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[2930] 「老人医療と介護問題」を受けて、『安楽死』を考える。
日時: 2018/02/06 20:50
名前: 日本貧民党 ID:ZVpzSYPA

日本が「老人医療」と「認知症介護」の問題に悩まされる様に成って久しいが、この問題の様々な難しさの解決は程遠く、我々老人や要介護の老人を抱える家庭の悩みは尽きることが無い。

更に政府は、介護の問題に付いて、行政のサービスだけに求めず、民間の「企業」の参入も促進してきたが、企業が参入すると言う事は、必然的に「収益事業」としての参入と成るので、其処に様々な歓迎すべからざる事象が起き、これ等の施設の利用者や、其処で働く介護職員に『不都合な現実』が招来されて来た。

即ち、利用者にとっては不十分な介護サービスが行われ、介護職員に付いては罪悪的な低賃金で雇用される、等の営利事業であるが故の“しわ寄せ”を負わされている現実である。

憲法にも謳われて居る様に、国民の福祉に付いては、国が責任を以って施行しなければ成らない行政サービスで在る物を、厚生官僚の悪巧みによって、財政的負担増を理由に、国はその責任転嫁として“民間の法人参入”を許し、事も有ろうにこの「仕事」に全く関係の無い異業種の法人の参入を歓迎して来たのである。

その結果何が起きたか!?と言うと、今更ここに列記するまでも無く、金だけ取って内実は「痴呆老人のタコ部屋」とか、年金手帳や預金通帳を「預かる」と言って取り上げてしまうとか、不断の虐待による痴呆老人の虐めとか、色々な違法行為が横行したのです。

国は、医療を含む高齢者福祉を嫌がり、社会は高齢者を迷惑な邪魔者として捉え、特に若者は高齢者を『年金食い』の寄生虫の様に見、「高齢者」が恰も生まれ付いての「高齢者」であったかのような迷惑な存在として見られて居ます。

我々高齢者は現役中、先輩方の年金をせっせと納め、苦しい暮らしの中から脱税もせず税金も納め、赤い羽根、赤十字、社会福祉、歳末助け合い、等の募金にも応じ、国民として立派にその義務を果たして来ましたが、

国とか社会がそう言う目で見るのであれば、いっそ「安楽死」と言う物を法的に解禁すべきであると考えます。ヨーロッパでは2〜3の国が此れを認め、法的な整備も備えていると聞きます。
老人を迷惑な存在としてしか受け止められない事は、老人を人間として捉えて居ない、単なる物としてしか捉えて居ないと言う事です。其処には老人、否、人間に対する愛情や思いやりの心が欠如していると言う事で、人間に無機的で乾いた心しか存在しないと言う事です。

其処で、そう言う事なら、先に述べた「安楽死」を考える必要性が顔を出して来ます。安楽死は飽くまでこれを望む者(本人、家族)のみに適用される物としてですが、此れを実施しますと三つの「得」が有ります。落語で言う「三方一両損」の逆効果、「三方一両得」です。

安楽死は、回復見込みの無い重篤な患者の、それ以上の苦痛を取り除く事が出来、家族の経済的・心理的な負担を軽減する事が出来、悪名高い「厚労省」にとっては医療費の国庫負担を軽減する事が出来ます。この三つで「三方一両得」と言う訳です。

老人の福祉と言う物を、政府も、社会も、時として家族も、負担を押し付けられる物として「負」の要因として捉えるのであれば、本音を内に隠し置く事無く、正直に議論して前向きな解決法を探って行くのが成熟した社会のする事ではないかと思います。

皆さんはこの主張に、どのような異論をお持ちでしょうか?
メンテ

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達磨さへ! ( No.4 )
日時: 2018/02/08 00:40
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:pPkeC4sU

>▲e-mailで投稿しても 効果なければ 今日限りで 投稿を やめます

またまた、困った事を仰る。

達磨さんて、そんなに神経の細い人だったのですか。

掲示板と言うもの、ネットと言うものは、もともとその様なもの。

それを承知で書き続け、言い続けているのです。



ついでにと言ったら何ですが、日本貧民党さん

>安楽死を、どのように思うか!

チョット言葉につまる提示ですね。

安楽死ではありませんが、3年程前に、私の母親をみとった時の話しです。
96歳にもなり十分に生きた母親ですが、日ごろ早く死ねれば良いと言いながら、実際に体が悪くなると、もう心配性でグチグチ言っていました。

その母親もついに寝たきりとなり、最終的には肝臓癌になっていたようです。
医者の方も、それでも手術などをしますか!
と私に聞きます。

勿論、もう自然に任せた方が良いと思いますと言うと、医者は次に延命治療は、どうされますかと聞きます。
現代医学では意識が無くても長い間生命の維持はできる様です。

私は、それも望まないが、本人が苦しま無い様にしてほしいと言いました。
その10日くらい後に、母親は文字通り眠るように亡くなりました(朝寝室を見に行くと死んでいたと言う状態です)。
全ては意識のない母親に代わって私が判断したのですが、母親も満足しているものと思っています。

これと安楽死とは、少し距離がありますが、この様な状況は想定しておきたいものですね。
結論としては

状況により安楽死」を選択出来る方途はあっても良いかと思います。
メンテ
Re: 「老人医療と介護問題」を受けて、『安楽死』を考える。 ( No.5 )
日時: 2018/02/08 08:30
名前: 日本貧民党 ID:yEXfMVz.

「南の島 九州達磨」さん、

止めるも続けるも、貴方の自由です。「掲示板」はその“自由さ”が良い所ですから。 そして、人間は誰しも“自己中心的”な所が有って、「自分が一番良い事を言って居る」と思いがちな物です。斯く申す私もその気配が有ります事は否めません。

と言う事で、誰も貴方に「投稿を止めろ!」と言って居ませんので、どうぞご自由にしてください。 “再登場”なさっても「排除」は致しません。 誰も小池百合子さんでは無いのですから。

さてと、天橋立さん、

安楽死とは、貴方の母御さんのケースも含まれると思います。 要するに「延命治療」はしない、患者の苦痛を極力軽減する、と言う事で「安楽死」に通ずる所が有ると思います。

肉親と言う物は、患者と意思の疎通が出来る間は「死なせたくない!」と思うのは、当たり前です。然し「癌」の激痛が襲う間隔が段々と短くなってくると、「この苦痛から解放してやりたい!」と思う様に成ります。この段階に成りますと患者自身は冷静な判断など出来なくなっています。モルヒネの多用で意識が朦朧として居ますから・・。そうなると家族しか意思決定は出来ないのです。

その時家族は「家族の絆」と「楽にして遣る」との間で葛藤する訳ですが、洋の東西を問わずこの感情に違いは無いと思います。 ですが此の葛藤を突き抜けて一歩前へ進まないとこの問題は解決しません。

そこで、私の意見は「安楽死(尊厳死ともいいますが)を望む」訳です。
メンテ
Re: 「老人医療と介護問題」を受けて、『安楽死』を考える。 ( No.6 )
日時: 2019/05/23 00:19
名前: ooeyama ID:85f8.fho

>安楽死は、回復見込みの無い重篤な患者の、それ以上の苦痛を取り除く事が出来、家族の経済的・心理的な負担を軽減する事が出来、悪名高い「厚労省」にとっては医療費の国庫負担を軽減する事が出来ます。この三つで「三方一両得」と言う訳です。


まず回復見込みの無い重篤な患者の、それ以上の苦痛を取り除く事が出来ることで、人道上でも人権的にも無駄な延命治療は避けたいものです。

次に家族の経済的・心理的な負担を軽減する事が出来る、は追い詰められた家族による介護殺人等を避ける意味で法成立は意義ある、

最後に悪名高い「厚労省」にとっては医療費の国庫負担を軽減する事が出来ます。重度障碍者や痴呆寝たきり患者に、限りある医療財源を注ぎ込む事の是非、

もはや生命力の尽きた個体に貴重な医療資産を割けば、その分未来世代への財政負担となり、医療と介護制度の財政破綻は、次世代の命と健康を損なう事に繋がります。過去の命を救う為未来の命を殺す訳に行かないでしょう。「三方一両得」安楽死法案の成立を望みます。



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Re: 「老人医療と介護問題」を受けて、『安楽死』を考える。 ( No.7 )
日時: 2019/05/25 09:56
名前: 日本貧民党 ID:TG5jktL.

ooeyamaさん、ご賛同ありがとうございます。

しかし、今の政界には真に“国の為”“国民の為”を考えて政治を行う「政治家」は居ないと言っても過言ではないでしょう。自分達に賄賂を齎さない政策には関心が無いのです。
勿論、賄賂を贈って、自分有利の政策を作らせる財界が其の大きな力である事は言を俟ちません。

今や政治家は、世襲を常とする“新貴族階級”と成って居ます。此れは誰がそうさせたのか? と言えば、オラが村のセンセイにたかって其の余禄を吸い取る「アブラムシ有権者」がそうさせたのです。

日本には「議会制民主主義」は存在しません。「利権制ムラ代表主義」が存在して、日々国家予算の蚕奪に勤しんでいるのです。

何回も、何回も、言いますが、『公権力は膨張し、権力は腐敗する』と言う事は紛れも無い事実です。日本中の地方から中央まで、司法も、立法も、行政も、全ての権力は此の事実に該当します。

国家の諸法律に従順に従って正しく暮らしているのは、一部の犯罪者を除いて、財力も、魔力も、持たない我々庶民だけなのです
メンテ
Re: 「老人医療と介護問題」を受けて、『安楽死』を考える。NHKスペシアルを見て、 ( No.8 )
日時: 2019/06/05 10:43
名前: 日本貧民党 ID:YVCkb6io

先日、毎週日曜放送の「NHKスペシアル」を見ましたら、『彼女は安楽死を選んだ!』と言う番組でした。

全身の筋肉が委縮して行ってついには死に至る。と言う難病にかかり、激しい痛みにも襲われるそうです。そして此れの絶望的な事は、治療方法が無く、治癒する事は望めないと言うものです。

此の女性には二人の姉が絶えず様子を見て呉れて居て、いろいろ世話もしてくれるのですが、日々衰えて行く自分の状況を見て、遂に『安楽死』を決意します。二人の姉達はその事に俄かには賛成しかねるので、患者の翻意を促すのですが患者の決意は変わりません。
『生きて居て、何か価値はあるのか?』『激痛に襲われる私を見て、貴方たちも苦しい筈だ!』『意識の有る内に、自分の事は自分で決めたい!』などなど、私にも反論の出来る言い分では有りません。 寧ろ私も積極的にこの意見に賛成するでしょう。予てから私も、難病にかかった場合には、彼女と同じ事をしたいと考えているからです。

で、国として『安楽死』を認めている一つ、「スイス」へ行き、其処で安楽死を敢行するのですが、姉たちの葛藤は見る者の心を痛めます。血を分けた姉妹であれば当然の事だからです。
私も姉二人を、痴呆症で施設へ這入ったまま死に至らしめました。私は時々様子を見に行くだけでしたが、夫々の家族は大変だった事は手に取るように判ります。姉たちは、病気による自然死でしたが、痴ほう症の姉たちを見て、自分の将来の事を考えました。
『自分が痴呆その他難病にかかった時には、安楽死によって一生を終わる意思表示をして置くべきだ!』とです。

そうする事によって、自分に激痛の有る時は其れを避ける事が出来る、家族の精神的・経済的負担を軽減できる。そして、此れは少々癪だけれど、厚労省の医療費削減に寄与できる。と言う「三方、一両得」とでも言える効果を得る事に成る。と言う事です。

政府や世の中は、何かと言えば高齢者を邪魔者扱いします。それも無理は有りません。「少子高齢社会」は益々進み、実に悲惨な将来は目の前です。 
にも拘らず、政府は何ら効果的な政策の打ち出しをして居ません。怠慢も良い所です。安倍は『憲法改正』を言い出す前に此の事を先ず解決するべきです。「外人労働力の導入」などの姑息な政策は止めてです。あれは日本に騒動を持ち込むだけです。

少子高齢化対策の一環として、『安楽死』を真剣に考える時は来ているのです。
メンテ
Re: 金融庁は、「本音」を言ったまで “高齢者はつらいよ ! ”である ( No.9 )
日時: 2019/06/15 10:46
名前: 日本貧民党 ID:A.QFNDtY

今の年金制度の下で老後を暮すには、『少なくとも2000万円の貯蓄が必要』である、と金融庁が言ったのは、現在の日本の諸般の状況を見て、導き出した一つのケースで、「安倍自・公政権」に忖度せず、正直な本音を報告したまでである、と私は判断します。

此の事を以って、金融庁は、褒められも、責められも、しない。と私は思います。

安倍内閣が『年金は百年大丈夫だ!』と大見得を切ったのだから、その事と「話が違うではないか !」と言う事は出来る 。

左は然り乍ら、年金を所管するのは厚労省であり、財務省・金融庁では無い。金融庁は国民の老後の暮らしを冷静に見据えて、安定した老後を暮すにはこれだけの資産が必要だと推論したのだろう。
と言う事は、厚労省と金融庁の見解が異なったと言う事で、安倍内閣の中で、不一致がある事に政権中枢としては都合が悪いと言うバツの悪さは有る。

と、冷静に見て遣っても、安倍内閣が『嘘を吐いて居た事』に違いは無い !

要するに、安倍内閣は、いい加減で、無責任な、事ばかり国民に言って居るのである。

麻生財務大臣は、7月の参議院議員選挙を控えて、選挙戦に影響するから、「この報告書を受け取らない」と言って居るが、実に噴飯ものである。『臭い物には蓋をしよう』と言うのである。

年金が大丈夫な物では無いと言う事が、この一件で分かって仕舞った訳だが、今度の参院選で、有権者はどの様な投票行動を採るか?それ以前から続々と続いて居る、与党や其れに与する似非与党の政治家たちの色々な不祥事を、有権者は投票にどう影響を与えるか?興味のあるところだが、果たしてその結果や如何に!である。

私の独断と偏見による《予想》だが、今度もやっぱり情勢は変わらないのだろうな! である。

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Re: 「老人医療と介護問題」を受けて、『安楽死』を考える。 ( No.10 )
日時: 2019/06/15 12:39
名前: ooeyama ID:Bex7Qz/A

>与党や其れに与する似非与党の政治家たちの色々な不祥事を、有権者は投票にどう影響を与えるか?興味のあるところだが、果たしてその結果や如何に!である。


日本民族の特質の一つに ”付和雷同”や ”嫌な事は水に流す”という喩えが在る。或いは ”人の噂も75日”も好まれる言葉だ。

云々をデンデンと言い間違うアホな総理だが、姑息で狡猾な悪知恵は人並み以上に働く、

故に国民の性癖は確り覚えていて、忖度された森友疑惑も加計問題も、平成と共に流すことに成功? したようだ。

以下の貧民党氏文面は、予想が外れることを願いながら、昨今の民度では同意せざるを得ない。


>私の独断と偏見による《予想》だが、今度もやっぱり情勢は変わらないのだろうな! である。

 


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Re: 「老人医療と介護問題」を受けて、『安楽死』を考える。 ( No.11 )
日時: 2019/06/27 09:00
名前: 日本貧民党 ID:lLGyY81I

自然死とは、自分以外の外的圧力に因らず、病気、老衰、等によって命の終焉を迎えることだと愚考しますが、❝病気による死❞は医療の技量の「良し・悪し」で大きく差が出ることは否めません。治療を受ける医師または病院の質の「良・否」で治癒する・しないに関わって来るのです。

私の義弟が今、その岐路に立たされていて、この安楽死が他人事ではなくなっています。現在、抗がん剤の投与を行っていますが、病状は好転せず、癌と薬剤の副作用、の二つの痛みが徐々に強くなり、その内に耐え難い苦痛に苛まれるのでは無いかと、家族は嘆いています。将にこのスレッドの『安楽死』を考えざるを得ない事態に至りつつあります。

私は『安楽死』推進論者ですが、これ以上手の打ち様が無いと分かるまでは、あらゆる努力をしてみるという立場です。そこで私は、ネットなどで、癌治療に高い評価を受けている「医療機関」などを探しては、そこへ行ってみることを薦めるのですが、それを実行するのは本人とその家族です。

家族は、せめて「緩和治療」である<ホスピス>などを探しているそうですが、どこも皆満員で何十人と空きを待っているそうです。考えると、此れもまた罪な話で、と言うより何処か「悪魔的」な話で、自分が入院する為に、他人が死ぬのを待っている❕ と言う仏の道に反する所業、ともいえます。たてまえ上は、イエスも、釈迦も、あまり賛成はすまい!と思うのです。

そこで『安楽死』の方策が浮上して来るのですが、「天命」を自らの決断で「断つ」と言う事は、此れもまた、イエスも、釈迦も、積極的に賛成はすまい、と思うのですが、少なくとも『他人に死を待つ』と言う事よりマシではないか?と思うのです。人道的、宗教的、にはかなり自己弁護に過ぎますが・・・。

いずれにしても、義弟が自ら選ぶ道ですから、その決定を尊重するより致し方ありません。「死」と言うものが、足早に自分にも迫って来て居る事を、痛感するこの頃です、
メンテ
Re: 「老人医療と介護問題」を受けて、『安楽死』を考える。 ( No.12 )
日時: 2020/07/24 11:38
名前: ooeyama ID:LvtnktnY

他トピよりの転記


日時: 2020/07/24 10:49名前: ooeyama ID:LvtnktnY

https://news.yahoo.co.jp/articles/fcfb20e7c29355e3d5dfbb058999ec99704fa6bc

>ALS女性嘱託殺人「安楽死とは考えず」京都府警、慎重捜査8カ月
7/24(金) 1:04配信 産経新聞

>京都府警本部
 ALSに苦しむ女性に薬物を投与し殺害したとして医師2人が嘱託殺人の容疑で逮捕された今回の事件。京都府警は発生から約8カ月かけ、慎重に捜査を進めた上で2人の逮捕に踏み切った。府警幹部は2人の逮捕後、女性の症状が安定しており死期が迫っていなかったとして、「安楽死とは考えていない。安楽死か否かを問題にする事案ではない」と強調した。



トピのタイトル趣旨とは少し外れるが、、老老介護や増え続ける福祉医療費、それらを誰が負担するかの深刻な問題と絡め、やまゆり事件でも取り沙汰された、重度障碍者の「安楽死」問題は無視できない課題だ。

今回京都府警が無理やりでっち上げた冤罪事件?も、倫理的な議論で成立する安楽死法さえ整備されていれば、2人の有能な医師が無法行為として逮捕される事案でなかった。

地球という有限の大地と資源の惑星上で、すべての生物(当たり前だが人間も)はダーウィンの法則や優勝劣敗と適者生存の環境下で生きている、或いは生かされている、もし生命力の無い個体を生き永らえさせるなら、その分他の生命ある個体(幼児 未成年者など)が生きる権利を奪われ社会の犠牲者となる。
メンテ
『安楽死』を考える。 ( No.13 )
日時: 2020/07/24 10:55
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:nMbh/ObM

「老人介護のシステム<主治医制度を見直してみよう 」スレッドにooeyamaさんから「安楽死」に関係するレスがありました。
「安楽死」に関するスレッドとして、このスレッドを思い出しUPします。
そのついでに「安楽死」について調べてみました。ウイキペディアですが、思いもよらず奥の深い問題の様です。

(発端は、今日、新聞に載った下の記事を受けての事だと思います)

全身の筋肉が動かなくなっていく神経難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症した京都市の女性から頼まれ、薬物を投与して殺害したとして、京都府警捜査1課などは23日、嘱託殺人の疑いで、呼吸器内科医の大久保愉一容疑者(42)=仙台市=と、医師の山本直樹容疑者(43)=東京都=を逮捕したと発表した。

 逮捕容疑は、京都市中京区の林優里さん=当時(51)=から依頼を受け、昨年11月30日夕に同市内の自宅マンションを訪れ、室内で薬物を林さんの体内に投与し、死亡させた疑い。 

 在宅の患者を「安楽死」させたとして医師が逮捕されたのは、日本で初めて。また患者を「安楽死」させたとして医師が逮捕、または書類送検されるのは、2008年に富山県射水市の射水市民病院の元外科部長が殺人容疑で書類送検(嫌疑不十分で不起訴)されて以来、12年ぶり。

 捜査関係者によると、大久保、山本両容疑者は林さんの担当医ではなく、会員制交流サイト(SNS)を介して知り合い、直接の面識はなかったとみられる。
 
 両容疑者とみられる不審な男2人がマンションを訪れた後、林さんの容体が急変し、病院に搬送されて死亡が確認された。林さんの体内からは普段服用していない薬物が検出された。京都府警が捜査を始め、防犯カメラの映像などから2人を特定したという。

 関係者によると、林さんは11年ごろにALSを発症。死亡する直前は発語や手足を動かすことができない状態だったが、意識ははっきりしており、メールなどで発信できた。障害福祉サービス「重度訪問介護」を利用して1日24時間、ヘルパーから生活全般のケアを受けながら1人で暮らしていた。


(転載終わり)


安楽死(あんらくし、英語: euthanasia)とは、人または動物に苦痛を与えずに死に至らせることである。一般的に、終末期患者に対する医療上の処遇を意味して表現される。

安楽死に至る方法として、積極的安楽死(せっきょくてきあんらくし、英語: positive euthanasia , active euthanasia)と、消極的安楽死(しょうきょくてきあんらくし、英語: negative euthanasia , passive euthanasia)の2種類がある。

また、安楽死の別表現として、尊厳死(そんげんし、英語: dignified death , death with dignity)という言葉がある。これは、積極的安楽死と消極的安楽死の両方を表現する場合と、安楽死を本人の事前の希望に限定して尊厳死と表現する場合があるが、世界保健機関、世界医師会、国際連合人権理事会、国家の法律、医療行政機関、医師会などの公的な機関による、明確または統一的な定義は確認されていない。

>積極的安楽死

積極的安楽死(せっきょくてきあんらくし、英語: positive euthanasia , active euthanasia)とは、致死性の薬物の服用または投与により、死に至らせる行為である。医療上の積極的安楽死の場合は患者本人の自発的意思に基づいて、自ら致死性の薬物を服用して死に至る行為、または、要求に応じて、患者本人の自発的意思(意思表示能力を喪失する以前の自筆署名文書による事前意思表示も含む)に基づいて、他人(一般的に医師)が患者の延命治療を止めることである。

積極的安楽死の法的扱い
自分で積極的安楽死を行った(未遂も含む)場合は、自殺なので犯罪にはならない。日本では他人による積極的安楽死は法律で明確に容認されていないので、他人が積極的安楽死を行った(未遂も含む)場合は刑法上殺人罪の対象となる。ただし、名古屋安楽死事件や、東海大学病院安楽死事件の判例では、下記の厳格な条件を全て満たす場合には違法性は無いために阻却される(刑事責任の対象にならず有罪にならない)と述べている。

一般的に他人(一般的には医師)が行う場合は下記の4条件を全て満たす場合に容認される(違法性を阻却され刑事責任の対象にならない)。

患者本人の明確な意思表示がある(意思表示能力を喪失する以前の自筆署名文書による事前意思表示も含む)。
死に至る回復不可能な病気・障害の終末期で死が目前に迫っている。
心身に耐えがたい重大な苦痛がある。
死を回避する手段も、苦痛を緩和する方法も存在しない。
名古屋安楽死事件の判例
1962年(昭和37年)の名古屋高等裁判所の判例では、以下の6つの条件(違法性阻却条件)を満たさない場合は、違法行為となると認定している。

回復の見込みがない病気の終末期で死期の直前である。
患者の心身に著しい苦痛・耐えがたい苦痛がある。
患者の心身の苦痛からの解放が目的である。
患者の意識が明瞭・意思表示能力があり、自発的意思で安楽死を要求している。
医師が行う。
倫理的にも妥当な方法である。

>東海大学病院安楽死事件の判例

1995年(平成7年)の横浜地方裁判所の判例では、下記の4つの条件(違法性阻却条件)を満たさない場合は、違法行為となると認定している。

患者が耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいる。
患者の病気は回復の見込みがなく、死期の直前である。
患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために可能なあらゆる方法で取り組み、その他の代替手段がない。
患者が自発的意思表示により、寿命の短縮、今すぐの死を要求している。
動物に対する安楽死
動物一般の安楽死については「殺処分」を、競走馬については「予後不良_(競馬)」を参照
積極的安楽死に関する議論
日本では、積極的安楽死を法律で容認するかについて議論されているが、法律で明示的に容認はしていない。

2017年11月29日にオーストラリア南東部のビクトリア州 (オーストラリア)上院で安楽死の合法化法案が可決され、2019年6月から実施される見通しとなり[1]、同月29日にビクトリア州下院は末期患者に対する安楽死を合法化する法案を可決され、ビクトリア州知事の同意を得ることで成立した。2019年6月から余命半年未満と医師に判断された18歳以上の患者が自身に致死量の投薬を求める権利が付与されるという末期患者への安楽死が、ビクトリア州としてオーストラリア連邦政府が1997年に北部準州の「終末期患者の権利法」を無効にした以降で初めて解禁された[2][3][4]。

安楽死推進団体に所属し、2018年に104歳で安楽死したオーストラリアの環境学・植物学者デイビット・グッドールは、積極的安楽死を「ふさわしい時に死を選ぶ自由」と定義している[5][6]。グッドールは重い病を罹患していなかったが、老化で体が不自由になるなど生活の質が低下していたと述べ、スイスのバーゼルでの安楽死前日の会見で「スイスの品位ある死を選べる制度」に感謝を示し、「全ての国はスイスに遅れを取っていて、自国のオーストラリアでは老化による生活の質の低下を理由に安楽死を合法化していないのは残念だ」と語った。

>安楽死と宗教

積極的安楽死を法的に認めている国はプロテスタントの影響が強い国が多く、同じキリスト教でもカトリックは積極的安楽死に強く反対している。

またイスラームでも同様に積極的安楽死は殺人とされており、これはカトリックやイスラームが自殺を固く禁じている教義から導かれる。

ただしカトリックやイスラームにおいても、死期が迫る患者に対して苦痛を伴う延命治療を中止するという消極的安楽死(尊厳死)には必ずしも反対していない[7]。

安楽死・尊厳死の問題は生命倫理や死生観と密接に関連するため、その国で伝統的な宗教の影響も大きいのである。

>他人による積極的安楽死を法律で容認している国・地域の一覧

スイス - 1942年
(アメリカ合衆国)
オレゴン州 - 1994年「尊厳死法 (Death with Dignity Act)」成立
ワシントン州 – 2009年
モンタナ州 - 2バーモント州 - 2013年
ニューメキシコ州 - 2014年
カリフォルニア州 - 2015年[8]
オランダの旗 オランダ - 2001年「安楽死法」可決。
ベルギーの旗 ベルギー - 2002年「安楽死法」可決。
ルクセンブルクの旗 ルクセンブルク - 2008年「安楽死法」可決。
カナダ - 2016
(オーストラリア)
ビクトリア州 -
大韓民国の旗 大韓民国 – 2017年

>消極的安楽死

消極的安楽死(しょうきょくてきあんらくし、英語: negative euthanasia , passive euthanasia)とは、予防・救命・回復・維持のための治療を開始しない、または開始しても後に中止することによって、人や動物を死に至らせる行為である。医療上の消極的安楽死の場合は、病気・障害を予防する方法、発症した病気・障害から救命・回復する方法、生命を維持する方法、心身の機能を維持する方法が確立されていて、その治療をすることが可能であっても、患者本人の明確な意思(意思表示能力を喪失する以前の自筆署名文書による事前意思表示も含む)に基づく要求に応じ、または患者本人が事前意思表示なしに意思表示不可能な場合は、患者の親・子・配偶者などの最も親等が近い家族の明確な意思に基づく要求に応じ、治療をしないか治療開始後に中止することにより、結果として死に至らせることである。

終末期の患者には延命可能性が全くないか、または余命は長くても月単位なので、世界の諸国では終末期の患者に対する消極的安楽死は広く普及している。治療により回復の可能性がある患者、回復の可能性はなくても死に至るまで長い年月がかかる患者など、終末期ではない患者の場合は、大部分の人は一般的に病気からの回復や生命・健康の維持の欲求を持っているので、消極的安楽死が選択される事例よりも、治療による回復や延命が選択される事例が多数派である。

韓国では、最高裁判所に相当する大法院の判決で2009年の女性の高齢者の請求により尊厳死が認められた後、2017年に韓国で「延命医療決定法(尊厳死法)」の試験事業が施行されて患者の意思によって延命医療を中止することができるようになった[13]。約1か月前にソウル市内のとある総合病院で、消化器系のがんの治療を受けていた50代男性が「延命医療を受けない」という治療計画書に署名していた。男性の医療陣は本人の意思に基づき、臨終が近づいた時に人工呼吸器装着・心肺蘇生・血液透析・抗がん剤投与などを実施しなかったが、男性が延命医療中止を選択していても栄養・水の供給、痛みの緩和、治療は継続した。患者は2017年11月21日の一週間前に安楽死を選択して死去し、韓国で合法的安楽死の事例初となるケースとして確認された。事前医療意向書の実践を推奨する代表は「難しい状況の中、患者の男性は大きな決断を下した。今回の決定は延命医療中止について悩む多くの方々に勇気を与える事例だ」と語った。

日本の国内法での扱い
日本の法律では、患者本人の明確な意思表示に基づく消極的安楽死(=消極的自殺)は、刑法199条の殺人罪、刑法202条の殺人幇助罪・承諾殺人罪にはならず、完全に本人の自由意思で決定・実施できる。ただし、法律により強制隔離と強制治療が義務付けられている感染症は例外である。

日本の国内法では、一般的に他人(一般的には医師)が行う場合は下記の条件のいずれかを満たす場合に容認される(違法性を阻却され刑事責任の対象にならない)。

患者本人の明確な意思表示がある(意思表示能力を喪失する以前の自筆署名文書による事前意思表示も含む)。
患者本人が事前意思表示なしに意思表示不可能な場合は、患者の親・子・配偶者などの最も親等が近い家族(より親等が遠い家族や親戚は親等が近い家族に代わって代理権行使できない)の明確な意思表示がある。
日本では、患者本人の明確な意思表示に基づかず、患者本人が事前意思表示なしに意思表示不可能な場合は、患者の親・子・配偶者などの最も親等が近い家族の明確な意思表示にも基づかず、他人(一般的には医師)が治療の中止をした場合は、刑法199条の殺人罪が成り立つ。患者本人の明確な意思表示に基づかずに、または、家族の明確な意思表示に基づかずに、治療を開始しなかった場合も、殺人罪または保護責任者遺棄致死罪が成り立つ。

>安楽死を扱った作品

小説
森鷗外『高瀬舟』
ネビル・シュート『渚にて』
安部公房『箱男』
帚木蓬生『安楽病棟』
朔立木『終の信託』
久坂部羊『神の手』
古市憲寿 『平成くん、さようなら』

(引用終わり)

>東海大学病院安楽死事件などは、良いことをしたと評価することは無いとしても、医師による人道的な行為として容認してやる寛容さも必要ではないかと、思います。

法律は我々が健全な社会を構成していくための規範でありますが、そうかと言って法律は完全無欠のものでもありません。
違法を裁く裁判で、個々の事例において、その法律を見直すこともあっても良いのでは。
但し、その判断は、我々が、その行為(裁判)を託した人間(裁判官)であらねばなりません。

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