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[1711] 経済の話し
日時: 2013/03/12 23:22:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:1363098145

最近、阿修羅掲示板に良く投稿される「あっしら」のサイトへ行ってみました。
ttp://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/index-as.htm

HNは「あっしら」と名乗られているが経歴は解りませんが、資本主義経済のシステムが持っている色々な矛盾を説く解す能力豊かな、経済に強い確かな方と見受けしました。
その一部を転載します。



「供給=需要」の向こう側 <想像力から創造力へ> S子
         
「利潤なき経済社会」を興味深く、また、意義深く読ませていただ
いております。資本主義経済において、結局、私たちが見誤ったも
のは、マネーにおける「目的」と「手段」をはき違えたことにある
のは間違いないだろう。経済活動における潤滑油とはマネーであり
、そのマネーが滞ることなく流通し、循環してこそ経済の活性化を
見ることができ、個々人としての生きる活動も活発化してくる。

それはまるで私たちのからだを流れる血液のようなもので、血液が
さらさらの状態であれば私たちは健康で日々を無事に過ごすことが
できる。が、血液がどろどろ状態になり、この流れが悪くなり脳で
詰まれば脳梗塞が起き、その部分の脳組織が壊死してしまい、私た
ちは失語症になったり、半身不随になったりする。

資本主義も当初はマネーがモノを交換するための「手段」として流
通していたが、資本主義が成熟してゆくにつれて、いつの間にか「目
的」と化した。マネーの目的化はつまるところ全てを目的化させてし
まい、私たちにあらゆるものの「本質」を見る目を喪失させた。
これは事実である。

そして、それが「供給=需要」という経済活動を必然的に生じさせ
、モノに溢れた社会が誕生した。「供給=需要」という経済活動は
よくよく考えてみれば、「与えられた人生」を送ることになり、
そこには自主性や主体性はなくても私たちは「与えられたモノ」を
購入し、そこそこ無難な人生を送ることができる。

私たちが無難だと錯覚し、安心してしまうのは、周囲が皆「与えら
れたモノ」である「同じモノ」を持っているからである。つまり私
たちは「与えられた、同じモノ」を持つことによって人生の安定や
幸福の尺度をはかっていた可能性がある。「供給=需要」という経
済活動では、人間の欲求すらも本質から遠ざけてしまうということ
である。

本当に自分が欲しいモノだったのか、他人が持っているから欲しい
のか、テレビコマーシャルで見たから欲しくなったのか、売り込み
にきたから購入したのか、ないと困るほどではないがあって困るほ
どでもないので購入したのか等、心から欲しているものではなく、
供給されたから需要したという構図が自然と生まれる。それを自分
の欲求があったから買ったと、私たちは錯覚しているにすぎない。

こうして私たちは「与えられた人生」を無難に安定して生きること
で、「危機感」を抱くことなく日々を過ごし、人生を終える。人間の
三大欲求であり生きる基本の「食・性・寝」も既にこの「供給=需
要」という経済活動に組み込まれ、マネーの目的化とともに人間と
しての本能を私たちは喪失しかけている。現代人はこの自覚すらも
ないという悲しい状況におかれているのである。

しかし、マネーの目的化による「供給=需要」という経済活動では
経済成長が持続できないどころか、経済の空洞化を生み失業者を増
加させ、個人としての生きる活動が阻害されてしまう。そのことに
気づいたのが、今回の欧州連合憲法批准拒否の仏国民である。拡大
EUの存続に待ったをかけた格好となったが、「危機感」を抱いた彼
らの人間的本能はまだ廃れていないどころか、十分に健在である。


(中略)

ひるがえって日本を見れば、「供給=需要」人生が非常に行き届い
ており、大人も子供も主体性をなくし、自信喪失し、想像力にも欠
け生きる気力も無い状態に置かれている。だから米国の言いなりに
しか生きることができないのである。「供給=需要」という「与え
られた人生」を送ることは確かに楽ではある。が、そこには「自分
」というものがない。この人生を生きる「自分」がないのである。

だから真の喜びや真の悲しみを味わうことはまずないだろうし、
そこそこ無難で安定した人生を送ることで「危機感」を覚えること
もまずないだろう。実はそれこそが問題なのである。「危機感」を抱
くこともなければ、正直な話がまともに「自分」とは向き合えない。
「自分」という人間のこともわからずして終える自分の人生って一
体何??ということになる。

マネーが目的化されることで「供給=需要」という経済活動が必然
的に生じ、「与えられた人生」を送ることで私たちは主体性を失い
、自信を失い、生きる源泉ともいえる想像力までも失った。また、
そういう場所さえも失った。想像力を失えばこの世で実現する創造
物さえもなくなるのである。つまり来るべき未来が描けない。

「利潤なき経済社会」ではマネーを手段に転落させることで、資本主
義の論理が大きく揺らぐだけではなく、世界の構造が大きく転換し
てしまう。これまで築き上げてきたもろもろが崩壊に直面している
と言っても過言ではない。それは日本が明治維新以降追求してきた
西洋文明であるかもしれないし、合理化の名のもとに推進されてき
た科学万能主義であるかもしれないし、それを基点とした物質文明
であるかもしれない。

「供給=需要」人生で「危機感」を抱くこともなくなった私たちが
、価値観の転換をはかることは容易にできそうもないのは明白だ。
しかし、マネーの目的化による「供給=需要」経済活動では世界は
やがて行き詰まる。価値観の転換は時間も要するだろうが、案外石
油の枯渇がその契機になりはしないかと、私は密かに思っている。
その「危機感」が「自分」と真剣に向きあうことになり、それが男
女双方への理解へと向かわせる。そこから男女双方の想像力が生ま
れ、それが創造力へとつながり実現化し、新しい未来が描けるとい
うものである。

(引用終わり)
メンテ

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Re: 経済の話し 人口も、経済も、バランスが大切ですけれど・・・ ( No.283 )
日時: 2018/05/23 16:15
名前: 日本貧民党 ID:Pg0TXE4E

私は、早くから人口問題に付いて、日本の人口は多過ぎる、仮に人口減少によってその数が8000万でも7000万でも良いではないか!? と思って居ましたが、人口減少はイビツナ現象の姿で我々の前に現れるのです。企業側は“少子高齢化”と言う様に、

日本の人口構成が“頭でっかち”の構成に成り、若年者より老齢者の方が多くなり、その結果労働就労者が減少し、定年延長による就労期間延長をしても、労働力確保が出来なくなる事を恐れて居ます。

今、既に東南アジア系の労働者が、何十万単位で日本国内で働いて居ますが、彼等は殆ど“技能研修性”としてのビザで入国して居て“就労ビザ”では有りません。そして日本滞在期間も5年と限定されており、5年で一旦日本を出国し、もっと働きたければ、或いはもっと働いて貰いたければ、改めて“再入国”しなければ成りません。

そして問題なのは、彼等を受け入れる企業側は、彼等を低賃金の出稼ぎ労働者としてしか認識せずに、過酷な労働環境や雇用条件で酷使するケースが後を絶たない、と言う悪徳企業者も居て屡々問題に成って居ます。日本人中小企業主の悪い癖です。労働力が欲しい癖に、昔の朝鮮人差別の様に、彼等を差別・酷使するのです。勿論例外的に、彼等に誠実に対応する雇用主も居ます。

産業界の大きな必要性から“技能研修生”を欲しい癖に、彼等を非人道的に扱うのは最も忌避すべき問題です。だから未だに韓国・朝鮮から植民地時代の償いをせよ! などと執拗に言われるのです。皆日本人が蒔いた種です。 話を元に戻して、

アンバランスな人口構成の所為で、日本は如何しても「移民」とか、「単純労働ビザ」による労働者即ち『出稼ぎ』労働者、の入国を認めざるを得ない。と言って居るのです。

そうは言っても、最近では東南アジアの人々に<日本への渡航>を避けられる様に成って来て居ます。それは日本への渡航には色々難しい要件を満たさなくては成らないからで、其れを満たす困難さや渡航費の問題からも、日本より台湾へ行く方が良い! と日本は敬遠され始めているのです。

日本同様の労働力不足であった台湾は、20年も前からその対策に手を付け、『台湾へ行く魅力』を発信し続けて来たからです。

正直な話、私は「移民」とか「出稼ぎ」とかを日本へ入れる事に反対の立場を採って来ました。然し“将来労働力”の不足が避けられないと言う現実を突きつけられると、『労働力の純潔』など云って居られない。と言う境地に至り、渋々移民受け入れなどを認める立場に傾斜して来たのです。

外国人の大量入国が現実に成ると、今でも起きている色々な摩擦や犯罪なども起こり、日本人との軋轢も増えるでしょうが、其れを処理するのは政治や行政の責任で、如何に上手く処理するか苦労のタネに成りますが、已むを得ません。

天橋立さんお得意の「大和民族」の資質や心は、混血等によってドンドン異質な物に代わって行きますが、『背に腹は代えられぬ』と言う事に成って行くのです。「大和民族」などと言う物は元々半島系と南方系の混合したものですからね。
メンテ
文明の変遷 ( No.284 )
日時: 2018/05/22 09:09
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:hgfIohSo

別スレッドで人類の歴史について書いてみました。
人類発祥、700万年、ホモ・サピエンスの登場から20万年。
さらに1万3000年前までは、ホモ・サピエンスとも異種のクロマニョン人とも共生してきました。
当時はすでに石器時代と言われている文化をもち、アルタミラ、グラスゴーの壁画もクロマニョン人によって描かれていました。
今から5000年の昔に栄えたエジプト文明など、つい昨日の出来事の様です。

それにしても、現代の人類の繁栄は神のみぞ知る異常なもので、過去の人類の想像も出来ない事でした。
その原動力となったのが科学の発達と資本主義の経済体制でした。
それも、高々200年の歴史のなせる業でした。

人類の進歩と言う面からみて、現在の状況が人類の最終の姿でしょうか。
そんな問題に答えられる人はいないでしょう。

ですが、100年後の人間社会を想像することくらいは出来るはずです。
その時まで、資本主義の体制、市場主義の体制が続いているものと、どうしてできるでしょう。

過去200年間、人類は資本主義、民主主義のシステムの下、狂気の繁栄とも言える展開をしてきました。
誰もが資本主義、民主主義のシステムを疑う事はしませんでした。

また人類の歴史において文明と言う概念、様相を経験してきました。
人類が滅亡すると言う事態は、想像しなくても文明の興亡は経験してきました。
歴史的にあれだけ栄えたエイジプト文明もメソポタミア文明も現在では影、形もありません。

その様な意味で、現在の文明(生活形態)もやがて衰退する事も考えられます。
それが200年先か1000年先かは解りませんが、必ず新しい文明にとって代わられるでしょう。
過去に栄えた文明が衰退した理由は、色々とあります。

自然災害によって文明を維持できなくなったもの、外敵の侵略によって滅びたもの。
進歩を維持できなくなって自然に消滅したもの。

現代文明の問題点、危機は生活共同体の維持が難しくなってきている事。
現代文明の生活共同体の特徴は共存共栄という事であり、殆どの人々が等しく社会の恩恵に預かれると言うこと。
これが民主主義の思想で、現代文明の最大の特徴であります。
また人類史上初めてのシステムでもありました。

人類、そのものが滅亡しなくても、文明の衰退と言う事はあります。
市場主義経済体制の行きつく所の弊害は既に予想され、資源的、地球環境的にも問題が指摘されている現在、100億に増えた人類の将来を考える必要も出てきているのではないでしょうか。
勿論、この問題と取り組んでいる人、組織は既にあるでしょう。

また現代文明に陰りが見えたとしても、現在は現代文明の繁栄期、衰退に至るまでの時間を容易に予測も出来ないでしょう。
ですが、現代文明の矛盾を感知し、出来るだけの対応を始める事もできるのです。
現在の幸せな文明を続け、さらに発展させるには、矛盾点に対する対応が求められるのです。
歴史とは、常に、その様な試行錯誤の連続なのです。

その一つ、一つではあるが最大の問題点、市場主義経済の限界の問題があります。
その問題点も難しいものではなく、多くの人が感じている問題です。
感じたからと言って、それぞれに具体的な対応策がある訳でもありません。
また、その文明の真っただ中にいて、個人的に対応できるものでもありません。

具体的には、誰かが新しいシステムを提示して、多くの人が、それを受け入れ始めることで、文明は動き出します。
実際には、その様な時期は早くても50年、100年先になるでしょう。
ですが、ひとびとが受け入れなくても、その啓蒙は始まってはいるのです。


(一つの事例)

グローバル化した経済による問題点として
生産拠点と消費地が遠く離れてしまい、経済の根本、需用と供給の過程にでの通貨の循環が地域単位では成り立たない。
そのために、経済的な繁栄地と過疎地が区別される。
同じ様に生産、流通の集約化の為に、生産技術のロボット化の為に、生産に従事できない(職を持たない)人たちが多く出る。

これを解決するためには、
通貨の循環が地域単位で充足できるようなシステムを構築する。
その地域の規模としては、循環させる手段にもより規定する。

たとえば、ある過疎地においては、介護を中心とする医療施設を整備し、周囲の人々の雇用を確保する。
無制限な貿易をコントロールし、国内、地域の産業を保護する事により地域の経済圏を確立する。
人々の勤労意欲を削がない内容で福祉政策を充実し、それによっても雇用を確保する。
商品はグローバル化できても人力による生産(サービス)はグローバル化に影響されない。

経済の効率化、合理化を求めるだけではなく、国家(政治)が強いてこのようなシステムを確保する。

これは今でも出来る問題を含んでいる。
財界の傀儡となった政治に出来ないだけの話である。

また、文明史的転換を求めるような改革には、多くの人の合意はいる。
その合意の根源は、人々の共通の心である。
民主主義に毒され、個人の自由だけが興味の現代社会で、もっと別に考えるものも必要ではないか。
日本人には共生の心、和の心が強くあった。
「大和たましい→日本の心のルーツを求める」のスレッドは、その様なものに言及しているのである。

決して民族の戦闘性などに言及しているのではない。
メンテ
ユーロ !!!!! ( No.285 )
日時: 2018/06/20 22:50
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ktMiPF4Q

 現在、欧州連合(EU)加盟国は28カ国、そのうち19カ国がユーロを通貨として採用しユーロ圏と呼ばれている。EUに参加しながら自国通貨を維持しているのはイギリス、スウェーデン、ポーランド、ハンガリーなど9カ国。各国の成長率を見ると、自国通貨を維持している国の経済が好調だ。

 イギリスは2013年は1・74%、14年は3・21%(14年はIMFによる予測)。スウェーデンは13年が1・64%で14年が2・11%。同様にポーランドは1・55%と3・25%、ハンガリーは1・10%と2・80%である。

ユーロ導入で顕在化した格差

 これに対しユーロ圏経済は停滞気味だ。ドイツは13年が0・53%で14年が1・39%、フランスも13年は0・29%で14年が0・37%。南ヨーロッパはさらに悪く、イタリアは13年がマイナス1・85%、14年が同0・17%。スペインは13年が同1・22%になっている。

 実はユーロ圏はユーロという共通の通貨を持つことによって構造的な問題を抱えてしまっているのだ。ヨーロッパ諸国の経済力はドイツ、オランダなどの北ヨーロッパ諸国が強く、ギリシャ、スペインなどの経済力は相対的に弱い。

 かつて通貨が別々の時はドイツマルクが継続的に切り上げられ、ギリシャドラクマが切り下げられることによって、通貨による競争力の調整が可能だった。周知のように1985年のプラザ合意によってドイツマルクは日本円とともに大幅に切り上げられている。

 しかし99年のユーロ創設によってドイツもギリシャ、スペインも共通の土俵に上がることになってしまった。ギリシャなども当初は強い通貨に移行することによるメリットもあったのだが、次第にドイツなどとの競争に晒(さら)され、その経済は弱体化していった。

 ユーロ導入以降、ドイツやオランダの国際収支は大きく改善し、2014年にはドイツは国内総生産(GDP)比で6・20%、オランダは9・88%の黒字を計上しているが、逆にフランスはマイナス1・42%、スペインは0・10%、イタリアは1・20%になってしまっている。

独り勝ちとなったドイツ

 また、ギリシャもこのところの緊縮策で改善はしているものの(14年はGDP比で0・70%)、10年、11年には10・29%、9・86%の赤字を計上し、いわゆるギリシャ危機をおこしてしまった。フランスもイタリアもユーロ導入前は国際収支は黒字だったし、ギリシャの赤字もGDP比で4%以下だったのだから、ユーロ導入によって南ヨーロッパ諸国の国際収支は一気に悪化してしまったということなのである。

 同様のことは財政収支についても見られる。つまり、ユーロ導入によってドイツの財政収支は改善し、11年にはほぼ収支均衡するところまでいったのだが、逆に、フランス、イタリア、ギリシャの財政収支は継続的に悪化していって、ついにはギリシャ危機ということになってしまった。

 共通通貨ユーロの導入は、ドイツ、オランダなどの北ヨーロッパ諸国とイタリア、スペイン、ギリシャなどの南ヨーロッパ諸国が同じ土俵で競争する状況を作り出し、ドイツの独り勝ちという結果をもたらしたのである。ドイツはかつてのようにドイツマルクの切り上げというハンディキャップを課されることなく、共通通貨ユーロで輸出ができるようになったのだから、当然、国際収支は劇的に改善した。そしてそれが財政収支の均衡回復にも結びついていったのだ。
 確かに、ユーロの導入、そして欧州中央銀行(ECB)の設立による為替と金融の統合はヨーロッパ統合の重要なステップだった。あとは財政が統合されればヨーロッパの統合は完成し、「ヨーロッパ合衆国」ができるというわけである。しかし、財政の統合は容易ではないし、今のところ、その見通しは全く立っていないといっていいだろう。

 とすれば、ヨーロッパは現在の中途半端な統合の状態をしばらく続けざるをえない。今さらドイツマルク、ギリシャドラクマ復活ということはできないからだ。

 ユーロ導入による南ヨーロッパ諸国の低迷は、最終的にはドイツにもマイナス効果をもたらすことになっている。13年のドイツの成長率は0・53%とかつての成長率(02〜11年の平均成長率は1・14%)から大きく落ち込んでいる。ギリシャやイタリアのマイナス成長の影響を受けているからだ。

 ユーロという共通通貨を持っていることが、格差の拡大と低成長の原因なのだから問題は構造的であり深刻である。確かにユーロ創設はヨーロッパ統合への重要な一歩であったことは間違いないが、逆に格差を拡大し、統合を難しくしてしまったというわけなのだ。

 財政の統合へ早急に歩みを進めなければ「ヨーロッパ合衆国」創設の夢は雲散霧消してしまいかねない。ドイツが腹をくくって、それなりの財政負担をすることが重要なのではないだろうか。

以上、榊原英資(青山学院大学教授)氏の文章です。

1995年、EU加盟国を中心に通貨を統合して各国の経済の底辺を上げようとユーロという共通通貨を流通させた、現在では19ヵ国が参加している。

しかしながら意に反して、経済の格差はさらに広がり、ドイツだけが先行して成功していると言える。
逆にスペイン、ギリシャの財政は破綻しイタリアなど失業率が高くなり苦しんでいる国が続出している。

ただしユーロ経済の締め付けにより各国の財政状況は少しは上向きになったと言う。
この現象こそ、注目するところで、ユーロは欧州中央銀行が発行し中央銀行の通貨管理を受けている。
各国の財政状況が改善したと言っても、それは金融政策の上のこと。

一般の国民経済の状況とは別のものであり、国民生活は失業に苦しみ格差が広がっているのである。
金融を主体とした経済の統括が、どのようなものであるか証明されている。

関税を無くし域内の交易を活発にし国民経済を潤すなどと言う理屈は、単に弱肉強食の範囲を広げただけで、結局はドイツの一人勝ちで他の国は強者の餌食となっただけのこと。

G7にせよIMFにせよ経済のグローバル化を促進することを目的としてやっていて、各国の国民経済の視点では見ることはない。
最も経済的強者の国は、それで良いであろうが、世界の多くの国は、それには入らない。

また日本の様に結構、経済力が強い国でも、その国の弱い部分は強者の国の企業の餌食となる。
G7にせよ、IMFにせよ、そうした事情に関心を持たず、ひたすら経済のパイを広げようとするだけ。

トータルの経済的指標が国民経済の豊かさとは比例しない事は、ユーロ圏の新たな実験で明らかになった。


メンテ
固定相場制と変動相場制 1 ( No.286 )
日時: 2018/06/22 13:40
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XL1EK4vY

以下は、私自身の為に、速成で集めたネットの資料です。
金融資本主義の正体へ近づくことが出来るでしょうか。


「固定相場制と変動相場制」

「金との交換を保証されているドルに対し、各国通貨が固定為替レートでつながる」という、プレトンウッズ体制が崩壊したのは、端的に言えば、ドルへの信認が揺らいで、固定レートを維持する事が困難になったからです。固定相場と変動相場でどちらがメリットがあるか、というよりも、固定相場を続ける事が不可能だから、変動相場になった、という事です。

固定相場を続けると何が起こるかというと、例えば、ある国がインフレになると、国際競争力が減少し、貿易収支の赤字が拡大して、変動相場では、その国の為替レートが安くなるはずです。安くなれば、国際競争力が回復し、均衡に向かう力になりますが、固定相場だと、いつまでたっても均衡に向かいません。不均衡が続けば、いつかは通貨が切り下げられるだろうという予想の元に、売りがどんどん出てきて、いくら買い支えてもきりがありません。プレトンウッズ体制の崩壊は、ベトナム戦争の戦費などの影響もあり、インフレが進み国際競争力を失っていったアメリカが、ドルの金へのリンクを支えきれなくなって、ついに起きた事です。

変動相場という「自動調節弁」を捨てて、固定相場を長期的に維持する為には、金融財政政策も一致させないとダメです。統一通貨ユーロの為に、参加国が従うべき財政赤字の基準を作っているのも同じ理由です。自国の景気が、何らかの理由で悪化すれば、どの国も金利を下げて、景気を刺激したくなるのですが、統一通貨や固定相場は、そういう本来各国が自由に決められるべき政策の選択を縛る事につながります。ユーロが成立しえたのは、元々深い経済関係にあり「独自の景気局面」になりにくい事と、文化的にも関係が深く「一体としてのヨーロッパ」という意識が存在して、全体の利益の為に通貨主権を放棄する事を国民が受け入れられたからです。



先進諸国のほとんどは、市場メカニズムを通じて為替レートを自由に決定させるいわゆる変動相場制を採用していますが、新興国(エマージング)諸国等では固定相場制を採用しているケースもあります。
そのうちの一つ中国の人民元について、昨年から切り上げ、変動相場制への移行の議論が活発になっています。さて、固定相場制とはそもそもどのようなものなのでしょうか?

固定相場制とは?
固定相場制とは、為替相場の変動を、固定もしくはごく小幅に限定する制度です。
ぺッグ制ともいいます。pegとは釘止めし、安定させるという意味です。
IMF(国際通貨基金)があらかじめ設定した平価の上下1%以内に維持する管理相場です。

ときに経済に急激な変化が現れると、国境を越える資本の移動も急激に加速します。そのような急激な値動きに対しては中央銀行が通貨の需要と供給を調整して変動幅を守ろうとします。(通貨介入)

しかし、投機的な力も加わり基準となる平価を維持できなくなることもあります。そのような場合に限り、IMFとの協議の上で平価を変更することが認められていますので、平価調整により通貨の切り下げ、又は切り上げを行います。

固定相場制のメリットとデメリットとは?
最初に述べたように固定相場制を採用している国のほとんどは開発途上国であるエマージング諸国です。
通常、自国の通貨を、貿易において結びつきの深い国の通貨に連動(ペッグ)させる場合が多く、それによって為替相場の変動に振り回されることを少なくして輸出競争力を確保し、貿易を円滑に行うことができます。
中南米では米ドルと、アフリカなどではフランスフランとペッグしている国が多くあります。

しかし、問題もあります。
ペッグ制による相場維持のために金利政策もその相手国に追随しなくてはなりません。
例えば、米ドルと固定している国は、米国が利上げしたときには、自国の景気動向や金融政策にかかわらず米国に追随して利上げする必要があります。
そうしなければ、資金が自国から米国に移動し、大量の米ドル買い/自国通貨売りが発生し、自国通貨が急落する可能性があります。
また、それによりインフレが発生しかねません。


固定相場制の歴史

〜第一次世界大戦前_金本位制

国際的な決済制度は各国が同じ貨幣制度を採用することによりより利便性が高くなります。
イギリス(大英帝国)は1816年に金のみを本位貨幣とする金本位制に踏み切りますが、他の国々は、その後も銀本位制あるいは金銀複本位制を採用していました。
しかし、金銀比価の変動はこれら非金本位制諸国を悩ませ、1870年代の銀価格暴落時代を経て、19世紀後半までには、世界の主要国が金本位制を採用することになりました。

金本位制とは、中央銀行が、発行した紙幣と同額の金を常時保管し、金と紙幣との兌換(引き換え、交換)を保証する制度です。金1オンス(31.1035グラム)=3ポンド17シリング10ペンス半と定められ、この価格が金本位制を停止した1914年まで約100年間維持されました。日本も1897年に金本位制を採用しました。

〜第一次世界大戦後_金本位制から固定相場制へ

第一次世界大戦後、一度は国際通貨制度として古典的な金本位制度が復活しました。
しかし、再度停止され、各国は輸出を伸ばすため為替レートの切り下げ競争に走るなど、為替管理強化を図ります。

それが第二次世界大戦勃発の経済的要因であったという反省から、1944年にアメリカのニューハンプシャー州のブレトンウッズで国際通貨基金協定などが結ばれました。

その中で、IMF(国際通貨基金)が発足します。
金だけを国際通貨とする金本位制を採用せず、ドルを基軸通貨として金とならぶ国際通貨とする制度を作りました。
これをブレトンウッズ体制とかIMF体制、あるいは金ドル本位制といい、為替レートの変動という観点からは固定相場制とも呼ばれています。

この通貨制度は、まず金を基準にドルの価値を決め、さらにこのドルに対して各国の通貨の交換基準が決められました。(当時、金1オンス=35ドルでした。)そして、為替相場の変動は平価の上下1%以内に抑える義務を負うことになりました。

日本では1949年に1ドル=360円と定められ、1958年IMF(国際通貨基金)によりIMF平価として登録されました。

変動相場制とは?
変動相場制の歴史は、金本位制、そして固定相場制の時代を経て、まだ30年余りに過ぎません。さて、その歴史はどのように作られていったのでしょうか?
固定相場制とは、為替相場の変動を、固定もしくはごく小幅に限定する制度です。
ぺッグ制ともいいます。pegとは釘止めし、安定させるという意味です。
IMF(国際通貨基金)があらかじめ設定した平価の上下1%以内に維持する管理相場です。

ときに経済に急激な変化が現れると、国境を越える資本の移動も急激に加速します。そのような急激な値動きに対しては中央銀行が通貨の需要と供給を調整して変動幅を守ろうとします。(通貨介入)

しかし、投機的な力も加わり基準となる平価を維持できなくなることもあります。そのような場合に限り、IMFとの協議の上で平価を変更することが認められていますので、平価調整により通貨の切り下げ、又は切り上げを行います。
変動相場制へのプロローグ
1944年にアメリカのニューハンプシャー州のブレトンウッズで国際通貨基金協定などが結ばれ、その中で、IMF(国際通貨基金)が発足します。
金だけを国際通貨とする金本位制を採用せず、ドルを基軸通貨として金とならぶ国際通貨とする制度を作りました。

いわゆる基軸通貨となった米ドルですが、その後欧州や日本の経済復興で国外への流出が起こります。又、ベトナム戦争を経てアメリカの財政も悪化するのです。
市場では価値が低くなってきた米ドルを売って、金を買うという動きが加速しました。
ニクソンショックとは?
アメリカはそれまで唯一、金と通貨の交換(1オンス=35ドル)を認められていた国でしたが、米ドルを売って金を買う動きに耐え切れなくなりました。
そして1971年、当時のニクソン大統領が金と「ドルと金の交換停止」を表明します。
それをニクソンショックといいます。

金とドルの交換を前提に構築されていた固定相場制_ブレトンウッズ体制は、これにより終焉を迎えました。
スミソニアン体制とは?
ニクソンショックの後でも通貨制度の破綻を回避する方法が模索されました。
1971年12月、ワシントンのスミソニアン博物館で先進10ヶ国蔵相会議が開かれ、ドルの切り下げと為替変動幅の拡大が決定されました。金とドルの交換率は、1オンス=35ドルから38ドルへ引き上げられ(ドルは7.89%切り下げ)、円は1ドル=360円から308円(16.88%切り上げ)となりました。また、為替変動幅は、上下各1%から上下各2.25%へと拡大されました。この新たな固定相場制をスミソニアン体制と言います。

しかし、スミソニアン体制下においても、米国の国際収支の悪化は続き、1972年6月に英国がこの体制を放棄し変動相場制に移行すると、1973年3月までには主要国は変動相場制に移行しました。
キングストン合意とは?
前述のように主要先進国は、1973年には変動相場制に移行しました。
1976年1月、ジャマイカのキングストンで、IMFの暫定委員会が開かれ、変動相場制の正式承認を含む、IMFの第2次協定改正が決定しました。

ここで金の廃貨が決まりました。
この制度は、1978年4月1日に発効となり、これをキングストン合意といいます。ここに現在まで続く国際通貨体制が確立されたのです。
管理された中での変動相場制
1977年にIMF(国際通貨基金)理事会で、中央銀行の為替政策のガイドラインが決められました

●加盟国は不公正な競争上の優位を守るために為替相場を操作しないこと
●輸出を伸ばすために意図的に為替相場を操作(為替介入)してはいけないこと
●介入は短期的に乱高下し秩序が保てないときのみ認められること

が原則として定められました。


〜1978年11月1日 カーターショック・ドル防衛策

当時、アメリカでは貿易収支の大幅な赤字によって経常収支が赤字に転落し、インフレが加速していました。このアメリカのファンダメンタルの悪化を背景に、米ドルは主要通貨に対して急落、例えばドル円は5月の230円レベルから10月31日には175円台まで下落しました。
半年で55円のドル安円高です。

そこで、カーター米大統領は、

●日本、西ドイツ、スイスの中央銀行とのスワップ枠拡大等による為替市場への協調介入の強化
●300億ドルの介入資金調達
●公定歩合の引上げ(8.5%→9.5%)
●預金準備率の引き上げ

からなるドル防衛総合対策を発表したのです。

それを受けて11月1日、ドル円は1日で10円以上もドル高円安になり、その後もその流れは続きました。

〜1985年9月22日(日)プラザ合意・ドル高是正

レーガン大統領の時代のアメリカは財政赤字と貿易赤字(双子の赤字)が構造的に定着し、第一次世界大戦後初めて純債務国へと転落しました。
そして、ドル安によって米国の輸出競争力を高め、貿易赤字を減らすことを主目的として、1985年9月22日(日)、過度なドル高の対策のためにアメリカの呼びかけで、ニューヨークのプラザホテルに先進国5カ国(日・米・英・独・仏=G5)の大蔵大臣(米国は財務長官)と中央銀行総裁が集まり、会議が開催されました。この会議で、

●為替レートの調整によって対外不均衡の是正が可能であり、また有効である
●為替レートは各国のファンダメンタルを反映すべきである 
●為替レートの調整は主要通貨の対ドルレートの上昇によって行なわれ、各国が直ちに介入によってこれを実現する

この会議は秘密裏に行なわれ、マーケットではまさに寝耳に水の状態でしたので、翌23日(月)には、合意が明らかになって最初に迎えたオセアニア・東京市場からドル売りが殺到し、1日で1ドル=240円レベルから10円もドル安円高になりました。

(続く)
メンテ
固定相場制と変動相場制 2 ( No.287 )
日時: 2018/06/22 13:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XL1EK4vY

固定相場制の利点

・物価が安定する。
・安定した為替で経済の見通しが付きやすい。
・財政政策の効果が大きい。
欠点
・他国との経済力の関係に変化が起きた時に対応できない。
・他国の経済情勢の影響を受ける。
・金融政策の効果が薄い。
・投機に狙われる。


こんな感じですかね。
利点の説明
・物価が安定する+安定した為替で経済の見通しが付きやすい。
常に同じ価格でモノが売れ、モノが買えるので物価は安定しますし、経済の見通しが付きやすいです。
・財政政策の効果
財政政策によって金利が上昇しても、海外からの資本流入によって金利が下がるので財政政策の効果が大きく発揮されます。

欠点の説明
・他国との経済力の関係に変化が起きた時に対応できない。
そもそも固定相場制は理論的には、国際的通貨の価値を一定にする代わりに、国内経済の好不況と物価を変動させるシステムです。
つまり、日米両国があり、日本に比べアメリカの経済力が落ち込んだら、アメリカの物価(アメリカ人の給料)を下落させる事、もしくは日本の物価を上昇させるによって、均衡を保つという制度な分けです。
しかし実際は、賃金は労組などの影響で余り下げることは出来ず、価格も小売店やメーカーの意向によって下がり難いわけです。
そうするともっと安く作れる日本の企業がもっと安い輸入品を売りつけてくるので貿易は不均衡なモノになります。

例えば、日本とアメリカの経済力が1:100あり、当時の円ドルレートが100:1だったとします(現実のレートではありません、簡略化したモデルです)。
この時は、お互いギブアンドテイクで貿易が成り立つわけです。
しかしここで日本が技術革新を起こし、今より安くモノを作れるようになったとします。
その場合、日本からの輸出は増え、海外からの輸入は減るでしょう。

これが、もし変動相場でしたら貿易黒字は円高を招き、日本製品の海外価格(ドルでの価格)は上がり、海外製品の輸入価格(円での価格)は下がるので貿易黒字は自動的に調整されていきます。
しかし、固定相場制の下では為替は一定ですから調整機能はありません。ただ只管貿易黒字が外貨準備として積みあがっていくだけです。

まだ貿易黒字の場合はマシです。ドルが余り円が足りないのですから、円を輪転機で刷ればいいわけです。
しかし、赤字の場合は悲惨です。
まず、自分で作るよりも輸入した方が安いから何でも輸入するわけです。しかし、輸入しても輸出をするものが無ければ、いずれ輸入代金であるドル(外貨準備)が足りなくなります。そうすると輸入が出来なくなるわけです。
資源などの輸入が止まればインフレが起こり、さらに国内外の価格差は広がりどうしようもなくなります。
その結果、国内の生産者は大打撃を喰らう事になるでしょう。
多少のダメージは生産者の発展を促す活力になる事もありますが、立ち直れないほどぼろぼろになってしまうとどうしようもないわけです。

・他国の経済情勢の影響を受ける。
固定相場の下では、海外でインフレが起こると輸入品はそのまま値上がりします。これが国産で大寒出来るならば良いのですが、出来ない場合外国のインフレの影響をモロに受けます。

・金融政策の効果が薄い。
固定相場の下では、金利を下げると海外からの資金が流出してしまうので金利が下げられません。
1ドルが常に100円であれば、日米どちらかの金利の高い預金口座を選ぼうかという話になるわけです。
これが間に変動相場だと、円の金利が上がった場合資金が流入するので円高が進みます。そのことにより資金流入はとまり、逆に資本輸出が活発になるので均衡が取れるわけです。

・投機に狙われる。
通貨のレートがあまりに現実からかけ離れていると、通貨のレートを変更するわけです(切り上げ、切り下げ)。しかしそんなこと皆分かっているわけですから、その頃には切り上げられそうな通貨に買いが、切り下げられそうな通貨に売りが殺到します。

(引用終わり)

前述の記事は、複数のサイトから集めてあります。
確かに、この図式で追えば、ユーロ危機の説明として理解できます。
ところが、中国が未だに固定相場制でやれていることは、説明を避けているようです。

この理論から、全部でなくてもはみだしているのではないかと推測します。
中国が、今後、固定相場制を取り続けることが出来るのか、変動相場制に移行したとしても従来のそれに当てはめて考えることが出来るようなものであるか、興味を引くところです。
また、そのはみだしたものが何かと言うことを追求したく思います。

古代からとは、思いますが、通貨制度は常に通貨の合理性(利己主義)を前提に存在してきたと思います。
そうして経済理論と言うものは、常に現状を追認するだけを繰り返してきました。
通貨制度を動かす、根本に検証を加えることはなかったのではないでしょうか。
当然、先哲もそれに挑戦したと思いますが、それは本当に不可能であったのでしょうか。
今後も不可能としてあきらめなければならないのでしょうか。


メンテ
あーあっ! ( No.288 )
日時: 2018/07/13 17:18
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:NWKoiaXw

深刻な構造的格差の問題を世界中に広げ、グローバル化を突き進む市場主義経済の有り様は手が付けられない。
現代社会の多くの問題は、この格差の問題が起因している事は明白である。

一部の人たち以外は、一生懸命に働いても十分な収入が望めず、消費は停滞し、資本は、その様な層を見返ることなく、新たな市場を求めて動きまくる。

中国、インドの巨大市場があるかぎり、市場主義経済は活気を呈して動くであろうが、取り残された先進諸国の底辺は、既に市場主義経済の破綻の中に低迷を続けている。

時の政権は、救済すべき国民の層を見ないで、一部の人間の為に、より活性化を支援している。
これに拠って世界中の経済の繁栄の成果として、各国の上層の人々の生活レベルを競い合う事に狂奔する。
弱者の意見など、誰も見ようとはしない。

どうして、このようになるのか!
民主主義の政権と言うものは、いわば雇われ内閣と同じで、せいぜい4〜8年の任期で終わる。
官僚社会と同じで短い任期で成果を見せる事に専念する為、根本的な問題に取り組もうとはいない。

10年も20年も政権から遠ざかって」いる野党ですら、目先の問題意識よりしていない。
安倍内閣退陣論が華やかであり、安倍自民党政権のやる事を糾弾し嘆きの声はあるが、どうにもならない。

現代社会が抱える、市場主義経済のシステムが抱える大きな問題の解決なくしては到底解決できないおである。
安倍自民党は、それをしないから非難されるべきであるのだが、
それを知ってか知らざるか1
非難する方も、実際は何をどうしないかと、解ってやっている訳ではなく、只、漠然と不平を言っているだけである。

だから、安倍を引きずり降ろして他の人間を首班に選んでも、野党に政権を託しても同じことであり、我々が望んでいる改革など出来はしない。

このような状態が、既に20年以上も続いている。
小沢が自民党を出て新進党で政権を取った時、どれほどの改革が出来る期待したものであったが、小沢自身に世界の問題の根本の認識がd系ていなかった。
要するに、単なる権力争いが続いていただけのことであり、政策の選択の問題ではなかったのである。

どころで、それなら絶望かと言えば、そうでもない。
このスレッドでは、始めから繰り返し現況の市場主義経済のシステム(理念)を変えなばならないと言うテーマで取り組んできた。

たとえば、今、野党が、通貨発行権を国家に取戻し、政権の政策の為の通貨の増刷も見込んだ通貨管理をすると言う提言をすればどの様になるか。

私は一も二もなく、その野党を支持し、政権を託したい。
多くの問題も出てくるが、必ず社会は大きく変わる事が出来る。

その内容は、このスレッドで随分書いて来たのでここでは省略するが、既にアイスランド、ハンガリーでは実践していること。
理論的にも成り立つことである。

現代の2世、3世の家業的政治屋、当座のつじつま合わせに専念してきた頭でっかちの無能官僚上りでは、将来社会のリーダーなど、到底望むべくもない。

かつての民主党のホープ、原口など、ベーシック・インカムという言葉を聞いて、えっ!という感じ。
こんな程度の奴に何を期待しても始まらない。

立憲民主党の枝野!
奴の経済音痴も甚だしい。

かつて満天下さんが、民主政権時代に枝野の講演を聞き行かれ、質問もされたが、枝野の無能ぶりに呆れ返って報告されていた。
現在では野党第一党などと自惚れているが、立憲民主党は経済政策を明確に提示していな。
自民党との違いなど出せないし、経済の現状を把握する能力すら自民党に相当劣る集団でしかないのである。

その様な立憲民主党が野党第一党などと言っているうちは、政治は変わらないこと請け合いである。
民主党の時と役者が違うだけで同じ芝居をしていることに、皆さんは気が付かない。

民主党政権の失敗は、時間がなかったのではなく、全く無能力であったと言う事を認識しなければならない。



>通貨発行権を国家に取戻し、政権の政策の為の通貨の増刷も見込んだ通貨管理をする

このような政策など時が来たら自民党の方から出すであろう。

要するに野党とは、無能力集団であることの証明である。




メンテ
EUとのEPA協定発効! ( No.289 )
日時: 2018/07/18 11:09
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:mFpoqXmw

EU諸国とのEPAが来年から発効すると言うニュースが流れている。
新聞の紹介では、ヨーロッパのチーズ、ワインが安くなるが、我が国のの林業は厳しくなると書いている。
身近なチーズ、ワインが安くなると言うフレーズで、それも良いかな!、という印象を与えEPA条約の結果、生じる不利益には触れないようにする。

実態は、その様な事ではないであろう。
EPA条約で一番得をするのは自動車業界、及び我が国の先端技術を発揮できる企業群である。
例によって輸出企業の後押しをするのが唯一の経済政策と思っている財界傀儡政府では、我が国の国民生活を守ると言う使命など期待できない。

一部の企業群の利益を上げさせ、代わりに多くの国内産業を犠牲にする事を何とも思わない売国奴政権が何十年も好き放題やっている。
貿易による10兆円の利益を上げるのは数十社、安価な輸入製品に対抗出来ず破綻していく企業は何千社。
貿易とは、如何なる協定をぬ結ぼうとも結局はフィフティ、フィフティ、輸出と輸入のバランスは維持されるもの。
一部の国愛企業を成績を上げさせるために、その100倍の企業を犠牲にして、何が繁栄と言える。


GDPだけが繁栄の指標ではない。
我が国ではト―タルびGDPが世界3位でも、国民一人当たりのGDPが23位である事が、この事実を物語っている。
要するに多くの国民を犠牲にしてまでも、優良企業の後押しをして総合の成果だけを上げて来たのである。
それが繁栄だと思い込んでいる。
経済政策において、それより思いつかないクソ共が政治を、行政をしているのである。


WTOなど、ユダ筋が支配する世界経済組織に翻弄されて数十年、グローバル化の影響による格差は世界中に広まっているが、未だに経済成長率のみを重視し、GDPの拡大ばかりを目指している。

TPP加入の問題もつい先ほど議論となっていて、もはやみんなの関心も薄れたようだ。
そのTPPも、いわゆるEPA条約の一種。

貿易の障害を除こうとする条約には、次の二種類がある。

>自由貿易協定(FTA)

特定の国や地域の間で,物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減・撤廃することを目的とする協定[2]。

>経済連携協定(EPA)

貿易の自由化に加え,投資,人の移動,知的財産の保護や競争政策におけるルール作り,様々な分野での協力の要素等を含む,幅広い経済関係の強化を目的とする協定。

※ おっとどっこい!

何時の間にか「障害」と決めつけているが、「関税」は、互いの国を守るためにかんがえられた制度。
何が障害なのか。

強引に商品を売り付けたい奴の「障害」であろう。

「素直に関税率を考え直そうではないか!」

と言えば良いのに、障害ときた。

誰の発想か!

ところが世界中の国がユダ菌の暗示にとりつかれ、我も我もと貿易協定を結びたがっている。
まあ、我が国が一番の交渉べたで、結果として基本的な我が国の国力を落としていることに気が付かない。

特に安倍等の低能児では相手の思うつぼ。


まあ、まあ、憤怒発言がこれくらいにし、ついでに我が国が結んでいる、結ぼうとしている、どうでもよい、貿易協定を紹介しておきます。



外務省によると、日本はFTAだけでなくEPAの締結を軸に求めている[5]。理由として、関税撤廃だけでなく、投資やサービス面でも、幅広い効果が生まれることを期待していることによる[5]。

日本・シンガポール新時代経済連携協定:2002年11月30日発効(改正議定書2007年9月2日発効)
日本・メキシコ経済連携協定:2005年4月1日発効(改正議定書2012年4月1日発効)
日本・マレーシア経済連携協定:2006年7月13日発効
日本・チリ経済連携協定:2007年9月3日発効
日本・タイ経済連携協定:2007年11月1日発効
日本・インドネシア経済連携協定:2008年7月1日発効
日本・ブルネイ経済連携協定:2008年7月31日発効
日本・ASEAN包括的経済連携協定:2008年12月1日より順次発効し、2010年7月1日に最後のフィリピンについて発効し、すべての署名国について発効となった。ただし、インドネシアについては、国内の実施のための手続きが遅れ、インドネシアの財務大臣規定が2018年2月15日に公布され、2018年3月1日より施行されたことにより、2018年3月1日より、協定の運用が開始され、日本とインドネシアとの間ではAJCEP協定に基づく特恵関税率(注1)が適用されることになった[6][7]。
日本・フィリピン経済連携協定:2008年12月11日発効
日本・スイス経済連携協定:2009年9月1日発効
日本・ベトナム経済連携協定:2009年10月1日発効
日本・インド経済連携協定:2011年8月1日発効
日本・ペルー経済連携協定:2012年3月1日発効
日本・オーストラリア経済連携協定:2015年1月15日発効
日本・モンゴル経済連携協定:2016年6月7日発効
環太平洋パートナーシップ協定(TPP):2016年2月4日署名[8]
環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP、TPP11):2018年3月8日署名[9]
日本が交渉中のEPAの一覧
東アジア地域包括的経済連携(RCEP)
日本・EU経済連携協定(交渉妥結)
日本・カナダ経済連携協定(交渉延期中または中断中)
日本・コロンビア経済連携協定
日本・トルコ経済連携協定
日本・韓国経済連携協定(交渉延期中または中断中)
日中韓自由貿易協定
日・GCC(湾岸協力理事会)自由貿易協定(交渉延期中または中断中)
日ASEAN・EPAの投資サービス交渉(実質合意)


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自由貿易! ( No.290 )
日時: 2018/07/26 16:00
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:22.5l3vo

自由という言葉にまぎらわされて、自由である事が至上の様に思い込んでしまっている事について、

今度は、EUとトランプが貿易摩擦を起こしている。

>2日、トランプ米大統領が自動車の輸入制限に踏み切った場合、米側に最大で2940億ドル(約32兆円)相当の被害が出る可能性があると警告する書簡を米当局宛てに送ったと発表した。EUは米国の鉄鋼・アルミニウム製品への輸入制限に対抗し、既に米製品に報復関税を発動しているが、トランプ氏は欧州車に20%の関税をかけて「再報復」する意向を示しており、双方の対立が泥沼化している。

 書簡送付は6月29日付。EUなどが実施する米製品への報復関税によって「米経済は著しく悪化する」と指摘し、米国の総輸出額の約5分の1に相当する最大2940億ドルの被害が米輸出産業を直撃すると警告している。

 米国の輸入制限は米通商拡大法232条に基づく「安全保障上の脅威」が根拠となっているが、書簡では「自動車の輸入は安全保障と関係なく、正当化できない」と批判。昨年、米国に拠点を置くEU企業が約290万台の自動車を生産し、全米各地で12万人の雇用を支えていることを示し、「欧州の自動車メーカーは米国の福祉と雇用に大きく貢献している」と強調している。

 EUは6月22日に米国の輸入制限への対抗措置としてハーレーダビッドソンやバーボンウイスキーなど米共和党有力議員の地盤の名産品を中心に28億ユーロ(約3600億円)相当の報復関税を発動。これに対し、トランプ氏は「全ての欧州車に20%の関税をかける」と再報復する方針を示している。

(引用終わり)

上の文章を読んでいるだけは、何が良いのか、悪いのか解りはしない。

互いに関税をかけあい、貿易が停滞する事が双方の経済にとって好ましく無いように書かれている。
自由貿易を至上とした考え方に基づいている。

この様な論調が新聞テレビ等で報道されると、我々一般国民の生活にも悪いことが起きるように思ってしまう。
これが問題なのだ。

関税とは、元々国同士で、それぞれの国の経済力を考慮して双方の国の経済を守るために作られてきたもの。
このような制度が、何時、不要になったのか。

近年、先端技術の発達、生産技術の発達は目を見張るものがあり、技術先進国との格差は広がるばかり。
関税が不要となる、如何なる理由もない。

それぞれの国家の経済環境を無視して、技術力にものを言わせて自国で作った商品を相手国に強引に輸出しようとする、その行為自体は、市場主義経済の理論に則しているのではある。

また、安価な商品の流通には、どこの国の国民も異を唱えないことも確かである。
グローバル化を推奨する組織、専門家は、商品がより大量に流通する事で経済のパイが広がり、経済は活性化すると言う。

ところがね、幾ら安くなっても商品を購入するには金がいる。
金は働かねば手に入らない。

商品が豊富にあっても、それを買えない人も多くなってきている。
それが我が国における消費の低迷であり、国としての経済力の割には、先進国としては、国民一人あたりの所得が低く格差が拡大している証拠であるが、誰もこれに手をつけず、三本の矢などと称して、輸出を増やす事だけが使命と思っている馬鹿がいすぎる。

自由貿易、グローバル化の表面だけを見ていれば、なるほど、安価な商品が洪水のように出回ってくる。
豊かに思える。

しかしながら、同時に自由貿易を追求した結果、成り立たなくなる国内の企業続出している事を忘れてはならない。
多くの場合、グローバル化に強い企業は、巨大資本に支えられ生産の効率化が進んだ企業であり、中小零細の手仕事の割合が多い企業は弾き出される運命にある。

輸出企業の業績が上がっても、雇用はそんなに増えず、グローバル化で潰されていく企業の雇用喪失を埋めることは出来ない。
雇用を失った者は、同じ条件で他の職を得ることは出来ない。
第三次産業へ流れて行くか、大きな企業の、トンデモない安価な下請けに甘んじることになる。

それが世界中で起きている格差の原因である。

トランプが大統領選で言い出した事は、こうした国内の労働者に雇用を提供すると言う約束である。
その意味では、国内産業保護のために関税をかけて輸入を制限すると言う発想は理にかなっている。

トランプのやり方は強引で自分勝手の様に評価する人間がいるが、何処かの国の馬鹿首相、議員とは違って、彼は有言実行しているのである。

ところが世界中の経済の専門家、WTO等の組織、G20と言った経済会議は、これを善しとしない。
彼等はすでにユダ菌など資本の僕に過ぎず、資本が効率よく動くことのみを求めて活動している。

経済を言うものを、その総計の数値のみで判断するクソ共であり、そのクソか見れば、冒頭に引用した文章が出てくるのである。

世界中の政治家は政治の使命を忘れ、ひたすら経済の統計的発展を使命として久しい。
自由経済は人間社会の成果であると同時に、人間社会を破滅にも導く諸刃の剣になってしまっている事を自覚しなければいけない。

そういう時代に、何という政治家の無能ぶりか!
トランプも、その実、世界の人々の為を思ってやるほどお人よしではなく、あくまでもアメリカの為、強いては次の選挙に勝つためのパフォーマンスとも取れる。

しかしながら、この時期、この問題を60年ぶりに提起する意義は認めてやらねばならない。
私は、トランプに掻き回されて世界中に貿易摩擦が生じ、関税のかけ合いになる事を望む。

為替相場も固定相場制が復活すれば良いのである。
その昔、世界の国々は貿易に関税をかけ、為替相場を決めて国づくりをしてきた。
それが何時の間に不都合となったのだ。

FTA、EPAなどと自由貿易協定が蔓延する現代社会、それは国民生活にとって歓迎できるものなのか。
民主主義の名の下に安価な商品が買えるという事だけで狂奔し、全体を、他人を見ようとしない風潮が資本の独裁を招いていることを理解しない。
資本主義と民主主義は双子の関係とは良く言ったものだ。


ついでに言って置きます。
野党たる者、時の政権に期待できない国民の根本問題、経済の根本的な課題に取り組んでこそ意義がある。

しかるに現在の野党の人間は、この問題を深刻に受け止めもせず、能力もなく、責任感もない。
そんな野党が考える事は、次の選挙での身分保証の事だけで、安倍批判を繰り返す。

国民に真に訴える何物も持たない野党など存在の意味すらない。
自民党政権のガス抜きの役割をさせられているだけ。


メンテ
日立製作所は、英国での原発計画をめぐり、現時点で中止すれば最大約2700億円の損失が生じるとの見通しを示した。 ( No.291 )
日時: 2018/07/30 15:00
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8npwd4BQ

日立製作所は、英国での原発計画をめぐり、現時点で中止すれば最大約2700億円の損失が生じるとの見通しを示した。着工の可否は来年中に判断する。着工への手続きや調査にも費用がかかり、中止決定が遅くなれば、損失はさらにふくらむとみられる。

>日立製作所が英国で進める原発事業をめぐり、日英両政府が官民で総額約3兆円を投融資する資金枠組みについて大筋で合意したことが分かった。出資額4500億円のうち、日立の出資は3分の1にとどめ、日英で折半する融資額2兆2千億円の日本分には政府保証をつけるなど、異例の手厚い政府支援で原発事業のリスクを肩代わりする。ただ、事業で損失が出れば国民負担につながりかねない。

 複数の関係者によると、両国政府は昨年末、今回の枠組みについて書簡を交わして確認した。対象となるのは日立が英西部アングルシー島で計画する原発2基の事業で、2020年代半ばの運転開始をめざす。

 日立は12年、英国の原子力事業会社ホライズン社をドイツの電力会社から約900億円で買収したが、今回の枠組みはこのホライズン社の事業への投融資が柱だ。出資額は日立と日立以外の日本側、英国側の3者が1500億円ずつで、日本側の出資は政府系の日本政策投資銀行や大手電力会社などが想定されている。

(引用終わり)


原発などは、その国の責任で事業をするべきで、何も日本が資金面まで関わる事は無いはずだ。

それを総事業費3兆円のうち、1兆1000億円を日本側が調達するなど、その様なリスクを負ってまで商売する必要はないだろう。
1兆1000億円のリスクも日立やそれを支援する銀行の責任でやればまだしも、日本政府の保証が絡んでいる。
保証とは、見字通り損失が出れば日本政府が肩代わりすると言うもの。

冗談ではないぜ!
そんなこと国会で承認したのか。
国民が承知しているのか。

そこまでして企業の業績を上げねばならない理由はなにか。
政府の金、国民の金を利用して一企業の業績を上げるとは、企業も、政府も何を考えている。

この様な事は、単なる汚職に過ぎない。
関係した連中は、全て逮捕、投獄すべきである。

しかしながら、実際は、このように企業と政府の癒着は際限なく行われ、一般の人間はニュースにでもならねば知ることが出来ない。

だいたいね、企業活動と言うものを、どの様に捉えるべきか。
企業の規模が拡大しなければならないと言う法則は正しいのか。

需用がないから無理やり需用を生み出し事業の拡大を図る、なりふり構わぬさもしさが、社会を歪なものへ方向付けている。
産業には需要に見合った適正規模と言うものがあり、地域ごとに、それを認めて営業を考えることも大事なのだ。

グローバル化の名の下に自社だけが成長するべく猛進する、その弱肉強食の姿勢を制御しなければ、やがて産業と言うものは自滅する。
少なくとも国民の日常生活を支える産業体系は崩壊する。

市場主義経済を続けるのは良い。
しかしながら、政治は国民の為の産業構造を担保する責務がある。
自由主義経済だから産業界が何をしても良いと言う事にはならない。

それが政治であるべきであるのに、現実の政治は企業とつるんで、全く異なる方向へ進んでいる。
誰が、これを指摘するのか、
誰がこれを糺すのか。
メンテ
日銀が金融緩和政策の一部見直しを発表 ( No.292 )
日時: 2018/08/01 13:04
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:5lzEmkPM

 日本銀行は31日の金融政策決定会合で、金融緩和による「副作用」に配慮した政策修正を行うと決めた。長期金利操作の手法を見直して一定の金利上昇を容認することや、上場投資信託(ETF)の購入額を減額する可能性があるとした。超低金利による金融機関の収益悪化や年金保険の運用難などの悪影響に対応する。物価上昇率は目標の「2%」にほど遠く、緩和の長期化が必至となったため政策を見直す。

異次元緩和に窮余の延命策 黒田総裁、会見で何を語る
 日銀は会合後の声明文で、長期金利の誘導目標は従来通り「ゼロ%程度」とする方針を維持したうえで、「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」の方策として、「金利が変動しうる」ことや、現在は年間80兆円をめどとしている国債購入額について「弾力的な買い入れを実施する」ことなどを明記。ETFについても、「買い入れ額は上下に変動しうる」とした。

 一方で、緩和を弱めると受け止められることを避けるため、現在の超低金利の水準を「当分の間維持することを想定する」とも明記した。「フォワードガイダンス」と呼ばれる手法で、来年10月に予定される消費増税の影響にも配慮した。

 日銀は今後、長期金利操作を柔軟化する。日銀は国債を市場で大量に買い、長期金利の指標となる国債利回りを「ゼロ%程度」に抑えている。これまでは0・1%程度までの金利上昇を許容してきた。今後は上昇の許容範囲を広げ、0・1%をある程度上回っても無理に金利を抑えないとみられる。

 民間金融機関が日銀に預けるお金の一部に、年0・1%の手数料をかけるマイナス金利政策は維持する。

 金利水準を上向かせるのは、2016年9月、マイナス金利による過度な金利低下を防ぐため長期金利操作を導入して以来となる。

 株価指数などに連動する上場投資信託(ETF)の買い入れでは、年約6兆円の購入額は原則として変えないが、東証株価指数(TOPIX)に連動する投信の買い入れ比率を現在より増やす一方、日経平均株価に連動する投信は減らす。

 日経平均連動の投信は構成銘柄が比較的少なく、個別銘柄の値動きへの影響が大きく、日銀が実質的な大株主になる弊害も大きいためだ。

 政策修正は、物価が想定通りに伸びないことが背景にある。会合でまとめた「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」では、18年度の物価上昇率の見通しを、従来の前年度比1・3%から1・1%、19年度は1・8%から1・5%、20年度は1・8%から1・6%にそれぞれ下方修正した。目標の「2%」はほど遠い。

 会合では物価が伸び悩む理由を集中的に討議し、展望リポートでは、競争環境が厳しさを増していることなどによる価格押し下げ圧力が働いていることなどを強調した。そのうえで、今後も粘り強く金融緩和を続ける必要があるとした。

 開始から5年以上がたった大規模緩和が、さらに長期化するのは避けられず、日銀はより副作用に配慮した政策運営が求められると判断し、政策を修正することにしたとみられる。

 金利操作の見直しは、政策委員9人(総裁、副総裁2人、審議委員6人)のうち、賛成7、反対2の賛成多数で決めた。

(引用 1 終わり)


しかし、以下に書くようにこの5年間の日銀の金融政策については、私の評価は決して高いものではありません。日銀は世界に先駆けて政策金利をゼロまで下げなければならない状況(ゼロ金利下限)に陥り、それから長い間苦闘しています。そんな前例のない状況では、過去の金融政策を顧みるだけではどうにもなりません。今、金融政策に必要なのは行政官の手腕以上に経済理論からの知見であり、この意味では金融政策決定会合には平時以上に経済学者の知恵が必要な時だと考えています。

物価上昇目標と黒田総裁の下でのこれまでの5年間

黒田総裁が2013年に就任してからの日銀は、最初の金融政策決定会合で物価上昇2%目標(ただし、この導入時はまだ白川総裁)と量的緩和の組み合わせを主とする、異次元緩和と呼ばれる金融政策が打ち出され、量的緩和のためにマネタリーベースが操作目標とされました。以上で述べたゼロ金利下限に対して、この新しい金融政策手法は、物価上昇期待を起こすことで(予想)実質金利を下げること(リフレーション政策)にあったのは明らかです。(「日銀の総括的検証、何のため?・前篇」参照。)つまり、異次元緩和を始めた当初の日銀にとって、物価は実質金利を下げるための手段か少なくとも中間目標であり、この金融政策が波及していく起点だったはずです。だから物価上昇目標には、日銀独自に2年という期限を設定したのでしょう。でないと物価予想が定着して、企業が設備投資の計画の修正や決定には更に半年から一年はかかるので、政策が総需要や生産に波及するのに5年では足りなくなるかもしれません。

デフレは貨幣的現象と言われますが、デフレ(物価)は貨幣価値に関する概念ですからそれはある意味当然です。しかし、だからマネタリーベースを増やせば直ちに物価が上がると主張するのは、あまりにも短絡的で論理に飛躍があります。

(引用 2 終わり)

安倍内閣までも同じことであるが政府は我が国のデフレ状態を脱するために、物価の上昇を求めて来た。
日銀は、金融緩和(金利)と総量緩和(マネタリーベースを増やす)政策をとり、国民に金が行きわたり消費が伸びて物価も上昇する事を望んだ。

これは住宅ローンなどの金利が下がり、建築意欲を高める事にはなったが、建設業界も仕事不足で仕事の取合いをし建設費の上昇にはつながらないばかりか、最近の住宅建設はハウスメーカーが半分以上を受注し、結局は数少ない大手ハウスメーカーを潤す事になった。

片方では人件費の削減を求め非正規雇用が増え、日銀の金融緩和の恩恵も国民の末端には届くことが無かった。
もともと、物価の上昇を国内景気の指標とするなど邪道であり、経済政策が如何に無能であるかの証拠である。

結局は5年間の金融緩和政策の利益は、大手企業の懐を潤す結果以外に何の役にもたっていない。
それとは別に金融機関は金利の引き上げを常に要求してきた。
金利は金融機関の究極のしのぎであり、わが世の春を追い求めるのである。

金利引き上げの理由に、金利によって余生を送っている者の救済を言っているが、要するに、飽くまでも豊かな者を刺激し、豊かな者に頼って経済を維持しようとするものである。

しかるに、預金に頼って生活するものなど、既に人口の1/3もいない。
後の2/3以上の国民を切り捨てて国の有り様を考えようとする、政府の全ての政策に合せているのである。

豊かな者を刺激し、物価が上昇しても、2/3の国民はさらに困窮を深めるもの。
このような、事が何故理解できないのか。

この意味で、日銀の黒田総裁は、良くやってきたものと考える。
しかしながら、本当に国民経済を安定するものではなかったし、そのための方策を探るどのような試みも彼には期待が出来ないことも確かではある。


最後に

>現在は年間80兆円をめどとしている国債購入額について

この意味は、年間80兆円の赤字国債を日銀が引き受けることで発行し続けて来たと言う事になる。
要するに通貨の増刷(ヘリマネ)であるのだ。


(ついでに、求められる経済政策とは)

どの道、年間80兆円の通貨の増刷をしているのである。
これを100兆円に増やし、その金で年金、社会保証を充実させる。
老後に不安が無くなった人たちは、消費に走る。
消費が増えれば雇用も増える。
こうした循環こそが経済政策であろう。

国債と称して受動的に借金を増やしても溜まる一方。
そのうちに(そう遠くない将来)国の債務残高は3000兆円を超えるであろう。

国の債務が数千兆円になったとしても、我が国では国家の破綻は起きない。
ややこしい事をしなくて、金利のつかない通貨の増刷をすれば良いのだ。
通貨に関する基本的な概念の変革が必要なのだ。

中国の躍進は政府が元をどんどん増刷し、大きな企業を推し進め、民間の企業がついて行く。
その中国も都市と地方の酷い格差があるが、あらゆる方面で伸長を遂げ世界に打って出ている。

金融政策は「卵が先か、鶏が先か」の様なもの。
何故、日本は大胆に、勇敢に取り組めない。

政治屋共が、恐ろしく小人物で無能で、政治とは権力を握ることのみと考えているのだ。
野党も含めて。
メンテ

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