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[2820] 哲学のはなし(考えるとは)
日時: 2017/12/05 11:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:sdl19w96

人間の思考の仕方について、歴代の哲学者のやって来た道を辿るのも意味のある事と考えます。
そこで、少し退屈に思われる方もいるでしょうが、思考自身のあり方の為に書いてみます。
ギリシャ哲学から実存哲学のサルトルまで、少し長くなります。


哲学の系譜

思に西欧哲学について語ります。
エイジプト、メソポタミア文明は古くからありましたがまとまった文書は残されていません。
ギリシャ時代に入り、初めて思想、科学の文章が残されています。
そのギリシャ哲学ですが、著名なのはソクラテス、プラトンです。
ソクラテスについては、彼自身の著作ではなく「ソクラテスの弁明」などと言う語りつがれで残っています。

(ソクラテス)

ソクラテスの思想は、内容的にはミレトス学派(イオニア学派)の自然哲学者たちに見られるような、唯物論的な革新なものではなく、「神のみぞ知る」という彼の決まり文句からもわかるように、むしろ神々への崇敬と人間の知性の限界(不可知論)を前提とする、極めて伝統的・保守的な部類のものだと言える[要出典]。「はかない人間ごときが世界の根源・究極性を知ることなどなく、神々のみがそれを知る、人間はその身の丈に合わせて節度を持って生きるべき」という当時の伝統的な考え方の延長線上に彼の思想はある[要出典]。
それにも拘らず、彼が特筆される理由は、むしろその保守性を過激に推し進めた結果としての[要出典]、「無知の知」を背景とした、「知っていることと知らないこと」「知り得ることと知り得ないこと」の境界を巡る、当時としては異常なまでの探究心・執着心 、節制した態度 にある[要出典]。「人間には限界があるが、限界があるなりに知の境界を徹底的に見極め、人間として分をわきまえつつ最大限善く生きようと努める」、そういった彼の姿勢が、その数多くの内容的な欠陥・不備・素朴さ[要出典]にもかかわらず、半端な独断論に陥っている人々よりは思慮深く[要出典]、卓越した人物であると看做される要因となり、哲学者の祖の一人としての地位に彼を押し上げることとなった。

要するに道徳律の様なものが彼の主題であった。
次に登場するのがプラトンです。

(プラトン)

プラトンのイデア論
一般に、プラトンの哲学はイデア論を中心に展開されると言われる。
最初期の対話篇を執筆していた30代のプラトンは、「無知の知」「アポリア(行き詰まり)」を経ながら、問答を駆使し、正義・徳・善の「単一の相」を目指して悪戦苦闘を続けるソクラテスの姿を描き、「徳は知識である」といった主知主義的な姿勢を提示するに留まっていたが、40歳頃の第一回シケリア旅行において、ピュタゴラス派と交流を持ったことにより、初期末の『メノン』の頃から、「思いなし」(思惑、臆見、doxa ドクサ)と「知識」(episteme エピステーメー)の区別、数学・幾何学や「魂」との結びつきを明確に打ち出していくようになり、その延長線上で、感覚を超えた真実在としての「イデア」の概念が、中期対話篇から提示されていくようになった。
生成変化する物質界の背後には、永遠不変のイデアという理想的な範型があり、イデアこそが真の実在であり、この世界は不完全な仮象の世界にすぎない。不完全な人間の感覚ではイデアを捉えることができず、イデアの認識は、かつてそれを神々と共に観想していた記憶を留めている不滅の魂が、数学・幾何学や問答を通して、その記憶を「想起」(anamnêsis、アナムネーシス)することによって近接することができるものであり、そんな魂が真実在としてのイデアの似姿(エイコン)に、かつての記憶を刺激されることによって、イデアに対する志向、愛・恋(erôs、エロース)が喚起されるのだとした。

いわゆる形而上学的な発想であり、人間としての普遍の真理を念頭に置きました。
プラトンが説く道徳律が現在でも有効とされるのは、これ故の事です。
そのごプラトンの思いは、個人的な思想から国家の有り様を意識し、国家論を書くことになります。
国家論では国民一人一人の道徳律を説き、君主は君主たるべき資格を問います。
これが成れば、それだけで理想国家になるのですが、現実は、そうは行きません。
我欲の塊である人間性を軽く見ていたのです。

その後には、キリスト教の教義が広まる事によって、プラトンのイデア論の陰が薄くなり、中世哲学へ移って行きますが、人間学としてのギリシャ哲学は中世以降復活することになります。
それでも、プラトンの後にはアリストテレスもでて、ストア、エピキュロス哲学も興りました。

プラトンの文章(国家論 洞窟の比喩)

>洞窟の中に閉じ込められた囚人は、洞窟に映る影絵のようなものだけしかみたことがなく、それが実体だと思っています。
しかし、いったんその囚人を外に連れ出し、光の溢れる実際の世界を見せたらどうなるでしょう。
最初はおそらく光がまぶしすぎて苦痛を感じるでしょう。
しかし慣れてしまうと、もう暗い洞窟の中には戻りたくなくなり、洞窟の中にいるものを哀れに思うようになるでしょう。


(アリストテレス)

アリストテレスの師プラトンは、対話によって真実を追究していく問答法を哲学の唯一の方法論としたが、アリストテレスは経験的事象を元に演繹的に真実を導き出す分析論を重視した。このような手法は論理学として三段論法などの形で体系化された。

アリストテレスによると、人間の営為にはすべて目的があり、それらの目的の最上位には、それ自身が目的である「最高善」があるとした。人間にとって最高善とは、幸福、それも卓越性(アレテー)における活動のもたらす満足のことである。幸福とは、たんに快楽を得ることだけではなく、政治を実践し、または、人間の霊魂が、固有の形相である理性を発展させることが人間の幸福であると説いた(幸福主義)。
また、理性的に生きるためには、中庸を守ることが重要であるとも説いた。中庸に当たるのは、恐怖と平然に関しては勇敢、快楽と苦痛に関しては節制、財貨に関しては寛厚と豪華(豪気)、名誉に関しては矜持、怒りに関しては温和、交際に関しては親愛と真実と機知である。ただし、羞恥は情念であっても徳ではなく、羞恥は仮言的にだけよきものであり、徳においては醜い行為そのものが許されないとした。


これはプラトンが説いた道徳律を、より論理的、理性的に位置づけることになります。
その代わりに、作り上げた至高善が人為的なものとなり、後にヘーゲルが陥ったと同じように、思念の結果が人々を束縛する事になった。
(参考までにヘーゲルの国家論を紹介します)
 「世界史は自由の意識の進歩である」と考えるヘーゲルは、有名な弁証法によって、歴史の進展を記述しました。つまりヘーゲルにとって歴史とは、テーゼ、アンチテーゼ、そしてジンテーゼの三段階を経て発展していくのです。

 ヘーゲルはこの弁証法を道徳にも適用させました。彼によれば道徳とは、個人の精神が達成すべきものなのではなく、むしろ国家によって達成されるべきであると言います。道徳が主観的であるのに対して、国家が設定する法は客観的です。ヘーゲルはこの両者の統合体を「人倫」と名付けました。この人倫もまた、テーゼ、アンチテーゼ、そしてジンテーゼの三段階で発展していきます。人倫におけるテーゼに該当するのは、「家族」で、アンチテーゼに該当するのが「市民社会」であり、そしてジンテーゼに該当するのが「国家」です。

 ここでいう家族とは、共同体の最小単位です。家族の各構成員は「愛情」によって結び付いています。しかし家族では、個人の独立性が阻害されてしまいます。それ故に自由も見当たりません。

 そこで家族のアンチテーゼとして市民社会が登場します。市民社会は、個々人が自由意志で結び付いている状態です。愛情は、端的に否定されます。代替的に、自由が得られます。

 しかしながら愛情を否定することには喪失感が伴います。それ故人間の幸福とは何なのかという疑念が生まれてしまいます。そこでこのテーゼとなる家族とアンチテーゼとなる市民社会を止揚したジンテーゼとして国家が導入されるのです。

 ヘーゲルにとって、国家は家族と市民社会の対立が止揚されることによって完成するものでした。彼は国家を市民社会や家族よりも高次元の絶対的な存在として解釈していたのです。こうして国家が完成すれば、人倫も達成されているので、もはや道徳を追求する必要もなくなります。

 ヘーゲルにとって、国家と市民社会の差異は自明でした。彼は市民社会を「欲望の体系」と呼んでいました。それは、自己自身の目的を達成するために他人を利用する社会を意味します。こうした個々人の欲望が衝突している市民社会に対して、国家は個々人の利益と全体の利益が一致すると言います。

 このように、ヘーゲルの家族・市民社会・国家論は、言わばあるべき理想の国家像を提起している点で特徴的です。

(引用終わり)

ヘーゲルは思考の結果としての理想国家から人間のあるべき姿を規定したのです。それがナチズムにつながります。
マルクスは、ヘーゲルとは違う手法で国家を考え(経済)、ヘーゲルの批判をしていましたが、結果的に同じ過ちを犯しました。

アリストテレスの解説以降、結論を急ぎすぎ不要な事を言ってしまいましたが、この件はそれぞれの書きこみの中で検証して行くことになるますので、読み飛ばしてください。


(登場する人物を挙げておきます)
                    (関連する思想家)
ソクラテス  ギリシャ哲学
プラトン   ギリシャ哲学(国家論)
アリストテレス ギリシャ哲学(倫理学)
ストア哲学   ストイックの概念     ゼノン
エピキュロス哲学 快楽主義
アウグスティヌス  キリスト教哲学
スコラ哲学  中世キリスト教哲学     トマス・アクナス
ダンテ   ルネッサンスの幕開け     コペルニクス
ルター   宗教改革
カルビン  宗教改革
マキャベリ 唯物論
ホッブス  唯物論
パスカル  ルネッサンス期の哲学     
デカルト  観念論
スピノザ  一元論
ヒューム  イギリス経験論       アダム・スミス、ジョン・デューイ(プラグマティズム)
ライプニッツ  単子論
ルソー    社会契約論
カント    観念論
ヘーゲル   唯物弁証法        フォイエルバッハ
ショーペンハウアー  愛の哲学
バートランド・ラッセル  心の哲学(自我論)
キルケゴール 実存主義
フッサール  現象論
フロイト   心理学
ユング    心理学         ヴント(ゲシュタルト心理学)
ニーチェ   孤高の精神
ベルグソン  生の哲学
マックスウエーバー  社会学
ハイエク   新自由主義(経済)
サルトル   実存主義       ハイデッガー
メルロポンティ  実証主義
マルクス   共産主義?      エンゲルス


(注記)

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ルソー ( No.9 )
日時: 2017/12/03 18:22
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:fP2L1Dqg

近代哲学のスタートの状況を説明してきましたが、いよいよ皆様にも馴染みの深い哲学者の登場です。

ルソー(1712−1778)
カント(1724-1804)
フィヒテ(1762-1814)
シェリング(1775-1854)
ヘーゲル(1770-1831)
ショーペンハウアー(1788-1860)
キルケゴール(1813-1855)
哲学者と言えるか解らないが、経済のアダム・スミス(1723−1790)もこの時代の人です。

この時期が観念論を主体とした近代哲学の中心でした。その後、以下の人物によって、それぞれの主張が満開になったと言えよう。

ニーチェ(1844−1900)
フロイト(1856−1939)心理学
フッサール(1589−1938)現象学
ベルグソン(1859−1941)生の哲学
マックス・ヴェーバー(1864−1920)社会学
ヤスパース(1883−1969)精神医学
ハイデッガー(1889−1976)
ハイエク(1899−1992)経済の新自由主義の論理的根拠
サルトル(1905−1961)実存主義・小説家
メルロ・ポンティ(1908−1961)実証主義



(ルソー)

ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau、1712年6月28日 - 1778年7月2日)は、フランス語圏ジュネーヴ共和国に生まれ、主にフランスで活躍した[1]哲学者、政治哲学者、作曲家。

1753年、ディジョンのアカデミーが再び「人々の間における不平等の起源は何であるか、そしてそれは自然法によって容認されるか」という主題のもと懸賞論文を募った。ルソーは論文執筆のためにサンジェルマンに行った。かの地で、ルソーは彼にとってさらに本質的な問いに対して『人間不平等起源論』(Discours sur l'orgine de l'inégalité parmi les hommes, 1755)を著した。ルソーは『学問芸術論』の論文の文明批判の原理を更に展開させた。『人間不平等起源論』は41歳にして書き上げたルソー初の大作であり、懸賞論文への解答であった。
ルソーは、本来の人間存在である自然人は与えられた自然の環境的条件のもとで自足的に生きており、自己愛と同情心以外の感情は持たない無垢な精神の持ち主であったとしたうえで、平等で争いのない自然状態を描きだした。

しかし、こうした理想の状態は人間自身の進歩によって失われていったと見た。人々が農業を始め土地を耕し家畜を飼い文明化していく中で、生産物からやがて不平等の原因となる富が作り出され、富をめぐって人々がしだいに競い合いながら不正と争いを引き起こしていったと考えた。「私有財産制度がホッブス的闘争状態を招いた」と指摘したのである。

やがて、こうした状況への対処として争いで人間が滅亡しないように「欺瞞の社会契約」がなされる。その結果、富の私有を公認する私有財産制が法になり、国家によって財産が守られるようになる。かくして不平等が制度化され、現在の社会状態へと移行したのだと結論付けた。富の格差とこれを肯定する法が強者による弱者への搾取と支配を擁護し、専制に基づく政治体制が成立する。「徳なき名誉、知恵なき理性、幸福なき快楽」に基づく桎梏に人々を閉ざし、不平等という弊害が拡大していくにつれて悪が社会に蔓延していくのだと述べた。ルソーはこうした仮説に基づいて、文明化によって人民が本源的な自由を失い、社会的不平等に陥った過程を追究、現存社会の不法を批判した。
不平等によって人間にとっての自然が破壊され、やがて道徳的な退廃に至るという倫理的メッセージを含んだ迫力は人々のこころに恐怖感を煽るほどの強烈な衝撃となった。その後この書はヴォルテールなど進歩的知識人の反発を強めさせ、進歩の背後に堕落という負の側面を指摘する犬儒性の故に「世紀の奇書」とも評された。

社会契約説

1762年に発表した『社会契約論』において、社会契約と一般意志なる意志による政治社会の理想を論じた[135]。社会契約が今後の理想として説かれる点で、ルソーの社会契約説は、イギリスにおいて現状の政治社会がどのような目的の社会契約によって形成されたのかについて研究したホッブズやロックの社会契約説と異なる。『社会契約論』においてルソーは、「一般意志」は、単純な「特殊意志(個人の意志)」の和(全体意志)ではないが、そのそれぞれの「特殊意志」から、相殺しあう過不足を除けば、「相違の総和」としての「一般意志」が残るのだと説明している。ルソーは、ロック的な選挙を伴う議会政治(間接民主制、代表制、代議制)とその多数決を否定し、あくまでも一般意志による全体の一致を目指しているが、その理由は、ルソーが、政治社会(国家)はすべての人間の自由と平等をこそ保障する仕組みでなければならないと考えていたためである。そのため、政治の一般意志への絶対服従によって、党派政治や政治家による抑圧を排した「共和国」の樹立を志向した。ただし、ルソーが言う「共和国」とは一般的な意味での共和国ではなく、君主政体でも法治主義が徹底されれば「共和国」ということになる。ルソーの議論が導く理想は、政治が一般意志に服従するというものであり、絶対的な人民主権(国民主権)となる。ルソーは、一般意志による政治について、民主政の他に君主政や貴族政を排除せず、政体はあくまでも時代や国家の規模によって適するものも異なるとし、社会契約による国家が君主政であるにせよ、あるいは貴族政であるにせよ、民主政であったとしても統治者が一般意志に服従することを重要視している。

(また教育家としても知られる、ルソーは、自然状態の人間について次のように語っている。)
……森の中をさまよい、器用さもなく、言語もなく、住居もなく、戦争も同盟もなく、少しも同胞を必要ともしないばかりでなく彼らを害しようとも少しも望まず、おそらくは彼らのだれをも個人的に見覚えることさえけっしてなく、未開人はごくわずかな情念にしか支配されず、自分ひとりで用がたせたので、この状態に固有の感情と知識しかもっていなかった。彼は自分の真の欲望だけを感じ、見て利益があると思うものしか眺めなかった。そして彼の知性はその虚栄心と同じように進歩しなかった。……技術は発明者とともに滅びるのがつねであった。教育も進歩もなかった。世代はいたずらに重なっていった。そして各々の世代は常に同じ点から出発するので、幾世紀もが初期のまったく粗野な状態のうちに経過した。種はすでに老いているのに、人間はいつまでも子供のままであった。

メンテ
カント ( No.10 )
日時: 2017/12/04 00:13
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gRJtcogo

(カント)

イマヌエル・カント(Immanuel Kant、1724年4月22日 - 1804年2月12日)は、プロイセン王国(ドイツ)の哲学者であり、ケーニヒスベルク大学の哲学教授である。『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』の三批判書を発表し、批判哲学を提唱して、認識論における、いわゆる「コペルニクス的転回」をもたらした。フィヒテ、シェリング、そしてヘーゲルへと続くドイツ古典主義哲学(ドイツ観念論哲学)の祖とされる。彼が定めた超越論哲学の枠組みは、以後の西洋哲学全体に強い影響を及ぼしている。

カントの認識論

カントによれば、人間の認識能力には感性と悟性の二種の認識形式がアプリオリにそなわっている。感性には純粋直観である空間と時間が、悟性には因果性などの 12 種の純粋悟性概念(カテゴリー、すなわち範疇とも称する)が含まれる。純粋悟性概念は時間限定たる図式(schema)によってのみ感性と関係する。
意識はその二種の形式(感性と悟性)にしたがってのみ物事を認識する。この認識が物の経験である。他方、この形式に適合しない理性理念は原理的に人間には認識できないが、少なくとも課題として必要とされる概念とされる。理性推理による理念はいわば絶対者にまで拡張された純粋悟性概念である。神あるいは超越者がその代表例であり、これをカントは物自体(Ding an sich)と呼ぶ。
いわゆる二律背反においては定立の側では完全な系列には無制約者が含まれると主張される。これに対し、反定立の側では制約が時間において与えられた系列には被制約者のみが含まれると主張される。このような対立の解決は統制的ではあっても構成的ではない理念に客観的実在性を付与する先験的すりかえを避けることを必要とする。理念は与えられた現象の制約系列において無制約者に到達することを求めるが、しかし、到達して停滞することは許さない規則である(『純粋理性批判』)。
なお、『プロレゴメナ』によれば、純粋悟性概念はいわば現象を経験として読み得るように文字にあらわすことに役立つもので、もしも、物自体に関係させられるべきものならば無意義となる。また、経験に先行しこれを可能にする超越論的(transzendental)という概念はかりに上記の概念の使用が経験を超えるならば超越的(transzendent)と呼ばれ、内在的(immanent)すなわち経験内に限られた使用から区別される。

これも実際に主著(純粋理性批判)を読んでも容易に理解できない。
内容はギリシャ哲学から始まる人間とは何かという命題であり、表現は異なっても大きく異なるものではない。
しかしながら、観念論哲学としては最終目的地にたどり着いたようなものである。

参考の為に純粋理性批判の概要を紹介します。

認識が構成される仕組み(純粋理性批判)
私たちの認識は以下の3つの能力を通じて構成されている。

感性:外部データを採取する能力
悟性:感性によって得られたデータを結合して、概念化する能力
理性:完全性(完全なもの)を構想する能力
もっと詳しく見ると、以下のような感じだ。

統覚 …… 感性 → 構想力(先験的図式:時間規定) → 悟性(カテゴリー) → 認識
純粋直観が多様なものを与える
構想力がそれらを綜合する
純粋悟性概念(カテゴリー)がこうした純粋綜合を統一する
→ 対象を認識する
という流れ。

統覚は「私は…について考える」という意識のこと。感性と違って自発的な作用。統覚があるので認識が成り立つ。

「感性について」
感性は空間と時間によって規定されている。外部の対象は空間のもとで、内部の対象(心)は時間のもとで直観される。

空間は物自体(対象自体)の性質ではなく、私たちに対して現れる現象を可能とする条件。なので「『空間は、我々に外的に現れる限りの一切のものを含む』、と言うことはできるが、しかし『一切の物自体を含む』、と言うことはできない」。

ここでいくつか注を置いておきたい。

認識構造であれば完全に認識できる
物自体が認識できないといっても、私たちの認識が空想だとか想像にすぎないと言いたいわけではない
私たちの認識は第一に感性というフィルターによって規定されているので、物自体が何であるかを知ることはできない。しかし私たちの認識構造については、感性のもとで完全に認識することができる。

このことが意味するのは、認識の共通構造を見て取ることができれば、対象それ自体のあり方に関わらず、共通の認識に達するための可能性を明らかにすることができるということです。

対象それ自体が何であるかを言い当てようとすれば、それは真理(物自体)をめぐる解決不能な対立に陥ってしまう。真理をつかむことが無理だということを了解すると同時に、どうすれば普遍的な認識は可能なのかをハッキリさせなければ、理性それ自体に対する不信感が生じてしまう。カントにはそういう問題意識がありました。
また、私たちに与えられているのは、ただ対象の現われ(現象)だけだ。しかし、だからといって、認識が空想だとか想像にすぎないと言いたいわけではない。

私たちは、対象は確かに存在していると考えているし、対象の性質(大きさや形)も現実のものと見なしている。しかしそうした性質は、あくまで私たちの主観との相関関係で決まってくる。対象がそれ自体として大きいとか丸いということはないのだ。

「悟性について」

悟性は感性から与えられる表象をひとつの認識へギュッとまとめ上げる(=総合する)能力のことだ。

感性が受動的な感覚能力であるのに対して、悟性は自発的な判断能力。判断能力は、分量、性質、関係、様態の4つに応じて、それぞれ3つずつ、計12個ある。

悟性は「構想力」の助けを借りて総合を行うが、総合だけでは足りない。純粋悟性概念(カテゴリー)によって総合を統一することによって、初めて対象を認識することができる。

カテゴリーも判断の4つの形式に応じて、それぞれ3つずつ、計12個ある。

読んでいると大体この辺りで混乱がピークに達しますが(単一性?数多性?付属性??)、特にこの後の議論で展開されるわけではないので、バッサリカットしてもOKです。何回か通して読んだ後に戻ってくれば十分。ここで投げ出すのが一番もったいないです。
感性から与えられる対象を悟性が総合することで認識が可能となる。しかし、感性と悟性はもともと別の能力なので、悟性が感性からデータを得ずに、好き勝手に振る舞ってしまうことがある。これによって生じるものを、ここでは先験的仮象と呼んでみたい。先験的と付けたのは、この仮象が避けがたいものだから。

「理性について」

これまでの流れを踏まえてまとめると、
感性:感覚能力
悟性:判断の能力
理性:原理の能力

理性は概念によって、原理に基づき普遍的に認識する能力のこと。たとえば三段論法は理性によるもの。

理性は推論によって全体をつかもうとする。その際の枠組みが「理念」と呼ばれるもの。

理念

理念は3つある。

「私」の絶対的統一
考える私
世界の絶対的統一
現象の総体
「絶対的存在者=神」の絶対的統一
一切を可能にする第一条件
ここで注意しておくべきは、理念は実在するものではないということだ。それらが実在すると見なすことにより、以下の3つの先験的仮象がそれぞれの理念に応じて生じてくる。

先験的誤謬推理
アンチノミー
純粋理性の理想
先験的誤謬推理

「規定される自己」が対象。自己自体は知りえない。なので直観そのものが実在するという推論は成立しない。

アンチノミー

アンチノミーは4つある。時間・空間的限界があるかないか、最小単位があるかないか、世界に自由があるかないか、世界に神(絶対者)がいるかいないか。これらについては、私たちの認識構造上、どちらが正しいかを決定することができない。この争いは非本質的な議論と考えるのがおそらく妥当だ。

アンチノミーのポイントを整理すると、大体次のような感じ。

第1アンチノミー

世界に時間・空間的限界はある
ないとすれば、「無限の全体」があることになる。これは考えられないから
世界に時間・空間的限界はない
あるとすれば、「無」によって限界づけられることになる。これはナンセンスだから
第2アンチノミー

世界に最小単位はある
世界は合成物なので、その基がなければならないから
世界に最小単位はない
最小単位のうちにも多様なものが含まれているから(原子の右側とか左側というように)
第3アンチノミー

世界に自由はある
完全に自発的な原因が想定されなければならないので
世界に自由はない(あるのは自然法則だけ)
力学的に見て、何らかの作用が始まるためには、それ以前の状態が前提となるから
第4アンチノミー

神はいる
変化の系列は無条件者(神)に至る完全な系列を前提しているから
神はいない
いるとすれば、系列のうちに原因をもたない始まりがあることになってしまうから

>純粋理性の理想

純粋理性の理想は、世界の完全な理想状態のことを指す。理想は実在しない。現実は理想から遠く離れている。しかし理想は、私たちがそこへと目がけて行為するように促す力(=統整的原理)をもっている。それは道徳的な行為の規準であり、それに従って私たちは自分の行為を整え、自分を高めることができる。

理想に関しては、他にも先験的理想がある。これは世界の存在の究極根拠に関する理想のことだ。世界全体の根拠には、根源的存在者(神)の概念がある。

純粋理性批判の紹介でしたが、如何でしょう。
解った様で何も解らないでしょう。その様なものなのです。
現代人などはカントに頼らなくても生理的にカント以上の哲学者であると思っていただけば良いかと思います。

(追伸)

私たちは、純粋理性批判などに頼らなくても、日常の生活の中で、それらしい経験をしています。
右脳、左脳という区別もそれでしょう。

記憶を司る能力と(知性)判断する能力は別物であると言う認識は広く認められているでしょう。
また、知性でも判断力でもない、アイデア(知恵)を生み出す能力も人それぞれである事は解っています。

カントは、このように人間の脳の構造を分析したのです。

平たく言えば。

ついでに言えば、知性よりない、東大出の馬鹿は、少しでもカントを読むべきだ。

メンテ
ヘーゲル ( No.11 )
日時: 2017/12/05 09:50
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:sdl19w96

(ヘーゲル)

ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel, 1770年8月27日 - 1831年11月14日)は、ドイツの哲学者である。ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ、フリードリヒ・シェリングと並んで、ドイツ観念論を代表する思想家である。1

優れた論理性から現代の哲学研究も含め、後世にも多大な影響を与えた。観念論哲学及び弁証法的論理学における業績のほか、近代国家の理論的基礎付けなど政治哲学における業績も有名である。認識論、自然哲学、歴史哲学、美学、宗教哲学、哲学史研究に至るまで、哲学のあらゆる分野を網羅的に論じた。ヘーゲルはドイツ観念論哲学の完成者であり、大陸哲学における近代哲学と現代哲学の分水嶺として位置づけられることも多い。

ヘーゲルは、元来、問答・対話の術を意味する弁証法について、思考及び存在の発展論理として積極的な意味付けを行ない大成化した。
彼によれば、我々の認識のみならず、全ての事物の発展は、単純化させると、矛盾を契機とするある命題と、それと矛盾するもしくはそれを否定する反対の命題、そしてそれらを本質的に統合した命題の三つからなる正・反・合の三段階の生成を実現する三肢構造として捉えられる。

正すなわち「定立」Theseは、あるひとつの立場を直接的に肯定する段階であり、矛盾・対立についての自覚はない。そして、反すなわち「反定立」Antithesisにおいて、あるひとつの立場が否定され、ふたつの立場が矛盾・対立する段階となる。更に合すなわち「綜合」Synthesisにおいて、相反する立場を否定しつつも互いに生かし、両者をより高い次元のレベルへと発展・収斂するべく「止揚」Aufhebenが生じるとする論法である。矛盾を含む否定性に積極的意味を見いだすヘーゲル弁証法では、有限なものが内在する諸矛盾のもとに対立・葛藤を生み出し、限界性を「止揚」することでより高次なものへ発展する思考および存在を貫く運動法則の論理が提示されている。諸要素の矛盾の闘争が全体の発展の源泉であり、発展は、量的変化に止まらず質的向上によっておこなわれるとする弁証法によって、不動のものとされた思惟と概念に有機体のような力動的発展性が持ち込まれ、世界はあらたな論理的生命を与えられた。ヘーゲルは「矛盾はあらゆる運動と生命性の根源である。あるものはそのうちに矛盾をもつかぎりにおいてのみ運動し、そのかぎりにおいてのみものを突き動かし、また活動しようとする性質をもっている」と指摘する。

ヘーゲルの主著の一つに「大論理学」と言うのがあります。
超難解と言われるこの本に、私も挑戦しましたがギブアップした経験があります。
その内容の一節です。

「・・・純粋存在と純粋無とは同一のものである。真理であるのは・・・存在が無へと、無が存在へと・・・移行してしまっていることである。真理とは、この両者が区別され、分離されているのと同様にこの両者が分離されておらず、分離されえず、直接この両者がその反対のものにおいて消去されているということである。したがってこの両者の真理とは、一方が他方において直接的に消去されるというこの運動、生成である。・・・」

ヘーゲルにおいて哲学の理論構成において、従来の定義はことごとくヘーゲル流の検証の上になされた。
ヘーゲルのもう一つの主著に「精神現象学」があるが、この様な調子の文献であるので、紹介する目次だけで納得していただく方が良いかなと思う。

(精神現象学目次)
A意識
T感覚的確信
U知覚
V力と科学的確信
B自己意識
W自己確信の真理
A自己意識の自律性と非自律性
B自己意識の自由
C理性(AA)理性
X理性の確信と真理
A観察する理性
a自然の観察
b純粋な状態にある自己意識の観察、および、外界と関係する自己意識の観察
c自己意識と身体の関係―人相学と頭蓋論
B理性的な自己意識の自己実現
a快楽と必然性
b心の掟とうぬぼれの狂気
c徳性と世のならい
C絶対的な現実性を獲得した個人
a精神の動物王国とだまし
b理性による掟の制定
c理性による掟の吟味
(BB)精神
Y精神
A真の精神―共同体精神
a共同の精神―人間の掟と神の掟、男と女
b共同体にかかわる行動―人間の知と神の知、責任と運命
c法の支配
B疎外された精神―教養
T疎外された精神の世界
a教養と、現実の教養の世界
b信仰と純粋な洞察
U啓蒙思想
a啓蒙思想と迷信とのたたかい
b啓蒙思想の真実
V絶対の自由と死の恐怖
C自己を確信する精神―道徳
a道徳的世界観
bすりかえ
c良心―美しい魂、悪、悪の許し
(CC)宗教
Z宗教
A自然宗教
a光の宗教
b植物と動物
c職人
B芸術宗教
a抽象的な芸術作品
b生きた芸術作品
c精神的な芸術作品
C啓示宗教
(DD)絶対知
[絶対知

ヘーゲル哲学について

「雨降って地固まる」と言う例え話がある様に、試行錯誤と言うか、正反合一と言う弁証法的論理を使えば、その認識はより高まる。
正反合一とは、ある考えを抱いたとき、それを否定し別の結論に至る、さらに、その考えを否定し元の考えに戻ったとしよう。
その答えは最初の考えに似ているようだが、一段階進んだ考えになっていると言うことで、この状況を止揚(アウフヘーベン)とした。

また止揚は一回に留まらず、何回も繰り返すことで益々高度な認識に至ると言う考え方である。
「雨降って地固まる」などの例えの様な個別の事例では、それでも良いであろうが、たとえば法律の問題を考えてみましょう。
その法律を制定した時点では、それが正解であっても時代が変われば、その法律が悪法となって人々を苦しめる結果となっている場合も良くあることでしょう。

正反合一は、どこまでも繰り返される法則であるが、何処で帰結を得るかにとって問題を生じる。
ヘーゲルの場合、人間存在そのものを認識する為に弁証法を使って考えた。
その事は、称賛される努力ではあるが、やがてヘーゲルも、その思考に帰結を求めた。
それがヘーゲルの歴史学であり、国家論であった。
その時点のヘーゲルの思念を結果として正しいと位置づける事になる。

後は、その法則に合わせて考える事になる。
ヘーゲル個人の頭の中では、構わないであろうが、それをドイツ国家の歴史観、国家観になるとすれば問題が出てくる。
具体的に言えば、ナチスのユダヤ人迫害の根拠ともなるのである。
このように論理的な意味での弁証法は、物事の認識に不可欠ではあるが、その帰結を求める場合には、余程の慎重性が必要である。

この意味でマルクスも間違いを犯した、ヘーゲルの唯物弁証法に影響されながら、ヘーゲルの間違いを指摘しながらも、自ら資本論の世界を大衆に当てはめると言うことの意外な側面が解らなかった。
最もマルクス自身は、インターナショナル運動で試験的にはじめ、上手く機能しない事は理解していたが、マルクスの死後、レーニン、スターリンが資本論を教科書に強引に国づくりを始めた。

結果は、御存知の通りであり、最終的には国民がそれを受け入れなかった。受け入れられるようなものではなかった。
人間社会全てを、一つの帰結で縛ることは殆ど不可能に近いのである。
ヘーゲルは確かに哲学史上の岐路にたつ巨人ではあるが、その唯物弁証法の論理については評価されていても、結論としての「歴史学」は、精密な検証が行われていても、その内容を評価する声は聴かれない。
ロシア革命以後、革命は続く(革命・反革命)としたとロッキーは盟友スターリンによって暗殺されている。


(歴史学)

まずヘーゲルは歴史の見方には三種類の方法があると述べる。
@「事実そのままの歴史」
A「反省を加えた歴史」
B「哲学的な歴史」
@「事実そのままの歴史」は分かりやすいだろう。ヘロドトスやトゥキディデスに代表される歴史家のように、現実の世界(ヘーゲル的にいうところの外界の現象の世界)を文字にして記述する歴史的見方である。
A「反省を加えた歴史」に関して、ヘーゲルはこれをさらに、
⑴「一つの民族、一つの国土、或いは世界史全体を概観する歴史(いわゆる通史)」
⑵「実用的な歴史」
⑶「批判を主眼とする歴史」
⑷「芸術や法律などの分野史」
に分類している。
⑴「一つの民族、一つの国土、或いは世界史全体を概観する歴史」。これは@「事実そのままの歴史」に対して解釈を試みることである。歴史上の人物の行動や、歴史的事件の内容と目的を捉え、その上で歴史を組み立てていく。
⑵「実用的な歴史」とは、歴史の出来事を現在の生活の中に活かすという考えである。温故知新というように、様々な歴史の中から教訓や示唆を得ようとする姿勢であるが、ヘーゲルはそれが可能なのは個々人の範囲であり、民族や一国家の過去の事例を元に今後の指針をとるのは別次元であると断ずる。曰く「歴史から学べることは、民衆や政府が歴史から何も学んでいないということだ」。それぞれの時代はそれぞれの固有の条件のもとに独自の状況を持っている。そのため今発生している世界的事件に過去の歴史を紐解くことは無意味なのだとヘーゲルはいう。
⑶「批判を主眼とする歴史」とは歴史そのものではなく、史学に関する批判的な態度のことである。ここでは歴史的な出来事とは別に、余人の史学的発見や研究法が正しいのかどうかが主題となる。
⑷「芸術や法律などの分野史」で重要となるのは、その細分化された分野史が全体の歴史の中にある精神活動と繋がりを持てるか否かであるとヘーゲルはいう。細切れにされた史学分野を単独で研究するならばそれは偶発的な事象を見ているだけにすぎない。理念こそが民族や世界史の導き手であり、理性の持つ意志が現実的な歴史的事件を導くこととなる。


ヘーゲル歴史哲学 まとめ
・世界史とは、精神が自由を求めていく発展過程である
・世界史は東洋から西洋へ、古代から近代へと自由を得ていく
・人間の活動が精神を自由にする。それが現実化されたものが国家である。国家において人は自由を得る

以上のように序文で自らの歴史観を解説した後、ヘーゲルは本文で東洋世界(中国、インド、ペルシャ、エジプト)と西洋世界(ギリシャ、ローマ、ゲルマンの中世、近代)を詳述していくのだが、実をいうとヘーゲルの歴史記述自体は現代史学の目線からみれば間違いの山である。上の解説をみて分かる通り、ヘーゲルの歴史観は西欧自由主義に偏りすぎている。彼の歴史観はすべて西欧中心であり、例えば中国に至ってはこうである。
中国人は自尊心が強く、多くの点でヨーロッパの優秀さをみとめざるをえないものの、ヨーロッパからなにかを学ぶ気になれなかった。(中略)目をひくのが精神に属するすべてのもの、たとえば、自由な共同精神、道徳心、感情、内面の宗教、学問、芸術などが欠けていることです。

ヘーゲルは西洋近代自由主義に重きを置きすぎて、それ以外の文化を認めていない。『歴史哲学講義』においては東洋世界で中国、インド、ペルシャ、エジプトが紹介されているが、それ以外の国が解説されていないのは講義時間の都合ではなく、単にヘーゲルがこれらの国以外に歴史が存在していないと考えていたからだ。彼の歴史観がいうように国家が精神の自由の現実化だとするならば、国家を持たない民族は歴史がないということになる。
世界史においては、国家を形成した民族しか問題にとらない。(中略)国家こそが、絶対の究極目的たる自由を実現した自主独立の存在であり、人間のもつすべての価値と精神の現実性は、国家をとおしてしかあたえられないからです。

弁証法的思考を駆使した結果がこれであれば、話にもならないことである。
論理の為の論理と言う問題を思わせる。



メンテ
ショーペンハウアー、 ( No.12 )
日時: 2017/12/04 18:02
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gRJtcogo

ルネッサンス以降、哲学の手法は、今まで見てきた様に、懐疑論(デカルト)、経験主義、人間機械論、社会契約論、カント哲学と解れてきました。
その上に、唯物論、人生論、現象学、実存主義、実証主義、心理学、生理学、社会学へ展開していきます。

また新プラトン主義と言われる流れも存在している。
ギリシャ哲学の始祖、プラトンには、人間にとって基本的な何かを含んでいるのでしょう。

新プラトン主義は、後3世紀に成立し、西洋古代哲学の掉尾を飾った潮流である。始祖とされるプロティノス(3世紀)は、プラトンのイデア論を徹底させ、万物は一者から流出したもの(流出説)と捉えた。ネオプラトニズムとも。
現代の「新プラトン主義」は18世紀のドイツで生まれた造語が19世紀に入ってから定着した近代の用語であり、シュライアーマッハー以降、文献学により、プラトン自身のオリジナルの教説と後世の追随者の思想とが区別して捉えられるようになって確立した概念である。多くの場合、時代的に新しいプラトン主義であるというだけでなく、いくつかの面でプラトン思想とは異なる特徴を呈しており、本来のそれからの逸脱である、という含みをもって用いられる。

哲学と言えるか解りませんが、

プラトニズムと言う言葉は現在でも生きています、読んで字のごとくプラトンの思想にもとづいています.
ではそのプラトンの思想とはどのようなものか.かれは世界を物質世界と精神世界(イデアの世界)にわけて,後者こそが本当に存在する世界だとしました.つまり,われわれがふつうに感覚で認識しているような世界はウソの世界だと考えたのですね.

そこから,肉体的(物質的)なものよりも精神的なものを重視する考えかたをプラトニズムと呼ぶようになりました.よく使われるのは,恋愛において,セックスなどの肉体的な関係をもたず,精神的なふれあいのみで満足するようなものをプラトニック・ラブと言います。

ここでは、ショーペンハウアーとバートランド・ラッセルを取り上げます。
両者共に従来の観念論哲学の手法である、恣意によって論理を構成するのではなく、自然の有り様を、そのまま受け入れ人間の有り様に重ね合そうとしていることです。



(ショーペンハウアー)

アルトゥル・ショーペンハウアー、1788年2月22日 - 1860年9月21日)は、ドイツの哲学者。主著は『意志と表象としての世界』(Die Welt als Wille und Vorstellung 1819年)。
仏教精神そのものといえる思想と、インド哲学の精髄を明晰に語り尽くした思想家[2]であり、その哲学は多くの哲学者、芸術家、作家に重要な影響を与え、生の哲学、実存主義の先駆と見ることもできる。フリードリヒ・ニーチェへの影響は有名であるが、その他にもリヒャルト・ワーグナー、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン、エルヴィン・シュレーディンガー、アルベルト・アインシュタイン、ジークムント・フロイト、オットー・ランク、カール・グスタフ・ユング、ジョーゼフ・キャンベル、レフ・トルストイ、トーマス・マン、ホルヘ・ルイス・ボルヘスなど様々な学者、思想家、文筆家に影響を与え、その哲学は現代思想においても受け継がれている。

ショーペンハウアーはドイツの哲学者です。ドイツ観念哲学に東洋思想をとりいれ、その後のニーチェにも大きな影響を与え、実存主義の先駆けともいわれています。実存主義は現代の枠組みにも有効な思想で、我々の日々の生活の常識に新たな視点を与えてくれます。ショーペンハウアーはその意味でも自分の人生にも気づきを与えてくれるのです。
ショーペンハウアーは、現実的な人生に目を向けて「幸福」と言うものを主題に取り上げています。
その為か、哲学的な言葉よりも、若者が好む人生相談的な著述がおおく現代にも人気があります。

(幸福についての大前提)

ショーペンハウアーはまず最初にこう語る。
幸福な生活とは何かといえば、冷静にとっくりと考えてみた上で、生きていないよりは断然ましだと言えるような生活のことである。
幸福な生活をこんなふうに考えれば、幸せな生活そのものが動機になっているのであって、単に死の恐怖が動機になっているのではない。
そして人生の動機が「幸福な生活」にあることを、人間生来の迷妄であるとぶったぎる。
人生がこういった生活の概念に合致しているかどうか、この問に関しては、読者のご存知のとおり、わたしの哲学は否と答えるのである。
つまり幸福論はわたしの主著で非難しておいた人間生来の迷妄が基礎になっている。
いきなり結論でちゃいました。
幸せは勘違いです。
終了です。

しかし、そこは優しいショーペンハウアー。
カッコつきではあるが幸福論というものをあえて語ってくれるとのこと。
本論文は全体として、要するに普通一般の経験的な立場に終始し、この立場の迷妄を固執する意味において、大衆に順応した上に成り立つのである。
天才が降りてきた。
ありがとう!!
天才ショーペンハウアーの名言をミニマリスト視点で紹介

ショーペンハウアーは人生の享楽を自己の外部に求めることを否定する。

財産や位階、妻子、友人、社交界などに幸福を求めるとそれを失った時や幻滅した時に幸福がくずれさってしまうからだ。

かわりに精神的に優れた人は自分の内部にあるものに集中して、哲学、芸術、文学などの自己の思想と作品を作ること、人生の享楽を自己の内部に求めることを説く。

「種類の如何を問わず自己の特技を何者にも妨げられずに発揮できることこそ窮極の幸福である」
最高の幸福が自身の内部にある人間は、自分の外部の享楽には無関心になるため孤独な生活になる。
そして自己の内部の享楽を求めるために余暇を必要とする。
「幸福は余暇にある」とアリストテレスはいい、ディオゲネースの報告によれば「ソクラテスは余暇を人間の所有するもののなかで最もすばらしいものだと讃えた」。

反対に人生の外部に享楽を求める人は退屈にならざるを得ない。
俗物とは精神的な欲望を持たない人間である。
俗物のとっての現実の享楽は官能的な享楽だけである。

したがって牡蠣にシャンペンといったところが人生の花で、肉体的な快楽を手にすることだけが人生の目的なのだ。
この目的のために、忙しくしている間は結構幸福だが、
財産がはじめから与えれれていれば、のっぴきならぬ退屈におちいってしまう。そうなると手当たり次第思いつくままに試みて退屈をしのごうとする。しかしどんなことをしてみたところで、精神的な欲望がないために、精神的な享楽ができないのであれば、退屈しのぎの目的を十分に達することはできない。
つまり、精神的な享楽がなければ移り変わる現実を相手に退屈を味わうことになる。
苦痛がない状態が幸福

私はアリストテレースが『ニコマコス倫理学』で何かの折に表明した「賢者は快楽を求めず、苦痛なきを求める」という命題が、およそ処世哲学の最高原則だと考える。
享楽や幸福はそれを手にしているときは意識しない消極的なものだが、苦痛は積極的に影響をおよぼす。
健康な人が身体を壊した時、健康な時が幸福であったと思うことを考えればわかりやすい。

幸福とは苦痛や苦悩がない状態のことである。
しかし人間は苦痛や苦悩を耐えず生み出す。
大きな苦痛があるときは小さな苦痛のことは忘れているが、大きな苦痛が解消した途端に小さな苦痛が顔を出す。

この世界は苦痛の連続でできており、苦痛のない短い状態のことを幸福と呼ぶ。
だからできるだけ苦痛の少ないように行動することを選ぶべき、というわけだ。

むしろ幸福論という名称そのものが粉飾的な表現なのであって、「幸福に生きる」ということは「あまり不幸でなく」すなわち我慢のなる程度に生きるという意味に解すべきものであるということから幸福論の教えがはじまるのでなければならない。
現代風にいうなら「好きなことをするよりも嫌なこと、やりたくないことをしないようにする」というところだろうか。
この「好きなこと」は自分の外側に幸福を求めるという意味。
そうじゃないと「自分の内に享楽を求める」という言葉と矛盾するからね。

(ショーペンハウアーの名言)

「苦」

そして、意思は無限にあるもので、完成や終着点はないとします。
完成がないということは世界は永遠に不完全ということです。

そのような不完全な世界は人間にとっては「苦」であるとショーペンハウアーは考えたのです。

この世界は「苦」であるということは仏教思想そのものです。
ショーペンハウアーはドイツ観念哲学に東洋思想を取り入れたのです。

「苦」からの解放:芸術、同情、禁欲
では、「苦」から解放されるためにはどうすればいいのでしょうか。

芸術
ショーペンハウアーはまず芸術を考えました。
幻の世界においては芸術こそが、プラトンのいうイデアの世界(完全な世界)を垣間見える方法だと考えたのです。
しかし、ショーペンハウアーは芸術も一時的な解放でしかないとしました。

同情

次にショーペンハウアーは同情(同苦)を考えます。
同情とは、自分の苦悩だけでなく、他者の中に自分と同じ苦悩を見出し、他者を理解しようとすることです。
それによって愛が生まれるとしたのです。

禁欲

しかし、同情だけでは「苦」からの解放には不十分とします。
ショーペンハウアーは最後に「禁欲」を考えます。

世界意思は人間に対しても、生きようと盲目的に作用します。
その意思の構造を理解し拒否することが「禁欲」です。
世界で生きようとする執着がなくなれば、苦悩もなくなると考えたのです。
これは仏教における「諦念」と同じです。

実存主義の先駆け
このように、ドイツ観念哲学に東洋思想の「諦念」を取り入れたショーペンハウアーの思想は厭世主義といえます。
「この世の中なんて意味ないよ」という厭世主義は、その後ニーチェへ大きな影響を与えます。



メンテ
バートランド・ラッセル ( No.13 )
日時: 2017/12/04 18:08
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gRJtcogo

(バートランド・ラッセル)

第3代ラッセル伯爵、バートランド・アーサー・ウィリアム・ラッセル(英: Bertrand Arthur William Russell, 3rd Earl Russell, OM, FRS、1872年5月18日 - 1970年2月2日)は、イギリスの哲学者、論理学者、数学者であり、社会批評家、政治活動家である。ラッセル伯爵家の貴族であり、イギリスの首相を2度務めた初代ラッセル伯ジョン・ラッセルは祖父にあたる。名付け親は同じくイギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミル。ミルはラッセル誕生の翌年に死去したが、その著作はラッセルの生涯に大きな影響を与えた。生涯に4度結婚し、最後の結婚は80歳のときであった。1950年にノーベル文学賞を受賞している。

心の哲学におけるラッセルの見解

ラッセルは唯物論と観念論をともに斥け、宇宙は根本的には「出来事(events)」からなっていると考えた。出来事という概念は『プリンキピア』の共著者であったホワイトヘッドに由来する。

「events」という英語は相対性理論において重要な概念である「event(事象)」と同じ意味である。ホワイトヘッドとラッセルはともに最新の科学知識に通暁しており、出来事の概念には、相対性理論や量子力学による当事の劇的な科学的・存在論的なコペルニクス的転回が反映されていたと考えられる。

『哲学入門』から『知識の理論』の頃(1910〜1920年代)のラッセルは、「心的なもの」や「物質的なもの」はいずれも実体ではなく、両者はともに根源的な要素である「センシビリア」からなると考えていた。これは中立一元論というより汎心論に近い説である。センシビリアが主観によって感覚されたものが「センスデータ(感覚与件)」であり、「机」や「猫」など個物として認識されるあらゆるもの、またその個物を認識しているとする「私」という自我さえも、このセンスデータから論理的に構成されたものだと考えた。この「感覚与件論」と呼ばれる立場は後の論理実証主義に採用されることになる。

そして『外界の知識』(1926年)でラッセルは、センスデータという概念には「主観に対する客観」の意味があるため、これを放棄する。しかし論理的原子論の立場は維持し、センスデータに代わってラッセルが採用したのが、ホワイトヘッドの「出来事」の概念というわけである。この時期、ラッセルは中立一元論の立場を明確にする。

出来事は持続し広がりをもっている時空的な事柄である。物理学的にいうなら、出来事は時空連続体の一部を占めている。そして出来事には心的と物理的の二つの記述の仕方があり、どちらか一方の仕方で描写される。物理的記述のものとでは、出来事は物理学の研究対象であり、心的記述のもとでは、出来事は心理学の研究対象である。

ラッセルの理論はスピノザと共通しているところがある。スピノザとの相違は、スピノザが神という唯一の実体を想定したのに対し、ラッセルは実体そのものの存在を否定したことである。心的なものも物理的なものも実体ではなく出来事に還元される。

自我論

ブレンターノの継承者であるマイノングは意識の性質を、「作用」「内容」「対象」の三つに分類していた。ラッセルは1921年の『心の分析』で、このマイノングの分類を批判し、デイヴィッド・ヒュームと同型の無主体論を主張する。(以下は意訳して引用)
意識の作用(act)は不必要なものであり虚構のものである。思考内容の「出来事」が思考の出来事そのものである。作用に対応するものを私は経験的に見出すことが出来ない。また一方、それが論理的に必要だという理由も見出せない。
act は主語の幽霊である。
思考は取り集めて束にされることができ、その結果、ある束が私の思考、もう一つが君の思考、そして三番目がジョーンズ氏の思考となる、ということはもちろん正しい。しかし私は、人というものが単一の思考における構成要素ではないと考える。
it rains here というように it thinks in me と言うほうがいい。(pp.11-12)

われわれはジョーンズが歩くと考え、そして歩行するジョーンズのような何者かが存在するのでなければ、いかなる歩行もありえないと考える。しかし、ジョーンズがする歩行のような何事かが存在するのでなければ、いかなるジョーンズもありえない、ということも同じように真である。行為は行為者によって行われるという考えは、思考には主体あるいは自我が必要である、という考えに対してなされたものと、同じ種類の批判を免れることが出来ない。

このラッセルの無主体論はカント哲学を転倒させたものである。カントにおいては、世界は主体(主観)から構成される。しかしラッセルにおいては、世界から主体が構成されるのである。これはウィトゲンシュタインの独我論との相違も際立っている。ウィトゲンシュタインにおいては主体と実在(世界)は一致していた。しかしラッセルにおいては、主体はあくまで概念的な構成物に過ぎないのである。

論理的原子論によれば、特定の視点で椅子を見ている場合、それは一つのセンスデータである。しかし視点を変えれば異なる椅子の像が見える。それも一つのセンスデータである。それら個別のセンスデータの集合が「椅子」という個物である。デカルトの「我思う、ゆえに我あり」も、ラッセルによれば「これ思う、ゆえにこれあり」となる。「これ」とは瞬間における一つのセンスデータである。「我」とはセンスデータの集合によって構成されたものなのである。

このことは瞬時における自我だけが存在するとする「瞬間の独我論(刹那的独我論)」の可能性は否定できないことになる。ラッセルは以下のように述べている。
テーブルを見つめて茶色が見えているまさにその時、きわめて確実であるのは、「私が茶色を見ている」ではなく「茶色が見られている」である。もちろんこれは、茶色を見ている何か(あるいは誰か)を含んでいる。しかし「私」と呼ばれている、多少なりとも存在し続けている人物を含んでいるわけではない。直接の [経験が持っている] 確実性が示す限りでは、茶色を見ているものがきわめて刹那的で、次の瞬間に別の経験をする何かと同一ではない可能性が残る。

実体とは、アリストテレスによれば、主語であり、述語によって記述され、自らは述語にはならないものである。たとえば「この椅子は茶色である」という場合、「この椅子」が主語・実体であり、「茶色である」が述語・属性である。しかし、ラッセルはアリストテレスの理論を転倒させる。直接に経験されるセンスデータは、常に一定の空間を占める色であったり、時間的持続のある音であったり匂いであったりするだけである。椅子にしても飛行機にしても、個物はそのセンスデータの集合として論理的に構成されたものである。つまり存在しているといえるのは個物ではなく、普遍的な「属性」や「関係」だけである。従ってラッセルは経験論者でありながら、1940年の『意味と真理の探究』の頃には、「世界の構成要素は〈普遍〉のみ」という唯名論と逆の立場に到達することになった。









メンテ
キルケゴール その1 ( No.14 )
日時: 2017/12/04 18:13
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gRJtcogo

(キルケゴール)

セーレン・オービエ・キェルケゴール(デンマーク語: Søren Aabye Kierkegaard デンマーク語発音: [ˈsɶːɐn o:'by ˈkiɐ̯ɡəɡɒːˀ] ( 音声ファイル)、1813年5月5日 - 1855年11月11日)は、デンマークの哲学者、思想家。今日では一般に実存主義の創始者、またはその先駆けと評価されている。
キェルケゴールは当時とても影響力が強かったゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル及びヘーゲル学派の哲学あるいは青年ヘーゲル派、また(彼から見て)内容を伴わず形式ばかりにこだわる当時のデンマーク教会に対する痛烈な批判者であった。

キェルケゴールの哲学がそれまでの哲学者が求めてきたものと違い、また彼が実存主義の先駆けないし創始者と一般的に評価されているのも、彼が一般・抽象的な概念としての人間ではなく、彼自身をはじめとする個別・具体的な事実存在としての人間を哲学の対象としていることが根底にある。
「死に至る病とは絶望のことである」といい、現実世界でどのような可能性や理想を追求しようと<死>によってもたらされる絶望を回避できないと考え、そして神による救済の可能性のみが信じられるとした。これは従来のキリスト教の、信じることによって救われるという信仰とは異質であり、また世界や歴史全体を記述しようとしたヘーゲル哲学に対し、人間の生にはそれぞれ世界や歴史には還元できない固有の本質があるという見方を示したことが画期的であった。

ヘーゲルの学説においては、イマヌエル・カント以来の重要問題となっていた、純粋理性と実践理性、無限者と有限者、個々の人間と絶対真理の間の関係はどのようなものか、という問いが取り上げられる。ヘーゲルによれば、有限的存在は、まさにそれが有限であるがゆえに、現実の世界においてつねに自らの否定性の契機に直面するが、そのとき有限者はその否定性を弁証法的論理において止揚するという方法で、その否定性を克服し、より真理に近い存在として自らを高めていくことができるとされる。

これに対して、キェルケゴールにとっては、個々の有限的な人間存在が直面するさまざまな否定性、葛藤、矛盾は、ヘーゲル的な抽象論において解決されるものではない。そのような抽象的な議論は、歴史、現実における人間の活動の外側に立ってそれを記述するときにのみ有効なのであって、歴史の内部において自らの行く末を選択し決断しなければならない現実的な主体にとっては、それは意味をなさないものなのである。このような観点からキェルケゴールは、ヘーゲルの弁証法に対して、彼が逆説弁証法と呼ぶところのものを提示する。逆説弁証法とは、有限的主体が自らの否定性に直面したときに、それを抽象的観点から止揚するのではなく、その否定性、矛盾と向き合い、それを自らの実存的生において真摯に受け止め、対峙するための論理である。

キェルケゴールは自らの思想の特徴を具体的思考と呼び、これをヘーゲル的な抽象的思考に対置する。抽象的思考とは、そこにおいて個々の主体が消去されているような思考であるのに対し、具体的思考とは、主体が決定的であるような思考だとされる。
この延長において、キェルケゴールは「主体性は真理である」と定式化するが、逆説的なことに、彼は「主体性は非真理である」とも言う。ここにおいてキェルケゴールが意図しているのは、次のようなことである。すなわち、歴史的、現実的な選択の場面においては主体性以外に真理の源泉はありえない(主体性は真理である)が、このことは主体性がヘーゲル的な意味での絶対的真理の源泉であるということを意味しているのではなく、実際には、主体はつねに絶対的真理から隔てられている(主体性は非真理である)のである。

彼の主著「死に至る病」について紹介します。
ここには現代人の悩みの多くが検証されていて驚かされます。
また実存主義が何故、興ったかの理解も出来ます。

人間は精神である。しかし、精神とは何であるか?精神とは自己である。しかし、自己とは何であるか?自己とは、ひとつの関係、その関係それ自身に関係する関係である。あるいは、その関係において、その関係がそれ自身に関係するということ、そのことである。自己とは関係そのものではなくして、関係がそれ自身に関係するということなのである。

自己とは精神であり、関係であり、関係が関係に関係するということである。おそらくこう言われても、まるで訳が分からないのではないだろうか。だが、ここで言われていることは、見た目ほどには複雑ではない。

キルケゴールによれば、自己とは関係である。ただ、ここでいう関係は、自分自身に関係するということを指している。関係は、それゆえ自己は、物体のように、単にそこに存在しているのではなく、自己自身を問題とする作用として、つねに自分自身に関わりつつ「ある」。そうした絶えざる作用、動きとして、キルケゴールは自己、すなわち人間を規定するのだ。

ただし、キルケゴールの観点からすれば、人間はあくまで神の前の単独者にすぎない。

人間は第三者、すなわち神によって措定され、自己に関係することを通じて神に関係する。自己はみずからに関係すると同時に神に関係することによってのみ、均衡と平安に達することができる。そうキルケゴールは言う。

キルケゴールは、単に自己に関係しているとき、自己はみずからが神の前の単独者であることを見失っていると論じたうえで、そうした状態のうちに落ち込んでいることを、絶望と呼ぶ。要するに、キルケゴールにおける絶望は、自己の本当のあり方から離れてしまっていること、そこから抜け出てしまっている「私」の存在のことを意味している。

絶望そのものに着目する
さて、キルケゴールによると、絶望は、それが意識されているかどうかが決定的な意味をもつ。自己のあり方に関する態度決定が、自己の本質であるという立場からすれば、それは自然なことだ。

キルケゴールは初めに、絶望そのものに着目し、その後、意識との関係において絶望を規定する。そこで、まずは絶望そのものの規定について見ていこう。

キルケゴールは、絶望を無限性と有限性、可能性と必然性という二つの軸を置き、両方の観点から論じている。

キルケゴールのいう「想像的なもの」は、日常的な言葉では「空想」に当たる。私たちはしばしば、自分に与えられた状況から逃避するような仕方で別の自分を空想することがある。もし億万長者だったら、もし美人だったら…というように。

確かに想像は、私たちに生の可能性を示してくれる。もし私たちが何も想像することができなければ、いま、ここを単に生きることしかできない。それはきわめて貧弱な生だと言わねばならないだろう。だが、想像が現実から遊離して「空想化」すれば、それは、自分が本当になすべき事柄、直面すべき状況から、私たちを引きはがしてしまう。

もっとも、キルケゴールからすると、私たちが本当に直面すべき対象は、神にほかならない。この主張は確かに言い過ぎだが、空想についての描写については、私たちにも納得できるところがあるはずだ。

有限性の絶望

有限性の絶望は「騙り取り」と呼ばれる。無限性の絶望は現実から遊離した無限のうちへと落ち込むことだったが、有限性の絶望は逆に、現実のうちへと落ち込むことを意味している。

ただし、ここでいう現実は、神の前の単独者であるということではなく、いわゆる世間のことだ。キルケゴールは次のように言う。

有限のうちに落ち込む絶望は、自己を世間に「騙り取らせる」。その結果、ひとは自己自身であろうとするのではなく、他の人びと同じにしているほうが気楽で安全だと思い込んでしまう。

世間は知的、「美的」な偏狭さに無限の価値を与え、唯一の必要なもの、すなわち神への理解をもたず、自己自身を失っている。しかし、こうした絶望に対して世間は気づいていないし、それゆえにこそ世間の人びとは器用に立ち振る舞うことができるのだ。

可能性の絶望

可能性の絶望は必然性、すなわち「いまある自己」を欠くことだ。これはどういうことだろうか。

キルケゴールは言う。自己自身になることは、その場所での運動だ。いまある自己、つまり必然性のうちにおいてのみ、自己は自己自身になることができる。それは可能性と必然性の統一の実現にほかならない。自己の必然性を了解し、これを引き受けない限り、自己はいつまでも可能性のうちをさまよい続ける、と。

可能性の絶望は、初めに見た無限性の絶望と、基本的には同じ側に位置づけられる。現実からの遊離、自己の空想化がここでのポイントだ。

必然性の絶望――「あるべき自己」を見失っている

必然性の絶望は、可能性、つまり「あるべき自己」を見失っている状態のことだ。

続く
メンテ
キルケゴール その2 ( No.15 )
日時: 2017/12/04 18:19
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gRJtcogo

キルケゴールによると、必然性の絶望は、決定論あるいは宿命論の形を取って現れる。決定論は、一切は必然的とする見方であり、宿命論は、一切が日常茶飯事であるとする見方のことだ。

信じることは理性を放棄することである。その意味でそれは自己の破滅である。そのことを知りながらなお可能性を信じること、これが信じるということだ。その意味で、可能性は絶望に対する「解毒剤」にほかならない。だが、俗物根性は精神を欠いているので、神に気づく可能性をもたない。俗物は自己自身と神を失っているのだ。そうキルケゴールは言う。

キルケゴールによると、絶望の程度は、絶望がどれほど意識されているかによって定まる。というのも、絶望の自覚に応じて、私たちが自己に対して取る態度、自己を選択する仕方が変化してくるからだ。

そこで、キルケゴールは次に、絶望を意識との関係において論じる。ここでのポイントは、弱さの絶望と「閉じこもり」だ。この2つは、絶望していることを自覚しているが、自己に直面せず、あるべき自己から逃避することによる絶望のあり方を指している。

弱さの絶望

キルケゴールは次のように言う。

全くの直接性においては、絶望は自己の外から到来してくるものと考えられていた。だが、弱さの絶望においては、絶望が自己自身から由来することを知っている点で、直接的な絶望とは異なる。

しかし、自己は、一切の直接性を捨てる段階にはまだ達していない。ここでは、直接的な自己と異なり、別の人間になりたいわけではない。居心地が悪くなると自己から避難し、ときどき自分自身に帰ってきて、困難が過ぎて変化が生じたかどうかを確認する。だが、変化が起こらないときは、内面へと向かうかわりに、現実の生活に戻り、内面の問題を無いものとしてしまう。

弱さの絶望のうちにあるとき、自己は、自己自身を引き受けようとすると現れてくる様々な困難の前でおじけづく。可能性が何であるかに関する了解はもちつつも、自己をそれに対して賭けるのが恐いので、世間的な基準に合わせて「ぐずぐず」と生きてしまう。そのようにキルケゴールは考えるのだ。

(閉じこもり)

一方、「閉じこもり」は、神に対する自己の弱さを積極的に意識することで現れてくる絶望のあり方だ。キルケゴールによると、ここでは、絶望が自己自身に由来することは意識されるが、自己を自己と認めることができず、信仰によって自己を再び手に入れようとはしない。

弱さの絶望では、自己は自己自身を世間の側に合わせる。閉じこもりでは、それは世間に身を任せて内面性を失うことにほかならない。したがって、信仰によって神に直面する代わりに、直接性を軽蔑し、世間に対して距離を置くのだ、と論じる。

罪としての絶望

以上のように、神についての意識をもちつつも、なお神に向き直ろうとせず、あるべき自己から逃避していることを、キルケゴールは「罪」と呼ぶ。

キルケゴールは、罪は、それが神の前にあるからこそ罪であると論じる。キルケゴールによれば、神の前にあるかどうかに関係なく罪は罪であるという主張は誤りである。罪、そして自己が神の前にあるからこそ、罪は罪である。そして、この罪から抜け出るには、神への絶対的な信仰が必要であるとキルケゴールは考える。

この意味で、キルケゴールは罪を積極的なものとして評価する。つまり、罪は弱さや無知といったもの、あるいは、概念的に解消される対象ではなく、思弁を越えて、ただ信じられるべきものである。しかし、キリスト教世界は、そのことを見落として、ヘーゲル的な議論に毒されて、罪を概念的に把握しようとする試みがまかり通っている。キリスト教的なものが乱用されているのだ。そうキルケゴールは言う。

ちょうどそれと同じようなことが、キリスト教について―信仰厚い牧師たちによって、口にされているのである。つまり、彼らはキリスト教を「弁護する」か、それとも、キリスト教を「理由」に翻訳するかしているのである。そればかりか、同時におこがましくも、彼らはキリスト教を思弁によって「概念的に把握し」ようとしているのである。

キリスト教界は、人間は罪人であるという規定を概念的に論じることによって、そこから不安の要素を抜き取り、私たち人間が理解できる範囲へとキリスト教を落とし込んでいる。しかし、神と人間の間には、本質的な差異がある。そして、その差異ゆえにこそ、罪を概念的、一般的に論じることはできない。だが、このことを多数の信者は信用しようとせず、牧師の言うことに従うことで無難に過ごそうとしている。こうした結託が行われているキリスト教界は、むしろ異教的なものだと言わなければならない。そのようにキルケゴールは論じる。

自己は神に直面する単独者であり、そうした自己からの「墜落」が絶望である。こうしたキルケゴールの主張は、それ自体として見れば、普遍性をもたない一個の物語であると言わざるをえない。

しかしここには、とりわけ私たちが青年期において、自己なるものに対して取りうる態度の範型が、切実さをもって描写されている。

私たちは、何らかの絶対的な理想に直面して立ちすくみ、おじけづくことがある。または、これをやりすごして世渡り上手になったり、世間を無化してただ自己の意識のうちで理想に到達しようと試みたりとすることもある。

中世であれば、こうしたことは問題とはならなかった。なぜなら、そこでは、素直に信仰することが求められていたし、それ以外の道はなかったからだ。しかし、自由の自覚が進んだ近代においては、もはや素朴に信仰することはできない。絶対的な価値の根拠としての神を、何の迷いもなく信仰できる時代ではないのだ。

確かに私たちは、いまある自己とあるべき自己、理想と現実の選択をめぐる「危機」を普段から生きているわけではない。だが、そうした「危機」は、絶対的な価値の根拠を喪失した近代にとって特有の問題だ。だからこそ、本書におけるキルケゴールの議論が神を中心に進んでいるとしても、私たちはそこに深い洞察を見いだすことができるのだ。
メンテ
フッサール  現象学 ( No.16 )
日時: 2017/12/04 18:26
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gRJtcogo

(フッサール)

エトムント・グスタフ・アルブレヒト・フッサール(Edmund Gustav Albrecht Husserl、IPA:[ˈhʊsɛrl]、1859年4月8日 - 1938年4月27日)は、オーストリアの哲学者、数学者である。ファーストネームの「エトムント」は「エドムント」との表記もあり、またラストネームの「フッサール」は古く「フッセル」または「フッセルル」との表記も用いられた。

ここで新しく出てくる「現象学」の概念について書きます。
現象学と言う言葉はヘーゲルも使っています。

フッサールは、諸学問に根拠を与える「基礎づけ」の学として現象学を構想した。真・善・美という意味や価値の本質、また広く精神や文化に関する問いは、自然科学を中心とした実証的な学問では扱えない。それゆえフッサールは、実証的な学問についても、意味や価値を扱う学問についても、それぞれの成立根拠と範囲を明確にしようとしたのである。現象学はあらゆる学問・認識の根拠を個々人の主観における妥当(確信)に求める。これは、客観的な世界の存在を当然視する素朴な見方を根本から変更するものだった。この態度変更を自覚的に行うことが「現象学的還元」と呼ばれる。客観的な世界がある、とする私たちの素朴な態度をいったん停止して、そのような妥当が生じる条件や理由を自分の意識の内側に探っていくのである。

(現象)
現象学的還元を通じて、フッサールが主に行ったのは、事物知覚の本質構造の記述であり、自然科学が土台とする客観的世界の妥当が成立する普遍的な(誰にも共通するような)条件を探ることであった。

普遍的な構造や条件を取り出し記述することを現象学では「本質観取」という。この方法は、自分の経験を見つめ、そこから善、美、自由、正義といった人間的な諸価値の普遍的な意味あいを取り出す試みでもあり、その方法的意義は現在も失われていない。

(現象額とは、どのようなもの→ざっと、読み飛ばされれば良いでしょう)

1.フッサールの方法
1-1.主客問題

「主観と客観」あるいは「認識と対象」の問題をどう解明するか、これが現象学(Phänomenologie)の第一の課題である。周知のごとくデカルトは、「神の存在証明」(Beweis des Daseins Gottes)によりこの問題に取り組んだともいえるが、結局のところ神に頼らざるを得なかった。ところがフッサールの時代において存在の基礎づけとして神を持ち出すことはもはやかなわなかった。したがってフッサールはデカルトとは違う、しかしデカルトのように学問全体を絶対的に基礎づけるような土台から始める必要があったのである。

1-2.現象学的還元

 デカルトが「方法的懐疑」(doute méthodiaue)で示したように、「主観」は自分の外に出て「主観」と「客観」の一致を確かめることはできない。かといってデカルトのように神を持ち出すこともできない。するとどうなるか。フッサールは「現象学的還元」という新たな方法を提出する。ここで問題なのは、主観と客観の一致を確証することではなく、これが「疑い得ない」現実であるという妥当(Geltung/Gelten)(確信)がどのようにして生じるかという問題を解くことである。そしてこの問題を解くために、我々はまず「主観」から出発するのである。フッサールの考えた「現象学的還元」の方法は以下のようになる。

主観と客観の構図を取り払う
人間は「主観」の中に、ある「疑い得ないもの」を持っており、それを他人と共有せざるを得ないような構造を持っていると考える
ただ、で考えた「疑い得ないもの」の妥当が、単なる思い込み(ドクサ)doxaであってはならないため、このドクサをエポケー(Epoché)する(括弧に入れる/判断を停止する)ことによって一旦取り払ったのと同じ状態になる
1-3.「純粋意識」(reines Bewußtsein)という余剰

 先程の「現象学的還元」で自然的態度(naturalistische Einstellung)にエポケーを施し、ドクサを取り払ったあと、そこには果たして何が残るのだろうか。フッサールによればそれは「純粋意識」であるという。ではこの純粋意識とはいかなるものなのであろうか。

 フッサールのこの「純粋意識」とは、一切のものを疑ってもなおそこに残った唯一確実なものという点において、デカルトのコギト(cogito)と類似するものであるが、ある一点においてまったくその性質を異にしている。というのは、デカルトにおけるコギトとは実在するものとして考えられているが、フッサールのいう「純粋意識」とは人間の経験や世界像一般を可能にする第一の原理という意味であり、それ以上でも以下でもない。したがって、ここでは「純粋意識」が実在するものであるということは含意されていない。

1-4.コギト―コギタチオ(cogitatio)―コギタートゥム(cogitatum)(意識―意識作用―意識内容)

 フッサールは、知覚(Wahrnehmung)と知覚事物それ自体とは一つになって結合されているということはないという。すなわち、私がここに「机がある」と知覚したときの「机」とは、実際そこにある机そのもの全体を知覚したものではないということである。例えば私は机を知覚する。しかし、その机の裏側がどうなっているかまでは知覚しない。つまり、知覚は我々に対して、知覚事物のある一面を様々に異なった相で射映する(Abschattung)(与える)にすぎない。このように、フッサールによれば事物は一定のパースペクティブからしか与えられず、彼はまた、この射映によって現れることを現出(Erscheinung)と呼ぶ。

 ところで我々は、ここに「机がある」と知覚するとき、それを様々に異なった別々の机だとは知覚せずに一つの机であると知覚するであろう。それは、フッサールによればおよそ次のような仕組みになっている。

 我々は机のあらゆる相を知覚する(コギト)。この連続的に与えられる(コギタチオ)机の相を、意識が瞬時に統一して、ここに「一つの机がある」という知覚(コギタートゥム)に至る。我々は「机そのもの」を知覚したかのように感じていても、現実的知覚としては現に意識に与えられているとはいい難い。したがって、この行程には少なからず「ドクサ」が含まれていることに我々は注意せねばならない。

1-5.内在(Immanenz)と超越(Transzendeniuz)

 我々は先に、ここに「机がある」というのは現実的知覚ではなく、意識によって統一された、構成されたものであるということを確認した。ここで内在と超越、すなわち「原的な体験」としての「内在」、「構成された事象経験」としての「超越」という概念に突き当たる。ここで注意されたいのは、フッサールのこの文脈における「超越」とは神やイデアのような何かを超越した事物ではないということである。ここでの「内在」とは「原的な体験」であるがゆえにそれ以上疑うことのできない不可疑性のもの、先所与性のものである。ところが「丸い」「赤い」「光っている」といったものを知覚する際も、それが何か他のものから構成されている、すなわち超越した存在ではないのかという批判があるかもしれない(先構成論的な批判)。ただし、我々は「丸く感じた」、あるいは「赤く」、「光っているように感じた」という感じたことそのものは「ひょっとしたら丸く感じたのではないかもしれない」と疑うことはできない。したがってフッサールの「内在」とは、より厳密には知覚におけるこの不可疑的な感覚体験、人がそのように感じたという初源的な事実性ということになる。

1-6.ノエシス―ノエマ(Noesis―Noema)

 先に我々は、知覚と知覚対象それ自体とは一つになって結合されているものではないということを確認したが、知覚とパースペクティブなものとして現れる知覚事物とは、「意識とはすべて、何ものかについての意識である」という志向性ゆえに切っても切り離せない関係にある。この関係をフッサールは相関関係(Korrelation)と呼ぶ。この相関関係のうち、意識の作用的側面はノエシスと呼ばれ、対象的側面はノエマと呼ばれる。つまりノエシスとは、意識に現れた感覚的ヒュレー(hyle)(素材)に志向的な意味統一を与えてひとつの存在対象の妥当を構成する意識の働きであり、ノエマとはノエシスによって構成された対象性のことである。またこの構成された対象性のことを、志向的相関者という。

今まで書いてきたことは、要するに認識論の問題であり、これに興味を持たれる方以外は、その内容を理解する必要は少ないと思います。

しかしながら、次に感情移入についての文章があり、これは他には無いでしょう。

(感情移入)

 他我の妥当について、もう少し詳しく扱うことにしよう。いま私の知覚野(Wahrnehmungsfeld)に、我々とは違う人が入ってきたとしよう。それは我々の前に単なる物体(Körper)として現れる。ところで、なぜこの物体が我々と同じような主観をもった他我であるということがいえるのか。それは統覚的移し入れ(Übertragung)、すなわち「我々の身体としての物体」と「我々の知覚野に入ってきた物体」との類似性を基礎として、類比化的統覚を為すのである。これがフッサールのいう感情移入、言い換えれば類比統覚による特殊な間接的呈示でなのである。そもそも我々の身体は単なる物体に過ぎない。それを我々は、自己の身体的統覚によって、自己の身体としての物体」と「自己の身体」とを重ね合わせている、いわば統覚(Apperzeption)しているのである。この模型にしたがって、我々は物体として現れた他者の身体を、我々の身体との類似性ゆえに我々とは違う主観をもった他我の身体として統覚する、先ほどと逆の言い方をすれば重ね合わせているのである。この方法により私は、自分の「物体として現れる身体」を「自分の身体」として統覚するのと同じ手法で、「他者の物体として現れた身体」を「一個の身体」として統覚していることになるのである。
メンテ
フロイト、ユング   心理学 ( No.17 )
日時: 2017/12/04 18:35
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gRJtcogo

今まで書いてきた哲学の歴史は、多くの哲学者に登場していただいたが、各人の切り口が異なるだけで、目的とするところは普遍・神と言った真理の探究であったり、人間性を探求することでした。
哲学も、この後は人間自身の有り様を直接問うことになって行きます。
まず初めに、


フロイト

ジークムント・フロイト(独: Sigmund Freud、1856年5月6日 – 1939年9月23日)は、オーストリアの精神医学者、精神分析学者、精神科医。オーストリアのモラヴィア辺境伯領のユダヤ人の家庭に生まれた。神経病理学者を経て精神科医となり、神経症研究、心的外傷論研究(PTSD研究)、自由連想法、無意識研究を行い、さらに精神力動論を展開した。精神分析学の創始者として知られる。

現在では心理学と言えば、文字通りの分野と認識されるが、フロイトの時代では哲学的認識の手法の一つとして考えられていた。
しかしながら、その内容は精神医学、心理学の分野の草分け的発想が多い。
現代精神医学、心理学からはフロイトの矛盾を指摘することが多いが、その慧眼、発想の転換には驚くべきものがある。
ヒステリー、トラウマ、自我、エス等の概念が生まれ、現代社会で流行のセラピーの原型も始められた。

(フロイトの軌跡)

1895年(39歳)、フロイトは、ヒステリーの原因は幼少期に受けた性的虐待の結果であるという病因論ならびに精神病理を発表した。今日で言う心的外傷やPTSDの概念に通じるものである。 これに基づいて彼は、ヒステリー患者が無意識に封印した内容を、身体症状として表出するのではなく、回想し言語化して表出することができれば、症状は消失する(除反応、独: Abreaktion)という治療法にたどりついた。これは当時隆盛になりつつあった物理学の「エネルギー保存の法則」をも参考にしている。この治療法はお話し療法と呼ばれた。今日の精神医学におけるナラティブセラピーの原型と考えることもできる。

やがて彼の関心は心的外傷から無意識そのものへと移り、精神分析は無意識に関する科学として方向付けられた。そして父親への依存を振り切ったフロイトは、自我・エス・超自我からなる構造論と神経症論を確立させた。

フロイトの「力動論」や「リビドー」の概念はエネルギー保存の法則を元にしているとも言われる。患者の症状は無意識に抑圧された内容の形を変えた表れである、ととらえ、ヒステリー患者たちが身体的な症状部位に関する言葉、関連した(自由連想的)エピソード記憶を想起するに至ってから症状から回復することも確かめられた[19]。リビドー(性的エネルギー)の理論には経済的な思考とヴィクトリア時代の道徳が存在している。1人の個人が消費できるエネルギーの量は限定されており、それ以上の消費を行なうと病気や神経衰弱を招く、という観念のもと理論が構築されていたのである。ここから「リビドー保存」の仮説を導き出し、そこから『文化への不満』に著されるように、直接快感をもたらす本能的性行動を放棄し、強制的に文明の目的を追求せざるをえなくなっている文明人は不幸である、という意味を引き出したのである。

フロイトがこだわった点、彼の精神分析理論の科学性については疑問がある。たとえばカール・ポパーは実験やデータなどの反例による理論修復の機会を拒否する精神分析論の独善的な姿勢を批判している。フロイトの精神分析は、「無意識の仮説」によって解明されるべき問題行為が、推理的方法を用いる、一人の“客観的証人(分析者)”にとってのみ意味を持ち、“本人”にとって意味を持たないという、正義と才能の確実な保証の無い分析者による独断が行われる危険性を産み出した。
しかし、フロイト自身がこの精神の病理という分野に大きなスポットライトを当てた業績は誰にも否定できないだろう。フロイトの時代の医学では精神病理の治療はほとんど進んでおらず、脳内のメカニズムを解明する可能性はほとんど存在しなかった。エリック・カンデルは、フロイトは元々は神経学者であり精神分析学は記憶に焦点を当てた学問である以上、将来的には記憶の神経学的解明によって精神分析学と神経学を結び付けることが可能になるであろうと指摘した。
しかし、現代の精神医学においては、フロイトの理論自体が高く評価されているとはいえない。その理由としては、嗜好性の強い独特の性的一元論に代表される、およそ通常の現代人の感覚にそぐわない違和感のある内容という事があげられる。性的一元論は、そもそも彼自身の心の病理からくるとする意見もあるが、当時のヴィクトリア朝時代の抑圧性の非常に強い時代にあっては、まさに紳士を自認する人間たちが性的な領域を否認することに、フロイトは欺瞞を感じたのだった。元々フロイトの診ていた患者は上流階級の女性が多く、性にまつわる情報を遮断された環境で育っていたという事情が指摘される。性理論の形成に関しては、当時の抑圧の強い時代において、フロイトがその観点の強調に革命的意味を持たせていたことを念頭に置く必要がある。また、例えば心的外傷(トラウマ)といった考えは、現代においても通用する。

(リビドー)
リビドーとは、日常的には性的欲望または性衝動と同義に用いられる。世間一般的には、リビドーという言葉は押さえきれない性的欲求のようなものを指して使われる。特に男性の荒々しい露骨な性的欲求を表現する言葉としてしばしば使われ、また時には男性の性的欲望を軽蔑する意味合いの言葉としても使われる。
これはジークムント・フロイトが「性的衝動を発動させる力」とする解釈を当時心理学で使用されていた用語Libidoにあてたことを継承したものである。一方で、カール・グスタフ・ユングは、すべての本能のエネルギーのことをLibidoとした。
対義語はデストルドーと誤認されることもあるが、これはフロイト晩年の『快楽原則の彼岸』における「タナトス(死の欲動)」の言い換えであって、正確な対義語ではない。フロイト自身はしばしば性的欲動の対義語として、死の欲動または攻撃欲動という言葉を使っている。ただし、1920年以前においては、リビドーは対象に向けられる欲動を指しており、その正反対の力として自我欲動を想定していたようである。これは「愛と飢え」という、古来からいわれる詩人の言葉によってしばしば表される。
(精神分析学の観点から)
精神分析学ではリビドーを、様々の欲求に変換可能な心的エネルギーであると定義している。リビドーはイド(簡単にいえば無意識)を源泉とする。性にまつわるものだけでなく、より正確には人間の性を非常にバラエティに富んだものへと向ける本質的な力と考えられている。リビドーが自我によって防衛・中和化されることで、例えば男根期の露出癖が名誉欲に変わるなど、社会適応性を獲得する。また支配欲動が自己に向かい厳格な超自我を形成して強い倫理観を獲得することもある。
リビドーは非常に性的な性質を持つとして見られる一方で、全ての人間活動はこれの変形としてフロイトは理解している。特に文化的活動や人間の道徳的防衛はリビドーの変形したもの、もしくはそのリビドーから身を守るために自我が無意識的に防衛したものとして理解されている。芸術や科学の活動も、リビドーが自我によって防衛され変形したものである。


フロイトに触れたついでに心理学で言えばユンクについて書かねばならない。

(ユンク)

カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung、1875年7月26日 - 1961年6月6日)は、スイスの精神科医・心理学者。深層心理について研究し、分析心理学(通称・ユング心理学)を創始した。

ユング心理学(分析心理学)は個人の意識、無意識の分析をする点ではフロイトの精神分析学と共通しているが、個人的な無意識にとどまらず、個人を超え人類に共通しているとされる集合的無意識(普遍的無意識)の分析も含まれる。ユング心理学による心理療法では能動的想像法も取り入れられている。能動的想像法とは、無意識からのイメージが意識に表れるのを待つ心理療法的手法である。また、ユング心理学は、他派よりも心理臨床において夢分析を重視している。夢は集合的無意識としての「元型イメージが日常的に表出している現象」でもあり、また個人的無意識の発露でもあるとされる。
夢の分析はフロイトが既に重視していたことであった。しかしユング心理学の夢解釈がフロイトの精神分析と異なる点は、無意識を一方的に杓子定規で解釈するのではなく、クライアントとセラピストが対等な立場で夢について話し合い、その多義的な意味・目的を考えることによって、クライアントの心の中で巻き起こっていることを治癒的に生かそうとする点にある。
ユングはフロイトとの決別以後も治療を続けた。ただ、彼は人生の方向を決めるのは治療者ではなく、クライアントであるとし、クライアントの無意識的創造力を信頼した。 
また、日本のユング心理学はその心理臨床において箱庭療法を積極的に取り入れたことでも知られている。
メンテ
ベルグソン 生の哲学 ( No.18 )
日時: 2017/12/04 18:43
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gRJtcogo

ベルグソン

アンリ=ルイ・ベルクソン(Henri-Louis Bergson [bɛʁksɔn]発音例、1859年10月18日 - 1941年1月4日)は、フランスの哲学者。出身はパリ。日本語では「ベルグソン」と表記されることも多いが、近年では原語に近い「ベルクソン」の表記が主流となっている。

生きた現実の直観的把握を目指すその哲学的態度から、ベルクソンの哲学はジンメルなどの「生の哲学」といわれる潮流に組み入れられることが多く、「反主知主義」「実証主義を批判」などと紹介されることもある。だが実際のベルクソンは、当時の自然科学にも広く目を配りそれを自分の哲学研究にも大きく生かそうとするなど、決して実証主義の精神を軽視していたわけではない(アインシュタインが相対性理論を発表するとその論文を読み、それに反対する意図で『持続と同時性』という論文を発表したこともある)。

一方で、ベルクソンは新プラトン主義のプロティノスから大きな影響を受けていたり、晩年はカトリシズムへ帰依しようとするなど、神秘主義的な側面ももっており、その思想は一筋縄ではいかないものがある(ベルクソンは霊やテレパシーなどを論じた論文を残してもおり、それらは『精神のエネルギー』に収められている)。 因みに、1913年、英国心霊現象研究協会の会長に就任している。
こうした点から、ベルクソンの哲学は、しばしば実証主義的形而上学、経験主義的形而上学とも称される

ベルグソンの主著は『道徳と宗教の二源泉』です。
その中で、ベルクソンは道徳をふたつに分類している。
閉ざされた道徳
禁止事項など抑圧的な道徳。昆虫の従っている規則の類と同一視される。

開かれた道徳
自分自身や自分が属する集団の利害を超えた愛。統制によるのではなく、魅惑されることによって引き起こされるような人類全体、植物や物にまで及ぶような愛。道徳的偉人によってのみもたらされる。

同様の観点から宗教もまたふたつに分類されている。
静的宗教
呪術や迷信、儀式により社会秩序を維持するために存在しているような宗教。

動的宗教
偉大な宗教的神秘家によって説かれるような宗教。「愛の跳躍(エラン・ダムール)」へと導くような宗教。

(生の哲学)

生の哲学は、デカルト的心身二元論的な知性や理性に限定された我々の存在を超克、それより先んじて非合理的な我々の生そのものへとアプローチしていく精神史の思潮のひとつ。シュレーゲルよりも後では反形而上学的要素が強い。19世紀後半〜20世紀前半に盛んになった。
「生」とはどのようなものかについては、論者によって差があり、ショーペンハウアーはただ生きんとして生きる盲目的な暗い意志としていたが、当初ショーペンハウアーを絶賛していたニーチェは彼とは反対にすべてを我がものとし、支配し、超え出て、より強くならんとする権力への意志とし、ディルタイは歴史の流れの中にある客観的精神体としており、それぞれニュアンスに違いがあるが、合理的な理性に対する、非合理な生の優位を主張する点でおおまかな一致をみることができる。
このような生の哲学における非合理主義は、合理的な「学としての哲学」を拒むものとして非難の対象となり、新カント派は生の哲学を批判した。このような流れの中で、論理性・実証性を重視し、いいかげんな概念を用いる哲学や形而上学を批判する論理実証主義も生まれた。

つまるところ、生の哲学とは、論理的合理性に囚われることなく生きるという意志のこととも言える。
その様な意味で、小説の世界ではロマンロランの「ジャン・クリストフ」「魅せられた魂」
ショーロフの「静かなドン」の主人公の生き様を示しているのではないかと思う。
メンテ

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