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[3009] 原子力発電の実態
日時: 2018/06/17 00:14
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cGtejPbo

福島原発事故以来7年が経ちます。
のどもと過ぎれば何とやらで、最近は原発再稼働についても気持ちが緩み、どんどんと再稼働を許しています。

もう少し原発の実態を、こころして認識しなければなりません。
ウラン燃料を使う発電は発電の為の経費が大変安く、この以上ない発電方式とされ、安価な電力を得るためのエースと考え、世界中が受け入れてきました。
世界で443基の原発が稼働しています。
アメリカが一番多く、99基
フランスが 58基で続き
日本は42基(51基)で3番目の原発大国です。

ところで安価と言われた原発ですが、福島の事故処理には何兆円いるか解りません。
また40年くらいで耐用年数が切れる原発の廃炉にも10兆円くらい必要です。
使用済み核燃料の処理も、未だに決まっていません。
何十万年も隔離しなければならない廃棄物の保管など、幾らの経費がかかるか解りません。

福島の様に事故でも起こせば大変です。
原子力発電は決して安価な発電方式ではなかったのです。

原発事故の影響は、チェルノブイリ、福島の例でも大変なもので復旧は不可能は不可能とも言えるでしょう。
具体的な被害、被害予測は後にして、まず今までの原発事故の概要を見てみましょう。

原発事故については、国際原子力事象評価尺度(INES))が、原子力事故・故障の評価の尺度を決めています。
それによると、


■レベル7→深刻な事故
(事業所外への影響)
放射性物質の重大な外部放出:ヨウ素131等価で数万テラベクレル以上の放射性物質の外部放出
(事業所)
原子炉や放射性物質障壁が壊滅、再建不能
(事故の例)
チェルノブイリ原子力発電所事故(1986年)
福島第一原子力発電所事故(暫定[3]、2011年)

■レベル6→大事故
(事業所外への影響)
放射性物質のかなりの外部放出:ヨウ素131等価で数千から数万テラベクレル相当の放射性物質の外部放出
(事業所)
原子炉の炉心や放射性物質障壁の重大な損傷
(事故の例)
フォールズSL-1炉爆発事故(1961年)
東海村JCO臨界事故(1999年)
フルーリュス放射性物質研究所ガス漏れ事故(2008年)等

■レベル5→事業所外へリスクを伴う事故
(事業所外への影響)
放射性物質の限定的な外部放出:ヨウ素131等価で数百から数千テラベクレル相当の放射性物質の外部放出
(事業所)
原子炉の炉心や放射性物質障壁の重大な損傷
(事故の例)
チョーク・リバー研究所原子炉爆発事故(1952年)
ウィンズケール原子炉火災事故(1957年)
スリーマイル島原子力発電所事故(1979年)
ゴイアニア被曝事故(1987年)

■レベル4→事業所外へは大きなリスクを伴わない事故
(事業所外への影響)
放射性物質の少量の外部放出:法定限度を超える程度(数ミリシーベルト)の公衆被曝
(事業所)
原子炉の炉心や放射性物質障壁のかなりの損傷/従業員の致死量被曝
(事故の例)
フォールズSL-1炉爆発事故(1961年)
東海村JCO臨界事故(1999年)
フルーリュス放射性物質研究所ガス漏れ事故(2008年)等

■レベル3→重大な異常事象
(事業所外への影響)
放射性物質の極めて少量の外部放出:法定限度の10分の1を超える程度(10分の数ミリシーベルト)の公衆被曝
(事業所)
重大な放射性物質による汚染/急性の放射線障害を生じる従業員被曝
(事故の例)
動燃東海事業所火災 爆発事故(1997年)
東北地方太平洋沖地震によって福島第二原子力発電所で起こったトラブル(暫定[4]2011年)

■レベル2→異常事象
(事業所外への影響)
特に無し
(事業所)
かなりの放射性物質による汚染/法定の年間線量当量限度を超える従業員被曝
(事故の例)
関西電力美浜発電所2号機・蒸気発生器伝熱管損傷(1991年)等

■レベル1→逸脱
(事業所外への影響)
特に無し
(事業所)
特に無し
(事故の例)
「もんじゅ」ナトリウム漏 洩(1995年)
関西電力美浜発電所3号機・2次冷却水配管蒸気噴出(2004年)等

福島もそうですが、メルトダウン(炉心溶融)となる事故は、今までに5回起きています。

1966年 フェルミ1号炉事故(アメリカ合衆国)
1969年 リュサン原子力発電所事故(スイス)
1979年 スリーマイル島原子力発電所事故(アメリカ合衆国)
1986年 チェルノブイリ原子力発電所事故(ソビエト連邦、現・ウクライナ)
2011年 福島第一原子力発電所事故(日本)

このうち、チェルノブイリと福島がレベル7の事故と規定されています。

その他に主な原発事故として次のものがあります。

1940年代
1945年8月21日 デーモン・コア事故(アメリカ合衆国ニューメキシコ州ロスアラモス)
1946年5月21日 デーモン・コア事故(アメリカ合衆国ニューメキシコ州ロスアラモス)
1950年代
1952年12月12日 チョーク・リバー研究所、原子炉爆発事故(カナダ、オンタリオ州)/INESレベル5
1958年5月24日 チョーク・リバー研究所、燃料損傷(カナダ、オンタリオ州)/INESレベル?
1957年9月29日 ウラル核惨事(ソ連、現ロシア)/INESレベル6
1957年10月7日 ウィンズケール原子炉火災事故(イギリス)/INESレベル5 - ウィンズケール施設は現在のセラフィールド施設
1958年10月25日 臨界暴走、人員の被ばく(ユーゴスラビア(現セルビア)、ヴィニツァ)/INESレベル?
1958年12月30日 ロスアラモス臨界事故(アメリカ合衆国ニューメキシコ州)/INESレベル?
1959年7月26日 サンタスザーナ野外実験所、部分的炉心溶融(アメリカ合衆国カリフォルニア州)/INESレベル?
1960年代
1960年4月3日 ウェスチングハウス社実験炉、炉心溶融(アメリカ合衆国ペンシルベニア州)/INESレベル?
1961年1月3日 SL-1爆発事故/INESレベル4
1964年7月24日 ウッドリバー臨界事故(アメリカ合衆国ロードアイランド州)/INESレベル?
1966年10月5日 エンリコ・フェルミ炉炉心溶融(アメリカ合衆国ミシガン州)/INESレベル?
1966-1967年冬(日付不詳) ソ連初の原子力砕氷船レーニン、冷却材喪失事故(場所不詳)/INESレベル?
1967年5月 チャペルクロス原子力発電所、部分的炉心溶融(スコットランド)/INESレベル?
1969年1月21日 実験炉の爆発事故(スイス、ヴォー州)/INESレベル?
1970年代
1975年12月7日 グライフスヴァルト発電所1号機の火災(東ドイツ、現ドイツ)/INESレベル3
1977年2月22日 ボフニチェ発電所(en:Bohunice Nuclear Power Plant)A1炉の燃料溶融事故(チェコスロバキア、現スロバキア)/INESレベル4
1979年3月28日 スリーマイル島原子力発電所事故(アメリカ合衆国ペンシルベニア州)/INESレベル5
1980年代
1980年3月13日 サン=ローラン=デ=ゾー原子力発電所2号機の燃料溶融、放射性物質漏洩事故(フランス、オルレアン)/INESレベル4
1981年3月 敦賀原子力発電所(福井県)、放射性物質を日本海に放出、作業員超過被曝/INESレベル2
1983年9月23日 臨界事故(アルゼンチン、ブエノスアイレス)/INESレベル4
1986年4月26日 チェルノブイリ原子力発電所事故(ウクライナ)/INESレベル7
1986年5月4日 en:THTR-300燃料損傷事故(西ドイツ、現ドイツHamm-Uentrop)/INESレベル?
1987年9月 ゴイアニア被曝事故(ブラジル)/INESレベル5
1989年10月19日 バンデリョス原子力発電所、タービン火災(スペイン)/INESレベル3
1990年代
1991年2月9日 美浜発電所2号機蒸気発生器伝熱細管破断/INESレベル2
1991年4月4日 浜岡原子力発電所3号機原子炉給水量減少/INESレベル2
1993年4月6日 セヴェルスク(トムスク-7)、爆発事故(ロシア連邦トムスク州)/INESレベル4
1995年12月8日 もんじゅナトリウム漏洩火災事故/INESレベル1
1997年3月11日 動燃東海事業所火災爆発事故/INESレベル3
1999年6月18日 志賀原子力発電所1号機、臨界事故/INESレベル2
1999年9月30日 東海村JCO臨界事故/INESレベル4
2000年代
2003年4月10日 パクシュ原子力発電所、燃料損傷(ハンガリー)/INESレベル3
2004年8月9日 関西電力美浜原子力発電所3号機・2次冷却水配管蒸気噴出/INESレベル1[1]
2005年4月19日 セラフィールド再処理施設、放射性物質漏洩(イギリス)/INESレベル3
2005年11月 ブレイドウッド原子力施設(en:Braidwood Nuclear Generating Station)での放射性物質漏洩(アメリカ合衆国イリノイ州)/INESレベル?
2006年3月6日 アーウィン(アメリカ合衆国テネシー州)での放射性物質漏洩/INESレベル2
2006年3月11日 フルーリュス放射性物質研究所ガス漏れ事故(ベルギー)/INESレベル4
2010年代
2011年3月11日 福島第一原子力発電所事故/INESレベル7
2011年3月11日 福島第二原子力発電所冷却機能一時喪失/INESレベル3
2011年3月18日 東海第二発電所非常用ディーゼル発電機用海水ポンプの自動停止/INESレベル1
2011年3月29日 女川原子力発電所原子炉補機冷却水ポンプ等の故障/INESレベル2[2]
2012年2月6日 カットノン原子力発電所欠陥建築(フランス)/INESレベル2[3]
2012年2月9日 古里原子力発電所全電源喪失(韓国)/INESレベル2[4]
2012年9月6日 東海再処理施設冷却機能一時喪失/INESレベル1[5]
2013年5月23日 J-PARC放射性同位体漏洩事故/INESレベル1[6]
2017年6月6日 日本原子力研究開発機構大洗研究開発センター被曝事故/INESレベル2(暫定評価)

この様に原発事故はかなり多く起きていて決して絶対安全なものとは言えません。


ここでメルトダウンした事故の様子を説明しましょう。

>フェルミ1号基事故(アメリカ)

1966年10月5日に、炉心溶融を起こした。事故の原因は炉内の流路に張り付けた耐熱板が剥がれて冷却材の流路を閉塞したためである。原子炉の炉心溶融事故が実際に発生した最初の例とされている。

また、蒸気発生器では伝熱管破損および溶接不良によるトラブルが発生した。

後に炉心融解事故について書かれたドキュメンタリーのタイトルは、『我々はデトロイトを失うところであった』。

>リュサン原子力発電所事故(スイス)

1969年1月21日 スイスのボー州リュサン(Lucens)の研究用ガス冷却地下原子炉での冷却材喪失事故で、炉心燃料が一部溶融、放射性物質が洞窟内に漏れた。その後地下水経由での環境中への放射性物質流出が続いている。


>スリーマイル島原子力発電所事故(アメリカ合衆国)

スリーマイル島原子力発電所事故(スリーマイルとうげんしりょくはつでんしょじこ、英: Three Mile Island accident)は、1979年3月28日、アメリカ合衆国東北部ペンシルベニア州のスリーマイル島原子力発電所で発生した重大な原子力事故。スリーマイル島 (Three Mile Island) の頭文字をとってTMI事故とも略称される。原子炉冷却材喪失事故 (Loss Of Coolant Accident, LOCA) に分類され、想定された事故の規模を上回る過酷事故 (Severe Accident) である。国際原子力事象評価尺度 (INES) においてレベル5の事例である。


2次系の脱塩塔のイオン交換樹脂を再生するために移送する作業が続けられていたが、この移送鞄管に樹脂が詰まり、作業は難航していた。この時に、樹脂移送用の水が、弁等を制御する計装用空気系に混入したために、異常を検知した脱塩塔出入口の弁が閉じ、この結果主給水ポンプが停止し、ほとんど同時にタービンが停止した。 二次冷却水の給水ポンプが止まったため、蒸気発生器への二次冷却水の供給が行われず、除熱が出来ないことになり、一次冷却系を含む炉心の圧力が上昇し加圧器逃し安全弁が開いた。

このとき弁が開いたまま固着し圧力が下がってもなお弁が開いたままとなり、蒸気の形で大量の原子炉冷却材が失われていった。加圧器逃し安全弁が熱により開いたまま固着してしまったのである。原子炉は自動的にスクラム(緊急時に制御棒を炉心に全部入れ、核反応を停止させる)し非常用炉心冷却装置 (ECCS) が動作したが、すでに原子炉内の圧力が低下していて冷却水が沸騰しておりボイド(蒸気泡)が水位計に流入して指示を押し上げたため加圧器水位計が正しい水位を示さなかった。このため運転員が冷却水過剰と誤判断し、非常用炉心冷却装置は手動で停止されてしまう。

このあと一次系の給水ポンプも停止されてしまったため、結局2時間20分開いたままになっていた安全弁から500トンの冷却水が流出し、炉心上部3分の2が蒸気中にむき出しとなり、崩壊熱によって燃料棒が破損した。このため周辺住民の大規模避難が行われた。運転員による給水回復措置が取られ、事故は終息した。

結局、炉心溶融(メルトダウン)で、燃料の45%、62トンが溶融し、うち20トンが原子炉圧力容器の底に溜まった[1]。 給水回復の急激な冷却によって、炉心溶解が予想より大きかったとされている。

周辺地域への影響
放出された放射性物質は希ガス(ヘリウム、アルゴン、キセノン等)が大半で約92.5 PBq(250万キュリー)。ヨウ素は約555GBq(15キュリー)に過ぎない。セシウムは放出されなかった。周辺住民の被曝は0.01 - 1mSv程度とされる(後述)。この被害は1957年に起きたイギリスのウィンズケール原子炉火災事故に次ぐ。

人体への影響
米国原子力学会は、公式発表された放出値を用いて、「発電所から10マイル以内に住む住民の平均被曝量は8ミリレムであり、個人単位でも100ミリレムを超える者はいない。8ミリレムは胸部X線検査とほぼ同じで、100ミリレムは米国民が1年で受ける平均自然放射線量のおよそ三分の一だ」としている(1ミリレムは0.01mSv)。

放射性降下物による健康への影響に関する初期の科学的文献は、こうした放出値に基づいて、発電所の周辺10マイルの地域におけるガンによる死者の増加数は1人か2人と推定している[6][信頼性要検証]。10マイル圏外の死亡率が調査されたことはない[6]。1980年代になると、健康被害に関する伝聞報告に基づいて地元での運動が活発化し、科学的調査への委託につながったが、一連の調査によって事故が健康に有意な影響を与えたという結論は出なかった。


(続く)
メンテ

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チェルノブイリ原子力発電所事故 ( No.1 )
日時: 2018/06/17 00:44
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cGtejPbo

チェルノブイリ原子力発電所事故

チェルノブイリ原子力発電所事故(チェルノブイリげんしりょくはつでんしょじこ)は、1986年4月26日1時23分(モスクワ時間 ※UTC+3)にソビエト連邦(現:ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きた原子力事故。後に決められた国際原子力事象評価尺度 (INES) において最悪のレベル7(深刻な事故)に分類され、世界で最大の原子力発電所事故の一つである。チェルノブイリ事故とも。

当時、チェルノブイリ原子力発電所にはソ連が独自に設計開発した黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉 (RBMK) のRBMK-1000型を使用した4つの原子炉が稼働しており、そのうち4号炉が炉心溶融(俗にいう「メルトダウン」)ののち爆発し、放射性降下物がウクライナ・白ロシア(ベラルーシ)・ロシアなどを汚染した、史上最悪の原子力事故とされた。

1991年のソ連崩壊以後は原子力発電所が領土内に立地しているウクライナに処理義務がある。2013年現在もなお、原発から半径30km以内の地域での居住が禁止されるとともに、原発から北東へ向かって約350kmの範囲内にはホットスポットと呼ばれる局地的な高濃度汚染地域が約100箇所にわたって点在し、ホットスポット内においては農業や畜産業などが全面的に禁止されており、また、その周辺でも制限されている地域がある。

事故当時、爆発した4号炉は操業休止中であり、外部電源喪失を想定した非常用発電系統の実験[信頼性要検証]を行っていた。この実験中に制御不能に陥り、炉心が融解、爆発したとされる。爆発により、原子炉内の放射性物質が大気中に量にして推定10t前後、14エクサベクレルに及ぶ放射性物質が放出された。これに関しては、広島市に投下された原子爆弾(リトルボーイ)による放出量の約400倍とする国際原子力機関 (IAEA) による記録が残されている。

当初、ソ連政府はパニックや機密漏洩を恐れこの事故を内外に公表せず、施設周辺住民の避難措置も取られなかったため、彼らは数日間、事実を知らぬまま通常の生活を送り、高線量の放射性物質を浴び被曝した[信頼性要検証]。しかし、翌4月27日にスウェーデンのフォルスマルク原子力発電所にてこの事故が原因の特定核種、高線量の放射性物質が検出され、近隣国からも同様の報告があったためスウェーデン当局が調査を開始、この調査結果について事実確認を受けたソ連は4月28日にその内容を認め、事故が世界中に発覚。当初、フォルスマルク原発の技術者は、自原発所内からの漏洩も疑い、あるいは「核戦争」が起こったのではないかと考えた時期もあったという[8]。

日本においても、5月3日に雨水中から放射性物質が確認された。

ソ連政府の発表による死者数は、運転員・消防士合わせて33名だが、事故の処理にあたった予備兵・軍人、トンネルの掘削を行った炭鉱労働者に多数の死者が確認されている。長期的な観点から見た場合の死者数は数百人とも数十万人ともいわれるが、事故の放射線被曝と癌や白血病との因果関係を直接的に証明する手段はなく、科学的根拠のある数字としては議論の余地がある。事故後、この地で小児甲状腺癌などの放射線由来と考えられる病気が急増しているという調査結果もある。

1986年8月のウィーンでプレスとオブザーバーなしで行われたIAEA非公開会議で、ソ連側の事故処理責任者のヴァレリー・レガソフが当時放射線医学の根拠とされていた唯一のサンプル調査であった広島原爆での結果から、4万人が癌で死亡するという推計を発表した。しかし、広島での原爆から試算した理論上の数字に過ぎないとして会議では4,000人と結論され、この数字がIAEAの公式見解となった。ミハイル・ゴルバチョフはレガソフにIAEAに全てを報告するように命じていたが、彼が会場で行った説明は非常に細部まで踏み込んでおり、会場の全員にショックを与えたと回想している。結果的に、西側諸国は当事国による原発事故の評価を受け入れなかった。2005年9月にウィーンのIAEA本部でチェルノブイリ・フォーラムの主催で開催された国際会議においても4,000人という数字が踏襲され公式発表された。報告書はベラルーシやウクライナの専門家、ベラルーシ政府などからの抗議を受け、表現を変えた修正版を出すことになった。

事故から20年後の2006年を迎え、癌死亡者数の見積もりは調査機関によっても変動し、世界保健機関 (WHO) はリクビダートルと呼ばれる事故処理の従事者と最汚染地域および避難住民を対象にした4,000件に、その他の汚染地域住民を対象にした5,000件を加えた9,000件との推計を発表した。これはウクライナ、ロシア、ベラルーシの3カ国のみによる値で、WHOのM. Repacholiによれば、前回4000件としたのは低汚染地域を含めてまで推定するのは科学的ではないと判断したためとしており、事実上の閾値を設けていたことが分かった。WHOの国際がん研究機関 (IARC) は、ヨーロッパ諸国全体(40か国)の住民も含めて、1万6,000件との推計を示し、米国科学アカデミー傘下の米国学術研究会議 (National Research Council) による「電離放射線の生物学的影響」第7次報告書 (BEIR-VII) に基づき全体の致死リスク係数を10%/Svから5.1%/Svに引き下げられたが、対象範囲を広げたために死亡予測数の増加となった。WHOは、1959年にIAEAと世界保健総会決議 (World Health Assembly:WHA) においてWHA_12-40という協定に署名しており、IAEAの合意なしには核の健康被害についての研究結果等を発表できないとする批判もあり、核戦争防止国際医師会議のドイツ支部がまとめた報告書には、WHOの独立性と信頼性に対する疑問が呈示されている[25]。

欧州緑の党による要請を受けて報告されたTORCH reportによると、事故による全世界の集団線量は約60万[人・Sv]、過剰癌死亡数を約3万から6万件と推定している[26]。環境団体グリーンピースは9万3,000件を推計し、さらに将来的には追加で14万件が加算されると予測している。ロシア医科学アカデミーでは、21万2,000件という値を推計している。2007年にはロシアのAlexey V. Yablokovらが英語に限らずロシア語などのスラブ系の諸言語の文献をまとめた総説の中で1986年から2004年の間で98万5000件を推計、2009年にはロシア語から英訳されてChernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environmentというタイトルで出版された。ウクライナのチェルノブイリ連合 (NGO) は、現在までの事故による死亡者数を約73万4,000件と見積もっている。京都大学原子炉実験所の今中哲二助教授の話によれば、チェルノブイリ事故の被曝の影響による全世界の癌死者数の見積りとして2万件から6万件が妥当なところとの見解を示しているが、たとえ直接の被曝を受けなくとも避難などに伴う心理面・物理面での間接的な健康被害への影響に対する責任が免責されるわけではないと指摘している。

ウクライナ国立科学アカデミー (National Academy of Sciences of Ukraine) のIvan Godlevskyらの調査によると、チェルノブイリ事故前のウクライナにおけるLugyny地区の平均寿命は75歳であったが、事故後、65歳にまで低下しており、特に高齢者の死亡率が高まっていることが分かった[要出典]。これは放射線およびストレスのかかる状況が長期化したことが大きな要因と見られる。1991年に独立した当時のウクライナの人口は約5200万人だったが、2010年には約4500万人にまで減少している。


事故後放棄された村
商用発電炉の歴史で、放射線による死者が出たのはこれが初めてだった。

2000年4月26日の14周年追悼式典での発表によれば、ロシアの事故処理従事者86万人中5万5000人が既に死亡しており、ウクライナ国内(人口約5000万人)の国内被曝者総数342.7万人の内、作業員は86.9%が病気に罹っている。

IAEAの記録によると、この事故による放射性物質の放出とそれに伴う汚染は広島に投下された原爆(リトルボーイ)による汚染の約400倍と多いようでも、20世紀中頃に繰り返されたすべての大気圏内核実験による汚染と単純比較した場合、その放射性物質の総量比率は100分 - 1,000分の1に過ぎないので、この事故は局地的災害の性質が濃いという考え方もあるが、

世界各地に降下した放射性物質による各地の被害線量はそれぞれ異なる(爆心はどこか、風向きの延長線上か、など固有条件に左右される)
高所爆発の核爆弾と、地上爆発の原発では汚染実態が異なる(爆弾の方が高所から遠方へ高速で飛散し、平方mあたりの被害が小さくなりやすい)
核爆弾は少量の核の大半を瞬時に反応させ終えてしまうが、原発事故は大量の核のゆるやかな核反応つまり臨界が長く続く
核爆弾は1発あたりの放射性物質の総量は数キログラムから数十キログラムと非常に少なく、原発は1カ所あたりの総量が非常に多い、
など、単純比較にはあまり意味がないともいえる。

国連科学委員会の「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR-1993)によると1945年から60年代に行われた約500回の大気圏核爆発により拡散した放射性物質による集団積算線量は2230万人・Svと推定されている。対してチェルノブイリ事故による集団積算線量は60万人・Svと推定されており核爆発の約13回分(40分の1)に相当している。

国連科学委員会は2008年の報告で集団積算線量を以下のように推定している(1986-2005年の間の累計値)

復旧作業者、53万人の集団積算線量は61200人・Sv、平均一人117mSv
避難民、11万5千人、集団積算線量は3600人・Sv、平均一人31mSv
ベラルーシ、ロシア、ウクライナの汚染地区に住む住民、640万人、集団積算線量は58900人・Sv、平均一人9mSv

石棺

4号炉の石棺(2006年)
4号炉は事故直後、大量の作業員を投入し、「石棺」と呼ばれるコンクリートの建造物に覆われた。建設は6月に開始され、11月に完成した。耐用年数は30年とされており、老朽化への対策が望まれている。

事故後、放射能汚染により人が立ち入ることができなかったことから、原発事故の直撃を受けた職員の遺体が搬出されなかった。事故直後に無防備のまま炉の中に入った数名の作業者の行方が未だに判らず、現在も石棺の中に数名の職員の遺体が残っているものと考えられるが、彼らの遺体を搬出できるようになるまでには数世紀に及ぶ長い年月を要するとみられている。

石棺の中では放射性物質拡散防止のために特殊な薬剤が散布されているが、大半が外部に流出しているとみられている。

なお、『10日間で収束した』という曖昧な俗説が見受けられるが、実際は簡易的に線源放出量を下げる応急処置が功を奏するまでの期間に過ぎない。石棺の完成までは事故発生から7か月を要している。時系列的には、4月27日にホウ酸、石灰、鉛、粘土、砂など5000トンを炉内へ散布し放射線源放出量が1/3、5月1日までには1/6に低下。翌2日、核燃料の崩壊熱と制御棒黒鉛棒の火災熱により温度上昇し線量が再び増加、翌3日にはこの高温化した炉内と水分との接触を回避するためにサプレッションプールから水抜き作業を開始(再度水蒸気爆発の回避)、翌4日には放出線量が事故当日の半分にまで増加、翌5日には液体窒素注入を開始し急激な線量低下を達成した、という流れである。

将来の補修の必要性
石棺はこの場合効果的な封印手段ではなく、石棺の建設は応急処置である。大半は産業用ロボットを用いて遠隔操作で建設されたために老朽化が著しく、万が一崩壊した場合には放射性同位体の飛沫が飛散するリスクがある。より効果的な封印策について多くの計画が発案、議論されたが、これまでのところいずれも実行に移されていない。国内外から寄付された資金は建設契約の非効率的な分散や、杜撰な管理、または盗難に遭うなどして浪費される結果となった。

現在も年間4,000kL近い雨水が石棺の中に流れ込んでおり、原子炉内部を通って放射能を周辺の土壌へ拡散している。石棺の中の湿気により石棺のコンクリートや鉄筋が腐食し続けている。

その上事故当時原子炉の中にあった燃料のおよそ95%が未だ石棺の中に留まっており、その全放射能はおよそ1,800万キュリーにのぼる。この放射性物質は、炉心の残骸や塵、および溶岩状の「燃料含有物質 (FCM) 」からなる。このFCMは破損した原子炉建屋を伝って流れ、セラミック状に凝固している。単純に見積もっても、少なくとも4tの放射性物質が石棺内に留まっている。

チェルノブイリ事故は発生から30年を過ぎているが、事故そのものも収束している訳ではないし、環境汚染は計り知れない時間を要する。
人的被害も、事故に直接かかわった者でも数万人、関連する死亡者は数十万人、被ばく障害を受ける人、避難を強いられる人の数は数百万とも言われる有様である。



メンテ
福島原発事故 ( No.2 )
日時: 2018/06/17 00:44
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cGtejPbo

さて、今度は福島原発事故について見てみましょう。

福島第一原子力発電所事故

結果 国際原子力事象評価尺度 (INES) レベル7(4月12日時点の原子力安全・保安院による暫定評価)
死者 地震・津波による死者 2人(4号機タービン建屋内)
その他の死者 2人
被曝の可能性
従業員 30人(100 mSvを超過した人数)
住民 88人(除染を実施した人数)
となっている。


福島第一原子力発電所事故(ふくしまだいいちげんしりょくはつでんしょじこ)は、2011年(平成23年)3月11日の東北地方太平洋沖地震による地震動と津波の影響により、東京電力の福島第一原子力発電所で発生した炉心溶融(メルトダウン)など一連の放射性物質の放出を伴った原子力事故である。国際原子力事象評価尺度 (INES) において最悪のレベル7(深刻な事故)に分類される。2015年(平成27年)3月現在、炉内燃料のほぼ全量が溶解している。

2011年(平成23年)3月11日の東北地方太平洋沖地震発生当時、福島第一原子力発電所(以下「原子力発電所」は「原発」と略す)では1〜3号機が運転中で、4号機〜6号機は定期検査中だった。1〜3号機の各原子炉は地震で自動停止。地震による停電で外部電源を失ったが[6]、非常用ディーゼル発電機が起動した。

ところが地震の約50分後、遡上高14 m - 15 m(コンピュータ解析では、高さ13.1 m) の津波が発電所を襲い、地下に設置されていた非常用ディーゼル発電機が海水に浸かって機能喪失。さらに電気設備、ポンプ、燃料タンク、非常用バッテリーなど多数の設備が損傷し、または流出で失ったため[8]、全電源喪失(ステーション・ブラックアウト、略称:SBO)に陥った。このため、ポンプを稼働できなくなり、原子炉内部や核燃料プールへの注水が不可能となり、核燃料の冷却ができなくなった。核燃料は運転停止後も膨大な崩壊熱を発するため、注水し続けなければ原子炉内が空焚きとなり、核燃料が自らの熱で溶け出す。

実際、1・2・3号機ともに、核燃料収納被覆管の溶融によって核燃料ペレットが原子炉圧力容器(圧力容器)の底に落ちる炉心溶融(メルトダウン)が起き、溶融した燃料集合体の高熱で、圧力容器の底に穴が開いたか、または制御棒挿入部の穴およびシールが溶解損傷して隙間ができたことで、溶融燃料の一部が圧力容器の外側にある原子炉格納容器(格納容器)に漏れ出した(メルトスルー)。また、燃料の高熱そのものや、格納容器内の水蒸気や水素などによる圧力の急上昇などが原因となり、一部の原子炉では格納容器の一部が損傷に至ったとみられ、うち1号機は圧力容器の配管部が損傷したとみられている。

また、1〜3号機ともメルトダウンの影響で、水素が大量発生し、原子炉建屋、タービン建屋各内部に水素ガスが充満。1・3・4号機はガス爆発を起こして原子炉建屋、タービン建屋および周辺施設が大破した(4号機は定期検査中だったが、3号機から給電停止と共に開放状態であった、非常用ガス処理系配管を通じて充満した可能性が高い。

格納容器内の圧力を下げるために行われた排気操作(ベント)や、水素爆発、格納容器の破損、配管の繋ぎ目からの蒸気漏れ、冷却水漏れなどにより、大気中・土壌・海洋・地下水へ、大量の放射性物質が放出された。複数の原子炉(1,2,3号機)が連鎖的に炉心溶融、複数の原子炉建屋(1,3,4号機)のオペレーションフロアで水素爆発が発生し、大量に放射性物質を放出するという、史上例を見ない大規模な原発事故となった。

事故により、大気中に放出された放射性物質の量は、諸説あるが、東京電力の推計によるとヨウ素換算値で約90京ベクレル (Bq) で、チェルノブイリ原子力発電所事故での放出量520京Bqの約6分の1に当たる[16][17]。東京電力は、2011年8月時点で、半月分の平均放出量は2億 Bq (0.0002TBq) 程度と発表している[18]。また空間放射線量が年間5ミリシーベルト (mSv) 以上の地域は約1800km2、年間20mSv以上の地域は約500km2の範囲に及んだ[17]。

日本国政府は、福島第一原発から半径 20 km圏内を警戒区域、20km以遠の放射線量の高い地域を「計画的避難区域」として避難対象地域に指定し、10万人以上の住民が避難した。2012年4月以降、放射線量に応じて避難指示解除準備区域・居住制限区域・帰還困難区域に再編され、帰還困難区域では立ち入りが原則禁止されている。2014年4月以降、一部地域で徐々に避難指示が解除されているが、帰還困難区域での解除は、事故発生から10年後の2021年以降となる見通しである。

1号機における事故の進展

1号機では、3月11日14時46分の地震発生後、14時52分に原子炉を冷却する非常用復水器が起動したが、急激な圧力低下を緩和するため(圧力容器の破損を避けるため)作業員は手動での操作(起動・停止を繰り返し)に切り替えた。その操作中の15時半頃、津波に襲われ、15時50分に非常用電池が水没して遮断状態のまま非常用復水器が使用不能になり、同時に計器、動弁電源も失われた。東京電力は、17時に電源車を出動させたが渋滞で動けず、18時20分に東北電力に電源車の出動を要請したが、到着は22時で、津波の被害・電圧不一致もあって、翌3月12日15時まで接続できなかった。

一方11日19時30分に1号機の燃料は蒸発による水位低下で全露出して炉心溶融が始まり、20時50分から動かしていたディーゼル駆動消火ポンプも翌12日1時48分に機能停止[36]、翌12日明方6時頃には全燃料がメルトダウンに至ったとみられる[37]。1号機は上記の経緯で、地震発生後5時間で燃料が露出したとみられ、15時間ほどで炉心溶融したと思われる。

東京電力は11日夕方から夜にかけて、非常用復水器が停止していることを認識せず、注水が行われているとみていた(後述)。ところが11日23時頃から1号機原子炉内圧力の異常な上昇を検知し、格納容器内部圧力は設計強度の1.5倍にも達したため、3月12日0時6分頃、第一原発所長の吉田昌郎は、ベントの準備をするよう指示した。

経済産業大臣海江田万里も3月12日早朝、大量の放射性物質が大気中に放出される虞、また水素爆発低減用に充填されている窒素も抜けてしまう虞は承知の上で、ベント実施を命令し、内閣総理大臣菅直人も第一原発を訪れて、ベントを急ぐように指示した。東京電力は12日9時頃にウェットベント作業を開始。しかし、操作マニュアルの不備や、高濃度の放射線に現場が汚染されたことでベントの作業は難航し、14時30分にようやくベント成功を確認した 。

その1時間後の3月12日15時36分、1号機の原子炉建屋は水素爆発を起こして大破した。この瞬間の様子は福島中央テレビが唯一撮影に成功し、世界に知れ渡った。1号機は火炎を視認できない透明な爆発と同時に地面を這うような白煙が広がった。水素爆発の原因は、圧力容器が損傷したことで原子炉建屋内に水素が充満していたか、あるいはベントにより排出された多量の水素を含む水蒸気が、原子炉建屋のオペレーションフロアに流れ込んだためと諸説ある。

水素爆発でまき散らされた瓦礫等により、負傷者が出るとともに、完成間近だった2号機への注水用ポンプケーブル敷設作業が、振り出しに戻ってしまった。また、爆風によって2号機建屋のブローアウトパネルが脱落、原子炉建屋内部が外気に通じた。

3号機における事故の進展

バッテリーが生きていた3号機でも、隔離時注水系 (RCIC) による注水が、3月12日11時36分に停止。約1時間後の12時35分には高圧注水系 (HPCI) が、RCIC停止を感知して入れ替わり起動し、その後14時間ほど稼働し続けた。しかし高圧注水をいつまでも続けることはできず、13日2時42分、HPCIを手動で停止。ディーゼル稼働消火ポンプでの注水に切り替えようと、主蒸気逃し安全弁(SR弁)を開いて原子炉内の圧力を下げようとした。ところがSR弁が開かず、注水が約7時間中断してしまった。

このため、3月13日4時15分に、炉心の露出が始まった[48]。8時41分にベントに成功し、その1時間後までにディーゼル稼動消火ポンプと消防車によって注水も再開できたが、12時20分、注水用の水が無くなり注水が停止[48]。13時12分に海水注入に切り替えたが、十分に水位が上がらず炉心の露出が続いた。2014年8月6日に東京電力が発表した再解析の結果によると、すでに3月13日午前5時半頃から、3号機の炉心溶融が始まり、3月14日7時頃には、燃料の大部分が圧力容器の底を突き破って、格納容器へ溶け落ちたとみられる[49][50][51]。

3月14日11時1分、原子炉建屋のオペレーションフロアから上が、1号機と同じように水素爆発し大破した(保管燃料由来の水素爆発とされている[要出典])。一瞬の透明な爆発の直後、燃料プール付近で一瞬の赤い炎が発生し、爆発煙が上がった。大量の瓦礫が高度数100mまで巻き上げられ7人が負傷し、復旧作業も中断した。その後数日間、3号機建屋からは何度も煙が上がった。核燃料を貯蔵する燃料プールが沸騰していると推測され、3月17日からは、自衛隊がヘリコプターと消防車で燃料プールを目掛けて放水を行った。

2号機における事故の進展

2号機では、全電源喪失2分前の11日15時39分に隔離時冷却系 (RCIC) を手動で起動していて、その後3日間も持ちこたえた。RCICの起動には直流電源が必要で、もし電源喪失前に起動していなければ、すぐに冷却機能を失い炉心損傷へと急転していた可能性が高い。

RCICによる注水は14日13時25分に停止。19時過ぎから格納容器ドライウェル圧力が上昇し、21時頃には圧力容器圧力とドライウェル圧力がほぼ同じになったことから、圧力容器が破損したものと推定される[53]。水素も発生したと考えられるが、ブローアウトパネル脱落により建屋に開いた穴から放出されたため水素爆発には至らなかった。東電はウェットベントとドライベントを試みたがすべて失敗し、このままでは圧力容器の破壊というこれまでよりも桁違いに深刻な事態に陥ることを恐れて現場は緊迫した空気に包まれた。東電は作業員の安全のため政府に第一原発からの撤退を申し入れたが、政府側はこれを「全面撤退」の意味で受け取り、拒否した(詳細は#東京電力の全面撤退をめぐる報道を参照)。格納容器圧力は600〜700kPa(設計強度の約1.5倍)の高圧を7時間以上にわたって維持した。

15日6時14分頃、大きな衝撃音が発生し、同時に圧力抑制室の圧力計が0を示した[54]。圧力抑制室が破損した可能性があると判断した現場は、最小限の要員を残して第一原発から退避した。しかし、実際にはこれは圧力計の故障と推定されている。この衝撃音は、同時間帯に起きた4号機水素爆発のものと考えられる[56]。東電による地震計の解析によれば、衝撃音発生の正確な時刻は6時12分、場所は4号機からで、同時間帯に発生した衝撃はこの1回だけだった[57]。しかしながら、このとき2号機圧力抑制室が破損したとの見方もある[53]。

格納容器内圧力は15日7時25分にはまだ730kPaという高い値だったが、次に監視員が戻ってきて11時25分に確認した際には155kPaまで低下していたため、この間に格納容器に破損が生じたと考えられる[58][59]。事故で放出された放射性物質は、15日に2号機から放出されたものが最も多かったと推定されている。1・3号機ではウェットベントに成功したが、2号機ではベントに失敗し格納容器から直接放射性物質が放出されたためとみられる[60]。しかし、吉田所長らが恐れていた原子炉の決定的な破壊にまでは至らず、最悪の事態は回避された(詳細は#最悪のシナリオを参照)。この日放出された大量の放射性物質は、初めは南向きの風に乗って関東地方へ拡散したが、北西への風に変わった夕方に降り出した雨で土壌に降下し、原発から北西方向へ延びる帯状の高濃度汚染域を作り出した。

4号機の水素爆発

15日6時14分頃、大きな衝撃音と振動が発生し、その後4号機原子炉建屋の損傷が確認された。4号機建屋は水素爆発を起こしたと考えられるが、1・3号機と違って爆発時の映像が残っていない。4号機は炉心定期点検中で、炉に燃料は装荷されていなかったが、3号機と4号機は原子炉建屋から排気筒への配管が共通のため、3号機建屋の水素が4号機建屋へ漏れたことで爆発が発生したと推定されている。なお4号機建屋に3号機建屋からの水素ガスが漏れてきた原因は、電源喪失に伴う切替弁の作動停止によるものと思われている。仕様として、1号機・2号機、3号機・4号機というふうに隣接同士で原子炉建屋の排気筒を共有する設計が問題であると指摘されている。水素爆発によって4号機の使用済燃料プールがむき出しになり、プールの冷却水喪失による核燃料の過熱が恐れられたが、実際には水が残っていて核燃料の冠水が継続していた。15日9時38分、建屋内で火災を確認したが、11時までに自然に鎮火した。16日5時45分頃に再び火災の連絡があったが、6時15分には現場に火は無かった。隣接する3号機建屋付近の放射線量が極めて高かったため、現場の確認さえ困難になっていた。

メンテ
福島原発事故の続き ( No.3 )
日時: 2018/06/17 01:12
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cGtejPbo

事故重大度の評価

国際原子力機関 (IAEA) が定める原子力事故または事象の深刻度である国際原子力事象評価尺度 (INES) について、原子力安全・保安院は2011年4月12日、暫定的ながらレベル7(深刻な事故)と評価した。「7」はINESの最高レベルであり、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故もこれに当たる。1979年のスリーマイル島原子力発電所事故は「5」(施設外へのリスクを伴う事故)、1999年の東海村JCO臨界事故は「4」(施設外への大きなリスクを伴わない事故)である。

日本政府は、INESについて、11日16時時点ではレベル3と認定していた。12日にはレベル4に引き上げた。一方で、フランス原子力安全機関(英語版) (ASN) のラコスト総裁は、3月14日にはレベル「5」あるいはレベル「6」(大事故)との感触があるとし、翌日の3月15日には「事故の現状は前日(14日)と全く様相を異にする。レベル6に達したのは明らかだ」と述べた。また、アメリカの科学国際安全保障研究所(英語版) (ISIS) は3月15日に「レベル6に近く、レベル7に到達する恐れがある」との見解を発表した。それでもなお、3月16日の時点において、日本の原子力安全・保安院は3月12日に認定したレベル「4」との見方を変えなかった。16日時点では国際原子力機関は、INES判定を保留しており、フロリダ州立大学の核物理学者カービー・ケンパーも影響を評価するには時期尚早であり、十分な評価材料がない、とした。原子力安全・保安院は、3月18日にINES判定をレベル5に引き上げた。これに対し米科学国際安全保障研究所 (ISIS) は4月1日、さらに深刻なレベル「6」に引き上げるべきだとの見解を示した。

※ 日本政府のこの見解、レベル3とか、ご丁寧に、その後見直してレベル4.
レベル4ならば、1999年の東海村JCO臨界事故と同じではないか。テレビでのあの爆発を見て、何と言ういい加減さ。当時の民主党政権の責任は重大である。


3月25日、原子力安全委員会のSPEEDIシステムを使った放射性物質の放出量は3万TBq - 11万TBqと推定された。これはINESのレベル「7」の基準1には該当する。

4月12日、原子力安全・保安院は国際原子力事故評価尺度の暫定評価をレベル7に引き上げた。ただし4月12日時点で環境への放射性物質排出量は、事故発生から4月5日までの間で、チェルノブイリ原子力発電所事故の1割程度(37京 Bq)であるとしていた[182]。

一方では、3月12日の東京電力の松本純一・原子力立地本部長代理の記者会見では「福島第一原発は放射性物質の放出を止め切れておらず、(放出量は)チェルノブイリ原発事故に匹敵、または超える懸念がある」との認識が示されている。ただし、「言い過ぎたかもしれない。依然として事態の収束がまだできておらず、現時点で完全に放射性物質を止め切れないという認識があるということだ」とも補足している。


また事故原因について、

米国の原子力専門家らが報道陣向けに電話会見し、その中で物理学者のケン・バージェロン (Ken Bergeron) は「福島第一原発は、非常用ディーゼル発電機も使用できなくなったため、原発に交流電流を供給できなくなるステーション・ブラックアウト(station blackout, 全交流電源喪失)と呼ばれる状況に陥っている。ステーション・ブラックアウトは、実際に発生する可能性は極めて低いと考えられていたが、地震と津波により想定外の事態になったのだろう」と述べた。

炉心の核分裂連鎖反応はすでに停止しており、現在の発熱源は定格出力比約7%の核分裂生成物の崩壊熱によるものである。
核分裂生成物のうちには放射性のセシウムとヨウ素の同位体が含まれる。
炉心付近で起こっている爆発は水素の燃焼によるものであり、核爆発によるものではない。

2011年3月16日、京都大学原子炉実験所(現・京都大学複合原子力科学研究所)原子力基礎工学研究部門教授の宇根崎博信は、UNN関西学生報道連盟に対し次のように述べた[347]。

当該事故発生の原因について、「様々な情報を総合すると、地震ではなく津波が原因」であり、「(津波の)水が原子力施設に与えた影響が想定」を超えていたためこのような事態を招いた。原子炉は「外部からの電力供給が断たれた時の非常用発電設備」を持っているが、「津波によってその機能」が損失したため、このような状況に陥った。
「(2011年3月16日の)時点で考えうる最悪の場合は部分的に燃料が溶け、水蒸気爆発が生じ、部分的に格納容器や圧力容器を破損させ、今まで以上に放射性物質を放出させる事態」だが、「その可能性は極めて低い」といえる。

日本側は、どうも津波のせいとしたがっているが、それは違うのである。
津波のせいにすれば実際の予防処置は想定不可能で、いい加減なところで妥協できる。
地震のせいとなれば、徹底的な補強処置が要求され対応したくない。
日本政府は、この後に及んで原発再稼働を想定し安全対策を考えているのである。

地震動との関係

東電は地震の揺れによる設備被害は事故の原因にならなかったとしているが、原子力安全・保安院長は4月27日の衆議院経済産業委員会で、倒壊した受電鉄塔が津波の及ばなかった場所にあったことを認めた。また1号炉について津波到達前に原子炉建屋内の放射線量が急上昇していることから、地震の揺れによって配管の一部が破断したのではないかという疑いは残されている。国会事故調報告書では、少なくとも1号機A系の非常用交流電源喪失は、津波によるものではない可能性があることが判明した、としている。

東電や原子力委員会などの判断は信用ならない。
本当は全て津波のせいとしたいのであろうが、津波が来るまでに1号機の建屋内は蒸気が充満していた(配管が破損していた)と言う作業員の話があり放映されてしまっていた。

原子炉本体は鉄の塊で、ひっくり返そうが壊れるものではない。
その原子炉本体を冷却水、蒸気管など無数の配管類がつながっていて、これらの配管が破損すれば事故につながると言う事である。
ところが、原発の写真を調べてみても原子炉本体の写真はあっても、廻りの配管類が解る写真は殆どない。

増速増殖炉もんじゅのナトリウム漏れの事故があった。この時の事故直後の動画であるが、原子炉を回る配管類の一部が載っている。
https://www.youtube.com/watch?v=rLc5tq-_BBw



(汚染の状況)

土壌と海洋汚染

2011年3月21日、東京電力が福島第一原発南放水口付近の海水を調査した結果、安全基準値を大きく超える放射性物質が検出されたことが明らかとなった[5]。22日には、原発から16 km離れた地点の海水からも安全基準の16.4倍の放射性物質が検出された。

3月23日、文部科学省は、福島第一原発から北西に約40 km離れた福島県飯舘村で採取した土壌から、放射性ヨウ素が117万 Bq/kg、セシウム137が16万3,000 Bq/kg検出されたと発表した。チェルノブイリ原子力発電所事故では55万 Bq/m²以上のセシウムが検出された地域は強制移住の対象となったが、京都大学原子炉実験所の今中哲二によると、飯舘村では約326万 Bq/m²検出されている。

3月31日、国際原子力機関 (IAEA) は、福島第一原発の北西約40 kmにある避難区域外の福島県飯舘村の土壌から、修正値で10倍の20 MBq/m²のヨウ素131を検出したと発表した。

5月の東京都内各地の一日単位の平均値は、東京都健康安全センターが地上18 mでおこなっている環境放射線量測定によると、0.068 μSv/h〜0.062 μSv/hであった。5月5日から5月25日まで日本共産党東京都議会議員団が地表1 mで測定した結果では、同程度の濃度だった地域は大田区、杉並区、町田市など、都内全域で見るとごく限られた範囲であった。比較的高い地域は、青梅市・あきる野市・練馬区が0.09 μSv/h台、江戸川区〜江東区の湾岸地域が0.1 μSv/h台、最も高い地域が足立区〜葛飾区で0.2 μSv/h台〜0.3 μSv/h台であった。また、新宿区内約3.5 kmという限られた範囲内の測定でも、0.066 μSv/h〜0.116 μSv/hと大きな開きがあり、狭い範囲でもバラつきがみられた。東京都の5月の調査によって、東京都大田区にある下水処理施設の汚泥の焼却灰から10,540 Bq/kgの放射性セシウムが検出された。

食品の汚染

牛肉
2011年7月、福島県南相馬市で飼育されていた牛が(汚染された飼料によって)放射性セシウムに二次汚染され、その牛肉が検査を受けないまま出荷流通し、東京、神奈川、静岡など10都道府県に放射能に汚染されたまま消費されていた。東京・府中市内の食肉処理業者が仕入れた牛肉は3400ベクレル、静岡市内の食肉加工業者が購入した肩ロースは1998ベクレルの放射性セシウムが検出された。この問題で。放射線防護学が専門の野口邦和・日本大学専任講師は、妊婦や子供が1、2回食べたところで問題はないが、県は農家に対して飼料の管理を徹底するように指導すべきだとコメントした。



農林水産省は2011年4月、「避難区域」、「計画的避難区域」、「緊急時避難準備区域」を2011年度(平成23年度)の稲の作付制限区域に指定した。2011年10月12日に完了した福島県における作付け制限区域以外の米(玄米)の本調査では、放射性セシウム(セシウム134とセシウム137)が、全ての試料において1 kg当たり500 Bqの暫定規制値を下回ったが、その後、この暫定規制値を超える米が相次いで検出された。再調査の結果、1 kg当たり500 Bqを超える米が検出された県内3市9地区には2012年1月4日、米の出荷制限がかけられ、2012年3月9日に発表された平成24年度の稲の作付制限区域にも、「警戒区域」、「計画的避難区域」に、これら3市9地区が加えられた。また、1 kg当たり100 Bqを超える米が発生した地域については、基準を超えた米が流通しないことを担保に細かな区域設定のもと作付けができることとなった[18]。

イカナゴの稚魚

北茨城の沖合で2011年4月1日に採取されたイカナゴの稚魚(コウナゴ)から、4,080 Bq/kgの放射性ヨウ素が検出され、北茨城市の近海では4月4日には526 Bq/kgの放射性セシウムおよび1,700 Bq/kgの放射性ヨウ素が検出された。当初、はさき漁協が3月下旬以降、茨城県に何度か魚の検査を行うよう要請したが、茨城県は検査をせず、漁協に要請を出しイカナゴ漁および出荷を自粛すると発表した。漁協は県担当者を呼び、検査しない理由を組合員に説明するよう求めた。県担当者は「県産の水産物から基準を超す放射性物質が出れば、今後に影響する。当分は様子を見た方がいい」と説明したという。茨城県日立市の河原子漁協は独自検査を当面見送る方針を示した。県からは「漁協単独の結果が出るたびに騒ぎになって、風評被害につながる」といった懸念が示されたという。これらの経緯について、水産庁幹部は4月5日、茨城県の魚介類検査への対応について「検査をやって公表してもマイナスになるだけだから、と言っている。めちゃくちゃだ」と苦言を呈していた。この幹部は、漁協が独自に行ってきた検査についても「ぜんぶ国の施設でやり直すべきだ」と不信感をあらわにした。こうした不信が、今回の国の検査につながり国が県沖の水産物検査に踏み切った形となった。7日午前、水産庁の依頼でサンプル捕獲にあたる漁船が那珂湊漁港を出港した後、茨城県漁政課の担当者は、事前に国との協議はなかったと語った。



2011年5月初旬に神奈川県の茶葉(生茶550 Bq/kg〜570 Bq/kg、荒茶約3,000 Bq/kg)の放射性セシウムが検出され、加工食品の基準値の扱いについて、生産者の立場の農林水産省と消費者の立場の厚生労働省で、意見が分かれた[24]。農林水産省は、お茶は薄めて飲むものであるし、生茶規制値が500 Bq/kgで、乾燥された荒茶も500 Bq/kgでは科学的ではないと主張した。厚生労働省は、数千 Bq/kgの製茶が店頭販売されることは消費者が容認しないとして5月16日、茶の生産地がある14の都県に生茶と荒茶の放射線量の測定を命じた。しかし静岡県知事の川勝平太をはじめ殆どの自治体は荒茶の測定を拒否した。政府は6月2日、荒茶・生茶とも500 Bq/kgを超えたものは原子力災害対策特別措置法に基づき出荷停止対象とする判断を下し、その後に茨城県全域、神奈川県6市町村、千葉県6市町、栃木県2市において、実際に出荷停止命令が出された。 その後に静岡県は県内製茶工場ごとの測定を開始し、6月9日に県内茶工場の製茶から国の基準を超えるセシウムが検出、業者に対し商品回収と出荷自粛を要請した。6月14日には別の2つの工場の製茶も基準を超えたと発表、同様の要請を行った。6月14日の記者会見で川勝知事は「風評被害はNHKや全国紙など報道の責任が大きい」と強く抗議した。6月17日にフランスのドゴール空港で静岡産の乾燥茶より1,038 Bq/kgの放射性セシウムが検出され、当局により廃棄処分決定がなされた。これによりフランス当局は、静岡県産の全ての農産物を線量検査対象とすることを決定、EU委員会にもこれをEU基準とするよう上申した。6月20日、JA静岡中央会とJA静岡経済連は地域農協向け説明会において、お茶の放射能被害について東京電力に損害賠償請求する方針を発表。風評被害分については現行法では賠償請求できないため、国に法改正を促すともコメント。

9月に入り厚生労働省は、千葉産、埼玉産(狭山茶を含む)からも、抜打ち検査や自主検査により基準超のセシウムが検出されたと発表した。

きのこ原木

宮城県は2011年11月30日、県内のキノコ原木から国の指標値 (150 Bq/kg) を超える最大2492 Bq/kgの放射性セシウムが検出されたと発表した。


メンテ
福島の現状 ( No.4 )
日時: 2018/06/17 02:09
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cGtejPbo

福島原発事故の原子炉本体の廃炉工事には、あと30年と20兆円を超す費用がかかると言われている。
30年と言っても高い放射性物資の処理には、数十年、完全には数万年かかると言われ、これは、もう人間が手を出す問題ではない。
事故後7年も経つ福島の現状も、とても復興が進んでいるものとは思われない。

プールに入っていた使用済み燃料棒も、まだ手つかずである。
原子炉内のデブリも、ようやく、その位置が発見された程度である。

この様な状況であるのに、多くの国民は、もう忘れようとしている。

福島原発事故直後の画像
http://mainichi.jp/graph/2013/02/02/20130202k0000m020099000c/001.html

汚染水処理の画像
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-15555.html

土壌汚染の画像
https://matome.naver.jp/odai/2138012008909888501

海洋汚染の状況
https://wired.jp/2016/03/10/five-years-after-fukushimas-contamination/

福島原発復旧の足取り
http://www.imart.co.jp/fkusima-1-4gouki-suii-P1-old25.3.14.html


原発事故が如何に恐ろしいものか、改めて認識していただきたいものである。

若狭湾沿岸には14基の原発があります。
そうして琵琶湖との関係は、直線距離で30km以内に半数の原発があり、50kmでは全ての原発があることになります。
福島原発と同じような事故ガ起きれば、その距離における放射能汚染が避けられないことが実証されました。

なお、福島原発事故の直接の原因が津波によるものではなく震度6程度の地震で配管類が破損したことによることが段々と明らかにされてきました。
最初から、当然考えられたことですが、東電や政府、官僚が必死で津波のせいにすることで隠蔽してきました。

要するに、原発直下で震度6程度の揺れがあれば、原発の配管類が破損するという事です。
これは全国、54基の原発に共通することであり、政府の発表で原発設計の折の耐震基準となる数値を450ガルと設定しているという事でも裏付けされています。
この様に、原発設置の基準事態が地震国日本では考えられない脆弱なものでした。
その上に、全国で原発が設置されている地域は、多くの活断層が通っていることも確認されています。

若狭湾原発群のしたにも10を超える活断層があります。
当然、何時かは震度6、7を伴う大きな地震が発生することが考えられます。
また震度6なくとも、5でも破損することも考えられます。
震度6の福島原発の破損率が100%であることも、それを証明しています。

最近、ストレステストをクリアしたといって大飯原発を再稼動をしようとしていますが、若狭湾の過去の津波の高さをチェックするような誤魔化しに騙されてはならないのです。
原発そのものが震度6に耐えられない事実に対する何の対策もなされてはいません。
最も、対策などないのです。

さて、冒頭に戻り、若狭湾沿岸の原発群のうち1基でも福島のようになると(群立しているので1基単独と言うことは考えられません)、琵琶湖の水が放射能に汚染されることは必死です。
その琵琶湖の水は淀川を通して京都市、大阪市をはじめ1400万人の水道水を供給しています。
この様な状態なので、琵琶湖が放射能汚染されれば、これに対応する手段はないのです。

1400万人の大部分はすぐさま居住地を離れなくては生きては行けないことになります。
実際は、そんなことは出来ないので多くの方は汚染水を利用せざるを得なく、長い間に衆百万人の犠牲者が出ます。

そういう壊滅的な被害を受ける確率を思うと、電気料金が高くなるとか、地球温暖化に伊予するためにリスクも覚悟するとか言った議論が成り立つのでしょうか。
この事だけをとっても、若狭湾の原発群の問題は原発周辺の人間だけでは毛頭なく、近畿一円の問題であります。

関係各府県の数千万住民に、原発問題に関する覚醒を望みます。
原発は問答無用で即時撤廃しなければなりません。
廃棄すると言い出しても完全に廃棄するには何十年もかかるというではないですか。
まして、若狭湾原発群には老朽化したものが多く、1970年代に作られたものが8基、1980年代(福島と同じ)が3基、1990年代が3基です。
最初の原発の寿命は40年と設定されていました。
それから言えばすでに8基は廃炉にしているはずです。

これでも原発による発電方式を認めますか。
メンテ
Re: 原子力発電の実態 ( No.5 )
日時: 2018/06/17 21:43
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:cGtejPbo

http://www.asyura2.com/17/genpatu49/msg/834.html

食品中の放射性物質の検査結果を厚生労働省は発表しています(1)。また、厚労省以外の発表もあります(2)。6月8日までの食品中の放射性セシウムの検査結果が6日遅れで発表になったので(3)、まとめてみました。お買い物のの参考になればいいかなと思います。先回に続き今回もしっかりセシウム汚染食品が見つかっています(4)。しかも市流出です。牛肉を除く検査結果の概要は以下の通りです。
  @検査数1,015件中6件の基準越え
  A平均は、1キログラム当たり1ベクレル、最大200ベクレル(福島県産タケノコ)。


http://www.asyura2.com/17/genpatu49/msg/833.html

福島県下水道公社は、県北(国見町)、県中(郡山市)、あだたら清流(二本松市)、
大滝根水(田村市)の4つの下水場を運営している[2]。

福島県はこれらの下水場の脱水汚泥の汚染測定値(ヨウ素131、セシウム134/137)を
公表しているが、なぜか4月は県北とあだたらのヨウ素131の項目が削除されている[1]。

3月も300ベクレル/kgを越える高汚染が検出されており、これですら医療用ヨウ素131では
説明できない量であるが([3])、おそらくそれを大幅に超える汚染が検出されたのだろう。

4月中旬から東電は福島第一2号機の壁面に穴を開ける作業を始めているが、
建屋内部に滞留していた放射性ヨウ素が大量に外部に放出されたのではないだろうか[4]。

短寿命核種であるヨウ素131が検出されるということは、いまだに臨界が起きている
動かぬ証拠である。

それを知られると困るので測定値を非公表にしたのだろう。


http://www.asyura2.com/17/genpatu49/msg/798.html

 東京電力は6日、福島第1原子力発電所(大熊、双葉町)で、協力企業の50代男性作業員が作業後に敷地外で倒れ、搬送先の病院で死亡が確認されたと発表した。死因や作業との因果関係は不明としている。

 東電によると男性作業員は防護服を着用し、同日午前8時から汚染水用タンクの塗装に使う足場の解体作業に従事。休憩時間の午前10時40分ごろ、トイレで嘔吐、昼食後の午後0時45分ごろにも再度嘔吐した。その後、敷地外にある協力企業の事務所で午後1時45分ごろ、同僚と会話していた際に倒れ、双葉医療センターに搬送されたが午後4時に死亡が確認された。

 作業前に行われた健康チェックでは問題がないと判断されていたという。

 男性作業員は平成28年3月から同原発で働いていた。既往歴や服薬していたことは確認されているが、東電は具体的な病名までは明らかにしていない。



http://www.asyura2.com/17/genpatu48/msg/433.html

宇宙から降り注ぐ素粒子「ミューオン」を使った福島第一原発の内部調査によって、福島第一原発3号機の核燃料が原子炉の底をぶち破っていたことが分かりました。

東電の発表によると、素粒子「ミューオン」を使うことで原子炉の内部をレントゲン写真のように見ることが可能となり、1号機から3号機の3つの原子炉で核燃料が溶け落ちたことを確認したとのことです。

今までも内部調査が何度か行われていましたが、正式に確認したのはこれが初となります。

いずれの原子炉も厳重な底が抜け落ちていて、原子炉の中には核燃料が殆ど残っていませんでした。溶けた核燃料は周囲の施設を溶かしてドロドロに混ぜ合わさった状態になっており、原子炉の奥深くにあると予想されています。

ただ、溶け落ちた核燃料は一度も確認されておらず、今も何処まで落ちているのか分かっていません。



(原発廃止について世界の傾向)

イタリアで12〜13日に実施された原子力発電の再開の是非を問う国民投票が成立し、政府の原発再開の計画を否決した。内務省の発表によると、投票率は約57%に達し、成立の条件である50%を上回った。福島第1原発の事故後、主要国での原発政策に関する国民投票は初めて。他国からの電力購入や再生可能エネルギーの利用拡大など戦略の練り直しは必至だ。

>ドイツ

2017年12月31日、ドイツでまた一つ「原子力の火」が消えた。この日の午後、バイエルン州西部のグントレミンゲン原子力発電所の中央管制室で、作業員たちがB号機を停止させ、送電網から切り離した。1984年に運転を開始したB号機は、33年間にわたって同州の企業や家庭に電力を供給した後、その任務を終えた。現在まだ運転中のC号機も、2021年には停止させられる。

 地元の環境団体の関係者は、「運転が止まっても、グントレミンゲン原発の使用済み核燃料は、数万年にわたって放射線を出し続ける。C号機も当分の間運転を続ける。そう考えると、B号機が止まったからといって、シャンペンの栓を抜いて乾杯する気にはなれない」と語った。

あと4年で原発全廃
 グントレミンゲン原発の停止は、ドイツが今から7年前に踏み切った「脱原子力」決定に基づくものだ。連邦政府と連邦議会は、2011年に日本の東京電力・福島第一原子力発電所で発生した炉心溶融事故をきっかけに、22年末までに全原発を停止することを決めた。

 ドイツではすでにシュレーダー政権が02年に、各原子炉の発電量に上限を設定する「脱原子力法」を施行させていたが、全原発を止める期日は特定していなかった。これに対しメルケル首相は「ハイテク大国日本ですら、原発を安全に運転できない」事実に衝撃を受け、原発全廃の期日を特定し、エネルギー転換を大幅に加速させたのだ。

 もともとメルケル氏は原発推進派で、「再生可能エネルギーが普及するまで、原子力は過渡期のエネルギーとして不可欠だ」と主張していた。10年秋には電力業界の意向を受けて原子力法を改正し、原子炉の稼働年数を延長していた。

 だが首相は、11年に福島からの映像を見て、自分の原子力についての考えが楽観的過ぎたことを、国民の前で告白。立場を180度転換して、「反原発派」に鞍替えした。

 ドイツは、世界を驚かせた脱原子力決定から8年目になる今も、原発全廃路線からブレを見せずに、着々とエネルギー転換を進めている。事故の当事国日本が、原子力の使用に固執し、一部の原発の再稼働を続けているのとは、対照的だ。

>フランス

フランスで17機の原発を廃止に
会計検査院の勧告に従い17機の原発廃止を発表
25%削減に。

>アメリカ

米国で原子力発電からの撤退が相次いでいる。理由は安全性への懸念ではなくコスト。シェールガス革命の影響で原発の発電コストの高さが際立つように…


■さて日本では次の原発がすでに再稼働している。

2012年7月21日〜
大飯原発3、4号機の2基

2015年8月11日〜
川内原発1号機2号機の2機

2016年2月26日〜
高浜原発3号機4号機の2基

2016年12月8日〜
伊方原発3号機の1基

2018年8月〜
玄海原発4号機の1基

既に8機の原発が稼動し、稼働の申請をして審査待ちの原発が11機ある。
福島原発事故直後から、随分と長い原発抜きの電力供給が続いてきましたが、電力に不自由した例はありません。
それもかなりの火力発電所を休止したままです。
電力会社の方は、やたらに電力不足の危機をあおり節電をキャンペーンしてましたが、再稼働の為のパフォーマンスでした。
現在は、その様な事を変えて、石油に頼る発電はコストがかかると言っています。
此れも真っ赤な偽りである事は、もはや皆様も承知されているでしょう。

外国では、どうして原発を減らすかに取り組んでいるのに、我が国では必要もないのに出来るだけ多くの原発を再稼働しようとしているのです。
これは決して国民の意向ではない。下に述べる原子力村の住人の圧力なのである。

原子力ムラ"、"原子力マフィア"という言葉はあちこちで目にしますが、これらの名前で一括りに非難されることが多くあまり個人名で追求されないので、非難されるべき人が責任を取らずにいられるのではないでしょうか。メディアを操り国民を欺き、世界を汚染し、多くの人を被爆させた罪を償うどころか、未だに原発で金儲けを続けようという人間は、実名で糾弾され、責任を追及されるべきです。

<原子力村の構成>
(内閣府)
原子力委員会    秘密性が主題
原子力安全委員会  福島原発事故の重大過失責任を負わねばならない
クリアランス分科会
(経済産業省関係)
経済産業省
原子力安全・保安院
総合資源エネルギー調査会
原子力協会
原子力協会・安全保安協会
(文部科学省関係)
研究開発局 原子力安全課
研究開発局 量子放射線研究課
科学技術・学術政策局
放射線審議会
原子力安全規制等懇談会
(そのた)
国土交通省
環境省
外務省
(電力会社関係)
東京電力
北海道電力
東北電力
中部電力
関西電力
四国電力
中国電力
九州電力
日本原子力発電
電気事業連合会
国際原子力開発
関電会
日本原子力防護システム
東京臨海リサイクルパワー
東京エネシス
リサイクル燃料貯蔵
原子力エンジニアリング
原子力安全システム研究所
四電工
原電事業
原電ビジネスサービス
原電情報システム

(以上)
見てください、この概要。
これらに政治屋が加わり利権を手放しません。
行政府の多くの窓口は、それによって責任をうやむやにするために設けてあるのです。
福島原発事故でも、どこに責任があるか解らないでしょう。
民間の組織の名前の白々しいこと。
原子力村などと称して吐き気がするような所業をしている。
我が国の原子力政策は彼らの利権を守る為にやっていること。
巨額な税金を垂れ流し。

原発再稼働をしなければ、彼らの組織が有名無実になってしまうのです。
だから必至なのです。
それが解りながら再稼働を許す安倍自民党がどのようなものか解るでしょう。

メンテ
Re: 原子力発電の実態 ( No.6 )
日時: 2018/09/27 13:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gU7S8bzo

UP
メンテ
原発の安全性! ( No.7 )
日時: 2018/10/16 16:30
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:I9TcmtGo

原発の体系図
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/pdf/kaminoseki_genpatsu_gainenzu.pdf

上のサイトをご覧にならなければ、その複雑な組織は説明できません。
原発とは、このように複雑な装置全体を言うのですが、原発の安全性を言う場合、原子炉本体の安全確保の事ばかり言われています。
震度6に耐えられるように設計してあるとか、非常電源を確保し冷却システムは安全であるとか。
しかしながら、原発の装置は原子炉外にある部分の方が多く、その安全性については語られることはない。
ちなみに、テロ等で外部のその配管類、装置を破壊されればそれで原発は第事故を起こす。
震度5や6の地震でも配管類が損傷することが考えられ、とても99.9%の安全性が確保されているとは言えない。
もんじゅのナトリウム漏えい事故などは、自然災害でもなく、単に技術的な原因で起きた。
チェルノブイリの原発事故も、もともとの装置が不完全であったことと人為的な要因が重なって起きた。
スリーマイル島の事故も自然災害とは関係ない。
で、あるのに我が国の原子力安全委員会は地震や津波などの自然災害を想定し安全を云々している。

>原子力発電の仕組みは

原子は原子核と電子でできており,ちょうど太陽のまわりを地球や火星が回っているように,電子が原子核のまわりを回っています。
さらに原子核は,たくさんの陽子と中性子から構成されています。

ウラン235の原子核に中性子があたると,陽子と中性子を結びつける力が不安定になり核分裂が起きます。この時,膨大な熱エネルギーが発生し,同時に2〜3個の中性子が放出されます。この中性子がまた他のウラン235を核分裂させるのです。次々とくり返されるこの反応を核分裂の連鎖反応といいます。原子力発電は,核分裂の連鎖反応を利用して蒸気をつくり発電しています。

この連鎖反応を継続的に起こし,発電に適した量の熱エネルギーを得るために,原子炉では,

核分裂で発生した中性子のスピードを落として次の核分裂を起こしやすくする「減速材」
核分裂が必要以上に起こらないように,余分な中性子を吸収する「制御棒」
核分裂で発生した熱を取り出す「冷却材」(冷却材が水の場合,取り出した熱が,水蒸気の形で発電機のタービンを回す力になる)
を使用して,核分裂の速さや熱エネルギーの発生をコントロールしています。
(引用終わり)

要するに、「減速材」「制御棒」「冷却水」を使って核反応をコントロールしているのであるが、そのコントロール装置は原子炉本体の外にある。
原発の安全性とは原子炉本体の安全性よりも、外部の諸装置の安全性が問われるのである。
これらに対する99.9%の安全性など保障できない事は明確である。
世界中に原発事故は多発している。
報告されているだけで50件。
何時、チェルノブイリ、福島を上回る事故が起きても不思議でもない。
この様なものに、99.9%の安全性を言う奴等の責任を問いたい。


主蒸気配管の画像
http://www.hitachi-hgne.co.jp/nuclear/product/abwr/turbine/s_pipe/index.html

もんじゅのナトリウム漏えい事故の動画
https://www.youtube.com/watch?v=rLc5tq-_BBw
メンテ

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