ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[1696] 日本共産党は庶民の味方か!(敵か)
日時: 2013/02/20 17:30:05
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:1361349005

ttp://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2013-02-20/2013022001_02_1.html

日本共産党の志位和夫委員長は19日、国会内で菅義偉(すがよしひで)官房長官と会談し、党が先に発表したアピール「賃上げと安定した雇用の拡大で、暮らしと経済を立て直そう」を手渡し、「政府として本腰を入れて賃上げ政策をとるべきだ」と提起しました。これは、アピールに基づく政界・経済界・労働界への働きかけの第1弾で、穀田恵二国対委員長、笠井亮衆院議員が同席しました。


志位氏は、賃上げと安定した雇用は労働者の当然の願いであるとともに、デフレ不況打開のために待ったなしの課題になっていると強調しました。

 そのうえで、デフレ不況打開のアプローチについては政府と日本共産党で立場の根本的違いがあるが、この間の国会論戦を通じて、▽賃上げの必要性▽その条件は内部留保のことを考えれば存在する―という2点では認識が一致していると指摘し、「政府として『賃上げターゲット(目標)』を持ち、本腰を入れて賃上げ促進策に取り組むべきです」と述べました。

 このなかで志位氏は、具体的に二つの取り組みを提起しました。

 一つは、政府として経済界にたいし賃上げの働きかけを本腰を入れておこなうことです。経済界が賃上げはおろか、定期昇給の拒否など「デフレ促進策」を公然と唱えている点にふれ、「政府が正面から企業の社会的責任として賃上げの要請をするべきです」と強調しました。

 二つ目は、政府としてワンパッケージ(一括)で「賃上げ促進政策」を実行することです。▽非正規社員の正社員化▽最低賃金の抜本的引き上げ▽中小企業と大企業との公正な取引のルール▽公務員給与削減や生活保護の切り下げなど「賃下げ促進策」をやめる―ことを主張しました。

 菅官房長官は経済界への賃上げの働きかけについて、先に安倍晋三首相が経済団体に要請したことにふれ、「引き続き働きかけていく」との考えを示しました。最低賃金については「もっと上げたかった」とのべつつ、中小企業に及ぼす影響を懸念しました。

 これに対し志位氏は、経済界にたいする政府の要請は「報酬の引き上げ」にとどまっていることに言及し、「『報酬』というと賞与や一時金です。これまでも財界は、一方でベースアップを拒否しながら、利益に応じて賞与・一時金の増減で対応し、結局、賃金は下がり続けてきました。賃金の引き上げを正面から要請することが必要です。賃金が下がり続けている国は世界でも日本だけであり、政治が正面から問題にし、要請するのは当たり前です」と強調しました。

 最低賃金については、米国が5年で8800億円、フランスが3年で2・2兆円を投じて、中小企業を支援しながら最低賃金を引き上げているのに対し、日本は年間50億円にすぎない点にふれて、「政府は真剣に取り組むべきです」と主張しました。

 菅氏は、志位氏の提起に、「ご趣旨は承りました。総理に伝えます」と応じました


(引用終わり)


とても、味方とは思えない!

理由は、ボチボチと・・・
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

Re: 日本共産党は庶民の味方か!(敵か) ( No.47 )
日時: 2018/06/24 04:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:qFCfPJ4c

当地は市会議員選挙中である。
選挙になると各党がざわめきたち実に勝手な言い分をがなり立てる。
いい加減にしろと言いたい。

まあ、その中でも洗練された手法を取っているのが共産党。
だが、私は共産党に票はいれない。

共産党と言えば、共産党に興味をもち期待する人は相当いる事も事実、そういう意味では私もその一人。
与党を含めて愚劣な政党ばかりいる現在、何故、共産党が伸びないのか。
それを探って見ましょう。

日本共産党は頑としてマルクス主義を捨てず、旧共産主義国家のシステムとの違いを現すために「科学的社会主義」などと言っている。

実際にどのような違いがあるかと言えば、共産党自身の考えかたは以下の様です。

未来社会について、これまでは、生産物の分配の仕方を基準にして、「能力に応じて働き、労働に応じて受けとる第一段階」=社会主義と、「能力に応じて働き、必要に応じて受けとる」という「高い段階」=共産主義という区分でとらえることが国際的な“定説”でした。

しかしこれは、科学的社会主義の学説をつくりあげたマルクスやエンゲルスの考え方ではなく、レーニンが『国家と革命』のなかで展開したもので、のちにスターリンらによって、ソ連社会を美化する道具だてとして最大限に利用されました。

マルクスやエンゲルスが、未来社会の中心的問題としたのは、分配問題ではなく、生産様式の変革=「生産手段の社会化」にありました。

 日本共産党は、今回の綱領改定にあたり、「レーニンのマルクス解釈の誤りを是正することを含め、従来からの国際的な“定説”を根本的に再検討」(「綱領改定についての不破議長報告」)し、「社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である」「社会化の対象となるのは生産手段だけで、生活手段については、この社会の発展のあらゆる段階を通じて、私有財産が保障される」と、明確に記しました。

マルクスやエンゲルスは、用語上も「社会主義」と「共産主義」を同じ意味で、状況に応じて使っていました。日本共産党も今後は、「社会主義」「共産主義」の二つの用語を同じ意味で使うことにし、未来社会をきちんと表現するときには「社会主義・共産主義社会」と表現することにしています。

(引用終わり)

良く読めば各所に言葉の解釈だけの違いであることが解ります。
結局は日本共産党の党是は旧共産主義国と全く同じと言う事です。
しかしながらヨーロッパ諸国では、共産党を名乗っていてもマルクス主義と決別したり、その解釈を是正したりしています。

それでは日本共産党が描く社会を検証してみましょう。

>政府

「独立、民主主義、平和、生活向上を求めるすべての人を結集した統一戦線と日本共産党が、国民多数の支持と国会の過半数を得て政府をつくる」(民主連合政府)

(最終的には)
「社会主義を支持する国民多数の合意と国会の過半数をもとに、社会主義をめざす権力をつくる」

※ 表現は曖昧であるが、社会主義を目指す権力、しかもマルクス主義に基づくとなると共産党1党独裁を想定しています。

>日本国憲法

「現行憲法の全条項をまもり、とくに平和的民主的諸条項の完全実施をめざす」

※「日本における社会主義への道は、多くの新しい諸問題を、日本国民の英知と創意によって解決しながら進む新たな挑戦と開拓の過程となる」として、具体的な制度は記載なし

>天皇制

「一個人・特定一家が国民統合の象徴となる現制度は民主主義及び人間の平等と両立し得ない」「天皇の政治利用をはじめ、憲法の条項と精神からの逸脱を是正する。」
共産党は天皇制の廃止(民主共和制)をめざす立場だが、「その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべき」としている。

※ 上と同じで具体的には踏み込んでいないが、本心を隠している事は明白である。

>自衛隊・軍備・日米安保

「海外派兵立法をやめ、軍縮の措置をとる。安保条約廃棄後のアジア情勢の新しい展開を踏まえつつ、国民の合意での憲法第九条の完全実施(自衛隊の解消)に向かっての前進をはかる。」(段階的縮小論)

「日米安保条約を廃棄し、対等平等の日米友好条約を結ぶ」アメリカ軍とその軍事基地を撤退させる。(非同盟・中立)

※ 非武装、中立論であるが、実際にその様な国は何処にもない。
第一、旧共産主義国家の様に強権で国民を抑える必要が生じたら警察権では飽き足らず強力な軍事体制を敷くことは明白。
強権なくして1党独裁はならず、1党独裁の強権なくして現在の資本主義のシステムは放逐出来ない。
女子供を騙すような言い分であり嘘八百を億面なく現している。


>国際情勢・外交・議会制民主主義

「すべての国と友好関係を結び、核兵器廃絶、軍縮、民主的な国際経済秩序の確立などの平和外交を展開する。」

「議会制民主主義、反対党を含む複数政党制、政権交代制は当然堅持する」

(最終的には)

共産主義社会が「高度な発展をとげ、搾取や抑圧を知らない世代が多数を占めるようになったとき、原則としていっさいの強制のない、国家権力そのものが不必要になる社会、…抑圧も戦争もない…共同社会への本格的な展望が開かれる」としている。

「民主主義と自由の成果をはじめ、資本主義時代の価値ある成果のすべてが、受けつがれ、いっそう発展させられる。」「さまざまな思想・信条の自由、反対政党を含む政治活動の自由は厳格に保障される。「社会主義」の名のもとに、特定の政党に「指導」政党としての特権を与えたり、特定の世界観を「国定の哲学」と意義づけたりすることは、日本における社会主義の道とは無縁であり、きびしくしりぞけられる。」としている。具体的な制度は記載なし。

※ 結果だけを言っているのであり、そういう意味ではソ連、中国など旧共産主義諸国もそれに至る前に崩壊したと言っているのと同じこと。
要するに人間社会が天国の様に展開しない限り強権政治は必要であり続くと言う事を白状している様なもの。

そこまでして、どうして実現しなければならないマルクス主義とは!

マルクス主義は、一言で言えば、
資本を社会の共有財産に変えることによって、労働者が資本を増殖するためだけに生きるという賃労働の悲惨な性質を廃止し、階級のない協同社会をめざすとしている。

そのマルクスの経済論は長年の経済学研究は『資本論』として結実した。

マルクスはアダム・スミスやリカードの労働価値説を発展させて剰余価値説をうちたて、これによって資本家による労働者の搾取を解明した。マルクスによれば、労働力の価値(労働者自身と家族を維持するのに必要な生活必需品の価値)と労働力が生み出すことができる価値とはまったく別物である。資本家は労働力を価値どおりに買ったとしても、支払う賃金を超えて価値を生み出すように労働者を働かせることによって、超過分を無償で取得する。この超過分(剰余価値)が資本の利潤の源泉である。土地所有者が資本家に貸した土地に対して得る地代、銀行が資本家に貸し付けた資金に対して得る利子などは、この剰余価値から支払われる。

剰余価値説に基づく資本主義経済の運動法則の解明は、労働者階級の解放、階級の廃止という共産主義運動の目標に理論的根拠を与えることになった。

(引用終わり)

ここでも言葉が躍っているばかり。
資本を社会共有にするだの、階級のない社会を実現するなど・・・

それは結果としての理想の形態。
人間社会は、それが出来ないから苦労しているのだ、それが人間であるのだ。
労働価値や剰余価値の言葉を使うだけで解決できるものではないのだ。

労働価値も余剰価値も言葉では規定できる。
だが、人間の活動において、それらの関係を方程式として解くことは不可能なのであるが、高等数学、応用数学も用いず算数のレベルで、それをいとも容易に解いて見せたのが資本論。
人間の本能的要素も加えて解こうとすれば現代のスーパーコンピューターでも解けなかったであろう。
だから結局は、その部分(民主的)で崩壊しなければならなかったのだ。
資本論は最大の欠陥論文であるのだ。
大学生の卒論程度のものに過ぎない。
それも大著ではあり努力は認めるが内容は×!。

以上の様に、日本共産党は未だに、この様なマスクス主義に基づく国づくりを党是としているのだ。
多くの人々は、理論的に、ないしは本能的にマスクス主義の欺瞞を日本共産党の欺瞞を感じているのである。

おしいかな!
日本共産党!

何故、マスクス主義を卒業出来ない。

マルクス主義と決別しないかぎり、日本共産党を信頼する事は出来ない。

それは多くの人の思いでもあるのだ。

何故、それが解らない!


共産主義社会は資本主義の競争社会に疲れ果てた者、または弱者の願望!


マルクス主義=共産主義ではないのであるが、そういう錯覚に乗っ取って日本共産党は存在する。

メンテ
Re: 長すぎる投稿は是か非か? ( No.48 )
日時: 2019/05/09 21:16
名前: 鳥越九郎 ID:LlA00fCo メールを送信する

 いくら知識が豊富でも、これほど長いレスを読み切れるのか?私には無理です。

 このサイトは、佐藤栄作や田中角栄以来続く自民党政権や、その間ちょっとだけお目見えした細川政権や民主党政権がどうであるかその問題を出来るだけ多くの人にを訴えようとの物ですから、グッチーさんのlevelの人ばかりでなく、私やそれ以下の人に理解してもらえるものでなければ意味がありません。

 それにしても、各スレッドにこれでもか!と言う程数も多く長い文章を投稿し続けるその熱意と知識の高さには驚かされます。

 でも、折角の情熱も伝わらなければ何にもなりません。

 どうか、私どもにも読み切れるように要点を圧縮していただきたいと思います。

 実は、私も「共産党」に関する強い批判を感じているものです。何れそれについて投稿すしたいと思っていますので宜しく。
メンテ
Re: 日本共産党は庶民の味方か!(敵か)<鳥越九郎さんへ ( No.49 )
日時: 2019/05/09 23:41
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Y1uKmxUE

鳥越九郎さん、こんばんわ。
この掲示板が私だけのものでない証明に、最近は他の人のスレッドを出来るだけUPするように勤めています。
ついでに私の古いスレッドもUPして、糾弾掲示板には多くの種類の多くのスレッドが詰まっていることを示しています。
振り返って、私自身驚くほどのないようです。

「日本共産党は庶民の味方か!(敵か)」もすっかり忘れていましたが、読み直して見ると、結構激しいやりとりもしていたようです。
その中で、一国民氏などとは諍いをしていたようですが、理由は意見の相違ではなく私への人格攻撃を始めたからです。
貴方にも、その様に思われていた節もありますが、私は論理の両極端から言うことが多いです。
ここでも、そうですが、日本共産党は敵か見方かという表題で、その両方について言及していますが、結論は日本共産党に変わって欲しいのです。
現在のままでは否定します。
その思い(論旨)を一国民氏は理解してくれませんでした。

さて、標題の論旨ですが、マルクス主義について

NO11のレスで国井氏が次の様に言っています。

>ソヴィエト連邦が崩壊して、
>大学のマルクス経済学を専攻する学生が激減したと
>歎いておられた教授がおられた事を思い出します。

>そして、
>マルクス経済学は、学問である。
>学問として成立するが、政治では成立しないといった趣旨の事を
>述べておられたのをウル覚えながらあります。

>詰まり私として考えるに、
>学問であるとは、
>人間性というものを問うていないからだと思うのです。
>あくまでも、論理的な問題であると言うことではなかろうかと。

私の考えも、この通りであり、マルクス主義は人間社会の色々な問題を無視してなりたっているということです。

マルクス主義(マルクスの資本論を機軸に国家を運営する主義)の根幹、マスクす経済学(資本論)ですが、

その中での資本主義批判の部分は全く正解であり、マルクスの慧眼を尊敬しています。
但し、対案として出した「資本論」は、経済の仕組みの一つの考えであり、それで人間社会(国家)がなりたっていくとは限らないのです。

何万年にも渡る人間の歴史は、剰余価値説を中心とする経済理論で全て抱合できるほど単純ではないのです。
その内容は別のスレッド「マルクス主義について」で書いています。

経済学の学説としては、マルクスが一代で書き上げたもの、しかもマルクス自身完成したとも思ってないものを、直後にロシア革命を起こした連中が、当時すでに始まっていた資本主義国家のシステムを取りいれれば良かったのですが、変わったものとしてマルクス主義に飛びつき、其れを新生ロシア(ソビエット)の建国の中心に据えたのです。
それはレーニンが若い頃、マルクスの著作に傾倒していただけの理由です。
こうして共産主義国家が生まれました。

国家(社会)にとって経済の問題は中枢の問題です。
結果、新生ロシアは、他の国家がまだ試みてもいないマルクス主義で出発しました。
その後の共産主義国家の歴史は十分にお分かりと思います。

国家(マルクス主義)を維持するために、何処の国でも国民を抑えるために強権が必要でした。
何故、そうなったかといえば、マルクス経済学は、単なる経済上での試みに過ぎず、それで国民(人間)生活を抱合することは出来なかったのです。
これは「マルクス主義とは何か」のスレッドで書いています。
結果は旧共産主義国では民主主義が成り立たず、そのために国民心が離れ破綻していきました。

さて、本題の日本共産党は味方か(敵か)の問題ですが。

日本共産党は、今でもマルクス主義を党是としています。
共産党は昔は政権奪取の為に武力行使を前提にしていましたは、現在は、そうはいかず、とりあえず民主的な方法(選挙)で政権を狙っています。
そのためには資本主義に迎合して国民の支持を狙っているのです。
マルクス主義を捨てない共産党が政権を取れば、国家の権力を強力にして考えられないような施策で国家を牛耳ろうとします(権力を離しません)。
そうしてマルクス主義を貫徹するためには、旧共産主義国家と同じように国民の意思を押えてくるでしょう。
政権は革命でも起こさない限り離しません。

というよりも、本当は日本共産党も実際に政権を取ることなどすでに諦めていて(政権を取っても国を導く自信がない)、単なる有力野党の一員としての身分を維持したいだけの芝居とも思われます。
何せあれだけの組織であり、組織としては新興宗教のような魅力があります。

その日本共産党に期待しているのは、確かに彼等は個人的に優秀であり、組織も全国組織です。
さらに共産党の中央は腐っていますが末端の活動員は純粋に国民のことを考えている人が多くいます。
財界とも余り関係が有りません。
連合などの腐った労働組合と縁が切れないことも危惧しますが、日本共産党がマスクス主義を捨てて単なる労働者党になるならば、この上ない信頼できる野党となるでしょう。

この両面からの見方から言うので、結果、誤解を受けたりしています。
このスレッドでも、なかなか理解していただけませんでした。

古い、読み難いスレッドを見ていただき有難うございました。

メンテ
Re: 共産党!アホな味方は敵より悪い! ( No.50 )
日時: 2019/06/12 18:12
名前: 鳥越九郎 ID:ArqcUnnY メールを送信する


「日本共産党」なんてよく名乗っていられるね。

 どんなに正しい事を言っても党名が「共産党」ではこの最悪な自公政権を変える事は出来ません。
考えてみれば判るでしょう。あれ程「嘘に嘘」を重ね、アメリカの第一子分でしかない安倍政権を
50パーセント以上が支持をするあほな国民が、共産党がどんな正しい政策を主張しても分かる筈はありません。

「共産党」と聞いただけでそっぽを向くだけです。

 更に、世界の歴史を見れば今共産主義などと言っても、
中国や北朝鮮やベトナムが過去において、同国民同士が殺し合ってその結果共産党が勝利したにもかかわらず、
今では一党独裁国家であったり、資本主義国になってしまったり。

 特に中国は共産党の一党独裁国家でありながら、世界第二位の資本主義経済大国になっているのを見ただけで、
共産主義なるものが如何に「非現実的」なものであるかを実証しているではないですか。

 そうした歴史やイメージが有るため、「反安倍派」や、「無党派層」
は共産党と聞くだけでどんなまっとうな事を言っても通じません。

 私はマルクスの「資本論」など一度も読んだことはありませんが、その思想のどこかに欠陥があり、
権力を握ってもそれを実現できないどころか、共闘して安倍政権を打倒しようとしても、
やや右より政党や、国民の協力を阻害するだけです。

 取り敢えず「共産主義」はそこにおいて、「反安倍」で共闘する事こそ緊急の課題です。

 どうですか、この辺で考えを変えて「世界平和党」とでも変える気にはなれませんか?

 右翼の政治家やそれを支持し続ける国民を変えるには其れしかありませんよ。
たかが3パーセントの支持率では何を言っても日本は変わりませんぞ!

 分かったかな?わからないだろうなぁ〜!
メンテ
Re: 日本共産党は庶民の味方か!(敵か) ( No.51 )
日時: 2019/06/13 10:21
名前: 日本貧民党 ID:wxMOO3aE

共産党が何故こう迄日本で嫌われるのか? 鳥越九郎氏の様な、私から見てかなりリベラルな人物からも、斯うまで味噌クソに言われるのは何故か?

それは共産党が本質的に持つ『暴力の臭い』が、人をして嫌悪感を抱かせるのであろう。 共産主義は革命の思想であり、その革命も武力革命を必然とするものである。

共産党の基本的思考パターンは、『我々プロレタリアート(労働者)は“資本(企業)”によって搾取されて居る。企業は労働者に利潤の配分をもっと多くするべきである。労働者が企業に配分の増加を求めても、企業はその要求を聞き入れるのか? 企業は労働者を懐柔=抱き込み、弾圧、拒否、等によって労働者の要求を封殺しようとする。 ならば、実力行使(暴力)によって企業の傲慢を糺し、正当な配分をさせる事が必要だ! 更に進んで企業の経営に参画し、正当な配分を実行させる事も必要だ! と言うのがそもそもの出発点であったと私は理解して居ます。

マルクスの「資本論」は急速に台頭してきた「資本主義経済」を厖大な“データと論証”で解剖して見せたもので、共産主義や社会主義の教則本として書かれた物では無いと理解します。
ロシアの帝政時代、皇帝や貴族が農民や労働者を徹底して搾取している姿を見て、レーニン達インテリ層が改革の旗を揚げ、農民・労働者を組織して要求と抗議の活動を行ったのが始まりで、「資本論」がその理論的裏付けに用いられたものと理解します。

「共産党」は、その誕生からロシア革命と言う武力革命から始まった事で、世界の為政者や資本家に大変危険な物だと印象付けられた事が「嫌われ」のスタートであり、恐怖の対象として弾圧された原因です。共産党はそのスタートから「嫌われ者」の宿命を持って生まれたのです。

その後、革命の宿命として、革命維持の必要性から、政権の存続の為に独裁的で残酷な事象を数多く起こした事も、嫌われ、恐れられた原因です。

その後時代を経て、共産主義の余りにも硬直的な経済政策などが原因で、20世紀後半には次々と共産党国家が行き詰まり、或いはイデオロギィの破棄、或いは市場経済主義等と言う誤魔化しの共産党に変貌し、俗に言う「共産主義の敗北」が生じて来たのです。

ロシアも、中共も、その他のアジア諸国も、東欧諸国も、既に原則的な共産主義をガラリと脱ぎ捨て、資本主義的経済の国に生まれ変わりました。然し、往年の強圧的独裁的政治権力は色濃く残り、現在も香港などで騒動を起こして居ます。

日本共産党も、ご他聞に漏れず下部組織で、粛清、内ゲバ、などを起して来ましたが、今は其れもすっかり影を潜め『穏健路線を進めている』と言うのが、党のコメントです。
しかし、当然、本当にそうなのか?と疑う人も大勢居て、それが日本共産党の泣き所と成って居ます。

他の方も言う様に、「共産党」と言う名称を改め、少々アナクロな名前ですが、『日本労農党』即ち『労働者』と『農民』の権利を守る政党! とでもした方が良いのではないかと思うのです。

ですが、如何な“小池氏”も、勿論“志位氏”も、簡単に党名変更はしますまいね。

私は、共産党を恐れてはいません! 今の日本の政党の中では一番正しい事を言って居ます。であるのに、共産党に付き纏う『暴力の臭い』、スターリンや、チャウセスクや、毛沢東や、ポルポトなど、の所為で共産党の恐怖政治の影が拭えず、共産党は残酷な連中だと、イメージづけられてしまって居るのです。

先般の「堺市長選挙」で、「維新の会」に投票した泉州のおっちゃんが、『イッペン維新に変えて見て、アカンかったらまた変えたらエエのんちゃうか!』と言うてましたが、泉州人にそれほどフレキシブルな行動が出来るのであれば、『イッペン共産党に変えて見て、アカンかったらまた変えたらエエんちゃうか!』と言って遣りたいくらいです。
メンテ
Re: 日本共産党は庶民の味方か!(敵か) ( No.52 )
日時: 2019/06/13 11:47
名前: ooeyama ID:hbFb0Pb.

>「共産党」は、その誕生からロシア革命と言う武力革命から始まった事で、世界の為政者や資本家に大変危険な物だと印象付けられた事が「嫌われ」のスタートであり、恐怖の対象として弾圧された原因です。共産党はそのスタートから「嫌われ者」の宿命を持って生まれたのです。


貧民党氏の日本共産党に対する認識は概ね妥当な見解です、欧州で生まれ徘徊する妖怪「共産党」は、支配下の領民を抑圧し搾取する絶大な権力を持った「専制君主」から嫌われ、革命で追放された「皇帝・貴族」に代わって、新たに下層民(労働者と農民)を酷使・搾取する「資本家」に嫌われる。反面貧困に喘ぎ虐げられた者の味方として支持を集めました。故に各国の支配層から蛇蝎の如く嫌われ、戦前の専制天皇制と軍国主義者から徹底弾圧を受けた歴史は酷いの一言。

さらに支配者層は民衆から遠ざける為の反共キャンペーンを展開、海外の共産党政権による暴虐ぶりをプロパガンダ、共産思想は恐ろしいとの意識を浸透させ、民衆に根強い赤アレルギーを植え付けるのに成功、戦後まもなく共産党が行なった火炎瓶闘争なども、強固なアレルギー体質を強めた要因に。さらに戦前特高警察による弾圧や、戦後の組織体制からの赤思想排除は、共産党に近づけば不利益を被るとの世評を定着させました。

その後1960年代に入り共産党は誤りに気付き方向転換、若者たちに党の宣伝を行う手段として、歌ってマルクス踊ってレーニンと揶揄されるほど、歌声運動や民青活動を展開して支持拡大を図ります、然し民衆に根強く意識された赤アレルギーは払拭されず、今も国民各層で拒否反応を起こす人が多数なのが現実。古来より敵の敵なら味方 と言いますが、立憲等他野党は腐敗した安倍政権が露骨に避け嫌う共産党を、野党統一戦線の味方として受け入れるべきです。






メンテ
Re: 日本共産党は庶民の味方か!(敵か) ( No.53 )
日時: 2019/06/13 20:16
名前: 日本貧民党 ID:wxMOO3aE

戦後、共産党が合法化された後も、公安等の官憲の執拗な監視と陰湿な嫌がらせを受けて、共産党は常に『日影の子』的な存在でした。世間の人が呼ぶ共産党への呼称は『アカ』でした。
それは、大正から昭和に掛けての“共産党悪魔説”が完全に日本の国中に根付いてしまった事によるモノです。恰も、司馬遼太郎によって一介の“土佐・脱藩下級武士”が、日本の国を近代化に導いた英雄の如く描かれ、それが歴史の史実であるかのように国民に認識されてしまった事の様にです。

ま、第二次世界大戦後の共産主義国家のリーダーに、悪い奴が多過ぎました。『クメール・ルージュ』の『ポルポト』などはその最たる物でした。余りにも理性と教養が無さ過ぎました。

世間は、特に共産党嫌いは、社会主義国のリ−ダーの残虐性を言い募りますが、独裁国家のリーダーはイデオロギィに関係なく、或る種の悪魔性を持って居ます。

「ナチス」即ち「国家社会主義」と言う党名ですが、共産主義とは全くの対極に位置する政党の『ヒトラー』も残虐な悪魔性を持って居ましたし、イタリアの「ファシスト党」の『ムッソリーニ』もイタリアで暴虐の限りを尽くしました。イデオロギィに関係なく、独裁者と言うものはある種の悪魔性を持って居るものです。

安倍晋三も、独裁者に成りたい欲望を持って自民党総裁の就任制限を廃止して居ます、そしてその政策は国政の独裁化に向けていろいろ画策して居ますが、国民、そして自民党員は、漫然とこれを見逃して居ます。戦前の暗く不自由な日本社会を知らない連中ばかりに成って仕舞ったので仕方が無いと云えば其れまでですが、『喉元過ぎれば熱さを忘れる」ではこまるのです。

安倍が屡々言う、「悪夢の様な民主党時代」と言う言葉ですが、其れは其の儘そっくり「第二次安倍政権の悪夢」とお返しいたします。それ以前の自民党政権でも「放置したままの基地問題」「郵貯と簡易保険」をユダ資本へ売り渡した小泉、それ以前もいっぱい有って数え切れません。安倍はバカですからそんな事何も知らずに、直近の民主党を責めるだけが精いっぱいです。国を亡びに導く奴は、それを自覚して居ないだけ本当に怖いのです。
メンテ
日本共産党や労働組合は日本経済を永遠に立ち直らせなくする目的でマッカーサーと GHQ が創設した ( No.54 )
日時: 2019/08/10 07:54
名前: 自分の頭では何も考えない日本人を嘆く者 ID:ICYlDH6w

日本共産党や労働組合は日本経済を永遠に立ち直らせなくする目的でマッカーサーと GHQ が創設した


マッカーサーの歪んだ人格

連合軍総司令官として日本に乗り込んできたダグラス・マッカーサーには多くの知られていない逸話があり、その一つは事実上「日本共産党」の創設者だという事です。

日本共産党と名乗る団体は戦前から存在し、日本をソ連の植民地にするため活動していたが、非合法テロ組織という位置づけでした。

日本の統治者として君臨したマッカーサーには人格上の欠陥があり、『ニセ写真』作りを趣味にしていた。

         

硫黄島に米国旗を立てる写真とか、マッカーサーがフィリピンの海岸に上陸した写真などは全部”やらせ写真”でした。

マッカーサーは映画監督のように戦場で写真や動画撮影を指示し、気に入った構図で自分がヒーローに見えるように報道させていました。

厚木飛行場の輸送機からコーンパイプを咥えて降りてくる写真も、専属カメラマンに映画撮影のように撮影させました。


この時日本軍は武装解除されていたが、襲われるのではないかという恐怖心から、マッカーサーは小便を漏らしていました。

日本に到着してからも彼は、あらゆる写真で自分が格好良く見えるように撮影するため、専属の撮影スタッフを周囲に置いていました。

昭和天皇とマッカーサーが面会した有名な写真があり、マッカーサーは作業服のような軍服のズボンに手を突っ込んでいます。


正装ではなく平服で、胸のボタンを全部止めず、身体を斜めにして立っていたのも計算しつくした『構図』でした。

昭和天皇が自分よりかなり背が低いのが目立つように、昭和天皇を直立不動にさせ、自分がくつろいでいるように撮らせました。

当時新聞を統制していたのはGHQなので、新聞に掲載する写真も記事も、GHQが決めていました。


「マッカーサーが日本の支配者であって、天皇はこれほどみすぼらしい」と日本人に見せ付けて天皇を貶める目的でした。


GHQは何の根拠で日本を占領していたのか

マッカーサーについて70年間一度も議論されず、タブーになっている事は、実は正式な資格が無いのに日本を統治していたという事実です。

マッカーサーは連合軍司令長官だったが、一体何ゆえに日本の支配者となったのか、この根拠が曖昧なままなのです。

日本が1945年8月15日に停戦したとき「ポツダム宣言を受諾し、占領地を放棄する」と言いましたが、アメリカが日本本土を占領して良いとは誰も言っていません。


アメリカ大統領や国連事務総長、あるいは国連安保理が任命したからと言って「だから何?」という事です。

降伏したら占領されるのが当たり前という主張もあるが、それなら日本はロシアを占領できるし、朝鮮や中国の占領は正しかった事になります。

1945年9月2日に東京湾の米戦艦ミズーリ上で、連合国各国と日本代表団が日本の降伏文書に署名調印しました。


文書には連合国軍最高司令官の指示に基づき、日本政府は日本軍と日本国民を従わせると書かれているが日本占領には触れていない。

8月15日の玉音放送でも、9月2日の降伏文書でも連合軍が日本を占領できるとは書かれていない。

日本軍の武装解除については書かれているが、連合軍の日本占領には、天皇や他の誰も合意していない。


マッカーサーが小便を漏らしながら厚木飛行場に降りたのは8月30日、連合軍先遣隊が厚木に到着し武装解除したのは8月28日だった。

9月2日に降伏文書に調印し、9月15日にGHQ本部が日比谷に設置され、GHQによる日本統治が始まった。

だがマッカーサーは武装解除までは良いとして、一体どのような条約や合意に基づいて「日本占領」をしたのだろうか。


この写真も自分は立派に見え、天皇は「みすぼらしい小男」に見えるよう計算されている
mig


日本国憲法はアルバイトに書かせ脅迫して成立させた

法的根拠がないのに一介の軍人が日本を占領して独裁者になった事が、その後の日本の70年に大きな悪影響を与えた。

例えばマッカーサーは日本政府に憲法改正を命令し、政府が帝国憲法の改正案を示すと、これを拒絶して独自の憲法を創作させました。

マッカーサーはGHQのアルバイト職員に命じて適当な憲法草案を書かせて、日本政府に無断で新聞に発表しました。


東久邇宮(ひがしくにのみや)内閣は新憲法が非民主的だとして辞職し、マッカーサーは「もう一度東京を空襲してやろうか」と言って議会を脅迫しました。

日本人は新聞に書いてあるからには日本政府が作ったのだろうと思い込んだが、実際にはマッカーサーがアルバイトに書かせた落書きでした。

東京大学などの法学者もこのやり方に怒り、新憲法反対の立場を取ったが、GHQは反対するものを「戦争犯罪人」として逮捕していきました。


新憲法に反対するものは戦犯になり処刑されるか刑務所に入れられると分かり、反対する人間は居なくなりました。

こうしてできたのが現在の「日本国憲法」であり、日本人は一切関わっていないし、民主主義とは正反対の経緯で成立しました。

マッカーサーが日本を統治するために優遇したのが共産主義者で、特に逮捕歴がある共産主義者を好んで重用しました。


GHQを創設するとすぐに、共産主義者や反政府主義者を釈放させ、労働組合や政党を結成させました。

こうして誕生したのが日本共産党と日本社会党で、事実上GHQが合法化し創設したのです。

マッカーサーの意図は日本の「犯罪者」である天皇や旧時代の権力者に対抗させるため、反政府主義者に力を持たせる事でした。


マッカーサーの共産党優遇

マッカーサー自身は共産主義者ではなかったが、それ以上に日本の「右翼」を嫌っていたので、共産主義者を重用しました。

GHQは主要な新聞社に共産主義者を雇用するよう圧力を掛け、応じなければ事実上活動できなくしました。

こうして日本の新聞社やNHKの上層部は共産主義者や戦前の逮捕者、反政府主義者になり、今日まで続いています。


マスコミだけではなく銀行や企業にもこうした圧力が掛けられ、自動車で有名な「日産」などは特に酷かったとされている。

日産は戦前には三菱や三井以上の最大の財閥だったが、戦争に協力したとしてほとんど解体されました。

自動車生産も認められなかったが、朝鮮戦争勃発で軍事生産が必要になり、共産主義者を経営に参加させる条件でようやく認められました。


こうしたGHQの共産党優遇は1948年まで続いたが、1949年になると米ソ冷戦が始まり、米本国は日本を再軍備させる方針に突然変わりました。

その変化は急激なもので、それまで日本人をわざと飢えさせては笑いものにして楽しんだり、なるべく日本経済が破綻するように仕向けていました。

ところが1949年のある日から、本国は「日本軍を再結成させろ」「日本の産業を立て直せ」と命令してきました。


マッカーサーは最初本国からの指示を無視していたが結局従わざるを得なくなり、1950年には朝鮮戦争が勃発しました。

マッカーサーの間違いは誰の目にも明らかになり、その後アメリカは何度も日本軍を再建しようとしては、日本政府と対立する事になります。

この後日本ではマッカーサーの後遺症で反日カルト政党が大ブームになり、今も日本を破壊するために”日々努力”しているようです。


マッカーサーの占領下では日本を貶めたり日本を破壊する事が正しいとされ、日本の為に貢献する人は戦犯や右翼と決め付けられました。

マスコミは全てGHQの統制下にあったので「日本国民はマッカーサー様を心から慕っています」などの気持ち悪い記事が量産された。

北朝鮮の新聞が金正恩を褒めるのと同じで、これほど気持ち悪い事はない。


そして当時GHQの為に報道していた新聞やテレビは、当時の本当の事を決して話そうとしない。



▲△▽▼



日産はなぜルノーに乗っ取られたのか




日産は90年代に経営破綻してルノーが買収したが、どうしてこうなったのでしょうか。

1991年から98年にかけて確かに日本は不況だったが、他の自動車メーカーは破綻していません。


有名な逸話として日産では社長や経営陣にモデルチェンジの決定権がなく、工場長が決めていました。

座間工場など有力な工場長は労働組合幹部を兼ねていて、労働組合の合意がないとモデルチェンジできませんでした。

日産マーチは8年間モデルチェンジしないと労組と約束し、他の車も老朽化したまま放置されました。


トヨタは4年ごとにモデルチェンジしていたのに日産は6年か8年ごとなので、その差は販売に現れました。

こうして日産はホンダにも抜かれて国内3位メーカーになり、海外でも売れず経営破綻に至りました。

日産の労働組合が強大な力を持つに至ったのは、GHQ(連合軍総司令部)の命令で、日本軍に協力した懲罰でした。


各国政府が都合よく日産を利用した

日産は戦前満州や朝鮮の軍事輸送に深くかかわり、陸軍の軍用車の大半を生産していました。

GHQはこれを問題視して財閥解体したうえに、自動車の生産を禁止しました。

禁止しただけでなくGHQは日産を「戦犯企業」と定義し、戦前の逮捕者や共産党員、在日韓国人を経営に参加させるよう強要しました。


この強要は戦前軍部に協力した朝日新聞などの新聞にも行われ、日本の新聞は共産党員や左翼活動家らが支配することになりました。

日産の自動車生産は数年後に許されたがトヨタと大差がついていて、本格的に再開されたのは1950年の朝鮮戦争以降でした。

皮肉なことに米軍は朝鮮での戦争協力を日本に依頼して、日産にも軍事協力を求めてきました。


戦前は日本軍べったりだったが、戦後も米軍の軍事企業として再開を許されたのです。

朝鮮戦争は終わったが続いて高度成長時代になり、日産の自動車生産は順調に増えました。


ここで襲い掛かったのはオートバイや自動車メーカーの乱立で、日本政府はメーカー統合を強要しました。


GHQは日産労組や幹部に共産党や左翼活動家を採用させ、大混乱に陥れた

GHQが指名した人物なので日産は絶対に解雇できない




フランス対日本になった理由

スカイラインなどを生産していたプリンス自動車を日産が吸収合併したのが、これが後に禍根となった。

プリンス側は対等合併と聞いていたのに実際は合併すると日産側の社員が威張り散らし、プリンス社員は解雇されたり苛めで辞めされられた。

日産はスカイラインという美味しいブランドだけを利用し、GTRなどの人気車を生み出しました。


このプリンス統合も労組や経営陣に激しい対立を生み、経営破綻につながっています。

1990年に日本はバブル崩壊し車の売れ行きが急減、日産が得意とした若者向けスポーツカーは全滅しました。

ここでまた日本政府とフランス政府がちょっかいを出してルノーに買収させ、事実上ルノーの子会社になりました。


ルノーは実は日産以上のダメ会社で、フランス政府は手を焼いて「日産とくっつけて国営化しよう」と考えました。

これがマクロンのルノー日産三菱国営化で、工場も本社も日本から奪い取ってやると宣言していました。

いわば日本への宣戦布告であり、日本側はゴーン逮捕という「真珠湾攻撃」で報復しました。


ここまで見てきて日産を混乱させている本当の原因は、戦前から続いている政府の過干渉だと考えられます。



▲△▽▼



醜い戦後 終戦後とはどんな世界だった?



アメリカはわざと日本人を飢えさせた

テレビや映画や小説では「戦後」は美しいものの同義語で語られていて、まるで理想郷のように描かれている。

そこでは貧しいながらも人々は協力して生き、戦後の復興をなしとげたとされている。

またGHQは困窮した日本人に食料を支給して助け、民主主義を与えたとも言われている。

          
こうした物語は映画やドラマの中だけで十分であり、事実とは程遠いか、正反対だった。

GHQは日本人に食料を与えるどころか奪い取ってわざと飢えさせて、日本人を従わせる手段に用いていた。

戦争前後は食糧難だったのはよく知られているが、戦時中に日本国内で(朝鮮台湾でも)飢えて亡くなった人や、その危険はなかった。


都会の人は空襲で疎開したが、農村には食べるものがあり、十分ではなかったが飢餓状態などではなかった。

それが戦争が終わって平和になり、アメリカ軍が占領したら食料が足りなくなり、「来年は1000万人が食糧不足で亡くなる」と総理大臣が警告する事態になった。

多くの要因があるが最大のものはアメリカ合衆国自体で、戦争の報復としてわざと日本人を飢えさせていました。


占領軍による妨害で日本は食糧の輸入ができなくさせられ、生産活動も制限され、経済破綻しました。

農業も経済の一部なので、国が経済破綻すると農業生産が停止して、食糧不足に陥ります。

終戦の昭和20年から昭和25年まで、日本はほとんどの工業生産を禁止され、前近代社会になりました。


経済破綻するように仕向けた

戦前から存在する設備を更新することは出来ず、農業生産に支障を来たし、外地に出兵した男達は中々帰ってきませんでした。

「戦争が終わって平和になった」と書いたが、そのこと自体が日本経済を破綻させる原因を作り出しました。

戦争中はあらゆる兵器をフル生産していたが、それが8月15日を境に全面停止になり、一切の生産活動が停止した。


困った日本政府は紙幣を印刷して「金融緩和」したが、激しいインフレを引き起こしました。

物を生産していないのにお金だけばらまいたからだが、当時の日本政府は他にどうする事もできなかった。

あらゆる工場が全て操業停止、鉄道は空襲で破壊しつくされ交通網が分断され、労働者たる男達は外地に居るか戦犯として逮捕されていた。


空襲によって東京など都市部の多くの人は家を失ってホームレスになっていて、路上や公園などで生活していました。

この頃アメリカ本国では、日本人のこうした窮状を伝えては「楽しんでいた」のが分かっています。

自分たちが倒した敵が飢えて苦しんでいるのを見て面白がっていたのが、本当の戦後の世界でした。


一例として占領軍は広島や長崎の被爆者を診療したが、治療をせずに「治療するふり」をして、どのように悪化するか観察しました。

生産活動が禁止され輸入も禁止されているので、復興が進まずホームレスが溢れているのも、無論そうなるように仕向けていました。

さらに占領軍は日本人同士が憎み会うように、心を破壊する政策を実行していました。


アメリカは日本人の食料を絞り上げた上で、自分の手で少し援助した。
援助を受け取った人達はアメリカに感謝し日本を憎むよう仕向けられた。



美しくない戦後

NHKというラジオ放送局(当時唯一のラジオ)で「真相はこうだ」という日本軍や戦前の日本の暴露番組を放送させました。

内容は日本軍がいかにアジア人や欧米人に酷い事をしたかという物だったが、内容は全て嘘だったのが分かっています。

だが当時の日本人はこうした「真相」を信じ、日本人同士で憎みあったり攻撃するようになりました。


愚かなことに「こんな酷い日本を倒してくれて有難う」「原爆を投下してくれて感謝します」とアメリカ軍に感謝する連中すら大勢居た。

人々は最初アメリカ軍を鬼畜だと思っていたが、食料を恵んでくれるので、感謝するようになっていった。

実は占領軍はわざと食料を絞り、日本人を飢えさせてから、犬を手なずけるように「餌」を与えていきました。


学校では子供たちに「日本は悪の国」「アメリカは正義の国」と教え込み、拒否する教師は戦犯として逮捕しました。

じゅうたん爆撃や原爆で数百万人が犠牲になり、本来なら犯人であるアメリカ人を憎むべき所なのだが、次第に日本のせいだと思い込むようになった。

終戦時に外地には日本軍数百万人が存在したが、ソ連や中華民国の捕虜になった日本兵は、洗脳した順番から帰国を許された。


集団学習や反省、謝罪(今日使われるような軽い意味ではない)などで日本は悪の国と教え込み、拒否したものは永遠に帰国できなかった。

アメリカ軍の捕虜になると多少ましだったが、戦犯として裁かれ、やはり徹底して「日本は悪の国」と教え込んだ。

こうして「日本に原爆を落としてくれて有難う」などと言う日本人が大量生産され、この人達が現在の左翼になっていきます。


この状況が1948年まで続き、1950年に朝鮮戦争が勃発して、急にアメリカは日本の工業力や日本軍の軍事力を必要とするようになります。

ここから日本側の発言力が強まって復興へと繋がっていくのだが、戦後数年間の占領が長く日本を蝕むことになります。





メンテ
Re: 日本共産党は庶民の味方か!(敵か) ( No.55 )
日時: 2019/08/10 10:19
名前: ooeyama ID:6BT3wGqU

>自分の頭では何も考えない日本人を嘆く者 ID:ICYlDH6w

>日本共産党や労働組合は日本経済を永遠に立ち直らせなくする目的でマッカーサーと GHQ が創設した。


上記のハンドル・ネームに心から賛同するooeyamaだが、

GHQ が創設したフェイクをジョークでなく、真面目に信じているなら、

自分の頭では何も考えない日本人とは、安易にフェイクを信じる投稿者自身となる。

念のため、投稿文を最後まで通読したが、全体の文意から共産党はGHQ が創設した、をマジで信じているようだ。



メンテ
マッカーサーが終戦後 共産主義政治犯を即時釈放させて日本共産党を合法化したんだよ ( No.56 )
日時: 2019/08/10 14:31
名前: 自分の頭では何も考えない日本人を嘆く者 ID:ICYlDH6w

>>55

マッカーサーが終戦後 共産主義政治犯を即時釈放させて日本共産党を合法化したんだよ



陸軍省軍事情報局も「日本共産党は日本の政治思想に健全な刺激を与える」と信じていた。

マッカーサーの「祝福」を受け、夢心地の共産主義者たちは、猛烈な宣伝活動を開始した。




自信と野望に燃えている共産党は、1945年12月8日、東京・神田の共立講堂で、「戦争犯罪人追及人民大会」を開き、「食糧を奪いとった天皇の戦争責任を追及」することを決議した。

マッカーサーは12月19日、「釈放された政治犯の被選挙権の回復」指令を発した。共産党員も国会議員になれる可能性がマッカーサーに保証された。

 「マッカーサー元帥様、万歳!」と叫んだ共産党員たちの気持ちも理解できる。

ビショップ(国務省から東京GHQへ派遣された外交官)は、1945年12月31日付の国務省への報告書の中で、「最も精力的な活動は共産主義者によるものである。共産主義者たちは、ここ数カ月のうちに次々と刑務所から出獄し、党員も100倍以上に増えている。今や共産党は1回の会合に、5000人の熱狂的な党員、支持者、聴衆を集めることができるようになった」。



共産党の機関紙『赤旗』は、1935(昭和10)年以来発刊停止となっていたが、出獄を前にして、徳田や志賀らが獄中で再刊第1号を準備し、1945年10月20日に印刷を再開した。


▲△▽▼


GHQは日本共産党スパイ査問事件で無期懲役になった宮本顕治を無罪にして日本共産党を設立させた



日本共産党スパイ査問事件は、治安維持法下の1933年(昭和8年)に、東京府東京市(現東京都)で発生した日本共産党中央委員であった小畑達夫が死亡し、同じく中央委員であった大泉兼蔵らが負傷した事件である。

両者は「日本共産党にもぐりこんだ特別高等警察のスパイ」として査問とよばれるリンチにかけられたものだと裁判では認定されたが、戦前の治安維持法の下で行われた裁判であったが、復権処置が行われる例外規定の『監禁致死、死体遺棄、銃砲火薬類取締法施行規則違反』に該当していた為、本来ならば復権処置は行われないはずだが、GHQから司法省に対し指示があり、超憲法的な特別な指示により、判決は無効となり資格回復の措置がとられた。


事件の概要

1933年、当時日本共産党中央常任委員であった宮本顕治、袴田里見らが、当時の党中央委員大泉兼蔵と小畑達夫にスパイ容疑があるとして査問処分を行うことを決定し、12月23日、二人を渋谷区内のアジトに誘い出した。 宮本らは針金等で手足を縛り、目隠しと猿轡をした上に押し入れ内に監禁した。秋笹正之輔、逸見重雄らが二人に対して暴行を行ったため、小畑は24日、外傷性ショックにより死亡した。小畑の死体は床下に埋められた。

以上の概要が、当時の裁判で認定された結果である[2]。

さらにその際、無許可で実包を込めた拳銃一丁を携帯したこと、また、別の党員大串雅美にスパイ容疑があるとして、赤坂区内のアジトに12月21日から22日までの間監禁したこともあわせて裁かれている。

当時の裁判の認定による経過

1933年、日本共産党中央委員会は特高警察による捜査によって壊滅的打撃を受けていたが、検挙をまぬがれた幹部で党中央を再建した。

当時、共産党はスパイを摘発する目的で、波多然・大沢武男といった党員に対して「査問」と称するリンチを行っていた。宮本によると、スパイを行った場合には、共産党規約により査問を受けることが予め承諾されていたという[1]。印刷局副主任であった荻野増治も査問にかけられ監禁されていたが、このままでは殺されると考え、逃走した。

12月20日の深夜、荻野増治は警視庁特別高等警察課に出頭、保護された。荻野の供述により、宮本らのアジトが割り出されることとなる。

12月23日、宮本らは小畑・大泉の両名を会合を開くと称して呼び出し、そのまま「査問」にはいった。翌12月24日付の『赤旗』(現『しんぶん赤旗』)には「中央委員小畑達夫、大泉兼蔵の両名は、党撹乱者として除名し、党規に基づき極刑をもって断罪する。」との党中央の声明が掲載された。警視庁は、この「極刑」という表現に注目、荻野と同様のリンチが両名に加えられ、場合によっては殺害されている可能性があるということで、捜査を開始した。

逸見重雄の供述によると、彼らに加えられた暴力行為は以下のようなものであったとされる。まず最初に大泉に対して棍棒で殴打するなどのリンチを加え気絶させた。その後小畑を引きずり出し、キリで股を突き刺したり、濃硫酸をかけるなどの凄惨な拷問を加えた。最後に薪割で小畑の頭部に一撃を加えた。そして大泉を引き出して小畑同様のリンチを加えた。大泉はこの拷問に耐え切れず気絶したが、宮本らは死亡したものと早合点しそのまま引き上げた。大泉はまもなく蘇生した。

この頃小畑が死亡する。裁判では小畑の死因は外傷性ショックであるとされた。小畑の死体はアジトの床下に隠された。

一方、宮本らは大泉のハウスキーパーであった熊沢光子に対しても「査問」を行った。熊沢が「本当に大泉がスパイなら一緒に殺してくれ」と言ったところ、宮本らも良心が咎めたのか、直接手を下そうとはしなかった。以後大泉と彼女とは20日間にわたって監禁されることになった。その間、12月26日に宮本は逮捕された。宮本は黙秘し、査問に関する供述は行わなかった。

大泉と熊沢の二人は“自殺”を強要され、1934年1月14日が「執行日」となった。前日の13日は最後の晩餐ということで、特別に和菓子が振舞われ、「思想的に行き詰まったので自殺する」旨の“遺書”を書かされた。

ところが、翌1月15日になって警察の気配を感じたため「執行」は延期され、彼らは目黒区にある別のアジトに移された。そのアジトで、大泉は監視人に対して最後の抵抗を試みた。監視人は思わぬ反撃に逆上し大泉に拳銃を突きつけた。

ちょうどその頃、警視庁麻布鳥居坂警察署(現麻布警察署)の巡査が勤務を終え、目黒区の自宅に戻ったところ、近所の住人から「助けてくれえ!」という叫び声を聞いたとの話を聞き、現地に直行したところ、大泉が射殺されようとしている現場を目撃した。巡査は直ちに現場に踏み込み、拳銃を持っていた共産党員の女を逮捕した。大泉の供述により、小畑達夫の遺体が発見された。

事件後、1月17日の『赤旗』には「鉄拳で奴等を戦慄せしめよ」という表題の記事が掲載された。「日本プロレタリアート党の前衛我が日本共産党の破壊を企む支配階級の手先、最も憎むべき、党内に巣喰ふスパイが摘発された。我々一同は、スパイ大泉、小畑両名を、死刑に價することを認め、彼等を大衆的に断罪することを要求する。」という内容であった[4]。

1935年(昭和10年)3月4日、この頃、袴田は、宮本などの幹部が次々逮捕される中で、唯一獄外にいた共産党最後の中央委員であったが、本郷での全協との街頭連絡の最中、逮捕される。この逮捕を報道した新聞は最後の大物と称した。




判決

宮本顕治、袴田里見を含む5名は、治安維持法違反、監禁、監禁致死、監禁致傷、傷害致死、死体遺棄、銃砲火薬類取締法施行規則違反、残り1人が治安維持法違反、殺人、同未遂、幇助、不法監禁、銃砲火薬類取締法施行規則違反[7]といった複数の罪状で裁判にかけられ、以下の判決が下った。


•宮本顕治 党中央委員 無期懲役[8]
•袴田里見 党中央委員 懲役13年[8]
•秋笹正之輔 党中央委員 懲役7年[8]
•逸見重雄 党中央委員 懲役5年[8]
•木島隆明 党中央組織委員 懲役2年[8]
•加藤亮 懲役3年
•木俣鈴子 執行猶予判決[2]


刑の言渡無効・復権へ

1945年8月の終戦後、10月4日にGHQは、政治犯の釈放等を命ずる覚書を発出した。これを受けて日本政府は、直ちに治安維持法違反等の政治犯釈放の措置に入った。

10月9日、宮本顕治は、刑の執行を停止するという形で網走刑務所から釈放され[2]、袴田も19日には釈放された。

10月17日には昭和20年勅令第579号(大赦令)が発令され、治安維持法等の政治犯罪の赦免が決定された[9]。

宮本達は直ちに日本共産党の再建にとりかかり、中央委員会で要職を占めた。

1945年12月29日には、昭和20年勅令第730号(政治犯人等ノ資格回復ニ関スル件)が発令された[10]。この勅令は、治安維持法や出版法といった法律に違反した政治犯や思想犯、軍事犯、海外領土のみに公布された法律に違反して判決が下ったものに対し、その刑の言い渡しを無効とするものであった。

ただし、この勅令には例外規定が存在した。刑法第二編に規定された罪、爆発物や銃砲に関する罪、食糧管理法違反などとあわせて判決が下った場合には、この勅令は適用されない事になっていた。

この事件の判決を構成した罪状には、刑法第二編に含まれる監禁、監禁致死、監禁致傷、傷害致死、死体遺棄、そして銃砲火薬類取締法施行規則違反が存在するため、この勅令の適用外となり、釈放された宮本らは刑の執行が停止されている状態となる。

1947年、刑の執行停止状態に気づいた東京検事局が宮本と袴田に出頭を要求した。

4月末、GHQから司法省に対し指示があり、資格回復の措置がとられた。

5月15日には民政局により

「二人は単なる政治犯として釈放されたのであるから、その公民権はSCAPIN458号によって回復されねばならない。SCAPIN458号に基づき発布された勅令(730号)によって処理されるべき問題である。」

といった内容の覚書が発給されている[11]。宮本らには5月29日付、東京地方検察庁検事正木内曽益名で「将来に向て其の刑の言渡を受けざりしものと看做(みな)す」との復権証明書を発行された。
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前  「名前#任意の文字列」でトリップ生成
E-Mail 入力すると メールを送信する からメールを受け取れます(アドレス非表示)
URL
パスワード ご自分の投稿文の編集、削除の際必要です。面倒でしょうが入力をお勧めします。
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
コメント

   クッキー保存