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[2279] 未来社会を考える < ヒットラーの予言
日時: 2015/05/27 18:33
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:TUwY8d8w

ヒトラーの予言──2039年の未来図について

●以下は、ヒトラーが語った言葉(予言)である。
『1999年以後』(祥伝社)から抜粋


「…“2つの極”はますます進む。1989年以後、人間はごく少数の新しいタイプの支配者たちと、非常に多数の、新しいタイプの被支配者とに、ますます分かれていく。一方は、全てを操り、従える者。他方は、知らずしらずのうちに、全てを操られ、従わされる者たち。

しかも進むのはそれだけじゃない。人間がそうなるにしたがって、地球にも宇宙にも大変動が起こるのだ。1989年以後、人類には宇宙から、かつてないカタストロフィ(大破局)が近づくのだ。

若いころ私は、『我が闘争』に、いずれ人間が大自然から復讐されると書いた。それが1989年以後の状態だ。人間が思い上がって宇宙の自然を犯すため、宇宙が人類に復讐の災厄を下すのだ。そしてそれが人類を、想像を絶する究極の状態にみちびいていく。私が生まれてから150年後、21世紀に来る究極に。私自身もそれを霊感ではっきりと見てさえ、信じられないような究極に。」

「…(20世紀末は)たとえ表面はデモクラシーや社会主義の世であろうとも、実質はナチズムが支配していよう。デモクラシーの国も社会主義の国も、われわれナチスの兵器を競って使い、殺し合い、社会は私の望むとおり、強く支配する者と支配される多数者に分かれていよう。それは天変地異の期間でもある。人類は大自然から手ひどく復讐される。気候も2つに分かれ、激しい熱と激しい冷気、火と氷、大洪水と大旱魃(かんばつ)が代わる代わる地球を襲うだろう。」

「だからその中から『超人(ユーベルメンシュ)』が現われる。もはや普通の人間ではそういう危機を制御できない。それに対応するため人類は超人たちを生み、超人が世界や気候を、人間や戦争を治めることになる。
つまり天変地異の下に生きる多数者。それを支配する少数者。その陰で実質的に世界を操る超人グループ。これが、私の予知する21世紀の世界である。」

「しかし諸君、さらに重大なのは、私がいま、これを話している100年後のことだ。それを告げるためにこそ、私は今日を選んで諸君を招いたのだ。今日から100年後といえば、すなわち2039年1月25日だ。

諸君にはわからないだろうが、そのとき人類には真の究極の状況が起こっている。そのとき人類は──少なくとも、いま言っているような意味での人類は、2039年1月、地球からいなくなっているのだ。」

「それは諸君、何かの異変か大戦か災害のために、2039年、人類が残らず滅びるという意味ではない。たしかに、それまでに多くの大難が続けて起こる。1989年から1999年まで、世界は続けざまの天変地異と戦乱の中にあるだろう。そのため一部の恵まれた国を除き、多くの国が飢える。いくつかの国は崩れて燃える。毒気で息絶える街もある。

2000年以後は、それが一層ひどくなる。2014年にはヨーロッパの3分の1とアメリカの3分の1が荒廃してしまう。アフリカと中東も完全に荒廃する。結局、いまの文明は砂漠しか残さない。

しかし人類はそれでも滅びない。わがドイツの一部と米ソの中心部、日本や中国は深い傷を負いながらも生き残る。ただ諸君、それでも人類はいなくなるのだ。いまの意味での人類は、そのときもういない。なぜなら、人類は2039年1月、人類以外のものに“進化”するか、そうでなければ“退化”してしまっているからだ。」

「それをもっとはっきり言えば、人類の一部はそのとき、人類から、より高度なものに進化して、神に近い生物になっている。人類から神のほうへ進化するのだから、それは『神人(ゴッドメンシュ)』と呼んでかまわない。

残りの大部分は、これも進化なのか退化というべきかわからないが、一種の機械になっている。ただ操られて働いたり楽しんだりするだけの、完全に受動的な、機械的な反応しか示さない『ロボット人間』になっているのだ。それまでの気候異変と環境異変、政治と娯楽と食物、それから起こる突然変異が、そのようなロボットのような人間を大量に生み出す。

神人のほうも同様で、同じ原因から生まれてくる。ただ突然変異が大脳にプラスに働いて、進化の方向がロボット人間と別方向になるだけだ。その前段階の『超人(ユーベルメンシュ)』たちも、より進化して神人になる場合がある。

いずれにせよ、彼らはいまの人間の数次元上の知能と力を持つ。彼らは団結して地球を支配する。それまでのあらゆる危機や問題は、彼ら神人たちの知能と力で急速に解決されていく。」

「ロボット人間たちのほうは、それに従って生きるだけだ。これはある意味では気楽な身分だ。戦争も気候も経済も、神人たちによって制御されてしまうので、ロボット人間たちは神人たちの認める限度で、多くのものを与えられる。食物と住居も、職業も娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも与えられる。

ただロボット人間たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。しかし、じつは神人たちがすべてを見通して、管理工場の『家畜』のように彼らを育て飼うことになるのだ。

こうして人類は、完全に2つに分かれる。天と地のように、2つに分かれた進化の方向を、それぞれ進みはじめる。一方は限りなく神に近いものへ、他方は限りなく機械的生物に近いものへ。これが2039年の人類だ。その先もずっと人類はこの状態を続ける。
そしておそらく2089年から2999年にかけて、完全な神々と完全な機械的生物だけの世界が出来上がる。地上には機械的生物の群れが住み、神々がそれを宇宙から支配するようになるのだ。」


(引用終わり)

ヒットラーと言うイメージでは、このような思想を思い浮かべることはできません。
どこまで、真実であるか解りませんが、ヒットラーでなくても、このような歴史観があることは興味深く、また概ねは現代及び未来社会を暗示している様です。

メンテ

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通貨とは ( No.67 )
日時: 2015/07/03 21:15
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:lCRIQS4Y

通貨管理制度のことはしばらく休憩しまして、次は庶民にとって通貨とは、どのように思われていたかの検証をします。

まずは復習です。

お金は、あらゆる品物に値段をつけることで、モノの価値をあらわします。

物々交換の時代には、例えばりんご3個とみかん8個を取りかえる…など、モノの価値があいまいで統一性がありませんでした。しかし、貨幣を使うことでモノの価値を同一の尺度ではかることが可能になり、1つ1つのモノの価値を明確に捉えられるようになりました。

このように、貨幣は、モノの価値をはかる基準として使われています。お金(値段)によって、モノの価値を比較したり、判断したりすることができます。これが、貨幣の「価値の尺度」としての役割です。


お金は、交換(決済)を行う時の支払手段として利用しています。

物々交換の時代には、お互いの品物が等価値でないと交換できませんでした。しかし、貨幣を使うことで、いつでも好きな品物と交換したり、決済したりできるようになりました。

お金は、貯蓄することで、将来に備えてお金の価値をたくわえることができます。

お金は、モノと違って腐ることはありません。貯めておけば、いつでも好きなときにモノと交換(購入)することができます。たくさん貯めておけば、高価なモノと交換(購入)することもできます。

ここまでは、通貨は物々交換のための手段であり、生活に必要な物資を入手するための手段でした。
逆に言えば、物々と同じような経済活動によって通貨を手に入れていたと言うことです。

ところが実際は、早くから労働の対価として通貨を入手し、それで必要な商品を手に入れられると言う図式が完成しました。
これは画期的な事であり、人々の生活において必要な物資を入手することが簡単に出来る様になりました。

その代わりと言いますか、労働の対価として必要なお金を受け取ることの、その基準が労働価値説として浮かび上がり、商品の価格は労働の量により決められるとう概念が発達しました。

従来の物々交換における交換比率とは別の基準です。
これは、そのごマルクスによって特異な形で突き詰められています。

どちらにせよ、労働価値説の概念は、資本主義のシステムにおいて効果的な存在であり、流通経済は飛躍的に展開して行きました。

人々にとっては、働けば通貨が得られると言う簡単、明白な図式となりました。
無論、当時から不動産所得や不労所得もありましたが、労働=通貨と言うことが、人々にとって水や空気の様に無意識の存在になりました。

第二次産業、第三次産業の隆盛と共に、通貨の存在が生きる事の、前提であり最初にあるべきものでした。
最近、経済学を語る人に需要が先か供給が先かと言う言い方で、需要を喚起すれば供給が必要となり、労働が発生し通貨が流通すると言う事を言う人がいます。

実際に需要と供給が交互に左右している条件では、それは成り立っても、現実として貧困に喘ぎ、通貨を持たない人には、そんな理論など当てはまりません。

人々にとって通貨とは、そういう存在であり、経済学上の理論で説明されても意味がないことがあります。
もちろん、どの時代でも経済が殆どの人々を縫合して進展していた訳ではありません。

経済的に困窮する人々、一時的にもせよ、生きるための物資を購入する通貨を持ってない人に対する救済は社会福祉で賄い、経済の理論は、理論として成り立っていました。

ですが、これは飽くまでも救済であり、資本主義体制としては落ちこぼれ、体制外の人間でしかありません。
問題は、このような人々の数が人口の1/4、1/3に増えてくると救済はできなくなります。


古代社会と違い、現代の人々は通貨が手に入らなければ 自分の所有する物、または採集してきた物→必要な物、または通貨と交換=いわゆる自給自足
と言うことはできなくなているのです。

現代社会の仕組みでは、働く場所がない→通貨が手に入らない→物資が買えない→生きてはいけない。
の一直線なのです。

この様な人々に取って通貨管理の内容など関係ないのです。
経済の理論を何日聞かせても、関係はないのです。
単に、すぐに通貨が欲しいだけです。

そのような通貨の有り様を、経済学では考慮することはなく、ひたすら通貨の流通(金融)の図式を整えることばかり執着しています。

共生社会を考えるなら、共に生きていける事を是とするならば、通貨の供給が行き渡るような施策があって良いものでしょう。

現代経済学の対策は、

毛細血管が壊死しているのに、輸血をしたり、心臓マッサージをして患者が生き返るとでも思って施術をしているようなものです。

そのうちに手足を切って胴体だけで生きていこうとするような事をやり始めるでしょう。

ひとびとが通貨に抱く概念と通貨管理をしてる専門家の概念は、このように違っているのです。
まあ、経済の専門家といわれている連中は、明日の食事もできないような困窮に落ちいったことがないので、金は天下の回りもの、の様に考えているのでしょう。


メンテ
通貨の概念 2 ( No.68 )
日時: 2015/07/03 22:28
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:lCRIQS4Y

前のレスで言いましたのは、通貨とは人々にとり生きていくための手段であり、労働によって得られるものである。
もはや物々交換の媒体などと言う概念はないでしょう。

また通貨を多く取得する事、蓄える事によって、より大きな欲望を得られるとし、通貨を貯める事に執着してやまない。
自分の利己心を実現する手段でもある。

通貨獲得への執着心は、時には人間性を破壊する程のものであり、通貨は人間性の醜い面を引き出す事になることも多い。

別の面、通貨の存在は人間の利己心を満足させるものであり、あくなき通貨獲得競争がある一方、通貨の入手に成功しなかった人間は、利己心を制御することを余儀なくされ、通貨がない故に、自分の納得させてきた。

通貨の多寡は人間精神をコントロールする結果となってきた。
仮に、ヘイマネ政策を実行し、通貨が誰にも必要なだけ分け与えられとなると、人間の欲望追求の利己心は全く開放される事になるのか。

丁度、民主主義における個人の権利、自由を認める風潮が、必ずしも、望むべき方向に展開してない時に、この上、通貨の分配で際限のない通貨の所持がみんなに与えられた場合、民主主義はどのように展開し始めるか、末恐ろしい。

これを考えると、ヘリマネ、ベーシック・インカムの施策が絶対にやってはならない施策である。


ここに再び「創世記」の話を思い出しましょう。


>『創世記』の記述によればエデンの園は「東の方」にあり、アダムとエバは、エデンの園を耕させ、守らせるために、神によって、そこに置かれ、そして、食用果実の木が、園の中央には生命の樹と知恵の樹が植えられた。


アダムとエバは、神のい付けでエデンの園を耕させられていたのです。
そえがあるとき神の言いつけに背き、禁断の身を食べた為に人間社会がスタートしたと言う物語に、既に人間の宿命が語られています。

人間は労働することによって平静が保っておられるのです。
労働を怠けようとしたり、ズルを決め込む人間に平穏はないのです。

労働なしに生きる対価(通貨)を求ることは、神との契約違反であり、エデンの園も追放されるのです。
現代社会において労働なしに通貨を配分すると言うことは、既に人間社会をも、追放されるに等しい暴挙なのです。

人間個人個人にいて「通貨」とは、どのようなものであるかの検証を終わります。
結論的な言い方はしてませんが、そんなことなどできなくて、概念として把握していただけば良いかと思います。
メンテ
生産様式における社会経済問題と、通貨価値維持システムを混同されないように・・ ( No.69 )
日時: 2015/07/04 11:40
名前: 満天下有人 ID:LBCcjgUY

う〜ん、長々と読ませて頂いた感想ですが、やはり何を対論するスレなのか、また分からなくなりました。一番最初に、これはまたヘリマネ論なのか、分配論なのかが分からず、どうも両者を混同されているような感じを持ち、だからあらゆる経済上の要素が盛り込まれてしまい、テーマが何だったのか、訳が分からなくなってしまいました。

最も新しい投稿では、ヘリマネ、ベーシックインカムは絶対にやってはいけないと言われているので、それを言うためのスレだったのか?テーマが分からなくなった由縁です。

橋立さんのテーマ、問題提起は、新通貨論でした。現状通貨は発行権者のもののようになってしまっているから、新たな哲学を考えないといけない、そのような問題提起だったと思います。それに対し私は、現状通貨発行制度は、むしろ国民経済を守るものであり、だから管理通貨制度に代わっても、国債発行なる縛りで通貨は発行されている・・・それは通貨価値維持の人間民衆の、人類誕生の時からの本能であり、それはいかなる社会構造になっても変わらない・・・故に、

<通貨価値基準で社会が変わるのではなく、社会構造の変化が通貨価値基準を変えるのだから、“どのような社会に変わるのか(理想とするのか)、の予測を固めておかないと、未来の通貨を論じても仕方がないと思う>、と条件を付しました。(投稿NO.59)。更には、人間大衆の通貨価値に対する見方は、いかなる社会であっても古来変わらないと思うから、その角度からも新通貨論に期待しました。

そこで橋立さんの「新通貨論」では、どのような新社会経済体制を望まれているのか、それに大いに期待したのですが、その新通貨論は、どこに収斂されて来るのかが、むしろ経済社会論の展開の歴史検証の連続で、新通貨論の切片が見えて来ません。故に、テーマは何だったのか?と振り返ってしまいます。

ただ途中で、<通貨発行の仕方云々はさておき、生産様式と分配の構造の問題>と、方向を転換された気配は感じましたが、でも<(その労働の対価を)どのような方式で分配が可能か>との反問の中に、オカネを配る方法は無いかとのニュアンスが込められています。やはりヘリマネが思考の中心に置かれていますね・・・再度申しますと、正にその解決前提は、未来社会をどう仮定するかに懸っていることで、それ抜きではやはり何を議論すれば良いのか、また分からなくなってしまいます。

新たな投稿の度にその内容は、経済社会体制の問題であり、通貨の問題では無い、私の持論はいかなる社会経済制度においても、通貨はその補助手段であり、その価値維持は正にそれを使う国民生活者に跳ね返らないように、いかなる形態の社会であれ価値維持手段は守られねばならない、その意味で、新たな通貨価値論はあり得ない、それは例えて言うなれば、地動説を天動説に戻すに等しく、例えアインシュタインであっても不可能である、故に変わらない通貨価値維持を、新たなものに変える為の追及は徒労に終わるから、考えるだけムダではないかと、最初に申しました意味は、そこにあります。

その角度から、引用記事氏の論理、そして橋立さんの論理を指摘しようとすると、これまた投稿記事の全段落について言わねばならなくなり、例えば1400兆円の貯蓄と通貨発行との関係に論及しようとすれば、通貨マフイアによる投機問題が絡んで来て、それは通貨価値維持を損ねるというよりも、通貨を使う側の「制度」の問題であって、逆に言えば、事ほど左様に悪用されるから、更に通貨の管理の厳重性が問われる所を、管理通貨制度など何も管理されていないから、意味がないとの論に繋げてしまわれるから、一体何を議論されているのか、分からなくなり、それを検証する投稿労力と時間が追いつきません(笑)。

ただこれが、橋立さんの新通貨論の切片かな?と思われる記事が一つありました。それは<中央銀行による通貨管理のシステムの有り様、概念の中に、そのヒントがあるように思います。通貨発行権が、必ずしも中央銀行に頼ってきた訳ではない歴史から、葬る要素もあるのではないか>・・・

これは驚きました。橋立さんが政府紙幣発行、あるいは地域通貨発行論者であったとは!・・・中央銀行に発行権を与えないということは、政府が発行権を持つことになります、つまり政府紙幣擁護論になります。それも通貨権力が施政者に渡るから、そう言う意味では無いとなると、地域通貨でやれ、ということですか?

確か橋立さんは、政府紙幣容認論者でも無く、地域については丹後における商品券発行の仕方にも反対されていたと思うのですが・・・

歴史は全く逆で、政治権力が通貨支配権を持てば、いくらでも通貨の印刷が可能となり、それでは経済が安定しない、年がら年中、ハイパーインフレの中で生活して行かねばならなくなるから、中央銀行を独立させたわけで、故に我が国でも財政法が定められて、日銀の独立性が分離されたものです。あの高橋是清でさえ、国債の日銀引き受けをやらせましたが、それは一回限りとしており、つまり、経済秩序がどういうことになるか、よく知っているが故の措置でした。

目下の日銀黒田のやり方は、、正にその財政法を破りシンゾー独裁通貨発行論に迎合してしまっている。自民党の中でも、日銀独立性を奪えとのとんでもない逆行論が出始める有り様です。戦争加担政治に復帰する構図とそっくりです。

総論としては、新通貨論構築の前提仕方ないので一行一行検証して行くことに致しますが、一番最初に申しました通り、どうも橋立さんは、通貨価値維持のシステムと、歴史的にここまで発展?(退化?)して来た生産様式における分配論とをまだ混同されている。故に通貨主導論でそれが解決できるのではないかとされている。しこがズバッと出て来ないものだから、何を言わんとされようとしているのかが、常に混乱してしまいます。多くの投稿記事はむしろ、生産社会の矛盾、それは一重に分配論に原因があるものばかりで、それに特化されているものばかりで、新通貨論に繋がる切片が見えないのです。

混同されている記事の箇所は多々ありますが、例えばマルクスの労働価値論が通貨論と混同されているし、ギリシャ国民による預金引き出し行為に言及されて、取り付け騒ぎが起っていることの、背景理屈をよく咀嚼されてないように思います。ジンバブエ、ロシアハイパーインフレの背景解釈が全然理解されていないようです。
それは、基礎年金がヘリマネでなされていると解釈される、最も基本的な事実誤認によるからだと思います。その遠因は、引用記事氏の記事内容は、どれでも良かったとの解釋に感じられます。

まあ、一つ一つ事実誤認を指摘しないことには、新通貨論も大変危ういものなる危険があります。管理通貨制度及び通貨発行基準は、事実上いい加減だから、そのれに準拠する必要はない、ということにはならない訳で、ギリシャ国民が取り付け騒ぎを起こし、事の本質が分かっていないとの指摘も、それは、わが国も含めて気がついていない方がおかしいのであって、管理通貨制度が悪いからではありません。制度の趣旨を守らない方がおかしいのであって、だからギリシャデフオルトのような事態が発生する訳です。

どれは、中央銀行の独立性を止めて政府管理にせよとの意見にも感じられます。財務省役人も選挙で選べるようにするのか・・・これも、どのような未来社会を想定してのことかとの、私の前提条件に収斂されることですが、それは、新通貨論を提案された橋立さんの仕事だと思います。

PS:そろそろズバッと、新通貨論を提示されては如何でしょう。
メンテ
ズバッと概略! 未来社会 ( No.70 )
日時: 2015/07/04 14:12
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:l5xh42ic

満天下さん、まことに申し訳けありません。

私の言い方は、あっちへ飛び、こちへ飛びの繰り返しです。
試行錯誤、そのものを出しているようなものです。
ですが、それが本当の認識の仕方とも(弁証法的)と思っています。


>そろそろズバッと、新通貨論を提示されては如何でしょう。

ですが、ズバッ言えるのは通過論ではなくて、未来社会の有り様です。


経済の話をするとき、常に想定しているのが雇用の問題です。

>『創世記』の記述によればエデンの園は「東の方」にあり、アダムとエバは、エデンの園を耕させ、守らせるために、神によって、そこに置かれ、そして、食用果実の木が、園の中央には生命の樹と知恵の樹が植えられた。
 
の文章も借りていいましたが。人間社会は各自が生きるための労働をしていることが人間性を保てる絶対条件と想定しています。

3000年も前に書かれたであろう旧約聖書の中に、人間の本質が見事に書かれていると驚嘆しています。
人間は、言われた様におとなしく労働をしていれば良いのに、知恵の実を食べたばかりに利己心が芽生え、ややこし人生に入ってしまった。要するにおとなしく畑を耕すと言う原点を見直せと言う様に解釈しています。

ですので、結果としての格差があろうとも、むしろ格差は必要とも、ともかく人間には労働と言うものが必要です。
それによって始めて人間の醜い本性がコントロールされるものと思っています。

私たちの一生を振り返っても、仕事抜きの人生など考えられないでしょう。
生きるために仕事をしなくて良いならば、私たちの精神もどこへ飛んで行くか知れません。

ところが現代社会は生産手段の発達と流通経済の発達で、生きるための仕事にありつけないもの、仕事をする必要がなくなった人が随分と増えてきています。
自民党などが言っています、新しい産業で雇用を確保すると言うような話は、不確実な予想に過ぎず、生産技術の更なる発達、経済のグローバル化の方が進んできます。

私の話の前提は、以上の事を認めるか、認めないかで話が違ってきます。
ヘリマネを絶対否定していますのは、上と同じ理由からです。

経済のことは、では、どうすれば良いか考えた時に始まります。

生きるための仕事を求めている人に、概ね仕事を提供すると言うことは、もはや国家が動かないと、企業の責任ではできないことです。
いい遅れましたが、資本主義は、人間性に最も適した制度であり、これを踏み外しては、別の深刻な事態が生じます。
そいう訳で資本主義体制を取りながら、殆どの人に雇用と確保するということは、先に言いました様に国家かそれに変わるものがやらねばなりません。

この為に、どのような経済の仕組みを作るかが発想のスタートです。
それは、当然、資本主義を修正することになります。

通過管理制度などのことですが、現行の制度は現行の経済のシステムを維持する限り、それが正解で、間違っているとは考えていません。

このスレッドで以前にも書きましたが、このような事を大雑把にいうことは漫画の世界の問題であり、それが実現可能か、否かを検証して進まねばなりません。
ヤフーの頃は、概ね漫画的発想で終わっていましたが、満天下さんなどの話を通じて、結構専門的な言葉で検証出来る様になったでしょう。

公共事業や基礎年金を通過の増刷でするとかは、それが可能か否かを具体的な例で検証してるのです。
通貨発行権を国家に戻すことも同じです。

と、いいますのは、これも満天下さんとの話の中から、修正資本主義の修正すべき中心は、どうも通過管理制度にあると当たりをつけました。

もちろん、理論的な問題以外に、金融マフィアの存在もあり、この修正(価値観の転換)は、それこそアインシュタインの相対性理論の様に普通は考えもしないことであると思っています。

地域通貨に関しては、どのような場合でも認めてはいません。
むしろ、通貨発行権を国家に委ねると言う考えからも、否定しなければならないことです。

以上の様に、私が提案していますことは、文明史的範疇のものであり、経済の領域も超えていると思っています。

このスレッドのアクセス数に見られるように、現在では、こうした文章に殆どの人が興味を示さない事を悲しんでいます。

(追伸です)

>もちろん、理論的な問題以外に、金融マフィアの存在もあり、この修正(価値観の転換)は、それこそアインシュタインの相対性理論の様に普通は考えもしないことであると思っています。


新しい通貨の概念、これはこの中にあると思いますが、そのようなものを具体的に提示するのは、むしろ現行制度に精通されている満天下さんの方が近道であると思っています。
メンテ
通貨価値維持の重要性>それが正に中央銀行独立の重要性です ( No.71 )
日時: 2015/07/04 14:08
名前: 満天下有人 ID:LBCcjgUY

通貨発行権を政府に戻せとの意見には、驚きましたが、何故ハイパーインフレが起るのかの重要な要因として、通貨が単純に印刷されるのが、最も大きな原因なのです。

その例として、ルーブル危機が何故起こったのか、その悪例として最も代表的な例としてアフリカジンバブエを挙げましたが、どうもそれが理解されないようなので、も一つ例を挙げておきます。

我が国の史実です。明治維新の時に、薩長はどのような金融制度にすべきか、欧米を1年7カ月もかけて、岩倉使節団として半ば遊興もかねて回った話を何回か投稿したことがありました。

そして帰国後に、維新政府は、英国の中央銀行型ではなく、アメリカの*国立銀行制度を採用したことを紹介しました。

(*ここで言う「国立」とは、政府管轄の国立という意味ではありません。国が定める銀行法に乗っ取って設立される民間の銀行という意味です。)

従って通貨価値を維持する中央銀行は我が国にはありませんでした。

そして明治10年、西南戦争が起りました。その時に政府は、通貨価値維持を目的とする中央銀行が無かったものだから、政府が勝手に戦費を印刷しまくり、そして国立銀行にも紙幣を印刷させて、それを政府紙幣で返済する方法を取ったものですから、すさまじいインフレを起こしてしまいました。つまり、橋立さんも言われる管理通貨制度など意味がないとされる、その管理通貨制度を仕切る中央銀行もなければ、兌換の裏付けも無い政府通貨を発行した結果なのです。ジンバブエハイパーインフレもロシアルーブルも同じ原因で起りました。

その反省に立って、明治15年、松方正義、後に蔵相、首相になる前の日銀副総裁になった高橋是清をフランスに派遣、セーの法則で有名なセーの叔父?だったか、仏中央銀行総裁のレオン・セーの手ほどきを得て、日銀が創設されます。

その松方は、日銀は設立したものの、後の緊縮財政で失敗し、金融史では松方デフレとして批判されておりますが、ヘリマネの悪結果の重要な史実として、書くのを忘れましたので、追加しておきます。

かくの如く、単にヘリマネという命題だけに対しても、それには通貨価値維持の検証もせねばならないし、膨大な史実を列記せねばならないほど、重大な問題を含むテーマなので、簡単にレスが進まないのです。先ずはやはり、橋立さんの事実誤認を、一つ一つ潰さねばならない作業が、不可欠となって来ました。

そして、どのような意味で言っておられるのかも、一つ一つ尋ねて行かないと、すれ違ってしまい、誤解が生じて、糸がもつれて要らぬ労力を要することになります。

最大の事実誤認は、あの引用記事氏の記事に、重大な錯誤が含まれているそれに対し、橋立さんが、そのどれでも良いと気軽な認識しかされていなことから、事実誤認の上に誤認が重なる事になってしまい、少なくとも私には、何をしようとするスレなのかが、訳が分からない状態になってしまっているのです。
メンテ
Re: 未来社会を考える < ヒットラーの予言 ( No.72 )
日時: 2015/07/04 14:32
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:l5xh42ic

満天下さん

>橋立さんの事実誤認を

と言われていますが、これまでの満天下さんとの話の中でも知識を得ており、あるて程度は理解できていると思います。
事実を誤認している訳ではありません。

逆に問いかけますと、現行の通貨理論、通貨管理理論の延長で、先に私が言いました未来社会での労働の有り様を担保することができるでしょうか。

そのようなものは経済の専門家からは、金輪際出てこないでしょう。

大体、現行の経済理論などは、実体経済の追認ばかりしてきたものでしょう。
新自由主義の考え方もです、当時の経済の都合に合わせてハイエクなどを復活させています。
そのやり方で、将来の経済社会のあり方を、想定するような理論など出してくるはずはありません。
今までの資本主義体制は、それでもよかったのですが、資本主義に行き詰まりと言うことが出ている現在では、それに任せることは如何でしょう。

ですので、未来社会の有り様を私が言っているようなことは必要ないと思われるならば、何も無理に現行制度を弄らなくても良いことです。

私は、現行制度(お陰さまで、そんなに事実誤認している訳ではありません)を事態に合わせて弄っているようでは、大きな転換はできないと思っています。

国家が雇用を保証するなどは、トンデモない大きな変換です。

>最大の事実誤認は、あの引用記事氏の記事に

通貨発行の限度を国民資産に求めるか、GDPに求めるかなどは、大きな転換に対しては些細な違いと思っています。
メンテ
Re: 未来社会を考える < ヒットラーの予言 ( No.73 )
日時: 2015/07/04 16:59
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:l5xh42ic

通貨を国家が発行する事について、それが旨く行かなかった事例を色いろと言っていただいていますが、だからと言って、それを永遠のタブーだとすることはないでしょう。

通貨発行を国家が行った事例のほとんどが、いわば、いい加減な発想のものであったとも言えます。
また現代社会において政治が経済に翻弄されいることも事実です。

将来、経済の分野でも政治を反映させるためには、通貨発行権を政府が握ることです。
霞ヶ関の官僚共が横暴になっているのも予算編成権の実際が内閣でなく官僚の手にあることと同じだと思います。

ですが、政治とは、これも不安定要素が付きまとい、いつ暴虐の政治屋が出てくるかもしれませんし、衆愚政治に陥るかも知れません。

でも、これは歴史が証明しているように、国民の手で修正出来ています。
現代社会のグローバル化は、一国の国民が、どのようにあがこうが、大きな問題を修正することはできません。
世界同時革命が起きることも考えられません。
起きたとしても、それまでに崩壊した国家の浮体が充満していることでしょう。

で、ありますので、今のところの国家単位で、経済を政治に取り戻すことが必要でしょう。
通貨を国家が発行する事のディメリットは山ほどあるでしょう。

ですが人類は本気でその対抗策に挑戦したことがあるでしょうか。
もちろん、今まででは不可能であったとしても、現代社会のあらゆる事象を検証すれば、可能かもしれません。

いずれも、そう言う提案でして、明確に、それはが立証されば、言っております様にノーベル賞、10個ものです。

メンテ
Re: 未来社会を考える < ヒットラーの予言 ( No.74 )
日時: 2015/07/04 16:17
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:l5xh42ic

満天下さんとの意見交換の中で、このスレッドの主体の概要が出ております。

満天下さんも指摘されているように、もとより、未来の話です、可能性の話です。

そうして、これも満天下さんが指摘された事について一々、反証できるか否か、が求められているのです。

制度として流布しようと思えば、多くの人も納得する理論の構築が必要なのです。

その詳細までも、私にできるとは思いませんが、方向性の提案は可能かと思います。

それも未だ確かであると言う検証も出来ていない状況です。

経済に詳しい方の参戦こそ、求められています。



メンテ
仕切り直しまして ( No.75 )
日時: 2015/07/04 17:59
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:l5xh42ic

満天下さんとの議論の行き違いは、確かに起こっています。
そうして、それは対立でもないのです。
同じ事を、帰納法(私)から言っているか、演繹法に基づいているかの違いと思います。
特に、このスレッドでは、私の持論を優先させて進行しているからです。

要するに、経済の議論を進める以前にNO 70のレスの前半、特に下記の問題に対する満天下さんの認識が、どうであるかが問題なのです。

>ですので、結果としての格差があろうとも、むしろ格差は必要とも、ともかく人間には労働と言うものが必要です。
それによって始めて人間の醜い本性がコントロールされるものと思っています。

未来社会を考えるとき、上記以外にないと言う訳ではありません。

いろいろな想定が出来ると思います。
別のものがあり、それが私の提案よりも望ましいと思われれば、即座に私の提案は取り下げます。

どなたでも、よろしいので、このような角度からのご意見が欲しく思います。

本当に、素直に、その様に考えています。

ともかくグローバル化して行く資本主義の矛盾を傍観していてはいられない気持ちです。
メンテ
未来社会を考える ( No.76 )
日時: 2015/07/04 17:49
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:l5xh42ic

>いろいろな想定が出来ると思います。

ある人は言います。

ごルーバル化で進歩した経済体制により、富の分配さえ誤ることなく、全ての人が暮らせるように、ワークシャアリングなどを取り入れ時間的な余裕はレジャーを増やすことによって、より充実した人生が送れる。

グローバル化は、ある意味、商品を安価にして多くの人が多くの商品を容易く手に入れられ、少々の年収が減っても豊かな人生が送れる。
また、どうしても職がない人にはベーシック・インカムをやり対応すれば良い。

未来社会は、そもそも働かなくても良い人は働かなくても良いのである。
基本的な生活は国家が管理し国民は自分の余暇の時間を消費する事を考えれば良い、理想社会である。

グローバル化が進んだ社会は、格差が格段に広がり、社会の二極化が進行する。
それも仕方ない現実として受け入れれば良い。

グローバル化によって生まれた深刻な社会の二極化は、結果として弱者、強者の深刻な対立を引き起こし世界中がテロ、暴動状態となり、スラムと繁栄地など地区的にも住み分けされ、もはや近代国家とは言えない、と言うよりも、それが未来国家の姿である。


まさに冒頭の文章で紹介しました、人間性が著しく変わる問題、そうして、新しい人間社会の現れです。

>「…“2つの極”はますます進む。1989年以後、人間はごく少数の新しいタイプの支配者たちと、非常に多数の、新しいタイプの被支配者とに、ますます分かれていく。一方は、全てを操り、従える者。他方は、知らずしらずのうちに、全てを操られ、従わされる者たち。

それも予言では2039年、近未来です。


皆様は、どのような社会を思われますでしょうか。

このスレッドの主題は、こうした事を避ける為に、何ができるか、何が可能か、何をしなければならないか、と言う事です。
メンテ

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