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[1816] 楽しく糾弾しましょう(音楽のスレッド)
日時: 2013/08/19 18:12
名前: グッキー ID:VInzu6wc

On lâche rien ... HK et les Saltimbanks
http://www.youtube.com/watch?v=hg-zAm2nvbs

この歌は素晴らしい。フランスの300万人ゼネストを盛り上げた。
そして世界で歌われ、世界で聞かれ、世界市民を勇気付けている。
Et qu'les tetes s'remettent a tomber
奴らの首を落とす、なんていかにもフランスらしいww
おねげいしますだ、デモは嫌いだ、戦うデモをしよう。

日本でもこういうグループが出て、世界に発信してくれないかなー

メンテ

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ピエトロ・ジェルミ 鉄道員 (Il Ferroviere) 1956年 ( No.591 )
日時: 2017/07/21 17:11
名前: 中川隆 ID:pxOIQcV2

Pietro Germi - Il Ferroviere - Trailer with Theme 鉄道員 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=piCVFYhT3d0
https://www.youtube.com/watch?v=FF3sQtYx7ao

Il Ferroviere 鉄道員 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=bcyrn754cQM



ピエトロ・ジェルミ 鉄道員(Il Ferroviere)

動画
http://www.nicovideo.jp/search/%E3%83%94%E3%82%A8%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%9F%20%E9%89%84%E9%81%93%E5%93%A1%20?ref=watch_html5


監督 ピエトロ・ジェルミ
音楽 カルロ・ルスティケリ
公開 1956年

キャスト

アンドレア・マルコッチ ピエトロ・ジェルミ
サンドロ・マルコッチ エドアルド・ネボラ
サラ・マルコッチ ルイザ・デラ・ノーチェ
ジュリア・マルコッチ シルヴァ・コシナ
ジジ サロ・ウルツィ
マルチェロ レナート・スペツィアリ
レナート カルロ・ジュフレ


メンテ
セゴビア名演集 ( No.592 )
日時: 2017/07/21 21:58
名前: 中川隆 ID:pxOIQcV2

セゴビア名演集

Recuerdos de la Alhambra played by Andres Segovia - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=sdaPoUNk5R8

Recuerdos de la Alhambra by Francisco Tarrega
played by Andres Segovia
_________

アンドレス・セゴビア(ギター)バロック小品集 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=2rj_nL_u7wM

バロック小品集 
クラシック・ギター:アンドレス・セゴビア(スペイン)
“現代クラシック・ギター奏法の父” 1944年頃および1950年代録音

1. Tres Pavanas (MIlan - Sanz) 2つのパバーナ(ミラン)& パバーナ(サンス) 3:16 (0:00)
2. Six Pieces for Lute (unknown) リュートのための6つの小品(作者不詳) 6:48 (3:16)
3. Aria (Frescobaldi) アリアと変奏(フレスコバルディ) 5:21 (10:04)
4. Melancholy Galliard / Allemande: My Lady Hunnsdon's Puffe (J. Dowland) メランコリー・ガリアド/アルマンド ハンソン卿夫人のパフ(ダウランド) 4:08 (15:24)

5. Gavota (A. Scarlatti) ガボット(ポンセ 伝A. スカルラッティ) 3:12 (19:32)
6. Ballet (Weiss) バレエ(ポンセ 伝ヴァイス) 2:44 (22:44)
7. Prelude and Allegro (De Murcia) 前奏曲とアレグロ(デ・ムルシア) 2:13 (25:28)
8. Minuet (Rameau) メヌエット(ラモー) 3:37 (27:41)
9. Ballet (C. W. Gluck) バレエ(グルック) 2:49 (31:18)

10. Prelude in D (J. S. Bach, from Suite for Cello solo No.1)
 前奏曲(J. S. バッハ 無伴奏チェロ組曲第1番より) 2:19 (34:07)
11. Fugue (J. S. Bach, from Sonata for Violin solo No.1)
 フーガ(J. S. バッハ無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番より) 5:07 (36:26)
12. Sicilienne (J. S. Bach, from Sonata for Violin solo No.1)
 シチリアーノ(J. S. バッハ無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番より) 3:20 (41:34)
13. Bouree (J. S. Bach, from Suite for Lute No.1)
 ブーレ(J. S. バッハ リュート組曲第1番より) 1:31 (44:54)
____________

Segovia plays Paganini - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Segovia+Paganini+
____________

Segovia plays Grieg - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Segovia+Grieg
____________

Andres Segovia Castles of Spain - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=YZBOrCe7I60

Andres Segovia | Castles of Spain
Decca Records, A Division of MCA Inc.
Produced by Israel Horowitz, Recorded in Spain

Side 1:
J. Dowland:
Song and Galliard
Melancholy Galliard
Allemande: My Lady Hunssdon's Puffle

C.F. Schale:
Tombeau sur la mort de M. Comte d'Logy
Minuet I - Minuet II

Side Two:
F. Moreno Torroba - Castles of Spain (Eight Short Sketches)
Turegano (Serranilla)
Torija (Elegia)
Manzanares del Real (A la moza fermosa)
Montemayor (Contemplacion)
Alcaniz (Festiva)
Siguenza (La Infantina duerme)
Alba de Tormes (Trova)
Alcazar de Segovia (Llamada)

E. Grieg:
Chant du paysan, Op. 65, No 2
Waltz, Op. 12, No 2
____

しかし、バッハとかを編曲しないと、ギターで弾ける名曲が殆ど無いというのが何かな-
メンテ
グルック:「精霊の踊り」 ギター vs. フルート, ピアノ, オーケストラ ( No.593 )
日時: 2017/07/21 21:53
名前: 中川隆 ID:pxOIQcV2

グルック:「精霊の踊り」(ギター:セゴビア)
Andres Segovia - Gluck - Dance of the blessed spirits (Orfeo ed Euridice) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=dmvr7pREVOc

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グルック:「精霊の踊り」(フルート:マルセル・モイーズ) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=gH4MMUJnlAo

"Dance of the blessed Spirits" (from the Orfeo ed Euridice)
Flute : Marcel Moyse
Orchestre Symphonique de Paris, Henri Tomasi (cond.)
78rpm / Columbia, S-1002

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グルック:「精霊の踊り」(フルート:ランパル) - YouTube
GLUCK ORFEO ed EURIDICE JEAN PIERRE RAMPAL Flute - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=On2rIsJTVSs

JEAN PIERRE RAMPAL Flute
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グルック:「精霊の踊り」(ピアノ:ケンプ)
Gluck Plainte d'Orphee & Dance of the Blessed Spirits by Wilhelm Kempff - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Mz5TrvBikp4

Piano transcription "Orphee et Eurydice"
I. Plainte d'Orphee
II. Dance of the Blessed Spirits
Wilhelm Kempff, piano
April 1975
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グルック:「精霊の踊り」(オーケストラ:指揮 カラヤン)
Gluck “Dance of the Blessed Spirits” Herbert von Karajan ; Berliner Philharmoniker, 1983 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Z8Ydd-40zVY

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という事で、音楽をやるなら ギターとジャズ だけは止めておいた方がいいです。

ギターやジャズ をやると音楽も音もわからなくなるからね。
メンテ
バッハ :「シャコンヌ」 ギター vs. ピアノ , ヴァイオリン, オーケストラ ( No.594 )
日時: 2017/07/21 21:52
名前: 中川隆 ID:pxOIQcV2

バッハ :「シャコンヌ」 ギター(セゴビア)
J.S. Bach, Chaconne (Violin Partita No. 2 BWV 1004) Andres Segovia . - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=zcGt9AFlIPY

Johann Sebastian BACH -- Fonograficzny skarb: Chaconne z Partity d-moll, BWV 1004 Andres Segovia, 1959 r

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バッハ :「シャコンヌ」 ピアノ(エレーヌ・グリモー)
Bach, Busoni - Chaconne in D minor BWV 1004 - Helene Grimaud (piano) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=1JZzAupJap0
https://www.youtube.com/watch?v=sw9DlMNnpPM


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バッハ :「シャコンヌ」 ヴァイオリン(アドルフ・ブッシュ)
Adolf Busch Partita No 2 BWV 1004 (Part II) J. S. Bach - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=QUlyGQ6o820

Partita No 2 in D minor, BWV 1004 for solo violin
by Johann Sebastian Bach
Ciacona
Adolf Busch, violin
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バッハ :「シャコンヌ」 オーケストラ(指揮:ストコフスキー)
Bach-Stokowski Chaconne D minor Leopold Stokowski - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=LoU_ToDmsKQ

Chaconne in D minor from Partita No 2, BWV 1004
by Johann Sebastian Bach
arranged by Leopold Stokowski
Leopold Stokowski and his Symphony Orchestra
25.IV.1950

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という事で、音楽をやるならギターとジャズだけは止めておいた方がいいです。

ギターやジャズをやると音楽も音もわからなくなるからね。






メンテ
ジャズやロック は音楽ではなく、麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール ( No.595 )
日時: 2017/07/22 08:32
名前: 中川隆 ID:nUGMNEeU

ジャズなんか音楽じゃない

youtube動画に往年の名指揮者ブルーノ・ワルターの「ジャズは低俗だ」という発言がUPされていて物議をかもしていた。

「漫画を書くにも才能が要るが、それは芸術ではない」

とも言っているみたいだった。

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ジャズ喫茶メグ
http://www.meg-jazz.com/
http://tabelog.com/tokyo/A1320/A132001/13088764/dtlrvwlst/1149634


吉祥寺駅東口から線路沿いに西荻窪方面に戻るヨドバシカメラ裏手横丁の一角に名曲喫茶「バロック」はある。
隣は存在しながらも既に伝説となっているジャズ喫茶「MEG(メグ)」。

吉祥寺といえばかつてはJAZZ喫茶が盛んだった場所。今回取り上げる名曲喫茶バロックには並んで<Meg>という、これまた有名なJAZZ喫茶があり、もう何十年もここへ通っていた。オーディオが売り物だったが、ロクな音で鳴っていたことはなく、いつも帰りには入店したことを後悔していた。

ある時、入店前から以前の記憶が蘇り、ふらっとバロックの扉を開けたのは、割と最近の事。席に座ってびっくりした。

<ここいい音ですね>

わざわざ吉祥寺まで出向いて、うんざりしていた自分は何だったのか?

________

つまり、ジャズやロックはアメリカ的に外面的で陰影が全く無いから芸術にはなり得ないんですね。


音楽がわからないアホがジャズやロックに熱狂する理由


プロテスタントのある宣教師は、クリスチャンに改宗した原住民たちにロックを聞かせてみたところ

「これは悪霊を呼び出す音楽である」

と言ったといいます。

彼らは、以前、自分たちが暗闇の悪魔的霊界と接触するときに使ったサイキックな刺激と同じものをロック・ミュージックの中に感じ取ったというのです。


 一般的にロックというと、その衣装・風体は実に異常であり異様です。これは何に通じるかというと、サタン、つまりサタニズムに通じるのです。そして、このサタニズムとドラッグは、昔から密接に結びついているのです。

 マヤ文明では、ペヨーテなどの幻覚剤を使って、生け贄を捧げる宗教的儀式を行っていたのです。また、古代の神官たちは、ドクニンジン、ヒヨス、アヘン、ベラドンナなどの麻薬の恍惚感のうちに霊との交信を行って“神託”を述べ、ときとして身体を傷つけたりしています。

 ロックのコンサートは、この神官の儀式に非常に似ているところがあるのです。ですから、これとドラッグが結びつき、そこに悪霊が入り込んできても少しも不思議はないのです。

 聖書には「魔術」ということばがよく出てきます。これは原典のギリシャ語では「フェルマキア」英語の「ファーマシイ」「薬局」の語源はこれなのです。つまり「魔術」とはドラッグを意味し、魔術とドラッグは同意語であり、つねに表裏一体の関係にあるのです。ですから、ロックがドラッグと結びつき、それがサタニズムと関連を深めても何ら不思議はないのです。


 ビートルズでは、全員がドラッグを使っていたそうですが、とくにジョン・レノンが多く使っており、生き延びるために不可欠だったとの証言もあります。このように、1960年代後半、ドラッグはビートルズが先導役となって、ロックの世界に浸透し、ヒッピー運動とともに若者の間に広がっていったのです。


ロック・フェスティバルでは、何が行われているのでしょうか。それは、とても音楽のコンサートとは思えないほど異常なものです。

 ロックは、心臓の鼓動の持つ自然なリズムと全く逆のリズムをとるため、聴く者の内蔵を打ち、繰り返しの反復によって脳にそれが叩き込まれるのです。 人間が苦痛を感ずる音量は約100デジベルからであるといわれます。ロックコンサートにおけるエレキギターの音は約190デジベルもあるので、苦痛に感ずるほどうるさい音なのです。

 絶えず激しく律動するビートは、高いボリュームで長時間続けられると、いつしか催眠術的な効果が生じてきます。どうしてかというと、神経組織が高音で繰り返し襲われるので、通常の聴覚がマヒしてしまうからです。そうすると超越瞑想のようになって、音楽が醸し出すイメージと歌詞のメッセージに対する深い被暗示性が生まれてくるのです。

 こういう状態になると、音楽という催眠術がかかりやすくなるので、人々は音楽の持つメッセージとイメージをまともに受け入れてしまいます。その場に、目もくらむようなレーザー光線やスクリーンに映し出されるデモーニッシュな映像があれば、乾いた土が水をまたたく間に吸収するように心の中にしみ込んでしまうのです。

 ここにサタニズムが入り込んでくるのです。ロック・ミュージシャンのあの異様な服装や行動は、こういうことと無関係ではありません。ロック・グループの中には、公然とサタン礼拝を打ち出しているものもあるのです。
 

 1970年2月13日の金曜日にハード・ロックのブラック・サパスというグループがデビューし、アルバム「黒い安息日」を発表して、魔術を曲の中に打ち出してきたのです。これと同時期に、ブラック・ウイドウズというグループが「サクリファイス」(生贄)というアルバムを発表したのですが、この頃にはドラッグと黒魔術は強く合体し、ハード・ロックの世界に定着していったのです。

このブラック・サパスとブラック・ウイドウズはともに黒魔術を曲の中に取り入れたのですが、前者は精神的なものとして取り入れたのに対し、後者はイメージカラー的な演出面で黒魔術を活用したのです。


 このようにして、ハードロックの世界に悪魔主義は完全に入り込み、その精神を受け継ぐディープ・パープル、イーグルス、ジューダス・プリースト、シン・リジィ、スコーピオンズといったグループが次々と誕生してきたのです。

 この1970年代を過ぎて1980年代に入ると、ハード・ロックは、ヘビー・メタルに移行していきます。しかし、その間の一時期に「パンク・ロック」というのが流行します。 パンク・ロックというのは、体制に反発する音楽イデオロギーのことをいうのですが伝統の崩壊、秩序の破壊、既成社会への反抗の叫びをヒステリックに主張し、日常の欲求不満をすべて音楽にぶつけたものをいうのです。

 セックス・ピストルズ、クラッシュ、ダムド、チェルシーなどは、パンク・ロックグループですが、彼らはきわめて異常な風体をしていたのです。世紀末風のファッション鋲つきの皮ジャンにチェーン、髪は逆立てて極彩色に染め、死人のような青ざめたマスカラの隈どりといえば、ピンとくると思います。

 しかし、彼らに決定的に欠けていたのは演奏力であり、長時間のコンサートには耐えられなかったのです。時代の異端児としては注目されたものの、演奏レベルの低さに人気は長続きせず、当然の帰結として、出現の瞬発力と同じスピードで姿を消してしまうのです。しかし、あの奇妙な風体だけは、若干姿を変えて次のヘビー・メタルに受け継がれることになります。

 さて、ヘビー・メタルとは何でしょうか。

 ヘビー・メタルとは、そのサウンドを表現するものです。どういうことかというと、ギター・コードの激しく鳴り響く音がデトロイトの自動車工場で、鋼鉄から車の部品をプレスする流れ作業場の、耳をつんざくような騒音と似ているところから、そう命名されたのです。

 その特徴はといえば、研ぎすまされた粗野でストレートな表現力、他の追随を許さぬスピード感にあるといえます。そして、当然のことながら、より悪魔主義と一体になっていきます。

 アイアン・メディアン(鉄の少女)というグループは、悪魔の数字といわれる666を前面に打ち出した曲「獣を野に放て、666、ナンバー・オブ・ビースト」という曲を演奏し、悪魔主義運動を起こし、ヘビー・メタルの先頭に立ちます。

 そして、ヴェノム、サタン、デーモン、ウィッチファンド、エンジェルウィツチなどのバンドが誕生するのです。まるで、地下教団的な秘密組織みたいですね。こういうヘビー・メタルのファンの56%は17歳以下の青少年なのです。・・・

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ジャズやロック は音楽ではなく、麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール


要するに、ジャズやロックは音楽というよりこういうものに近いと考えた方がいいのですね:


仏教タントラではブラフマン(創造神)とアートマン(真我)の合一を体験することをサマジー(三昧耶)・・・暝想の極致という。

ダンマ(真理)に接近しこれと合一する(即身成仏)ことを目的にした、究極的な高度で、深い暝想のはてに、浄化がある。


○想像力は目にみえないものを見させる

 ハワイのフラダンスは、もともと神に奉げれていた神舞であった。フラの巫女には、女神ペレのマナ(霊力)が感応してくる。ハワイ語でマナとはスピリチャル・パワーのことだという。そこで、もともとフラは神霊との交流の儀式であった。

 始めに、詔(みことなり)や、リズムと歌で、神々しい雰囲気と聖なる場を整える。「真如」の導入である。

次に、フラのダンサーは、そのリズムで踊りながら陶酔し、やがて「没我」となる。そこに、神霊が「感応」する。恍惚が踊り手を支配する。すると、神からの返答が現れ、「天恵」が現象化する。

こうしたプロセスをもつ古代儀式は、世界中に普遍的にある。ダンスがそもそも交霊術であることを示してくれる明確な例はスーフィのダンス、鎌倉時代に起きた一遍の「踊念仏」などが上げられよう。不乱の舞は、「没我」に至るには欠かせなかったのだろう。


 古代的な交霊は、表面的にしか物事を見ない人々には理解できない。エンタテインメント化されたショウとしてのフラよりも、マナ(スピリチャル・パワー)と一体になったフラは偉大で神聖である。ハワイ島では、古代と同じ”のり”で女神ペレへの感謝のフラが、今でも行われている。これが奇跡なのだろう。

 なんであれ、音楽とダンスとは一体であり、それは神楽(かぐら)だった。日本の祭の神輿(みこし)の”のり”が、それなのだろうか。洸惚感、あの陶酔感は、御輿(御神体)を担ぐことによって、はじめて感じることができる。神輿を担ぐことは、スピリチャル・ダンスだった。

真の芸能には、「真如」「天応」「没我」「天恵」の4つのプロセスが必ず組み込まれている。だからこそ喜びと生きる力を与えていた。現代では、真のイベントは少なく、その一部か、残り物だけとなってしまっている。それは、大音響のロックの陶酔感とはあきらかに違うものである。


ぞくぞくっとするような。あのチベット密教の寺院にこだまする読経の声こそ深くこの世の世界から天界へと意識をトリップさせるためのマントラのパワフル極まりないエネルギーに満ちたものだった。

そのことは僕が実際に女性とのセックスをしたときにBGMがチベット密教の寺院で読経された音源だったからこの身をもって体感した。

_____

社会はある時から凄まじく変わってしまうという事象がある


かつてアメリカはキリスト教系の価値感の強い文化を持ち、「男は男らしく、女は女らしく」という保守的な文化しかなかった。しかし、やがて時代が変わり、「男らしさ、女らしさ」にこだわらない若者たちが現れるようになった。

アメリカの新しい価値感の転換を象徴した世代は「ヒッピー」である。

1960年代、アメリカはベトナム戦争を戦っていたが、このベトナム戦争の修羅場はテレビで生々しく報道されるようになり、それを見た若者たちがこのように疑問を持つようになった。

「どうして我々が見も知らぬアジア人を虐殺しているのか?」

やがて、アメリカ政府が東南アジアの片隅で行っている戦争という名の「虐殺」に反対する若者たちが大学を基点として反対デモや抗議デモを起こすようになり、やがて彼らが「反体制派=ヒッピー」となっていく。

彼らのモットーは、「徹底した反体制」だった。

そのため、体制側のすべての文化を破壊することに情熱を注いだ。「男は短髪で男らしくしなければならない」と言われれば、それに反抗して長髪にした。

「背広を着ろ」と強制されたら、それに反抗して女性のように中性的な服を着るようになった。



ヒッピー文化は何もかも破壊していく文化だった

「一夫一婦制が正しい」と強制されたら、それに反抗してフリーセックスが流行するようになった。「家族は大切だ」と強制されたら集団生活をするようになった。

そして「ドラッグを吸うのは馬鹿だ」と頭ごなしに言われたら、ドラッグを吸うようになった。そうやって、ヒッピー文化は何もかも破壊していった。

「同性愛は病気だ」というのはこの時代もまだ続いていた概念だったが、それもヒッピー文化の発祥地であるサンフランシスコでは容認されて、後にハーヴェイ・ミルクのような重要な人物を輩出している。

このように見ていくと分かる通り、アメリカのすべてを変えたのは、ヒッピー文化だったのである。

現代のアメリカのリベラルを語る上で、ヒッピー文化は知らずに通り過ぎることはできない巨大なムーブメントであったと言える。

自由なセックスという概念が定着したのも、このヒッピー文化からだったが、これは女性にも大きな影響を与えた劇的な文化的転換だった。

女性の性の解放は、紛れもなく1960年後半のヒッピー・ムーブメントから生まれていったのだ。世界中でこの風潮が煽られ、1970年代以後は「貞操を守るのは古い」という価値の転換が徐々に起きていた。

この時代は若者の熱気がむんむんと溢れた熱い年代だった。若者はすべてをひっくり返したのだ。

ヒッピー文化の洗礼を受けた世代とそれ以前の小説や映画を観ていると、「本当に以前と同じ国なのか?」と首を傾げるほどの変化がある。

もう今では信じる人もいるかどうか分からないが、欧米でも貞操を守るのが美徳とされた時代がずっと続いていたのだ。

「女性は夫に従う」「女性は夫に口を出さない」のが女性のあるべき姿だと言われていた時代があった。これが、すべて崩壊した。


Scott McKenzie - San Francisco (Monterey, June 1967)
https://www.youtube.com/watch?v=yhabYduqQ_A



女性の性の解放は、紛れもなく1960年後半のヒッピー・ムーブメントから生まれていったのだ。日本でもこの風潮が煽られ、1970年代以後は「貞操を守るのは古い」という価値の転換が徐々に起きていた。


中ピ連の過激な活動と、映画『エマニエル夫人』

当時の日本人は、アメリカ文化に心酔していた。アメリカは偉大な国で、アメリカは目標であり、アメリカは真似すべき国だったのだ。

アメリカでエルビス・プレスリーが流行したら、日本にもエルビス・プレスリーが大流行した。アメリカでグループ・サウンドが流行したら、日本でもグループ・サウンドが流行した。

そして、アメリカでヒッピーが生まれ、長髪の若者が時代の最先端を飾るようになると、日本もまた若者たちがみんなアメリカのヒッピー文化を真似るようになった。

アメリカで反戦フォークが流行ると、もちろん日本でも反戦フォークが流行し、ボブ・ディランの物真似みたいな日本人のシンガーも次々と現れた。

アメリカでベトナム戦争反対運動が湧き上がると、日本人の若者もなぜかベトナム戦争反対運動を日本で起こすようになった。すべてがそんな調子だったのだ。

アメリカで「自由なセックス」が流行すると、もちろん日本人女性もこうした流れに与するようになる。

そして、経口避妊薬(ピル)を解放せよという中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)が過激な抗議運動を起こすような時代になっていた。

気に入れば誰とでも寝る、乱交も問題ない、誰にも縛られないで生きるというのは、まさに反体制の象徴的な行動だったが、そのためにはピルが必要だ。

中ピ連の運動は、女性のセックス解放の運動でもあると、当時のフェミニストは考えていた。

中ピ連が抗議活動をして社会の耳目を集めているとき、世界では不思議な映画が大流行していたのだが、それが「初の女性向けポルノ」と言われていた『エマニエル夫人』だった。

この映画が日本に入ってきたとき、保守的であると言われていた日本女性が大挙して映画館に押し寄せて、シルビア・クリステルのみずみずしい裸体を見つめたのだった。

以後、映画『エマニエル夫人』は女性の性的解放の象徴的かつ伝説的な映画となっていく。



この1960年代後半から1970年代にかけて広がっていったヒッピー時代を調べていると、道徳破壊の痕跡があちらこちらに残っていて興味深い。

ベトナム戦争に反対する若者たちの反対運動が完全に社会を変えてしまい、その運動の前と後ではまったく違った社会になっていることに今さらながら驚きを隠せない。

良し悪しは別にして、社会は継続的かつ熱狂的なムーブメント(社会運動)が起きれば、どんな頑迷な社会でも大きく変化していくというひとつの象徴がヒッピー文化である。

アメリカはヒッピー文化で変質してしまったが、それで良かったのか悪かったのかは、誰にも分からない。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20170128T0252000900.html



メンテ
麻薬中毒者の作った音楽 _ ジョン・レノン _ イマジン ( No.596 )
日時: 2017/07/22 09:59
名前: 中川隆 ID:nUGMNEeU

麻薬中毒者の作った音楽 _ ジョン・レノン _ イマジン


ビートルズと薬 ‐ ニコニコ動画(原宿)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3011883


John Lennon (ジョン・レノン) Imagine (イマジン)

  想像してごらん、国なんかないと
  それに宗教もないと  

http://www.nicovideo.jp/watch/sm9776898
http://www.youtube.com/watch?v=M0d_P-QMdNQ&feature=related
https://www.youtube.com/results?search_query=John+Lennon+%E3%80%80Imagine+


Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
No Hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today...

想像してみて 天国は存在しないと
それは簡単なことだよ
僕達の下に地獄はない
僕達の上にはただ空があるだけさ
想像してみて 全ての人が
今日を生きているだけだって


Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

想像してみて 国が存在しない世界を
それは難しいことじゃないよ
なにかのために殺すことも死ぬこともない
そして宗教もない
想像してみて 全ての人が
平和の中で暮らす世界を



You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

君は僕のことを夢想家だというかもしれない
でも僕はたったひとりじゃないよ
いつの日か君も僕達に加わって欲しい
そして世界をひとつにしよう



Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people
Sharing all the world

想像してみて 個人の持ち物がない世界を
それはちょっと難しいことかもしれない
奪い合う必要も飢餓もない
人は皆、兄弟なんだ
想像してみて 全ての人が
世界を共有することを



You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one

君は僕のことを夢想家だというかもしれない
でも僕はたったひとりじゃないよ
いつの日か君も僕達に加わって欲しい
そして世界をひとつにしよう

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新時代の寵児オノ・ヨーコ 『某業界情報紙』(一九九一年 十月 発行)より転載。

 当編集局は、ソニーがコロンビア映画を、松下電器がMCAを買収した際にも、このままでは日本が邪悪な親イ●●エ●・マフィアの牛耳るハリウッドの「文化産業」に取り込まれてしまうと警告した。今や、ソフトコアポルノ・ロックのスター歌手、マドンナが日本のテレビで大もてである。彼女のミュージック・ビデオはキリスト教への冒涜であるとひんしゅくを買った代物であり、日本の若者たちの憧れの対象となる資格は持ち合わせていない。マドンナに輪をかけた悪が、日本の尻軽女、オノ・ヨーコだ。

 当年とって五十八才のヨーコは、一流銀行家の娘である。子供の頃から、学習院や三井アカデミーなどブルジョア学校で学び、皇族の一人とも親交を結んだ。

 一九五二年、二度目の渡米生活の時、ニューヨークのサラ・ローレンス大学に入学し、勃興しつつあったアバンギャルドの「ビートニック」の洗礼を受けた。大学時代に麻薬を覚え、何回かの中絶をするなど乱れた男女関係を経た後、一柳俊というニューヨークのジュリアード音楽院の学生と結婚した。二人は麻薬の巣窟、グリニッジ・ビレッジのジャズ界に入り浸りとなった。その結婚生活もヨーコが、自殺未遂で精神病院から退院したばかりのホモの作家といい仲になったことから破局を迎えた。

 一九六二年になって、ヨーコの家族は娘をこのすさんだ生活から救おうとして日本に呼び戻したが、ヨーコはまたもや自殺をはかり、東京の精神病院に収容された。その精神病院からヨーコの脱出の手助けをしたのが、もう一つ輪をかけた悪のトニー・コックスというアメリカの麻薬売人である。コックスは、とある●●ヤ教司祭の息子と手を結んで麻薬の製造と密売を行った男で、ニューヨークにおけるLSD−25の売人第一号である。ヨーコの友人にも手広くLSDを売りさばき、FBIとマフィアの追及から逃れて日本に渡ってきた時、ヨーコと再開し結婚する。

 その時点で法的には、ヨーコは未だに最初の夫の妻だったにもかかわらずである。ニューヨークに舞い戻った二人は、幻覚症状を催す麻薬とアバンギャルド芸術の世界に憂き身をやつすことになる。

 日本を発つ直前に、ヨーコは「グレープフルーツ」と題する詩集を出版した。その中に次のような一節がある。

「愛した男のすべてを殺せ。遺骨は箱に詰め、花を付けて海に流せ」

【英文(これ、英国調ですか?)では:


"Kill all the men you have slept with / Put the bones in a box and sent it out to sea in a box with flowers"】


 トニーとヨーコは赤貧洗うがごとき生活を送り、夫婦喧嘩も絶えなかった。一九六六年にはロンドンに行き、アバンギャルド会議に出席した後、一年ほど滞在し、麻薬とロックとセックスの裏文化の中にどっぷりつかることになった。当時の裏文化のメッカはインディカ・ギャラリーのかいわいであり、このインディカ・ギャラリーと称するカフェ兼アート・センターを始めたのが、ジョン・ダンパーとその妻のロック・スター歌手のマリアン・フェイスフル、およびビートルズのメンバーのポール・マッカートニーであった。

 そこでヨーコはジョン・レノンに紹介される。その数ヶ月後、ロンドンのあたりでレノンと遊び回るうちに、ヨーコはすでに妻子ある身のこの花形ロック・スターをまるめ込んでしまう。レノンはヨーコとつきあう以前からすでにLSD−25の常用者だった。ヨーコと一緒になったレノンはローリング・ストーンズなどのロック・ミュージシャンを巻き込んで手当り次第にいろいろな麻薬を試すようになった。当然のことながら、レノンもヨーコも麻薬中毒患者に転落した。

 その頃になると、ヨーコはオカルトに夢中になり、専属のタロット占い師を雇うまでになった。七〇年代後半には、コロンビアのカルタヘナ島に行き占い師の会社、リナ・ザ・ウィッチ【←おや?】に一週間通った。

 長年における麻薬とオカルトへの異常な関心の結果、一九八〇年のジョン・レノン暗殺事件の当時は、ヨーコは新時代の退廃的な哲学に夢中になっていた。相変わらず手の施しようもない麻薬中毒であった。進んで麻薬・ロック・セックスの裏文化に入り、今やその道にかけては世界的に有数な伝道者とも言える人物になっている。ヨーコこそ、まさに日本の新時代の寵児と言えよう。



★ジョン・レノンが、最初に絵の展示会でオノ・ヨーコの絵を見て「ひらめいた」のだそうで、それは麻薬の幻覚に由来しているのではないか、なんて思っていますけど。

「この絵を描いた女は、オレと同じ幻覚を見ている、」っていうか。

LSD中毒患者の博物館には、自分たちが使ったお気に入りの麻薬や注射器が展示してないって?

博物館の売店には、LSD−25錠剤やらの「ドラックお試し詰め合わせセット」を置いてないって?

博物館までの路上では、得体の知れない外国人がやたらにアクセサリ類を売っていないって?

上の話がウソかどうか、本人に血液や毛髪検査したらたちどころにわかるって?

LSD中毒患者が大勢集まってきそうな埼玉新都心って、きっと麻薬と乱交パーティの楽園になるのかな。

ワクp(^ー^ )qワク

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ビートルズは麻薬を売るための洗脳ミュージックだった!? 2010年10月15日


ビートルズは麻薬販売促進のため、タヴィストック研究所が仕掛けたプロパガンダ作戦であり、イギリス、アメリカの情報機関がその計画に沿って動いていたのだと言われてます。

ではなぜ、一般には無名のイギリスのタヴィストック研究所がそのようなことができたのか?

その研究所の名誉会長はイギリス女王であり、有力な貴族や世界を動かす権力者(要するにユダヤ勢力)がメンバーであるからだとか。アメリカ側には、あの麻薬王パパ・ブッシュも名を連ねているそうな。この顔ぶれは意外なようで意外ではない。イギリスはあへん戦争を起こした国であるし、パパ・ブッシュはもちろんその方面で、知らぬ人も知っている有名人。

ビートルズが作詞作曲したとされる数々のオリジナル曲は、実はすべて提供されたもので、メンバーが作詞作曲し始めたのは、バンドとしての活動も終盤となってからであるという。


解散後のジョン・レノンの反戦活動、反権力的思想は厄介のタネであり、イギリス、アメリカの諜報機関の監視下にあった。そこでチャップマンに催眠術をかけ、暗殺者に仕立てて、レノンを殺させたのであるという。
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●入念に仕組まれた陰謀「ビートルズ現象」の汚い共犯者エド・サリバン


 タヴィストック研究所がビートルズを合衆国に連れてきた時、ビートルズの後に続く事になる文化災害を誰も想像出来なかった。ビートルズは『水瓶座の陰謀』の絶対不可欠の一部分であった。この陰謀は生命をもった有機体で『人間イメージの変革』から発生したものである。

 ビートルズ現象は若者の旧社会制度に対する自発的な反抗ではない。そうではなくて、それは高度に破壊的で巧妙な要素を、むりやり変化させる目標とされた大きな個体群の中に、正体不明の陰謀団によって持ち込むという、入念に仕組まれた陰謀だったのである。

 新しい単語や言い回し??タヴィストック研究所によって作られた??が、ビートルズと一緒にアメリカに紹介された。音楽用語としての「ロック」や「ティーンエージャー」「クール」「ディスカバード(発見された)」それに「ポップミュージック」といった単語は麻薬の仲間入りを意味して、ビートルズの赴く所どこでも付いて廻り、「ティーンエージャー」によって「発見される」事になる偽装された暗号用語だったのである。

 因みに「ティーンエージャー」という言葉は、ビートルズがタヴィストック研究所のお陰で登場する直前まで使われた事はない。つまりこの現象も、ストリート・ギャング抗争の場合でと同じく、マスコミ、とりわけテレビ・ラジオの協力なしで何も成し遂げられなかっただろう。特に、口汚いエド・サリバンの協力は不可欠だった。彼は自分の果たすべき役割について謀略家共に前もってコーチを受けていた。溢れかえる程の報道に登場する事がなければ、リバプール出身のガラクタ連中と、その後に続く12音無調達様式[シェーンベルクが調和拘束性を断ち切る為に創案した無調音楽の一種]の”音楽”に大して注意を払う者はなかっただろう。

一二音無調様式は強勢の反復音からなり、テオドール・アドルノ[1903?69、フランクフルト学派の泰斗で、「否定弁証法」の思想家・ユダヤ系]によってディオニソス密儀及びパール神官の音楽から借用され、英国女王という事はつまり300人委員会のこの特別友人アドルノよって「現代的」風味を添えられたものであった。

 タヴィストック研究所とスタンフォード研究所は、「ロック音楽」とそのファンの周辺でその後広く使われる様になる誘発語を作った。誘発語が主として若い個体群に紛れもない新たな離脱を引き起こした。彼等は、社会工学と社会的調節剤によって、ビートルズこそ本当に自分達の大好きなグループなのだと言いくるめられたのである。「ロック音楽」との関連で考案された誘発語は全て、新たに目標にされた群、自由主義国の若者達を集団支配する為に構想されたものなのである。

 ビートルズは完璧な仕事をした。というより恐らく、タヴィストック研究所とスタンフォード研究所は完璧な仕事をしたと言う方が、もっと正確だろう。ビートルズは只「友人達からちょっとした手助けを借りて」??麻薬を使用し「クール」にやる為の暗号用語??訓練されたロボットの様に反応しただけである。

ビートルズは大いに目立つ「ニュータイプ」??別のタヴィストック用語??となり、かくして程なくこのグループは新しいスタイル(衣服や髪型や言葉遣いの流行)を作った。これには年上の年代は狼狽した。まさしく目論見通りであったのである。これはウィリス・ハーモンとその社会科学者及び遺伝子工学の鋳掛け屋共のチームによって練り上げられ実行に移された「乖離?不適応」過程の一部だったのである(この為にビートルズは女王から勲章を頂いたかもしれない。当時は世界的に有名になってレコード売り上げを貢献したからと聞いていたが!忍)。

 我々の社会でマスコミが果たした役割は、大きな個体群の洗脳を成功させる為に決定的であった。1966年にロサンゼルスでストリートギャング抗争が終息したのは、マスコミが取り上げなくなったからである。ロサンゼルスで今進行中のストリート・ギャング抗争の波にも同じ事が起こる筈である。マスコミの集中報道がトーンダウンし、それから完全に取り上げなくなると、ストリートギャング共は実を結ばずにしぼむだろう(そうとは限らない。後ろに後見の人がいれば、力は残っているだろう。只、マスコミが取り上げないと青少年の好奇心が無くなる事は事実だけど。言葉が知らなければ頭が浮かばないから。只、今現在は戦略的にマスコミが取り上げない問題が沢山ある。嘘の報道が戦略的に行っている!忍)。1966年の時の様に、事件は「燃え尽きて」しまうことになっている。ストリート・ギャング予備群は騒動を起こし、不安を醸成する目的に役立った事になるだろう。厳密に同じパターンが「ロック音楽」の場合にも起こるだろう。マスコミの関心を失って、結局は歴史に記載されるだけになるであろう。




●麻薬、ヒッピー、フラワーチルドレンとテオドール・アドルノ


 タヴィストック研究所の手で偶然に編成されたビートルズに続いて、英国製ロックグループが他にもやって来た。それらのグループは、ビートルズと同じく、テオドール・アドルノに異教的な歌詞を作詞してもらい、”音楽”の全てを作曲して貰った。

 歌詞とか音楽という美しい単語を「ビートルズ狂」との関連で使うのを私は遺憾に思う。というのも、「愛する人」という単語が如何に間違って使われているかを私に思い出させるからである。豚のエサの中で絡み合う二人のホモ(これは、不自然な性的な行為である。素直に女性を求めればよいのである。自然の法則は、+と?は引き合うが、+と+又は?と?は反発し合う。だから素直ではないと言っているのである。神の法はあく迄も一夫一婦制である。独身の人が、独身の異性を求めるのは悪ではない!忍)の不潔な行為を指すのに使われているのである。従って、「ロック」を音楽と呼ぶのは侮辱である。同じく「ロックの歌詞」に使われている言葉も侮辱である(音楽と歌詞とは、人間の感性を育てる物である。其処に悪魔が利用されるのである。殺人を善だと感じる感性(人殺し又は麻薬を使って廃人なるのを見るのを喜ぶ感性)を育てるにはどうすれば良いのかと考えて出来た音楽はやはり悪魔の音楽である。ロックの人達は麻薬との繋がりがあるので、保守派は警戒するのである!忍)。 

 タヴィストック研究所とスタンフォード研究所は、300人委員会に委託された作業の第2段階に乗り出した。この新段階はアメリカに社会変化を熱をかき立てた。

 ビートルズが自由主義国という舞台に登場した時と同じ様に、急速に「ビート世代」が登場した。それは社会を分離・分裂させる為に構想された誘発語である。マスコミは今度は「ビート世代」に関心を集中した。やはり、タヴィストック研究所が新造した単語がどこからともなく出て来た。「ビートニク」「ヒッピー」「フラワーチルドレン」が自由主義国語彙の一部となった。「ドロップアウト」して、汚いジーンズを着け、洗わない長髪で歩き回る事がはやった(意味不明。道徳はあく迄も心の問題で服装で判断する人は下に属する。社会に対して何を行うのかの方向性で判断する必要がある。あく迄も宇宙大自然との共存共栄の方向であるかどうか!忍)。かくて「ビート世代」はアメリカの本流から独立した。彼等は、先行のまだ清潔だったビートルズと同じくらい悪名高くなったのである。
 新たに作られたグループとその「ライフスタイル」が、自由主義国の若者を流行へと押し流した。自由主義国の若者は気付きさえしないで過激な変革を経験した。その間、年上の世代はなすすべもなく傍観した。危機の原因を割り出す事が出来ず、為に危機の現れに対して適応不良の態度で反応したのである。

 危機の現れとは、あらゆる種類の麻薬、マリファナ、そして後には、リゼルグ酸つまり「LSD」であった。LSDはスイスの製薬会社サンドスによって手軽に供給された。それは同社の化学者の一人アルバート・ホフマンが強力な精神変化薬である合成エルゴタミンの製法を発見した結果だったのである。300人委員会は、彼等の銀行の一つS・C・ウォーバーグを通じて同社のプロジェクトに融資した。そして藥は、哲学者オルダス・ハックスリー[1894? 1963、英国の小説家・批評家]によってアメリカに持ち込まれた。この新しい「特効薬」は直ちに「試作品(サンプル)」大の包みで配布され、合衆国中の大学のキャンパスやロックコンサートで無料で配給された。ロックコンサートは藥の使用を激増させる為の主要な手段となった。

 答を求めて大声で質される人がいるかもしれない??「麻薬取締局(DEA)は当時何をしていたのか?」と。だがDEAは、進行している事を知りながら何もするなと命令されていた事を示す有力な状況証拠がある。
 非常に多くの新しい英国ロックバンドが合衆国(自由主義国)にやって来るようになると、ロックコンサートはアメリカ(自由主義国)の若者の社交予定表で恒例行事と化した。これらのコンサートと連携して若者の間での麻薬使用は比例的に高まった。

 呪わしい狂気沙汰である調子外れの強勢ビートサウンドが聴く者の精神を麻痺させるので、彼等はやすやすとその気になって新薬を試した。「みんなやっている」という理由を付けて。仲間の集団の圧力は非常に強力な武器である。「新しい文化」はお先棒かつぎのマスコミに最大限に取り上げられた。それには謀略家共の懐はただの一銭も痛まなかった。

 大勢の市民指導者や教会関係者の大いなる怒りが、この新しい熱狂に向けられた。しかし彼等のエネルギーは、進行する事態の結果に誤って振り向けられ、その原因には立ち向かわなかった。ロック熱を批判する者達も禁酒法時代[1920〜33年]に犯されたと同じ過ちを繰り返した。彼等は法執行機関や教師、両親、誰でも彼でも非難したのである。但し謀略家(一番の原因である)共を除いて。 

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支配階級が被支配階級をコントロールするには、洗脳することがもっとも有効な手段です。英米はそのために大衆プロパガンダ、人間心理コントロールの技術の研究を行い、実際その研究成果を実施してきたと言われています。

簡単に言うとモノを考えない人間を作ることです。

20世紀に入ると米国では麻薬、同性愛、音楽、セックスをファッション化し、脳を麻痺させて支配階級に迎合させる作戦が実施され順調に達成させられたといわれています。

その作戦の一役を担ったのがビートルズとも言われています。

まずその手段のひとつがバックワード・マスキング手法です。

バックワード・マスキング手法は簡単に言うと「言葉の逆回し」です。

りんご→ごんり や しんぶんし→しんぶんし 同じかッ(笑)

バックワード・マスキング手法は、19世紀末に活躍した有名な黒魔術師のアイレスター・クロウリーによって広く知られるようになりました。

あのマイケル・ジャクソンもバックワード・マスキング手法を使っていたと言われますが、最も熱心にやっていたのがビートルでした。

その証拠に「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のジャケットにアイレスター・クローリーが登場しています。 上段の左から2人目の坊主頭の方です。この画像では分かりにくいので実際のジャケットでご確認下さい。

では、次に曲の中で実際に使われているバックワード・マスキングによるサブリミナルテクニックですが、


まずは「アビー・ロード」

アビー・ロードをよ〜く聞いているとなんと言っているか分からない箇所があります。その箇所を逆回しにすると「Let me out Let me out Let me out」と言っています。

また「レボリューションNo.9」という曲では「No.9、No.9」と繰り返している箇所がありますが、この部分を逆回しにしてみると「Turn me on dead man turn me on dead man」と言っているのが分かります。 アルバムを持っている方は要チェックです!

ジョン・レノンの声は「1/fのゆらぎ」という特殊な波動を持っていると言われています。日本人では美空ひばりさん、宇多田ヒカル、森本レオなどが有名です。 1/fのゆらぎとは、人に快感やヒーリング効果を与えると言われており、自然界での具体事例は小川のせせらぎ、木漏れ日、蛍の光などが挙げられます。 このような状態になると人間はα波が出始め、催眠術にかかったのと同じ状態になります。この状態の時になにか指令が出たとすると簡単に洗脳されてしまうことは理にかなっています。

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序章 世界洗脳の手先ビートルズ

 ザ・ビートルズ。

 1964年、突如世界の舞台に飛び出し、一気にスターダムにのし上がったスーパー・アイドル。

 アメリカの人気番組、エド・サリヴァン・ショーへの出演をきっかけに、その人気は頂点に達した。
 世界中の若者がビートルズに熱狂し、彼らの虜となった。 そんなビートルズに対してデイヴィッド・ノーベルは、

 心理作戦を得意とする政治家が、ビートルズの音楽を利用して若者を催眠術にかけ、将来に計画されている破壊分子制御に従わせようとしている。

 この組織的計画の目的は、若い世代を、精神的には病める状態に、感情的には情緒不安定な状態にすることなのである。

と指摘している。 多くの人々は、あまりのビートルズの人気に対するひがみだと思って聞き流すかもしれない。

 しかし、彼の見解は正しかったのである。 実は、今から100年も昔にまとめられた『プロトコール』という文書にこう書かれてある。


第十三議定書

「彼らが自分で何かを考案せぬように、我々は享楽や、遊戯や、音楽や、性欲や、民衆倶楽部等の方面を煽って誘導しなければならない。これによって、大衆の頭を其の方へ外れさせねばならない」




 ビートルズに熱狂した若者たちは、自分たちの行動を旧社会制度に対する自発的な反抗だと考えていた。
 しかし、若者たちの行動は、世界を自分たちの意のままに動かす集団、「影の政府」によって、100年も前から計画されていたのである。

 「彼ら」の陰謀は成功し、音楽用語としての「ロック」や「ティーンエイジャー」、「クール」、「ポップ・ミュージック」といった新しい単語やいい回しがビートルズとともに世界に広められ、世界中の若者がその虜となった。

 その結果、若者たちは享楽的な生活に埋没し、「影の政府」の陰謀に立ち向かうどころか、「彼ら」の存在にすら気づくことはなかったのである。


 この陰謀の中核となったのが「影の政府」の下部組織であるタヴィストック研究所とスタンフォード研究所である。 タヴィストック研究所は、イギリスにある世界最大規模の洗脳研究施設である。

 このタヴィストック研究所が1946年、アメリカに設立したのがスタンフォード研究所である。

 ビートルズの音楽を作詞作曲したのも、彼らの一員である思想家、テオドール・ヴィーゼングルント・アドルノであった。 そして、エド・サリバンによって綿密にマスコミの使用法が検討され、電波に乗って全世界に報道されたのである。


 それでは、「影の政府」とは何ものなのか。そのヒントは、「彼ら」が作り上げたビートルズに隠されている。


 ビートルズのアルバム、"Sgt. Peppers Lonley Hearts Club Band"(サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド)のジャケットには、SF作家として有名な、H.G.ウェルズがいる。

 また、哲学者のオルダス・ハックスレー。

 このウェルズとハックスレーは、タヴィストック研究所やスタンフォード研究所を裏からコントロールする「影の政府」の一組織、「三百人委員会」のメンバーだったのである。


 さらに、推理小説作家として有名なエドガー・アラン・ポーは、「三百人委員会」に連なる秘密結社、フリーメーソンのメンバーである。 また、フリーメーソンの下部組織「黄金の暁(Golden Dawn)」に参入していた20世紀最大の黒魔術師、アレイスター・クロウリー。


 "Sgt. Peppers Lonley Hearts Club Band"のジャケットは、今まで闇の世界から歴史を動かしてきた「影の政府」が、いよいよ表の舞台に躍り出るという宣言だったのである。



 それでは、「影の政府」の目的とは何か。

 それは、ビートルズのメンバー、ジョン・レノンの“イマジン”にみることができる。


  想像してごらん、国なんかないと
  それに宗教もないと  ("Imagine") 


 この"イマジン"は、若者の間で圧倒的な支持を受けた。 現在でも争いを産み出す原因である国家や宗教を糾弾する反体制、反戦争のシンボルとして歌われ続けている。

 しかし、真実は異なる。

「影の政府」こそが近代におけるあらゆる戦争や飢餓を引き起こしてきたのであり、あらゆる国家は「彼ら」に操られてきたのである。


 そして今、「影の政府」は、若者たちに国家や宗教を破壊させようとしている。
 その後に、「影の政府」の意のままになる超管理社会、統一世界政府を樹立しようともくろんでいるのである。
 このイマジンは、そんな「彼ら」の情報操作の一環だったのである。
メンテ
フランスのピアノ _ エラールとプレイエル ( No.597 )
日時: 2017/07/23 06:46
名前: 中川隆 ID:lUR8SIuY

アヴデーエワ、1837年パリ製エラールを弾く
http://www.youtube.com/watch?v=yINFx5sg_iw

久元 祐子・エラールによる『革命』
久元祐子・プレイエルとエラールによるショパン。
https://www.youtube.com/results?search_query=%E4%B9%85%E5%85%83+%E7%A5%90%E5%AD%90%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%AB

play on a Pleyel Pianino (upright piano, 85keys, 1858)
https://www.youtube.com/results?search_query=played+on+a+Pleyel+Pianino+%28++1858%29

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エラールで録音されたマルグリット・ロンの演奏 1
Marguerite Long plays Chopin Concerto No. 2 in F minor Op. 21 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=dr2cz09TH2c

演奏: ロン(マルグリット), エラールピアノ
指揮: クリュイタンス(アンドレ) パリ音楽院管弦楽団
録音時期:1953年
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エラールで録音されたマルグリット・ロンの演奏 2
Marguerite Long plays Ravel piano concerto in G, Georges Tzipine 1952 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=fUWsBjt8xJI

演奏: ロン(マルグリット)
指揮: ツィピーヌ(ジョルジュ), パリ音楽院管弦楽団
録音時期:1952年

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エラール(Erard)


エラールの出現は、フランスのピアノを一流に高め、ピアノ文化を広げるきっかけとなった。

◆エラールの歴史

erard_2エラールの創始者である、セバスチャン・エラールは、1752年にラスブルグで生まれた。

彼は機械に対して興味を示し、建築学などを学んでいたが16歳の時、父を亡くしたため、家族を世話するために家具職人となった。

しかし機械や機構に対して鋭い感性を持っていた彼は家具職人では満足できなくなり、パリへと旅立った。

パリでチェンバロメーカーに勤め始めると、彼はその類まれな技術力でみるみるうちに上達し、あっという間に師匠の技術を超えてしまうほどとなる。

初めに勤めたメーカーでは、それが理由でクビにされてしまう。



さらに、2軒目では当時の職人達のモラルに反し、師匠の代わりにピアノを作る事となった。このことが世間にばれないはずもなく、結局辞めることになってしまったのだが、この件はむしろエラールの名前が良い意味で世間に広まる結果となった。

erard_pその後彼にはパトロンがつき、工房を開き、1777年に最初のピアノを発表したといわれているが、このため同時に周囲のやっかみにあい、ギルドから外されてしまった。

当時ギルド(同業者組合)から外れることは職を失うことを意味していた。

しかし、エラールはピアノ製作を続けるため、フランス王朝のマリー・アントワネットに取り入ることにしたらしい。

そのため、多くのピアノをマリー・アントワネットに贈っている。

ところが、なかなか上手くいかないもので、フランス革命が起こりなんとエラールも処刑の対象となってしまったのである。

処刑から逃れるため、彼はイギリスに渡った。

イギリスにはブロードウッドなど名だたるピアノメーカーもあり、そこでピアノ製作をさらに学び、研究し続けたのである。

その後、1796年にパリに戻る頃にはイギリスでも確固たる地位を築いたエラールはヨーロッパ最高のピアノメーカーへと育っていった。


◆現在のエラール

エラールは経営難から第2次世界大戦後ガヴォーと合併した。

しかし、それでも持ちこたえられず、1960年に工場を閉鎖となってしまった。1961年プレイエルと合併し、社名が「プレイエル・ガヴォー」となり、残念ながら名前も消えてしまった。

その後プレイエル・ガヴォーも倒産し、ついにこれらの3ブランドはドイツのシンメル社に買い取られてしまうこととなった。

しかし国産ピアノ会社がなくなってしまったことを憂慮したフランス政府の援助で「ラモー(Rameau)」というピアノメーカーが設立され、1994年にラモーが、プレイエル、エラール、ガヴォーを買い戻し、「フレンチ・ピアノ・マニュファクチュア」という会社名となった。

現在は1996年社名を「PLAYEL&Co.」とし、復活しているが、エラールは現在製造されていない。

こうしてエラールの輝かしい歴史は幕を閉じたのである。

◆エラールの発明

セバスチャン・エラールは発明家としても優れた才能を持っていた。

最も有名なのは「ダブル・エスケープメント」と「アグラフ(アグラッフェ)」と呼ばれる機構である。「ダブル・エスケープメント」はイギリスアクションのグランドピアノを大きく進歩させたといえる。この機構のおかげで鍵盤の連打ができるようになり、イギリスアクションの発展に大きく貢献した。
「アグラフ」はグランドピアノの高音部の音をきっちりと止め、音程を確かにする働きを持っている。現在はプレッシャーバーで弦を止める機構が主流となり、使われていないが、19世紀に製造されたピアノの中を見てみると使われているものもある。

それ以外にも低音部にいち早く巻き線を使用したり、フランスで初めて木製のフレームの枠に金属の補強を入れるなど、新しい取り組みや発明にも柔軟に対応していった。

◆エラールと作曲家・演奏家

エラールは様々な作曲家に愛され、彼らの求めに応じる形でピアノを発展させた。

ベートーヴェンは5オクターブ半のエラールのピアノの出現により、「ヴァルトシュタイン」、「ピアノ協奏曲第3番」や「熱情」を作曲したとされている。
また、リストの「ラ・カンパネッラ」の改訂版は当時エラールのピアノでしか演奏できなかったといわれている。

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Erard (1868)
1868年制作 (パリ) 製造番号39608

1868年製作のこのエラール・ピアノをよく弾いています。

パリのエラール社は、フランスを代表する歴史あるピアノ名門会社で、19世紀末から20世紀初めにかけて、世界的な評判をとり、コンサートホールや各国の王宮にエラール・ピアノが備えられました。

リストはこのピアノを愛し、よく弾きました。制作年代から見て、リスト自身がこのピアノを弾いた可能性も捨てきれません。

典雅な雰囲気と高貴な音色が、19世紀の香りを今に伝えてくれています。



エラール社の創立者は、セバスティアン・エラール(1752−1831)です。

ストラスブールに生まれ、パリに出て、チェンバロの制作を始め、弟とともに、会社を設立しますが、フランス革命が勃発すると、ロンドンに逃れ、ピアノ製作技術を学びました。

フランス革命が終わり、フランスが落ち着きを取り戻すと、パリに戻り、エラール社を再興します。セバスティアン・エラールがこの頃制作に熱中したのがハープでしたが、甥のピエール・エラール(1796?−1855)とともに、ピアノの制作に精力を注ぐようになり、1821年にダブル・エスケープメン・アクションを完成させます。このメカニズム上の改良により、連打が楽にできるようになり、ピアノ演奏法、ひいては、ピアノ作品の可能性を大きく広げることになりました。

1830年にパリで7月革命が起こり、翌年にセバスティアンは亡くなります。後を継いだピエール・エラールは、エラール・ピアノの生産に取り組みました。

エラール・ピアノを愛用したのが、フランツ・リストです。リストは早くも、1824年の6月29日のロンドン王立劇場でのコンサートで、エラールが開発した「ダブル・エスケープメント」機能を備えた新しいグランド・ピアノを弾いて大成功を収めました。

エラールのピアノはリストの演奏と作曲の可能性を広げるにあたって大きな役割を果たし、リストが長く愛用する楽器のひとつとなります。


このエラールを弾いた感じは、走りが軽快な車を運転している気分です。免許を持たない私が言うのも変なのですが、面白いようにスピードが出て、ちょっとしたアクセルの踏み具合ですぐに反応してくれるしなやかな感性を持ち、音色は華やかで宝石のような輝かしさを持っています。

プレイエルのようなくぐもった香りとは対称的です。

リストはプレイエルを弾かなかったそうですが、エラールで華麗な演奏をしたリストの姿は想像に難くありません。

ダンパーは弦の上にあるのではなく弦の下にあります。ですから、ダンパーペダルを踏んだとき、ダンパーが上がるのではなく、下に降りるという構造です。

最初に弾いたときは、ギョッとしたのですが、考えてみるとペダルを踏む(下げる)という方向性がダンパーが降りる(下がる)という方向性に合致していて、慣れてくると足に直結したペダルのように感じてきます。

プレイエルとエラール。私は体調に関係なく?!どちらも曲によって使い分けながら弾いています。

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プレイエル(Pleyel)


ショパンに愛されたプレイエルは、同時に音楽家を育て、音楽の普及に努めたメーカーでもあった。


◆プレイエルの歴史

プレイエルの創始者、イグナッツ・プレイエルは、1757年ウィーン近郊に生まれた。
イグナッツは幼いときから天才肌で、様々な方面に才能を見せたと言われている。

特に作曲やオルガン演奏では、モーツァルトに「ハイドンよりも優れている」と言わしめたと伝えられているほどであった。

しかしもともと飽き性の性格で、作曲活動は徐々にフレーズを使いまわすようになり、作曲家として生きていくのが厳しくなったと言われている。

さらにフランス革命によって彼は市民から糾弾され、結局音楽家として暮らしていくことが出来なくなった。そこで1805年に楽譜の出版業、1807年からピアノ製造を始めた。



その後、1824年、イグナッツの息子カミーユ・プレイエルは、父から会社を譲り受けた。彼も父同様音楽的才能を持ち、多くの作曲家を支援した。特に1827年に演奏ホールを作り、ショパンやサン・サーンスなどの演奏会を開いたことでも有名である。

ちなみにこのような事業はスタインウェイなども行ったが、実際これが良い宣伝となり、名声を確立したのである。

pleyel_pSalle Pleyel(サル・プレイエル)というこのホールは1928年に火災に見舞われたり、世界恐慌のあおりで買収されたりと紆余曲折を経て、2007年復元された。

また、プレイエルは当時面白いピアノを何台も作っている。作るのが大変だったり、機能的ではないとして今日では残っていないが、写真のようなデュエット用のピアノや2段鍵盤のピアノを作ったといわれている。


◆プレイエルのその後

プレイエルは戦後1961年にガヴォー、エラールを吸収合併し「プレイエル・ガヴォー」になったが、1971年には倒産してしまった。

その結果ドイツのシンメル社に製造委託することとなった。フランスのピアノ会社がこの時いったんなくなることとなった。

しかし、フランスに国産メーカーがなくなったことをフランス政府が憂慮し、政府の援助によってプレイエル・ガヴォーの技術者を集め、「ラモー(Rameau)」というピアノメーカーを設立した。1994年にラモーが、プレイエル、エラール、ガヴォーを買い戻し、「フレンチ・ピアノ・マニュファクチュア」という会社名となって国内にピアノ会社が復活した。

さらに1996年社名を「PLAYEL&Co.」とし、工場もプレイエル工場と名付けられ、フランスピアノ製造の伝統を守っていた。

その後、経営不振などから2000年代に入ると受注生産に切り替わり、年間10台程度の販売となった。

結局2013年に生産中止が発表された。

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Pleyel (1828)
1843年制作 (パリ) 製造番号10717

ショパンが愛用した楽器として有名なプレイエル社のピアノで、ショパンが生きていた時代に制作された貴重な楽器です。

ショパンがこの楽器を弾いたかもしれません。

ショパンの生家(ワルシャワ)に1848年製の同型ピアノが、またフランス国立パリ高等学院の楽器博物館に1839年製の同型ピアノが 展示保存されています。

数年前、調律師協会主催コンサートで、プレイエル、エラール、ベーゼンドルファーと、3台のピアノを弾かせていただきました。そのときのパンフレットに記されていたショパンの言葉は、

「私は気分が優れないときはエラールを弾き、気分のいいときはプレイエルを弾く」

でした。

プレイエルは、音を出すのにエネルギーが必要で、エラールは、すぐに良い音が出る、タッチがたやすくて体調が悪いときは、エラールのほうが演奏が楽。

つまり、気分が優れインスピレーションの表出、自らの内なる声を音にしたいときには、プレイエルが最も自分の分身としてふさわしい、ということだったのではないか、と想像しています。

ショパンと友情で結ばれていたカミーユ・プレイエルは、プレイエル2代目です。 ショパンが祖国のポーランドを離れ、ウイーンを経由して1832年にパリにきたとき、この天才を見出して、世の中に紹介したのはカミーユでした。ショパンがパリで行なう公式のコンサートは全て、プレイエルサロンで行われています。ジョルジュ・サンドとマジョルカ島に出帆するときにもこのピアノの手配を忘れていません。


アクションを手前に引きますとドノゴエのサインがあり、胸がときめきました。
NHKのある番組では、ドノゴエを「ショパンの専属調律師」と言い切っていましたが、ドノゴエは、当時のプレイエル社のアクション部門の主任技術者でした。ドノゴエがアクションを担当し、その際、OKがでた楽器のみに、焼き印がつけられたとされています。

プレイエルには、時折出会いますが、このドノゴエのサインが入っているものは数が少なく、ショパン時代のオリジナルアクションであり、当時の響きを再現しているという証でもあります。

(写真)

この楽器は、頭の後ろから柔らかく発声しているようなフランス語の響きにも似た、独特の魅力を持っています。タッチは、しっとりしていて、エラールのように軽やかに動くことができるタッチとは違っていて、コントロールしずらい楽器です。

「気分の優れないときはエラールを選ぶ」

と言ったと言われるショパンの気持ちがわかるような気がします。

また、プレイエルの大きな特徴として「第2響板」の存在があります。とりはずして弾くことも可能なのですが、やはりこの響板をつけて弾いたほうが、中で蠢くような情念、底鳴りするような一種独特の魅力を醸し出してくれます。

人によって好みが分かれるかもしれませんが、長年弾いてきて、私は、この第2響板をつけて弾く方がプレイエルの良さがでるような気がしています。

革命のエチュードを弾くと、最後の左手バスの音は、この楽器の最低音になります。楽器の限界ギリギリまで使って自分の心情を表現しようとしたのだと思われます。

この楽器は大きな音が出ませんが、この楽器でフォルテッシモを弾くと、かえって悲痛な思いが楽器の中でうずまくような感じがします。現代のスポーツカー並みの性能を持ったフルコンサートピアノで、余裕のフォルテッシモを出すと力強さは出るのですが、なかなか悲痛な思いが伝わりません。その点、プレイエルは、楽器自身が語ってくれるように思います。

ペダル記号をはじめ、ショパンが楽譜に書き込んだ指示記号は、このプレイエルを使って書いたものです。ですから現代のピアノで演奏するときは、少し現代用語に翻訳するような感覚でコントロールしたり、音の濁りが起きないように細心の注意を払ったりしなくてはなりません。

その点、プレイエルでショパンの指示を守って弾くと、ショパンが考えていた響き、そしてアーティキュレーション、ディナーミクを感じることができます。

右手で弾く高音部の黒鍵は、少し角が丸くなっています。ショパンが好んだ独特の指使い、黒鍵から白鍵に指を滑らせるようなレガート奏法です。

そのようにしてこのピアノは、ショパン自身、ショパンの女弟子、同時代のピアニストたちの手によって弾かれているうちに、少しずつ角が丸くなっていったのかもしれません。

プレイエルは、同音反復のしずらさ、スピードや音量の面で、エラールにははるかに及びませんでした。そうしたことから、ヨーロッパを席巻し、各地の宮殿やサロンに広まっていったのは、エラールでした。

プレイエルは、個々の楽器が手づくりの試作品のようです。一台、一台、微妙にタッチも音色もサイズ、高さも異なります。

注文を受け、芸術家とつくり手の間に濃厚なコミュニケーションが存在していた当時のピアノ界のありようにも思いを馳せることができる楽器です。

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マロニエ君の部屋 ♯39 ボヴァリー夫人とエラール

 知人からのメールで、フローベールの『ボヴァリー夫人』を読んでいたら、夫人がピアノを弾くシーンの注釈に「ERARD」という表記があったと教えてくれた。マロニエ君もちょうど半年ほど前にこの作品を読んだところだったが、そういう注釈があった記憶はなく、知人はフランス語をライフワークとしているらしいので、おそらくは原文の中にそんな記述を見出したのかもしれない。


 ERARD=エラールはプレイエル、ガヴォーと並び賞せられる戦前のフランスの三大ピアノメーカーで、ショパンがプレイエルとこのエラールの両方を使っていたのは広く知られているところである。

 この3つのピアノメーカーは、マロニエ君にはつい車の三大メーカー、シトロエン、プジョー、ルノーに例えたくなってしまう。



《シトロエン》は最も有名なフランス車で、厳密にはフランスというよりは、その佇まいや身のこなし、精神性においても紛れもないパリの車。夜と高速道路が似合い、華やかでシック、きわめて独創的で前衛的。エリゼ―宮の主(歴代大統領)からオペラ座通いのプレイボーイ、果てはギャングのボスまでを広くカバーする、まさにパリの代表的な顔。サスペンションは気体とオイルで浮いたごとくに支えられ、走らせることそれ自体が知的刺激を伴う快楽にもなるが、それには一見さんお断りの操作や取扱いがあり、一定の慣れと習熟と理解を要求する。ピアノならプレイエル。



《プジョー》はパリに拘らず、文字通りフランス全土を駆け回る健康な美女。あるいは堅実で働き者の主婦であり聡明な頭脳の持ち主。平均以上の文化教養にも優れるが、同時にスポーツの価値も良くわきまえており、いささか保守的。道徳心も備え、節約も心得る中産階級の理想型。時には羽目を外す喜びも知っているが、夜更かしをして身をもち崩す遊びに耽ったり、不健康な文化や享楽に足を取られるような破滅行為はしない、何事も節度を身上とする。ピアノならエラール。



《ルノー》は専ら国民車という趣で、保守・革新・官僚から農民まですべてをカバーする万能選手で、いささか地味だが作りは良心的で乗り手には忠誠をつくし、フランス人の生活様式を骨の髄まで知りぬいた、まさにすべてのフランス人の足。派手さはないがスポーツ・文化・アート面も決して疎かにせず、常に一定の貢献をしながらフランス車の基底を支える、まことに頼りになる車。ピアノならガヴォー。





 小説では、主人公エマが味気ない田舎暮らしと恋愛の曲折に難渋する場面に登場するのがピアノで、この作品の設定が田舎の中流階級という仕立てであるからには、それは決してプレイエルであってはならない。フローベールがそのためにピアノの銘柄にまで細かな配慮を行き渡らせたと考えられ、エラールはまさに正鵠を得た判断だと思われる。ここではエラールのある種の凡庸ささえも、小説の小道具として巧みな効果を顕している。

 ルイ・マルの映画『恋人たち』でも、ジャンヌが愛人のいるパリから自宅のある田舎へ戻ってくる途中、車が故障し立ち往生するが、これはプジョーであり、しかもコンバーティブルというところに地方の新聞社社主の有閑マダムの贅沢車という色あいを出している。これがシトロエンではやり過ぎで、それでは彼女の本拠地がパリから遠く離れた田舎であるというイメージにそぐわないだろう。



 さて、知人がその小説の中の註釈を追って説明してくれたところによれば、エラールが1821年にアクションを改良し、ダブルエスケープメント・アクションを発明したといった事まで説明があるらしいのには驚いた。

 今日のピアノでは広く常識となっているダブルエスケープメントは、まさにこのエラールによる画期的な発明であり、ピアノの発展に著しい貢献をしたという点では異論を挟む余地がないだろう。これによりピアノの連打性が飛躍的に向上したことで、エラールの名はピアノ史からその名が消えることはまずない。それ以前のピアノではキーが完全に戻らなくては次の打鍵ができなかったのに対して、この機構はキーが完全に戻らずとも次の打鍵が可能となって俊敏な連打が可能となり、それはとりもなおさずピアノの可能性や表現力の幅、果ては作曲にまではかりしれない影響を押し広げた。例えばラヴェルの「夜のギャスパール」のスカルボの冒頭に出てくる不気味な悪魔の連打も、このシステム無しには生まれなかった作品だろう。オンディーヌの出だしの冷ややかな水のさざめきも同様。



 マロニエ君はエラールの経験は豊富ではないから、あまり断定的なことは言えないが、まず驚くのはそのタッチの羽のように軽いデリケートな点だった。さらにはそのタッチにいかにも相応しい、ハッと息をのむようなやわらかな美しい音がフワッと飛び出してくるのにはつい気分が引き込まれてしまいそうだ。しかし音量は大型のグランドでもそれほど大きくはない。エラールの全盛期には現代のコンサートホールのような巨大空間での演奏は想定されなかったのだろう。

 しかし、その繊細でやわらかな音色は、現代のピアノに比べると、むしろ弦楽器に近いような気がしたものだ。一様に昔の楽器はどこかしら生き物から出てくる声のようなやさしみがあり、それがまた瀟洒な印象を添えていたことがうかがわれる。



 エラール使用のCDを聴いても、なにしろその優しげな音色と伸びやかな響きは印象的で、ドイツ系のピアノのような厳めしさや重厚さはないかわりに、愛らしい歌心のあるフランスピアノならではの特徴に溢れている。エラールのもつフランスのお菓子のような軽やかさと美しさ、バランスの良さは特筆に値する。

 しかし、プレイエルに較べるとはるかにクセが無く、良くも悪くも優等生といった印象があり、そのあたりもシトロエンとプジョーの関係に似ているように感じる。エラールの美点が全体のバランスと節度感、やわらかさだとすると、プレイエルはより際立った個性が表に立ち、音にもさらに明確なブリリアンスがあるのが最大の違いではなかろうか。それもパリの芸術家のセンスそのもののように、一歩まちがえれば下品の奈落に落ちるギリギリのところに平然と踏みとどまった危うさを伴ったブリリアンスだから、よけいに異彩と妖しさを放つ。

 その点ではエラールはそんな危険地帯には寄りつかず、もっと安定した確かな美しさに満ちている。



 ガヴォーについてはマロニエ君は実物に触れたことがなく、文章を綴るほどの印象はまだ無い。手許にあるCDはあまりにも疑問の残る音しか出さないピアノで、それがとてもカヴォーの実力とは思えないし、もうひとつはジョルジュ・シフラの古い映像で、パリのリサイタル(サル・ガヴォー?)でカヴォーのコンサートグランドを使っていたが、良くも悪くもこれという強い印象はなかった。この文章を書くついでにそのビデオをもう一度見てみようと思ったが、山と積まれたがらくたの中からとてもそれを探し出す自信がなかったので今回はやめにした。



 エラールを好んで使い続けたピアニストとしてはイーヴ・ナットが有名だろう。

 彼がもっとも得意としたベートーヴェンのソナタでは、ピアノはフランス的な軽さがあるのでおそらくはエラールだろうと単純に考えていたが、その後よく耳を澄ませてみるとすべてではなく、曲によっては響きの特性などからスタインウェイを使っていると断じざるを得ないものもあった。

 エラールのナット、プレイエルのコルトー、ベヒシュタインのケンプなど、いずれも晩年の録音にはあっさり宗旨替えしてスタインウェイを使うようになったために、録音技術が向上した晩年の演奏でこれらの名器の音色を存分に楽しむことが激減することになったのは残念という他はない。

 

 このような潮流にも抗しきれなかったのか、エラールのような歴史と伝統に彩られた優秀なピアノがなくなって、個性のない同じようなピアノばかりが世界中にはびこるのはなんともつまらない話である。



追記:ナットのベートーヴェンでは明らかに複数のピアノが使われており、到底スタインウェイとは思えないものがある。たとえば最後の3つのソナタ(Op.109-111)はエラールではないだろうか。それに対して同じディスクのOp.101はあきらかにスタインウェイであろうし、後期のソナタでいうとハンマークラヴィールも同様である。もう一つの特徴としては最後の3つのソナタではタッチの軽さが災いしているのか、いくぶん早めのテンポで弾き進められるが、スタインウェイと思われるソナタでは厳格なテンポになっている。

メンテ
ポール・モーリア名演集 ( No.598 )
日時: 2017/07/22 12:45
名前: 中川隆 ID:nUGMNEeU

ポール・モーリア

Paul Mauriat - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Paul+Mauriat
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エーゲ海の真珠 - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=paul+mauriat+Penelope

涙のトッカータ - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Paul+Mauriat+Toccata

シバの女王 - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=paul+mauriat+La+Reine+de+Saba

恋はみずいろ - YouTube 
https://www.youtube.com/results?search_query=Paul+Mauriat++L%27amour+est+bleu
メンテ
日本の音楽評論家がピアノの音を聴いてもピアノのブランドが全くわからない理由 ( No.599 )
日時: 2017/07/23 06:59
名前: 中川隆 ID:lUR8SIuY

プレイエルで録音されたコルトーの演奏 1 _ ショパン 24の前奏曲集
Alfred Cortot Chopin Preludes Op. 28 (1933) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=3e22O1PUJyw
https://www.youtube.com/results?search_query=Alfred+Cortot+-+Chopin+%3A+24+Preludes+Op.28+-+No.1%EF%BD%9E+++%281933%29

transfer from JPN Victor 78rpm record / JD-387(2B5214/5-1)
recorded in 1933
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プレイエルで録音されたコルトーの演奏 2 _ ドビュッシー:前奏曲集第1集
Debussy - Preludes I - Cortot 1930-31 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=fnPPWeK_H-A
https://www.youtube.com/results?search_query=Alfred+Cortot+-+Debussy+%3A+Preludes+Book+1+-+No.++++%281930%2F31%29

Alfred Cortot
Studio recording, London, 2.VI.1930 & 12.V.1931
transfer from Jpn Victor 78s / DA-1242/3(OB-871/3, OG-985)
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コルトーのピアノ

シュナーベルといえばベヒシュタイン、ラザール・レヴィはエラール、ギーゼキングはグロトリアン、ボレットはボールドウィン……といった具合にピアニストの名がその愛器と強く結びついた例はあげるに事欠きませんが、わがコルトーの場合、それは云うまでもなくプレイエルです。

コルトーは専らプレイエルを愛奏し、遺された録音もプレイエルを弾いているものとわたしは思っていました――しかし、恐らくこれはわたしひとりに限ったハナシではなく、それこそ「コルトー=プレイエル神話」と仮に呼んでもおかしくないような厳然たる共通認識として世に広くおこなわれているような気がします。その一例として鈴木智博氏の『コルトーのレコード録音(IV)』中の一文を以下に掲げましょうか。




「コルトーは占領下のパリで、アルベール・スタジオに於いてショパンの4作品の全曲録音を行っている。いずれの録音も、コルトーには珍しく、スタインウェイのピアノが使用されている。……(下略)」



これを要するに、コルトーがスタインウェイのピアノを弾いているのは戦時下という特別な状況のしからしむるところであり、いつもはプレイエルを愛用していたものと氏は信じておられたように思われます(少なくともわたしはかく理解しました)。日本における斯道の権威たる鈴木氏の竜言ではありますし、実際あれらの戦中録音、コルトーにしては少しく枯れた感じのあるショパンは、弾いているピアノからして三十年代の艶麗きわまる名レコードと違うのではと思わせる体のものでした――

しかるに、近年ナクソスから復刻された一連のCDに附された Jonathan Summers の解説によると、少なくとも三十年代に集中的に録音されたショパンの多くはスタインウェイによる演奏で、プレイエルで弾かれた曲はごく一部(いま手許に資料がないのですが、確か前奏曲集がそうだとか……)に限られているのだそうです。一九三二年に録音されたフランクの『前奏曲、アリアと終曲』に至ってはブリュトナーで弾かれていたとのこと(これはAPR盤の解説による)。何とまあ、HMV盤と仏グラモフォン盤と、それぞれのエチュードやワルツは実のところ同じスタインウェイで演奏されていたというのです。

そう云われてみると、件のフランクは少し落ち着いた響きでいつものコルトーとは何となく違うような気がしないでもありません――が、ブリュトナーならではの特色、と云われてもわたしのポンコツな耳にはチンプンカンプンですし、もっと問題なことには、プレイエルとスタインウェイの場合これがプレイエル、あれはスタインウェイと云われても違いがまるで分からなかったりします(笑)。

閑話休題――小林秀雄の音楽好きは周知のところですが、レコードで使用楽器を聴き分けられることを以て得意としていたそうで、フーベルマンはグァルネリウスだと断定していたとか。しかるにフーベルマンは実際のところストラド弾きだったような気が……(少なくとも世に名高きギブソンの盗難に遭うまでは)

他山の石とするに足ります。

ネットの音盤批評サイトにも使用楽器にこだわってこの演奏は何を弾いているだの何だのと大いに拘っておられる向きがありますが、そのような方々にお聞きしてみたいものです、コルトーの録音で使用されているピアノを正確に聴き分けておられたのか、否か。

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日本の音楽評論家がピアノの音を聴いてもピアノのブランドが全くわからない理由


耳トレ! - 「音楽&オーディオ」の小部屋 2017年03月19日

聴力の限界とは

音の高い・低いを表す単位がヘルツなら、音の強さや大きさ(=音圧レベル)は「デシベル(dB)」であらわす。

人間が耳で聞き取ることのできる周波数の範囲は「20〜2万ヘルツ(空気中の1秒間の振動が20回〜2万回)」の間とされているが、イルカやコウモリなどは耳の形や構造が違うのでこの範囲外の超音波でさえ簡単に聞き取れる。

ただし人間の場合は20ヘルツ以下の音は聴覚ではなく体性感覚(皮膚感覚)で感じ取り、2万ヘルツ以上の音(モスキート音)は光や色として感じ取りその情報を脳に伝えている。

※ 人間の耳は一人ひとりその形も構造も微妙に違うし、音を認知する脳の中味だって生まれつき違う。したがって同じオーディオ装置の音を聴いたとしても各人によって受け止め方が千差万別というのが改めてよくわかる。

自分でいくら「いい音だ」と思ってみても、他人にとっては「それほどでもない」という日常茶飯事のように起こる悲劇(?)もこれで一応説明がつくが、音に光や色彩感覚があるように感じるのは超高音域のせいだったのだ!

☆ 音が脳に伝わるまでの流れ

耳から入った空気の振動は外耳道と呼ばれる耳の穴を通り、アナログ的に増幅されて鼓膜に伝わり、アブミ骨などの小さな骨に伝わってリンパ液のプールである蝸牛へ。そこで有毛細胞によって振動が電気信号に変換され、聴神経から脳に伝わる。これで耳の中の伝達経路はひとまず終了。

この電気信号が言語や感情と結びついた「意味のある音」として認識されるまでにはもう少し脳内での旅が続く。

電気信号が聴神経や脳幹を経て脳内に入ると、まず、大脳の中心部にある「視床」に送られる。ここは、脳内の情報伝達の玄関口となっている。視覚、聴覚、皮膚感覚などあらゆる感覚情報が必ず通る場所で、単純に音だけを聴いているつもりでも、様々な感覚情報とクロスオーバーしている。

また「視床」を通過すると音の伝達経路は「言語系ルート」と「感情系ルート」の二つに大きく分かれる。前者は最終的に「言語野」に到達するが、後者は大脳の一次聴覚野を通らず、いきなり「扁桃体」に直結していて「イヤな音」「うれしい音」というように音を直感的・情緒的に受け止める。

※ 音楽を聴くときにカーテンなどでスピーカーを隠してしまったり、あるいは目を瞑って聴いたりすると、機器の存在を意識しないでより一層音楽に集中できるのは経験上よく分かる。

さらに、直感的なイメージとしてオーディオマニアが音楽を聴くときには主として「感覚系ルート」がはたらき、それ以外の人たちが(音楽を)聴くときには主として「言語系ルート」が働いているように思うが果たしてどうだろうか・・・。




どの国の言語にもそれぞれ固有の周波数帯というものがあり、母国の言語を繰り返し聞いて育つうちにその周波数帯以外の音を言語として聞き取る脳の感受性が失われていく。

そのため生後11歳くらいまでには母国語を聞いたり発音する能力に特化した脳が出来上がる。

日本語で頻繁に使われる周波数帯は125〜1500ヘルツで、英語は200〜12000ヘルツと随分と違う。日本語は世界の言語の中でもっとも低い周波数帯の言語で、英語は世界一高い周波数帯の言語である。

したがって、英語民族は高齢になると早い段階で高い音が聞き取りにくくなって不自由を感じるが、日本人はすぐには不自由を感じない。その点で日本語は世界一難聴者にやさしい言語である。

※ これは一人で二か国の言語を操るバイリンガルの「臨界期」が10歳前後と言われる所以でもある。また、英語圏の国で製作されたアンプやスピーカーなどのオーディオ製品には、高音域にデリカシーな響きをもったものが多いが、これで謎の一端が解けたような気がする。その一方で、とかく高音域に鈍感な日本人、ひいては日本のオーディオ製品の特徴も浮かび上がる。
メンテ
フランス人だけがヤマハから美しい音色が出せる理由 ( No.600 )
日時: 2017/07/23 07:00
名前: 中川隆 ID:lUR8SIuY

フランス人だけがヤマハから美しい音色が出せる理由


ショパン: 《17のワルツ》 ジャン=マルク・ルイサダ 1990 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=62j_SwnnmT4

ジャン=マルク・ルイサダ(ピアノ) Jean-Marc Luisada, Piano 1990年6月
スタインウェイ ピアノ使用
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イーヴ・ナット

Beethoven Piano Sonatas Nos. 30, 31 & 32, Yves Nat (p) ベートーヴェン ピアノソナタ第30、31、32番 ナット(ピアノ) - YouTube

ベートーヴェン作曲 後期3大ピアノソナタ(第30番、第31番、第32番)
イヴ・ナット(ピアノ)1954年2月17日モノラル録音
エラール ピアノ使用
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Yves Nat Plays Beethoven Sonata No. 28 in A major Op. 101 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=KOS02iHx87w

イヴ・ナット(ピアノ) rec. 1954.5.6
スタインウェイ ピアノ使用
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L van Beethoven - Sonate opus 106 «Hammerklavier» -Yves Nat - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Beethoven++106++Hammerklavier+Yves+Nat+

イヴ・ナット(ピアノ) rec. 1954
スタインウェイ ピアノ使用
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マロニエ君の部屋 ♯39 ボヴァリー夫人とエラール

 知人からのメールで、フローベールの『ボヴァリー夫人』を読んでいたら、夫人がピアノを弾くシーンの注釈に「ERARD」という表記があったと教えてくれた。マロニエ君もちょうど半年ほど前にこの作品を読んだところだったが、そういう注釈があった記憶はなく、知人はフランス語をライフワークとしているらしいので、おそらくは原文の中にそんな記述を見出したのかもしれない。


 ERARD=エラールはプレイエル、ガヴォーと並び賞せられる戦前のフランスの三大ピアノメーカーで、ショパンがプレイエルとこのエラールの両方を使っていたのは広く知られているところである。

 この3つのピアノメーカーは、マロニエ君にはつい車の三大メーカー、シトロエン、プジョー、ルノーに例えたくなってしまう。



《シトロエン》は最も有名なフランス車で、厳密にはフランスというよりは、その佇まいや身のこなし、精神性においても紛れもないパリの車。夜と高速道路が似合い、華やかでシック、きわめて独創的で前衛的。エリゼ―宮の主(歴代大統領)からオペラ座通いのプレイボーイ、果てはギャングのボスまでを広くカバーする、まさにパリの代表的な顔。サスペンションは気体とオイルで浮いたごとくに支えられ、走らせることそれ自体が知的刺激を伴う快楽にもなるが、それには一見さんお断りの操作や取扱いがあり、一定の慣れと習熟と理解を要求する。ピアノならプレイエル。



《プジョー》はパリに拘らず、文字通りフランス全土を駆け回る健康な美女。あるいは堅実で働き者の主婦であり聡明な頭脳の持ち主。平均以上の文化教養にも優れるが、同時にスポーツの価値も良くわきまえており、いささか保守的。道徳心も備え、節約も心得る中産階級の理想型。時には羽目を外す喜びも知っているが、夜更かしをして身をもち崩す遊びに耽ったり、不健康な文化や享楽に足を取られるような破滅行為はしない、何事も節度を身上とする。ピアノならエラール。



《ルノー》は専ら国民車という趣で、保守・革新・官僚から農民まですべてをカバーする万能選手で、いささか地味だが作りは良心的で乗り手には忠誠をつくし、フランス人の生活様式を骨の髄まで知りぬいた、まさにすべてのフランス人の足。派手さはないがスポーツ・文化・アート面も決して疎かにせず、常に一定の貢献をしながらフランス車の基底を支える、まことに頼りになる車。ピアノならガヴォー。





 小説では、主人公エマが味気ない田舎暮らしと恋愛の曲折に難渋する場面に登場するのがピアノで、この作品の設定が田舎の中流階級という仕立てであるからには、それは決してプレイエルであってはならない。フローベールがそのためにピアノの銘柄にまで細かな配慮を行き渡らせたと考えられ、エラールはまさに正鵠を得た判断だと思われる。ここではエラールのある種の凡庸ささえも、小説の小道具として巧みな効果を顕している。

 ルイ・マルの映画『恋人たち』でも、ジャンヌが愛人のいるパリから自宅のある田舎へ戻ってくる途中、車が故障し立ち往生するが、これはプジョーであり、しかもコンバーティブルというところに地方の新聞社社主の有閑マダムの贅沢車という色あいを出している。これがシトロエンではやり過ぎで、それでは彼女の本拠地がパリから遠く離れた田舎であるというイメージにそぐわないだろう。



 さて、知人がその小説の中の註釈を追って説明してくれたところによれば、エラールが1821年にアクションを改良し、ダブルエスケープメント・アクションを発明したといった事まで説明があるらしいのには驚いた。

 今日のピアノでは広く常識となっているダブルエスケープメントは、まさにこのエラールによる画期的な発明であり、ピアノの発展に著しい貢献をしたという点では異論を挟む余地がないだろう。これによりピアノの連打性が飛躍的に向上したことで、エラールの名はピアノ史からその名が消えることはまずない。それ以前のピアノではキーが完全に戻らなくては次の打鍵ができなかったのに対して、この機構はキーが完全に戻らずとも次の打鍵が可能となって俊敏な連打が可能となり、それはとりもなおさずピアノの可能性や表現力の幅、果ては作曲にまではかりしれない影響を押し広げた。例えばラヴェルの「夜のギャスパール」のスカルボの冒頭に出てくる不気味な悪魔の連打も、このシステム無しには生まれなかった作品だろう。オンディーヌの出だしの冷ややかな水のさざめきも同様。



 マロニエ君はエラールの経験は豊富ではないから、あまり断定的なことは言えないが、まず驚くのはそのタッチの羽のように軽いデリケートな点だった。さらにはそのタッチにいかにも相応しい、ハッと息をのむようなやわらかな美しい音がフワッと飛び出してくるのにはつい気分が引き込まれてしまいそうだ。しかし音量は大型のグランドでもそれほど大きくはない。エラールの全盛期には現代のコンサートホールのような巨大空間での演奏は想定されなかったのだろう。

 しかし、その繊細でやわらかな音色は、現代のピアノに比べると、むしろ弦楽器に近いような気がしたものだ。一様に昔の楽器はどこかしら生き物から出てくる声のようなやさしみがあり、それがまた瀟洒な印象を添えていたことがうかがわれる。



 エラール使用のCDを聴いても、なにしろその優しげな音色と伸びやかな響きは印象的で、ドイツ系のピアノのような厳めしさや重厚さはないかわりに、愛らしい歌心のあるフランスピアノならではの特徴に溢れている。エラールのもつフランスのお菓子のような軽やかさと美しさ、バランスの良さは特筆に値する。

 しかし、プレイエルに較べるとはるかにクセが無く、良くも悪くも優等生といった印象があり、そのあたりもシトロエンとプジョーの関係に似ているように感じる。エラールの美点が全体のバランスと節度感、やわらかさだとすると、プレイエルはより際立った個性が表に立ち、音にもさらに明確なブリリアンスがあるのが最大の違いではなかろうか。それもパリの芸術家のセンスそのもののように、一歩まちがえれば下品の奈落に落ちるギリギリのところに平然と踏みとどまった危うさを伴ったブリリアンスだから、よけいに異彩と妖しさを放つ。

 その点ではエラールはそんな危険地帯には寄りつかず、もっと安定した確かな美しさに満ちている。



 ガヴォーについてはマロニエ君は実物に触れたことがなく、文章を綴るほどの印象はまだ無い。手許にあるCDはあまりにも疑問の残る音しか出さないピアノで、それがとてもカヴォーの実力とは思えないし、もうひとつはジョルジュ・シフラの古い映像で、パリのリサイタル(サル・ガヴォー?)でカヴォーのコンサートグランドを使っていたが、良くも悪くもこれという強い印象はなかった。この文章を書くついでにそのビデオをもう一度見てみようと思ったが、山と積まれたがらくたの中からとてもそれを探し出す自信がなかったので今回はやめにした。



 エラールを好んで使い続けたピアニストとしてはイーヴ・ナットが有名だろう。

 彼がもっとも得意としたベートーヴェンのソナタでは、ピアノはフランス的な軽さがあるのでおそらくはエラールだろうと単純に考えていたが、その後よく耳を澄ませてみるとすべてではなく、曲によっては響きの特性などからスタインウェイを使っていると断じざるを得ないものもあった。

 エラールのナット、プレイエルのコルトー、ベヒシュタインのケンプなど、いずれも晩年の録音にはあっさり宗旨替えしてスタインウェイを使うようになったために、録音技術が向上した晩年の演奏でこれらの名器の音色を存分に楽しむことが激減することになったのは残念という他はない。

 

 このような潮流にも抗しきれなかったのか、エラールのような歴史と伝統に彩られた優秀なピアノがなくなって、個性のない同じようなピアノばかりが世界中にはびこるのはなんともつまらない話である。



追記:ナットのベートーヴェンでは明らかに複数のピアノが使われており、到底スタインウェイとは思えないものがある。たとえば最後の3つのソナタ(Op.109-111)はエラールではないだろうか。それに対して同じディスクのOp.101はあきらかにスタインウェイであろうし、後期のソナタでいうとハンマークラヴィールも同様である。もう一つの特徴としては最後の3つのソナタではタッチの軽さが災いしているのか、いくぶん早めのテンポで弾き進められるが、スタインウェイと思われるソナタでは厳格なテンポになっている。

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マロニエ君の部屋 ♯4 フレームで奏でるスタインウェイ

 先日NHKの音楽番組で、とある海外の合唱団の日本公演のもようを放送していた。
 みるともなしに見ていたのだが、しばらく合唱のみのパートが続き、その後にピアノの音が加わってきた。そのときの衝撃はいまも忘れられない。左隅に置かれたピアノはおなじみのスタインウェイである。

 この如何にも耳慣れた名器の華麗な音の正体がこのとき、咄嗟に理解できたように感じたのだ。しばらく合唱の声に耳が慣らされた後だった為に、ひときわ鮮明にその特徴を感じられたことと思うが、スタインウェイの音の核心はフレームにあるということがつくづくわかった。あの力強くて美しいスタインウェイの華麗な音色は、ほとんどフレームによってもたらされていると直感したのだ。

 昔からうすぼんやりと感じていたことではあるが、イメージとして、スタインウェイは響板品質に対し最上級の価値や執着みたいなものがあるようにはどうしても感じられなかった。もちろんピアノである以上、響板は大事でないはずはないけれども、他のメーカーほど神経質に響板を最重要視しているようには思えなかったし、そんな単純なことでスタインウェイのあの音色が生まれるとは本能的に思えないでいた。では何なのか。それはわからないけれども、全体の類い希な設計の賜物というイメージだった。

 巷間言われていることに、世界の三大メーカーの特徴として、ベヒシュタインは響板のみを鳴らし、ベーゼンドルファーはフレーム以外の木材すべてを鳴らし、スタインウェイはフレームを含めた楽器全体を鳴らすという言葉がある。もちろんこれは各メーカーの特徴を大雑把にわかりやすく表現した名言で、ある程度当たっているだろう。

 世界の名器といわれる楽器には、筆者などでは表現しきれないそれぞれ独自の個性や魅力があって、極上の素晴らしさを有していることは言うまでもない。

 しかし、スタインウェイだけは他のどのピアノとも異なる、他を寄せ付けない世界が完璧な形で存在していて、とにかくこれが大きな謎だった。ステージや録音の世界ではスタインウェイは圧倒的な覇者でありスタンダードであり、悪くいえば独占に近い様相を見せているけれど、ピアノ一般の標準という点からいうと、この楽器はきわめて異色の存在であるように思えてならない。

 それらの謎がフレームというキーワードによってわかりかけてきたように思える。
 スタインウェイの音の秘密は、例えていうならプリウスが電気とガソリンエンジンのハイブリッドであるがごとく、響板とフレームのハイブリッドピアノだとは言えないだろうか。それを100年も前からやっていたのであるから感嘆せずにはいられない。

筆者は素人なので専門的なことはわからないが、あのスタインウェイ独特の音色のざらつきもフレームによるものだと思える。そして弦を叩いて響板の発した音を、フレームが引き継いで空気中に増幅させていく。

 一般にピアノの音は、木の音を主体としたピアノは上品でやわらかくて、それだけでまるで何か最上のもののようにいわれるが、筆者にはどうかすると、木の音色に特有のある種の野暮ったさを感じることも少なくない。でも、自然とか木とかいうと、疑いもなく最上のものであるかのように言われる傾向が、とくに通人の間にはないだろうか。そういう人達は大抵スタインウェイ否定派である。

 また、これも個人的な印象だが、響板にこだわったピアノは中音などに、ふくよかでえもいわれぬ美しさと歌心を持っていることがある反面、どこか一本調子でお説教臭いところがあり、弾かれる作品に対する多面性がないことや、あるいは低音域はゴツンとかブワンといった不恰好な音色だったりすることがある。

 スタインウェイ以外にフレーム依存度の高いピアノといえば、わずかにグロトリアンとプレイエルを思い浮かべる。グロトリアンは先祖で繋がっているから当然としても、プレイエルのあの華やかさ、明るさの中に潜む悲しみ、軽快だが陰翳に富む音色など、その陰にはフレームが大きく介入したものだと感じるのだがいかがだろうか。

 ショパンのような圧倒的な洗練と、極限まで磨き抜かれ作品を、木の音のするピアノで弾いてもどこかミスマッチになるのは、理由がわかるような気がする。

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マロニエ君の部屋 ♯7 ファツィオリを聴いて


 ファツィオリ使用の演奏会に行って来た。
 モデルはF308という、同社のフラッグシップたる最大のモデルだ。

 前半はごく近距離で、後半はホール中央席で聴いたが、結論から言うと残念ながらマロニエ君の好みのピアノではなかった。

 何枚か手許に持っているファツィオリ使用のCDを聴いて感じていた事が、実演でもあまりにそのままで、ややマイナスだった印象が好転することはなかった。CDの音なんぞはアテにならないと力説する人が多いが、一定の技術のもとに録音された物なら、後からどんな色づけや編集をしても、楽器の実像は変えられないことも併せて確認できた。CDで感じていた疑問は疑問のまま、違和感は違和感のまま、ステージ上の現物ピアノの発する生の音で確認できたのは、いちおう納得できたということにはなる。

 ファツィオリは今や世界屈指の高級ピアノ市場に名乗りを上げ、短期間で高い評価を得るに至ったようだが、実際に聴いてみて、これが今ヨーロッパで大絶賛の、現代最高峰の超高級ピアノ!…となると、マロニエ君はちょっと疑問が残る。

 まずは開演前に調律師が出す音を聴く。中高音などを単発で聴くぶんにはなるほど甘やかな伸びのある音が聞こえるし、低音は広大な響板と長い弦の作用か、豊かに湧き上がるような響きを持っている。

 しかし、ひとたび曲になると、なぜか一本調子で退屈する。ピアノが音楽を雄弁に語れず、音もしくは音の飛び方に開放感がないので次第に息苦しさを感じてくる。音色は現代的な明るめの音だが、正直言ってマロニエ君の耳には音色から来るこの楽器の個性がわからなかった。これぞファツィオリの音というべき個性がどこにも感じられず、制作者がどんな音色や響きを理想としているのかも、わかる人にはわかるのかもしれないが、残念ながらマロニエ君にはわからなかった。スタインウェイとヤマハを混ぜ合わせたような音にしか聞こえない。

 材料などはすべて最高級とされるものが使われている由だが、単純な意味での贅沢感みたいなものは確かに感じなくはなかった。ただし料理やお菓子などでもそうだが、最高の素材を使ったものというのは確かにそれなりに美味しいかもしれないが、どこかしら素材に依存しすぎて全体がバラバラな印象があり、一つの作品としての収束性に乏しくて一種の虚しさが残る。ピアノに限ったことではなく、少なくともマロニエ君は最高のものずくめというのが、却って貧しさの裏返しのような気がして抵抗感を覚えるし、その手の世界特有な鬱陶しさを感じる。

 素材が大事じゃないとは決して言わないが、もっと別の要素、例えば作り手の狂気に近いような感性のほとばしりや、目から鼻に抜けるような技の冴え、危ういところでほとんど奇跡のように保持される天才的なバランスみたいなものなど、尋常から突き抜けて高みに達した何かが欲しい。超一流の楽器とはそういうものだとマロニエ君は思っている。

 素人の私がこんな事を言うのもなんだが、ピアノにとって第一に大切な点は、基本設計そのものではないかと思う。それがあってこそ材質や工作の質の高さも生きてくるような気がするのだが。

 ファツィオリを聴いていてまず率直に感じることは、わくわくさせるものがない点だ。その原因の一つが、全域にわたって、音色の変化があまりにも無さ過ぎる点ではないだろうか。これを技術者サイドではムラがなくて素晴らしいと言う人もいるだろうが、マロニエ君の耳には、とりあえずきれいな音が上から下まで順番に並んでいるだけで、ぜんぜん面白味がない。

 遊び好きで、太陽と情熱の国イタリアにしては、ずいぶんとお堅くて慎重な優等生だ。とりわけ音楽的な躍動が感じられないし、音色の変化や陰翳の乏しさは、まるで何を演じても芸の変わらない俳優のよう。これならば、長年この点で非難され続けた日本のピアノに対する評価は何だったのだろうと思う。なのに、ファツィオリの話となると、誰も彼も別格扱いして褒めちぎるのは、ちょっと不可解である。

 素材、手間、工作、制作時間など、いわば工芸品として見れば、ファツィオリは最上級の商品なのかもしれないが、楽器としてのピアノの本分には、他社の幾つかの世界的メーカーのピアノには未だにすごいものがある!とあらためて感じた。

 ファツィオリはマスコミにもよく登場し、作りの豪華さや金メッキのパーツ類など、音以外の部分でも高級品としてのわかりやすさを持っており、多くの美しい宣伝写真やロゴデザインなど、人の耳目を引き寄せる話題には事欠かない。

 ことにイタリアと言えば誰知らぬ者のない芸術の国であり、ピアノ発祥の国。かのストラディヴァリウスはじめクレモナの名匠達がいた国、ミケランジェロからフェラーリまで、とにかく超一流のありがたい要素が無尽蔵に揃っているわけで、極東の島国とは違ってイメージは作りは思いのままだろう。

 そういう背景を前に、この現代に敢えて100年前のピアノの黄金時代そのままのような工法と厳選された貴重な材料によって少数生み出される理想の超高級ピアノ。響板はストラディヴァリウスと同じ地域で取れた貴重な木材云々。現代人は、このようなローテクづくめのエピソードには案外抵抗力が無く、コロッと参ってしまうところがある。私の知り合いでも、ITやハイテク関連の人達に限って、やたらに古い車やカメラや真空管などを有り難がり、崇め奉っているのである。

 終演後にステージ上で見学のチャンスが与えられたが、ボディ外板の内側に貼られたこれでもかといわんばかりの贅沢な木目装飾など、好きな人にはたまらないものがあるのだろうが、マロニエ君にはちょっとやり過ぎの成金趣味のように見えた。

 すこぶる美人で、大層なセレブらしいが、どうにも表面的で好きになれない女性。
 マロニエ君にはファツィオリはそんなピアノのような気がした。

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マロニエ君の部屋 ♯70 フランスの好み


 どういうわけか…というのもちょっと変かもしれないが、このところフランスではピアノといえば──コンサートや録音の現場では──ヤマハを好む一派が主流をなしているようで、この国でのヤマハの支持のされ方は我々日本人から見るとちょっと意外でもあり、驚きでもある。



 この現象、いつごろからとははっきりわからないけれども、気がつくと現役のフランス人有名ピアニストの大半が、申し合わせたようにみんなヤマハを弾いているのにはどうしたわけかと不思議に思うところであるし、同時に、これは非常に興味をそそられる点でもある。



 フランス人は、横並び大好きの日本人とは正反対のメンタリティを持った人達で、ことさら人と違うもの、自分独自のものでなくては気がおさまらないところがあるから、世界的なスタインウェイ偏重の流れに一定の抵抗心と実践力があるのだとすれば、それはフランスならあり得ることのような気がする。しかし同時に、個人レヴェルで見た場合、多くがヤマハという同一メーカーばかりを談合したように弾くのは、これはこれで一種の横並びじゃないかと解釈できないこともないところではあるが。

 とはいえ、何事においても独自性を重んじ、あくまでも自分達の感性や眼力で選び抜いたものを、独特の流儀で使いこなすというのはいかにもフランス人らしい点であろう。



 そしてそれが、自国のプレイエルではなく、他ならぬヤマハであるというところが正直言って驚かされるところだが、彼らのヤマハの使い方を見ていると、なるほどと思わせられる点もなくはない。



 まったくの想像だが、フランス人のヤマハ好みの火付け役は遠くはエリック・ハイドシェック、近くはジャン=マルク・ルイサダあたりではなかろうかとも思ってしまうがどうだろう。

 彼らはキャリアのはじめの頃はスタインウェイを使っていたし、ルイサダはさらにファブリーニ(イタリアの高名な調律家で、名匠タローネの弟子)のスタインウェイを弾くなどして録音をやっていた。マロニエ君の印象としては、ファブリーニのピアノはイタリア的な華やかさというよりは、非常にコントロールの行き届いたなめらかさがあり、同時に極めて精密で均一な鳴り方をするという印象がある。ハンブルクのスタインウェイをベースに、より精度を高めると共に、ところどころの音域間にある音色の段差などは極力抑えられてムラなく繋ぐなど、どちらかというと整然とした印象で、ファブリーニ氏の理想と個性に彩られたピアノになっていると感じられる。



 そのせいか、彼が手がけたプレイエルを2種類ほど録音で聴いたことがあるが、おそらく極上の調整がされているのだとは思うけれども、それがいささかやり過ぎなのか、ひどくつまらない、面白味のないピアノになっていたことは残念に感じたものだった。

 こういうことを言うと多くの技術者から叱られるかもしれないが、それでも敢えて言わせてもらえば、楽器というのは基本は素晴らしく調整されていなくてはいけないけれども、音造りの面にまで綿密を極めた仕事を行き届かせるあまり、生来の個性までもを押さえ込んでしまうことに繋がっていくやり方は感心できない。あくまで大局的見地に立って楽器が持って生まれたものを尊重しながらピアノに自由と健康を与え、最後のところでは良い意味でのアバウトさみたいなものさえも必要ではないだろうか。それが上手く作用することによって楽器が本来の声で開放的におおらかに鳴るものだと感じるし、こういう在り方のほうをマロニエ君は好む。



 そういう意味では、あまりに厳しく統制されたガチガチのピアノはまるで自由のない盲導犬のようで、どこか技術者の技術にしめつけられた窮屈さみたいなものを抱えていて好きにはなれない。それに、細緻を極めた調整をやりすぎると楽器の器までもが矮小化する場合があると感じるのはマロニエ君だけだろうか。機械的な調整はやりすぎるということはないけれど、そういう場合、往々にして調律師も相当の凝り性であろうし、彼らの中には楽器の個性を超越したところに理想の音というのがあって、それがどうしてもピアノに投影されすぎるような場合があるように感じる。

 楽器本来の持って生まれた音色や響きを絶対優先──場合によっては「理解」というべきかもしれない──させずに、優秀ではあっても調律師個人の主観と理想によって仕上げられたピアノというのは、一見とてもクリアーで素晴らしいように感じるが、不思議と深い感銘が得られない場合が少なくなく、結局はただ技術者の技ばかりを見せつけられるだけに終わってしまう。

 これはピアノ本来の特性や持ち味と、音造りの方向性や思想が、根本のところで噛み合っていないためだと思われる。



 ちなみに、横山幸雄氏が日本で現在進めている戦前のプレイエルを使ってのショパンの録音は、すでに3枚がリリースされたところだが、その調整の見事さには本当に舌を巻くし、日本人の技術というのはまさに世界の頂点だと言っても差し支えないと思う。よくぞここまで戦前のプレイエルを完璧といいたいまでに端正に仕上げたものだと思うが、ただひとつ残念というか心に添わない点は、では、これがこの楽器の本来の響きかどうかということになると、少なくともマロニエ君はどうしてもそうは思われないところがあるのである。



 フランスのヤマハに戻す。

 上記のファブリーニを弾いた後あたりから、ルイサダはヤマハを使うようになったとおぼろげに記憶しているが、もしかしたら間違っているかもしれない。ただ、ルイサダは現在彼が獲得しているピアニストとしての地位からすれば、指のメカニックは悲しいかな相応のものではないのは周知の事実だろう。彼の演奏するショパンの評価が高いのも、ひとつには彼が技巧的な劣勢をカバーするために追求され磨き込まれたところの成果ではなかろうかという推測がマロニエ君にはある。



 同じスタインウェイでも、技術者の手が存分に入ったピアノは、弾きやすさの点、音色の美しさという点では他の平均を大きく上回るものがあるが、当然ながら逆の場合もある。そういう機械的な確実性という観点から彼らがヤマハに辿り着いたのだとしたらじゅうぶん考えられることだろう。というのも、ヤマハは単なるアクションの問題だけでなく、その音色も含めた総合的な意味において、少なくともコンサートグランドの場合、とても弾きやすくピアニストに寛大なピアノであるということは言えるような気がする。



 ルイサダはコンサートはもちろん、録音なども現在はほとんど日本でやっているようだし、中堅のミシェル・ダルベルトや古典作品を得意とするアレクサンドル・タローもヤマハをヤマハを多用、いま最も期待される実力派フランス人ピアニストのひとりであるジャン=フレデリック・ヌーブルジェに至っては、年代や収録場所の異なるCDでもピアノはすべてと言っていいほど徹底してヤマハを弾いているようだ。

 逆にこの流れに入らないのはピエール=ロラン・エマールとエレーヌ・グリモーで、彼らは一貫して定番のスタインウェイを弾いているものの、フランス人ピアニストとしてはこちらのほうがちょっと異端な感じがするし、彼らの演奏はスケールこそ大きくはないものの、そのスタイルは国際規格であって、フランスという枠内にとどまってはいない。



 ひとついえることは、フランスで録音されたヤマハを聴いている限りにおいては、日本で聴くヤマハとはかなり違うという印象がなくもない。ひとくちに言うと、これがヤマハかと思うほど、とても繊細で音が柔らかく、やや小ぶりに上品にまとまっている。そしてピアノの個性があまり前面に出ることなく、演奏をあくまでも黒子的に支えているピアノという感じだ。

 これらの要素を考えていくと、もうおわかりかも知れないが戦前のエラールを連想させるタイプという気がしてくるわけで、ピアノは完全に脇にまわり、あくまで作品と演奏が主役となっている。



 ルイサダが日本でおこなった録音の中には、同じヤマハでも本当に美しい華やかな音色のピアノがあるかと思うと、いかにも日本的な味噌汁みたいなヤマハの音で思わず抵抗を覚えるものもあるが、その点、フランスでのヤマハには目のつまった上質な布地のようなしなやかさと上品さがあって、独特の節度ある美しさがはっきり聴き取れるのはマロニエ君も認めないわけにいかない。

 その代価というべきか、楽器としての大きさはないけれども、ベーゼンドルファーのような一種独特の臭味もなしに、弱音域の繊細さを表現できる垢抜けたピアノになっている点は大いに評価したい。

 ひょっとすると、はじめからフランス人たちは確信犯的に、ヤマハにスタインウェイ的なスケール感を見切った上で、ピアノにより華やかでセンシティヴな面だけを活かした音造りをやっているのかもしれないし、それに適った演奏によって洗練された音楽表現をしていることも考えられる。



 こういう成り立ちの演奏を聴いていると、なるほどスタインウェイのいかにもスケールの大きな華麗な音色は、フランス人ピアニストの好むデリケートなニュアンスには若干齟齬を生んでいたのかもしれないという気がしてくるし、それがしだいに理解できてくるところがおもしろい。

 楽器そのものが強靱かつブリリアントで、すでにスタインウェイという色の付いたピアノであること、またこのピアノの持ついかにも英雄的な性格が、彼らの軽妙で陰翳を必要とする感性にはやや合わないことは充分考えられる。



 さらにフランス人は、ピアノに対するイメージを、今日的なコンサートの基準であるホールよりも、ショパンの時代に見られるようなサロン的な規模のこまやかさのある楽器と捉えて、よりコンパクトでデリカシーに溢れた楽器であることを求めているようにも思われてくる。決して既存の基準に盲従することなく、そのようなイメージの問い直しができる点もフランスの文化の深さを感じさせられるところで思わず唸ってしまう。



 そういう意味では、フランス人のイメージにあるヤマハは、ヤマハ自身が本来目指しているものとは少々違ったニュアンスに落とし込まれている可能性もあるのかもしれない。つまり、フランス人はヤマハをあくまで自分達流にちょっと上手に使いこなしているように感じられるのだが、そういう実に巧みな、他では思いつかないような使い方を発見する彼らの独創性にはいまさらながら敬服する。要はヤマハを使っていても、それは決してヤマハに対する全的肯定ではないのだろう。



 かつて、ミシェル・ベロフやジャン=フィリップ・コラールが彗星のごとく世に出てきた70年代の録音などは、ピアノはスタインウェイだったが、その音はかなり通常のスタインウェイとは違うものだった。いかにもフランスピアノ的華やかさに溢れたもので、スタインウェイの持つ音の太さや荘重さを犠牲にしてでも、線は細いけれども贅肉をそぎ落としたようなシャープかつ華やかなピアノだった。とうてい他の国では受け容れられないピアノだったと思う。



 その他にもジャン・ドワイヤン、セシル・ウーセ、フランソワ=ルネ・デュシャーブルなどは一時期ベーゼンドルファーを使っていたが、ドワイヤン以外はこのウィーンの強いイントネーションに最終的に馴染めなかったのか、その後はスタインウェイを弾いたようだ。ベーゼンドルファーはもちろん素晴らしいピアノだが、ウィーン特有なある種の個性──野暮ったいことを逆手にとって崇高な美にまで高めたような──は、おそらくフランス的センスの前では、民族学的にも相容れないもののほうが大きいはずだ。

 名匠イーヴ・ナットはエラールとスタインウェイを引き分けていたようであるし、コルトーは大半をプレイエル、晩年にスタインウェイ、フランソワは多くをスタインウェイで弾いていたように思う。



 これほどフランス人ピアニストがスタインウェイを使いつつもそこに安住せず、さまざまなピアノの音色に試行錯誤してきたのは、自国のピアノが大戦を境に弱体化してしまい、同じDNAを持つピアノを失ってしまったためかもしれない。



 そして、このところ彼らが目をつけたのがヤマハということだろうか。少なくともフランスに於けるヤマハへの支持の高さは並々ならぬものがあるのは間違いないようで、この勢いなら少なくともパリでは、コンサート会場はもしかしたらヤマハのほうがスタンダードという可能性もあるだろう。



 そういえば、スタインウェイに鞍替えして、生産国の日本でさえもヤマハを弾かなかったショパンコンクールの覇者アヴデーエワは、パリでのリサイタルでは、あのオフィス着みたいな黒いパンツ姿からお姫様風ドレスに大変身して、再びヤマハを弾いているのにはまたまた驚いてしまった。

 まったく何がどうなっているやらこの業界のことはさっぱりわからないが、いずれにしてもフランスはやはり独自のものを失っていないということだろうか。



 面白いのは、これほどヤマハが異例の高い評価を受けながら、カワイは見向きもされず、その気配もないのはどうみるべきだろう?

 マロニエ君の想像では、カワイにはわずかながら伝統的ピアノの源流を思わせる色があるからだと思う。その色というのは、ドイツ的とまで明確には言い切れないけれども、強いていうなら中央ヨーロッパ的とてもいうべきで、少なくとも西ヨーロッパの明るくて軽い色彩と燦々たる光りのまぶしさはない。どちらかというと、わずかな陰鬱さと深いものを求める生真面目なピアノである点をフランス人は敏感にかぎ取って、自分達の求めるものとはやや異なる要素の存在を見逃していないのだろう。

 その点、ヤマハは明るめといえば語弊があるが、少なくとも現代的な音色でありながら、しかもこれという楽器が放つ主張がない。音だけを聞いているといったいどこのピアノかまるでわからないような匿名的かつ無国籍的な音だし、しかも古臭さのない音がするところを、フランス人は自分達の必要なところだけ上手く捉えて使っているように思われる。

 ヤマハの持つこれらの要素、さらにはピアノとしてのある種の寛大さ、楽器としての潜在力があまり大きくないことがフランス人の求める色合いにたまたま適合したのではないだろうか



 かつてのプレイエルのようにフランス人そのものから出てきたような個性ならば相性も抜群だろうが、そうではない場合は、却って特徴的な音色がないほうがいいことは、エラールのようなピアノが昔からプレイエルの陰でしっかりと同時並行的に支持されてきたフランスの土壌ならではと言えるかもしれない。



 現代のプレイエルはついにコンサートグランドをカタログに載せるに至り、その音色はたいそう柔らかなものではあったが、まだまだ完成の域には達しているとは言い難い印象だった。フランス人にはどんな評価を下しているのか聞いてみたいところである。

 ちなみに、プレイエルのコンサートグランドP280はバイロイトの老舗、シュタイングレーバーによって委託生産されているということを耳にしたので、日本のシュタイングレーバー輸入元であるS氏にその旨を聞いてみたところ、現在のプレイエルにはまだコンサートグランドを製造する力がないので、おそらくそういうことだろうという回答が返ってきた。



 それが事実だとするなら、やはりピアノは民族性が色濃く出てこその楽器なので、わけてもコンサートグランドともなればぜひとも自前で作って欲しいものだし、それができないのなら、他国の工房に委託してまで作る必要があるのかと思われる。ドイツで作られたプレイエルという構図は昔も一度あったことだが(シンメル)、それでは一体何のためのプレイエルかとも思うし、だいいちこれではドイツピアノなのかフランスピアノなのかも甚だわかりにくいものとなる。



 シュタイングレーバーはドイツピアノらしい規律と実直さの中に、柔らに薫るような肉感的な響きを併せ持ち、あたかもドイツの威厳と優雅と官能が共存しているといった印象があるが、あのプレイエルP280の柔らかな要素はシュタイングレーバーの潜在力を活かしつつ、フランス的に味付けを変えて出来上がったものというわけか。

 ただし、いまだ発展途上というべきで、フランス人ピアニストたちが歓迎しているようにもあまり感じない。


 そのうちこの新生プレイエルにフランス人が触手を伸ばすのかどうかは知らないが、ここ当分はヤマハを使い続けることになるような気もする。

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マロニエ君の部屋 ♯51 ルイサダとCFX

ヤマハから最新鋭のコンサートグランド・CFXが発表された。どうやらこのピアノはこれまでのCFシリーズの改良型のひとつというより、もっとドラスティックに生まれ変わったピアノのような印象があって強く興味がかき立てられて、これはなんとしても一日も早く聴いてみたい。そこで思いついたのがこのルイサダのコンサートだった。

 彼はここ数年というもの折に触れヤマハを弾き、レコーディングにまでCFIIISを使用しているので、もしやという予感が働いたのだ。さっそくヤマハに問い合わせてみると、予感的中、やはり当日はこのピアノを運び込んでのコンサートになるという回答だったので、これは何が何でも行かねばならないという気になった。

 通常はピアニストの演奏を聴くためにコンサートに行き、ピアノはそのための道具であるが、今回は逆で、ピアノを聴きにコンサートに行き、ピアニストはその音出し役というわけだ。マロニエ君にはごくたまにこのパターンがある。



 会場に入っての第一印象としては、遠目にはステージ上のCFXは従来のCFIIISとスケールデザインが一緒なので、ほとんどなにも変わりない感じがする。とくに大屋根の譜面台上のフタを開けたときの前後の幅が長すぎて、大屋根を全開にしたときにかかるこの折り返し部分が大きすぎて、舞台での大事な立ち姿であるピアノのプロポーションが鈍重である点も従来通りである。その他のディテールの新デザインは客席からではほとんど分かりづらいが、近づくと違いがはっきりする。鍵盤両脇のボディ外板上部の突き刺さるような形状、シンプルな足、ペダル部分などが、これまでとはまったくの別物になっている。デザインの良し悪しは別にしても、作りの美しさがつややかに滲み出て、そのまぶしいような質感があたりを払うようだ。

 ピアノのことは後述する。


 演奏はまったくもって予想通りというか、危惧した通りだった。

 ルイサダは技術が名声にまったく釣り合わぬほど危なっかしく、それでいて(それだから?)ちょっと異様とさえ言いたいほど粘着質な、ねばっこい節回しの演奏をこれでもかとばかりに繰り返す。あんなねちねちした演奏を2時間以上聴かせられると喉元が痒くなって、率直に言って非常に疲れる。この点は来ていた知人などもみな同様の批判があったが、中にはあんな演奏を「音楽的」だと勘違いする人もいるのだろう。

 音楽を聴く喜びではなく、神経に逆らう不快感に長時間さらされ、終わったときにはそれからやっと解放されたという心理が湧き上がるのが偽らざるところだ。



新鋭CFXはこの日のコンサートで聴いた限りでは、想像以上に素晴らしい特級クラスのピアノだった。あれはCFIIISとはまったく別物と言うべきで、いわゆる発展型とか進化モデルといった類ではないと言えるのではないだろうか。車でいうならマイナーチェンジではなく、フルモデルチェンジの類だろう。プログラムはじめのフォーレのノクチュルヌの出だしの数音からして、ハッとするような、いかにも練り込まれた豊かな音だった。

 楽器としての基礎体力もずいぶん上がっているようで、従来のCFIIISが持っていた、どこか線の細い感じがなく、朗々と威厳をもってピアノが鳴っているところが心地いい。このコンサートが行われたホールは、いわゆるピアノリサイタルにとっては必ずしも条件の良いホールではなく、すぐに輪郭のぼやけるその音響には多くの不満の声が聞かれるところだが、その悪条件をもってしても実に明解によく鳴っていた。

 そしてピアノが大きく見えなかった──というのも鳴りの悪いピアノ、音の線の細いピアノというのは、黒い大きな図体が意味を成さず、ただの巨大な物体のように見えてしまうものだが、鳴りの良いピアノはその逆で、大きなパワーに比してピアノが寧ろ小さいぐらいに感じられることさえある。



 とくに印象的だったのは、音に華やかさと上品さが両立していて、うるさい感じとは逆の、とろみがあることだ。それでいて決して線の細い音ではなく、適度なパンチも効いており、非常に響きの良い「通る音」をしたピアノだった。その点では、ヤマハははじめてスタインウェイの領域に少し踏み込んだといえるのではないだろうか。

 クセのないくっきりとした美音でホールの空間が満たされるのは、かつてのヤマハでは一度も聞いたことのない新しい経験で一種の興奮を覚える。特筆したいのは、これまでのヤマハに見られたどこか義務的で冷めた感じのする無機質な鳴り方が姿を消して、音楽的な体温のようなものさえ感じたことだった。

 ヤマハのホームページ内の説明などでは、響板と響棒などが完全に見直された由で、支柱の形状なども異なっていたので、とくに「響き」という点には格別の心血が注ぎ込まれたのではないだろうか。



 低音域はかなり柔らかい響きを持った音質に感じたが、しかしフォルテになれば頼もしげな芯もあって支えるべきは支える力もじゅうぶんある。しかし、この低音域のやわらかさ故か、いささか低音側にボリュームが足りないような気もしたが、あきらかに不足していると断定するほどのものでもないので、この点は今後の推移を見守りたい。

 逆に、次高音が非常に前に出てくる感じがするのが印象に残った。日本のピアノはこれまでもどちらかといえばその傾向があり、次高音およびその前後が相対的に強めなために、安易に歌う演奏をしている気分になりやすいという特徴がある。その点、スタインウェイなどのヨーロッパの名器はおしなべてこのエリアのパワーが前後相対的に押さえ気味のような印象がある。ところが、演奏として第三者として聴いてみると、これが不思議なほどバランス的に良くできているので唸らされることしばしばだった。 

 CFXで低音とのバランスに若干の疑問を感じるのはこのような相対的な理由もあってのことかもしれない。

 それにしても、独特な豊麗な響きの土台の上に、やや輪郭のはっきりとしたデリケートな旋律が加わってくるところなど、まさに音が中空を浮遊するようで、その独特な美しさはこのピアノならではの真骨頂だろうと思う。


 CFXは良い意味での日本美の結晶のようなピアノであり、西洋音楽の楽器であるピアノにおいてこれだけ日本的なデリケートな美しさを実現できたことは、それがまさに国際性といえるのではないか。舶来品のコピーを脱して、いよいよ独自の個性を構築しはじめているのだとしたら、これは実に喜ばしいことだと言えよう。スタインウェイの真似ばかりしているうちは絶対に本物は生まれないと思っていたが、ついに独自の新境地を切り開く糸口を見つけたような気がする。

 舶来品のコピーでちょっと思い出したが、全体には日本的な繊細さと美しさを兼ね備えながら、どこかベーゼンドルファーの陰がちらつくことは最後まで否定できなかったことも告白しておきたい。ベーゼンドルファーがヤマハの子会社になったことは周知のことだけれども、やはりそのことによってヤマハとて企業なのだから、その製品作りの秘密を覗き、ていねいな研究がなされ、それがヤマハのピアノ作りにフィードバックされたとしても、これは何人たりとも否定はできないことだろう。

 全体に感じるやわらかなイメージ、全音域にわたって従来より格段にアップした観のある音の伸び、楽器としてのデリカシーなどは、まさにベーゼンドルファーの秘伝をこのピアノがそっと呑み込んでいる故の成果のような気がする。



 CFXは、おそらくはレコーディングなどに大きな人気を博しそうな気がする。

 これだけ欠点らしい欠点もない美音の揃ったピアノというのもなかなかないし、それが録音のような環境ではとりわけ強味を発揮するに違いない。繊細な表現を録音というコンサートとはまったく違う媒体に記録するというのは、ある種のタイプのピアニストにとっては大変な魅力だろうし、だいいちこういうムラのない完璧にコントロールされたピアノは、なによりも口うるさい音響関係のスペシャリスト達も好むところだろう。



 現時点で考え得る最大のライバルは何だろうか?

 まずカワイには気の毒だが、カワイのSK-EXは完成度の点で大きく劣っており、目下の敵ではないだろう。

 マロニエ君は直感的に真っ直ぐにぶつかると思えるのはファツィオリだ。というのは両者は目指すものが非常に似ていて、あとは両者の国民性と文化的バックボーンの違いの勝負だとも言える。

 ファツィオリの最終的なライバルがスタインウェイという程度になら、むろんスタインウェイも究極的にはライバルと言えなくもないが、直接対決はやはりファツィオリだろう。それでなくてもファツィオリの信奉者には叱られるかもしれないが、CFIIISの時代から、ファツィオリのピアノとしての構成要素が、ヤマハのある部分に通じるものがあると感じないわけではなかったマロニエ君としては、ここで一気に両者のライバル関係が克明になってきたように思える。



 そこでさっそくというわけでもないだろうが、今年10月のショパンコンクールからは、ファツィオリが公式認定ピアノとして追加されたようだから、これは必然的にワルシャワの舞台で、ヤマハvsファツィオリの激しいバトルが見られるということを意味するだろう。おそらくファツィオリは初参加を華やかに飾る意味もあって、いっそう豪華絢爛な派手な音造りをしてくるかもしれないが、ヤマハはなにものにも惑わされずに、ひたすら己の信じる道を進んで欲しい。



 以前(1980年まで)はベーゼンドルファーも公式ピアノだったが、CFXの成り立ちが上記の印象通りだとすると、ヤマハのボディの中にDNAとして30年ぶりに間接参加しているようなものかもしれない。

 ショパンコンクールには、スタインウェイはハンブルク製しか持ち込まないから、となると日・独・伊三国同盟ならぬ、三国バトルという様相になるということか。規模は小さいけれども、しかし現在これ以上の舞台はないだろうと思える勝負の機会でもあり、まさにピアノのワールドカップとでも言うべき側面が今年のショパンコンクールにはありそうな気がする。



 マロニエ君個人の印象としては、ファツィオリとの比較で言えば、少なくともショパンという特定の作曲家を演奏するためのピアノとしてだけならば、現在のところこのCFXが勝っていると思う。それはなによりもCFXの内的要素を含んだ内向きにも外向きにも変化のできる音質や、精妙でデリカシーに富み、奏者と親密な関係を作れそうなピアノであるという点が、ショパンの求める要素に合致していると思うからだ。



 現在このCFシリーズは3機種とのことで、価格もべらぼうなものだから、ホール需要は別としても、それ以外は果たしてどんな人が買うのだろうかという点ではどうにもイメージが湧かないけれども、もし将来、その核となるべき新技術がやがて普及品へもなんらかのかたちで降ろされて、効果的に広く活かされるようになれば、これはまさにヤマハにとって大変な新時代ということになるのかもしれない。

 こういう素晴らしいピアノが我が国から生まれたことは、ヤマハひとりの努力のみならず、日本の高度な文化の証、あるいは日本人のモノ作りの際立つ優秀性の証のようでもあり、素直に喜びたいと思う。
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マロニエ君の部屋 ♯99 ルイサダ新譜雑感
ジャン=マルク・ルイサダによる、「ショパン:14のワルツ&7つのマズルカ」というCDが先ごろ発売されました。



 ルイサダのショパンのワルツといえば、1990年代にリリースされたドイツグラモフォンをもうだいぶ聴きました。…だいぶ聴いたのは事実ですが、正直云うとマロニエ君は取り立てて素晴らしいとも思っているわけではありません。しかしショパンに冷淡だった故吉田秀和氏がこの演奏を評価したことや、ショパンのワルツ集はリパッティ以外にこれといった決定盤もないことから、一定の評価を保ち続けていられたのだろうとも思われます。



 というわけで、本来なら新録音だからといっていまさらという感じでしたが、このCDはマロニエ君の地元である福岡シンフォニーホールで昨年行われたRCAのセッション録音であること、さらにはプロデューサーをなんとコード・ガーベン!!(ミケランジェリなどの録音を担当)が務めていること知り、そんなところからつい買ってしまいました。



 ピアノはルイサダと結びつきの強いヤマハであることは当然としても、写真を見ると2台のヤマハピアノがステージに並べられています。その理由は、1台は弾くためのピアノ、そしてもう1台はダンパーペダルを踏んだ状態にされたピアノなのだそうで、こうすることで弾かれないほうのピアノの開放弦が共振して、より豊かなニュアンスや倍音効果を得るという試みらしく、ヘェェこういう方法があるのかと驚きました。



 さて使用ピアノは当然のごとくCFXかと思っていたら、ライナーノートやネット上の記述にも「CFIIIS」とあり、これには首を捻りました。何枚かある写真ではルイサダが弾いているのはCFXで、その左にCFIIISが並行して置かれています。もちろん写真が絶対とは限らず、試行錯誤の末に「弾くピアノ」と「響かせるピアノ」を入れ換えて、発売されたCDに使われたテイクはCFIIISのものだったということもあるでしょう。したがって使用ピアノはCFIIISとなっているの「かも」しれません。



 ただマロニエ君は、わざわざ浜松からCFXを運び込むなど、ルイサダをフルサポートしているヤマハの意気込や要請からしてもCFXだったのでは?と思いました。

 しかし、そうなるとCFIIISという記述は間違いということになり、ヤマハというメーカーも絡んだメジャーレーベルのレコーディングのデータで、こんな初歩的なミスがあるとも思えず、そのあたりはどうも釈然としません。



 事実はひとつなのに、ここでマロニエ君があれこれ憶測してみてもはじまりませんが、ただ純粋に音ということだけでいうなら、たしかにCFIIISのようにも思われます。

 CFXの音があまりに軽くブリリアントでニュアンスに欠けるとしたら、その点では、やや古いCFIIISのほうがある種の節度感と憂いがあって、それが品位にも繋がり、そちらが好ましいという判断だったのかもしれません。



 それはともかく、ここで聞くヤマハは、偏見抜きに聴いてみると、たしかにこれはこれで整った美しい音だと思ったのも事実です。

 とくに日本人という民族だけが持つきめの細かさ、ムラのない均一感などは数あるピアノの中でも最高レベルのものでしょうし、伝統工芸的なものと最新のテクノロジーがこれほど見事に融和しているのは例がないかもしれません。



 日本人だけがもつ最上級のおもてなし精神でピアノを作るとこうなりますよという、わかりやすさがある反面、個性や表現意欲には及び腰で、優等生趣味が前に出ている点も日本的だと思います。



 とりわけ響きという点では日本らしさを感じます。

 西洋のようなメンタリティのない日本という土地柄なのか、響きに抜けがなく、享楽や官能といったものが皆無な上に、本質的にある種の暗さがあります。唐突ですがここがファツィオリとの最大の違いのような気もします。



 逆説的にいうと、どうしても開放されない隠微なものが支配しているところがヤマハピアノの個性なのかもしれません。誤解を恐れずにいうなら、ピアノはなんでもかんでもパワーがあって、あけすけに解放されさえいればいいとも思いませんから、これは要するに使い方しだいだろうとも思うのです。

 非常に利口な柴犬のような魅力はあると思いますし、私達日本人の血液の中にはそういうものが否応なく流れていると思うのです。



 ヤマハの音が表向きどんなに華やかにみえても、その本質は陰性で、日本人の内向的な遺伝子が抜けきれない、まさに日本の音だとしみじみ思いました。

 ただし、これは悪いと云っているのではなく、それだからこそ表現出来る音楽や演奏形態、あるいはそういう方向を目指す芸術もあるだろうということです。



 もとが暗いから、派手な音造りをするとヤマハはちょっと品性を失うわけで、そういう場面で本領を発揮するピアノではないということをあらためて感じたのです。

 直接的な音そのものの明暗もさることながら、ピアノ全体が生まれもった性格そのものに日本的暗さが染み込んでおり、西洋の文物のような明朗さはないということでもあるでしょう。だからヤマハはコンチェルトなどではあまり収まりがよくないのだと思います。



 そういう意味から云うと、カワイのほうが無理をせず、日本的暗さに敢えて抗おうとは思っていないようで、だからある意味でそれなりに首尾一貫したピアノだとも思います。その点、ヤマハはいまだにその面での折り合いをつけきれないでいるようで、イメージとキャラクターがバラバラという印象が拭えません。

 人間にも地味な人ほど目立つことへの憧れが強いという意外な法則があるように、ヤマハが華やかさへの憧憬を捨てきれず、もがけばもがくほど、その挑戦の裏には日本的な暗さが潜んでいるように感じます。



 谷崎潤一郎が生きていて、もしもピアノ好きだったら、日本のピアノも『陰翳礼賛』の中に書いたかもしれないなどと思ってしまいます。





 ルイサダの演奏に触れるのをすっかり忘れていました。



 とはいっても、ルイサダは予想以上にルイサダだなぁ…というのがとりあえず感じた率直なところです。

 高い評価をされている方には申し訳ないけれども、マロニエ君にはルイサダの演奏には20数年前から折に触れ接しており、CDはもちろんのこと、実演にも接しましたが、どこをどうひっくりかえしてもその価値がもうひとつわかりかねるのです。



 そもそも彼の不思議な名声からすれば、まず、そのテクニックはかなり危なっかしいものという印象が終始拭えません。そしてその危なっかしいテクニックそのものが彼の演奏の中心となり、美意識や音楽表現の在り方にまで深く根をはり絡みついているような気がします。その演奏には常に技巧上の不安がつきまとい、お得意のショパンでもバラードなどになると大丈夫だろうか?という気にさせられます。



 個性や解釈という点においても、これを音としてまともに聴いて理解するのはマロニエ君にとっては至難です。たとえば次のフレーズやパッセージの入りに意味不明の「間」があって、それが本当に必要な間なのか、ないほうがいい単なる息継ぎなのかもよくわかりませんし、そのつど身構えてそこをぽんと飛び移るようにして次に進んでいく、あれはいったい何なのかと思います。



 他にも意表をつくようなアクセントや強弱のつけかた、突然でてくる内声(しかも断片)の強調、不自然で大仰なルバートはご当人はわかってやっているのかもしれませんが、聴く側にはまったく意味不明で、むしろ音楽の滑らかな進行を著しく妨げるものとしか感じられません。

 唐突に釘でも打ち込むようなスタッカートがでてきたかと思うと、お次は演歌のこぶし並にこってりしたルバートがかかったりと、耳が左右に引っぱられるようです。



 あたかも、おそろしく運転に向かない人がハンドルを握ったような急発進、必然性のないライン取り、安定しないスピード、カックンブレーキなどで恐いし遅いし、同乗者はフラフラにさせられるようです。



 そもそも、フランスのピアニズムは伝統的に線の流れに重きを置く流派で、フランス人はいうに及ばず、そこで育った安川加寿子をはじめ田中希代子、花房晴美、横山幸雄など、音楽に於ける流れというものの重要性は叩き込まれているという印象があります。



 ところがルイサダは、流れなどなんのその、どんな小品でも音楽はたえず寸断され、小間切れとなって、ディテールは小細工にまみれ、テンポも安定しないとなると、マロニエ君のようにその真価が理解できない耳には、指の弱さを考慮した解釈を後付しているようにしか聞こえないのです。



 こう批判するのもどうかと思いますが、ルイサダは世界的に活躍するメジャーピアニストの一人であり、政治家とプロの芸術家は批判にさらされるのも仕事のうちですから、その点では変な遠慮はすべきではないと考えています。



 というわけで、マロニエ君はこの人の演奏を聴くと、いつも息が詰まるような閉塞感に襲われてしまいます。どちらかというとアマチュアの演奏を聴いているときの苦しさに近いものがあるかもしれません。



 とりわけこの新録音で懸念されたのは、昔のドイツグラモフォンから出したワルツよりも、よほどキャリアを積み、年齢的にもピアニストとして円熟期に入っているべき年齢にもかかわらず、その演奏はますます固く、霊感がなく、小さく閉ざされているように思われたことです。



 このCDを何度か繰り返して聴いていると、どうしようもなく気分が塞いでしまい、以前のワルツはこれほど窮屈ではなかった記憶があり、敢えて23年前のそれを聴いてみることにしました。するとそこにはアッと驚くばかりの輝きがあり、この人なりの個性と魅力が比較

にならないほど鮮やかに聴かれることに驚愕してしまいました。それほど今回の新録音には覇気もなければ、円熟も、新しい挑戦も感じられないもので、いったいどうしたのかと思いました。



 もともと好ましいと思っているわけではなかった旧録音でしたが、このときほど素晴らしく感じたことはこれまでに一度もなかったように思います。更にいうなら、まだ好ましい時代のスタインウェイの輝かしいサウンドがそこにはあり、ずいぶん続けて新しいCDを聴いていたせいもあって、酸素の薄い部屋から、明るく光り輝く開放的な場所へ全身解き放たれたようでした。

 演奏も比較にならないほど自由と創意と詩情(そしてそれなりの必然性)にあふれており、深化するどころか、この変貌ぶりにはまったく理解に苦しむばかりでした。





 実を云うと、このルイサダの旧録音のワルツ集はマロニエ君にとってはいわくつきのCDでもありました。もう時効だと思われますので書きますと、それはかれこれ十数年前の事。

 当時、マロニエ君としてはこれまでにない本格的なコンサートチューナーの方とめぐり逢ったのですが、その方の音へのこだわりは並大抵ではないものがあり、コンサートや録音に忙しく飛び回る方でした。そんな方に自分のピアノの音造りをしていただくことになり、期待で胸は膨らみ、すっかり舞い上がったものでした。



 今でもピアノの音がわかるなどとはとても思いませんが、当時はさらに未熟で、どういうふうにお願いして良いのやら皆目わからない状態でした。それでも生意気に「自分の好みというものがあります!」というようなことを言うと、その方は尤もなことだと受け止めてくださり、それがどういう音か、ぜひ知りたいと言われたのでした。

 マロニエ君としては自分なりに積み重なったピアノの音に対する理想のようなものが漠然とありましたが、しかしそれはひとつではないし、それを他者に伝えるのは容易なことではありません。どうしたものかと悩んでいると、「では貴方がこれだと思うピアノの音が入ったCDを僕に渡してください」という提案をされました。



 なるほどとは思いつつ、さてそういわれても咄嗟には思い浮かびません。当時からCDだけは夥しい枚数がありましたので、その中から「これ」という1枚を選び出すのは至難の技で、とてつもない課題を突きつけられたと思いました。こんなとき普通のピアノマニアなら、さしあたりミケランジェリのCDなどが候補に挙がるのかもしれませんが、マロニエ君はそれでもありませんでした。

 そんな中で敢えて選んだのがルイサダが1990年に収れたワルツ集でした。当時このCDから聞こえてくるスタインウェイの艶やかな解放された音は自分の理想のひとつでしたから、ともかくそれを送りました。



 ところが、その反応は意外なもので「あれがお好きなんですか…?」という、明らかにやや鈍い反応でした。マロニエ君としては好みがあるなどと言ったまではいいけれど、まったく音に対するセンスや理解がないと思われたようで、サッと血の気が引いたのを覚えています。びくびくしながら「私は好きなんですが…お好みじゃありませんでしたか?」と聞いてみると、「うーん、僕はあまりいいとは思わなかった」といわれ、さらに続けて「あれはピアニストが演奏によって作っている音で、ピアノじたいはごく普通、調律もありふれた調律だと思う」と、にべもなく言われてしまいました。



 このときの率直な印象は、専門家が実践で目指しているものは途方もなく深いところの話のようで、マロニエ君ごときの表面的な好みでどうこう云うような次元ではないらしいことを思い知らされたようで、すっかり自分に自信を無くしていました。



 ところが、それから何年も後のことですが、ネットを見ていると調律の世界で神様のように言われている辻文明さんがお亡くなりになったことを知ります。ヤマハのコンサートグランドの開発に関わったり、数々の世界的ピアニストのコンサート調律、中でも内田光子のコンサート(CDも?)では純正律で調律されるなど、氏の高名は業界に広くとどろくものでした。

 その辻文明さんご逝去に関連する書き込みの中に、ある技術者の方が驚くべき事を書かれていることを発見します。なんと、ルイサダのショパンのワルツ集で調律をしたのは辻文明さんだったとあり、これには心底びっくり仰天しました。1990年にハンブルクで録音されているので、てっきり調律はスタインウェイ社の技術者あたりがやっているのだろうと信じて疑いませんでしたし、データの中にもプロデューサーがコード・ガーベン(新録音と同様)であるなど、録音スタッフの名がいくらかあるけれど、辻さんのお名前はまったくありませんでした。



 「スタインウェイのお膝元だからああいう好ましい音が作れるのだろう」「しかし、一流の技術者からみればべつに大した調律ではないらしい」「すばらしい調律とはいかなるものか」というのが何年もマロニエ君が抱き続けてきた思いでしたから、さすがにこれを知った時は衝撃でしたし、いくぶんは名誉回復されたような気分になったのも正直なところでした。



 ここで「あれは、ありふれた調律」と言われた方を否定するつもりは毛頭ありません。その方がそう感じられたことも尊重したいし、それほど調律というものも多種多様で、軽々に判断できるものではないということだろうと今は素直に思います。どんなに素晴らしいピアニストでも、いいと思わない人も必ずいるのと同じでしょうか。まあそれでも、本当にいいものは好みを超えていいという真理があるのも事実ですが…。



 そういう次第で、マロニエ君は間違っていようと何であろうと、人のいいなりにはならず、最終的には自分の耳だけを信じることにしていますし、それ以外にはないと思うのです。

いうなれば、自分の感性に極力敏感でありたいと思っているわけです。
メンテ

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