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[2279] 未来社会を考える < ヒットラーの予言
日時: 2015/05/27 18:33
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:TUwY8d8w

ヒトラーの予言──2039年の未来図について

●以下は、ヒトラーが語った言葉(予言)である。
『1999年以後』(祥伝社)から抜粋


「…“2つの極”はますます進む。1989年以後、人間はごく少数の新しいタイプの支配者たちと、非常に多数の、新しいタイプの被支配者とに、ますます分かれていく。一方は、全てを操り、従える者。他方は、知らずしらずのうちに、全てを操られ、従わされる者たち。

しかも進むのはそれだけじゃない。人間がそうなるにしたがって、地球にも宇宙にも大変動が起こるのだ。1989年以後、人類には宇宙から、かつてないカタストロフィ(大破局)が近づくのだ。

若いころ私は、『我が闘争』に、いずれ人間が大自然から復讐されると書いた。それが1989年以後の状態だ。人間が思い上がって宇宙の自然を犯すため、宇宙が人類に復讐の災厄を下すのだ。そしてそれが人類を、想像を絶する究極の状態にみちびいていく。私が生まれてから150年後、21世紀に来る究極に。私自身もそれを霊感ではっきりと見てさえ、信じられないような究極に。」

「…(20世紀末は)たとえ表面はデモクラシーや社会主義の世であろうとも、実質はナチズムが支配していよう。デモクラシーの国も社会主義の国も、われわれナチスの兵器を競って使い、殺し合い、社会は私の望むとおり、強く支配する者と支配される多数者に分かれていよう。それは天変地異の期間でもある。人類は大自然から手ひどく復讐される。気候も2つに分かれ、激しい熱と激しい冷気、火と氷、大洪水と大旱魃(かんばつ)が代わる代わる地球を襲うだろう。」

「だからその中から『超人(ユーベルメンシュ)』が現われる。もはや普通の人間ではそういう危機を制御できない。それに対応するため人類は超人たちを生み、超人が世界や気候を、人間や戦争を治めることになる。
つまり天変地異の下に生きる多数者。それを支配する少数者。その陰で実質的に世界を操る超人グループ。これが、私の予知する21世紀の世界である。」

「しかし諸君、さらに重大なのは、私がいま、これを話している100年後のことだ。それを告げるためにこそ、私は今日を選んで諸君を招いたのだ。今日から100年後といえば、すなわち2039年1月25日だ。

諸君にはわからないだろうが、そのとき人類には真の究極の状況が起こっている。そのとき人類は──少なくとも、いま言っているような意味での人類は、2039年1月、地球からいなくなっているのだ。」

「それは諸君、何かの異変か大戦か災害のために、2039年、人類が残らず滅びるという意味ではない。たしかに、それまでに多くの大難が続けて起こる。1989年から1999年まで、世界は続けざまの天変地異と戦乱の中にあるだろう。そのため一部の恵まれた国を除き、多くの国が飢える。いくつかの国は崩れて燃える。毒気で息絶える街もある。

2000年以後は、それが一層ひどくなる。2014年にはヨーロッパの3分の1とアメリカの3分の1が荒廃してしまう。アフリカと中東も完全に荒廃する。結局、いまの文明は砂漠しか残さない。

しかし人類はそれでも滅びない。わがドイツの一部と米ソの中心部、日本や中国は深い傷を負いながらも生き残る。ただ諸君、それでも人類はいなくなるのだ。いまの意味での人類は、そのときもういない。なぜなら、人類は2039年1月、人類以外のものに“進化”するか、そうでなければ“退化”してしまっているからだ。」

「それをもっとはっきり言えば、人類の一部はそのとき、人類から、より高度なものに進化して、神に近い生物になっている。人類から神のほうへ進化するのだから、それは『神人(ゴッドメンシュ)』と呼んでかまわない。

残りの大部分は、これも進化なのか退化というべきかわからないが、一種の機械になっている。ただ操られて働いたり楽しんだりするだけの、完全に受動的な、機械的な反応しか示さない『ロボット人間』になっているのだ。それまでの気候異変と環境異変、政治と娯楽と食物、それから起こる突然変異が、そのようなロボットのような人間を大量に生み出す。

神人のほうも同様で、同じ原因から生まれてくる。ただ突然変異が大脳にプラスに働いて、進化の方向がロボット人間と別方向になるだけだ。その前段階の『超人(ユーベルメンシュ)』たちも、より進化して神人になる場合がある。

いずれにせよ、彼らはいまの人間の数次元上の知能と力を持つ。彼らは団結して地球を支配する。それまでのあらゆる危機や問題は、彼ら神人たちの知能と力で急速に解決されていく。」

「ロボット人間たちのほうは、それに従って生きるだけだ。これはある意味では気楽な身分だ。戦争も気候も経済も、神人たちによって制御されてしまうので、ロボット人間たちは神人たちの認める限度で、多くのものを与えられる。食物と住居も、職業も娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも与えられる。

ただロボット人間たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。しかし、じつは神人たちがすべてを見通して、管理工場の『家畜』のように彼らを育て飼うことになるのだ。

こうして人類は、完全に2つに分かれる。天と地のように、2つに分かれた進化の方向を、それぞれ進みはじめる。一方は限りなく神に近いものへ、他方は限りなく機械的生物に近いものへ。これが2039年の人類だ。その先もずっと人類はこの状態を続ける。
そしておそらく2089年から2999年にかけて、完全な神々と完全な機械的生物だけの世界が出来上がる。地上には機械的生物の群れが住み、神々がそれを宇宙から支配するようになるのだ。」


(引用終わり)

ヒットラーと言うイメージでは、このような思想を思い浮かべることはできません。
どこまで、真実であるか解りませんが、ヒットラーでなくても、このような歴史観があることは興味深く、また概ねは現代及び未来社会を暗示している様です。

メンテ

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回想! ( No.79 )
日時: 2015/07/04 18:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:l5xh42ic

思えば、経済のシステムに対して真っ向から挑戦されていた人が3人います。

エリーゼさん、
地域通貨論にこだわっていた、名前を忘れましたが経歴からみて、相当な見識のある方、
この方に期待はしていたのですが、結局、私に対して機嫌を損なわれ、出てこなくなりました。

それに、少しピントがはずれていたとは思いますが、グッキーさんです。

満天下さんは、あまり背伸びをした発言はされていませんが、ことあると「金融鎖国論」を持ち出されています。
これははっきりと現行制度に否を現されているのので、それを視野には、入れておられるものと思っています。

ネット活動も10年に近くなりますが、経済を根本的に見直そうと思われていたのは、これくらいです。
でも、社会には、そのような方が、まだまだおられると確信しています。

いかがでしょうか、満天下さん、一時の私に比べる経済学的な認識は飛躍的に進歩しているでしょう。
これまで満天下さんに、色いろと、いわれてきた経済の理論は、ほぼ、そのとおり理解出来ているつもりです。
ご心配なく。

でも、このスレッドも、これが終着ではありません。
満天下さんに指摘されている事を、一々反証する理論をまとめねばなりません。
しかし、そのことは、この延長上では無理かと思います。


メンテ
満天下さんへ ( No.80 )
日時: 2015/07/04 18:44
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:l5xh42ic

アッハッハ

満天下有人さんが私に言いたいことは言われる前から解っています。

新しいことは別ですが

ですのでレスの順序が間違っていても誤解することはありません。

それだけ付き合っていますから。

ただし経済の問題に対する立ち位置は、確かに少し違っているはずです。

もともと、このスレッドを書くために勉強させてもらっていたようなものです。
メンテ
Re: 未来社会を考える < ヒットラーの予言 ( No.81 )
日時: 2015/07/06 22:46
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8cQiQXTw

今までは、未来社会の経財のシステムで、どのような方向性が考えられるかの想定問答であったと思います。

これからは、その可能性を具体的に、ここの事例で検証して見なければなりません。
そこでまず、年間30兆円分の新たな公共事業を通貨の増刷でやることを考えましょう。

糾弾掲示板には「新しい公共事業が日本を救う<雇用の確保」と言うスレッドを立ち上げています。
「新しい公共事業が日本を救う」と言う言葉は、最初に評論家の森田 実氏のブログで知りました。

その内容は次のようなものであり、私が言っているように直接雇用問題を念頭においたものではなく、港湾建設などを通して日本の産業の興隆を図ろうとするものです。

森田実著『新公共事業必要論―港湾・空港の整備が日本を救う』を読んで

http://www.pluto.dti.ne.jp/mor97512/WA2-43.HTML

このとこについて、もう一人熱心に主張されている人に、藤井 聡(ふじい さとし)京都大学(大学院工学研究科・都市社会工学専攻)教授がいます。
氏の主張は下記のサイトに出ています。

http://transm.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/images/stories/PDF/Fujii/201006-201012/presentation/fujii20101410_presentation.pdf#search='%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E5%85%AC%E5%85%B1%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E3%81%8C%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%92%E6%95%91%E3%81%86'

お二人について共通していますのは、財源の事までは踏み込まれていないのです。

おそらく、私の様にいきなり通貨の増刷などとは、立場からも言い出せないのでしょう。
それをタブーとするのが常識であるからです。

ですが、これほど明確に示せている未来の産業のあるべき形態を、それで諦めて良いのでしょうか。
そこで具体的な検証をすることにします。

まず、その金額を年間30兆円と限る事についてです。
30兆円と言うのは、GDPのおよそ、6%にあたります。
GDPの推移と言う面では単純に6%にはなりませんが、1〜2%の成長と言えるでしょう。

既成の経財理論では、公共事業の成果として対価があるので、通貨のバランスにおいて必ずしもヘリマネの作用が発生する事にはならないそうです。

問題は、その資金の捻出の、可、不可ですが、今までは国債発行の形で一時借入としてやってきました。
その国債の償還ですが、実際は買い替え、買い替えの連続で、結果、1000兆円の借金として残っています。

結果は通貨の増刷を同じですが実際には金利が発生しています。
同時に償還が一応は前提ですので金額的に限度が想定されています。
これは既成理論の中では通貨の価値の担保(信用)と言う意味では重要な要素です。

ですので、これくらいの規模の新しい公共事業の増加は、実体経済に限り、特に問題はないと思います。
対価もあるのでインフレに直結するものでもありません。
まあ好景気に伴う資材の高騰は考えられますが。

ところは問題は別にあります。
通貨の増刷で公共事業がやれると言うことが一般的になれば、公共事業で儲けてやろうとする業者が多くなることです。
このためには、その公共事業の発注の形態を厳しく管理しなければなりません。
数量的にも限度がある事を認めさせなければなりません。

実は、論理的、技術的な面よりも、この方が大変なのです。
これができなければ、通貨の増刷はまさしくヘリマネになり、ヘリマネでいわれている悪いところが噴出してきます。

ここは人間性の問題であり、哲学的な領域となります。
どころで人間社会の経済活動が全て自由競争に任されているかと言えば、そうでもないのです。
現在はともかく、電気、水道、電話など公共性を重要視するものは国家管理の下にありました。
麻薬、医薬品などの流通も厳しく統制されていて、人々は、それを受け入れています。

このように人々が納得すれば、経済の面でも国家により統制は受け入れられています。
公共事業も、成果物の統制は容易にできるでしょう。
ですが、その財源的容量規制は、今まではやったことはありません。
従来は税収との関連で人々は受け入れていました。

どのみち、未来社会においては、多くの領域で公共の規制、いい変えれば資本主義の行き着くところを見れは商品の生産までも、ある種の統制が必要な社会となってくると思います。
そのようなものの一旦として、受け入れられるように努力しなければならなく、国家の機能も、この面も重要になってくるでしょう。

具体的になにをやるかと言えば、通貨の増刷規模を厳しく設定することです。
現在、その解釈やら、改正でもめていますが、憲法9条も、そのようなものではないかと思います。

またインフレを防ぐためには、その公共事業の工事費の査定をしっかりと行い、それ以上の発注はしないことです。
その事業は、もともと雇用の確保が目的であるので、それで業者が受けないのであれば、個人責任として捨てておけば良いだけです。
無理に発注することはありません。

現在の公共事業の発注金額の査定は、いい加減なものなので、これも改善の必要はありますが、こんなことは事務的なことで問題にはなりません。

もう一方の懸念もあります。
それは、日本だけが、通貨の増刷を行っていることに対する対外的な問題です。
問題と言っても、それは国債を海外で処理するとか、為替の相場の問題でしょう。

通貨増刷は借入としないので国家財源が赤字になり、そのために信用が失墜することはないでしょう。
要するに為替における価値観の問題となると思います。

実態経済、実態取引は、商品、サービスの媒体としてあるのですから、国内でインフレが起きない限り問題はないと思います。
逆に考えれば、それでインフレが起きるようなら通貨の増刷をコントロールすれば良いのです。

ですが、

デリバティブとか投機マネーを運用する連中は、日本の国が安定することこそ望んでいないので、猛然と異を唱えてくるでしょう。

問題は、国内における通貨の増刷の効用が何であれ、それを望まない勢力があり、実際の貿易などで障害が生じることです。
これが厄介なのですが、日本の場合、貿易がGDPにしめる割合は10%強なのです。
資源確保の問題は、この比率の事にしてはいられませんが、これも日本に確かな生産技術、魅力的な商品があれば、致命的な問題とすることはないでしょう。

このような訳で、理屈において年間30兆円の公共事業のための通貨の増刷は十分に検討の価値がある事と思います。

次は、それで、どの程度の成果が見込まれるか見てみましょう。
メンテ
ハイパーインフレについて 1−イ ( No.82 )
日時: 2015/07/07 17:00
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XbXkkCqM

先のレスの文章は、慌てて書いた物なので、論旨が分かりにくくなってしまっています。
改めて書き直して見たいと思います。

ところで、

次の段階へ(それで、どの程度の成果が見込まれるか見てみましょう。)へ進む前に、もう一度、通貨増刷が可能か否か、できない場合、その理由は何かと言う課題を検討しましょう。

それと言うのも、このテーマの手本みたいなギリシャの様子が伝わって来るの、これに対応してやって見たいと思います。
ギリシャ危機で為替相場が随分変動している様です。

為替相場とギリシャ国内のインフレとの関係はわかりませんが、少なくとも現在のところ、ギリシャではインフレが酷くなって来たと言うニュースは聞きません。


これに関する、ある記事を見つけました。
このブログの主は、私と同じような事を考えているようで、他の記事もおいおい、紹介したいと思います。

働く人のためのケインズ革命
http://ameblo.jp/reisaiouen/theme-10082412312.html

 マスコミの悪質なプロパガンダで、国民は、政府の財政が破綻した場合、海外から日本にモノが全く入ってこなくなり、社会保障や住民サービスがストップしてしまうといったイメージを持っているようですが、モノが有り余るほど生産されている日本では、そのようなことは起こりようもありません。まったくのデタラメです。

 今、さかんに、政府とその尻馬に乗ったマスコミが言っている財政破綻の意味は、何やらイメージの湧きにくいハイパーインフレまたは国債暴落のことで、マスコミであろうと、政治家であろうと、経済学者であろうと、実際どうなるのかを、まじめにシミュレーションして見ようとする者はいません。財政破綻したら大変なことが起こると言うだけなのです。何が起こるのでしようか。

 通貨発行権のないギリシャ政府の債務は、確かに、普通の意味で借金を返すことが出来ない、デフォルトが有り得るという意味における借入です。そして、デフォルトした場合のギリシャは、他の国が援助の手を差し伸べるということはあるでしょうが、基本的に外からモノを調達出来なくなり、モノ不足による行政サービスのストップが有り得ます。これは、日本における地方自治体の財政破綻と同じ理屈で、お金がなくなり、外部からモノやサービスを調達できないといった現象と同じものです。あくまで企業や家計と同じポジションの地方財政の破綻です。

 地方財政の破綻はあり得ます。北海道の夕張市は2007年に国の管理下に入り、財政再生団体として353億円の借金の返済を続けています。その財源と称して、市税や公共料金を値上げされ、医療などのサービスも縮小されました。この場合、ハイパーインフレが起こったのではなく、モノが外部から調達できなくなったのです。

 ギリシャや夕張市のような地方財政の場合、ハイパーインフレは起こりません。通貨が所属する地域全体と同じなので、わざわざギリシャ国内で高いものを買う必要はなく、外の経済圏であるユーロ圏から物資が調達すれば良いからです。自国に他人の国の通貨を流通させている場合は、ハイパーインフレを伴わない破綻であり、ギリシャ国民の所得が下がるだけです。そして、自治体であるギリシャ政府というミクロ経済主体の所得も下がり、行政サービスのための雇用が出来なくなるわけです。ギリシャ政府の身に企業の倒産と同じことが起こります。通貨発行権を持っている日本とは、破綻の意味が異なるのです。

 ギリシャの場合、EUの一員であると言っても、民族的にはドイツやフランスに比べてマイノリティーであり、ドイツ人やフランス人が同胞意識を持っていることはないと思われます。ギリシャが破綻した場合は、ギリシャでは実質所得が減少するといったつらいことが待っているだろうということが想像されますが、おそらく、他のEU諸国民は同情しないでしょう。

 ところが、夕張市は違います。正真正銘の日本人であり、同胞意識は十分あります。日本人の全てから共感や同情を得られる条件が全て揃っています。なのに、なぜ、税金や公共料金を上げられ、医療や福祉を得られなくなるのでしょうか。夕張市の人口1万人で353億円を返済しているようですが、こんな返済金などは、地方交付税に手心を加えれば簡単に返してしまいます。なぜ、それをやらないのでしょうか。

 夕張市の人々は全員が怠けていたのではありません。日本国民として普通どおり働き、普通どおりの生活をしていたはずです。夕張市の住人に落ち度があったわけではありません。なのに、なぜ、政府は何もせずに、夕張市の住人に懲罰のような嫌がらせをするのか判りません。人口1万人の所得を減らし、増税して貨幣を回収したところで何ほどにもならないでしょうに。日本政府の夕張市に対する仕打ちは、嫌がらせとしか思えません。中央政府は、財政破綻の危機を煽らなければならない都合上、自己責任でやって行けなくなった場合、自治体がどうなるかの末路をサンプルとして見せているのです。

 全ての日本人は、夕張市民をいつまでも苦しい生活のまま放置しておくことが正しいことだとは思っていません。しかし、政府が、夕張市民を「そのままにしておけ」と言っているのです。十分な地方交付税があれば、すぐにでも、夕張市住民の生活も良くなるはずですが、あえて、全国の自治体への地方交付税を削りたいので、政府の言うとおり地方交付税を削って地方自治体が自己責任で節約しなければどうなるかの見せしめとしたいのです。

 このように、地方財政の破綻は、デフォルトが起こることによって、モノが外部から調達できなくなることですが、通貨発行権を持つ国の政府財政の破綻は、国債暴落またはハイパーインフレとなることで、通貨の価値が無くなり、国家全体として、モノが外部から調達できなくなることを意味します。

 ハイパーインフレは、貨幣の量が急激に増えるか、モノの量が急激に減るかし、市場を流通する貨幣の量とモノの量がアンバランスになることで起こります。とは言っても、市場を流通する貨幣の量が少々増えた程度ではハイパーインフレになりません。モノの量が壊滅的に不足するようになるか、供給力が無いにも関わらず、急激に貨幣の量を増やすかしなければ起こりえないのです。

 モノの量が急激に減るという場合は、生活必需品を中心とするモノ全体の不足のことであり、石油危機などで物価が上昇するだけというケースは当てはまりません。なぜなら、他の物資の生産が続けられている限り、その生産物と石油を交換することが出来るからです。強力な国内生産力を持つ日本の場合、調達できるモノの量が急激に減ることは考えられません。そのような日本でハイパーインフレが起きるといった場合、市場を流通する貨幣の量を急激に増加させる以外にありません。貨幣の量を増やすスピードの問題です。では、財政破綻論者は、どのように、市場に貨幣が急激に供給されるような事態を想定しているのでしょうか。

 日本のような、通貨発行権を持っている国においては、自国通貨建ての国債暴落とハイパーインフレは表裏一体のもので、起きるときは同時に起こります。財政破綻論者は、政府債務が膨大になって国民の間に不安が広がると、@国債の金利を上げても買う者がいなくなり、政府は、日銀に国債の直接引き受けをさせざるを得なくなる。すると、A市中にお金があふれ、ハイパーインフレが起こると言っています。これが「事実上の破綻」だと言っているのです。

 しかし、はたして、事はそう単純ではありません。例えば、第一段階の@で、政府にお金がないので、貸し付けたお金を返してもらえない、つまり、国債の満期が来てもお金を返してもらえないという流言庇護が広がり、国債が全く売れなくなったとします。あり得ないガセネタですから、そうした混乱はすぐに沈静化しますが、しかし、図らずもそういう事態が起こったとします。当然ながら、日銀は国債を直接引き受けます。満期になった国債についても、新規国債で返済分を調達できませんから、ジャンジャンお金を印刷し、政府はそのお金でジャンジャン借金を返します。返せないと言うよりはマシですから、それはもう絶対にそうします。

 そうして、金融機関、保険会社、個人が我も我もと国債を換金し、金融機関、保険会社、個人の手元に膨大なお金が戻ったとします。それで、何が起こるでしょうか。多くのお金は金融機関や保険会社の金庫に戻り、運用先のない預かり金として持て余まされることになります。しかし、その段階では、それらのお金がどこに行くかはまだ決まっていないのです。投資先や欲しいものがない場合は、人々は、じっとそれらのお金を持ったままです。そこまでは、ハイパーインフレどころかインフレにもなりません。

 金融緩和は、日銀による金融機関からの国債の買取であり、政府の借金の返済と同じものですが、今の日本で、黒田日銀がバズーカ2を放ってもインフレのきざしすら見えません。金融機関が中小企業や個人にジャンジャンお金を貸し込んで、ようやく微弱なインフレが起こる程度でしょうが、その間接金融も機能していない状況です。

 それから、第二段階として、マネタリストたちはA市中にお金があふれ、ハイパーインフレが起こると言っています。なぜ、市中にお金があふれるかというと、一方で、国債を買わなかった金融機関や保険会社は、その資金をじっと持っていても儲かりませんから、国債以外のものに投資するからです。金融機関や保険会社は、資金の運用益を稼ぐために、どこかへ融資または投資をしようと模索し始めます。通常、金融機関は市中に貸し出しを行い、保険会社は他の証券に投資します。巨額なお金が中小企業への融資や大企業への投資に回され、中小企業や大企業が活発に設備投資や雇用の拡大をはじめると、そこで始めてインフレが起こります。

 しかし、これまで、金融機関や保険会社が国債ばかりを買い、市中に貸し出しをせず、保険会社が他の証券に投資しなかったのは、デフレ不況であり、融資や投資をしても儲からないと判断していたからです。それなのに、国債の満期が来てもお金を返してもらえないという流言庇護が広がったことで、デフレ不況をものともせず、融資や他の証券への投資を行うようになるのか理解に苦しみます。これは矛盾した行動ではないでしょうか。

(続く)
メンテ
ハイパーインフレについて 1−ロ ( No.83 )
日時: 2015/07/07 17:00
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XbXkkCqM

 万一、金融機関が融資拡大に踏み切るとすれば、それは歓迎すべきことで、恐れることではありません。金融機関は、中小企業と運命を共にするほどのリスクを負う覚悟を持たなければ、中小企業に融資することは出来ません。現在の銀行員は公務員化していますから、その銀行員から見れば、地元の中小企業に融資するリスクなど、ほとんどヤケッパチとも言える融資に見えるでしょう。しかし、国債からの金利収入を全て断たれてしまっては、つぶれるしかありませんから、まさにそのヤケッパチな融資をやるかも知れません。そうでもしければ、金融機関は倒産してしまうからです。

 しかし、むしろ、そんなヤケッパチ融資は中小企業、個人商店、労働者を救うことになります。日本の底力はすごいので、日本の景気が回復してしまうでしょう。金融機関や保険会社が国債を買わなければ、むしろ、日本は良いほうに向かいます。しかし、債権者が恐れている通り、その景気回復が多少なりともインフレを伴うことは間違いありません。

 しかし、考えてみれば、金融機関や保険会社が、国債を買うことを拒否し、国債以外のものに投資や融資をしようとするときは、良好な投資環境があるということです。景気の悪い時に、金融機関や保険会社が、闇雲に投資や融資をするなどの「良いこと」をするとは思われません。

 つまり、財政破綻論者は、金融機関や保険会社が、景気の悪い中で、お人好しにも闇雲な投資や融資をやると言っているのです。そして、金融機関や保険会社がそういう「良いこと」をするので、ハイパーインフレが起きると言っているのです。ハイパーインフレが起きるほどの投資や融資をやってもらいたいものですが、金融機関や保険会社はそんなお人好しではありません。そう考えれば、政府財政の破綻はむしろ好ましいものなのですが、日本の政府財政は決して破綻しませんし、金融機関や保険会社も、政府財政の破綻などという流言飛語に惑わされることもありません。。

 普通は、A市中にお金があふれ、景気が良くなったときに、民間投資の他の利回りに負けないように、@国債の金利が上がり、国債の価格が下落するということになるのですが、財政破綻論者は、それを逆転させて、ある日突然、@国債の金利を上げても買う者がいなくなることで、国債価格が暴落し、政府は、日銀に国債の直接引き受けをさせざるを得なくなる、すると、景気の悪いにも関わらず、A金融機関や保険会社が、国債を買わないで余ったお金で、お人好しな投資や融資を行って、市中にお金があふれ、ハイパーインフレが起こると言っているのです。企業の経済活動の動機が判っていないとしか思えない発言です。

 デフォルトも無いのに、なぜ、ある日突然国債が売れなくなるのでしょうか。また、なぜ、景気が悪いのに、金融機関や保険会社が、国債を買わないで余ったお金で、闇雲な投資を行うのでしょうか。なぜ、このような無茶な推測になっているかというと、日本に強大な生産力があるにも関わらず、これを無視して、ハイパーインフレが起こると言いたいからです。

 しかし、どう考えても、日本では、市場を流通する貨幣の量が少々増えた程度ではハイパーインフレになりません。日本のみならず、国内産業が巨大な通常の先進国では。戦争などでモノの量が壊滅的に不足しない限り、ハイパーインフレは起こしたくても起こりえないのです。

 では、国債の暴落論はどうかというと、日本のような通貨発行権を持ち、全て自国通貨建て国債でやっている国にとって、国債暴落とハイパーインフレは一体のものです。ハイパーインフレとは通貨暴落のことですが、通貨が暴落しないのであれば、国債を持っていても、10年物国債の場合は、確実に10年以内に額面通りの円が返ってくるので、あわてて安値で国債を売る必要はないからです。

 国際会計基準の定義では、3年間で100%(年率約26%福利)のインフレをハイパーインフレと言っています。日本で1974年に23%という物価上昇率を記録したことがありますが、これは高度成長期の物価上昇で、財政破綻とは無縁のものでした。すると、この定義におけるハイパーインフレになることが財政破綻だということにはならないことになります。単に、すごい経済成長による、すごいインフレであるにすぎないというだけです。これが、ケーガンの定義においてはハイパーインフレは1万3000%のインフレとなります。このハイパーインフレのケースは、戦争や災害で国内の産業が破壊されたか、もともと国内に生産力が無いのに膨大な貨幣を印刷し続けたかのどちらかしかありません。

(終わり)
メンテ
ハイーパーインフレについて 2 ( No.84 )
日時: 2015/07/07 16:59
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XbXkkCqM

ウィキペディでは、

インフレーション(inflation)とは、経済学においてモノやサービスの全体の価格レベル、すなわち物価が、ある期間において持続的に上昇する経済現象である。日本語の略称はインフレ。日本語では「通貨膨張」とも訳す[1]、俗称は「右肩上がり」。反対に物価の持続的な下落をデフレーションという。


ハイパーインフレとは、《hyperinflationから》生産能力が限界に達しているため、有効需要の増加が生産量の増加をもたらさず、物価だけが短期間に数倍、数十倍に騰貴し、その結果、貨幣に対する社会的信頼が崩れてしまう状態。超インフレーション。

<ドイツで起きたハイパーインフレ>

第一次世界大戦後、ドイツは、連合国側に対して1,320億金マルクの賠償金支払いが課された。しかし、これはフランスのように、国土を戦場とされはしなかったものの、膨大な戦費負担などによって痛手を被っていたドイツにとっては、支払い能力をはるかに上回っており、賠償金の支払いはしばしば滞った。これを理由に1923年1月11日、イギリスの反対を押し切ってフランス・ベルギー軍6万が、借金のカタとばかりにドイツ最大の工業地帯であり石炭などが豊富に埋蔵されているルール地方を軍事占領した。このため、従来の賠償金支払いに加えて、現地で進駐に抵抗する住民のストライキのため、生産活動は停滞し、またドイツ政府がこの行動に対し1日4千万マルクの補助金の支出を決定した。

 既に第一次世界大戦中よりドイツでは戦時国債の乱発によってインフレが進行していたが、このような大支出に国庫は負担しきれず、やむを得ず、紙幣の大量印刷で対抗した。しかし、なんら裏付けのない紙幣乱発は状況を致命的なものとし、歴史上例のないのハイパーインフレが発生した。

 このインフレを鎮めたのは、11月15日に発行されたレンテンマルクの出現によってでした。レンテンマルクは、土地など不動産を担保にした紙幣であり、「レンテン」とは、レンテの複数形で地代とか利子、あるいは年金という意味である。
 こうして、新しい発券銀行としてレンテン銀行が設けられ、レンテンマルクとライヒスマルクの交換レートは1レンテンマルク=1,000,000,000,000(1兆)ライヒスマルクと決定された。レンテン銀行の通貨発行量は32億レンテンマルクに制限され、国債引受高も12億レンテンマルクに制限された。レンテンマルクは法定通貨ではなく不換紙幣であり、金との交換は出来なかった。しかしながらレンテンマルクの発行によりドイツのインフレは沈静化した。このインフレの収束は「レンテンマルクの奇跡」Wunder der Rentenmarkと呼ばれた。

<ジンバブエのハイパーインフレ>

ジンバブエでは最近、とんでもないハイパーインフレが起きています。
その経緯は次の様なものです。

2006年2月16日、政府のジンバブエ準備銀行のギデオン・ゴノ総裁は政府はIMFへの未払い金を清算するために、20兆5000億ジンバブエドルを発行し、外貨を買うと発表した[38]。2006年5月のはじめ、ジンバブエ政府はさらに60兆ジンバブエドルを発行すると発表した[39]。それに加えて、兵士と警官は300%、その他公務員は200%の昇給を求めていた。
それらの金は、その年の予算に組み込まれておらず、政府はどこからその金を持ってきたのか話さなかった。5月29日、準備銀行当局は IRIN に対し紙幣を印刷するためのインクや特殊用紙を確保するのに失敗したため、約60兆ジンバブエドル(公式レートで5億9290万米ドル)の発行が少し遅れたと述べた。
2006年8月末、マネーサプライの22%にあたる10兆旧ジンバブエドルが、新通貨への切り替えが行われず、紙屑と化した。
2007年6月27日、準備銀行のゴノ総裁は兵士の給料を900%、その他公務員の給料を600%昇給させるために、さらに1兆ジンバブエドルの発行をするようロバート・ムガベ大統領から命じられた[40]。
2007年7月28日、ムガベ大統領が「政府は地方の事業の資金が足りないなら、いくらでも金を発行するだろう」と話したと報じられた[41]。
2007年8月30日、50万の荷車と80万の牛鍬と牛(頭数不明)を購入するために3兆ジンバブエドルを発行したと発表した。この道具と牛は、2008年の選挙買収に使われるといわれている[42]。
2007年9月3日、ジンバブエの闇市場が価格統制にもかかわらず再び勢いを伸ばしていると報告された。以前月11米ドル(200万ジンバブエドル)で雇われていた人々は、闇取引を通して166米ドル(3000万ジンバブエドル)を手に入れているという[43]。
2007年11月24日、マネーサプライが58兆ジンバブエドル(闇レートで4100万USドル)に達したと報告された[44]。しかし、ジンバブエ中央銀行は1兆 - 2兆ジンバブエドルしか現金を保有できなかった。これは、一般に流通する現金が56兆 - 57兆ジンバブエドルに達していたことを示す。
2008年1月4日、マネーサプライは33兆 - 100兆ジンバブエドルに達したと報告された[45]。さらに、20万ドル紙幣の廃止は保留されたためマネーサプライの増加に拍車をかけた。
2008年1月18日の新券(100万・500万・1000万ドル)の発行は、未知の量だがマネーサプライ増加に寄与した。
2008年1月21日ゴノ ジンバブエ銀行総裁が、マネーサプライは12月の中ごろから170兆ジンバブエドルに増加したと発表した。更に、ゴノ総裁は2008年1月28日には800兆ジンバブエドルに達すると予想していた[46]。
2008年3月1日、ドイツの紙幣印刷会社ギーゼッケ アンド デブリエント(以下『G&D』)が週50万ユーロ以上を受け取り、170兆ジンバブエドルを発行しているとサンデータイムスが報じた[47]。

その背景には次の様なことがありました。

まず、ジンバブエという国はインフレが起こるまでの歴史では、少数派の白人が政治の実験を握っていて、経済もそれによって動かされていました。

しかし、ローデシア紛争が起こり、
政治を統括するのは黒人政治家が80%を占めるようになります。
そして、黒人の大統領に頭首が入れ替わります。
1980年にジンバブエ共和国が成立。

建国当時は首相だったムガベ氏が大統領に就任。
しかし、ここからの政権は独裁ともいえる状態で、何でもあり。
反論する人や勢力があれば、暴行、殺害など普通にあったと言います。
もはや、力によって抑えつけている感じ。
まさに独裁状態になってしまいます。

そして、完全に頭がイカれてるとしか思えませんが
「植民地時代に強奪された白人の土地資産を黒人へと無償かつ強制的に権限を委譲しなさい」法案という無茶苦茶な法案を堂々と提出します。

大半の白人はこの時に土地を安値で売り払い、外国へ出て行ってしまいます。
ま、当たり前といえば当たり前ですよね(;´Д`)

ジンバブエは追い打ちをかけられるように、
農業技術の低下と干ばつにより食料危機に陥ります。

そして、2007年更にイカれた法案が提出されます。
外資系企業に対して、
「保有株式の過半数を譲渡するように、逆らったら逮捕」法案を提出します。

もちろん外資系企業は国外へ逃亡します。
無条件で保有株の過半数を譲渡とか意味不明過ぎますからね(;´Д`)

この時、ジンバブエは経済制裁無しにそれと同じ状態に陥ります。
つまりは、流通経路が自然に消滅した状態になり物資が不足します。
その結果困るのは当然国と国民です。

物資が不足している。
この状況を見かねた政府は更に頭の悪い法案を提出してきます。
「市場に出回っている物資が不足するなら、
 物資を持つ物は絶対に市場に売らないといけない」法案を提出
もはやネタなのかと目を疑いたくなる。
もう子供に遊びで法案を考えさせているのではないかというくらいのものだ(;´Д`)

当然、物資の強制売却は更なる物資不足を深刻化させました。
その結果待っているのは、需要と供給バランスの崩壊です。
りんごを買いたい人が10万人いるのに、りんごは10個しかない。
こんな状態をイメージしてもらえればわかり易いかと思います。
日本でも野菜の収穫が悪い年は、キャベツやトマトが数十円高くなったりしますよね。
それより圧倒的に酷い状態がジンバブエと思っていただければいいかと。

もちろん、このような物資の不足は物資の値上がりに直結します。
買い手が多いのに、物資は少ない。
日本でいう野菜の収穫が少ない、キャベツの値上がり。
つまり、ジンバブエは物資の異常な不足で、異常な物価の高騰を引き起こしてしまったわけです。

次にまぁた馬鹿な法案を国が提出してきます。
「物資を絶対に安値で売らないといけない」法案を提出
この国は本当に大人が政治やってるのかと思いたくなりますね(;´Д`)

その結果もたらすのは、利益が出せなくなった国内の企業が次々と倒産。
元から、様々な企業の流通は利益を目的として行われるものなので。
例えば、スーパーやコンビニは利益を出すために、
原価で仕入れたものを、原価より高い値段で売って利益を出しています。
それを国が「物資を安く売れ!!!」と言ってきたわけです。
調達コストよりも安い値段で売れば、もちろん利益にはなりません。
その結果、みんな倒産しちゃったんですね。

そして、もちろんその先に待ち受けているのは、
失業者の大量排出。
失業者まみれになったジンバブエでは、職の無い人間があらゆる物資を強奪。
治安は最悪となっていきます。
強奪などそういった事件が日常化し、警察など、国の機関ももちろんお手上げ状態になり無法地帯と化します。

これが、経済をないがしろにした国の末路です。
経済が傾いた国は、その結果として職を失う人間が大量排出され、次に待っているのは国民の暴挙。
あらゆる機能が停止した国は無法地帯と化す。
実に恐ろしいですね。
バブル崩壊後、このような日本になっていなくて良かったですね。
日本は少なくてもここまで馬鹿ではないということですね。
流石に、ジンバブエの政治がいかに酷いものかは分かって頂けたと思います。
しかし、国のトップが入れ替わるだけで、国は数年、数十年で崩壊する。
これは、崩壊した国の良い例としても今後語り継がれることでしょう。

(引用終わり)

ハイパーインフレは政治であると極言している人もいるように、単なる経済上の出来事でもないようです。
メンテ
お金とは何か! ( No.85 )
日時: 2015/07/07 17:41
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XbXkkCqM

満天下さんとも議論した内容、
新しい通貨の概念として、この様な事をいわれる方もおられます。

http://ameblo.jp/reisaiouen/theme-10082412093.html

 お金は物々交換の仲介手段として人類史に登場しました。物々交換の仲介手段としてのお金は、一旦、大事な米や野菜などの生活物資と交換されるのですから、海のものとも山のものとも分からないものに変えてしまって大丈夫だろうか、ちゃんと自分の必要とするものと交換できるのだろうかという不安を振り払ってくれる信用の高いものでなければなりません。そこで、最初は、金や銀などの貴金属がお金として使用されました。金や銀といった貴金属は必ず誰かが欲しがるという意味における価値の普遍性があり、その価値に依存することで物々交換の仲介手段としての信用を得ていたのです。

 やがて、政府がいつでも金銀と交換してくれる紙幣が登場し、紙幣が金銀の代わりを勤めるようになりました。紙幣でも、いざというときに政府が必ず金銀と交換してくれると信用出来ることで、お金として金銀の代わりができたのです。このように、現代の経済においても、紙幣は必ず金銀と交換できるので、お金としての役割を果たすことができるのだと人々は思っていました。ところが、それは、ごく最近、アメリカ大統領のニクソンによって、間違いであることが証明されてしまいました。1971年のニクソン・ショックです。

 第二次世界大戦まで、世界は戦乱が続き、通貨は不安定化していました。そこで、第二次世界大戦の終盤期1944年7月に、連合国通貨金融会議(45ヵ国参加)でブレトン・ウッズ協定が結ばれ、金1オンスを35USドルと定め、そのドルに対し各国通貨の交換比率を定め、各国通貨の信用を確立しました。これを金本位制と言います。

 しかし、アメリカ大統領のニクソンは、1971年8月15日、ドル紙幣と金との兌換一時停止を宣言し、ブレトン・ウッズ体制の終結を告げました。それで何が起こったかと言えば、ニクソン・ショックの2〜3年後に各国通貨は固定相場制から変動相場制に移行したり、多少の景気変動があったりしましたが、そうしたわずかな動揺以外の重大な変化は何も起こりませんでした。世界経済は何の不都合も支障も無く、紙幣を信用し続け、淡々と経済活動を行い続けました。世界は戦後の混乱期を脱しており、国家がしっかり紙幣を管理し、偽造されるリスクなども縮小していました。国家がしっかり管理さえしていれば、必ずしも金銀と交換される必要はなく、紙幣だけで十分だということが証明されたのです。

 国家が何を管理していたかと言うと、貨幣のシステムであり、貨幣とモノとの交換比率です。それで、人々は、「国が発行した紙幣で必ず自分の欲しいモノを手に入れることが出来る」と信じたのです。国民は金銀財宝が欲しかったのではなく、欲しかったものは、必ず生活物資と交換できるという信用だったのです。砂漠で飢えている者にとって必要なものは水と食物であり、金銀財宝ではありません。水と食物が豊富であるにも関わらず、経済活動のルールで水と食物にありつけない者は、金銀財宝があれば水と食物と交換できるという前提において金銀財宝を欲したのであり、だれも水と食物と交換してくれなければ、金銀財宝は無価値です。

 最終的に必要なのは水と食物であり、あるいは、衣服や自動車などのモノなのです。そして、安定した国家が発行する紙幣を信じることで、紙幣主義が確立された時、金本位制という貴金属主義があっさりと終わりを遂げたのです。もともと、貨幣の役割はあくまでモノとモノとの交換手段であり、貨幣は究極的にモノ本位制だったということです。モノとモノを交換する必要が無ければ、貨幣の意味もないのです。戦後間もない世界では政府の発行する貨幣を信用できなかったので、金銀の信用力に頼らざるを得なかったにすぎません。ところが、世界情勢が安定し、あるいは、偽造が不可能であるなど、いくつかの先進的技術が貨幣に信用を付与したことで、モノ本位制が本来の姿を現したのです。

 現代の貨幣とは、紙や金属に「標記価値のものと交換できます」と書いてあるだけのものです。しかし、それは、つまり、大富豪が何らかの貨幣を作り出し、大富豪の信用力をもって必ず表記価値のものと交換できるという国民の信用を得るならば、誰でも貨幣を発行するチャンスを持っているということでもあります。ところが、どこかの誰かがそういうことで貨幣を発行できるとなると、その誰かが国家の経済を支配することになります。経済を支配することは、国家を支配するということでもあります。そこで、政府は、貨幣発行権を国家主権の行使者である政府の独占的権利とし、政府以外の者が貨幣を発行することを禁止しました。国家主権の名において、他の誰にも通貨発行権を渡すことはありません。政府が通貨発行権を保持しながらも、中央銀行が貨幣を発行しているのは、政府が中央銀行に権限を委任しているからであって、そうでなくては、中央銀行は貨幣を発行することは出来ません。

 多くの国では、貨幣は、中央銀行が発行して流通させることが一般的ですが、現在でも一部の国では、政府機関が直接紙幣を発行している場合があります。むしろ、本質的には、政府機関が中央銀行に委任せずに、直接的に紙幣を発行することのほうが正常な状況と見るべきでしょう。日銀を通じない政府発行貨幣が本来の貨幣のあり方です。したがって、最近、政府発行貨幣論議が沸き起こっていることはまことに当然のことなのです。

 それにも関わらず、なぜ、多くの国で中央銀行が通貨を発行しているかというと、それは、国家の運営は政治家が行っており、歴史的に、政治家に通貨発行権をまかせると、選挙のことが頭から離れない政治家は、貨幣を乱発し、金融を緩め続けて利益誘導する誘惑に勝てず、景気が過熱する傾向があったためです。つまり、通貨発行権を中央銀行に委託する理由は、政治家が信用されていないからです。

 いうなれば、政治家があまりにも馬鹿なので、政治的に中立と考えられている中央銀行が政府の委託を受け、通貨発行の役割を担っているわけです。したがって、むしろ、中央銀行の存在は、存在すべくして存在しているのではなく、国家の通貨発行権に対してノイズ(雑音)的な存在にすぎないと見るべきものです。いくら、中央銀行が金(gold)を保有しようとも、政府の主催する物資の流通市場が通貨の価値を担保しているのであって、金(gold)が担保しているのではありません。

 それが、いつから、政府が直接通貨を発行することそのものが悪いことのように思われ、日銀の判断が神のごとき無謬性を持つと思われるようになったのか。日銀総裁もまた人間であり、選挙とは関わりないとしても、政治家に負けず劣らず頭のおかしい者がいるはずなのに、何の疑問もなく、通貨政策を代理人の集団である日銀に丸投げしている、現代日本の状況は異様と言うほかありません。

(引用終わり)

私の場合は、これとも違います。

お金は物々交換の媒体でさえもなく、生きる権利の媒体として、公平ではないが、分配されなければ、ならないものである。

? ? ?

如何なものでしょう。

メンテ
政府にとってお金とはなにか ( No.86 )
日時: 2015/07/08 12:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8PzEwjTY

退屈な話が続いていますが、そう簡単に新しい経済の仕組みが出来る訳ではありません。
慎重の上にも慎重に検証しなくてはなりません。

出展は同じブログです。

http://ameblo.jp/reisaiouen/theme-10082412093.html


「政府債務とは何か」

 政府財政が家計と同じなら、家庭の主婦が最も優秀な財務大臣になれます。しかし、そうは行かないのです。政府財政は家計とは意味が異なります。例えば、債務の返済において、家計では生産の対価である所得から債務を返済しますが、政府は貨幣発行権をもって債務を返済します。これは、何を意味するでしょうか。

 家計において、生産をして、その対価を得て、返済しなければならないということは、債務者が自己の生産物を他人に買ってもらうことで、マネーストック(市中に流通している貨幣の量)の中から貨幣を回収して返済しなければならないということです。それは、物々交換という経済活動の主体者であることを義務付けられているということです。すなわち、貨幣という仲介物を省略すれば、家計における返済とは、自分の労働による生産物を差し出すということに他なりません。

 債務の返済方法に着眼すれば、政府債務の本質が見えて来ます。家計の債務とは、他人の生産物の先取りだから、後日、自分の生産物を差し出すことで返済しなければなりません。自分が生産できなければ、他人から先取りしたその生産物は、差し押さえによって債権者にそのまま返すことになります。つまり、債務者である家計に貸付によって譲渡された生産物を、同等の生産物をもって返済できないならば、譲渡された生産物そのものを債権者の元に戻す原状回復が返済になります。これが、「経済とは生産物の交換である」ことから結論付けられる、民間における返済のルールです。

 政府の場合は、税金で貨幣を他人から徴収する税金の方法によるか、または、自分(日銀)でお金を印刷して返すことが出来ます。税金による貨幣の回収においては、ほとんど強盗に近い武力的な強制力で他人からお金を回収します。何の物々交換もありません。また、お金を印刷して返す時も、生産をせずに、輪転機を回しているだけです。このように、政府は、資本主義の物々交換のルールを無視して返済します。政府は自分で生産することはありません。他人の物を強制的に調達して、それを回しているだけなのです。民間の債務返済と、政府の債務返済はこのように異なります。

 政府債務の拡大は、確かに、国民の生産物を、一方的、かつ、強制的に取り上げるものです。貨幣を取り上げただけ支出することで需要が増え、その需要に国民の生産が追いつかなければインフレになります。しかし、国民のほうは、どんなに政府債務が拡大されようとも、よほどのインフレが起こらない限り、何も取られているという実感はありません。マクロとしては供出することで損をしていることになっても、むしろ、ミクロとしては、貨幣を対価として手に入れることで儲かることになります。逆に、政府債務が拡大されても、拡大幅が足りずに、それ以上に生産力が有り余っていればデフレが続きます。

 では、政府のほうは政府債務を拡大した分の何かを得ているかというと、公的固定資本形成などの行政サービスの負担は、道路や橋が出来上がり、または行政サービスが行われることで、すでに国民のものになっていますから、政府としては、もう国民に現物の形で還元しています。政府は何も得ていないのです。政府としては、再分配しただけであり、返すべき筋合いのものは何もありません。それにも関わらず、それを普通の債務と考えると、二重に返すことになります。このように、政府債務を民間における債務と同様に考えると、つじつまが合いません。したがって、政府債務は民間における債務と異なる意味を持ち、よって、民間の返済とは異なる方法で、債務の返済を行うことになります。それが貨幣の新規発行です。

 政府が債務を返済する意味は、国債を貨幣に変換するということですが、変換(高流動性の発行)によってインフレ圧力が発生します。このインフレと政府支出の相手先を見ると、政府が仲介者として、公的固定資本形成の負担をインフレによって国民全体に公平に振り分けているということが解ります。つまり、政府債務の存在とはインフレによる国民全体への負担の振り分けを留保している状態であり、政府債務の返済とはその留保を解除し、インフレを執行するということです。

政府債務の拡大は、通常、インフレをもたらしますが、日本では政府債務が拡大しているのにインフレにはなっていません。政府が国債を発行して支出をし、市場に物価に影響する貨幣を供給しても、すぐに再び国債を発行し市場から貨幣を回収してしまうからです。マネーストックは、国債を発行し支出した時点で増えます。再び国債を発行して金融機関から貨幣を回収してもマネーストックは減りませんから、この国債発行と政府支出を繰り返せば、マネーストックは政府債務を拡大した分だけ増え続けます。日本の、マネーストックが増え続けているのに、インフレにならない理由はこのことによります。

以下省略。

(引用終わり)


実際に世界は通貨の増刷競争をしています。

 実際リーマンショック以降の世界を見ていると金融緩和と言う手法で、各国政府が自国通貨を印刷しまくって通貨に対する信用を落とす競争をしている。
特に先進国では景気が一向に回復しないから残された手段は紙幣を増刷して株と不動産の価格を上げることしかない。
アメリカも日本もEUも中国も輪転機経済になってしまい、通貨の信用は急速に低下し、そのかわり株と不動産は値上がりに転じている。

ハイパーインフレにならないのは、その通貨が株式、投機に回っているからです。
普通、通貨の供給量増大に対して、それに見合った生産力があることがインフレを回避すると言われています。

メンテ
政府のお金とは 2 ( No.87 )
日時: 2015/07/08 12:33
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8PzEwjTY

一方通貨の増刷は以下の様な事態を引き起こすと言われています。

ハイパーインフレ発生メカニズム

1.紙幣の発行量を増やす
2.増やしたお金で公的な借金を全額完済
3.世の中のお金の量が大幅に増える
4.お金が増えたことにより、物を買う人が増える
5.物を買う人が増えると安売りの所から売れていき、欲しい場合は値段の高い所で買わなければならなくなる
6.値段が高くとも生活の為に仕方なく買う人は多いと考えられる
7.この為、物価が上昇する(インフレ)
8.(物の量が変らないとして)物価の上昇はお金が増えた量に比例する。お金の量が5倍になれば、物価も5倍など
9.物価が上昇してくるともっと上がるのではと考え、物があっても売り渋る商人も増える(江戸時代の米騒動の時の米屋)
10.このことが更に物価を上昇させる
11.気がついたら物価が極端に上昇(100倍とか)し、昔は車が買えていた預金で車のプラモデルしか買えなくなるということが発生。

また、先に紹介している、この著者は

「政府債務が八千兆円でも破綻しない」と言うことも言っています。

 2014年4月28日財政制度審議会が、2060年に政府の借金が8000兆円になるとの試算を発表し、「国や自治体は歳出の大胆な見直しやさらなる増収策に早急に取り組むことが必要だと警鐘を鳴らしています」。政府は相変わらず数字のトリックを使って、危機を煽り、低所得者から税金を巻き上げ、お金を循環させない緊縮財政を行おうとしているわけです。
 まず、そもそも、8000兆円になったとしても、それを政府の借金と見るかどうかという問題がありますが、仮に、借金としても、46年後の8000兆円がどのような価値のものか、つまり、その時の物価がどのようになっているかを言わずに、ただ8000兆円とだけ言うのは悪意があるとしか思えません。

 大卒初任給で比べてみれば、2014年の46年前は3万円、現在は20万円で、約7倍に増えています。バブル崩壊後のデフレで20年間の停滞があっても、なお7倍になっているのです。消費者物価は同期間で約3倍、名目GDPは約6倍になっています。間に20年間のデフレがあって、この差ですから、今後の46年間は想像も付かないくらい、大卒初任給、消費者物価、名目GDPは大きくなっているものと思われます。このような他の指標を無視して、危機感を煽るのは卑怯とも姑息とも言うべきでしょう。

 1995年11月大蔵省は財政危機宣言を出しました。この財政危機宣言は後の橋本内閣の財政政策に大きな影響を与えました。なにしろ、橋本氏も経済に関してはシロートでしたから止むを得ません。その1995年当時の日本のGDPは501兆円、政府および自治体の債務は477兆円、消費者物価指数は101です。(消費者物価指数2010年=100とする)。2014年の日本のGDPは492兆円、政府および自治体の債務は1200兆円、消費者物価指数は102です。債務の対GDP比は財政危機宣言をした1995年以来約2.5倍に達していますが、財政破綻の兆しすらありません。それでは、あの時の政府の財政危機とは一体何だったのでしょうか。

 通貨発行権を有する国の政府債務に関する認識と、家計の債務に関する認識が、うまく識別できていないので、政府債務の増大に危機感を持ってしまうのです。財務省は、国民の政府財政と家計との錯覚を利用して、このように危機感を煽り、増税しようとするのですから、姑息としか言いようがありません。

 通貨発行権を有する国の政府債務の拡大とは、市場に流通する貨幣を増加させるという意味であって、それ以上のものでも、以下のものでもありません。通常、貨幣を増加させるとインフレになります。

 「貨幣中立説」は貨幣量の増減は物価にだけ影響を与え、生産活動や雇用の増減などには影響を与えないという意味ですが、短期的には当てはまらないにしても、中長期的には、完全ではないにしても大体そういうイメージを持って良いものと思われます。確かに、貨幣量がマネーストックを意味している場合は、日本では、マネーストックの増加が必ずしも物価に影響を与えていませんから、厳密には貨幣中立説は正しいとは言えません。しかし、これをもって「貨幣中立説」の趣旨を否定することは正しくありません。貨幣数量説、フィッシャーの交換方程式なども、貨幣の量の物価水準への影響を説明するものですが、根本は貨幣中立説に沿ったものです。

 貨幣中立説は感覚としては何となく分かります。しかし、実際に貨幣を2倍に増やした場合、単純に物価が2倍になるかというと、なかなかそうはなりません。なぜなら、増えた分を均等に消費するとは限らないからです。つまり、預金を増やしたり、投機を増やしたりと、それまでと違う比率で消費に回るからです。しかし、貨幣中立説では、それは短期的な寄り道で、中長期で見た場合、理論的に物価は2倍になるであろうと予測しているのです。ところがそうなっていないので、フィッシャーの交換方程式やマーシャルのkなどで、マネーストック以外のもの、つまり、貨幣の流通速度やマネーストックの回転数とかを持ち出してきたということです。しかし、経済学の仮説に少々のズレが生じるくらいは当たり前ですから、貨幣中立説だけでも、貨幣の量と物価の関係は十分説明出来ていると思われます。
 貨幣は、それを発行した国の、生産物と生産物の交換手段にすぎません。貨幣増発や国債増発の真の財源もまた、そこに生産物が存在するということです。生産物が増加していないのに、貨幣を増刷すると、貨幣中立説のイメージから、インフレになります。逆に、生産物が増加しているのならば、貨幣を増刷しなければデフレになり、実質債務が増大し、国民の多数である債務者が損害を受けます。

 生産物の増加に合わせながら、貨幣を増刷していけば、価格は変わりません。それは、すなわち、生産力が増加し続ける限り、インフレになることもなく、貨幣を2000兆円、3000兆円、4000兆円と増やすことが出来るということであり、自国通貨建て国債もまた貨幣の増刷にすぎませんから、2000兆円、3000兆円、4000兆円と発行できるということです。多少のインフレは、実質債務を減少させるので、投資のリスクが軽減され、むしろ経済成長には好ましいものですから、それを加味すれば、貨幣の量は、経済成長より早いスピードで増やすことも出来ます。そのリスクは物価と賃金のバランスだけです。
 物価と賃金をバランスさせながら増やすことはそんなに難しいことではありません。ゆるやかなインフレが続くように、供給する通貨の量を増やし続けて行き、インフレがひどくなれば、通貨の量を減らせば良いだけです。これを交互に繰り返していけば、経済は、物価が比較的安定的したまま、何十年も持続的に成長していきます。

 いくら、通貨を増やし続けても、また、いくら国債を増加させ続けても、国内生産力が増加している限りインフレにはなりません。仮にインフレが起こったとしても、制御可能な範囲のインフレに留めることが出来ます。もちろん、一挙に大量に発行すれば、賃金の上昇が物価上昇に追いつかない状態であるスタグフレーションになりますから、国民を苦しめ、政策としては失敗することになります。要はスピードなのであって、賃金が物価に追いつくスピードで増やしていけば、政府債務がいくら増えても問題ありません。

 例えば、国内の年間15兆円の土木工事の能力しかないところへ、30兆円の発注をしても、供給力がありませんから、建設部門の単価が2倍になるだけです。これでは、国民全体の経済政策として現実的ではありません。ハイパーインフレが起きると言っている連中は、そういうことを考えているわけです。まるで子供です。

 しかし、20兆円程度の発注の意思を示せば、単価の上昇と共に、建設業は徐々に能力を拡大させます。供給能力を少し上回る発注を繰り返すことで、建設業は供給力を拡大し、例えば、年間20兆円ほどの能力が出来たところで、設備投資や雇用の成果、国民経済全体へ及ぶ乗数効果によって、おそらく日本の景気は完全に回復しているものと思われます。そのときは、首尾良く2ないし3パーセントのインフレ率もまた達成されていることでしょう。

 積極財政反対派はすぐに極端な例を出してきます。年間15兆円の消化能力しかない日本の建設業界に30兆円の公共投資をやったら大変なことになると言うのです。誰も、今すぐ30兆円にしろとは言っていません。供給力の成長の様子を見ながら、需要を増加させて行くことが常識です。そのようして、産業は育てていくものです。

 この2ないし3パーセントという適度なインフレの中で、10年とか20年のスパンで政府債務が1000兆円、2000兆円、4000兆円、8000兆円と増えることは、むしろ理想的です。インフレ率は生産物と貨幣量のバランスですから、そのバランスが急激に変化しなければ、いかに巨額な政府債務でも、そのバランスの中に適応して行きます。4000兆円であろうが8000兆円であろうが、要はスピードの問題なのであって、結果の絶対値の問題ではないのです。政府債務の問題は、その拡大のスピードと、債務残高の絶対値という、二つの問題提起があるはずなのに、現在、スピードの問題が無視され、絶対値の問題ばかりが取り上げられているので、話がおかしくなっているのです。


(引用終わり)

全て信じあっれる訳でもありませんが、考え方は参考になると思います。
通貨管理の基本的な価値の転換に通じるものなのです。
是か非かは別にして。

また、飽くまでも国債にこだわり、通貨の単純な増刷(ヘイマネ)へは踏み込んでいません。

メンテ
ピットコイン ( No.88 )
日時: 2015/07/08 14:01
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8PzEwjTY

政府紙幣増刷論には次のようなものもあります。

●ブキャナン(ノーベル賞受賞者)、ワグナー

需要不足の経済状態から脱出するための理想的な経済政策は、政府貨幣発行を財源とする赤字予算を組むことである。・・・・・ Buchanan, J.M. and R.E. Wagner, Democracy in Deficit: the Political Legacy if Lord Keynes, New York, Academic Press, 1977
(深沢実・菊池威訳 『赤字財政の政治経済学』文眞堂, 1979年)。


●ポール・サミュエルソン(ノーベル賞受賞者)

円通貨の増刷を直ちに始め、3年間の減税政策を実施せよ。
・・・・[2001]「小泉首相に税率引き下げ提言」静岡新聞 論壇 平成13年6月1日号


●スティグリッツ(ノーベル賞受賞者)

少量の紙幣増発はデフレをうち消す。第一の方策として消費税減税、第二の方策として投資に対する税額控除を提案する。・・・ 日本経済新聞 2002年5月9日(水)


●ディラード

政府貨幣発行を認めないことは管理通貨制度を否定することに等しい・・・・・ 
Dillard, Dudley D., The economics of John Maynard Keynes,1948
(岡本好弘訳、『J.M.ケインズの経済学 : 貨幣経済の理論』)


ラビ・バトラ 「日本に捧げる新経済5ヵ年計画」「税収減は紙幣の増刷で補う」 1996年発行「JAPAN 繁栄への回帰」

(総合法令)

「民間部門を再活性化させるために私が提案した計画案が実行に移されればその活気は作り出されるが、それはまた同時に政府の財政赤字を急激に拡大させることになる。〜中略〜このような一連の財政赤字は、今までの膨大な財政赤字にまた加えられることになるのである。ではこのような財政赤字を一体どうして補っていったらいいのだろうか。それは紙幣の増刷で行う。借り入れが停滞しているときに通貨資金供給量を増加させるための唯一の方法は、政府が紙幣を増刷し、その増刷したお金で赤字を補填するということである。これは「一石二鳥」である

。政府の財政赤字をなくし、通貨資金供給量を上昇させるのである。〜中略〜第五章でも述べたように、潜在的な供給力が消費需要よりも大きければ紙幣の増刷が物価を上昇させることはない。通貨資金供給量の増加は、現在非常に必要とされている需要の増大を生み出すのである。そして消費需要が生産供給に追いつくまで、どれだけ紙幣を増刷しようが、高いインフレの危険性はない。ただ実際に需要が供給に追いついたときに、すぐに通貨資金供給量の増加を抑制すればよいのである。そして、そのときには現在ある経済的危機は消えていることだろう。」

話は変わりますが、

ピットコインの話をします。

国家の恣意的な通貨を見限って、仮想国家による新通貨を発行しようと気が付いた天才プログラマーいた。名前をナカモト・サトシという日本人のような名前をしているが、このナカモトの呼びかけに世界中のプログラマーが賛同し、仮想通貨の決済システムを作ってしまった。

 国家が管理している通貨は金融機関を通じてディリバリーしているのだが、この金融機関の窓口を閉めてしまえば通貨ユーロでさえ利用できなくなることをキプロス政府が教えてくれた。

「まずいじゃないか、国家の通貨は所詮お釈迦様の手の内で、いくら持っていても口座凍結されれば一銭の値打もなくなってしまう」
キプロス政府の信用は地に堕ち、金融機関経由の預金も危ないということになって一気にビットコインに対する需要が拡大した。
キプロス政府より、仮想通貨を発行している仮想国家の方が信用を勝ち得た瞬間だった。

一方ビットコインは金融機関の口座を通さないので、その資金の捕捉は国家はできなくなり、また金融機関にとっては重要な手終料収入の激減になる。
このビットコインは世界で数百万人が利用し、その規模は1兆円というから相当なものだ。
そしてこのビットコインの利用者の約半分は中国人なのだが、これには中国政府が目をむいた。

「なんということだ。中国人民には人民元というこよなき通貨を提供しているのに、人民元を見限ってビットコインに換えて、しかもその資金を海外に送金してドルに換えている。中国人民には愛国心がないのだろうか」
中国国内でビットコインの取引を禁止したが、これはインターネットの世界の通貨だから口座凍結ではなくインターネットの遮断になるが、こうしたサイトは雨後の竹の子のように発生する。

 中国人の金持は中国政府を信用していない。本当は預金はドルか円かユーロで持ちたいが、通常の人民が勝手に外国通貨を購入することはできない。だからあらゆる手段を通じて自身の人民元を海外にもち出そうとする。その最適な手段がビットコインでこれならだれにも知られずにそっと国外に資金を移すことができるからだ。

 ビットコインの将来はどうなるだろうか。すべては国家通貨との信用力との競争で、キプロスやアルゼンチンのような弱小国家の通貨よりビットコインの方が信用力はあることは確かだ。
人民元については意見が分かれる。中国政府はいつなんどき金持ちに牙をむいてくるか分からないので金持ちは人民元を信用していない。一方一般の人民にとっては人民元は相応の信用力がある。

 21世紀に入って国家通貨は仮想通貨の挑戦を受けることになった。弱小国家の紙幣は顧みられなくなり、かつてはドルやユーロや円に換えていた人々はさらにビットコインと言う選択肢が得られることになった。
今は中国人がその主要な利用者だが、ドルやユーロや円が増刷競争をすればするほどビットコインの利用者が増加することだけは確かだ。

(引用終わり)

ピットコインなどは現在の通過制度に寄生する害虫と思っていますが、

そのようなものまで現れると言うことは、、通貨と言う概念、管理体制は、言われる様に確固たるものでもないようで、この問題は改めて検証しなければならないでしょう。

メンテ

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