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[2176] 当代世間はクビ無しチキン、21世紀で世界は終わるのか?
日時: 2015/01/14 06:51
名前: 満天下有人 ID:QNV3UuGE

「西暦2000年でまだ市場原理主義に振り回される?」

昨年からジャーナリズムの世界で資本主義の限界がまな板に上り始めていた。それが昨年末から年明けにかけて加速され出した感じがする。

気を付けねばならないのが、いずれそのシステムは限界に到達すると既に予測されていた、だがそのシステムが内包する構造の矛盾に触れるよりも、それ以上に世間の耳目を集めているテロ事件とか、国内で言うなれば、ガキ小僧のようなシンゾー政治に惑わされて、根本矛盾から物事を整理し直して見るという気風が、21世紀にもなって未だに芽も出ていない、この国だけの事ではなく、世界的にも何だかガキっぽくて、その現象が世界を魑魅魍魎な場にしてしまっているのかも知れない。

国内では政治権力の中枢が、ガキ小僧のようなイジメを始め、最たる例は翁長沖縄新県知事に対する信じられないようなイジメ、佐賀県知事選における自民党支持の候補者を、シンゾーの肉声録音テープを有権者電話に流す、丸でマンガ劇画を地で行くような政治がまかり通り、そして生活者に対しても増税に非正規労働の推進、社会保障の削減等々によって、イジメが強化され始めている。

この情景に目が奪われ、我が国だけがマンガ劇画が如き政治に振り回されているのかと思いきや、アメリカでは、北朝鮮の仕業だとされたソニーピクチヤアに対するハッカー攻撃が起り、どうも犯人は北ではないとの見方が浮上したり、フランスでは、アッラー侮辱のマンガを描いたとしてイスラム過激派による通信社での銃乱射事件があり、犯人はイスラム国の組織的テロ攻撃だ、との説が流れた後、どうもそうではなく、アルジエリア移住者が最も多いフランス独特の社会構造から発生した事件だとの見方が出たりで、もう内外に亘って、この世界、中心軸が何によって、そしてどの方向へ向かっているのか、訳が分からない魑魅魍魎の世界に転じてしまったようだ。

加えて金融債券市場の激しい動きがある。世界の株式、金融、資源市場の暴落が始まっている。一旦反発上昇するともう、昨日泣いたカラスがもう笑ったかの如き光景の繰り返しである。

最たるものが原油で、今週$50を割ってしまった。これまでなら原油価格の下落は、新たな生産に向けてプラス要因になり、OPECも減産で底値割れに対処しても経済の復調を待てばよかっただけなのだが、今回ばかりはOPECが何もしない所に、何か時代の、というか、これまでの世界構造の変化をウオッチしている気配が感じられる。少々の減産で価格維持など出来ない何かが動き始め、その様子を伺い始めた、そういうことであろう。

金融の世界しかりである。資本主義の終焉かと思わせるように、金融市場が不安定になって来ると最後の安全パイとされる国債に巨額余剰金が逃げ込む。世界を走り回っているオカネは世界のGDPが約5千兆円に対し約6京円と言われ、実際の貿易など実物経済に要する通貨は約1200兆円程度で足りる。金融債券市場が異変を起こせば国債に逃避し、結果的に金利が異常に下げて日米、いやEUでもマイナス金利状態になって来ている。この現象も一種の資本主義「的」生産構造の限界を示し始めたシグナルとも言えるのだが(金利の異常な下落=新たな投資先が無い)、世界はその現象の根本構造がいよいよ噴き出したから、との認識に未だに至っていない。

昨今の世界では資本主義の限界説、と言うより、是正策を唱えるフランス社会経済学者・トマ・ピケテイがベストセラーになっているらしいが、資本主義の構造問題に視点を当てたものではなく、格差是正を述べているに過ぎない。氏によれば資本主義では資本収益率が経済成長率を上回るので、常に格差が生じ、そのワニ口型の開きが大きくなってしまっている。簡単に言えば、全体成長率が低くても資本企業の儲け率があって、その配分が資本に大きければ格差が広がるという、当たり前の事を言ってるに過ぎない。そしてその是正は、資本と労働の配分率変更を通じてではなく、累進課税強化で国家を通じて社会保障などの是正に向かうべきだ、大まかにザックリ言えば、そういうことに過ぎない。

資本主義の逃げ場=金融資本が市場原理主義や新自由主義にかまけて、多国籍企業の横暴を許し、世界的に見た時その行動が世界規模で格差を産んでいる、そのことならむしろ170年も前に、資本主義は究極では貨幣が貨幣を求めて世界を徘徊する状態を必然的に招き、矛盾が露呈されると喝破したカール・マルクスの方が余程、先を見通していたと言える。現に世界は、正にその通りの現象に陥っているから。

その金融資本が多国籍企業のエンジン役となり、IMF、世銀とタイアップし、かれらの市場原理主義、新自由主義を現実に促進する世界貿易会議であるWTOを窓口に世界化、所謂グローバリゼイションを促進したものだから、それに対抗する国境、人種を越えた世界サイズでの反グローバリゼイション運動が(以下反グロと略)今世紀の初めから起こっていた。

グローバリゼイションの目的は今更言うまでもないことだが、要するに多国籍企業による利益の最大化であり、その為に基本的人権や社会保障を約束する国家をも下位組織としか見ず、だが世界に対しては規制緩和や民営化によって経済成長が促進され、貧富の差もなくなり貧困から脱出できるという余りにも見え透いた口実で世界を騙す、国家権力をも凌ぐ資本運動である。

これに対する國際的な反グロ運動は1999年にケルンサミットの際に、多国間投資協定に反対したデモ隊が世界から約4万人も集まってケルンの街を占拠。しかし尚、多国間投資協定を実現させようとした同年12月のG8シアトル閣僚会議に対し、あらゆる労働組合組織や、果てはアナーキズム集団までが参加して、大きな暴動となりG8会議を潰してしまったくらいだった。

世紀が21世紀に変わり、2001年1月にブラジル・ポルトアレグロ政府の支援もあって、反グロ運動は、世界社会フオーラムとして組織化されている。これは世界の政治家、有力資本によるダボス・世界経済フオーラムに対抗して発足されたものである。世界各地で社会フオーラムという形で「連帯経済」=金融資本の抑制の為に為替取引税・トーピング税を各国で導入させ、それを通じて世界労働者による連帯経済がGDPの10でも占めるようになれば、多国籍企業の活動を抑制することが可能とする行動を、世界各地で広げて行くという目的を持っている。

だがその後起った米9:11事件の影響もあってか、この反グロ運動は2005年の香港大デモ以降、音沙汰が無くなってしまった。一方でWTOが求めた農業分野での各国の補助金廃止も、ブッシュ政権下で逆に米農業に対する補助金増額で、WTO会議を主導してきたアメリカが、それを継続する意味が無くなってしまい、それがTPPに姿を変えてしまったから、反グロ運動も目標をどこに置くか、戸惑ってしまったのかも知れない。

当代世間騙し装置スレッドの投稿数が満杯に近づいたようなので、少し目を広げる意味も込めて、小泉内閣発足の頃に盛んにやった反グローバリゼイション運動を振り返りつつ、今こそ反グロ復活の時であることの認識を、再度復活する重要な時期に来ている小さいが覚醒の意味も込めてのスレッドとしてみたい。

でも手に余る要素分析を要する地球規模のこととなると、60歳代の頃はまだ複雑な要素を一本の糸に繋ぐ作業も、何とかやれたのだが、さすがに80歳台を目前にすると、情報を整理して見る能力が結構弱くなっている自分を発見、特に記憶力の衰えが障害になる、あれは何時の、どういう理論だったか、あの事件の遠因は何だったのか、それさえも咄嗟に思い出せない(笑)。しかも国際関係が通貨を挟んで複雑化しており、毎日の変化を追う労力にも自信が無い。

まあ大上段に振りかぶらない、日常の動きからおかしいな、と思うことを投稿する雑程度のことで、もう若い人たちの大きな理念に任せるべき歳になってしまった。若い人達、がんばっておくれやす。
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Re: 当代世間はクビ無しチキン、21世紀で世界は終わるのか? ( No.77 )
日時: 2015/02/05 12:07
名前: 被害者 ID:VHJaGg7o

http://masaru-kunimoto.com/19ogawajiken.html に掲載。

金権民主主議 の格差 金権奴隷世界の 終わりか 文明の転換か 正義と法を殺した天の怒りか これから始まる日本の不幸。
メンテ
家庭料理と民主主義 ! ( No.78 )
日時: 2015/02/05 20:03
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:1lcpC/SA

NO76の満天下さんの格調高い分析も、阿修羅では、ニュース性に乏しく見向きもされない。

これが、もうひとつの問題でしょう。

現代社会は、演芸でも、評論の世界でも、小説の世界でも、何か人目を引くことが主題であり、一般大衆が、簡単に同意できるものを探して表す。

そのレベルの低下は目を覆うところである。

物事の本質を知る努力をせず、目先の興味本位にはしる、大衆の認識レベルに合わすことが民主主義(個人の尊重)と思い込んでいる。

先には挙げなかったが、最近の料理番組もそうである。

私の家内などは、テレビで何か珍しいものを見ると、飛びついて同じレジメで料理を作る。

そんなもので期待に答えられるものはない。

だが、何回言っても改め様とはしない。

しつこく言えば離婚されかねない。

これも民主主義のお陰である。

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電波芸者によって創り出される現代民主主義。 ( No.79 )
日時: 2015/02/05 20:21
名前: 満天下有人 ID:QSmX6jhs

あっはっは、橋立さん、どうもうどうもです。事件性が無いと見向きもしない現代の風潮、いずこも同じです。我が家でも今頃になって、どうも世間では安倍普三はおかしいと言いだしていると、今頃になって言うのですね(笑)、身近な生活の問題として、毎年の年金減額を批判して来たのに、今頃になってどうして年金減らされるの?ですからね・・・

バカモン!そんなこと第一次安倍内閣の時から言って来たではないか、あの時に社会保険庁を年金機構に名前だけ変えるインチキを、細かく教えたのに、聞く耳持たずだったのが、今頃何を言うか!です(笑)。

他のもっと大きな問題にせよ、折に触れて言うのですが、とにかく有名俳優とかが言えば、聞くのですね(笑)。

まあ世間で大規模を誇るネットでもそうですから、ましてや一家庭でさもありなんの現象は、当然かも知れません。それでも構わないでしょう、もう聞いてくれという願いによってあれこれ書いている訳でも無くなりましたし・・・。
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Re: 当代世間はクビ無しチキン、21世紀で世界は終わるのか? ( No.80 )
日時: 2015/02/06 02:25
名前: 贅六 ID:i5zU6ujI

は、は〜ん、皆はんのお宅の政所もそないな傾向がおますか! いやいや、ワテとこもおんなじですねんけど、何処も同じ秋の夕暮れ、ちゅう奴でんなぁ。

世間には、知的で教養も有り、シッカリした事を喋るオナゴはんも大勢居てはるんですが、ワタイらの身辺にはそうや無いオナゴはんが多過ぎますわ。現にウチのおばはんもそうで、二段論法やったら何とか思考回路に叶うんですが、三段論法に成るともう頭痛がするようでんな。

そやから、「風・桶 論」と成ったらもうお手上げですわ。 説明してやった時は、判ったような顔してますねんけど、ホンマは解ってぇしまへんねん。前の話題に関連付けて考える事が出来まへん様だすわ。

漫才は見ててゲラゲラ笑いよるんだすが、落語の“長講一席”を、「オイ、此れオモロイでェ」ちゅうて聞かしてやろ思ても、途中で必ずゴソゴソ他の用事始めよりますわ。

もう一つ、内のおばはんは“お上 信仰”が抜け切らんとこがおます。「市役所がチャンと考えてる筈や」とか「政府が其処まで悪い事するやろか?」てな事を、しょっちゅう云いよるんですわ。

そこでコッチャは向きに成って「カクカク、シカジカ」と巧妙な悪だくみを説明しよ とすると、「もう、判った、判った」ちゅうて頭痛持ちみたいな顔で、人の話を遮りよる。 こっちはもう白けるだけでんなぁ。

以上、ボヤキの一席でおました。 何方はんも失礼、御免!
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文明の衝突(3)>国家同士の対立なのか? ( No.81 )
日時: 2015/02/06 09:36
名前: 満天下有人 ID:DkYWf98A

ハンチントンが言った民族のアイデンテテイとしての文明の衝突。それは現代にあっては同じイスラムであっても衝突している。同じイスラム圏でも、それぞれ部族が違い、それぞれの部族のアイデンテテイの違いによって衝突が起こっているとするなら、ハンチントンの分析も正しかったことになるのだが、でも彼が言ってたことは、イスラムを一つの文明圏として、他の文明圏と衝突するという分析だったから、目下のイスラム内における衝突の説明がつかない。

も一つ整理しておきたいことは、イスラム「国」という呼称である。私も彼らを呼ぶとき ISISと略して使っていたが、その後色んな資料から学んでみると、ISISなる呼称は既に使われていないようだ。現在では Islamic State で、ISが英語圏での正式呼称らしい。

お勉強の序に(笑)では、Stateとは何じゃい、という次の疑問が出て来る。誰もが知っている Unaited States Of America = USA で、ステーツは国家を現すということからISのSが、イスラム「国」と日本語では訳されたようだが、イスラム国と言っても別に、国家としての実態がある訳ではない。明確な統治領域を有している訳でも無い。

そこで英語の State には色んな意味、ある状態を示す時のその状態も State と言うし、また述べる、言う、演説するのも State と言う。

ISが使っている場合の State は、言葉の意味、前者の「ある状態」を示す場合に使う State を意味しているのであろう。政治的「状態」としての State という意味であり、地域、国境などを有する地勢的国家という意味では無い。そういう国家を創ろうとしていてもだ・・・・

言葉の意味、後者の「述べる」と言う代表的概念を表しているものが、米大統領が毎年念頭に行う一般教書演説で、The State of the Union address  である。これは米憲法で規定されており必ず行われなければならない。 The Unionとは、アメリカ合衆国の古典的言い回しで、その合衆国の毎年の状況を大統領は State しなければならない。次の政治を行う政策の前に国家の現状、「状態」を「述べ」なければならない。 

そして State が国とかの意味となると、その存在の根底に「主権」が存在するという、最も基本的で最も重要な概念があるのだ。アメリカが Statesと言う場合の各州、それぞれが、主権を土台に強い自治権を持っている。ではイスラム国が State であるとする主権は何なのだろうか、ISISからISに呼称を変えて、一つの国家であると宣言したのはついこの間の昨年4月だ。

その時に掲げた理念は「イスラム教が支配し、シャーリアが適用される」というものであったらしい。シャーリアとはイスラム法のことで、語源は水場への道、というものらしい。我々とて水が生命の根源であることは知っているが、それを毎日認識する必要も無いから意識もしないが、あの過酷な砂漠地帯で人間が発生して以来、水は人間が生きる上での最も大切な道しるべであり、だからコーランにも理想郷としての天国には、「緑陰豊かに、小川には水がせんせんとして流れる所」として、彼らにとっての大事な人生の指標であるコーランでも水が重要視されており、水を基本に様々な「律」が敷かれており、それがシャーリアとして彼らの文明を形成している。

液体である水と共に、近代生活の重要物資となった石油、それを盗みに来る者は、水泥棒と同じレベルで許し難いものがあるだろう。シャーリア哲学の最深層部にある概念が水場への道を意味するなら、現代にあっては石油泥棒も水泥棒と同じくらい許し難いものがあるのだろう。同じイスラム文明圏でも、米英になびく国が多くなっていることに対しISが、それにも攻撃を仕掛けているとすれば、ハンチントンが言う文明の衝突論も、かなりズレたものになる。

ISが同じイスラム文明圏の国々に対し攻撃的になり、その背景である水泥棒的侵略を仕掛けて来た米英、そこと連携する者も敵だとして我が国も名誉ある標的国家にされてしまったのだが、その米英と連携する日本なる国・・・上述の State 論からすれば、 State の基本概念に含まれる「主権の存在」がなければならない。

ISには一見、独立国家  Japan  のように見えて、実は今回事件を通じ State of Japan of USA であることが彼らの目に明確になったのであろう。彼らのテロの残虐性は、今回一連の人質殺害で明らかになったが、テロでなく戦闘になった時でも、元々が命を省みないジハードであるから、その勇猛さは相手軍を震えあがらせるほどの、すごいものらしい。そのせいかアメリカは空爆はやるが、地上実戦部隊は投入しないと言ってる。

テロには屈しないシンゾーは、それでも自衛隊を投入するのか、集自権行使条件として、日本「国」に対し緊急避けがたい状況が発生し、他の手段がない時には、と、歯止めはかけているとうそぶいているが、お前の所為でISの標的国家に指定されてしまった上で、何らかの攻撃が仕掛けられたら、国家に対する緊急事態の発生として、その震えあがるしかない勇猛な戦闘に自衛隊を向かわせるのか・・・ISテロを容認しているのではない、シャーリアを第一義に置く全く違う文明に対し、お前が率いるこの国に、何が出来ると言うのか、関わり合うなと申しているのだ。

それと State 概念で上記勉強したように、米大統領が年頭に必ずせねばならない国の現状について State する一般教書、お前は選挙に勝ったからとして、第三次内閣発足に際してさえも所信表明演説をしなかった。政策も全部と言ってもいいほどに、一部を除き国民には何の安心感も与えるものではなかった。だがそれでも国の現状について新たに Stateしようともしない・・・

もうこの国は 「State 」ではなくなった、なくなるように何故したのか、何の為に、それが全く分からないのだ。イスラム国が、State なる字を付し、だがそれは政治的存在概念しか表していない事と同列にせねば、この国も相手とケンカを始められないからなのか?。
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首無しチキンを絵に描いたような・・・ ( No.82 )
日時: 2015/02/07 13:08
名前: 満天下有人 ID:W4OKDEtU

フランス週刊新聞シャルリー・エブド社が、ムハンマドの風刺画を掲載してイスラム過激派に襲撃されて、警官も含めて12名も殺された事件は、つい1カ月前であった。

その行為に反発したフランス人数十万人がすごいデモを繰り広げ、片やフランス移民の源であるアルジェリアでは、度重なる聖神風刺と、それに反撃しテロを起こした犯人、兄弟二人を殺したフランスに対し、猛烈な反発デモを繰り広げていた。

そしてシンゾーの中東歴訪時に、事もあろうにイスラムの敵イスラエルで、ISを刺激する演説を行い、人質二名が処刑されるという悪魔の連鎖としか言えないような報復合戦が世界を覆い始めた。

そんな状況にある時、昨日東京新宿の第三書館という出版社が、フランスで問題となった風刺画を東京で再出版すると言う。これに対しイスラム教徒が多い在日パキスタン人協会が出版中止を求める声明を出している。

第三書館は、フランスでの原画にモザイクを施すなどして、イスラムを刺激しないように配慮する、今回東京での出版の趣意は、仏原画が裸のムハンマドを描くなどしてウイットもユーモアもないもので、それらを率直に見せることで日本人として一連の事件を考えて見る材料を与えるのが目的だとしている。

これって、正に首無しチキンの行為にも似たりではないか!・・・事件に乗じてゼニ儲けが目的であることは見え透いており、だが、その行為が日本でも引き起こされる結果について、何の配慮も感じられない。

フランスでエブド社が襲撃された時、我が国の内閣総理大臣であられるシンゾーは、言論の自由、報道の自由に対するテロを断じて許さない、と、コメントし、仏オランドフランス大統領にテロ攻撃に協力すると約束した。これが今回の第三書館による東京での再発売に強気にさせている元である。何しろ内閣総理大臣の熨斗紙つきなのだから・・・

言論の自由に対するテロを許さないと言いながら、国内では報道ステーションによる日本人人質問題に関する政府の行動についての報道が事実と異なるとして外務省を通じてテレ朝に訂正を求めている。最後の権力に言われてしまうと民間は手も足も出なくなる。しかも報道が極端に間違っていたならともかく、シンゾーの今回の中東行脚は時期が悪いと、外務省がシンゾーに御注進したとのテレ朝の報道が事実と違うなどと、まるで子供のような次元の低いケチの付け方をやっている。
問題になったのは2日の放送内容。報ステは安倍首相の1月の中東訪問について、「外務省は官邸に訪問自体を見直すように進言していた」とし、安倍首相がイスラム国対策の支援を表明した演説に関しては、「官邸主導で作成された」と放送した。

これに外務省が「事実と全く異なる」とカンカンで、テレ朝サイドは放送内容は取材に基づくものだ」と反論し、両者の言い分は平行線だ。確かに、最終的に中東訪問がGOになったとしても、途中でさまざまな議論があったとしてもおかしくない。
外に向かっては、風刺画を恨むテロリストに対して言論を封殺するものだと言いながら、国内ではこのような有り様である。では、お前のバカさ加減を首無しチキンになぞらえて風刺画を描いても文句は言わないのだな、お前が言うう通り言論の自由なのだから・・・

アメリカでさえ、NYタイムズやAP通信はムハンマドの風刺画は差控えている。我が国は政府も民間出版も、正に首の無い、頭の無い、故に一歩踏み込んで考え直して見る生き物が居なくなってしまった。
メンテ
Re: 首無しチキンを絵に描いたような・ ( No.83 )
日時: 2015/02/07 11:34
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Cgv.Kb2.

首なしチキンと言う概念を、どのように捉えるか問題としていたのですが、ようやくひとつの結論に至りました。

それは民主主義の暴走の結果、人々は価値観を失ったと言うことです。

民主主義に対して、私は利己心の開放と見ていました。

利己心という事の意味は個人の権利の尊重であり、個人の自由です。

これは、お金を誰でも欲しがるように、ほとんどの人にとっては魅力的なことであり、人間社会の理想でもあります。

ですが、これがあまりにもは解放されると、利己心同士のせめぎあいが置き、結局はルールなき混沌が訪れます。

大昔は、封建領主と言うものがいて、人間の行動の多くを縛ってきました。
その後は宗教の教義がこれに変わり、近世以後は、哲学、倫理道徳が利己心の暴走を抑える役目を果たしてきました。

最近は、民主主義を名目に、個人の権利ばかりが優先し、以前の様な方法では共生のルールが守れなくなりました。

報道の自由、知る権利などを振りかざし、パパラッチや今回の様な風刺漫画を賞賛する風潮が強まり、それに対抗する方も手段を選ばず、相手の生命、人格を考慮せずに過激に走ります。

馬鹿な日本社会は、早速mその漫画に飛びついてしまいます。

首なしチキンとは、まさに価値観を喪失し、興味本位で右往左往する状況の事を言うのでしょうね。

資本主義のシステムが息詰まりを見せているように、民主主義社会も、首なしチキンという形容で行き詰まりを現しているのかもしれません。

利己心のコントロールを失った社会は、自由とは程遠い束縛を受け、弱肉強食と言う古代の混沌に逆戻りを始めているのでしょう。

人間社会は、もともと弱肉強食に始まり、その中から共生のための知恵(ルール)を作って発展してきましたが、民主主義社会というものを受けて、人間自身が思い上がり、神さえ排斥してしまっているのでしょう。

イスラム過激派のやっていることも、決してアラーが望んだものではありませんし(イスラム社会研究参照)、首なしチキンと化した連中の暴走でしょうね。


メンテ
まさにこの世はは、クビ無しチキン ( No.84 )
日時: 2015/02/07 15:55
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:tjyelRrs

阿修羅掲示板を覗いてみたら、テロ非難の国会決議をボイコットして山本太郎への賞賛の声が渦巻いている。

ブレない山本とか

山本太郎こそが日本が求めている総理だとか

こんなことで右往左往しなければならない日本の民意、

一部のエセ.インテリとしても、悲しい限りの内容のなさ。

首なしチキンの世界では

政治家を選ぶ基準も人気投票であり、パフォーマンスを競わねばならないらしい。

元祖、首なしチキンも、いっそのこと、死なせてやった方が優しかったかも。
メンテ
Re: 首無しチキンとは、道徳、洞察、理性を失った単なる生物体 ( No.85 )
日時: 2015/02/07 18:54
名前: 満天下有人 ID:W4OKDEtU

<(人間の限りない利己心)、それを抑制して来たのが宗教、近世以後は、哲学、倫理道徳が利己心の暴走を抑える役目を果たしてきました>

近世に入って、それまでの神による律からの解放が芽生え、人間中心の世界に転換が民主主義の概念を産みました。それを促進させたのがルネサンスでもあったと思うのです。ルネサンスとは人間発見の意味が大きく横たわっており、技術的には羅針盤の発明が、世界をそれまで以上に知らせる役割を果し、活版印刷がそれを文字で世界に広め、敵対する者は火薬で撃退する世界が出現。

世界をより広く知れば、そこには色んな文明文化が存在することを識ることになるのに、違う文化文明との共存には向かわずに、征服に向かってしまう「人間の利己心」が、利己心の解放とと共にその裏側に存在していた黒い部分を加速させてしまったようです。中世の神中心からの人間解放が、何事も個人を中心とする考えが中心になった。

その弊害を逸早く説いていたのが17世紀哲学者のトマス・ホッブスでした。人間は本来的に自然権を持つ。これは当然の論理でしょう。誰も頼んで人間として生まれたのでは無いし、それでも人間と言う生命を持った生き物としてこの世に出て来た以上、自然なる生存権を認めそれを維持するのが、自然界の原則で、多数の複数の生き物として社会を構成している以上、その生存権は、共同「社会」における秩序の下になければならない。

ホッブスはそのことを「社会契約」と呼んでいたようで、それは人間という生き物に自然権が本来的に付与されているとしても、ただそれだけでは己の欲望を満たすだけの利己的な存在に過ぎない。それでは共同社会は成り立たない訳で、放置しておくと本能的な人間対人間の紛争が絶えなくなる。それが「万人による万人の戦い」というものでした。

そこでそれを防止する何らかの歯止めが必要になる、それが「国家」である。一定の秩序を立法も含めて守らせる、つまり社会と契約しましょう、ということになって近代社会に向かって来た。

それがどうでしょう、21世紀に入って、理性と洞察力で以って万人による万人の戦いを制御すべき立場にある国家が、逆に理性を喪失させる方向で動いている。人間の利己心を制御すべき立場の者たちが逆に人間の自己中心的な欲望を満たす方向で煽っている。正に首無しチキン状態です。元々人間なる生物体は、個人としては首もちゃんと付いているんですが、社会と言う複数集団の中に入ると、欲望充足のために社会概念では首無しチキンのような生き物に転じてしまうようです。

しかもそのような状態を阻止すべき政府が、逆のことをやっているのですから、これはもうタイトルに掲げたように、この世の終わりに向かっているとしか言えない。

イスラムもイスラムです。橋立さんもイスラム歴史の概観で書いておられたように、この残虐行為は許せるものではないが、でも目には目を、歯には歯を、との、紀元前18世紀にまで遡るシメール文明からバビロニアとして統一した古代バビロニア王国のハンムラビ大王が制定した最古の律法書に書かれている復讐許容の律法精神は、元々強者による弱者イジメを戒めるものであったと思います。

282条からなるこの粘土板法典の刑法198条に、「敬虔なる君主で、神を畏れる朕ハンムラビをして国の中に正義を輝かせる為に、強者が弱者を虐げない為に、シャマシュ神のように黒い頭どもに向かって立ち昇り国土を照らすために・・・・・・もし人がアウイルムの子の目を潰した時には彼の目を潰す。もし人の骨を折った時には彼の骨を折る。

鶏、卵の論争になりますが、どちらが先に強者として弱者を虐げのか、ウン千年に亘る歴史の中でそれを検証することは不可能でしょう。ただ言えることは、アメリカでさえ空爆はやりすぎだとの批判が大きい時に、正にハンムラビ法典を地で行くような、世界の果てまで追いかけて成敗するということを、一国の首相として言う者がいるという現実です。

これは個人的権力者として、己の欲望だけを追う、理性、洞察以前の自然人間利己心と同じレベルでしょう。国会決議にせよ、足腰が座ったような強いものでもなく、例によって、西洋首無しチキンを追いかける、これまた首無しチキンそのものです。本質が分からないならむしろ、不介入の姿勢を保つ方が、どれだけ安全保障に寄与することでしょう。

手を出さない意気地なしのように思われるかも知れませんが、ほんとの意気地って、日の丸バンザイ鉢巻のようなものでは無い筈です。
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Re: 当代世間はクビ無しチキン、21世紀で世界は終わるのか? ( No.86 )
日時: 2017/06/23 17:46
名前: イントィッション ID:u36wzM9g

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