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[1711] 経済の話し
日時: 2013/03/12 23:22:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:1363098145

最近、阿修羅掲示板に良く投稿される「あっしら」のサイトへ行ってみました。
ttp://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/index-as.htm

HNは「あっしら」と名乗られているが経歴は解りませんが、資本主義経済のシステムが持っている色々な矛盾を説く解す能力豊かな、経済に強い確かな方と見受けしました。
その一部を転載します。



「供給=需要」の向こう側 <想像力から創造力へ> S子
         
「利潤なき経済社会」を興味深く、また、意義深く読ませていただ
いております。資本主義経済において、結局、私たちが見誤ったも
のは、マネーにおける「目的」と「手段」をはき違えたことにある
のは間違いないだろう。経済活動における潤滑油とはマネーであり
、そのマネーが滞ることなく流通し、循環してこそ経済の活性化を
見ることができ、個々人としての生きる活動も活発化してくる。

それはまるで私たちのからだを流れる血液のようなもので、血液が
さらさらの状態であれば私たちは健康で日々を無事に過ごすことが
できる。が、血液がどろどろ状態になり、この流れが悪くなり脳で
詰まれば脳梗塞が起き、その部分の脳組織が壊死してしまい、私た
ちは失語症になったり、半身不随になったりする。

資本主義も当初はマネーがモノを交換するための「手段」として流
通していたが、資本主義が成熟してゆくにつれて、いつの間にか「目
的」と化した。マネーの目的化はつまるところ全てを目的化させてし
まい、私たちにあらゆるものの「本質」を見る目を喪失させた。
これは事実である。

そして、それが「供給=需要」という経済活動を必然的に生じさせ
、モノに溢れた社会が誕生した。「供給=需要」という経済活動は
よくよく考えてみれば、「与えられた人生」を送ることになり、
そこには自主性や主体性はなくても私たちは「与えられたモノ」を
購入し、そこそこ無難な人生を送ることができる。

私たちが無難だと錯覚し、安心してしまうのは、周囲が皆「与えら
れたモノ」である「同じモノ」を持っているからである。つまり私
たちは「与えられた、同じモノ」を持つことによって人生の安定や
幸福の尺度をはかっていた可能性がある。「供給=需要」という経
済活動では、人間の欲求すらも本質から遠ざけてしまうということ
である。

本当に自分が欲しいモノだったのか、他人が持っているから欲しい
のか、テレビコマーシャルで見たから欲しくなったのか、売り込み
にきたから購入したのか、ないと困るほどではないがあって困るほ
どでもないので購入したのか等、心から欲しているものではなく、
供給されたから需要したという構図が自然と生まれる。それを自分
の欲求があったから買ったと、私たちは錯覚しているにすぎない。

こうして私たちは「与えられた人生」を無難に安定して生きること
で、「危機感」を抱くことなく日々を過ごし、人生を終える。人間の
三大欲求であり生きる基本の「食・性・寝」も既にこの「供給=需
要」という経済活動に組み込まれ、マネーの目的化とともに人間と
しての本能を私たちは喪失しかけている。現代人はこの自覚すらも
ないという悲しい状況におかれているのである。

しかし、マネーの目的化による「供給=需要」という経済活動では
経済成長が持続できないどころか、経済の空洞化を生み失業者を増
加させ、個人としての生きる活動が阻害されてしまう。そのことに
気づいたのが、今回の欧州連合憲法批准拒否の仏国民である。拡大
EUの存続に待ったをかけた格好となったが、「危機感」を抱いた彼
らの人間的本能はまだ廃れていないどころか、十分に健在である。


(中略)

ひるがえって日本を見れば、「供給=需要」人生が非常に行き届い
ており、大人も子供も主体性をなくし、自信喪失し、想像力にも欠
け生きる気力も無い状態に置かれている。だから米国の言いなりに
しか生きることができないのである。「供給=需要」という「与え
られた人生」を送ることは確かに楽ではある。が、そこには「自分
」というものがない。この人生を生きる「自分」がないのである。

だから真の喜びや真の悲しみを味わうことはまずないだろうし、
そこそこ無難で安定した人生を送ることで「危機感」を覚えること
もまずないだろう。実はそれこそが問題なのである。「危機感」を抱
くこともなければ、正直な話がまともに「自分」とは向き合えない。
「自分」という人間のこともわからずして終える自分の人生って一
体何??ということになる。

マネーが目的化されることで「供給=需要」という経済活動が必然
的に生じ、「与えられた人生」を送ることで私たちは主体性を失い
、自信を失い、生きる源泉ともいえる想像力までも失った。また、
そういう場所さえも失った。想像力を失えばこの世で実現する創造
物さえもなくなるのである。つまり来るべき未来が描けない。

「利潤なき経済社会」ではマネーを手段に転落させることで、資本主
義の論理が大きく揺らぐだけではなく、世界の構造が大きく転換し
てしまう。これまで築き上げてきたもろもろが崩壊に直面している
と言っても過言ではない。それは日本が明治維新以降追求してきた
西洋文明であるかもしれないし、合理化の名のもとに推進されてき
た科学万能主義であるかもしれないし、それを基点とした物質文明
であるかもしれない。

「供給=需要」人生で「危機感」を抱くこともなくなった私たちが
、価値観の転換をはかることは容易にできそうもないのは明白だ。
しかし、マネーの目的化による「供給=需要」経済活動では世界は
やがて行き詰まる。価値観の転換は時間も要するだろうが、案外石
油の枯渇がその契機になりはしないかと、私は密かに思っている。
その「危機感」が「自分」と真剣に向きあうことになり、それが男
女双方への理解へと向かわせる。そこから男女双方の想像力が生ま
れ、それが創造力へとつながり実現化し、新しい未来が描けるとい
うものである。

(引用終わり)
メンテ

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サンドボックス制度 ( No.270 )
日時: 2018/01/28 12:31
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:mPj/gpzw

最近、政府は有望事業発掘を目的としてサンドボックス制度などをは発行しようとしている。
経済のグローバル化の影響で雇用の機会を無くす労働者が増えてきている事は承知しているのである。
随分と以前から、ベンチャー企業の後押しや、新エネルギー転換の促進など、いろいろと試みられて来た。
国家戦略特区構想なども、その一連の試みである。

今回のサンドボックス制度は、その名の通り子供が砂場で好きなように遊ぶのと同じで、新規事業を立ち上げるならば、既成の法令に捉われなくて済むようにすると言う事である。

たとえば、監視カメラを街の電柱など、至る所に設置し、スマホなどで、誰でもそれを利用する事などを言っている。
現在のところ、電波法で周波数が厳しく制限されていて、それは(個人個人では)出来ない事になっているそうである。

また住宅ローン等を組む時には、借り入れる方の収入調査をして、収入に比例した限度額を設定しているが、その限度を無くすと言う事が考えられている。

この様な施策など、幾らやっても、根本的には解決できないことは解っている。
監視カメラを無数に設置し、個人個人で活用できるようにするとしても、その経費は誰が持つか、結局は利用者負担となり、日常、その様な金を使える人は限られてくる。

ローンを組む時、収入制限がなくなっても、借りた金は返さなくてはいけない。制限があっても無理なのに、それ以上かりては生活が出来ない。
このような馬鹿げた施策を考えて、貧困対策(雇用対策)が出来たなどと考えている官僚、政治屋共は、本当の弱者の立場が解っていない。
己らが豊かすぎて、貧困の実態が解らない者が机上の空論を描いて施策が出来たと思っているだけ。

ところで、話が変わりますが、

グッキー氏が立ち上げられている「総需要管理政策」スレッドを見て欲しいもの。
グッキー氏は、従来の資本主義のルールに任せていては、やがて、経済のシステムから弾き出される者(雇用を失う者)が大量に発生する。
それを防ぐために、国民の生活に必要な需要の一部は政府が介入して確保すべきであると言う理論である。

需要、言い換えれば消費が起きるという事である。
需要が増えれば生産も増え、その分だけ労働者の雇用が発生する。

御分りの様に、需要とは購買力を伴った意志である。
需要を増やせと言っても、尽きるところは、消費者の金が問題。
多くの人に金が無いのに、需要を増やせと言っても増えるはずはない。

経済とは、面白い反面があり、何らかの理由で一旦、需要が増えれば、連鎖反応を起こして、生産、消費が繰り返される。
いわゆる、好景気、不景気の様相である。

しかしながら、最近言われている景気、不景気はトータルの経済指数の上だけの事であるので、実態は伴わず、景気、不景気の概念では困窮者の救済は出来なくなっている。

グッキー氏の持論は、最初に需要を喚起するためには、ヘリマネ(通貨の増刷)政策を取り入れ、たとえば公共事業などをする事によって需要を創りだせば良いとされている。

ここまでは、私はグッキー氏と同じ考えである。
グッキー氏のヘリマネ政策は、2、3年で良いと考えられているのに対して、私は少なくとも20〜30年、場合によっては永久に続けねばならないと、思っている点では意見が違っていた。

少なくとも、資本主義経済のシステムで万人が恩恵を受けるには、自然放任ではやってはいけない事は明白である。
政府としても、大きな面では、それを認識しているようであるが、その手法が、まだまだなっていない。

何時になったら、本当の資本主義の修正へ踏み切るのであろう。




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ブラジルの女性村 ( No.271 )
日時: 2018/02/01 12:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:bnV8UAI2

ブラジルの、とある山間に、ほとんど女性ばかりが暮らしている村があり、その村の女性たちが、男性との出会いを待ち望んでいるという。

この村はこれまでに何度かテレビグローボでも紹介されてきたが、7月下旬にもバラエティ番組「ドミンガォン・ド・ファウスタォン」のレポーター、カロウ・ナカムラが訪問、村を紹介した。

ただし、女性だけの村といってもこの村は、“離れ小島のファンタジー”とは状況はずいぶん異なるようだ。ノイヴァ・ド・コルデイロ(子羊の花嫁)という、聖書の一節に由来する村の名前からして、エキゾチックな雰囲気とはちょっと異なる。

村があるのはミナスジェライス州ベロオリゾンチ市郊外にある風光明媚な丘陵地帯。村の住人はほぼ女性で、村を管理しているのはもちろん女性。YAHOOアメリカ合衆国によると600人以上という住人のほとんどが、20〜25歳の独身女性だという。カロウ・ナカムラは住民の80%が女性だと紹介した。

結婚している女性や子供がいる女性もいないわけではない。しかし、村で暮らす男性は18歳になると出ていかなければならない規則なのだという。村の女性と結婚した配偶者も、村に留まることを許されるのは週末だけだ。

この村を女性が支配している理由は、19世紀まで遡る。1891年にマリア・セニョリーニャ・ヂ・リマという一人の女性がこの地で暮らし始めたのがすべてのはじまりだった。

愛する人とは異なる相手と強制的に結婚させられた彼女は家を出て、同時にカトリック教会から破門され売春婦同然に扱われた彼女は、村からは隔離された環境で生活をしはじめた。

コミュニティが形成されていったが差別や避難は続いたため、コミュニティでは村の住人を女性だけとすることにした。同じような環境におかれていた女性や女性世帯が集まり、時を経て、村は彼女たちにとってユートピアのような生活共同体となった。

現在、村では農作物も着るモノも食べるものも子育ても、個人の所有物は一切なく、皆で分かち合って生活しているという。

番組のレポートでカロウ・ナカムラは、彼女たちが作るトウモロコシやピーマンなどの野菜は都会の市場で売られている野菜と全然違って新鮮で香りも良いと紹介した。

そんな彼女たちが、独身男性との出会いを求めてアピールしていると、アメリカ合衆国YAHOO(8月27日づけ)も伝えている。ただし、あくまで村のルールに従うという鉄則のもとではあるが。この村の女性と結婚するためには、村の規律を順守しなければならない。

住人のネウマ・フェルナンデスさん(23歳)は「私たち女の子は、みな普通に独身男性と出会って恋に落ちて、結婚したり、関係を持って生きていきたいのです。みんなの夢はとてもシンプルなものです。ただし、私たちはみんなこの町を愛していて、結婚するためにこの町を離れることは考えたくありません」

インターネットを通じて世界中のどんな場所の人同士でも連絡が取れる昨今、ノイヴァ・ド・コルデイロ(子羊の花嫁)の女性たちの呼びかけに応じることだって可能だ。

https://rocketnews24.com/2014/08/29/481446/

(引用終わり)

この村の事が、最近テレビで放映されました。

目的は少し変則的ですが、いわゆる原始共同体を作っているようです。
本当の原始共同体と言うよりも、既成の現代社会の中に寄生して存在している様なものですが、市場主義経済の中で一つの反旗を翻しているようなものです。

ブラジルと言えば、過去にもパルマ農場と言う原始共同体がありました。

バルマ農場とは1922年にブラジルへ移住してきた2000人のレトニア人が拓いた移住地で、パルマとはそのうちの400名ばかりが独自に建設した集団農場の名前である。

http://www.gendaiza.org/aliansa/lib/palma.html

結局は破綻したようですが、もともと生活が苦しいものが個人で生きて行けないので共同して対応していたのであり、豊かになるにつれて、その子供、孫たちは、現代資本主義社会へ戻って行った様です。

最も、その現代資本主義社会のつらさから、ここへ逃げてくる(逃げると言えば御幣もあり、別の生き様を求めてと言う事も出来る)若者もいるようです。

話しが、少しそれてしまいましたが、人間の生活は元々助け合いなしには生きては行けなかった。
それが豊かになるにつれて、個人の権利、自由を求めて、いわゆる民主主義社会へと移行して来た。
しかしながら、当然の事ですが、個人が個人とし生きて行くには自己責任の部分が大きく成ります。

資本主義社会とは、その様な生活形態に即したシステムであります。
共同生活体を懐かしむ気持ちも解りますが、人間自身が我欲をコントロールできなければ、それは我儘と言うものでしょう。
それでも、グローバル化が進んだ現在、困窮者の間で、資本主義以前の生活形態への志向が起きてくるのも避けられないでしょうね。

「経済の話し」スレッドで、この話を取り上げるのは、共同生活体でも資本主義社会も人間の歴史。
人間の生活に合せたシステムを考えるのも歴史の内と考えたいからです。

文明史的見地から、人類は、もう一歩前進できるのではないかと思います。




メンテ
金融緩和政策とは  日銀黒田総裁続投! ( No.272 )
日時: 2018/02/10 22:08
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:hOdUlgbg

少しややこしい事になりますが、金融管理の事について説明します。

安倍内閣になってから日銀の黒田総裁による金融緩和政策の事がしばしば話題に上がります、

>黒田続投は既定路線、焦点は副総裁人事
日銀は2017年12月21日の金融政策決定会合で、政策変更を見送った。2017年は、次々と大幅な政策変更を繰り返した日銀総裁・黒田東彦が、初めて動きを止めた年となった。

一方、総務省が12月26日に発表した17年11月の完全失業率は2.7%で24年ぶりの低水準。17年11月の消費者物価指数(CPI、生鮮食品除く)は前年同月比0.9%となり、消費増税の影響を除けば3年1カ月ぶりの高い伸びを示した。

日経平均株価も2万円を優に上回る水準で推移、日本経済はリスクを抱えながらも明るい展望をはらみ、居心地のよい温度で推移していると言ってよいだろう。

ただ、年明けのマーケットは波乱の予兆を宿している。日銀が2018年1月9日の公開市場操作で超長期国債の買い入れを減らしたことが、「金融緩和の出口に向けた地ならし」との観測を呼び、9日、10日の両日で東京外国為替市場の円ドル相場は一気に1円超も円高が進んだ。日銀の政策転換に向けて市場の警戒感は高まり、その反応は敏感になっている。

こうした中で、2018年春に任期を迎える黒田日銀は、新体制となって、どう動くのか。安倍政権の経済運営を見極めつつ、来る18年の日本経済と金融政策の行方を展望してみたい。

(引用終わり)

この黒田総裁は極限とも言われる金融緩和を続けてきました。
貸出金利は、ほとんど0%に近く、量的緩和も十分にしてきました。
しかしながら、この話を聞いているだけでは何の事か解りません。

要するに日銀は市中に出回るお金の量をコントロールしようとしているのです。
その市中に出回るお金ですが、これがまた、単純には掴めません。

近年の銀行業務に信用創造と言う事が言われます。
まずは信用創造について、

>銀行は預けられたお金を、企業や個人に貸し出して、世の中に流れるお金の量を増やす仕事をしています。これを「信用創造機能」といいます。

【例)X銀行に100億円の預金残高があった場合】
1. X銀行は1割(10億円)を銀行の金庫に保管して、残った90億円をA社に貸し出します。
2. A社は、借りた90億円をすぐには使わないので、X銀行のA社口座に預けます。
3. するとX銀行の預金額は、額面上 合計190億円(もともとあった100億円+A社からX社に預けられた90億円)ということになります。
4. X銀行は、A社から預けられた90億円のうち10億円を残して、80億円をB社に貸し出します。
5. B社も、借りた80億円をすぐには使わないので、X銀行のB社口座に預けます。
6. するとX銀行の預金額は、額面上 合計270億円(上記190億+B社からX社に預けられた80億円)になりました。

銀行が貸し出したお金は、A社90億円+B社80億円で170億円です。最初にあった100億円が、預金と貸し出しを繰り返すことによって、お金が何倍もの規模に広がることを「信用創造」といいます。また、A社は、90億を返せる能力があると認められたので、銀行から90億円分の借り入れを行うことができました。つまり、A社は90億円分の「信用」を銀行から与えられたことになります。

(引用終わり

要するに銀行は実際に持っている預金残高以上の貸し出しをし、仮想通貨ではありませんが、日銀が発行している通貨以上の通貨を扱っているのです。
この部分を信用創造と言います。

それでも通貨に関しては、大原則として通貨の信用を確保しなければなりません。
無制限に信用通貨を流通させることは出来ません。
そのために、中央銀行である日銀は法令でそれをコントロールできるようになっています。

>準備預金制度は、金融機関が保有している顧客による預金引出しに備えるための支払準備金を法的に制度化し、預金の一定割合(準備預金率)を中央銀行に強制的に預入させる制度である。

準備預金制度は、金融政策の一環として導入された。中央銀行が準備預金率を引き上げると、金融機関は中央銀行に保有している預金残高を増やす必要が出てくる。金融機関は、企業に融資していた資金などを回収して、中央銀行に資金を振り込むという行動をとるので、貸し出しの減少などが起こり、マネーサプライは減少して金利が上昇する。逆に、準備率が引き下げられると、金融は緩和し金利の低下が起こる。これを支払準備率操作という。

※ 現在の日銀の銀行に対する法定準備率は0.05〜1.3%であり、各銀行は日銀に預け入れた金額を準備率で除した額を個人や企業に貸し付けることが法的に許可されている。

このように、銀行は信用創造で貸出を増やそうにも限度が定められています。
縦鼻率がそのままであれば、銀行の手持ち資金が増えるほど、信用創造も出来ると言う事です。
ここで登場するのが

日銀による買オペレーションです。
>日銀が公開市場操作で銀行等の金融機関から国債や手形を買うことで資金を供給し、市中に出回る資金の量が増えて、金利が低下し、金融緩和となる。
日銀に手持ちの国債などを買ってもらい銀行の預金が増えるだけ信用創造できる金が増えることになるのです。
これが量的緩和と言われているものです。

以上、黒田総裁は、ひとえに市中の通貨を増やすことで景気の向上を目指してきました。
その結果は、失業率の減少、株価の高騰と言う形で現れています。

それでいいではないかとの見方もありますが、一方で長期につづく金融緩和政策は金融機関の体質を弱くするものでもあり、銀行筋は必ずしも歓迎していません。

金融緩和で貸出は増やせても、経済の根本が良くなってないと、無理してお金を借り入れる企業は返済できるとは限りません。
バブルが崩壊すれば、トンでもない金融危機が訪れると心配しているのです。

現在の好景気が、以前の様に本物ではないことは解っているのです。
ですから黒田総裁の政策を良いかげんでやめさせようとしているのです。

これからは私見ですが。

今まで言ってきた理論は、既成の体制を維持したい連中の意見です。
もともと金融政策などで現代の経済の問題など解決は出来ません。
そうであるなら、少なくとも、このまま金融緩和を撮り続け最低でも雇用を確保し景気を維持することです。
バブルが弾けて困るのは金融機関であり、我々の生活には影響はありません。
企業の倒産の心配もありますが、金融引き締めをやっても倒産は続出します。

バブルが弾けて終焉するか、このまま行き着くところまでやって見るかの違いです。
根本的な経済問題の解決は、このスレッドの課題です。

要するに日銀による通貨の供給を、通貨の増刷で行うと言う事です。
これで困るのは世界中の金融機関なのです。
彼等の存在根拠を著しく弱めます。
現代の経済の問題は、単衣に彼等、ロスチャイルドを頂点とした金融機関の思い通りのシステムで踊らされている事にあります。

それは別途の話しとします。

(追伸)

安倍というと、何でも、かんでも憎々しく言いますが、

黒田総裁を続投させるなど、間違ってはいないのです。

経済の事の認識すらできていない他の野党など、民主党政権の例を引くまでもなく政権担当能力などないのです。

議員という身分にしがみついている小童の群れと言って良いでしょう。

奴等は、生活に一番大切な経済問題を、ことさらに避けて、口先では国家を憂いて見せる卑怯者の集まりです。

奴等が存在出来ているのは、安倍自民党批判の裏返しで、決して奴等の政策を支持されている訳ではない。

それに乗じて、のさばっている姿は、見るに堪えない。

最近、希望の党でも、さっそく内紛が起きているでしょう。

国の事より自分のやり方(権力)に拘る、クソの集まりの証拠です。

民主党でも、そうであったが、すぐに権力闘争を始めるのは、集団を統率する大義(政策)、理念が欠けている証拠なのである。

希望の党の連中も民進党の連中も、立憲民主党も、元を糺せば民主党の片割れですよ。

今なお、野党統合を言っている馬鹿(小沢)がいるが、こんな連中、集まろうが分散しようが、何の役にもたちはしない。

本当に政治を変えるためには、こんな連中など、全て消去し、血を入れ替えねばならない。

小池新党が失速したのも民進党などを利用しようとしたからである。

小池自身にその自覚が無かったという事は、もともと小池はその程度の人間であったと言うこと。

第二保守でも何でも良い。

新しい血が必要であったのだ。
メンテ
Re: 経済の話し ( No.273 )
日時: 2018/02/12 13:20
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:i0PbXTvQ

ここで通貨の問題についておさらいしてみよう。

管理通貨制度とは、通貨の発行量を通貨当局が調節することで、物価の安定、経済成長、雇用の改善、国際収支の安定などを図る制度。金本位制度に対していう。

管理通貨制度の下では、自国通貨は原則的にいくらでも発行できる。金を貨幣価値の裏付けとする金本位制においては、銀行券発行量は正貨準備高に拘束されるのに対し、管理通貨制度では行政府の通貨政策次第であり、貨幣の価値は政府または中央銀行の政策によって裏付けされるためその価値は不安定となりやすい。よって通貨当局は金融政策により貨幣価値の安定化を図ることを重視する。

銀行学派の考え方によれば、中央銀行はプライマリバンク(中央銀行と直接取引の口座を開設している市中銀行)の担保の差出の対等物として通貨を発行するのが原則であり、この場合通貨の価値は市中の信用力に依存している。一方で議会や行政府が国債を発行して中央銀行に引き受けさせている場合、その通貨の価値は行政府の信用(徴税権や国庫財産など)を担保としている。

通貨の安定、すなわち通貨の信用度と言う事が問題になってくる。
通貨が不安定と言う事は、インフレなどが起きて通貨の価値が下がる事。要するに今まで1000円で買えたものが1500円出さないと買えないと言う事は通貨自体の価値がなくなった事になる。
これがハイパーインフレ状態になると、1000円で買えたものが10万円出しても買えなくなり、大変な騒動となる。

インフレーションとは、経済学においてモノやサービスの全体の価格レベル、すなわち物価が、ある期間において持続的に上昇する経済現象である。

典型的なインフレは、好況で経済やサービスに対する需要が増加し、経済全体で見た需要と供給のバランス(均衡)が崩れ、総需要が総供給を上回った場合に、物価の上昇によって需給が調整されることで発生する。物価の上昇は貨幣価値の低下を同時に意味する。つまり同じ貨幣で買える物が少なくなる。

理想として成長下における緩やかなインフレが望ましく、実際にインフレ自体は好況下での発生する傾向があるが、まれに不況下にも関わらず物価が上昇を続けることがあり、こちらは区別しスタグフレーション(stagflation)と呼ばれる。

さて、現実の問題として、前のレスで挙げたように、日銀は金利政策、量的緩和等でマネーサプライを調節する事によって、通貨の管理、信用度の確保をやっている。

なるほど、日銀の通貨管理政策によって円の価値は変わらず、通貨の面では我々の生活は安定している。
しかしながら、円は安定していても、富(お金)の格差が広まり、十分なお金を持たない層が増えて、全体の消費が落ち込んでいる。
通貨は安定しているが経済は不活発となって、それがさらに貧困層の消費を減退させる(収入が減る)と言う悪循環を招いている。
政府は、これに対して輸出を増やすことで国内に活力を取り戻そうとしているが、産業界の構造が海外生産を拠点にしているとか、業界の集約化で、その効果を万遍なく国内に浸透させることは出来ていない。

要するに日銀は、通貨管理と言う理論中では使命を十分に果たしているが、それでも国民の経済の安定を図る事は出来ていない事になる。
何処が問題なのであろうか。

別の角度から検証してみよう。
金本位制時代とことなり、通貨管理制度の下では通貨は幾らでも発行できると言われている。
通貨の意図的増刷、つまりはヘリマネはタブーと言いながら、実際には、どこの国でも国債発行と言う形で通貨を増やして来ている。
我が国でも1000兆円の債務の事が問題になっているが、民間の企業などが考える実際の借金ではなく、帳簿上の記録であり通貨を増刷したのみである。

だから、インフレが起きない限り政府は財政が不足すれば通貨の増刷で対応すれば良いことになる。
だが、実際には赤字国債を増やしてまで政策(おもに福祉政策)を実行する事はないとして、公共事業や年金、医療保険の助成を抑えようとしている。

ここ30年間で1000兆円もの通貨の増刷をしながら、なぜ、それが出来ないのか。
1000兆円もの通貨の増刷をしてきてインフレが起きたのか。
インフレとは、需要に対して供給が不足するときに起きる状態ではないのか。
現在、我が国には商品は有り余るほどあり、その上に生産余力も十分にあり、余程の金をばらまかないかぎりインフレは起きない。

だが通貨当局は、そういう現実を見ることなく、金利政策、量的緩和を主題にして通貨管理を続けている。
その訳は、はっきりとしている。
金融機関を中心として動かされている現在の経済のシステムをひたすら守りたいからである。
各国が自由に通貨の増刷を始めたら、金貸しで成り立っている世界中の金融業界が大打撃を受けるからである。
中央銀行制度をつくり、世界中の中央銀行に影響力がある金融業界のボス、ロスチャイルドを筆頭とする金融マフィアがそれを許さないのである。

通貨の発行権を国家に取戻し、政策に必要な通貨の増刷をすると言ったシステムを創ろうとしたリンカーンを始め、ケネディまで4人のアメリカ大統領を暗殺するくらい熾烈なものであった。

しかしながら、もはや通貨発行権を国家に取戻し、政策に必要な通貨の増刷を行う事は、昔とは条件がことなる。
第一に、商品の生産力は北朝鮮などを除いて、世界的に充足している。
国民も通貨のシステムを理解すれば、一政治家の問題ではなく、政治家を暗殺した所で流れは止まらない。
通関の増刷とインフレの関係は見直さねばならない。
現行の金融理論は、もはや錆びついた制度にすぎないことは解っているはずである。

現在日銀がやっている通貨管理政策、アベノミクスなど、幾ら続けても現状維持が精いっぱい。
根本的な国民経済を回復させることは出来ない。
我々は、日銀の政策、アベノミクスの良し悪しなどではなく、もっと広い、本質的な問題を認識しなければならない。

政策を維持するための国家による通貨の増刷を認めれば、社会は一変することになる。
それ以外にグローバル化した社会の矛盾を解決する事は出来ない。

当分は、格差が広まり、二極化した社会が続くであろうが、それも段々と深刻になる事は請け合いである。
いづれは、この問題と対峙しなければならないだろう。


メンテ
Re: 経済の話し ( No.274 )
日時: 2018/02/22 19:03
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:YvvMnI7o

さて、ここで、通貨の増刷(ヘリマネ)について検証してみましょう。

通貨発行権→間違った常識スレッドでも
https://www.kyudan.com/cgi-bin/bbskd/read.cgi?mode=view&no=2375

書いているように、現在は中央銀行が発行し、その発行量も中央銀行の管理の下にきめられている通貨(お金)が流通し、そのシステムの中で生活している我々は、現状以外のシステムなどは理解できません。

もともと、お金と言うものは労働ないし資材の売却によって、比例して初めて手に入るものと思っています。
最も、宝くじの様に濡れ手に泡で、思いもかけないお金を手にする事はありますが。
国家が通貨を発行して我々に配分してくれるなどとは、望んでいても期待をする事など思いもよらないことです。

我々には、通貨(お金)は、物々交換の為の媒体と言う認識よりありません。
ですから、労働力とか交換する何かが無ければ通貨は手に入らないものと考えています。
また、その様なルール(認識)の下に、通貨制度は維持され、安心できるシステムでありました。
その安心できるシステムを維持することが通貨管理の課題でありました。

ですが、経済のグローバル化が進み、その制度だけでは多くの人々の生活を支える事は出来なくなっています。
現行の通貨管理の手法がまちがっていると言っているのではありません。
経済のグローバル化、合理化は、産業構造自体を変えてしまっています。

雇用の機会を無くした人々、雇用はあっても低賃金で生活に困っている人々。
経済のグローバル化は、こうした人々を増やす方向で進んでいます。

市場主義経済は大事な原理で、これを止めることは出来ません。
ですが、社会の格差、貧困の問題は解決しなければなりません。
国家(社会)は大半の国民が幸せになれる事を課題としています。
それでも、市場主義のルールに任せていてはこれが出来ない事は明白になりました。

ですが、経済の原則(市場主義)とは別の対処方法があるのではないかと思います。
それが通貨の増刷と言う手法です。
通貨の増刷が出来れは、何が出来るかと言う事は、今までにも書いてきたので、ここでは省きます。

通貨を意図的に増やす試みは、昔からされていました。
金山、銀山を開拓し、それを鋳造することによって財政を考えた時代もあります。
現在は、ピットコインなどの仮想通貨が出てきて、通貨が増えているとも言えましょう。

通貨、そのものを増やすと言うこと自体は問題はないのですが、通貨の実際の価値(信用度)を落としては増えた事にはなりません。
インフレを起こさない程度で通貨を流通させれば、自然と物々交換(取引)が多くなります。

その手法を考える事が必用なのですが、現行の通貨管理のルールでは、それを認めません。
実際には、どこの国でも国債発行と言うやり方で通貨の増刷をしているのですが、金融業界の利益を守る為に、飽くまでも償還を前提としており有利子のものです。
それによって多くの国が財政に問題を抱えています。

無期限、無利子の国債(ヘリマネ)の発行が何故、出来ないのか。
インフレさえ起こさなければ、現行の通貨管理のルールでも、ヘリマネの発行は出来るのです。

インフレさえ、起こさねば、通貨の価値は担保され、増えた分だけ経済が活発になるのです。
通貨管理上で何の問題もないでしょう。

ただし、各国がヘリマネによる通貨の増刷をすれば、変る事があります。
一つは、有利子の金を貸すことを生業としている金融業が、その分だけ営業が出来ないのです。
なんでも、かんでも金融がまず先に立つ経済の動きが変わってくるのです。

金融による世界支配が弱まるのです。
これはユダ菌はじめ世界中の金融業者が反発します。
考えてもください、日本の国債発行残高は1000兆円あると言われていますが、その多くは国債の購入と言う形で民間の金融機関が持っています。
毎年の国債利子は、10兆円。
それが金融機関へ渡っているのです。
元金の1000兆円を本当に出したのか、帳簿だけの操作か、それも解りません。
毎年増える国債30兆円を買い続けられるほど、金融機関も金が無いはずです。
利率は少なくても絶対安全の良い商売です。

また、別の問題、為替の問題があります。
現在は各国の経済力に合わせて為替相場が決まっています。
しかしながら、各国が通貨のヘリマネ増刷に踏み切ったら、その国の経済力が曖昧になって為替の相場が決められない事になります。

というよりも、金融マフィアと言われる金融業者は、為替、株相場が上下することで莫大な利益を得ることを目的としています。
ピットコインの現状も、そうでしょう。
結局は平常の取引よりも投機の対象として通貨を操作しているのです。

ですので、理論的に通貨のヘリマネ増刷が出来ないと言うよりも、金融業界の利害の問題で、これを許さないのです。
経済のグローバル化の矛盾を解決するには、通貨の増刷よりないのですが、こうした理由で通貨のヘリマネ増刷は実現しません。

金融業界の傀儡、中央銀行制度が世界を支配している限り通貨の増刷はできないでしょう。

しかしながら、近年、アイスランド、ハンガリーなどでは、中央銀行を止めて通貨発行権を国家に取り戻した国があります。
世界中の国との付き合いもあり、課題は多いでしょうが、それらの国は、政策に必要な財源を税金だけに頼らず、通貨の増刷で賄うと言う試みが始まっているようです。

その成り行きを注視すると共に、我が国でも、そういう事の研究をしたいものです。



メンテ
通貨の増刷! ( No.275 )
日時: 2018/02/25 08:16
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:KUHut5lQ

福祉の充実によって、先進国と言われている国でも財政危機に陥っています。
景気のこともあり、税収によって国家の財政を賄うことが無理になっているのです。
そうかと言って福祉政策は近代国家の基本であります。
日本を始め多くの国は税収で足りない分を国債の発行で賄っていて、それが財政赤字となっているのが現状です。

今後の解決策として、既にハンガリー、アイスランドで試みが始まっているように、政策に必要な財源を、その国の通貨の増刷で賄うと言う手法が考えられます。

通貨の増刷は、現代経済学ではタブーとされてきました。
その理由は、大きなインフレが起き、通貨が不安定になり経済そのものが破綻すると言う理由でした。
ですが、先にも言ったように、随分と以前から実際は国債発行と言う形で通貨の増刷を同じ事をやって来ていて、通貨の増刷が如何なる場合でもインフレを起こすとは限らない事が証明されています。

勿論、際限のない通貨の増刷は通貨を不安定にし、経済を破綻させます。
要するに、どれくらいまでは通貨を増刷可能かと言う問題が出てきます。
それも、実際はケースバイケースとなるでしょうが、概ねGDPの20%と言う人もいるようです。
日本で言えば、およそ年間、100兆円となります。

ケースバイケースと言いましたが、通貨の量だけを増やしても、それに見合う生産力、需要が無ければ通貨がダボつき、インフレが起きます。
次に、通貨の増刷の手法ですが、
国民に通貨をばらまくと言う方式を、ベーシック・インカムと言います。
現在の生活保護は通貨をばらまいている事になりますが、これは税収の範囲でできる規模が限られ、大きな問題にはなっていませんが、国民がベーシック・インカムに頼って生活するようになると、労働意欲の喪失と言う社会にとって大変な問題が出てきます。

現在、実際にやられているのは、政府が国債を発行し日銀がこれを購入すると言う形で、政府が政策に必要な財源の一部(およそ30兆円)を賄っています。

また、アベノミクスで見られるように、日銀が金利や準備預金率を操作して市中銀行に通貨が回るようにしてますが、結局は、この政策は効果を上げる事は出来てはいません。
一部の企業以外には新たな通貨が行き渡らず国民経済を活性化する事は出来ていないのです。

望ましく、安全な通貨の増刷(流通量の確保)は、公共事業や医療・介護産業への支援です。
基礎年金への補助も、年金受給者は、その人生において働くと言う使命を果たし終えた人なので、最低限の金額であれば、直接のベーシック・インカムであっても、労働意欲を損なうと言う問題は出て来ません。

この様に見れば、年間50〜100兆円の通貨の増刷によって、日本の経済が混乱する事は無いでしょう。
論理的には現代では通貨の増刷は可能なのです。

勿論、為替、株相場などの分野は、それなりの影響を受けるでしょう。
ですが、この世界の規制のルールが必ずしも唯一のルールとはかぎりません。
通貨の増刷を肯定し、それに合わせて新たな金融のルールを考えれば良いのです。


このスレッドの初めの方で、既成の経済学の理論、公式を検証していましたが、どの理論、公式も現状の分析が関の山で方向性を示して経済を導くには、大層、曖昧で、不確実要素に埋もれています。
要するに既成の経済学の理論など、参考程度のものであり、それのしがみつかねばならないほどのものではありません。
また、新自由主義の考えなどは、名目は市場主義が徹底されれば経済の底上げが出来るという様な間違った認識で大衆を誤魔化しています。
要するに世界の経済専門家は経済の分野が飽くまでの社会の民衆の為にあるべきと言う事を忘れ、資本の奴隷となって経済を見ているのです。
このような経済理論とは決別しなければ成りません。

ところが経済の専門家は、この研究に立ち入りません。
大学などでの経済学者は、その様な事を始めようものなら、さっそく大学にはいられない状態に追い込まれます。
民間の経済の専門家も同じで、企業の利害に反する事を言い出せません。
経済評論家は、どうかと言えば、著名な評論家はメディアに露出して生活費を稼ぎます。
政権と言うよりも、金融マフィアに管理されたメディアが、そんな評論家を用いる事はしません。

結局は殆どの経済専門家は我が身の保身のために、言うべき事を言いません。
経済学の怠慢、堕落、奴隷化と言っております。
何せ現体制を守りたい奴等はケネディを始め通貨発行権を国家に取り戻そうとした大統領を4人も暗殺するくらいの勢力ですから。
経済界にもアインシュタインの様な傑物が現れてほしいものであるが、もし出てきても長生き出来そうにもありません。

経済学以外に社会学と言う分野があります。
ここも経済学と同じように現体制を真っ向から批難すると自分の生活が出来ません。

だらしない事に社会学の専門家は、カウンセラーの分野に逃げて使命を果たしているようにふるまっています。
アメリカで銃の乱射が起きると、何が問題だとか、何とか、すぐにテレビに出てくるでしょう。
社会学の使命と言うものは、そんなチンケなものではないはず。

グローバル化が進み歪になった社会を、そうすれば糺せるか、その方策を提示するべきではないか。
社会問題に取組み政治を指導するのが社会学ではなかったのか。
メンテ
平成の鎖国政策 ( No.276 )
日時: 2018/03/01 12:23
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:GHtGOdxo

鎖国政策

鎖国とは、江戸幕府が、キリスト教国の人及び日本人の出入国を禁止し、貿易を管理・統制・制限した対外政策であり、ならびに、そこから生まれた日本の孤立状態を指す。

対外関係は朝鮮王朝(朝鮮国)及び琉球王国との「通信」(正規の外交)、中国(明朝と清朝)及びオランダ(オランダ東インド会社)との間に通商関係に限定されていた。鎖国というとオランダとの貿易が取り上げられるが、実際には幕府が認めていたオランダとの貿易額は中国の半分であった。

なお海外との交流・貿易を制限する政策は江戸時代の日本だけにみられた政策ではなく、同時代の東北アジア諸国でも「海禁政策」が採られていた。

哲学者・和辻哲郎はその著書『鎖国—日本の悲劇—』のなかで、鎖国政策を批判して、17世紀初頭の日本について、このように記している。

「侵略の意図など恐れずに、ヨーロッパ文明を全面的に受け入れればよかったのである。(…)まださほどひどく後れていなかった当時としては、近世の世界の仲間入りは困難ではなかったのである。それをなし得なかったのは、スペイン人ほどの冒険的精神がなかったゆえであろう。そうしてその欠如は視界の狭小にもとづくであろう」

鎖国さえしていなければ。当時の為政者にもっと広い視野さえあれば。日本史にもう一度やり直しがきくならば。人生が二度あれば。
高名なる知識人が、本気で悔しがっている。

江戸幕府が取った鎖国政策の目的は、キリスト教を排除したいためであり、交易を閉ざすつもりはなかった、その証拠に長崎と薩摩と対馬と蝦夷の四つの口は開けていた。
また、鎖国と言っても交流が無かっただけで、書物などにより西欧に事情は結構入って来ていた。
鎖国によって西欧文明との交流が閉ざされた問題はあるが、鎖国する事によってなし得た成果もある。
国内の中央集権体制が確立され、国内的には安定した250年間を持つことが出来た。
幕府は、諸外国との交流に煩わされることなく、それなりに内政に専念する事ができ、不十分ではあっても、社会のインフラ、文化の整備が出来た。

翻って現代日本の鎖国について考えてみよう。
現代の日本の為政者は、経済を中心にグローバル化を追い続け、世界の影響をまともに受けて、施政の基準は経済的覇権に向かうのみである。
国内が格差に悩み、福祉政策も十分に実施出来ないのに、経済の統計指数だけを追い求める政策に現れている。

貿易、そのものを否定する事ではないが、TPP,・FTA交渉などに参加する必要はなく、我が国自身で出来る範囲の付き合いでも、貿易が無くなる事はない。
無理な交易をコントロールし、国内の整備にシフトを移すべきである。

通貨管理も世界の有り様に倣う必要などさらさらない。
相場は固定相場にすべきである。
ユダ菌を始めとする金融マフィアの影響を避けるためには「金融鎖国」をするべきである。
産業においても、農業を守る為に「食料鎖国」をしても良い。

現在、世界を席巻していると言っても、どっぷりとアングロサクソン流の文化に浸らねばならない理由はない。
市場主義経済のシステムと言うもの自身には、救済と言う観念はない。
何処までも弱肉強食の論理である。
弱者の救済には政治が必用である。
経済と違って政治は現在、民族単位、国家単位で行われている。
その政治が、国家、国民の事を思わず使命を果たせているのか。

江戸時代の「鎖国政策」は、それなりの成果を上げ、江戸文化を醸成し国民生活を安定に導いた。
現代日本でも「経済鎖国」と言う観念が現れても良いのではないか。
また、それが一番必要な政治の要素であり、政治を国民に取り戻す事になるのではないか。
世界は、あまりにもアングロサクソン流の経済のシステムに取り込まれすぎているのである。

文明と言うものは、常に変化し続けるものであり、アングロサクソン流の西欧文明も永久に続けられるものでもない。
すでに、アイスランド、ハンガリーでは金融における「鎖国」に入ろうとしている。
金融における鎖国とは、世界の殆どの国で、ロスチャイルドを筆頭とする金融資本が持っている通貨発行権を否定するものである。
IMFとかG20などの組織も全て現行の金融制度を維持するためのものであり、それにしがみついていては「金融鎖国」は出来ない。
メンテ
IMF ( No.277 )
日時: 2018/03/16 18:02
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:z7YYvXxw

【ワシントン=塩原永久】国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事は15日、アルゼンチンで19〜20日に開かれる20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議を前に、各国が取り組むべき課題をまとめた報告を公表した。「米国の輸入関税が、保護主義的な政策の拡大につながらないようにすべきだ」として、鉄鋼・アルミニウムの輸入制限を決定したトランプ米政権を牽制(けんせい)した。

 ラガルド氏は米政権が23日に発動する鉄鋼・アルミの輸入制限に触れ、「貿易戦争は経済成長を妨げるだけでなく、勝者のいない戦いに終わると歴史は明示している」と述べ、報復措置の連鎖に陥らないように各国に求めた。

 「不均衡の解消は貿易に新たな障壁を設けることで達成できない」と指摘し、財政面での対応の重要性を指摘。米国の公的負債の抑制や、ドイツのインフラ投資拡大などを求めている。
 IMFは2018年と19年の世界経済成長率の見通しを、いずれも3・9%に上方修正した。ラガルド氏は経済の強さが続くと想定しながらも、保護主義の台頭などで「先行きは曇ってきている」と述べ、成長を下押しするリスクの増大を警戒した。

 世界的な負債増大にも触れ、「世界全体で国や企業、家計の負債は最高水準だ」と指摘。想定外にインフレが急上昇したり、金融引き締めが加速する事態を念頭に、高水準の負債が「金融脆弱(ぜいじゃく)性を生む」と述べて懸念を表明した。


(IMFとは)
国際通貨基金(こくさいつうかききん、英語: International Monetary Fund, IMF)は、国際金融、並びに、為替相場の安定化を目的として設立された国際連合の専門機関である。国際通貨基金(IMF)の本部は、アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.に位置する。2018年現在、国際通貨基金(IMF)の加盟国は、189か国である。

加盟国の経常収支が著しく悪化した場合などに融資などを実施することで、国際貿易の促進、加盟国の高水準の雇用と国民所得の増大、為替の安定、などに寄与する事を目的としている。 また、為替相場の安定のために、経常収支が悪化した国への融資や、為替相場と各国の為替政策の監視などを行っている。各国の中央銀行の取りまとめ役のような役割を負う。世界銀行と共に、国際金融秩序の根幹を成す。

簡単にいうと、様々な国が加盟&出資していて、財政的に困っている国に、
資金を援助してくれる、国際的な機関です。

(世界銀行)
世界銀行(せかいぎんこう、英語: World Bank, WB)は、各国の中央政府または同政府から債務保証を受けた機関に対し融資を行う国際機関。当初は国際復興開発銀行を指したが、1960年に設立された国際開発協会とあわせて世界銀行と呼ぶ。国際通貨基金と共に、第二次世界大戦後の金融秩序制度の中心を担う。本部はアメリカ合衆国ワシントンD.C.。加盟国は189ヶ国。

(引用終わり)

要するに、IMF、世界銀行などが、世界をこの様にしてきたのだ。
通貨の安定とか、経済的弱小国の金融支援をすると言う名目で市場主義経済を側面から支援し、グローバル化を進め世界中に格差を生み出している。
ユダ菌マフィアの巣窟なのである。
G20会議も、彼ら金融マフィアの影響の下に運営されている。

冒頭の文章でも解る通り、
トランプがアメリカの産業を守る為に、鉄鋼とアルミの輸入に関税をかけると発言すれば、すぐにこのように応じてくる。

関税などは、もともと弱い国の産業を保護するために考えられた方式。
弱小国の生きる術であり権利である。
それが何時の間にか否定されてしまっている。
その理由は世界経済の流れを妨げないために。
その世界経済の流れとは、巨大資本に支えられた経済的強者の利得を守りたいだけの理由である。
ただし、ここでは巨大資本と言ったが、ここが複雑で実際に巨大な資本を指す訳ではなく、資本主義経済のシステムの中で優位に立っているもの、資本、設備、人材的に力があり競争力に長けた企業群と言い換えたい。
トヨタなど世界に名だたる企業でなくても、いわゆる勝ち組の属する企業群は、それぞれが真剣で経済活動をしているだけであり、格差を広げ世界を虐げる事を目的としている訳でもない。
その企業の従業員も真面目に働いている自覚しかない。
社会的に悪事を働いている訳でもないのだが、結果として世界の流れ、経済の実態は格差を拡大し続けている。

民主主義の世のなか、市場主義経済に邁進するものを悪とは言えない。
だが、この問題とは別に、経済の世界ルールを作り弱者、弱小国を保護する事は出来る。
IMFや世界銀行など、ユダ菌に操られた連中が、それを阻害しているのである。

経済成長を至上とする世界経済体制は止めねばならない。
「貿易戦争は経済成長を妨げるだけでなく、勝者のいない戦いに終わると歴史は明示している」
この様な言葉など、全くの欺瞞であり真実を語ってはいないのである。
トランプの性格は、飽くまでも自分勝手であり、アメリカ本位であるが、言っている事は間違ってはいない。
最強国、アメリカでさえ、此れなのであるから、他国に関税処置が必用なのは言うまでもない。
殆どの国において関税で自国の産業を守り、その中で自国の経済を醸成することが必用なのである。
貿易は、その上に立ってやるもの。
為替相場でも、今では変動相場制が当たり前のように思われているが、固定相場制の利点も見直すべきなのである。
ここ半世紀の間、新自由主義経済の理念の下に敷かれていた経済の論理を見直さねばならない。

メンテ
トランプの保護貿易主義 ( No.278 )
日時: 2018/03/24 17:17
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:skq5EY5E

鉄鋼とアルミだけかと思ったら、1300品種について関税を強化すると言うこと。

一番の被害者は中国と言う事になる。
さっそく中国も対抗処置を講ずると発表した。

世界はテンヤワンヤ、世界の株価は下げ(日本が一番ではあるが)、EUも意義を唱える。
トランプの言い分は、国内の雇用を守る為。

中国など被害を受ける相手国が意義を唱えるのは良いとして、IMFやEUなどが何故、騒ぐ。
世界貿易が停滞すると言うのが言い分であるが、停滞して何が不都合だ。

輸出で設けている企業は、どこの国でも先端企業、力のある強い企業。
現代社会で問題となっているのは、格差の問題。

格差の問題と言うのは、弱い企業が経営的に追い込まれている事が原因。
政治が守るべきは弱小企業ではないか。

経済の横暴にたいして政治としてトランプが異を唱えた事は称賛に値する。
一匹狼、トランプならでは出来た事であろう。

共和党にしろ、民主党にしろ、アメリカ支配層(ユダ菌)の息のかかった政治屋には出来ないこと。
トランプが次々と解任しているのは、そう言うユダ菌の息のかかった側近ではないか。

話しが飛んでしまったが、世界経済を牛耳っているのは、ユダ菌主導の新自由主義に概念。
奴等は言う。
「全体の経済が活性化すれば、自然と底辺の底上げができる」と
それをグローバル化と言う。

それに騙されて半世紀。
結局は世界中に貧困を生み、格差が広まり

現在では企業活動で将来性を見込めるのは一部の優良企業だけ。
殆どの企業は青息吐息、今兄も潰れそうな状況となっている。
何とか頑張っている企業は人件費の節約に走り、非正規雇用、パート、アルバイトを増やしてしのいでいる。
平均年収1000万円を超える一部の有力企業とは格差が広まるばかり。

この問題の元凶である新自由主義を何とかしなければ成らない。
トランプがやりだした事は他の国ではやる勇気のない政策である。

市場主義経済の牙城と言われているアメリカが、実は、その被害を一番受けている事の証明でもある。
我が国でも、国産米の1/3で入るアメリカ米に150%の関税をかけて、国内農業を保護する政策が、何故、出来ない。

国内の農業を犠牲にしてトヨタの輸出を、何故、助けねばならない。
経済をコントロールできるのは政治である。

政治の使命は国民の生活を守る事、そのために国内経済を守る事。
我が国の輸出が伸びたとしても、その分、輸入も増やさねばならない。

輸入が増える分だけ、国内の底辺の産業は圧迫される。
それが解っていても、政治は経済の尻馬に乗りことより出来ていない。

トランプの性格はともかく、トランプは立派である。
メンテ
保護主義貿易! ( No.279 )
日時: 2018/03/26 15:21
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:WhSN.0E2

以下は、平成26年の輸出、輸入の産業別割合です。
輸出 70兆円 輸入 64兆円

(食料品)
輸出額 6,073億円、輸出総額に占(し)める率 0.9%
主に魚介類(ぎょかい:魚や貝類など)/その他の調製食料品ほか

輸入額 6兆3,596億円、輸入総額に占める率 9.6%
魚介類(ぎょかい:魚や貝類など)/肉類/穀物類/野菜/果実ほか

(原料品)
輸出額 9,491億円、輸出総額に占める率 1.4%
鉄鋼類のくず/合成ゴム/パルプおよび古紙ほか

輸入額 3兆9,803億円、輸入総額に占める率 6.0%
鉄鉱石/非鉄金属鉱/木材/大豆ほか

(鉱物性燃料)
輸出額 8,988億円、輸出総額に占める率 1.3%
石油製品 ほか

輸入額 12兆447億円、輸入総額に占める率 18.3%
原油および粗油/LNG[液化天然ガス]/石油製品/石炭ほか

(化学製品)
輸出額 7兆1,238億円、輸出総額に占める率 10.2%
有機化合物/プラスチック/医薬品ほか

輸入額 7兆898億円、輸入総額に占める率 10.7%
医薬品/有機化合物ほか

(原料別製品)
輸出額 7兆8,469、輸出総額に占める率 11.2%
鉄鋼/非鉄金属/金属製品/ゴム製品ほか

輸入額 6兆672億円、輸入総額に占める率 9.2%
非鉄金属/金属製品/鉄鋼/織物用糸・繊維製品ほか

(一般機械)
輸出額 13兆6,147億円、輸出総額に占める率 19.4%
原動機/金属加工機械/ポンプ・遠心分離機(えんしんぶんりき)/電算機類の部分品ほか

輸入額 6兆3,551億円、輸入総額に占める率 9.6%
電算機類(含周辺機器)/原動機ほか

(電気機器)
輸出額 12兆3,233億円、輸出総額に占める率 17.6%
半導体等電子部品/電気回路等の機器/電気計測機器ほか

輸入額 10兆7,877億円、輸入総額に占める率 16.4%
半導体等電子部品/通信機/音響映像機器(含部品)/電気計測機器ほか

(輸送用機器)
輸出額 17兆3,405億円、輸出総額に占める率 24.8%
自動車(乗用車・バス・トラック)/自動車の部分品/船舶ほか

輸入額 3兆929億円、輸入総額に占める率 4.7%
自動車/自動車の部分品/航空機類ほか

(その他)
輸出額 9兆3,352億円、輸出総額に占める率 13.3%
科学光学機器/写真用・映画用材料ほか

輸入額 10兆1,921億円、輸入総額に占める率 15.4%
衣類・同付属品/科学光学機器/家具/バッグ類ほか


傾向として輸出産業は自動車(部品を含めて20%)、精密機械、高度な技術が必要な機械、IT製品が大半です。
それに引き替え、輸入で原油や原材料(18%)が多いのは仕方がないことです。
問題は、その他の輸入品ですが、金額で言えば64×0.82=52.5兆円分の輸入です。

ところで、この52.5兆円の輸入が、我が国の産業界にどのような影響を与えるのでしょう。
我が国のGDPは平成26年度で516兆円と言います。
産業別で言えば、このうち製造業(建設業を除く)は18.7%、金額で言えば96.5兆円です。
第一次産業で言えば、1.2% 6.2兆円です。
後のサービス業などは輸入しませんので、輸入により影響は、この分野です。
また製造業と言っても輸出するほどの能力を持った大きな企業があります。
我が国の製造業に関するGDPで、中小企業が受け持つ分は、53%と言います。
金額で言えば、96.5×0.53=51.5兆円のGDPを挙げている中小の製造業が、輸入製品の合計、52.5兆円と競合しなければならないのです(第一次産業を含めてですが)。

全体として輸出が70兆円、輸入が64兆円、我が国のGDPの11%程度かと簡単に思っている事はトンでもない間違いなのです。
中小零細の製造業は、中国製品などとまともに渡り合っているのです。
それは皆さんの身の回りの事を考えていただければ解るでしょう。

要するに、輸出第一主義(当然輸入も増やすことになる)は、我が国の大手企業、先端企業の手助けを中小零細企業を犠牲にすることでやっているのです。
だから格差はつく一方でしょう。
大手企業の社員の平均年収は1000万円を超え、中小零細企業の平均年収は350万円程度になっているのです。
我が国の労働者の平均年収が420万円と言うのは大企業も含めての計算だからなのです。

この度、アメリカのトランプ大統領が1300品種の商品に関税をかけると言いました。
目的は国内の労働者の雇用を確保するためと言っています。
これに関して、次の文章を紹介します。

1. はじめに
中国からの輸入増大によって、アメリカでは格差が拡大、労働市場の二極化傾向が強まっていることが指摘されている。2001年のWTO(世界貿易機関)加盟以後、中国からの輸入の急速な増大によって、アメリカ製造業の職を失った人は200〜240万人に及ぶと推定されている。その人々が非製造業でこれまでのような賃金の職を見つけられなかったことが分かってきた。こうした労働市場の二極化に伴い、人々の政治への態度も極端になる傾向があると指摘されている。

2. 中国のWTO加盟
アメリカの学界において、貿易自由化に伴う格差拡大への関心が高まっている。従来、経済学者は貿易自由化の良い面を強調してきた。国際貿易の教科書には、貿易利益が存在することの説明が必ずある。それにもかかわらず、近年、貿易に伴う格差拡大への関心が高まっている。

その背景には、2001年の中国のWTO加盟がある。それ以前も、アメリカ合衆国議会の議決により、最恵国待遇が中国には与えられていた。しかし、WTO加盟により、議決という不確実な要素がなくなったことの意味は大きく、2001年以後、アメリカへの中国の輸出は急拡大した(Feenstra, 2016)。

3. アメリカの製造業の衰退
中国からの輸入の急拡大は、アメリカの製造業の衰退を助長した。マサチューセッツ工科大学のオウター教授らの研究チームは、中国からの輸入がアメリカの労働市場に与えた影響を分析した研究を公表している。中国からの輸入の急拡大により、雇用のみならず、イノベーションにも悪い影響がでていることまで研究チームは明らかにしている(Autor et al., 2016d)。Autor et al., (2016a) がこれまでの研究成果をまとめている。研究チームのウェブサイト(http://chinashock.info新規ウィンドウが開きます)も参考になる。

オウター教授らの影響力ある研究(Autor et al., 2013)によれば、1990年から2007年までの中国からの輸入拡大によって、輸入品と競合する産業の立地する地域において、失業の増加、労働参加率の低下、賃金低下といった現象が生じた。こうした地域においては、失業給付や障害給付といった社会保障給付が著しく増加した。オウター教授らは、このような現象を「中国症候群」(China syndrome)や「中国の衝撃」(China shock)と名付けている。アメリカの製造業雇用の衰退の4分の1は、中国からの輸入によってもたらされたものだという。より最近の研究によれば、中国との輸入競争によるアメリカの職の喪失は、1999〜2011年の期間に200〜240万人に及ぶと推定されている(Acemoglu et al., 2016)。

日本も中国からの輸入を増大させてきた。しかし、その影響はアメリカとは異なる。1995〜2007年のデータを用いたTaniguchi (2016) によれば、中国からの輸入の増大は、日本では製造業の雇用を増やす傾向を持っている。これは、日本の場合、中国から中間財の輸入が多いことによる。つまり、日本の製造業は、中国の製造業との間で国際生産分業をすることで、競合を避けていることが示唆される。

4. アメリカの労働市場の二極化
オウター教授らは、製造業の産業レベルの輸入データと組み合わせて、アメリカの労働者個々人のパネルデータ(1992〜2007)を用いた研究も行っている(Autor et al., 2014)。それによれば、中国との輸入競争にさらされた産業の労働者ほど、その後の所得が低下し、公的扶助を得ることになる確率が高い。こうした所得の減少は、元々賃金が低かった労働者ほど、顕著である。高賃金労働者は、所得の低下を最低限に抑えながら、転職に成功している。製造業外に転職することも多い。その一方で、低賃金労働者は、製造業内で転職することが多く、中国との輸入競争に結局さらされてしまう。中国からの輸入増大に伴う労働調整費用が無視できないこと、さらにその費用が低賃金労働者に重くのしかかっていることをオウター教授らは結論付けている。

中国からの輸入増大が与える影響が労働者間で均一ではないことは、アメリカに限ったことではない。デンマークの企業=労働者接合データを用いたKeller et al. (2016)も、中国からの輸入によって、中程度の賃金の職が減り、高賃金・低賃金の職が増える「二極化」(job polarization)が進展したことを発見している。

(引用終わり)

アメリカでさえ、と言いますか、自由主義の総本山と言われるアメリカが一番、格差に苦しんでいる事が解ります。
50年前から本格的に始まった、このような自由主義経済が、これ以上進むことは世界の社会を破滅させます。
これ以上格差が広がり、すべてが二極化する社会は決して幸せな社会ではなく、歴史においても、その様なものを求めてきたわけではありません。
何処でボタンを掛け違えたのか、我々は、基本的な考え方を新たにしなければ成りません。
トランプの関税政策は、少なくとも我々が今、考えねばならないことを暗示しています。
IMFやG20の言うこととなど、全く反社会的な言い分であるのです。
メンテ

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