上に、何か予感があったのかも。

 そしてその電話は、なんと、というかやっぱり、というか、継美チャン。

 「…お母さん?」

 うっ…(笑)。 ちょっともう、この段階で…(笑…って書いてますけど、照れですので…)。

 「お母さん、あのさ、お化けって、ホントにいるのかな?…怖くて寝れないの」

 「継美…どうしてこの電話が分かったの?」

 そう話す奈緒の部屋の窓には、継美チャンが映っています。 まるですぐそばにいるように。

 継美チャンと話すうちに、奈緒は継美チャンが 「(園の冷蔵庫が)めっちゃ巨大」 などと話すのを聞いて、自分の知らない間に成長していく継美チャンを実感します。
 無邪気に園の様子や友達の様子などを話し続ける継美チャンでしたが、それがかえって健気さを増幅している気がする。
 あのあと起こったいろんなことを話したくてたまらない、という感じの継美チャン。

 でも、やはりこみあげてくる感情を、抑えることはできないのです。

 「あとね、あとね…。

 …お母さん、いつ迎えに来るの?
 もう、ロウヤ、出してもらったんでしょ?
 継美ね、待ってるよ…」

 継美チャンの目から、あふれだす涙。

 「何回も電話したよ。
 出ないから、間違って覚えてたのかなって思ったけど、合ってたね!
 いつ迎えに来る?
 ちゃんと寝る前に、お荷物、用意してるの。

 …お母さん」

 靴を見ながら、見る見る表情が崩れていく、継美チャン。
 あーダメだー(笑)。 また来たー(笑)。

 「お母さん…
 お母さん…
 早く迎えに来て…。
 継美、待ってるのに…。
 ずっと待ってるのに…。
 どうして来てくれないの…?
 …会いたいよ…。
 お母さんに会いたいよ…!」

 涙があふれ出す、奈緒。

 「継美…! …ごめんね…ごめんね…」

 そんな奈緒に、継美チャンはこんなことを言うのです。

 「お母さん、…もう一回ゆうかいして…」

 誘拐という言葉の罪深さを、継美チャンが知っているとは考えにくい。
 継美チャンにとっては、少なくとも誘拐、というのは、いい言葉なのです。
 世間やマスコミによって、継美チャンも誘拐という言葉を何回も聞いたことでしょう。
 でも継美チャンにとってそもそもの始まりは、奈緒の 「あなたを誘拐する」 という言葉だったのです。
 しっかし、またこの回、ラストに 「めっちゃ巨大」 な催涙弾が隠されていました(笑)。
 もう、目が腫れぼったいです、正直言って。

 番組は次回で最終回らしいですが、予告編は一切なし。
 その代わり、「Mother」 DVDボックスのプレゼントの告知。
 ゲッ、「めっちゃ」 欲しい(笑)。

▲△▽▼

「Mother」 第11回(最終回) 現実的な幕引きへの是非

 予告させていただいたとおり、ちょっと一部書き足しいたしました。 その結果、またまた長ーい記事に…。 コンパクトにまとめられず、申し訳ありません。

 ここ数年体験したことのないような、号泣の衝動にさらされっぱなしだったドラマ、「Mother」。 「おしん」 以来かなぁ(古すぎ…)。

 その最終回は、理性的に考えれば、これこそがベスト、と思えるような幕引きでした。
 ただ、奈緒(松雪泰子サン)と継美(=道木怜南、芦田愛菜チャン)の、互いを強く求めあう気持ちにやられて大量の涙を絞られてきた立場から、現実的過ぎてもうちょっとお互いが望む方向にしてあげられなかったのか、という意見もあるようです。
 エモーショナルな部分でこのドラマを見ると、「優しい気持ち」 を解決できるのは、ふたりが12年後に邂逅することではなく、今すぐにでも一緒に暮らせる、という、法律を含めた社会的なコンセンサスが必要なのではないか、という、まあ言わば 「感情論」 です。

 そんな意見の人たちは、なにもドラマにいちゃもんをつけているわけではなく、心が優しいからこそ、ふたりを超法規的に一緒にさせてあげたいと考えるのだろう、と私は思うわけでして。

 私にも、そんな気持ちは確かにあります。
 継美チャンの二十歳までの12年間というのは、いちばん母親が必要な時期なのではないか、と思うし、母娘にとっては、いちばん大事な時間なのではないか、と考えるからです。

 けれどもこのドラマの作り手は、奈緒と葉菜(田中裕子サン)が別れ別れだった 「失われた30年」 を取り戻すことができたことを提示し、未来への希望を表現したのだと思います。

 でもやはり、こういう結末を 「ベスト」 だなどと自分に言い聞かせて、無理に納得するしかない、というのにも、何となく自分が冷たくなってしまったのではないか、という後ろめたさがあることも、確かなのです。

 そのうえであえて言いますが。
 この、紅涙を絞り続けたドラマのエンディングとしては、悲しくて切ないけれども、見終わった後に、前向きに生きていこう、という気持ちになった最高のエンディングだった、と言えるのではないでしょうか。

 今回最終回、毎回流れていたドラマタイトルクレジットが、しょっぱなから出てきます。
 「Mother」 の真ん中、「t」 の字が抜けた状態から、まるで十字架のように、 「t」 の字が浮き上がってくる、という、アレです。
 結果的には、これは奈緒がこのドラマが終わったあとも背負わなければならなくなった十字架、という、重たい意味をもつものになってしまいました。

 でも、その十字架を、奈緒は覚悟のうえで、甘んじて背負おうとしている。
 奈緒は、その呪縛が解かれる日を、宝箱を開ける楽しみな日として、これからの人生を生きていこうと決心したのです。

 最終回冒頭。
 先週のラスト、継美チャンの 「ゆうかいして…」 のシーンが流され、いきなりウルウルです(笑)。 「会いたいよ…」 という継美チャンに、奈緒も 「お母さん…会いたいけど…」 と言うと、不意にぶつっと切れてしまう電話。 継美チャン、施設の人に、見つかってしまったのです。

 いっぽううっかりさんこと葉菜は、主治医の市川実和子サンから、もってせいぜい2日、3日目は分からない、と言われるほどの末期状態。 水色のなにか、を編んでいます。 「途中で死んだら、あとはあなたが編んで」 などと言う、葉菜の心が哀しい。

 この水色。

 以前にドラマで言っていたかどうか忘れたのですが、これは継美チャンの、好きな色なんですね。 奈緒が葉菜のために買ってきた、セキセイインコも、水色でした。 継美チャンが以前葉菜にプレゼントしたネックレスも、水色でした。 継美チャンが着ているカーディガンも、水色でしたね。

 葉菜は、「人生の最後に見る走馬灯が、今から楽しみなの」 などと不吉なことを言って、奈緒を困惑させる。 その走馬灯に葉菜が見たものは、先週藤吉(山本耕史サン)がつきとめたはずだった、放火事件の真相でした。 「実はこうだった」 という話の先に、「ホントのホントはこうだった」、という話のたたみかけは、まるで同じ坂元サン脚本の 「チェイス」 を見ているようでした。

 木更津のおばあちゃんから慰問のお菓子を受け取った継美チャン、そこに2万円が入っているのを見て、なにかうれしそう。 考えることは、だいたい分かりますが(笑)。

 いっぽう藤吉は、多田という老人に取材をしています。
 あの、葉菜の理髪店の常連だった白髪、白髭の老人です。
 どうも、高橋昌也サンだったようですね。 エンドロールを見ながら気づきました。
 高橋サンと言えば、私の世代では 「赤いシリーズ」 で、百恵チャンの敵役(だったかな?)。 百恵ファンとしては、あまりいい印象のない役者サンでしたが。
 御年80歳、いやー、カクシャクとしていらっしゃる。

 その多田という老人、亡き妻の理髪店を葉菜に譲ったなどという話を以前していましたが、もともと葉菜の取り調べをした人だったらしい。

 それで。

 その理髪店に戻ってきた葉菜の面倒を見ていた奈緒のもとに、まるで幻覚のようなスローモーションで、継美が帰ってくるのです。
 うっ…。 また来ましたよ(何がって、アレです、涙です…笑)。

 どうやって自分がここまで来たのか、もう話したくて仕方がないという感じで、しゃべり続ける継美チャン。
 あまりに急いだせいか、あっちこっちに擦り傷ができています。
 「もっと大きなけがをしたら、どうするつもりだったの! もしものことがあったら…」
 母親の自覚ゆえに、奈緒は継美チャンをきつく叱ってしまうのですが、継美チャンは叱られて泣き顔になり、「お母さん、継美に会えたの、うれしくないの?」 と問いかけるのです。
 「お母さんに、会いたかったのに…」 と泣いてしまう、継美チャン。
 奈緒もたまらず、継美チャンを抱きしめます。
 いけませんな。 こっちも大泣きです。

 昼間から寝ているうっかりさんを見つけ、継美チャンは何かを敏感に感じ取った様子。 「ダジャレ合戦」 を繰り広げながら、不意に黙り込んでしまう、継美チャン(奈緒のひとり負け状態は笑えましたけど)。 「うっかりさんの病気、ホントに治るの?」 と何度も尋ねるのです。

 それにしても、藤吉に継美チャンが帰ってきてしまったことを相談し、「あした室蘭に連れて戻るつもりです」 と、ハナから一緒に住むことを諦めているような、奈緒。
 見ている側としては、これまで誘拐だの戸籍売買だの、大胆なことをやってきたのに、どうして一緒に住むことに消極的なのだ?と思いがちですが、これは今の法律が悪い、と諦めるしかない、そう感じます。 そう割り切らないと、この先エンディングまで、重苦しい気持ちを抱えながら、このドラマを見終わってしまう気がするのです。

 そこにやってきた、鈴原家の人々。
 「お正月が来たみたい」 と喜ぶ葉菜、好きな人のことを聞かれてあわてる奈緒、まるでみんな、ずっと前から仲がよかったかのような、幸せな葉菜の最期のひとときが流れて行きます。

 鈴原家の人々が帰ったあと、葉菜は継美チャンの髪の毛を切ってあげる、と言い出します。
 継美チャンに、私もお母さんに髪を切ってもらった、と話す葉菜。
 引き続いて、奈緒の髪の毛も、切ることになるのですが。

 もうすぐ亡くなる人が、自分の娘と孫(こっちはほんとうの、ではないですけどね)の髪を切って、旅立っていく。
 髪の毛は伸びてしまえばまた切るわけで、葉菜の手入れした髪の毛は、いつか切らなければならないことになる、言わば 「期間限定」 の 「形見」 なわけです。
 この切なさ、と言ったら。
 奈緒にとって、この次髪を切るときは、まさに胸を締め付けられるほどのつらさがあるのかも知れません。
 そのことを考えると、涙を禁じ得ません。
 私も母親に、髪を切ってもらったことがある。
 そのこと自体が思い出となる日が来るのかと思うと、それだけで泣けてくるのです。

 奈緒は葉菜に髪の毛を束ねられながら、「私、継美と離れられるのかな?」 と不安をこぼすのですが、葉菜の答えは、いたってシンプルでした。

 「会えたわ。
 奈緒と、お母さんだって。
 30年かかって、また会えた。
 こうして、あの頃のように、あなたの髪を、切ってあげることもできた。
 昨日のことのように思い出す。
 まるで、あの日も今日も、同じ幸せな一日のように」

 「私と継美にも、そんな日が来るのかな?」

 「あなたと継美ちゃんは、まだ始まったばかりよ。 これからなのよ。
 あなたがあの子に何ができたかは、今じゃ、ないの。
 あの子が大人になったときに分かるのよ」

 「お母さんと私は…?」

 「ずっと一緒にいるわ」

 この部分は、このあとの、奈緒から20歳の継美に送った手紙の内容に直接影響を与える、重要な部分な気がします。
 髪を束ねる奈緒の仕草に、遠い過去の記憶が揺り起こされていく、奈緒。

 「お母さん…あのね…」

 「なぁに?」

 「お母さんの顔…思い出した…」

 ここでもまた、ブァッと涙、です。 これまで、5歳の時に別れた母親の顔を思い出せず、ただしっかりと握られた手の感触だけを覚えていた奈緒。 それが、母親に散髪してもらった遠い日の思い出で、母親の顔を思い出すなんて…。

 朝市があるから行ってみない?と提案する葉菜に、継美チャンはラムネも売っているかどうかを気にかけ、ラムネの中のビー玉はどうやって中に入れるのか?という素朴な疑問を葉菜と奈緒に投げかけます。
 その夜、眠る際に、「どうやってるのかしら?…ラムネのビー玉。 …どうやって入れてるのかしらね?…」 と、消え入りそうな声で呟きながら、眠りに入っていく、葉菜。
 もうすぐ出来上がりそうな水色のバッグを見ながら、奈緒が 「今度はセーター編んであげて」 と言うと、それには答えず、「お休み」 とただ笑ってやり過ごそうとする。 なんかいやーな予感がひしひしと迫ってくるような、ちぐはぐな会話です。

 ここでさっき述べた、走馬灯が…。

 消防車が通るのを後ろに見ながら、幼い奈緒の手を引く葉菜が、「お母さんのためにしてくれたのね。 でも、忘れなさい。 あなたは何もしてないの。 全部、お母さんがしたの。 分かった? もう、思い出しちゃダメ」 と話しているのです。
 つまり、自宅に放火して父親を殺したのは、奈緒だったということになるのでしょうか。

 そしてそれが、葉菜のこの世における、最後の記憶…。

 翌朝、起きてこない葉菜を、継美チャンがほっぺたツンツンして起こそうとするのですが。
 あるじを失った、葉菜のかけていた老眼鏡が、ぽつんと置かれたままになっているところは、さりげなく見事な演出でした。

 動かないうっかりさんをじっと見つめる継美チャンに、奈緒は 「室蘭の施設にあなたを送り届ける」 と話をします。
 「鳥さんにお水あげよ」 と立ち上がって水を汲んだ継美チャンは、それをわざとみたいにこぼしてしまう。 それをぞうきんでふきながら、あくまで顔を見せずに、継美チャンは悲しそうに、奈緒に訊くのです。

 「お母さん…継美のこと、嫌いになった?」

 「嫌いになんか、ならないよ」

 「面倒くさくなった?」

 「違うの」

 「じゃあ、…なんでお母さん、やめるの?」

 奈緒は継美を後ろから抱き寄せ、「私はあなたのお母さん。 お母さんをやめたりしない」 と語りかけます。

 「離れてても、継美のお母さん。 ずっと、継美のお母さん。 そしたら、また会える日が来る。 お母さんが、お母さん(葉菜)に会えたみたいに、いつか会える」

 大粒の涙を流しながら、「いつ?」 と訊く、継美チャン。 「大人になったら」 と答える奈緒に、分かんないかもしれないよ?顔も声も変わるよ、気付かないかもしれないよ?とたたみかける継美チャンに、奈緒は毅然として、こう答えるのです。

 「お母さんは、かならず継美を見つける」

 たまらず振り向いて奈緒に抱きついてしまう、継美チャン。
 ああ〜ここで、コマーシャルコールだ!(笑) いいとこぶち壊すな!(失礼、取り乱しました…笑)

 思えば、継美チャンが奈緒への強い思慕の思いを克服したのが、この 「必ず見つける」 という、奈緒の力強い言葉だった気がしてなりません。

 室蘭に着き、施設近くのバス停で降りた奈緒と継美チャン、手にはうっかりさんが編んでくれた水色のバッグを持っています。 葉菜の遺言通り、奈緒がしっかり仕上げたのでしょう。

 友達に見つかり、いったんは中途半端なまま別れてしまう奈緒と継美チャンでしたが、葉菜の亡くなった夜に徹夜して書いた手紙を渡そうと、駆け出す奈緒。

 悲しいままじゃ嫌だから、笑ってお別れできるように、もう少し話そうか?と言う奈緒に、継美チャンはかぶりを振ります。

 「お母さん、見てて…継美、自分で帰れるから」
 半泣きです。

 奈緒も半泣きで、「そうだね…でも…お母さん、見えるかな? ちゃんと見えるかな?」

 「悲しいの?」

 「ううん…うれしいの。 …うれしくても泣くことがある…」

 「じゃあさじゃあさお母さん、好きなものの話をするんだよ。 好きなものの話をすると、楽しくなるの」

 そしてふたりは、互いに好きなものの話をしながら、近づいていきます。

 「夜のプール」
 「傘お化け」
 「8月31日」
 「電車の中で眠っている人」
 「キリンの…キリンは、牛の種類ってとこ」
 「そうなの?」
 「うん」
 「ふたりで一個の傘さすこと」
 「靴箱からはみ出している長靴」
 「台風の、ゴォーッ!って音」
 「朝の光」
 「お母さんのまゆ毛」
 「継美の歩きかた」
 「お母さんが洗濯物干してるところ」
 「継美がそわそわしているところ」
 「お母さんの声」
 「継美の字…継美…」
 「…お母さん…」

 内容がだんだんお互いのことになっていくのが、また泣けます。

 そして 「継美が20歳になったら読んで」 と、奈緒は継美チャンに、鳥の羽根のシールが貼ってある、一通の手紙を渡すのです。

 最後に奈緒に向かって満面の笑みを見せ、振り返って施設に向かって歩き出す、継美チャン。
 大きな鳥かごを抱え、ぴょこたんぴょこたんと、奈緒がさっき好きなものにあげていた、独特の歩きかたで、一度も振り返らず、だんだん小さくなっていき、奈緒の視界から消えていきます。
 胸が締め付けられるような、別れのシーンでした。

 最後に、奈緒の手紙の内容が読み上げられます。

 「継美へ。
 あなたは今、『怜南』 と名乗っていることと思います。
 だけど今は、あえて 『継美』 と呼ばせてください。
 この手紙は、12年後のあなたに書く手紙です。
 二十歳になったあなたに宛て、書いている手紙です。
 いつか大人へと成長したあなたが読んでくれることを願って。

 継美。
 うっかりさんを覚えていますか?
 私の母であり、
 あなたとの旅の途中で再会した、望月葉菜さんのこと。
 あのときあなたの母になろうとしなければ、きっと私も、母に出会うことはなかったと思います。
 あなたの母になったから、私も、最後の最後に、母を愛することができた。
 不思議な運命を感じています。

 あなたは知っていますか?
 渡り鳥が、どうして迷わずに目的地にたどり着けるのか。
 例えば鳥たちは、星座を道しるべにするのです。
 北極星を中心とした、大熊座、小熊座、カシオペア座。
 星々を頼りにして、鳥たちは北を目指すのです。
 鳥たちはそれを、ヒナの頃に覚えるのです。
 ヒナの頃に見た星の位置が、鳥たちの生きる上での、道しるべとなるのです。

 私は明日、あなたに別れを告げます。
 あなたを連れて、室蘭に向かいます。
 会うことを許されない私たち。
 母と娘を名乗ることのできない私たち。
 それでも私は信じています。
 いつかまた、私たちが再び出会えることを。
 いつかまた、手を取り合う日が来ることを。
 私と母が、30年の時を経て出会ったように、幼いころに手をとり合って歩いた思い出があれば、それはいつか道しるべとなって、私たちを導き、巡り合う。

 二十歳になった継美。
 あなたは今、どんな女性になっているでしょう。
 どんな大人になっているでしょう。
 出会ったころの104センチのあなたは今、流行りの服を着て、小さな16.5センチの靴を履いていたあなたは今、少しかかとの高い靴を履いて、私の前に歩み寄ってくる。
 すれ違うそのとき、私は、なんて声をかけよう。
 向かい合って、あなたと何を話そう。
 何から聞こう。

 私が分かりますか?
 身長はいくつですか?
 恋をしましたか?
 親友はいますか?
 今でも、水色は好き?
 シイタケは苦手?
 逆上がりは、まだできますか?
 クリームソーダは好きですか?
 もしよかったら、また一緒に飲みませんか?

 継美、元気ですか?
 二十歳のあなたに出会うことを思うと、今から胸が高鳴り、ひとり、笑みがこぼれてしまいます。
 あなたとの明日を、笑顔で待っています。

 あなたに出会えてよかった。

 あなたの母になれてよかった。

 あなたと過ごした季節。
 あなたの母であった季節。
 それが私にとって今のすべてであり、そしてあなたと再びいつか出会う季節。
 それは私にとって、これから開ける、宝箱なのです。

 愛しています。    母より

 追伸 クリームソーダは、飲み物ですよ――」

 このバックに、藤吉がこの事件の取材した原稿をゴミ箱に投げ入れるところ、鈴原芽衣(酒井若菜サン)が元婚約者(音尾琢真サン…「龍馬伝」 で、亀弥太やってましたね)と復縁するところなどを流し、見ている側はなんとなく、心が満たされていくのを感じます。

 ラストに、12年後に再び出会うふたりの様子が、サービスカットのように入るのですが、このラストを、よかったねと感じるのか、その子が成人しなければ判断することができない法律とは何なのだと考えるのか、なかなか難しいところではあります。

 私の場合は見終わってからずっと、切なさみたいなものが心を支配しています。
 このドラマが終わってしまった寂しさ、とも考えられるのですが、どうも違うみたいです。
 継美チャンがこれから母親のいないことに、どういう形であれ、耐えていかなければならないことに、心が痛むのです。

 継美チャンはこの先、「怜南」 という、自分にとっては 「天国に行ってしまった」 女の子の名前を名乗らなければいけないんですよね。
 「八日目の蝉」 の薫チャン(小林星蘭チャン)にしてもそうだったのですが、「恵理菜」 という本来の名前は、自分を表すための最適な名前ではありませんでした。 恵理菜を演じた北乃きいチャンは、その満たされなさを抱えながら、その後の人生を送っていくわけですが、継美チャンにも同じ心の飢えが襲われないとも限らない。
 継美チャンは幼いながらも、自分の名前を失われ、母親も失われた形で、これから生き続けなければならないのです。 未来への希望を持ちながらも。

 松雪サンや田中サン、これ以上ないという最高の演技を見せてくれたのですが、それ以上に継美チャンを演じた芦田愛菜チャン、「こんな娘がいたらなあ」 と思うくらい、つくづく健気な女の子でした。

 いずれにせよ、最高級のドラマを楽しめた、という満足感だけは、如実に存在しています。 上質な余韻が、今も残り続けている。 今年前半期では、間違いなくナンバーワンですね!
メンテ
最も恐ろしいテレビドラマ 野島伸司『この世の果て』 (フジテレビ 1994年) ( No.29 )
日時: 2022/05/07 20:38
名前: スメラ尊 ID:hljhk4o.

最も恐ろしいテレビドラマ 野島伸司『この世の果て』 (フジテレビ 1994年)

脚本・野島伸司
音楽・溝口肇
主題歌 尾崎豊「OH MY LITTLE GIRL」
第7話のエンディングでは本曲ではなく劇伴音楽担当の溝口肇のインストゥルメンタル曲が、第10話のエンディングでは本曲ではなくシューベルトの『アヴェ・マリア』がそれぞれ流れた。
制作:フジテレビ

各話 放送日 サブタイトル 視聴率
第1話 1994年1月10日 雨のシンデレラ 24.1%
第2話 1994年1月17日 目の見えぬ純愛 25.1%
第3話 1994年1月24日 愛と死の十字架 24.4%
第4話 1994年1月31日 流血の運命 21.9%
第5話 1994年2月7日 愛だけを信じて 23.1%
第6話 1994年2月14日 すれ違う心 22.0%
第7話 1994年2月21日 引き裂かれた姉妹 25.3%
第8話 1994年2月28日 その愛を失う時 22.6%
第9話 1994年3月7日 小さな命が消える 21.2%
第10話 1994年3月14日 盲目の妹に光を 21.6%
第11話 1994年3月21日 愛する者の死 20.1%
最終話 1994年3月28日 未来を君に捧げる 23.7%

動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%81%93%E3%81%AE%E4%B8%96%E3%81%AE%E6%9E%9C%E3%81%A6%EF%BC%881994%EF%BC%89%E7%AC%AC++%E8%A9%B1


『この世の果て』は、1994年(平成6年)1月10日から3月28日までフジテレビ系列月9枠で放送されたテレビドラマ。全12回。平均視聴率22.9%、最高視聴率25.3%。全ての回で20%以上の視聴率を記録している。

都会の絶望の果てで出会った、孤独なホステス・砂田まりあ(鈴木保奈美)と孤独な天才ピアニスト・高村士郎(三上博史)の究極の愛を描いた悲劇。オープニングとエンディングは士郎がまりあに語りかける形でナレーションが入る。メインキャスト全員が孤独であり、悲しい過去、心の傷をかかえており、この枠としては珍しい重厚な人間ドラマが描かれている。

鈴木保奈美と横山めぐみの初の汚れ役であり、その暗い演技が放送当時話題になった。野島作品の中でも特に暗い作品と言われている。同年10月21日に、ビデオ全4巻が発売されたが、DVD化は実現していない。

最終回はフジテレビオンエア版が20分延長であったが、ルミと井野が殺害した佐々木を埋めるシーンなど、いくつかの場面がカットされて1時間枠に収められている。地方で再放送される場合は、このカットされたバージョンの最終回が放送されることが多い。


制作経緯
脚本の野島伸司は、今まで誰も自分を認めてくれなかった、今まで誰も愛してくれなかった、そんな淋しい男女が出会って、初めてお互いを信じ合える相手と支え合いながら、東京という砂漠のような大都会で生きていく、都会の中の孤独を描いたドラマとして作製した[1]。野島とフジテレビのヒットメーカー・大多亮プロデューサーは、企画を詰めていく段階で、60年代のスキータ・デイヴィスの名曲「The End of the World」のイメージを根底として置いていた[1]。ドラマタイトルも同曲からとり[1]、作品の求めるものも同楽曲のイメージに近かったが[1]、洋楽で古い曲でもあり、ドラマの主題歌として使うにはリスクが大きいと大多が迷っていたら[1]、野島が日本の歌だと尾崎豊の「OH MY LITTLE GIRL」が世界観に近いと大多に聴かせ採用を即決した[1]。尾崎は浜田省吾と同じ須藤晃がプロデュースしていたため、本作の2年前1992年の『愛という名のもとに』で、「悲しみは雪のように」など浜田の楽曲起用を須藤に頼んでいた経緯もあって、すんなり「OH MY LITTLE GIRL」の主題歌採用が決まった[1]。1997年1月3日に放送されたSMAP主演の単発ドラマ『僕が僕であるために』の主題歌も「尾崎の同名楽曲」をモチーフの企画されたもの[1]。

大多亮が単独プロデュースで手掛けた最後の作品でもある。


キャスト

砂田 まりあ - 鈴木保奈美
幼い頃、父に愛されていないという思い込みから家に放火した。父は死んだが、在宅中だった妹のななが逃げ遅れて盲目に。そのため常に暗い表情をしている。ななの目から光を失った自分を責め続け、目を治すと心に誓い、手術費用を貯めるため、昼は郵便局員、夜はホステスとして働く。ヘビースモーカー。

言葉遣いが荒く、時々激昂するが、妹のななと士郎には自己犠牲的な愛をささげる。やがて士郎の子を妊娠するが、言い出せないまま二人の仲はすれ違い、士郎はルミの元で覚せい剤なしではいられない体に。そんな士郎に暴力を振るわれ、流産してしまう。士郎を助け出し、覚せい剤がぬけたことを機会に士郎に別れを告げ、征司と結婚する決意をするが結婚式当日ヘリコプターから飛び降りる。

高村 士郎 - 三上博史
ひき逃げに遭い負傷。警察に通報、救急車に同乗してくれたまりあと恋に落ちる。始めは記憶喪失のふりをし素性を隠していたが、実は世界的に有名なピアニストだった。幼い頃から男性のピアニストに預けられ、英才教育を受けた末、彼の娘、百合子と結婚。ピアノを弾く機械のような生活を送っていた。しかし、自ら左手を傷つけ、ピアニスト生命を絶つ。妻と離婚し、資産も名誉も捨ててまりあと暮らし始めてからは、過去のプライドと栄光が捨てられず自暴自棄になり、覚せい剤に溺れる。

砂田 なな - 桜井幸子
まりあの異父妹。自宅の火事が原因で盲目に。少々幼さが残るが障害を感じさせない健気な性格。一人暮らしをしながら村井夫妻の経営する花屋で働いていた(夫妻からは養子縁組の話をたびたび持ちかけられる)。ある日、コンビニ強盗が逃走するところに遭遇。口封じに暴行されかけていたところを助けてくれた純と恋に落ち、交際。しかしコンビニ強盗犯が純だと知ると激怒し別れを切り出す。村井の息子・道夫に心引かれていくが、のちに酷い目に遭ってしまう。家に訪ねてきた祖父から姉とは父が異なること、警察官だった祖父たちの力で、放火事件は事故ということにされたのを知る。しかし姉への愛情は変わらなかった。手術成功後は出版社へ就職し、年相応の印象を身につける。

神矢 征司 - 豊川悦司
経済界のプリンス、KAMIYAグループ御曹司。中学生の頃、本妻との間に子供ができなかった神矢の跡取りとして神矢家に。地位も名声も金も好きなように動かせるが、母を捨てた父を恨む気持ちも手伝い、愛を信じることができない。常に孤独を感じており、女を口説いて落ちるかどうかの賭けを部下としていた。まりあと結婚にこぎつけるが、そこで裏切りに遭う。

三島 純 - 大浦龍宇一
自動車整備工場に勤めている。赤ん坊の頃コインロッカーに捨てられていた天涯孤独の青年。顔の左側はやけど跡で覆われている。京子の弟とコンビニ強盗をした時に衝突したななに顔を見られたと勘違いする。ななが盲目であることを知り、安堵。仲間がななを暴行しようとしていたところを助けた事から恋愛関係になるが、彼女に真実を知られて破綻。しかし自分なりの「愛の形」を見つけてゆこうと模索する。勤務先に刑事がやってきたことで解雇され、セメント工場で働くようになる。

加賀美 ルミ - 横山めぐみ
まりあが働く「花葡萄」に大勢の客を従えて店がえしてきたホステス。趣味は陶芸。ある男を誘惑し、貢がせた自慢話を控え室でホステスたちに聞かせていたが、その男は店のNo.1・京子が暮らしていた男だった。中学生の頃、ボーイフレンドとデート中に見知らぬ男たちに襲われ、暴行された時にボーイフレンドが逃げ出してしまった。それからは愛や永遠という言葉を聞くと頭痛がするようになり、セックスをしても感じなくなり、同時に冷酷で攻撃的な性格になってゆく。

砂田 夕子 - 吉行和子
まりあとななの母、現在は居酒屋経営。元シナリオライター・葛木和也との間にまりあをみごもっていたが、廃人状態だった葛木との結婚は望めない状態にあった。それを承知の上で受け入れると言った砂田と結婚するが、まりあがおこした火事で死別。砂田には感謝はしているが、心から愛せなかった事と悔やんでいる。5年前に偶然再会した葛木をこっそりと匿い、最期を看取ると後追い自殺する。遺言により角膜はななに移植される。第1 - 11話の出演。

吉田 潔 - 清水紘治
ななの主治医。人の情を信じることをしない。まりあには高額の金を出せば角膜移植を優先的に受けさせると何度も言っている。偽善や人の善意を嫌う人物であり、自分の目の前で車に飛び込んだまりあを見て驚愕する。
ななの角膜移植手術後、結婚式の前日に交通事故に遭い、20年間植物状態になっている妻をまりあに対面させた。

佐々木 実 - 小木茂光
娘を探して京都から上京し、夕子の店で働き始める料理人。実は探しているのは自分を破綻させ、妻を殺害する原因を作ったルミであった。服役を終えてすぐにルミを探すために上京した。ルミと士郎が暮らし始めたことを知り、士郎と別れるようにまりあに忠告する。ルミに毒を盛られ絶命する間際に、ルミの顔に硫酸をかける。第4 - 11話の出演。

高村 百合子 - 高樹澪
士郎の妻。以前から父のもとで、ピアニストとしての英才教育を受けていた士郎と政略結婚をした。士郎の愛よりもピアニストとしての地位や手に興味がある。行方不明になった士郎を探し出すが、目の前で左手を傷つけた事から役に立たなくなったとして離婚を切り出す。第1 - 4話の出演。

二村 浩一 - 加藤善博
百合子から雇われた元刑事の探偵。まりあと士郎の恋愛に興味を持ち、士郎を見つけてもしばらくは百合子に居所を知らせず、士郎に失踪やまりあとの暮らしを聞いていた。後にまりあから依頼を受け、覚せい剤漬けになりヤクザから追われる士郎を救い出す。怪しげな雰囲気だが、性格は悪い方ではない。第1 - 5話、第11話の出演。

田辺 京子 - 秋本奈緒美
クラブ「花葡萄」No.1ホステス。入店間もないまりあと客の前で大喧嘩をするが、後に友人に。店では上品に振る舞っているが、プライベートではがさつな面がみられる。バイセクシャルの男と暮らし、一緒に店を開くために金を貯めていたが、金を持ち逃げされる形で破局。ルミが店に雇われて来た時に、皆の前でルミがその男に貢がせていたこと、京子との記念に買ったブランドの時計を偽物呼ばわりしたことなどを暴露し嘲笑したことから激怒。ルミに憎悪の念を抱く。弟が強盗で逮捕され服役することが決まると、故郷へ帰った。第1 - 6話の出演。

砂田 - 織本順吉
ななの祖父で元警察官。妻と共に息子と夕子の結婚に反対し、結婚後は断絶状態になっていたが、息子たちについて回る葛木をけん制したり、息子の死の真相を闇に葬る等、それなりに愛情を持っていた。息子の墓前でななと対面。息子の面影を感じ、そして彼女に真相を話すが、夕子とまりあを悪く言った事からななに注意を受けてしまう。

大前喬 - 塩見三省
征司の部下、孤独な征司の心の支えになっている。

西岸忍 - 濱田万葉
士郎がまりあと別れた直後に出逢った少女。第11 - 最終話の出演。

田川マキ - 神崎恵
忍の友人。

村井 良雄 - 鶴田忍
ななが勤める花屋の店主。ななを気に入り、資産も名義変更し相続させる約束で養子縁組する。一人息子・道夫がおり、勘当していた。

村井 早苗 - 茅島成美
良雄の妻。心優しい性格で、ややお人好し。のちにななが道夫に殺されかかったとして、実母の夕子に激しく罵られる。

村井 道夫 - 沢向要士
良雄と早苗の一人息子。勘当されていたが、借金を抱えていた事もあり、両親の財産相続をすることになったななに近づく。婚姻届にボランティア参加のサインだと偽りサインさせ、ななを殺そうとするが、後を追ってきた純により捕まえられる。第5 - 10話の出演。


井野 仁 - 松田勝
ルミとは長い付き合いのあるバーのマスター。怪力の大男。裏社会にも通じており、ルミに覚せい剤を分ける。ルミがまりあを殺そうとすると、わざと弾の入っていない銃を渡し、自分の目をつぶし、ルミに告白。第6話から登場。

三浦 博実 - 土屋久美子
道夫に借金をさせている派手な女。調布市のボランティアだと嘘をつき、道夫と共にななを殺そうとする。道夫と共に純に捕まえられる。第6 - 10話の出演。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%93%E3%81%AE%E4%B8%96%E3%81%AE%E6%9E%9C%E3%81%A6





メンテ
森田童子の哀切な歌と共に伝説になった野島伸司のテレビ・ドラマ 『高校教師 TBS 1993年』 ( No.30 )
日時: 2022/05/08 08:23
名前: スメラ尊 ID:WrctpPwU

森田童子の哀切な歌と共に伝説になった野島伸司のテレビ・ドラマ 『高校教師 TBS 1993年』

原作 野島伸司
脚本 野島伸司
時代設定 1993年

動画

高校教師 第1集
https://www.youtube.com/watch?v=lbaKQ1hfi50

真田広之・桜井幸子 高校教師 (TBS 1993年) 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E9%AB%98%E6%A0%A1%E6%95%99%E5%B8%88+%E7%AC%AC+%E9%9B%86


話数 エピソードタイトル 初回放送日 演出 視聴率

第1話 禁断の愛と知らずに
1月8日 鴨下信一 20.4%
大学院助手から不本意ながら、女子高教師になった羽村隆夫。3学期の始業式の朝、定期券の有効期限が切れて捕まった女生徒の二宮繭を助けたことから信頼を得る。帰宅する羽村を尾行して部屋に上がり込む繭だったが、羽村の婚約者の三沢千秋が来訪し、慌てて逃げ帰る。しかし繭はある日、千秋が見知らぬ男とラブホテルに入るのを目撃してしまう。

第2話 嘆きの天使
1月15日 鴨下信一 15.5%
毎朝、羽村の下駄箱に「助けて」という手紙が入っているが、誰の仕業かわからない。バスケットボール部顧問になった羽村を慕って、繭も入部してくる。繭の親友の直子は藤村に強姦され、その上、その様子をビデオカメラに撮られてしまう。羽村の婚約者である千秋に会った繭は、羽村との結婚は打算だと聞かされ、怒りのあまり、彼女をエスカレーターから突き落としてしまう。

第3話 同性愛
1月22日 吉田健 15.8%
同性愛者であるバスケットボール部キャプテン佐伯麻美は、繭と親しくする羽村を様々な手で陥れようとする。強姦されて3日間の休校に追い込まれた直子は元気なフリで登校するが、その様子を録画されたビデオテープをネタにされて藤村から脅迫される。一方、千秋を病室に見舞った羽村は樋口と千秋の抱擁シーンを目撃し、婚約者に裏切られていたことに気づく。


第4話 僕のために泣いてくれた
1月29日 吉田健 17.0%
羽村の麻美への強姦未遂の噂が広まり、生徒は羽村の授業を放棄するが、繭だけは羽村をかばう。嫉妬に狂った麻美は、塩酸を羽村にかけようとするが、かばった繭にかかる。羽村は千秋から愛されていないことを聞き、婚約を解消する。さらに三沢教授から、研究室には二度と戻れないという真相を知らされる。傷ついた羽村は繭と動物園に訪れるが、感情が抑え切れなくなり繭の前で号泣するのだった。

第5話 衝撃の一夜
2月5日 森山享 19.5%
羽村の兄が故郷からやって来て、婚約破棄したことから兄弟喧嘩になる。自分を見守ってくれる繭に、羽村は愛情を抱き始めていた。鎌倉の海に行くが時間を気にする羽村に腹を立てる繭は、羽村の腕時計を奪い、海に投げ捨て、「帰らない」と言い張る。最終電車もなくなり、二人は鎌倉の旅館に泊まることになった。

第6話 別れのバレンタイン
2月12日 吉田健 17.6%
羽村との無断外泊で、停学処分を受けた繭。羽村のアパートにやって来た繭の父・二宮耕介は、密告したのは自分だと告げて忠告する。羽村は辞職を考えるが、教師としての自覚を欠いたことで新庄に殴られる。繭の将来を考え距離を置こうと決意した羽村は、バレンタインデーに一方的に別れを切り出すのだった。

第7話 狂った果実
2月19日 吉田健 22.0%
羽村に別れを告げられたショックから、盛り場を遊び歩くようになる繭。そんなある日、繭は強姦されそうになるが、風俗嬢の亜弓に助けられる。一方、直子は妊娠していることが発覚したため、人工妊娠中絶手術をする。亜弓の自宅に泊まった繭は、翌朝自殺した亜弓を発見するのだった。

第8話 隠された絆
2月26日 森山享 25.8%
溝ができてしまった羽村と繭。そんな中で教育教習生の里佳が羽村にアプローチする。里佳は繭へのライバル意識から、彼女にカンニングの濡れ衣を着せる。羽村は、下駄箱に「助けて」の手紙を入れる繭を目撃する。そして二宮家を訪ねた彼は、父と娘の信じがたい関係を目撃した。

第9話 禁断の愛を越えて
3月5日 小池唯一 25.8%
繭は、直子が強姦される様子を録画したビデオを見てしまう。繭は藤村のロッカーからマスターテープを盗みだし、新庄の机の上に置く。ロッカー破壊の濡れ衣で藤村は直子に体罰を加え、直子の腫れ上がった顔を見た新庄は、羽村の制止も聞かず藤村に殴りかかる。羽村はその新庄の言動に動かされ、繭を二宮家から連れ出すのだった。

第10話 ぼくたちの失敗
3月12日 吉田健 28.3%
繭を自分のアパートに連れ去り、羽村はホテルに泊まることになる。連日ストーカーのように羽村の自宅に電話をかけ、アパートに侵入しようとする狂気じみた耕介。繭と父親との関係がどうしてもひっかかる羽村は、繭に思わずきつい言葉を吐いてしまう。繭と耕介が海外に行くことを知った羽村は、空港で耕介を刺してしまう。

最終話 永遠の眠りの中で
3月19日 吉田健 33.0%[7]
タクシーで自宅に戻った耕介は、2人を庇うため、自ら放火をしてしまう。羽村は繭に一緒に新潟に行こうと約束するが、翌朝一人で姿を消し、羽村は新庄から上野駅発のエル特急あさまで見送られる。しかし、置き去りにしたはずの繭は、同じ電車の車内にいた[6]。二人は普通列車の椅子に寄り添い合い、小指に赤い糸を結びつけて、静かに列車に揺られるのだった。



ドラマ『高校教師』終焉の駅、青海川駅
https://www.youtube.com/watch?v=rC_O-yciZWk


主題歌には、1970年代を中心に活動した女性シンガーソングライター・森田童子の曲「ぼくたちの失敗」が使用され、リバイバルヒットとなった。

『高校教師』は、1993年1月8日から3月19日まで放送された日本のテレビドラマ。脚本は野島伸司。主演は真田広之と桜井幸子。TBS系列「金曜ドラマ」枠で、毎週金曜日22:00 - 22:54に放送された。


主題歌 - 森田童子「ぼくたちの失敗」

挿入歌 - 森田童子
「男のくせに泣いてくれた」(第4話エンディング)
「G線上にひとり」(第5話エンディング)
「ぼくが君の思い出になってあげよう」(第7話エンディング)
「君と淋しい風になる」(第8話エンディング)
「君は変わっちゃたネ」(第9話オープニング)


森田童子 - (best)僕たちの失敗 ベスト・コレクション
https://www.youtube.com/watch?v=qEMhYL6E2xA

0:00 ぼくたちの失敗
3:24 蒼き夜は
7:30 雨のクロール
9:30 蒸留反応
15:23 哀悼夜曲
18:38 孤立無援の唄
24:24 さよならぼくのともだち
28:26 逆光線
31:06 サナトリウム
35:48 男のくせに泣いてくれた
39:08 春 漫
41:50 G線上のひとり
45:26 ラストワルツ

▲△▽▼

『高校教師』1993年(平成5年)1月8日から3月19日まで毎週金曜日22:00 - 22:54に、TBS系の「金曜ドラマ」枠で放送された。脚本は野島伸司。主演は真田広之と桜井幸子。

同1993年(平成5年)に東宝系で映画版が公開され、2003年(平成15年)には同名タイトルの続編が制作・放映された。本稿ではこのうち、1993年のテレビドラマと映画版について述べる。

教師と生徒の恋愛・同性愛・強姦・近親相姦・自殺など、当時すでに問題となっていた「社会的タブー」を真正面から扱った作品として、大きな反響を呼んだ。「登場人物らの背景に何があるのか」「最終回の結末はどうなったのか」など、サスペンスの要素を織り込んだことも、それに拍車をかけた。

高校のロケ地は日本基督教短期大学で、一部シーンでは宗教団体の施設を利用している。また、最終回の舞台となったJR信越本線の青海川駅(野島伸司の出身地の新潟県柏崎市にある)では、ロケ地巡礼に訪れる視聴者が増加した。

羽村役の真田広之は、放送終了後に出演したトーク番組で続編のオファーがあったことを紹介した際、「死んだはずの人間が生きていたという話はおかしい。見てくれた人にも失礼」という趣旨の説明をしてオファーを断った。


作品テーマ
野島伸司から「近親相姦」などをテーマとした作品が提案されたが、当初プロデューサーらは嫌悪感を抱いていた。しかし、野島の「ギリシャ神話のような作品を作りたい」という言葉に感銘を受け、直接的な性的描写を抑えた、繊細で透明感のある作品づくりを目指した。

なお本作では、真田広之演じる主人公の教師・羽村隆夫と婚約者の三沢千秋、羽村と彼を慕う教育実習生・田辺里佳との大人同士を除いてキスシーンがなく、性的なシーンも含めて、全てそれを連想させるだけにとどめた演出になっている。


脚本・演出
テレビドラマとしては珍しく、ドラマ撮影前にシナリオが全て完成していた。これにより出演者たちは、登場人物の運命や世界観などを完全に理解して演技することができたことに加え、きめ細かな裏設定を実現することができ、それらの伏線を演技や演出によって表現できたという。
野島作品の中では、この作品のシナリオだけが唯一、ラストの展開の手直しが行われた。


俳優
当時、あまりテレビに露出しておらず映画メインだった真田広之を主人公に起用し、同じくテレビ露出が少なく透明感や神秘性を感じる桜井幸子を抜擢した。ヒロイン役には当初、当時人気であった観月ありさを予定していたが、台本に賛同を得られなかったため、桜井幸子に変更されたという。

ヒロインの親友・相沢直子は、教師にレイプされる役柄ということから、当初依頼していた何人かの女優に出演拒否され、最終的に持田真樹が担当することになった。
相沢直子を強姦する教師・藤村知樹の役を演じた京本政樹は、それまでは「必殺仕事人V」など時代劇俳優としてのイメージが強かったが、本作で狂気じみた役どころを演じてイメージを一変させた。また、繭の父親役を演じた峰岸徹の近親相姦も辞さない演技も話題となった。


登場人物

主人公とヒロイン

羽村 隆夫〈32〉
演 - 真田広之
主人公。出生地と実家は新潟県。家族構成は両親と兄。父親は病弱で肝臓病を患っている。もともとは大学の研究室で三沢教授の助手をしていたが、三沢教授の娘の千秋と婚約直後、教授の紹介で日向女子高校へ理科の講師(科目は生物)として赴任。
年度末である3月で契約を終え、研究室に戻るつもりでいたが、千秋の本心を知って破談になった直後、実は教授から疎まれており、千秋との縁談は論文を盗作したことへの口封じであったことと、結婚していても研究室へは復帰できなかったことが露見する。
運動は苦手だが、一時期はバスケットボール部の顧問もしていた。時に孤独な一面を持ち、繊細で温厚、そして良識的な性格であったが、二宮繭との出会いで変化していく。その一方で自分の都合が悪くなると意見すら言えないほど沈黙を決め込んだり、時には奇声を発して暴れたりするなど、精神的に幼い一面もある。
終盤では新東京国際空港で耕助をノミで刺した。そして実家のある新潟へ繭とともに逃亡する。


二宮 繭〈17〉
演 - 桜井幸子
高校二年生のヒロイン。一見、明るく自由奔放な性格だが、陰のある少女。ブルボンのエリーゼ(スティック状のウェハースの中にチョコレートが入ったお菓子)が好物[4]。
定期券の期限切れで駅員に注意されていた時に羽村に助けられる。初対面時から羽村に付きまとい、突発的な行動も見られる。嫌われたりいじめられたりしている様子は見られないが、相沢直子以外に友人はおらず、クラスでは半ば孤立している。
父子家庭で父親と2人暮らし。母親は15歳の時に心臓病で亡くしており、存命していた頃は繭を憎んでいた。母親が亡くなる数年前から、父親からの倒錯的な溺愛に悩む。運動神経は抜群で持久走では先頭に立つほどであるが、一方、「家庭科は得意」というものの、裁縫に関しては指を絆創膏だらけにしてしまうほどであり、器用とはいえない。
終盤で父親と海外に引っ越そうとするが、空港に現れた羽村が父親を刺し、重傷を負った父親の希望で自宅へ戻ることになる。


日向女子高等学校
教職員

新庄 徹〈33〉
演 - 赤井英和
羽村の同僚で、担当は保健体育。剣道部の顧問をしている。離婚歴があり、元妻との間の1人息子である貴広とアパートで2人暮らしをしている。関西出身のためか、常に関西弁で話す。ラーメンが好物で外食ではラーメン屋に足を運ぶことが度々あり、学校での昼食はカップ麺を摂っている。好きなカップ麺は日清ラ王[5]。一方、甘いものは苦手。
生徒に息子を負傷させられた過去を持ち、そのトラウマから口より先に手が出る暴力教師として生徒たちから恐れられている。女子生徒に絡んでいた男に鉄拳制裁で締め上げるほど腕っぷしも強いが、それゆえに体罰が原因で懲戒免職された過去を持っており、教員免許を剥奪されかねない状況にある。生徒や教師に対しても同様で、パーマをかけていた生徒に対しては強引に洗髪までさせて是正を指導したり、羽村が繭と無断外泊した時には教師として軽率な行動をしたことで殴ったこともあるが、根は情に厚く、思いやりのある心優しい性格。

息子・貴広に対しても深い愛情を注ぎ、羽村をはじめ、藤村に強姦されて心を閉ざしていた直子のことも気にかけ、良き理解者として接する心の支えともいえる存在であるが、時々直子からからかわれたりするなど、どこか憎めない一面もある。
離婚した妻は大手証券会社の部長と再婚しており、前妻との間で貴広の親権を争っていたが、敗訴し貴広は妻の元に引き取られる。その後、藤村に暴行を加え、謹慎処分となるが結局は辞職。建設会社に転職し、現場作業員に転身した。


藤村 知樹〈32〉
演 - 京本政樹
羽村の同僚で、担当教科は英語。テニス部の顧問を務め、端整なルックスから生徒たちのアイドル的存在である。皮肉屋ながら優れた教育論を掲げ、羽村の良き理解者として振る舞っているが、裏では生徒数名を強姦し、それをビデオに撮影するという異常性を持つ。被害者の1人である直子に対してはビデオテープをネタに交際を強要し、妊娠にも追い込むが、中絶されたことから執拗な脅迫を行う。

その後、直子が繭にそのマスターテープを奪うことを依頼。繭は藤村のロッカーから奪ったマスターテープを新庄の机に置き、それを手にした新庄が羽村とともにそのビデオを見たことで悪事が露見する。翌日、ロッカーを破壊したのは直子と思い込み彼女を暴行。この一件で激昂した新庄から暴行を受け、全治1ヶ月の重傷を負う。
その後も、あくまで歪んだ己の信念を正当化する言動を繰り返していたが、最後は直子のしたたかな意志と訴えに敗北する格好となり、新庄への刑事告訴を取り下げる。劇中では最後まで直子をはじめ生徒たちとの関係が公になることはなかったが、後に改心し、2003年の続編にも登場している。


坂入主任
演 - 金田明夫
学年主任。厳格な教育者を装いながら根は俗物的であり、教育実習生との歓迎会ではセクハラじみた言動で羽目を外す。

教頭
演 - 小宮健吾
典型的な自己保身主義者。

宮原 志乃
演 - 山下容莉枝
羽村の同僚で、繭の担任。独身ということもあり、赴任当初は羽村に若干の興味を抱いていたが、羽村が異性トラブルなどを持ち込んだことから、次第に軽蔑するようになる。

田辺 里佳
演 - 若林志穂
物語中盤に登場した教育実習生。羽村に恋愛感情を抱き、繭に宣戦布告するが、負けを認めて去っていく。


生徒
相沢 直子〈17〉
演 - 持田真樹
繭の同級生で親友。ポニーテールが特徴的。母子家庭でスナックを経営する母親と二人暮らし。元々は藤村のファンだったが、藤村から強姦され、3日間の休校に追い込まれる。藤村から強姦の様子を撮影したビデオテープをネタに関係を強要され、一人で悩みを抱えていたが、新庄との接触で次第に自信を取り戻すとともに慕うようになり、時には新庄の自宅に足を運ぶこともあり、息子である貴広の母親代わり的な存在にもなっている。運動は苦手な方であるが廃部寸前だった新庄が顧問を務める剣道部に入部。不満を漏らしつつも回を追うごとに上達していった。

その後妊娠し、新庄に泣きついて中絶するが、藤村の根本は変わらず、執拗な脅迫を受け、ロッカー破壊の濡れ衣で暴行を受けるが、新庄が藤村に暴行し、入院に追い込んだことで事なきを得たが、新庄が辞職したことで剣道の夢は絶たれてしまう。底抜けに明るい性格で時には下ネタを口にすることもあるが、振られることに対しては快く思っていない。一方、繭と新庄父子以外には心を開かない一面もある。

佐伯 麻美〈18〉
演 - 中村栄美子
バスケットボール部のキャプテンで、マッシュルームカットが特徴的。下級生からの人気は高いが、本性は陰湿でわがまま。男嫌いでバスケットボール部の顧問になった羽村のことが気に入らず、腕立て伏せを強要したり、下級生に指示して倉庫に閉じ込めたりするなどの嫌がらせをする。繭に対しては同性愛的な好意を抱くが、「汚い女」と吐き捨てられ、羽村を罠にはめようとして強姦されたことを狂言し、授業放棄に追い込むが、失敗に終わる。そして羽村に塩酸をかけようとするがかばった繭にかかってしまい、火傷を負わせてしまう。親の転勤を理由に転校した。

女子生徒
演 - 加藤貴子
第1話で登場。3年生の生徒で、少々柄が悪め。羽村に近づく繭が面白くなく、教室に乗り込んで罵倒するが、返り討ちに遭ってしまう。


生徒の家族

二宮 耕介〈48〉
演 - 峰岸徹
繭の父親で著名な彫刻家。芸術家として優れた才能を持ち、高く評価されているが、自身の健康面には無頓着で、病魔に冒され余命幾許もない状態。同時に偏執狂的な一面を持ち、2年前に妻を亡くして以来、娘にすがり束縛しようとする。作中には娘との近親相姦の関係にあることを匂わせるような描写もある。羽村に対しては敵視していたが、その後羽村にノミで刺されてしまい、自宅を放火して焼死する。

相沢 純子
演 -
直子の母親。スナック純を経営している。自分1人で切り盛りしており、忙しくなると直子に手伝わせようとする。


教職員の家族

新庄 貴広
演 - 森田洸輔
新庄の息子で小学生。新庄が以前、接触した生徒の過失により、足に障害を負っており、松葉杖をついている。離婚した母親が起こした親権の調停によって、父親と離れて暮らすことになるが、義父の海外転勤についていくことに拒否し、自力で戻って来た。直子に懐いている。

羽村 和人
演 - 三浦浩一
第5話で登場。羽村の兄で病弱な父親に代わって田舎で農業を営んでいる。羽村のために大学の授業料なども面倒をみていた。話し言葉は新潟弁。自らの境遇と弟とのギャップにコンプレックスを抱いていたが、羽村と喧嘩の末に和解した。


昭和理科大学

三沢 祐蔵
演 - 小坂一也
昭和理科大学の高名な大学教授で、羽村の上司。娘との縁談・日向女子高校での教職を勧めたが、それは羽村の論文を盗作したことの口封じ、研究室からの追放の為であった。冷淡な性格で、娘に対して愛情など抱いていないと公言。わがままに育ってしまった娘に手を焼いている。

樋口 尚樹〈32〉
演 - 黒田アーサー
羽村とは研究室の同僚。基本的に軟派な性格であるが、羽村の存在を知りながら千秋と付き合ったり、冷淡な言動を取ることもある。

その他

駅員
演 - 松尾スズキ
第1話で登場。繭の通学定期券の期限が切れていたことを注意し、生徒手帳を見せるように言うが、繭が忘れてきたため学校へ連絡しようとしたところを、羽村によって止められる。

ヌードモデル
演 - 朝岡実嶺
第1話で登場。実は妊娠しており、契約違反であることを知りながら耕介の彫刻のモデルをしていた。

三沢 千秋〈24〉
演 - 渡辺典子
三沢教授の娘で、保育園で保育士をしている。明るい性格だが、打算的な一面も見られる。父の薦めで羽村と婚約するが樋口と浮気。現場を目撃した繭を呼び出し、弁解した直後にエスカレーターから突き落とされる。のちに婚約破棄となる。父親に認められたいという思いもある様子。

家庭教師
演 -
第6話で登場。メガネを掛けた青年で、繭が停学されていた時に登場し、耕介の指示で繭に必要以上の束縛を加えるが、コンパスを机の引き出しから取り出そうとした時に繭に引き出しを閉められて手を挟まれ、返り討ちに遭う。

玉田 亜弓
演 - 広田玲央名(現:広田レオナ)
第7話で登場。繭が男に襲われそうになったところを助けた女性。好きな男性と一緒に田舎から上京してきて以前は一般的なOLをやっていたが、憧れていた東京での生活にギャップを抱き水商売をするようになったという。誕生日を彼氏に伝えていたが来なかったため、繭と2人でささやかな誕生日を祝ったのち、浴室で自殺してしまう。

アナウンサー
演 - 鈴木史朗
第11話で登場。二宮親子の家が火災となり、繭が行方不明になったことから、警察が捜査していることをニュース番組で報じる。

▲△▽▼

2020年08月19日
いまiPadで寝ころびながらみてるのが(画質音質クオリティのこだわりはどうした、流される俺)、「高校教師」、これは自分の青春ど真ん中のヒット作だが、みてなかった。

リメイク版の10年ちかく後のは好きでみてたけれど、オリジナルが好きな大学生が、いかによくなくなったか熱く語っていた。生物学の研究者崩れと、女子高生の恋愛話。

脚本の野島伸司は、自分の文学青年的な資質にはストライクすぎて、悪口しか言いたくない。
作中の同性愛の女子高生が、主人公の少女に不吉な予言をする。
「いつかあなたも、男に幻滅するよ」みたいな。
これはある意味で、野島伸司的な主人公の男性がたどった道のようにも思える。

自己愛的で内向的で、幼児的な母親的理想像を女性に求め、狂気にまで至る。心象は都市に魅せられながらも根本は農村や村落共同体へ帰る願望がある。

こうした男性は、都市化の完成や女性の台頭によって、ただのコミュ障なオタクやひきこもりに転落した。

野島作品も、スランプに次ぐスランプで、やたら刺したり放火したり殴ったりの不自然さしか残らない。

この作品では、家庭環境の複雑さゆえだが、冒頭から一目惚れの女子高生が、一貫して主人公の男の絶対的な味方であり続ける。なんとも都合よく心地よい設定。
しかし旬のよさというべきか、素直な人物たちの心の動きに感情移入できて、とても応援してしまう。

森田童子の、どこまでも暗闇を、ただ暗闇のままに歩いていくような不思議な音楽が、よく似合っている。
変な教訓や、ポジティブへの変容などは要らないのだ。
一般社会的な価値観からは、ただ破滅に向かうだけの姿が潔く、どこか癒される。

考えてみたら、自分の20代は、鬱屈やら不遇感があって、こうしたドラマと自身を重ねてみていたのだ。だからとても個人的な感想だけども、これだけ長く生き残ってまたみることができているのは、普遍的でもあるのだなと。
たいへんな名作だと思う。

メンテ
テレビドラマ史上で最も悲しいドラマ _ 酒井法子『星の金貨』(日本テレビ 1995年) ( No.31 )
日時: 2022/05/18 13:51
名前: スメラ尊 ID:HreHUpPo

テレビドラマ史上で最も悲しいドラマ _ 酒井法子『星の金貨』(日本テレビ 1995年)

『星の金貨』は、1995年4月12日より7月12日まで毎週水曜日22:00 - 22:54(JST)に「水曜ドラマ」枠で放送された。主演は酒井法子と大沢たかお。
続編の『続・星の金貨』は、1996年10月9日より12月25日まで毎週水曜日22:00 - 22:54(JST)に「水曜ドラマ」枠で放送。
『星の金貨 完結編スペシャル』は1997年4月2日に放送。

『星の金貨』
脚本 - 龍居由佳里
音楽 - 溝口肇
主題歌 - 酒井法子「碧いうさぎ」
製作著作 - 日本テレビ

各話 放送日 サブタイトル 脚本 演出 視聴率
第1話 1995年4月12日 愛すれど哀しく… 龍居由佳里 吉野洋 7.2%
第2話 4月19日 失われた愛の記憶! 帰らぬ恋人のため地の果てまで 10.9%
第3話 4月26日 愛のない記念日…私の恋人を奪わないで 五木田亮一 9.2%
第4話 5月3日 愛と死を見つめて…いま蘇る! 愛の記憶 10.9%
第5話 5月10日 心の旅路! 命の限り叫んでも届かない愛 吉野洋 12.5%
第6話 5月24日 恋人を殺さないで! 嫉妬のメス 猪股隆一 12.2%
第7話 5月31日 別れの誕生日! 愛の想い出、ありがとう 五木田亮一 15.2%
第8話 6月7日 悲しい婚約! 愛する人、さよなら…でも 吉野洋 14.2%
第9話 6月14日 あの胸にもう一度! 命果てるまで愛す… 猪股隆一 17.6%
第10話 6月28日 永遠の愛! 記憶が蘇るとき…命が消える 吉野洋 21.8%
第11話 7月5日 愛の復活! 熱く強く今だけを抱きしめて 猪股隆一 17.5%
最終話 7月12日 愛のために死す! 愛とは、決して後悔しないこと… 吉野洋 五木田亮一 猪股隆一 23.9%  


動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E6%98%9F%E3%81%AE%E9%87%91%E8%B2%A81995+%E7%AC%AC++%E8%A9%B1%E3%80%80


ストーリー

星の金貨
北海道の美幌別診療所に看護見習いとして住み込みで働く倉本彩は耳と口が不自由な捨て子である。まだ赤ん坊の時に捨てられて以来、育て親が買ってくれたブランコで親を待ち続けている。そんな彩の診療所に医者として赴任してきたのが永井秀一だった。彩は次第に秀一に惹かれていく…。

キャスト

主要人物

倉本彩(耳と口が不自由な孤児) - 酒井法子
永井秀一(医者・長男だが家を出て行ったが実は彩と同じ孤児) - 大沢たかお
永井拓巳(医者・次男・秀一と腹違いの弟) - 竹野内豊

結城家
結城祥子(結城グループ社社長の一人娘で、生まれつき病弱で重い心臓病を抱えている。『続・星の金貨』で出産時に命を落とす) - 細川直美
結城貴子(結城グループ社社長・成金・祥子の実母・女腹・未亡人・誠一郎の元恋人) - 丘みつ子


永世会病院
永井誠一郎(院長・秀一の養父・拓巳の実父) - 竜雷太(『星の金貨』)
永井美智代(誠一郎の後妻・秀一の養母・拓巳の実母・小森と不倫関係) - 酒井和歌子
小森敏彦(副医院長) - 伊武雅刀(『星の金貨』)
小泉美和(外科医) - 田中美奈子
遠藤園子(彩の親友・看護師、『続・星の金貨』で神崎直人と結婚する) - 西村知美
佐野孝(病院の経理) - 中丸新将(『星の金貨』)
木下朱美(看護婦) - 久本朋子(『星の金貨』)
恩田晴江(看護婦) - 菊池則江(『星の金貨』)
花岡香代子(看護婦) - 中野公美子(『星の金貨』)


新井家
新井義彦(患者・脳腫瘍) - 北原雅樹(グレートチキンパワーズ)(第4話 - )
新井勝治(義彦の義父・小料理屋) - 螢雪次朗
新井和子(義彦の義母) - 立石凉子


その他(『星の金貨』)
篠宮あゆみ(ホステス) - 中島宏海(第7話 - )
神崎直人(拓巳の後任の医師、『続・星の金貨』で遠藤園子と結婚する) - 西尾拓美
川田洋一(地方公務員) - 田山涼成
森岡四郎(医者・倉本彩の父親代わり) - 大滝秀治


その他(『続・星の金貨』)
沢井梨花 - 宝生舞
矢上俊明(産婦人科・秀一の実兄) - 沢村一樹
川村景子(看護婦) - 戸田菜穂
野村(医師) - 三井善忠


その他(『星の金貨 完結編スペシャル』)
浜野さおり (寿男の孫娘)- 広末涼子
浜野寿男(美幌別診療所の後任医師)- 村上冬樹
倉本瑠音 (彩の娘)- 奥田佳菜子


▲△▽▼


テレビドラマ 酒井法子 大沢たかお 竹野内豊『続・星の金貨』(日本テレビ 1996年)

脚本 - 山崎淳也
音楽 - 溝口肇
主題歌 - 酒井法子「鏡のドレス」
製作著作 - 日本テレビ

各話 放送日 サブタイトル 脚本 演出 視聴率
第1話 1996年10月9日 永遠の愛ふたたび…彩、僕の瞳に星がうつるか?輝く蒼い星が 山崎淳也 吉野洋 24.0%
第2話 10月16日 絶対に許されぬ愛…お前ら最低の人間だ 23.6%
第3話 10月23日 神様が私を試している…愛と裏切りの涙 五木田亮一 19.9%
第4話 10月30日 運命の別れ…一生分の幸せをありがとう 20.2%
第5話 11月6日 暴かれた愛の真実…もう一人の兄弟の罠 古賀倫明 21.8%
第6話 11月13日 涙が枯れた最後の嘘 さよなら…愛する人 吉野洋 20.9%
第7話 11月20日 君を抱きしめたままそっと僕は死にたい 大平太 19.1%
第8話 11月27日 実母の自殺…彩さん拓巳の事をお願いね 五木田亮一 19.2%
第9話 12月4日 女の愛が男を立ち直らせる…奇跡の復活 古賀倫明 21.7%
第10話 12月11日 衝撃の失明!愛する人をもう見られない 五木田亮一 23.5%
第11話 12月18日 残された限りある時 二人が結ばれた夜に 大平太 22.7%
最終話 12月25日 満天の星空から一枚の金貨が地上に降りた
奇跡は起き愛は永遠を約束された 吉野洋 26.4%

動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E0%B8%AA%E0%B8%A7%E0%B8%A3%E0%B8%A3%E0%B8%94%E0%B9%8C%E0%B8%A5%E0%B8%B3%E0%B9%80%E0%B8%AD%E0%B8%B5%E0%B8%A2%E0%B8%87+Ep.+%E0%B8%88%E0%B8%9A+%5B%E0%B8%9E%E0%B8%B9%E0%B8%94+%E0%B8%8D%E0%B8%B5%E0%B9%88%E0%B8%9B%E0%B8%B8%E0%B9%88%E0%B8%99+%2F+%E0%B8%8B%E0%B8%B1%E0%B8%9A%E0%B9%84%E0%B8%97%E0%B8%A2%5D


ストーリー
続・星の金貨
秀一と別れ北海道に帰ってきた彩と、彼女を追って医師として赴任してきた拓巳。二人は、幸せそうに牛の出産のお手伝いをしたり、充実した日々をすごしていた。そんなある日、東京に居る彩の親友である遠藤園子が結婚することになり、披露宴に出るため彩と拓巳は上京する。その場で彩と秀一は再会する…。


▲△▽▼


テレビドラマ 酒井法子 碧いうさぎ & 鏡のドレス (星の金貨 完結編Special scenes)
https://www.youtube.com/watch?v=qm1Q_SwYnwU


監督 吉野洋 

脚本 山崎淳也 

出演
酒井法子  大沢たかお  竹野内豊  広末涼子 

“せつなくもどかしい”ラブ・ストーリーとして日本中の涙を誘った感動のシリーズの完結編!
ヒロイン彩を側で支えるさおり役で広末涼子が登場する

酒井法子、大沢たかお、竹野内豊共演で大ヒットした純愛ラブストーリーの完結編。愛する秀一(大沢たかお)の死によって、せつない別れをした彩(酒井法子)がいよいよ秀一の子供を出産──。母になった彩と子供との心温まる関係をタテ軸にして、回想形式で「星の金貨」「続・星の金貨」の愛の物語が甦る。

北海道の美幌別にある小さな診療所──。出産を2か月後に控えた彩(酒井法子)は、この思い出の診療所で老医師・浜野寿男(村上冬樹)を手伝い、看護助手として頑張っている。赤ちゃんの靴下を編む彩の薬指には、あのサファイアの指輪。寿男と孫娘のさおり(広末涼子)は、身内の初産を待つかのように、こまごまと心遣いをみせる。彩の唯一の心配は、生まれてくる子供の身体。だが、さおりは、“もし、自分と同じような障害があったら…”と思い悩む彩を、優しく諭した。そんなある日、突然、彩の陣痛が始まった。早産で、このままでは母体も危ない、と知り涙を浮かべるさおり。寿男は懸命に治療を行う。苦悶する彩は、助けを求めるかのように、あの焼け焦げた「星の金貨」の本を握りしめた。秀一、拓巳(竹野内豊)らのことが、走馬灯のように彩の脳裏を駆け巡った・・・。(単発)



▲△▽▼
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酒井法子は 1993年、脚本家の野島伸司に引き立てられ、主演したドラマ 『ひとつ屋根の下』(フジテレビ)、続いて1995年に『星の金貨』(日本テレビ)が立て続けにヒットする。同ドラマの主題歌となったシングルCD『碧いうさぎ』は自身初のミリオンセラーの大ヒット曲となり、デビュー9年目にして初めて 『第46回NHK紅白歌合戦』(1995年)に出場した。ドラマでの役柄に合わせて、酒井はこの楽曲を、NHK紅白歌合戦史上初めて、日本手話を交えて歌った。

1996年(平成8年)3月には、個人事務所 「エヌ・コーポレーション」(東京・南青山)設立、継母と共に取締役に就任した。同年、『続・星の金貨』(日本テレビ)にも引き続き主演を務め、ドラマ主題歌のシングルCD『鏡のドレス』もヒット作となった。



続星の最終回の酒井法子は神の造り賜うた至高の宝石ではないかと思う。
まさにあれは神がかり。
香港であれが放送された後に酒井法子が香港へ行った時には史上最大の大パニックになったそうな



☆☆☆『星の金貨』はどうですか?☆☆☆

20 :☆金の頃の:2001/05/27(日) 21:54
のりPは異常にかわいかった。
野島マジックなのか?

21 : :2001/05/27(日) 22:16
>>20
同意。ピーピーしゃべっててウザイと思ったけど
しゃべらなければかわいいということを、あれで発見。
目がすごくきれいだと見とれてしまった。女なのに。

24 :野島?:2001/06/05(火) 10:40
のりピーの「星の金貨」第1作目は、野島脚本ではなく
龍居由佳里脚本だと思ったんですが…フジテレビの「ピュア」や
「バージンロード」を書いた脚本家。
女性ならではのやさしさがあった。「続・星の金貨」があまりにも
内容が悲惨なのでどーしてと思ったら別の脚本家だったのね…
彩ちゃん、かわいそ過ぎ。

26 :>24:2001/06/05(火) 12:16
名前は表に出てないけど、
野島は「星の金貨」の企画立ち上げに参加してるんですよ。

27 :でも:2001/06/05(火) 13:23
企画書そのものは龍居さんが書きました。(本人談)
にっかつ撮影所時代の元上司からの発注だそうです。

脚本書く人が決まったら教えてほしいと言ってたら
何故か自分に回ってきたそうです。
それ以前に決まってたのは聾者の女が主人公で酒井
法子が演じるということだけだったそう。

28 :その上司と:2001/06/05(火) 13:28
野島が知人だったらしく、同時期に「家なき子」を
やってた関係上、初期の企画・キャスティングの手伝い
を個人的にしたらしい。今回は野島事務所として正式
に参加している。

29 :う〜む:2001/06/05(火) 15:35
確かに野島さんは「ひとつ屋根の下」からのりPの良さを理解してたかも。
でも第一作は龍居さんで正解だった。竹野内豊も大沢たかおもイキイキと
演じていて、しかも熱かった!久しぶりに素直に感動したドラマだった。
第二作は・・・・・・う〜ん・・なんといってよいのやら・・・。
「新・星の金貨」は役者の年齢層が低いので入っていけない・・・かなしー。
中・高生向きかな。

30 :ロム人:2001/06/05(火) 18:53
童話の「星の金貨」を使おうというのは野島さんの提案だと思うよ。
「星の金貨」とか「幸福の王子」の話すごく好きだろうから。


31 :>30:2001/06/05(火) 19:07
野島さんは童話好きなのか・・・好きっぽい。

32 :童話って:2001/06/05(火) 20:21
内容が痛いと言うか、切ないものが多いからね。


▲△▽▼
☆☆☆☆☆星の金貨☆☆☆☆☆

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/01 08:03 ID:W23uVc5v
野島は佐藤Pが日テレ入社前から知人だったことと、
同時期に「家なき子2」の企画を担当する関係で、
基本設定や主要人物のキャスティングの手伝いをし
ただけ。だからノンクレジット。
企画書そのものは龍居由佳里に発注され、その後脚
本も龍居が担当することになった。


58 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/13 12:47 ID:v68+VQBS
皆さん、続は本当に不評なんですね。個人的には、続も同じくらい好きなんですが。
新は見てない。初回のときより、続の方がノリピーがかわいい。髪型と化粧が変わった
と思うけど、続のときのノリピーは神がかってた。当時25歳くらいだったと思うけど、ほんとに綺麗だった。


942 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/12/21 16:30:36 ID:/1HRSOHm
とにかくのりピーの美しさが尋常じゃなかった
あの時の神々しさを出せる人はもういない


61 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/14 00:20 ID:4VDGGgi7
続の時のノリぴーの髪型はキュートだったね
永尾ブラザーに愛されるモテモテ彩タン。
人間とは思えない、まるで人形みたいに可愛かったな

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/15 19:20 ID:DtUsFjYg
>>58
確かに言えてるよね!
続編の方がノリピー垢抜けて綺麗だったよね。
髪型もスゴクよかった!
顔とかもほっそりとしていて、この頃からやせてきていた??
当時、ノリピーの髪型に憧れて美容院に写真持っていたりしていたw

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/16 22:26 ID:s0InIpku
第6話で拓巳が彩にしゃべるよう迫るシーンはドラマ史上に残る名シーンだ
と思う。竹野内さんが迫真の演技をしていた。後で彩が泣いているのを見て
ハンカチを落としていった所もよかった。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/14 00:54 ID:qJeIHs0O
ノリピーがこんなにも悲劇の主人公をけなげに演じるとは思わなかった。
声に出さない分、表情が語るドラマだったと思うけど、ノリピーがこんなにも
演技がうまかったなんて・・・

もう一度じっくり見たいなあ

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/17 15:08 ID:b5HWT0JR
彩役はのりピーしか出来ない。ハマリ役


83 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/18 13:21 ID:e8Kr2pgB
>>82
本当だよね
あんな綺麗に泣ける人、やっぱりノリピーしかいない!
毎回必ず、涙がこぼれないシーンはなかったよね
これ以上に切ないドラマって私見てないなぁ

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/18 16:24 ID:dICh9O77
今でも のりピーは「蒼いうさぎ」の出だしのマンドリンを聴くと、
涙が滲んでくると言ってたな。放送終了してから暫くは。
悲しげな表情が実に良く似合うと思うよ、のりピーは。
実際は性格きついだろうけど。


85 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/20 01:14 ID:PZcJJan4
星金見てノリピーってすごくウマいって思ったけど、
他のドラマでセリフしゃべってるの見たら
下手でがっくり。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/20 20:20 ID:8MRBvfKG
>>84
私も今でも「碧いうさぎ」を聞くとスゴク切なくなる
続編の「鏡のドレス」もなかなかよかったけど、「碧いうさぎ」には
やっぱり勝てなかったよね

実際の性格はきついのか分からないけど、彼女はとにかくぶりっ子タイプ
だよね
しゃべるとそれが出るから、彩の演技は無言のまま彼女の美しさが
燐としていてほんとよかった!

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/21 01:04 ID:wnfViSyO
彼女は性格がきついのではなく、シャキシャキとした姉御
タイプのサッパリとした人。ドラマのイメージが定着して
しまったので勘違いされやすい。


102 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/06/14 15:36 ID:vsjXbUEZ
巧巳先生が彩を追って北海道に来たのって、空港で秀一と別れて1年後のこと
だったと記憶しています。
でもって、続編はそれから更に1年くらいたっていた話だったと思う。
一体、祥子は何ヶ月妊娠していたのかしら?
話のつながりが悪い続編。やっぱり脚本家は変えたらだめだね。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/06/14 16:53 ID:bh9neF8Y
>>102
そうそう、巧巳はそのあと、東京の生活を何もかも捨てて彩のいる
北海道へ来たんだよね
それから続編の冒頭では二人は確かキスしていたはず・・・・
あのまま二人に幸せになってほしかったのに・・・
しかも祥子は人工授精で妊娠したっていうことに続編ではなっていたし
ほんっとメチャクチャな話だw

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/06/14 18:21 ID:CWL6pfN5
>>102-103
ドラマには出ていなかったんだけど、ホントは祥子の妊娠はウソだった…と
発覚したんだよね。でも放送には一切出なかった。
だから矛盾が色々と出てきたものと思われ。
やっぱり続は無かった事にした方が良いよね、ホント。


134 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/06/22 01:47 ID:oBZsN9ux
のりピーの泣き顔がキレイだった (ドラマと関係ないが、松田聖子の泣き顔はきたない)


137 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/06/22 20:47 ID:l1KtGdAZ
>>134
そうそう、本当に綺麗な泣き方をするんだよね
肌がきれいだから、涙が本当にすぅーと落ちる感じで
悲しいんだけど、彩の涙っていつもすごく惹かれたなぁ


830 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 00:10 ID:XRInSvVo
ひとつ屋根の下ものりぴー出てるんだよね
見てみようかな。清楚な役柄っぽいし

続のほうののりぴー、前作より綺麗だね。
あの大量のまつ毛って自前か?カーテンみたいになっとる
つけまつ毛ならかなり腕利きのメイクさんだ。


831 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 00:28 ID:rx8uABQu
>>830
のりピーのまつげってあっぱれッスねぇ。
長くて濃い!星の金貨の何話目か忘れたけど公園で
拓巳に告白された後に泣くシーンがあるんだけど
ソン時ののりピーのまつげ凄いよ?
綺麗に束になってて先に行くほど細くなってて付けまつげみたい。
のりピーが目をこすってるように見えるんだけど全然崩れてないの。
今からでも観てみてください。

832 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 06:53 ID:eZuhl5Ql
自前に見えるけどな〜
つけまつげだったらもっと濃い〜ばさばさまつげになるんでは?
あゆみたいな。

833 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 06:55 ID:vqAAUWOx
あのマツゲは100%自前です

834 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 11:05 ID:B1HzP2pf
あの当時はつけまつげなんてしてたら
指さして笑われる時代

835 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 12:26 ID:4ylQ1rhe
のりピーのまつ毛は天然ですね。
だから凄い。芸術的に可愛い。
髪型も表情も声もすべてが良いんですよね。

836 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 12:59 ID:VeVvFhjE
ひとつ屋根の下で、フラれたあんちゃんに「私が結婚
してあげる」と言うシーンのまつげもスゴイ

837 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 20:08 ID:6vVdw8Fe
パート1はまさに現代版「人魚姫」そのものだね。
口のきけない女が愛する王子様のそばにいるってとこが。
主題歌の歌詞も人魚姫の結末みたいなイメージで作られて
いる感じかする。


243 :靴墨 ◆/T.Y./JnUc :03/08/28 06:35 ID:v0kiR/eP
正・続、ぶっ続けで見てしまった。

『星の金貨』〜『ひとつ屋根の下』のころの、特に続星の最終回の酒井法子は
神の造り賜うた至高の宝石ではないかと思う。

あと、『高校教師』〜『この世の果て』の桜井幸子かな。

もう永遠に現れることはないだろうな。

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/28 23:38 ID:TZEcE/Fu
星金の頃の酒井法子は人形みたいに美しかった
今の法子は、元ヤンキーな子持ちおばちゃん風になってしまった


287 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/13 07:38 ID:e23XbuU/
>特に続星の最終回の酒井法子は
>神の造り賜うた至高の宝石ではないかと思う。

同感。まさにあれは神がかり。
香港であれが放送された後に酒井法子が香港へ行った
時には史上最大の大パニックになったそうな

711 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/05/09 23:44 ID:gGPFqWXJ
のりピーが2003年の中国人気調査みたいのがあってダントツ一位だった。
キムタクが二位。浜崎はあんまなかった

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/01 03:52 ID:0my8OFgq
ありえないほど作り物ドラマなので、おもしろかったけど正直萎えた。
今わかった。野島だからか・・・・・。
高校教師といい、星の金貨といい、薄幸な少女を描くのがすきなんですね。
桜井幸子とのりぴーも、なんか雰囲気似てるし


286 :名無しさん@お腹いっぱい。 :03/09/12 22:36 ID:mAiPkRCN
ここ読んでたら懐かしくなって一巻レンタルしてきちゃったよ。
なまじラストを知ってるだけに一話目からもうぐっときてしまった。
彩たんのまっすぐな愛がせつねぇ…
のりぴー可憐だし演技がまたいいし。
特に涙を流す時。
瞳にすうっと水の膜がはって、ぽろりと頬を転げ落ちていく。
き、綺麗だー。

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/15 18:50 ID:KLheBpZh
>>286
うんうん、ノリピーの涙がスゴク綺麗だったよね
彼女ってぶりっ子ってイメージが強かったけど、このドラマを見て
演技のうまさにスゴク惹かれた
あれだけ、自然な感じで涙を流せる、しかも涙が綺麗な女優って数少ないし

417 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/24 00:27 ID:UFgDYH76
酒井法子の泣き方のきれいって人いるけど、
やっぱ鼻が赤くならないのがいい。目だけ真っ赤になって、
あの長いまつげの下に涙がたまる。  美しーーーーーーー

418 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/24 23:33 ID:aLHGbfrq
>>417
そういえば、泣き方が本当に綺麗だよね
鼻は赤くならないし、ましてや鼻水は絶対にたれないし・・・
そこはかなり重要だよねw
それでもって涙はポロポロと真珠のように、白い肌を伝って流れるし。。
女の私でもうっとりしちゃうもん
悲劇のヒロインにあこがれてしまったり。。


453 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/05 21:11 ID:GXIOEEVy
でものりぴーって、声出すと演技下手だよね。
声がかわいすぎて、なんかセリフが不自然。

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/06 05:11 ID:Ks9KSxsj
それは本人よくわかっているみたいだよ。


455 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/06 20:35 ID:7I/O6aey
>>453
そうなんだよね・・
残念ながら、ちょっとへたくそっぽい感じになっちゃうんだよね。。
「星の金貨」は声が出なかったからこそ、ぶりっ子っぽい感じもせず
よかったのかなぁ
でも、このドラマを見て、のりぴーって演技上手なんだって初めて思った
この時の表情は本当によかったよね


520 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/15 15:09 ID:XBF/mdkZ
ノリピーってお人形みたいで 凄く凄く可愛かった。
真っ白でキレイで。今、なんであんなにうす汚くなっちゃったの?


521 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/15 17:39 ID:up1BryNH
>>520
ボディボをやっているから、真っ黒なんじゃないの?
あと、仲の良い友達が工藤静香ってのが影響?


522 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/16 00:41 ID:aIsLHO5g
うすぎたないか?
経産婦で同期の人と比べてもそんなに汚いとはおもわんが。
むしろ綺麗とおもうけど。
化粧は濃くなったと感じるけど。


523 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/16 17:49 ID:y9JHaBBO
同年代の人に比べれば、綺麗だろうとは思うけど
「星の金貨」の頃の透明感はなくなっちゃったかも。

617 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/26 15:34 ID:RQgIFfUP
それにしても、このころの酒井法子は、美しかった。
特に続編(話の内容はすきではないが)
での美しさには同性ながら圧倒された。

しかし、現在では、あんなヤンキーくずれみたいになって。
美しさはうつろいやすいものとはいえ、
悲しい。

618 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/26 17:35 ID:sCDzT2xf
今の酒井法子は 化粧もハンパなサーファー崩れっぽくて
品が悪いよね。やっぱりお友達(タントCMに出てる奥様)が
ヤンキーっぽいからかしら.....? うす汚い印象。

675 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/26 04:50 ID:gu0qAbMe
ちくしょう、のりピーが目茶苦茶可愛いじゃねぇか。
この頃は23,4歳ってとこか。
死ぬ前に一度、生を拝みたいぜ。

676 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/27 03:28 ID:XWvErX3m
>>675
のりピーが20才の時に間近で生を拝んだ事があるが、
ケバくて感じ悪かった。
でも、イベントがイベントだったからなぁ…。


677 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/27 09:23 ID:PFbD35qI
今のノリピーはなんか不潔っぽくて....もうだめぽ


463 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/19 17:17 ID:/XvyoA/I
野島の愛人になることで三流アイドルから主役を勝ち取った酒井
股間で成り上がった女らしく野島に捨てられ芸能界からあぼ〜ん
バカ亭主の子供産んで汚いババアになりましたね


679 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/29 22:54 ID:AeaofJ+/
野島さんとのりピーって何で別れたの?

680 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/29 23:46 ID:GATYea8p
野島は妻帯者になるのがイヤだった

ていうかのりピーが年喰ったから?

のりピーがプロサーファー(という名のプータロー)
と結婚したのは野島への当てつけ

と当時は言われたっけ。

旦那、殆ど収入無いらしい。

681 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/29 23:50 ID:AeaofJ+/
二人とも壊れたわけね(笑)

682 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 00:32 ID:FnL5MlGH
のりピーは、
真面目なかっこいい男性と結婚するんだろうな、
と当時思っていたが、変なのと結婚しちゃって・・・。

683 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 00:32 ID:na+jksnk
野島さんのことですか?まじめって


684 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 00:37 ID:WuC32h3y
野島の女癖の悪さって評判なんでしょ?

685 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 00:40 ID:na+jksnk
そうなの?のりピー一筋かと思ってた

686 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 01:00 ID:QkC2pTQ+
でも、野島のタイプって判りやすい。
酒井法子、桜井幸子、星野真里、阿部なつみ。


687 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 01:11 ID:WuC32h3y
>>686
深田恭子もね

689 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 10:08 ID:9A8B65c8
野島とのりピーはガセじゃないだろ

690 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 10:29 ID:na+jksnk
>>689
そのとおりだ!宣言してるしね


675 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/26 04:50 ID:gu0qAbMe
ちくしょう、のりピーが目茶苦茶可愛いじゃねぇか。
この頃は23,4歳ってとこか。
死ぬ前に一度、生を拝みたいぜ。

676 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/27 03:28 ID:XWvErX3m
>>675
のりピーが20才の時に間近で生を拝んだ事があるが、
ケバくて感じ悪かった。
でも、イベントがイベントだったからなぁ…。


677 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/27 09:23 ID:PFbD35qI
今のノリピーはなんか不潔っぽくて....もうだめぽ

734 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 06:39 ID:tulKB9oz
オープニングの雪の風景や記憶喪失、婚約者の存在
やすれ違い、空港その他。冬ソナは完全にパクってるな

736 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 11:24 ID:/bu+S4cV
>>734
同じく!絶対星の金貨観てたよ!
冬ソナの脚本家。似て過ぎ(笑)。
でもやっぱ本家が良いよ!
どうでもいいが、この星の金貨の企画者
である方が壊れてる気がするんだが

738 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 12:58 ID:+VxvokUj
>>736
企画者ではない


739 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 14:25 ID:/bu+S4cV
>>738
違ったっけ?
でも、雑誌にかいてたよん!
1995年のほうのは企画参加したって

740 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 17:21 ID:L4KbWQVe
野島は佐藤Pが日テレ入社前から知人だったことと、
同時期に「家なき子2」の企画を担当する関係で、
基本設定や主要人物のキャスティングの手伝いをし
ただけ。だからノンクレジット。
企画書そのものは龍居由佳里に発注され、その後脚
本も龍居が担当することになった。

741 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 20:09 ID:AQGsbmnj
>>739
企画参加って野島さんの事だよね?
確か、どんな理由か知らないけど、あえて名前は伏せてたらしいね。

742 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 18:24 ID:4omClz6f
>>741
のりピーと野島が当時付き合ってて、のりピー
に野島色がつきすぎるといけないから
名前は伏せたらしい


637 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 09:58 ID:TF0SqCXw
これって、脚本、メタメタだね。


605 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 05:02 ID:GwZpkLP+
確か、part1の最終回の終わり方って、4パターンあったはず。
どれを放送するか、迷ったらしいけど。

478 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/01 21:06 ID:PCACJSzz
これ途中から竹野内人気出てきて結末変わったらしい。
開始当初はたくみとくっつける予定ではなかったとか。

749 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/07/14 00:15 ID:4Fjzstoy
はじめは竹野内は悪役っぽいまま終わるはずだったけど、
演技が良くて脚本を変えたと、何かの雑誌で読んだ気がする。


750 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/07/14 00:28 ID:0d3VOSks
演技じゃなく人気が出たから


335 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/13 17:39 ID:E1sTR4yw
どうでもいいけど星の金貨(特に続と完結編)には現実にはあり得ないという箇所が多すぎます。

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/13 17:45 ID:uXY0nA/y
「星の金貨」も同じこと。

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/14 00:27 ID:jVPdrEmf
>>335
そんなこと言ったらドラマは大半そうなんじゃんw


566 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/29 02:26 ID:tFL640H2
正のラストって1年後だから、もう祥子の子供生まれてるはずだよな。
続では拓巳はすぐに綾の後を追って行ったという設定なのか?


567 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/29 08:33 ID:9uJSYkis
>>566
そうみたい。それから彩と拓巳が北海道で一年暮らした--って
あったから、その間は夫婦も同然だったのでしょう? 
でも園子の結婚式の為に上京してからホテルで「婚約したのにまだ、
ダメなのかよ...」って拓巳が彩の部屋に入れてもらえないシーンがあって??だった。
一年暮らして、まだ結ばれてなかったの? それもあんなに彩�彩�彩�の
拓巳がガマンできたのか? 生活は診療所医師の拓巳に手伝って貰いながら
秀一への想いがあって拓巳を受け入れなかったとしたら、その一年は拓巳に
とって蛇の生殺し状態で診療どころではないのでは? 
よぉく考えると不思議なドラマ。


▲△▽▼
・゚+☆星の金貨|続・星の金貨☆゚+。 Part7

49名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/04(金) 21:59:29ID:RQd4V3e5
そもそも企画自体がなければ、酒井のような糞女が成り上がらなかったのにね。

50名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/06(日) 13:59:19ID:aVZww3ap
私は続のほうが好きだったな。
主題歌も鏡のドレスのほうがよかった。
のりpは私生活は残念だったけど彩ははまり役だったと思うし、続のほうがそのはかなさが際立ってた


51名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/06(日) 17:36:20ID:J3yPtm4W
当時のノリpは私生活で脚本家とハメまくり、役を貰ったんだと思うし
続のほうはそのいやらしい根性が際立ってたwwwwwwww

55名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/08(火) 17:58:58ID:ggLhn3B8
清純wwwwwwwwwwwwwww

脚本家と寝て役もらったヤリマンアイドルじゃんwww
今や薬漬けでボロボロのおばちゃん

520名無しさん@お腹いっぱい。2012/08/03(金) 16:34:20.26ID:GzP35juu
関係者の話だと野島さんはクレジットされてないけど初めから関わっていたみたいだよ
実際にキャスティングにも口を出していたのは有名

でもパートUの脚本は野島さんはあまり関わっていないみたい


59名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/08(火) 22:55:10ID:ggLhn3B8>>60>>64>>65
当時もかなりブサイクだったけど、
今なんて薬の副作用で一般人のおばちゃん以下になったね。
演技も神がかり的な大根で、台詞がなくってよかったねってかんじw

怒って喚くシーンなんて鳥肌がたつほどサブかった。
介護士として一人前になって、あのドラマのように地味〜〜な制服着て
黙って老人の下の世話すると思うとザマミロってかんじwwwwwwwwww


71名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/14(月) 14:00:41ID:sGzU2sUL
あぶりにクリトリスに覚醒剤ぬってセックス。
平気で3P。
売人とも寝る。
股間にも墨。

完璧にヤクザの女だ。

577 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/18(金) 11:43:45 ID:sf0lZM5u
実況であの顔で背が低かったらアウトだな言われてたぞ


301名無しさん@お腹いっぱい。2011/01/19(水) 11:06:29ID:ECTIpdU1
酒井さんのデビューの頃の映像をつべでみました。
この人、本当に彩さんのひと?うまく繋がらない。別人だ。


721名無しさん@お腹いっぱい。2015/06/04(木) 22:30:25.35ID:Dz1jH2kN
ひとつ屋根の下〜続・星の金貨の時ののりぴーはまさに全盛期だった
星の金貨の時よりも続・星の金貨の時のほうが
髪型が似合っててより一層かわいかった
今まで生きてきた中で、ドラマで一番はまったのはこのドラマだな
のりぴーはじめ主要キャストの演技、ストーリー、音楽どれも良かった
たぶん、終生抜かれることはないだろう


726名無しさん@お腹いっぱい。2015/10/31(土) 16:43:50.90ID:bsNmc6fZ
のりp最高にかわいかったね。薄幸の女性役がどんぴしゃり


750名無しさん@お腹いっぱい。2016/12/31(土) 19:14:00.54ID:hcqLUZbI
最近DVDを買って約20年ぶりに見たけど、個人的にはのりピーよりも西村知美のほうがかわいいと思った。
のりピーも好きだけどな。

261名無しさん@お腹いっぱい。2010/12/25(土) 23:53:34ID:JwMtNA+c>>265>>265
さっき情報7DaysでノリPインタビューやってて悲しくなった
更生して精神的な部分で自分の弱さに打ち勝って欲しい
お子さんいるんだし星金の頃の純粋な心を取り戻して欲しいね
今思うと野島との恋愛も尾を引いてるのかと勘ぐってしまうけど

拓巳好きな人ってちょっと自意識過剰だよね
嫉妬する要素なんてあったっけ?

誰が欠けてもこのドラマは成立しなかったと思うよ
大沢と竹野内を押したのは野島だったんだってね
イメージ通りの凄くいい俳優が2人見つかったんだよって
プロデューサーに提案したらしい

262名無しさん@お腹いっぱい。2010/12/26(日) 11:05:25ID:zJerzzB8>>826>>844
ここで何度か語られてると思うけど
はじめ拓己に大沢、秀一は加藤雅也だったんだよね。

なんかの理由で加藤が降りて、
大沢に「秀一と巧己のどっちがやりたい?」ときいたとき
大沢は「難しいほうがやりたい」といって秀一になったとどこかの記事にかいてあったよ。

263名無しさん@お腹いっぱい。2010/12/26(日) 17:50:19ID:5D62gPAg>>266
ウッソー加藤雅也?
イメージ出来ないなぁ

264名無しさん@お腹いっぱい。2010/12/27(月) 02:10:56ID:LJxdawbG
中標津の空港での手話でのプロポーズ泣けた
それなのに最終回の空港に駆けつけた秀一を突き放した彩にはいい娘なんだろうけどお人好しすぎて違和感あったな

266名無しさん@お腹いっぱい。2010/12/27(月) 10:40:09ID:YtwWV5vz>>826>>844
>>263
加藤と大沢は当時同じ事務所の先輩後輩関係
いわゆるバーター、ゴリ押し出演だったんだろうね
どっちがそうなのかは知らないけど(新人は大沢だったから)

267名無しさん@お腹いっぱい。2010/12/27(月) 18:44:42ID:W6qh1AyF>>844
大沢起用は原案の野島の希望で決まった
だから大沢はバーターじゃないよ
加藤が都合で降りたんで竹野内になったらしい
野島は大沢と竹野内がイメージに合うって喜んでた
世紀末でも2人を起用してるだろ?

268名無しさん@お腹いっぱい。2011/01/03(月) 23:21:59ID:IBtYhCQr
野島のお気に入りなんだ二人とも。
このドラマの頃は竹野内に期待してたのにキャリア積んでる割に伸びないね


826名無しさん@お腹いっぱい。2021/10/23(土) 16:53:25.18ID:ZCyoe51p>>827
>>262
>>266

当初のキャスティングは秀一が西島秀俊で拓巳が大沢たかおだったはず。

しかし西島が大手事務所をやめてテレビに出られなくなり、大沢と同事務所の
加藤雅也の案が出たけど、制作側のテイストに合わなかったのではないだろうか。

後に星の金貨の制作陣が「仔犬のワルツ」で西島のテレビドラマ復帰を後押し
したわけだが、仔犬のワルツの役柄の雰囲気のまま秀一ができそうだったし、
野島脚本の「美しい人」で大沢がやったDV夫は拓巳のようなある種純粋な粗暴な役柄

竹野内豊の拓巳はチャーミングで魅力的だけど、運命の人になれる引きの強さが
なくて、彩の最終的な相手として物足りない感が出てしまった。

西島が秀一で大沢が拓巳版の星の金貨だったら、無印の拓巳エンドでかなり説得力
あるものになったのでは。

827名無しさん@お腹いっぱい。2021/10/24(日) 08:40:31.42ID:AxlJ7GTM
>>826
自己レスになるが、当初秀一に西島秀俊がキャスティングされていたのは、西島本人が
「星の金貨」という番組名は出していないけれど、事務所をやめて決まっていたドラマ
への出演がなくなったが、その時の制作陣(おそらくプロデューサーの梅原幹や企画に
関わっていた野島伸司)がテレビ復帰した時に場(「仔犬のワルツ」)を与えて
くれたというようなことを語っているからおそらく確実。

大沢が拓巳にキャスティングされていたのも、デビューの「君のいた夏」の不良役や
「若者のすべて」のだらしない男役などで、秀一よりも拓巳のイメージだったから、
当初は秀一役の方が意外性があって、大沢にとっては新境地だったはず。

西島の秀一、大沢の拓巳のキャスティングで無印版の脚本ができていたとするなら、
秀一が祥子に留まり、拓巳が彩に星を降らせたあのエンドで完結していたというのが
腑に落ちすぎるくらい腑に落ちる。

でも大沢の秀一、竹野内の拓巳版だったからこそ続があるんだな。

828名無しさん@お腹いっぱい。2021/10/24(日) 11:47:29.52ID:62XA2RV0
無印のラストはいくつか候補があって拓巳人気でああなったんじゃなかったか

829名無しさん@お腹いっぱい。2021/10/25(月) 06:33:35.91ID:diDYTdIs
企画の背後に野島伸司がいて、脚本が龍居由佳里で、いくつもラストが用意されてる
とかありえない。拓巳はもともとが視聴者の共感を得られる役柄で、本来は彩の本当の
相手として想定されていた。だけど当時の竹野内豊の存在感では(とても魅力的では
あれど)運命の相手になれるだけの説得力が出せなかったからこそ「続」が出来た。
龍居由佳里が続を受けなかったのもその辺の事情なのでは。

当時のインタビューで酒井法子は「碧いうさぎ」と「鏡のドレス」を歌っていると
大沢が浮かんでくると言っていたくらいだから。


830名無しさん@お腹いっぱい。2021/11/02(火) 08:57:26.78ID:lCpJO++K
>>333
>愛を渇望してさまよった拓巳は自分の居場所を見つけ出した
>そんな拓巳には障害を持った彩を受け止めて包み込む大きなチカラがあると思うって脚本家がインタビューで話してた

竹野内豊が脚本家の描いた拓巳のこの大きな包容力を演じきれなかったということか


844名無しさん@お腹いっぱい。2021/12/31(金) 05:37:51.16ID:+lql8YgR
>>262 >>266
最初は西島秀俊が秀一、大沢たかおが拓巳だったのは結構知られてる話
西島がでれなくなって大沢がスタッフから「兄の秀一の方が難しい」と
言われてそっちに挑戦することになった
だから大沢は最初から指名でキャスティングされてた

>>267
野島は自身脚本の「美しい人」でも大沢を起用したので
相当気に入ってたみたいだね


345名無しさん@お腹いっぱい。2011/02/09(水) 01:38:12ID:CyCn03MP>>346
梅原Pは、彩は一途な拓巳に惹かれ始めていた。
しかし祥子の妊娠は実は嘘で、彩は複雑な立場に追いつめられる。

と言っていたけど、梅原Pと龍居由佳里の間でどういう風に、
物語をまとめるか意見が割れていたんだと思う。

結果、無印の最終回にまとめたけど、視聴率欲しさから色気を出して、
Part2を企画するものの、龍居由佳里に脚本のお願いしても、
「続きはかけません」と言われて、違う脚本家になって、
時系列がおかしい糞ドラマになったように思う。

346名無しさん@お腹いっぱい。2011/02/09(水) 06:23:52ID:1ehcdPQB
>>345
私もその話を聞きました
続編は脚本が龍居さんでないのが不安だったけどやっぱりとorz
何で無理やり続編をやったんだろう(涙)

347名無しさん@お腹いっぱい。2011/02/09(水) 08:49:52ID:cq1MsYDp

       無印                          続編 
しかも1年経過した続編で祥子が出産 → そんなにお腹の中に胎児はいないぞ
彩が北海道へ行った1年後に拓己が北海道へ → 拓己は彩の後をすぐ追いかけ北海道

に変わってなかった?

348間違えた 訂正2011/02/09(水) 08:51:37ID:cq1MsYDp
しかも
1年経過した続編で祥子が出産 → そんなにお腹の中に胎児はいないぞ


       無印                          続編 
彩が北海道へ行った1年後に拓己が北海道へ → 拓己は彩の後をすぐ追いかけ北海道


この書き方に訂正します

373名無しさん@お腹いっぱい。2011/04/09(土) 17:14:22.24ID:FXS6eMcu
拓巳が一年後に北海道まで彩を追いかけてめでたしめでたし
ノベライズ本も彩の上に星が降ってハッピーエンドで終わってる
当時はオウム事件で前半は視聴率が取れなかったし
竹野内の人気が上がったから梅原が欲を出して続を作ったんだよ

406名無しさん@お腹いっぱい。2011/06/06(月) 23:07:16.10ID:bGRfiLCJ>>408
野島プロデュースのお約束なんですかね。とにかく不幸が降り注ぐ。
無印見て、「こんなのありかぁ〜」って思ったら、続編はもっと「こんなのありなのかよぉ〜」って展開だった。
素直に幸せにしたくないのか…。
素直な脚本なら、北海道の診療所で、秀一と、彩と、子供と、3人で幸せに暮らしている。
どこまで鬼なストーリーなんだ…。

408名無しさん@お腹いっぱい。2011/06/18(土) 05:44:06.09ID:7bml714r
>>406
まるっと同意
野島は捻くれ過ぎ
だから振られるんだよ(小声)

467名無しさん@お腹いっぱい。2011/08/14(日) 23:07:12.95ID:KjqH9Bft
祥子の子供って設定が二転三転してるよね
当時のTVガイドかなんかのあらすじで「祥子の妊娠が嘘だとわかり…」

でも脚本変更で妊娠は事実に。祥子「ごめんね、ママ嘘つきで…」と涙←恐らくこの時点では秀一の子供

ラストで1年後のテロップ。当然祥子の子供は生まれている、はずだった

続で、綾が北海道に帰ってすぐ拓巳が追いかけて行った設定に変更。まだ祥子の子供は生まれていない

実は祥子の子供は矢上の子だった!(ナ、ナッダッテーry

650名無しさん@お腹いっぱい。2014/01/31(金) 16:43:41.56ID:3ODg63cl
続で、祥子の母親が「彩さんと会う前から、あの子はおかしかった」
って言ってたけど・・・となるとエスカレーターで秀一を突き落としたのも
策略だったのか?(当時、すでに矢上とコンタクトをとっていて)


651名無しさん@お腹いっぱい。2014/01/31(金) 18:33:26.35ID:keJu/M0I
矢神に体外受精してもらっていたから
秀一の子どもじゃないから怯えたんだよ
秀一に知られたら全てパー


652名無しさん@お腹いっぱい。2014/02/01(土) 02:39:38.08ID:KCgVe3Ii
無印最終回の、ごめんねママ、ウソつきで…の涙は本物だった(と思う)
続は設定かわっちゃったしな
まあそのおかげで無印と続は切り離してそれぞれ楽しんでるが

496名無しさん@お腹いっぱい。2012/02/26(日) 01:22:20.24ID:0BUzb/CY
無印の最終回は空港での別れでENDで良かったんだよ
それを何を勘違いしたのかラストにタクミが北海道に登場なんて
するから台無しだ

497名無しさん@お腹いっぱい。2012/03/01(木) 01:28:41.29ID:/3OQD+eN>>500
拓巳が人気でたからあのラストだったんだよね


575名無しさん@お腹いっぱい。2013/03/12(火) 08:25:41.15ID:GkyNgBYI
拓巳が白のジーンズをすらっとはくのはかっこよかったな。当時白のジーンズに対して
憧れがあったな。1話だけ野島だろうなこれは 2話以降から拓巳が変わってる感じがするし


556ブルックナー2013/03/03(日) 17:32:41.31ID:qjindXwi
彩が北海道に帰った後、拓巳が猫を連れて赴任して来る場面、最高です。

557名無しさん@お腹いっぱい。2013/03/03(日) 21:12:43.68ID:zFOT+Abt
何か寂しさを残したエンディングが好きな俺は
その場面で台無しです。
拓巳がわがままなボンボン医者から優しい人になっちゃうんだもんね。
すごいギャップというかあり得ん。視聴者の心を掴ませようと
脚本家はつまらん事したと思ったよ。
それに比べて続のエンディングは良かったなぁ。

584名無しさん@お腹いっぱい。2013/03/27(水) 17:16:18.37ID:4D9Vq1RB>>586
続編のほうが好き
特に音楽が最高

585名無しさん@お腹いっぱい。2013/03/27(水) 17:22:53.05ID:NdbDo+VE
またCSで一挙放送始まるね

586名無しさん@お腹いっぱい。2013/03/27(水) 21:24:08.43ID:xMcme6Nn>>587
>>584
同志。

いつもハッピーエンドのドラマはもうお腹いっぱい。
続の表面だけしか目に入らない人は受け入れられないのだろうけど
無印、続編と彩の人生が起伏はあるが始点ー終点が成り立たない
悲しい物語だけではなく終点に至るまでの彩の心の奥底を覗ければ
続なしでは面白さ半分という事に気付くだろう。

587名無しさん@お腹いっぱい。2013/03/28(木) 11:43:58.62ID:d81MQ4Np>>588
>>586
同意。
やっと修一と彩は結ばれたわけだしね。

588名無しさん@お腹いっぱい。2013/03/28(木) 12:37:53.99ID:twXmZC/e
ラスト、彩が秀一の墓前で泣き叫ぶシーンが全てを物語る。
本当の彩の本心が露呈された。
当時の竹野内人気を考えて随所に、悪ぶっているが優しい男を
演出させているのはちょっと臭すぎるな。無印のラストとといい
続の薔薇演出といい。

ただ、続・支持者と少し違うのは無印のラストの空港シーン。
彩が北海道に帰る時、秀一は彩が大切にしていた白衣のボタンを
渡す。しかし彩は握手の際にそれを秀一に返してしまう。
このボタンは秀一への愛がつまった彩にとってとても大事なものだったのに。
このシーンは秀一からの思いを拒否したかのように思えるがそうではなく
秀一を大事に思うからこそ彩は自分から身を引いた。ここでENDマークなら
それはそれで続なしでもいいと思った。
しかし一番ラストに入らない演出が!悪をきどってたのが北海道まできて
臭いセリフを吐くなっての。それだけ残念だった。だからこそ続では無印で
隠れいた部分も明白になり彩の思いも秀一の死によって叶わないものに
なってしまったが始点ー終点が繋がった事になった。悲しい繋がり方だけど。

>>587
心が結ばれたと言っていいよね。彩にパラパラと星が金貨になって落ちたと思いたい。





▲△▽▼

☆☆☆『星の金貨』はどうですか?☆☆☆

20 :☆金の頃の:2001/05/27(日) 21:54
のりPは異常にかわいかった。
野島マジックなのか?

21 : :2001/05/27(日) 22:16
>>20
同意。ピーピーしゃべっててウザイと思ったけど
しゃべらなければかわいいということを、あれで発見。
目がすごくきれいだと見とれてしまった。女なのに。

24 :野島?:2001/06/05(火) 10:40
のりピーの「星の金貨」第1作目は、野島脚本ではなく
龍居由佳里脚本だと思ったんですが…フジテレビの「ピュア」や
「バージンロード」を書いた脚本家。
女性ならではのやさしさがあった。「続・星の金貨」があまりにも
内容が悲惨なのでどーしてと思ったら別の脚本家だったのね…
彩ちゃん、かわいそ過ぎ。

26 :>24:2001/06/05(火) 12:16
名前は表に出てないけど、
野島は「星の金貨」の企画立ち上げに参加してるんですよ。

27 :でも:2001/06/05(火) 13:23
企画書そのものは龍居さんが書きました。(本人談)
にっかつ撮影所時代の元上司からの発注だそうです。

脚本書く人が決まったら教えてほしいと言ってたら
何故か自分に回ってきたそうです。
それ以前に決まってたのは聾者の女が主人公で酒井
法子が演じるということだけだったそう。

28 :その上司と:2001/06/05(火) 13:28
野島が知人だったらしく、同時期に「家なき子」を
やってた関係上、初期の企画・キャスティングの手伝い
を個人的にしたらしい。今回は野島事務所として正式
に参加している。

29 :う〜む:2001/06/05(火) 15:35
確かに野島さんは「ひとつ屋根の下」からのりPの良さを理解してたかも。
でも第一作は龍居さんで正解だった。竹野内豊も大沢たかおもイキイキと
演じていて、しかも熱かった!久しぶりに素直に感動したドラマだった。
第二作は・・・・・・う〜ん・・なんといってよいのやら・・・。
「新・星の金貨」は役者の年齢層が低いので入っていけない・・・かなしー。
中・高生向きかな。

30 :ロム人:2001/06/05(火) 18:53
童話の「星の金貨」を使おうというのは野島さんの提案だと思うよ。
「星の金貨」とか「幸福の王子」の話すごく好きだろうから。


31 :>30:2001/06/05(火) 19:07
野島さんは童話好きなのか・・・好きっぽい。

32 :童話って:2001/06/05(火) 20:21
内容が痛いと言うか、切ないものが多いからね。


▲△▽▼


☆☆☆☆☆星の金貨☆☆☆☆☆

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/01 08:03 ID:W23uVc5v
野島は佐藤Pが日テレ入社前から知人だったことと、
同時期に「家なき子2」の企画を担当する関係で、
基本設定や主要人物のキャスティングの手伝いをし
ただけ。だからノンクレジット。
企画書そのものは龍居由佳里に発注され、その後脚
本も龍居が担当することになった。


58 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/13 12:47 ID:v68+VQBS
皆さん、続は本当に不評なんですね。個人的には、続も同じくらい好きなんですが。
新は見てない。初回のときより、続の方がノリピーがかわいい。髪型と化粧が変わった
と思うけど、続のときのノリピーは神がかってた。当時25歳くらいだったと思うけど、ほんとに綺麗だった。


942 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/12/21 16:30:36 ID:/1HRSOHm
とにかくのりピーの美しさが尋常じゃなかった
あの時の神々しさを出せる人はもういない


61 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/14 00:20 ID:4VDGGgi7
続の時のノリぴーの髪型はキュートだったね
永尾ブラザーに愛されるモテモテ彩タン。
人間とは思えない、まるで人形みたいに可愛かったな

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/15 19:20 ID:DtUsFjYg
>>58
確かに言えてるよね!
続編の方がノリピー垢抜けて綺麗だったよね。
髪型もスゴクよかった!
顔とかもほっそりとしていて、この頃からやせてきていた??
当時、ノリピーの髪型に憧れて美容院に写真持っていたりしていたw

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/16 22:26 ID:s0InIpku
第6話で拓巳が彩にしゃべるよう迫るシーンはドラマ史上に残る名シーンだ
と思う。竹野内さんが迫真の演技をしていた。後で彩が泣いているのを見て
ハンカチを落としていった所もよかった。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/14 00:54 ID:qJeIHs0O
ノリピーがこんなにも悲劇の主人公をけなげに演じるとは思わなかった。
声に出さない分、表情が語るドラマだったと思うけど、ノリピーがこんなにも
演技がうまかったなんて・・・

もう一度じっくり見たいなあ

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/17 15:08 ID:b5HWT0JR
彩役はのりピーしか出来ない。ハマリ役


83 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/18 13:21 ID:e8Kr2pgB
>>82
本当だよね
あんな綺麗に泣ける人、やっぱりノリピーしかいない!
毎回必ず、涙がこぼれないシーンはなかったよね
これ以上に切ないドラマって私見てないなぁ

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/18 16:24 ID:dICh9O77
今でも のりピーは「蒼いうさぎ」の出だしのマンドリンを聴くと、
涙が滲んでくると言ってたな。放送終了してから暫くは。
悲しげな表情が実に良く似合うと思うよ、のりピーは。
実際は性格きついだろうけど。


85 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/20 01:14 ID:PZcJJan4
星金見てノリピーってすごくウマいって思ったけど、
他のドラマでセリフしゃべってるの見たら
下手でがっくり。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/20 20:20 ID:8MRBvfKG
>>84
私も今でも「碧いうさぎ」を聞くとスゴク切なくなる
続編の「鏡のドレス」もなかなかよかったけど、「碧いうさぎ」には
やっぱり勝てなかったよね

実際の性格はきついのか分からないけど、彼女はとにかくぶりっ子タイプ
だよね
しゃべるとそれが出るから、彩の演技は無言のまま彼女の美しさが
燐としていてほんとよかった!

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/21 01:04 ID:wnfViSyO
彼女は性格がきついのではなく、シャキシャキとした姉御
タイプのサッパリとした人。ドラマのイメージが定着して
しまったので勘違いされやすい。


102 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/06/14 15:36 ID:vsjXbUEZ
巧巳先生が彩を追って北海道に来たのって、空港で秀一と別れて1年後のこと
だったと記憶しています。
でもって、続編はそれから更に1年くらいたっていた話だったと思う。
一体、祥子は何ヶ月妊娠していたのかしら?
話のつながりが悪い続編。やっぱり脚本家は変えたらだめだね。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/06/14 16:53 ID:bh9neF8Y
>>102
そうそう、巧巳はそのあと、東京の生活を何もかも捨てて彩のいる
北海道へ来たんだよね
それから続編の冒頭では二人は確かキスしていたはず・・・・
あのまま二人に幸せになってほしかったのに・・・
しかも祥子は人工授精で妊娠したっていうことに続編ではなっていたし
ほんっとメチャクチャな話だw

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/06/14 18:21 ID:CWL6pfN5
>>102-103
ドラマには出ていなかったんだけど、ホントは祥子の妊娠はウソだった…と
発覚したんだよね。でも放送には一切出なかった。
だから矛盾が色々と出てきたものと思われ。
やっぱり続は無かった事にした方が良いよね、ホント。


134 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/06/22 01:47 ID:oBZsN9ux
のりピーの泣き顔がキレイだった (ドラマと関係ないが、松田聖子の泣き顔はきたない)


137 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/06/22 20:47 ID:l1KtGdAZ
>>134
そうそう、本当に綺麗な泣き方をするんだよね
肌がきれいだから、涙が本当にすぅーと落ちる感じで
悲しいんだけど、彩の涙っていつもすごく惹かれたなぁ


830 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 00:10 ID:XRInSvVo
ひとつ屋根の下ものりぴー出てるんだよね
見てみようかな。清楚な役柄っぽいし

続のほうののりぴー、前作より綺麗だね。
あの大量のまつ毛って自前か?カーテンみたいになっとる
つけまつ毛ならかなり腕利きのメイクさんだ。


831 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 00:28 ID:rx8uABQu
>>830
のりピーのまつげってあっぱれッスねぇ。
長くて濃い!星の金貨の何話目か忘れたけど公園で
拓巳に告白された後に泣くシーンがあるんだけど
ソン時ののりピーのまつげ凄いよ?
綺麗に束になってて先に行くほど細くなってて付けまつげみたい。
のりピーが目をこすってるように見えるんだけど全然崩れてないの。
今からでも観てみてください。

832 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 06:53 ID:eZuhl5Ql
自前に見えるけどな〜
つけまつげだったらもっと濃い〜ばさばさまつげになるんでは?
あゆみたいな。

833 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 06:55 ID:vqAAUWOx
あのマツゲは100%自前です

834 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 11:05 ID:B1HzP2pf
あの当時はつけまつげなんてしてたら
指さして笑われる時代

835 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 12:26 ID:4ylQ1rhe
のりピーのまつ毛は天然ですね。
だから凄い。芸術的に可愛い。
髪型も表情も声もすべてが良いんですよね。

836 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 12:59 ID:VeVvFhjE
ひとつ屋根の下で、フラれたあんちゃんに「私が結婚
してあげる」と言うシーンのまつげもスゴイ

837 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/08 20:08 ID:6vVdw8Fe
パート1はまさに現代版「人魚姫」そのものだね。
口のきけない女が愛する王子様のそばにいるってとこが。
主題歌の歌詞も人魚姫の結末みたいなイメージで作られて
いる感じかする。


243 :靴墨 ◆/T.Y./JnUc :03/08/28 06:35 ID:v0kiR/eP
正・続、ぶっ続けで見てしまった。

『星の金貨』〜『ひとつ屋根の下』のころの、特に続星の最終回の酒井法子は
神の造り賜うた至高の宝石ではないかと思う。

あと、『高校教師』〜『この世の果て』の桜井幸子かな。

もう永遠に現れることはないだろうな。

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/08/28 23:38 ID:TZEcE/Fu
星金の頃の酒井法子は人形みたいに美しかった
今の法子は、元ヤンキーな子持ちおばちゃん風になってしまった


287 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/13 07:38 ID:e23XbuU/
>特に続星の最終回の酒井法子は
>神の造り賜うた至高の宝石ではないかと思う。

同感。まさにあれは神がかり。
香港であれが放送された後に酒井法子が香港へ行った
時には史上最大の大パニックになったそうな

711 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/05/09 23:44 ID:gGPFqWXJ
のりピーが2003年の中国人気調査みたいのがあってダントツ一位だった。
キムタクが二位。浜崎はあんまなかった

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/01 03:52 ID:0my8OFgq
ありえないほど作り物ドラマなので、おもしろかったけど正直萎えた。
今わかった。野島だからか・・・・・。
高校教師といい、星の金貨といい、薄幸な少女を描くのがすきなんですね。
桜井幸子とのりぴーも、なんか雰囲気似てるし


286 :名無しさん@お腹いっぱい。 :03/09/12 22:36 ID:mAiPkRCN
ここ読んでたら懐かしくなって一巻レンタルしてきちゃったよ。
なまじラストを知ってるだけに一話目からもうぐっときてしまった。
彩たんのまっすぐな愛がせつねぇ…
のりぴー可憐だし演技がまたいいし。
特に涙を流す時。
瞳にすうっと水の膜がはって、ぽろりと頬を転げ落ちていく。
き、綺麗だー。

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/09/15 18:50 ID:KLheBpZh
>>286
うんうん、ノリピーの涙がスゴク綺麗だったよね
彼女ってぶりっ子ってイメージが強かったけど、このドラマを見て
演技のうまさにスゴク惹かれた
あれだけ、自然な感じで涙を流せる、しかも涙が綺麗な女優って数少ないし

417 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/24 00:27 ID:UFgDYH76
酒井法子の泣き方のきれいって人いるけど、
やっぱ鼻が赤くならないのがいい。目だけ真っ赤になって、
あの長いまつげの下に涙がたまる。  美しーーーーーーー

418 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/24 23:33 ID:aLHGbfrq
>>417
そういえば、泣き方が本当に綺麗だよね
鼻は赤くならないし、ましてや鼻水は絶対にたれないし・・・
そこはかなり重要だよねw
それでもって涙はポロポロと真珠のように、白い肌を伝って流れるし。。
女の私でもうっとりしちゃうもん
悲劇のヒロインにあこがれてしまったり。。


453 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/05 21:11 ID:GXIOEEVy
でものりぴーって、声出すと演技下手だよね。
声がかわいすぎて、なんかセリフが不自然。

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/06 05:11 ID:Ks9KSxsj
それは本人よくわかっているみたいだよ。


455 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/06 20:35 ID:7I/O6aey
>>453
そうなんだよね・・
残念ながら、ちょっとへたくそっぽい感じになっちゃうんだよね。。
「星の金貨」は声が出なかったからこそ、ぶりっ子っぽい感じもせず
よかったのかなぁ
でも、このドラマを見て、のりぴーって演技上手なんだって初めて思った
この時の表情は本当によかったよね


520 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/15 15:09 ID:XBF/mdkZ
ノリピーってお人形みたいで 凄く凄く可愛かった。
真っ白でキレイで。今、なんであんなにうす汚くなっちゃったの?


521 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/15 17:39 ID:up1BryNH
>>520
ボディボをやっているから、真っ黒なんじゃないの?
あと、仲の良い友達が工藤静香ってのが影響?


522 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/16 00:41 ID:aIsLHO5g
うすぎたないか?
経産婦で同期の人と比べてもそんなに汚いとはおもわんが。
むしろ綺麗とおもうけど。
化粧は濃くなったと感じるけど。


523 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/16 17:49 ID:y9JHaBBO
同年代の人に比べれば、綺麗だろうとは思うけど
「星の金貨」の頃の透明感はなくなっちゃったかも。

617 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/26 15:34 ID:RQgIFfUP
それにしても、このころの酒井法子は、美しかった。
特に続編(話の内容はすきではないが)
での美しさには同性ながら圧倒された。

しかし、現在では、あんなヤンキーくずれみたいになって。
美しさはうつろいやすいものとはいえ、
悲しい。

618 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/26 17:35 ID:sCDzT2xf
今の酒井法子は 化粧もハンパなサーファー崩れっぽくて
品が悪いよね。やっぱりお友達(タントCMに出てる奥様)が
ヤンキーっぽいからかしら.....? うす汚い印象。

675 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/26 04:50 ID:gu0qAbMe
ちくしょう、のりピーが目茶苦茶可愛いじゃねぇか。
この頃は23,4歳ってとこか。
死ぬ前に一度、生を拝みたいぜ。

676 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/27 03:28 ID:XWvErX3m
>>675
のりピーが20才の時に間近で生を拝んだ事があるが、
ケバくて感じ悪かった。
でも、イベントがイベントだったからなぁ…。


677 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/27 09:23 ID:PFbD35qI
今のノリピーはなんか不潔っぽくて....もうだめぽ


463 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/19 17:17 ID:/XvyoA/I
野島の愛人になることで三流アイドルから主役を勝ち取った酒井
股間で成り上がった女らしく野島に捨てられ芸能界からあぼ〜ん
バカ亭主の子供産んで汚いババアになりましたね


679 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/29 22:54 ID:AeaofJ+/
野島さんとのりピーって何で別れたの?

680 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/29 23:46 ID:GATYea8p
野島は妻帯者になるのがイヤだった

ていうかのりピーが年喰ったから?

のりピーがプロサーファー(という名のプータロー)
と結婚したのは野島への当てつけ

と当時は言われたっけ。

旦那、殆ど収入無いらしい。

681 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/29 23:50 ID:AeaofJ+/
二人とも壊れたわけね(笑)

682 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 00:32 ID:FnL5MlGH
のりピーは、
真面目なかっこいい男性と結婚するんだろうな、
と当時思っていたが、変なのと結婚しちゃって・・・。

683 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 00:32 ID:na+jksnk
野島さんのことですか?まじめって


684 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 00:37 ID:WuC32h3y
野島の女癖の悪さって評判なんでしょ?

685 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 00:40 ID:na+jksnk
そうなの?のりピー一筋かと思ってた

686 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 01:00 ID:QkC2pTQ+
でも、野島のタイプって判りやすい。
酒井法子、桜井幸子、星野真里、阿部なつみ。


687 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 01:11 ID:WuC32h3y
>>686
深田恭子もね

689 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 10:08 ID:9A8B65c8
野島とのりピーはガセじゃないだろ

690 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/30 10:29 ID:na+jksnk
>>689
そのとおりだ!宣言してるしね


675 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/26 04:50 ID:gu0qAbMe
ちくしょう、のりピーが目茶苦茶可愛いじゃねぇか。
この頃は23,4歳ってとこか。
死ぬ前に一度、生を拝みたいぜ。

676 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/27 03:28 ID:XWvErX3m
>>675
のりピーが20才の時に間近で生を拝んだ事があるが、
ケバくて感じ悪かった。
でも、イベントがイベントだったからなぁ…。


677 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/27 09:23 ID:PFbD35qI
今のノリピーはなんか不潔っぽくて....もうだめぽ

734 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 06:39 ID:tulKB9oz
オープニングの雪の風景や記憶喪失、婚約者の存在
やすれ違い、空港その他。冬ソナは完全にパクってるな

736 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 11:24 ID:/bu+S4cV
>>734
同じく!絶対星の金貨観てたよ!
冬ソナの脚本家。似て過ぎ(笑)。
でもやっぱ本家が良いよ!
どうでもいいが、この星の金貨の企画者
である方が壊れてる気がするんだが

738 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 12:58 ID:+VxvokUj
>>736
企画者ではない


739 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 14:25 ID:/bu+S4cV
>>738
違ったっけ?
でも、雑誌にかいてたよん!
1995年のほうのは企画参加したって

740 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 17:21 ID:L4KbWQVe
野島は佐藤Pが日テレ入社前から知人だったことと、
同時期に「家なき子2」の企画を担当する関係で、
基本設定や主要人物のキャスティングの手伝いをし
ただけ。だからノンクレジット。
企画書そのものは龍居由佳里に発注され、その後脚
本も龍居が担当することになった。

741 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/27 20:09 ID:AQGsbmnj
>>739
企画参加って野島さんの事だよね?
確か、どんな理由か知らないけど、あえて名前は伏せてたらしいね。

742 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/06/29 18:24 ID:4omClz6f
>>741
のりピーと野島が当時付き合ってて、のりピー
に野島色がつきすぎるといけないから
名前は伏せたらしい


637 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/10 09:58 ID:TF0SqCXw
これって、脚本、メタメタだね。


605 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/21 05:02 ID:GwZpkLP+
確か、part1の最終回の終わり方って、4パターンあったはず。
どれを放送するか、迷ったらしいけど。

478 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/01 21:06 ID:PCACJSzz
これ途中から竹野内人気出てきて結末変わったらしい。
開始当初はたくみとくっつける予定ではなかったとか。

749 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/07/14 00:15 ID:4Fjzstoy
はじめは竹野内は悪役っぽいまま終わるはずだったけど、
演技が良くて脚本を変えたと、何かの雑誌で読んだ気がする。


750 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/07/14 00:28 ID:0d3VOSks
演技じゃなく人気が出たから


335 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/13 17:39 ID:E1sTR4yw
どうでもいいけど星の金貨(特に続と完結編)には現実にはあり得ないという箇所が多すぎます。

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/13 17:45 ID:uXY0nA/y
「星の金貨」も同じこと。

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/14 00:27 ID:jVPdrEmf
>>335
そんなこと言ったらドラマは大半そうなんじゃんw


566 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/29 02:26 ID:tFL640H2
正のラストって1年後だから、もう祥子の子供生まれてるはずだよな。
続では拓巳はすぐに綾の後を追って行ったという設定なのか?


567 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/29 08:33 ID:9uJSYkis
>>566
そうみたい。それから彩と拓巳が北海道で一年暮らした--って
あったから、その間は夫婦も同然だったのでしょう? 
でも園子の結婚式の為に上京してからホテルで「婚約したのにまだ、
ダメなのかよ...」って拓巳が彩の部屋に入れてもらえないシーンがあって??だった。
一年暮らして、まだ結ばれてなかったの? それもあんなに彩�彩�彩�の
拓巳がガマンできたのか? 生活は診療所医師の拓巳に手伝って貰いながら
秀一への想いがあって拓巳を受け入れなかったとしたら、その一年は拓巳に
とって蛇の生殺し状態で診療どころではないのでは? 
よぉく考えると不思議なドラマ。

▲△▽▼


・゚+☆星の金貨|続・星の金貨☆゚+。 Part7
49名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/04(金) 21:59:29ID:RQd4V3e5
そもそも企画自体がなければ、酒井のような糞女が成り上がらなかったのにね。

50名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/06(日) 13:59:19ID:aVZww3ap
私は続のほうが好きだったな。
主題歌も鏡のドレスのほうがよかった。
のりpは私生活は残念だったけど彩ははまり役だったと思うし、続のほうがそのはかなさが際立ってた


51名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/06(日) 17:36:20ID:J3yPtm4W
当時のノリpは私生活で脚本家とハメまくり、役を貰ったんだと思うし
続のほうはそのいやらしい根性が際立ってたwwwwwwww

55名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/08(火) 17:58:58ID:ggLhn3B8
清純wwwwwwwwwwwwwww

脚本家と寝て役もらったヤリマンアイドルじゃんwww
今や薬漬けでボロボロのおばちゃん

520名無しさん@お腹いっぱい。2012/08/03(金) 16:34:20.26ID:GzP35juu
関係者の話だと野島さんはクレジットされてないけど初めから関わっていたみたいだよ
実際にキャスティングにも口を出していたのは有名

でもパートUの脚本は野島さんはあまり関わっていないみたい


59名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/08(火) 22:55:10ID:ggLhn3B8>>60>>64>>65
当時もかなりブサイクだったけど、
今なんて薬の副作用で一般人のおばちゃん以下になったね。
演技も神がかり的な大根で、台詞がなくってよかったねってかんじw

怒って喚くシーンなんて鳥肌がたつほどサブかった。
介護士として一人前になって、あのドラマのように地味〜〜な制服着て
黙って老人の下の世話すると思うとザマミロってかんじwwwwwwwwww


71名無しさん@お腹いっぱい。2009/12/14(月) 14:00:41ID:sGzU2sUL
あぶりにクリトリスに覚醒剤ぬってセックス。
平気で3P。
売人とも寝る。
股間にも墨。

完璧にヤクザの女だ。

577 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/18(金) 11:43:45 ID:sf0lZM5u
実況であの顔で背が低かったらアウトだな言われてたぞ


301名無しさん@お腹いっぱい。2011/01/19(水) 11:06:29ID:ECTIpdU1
酒井さんのデビューの頃の映像をつべでみました。
この人、本当に彩さんのひと?うまく繋がらない。別人だ。


721名無しさん@お腹いっぱい。2015/06/04(木) 22:30:25.35ID:Dz1jH2kN
ひとつ屋根の下〜続・星の金貨の時ののりぴーはまさに全盛期だった
星の金貨の時よりも続・星の金貨の時のほうが
髪型が似合っててより一層かわいかった
今まで生きてきた中で、ドラマで一番はまったのはこのドラマだな
のりぴーはじめ主要キャストの演技、ストーリー、音楽どれも良かった
たぶん、終生抜かれることはないだろう


726名無しさん@お腹いっぱい。2015/10/31(土) 16:43:50.90ID:bsNmc6fZ
のりp最高にかわいかったね。薄幸の女性役がどんぴしゃり


750名無しさん@お腹いっぱい。2016/12/31(土) 19:14:00.54ID:hcqLUZbI
最近DVDを買って約20年ぶりに見たけど、個人的にはのりピーよりも西村知美のほうがかわいいと思った。
のりピーも好きだけどな。

261名無しさん@お腹いっぱい。2010/12/25(土) 23:53:34ID:JwMtNA+c>>265>>265
さっき情報7DaysでノリPインタビューやってて悲しくなった
更生して精神的な部分で自分の弱さに打ち勝って欲しい
お子さんいるんだし星金の頃の純粋な心を取り戻して欲しいね
今思うと野島との恋愛も尾を引いてるのかと勘ぐってしまうけど

拓巳好きな人ってちょっと自意識過剰だよね
嫉妬する要素なんてあったっけ?

誰が欠けてもこのドラマは成立しなかったと思うよ
大沢と竹野内を押したのは野島だったんだってね
イメージ通りの凄くいい俳優が2人見つかったんだよって
プロデューサーに提案したらしい

262名無しさん@お腹いっぱい。2010/12/26(日) 11:05:25ID:zJerzzB8>>826>>844
ここで何度か語られてると思うけど
はじめ拓己に大沢、秀一は加藤雅也だったんだよね。

なんかの理由で加藤が降りて、
大沢に「秀一と巧己のどっちがやりたい?」ときいたとき
大沢は「難しいほうがやりたい」といって秀一になったとどこかの記事にかいてあったよ。

263名無しさん@お腹いっぱい。2010/12/26(日) 17:50:19ID:5D62gPAg>>266
ウッソー加藤雅也?
イメージ出来ないなぁ

264名無しさん@お腹いっぱい。2010/12/27(月) 02:10:56ID:LJxdawbG
中標津の空港での手話でのプロポーズ泣けた
それなのに最終回の空港に駆けつけた秀一を突き放した彩にはいい娘なんだろうけどお人好しすぎて違和感あったな

266名無しさん@お腹いっぱい。2010/12/27(月) 10:40:09ID:YtwWV5vz>>826>>844
>>263
加藤と大沢は当時同じ事務所の先輩後輩関係
いわゆるバーター、ゴリ押し出演だったんだろうね
どっちがそうなのかは知らないけど(新人は大沢だったから)

267名無しさん@お腹いっぱい。2010/12/27(月) 18:44:42ID:W6qh1AyF>>844
大沢起用は原案の野島の希望で決まった
だから大沢はバーターじゃないよ
加藤が都合で降りたんで竹野内になったらしい
野島は大沢と竹野内がイメージに合うって喜んでた
世紀末でも2人を起用してるだろ?

268名無しさん@お腹いっぱい。2011/01/03(月) 23:21:59ID:IBtYhCQr
野島のお気に入りなんだ二人とも。
このドラマの頃は竹野内に期待してたのにキャリア積んでる割に伸びないね


826名無しさん@お腹いっぱい。2021/10/23(土) 16:53:25.18ID:ZCyoe51p>>827
>>262
>>266

当初のキャスティングは秀一が西島秀俊で拓巳が大沢たかおだったはず。

しかし西島が大手事務所をやめてテレビに出られなくなり、大沢と同事務所の
加藤雅也の案が出たけど、制作側のテイストに合わなかったのではないだろうか。

後に星の金貨の制作陣が「仔犬のワルツ」で西島のテレビドラマ復帰を後押し
したわけだが、仔犬のワルツの役柄の雰囲気のまま秀一ができそうだったし、
野島脚本の「美しい人」で大沢がやったDV夫は拓巳のようなある種純粋な粗暴な役柄

竹野内豊の拓巳はチャーミングで魅力的だけど、運命の人になれる引きの強さが
なくて、彩の最終的な相手として物足りない感が出てしまった。

西島が秀一で大沢が拓巳版の星の金貨だったら、無印の拓巳エンドでかなり説得力
あるものになったのでは。

827名無しさん@お腹いっぱい。2021/10/24(日) 08:40:31.42ID:AxlJ7GTM
>>826
自己レスになるが、当初秀一に西島秀俊がキャスティングされていたのは、西島本人が
「星の金貨」という番組名は出していないけれど、事務所をやめて決まっていたドラマ
への出演がなくなったが、その時の制作陣(おそらくプロデューサーの梅原幹や企画に
関わっていた野島伸司)がテレビ復帰した時に場(「仔犬のワルツ」)を与えて
くれたというようなことを語っているからおそらく確実。

大沢が拓巳にキャスティングされていたのも、デビューの「君のいた夏」の不良役や
「若者のすべて」のだらしない男役などで、秀一よりも拓巳のイメージだったから、
当初は秀一役の方が意外性があって、大沢にとっては新境地だったはず。

西島の秀一、大沢の拓巳のキャスティングで無印版の脚本ができていたとするなら、
秀一が祥子に留まり、拓巳が彩に星を降らせたあのエンドで完結していたというのが
腑に落ちすぎるくらい腑に落ちる。

でも大沢の秀一、竹野内の拓巳版だったからこそ続があるんだな。

828名無しさん@お腹いっぱい。2021/10/24(日) 11:47:29.52ID:62XA2RV0
無印のラストはいくつか候補があって拓巳人気でああなったんじゃなかったか

829名無しさん@お腹いっぱい。2021/10/25(月) 06:33:35.91ID:diDYTdIs
企画の背後に野島伸司がいて、脚本が龍居由佳里で、いくつもラストが用意されてる
とかありえない。拓巳はもともとが視聴者の共感を得られる役柄で、本来は彩の本当の
相手として想定されていた。だけど当時の竹野内豊の存在感では(とても魅力的では
あれど)運命の相手になれるだけの説得力が出せなかったからこそ「続」が出来た。
龍居由佳里が続を受けなかったのもその辺の事情なのでは。

当時のインタビューで酒井法子は「碧いうさぎ」と「鏡のドレス」を歌っていると
大沢が浮かんでくると言っていたくらいだから。


830名無しさん@お腹いっぱい。2021/11/02(火) 08:57:26.78ID:lCpJO++K
>>333
>愛を渇望してさまよった拓巳は自分の居場所を見つけ出した
>そんな拓巳には障害を持った彩を受け止めて包み込む大きなチカラがあると思うって脚本家がインタビューで話してた

竹野内豊が脚本家の描いた拓巳のこの大きな包容力を演じきれなかったということか


844名無しさん@お腹いっぱい。2021/12/31(金) 05:37:51.16ID:+lql8YgR
>>262 >>266
最初は西島秀俊が秀一、大沢たかおが拓巳だったのは結構知られてる話
西島がでれなくなって大沢がスタッフから「兄の秀一の方が難しい」と
言われてそっちに挑戦することになった
だから大沢は最初から指名でキャスティングされてた

>>267
野島は自身脚本の「美しい人」でも大沢を起用したので
相当気に入ってたみたいだね


345名無しさん@お腹いっぱい。2011/02/09(水) 01:38:12ID:CyCn03MP>>346
梅原Pは、彩は一途な拓巳に惹かれ始めていた。
しかし祥子の妊娠は実は嘘で、彩は複雑な立場に追いつめられる。

と言っていたけど、梅原Pと龍居由佳里の間でどういう風に、
物語をまとめるか意見が割れていたんだと思う。

結果、無印の最終回にまとめたけど、視聴率欲しさから色気を出して、
Part2を企画するものの、龍居由佳里に脚本のお願いしても、
「続きはかけません」と言われて、違う脚本家になって、
時系列がおかしい糞ドラマになったように思う。

346名無しさん@お腹いっぱい。2011/02/09(水) 06:23:52ID:1ehcdPQB
>>345
私もその話を聞きました
続編は脚本が龍居さんでないのが不安だったけどやっぱりとorz
何で無理やり続編をやったんだろう(涙)

347名無しさん@お腹いっぱい。2011/02/09(水) 08:49:52ID:cq1MsYDp

       無印                          続編 
しかも1年経過した続編で祥子が出産 → そんなにお腹の中に胎児はいないぞ
彩が北海道へ行った1年後に拓己が北海道へ → 拓己は彩の後をすぐ追いかけ北海道

に変わってなかった?

348間違えた 訂正2011/02/09(水) 08:51:37ID:cq1MsYDp
しかも
1年経過した続編で祥子が出産 → そんなにお腹の中に胎児はいないぞ


       無印                          続編 
彩が北海道へ行った1年後に拓己が北海道へ → 拓己は彩の後をすぐ追いかけ北海道


この書き方に訂正します

373名無しさん@お腹いっぱい。2011/04/09(土) 17:14:22.24ID:FXS6eMcu
拓巳が一年後に北海道まで彩を追いかけてめでたしめでたし
ノベライズ本も彩の上に星が降ってハッピーエンドで終わってる
当時はオウム事件で前半は視聴率が取れなかったし
竹野内の人気が上がったから梅原が欲を出して続を作ったんだよ

406名無しさん@お腹いっぱい。2011/06/06(月) 23:07:16.10ID:bGRfiLCJ>>408
野島プロデュースのお約束なんですかね。とにかく不幸が降り注ぐ。
無印見て、「こんなのありかぁ〜」って思ったら、続編はもっと「こんなのありなのかよぉ〜」って展開だった。
素直に幸せにしたくないのか…。
素直な脚本なら、北海道の診療所で、秀一と、彩と、子供と、3人で幸せに暮らしている。
どこまで鬼なストーリーなんだ…。

408名無しさん@お腹いっぱい。2011/06/18(土) 05:44:06.09ID:7bml714r
>>406
まるっと同意
野島は捻くれ過ぎ
だから振られるんだよ(小声)

467名無しさん@お腹いっぱい。2011/08/14(日) 23:07:12.95ID:KjqH9Bft
祥子の子供って設定が二転三転してるよね
当時のTVガイドかなんかのあらすじで「祥子の妊娠が嘘だとわかり…」

でも脚本変更で妊娠は事実に。祥子「ごめんね、ママ嘘つきで…」と涙←恐らくこの時点では秀一の子供

ラストで1年後のテロップ。当然祥子の子供は生まれている、はずだった

続で、綾が北海道に帰ってすぐ拓巳が追いかけて行った設定に変更。まだ祥子の子供は生まれていない

実は祥子の子供は矢上の子だった!(ナ、ナッダッテーry

650名無しさん@お腹いっぱい。2014/01/31(金) 16:43:41.56ID:3ODg63cl
続で、祥子の母親が「彩さんと会う前から、あの子はおかしかった」
って言ってたけど・・・となるとエスカレーターで秀一を突き落としたのも
策略だったのか?(当時、すでに矢上とコンタクトをとっていて)


651名無しさん@お腹いっぱい。2014/01/31(金) 18:33:26.35ID:keJu/M0I
矢神に体外受精してもらっていたから
秀一の子どもじゃないから怯えたんだよ
秀一に知られたら全てパー


652名無しさん@お腹いっぱい。2014/02/01(土) 02:39:38.08ID:KCgVe3Ii
無印最終回の、ごめんねママ、ウソつきで…の涙は本物だった(と思う)
続は設定かわっちゃったしな
まあそのおかげで無印と続は切り離してそれぞれ楽しんでるが

496名無しさん@お腹いっぱい。2012/02/26(日) 01:22:20.24ID:0BUzb/CY
無印の最終回は空港での別れでENDで良かったんだよ
それを何を勘違いしたのかラストにタクミが北海道に登場なんて
するから台無しだ

497名無しさん@お腹いっぱい。2012/03/01(木) 01:28:41.29ID:/3OQD+eN>>500
拓巳が人気でたからあのラストだったんだよね


575名無しさん@お腹いっぱい。2013/03/12(火) 08:25:41.15ID:GkyNgBYI
拓巳が白のジーンズをすらっとはくのはかっこよかったな。当時白のジーンズに対して
憧れがあったな。1話だけ野島だろうなこれは 2話以降から拓巳が変わってる感じがするし


556ブルックナー2013/03/03(日) 17:32:41.31ID:qjindXwi
彩が北海道に帰った後、拓巳が猫を連れて赴任して来る場面、最高です。

557名無しさん@お腹いっぱい。2013/03/03(日) 21:12:43.68ID:zFOT+Abt
何か寂しさを残したエンディングが好きな俺は
その場面で台無しです。
拓巳がわがままなボンボン医者から優しい人になっちゃうんだもんね。
すごいギャップというかあり得ん。視聴者の心を掴ませようと
脚本家はつまらん事したと思ったよ。
それに比べて続のエンディングは良かったなぁ。

584名無しさん@お腹いっぱい。2013/03/27(水) 17:16:18.37ID:4D9Vq1RB>>586
続編のほうが好き
特に音楽が最高

585名無しさん@お腹いっぱい。2013/03/27(水) 17:22:53.05ID:NdbDo+VE
またCSで一挙放送始まるね

586名無しさん@お腹いっぱい。2013/03/27(水) 21:24:08.43ID:xMcme6Nn>>587
>>584
同志。

いつもハッピーエンドのドラマはもうお腹いっぱい。
続の表面だけしか目に入らない人は受け入れられないのだろうけど
無印、続編と彩の人生が起伏はあるが始点ー終点が成り立たない
悲しい物語だけではなく終点に至るまでの彩の心の奥底を覗ければ
続なしでは面白さ半分という事に気付くだろう。

587名無しさん@お腹いっぱい。2013/03/28(木) 11:43:58.62ID:d81MQ4Np>>588
>>586
同意。
やっと修一と彩は結ばれたわけだしね。

588名無しさん@お腹いっぱい。2013/03/28(木) 12:37:53.99ID:twXmZC/e
ラスト、彩が秀一の墓前で泣き叫ぶシーンが全てを物語る。
本当の彩の本心が露呈された。
当時の竹野内人気を考えて随所に、悪ぶっているが優しい男を
演出させているのはちょっと臭すぎるな。無印のラストとといい
続の薔薇演出といい。

ただ、続・支持者と少し違うのは無印のラストの空港シーン。
彩が北海道に帰る時、秀一は彩が大切にしていた白衣のボタンを
渡す。しかし彩は握手の際にそれを秀一に返してしまう。
このボタンは秀一への愛がつまった彩にとってとても大事なものだったのに。
このシーンは秀一からの思いを拒否したかのように思えるがそうではなく
秀一を大事に思うからこそ彩は自分から身を引いた。ここでENDマークなら
それはそれで続なしでもいいと思った。
しかし一番ラストに入らない演出が!悪をきどってたのが北海道まできて
臭いセリフを吐くなっての。それだけ残念だった。だからこそ続では無印で
隠れいた部分も明白になり彩の思いも秀一の死によって叶わないものに
なってしまったが始点ー終点が繋がった事になった。悲しい繋がり方だけど。

>>587
心が結ばれたと言っていいよね。彩にパラパラと星が金貨になって落ちたと思いたい。


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酒井法子研究ノート---「野島伸司」の罪と罰
2018-08-04

「野島伸司」といえば「星の金貨」を覚えている人は多いと思われる。

酒井法子は、その演技を絶賛された。

彼女の出世作ともいえる作品だ。

報知新聞記事 2001/2/26より。
今回の新バージョン(※新・星の金貨)ではキャスティングを一新。「101回目のプロポーズ」「高校教師」など多数のヒット作品を手がけた野島氏がシリーズ第1作以来の監修を手がけることまではスムーズに決定。だが、主演だけは思いのほか難航した。

何故だったのか。それは、出演オファーを受けた酒井法子が拒否したせいだった。

当時、公私ともに彼女のマネジメントは、サンミュージックの溝口伸郎取締役製作部長が見ていた。

溝口伸郎マネージャーは、デビュー以来酒井法子の担当であった。それは、彼女の将来性に賭けていた

サンミュージック相澤前会長の悲願でもあったらしい。

溝口伸郎氏は、「岡田有希子」を衝撃的な自殺で失っていた。

彼は、マネージャーとして同様の失敗はしたくなかった。だから、「野島伸司」が、酒井法子にぞっこんだったことに危機感を募らせていた。一般に報道されなかったが、ふたりは半同棲だったという。

酒井法子は、松田聖子と同じ福岡県出身だ。デビュー時の彼女と聖子ちゃんとは雰囲気がよく似ていた。

明るくてお茶目で天真爛漫、(それが彼女の演技であったにせよ)愛らしい姿に多くのファンが夢中になった。

その公私ともに酒井法子をサポートしていたのが、溝口伸郎氏であった。

溝口伸郎マネージャーは、岡田有希子と同じ轍を踏みたくなかった。

だが、その彼の前にに突如として現れた"悪魔"が、「野島伸司」という当代一のドラマ原作者なのである。

彼は、溝口取締役に「酒井法子」を番組に出せ、と激しく迫ったという。

サンミュージックの製作部長としては、彼の申し出を蹴るわけにはいかなかった。

だが、酒井法子は、そのときには、高相祐一の子供を妊娠していた。

だが、この時「野島伸司」は、溝口伸郎氏に、酒井法子との復縁を迫ったという。

溝口伸郎製作部長が、事務所で自殺するのはその翌日である。


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“主演女優キラー”野島伸司と酒井法子の交際 結婚目前だった過去
バーグマン田形バーグマン田形
2016年6月10日

一世を風靡した野島伸司脚本ドラマも、時代の流れには逆らえないのだろうか?
フジテレビ系『OUR HOUSE』の視聴率が伸び悩んでいる。裏のTBS系『99.9 ー刑事専門弁護士ー』が強すぎるとはいえ、6月5日放送の第8話の視聴率が3.9%。平均でも4.7%と低空飛行状態だ。

思えば、90年代の野島伸司ドラマは凄かった。どれもが社会現象となるほどにヒットを飛ばしていたのだから。しかも、主演女優を次々射止めるモテ男ぶり。
中でも酒井法子と交際していたことが印象深い。1993年11月には交際の様子が写真週刊誌にすっぱ抜かれ、それに対して酒井法子が記者会見を開いたこともあった。

のりピーファンの野島伸司が自身脚本のドラマを通じて接近!?

当時の野島伸司は『101回目のプロポーズ』『愛という名のもとに』『高校教師』と、手掛けたドラマが軒並み大ヒット。“業界一数字が取れる男”として、超売れっ子脚本家の階段を駆け上がっていた時期に当たる。

一方の酒井法子はアイドル活動が伸び悩み、台湾や香港などアジア圏での活動に力を入れていたが、野島脚本の『ひとつ屋根の下』出演により再ブレイクを果たしていた時期となる。野島伸司との出会いで、運命が大きく好転したのだ。
そもそも、野島伸司は酒井法子のファンで、『ひとつ屋根の下』は執筆当初から彼女をイメージして書いたといわれている。撮影現場にも足繁く通っていたようで、ドラマの打ち上げから交際が始まっていたそうだ。

野島伸司と酒井法子、結婚目前と報じられながらも破局

交際発覚の記者会見では、酒井法子は「尊敬できる人。胸を張ってお付き合いするにふさわしい方です」と、笑顔で断言。
これを受け、「結婚目前」「婚前旅行」などの見出しがスポーツ紙や週刊誌を何度も飾り続ける。当時はこのままゴールインするのではという見方が多かったのだが……。
結局、それから4年後の1997年秋には同棲解消が報じられる形で、関係に終止符が打たれている。

“主演女優キラー”が射止めたのは佐々木希似の美女!?

酒井法子が結婚したのは翌98年末。果たして「胸を張ってお付き合いするにふさわしい方」だったのだろうか……?

一方、野島伸司は自身が脚本を務めた『高校教師』『人間・失格』『未成年』に出演した桜井幸子や、企画を担当した『仔犬のワルツ』の安倍なつみらと浮名を流し、“主演女優キラー”と呼ばれながらも、2012年4月に結婚をしている。
ちなみに、2007年のTBS系ドラマ『ラブシャッフル』の公式インタビューで、野島伸司は自身の恋愛感をこう答えている。
「最近、僕自身が歳をとったせいかもしれないけど“愛より相性が大事”と感じるようになったんです。若いときはアドレナリンが強くて“好きだから相性なんて関係ない”と思っていたんですけど(中略) 昔だったら好きになったかもしれないビジュアルの人がいたとしても、今は好きにならない」

そんな野島伸司のお相手は23歳年下の一般女性。当時のスポーツ紙では、女性の知人がお相手をこう評している。

「佐々木希ちゃんをもっと小顔にして細くした、160cmくらいのスラッとしたかわいい子ですよ」
圧倒的スペックのビジュアルを誇る美人のようだが、本当に相性重視なのだろうか……?

2人の破局の原因は「結婚観の相違」「野島の女癖の悪さ」などがささやかれているが、筆者的には後者のような気がしてならない。
「野島伸司の人生」というドラマでは、のりピーとの交際もほんの1話の出来事に過ぎなかったのかも知れない。不幸を煮詰めたような脚本で、バッドエンドを得意とする野島伸司。自身の人生はハッピーエンドを描くようである。


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酒井法子の壮絶すぎる生い立ちまとめ。父親も覚醒剤で逮捕されていた

かわいい外見とは裏腹に酒井法子の生い立ちは本当に壮絶です。酒井法子の数奇な生い立ちをまとめると酒井法子を覚醒剤に手を出させた孤独感がかなり深かったことが分かります。最近芸能活動をしている酒井法子ですがその壮絶な生い立ちに負けず再び這い上がれるのでしょうか?

壮絶な生い立ちの酒井法子

酒井法子
生年月日:1971年2月14日
出身地:福岡県福岡市
職業:女優、歌手
愛称:のりピー

酒井法子の不幸な生い立ちとは?

可憐な外見で歌手や女優として人気のあった酒井法子の生い立ちが壮絶すぎるのはご存知でしょうか?酒井法子の生い立ちをまとめましたが、かわいい酒井法子の生い立ちがこんなにも壮絶だっとは想像を絶します。


酒井法子の壮絶な生い立ち@父親が服役中に誕生
酒井法子が生まれた当時、酒井法子の父は覚醒剤所持で逮捕され刑務所の中に居ました。酒井法子の壮絶な生い立ちはここから始まります。

酒井法子の壮絶な生い立ちA母親の駆け落ち
酒井法子の父親の服役中に酒井法子の母親は寂しさからか若い男と駆け落ちしてしまい、実の母親との生き別れとなりました。我が子を捨てていくなんてひどい話ですが、酒井法子の母親もまた不幸な生い立ちだったのかもしれませんね。

酒井法子の壮絶な生い立ちB実の母親に捨てられる
酒井法子の母は、まだ乳児だった酒井法子を夫の実家のある佐賀県の山中にある寺に置いていきます。つまり、酒井法子は捨て子になってしまったのです。まだ乳児で記憶がおぼろげとはいえ、母親に山で捨てられるという事実は子供の心を深く傷つけますね。

酒井法子の壮絶な生い立ちC育ての親を転々とする

寺に捨てられた酒井法子はその後、父親の妹に引き取られます。その後叔母の住む家で育てられることになり、一時は埼玉と九州を行ったり来たりすることもあったようです。育ての親を転々する生い立ちは幼少期の酒井法子にその後大きな影響を与えることになります。

酒井法子の壮絶な生い立ちD両親の離婚と母親の不審死
その後酒井法子の父親と母親は離婚が成立しました。ところがその後、酒井法子の母親は自殺にみせかけて殺されてしまいます。詳細は調べても分かりませんでしたが、自殺にみせかけた他殺と明らかになっているとは普通では考えられないことですよね。酒井法子はこんな事実を後になって知った時、恐怖感と不信感でいっぱいになったのではないでしょうか。

酒井法子の壮絶な生い立ちE育ての親から衝撃の告白
酒井法子はそんな生い立ちの中、育ての親を実の母と思っていたそうです。しかし7歳の時に父親が再婚する際、「自分のこどもではない」と告げられ、父親と再婚相手が暮らす福岡県に移ります。慕っていた人からは拒絶されたように感じ、転校することになるとは、7歳にして気苦労が多かったんですね。

酒井法子がその半生を振り返った自叙伝『贖罪』(朝日新聞出版)によれば、7歳までは伯母のことを本当の親だと思っており、ある日突然「おまえはウチの子じゃないんだよ。本当の父親が引き取りたいと言っているけど、法子はどうしたい?」と告白された壮絶な過去を振り返っている。


酒井法子の壮絶な生い立ちF継母との暮らし


画像の両端に写っているのが、酒井法子の父親とその再婚相手です。酒井法子の父親はその後また離婚し、別の女性と再婚したのですが、酒井法子は新しい継母と暮らすことになりました。しかし酒井法子は父親にも義母にもなかなか心から甘えることができなかったそうです。家庭環境がめまぐるしく変わる中、酒井法子が安らげる時間なんてなかったのではないでしょうか。一度でいいから普通の家庭の暮らしをできていたら良かったですよね。

父親は常に身近におらず、慕っていた人からは「自分の子供じゃない」と言われた酒井法子の幼少時代は寂しい気持ちでいっぱいだったことでしょう。自分を守ってくれて信頼できる大人が傍にいない生い立ちから寂しさはなかなか癒えず、酒井法子が大人になってからも様々な所で影響を及ぼすことになります。


皮肉なことに、この苦労の絶えない生い立ちが芸能界では役に立ってと、酒井法子は後に語っているそうです。父親や大人の顔色を常に窺っていた為、芸能界でも人の気持ちに敏感に対応できていたとのことです。常に大人の顔色を窺わないといけないという生い立ちは壮絶ですが、その生い立ちをうまく活用して芸能界でトップアイドルになれたのですから、酒井法子はたくましく活躍できていたんですね。

酒井法子の壮絶な生い立ちG実の父親は暴力団組長

実は酒井法子の父親・酒井三根城(金三根城)は暴力団関係者です。山口組系、伊豆組酒井組の組長でしたが、覚醒剤の販売が主な稼業という極悪な荒稼ぎだった為に破門され、山梨県で闇金融を営むことになったそうです。酒井法子の父親はどこまでも非道な人だったんですね。捨て子になった酒井法子の生い立ちは哀しいものですが、酒井法子の母親が逃げ出した気持ちもわからなくはありません。

ちなみに酒井法子の父親の葬儀の際、葬儀委員長を務めてくれたのがサンミュージックの相澤秀禎氏です。不幸な生い立ちの酒井法子ですが、苦労した分救ってくれる存在がいたのも事実です。

酒井法子の壮絶な生い立ちH父親の不審死そして天涯孤独に
酒井法子が共に暮らした父親は平成元年5月に山梨県の高速道路で事故死します。肉親が亡くなり、酒井法子は身寄りがなくなってしまいました。


事故当時の画像です。酒井法子の父親は新しい妻の車に乗っていたそうです。覚醒剤を使用して精神不安定の中で起きた自暴自死ともいわれていますが、不審な点が多く闇社会の闘争も噂されています。


父親が亡くなった当時のニュース画像です。実の父親を”育ての親”としているこのテロップからも酒井法子の複雑な生い立ちがうかがい知れます。

酒井法子の生い立ちは本当に数奇だった


酒井法子の壮絶な生い立ちぶりを順に追ってまとめましたが、本当に数奇すぎます。父親の服役、捨て子、若くして天涯孤独、そして父親は極道と、哀しい生い立ちを一身に集めたような酒井法子ですが、よくぞトップアイドルになるまで無事に育ちましたね。こんな情報がでるまでは、可憐な外見の酒井法子の生い立ちがここまで壮絶のものと誰もが思っていませんでした。しかし酒井法子の波乱万丈さはまだまだ続きます。

酒井法子は壮絶な生い立ちから這い上がった
酒井法子は福岡県市立大名小学校を卒業、福岡市立舞鶴中学校に進学し、14歳から芸能界のオーディションを受け始めます。


酒井法子の父親が福岡の朝鮮差別部落出身という噂もありますが、部落差別があったために酒井法子はオーディションに合格できなかったそうです。自分自身には非が無くても親の出身地次第で人生が変わってしまうことほど理不尽なことはありませんよね。


昭和60年に行われた「'86ミスヘアコロンイメージガールコンテスト」で酒井法子はBOMB!賞を受賞しました。本来このBOMB!賞というものは存在していなかったのですが、酒井法子の力量を試したいと、芸能事務所サンミュージックの専務が見染めて急遽用意された賞です。ここから酒井法子はトップアイドルへと導かれていきます。


酒井法子は芸能界に入ると事務所社長の自宅で下宿生活を始めました。当時サンミュージック社長だった相澤秀禎社長は「芸能界の良心」と言われるほど人情のある人で、酒井法子のことも芸能界のことを教えながらわが娘のように大切に育てたそうです。


酒井法子の下宿生活は4年間でしたが、本当の肉親らしい愛情に包まれた貴重な時間だったのではないでしょうか。

「愛されたいという気持ちは、小さいころからずっと持っている。相手が何を喜ぶのかと、いつも一生懸命に考えていた。アイドルやタレントとして突っ走ってこられたのも、自分が愛されたいと思っていたからだと思う」

引用元: http://news.livedoor.com/article/detail/10150972/
酒井法子が自分の欲を抑えてただひたすら愛される為に動く本能を備えられたのは、壮絶な生い立ちがあったこそともいえます。

酒井法子本人には咎の無いものの、その生い立ちでだいぶ苦労しましたが、それでも親のことを決して悪く言わなかっといいますから酒井法子の人間性は立派ですね。生い立ちに負けず芸能界で活躍できて本当に良かったです。


可憐な顔立ちの酒井法子は清純派としてトップアイドルに上りつめましたが、壮絶な生い立ちの影響か常にどこかしら寂しい雰囲気がつきまとっていたようにも思えます。ドラマ「星の金貨」では、耳と口が不自由な孤児の役を演じましたがハマり役でした。この「星の金貨」の主題歌「碧いうさぎ」は酒井法子初のミリオンセラーとなります。

碧いうさぎ ずっと待ってる 独りきりで震えながら 淋しすぎて 死んでしまうわ 早く暖めて欲しい
この切ない歌は、壮絶な生い立ちを経験した酒井法子だからこそ歌いこなせたのでしょう。両親を恨むことのなかった酒井法子には独特の透明感がありますが、同時に寂しさも持ち合わせています。

酒井法子は”堕ちたアイドル”へ変貌した
酒井法子も大人になり愛するパートナーに寄り添うことになりますが、ここから彼女の人生が狂いだします。


そのうち酒井法子は、自称プロサーファーの高相祐一と結婚します。子供も生まれ、不幸な生い立ちの酒井法子が自分の家庭を作ることができたのですが、次第に歯車が狂っていきました。


プロ意識の高かったはずの酒井法子の奇行が目立つようになっていきます。なにやら毒々しいタトゥーが足首に入っています。酒井法子は足首だけでなく、太ももなどにもタトゥーを入れているそうです。


清純派だったはずの酒井法子の髪型にも異変が出ました。髪の毛の染め方が特殊すぎてマスコミに取り上げられたこともあります。なんとなく顔つきもきつくなっていた気がします。

その他にも、仕事に遅刻したり、話し方がおかしかったり、酩酊状態で叫んだりと酒井法子の異変が目立つようになりました。


酒井法子が車で逃走の上、覚醒剤使用で逮捕された時はとても衝撃的でした。父親と同様の覚醒剤で逮捕されるなんて皮肉な運命としかいいようがありません。


どんなに人情のあるスタッフに支えられ、アイドルとして歓声を浴びても、幼少のころから深い孤独感を感じていた酒井法子は覚醒剤から抜け出せなくなります。大人になっても酒井法子を寂しさで蝕むほど、壮絶な生い立ちは悪影響を及ぼしたようです。


不幸な生い立ちだったとはいえ、覚醒剤だけには絶対に手を出してはいけません。覚醒剤使用の行きつく先は”廃人”です。自分がそんな目に遭わないようにする為にも自分の意志できっぱり断らなければいけません。

覚醒剤での逮捕を受けて酒井法子は涙ながらに謝罪をします。周囲を裏切ることはもうないと、夫と別れて新たに出直すことを誓いました。その後酒井法子は介護の勉強をスタートします。

両親そろって覚醒剤依存となっていた家庭で育った酒井法子の子供が心配ですね。もう高校生になっているとのことですが酒井法子の負の連鎖が子供につながらないよう願っています。


酒井法子は再び芸能活動を始めている

恩人相澤氏の提言もあり介護の勉強を始めた酒井法子でしたが、色々な事情で断念し現在は再び芸能活動をしています。3件300万円ともいわれる高額なパチンコ営業で国内を回り覚醒剤逮捕で生じた賠償金(約5億円)もほぼ完済の見込みと言われています。壮絶な生い立ちを経験した酒井法子は5億円の賠償金も自分の努力で解決できるのだからすごいです。

「中国での知名度は想像を絶するほど大きい。2009年の覚醒剤事件は中国でも連日報じられ、『かわいそうだ』『こちらに来て』など擁護の声が続出。復帰後も、一昨年には中国最大ネットサイトの『アジア最注目女優大賞』を受賞するなど相変わらず人気です」と芸能関係者

アジア圏で歌手活動をしたりと持ち前の人気ぶりを発揮しています。アジア路線に活路ができたことにも酒井法子は事務所に感謝しなければいけませんね。それにしてもここまで激しい浮き沈みを経験するのも稀有ですね。

国内のサポート体制もシッカリしていました。事件の影響で所属していたサンミュージックとの契約は解除になったものの、元同社のマネジャーが立ち上げた会社が拾ってくれた。この事務所が過去の怪しい人脈をシャットアウトし、細かい営業を地道に続けさせたことが16年ぶりのコンサートにつながったと

持ち前の努力と愛想の良さでじわじわと酒井法子の人気が再燃しつつあります。覚醒剤に対して厳しい態度で臨む日本の芸能界で酒井法子がまた輝ける日はくるのでしょうか?

壮絶な生い立ちの酒井法子の人生は波乱万丈そのもの

酒井法子の生い立ちは”壮絶”という言葉では言い表せないほど不幸な生い立ちでした。その生い立ちに負けず芸能界で活躍した酒井法子でしたが、父親と同様覚醒剤に手を出してしまったのが本当に悔やまれます。しかしその生い立ちから得た努力家な性格で再び芸能界復帰できるのか気になる人も多いようです。酒井法子が本当の意味で生い立ちに打ち勝ち、自身が納得できる充実した人生を送れるように願っています!

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酒井法子の現在!薬物で逮捕&中国で物乞いの噂や旦那との関係まとめ

のりピーの愛称で全国的に有名だった元アイドル、酒井法子は産まれたときから壮絶な人生を予告されていたのかもしれません。酒井法子の壮絶な生い立ちから、芸能界デビュー、恋愛・結婚、覚せい剤使用による逮捕、そして芸能界復帰後現在にいたるまでをまとめてみました。

のりピーのニックネームで酒井法子さん。2009年に覚せい剤取締法違反で逮捕され、有罪判決を受けていますが、今では、そんな過去も忘れてしまうくらい、今では中国や台湾などアジアで活躍されています。

アイドル時代には、「ヤッピー」、「いただきマンモス」、「マンモスうれピー」といったようなのりピー語を流行らせて、一世風靡しましたね。みなさん、覚えていますか?そんな酒井法子さんの生い立ちと、2009年に覚せい剤取締法違反で逮捕されるまでの経歴についてご紹介しましょう。

酒井法子の生い立ち〜序章〜

酒井法子さんはとてもチャーミングな外見ですよね。ドラマ「ひとつ屋根の下」では、江口洋介さんのあんちゃんや、福山雅治さんのチー兄ちゃんの妹・小雪役として、誰もが彼女を守ってあげたいと思ったのではないでしょうか。

しかしながら、酒井法子さんのチャーミングな外見とは裏腹に、壮絶な生い立ちなのです。酒井法子さんが覚せい剤に手を染めてしまったのも、この壮絶な生い立ちが所以なのではないでしょうか。

酒井法子の生い立ち〜誕生〜

酒井法子さんは、1971年2月に福岡県福岡市生まれています。実は酒井法子さんが誕生したこの時、酒井法子さんの父親は覚せい剤所持で逮捕され、服役中だったのです。酒井法子さんの父親はある暴力団の組長でした。この時、酒井法子さんの父親は、主な稼業が覚せい剤の販売だったそうで、この稼業でかなり極悪な荒稼ぎをしていたということから、暴力団の組から破門され、のちには山梨県で闇金融を営むことになります。

本当に、酒井法子さんの父親は、真っ当な職業につくこともなく、どこまでも非道な人だったそうです。



酒井法子の生い立ち〜母親の駆け落ち〜

酒井法子さんの父親が服役中に、酒井法子さんの母親は、乳児がいながら、若い男と駆け落ちをしてしまいます。寂しかったから男に手を出したというのもあるとは思いますが、暴力団の父親が服役中の今こそ逃げる時だと考えたのでしょう。

そんな酒井法子さんの母親は、乳児の酒井法子さんを連れて逃げたのではなく、なんと服役中の父親の実家がある佐賀県の山中のあるお寺に捨ててしまうのです。まだ乳児だった酒井法子さんは捨て子になってしまったのです。産まれてきたのに、誰からも喜ばれることなく、山中に捨てられてしまうというのは、かなり残酷ですよね。

酒井法子の生い立ち〜育ての親との生活〜

そして、山中のお寺に捨てられていた酒井法子さんは、服役中の父親の妹に引き取られることになります。その後、埼玉県に住む叔母の住む家に引き取られるようにもなり、埼玉と九州を行ったり来たりの日々が続くのです。幼少期なのに、育ての親を転々とするなんて、なんて可哀想なことなのでしょう。

その後、実の両親の離婚が成立します。離婚後、一旦は、実の母親に引き取られたそうですが、酒井法子さんの実の母親は、自殺にみせかけて殺されてしまったそうなのです。自分の母親が殺されてしまうなんて、のちに、そのことを聞いた酒井法子さんの気持ちが思いやられますね。恐怖感や不信感でいっぱいになったことでしょう。


酒井法子さんの実の母親が死亡後、また育ての親である叔母に引き取られます。そして、酒井法子さんが7歳の時に、実の父親から突然連絡が来るのです。実の父親は刑から釈放され、なんと再婚が決まっていました。父親から酒井法子さんを引き取りたいと連絡があったそうです。それまで、酒井法子さんは、育ての親であった伯母を本当の親だと思っていたそうですが、この時に、伯母から自分の子供ではないと告げられ、大変ショックだったそうです。

確かに、まだ若干7歳で、今まで親だと信じて慕ってきた人から、いきなり自分の子供ではないと拒絶されたら、子供にとって相当ショックだったと思います。

酒井法子の生い立ち〜実の父親との生活〜

その後、父親夫妻に引き取られ、福岡県に戻り、暮らし始めますが、その後も父親は離婚、再婚と繰り返します。酒井法子さんは、実の父親にも、たびたび代わる継母にも全く心を許すことがなく、甘えることもできなかったようです。確かに、幼いころから一緒に住んでいなかった人たちと、同じ屋根の下に暮らすとなると、どういった態度を取ればよいのか、どういって接すればよいのか、子供ながらにもわかりませんよね。

酒井法子さんは、こうして生まれた時から、大人の事情で転々とした生活を送っていた影響からか、周りの大人が何を考えているのか、幼いころから空気が読めてしまっていたらしく、これだけは芸能界で役に立っていると言っているそうです。



でも、幼少期から思春期にかけて、一番多感な時期であるのに、普通の家庭のくらしができなかった酒井法子さんですが、一度でも普通の家庭のくらしを味わいたかったと思います。

酒井法子の人生を変えたオーディション

酒井法子さんは産まれてすぐに、山中に捨てられ、育ての親を転々とし、自分の記憶にはない人から実の父親に引き取られてしまうといった数奇な幼少期と思春期を送ります。

しかしながら、1985年、酒井法子さんが14歳の時に、酒井法子さんの人生を変える出来事が起こるのです。

酒井法子さんは、福岡県の中学校に通いながら、14歳の時に、芸能界のオーディションを受け始めます。噂にすぎませんが酒井法子さんの父親が福岡の朝鮮差別部落出身ということから、オーディションに合格できなかったそうです。



でも、1985年10月に行われたオーディション企画で資生堂主催の「’86 ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」に出場。グランプリは逃しましたが、「BOMB!賞」が授与されました。

このオーディションの時に特技として物まねを用意していたそうなのですが、他の出場者と被るので、急遽、落語の「寿限無」を博多弁で披露したところ、酒井法子さんの、のちに所属芸能プロダクションとなるサンミュージックの専務の目にとまり、本来、この「BOMB!賞」はなかったのですが、急遽、この賞を用意して授与されたのだそうです。

こうして、酒井法子さんは芸能界デビューの決定が決まり、福岡県から単身で東京へ上京。学校も東京の中学校に転校し、所属芸能プロダクションのサンミュージックの社長、相澤秀禎氏の自宅で下宿生活を送るようになります。社長宅での下宿生活は4年間でしたが、この4年間は社長から、実の親のように愛情のある生活だったのではないでしょうか。

1985年より、テレビドラマ「春風一番!」の収録に参加し、テレビドラマデビュー。そして、同時期に雑誌「Momoco」に登場し、この雑誌の特別コーナー「モモコクラブ」を発端とする番組「モモコクラブ」の会員No.1482としてデビューします。このモモコクラブでも、すぐに人気がでて、番組の中心メンバーとして活躍をしていました。

芸能活動を始めて、半年たたずして、トントン拍子にテレビや雑誌への露出が増えていったなんて、やはり酒井法子さんのチャーミングな可愛さから、世の中の男子の目はくぎ付けだったのでしょう。

酒井法子のアイドル初期時代〜アイドルデビュー〜

1986年4月に、雑誌「Momoco」が開催したイベント「’86 モモコ・パーティ」のオーディションである「第2回ミスモモコクラブ」でミスVHD賞を受賞した酒井法子さんは、15歳の時に、VHDソフト「YUPPIE」を発売して、本格的にアイドルデビューを果たします。実は、このVHDソフトを使ったアイドルのデビューは世界発だそうです。

この頃から、酒井法子さんは自分のことを「のりピー」と呼ぶことで、酒井法子さんの「のりピー」の愛称が全国的に広まりました。そして、酒井法子さんが話す言葉が「のりピー語」。これも流行りましたね。モモコクラブの番組の中でも、番組のはじめの挨拶のときに、「ヤッピー」と言っていました。

のりピー語ですが、例えば、「嬉しい」を「うれピー」と言ったり、「美味しい」を「おいピー」と言ったり、語尾には「ピー」がついていたような気がします。そして、「いただきます」のことを「いただきマンモス」と言ったり、「とっても嬉しい」を「マンモスうれピー」とも言っていました。

酒井法子さんののりピー語は、大人だけではなく、子供でも大流行りだったのを覚えています。

酒井法子のアイドル初期時代〜アイドル歌手デビュー〜

VHDソフト「YUPPIE」の中でも「お願いダーリン」という楽曲で一足先に歌声を披露していますが、歌手デビュー作は、1987年2月発売の「男の子になりたい」でした。

この曲で正式にアイドル歌手デビューし、どんどんテレビや雑誌などのメディアに取り上げられるようになります。そして、「男の子になりたい」はオリコン最高6位になり、デビュー曲から、ザ・ベストテンや、歌のトップテンなどにもランキングされて、幸先の良いスタートを切ります。

そして、同じ年の年末の新人賞レースには数多く参戦し、第18回日本歌謡大賞では、最優秀放送音楽新人賞を受賞します。

また、酒井法子さんが中学生のころから書いているキャラクター「のりピーちゃん」も話題になり、歌番組出演時には、セットに起用されたことも。酒井法子さんの同期には、森高千里さん、立花理佐さん、畠田理恵さん、坂本冬美さん、石田ひかりさんなど、そうそうたる顔ぶれがいる中で、デビューのころからのりピーワールドが炸裂していたため、酒井法子さんのキャラクターは際立っていました。

酒井法子のアイドル初期時代〜レコードからCDへの転換期〜

アイドル歌手としてデビューした酒井法子さんですが、日本の歌謡界にレコードからCDへの転換期が訪れます。この頃、オリコンのランキングには上位にいくのですが、なかなかレコードの枚数が売れないといった頃もありました。

ただ、1987年11月に発売された4枚目のシングル「夢冒険」がテレビアニメ「アニメ三銃士」のオープニングテーマに起用され、子供でも口ずさめるほど人気の曲となり、また翌年の第60回センバツ高校野球大会大会の入場行進曲に起用されるなど、酒井法子さんのアイドル歌手初期時代の代表作となりました。

酒井法子のアイドル初期時代〜のりピーちゃん〜

酒井法子さんが歌番組などに出演する時にセットに起用されていたのりピーちゃんは、中学生のときに生み出したキャラクターとされています。アイドル歌手としてデビューしましたが、活躍は多岐にわたっており、こののりピーちゃんを活かした漫画を連載していたり、日本自動車工芸会の交通安全ポスターに起用されたりもしました。

また、そののりピーちゃんのキャラクターはとても人気が高かったことから、酒井法子さんのタレントショップ「NORI-P HOUSE」をオープンし、のりピーグッズを販売していました。1988年7月には、日本一標高が高いタレントショップとして、富士山8合目に「のりピーちゃんハウス」をオープンしています。

ちょうどタレントショップブームだったこともあり、のりピーグッズの人気は高く、のちに、1991年には、富士山5合目に富士山2号店をオープン。また、「のりピーハウスレーシングチーム」というチーム名でN1耐久レースにもチーム監督として参加していました。

酒井法子のアイドル全盛期時代〜少女から大人の女性へ〜

堀越高校を卒業した1989年春ごろから、リリースされる曲も、酒井法子さんの佇まいも変化が訪れます。声のトーンも、曲調も、落ち着いたものとなっていきました。また、使っていたのりピー語も徐々に使わなくなり、とても自然な形で、少女から大人の女性へ変化していったのです。

それでも、デビュー当時からのチャーミングでピュアなのりピーのイメージを損なうことなく、アイドル冬の時代の中で、最後のアイドルともいわれていました。

酒井法子のアイドル全盛期時代〜アジア進出へ〜

1990年にシングル曲のベストアルバムがオリコンで最高1位にはなったものの、大ヒット曲に巡り合うこともなく、アイドルとして伸び悩んでいました。

そのころ、まだ日本の芸能界が目をつけていなかった中国、台湾、香港などの中国語圏のアジア諸国に進出していきます。中国では、大手家電メーカーのCMで「夢冒険」を歌う姿に注目が浴び、日本での評価以上に人気となります。

その後、中国でアルバム「微笑」をリリース。このアルバムは50万枚の大ヒットとなりました。なんと、中国でアルバムをリリースした日本人のは、酒井法子さんが初めてだそうです。そして、中国語で歌う曲までもリリースします。

1992年には、台湾で初めて海外公演を成功させ、中国語圏では大スターとなるのです。

酒井法子の紅白歌合戦初出場

中国語圏のアジアでの歌手活動をしていましたが、それと並行して行っていたのが、日本での女優業でした。

1993年に、「101回目のプロポーズ」や「愛という名のもとに」というトレンディドラマの脚本家として有名だった野島伸司さんに引き当てられ、テレビドラマ「ひとつ屋根の下」に出演。そして、1995年にはテレビドラマ「星の金貨」に出演し、立て続けにテレビドラマはヒットし、話題となりました。

中でも、このテレビドラマ「星の金貨」の主題歌となったシングルCD「碧いうさぎ」は、自身初のミリオンヒットとなり、デビュー9年目にして、年末の「第37回日本レコード大賞」で優秀作品賞を受賞し、そして、「第46回NHK紅白歌合戦」に出場。紅白歌合戦では、テレビドラマの役柄に合わせて、手話を交えて歌いました。

これらのテレビドラマに出演することで、アイドル歌手である「のりピー」から女優である「酒井法子」へ転身したのです。

酒井法子の恋愛・結婚

この野島伸司ドラマに出演していたころ、酒井法子さんは、脚本家の野島伸司さんと恋愛関係にありました。脚本家の野島伸司さんは、もともと酒井法子さんのファンだったらしく、テレビドラマ「ひとつ屋根の下」の脚本を書く時に、すでに酒井法子さんをイメージしながら、小雪役を書いていたというエピソードもあります。

酒井法子さんは、野島伸司さんとの交際宣言までして、同棲生活も送っていましたが、1997年秋には、同棲生活を解消し、別れています。

その翌年1998年、酒井法子さんは、自称プロサーファーの高相祐一さんと結婚を発表し、同時に妊娠3ヶ月ということも発表してしまうのです。

実はこの高相祐一さんとの出会いは、酒井法子さんとテレビで共演し、趣味のボディボードを通じて、木梨憲武さんから紹介されたとされています。高相祐一さんはスキーショップ「JIRO」の経営者の長男であり、後継者でもありました。

高相祐一さんはプロサーファーではなく、自称プロサーファーと言われているのは、日本プロサーフィン連盟・JPSAの公式プロとしては一切エントリーされておらず、また世界プロサーフィン連盟日本支局・ASP Japanのランキング一覧からも高相祐一さんの名前を見つけることができないからです。単なるサーフィン好きだったのかもしれません。

酒井法子のママドルとしての活躍

1998年に結婚、そして、1999年に出産を経て、2000年に、芸能活動へ復帰します。まだ子どもも小さかったことから、子育てと芸能活動との両立していました。

2003年には、伊藤忠商事と所属していた芸能プロダクションのサンミュージックで設立したアパレルブランド「ピーピーリコリノ」のプロデュースを始めたり、またさらには2007年に日中文化スポーツ交流年の文化親善大使になり、数々のイベントに参加し、当時の内閣総理大臣であった安倍晋三氏とも面会するなど芸能人としてのステータスを高めていきました。

また、今となっては、皮肉にも思えますが、2008年には、最高裁判所制作の裁判員制度のPR映画にも主演するなど正統派女優の顔もみせていました。

ママドルということから、テレビというメディアにおいても、トヨタのCMやテレビドラマ「まるまるちびまるこちゃん」で主人公まるこの母親役を演じるたり、クリーンなイメージから花王やTUTAYAなどの多くのイメージキャラクターとつとめていました。



酒井法子の薬物逮捕事件まとめ

アイドル歌手として日本でも中国語圏のアジアにおいても成功し、結婚してママドルとしても成功するという、女性芸能人としてゴールの域に達したと思われていましたが、2009年8月に衝撃の報道がされてしまいます。

酒井法子さんが薬物を使用し、覚せい剤取締法違反で逮捕されてしまいます。酒井法子さんが覚せい剤を使ってから、逮捕事件に至るまでについてご紹介します。

酒井法子の旦那が逮捕

2009年8月3日に、旦那である自称プロサーファーの高相祐一さんが東京都渋谷区の路上で駐車中に、警察から職務質問を受け、駐車中の車内で覚せい剤を隠し持っていたことで、酒井法子さんもその場に呼ばれ、警視庁渋谷警察署から任意同行を求められたが、それを拒否。酒井法子さんは、この路上で泣き崩れているのを見た人もいました。

その時に、旦那である高相祐一さんが、覚せい剤を隠すために、腰に下げた巾着袋の中身について、警察から酒井法子さんが聞かれたときに、「主人は下半身にコンプレックスを持っており、そのための薬だから見せられない」といった嘘をついて、その後、失踪。

この時、旦那が職務質問を受けた場所は、渋谷区道玄坂裏の風俗店が多数立ち並ぶようないかがわしい場所で、普通、家庭をもっている男性が歩く場所ではなかったそうです。

旦那である自称プロサーファーの高相祐一さんは逮捕となるのです。

酒井法子の失踪と逃亡

旦那の逮捕後、酒井法子さんはすぐに自宅に帰り、大量の荷物をかかえ、コンビニエンスストアや量販店で食料品や飲料水、衣服や下着などを購入し、行方をくらましました。

当初、酒井法子さんは、高相祐一さんの母親からの一本の電話にとった以外は、所属の芸能プロダクションであるサンミュージックのマネージャーや事務所関係者からの電話も拒否。

そして、酒井法子さんの継母からの電話も拒否していたころから、酒井法子さんとの連絡が途絶えたことで、所属の芸能プロダクションであるサンミュージックからは捜索願が出され、テレビなどの各メディアにおいても、旦那の逮捕が衝撃で自殺してしまうのかもなどと言われていました。

そんな中、旦那の逮捕から数日経った2009年8月7日に、旦那である高相祐一さんは、警察での事情聴取の中で、妻である酒井法子さんも覚せい剤を使用していたことを供述。そして、酒井法子さんの自宅からは、8マイクログラムという微量の覚せい剤と、酒井法子さんの唾液が付着していた吸引具が発見され、警察は、酒井法子さんへの逮捕令状が出たのです。

それまでは、旦那である高相祐一さんの逮捕の衝撃から、心が病み、行方をくらましていたとされていましたが、この酒井法子さんへの逮捕令状が出たことから、世間は、覚せい剤を身体から抜くために、逃亡しているのではないかという報道へ一日にして変わります。

覚せい剤を身体から抜く場合、約1週間必要だとされています。そのため、その1週間逃亡し、覚せい剤が抜けたうえで、出頭しようと考えていたとされていました。本当のところはどうなのかわかりませんが、世間が大きく騒いだのは間違いありません。

この逃亡の時に、酒井法子さんは子供と一緒に逃げていたわけではなく、旦那である高相祐一さんの愛人に預けていたとされています。この愛人は、もともとは酒井法子さんの友人であり、ママ友だったということですが、旦那の浮気も許してしまうほど、つながっていたい覚せい剤があったわけで、覚せい剤を供給してくれる旦那と、なかなか縁を切ることができなかったのかもしれません。

酒井法子の逮捕

酒井法子さんへの逮捕令状が出た翌日の2009年8月8日に、酒井法子さんは警察へ出頭し、逮捕となります。酒井法子さんはすぐに覚せい剤の使用を認めました。酒井法子さんは覚せい剤を抜くために逃亡したとされていますが、実際は、旦那の逮捕に気が動転し、逃げてしまっただけなのかもしれません。

酒井法子さんが逮捕され、2009年8月28日に、検察は酒井法子さんを覚せい剤取締法違反(所持)で起訴されます。これを受けて、酒井法子さんの所属している芸能プロダクションであるサンミュージックはマネジメント契約を解除します。また、所属のレコード会社であるビクターエンタテインメント(現:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)も、酒井法子さんとの契約を解除しました。

酒井法子さんは、供述で、逮捕される、この事件前に滞在していた奄美大島のホテルで、覚せい剤を使用していたことを自供。それにより、覚せい剤取締法違反(使用)で、追起訴もされてしまいました。

結局、酒井法子さんは、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受けることになりました。

酒井法子が覚せい剤をはじめた訳

では、酒井法子さんは、どうして覚せい剤をはじめてしまったのでしょうか。それは、やはり旦那である高相祐一さんの影響が大きいのです。

酒井法子さんは、1998年に結婚し、ママドルとしても活躍していましたが、結婚してから3〜5年経ったころに、たまたま旦那の高相祐一さんが夜にキッチンで隠れて使用していたのを見てしまい、それが原因で覚せい剤をはじめてしまったと言います。

旦那の高相祐一さんは、子供が寝静まったある夜に、気化した覚せい剤が酒井法子さんや子供の方にいかないように、キッチンの換気扇の下で、アルミホイルに入れて覚せい剤をあぶっていたときに、酒井法子さんに見つかってしまったと言います。

最初は、酒井法子さんも「なんこれ?」と言って怪訝そうでしたが、旦那の高相祐一さんは「元気がでる薬だよ」と答え、酒井法子さんに強くすすめてしまい、覚せい剤をはじめたとされています。

旦那の高相祐一さんと一緒に生活していたので、たぶん酒井法子さんも薄々は気付いていたと思いますが、高相祐一さんの場合、大麻も吸っていたらしく、大麻に関しては、だらしなくなるといった中毒症状がでるわけでもなく、デザインやクリエイティブな思考を高めていることから、そこまで強く言わなかったのかもしれません。

酒井法子が覚せい剤をはじめてから

覚せい剤をはじめてからかは定かではありませんが、旦那の高相祐一さんの影響もあってか、足首に毒々しいタトゥーを入れることから始まり、ついには太ももにまでも入れることになります。そして、髪も赤色に染めてみたり、金髪に染めてみたりと変わり、そして私服も以前の清純派とは違ってギラギラととても派手なものとなっていきました。まだ、段々と痩せていき、顔つきもきつくなっていきます。

そして、仕事にも支障をきたします。まずは遅刻が多くなり、業界では「のりピー待ち」という言葉が知れ渡るほどになりました。

酒井法子さんは、子供を実家に預け時にだけ覚せい剤を使うという、一応子供には気配りをしていたそうですが、段々と、使い続けていくうちに、覚せい剤を使いたいから実家に子供を預けるようになりました。

酒井法子さんは、清純派とは程遠いダンスミュージックが好きだったようで、六本木で薬箱とよばれている薬物中毒者が集まるクラブのVIPルームで見られていたり、また野外イベントではストリップ並みに、裸で踊っていたり、薬物乱交パーティを行ったりという奇行もたびたび見られるようになりました。

そして、テレビにおいても、覚せい剤を使用した後だったのか、不思議なテンションでインタビューを受けていたりと、世間をあっと言わせる奇行が続いていたのです。

酒井法子の旦那はどんな人?

酒井法子さんの旦那である高相祐一さんですが、スキーショップ「JIRO」の経営者の息子ということから、幼いころから東京都渋谷区青山に住んでいました。両親はスキーショップの経営のためか、日頃家にいない代償として、おこずかいは多かったと言います。

渋谷で遊んでいる中で、容易にドラッグの誘いがあり、中学校2年生の時にサーフィンを始めた直後に大麻をはじめて吸って、そして覚せい剤まで手を出したのが20歳の時だったそうです。特に悪気もなく、薬物使用は続いていました。

覚せい剤で逮捕されていますが、覚せい剤については、月1回くらいの程度で使用していたこともあるし、5年も使用していなかったこともある…といった程度だったと言います。

酒井法子さんと結婚したころ、高相祐一さんは自称プロサーファーではありますが、「CORE SIDE」というウインタースポーツのお店を経営していたようです。

でも、薬物を使用していたという事実は紛れもなくあるわけで、2009年に逮捕されてからというもの、その後、2度も同じように薬物使用で逮捕されるという、本人は思っていないかもしれませんが、薬物中毒者でありました。

酒井法子の逮捕後

酒井法子さんが覚せい剤取締法違反で逮捕後、2009年9月17日に、保釈保証金500万円を納付し、釈放されます。

釈放されて、警察署の前で謝罪をした光景をいまだに覚えている方も多いのではないでしょうか。そして、その釈放された日の同日に記者会見が行われ、生まれ変わった気持ちで心を入れ替えたいと涙ながらに謝罪したと報道されました。

酒井法子さんの逮捕によって、酒井法子さんは所属していた芸能プロダクションであるサンミュージックや所属のレコード会社から契約を解雇や解除されましたが、多数出演していた大手企業のCMが突然打ち切りとなり、その代償として、損害賠償金が請求されてしまいます。その額は約5億円にものぼりました。

さすがに酒井法子さん個人ではすぐに払える金額でもなく、この損害賠償金を元所属していた芸能プロダクションであるサンミュージックが肩代わりをします。

では、酒井法子さんが逮捕された後、旦那である高相祐一さんとの関係はどうなったのでしょうか。また、芸能界復活後、今まで活動していた中国語圏での芸能活動などはどのようにされているのでしょうか。酒井法子さんの逮捕からの復活劇をご紹介します。

介護を勉強するために大学入学

逮捕後、酒井法子さんは、介護の仕事を勉強したいと、芸能界引退をにおわせながらも、2010年1月に、群馬県高崎市にあった創造学園大学に入学します。入学式には出れなかったものの、介護士や音楽療法士を目指しながら、同大学ソーシャルワーク学部ソーシャルワーク学科介護福祉コースで勉強を始めます。

この大学では、eラーニングを主として通信制で勉強していましたが、2013年に大学が閉校してしまったことにより、介護士の勉強もこれでストップとなります。

酒井法子さんが入学した創造学園大学は、酒井法子さんの出身高校である堀越学園が運営していました。しかしながら、決算書の虚偽や、入学予定者の定員割れ、そして教職員への給与遅配などの不祥事が重なり、2013年に閉校となってしまうのです。

大学が閉校となってしまった酒井法子さんは、介護士になろうと勉強をしていましたが、先が絶たれてしまったため、芸能界へ戻る決心をします。それは、子供がいるママとして生きるために、芸能界でしか生きていけなかったからです。

旦那との関係は?

酒井法子さんは創造学園大学に入学後、2010年6月に離婚調停を経て、旦那である高相祐一さんと離婚します。薬物と縁をきるためには、離婚が絶対条件だったということでしょう。そして、離婚にあたり、子供の親権は酒井法子さんが持ちました。

元々、覚せい剤で逮捕される以前に、夫である高相祐一さんは、酒井法子さんの友人と愛人になっており、離婚寸前だったと言います。ただ、薬物を供給するためには夫という存在が必要だったのかもしれません。でも、その薬物の供給元を絶つだめにも、離婚することが彼女の最善策だったのです。

芸能界復帰!所属事務所は?

酒井法子さんは、創造学園大学の閉校により芸能界へ復帰します。さすがに、いわくつきの人となった酒井法子さんを引き取る芸能プロダクションがあるのかと噂をされていましたが、「オフィス二ホンニイバ」という芸能プロダクションへ所属します。

この「オフィス二ホンニイバ」という芸能プロダクションですが、酒井法子さんが逮捕前に所属していた芸能プロダクションであるサンミュージックにいたスタッフだった廣瀬洋二郎氏が、1996年6月に設立した事務所で、設立時には、同時に女優だった桜井幸子さんが移籍したと話題になりました。

酒井法子さんは、この新しく所属がきまった芸能プロダクションで芸能界を再スタートします。

1件100万円の地方営業

創造学園大学の閉校により、芸能界へ復帰した酒井法子さん。逮捕されたときに、損害賠償金を肩代わりしてもらった元所属していた芸能プロダクションであるサンミュージックへ損害賠償金を返済するために、苦労を重ねます。

まず、東京都内にあるマンションを2軒売却します。それでも、損害賠償金額の5億円には達することができずに、LINEのスタンプを販売したり、ディナーショーを行ったりと子育てと両立して芸能活動に精を出すのです。ディナーショーにおいては、一人25000円のチケットが飛ぶように売れていました。

そして、新人アイドルや若手芸人などが行っている地方のパチンコ屋での営業も行いました。このパチンコ店での営業の内容ですが、多い時には1000人をも超えるお客さんの中で、約30分の間に歌を歌い、来てくれたお客さんとの握手会や撮影会をするというものでした。これで、1件100万円を稼いでいたといいます。

通常、このようばパチンコ店の営業で1件100万円もとれる芸能人は大物レベルだということで、逮捕されてものりピーの集客力はすごかったと言われています。このパチンコ店の営業は1日に3回、チェーン店を巡って行われ、月1〜2回のペースで行われていたそうです。

ディナーショーやパチンコ店での営業を続けながら、日本国内においてテレビなどの各メディアに徐々に出演し、芸能界への復帰を成功させました。

中国語圏では逮捕前よりも爆発的な人気が!

日本ではパチンコ店での営業などを行いながらも、テレビに出ては薬物使用についての釈明を行ったりしている日々が続きました。日本においては、逮捕前の絶大な人気は低迷し、ドラマや舞台などで酒井法子さんを見る日も少なくなっています。

そんな中、中国語圏、特に中国においては、酒井法子さんが逮捕前よりも人気を博しているというのです。それには、中国人が日本人とは異なる考え方の違いがあったのです。

日本人の場合、酒井法子さんが薬物に手を染めてしまったのは、きっかけが夫だったとはいえ、自己責任だと思います。そして、この事件をきっかけとして生い立ちなどの過去が蒸し返されることで、酒井法子さんの育ちの悪さが薬物使用による逮捕につながったと考えます。

しかしながら、中国人は、中国の文化的な考え的に、女性よりも男性の方が強い立場にあることから、薬物に手を染めてしまったのは、酒井法子さん本人ではなく、夫である男性が悪いという考えがもとになっているかもしれません。

よって、心身ともに疲れている酒井法子さんを中国であたたかく迎えることによって、一日も早く酒井法子さんを更生させたいという考えが強いということです。

そして、酒井法子さんは、中国の少数民族にいる田舎の少女のような顔立ちが好みの男性が多く、そして、酒井法子さんは中国ではフェリーでのディナーショーを行っていることから、手に届くアイドルとしてアイドルオタクにはたまらない存在となり、逮捕前よりも爆発的に人気が出たのです。

中国で物乞いをしてる?

中国語圏で大人気の酒井法子さんですが、今年2019年1月7日に中国語版Twitter「微博」で投稿した酒井法子さんの中国語でのあいさつが物議を呼びました。それは、ファンの皆さんへの新年のあいさつのメッセージだけではなく、QRコードも記載されており、そのQRコードをスマートフォンなどで読み取ると、電子マネーの振込に案内されるものだったのです。

それを見た中国人のファンは、「酒井法子 乞丐行為(酒井法子 物乞い行為)」という言葉でハッシュタグ化され、中国語版Twitter「微博」へ瞬く間に拡散され、ファン以外のネットユーザーからも大バッシングを受けたのです。

実のところ、この投稿でメッセージは酒井法子さん本人のものだったのでしょうが、QRコードまでつけた投稿については知らなかったようで、この中国語版Twitter「微博」で大炎上後、酒井法子さん本人から釈明の投稿がされており、この投稿は、日本の運営会社が行っていて、日本人向けの有料サイト会員向けの投稿内容を誤って中国語版Twitter「微博」にあげてしまったとしています。

中国のお金持ちにファンになってもらったら、お金が稼げるかと思いますが、日本の運営会社が行うにせよ、ネットを炎上させるようなことは避けるべきです。

日本での芸能活動は?

2009年の逮捕から、10年が経とうとしていますが、まだ日本では薬物を使用していた過去がぬぐえずに、逮捕以前の芸能界での地位を取り戻すことができません。

ただ、酒井法子さんのファンは根強くいるもので、ディナーショーを開催すれば、完売してしまうほどの人気があり、日本での芸能活動においては、ディナーショーでの収入が主な収入源だとされています。

2017年には、酒井法子さんが歌手デビューしてから30年ということで、CDやDVD、そして豪華ブックレットがセットになった30年記念の「NORIKO BOX 30th Anniversary Mommoth Edition」が発売され、約16年振りに、酒井法子さんの単独コンサート「酒井法子 30th ANNIVERSARY CONCERT」が開催されました。

子ども健全育成大使に任命

2018年に、酒井法子さんは、ブルーシー・アンド・グリーンランド財団から、初代の「子ども健全育成大使」に任命されます。この子ども健全育成大使とは、ボートレースの収益で運営しているブルーシー・アンド・グリーンランド財団が、子供の健全育成活動をPRするために創設された大使です。

「子ども健全育成大使」という大使に任命された酒井法子さんを、世間では、全く子供にとって健全なことをしていないではないかとバッシングもありましたが、ブルーシー・アンド・グリーンランド財団の理事長によると、人生において薬物に手を染めてしまったという失敗を犯してしまったが、チャンスを与えて、社会に貢献してほしいという考えで任命したといいます。

酒井法子さんは、自分にできることがあれば頑張りたい。そして、子供たちとすばらしい思い出を作っていきたいと意欲をみせていたということです。この子ども健全育成大使は2年間が任期ということなので、頑張っていただきたいです。

11年ぶりに地上波に登場!

実は最近の出来事でもありますが、2019年3月に、「THE カラオケ★バトル」では、4時間にわたって「またそれやっちゃう?あの大ヒット曲・ご本人は何点出せるのかSP」というテレビ番組が放送されました。この番組は、歌手本人が自分の持ち歌を歌って、カラオケの採点システムで何点をとれるかという番組です。

この番組で、酒井法子さんは、ヒット曲である「碧いうさぎ」を熱唱するのです。酒井法子さんは、この番組を振り返り、地上波で出演するというチャンスをもらったことに感謝しており、カラオケの採点システムで高得点を出すよりも、歌を歌えることが嬉しかったとコメントをしていました。

中国語圏である中国や台湾、香港などではコンサートもたびたび行っており、また日本でもディナーショーを行うなど、ファンの前では歌ってきたとは思いますが、地上波の電波において歌を歌えることができたのが、大きな喜びだったのです。

酒井法子の今後に目が離せない

酒井法子さんの生い立ちから、結婚、そして覚せい剤という薬物使用による逮捕、そして現在までをご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。

産まれた時から両親の愛情にも触れることがなく、育ての親を転々としたうえで、実の父親と継母との生活をせざるを得なかった、酒井法子さんの壮絶な生い立ちが、覚せい剤に手を染めさせてしまったのかもしれません。

現在は、大きくなられた子供と一緒に住んでいるといい、また仕事に打ち込むことができるのは、子供のためだとも言っています。酒井法子さんにとって、今度こそ、子供と親子愛を感じながら、幸せな人生を歩んでほしいです。

そして、最近では、日本での露出よりも中国や台湾、香港などでの中国語圏での活動が増えているようですが、また日本でドラマや舞台で演技をしている酒井法子さんや、テレビで歌っている酒井法子さんが見られる日を待ち望んでいます。

今後の酒井法子さんの活躍に目が離せません!今後の酒井法子さんに期待して、応援していきましょう。


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ono********さん
2009/8/12 0:19
え?酒井法子って韓国人なんですか?

ベストアンサー
ブラックマン10800さん
2009/8/12 1:22

酒井法子が正真証明の在日ですよ

酒井法子の父親は山口組系伊豆組は酒井三根城
伊豆組破門後は郷里の山梨にて金融業

弟は広域暴力団山口組系宅見組組員、酒井健(30)覚せい剤使用容疑 の疑いで福岡東署に逮捕

叔父、広域暴力団山口組系後藤組幹部、キム-ジョンソ(日本名、酒井勧) 殺人など前科4犯で現在、服役中

従兄、広域暴力団会津小鉄会幹部、キム-ウュハン(日本名、酒井恵一)武器輸入などに係わったとして逮捕されたが証拠不十分で釈放、前科無し


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酒井法子の逃亡記。
2009年08月20日 | 人生の意味

法子は尿検をすり抜けたが、毛髪は駄目だった。だから出頭する前に、全身脱毛をやればよかった。桜田門に現れた際には尼さんスタイルだったら、毛髪逃れではなく、頭から反省をしていると思われたのだが。(ジョーク)

さて、酒井法子の周りには胡散臭い人間がまとわりついているようだ。

法子は継母と女友達3人で、ベンツに乗って逃亡している。東京から逃れ、最初に行った先は、山梨身延町の親戚の家だった。当初、この親戚の家はマークされたのだが、親族のオバサンは、法子が来たことを否定していた。つまり嘘をついていた。身延町に一泊した際、法子の携帯の電源をオンにした。法子は「着信がたくさんあって驚き、電源を切った」と述べているが、電源を入れた理由は、ある人に連絡をつける為であった。つまりGPSによって居所をチェックされることを警戒しながらも、その電話番号を調べる必要があった。次に東大和市のマンションへ行き、そこに2泊した。その後、箱根町の別荘へ移動した。その別荘は、一般の人は入って来ないような場所にある。この別荘は、普段使われていないが、法子がやって来るや、温泉管理の人がやって来て、別荘に温泉を入れる為に開栓をしたという。つまり法子は体から覚醒剤を抜こうとした。法子らに知恵を授ける人物がいたということだ。それは、この元弁護士なのか。

さて、これらの逃亡劇に3人の男が関わっている。頭は元弁護士、そしてその弟で渋谷の現場に駆けつけた建設会社の社長。最後に桜田門と交渉した末弟。つまり3人の男達は兄弟なのだ。この社長は、法子らに逃走車のベンツを貸している。また桜田門に出頭の電話をしたのは元弁護士の弟、つまり建設会社社長の弟でもある。この交渉役の弟は、ある弁護士事務所の事務長でもある。

そして高相祐一に弁護士を紹介したのも、この元弁護士であり、高相の弁護士は同時に法子の弁護士にもなった。そして東大和市のマンションと箱根の別荘の所有者は、この元弁護士なのだ。さて、元弁護士先生という肩書きの人物は何者か。色々情報は入っているが、ここですべてを明らかにする訳にはいかない。ただ一つ、「元弁護士」という肩書きは普通ではないということだ。弁護士という肩書きは死ぬまで付いて回るから、元が付くということは、弁護士会によって懲戒処分を受け、弁護士資格を剥奪されたということだ。この元弁護士は都内の高級住宅地に瀟洒な洋館を構えている。

そして面白い話として、桜田門との出頭交渉において、法子の出頭日は日曜日の9日を希望したが、桜田門はそれを認めなかった。覚醒剤の尿検を100%白にする為の引き延ばしであったろう。また同時に交渉役は、桜田門に法子を保護していることを失踪直後から連絡しており、すぐに出頭しない理由として、「法子は気が動転している。自殺を心配しているから保護している」として、少し時間を貰えるように桜田門と交渉していた。この言い方は犯人蔵匿、隠避から逃れるものだ。しかし、法子側が時間稼ぎをやるものだから、桜田門は逮捕状の請求を出したのだが、逮捕状の件は桜田門の発表ではなく、マスコミのリークによって、法子に最後通牒を突きつけた。同時にマルボウ5課は、出頭が遅れるなら強制捜査でバーンとやるぞと色めきたった。法子の亡父は泣く子も黙る暴力団の幹部であり、異母弟の酒井健も山口組の組員なのだから、法子自身の刺青も生半可なものではない。法子はタレント仲間の工藤静香や宮沢りえ、森高とは親しい友達だが、工藤の夫はキムタクだ。以前、法子の元マネージャーは事務所で謎の自殺を遂げており、また法子の学校時代はタバコ少女で生活指導も受けていた。また法子が出頭した際、最初の夜は新宿のホテルに泊ったと述べたが、嘘だったという。

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酒井法子容疑者に局部タトゥー情報浮上
社会 2009年08月18日

 覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕された酒井法子容疑者(38)をめぐる衝撃エピソードが続出する中、新たに局部タトゥー情報が浮上。事実ならば、事件で崩壊した清純派女優のイメージが完全に吹き飛ばされることになる。さらに、別居状態にあった夫・高相祐一容疑者(41)=同容疑で逮捕=との夫婦生活にタトゥーが影響を与えた可能性も。衝撃情報の裏側を追った。

 酒井容疑者の左足首と指にタトゥーが彫られている事は周知の通りだが、驚くべきことにイレズミはそこだけにとどまらなかった。なんと局部付近にしかも広範囲に及んで、色彩豊かな華が咲き乱れているという。

 ファッション誌編集者がこう語る。
 「酒井のスタイリストは大変みたいですよ。ショートパンツ等いわゆる短パン系を履かせようとするものなら、両足の大腿部辺りから何やら怪しい絵が顔を出す。ヘアメークに頼んでファンデーションを塗るという作戦もあるのですが、それをするとなると局部だけでは不自然。足の色が部分的に違う、というのはおかしいでしょう? 足全体を塗りたくらなければいけなくなり、これもエライ作業となるのです」

 結局、「怪しい絵」が隠れるパンツに差し替えるハメになるという。
 それにしても見事なまでに清純派イメージを壊してくれた酒井容疑者。彼女の目的は一体、何だったのか。

 「今回のクスリもそうですが、自暴自棄になっていると見てもおかしくないでしょう。やはり、長男が有名私立小学校に落ちたあたりから、おかしくなった。リベンジで中学受験もさせると意気込んでいましたが、“他の芸能人の子供は合格するのになぜウチだけ…”の思いは強かったのでしょう。一生懸命頑張っても受からないのかも…と何もかも嫌になって暴走した可能性は否定できない」(女性週刊誌編集長)

 酒井容疑者の気持ちも分からなくはないが、だからといって、よりによって“アソコにイレズミ”を入れることはないのではないか。見方によっては「女王様にでもなりたいの?」と思わせるセンスだ。

 一方、酒井容疑者夫妻の私生活をめぐっては、「別居の第一原因はセックスレス」などと伝えられている。旦那の高相容疑者には5年来の愛人がおり、本紙でも報じたように大の風俗マニア。妻のタトゥーに悩ましい思いを抱き、知らず知らず気持ちが離れていった可能性も否定できない。

 「風俗店の高相はものすごくマメで、とにかくコンパニオンの全身をくまなく舐めまわすようです。だからと言って“ワンランク上(ヘルスだったら本番、ソープだったらアナル挿入)”のプレーを強要するような事はしないマジメな常連だった」(スポーツ紙記者)

 一体、何をもってマジメなのか理解に苦しむが、関係者間の情報を集めると総じて「高相は気が小さく、仲間と一緒でないと大胆な事は出来ない」との人物評。カラダをペロペロ舐め、気合を入れたところで眼前に「色彩画」が登場…では、その気になりにくかったのか。もともとはロリッ気の強い清純派アイドルにほれ込んだ男である。

 改めてチェックすると、高相容疑者が捜査員に取り押さえられたときの酒井容疑者のコメントも気になる。「(パンツに隠しているのは)精力剤。アッチ(セックス)が弱いので持ち歩いているのです」。捜査員の目をあざむくためだったとしても、ヘルスで大暴れする直前、店の前で妻に「インポ呼ばわり」は屈辱。もっとも「パンツに覚せい剤」は故・勝新太郎の専売特許で、大御所の真似などまだまだ高相容疑者には早すぎる。

 いまやタトゥーはファッションであり、軽い気持ちで墨を入れる若者は後を絶たない。薬物犯罪が若い世代に蔓延しているのも同じようなファッション感覚からといわれ、高相容疑者や押尾学容疑者もタトゥーを入れている。酒井容疑者がタトゥーを入れるような感覚で薬物に手を染めたのだとすれば、あまりに軽率だった。イレズミも覚せい剤もママドルのすることではない。

◎酒井法子容疑者、箱根滞在先「知人別荘」判明

 女優酒井法子容疑者(38)が覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで逮捕されるまでの“ナゾの6日間”の一部が18日までに判明した。

 今月3日に夫・高相祐一容疑者(41)が同容疑で逮捕された東京・渋谷の現場から行方をくらませた酒井容疑者は、8日に出頭するまでの6日間、都内や山梨県、箱根に行ったと供述している。

 具体的な立ち寄り先はこれまでナゾに包まれていたが、一部報道によると、箱根では知人男性の別荘に身を寄せていたという。この男性については、夫が“社長”と呼ぶ人物の関係者とする報道があるほか、元弁護士で現在の担当弁護士を紹介したとの情報もある。酒井容疑者との関係性ははっきりしていない。

 同容疑者の拘置期限は19日。警視庁は現在毛髪鑑定中で、拘置期限が延長される可能性が濃厚になっている。


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酒井法子3日間ぶっ通し「4P」シャブ乱交

 覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで逮捕された酒井法子容疑者(38)に使用容疑再逮捕の動きが出始めた中、本紙は常用実態を示す仰天発言をキャッチした。

「私、不感症かも。キメながらやんないと全然感じない」

 ドラッグセックスの快楽を 酒井がこう明かしていたのは、彼女がひいきにしていたドラッグ売人だ。関係者を通じた この売人証言により、酒井が都内高級マンションの一室で年下"タトゥー男"と頻繁に会い、覚せい剤などを使ったドロドロのセックスに溺れていたことが判明している(本紙昨報)。

 売人は部屋の玄関先やリビングで、そのタトゥー男にドラッグを受け渡すことが多かった。
全裸でキマった状態の酒井を見たことはあるが、部屋の奥までは覗いていない。ただ「他の男が出てきたこともあったし、中には何人かいたかもしんねえな」と関係者には語っていたという。

 そんな中、酒井夫婦と覚せい剤を使った乱交パーティーをしたという元裏風俗オーナーの存在を掴んだ。「3〜4年前のことですが、オーナー本人から聞きました。『のりピーの家で、3日連続でシャブパーティーをやってきたよ』と自慢げに話してくれたんです」。こう切り出すのは、東京・渋谷の風俗関係者だ。

 そのパーティーの参加者はオーナー、酒井、高相祐一被告(41)、オーナーの連れの男で、女が酒井1人に対し男3人のいわゆる"4P乱交"だったという。

 風俗関係者曰く「オーナーは"あぶり"専門の酷いシャブ中」とのことだが、「ポンプ(注射器による覚せい剤注入)でやると、その快感はあぶりの比じゃない」と経験者。「注射した瞬間、体中がパキ〜ンってなって、扇風機の風や誰かの手がちょっと
当たっただけでもチョ〜感じるんです」。

 聞けば、そのオーナーは「店の女の子に手をつけるのが頻繁なくらいの色狂いだった」というから、酒井が男3人がかりで何をされたか想像に難くない。ことドラッグをやると酒井は人の目も気にせず開放的になるようで、やはり3〜4年前にはこんなエピソードも。

 「茨城であったレイブにのりピーが来てたんだけど、ほとんど下着同然の格好で現れて、完全に目がイッちゃってました。激しく体を揺らして、破廉恥な姿をさらしてましたよ。周囲の人たちは『あまりにマズイ』と思ったらしく、会場内にもかかわらずのりピーの四方をパネルで囲ってました」(某芸能関係者)。

 夫の高相被告はなじみのイメクラで遊ぶ直前の逮捕だったというから、風俗人脈は酒井直結ではなさそう。だが、有名人という立場も忘れ、夫を交えたこんなH遊びまでしていたとは…誰かが歯止めをかけるという意味でも捕まってよかったのかもしれない。
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まぁスポーツ紙の報道なので真偽は不明だが、ある2点から(わかる人はわかるはず)それが事実でもおかしくはない。
なんせ自分はこの映像をTVで初めて見た時、かなりHをやってそうに思えたし。

ただそれを否定する気は無い。
4Pだろうが10Pだろうが人の嗜好をとやかく言う気はないが、純情ぶってるくせに覚醒剤まで入れてそれをやるのは気色悪い。

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酒井法子が薬中のときの写真がヤバすぎると話題に……
2019年3月19日

酒井法子さんといえば「のりピー」の愛称で一世を風靡した元アイドルです。

ドラマ『星の金貨』の主題歌『碧いうさぎ』が大ヒットしたことでも知られています。

しかしそれらのイメージよりも覚せい剤取締法違反で逮捕されたことのほうが印象に残っている人が多いかもしれません。

彼女は芸能活動を続けながらも裏では覚せい剤に溺れていました。

その時期の写真がヤバいと話題になっています。

今回は酒井法子さんが薬中のときについての記事です。


酒井法子が薬中のときの写真がヤバすぎる……
酒井法子さんが逮捕されたのは2009年8月のことです。

この写真は逮捕される前月のものなので確実に酒井法子さんが薬中のときの写真です。

薬の影響かかなり痩せこけて見えます。

また、酒井法子さんが薬中のときのインタビュー動画もありました。動画で見たほうが異常性がよくわかります。




この動画では頬が痩せこけ異様なハイテンションでインタビューに答える酒井法子さんの姿があります。お酒が入っているわけでもないのにろれつも回っていません。

見る人が見れば「薬をやってる」のがわかるらしいです。

もともと酒井法子さんはこんなハイテンションなキャラではないですからね。そういうキャラの人ならわかりませんが(笑)。





酒井法子は現在は薬中ではない!?
さて、酒井法子さんは現在は薬中から抜け出せているのでしょうか?

彼女は懲役1年6か月、執行猶予3年の有罪判決を受けたものの、執行猶予の期間を無事に終えることが出来ました。

芸能活動も特に引退したというわけではなく、2012年には舞台の主演も務めています。

2016年にはコンサート、2017年にはバースデーイベントを開催するなど薬中のときの影響を感じさせない活動を見せています。

これらのことを考えると酒井法子さんは薬物を完全に断ち、現在は薬中ではないと言い切っていいでしょう。

ちなみに元夫の高相祐一氏は2016年に違法薬物所持の容疑で3度目の逮捕をされており、こちらは薬中から抜け出せてないようです。

離婚してよかったですね。

まとめ
酒井法子さんが薬中のときの写真はヤバかったです。動画だと異常性がよくわかります。

しかし現在は薬中から完全に抜け出したようで、芸能活動も精力的に行っているようです。

2019年3月には11年ぶりに地上波の歌番組に出演することも決まりました。

全盛期は大人気だった女優が薬中になって落ちぶれていくのは悲しかったので個人的にはよかったと思います。もちろん色々な意見はあるでしょうが。

薬をやってしまった過去は今更どうにもならないので今後の酒井法子さんには頑張って欲しいです。


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アサヒ芸能「スクープ大事件史」Vol.15(1)酒井法子が溺れた「ドラッグと性」
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 芸能界に蔓延する「ドラッグの闇」の実態が白日の下にさらけだされた事件だった。酒井法子と清原和博の薬物事件。清純派アイドルと球界の番長と呼ばれたスーパースターが溺れた「性の快楽」と裏組織とのドス黒い交遊の全貌!衝撃のスクープ報告書──。

 平成の世に入ってから、芸能界およびスポーツ界で覚せい剤によって逮捕された有名人の数は実に25人にも及ぶ。

 中でもトップアイドルとして君臨していたのりピーこと酒井法子が溺れた「シャブと性の乱交」ぶりは、ファンのみならず日本中に衝撃を与えた。

 アサヒ芸能では酒井の覚せい剤逮捕時の09年8月27日号から実に5週連続でトップ級の扱いで報じ続けた。その総ページ数は34Pにも及び極めて異例の誌面編成で、その事件の深層を抉り出した。

 先陣を切って、ヤクザ組織幹部が核心証言をした。

〈「(酒井)夫婦がシャブを買っていたルートは、ある組織を経由した小売り(売人)からだ。のりピーの逮捕で当の小売りが慌ててるって話だよ。あの夫婦は、もう10年ぐらい前からシャブを買いに来ていたというしね。夫だけならまだしも、クスリを欲しくなったら耐えられないんだろう。彼女が直接1人で買いに来ることもあったってさ」〉(09年8月27日号)

 逮捕後にさかんにワイドショーなどで流された、クラブ好きだったのりピーの“キメてる”さまは当時の流行言葉にもなったくらいだった。

 奇行が目立ちだしたのは00年ごろからのこと。ある民放ディレクターが明かした。

〈「のりピーの遅刻は(そのころから)ひどくなった。とにかく時間を守らず、業界では『のりピー待ち』という言葉があったほど。遅刻して現場に入ってくる際の私服も清純派とは程遠いギラギラした派手めなものへと変わっていて髪は金髪。ひどい時には髪を染め直すのを待つことすらあった」〉

 さらに性行為を高める目的でコカインにも溺れていた亡者ぶりを組織幹部が証言した。

〈「コカインは少量でも効く分、シャブと同量やると呼吸困難で死んじゃうケースもあるから危険な薬物だよ。彼女は覚醒剤の売人にコカインもねだってたっていうんだよね。恐らくセックスの時に使うとシャブ同様に快感を高めるからじゃないの」〉

 そして驚くべき「性宴」の実態に迫ったスクープが、9月3日号で報じた「酒井法子 『ストリップ乱交』の一部始終!」だった。

 関東にある人目につかない海岸で繰り広げられた「レイヴパーティ」(野外音楽パーティ)で、酒井は驚きの痴態を見せていたのだ。

〈「僕が参加したのは150人ぐらいの規模の野外レイヴでしたが、男女数人のグループにのりピーがいて、ダンナもいました。そのうち、大音量の音楽で盛り上がったのりピーのグループが人目をはばからずに、男女問わず裸で踊りだしたんです。のりピーも(中略)オッパイを出してストリップさながらに激しく踊っていたんです」(参加者の1人)〉

 極めつきは、そうした“薬物乱用パーティ”の“特別室”で行われていた衝撃の光景だった。

〈「のりピーはオッパイを激しく揺らして踊っていたんですが、ダンナ以外の男に舌で乳首をなめさせているシーンも見た。(中略)異常な光景ですが、一般の客の中にも同じようなやつらはいたから、イベント自体が異常といえば異常だったのかも…」〉

 当時の酒井はその世界では“有名”なカップルだったのだ。

〈「ドラッグの影響なんだろうけど、他人が見てるのも気にせず濃厚にいちゃついて、とうとうおっ始めちゃったって。それを目撃していた夫婦のクスリ仲間とおぼしき常連客も、慣れた様子で『あいつらは変態夫婦だよ』って、あきれながら笑ってた」〉

 汚れちまった清純派アイドルはいま必死の更生中である。


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酒井法子のタトゥーまとめ!場所や意味&入れた理由など徹底紹介【画像付き】

2009年に覚せい剤取締法違反で逮捕された酒井法子さん。2010年には離婚も成立し、2012年に芸能界へ復帰しています。

そんな酒井法子さんと言えば、以前からタトゥーがあることで有名でしたが、現在はそのタトゥーを消したという噂です。

そこで今回は、酒井法子さんタトゥーについてまとめました。

酒井法子さんのプロフィール

プロフィール

名前:酒井法子(さかいのりこ)

愛称:のりピー

生年月日:1971年2月14日

出身地:福岡県福岡市

血液型:B型
身長:157cm

所属事務所:オフィスニグンニイバ(2012〜)

酒井法子さんは1985年、「’86 ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」に出場し、グランプリとはなりませんでしたが、「BOMB!賞」を授与します。

本来「BOMB!賞」は存在しなかったようですが、サンミュージックの専務に見初められ、特別に受賞したのです。

こうして芸能界デビューが決定した酒井法子さんは上京し、サンミュージック社長の自宅で下宿生活を始めす。

アイドルとしてデビュー
1986年に『YUPPIE』で本格デビューを果たした酒井法子さんは、同時期にTBS系『モモコクラブ』にレギュラー出演し、人気を博します。


この時期から酒井法子さんは、自身を「のりピー」と自称し、同時に「のりピー語」を使うようになります。

『男のコになりたい』

1987年2月『男のコになりたい』でアイドル歌手デビューした酒井法子さん。

オリコン最高6位と幸先のいいスタートを切ります。

そして、『第18回 日本歌謡大賞』では最優秀放送音楽新人賞を受賞しています。

女優としても活躍
のりピー語が流行し人気を博した酒井法子さんは、1990年以降、女優としても活躍します。

1993年には『ひとつ屋根の下』、そして1995年には『星の金貨』が立て続けにヒットします。

テレビドラマ『星の金貨』

星の金貨の主題歌となった『碧いうさぎ』はミリオンセラーとなり、『第46回NHK紅白歌合戦』にも出場しています。

以降も様々な場所で活躍した酒井法子さんは、芸能人としてのステータスを高めていくのです。

プライベート
酒井法子さんは、1998年に当時サーファーだった高相祐一さんとできちゃった結婚しますが、2010年6月に離婚が成立しています。

そんな酒井法子さんは、2009年に、覚醒剤を所持・使用したとして、夫(当時)と共に、覚せい剤取締法違反で東京地方裁判所から有罪判決を受けています。



酒井法子さんの話題のタトゥーとは!?
酒井法子さんと言えば、昔からタトゥーがあることで有名でした。

そのタトゥーは元旦那と一緒に入れたなど様々な噂があります。

では、まず酒井法子さんのタトゥーから見ていきましょう。

酒井法子さんのタトゥー画像“3選”
酒井法子さんのタトゥー画像@

酒井法子さんの身体には、確認できるタトゥーが

2つ入っています。


酒井法子さんのタトゥー画像A

1つ目のタトゥーは左足首に入っており、蓮の花と梵字が

デザインされていると言われています。


酒井法子さんのタトゥー画像B

そして2つ目のタトゥーは、左手薬指にあり、

星がデザインされています。

どうやらこの星のタトゥーが、元旦那・高相祐一さんと一緒に入れたと言われています。

例のタトゥーは、実は高相の趣味で、左手薬指の星のタトゥーは夫婦お揃いなのだと。高相は胸や背中にも入っているという。これまた意外だが、芸能記者がそんなことも知らなかったのか?

引用:酒井法子夫婦おそろいタトゥー 逃避行は「育ての母」と

酒井法子さんのタトゥーの意味は?


梵字のタトゥー

酒井法子さんの梵字は『オウム』という梵字で、

「全て(ブランマン)の音のシンボル」という意味を

持つ梵字とか。

因みに、梵字のタトゥーはとても人気で芸能人でも入れている人が沢山います。

酒井法子さんには局部にもタトゥーが?!
酒井法子さんは、左足首と左手薬指にタトゥーが入っており、この2つは画像で確認できます。

しかし、画像が流出していない局部から太ももにかけてもタトゥーが入っているという噂が浮上しています。

酒井容疑者の左足首と指にタトゥーが彫られている事は周知の通りだが、驚くべきことにイレズミはそこだけにとどまらなかった。なんと局部付近にしかも広範囲に及んで、色彩豊かな華が咲き乱れているという。

引用:酒井法子容疑者に局部タトゥー情報浮上

局部に入っていると言われているタトゥーがこちら

局部から太ももにかけては、青い蝶のタトゥーが入っていると噂されています。

彼女は、下半身に青い蝶の刺青をしているといいます。脚を開くと羽ばたくとか。刺青みせは脱がせ屋が交渉中とのこと。鮮烈復帰も近いのではないでしょうか」(写真集関係者)

引用:酒井法子 古巣復帰でヘアヌード承諾 刺青みせ交渉中

このように、酒井法子さんの局部から太ももにかけて大きなタトゥーが入っているため、スタイリストさんが大変な思いをしているそうです。

酒井法子さんにショートパンツ等の短いパンツを履かせようとするると、両足の大腿部辺りから怪しい絵が顔を出すとか。隠すためにヘアメークに頼んでファンデーションを塗るという作戦もあるようですが、それをするとなると局部だけでは不自然なため、足全体に塗らなければならなくなり、相当な作業となるそうです。

確かに、片足だけとはいかないため、両足に塗る必要が出てくるのです。

話題となった酒井法子さんのタトゥーが消えた!?
様々な噂がある酒井法子さんのタトゥーですが、現在は消えたと言われています。

酒井法子さんのタトゥーが消えている画像“3選”
酒井法子さんのタトゥーが消えている画像@

こちらは、2012年11月24日に主演舞台「碧空の狂詩曲〜お市の方外伝〜」制作発表に出席した際の酒井法子さん。

この日は、覚せい剤取締法違反の執行猶予期間が明け、女優復帰会見でもありました。

遠目でも分かりますが、確かにタトゥーがありません。

酒井法子さんのタトゥーが消えている画像A

左足首のアップ画像。


酒井法子さんのタトゥーが消えている画像B

左手薬指の星のタトゥーも消えているようです。

酒井法子さんは、この日の記者会見で、「あるべきではないと思った」とタトゥーを消したことを報告しています。

会見には左薬指と左足首にあったタトゥーを消して登場。清純派アイドルの隠された“素顔”の象徴として何度も報じられたが、2年ほど前に手術。その理由を「あるべきではないと思ったので」と説明した。

引用:酒井法子 タトゥー消した「あるべきではないと思ったので」

その後も「本当に消したのか」という疑う声も上がったようですが、嘘をつく必要もありませんので、真実ではないでしょうか。

酒井法子さんの現在は!?
2012年11月に芸能界へ正式復帰した酒井法子さん。

しかし、テレビではあまり見かけることがありませんでした。

日本では16年ぶりの単独コンサートを開催
そんな酒井法子さんですが、2016年9月22日、東京・ディファ有明でデビュー30周年コンサートを行ったのです。

単独公演は2000年11月に香港で開催以来、16年ぶり。男性ファンの野太い“おかえりコール”が響く中、アイドル時代を彷彿させる膝上20センチの銀色のミニワンピース姿で登場し、「今日はお祭り。みなさん、踊らされちゃってください。よろピク、ピク〜!」とのりピー語で盛り上げた。

引用:酒井法子「よろピク、ピク〜!」16年ぶり単独公演、愛息の前で涙

ミニスカートで30曲を熱唱した酒井法子さん


客席では、高校生の長男も見守っていたそうです。

2017年12月にはクリスマスディナーショー

2017年12月13日・15日.18日にそれぞれ別会場でクリスマスディナーショーを開催した酒井法子さん。

2018年には香港コンサート

チケットが即完売だった香港コンサート

酒井が香港で単独コンサートを開催するのは2000年11月にHKCECで行って以来、約17年ぶり。現地のファン、日本からのファン1400人が集結した。現地のファンが「お帰りなさい」とプリントしたそろいのジャンパーで出迎え、歓迎のボードを掲げるサプライズに、酒井は「泣かないと心に決めていたけど、うれしくて涙が出てしまいました」と涙で歌唱できなくなる場面もあった。

引用:酒井法子 香港でコンサート、ファン1400人集結…ミニスカで熱唱、歓迎に涙



酒井法子さんについての総まとめ
・酒井法子さんのタトゥーは、左足首と左手薬指、局部に入れていた

・酒井法子さんのタトゥーは、元旦那の高相さんの趣味で入れていた

・酒井法子さんのタトゥーは2012年11月に消滅。「あるべきではないと思って消した」とコメントしている

・酒井法子さんの現在は、2016年9月に16年ぶりのコンサートや2017年にクリスマスディナーショー、2018年は香港コンサートを行って活動している
いかがでしたでしょうか。

2012年に芸能界へ復帰した酒井法子さんのタトゥーについてまとめました。

確かに酒井法子さんにはタトゥーがありましたが、復帰する前に消したようです。

タトゥーを消したことは、過去と決別するためにも正解だったのではないでしょうか。

薬とはきちんとお別れした酒井法子さん。

今後は大切な息子さんのためにも、頑張って欲しいものです。


▲△▽▼

酒井法子が刺青を公開で蝶々の場所がヤバイ!意味や消した理由は?
2020年9月27日

酒井法子さんは刺青を公開していた過去があり、その場所や意味に注目が集まるもさらなる蝶々デザインの疑惑が!

元旦那・高相祐一さんとお揃いで入れていたタトゥーや、復活ライブで見せた脚にはなかったことなど詳細情報をお届けします!


酒井法子が刺青を公開していた過去!
ピュアで清明なイメージで売り出していた酒井法子さん。

薬物の取締法違反で逮捕される前まで刺青が入っていたことに衝撃を受けた方も多かったと思います。

刺青を入れることはそれぞれの考え方での選択なので否定はしませんが、酒井法子さんの場合はデビュー時から純真なアイドル路線で活躍していたので、私生活で意外な一面があったことにギャップを感じたのは確かですよね。

しかも脚に入れたタトゥーはとても凝ったデザインで、アイドルの衣装と妙な違和感を感じることも。

下の画像は2008年3月12日に開催された『ライヴ R35〜もう一度、妻と歌おう。〜』にゲスト出演でステージに立った酒井法子さん。

酒井法子 刺青 タトゥー


脚に入れた刺青のデザインは遠目に見るとかわいい黒猫にも見えたりしますが…。実際はイラスト風ではなく、意味が込められたデザインだったんです。

酒井法子の刺青の意味は呪文!?
酒井法子さんの刺青はインドの文字を漢字で表す『梵字(ぼんじ)』で、ヒンドゥー教において神聖視される呪文『オーム』“聖音”と言う意味があるのだとか。仏教やヒンドゥー教徒では一般的だと言われています。

また、酒井法子さんの刺青は、“オーム”の呪文の文字が太陽に囲まれ、蓮の花(はすのはな)が支えているデザインなんですよね。



酒井法子 刺青 タトゥー 梵字


『太陽』のモチーフのシンボルは“情熱”や“勇気”“勝利”などの意味があるとされ、また『蓮の花』は清らかな意味や最高位の女性の意味も持っているため、いくつもの言葉の意味を重ねた自身を象徴したオリジナルのデザインだと考えられます。

ただ、タトゥーショップではいくつかのデザイン案が用意してあるので、お店に出向いた際にその中から選んだ可能性もあります。

そして、下の画像は少し見えにくいですが、左手薬指に入っているのは星のデザインの刺青です。

酒井法子 刺青 タトゥー
残念ながら画像は見つからなかったのですが、元旦那・高相祐一さんとペアの星のデザインで、お揃いで入れていることから、おそらく結婚指輪の代わりの意味合いで入れたタトゥーだと思われます。



このように酒井法子さんが公開していた自身の刺青は2ヵ所で、上で紹介した『梵字』の入った左の脚内側と左手の薬指。

しかし酒井法子さんの刺青は、この2ヵ所だけではない可能性があるのです。

酒井法子の刺青は3ヵ所で蝶々が入ってた!?
酒井法子さんは、太もも上部の局部にかけて、脚を広げると蝶々が羽を広げたように見える刺青を入れていたと噂されていました。

この情報は、スタイリストさんが見たとされる話が掲載されてとてもリアルな内容が伝えられています。

「酒井のスタイリストは大変みたいですよ。ショートパンツ等いわゆる短パン系を履かせようとするものなら、両足の大腿部辺りから何やら怪しい絵が顔を出す。ヘアメークに頼んでファンデーションを塗るという作戦もあるのですが、それをするとなると局部だけでは不自然。足の色が部分的に違う、というのはおかしいでしょう? 足全体を塗りたくらなければいけなくなり、これもエライ作業となるのです」
結局、「怪しい絵」が隠れるパンツに差し替えるハメになるという。

引用元:『 酒井法子容疑者に局部タトゥー情報浮上』リアルライブ 2009年08月18日

元旦那・高相祐一さんも、胸に蝶々の刺青を入れていたことが分かっているので、このデザインもペアで入れていた可能性も捨てきれません…。

高相祐一 刺青 タトゥー


もし本当に酒井法子さんが脚を広げた時に羽を広げた蝶々のデザイン刺青を入れていたとしたら、いつのタイミングで入れたのかということになりますね。

酒井法子さんは1999年7月にハワイで長男を出産し、産後に再び活動を再開したのが2000年。広範囲にわたって刺青を入れる時間があったのか疑問に思うところです。

酒井法子さんの太もも周辺局部に入っているとされる蝶々の刺青は公開されていませんので、実際に確認はとれません。そのため噂が一人歩きした可能性は十分にあります。

噂だけだったと思う理由として、執行猶予明けで復帰後した2016年9月22日にコンサートを開催し歌手として再スタートを切ってるのですが、このライブで酒井法子さんは、超ミニのワンピースで太ももが結構見えるタイプのものだったんですよね。

酒井法子 ライブ
ミニのワンピースの中は見えても大丈夫なショートパンツを履いていますが、もし噂通りに太もも上の局部付近に大胆な刺青を入れていたとしたら、こんなにミニスカートが履けないですね。

ステージ衣装で超ミニのワンピースを着たのは、「私は太もも上部に蝶々の刺青を入れていませんよ」と証明したかったのかもしれませんね。

酒井法子さんが公開していた脚と手の2ヵ所の刺青。復帰の記者会見ではきれいに消えていることを公開しているんです。

酒井法子が刺青を消した理由は過去との決別!
2012年11月24日に執行猶予が明け復帰会見を行った酒井法子さんですが、このとき注目されたのはやはり刺青でした。

酒井法子 復帰会見


逮捕前に見られた刺青は、特に目立ちやすい場所だったので、記者会見ではボディ用ファンデーションなどで一時的に見えないようにしていたと疑いの声もでたほど。

しかし、報道陣の質問に酒井法子さんはハッキリと消したことを告げています。

「あるべきではないと思ったので」

引用元:『酒井法子 タトゥー消した「あるべきではないと思ったので」』スポニチANNEX2012年11月25日

酒井法子さんは入れていた刺青を2010年頃に手術で除去したのだとか。

刺青を“なくしたほうがいい”と感じたのは、薬物使用で逮捕されたことへの反省や再スタートへの意気込みが込められていたんでしょうね。

現在は復帰をしつつある酒井法子さんですが、薬とはきっぱりと縁を切ることができたのでしょうか?一部では怪しい眼つきだったという目撃情報も挙がっていますが…

活動休止前と復帰記者会見の画像を比べてみても、酒井法子さんの刺青は消えていることが確認できます。

酒井法子さんが入れていた脚のタトゥーの除去は美容整形外科で行った場合で、サイズから見て、一般的な値段は40〜50万円。また指に入れていた星のデザインの除去は5〜8万円ほどかかります。

ただ、酒井法子さんは芸能人としての仕事もあるため、少し値段を出しても跡が残らないように知名度と信頼の高い美容整形外科で除去手術を行った可能性が高いので、脚と指の除去を合わせても100万円ほどの費用がかかったことが考えられるでしょう。

酒井法子さんは、刺青を消して再出発する強い決意を感じますね。

歌、女優と益々の活躍に期待しています!


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