ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[2725] 音楽を楽しもう
日時: 2017/07/09 04:04
名前: topics editor ID:rjXCt806

kamekutobu's blog ジャズ喫茶
http://pub.ne.jp/kamekutobu/?cat_id=59074

全国ジャズ喫茶巡礼の旅
http://www.h4.dion.ne.jp/~j.orange/index.htm

JAZZ喫茶ガイド
http://www.jazzsoda.com/cafe/list.htm



アメリカの歌姫 リアーナ

https://www.youtube.com/playlist?list=PLH74VWN4E0nI2MlnA53lCrfy8CWBQcFq


R・ケリーのおすすめ曲をYouTube音楽で無料視聴! - 癒しツアー

http://iyashitour.com/archives/14077
メンテ

Page: 1 | 2 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

ジャズやロック は音楽ではなく、麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール ( No.11 )
日時: 2017/07/22 08:36
名前: 中川隆 ID:nUGMNEeU

音楽がわからないアホがジャズやロックに熱狂する理由

プロテスタントのある宣教師は、クリスチャンに改宗した原住民たちにロックを聞かせてみたところ

「これは悪霊を呼び出す音楽である」

と言ったといいます。

彼らは、以前、自分たちが暗闇の悪魔的霊界と接触するときに使ったサイキックな刺激と同じものをロック・ミュージックの中に感じ取ったというのです。

 一般的にロックというと、その衣装・風体は実に異常であり異様です。これは何に通じるかというと、サタン、つまりサタニズムに通じるのです。そして、このサタニズムとドラッグは、昔から密接に結びついているのです。
 マヤ文明では、ペヨーテなどの幻覚剤を使って、生け贄を捧げる宗教的儀式を行っていたのです。また、古代の神官たちは、ドクニンジン、ヒヨス、アヘン、ベラドンナなどの麻薬の恍惚感のうちに霊との交信を行って“神託”を述べ、ときとして身体を傷つけたりしています。

 ロックのコンサートは、この神官の儀式に非常に似ているところがあるのです。ですから、これとドラッグが結びつき、そこに悪霊が入り込んできても少しも不思議はないのです。

 聖書には「魔術」ということばがよく出てきます。これは原典のギリシャ語では「フェルマキア」英語の「ファーマシイ」「薬局」の語源はこれなのです。つまり「魔術」とはドラッグを意味し、魔術とドラッグは同意語であり、つねに表裏一体の関係にあるのです。ですから、ロックがドラッグと結びつき、それがサタニズムと関連を深めても何ら不思議はないのです。

 ビートルズでは、全員がドラッグを使っていたそうですが、とくにジョン・レノンが多く使っており、生き延びるために不可欠だったとの証言もあります。このように、1960年代後半、ドラッグはビートルズが先導役となって、ロックの世界に浸透し、ヒッピー運動とともに若者の間に広がっていったのです。

ロック・フェスティバルでは、何が行われているのでしょうか。それは、とても音楽のコンサートとは思えないほど異常なものです。

 ロックは、心臓の鼓動の持つ自然なリズムと全く逆のリズムをとるため、聴く者の内蔵を打ち、繰り返しの反復によって脳にそれが叩き込まれるのです。 人間が苦痛を感ずる音量は約100デジベルからであるといわれます。ロックコンサートにおけるエレキギターの音は約190デジベルもあるので、苦痛に感ずるほどうるさい音なのです。

 絶えず激しく律動するビートは、高いボリュームで長時間続けられると、いつしか催眠術的な効果が生じてきます。どうしてかというと、神経組織が高音で繰り返し襲われるので、通常の聴覚がマヒしてしまうからです。そうすると超越瞑想のようになって、音楽が醸し出すイメージと歌詞のメッセージに対する深い被暗示性が生まれてくるのです。

 こういう状態になると、音楽という催眠術がかかりやすくなるので、人々は音楽の持つメッセージとイメージをまともに受け入れてしまいます。その場に、目もくらむようなレーザー光線やスクリーンに映し出されるデモーニッシュな映像があれば、乾いた土が水をまたたく間に吸収するように心の中にしみ込んでしまうのです。

 ここにサタニズムが入り込んでくるのです。ロック・ミュージシャンのあの異様な服装や行動は、こういうことと無関係ではありません。ロック・グループの中には、公然とサタン礼拝を打ち出しているものもあるのです。
 

 1970年2月13日の金曜日にハード・ロックのブラック・サパスというグループがデビューし、アルバム「黒い安息日」を発表して、魔術を曲の中に打ち出してきたのです。これと同時期に、ブラック・ウイドウズというグループが「サクリファイス」(生贄)というアルバムを発表したのですが、この頃にはドラッグと黒魔術は強く合体し、ハード・ロックの世界に定着していったのです。

このブラック・サパスとブラック・ウイドウズはともに黒魔術を曲の中に取り入れたのですが、前者は精神的なものとして取り入れたのに対し、後者はイメージカラー的な演出面で黒魔術を活用したのです。


 このようにして、ハードロックの世界に悪魔主義は完全に入り込み、その精神を受け継ぐディープ・パープル、イーグルス、ジューダス・プリースト、シン・リジィ、スコーピオンズといったグループが次々と誕生してきたのです。

 この1970年代を過ぎて1980年代に入ると、ハード・ロックは、ヘビー・メタルに移行していきます。しかし、その間の一時期に「パンク・ロック」というのが流行します。 パンク・ロックというのは、体制に反発する音楽イデオロギーのことをいうのですが伝統の崩壊、秩序の破壊、既成社会への反抗の叫びをヒステリックに主張し、日常の欲求不満をすべて音楽にぶつけたものをいうのです。

 セックス・ピストルズ、クラッシュ、ダムド、チェルシーなどは、パンク・ロックグループですが、彼らはきわめて異常な風体をしていたのです。世紀末風のファッション鋲つきの皮ジャンにチェーン、髪は逆立てて極彩色に染め、死人のような青ざめたマスカラの隈どりといえば、ピンとくると思います。

 しかし、彼らに決定的に欠けていたのは演奏力であり、長時間のコンサートには耐えられなかったのです。時代の異端児としては注目されたものの、演奏レベルの低さに人気は長続きせず、当然の帰結として、出現の瞬発力と同じスピードで姿を消してしまうのです。しかし、あの奇妙な風体だけは、若干姿を変えて次のヘビー・メタルに受け継がれることになります。

 さて、ヘビー・メタルとは何でしょうか。

 ヘビー・メタルとは、そのサウンドを表現するものです。どういうことかというと、ギター・コードの激しく鳴り響く音がデトロイトの自動車工場で、鋼鉄から車の部品をプレスする流れ作業場の、耳をつんざくような騒音と似ているところから、そう命名されたのです。

 その特徴はといえば、研ぎすまされた粗野でストレートな表現力、他の追随を許さぬスピード感にあるといえます。そして、当然のことながら、より悪魔主義と一体になっていきます。

 アイアン・メディアン(鉄の少女)というグループは、悪魔の数字といわれる666を前面に打ち出した曲「獣を野に放て、666、ナンバー・オブ・ビースト」という曲を演奏し、悪魔主義運動を起こし、ヘビー・メタルの先頭に立ちます。

 そして、ヴェノム、サタン、デーモン、ウィッチファンド、エンジェルウィツチなどのバンドが誕生するのです。まるで、地下教団的な秘密組織みたいですね。こういうヘビー・メタルのファンの56%は17歳以下の青少年なのです。・・・

___

ジャズやロック は音楽ではなく、麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール


要するに、ジャズやロックは音楽というよりこういうものに近いと考えた方がいいのですね:


仏教タントラではブラフマン(創造神)とアートマン(真我)の合一を体験することをサマジー(三昧耶)・・・暝想の極致という。

ダンマ(真理)に接近しこれと合一する(即身成仏)ことを目的にした、究極的な高度で、深い暝想のはてに、浄化がある。


○想像力は目にみえないものを見させる

 ハワイのフラダンスは、もともと神に奉げれていた神舞であった。フラの巫女には、女神ペレのマナ(霊力)が感応してくる。ハワイ語でマナとはスピリチャル・パワーのことだという。そこで、もともとフラは神霊との交流の儀式であった。

 始めに、詔(みことなり)や、リズムと歌で、神々しい雰囲気と聖なる場を整える。「真如」の導入である。

次に、フラのダンサーは、そのリズムで踊りながら陶酔し、やがて「没我」となる。そこに、神霊が「感応」する。恍惚が踊り手を支配する。すると、神からの返答が現れ、「天恵」が現象化する。

こうしたプロセスをもつ古代儀式は、世界中に普遍的にある。ダンスがそもそも交霊術であることを示してくれる明確な例はスーフィのダンス、鎌倉時代に起きた一遍の「踊念仏」などが上げられよう。不乱の舞は、「没我」に至るには欠かせなかったのだろう。


 古代的な交霊は、表面的にしか物事を見ない人々には理解できない。エンタテインメント化されたショウとしてのフラよりも、マナ(スピリチャル・パワー)と一体になったフラは偉大で神聖である。ハワイ島では、古代と同じ”のり”で女神ペレへの感謝のフラが、今でも行われている。これが奇跡なのだろう。

 なんであれ、音楽とダンスとは一体であり、それは神楽(かぐら)だった。日本の祭の神輿(みこし)の”のり”が、それなのだろうか。洸惚感、あの陶酔感は、御輿(御神体)を担ぐことによって、はじめて感じることができる。神輿を担ぐことは、スピリチャル・ダンスだった。

真の芸能には、「真如」「天応」「没我」「天恵」の4つのプロセスが必ず組み込まれている。だからこそ喜びと生きる力を与えていた。現代では、真のイベントは少なく、その一部か、残り物だけとなってしまっている。それは、大音響のロックの陶酔感とはあきらかに違うものである。


ぞくぞくっとするような。あのチベット密教の寺院にこだまする読経の声こそ深くこの世の世界から天界へと意識をトリップさせるためのマントラのパワフル極まりないエネルギーに満ちたものだった。

そのことは僕が実際に女性とのセックスをしたときにBGMがチベット密教の寺院で読経された音源だったからこの身をもって体感した。
_____


社会はある時から凄まじく変わってしまうという事象がある


かつてアメリカはキリスト教系の価値感の強い文化を持ち、「男は男らしく、女は女らしく」という保守的な文化しかなかった。しかし、やがて時代が変わり、「男らしさ、女らしさ」にこだわらない若者たちが現れるようになった。

アメリカの新しい価値感の転換を象徴した世代は「ヒッピー」である。

1960年代、アメリカはベトナム戦争を戦っていたが、このベトナム戦争の修羅場はテレビで生々しく報道されるようになり、それを見た若者たちがこのように疑問を持つようになった。

「どうして我々が見も知らぬアジア人を虐殺しているのか?」

やがて、アメリカ政府が東南アジアの片隅で行っている戦争という名の「虐殺」に反対する若者たちが大学を基点として反対デモや抗議デモを起こすようになり、やがて彼らが「反体制派=ヒッピー」となっていく。

彼らのモットーは、「徹底した反体制」だった。

そのため、体制側のすべての文化を破壊することに情熱を注いだ。「男は短髪で男らしくしなければならない」と言われれば、それに反抗して長髪にした。

「背広を着ろ」と強制されたら、それに反抗して女性のように中性的な服を着るようになった。



ヒッピー文化は何もかも破壊していく文化だった

「一夫一婦制が正しい」と強制されたら、それに反抗してフリーセックスが流行するようになった。「家族は大切だ」と強制されたら集団生活をするようになった。

そして「ドラッグを吸うのは馬鹿だ」と頭ごなしに言われたら、ドラッグを吸うようになった。そうやって、ヒッピー文化は何もかも破壊していった。

「同性愛は病気だ」というのはこの時代もまだ続いていた概念だったが、それもヒッピー文化の発祥地であるサンフランシスコでは容認されて、後にハーヴェイ・ミルクのような重要な人物を輩出している。

このように見ていくと分かる通り、アメリカのすべてを変えたのは、ヒッピー文化だったのである。

現代のアメリカのリベラルを語る上で、ヒッピー文化は知らずに通り過ぎることはできない巨大なムーブメントであったと言える。

自由なセックスという概念が定着したのも、このヒッピー文化からだったが、これは女性にも大きな影響を与えた劇的な文化的転換だった。

女性の性の解放は、紛れもなく1960年後半のヒッピー・ムーブメントから生まれていったのだ。世界中でこの風潮が煽られ、1970年代以後は「貞操を守るのは古い」という価値の転換が徐々に起きていた。

この時代は若者の熱気がむんむんと溢れた熱い年代だった。若者はすべてをひっくり返したのだ。

ヒッピー文化の洗礼を受けた世代とそれ以前の小説や映画を観ていると、「本当に以前と同じ国なのか?」と首を傾げるほどの変化がある。

もう今では信じる人もいるかどうか分からないが、欧米でも貞操を守るのが美徳とされた時代がずっと続いていたのだ。

「女性は夫に従う」「女性は夫に口を出さない」のが女性のあるべき姿だと言われていた時代があった。これが、すべて崩壊した。


Scott McKenzie - San Francisco (Monterey, June 1967)
https://www.youtube.com/watch?v=yhabYduqQ_A



女性の性の解放は、紛れもなく1960年後半のヒッピー・ムーブメントから生まれていったのだ。日本でもこの風潮が煽られ、1970年代以後は「貞操を守るのは古い」という価値の転換が徐々に起きていた。


中ピ連の過激な活動と、映画『エマニエル夫人』

当時の日本人は、アメリカ文化に心酔していた。アメリカは偉大な国で、アメリカは目標であり、アメリカは真似すべき国だったのだ。

アメリカでエルビス・プレスリーが流行したら、日本にもエルビス・プレスリーが大流行した。アメリカでグループ・サウンドが流行したら、日本でもグループ・サウンドが流行した。

そして、アメリカでヒッピーが生まれ、長髪の若者が時代の最先端を飾るようになると、日本もまた若者たちがみんなアメリカのヒッピー文化を真似るようになった。

アメリカで反戦フォークが流行ると、もちろん日本でも反戦フォークが流行し、ボブ・ディランの物真似みたいな日本人のシンガーも次々と現れた。

アメリカでベトナム戦争反対運動が湧き上がると、日本人の若者もなぜかベトナム戦争反対運動を日本で起こすようになった。すべてがそんな調子だったのだ。

アメリカで「自由なセックス」が流行すると、もちろん日本人女性もこうした流れに与するようになる。

そして、経口避妊薬(ピル)を解放せよという中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)が過激な抗議運動を起こすような時代になっていた。

気に入れば誰とでも寝る、乱交も問題ない、誰にも縛られないで生きるというのは、まさに反体制の象徴的な行動だったが、そのためにはピルが必要だ。

中ピ連の運動は、女性のセックス解放の運動でもあると、当時のフェミニストは考えていた。

中ピ連が抗議活動をして社会の耳目を集めているとき、世界では不思議な映画が大流行していたのだが、それが「初の女性向けポルノ」と言われていた『エマニエル夫人』だった。

この映画が日本に入ってきたとき、保守的であると言われていた日本女性が大挙して映画館に押し寄せて、シルビア・クリステルのみずみずしい裸体を見つめたのだった。

以後、映画『エマニエル夫人』は女性の性的解放の象徴的かつ伝説的な映画となっていく。



この1960年代後半から1970年代にかけて広がっていったヒッピー時代を調べていると、道徳破壊の痕跡があちらこちらに残っていて興味深い。

ベトナム戦争に反対する若者たちの反対運動が完全に社会を変えてしまい、その運動の前と後ではまったく違った社会になっていることに今さらながら驚きを隠せない。

良し悪しは別にして、社会は継続的かつ熱狂的なムーブメント(社会運動)が起きれば、どんな頑迷な社会でも大きく変化していくというひとつの象徴がヒッピー文化である。

アメリカはヒッピー文化で変質してしまったが、それで良かったのか悪かったのかは、誰にも分からない。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20170128T0252000900.html

メンテ
麻薬中毒者の作った音楽 1 _ THE BEATLES - Let it be ( No.12 )
日時: 2017/07/22 08:44
名前: 中川隆 ID:nUGMNEeU

麻薬中毒者の作った音楽 1 _ THE BEATLES - Let it be

https://www.youtube.com/watch?v=oLEKlBxLBfI
https://www.youtube.com/results?search_query=The+Beatles+++Let+It+Be+

Brooke White - American Idol Top 12 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=JWr8lJrKiME


Let It Be

When I find myself in times of trouble
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom,

"Let it be."

And in my hour of darkness
She is standing right in front of me
Speaking words of wisdom,

Let it be.
Let it be.
Let it be.
Let it be.

Whisper words of wisdom:

Let it be.

And when the broken hearted people
Living in the world agree,
There will be an answer:

Let it be.

For though they may be parted there is
Still a chance that they will see
There will be an answer:

Let it be.
Let it be.
Let it be.
Let it be.
Let it be.

There will be an answer:

Let it be.

And when the night is cloudy,
There is still a light that shines on me,
Shine on until tomorrow,
Let it be.

I wake up to the sound of music
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom,

"Let it be."

Let it be.
Let it be.
Let it be.
Let it be.

There will be an answer:

Let it be.
Let it be.
Let it be.
Let it be.
Let it be.

Whisper words of wisdom:

Let it be.

____


僕が悲しみの淵に沈んでいると Mother Mary が現れて 叡智の言葉をくださいました

「放っておきなさい」

あたりが暗闇に閉ざされると Mother Maryが目の前に立ち 叡智の言葉をくださいました

「そのままでいいのです」


 Mother Maryとは一般的には「イエスの生母であるマリア」すなわち「聖母マリア」のことであるとされる。
当然マッカートニーは、何の予備知識もない聴衆がこの曲を聞いたときに「Mother Mary=聖母マリア」と考えるであろうと想定したことは間違いないであろう。しかし,彼の言葉によるとMother Maryとは決して聖母マリアを指していたのではないことが分かる。

「60年代には僕にとってひどいことがたくさんあったが,僕らは−まあいつも麻薬をやってたからだろうが−ベッドに横になっては一体どうなるんだろうかと考え,偏執狂的にくよくよしたりしたもんだ。そんなある晩,僕は母親の夢を見た。

彼女は僕が14歳のとき死んだから,彼女の声は長いことぜんぜん聞いていなかった,だからとってもうれしかった。それで僕は力が湧いてきて

『僕が一番みじめなときにメアリー母さんが僕のところへ来てくれた』

って文句が思いうかんだ。僕はジョンやパパが出てくる夢も見るが,不思議なことだ。まるで魔法みたいだ。もちろん,彼らに会っているわけじゃなくて自分自身かそれとも何かほかのものに出会っているんだけれどね…」

(『ブラックバード ポール・マッカートニーの真実』ジェフリー・ジュリアノ著 伊吹 徹訳 音楽の友社刊 p141-142 より)


このマッカートニー自身の言葉によると,Mother Maryとは彼自身の母で,彼が14歳のときに乳癌で亡くなったMary McCartneyのことであるという。

しかし,事情を知らない一般のリスナーはやはりMother Maryと言えば聖母を思い浮かべるであろうから,この曲におけるMother Maryとは,マッカートニー自身の母と聖母マリアの掛詞(かけことば)であり,もし映像表現するとするならば,「聖母マリアの姿をして登場したメアリー=マッカートニー」を想像するのが適当であろう。
____

14歳の時に、母メアリーが癌でなくなると、突然にポールはギターを弾き始める。 エルビス・プレスリーに傾倒したポールは、ギターに夢中になっていく。食事の時も、トイレでも、ギターを決して手放さなかったと言われている。

やがて、ジョンとの運命的な出会いを迎える。同じ学校に通っていたジョージは、ポールの音楽仲間のひとりであった。
_____

ポールが音楽に取りつかれたきっかけを、ジョンの美術学校時代からの友人で音楽紙「マージー・ビート」の創刊者ビル・ハリーは、母の死という悲劇に結びつける。看護婦だった母親メアリは45歳のとき乳がんに冒される。14歳だったポールは母の死を知らされ、「母さんの稼ぎがなかったら、ぼくたちはどうなる」と言った。その言葉の裏側にある深い悲しみが、彼を音楽の世界へ没頭させたに違いないと。

メアリはたびたびビートルズの歌に登場する。

「どうやって生計をたてているの、家賃はどうやって払っているの」。

「レディ・マドンナ」は働きものだった母親への賛歌だ。
「レット・イット・ビー」では、苦しみ悩んでいる暗黒の時に「マザー・メアリ」が姿を現す。グループ内でほかの3人との疎外感に悩んでいた。
リンダとの最初に産まれた娘には、メアリと名付けた。

メンテ
麻薬中毒者の作った音楽 2 _ THE BEATLES - Yesterday ( No.13 )
日時: 2017/07/22 08:50
名前: 中川隆 ID:nUGMNEeU

麻薬中毒者の作った音楽 2 _ THE BEATLES - Yesterday


THE BEATLES - Yesterday

https://www.youtube.com/watch?v=2uneYz201p0
https://www.youtube.com/results?search_query=The+Beatles+++yesterday

Yesterday Danielle Licari
http://www.youtube.com/watch?v=tjsXDwQIiAM


Yesterday all my troubles seemed so far away
Now it looks as though they're here to stay
Oh I believe in yesterday

昨日 僕の苦しみすべて 遠くにあるように見えた
今は どうやら ここに居座ってるみたいだ
本当によかったと思いを馳せる 昨日はと

Suddenly I'm not half the man I used to be
There's a shadow hanging over me
Oh yesterday came suddenly

突然 僕はまったく昔の僕ではなくなった
影が重くのしかかっている 僕の上に
昨日と違うことが起きたから 突然に

Why she had to go
I don't know she wouldn't say
I said something wrong
Now I long for yesterday

なぜおかあさんは旅立たなければならなかったのか
わからない 黙っているだけだった
僕は悲しませることを言ってしまったのに
今は焦れるだけ 昨日に戻れたらと

Yesterday love was such an easy game to play
Now I need a place to hide away
Oh I believe in yesterday

昨日 愛は簡単な遊びみたいなものと思っていた
今は人から離れられる場所がほしい
本当によかったと思いを馳せる 昨日はと
_____

イエスタデイ
歌詞の内容から「自分の元を去った恋人を想う歌」と考えられていたが、後にポールは

「僕が14歳の時に乳癌で死去した母への想いを歌った曲である」

と述べている。ポールの母であるメアリー・パトリシア・モーヒン(1909年9月29日-1956年10月31日)は満47歳で、実子の成功を知らずに死去している。

_____

●ビートルズはドラッグの伝導者?(EJ第400号)2008年02月25日

 
 さて、みなさんは、ロックの元祖的存在は誰だとお思いになりますか。実は、ロックの起源については諸説があり、はっきりしていないのです。 ロック音楽が音楽市場で日の目を見たのは1950年代とされており、この説が正しいとすると、その元祖は、エルヴィス・プレスリーということになります。

そうです。あのロックン・ロールがロックの元祖的存在なのです。

 プレスリーの名前を世界的に広めたのは、当時の米国の超人気番組「エド・サリバン・ショー」への出演なのです。

プレスリー以前のロックは、ジャズ、黒人霊歌、カントリー・ウェスタン、リズム・アンド・ブルースなど既成の音楽の混合物のようなものであり、典型的な演奏スタイルというものはなかったのです。 

エルヴィス・プレスリー、ビル・ヘイリーによって火のついたロックン・ロールは、その後、リトル・リチャード、ビル・ハーレ、チャック・ベリーという強烈なロックン・ローラーを生むことになります。 そして、1963年になると、英国でビートルズが登場し、その後すぐにローリング・ストーンが現れます。この両者は、ロックの2大バンドとして君臨します。そして、やがてアニマルズが頭角を現して三番手につけるのです。

 さて、本来「ロック」という言葉は「ロックン・ロール」を略した言葉なのですが、ビートルズにより代表されるロックとプレスリーによって代表されるロックン・ロールとは、次第に音楽的に内容が変化して行ったのです。

 ごく大まかにいってしまうと、ロックン・ロールはビートルズが登場する1964年以前のものであり、ロックはビートルズ以降のものを指すことになります。 そして、ロックは、次のようなさまざまな音楽形式を持つ音楽として確立していくことになるのです。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

       1.ハード・ロック  7.クラシカル・ハード・ロック
       2.ヘビーメタル   8.スラッシュ・メタル
       3.パンク・ロック  9.スピード・メタル
       4.デス・ロック  10.ブラック・メタル
       5.神秘ロック   11.グランジ・ロック
       6.デス・メタル

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ロックの元祖ビートルズも、1964年2月にエド・サリバン・ショーに出演したのですが、日曜夜のゴールデン・アワーの時間帯で94%という驚異的な視聴率を獲得したのです。世界は、これをキッカケにして、空前絶後のビートルズ・ブームに突入していくのです。

 この時代の米国は社会的混迷期に当り、ケネディ大統領、キング牧師の暗殺事件をはじめ、それにベトナム戦争の泥沼化が加わり従来の価値観を崩壊させる泥沼の時代になっていったのです。 そして、ベトナム敗退、経済不況、失業者の増大と続くなかでその時代を担っていたのは、ヒッピーを中心とした若者でしたが彼らは、マリファナ、LSD、麻薬などと結びつき、サイケデリック革命なども起こったのです。

 そういう若者のあいだに芽生えた感覚主義は、実存主義、コミューン思想、社会主義、神秘主義などに受け継がれ、その中でとくに神秘主義は根強く浸透していくことになります。心霊術、超能力、超心理学、東洋神秘思想、宇宙との交信術、占星術、魔術古代、宗教など多岐にわたり、それがひとつの宗教のようなかたちになっていったのです。ビートルズが登場したのは、そうした時代の変動期のはじまりであり、“毒”を含んだ新しい時代の幕開けだったのです。

 こうした時代を背景として、ロック・ミュージックは、自らのアイデンティティを求めて強烈な自己主張を行い、それは精神の広がりもたらすドラック(幻覚剤)と結びついていくのです。 ロック・フェスティバルというと、一見宗教的なシンボルやコスチューム、荒々しく陶酔を誘う強いビートと旋律、ドラックの使用、狂乱的なダンスがつきもの・・。これは、参加者にひとときの精神の解放、浄化作用をもたらす効果があったといえます。

 興味のある話があります。プロテスタントのある宣教師は、クリスチャンに改宗した原住民たちにロックを聞かせてみたところ

「これは悪霊を呼び出す音楽である」

といったといいます。彼らは、以前、自分たちが暗闇の悪魔的霊界と接触するときに使ったサイキックな刺激と同じものをロック・ミュージックの中に感じ取ったというのです。

 さて、1960年代後半のドラックといえばLSDです。これを世界中の若者たちに奨励し、それを浸透させる推進力になったのはビートルズであるという説があります。

 「そんな、馬鹿な!」という人がいるかも知れませんが、ビートルズの曲の歌詞をていねいに読むと、それを否定できなくなります。ほとんどの人は、歌詞なんて聞いていないし、注目していないと思います。
          


●トゥモロー・ネバー・ノウズ(EJ第401号)2008年02月26日


 ロックの話をはじめています。その1回目の昨日、ビートルズはLSDの奨励をしていると書きました。ビートルズはある意味ではドラッグ文化の予言者であり、ドラッグ賛美のアーティストなのです。それは、ビートルズの曲の歌詞に色濃くあらわれています。例をあげてみましょう。

 ビートルズの「トゥモロー・ネバー・ノウズ」という曲を知っていますか。

Tomorrow Never Knows

 この歌の前半には、次のような歌詞があります。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      「肩の力を抜いて無心になり、気持ちを鎮めてごらん
      それは死ではない それは死ではない
      何も考えず 虚無に身をまかせてごらん それは輝いている
      内なるものも意味がおのずと見えてくるかも知れない
      それは確かな存在 確かな存在」
                (「ビートルズ全詩集」内田久美子訳)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 この曲は、LSDの感覚的な世界を歌ったもので、巧妙に精神世界を歌っているように作られていますが、実はドラッグを啓蒙した曲なのです。

 この曲の歌詞は、ティモシー・リアリー著の『チベットの死者の書』から取られています。この本は、LSDを服用することによって精神的に啓蒙されることを説いたハンドブックなのです。

 この本の著者であるティモシー・リアリーは、LSDなどのドラッグを精神拡張の物質として信奉しており、これによってバッドトリップしないためには、ここを暗唱しなさいと説いている部分が本の中にあるのですが、その部分が「トゥモロー・ネバー・ノウズ」の歌詞として使われているのです。ですから、明らかにこの歌は、ドラッグを奨励している歌であるといってよいと思います。

 この本には、なぜドラッグを使うのかが書かれています。それは、物質第一の世の中から超越した価値観を得ることであるというのです。つまり、時間というものが機械的にどんどん経過していくという物理的な考え方から逃れ、西欧的なゲーム、すなわちお金というものの不遜さからも逃れ、安定的な精神的領域を得たいという価値観です。

 ジョン・レノンは、自らが追い求めていた超越の幸福感をこの曲で音色に出すことに成功しています。そこにいたるまで、彼がどれだけドラッグによってバッドトリップを経験したか、それは誰にも分かりませんが、彼がドラッグの常習者であったことは、明らかなのです。

 この歌は、音的な色とイメージをコラージュするために非常に手のこんだことをしています。それは、テープを操作することでギター・ソロを逆回転させているのです。これは、時間の流れを逆回転させて、ただよう流れの中にいる自分を表現しているのだそうです。そしてジョンの歌い方は感情を排して、原始的なサウンドを目指しています。

 それは、超越の境地に聴き手を導こうとしているように思われます。ドラッグ体験者でないとわかりませんが、この超越の境地は、ドラッグ服用初期の曖昧模糊とした恍惚感をあらわしていると思われます。そして、もうひとつの現実として、ジョンは次のような世界を歌っているのです。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      「愛こそすべて、愛こそすべての人々
      それが目覚め、目覚め
      無知と憎しみが死者をいたむこともある
      それが信ずること、信じること
      でも、夢の色に耳をすましてごらん
      それは生きることじゃない、生きることじゃない
      それともゲームの本質を最後までとことんプレイしてごらん
      何かがはじまる最後まで
      はじまりの最後まで」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 とにかく一風変わった曲なのですが、一度聴いて見ていただきたいと思います。現在ビートルズの曲は、全曲CD化されており、CDショップで求めることができます。

 さて、ビートルズはそうではありませんが、一般的にロックというと、その衣装・風体は実に異常であり異様です。これは何に通じるかというと、サタン、つまりサタニズムに通じるのです。そして、このサタニズムとドラッグは、昔から密接に結びついているのです。

 マヤ文明では、ペヨーテなどの幻覚剤を使って、生け贄を捧げる宗教的儀式を行っていたのです。また、古代の神官たちは、ドクニンジン、ヒヨス、アヘン、ベラドンナなどの麻薬の恍惚感のうちに霊との交信を行って“神託”を述べ、ときとして身体を傷つけたりしています。

 ロックのコンサートは、この神官の儀式に非常に似ているところがあるのです。ですから、これとドラッグが結びつき、そこに悪霊が入り込んできても少しも不思議はないのです。

 聖書には「魔術」ということばがよく出てきます。これは原典のギリシャ語では「フェルマキア」英語の「ファーマシイ」「薬局」の語源はこれなのです。つまり「魔術」とはドラッグを意味し、魔術とドラッグは同意語であり、つねに表裏一体の関係にあるのです。ですから、ロックがドラッグと結びつき、それがサタニズムと関連を深めても何ら不思議はないのです。



●ロック音楽は何を狙っているか(EJ第403号) 2008年02月28日


ビートルズには、LSDとはっきりと関わっている曲があります。それは、「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンド」という曲です。


 この曲は、LSDを服用して、幻覚のうちにジョンが作曲したものとされています。

「イエロー・サブマリン」が大人も歌える子供の歌であるのに対し、この歌は子供のことを歌った大人の歌であるといえます。とにかくこの歌は、題名それ自体の中にLSDという文字が隠されているのです。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
          ・      ・    ・
          LUCY IN THE SKY WITH DIAMOND
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ビートルズでは、全員がドラッグを使っていたそうですが、とくにジョン・レノンが多く使っており、生き延びるために不可欠だったとの証言もあります。このように、1960年代後半、ドラッグはビートルズが先導役となって、ロックの世界に浸透し、ヒッピー運動とともに若者の間に広がっていったのです。

 EJでは、今年の2月頃に、あのノストラダムスの預言のフォローをやったことがあります。恐怖の大王が降ってくるはずの、1999年7月が何事もなく過ぎて、現在では、あの預言は結局的中しなかったとされているのですが、実はそうではなく、別の意味で的中していて、世の中は文字通りの破局に向かって目下進行中であるということを明らかにしました。実は、その進行中の重要な仕掛けの中にロック音楽が組み込まれているのです。いずれも、若者を対象としたもので、ひとつはゲームマシン、そしてもうひとつがロック音楽というわけです。

 事実について述べましょう。ノストラダムスのいう1999年7月のことですが、7月23日から3日間にわたって、ニューヨーク郊外のウッドストックで、ロック・フェスティバルが行われているのです。このウッドストックは、あのロックフェラーの所有地であるとのことです。

 大会のタイトルは、「ウッドストック99/ワン・ワールド」というのです。注目すべきは、この「ONE WORLD」 ということばです。これは「世界政府」という意味であり、場所がフリーメイソンにゆかりのロックフェラーの所有地であるところから、この「ONE WORLD」は、 フリーメイソンの目標である「世界政府の設立」という意味にとれるのです。

 ウッドストック・フェスティバルといえば、30年前にも同じ場所で行われているのです。これは、ロック史上に燦然と輝くコンサートとなり、自由と解放という名のもとに、ロック界にサタニズム(悪魔主義)が定着したイベントになったといわれているのです。この大会では、ドラッグがハード・ロックのリズムの中で謳歌され、3日3晩、40万人の人々がこの饗宴に参加したといわれています。

 この7月23日から3日間行われた「ウッドストック99/ワン・ワールド」を皮切りに、この種のロック・フェスティバルは世界中で行われることになっており、もちろん日本でもそれは行われています。1999年8月7日〜8日の2日間、富士急ハイランドで開催された「フジ・ロック・フェスティバル99」がそれです。このときは、米国からゲストとして、マリリン・マンソンが出演しているのです。


 こういうロック・フェスティバルでは、何が行われているのでしょうか。それは、とても音楽のコンサートとは思えないほど異常なものです。

 ロックは、心臓の鼓動の持つ自然なリズムと全く逆のリズムをとるため、聴く者の内蔵を打ち、繰り返しの反復によって脳にそれが叩き込まれるのです。 人間が苦痛を感ずる音量は約100デジベルからであるといわれます。ロックコンサートにおけるエレキギターの音は約190デジベルもあるので、苦痛に感ずるほどうるさい音なのです。

 絶えず激しく律動するビートは、高いボリュームで長時間続けられると、いつしか催眠術的な効果が生じてきます。どうしてかというと、神経組織が高音で繰り返し襲われるので、通常の聴覚がマヒしてしまうからです。そうすると超越瞑想のようになって、音楽が醸し出すイメージと歌詞のメッセージに対する深い被暗示性が生まれてくるのです。

 こういう状態になると、音楽という催眠術がかかりやすくなるので、それによって人を操ることは簡単にできます。ビートはただの騒音ではなく、精神を虜にするリズムとなり、観客は心身ともに魅了し、ロボットになるまでそのリズムで操作することができるのです。

 この状態になると、人々は音楽の持つメッセージとイメージをまともに受け入れてしまいます。その場に、目もくらむようなレーザー光線やスクリーンに映し出されるデモーニッシュな映像があれば、乾いた土が水をまたたく間に吸収するように心の中にしみ込んでしまうのです。

 ここにサタニズムが入り込んでくるのです。ロック・ミュージシャンのあの異様な服装や行動は、こういうことと無関係ではありません。ロック・グループの中には、公然とサタン礼拝を打ち出しているものもあるのです。

_____

ビートルズは麻薬を売るための洗脳ミュージックだった!? 2010年10月15日


ビートルズは麻薬販売促進のため、タヴィストック研究所が仕掛けたプロパガンダ作戦であり、イギリス、アメリカの情報機関がその計画に沿って動いていたのだと言われてます。

ではなぜ、一般には無名のイギリスのタヴィストック研究所がそのようなことができたのか?

その研究所の名誉会長はイギリス女王であり、有力な貴族や世界を動かす権力者(要するにユダヤ勢力)がメンバーであるからだとか。アメリカ側には、あの麻薬王パパ・ブッシュも名を連ねているそうな。この顔ぶれは意外なようで意外ではない。イギリスはあへん戦争を起こした国であるし、パパ・ブッシュはもちろんその方面で、知らぬ人も知っている有名人。

ビートルズが作詞作曲したとされる数々のオリジナル曲は、実はすべて提供されたもので、メンバーが作詞作曲し始めたのは、バンドとしての活動も終盤となってからであるという。

解散後のジョン・レノンの反戦活動、反権力的思想は厄介のタネであり、イギリス、アメリカの諜報機関の監視下にあった。そこでチャップマンに催眠術をかけ、暗殺者に仕立てて、レノンを殺させたのであるという。
___

●ビートルズは、初め楽譜も読めなかったし、弾けるギターのコードも4つだけだったというのは聞いたことがあります。ポールは

「(名曲といわれる)イエスタデイは僕が作ったんだ。レノンは何にもやっちゃいない」

と言ってたことがあった、そういえば。

それにビートルズは、シェーンベルク(ユダヤ人作曲家)が始めた12音技法で無調の曲などを演っていますが、そういえばこれも不可解。

コードを4つしか知らなかったにしては成長が目覚ましいのです。まあ先生がいるんだろう、とは思ってましたが。

こういう音楽を聞いてると、知らず知らず洗脳されて、麻薬をやりたくなるんだそうな。


●Lucy in the Sky with Diamonds (The Beatles)


タイトルの頭文字がLSDとなって、麻薬はハイになれるよ、というメッセージを暗示している曲といわれているのは有名。

アニメも洗脳ムードたっぷり。

冒頭の部分が無調の曲調。サビの微妙に明るい不協和音のハーモニーはビートルズ音楽の特徴。


The Beatles - Strawberry Fields Forever  

これも無調の曲。退廃ムードにあふれています。大学一年のころだったか、よく聞いてましたが、ここは田舎だし、私は別に麻薬が欲しくはなりませんでした。この頃はシンセサイザーがでる数年前ですから、電子音楽というよりテープ音楽なのですが、ビートルズはいち早くポップスに取り入れていたわけです。これらがタヴィストック研究所の洗脳作戦? そういえば思い当たらないでもない。

ビートルズから、ロックに堂々と平均律のハーモニーが使われるようになったのでした!


抱きしめたい  ビートルズ


たとえばこれ。ラストの、明るいけど濁っているハーモニ―は平均律によるハーモニー。こういうのはクラシックでは絶対に使わないが、当時は新時代が来たという感じでした。平均律というのは、別に洗脳目的の音階ではないのですが、そういうふうに使えばできないことはないかもしれない?


●音階というのは、実はタケノコみたいに、その調それぞれ高音へ行くほど、ほんのわずかですが狭くなっていくのです。純正律といいますが、だから、オカリナの宗次郎が演奏するとき、たくさんオカリナを脇に置いて、曲によってサッと取り替えていますね?

さてそれで今から300年ぐらい前ですが、ピアノという大型の幅広い音階を持つ鍵盤楽器ができたときに、どのようにするか、これが問題となりました。音階のタケノコを横に並べるようなわけにはいかない。かといって、やれそれと音階ごとのピアノは用意できない。オカリナじゃないんですから。

そこで打開策として、ピッチを階段みたいに一律の幅にすることにしたのです。当時はバッハのすぐ後の時代で、ハーモニーというものが発見されたばかり。あまりハーモニー重視の曲はなかったのでした。

いやありますが、パッヘルベルのカノンなどはピアノは入っていませんね?


それが平均律というものは、1オクターブ内だったらあまり分かりませんが、それ以上のハーモニーになると歴然! 音が濁ってしまうのです。今でもピアノの演奏会などに行くと、曲調が変わるごとにいちいち調律をしていますが、あれはそのためなのです。しかし平均律は悪いことばかりでもなくて、幅広い音階の曲が演奏できるし、移調するのも簡単にできます。そのまま調子をずらせばいい。しかしシンセサイザーなどはボタン一つで純正律にもできますから、エンヤなどはちゃんと濁らないハーモニーを作り出していますね?



●とにかく平均律の濁ったハーモニーを堂々とメジャーにしたのはビートルズであると言えるでしょう。

ビートルズが来日したのは、私が高校二年の時でしたが、レコードと同じ演奏で、へえ! ビートルズって上手いんだなあと感心しましたが、いま気がついた!

あれは絶対口パク! なるほどね。テレビでよくやってますが、2コーラスに編集カットしたテープ曲に合わせていたのでしょう。なるほどなるほど、そうであったか!

いま考えると思い当たるところはたくさんあります。

ジョージハリソンは活動末期になってやっとソロの曲を出したけれども、すぐ盗作で訴えられたし(それまで作曲したことがなかったのだ!)、リンゴスターはドラム演奏がヘタクソで、他のメンバーからいろいろブーイングがあったと聞いたこともあります。ドラムの口パクができなかったということかな?

そういえばビートルズって、ライブバンドじゃなくて、録音編集レコードバンドですね。いや初期のライブ盤があるとか聞いたことはあるけど? ま、単純なコードの曲ばかりなのでしょう。


タヴィストック研究所の手で偶然に編成されたビートルズに続いて、英国製ロックグループが他にもやって来た。それらのグループは、ビートルズと同じく、テオドール・アドルノに異教的な歌詞を作詞してもらい、”音楽”の全てを作曲して貰った。
___

ポールの元妻、ヘザー・ミルズの離婚理由は:

「まだ幼い娘に、父親がマリファナを吸う姿を見せたくなかった」

とか、(ポールが)吸ってた事を確信した上で(証拠でも掴んだのでしょうか)
叱責したら、首を絞められた、

と言った内容がTVで報道されていました。それと、去年のツェッペリンの一夜限りの再結成コンサートでも、ポールが吸っている姿の目撃談もあったりで、ポールに関してはまだ、「過去のこと」にはなりきってないのかもしれません…。
メンテ
麻薬中毒者の作った音楽 3 _ ジョン・レノン _ イマジン ( No.14 )
日時: 2017/07/22 09:59
名前: 中川隆 ID:nUGMNEeU

麻薬中毒者の作った音楽 3 _ ジョン・レノン イマジン


ビートルズと薬 ‐ ニコニコ動画(原宿)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3011883


John Lennon (ジョン・レノン) Imagine (イマジン)

  想像してごらん、国なんかないと
  それに宗教もないと  

http://www.nicovideo.jp/watch/sm9776898
http://www.youtube.com/watch?v=M0d_P-QMdNQ&feature=related
https://www.youtube.com/results?search_query=John+Lennon+%E3%80%80Imagine+

Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
No Hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today...

想像してみて 天国は存在しないと
それは簡単なことだよ
僕達の下に地獄はない
僕達の上にはただ空があるだけさ
想像してみて 全ての人が
今日を生きているだけだって


Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

想像してみて 国が存在しない世界を
それは難しいことじゃないよ
なにかのために殺すことも死ぬこともない
そして宗教もない
想像してみて 全ての人が
平和の中で暮らす世界を



You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

君は僕のことを夢想家だというかもしれない
でも僕はたったひとりじゃないよ
いつの日か君も僕達に加わって欲しい
そして世界をひとつにしよう



Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people
Sharing all the world

想像してみて 個人の持ち物がない世界を
それはちょっと難しいことかもしれない
奪い合う必要も飢餓もない
人は皆、兄弟なんだ
想像してみて 全ての人が
世界を共有することを



You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one

君は僕のことを夢想家だというかもしれない
でも僕はたったひとりじゃないよ
いつの日か君も僕達に加わって欲しい
そして世界をひとつにしよう

________


新時代の寵児オノ・ヨーコ 『某業界情報紙』(一九九一年 十月 発行)より転載。

 当編集局は、ソニーがコロンビア映画を、松下電器がMCAを買収した際にも、このままでは日本が邪悪な親イ●●エ●・マフィアの牛耳るハリウッドの「文化産業」に取り込まれてしまうと警告した。今や、ソフトコアポルノ・ロックのスター歌手、マドンナが日本のテレビで大もてである。彼女のミュージック・ビデオはキリスト教への冒涜であるとひんしゅくを買った代物であり、日本の若者たちの憧れの対象となる資格は持ち合わせていない。マドンナに輪をかけた悪が、日本の尻軽女、オノ・ヨーコだ。

 当年とって五十八才のヨーコは、一流銀行家の娘である。子供の頃から、学習院や三井アカデミーなどブルジョア学校で学び、皇族の一人とも親交を結んだ。

 一九五二年、二度目の渡米生活の時、ニューヨークのサラ・ローレンス大学に入学し、勃興しつつあったアバンギャルドの「ビートニック」の洗礼を受けた。大学時代に麻薬を覚え、何回かの中絶をするなど乱れた男女関係を経た後、一柳俊というニューヨークのジュリアード音楽院の学生と結婚した。二人は麻薬の巣窟、グリニッジ・ビレッジのジャズ界に入り浸りとなった。その結婚生活もヨーコが、自殺未遂で精神病院から退院したばかりのホモの作家といい仲になったことから破局を迎えた。

 一九六二年になって、ヨーコの家族は娘をこのすさんだ生活から救おうとして日本に呼び戻したが、ヨーコはまたもや自殺をはかり、東京の精神病院に収容された。その精神病院からヨーコの脱出の手助けをしたのが、もう一つ輪をかけた悪のトニー・コックスというアメリカの麻薬売人である。コックスは、とある●●ヤ教司祭の息子と手を結んで麻薬の製造と密売を行った男で、ニューヨークにおけるLSD−25の売人第一号である。ヨーコの友人にも手広くLSDを売りさばき、FBIとマフィアの追及から逃れて日本に渡ってきた時、ヨーコと再開し結婚する。

 その時点で法的には、ヨーコは未だに最初の夫の妻だったにもかかわらずである。ニューヨークに舞い戻った二人は、幻覚症状を催す麻薬とアバンギャルド芸術の世界に憂き身をやつすことになる。

 日本を発つ直前に、ヨーコは「グレープフルーツ」と題する詩集を出版した。その中に次のような一節がある。

「愛した男のすべてを殺せ。遺骨は箱に詰め、花を付けて海に流せ」

【英文(これ、英国調ですか?)では:


"Kill all the men you have slept with / Put the bones in a box and sent it out to sea in a box with flowers"】


 トニーとヨーコは赤貧洗うがごとき生活を送り、夫婦喧嘩も絶えなかった。一九六六年にはロンドンに行き、アバンギャルド会議に出席した後、一年ほど滞在し、麻薬とロックとセックスの裏文化の中にどっぷりつかることになった。当時の裏文化のメッカはインディカ・ギャラリーのかいわいであり、このインディカ・ギャラリーと称するカフェ兼アート・センターを始めたのが、ジョン・ダンパーとその妻のロック・スター歌手のマリアン・フェイスフル、およびビートルズのメンバーのポール・マッカートニーであった。

 そこでヨーコはジョン・レノンに紹介される。その数ヶ月後、ロンドンのあたりでレノンと遊び回るうちに、ヨーコはすでに妻子ある身のこの花形ロック・スターをまるめ込んでしまう。レノンはヨーコとつきあう以前からすでにLSD−25の常用者だった。ヨーコと一緒になったレノンはローリング・ストーンズなどのロック・ミュージシャンを巻き込んで手当り次第にいろいろな麻薬を試すようになった。当然のことながら、レノンもヨーコも麻薬中毒患者に転落した。

 その頃になると、ヨーコはオカルトに夢中になり、専属のタロット占い師を雇うまでになった。七〇年代後半には、コロンビアのカルタヘナ島に行き占い師の会社、リナ・ザ・ウィッチ【←おや?】に一週間通った。

 長年における麻薬とオカルトへの異常な関心の結果、一九八〇年のジョン・レノン暗殺事件の当時は、ヨーコは新時代の退廃的な哲学に夢中になっていた。相変わらず手の施しようもない麻薬中毒であった。進んで麻薬・ロック・セックスの裏文化に入り、今やその道にかけては世界的に有数な伝道者とも言える人物になっている。ヨーコこそ、まさに日本の新時代の寵児と言えよう。



★ジョン・レノンが、最初に絵の展示会でオノ・ヨーコの絵を見て「ひらめいた」のだそうで、それは麻薬の幻覚に由来しているのではないか、なんて思っていますけど。

「この絵を描いた女は、オレと同じ幻覚を見ている、」っていうか。

LSD中毒患者の博物館には、自分たちが使ったお気に入りの麻薬や注射器が展示してないって?

博物館の売店には、LSD−25錠剤やらの「ドラックお試し詰め合わせセット」を置いてないって?

博物館までの路上では、得体の知れない外国人がやたらにアクセサリ類を売っていないって?

上の話がウソかどうか、本人に血液や毛髪検査したらたちどころにわかるって?

LSD中毒患者が大勢集まってきそうな埼玉新都心って、きっと麻薬と乱交パーティの楽園になるのかな。

ワクp(^ー^ )qワク

_____

ビートルズは麻薬を売るための洗脳ミュージックだった!? 2010年10月15日


ビートルズは麻薬販売促進のため、タヴィストック研究所が仕掛けたプロパガンダ作戦であり、イギリス、アメリカの情報機関がその計画に沿って動いていたのだと言われてます。

ではなぜ、一般には無名のイギリスのタヴィストック研究所がそのようなことができたのか?

その研究所の名誉会長はイギリス女王であり、有力な貴族や世界を動かす権力者(要するにユダヤ勢力)がメンバーであるからだとか。アメリカ側には、あの麻薬王パパ・ブッシュも名を連ねているそうな。この顔ぶれは意外なようで意外ではない。イギリスはあへん戦争を起こした国であるし、パパ・ブッシュはもちろんその方面で、知らぬ人も知っている有名人。

ビートルズが作詞作曲したとされる数々のオリジナル曲は、実はすべて提供されたもので、メンバーが作詞作曲し始めたのは、バンドとしての活動も終盤となってからであるという。


解散後のジョン・レノンの反戦活動、反権力的思想は厄介のタネであり、イギリス、アメリカの諜報機関の監視下にあった。そこでチャップマンに催眠術をかけ、暗殺者に仕立てて、レノンを殺させたのであるという。
_____


●入念に仕組まれた陰謀「ビートルズ現象」の汚い共犯者エド・サリバン


 タヴィストック研究所がビートルズを合衆国に連れてきた時、ビートルズの後に続く事になる文化災害を誰も想像出来なかった。ビートルズは『水瓶座の陰謀』の絶対不可欠の一部分であった。この陰謀は生命をもった有機体で『人間イメージの変革』から発生したものである。

 ビートルズ現象は若者の旧社会制度に対する自発的な反抗ではない。そうではなくて、それは高度に破壊的で巧妙な要素を、むりやり変化させる目標とされた大きな個体群の中に、正体不明の陰謀団によって持ち込むという、入念に仕組まれた陰謀だったのである。

 新しい単語や言い回し??タヴィストック研究所によって作られた??が、ビートルズと一緒にアメリカに紹介された。音楽用語としての「ロック」や「ティーンエージャー」「クール」「ディスカバード(発見された)」それに「ポップミュージック」といった単語は麻薬の仲間入りを意味して、ビートルズの赴く所どこでも付いて廻り、「ティーンエージャー」によって「発見される」事になる偽装された暗号用語だったのである。

 因みに「ティーンエージャー」という言葉は、ビートルズがタヴィストック研究所のお陰で登場する直前まで使われた事はない。つまりこの現象も、ストリート・ギャング抗争の場合でと同じく、マスコミ、とりわけテレビ・ラジオの協力なしで何も成し遂げられなかっただろう。特に、口汚いエド・サリバンの協力は不可欠だった。彼は自分の果たすべき役割について謀略家共に前もってコーチを受けていた。溢れかえる程の報道に登場する事がなければ、リバプール出身のガラクタ連中と、その後に続く12音無調達様式[シェーンベルクが調和拘束性を断ち切る為に創案した無調音楽の一種]の”音楽”に大して注意を払う者はなかっただろう。

一二音無調様式は強勢の反復音からなり、テオドール・アドルノ[1903?69、フランクフルト学派の泰斗で、「否定弁証法」の思想家・ユダヤ系]によってディオニソス密儀及びパール神官の音楽から借用され、英国女王という事はつまり300人委員会のこの特別友人アドルノよって「現代的」風味を添えられたものであった。

 タヴィストック研究所とスタンフォード研究所は、「ロック音楽」とそのファンの周辺でその後広く使われる様になる誘発語を作った。誘発語が主として若い個体群に紛れもない新たな離脱を引き起こした。彼等は、社会工学と社会的調節剤によって、ビートルズこそ本当に自分達の大好きなグループなのだと言いくるめられたのである。「ロック音楽」との関連で考案された誘発語は全て、新たに目標にされた群、自由主義国の若者達を集団支配する為に構想されたものなのである。

 ビートルズは完璧な仕事をした。というより恐らく、タヴィストック研究所とスタンフォード研究所は完璧な仕事をしたと言う方が、もっと正確だろう。ビートルズは只「友人達からちょっとした手助けを借りて」??麻薬を使用し「クール」にやる為の暗号用語??訓練されたロボットの様に反応しただけである。

ビートルズは大いに目立つ「ニュータイプ」??別のタヴィストック用語??となり、かくして程なくこのグループは新しいスタイル(衣服や髪型や言葉遣いの流行)を作った。これには年上の年代は狼狽した。まさしく目論見通りであったのである。これはウィリス・ハーモンとその社会科学者及び遺伝子工学の鋳掛け屋共のチームによって練り上げられ実行に移された「乖離?不適応」過程の一部だったのである(この為にビートルズは女王から勲章を頂いたかもしれない。当時は世界的に有名になってレコード売り上げを貢献したからと聞いていたが!忍)。

 我々の社会でマスコミが果たした役割は、大きな個体群の洗脳を成功させる為に決定的であった。1966年にロサンゼルスでストリートギャング抗争が終息したのは、マスコミが取り上げなくなったからである。ロサンゼルスで今進行中のストリート・ギャング抗争の波にも同じ事が起こる筈である。マスコミの集中報道がトーンダウンし、それから完全に取り上げなくなると、ストリートギャング共は実を結ばずにしぼむだろう(そうとは限らない。後ろに後見の人がいれば、力は残っているだろう。只、マスコミが取り上げないと青少年の好奇心が無くなる事は事実だけど。言葉が知らなければ頭が浮かばないから。只、今現在は戦略的にマスコミが取り上げない問題が沢山ある。嘘の報道が戦略的に行っている!忍)。1966年の時の様に、事件は「燃え尽きて」しまうことになっている。ストリート・ギャング予備群は騒動を起こし、不安を醸成する目的に役立った事になるだろう。厳密に同じパターンが「ロック音楽」の場合にも起こるだろう。マスコミの関心を失って、結局は歴史に記載されるだけになるであろう。




●麻薬、ヒッピー、フラワーチルドレンとテオドール・アドルノ


 タヴィストック研究所の手で偶然に編成されたビートルズに続いて、英国製ロックグループが他にもやって来た。それらのグループは、ビートルズと同じく、テオドール・アドルノに異教的な歌詞を作詞してもらい、”音楽”の全てを作曲して貰った。

 歌詞とか音楽という美しい単語を「ビートルズ狂」との関連で使うのを私は遺憾に思う。というのも、「愛する人」という単語が如何に間違って使われているかを私に思い出させるからである。豚のエサの中で絡み合う二人のホモ(これは、不自然な性的な行為である。素直に女性を求めればよいのである。自然の法則は、+と?は引き合うが、+と+又は?と?は反発し合う。だから素直ではないと言っているのである。神の法はあく迄も一夫一婦制である。独身の人が、独身の異性を求めるのは悪ではない!忍)の不潔な行為を指すのに使われているのである。従って、「ロック」を音楽と呼ぶのは侮辱である。同じく「ロックの歌詞」に使われている言葉も侮辱である(音楽と歌詞とは、人間の感性を育てる物である。其処に悪魔が利用されるのである。殺人を善だと感じる感性(人殺し又は麻薬を使って廃人なるのを見るのを喜ぶ感性)を育てるにはどうすれば良いのかと考えて出来た音楽はやはり悪魔の音楽である。ロックの人達は麻薬との繋がりがあるので、保守派は警戒するのである!忍)。 

 タヴィストック研究所とスタンフォード研究所は、300人委員会に委託された作業の第2段階に乗り出した。この新段階はアメリカに社会変化を熱をかき立てた。

 ビートルズが自由主義国という舞台に登場した時と同じ様に、急速に「ビート世代」が登場した。それは社会を分離・分裂させる為に構想された誘発語である。マスコミは今度は「ビート世代」に関心を集中した。やはり、タヴィストック研究所が新造した単語がどこからともなく出て来た。「ビートニク」「ヒッピー」「フラワーチルドレン」が自由主義国語彙の一部となった。「ドロップアウト」して、汚いジーンズを着け、洗わない長髪で歩き回る事がはやった(意味不明。道徳はあく迄も心の問題で服装で判断する人は下に属する。社会に対して何を行うのかの方向性で判断する必要がある。あく迄も宇宙大自然との共存共栄の方向であるかどうか!忍)。かくて「ビート世代」はアメリカの本流から独立した。彼等は、先行のまだ清潔だったビートルズと同じくらい悪名高くなったのである。
 新たに作られたグループとその「ライフスタイル」が、自由主義国の若者を流行へと押し流した。自由主義国の若者は気付きさえしないで過激な変革を経験した。その間、年上の世代はなすすべもなく傍観した。危機の原因を割り出す事が出来ず、為に危機の現れに対して適応不良の態度で反応したのである。

 危機の現れとは、あらゆる種類の麻薬、マリファナ、そして後には、リゼルグ酸つまり「LSD」であった。LSDはスイスの製薬会社サンドスによって手軽に供給された。それは同社の化学者の一人アルバート・ホフマンが強力な精神変化薬である合成エルゴタミンの製法を発見した結果だったのである。300人委員会は、彼等の銀行の一つS・C・ウォーバーグを通じて同社のプロジェクトに融資した。そして藥は、哲学者オルダス・ハックスリー[1894? 1963、英国の小説家・批評家]によってアメリカに持ち込まれた。この新しい「特効薬」は直ちに「試作品(サンプル)」大の包みで配布され、合衆国中の大学のキャンパスやロックコンサートで無料で配給された。ロックコンサートは藥の使用を激増させる為の主要な手段となった。

 答を求めて大声で質される人がいるかもしれない??「麻薬取締局(DEA)は当時何をしていたのか?」と。だがDEAは、進行している事を知りながら何もするなと命令されていた事を示す有力な状況証拠がある。
 非常に多くの新しい英国ロックバンドが合衆国(自由主義国)にやって来るようになると、ロックコンサートはアメリカ(自由主義国)の若者の社交予定表で恒例行事と化した。これらのコンサートと連携して若者の間での麻薬使用は比例的に高まった。

 呪わしい狂気沙汰である調子外れの強勢ビートサウンドが聴く者の精神を麻痺させるので、彼等はやすやすとその気になって新薬を試した。「みんなやっている」という理由を付けて。仲間の集団の圧力は非常に強力な武器である。「新しい文化」はお先棒かつぎのマスコミに最大限に取り上げられた。それには謀略家共の懐はただの一銭も痛まなかった。

 大勢の市民指導者や教会関係者の大いなる怒りが、この新しい熱狂に向けられた。しかし彼等のエネルギーは、進行する事態の結果に誤って振り向けられ、その原因には立ち向かわなかった。ロック熱を批判する者達も禁酒法時代[1920〜33年]に犯されたと同じ過ちを繰り返した。彼等は法執行機関や教師、両親、誰でも彼でも非難したのである。但し謀略家(一番の原因である)共を除いて。 

______

支配階級が被支配階級をコントロールするには、洗脳することがもっとも有効な手段です。英米はそのために大衆プロパガンダ、人間心理コントロールの技術の研究を行い、実際その研究成果を実施してきたと言われています。

簡単に言うとモノを考えない人間を作ることです。

20世紀に入ると米国では麻薬、同性愛、音楽、セックスをファッション化し、脳を麻痺させて支配階級に迎合させる作戦が実施され順調に達成させられたといわれています。

その作戦の一役を担ったのがビートルズとも言われています。

まずその手段のひとつがバックワード・マスキング手法です。

バックワード・マスキング手法は簡単に言うと「言葉の逆回し」です。

りんご→ごんり や しんぶんし→しんぶんし 同じかッ(笑)

バックワード・マスキング手法は、19世紀末に活躍した有名な黒魔術師のアイレスター・クロウリーによって広く知られるようになりました。

あのマイケル・ジャクソンもバックワード・マスキング手法を使っていたと言われますが、最も熱心にやっていたのがビートルでした。

その証拠に「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のジャケットにアイレスター・クローリーが登場しています。 上段の左から2人目の坊主頭の方です。この画像では分かりにくいので実際のジャケットでご確認下さい。

では、次に曲の中で実際に使われているバックワード・マスキングによるサブリミナルテクニックですが、


まずは「アビー・ロード」

アビー・ロードをよ〜く聞いているとなんと言っているか分からない箇所があります。その箇所を逆回しにすると「Let me out Let me out Let me out」と言っています。

また「レボリューションNo.9」という曲では「No.9、No.9」と繰り返している箇所がありますが、この部分を逆回しにしてみると「Turn me on dead man turn me on dead man」と言っているのが分かります。 アルバムを持っている方は要チェックです!

ジョン・レノンの声は「1/fのゆらぎ」という特殊な波動を持っていると言われています。日本人では美空ひばりさん、宇多田ヒカル、森本レオなどが有名です。 1/fのゆらぎとは、人に快感やヒーリング効果を与えると言われており、自然界での具体事例は小川のせせらぎ、木漏れ日、蛍の光などが挙げられます。 このような状態になると人間はα波が出始め、催眠術にかかったのと同じ状態になります。この状態の時になにか指令が出たとすると簡単に洗脳されてしまうことは理にかなっています。

_________

序章 世界洗脳の手先ビートルズ

 ザ・ビートルズ。

 1964年、突如世界の舞台に飛び出し、一気にスターダムにのし上がったスーパー・アイドル。

 アメリカの人気番組、エド・サリヴァン・ショーへの出演をきっかけに、その人気は頂点に達した。
 世界中の若者がビートルズに熱狂し、彼らの虜となった。 そんなビートルズに対してデイヴィッド・ノーベルは、

 心理作戦を得意とする政治家が、ビートルズの音楽を利用して若者を催眠術にかけ、将来に計画されている破壊分子制御に従わせようとしている。

 この組織的計画の目的は、若い世代を、精神的には病める状態に、感情的には情緒不安定な状態にすることなのである。

と指摘している。 多くの人々は、あまりのビートルズの人気に対するひがみだと思って聞き流すかもしれない。

 しかし、彼の見解は正しかったのである。 実は、今から100年も昔にまとめられた『プロトコール』という文書にこう書かれてある。


第十三議定書

「彼らが自分で何かを考案せぬように、我々は享楽や、遊戯や、音楽や、性欲や、民衆倶楽部等の方面を煽って誘導しなければならない。これによって、大衆の頭を其の方へ外れさせねばならない」




 ビートルズに熱狂した若者たちは、自分たちの行動を旧社会制度に対する自発的な反抗だと考えていた。
 しかし、若者たちの行動は、世界を自分たちの意のままに動かす集団、「影の政府」によって、100年も前から計画されていたのである。

 「彼ら」の陰謀は成功し、音楽用語としての「ロック」や「ティーンエイジャー」、「クール」、「ポップ・ミュージック」といった新しい単語やいい回しがビートルズとともに世界に広められ、世界中の若者がその虜となった。

 その結果、若者たちは享楽的な生活に埋没し、「影の政府」の陰謀に立ち向かうどころか、「彼ら」の存在にすら気づくことはなかったのである。


 この陰謀の中核となったのが「影の政府」の下部組織であるタヴィストック研究所とスタンフォード研究所である。 タヴィストック研究所は、イギリスにある世界最大規模の洗脳研究施設である。

 このタヴィストック研究所が1946年、アメリカに設立したのがスタンフォード研究所である。

 ビートルズの音楽を作詞作曲したのも、彼らの一員である思想家、テオドール・ヴィーゼングルント・アドルノであった。 そして、エド・サリバンによって綿密にマスコミの使用法が検討され、電波に乗って全世界に報道されたのである。


 それでは、「影の政府」とは何ものなのか。そのヒントは、「彼ら」が作り上げたビートルズに隠されている。


 ビートルズのアルバム、"Sgt. Peppers Lonley Hearts Club Band"(サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド)のジャケットには、SF作家として有名な、H.G.ウェルズがいる。

 また、哲学者のオルダス・ハックスレー。

 このウェルズとハックスレーは、タヴィストック研究所やスタンフォード研究所を裏からコントロールする「影の政府」の一組織、「三百人委員会」のメンバーだったのである。


 さらに、推理小説作家として有名なエドガー・アラン・ポーは、「三百人委員会」に連なる秘密結社、フリーメーソンのメンバーである。 また、フリーメーソンの下部組織「黄金の暁(Golden Dawn)」に参入していた20世紀最大の黒魔術師、アレイスター・クロウリー。


 "Sgt. Peppers Lonley Hearts Club Band"のジャケットは、今まで闇の世界から歴史を動かしてきた「影の政府」が、いよいよ表の舞台に躍り出るという宣言だったのである。



 それでは、「影の政府」の目的とは何か。

 それは、ビートルズのメンバー、ジョン・レノンの“イマジン”にみることができる。


  想像してごらん、国なんかないと
  それに宗教もないと  ("Imagine") 


 この"イマジン"は、若者の間で圧倒的な支持を受けた。 現在でも争いを産み出す原因である国家や宗教を糾弾する反体制、反戦争のシンボルとして歌われ続けている。

 しかし、真実は異なる。

「影の政府」こそが近代におけるあらゆる戦争や飢餓を引き起こしてきたのであり、あらゆる国家は「彼ら」に操られてきたのである。


 そして今、「影の政府」は、若者たちに国家や宗教を破壊させようとしている。
 その後に、「影の政府」の意のままになる超管理社会、統一世界政府を樹立しようともくろんでいるのである。
 このイマジンは、そんな「彼ら」の情報操作の一環だったのである。
メンテ
ジャズは麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール 1 _ デューク・エリントン名演集 ( No.15 )
日時: 2017/07/22 09:18
名前: 中川隆 ID:nUGMNEeU

ジャズは麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール 1 _ デューク・エリントン名演集

デューク・エリントン(Edward Kennedy "Duke" Ellington、1899年4月29日 - 1974年5月24日)

Duke Ellington - The Best of Duke Ellington - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=pxUjmYZN5XA

Duke Ellington - Montreal 1964 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=RTFK1M5hY0A

Duke Ellington - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Duke+Ellington
メンテ
ジャズは麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール 2 _ グレン・ミラー名演集 ( No.16 )
日時: 2017/07/22 09:17
名前: 中川隆 ID:nUGMNEeU

ジャズは麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール 2 _ グレン・ミラー名演集


グレン・ミラー(Alton Glenn Miller、1904年3月1日 - 1944年12月15日?)

The Best of Glenn Miller Jazz Music - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=WwmE5DOtEMk

'IN THE MOOD' - Glenn Miller (Enhanced HQ Sound HD) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=XElwAwS0GvE

Glenn Miller - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Glenn+Miller

____


グレン・ミラー物語 The Glenn Miller Story ユニバーサル・インターナショナル 1954年

動画
http://www.nicovideo.jp/search/The%20Glenn%20Miller%20Story%20?ref=watch_html5

監督 アンソニー・マン

キャスト

グレン・ミラー :ジェームズ・ステュアート
ヘレン・バーガー: ジューン・アリソン
チャミー・マグレガー :ハリー・モーガン
ドン・ヘインズ : チャールズ・ドレイク


挿入曲

ムーンライト・セレナーデ
タキシード・ジャンクション
茶色の小瓶
セントルイス・ブルース
ベイズン・ストリート・ブルース
イン・ザ・ムード
ペンシルベニア6-5000
アメリカン・パトロール
黒い瞳


若いトロンボーン奏者グレン・ミラー(ジェームズ・スチュアート)は、新しい音楽を創り出す悲願を抱き、そのため苦しい生活を忍んでいた。

彼の親友のピアノ奏者チャミイ(ヘンリイイ・モーガン)さえも、グレンの目的に疑いを持つようになったが、偶然の機会にグレンの編曲した作品がベン・ポラック(自身出演)の耳にとまり、ポラックの編曲助手として採用され彼の楽団と一緒に演奏旅行に出た。

デンヴァーに来たとき、グレンは学校時代の女友達ヘレン(ジューン・アリソン)に電話をかけ、真夜中に彼女を訪れた。
彼はヘレンとは2年間も音信不通であったが、彼女を彼の両親の家へ朝食に連れ出した。彼の唐突なやり方にヘレンもはじめはさからったが、次第に彼に惹かれるようになった。だが、グレンが彼女に求愛しようとしたとき、チャミイがあらわれ、グレンを仕事に連れ去ってしまった。

大衆音楽に新しい音色を入れようと努力をつづけるグレンは、楽団斡旋屋のドン・ヘインズに認められたのを機にポラックの許を去り、2年間編曲に専念したが、成功せず、この原因はヘレンのいないことだと悟った。彼は直ちに長距離電話でヘレンを呼び出して結婚を申込み、彼女も承諾を与えた。

式は紐育の小さな教会でささやかに挙げられた。グレンは、ヘレンのすすめで本格的に作曲の勉強をはじめた。まとまった貯金が出来たとき、ヘレンはグレンにすすめて自分の楽団を組織させた。6ヵ月後ボストンに出演することになったが、途中事故のため楽団は解散の止むなきに至り、妊娠中のヘレンも健康を害し入院してしまった。

ミラー一家の苦境を知ったボストンのポール・ルームの経営者シュリプマンは、グレンに1000ドルを提供して楽団を再編成させ、ポール・ルームに出演させた。そのとき偶然、トランペット奏者が唇をいためたので、彼のスコアをクラリネットに書きかえて演奏させたところ、これが計らずもグレン・ミラー・サウンドの誕生となり、未来への光明が開けた。

長男が生まれ、演奏も大当りがつづき、レコードも飛ぶように売れた。ハリウッドからも招かれ、得意の絶頂にあったとき第2次大戦が勃発した。グレンは志願して空軍に入り、戦債及び兵員募集のための演奏をつづけ、次いでヨーロッパ戦線へ慰問旅行に出かけた。

クリスマスの日にはグレンはパリから米国向けに特別放送をすることになり、その番組で遥かにヘレンたちに呼びかけようと決心した。だがロンドンからグレンを乗せてパリに向かった飛行機は英仏海峡上空で消息を絶ったまま、遂に帰らなかった。
メンテ
ジャズは麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール 3 _ カウント・ベイシー名演集 ( No.17 )
日時: 2017/07/22 09:22
名前: 中川隆 ID:nUGMNEeU

ジャズは麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール 3 _ カウント・ベイシー名演集


カウント・ベイシー(William "Count" Basie、1904年8月21日 - 1984年4月26日)


The Best of Count Basie - The Golden Years Jazz Music - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=swbh8tUw_98

Count Basie - Live in Sweden 1962 (Jazz Icons) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=4nSS2pawWOg

Count Basie - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Count+Basie
メンテ
ジャズは麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール 4 _ ベニー・グッドマン名演集 ( No.18 )
日時: 2017/07/22 09:22
名前: 中川隆 ID:nUGMNEeU

ジャズは麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール 4 _ ベニー・グッドマン名演集

ベニー・グッドマン(Benny Goodman, 本名:Benjamin David Goodman、1909年5月30日 - 1986年6月13日)

The Best of Benny Goodman - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=yzxrBdryBzU

SING, SING, SING BY BENNY GOODMAN - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=r2S1I_ien6A

Benny Goodman - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Benny+Goodman

____

ベニー・グッドマンはクラシック音楽も手がけ、モーツァルトのクラリネット協奏曲(協演はシャルル・ミュンシュ指揮、ボストン交響楽団)、やクラリネット五重奏曲(協演はボストン・シンフォニー四重奏団)のレコードを出している。

また、当時の現代作曲家バルトークとも親交があり、『ヴァイオリンとクラリネットとピアノのためのコントラスツ』の献呈を受けており、作曲者及び同時に献呈を受けたヴァイオリニストのシゲティとの共演録音が残されている。

同時代の作曲家では他にコープランドがクラリネット協奏曲を作曲している。他、バーンスタインと共演。

___

Benny Goodman, Joseph Szigeti - Contrasts for Violin, Clarinet & Piano, Sz. 111 I. Verbunkos - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=oPJnIYzvRW0


Bela Bartok - Contrasts for Violin, Clarinet and Piano

I. Verbunkos
II. Pihen
III. Sebes

Contrasts (Sz. 111, BB 116) is a 1938 composition scored for clarinet-violin-piano trio by Bela Bartok (1881-1945).

It is based on Hungarian and Romanian dance melodies and has three movements with a combined duration of 17–20 minutes. Bartok wrote the work in response to a letter from violinist Joseph Szigeti, although it was officially commissioned by clarinetist Benny Goodman.

Szigeti originally wanted Bartok to write a short piece with two movements and a total duration of 6–7 minutes. This was most likely so that a recording of it would be able to fit cleanly on a single gramophone record, with one movement on each side with capacity for approximately four minutes running time.

The first version of the work, titled Rhapsody, received its premiere on 9 January 1939 at Carnegie Hall, with Szigeti, Goodman, and pianist Endre Petri performing. Bartok subsequently added a middle movement and changed the work's title to Contrasts.

Szigeti, Goodman and Bartok first performed the final, three-movement work at Carnegie Hall on 21 April 1940, and subsequently recorded it for Columbia.

Bartok published the work in 1942 and dedicated it to Szigeti and Goodman.
メンテ
ジャズは麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール 5 _ マイルス・デイヴィス名演集 ( No.19 )
日時: 2017/07/22 09:38
名前: 中川隆 ID:nUGMNEeU

ジャズは麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール 5 _ マイルス・デイヴィス名演集

マイルス・デイヴィス(Miles Dewey Davis III, 1926年5月26日 - 1991年9月28日)

The Best Of Miles Davis
https://www.youtube.com/watch?v=aJOMCmNck1M

Miles Davis Live in Vienna 1973 Stadthalle ganzes Konzert - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=wOA9_TdRFt4

Miles Davis - Kind of Blue - 1959 (Complete Album) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=kbxtYqA6ypM

Miles Davis - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Miles+Davis
メンテ
ジャズは麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール 6 _ ジョン・コルトレーン名演集 ( No.20 )
日時: 2017/07/22 09:43
名前: 中川隆 ID:nUGMNEeU

ジャズは麻薬と併用してトランス状態に入る為のツール 6 _ ジョン・コルトレーン名演集

ジョン・コルトレーン(John Coltrane, 1926年9月23日 - 1967年7月17日)

The Best of John Coltrane - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=6_4UXvVnGWY

貴重映像 ジャズのカリスマ ジョンコルトレーンの演奏 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Lty8h_u6Uaw

John Coltrane My Favorite Things (1961) [Full album] - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=YHVarQbNAwU

John Coltrane Quartet - Impressions. - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=03juO5oS2gg

John Coltrane - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=John+Coltrane+
メンテ

Page: 1 | 2 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前  「名前#任意の文字列」でトリップ生成
E-Mail 入力すると メールを送信する からメールを受け取れます(アドレス非表示)
URL
パスワード ご自分の投稿文の編集、削除の際必要です。面倒でしょうが入力をお勧めします。
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
コメント

   クッキー保存