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[2222] 続・当代世間騙し装置
日時: 2015/02/14 08:24
名前: 満天下有人 ID:QNV3UuGE

毎日変なノートンのマークが画面に出て、ウイルス恐怖を煽られる。ノートンの指示に従って掃除したら、ここ掲示板で新規スレッドを立てた時に入れたPWが消えてしまって、投稿文の訂正が出来なくなってしまった。

そこでPWを入れる為に、再度スレッドを立てて見ます。投稿記事は全て今日までの重複投稿ですのであしからず。

2月9日投稿分:生存本能の為に生き残ろうとするテクニックは、生物によって様々だ。

好きな番組であるNHKのダーウインが来た、を見るにつけ、何時もそう思う。

どのような生態系であっても、原理は太陽エネルギーと水によって生態系が構成されている大原則がある。そしてその土台の上にあって、その生態系はそれぞれに生存を維持する為に、エネルギーが不足して来ると他の生態系が有するエネルギーを奪う本能的な細胞を有している。

そしてその行為が各種生態系の生存のバランスを保つ効果を有している。大蟻の過剰発生を抑えてくれるのが、蟻喰いの存在であるとか、そのような相互天敵の存在が自然生存のバランスを保つという合理性で地球は成り立っている。別の生態系が過剰になると別の生態系が、それを潰しにかかる、という具合にだ。

中には潰されないように擬態を発揮する生態系もあれば、先に生存エネルギーを得る為に擬態で相手を待ち構えている生態系もある。枯葉と見分けがつかない虫や、サンゴかと見間違うタツノオトシゴなどが、前者の例だ。後者の代表例にはカマキリが居る。

何を言いたいのかと言うなれば、既に真意は見抜かれている(笑)、そう、人間社会における、特に政治経済における擬態は日常茶飯事である、ということだ。言い換えると人間社会における擬態とは、世間の騙し装置であるということだ。

この生態系が巣食っている領域が永田町であり、霞が関であり、より広い範囲での擬態は、抽象的概念としての自由、民主主義である。擬態に騙される側は、自らも殺されずに、そこそこに生かされて来たものだから、天敵が定かに見えず、だが、どうも昨今のおかしな状況は、天敵が少しのさばり過ぎてはいないか、との、何だか天敵が明確には見えないのだが、どうもおかしいと感付き始めた。

しかし、イスラム過激は悪だ、との風潮、それは一部イスラムとしても、このままではキリスト教圏天敵が、お互い天敵でも、バランスが取れる範囲を超えて来た以上、防御的攻撃を仕掛けねばならなくなった、そのようにも見える。むしろキリスト教圏天敵は、擬態で錯覚を起こさせ、イスラム圏生存のエネルギーを狙っていた、騙していたとつまりキリスト教圏はカマキリだと・・・・

攻撃的擬態どもには勝てない。一つはそれらを我々が保存し、ある意味、保護しているからだ。こちらは守備的擬態になれない。少々色を変えて擬態騙しをやっても、最初から見抜かれてしまっているから、どうしようもない。永田町や和美が関に仕掛けられて来る擬態、消費税増税に還付制度を設けるとか、日銀超金融緩和でトリクルダウンによって民衆も潤うとか、イスラムテロは許せないと言う擬態には、アメリカ従属という本色、その先に憲法改悪が隠されている。

擬態と言う騙し装置が強化されて来ている。いよいよ生存をかけた最終闘争が迫って来た。この生存競争は生態系が別の生態に対して為されるのではない。同じ人間なる生態系においてである。しかも同じ国の中においてである。擬態にはしょっちゅう騙されるのが生物の宿命ではあるが、しかしトンマな騙され方は良くない。弱い証拠だ。




メンテ

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で、日本人はホステスかホストか芸者か太鼓持ちか…可愛いペットになってしまいました。 ( No.99 )
日時: 2015/03/22 01:23
名前: 青トマト ID:2Wlk4xl6 メールを送信する

ですから、オシャレと遊びと旅行と食い気に走って、腑抜けの有り様になって、

戦争なんか出来ない国民性になったわけで、とりあえずは平和でエエじゃないか。
メンテ
日本人は、形式的に白人になりたいのか? ( No.100 )
日時: 2015/03/22 12:32
名前: 満天下有人 ID:yVCe.YDg

神話にリードされて来た日本民族、戦前までは天皇絶対主義で、敗戦によってそれが、米国にとって代わられた。要するに自前の政治的訓練が何も無されないままに、2千年を過ごして来た、そういうことですね・・・

では、その核となるものが中国であったらどうなっただろうか、それがロシアであったら、どう変わったか?歴史にタラレバを当てはめてもしょうがないのですが、日本歴史文化の源流は中国なのに、そこに対してはむしろ、反発して来ている。

古代において既に、「日出る処の天子、日没する処の天子に書を・・・」云々との遣隋使が持参した書簡からも感じられるように、中国を対等に、あるいはそれ以下に位置付けている風情が感じられる。

ならばロシアであったらどうなっていただろう。日経BP対談でインドの哲学者?ミシュラと言う人が、興味ある日本観を披露していた。日露戦争で日本がロシアに勝ったことについてアジア人は当時、アジア人である日本が白人文化に勝った、ということで日本にたいする価値観が一気に注目された筈だと。

19世紀にアジアの知識層は既に、欧米文化とアジアは違うとの認識を持っていた、そこえ日本による日露戦争勝利があった訳で、ロシアも白人社会であり、白人列強と見なされていたから、日本勝利はアジア人として尊敬を引き出すほどの出来事であったのに、その後、肌の色まで変えることは出来ないのに白人化しようとする日本に、落胆したとの趣意を述べている。

まあ、この人の歴史事実の見方も甘い、ロシアに勝ったのは白人列強に勝ったのではなく、英米白人列強の支援を得て(戦費を英国ロスチャイルドの指示で、米国ロスチャイルドのクーンレープ商会が拠出し、故に、東郷艦隊の旗艦・三笠には英海軍顧問が5名も乗艦して、あの有名なT字型砲撃など、海戦の事実上の指揮を取ってロシア・バルチック艦隊を撃滅したのが、真実。

話が横路に入るが、先月国会でのシンゾーによる「列強」なる言葉を使った答弁があって、通産OBの古賀芳明氏がこれに噛みついている。

シンゾーの発言は『明治国家の礎を築いた岩倉具視は、近代化が進んだ欧米列強の姿を目の当たりにした後、このように述べています。「日本は小さい国かもしれないが、国民みんなが心を一つにして、国力を盛んにするならば、世界で活躍する国になることも決して困難ではない。』

維新当時の列強とは、欧米植民地帝国を覇権とするものであったし、しかも現代では既にG7からG8→新興国を含むG20までも拡大されている。それは何かと言えば、昔の列強思想では世界は最早成り立たなくなっている、ということなのに、この頭悪いバカボンが墓場を掘り起こすようなことを言いだすからインド人のミシュラ氏も落胆してしまっている。

そして5月連休の訪米で、上下議会での演説にアメリカはやっとOKを出している。演説中身が見物だが、恐らく日米で八紘一宇の実践をやろう、そういう意思表明をするだろう(笑)。岩倉使節団の史実は、マンガチックで、下手な小説より読むほどに面白いのだが(笑)、京都公家の岩倉を団長に担ぎ、実質は長州伊藤博文などが仕切り、維新の時から白人化しようと一生懸命であった。

その歴史的良し悪しは別にして、白人思想、社会政治文化は、彼らが彼らの頭と実戦によって創り上げて来た物であって、それを黄色人種が遺伝子はそのままにしておいて、色だけを白くするなど、出来る話ではないだろうに、この国の民族気質は、一体、どこに核があるのだろうか?自ら考えて創り上げて来た社会政治的遺産なるものが、どこを見ても見つからない・・・敢えて言えば、八紘一宇がそれに該当するのか(笑)。
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狭量な日本人>横綱白鵬に浴びせ続ける罵声 ( No.101 )
日時: 2015/03/22 14:05
名前: 満天下有人 ID:yVCe.YDg

前回、横綱白鵬が、日本文化の伝統である大相撲の事について、外人である自分を偏見の目で見る息苦しさを表明していることについて、日本文化と民族性に絡めて書いてみた。

1月の初場所で、白鵬が大関稀勢の里に勝った一番で、審判から物言いがつき、行事軍配通り白鵬の勝とはなったものの、白鵬が、あれは子供が見ても勝敗は明らかなのに、見物客盛り上げの為に、すぐに物言いをつけるのは、如何なものかと記者に言ったものだから、協会でも物議を醸すことになってしまい、以降、白鵬は記者に何を聞かれても無言のまま。

自分が外人である為に、誤解されることを怖れて沈黙を守っているのだろう。

昨日の一場所ぶりの同じ白鵬VS稀勢の里の対戦。その前の同じ蒙古人同士の照の富士VS逸ノ城の対戦が、相撲史上初めてではなかろうか、勝負がつかずに水入りの熱戦。土俵上で水入りになるケースはよくあることで、その場合は行司が土俵上で両力士に一息入れされるのが普通。しかし昨日のそれでは、一旦両力士を放し、土俵から降りさせて息を整えさせる大熱戦。

その直後の因縁付きの白鵬VS稀勢の里の一戦が、両者立ち上がった途端に白鵬の勝ちという、余りにもあっけない勝負だったので、その前の大熱戦の直後だけに、そのあっけなさが際立ってしまった。勝った白鵬の方が瞬間的に、アレ?という表情を見せて怪訝そうな風情だった。

問題は、その瞬間の観衆の罵声である。あっけなく負けた大関・稀勢の里に浴びせられたのではなく、横綱白鵬に対し、「何考えてんねん!」「白鵬のアホ!」「何してくれてんの!」など心ない怒声やヤジが飛んだ。白鵬は支度部屋で風呂から上がって記者から何を聞かれても無言を通していたそうだ。

罵声なら、余りにも不甲斐ない大関・稀勢の里に向けられるならともかく、先場所から物議を醸している白鵬にむけられているのである。日本伝統大相撲の精神については、外人であるが故にむしろ外人の方が、難解で神がかり的な伝統精神を少しでも理解しようと努力しているのに、その肝心の日本人が、全然分かっていない。

だが白人社会アメリカに対しては、必要以上にひれ伏してしまう日本人。同じ日本社会人として、しばしばこの国社会から、世知辛さを与えられてしまう。時々感じるのだが、この国特有の世知辛さは、外国からもたらされていると言うより、日本人お互いが与え合っているような感じを受ける。
これは、実の所、こすからしい自利の気質がそうさせているのではないか。

白鵬に対する汚くて浴びせる方向も間違えたヤジを聞いて、咄嗟に、この民族はほんとに狭量だなと感じてしまったのである。強い白人社会へはひれ伏してしまい、要するに、虎の威を借りて、同じ人種に対しては優越感を持つこすからしい気質が、脈打って来たのだろう。戦時中の同じ国民なのに、戦争疎開先の町内会とか他の会合でも、村八分的実にいやな気風を、子供心にも何度も味はされたことを、相撲をみながら、思い出してしまった。
メンテ
日本の心のルーツ ( No.102 )
日時: 2015/03/24 13:46
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:tkkTP9Fk

>この国の民族気質は、一体、どこに核があるのだろうか?自ら考えて創り上げて来た社会政治的遺産なるものが、どこを見ても見つからない・・・敢えて言えば、八紘一宇がそれに該当するのか(笑)。

上に対応して、
当地の神社を守る立場の人間として訴え続けてはいますが ?

(会費徴収への挨拶)

氏子の皆様方には、須津彦神社の運営にひとかたならぬ御配慮を賜っていまして、誠にありがとうございます。
須津彦神社は西暦456〜500年の間に創建したものとされております。
当時の家屋は十数軒であったという記述もあります。

現在の位置に建て替えられましたのは西暦807年であり、創建時から言えば1500年の歴史を刻んでおります。
始原的な氏神信仰と言いますのは、我々の日常生活を脅かす自然の猛威に対して地域の「五穀豊穣」を始め、「無病息災」、「家内安全」、「子孫繁栄」を祈ることから始まりました。

他の国においても、それは同じことと思いますが、我が国の神社信仰は、未だに、その素朴な思いを全国的に保持してきている誇るべき慣習であると思います。
現代の民主主義社会も人々にとってかけがえのない素晴らしい制度ではありますが、最近の、あまりにも効率を重んじる傾向は、人々の間にギスギスとした余裕のない社会を生み出している面もあります。
この様な時代に、個人の主張から、少し離れて、地域の安寧と言う共通の思いを見直すと言うことも、大切なことではないでしょうか。

そう言う意味で、神社を通した共生の気持ちは、今後の社会を考えるとき、とても大切なことではないかと思います。
具体的な神社の活動として、村祭りや厄除け祈願、初参り、七五三、どんど焼きなどがあり、まだまだ、多くの人に受け入れられております。
氏子としての皆様の御宅の安全、繁栄もさる事ながら、このような思いを後世まで継承することも、また現代の私達の役目でもあると思います。
私たち、歴代の総代も、その様な気持ちで頑張ってきております。
氏子の皆様におかれましても、須津彦神社の運営に末長く御支援願いますよう、改めて御願い申し上げます。

平成27年3月吉日
                                            須津彦神社奉賛会
                                            

(須津彦神社例祭について)

本年度の須津彦神社の例祭を下記の日程で行います。
宵祭り  4月25日(土)
本祭り  4月26日(日)


我が国では、大昔から、それぞれの地域で祭りをしてきました。
なぜ、祭りをするかと言えば、人知を超える超自然的なものに対して、神社や寺院を舞台として地域の「五穀豊穣」を始め、「大漁追福」、「商売繁盛」、「疫病退散」、「無病息災」、「家内安全」、「安寧長寿」、「夫婦円満」、「子孫繁栄」、「祖先崇拝」、「豊楽万民」、「天下泰平」などを招福祈願、厄除祈念として行って来たものです。
現代におけるイベントとしてのパレードとは、少し異なります。
また祭りの要素として、祭祀(さいし)と祭礼(さいれい)が有ります。

「祭祀」とは神や祖先を祭ることであり、神社における神事の事をさします。
祭祀と祭礼の違いは明確ではありませんが、宗教的意味とは別に、祭礼には、神の巡行を民衆が歓迎すると言う意味もあり、山車の曳行や芸能の披露といった娯楽性も合わせ持つ様になりました。

祭りにおける具体的な祭祀、祭礼の形は、依り代(よりしろ)を立てて神を迎える行為や送る行為、神幸(しんこう=巡行)に関する行為、神饌を献ずる行為や直会などを神事とすることが多い。

依り代とは、神霊が依り憑く対象物のことで、神体などを指すほか、神域を指すこともある、祭りの祭礼の場合、神輿に神が移ると考えられている。
御幸(ぎょこう)とは、神霊が宿った神体や依り代などを神輿に移し、氏子地域内の、御旅所(おたびしょ)や元宮への渡御(とぎょ=巡行すること)することです。

これが、御旅行列のことです。
御旅所とは、神社の祭礼において神(一般には神体を乗せた神輿)が巡幸の途中で休憩または宿泊する場所、或いは神幸の目的地をさす。巡幸の道中に複数箇所設けられることもある。御旅所に神輿が着くと御旅所祭が執り行われます(実際は神楽舞とか太刀の奉納が行われます)。
御旅所には神社や祭神にまつわる場所や氏子地域にとって重要な場所が選ばれている。元宮、摂末社や配偶神を祀る神社などのような社殿があるもののほか、元の鎮座地などに臨時の祭殿を設けたり、氏子の代表(頭人)の家に迎える場合などがあります。
須津彦神社の例祭では、大川神社と愛宕神社前が御旅所になっています。

須津彦神社例祭の祭祀、祭礼の概略を説明しましょう。

須津彦神社の例祭の神事は本祭りの朝、神社拝殿によって始まります。
そこで何時もは閉ざされている神殿の内扉を開き、宮司によって祈願祭を始めます。その後、お旅行列を組織し、神の巡行を促します。
お旅行列が神社に帰ると、頃合を図り、神殿の内扉を閉めます。
その後は、夕刻まで、少女神輿、神楽、太刀振りが地域を巡行し皆さんと共に御祝をすることになります。

これが祭りの意味、内容です。
最後に、須津彦神社例祭の祭礼の内容(催し物)について説明します。

「太刀振りの意味」

太刀振りの風習は神楽舞(獅子舞)ほどではありませんが全国的に行われています。ですが丹後地方の立ち振りが一番盛んな様です。
丹後地方の太刀振りの源流は、籠神社に発しているようです。
全国の太刀振りと言いましても皆様が目にされているようなものではなく、舞いの形も、獅子と太刀を持った人間との戦いの様子を見せたり、かたき討ちなど物語風の演出を伴ったり色々あります。

籠神社系統の太刀振りが盛んであるのは、大太鼓を中心にした囃子方も充実していて、村内を巡行することを重視しているからではないかと思います。他地域では神社での奉納だけの太刀振りもあるようです。

太刀を振ると言うことは、その太刀で邪鬼や災厄を打ち払い、家内安全、無病息災、五穀豊穣をもたらす事を願っているのです。
そうして、それは男の役目でもあったのです。
祭礼の後、各戸へ巡行し太刀振りを奉納すると言うことは、その御宅の邪鬼を打ち払い、家族の安寧を願ってくれると言うことです。
後に述べます、神楽舞と比較して頂ければ、その違いもお判りになると思います。
太刀の種類も、通常使う太刀と神社で奉納するときに役振りがつかう槍、薙刀があります。

「神楽舞の意味」

剣の舞)

先にも紹介しました様に、獅子が宝剣をくわえて舞うことで、天地四方を清めます。宝剣を抜きはらって天地四方の邪気を切り祓う悪魔祓いの舞いとして知られています。
剣の舞は、各戸訪問の時は、そのお宅を正面として、1方だけのお清めをするのですが、本祭で神社で奉納する剣の舞は、3方の舞と言って四方すべて(地区全域)の邪気を祓いう中心的な神事です。
神社におけるこの舞には天狗が登場します。
天狗の役割は、獅子の真似をして舞うことです。神様が乗り移った獅子が民の為に厳かに舞う、その様を真似る天狗は、我々、民を暗示させているのではないでしょうか。

(鈴の舞)

門付けなどで最初に舞うのが「鈴の舞」。これは竈払い(かまどばらい)を意味します。現代でこそ、竈(かまど)は使われませんが、竈(かまど)は一家のいのちの根源です。火をおろそかにすると、すべてを失います。だから、「火の用心」なのです。獅子舞いは人々のいのちの根源たる竈(かまど)に感謝し、災いがおきないように最初に「鈴の舞」を舞うのです。            鈴と御幣を持った獅子が軽妙で確信的な笛の音色と共に舞う姿は、神様の満足ぶりを現しているのでしょう。

(乱の舞)

伊勢大神楽のなかに、跳の舞(とびのまい)と言う舞があります。       神楽では静かな所作から跳躍、登攀、飛び降り、逆立ち、旋回と回転、首振りと激しく動き回る仕草があります。これはすべて獅子神の悪魔調伏の威力を誇示する表現です。これを「狂い」と言いまして、激しい舞を見せることによって神の力を表現し、その力を皆さまに授けるのです。              

(笹の舞)

笹の舞は、神が宿った獅子が、のんびりと休んでいるところに天狗が登場し、獅子をからかうと言う想定で舞がなされています。この物語を神事として、どのように解釈するかが問題でしょう。以前にも言いましたが、須津彦神社の神楽舞では、神が乗り移られた獅子が登場します。その神をからかうなどと、とんでもない話ですが、天狗を民衆の代表とすれば、恐ろしい神を信じ親しんだ結果の民衆の姿を想像できます。                                この場合、天狗は笹をもち、片手には扇子を持っています。あまりにもしつこいので、休んでいた獅子も扇子を取り上げようとしますが、天狗は、その都度、巧妙に交わして逃げます。獅子はいやいやながらも3回ほど繰り返しますが、容易には取れません。結局は4回目で扇子を取り上げ、舞は終了するのですが、この過程を長々と舞い、神楽舞の中では一番長い舞となっています。あまり短くては値打ちがないと言うことでしょうか。  この様に笹の舞は、神を身近に感じた民衆が登場する、なごやかで、独特の神事であると言えます。

神道での神は荒魂(あらみたま)と和魂(にぎみたま)と言う二つの面の認識があります。荒魂は神の荒々しい側面、荒ぶる魂です。天変地異を引き起こし、病を流行らせ、人の心を荒廃させ争いへ駆り立てる神の働きです。祟りは荒魂の表れです。
それに対し和魂は、雨や日光の恵みなど、神の優しく平和的な側面です。神の加護は和魂の表れです。
荒魂と和魂は、同一の神であっても別の神に見えるほどの強い個性の表れであり、人々は神の怒りを鎮め、荒魂を和魂に変えるために、神に供物を捧げ、儀式や祭を行ってきました(これが神社信仰です)。

以上、須津彦神社の祭りの内容について説明させていただきました。
須津彦神社の例祭を記述した最古の古文書は1608年にあり、祭りの日付が11月10日から9月1日の変わったと有ります。
1787年には、洪水に見舞われ宵い祭りの挙行が大変であったと言う記述も有ります。
幕末の1865年には、祭具を新調したとあり、その時の祭具が今も使われています。

このように須津彦神社の例祭は残っている記述から見ても400年以上の歴史があり、毎年多くの方の協力で行われてきました。
本年も例祭の準備は、3月の初めから行われており、200名を超える関係者によって挙行されます。
皆様方におかれましても、このような須津彦神社例祭を理解していただき、より一層の御支援を賜りますよう御願い申し上げます。

平成27年3月吉日
                                            須津彦神社奉賛会
                                            
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戦時中にご苦労されたとのこと。よく聞きます。引っ張られるだけの貨車のような国民の心情ですから、こうなるのでしょう。 ( No.103 )
日時: 2015/03/22 15:09
名前: 青トマト ID:2Wlk4xl6 メールを送信する

日本人はこの国を自分の国と意識して生きてはいないのですね。

日本列島という島があって、その上にたまたま生まれて生活していると意識なんですよ。

国の始まりとかの物語は難しくてわからないから面倒なんです。

いや、これは古事記や日本書紀がわざと判らなく書いているのですよ。漢字を使って。

ですから、記紀を読んでも判らないから、列島の住民ということになって、自分の国について問う事なんかしないから、権力を握ったものにたいしても意義を唱える事もない。

勿論、全員がそうではないのですが、そちらの人が残念ながら多い。

それで引っ張られるだけの事だから、ヤッカイゴトが面倒臭いと考えるのです。

島の上で海に囲まれて生きているからそうなるので、日本人が知能が低いわけではありませんねえ、

正しい、考えないのですよ。面倒臭いから。

昔は実社会でも軍隊でも体罰が横行したのは、モチベーションが低い人間が多くて、殴ったり蹴飛ばしたりしなければピリッとしないのが多かったのですよ。

私も武道を体験していますが、そこでは自主的参加の民間でのものだったので学校や軍隊のような強制のものではないので、体罰なんか勿論ありません。

自主性の無いものは参加してきませんから。

このピリッとしない人たちが放任されているのですから、使い物にならなくなるのは当たり前の現象ですね。

戦時中の疎開者への苛めも、他人の不幸への無理解も同じ精神現象でしょう。

こんなのイチイチ問題にしていたら、足を引っ張られるだけですよ。

ほおっておけばいいのですよ。勝手になんとかなりますわ。


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村八分の起源 ( No.104 )
日時: 2015/03/22 15:22
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:7VU83Txg

追伸、

「村八分」

先に神社信仰について述べましたが、その神社に対する気持ちは、昔から当地に住んでいる人々と、後から移り住んだ人々との間に神社(氏神)を守ることに対する隔たりがありました(信仰の裏返しとしての、村八分の起源ではないでしょうか)。

そう言う気持ちから、新しい人々は氏子となることを快く思わない人もかなりありました。
実際に、神社総代の選出などにおいて、後から来た人からは選んでいなかった様です。

最近は、氏子、そのものが減ってきて、その数を増やさねば神社の維持も大変となり、勧誘をしていますが、昔からのしこりと、現代風に神社に興味を持たない人々が多く、将来を心配しています。

満天下さんが指摘されている日本人の狭量さは、このような事を源泉に始まっているのかもしれませんね。
要するに、神社と言うものが氏神という形で、各地でそれぞれ広まったことは、他の宗教が展開してきた形と異なります。

これは、神社信仰が持っている良い面と悪い面の2面性であると思います。

最近、神社を預かることになり、氏子と言う概念を中心とする神社の概念を変えるべく、次の様に主張しています。
神社は、元々地域に存在している守り神であり、氏子であろうが、なかろうが、神社を遺棄する人以外を対象に存在するものである。

氏子として会費を出してくださる方々には、大きな感謝を致しますが、神社としての有り様は、飽くまでも、この神社の神域に住まわれるすべての方を対象としている。

だから、村祭り、初詣で、七五三、厄払いの行事など、皆さんが積極的に参加して頂くよう御願いする。


(・・・できれば会費も頂きたい・・・と付け加えていますが)
メンテ
日本人とは、礼儀作法を知り実行するものと理解します。 ( No.105 )
日時: 2015/03/22 15:23
名前: 青トマト ID:2Wlk4xl6 メールを送信する

勿論、国籍は必要ですが、礼儀作法を知らず実行しない者は日本人とは言えない人だと思います。

外国人でも礼儀作法を知って実行する人は日本人的人物いや、日本人と言ってもいいのではないかとさえ考えます。

礼儀作法、これが日本にはあって、外国にはなかなかにないものです。

天皇は日本を御在所とされているので、天皇の意義を真剣に考える必要はあるでしょうが、それを真剣にやって来ていないのが日本人でもあると思います。

しかし、先ずは礼儀作法を知る者として日本人は居るのであって、これを大切に守って行かねばなりませんでしょうね。
メンテ
神仏混淆のこころで、世界平和 ( No.106 )
日時: 2015/03/22 18:25
名前: 満天下有人 ID:yVCe.YDg

智恩寺の  寺ぼた餅ほおばりて  逆さに見ても  神の橋立

八つ島の  さざれ石も八千代では コケも枯れる  島国根性

民主主義  神と仏で違うかな  キリスト一緒で  民主主義 

メンテ
横綱白鵬の反発(3) ( No.107 )
日時: 2015/03/23 08:14
名前: 満天下有人 ID:gvj4F4YI

日本古典文化である相撲について、色々物議を醸した横綱白鵬、同じモンゴル出身の横綱日馬富士との大熱戦の末、優勝。日本人大横綱であり、蒙古人白鵬に相撲道のあれこれを教えて来た大鵬のそれぞれの大記録を、一つ一つ更新し始めている。

土俵際でNHKから優勝の感想を聞かれ、「色々とお騒がせしましたから」と切り出したら、観衆もその意味を汲み、ユーモラスに受け止めたかドッと沸いて、後は大拍手で歓迎。しかしNHKが続けて、今場所はどのような気持ちで臨みましたかと聞かれ、答えに窮して20秒ほども息を詰まらせながら複雑な表情を見せていた。

開いた口から、「・・・ま、がんばります」と答え、更に後輩・関脇照の富士が、追い上げて来て、横綱を狙うかと聞くとムッとして、「(マスコミは)すぐそう言うことを聞くからね」とやり返すと、会場がまたドッと沸いた・・・

まあ官制報道機関のNHKのこと、聞くことが全てに亘って味も無い決まり文句の聞き方が多く、役人そのもの。そう言えば日本相撲協会は文科省、内閣府から認められた公益財団法人だ。加えて日本伝統文化として神道にも似た精神を求められる。横綱になると明治神宮に土俵入りを奉納せねばならない。戦中では、神に対する最高の神祇官は天皇だから、奉納の時には昭和天皇も列席されておられた。

相撲が単なるスポーツではなく、よって単なるスポーツ精神だけでは律し切れない何かがある。だから昔の曙や武蔵丸、朝青竜などの外人力士が、神道的精神をくみ取るには、かなりの努力を要したことだろう。しかも官僚外郭団体の性格を持ち、神道をも利用するこの国役人どもの体質、そして報道は官制NHKだけの独壇場とあっては、外人にとっての気配りは、かなりの重圧であろう。

スポーツが神に捧げられる競技のように感じられるものに、ラグビー試合開始前の鬨(とき)の声がある。ウオークライと呼ばれるニュージーランド選手の雄叫びが有名だ。膝を叩きながら前進する仕草は、現地先住民のアポリジニの儀式から生じたものと言われている。神に生贄をささげる、何か自然に対する畏敬の念を感じさせ、あれを観るのも好きだ(笑)。

横綱年の熱の入った対戦、どちらもモンゴル人。最近の場所が盛り上がっている好取組には、先々の昇進が楽しみな照の富士に逸ノ城など、顔を見ているといつも日本人に間違えそうになる皆モンゴル人・・・蒙古の大草原の蒙古相撲が日本に引っ越してきて、楽しませてくれているのかと、錯覚してしまう。日本人大関同士の対戦は、刺身のツマ程度に思われてしまう。

詩経は中国古典だが、有名な曹操の鹿鳴(ろくめい)は、大草原にあって友人を迎える壮大な歓待の響きを伝える・・・

・・・悠々として鹿鳴き  野のへい(牧草)を食う  我に嘉賓あり  よってもって遇すべし・・・

チマチマと細かいことには能力を発揮するのも特質だが、大きく壮大な戦略にはトンと疎いこの国の民族性。神がかりな事に弱い気質が、それを利用する官僚社会を創り上げてしまった。神技大相撲にもそれを感じてしまう昨今だ。
メンテ
Re: 続・当代世間騙し装置 ( No.108 )
日時: 2015/03/23 20:06
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:vHedK4R.

神技大相撲ですか、

でも、神道から見て、相撲が信仰に関する祭礼行事とは、何の関係もないように思います。
確かに、奉納相撲とか、当地の近くの神社でも、子供相撲という行事があり、まだ歩くことも出来ない幼児にまわしをつけて、対面させ、大声で泣く事を善とする風習があります。

大体、相撲と神道を関連させたのは江戸時代の中期に吉田司家と言う大御所が始めたようで、以来、相撲関係者が神社へ参拝するようになり、奉納相撲が始まり、明治になって天皇も相撲を神技と見るようになった様です。

横綱の土俵入りの際に、柏手を打つことも、神に対する礼法のようですね。
相撲を神事と見ることは、信仰の結果ではなく、後から押し付けた様なものでしょう。

現在、日本相撲協会は、文部科学省直属の公益財団法人になっていますが、助成金などは年間70万円足らずで、目くじら立てるほどのものではないようですが、他の法人と同じように税制上の優遇を受けることが一番の取り柄でしょう。

公益財団法人と言えば、日本相撲協会とは別に、アマチュアの日本相撲連盟も、公益財団法人となっていて、このような法人は沢山あるようです。

日本相撲協会などは、アマチュアと違って立派な収益法人なのですが、そこは、国技として甘やかされているのでしょう。
また国技と言うのは、神道とは関係なく、その国の独特の武術、スポーツを称するものであり、日本で言えば柔道も、剣道も立派な国技となるでしょうね。

日本相撲協会も、他の公益法人と同じで、所詮は、何らかの形で公的資金をふんだくってやろう(税金対策も含めて)とする団体でしょう。

悲しいですが、現在の大相撲は、蒙古の国技を日本で鑑賞しているようなものですね。
また、公益法人と言えば

公益財団法人 三菱とか、トヨタなどがあり、社会に貢献する研究や活動団体に助成金を出しているものが多くあるようです。
金があるなら、税金対策などせずに、まるごと企業としてやれば良いのにと思います。
その法人には、大層多くの役員が並んでいて、企業内天下り先の様です。

また、その様なところが助成の対象とする事業など、歯の浮くような大義名分のものが多く、本当に、それを税金減らしてまで、する必要があるのかと疑いたくなるものもあります。

地域の婦人会活動へ、どこの行政も助成金を出しており、各種団体は、何とかして助成金をせしめようと血眼です。
昔から、日本では市町村の役人、議員などが公金で飲み食いすることを役得としていました。

原発誘致がそうであるように、地域で火葬場、ゴミ処理場を建設する場合、予定地の住民が、その見返りに行政から出来るだけの金をとってやろと思っています。
また、私の叔母の例ですが、最近、足の骨を折りました。人工骨を入れる手術をして退院してきましたが、身体障害者手帳をもらうと言います。
骨を折ったくらいで障害者手帳をもらっていては、日本中障害者になってしまうと言いましたが、もらえるものはもらわにゃ損と言っております。
人工のものを体に入れると対象者になるらしいですが、ペースメーカーなどは、それなりに理解はできても、もうほとんど通常に戻っている人間を身体障害者とは、いかがなものでしょう。

他国の例は知りませんが、公金となると後先考えずに取り得と思う気持ちが、公務員の身勝手さにつながっているのでしょうね。
もう日本も、そんな贅沢が言える状態ではないでしょうに。





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