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[2303] 公明党・創価学会の正体
日時: 2015/07/26 14:43
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:KiAaMuhw

末法思想と言う言葉を知っておられる方は多いと思います。

末法思想とは、釈迦が説いた正しい教えが世で行われ修行して悟る人がいる時代(正法)が過ぎると、次に教えが行われても外見だけが修行者に似るだけで悟る人がいない時代(像法)が来て、その次には人も世も最悪となり正法がまったく行われない時代(=末法)が来る、とする歴史観のこと。
そうして末法の時代に入ると釈迦の生まれ代わりのような人物が登場し仏教を立て直すといます(釈迦の予言でもあります)。

日本では1052年から末法がはじめると言われていました。当時は鎌倉時代。日本大衆仏教が興った時代でもあります。
釈迦の生まれ変わりを「本仏」と言って、日蓮が、その本仏であると言う話が興っていたようです。
その経緯次のようなものです。

>「日蓮本佛論」に「於いては、Aの『開目抄』の言葉を以って、本抄を「人本尊開顕の書」であると主張し、日蓮が『龍之口法難』【文永八年(1271年九月十二日】に上行菩薩の再誕と言う迹を払って、「久遠元初の御本佛」としての本地を開顕したとする『発迹顕本』という思想の根拠としている。

しかし、日蓮が【文永十一年(1274年)十二月日】に身延で図顕した『万年救護之大本尊(国指定重要文化財)』の讃文には「上行菩薩出現於世始宣之」と「上行菩薩が出現して始めて此の大本尊を弘通する」という意味の言葉が明記されている。
然らば、それに先立つ【文永九年(1272年)二月】に著された『開目抄』に「日蓮は日本国の諸人にしうし父母なり」と記述されていたとしても、必ずしもこの文面を以って日蓮が本佛宣言をしたとは言えない。
http://homepage3.nifty.com/juhoukai/mandara/016.html
日蓮の弘安年間に記された遺文には、自らを上行菩薩の使いである旨の表記は散見されるが、日蓮正宗の主張による【弘安二年(1279年)十月十二日】の『本門戒壇大御本尊』図顕の前後に書かれた遺文には、自らが「末法の御本佛」であるという自覚を窺わせるものはありません。

【弘安二年(1279年)九月】に著された『寂日房御書』には「日蓮は此の上行菩薩の御使として、日本国の一切衆生に法華経をうけたもてと勧めしはこれなり、此の山にてもをこたらず候なり」(外受ノ二)、また【同年の十二月三日】の『右衛門太夫殿御返事』には「日蓮は上行菩薩にも似たり、此の法門を弘むる故に」(録外二十五ノ5)と記されています。
要するに確かな資料に依る限り、「上行菩薩再誕日蓮」と「日蓮本佛」は並立し得ない思想である事がわかります。
日蓮正宗等に於いては「上行菩薩再誕日蓮」を「外用」、「日蓮本佛」を「内証」と立て分けた教学を構築していますが、その確かな「文証」は皆無です。

BとCに於ける所謂「血脈抄(『本因妙抄』・『百六箇抄』)」についてですが、現在の仏教学や文献学の分野に於いては、これらは日蓮真撰とは認められていません。
また、富士門流の祖である日興の教学思想を考察する上でも、第二線の資料としても使用できません。
日興遺文にも「日蓮本佛」を窺わせるものは無く、彼の弟子の著作にも見当たりません。
「日蓮聖人の御法門は、三界衆生の為には釈迦如来こそ初発心の本師にておはしまし候」
(『原殿御返事』 『日蓮宗宗学全書』2興門集、173)
「日蓮聖人は忝くも上行菩薩の再誕にして本門弘通の大権なり」
(『五人所破抄』〈三位日順)『日蓮大聖人御書全集』大石寺版P1611)

日蓮遺文集として最も権威のある『昭和定本日蓮聖人遺文』には総数434編の日蓮遺文が収録されていますが、その内で真蹟・曾存とされる遺文は222編、真偽未決とされるものが212編あり、その未決の中で55編は偽撰であろうと言われています。
しかし、『本因妙抄』と『百六箇抄』に関しては、本遺文集には収録されませんでした。
勿論、編纂には全ての日蓮宗各派の関係者が編纂委員となり、多くの第三者的な立場の研究者が参加していますのです、決して不公平な裁定がなされた訳ではありません。
件の「血脈抄」が『昭和定本日蓮聖人遺文』に収録されなかった主な理由は、それらの文書には正筆や時代写本が現存せず、加えて、正筆紛失の経緯も詳らかでなく、曾存とすることが出来ないばかりか、真撰とされる他の日蓮遺文と比較した場合に、思想内容や表記法等に著しい相違が認められ、それらが元来、興門流の自家用文書としての性格を有するものと判断された為だと言われています。

(引用終わり)

日蓮本仏論は日蓮宗の秘事として語り継がれ、その中でも日蓮正宗が特に大切に考えていました。

ところが、仏教の勉強会のようなものとして出来ていた創価学会の前身は、当時から、日蓮ところか、その指導者、牧口常三郎、戸田城聖等を釈迦の生まれ変わりになぞらえようとした。
この過程はオームの麻原と何ら変わりません。

その集団は日蓮正宗に合流することになりましたが、「本仏」を巡る思惑に日蓮正宗と相容れなくなり、創価学会の集団には呆れ返りまもなく破門することになります。

創価学会のこの傾向は、破門後にさらに強まり、最終的には戸田の後継者、池田大作を「本仏」と称することにためらいがありません。
次に紹介しますのは、その「池田本仏論」です。
メンテ

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Re: 公明党・創価学会の正体 ( No.1 )
日時: 2015/07/26 15:48
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:KiAaMuhw

「池田大作本仏論」

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

池田大作本仏論(いけだだいさくほんぶつろん)は宗教法人創価学会の一部信者による同会名誉会長の池田大作を現人神として扱う教義、思想の敬称である。

本仏論の原型

本仏論の原型となるものは意外に古く、戸田城聖が会長を勤めていた1950年代まで遡る。戸田は常日頃より「創価学会の組織の中にいつかご出現されるであろう久遠の一念三千様が・・必ずやご出現なされるのだ!」と周りに予言していた[1]。戸田は広宣流布の一切の後事を青年部全体に託したが、後継者として特定された個人名を出さずに他界する。
無罪判決と本仏論の始まり。

戸田の死後、池田が創価学会会長に就任するが当初は本仏論を主張する動きはなかった。しかし、1962年に大阪事件の無罪判決が言い渡されると一部信者が久遠の一念三千様は池田会長のことではないかと勝手に解釈、戸田が生前、池田を後継者に指名していたという誤った話が学会内に広まる事となる[2]。補足ではあるが創価学会のHPでは戸田は広宣流布の一切の後事を青年部全体に託したとされており、特定の個人を後継者に指名した記述は一切ない。

一部幹部の暴走と本仏論の広まり。

大阪事件の無罪判決を機に福島源次郎や山崎正友など一部の過激な幹部たちが池田会長を仏であるかのように喧伝。内容が全国に広まる。特に大阪事件の無罪判決を創価学会は利用し各支部や地区に至るまで池田会長を仏や現人神であるかのように喧伝が行われた。それには池田の著書である『人間革命』の文面も使用された。福島、山崎など一部幹部による池田会長を仏や現人神であるかのように喧伝が行われた結果、一部信者が暴走、言論出版妨害事件や宮本顕治宅盗聴事件などの事件を起こし社会問題化すると同時に、宗門である日蓮正宗との軋轢を招いた。

日達は1974年に「最近ある所では、新しい本仏ができたようなことを宣伝しておるということを薄々聞きました。大変に間違ったことであります。もしそうならば正宗の信仰ではありません」と池田本仏論を批判[3]。しかし、福島や山崎が日達を批判したことや公明党が野党第2党として躍進したため、本仏論は収束せず更なる広まりを見せた。池田は、日達の発言から6年後の1980年『聖教新聞』の紙上で「代々の会長を神格化などしてはなりません」「私などを絶対視してはならない」「私自身、罪業深き、過ち多き身であることをよく知っております」と自らの本仏論を否定した。また、その後も創価学会の総会・幹部会などで自分たちの活躍は池田先生のおかげであるなどと池田を褒めたたえ神格化する傾向が強くなり、池田への称賛を忘れた会員や幹部に他の会員から非難や嫌がらせが相次いだため、池田大作が自ら総会、幹部会の発言におけるいかなる発言であろうと他人が発言者を非難してはいけない。自分(池田大作)を華美に褒め称える発言も慎むようにと厳命し通達を出す事態となった。

日蓮正宗からの破門と本仏論の肯定

創価学会は宗門である日蓮正宗との軋轢を繰り返した末、1991年に日蓮正宗から破門される。破門後、本仏論が学会内で再び広まることとなる。
こうした中、2002年3月28日に会則改定を実施、教義について定めた条文から日蓮正宗に関連する文言を削除するなど日蓮正宗との決別を明確化させる一方、初代会長・牧口常三郎、第2代会長・戸田、第3代会長・池田の「三代会長」を「創価学会永遠の指導者」と定める条文を新たに盛り込んだ。その「三代会長」に関しては、更に、当該会則改定で新たに付加された序文の中で「『三代会長』に貫かれる師弟不二の精神と広宣流布実現への死身弘法の実践こそ「学会精神」であり、永遠の規範」と規定されている。ここで、初代会長の牧口と第2代会長の戸田の2人は既に他界していることから、池田が実質的に唯一無二の「永遠の規範」であり「永遠の指導者」であるということになり、当該会則改定が”池田本仏論”の具現化とみなされる所以となっている。

その後、前記会則改定に並行して宗教法人・創価学会としての規則の改定を所管庁である文部科学省に申請、2002年4月26日に文部科学大臣より認証が下りた。このことを伝えた聖教新聞同年5月2日付紙面によると、新たな規則では前記会則改定で盛り込まれた序文並びに新教義条文を踏まえたものとなっており、前記で触れた新会則に続いて日蓮正宗との決別を明確にしている。そのため、創価学会は池田を事実上の「教祖」と仰ぐ独立した新興教団に変質した、との指摘が為されている。
なお、規則改定直後に初めて開かれた本部幹部会に於いて、第5代会長・秋谷栄之助は、規則改定のことには触れず、その直前に行われた会則改定を基に池田を賞賛する発言を展開した。

(引用終わり)


800万人とも言われる創価学会会員(信者)の為に、このような批判は謹んできたが、創価学会の余りにも身勝手な行動、憲法無視をみて、これ以上放置する事の危険性を感じ攻撃を開始することになった。

そもそも、池田本仏論に見られるように、創価学会の上層部は宗教と政治の区別がついてなく、創価学会を国教のようにし国家をも支配しようとしているものである。

まるで現実離れした空想のように感じされるであろうが、ついこの間、オームの麻原も同じような考えを持っていたでしょう。
オーム程度であれば、国家単位で見れば、それほど脅威ではなかったが、サリン事件を起こすなど、見逃せるものでなかったことは十分に経験したことです。

創価学会の日本征服も、彼らの頭の中にはあるものとすべきです。
その証拠が公明党の存在であり、創価学会が霞ヶ関官庁、とりわけ司法の分野に会員を送り込んでいることです。

もちろん、一般会員には、このようなことはおくびにも出さず、別の言い方で修辞しているでしょう。


次に、池田及びその側近共が如何に思い上がっているを示しましょう。

池田大作レイプ訴訟

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E7%94%B0%E5%A4%A7%E4%BD%9C%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%97%E8%A8%B4%E8%A8%9F


創価学会男子部本部長によるセクハラ事件

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%B5%E4%BE%A1%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%83%8F%E3%83%A9%E4%BA%8B%E4%BB%B6

池田自身は、もみ消しに成功しましたが、池田がハーレムを作っていると言うような噂も立っています。

現在は、国王なのか、現人神か知らないが、高齢の池田の跡目を巡り幹部たちの争いが始まっているように聞きます。

このような創価学会をスランスを始め数カ国がカルトと認定しています。

一般会員に何を言っているか知りませんが、上層部はこんな連中で構成されているのです。

一般会員は自分が信じている教えが釈迦のものではなく池田大作の教えであると解っているのでしょうか。

日蓮でさえも、他人が本仏となぞらえても自身で本仏と思ったことはない、それを池田は自ら本仏であることを願い、宣言した。

池田ごときが釈迦の生まれ変わりなどと、宗教も舐められたものです。

(追記)

文中に池田は本仏になぞらえられることを何度も否定したとありますが、これは出来レースであり、中国などでは人事上で重要な役目の要請は3度は断るものだと言うことがあります。

もともと牧口、戸田などは、個人名は上げなかったが現在に本仏が登場すると予言していました。
その流れのなかの池田であり、最終的には創価学会が日蓮正宗から離れて独立した時点で、創価学会の規範に書かれた、

「池田が実質的に唯一無二の「永遠の規範」であり「永遠の指導者」」であるという言葉によって、池田自身が、その地位に就くことを了解した形となっています。

メンテ
Re: 公明党・創価学会の正体 ( No.2 )
日時: 2015/07/26 15:56
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:KiAaMuhw

以下は、悪意を持った創価学会批判のサイトの記事です。

http://www5c.biglobe.ne.jp/~lotus/newpage3.htm

しられざるデタラメな
  「創価学会の教義」

一般の創価学会の信者に邪な人は居ません。邪なのは、信者を騙し続ける創価学会です。

仏教を騙り
法華経を騙り
日蓮聖人の教えを騙る
似非仏教集団の闊歩する時代。

巧妙に嘘とデタラメを
真実と偽る集団に、
 国政を任せてはなりません。

「本冊子は創価学会の教義と
そのよりどころであるはずの 
法華経・日蓮聖人の本来の教えを対比し
学会教義の非常識なることを示すものです。」



池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」P63
「釈迦の法はもう過去のもので何の利益もない」

妙法蓮華経 寿量品
  「衆生を救わんがための故に 方便して涅槃を現すも しかも実には滅度せずして 常にここに住し
   て法を説くなり」 (衆生=生きとし生けるもの、方便=真実に導く手段、涅槃=入滅)
日蓮聖人御遺文(守護国家論、曾谷抄)
  「法華経は釈迦牟尼仏なり、法華経を信ぜざる人の前には釈迦牟尼仏入滅を取り、此の経を信ず
   る者の前には滅後たりといえども仏の在世なり」
  「釈尊の法華経を口に誦しながら教主に違背す、不孝国は此の国なり」(釈尊=釈迦牟尼仏)

   仏教とは、約2500年前の文明社会に実際にお現れになり、最下層の人々から国王に至るまで、人々の
   一切の苦しみを解かんとされた釈迦牟尼仏の教えであり、心の教えであります。2500年前も現在も、人
   々の心そのものは何も変わることはありません。お釈迦様以外の教えを、仏教とは言いません。釈迦牟尼
   仏の教えを正しく学ぶならば、釈迦牟尼仏は常に心の世界に実在し、法を説かれます。法華経は、その実
   在を確証せる経典でもあるのです。

創価学会教学部編 「批判を破す」
「釈迦が本仏であり、日蓮聖人は釈迦仏法による民衆救済を本懐とされたというのか。まことに
 浅識な論断である。」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P65
「われわれは釈迦仏教に縁のない民衆であることを
 知らねばならない」

妙法蓮華経 譬喩品
  「今この三界は皆これ我が有なり。その中の衆生はことごとく これ我が子なり。しかも今この処は
   もろもろの患難多し、唯われ一人のみ能く救護をなすなり。(三界=一切の世界)
日蓮聖人御遺文(法華取要抄、諸法実相抄、一ノ谷抄)
  「この土の我等衆生は五百塵点劫より已来、教主釈尊の愛子なり」
  「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか、地涌の菩薩にさだまりなば釈尊の久遠の弟子たること
   疑わんや」(久遠=永遠の過去) 
  「法華経に背き、釈迦仏を捨つるが故に、後生は必ず無間地獄に堕ちんことはさておきぬ、今生にも
   大難に値ふべし」 (後生=生まれ変わる来世、今生=今生きている現世)

   釈迦牟尼仏は一切の人々を救わんと教えを説かれました。もし、私たちがその教えを求め実践しようとする
   ならば、即ちお釈迦様の弟子(菩薩)になるわけです。日蓮聖人も、信徒さんも、他宗の方々も皆、釈迦牟
   尼仏のお弟子なのです。また常識的に、お釈迦様に縁のない方々を仏教徒とは言いません。日蓮聖人は、
   一切は教主釈迦牟尼仏の慈悲による教えであり、この恩を絶対に忘れることはあってはならぬと、生涯を
   賭して訴えられたお方です。

創価学会教学部編 「批判を破す」
「釈迦を本仏とするような狂学で、天下の創価学会に太刀打ちしようとしても、労多くして益なき
ことを知るべきだ」 

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P67、P316
「日蓮聖人が末法の御本仏であらせれる」
「釈迦等のとうていおよぶ 分際ではない」

日蓮聖人御遺文(祈祷抄、報恩抄、種種御振舞御書)
  「釈迦仏ひとり、主・師・親の三義を兼ね給へり」
  「如何に況や仏教を習はん者、父母、師匠、国の恩をわするべしや」
  「日蓮は幼若の者なれども、法華経を弘むれば釈迦牟尼仏の御使いぞかし」

   法華経は、釈迦牟尼仏が永遠なる本仏であることを顕わされた経典です。日蓮聖人の御遺文「我日本の
   柱とならむ、我日本の眼目とならむ、我日本の大船とならむ等と、誓ひし願やぶるべからず。(開目抄)」は、
   釈迦牟尼仏の御使命を全うせんとする菩薩の自覚を込められた誓願です。創価学会はこの文を本仏とし
   ての宣言であると歪曲します。釈迦牟尼仏の御恩に報いねばならぬとする日蓮聖人に背く、下克上の教
   義です。

創価学会教学部編 「批判を破す」
「(日蓮聖人を)本仏と仰ぐべきことは宗祖の御真意である。頭の悪い連中には、何が何だか
 さっぱりわからなくなる。釈迦本仏という先入観・色眼鏡をすてなければならない。」
 
池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P93
「釈尊出世の本懐である法華経でさえも
 末法の今日には まったく力はない」


妙法蓮華経 薬草喩品/神力品/譬喩品
  「この法を聞き己って、現世安穏にして後に善処に生じ」
  「我が滅度の後に於いてこの経を受持すべし、この人仏道に於いて決定して疑いあることなけん」
  「もし人信ぜずして此の経を毀謗せば、則ち一切世間の仏種を断ぜん」
   (毀謗=そしる、仏種=成仏の可能性)
日蓮聖人御遺文(開目抄)
  「善に付け悪に付け、法華経を捨つるは地獄の業なるべし」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P70
「(創価学会の)この大御本尊を拝む以外に末法の
 衆生は基本的に幸福になれないのである。」

日蓮聖人御遺文(観心本尊抄、報恩抄、本尊問答抄)
  「其の本尊の體たらく、本時の娑婆の上に宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・
   多宝仏、釈尊の脇士上行等の四菩薩」(娑婆=汚れと苦しみに満ちた現実の世界、宝塔=仏様の墓)
  「本門の教主釈尊を本尊とすべし」
  「法華経の題目を以て本尊とすべし」

   お釈迦様を謗り、教えを信じない創価学会の本尊でなければ、幸せになれないとはどういうことでしょうか。
   本尊というのは帰依する対象です。例えば本尊が仏像である場合、仏像そのものが有り難いのではなく、
   仏像によって顕わされた仏様を想って拝んでいるのです。日蓮聖人の描かれた曼陀羅本尊にも、帰命する
   対象(仏・法・僧)と、信仰における仏の境界が顕わされています。正しい信仰とは、形あるそのものが有り
   難いのではなく、それにより顕わされたものが信仰の対境となるのは言うまでもありません。これを拝めば
   幸せになると言うようなものは迷信です。あくまでも教主・釈迦牟尼仏を尊敬するからこそ、その正しき教え
   を心に留めて生活し、幸せに向かうのです。

創価学会教学部編 「批判を破す」
「自己流の見解を並べている。(中略)でたらめもいいかげんにしておけ。恥を天下にさらす
 のみだ。」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P280、P286
「邪宗教の本尊を拝めば、不幸になるのは当然」
「日蓮正宗(創価学会)以外は ぜんぶ邪宗教であり
 害毒を流すもの」

   釈尊にも、日蓮聖人にも違背する教えをもって、自らを正しき宗とし、他を邪な宗と一方的に主張するのは、
   全く不条理なことです。

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P314
「富士大石寺(創価学会)の大御本尊を拝まない者は
 すべて謗法である。」

日蓮聖人御遺文(善無畏抄)
  「仏には釈迦牟尼仏を本尊と定めぬれば自然に不孝の罪脱がれ、法華経を信じぬれば不慮に
   謗法の科を脱がれたり」

   謗法とは、くわしくは誹謗正法であり、仏教上における重罪です。教主・釈迦牟尼仏とその正しき法を謗る
   ことを言います。「釈迦も釈迦の教えも役には立たぬ」と主張する創価学会こそ、当に謗法の徒と言わざる
   を得ません。仏教上の定義までも勝手に都合良く変えて良いものではありません。

   創価学会は、近年まで日蓮正宗(大石寺派)の誤った教義を利用してきたため、「日蓮聖人の御真筆であ
   っても、(大石寺の)大御本尊に直結しなければ何の功徳もない(P314)」と主張しておりました。しかしな
   がら、日蓮正宗より破門されるやいなや「(日蓮正宗)法主の許可や開眼などは無用」(聖教新聞)とし、創
   価学会複写の曼陀羅本尊のみを有効としています。

   注) 日蓮正宗(大石寺派)は、日蓮宗とは違います。他の日蓮系法華宗諸派とは異質なる「日蓮本仏論」
   を主張します。これは、仏と上師を一体と観る密教的な修法が、後世、誤って伝わり教義となってしまった
   と考えられます。いずれにしても、仏教の開祖である釈尊を詮なきものとする教義は偏狭なものです。なお、
   日蓮正宗が唯一とする板本尊は、偽物(日蓮聖人の真筆ではない)との見解が有力です。

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P303
「釈迦仏法など立てるのは去年の暦と同様で役に立た
 ないしろものである。これを使用するから生活に破錠
 をきたすのは とうぜんである。」

   創価学会が、日蓮聖人の教えに背く教えを、あたかも日蓮聖人の教えであるかのように騙るため、世間に
   大きな誤解を与えています。釈迦牟尼仏の教えでないものは、仏教ではありません。日蓮聖人は、仏教が
   枝分かれし混迷した時代にあって、仏とその教えの本質に統一回帰せしめんとする法華経の広宣に命を
   懸けたのです。

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P321
「俗にいう日蓮宗を代々やっていると家族に不具者が
 できたり、知能の足りない子供が生まれたり、はては
 発狂する者ができたりして〜」


池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P323
「日蓮正宗(創価学会)以外の宗派はすべて
 人々を不幸に落とす力をもっている。」

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P330
「仏教は勝負であるから正邪は生活に事実として
 正は勝、邪は負の現象が出るのである。」

   仏教は勝負ではありません。正しさは、勝ち負けにかかわらず、多い少ないにかかわらず存在します。ちな
   みに、朝日新聞の調査(平成11年夏頃)において、各政党別支持者のアンケートを行ったところ、公明党
   支持者の「将来への不安」「現状への不満」が、多党支持者に比べて一段と高かった結果が出ています。

池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P349
「世間の無知な批判の中には、日蓮正宗における
 学会の存在を、日蓮正宗の本山を食い物にして、
 やがては一派独立の野望に燃えている新興宗教
 だというような、およそ誤認識もはなはだしい考え
 方をしたものすらあったのである。」

   昭和49年、日蓮正宗の信徒団体として組織力も資金力も強大になった創価学会は、これまで利用してき
  た日蓮正宗を自らの配下に納めようと画策し始めましたが、事の重大さにやっと気が付いた日蓮正宗は、
  平成3年遂に創価学会を破門しました。これにより、現在に至ってもなお、スキャンダラスな醜い曝露合戦
  が盛んに続けられています。

創価学会誌 大百蓮華より抜粋
 「主徳」 全日本を、そして世界を守る池田先生のみ、現在において主徳をそなえて
       いらっしゃる。
 「師徳」 私たちの池田先生のみ師徳具備でいらっしゃる。
 「親徳」 我々学会員の幸せを願ってくださる池田先生こそ親徳兼備でいらっしゃる。
  * 主・師・親の三徳は、本仏を意味します。


  

過去の公になった事件
    選挙違反/替え玉投票/選挙投票所での集団暴行/僧侶への集団暴行/創価学会批判出版物に
    対する妨害/組織的盗聴事件/取材するマスコミへの集団暴行等



 (以下省略)
メンテ
Re: 公明党・創価学会の正体 ( No.3 )
日時: 2015/07/26 16:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:KiAaMuhw

創価学会の教典は、日蓮宗と同じ「法華経」となっている。

けれども正規の僧侶はいなく、誰が経典を読み修業しているのだろう。
創価学会の葬儀では、僧侶はいなく戒名もつけない(俗名のまま位牌に書く)。
僧侶の代わりに司会進行するのは、その地方の学会幹部。

まあ、それも葬儀の一つと見れば葬儀であるだろうが、仏教を信じるものの、それではない。

但し、創価学会にも僧侶はいるらしい。
彼らは創価学会は日蓮正宗から破門されたとき、創価学会についてくる10寺あまりの僧侶を、そのまま受け入れたものであり、日蓮宗からの離脱僧と呼ばれていた。

当初は、創価学会も宗派としての形を作りたかったので、多額の報酬を出して、共にする寺院を探していたようである。

今も、その寺院は存在するが創価学会中枢部は、既に興味を失い逼塞状態のようだ。

形だけは仏教を言い、
日蓮宗を語るが

実際は仏教としての何の内容もない。
ただ池田の「折伏教典」などが信仰の全てのようである。

キリスト教の聖書のように。

まさしく池田教であり

池田は生き仏なのだ。
メンテ
Re: 公明党・創価学会の正体 ( No.4 )
日時: 2015/07/28 19:39
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:H76LO74c

阿修羅掲示板で創価学会に関する投稿を受けました。
随分と長いので転載はできませんが、下記のサイトをご覧下さい。

創価学会の、呆れた本性が伺えます。


「日蓮正宗の創価学会に対する見解」

http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/p-deta/sokagakkai/soka_2j.htm
メンテ
創価を潰せば全てが変わる ( No.5 )
日時: 2015/07/30 00:35
名前: いっせき ID:pXo7IlBI

糾弾といえど、この手のスレッドはなかなか伸びますまい。
ネットを監視されていれば尚更のこと。誰を信用していいか分かりますまい。
それが宗教の深遠であり、覗くものは大きなリスクを背負うことにもなりかねない。

しかし、勇気をもって、しかもタイムリーにこのスレッドを起てた貴方の本気に敬意を表する。

国家権力の中枢にまで食い込んでいる創価は脅威であり、しかも二股膏薬のように主体性がなく
どちらにも転ぶ時限爆弾を相手にするようなものである。

宗教そのものの性質が信に主眼を置くことが前提にあるため盲信は避けられず、日蓮、創価を
冷静に歴史上からも評価できる信者は皆無であろう。

故に一人の言葉に絶対の信を置き、また逆に一人の言葉に過剰に反応しなにが利するかさえ不明となる。
神輿が変われば、鰯の頭から鯵の頭に変わろうとすんなり信じ、即座にナンミョーと唱えるであろう。
日蓮であろうと麻原であろうと何ら変わること無く盲信するであろう。

このような教団を生み出した日蓮ナントカ教も同罪であり、この機会に徹底的に潰すことこそ平和への
ファーストステップである。
メンテ
Re: 公明党・創価学会の正体 ( No.6 )
日時: 2015/07/30 01:23
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:a4.GkDvw

いっせき さん

ありがとうございます。

どこでもですが、ニュース性がなければアクセスは伸びませんね。

ですが、糾弾掲示板の特徴は、大切と思われるスレッドには随分と長い間アクセスが続きやがてこのスレッドも1000を超えるアクセスが期待できるでしょう。

>勇気をもって

といわれていますように、800万人いる創価学会の一般会員さんを思えば、このように正面切って批判することには確かにためらいがありました。

それでも安保法制問題は、そのようなことも言っておれないと思った次第です。

メンテ
Re: 公明党・創価学会の正体 ( No.7 )
日時: 2017/06/27 16:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:wB5f2LU6

ウィキペディア「創価学会」

1930年(昭和5年)11月18日に、『創価教育学体系』が発刊され、尋常小学校の校長であった牧口常三郎と、戸田城聖ら当時の教育者などが集い、日蓮の仏法精神に基づく教育者の育成と雑誌の発行を目的とする「創価教育学会」(初代会長:牧口常三郎、理事長:戸田城聖)を創立した。1937年(昭和12年)に、創価教育学会は日蓮正宗の講の1つとして位置付けられた。この組織が創価学会の前身となる。
戦時中は弾圧を受け、第二次世界大戦中の1943年(昭和18年)6月に牧口、戸田を含む幹部が治安維持法並びに不敬罪で逮捕され、牧口は1944年(昭和19年)11月18日に獄死。1945年(昭和20年)7月、出獄した戸田は、組織名を「創価学会」に改称し組織を整備、1952年(昭和27年)、宗教法人の認証を得る。戦後の1951年(昭和26年)5月3日に第2代会長に就任した戸田城聖の下で、75万世帯を目標にした「折伏大行進」という名の大規模な布教運動が行われ、日本国内での創価学会の勢力は急拡大した。1958年(昭和33年)4月2日に戸田第2代会長が死去した後、1960年(昭和35年)5月3日に池田大作が第3代会長に就任した(現・名誉会長)。1991年(平成3年)11月に日蓮正宗宗門から破門される。
教義的には日蓮を末法時代の本仏と定め、法華経の肝心・南無妙法蓮華経の御本尊を認定して掲げ、「南無妙法蓮華経」の唱題を実践し、「法華経」思想の布教を宣言(広宣流布)し、仏教思想に基づく平和的な社会の実現を目標とするとしている。1964年(昭和39年)には、「公明政治連盟」を創設し、日本の政党の要件を満たしている唯一の宗教政党として「公明党」を結成し、日本政治にも関与し始めた。

(終わり)

 先日、元公明党議員の話を聞く機会があった。創価学会、そして公明党が陥っているアイデンティティー危機は想像以上に深刻なようである。何よりも、カリスマ的指導者に祭り上げられてきた池田大作名誉会長が、もはや巨大な学会組織の統合力としての機能を失っている。周知のように、池田は2010年5月の本部幹部会に出席して以降、今日まで6年半にわたって一切、人前に姿を現していない。その原因は元議員によれば重病で「正常な判断力を示すことができない生ける屍」状態にあるからである。

 学会が昔のように日蓮正宗の信者団体という位置づけであれば、会長が交代すればいいだけの話だが、教義やご本尊の扱いをめぐる対立が高じて、91年に日蓮正宗から破門された後は「池田教」として組織の存続を図らなければならなくなったのだから、これは存亡の機である。

 ところが、700年からの歴史を持つ教義とご本尊を捨てて、別の何かを立てるのが容易なことではないことは、門外漢にも分かる。混乱続きの末に、13年には信濃町に「大誓堂」を建設し、それに合わせて「日蓮世界宗創価学会」という世界的な宗教団体を立ち上げ、その会長を日本創価学会の会長が兼ね、その配下に「創価学会インタナショナル(SGI)」加盟の世界156団体を支部として組み込むという組織構図に移行しようとしたが、異論続出でまとまらず、結局、今も教団としての形すら定まらない。その状態で池田が生ける屍ではまずいので、「元気にしておりますよ」という話にして、その虚構を維持するために流行作家並みの勢いで本を出したり、写真展を開いたりしているが、もちろんすべて本部スタッフの代作である。

 学会それ自体がどうなろうと世間とは無関係だが、問題はこの教団が公明党という政治部隊を抱えていて、教団が危機に陥れば陥るほど、権力からの介入・弾圧を恐れて限りなく自民党にすり寄っていこうとしていることで、これが日本の政治を著しく歪める原因となっている。現在、ミイラ同然の池田の威光を背に学会を仕切っているのは原田稔会長、谷川佳樹・八尋頼雄両副会長ら「東大閥」で、彼らは組織崩壊を恐れて自民党にしがみつこうという路線に徹している。

 それに対して、正木正明前理事長はじめ「創価大閥」は、もうこんなことはやめて、連立解消、小選挙区制撤退、平和の党に戻ろうという路線だが、今のところ前者の「毒を食らわば皿まで」派の優位は変わりそうにないという。


創価学会なんですが、最初は創価教育学会といいまして、
宗教団体ではありませんでした。それが、道徳教育には宗教が必要だという考えもあって
日蓮正宗へ参加します。でもって袂を分かつんですが、日蓮正宗方の言い分は
邪流に走ったから破門なんですが、創価学会方の思いは「散々、貢がせておいて
いらなくなったらポイっかい」というものです。

なので、創価学会は寺院も坊さんもおらず、葬式も友人葬として学会員で行います。
日蓮正宗が学会を池田教といえば創価学会は正宗を日顕宗と呼んだりしています。
悪く言えば、しいたげられても尽くしてきたのに、必要がなくなったら
あっさりとフラれたときの逆恨みとでもいいましょうか、
聖教新聞なんかを見るとあからさまな攻撃記事がありますね。
共通点と言えば、双方とも何か言えば必ず反論してくるところです。

※ これは酷い、聖職者(坊主)もいなく、礼拝施設(お寺)もなく、どうして信仰ができるのでしょうね。
最もお寺に代わる創価学会会館というのは各地にできているようですが、中には宗教的な飾りなどない。
要するに宗教としての体系は、創価学会の役職を重複していて池田会長が大司教のみならず、生き仏(本仏)であり、その指揮系統には絶対服従が強いられているのでしょうね。

(日蓮の話)

末法思想と言う言葉を知っておられる方は多いと思います。

末法思想とは、釈迦が説いた正しい教えが世で行われ修行して悟る人がいる時代(正法)が過ぎると、次に教えが行われても外見だけが修行者に似るだけで悟る人がいない時代(像法)が来て、その次には人も世も最悪となり正法がまったく行われない時代(=末法)が来る、とする歴史観のこと。
そうして末法の時代に入ると釈迦の生まれ代わりのような人物が登場し仏教を立て直すといます(釈迦の予言でもあります)。

日本では1052年から末法がはじめると言われていました。当時は鎌倉時代。日本大衆仏教が興った時代でもあります。
釈迦の生まれ変わりを「本仏」と言って、日蓮が、その本仏であると言う話が興っていたようです。
その経緯次のようなものです。

日蓮でさえ、日蓮本仏論は、日蓮の死後弟子のあいだから言われたもの、それを創価学会は池田を本仏にしたて上げようとしている。
仕立て上げなければ教義が成立しないのである。


「池田大作本仏論」

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

池田大作本仏論(いけだだいさくほんぶつろん)は宗教法人創価学会の一部信者による同会名誉会長の池田大作を現人神として扱う教義、思想の敬称である。

本仏論の原型

本仏論の原型となるものは意外に古く、戸田城聖が会長を勤めていた1950年代まで遡る。戸田は常日頃より「創価学会の組織の中にいつかご出現されるであろう久遠の一念三千様が・・必ずやご出現なされるのだ!」と周りに予言していた[1]。戸田は広宣流布の一切の後事を青年部全体に託したが、後継者として特定された個人名を出さずに他界する。
無罪判決と本仏論の始まり。

戸田の死後、池田が創価学会会長に就任するが当初は本仏論を主張する動きはなかった。しかし、1962年に大阪事件の無罪判決が言い渡されると一部信者が久遠の一念三千様は池田会長のことではないかと勝手に解釈、戸田が生前、池田を後継者に指名していたという誤った話が学会内に広まる事となる[2]。補足ではあるが創価学会のHPでは戸田は広宣流布の一切の後事を青年部全体に託したとされており、特定の個人を後継者に指名した記述は一切ない。

(創価学会第三代会長池田大作交尾録)

創価新報より。「……今は離婚して寺田姓を名乗っているが、
昭和三十八年に金銭問題が発覚するなどして、
高知支部の婦人部長の役職を解任され、学会から除名された、
いわくつきの退転者。また男性問題で蒸発するなど、
夫婦間の争いもたえない札つきの女性でもあった……」 
いかにも私が学会のお金を使い込んだかのように書いたり、
また何を血迷ったのか男性問題で蒸発したとか――
このように学会を離れた人間に対して、
事実を捏造し誹謗するのは、彼らの常套手段なのです。しかし、いくらなんでも、
私が学会のお金を「二千万円」拐帯して男と逃げたなどと書かれたんでは、
私の名誉にかけても許すわけにはいきません。
私は釈明と反撃の機会がほしかったのです。 

事実は逆なのです。創価学会の草創期、私どものような最古参の人間は、
学会の活動資金を自分たちで持ち出していたのです。
とくに選挙となると、すべて持ち出しでした。
後に、【【【学会員の夜逃げが各地で続発しました】】】けれども、
たいがいは、選挙資金の肩代わりや、
学会活動の資金を立て替えているうちに、事業が倒産したりしたためでした。

15.池田の子を中絶したY子の場合
笠貫の女子部での活動歴は浅い。それが、たちまちにして全国女子部長になった。抜擢の背景には、
池田に対するY子の思い入れがあるのはもちろんだが、池田から見れば、笠貫の「尽くしに尽くすタイプ」を
側に置いておきたかったのである。やがて、【【【Y子は池田の子を身寵った。】】】
その子の中絶を手配したのが、横浜日赤で外科部長をしている、学会ドクター部幹部の森田修平だった。
このことについては、藤原行正が、「何代か前の女子部長」という匿名の表現で、中絶の件を暴露した。
池田は、それに対して過剰反応を示した。池田夫人・香峯子(かねこ)をして、
笠貫の妊娠を否定するアリバイ作りに加担させたのである。
池田夫人から婦人部の最高幹部が直接指導を受ける記事が、『聖教新聞』紙上に掲載された。
このようなことは、普通では、まずありえない珍事である。今年2月11日の『聖教新聞』7面には、
次のようぬなY子の記事が載った。「優しい妻に 強い母に 力ある婦人に_これは婦人部進出にあたり、
先生の奥様からいただいた指針です。」
池田は、女性スキャンダルのカムフラージュに夫人まで使って恥じるところがない。



この様な話が、まだまだ続く。
こんな男が本仏になぞられるとは、まったく笑止。

何故か知らないが、こんな男が主唱する創価学会が800万の信者を集め、公明党という政党をつくり国家を左右する。
創価学会員が信者として池田をあがめようが、池田がハーレムを作ろうが、それは構わない。

しかしながら池田の様な奴に国政に参加されてたまるか。
公明党も創価が会がそうである様に、一応のたいさいを整えるために国民の為の政治を語るが、それは創価学会が日蓮集を騙っているのと同じこと。

その証拠に公明党は政権政党に取り入ることを常とし国民の為に政権と対峙する気持ちなどないのである。
彼らは創価学会の別動隊として創価学会を守るために存在しているのである。


メンテ
Re: 公明党・創価学会の正体 ( No.8 )
日時: 2017/06/27 17:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:wB5f2LU6

創価学会の会員数は800万人とも言われ、とてつもなく大きな宗教ですが、実態はこのようなもの。
日蓮宗なら日蓮を敬い仏壇も宗教のための儀式も日蓮宗に準じたものが残っているはず。

日蓮を騙り法華経を教義としているのは自力で法典を編むほどの能力がなかったための借りもの。
池田創価学会の本質は、オーム真理教と同じ、思い上がった教祖、池田が国家支配をも目論見公明党をつくった。

自分を日蓮にたとえ本仏と言うなど邪宗そのもの。
大きな詐欺ほど、その手口は巧妙極まる。

信仰の自由の下に、創価学会の会員さんを相手に、このようなことを言うのは気が引けますが、信仰と言うものを見直され、池田が信仰の対象になるか否かを見極めていただきたい。
学会がそのように誤魔化そうが創価学会は日蓮宗とは関係はない。
創価学会の歴史でも書いたように創価学会はもともと、宗教団体ではなく、日蓮の教えを説く教育団体でした。
こんなことは、イエスの教えを説くカソリック教関係の学校でも同じです。
ところが牧口会長(元小学校校長)などが教育団体では飽き足らず日蓮宗へ身を寄せた、そうして1952年、自身で宗教法人を名乗ることになる。

この間の20年が宗教としての創価学会の発祥の過程である。
何という短さ。誰がそのように開祖たる悟りを得たのか。
日蓮宗の教えをしていただけで、独立宗教としても創価学会の理念などは全く見当たらない。
それなのに、池田などが思い上がって独自の行動をとり始め、1991年には見かねた日蓮正宗から破門された。

日蓮宗から破門を受けたことは日蓮とは関係ないと言うこと。
では池田は何を主張したか。
理念を打ち立てることは毛頭かなわず、やったことは自分が日蓮の再来という、池田本仏論であった。
よくも言えたと言うか、馬鹿らしいと言うか、そんな池田を御本尊の様に仰がねばならない創価学会の会員の悲劇はいかほどに。

創価学会が主張する日蓮宗と日蓮正宗の間で取り上げられていることの、
論理的な説明は、このスレッドでも少し触れてはいるが、そう簡略に言えるものではない。
仏教であれば、普通は葬儀には僧侶が来て、個人の冥福を祈願するもの。
位牌をつくし後年でも個人をしのぶもの。
僧侶は聖職者として仏教に帰依し日夜修行にはげむもの。
そんな光景が創価学会にありますか。

世界にもそんな宗教はないでしょう。
まあ、世界統一教会や幸福の科学なども、信仰の対象はあやふやなもの。
創価学会も同じようなものに過ぎない。

でありますが、創価学会の分身、公明党の存在は今や国政を左右するもの。
最近は自民党と組んで国民の声を聴かず、安倍などは国家の私物化を図る最低野郎。
公明党は、こんな安倍も擁護して恥じないクソ政党。

創価学会を信じることが結果的にこんな結果になっていることを認識していただきたい。
多くの信者さんが創価学会を離れられることを僭越ですが希望します。
メンテ

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