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[3283] 朝鮮人は頭がおかしい
日時: 2020/04/24 18:46
名前: 777 ID:LDXjbjIc

朝鮮人は頭がおかしい


じっくり学ぼう!日韓近現代史【CGS 宮脇淳子】 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%81%98%E3%81%A3%E3%81%8F%E3%82%8A%E5%AD%A6%E3%81%BC%E3%81%86%EF%BC%81%E6%97%A5%E9%9F%93%E8%BF%91%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%8F%B2%E3%80%90CGS+%E5%AE%AE%E8%84%87%E6%B7%B3%E5%AD%90%E3%80%91


儒教、朱子学というのは、あくまで事大主義ですから、強いものには巻かれろ、逆に弱いものは踏んでもかまわないということです。
大人の前では、いつもきちんとしているけれども、弱いものとか子供の前では威張る。

これは中国でも同じことです。ですから日本が強くなって、中国にそして韓国に対処するようになれば、そこからはじめて対等な付き合いが始まることになるのです。日本が弱気で下手になって対応するので、中国も韓国も逆に強く出てきて、嘘のことでもそれを理由に自分の要求を突き付けてくるわけです。


李朝時代の朝鮮に君臨した支配層は、王族とこの両班でした。一方、江戸時代まで日本を支配していたのは、武士たちです。
 支配層の考え方や思想は、国全体の国民性に深く影響します。

 日本の武士たちは、忠実、誠実、勤勉、正直、勇気、先取性、自主独立等を人間の徳と考える人々でした。また「滅私奉公」という言葉があるように、私利私欲は悪であり、公に奉仕することこそ人の道という考えを持っていました。

 一方、朝鮮の両班の人々は、労働を蔑視し、「箸と本以外に重いものを持たない」といわれるほどの労働蔑視論者でした。彼らは、額に汗して労する農民たちをさげすみながら、その農民たちから搾取して自分たちの生活を支えていました。

 両班は、儒教の一つである朱子学を奉ずる人々でした。朱子学では、人間を「君子」と「小人」に分けます。小人とは一般の働く人々で、君子は、働かずに身を動かさないことが原則なのです。聖人君子は働いてはいけないとされ、彼らは極端に労働をさげすみました。

 スポーツも、彼らは忌み嫌いました。すなわち、本を読み、労働せずに暮らすのが彼らにとって正しい生き方なのです。怠惰と、異常に高い気位が彼らの特徴でした。その最高の美徳は、働かずに得る不労所得でした。両班の実態について、グレゴリー・ヘンダーソンは『朝鮮の政治社会』のなかで、
 「国家と民衆を食い物にして私腹を肥やすことしか考えていなかった」
 と記しています。彼らは「公」に奉仕するのではなく、私利私欲に生きる人々だったのです。そして、国内では極度に頭を下げる事を嫌い、少しでもプライドが傷つけられるような事になれば、烈火のごとく怒りだす人々でした。

 しかしその一方、両班は、中国に対しては「事大主義」(じだいしゅぎ)を通しました。事大主義とは、大きな勢力に逆らわず、ペコペコして、追従して生きる態度をいいます。

 一〇〇〇年にわたって中国の「属国」であった朝鮮では、宗主国・中国の意向にいつもペコペコして、年貢を納め、中国の要求には何でもお従いしますという態度がしみついていました。両班はその代表的な人々だったのです。

 中国に対するその卑屈な態度は、そのうっぷんを晴らすかたちで、国内では逆に、彼らの異常に高い気位となって現われていました。


自己批判をした韓国人

 この事大主義は、ほかにも、その後の韓民族の民族性の多くの源泉となりました。朝鮮の作家であり、思想家でもある李光洙(一八九二年〜?)は、李朝の成立によってゆがめられた韓民族の民族性を、次のような言葉で表しています。

「虚言、詐欺、相互不信、美辞麗句、空理空論、阿諛迎合、面従復背、大勢従応、無知、悪口、卑屈、臆病、無決断、反社会的利己心…」
 属国根性はこれらを韓民族に植えつけた、というのです。

 大東亜戦争後にも、韓国の優れたリーダーであった朴正熙大統領(一九七九年に暗殺された)は、自著の中で韓国人の民族性の欠点をきっぱり指摘し、自己批判をしました。彼は、韓国民が克服すべきものとして次の事柄をあげています。

1 事大主義
2 怠惰と不労所得の観念
3 開拓精神の欠如
4 企業心の不足
5 悪性利己主張
6 健全な批判精神の欠如
7 党派意識
8 特権・エリート集団意識

 いずれも、一見してかつての両班たちの伝統から来たものであることが、わかります。どんな民族にも、もちろん欠点はあります。日本人にもあります。しかし、韓民族が今日も持つこれらの欠点は、両班の精神性を受け継いだものであることを知る必要があるでしょう。

 これらは、日本統治時代に形成されたものではありません。それ以前からあったものです。そして、日本統治時代が短かったために両班の特質が消し去られず、それが今も韓民族の中に生き続けていることが問題なのです。


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儒教の最大の欠点は「士太夫」は(肉体的に)働かない。むしろ働いてはいけないという価値観を造ってしまったところにある。

だから儒教の優等生である中国・朝鮮人は「働かなくても喰っていける」のが理想だと考えている。

かつては、ことさらに爪を伸ばして「食事(という労働)すら自分ではしない(出来ない)」という境遇を自慢したりもした。

今でもその傾向はある。
だから成功した老後は働かないのが当たり前で、はやく働かなくても良くなるように(今は我慢して)働いているだけなのだ。
http://www.asyura2.com/18/hasan127/msg/859.html#c5  






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ダメダメ家庭の目次録 05年4月22日
韓国の高校の歴史教科書

歴史を眺めていると、ちょっとおもしろいことがあったりします。

ある国が滅んだ後で、別の体制となるわけですが、その滅んだ国の形式的後継者と、実質的というか心理的な後継者が違っていたりする事態が発生することもあります。

たとえば、最近の例では、ナチスドイツの形式的な後継者は、昔の西ドイツという国でした。正式な名称はドイツ連邦共和国・・・今の統一ドイツがこの国です。しかし、実質的にはナチスドイツの後継者は東ドイツの方でしたよね?

ナチスドイツと東ドイツは、権威主義だったり、秘密警察が暗躍する恐怖社会だったり、反米というスタイルにおいても同じと言えるかも?
ナチスドイツは共産主義に反対する立場の政府で、東ドイツは共産主義社会という意味では、本来は全く反対の統治システムになるはずですが、実質的には同じ社会。

同じようなことが、日本でも言えます。

現在の日本は、かつての大日本帝国の形式上の後継者であると言えますし、元首である天皇は共通していますが、その統治形態としては実質的にはかなり違っています。

かつての大日本帝国の実質的な後継者は、むしろ韓国だったり、北朝鮮だったりするわけ。

それこそ、言論弾圧の統制社会だし、権威主義だったり、妙な民族主義があったりするでしょ?それに反米だし、秘密警察が大活躍。

それにコンプレックスが強く、ムダに「大」の字を使いたがるところとか。

「日本が大嫌い!」の韓国や北朝鮮は、大日本帝国の統治システムを十分に受け継いでいるわけです。

さて、メールマガジン「ダメダメ家庭の目次録」では、一種の総集編として、「作品の中に描かれたダメダメ家庭」というカテゴリーで、種々な「作品」の中に描かれているダメダメ家庭の具体的事例をピックアップしたりしています。

今回はその「作品」として「韓国の高校の歴史教科書」を取り上げます。

「オイオイ!!教科書が『作品』かよ?」
と思われる方も多いでしょう?

しかし、これがまた目眩がするぐらいに、ダメダメなスタイルが詰まった「作品」なんですね。

よく韓国や中国が、日本の歴史教科書についてイチャモンをつけて来ますよね?
まあ、どうしてそこまで「人のすること」に関心を持ったりするのでしょうか?これって典型的なクレーマーの所業でしょ?クレーマーは「自分がやらなければいけないこと」には関心がなく、「人のやっていることに文句をつける。」そのような習性があるわけ。

では、日本の歴史教育に文句を付けてくる韓国の方は、どのように歴史を教えているのでしょうか?
何も「あら探し」と言うわけではないにせよ、韓国の歴史教科書を読んでみるのも悪くはないでしょう。

ちなみに、歴史的事件に限らず、事件を記述するのには、一種の定石があります。
よく言う「5W1H」というヤツです。「いつ(=WHEN)」、「どこで(=WHERE)」、「誰が(=WHO)」、「何故に(=WHY)」、「何を(=WHAT)」、「どのように(=HOW)」の6つを中心に記述していくものです。

たとえば、日本の有名な歴史的事件である戦国時代の長篠の合戦を例にしてみましょう。

「いつ」は1575年。「どこで」は今の愛知県の長篠の地で。「誰が」は織田信長と武田勝頼が。「何故に」は、織田家と武田家の領土争いで。「何を」は、合戦をした。「どのように」は武田家の側は、伝統的な騎馬軍で、織田軍は先進的な鉄砲部隊で・・・という記述になります。

また、歴史的事件だったら、上記の記述の他にも、「その影響」という事項も付け加える必要があります。長篠の合戦においては、織田家は最大のライバルを打ち破って、天下付武への強力な前進となりました。勿論のこと、軍事的戦法の革新という影響もあります。

と同時に、歴史的事件の記述に際しては、重要なことがあります。
資料名です。

たとえば、織田家では正式な記録として「信長公記」という記録があります。当然のこととして武田家にも正式な記録があり、その資料に、この長篠の合戦の公式の記録が収められているわけです。

そのような正式な記録だけでなく、部下たちによる非公式な日記のようなものもあるわけです。それらの資料をつきあわせることによって、歴史的事件の全貌がわかってくることになる。

だから、歴史的事件をまとめた、いわゆる歴史書では、上記の「5W1H」だけでなく、その結果と影響に関する記述や、資料名についての記述も必要なわけです。それは歴史教科書のような類の歴史書でも全く同じです。

何もこれは日本だけでなく、世界の文明国には共通の発想です。文章の言語自体は違っていても、歴史を記述する文章の記述の仕方、考え方には大きな違いはありません。

ところが韓国の国定歴史教科書では、そんな文明国の基本的スタイルとは無縁なんですね。

たとえば、例に挙げた長篠の合戦を記述する場合では、片や鉄砲部隊という最新鋭の戦法。片や騎馬戦という伝統的な戦法。その違いを記述することが不可欠でしょ?

ところが、韓国の歴史教科書では、そのような歴史的事件を記述する際に「どっちの側に愛国心があったか?」と言った記述だったり、「どっちが正義なのか?」と言った記述ばかりで、事件についての5W1Hのような具体的で客観的な記述が少ないわけ。

「どっちが正義だったか?」なんて、判断する人によりけりでしょ?人にはそれぞれの立場があるわけですからね。それこそ長篠合戦で、織田軍は武田軍を「敵」だと思っていたのは当然ですが、「悪」だとは思ってはいませんよね?
その点は、武田軍だって同じ。織田軍を「悪」だとは思ってはいないでしょ?
ただ、己の使命と野心に従って戦っただけでしょ?
それが「もののふ」の生き様であり、死に様でしょ?

韓国の国定歴史教科書の記述は、まるで「スポーツ根性モノのマンガの原作」のような趣なんですね。客観的な記述ではなく、ひたすら「ウヮー!」という叫び声が聞こえてくるよう。

客観的に事実を記述するというより、作者の「思い」を伝えることに主眼があるわけ。そんな「作品」なんですね。

まあ、そんな本で歴史を勉強させられていたら、バカになるのも当然ですよ。

では、そのような作者の「思い」に満ちた、韓国歴史教科書という「作品」を、具体的に、客観的に検証してみましょう。

検証に当たっては、「教科書の記述の問題点」というカテゴリーと、「教科書の記述から浮かび上がる韓国人のメンタリティー」そんな感じで分類して記述してみます。

【教科書の記述の問題点】

1.年号が出てこない・・・この韓国歴史教科書では年号の登場が実に少ない。何ページにもわたって、○○年と言う具体的な年号が出てこないわけ。事件の羅列があっても、その事件が西暦何年のことなのか?記述されていないわけです。チョット日本の方には信じられないことでしょうね。だって「なくよウグイス平安京」で794年・・・なんて年号をゴロで覚えるのに苦労しましたものね。年号が出てこない歴史教科書なんてこの世に存在すること自体、不思議でしょ?

韓国の歴史教科書でも、ほんの少しは年号が出てきたりしますが、後で年表の形でまとめられていて、今現在記述している歴史的事件が何年に起こったのか?分らないようにできているわけ。

年号というものは、覚えるのは面倒ですが、歴史的事件の客観的指標としては重要でしょ?年号を覚えていると事件の順番が明確になると同時に、外国の同時期の事件と比べることもできる。この時代に外国はこんなことをやっていたのに「我々の国は遅れているなぁ・・・」などと感想を持つこともあるでしょう。しかし、年号が記述されないと「我々は先進的だ!」と記述されていると、思慮の浅い人は盲目的に信じてしまうんですね。

2.資料名が出てこない・・・この韓国国定歴史教科書では、出典の資料名がほとんど出てきません。もしかしたら朝鮮半島では、資料を作るという習慣がないのかもしれません。データーを取るという習慣の欠落については、後で触れます。この韓国歴史教科書では出典の資料名もなく、「我々は正しい!」の一点張り。まるでカルト宗教のような趣になっている。資料名が無いので、疑問を持った読者が自分自身で調べ直すこともできないわけ。

3.差別用語の乱発・・・高校生が勉強するというこの教科書には、意図的な差別用語が乱発されています。日本を「倭」とか言うのはともかく、ヨーロッパ人を西洋蛮人と書いたり、清を建国した女真族をオランゲという差別用語で呼んだり・・・まあ、こんな差別意識丸出しの本は、日本だったら発禁処分でしょうし、当然のことに、他の一般の文明国でも発禁処分は確実でしょう。そんなアングラ本程度の本が教科書なんですね。そもそも、ヨーロッパ人を示したいのなら、西洋蛮人と書くのではなく、単に西洋人とでも表記すればいいだけですよ。しかし、わざわざ「蛮」を入れて勝手に喜んでいるんですね。

4.漠然とした記述・・・たとえば、上記で年号が出てこないと書きました。しかし、歴史書なんだから当然のこととして、時期に関する記述もあります。そのような場合では10世紀中葉とかの記述になっていて、漠然としてあいまいな記述になっています。しかし、10世紀中葉なんて書かなくても941年とか明確に年号を書けばいいじゃないの?しかし記述が漠然としているので、作者が意図的に読者を誘導することができているわけです。

年号の問題だけでなく、資料名も「ある民政文書」とかの表記になっている。そんな表記にするより、「△△が○○年にまとめた、☆☆という資料」と記述するのが文明国の歴史書のスタイルでしょ?
それこそ「1920年代のはじめ、全国の青年運動は100余りあり」・・・などと記述されています。しかし、文明国の歴史書だったら「政府による1922年の統計では、全国の青年運動は105団体あった。」と記述するものです。どうしてそんなにあいまいに記述するのかなぁ?

5.政治家がなかなか登場しない・・・歴史書だったら、当然のこととして多くの政治家が登場するだろう・・・と思われるでしょ?ところが韓国の歴史教科書では政治家の登場が実に少ない。その代わりに政治論者が実に多く登場するわけ。「国家はこうあるべきだ!」とワイワイ論じる人は多く登場しても、実際に政治を運営する人が出てこない。

6.やたら「べき」論・・・上記の実際の政治家より政治論者の数が多いことと関係していますが、この韓国歴史教科書はやたら「べき」論が多い。「こうすべき」「ああすべき」と、やたら説教くさい。

7.法律名が出てこない・・・具体的な人名は多く出てきますが、法律名は出てこない。上記のようにすべて「べき」論で片付けているので、具体的な法律を制定するという形で、実際的に国家を運営する気がないわけですね。

8.個人的感想がいっぱい・・・教科書と言うものは客観性が第一と考えてしまうのは、文明国の常識でしょう。しかし、さすがに韓国の教科書は作者の主観的な「思い」が詰まっている。

たとえば「高麗時代の石塔は安定感が不足し、造形感覚面では新羅時代の石塔に比して多少劣る気がする。」なる記述があったりする。しかし、執筆者が「気がする」のは勝手だけど、教科書の記述として書かれても、読んだ側は何を理解すればいいの?

あるいは後に中国で清王朝を作った女真族との戦争では「意外にも」負けた・・・との記述があります。アンタが「意外」に思うのは勝手だけど、そんなことは教科書に書く内容ではないでしょ?
それとも「気がする」とか「意外にも」とかが、試験に出たりするのかな?

9.ヴィジュアルが少ない・・・上記の石塔に関する記述だって、文章にするより、それぞれの写真を載せればいいじゃないの?ところが韓国の歴史教科書はヴィジュアルが実に少なく、文字ばかり。まあ、その文字による文章も、やたら説教くさいわけです。画家についてウダウダ説明するより、その画家の作品を載せればいいじゃないの?しかし、そのような客観的な記述を放棄して、ひたすら作者の「思い」を書き込んでいく・・・それが韓国の歴史教科書のスタイルなんですね。

10.やたら民族意識・・・この教科書には「民族意識」という言葉が実に多く出てきます。逆に日本だとそんな民族意識なんて出てこないでしょ?まあ、大日本帝国の教科書なら出てくるかもしれませんが・・・
韓国の歴史教科書では「民族意識」「民族文化」・・・そんな言葉ばかり。
しかし、ではその「民族意識」って具体的にどんな意識なの?

教科書を読んでいても、さっぱりわからないんですね。

どうやら、私がよく書いていますが「集団的被害者意識」と「オレたちはすごいんだ!」というエリート意識の混じったもののようです。しかし、「オレたちはすごいんだ!」と思うのはいいとして、具体的に見てどの辺りがスゴイのか全然書いていないわけです。まさにカルト宗教のような趣になっている。

「オレたちはすごいんだ!」「オレたちはすごいんだ!」「オレたちはすごいんだ!」と連発するだけ。

そして、そんな「本来はスゴイはずの我々がうまくいかないのは、全部○○のせいだ!」と被害者意識になるわけでしょうね。

11.経済に関する記述が少ない・・・この教科書には経済的なマターに関する記述が実に少ない。やたら「べき」論をぶつ政治論者がワイワイ言うだけ。使用していた貨幣とか税制とか、生産技術など実際的な問題についてほとんど触れていないわけ。だから読んでいても当時の人の暮らしぶりなど全然わからないわけです。

12.都合の悪いことは書かない・・・「朝鮮半島の進んだ文物が日本に伝えられた。」この韓国の歴史教科書に頻発する文言です。しかし、先進的な文物って、具体的には何なの?それが書いていないんですね。しかし、ちょっと離れた箇所で貿易に関する文言があって、朝鮮から日本への輸出品は米、木綿、人参だったとか書いてある。米、木綿、人参かぁ・・・たしかに『先進的』だねぇ・・・。しかし、先進的という言葉と米、木綿、人参という具体例が離れて記載されているので、「素朴」な韓国の高校生だったらダマされてしまうんでしょうね。

あるいは豊臣の朝鮮半島の侵攻のあと、朝鮮がロシアと戦争して朝鮮の鉄砲部隊が大活躍したとの記述があります。その鉄砲はどこから来たの?そんなことも書いていないわけ。あるいは、その豊臣軍の侵攻の後の時期に、朝鮮の農業技術が飛躍的に向上したらしい・・・この韓国の教科書では、いつものように「農民の民族意識」云々で片付けられてしまっています。

しかし、現実的に考えると違うでしょ?豊臣軍の中で農民出身の足軽が、朝鮮半島の遅れた農業技術に見るに見かねて実地でレクチャーした、と考えるのが現実的な思考でしょ?違うのなら、データーとか資料を出さないとね。農民の民族意識がどのように農業技術の発展に貢献したのか?とかの資料があるとでも言うのかな?しかし、この韓国歴史教科書ではそんなマトモな疑問には答えてくれないわけ。

13.データーが載っていない・・・この教科書にはそれぞれの時代の人口とか、生産量とかのデーターがほとんど出て来ません。これは前記のように政治を運営する気がなく、政治を論じることにしか興味がないので、データーを取る習慣がないのでしょうね。

しかし、韓国の歴史で突然に豊富なデーターが出てくる時期があります。それは日本統治時代。この時代になると、韓国の人口とか生産量の詳細なデーターが出てくるばかりではなく、事件における年号や被害などの詳細なデーターも記録されている。この時代になって初めて「政治」が行われていたことがわかるわけ。

14.判断が先に来る・・・たとえば、韓国人による伊藤博文の暗殺事件がありました。日本だと「暗殺」という言葉で記述されますよね?ところが韓国の教科書では「処断」という言葉になっている。「悪をやっつけた!」というわけでしょう。この手の価値判断を伝えるのが教科書の役目と認識しているようです。しかし、それは文明国の歴史教科書ではないでしょ?読者が自由に考えることができなくなりますよね?

しかし、この手の判断が先に来る歴史教科書は、大日本帝国の歴史教科書がそうだったはずです。たとえば足利尊氏と後醍醐上皇が争った南北朝時代の記述において、足利尊氏は一方的に「悪」にされていたそう。
文明国の歴史書のスタイルだったら足利尊氏の政策と、後醍醐上皇の政策を記述することに重点が置かれることになります。まあ、こんな感じで判断が先に来るような教科書で歴史を学んでいたので、大日本帝国の人間はバカになってしまったのでしょうね。

15.具体例が乏しい・・・たとえば「ハングルは優秀だ!」そんな記述が多く出てきます。しかし、ハングルで書かれた「おもしろい文章」の作品名は中々出てこない。ひたすら「ハングルは優秀だ!」「ハングルは優秀だ!」それだけ。文明国の書物だったら、ハングルで書かれたおもしろい作品の写真でも載せるでしょ?ひたすら判断を押しつける形なんですね。美術でも文学でも具体的作品名がなかなか出てこないわけ。

16.感情的表現・・・教科書は作者の「思い」を伝えることが韓国での常識なので、作者の感情的な表現が頻発している。・・・日帝の悪辣な・・・とかの言葉が頻発。しかし、その日帝が何年にどんな法律を作ったのか?とは記述していない。ただ「悪辣」とか「冷酷」とかの扇情的で感情的な文言が並ぶだけ。


【教科書から浮かび上がる韓国人のメンタリティー】

1.内輪もめ・・・それこそ新羅、高句麗、百済以降も、半島の人はやたら内輪モメをしている。いつの時代もこの内輪もめの記述がいっぱい。それだけ、「小山の大将」になりたがるようです。以前にも書きましたが、会話のできない人間は「手下はいても、味方がいない。」もの。どうしても「自分が大将」になりたがるわけです。

2.情報軽視・・・当事者として政治を進める人よりも、傍観者として政治を論じる政治論者が威張っていられるのは、やっぱり当事者意識の欠如が社会に蔓延しているからですね。実際に政治を進めるとなると、情報を集めて、情報を分析して、政策を立案して、法律化して、周知させ、実行する・・・そんなプロセスが必要でしょ?単なる「べき」論では片付きませんよ。地道な作業が必要なんですね。

朝鮮の歴史では情報というかデーターを集めている様子がない。情報もないのに、どうやって政策を立案するの?この韓国歴史教科書では「儒教の教えに従って、『○○のような政策をすすめた』・・・」なる記述が多くあります。しかし、マトモな政府だったら儒教の教え以前に、国家の人口とか生産量とか周辺国に関する情報を集めるものでしょ?そんな情報軽視の姿勢だからこそ、歴史のデーター資料も少ないわけでしょうね。

3.原理主義・・・当事者意識がなく、傍観者然なので、現実無視で原理原則を押し通そうとする。そしてうまく行かなくなったら、「アイツが悪い!」と他者に原因を押しつけることになってしまう。しかし、現実を無視して自分の原理原則を押し通してしまっても、うまくいかないのは当たり前でしょ?

4.対抗心が強い・・・ダメダメ家庭ではやたら対応心が強く「アンチ○○」なんて発想をしがちであることは以前にも書いています。韓国人が「アンチ日本」の発想をするのは勝手ですが、韓国人同士でもやたら対抗心が強いわけ。儒教の流派同士で対抗したり、儒教と仏教で対抗したりと、そんな記述ばかり。対抗する以前に、民衆のことを考えてみるとかそんな発想が全然ないんですね。

政治対立、学問対立、宗教対立、地域対立、身分対立・・・そのような記述ばかりが多くなる。自分自身を主張する方法として、まず最初に「私はあの○○に対立している!」と一声あげるのが、韓国人の流儀のようです。スグに排除の論理が出てきて、「お互いが、得意分野で一緒に協力してやっていこう!」とは行かないわけ。

5.排他的な愛国心・・・民族意識という言葉がやたら頻発するのに、では「その民族意識って、具体的には何?」という質問には答えられない。しかし、そのように強圧的に民族意識を押しつけるので、どうしても排他的な発想になってしまうことになる。20世紀になってアメリカなどの海外に移住した韓国人もいたそう。それはそれで結構ですが、その移住した人は韓国に対する強い愛国心を持ち続けたそう。

韓国にシンパシーを持つのは当然として、そんなに強い愛国心を持つのならアメリカに移住しなければいいでしょ?海外でそんな、「オレたちはスゴイんだ!」というような排他的な愛国心を持っているから、関東大震災やアメリカのロス暴動で焼き討ちにあうわけでしょ?アメリカに移住したらアメリカに忠誠を誓えばいいじゃないの?ねっ?

6.身分秩序・・・・ダメダメ人間は人間を序列化することが大好きのようです。まあ、カルトではこの手の序列化が好きなのはオウム真理教でもありましたよね?韓国もオウム真理教と同じように、やたら細かく身分が別れている。それにその身分間の移動が不可能のようです。妾腹の子供は絶対に出世できないとかが、あったそう。あるいは男尊女卑なども・・・そのような秩序を「倫理的」措置などとも記述してある。そんな身分体系は制度かもしれないけど、倫理とは言えないでしょ?

7.理屈をこねくり回す・・・現実を無視して理屈をこねくりまわすことが大好き。そしてその理屈も、権威主義で、おまけにすべて善悪で片付けてしまうので、思考に広がりがないわけ。教科書におもしろい記述があります。李氏朝鮮時代の農民の離脱に関するものです。
「農民の離脱は名分上、民生を安定させなければならないという儒教の王道政治論にあわないだけでなく、現実的にも、国家の財政を危うくするものであった。」
・・・しかし、一般の文明国だったら、記述の順序が逆でしょ?儒教の名分などより、国家財政の方が重要でしょ?

8.知識欲が乏しい・・・理屈をこねくり回すことは好きでも、新たな知識を得ようとはしない。まあ、目新しい学説には興味を持つようですが、知識って学説だけではないでしょ?たとえば世界地図を韓国が入手したのは17世紀末。しかし、日本にはイエズス会の宣教師より16世紀には入手していますよね?だから豊臣軍による朝鮮侵攻は、最新鋭の軍事設備と、世界全体に対する豊富な知識を持つ日本軍と、軍事的にも知識的にも乏しく、ただ「オレたちはスゴイんだ!」と自画自賛しているだけの朝鮮軍の戦いだったわけ。20世紀での太平洋戦争では、日本の立場は全く逆になってしまいましたが・・・戦争の善悪はともかく、何事でも事前準備は重要でしょ?

9.何でも反対・・・今のイラクのように何でも悪く取り、反対するのが韓国人。日本統治時代に貨幣の共通化をやろうとしたら、それに反対し、ブチブチ文句を言っている。勿論デメリットもあるでしょうが、本来は韓国人自身で貨幣の共通化なんてやらないといけないでしょ?他人にやってもらって感謝するどころか、文句を言う始末。
それに、そんなに貨幣の共通化がイヤだったのなら、今からでも元のバラバラの状態に戻せばいいじゃないの?
反対することには熱心でも、「で、結局は、どうしたいのか?」という点は何も考えていないんですね。

10.危機意識が乏しい・・・自分自身を自分で守ろうという当事者意識がないので、危機意識もない。だから周辺国の情勢にも気を配らない。だから簡単に侵略されてしまう。中国とか日本にスパイくらい派遣して情報収集するのが、マトモな国でしょ?そんな当然のこともやっているそぶりもないんですね。それに危機感がないので、優秀な人間を抜擢する必要がない。だから社会も停滞する。

11.ダメダメの連鎖・・・根拠のない「オレたちはスゴイんだ!」という思いこみや被害者意識だけの人・・・それに人の話を聞き、相手に自分の意向をわかりやすく伝える意欲のない人間を相手にしてくれる人って、一体全体誰がいるの?結局は、相手をしてくれるのは自分の子供・・・というか子孫だけになってしまうわけ。だからこんな教科書を作って子供たちをダメにしたがるわけです。
もし韓国人の子孫がマトモな発想をしてしまったら、こんな教科書を疑問もなく読んでいるような祖先は相手にしませんよ。
ダメダメな人間は、そのダメダメな集団から脱却しようとする人間の行動を妨害するものなんですね。この教科書はそのような効果があるわけ。

12.クレーマー・・・具体的にモノを考える習慣がないし、他者に対して具体的な説明をする習慣が身に付かないので、他者と上手に会話することができないわけ。その上に被害者意識が加わるので、どうしてもクレーマーになってしまう。

「一体、どうして欲しいの?」
「一体、アナタたちはどうしたいの?」

そう聞いても答えられないものでしょ?

そもそもそのような具体的な思考をするようには訓練されていないわけ。
しかし、こんな教科書で勉強した人たちが、他者とどのようにコミュニケートするの?
まさにこの教科書のように、感情的なスタイルで文句を言うだけで終わってしまうわけ。だってクレームをつけることくらいしかネタもないでしょ?


【トホホな記述】

韓国の教科書には結構トホホな記述が多くあります。まあ、狙ったユーモアではないでしょうが、笑えますよ。

1.新羅の王様の記述・・・「王が自ら藩田を耕して農事の規範を示したりした。」・・・今でも将軍様が何かと模範をお示しになりますよね?

2.16世紀頃の農民の食料に関する記述・・・・「政府は雑穀、ドングリ、木の皮などを加工して食べる方法を提示した。」・・・今でもやっていますよね?

3.陽明学に関する記述・・・「理屈をこねくり回す」だけではダメだ!これからは知行合一(知識と行動が一体になること)の陽明学だ!と言うことで、李氏朝鮮時代に陽明学の研究が始まり、結果的に立派な陽明学の学問体系が完成したとのこと。しかし、そんな立派な学問体系に意味はないというのが知行合一の陽明学じゃあないの?日本の大塩平八郎のように実践してみたら?

4.文盲率・・・日本が統治を始めた頃の、韓国の文盲率は80%だったそう。日本統治前までそんな統計も無かったようです。しかし、80%が字を読めないのなら、日本語で教えるのも理にかなっていますよね?ちなみに日本が韓国人に行ったとされる創氏改名だって、それ以前はほとんどの韓国人は苗字がなかったのだから、当然といえば当然ですよね?それに強制ではないわけですし。だからこの教科書では、その法律名も年号も出てこないわけ。

5.税制・・・16世紀頃の韓国の税制は「租庸調」を基礎にしていたらしい。それって日本だと大化の改新で制定された制度でしょ?韓国人が経済的な面を全然考えていない人間であることが実によくわかります。1000年も進歩がないわけ。

6.満州開拓についての記述・・・韓国人は満州の開拓を行ったらしい。その記述が秀逸です。「現地土着民から圧迫を受けながらも、荒蕪地を開拓した・・・」とのこと。しかし、これって、まさに侵略じゃあないの?それこそ現地土着民に謝罪しないとね。


私は何も偏見を持って、この「韓国国定歴史教科書」を読んだわけではありませんよ。

この教科書は図書館などで借りることができると思いますので、読者の方々も一度、虚心坦懐にお読みになられると、興味深いと思います。

何でも韓国では教科書は、この国定教科書一種類しかないそうです。まさに大日本帝国そのものですよね?

こんな教科書で歴史を学んでいる韓国人が、「ああ」なってしまったのも当然と言えば当然。そんな「おバカ」な韓国人が選んだ大統領のノ・ムヒョン氏が「おバカ」なのも当然と言えば当然。

だいたい大統領になる前に一度もアメリカに行ったことがない、なんて文明国では考えられないことでしょ?

しかし、今まで検討してきた韓国の教科書から見て、そのような人間が大統領になってしまうことも理解できますよね?それに、私が提示したこの教科書の特徴を思い起こすとノ・ムヒョン氏の発言が実に理解しやすいでしょ?

この教科書を読んでいると、「作者」が頭から湯気を出して怒って書いているのはわかりますが、何が言いたいのかさっぱりわからない。それに・・・この本からどうやって試験問題を作るのかな?だってこの教科書には「客観」がなく「主観」だけなんですからネ。

他者に対して物事を伝えるのは、客観的な5W1Hを伝えることが先で、次に個人的見解でしょ?そのようなスタイルでないと、聞いている側の人間は、「この人・・・いったい何が言いたいの?」となってしまいますよね?
まさにこの教科書はダメダメの聖典と言えるくらいです。

この教科書は人にわかりやすく伝えようとする意欲そのものが無く、ただ自分の思いを勝手に言い放しているだけの本なんですね。

実際のダメダメ家庭に育った読者の方の中には、ご自分の両親の「語り口」を思い出す人もいらっしゃるでしょう。

この教科書の文章と、ダメダメ家庭でのおなじみのセリフ

「一体誰のためにこんな苦労をしたと思っているんだ?!」とか

「オマエのために人生を棒に振ってしまった・・・」

とは実に近い位置にあります。あるいは、「悪いのは全部○○のせいだ!」という犯人認定にも近い。まあ、そのグチや犯人認定を言う対象がどこになっているのか?

この点は、日本人には悲劇的なことですね。

日本の会話不全のダメダメ人間が往々にして、韓国にシンパシーを持っている例が多く見受けられるでしょ?会話のできない人は、会話ができなくてグチばかり言っている人間と一緒になって、自分自身もグチを言いたがるもの。

まあ、私がよく書いていますが、それってハエやゴキブリが腐臭に吸い寄せられるようなもの。

グチを言うことが、一時的な楽しみになっていることはわからないでもありませんが、自分自身の尊厳を大切にすることが、ダメダメからの脱却の第一歩でしょ?こんな「人の話を聞くつもりもない」人たちと一緒にいて何が楽しいのかな?

いずれにせよ、図書館で借りて、実際にお読みになってみることを是非お勧めいたします。

まあ、読んで不快になることは・・・請け合いますが・・・
韓国を考える際に参考になるだけでなく、日本のダメダメ家庭を考える際にも非常に参考になると思います。

(終了)
***************************************************
発信後記

メルマガの文章作成には、結構準備時間がかかったりします。
今回の文章だって、そもそもこの教科書自体が、日本語で500ページもあって読むのも大変。
ということで、取りかかった頃には中国や韓国での反日デモもまだ起きてはいませんでした。

今回のお題は、良くも悪くもグットタイミングになってしまいました。

多分、中国の教科書も、韓国と同じように異常な教科書なんだろうと思います。
だって、卒業した生徒があのザマなんですからね。

何も日本の教科書に問題が無いというわけではありませんが、韓国の教科書は100%の異常と言えると思います。というか、日本だったらこの執筆者は変質者扱いですよ。変質的なクレーマーが執筆した教科書で勉強?させられている韓国の生徒は、ある意味お気の毒ですが、そのうっぷんを日本に向けてくるのは、はた迷惑ですね。

以下に管理者による追加文章 (10年12月21日 アップ)

さて、本文においては、韓国の歴史教科書に表れている、韓国人のメンタリティーについて考えております。

私としては、何も韓国人の問題そのものを指摘したいと思っているわけではありません。

韓国人というスクリーンに映っているダメダメのメンタリティーを考えているだけです。

韓国人なり韓国の歴史教科書そのものに意味があるわけではなく、ダメダメの問題を映すのにあたって出来がいいスクリーンというだけです。

だから、今回言及したメンタリティーに近い様相は、別のところでも見えたりするもの。

それこそ、インターネットの掲示板において湯気を出しながら書き込んでいるような人間のメンタリティーと共通しているわけですし、別の国との共通性もあったりする。

それこそ、別のところでまとめておりますが、ヨーロッパのポーランドのメンタリティーとも実に近い。

あるいは、日本だと、茨城県の歴史を調べてみたら、なんとも、同じようなことをやっている。

ここで、その共通性をピックアップしてみましょう。

ちなみに、このようなメンタリティーは、水戸藩に関わる幕末での大事件である「天狗党事件」では典型的に見出されたりします。この「天狗党事件」については、皆さんも、例のウィキペディアでも使ってチェックしてみてくださいな。

ということで、茨城県と韓国の歴史において共通してみられるダメダメの様相をピックアップしてみましょう。

1. 対抗心・・・何かと言うと、スグに「あの○○に対抗する!」と息巻く。そして、それこそ平安時代の平将門のように乱をおこしたり、論争を起こしたりする。

2. 身近なものを否定・・・それこそ、「尊皇攘夷」だって、長州や薩摩のような外様の大名が言うのなら分りますが、御三家が尊皇攘夷というのはヘンでしょ?

しかし、自分の父親が嫌いなことを自分で認めたくない人間が、「お祖父さんは立派な人だった・・・」と過剰に言ったりする例があることを考えれば、その尊皇攘夷の心理的な意味も理解できるようになるわけです。より遠くのものを肯定することで、目の前のものを否定しているわけです。

3. 政治家よりも、政治論者・・・水戸藩には色々な政治論者が出てきますが、実際の政治家はほとんどいない。実際に出てくる政治家も、「善政を行った。」とかの漠然とした記述になって、「どんなデーターをもとに、どのような施策を進め、どのような効果を得たのか?」という点が出てこない。「べき論」を用い、現実を否定しているだけの学者さんが多いんですね。そして、現実否定的な主張をすると改革派とか言われてしまう。そんな流れは、韓国の歴史教科書ではおなじみのもの。

4. 各派対立・・・それぞれの考え方について、データーを取って検証するという発想がないので、「議論のための議論」になるばかり。だから、政治論者の各派対立が深刻になってしまう。だって、主義主張の有効性を検証しようがないんだから、論争になったら収まりようがありませんよ。

5. 内輪もめ・・・ということで、内部対立が頻発することになる。水戸藩の前の時代から、やたら内輪もめが多い。

6. 報復・・・内部対立が深刻化するので、自分の側が被害者だと確認する儀式としての報復行為が頻発し、その規模も過激になってしまう。親類縁者を皆殺しするという凄惨な報復行為が習慣化してしまう。

7. 芸術の不在・・・自分の内面を見るよりも、対立している相手方を見てしまうので、自己逃避が進行してしまう。だから、自分の内面を厳しく見つめた成果といえる芸術作品が生まれない。まあ、茨城県出身で有名な芸術家となると画家の横山大観くらいとなるわけですが、その名前の大観の中の「大」の字は、当人のコンプレックスを示すことが多いもの。大きいことを肯定したのではなく、「小さい自分がイヤ。」という二重否定的な心理状態につながることも多いんですね。そもそも、その大観の作品も、芸術的に見ると「悪くはない」と言った二重否定的な価値でしょ?

目の前の現実を踏まえ、自分の意向を自覚して、異なった見解を持つもの同士でも、会話によって合意形成を進めていくという発想がない。

現実無視のご高説を「べき論」で連呼するだけ。

そして、気に入らない相手に対しては、スグに武力に訴えることになる。
そして、武力に訴える自分に酔ってしまう。

それこそ、「桜田門外の変」もその典型と言えます。
茨城の歴史は、犯人認定と報復行為ばかりの歴史なんですね。

それこそ、「尊皇攘夷」だって、「悪いのは全部、今の江戸幕府のやつらだ!」とか「外国のヤツらが諸悪の根源だ!」という発想でしょ?
それはいいとして、「では、結局は、アンタたちはどうしたいの?」となってしまうでしょ?

まあ、そんなことばかりしているから、水戸藩は尊皇が実現された明治政府に対して人材を提供できなかったわけでしょ?敵が共通となっている時点では一緒にやれていても、達成目標を共有することはできないわけです。

クレームを付けることには優秀であっても、自分たちの理想を実現させるという肯定方向には何も貢献できない。

まるで、革命家チェ・ゲバラのできそこないが集まったような人物ばかりが登場してくる歴史なんですね。

ちなみに、私としては、何も茨城県の方を蔑視しているわけではありませんよ。
幸か不幸か、ダメダメを映すにあたって、優秀なスクリーンというだけです。
そして、その点について自覚できれば、現在茨城県にお住いの方がコケないように注意することができるわけですし、芸術家も出てくることにもなるでしょう。
R.10/12/21


▲△▽▼


2020年04月24日
韓国の教科書問題 人類の起源は韓国 崩壊する民族教育

人類の起源は朝鮮で、進化論も否定している



韓国政府は事あるごとに日本の教科書問題を指摘するが、その根本的な理由は、実は韓国の教科書の方に問題があるからなのです。

隠したい欠点がある人は、他人を非難して誤魔化すのと同じです。


韓国の教科書問題

韓国は日本の歴史教科書を問題視する事が多いが、その理由を考える日本人は少ない。

日本による韓国併合で中国皇帝による朝鮮の支配は終わり、中国の支配から初めて解放された。


近代化に必要な技術、資金、知識、人材は全て日本から提供され、朝鮮は支配される事で、急速な近代化を遂げた。

その後日本はアメリカとの戦争に敗れて撤退し、南朝鮮はアメリカの植民地(統治下)になった。

その後まず南朝鮮が独立し、次いで北朝鮮が独立したが、すぐに戦争を始めて韓国は国土の95%を占領され負けそうになった。

日本は韓国を助けて米軍に基地を提供した他、物資の調達や後方支援で大いに貢献した。

朝鮮戦争終結(停戦)後は、日本からの援助が韓国の総予算の過半を占めていた時期があるなど、日本の援助で発展した。

混乱期から成長期に入ると日本から韓国に、国際貢献という名目で、自動車、電機、造船、鉄鋼など主要技術が無償で移転された。

この時日本の電機メーカーから援助を受けて誕生したのがサムソン電子であり、自動車メーカーでは現代自動車だった。

国際社会での韓国の地位も日本が協力して高めた。

例えば韓国が国連の非常人理事国に選ばれたのは、必ず選ばれるように日本が根回ししたお陰である。

韓国政府が日本の教科書を敵視している理由は、こうした事を韓国人に隠しているからで、日本の教科書の全てが都合が悪いのです。


人類の起源は韓国人

一例を挙げると韓国の歴史教科書には「人類の起源は韓国人である」と書かれています。

人類の起源は大陸に住んでいた朝鮮族で、最初の文明は古代韓帝国だった。その証拠に韓帝国の支配下にあった中国と日本は発展した。

という風に書かれている。

また韓国の教科書では進化論を教えておらず、神か創造主から韓国人が始まった事になっている。

韓国が「未開の地」であった間は、韓国人がこの教科書を信じても問題なかったのだが、韓国が国際化すると問題が起きた。

「神が韓国人をつくり人類の起源になった」という話を西洋人やアラブ人はどう思うだろうか?

他にも問題は山積みである。

韓国人の99%は漢字を読めないのだが、昔の韓国人の著作物を読めない原因になっている。

何とかしようというので、教科書の一部で漢字を併記し始めた。

ところをが中国や日本の支配と結びつけて、ハングル推進団体や愛国団体が反対運動をしている。


韓国人が人類の起源、文明の起源は韓国、そして唐・漢・隋などの中国文明やエジプトまで、韓国が文明を与えたと教えている。

むろん日本に文明を与えたのも韓国で、任那日本府や百済がその証拠だという。

一般的な解釈では任那日本府は日本が統治した植民地だったし、百済は日本の大和政権の同盟国または友好国だった。

しかし韓国では任那や百済が日本を支配したどころか、大和朝廷(天皇)が百済から派遣された事になっている。


韓国人の悩み

律令時代から武家の時代にも、進んでいた韓半島が日本と中国に技術や文化を与えたと書かれている。

農耕の発祥も、文字の発明も、鉄や金属の始まりも、全て韓国で始まったと書かれている。

最近の研究では水耕や鉄器は日本の方が早い時期から始まり、半島に伝わったのが分かっている。

豊臣秀吉の朝鮮征伐によって、日本は「進んだ文明」を奪ったと書かれているが、進んでいるならどうして毎回負けるのか謎である。


明治維新から韓国併合まで、やはり進んでいた韓帝国が野蛮人の日本人に騙され、侵略され、併合されたと教えている。

韓国併合のとき、日本の人口は約4500万人で、朝鮮は南北合計で600万人、南だけだと400万人だった。

しかも朝鮮は貧困で飢餓に喘ぎ、無一文で軍備も無かったのだが、こうした事を韓国人は知らされていない。


韓国併合の期間に、日本は世界一豊かだった朝鮮からお金と物資、人を奪い尽くし、その結果韓国は貧しくなったと書かれている。

だが現実には日本が朝鮮府から金銭を受け取った事は一度も無く、常に日本側が赤字で、朝鮮の開発資金を負担した。




こうした韓国教科書で育った韓国人が外国で暮らすと、深刻な矛盾に悩む事になる。

例えば韓国国内では過去の全ての期間、朝鮮半島は日本より豊かで強大だった事になっている。

だが欧米や世界に出れば、それが嘘に過ぎないのは英語で検索しただけで分かってしまう。

こうした矛盾が表面化するたびに、韓国政府は日本を非難し「日本の教科書を韓国と同じにしろ」と騒いでいます。

韓国がこのように自国の偉大さを、教科書で教えている理由は、本当の歴史を隠したいからに他ならない。

http://www.thutmosev.com/archives/35083076.html


メンテ

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韓国人が嘘をつく理由 ( No.1 )
日時: 2020/04/24 18:56
名前: 777 ID:LDXjbjIc

韓国人が嘘をつく理由
https://nihonsinwa.com/page/860.html


●韓国は儒教国。儒教は徳治主義。

●徳治主義は「徳のある」人には「良い結果」が訪れるという理屈。

●もしもお金を騙し取られた場合、騙されたのは「徳が無い」からとなる。

●もしもお金を騙し取り、うまく逃げおうせたら、それは「徳がある」から、お金を手に入れたとなる。

●よって騙されるより、嘘をついて騙す方が得。嘘がバレたらケンチャナヨ(まぁいいか)となる。

●嘘をつくというよりは、嘘のハードルが低い。




徳治主義について

韓国は儒教の国です。儒教は徳治主義です。徳治主義というのは「徳のある人が統治者になると国が栄える」というものです。これは統治者に関わらず、国民全体に浸透しています。よって韓国ではこの徳治主義が倫理の基礎となっています。

それで庶民にとっての徳治主義をというのは、何か良い結果があれば、それはその人に徳があったからということになります。逆に悪い結果があれば、その人に徳がない、つまり、悪い人であるか、もしくはバカということになります。
この理屈をよく覚えておいてください。





騙す人と騙される人はどちらが悪いか

さて。
ここで問題です。

Aさんがいます。

このAさんが、騙されてBさんにお金を取られたとします。
このとき、AさんとBさんはどちらが悪いでしょうか?



普通の国ならBさんが悪い

普通の国ならノータイムで悪いのはBさんになります。
Bさんが騙しているからです。

事実と異なることを言って、誤解させてお金をせしめているからです。Bさんが嘘をついているから、Aさんは悪くないということです。

まぁ、場合によっては、「よくそんな嘘に騙されたな」ということもありますが、ほとんどの法治国家ではAさんに非は無く、Bさんの犯罪ということになります。


儒教の徳治主義に照らすとAさんが悪い

でも儒教ではそう簡単にはいきません。

「悪い結果があったのは、その人に徳がないから」

という原則があるからです。

この原則に照らすと、Aさんが悪くなります。
お金を騙し取られるという「悪い結果」が起きたのはAさんに徳が無いからです。




騙す人の論理

ではBさんの側で考えてみましょう。

Bさんは普通の国では問答無用で「悪い」のですが、儒教では「嘘をついた時点で悪」というわけではありません。

儒教では警察に捕まるなどしないと、「悪い結果」と受け取られません。

もしも、うまく逃げおうせたら、単に「BさんがAさんのお金を手に入れた」というBさんにとって「良い結果」だけとなり、なぜBさんがお金を手に入れることが出来たのかというと、それはBさんに徳があるからということになります。つまりBさんはうまくやった立派な人であり、徳のある正しい人となります。


無論、中韓以外の国では警察に捕まろうと捕まらなくとも嘘をついた時点で「悪人」なのですが、儒教ではこういった結論と成ります。バレなければOK。バレたらケンチャナヨ精神です。

参考:儒教には神がいない。だから嘘に罪悪感を抱かない。



騙される方が悪い。そういう考えは多少なりとも、何処の国でもあることです。しかし、それは「余りに間抜け」という批判であって、「騙されないようにする努力も必要」という戒めの意味です。「騙した方の正当性」を保証するものではありません。この「騙した方の正当性」を「思想」が後押ししていることが、この儒教の珍妙さでもあります。

ただ、儒教は決して「騙した方が正しい」と言っているわけではありません。徳治主義という原則を厳密に採用すれば、こういった結論に成るというだけです。




騙した方が偉い…ならば嘘をつくべきという文化

結果的ではありますが…
騙した人の方が立派ということです。

日本のように騙すくらいなら騙される方がマシなどという価値観は存在しません。騙されるよりは騙した方がマシ、というレベルではなく、嘘をついても利益を得た方が「立派」「偉い」「徳がある」「正しい」となります。また嘘もバレなければ真実として横行します。だから嘘をつきます。真面目に正直にする意味がありません。正直にメリットが無いのです。

この思想を全員が完全に実践しているとは言いませんが、文化の土台としてこういった思想があるのは事実です。嘘のハードルが低いってことですね。

日本人には理屈では理解出来ても感覚としては理解できないことですが、この理屈を通して韓国のニュースを見ると非常に面白いです。



 ▲△▽▼




儒教には神がいない。だから嘘に罪悪感を抱かない。
https://nihonsinwa.com/page/881.html

儒教と嘘


儒教は徳治主義です。

徳治主義とは徳のある正しい人間が上に立つとうまく行くという思想です。
この思想は統治者だけでなく、すべての社会にまで浸透しています。

では「徳」とか「正しい」とはどういうことか?というと、明確な答えはありません。時代によって状況によって正しいということは変化するものだからです。そこで、その人物の正しさは何によって証明されるのか?? それは「結果」です。

そのとき正しくても悪い結果が出れば、その行動とその行動を取った人物は「悪い」ことになります。その人物が徳の無い正しくない、悪い人間だから悪い結果となったわけだから、その人物は「悪」です。

となると、良い結果こそが正義です。

徳治主義とは実は、究極の成果主義と言えます。
しかし、それなら何の問題も無いような気がします。

日本のように「和」を重んじるあまり、誰も失敗の責任を取らないという社会によりはずっと現実的で、臨機応変に対応が出来るような気がします。優れている、ような気がします。

しかし、ここに落とし穴があります。

結果がその人物の「徳」を証明するのですが、ここに「因果関係」がありません。

例えば、AさんがBさんに騙されてお金を取られたとします。
儒教の徳治主義では、騙されたAさんが悪い、となります。

騙されたのはAさんに徳がないから、バカだからです。
徳がないから、お金を騙し取られるという結果になったのです。


でも、Aさんは「嘘」をつかれ、騙されたから判断ミスしたのです。
客観的な情報を得ることが出来れば判断ミスはしなかったでしょう。

それでも騙される人はいますが、客観的で正しい情報を得ることが出来ればAさんが騙された確率は格段に下がったのです。だから、嘘をつき、間違った情報で騙したBさんが、儒教の国以外では悪いのです。多少は「騙される方も悪い」という意見もあるでしょうが、Bさんに非が無い、もしくはほとんどの非がAさんにあるという考えにはなりません。そう判断するのは儒教国だけです。


その結果、嘘をつくことが正当化されます。
騙される方が悪いのだから、嘘は付いた方が得です。

騙し切って利益を得られれば、その利益が得られたのは「徳があるから」となるからです。

嘘はつき得なのです。
ばれたらケンチャナヨ(まぁいいや、気にすんな)です。


参考:韓国人が嘘をつく理由


儒教国以外の人が嘘を罪と考える理由


というわけで、
「徳治主義」であることから、嘘が正当性を得ていることになります。しかし、ここまで言ってもピンと来ない人も多いでしょう。

あなたは

「儒教国が嘘をつく『理屈』は理解できる。でも、だからといって、こんな理屈だけで嘘をつくだろうか? 人間には罪悪感があって、本能的に嘘をつきたくないものだ!」

と思っているのでしょう。

嘘は罪だ!!

儒教国以外の私たちの多くは「嘘は罪だ」と思っています。ではなぜ嘘は罪なのでしょうか?

嘘が蔓延すると混乱するから? 人間と人間が信頼するためには正直であるべきだから? 理屈はいくらでもつけられます。でも、嘘をついてはいけない理由はおそらくこれです。

「神」です。
神が嘘を裁いているから、嘘は罪なのです。




儒教には神が居ない、だから嘘をつく。

キリスト教やイスラム教といった一神教では絶対的存在の「神」が居ます。神には絶対的な力があり、人間では到底叶わない、底しれない能力があります。当然、嘘だって見抜くのです。そのくらいのことは簡単に出来ます。だって神ですもの。

だから、他人に嘘がばれなくっても、神に見張られていて、いつか因果応報でひどい目に逢うのです。そういうトンデモナイ能力を持っているのが神というやつなのです。だから嘘をついて一時的に利益を得たとしても、その「嘘」という罪に見合うだけの罰があると、多くの人は思っています。

日本人もそうです。日本人というと信仰心が無いと思われがちですが、日本ほど寺社仏閣・祠・地蔵といった宗教物がある国はありません。日本人が嘘をつかないのは「言霊信仰」もあるのでしょうが、やはり人では無い特別な存在(神・霊・仏・閻魔様など)が見張っているという感覚はあります。

儒教にはその神が居ない
儒教国にはその「神」がいません。
儒教はハッキリと神を否定しています。



神が居ないので罪悪感も抱かない

神がいないので、

「嘘をついたら、神様が見ていて罰を下す」

という感覚がありません。

誰も見張っていないわけです。
罰が下るという感覚が無い以上、「罪悪感」もありません。抑制するものが一般的な習俗の国よりも薄くなります。


参考

ローマ法王の発言の意味(韓国セウォル号沈没事故に対する)

韓国の偽造犯罪が多すぎるのは何故か



これが嘘をつくもう一つの理由であり、
嘘をつくことに罪悪感を抱かない理由です。



中国と韓国の違い

ちなみに、韓国と中国では、中国の方がまだ信用できる、
という話がよくあります。

これは韓国が儒教ドップリなのに対して
中国が儒教を「表面的」にしか捉えていないところにあります。中国は儒教の国ですが、道教も浸透しています。

つまり中国には弱いですが「信仰心」があり「神」が存在するため、この違いが生まれたのです。



▲△▽▼


韓国の偽造犯罪が多すぎるのは何故か 2017-05-10


●韓国の大学生が偽造の診断書を提出して授業を休むが、そこに罪悪感を抱いていない。

●韓国では偽造の犯罪が非常に多く。日本の8倍。人口は半分以下であることを考えると発生率は日本の16倍。

●嘘のハードルが低い。

●社会全体で嘘を大きな問題とは捉えていない。


日本に比べ多すぎる韓国の偽造犯罪


引用
大学の授業をサボるために「偽造診断書」、日本に比べ多すぎる韓国の偽造犯罪

最高検察庁によると、2014年に韓国国内で偽造犯罪事件は2万1662件も発生した。
これは、日本(2665件)の実に8倍に上る件数だ。

日本の人口が韓国の2倍以上であることを思うと、韓国の偽造件数は多過ぎる。これについて、東国大学警察行政学科のクァク・テギョン教授は「社会進出を控えた大学生たちが何らの罪の思いなしに文書を偽造するというのは深刻な問題」とした上で

「偽造文書で授業を休むことを『大学時代のロマン』と捉えるゆがんだ道徳不感症をしっかりと正すべきだ」

と話した。

此処まで引用



なぜ日本と比べるのかは分かりませんが、ともかく韓国の大学生が非常に気安く「不正」を行なっているよ、という記事です。



旭日旗問題と嘘

さて、このサイトではよく「韓国には神がいないから嘘に罪悪感はない」とか「騙される方がバカという感覚がある」よ、という話をするんですが、その現象の証拠が上の記事になります。


しかし、どこの国でも嘘をつく人はいますし、騙される方がバカだって感覚は多少はあります。問題は韓国ではそのハードルが激烈に低いってところにあります。


嘘が一人歩きする社会

ところで日韓の間には旭日旗問題というのがあります。この旭日旗の最初の始まりは2011年1月のサッカー日韓戦で日本人をバカにした猿真似のパフォーマンスをした奇 誠庸(キ・ソンヨン)選手です。それまでは旭日旗が政治問題になったことはありませんでした。

彼は、猿の真似をして日本人をバカにしたことを問題にされると

「観客席の旭日旗を見て涙が出ました。私も選手の前に大韓民国国民です…」

と発言した。つまり観客席にあった旭日旗に対する復讐なんだと言ったのです。ところが、当日の観客席には旭日旗は掲げられていませんでした。

ってことは、単なる奇 誠庸(キ・ソンヨン)選手の日本人への侮辱なんですね。とっさに自分の人種差別行動を正当化するためについた嘘が「旭日旗」なんです。

ところが、この旭日旗問題はそれから度々問題にあげられるようになります。嘘が一人歩きしているんです。一人の人間の嘘が、まるで真実かのように飛び火して韓国人の道徳に火をつけた。

そもそも嘘なんですよ。嘘でも燃え広がる。真実かどうかじゃないのです。

韓国の選手が責められていたら助ける。それが嘘でも構わない。
真実か嘘かということそのものが問題にされない。
慰安婦問題でもそうなんですよね。それが韓国の道徳(正義)です。



事実の価値の低さ、嘘の気安さ

その根本にあるのは「事実」の価値の低さ。
同時に「嘘をつくこと」のハードルの低さです。

普通ならば嘘をつくことは許されないでしょう。でも、嘘を社会全体がさほど問題にしないのであればどうなるでしょうか。

これなら嘘をついてでも、その場をしのいだ方が得だなと韓国人が考えても不思議じゃないですよね。

そういう感覚が根本にあるわけです。

でも、勘違いしてはいけないのは、アチラではそれが文化だってことです。
私たちとはちょっと違う。
ただそれだけのことです。

私としては嫌韓ではなくて「違う」ってことを理解して、その上で対処するようにして行くべきだ、って考えています。


▲△▽▼


ローマ法王の発言の意味(韓国セウォル号沈没事故に対する) 2014-04-26


●韓国は東アジア第二のキリスト教国。

●韓国はキリスト教国であるが故に信頼を勝ち得ていた。

●対して日本は無宗教の国と思われている。

●欧米の人は神を信仰することがモラルを育んでいると思っている。

●ローマ法王は韓国のモラルの低さに信仰を疑っている。

●この疑念が広がるとこれまでの韓国の反日活動が全て真反対に作用する可能性がある。



ローマ法王の発言

韓国のフェリー沈没事故に対するローマ法王の発言がネット話題になっています。

法王は「韓国民すべてに深い哀悼を表す。若者に会いに行く訪韓を控え、多くの若い生命の犠牲を非常に残念に思う」と述べた。また「韓国民がこの事件をきっかけに倫理的・霊的に生まれ変わることを望む」と強調した。



韓国の30%はキリスト教とされます。

この「30%」は団体に所属している数字で、実際に信仰しているのは、もっと多いとも言われます。韓国は東南アジアの中ではフィリピンの次にキリスト教国です。

欧米が今まで韓国人を信用して来たのは、この「キリスト教だから」というのが意外と大きいとわたしは思います。それに対して日本人は無宗教。日本人にとっては神を信じているか信じていないかで、欧米人からの信用に関わるなんて、あり得ないと思っていますが、そんなことはありません。




神が支える社会とモラル

欧米の人から見ると

異教であることよりも、神を信じていないことの方がずっとヤバイ。

それは何故かといいますと……


日本人は無宗教です。
自分でそう言います。

でも日本人が言う無宗教と言うのは
宗教団体に属していない程度のことで、
なんにも信仰心がないと言う意味では無いのですが、とにかく日本人は宗教を、神を信じていないと言います。


そんな日本に来た外国人は
日本人のモラルの高さを見て

「宗教も無いのにどうやって道徳を教えるのか??」

と言います。

信仰と道徳・モラルの因果関係があるのか?というのはひとまず置いておいて……

つまり、神が社会の秩序を守っていると欧米の人は考えているのです。
神は人を正しい道に導くものだからです。

バレなくても、嘘をつけば、その罪悪がわが身に帰ってくるもの。その罰を与えるのが人ではない特別な存在である「神」です。神を信じるということはモラルの形成に欠かせない…そうキリスト信者は考えています。

彼らにとって神を信じないのは罪悪です。
ただそれだけで、です。

ところが
日本人は平気で神を信じていないと言う。

彼らから見ると
こんなやつらは信用出来ない。

その点、韓国人は信用出来る。
だって神を、キリスト教を信じているから。

……と欧米の人は考えていました。
今までは。


慰安婦の問題がここまでこじれるのは韓国がキリスト教国であることも理由です。




日本人は信仰心がある、いや強い方かもしれない

欧米の人には日本人に対する大きな誤解があるのです。
それは「日本人は神仏を信じていない」ということ。

日本人は宗教団体に属していないだけで、
どう考えても信仰心がある。

嘘をつけば、閻魔様に舌を抜かれるし
悪い子は鬼が連れて行っていしまう。

まだまだ使えるものを捨てると、罰が当たる。
悪いことをすれば、回り回って、自分にかえってくると思っている。

あちこちに地蔵があり、仏像があり、大小様々な神社、祠がある。
これほど宗教施設のある国はありません。

これが信仰心で無くてなんだと。


事故で垣間見えた韓国の国民性

韓国人が今回のフェリー事故で大小様々な嘘を
とても気軽についているのを見て
欧米の人は、単純に嘘をついているとは思わない。

「信仰がない」と考えるでしょう。

これは致命的です。

神を信じていること、キリスト教国であること、キリストでなくとも仏でもいいので信仰があるからこそ、欧米からの信用があった部分があるのです。

いやいや、信仰はあるだろう!と言う人もいるかもしれませんが、あれだけ嘘をつくならば、信仰していても意味が無いのです。

だって神が人を正すのに、誰も正しいことをしないなら、信仰があったって、神は居ないに等しいでしょう。

それどころか、信仰なんて無かった。形だけだった。信仰があるというのが嘘だったということになります。


●嘘をつく、関係者が癒着する、その他の不正は強く残った儒教文化の影響と考えた方が納得できます。

●しつこいようですが信仰とモラル形成に因果関係があるかどうかは、分かりません。




この発言は兆候に過ぎない?かも。

その表れの一つが
ローマ法王の発言です。

日本人から見ても、「まさか」「そこまでとは」「予想以上」の新事実が毎日出てくるのです。欧米の人にとってはそれ以上の衝撃でしょう。日本人と韓国人なんて見た目が一緒なのです。漢字圏だし、当然文化も同じと考えていました。それがどうも違う。日本人と韓国人は違う。文化も構造も発想も違う。そういう認識になってしまう。


反日がすべて仇に

もしも信頼を失ったら、これまで行ってきた反日活動の全てが、「韓国のモラルの低さを証明するもの」に変換してしまいます。慰安婦像は韓国の不正の証拠と成ります。

その中で最たるものが「河野談話」です。

これから河野談話の検証が行われ、談話が事実と異なることが明らかになるとしても、日本は「談話を撤回しない」ことをハッキリと言っています。

つまり検証の結果によっては、韓国は事実と異なることを要求したという「事実」が残るということです。


参考:正義が事実を追い越す恐ろしさ



もちろん、日本が行き当たりばったりで要求を飲んだという問題(←こっちの方が問題だ!)もありますが、それも含めて「歴史の事実」が残ることになると思います。

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韓国人の行動原理

●徳治主義では正しい・徳のある人が上に立つと上手くいく。

●そこで正しさの証明が必要だが、正しいというのは非常に曖昧なもので、証明が難しい。

●正しさの証明の方法が三つある。

@地位が高いと正しい
A結果が出るのは正しいから
B他人を悪く言うことで、自分の正しさを証明しようとする

参考:性善説



●事実に基づかなくても、正しいことが優先される。よって悪口言い放題となる。


正しく、徳のある人とは???

韓国・北朝鮮・中国は儒教の国です。

儒教は徳治主義です。
徳治主義とは簡単に言うと「正しい・徳のある人が国を治めると発展する」という考え方です。

徳治主義は権力者だけでなく、国民全体に行き渡った考え方です。
誰もが「正しく」「立派な」「徳のある」人物であろうとします。

でも、正しいってなんでしょうか?

正しいってのは客観的な価値観じゃありません。

では何を持って正しいというのか?
徳があるとはどうやって証明するのか?

幾つかの方法があります。



まず二つの証明方法

地位が高いのは正しいから

一つは地位が高いってことは正しいということです。
正しいから地位が高い、だから地位が高い人は正しい。

上司は正しい。
教授は正しい。
そういう人たちの言うことは正しい。


また、「孝」の思想から目上の人は無条件で偉い人ですから、

目上の人は正しい。
目上の人が言うことは正しい。
親は正しい。親の言うことは正しい。

となります。

これは、理不尽な面もありますが、しかし社会を安定させるには悪い方法ではありません。


成果・結果が出るのは正しいから

次は、結果を出すこと。

徳治主義では正しい人が上に立つと良い結果が出ます。
誰でもハッキリと分かるような成果を出すと、それは正しいとなります。

売り上げを伸ばし、
テストの成績を伸ばし、
業績を挙げて、利益をふやす。

それは自分が正しいという証明になります。



最後の証明方法

他人を否定することで正しさを証明する

あと最後に、他人を否定する、というのがあります。
ここが問題です。

つまり、自分の正しさを証明するために他人を否定します。

他人が間違っているから、自分が正しいというわけじゃないのですが、それでも、その人よりは正しければその人よりは「上の人間」と証明出来ます。

だから他人を見下し、問題点を挙げ、否定します。
自分に同様の問題点があるかないかは、それこそ問題ではありません。

これが非常に厄介です。

誰かを否定し、誰かを見下すことが、行動の原理になるのです。
しかも一番手っ取り早く自分の正しさを証明できます。

自分は一流で先進、あなたは三流で後進、何をしても自分が上、と証明したがります。

しかもその証明には必ずしも事実にもとづく必要がありません。
正義が事実を追い越しているからです。

参考:正義が事実を追い越す恐ろしさ



だからなんだって言えます。
まぁ、嘘ですね。

しかし嘘をついている意識はありません。
それは事実より正義が大事だからです。

事実と異なることは、「嘘」ですが、
そもそも事実が重んじられないのだから、
嘘という感覚が希薄です。

そういうことで事実にもとづく必要もなく、その上で、(何度も言うようですが)他人を否定するわけですから、単なる悪口です。

悪口を言うことは、普通なら不徳です。
しかし、自分の優位を証明することは、自分が正しいことの証明になり、自分に徳がある証明になります。だから不徳ではないのです。日本人から見ると無茶苦茶ですが、そうなります。

事実を元にする必要が無いので悪口の言い放題となります。止める方法がありません。実際、韓国御の悪口の表現は日本語の表現に比べると非常に多いです。



文化の違いです

でも誤解してはいけないのが、これが文化だってことです。
それが当たり前だと思っているのです。

だから、許すべき、ということではありません。
そういう文化なんだという「事実」を踏まえて、そのフィルターを通して見れば、いいのです。


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韓国が結果を捏造・改竄する理由


●儒教は徳治主義。徳治主義は正しい人が上に立つと良い結果が出るというもの。

●悪い結果が出るのは、その人物が悪いから。

●悪い人には何をしてもいい。

●韓国の歴代大統領は退任後に不遇。

●悪い結果が出ると、身の破滅。

●よって身を守るために結果を改ざんする。

●隠蔽・改ざん・ねつ造は身を守る唯一の方法。



徳治主義

儒教は徳治主義です。
徳治主義というのは正しい人が上に立つと上手くいくという考え方です。

さて「正しい」ってなんでしょうか??

韓国ほどの儒教の影響を受けていない日本人の「正しさ」とは、皆と仲良くすることです。これを日本人は「和」と言います。

輪(和)を乱す人は嫌われます。輪(和)に入れない人はダメな人です。
コミュニケーション能力が、仕事の能力よりも高く評価されることすらあります。


これはこれで会社の発展を妨げるので欠点ではある

そんな日本人にとって、「立派な人」というのは「周囲から立派と言われる人」のことです。つまり、その人物の「正しさ」は周囲の人間が決めることです。

どんなに仕事が出来ても、周囲の人に嫌われていると、立派な人とは思われません。
逆に地位が低くても、場合によっては仕事が全然ダメな人でも、周囲と上手くやってる人は、評価が高いものです。

だから日本人は金持ちよりも、皆と仲良く気持ち良く生きている人を理想としています。



悪い結果は破滅への道

それに対して、儒教の「正しさ」の評価は、周囲の評価ではありません。
一言で言うと「地位」であり、「結果」です。

しかし、人生はいいときもあれば、悪いときもあります。
いいときなんてのは、誰だって上手くやれます。
なにやったって上手くいくんです。

問題は悪い時。

日本人の場合、ここで「和」を求められます。
悪い時、苦しいときに助けてもらえる人は、日頃から皆と仲良くやっている人です。
そういう人は支えられながら、乗り越えて行きます。

ところが、儒教ではそうは行きません。
何か悪い状況になったとき、
売り上げが落ちた時、失敗したとき、
徳治主義では「正しい人」が上に立つことで発展するのですから、
悪い結果が出るのはその人が「悪人」だからです。

悪人だから、足を引っ張っても構いません。

悪人だから、いろんな悪いことをやっているに違いありません。
もともと正義が事実を追い越していますから、
事実にもとづく必要はありません。

つまり悪い結果の行き着く先は「破滅」です。
絶対的決定的な破滅です。

これは韓国の歴代大統領を見てもらえば分かります。
韓国の歴代大統領は暗殺・自殺・逮捕と退任後はろくなことはありません。


参考:パククネがいきなり反日全開の理由



●韓国大統領が断罪される直接の理由は、身内に利益供与をするからです。



隠蔽・改ざん・ねつ造は生き残る道

では、その悪い結果を呼ばないためにどうするか?

最初は適切な努力をします。
しかし、人生はいい時もわれば、悪い時もある。
どうにもならないこともあります。

だったら、どうするか。

結果を改竄します。
放置してれば、破滅するのです。

隠蔽・改竄・ねつ造は
唯一、生き残る道なんです。

だから仕方ない、って訳ではありません。
ただそういう文化が違うという目で見ておく良いということです。


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上下関係


●儒教では上下関係を維持するのは「安定」「平和」のため。


儒教の上下関係

儒教が成立したのは紀元前6世紀の中国でした。このとき中国は騒乱の時代で、国があり、王が居たのですが、その王の部下が王を蔑ろにしていました。王の言うことを聞かないのですから、混乱しますよね。ここに秩序の回復を訴えたのが孔子でした。孔子は「礼」が大事として「上下関係をしっかりとするべきだ」としました。だから儒教では上下関係が非常に厳しいのです。上下関係という秩序を保つことで社会を安定させているわけです。上下関係とは平和のための手段なんです。





日本と欧米の文化の違いと儒教の上下関係

ここに日本や欧米との「世界観」に違いがあります。

まず欧米では、これまで書いたようように「神の視点」が幅を利かせています。神から見れば人間というのは、多少の能力差や肌の色も目の色も、違いがあっても、神様という絶対的存在に比べれば、大差ないことですから、みんな「平等」です。

それに対して日本はどうかというと、「和」が大事です。和というのは「みんな仲良くしようよ」という考え方で、この和の原則は「全員一致」なんです。これは「平等」とは違います。言うなれば「同質」です。同じであることが「和」の条件なので、日本人はこの「同質」から外れることを嫌います。だから欧米人が言うところの「平等」と日本人の「平等」というのは似ているけどちょっと違うんです。日本人は「同質」と「平等」を取り違えていて、全く同じにすることに固執しますが、本来の平等はせいぜい「機会均等」という程度です。そういう意味では日本人の「和」には共産主義に近い感覚があるんですね。それはともかく日本人の和には、「平等」に近い、「立場が同じ」という性質があるわけです。





日本の和について

これは日本の神話にも反映されています。

例えば、古事記や日本書記のお話です。出雲という国、現在の島根県を奪おうと高天原の神が考え、その対応策を話し合うことになりました。高天原の天安川(アメノヤスカワ)で神様が集まって、会議をしました。そしてその結論を段取りして実行するのがアマテラスでした。アマテラスっていうと天皇陛下のご先祖さまで、今の日本人は「すごい偉い」「強権を持ってる」と考えがちですが、実は絶対的強権力を持っていた訳じゃないんです。アマテラスは部下に命令する「王」ではなく、みんなで話し合って決めたことを実行に移す「議長」+「実行機関」という感じです。日本人の本来の世界観には上下関係というのは無いんです。大事なのはみんなで話し合って決めること。それが「和」です。


●古事記・日本書紀では崇神天皇から儒教の影響が見られ、上下関係にこだわる記述が見られます。

●ただ、儒教の上下関係は支配者階級の一部にしか影響は見られない、しかも中途半端です。

●江戸時代には封建制度を維持するために朱子学(儒教)を取り入れましたが、本来の儒教は違う上に、これまた影響は武士階級だけした。

●明治以降、昭和の大戦までの「国家神道」は実質、一神教や儒教の考えを取り込んだエセ神道というものです。戦前の父権は儒教の影響です。




現在の日本人にはわかりづらい「儒教の上下関係」

だから日本人には儒教の上下関係というのは理屈では分かっても、本質は理解出来ません。日本人は韓国人のことを、同じ文化を持つ仲間、だと思っていました。ところが韓流ブームが起き、韓国の内情が知れてくると、「あれ、どーもおかしいぞ」と思い始めました。嫌韓ブームの根っこはこの「違和感」です。その違和感の一つがこの「上下関係」の違和感です。

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韓国人にギブアンドテイクの感覚がない理由 2017-10-11


●韓国は儒教国で、上下関係を重んじる。

●韓国にとって上か下しかない。対等という感覚はない。

●ギブする側はギブするだけ。テイクする側はテイクするだけ。譲歩はない。

●日本や欧米は(実際にそうするか、そう思っているかはともかくとして)、対等に接するのがマナーだと思っている。見下したりバカにするのはダメ。

●儒教国では譲歩とは不道徳と認めることであり、格下と認めることになり、つまり交渉は敗北ということ。

●儒教は上下関係を重んじて、下が上に絶対服従することで社会を安定させようとしている。嫌な言い方をすれば、差別を尊ぶ社会。





韓国人はギブアンドテイクの概念が分からない


【韓国の反応】韓国人「韓国人は『ギブ・アンド・テイク』の概念が分からない」
 

みずきさんのサイトでは翻訳をしていて、そこで面白い記事がありましたので引用。私は韓国語は分かりませんので助かりますね。
この元記事では「韓国人はギブアンドテイクの概念が分からない」とある。面白い。確かにそうなんですよね。


上下関係と道徳

韓国は儒教の国で儒教では上下関係を重んじます。その上下関係を決めるのが「道徳」なんですね。そんな社会なので「上」は「道徳的に正しい」から、威張って命令できるんです。なぜなら「正しい」のだから。「下」はその命令に従わないといけない。なぜなら「道徳的に正しくない」から。下は上に絶対服従。絶対服従するのが社会の道徳なんです。

この上下関係はかなり厳しくて、事実より上下関係…つまり道徳が優先されます。厄介なのは、飛行機のパイロットです。パイロットの機長が判断ミスをして、それを副操縦士が指摘しても、「上」の意見が絶対の韓国社会では、そんな指摘なんて無意味、いや、そんな指摘をすると、上(=機長)が下(=副操縦士)をぶん殴るなんてことがあるのです。それだけ上下関係が厳しいのです。そりゃ事故が起きやすいですわな。





上か下か?

これは国家の関係にも反映されます。

韓国としては道徳的に正しい韓国は「上」で、道徳的に間違っていることをして来た日本は「下」です。これは揺らがないのです。この「韓国上・日本下」という構図が壊れるような事実は徹底的に批判します(それが歴史認識という問題になる)。

そんな韓国は当然のように、交渉の時に、この「上下関係」で交渉相手を見ています。日本が韓国の気に入らないことをすることは、韓国の道徳「上下関係」から批判します。そして韓国は日本が嫌がることをいくらしてもいいのです。なぜなら「韓国が上(つまり韓国は正しい)」だから。





歴史背景

対等に扱うのがマナー

日本は相手と対等の関係を結ぶことが「正しい」と思っています。これは日本が「和」の国だからです。そして欧米も同様に対等の関係が「正しい」と思っています。欧米の場合はキリスト教の世界観「人類は皆、神の子(=つまり皆んな平等)」という感覚からです。実際にそうするか、そう思っているかではなく、そう接することがマナーだと考えているんですよ。対外的にはそうしないと批判されても文句言えないよね、という感覚がみんなにあるんです。
上か下か

一方で、中国と韓国・北朝鮮は、「対等」という感覚はありません。上か下か。命令する方か、命令される方か。屈服するか、反抗するかです。譲歩は「下」がするもの。譲歩とは自分が「下」と認めて、道徳的に劣っていると認めること。つまり敗北です。

●だから通貨スワップ交渉など、あり得ないほどに上から目線になる。例えば「スワップは日本側が望んだ」など。もちろん嘘だが、嘘だろうが本当だろうが、こんな発言を政府関係者がする必要がない。我慢できないのは儒教国だから。

譲歩がない儒教国の感覚では「ギブアンドテイク」はありえない。「ギブ(下・屈服する側)」する側と、「テイク(上・命令する側)」する側しかない。
ギブ側はひたすらギブするだけ。
テイク側はひたすらテイクするのみ。

●慰安婦合意で、日本が慰安婦を認めるという譲歩に対して、韓国が10億円受け取りで譲歩する…というのは、韓国の文化では許されない。日本が譲歩したのであれば、韓国はもっと多額の慰謝料を得るべきだと考える。譲歩しあって、問題を解決するという感覚はない。

●朴槿恵は韓国では慰安婦合意を一つの理由として断罪されているんですが、彼女の決定は国際的には何ら問題のない真っ当なもの。譲歩に対して譲歩しただけ。


ま、ちょっと極端な書き方なんですがね。
そういう常識を持った…我々とは全く違う感覚の人たちを接しているんだという感覚を持って見るべきなんですよってお話です。



誤解しちゃいけないこと

あ、誤解してはいけないのは、儒教は上下関係を徹底することによって社会を安定させようという思想だってことです。上の言うことを下が絶対服従すれば、社会から争いは無くなるよね、発展するよね、って考えているんです。
嫌な言い方をすれば差別を尊ぶ社会なのです。


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儒教と民主主義が合わない理由
投稿日時:2017-05-27 11:20:05


●資本主義と民主主義の組み合わせは戦争を抑止する。

●文化摩擦が起きて、負の感情が湧いても、お互いに経済の交流があれば、どこかで沈静化しようとする。揉めると損をするだけだから。

●ところが儒教では、何より道徳が優先されるために、この理屈は大手を振って通らない。


資本主義+民主主義は戦争を抑止する

民主主義+資本主義には素晴らしいメリットがあります。
もしもA国とB国が憎しみあっても、両国の間に経済のつながりがあれば、戦争してもメリットがありませんから、戦争は抑止されます。相手をコテンパンにしても、大損をする。もちろん国民も死ぬ。経済的に損をしたり、国民が死ねば政府は支持を失い、選挙に負ける。誰にとっても、何にもいいことがない。だから憎しみあっても、それ以上の事態にはならない。ならないようにする力が国内・国外で働く。

日本がクジラを捕るからと不満なオーストラリアも、じゃあ、日本との関係悪化を望んでいるのかというとそうじゃない。日本もそんなことはない。シーシェパードが日本の船舶に突っ込んできても、腹は立つものの、沈静化する方向で動く。日本の商品をオーストラリアで販売して生活している人もいるし、日本もオーストラリアの商品を購入している。お互いがお互いを必要とし、支え合っている。これらを失ってまで意地を張る必要はない。だから適当なところで問題を沈静化しようとする。業者が働きかけるし、国民も色々と考えると喧嘩したって良いことない。そんな風にどこかでブレーキがかかるのは民主主義+資本主義の良いところです。




儒教では沈静化できない

ところが儒教はそうはいかない。
儒教で大事なのは道徳です。

憎しみあって関係が悪化しても利益がない! だから沈静化する!というのは道徳に反します。利益を得て、正義を捨てる訳ですからね。これをやったらクソ野郎というのが儒教の考えです。だから、韓国は反日を捨てられない。「日本とは取引があるのだから、反日をして日本と関係が悪化しても利益なんてない…損するばかり。だから反日をやめよう」というのは出来ません。それを口にする人間は道徳のない人間であり、周囲から批判される。道徳が何より大事な社会でそんな不道徳で冷静で合理的なことを言える人はいません。


●その割に贈収賄が発生するじゃないか!と突っ込む人もいるでしょうが、韓国では「ウリとナム」という別の理屈もあります。詳細は別のページで。

民主主義+儒教ではこれが暴走を起こします。
韓国としては一旦もりあがった反日は押し通すしかないんです。民主主義ではこれを止めることが尚のこと出来ません。


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ウリとナム


●韓国には「ウリ」と「ナム」という感覚がある。

●ウリは「我々」という意味。ナムは「ウリ以外」。

●ウリの利益は嘘をついてでも守る。

●韓国人はウリには親切。

●ウリを守ることは法律より大事。

●政治家の汚職や、大統領の親族への利益供与などの根本はコレ。

●ウリの範囲は時と場合によって変化する。


ウリとナム

韓国文化の話で取り上げられるのが「ウリとナム」。

ウリってのは日本語で言うところの「我々」。
ナムはウリ以外に人のこと。

で、韓国ではこの「ウリ」の利益を守ろうとする感情が非常に強い。

例えば、韓国は偽証が多い。偽証は例えばアリバイ工作だったり、口裏合わせな訳です。「ウリ」である知人を守るために、嘘をつく。韓国は儒教国で道徳が大事な国ですから、ウリを守るためならば嘘をつくのは「正しいこと」という認識があるのです。

まぁ、それが恋人とか家族ならまだ分かる。それが正しいかどうかは別として心情は理解できるでしょう。しかし、その「ウリ」の範囲が、時と場合によって変化し、贈賄相手ということも多いのですね。コレがピンと来る日本人はいないでしょう。




贈賄を事例に

例えば、あなたが「役人」にお金を渡して仕事を受注したとします。するとその役人とあなたは「ウリ」の関係になります。ウリは嘘をついてでも守る。これが道徳ですから、贈賄関係になった時点で、お互いを守らなくちゃいけません。それが道徳ですからね。だから贈賄を送る事、受け取る事、そこには「俺たちはウリだよ」「だから守るんだぞ」という道徳による縛りというか、「絆」が生まれるんです。単なるビジネス目的の贈賄じゃないんですよ。道徳で結ばれた絆なんです。まぁ、犯罪なんですけど。

贈賄で出来た「ウリ」の絆も強いのですから、これが「親族」となればもっと強力になります。韓国大統領が親族に利益供与するのはこういう理由です。親族に「なぁ、いいだろ? うまい汁を吸わせてよ」と言われたら韓国人ならば相当に強い意思がないと断れません。親族という「ウリ」を優遇するのは韓国では絶対的「道徳」なんです。



法律は守らないのか?

しかし、日本人の感覚として「法律を守るという道徳はないのか?」と疑問に思うでしょう。ないわけじゃないんですが、儒教の国は法律より道徳というのが社会の常識です。よく韓国は「憲法より国民感情」というんですが、正確には「憲法より道徳」です。ただ道徳というのは立場と時と場合によっていくらでも変わるので、「道徳=感情」と大差ありません(少なくとも日本人から見れば)。だから法律はあまり守られません。守らないというよりは、守る必要がないだけなんですけどね。ともかく法律は二の次なんです。

●財閥の親族が犯罪を犯した場合、裁判にかけても非常に刑が軽いか、執行猶予になることが多いです。これは裁判官が財閥の援助を受けて大学に行っていることが多いからです。援助を受けているということは財閥の「ウリ」です。となれば、司法のルールを曲げてでも財閥に有利な判決を出さなくてはいけません。それが「道徳」だからです。


法律の縛りがなくて、時と場合によって変化する「道徳」が一番大事な社会で、「ウリ(我々)」の利益を守ることが正しいわけですから、日本人から見ればルール無用の社会になるのですが、ウリという感覚は韓国を理解する上で非常に大事なワードになるわけです。

ちなみに反日の時はウリの範囲が韓国・朝鮮全体に広がります。

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世界が韓国から孤立する…法(神)と道徳(儒教)の戦い
投稿日時:2017-05-29 12:14:10



●国連事務総長が日韓合意に賛意・歓迎の意思を表明した。

●韓国ではかなり大騒ぎで批判している。

●韓国では道徳が大事なので、不道徳な日韓合意は許されない。

●道徳は法よりも大事な社会なので、国家間の契約より道徳が大事。

●儒教では道徳によって社会秩序を保とうとしている。

●一方で国連は欧米の世界観で「法」を優先する社会。

●欧米は法による秩序により社会秩序を保とうとしている。

●今回の騒動は法(神)と道徳(儒教)の戦い。


国連事務総長が慰安婦の日韓合意に賛意・歓迎


産経新聞国連事務総長が慰安婦の日韓合意に「賛意」「歓迎」 テロ等準備罪法案批判「国連の総意ではない」 安倍晋三首相との会談で
 

安倍首相とグテレス国連事務総長がイタリアのタオルミナで会談を行いましてゲテレスさんが

●日韓慰安婦合意に「賛意」と「歓迎」。

●テロ等準備罪の改正案を批判した国連特別報告者のケナタッチは国連の意思を反映したものではない。

●国連は北朝鮮への圧力に対して積極的に関わる。


と、発言。発言というか、ほとんど安倍首相と意見を同一にすると表明しただけですね。この発言によって韓国は揺れに揺れています。日韓合意を国連が支持したことが気に入らないのです。


韓国では道徳が大事。

彼らにとって日韓合意は不道徳で有り、履行する必要はないし、破棄するのが正義ですから、このゲテレス事務総長の発言は許せない。



韓国の考え方

儒教では道徳によって社会を安定させようという考えがあります。王と臣下がいて、臣下が王をないがしろにすれば統治はできません。だから王は臣下に命令を聞かせないといけないし、臣下は王の命令を聞かないといけない。でないと国家は運営できない。この上意下逹のシステムを維持する根拠が道徳です。他の国は「法やルール」なんですが、儒教国では「道徳」なんです。臣下は忠誠心を持ち、王は臣下に礼を持って接する。そうして「道徳」によって国を運営する。法律はあくまで道徳を補佐するものであって、法律は絶対ではなく、法律と道徳を比べれば問答無用で道徳が勝ちます。

だから慰安婦合意という不道徳は許せない。韓国人にとって、不道徳を放置するってことは社会秩序が乱れ、国家は運営できません。韓国には韓国の都合があるのです。




国連の、というか現在の国際社会の考え

しかし、国連にとって大事なのは道徳ではなく「法」です。

欧米にとって法とは社会を運営するために絶対に必要なもので、法を破るものは「悪」です。彼らにとって法律とは単なる「ルール」ではなく、根本的には神との契約です。神という崇高で絶対的に正しいものとの約束です。例えば結婚も神との約束です。教会で結婚を神に報告したら、昔は離婚できませんでした。神に誓ったんだから、ひっくり返せない。離婚するってことは神との約束を破るということです。イギリスのヘンリー8世が離婚するためにイギリス国教会を設立しなくちゃいけないくらいに神との約束は厳しいものです。王様ですら蔑ろにできない。ですから法を破るということは神への冒涜です。法を守ることが道徳であり、法と道徳は切り離せません。いや、道徳の中には「法を守る」ということは当然入っている。ここが韓国とは決定的に違います。法が社会秩序をもたらしているというのが国際的常識であり「国連の立場」です。

ここで「法」と「道徳」のどちらが正しいのかは論じても無意味なのでしません。




法による社会秩序

国連にとって慰安婦合意は国家間の契約です。その契約を守ること…「法」を守ることが世界の秩序をもたらすと考えています。国連だけでなく、現在の国際的な常識は「法」優先です。契約を交わしたら、それは履行する。そういう秩序がないと、国家同士が疑心暗鬼になりますよね。疑心暗鬼になれば世情が不安定になる。戦争の火種も増える。そんなことは避けたい。だから契約(条約や合意)は当然履行される……そういう法による秩序・信用を構築したいと国連が考えるのは極々自然でしょう。韓国が一旦合意したものを韓国人が不満だからと履行しないことを国連が認めたら、他の国も国家間の約束を無視するようになるでしょう。国連が自ら社会秩序を壊すようなことは出来ない。

●韓国人は日本が国連を買収したように思っていますが。

国連としては慰安婦合意は履行されるべきだし、もしも韓国がどうしても不満ならば、日本と再交渉して「合意の上」で「無し」にしてもらうか、韓国から「破棄」するしかないのです。

この記事の向こうに見えるものは「神(法)と儒教(道徳)の戦い」です。よく、「世界が韓国から孤立する」なんて冗談をネットで言ってるんですが、コレ、的を得てた指摘なんです。韓国が道徳に固執して法をないがしろにするのは、国際的に見れば「異常」。孤立するのは当然です。







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日韓合意問題の本質は約束と道徳の戦い
投稿日時:2017-05-24 09:53:29



●日本は約束を重んじる。

●韓国は道徳を重んじる。

●日韓合意の現在の揉め事は、日本の約束と韓国の道徳の戦い。

●韓国では、約束・法・ルールよりも道徳が優先される。

●よって日韓合意は無効となる。

●だが、日本だけでなく現在の国際社会は、約束・法・ルールが優先される。これらを守らない国は信用されない。

●日本から見たとき、韓国の「日韓合意は無効だ!」という主張は「これからも未来永劫、謝罪と賠償を求め続けます」という意味。こんなものを認めるわけがない(大損だからね)。




約束の日本

日本人は約束を重んじる。

日本人は約束文化の国で、口約束を優先する不思議な社会です。これは「言霊信仰」が根本にあるからでしょう。まぁ、社会というのは口約束だけでは成立せず、文書による契約をしないといけないので、契約文書を交わすようになっていますが、それは口約束が文書に置き換わっただけで「言霊」を重んじていることに変わりはありません。

古事記や日本書紀には、言霊を利用した裁判「誓約」が何度も登場します。

言霊の現代版で最も分かりやすいのが憲法九条です。憲法9条があるから日本は平和だ。日本は戦争をしないで済んだ。と考える日本人はまだまだ多いのは言霊にあります。

●ちなみに欧米では法や契約は、根本的には「神との約束」ですから、法や契約を守るのが大前提です。もちろん守らない人もいますが、守るべきだという社会です。




道徳の韓国

一方、韓国で大事なのは道徳です。

韓国では道徳が何より大事です。道徳は法律より約束より何よりも優先します。大統領に求められる要素は道徳ってくらいに道徳が大事。この道徳至上主義の韓国と、約束を重んじる日本の文化的の戦いが「日韓合意」です。

「不可逆に解決」したよ、という文言の入った合意をした以上、蒸し返したら合意の意味なんて何もないってのもあります。よくアメリカがTPPをちゃぶ台返ししたことと「同じ」という人がいますが、あれとこれとは全然意味が違います。アメリカのTPPちゃぶ台返しは不信を買うものではあっても、TPP自体が参加国の合意のもとに運営される以上は参加不参加はルールのもとに各国が決めて当然です。EUを脱退するイギリスと同じです。少なくとも脱退をEU側が許可しないということはありえない。イギリスの自由な権限の範囲です(是非はともかく)。

大体、国際問題を「不可逆に解決」する合意でしたから国連も評価したのです。それを破棄する(もしくは一切履行しない)ということは、今後の国家間の合意・条約を履行するかどうか怪しいという意味でもあります。韓国は信頼を失う。韓国は経済的にも追い詰められるかもしれません。それでも韓国にとって大事なのは「慰安婦」という道徳です。道徳が優先されるということは、国際的な合意よりも偉いのです。国際的に信用を失ったとしても道徳が優先します。世論はそうなる。ここが大事です。

利益と道徳を天秤にかけた時、道徳を取らない奴は「クソ」なのです。道徳を取って破滅することがあっても道徳です。儒教的には正しいことなんです。




日韓それぞれから見た日韓合意

韓国から見た日韓合意

韓国は道徳が大事な社会ですので、「日韓合意は無効だ!」と日本に言えば、日本は折れると思っています。少なくとも「そうあるべき」と思っています。なぜなら道徳が優先されるのが当たり前だと考えているからです。道徳が約束(合意)より優先されるのですから、無効が当然。ちなみに韓国は日本も、というか世界中が韓国同様に道徳を優先する社会だと思っています。


日本から見た日韓合意

日本からすれば、韓国が「日韓合意は無効だ!」と主張されるってことは韓国から「今後も慰安婦問題を継続していきたい」と言っているだけで、そんなのは認められない。認めるということは、未来永劫、謝罪と賠償を求められるということだからです。日韓の歴史問題を解決して新たな日韓関係を築くための「日韓合意」が(韓国にとって不道徳であったとしても)反故にされる……そんな大損を認めるわけがない。

合意の意味がない。




今後について

民進党が政権を取れば別ですが、自民党が与党である限りは、この日韓合意は維持され、韓国は破棄するか、履行するか、破棄せず履行もしないという状態になるのではないかと思います。「破棄せず履行もしない」が鉄板でしょう。

大事なのは韓国が道徳を重んじて、「法・契約・条約・合意・ルール」を無視する社会であるということです。それは長い歴史の中で培われた文化であって、韓国が「おかしい」とか「悪い」とか「ばか」ってことではありません。ただ日本や欧米とは文化が違うってだけです。

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韓国人が消防車に道を譲らない理由
投稿日時:2017-05-28 18:31:55


●韓国では消防車に道を譲らない。

●消防車に道を譲らないのが社会問題になっている。

●韓国では「どっちが上でどっちが下か?」で喧嘩になる社会で、皆が「上」であると意地を張ることが多い。

●韓国はまずは「自分が上」だと考えがちで、道を譲るというのは下だと認めることになるので、嫌。


韓国は消防車に道を譲らない


朝鮮日報消防車を「追い越す」韓国の運転マナー、道譲る意識なし



韓国では消防車に道を譲らない。

その証拠に、大統領選挙前に文在寅が消防車に道を譲ると話題になる。「さすが!文在寅だ!」となる。それは韓国では消防車に道を譲ることが稀だから。日本では議員が消防車に道を譲っても何にも話題にならない。そんなことは当たり前で、ちっとも立派ではないから。




それぞれの「感覚」

日本の場合

日本では和が重んじられる。

日本は和を乱すことは罪です。その根本にあるのは天岩戸ですが、それはあくまで日本人の価値観を物語にしたら「そうなる」ってことであって、天岩戸の物語があって、それに日本人が影響されているわけではありません。ともかく日本人は和を重んじる。和はルールを守ることを重んじる。

となると「消防車には道を譲る」というルールがある以上は道を譲らないといけない。しない人は「和」から排除される。実際にはルールを破ったからといって犯罪者として罰を受けることはほとんどないですが、和から排除される恐怖があり、消防車には道を譲る。日本人にはそういう動機になる。


韓国の場合

で、韓国では儒教の影響から、道徳が大事です。いやいや、消防車に道を譲るのは「道徳」じゃないのか?と思いますよね。文在寅は消防車に道を譲ったから賞賛された。ならば、道徳を優先する韓国人も皆、道を譲るはずですよね。ところがそうはならない。




上か下か?

韓国では道徳が大事であり、道徳が「上下関係」を決める。道徳的に上の人は下へと命令できるのですね。だから韓国人は傾向として「自分の方が道徳的に正しい」と思っていて、皆「上」であると思っている。いや、上だと思いたい。ここには「認知バイアス」も関わってきますね。そうして上だと思っているから、誰にも文句は言わせない。上なんだから行列に割り込めるし、消防車に道を譲らない。道を譲るってことは「下」であることを認めることになるので、心情的に認めにくい。

中国や韓国ではよくある話の中に、行列に割り込んだ人と割り込まれた人で殴り合いになるってのがありまして、その原因はここにあります。行列に割り込む、割り込まない、道を譲る、譲らないというのは、結局「どっちが上でどっちが下か?」の戦いなんです。下のやつは黙って言うことを聞かないといけないので。

全員が道を譲らないのではなく、日本よりも道を譲らない確率がグっと高いんですね。ただ、救急車に道を譲るってのは、「みんなが譲る」状態じゃない限りは意味がないのですよ。誰かが一人でも譲らなかったら、そこで消防車は前に進まない。
文化が違うって話です

大事なのは、日本人と韓国人では文化が違い、考え方も違えば捉え方も違う。日本で消防車に道を譲るからといって偉いということではなくて、文化が違うのだから、違うってだけです。


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中国と韓国は道徳が政府の根拠


●中韓は儒教国。

●儒教では道徳が重んじられる。

●政府の正当性は道徳によって証明される。

●政府は自身に「道徳がある」ことを証明しようとする。

●よって中韓政府は「反日」という分かりやすい道徳を使い、自己の正当性を証明しようとする。

●また、経済が好調ということは政府が正しいからという証明になる。

●経済の不調は知らせたくない。

●中国は経済指標を捏造する(都合のいい指標を好む)。

●政府が道徳を失うと、次の権力者によって断罪される。

●次の権力者の正当性を証明するために、前の権力者の罪が暴かれる。

●韓国は大統領が退任後に暗殺・自殺・逮捕されることが多い。

●中国はクーデターや民主化によって政府が転覆した場合、共産党幹部とその家族は殺される。


儒教国の政府の根拠は道徳

中韓は儒教国で道徳が大事です。
道徳が政府の根拠になっています。
これは別に現在に限らず、過去においても政府の根拠は道徳です。

政府は道徳があるから選ばれています。

中国の場合は、独裁国家で共産党が牛耳っていますから、道徳があるかどうかのチェックはないんですが、体裁としては「道徳があるから」です。道徳があるから、共産党は正しい。正しいから共産党は現在でも政権を握っているのです。実際のところは関係ありません。現在、権力を握っているってことは、形式上そういうことなんです。そういう設定なんです。

●日本やアメリカといった民主主義の国では、政府は「選挙で選ばれたこと」が政府の根拠です。道徳ではありません。選挙の時に「正義」を主張することはありますが、それは選挙で選ばれるためのものであって、現在の政府が権力を持っている根拠はあくまで民主的に選ばれたことにあります。似たようなものに見えますが、ちょっと違います。




中韓が道徳を証明する方法

反日によって道徳を証明する

だから政府は「道徳がある」ことを主張します。
その最たるものが「反日」です。

反日は中国人・韓国人の誰もが納得する道徳です。反日をすれば、政府を否定する国民はいなくなります。だから支持率が下がると反日をします。すると支持率が上昇します。便利ですよね。反日は魔法のステッキです。反日はドラえもんです。これは捨てられません。2016年の韓国では慰安婦問題がこの魔法のステッキでした。
経済の結果で道徳を証明する

道徳があることの証明方法は他にもあります。
それは「結果」です。


結果というのは分かりやすくと経済的「繁栄」です。
政府に道徳があり、正しいのならば、国は当然繁栄します。

なにせ正しいのだから、そうならないとおかしい。
なので繁栄していたら、政府は「道徳がある」ことの証明になります。
だから中国は経済指標を捏造してでも大きく見せます。
一方、経済が悪化し、国民の生活が切迫してくればそれは政府に「道徳がない」との証明になります。

●経済は政府が鍵を握っているとはいえ、好調不調の波があって当然のもので、経済が不調だとしても、それが政府の不手際だったかどうかは、要素が多すぎてどうにも判断がつかない…ってものです。

●民主国家ならば、政権交代させて新しい経済対策を試すことがありますよね。有権者は前の与党に票を入れないという行動が取れる。儒教国ですが韓国は民主選挙がありますからそれが出来る。だから、パっと見には一緒に見えます。ところが、ちょっと違うのは、儒教国では前の与党や権力者を断罪するのです。なぜなら、経済の不調の原因は「不道徳」であり、不道徳ということは「悪」だからです。一見すると似ているんですが、国民の捉え方が違うんです。





韓国で考える

朴槿恵は癒着を断罪されてるのではない

韓国では2016年に朴槿恵大統領が弾劾されることになりました。その理由はチェスンシル女史との癒着ではあったのですが、それは表向きの理由。本当のところは経済の悪化という「不道徳の証明」です。何せ、彼女との関係は今に始まったことではありませんし、そのことを韓国マスコミが知らないわけがないんです。朴槿恵は経済の行き詰まりという不道徳を問われているんです。

中国や韓国は政府や権力者が滑り落ちるときはボコボコに叩かれます。
韓国の歴代大統領はほとんどが暗殺・自殺・逮捕というとんでもない目に合っています。

それは権力を失うってことが「不道徳の証明」だからです。
不道徳だから権力を失った(実際は任期満了で終わっても、そう捉えます。理屈ではなく感覚です)。

権力を失った人間は、次の権力者によって不道徳を問われます。
次の権力者が、前の権力者を厳罰に処すことで自分の道徳を証明しようとするからです。

どうしてそんなことをするのかというと、権力の根拠が道徳だからです。
そして不道徳とは悪。
悪とは罰せられるべきものです。
それが暗殺・自殺・逮捕という結末につながります。

●韓国で、大統領の任期の最後の一年や半年は、事実上のレームダック状態(死に体)になるのは、そういうことです。

●韓国は法治国家とは言えませんが、法治国家の体裁は保っています。それでも大統領は暗殺・自殺・逮捕が多いのです。中国はそんなものでは済まない。



中国で考える

では中国ではどうでしょうか。

中国は首相が前の首相を断罪することはありません。
今のところは。

それは、民主国家ではないからです。
韓国のように道徳を国民に証明する必要がないからです。
今のところはね。

しかし、中国が民主化したら?

いや、民主化はまだいいのです。
軍部がクーデターを起こしたら?
間違いなく共産党の幹部は皆殺しになるでしょう。
共産党幹部の家族も皆殺しになるでしょう。

前の権力者を断罪し、悪を証明することが自己の正当性を証明することになるからです。つまり中国共産党は悪。悪は罰せられるもの。結果は皆殺しです。

だから中国は反日を利用し、経済指標を捏造する。
それは自己防衛でもあるのです。
見栄を張っているわけじゃない。

どうにか道徳があることを証明してガス抜きをして権力を維持しようとする。
でないと、どうなるのか分からないです。

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韓国に開く「亡国の門」 遡及法が国を滅ぼす
7/11(木) 11:00配信 産経新聞

 4日から始まった日本政府による韓国への半導体の輸出規制強化により、韓国では洪楠基(ホン・ナムギ)経済副首相が「撤回しなければ相応の措置を必ず取る」と報復を示唆。国民の間にも日本製品のボイコットが広がるなど、日韓関係は悪化の一途をたどってるが、実はその数日前に日韓関係はもちろん、韓国の未来さえ破壊する「亡国の反日裁判」が行われていた。(岡田敏彦)

 ■親日は反民族行為

 裁判の被告となったのは李愚英(イ・ウヨン)氏。韓国の老舗一流ホテルのグランドヒルトンホテル会長だが、訴えられた背景には先祖の李海昇(イ・ヘスン)氏の存在がある。

 韓国紙の中央日報や左派紙ハンギョレ(いずれも電子版)によると、海昇氏は李氏朝鮮の25代国王哲宗に連なる名門の家柄で、1910年の日韓併合後に朝鮮貴族では最高の地位にあたる公爵の爵位を得たという。同時に公債16万8千ウォンも受け取った。

 この約1世紀後、韓国政府が親日行為で手に入れた財産(土地と現金)を国に返すよう、財産を相続した子孫の愚英氏を訴えたのだ。

 韓国では盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権当時の2005年に「親日反民族行為者財産還収特別法」(親日財産帰属法)が制定、施行された。日本への併合を民族の恥とし、日本の手先として働き財を為した者から、財産を取り上げる法律だ。それにともない、同法の対象となる「反民族行為者」を決める大統領直属の国家機関「親日反民族行為者財産調査委員会」が設置された。

 2007年に反民族行為者と決めつけられ財産の返還を求められた愚英氏は、祖先が韓国の貴族だから土地を得たのだと主張し、返還の義務なしとして行政訴訟を起こした。この法廷闘争は最高裁まで争われたが、2010年に愚英氏の勝訴が確定した。

 というのも同法では「親日反民族行為者」を「韓日併合の功績で爵位を受けた者」と規定しており、裁判では愚英氏の主張が認められた。つまり、もともと貴族だから爵位を得たのであって、日韓併合で何らかの働きをしたのではないと判断されたのだ。

 ■法治国家の禁じ手

 世界でも類をみない動きはここから始まる。世論の批判を受け韓国国会は翌11年に法律を改正。「韓日併合の功績で爵位を受けた者」との一文を削除し「日帝(大日本帝国の侮称)から爵位を受けたり、これを継承したりした者」に変えたのだ。明らかに愚英氏を標的にした法改正だった。

 この新たな法律を根拠に政府は15年、愚英氏を訴えた。さすがに判事もやりすぎと見たのか、1審は政府の敗訴。控訴審でも1審判決が支持された。

 ところが今年6月26日、最高裁は愚英氏に対し、土地一筆(4平方メートル)と別の土地売却で得た3億5千万ウォン(約3300万円)を返還するよう命じたのだ。愚英氏の敗訴である。

 中央日報やハンギョレは返還を求めた138筆の土地のうち返還は1筆だけとして「事実上の(政府の)敗訴」と批判した。

 だが法律をかじった人なら、誰もが頭を抱えるはずだ。「ありえない」と。

 この裁判には、決して見逃せない禁じ手が潜んでいる。第二次大戦前、つまり日韓併合時の法律では認められていた爵位や土地、現金の取得が、その後にできた法律で罪とされ返還を命じられている点だ。

 ■さかのぼる愚

 日本でも刑事事件について最高裁判決で有罪とされた後に、再審で無罪となるなど、過去の過った法的判断をただすことはある。だが、韓国のように法律を遡及させる、つまり法律の施行前にまでさかのぼって法を適用させるのは、法治国家ではタブーとされている。法の遡及は法と社会を破滅に導く行為だからだ。例をあげて説明しよう。

 仮に2020年の東京五輪にあわせ、日本で喫煙が全面禁止にされたとしよう。罰は一律に懲役5年と法改正され、法の施行(運用開始)は2020年1月1日に決定したとする。

 この場合、1月1日以降に喫煙した者は起訴と裁判を経て有罪となる。これが正しい、というか韓国を除くほぼ全ての国の法運用だ。だが、韓国のように法を遡及させた場合、法の施行日以前に喫煙した者も全員犯罪者として処罰できる。施行日の前日に30本吸っても、30年前に1本吸っただけでも、等しく有罪だ。

 韓国社会ではよくある思考として、この場合には(1)喫煙は悪いことだから、法で罪にあたると定められた(2)その悪いことを、過去にさんざんやってきた連中がいる(3)法の不備につけこんで悪いことをしてきた連中を罰しなければ正義にもとる−。こうして「遡及すべし」の世論ができあがる。だが、ここには法治国家を瓦解させるに十分な負の力が潜んでいる。

 ■狙い撃つ

 法の遡及が可能なら、立法の力を持つ人々、具体的には立法府である国会で過半数の議席を持つ与党の議員たちは、政敵を始め自分たちの気に入らない人物をことごとく刑務所送りにすることが可能だ。ターゲットの人物が焼酎好きなら、焼酎禁止法を成立させればいい。禁止法ができたから明日から飲むのをやめよう、では済まされないのが遡及法の恐ろしさだ。

 反政府デモを行う人物を刑務所送りにしたい場合は、その人物がデモに参加しているところを動画や写真で記録し、デモ参加の証拠を固めてから、デモ禁止法を作ればいい。「チョコレート禁止法」だろうが、「大統領批判禁止法」だろうが、どんなばかげた法律でも作ったもの勝ちだ。

 法を遡及させるということは、権力者が邪魔者をいつでも「狙い撃ち」で刑務所送りにできるということにほかならない。

 当然、一般の国民は一秒たりとも安心して暮らせなくなる。専門用語で言うところの罪刑法定主義が崩れ、どんな行為をすれば(あるいはしなければ)刑務所行きを免れるのか誰にもわからない。旧ソ連のスターリン政権やカンボジアのポルポト政権などと同様の恐怖政治につながる道だ。

 ■2人の弁護士

 今回の韓国の裁判では、まず「親日財産帰属法」で日韓併合時まで法律を遡及させ、それでも勝訴した愚英氏を敗訴させるため法を「改正」している。しかも遡及を前提にして。

 一度ならず二度までも法を遡及させ、国家が個人を「狙い撃ち」にする。そんな法律を作り施行させたのは元弁護士の盧武鉉元大統領であり、同じく人権派弁護士で盧氏の右腕であった文在寅(ムン・ジェイン)・現韓国大統領の政権だというところに、現代韓国の歪みがある。

 法の専門家である弁護士が遡及法の危険性を知らないはずはないのだが、2人の左派弁護士にとっては、間違った過去を正しているとの信念がある(あった)のだろう。

 背景には、専門家からは遡及法との指摘もある極東軍事裁判の「平和に対する罪」で日本の政府首脳らが裁かれたことを正しいと認識し、過去の併合時代の全てを遡及法式に処罰したいとの意向がうかがえる。慰安婦問題や徴用工問題はその典型だ。

 文氏は第二次大戦後に瓦解した韓国臨時政府やその軍隊「光復軍」を高く評価し、日本に対し独立戦争をしたかのような歴史観をアピールするなど、何かにつけて時間を遡る傾向がある。

 間違った過去は遡って正す。当時の法律も国際的な常識も無視してよい−。韓国政府のこの姿勢こそ、現代の日韓関係悪化を象徴するものだ。日韓請求権協定という国家間の約束を破ることも、慰安婦合意を反故にすることも、文政権にとっては間違った過去を正す行為なのだ。

 翻って日本を始め韓国以外の諸外国にとっては、合意という約束を破って開き直る相手と新たな約束を結ぶことに意味はない。「話しあって新たな合意を結ぶ? どうせその合意も破るんでしょ」。「今度の約束は守るって? それもウソですよね」。日本側がこうした認識に達するのも当然だろう。

 合意や約束が韓国で「過去の過ち」になるまで何カ月なのか、何年なのか。韓国との「合意」の有効期間は、もう誰にもわからなくなってしまった。

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韓国はなぜ約束守れない 遡及法がまかり通る国
2019.1.20 15:10


【朝鮮半島を読む】

 「韓国は歴史を書き換えるので気をつけないといけない」。韓国の大学で歴史学を学んでいた日本人留学生から以前、聞いた話だ。

 小倉紀蔵(おぐら・きぞう)京都大教授によれば、日本と韓国とでは歴史観がだいぶ違うという。小倉氏は「なぜ日本人は過去の糾弾をしないのかということを韓国人はよくいう。過去の糾弾というのは、儒教的な意味でいえば毀誉褒貶(きよほうへん)の『春秋の筆法』によって、どれが悪くて、どれが善かったという、必ず善悪の価値を付けて歴史を描くことをいう。そういう歴史観こそが文明だと思っている」(「心で知る、韓国」)と指摘する。

歴史の「立て直し」

 春秋の筆法という言葉は、中国の孔子の編集による歴史書『春秋』に由来する。韓国でよく耳にする言葉に「ヨクサ パロ セウギ」というのがあるが、直訳すると「歴史の立て直し」だ。韓国版「春秋の筆法」といえるかもしれない。埋もれた真実を探り出すという側面もあるが、政権が代わると自分たちの都合のいいように歴史を書き換えるという面もある。

 「歴史の立て直し」は日本人にはなかなか理解しづらいが、それ以上に驚かされるのが、過去に日韓間で結ばれた合意や協定が事実上“反故”にされることだ。慰安婦問題をめぐる2015年12月の日韓合意に基づき設立された「和解・癒やし財団」の解散問題やいわゆる徴用工訴訟の最高裁判決がそれだ。


 「約束を守ることが正しい」とする日本人には到底許されない。だが、くだんの知人によれば、韓国人は約束を守ることよりも、その約束が韓国語でいう「オルバルダ(正しい)」かを重視する。韓国人は、この「オルバルダ」を基準に歴史もみているという。

 ソウル在住の通訳者に聞いたところ、「オルバルダ」は「道徳的に正しい」「人間として正しい」といったニュアンスがあるという。

 韓国人にとって、朝鮮半島の統治をはじめ元慰安婦や元徴用工の問題は「日本が人間として正しくないことをした」ために起きたということが大前提にある。

 そこに「歴史の立て直し」が加わり、韓国には1910年に締結された日韓併合条約も、65年に結ばれた日韓基本条約も「無効」という考え方がある。

知日派の嘆き「出番ない」

 さらに韓国では法そのものに対する考え方が、日本人の常識とはずれている。韓国の場合、法を遡及して適用されることがよくある。他の法治国家ではあまりみられないことだ。

 韓国では実際、新たに制定された法律により、2人の大統領経験者が過去の事件で投獄されている。80年5月に韓国南西部の光州で、軍が民主化を求める学生らを武力鎮圧した責任者を処罰するため、95年に「5・18民主化運動などに関する特例法」が制定された。同法により、全斗煥(チョン・ドゥファン)、盧泰愚(ノ・テウ)両元大統領が逮捕された。これも当時の金泳三(キム・ヨンサム)政権下で行われた「歴史の立て直し」の一環だ。

 こうした韓国の持つ特殊性から、韓国ソウル市立大学の鄭在貞(チョン・ジェジョン)名誉教授は今後の日韓関係に悲観的だ。
「日韓関係はこれまで65年体制の中で対話によって解決が図られてきた。しかし、昨年10月に徴用工訴訟をめぐる最高裁判決が出て以降、法廷闘争の様相を呈している現在、われわれ(知日派)の出番はなく、ただ見守るしかない」(編集委員 水沼啓子)




 韓国、北朝鮮関連のニュースをみていると、「どうして?」「そんなことが許されるの?」といった突っ込みが思わず口からこぼれていることがある。日本人の常識や理解をはるかに越えているためだ。

 欧米諸国と比べると、韓国や北朝鮮の人々はその外見だけでなく、文化的にも近いせいか、日本と同じ価値観を共有していると錯覚してしまう。そのことが逆に日本人をいらだたせたり、あきれさせたりしているようだ。

 ただよくみると、日本とは異なる伝統や価値観、歴史観を持っており、彼らはそれに従っているだけ、ということがわかる。朝鮮半島で起きるさまざまな事象や現象を、過去の歴史や文化的背景などをひもときながら解読したい。

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2019年07月18日 韓国情勢
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-810.html


  韓国の文在寅大統領が、常軌を逸した対日批判を展開した。日本政府による半導体素材などの輸出管理強化について、韓国よりも日本経済への被害が大きいなどと「恫喝(どうかつ)的発言」を行ったのだ。だが、「韓国の被害の方が甚大」とみる分析が過半数を占めている。


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 私が、韓国について書くと、「東海アマは嫌韓」などと書く人がいるが、私は、韓国や韓国人を嫌っているのではなく、韓国人の人間性を規定している儒教的権威主義の発想を嫌っているのである。

 儒教思想というのは、繰り返し書いているとおり、「一にメンツ、二にメンツ、三に利権」であって、何よりも尊大な自尊心からくるメンツを優先させ、矛盾が生じたときは、長幼序列の儒教論理で強引に服従させるという発想である。

 韓国人(朝鮮人)は、絶対に自分の間違いを認めない。間違ったことをやっても、自分が恥をかかないよう、いかにカッコよく収束させるか伝統的なマニュアルが定まっていて、謝罪のフリをしてみせるが、本心では絶対に間違いを認めないのだ。



 これは、韓国人に関する絶対法則というべきなので、韓国人はマニュアルに定まったメンツの立つ解決方法しか選択することはできない。

 何がマニュアルかというと、韓国人は普段から日本人を自分たちより下の人種だと見下しているので、いわば儒教的な長幼列秩序のなかで「弟」にあたる。
 兄である韓国が弟である日本とケンカしているという構図であると自己満足してるわけだ。しかし、弟である日本が兄である韓国に刃向かうなんてのは、韓国式儒教倫理では、もっての他なのである。

 この兄弟喧嘩の収束のためには、より上位の「親」にあたる国に仲裁を求めて、メンツが立つようにしたいわけだ。

 このとき、最後まで兄である自分たちが優位でなければならないのである。
 弟に負かされるというのは大恥である。恥をかくくらいなら死んだ方がマシというのが伝統的な儒教論理で、歴史的には、儒教社会では恥をかかされると自死することになっている。

 だから、今回、日本が韓国を徹底的に追い詰めると、最後は暴走して自爆テロが用意されていると思うべきだ。

 韓国にとっての「親」は、もちろんアメリカか中国なのだが、日本がアメリカの属国であるため、アメリカに泣きついて、だだをこねて、韓国のメンツが立つような解決を求めていることになる。

 たぶん「喧嘩両成敗」 のようにすればメンツが立つと思っているのだろう。
 しかし、今回、あまりにも韓国の暴走の度が過ぎているため、日本政府も、長い時間をかけて対抗策を考え、かつ、韓国がアメリカに泣きつくことを見越して、アメリカ政府に対しても事前に通告し協議してきたと思われるので、効果はなかった。

 そもそも、韓国人の独善自己陶酔型の暴走は、今に始まったものではなく、李朝における統治もたらした、伝統的、反知性的な習性であり、福沢諭吉や西郷隆盛も、何度も朝鮮側の対話を拒否する理不尽に激怒していた。


 【《左れば斯る国人に対して如何なる約束を結ぶも、背信違約は彼等の持前にして毫も意に介することなし。既に従来の国交際上にも屡ば実験したる所なれば、朝鮮人を相手の約束ならば最初より無効のものと覚悟して、事実上に自ら実を収むるの外なきのみ》(『時事新報』明治三十年十月七日)】

 西郷も、李氏朝鮮に対して、その非道に憤り、征韓論を主張した。


 これらを読んでみると、今回の日韓の軋轢が、江戸時代から、うんざりするほど繰り返されてきたことが分かる。

 韓国側の約束を平気で破る理不尽な姿勢は、もう李氏朝鮮開闢以来であるというしかないし、もう少し専門的に歴史を掘り起こすなら、好太王碑に描かれた任那日本府への迫害が、すでに始まりであった。

 百済は、穢から来たエベンキ族によって簒奪された新羅と唐の連合軍による迫害によって、日本列島に追い出されたのである。


 秀吉による朝鮮侵攻は、元寇で、元の手先として日本に侵攻し、残虐の限りを尽くした高麗に対する報復でもあった。


 まあ、古すぎる話を具体性のないまま水掛け論を繰り返しても無意味ではあるが、韓国人は「千年の恨」として、奈良時代・鎌倉時代の問題まで蒸し返しているので、70年前、戦争中の慰安婦や徴用工問題など、つい昨日の話なのである。
  
 こんな韓国側のむちゃくちゃな横暴が、これまで甘やかされ、まかり通ってきた本当の理由は、朝鮮総督府の長官であった安倍晋三の父方祖父といわれる阿部信行と、同じく母方祖父、岸信介の意思が関係しているようだ。

 阿部信行は安倍晋三と名字漢字が異なるので別人だと思っていたのだが、実は祖父だとの指摘もある。(真偽の確認はできてない)


 安倍晋三の実父、安倍晋太郎が、実は李氏朝鮮王朝の血を受け継いでいるとのブログさえあるが、私は確証を得られていない。でも晋と晋太郎は似過ぎてるな……。
 まるで、方子さんと早紀江さんみたいだ。



 岸信介が自宅敷地内に、韓国の統一教会日本支部を作らせたのは紛れもない事実であり、その統一教会主導で、自民党議員の大半が加盟する日韓議員連盟」が結成され、さらに日韓トンネル計画も統一教会が進めていて、歴代自民党議員の利権と深く結びついてきた。

 

 こうした、統一教会と癒着した自民党議員の利権によって、韓国の異常な横暴が甘やかされ、まかり通ってきたのであり、そもそも、竹島の不法強奪を容認し、島根県漁民50名以上を殺害した暴挙も、何の対策も講じられないまま放置されてきた理由は、岸信介と韓国政府、朴正熙大統領の癒着によるものというしかない。


 私が何度も指摘したように(書くとFC2ブログ管理者が無断削除する)自民党議員は統一教会青年部=原理研を選挙運動に利用してきたのだ。


 だから、文鮮明生存時、統一教会の支配下にあった歴代韓国政府に対して、自民党政権が強く出られるはずがなかった。

 今回、初めて、韓国に対する経済制裁を科した理由は、おそらく安倍晋三が癒着している統一教会が、文政権を見限って、交代させることにしたのだろう。しかし、文鮮明死後の統一教会は、相当に力を失っているとみるべきだ。
 日本政府の制裁は、文政権を追放する、ちょうどぴったりの理由になる。

 さて、今回、日本政府が始めた特定輸入品目についてのホワイト国認定撤回問題は、韓国側がフッ化水素酸を中国から調達するとともに、自国製造すると宣言したことで決着がついたかに見える。


 しかし、このニュースを見て、せせら笑っている専門家が大勢いるだろう。
 半導体製造に使えるフッ化水素酸は、純度が、マイナス10桁以下という超超高精度なもので、世界でこれを造れる技術は、日本の森田化学しか持っていない。
 ロシアや中国の製造しているフッ化水素酸では、サリン兵器を造れるレベルではあるが、ICのエッチングには遠く及ばない。

 しかも、数十年の技術的蓄積が必要で、韓国の十八番である技術者買収でも水準が達成できるまで数年以上かかる代物であり、その間に半導体製造ラインは劣化崩壊してしまうだろう。

 もちろん、それくらいはサムスンも分かりきっている。だから負け犬の遠吠えを繰り返しているわけだ。

 現実問題として、サムソンは、半導体生産を放棄せざるをえず、生き延びる手段があるとすれば、文政権を追放する軍事クーデターを起こして、日本と手打ちするか、あるいは、秘密裏に森田化学と取引して、迂回ルートで入手するしかないだろう。

 韓国経済は、自民党政権が買収で腰砕けにならない限りにおいて、巨大な打撃を受けてIMF騒動よりも激しい危機に陥るだろうが、これは、むしろ韓国民の未来にとっては、幸運である。

 韓国民が、愚かすぎる儒教の長幼序列論理が、どれほど自分たちを苦しめ、他国民に迷惑をかけているかを直視する機会なのだ。



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東海アマブログ 儒教国は見栄とメンツだけで成立している。中身は空っぽ、本当に何もない…… 2019年11月01日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-922.html


 世界の儒教国は、創始国である中国を中核に、朝鮮(韓国)・日本・ベトナムであるといわれる。厳密にい言えば、儒教文化の影響は、さらに周辺国であるモンゴルや、インドシナ半島にまで広がっているのだが、それらには、共通した文化と価値観がある。

 これらの国の価値観は、「権力の体裁」を第一義に掲げる。中身なんか、どうでもいいから、まずは格好をつけるので、儒教国では「門」を大切にする。これは、訪問者に対して、国家のコケオドシを示す関門である。

 北京天安門・南京中華門・ソウル南大門・ハノイ東河門、沖縄の守礼門も琉球王国が冊封国家だった時代の名残だ。

 日本でも、たくさんの門文化が残されている。広義の意味では、浅草寺の宝蔵門もそうだし、皇居の大手門、桜田門なんかも同じだ。

 日本全国、少しでも「格式」を重んじる施設や役宅には、必ず立派な門を作ることになっている。

 これは、江戸時代初期に家康によって儒教朱子学が導入され、国家権力への服従を洗脳するために全国に広められたことで、「門の文化」が拡大したのだ。

 外国で、この種の儒教文化に似た門といえば、フランス・イタリアの凱旋門くらいで、他の諸国では、ほとんど見かけない。
 エトアール凱旋門は、ナポレオンがローマ帝国の復活を夢見て、その権威を模倣して作らせたものだ。

 ローマ帝国では、他国を侵略して領土を拡張する戦争に勝利することを権威づけるために、たくさんの凱旋門を建設した。
 侵略と領土拡張が国是だった時代の産物である。これも、儒教国と同じで「国家の威信=コケオドシ」を見物人に思い知らせるための仕掛けにすぎない。

 こうした独裁国家の権力者は、自分にどれくらい権力が集中しているかを見せたがるので、中央集権的な発想が、都市の文化にちりばめられるのだ。

 この種の古代中央集権都市の場合、必ず、王宮から放射状に地方に向かう道が作られ、「すべての道はパリに通ず=ローマに通ず」といった、いわば蜘蛛の巣に似た、都市空間としては、合理性に欠けた使いにくい市街地道路が成立するのが特徴である。

以下はパリ中心部
 
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ローマ中心部
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 秦は BC200年代に成立した統一中華王朝だが、全国制覇のための巨大インフラ=馳道も、中央集権国家の特徴としての蜘蛛の巣道路になっている。
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 これは現代のソウル地図だが、古代のパリ・ローマ・秦の都市道路と実に似ている。市街地も統一性がなく、乱雑で分かりにくく、ネットで検索しても、良い古代地図が出てこない。おそらく記録文化も未熟だったのだろう。
 
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これに対して、中央集権思想ではなかった古代都市、例えば、京都=平安京はどうか?

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 以下は古代奈良=平城京の地図
 
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 実に合理的な、使いやすい道路で、方向さえ間違えず、距離感覚があれば、誰でも間違えずに市街地を自由に通行することができるという点で、パリやローマ、ソウルとはエライ違いだ。

 こんな分かりやすい都市の生産性が、蜘蛛の巣都市に比べて、どれくらい高いか、誰でも容易に想像することができるだろう。

 権力の見栄とメンツを全面に押し出した儒教思想の都市は、実に使いにくそうだが、民衆の幸福を前提に考えられた仏教思想の都市は、まるで正反対に使いやすそうだ。

 平安京・平城京は、1400年くらい前に作られているが、もう、この頃から、「日本の日本らしさ」が成立していて、現代に繋がっていると考えるべきだ。

 このモデルがあったから、日本中の都市も、碁盤型の使いやすい市街地になっている場合が多い。

 以下は、茶人武将、金森長近が建設した高山市の旧市街図
 京都市街地構成の影響を強く受けている。この種の使いやすい古都市は、ほとんど現代に至っても繁栄が継続している。
 
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 だいたい、古代都市の市街地設計思想を見れば、その国家の行く末まで想像がつくのだが、ここでは、儒教を国是に選んだ朝鮮半島では、こうした見栄とメンツしかない中央集権思想の行き着く先として、悲劇的な事態がたくさん生まれている。
 その最大のものが、南北分断で、名曲イムジン河に歌われている通りなのだが、フォークルがこの素晴らしい歌を紹介しようとしたら、在日韓国人が、さんざん儒教的イチャモンをつけて、結局、長い間、お蔵入りになってしまった。


 実は、私が今日、どうしても書きたかったことは、以下の問題である。

 韓国古里原発1号機、廃炉は決まったけれど解体技術・設備・廃棄物処理場はなかった (朝鮮日報)


 まあ、簡単にいえば、儒教国らしく、「国家の見栄とメンツ」に執着するあまり、「トイレなきマンション」を建設してしまい、ウンコを処理する場所がなくて困っているという問題を、とうとう、これまで隠し続けてきた朝鮮日報が記事にするようになった。

 「解体技術・廃棄物処理施設や技術がない」どころの騒ぎではない。韓国の原発は、我々の想像を超えた恐ろしい欠陥に満ちていて、崩落したソウル聖水大橋や三豊デパートと、まるで同じ、手抜きと、技術不足、劣化のカタマリであって、いつフクイチのような巨大放射能事故を起こすか分からない。
 むしろ時間の問題というべきである。

 韓国、古里原発の現状


 5月10日、メルトダウン寸前だった韓国・霊光原発


 おまけに、韓国の原発群は、大半が日本海沿岸に設置されていて、事故を起こして放射能が放出されると、韓半島ではなく、日本列島を放射能が直撃するように配置されているのである。

 これは、おそらく原発立地時の政治判断として、韓半島東岸に設置すれば、季節風の風向きから、韓半島は被害を免れて、日本が汚染されることを前提に計画されたのだろう。韓国の凄まじい反日洗脳ぶりを見れば、そうした思考回路が容易に分かる。

 上のブログに書いたように、ハンビッ原発の加圧式原子炉建屋の凄まじい欠陥ぶりをみる限り、韓国原子力産業には、まともなコンクリート施工能力が元々存在しなかったのである。

 ただ「自分たちは優れている」と見栄を張りたくて、無知と未熟に満ちたデタラメ原発を建設してしまったのだ。

 その結果として、パラオのKBブリッジ崩落事件や、ラオスのダム崩壊災害を引き起こしている。


 これらは、いずれも、国際入札で、鹿島建設の半額の工事費と期間を提示しながら、まともな建設能力がなかったために、崩壊を引き起こしたが、建設主体の韓国企業=SOCIO社は、聖水大橋工事と同系列だったが、事故後は故意に倒産させて賠償責任を逃げてしまっている。

 後に、日本がODA友好資金から橋を架け直したのだが、鹿島建設は、残された基礎コンクリートの粗悪さに驚き、まず、これを撤去し、基礎杭から作り直さねばならなかったと語っている。

 こうした、韓国企業の一連の事故を総括してみれば、その根幹に、儒教思想による「見栄とメンツ」だけの価値観が存在していて、物事を真面目に貫徹することなどに関心はなく、自尊心を満足させることだけが価値観の第一義になっている思想が明らかである。

 儒教というのは、ウソで固めた権力の装飾なのだが、実は、日本国自体が儒教の強い影響にあり、やはり国家権力のコケオドシばかり大切にする思想に満ちている。

 このために、日本自体が、原発を運営する実力もなく、廃棄物を処理できる技術もなく、安全に運営する設備も作らないまま、2011年の凄まじい原発巨大事故を引き起こしてしまった。

 韓国を嗤いたくとも嗤えないどころか、日本の儒教思想が、安倍晋三や竹中平蔵によって愚かな消費増税を行うことで日本国民を困窮させ、国家の滅亡さえ引き起こそうとしている現実に、我々は気づくべきである。

▲△▽▼


2019年11月08日
中韓ロの行動原理 敵には敬意を払うがしっぽを振る相手を見下す



中国は敵に敬意を払うが近づいてくる相手は見下す。

天皇訪中で中国は日本を見下すようになり、反日が始まった



ユーラシア大陸では敵に敬意を払う

「韓中軍事同盟で日本を倒そう」と言ったのは北京で習近平と会った朴前大統領だったが、朴時代の方がましと言われるほど韓国外交は行き詰まっている。

当時反日外交が国民に受けてノリノリだった朴槿恵に対し、習近平は無言でニヤニヤしているだけだった。

中国もまた尖閣や歴史で日本と対立していたが、結局韓国と「軍事同盟」を組んで日本と対抗することはなかった。




秦の始皇帝以来の中国指導者は、敵には(少し)敬意を払うが家来には酷い扱いをしてきた。

現在の中国も、中国に歯向かうアメリカや日本には少し敬意を払っているようです。

ところが中国にすり寄ってくるミャンマーや韓国や周辺国に対しては、家来以下の扱いしかしません。


中国が韓国をチヤホヤしたのは「韓国が中国に歯向かっていたから」なのだが、韓国人はこれを理解していませんでした。

日本も冷戦期に中ソと対抗し、その頃中国は反日運動などあまりしていませんでした。

だが冷戦が終わり橋本首相や村山総理が謝罪外交、天皇までのこのこ訪中して謝罪したら日本を見下し反日外交に転換した。


それはともかく中国人やロシア人に対しては、対立したほうが敬意を払ってくれるし、こちらから仲良くしようとすると見下して侮辱します。

韓国も同じで中国やロシアからどんなに酷い事をされても黙って従うのに、日本にだけは反発します。

これも中ロと同様、敵対する相手には敬意を払うが近寄ってくる相手は見下して叩くという文化のためです。


日韓対立は日本の「仲良し外交」が原因

日本は50年以上韓国に謝罪しGDPの数倍の援助をし、技術を無償で与えて国連での地位を与えたりオリンピックやW杯を開催させた。

そうした行為全てがユーラシア大陸の文化では見下される原因を作り、反日韓国を作り出した。

日本の方から中国やロシアや韓国に謝罪したりお金を払ったので、彼らの文化では家来以下に落ちてしまったのです。


中ロ韓や北朝鮮はアメリカに最低限の敬意を払い、欧州各国にはかなりの敬意を払って対応しています。

アメリカに対しては軍事力を警戒しているとも見えるが、欧州の小国をチヤホヤするのは何故でしょうか。

理由は欧州諸国は中ロ韓や北に謝罪せず、簡単に経済援助や技術援助などもせず公然と中ロを批判してきたからです。


ユーラシア大陸では敵には敬意を払うが自分から媚びを売ってくる相手は犬以下だから、日本は中韓から見て犬以下なのです。

イギリスは中国を植民地支配したり酷い事をしてきたが、謝罪せず中国と敵対したから今でも敬意を払って貰えます。

日本は会うたびに謝罪し媚びを売ったので犬か猿同然で、中国人としては犬や猿に敬意を払う必要はないと考えます。


敵に敬意を払うのは脅威だからで、見くびれない相手だと思うから対立していても本当の喧嘩にはならないようにします。

ところが自分からしっぽを振って媚びを売るような奴は、敬意どころかエサも貰えません。

日本の政治家や天皇はこれを理解せず、「もう一度謝罪すれば仲良くなれる」などと考えて、とうとう反日を極限まで悪化させました。


ロシアや韓国や中国とは「対立するほど相手が敬意を払ってくれる」、「しっぽを振ると見下される」のです。
メンテ

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