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[3314] 覚醒剤中毒者が体験する世界 _ 日本兵の残虐行為は覚醒剤が原因だった
日時: 2020/05/12 06:18
名前: 777 ID:v.jR4OMA

覚醒剤中毒者が体験する世界



日本兵の残虐行為は覚醒剤が原因だった

あなたは知っていますか?日本の軍隊は太平洋戦争で心の高揚に『ヒロポン』を常用させていました


覚せい剤服用

日本は、1941年大日本製薬メタンフェタミン製剤「ヒロポン」(覚醒剤)武田長兵はアンフェタミン製剤「セドリン」(覚醒剤)を海軍、陸軍に大量に納入しました。



特効薬として特攻隊員に菓子袋に入れてカジュアルに支給しました。
製品は、「ヒロポン」の周りをチョコレートで包み『菊のご紋章』を付けて納入していました。



出撃前に注射やチョコレートを特攻隊員に食べさせていました。それを食べた若者は、意気揚々と戦地に出撃し散っていきました。むごい、悲しいことです。これを書くと、涙がでます。



九州の基地では、1036人の特攻隊員に「アンプル」を投与。国を守るため計6000人が玉砕していきました。悲しい事実です。
精神を高揚させ、人間性を失くす「ヒロポン」は慰安婦問題や、南京事件を起こした悲しい現実があります。



日本政府は、大日本製薬 武田長兵商店に、覚醒剤の製造中止を勧告、昭和26年(1951年)覚醒剤取締法が制定されました。
西堀貞夫の父、西堀孝一は軍医として特攻隊のヒロポン支給の恐ろしさを知り、軍上層部に進言、ニューギニアの戦地アインで戦死しました。



この想いが私たちの原点です。患者の会には、この真実を知るたくさんの遺族の方がお見えになります。
映画「永遠の0」では明かせなかった特攻隊員の死の真実。彼らはヒロポンで人間性を失くし玉砕しました。


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ドーピングを誘発しやすい社会だから覚醒剤が浸透していく


1945年、日本の敗戦の後、どさくさに紛れて売られていたのが「ヒロポン」と呼ばれる薬だった。

ヒロポンというのは、文字通り「疲労がポンと取れる」という意味で付けられた安易なものだったが、その内容は今で言うところの「覚醒剤」だった。

戦時中は兵士や特攻隊の士気を鼓舞させ、労働者や女工たちに眠気防止で武器弾薬を作るために使われていて、大日本製薬の主力の薬のひとつだった。

この当時はヒロポンの成分であるメタンフェタミンが強い依存性を持つことが知られていなかったので違法ではなかった。新聞にも、堂々と「除倦覚醒剤」と銘打って売られていた。

「除倦覚醒剤」とは要するに「疲れを除き、覚醒する薬」という意味で、このメタンフェタミン系のドラッグを「覚醒剤」というのはここから来ている。

戦中は軍民共に戦争に駆り立てられていたので、「疲れた」などと言っている場合ではなかったのである。

だから、軍需企業・民間企業共に、ヒロポンを大量にストックしていたのだが、敗戦後、この薬が闇市を通して社会に大量流通するようになった。


終戦後の作家は、みんなドラッグ漬けだった

ヒロポンは社会の底辺で広がっただけではない。有名人でもみんなこの薬を使っていた。何しろそれは違法ではなかったのである。

漫才トリオの正司歌江、ミヤコ蝶々、中村八大、桂文楽、六代目笑福亭松鶴等はみんなこのヒロポン中毒になっていた。作家で言えば、『堕落論』で知られている無頼派の坂口安吾もヒロポン中毒だった。

無頼派と言えば、織田作之助も田中英光も同じジャンルに入るのだが、この2人もまた坂口安吾と同じくヒロポン中毒だったと言われている。

織田作之助などはヒロポンを注射しているところを写真を撮られて、それが出回って話題になったという。

何か物を書くというのは孤独で単調な作業だ。そして、集中しなければならないので、精神的にも激しい疲労が蓄積する。当時の作家は、それをヒロポンで乗り切っていたのである。

芥川龍之介は小説『歯車』で幻覚を描いているのだが、この幻覚はヒロポンから来ているという説と、睡眠剤から来ているという2つの説がある。

そこには、歯車が見えたとか、銀色の翼が見えたとか、黄色いタクシーが見えたとか、過去の罪の残像が繰り返し現れるとか書かれていて、その幻影に主人公が怯えている。

ストーリーもなく、ただ意識の変容を揺れ動いているだけなので、どちらかと言えば睡眠剤のような雰囲気がある。詳しくは分からないが、精神的には相当追い詰められていたことが窺い知れる。

この小説の最後は、誰か自分が眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはいないか」となっている。実はこの小説は芥川龍之介が服毒自殺した後に発表されたものだった。その「死にたい」という述懐は本心であったと思われる。

荒正人という小説家もいたのだが、この人は自分だけでなく妻にもお手伝いさんにもヒロポンを飲ませて、一家総ヒロポン依存症になっていたという。

萩原朔太郎はヒロポン中毒ではなかったが、コカイン中毒だった。しかし、ヒロポンでの幻影は小説『猫町』で触れている。

私たちが今、日本の戦後文学としてありがたく詠んでいる文学は、その多くが覚醒剤で「ドーピング」された精神状態の中で書かれていた可能性がある。


無頼派作家、坂口安吾。執筆はヒロポンと共にあった。


ヒロポンがもたらす集中力は凄まじい効果だった

ヒロポンが意識集中のために使われていたというのは、覚醒剤依存者が48時間ずっと麻雀をやっていたとか、賭け将棋をしていたという逸話からも読み取ることができる。

凄まじい集中力が得られるので、ヒロポンが合法だった時代の学生は、東大受験のためにヒロポンを使うのが当たり前だったという。

この「受験のためにヒロポンを使った」というエピソードを聞くたびに私が思い出すのは、タイで知り合ったあるレディーボーイのことだ。

英語を流暢に話す彼はいったいどうやってその英語力を磨いたのか。もちろん、そこには仕掛けがあった。アンダーグラウンドでは、記憶力でさえも金で手に入ったのである。

(記憶力でさえ金で手に入れる。危険な方法が裏で流行している)


別にこのレディーボーイのやっていることはおかしなことではない。欧米のエリートたちも、スマートドラッグを使って同じようなことをやっている。

アスリートはドーピングで最強の身体的パフォーマンスを手に入れるが、エリートたちもまた「スマートドラッグ」というドーピングで最強の頭脳を手に入れていたということだ。

言うまでもないが、このスマートドラッグも覚醒剤とよく似た成分(アンフェタミン系)が入っているので、言ってみればヒロポンの現代版である。

副作用はもちろんある。しかし、副作用があったとしても、現役時代に最高のパフォーマンスが発揮できれば、地位も収入も約束されるわけで、これで人生を逃げ切ることができると考える人たちもいる。


ヒロポン錠。「疲労の防止と恢復に!」と堂々と宣伝されていた。この薬は1951年に覚醒剤取締法が制定されるまでは「合法」だった。


覚醒剤には潜在的に巨大な需要があるとも言える

戦後の混乱期にヒロポンを使っていた人は、どちらかと言えば快楽が欲しいというよりも、もっと労働したい、疲労を取りたい、馬力が欲しい、という切実な発想から摂取されたので、皮肉なことに真面目な人であればあるほど依存地獄にハマっていった経緯がある。

そして、ヒロポン依存になると、虫が身体を這い回るような幻覚や、わけの分からない幻聴に悩まされるようになり、暴れ回るような異常行動を引き起こす。

そのため、1951年には覚醒剤取締法が制定され、警察が大々的な摘発を行ったので、乱用者は激減していった。

しかしヒロポンは覚醒剤として生き残り、現代でも有名な歌手や野球選手が次々と覚醒剤依存に堕ちて逮捕される姿が繰り返されている。

今後も、「大物」が逮捕されるような流れが続くだろう。

覚醒剤はいったん地下に潜ることはあっても、絶対に廃れることがなく歴史を刻むのである。欧米でも、覚醒剤は「メス」「スピード」「アイス」と言われて依存者が減るどころか増え続けている現状がある。

覚醒剤はそれ自体に快楽があるというよりも、自分がこれからやりたいことを猛烈な集中力で取り組める「ドーピング作用」が強い。それが、恐ろしい魔力なのである。

自分の潜在的な能力を、一瞬にして最強フルマックスの状況に持っていけるのが覚醒剤である。そんなものを覚えてしまったら、覚醒剤のない人生など考えられなくなる。

現代社会は、常に人々に最高のパフォーマンスを求める時代である。そうしたプレッシャーは誰にでもかかる。言ってみれば、ドーピングを誘発しやすい社会なのだ。

そのプレッシャーは坂口安吾や芥川龍之介の時代よりも、はるかに強いと言える。だから、覚醒剤は今でも潜在的に巨大な需要がある。覚醒剤の流行はこれからも起きていく。


いかにも作家という雰囲気を醸し出している芥川龍之介。晩年は睡眠薬のベロナールやらジアールを大量に飲んでおり、結局は服毒自殺に追い込まれた。
https://blackasia.net/?p=1343



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覚醒剤中毒者がやる戦争とはこういうものだ:


拷問の光景を見てみよう。

  土地の者ではないということが、怪しいとみた理由だが、功名心にはやる土屋にとっては、それで十分だった。抗日分子なら大手柄だ。「オレが張った綱にかかった」のである。名前を張文達といった。三十三歳の近くの農村の農民で、「この街に買い物に来ただけ」と、おびえた目で話した。「いやいや、これは怪しい。この男は抗日軍の物資調達係だろう。貫禄から見て班長級だな」ど、士屋は決め込んだ。「何としても本拠地を吐かせ一網打尽にしたい」「これは大変な功績になるぞ」。思いだけは駆け巡るのだが、土屋は実際の取り調べをしたことがなかった。それて先輩格の伍長に取り調べを頼んだ。・・・
 
 まず、伍長が命じたのは、「こん棒を持ってこい。それも生木の丈夫なのだ」。これで殴りつけろ、という。土屋の頭に浮かんだのは、「何も生木のこん棒でなくても。相手は人間なのだから、せめて竹刀ででもいいではないか」という思いだった。だが、伍長の、それも実務を教えてくれようとする上官の命令だ。士屋ど同僚の上等兵とで、こん棒を振り回した。男は殴りつけるたびに、「ウッ」「ウッ」と声を立てたが、何も言わなかった。着ている綿衣からほこりだけはあがった。

 効果がないのが分かると、伍長は、机を二列にして、積み重ねさせ、上に棒を渡した。いわば器械体操をする鉄棒のような形だ。この棒に、両手足を麻縄で縛った男を後ろ手にしてつるした。体の重みを不自然な形の両腕で支えるのだから、苦しい。それも一時間、二時間の単位だ。はじめ真っ赤になった男の顔は、青ざめていき。脂汗をにじませてきた。だが、何もいわない。「こんちくしょう」と、伍長は十キロもある石を軍馬手に持ってこさせ、浮いていた男の足に縛りつけた。両肩の関節がゴクッとなった。「ウーン」とうなり、男は気絶した。舌打ちをした伍長は「今日はもういい、明日は必ず吐かせてやる」と言い残して自分の部屋に戻ってしまった。・・・

 二日目もひどい拷問が続いた。指南役の伍長は、どこからか焼きゴテを探して持ってきていた。これをストーブで焼け、という。「赤くなるまでだ」と、次の場面を予想して躊躇する土屋に付け加えた。男を留置場から引き出し、上着をはがし、背中をむき出しにした。赤く焼けたコテを男に見せて脅し、自白を強要するのか、と士屋は思った。ところが違った。伍長はいきなり背中に押しつけた。ジューッという音と、煙、それに激痛に思わず口をついた男の叫び声があがった。と同時に、何ともいいようのないにおいが部屋にも充満した。

 「お前の本拠はどこだ。仲間は?言え!言わないか!」。伍長は、怒鳴りながら何回となく男の背中を焼いた。「苦しい」を繰り返し、男はついに、「話す。話すからやめてくれ」といった。伍長は手を休めたが、相手は、肩で大きく息をするだけで、結局、何もいわない。伍長が再び赤く焼かせたコテを使った。部屋には鼻をつく臭気がこもり、断続的な男の低いうめき声が床をはった。・・・

 拷問は、さらに続いた。逮捕して二日間というもの、男に何も食べ物を与えていなかった。水すらも飲ませなかったと思う。それが三日目は水責めだった。弱り果てた男を裸にし、長椅子にあおむけに縛りつけた。そして、水を入れた大きなやかんで口と鼻に水をジャージャーと注ぎ込んだ。絶え間ない水のため、息ができず男は口をパクパクさせて水をどんどん飲み込む。みるみる腹が膨らんでいった。すると、拷問指南役の伍長は、「腹に馬乗りになって水を吐かせろ。そして、また注ぎ込め」という。この繰り返しだった。何回やっても同じだ。相手は気絶している。自白を得るという効果はなかった。・・・

 三日目は水責めで終わり、四日目は、いわゆるソロバン責めだった。「丸太を三本持って来い」と、伍長がいい、軍馬手に三角柱になるように削らせた。三本並ペ、その中でも鋭角の部分を上にし、男を座らせた。足はズボンを脱がせ素肌である。いわゆる弁慶の泣きどころに角が当たり、体重がかかる。男はこれまでの苦痛とは別の痛みで、悲鳴をあげた。その上だ。伍長は、男の上に乗っかれ、という。しかも土屋と同僚二人一緒にだ。そして、体を揺すれ、といった。ゴキッと音がし、男はうなるような声を立てた。もはや、脂汗も出ないほど弱っていた。男のすねの状態を、どう表現したらいいか。「生ぬるい。足に板をはさみ、両端に重石をのせろ」。すでに別の世界にいたのか、伍長は、さらに命令した。・・・

 足を痛めつけた翌日、伍長は、何を思ったか、太い針を買って来いと命じた。通訳が布団針を四、五本求めてきた。この針を男の手の指に刺せという。指といっても爪と肉の間にだ。映画でみたか、話に聞いたか、そんな拷問があるとは知っていたが、自分がやることになるとは思いもしなかった。ためらっていると、ほおのこけた伍長が病的な目でにらんだ。やらなければならない。男はこれから何をされるのかを察し、腕を縮めた。この腕を同僚に押さえつけてもらい、土屋は、右手中指の爪の間に針を刺した。だが、実際はろくに刺さらなかった。相手はあれだけ痛めつけられていたのに満身の力で手を引こうとした。それに、土屋はおっかなびっくりだった。それで、腕を押さえるのに伍長も加わった。だが刺さらない。男も自白らしいことは、むろん何も言わない。そのうち血やら汗やらで針がすべり出した。それでも刺そうとすると、針を持つ土屋の指のほうが痛くなってきた。

 男はすでに死を覚悟していたらしく、悲鳴もあげなくなった。ただ、ものすごい形相で土屋たちをにらんでいた。足がすくむような思いに襲われながらも、伍長の命令で続けた拷問だったが、ついに伍長もあきらめた。「張文達三十三歳、近くの農村から買い物に来ただけ」ということ以外、何の自白も得られなかった。班長格の軍曹は、すでに男を抗日分子としてハルビン憲兵隊に報告していた。だが、拷問の限りを尽くしても、本拠地の所在など肝心なことは何一つ聞き出せなかった。かといって、拷問によって半死半生になっている男を、このまま釈放するわけにはいかなかった。男の処分はどうするのか、土屋にはわからなかった。

 こういう時の処分で悩むのは、土屋のような新米憲兵ぐらいである。土屋が初年兵時に公主嶺で経験したように、仕掛けがあった。針の拷問から二日後だった。平陽鎮にいた満州国軍歩兵十五師団の日系軍官である中尉が訪ねてきて、男を連れて行った。「日本刀の試し斬りに」だった。男が墓地で首を落とされるのを土屋も見た。(p.81-86)



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広東州の中央憲兵隊へ補助憲兵として私は派遣された。野戦補助憲兵といって、憲兵と同伴の時だけにかぎって憲兵の資格を有していた。主な任務は、保全地区(駐留日本軍の勢力圏内)での治安維持であった。特に、思想犯に目を光らせた。思想犯を捕え、拘留し、洗脳するのであったが、そのやり方は目を覆うものであった。

 コンクリートの上に、真っ赤に焼けた木炭を敷きつめ、その上に裸にした“囚人”を転がした。喚き、のた打つ“囚人”は隅へ隅へと転がってくるが、周囲には日本兵がいて、それを蹴飛ばして再び中央へ戻した。“囚人”の反応の仕方は、もはや人間のものとは思えなかった。多くの“囚人”は三日目を境に死んでいった。

 女に対してもその残虐度は同様であった。やはり全裸にして、獣のように四つん這いにさせ、丸太で打ちのめした。

私は、そればかりはどうしてもできなかった。すると、

「これしきのこと、できんのかッ」

 一人の憲兵が私を蹴飛ばしてから、丸太で渾身の力を込めて女を打ちすえた。

中国人は人間に非ず、否、生き物にさえ非ずとでも思っているような拷問であった。彼らの抵抗は死以外の何ものでもなかった。



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日中戦争証言 車河堡 王さん(69歳)柳河口

 1回だけ見たことがあります。強姦したのは普通子どもには見せないんです。

1回見たのは、若い女性に沢山水を飲ませて、お腹を膨らませたり、

鉄の棒を火で焼いて、赤い鉄の棒を乳房に当てたり、女性の生殖器に差し込んだり、

あるいは銃剣の先を焼いて乳房や生殖器をえぐり取ったりしました。


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洗脳して人間性を失わせないと一人前の兵士にはなれない


一般兵士は軍紀などまとまって教えられず、初年兵が軍隊に入って最初に叩き込まれたのは、

「上官の命令は絶対」
「死んでも捕虜になるな」
「天皇陛下からいただいた三八歩兵銃は死んでも離すな」

の三つだったと言われます


水木しげる先生がラバウルに出発するまでがマンガで描かれています。本書の後半では新聞配達員をクビになった水木先生に突然、召集令状がきて鳥取連隊に入隊するわけですが、そこから水木マンガでおなじみの初年兵教育と称する上等兵殿のビンタとの戦いが始まるわけですね。*3

(ミッドウェー海戦)その頃ぼくは毎日なぐられていた、のみこみが悪いというのか、平気というのか、気にしなかったのがいけなかった。毎日ビンタがさくれつした。


軍隊では畳と兵隊は叩けば叩くほどよくなるという信仰があり、ビンタは終わることがなかった。


軍隊で一番軍隊らしいのが分隊です。十人の中に分隊長がおり、その下に古兵(こへい)と称する上等兵がいます。これは普通カミサマといわれ、初年兵をなぐるだけで靴下はもちろんフンドシまで洗濯させる者もいます。

ぼくは分隊に新入りがこなかったため万年初年兵でした。古兵どのの無理難題に日々苦しめられるのです。ぼくは今でも初年兵の頃の夢をみます。これほど情けなく苦しいものは世界にまずないでしょう。(水木二等兵がこぶしを握りしめ歯を食いしばっている描写)


二等兵
初年兵と称され一年中、毎日なぐられる

一等兵
いくらからくになるがウカウカしてられない

上等兵
普通にカミサマといわれもっぱらなぐる係りである

兵長
上等兵の上で早い人は分隊長となる、これもカミサマ


「はァじゃねえよ きさまだよ」

ビビビビビン


「はァとはなんだ!」

ビビビビビ の ビビビビビン


「ばっかやろぅ〜!」

ビビビビビン ビビビビビーーーン☆


ラバウル戦記にはラバウルにいたころ初年兵同士で「敵よりもこの古兵にやられてしまう」と話し合ったことや、「初年兵はすべてノイローゼ気味だった」ことが書かれています。


【追記】

みなんさん「兵隊やくざ」という1965(昭和40)年に制作された映画を知ってました?

舞台は1943(昭和18)年、満州北端の孫呉に駐屯する関東軍部隊にヤクザあがりの初年兵・大宮貴三郎(勝新太郎)が入隊してきて次々にトラブルを起こす、という内容らしいんですが、封建的な軍隊内での私的制裁(ビンタ、鉄拳、足蹴りなど)の様子がけっこうリアルに描かれいるんですよ。これがまた。


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陸軍の内務班生活については下記の本が詳しいです。

兵隊たちの陸軍史 (新潮文庫)
伊藤 桂一 (著)

海軍が兵隊をバッターで殴るのであれば、陸軍は革製のスリッパで殴るというのは概ね事実のようです。
顔にあまり跡が残らないが、非常に苦痛を与えたようです。

また、「精神的な屈辱と肉体的な苦痛を同時に与える私的制裁」として様々なものが考案されていたのも上記の本に書かれています。水が一杯に入ったバケツを両手に持って各内務班を回って班長に「ビンタをして頂き」、少しでも水をこぼすとまた殴られる・・・と言った類のものです。

そして、新兵を私的制裁以上に苦しめたのは、同じ内務班の「古兵」 (新兵より少しでも前に入営した兵隊) に対し、奴隷のように無限の奉仕を強いられたことのようです。新兵は、寝る時間を削って古兵の洗濯物を洗い、靴や銃などの手入れをし、内務班(兵隊が生活をする場所)を磨き上げねばなりませんでした。新兵は3時間寝れれば上等だったと伝えられています。

そのような苦しい生活に耐えかねて自殺する新兵が絶えず、各連隊には必ず「新兵の幽霊が出る場所」が存在したそうです。


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陸軍第五十九師団師団長陸軍中将藤田茂筆供述書に「俘虜殺害の教育指示」というのがあった。部下全員を集めて次の如く談話し、教育したというものである。

 「兵を戦場に慣れしむる為には殺人が早い方法である。即ち度胸試しである。之には俘虜を使用すればよい。4月には初年兵が補充される予定であるからなるべく早く此の機会を作って初年兵を戦場に慣れしめ強くしなければならない」

 「此には銃殺より刺殺が効果的である」

鬼になる洗礼−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 昭和7年(1932年)1月のある日だった。入営して二ヶ月にもならない。兵舎から200メートルほど離れた射撃場からさらに100メートルの所に、ロシア人墓地があった。その墓地に三中隊の60人の初年兵が集められた。大隊長や中隊長ら幹部がずらりと来ていた。

「何があるのか」と、初年兵がざわついているところに、6人の中国の農民姿の男たちが連れてこられた。全員後ろ手に縛られていた。

上官は「度胸をつける教育をする。じっくり見学するように」と指示した。

男たちは、匪賊で、警察に捕まったのを三中隊に引き渡されたという。はじめに、着任したばかりの大隊長(中佐)が、細身の刀を下げて6人のうちの一人の前に立った。だれかが「まず大隊長から」と、すすめたらしい。

内地からきたばかりの大隊長は、人を斬ったことなどなかった様子だった。部下が「自分を試そうとしている」ことは承知していたろう。どんな表情だったか、土屋は覚えていない。彼は、刀を抜いたものの、立ちつくしたままだった。「度胸がねえ大隊長だナ」と、土屋ら初年兵たちは見た。すぐに中尉二人が代行した。

 ヒゲをピアーッとたてた、いかにも千軍万馬の古つわもの、という風情だった。こういう人ならいくら弾が飛んできても立ったままでいられるだろうな、と思った。その中尉の一人が、後ろ手に縛られ、ひざを折った姿勢の中国人に近づくと、刀を抜き、一瞬のうちに首をはねた。土屋には「スパーッ」と聞こえた。もう一人の中尉も、別の一人を斬った。その場に来ていた二中隊の将校も、刀を振るった。後で知ったが、首というのは、案外簡単に斬れる。斬れ過ぎて自分の足まで傷つけることがあるから、左足を引いて刀を振りおろすのだという。三人のつわものたちは、このコツを心得ていた。もう何人もこうして中国人を斬ってきたのだろう。

 首を斬られた農民姿の中国人の首からは、血が、3,4メートルも噴き上げた。「軍隊とはこんなことをするのか」と、土屋は思った。顔から血の気が引き、小刻みに震えているのがわかった。

そこへ、「土屋!」と、上官の大声が浴びせられた。
 上官は「今度は、お前が突き殺せ!」と命じた。
・・・


・・・
「ワアーッ」。頭の中が空っぽになるほどの大声を上げて、その中国人に突き進んだ。両わきをしっかりしめて、といった刺突の基本など忘れていた。多分へっぴり腰だったろう。農民服姿、汚れた帽子をかぶったその中国人は、目隠しもしていなかった。三十五、六歳。殺される恐怖心どころか、怒りに燃えた目だった。それが土屋をにらんでいた。

 目前で仲間であろう三人の首が斬られるのを見ていたその中国人は、生への執着はなかった、と土屋は思う。ただ、後で憲兵となり、拷問を繰り返した時、必ず中国人は「日本鬼子」と叫んだ。「日本人の鬼め」という侵略者への憎悪の言葉だった。そう叫びながら、憎しみと怒りで燃え上がりそうな目でにらんだ。今、まさに土屋が突き殺そうという相手の目も、そうだった。

 恐怖心は、むしろ、土屋の側にあった。それを大声で消し、土屋は力まかせに胸のあたりを突いた。・・・


▲△▽▼


そして洗脳されて人間性を喪失した兵士はこういう感じになってしまいます.

何時も上官から苛められている下っ端兵士が苛め返せるのはチャンコロ位だもんね:


860 :名無しさん :02/07/04 01:33 ID:03UDq1eg

死んだ人の事を悪く言いたくなかったけど言わせてもらう。
漏れの近所の銭湯で番台やってた爺さん(もう亡くなった)。

漏れが小さい頃よく戦争当時の話を銭湯の番台で自慢げに語ってたバカ。

『チャンコロ(中国人)の妊婦を木に縄で縛って銃剣で刺したら「ボムッ」って鈍い音出して破裂してよー。

ホント面白かったぞー。だから毎日チャンコロの妊婦探して見つけては、それやって遊んでたんだ。あの頃がなつかしいなあ(ニヤニヤ』


上の話が嘘だと思うなら,まずこれを否定してね:


小平義雄連続殺人事件


小平義雄は戦地より帰って以来、性的に突如放縦になった。

放縦なだけでは留まらず海軍被服廠の軍属であった戦争最後の年に、同じ職場の女子工員を強姦した上殺害している。以後、終戦直後の混乱の中で女性を食料をエサに誘いだし、次々と6人も、犯しては殺していった。

小平が女性を犯して殺す、その味を覚えたのは、中国の前線だった。

予審調書の中で小平は言っている。

「大怙では強姦のちょつとすごいのをやりました。…父親を縛り上げて戸棚の中入れ…
クーニャン(娘)を出せと言って出させました。

…強盗強姦は日本軍隊には付き物ですよ。
銃剣で突き刺したり、妊娠している女を銃剣で突き刺して子供を出したりしました。 私も5,6人はやっています」


取り調べと裁判の段階で明らかになったことがあるんですね。それは、彼の戦争体験のことだったんです。

「済南事件」:南京大虐殺の先駆けですね。住民の殺戮です。その時にもの凄く多くの中国人の女性が日本兵によって強姦されて殺された。この小平という人物は、その時の兵隊だったんです。

「連続強姦殺人魔」と言われた人の犯罪を重ねる下地が「戦時強姦」で培われていた、っていうことです。そのことが日本が戦争で負けた後に一気に吹き出してきた事件なんですね。
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南京で暴虐の限りを尽くした田所耕造。



陸軍第114師団重機関銃部隊所属 田所耕造。

『週刊アサヒ芸能』(71年)の取材に答えた当時、彼は53歳。
彼が語った残虐の限り。しかもこれが「命令」なんだから驚くしかない。

女が一番の被害者だったな。年寄りからなにから、全部やっちまった。
下関から木炭トラックを部落に乗りつけて、女どもを略奪して兵隊に分ける。

女1人に兵隊15人から20人くらい受け持たせてね。倉庫のまわりなど、
日当たりのいいところを選んで、木っ葉などをぶらさげて場所をつくる。
赤ケンといって、中隊長のはんこがある紙を持った兵隊たちが、ふんどしを
はずして順番を待つんだ。

いつか女の略奪班長をやったことがあるけど、ゆくと、女たちはどんどん
逃げる。殺すわけにはいかないから、追いかけるのに苦労したもんだよ。
支那の女は技術はうまいね。殺されたくないから、必死なんだろうけど、
なかなかいい。なにしろ上陸以来女の身体にさわったこともないんだから
、いじくりまわしたり、なめまわしたりする。私らは、よくなめ殺すといったもんです。


その凶暴兵は、柳川平助兵団(第10軍)第114師団所属。南京作戦での「働きぶり」によって上等兵に昇進。

そして、血に飢えた「ならずもの部隊」は徐州(シュイチョウ)へ進撃したのだった……。


南京に2ヶ月ぐらいいて、徐州に向かったんだけど、このときだったな、
股裂きをやったのは。ある部落で、みせしめのために女を柳の木に縛りつけ、
両足首にまきつけたロープを2頭の馬の鞍に結び、左右からムチをくれると
股から乳房のあたりまで肉がさける。骨があとに残るんだ。それを部隊
みんなでみている。中隊長もみてみぬふりだった。将校だろうと下士官
だろうと、文句をつけても『ウシロダマ(後ろ弾)だぞ』とおどしちゃう

田所耕造はこの気分が悪くなるような話を得意げに話している。上官を
無視しても、「戦闘」では頼りになった兵士による略奪・強姦・虐殺は
セットで日本軍は容認していたということだ。


川沿いに、女たちが首だけ出して隠れているのを引き揚げてはぶっ殺し、
陰部に竹を突きさしたりした。杭州湾から昆山(クンシャン)まで道端に延々と
そういう死体がころがっていた。昆山では中国の敗残兵の大部隊がやられて
いて、機関砲でやったらしいが屍の山で、体は引き裂かれて、チンポコが
丸出しで死んでいた。そのチンポコがみな立ってるんだ、ローソクみたいに。『チンポコ3万本』と俺たちはいっていたが、3000人以上はいたろうな。遠くからロングに引いてみると、残虐というより壮観だった。

読売のカメラマンで発狂したのもいたな。やったってしようがないのだが、
飛び出してやめさせようとするものもいた。普通の百姓だからといってね。
しかし兵隊はそんなのにかまわずぶっ殺していった。俺か? 俺は残虐な
写真ばかり撮っていたので病膏肓に入っていた。そういう残虐な写真を
撮るのも喜ぶものもいたし、やめとけというのもいた。参謀本部では証拠に
ちゃんと写真を撮っていたな。

以上はすべて、柳川平助兵団が南京に入城する前の段階の話である。これだけの鬼畜行為を楽しんだキチガイ兵士が「南京」になだれ込んだのだ。後はご想像の通りだ。

当然のことながら、柳川平助兵団による強姦・虐殺は南京攻略以降の
徐州・漢口作戦でも繰り返されることとなる。

徐州作戦では捕獲したチェコの機関銃がよく使われた。10人、20人と固まって
死んでるのが3キロも4キロもつづく。殺し方もいろんな方法をとった。
3人ぐらいいっしょに木にぶら下げられていたり、首をはねたり。子どもの
首をはねるのだけど、うまいもんだね、皮一枚ちゃんと残るように斬るんだよ。
その瞬間の写真を撮ったけど……

自分が犯した罪を自慢げに話した田所耕造は、もちろん中帰連ではない。ビルマで敗戦を迎えている


股裂きなんぞ、東映のモンド映画『徳川いれずみ師 責め地獄』にて鬼才石井監督が撮っていたけど、その遥か以前に日本軍では娯楽の殿堂として「日常風景」だったとは驚きだ。
日本軍って、頭の中が「石井輝男」と同じだったんだな。

「股裂き」の田所耕造が所属していた柳川平助兵団が如何に凄まじい「ならずもの部隊」であったか、従軍カメラマンとして共に行動した河野公輝さんが証言しているな。
これも酷すぎて卒倒するぜ。


蘇州(スーチョウ)の略奪もすさまじかった。中国人の金持ちは日本とはケタがちがうからね。あのころでも何万円とするミンクのコートなどが倉の中にぎっしりつまっているのがあった。寒かったから、俺も一枚チョーダイしたよ。(中略)東京の部隊では赤羽工兵隊というのが一番悪かった。
蘇州の女というのがまたきれいでね。美人の産地だからね。兵隊は手当たりしだい強姦していた。犯ったあと必ず殺していたな。


以上はすべて、柳川平助兵団が南京に入城する前の段階の話である。これだけの鬼畜行為を楽しんだキチガイ兵士が「南京」になだれ込んだのだ。後はご想像の通りだ。


以上の証言は河出文庫『証言・南京事件と三光作戦』より引用した。

この本のAmazonでのレビューにこんなのがあったが……

洗脳、と言う言葉がある。
この言葉は元々は中国語だ。日本語ではない。
朝鮮戦争時の捕虜米兵に対して共産主義を信じることをせまった行為を
中国共産党が洗脳と呼んでいたのが語源だ。
この捕虜米兵と同じように洗脳された人たちがいる。
日中戦争時に捕虜となった日本兵捕虜である。

生きて日本に帰ることのできたこの日本兵捕虜は「中帰連」(中国帰還者連絡会)と呼ばれ、帰国してから「証言」したものが、南京虐殺やら三光事件やらの
「旧日本軍が大陸でいかに悪いことをやったか」を描いた数多くのプロパガンダ本の基となった。本多勝一の『天皇の軍隊』も彼らの「証言」を基にした著作だという。


さて本書であるが、タイトルの、証言とはいっても上記の中帰連(笑)の生き残りの人たちがメインである。この時点でこの本の客観性や実証性はゼロといっていいプロパガンダ本といっていい。「南京大虐殺」「三光作戦」がウソ、でっちあげの産物であると言うことはネットや書籍を通じてようやく近年常識として広まりつつある。
これも一つの戦後レジームからの脱却と言っていいだろう。


『週刊アサヒ芸能』のインタビューに答えた人間が中共の捕虜だと決め付け、事実を歪曲しているところなんぞ、まさに中共と同じやり口だな。藁


自分が犯した罪を自慢げに話した田所耕造は、もちろん中帰連ではない。ビルマで敗戦を迎えている。インタビューを受けた当時でも、自分が行ったことは間違っていないと自慢していた神社の神主であった。三島が自決した日に息子に「お父ちゃんもあんなふうに死ぬのか」と聞かれた彼は、「お父ちゃんが死ぬときは共産党と社会党のやつらを皆殺しにしてからだ」と答えている。


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中国山西省に出征した旧軍人のKさんは3年兵の時、トーチカ(砲台)の
一室で、4〜5人の4年兵が現地女性を連れ込み輪姦している場面に
出会った。4年兵の兵隊が終ると、「今度は3年兵の番だ」と言われ、
Kさんは、強姦は犯罪だという認識がなく、単に古兵の命令に従わなければ
ならないと思いそれに加わった。Kさんはこういう“戦争犯罪に対する無感覚”は戦時中だけではなくて、戦後も変わらなかったと指摘する。戦友会の席上では、このような犯罪が懐かしい話、面白い話として語られるという。

その中には「股裂き事件」という話もあった。ある旧軍人が1944年の
河南戦争前後で見たことだ。中国人女性の片足を木に縛りつけ、もう片足を
馬の鞍に括りつける。そして突然馬のお尻を叩き、驚いた馬が走り出すと、
女性の体が二つに裂けてしまうというものだ。Kさんが駐在していた山西省
旧遼県でも、1941年4月に日本軍隊長が中国語で「勒馬分身」(股裂き)
という方法で殺人を行ったという。そのことは中国側の資料にも記述されている。



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仏典の地獄を偏執的狂人の妄想から生まれた怪奇残酷趣味のフィクションにすぎないと考えるのなら、これはどう思われるか。…

「村民を銃剣で追い立てて並ばせ、機銃掃射で薙ぎ倒す。

泣き叫ぶ乳幼児や子供たちを銃剣で突き殺し、

妊婦の腹を切り裂いて胎児を放り出す。

死体の山に石油をかけて焼き尽くす。

木に縛り付けて鞭打っては冷水をかけ、凍死させる。殴り殺す。蹴り殺す。死体を野犬に食わせる。

背中に石を結わえて水中に投げ込む。

輪姦し、その女の赤ん坊を銃剣に刺して肩に担ぎ、軍歌を歌って歩き回る。

赤ん坊を投げ殺す。踏み殺す。巨大な石を担がせて圧死させる。

鞭で殴って焼けた棒を押しつけ、冷水をかけて極寒の場に捨てて凍死させる。

婦女子を狩り集めて輪姦し、腹を裂いて内蔵をえぐりだす。

生き埋めにする。眼をえぐる。耳を切る。鼻を削ぐ。首を切り、その数を競う。生きながら解剖する。銃剣で突き刺し、崖から落とす。等々」

 これはフィクションではない。「正義」を掲げた日本軍が中国でやったことである。といっても、ここでは戦争の是非を論じようというわけではない。地獄は決してフィクションなどではなく、スーパーリアリズムの世界だと言いたかったのである。我々の心の内側にある畑が荒れ果てたとき、地獄はどこにでも出現する。地獄の発生は倫理や道徳では抑えられない。かつて倫理や道徳が声高に叫ばれていた時期に、戦争が絶えたことはなかった。いや、むしろ、戦争は倫理や道徳の意図的操作によって遂行されたと言ってもよい。これは歴史の教えるところである。



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南京にいた日本兵たちの人間墜落と性的異常行為は限界がありませんでした。ちょうど退屈凌ぎに殺人コンテストが考案された様に、兵士たちはセックスの十分な供給に飽きると様々な気晴らしの強姦ゲームを創造しました。

おそらく日本兵が気晴らしにした最も残忍な作法の中に、女性の膣の突き刺し刑があります。

南京の通りには足を広げ、開口部に木の棒や小枝や雑草を突き刺されて倒れている女性の死体がありました。南京女性の拷問に使用され、耐え難い苦痛を与えたこの方法は考えただけでも精神が麻痺してしまうぐらい痛ましいものがあります。若い女性を強姦した日本兵は彼女にビールボトルを突き刺して射殺し、別の所ではゴルフクラブを突き刺された強姦犠牲者が発見されました。

また12月22日にTongjmenの門近郊で強姦された理髪店の妻は膣にかんしゃく玉を突っ込まれて、爆破して殺害されました。

そして犠牲者は女性だけに限られた訳ではありませんでした。中国人男性はよく男色の相手にされたり、笑う日本兵たちの前で恥ずかしい性芝居を演じるように強制されました。ある男性は雪上に転がる女性死体との性行為を強いられ、それに拒絶して殺害されました。また日本兵は禁欲主義を誓っていた男性に性交際を強制して喜ぶこともしました。男性に変装して南京の門を通過しようとした中国人女性が股の間を掴みながら一人一人チェックしている日本近衛兵に真実の性を暴かれてしまい、集団暴行を受けている時に、たまたま現場近くにいた仏教僧は危険を冒して止めに入り、不幸にさらされました。日本兵たちは彼に強姦したばかりのその女性との性交際を強制し、それを拒んだ僧侶はその場で去勢されて出血多量のために死に陥れられました。

さらに最も卑劣な性的拷問手段の中には家族に対する退廃があります。

日本兵は中国人男性に対して、父親は娘を、兄弟は姉妹を、息子は母親を強姦させる近親相姦を強制して、加虐的な喜びを味わいました。

中国軍大隊の司令官だったGuo Qiは、街が陥落して息詰まっていた3カ月の間に、少なくとも4、5回は日本兵が母親を犯すように息子へ強制して、拒んだ者はその場で殺されているのを見たり、聞いたりしました。

この報告書は、ある中国人男性が母親を強姦することを拒んでサーベルで突き殺され、直後にその母親も自殺したことについて報告したドイツ人外交官の証言で実証されています。

家族の中には、この様な行為を強いられるぐらいなら率直に死に応じる者もいました。ある一家は揚子江を横断しようとしたところで二人の日本兵に止められ、点検を求められました。ボード上で若い女性や少女たちを見つけた日本兵たちは両親や夫の目の前で女性の強姦を始め、これでも十分にひどい行為にかかわらず、兵士たちが次に要求したことは一家をさらに困惑させました。彼らはこの一家の年老いた男性にも同様に女性たちを強姦させようとしました。一家は従うよりも川へ身を投げて溺れ死ぬことを決意しました。


日本兵に捕らえられた女性たちは強姦された直後に殺され、生きる望みはほとんどありませんでした。

女性たちは様々な方法を用いて強姦から逃れようとしました。中には、すすを顔に擦り付けて老いて見せたり、病気にかかっているように見せたり、頭髪を剃って男性を偽ったりして変装する女性たちもいました。(ある利口な若い女性は金陵大学の安全地帯までの道のりを老婆に変装し、杖を持って足をひきずりながら、背中に借りた6才の子供を負ぶって歩いてきました。)また4日前に死んだ子供を生んだと日本兵に告げて病気を装ったり、中国人捕虜の助言を受けて指を喉に突っ込んで何回か嘔吐して見せた女性もいました。(彼女を捕らえた日本兵は慌てて建物から追い出しました。)中には人混みの中を屈んで進み、壁を敏捷によじ登って日本兵からの追撃を逃れた女性や、三階の日本兵を妨害して、庭の中国人男性が支える竹棒を滑り落ちて、辛うじて暴行から逃れた少女もいました。

しかし、あがいた女性は一度、捕らえられると、日本兵に抵抗しようとした見せしめのために拷問にかけられました。日本兵に挑んだ者たちは、よく目玉をえぐり抜かれていたり、鼻や耳や胸を削がれている状態で後に発見されました。


金子安次
「昼間のうちにいい女に目をつけておいて、夜襲いに行く兵士もいた。頑強に拒んだ女性には膣に棒を押し込み、子宮を切り裂き、油をつけた綿を押し込み燃やしたこともしばしばあった。」

 金子さんの話によると、民間人に対する殺戮と性的虐待は日常的に行われていて、これに加担しなかった日本兵は、少なくとも金子さんの知る限り、ほとんどいないという。

子供は、慣例のごとく両親の目の前で殺された。


子供の前で母親を犯す。赤ん坊を火にくべる。または子供の前で親を焼き殺す。

生きたまま生体実験を行う。 慰安と称して女性の膣にガソリンを含んだ布を押し込み、火をつける。


日本兵が南京の居住民に与えた数々の拷問は人間の理解できる範囲を越えています。下記の例はそのほんの一部分です。

(生き埋め殺人)日本兵は機能的に埋葬活動を実施することで大量虐殺の効率化を図りました。中国人捕虜たちはそれぞれグループに分けられ、まず第一グループが自分自身の墓穴を掘らせられ、第二グループが第一グループを埋め、続いて第三グループが第二グループを埋めて行くという具合に強いられました。犠牲者たちの中には胸や首から下部分を埋められて、刀で徐々に切り刻まれたり、馬や戦車で下敷きにされたりして、さらに大きな苦しみを受けた者たちもいました。

(切断)日本兵は犠牲者たちのはらわたを抜き出したり、斬首したり、手足を切断しただけでなく、さらにひどい種類の残酷な拷問を行ないました。

街の至る所で捕虜たちが板に釘付けにされて戦車にひき殺されたり、木や電柱にくくりつけられて肉体を切り刻まれたり、銃剣の練習台にされて虐殺される光景があり、明らかな事実の中には、100人以上の男性が銃殺される前に目玉をえぐり出されたり、耳や鼻を削ぎ落とされたということがありました。また200名を越える中国兵や市民の集団が裸で柱や学校の戸に縛られ、zhuiziという特別の針で口や喉や目を含む何百カ所という肉体部分を突き刺されることもありました。

(火による殺害)日本兵は犠牲者たちを集めて一気に焼き殺しました。江口の日本兵は中国人捕虜を10人単位でまとめて縛り、ガソリンをかけて火が点けられている窪地へ落とし込みました。太平路でも大量な数に上る店員が火刑を宣告され、ロープでまとめて縛られて炎の中へ投げ込まれました。さらに中国人暴徒たちを建物の最上階や屋根上に集めて、階段を破壊し、炎を下に灯すという余興の火刑ゲームも考案されました。多数の者が窓や屋根上から飛び降りて自殺を図りました。


また犠牲者たちを燃料でずぶぬれにして射撃し、炎上するのを観望するという娯楽も実施されました。ひどい事件の中には日本兵が何百人に上る男性や女性や子供たちをガソリンでびしょ塗れな広場の中に入れ、マシンガンで火を点火することもありました。

(氷による殺害)南京大虐殺中、 何千人に上る人々が故意に凍死させられました。何百人に上る中国人捕虜たちが凍結している池の辺まで行かされ、裸になって氷を壊し、水の中へ魚を捕まえに飛び込む様に命令され、水の中に入ると彼らの肉体は日本兵の銃弾に穴を空けられる浮いた的と化しました。また避難民集団を縛って浅瀬の池へ投げ入れ、そして手榴弾で爆破して「血と肉体の爆発雨」を引き起こすこともありました。

(狂犬による殺害)残虐非道な拷問方法の中には、犠牲者たちの腰部分まで土の中に埋めてジャーマンシェパード犬にかみ殺されるところを観望するというものもあります。日本兵が犠牲者を裸にして、肉体の敏感な部分をジャーマンシェパード犬に噛みつかせる指図をしているところを見物人が見ていました。犬たちは腹を噛み開き、腸を離れた場所へ引きずり出していたそうです。

これらの出来事は日本兵が犠牲者たちの拷問に用いたほんの一部です。日本兵は犠牲者をACID(麻薬)浸けにしたり、赤ん坊を銃剣で突き殺したり、人々の舌をフックに掛けて吊るすといった残虐な行為を公然と行ないました。

日本軍はまったく人間性を喪失してしまい、少しもはぱかることなく女性を強姦・輪姦した。幼女からろうぱまで、はなはだしきにいたっては妊婦さえも免れることはできなかった。

数多くの女性は暴行されたのちまたむざんにも殺害された。日本軍が南京を占領して1か月の間に、2万回以上もの強姦事件が発生した。その時、南京にいた外国の人たちが日本軍のことを「きん獣の群れ」といったのである。

”輪姦の後、殺害された女性”とキャプションのあるこの写真では腹を割かれ、内臓がとび出している。少し開き加減の足。左足の先のほうにはズボンと覚しきものがからまりついている。


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人前で中国人の首を斬殺さしたり、妊婦を銃剣でお腹を裂き見世物にしたとか、娘らを強姦したら殺す!(死人にくちなし、と言う事だそうです)

乳飲み子を母親から取り上げ谷へ投げ捨てた。

子供に”みの”をかぶせ火の中に投げ入れ、熱い熱いとみのがゆれるさまを喜んで”みの踊り”と言ったそうです

日本兵は「幼い娘は熟していない」といって、下腹部を切り開き輪姦を始めるのであった。妊婦でさえも容赦はなかった。

妊娠9ヶ月の17歳の少女を2人の日本兵が強姦する。この結果流産してしまい、彼女は発狂してしまった。HongWu門外では日本兵が農家の妊婦を強姦し、女性の腹部を切り開き、胎児を取り出した。また別のところでは、日本兵が妊婦を強姦しようとしたがお母さんが立ちふさがる。

そこで日本兵の超残虐な行為が始まる。日本兵は老婦を蹴飛ばし、妊婦の腹部をナイフで切った。数ヶ月たったばかりの胎児が中から飛び出した。

このようにして2人の尊い命が一瞬のうちに消えてしまった。多くの女性が強姦の後殺害されている。ある日本の上官は部下にこう言った。「後で厄介になるから、用を済ました後は分からぬように殺しておくようにしろ」多くの女性はこの時の経験を話せない。

しかしそのような地獄から生還した女性もいる。彼女はJianYin通り6丁目に住んでいた。彼女は他の女性といっしょに日本軍に連れ去られた。日中は洗濯をさせられ、夜になると輪姦の道具となる。年増の女は一晩で10回から20回。若くてかわいい女はもっと多かった、と証言する。

正月元旦の日、二人の日本兵が彼女を連れ誰もいない学校にやってきた。そして彼女を10回銃剣で突き刺した。首の後ろに4回。腕に1回。顔に1回。背中に4回刺された。日本兵は彼女が死んだと思い、去っていった。あとで通行人に助けられ病院に担ぎ込まれ命を取り留めた。強姦の後幸運にも殺されなかったが性病に罹り、一生苦しんだ人たちもいることを忘れてはならない。


" 外国人の見た日本兵の蛮行 # という本の中に著者の TianBoLie 氏は南京の虐殺の事実を記録に残している。そのほとんどが強姦であった。それから少し例を拾ってみるだけでも日本軍の罪の重さがわかる。12月14日正午、日本兵は JianYing 通りの民家を襲った。4人の少女を誘拐し2時間かけて強姦した。12月14日夜、日本兵が民家を襲って女性を強姦し、連れ去った。12月15日夜、大勢の日本兵が Jinling 大学の講堂に押し入った。そこで30人の女性を強姦した。ある者は6人の日本兵から次々と輪姦された。 12月15日夜、大勢の日本兵が ShanTiao通りの民家に押し入り、多くの女性を強姦した。12月16日、日本兵は保育大学から7名の少女を誘拐した。年齢は16歳から21歳までの娘であった。そのうち5名が後に釈放された。18日におこなわれた事情聴取によると彼女らは一日に6回強姦されたといっている。

12月18日の夕暮れ時、4,5百人の女性がわれわれの事務所に保護を求めてやってきた。 この多くは日本兵に強姦されていた。 ここに記載した事件は南京陥落後のほんの数日間に起こった氷山の一角に過ぎない。 実際、 " 強姦は南京陥落後6週間に渡って大規模に行われた」のである。これらの犯罪は下級兵士の行動にとどまらず、指導者層にまで及んでいる。

南京虐殺の主犯格である日本軍第六師団長谷寿夫の証言によると、彼は ZhongHua 橋の近くで Din Lan という女性と他に二人を強姦している。また、SaiHongQiaoで Liu YuQingさんと他三名を強姦した。他のところで10名以上の強姦も認めている。日本軍の侵略者たちは強姦で動物本能を満たすだけでは終わらなかった。

彼らは集団で輪姦し、その後、殺して死体を切断するのであった。多くの女性は10人くらいの日本兵に輪姦された。そして女性は死んでいく。この種の経験をした女性の死体は数限りなくあった。虐殺の期間中、強姦の犠牲者には教授婦人、尼僧、労働者、教師、学生などがいた。


2月の終わりごろ、14人の難民の家族が日本軍により惨殺された。一番下の娘はほんの14歳。彼女は二つの正方形のテーブルの上に乗せられて死んでいた。上半身は服を着たままであるが、下半身はすべて剥ぎ取られテーブルは血の海であった。そして彼女の下腹部には銃剣で刺した後が二つあった。

お姉さんは妹と同様の格好でベッドの上に倒れていた。母親はテーブルのところで1歳の赤ん坊を抱きかかえ倒れていた。赤ん坊は腹部をナイフで切られ、内臓が飛び出していた。正視できない地獄絵巻である。国際委員会の委員は調査に乗り出した。
写真を撮り、それをアメリカの市民のもとに送った。日本大使館にも送った。


日本軍の地獄の苦しみを味わったのは主に女性であった。彼女らは強姦されてそれで終わりではなかった。日本軍から胸を切り落とされ骨が見えている女性。
下腹部を銃剣で刺され苦痛で泣き叫ぶ女性。また、下腹部に木材、竹、人参などを差し込まれ、かき回されて死んでいく女性。

これを端で見ている日本兵は拍手を送り高らかに笑っていた。日本軍に囚われコックとして働かされた中国人が脱走後次の話をしてくれた。12月16日、通りに出てみるとまだ火も残って煙が立ち込めていた。我が同胞の死体の山、山、山。特に女性の死体が目立つ。それらの中で10体のうち8体は腹部を切断され中から内臓が出ている。

血まみれの胎児を手にした母親の死体もある。女性の乳房は切り取られるか銃剣で刺され、血と肉の固まりと化している。南京市内外の虐殺の期間中、多くの女性の死体はこのような様子であった。XinZhong門の城壁近くの家で60歳代のおばあさんの死体が見つかった。おばあさんの下腹部は大きく膨らんでいた。

YangPi通りの北に少女の死体が見つかった。おなかは切り開かれ内臓は引き出され、2つの目は大きく見開き、口からは血が流れていた。 GuYiDian通りでは12歳の少女が死んでいる。下着は破られ、目は閉じたまま口は開いていた。この死体を見てわかることは、これらの女性が単に日本兵の刃に倒れただけでなく、辱めを受けているということだ。

日本兵の犯した強姦の罪は重い。その残虐さは彼らの殺戮に劣らなかった。日本軍の上官はこれらの残虐行為の手をゆるめることはなかった。むしろ兵士の動物本能を満足させるためにこれを奨励した。その結果、日本兵はどこに行っても強姦をやった。上海、SuZhu,WuXi, HangZhou でも日本兵は同じことをやった。

南京の女性の運命は特に悲惨なものであった。南京陥落後、日本兵は女性を求めて南京のいたるところを探し回った。そして見つけると集団暴行を行う。


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日本兵の婦女暴行・強姦の実態

1.妊娠している婦人を全裸にして刀で刃傷、木の間に女の両手両足をゆわえて子宮に手オ留弾をさして爆発。興味本位で、得意気に。(元軍曹T)

2.死体処理の少年の証言、女性の死体は特にひどい。ある女性は両手両足をひろげてベッドに縛られ、局部にサイダーの壜を深く刺されて被殺。

3.多くの少女はベッドに縛りつけられ誰でもがすぐに犯せるようにしている。少女があまり泣きじゃくったり、性病に罹ったりしたら、すぐに殺されてしまう。路地や公園には女性の死体でいっぱいだ。 彼女らは死んだ後でも切断されたり、局部に物を差し込まれたりして辱めを受けている。

4.一月一日、呉昌生が光華門外の自宅に帰った時、七人の日本兵がひとりの中国人のおばあさんを連れてやってきた。彼らにおばあさんを犯せと命じた。日本兵はこの光景を見て笑っていた。

5.二月五日、三牌楼に住む六十歳を超える陳さんのところに三人の日本兵がやってきた。 一人が見張りで、他の二人は交代で強姦した。日本兵の一人はおばあさんにペニスをなめてきれいにしろと言った。

6.1944年の春頃、鈴木氏が分隊長として、討伐作戦に参加した際のある村の話であった。 彼の分隊が休憩していたある農家に、一人の憲兵が現れ、惨劇が始まった。村の女性に食事を作ることを強い、お湯を沸かせていた時のことだった。

突然、その憲兵は梅毒にまみれた自らの陰茎をとりだし、食事の準備中の、一人の女性に、これを舐めろと要求した。ところが毅然と拒絶したその女性に、憲兵は激怒し、服をちぎって沸騰したお湯を浴びせ、遂に殺害した。


7. 12月15日、またもや押し入ってきた日本軍の兵士が、数え年8歳の蔡さんを強姦した。蔡さんはその様子を次のように語る。「日本兵は、私の陰部に手をねじ込み、その時まだ幼かったので、非常に硬かったのを無理やり押し込んでこじ開けた。


8.「冬には、至るところで暖をとります。兵隊は、赤ん坊をひっ捉まえ、火の中に投げ込んだものです。」と、古参兵の一人が報告する。別の帝国陸軍の兵隊が語る。

彼の部隊は打ち棄てられた村で女をみつけ、裸にし、「膣に布切れを押し込み、ガソリンを染み込ませて、火をつけました。皆それを見ていました。隊長もです。 部隊の慰安の一種だったんです。」


「暗い部屋に産褥の婦人ありて傍らにいとけなく眠る嬰児。銃剣で布団を跳ねのける。女は両手を合わせて拝んでいる。(略)彼女は衣服乱れて乳房一突き息絶えていた。」「先に高粱で隠された長持の中の娘もどうやら、輪姦の上刺殺した模様であった」(一一○頁)。

「掃討にあって残虐は付きもので、女をあさる。

輪姦、強姦と、又素裸にして乳房を刺突或は陰部にローソクを垂らし悶えるを見て悦び、恥毛に煙草の火をのせて焦げゆく興味。

タマゴを局部に挿入二個、三個と、更にトウモロコシを挿入或はピストン運動、トウガラシを詰め込み歓声を上げる。

銃剣の先で膣をつつく。こうして時間をもて遊んでいる。呻き苦しみ悶絶、出血滴る女と、掃討の修羅である」(一一二頁)。

「捕らえた女を丸裸にして寝かせて、両足を一ぱいに広げ杭に結びつけ尻したに枕して腰を浮かせて膣に、ナンパ大根と挿入できるようなもの等、刺激物のトーガラシとかをもって、いろいろなことをして、悶える表情に歓声を挙げていた。

更にローソクの垂汁をポトポトと膣に落し上手、下手を争って楽しんでいた。

乳房、腹上、局部にムカゼ・サソリ等を捕らえて這わせての興味を持っての蛮行が、いずこの部隊でも隠された所で行われることが、討伐作戦の楽しみであった。」

「捕虜の男と女を牢から出して来て裸体にして女に男の性器をくわえ吸わせ舐めさせ、性器が勃起するの見物と、性交させることの成り行きと、女の膣ネブリ、乳房と、ああしろ、こうしろと、注文をつけて、その表情を楽しんでいた。」(一一七頁)

 強い攻撃性は、攻撃の対象により強く大きな苦痛と恥辱を与えることで、自らの勝利感、征服感を満足させた。その対象が女性であるときは、性器への攻撃となって現われた(二六)。


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まず、釣り針が連続して付いている釣り糸と竿を用意します。

そして、女の股をひらかせます。

女の膣に釣り糸を挿入。

釣り針も全て挿入し、挿入が終わったらウィンチで思い切り引っ張る。


これは第二次世界大戦時、日本軍が中国で行ったお遊びです。

男性に対しては行われず、女性のみを対象とした完全な性器刑。
失血死した人もいたそうです。



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戦争とはこういうものだ 2:

朝鮮人「慰安婦」の証言


12歳で「慰安婦」に 李京生

 私は3歳で母を亡くし、6歳のときには父を亡くし、育ててくれた祖母とも死に別れた。孤児となった私は、地主の家の子守や下女として一人で生きてきた。

 12歳になったある日、区長が呼んでいるというので行ってみたら、既にキム・グワンソン、パク・スボク、ユン・チュンソンの3人がきていた。みんな私と年齢が前後する女の子たちであった。区長は、私に「お前は哀れな星の下に生まれて苦労している。きょうからお前の人生を変えてやろう。良い所へ連れていってあげるがどうだ」と言った。

 私はそれまでのみじめな境遇が辛かったので、今より良い暮らしがあるのなら「行きましょう」と答えた。区長は、「私が呼び出したら朝でも夜でもすぐくるんだよ」と言った。幼い私は、「はい、すぐきます」と答えた。

 夜になって区長の家から使いがきたので、私は急いでいった。区長は立派な日本人が迎えにきたといった。見ると長い刀を腰にさした男が3人きていた。私たちは怖くなって「アッー」と声をだしてしまった。それを見た区長は、「お前たちを良い所へ連れていってくれるのに怖がるな」といった。そしてその男たちに私たちを引き渡すと、村の外まで見送ってくれながら、「きょうからお前たちの運命が変わるのだ。いい所にいけよ」と励ますようにいって家に帰ってしまった。どうしていいのかわからないままに、私たちはその男たちの後についていった。

 男たちの後についていくとやがて駅前に出た。そこで汽車の貨車に乗せられた。良い所に連れていってくれるとは言われてみても、そこは子供だから、次第に心細くなり、4人してめそめそしたりしていた。

 明け方近くなって降りろというので降りたら、駅前に車が迎えにきていた。車には2人の日本人が乗っていた。私たちは、見知らぬ3人の日本人についてくるだけでも怖かったのに、また2人ふえたのでもっと怖くなった。しり込みする私たちをみて、男たちはまるで豚のしっぽをとって車に乗せるように、私たちを5人がかりでほうり上げて乗せた。

 どれくらい行ったのか記憶に残っていないが、まわりが明るくなったころ、やがて山の中に到着した。彼らは「降りろ」といったが、私たちはおじけづいてじっとしていたら、ひきずり降ろされた。そして、「ここが良い所だから入れ」と言って家の中に連れ込まれた。そこが慶尚道・昌原にあった軍の秘密工場であることは、ずっと後で知った。

 指定された部屋の中でしばらくじっとしていると、日本の着物を一抱え持った看護婦が入ってきて、「朝鮮服を脱いでこれに着替えなさい」と命令した。もじもじしているとむりやり脱がされて裸にされ、浴衣を着せられて胸に「ミイコ」という名札を付けられた。そして、「お前はきょうから朝鮮人ではなく日本人だ。日本帝国の天皇陛下のために働かなければならない。お前の名前はミイコだ、朝鮮語を使ってはならない」といった。それからは約半月の間、雑穀の入った食事を三度与えられるだけで、仕事はさせなかった。苦労ばかりしてきた私は、区長が言っていたように良い所へきたのかな、と単純に思ったりした。

 やがて半月が過ぎると今度は将校がやってきて「足を洗え」「つめを切れ」などと命令するだけで、仕事らしいことは何もなかった。ただ、「風呂に入れ」とか「身体検査」と言われれば体重計に乗ったりして、言われるままに行動していた。そんなことでまた半月が過ぎた。

 ある日の朝、前庭に集まれというので行ってみたら、少女たちが20名くらいいた。その少女たちと一緒に私たちも一列に並ばされた。私たちの前に将校たちがやってきた。その中で星が4つ着いた将校が、一列に並んだ少女たちをなめるように見回していたが、一番背が低いので端っこにいた私を、自分のそばに引っ張りだした。次に少しくらいの低い将校が、同じようにして他の少女を選んだ。

 こうして順番に将校が気に入った少女を選びだし、自分の部屋に連れていった。私はその時、8号室に入れられた。私と一緒にきたユン・チュンソンは隣の9号室であった。やがて昼食がすむと、工場から800メートルほど離れたところにある場所に連れていかれた。そこでも8号室に入れられた。そこは将校が入る部屋だと後で聞いた。

 夜になって男が部屋に入ってきたが、それは朝、私を選んだ将校であった。その将校の名前は「トウギョウ」といった。彼は、12歳の私を暴行した。あまりにも幼い体なので膣が引き裂かれてしまった。翌朝の8時か9時ころ、医者と看護婦がやってきて治療してくれた。そんな状態にもかかわらず、その将校は毎夜のように襲ってきた。

 それは、私だけではなく他の部屋でも同じであった。9号室のユン・チュンソンは恐怖と嫌悪感から拒否して叫んだので、口をふさいで窒息死させられてしまった。

 こうした行為を強いられて1か月もしたころ、トウギョウという将校は「もうお前に飽きた。好きにしろ」と言ってこなくなった。それからは毎日のように7、8人くらいの兵士がやってきた。こうして、この秘密工場での私の「慰安婦」生活が始まった。

 これは、慶尚北道安東出身の多くランという18歳の女性のことである。彼女は襲ってきた兵士に反抗して、相手にかみついたり、ひっかいたりしたというので、裸にされて工場の電信柱に一日中逆さつりにされた。ほとんど瀕死の状態の彼女に対して、「これでもお前は反抗するのか」と威嚇する兵士に、彼女は「言いなりになるくらいなら死んだ方がましだ」といって抵抗し、ついに他の「慰安婦」たちの前で見せしめになぶり殺された。死体はバラバラにされてカマスに入れて川に放りこまれた。

 忠清北道のキム・サムニョという20歳前後の女性は美しい人であった。彼女のところには数十人の兵士たちが列をなしていた。この屈辱的な暴行に耐えられなくなった彼女は、死を覚悟して抵抗した。日本軍は、見せしめだといって、彼女を板の上に仰向けにさせて両手両足をしばり身動きできないようにした。そして30人くらいの兵士たちが馬とびのようにして輪姦した。彼女もまたついに命を落とした。こうして、3人もの女性が殺されるのを見せられた私たちは、恐怖のために抵抗も逃げ出すこともできなかった。

 16歳になった私は、知らぬ間に妊娠していた。それを知った将校は、軍医に診察させて妊娠を確認すると、「天皇に忠誠をつくさない朝鮮人の子供は必要ない」と言って、私を部屋に閉じ込めてお腹を裂き、数カ月経っている胎児を引きずりだして殺した。その時に受けた傷が今でも残っている。



○彼女は襲ってきた兵士に反抗して、相手にかみついたり、ひっかいたりしたというので、裸にされて工場の電信柱に一日中逆さつりにされた。ほとんど瀕死の状態の彼女に対して、「これでもお前は反抗するのか」と威嚇する兵士に、彼女は「言いなりになるくらいなら死んだ方がましだ」といって抵抗し、ついに他の「慰安婦」たちの前で見せしめになぶり殺された。死体はバラバラにされてカマスに入れて川に放りこまれた。

○将校は、軍医に診察させて妊娠を確認すると、「天皇に忠誠をつくさない朝鮮人の子供は必要ない」と言って、私を部屋に閉じ込めてお腹を裂き、数カ月経っている胎児を引きずりだして殺した

○日本軍は、見せしめだといって、彼女を板の上に仰向けにさせて両手両足をしばり身動きできないようにした。そして30人くらいの兵士たちが馬とびのようにして輪姦した。彼女もまたついに命を落とした


 それから間もなくであったと思う。そこで賄い婦をしている朝鮮人のシン・ファジャというおばさんが私たちのところに忍んできて、「お前たちはみんな可愛い顔しているね。こんな可愛い子たちがここで朽ち果てるのはかわいそうだ」「ここは秘密工場だから、ここにきた女性たちは生きてでられないよ」といって「何とかして逃げなさい」と教えてくれた。それから一緒にきた私たち3人は逃げ出す方法を計画した。

 当時の兵士たちは将校と違って思い通りに酒を飲めなかった。お酒を飲みたがっている彼らの弱みを知っている私たちは、酒を与えて酔いつぶす計画をたてた。私たちは、将校が飲み残した酒やつまみをこっそりとっておいて集めて3本分の酒を用意した。

 土・日曜日は将校たちが家族のもとに帰っていく。その日をねらって門番の兵士に酒を与えた。酒につられた彼らは、私たちの計画にはまり、私たちはやっとの思いで逃げ出すことができた。私たちは3人がバラバラになって逃げた。それっきり私は同郷の友人たちの消息を知らない。

 私は電線のない深い山奥をめざして逃げた。そこでひっそりと住んでいる老人夫婦の家をみつけて、かくまってもらい、老人夫婦の好意でそこに住みついた。

 18歳の時に、山村の人々の世話で、身寄りのない若者と所帯をもった。結婚式も何もない貧しい者が寄り添った暮らしには、家財道具も何もなかった。周辺の人々が持ち寄ってくれた必要最低限の道具で2人の生活は始まった。しかし、私は常に追手の影におびえていた。私は夫に哀願を繰り返し、中国に逃げようとせっついた。そして中国の瀋陽に渡っていったのである。

 解放は中国で迎えた。祖国の解放を知った私は、今度は故郷に帰りたくて、また「朝鮮に渡ろう」と夫に哀願した。夫は「お前は、前には中国にいこうとせっつき、今度は朝鮮に帰ろうと騒ぐ。いったいなぜなんだ」と聞いたが、私は過去のことは一切いわなかった。

 1960年代に祖国に帰国した。祖国では協同農場の一員として夫婦で働いてきた。私たちの農場は稲作を主としてやっている。私は農民として働ける暮らしがうれしくて、本当に良く働いた。

 ことしの3月27日にただ一人の身内である夫を亡くし、一人ぽっちになってしまった。夫にも過去を隠して暮らしてきた自分の半生がなんであったかを考えると、涙にくれるばかりであった。むなしかった。

 今までにも、「慰安婦」時代を思い出して夜中に飛び起きて胸の締めつけられる思いを何度したことか。黙ってしまってきた過去を告発して楽になりたい、と思った。何日も考えた末に、みずから平壌中央テレビを訪ねていき、「私が元慰安婦です」と最初に名乗りをあげた。


(リ・ギョンセン 1917年6月29日生 咸鏡北道魚郎郡出身)



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拷問の後遺症に苦しむ日 李福汝


 私は4人兄弟の長女として生まれたが、両親は弟3人と私を残して亡くなった。乳飲み子の弟は、母の死後まもなく死んでしまった。私は6歳と7歳の幼い二人の弟の面倒を見なければならなかった。

 住む家もなかったので、橋の下で雨露をしのぎながら、もらい乞食をしたり、農家の手助けをして生きるだけの食べ物を得て弟たちを養っていた。

 私が数え17歳の夏であった。弟の一人が風邪気味なので、居住していた小屋に寝かせておいて食べ物をもらって帰ってきたら、日本人の、巡査なのか兵士なのか区別ができない男が二人あらわれて、いきなり有無を言わせずに、私の髪の毛をつかんで大きなトラックに放り上げるように乗せた。弟たちが驚いて「お姉ちゃん行くな」と泣き叫ぶ声に振り返ろうとしたが、男たちに蹴られて車に押し込められた。弟たちの「行くな」という声だけが聞こえてきて、姿は見ることができなかった。

 トラックには、既に大勢の女性が乗っていた。幼い少女から20歳前後の娘たちでいっぱいであった。100人くらいはいたと思う。彼女たちは泣きわめいていたが、男たちは泣き叫ぶ私たちに蹴る殴るの暴行を加えながら黙らせた。周囲をうかがおうとしたら、「何を見ている」と言って足で蹴られた。

 水原の駅から汽車に乗せられてソウルを経て大連に連行された。途中、鴨緑江のペネンという所で汽車が途中で止まったので、こっそり外をのぞいたら、鉄橋が二つに分かれて上がっていて川を横切る船が過ぎ去っていくのが見えた。そんな私を見とがめた男が、「何を見ている」と言って髪の毛をつかんで殴った。私は弟のことも心配だったし、これから何が起きるかもわからないので不安で泣きだしたら、また殴られた。

 途中で娘たちの一部を降ろして行きながら、ハルピン、ボンチョン、牡丹江などを経由して東寧県北満州に到着した。そこで汽車を降りた。そこからはトラックに乗せられてプチャゴルに連れて行かれた。

 プチャゴルには20人くらいの娘たちが連れて行かれた。到着すると将校がでてきて、「天皇と軍の命令だ。言うことを聞かないと殺す」と言って私たちを脅した。私は5号室に入れられたが、やがてあちこちの部屋から悲鳴が聞こえてきた。私はその日のうちに暴行された。

 私は訳がわからないままに慰安婦にされてしまった。

 それからは慰安婦として毎日2、30人の相手をされた。拒否すると見せしめに庭に引きづり出され木につるされ、「降参しろ」と迫った。

 私たちが到着して間もなくのある日、2人の女性が慰安婦を拒否したというので木につるされていた。軍人たちは「慰安婦」たちを全員呼び集めた目前で「降参しろ」と迫った。しかし、彼女たちは「おまえら犬のようなやつに降参するか」と抵抗した。たけり狂った軍人は、私たちの目の前で乳房をえぐり、なぶり殺しにした。私は余りの残酷さに気絶してしまった。

 鬼のような軍人たちは、2人の慰安婦の首を切り取り、それを、かまゆでにして、その煮汁を私たちに飲めと強要した。しかし、それを拒否すれば、私たちも殺される。殺されては生き延びる手立てもない。仕方なしに私たちは、それを飲んだ。こうしたことを、私たちは何度か体験した。

 「慰安婦」たちは、常に20人くらいいた。病気で死亡したり逃亡に失敗して殺されたりした欠員は補充されていた。

 ここの慰安所には8年いたが、そこにいた軍の部隊の名称はわからない。タカシマという名前と、イケダという50歳過ぎの眼鏡をかけたひげを生やした将校(大将)がいたことは記憶している。このイケダは、逃亡に失敗した私に拷問を命令した男である。

 あるとき私は逃亡しようとして失敗した。捕らえられた私は、板にくくり付けられて何十人もの男たちに犯されて、2度と逃げ出さないようにするといって、足の神経を切られた。それがために現在の、この不具の体になった。

 それから私は東寧県に連れて行かれ、そこで騎馬隊−騎兵隊に引き渡された。そこでは、砂地に天幕を張っただけの所に入れられた。そこには鉄条網が張られていたが、私は、そこ多くぐって、またも逃亡しようとして失敗した。その鉄条網に鈴がついていたのを知らなかったのである。

その時には、火で焼いたドラのような鉄板でお尻の右側に火傷をおわされる拷問を受けた。その時の火傷がケロイド状態で今でも残っている。(調査団のメンバーが肉眼で確認済み)。その火傷のために足がつって歩行困難になってしまった。いまだに、食をするのにもキチンと座ることができない。

 それでも、はってでも逃げようと、私は逃亡することだけ考えていた。

 ある時、チシャ(サラダ菜)に包んでご飯を食べていた慰安婦たちが、2口ほど食べたところで次々と倒れて死亡した。私は、歩行が不自由なので食事に遅れたが、それが幸いして、そのチシャを食べずにすんだ。

 私は、はってそこを逃げ出した。その私を村の中国人が助け出してかくまってくれた。それが1944年であったと思う。中国人は朝鮮に逃げなさいと教えてくれた。1947年清津に帰国した。

 私は、私の青春時代に、花の年齢に、私を拉致して「慰安婦」にし、こんな障害者にした日本軍人を許さない。

(リ・ポクニョ 1919年4月18日生 京畿道出身)

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12年間の「慰安婦」生活 金大日


 私の実家は余りにも貧しかった。数え12歳のときに、わずかな米と引きかえに金持ちの家に下女として連れて行かれた。そこから日本人の経営する紡績工場に売られた。1932年、数え16歳のある日、今度はフクダという日本人がやってきて、「食べ物に困らないところに連れて行く」と言った。私は、またもや売られてのである。

 私は、フクダと一緒に汽車に乗って釜山港に連れて行かれた。そこには朝鮮女性が20人くらい、あちこちから連れてこられていた。自分がどこへ連れて行かれるのか理解できないままに船に乗せられ、下船したのは下関であった。下関に上陸すると同時に、フクダという男は、「これからは朝鮮語を使ってはいけない。もし使ったら殺す」と脅し、そして「これからお前の名前はシズエだ」と行った。そこから連れて行かれたのが大阪の病院であった。

 病院では雑用をさせられた。地で汚れた包帯やガーゼ、患者の大小便で汚れた衣類の洗濯など、日本人が嫌ってしない汚い仕事は全部させられた。

 来る日も来る日もべっ視と屈辱的な扱いの中で、長時間の労働を強いられ、外出する機会も与えられず、病院の雑用を押し付けられていた。

 数え18歳になったお正月の夜、病院の院長だと名乗った男が、私の部屋に入ってきてナイフを突きつけ、「私の言いなりにならなければ殺す」と脅して、叫び声をあげた私の口を手で押さえて暴行した。その日まで、私は院長の顔も知らなければ会ったこともない。院長は「お前は美しいので、前から目をつけていた」と言った。

 それから、しばらく経ったある日、院長が「お前のこの病院で2年も奉公したから、今度はもっと良いところに行かせてあげよう」と言って、見知らぬ日本人の男に私を引き渡した。

 その男は、私を東京に連れて行った。そして、日本の軍隊に「挺身隊」として送り込んだ。そこには朝鮮女性が30人くらいいた。1934年のことである。現在では「従軍慰安婦」と言っているが、私が当時、言われたのは「挺身隊」とはっきり記憶している。

 そこで、軍隊と一緒に連れて行かれたのが旧満州である。まず、東京から船で釜山へ行き、釜山から汽車で新京、それからハルピン、チチハル、牡丹江であった。そこで私のほかに数人の女性が選ばれて、船に乗せられて連れて行かれたのが上海であった。

 上海には既に朝鮮女性が大勢いた。その女性たちは、「あなたはどうしてこんな所にきたの」と言いながら私を哀れんだ。私は、「お姉さんたちと同じように無理やり連れてこられました」と答えるしかなかった。

 上海では中国人の民家の2畳くらいの部屋に入れられた。部屋の前には番号が40くらいふってあって、私は12番に入れられた。その夜、将校たちが私を暴行した。それからは1日4、50名もの日本兵が私の部屋の前に列をなし、「早く早く」とせかして先を争い、入れかわるとすぐにのしかかってきた。私は起き上がる暇もなかった。

 私が最初に従わせられた軍隊は12師団で、その師団の移動に伴って私たちは引きずり回された。上海の次にはハンカオへ連れて行かれた。そこから南京、トウヨウ、キショウと、転戦する軍隊に従って中国各地を連れ回された。

 日本の軍隊のなかでも九州6師団が一番悪かった。他の日本軍は胸に標識をつけていたが、九州6師団はそでに標識をつけていた。

 私はこうして12年間も慰安婦生活を強いられたが、中でも6師団に加えられた数々の暴行は、決して忘れられない。彼らは酒に酔ってやってきて短刀を突きつけて、「おれの言うことを聞かないと殺す」と身体を傷つけたりした。「この朝鮮ピー」とさげすみながら私たちを威嚇した。彼らはまた、ほかの兵士が先に入っていても、「早く出てこい」と言って脅し、先の者がまだいるのに押し入ってきて性行為を強要した。

 私は、こんな「慰安婦」生活がのろわしくなって自殺を2度も図った。2度ともすぐに発見され、生き返らされてしまった。生かしたのはアキカワという大隊長で、「この女は見殺しにするのは惜しい、使い道があるから生かせ」と言った。私には死を選ぶ自由もなかった。

 私は、何か言うと「殺す」と言って脅していた6師団の兵士に、ある日、覚悟を固めて「私も朝鮮人だ。朝鮮人の女の心意気を見せてやる。殺すなら殺せ」と反抗したために縛られて、ひどい拷問を加えられた。それを見ていたアキカワ大隊長が、「それ見ろ。この女は度胸がある。使い物になるから、殺すな」と言って止めた。そのために、私は地獄のような「慰安婦」生活を続けなければならなかった。

 ある時、私は50人もの兵士を相手にして気絶してしまった。その私に彼らは「ノーシン」という薬を飲ませて意識を回復させて行為を継続させようとした。しかし、私がもうろうとして使い物にならないとわかると、たばこに火をつけて鼻や口に押し付けるなどの屈辱を加えた。

 めったなことではたじろがない私が、恐怖に震えたことがある。それは6師団の兵士の蛮行であった。6師団の一将校が、「おれは、飽きたからお前がやれ」と連れてきたセパード犬を私にけしかけたのである。その時はあまりにもの恐怖で、さすがの私も「助けて」と大声で叫び、周囲の部屋から「慰安婦」たちが飛び出してきたほどである。

 こうした屈辱は、私ばかりでなく他の朝鮮人「慰安婦」たちも同じくあじ合わされたばかりか、短刀で傷つけられたり、中には殺された者もいる。

 こんなことがあった。私の隣の部屋にいた全羅道出身の知らぬ間に妊娠した。彼らは妊娠しているのもかまわず性行為を強要し、ついには性行為の最中に流産した彼女のおなかを日本刀で切り裂き、出てきた胎児をごぼう剣で刺し殺し、妊婦までも殺したのである。

 日本の敗戦も濃厚になってきたころ、軍人たちは、私たちが朝鮮語で話したりすると神経質になって、「日本が負けると言っただろう」と執拗に迫り、日本が負けることになったら「お前ら皆殺しにする」と言って脅した。



○火のついた煙草を鼻や子宮に入れる

○将校が「おれは、飽きたからお前がやれ」と言ってシェパードをけしかける

○戦闘で負けた腹いせに慰安婦に銃を乱射して殺したり、穴を掘って入れ、手榴弾を投げ込む

○妊婦の腹を裂き胎児を刺し殺した後、妊婦も殺す

○慰安婦150人を並ばせて斬首



 日本の敗戦が決定的になったころ、血迷った彼らは、朝鮮人と中国人の慰安婦ら150名くらいを2列に並ばせて、「かかれ」と小隊長が号令をかけた。両端から日本刀を振りかざした兵士らが襲いかかり、皆殺しを始めた。飛び散る血の雨に私は意識を無くして倒れた。私には3、4日くらい時間が過ぎたように思う。意識を取り戻してみたら、その血の海の中で、私のほかに2名が生き残っていた。

 はうようにして近くの中国人の家に助けを求めに行った。「私は朝鮮人です。助けてください」と必死に叫んだ。

 中国人は数日間かくまってくれて、中国服を一着くれた。それを着て朝鮮人の家を探して行き、そこでしばらく世話になった。8月15日の解放は、その朝鮮人に教えられた。

 9月になってどうしても故郷の両親に会いたくて、世話になった朝鮮人の家族に旅費を借りてやっとの思いで故郷に帰ってきた。しかし、両親は既に死亡していた。

 私が日本人からもらったものは病気だけ。子宮はメチャメチャにされ、心臓は悪くなり、腸も悪くて下痢ばかりして、今でも病院に通っている。



 日本軍の通った中国大陸の隅々には、犠牲になった朝鮮女性の血がしみこんでいる。このことを知ってもらいたい。

 日本人に問いたい。立場を変えて、あなた方の娘も姉妹、妻や母が私のような体験をさせられたとしたらどう思いますか。

(キム・デイル 1916年11月5日生 黄海道沙里院市出身)

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使い捨てにされた朝鮮女性 金英実


 両親、祖母と妹2人、弟1人の7人家族の長女として生まれた。家庭が貧しかったので数え13歳のとき、咸鏡北道の会寧に住んでいた父の妹のところにいった。

 会寧は、私の故郷に比べれればそれでも働き口があるというので、叔母の家で世話になりながら、近所の雑用をして働いた。数え18歳のとき居酒屋で雑用係をしていた。

 1941年のある日、そこに背広を着た日本人があらわれて「条件の良い仕事をあっせんしてやろう」と話しかけてきた。「条件の良い仕事」なら故郷の家族に仕送りができるので、家計を助けるためにもやってみたいと思った。故郷を離れたといっても叔母のそばで働いていたので、見知らぬ土地にいくことには不安があった。しかし、少しでも条件の良い仕事をして故郷に仕送りできればと考えていたので、集合場所に指定されていた村の日本人区長の家にいった。いって見ると私と同世代の女性が、既に14、5 人集まっていた。

 区長の家の前にはトラックが迎えにきていた。それに乗って会寧駅にいき、そこで昼食時に汽車に乗り換えてアオヂを経由してウンドクに到着したのは夕刻であった。そこからチョンアクドンにいくと、ほろ付きのトラックが待機していた。それに乗せられて30分ばかり走ったところの山中に連れていかれた。

 その山中には日本の軍人がいっぱいいた。

 私たちは中国と旧ソ連の国境地帯の、少し奥地に入ったところに連れていかれたが、到着してみるとそこには既に、10人位の朝鮮女性がいた。女性たちは私たちに、「なぜこんなところにきてしまったのか。ここからは生きてでることはできないのに」と悲しげに話しかけてきた。私には何のことかわからなかった。

 軍人がやってきて私たちを最初に倉庫に連れていった。今まで着ていた朝鮮服を脱いで和服に着替えろと強制した。私は恐怖と羞恥から拒否すると殴る蹴るの暴行を受け、むりやり裸にされて着替えさせられた。そして、「ここでは朝鮮語を使うと殺す」と脅かされた。

 その日、一緒にきた女性たちの一部は他所へ連れていかれ、彼女たちがどこへ行ったのか、どうなったのか一切わからない。私は人間2人が入ればいっぱいになるような部屋に入れられた。

 夜、麦御飯とスープだけの粗末な夕食をだされたが、恐怖でのどをとおらなかった。ただどうにかして逃げ出さなければとばかり考えていた。そんなことを考えていたときに、私たちを連行してきた男が軍服を着て入ってきた。将校(肩に星が3つ付いていた)の軍服を着てきた。将校はいきなり入ってきて有無をいわさず私を強姦した。この将校は、それからも和服に着替えてどこかにでかけていっては、朝鮮女性を連れてきて「慰安婦」にした。そればかりか、ここにいた女性をどこかへ連れ去りもした。

 最初の日の夜は、その将校の外に7人もやってきて私に暴行を働いた。私が7人という数字を記憶しているのは、それまで想像もできなかったつらい暴行を受けて、この後何人にこんな思いをさせられるのかと思い詰めていたからである。厳しい監視の中で私は逃げ出す方法も考えられないままに、そのままそこで「慰安婦」を強いられることになってしまった。

 食料事情は悪く、ろくな食べ物はなかった。そのために栄養失調と過労のために病気になるものが多かった。重病のために役に立たないものとわかると、病死者も含めてどこかに連れ去られた。彼女たちがどうなったかはわからない。ただ、行って見たことはないが、豆満江がすぐ近くを流れていたので、そこが墓場になったのではないだろうか。

 この周辺のアオヂ、チョンアクドン、クロン、サフェなどには付設の慰安所があったが、ホンイリにはなかった。

 慰安所のないところには私たちが派遣させられて奉仕させられた。そこには週に1〜2回いかされ、朝から翌朝まで奉仕させられた。時には1泊2日で夜中に帰ってくることもあった。

 私たちのグループは常に14、5 人で、欠員がでるといつのまにか必ず補充されていた。

 ある日、「トキコ」と呼ばれていた私より幼い女性が朝鮮語を使ったという。それをみとがめた将校が私たち全員を呼び集め、その前で見せしめに、幼い「トキコ」の首を日本刀ではねて殺した。あまりの恐ろしさに泣き叫ぶ者、気絶する者もいた。私はただうつむいて声をだすこともできなっかた。それからは、日本語のよくわからない私たちは、ただ目と目で語り合うことしかなかった。

 また、「ジュンコ」と呼ばれていた女性は、妊娠に気付かぬうちにいつしか臨月に近くなっていた。軍人たちは、「ジュンコ」が出産する直前まで「慰安婦」として利用していた。ある日、彼女が出産した。彼女の部屋に入っていった将校は、生まれた乳児を布で包んでどこかに連れ去った。そして、衰弱した「ジュンコ」が役に立たないと思ったのか、彼女をどこかに連れ去っていった。それっきり私たちは、彼女の消息を聞いていない。

 ここにいたらいつか私も殺されると思った。

 1945年8月13日、軍人たちが、「日本に帰るから、お前たちも一緒に連れていく」といった。ここでもこんなに辛い思いをさせられいるのに、日本にいけばどうなるのか見当がつかない。そこで皆と話し合い逃げることに決めた。一緒だと捕まるのでバラバラに逃げようと約束した。

 その夜、私はトウモロコシ畑にひそみ、明け方、山に登っていった。山の中で2日くらい隠れていて、そこから山のふもとの人家を探していき、そこで食べ物をもらった。祖国の解放はその時聞いたが、信じられず捕まることを恐れて、ずっと山の中に潜んでいた。

 秋になって清津にでてきた。


(キム・ヨンシル 1923年10月21日生 両江道普天郡出身)

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チョン・オクスン(ChongOkSun)


現在74歳のチョン・オクスン(ChongOkSun)の証言は、日本帝国陸軍の兵士による性的暴行と日々の強姦に加えて、これらの女性が耐えなければならなかった残酷で苛酷な取り扱いを、とくに反映している。


「私は1920年12月28日、朝鮮半島北部咸鏡南道のプンサン郡フアバル里で生まれました。

13歳の時の6月のある日、私は畑で働いている両親のために昼食の用意をしなければならなかったので、村の井戸に水を汲みに行きました。そこで一人の日本 の守備兵が私を不意に襲い、連れて行きました。ですから両親には自分の娘に何が起きたか分かりませんでした。私はトラックで警察に連れて行かれ、数人の警 官により強姦されました。私が叫ぶと彼らは口に靴下を押し込み強姦を続けました。私が泣いたので警察署長は私の左目を殴りました。その日、私は左目の視力 を失いました。

10日ほどして私はヘイサン市の日本陸軍守備隊の兵営に連れて行かれました。私といっしょに約400人の朝鮮の若い娘がいて、毎日性奴隷として5000人以上の日本兵の相手をしなければなりませんでした――一日に40人もです。

その度に私は抗議しましたが、かれらは私を殴ったり、口にぼろきれを詰め込んだりしました。あるものは、私が抵抗をやめるまで秘所にマッチの棒を押し当てました。私の秘所は血まみれになりました。

一緒にいた一人の朝鮮の少女が、どうして一日に40人もの大勢の相手をしなければならないのかを尋ねたことがあります。質問したことを罰するため、日本の 中隊長ヤマモトはこの少女を剣で打つように命じました。私たちが見ていると、

彼らは少女の衣類をはぎとり、手足を縛り、釘の出た板のうえを、釘が血と肉片 で覆われるまで転がしました。

最後に、彼らは彼女の首を切りました。別の日本人ヤマモトは、

「お前たちみんなを殺すのは簡単だ。犬を殺すよりもっと簡単 だ」

と語りました。彼はまた

「こいつら朝鮮人少女は食べ物がないといって泣いているから、この人肉を煮て食べさせてやれ」

とも言いました。


ある朝鮮人少女は、頻繁に強姦されたため性病にかかり、そのために50人以上の日本兵が病気にかかりました。病気の蔓延を防ぎその朝鮮人少女を「無菌化」 するため、彼らは焼けた鉄棒を彼女の秘所に突き刺しました。

あるとき彼らは私たちのうち40人を、トラックに乗せて遠くの水たまりに連れて行きました。水 たまりは水と蛇でいっぱいでした。兵隊たちは数人の少女を水のなかに突き落とし、水たまりに土をどんどん盛り、彼女たちを生き埋めにしました。



○「兵隊一〇〇人の相手ができるのは誰か」と刀を下げた兵隊が聞いた。その時に手を上げなかった一五人の女性は、他の女性への見せしめとして殺された。その方法は、裸にした女性たちの頭と足を兵隊たちがつかみ、一面に釘を打った板の上をゴロゴロと転がしたのだ。噴水のように血が噴きだし、釘には肉片がこびりついた。

○鄭さんたちが泣いているのを見た中隊長は、「慰安婦たちは肉を食っていないので、肉が食いたくて泣いているんだ」と言った。兵隊たちは、殺した頭を釜で煮始めた。そして、鄭さんたちを木刀で叩いて、無理やりその汁を飲ませた

○オ・チョンヘという女性が、将校によって子宮に鉄の棒を押し込まれて殺された

○オ・ズンイとう女性が、梅毒にかかったことを知らせなかったため将校にうつったという理由で殺された。彼女は口に布を詰められ、焼いた鉄の棒を子宮に入れられて即死。引き抜いた棒には肉がこびりついていた

○鄭さんの口にゴムホースが押し込まれ、水が注がれた。膨れ上がったお腹の上に板が乗せられ、兵隊がシーソーのように踏みつけた

○鄭さんたちは、足首を縄で縛られて逆さに吊り下げられた。兵隊は、針がたくさんついた拳大の黒い塊を持って来てそれに墨をつけた。そして、鄭さんや他の女性たちの口をこじ開けて強く押し込んだのである。鄭さんの前歯は折れ、激しい痛みで再び気を失った

○口だけでなく全身に刺青がおこなわれた。兵隊たちは、殺す前に女性たちの肉体に落書きをしたのだ

○兵隊たちは数人の少女を水のなかに突き落とし、水たまりに土をどんどん盛り、彼女たちを生き埋めにしました


守備隊の兵営にいた少女たちの半分以上が殺されたと思います。二度逃亡を企てましたが、いつも数日で捕まってしまいました。私たちはいっそうひどく拷問を うけ、私はあまりに多く頭を殴られたので、どの傷もまだ残っています。

彼らはまた私の唇の内側や胸、腹、体に入れ墨をしました。私は気絶しました。気が付いてみると、私は恐らく死体として捨てられて山の蔭にいました。私といっしょにいた二人の少女のうち、私とク・ハエ(KuHae)が生き残りました。山の なかに住んでいた50歳の男が私たちを見つけ、衣服と食べるもの多くれました。彼はまた朝鮮に帰るのも助けてくれました。私は、日本人のための性奴隷とし て5年間使役されたのち、18歳のときに、傷つき子を産めない体で、言葉を話すのも難かしいありさまで帰国しました」。



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ファン・ソギョン(HwanSoGyun)


77歳のファン・ソギョン(HwanSoGyun)の証言は、大勢の娘たちを軍事的性奴隷に誘い込んだ詐欺的方法による徴集方法の証拠となる。

「私は、1918年11月28日に日雇い労働者の次女として生まれました。私どもは平壌市カンドン区のタエリ労働者街に住んでいました。17歳のとき、1936年のことですが、部落の長がやってきて私に工場の仕事を世話すると約束しました。私の家はたいへん貧しかったので、私は喜んでその 収入の良い仕事を引き受けました。私は日本のトラックで、すでに20人ほどの朝鮮の娘たちが待っている停車場に連れていかれました。私たちは汽車と、その 次にはトラックに乗せられ、数日間の旅ののち中国の牡丹江のほとりにある大きな家につきました。私はそれが工場だと思いましたが、工場などないことが分か りました。少女たちは、わらの布団があり、ドアに番号がついている部屋を、一人に一室ずつ割り当てられました。

何が身に降りかかるかも知らず二日間待った後、軍服をきて帯剣した日本兵が一人私の部屋にやってきました。彼は「自分の言うことを聞くかどうか」と尋ね、 私の髪の毛をつかんで床のうえに倒し、足を開くようにいいました。彼は私を強姦しました。彼が離れたとき、私は外で20人か30人の男たちが待っているの を見ました。全員がその日私を強姦しました。それ以来、私は毎晩15人か20人の男たちに襲われました。

私たちは定期的に医学的検査を受けなければなりませんでした。病気にかかっているとわかると、殺されてどこか分からない所に埋められました。

ある日、新し い娘が私の隣の部屋に入れられました。彼女は男たちに抵抗を試み、そのうちの一人の腕に噛み付きました。

そのあと彼女は中庭にひきだされ、我々全部の見て いる前で刀で首を切り落とされ、体を切り刻まれました」。

ァン・ソギュン(HwangSoGyun)は、性奴隷として7年間日本兵の相手をさせられた後、1943年に「慰安所」から逃げることができた。その後39歳のとき結婚することができたが、家のものに過去を語ったことはなかった。心理的肉体的な傷と婦人科的問題のため、子供をもつ ことはできなかった。

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ファン・クムジュ(HwanKumJu)


現在73歳で、韓国永登浦区のドンチョン洞に住んでいるファン・クムジュ(HwanKumJu)の証言は、陸軍が慰安所を運営した際の規則類を例示している。


「17歳のとき、日本人の村の指導者の妻が、未婚の朝鮮人少女全員に日本軍の工場に働きに行くように命じました。そのとき私は労働者として徴用されたのだ と思いました。3年も働いたころ、ある日一人の日本兵が自分のテントについてこいと要求しました。

かれは着物を脱げと私にいいました。たいへん怖かったの で抵抗しました。私はまだ処女でした。しかし彼は銃剣の付いている銃で私のスカートを引き裂き、下着を体から切り離しました。そのときに私は気を失いまし た。そしてふたたび気が付いたときには毛布を掛けられていましたが、あたり一面に血が付いていました。

そのときから最初の1年間は、いっしょにいた全ての朝鮮の少女たちと同様に高級将校の相手をするように命令されましたが、時がたち私たちがますます「使役」されるのにしたがい、私たちはもっと下級の将校の相手をするようになりました。もし誰かが病気になれば、その人は消えてしまうのが普通でした。また私 たちは「606号注射」を与えられましたが、それは妊娠しないようにするためや、妊娠したときにいつも流産するようにするためでした。

衣類は一年に2回しか与えられず、食べ物も足りず、餅と水だけでした。私たちの「サーヴィス」には、支払いはありませんでした。私は5年間「慰安婦」とし て使われましたが、そのことで一生苦しめられてきました。私の内臓は何度も病におかされるたび、手術で取り除かれており、苦痛と恥にみちた経験のために、 性交渉を持つことはできません。私はミルクや果汁を吐き気を催さずには飲むことができません。彼らが私に押し付けた汚らしい事柄をあまりにもたくさん思い 出させるからです」。

ファン・クムジュ(HwangkumJu)が特別報告者に語ったところでは、中国の吉林省の慰安所での最初の日に、日本兵からこ こには従わなければならない五つの命令があり、従うか死ぬかだといわれたという。

第一、天皇の命令。
第二、日本政府の命令。
第三、彼女が所属している陸軍 中隊。
第四、中隊のなかの分隊。
そして最後に彼女が自分に仕えているテントの持ち主としての彼の命令。


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キム・ボクスン (KimBokSun)

また別の生存者、韓国のキム・ボクスン (KimBokSun)は、性奴隷としての自分の生活は、軍により直接に統制されていたと証言した。

毎日午後3時から9時は下士官の相手をしなければならず、

午後9時以後の夜は将校のためにとっておかれた。

また大部分の兵隊たちはその使用を拒否したが、全ての女性は兵隊たちを性病から守るため、コンドームを支給された。


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朴永心(パク・ヨンシム)

朴永心の証言

『女性国際戦犯法廷の全記録・ 第5巻 日本軍性奴隷制を裁く-2000年女性国際戦犯法廷の記録』http://www.ryokufu.com/books/ISBN4-8461-0206-8.html


−−どのようにして日本軍「慰安婦」として連行されたのですか。


朴証人:私は四人兄弟の三番目です。上に兄が二人、下に妹が一人いました。幼い頃母を亡くし継母に育てられました。家はとても貧乏でした。一四歳のとき南浦に行き洋服店の女中として働きました。

 一七歳のときでした。一九三八年三月だったと思います。ある日、日本の巡査が軍服に帯剣のいでたちで洋服店に現れました。彼はいい金儲けの口があるが行かないかというので、そのままついて行きました。そうして私は日本軍の性奴隷になったのです。

−−「慰安婦」として連れ回された経路について。

朴証人:はじめ、ほかの娘と一緒に平壌に連れて行かれました。二二歳の女性でした。車に乗せられしばらく走り続けました。数日後着いてみると見たこともない所でした。最初に連れられて行ったのが南京でしたが、そこの「キンスイ楼」に入れられました。私はそこで歌丸という日本名で呼ばれました。そこで三年ほど性奴隷の生活を強要されたと思います。

 たしか一九四二年頃だったと思います。ある朝、表へ呼ばれました。出てみると七名の別の女性たちもいました。皆朝鮮女性たちでした。一緒に行こうと言うのでしたが二名の日本人兵士がいました。その二名が私たちを監視しながら慰安所を後にしました。別の慰安所に行くというのです。

 私たちは南京で汽車に乗りました。上海に行きました。船に乗り換えシンガポール経由でビルマのラングーンに着きました。ラングーンからラシオにある「イッカク楼」へ行きました。慰安所の名前です。そこでまた性奴隷の生活をすることになりました。慰安所の〔経営者が私に名前を付けました。若春という日本名でした。ラシオには二年ほどいました。私がその時相手をしていた二名は今でも名前を憶えています。オオタミノルという将校とタニという軍曹です。

 一九四三年〔正しくは四四年〕春だったと思います。日本軍は私たちを再び車に乗せビルマと中国の境にある拉孟(ラモウ)へ連れてゆきました。日本軍はそこを松山と呼んでいました(中国側の呼称が松山)。その時から連合軍の捕虜になるまでそこにいました。日本軍の性のなぐさみものとしてだけ生かされました。

 松山に来て間もなく猛攻撃が始まりました。連合軍の爆撃でした。私たちがそこで相手をさせられたのは日本軍第五六師団でした。主に歩兵と戦車兵の相手をさせられました。毎日数十名の日本軍から性行為を強いられました。その合間を縫っては握り飯を作り、爆撃の中を運びました。日本軍の戦闘壕へ運んで行ったのです。そこには初め一二名の朝鮮女性が連れられて来ましたが、八名が爆撃で死に私たち四名が残りました。

−−その後、生き残った「慰安婦」たちはどうなったのですか。

朴証人:私たちは……日本軍が日本国民を乗せるということを[……]。日本が敗れたのです。日本軍は、戦争に敗れると何の知らせもなく自分たちだけで逃げました。私たち朝鮮女性四名は、怖くなって防空壕に隠れましたが、中国軍にみつかりました。それで外へ出ましたが、私たちを取り調べたのは米軍将校でした。米将校があれこれと質問しました。

−−ここに一九四四年九月三日、米軍が朝鮮人「慰安婦」を捕虜にしたという写真があります。ここにあなたはいますか。

朴証人:これが私です。この服装で裸足で、……髪も編み下げ〔おかっぱのことと思われる〕にして、確かに私です。連合軍の捕虜になった時、妊娠していました。

−−捕虜になった後どうなりましたか。

朴証人:トラックに載せられ昆明の収容所へ行きました。収容所で捕虜として扱われました。そこには日本軍捕虜がいました。収容所にいってから、おなかがカチカチに張ってきてとうとう出血しました。収容所内の病院に入院しました。中国人医師が注射をし手術しました。妊娠した後も日本軍に絶えず性行為を強いられたのが原因だったと思います。胎児が死んだのです。

 収容所には一年ほどいたと記憶しています。


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李桂月(イ・ゲウォル)


1922.9.6、黄海南道碧城郡に生まれる。5歳の時、父の死亡と共に家を追い出され、2年間乞食生活を送る。8歳の時、面(※地方行政の最下級機関)の書記の家に子守りに入り、13歳の時、書記に旅館の下働きに売り渡される。15歳になった年、村の区長に「よい仕事を斡旋する」と言われ、ハルピン近くにある日本軍の慰安所に連れて行かれる。1939年、日本軍の将校に酒を飲ませて酔わせ、隙をみて逃亡した。


十五歳になった年の3月頃のことです。ある日、村の区長が訪ねて来て旅館の主人に何か話し、私を呼んで「ここで苦労をしなくてもいいように仕事を斡旋するから、いい所に行こう」と言いました。私は住み慣れた所がいいと思い、行かないと言ったのですが、区長は私の腕を掴み、旅館から少し離れた駅に無理やり私を連れて行きました。十五歳といっても私は背が低く、体も弱かったので、私は区長にひっぱられるままでした。

 駅には二人の日本軍人がいました。一人は肩章に星がついた将校で、「タナカ」という名前の男でした。彼らは私を引き取ると無理やり有蓋貨車(屋根のある貨車)に押し込んだのです。貨車の中にはすでに二人の娘が乗せられていましたが、二人は私より年下の十四歳と十三歳の少女でした。

 翌日、中国のハルビンに着いて、私たちは汽車から降ろされました。〜(中略)〜着いた所は民家一つない日本軍の駐屯地でした。「タナカ」は私たちを駐屯地の建物に監禁したのです。

私は住み慣れた所がいいと思い、行かないと言ったのですが、区長は私の腕を掴み、旅館から少し離れた駅に無理やり私を連れて行きました。〜(中略)〜駅には二人の日本軍人がいました。一人は肩章に星がついた将校で、「タナカ」という名前でした。彼らは私を引き取ると無理やり有蓋貨車(屋根のある貨車)に押し込んだのです。〜(中略)〜日本兵は私たちが逃げるのを恐れて貨車に鍵を掛けたので、私たちは外に出ることができませんでした。


 ○私は部屋に入って来た将校に「体の調子が悪い」と言って相手をすることを拒絶したのですが、〜(中略)〜将校は私を押し倒して腹や胸を蹴り、しまいには軍刀のさやで額を殴りました。私のあばら骨は折れ、額からは血が流れ、とうとう私は気を失ってしまいました。

 ○「死んでない」と言いながらたばこに火をつけて私の腹に押し付けました。私の体が熱さと痛さでひくひくとするのを見て、「タナカ」は「おもしろい」と言い、たばこを取り替えながら更にあちこちにたばこの火を押し付けたのです。

 ○日本兵は「皇軍のために頑張れ」と言い、「100人でも200人でも入って来るだけ奉仕しろ」と命令しました。

 ○日本兵は妊娠している女は不必要だと言って軍刀で彼女の腹を切り裂きました。

 ○ある日、日本兵は泣き出すイ・プニの頭を石にぶっつけて殺してしまいました。

 ○五人の女性が逃亡して捕まえられたことがありましたが、日本兵は見せしめのつもりで「慰安婦」たちを全員集合させ、彼女たちを裸にして縛って井戸の中に投げ込んで殺しました。

 ○私は夢中で葦原を抜け出し、どこともわからないまま川辺を走っていきました。すると、川辺で釣りをしている朝鮮人が目に入り、私は彼に助けを求めたのです



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郭金女(カク・クムニョ)


1923.1.8(注)、忠清南道天安郡(チョナングン)生まれ。生活は苦しく、14歳の時、日本人の家の子守りをし、16歳の時、日本人が経営する製紙工場で女工として働く。1939年10月頃、工場経営者が「ソウルの食品工場で働くことになった」と言って日本人に引渡した。中国牡丹江穆稜(ソ連国境地帯)にある慰安所に入れられる。2年後、警備の歩哨の隙を見て慰安所から逃げ出す。


私の故郷は、南朝鮮の忠清南道天安です。兄が一人、姉二人に妹一人の五人兄弟でした。私が八歳の時に父は亡くなり、母が地主の家で働きました。炊事をしたり、衣類を縫ったりという仕事です。もちろん、子供たちは学校には行けませんでした。

 私は全羅南道順天の日本人の家で子守りとして働いた後、一六歳の時に全羅南道光州の製糸工場へ働きに行きました。ここは日本人の経営でした。カイコから糸を取るのが仕事で、お腹が空いている時にマユの中のサナギを食べたこともあります。

 ここで一年間働いた時、呼ばれて事務所に行くと刑事らしい日本人の男がいました。私が刑事だと思っている理由は、後に列車の中で拳銃を持っているのを見たからです。

 「パンや飴を作る『京城』(現在のソウル)の食料工場で働くと、お腹がいっぱりになるので行くように」と言われたんです。私を含めた娘たちの名簿が、会社から刑事に渡されました。

 ソウルまで汽車で行き、旅館に泊まりました。その翌日になると、「牡丹江に行こう」と刑事が言い出したんです。「なぜ中国に行くのか?私は行かない!」と抗議したところ、「朝鮮は植民地なので、どっちみちお前たちは死ぬのだ!」と言われ、列車に無理やり乗せられました。

 そして翌々日の朝、牡丹江に着きました。駅の待合室に二〇分ほどいると、幌のついた車のトラックがやってきました。降りてきた憲兵に、「長谷川さん、二〇人連れて来ました」と刑事は言っていました。そのトラックに乗せられ、「満州」(中国東北地方)とソ連の国境地帯にある穆稜という所に着きました。

 私たちは、憲兵隊が駐屯している三階建ての建物に連れて行かれ、畳の部屋に入れられて鍵をかけられました。出されたご飯も食べず、その夜はみんなで泣いていたんです。

 翌日、医者と看護婦が私たちを診察しました。今考えれば、病気を兵隊にうつさないためです。連れて来られた女性の一人は、顔がまっ黄色でした。そのため地下室に入れられてしまい、後に亡くなりました。

 大きな建物の中は仕切られていて、一〜二〇番までの部屋があり、私は「一番」の部屋をあてがわれました。中はタタミ二畳ほどの二人がようやく横になれるくらいの広さでした。大切な髪を短く切られ、来ていたチマ・チョゴリを浴衣に着替えさせられたんです。このチマ・チョゴリは母が作ってくれたものなので、くやしくて泣きました。日本人に「レイコ」という名前をつけられました。

 部屋にいると、憲兵の将校が入ってきました。彼は刀を壁に立てかけてから服を脱ぎ、私にのしかかりました。その当時の私は何も知らない娘でしたから、その日本兵を虎よりも恐ろしく思いました。私は泣き叫んで、将校の手を噛みました。すると血を流した将校は、麻酔の注射を私にしました。一分も経たずに気を失った私は、将校に犯されたんです。〜(中略)〜

 一日に二〇〜三〇人もの相手をさせられました。抵抗した私に、「子宮を取ってしまうぞ!」と言って小さなナイフで切りつけてきた将校もいました。刀で刺された太股の傷痕は今も残っています。むこうずねは刀でえぐり取られました。私の体は刀傷だらけです。

 「言うことは聞かない」と言って、兵隊が私の腕をねじり上げたことがあります。骨折して腕が動かなくなってしまい、二ヵ月間ぐらいギブスをして生活しました。髪をつかんで引きずられたこともありました。痛いというよりは悔しい思いだけでした。

 こうしたことをされたのは、私だけではありません。私と一緒に連行された李春心という娘がいました。日本兵は彼女を犯そうとしましたが、彼女は泣き叫びながら激しく反抗しました。

すると将校は、彼女の乳首を歯で噛み切ってしまったんです。そこから血が吹き出し、彼女は気絶しました。彼女はその傷で破傷風にかかり、死んでしまったんです。子宮を蹴られて、二日後に死んだ女性もいます。


 「言うことを聞かないと地下室へ入れるぞ!」

と日本兵は言い、私たちをそこへ連れて行きました。その地下室には、ここで殺された娘たちの死体が捨てられていました。腐った匂いが充満し、少しでもそれを嗅げば頭が痛くなるほどひどい所でした。

 逃げようとして捕まった女性がいました。私たちが見ている前で日本兵は、皮のベルトで彼女を叩いたんです。「私たちは逃げないから、その女性をこれ以上叩かないで!」と頼みました。ですが、その女性は一週間後に亡くなり、その地下室へ捨てられたんです。このようにして殺された女性は一〇人ほどになります。


 ○みな処女であり、初めてのことだから恥ずかしくて検診を拒んだのですが、軍医は「言うとおりにしなければ殺す」と脅しました。

 ○私は必死で抵抗したため、日本兵は怒って私を殴ったり蹴ったりしました。そして「子宮を切り取ってやる」と言い、刀で切りつけました。私は血だらけになって気を失ってしまいました。

 ○私と同じ工場からひっぱられて来た「エイコ」と呼ばれていた金徳女(キムトンニョ)は、乳首を噛み切られ、破傷風になって死んでしまいました。

 ○慰安所の建物には地下室がありましたが、日本軍人は死んだ「慰安婦」を山に葬るのではなく、地下室に投げ込んでおいたのです。そして、軍人に反抗したり、逃亡しようとする女性たちを、その地下室に閉じ込めました。


 「これでは自分も殺される」と思った私は逃げる決意をしました。一一月頃のある日曜日。歩哨が居眠りをしている隙に、小さな門から一人で逃げ出したんです。朝の四時でした。

 八キロメートルほど行った所に「朝鮮病院」と書かれた建物がありました。私は朝鮮語の文字を少しは知っていました。それは朝鮮人が経営する個人病院でした。「助けてください。私は『慰安婦』にされていました」と言うと、医者の妻がごはんを炊き始めたんです。「食事どころではない」と思った私は食べずにいました。すると、「何とか匿ってあげるので、この病院にいなさい」と言ってくれたんです。金という名の医者は咸鏡南道出身で、三五歳くらいでした。

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金英淑(キム・ヨンスク)


1927.1.24、平安北道秦川郡(テチョングン)生まれ。10歳の時、地主の妾の家で奉公をする。1940年、13歳の時、日本人の巡査に「お金が稼げる仕事がある」とだまされ、中国の瀋陽にある憲兵隊専用の慰安所に入れられる。五年間後の1945年3月頃、慰安所を脱出してモンゴルに逃れる。


今は平安南道温泉郡で暮らす金英淑さんは、平安北道泰川郡で生まれた。あまりにも生活は貧しく、母親は家族を捨てて逃げ出した。父親は日本人が経営する金鉱山で働いていたが、日本人の現場監督からひどい暴行を受けて死亡。金さんと弟の二人が残された。その時一〇歳だった金さんは、地主の三番目の妾の家で働くことになった。「水瓶を割ってしまった時など激しい叱責を受けました。夜明けから夜空に星が輝くまで私の涙は乾くことがなかったんです」。

 こうした苦しい生活を続けていた時に、心ひかれる話がきた。

 「一三歳の時、やって来た日本人の巡査に

『ここでそんな苦労をせず、お金の稼げる所へ行こう。おいしい物を食べ、きれいな服も着られるよ』

と言われたんです。

 この巡査に連れて行かれたのは瀋陽です。そこには日本兵がいっぱいいて、巡査は私を『ナカムラ』という名の将校に引き渡しました。私はだまされたんです」

 「慰安所」が谷間に建っていて、高さ五メートルほどの塀で囲われていた。建物は木造平屋で、三〇ほどの部屋が通路の両側に並んでいるという構造だった。途切れることなく金さんの話は続く。

 「その日の夜に私の部屋へやって来た『ナカムラ』は、私を押し倒して覆いかぶさってきました。だけど私が若すぎて欲望を満たせなかったため、私の性器をナイフで切り開いたんです。私は気を失いました」。

「 将校に殺されそうになったこともある。「カネムラ」という将校に従わなかった金さんは、

「言うことを聞かないと肝を取り出して食べるぞ」

と脅された。その言葉にひるまず将校を力一杯に突き飛ばしたところ、日本刀で胸を切りつけられたのだ。「傷を見てください!」と金さんは私に言うやいなや、チマチョゴリを脱いで上半身裸になった。

 胸から腹にかけて、縦に二〇センチほどの鮮明な傷痕がある。かなり深い傷だったようだ。金さんは、全身に残る他の傷も次々と説明する。肩と尻には短刀で突き刺されたいくつもの傷痕、右足の膝には兵隊に軍靴で何度も蹴られて骨が折れた痕が残っている。

 「一日に二〇〜三〇人の兵隊の相手をさせられました。妊娠したために腹を切り裂かれたり、軍犬にかまれたりして、ここの女性たちが次々と殺されて行くようすを見ました」

と金さんは叫ぶように語った。〜(中略)〜


 ○彼の性欲を満たすためには私はあまりに幼かったのです。しばらくしてそれに気がついた「ナカムラ」は刀を取り出し、私の陰部に刀を差し込みました。その瞬間、私は「ぎゃあ!」と悲鳴を上げて気を失ってしまいました。

 ○するとその軍人はかんかんに怒り、私の髪を掴んで部屋の床に打ちつけ、靴で全身を蹴り、私の足を踏みつけました。全身にあざができて、私は気を失ってしまいました。そのとき、奴の乱暴で足の骨が折れたのですが、まともな治療も受けられなかったため元に戻らず、結局、障害者になってしまいました。

 ○日本兵は、私が反抗すると「朝鮮人のくせに帝国の将校を冒涜するのか」とどなり、「日本軍人を慰安できない者は殺してもいい。私の言うことを聞かないとおまえの肝を取り出して食べてしまうぞ」と脅かしました。

 ○野蛮な日本軍人は「慰安婦」たちが苦しむ姿を見て快楽を覚えたのか、「慰安婦」たちを裸にしては刀で刺したり、噛みついたり、火のついたたばこを押し付けるなど、さまざまな残虐なことをしました。

 ○日本兵は「慰安婦」が妊娠すると、容赦なく殺しました。そのような女性の中に、ボンニョという女性がいました。

ある日、日本兵は「慰安婦」たちをみな庭に集合させ、みんなの見ている前でボンニョを木に吊るし、軍刀で彼女の腹を切り裂いたのです。そして、出てきた腸や胎児をめった切りにして、私たちの首に掛けたのです。

 ○そうして、五年の年月が過ぎました。非人間的な虐待や病魔、栄養失調のため、初めの頃は二〇人余りいた「慰安婦」は、五年のあいだに大勢亡くなり、残ったのは数人だけでした。


 この「慰安所」には、金さんが連行されて行った時には二五人の女性がいた。その中には中国人と白人が一人ずついて、他は朝鮮人だった。その鼻が高い白人とは言葉が通じなかった。この場所が中国東北地方ということを考えるとロシア人だろう。

 部隊の中には何人からの朝鮮人軍属がいた。一九四五年三月、金さんはその中の金・サングクさんと死を覚悟してここを脱出。その時点で、「慰安所」で生き残っていた女性はわずか五人だった。
メンテ

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天才ヒトラーは覚醒剤中毒で破滅した ( No.1 )
日時: 2020/05/12 06:31
名前: 777 ID:v.jR4OMA

天才ヒトラーは覚醒剤中毒で破滅した


天才ヒトラーの精神が異常になった経緯

ヒトラーとドラッグ:第三帝国における薬物依存 – 2018/9/26
ノーマン・オーラー (著), 須藤 正美 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%92%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%81%A8%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%B0-%E7%AC%AC%E4%B8%89%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E8%96%AC%E7%89%A9%E4%BE%9D%E5%AD%98-%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC/dp/4560096511


内容紹介

「錠剤の形をしたナチズム」の実態に迫る

ヒトラーの主治医テオドール・モレルは、一本の注射で体調不良を解決する頼りがいのある医師だった。

ヒトラーはホルモン剤、鎮痛剤、覚醒剤、そしてモレルへの依存を深め、不調のたびに投薬や注射を求めるようになった。

第二次世界大戦が始まり、ヒトラーは誇大妄想にとりつかれ、現実遊離が目につくようになり、軍事作戦能力も徐々に失われていった。足を引きずり、腰も曲がって、くたびれた老人のように見えた。

一方、前線兵士は薬物によって「猛獣と化す」ことが目標とされ、無謀な作戦に投入され、総統大本営も制御を失い、もはや究極の破滅に突き進むしかなかった……。

ヒトラーとモレルの危険な関係は、大戦の命運を左右したのか?

本書は、ヒトラーと第三帝国が薬物に深く依存していたことを暴き、世界的ベストセラーとなった歴史ノンフィクションだ。歴史学者ハンス・モムゼンが本書の「あとがき」で、「これまでの全体像を変える本」と評したのをはじめ、イアン・カーショー、アントニー・ビーヴァーら専門家も賛辞を寄せている。著者は作家らしく、逸話を満載し、史料もきちんと渉猟し、早く続きを読みたくなるような、手に汗握る展開をみせる。


内容(「BOOK」データベースより)

「患者A」と主治医の危険な関係、大戦の命運は左右されたのか?「錠剤の形をしたナチズム」の恐るべき実態に迫る、傑作ノンフィクション!英『ガーディアン』年間最優秀図書(歴史部門)選出!


カスタマーレビュー

yasq di Fontana
兵士には覚醒剤を、総統には麻薬を!  驚きのドラッグワールド・第三帝国
2018年11月12日

覚醒剤メタアンフェタミン(1893年に日本人長井長義が合成し1919年にこれまた日本人緒方章が結晶化に成功)が太平洋戦争中の特攻隊で使われていたという話はよく聞くが、これをさらに徹底的に使ったのがナチス・ドイツだった。あの電撃的なポーランド・ベルギー・フランスへの快刀乱麻ともいうべき進攻のスピードは兵士に大量投与された覚醒剤によるものだったとは!

一方で、ヒトラーは戦況の悪化とともに主治医モレルに投与されるオキシコドンに依存。軍首脳部もほとんどがジャンキー状態。暗殺未遂後はコカインまでも加わる。

こうして、上層部はジャンキーの集団となり安全な地下壕みたいとところから無茶苦茶な指示を乱発し、兵士は戦場で覚醒剤漬けにされ独ソ戦の頃にはダメダメな状態に。

最後にベルリンに籠った頃にはヒトラー用のドラッグも底を尽き彼は激しい離脱症状の中で自殺。

あまりにも戦況の変化と薬物乱用がきれいにシンクロするのに驚く。最高指導者がドラッグ依存だとしたら、だれも彼へのドラッグ投与を拒めない。世界史的な出来事がドラッグで突き動かされ得るという恐怖。

当時の日本の軍中枢にこんなことがあったとは聞かないが、本土決戦前に証拠が消されたのかもしれない。まあ、しらふでヒトラーと同じようになっていたと考えるとそれもまた怖い話だが。

オキシコドンはアメリカでは近年も安易に鎮痛薬として処方されてかなり問題になっていますね。日本に持ち込もうとして逮捕された某自動車メーカーの外国人役員も。決して過去の話ではない。




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ヒトラーは「ヤク中」だった? 
ナチス・ドイツの驚くべき薬物事情を暴く『ヒトラーとドラッグ』 2018/10/10
辻田真佐憲 作家・近現代史研究者


『ヒトラーとドラッグ 第三帝国における薬物依存』白水社
ノーマン・オーラー/著 須藤正美/翻訳

戦時下の日本では、苛酷な戦闘や労働をやり抜くため、「ヒロポン」などの覚醒剤が広く使用された。本書は、同じく(いやそれ以上に)ドラッグ漬けだった、かつての同盟国ナチス・ドイツの驚くべき「ヤク中」ぶりを明らかにする。



ドイツ版の覚醒剤は、「ヒロポン」と同じメタンフェタミンの「ペルビチン」だ。著者はこれを「錠剤の形をしたナチズム」と呼ぶ。独裁体制下の厳しい肉体・精神労働も、数日間ぶっ通しの電撃戦も、これなしには考えられなかった。



「いわゆる覚醒剤は爆弾のように的確に命中し、ウィルスのように瞬く間に広まり、食卓の切り分けられたパンや一杯のコーヒーのようにありふれたものとなった」。ナチスのスローガン「ドイツよ、目醒めよ!」は、覚醒剤によって達成されたのである。



もちろん、ナチス・ドイツも薬物天国だったわけではなく、コカインやヘロインは取り締まられていた。だが、1938年に誕生した「ペルビチン」は画期的な新薬として放置(それどころか推奨)された。この点は、戦時下の日本とよく似ている。



だが、最高指導者が「ヤク中」だった点は、ナチス・ドイツでしか見られない。そう、ほかならぬヒトラーもまたドラッグ漬けだったのだ。



自身の健康状態を詮索され、あれこれ指図されることを嫌うヒトラーは、体調不良を注射1本ですぐに治してくれる便利な医者を求めた。それに応えたのが、主治医のモレルだった。



モレルは、求められるがまま、あらゆる薬剤を合成してヒトラーに注入した。戦局が悪化すると、そこにはコカイン、コデイン、オイコダールなどの依存性が高い向精神薬も多く含まれるようになった。そして「ペルビチン」も。たしかに体調はすぐに回復する。だが、薬が切れると体調は以前より悪くなる。するとまた注射を求める――。悪循環だった。



著者はドイツやアメリカの公文書館を訪れ、モレルのメモを読み解いて、「患者A」に注入されたホルモン調合剤、ステロイドその他の有効成分、医薬品などをリストアップしている。その数の多さには驚かされる。



総統大本営では、それまで塞ぎ込んでいたヒトラーが、突然元気になって、自信に満ちて作戦指導する姿も見られたという。「ハイル・ヒトラー」ならぬ「ハイ・ヒトラー」。支離滅裂な作戦は、ドラッグで高揚した状態のなかで指示されていたかもしれないのだ。



表紙の呆然としたヒトラーの写真は1944年秋に撮られた有名なものだが、これほど本書にふさわしいものもあるまい。薬物にこじつけすぎとの指摘もあるものの、それをおいても、読み応えのある一冊である。


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歴史学者ら「ヒトラーは重度の薬物中毒だった」 2015年09月11日

アドルフ・ヒトラーは何種類もの麻薬を使用していた。
中でもお気に入りはメタンフェタミンだった。
麻薬を投与していたのは主治医テオ・モレル氏だ。

La Stampa のドイツ特派員、トニ・マストロブオニ氏が発表した。InoPressaが伝えた。


アドルフ・ヒトラーは何種類もの麻薬を使用していた。中でもお気に入りはメタンフェタミンだった。麻薬を投与していたのは主治医テオ・モレル氏だ。La Stampa のドイツ特派員、トニ・マストロブオニ氏が発表した。InoPressaが伝えた。


第三帝国ではスポーツ選手、芸術家、軍人、さらには主婦も麻薬を使用していたという。

「メタンフェタミンは特に第二次世界大戦時のナチスドイツで流行していた」とマストロブオニ氏。

麻薬は元気を出し、長時間にわたり多幸感を持続させるための薬として使われていた。調合を行なったのはフリッツ・ハウシルト医師。この医師は1936年のベルリン五輪で活躍した米国人スポーツマンに対する「ベンゼドリン」の効力に注目した。しかし薬物には依存性があり、悲惨な結果がもたらされた。メタンフェタミンはすぐに第三帝国で人気となった。スポーツ選手、歌手、試験期間中の学生らが服用した。メタンフェタミン工場は主婦用に有効成分入りのお菓子まで開発した。

第二次世界大戦が始まると、兵士の間で薬物が急速に流行した。「Der totale Rausch(完全なる陶酔)」という著書をもつノルマン・オーラー氏は、麻薬は対仏電撃戦(1940年)だけでなくヒトラー自身の行動にも影響した、と主張している。「医師と麻薬がナチズムの内部構造の多くを説明してくれる」とオーラー氏。

オーラー氏によれば、1941年以降、ヒトラーは奇行が目立つようになった。演説にも麻薬の影響が明らかに出始めた。ヒトラーは1349日の間に800回以上メタンフェタミン、ステロイドその他薬物の注射をうち、1100錠以上の錠剤を飲んだ。

ヒトラーがメタンフェタミンを常用していたことは昨年英国の学者らによって発見されている。第二次世界大戦中に米国軍事諜報班によって集められた書類によれば、兵士もメタンフェタミンを使用していたし、ヒトラー自身も愛用していたという。
https://jp.sputniknews.com/life/20150911884675/



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覚醒剤中毒者を敵にまわすとこういう目に遭う:

エルヴィン・フォン・ヴィッツレーベン
Job-Wilhelm Georg Erwin von Witzleben


ヒトラーはあらかじめ

「陰謀者たちの死の苦しみをできるだけ長くせよ。連中にはいかなる慰めを与えてはならない。連中を家畜の生肉の様に吊るせ。」

と命令、ヴィッツレーベンの絞首刑執行は上半身裸にし、ピアノ線の輪に首を通し時間をかけて首を絞め、さらに執行人たちは苦しみもがく被処刑者のズボンを脱がすなど、徹底して人間としての尊厳を傷付ける、非常に残忍な方法で処刑したという。


エルヴィン・フォン・ヴィッツレーベン(Job-Wilhelm Georg Erwin von Witzleben, 1881年12月4日 - 1944年8月8日)は、ドイツの軍人。

第二次世界大戦中のドイツ国防軍陸軍元帥。ヒトラー暗殺計画に加担して処刑された。


ヴィッツレーベン家はテューリンゲンに起源を持つ由緒ある貴族の家系で、代々軍人を輩出してきた。ヴィッツレーベンはそのプロイセン王国の分家にブレスラウで生まれた。プロイセン士官学校を卒業後、1901年に少尉として「ヴィルヘルム王」擲弾兵連隊に配属される。1910年、中尉に昇進。

1914年に第一次世界大戦が始まると第19後備歩兵旅団長副官を務め、10月に大尉に昇進し後備第6歩兵連隊で中隊長となった。のち同連隊で大隊長に任命される。ヴィッツレーベンはこの大戦でヴェルダン、シャンパーニュ、フランドルの戦いに従軍し、重傷を負って第一級と二級鉄十字章両方を受章した。回復したのち1918年に参謀教育を受け、終戦時は第121歩兵師団で主席参謀を務めていた。

ヴァイマル共和政でも軍に残り、中隊長となる。1923年、第4師団参謀の少佐としてドレスデンに転属。1928年、第6歩兵連隊で大隊長となり、翌年中佐に昇進。1931年、大佐に昇進し第8連隊長に補される。1933年、ハノーファーの第6軍管区歩兵部隊指揮官に転じる。1934年、ドイツ国防軍と名を改めた軍で少将に昇進し、ポツダムの第3歩兵師団長に就任。ヴェルナー・フォン・フリッチュの後任としてベルリンの第3軍管区司令官となったのち、中将に昇進して1935年には第3軍団司令官となった。1936年、歩兵大将に昇進。


反ナチ運動

1934年の「長いナイフの夜」でシュライヒャー前首相やフォン・ブレドウといった軍人が不法に粛清されたとき、ヴィッツレーベンは国防軍首脳に対して特別調査委員会の設置を要求しており、以降ナチ党に対する反対者となっていた。1938年2月、ヒトラーの戦争を辞さない外交政策に反対した陸軍総司令官ヴェルナー・フォン・フリッチュに対する、ナチ党の失脚工作の不法も非難した。

同年のズデーテン危機の際は、ベック参謀総長、カナリス国防軍情報部長、ヘプナー中将、シュテュルプナーゲル参謀次長らといった将官と共にヒトラー打倒のクーデターを計画し、首都ベルリンの駐留部隊をおさえているヴィッツレーベンは大きな役割を担っていたが、ミュンヘン会談でヒトラーが成功を収めてしまったために中止となった。1938年11月、フランクフルト・アン・デア・オーダーの第2軍団司令官に左遷。翌1939年もハンマーシュタイン=エクヴォルト上級大将によるクーデター計画に加わり、演習を視察するヒトラーを逮捕する計画だったが、これも成功しなかった。

第二次世界大戦が始まると、ヴィッツレーベンは上級大将に昇進して西部戦線の第1軍司令官に任命された。1940年5月のフランス侵攻ではレープ上級大将のC軍集団隷下でドイツ第1軍を指揮した。6月14日にマジノ線を突破し、フランス軍部隊を降伏に追い込んだ。この戦功で騎士鉄十字章を受章。さらにフランス降伏後に多くの同僚と共に陸軍元帥に昇進した。1941年にはゲルト・フォン・ルントシュテットの後任として西方軍司令官に任命されたが、1941年6月に開始されたバルバロッサ作戦後に彼はヒトラーを再び非難し、病気を理由に更迭された。


陰謀と処刑

1944年7月20日の、ルートヴィヒ・ベック元参謀総長やクラウス・フォン・シュタウフェンベルクを中心とするヒトラー暗殺計画「ヴァルキューレ作戦」において、ヴィッツレーベンはクーデター成功の暁には国防軍総司令官就任が予定されていた。「ヴァルキューレ」発動に伴う作戦命令は、ヴィッツレーベンの名によって出された。彼はクーデター派の軍事的最高位の人物であったが、当日は積極性を欠いていて出遅れた感が有ったのは否定できないだろう。正装して元帥杖を持ち、クーデター派の“作戦遂行司令部”ベルリン・ベンドラー街の国内予備軍司令部に現れたのは、ようやく午後8時頃。その頃にはクーデター失敗が明らかになっていた。彼はシュタウフェンベルクらの不手際を非難し、これ以後の協力を拒否し、1時間ほどで司令部から退去。ベルリンから約80kmほど離れた友人の荘園に潜伏したが、翌21日正午頃そこで逮捕された。

軍籍にある者は、民間人を対象とする普通裁判ではなく、軍法会議で裁かれるのが通常である。ヒトラーは被告人全てをローラント・フライスラーが裁判長を務める人民裁判所の公判に付すように命令した。このために軍籍にある被告人は、先ず8月2日に設置されたドイツ国防軍名誉法廷(de)で審問されて軍籍を剥奪された上、ナチス党の特別裁判である人民裁判所に委ねられた。国防軍の名誉法廷に関わった軍人はルントシュテット元帥を長としてカイテル、シュロート、キルヒハイム、クリーベル、グデーリアンである。ここでフォン・ヴィッツレーベン元帥を含む55名が軍籍を剥奪された。

1944年8月7日、ヴィッツレーベンとヘプナー、ハーゼ、シュティーフ、ベルナルディス、ハーゲン、クラウジング、ヴァルテンブルクの合計8人は共に人民裁判所での最初の見せしめ報復裁判にかけられ、その裁判の模様は映像が残っている。裁判長フライスラーは開廷にあたり、ヴィッツレーベンに「名誉ある国民のみに許される」ナチス式敬礼をすることを禁じた。獄中でゲシュタポの厳しい取調べを受けて痩せたヴィッツレーベンは、わざとサスペンダーやベルトを外して出廷させられ、始終ズボンを腰のところで押さえていなくてはならなかった。その姿をフライスラーは「見苦しい!何故ズボンを弄くっているのかね?この薄汚い老いぼれめ!!」と嘲笑した。翌8月8日、ヴィッツレーベンは死刑の判決を受けたが、その際フライスラーに向かってこう言い返した。

「 君は我々を死刑執行人に引き渡す事が出来る。だが3カ月もすれば怒り苦しめられた民衆が君にツケを払わせ、君は生きたまま路上を引きずり回される事になるだろう 」


ヴィッツレーベンら政治犯が処刑された、ベルリン・プレッツェンゼー拘置所の一室。


部屋の奥にある梁に吊るされ処刑された。


8月8日の夕刻、ベルリンのプレッツェンゼー刑務所の処刑場。レールのような鉄の梁に肉を吊るす鉤とピアノ線のようなワイヤーロープが垂れ下がる。

7月20日事件に関し、人民裁判所で死刑判決を受けた被告人のうち、ヴィッツレーベンは最初に絞首刑にされた。ヒトラーはあらかじめ

「陰謀者たちの死の苦しみをできるだけ長くせよ。連中にはいかなる慰めを与えてはならない。連中を家畜の生肉の様に吊るせ。」

と命令し、神父・牧師など宗教関係者の立会いを禁じた。目撃者の証言によると、部屋の隅のテーブルにはブランデーの瓶とコップが置いてある。さらに映像撮影用カメラと強烈なライトが用意されていた。

執行は上半身裸にし、ピアノ線の輪に首を通し時間をかけて首を絞め、さらに執行人たちは苦しみもがく被処刑者のズボンを脱がすなど、徹底して人間としての尊厳を傷付ける、非常に残忍な方法で処刑したという。

そのような残忍な方法で処刑されたにも関わらず、ヴィッツレーベンは取り乱す事無く、ドイツ帝国軍人として、最高位の元帥として終始威厳を保ったという。続いてヘプナーら7人も順番に一人ずつ同様な方法で処刑された。

処刑の模様はヒトラーに見せるため撮影された。また見せしめのため陸軍士官学校で上映されたが、それは激しい反発を巻き起こした。処刑の映像を見てヒトラーは楽しんだという説と、嫌がったという説の両方がある。いずれにせよ、ドイツの敗戦間近にヒトラーはフィルムの廃棄を厳命し、戦後連合軍関係者が捜索したが、今日に至るまで発見されていない。

戦後のドイツではヴィッツレーベンは反ナチの闘士として顕彰されており、その名を冠した通りや学校が数多く存在する。ベルリン・プレッツェンゼーの処刑場跡は現在、反ナチ抵抗運動記念館となり、鉄の梁と鉤が保存されている。



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「ヒトラーは薬物中毒だった」
ドイツ人作家が描く新たなナチス像
2019/6/5 17:47 (JST)

ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーは薬物に依存していた。ビタミン注射に始まり、鎮痛薬や覚醒剤。会議前に1本、気分が優れず1本…。第2次大戦で旧ソ連との戦闘が激しくなると、ほぼ毎日注射した。依存度が高まるにつれ手の震えもみられる。やがて統率力を失い、ナチスは内部崩壊した―。そんなドイツ史の知られざる一面を描いた歴史書が2015年、ドイツで刊行され、話題を呼んだ。30カ国以上に翻訳され、映画化も企画されている。日本では

『ヒトラーとドラッグ―第三帝国における薬物依存』(須藤正美訳、白水社)

として出版された。著者はベルリン在住の小説家ノーマン・オーラー氏で、薬物を処方したヒトラーの主治医テオドール・モレルのカルテなど史料数千点をドイツや米国の公文書館で調べ、史実を掘り起こした。3月下旬、来日したオーラー氏にナチス・ドイツの薬物依存の実態や著書に込めた思いを聞いた。

(共同通信=外信部・平野雄吾)

 ―ヒトラーと薬物の関係を調べ始めたきっかけは?

 直接のきっかけはディスクジョッキー(DJ)をしている友人の勧めです。彼の友人がベルリンで1940年代に建てられたアパートから覚醒剤の錠剤を偶然見つけたらしく、DJの彼が実際に飲んでみたらとてもハイになったと教えてくれました。この話を聞いて調べたくなりました。友人が飲んだのはペルビチンという商標名の覚醒剤で、1錠に約3ミリグラムのメタンフェタミンが含まれています。1錠飲むとコーヒー100杯分の効果があり、2〜3日間眠らなくても問題なく、エネルギーも湧き出て多幸感が得られるとされています。

 実は、ドイツは覚醒剤の大量生産を始めた世界で最初の国家です。メタンフェタミンを初めて合成したのは日本の薬学者、長井長義ですが、ドイツ人科学者がペルビチンの生産手法を確立しました。その結果、気分を高揚させるとしてペルビチンは社会に広く出回り、主婦は服用して家をもっときれいにしたし、労働者はさらに働くようになりました。生産性が高まるので、ナチス政権にとっては非常に好都合でした。余談ですが、食欲が減退するのでダイエット効果があるとしてチョコレートにさえメタンフェタミンが混ぜられ、女性たちに飲まれました。友人のDJが飲んだのはこの時代に製造された錠剤です。

 ―薬物の危険性を誰も指摘しなかったのか。

 当時の保健大臣レーオ・コンティは一時のメリットの後に悪影響があり、国民がまひしていくと指摘しています。彼は1939年11月、ペルビチンを購入時に処方箋が必要な薬剤に指定しましたが、実際には多くの薬局で処方箋がなくても購入できました。

 疲労と眠気を克服できるペルビチンは当然、ドイツ軍で重宝されました。軍は兵士にペルビチンを服用させ戦闘に向かわせます。特に1940年のフランス侵攻(いわゆる電撃戦)では効果が絶大でした。戦車を運転する兵士は昼夜を問わず進軍できたのです。フランス兵は眠るが、ドイツ兵は眠らない。薬物による戦略的アドバンテージがドイツ軍にはありました。その結果、フランス軍は敗北。フランス人はドイツ人を超人だと思ったようですが、単なる薬物効果でした。



ヒトラーの薬物依存を暴いた「ヒトラーとドラッグ―第三帝国における薬物依存」(左) 著者のドイツ人作家ノーマン・オーラー氏(右)

 ―調査の経緯は?

 テオドール・モレルというヒトラーの主治医の名前は多くのドイツ人に知られています。ただ『変わり者の医者』として扱われ、何をしたのかについてはほとんど分かっていませんでした。ドイツ連邦公文書館のサイトでモレルに関する史料が西部コブレンツの公文書館にあると分かり、訪ねてみるとモレル手書きのカルテなどが大量にありました。これらを見つけられたのは大変幸運でした。史料の閲覧記録を見ると、私の前は約20年前に1人見ただけで、この50年間にも2〜3人しかいません。主治医というヒトラーをよく知る立場だったにもかかわらずモレルの記録が軽視されていた証しで、歴史家たちの怠慢だと思っています。

 モレルはベルリンの開業医でしたが、ビタミン剤を患者に注射する診療所として人気でした。ヒトラーの友人で写真家のハインリヒ・ホフマンがここの患者だった関係でモレルはヒトラーに出会い、1936年以降、主治医になります。ほぼ連日のようにヒトラーの診療に当たり、「患者A」という名前の記録を付け続けました。注射した薬物の名前やヒトラーの容態などを書いています。なぜなら、ヒトラーに何かあった場合にゲシュタポ(秘密国家警察)から追及されるのを恐れ、証拠を残しておく必要があったのです。

 連合国軍のドイツへの空爆が激しくなると、生産工場が破壊され薬物が入手できなくなります。注射を打てなくなったモレルは1945年4月に解雇され、ドイツ南部バイエルン州の小さな村に疎開しますが、書き続けた記録は常に持っていたのです。ドイツ降伏後、米軍に発見され2年間にわたり尋問を受けました。記録は米軍が押収、その後、一部がドイツ政府に引き渡され、最終的に公文書館に移されます。私は米首都ワシントンの公文書館にも行き、合計数千点の史料を渉猟しました。

 ―ヒトラーの薬物効果は?

 ヒトラーは、より健康になるためにビタミン剤を注射するようになりました。ヒトラーは菜食主義者で酒も飲まず、健康のイメージを作り上げていましたが、薬物に依存していきます。独ソ戦が始まっていた1941年8月、重いインフルエンザにかかり戦況会議を欠席しました。ビタミン剤よりも強い薬が必要となり、ホルモン剤や新陳代謝の促進剤、ペルビチン、ついにはオイコダールと呼ばれるアヘン系鎮痛薬を日常的に使用するようになります。1943年7月の独伊首脳会談で、気分が優れなかったヒトラーはオイコダール注射で乗り切ります。イタリアの独裁者ムッソリーニは戦況悪化から同盟関係の見直しを模索していましたが、ヒトラーは薬物効果で多弁になり3時間ぶっ通しで話したのです。ムッソリーニを圧倒し、戦線離脱の話をさせませんでした。言わばドーピングのヒトラーとしらふのムッソリーニです。モレルは「閣下は私に、今日の成功は君のおかげだとおっしゃった」と記録しています。

―この著書で訴えたいことは?

 ヒトラーは薬物に依存し、ドイツ軍にもドイツ国民にも薬物がまん延していた。いずれも重要な話です。ナチス・ドイツは薬物で妄想的になり、現実を理解できない非理性的な社会に陥ったと言えます。ナチス・ドイツは人種イデオロギーを掲げましたが、そのイデオロギーを浸透させる手段として薬物も利用したのです。そして自ら内部崩壊しました。

 この本の直接の執筆動機は友人らが見つけたペルビチンの話ですが、もともと私はナチス・ドイツについて本を書きたいと思っていました。私が10代だった1980年代、祖父がナチスやヒトラーを賛美していました。「ナチス時代は社会に秩序や規律があった」と言うのです。戦争中、鉄道技師だったという祖父はドイツ東部出身で、ソ連軍の侵攻からドイツ西部へ逃げた経験もあって、反共主義者だったのですが、戦後40年以上たってもヒトラーを支持していました。私は祖父の姿勢に疑問を持ち、ナチス・ドイツにはずっと関心を抱いていました。

 ヒトラーは酒を飲まず菜食主義者の健康的なイメージを作り上げる一方で、薬物に依存。社会には秩序や規律があるように思い込ませる一方で、覚醒剤がまん延する。ナチス・ドイツはうそで塗り固められていたのです。こうしたナチス神話のようなものを脱構築するというのが今回の私の挑戦でした。多くの歴史家は薬物については詳しくなく、これまで調べなかったのでしょう。もしナチス時代に薬物がなかったら?そうしたら1940年の段階でドイツ軍は英仏軍との戦いに負けていたでしょう。これはあくまで推測に過ぎませんが、そういう小説を書くのも面白いかもしれません。



インタビューに答えるノーマン・オーラー氏

○ノーマン・オーラー氏 1970年2月4日、ドイツ西部ツバイブリュッケン生まれ。北部ハンブルクのジャーナリズム学校やベルリン大で学ぶ。米ニューヨークなどでジャーナリストとして活動した後、ミステリー小説「クォータマシーン」(未邦訳)で1995年、小説家としてデビューした。




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知られざる「麻薬大国」ニッポンの裏面史〜芸能界「薬物汚染」の源流はこんなところにあった!
辻田 真佐憲
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/48659


芸能界の薬物汚染と太平洋戦争

近年、有名人の薬物事件があとを絶たないが、これは何もいまにはじまったことではない。歴史を振り返れば、太平洋戦争の敗戦直後から、芸能界に薬物汚染は広まっていた。当時よく使われたのは覚醒剤、いわゆる「ヒロポン」である。

漫才師で、のちに参議院議員に転身した下村泰は、1984年6月の国会質疑において、ヒロポン中毒に陥った歌手たちの奇行を、次のように赤裸々に証言している。

いわく、楠木繁夫は、ギャラの契約をせず、「ヒロポンを一升瓶で何本くれたら幾日間行く」といって仕事をしていた。

いわく、霧島昇は、ヒロポン中毒が進み、1曲歌っては「幕を閉める」といったり、アンコールまでいっているのに「アンコールまだだ」といったりして、司会の自分を困らせた。

いわく、樋口静雄は、幻覚症状に陥って、目が機械のように「チャっと」異様な動きをし、「天井の隅で今おれをねらっている刺客がいる」と妄想を語ったりした(第101回国会、社会労働委員会、第11号より)。

なぜ彼らは揃いも揃って、重度の覚醒剤中毒に陥ってしまったのだろうか。

その理由についても、下村は次のように証言している。

「昭和20年代(引用者註:1945〜1954年)にはヒロポン中毒というのがありまして、これは旧軍が持っていたものを市中にばらまいたと言っても過言ではないと思うんです」

つまり、日本軍の保管していた覚醒剤が、敗戦後市中に出回り、「ヒロポン中毒」を引き起こしたというのである。


このように日本の薬物汚染は、戦争の歴史と無縁ではない。それどころか、アヘン、モルヒネ、ヘロインなどの薬物は、日本の植民地統治とも深く関係していた。

薬物事件が注目される今日、こうした暗い歴史を紐解くのも決して無駄ではあるまい。以下では、世界有数の「麻薬大国」だった日本の知られざる一面を紹介したい。

なお、現在日本の法律では、「覚醒剤」「大麻」「麻薬及び向精神薬」「アヘン」が区別されているが、本稿では一括して「薬物」もしくは「麻薬」と呼ぶことにする。

台湾領有とアヘン専売制のはじまり

日本と薬物中毒との本格的な接点は、1895年の台湾領有にさかのぼる。

日本ではそれまで、政府の厳格な取り締まりによって、アヘンの蔓延と無縁だった。ところが、日清戦争の勝利により事情が急変した。清より割譲された台湾は、中国でもっとも早くアヘン吸煙がはじまった場所のひとつであり、同地にはアヘン吸煙者が大勢住んでいたからである。日本はここでアヘン問題に対応せざるをえなくなった。


この問題に対し、日本は「漸禁政策」で臨んだ。いきなりアヘン吸煙を禁止にするのではなく、徐々に減らしていく。そうすることで、混乱を防ぎ、植民地統治を円滑に行おうとしたのだ。そのため、台湾ではアヘンの専売制が敷かれ、アヘンの売買・所有には「特許」が必要となった。

だが、不幸なことに、ここで日本はあることに気づいてしまう。海外から輸入したアヘンを台湾で売りさばくだけで、濡れ手で粟のように利益が得られる。これは、植民地統治の財源になるのではないか――、と。この結果、アヘン専売は「金のなる木」とみなされ、「漸禁政策」は実態を失い、有名無実と化していった。

台湾におけるアヘン吸煙特許者の数は、最大時(1900年)で約16万6千人(台湾人口の6.1%)にも達した。同年度の台湾総督府のアヘン収入は約423万円である。小学校教員の初任給が10円ほどだった時代の話だ。

なお、念のため付け加えておけば、アヘン中毒者に対する矯正事業は、国際的な批判を受けて、1930年以降に推進された。台湾におけるアヘン吸煙は、常習者の死亡や原料の供給停止もあり、太平洋戦争下にようやく根絶された(劉明修『台湾統治と阿片問題』)。

アヘンの専売は、1905年に租借権を獲得した遼東半島先端の関東州でも行われたが、やはりここでも多くの富を日本にもたらした。

アヘン専売制に味をしめた日本は、その後アヘンの国産化にも着手。原料であるケシの生産地には、消費地の台湾ではなく、アヘンが厳禁されていた内地(主に和歌山県、大阪府)と朝鮮が選ばれた。生産地と消費地を分けることで、アヘンの管理・統制を効率的に行い、利益の最大化を図ったのである。

こうして日本は、次第にアヘンのもたらす利益に魅入られ、蝕まれていった。

「麻薬大国」への道とモルヒネ密売

鎮痛剤のモルヒネは、アヘンを原料に作られる。医療用にも使われるが、麻薬としての使い道もあった。

日本は長らく英国とドイツよりモルヒネを輸入していた。ところが、第一次世界大戦の勃発とともに供給がストップしたため、急遽国産化に踏み切ることになった。1915年には、星製薬(社長の星一は、小説家・星新一の父)がモルヒネの製造に成功。その後、他社でもモルヒネの製造が開始された。

このような国産モルヒネは、当初より麻薬として流通した。特に、朝鮮ではそれが顕著だった。


朝鮮では、モルヒネの量産化とともに第一次世界大戦が終結し、在庫がだぶついてしまった。そこで日本政府は製薬会社を保護するため、朝鮮でモルヒネの販売制限を緩和し、在庫の処分を図った。アヘンは禁止なのに、モルヒネは許可。これは明らかにダブルスタンダードだった。この結果、朝鮮では10万人規模のモルヒネ中毒者が出現した

(倉橋正直『阿片帝国・日本』)。


その後も、日本の麻薬の生産は拡大し続け、1935年の国際連盟の統計によれば、日本のモルヒネ生産額は世界第4位に達した。モルヒネより合成され、より依存性が高いヘロインの生産額にいたっては世界第1位。コカの葉より生産されるコカインの生産額も、やはり世界第1位となった(倉橋、前掲書)。日本は、ついに世界有数の「麻薬大国」になったのである。

当然ながら、これだけの量の麻薬は国内で消費しきれない。ではどうしたのか。今日、日本人(朝鮮人含む)の密売人たちが、国産モルヒネを中国(特に租界があった天津や上海など)で大量に売りさばいていたことが判明している。在留邦人は治外法権で守られていたので、中国側は逮捕や処罰ができない。密売人たちはこの仕組みを悪用し巨万の富を得たのである。

日本は、麻薬取り締まりに関する国際条約に調印・批准していたが、邦人の密売取り締まりには消極的だった。麻薬の密売は、国内で食い詰めた者の貴重な資金源でもあったからだ。こうした日本の態度は国際的にも批判されたが、取り締まりは遅々として進まなかった。

麻薬の利益でアジア太平洋戦争の戦費を賄う

1930年代に入り、日本が中国大陸に侵出するようになると、麻薬の生産・販売は一層組織的に行われるようになった。

日本が中国各地に作ったいわゆる「傀儡政権」では、財源確保のため、ことごとくアヘンの専売制が敷かれた。満洲国、蒙疆政権、冀東防共自治政府、汪兆銘政権(南京政府)などがそうである(広中一成『ニセチャイナ』)。


1932年に成立した満洲国では、主に熱河省でアヘンが生産され、ほかの地域に供給された。生産地と消費地を区別し、管理する手法は、ここで応用されたわけだ。

同じ手法は、中国本土にも適用された。中国本土では、主に蒙疆政権の綏遠省がアヘンの生産地に選ばれた。中国にはもともとアヘン吸煙者が大勢いたため、アヘンは売れに売れた。こうしてもたされた莫大な利益は、日本の戦費・占領統治費を賄ったのである。

たとえば、日本軍占領下の南京市では、占領1周年の1938年12月に、月間の市収入の23.1%をアヘン販売で賄っていた(小林元裕『近代中国の日本居留民と阿片』)。この結果、蔣介石政権のもとで減少しつつあったアヘン吸煙は、ふたたび増加に転じてしまった。

これほどまでアヘンを生産・販売・使用した戦争はほかに例を見ない。そのため、日中戦争の実態はアヘン戦争だったという指摘もある(江口圭一『日中アヘン戦争』)。その指摘に納得するほどに、日本の麻薬政策は大規模かつ巧妙だった。

なお、1941年12月に太平洋戦争がはじまると、日本は東南アジアでもアヘンの専売に着手した。シンガポールでは、英国のアヘンを押収し、精製工場を復旧して、マレー、スマトラ、ボルネオなどに製品を供給。こうしたアヘンの収入は、1942年3月から9月分までで570万7500ドルに達し(当時1ドル=1円)、第25軍(シンガポール攻略担当)軍政部の経常部歳入の約50%、臨時部歳入を加えた全歳入の約25%を占めた(江口、前掲書)。

戦時中の日本は、「日満支(中)の提携」「東亜新秩序」「アジアの解放」「大東亜共栄圏」などのスローガンを高らかに掲げていた。だが、その実態はかくのごとしであった。日本の理想は、薬物で醜く黒ずんでいたのである。


戦争のために配布された覚醒剤

一方、1940年代に入ると、日本本土でも薬物の害が蔓延しはじめた。日本で主に使われたのは覚醒剤である。

覚醒剤の成分は、メタンフェタミンもしくはアンフェタミンである。このうち、メタンフェタミンは、日本の薬学者・長井長義によって19世紀末にエフェドリンより抽出された。

ただし、その中枢神経興奮作用は1930年代に入ってドイツで発見され、「ペルビチン」の名前で商品化された。ちょうどナチス・ドイツの時代だ。


なお、アンフェタミンも同じころに製品化され、英米では「ベンゼドリン」、ドイツでは「エラストン」などの名前で商品化された。これらの商品は、眠気を覚まし、疲れを吹き飛ばす特効薬として、大いにもてはやされた。その危険性はいまだ認識されていなかったのである。

ちなみに、ヒトラーは、1930年代後半より主治医となったモレルよりアンフェタミンを投与され、健康を害したといわれている。

このような欧米の動きを受けて、日本でも1940年代にメタンフェタミンやアンフェタミンが次々に商品化された。メタンフェタミンでは、大日本製薬の「ヒロポン」、参天堂製薬の「ホスピタン」、小野薬品工業の「ネオパンプロン」、富山化学工業の「ネオアゴチン」。アンフェタミンでは、武田薬品工業の「ゼドリン」、富山化学工業の「アゴチン」などがあげられる。1940年代に覚醒剤を製造した会社は23社にのぼったという

(佐藤哲彦ほか『麻薬とは何か』)。

この時期に覚醒剤が量産されたのも、戦争と無縁ではなかった。日本はこのころ日中戦争の泥沼にはまり、太平洋戦争の開戦も控えていた。労働力や戦力の拡大のため、覚醒剤は「魔法の薬」と考えられたのである。「ヒロポン」開発に関わった医学者の三浦謹之助は、当時、覚醒剤の開発について「最も目下の時局に適合するもの」とあからさまに述べている。

副作用の認識がなかったこともあり、覚醒剤は軍需品として大量生産された。特に、激務の航空部隊に配布されたようで、冒頭に名前をあげた参院議員の下村泰(陸軍の飛行戦隊に所属)も、戦時下に使用したと証言している。なお、覚醒剤はアンプルのほか錠剤でも配布されたという。

このような覚醒剤は、1945年8月の敗戦により不要となり、市中に流出してしまった。その結果、冒頭で引いたようにひとびとが「ヒロポン中毒」になったのである。昼夜を問わず多忙な芸能人の間には、特に蔓延したといわれる。

覚醒剤の有害性は戦後になって広く認識されるに至り、1951年ようやく法律で規制された。


国家が麻薬に取り付かれる恐ろしさ

このように、日本における麻薬の生産・販売・消費は、植民地統治や総力戦と密接に結びついていた。現在でも、日本では他の国より覚醒剤の使用が多いというが、そんなところにもかつての麻薬政策の影響が残っている。

覚醒剤といえば、北朝鮮が外貨獲得のために製造し、密売しているとも指摘される。事実ならば批判されるべきだが、それはまさにかつて日本がやっていたことでもある。歴史を知らず、「日本こそやっていたではないか」と反論され、口ごもるようではあまりに情けない。歴史を学ばなければならない所以である。


個人が麻薬の魅力に取り付かれるのはおそろしいことだ。だが、国家が麻薬の魅力に取り付けられることはもっと恐ろしい。「麻薬大国」日本はまさにそうだった。

その歴史は、反面教師として、今後も参照され続けなければならないだろう。有名人の薬物事件も、そうした歴史を知るきっかけになれば怪我の功名かもしれない。
メンテ
女性受刑者の40%は「覚醒剤」で刑務所に。女たちは知らずして堕とされる ( No.2 )
日時: 2020/05/12 07:41
名前: 777 ID:v.jR4OMA


日本女性の約40%は「覚醒剤」で刑務所に。女たちは知らずして堕とされる2019.03.26


日本の女性はどんな罪で逮捕され、受刑者となるのか。日本女性の犯罪の約40%は「たった1つの犯罪」で占めていることに驚く人も多い。その1つとは何か。

それは、「覚醒剤」の所持・使用だ。

平成27年版の「犯罪白書」では、女性受刑者の38.2%が覚醒剤取締法違反であったと記録している。

彼女たちはほとんどが出所したらまた覚醒剤に手を出して戻ってくる。覚醒剤は再犯率が高く、覚醒剤で受刑している女性たちの多くは初犯でも再犯でもなく累犯であることが知られている。

ところで、女性が覚醒剤にハマっていくのは、女性自身が自らそこに飛び込んだというよりも最初は男がそれを「教えた」ケースが多い。

ところで、不思議に思わないだろうか。日本は「覚醒剤やめますか? それとも人間やめますか?」という公共広告が今でも人々の口にのぼるほど覚醒剤は危険だと周知されているのに、なぜ多くの女性がむざむざとそこに堕ちるのだろうか。

彼女たちは、いったいなぜ「人間をやめなければならない」ほど危険な覚醒剤に飛び込んでいったのだろうか?(鈴木傾城)



ドラッグが流通している夜の世界

覚醒剤は、表社会で健全な生活をしていると遠い世界の話に思えるはずだ。しかし、夜の世界ではそうではない。覚醒剤が流通しているのは夜の世界である。歓楽街であり、売春地帯である。覚醒剤はそこで蔓延している。

タイでは覚醒剤のことを「ヤーバー」と呼ぶ。私自身はヤーバーのようなヘヴィードラッグは一度も手を出したことはないが、私の身のまわりにはヤーバーで満ち溢れていた。(ブラックアジア:私が見てきたドラッグ依存者。薬物で身心共にボロボロになった姿の哀しさ)

日本ではどうか。日本でも覚醒剤に関わっているのではないかと思う女性に会ったこともある。(ブラックアジア:四国に潜む流れ者の女(1)女たちの出稼ぎ先「松山」に行ってみた)

歓楽街は快楽が満ち溢れているのだが、その快楽はセックスだけではない。アルコールもあればドラッグもある。不品行はすべてそこにある。

歓楽街に出入りしている女性は、そこで知り合った華やかで輝いている男や、訳知りのクールに見える男たちから、しばしばドラッグを軽い言葉で持ちかけられる。ドラッグへの誘惑は意外に多い。

外国でも日本でも、そのあたりの事情は変わらない。普通の女性が夜の街で知り合ったばかりの男に何気なく声をかけられる。

その男というのは、たとえばヤクザやチンピラやホストや詐欺師やスカウトやギャンブラーや売春・水商売・風俗の客引き・ポン引きやその関係者だったりする。彼らの一部が、儲かるビジネスの一環としてドラッグを扱っていて、女性を巧みに誘うのである。

「気持ちよくなる薬があるよ」と直球で囁くこともあれば、「痩せる薬があるよ」「元気になる薬があるよ」「美容に良い薬があるよ」「目が覚める薬があるよ」といろんな効用を述べて女性の興味を惹く。

女性はダイエットに興味があるし、いつも疲れているし、美容に良いことであればやってみたい。酔っていたり、夜の雰囲気に高揚したりしていると、ふと「モノの弾み」でそれを試してみたいと思ったりする日もある。

多くの女性は日頃から激しいストレスや疲労にとらわれるので、何とかその疲労から逃れたいと思う。そして、アンダーグラウンドの男たちと関わって堕ちていくのである。(ブラックアジア:ドラッグを打つ女の動画。日本ではドラッグが蔓延する素地ができあがった)


覚醒剤は夜の人間と共にやってくる

覚醒剤は「ヤバい」と誰もが知っている。常識だ。だから、「覚醒剤をやるかやらないか」という選択肢があった場合、まだ覚醒剤をやっていない人間はほとんどが「そんなものはやらない」と拒絶するはずだ。

女性であれば、なおのこと「そんなものに手を出したくない」と思うはずだ。しかし、女性受刑者の40%が覚醒剤で逮捕されているのを見ても分かる通り、女性はそれに手を出している。

なぜ、そんなことになるのか。

それは、「やらない」と考えている人間を堕とすのがアンダーグラウンドだからである。「やらない」と言っている人間を、いかに闇に引きずり込むかがアンダーグラウンドの人間の腕の見せどころなのだ。

「私は覚醒剤をやらない」と宣言して「ああ、そうですか」と引き下がる裏社会の人間などひとりもいない。ドラッグを扱っている人間と関わると、たとえ自分が覚醒剤は絶対に手を出さないと思っていても堕とされる。

たとえば、悪意を持った男が知り合った表社会の女性を堕とす時、女性の意思とは関係のないところで、覚醒剤を「仕込む」のだ。

昔から、アンダーグラウンドの男たちの間で「ターゲットの女性」をアルコール依存やドラッグ依存にさせる「ある方法」が使われているのは周知の事実だ。

欧米では一時期、女子高生の間で危険な摂取方法が流行したことがあったが、彼女たちは自分からアルコールの吸収度を高めるためにそれをしていた。その酩酊感は強烈で、気付けばアルコール依存症になった女子高生が続出した。(ブラックアジア:欧米の女子高生の間で、極秘で流行中のアルコール摂取法)

アンダーグラウンドでは、男が女性に黙ってそれをする。アルコールやドラッグを「それ」で仕込む。卑劣と言えば卑劣だが、昔からよく知られている方法だ。それが今も延々と続けられている。



売人は常用してくれる人間を探している

2019年03月。ひとりの男がデートクラブで知り合った女性に大量の覚醒剤を飲ませて逮捕されたことが報道された。この男は酒の中に覚醒剤を仕込んだのだが、それは致死量100倍に相当する量だった。彼女はこれを飲んで絶命した。

もし、この男が量を間違えていなければどうなっていたのか。このデートクラブの女性は知らない間に覚醒剤依存になっていたはずだ。

女性が「それ」を仕込まれると、女性は自分がまったく気付かないまま一気に覚醒剤の虜になってしまう。いったん覚醒剤の依存になると、女性の方が抜けられないと言われるのは、ドラッグの効きが男よりも強いからだ。

女性は自分の意志に反して覚醒剤を仕込まれても、最初はそれが覚醒剤だと分からない。しかし、いずれあまりの快楽の強さに何かおかしいと気付く。気付いた時にはもう遅いのだ。

ドラッグから得られる過剰な快楽のために抜けられないし、抜けたくないと思う。そして、知らない間に堕とされていく。

アンダーグラウンドには覚醒剤が流通しており、売人は常にそれを常用してくれる犠牲者を探している。いったんターゲットにされたら、もう逃げられない。

しかし、アンダーグラウンドの男たちは、自分から「表社会」に行くことはほとんどない。多くは、表社会の女性たちが「自ら」アンダーグラウンドに関わった時に、ドラッグのディーラーと接触する。

その結果として、日本の女子刑務所に収容される女性の約40%が覚醒剤取締法違反で逮捕されているという凄まじい現状になっているのである。

覚醒剤使用で逮捕された女性の多くは3年前後で出所するが、前科を持った女性は、もう表社会で働く場所がない。彼女たちの多くは歓楽街に向かい、水商売や風俗をするしか生きていけない。

そして、否が応でもアンダーグラウンドの男たちと再び関わるようになる。覚醒剤は、アンダーグラウンドの人間と共にやって来る。彼女たちは覚醒剤を手に入れて、再び刑務所に戻されていく。

そんな裏世界が作り上げられている。(written by 鈴木傾城)



日本の女子刑務所に収容される女性の約40%が覚醒剤取締法違反で逮捕されている。普通の人がこの覚醒剤の画像を見ても何とも思わないが、依存者はこの画像を見ると、フラッシュバックを引き起こし居ても立ってもいられなくなっていく。
https://blackasia.net/?p=12297



▲△▽▼


相場に失敗すると奥さんとお嬢さんはこういう運命が待っている



まあ最終的には奥さんとお嬢さんをソープかヘルスで働かせて借金を返して貰う事になるのですが、その前にまず何でも素直に言う事を聞く様に改造しておかないといけないですね:



646 :名無しさん@入浴中[sage]:2009/01/28(水) 23:57:46 ID:efHa7/dLO

接客業としてやる気のない嬢が多いですね。

「金払ってしか女を抱けないような奴にアタシがしてやってるんだよ、ありがたく思え」
という考えの嬢ばかりらしいのです。

そういう嬢の気持ちを入れ換えるにはどうすればいいのでしょうか?



648 :名無しさん@入浴中:2009/01/29(木) 10:48:42 ID:MfeFQP35O
>>646
そんなこと簡単♪ 

シャブ漬けにすればセックスマシーンの出来上がり。超人気間違いない。 
実際にやっている店あるし。




       ,-、             ,.-、
     ./:::::\          /::::::ヽ
    /::::::::::::;ゝ--──-- 、._/::::::::::::::|
    /,.-‐''"´          \:::::::::::|
  /                ヽ、::::|
 /                   ヽ|
 l                         l
. |    ●                 |
 l  , , ,           ●      l   おい、おまいら
 ` 、      (__人__丿    、、、   /   やる気あんのか?
   `ー 、__               /
       /`'''ー‐‐──‐‐‐┬'''""´
       /,          |
      (_/          |  |
        ,         ヽ、_)   ∩
       l           |\  ノ |    
 .       |    ヘ      |`ヽ二 ノ
 .        |   /  \    /
       `ー‐'    `ー‐'
                         



3カ月前、女の子の“発狂”を目撃した会社員が語る。

「歌舞伎町のモグリのマッサージ店に行ったら、すごくやつれた女が出てきて無愛想に足踏みマッサージを始めたんです。ところが5分ほどして彼女はベッドから転げ落ち、悲鳴を上げながら自分の顔や腕をかきむしり始めた。

虫が体から這い出してくる幻覚を見ているらしく、激しくかくものだから顔から出血する始末。覚醒剤をやってるなと直感しました」


  騒ぎを聞きつけ飛んできた店長は「このことは内密に」と会社員をにらみつけたという。


マッサージ嬢をホテルに呼んだ自営業者も似たような現場を目撃した。


「性感マッサージが終わったら、女の子が額に脂汗をかいてうずくまった。

彼女はバッグから何かを取り出して20分ぐらいトイレにこもったんです。出てきたときは顔がスッキリ。事情を聞くと“気持ちよくなるクスリを打った”と白状し、自分が覚醒剤中毒だということを話してくれました」

ガリガリにやせて目もうつろな風俗嬢に当たったら、注意されたし。



▲△▽▼



人間の血管は人それぞれでありまして、腕の血管でも皮膚から盛り上がって浮き出ている突きやすい血管もあれば、血管の場所がまったくわからない人もいます。 腕の血管と同じように女性のクリトリスの皮をヘソの方へ強くひっぱり完全に剥いてしまうと、クリトリスの角のように緑色の血管二本があらわれます、

血管の太さはまちまちなんですが、私の経験データーで言わせてもらうと、クリトリスの大きさに比例することがあるように思われます。 私の妻のクリトリスはかなりビッグでありまして角のようにわりと太いめの血管が二本ハッキリわかります。

非常にデリケートな場所ナノデ(粘膜)毎回そこにシャブを突くのではありませんが、妻がリクエストする時だけ、クリトリスの血管に慎重に注射してあげます、その後、私もベニスの血管にシャブを突きます。

さすがにこの日は非常に勃起しにくいのですが、それでも強烈に敏感でしびれるような快感があります。 妻もクリクンニだけで1〜2分間隔ぐらいでイキまくって呼吸困難な状態になりながらも絶叫しながら3時間はゆうに快感地獄にはまるのです、私たち夫婦のシャブセックスは何年か前に最長時間ラブホでまるまる3日間ぶっとうしで3グラムのシャブを使い切ってはまった経験があります、

そしてその時もクリ突きチン突きシャブでした。 みなさんも妻や彼女のクリトリス血管を一度探してためしてください


12/19 09:38 By:十三のジロー URL





01: 名前:名無しキメキメ投稿日:2011/07/20(水) 08:37

昔、先輩の借金の取立てについて回った事があって。そんとき、S(シャブって呼んでたけどね)の力をマジマジ見たことある。ある男がSでおかしくなりかけてて、当然、仕事もできないのにS打ってるから、借金あってね。


先輩が、「嫁(とにかく可愛い)にS教えろ、そしたら借金チャラにしてやる。包みやるから」って言って。


「ロ−ションに塗りこめ」 とか 「がーっと打っちまえ」って必死に、ポン中そそのかしてる。

先輩も何だか滑稽に見えて、俺ら後輩も影で笑ってたけれどね。でも、おっかない人だったから、一緒に、その旦那はやし立ててた。

それから、何度か確認して○実がSに慣れてきたの分かってから、金の取立てにいったんだけどね。三人で行って彼女と顔見知りの後輩に玄関空けさして、家に入り込んでね。まず、金返せって、滅茶苦茶言ってね。

先輩はもう、完全に○実目当てなのわかってたから、なんだかえらい、異常なくらいきつい取立てでね。彼女が


「子どもも寝てますから」


って土下座しながら謝った瞬間、とびかかったもんだから、俺らも慌てて、女押さえ込んでS打ったよ。

その後は悲惨だった。先輩が何度か追い打ちして、起きてきた子どもの前でもよがらせるし、その時は調子に乗って俺らも遊んでたけど、後から、罪悪感覚えた。先輩が捕まって、俺も今じゃ平凡な仕事してる。


最初は、なんだかグタってした感じであんまり反応なかった。しつこく、持って来たロ−タ−とか長時間で遊んでたら、少しだけ「女の反応」がでてね。それまで、うつ伏せだった女が、急に横向きになって、片足だけピンっとはって・・・

でも、顔は見せないようにしてるし、

「子どもがぁ」

とかまだ言ってるしね。 「こいつ、イッたよ」とか言い合いながらも。無理やりだとこんなもんかなってかんじで、俺も落ち着いてた。。


でも、さらに攻めるとだんだん。汗ばんで、濡れてくし、反応が出てきたから、しつこく攻めてた。でも、その後も、想像してた激しい反応はなかったけど、抵抗もなくなってきて、ロ−タ−でクリいじりながら、バイブ入れてかき回してると二度目は

「はぁぁ」

って小さく声出して、片足をまたピンと突っ張らした。


俺らも遊んだけど、自分ではSしてないからそんなに長時間できない。そこで、後輩が○実にS追い打ちしてね。また、道具で遊ぼうッて事になっったんだけど、そっからは、もう、地獄。


何でも、言う事聞いた。

自分のアソコの液を舐めさせて

「おいしい」、

「私の○○○汁って美味しくて、もっと舐めたい」

とか言わせてげらげら笑ってた。


冷蔵庫のものとか、引っ張り出してビ−ル飲んで、その空き瓶突っ込んだりしてた。バイブもかなりでかい奴、突っ込ましてオナニーさせて、


「私は犯されて精子まみれでオナニ−するのが最高です」


とか先輩が言わせて(実際には途切れ途切れで何言ってるか良くわかんなかった)、とにかく先輩の攻めは異常なぐらいしつこく絡んでた。

そうしたら、子どもが起きてきて、こっち部屋のドアあけた。最初は、三人とも顔面蒼白になるくらいあせったら、子どもでね。そんな、姿見たら子どもはびっくりして目を丸くしてた。それで、○実はどうするのか、注目してたら、自分の子ども見てもオナニ−してる。

でも、それも、少しの間で、おそるおそるバイブつかって動かしてた手を休めてね。でも、バイブを引っこ抜くわけでもなくて、それを突っ込んだままバイブつかんでた手をへその下あたりに持っていって、猛烈な勢いでへその下さすりながら、もう片方の手で寝室を指して、


「早く部屋に帰って。」

「早く寝な」

「明日、起きれない」


とか苦しそうに言ってる。そういいながらも、片手はへその下や内股をゴシゴシさすってて苦しそうにしてた。バイブは突っ込んだまま・・・。

「ああ、親としての気持ちと、快感と戦ってるんだ」

とか思ったけどね。子どもがその姿見て「セ−ロガン」「セ−ロガン」とか言い出した。母親が腹痛で苦しんでると思ったんだろうね、その後は、ビービー泣き出してたけどね。


そこで、後輩が後ろから、胸をぎゅうっと揉みだしたら、○実は大きくのけぞった。抵抗したのか、感じたのかは分からない。それで、先輩がバイブをつかんでかき回したら

「はぉぉぉお、ああああ」

ってあっという間に子どもの目の前でイってしまってた。その後、俺が子どもを部屋に帰して(閉じ込めて?)、三度目のお注射。また、訳わかんないこと言わせたりして遊んでね。そのあと、先輩が


「お母さんは、お○こ大好き」


とか言わせるように命令しだして、それを命令どおりに言う事を確認したら、俺に「子ども呼んでこい」って。

俺は気が進まなかったけど、結局、連れてきた。そうしたら、子どもに無理やりバイブのスイッチ押させて


「○○(子どもの名)ありがとう、ありがとう」

「お母さん、気持ちいい〜」


とか、怯えてる子どもに向かって言わせてた。もう、ひどかった。

最初に、怯えてる子どもを抱きしめさせて、落ち着かせて○実の目の前に猫の顔かたどった背もたれの子供用の椅子置いて子どもを座らせた。それから、子どもの目の前で、○実にバイブオナニ−させてね。


その時、口がわずかに動いてる。「やめて」って言ってる気もしたけど、二人は気にも止めてなかった。その後を考えると、違ったかもしれないけど・・・。


先輩が、○実の後ろに陣取って、胸をこねくりまわしながら、ささやくのね。そうすると、ささやいた言葉を○実が復唱する。あんな可愛い顔が、もう、完全にゆがんでたね。胸も変形するくらいもまれてたけど、


「気持ちいい〜」

「ちんちん欲しい」

「お母さん大丈夫だからね〜」


とか何度も言わせてた。時折、先輩と後輩が胸揉みながら、バイブでイカせて。その後、○実の両手にバイブもたせて、右手のバイブ舐めさせては、左手のバイブを突っ込ませて、今度は、左手のバイブのブルわして突っ込ませては、右手のバイブ舐めさせて

「お○こ汁って美味しい」


って子どもの目の前で、何度も言わせてる。


後輩のほうが事細かに、母親の「女の反応」を説明してたよ。○実は最初は、添えた手を離すと、そのまま、オナニーに夢中になっちゃってるだけなんだけどね。バイブを抜かせようとすると、頑張ってバイブを入れたままにしようとする○実が哀れに見えて、切なかったよ。


でも、20回くらい、しつこく、しつこく、後ろから手を添えて、交互に繰り返し入れて、舐めて


「お○こ汁美味しい」、

入れて、舐めて

「お○こ汁美味しい」


ってやらしてると、その内、自分から両手のバイブを何度も

「美味しい」

って言いながら、交互に舐めたり突っ込んだりの繰り返しをしてた。○実は一度、何かし始めると、しつこく同じとを延々繰り返し、繰り返しやってた。


それから、先輩がちんぽしゃぶらせて、顔面にひっかけて、それも、もちろん舐めさせる。時折、子どもを抱きしめさせてはやってた。アナルに細い制汗スプレーいれて、お○こにバイブ入れて、四つんばいで部屋中、歩かせたり。

絨毯は、愛液と血も少し混じってるしね。きつめの匂いもなんだかしてた。

その後、先輩が、泣きじゃくる子どものパンツ下ろして、親の愛情見せろって


・・・・他にもね・・・・。





▲△▽▼


ヤクザの情婦にされた妻 03/12/06


ヤクザに気に入りられた妻は、平日の昼間は殆ど毎日ヤクザの部屋に呼ばれ、一日中抱かれたり、男が妻を連れて買い物に出かけたりしていたのです。 時には、私達の部屋の夫婦の寝室で妻を抱いていました。端から見ると殆ど、恋人か夫婦のような状態だったのです。


更に、その男の知り合いが経営するグラブで妻は、枕ホステスとして働かせられていました。週に2回程度、クラブのホステスとして働かされ、客に、気に入られ、体を求められた時は断ることは許されず、そのまま枕ホステスとして、ホテルで抱かれる事を、妻を犯した男に強要されて居ました。客にホテルで抱かれていたので妻の外泊が多かったのです。

週に2回程度のクラブ勤めで、三十路ホステスですが、おっとりした性格と豊満な胸で100%絶対にやらせてくれる妻は人気者でした。 ましてや、店の宣伝と売り上げを上げるために、常連客には、初めから只で誰とでもすぐ寝る女、枕ホステスとして宣伝されていたために、妻の出勤日にはあっと言う間に指名客が何人も来たそうです。

店名を変えリニューアルオープンしたので、何人かやらせるホステスが居ると客の間に、やれるホステスが居る店として噂になり、店は賑わうそうです。 クラブへ出勤して、客とセックスをしない日は無かったそうです。 出勤日に指名が数人重なってセックス出来ない場合は、店に出勤しない平日の昼間にホテルで抱かれていました。そのクラブで働いた給料も払われず只働きです。

クラブ勤めをしない日には、時々別の何処かの組の何人ものヤクザ客の接待に使われ、背中に絵の描いてある中年親父ヤクザの性欲処理、肉便器として差し出されてました。ヤクザは、他の地方から来たヤクザを持て成すときは女を宛ったりする事があるそうです。中年ヤクザに気に入られた妻はその後も呼び出され、接待用の玩具にされました。



一番ショックだったのは、ヤクザ達の接待に使われたときにセックスショーをさせられた事です。ヤクザ達の3泊4日ほどの慰安旅行に連れて行かれた妻は、有る旅館を借り切って、少し広い座敷で20人くらいの男達の前でオナニーショーとセックスショーをさせたれたのです。慰安旅行と言うよりは性欲慰安旅行です。

人前でオナニーやセックスするのは嫌だと強く断ったそうですが、断れないように妻にシャブを使ったのです。 その3日間のセックスショーの直前にシャブ入りの酒を飲まされたり、水に溶かしたシャブを彼処に直接入れられたのです。特に、水に溶かしたシャブを彼処に入れられると粘膜がシャブを吸収し直ぐに体と彼処が熱くなりセックスしたくてたまらなくなると言ってました。

体が熱くなると戸を開けてオナニーショーが始まり、最初は指で彼処を開き、見ている人達に中を見せたり指を入れたり、ビール瓶を挿入したり、極太バイブ、ローターなどでオナニーをしたのです。

それが終わると、妻の男が現れてみんなの前でフェラチオしたり、色んな体位で濃厚なセックスをするのです。その時のセックスショーを、ビデオと写真に撮られていたようで、ビデオは、ダビングして裏ビデオとして販売したそうです。

セックスショーが終わると、興奮したヤクザ客同士がくじ引きで順番を決め自分の部屋に連れて行き妻を抱くのです。3日の間に20数人全員とセックスしたそうです。 シャブを使われた妻は10時間も連続で数人の男達とセックスし、男達が疲れて寝ても妻の彼処の疼きが止まず、妻の男にシャブの効き目が切れるまで抱かれたのです。

その男は、グラマーな妻を高給ソープで働かせて金にしようと思っていたようです。人妻ソープ嬢として売り出させるつもりだったようです。






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12歳の子にシャブ撃ってヤリまくり


昔、893の友達のビデオ作成の仕事手伝ったことあるんだけど彦根の方の別荘みたいなトコで12歳の女の子にシャブ打って3日間やりまくりってビデオ作った経験あります。


最初は撮影助手みたいなコトしてたんだけど最後にはSEXに参加してました。かなりの変態行為もしました。


あれは、4・5年前の夏頃の話です。 893キメ友の、ホストやってるアキラからの一本の電話でした


「バイトやんねえ?

別荘でビデオ撮影の手伝いしながらキメよーぜ ネタはがっつりあるよん」

そのころプーでぶらぶらしてた俺は、

「おいしいじゃん」 「いくー!」

二つ返事でした。


約束の月曜の朝、上野の待ち合わせ場所にいくと機材いっぱいのワゴンが一台とホストのアキラ、893やってるケン、ケンの兄貴分の山科さん。

この山科さんは中学のときの先輩なんだけど新宿でナンパするときは、いきなり顔面に一発入れて、そのままビルの陰でブチこんで、ヤリ捨てするというそれは恐ろしい特技をもった方で、俺達の間では、きれめの山科さんみたら死んだフリするしかないって言うぐらい怖い人。

集合が早朝7時だったせいか山科さん昨日の夜からキメっぱなしの真っ赤に据わった目で出発です。昼過ぎには、別荘についてさっそく機材おろして準備をしてるとケンが俺に「こっち見にこいよ」 と2階の部屋に消えていきます。


覗きにいくと、カーテンの締め切った部屋に、真っ裸で手首、足首を縛られてベットに横たわってる女の子が一人。身長150ぐらいの小柄で手足が細くてすっごい色白。体つきを見ても、あきらかに小学生ぐらいなんで顔を覗き込むと、吉川ひなのを子供にしたような美形で潤んだ目と半開きの口元がゾクっとするくらい色っぽいんだけど、その潤んだ目は完全にシャブでイッてる目でした。


ケンがニヤニヤしながら、小さな米粒みたいな乳首をつまみながら「撮影終わったらヤルしょ」と言われて「うん。 まかすわ」そう言いながら、もう僕はズボンの中はギンギンに反応してました。


夕方頃、一階のリビングで93キメて話すケンによると2週間ぐらい前にホストのアキラが渋谷で拾った家出娘で12歳の小6らしく先週まで、山科さんのマンションで監禁されてずっと追いうちしていたらしいです。昨日、別荘までケンが車で運んだとき、ずっとフェラさせながら運転だったそうです。

「おーい始めっぞ」

山科さんが、ひなちゃん(仮名)を小脇にかかえて降りてくるとひなちゃんは、パンティと白い靴下だけの姿でプルプル震えながら山科さんにしがみついていました。

アキラがビデオまわし、ケンが音声マイクで拾って、僕が照明ライトでした。山科さんがひなちゃんに

「今詰め3いったんだよな、きもちいいこといっぱいしたいよな」

そう優しく言うと、うるうるの瞳で小さく「うん・・」という言葉が聞こえました。山科さんが、ソファに座りその膝の上にひなちゃんに跨がせて

「おまんこグリグリしてごらん」

そういうと、ひなちゃんは細くて白い腰を、前後にくねくねしながらおマンコを、膝にこすりつけて とても小6とは思えないエロい声で鳴くのです。 そのあとのフェラ顔の撮影では、顔じゅう唾でぬるぬるにして舐めさせ山科さんは、ひなちゃんの頭を両手でわしずかみにして前後に振らせ高速フェラさせたり、真っ黒の山科さんのケツの穴までまるで、本当にキャンディでも舐めるように、ちゅうちゅう舐めるのです。

山科さんは、なかなかイカないらしく、ひなちゃんを床にころがして 「よっし交代、ケンなんかせいや」

そういうと、ケンが服脱ぎながら

「しょんべんでもさせて見る?」

そう言いながら僕の方を向きました。アキラがリビングにカメラと照明をセットしているあいだ、ソファーに座りひなちゃんを横向きに膝の上に座らせて抱いていると12歳とは思えないエロい顔で僕を見上げて、体をすべて僕にあずけてくるのです。


すべすべの白いお尻を触ると、かすかに「あっん」といい無意識に僕のTシャツのなかに手を入れてきて僕の乳首を弄りだすのです。思わずひなちゃんのキスすると「はぁはぁ」いいながら僕の口の中すべてを吸い出すように舌を絡めてきます。口を離し抱きしめると、今度は僕のTシャツをまくりあげ乳首をちゅうちゅう音をたてて吸い出します。

気がつくと、ソファーの隣に山梨さんが座りながら

「どや上手いやろ、ほっとくと一晩中なめてるで」

そういいながら、ひなちゃんの髪をわしずかみにして引っぱり

「ひな、こんなときは何て言うんや? 教えたやろ」

そういって髪をひっぱり顔を僕の方に向けると、ひなちゃんは僕の目を見ながら

「おちんぽ舐めさせてください」

と繰り返し言いながら僕の股間を触り、ジーパンのベルトをはずそうとします。 アキラとケンが「こっち先たのむわ」とニヤニヤしながらギンギンのちんぽをシゴきながらひなちゃんをリビングのカメラの前に連れていきます。僕もすぐさま、服をぬぎすてリビングに行くと、ひなちゃんがアキラとケンのちんぽを交互に舐めるというより、しゃぶるようにフェラしてます。そのまま、僕も入り3人で順番にフェラと、おまんこ、カメラを回しました。

ケンは、カメラ回しながらひなちゃんのさらさらの髪にちんぽを擦りつけシゴいています。3時間ぐらいで3回づつくらい出して、一息入れた時ケンが

「そやしょんべん、しょんべん」

そういいながら床にガラスコップを置き、そのうえにひなちゃんをしゃがませカメラをセットしました。ひなちゃんが、少しかがみ気味になりうつむくとケンが「あかん、アキラちょっと」そう言うとケンとアキラが両側から片足づつ抱えあげ、おもいっきり股をひらかせるとポトポトとおしっこが垂れてきました。なん滴か垂れたあとは、いきおいよくシャーっと音をたててコップがみるみるまに溢れてきます。

ケンが、にやにやしながら僕に「飲む?」そう言いながら自分で一口「ゴクン」と飲みました。なぜか自然に僕も口をつけました。それはしょっぱくて生温かく別にまずいとも美味しいとも思いませんでした。ただ、目の前で12歳の少女を玩具にしているわりには、そんなに興奮していない自分がいました。

そのとき、アキラがシャブのパケを振りながら 「夜は長いしお前もいっとくか?」そういわれて、山梨さんやケンの手前「ああ、そやな」と言ってしまいました。

その当時は893やMMで遊んではいましたが、シャブでSEXの経験もなくまさか自分が、変態鬼畜になるなんて思ってもいませんでした。





▲△▽▼



そしてその後、風俗店に売られた奥さんやお嬢さんは…



99 :名無しさん@入浴中:2007/12/30(日) 17:13:53 ID:Q6jc5gjm0

今日も新人に教育してやったよ。

その女金に困ってるらしくて講習で、挿入したら困りますと言ってきたのでフリーたくさんまわしたるから我慢しろって言ったやったら素直になってグジュグジュになってたよ。

アナルも可愛かったんで入れたら泣きよった。

そんなんで泣いてると無理やでと言いながらズコズコと最後は真ん中で中田氏してやった。

フリーの贔屓はしないけどねwww



女 いや〜ん中で出して出来たらどうするの…

俺 大丈夫だよ

女 口頭だけの講習って言ったのに 泣

俺 感じ方を知っとかないとね

女 こんな所嫌です。辞めます。

俺 金いるんだろ

女 はい

俺 もう一度感じ方見るからくわえろ。

女 いや、いや、いや

俺 それでいいんや。



▲△▽▼




577 名前:名無しさん@入浴中 [2007/01/08(月) 02:23:13 ID:8Bzslurz0]

私はヘルスの講習で当たり前のように口内発射されました。

「出す」とも言わずに店長が「うっ!」って言った瞬間口の中で射精して来ました。

その後は受身でまんこいじられ指入れ出し入れされ「素股だ!」と生のちんぼまんこにこすりつけ

「素股の時はこんな風に入れてくるお客もいるから・・・」

とそのまま生のちんぼ入れられました。

入れた後もそのまま出し入れされ

「やめて下さい!我慢汁でも危ないですから!」

と言ってるのに聞いてないふりをされそのまま強引に中で精液出されました。







350 名前: 名無しさん@入浴中 投稿日: 02/12/22 11:37 ID:eowOPFR8

バンス(前借、立替)お願いして未経験だったからかもしれないけど、つらかった。

シティホテルで社長他4人の計5人にまわされました。しかも中出し!

多分6時間くらいやられっぱなしでした。

終わってからはあとからあとから精子が出てきて悲しくて泣きました。




398 :名無しさん@入浴中:2008/05/16(金) 13:30:44 ID:kunfNMRb0

私の場合,最初の講習はお店のお姉さんだったんですが
その後,アンケートの結果で追加講習と称して社長と副社長の二人がかりでのの講習がありました

これが、まずアンケート用紙を見せられてお客からの要求だと称してのものなんで,拒否しきれなくて
二人がかりで入れ代わり立ち代りのセックス講習

マットが主だったけど、生挿入,生中出し

私も生身の体なんで,マットのヌルヌルで二人がかりの執拗な愛撫を受けてそのテクニックもさすが・・・・・ツボを心得てるっていう感じで

最後は二人がかりでアソコとアナルの両方を生で同時に犯されて
アナルは初めてだったしなんか、すごい体験になっちゃいました

こうやると客は喜ぶからという理由づけで二人とも射精をした後のオチンチンの後始末は口でさせられたり口内射精した精液を飲まされたり

ほとんど、小説で見る強姦プレイまがいの講習内容でした






491 名前:名無しさん@入浴中 [2006/12/17(日) 11:37:11 ID:PSTWWS760]


私の場合はバンス引いたから徹底的にやられました。 バンスの子は覚悟を決めてもらわないと飛ぶからって、生中出しと言われ、最初は社長にただやられるだけやられました。

社長に何の避妊対策もしてないって言ったらアフターピルをくれました。その後でお金を貸してくれる人が来て、この人は何もしなかったけど、初出勤の日にお金を用意するって言って帰っていきました。

その後は店長と、店長の知り合いでフェラから本番、精液の処理まで、全て生中出し。

腰の振り方や締め方、中出し後の垂れて来る所を見せる事まで、道具のように仕込まれました。



516 名前:名無しさん@入浴中 mailto:sage [2006/12/22(金) 04:31:18 ID:fY50A0Hf0]
>>491
そうだな
徹底的に「情」を排して、セックスマシーンに改造する必要があるんだよな

HIVの恐怖にも打ち勝ち、性病も怖がらず、どんな生理的嫌悪感のあるキモイ客ともにっこり笑顔で接客して、生中出しセックスできる根性を身に付けさせるためにはやはり、講習で生中出しするしかないんだよな



571 名前:名無しさん@入浴中 [2007/01/05(金) 23:15:03 ID:u04MM8Cn0]
>>491
深いね。

世界中に職業売春はあるが、日本のソ−プのように客なら誰でも即尺即ベッド・生中出しって奴隷的な境遇は外には聞かない。
ある意味、相当な職業を自分の意思で選んでるんだ。 やはり意思というか「覚悟」が一番大事なのだろう。 「プライドが一番邪魔」というのもよくわかる。


何日も風呂入っていないキモ客のものをくわえ、そいつが

「おれは東南アジアで生でしてきたからエイズかもしれないよ」

とかプレッシャーかけられても、笑みを浮かべてNS(ノースキン)で応じ、終わった後はそいつから

「お前等は下の下の人間だ。肉便器だ」

と侮蔑的な言葉を浴びせられても、表情を崩さない。

そうした覚悟をするには、通過儀礼も必要なんだろう。




574 名前:名無しさん@入浴中 [2007/01/07(日) 13:17:57 ID:kCE8fKfb0]
>>571
とはいえ、奴隷以下の職業売春婦になる覚悟をどんなにしても はじめての客をとるときにはまだ気持ちが整理できてないことが多い。

会ったばかりの男に裸にむきあげられて、もっとも恥ずかしい部分をさらし好きでもないのに奉仕をさせられたあげくに、その男をむかえいれなくてはならない。

愛情がないのは頭でわかっていても身体が反応するのをおさえられないまま歓喜の声をあげてしまい男をさんざん楽しませた最後には屈辱の中出し。

しかも、客を選ぶことはまったくできないんだからプライドをなくすための荒療治も必要だよね。



660 名前:名無しさん@入浴中 mailto:sage [2007/02/04(日) 00:44:27 ID:2Wpcl4yr0]

自分の父親より歳いってるじいさんにやられて現実世界では目を合わせたこともないキモイ男にやられてそれでも辞めないで続けていくにはやっぱ輪姦中田氏講習して頭のネジ1本外さなきゃダメだよ



639 名前:名無しさん@入浴中 [2007/01/30(火) 22:40:42 ID:Iy4on+yi0]

まあ、昔から風呂に沈める場合、何人もで何回も強姦するとか言うな。
女はそうされると、もう自分の身体は綺麗ではない、と覚悟するとか、いう考え方らしい。




740 名前:名無しさん@入浴中 [2007/04/19(木) 23:34:45 ID:QGqYhGCY0]

NS(ノースキン)嬢の新人講習はともかくとして、NS嬢の仕上げは、病気に罹らせることだろうな。

覚悟したとはいえ本人ショック。病院に行かせるがすぐ出勤。

で、すぐまた病気。

これを3回繰り返せば、何に罹っても動じないホンモノのNS嬢が完成する。



795 :名無しさん@入浴中:2009/05/14(木) 22:28:23 ID:QIrq+4e40

本番講習っていうのは、新人嬢の覚悟を決めさせるのが目的だからな。

逡巡していると、「何を弱気なこといって、あなたはこれから何十人、何百人と接客するのですよ」
とプレッシャーをかける。

そして、素人新人入店とかいって、本番講習直後に何人も客をつける。

ソープが他の売春と決定的に違うのは、嬢が客を選ぶ権利がゼロということ。

高校生のウリだって、キャバクラ嬢の客との交渉だって、彼女らにキモ客は断る権利がある。しかし、ソープは来た客とはやらねばならない。 江戸時代の遊郭よりも厳しい売春だよ。

だから、本番講習とその日の数人の客とはじからセックスして、


「愛情などなくても性行為はできる。簡単なことだ」

「どうせ、もう自分は客を選べない売春婦だ」


などと意識改革を促す。 一方、この一線を超えられない嬢は数日で去る。 講習とはテクよりも意識改革の問題だ。 だからこそ、講習の話題を嬢はしたがらない。



▲△▽▼



フーゾクで働く女性の素顔


@ 家庭が貧しい=ほぼ100%ガチ(裕福な人は金に困らないし、中流の子は幾らでも他のバイトがある)


A 家庭に恵まれない生い立ち(親が失踪、家族離散、家庭内暴力、 家庭不和、親の再婚相手が虐待、母親の男出入りが激しい、父親の女出入りが激しい)のため、早くに家を出る(=中学、高校時代に)


B 幼いころから性的虐待を受けながら育った


C 親族から「愛情」を受けた経験があまり無い


D メンヘラが多い。

多重債務者の中には「買い物依存症」という、アル中やギャンブル依存症と共通した依存症の精神病を持つ人がいる。  この依存症は治療しないと家庭や人生が崩壊する


E ほとんどが借金返済の為にやってる。
女が万策尽きた時に、自殺の一歩手前で人生で最期に辿り着く職業。


F 最初は美容師専門学校、看護師専門学校、保母養成学校に行く子が多いが、クラスメイトに誘われ気軽に始めたキャバクラバイトから風俗に落ちる子が多い


G 水商売のお約束で、客に夢を売る為 「私はお嬢様女子大生でお金持ち」 と嘘をつくよう店から指導されてる


H 純朴な田舎出身者が多く、人に騙され易い
 憧れの都会にやってきて騙され徐々に転落していくケースが多い


I 親がブラック業者に借りた借金返済のカタに娘がブラック業者(=暴力 団経営)の手で系列風俗に突っ込まれる事も多い。

あるいは専門学校の友達のつきあいでホストクラブに連れて行かれボッタクられ、ホスクラ借金返済のために暴力団に売り飛ばされ風俗に突っ込まれ覚醒剤でコントロールされ過払いさせられることが多い(よく報道されてる)


J 自殺率が異常に高いことで有名。
最期は変死体か自殺体で発見されることが多い








170 : 石工(東京都) :2010/07/18(日) 18:35:59.27 ID:fdYl64Qh

マジで自殺は多いらしいよ。
報道されないのも結構あるって。



178 : コメディアン(大阪府) :2010/07/18(日) 18:37:40.45 ID:bhq4Sovj
>>170
東京の繁華街では毎週、水商売の女が飛び降り自殺していると本で読んだわ

自殺は報道すると連鎖するから報道できないと





No.13 by 匿名さん13(匿名) 08/08/17 01:24

友達が嬢やめて結婚することになった時にHIVの検査したら感染してました。

その子、自殺しちゃいました。
HIVのこと婚約者は最期まで知りませんでした。








295 名前::☆(*^-゚)v ◆v5X2ciZdro mailto:sage [2007/01/28(日) 09:29:04 ID:uHL2wG2C0]


>ホストに夢中になり借金を返済するためにソープで

それはあり得るし、実際に知ってもいるけど、「お金が必要」って前提は共通でも

「本来は法的手続きで解消される親族の借金」の「恩借」部分を、迷惑を掛けないように「個人として返済」しているケースが、最多かと思います。

次に多いのは、両親か収入の主である片親が破産、失踪などで、家族を養う、
あるいは兄弟姉妹そして自分の学費の負担等であり、実家にまったく頼れないなんらかの背景がある中で夫が家にお金を入れなかったり、離婚後養育費の支払が履行されなかったりと言うのも多いかと思います。






206 名前: 名無しさん@入浴中 投稿日: 02/06/09 01:51

どうやら風俗嬢の全てがホストやブランド物のために働いてると思ってらっしゃる方がいるみたいですが・・。

いろんな事情かかえた人間がいるもんなんですよ。

親の借金を背負ってる子、
片親の入院費捻出してる子、
離婚して障害持った子供を一人で育ててる子。

いろいろな事情あって働いてる人がいるんです。 お昼の仕事だけではやって行けず、かと言って守らなきゃいけないものがあって死ぬに死ねずこの世界に入ってきた子もいっぱいいるんですよ。

いつまでも暗い顔してらんないし、みんな明るく努めてますけど・・。 この仕事をしてたってみんながみんなまっとうな生き方してないとはいえないと思います。



188 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/02/15(水) 04:03:32 ID:vdoPFEZE (1 回発言)

親の借金とかはどうするよ?

世の中理不尽だね

親の借金は子供には関係ないって言うけど結局風俗だもんね・・・

「お父さんのためにがんばろうね」って声かけられたらまじめな子なら断れないでしょ。



▲△▽▼




女性が風俗で働くとき、女の子が店にお金の前借りを行うことがある。これをバンスという。

いわば女の子を担保に店がカネを貸すというものなのだが、ファッションへルスだと50万〜100万でソープランドで500万くらいまで前借りできる。 バンスをすると例えば一日8万円を稼いだら一万円は女の子に、残りは返済金として店に入るようになる。 このバンスの仕組みを利用して女を食い物にする男も多い。
女の子を言葉巧みに惚れさせてた上で、

「どうしてもカネが必要なんだ。500万あれば会社は建て直るんだ」

などと言って女の子をソープにつれバンスしたカネを男がもらうというもの。 男はいつのまにか女のもとから去り、女はただ借金だけが残るというものである。こういう弱い女を巧みに騙すケースは珍しくない。

他にもシャブ漬(覚せい剤を打ち、薬なしでは生きていけないような状況にすること)にして働かせるという手段もある。

この原稿を書いていて思ったことは、この業界に入るとき女の子は決して「特殊」ではない普通の人だということ、そしてこの過酷な世界に長くいるうちに感覚が狂って「特殊」になってしまうのではないか、ということである。

一種この世界は麻薬のようなものである。足をはめてしまった女の子の末路は悲惨なものである






バンスとはアドバンスの略である。

風俗店あるいは飲み屋さんで働いてる従業員の方を対象にした前借り制度である。 おもに風俗嬢として入店する女の子が対象である。女の子は身体を担保にしなくてはならないのである。究極の借金でもある。

実はバンスは違法である、風俗業のオーナーがお金を前貸しする事は風営法並びに売春防止法で禁止されているのである。

労働基準法でも引っ掛かるのである。それは報酬から前借り金を相殺するのは業種を問わず違法にあたるのである。






222 名前: 名無しさん@入浴中 投稿日: 02/06/09 18:31

この世界では、無理矢理やらされている子がほとんどと言っていいのでは

借金の利息がかなりのもので、店を逃げ出せば追われて連れ戻され、どうしようもなく仕事をしている子が多い。

店の社長よりオーナーに問題有り。店同士で女の子を売り買いしている所もある。あげくの果てに海外に売り飛ばされた姫も結構居るよ。

あまり書くとやばいのでこれくらいにしておく。



223 名前: 名無しさん@入浴中 投稿日: 02/06/09 19:19

地方のソープには結構いた。
借金のカタで入ってくる子。よく新人が泣いてた。

でも吉原とか首都圏は少ないよね。こっちで働いて1年ちょっとだけどまだ1人しか見たことない。泣いてる子。



225 名前: 名無しさん@入浴中 投稿日: 02/06/10 00:02
>>223
吉原とか首都圏にも結構いるよ。
あまりみんな知らないと思うが。






11 え 匿名さん 2007-07-23 13:49

激安箱ヘルスでは普通に面接当日に百万バンスオッケーで、 期限あるから店の個室に住ませてオープンラストで働かせてたよ。 でも百万借りて利子30パーセントじゃなかなか返せないわな。

海外逃亡した女は捕まったよ。 注意されただけでまた店に縛りつけられてた(笑)






379 :名無しさん@入浴中:2008/05/10(土) 10:31:06 ID:iOWjUE8i0

十年前、私がまだ19の頃の話ですが、借金のカタにはめられて、ソープで五千万返すまで軟禁状態でした。牢屋みたいな寮に入れられて、窓は格子で覆われていて 逃げ出せません。

私の勤務時間は昼の12時からなのですが、お客さんの予約は13時から受付されます。なぜかというと、1コマめは毎朝講習なのです。普段は店長で、日曜日は社長が来ました。もちろんNSです。社長には、仕事と関係ないアナルまでも、少しずつ侵されていきました。

お店が暇だと、こんどは男子店員が・・・。 勤務時間が終わっても、私の一日はまだ終わりません。

男子社員も同じ寮なので、毎晩監視と称して2・3人で部屋にやってきては、寝ている私にいたずらし続けました。私はもう疲れきっているので、起きてもマグロ状態でしたが、ただ性欲処理のために私の前後の穴を使って出て行くのです。

毎日がこの繰り返し。本当に地獄でした。




▲△▽▼



バンス(?)にかかる利子って・・・(泣)

元歌姫・今泡姫 4933 50 2008-04-04 20:32


とある事情からお店に300百万借りて(借りてというか、その300百万は別の人間に直接渡ったわけですが)、月に25万引かれてきました。

今月末でようやく一年。あの辛かった去年の連休を、今年はやっと太陽の下で過ごせると本当に楽しみにしていました。やめる日の打ち合わせをしようと社長に話したところ、先払い金(バンス?って言ってました)には利子がつくから、まだ半分も払い終えてないと、このペースでもあと1年半かかると言われました。

なんか、暗闇に突き落とされた気分です。

これって、正しいんですか?

少なくとも私は初耳ですし、そもそも何の書類とかもないわけですが。


弁護士相談や警察にいくわけにもいかず、どうしたらいいか途方にくれています。理由はわかりませんが、私だけ(他にも少しだけいますが)個室待機になっていて、今も泣きながらこれ書いています。

相談にのっていただけませんか。私はどうすればいいのでしょうか。よろしくお願いいたします。




1 No Title 匿名さん 2008-04-04 20:41

お店の人管理売春にあたります
やましいことなんかありませんから早めに弁護士なり警察に相談しに行ってください




3 No Title 匿名さん 2008-04-04 21:20

私の時はバンス自体に金利ついてた。 例えば借金が100ならバンスが150みたいな感じで。 主はそのへんよく確かめなかったの?




6 No Title 匿名さん 2008-04-04 22:11

『結論から申し上げますと貴女にはバンスの返済義務など当初からなかった。

理由は管理売春によるバンス返済約束は公序良俗違反により無効です。 民法90条に規定があります。 だから貴女はそもそもソープで辛い思いをし働く必要などなかったのです。

これは立派な売春防止法違反ですから、警察は必ず捜査し摘発します。 僕は吉原の客ですが、 吉原では貴女の話と同じ容疑でつぶされた店が過去に複数あります。



9 No Title 匿名さん 2008-04-04 22:55

本当なら、 書類なんかないよ。 逃げることもできないよ。 甘く考えたらあかん。



10 No Title 匿名さん 2008-04-05 00:36

借金踏み倒したら、 親兄弟親戚まで迷惑がかかりますか?



11 No Title 匿名さん 2008-04-05 01:48

あたりまえ。 特にバンス持ちのバックレは、 手足切り取られて喉つぶされて、 中国で見せ物にされるくらいのことを覚悟してやったほうがいいよ。




12 No Title 匿名さん 2008-04-05 01:55

シッタカが湧いてるなぁ
逃げられないのならなんで管理売春売防法違反でつぶされる店があるんだ?

嬢からのうったえがあって警察が動いた結果として潰されたんだろうが

変に脅すのもいい加減にしろよ
とにかく早く警察に行き実情を訴えることだな




16 No Title 匿名さん 2008-04-05 13:34

店潰すとこまで追い込んで、 タダですむと思う?
五体満足ですむわけないやん。




19 No Title 匿名さん 2008-04-05 16:11

もう十年くらい前になるけど、 大阪キタに残っていた店にトドメをさしたのはこの話が原因だったね。



24 No Title 匿名さん 2008-04-05 18:46

バンスなら管理売春になるから警察行った方がいいよ。 ガサ対象になるよ。
300万借りて、 最終的には750返すってことでしょ?

すごい利率だよね。



40 No Title 匿名さん 2008-04-06 14:32

『民事上はソープ労働によるバンス返済など無効ですから働く必要はないし、 添付スレにあるようにバンス貸金契約の書面などないのは確かにそうですが、 書面がなくて困るのは実は姫ではなくて店側なのです。 なぜなら、 姫に対するバンス債権の存在を示す証拠がないからです。 逆に書面を残せば売春防止法違反の決定的な証拠になってしまう。

結局どっちに転んでも損をするのは店側です。 それに免許証や住民票のコピーをとられているだろうと脅す輩がいますが、 だから何だというのでしょうか?

仮に転居先にまで店の人間やその筋の人間が追ってきたら(まず無いと思いますが)、

「バンスなど知りません。 何かの勘違いじゃありません?」

と追い払えばいいだけです。

それでもしつこく居座るのであれば、 不退去罪(刑法130条後段)となり3年以下の懲役ですよ。 とにかく警察に行き捜査を要請することと、 本人が毅然とした態度をとることですね。 相手も姫の弱さを見抜いて甘い汁を吸っているのですから、 バンスで苦しめられている姫が仮にこのスレをご覧になっているのであれば、 勇気をだして行動を起こして頂きたい。 毅然と対峙すれば店側の負けですので安心して下さい。



46 No Title 匿名さん 2008-04-07 01:31

警察に行って相談しました。 予想はしていましたが、 相手にされなかったなーというのが実感です。 要点を書きます。


・何かお金の貸し借り、 返済を証明する文書はあるか。 →ありません。

・実際のとこ、 私達(君らという言い方でした)が部屋の中で何やってるか知らないし。

・拘束されたとか部屋に監禁されたとかある?ないでしょ実際こうやって出てきてるんだから。

・刑事事件でない限りは民事の争いであって、 そこに警察は関係ないよ。

・「もしも君(私)の言っていることが本当なら」2年返済としても年利75%の計算になる。 普通に考えてありえないけどなあ。

・民事なら行き先は弁護士だよ。 郵便局とか市役所で無料の法律相談あるから言ってみたら。

・部屋の中で何をしているかは知らないけど、 そんな仕事はやくやめなさいよ。

以上です。
ありがとうございました。 あと一年がんばります。



▲△▽▼


1:カズン

風俗のバンス

一年前、お金に困って一時期風俗で働きました。

働き始めた最初の頃、バンス(前借り)をしました。2回にわけて5万ずつ計10万です。思ったより稼げなかったので返せないまま数ヶ月でやめました。

分割で毎月1万ずつ払うことになってますが、毎月利息が5千円かかります。これって違法な金利ですよね

それとも、金融会社なわけではないので関係ないですか

あと、途中で経済的に厳しくなってしまい、今は返済が途絶えてしまっている状態です。最近連絡が来て……お金がないなら作ってもらわないと(再び働けと意味)と言われます。携帯に出ないと、すぐに家の電話にかけてきたり、メールで「家に行こうかな」とか「このままだと一括で払って貰わないと」なんて送って来たりします。

借りた分は返すのは当たり前と思いますが、金利は…ちょっと多過ぎなんじゃないかと思います。

これは、胸張って違法だって言えますか 6/27 23:03



2:けん
バンス自体が違法です。

胸をはって言えるかは、貴方次第です。
(i)6/28 8:20


5:似非弁護士

(接客従業者に対する拘束的行為の規制)第18条の2 

接待飲食等営業を営む風俗営業者は、その営業に関し、次に掲げる行為をしてはならない。 

営業所で客に接する業務に従事する者(以下「接客従業者」という。)に対し、接客従業者でなくなつた場合には直ちに残存する債務を完済することを条件として、その支払能力に照らし不相当に高額の債務(利息制限法(昭和29年法律第100号)その他の法令の規定によりその全部又は一部が無効とされるものを含む。以下同じ。)を負担させること。(PC)7/3 8:40



6:管理人きく

>カズンさん

民法90条の規定により契約自体無効と考えられます。内容証明にて債務不存在である旨、今後請求があった場合風営法違反で告訴する旨を伝えてください。ご本人でされることが難しい場合、行政書士に依頼されてもよろしいかと思います。(PC)7/3 11:40


7:カズン

貴重なアドバイスありがとうございました。

15000円を、もう7回返済してるので、金利分がないと考えれば10万越えてます。これから返済する必要もないですね
(i)7/3 12:36


▲△▽▼


シャブ漬けM奴隷レポ(冴子氏)

437名前:名無しさん@_@2006/05/02(火)13:17:31ID:9sR7m32QO

ご主人さまへの意思表示として、まずは自分で射れます。

加減をして少なめに射れたら何もして貰えなくなるのでいつも7は射れます。
Sを射れれば射れる程私の体は変態になるようにご主人さまにして頂いているので、射れ終えるとすぐにオマンコは自然と濡れだします。

M字に足を開くよう命じられまだ触ってもないのにドロドロと濡れるオマンコを見て頂きます。

そしてご主人さまは私とは逆にいつも少なめに入れてから私を縛りはじめます。

自分だけグルクルにキマッテいるのは羞恥に近いものがあります。
まだ冷静さがあるご主人様の前で私の頭の中はもう止まらない位変態なのですから。

そんな私を縛り終えると更にご主人様のお好みに『味付け』をしてくださいます。

10くらいだと思います。アナルにも…

もちろんODギリギリですが私には最高の時です。
ご主人様の望んだ姿になるのですから…。

中棒が押されて行く様をみながら私は体中に刺激が欲しくてたまらなくなります。
オマンコももうダラダラと触らなくても滴れている様がわかるくらいです。

すべて射れ終えアナルにもローターで栓をして頂くと右手を解いてバイブをくださります。

与えて頂いたバイブでオナニーをし変態にしていただいた私の姿を見て頂きます。

もちろん私の姿を見てご主人様がまだ物足りないと感じたらバイブを入れたまま更に追加されます。

ご主人様にご満足していただける状態になったところで、今何をされたいか言うように命じられ、私は激しくバイブを激しく出し入れしながらいやらしいことをお願いするのです。

その後は…M奴隷としてご主人様に可愛がって頂きます。

何でも出来ちゃうんです…


ご主人様のお好みのS漬けの状態にして頂き、変態女になった私は、まず鏡の前でご主人様に見て頂きながらオナニーをします。

ご主人様に胸を強調するようにきつく縛って頂き、乳首をピンと立たせ、足もM字に縛って頂いた状態で鏡を見つめながらバイブを激しく出し入れします。

快感が増すたびに、段々と刺激とSがもっと欲しくなりご主人様に
『私をもっと変態なS漬け女にしてください』
とお願いしてしまいます。

ご主人様はこの言葉を待っていたかのように
『じゃあ今日はいいところに連れてってやる』
といいバイブを入れたまま私にコートだけ着せると車に乗せあるホテルへ向かいました
ホテルは複数プレイが可能なSMホテルでした。

部屋につくと4人の男性がいました。 ネットであらかじめ募集をしていたようです。

コートを脱がされ裸になるとバイブをオマンコにローターをアナルに入れたまま自己紹介と
さっき私がご主人様にお願いした事をバイブを出し入れしながら皆さんにお願いする様に命じられました。

『冴子です。皆さん私を変態のS漬け女にしてください』

そう言うとご主人様は皆さんにSと道具を渡し、
『今日はコレと冴子で遊びましょう。好きにしていいですよ、
冴子はコレ入れるほど変態になりますから』
と言いました。 これは、私が以前ご主人様に望んだことでした。
だから私は嬉しくてしかたなく、お願いしますと足を開きオマンコを出し入れする部分を見せ付けました。


4人の男性は皆さんSをやられる方のようです。

ご主人様含め皆さん洋服を着たまま突いている前で、私はオナニーを続けました。

オナニーに少しでも手を抜くとご褒美は頂けないのはご主人様とのプレイでわかっています。

皆さんが気持ち良さそうに入れている姿を見ながら、これからして頂ける事を想像しめいっぱい変態にしていました。 
皆さん入れおわるとじっと私を見ながら

『もっといやらしくオナニーしてよ』
『そろそろ入れて欲しいんじゃないの?』

と言い出しました。

その目は独特に輝き、皆さんかなり入れている様子がすぐわかりました。
ご主人様も同様で、冷静さのないギラギラした目をしてます。

その目を見ると私は更に興奮し『お願いします!』と自ら哀願しました。

一人の方の提案で私は拘束椅子に縛られ待ちに待った追い突きです。

両腕からから入れて頂ける様で私の左右に道具を持ち男性が立ってます。

ご主人様は顔の横に、そして足の間に2人の男性がオマンコのバイブをいじったりクリにローターをあて楽しんでます。

両脇の男性が

『5づつ入れても平気かな?冴子ちゃん?』

とぎゅっとつまった道具を身動きのとれない私の前にチラチラと出すとご主人様は

『もっといけますよ。好きなだけどうぞ。入れすぎてフラフラになるのが良いんだよな』

と言い、私は黙ってうなずきました。

男性達はそれを見てニヤニヤと嬉しそうに笑うと、さらに量を増やしています。

そして道具に水をひき、私の腕にあてました。

下半身にいた男性もバイブを私に入れてくれたまま入れるとこをじっと見てます。

『じゃ濃いのいくよ』
と一人が言うとチクッとした感覚が両腕に走りました。

ゆっくり中棒を引くと血がヒュルっ分離したまま引けてます。

溶けて20以上はあったのにそれでも血と分離する濃いのです。

しかもそれが両腕に入ります。

ゆっくりと中棒が押されると私はだんだんまわりだし、目を見開きました。

オマンコが奥からじわっと熱くなり溢れてくるのがわかります。

そして半分くらい入った所で、サァーッと体の感覚がすべて敏感にそして変態になり、フワァっと軽くなりました。

もう目が回りだし、射れるところを見ているどこではありません。

恍惚とした意識と体の中で唯一オマンコのバイブの回転だけを感じている状態…。

私は理性の欠けらもない、快感と刺激と興奮とSだけを求める変態と化しました




441名前:名無しさん@_@2006/05/02(火)13:21:01ID:9sR7m32QO

ご無沙汰してます。以前書き込みをしまた冴子です。

あの一件以来すっかり複数の人の玩具にされる快感にはまってしまいご主人様にも満足して頂いてます。
 
先日も、お友達リクエストによるプレイでご主人様とお友達の皆さんに大満足いただきました。

そのリクエストは何かと言うと、失神するまで責めて責めて責めまくりたいと言うものでしたが、私は『今日は隆幸のリクエストのプレイ』としか聞かせられず内容は知らないまま、いつものようにスタートしました。

皆さんの見てる前で裸で自らSを打ち込みます。

今日は特別なプレイと思い多めにメモ12位を作り『皆さん今日はよろしくお願いします』と一気に射れました。

射れてる最中から興奮してきた私はハァハァと息が荒くなり、半分入れた所でオマンコが見えるように足を広げました。

そんな私の姿を皆さんにゃにゃと見ています。

その視線にまた興奮しながら全て入れおわると、パイパンのオマンコを開きローターをクリにあてながら

『冴子…変態になりましたぁ』とオナニーをはじめました。

一発目で濃いめに入れたせいですでにエロエロになってます。

私が『見てぇオマンコぐちゅぐちゅー』など言いながらいじってると、

『ハイハイ、すげぇな冴子量多かったんじゃないの? でも味付けはするからね』

と手際良く足はM字にローターを持つ右手以外を縛り上げ、目隠しをしました。

『誰が多く射れていいって言った? そんなにSが欲しいんか?』

と笑いながらPを左腕にあて射れました。

目隠しされ視界がない状態でだんだんと回ってくるのがわかります。

いつもの味付けの域を越えていくのがわかります。

でもまだ入ってきているのがわかります。

私は右手のローターをクリから思わず落とし、Sの体感したことのない快感に浸たらずにはいられませんでした。

ようやく全部入ったらしくPを抜くと変わりにズボッとバイブをオマンコにいれられました。

朦朧とした状態で『あぁ〜ん動かしてぇ〜』とだらしなく言うと容赦なく激しくついてくれました。

アナルにはさっき私が落としたローターがするっと…。


最近ご主人様と別れ一人でキメオナの日々を送ってます。

キメオナでもやはりSの量はエスカレートすればするほど増え、それに比例しオナニーも過激になってしまってます。

そして遂にオナニーでは物足りなくなり、先日プシャを誘ってしまいました。

先日プシャのとこに引きに行ったときのことです…

いつもは指定場所で渡してもらいすぐ帰るのですが、その日はたまたまプッシャの部屋の近くでの受け渡しでした。

近くに部屋があるのを知っていた私は

『すぐネタを入れたいからちょっと部屋かして』

と頼み部屋に行きました。

ハッキリ言って彼の見た目さはおじさん。

お世辞にもいけてないし、普通の女の子は嫌うタイプです。

そんな彼に欲求不満な私はギトギトとしたいやらしさを感じてしまいました


『冴ちゃん虫わいてんなぁーはい水ね』

部屋に入ると彼はミネラルウォーターを渡してくれました。

受け取ると私は準備に入りました。パケをあけPにネタをつめます。

『おっ!冴ちゃん結構いってんだ!』

Pにつめた量をみて少し驚きながら言いました。

それもそのはず10は余裕でこえた量をつめてました。

もちろんこれは私にとっても多めの量。かなりキマルはずです。

『今回のは結構きくよー』

「ホント?じゃあキマリすぎちゃうかなぁ」

水を引き溶かし忙しなく準備をしながら答えます。

『知らないよーま、ガッツリいく気持ちわかるけどな』

私がこの後ナニを考えているかなどわかる様子もなく、煙草を吸いパソコンをいじりながら話す彼を見ながら私は腕に針をあてスゥーッと深呼吸しました。


私はこの後を考えドキドキしてました。

このPの中のモノを射れたら私は間違えなく淫乱になります。

男性に淫乱な姿を見てほしい、私を見て変態と言ってほしい…とパンツの中はグッショリ濡れてました。

プスッと針を刺し血が引けたのを確認するとゆっくりと焦らすように中棒を押し進めました。

徐々に回る変態のクスリにたらなく目を瞑り

「はぁ〜………」

と小声で熱い吐息をもらすとパンツの奥からジワッと熱いモノがあふれるのがわかりました。

『どうだ?今回のは良いだろ?』

誇らしげに言う彼がパソコンの方を見たまま言いました。

「ホント…凄い回ってるよ」

すべて入れ終え座ってるソファーに身を沈めながらハァハァと熱い息をもらし答えました。

『だから言っただろ、大丈夫か?』

「うーん結構決まっちゃった…でも気持ち良い…」

すっかりキマッタ私は大胆になり

「ねぇこれ下ネタだね…ヤバッ。アソコ熱い…ちょっとしていい?」

とスカートをめくりパンツに手を入れクリを触りはじめました。

もちろん本当に効いていたのもありますが彼を誘うための計算でもあります。

彼はいきなりの事に驚きつつもうれしそうな様子で

『おいおい!そうとうきまってんな冴ちゃん。いいのか?』

と私を凝視します。

裸も見られた事もない人にいきなりオナニーを見せるなんて…たまりません。

その状況だけでさらに興奮し濡れてきます。

「はぁはぁ…ん…だって…見てぇ〜」

足を開きパンツをずらしグッチョリと濡れたオマンコを見せました。

「こんなになってるの…ネタ射れるといつもこうなの…」

ニヤリと彼が笑い『へぇ。でも知らないよぉ…』といやらしく言うと慌ただしく自分もPを出し入れる準備を始めました。


M心丸出しな私目をジッと見つめいやらしく笑いながら彼は追い打ち用のセットをあらかじめ作りおきしてます。

私は早くこちらに来てほしく誘うようにソファーの上で全裸で足をM時に広げました。

「ねぇ〜見てぇ〜」

すでにヌルヌルに濡れたオマンコを左右に広げ、クリの皮を剥き爪でコリコリといじりるとさらにクリが堅くなります。

そしてジワ〜と奥から熱くなりさらにグチョクチョになります。

オマンコの穴をヒクヒクさせながら

「見てぇ〜冴子のおまんこ見てぇ〜」

といやらしい声をあげていると彼が私にローターを手渡しました

『良いよ、見てやるからコレ使いな。ただしまだ中に入れるなよ』

というとソファーの上の私のオマンコの前に顔がくるように彼は床に座り、グチョグチョのオマンコを思い切り広げます。

私はローターをクリにあてるとビビッと電気が走るように快感が走り

「あ、は〜っ…んん〜!」と大きな声をあげると彼は熱い息がかかるほど顔を近付けます。

『いやらしいーなー気持ちいいんだ』

「はぁ〜あん…き、気持ち良いのぉ〜、見てぇ〜クリがこんなに大きいのぉ〜」

『見られるの好きなんだ』 「うん…見てぇ〜」

『たまんないなぁー冴ちゃん、凄いいやらしいよ』

私は彼の鼻先でグチャグチャのオマンコを見せつけます。

クリも堅くなり皮も剥けきりもちろんヌルヌルです。

足はヒクヒクと痙攣しつつも自ら調教するようにローターを当て続けます。

それを見つめる彼の目も興奮しきってました。もう止まりません…

「ねぇ…ハァハァ…私のオマンコどう?…

何でも言うこと聞くからぁ〜ハァハァ…気持ち良くして下さい…お願いぃ…」

遂に何をされてもいい…いやらしい変態にしてほしい…そんな本音を曝け出しました



▲△▽▼



覚醒剤シャブ中毒の幻覚と怖さ


最近ケシ、大麻栽培、それを保持、利用で捕まる大学生が報道されて、早慶戦状態になっている。

外部の人間には、なんで?学生が・・・と理解不可能だ。

実のところ、あの麻薬、覚醒剤(=シャブ、水溶液して使用するとシャブシャブ音がする俗称)の効能は、元ヤクザに聞いたところによると、SEXへの効能のようだ。


これを目的で常用している人が多い。

ウラのルートで情報が入る芸能関係で検挙されたり、逮捕されている人は、みんなスマした顔してもセックスで頭が一杯、そういう人が日本中に充満しているのだろう。

表からは見えない日本と日本人が変質しているのかもしれない。


シャブの値段、昭和60年代〜平成の始めの頃、小袋(2グラム程度)で2万円〜5万円。

それを水に溶かして、三、四回分。

それをセックスの前に打ち、相手の女にも打つ。

快感がまるで違うんだ、という。数倍の快感が得られるという。

こっちが打って、相手の女が打っていないと、快感のギャップで、女は恐怖感をもってしまうらしい。


元ヤクザ氏は、シャブ(覚醒剤)を注射し続けて、中毒になった。

10年に渡って続けて、幻覚で自分がなにやっているか、わからなくなって、元ヤクザ氏は、家の中で家財を壊し、メリケン粉はぶちまけ、自分の子どもを学校から連れ出し、一家連れてドライブ、免許停止で無免許運転。

交通事故で車が停車している時、奥さんや子ども連れて逃げ出し、元ヤクザ氏が逮捕された。

奥さんが警察に届け出て、指名手配になった。

家に帰ってきたとき、警察へ電話して、逮捕される。

そのとき、幻聴や幻覚で自殺しようとして、腕を切りつけた。

急所を外れていたので一命を助かったが、その後も留置場で、縫いあわせた傷口を切ったり、幻覚に悩まされ続けて、その後も自殺を図る。

シャブが効いている間は、あまり痛くもないから、無茶をやる。


幻覚で留置場の壁がだんだん狭まって、今までやっていた恐喝や暴力沙汰の相手が復讐に来るとか、恐怖に悩ませられ、逃げる逃げられない状態で、気が狂うんだそうだ。

覚醒剤を固まりから、粉を溶いて注射液を静脈注射をすれば、すぐ効いてくる。

先ず、気が大きく、目はさえて、腹がすいた感覚がない。

メシを食わなくても平気だ。 だから、大抵の中毒者は痩せている。

その元ヤクザ氏は、当時愛人を6人囲っていた。

若気の至りで、シャブさえ打っていれば、元気、元気で、SEXは何回でもできるか、試したそうだ。

メシも食わないで、24時間で何人相手できるか。

空腹感はなかったが、途中で、カツどん一杯は食べたそうだが、シャブを打って、6人全員制覇したという。

結局、時間は25時間かかったらしいが。

それが、10年目で幻覚が激しくなり、警察官が家に隠れているとか、二階からセックスしている声が聞こえるとか、ちょっとしたことで妻への暴力を振るう。

つまりは「人間が壊れた」状態になった。


留置場から拘置所へ送致され、そこで、幻覚で苦しむ日々が続き、数ヶ月続き、監禁されて禁断症状から、或る日、頭から熱いものが抜け打たように気分が変わった、という。

同時に精神の変化も起こして、今まで本嫌いだった元ヤクザ氏、独房で読書三昧。

気が(良い方に)変になって、自分自身、別人になったかと思ったそうだ。

仏教書を夢中に読んでいたから、それが契機で精神と肉体の遊離を経験した。


これを「死後の世界を見た」「悟りを開いた」という。

本人しか分からない部分であるから、第三者からは、違うとも、その通り、ともいえない。

それが、刑務所内で、仮釈放の条件を満たす模範囚だったにも係わらず、「悟りを開いた」ことは、普通の常識では理解されない。

社会では適応できる人とは認められないようだ。

結局、ぴったり満期まで刑期を勤めることになった。

元ヤクザ氏の話である。


_____


酒井法子の法廷で告白 

覚せい剤にハマッていった経緯を告白した酒井被告。

また、覚せい剤は夫からもらっていたと語ったが、裁判官に

「あなたの方から(覚せい剤が)欲しいと言ったことはなかった?」

と聞かれると、「…はい」。

「あった?」と重ねて聞かれ、「はい」と答えた。


 かつて国民的アイドルだった酒井被告が、“覚せい剤おねだり”をしていたまさかの事実。

 麻薬中毒患者への取材を多く行ってきたジャーナリストは

「使用すると疲れを感じなくなる、頭がすっきりする、といった効果があるのは事実。

しかし、男女で一緒に使用した場合に何より“魅力的”なのは催淫効果。

100%、セックス目的といっても過言ではない。

それほど性的快感への寄与は絶大で、とくに女性は絶頂感が延々と続くなど、顕著な効果があるとされています」

と指摘する。

 セックスの快感のために覚せい剤を“おねだり”していたとしても不思議ではないのだ。

 公判では、夫への尽きせぬ愛情を垣間見せた酒井被告だが、その原動力のひとつとなっているのは、2人きりで味わった、この世のものとも思えない快感なのかもしれない。



▲△▽▼


ドラッグの世界ほど隠語が飛び交う世界はない。ドラッグの使用者がそれを大ぴらに話せないこともあるが、売る側にも隠語は山ほどあったほうがいいからでもある。たとえば、

覚醒剤では、
シャブ、スピード、エス、メス、クリスタルメス、アイス。コカインでは、C、コーク、スノウ、ロック、ホワイト、チャーリー、クラック。

マリファナ(大麻)の隠語である
ガンジャ、ハッパ、ハシシ、ハッシュ、ポット、ウィード、ジョイント。

LSDの隠語では、
L、ペーパー、紙、スヌーピー、アシッド。

他にも

MDMA(エクスタシー、揺頭)、マジック・マッシュルーム、ケタミン、GHB

と、関心のない人間には何が何だか分からないようなドラッグもあって、それぞれがまた複数の隠語を持っている。

最近ではここに、ステロイド系、笑気ガス系、睡眠薬系、向精神薬、ED薬系、合成ドラッグなども入り乱れて、やはりここでも隠語が山ほどある。隠語をすべてを把握している人はいないし、毎年のように言い方も増えるし、変わっていく。

覚醒剤・ヘロイン・コカインは、ドラッグの王道だ

売人が売りたがるのは新しい麻薬ではなくて、覚醒剤、コカイン、ヘロインが本音ではないかと思う。それはビジネスとして、安定するからだ。

エクスタシーは確かにブームが続いているので、消費者が多いという意味では旨みのある商品だ。しかし、依存度が弱すぎるので確実なリピーターにはなりえない。

その点、覚醒剤・ヘロイン・コカインは、一度相手を「固定客」にしてしまうと、客は逮捕されるか、死ぬ直前までカネを運んでくる。

ヘビー・ドラッグは、精神的依存、肉体的依存が強烈で、やめようと思ってもやめられない。だから、相手を中毒にすればいい。そうすれば、相手は何が何でも、どんなぼったくりの値段でもそれを買ってくれる。

覚醒剤・ヘロイン・コカインは、ドラッグの王道なのだ。

まさにマフィアがどんな危険を犯してもやろうと思うようなビジネスであり、規制されればされるほど、それはマフィアの専売特許となっていく。

メキシコのマフィアが巨大化したのも、まさにこの「中毒性」が強烈だからに他ならない。

しかし、マリファナくらいはまだしも、覚醒剤やヘロインともなると、その依存の強さは知れ渡っているので、誰も簡単に手を出そうと思わない。

たとえば、歓楽街にたまたま酒を飲みに来たような素人の女性に、「覚醒剤を持っているけれども欲しいですか?」と言って「欲しい」と答えるだろうか。

欲しいと言うどころか、恐怖のあまり逃げ出すだろう。



「面白い痩せ薬があるんだけど、試してみる?」

それはマリファナでトリップしている連中にも同じことが言える。「大麻はいいけど、覚醒剤のようなハード・ドラッグは絶対やらない」とみんな言う。それほどヘビー・ドラッグの害悪は知れ渡っている。

しかし、売人はそれを売りたい。

何度か使用させれば薬物依存が出て、あとは「楽な商売」になるのは分かっている。覚醒剤ビジネスの一番の問題は、どうやって相手を油断させるか、というところに尽きる。

そこで、隠語が重要な役割を果たす。

「シャブ」や「スピード」はもう知られすぎている隠語だが、「クリスタル」などと言われれば、日本人の誰もそれが何だか分からないだろう。

覚醒剤は常用すると痩せていくので、隠語と合わせると、女性には次のような売り方ができる。

ダイエットの話か何かの折りに、たまたま持っているという振りをしながら、こう言う。

「面白い痩せ薬があるんだけど、まあ効果あるかどうかちょっと試してみる? 1回飲んだくらいじゃ効かないと思うけど。ほら。カネなんかいいよ」

ほとんどの女性はダイエットに関心がある。ちょっと飲んでみるような女性も出てくるかもしれない。

「これって、何のクスリなの?」
「クリスタルというクスリだよ」

売人は別に何も嘘を言っていない。クリスタルという隠語は存在するし、覚醒剤は痩せるのだから痩せ薬だ。

覚醒剤という正体は隠しているが、女性を「騙した」わけではないのである。覚醒剤の成分が入った「クリスタル」という名前の痩せ薬を売ったということだ。


隠語で言えば誰も知らないので、釣られる人間はいる

「肌をきれいにするビタミン剤があるんだけど。まあ効果あるかどうかちょっと試してみる? 1回飲んだくらいじゃ効かないと思うけど。ほら。カネなんかいいよ」

そういう言い方もできるかもしれない。これは嘘だが、引っかかる女性はどこかにいる。

「何のクスリなの?」
「クリスタルというクスリだよ」

最初に信頼関係が成り立っていれば、これくらいの会話で相手を覚醒剤に引きずり込むことができる。引き返すことのできないハード・ドラッグの世界に……。

プレッシャーのある仕事をしている男にはこう言って引きずり込むことができる。

「これはエネルギー・ドリンクの錠剤化したみたいなクリスタルというものだよ。よく効く」

疲れて体力の落ちた中高年にはこう言うことができる。

「これはバイアグラみたいな効果のある錠剤でね。クリスタルと言うんだけど、よく効くよ」

受験で追い詰められている学生にはこうだ。

「これを飲むとすごい集中力がつく。頭が良くなるものだよ」
「何と言うクスリ?」
「クリスタルだよ」

これで釣れる可能性は高い。

実際、覚醒剤は、「痩せる」「エネルギーが出る」「バイアグラのように効く」「集中力が付く」がすべて嘘ではない。

覚醒剤と言えば誰もが驚いて逃げ出すが、隠語で言えば誰も知らないので、好奇心を持つ人間は必ずいる。


もらったものが覚醒剤かも、という発想が出てこない

正体を隠すには、ひとつのものに「違う名前」がついていればいい。それで本当の正体が分からなくなる。クスリが本性を隠して、違うものになりすますのだ。

では、なぜ売人が適当に考えた「でまかせの別名」ではなくて、「隠語」ではないとならないのか。

それは、中毒者が常にその売人から買うかどうかは分からないからだ。中毒者は他の売人を見つけるかもしれない。

そんなとき、売人が仲間内だけで隠語を共通化させておけば、その中毒者は隠語を知っている他の売人の誰からも同じクスリを手に入れることができるようになる。

また売人の方も、隠語を知っている新顔の中毒者に的確なドラッグを売ることができるようになる。

だから、隠語は仲間内で客を回すために、共通されていなければならないのだ。

プロの詐欺師や売人にかかれば、誰かに覚醒剤を飲ませるのはそれほど難しい仕事ではない。

それなのに、知らずに飲まされた方は、死よりも恐ろしい薬物依存の世界に放り込まれることになる。

そういったドラッグが世界の最底辺の場所に渦巻いている。アジアの歓楽街にも売春地帯にもまさにその手の罠が繰り返し繰り返し現れては消えていく。享楽と地獄は共存している。

その入口は、本性を隠して「別の名前」で現れる小さな錠剤である可能性が高い。

何も知らない普通の人をドラッグの世界に引きずり込むには、隠語がひとつあればいいということになる。



麻薬を乱用すると「理性」の部分が欠落して「本能」の部分が残る。だから、麻薬乱用者のレイプ事件は「錯乱した状態」で起こされることが多いと言われている。

マリファナやヘロインはダウン系と言ってその場にへたり込んで快楽に打ち震えるタイプのものだから、乱用すればするほど大人しくなる傾向がある。

しかし、コカインやメス(覚醒剤)は違う。乱用すれば、体内にエネルギーが駆け巡り、「底なしの行動力」が湧き出てくる。

つまり、乱用すると、そのエネルギーが他人に向かっていく。そのとき、乱用者が性欲を感じていたりすると、それがレイプ事件となる。

海外ではコカインやメス(覚醒剤)が異様なまでに蔓延しているので、当然、この系統の麻薬の乱用者によるレイプが膨大にある。被害者は暴力的にレイプされ、死ぬまで殴られる。




記憶力でさえ金で手に入れる。危険な方法が裏で流行している 2012年4月5日

表の世界には表のやり方があり、裏の世界では裏のやり方があって、表の世界で違反とされているものこそが裏側では実践されているというのはよく知られている。

「記憶する」というのは表社会では重要な儀式であり、記憶力の良い人は学校では尊ばれるので表社会ではいかに記憶力を高めるかが非常に関心のあるテーマであり続けている。

しかし、記憶力が良ければ、どこの世界にいても便利なことが多いので、夜の世界・裏側の世界に生きる人たちもまた記憶力を求めている。


たったの600円で、天才的な集中力を手に入れる

記憶力を高めるために何かしようということになったとき、表の世界に生きる人は、まっとうに勉強する。それしか知らないからだ。

ところが、裏の世界に生きる人は、記憶力でさえ金で手に入れようとする。

金で記憶力が手に入るのかと驚く人もいるが、「なるほど、記憶でさえ金で解決できるのか」と私が気がついたのはもう10年も前の話だった。

よくタイのレディーボーイ(性転換者)が夜な夜な遊びまわっているにも関わらず、流暢すぎるほど流暢な英語を延々と話していることがある。

「そんなに英語が流暢だというのは、昼間は相当勉強しているのかい?」と尋ねたら、「覚えるのは簡単よ。ヤーバー(タイの覚醒剤)を使って覚えればいいのだから」と彼女は答えたのである。

当時、ヤーバーはタイで200バーツ(約600円)ほどで手に入る安くどこにでもある違法ドラッグだった。

かつての覚醒剤は注射器を使っていたが、それを手軽に飲むだけで効く覚醒剤を麻薬組織が新規開発した。

タイではそれが爆発的に流行し、当時のタクシン内閣はこのヤーバー撲滅を政策の筆頭に挙げたほどの社会問題と化したのだった。

タイのヤーバーがそれだけ流行したのは、トラックの運転手が単調な夜間のドライブでも眠気に誘われることなく、激しい集中力でひたすら運転することができるからだ。

そして、レディーボーイの一部は、それを何と「勉強」に振り分けて流暢な英語を手に入れていたのである。

確かにヤーバーで手に入れることができる「あの劇的な集中力」で英語の勉強でもしようものなら、大変な効果があるはずだ。

単なる遊び人の彼らが、中学・高校・大学と普通に勉強をしている日本人の学生をはるかに凌駕する。決して誰も言わないが、実はそれほどの効果が覚醒剤にある。


文字通り「脳が覚醒」する

もちろん、こんなことを書くと大批判にさらされるのは分かっているが、私の知る限り、記憶力を倍増させる最強の薬は「覚醒剤」である。

覚醒剤の「覚醒」という言葉の意味を、もう一度よく考えて欲しい。覚醒剤を使うと、文字通り「脳が覚醒」するのである。

「覚醒剤を使うと記憶力が低下して何も考えていない」という人もいるが、それは事実と違っている。

覚醒剤はシラフでは経験したことのないような猛烈な「集中力」を手に入れることができる。だから「覚醒」剤なのであり、覚醒の意味はよく考えるべきだ。

しかし、しょせん裏の世界の「手っ取り早い解決」は、「手っ取り早い崩壊」にもつながるのはいつものことで、覚醒剤もすぐに精神依存が生まれて記憶力が一時的に向上しても人生崩壊につながっていく。

かつて覚醒剤の副作用があまり知られていなかったとき、日本ではヒロポンだとか猫目錠だとか突撃錠だと言われて盛んに使われたことがあった。

徹夜の作業が続く軍人や爆弾を作っていた女工に国から支給されていたのだが、それはやはり「激しい集中力」が夜通し持続して働けたからである。

この覚醒剤でドーピングされた集中力で記憶作業(要するに勉強)をしていると、どれほど恐ろしいことが起きるか考えて欲しい。

疲れを知らぬ極端なまでの集中力で暗記作業を反復するのだから、記憶に定着しないほうがおかしい。

覚醒剤は「効く」のである。それも生半可な効果ではない。まさに記憶作業のための薬と言ってもいいほどの劇的な効果になる。


スマート・ドラッグも覚醒剤の一種

スマート・ドラッグのほとんどが覚醒剤の成分を使っていることや、認知症や注意欠陥多動性障害(ADHD)、睡眠障害の患者にも、それらの成分を使っている事実を知れば納得する人もいるかもしれない。

「デキセドリン」はアンフェタミンが成分である。「リタリン」はメチルフェニデートが成分である。

これらは国外では当たり前に売っており、欧米のアカデミックな現場では「愛好家」も多い。

アカデミックな現場とはぼかした言い方になった。具体的に言うと、学校関係者・研究者の間では、ということである。

デキセドリンやリタリンという薬の名前を聞いたことがある人もいるかもしれない。覚醒剤だと思われていないが、実は成分は覚醒剤の一種だ。


デキセドリン
リタリン

特に「リタリン」のほうはスマート・ドラッグの代表と言われる薬である。スイスのノバルティス社が出している。

製薬会社というのはなかなか悪辣な一面も持っていて、禁止されている薬をあたかも別のものにして別の効用を謳って再販売するようなダークサイド(暗部)を持っている。

どう見ても覚醒剤のようなものをリタリンとして販売するのも、そういった巨大製薬会社のビジネスライクな姿勢がよく現れている。

当然、リタリンをスマート・ドラッグとして使用することに批判も多い。しかし、使用者も多い。

集中力を維持させるという「覚醒効果」があまりにも強烈なので、多少の批判があっても使用者はモノともしないでこれを使う。

それだけ効いているということだ。それは効くだろう。覚醒剤なのだから。当然、副作用もある。しかし、使用者の多くは、「一度使ったら、手放せない」のである。

日本ではすでにリタリンが乱用されていて手に入りにくくなっていると言われている。

私がいちいち言わなくても、脳の拡張(ドーピング)にリタリンという一種の覚醒剤を利用していた人間がすでに膨大にいたということだ。

日本の入試制度ではカンニングは違法でも脳のドーピングは違法ではない。

彼らはリタリンを効果的に使えたのなら他人よりも有利に受験できたということになる。今ごろ卒業証書を手に入れて笑っている。


あの劇的な集中力

ところで、覚醒剤はよくセックスの薬だという人も多い。

なぜそう言われるかというと、覚醒剤を採ってセックスをすると、覚醒剤の効果で信じがたい「覚醒」と「集中」をセックスに向けるからである。

のめり込み、没頭し、集中し、覚醒し、疲れを知らずに追求する。もはや他のことは一切無にしてそこに集中するのである。文字通り、眼の色が変わる。

覚醒剤を使ったセックスを一度でも体験すると、もうそれなしには考えられないという状況になり、それで人々は転がり落ちるようにハマっていくのである。

「今この瞬間に集中せよ」と勉強にハッパをかける言葉があるが、覚醒剤を使うと、まさにその言語通りの「全身全力で集中した」状態になる。

覚醒剤を取って麻雀をやると、やはり24時間まったくブレることなく、完全なる集中力で勝負に没頭する。それが「覚醒剤」の「覚醒」たるゆえんである。

日本で覚醒剤(ヒロポン)が取り締まりの対象になったのは1951年だった。

それまでは東大や早稲田を受ける受験生はヒロポンを使って莫大な記憶の反復作業するのが珍しくなかった。

覚醒剤を使うことによって数日で英単語2,000語くらいは確実に記憶できると言う人もいるが、尋常ではない集中力のことを考えると、あながち嘘ではないようにも思える。

「あの頃の学生は優秀だった」と言われているが、覚醒剤がその優秀さを支えていた可能性もある。

アナボリック・ステロイドがボディービルダーの身体に劇的な変化を起こすのを私たちは知っているし、女性ホルモンの錠剤が男の身体を女性化させることも私たちは知っている。

ほんの小さな錠剤を飲んでいる人たちが、その錠剤でメタモルフォーゼ(変身)する。ドラッグが人間を劇的に変化させることを疑う人は現代人にはいない。

覚醒剤が記憶力を劇的なまでに増強させることも私は疑わない。


カフェインもかつては薬の一種だった

人間の意識は薬物によってどんなふうにでも変容される。

今、コーヒーや紅茶に含まれているカフェインは別に違法でも何でもなく、そんなものが何かの「効能」の役割を果たしていると思う人も少ないが、カフェインもかつては薬の一種だった。

コーヒーは薬と同じ扱いだったのである。カフェインも目を覚ます効能がある。そういった意味では「覚醒」させる成分があるとも言える。

ただ、あまりにも誰もがコーヒーを一般的に飲むようになって、耐性ができて効かなくなっているのかもしれない。

覚醒剤も耐性ができる。効かなくなるのでどんどん使用頻度が増えて、それなしには生きていけない依存症へと落ちていく。

そして、得たものより失うもののほうが大きくなっていく。

だから、覚醒剤がいかに人を「覚醒」させて信じがたい記憶能力を高めてくれるとしても、その代償はあまりにも大きい。

この薬が違法になったのはそれだけの理由がある。まして、覚醒剤は違法だから手にした瞬間に犯罪者と化すのだから、ますますワリが合わないものとなるのだ。

リタリンという脳のドーピング薬もまた効かなくなっていくし、依存症も発症する。劇的な効果を持つ薬は、あまりにもそのショックが強いので、容易に人を依存症にする。

ところが、そういった依存症があるといくら言っても、人間の能力を拡張させる「危険なまでの魅力」に引き寄せられる人間は間違いなくいる。

しかも、それは少数派ではなく、圧倒的な多数派でもある。

スマート・ドラッグを使ったための「副作用のリスク」と、使わないための「結果を出せないリスク」を秤にかける。

その結果、スマート・ドラッグのリスクをコントロールした方が得だと考える人間が出てもおかしくない。


人間の肉体や能力にレバレッジをかけた状態

スマート・ドラッグや覚醒剤やドーピングは、人間の肉体や能力にレバレッジをかけた状態だと言えば分かりやすい。

先物取り引きや為替取引でレバレッジをかけて勝負するようなギャンブラーなら、自分の肉体を使って能力を増強させるレバレッジ=ドーピングも受け入れそうな気がする。

もちろん、覚醒剤もリタリンも手に入れること自体がすでに犯罪行為だから、それを手に入れようとするのは浅はかだろう。

しかし、「脳に効く」と言われる物質や薬物でまだ違法ではないものが山ほどある。

そういった「次のもの」を求めてスマート・ドラッグ探しをする人間も出てきているし、そのうちの何かは実際に効くのかもしれない。

もし何らかの合法的なスマート・ドラッグが効いたら、もはやそこで受験の勝負は決定する。そのとき、カンニングくらいで大騒ぎしていた時代を懐かしく振り返るだろう。

ドーピングに成功した人間と普通の人間が勝負にならないのはオリンピックで証明されている。

合法的で、かつ脳を増強させるドラッグがあるのかどうかは知らないが、私は存在する可能性は否定しない。

どんな男でも勃起させるバイアグラのような薬から、成人の男を女に変身させてしまう女性ホルモンのような薬ですらあるのだから、「脳を増強させる合法的な薬」があっても驚かない。

むしろ、ないほうが不思議だ。
http://www.bllackz.com/2012/04/blog-post_05.html


シャブとSEXの落とし穴 
  
    女性の受刑者の中では麻薬取締り法違反で刑務所入りする人が最近、大変多いそうです。
    なぜ女性が麻薬(とりわけシャブ)に大ハマリしてしまうんでしょうか?
    
原因は表向きには

    :ストレスが溜まりやすい。
    :男性よりウツ病体質になりやすい。
        などなどなど色々ありますが・・・

    いろいろあるけど、結局は金とSEXです。

    お金とシャブの関係と聞くと “え?女の売人が増えているの?”
   と考えてしまいがちですが、さにあらず・・・
    女が男に、シャブをタダで提供するのです。

    最近大変多い犯罪例ですが、

;この不景気、売上の落ち込んだ銀座のクラブのママやホステスが、パパや常連客や上客にタダで上げるのです。

   つまり自分の店や売上のために、ホステス(やママ)が一緒にホテルに行きます。

その時、女がビールやコーヒーの中にシャブを混ぜるのです。
そして、:飲め、と進める。

   パパは最初はびっくり?

:冗談じゃない!と拒否しますがふと自分の情況を考えてしまうのです。

・・・・すでに2人は裸、
・・・・高い金をかけて、口説き落とした女、
・・・・2人きりでホテルの1室、そして、
・・・・シャブへの好奇心。
   
・・・・ここで飲まなかったら、怒って帰ってしまうのでは?
   
・・・・せっかく、ここまで引っ張り込んで、SEXに持ち込め無くなるんじゃ?
   
・・・・女に恥じをかかす訳にはいかない。
・・・・ホテルだし、いきなり警察が乗り込む事もないだろう。


   色んな事を考えていると、女がとどめの一撃の一言。
   最近疲れているんじゃな〜い。これ飲むとスッキリするわよ。
   アソコの立ちも良くなるんだから―。・・・

                   
確かに最近愚息の勢いもパワーダウン気味だと考え込む社長。
そんな事してるうちに、女の方から、やおらに一口。

   しばらくすると、女のオ〇〇コがテカるほど汁が・・・

   ここまでくれば、まず飲まないパパはいません。
   こんな言葉攻めにも、視覚的にも、情況にも、
   対抗できる男はまずいません。そこで遂に、パパさん一口。
   ものの5,6分で最高の気分の2人。
    
疲れが吹き飛び、脳味噌の中に涼風が吹いて、体重が半分になったように、体がパーッと軽くなった。
    最近元気の無かったムスコもぐいっと上向き!
    咥えられただけで、イキソウに。でもナカナカイかず、快感がエンドレス!

女の方も触れただけで、狂ったように悶え、何度もヨガりまくりのイキまくり。
    パパもイキそうになり、ついに射精!

    その瞬間パパの腰骨がアソコから飛び出すような、快感!・・・が突き抜ける。
    
                 
これでパパさん、この女とシャブの奴隷です。
   
お店来てヨ〜、とゆう営業電話にパパさんイソイソと出かけ お決まりのシャブとSEX・・・
女はツケだ、シャブ代だとパパから金を引っ張り、金(ONLY)の続く限り2人の蜜月時代は続きます

   ですが、そんなに長くも続きません。
   女も仕事柄、複数の客に同じようなことをするため、もはや普通のSEXにとても満足出来ない体となり、
頻繁なシャブの使用は中毒になるのも早く、幻覚や禁断症状を起こすのも頻繁になってきまして もうパクられるのも時間の問題です。

   大体 こんな事してる、お水の女もやってる事は殆ど売春なのに・・・
   
自分は”ホステス”なんだろうか?
“愛人”なのか?
“ホテトル女”なのか?
と自問自答の毎日。

いくらホステスとは言え、彼氏もいるのに・・・、何度も何度も、
ホントなら触られたくも無い、相手にもしたくない (本音)
ハゲオヤジの客にSEX求められて・・・ 
              
しかし店にはバンス(お金の前借)もしてるし・・・
いざヤルにしても、ハゲオヤジじゃあSEXもキモいし・・・
・・・となると、とりあえずのジャンプ台としてシャブの登場です

   
とりあえず、シャブ!
キメてのSEXは いやなことなんて、どんな事でも、何もかも、忘れる事が出来ます
   もちろんハゲオヤジとのSEXも自分の快感が先に走ってしまうので、難なく、こなしてしまう事もできます。

                さて

   一方、パパさんの方は、異常に金使いが荒くなり、周りも疑惑のまなざしで見つめるようになり、やっぱり普通のSEX何かではとても満足できず、ましてや、カミさんとの、義理マンなんかではムスコが反応するはずも無く、
   
やっぱり禁断症状、幻覚、通報の3段スライド方式でパクられるのも時間の問題です。

シャブは物凄く神経を過敏な状態にします

 そんな過敏な体でSEXしたら、トリコになるのは当然です
(作家の浅田次郎さんはシャブをやってSEXすると全身がちん〇こになったようになる、と言ってましたがまさしく”言いえて妙です。“)
   ましてSEXの快感や依存性は女の方が遥かに強く
   これだけは断言できますが、シャブによるSEXでハマらない女はこの世にいません

   どんな清純そうなお嬢様でも、身持ちの固い女でも少しシャブやらせて、SEXするともうただの淫乱女の出来上がりです
愛情もムードも貞操観念も罪悪感も関係ありません。

だからってチン〇にシャブ塗って(向こうは好きでも無いのに)惚れた女にムリヤリつっこんで(レイプ)して
俺様の虜になっちまえ!
なんて考えない方がいいです。

そんな事したらM田佳子のボンボンを弁護した敏腕どころか(鉄腕の)顧問弁護士と三田〇子の後援会を受け持つ、運輸会社や、政治家が裁判で弁護についても最低10年は塀の中です
              シャブやってSEX
この簡単な落とし穴は這い出てこれるような、深さじゃありません
 
ちなみに女性の薬物乱用の再犯率は90%です      




▲△▽▼


「後藤組」 2003 年 8 月 27 日

「後藤忠政組長の祖父は戦前には、表の政財界の大物だったようですね。」です。

「後藤組」は日本の「覚醒剤」の胴元です。警察をも抱き込んでいます。

芸能界のドンと言われる「バーニング事務所」の周防社長の黒幕です。

この「バーニング事務所」から芸能人に「覚醒剤」が流れていると言われています。

この周防郁夫という芸能界のドンは「浜田幸一」が「稲川会」にいたころの運転手だったようです。

特にこの周防社長は「赤坂署」と深い繋がりがあるようです。

芸能界では過去に「覚醒剤」や「大麻」で捕まった人がたくさんいますよね。

今思いつく人を挙げるだけでも、


中島らも 覚せい剤・大麻所持
翔(横浜銀蝿) 覚せい剤使用
Sakura(ラルク・アン・シエル) 覚せい剤所持
江木俊夫 覚せい剤使用
槙原敬之 覚せい剤所持使
高橋祐也(三田佳子二男) 覚せい剤共同使用
山田一雄(川中美幸の夫) 覚せい剤・大麻所持
いしだ壱成 大麻・LSD所持
カルーセル麻紀 大麻・コカイン使用
田代まさし 覚せい剤所持
西川隆宏(元ドリームズ・カム・トゥルー) 覚せい剤使用
にしきのあきら 覚せい剤使用
研ナオコ 覚せい剤使用
美川憲一 覚せい剤使用
井上揚水 大麻


と、結構簡単に名前を挙げることが出来ます。この他にもたくさんいたと思います。

こいつらは私の想像では皆、「バーニング事務所」と関係が深かったのではないかと思っています。

興味があれば、この「バーニング」を調べてみて下さい。この芸能プロダクションはそのまま闇に繋がっているはずです。

そしてそれが「後藤組」だと思います。

政治の世界でもこの「後藤組」が圧倒的な支配力を持っているはずです。

ですから、「表の世界に人脈は残していないのでしょうか?」という質問の答えは、後藤組長がそのまま、表も裏も牛耳っているということだと思います。

資金力ではおそらく、日本で1番だと思います。
創価学会に対する支配力も相当な影響力があるはずです。

「後藤組」はすでに日本を支配しています。




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芸能人が「クスリとセックス」に溺れるまでの全真相
ザ・芸能界 テレビが映さない真実
田崎 健太 ノンフィクションライター


跡を絶たない薬物乱用による芸能人の逮捕劇。芸能界はそれほどまでに汚染されているのか。なぜ、どのようにして彼らはクスリにハマっていくのか。そこには知られざる「システム」が存在する。

渋谷と西麻布のバーで

清原和博、ASKA、押尾学、酒井法子、小向美奈子――。

ここ数年、薬物で逮捕された芸能人である(清原は元プロ野球選手だが、引退後メディアに露出していたという意味では広義の芸能人に含んでいいだろう)。

なぜ彼ら、彼女ら、芸能界の人間はクスリに溺れるのか。


まず指摘できるのは、彼らは一般人よりもはるかに、日常生活の中でクスリと接する可能性が高いということだ。

「渋谷の一角にかつてバーがあった。目立たないが、芸能事務所関係者、マスコミの人、海外の芸能関係者まで集う知る人ぞ知る店。そこが『買える』ということで有名だったんです」

こう語るのは、芸能関係者のXである。Xは「今からでも2時間もらえれば、すぐにクスリを手に入れてきますよ」と豪語する。

Xは現在は薬物を断っているが、数年前に覚醒剤による逮捕歴がある。現在も芸能界に関わっているため、匿名とする。

「クスリを手に入れることのできるバーはぼくが知っているだけで、現在も都内に5つはある。経営者の方針にもよりますが、自らが売らずに、客同士に取引の場所を貸すパターンが多い。そういう噂のあるバーは、外国人モデルが沢山遊びに来ていて流行っている」

その中の一つ、西麻布のバーでのことだ。

「ある程度人数が集まったら、店を閉めちゃうんですよ。そしてテーブルをぴかぴかに磨いて、クスリ(コカイン)をざーっとテーブルの上に白線のように撒いて、みんなで鼻から吸っていく。その場には、何人も芸能人がいましたよ」

昨年12月に『FRIDAY』で報じられた俳優・成宮寛貴の薬物使用疑惑の写真も、マンションの一室で撮られたとされるものだった。成宮自身が薬物を使用していたか否かは今も定かではないが、こうした都心のクローズドな場所で、密かにクスリは取引され、使用されているのである。

Xは自ら薬物を使用する他、「運び屋」でもあった。芸能事務所の人間、テレビ局員などに毎日のように覚醒剤を運んでいたという。

「カジュアルにつき合おうと思えばできるんですよ。最初は葉巻みたいな感覚。まあ、あったら気持ちがいいよな、程度です。『覚醒剤を常用していると、身も心もボロボロになる』と言いますが、必ずしもそうならない人もいる。15年、20年やりつづけて、中毒にならない人も知っています」

Xもまた「カジュアル」に覚醒剤に手を出した。そして、その量は次第に増えていった。

「ぼくの場合、仕事が忙しいときは、やらなかった。クスリをやると、自分では能率が上がっているつもりでも、実際の作業は遅く、そして雑になる。やりたくなるのは、盆暮れとか、しばらく人に会わなくていいとき。クスリをやって人に会うとばれてしまいますから。

清原さんが、『週に一度、子どもと会った後、寂しくなって覚醒剤を使っていた』という報道がありました。でも、覚醒剤をやったことのあるぼくたちから見ると『来週まで子どもに会わないのだから、クスリを使えると考えたんじゃないか』と勘ぐってしまうんです」


「1回1000万円」の女

ノンフィクション作家の溝口敦は著書『薬物とセックス』の中でこう書いている。

〈覚醒剤はよく「前借りのクスリ」といわれる。寝ないで頭や身体を動かしていたければ、明日の分、明後日の分までエネルギーを前借りできる。

(中略)しかし前借りの利息はべらぼうに高く、300%、500%の利息では済まず、場合によっては一生涯かけても払いきれないほどの利息を要求してくる〉

逮捕される直前の2年間は、重度の中毒になっていたとXは振り返る。

「友だちや女の子の家で(薬物を使用する)行為に没頭してました。仕事に穴を空けたこともあります。家族もいますし、何度もやめようと思ったんですよ。何度も覚醒剤を捨てました。川に投げたことも、トイレに流したこともある。

でも、せいぜい我慢できて3週間。運び屋をやっていたので、その間もちょいちょい誘いや問い合わせが来るんです。最後はこれは長く続かないな、早く捕まらないかなと思っていました」

Xもまた、その利息を逮捕という形で払うことになった。

もう一つ、芸能界で薬物が横行する大きな原因として、薬物が性行為と結びついていることをXは指摘する。


「薬物の快楽というのは、バクチ、あるいはセックスと一緒にやると、かけ算になる。女性の側に使用する気がなくても、知らない間にコンドームにシャブを塗られたり、と様々なやり方があります。ぼくの実体験では、女性の方が一度経験するとクスリに夢中になりやすい」

芸能界には、タレント、あるいはタレント志望の女性が溢れている。そのため、芸能界とクスリは親和性があるのだ。

「芸能界でのし上がっていくには、クスリか女のどちらかを手配できることが必要なんです」

芸能界に関する噂として、いわゆる「枕営業」の話がある。これに関連して、事務所やマスコミ関係者に対する「営業」とは限らないにせよ、芸能人やモデルとの売買春を斡旋する「交際クラブ」が存在するのは事実だとXは言う。

「あるモデル事務所の人間と会った時、ひっきりなしに電話がかかってくる。『どうしたの?』と聞くと、『今から(モデルを)手配できないかと言われた』と言うんです。

ひと昔前までは、『芸能人を抱く』なんてヤクザしかやっていなかったようなことを、今は小金があれば誰でもできるようになっています。5万〜10万円払って会員登録すると、最初は女子大生なんかを紹介してもらえるんですが、金を出せば、それだけ女性のランクも上がっていく」

そう言ってXはスマホを取り出し、女性の顔写真が並んだ交際クラブの会員向けサイトを見せてくれた。

「今の交際クラブは、『芸能人とやりたい』とか『クスリを使いたい』といった、客のあらゆる要求に対応します。その中には、クスリを使ったセックスができる女の子もいる。芸能事務所の中には、こうした交際クラブを運営する組織と癒着しているところもあります」

グラビアアイドルや、ある程度有名なモデルになると、1回数百万円から1000万円程度の「値段」がつくという。客がもし「クスリを使いたい」と言い出せば、彼女たちはそこから溺れてゆくことになる。


人間の意志の力は強くない

Xは、ある芸能事務所の人間から「手配できる女性」の作り方を教えて貰ったことがあるという。

「グラビアアイドルの女の子などは、給料が安いので現金を持っていない。でも、住んでいるのは家賃40万円のマンションなんてこともある。

もちろん、セキュリティの問題というのもあるでしょうけれど、本当の理由は別にあるんです。高級マンションに住まわせて、毎晩のようにミシュランの星のついたレストランに連れて行ったり、売れっ子が出入りしている店を覗かせる。

さんざん遊ばせたあとで、女の子の家族、あるいは心ある友人たちのことを『あの人たちはこんな高級店に行くことはできない。そんなくだらない人間の話を聞く必要はない』と言い続ける。

そして、『しみったれた生活と、今の華やかな生活のどっちがいいんだ』と選択を迫る。自発的に後者を選ぶようになれば、『一丁上がり』です」

Xは'09年に覚醒剤取締法違反で逮捕された、グラビアアイドルの小向美奈子とも面識があった。

「彼女はクスリ好きではあったけど、中毒という感じではなかった。15歳ぐらいから芸能界に入って、可愛い、可愛いと言われ続けてきた。でも20歳を超えると、自分への注目は減ってくる。彼女は、自分を見て、見てというタイプ。かまって欲しいんです。


彼女はそのうち、イラン人の売人グループとも接触をもつようになり、自分で覚醒剤を扱うまでになったと言われます。『男の人はこういうことをしないと喜んでくれないんでしょ』と思い込んでいたんでしょう」

こういうこと――とはもちろん覚醒剤を使った性行為である。

近年、冒頭で挙げた芸能人たちのように、40代から50代の薬物乱用者が増えているという。'09年8月に逮捕された酒井法子は現在45歳、昨年2月に現行犯逮捕された清原和博は49歳、昨年11月に逮捕され、その後嫌疑不十分で不起訴となったASKAは58歳だ。Xが指摘する。

「人は結局、カネがあると快楽を極めたくなるんじゃないでしょうか。'90年代に、渋谷のセンター街などでイラン人の密売人が偽造テレホンカードや覚醒剤を売っていましたよね。その当時若かった人たちが、現在40代〜50代になって、時間と経済に余裕ができて何をするか――というパターンではないか」

警察庁によると、薬物乱用で1年間に約1万4000人が逮捕されており、そのうち65%が再犯者だという。高い再犯率が薬物依存の特徴である。

薬物依存症の回復を支援するリハビリ施設『館山ダルク』代表の十枝晃太郎によれば、ダルクに入所するのは逮捕歴がある人間が多いという。

「2回、3回というのは当たり前で、10回を超える人もいます。依存症を治そうと自分から入ってくる人間は少ない。社会的信用、お金を失って、生活も破綻する。周りに人もいないので国に頼るしかなく、生活保護の申請をするわけです。

そこでダルクに行ってリハビリをして、よくなれば面倒を見ましょう、という行政からの依頼で来る方が全体の約半分です」

十枝の母は、故・松方弘樹との間に息子をもうけた歌手の千葉マリアである。十枝自身も、かつて薬物依存症になり、それを克服した過去がある。克服のために重要なのは、環境を変えることだと十枝は考えている。

「使っていたときと同じ場所にいたりとか、同じ匂いを嗅いだりすると、すごくやりたくなってしまうんです。覚醒剤を使っていた人だったら、売人に電話したりしてしまう。そうなる前に止めなければならない。

人間の意志の力は強くない。数年間は違った場所で生活するとか、行動範囲を変えることです」


芸能界に戻るから再犯する

だが、逮捕されても再び同じ場所、同じ仕事に戻ることのできる芸能人は、再犯の可能性が高いという。

「ぼくの場合は、薬物依存で本当に全てを失いました。残っていたのは、母親と弟という家族だけだった。この2人に申し訳なくて、ダルクに入ったんです。

例えば、小向さんなどは、捕まって出てもまた、ストリップやAVで稼ぐことができる。彼女を使って仕事をしようという周りの人間もいるでしょう。その場合はどうしても再犯の可能性が高くなる」

その意味で、宮古島などで療養生活を送る清原和博は、正しい道を歩いていると十枝はみている。

「清原さんは逮捕されたあと、『一日一日の闘い。今日は勝ったぞ、明日も頑張ろうという毎日の積み重ねです』と話していますが、ぼくたちの考えと同じです。本当に一日、一日の積み重ねが大切なんです」

警視庁池袋署組織犯罪対策課で薬物取り締まりを担当する蜂谷嘉治警部は、「NO DRUGS」という会を主宰している。これは元薬物乱用者、その家族たちが集まって互いの経験や現状を語る会である。蜂谷警部が逮捕した乱用者の更生のため、7年前に始めた取り組みだという。

「薬物乱用の抑止力の第一は、我々のような警察の取り締まり。その次が家族を大切に思うかどうか。家族を失いたくないという抑止力が働く。家族の方に同席してもらっているのはそのためです」

彼もまた日々の積み重ねが大切だと強調する。

「とりあえず今日はやらないで済んだ、みたいな生活なんです。その一日が積み重なって、一ヵ月、そして一年となる。私たちは『もうやりません』という言葉は信じませんが、『今、やってない』は信用するというスタンスです」

しかし、夫人が更生支援をしているというASKAの場合はまだしも、清原は保釈の際の身元引受人がなかなか決まらなかった。家族という「最後の砦」さえ持たない芸能人が薬物と訣別する道は、決して平坦ではない。






▲△▽▼


風俗嬢の方にご質問があります。kinya410さん 2013/8/9

最近の風俗嬢って彼氏がいてお仕事される方が多いですがどんな気持ちでされているんでしょうか?

あとプレイでも○番させてくれたり外で会う約束もOKだったり。

その彼氏が働かないからやってるんですという理由なんですがいくらすきな人のためにそこまでできるんでしょうか?

それともお客さんでいい人がいれば乗り換える考えでいるんでしょうか?

いい回答お待ちしてます。


補足
数日前にじか引きの話もきました。

「明日大きい支払があって」と生理前で体調が芳しくなく仕事が出勤できてないようでその日に会ってほしいとのことでしたがその日は無理なので後日にしました。
どんな気持ちなんでしょう。



ベストアンサーに選ばれた回答 youji_k1さん 2013/8/10


どんな気持ちって・・・あなたに助けて欲しいんでしょ。
彼女があなたに求めているのは、経済的な面だけということです。

風俗嬢は、本気で惚れた男性には1円もねだったりはしません。
好きな男には、貢ぐのが風俗嬢です。

おそらく、あなたにもらったお金は、彼氏に渡すお金なのでしょうね。

「大きい支払」とは、彼氏の誕生日プレゼントか、ホストの彼氏の店に払うお金なのでしょう。
もしかしたらシャブの代金かもしれませんね。


風俗嬢は、基本的には借金ができません。

大手の消費者金融は相手にしてくれませんから、「大きな支払い」などあるわけがないのです。

あるとすれば、ヤクザがやってる闇金融でしょうね。あるいはシャブの支払か。

私が働いていた店で、「50万円貸してほしい」と泣きついてきた女がいて、店では貸せないから闇金融を紹介しました。
その女は1時間ほどたって、泣いて戻って来ました。

「2週間後に金利込みで200万円返済するなら50万円即金で貸してもしい」と言われたそうです。

あなたがいくら貢いでも、金利分すら払えないでしょうから、あなたと同じ立場の客が、複数いる可能性も高いですね。


いいですか。大金を稼ぐ風俗嬢が、それでも足りずに、さらに大金を必要とする理由を考えてみましたか?

親の手術代とか・・・よく聞く話ですが、そんなもの120%ウソです。私は1000人以上風俗嬢を見てきたと言いましたが、そんな女は一人もいませんでした。

風俗嬢が自分の稼ぎでは足りずに金を無心する理由は、主に2つです。

一つはホストクラブのツケの支払い。
もうひとつはシャブ代です。

あなたは普通の世界で生きているからわからないでしょうが、風俗嬢にはシャブがつきまといます。

稼ぎがある上に金銭感覚が無いから、シャブの方から寄ってくるのです。

実際、8割くらいの風俗嬢はヤクザとの関係があります。

最初はそんなつもりがなくこの世界に入ってきても、ヤクザの方から接触があるのです。
それは絶対に避けられません。

私も風俗業界に7年いたといいましたが、イヤでもヤクザと付き合いが出来てしまうのです。

イヤイヤながら、接待ゴルフでヤクザとラウンドしたことも1度や二度ではありません。
店を守るためには必要なのです。

そして、その期間、私も店の女と5人ほど交際がありましたが、すべてシャブ経験者で、ヤクザとの交際経験がありました。

あなたがヤクザと戦う覚悟があるなら、頑張ってくださいとしかいいようがありません。


いいですか、もう一度いいます。

一般人のあなたからしたら、ドラマの世界のことに聞こえるでしょうが、裏社会では麻薬や覚せい剤は、ごく普通に流通しています。

コンビにでオニギリを買うように、風俗嬢は覚せい剤を買います。

それは頭の中に入れていおいて下さい。



▲△▽▼


年間8万人が不明…キャバ嬢や風俗嬢はなぜ次々と消えるのか
(日刊ゲンダイ2013年10月11日 掲載)

最近、行方不明者にまつわる事件をよく耳にする。8日に都内の解体業者ら2人が逮捕された事件では、業者らが取り壊す予定のアパートで男性の白骨遺体を発見。解体が遅れるのがイヤで勝手に遺棄したため罪に問われた。男性は5年前に死亡したとみられている。

八王子のホストクラブ経営者が殺されて5人が逮捕された事件も当初は行方不明事件だった。昨年9月に失踪した島根県のホステスはいまも行方が分かっていない。

日本全国の行方不明者は毎年8万人を超える。2012年度は8万1111人で、うち女性は2万8924人。不明者のうち10代が一番多く1万9300人、これに20代の1万3856人が続いている。ほとんどは遺体(自殺)や帰宅が確認されるが、それでも1400人近くは所在が分からないままになっている。

気になるのはキャバ嬢や風俗嬢の不明者だ。風俗ライターの梶山カズオ氏によると、

ホストクラブに多額のツケをためて返済できず、どこかに連れ去られる女性が多いという。


「ツケを払うためにソープに売られ、そこで売り物にならないと、千葉・栄町などの売春を売りにしたスナックに引き渡されます。

女性は監禁され、家族への連絡も許されない。

韓国・済州島のカジノで売春をやらされる女性も多いと聞いています」


借金まみれの女性を暴力団が買い取り、整形手術で親も見分けがつかない顔にしてAV女優として働かせることもある。その場合も寮に軟禁する。

「なじみのキャバ嬢とアフターでドライブ。東京湾で海を眺めながらキャバ嬢を殴って気絶させ、中東や東南アジアに売る手口は“一発殴って100万円”と呼ばれています。

家出娘はマンションの一室に閉じ込めて局部モロ出しのライブチャット嬢をやらせたり、客を船に乗せてセックスさせる“船上売春”で稼がせます。

ほとんどの女性が覚醒剤中毒にされています」(フリーライターの蛯名泰造氏)

いつの時代も女性がワルの犠牲になってしまうわけだ。←



▲△▽▼


仙台でヤクザに寝取られシャブ漬けにされた性奴隷妻・美穂


山形大学国文学部卒業。

仙台で小さな旅行会社に勤める山口美穂ちゃんには、
使途は不明ですが・・多額の借金があり、
その返済のために2004年5月から
仙台市青葉区のデリバリーヘルスMISTに入店していた。

源氏名は南々。
デリヘル店のホームページでは一時は顔出しで掲載され
看板娘として指名の数も増え続けた。


一方で、勤務先の元上司の性的調教は数年間にわたり
深く美穂ちゃんの心身に刻まれ、
その関係は亭主との結婚を挟んで続いていた・・・

元上司は40代半ば妻子もち。
玩具を使った調教が得意な体格の良い男で
とことん徹底して美穂ちゃんの肉体をマゾ化し ていった。
挙式前日にも美穂ちゃんを呼び出し、
特に唇でのフェラチオ奉仕を徹底してやらせた。


「妻子持ちの当時で40半ばでした。
画体が良くいかにも絶倫と言った男で 道具を使うのが好きな男です。。。
それでイカサレまくってくせになってしまったようです」

「結婚式前日に口で奉仕させられたことは知っています。。。」


「美穂には借金があり、その返済でデリヘルで。。
辞めさせて借金も返済し結婚したはずが、お金ではなく
体が欲してたまらなかったようです。。。」


亭主は法律関係の仕事柄も手伝って、美穂ちゃんの借金の完済させるとともに
デリヘル店MISTをやめさせ元上司との関係も清算させたはずであった。

元上司は所謂<奴隷市場>にて美穂ちゃんを奴隷として売り出すことになる。

マゾ雌として徹底調教され結婚を控えた若いオンナは100万円もの高額で取引された。
取引の会場となっていたのが、資産家店長のセカンドハウスのリビングであった。

やがて、資産化店長が出店するジャスコ多賀城店(現イオン)の雑貨店に
勤務させられた美穂ちゃんは、資産家店長との不倫のような赴きもある奴隷化にはまる。

それは不倫とはいえぬ、確たる奴隷契約であった。
旅行会社の元上司から美穂ちゃんを高額(100万円相当)で買い取った上で
自分の切盛りする雑貨店へパート勤務させることで日常までも支配し、
存分に美穂ちゃんの肉体を甚振り尽そうという目論見であった。


そしてセックス調教は続いていく。
資産家の店長の奴隷として買い上げられ た美穂ちゃんは
なだめられ、シャブを打たれ、まさに店長の愛人奴隷と堕ちる。
住吉会の構成員たちとの交流もあった店長である。

挙式後にパート勤務開始後、その間わずか3ヶ月間のうちの出来事であった。


「射精し終わったあとのペニスを吸い出すようにして
掃除するようになったのも務めてからです。

もう、完全に調教されていたんですね・・。」


結局はデリヘル嬢から足を洗うことはできずであった。
借金返済のためではなく肉体が許さなかった・・・。
風俗嬢としての初入店は2004年の春であったが、
美穂ちゃんは店長に促されるようにして再びデリヘル嬢として
大勢の客たちの射精をさせるようになる。

数百万円に上る風俗での収入のほとんどはシャブ代金に充当された。


「正常位で何度も生かされた後に、 騎乗位で自分の中に射精するまで腰をこすり付けて
自分から中出しされる姿や、その写真がポストに入っていました。」


美穂ちゃんは、店長との肉体関係を持ったほぼ同時期から、
住吉会の組織の無数の男たちにも弄ばれ、
そして美穂ちゃん自ら、戯れるまでになっていた・・・


「私たちに子どもがいないのは美穂が常にピルを服用していたからです。。。
尻に手形がついていたこともありますし、精液の匂いを感じることもありました。。」


店長は自宅前で車を停車させ、
亭主を美穂ちゃん携帯電話から呼び出し
何度も何度も亭主に美穂ちゃんのフェラを見せつけ、
やがて挿入 交尾、膣内射精の姿までを披露した・・


「家の前で車の中で店長のを咥えているのを見て、店長と目があったんですが

興奮して何も言えず、、、股間に手がいってしまったのを見られてしまったんです

こちらを見て笑うような感じで。。

美穂は気づいていませんでした

それからは何度も自宅前で見せつけられて

そしてついに・・・挿入しているところを見せつけられてしまったんです・・・」


亭主は常日頃から抱いていた願望が
ものの見事に現実化されていく日々を画像チャットにアクセスしつつ
翻弄され、陶酔し、我を失い、溺れるばかりであった。


『「あああ・・・あなた・・ごめんなさい・・」
「私・・気持ちいいのぉ・・・あなたより・・気持ちいのぉ・・・」
「もう・・調教されておぼえちゃったのごめんなさい・・ああああ」と叫びます』

『「 いつもの演技じゃない。今日は・・ほんとに違うちんちん入ってる・・・」
といいながら・・・潮を吹いて・・』


亭主は自宅に<調教輪姦DVD>を幾度となく送りつけてもらう。
プリントした写真も添付されることもあった。
使用済みのスキンが同封されていることもあった。
自宅アパートの共用廊下にまで、
精液がたっぷりと吐き出された使用済みのスキンが
置き去られることさえもあった。


「白ロムです。
何も記載のないDVDが、数か月にわたり、何枚か。。
編集もされておらず、生で中出しされて、顔にかけられ
それでも、行かされ続ける美穂です。」

「はい。DVD はわたしの名前で郵送されていました。
そして使用済みのスキンが入れられていたり
使用済みの精液が付着した下着が入っていたこともあります。」

「薄めのメイクでミニスカートでした。
黒いストッキングで履いたまま破かれて
挿入され、、、最後は中だしでした。。」


「6人で3穴同時もありでした。
もう、見ていられないほど精液まみれにされるものです。

4〜5枚送られてきましたが、すべて同じような内容です。

男たちは刺青があったりと堅気ではないです。。」


「4人ほどです。
45くらいの男たちで一人は20代中盤でした。

さんざん40台の男に奉仕させられて、射精させられた後は、
20代の男に思い切り突かれまくり、周りのおとこの中に出せの命令で
中出しを2回されています・・・。」


「器具は・・・ポンプです。。。
そのまま打たれているところから、錯乱にいたって
自分で腰をふりながら中だしを懇願し、思い切り出されているところなど。。。。」


「店長は毎回最初に美穂をあやすように落ち着かせて注射します。」


「量はわかりませんが。。。 バックで壁に押し付けられながら攻められ 受精は正常位です・・・・」


「はい。冒頭と途中でクリトリスに打たれています。。
部屋はホテルではなく大きなリビングのようです」


自宅前で停車させた店長の白いリンカーンの車中で
美穂ちゃんは膣内に店長の精子を注入され、
帰宅後すぐにそのまま、亭主とセックスするよう命じられ実行した。

そんな日はいつに無く美穂ちゃんは狂ったように中出しを懇願し、
シャブの残留も相まってか、激しい興奮状態であった。
その様子は美穂ちゃんの携帯から店長に聞かせるのがルールとされていた。
携帯が通話状態であることを亭主も承知の上で
美穂ちゃんの膣内に吐き出された 店長の精子にペニスを絡めながら射精し
精液カクテルを作らされたことが7,8回あった。


さらに度々、美穂ちゃんの携帯から、輪姦真っ最中の声も聞かされた。
店長は亭主との性交渉を禁ずるようになって久しい。

亭主は毎夜毎夜帰宅しなくなった美穂ちゃんを待ちながら、
ネットを立ち上げ、狭き門をはじめとするチャットルームで
僅かばかりの美穂ちゃんの画像を晒すしかなかった。

美穂ちゃんの裸をネット上に晒すことは、厳禁とされた。


『「ねぇ・・・いっぱい出されたの・・・今も突かれてるの・・
精子でぐちゃぐちゃの音聞いて」
・・・・・ 確実に、数人いた気配がありました』


『「ねぇ・・もういくっ・・だめ・・いったら中に出されちゃうの・・・
いっちゃうああああ」
といって電話が切れたことも数回りました。。』


店長は常時、美穂ちゃんにピルを飲ませ、
勤務中だろうと調教途中だろうと只管にシャブを打ち続けた。

まさしくシャブ漬け風俗嬢であった。
肉棒と精液と薬無しには生きていけないマゾ肉便器人妻として
美穂ちゃんは一級品に磨き上げられた。

クリトリスに近いヒダには大きなピアス穴があけられ、
陰毛の茂みの奥には店長のイニシャルである<RT>という文字が
深緑色で刻み込まれていた。


『恥ずかしながら、いつころあけられたのかわかりません。。
クリトリスに近いヒダに大きく開けられていました。
「びっくりしたでしょ・・あなたが喜ぶと思って・・・」
という声が震えているのを聞き逃すはずはありませんでした。。。』


やがて、亭主はヤクザたちが集う美穂ちゃんの調教現場に呼び出され、
ヤクザのオンナの責めを受けさせられ、精液を放ち、薬を打ち込まれ、
奴隷夫婦としての饗宴を受けさせられることもあった。


「奥さん助けたいならと呼び打され。。
いきなり拘束され女に徹底的に快楽攻めされ 最後は中だしさせられました。
それを撮られて脅され夫婦で快楽攻めさせられました。」

「ああああ
私がヤクザの女としたことを全て美穂が相手を選ばずさせられる約束でした。。。
最初は私も拘束され狂って中だしさせられ。。
お前もしたんだから奥さんにもしてもらうと。。。」


店長のペニスを亭主がフェラチオをさせられたこともある。
店長は美穂ちゃんのピル服用を止めさせた上で、膣内射精を重ねた。
一度、美穂ちゃんは受精し店長の子を孕まされた。
調教妊娠プレイである。
2009年のことであった。

美穂ちゃんは、程なくして会頭のオンナとして献上され るまでとなった。

店長も組織も、美穂ちゃんの体を2010年の茨城への入院までおもちゃにし続け
完璧なまでの奴隷に仕立てあげ、そして去っていった。


「一度だけ目隠しに完全拘束されている美穂を見せつけられ
中だしプレイに加担してしまったことがあります。。」

「すみません。。
最後は一緒に参加して美穂が中だしされ狂って行くのを見ながら
ヤクザの女に口で奉仕され射精するようになってしまいました。。」


セックスと薬物に溺れたため、積極的な早期治療もせずして
美穂ちゃんの病<悪性リンパ腫>は急速に深刻化した・・

2010年。茨城県の病院へ入院が決定 。
医師は体内にシャブの残留する美穂ちゃんに対して
末期ガンであることを慮り、治療に専念させるよう指導。

2010年冬。
MISTの客人たち数千名、
旅行会社の元上司、
資産家店長、
住吉会の構成員とその他大勢の男たちの
夥しい精液と、薬漬けにされた果てに・・・・・・・・



▲△▽▼


女をシャブ漬けにした体験談キボン


45 :名無しさん@_@:2005/04/22(金) 05:00:15 ID:0iMG95oV0

 「あれは・・・ハードハウスのイベントに行く前に食った×(三菱)1.5錠のお陰で、朝クラブを出る頃にはすっかりラブ×2モードで眼底に突き刺さる様な朝の光をハッピーハグで向かえ(爆)、
「サァッ・・・家帰ってパキっとしよ・・・!」
と完全に脳天気ハッピーなノリで、タクシーを捕まえに表通りに向かって歩いていた時だ。

 完全にオレと同じ目wの女が同じ方向に向かうタク シーを捕まえようとしていた。
×食ってる時は皆ファミリーwww何のためらいも無く
「おぅ。。。一緒に行こぅ」。
女はオレを見て一瞬動きが止まったが、すぐに笑顔になりニコっとしながら「は〜ぃ♪」と言ってオレの手を冷たいの平で握ってきた・・・

 タクシーの中でオレは女の耳元で・・・

「で・・・ 何キメよ・・・?」
「え・・・×と・・・早いのちょっと・・・」
「早いの ・・・ガッツリ行くか・・・?」
「マジ・・・・・・行くッ!!!♪」
「でもな …オレはエロくなるぞ…キマると…つか変態になるゾ」

女はオレの耳に唇が くっ付く程近づけて小さな声で言った

「アタシもだよ♪」
 
 …その言葉に興奮したオレは、女の後頭部に手を回しグイっと引き寄せる様にしてキスを強行!
S心に火が付いたオレの事をとっさに察し、黙って口を開きオレの舌を受け入れるM女…
これから始まる変態痴態をそれぞれ想像しながら舌と唾液が絡み合うキスをしながら家に向かった」

 コンビニでウィダーの「エネルギー」4つ、アルカリ単3電池4本、ミニDV80分テープ1本を買って女を家に連れ帰った。
「アナルから入れた事は?」 「・・・ないよぉ・・・どんな感じ?」
「超下に来るナ・・・変態マンコになるぞ」
「え〜〜・・・ヤバイねぇ〜〜♪」 「チョッと待ってろ」

 カプセル状の風邪クスリを取り出してカプセルの真ん中から両側に外して中身の粉末を捨て、カプセル半分がギッシリ盛り上がる程アレを詰め込んで、 閉じる時にかたまりを乗せて素早くカプセルを閉じて女に手渡し、もう片方の手の人差し指にローションを垂らして

「トイレに行ってアナルの入り口と中にその指のローションを塗りたくってカプセルを出来るだけ奥の方まで一気に入れて来い・・・そのままアナルに力を入れたままシャワーを浴びて来いよ」

「・・・ハイ」

シャワーから出てきた女はさっきと全然違うエロい表情でオレを見詰めながら

「これ・・・絶対ヤバいよね・・・マジ・・・
腰の奥とアソコの奥とお尻の奥が熱くなってジンジンなの・・・マジヤバイ」

「よしよし…今日はオマエの変態姿を全部撮るからな…一杯見せるんだぞ」

 1人掛けソファーに女をM字開脚状態で浅く座らせた状態のまま、真赤な綿ロープで縛り付け、破裂しそうに勃起している女の乳首を見ながらビデオカメラを構えビデオライトのスイッチをONにした。

M字開脚でパックリと開いている若干上向き気味の女のアソコをビデオカメラのモニターを通して見ると赤黒くメクレあがったエゲツないオマンコに表面張力で何とか垂れるのを免れてる大量のエロ汁と、さっきアナルに突っ込んだせいで半透明でネバネバなキマリ汁がアナルからトロォ〜っと垂れ続けていた。

ちなみにこの女は・・・身長155位で細身、Dカップ(本人談)、顔立ちはタレントのユンソナを少し濃くした様な感じで肩下辺りまでのストレートヘアの22歳。

「アナルから何垂らしてんだよ…?下半身の力抜いて穴をひ・ら・け」

床上15cm辺りでビデオカメラを固定し、「オマンコを見上げる」アングルを確認すると、引き出しから電気屋で売ってるハンディーマッサージャーと、直径4.5cm長さ20cm程の黒い極太ディルドー、ローションを取り出してソファーの後ろ側に回り、カメラに映り易いように女の頭の方向から責めはじめた。

「ねぇ…奥が熱いの…ヤバイ…アァ・・・何かね…ゾワゾワしてるの」

拘束された体をクネらせる度にアナルからズ〜ビュ〜ッとキマリ汁が垂れ落ち、全身に鳥肌を浮かせ口は半開きのまま、女の視線はビデオカメラのモニター画面にエゲツなく映し出されている

[キマリ汁垂れ流しアナルと、マン汁が垂れる寸前まで溜まっている赤黒いアソコ]を見たまま離れない・・・。

「自分のオマンコやらしぃんだ?」「…スッゴイエッチ…マジ…」
「変態マンコだな」「うん…ヤバイ…変態マンコォ〜」

女がそう言い終わった瞬間女の両乳首を摘むように1センチ程引っ張った

「アン!ッ・・アァーーーァ」全身がびくっぅ〜〜ん!と一回波打ち女は恥しさと今迄経験のない余りの快感に戸惑いさえ感じさせるような表情で、モニターを見続けている。

「一杯イジメて欲しいんだもんな…?」
「…アァン…いっぱい…いじめて・・・オマンコいじって」

溢れそうに溜まっているオマンコ汁を右の手の平でオマンコ全体に塗りたくりながら左右上下に細かく愛撫し、大き目の半剥けクリトリスの皮をワザと戻して、クリが完全に隠れた状態のまま指先で押さえながらゆっくりと円を描くように優しくこねる様に動かし始めた。

「ア。。ああ。。。ああああ。。。あぁぁぁぁああ」

ハンドマッサージャーの先だけクリを覆う皮の上に当て、皮をゆっくりと剥きビンビンになったクリトリスが完全に剥けきってからマッサージゃーの角度を浅くしていき、ズル剥けクリ全体に直接あてがった…

「…オマンコ!…洩れちゃうヨ…!」
「え!? 洩れちゃう?…そりゃ大変だ!…洩れない様に今の内に栓をしないと」

と言いながら黒いディルドーを赤めくれした変態マンコの一番奥まで一気にゆっくり差込んで奥に当たったままの状態で小さくグィッグィっとノックする様に様にピストンした。

「ア・・・ア・・・ダメ・・・オマンコ逝っちゃう!!」

〜クリトリスの皮をワザと戻して、クリが完全に隠れた状態のまま指先で押さえながらゆっくりと円を描くように優しくこねる様に動かし始めた。
「ア。。ああ。。。ああああ。。。あぁぁぁぁああ…す…ッ凄い!」

キメ状態で焦らす、焦らされる…たくさん焦らされた後の

「私マジで死んじゃうかも!」

絶頂感の凄さをわかってる女は最高だ…どんな 女も確実に激烈変態モードに豹変し…バーチャルラブを共有出来る ステキな女になるものだ…。
クリトリスに皮が覆いかぶさってる状態のままで押さえていた指を離さない様にして、もう片方の手の平をアソコから離して、その手でスケルトンの リモコンローターを取り、もう1つ…薄手の両面テープ を1cm程切ってロー ターに貼り付けた・・・。クリの皮がむけない様にそっと指を離し、ローターの テープ部分を指で押さえていた同じ場所に貼り付けて、ローターの重さで皮 が被さったままの状態になる様にぶら下げた。

「変態ローターどこに張り付いてンの?」「く・・・り・・」
「どんな?」
「皮被りの…テープでローターぶら下げてるクリトリス…」
「その前にキスだ・・・思い切り舌を出せ…」

アゴに届きそうな程伸びる 長い舌の先からゆっくりと舌全体を吸い込み、口の中に女の舌全体が吸い込まれると、持っているリモコンのスイッチをONにし、同時に「ぐりゅっ ぐりゅ」と舌を吸いしゃぶる。
むきたいけど向けない皮かぶりの神経集中クリトリス 全体に、ローターの振動が響き渡ると、アナルが一瞬キュっと締まったかと 思ったら今度はタバコ一本すっぽり入る位にダラァ~っとアナルが開き、 中からドロドロの半透明をしたキマリ汁が、まるで水が無くなる寸前の水鉄砲から断続的に飛び出す残り水の様に「ブジュッブジュッ」と噴射し始めた…
口の中はお互いの唾液でベトベトになり、二人は目を開けて見詰め合ったままでお互いの舌を吸い込み合いながらバーチャルラブラブ変態モードになっていく・・

「ダメ・・・お願い・・・・・・クリ・・・剥いて・・・」

女のアナルからは、もう全てキマリ汁が出きった様だ…
ソファーのお尻の部分は垂れまくった汁でグチョグチョになっている…
パックリ開いたアナルを見ながら

「クリの皮を剥く前にもう一個デカイの突っ込むから…その方がお前も嬉しいだろ?」
「…ダメ・・・おかしくなっちゃう」「もう十分おかしくなってるぞ。」

ローションを指先にタップリに付けてアナルの一番奥までまんべんなく塗り込み、 丁度カプセル大はあろう塊を指に添え、届く限界まで尻穴の奥に押し込むと、一瞬にして肛門全体がギューッと収縮し、女の全身は逆反る程ピーンと張り…
ローターで抑えていたクリの皮を根元までムリュ〜と剥いた状態で固定し、同時にアナルに入れた塊が逆流してこない様、先端が少し太くなっていてその中に小さいモーター式ローターが埋め込まれているアナルバイブを奥まで刺し、戻らないように入り口をガムテープで塞ぎローターのスイッチをONにした。
 
「あ・・・あ・・・ぁぁああああイクぅーーーーー!!!うぅ・・・くぅ!!」

女の体にはまだ一切触れていないが、クリとアナルの梗塞責めで女は瞬く間に痙攣絶頂を3回連続で迎え始めた。

「お楽しみは…これからだぞ」

女の全身からはサラサラした汗が大量に噴出し、髪の毛は汗で濡れて顔にペタっ〜と張り付いている。
「ヘンタイ・・・ヘンタイ・・・あぁ・・・へんたい下さい・・・何でもしてぇ・・・」

女は半開きの口のままで宙を見つめながら体全体で超快楽に犯されている様だった・・・。

「今からまだ触れてないパンパンに張ったオマンコをゆっくりかき回してやるからな」

カバンから「お父さんバイブ」と「極太バイブ」を取り出し、バイアグラ100mgを飲み全裸になった。こんなときは男もM化する。

ローター貼り付けクリトリスと、梗塞アナルバイブの刺激で3回の連続痙攣絶頂に犯された女の膣口は、強力な刺激の間に挟まれ続け、「途方に暮れる」程焦らされている状態・・・そう
クリとアナルで何度逝かされても女の中には「この逝きの何倍ものエクスタシーが先にある…」
欲望が消えないでいる・・・いやそれどころかその欲望はもはや一人歩きし、一度も触ってさえいないアソコ全体を、呼吸する度に痛痒い様な熱いモジモジ感と、湧き出ては溢れ続けるキメ汁の一滴一滴が・・・

「あぁ・・・私・・・頭の先からつま先まで・・・ネェ・・・見てぇ・・・全身が・・・ぶっといオチンポみたいに充血してるの・・・わかる・・・?・・・この感じ・・・?」

「ふっ・・・わかるさ・・・見ろ・・・ホラ・・・オレだって・・・見ろ!・・・オレをずっと見てろ!」

バイアグラの効きで顔全体が熱くなり始めると、女の丁度真正面に位置する一人ソファーに全裸で座り、まだ小さいままの皮被りチンポを晒すようにM字開脚の格好になり、女のアナル付近と、オレのアナル付近が丁度「ぴったり」とくっ付く位置までソファーの位置を調節するのだ。

M字開脚の男と女がアナル付近を密着させた状態で向かい合う・・・。

女は未知の世界へ連れて行かれる不安な気持ちと、まだ見ぬ未経験快楽地獄への階段を目の前にした興奮なのか・・・おどおどしい目つきで密着されたアナルと皮を被ったままのチンポを硬直視している。

「オレのチンポから目を離すなよ・・・」

チンポの皮がむけない様に亀頭をすっぽり隠した状態のままで、女のクリに貼り付けてあるローターのコードをチンポの皮の先っぽにぐるぐる巻きつけた。ローターの振動はコード全体にも響き渡り亀頭を包む皮を360度の方向から刺激を与え続けるのだ。

「ぐぉ・・・おぉぉお・・・アァ・・」

女のアソコがビクンッっとする度にその刺激はローターのコードを引っ張り、当然おれのチンポ全体に例えようも無い快感を呼び起こす。。。

「見てろよ・・・変態チンポが・・・お前のパンパンなマンコをズボズボ犯せるくらいガチガチになっていく様子をずっと見てろよ・・・変態チンポ・・・変態チンポ
・・・あぁぁぁ・・・気持ちい!!!」

男だって声を出した方が快感が全身に染み渡るものなんだ。


お互いが向き合った格好でM字開脚になり、でん部が「ピタァ」っとくっ付いている状態を、ビデオカメラに接続した大型モニターが恥しげも無く映し出す…。

女はモニターに映った二人の「密着部分」を見続けながら、時折アナルをキュッっと閉めたり開いたりしながら微妙に響く快楽を味わっている。

勿論その視線のすぐ先には、バイアグラで毛細血管が浮き出る程充血したキメ汁ちんぽがそびえ立ち、その先っぽにはローターのコード が何重にも巻かれて、その一本一本が張り裂けそうな亀頭にメリメリと食い込み、その下のアナルの奥からはキメ汁がドロドロの半透明なジェルのように「ドロッ…ドロォ〜」っと垂れ落ちている光景があるのだから変態度は加速するばかりだ・・・。


「お・・・ちん・・・ぽ・・・変態お・・・ちんぽステキ!」

そうだ・・・MとSを交互に楽しむ醍醐味を今からこの女に教えてやる。

今迄のS的な責めから仕草、口調、動き・・・全てをM的なそれに一瞬にして換える・・・女は最初は戸惑うが、事情を飲み込んだ途端に激烈な痴女に変貌する。

 「変態チンポがビンビンになってるよ・・・でもダメ・・・まだ・・・ダメ・・・」

とソファーから起き上がった女は、縄で体中を巻かれた状態のままオレに覆いかぶさり、その口はオレの口元で「大きく開けて」と・・・。

おれは小声で「あぁ・・・ハイ」大きく開けたオレの口の中に女は、キメ汁混ざりの大量の唾液を垂らし、

「私に返してね・・・ハイあ〜〜ん」

と口を開けてオレからの唾液を待つ。おれの唾液と女の唾液で倍の量に増える唾液をまた返す・・・これを永遠に繰り返すのだ・・・。

女はおれの顔中に舌を這わせ、変態的な興奮を隠そうともしない様な荒い息のままオレの顔にむしゃぶりつく、あぁ〜なんて気持ちがいいのだろう。。。

そして女の舌はオレの乳首へと・・・

「カチカチの乳首・・・じゅるじゅるしてもいいのぉ〜?」

「いじめて・・・下さい・・・」

さぁ・・・今から女に変態責めをされるM男に成りきろう。


舌の先を硬く尖がらせて変態キメ女はオレの乳首の周りをゆっくりと回し舐め、もう片方の手で亀頭にめり込むローターコードを少しずつ慎重に外していった。

コードが亀頭を離れる今迄うっ血していた血の流れがジワッ…ジワッ…と戻り出し、同じタイミングで乳首を歯と下唇で挟む様に舐めるのだ・・・。

「声・・・・イッパイ聞きたいよ・・・エッチな声好き」

と言いながら一心不乱にオレの乳首がふやける程舐めまくり、コードがチンポから全部外れると、根元までズル剥けていた皮を亀頭が3分の2程が隠れてしまうまで戻した状態にして、左手全部の指で根元から皮が戻らないように握り止めて、半分以上隠れた亀頭の先を全体的に右手の爪の先だけを使い、触れるか触れないか位の優しいタッチで「ツ、ツ、ツゥゥ〜ツッツツツ・・・」と弄り出した。

隠された亀頭を皮の上から爪で刺激される時の「もどかしさ」焦らしタッチに自然にオレの腰はまるで女のようにクネり「チンポの皮を根元まで剥いて!」とオネダリしてしてしまう

「アァァァ!  気持ちぃ・・・!あぁ・・・剥いて。。。」

「ナニィ・・・・?  何を剥けばいいのぉ?  
ちゃんと言って。。。
お願いって♪・・・言って。」

「チンポ・・・の・・・皮を・・・優しく・・
・・・根元まで・・む・・・・いて・・・くだ・・・・さい」。

亀頭から手を離し、その手の平に、ずっと溜めていたのだろう、溜まる程大量の
唾液を垂らして、皮を押さえていた手をゆっくり根元に向かって剥き始める。

粘膜で隠れていた皮は剥ける動作そのものが刺激となり、おれは皮が剥かれてる間中アナルが完全に開くほど下半身の力が抜けて、全神経が亀頭に集中して足は細かく痙攣を起こし始める・・・根元まで剥けきった瞬間に手の平全体に溜まった唾液を、カリを中心になる様に握り「 ズリュ〜っ、ズリュッ、ズッズッ〜」と上下に塗りたくり手コキを始めた

「あ・・・!ッアァァァァ!!!!!!!!!!ヤバイィィ!!!キモチイ!!!あ!!ッ」

こんなヤバイチンポ・・・初めてだ・・・。「硬いよ・・・!カタイよ
・・・エッチだよ・・あぁぁぁ好き・・・このチンポ大好きかも・・・!
もっと感じていいんだよ!・・・こう?・・・こう・・・?」

真空吸引力抜群の女の口が亀頭部分をズッポリと口に含み、頬が窪むほど強く「ジュッップ、ジュップ」と小刻みに吸引する。
  


962 :名無しさん@_@:2005/05/31(火) 21:32:31 ID:nKORWjxH0

キメHの好きな女がいた。

ポン中の彼氏と何日もキメHするのが楽しみで心底彼が好きだと言っていた。

ある日、彼氏が覚取り法違反でパクられた。

弁当持ちの彼は実刑間違いなく彼女は泣いていた。

接見禁止が取れて彼女は彼の面会に警察の留置場に出向いた。

何年でも待っていると泣きながら彼氏に気持ちを伝えてたのだった。

面会が終わり、駐車場に戻る彼女を待っていたのは違うポン中の男だった。
そのまま二人はキメHをしにホテルにかっ飛んでいきました。

めでたしめでたし!



▲△▽▼


女をシャブ漬けにした体験談キボン


121 :りんごちゃん:2005/04/27(水) 18:43:00 ID:CbahyOR60

私は、彼氏を救うつもりで18で二人で家出した。

でも気がつくと自分もはまってて、Pに仕込んであげて、とおしてあげてた。
ちなみに量は、インシュリン用赤のPで私がメモリ8強、彼がメモリ10弱。
多分多い方なんだろうな。。

ほんで、いつも彼は幻覚(警察に追われる)を見るので、飛んでしまう彼の尻ぬぐいばかりしてた。

私は、飛ばなかったのであんまりいい思いもしてないな。
キメHも、そんな彼だから、めったにしてもらえなかったし。

ホテルに入っても、5分で彼が飛び出すもんだから泊まりの料金払って怪しまれないように尻拭いして・・。ひどい時はそれが一晩に何回も。

5回の窓から飛び降りかけたこともあった。さすがに、全身全霊で止めたけど・・。
ほんと、いい思いしなかったな。私が一緒に社部をしたのは、その人だけです。

4年間ずっと一緒に。(体内で何グラム、何十グラム、何キロ消化したんだろう)今は別れて以来もうしていません。やめて、

この夏で4年になります。私は親に救ってもらいました。親に感謝です。
でも、いまだに夢は見ます。

血管に刺してポンプに一度引く際の、血が溶かしたシャブに、ふぁ〜っと入ってくる瞬間とか、それをいっきに注入し、首の後ろにシュンッといっきに駆け上る感覚。

その後、ベットに悶えるように快感を噛みしめたこと。
今では、ある意味いい思い出であり、苦い苦い(シャブも舐めたら激苦いよね)思い出かな。

今から一生やめとける自信は無いけど、普通の生活もいいもんだよ。


128 :りんごちゃん:2005/04/28(木) 15:01:06 ID:Adc0wsco0

彼は893で付き合いだした時、39歳でした。

私が18歳、彼は前科一二犯です。(シャブだけではありませんが)
だからいつも追われる幻覚ばかり見ていました。
もちろんその人には家庭もあったので、略奪愛です。

だから余計に立ち直らせてあげようと頑張りましたが、ミイラ取りが、ミイラになってしまいました。。

彼は18歳から893をしていて、シャブのキャリアは21年あります。
普通に通すのが、M8〜10なので、彼は普通にカチコミで(Pに仕込んでギューっと圧縮した状態つまり、普通に入れた時よりたくさん入ります)でM12くらいはしてました。

私も、一度その量を通して、死にかけました。

ものすごい吐き気としびれ、体温が以上に冷えて寒気とか、もし、みなさんがそのような状態になった時には、次の対処をしてください。

まず、体を温めるために、お風呂で体を温める。

熱すぎると、危険なので程ほどに、それが無理な状態の時は、HOTの缶ジュースをたくさん買い、まず、首の後ろに当てる。

後は、体に、そして、熱い飲み物を、ゆっくり飲む。これで、少し楽になります。それと、風呂に関しては、体から早く抜きたい時にお勧め。

汗をいっぱいかくと、その分早くシャブが抜けます。


135 :名無しさん@_@:2005/04/28(木) 16:34:32 ID:DJ3pPACP0
>>128
39才で前科12犯なんてありえね〜本当ならまだ懲役中だ。
それともよっぽどゴミみたいなハナクソ犯罪ばっかりのチンピラ。


138 :りんごちゃん:2005/04/28(木) 16:58:42 ID:Adc0wsco0
135さん

鼻くそチンピラではありませんが、いやそうかもしれませんが・・。
主にが傷害で、シャブでの逮捕は3回です。少年刑務所から合わせてです。
今では、別れた彼なので、ほんと糞みたいな存在ですが。。

ちなみに付き合った当時は、神戸刑務所から出てきたばっかりで、直3の組で若頭もしてました。


139 :名無しさんФ田Ф :2005/04/28(木) 17:27:44 ID:QgM00uiY0
>>135同意。
39才で社部食ってる=チンピラ

ヤクザにも窓際ってのがあって、上にあがれない奴
つまり金儲けの出来ないヤクザは、40才前後ではっきり差がでる。
若いときからイケイケでやって来て、今さら他の仕事も出来ない、
年下からは抜かれて、パシられる。

その環境は、ある意味普通のサラリーマン社会以上に厳しいもの。
転職出来ない、保険もない、年金無い、貯金無いの現状からの逃避で
社部食い過ぎてあぼーん。

>>138も18才ではそんな事わかんないわな。
立ち直るとかの簡単な問題じゃないって。

>直3の組で若頭
は、社部は稼ぎのネタで食うネタにはしない。


142 :りんごちゃん:2005/04/28(木) 17:53:40 ID:Adc0wsco0

私もまだ若かった為、その人の本性まではわからなかった気がします。

139さんの立ち直るとかの問題ではないと言うのも自分で薬の味を知ってる今では分かります。

それと、直3で若頭をしていたときは、シャブはやめてました。主に建築関係の凌ぎをしてました。

これは、私の実体験であり、うそでも、作り話でもありません。
私の醜い過去です。


143 :りんごちゃん:2005/04/28(木) 18:02:31 ID:Adc0wsco0

それと、139さんの方こそ、893のことすべて知っているかのような書き込みでしたが、あなたは、893ですか?

それなら納得もしますが、 素人さんなら、893にも色々いると言うことです。
チンピラでも、大きな組のえらいさんの直属(いわゆる個人的に杯を交わすことです)の舎弟ということもありますし。私の元彼は、それでした。だから893の知り合いも多かったし。それなりに顔も広かったです。もしあなたが、大阪在住なら、あなたが引いているプシャも私の知り合いかもしれませんよ・・・。


124 :名無しさん@_@:2005/04/27(水) 23:38:46 ID:ybUIbRRX0

あ〜やっぱ怖いわw
なんつーか最近ウツっぽくなって衝動が止まらない。
まだ我慢できる範囲だが今がギリギリ。

こりゃ怖すぎてソッチの世界にはいけんわな。快感と引き替えには。。
代償がでかい気がする。


130 :りんごちゃん:2005/04/28(木) 15:13:50 ID:Adc0wsco0
124さん

その通りです。あなたはシャブをしたことが無いのですか?
無いのならやめたほうがいいですよ。

もし、私のようにやめれても、いつ何時、又手を出してしまうかもしれない恐怖が、一生付きまとうのですから、夢だけではありませんよ。

たまにポン虫が沸いて、無性にしたくなって体が震えたり、久しぶりに行く時、物を手にして、仕込む時震えるのと同じ感覚です。
だから、したことが無いのならやめてください。

経験者なら無理に止めませんが・・。みんなそのリスクをしょってしているのですから。


132 :名無しさん@_@:2005/04/28(木) 15:22:46 ID:zhKDF5zM0

結局、Sオナ キメHを覚えたら最後!  
快感神経に関わってるだけにどんな恐怖を味わっても この快感の記憶には、なかなか勝てない。


133 :りんごちゃん:2005/04/28(木) 15:41:34 ID:Adc0wsco0

そうですね。この世のものとは思えないほどの快楽。。
あの、絶頂間はシャブだけ。

ガンジャもしたことあるけど、気分が悪くなってぼわーんとして寝て終わり。
ちなみに、青いまだ半生状態の極上品でした。
確かに音楽は以上に綺麗に集中して聞けますが・・。クラブ向きかな?


125 :名無しさん@_@:2005/04/27(水) 23:44:48 ID:JginEQ8CO

小学生を浸けた話
キボン(-o-;)


136 :りんごちゃん:2005/04/28(木) 16:42:52 ID:Adc0wsco0
125 さん

小学生を私が漬けた訳では、ありませんが当時、私が引きに行ってた、893で大量に扱う大シャブ屋の家の子供が、みんなポン中でした。小学生低学年の男の子2人です。

プシャが言うのが、おなかがすくとネタを舐めさすそうです。だから知らない間にポン中です。

母親もポン中で、いつも訳の分からん事ばっかり言ってました。
でも、めっちゃ安かったからいつもそこにばっかり引きに行ってたけど・・。

おだてると3万で5Gくらい分けてくれました。アバウトにガサッという感じで♪
今は、捕まってて服役中です。営利目的が付いて、5年半くらいだったかな?
あの家の子供は、今どうしてるんだろ〜?


156 :152:2005/04/28(木) 21:37:53 ID:wRD5asEl0

シャブ経験したあとで超絶にHがうまいやつとSEXしても、やっぱ物足りないもん?

俺が思うに、SEXっつーのも快感神経が関係してる記憶っつーか、詳しいことは わからんが、シャブなしでも女喜ばす工夫がありゃ(テクだけじゃなくて)女って離れねぇもんなんじゃないかなぁ、と。

甘いか。。


159 :りんごちゃん:2005/04/28(木) 21:45:13 ID:Adc0wsco0

薬の経験がある女は、別としてない女なら、女は男の体温にほれると思う。
快感じゃなくて、おもいやりとか、優しさかな ・・。Hの時の。


174 :りんごちゃん:2005/04/29(金) 04:56:03 ID:iBKcVV3p0

私の体験談ですが、今までで、一番最悪な出来事です。

夜中の12時くらいから引きにいき。帰りのローソンで通した時のことです。
彼が、先に終わって交代で私がトイレに入りとおしました。
トイレから出てくると、彼がいないんです。

トイレに入るとき何も持たずに入ったから持ち物すべて車の中。
あるのはネタとポンプだけ・・。

ほんまに1円も持ってなかったから途方にくれてしばらく放心状態だった。
また、場所が悲惨、大阪の西成のど真ん中。

待っても待っても帰ってこず、仕方が無いので、通行人にテレカをもらい携帯に電話するも、当然電源オフ。ローソンで待ち合わせしていたピンサロのお姉ちゃんと仲良くなり、タバコをめぐんでもらい。


175 :りんごちゃん:2005/04/29(金) 05:02:02 ID:iBKcVV3p0

待ち人が来るまで少し話してた。お姉ちゃんが行ってしまってからが悲惨。

その辺うろうろしたり本を立ち読みしたり、でも焦点が定まらず、絵をただ眺めてるだけ。外に出ると、新手のナンパが話すだけというから、のこのこ付いていって、犯されかけたし。走って逃げたけど。

それから、無性にのどが渇き、またまた待ち合わせをしていた、ホストのお兄さんにジュースをおほってもらい、変わりに名刺を渡されたけど。。


176 :りんごちゃん:2005/04/29(金) 05:10:20 ID:iBKcVV3p0

そんなこんなで、時計を見るとあさの6時過ぎ。
ピンサロお姉ちゃんが帰ってきて私がまだいるもんだから、かなりビックリされた。

ほんで、同情してくれたのか、なんとタクシーで帰りって1万円くれた。
どんな思いして稼いだお金かと思うと胸が痛くなったけど、ありがたく頂いて、ぶじ家に帰ることが出来ました。

この体験だけは、ほんまに辛かった。よく捕まらなかったことや。
途中ポケットからPがもろ見えしてるときもあったし。みんな想像してみて。
真夜中西成のど真ん中に無一文で置き去りにされたこと。

しかも、ガンギマリで・・。男でも怖いよね。
多分この思いでは一生忘れないな。決して。決して・・・。


178 :名無しさん@_@:2005/04/29(金) 05:16:24 ID:Ljsc339t0

彼は何処に行ったん?


179 :りんごちゃん:2005/04/29(金) 05:21:34 ID:iBKcVV3p0

彼は、頭が飛んで、行方不明でした。
切れて少しまともになったら帰ってきたけど、多分自分でもどこにいたかも覚えて無かったと思う。

あたしを置いてきた場所がどこか分からなくなって、しばらくすると私を置き去りにしたことさえ忘れてたから。それから、絶対外ではしないと決めました。


163 :名無しさん@_@:2005/04/28(木) 21:56:34 ID:zhKDF5zM0
>>りんごさん
現役時代、周りに様々なポン中を見てきたと思うのですが その中でも記憶に残る出来事などお聞かせください。
  
それから女の人って血管が細い方が多いようで自分の周りにも 二の腕の内、手の甲などからは、入らないということで足の踝の近辺から打ってるの見た事ありますが、 林檎さんの周りで変わったところから入れる人の話とかお聞かせください。


278 :りんごちゃん:2005/05/06(金) 04:15:00 ID:G4xq2S3u0
>>163
変わったところに、通す人の話だったよね?
当時23歳の男友達は、足の爪の間に通してた。
注射痕が残るのを以上に嫌がってた人なんだけど、マジ引いた。。

最初は強烈に痛いらしいけど、なれるとそうでもなくなるみたい。
静注の方が気持ちいいのにね♪

それと、変わったところではPがどうしても手に入らなくて、歯茎に塗りこんだって人もいたな・・。

後こんな話もみなさん、どうしてもPが手に入らないときは、昆虫の標本作りに使うセットの中に注射器が入ってます。その代わり、恐ろしく針がごん太!!
女には厳しいけど、男で血管が太ければいけます。

その代わり、仕込む量を気をつけないと行き過ぎちゃうよん♪


297 :りんごちゃん:2005/05/06(金) 16:12:42 ID:G4xq2S3u0

車の中で、その気になった時の話しなんだけど、

ワゴン車の後ろをベットにして男のズボンを強引に脱がし、イキナリおちんちんをくわえてゆっくりピストン運動開始

♪はちきれそうなおちんちんを一旦離して、おあづけ・・・。
Tシャツをめくり、乳首を必要に舌先で愛撫。。

右手も手のひらで円を描くように乳首をやさしく転がす。

快感で悲鳴をあげた頃、再びおちんちんをパクリ。おちんちんの先からは我慢汁がもう絶え間なく出ているけど、じらすじらす。。

今度は男を四つんばいにさせて、またの間に入り、 下からおちんちんを舐める。。。

その時同時に、人差し指にたっぷり唾液をつけて、アナルの入り口に押し当てる。最初はぎゅっと締まってた肛門も、おちんちんの刺激に負けて、次第にやわらかく、開き始める。。。

第一関節まで入ったとき、男は、初めて指の存在に気づいて、微かな抵抗を見せる
抵抗されると、S魂に火がつき、おちんちんを唾液で充満したトロトロの口の中で 激しくバキュームピストン運動。。

口の中で舌もまとわり着く様に這わす。

指も、アナル我慢汁の滴る奥の方までグッと入れかき回す。。

男は体験したことが無いほどの快感に犯され、勢い良く口の中で大量の精子を出し。

そのまま、イキナリ私の体の上にグッタリと落ちてきた。
話しかけても返答なし。重いので、のけて顔を見ると、無表情・・・。

ビックリして胸の所を数回たたくと目覚めたので、すっごい安心した・・。
ほんと、死んだのかと思った・・。

その日私は生理だったので、そのまま各自帰宅。

その日を境にその男にストーカーされ、彼氏にもバレてしまい。その後泥沼状態が約2ヶ月続きました・・。

言い忘れましたが、その男とは、テレクラの桜をしてたときの客。
それとなくシャブの話になり、会う約束をして、その日のうちに会い。
ワゴンの中でシャブを分けてもらい2人で通しました。

23歳のなかなかの男前だったよ♪
だから、つい犯してしまったけど、後が・・・。最悪。


277 :りんごちゃん:2005/05/06(金) 04:00:39 ID:G4xq2S3u0

ただいまですm(_)m♪
みんな覚えてくれてるかな?りんごちゃんです!

さてさて、私は、GW中シャブの夢ばかり見て、朝になるとお○んこが濡れてて、虫の沸く夢ばかり見てました・・。はぁ〜夢が現実ならナ♪

2ちゃんねるしだしてから、やけに虫の沸く事が多くなってきた・・。
近い未来、私も戻っちゃうかもな・。


283 :名無しさん@_@:2005/05/06(金) 09:12:25 ID:6RUThNzS0
>>277
>近い未来、私も戻っちゃうかもな
てことは、目の前にシャブとP持ってこられたら躊躇なくキめちゃうってこと?

そういえばりんごちゃんの職業ってなに?


293 :りんごちゃん:2005/05/06(金) 15:54:16 ID:G4xq2S3u0
>>283
当然とまでは行かないけど、キメチャウだろうな・・♪
ほんで、とことんHしたいな♪

ちょっと自慢だけど、キメてのHでアナルと、おちんちん同時攻めで、逝かせて気絶させたことあるよん♪

死んだのかとかなりビビッたけど尺は得意中の得意。私は、ちょっとSかも?
Mの時もあるけど。。

職業は元キャバ。今は時々クラブ勤務。昼の職業は秘密。


314 :名無しさん@_@:2005/05/06(金) 19:46:35 ID:6RUThNzS0
>>293
>当然とまでは行かないけど、キメチャウだろうな・・♪
>ほんで、とことんHしたいな♪

やっぱキめちゃいますかぁ。シャブは一度やったらやめられない!
シャブH、いまの彼がOKって言ったら毎日でもしちゃいますか?


315 :りんごちゃん:2005/05/06(金) 19:57:52 ID:G4xq2S3u0
>>314
うん。やっちゃうと思う。
でも、親に救ってもらって今があるから、罪悪感がすごいと思うけどね。。


317 :りんごちゃん:2005/05/06(金) 20:29:34 ID:G4xq2S3u0
>>314
それと、覚醒剤は辞められないというものでは、無いと思う。

切れ目に確かに、すごいダルサ、すごい筋肉痛、すごい眠気と食欲等の禁断症状と呼べるものはありますが、決して辞められ無いものではないと思います。

覚醒剤の怖いところは、常習性よりも、習慣性があるということです。
つまり、目の前に物を置かれるとついしてしまう。

落ち込んで投げやりになった時につい手を出してしまう。
それと、ポン中はそれなりの代償を払ってしている場合が多いので辞めにくい。
例えば、パクられて刑務所経験者。

身近な存在の人から、(親、恋人、親友など)から突き放され孤独になってしまった人。などは、世間体的に守るものが無くなってしまった人がやっぱり辞めにくい。

反対に、親に知られたくない、パクラレたら絶対まずい、等世間体を気にする人は頑張れば辞められる見込みがある人です。

でも、記憶は記憶喪失にでもならない限り無くならないものなので一生、手を出した人間を苦しめ続けます。

私も、記憶を消す機械があれば治療費一千万でも、シャブに関する記憶すべてを消したいです。


455 :りんごちゃん:2005/05/09(月) 12:57:33 ID:FXKGXjW50

あたしが、産まれて初めて覚醒剤というものを決めた日の話

あれは、私が18歳の時の事です。

彼は元々ポン中で、刑務所も経験してる人だったのですが、私と付き合うちょっと前から、シャブを辞めてて、まじめに建設関係の仕事をしてたんです。

だから、彼に【俺の女になれ!】と告られたとき私は、薬を絶対しない事を条件に付き合うことにしました。

だって、舘ひろしと三木りょうすけを足して2で割った感じの男前だったんだもん♪

付き合いだして、半年くらいは普通のカップルのように、喧嘩したり、ラブラブし たり、ほんと普通に幸せだったんだけど、ある夜、彼と、つまらないことで喧嘩してそれから2日くらいお互いに連絡もしなかったんです。(無視状態?恋の駆け引き状態?)

でも、3日目に私が痺れを切らして、ごめんなさいしようと、電話をかけたんです。

でも、【お客様のおかけになった、電話番号は・・・・。】

電源が入っていないか、圏外。

それから、心配で毎日毎日、何回電話してもずっと圏外。。。。ほんと、泣きながら喧嘩したことを後悔し、同時に恋の駆け引きとか言ってすぐに連絡しなかった自分を恥ずかしく恨めしく思った、、(;へ;)。。

一週間を過ぎても、まだ連絡がつかず、このまま別れるのも納得が出来なかったから、仕事が終わった後、夜中に心当たりのあるとこ全部あても無く、原付でウロウロ探し回ってた。

探し回った1件(彼の元で働いてた若い衆の寮に使ってたアパート)で、彼の車を発見。

なんて謝ろうか、頭の中グルグルしながらチャイムを押した。
すると、明らかに中で物音とかしてるのに、誰も出てこない。 
 
夜中やからかな? とか思い何回もチャイムを鳴らしても全然応答なし。
私も、探し回って、探し回ってやっと見つけたから引き下がることが出来なくて、名前を呼びながらドアを叩いた。しつこいくらいに。。。

泣きながら、手が痛くなるぐらいドアを何回も叩いた。

すると、部屋の電気がつき、ドアの前に人が立ってるような気配がした。私はすかさず○○?と名前を言い、ドアをあけてくれるように必死でお願いした。
でも、彼は

【会いたくないから帰ってくれ】【こっちから連絡するから帰ってくれ】【頼むから帰ってくれ】

と言うばかりで、頑なに会うのを拒絶された。私は号泣してた為、なかなか声が出ず、やっとのおもいで

【じゃ・あ、今日・・はヒック。帰るから・、顔だけ見せて・・ヒック・・】

と言うと、それから5分くらいの長い沈黙が続いた・・。

私も何も言わずジッと彼の返事を待ってた。すると、彼がドアの郵便受けの所から、顔を見せてくれた。。。

って言っても、目の部分だけしか見えなかったけど。。。彼と私の目が合った瞬間、私は驚愕。。した。  

彼の目は、漫画の中で書かれているような、薬物中毒者の目。

眼球ははギラギラとしていて、目の下にはくまができ、目の周りがどす黒く見えた。

私はショックで又涙が溢れてきた。泣いて、理由を何回も問い詰めるように聞いた。

【なんで?約束したやんか・・。】【私のことが嫌いになったん?】【ほんまになんで・・?】
【・・・・・薬した・・ん?】

彼は 【明日絶対連絡するから今日は帰ってくれ・・絶対するから。。。】

私は事態が理解できず、自分もパニックになり、何を話していいのかわからなくなっていたので、仕方なくではあったけど、了解し、その日は家に帰った。。。

次の日、私は風邪を引いたと嘘をつき仕事を休んで、一日中彼からの電話を待った。

朝からずっと昨日の事を思い出し、考えて、自分なりに頭の中を整理しながら、電話を待っていた。

やっと、携帯がなったのは夜中の12時半くらいだったと思う。彼は、私の家の近くのホテルに1人でいると言いそこで話がしたいと言った。(私の家の近所は男1人でも泊めてくれるホテルが数件ありました)

私は、急いで用意をし、原付をとばして、指定されたホテルの部屋の前に立った。

部屋の前に立って何から話そうかとか、彼が凶暴だったらどうしようとか考えてしばらくチャイムを押せずにいた。(この当時、私は覚醒剤と言うものが、未知のものであり、テレビからの情報しかなくて、とてつもなく恐ろしい物だと思ってた・・。殺人とかには必ずと言っていいほど薬が絡んでたりするし)

この時マジで、自分の命さえどうなるかとか考えてたな・・・。

やっとの思いで覚悟を決め、部屋のチャイムを押した。すると、部屋の扉が開いた・・。

私の目に飛び込んできた部屋の中は、異様な雰囲気をかもし出していた。

電気は消され薄暗く、ただテレビから流れているエロビの微かな光で部屋の中がボーっと照らされてると言った感じだった。

彼はと言うと、昨日とそうは変わらない様子で、やっぱり少しそわそわして落ち着きが無い様子だった。

部屋に招かれるまま入り、お互いに何も言わない沈黙の時が流れ、私はその間何を話したらいいかずっと考えてた。そして、先に口を開いたのは以外にも彼のほうからだった。

【ごめん・・・。・・】

私は、その瞬間一気に考えていた事が口から次々と出て行った。

【私のことが嫌いになったん?】

【なんで?あんなに約束したやん・・。あれはうそやったん?】
【・・・・・薬。。。したん・・・・?】

彼に問い詰めるように何回もおんなじような事を繰り返し言っていた。彼は

【悪いのは全部俺や・・・。】

【お前には何の落ち度も・・無い。ほんまにごめん・・。】

誤ってはくれるけど、誤ってくれるたびに私の中で、言いようの無い感情がふきだして、又涙が溢れてきた・・。

それから、言いやいを繰り返しているうちに、私の中でシャブへの興味が沸いてきた。

それは、シャブが憎くてなのか、彼が憎くてなのかはわからないけど、自分の中でハッキリと

【やってみたい・・・】

【そんなに何も考えんと居れるんやったらしてみたい・・】

私は、その時、もう、どうでもいいやとか投げやりな気持ちがあったのかもしれない。
私は、彼に

【今・・・も・・持ってるの・・・?】
【どんなんか・・・見せて・・・。】
彼、【あかん。お前はあかん!!絶対あかん!!】

私は彼の言葉に

【ハァー??自分はなんなん??とか思って】

カーッと頭にきて、彼を睨みつけるようにみた。そして、すこし口調が荒くなり、

【早く!!み!せ!て!】

と強く言うと、彼はしぶしぶ【見せるだけやで!】と言って、ベットの方へ歩いていき、布団をめくった。布団とベットマットの間に隠すようにしまってあった茶色い封筒を手にし、私の元へ戻ってきた。そして私の前のソファーに座り、私の顔を1回チラッと見た後、おもむろに茶色い封筒から中身を取り出した。

中に入っていたのは、赤いキャップの注射器が3本(その内1本が、使用済みのようでビニールには入っておらず、裸のままの状態だった)後、小さいめのメモ帳1冊。それに小さい透明のビニールに入った、半透明の粉。が、出てきた。

私の目に産まれて初めて見る、覚醒剤は、思っていたよりも透明で粒がゴロゴロした感じだった。例えるなら、味の素のもっと透明で大きめな感じ? 。?。?。。

違うな〜。夏祭りの屋台のかき氷(氷荒め)の屑のもっと小めのような、そんなキラキラとした粒状のものだった。
私は彼に

【これって・・どないしてするん・・?】
【このメモ帳は何につかうん??】
【これって何でとかすん???】

とたて続きに質問した。。




379 :りんごちゃん:2005/05/11(水) 01:36:24 ID:i5wyyM4O0

s-sexってほんとに凄いノン? からの続きです。
じれったいと言う意見が多数あったので途中はとばし、彼が仕込み終わって私が始めて通すとこからはじめたいと思います。

書きにくいので彼の名前は例えで、【隼人】とします。

彼は私用にM3。自分用にM7を用意した。(省略)

【ほな、腕まくって自分で腕握って血管出してみ。。】
【うん。。。】

そう言うと私は自分で血管を圧迫しはじめた。
産まれてはじめての事にちょっと興奮気味だったのか、すぐに血管は浮き出した・・。
テレビの薄暗い光に照らされハッキリとそこに血管があるのがわかる。

【ほな、針さすで!】

そう言うと彼は私のプックリと浮き出ている血管に針を刺した・・。
彼は

【いいか?入れるで・・後でHしていい?】

その問いに私は

【うん♪もし、気持ちよくなったらする。早くシャブ入れて♪】

そのすぐ後、彼はPを1回引き、血管に入っていることを確認するとゆっくり溶かしたシャブを私の体の中に入れてきた・・・。

【えっ???何も無いで???】【ちょっと待てってみ!】

効き始めるまでに多分7秒くらいかかったような気がする・・・。     
!!!その直後!!!!!!!!

首の後ろに!!!!!!シューーーーーーン!!!!!!

一気に・・・冷たいようなものが、すばやく走り抜け、むせ返った。

・・と・・・と、同時に・・・・言いようの無い快感が体中を走り回り。

【ハァ。。ハァ・・ ハァ・・うっ・うんぅ・ハァハァ。。めっちゃ凄い・・・】

私は、ベットの上で、ただ悶えまくるしかなかった・・。
彼は悶える私を見ながら、自分もシャブを通し、バイアグラを1錠飲んだ・・・。

【は〜やと〜♪・・うん・・早く〜】

甘えた声で隼人を誘うと、隼人は、強引に私の、服を・・・下着を次々と脱がしていった。

【あん♪・・そんなにマジマジみんといて・・恥ずかしい・・・】

ありえないくらいの快感に、私のアソコは、すでに濡れ濡れ状態・・。

トロッとネバネバした、半透明色のオメコ汁がおしりの方まで流れてきた。。

【な?・・な?気持ちいいやろ??こんなに濡れてるやん】

そう言うと、隼人は、私の垂れ流してるオメコ汁を音を立てながらすすり始めた・・。

【チュバッッ・・ジュルジュル・・】
【あぁーーーん!ハァハァ。。!嫌・・・めっちゃいい・・オメコ解けちゃうよ〜。。】

隼人は、リズミカルに私のクリトリスを舌先でレロレロ・・転がしてる。。
超敏感になってるクリトリスは、普段のHの時より、1.5倍くらい赤くふくれ上がり、逝きたい逝きたいと、プルプル震えてるような感じだった。

隼人はそれを察したのか、クンニを一旦辞め、私をマングリ返しの格好にさせ、オメコが丸見えの状態で又、クンニを再開させた。。

クリトリスの皮を思いっきり剥かれ、舌先で・・・クリトリスに当たるか・・・当たらないかぐらいの超じらしで・・

【あん。。はぁはぁはぁはぁはぁ。。。もうダメ。。思いっきりクリ吸ってーーー。。】

私は快感のあまり体をブルブル体を震わせ、涙を流しながら隼人にお願いした・・・。。。隼人は、ニヤッと笑い

【まだ、あ〜かん♪お前のもっとエロイとこ見せてみ?♪気持ちエエやろ?・・ん?】

隼人は意地悪にそういった・・。



▲△▽▼


【本当に】S-SEx【凄いノン??】

7 :名無しさん@_@:05/02/06 20:42:30 ID:yV7XiZnV

Sマンは確かに凄い。女によっては気絶するのもいる。
ただマソコに塗るのは効率が悪いし無断でやると傷害罪になる。


15 :名無しさん@_@:05/02/09 01:32:36 ID:qJR77mq+

昨日の晩Sキメてなんかすごいローターで責められまくって10回以上イッタょ(/-\)イヤン

673 :☆志乃タン☆:2005/05/16(月) 19:58:58 ID:oswbpn31O

キメHは良い〜ね(^∀^)

あたし普段から濡れやすくてすぐにビチャビチャになるからキメHなんて半端なく乱れて四つんばいで乳首、背中撫でられてるだけでシーツにポタポタ(苦笑)久々にキメHしたいわっ(〃ω〃)


148 :名無しさん@_@:2005/04/02(土) 23:34:46 ID:yGDq30s0O

マンコに塗るのとポンプで決めてやるの、どっちがいいの?
俺の知り合いはマンコ派だって。
俺はチンコに塗るよりポンプの方が良かったぞ。みんなはどっちが良い。


149 :名無しさん@_@:2005/04/03(日) 00:48:29 ID:cjrhB5eW0

ポンプ!

まず、二人ともきめてHし始めるでしょ、そんで16時間くらいはひたすらやり続けるでしょ、そして、ちょっと疲れたなぁってなったら、追い打ちするんだけど、正常位でチンコいれたままの状態で注射してもらいまーす。

そうすると、キマッタと同時にイッちゃうよ!
男のほうは、入れた瞬間からおまんこがきつーくしまっていくのがわかるんだって!


150 :名無しさん@_@:2005/04/03(日) 18:46:13 ID:bsXItLpqO

マンコに塗るとどんな感じ?


151 :名無しさん@_@:2005/04/03(日) 18:50:40 ID:LLu1MHXOO

私の場合はありえないぐらい濡れまくり。たいてい潮ふいちゃうもん


153 :名無しさん@_@:2005/04/04(月) 00:07:18 ID:rYbWSftTO

私も潮吹き当たり前
☆クリも3倍位大きくなってちょっと触れられるだけでいけちゃいます(*^_^*)
しかも3日位それが続く。。。


171 :名無しさん@_@:2005/04/07(木) 12:36:02 ID:5JxuCVirO

溶かした液いれて、夜から朝までひとりHしたことあるよ。バイブいれて。


195 :名無しさん@_@:2005/04/11(月) 12:36:06 ID:j260vnlKO

万子に縫ってもヒリヒリしたりしないのかな?


197 :名無しさん@_@:2005/04/11(月) 12:58:01 ID:bXkOBv0uO

ヒリヒリするし抜けたあと生理じゃないのに出血した‥
産婦人科行って洗浄してもらって、抗菌剤みたいなのもらった。
おすすめしないなぁ


690 :☆志乃タン☆:2005/05/17(火) 04:03:10 ID:Rdi0mGfmO14日

ホテルのラウンジで彼氏と酒を飲みホテル
☆日付あけ15日1時前玉1個半食って炙りそのまま昼12時までSEX
夜8時に男が帰りそのまま…以上だなぁ〜


693 :強がり女:2005/05/17(火) 11:44:24 ID:88fPe4mSO

キメH…凄いよね。首舐められてもイッちゃったのはビックリしたけど…(笑)。もう二度とあんな幸せで気持ち良くて楽しい思いは出来ないんだ…。

訳あって連絡もできないし…一人でキメてオナ狂いになるのもねぇ…(笑)。
それはそれで凄い事になりそう…(≧▽≦) 。


694 :名無しさん@_@:2005/05/17(火) 12:40:43 ID:aGGTUCNF0

アナルに入れたり炙るだけなら大丈夫ですか?
Pはヤバそうだから。それともどっちもやばいんですか?


696 :名無しさん@_@:2005/05/17(火) 15:17:12 ID:NFgdrytm0
>>694
ケツ入れだけだったのに隔離病棟入っちゃった人もいるよー。


697 :強がり女:2005/05/17(火) 16:29:13 ID:88fPe4mSO

アナル入れは凄いよ。クリも穴もカーッて熱くなって、軽くイッちゃった状態になるよ。
突かれたら…もう…イキっぱなしだよぉ。


744 :質問:2005/05/18(水) 14:48:36 ID:7nz53f85O

栗やマンコに塗るときは、粉を塗るのか水に溶かした物を塗るのか教えて下さい
また水で溶く場合どれくらいの量ですか?
何分ぐらい前に塗るのがいいの?


745 :名無しさん@_@:2005/05/18(水) 14:56:45 ID:3s4IwEkeO

女に内緒で塗るのは止めろよ、痛がるヤシもいるから
バレるぞ。


748 :744:2005/05/18(水) 18:01:43 ID:7nz53f85O

粉の場合は痛がるんですね
水に溶く場合はどれくらいなんでしょうか?
あと何分前ぐらいが良いのでしょうか?


778 :名無しさん@_@:2005/05/20(金) 12:04:48 ID:jpGXmc5jO

マンコor栗はどちらが吸収が早いの?
痛がる子もいると聞いたのですがどういう風に塗るのがbest?


779 :中田中 ◆.ChampionM :2005/05/20(金) 12:16:16 ID:XIkBcLZL0
>>778
学術的データは無いが、先人の話では膣もクリもほとんど吸収はしないと。
膣は多少するらしいが吸収される前に溢れて外に出てしまうだろうと結論。
個人差もあるみたいなので、 一度試されてココでレポして下さい。


698 :そうでつか?:2005/05/17(火) 16:54:32 ID:qjB0BYiY0

俺の女はゼンゼン変化が無い!!
罰の食い杉かな〜


699 :強がり女:2005/05/17(火) 17:21:59 ID:88fPe4mSO

個人差があるみたいやねぇ。私はキメてない時でも以前と比べて感度があがってるよ。
みんなキメHやってた相手と別れたら後どうしてるんやろ?


700 :そうでつか?:2005/05/17(火) 17:34:52 ID:qjB0BYiY0

どうやって食べてるの?。。。下のもう一つの口から??
俺の場合、指にベビーオイル塗って耳掻き2つ分から始めてるが変化無い。


701 :強がり女:2005/05/17(火) 17:41:47 ID:88fPe4mSO

アブってキメてしこたまやってから。
水溶液にしてスポイトで入れたり、クリと穴には指に粉末を付けて直接塗ったり。スパイスみたいなもんやね(笑)。


702 :そうでつか?:2005/05/17(火) 17:48:56 ID:qjB0BYiY0

やっぱり量かな〜〜
いつも、ストロー2cm位の1パケを二人で炙り後は指入れだけど…??


704 :強がり女:2005/05/17(火) 18:10:15 ID:88fPe4mSOん〜

量は直塗りは指先に付けてやし、耳掻き一杯あるか無いか…。
水溶液の時は見てなかったから…。
もう聞けないから分からないの…。ごめんね(T_T)。


706 :横浜黄昏:2005/05/17(火) 18:43:49 ID:F3uA4m/20

皆さん。割と量が少ないですね
最近のは、物が悪いので0.3位ポンプで行きましょうね!


708 :質問!:2005/05/17(火) 19:41:06 ID:RW41Dxua0
普通のストロー2CM位で何グラムありまつか?


710 :名無しさん@_@:2005/05/17(火) 20:33:34 ID:p21+LiAJ0
>>708
普通のストロー ←どのストローが[普通基準]としているのか不明
内径4mm程のストローならば 0.2g以上はあると思う


711 :強がり女:2005/05/17(火) 20:50:15 ID:88fPe4mSO

ストローって曲がるやつ?
多分0.2〜0.4くらいかなぁ?そんなに無いかな?
詳しく計ろうと思ったら、電子秤がないと計れないねぇ。


712 :質問!:2005/05/17(火) 20:52:48 ID:aUFUnkdy0
>>710
そうですね
それの長さが2CMくらいです。

海外からの書き込みです
売られてるヤツがストローな物で…
アイスと言ってますねこちらでは。。


713 :強がり女:2005/05/17(火) 21:02:32 ID:88fPe4mSO

712ストローに入ってるんですか?
アイスって体が冷えるからかなぁ?


725 :名無しさん@_@:2005/05/18(水) 06:27:11 ID:yaxhlgXEO

Sすると口の中がパサパサになるよね?

あたしの場合 S-SEXは半日位ひたすらローション使って舐めあいっこなんだけど、えずいたり、吐きそうなぐらいのゲップが出たりするんですが。。。
同じような人いませんか?


729 :強がり女:2005/05/18(水) 08:09:16 ID:c9Bf1sjRO

口が乾いて辛くなる時は、喉飴を舐めたりガムを噛んだりすると楽になります。後、基本的に水分補給はスポーツドリンクにすると、口の渇きがマシになりますよ。


730 :名無しさん@_@:2005/05/18(水) 08:51:55 ID:mHjPY4uiO

725さん、私もなりますw
ゲップだしたいねんけど吐きそうなるよね。わかるわかる


304 :名無しさん@_@:2005/04/27(水) 06:16:32 ID:9NqV18/j0

詳細
26才OL M歴3年

22時入室。2人で入浴後、北朝鮮製核弾頭をアナルにズドーン。膣にバキューン。
AV観ながらまったりしてると、下半身が、もわもわもわぁ〜ズッキン!ウホッ!

そこから、AV鑑賞、SEX、風呂、SEX、風呂、SEX、風呂、SEX、風呂、SEX、射精、
休憩(電車事故TVニュースをしばし見る) 休憩後、AV鑑賞、SEX、射精、風呂、

で、気がついたら20時間経過。うそ!速っ!

SEXはソフトSM系で、乳首責め、バイブ責め、言葉責めなどを多用。
言葉責めでよく言わせた言葉。

「私を○け女にしてください」

「私は○○○無しでは生きて行けません」

「私は○○女です、玩具にして下さい」

「フェラさせて下さい」

「命令して下さい」

「○○○で○○○○を○○って下さい」.........etc


使用品

バイアグラ100mg2錠、バイブ2本・ローション1本(ホテルで購入)
ウイダーインゼリー4個、アクエリアス500・5本、volvic500・4本、タバコ3箱。

SEX計約14時間、最長フェラ記録1時間10分、
彼女の逝った回数18回、俺の射精回数、手コキで2回。お風呂入浴5回、

最後の風呂上がり後、梵でマターリ2時間人生を語り合う。
計23時間で退室。料金18.620円 以上

部屋は通常タイプです。
料金にはバイブ2本、ローション1本が含まれているので割高になりました。

バイは、いつもは100r1錠でおkです。
一昨日は久しぶりのバトルだったんで攻撃力を高めようと核兵器をガツンといったのと、彼女がカチカチのちんこを欲しがったので休憩後、追加しましたw


313 :中田中:2005/04/30(土) 06:33:33 ID:ZTMqxadw

93や合ドラは、相手やセッティングでトビもかわる
落ちる事もある。

Sは何もいらない変わらない、レイプされてても感じる
逝っちゃう、したくなっちゃう。

圧倒的な力です。

定説


314 :名無しさん@_@:2005/04/30(土) 12:10:55 ID:nOlrl0OhO

合ドラ、イリーガルいろんなドラッグの中で
やっぱりエロにはSが最強なの?


315 :中田中:2005/04/30(土) 12:18:24 ID:2xG1pM8n0

無敵


316 :名無しさん@_@:2005/04/30(土) 12:28:35 ID:nOlrl0OhO

5メのスレとか見ると凄そうなんだけどやっぱりSが無敵ですか?


317 :中田中:2005/04/30(土) 12:31:18 ID:2xG1pM8n0

 S=無歴
5メ=難敵


318 :名無しさん@_@:2005/04/30(土) 12:40:50 ID:nOlrl0OhO

すいませんちょっと意味がわかりませんが
S>5メってことですか?ちなみに自分5メの
経験ないんで試してみたいんですが
Sが最強なら今まで通りSでいいかなと思います


319 :中田中:2005/04/30(土) 12:44:09 ID:2xG1pM8n0

まったく別物です。
瞬間的攻撃力は、5メオの方があります。
どうぞお試し下さい。


320 :名無しさん@_@:2005/04/30(土) 12:53:23 ID:5lpcrDxcO

5メは最初きもくなるからいやだ


322 :中田中:2005/04/30(土) 12:58:20 ID:2xG1pM8n0

5メオは勇気がいります。
ある意味、Sより怖いです。


323 :dynaric ◆DyNaricTIU :2005/04/30(土) 13:05:06 ID:QBpv/+4J0

MIPTとか 4-AcOとか類似品はあるが…。
個人的には、違法合法の問題と、価格の点で 5meoを選びましたが。

エネオナニーならdipt系か…?


765 :名無しさん@_@:2005/05/20(金) 02:51:21 ID:/37FE8bA0

赤玉(エルミン5)ってすごいと聞いたんですが使った事ある人いますか?
エッチがものすごくしたくなるって、男の人にはどう作用するんですか?


780 :そうでつか?質問!:2005/05/20(金) 13:01:25 ID:deJgdV/G0
>>765
これは、俺でも説明できるww

赤玉=エミリン5でしょ?

眠剤ですよ。。。それ食べると言うより舐めるかな。。舌の下に入れとくと良いみたいだが…。

俺は好きじゃない。。体が重くなる感じでSEXなんて出来やしないそ!

こっちでは、罰と良く一緒に食べてる奴が要るけどね、クラブとかで。
まだ、93の方が好きだな。

アジアの良くある犯罪でビール、コーラの中にそんな類のもの入れられて知らずに飲んじゃって、寝てしまってる間に、財布とかとられる事が有る。

それ飲み過ぎると、もし起きれても体が動かないでレイプとかされてる。
アジアに出回ってるよ。




▲△▽▼


214 :名無しさん@_@:2005/04/14(木) 00:22:19 ID:RkCFwmAy0

堅物の彼氏にSおぼえさせるにはどうしたらいいですか?


215 :名無しさん@_@:2005/04/14(木) 03:40:17 ID:S/IAWrMCO

無責任に破滅の道に引きずり込むのはやめましょう


222 :名無しさん@_@:2005/04/16(土) 23:00:31 ID:luwyb/MF0
>>215
ずっと一緒にいるつもりですよ。

245 :222:2005/04/19(火) 01:08:04 ID:Y9CsaSVf0

もういいですよ。 自分で考えますよ。

彼とずっと一緒にいたい。彼のエリート顔より、私に夢中の顔が見たい。

あんたがたには分からないでしょうね。

Sもいっぱい買ってきました。なんととか自分で考える。
あんたら死ね!ばか!


259 :名無しさん@_@:2005/04/20(水) 06:48:58 ID:teNYmP6G0
>>245
女に漬けられたオレの体験談。その方法も含めて書いてやろうか?w


ある日、行きつけの飲み屋で知り合った女の子と成り行きでホテルへ行くことになった。

オレは当時22歳。彼女はオレより年上で28歳。

当然、彼女はベッドの上でもお姉さんぶりを発揮し、オレは酔いながらも「大人のエッチって凄いw」などと呑気な事を考えていた。

全身を優しくキスしてくれた後、そのままフェラに。

オレのあそこがギンギンになったところで、あそこを軽いタッチで擦りながら、蟻の門渡り、だっけか?

そこを舐めながら、たまに肛門を舐めてくれる。

あまりもの気持ち良さにビックリしたオレだが、本当にビックリしたのはその後だ。

肛門を舐めていた舌先が、突然グググッと肛門の中に入ってきた。

突然だったので驚いてしまい、思い切りお尻に力を入れると、彼女の下が肛門からスルリと抜けるのが解った。と同時に肛門がヒリヒリして、下っ腹がカ ーッと熱くなってくる。

彼女はそのままバスルームへ行き嗽をしている様子。

その間、オレは下っ腹の熱い物が静まり、その代わりクリアな多幸感の波が徐々に押し寄せてくるのを目を閉じながら感じていた。

彼女がバスルームから戻って来たので、オレは早速

「さっきお尻になんか入れたっしょ?w」

と尋ねてみた。

「うん、これをねw」

とベッドの脇にあるテーブルの上の彼女のポーチから、小さなピルケースを取り出し、その中から小さなパケを取り出した。

良く見ると、そのパケには白っぽい半透明の小さな結晶がいくつも入ってる。

10代の頃から93愛好家だったオレは、天然物の93はいいけど、それ以外のDRUGはダメ! 絶対!! という偏見を持ったジャンキーだった。

そんなオレでも、初めて目にするその物質の正体までは解らなかったが(その時までS、H、Cは全てパウダー状だと思っていたw)、DRUGだということだけは理解できた。

オレはビビりながらも、やっとのことで

「何なの、それ?」

と彼女に聞くと

「速いヤツ♪」

と微笑みながら裸のままで抱きついてきた。
S=社部=速いの←さすがにこのくらいの知識は有ったので

「やべーww 速いヤツ、と言ったらSかよwww」

とかなりショックだったが、抱きついてきた彼女と肌を合わせた瞬間「気持ちい〜〜ww」。
理性もショックも何もかもが、裸の彼女と抱き合った瞬間に吹っ飛んだ。

今までに経験した事も無い極上の快感に、まるで体全体が性器になったような感じだった。

だが、これだけ性欲の塊になったような気がするのに、その意思とは裏腹にあそこは沈黙したまま。

すると彼女が「気にしないで〜♪」と、オレのあそこをパクリ。

かなり長い時間、あそこは沈黙したままだったが、 彼女が頑張ってくれたおかげ? で、ようやく反応し始めたのか、ムクムクと元気を取り戻してきた。

と同時に、彼女の頭の動きも加速していくのが解る。

気持ちイイ・・・。本当に気持ちイイ。
こんなシオシオ状態なのに、なんでこんなに気持ちがイイんだろう・・・。
と思った瞬間。頭の中が真っ白になり、半立ち状態だと言うのに、いきなり快感の津波が押し寄せ一気に射精!

「半立ちなのに有り得ねぇ〜w」と思いつつ、今まで経験したことも無いその射精感に、頭の中はカラッポ状態。

この板のどこかで見た気がするけど、まさに牛乳ビ ン一本分の精子を放出したような気分だった。


後で、その彼女に聞いたところ、マッチ棒の頭くらいのガンコロ2つを口の中で溶かし、その唾液を肛門の粘膜に塗りつけるような感じで舐め、最後の舌入れは唾液を押し込むため、だったそうですw

つまり、ちょっとした浣腸ですねww

耐性がついてくると、もうちょっとちゃんとした接種法じゃないと効果無いですが、初めての人間にだったら、これでバッチリ効きますよw

なぜ断言できるかって? それはS未経験の女性数人に何回か試してるからですw(もちろん了解を得て)


326 :245:2005/04/30(土) 23:16:58 ID:IBztK+Xn0

彼がお仕事終わった--------------------!

お化粧しなきゃ!

Sも取りに行きます!

彼をおかしなポン中にはしませんよ!頑張りまっす!


330 :ろ! ◆rocker.mzo :2005/05/01(日) 02:47:59 ID:7txEC8Wb0
>>245
いよいよ彼氏を漬けるんですな?w
後日、詳細なレポート希望します!
そのためにも。事が上手く運ぶよう、神に祈ってお待ちしておりますww


275 :259:2005/04/21(木) 20:41:46 ID:kMvxxkHe0
>>245
ちなみにオレは、この時を境にすっかり社部中となり、この数ヵ月後にはPオンリーとなりましたw

貴女の相手は、エリートとか言ってましたが、精々気を付けた方がいいですよw

知的好奇心、探究心が旺盛だと、Sの嵌りもデカイし、SEXで覚えさせたら、それこそオレのようなエロ猿となって、貴女とのSEXにもすぐに飽きてしまうはず。

自分で入手できなきゃ、仕方なく貴女と付き合うかもですけど、頭の回転が速いエリートさんなら、自分で安全に引く方法もすぐに覚えるはずw

ま〜、上手く決めるつもりが、逆に填められない様に気をつけてください。


278 :名無しさん@_@:2005/04/21(木) 23:04:41 ID:oIh9Je9m0
>>275
>なぜ断言できるかって? それはS未経験の女性数人
>に何回か試してるからですw(もちろん了解を得て)

おおおーーーーっ! そっちもレポきぼんぬ。何人もヅけちゃうなんて
すごいねえ。やっぱその後みんなシャブ中になったの?


279 :359:2005/04/21(木) 23:25:59 ID:kMvxxkHe0
>>278
残念ながら解りませんw

とにかく、覚えてから2〜3年はキメHにハマり、特定の相手(例の彼女一人じゃ飽きてしまったもので)じゃ物足りなくて、テレクラや伝言ダイヤルで知り合った子(主に円で)と楽しんでいました。

だから、会うのは一回だけというパターンでしたね。
コツとして、いきなり Pは怖がるのでグッとこらえて炙ることですw

円目的なら、警察にチクられる事も無いし、逆に興味を持つ場合が多いです。
だから

「クンニのときに唾液で溶かして舐めてみようか? 
それで気持ちが良かったら、炙りもやってみる?」

と持ちかけるんです。

ま〜、中にはMy道具を持ち歩く子も二人ほどいましたが、そういうときはお互いのネタを交換して、品評会などして楽しみましたw
それはそれで楽しかった記憶があるな〜。


282 :名無しさん@_@:2005/04/21(木) 23:43:06 ID:oIh9Je9m0
>>279
なんだぁ、円だったのかぁ。
それにしても円やっちゃう子は覚せい剤なんて言葉にも抵抗感ゼロってことなんだろうな。

しかし道具ってのもまたすごい。ネタも893とかから引いちゃってたり...

ところで259さんはいまどのくらいのペースでPキメなの? 
あとキメHの方はどうなのよ?


283 :259だった・・・:2005/04/21(木) 23:59:26 ID:kMvxxkHe0>
>282
今はもう人間に戻ってますのでクリーンな体ですw
ただ、断薬を決意する直前は一日赤ペン詰め5を2発。

で、空いてる時間はガラパイを咥えっぱなし、という生活を3ヶ月ほど続けてました。

断薬を決意、なんて聞こえは良いけど、要は職も失い、借金するところも無くなり、と言った状態になってしまい、引くに引けなくなっただけなんですけどねw


370 :名無しさん@_@:2005/05/05(木) 18:48:18 ID:KeXlKcbm0

人妻とやったヤシいねえ?


375 :ろ! ◆rocker.mzo :2005/05/06(金) 02:57:55 ID:jj59pq2f0
>>370
詳細なレポを書かせて頂きます。

オレが20代の頃、93がきっかけで知り合った人妻が居た。

しかも、彼女の家までは歩いて10分以内と言う超ご近所さん。

93やってたときは良くオレの家に遊びに来て、2人でホッコリ決めてたんだけど、その当時は嘘のような話だがHは一切無し。

あ、ちなみに彼女はオレより3つ年上(オレって年上ばっかり…orz)で、93を決めてもマンチに走らない超スレンダーな美人。

まー、それは置いといて、93を2人で決めてたときは、彼女がオレを弟扱いしてて、オレもそれに甘んじて姉のように慕っていた。

それには理由が有り、そうする事によって彼女はオレを、食事や飲みに連れて行ってくれたり、旦那が大量に引いてくる新鮮且つ上等な93と、たま〜に罰やコークを持ってきてくれたから。

ま、今考えるとちょっとしたヒモ状態だな…(´-ω-`;

だから、オレの家で2人きりになっても、お互いその関係を壊したくないからか、たとえ決めてても最後の一線は越えなかった。

そんな関係を2年近く続けてたけど、さっきも言った様に彼女は超美人でオレ好み。

だから、オレがSを覚えてしばらく経った頃、悪魔の誘惑には勝てず、彼女につい聞いてしまった。

「○○さん、Sって興味無いの?」と…。

彼女曰く

「興味無い事は無いけど、うちの旦那が買ってくる中にはSって無いんだよねぇ〜」との事。

DRUGは全て旦那に教えてもらったという彼女は、いわゆるDRUGの箱入り娘w
いろんなDRUGに興味は有るけど、自分で買いに行くことが出来ないから、旦那が買ってくるDRUGしか試したこと無い。
そこで、完全に悪魔に心を売り払ったオレは

「もしSがココに有ったらやってみたい?」

と彼女に囁きかける。 彼女は驚き

「えッ! 有るの!?」

と即座に反応にする。 しかも、目が嬉しそうにキラキラしてるしw

しかし、そこは完全に悪魔に心を売り渡したオレ。
こんなむさ苦しいオレの部屋で決めても最後の一線は越えられない。

越えるにはセッティングが大事だ!! と逸る心を抑えつつ

「ううん。今は無いよ。でも、興味が有るんなら今度みんなで飲みに行くときまでには用意しておくよ」と答えておく。

当時、居酒屋で知り合った常連さん達と月一ペースで、地元を離れハメを外
す飲み会がブームだった。 彼女ももちろん、そのメンバー。

本当は手元に十分な量のSは有ったが、その日なら彼女は旦那に理由を告げて出かけるので、子供が学校へ出かけるまでに帰ればお咎め無しの日なのだw

彼女は嬉しそうに「だったら、楽しみにしてるから絶対だよ!」と言って、その日は大人しく帰ることに。

飲み会当日、オレはお楽しみ袋に道具を一式詰め、みんなが待つ集合場所へとと向かった。

彼女はいつものラフなお買い物の格好では無く、奇麗な身なりですでに集合場所へ来ていた。

オレを見かけるなり小走りで寄って来て「アレ持ってきたの?」と心配そう
に聞いてくる。

「もちろん!」とオレが答えると、彼女は

「じゃあ、今日はあんまり飲みすぎないようにしよう♪」

と、頭の中はすでに飲み会の後の事で一杯のようだ。

ちなみにこの飲み会。建前は地元を離れてハメを外す飲み会だが、ハッキリ言って不倫カップルの集まりw

地元の飲み屋でイチャイチャしながら飲んでたら、つまらない噂を立てられてゆっくり飲めないので、わざわざそういう会を催しているのだ。

発案者は某広告代理店のおっちゃんで、さすがにこの手の遊びには頭の回転が速い。

だからメンバー公認の不倫カップル以外にも、わざと何人か居酒屋の常連さんを誘い、会は常に一次会でお開きw

後は気が合う者同士で二次会なり何なり、というスタンスだw

さて、いつものように一次会が終わり、メンバーはそれぞれ目的の場所へと散っていく。

いつもなら、その彼女と二軒目に流れるか、この会の真の目的を知らない残った常連さん達と二次会に行くのだが、今日はオレ達に目的が有る。

「じゃあ、どうしよう? このまま地元に帰ると、帰る常連さん達と一緒だから邪魔くさいよね? 
だったらホテルに入っちゃって速攻でSやりたいな」

と甘えてみるw

彼女もすでに興味はSに行ってるので「うん。いいよ!」と即答だ。

「コレだ! コレを待っていたんだ!!w」と頭の中で歓喜するオレw

彼女の返事を聞くなり即タクシーを止め、その街のラブホ街へと行ってもらう。

ラブホに入っても、彼女は初めてSができるという興奮とホロ酔いからか、いつものオレの部屋で93を決めるときとまったく同じ調子だ。
そこでオレは

「S決める前にサウナ(実は事前にミストサウナ全室完備のホテルを調査済みw)入ってイイ?」

と彼女に断りを入れ、マイ道具を持って浴室へ向かう。
背後から

「その間、私暇なんだけど93吸っててもイイ? 
てゆうか、Sの前に93吸っちゃマズイのかな?」

と彼女の声。 これは予想外の展開、彼女93持ってきてるんだ? と思いつつも
「おkwwwww」

そそくさと浴室に駆け込み、速攻で赤ペン詰め5を射ち込む。

と同時に、オレのキメHの儀式ともなっている麻の実大の岩コロをケツ入れ。
話が前後するけど、何でこんな質面倒くせ〜事をしているのかというと、彼女にSをやりたいかどうか聞いたときに、条件として

「ただしPは怖いから絶対に嫌!!」

というのが有ったから…。

パキパキになって浴室から戻ると「おせぇ〜よw」と完全に93で決まってる彼女。
顔はイイけど、93で決まる、というかお酒でもそうなんだけど、酔うと言葉遣いが悪くなる。

ちゅうか、男勝りな性格なのか、下ネタok、AV鑑賞okという人なのだ…orz
そのときも、ひとりで93を決めながら、ホテルのTVでAV鑑賞しながらゲラゲ ラ笑ってる(´-ω-`;

まー、彼女のこの性格も有って、オレの部屋で2人で93や罰を決めても、最後の一線を中々越えることが出来ないわけだが。

で、さっそくお楽しみ袋の中身をテーブルの上に広げ、彼女のために炙りセットを作ってあげる。

ちなみにこの瞬間が、オレのS-SEXの一番好きな瞬間かも知れない( ´ー`)

女の子のSに対する不安と期待が入り混じった真剣な眼差し。

それがオレの手元を凝視する瞬間!

彼女も今までの女の子と同じで、今まで93でヘラヘラしていたのが、身を乗り出してオレの作業を一生懸命に見ている。

セットし終わったアルミとストローを彼女に渡し、

「まずはオレのやり方見ててね? 
吸い込んだ煙は、93と同じように胸に溜めればok! 
重要なのはライターの炎の位置だから」

と言って、まずはお手本を見せることに。
「へェ〜!?」と興味深そうにオレが炙るのを見つめる彼女。

オレが一回炙って見せたら、もうコツは掴んだ! と言わんばかりに、自分の手元に置かれたアルミとライターを手に取り、ストローをくわえて炙り始める。

が! 彼女は天然のトロりんw とろい、というか不器用なのだ。

初っ端からSを蒸発させる前にアルミを焦がしてしまう…。

ま〜、それも想定内なのでアルミは余分に作ってる有る。

2回目は、アルミを焦がさないようにライターとアルミばかり気にして、咥えていたストローを焦がしてしまう。

ま、ま〜、これも想定内…。ストローならコンビニで40本入りの物を買って来たさww

ところが…。彼女はオレの予想を遙かに上回り、10分以上経ってもいまだに一服も決められない。

彼女を見ると、ちょいイライラ気味w
おkwwwwwwwwwwwwwww
これも想定内(´-ω-`)

そろそろ、人間パイプの御指名がかるかる頃だw

※人間パイプとは彼女が作った造語で、93を吸うときに水パイプが無いと、まずオレに吸わせてからすぐにその煙を吐き出させて、その煙を吸うこと。
いわゆるショットガンね。

イライラした彼女は

「○○〜! これ出来ない!! 人間パイプお願い♪」

「はいはい」と返事をしながらオレはアルミを炙り、気化した煙を思い切り肺に溜める。

彼女はすでに雛鳥状態で口を突き出している。

ここまでの間柄で、今まで一度もH無しなんてオレ的には「あ・り・え・な・ い」だ(´・ω・`)

でも、それも後ちょっとのガマン。

彼女に唇に軽く唇を重ねて、杯に溜めた煙を吐き出す。
その煙を彼女は思い切り吸い込む。

2人でソファーに座りAV鑑賞しながらショットガンを繰り返す。

ただでさえ、オレはPをキメて岩コロのケツ入れまでしてるのに、好みの女性にショットガン。

この環境で、オレはすでにエロモードに突入しているというのに、彼女はAVを観ながらケラケラ笑い「コレ、ちっとも効かな〜い!」と騒いでる…。

93を吸ってなけりゃ、その状態ですでに決まっているわけだが、93が入っているしお酒も入ってるので、本当にSが決まっているのかどうか見分けが使ない。

もしかすると、彼女はこのままエロモードにギアが入らず、いつもの調子で終わってしまうのかもしれない。

そう思い始めたとき、ふと悪戯心が頭を過ぎった…。
だったら、ショットガンの最中に舌を入れたらどうだろう?

今までなら、パチンと叩かれて「何やってんだよ〜♪」と言われるのがオチだけど、Sやるとエロくなるのは前もって言って有る。

ただし「○○は私の弟だから絶対に平気!」と断言されていたので、効果は薄いだろうけど…。

とにかく、すでにエロモード前回のオレは、ショットガンと言いながら、唇を重ねたついでに舌を挿入してみた。

次の瞬間、いつものようにパチンと叩かれると覚悟していたが…。

予想に反して彼女は、食い入るようにTVの画面を見つめ、オレが吐き出した煙を吸い込んでいる。

彼女から顔を離し、改めて彼女の顔を見てみると目が濡れた様にキラキラして、瞳孔が通常よりやや開き気味になっている。

すると彼女がプハ〜っと息を吐き出し「何すんだよ〜w」と笑っている。

そして、怒るどころかダルそうにオレにもたれかかって「もう一服ぅ〜♪」とおねだりまでしてくる始末w

その間も彼女は真剣にTVの画面を見つめ微動だにしない。

「き・ま・っ・て・る」

そう頭の中で確信しながらも、オレは彼女の要望に応えてお代わりのSを吸い込む…。

オレが吐き出した煙を吸い込み、満足そうに吐き出した彼女は

「効いてきた気もするけど93より弱くな〜い? Sってもっと凄いのかと思ってた…」

と言って来た。

そりゃそうだ、すでに93でハイになってるし、93なら2、3で効き目が実感ができるが、今やっているのはショットガン。 吸ったSの成分を全て自分で吸収できる炙りとは、ちょっと勝手が違う。

その事を言うと、彼女は

「P以外でもっとガーンと来る方法は無いの?」

と聞いてくる。 オレから見ればすでに完全に決まった状態なのだが、Sを初めて炙りでやる人は、Pのラッシュ感が無いせいか、自分で決まっていることに気づかない人が多いような気がする。

本当はすぐにでもケツ入れしてやろうかとは思ったが、今の状態でそれを教えてもプライドの高いお嬢様の彼女の事だ、きっと引くに違いない。

そう思いスニッフィングを教えることに。

幸いスニッフィングなら、彼女もコークで経験済み。

というか、コークのスニッフィングは、彼女から教えてもらって方法だ。

だから、これなら抵抗は無いはず、と思い、パケの中からBB弾(直径6oのエアガンの弾)くらいの大きさの岩コロを取り出し、それをマイジェクターの空き袋の中に入れてライターで押し潰す。

それをさらに仕事で使うために常に持ち歩いてる、空のCD-Rケースの上に取り出し、クレジットカードを使ってさらに細かくすり潰す。

出来上がったサラサラのSの粉末を、ODに気を気をつけて少なめにした彼女用とオレ用のライン、計4本に分けると、新しいストローと一緒に彼女の前に差し出した。

彼女はスニッフィングの現場をオレに見られるのをひどく嫌がるので、その間オレは浴室へ行くことにした。

CD-Rを取り出す際にカバンの中を見ていて有る考えが閃いたので、自分のコロン用のアトマイザーと携帯用の使い捨て充電池、ストローを一緒に持っていくことにする。

そして、アトマイザーの中身を洗面所に捨て中身を丹念に洗い、備え付けのドライヤーを使って中身を乾かす。

次に充電池をバラして、中のコイル状の針金を取り出し、それとさっきのアトマイザーとストローを使って即席ガラパイを作ってみる。

ストローはカットしないでそのまま使用。

かなり長い不恰好なガラパイだが、不器用な彼女が使うならこのくらいでいいだろう。

セロテープかビニールテープが有れば、もっとしっかりした物が作れるのだが、無い物ねだりはしても仕方が無い。

最後に財布の中からバイアグラ100mgを半分に割ったものを取り出して飲んでおく。

これは、不倫の会会長の某広告代理店のおっちゃんからもらったものだ。

この当時、バイアグラはまだ日本では認可されておらず、個人輸入物の100mg が、1T>5k〜10kという時代だ(今考えると高ぇ〜〜w)

お手製ガラパイを手に部屋へ戻ると、彼女はソファーにもたれかかり、トロンとした顔でAVを眺めている。

が、戻ってきたオレを見るなり、彼女が

「遅いぞ♪ 何やってたの? 手に持ってるの何?」

口調がかなり速いw

とりあえず彼女の質問を手で制し、CD-Rのケース上のラインを素早くスニッフィングする。

その後、お手製ガラパイの簡単な説明をしてあげ、実際にお手本を見せた後に彼女に手渡す。

横目で彼女の様子を見ていると、どうやら今度はきちんと一人で決められているようだ。

多少、ライターを近づけ過ぎてSを焦がし気味だが、アルミを焦がしてしまうよりはマシ(苦笑

「スゴイ、スゴイ。なんで最初からコレを作ってくれなかったのよ!w」

と言いながら、彼女はオレの背中をバンバン叩く。

そこからしばらく、2人で大人しくAV鑑賞。

とは言うものの、オレはSとバイアグラのせいでムラムラ、ギンギンで落ち着きが無いw
彼女は彼女でSがバッチリ決まって、冷蔵庫に飲み物を取りに行ったり、他のAVチャンネルを忙しく回したりと、オレ以上に落ち着きが無いw

「○○さん。少し落ち着きなよw」

とオれが言うと、「うん」と答えてオレにしな垂れかかり、オレの手を握ってきた。

手を握りながらビデオ(AVでは無い)鑑賞したりお喋りする。
と、ここまでなら罰を食ったりしているときと同じパターン。

そこで、ちょい大胆になっていたオレは、彼女の手を振り解き肩に手を回した。
彼女は嫌がるでもなく、そのまま体重を預けてきたので「こりゃ、やっといけ る!」と思ったのも束の間…。

突然、彼女は立ち上がりベッドの上へ移動して、ゴロゴロ、ポンポンと落ち着きの無い様子で動き回り、そこでSを炙り始めた。

その間も、AVの解説をケラケラ笑いながらひとりで満足そうにしている。

ま、Sを決めてもエロに走らない人は走らないから仕方ないさ、と半分諦めモードでAVを見ていると突然彼女の声が止まった…。

???
彼女を横目で盗み見ると、彼女は微動だもせず、食い入るように画面を見つめている。

そのときやっていた番組内容はSMで、女王様に焦らされまくったM男が、女王様の命令で自分のアソコをしごくというもの。

突然、「○○〜♪」

女王様 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
嫌な予感してきました…(´-ω-`;


「私、男の人が自分がしてるの見たこと無いんだよね〜w だから見せて♪」

…(´-ω-`;

でも、元々 Sを食うとオレは M気味になるし、このまま発射できないよりは、S 決めオナヌしたほうがマシ!

そう気を取り直してバスローブの前を肌蹴、カチカチになったマイサンを披露することに。

そして、彼女が言われるままにしごく事になったわけだが、野郎がしごいてる AVを見ながらなんて出来るわけが無いw

その事を伝え、オレの好みのチャンネルに変えてもらうと、それを観ながら一生懸命?w しごき始めた。

しかし、Sを決めてもチンコが立つとはいえ、逝きにくくなるのはポン中男の悲しい性。

20分くらいしごいてても一向に逝く気配が無い。
それを観ながら彼女は「すごい…」の一言w

「なんで、そんなに逝かないの? ○○はいつもそうなの? 
素面の時でもそうなの? それともSと関係が有るの?」

と興味津々で質問攻めだ。

彼女の問いにオレは一言「Sのせい…」

「へぇ〜!! じゃあ、立ってても気持ちよくはならないんだ?」

と彼女はオレの隣に座りながら聞いてきた。

「ううん、気持ちは良いんだけど中々射精できなくなる。最初の頃は勃起す
らしなかったよw」

彼女はオレの答えを聞いているのかいないのか、顎をオレの肩の上に乗せ、一心不乱にマイサンをしごくオレの手を食い入るように見つめている。

彼女のいい匂いが鼻をくすぐり、このまま一気に射精したい気分になってきたが、彼女が肩に顎を乗せているため、マイサンをしごく手が思うように動かない…

「○○さん。顎が重くて手が動かせない」と苦笑しながらオレが言うと

「あ! ごめんね。出したいの? もう出る?」と彼女が聞いてくる。

「いや、このまま一人で続けても、あと10分〜20分は頑張らないと出ないと思う…」

そう答えると

「え〜〜ッ!? そうなの?? そんなにもつの!?」

と驚きを隠せない表情で目を見開いた。

「じゃあさ? 手伝ってあげよっか♪」

と彼女は悪戯っぽく笑いながらオレに聞いてきた。

「マジっすか!? お願いしますッ!」

オレがそう答えるのを待ちかねていたように、彼女はいきなりオレのマイサンをパクリ。

Sのエロモードとバイアグラの効力。そして、ついに念願叶ったという喜びで、オレのアソコはさらに膨張する。

オレはさらに図に乗り「オッパイ触ってイイですか?」と聞いてみる。

彼女はオレのアソコを咥えたまま「ング…ンン…」と頷く。

緊張でプルプルと手を震わせながら、彼女のブラウスのボタンを外し、恐る恐るブラジャーの隙間から手をもぐりこませる。

スレンダーな体つきから予想できるように胸は貧弱だったが、オレのオナヌを見て興奮したのか Sのせいか、すでに乳首はカチカチだった。
そのまま、手のひらで乳房全体を覆うように被せ、優しく軽く、撫でるように揉んであげる。

10代・20代前半の若い女の子の固くて張りの有る乳房も良いが、自分は「体のラインが崩れ始めた」と女性が嘆き始める体の方が大好物だw

胸が貧弱であっても手触りは予想通り柔らかい。

「果物は完熟したものが美味!」のオレにとっては、まさに至高の一品。

一生懸命に頑張って、マイサンをしゃぶってくれてる彼女に負けまいとオレも胸を揉む手のリズムを色々と変えてみる。

円を描くように柔らかく揉んだと思えば、時には激しく揉みしだく。

そして、思い出したように時々、乳首を指で摘んで優しく捻ってあげる。
そのうちオレは、彼女は乳房全体の刺激よりも、乳首への刺激が好きなことに気づいたw

オレが乳首を指で摘むと、彼女の体に力が入るのがマイサンを咥えている口から伝わるのだ。

そして、乳首から指を離すと「今まで頑張って我慢していました」と言うような小さいため息のような可愛い声が口から漏れてくる。

それを見ているうちに、オレのエロエロモードはすっかりレッドゾーンへ。

鼻息も荒く、彼女のブラウスのボタンを全て外し、前から見れば胸が丸見えになる状態にして、ブラウスの裾を丸めて首の後ろにまとめるようにする。

白い透けるような肌と、女性特有のキレイなカーブを描いた背中が目前に広が る!

(実は漏れ、背中フェチなんです…(´-ω-`; )

こうなると、邪魔くさいのはブラジャーだ。

ホックを外しても、彼女の下にぶらさがるような状態になってしまう。
でも、思考とは裏腹にSで究極のエロモードになっているオレの手はもう止まらないw

アッという間にブラを外すと、彼女の裸になった胴の部分を両手で抱えるようにして、自分の頬をその背中に押し付ける。

彼女が舌を巧みに使ってオレの性器へ与える快感と、手のひらと頬から伝わってくるS特有の素肌が直接性感になったような感覚の快感。

その2つの快感が混じりあい、オレを至高の快感へと誘う…。

柔らかくて気持ちいい……マイサンも気持ちいい……柔らかくて気持ちいい…
…マイサンも気持ちいい……柔らかくて気持ちいい……マイサンも気持ちいい
……柔らかくて気持ちいい……マイサンも気持ちいい……柔らかくて気持ちい

と、まるで壊れたプログラムのように、頭の中でSEXに対する快感だけがリピートする。

この世の中には、今体感している快感しか他に思考することは存在しない。
とでも言うように、頭の中で快感が加速していく。

それと同時に「この快感が有る限り、Sを止め止めるなんて絶対に無理なんだろうな〜」と冷静に今の自分を見つめるオレがいるのも事実…。

な〜んて、小難しい事をカッコ良く書いてはいるが、要は効き目だ。
単なる効き目w

一度に複数の物事をこなしたり、考えたりできるようになったと勘違いして「オレッてすげーーーw」と思っちゃってる状態なだけ。

その証拠に、目の前には彼女の素肌の手触りを楽しもうと、休むことなく一心不乱に愛撫を続けるオレの手が有るw

「おkwwwwwwwwww 性本能万歳!!w」

Sを決めると、素肌の感覚が通常の約3倍(嘘&テキト〜w)となり、撫でられるだけではなく、そっと触られただけでも、背筋をス〜ッとした風が吹き抜けるような快感が走る。

多少、大げさに書いては見たが、この素肌が鋭敏になったときの感覚は、SキメHの経験者なら、ほとんどの人が同意してくれるはず。

ましてや、背中といえば性感帯の集合住宅w

Sを決めた状態で胸と背中をこれだけ丹念に愛撫され、それでも感じない女性がいたとしたら…。

心の中で「可哀想に…」と呟く事しかオレにはできない。

だが、目の前にいる彼女に、そんな心配はまったく無いようだ。

とても素直な反応を示す体で、執拗に愛撫を続けるオレの手に反応して、彼女の体が時おりピクピクッと小刻みに震える。

そこで手を止めれば彼女の反応も止まるが、意地悪でわざと手を止めずにいると、まるで「イヤイヤ」をするかのようにお尻を横に振るw

そこでも手を止めずに、お尻を振っている状態から乳首を軽く摘むと「んん゛〜〜♪」と言う甘い唸り声?w が彼女の口から漏れてくる。

「これだから人の体は面白い…」と心の中で呟きながら、彼女の体をゲームのコントロールパッドに見立て、黙々と色んなボタンの組み合わせを試していく。

そんな中で、オレが見つけ出した究極の裏技は…

片手で彼女の胸を揉みながら、もう片方の手は脇腹からアバラにかけて、ゆっくりと強弱を付けながら撫でる。

そして! ココがポイントだw

時々、肩甲骨の裏側に沿って舌を這わせ、それと同時に乳首を軽くつねる。
恐らくコレが、彼女にとっての究極のコンボなのだろう。
試すと必ず数秒、彼女の動きが止まって固まってしまうのだ。

まるで P決めのラッシュを感じている時のような感じで、ゆっくりと現実に帰ってくるw

3、4回目の必殺コンボの余韻を楽しんでいた彼女は突然顔を上げると、黒目がちになった目をオレに向けてこう言った。

「ねぇ。。。アソコ、触ってみて?」

この素晴らしい突然の申し出を、断る理由はどこにもない!

できるだけ無表情を装いながらも、心の中では「いいだきますッ!」と感謝の気持ちを唱えながら、彼女のスカートの中に手を滑り込ませてみると…

「!!!」

彼女のパンティは、すでにびしょ濡れだったのだ。

「アン♪ あそこが濡れちゃってパンツが汚れちゃった☆ミ」

などと言うレベルでは無い。

まるでオシッコを漏らしたかのように、パンティの前面がぐっしょりと濡れていたのだ。

大げさな話ではなく、絞れば水が滴るほどの濡れ具合で有るw

オレはそのまま黙って、彼女の股下の方向からパンティの中に手を差し入れた。

彼女は突然の事でビックリしたのか、体をピクピクッと可愛く震わせ、オレの首に両手を回すような格好でしな垂れかかってきた。

それでも構わずに目的の場所まで指を這わせると…
その指が彼女の大陰唇にたどり着く。

想像以上に大きな大陰唇が、びしょ濡れの状態で指に絡み付いてくる。

それを中指と人差し指を使って広げて中指に力を入れると、すでにアソコは大洪水状態だったためか、何の抵抗も無く指がスルリ飲み込まれてしまった。
そう、それはまさに「飲み込まれる」という表現がピッタリだw

その瞬間、彼女の背中が軽く弓なりに反って「んっっ。。。」という、気持ちの良さそうな声が漏れてきた。

オレの首に回す両手にかなり力が入ってる。

彼女の中で指を遊ばせようとしたオレは、思ったほど指が自由に動かないことに驚きを感じた。

水溶きローションでも入れたんじゃないかと思うくらい、中までヌルヌルでグッシ ョリ濡れているのに、だ…。

彼女はまだ20代とは言え、18才で結婚してすでに子供を2人出産している。
なのに、オレの中指一本が自由に動きを取れないほど、彼女のあそこは狭いのだ。

ちゃんとしたデータベースを持たないオレが言うのもなんだが、出産に伴って広が った女性の産道は100%元の状態に戻ることは無いらしい。

実際に、昔テレクラで知り合った出産経験有りの女性も

「出産であそこがユルユル になっちゃったの。。。ごめんなさい」

としつこいくらい謝ってて、実際に挿入し たらビックリするくらい緩かった事が有った。

それと、通っていたスポーツジムでお知り合いになった人妻達とオレの友達で合コ ンをやったとき、その中の女性一人がジムに通う理由を

「出産で広がった産道を元に戻したいから、括約筋を鍛えてるの♪」

と言っていたのを聞いたことが有る。
※この辺の事実を知っている人がいたら教えてくださいm(__)m

その知識が間違っているのか、正しいのか。未だに正しい答えを知らないままだが、 とにかく当時のオレの認識としては「出産経験者=ユルユル」だったので、彼女のアソコの狭さに驚いてしまったのだ。

その狭さに感動しながら、彼女の中で遊び回ってる指に人差し指も参加させてみる。

と同時に、彼女の中に入ろうとしている二本の指のバックアップをさせるため、隊 長の親指も出動だ!w

完全に勃起した状態の彼女のクリトリスに直接触れないよう、そのちょっと上を目 標に親指の腹をグッと押し付ける。

軽くマッサージするような感じで、クリに皮を被せるように親指をリズミカルに動かし始める。

と同時に、二本の指をゆっくり、ゆっく〜りと彼女の中に沈めていくと…。
彼女の口から「うっゥ〜。。。」という溜息とも喘ぎ声とも取れる声が漏れてくる。

そして、指が二本とも完全に根元まで彼女の中に入ったとたん、その指を逃がすま いとでも言うように、周りの肉壁が突然キュウッと締め付けてきた。

若い女の子の「固くてキツイだけ」というのとは違った感触…。
いや、まったく次元の違った感触が、オレの二本の指に絡みつく。

まるで意思を待っているかのように、広がったり狭まったりしながら、オレの指を飲み込もうとしているような錯覚に陥ってくる。

「まじスゲぇ〜w こんなん初めてだwww」

と思った瞬間、指が生暖かい感覚に包まれた。

穴の奥に尿道が有るかのように、彼女の中が大量の分泌液で溢れ出したのだ。
その分泌液が彼女の中から溢れ出し、オレの手のひらを濡らして手首まで滴り落ち てくるのが解る。

彼女の腰から下が異様なリズムでガクガクと震えている。




▲△▽▼


189 :999:2005/04/30(土) 04:47:39 ID:BQjEDh+JO

品物いくとセックスできなくなる。したくもなくなる。そんな人いる?


190 :良輝 ◆PRINCEQjr. :2005/04/30(土) 04:48:52 ID:l/uxLWpn0
いるわけないじゃん!ばかばかしい。


192 :名無しさん@_@:2005/04/30(土) 16:38:52 ID:Z/5SA8ia0
>>190
口だけかも試練が年季の入った女がネタ食ってもエロモードになんか入らないって
言う奴もいたけどな!! 


198 :ゲルニカ ◆yU.PcG83ks :2005/04/30(土) 23:37:59 ID:x8LQkeZB0
>>189
すごく仲の良かった友達(女)がそれでした。
なんか、触られたくなくなるんだってさ。

そんで、キメタ後は、外に買い物にいったり(ドラッグストアや100均など)カラオケ行ったりするほうが楽しいんだって。

なんか、本人いわく「いつもよりうまく歌える」んだって。

そのコの彼氏はキメHしたがる人だったから、うまくいかなくなって別れたよ。


202 :名無しさん@_@:2005/05/01(日) 00:54:33 ID:1AjMLs9d0

ある程度ネタ慣れして長くなると男とセックスしたり一緒に過ごすのがウザくなる。
一緒に過ごしたとしてもセックスするんじゃなくて語りあいたい。。みたいな。

でも男は必ず求めてくるよね。そしてセックスが長い。
フェラとか1時間以上させるし中々イカないし。

そんなんでセックスとかウザくなったのかな。
たまたまあたしの周りの男がそういうのだったのかなぁ?


205 :名無しさん@_@:2005/05/01(日) 03:17:02 ID:1AjMLs9d0

でもね、それは仕方ないって分かってるんだ。
だってシラフの時は全然しつこくないし普通だし。
そうなっちゃうのは全部ネタのせいだって分かってるんだけど。

でも何だろう、、セックス全然楽しめないんだなぁ。。。
きらいじゃないんだけどね。
何か矛盾してるよね。自分でもよくわからないや。


216 :?e^?E`:2005/05/02(月) 05:05:17 ID:NGyzUtzJ0

私も同棲中の彼氏に漬けられた。いや自ら漬かったんかな。

付き合い始めの頃、異様にトイレが長いし何度も行ってて、帰ってきたかと思ったら心臓バクバクで何かおかしい。

わたしはガンジャや合ドラが好きで、じゃ一緒にキメようってなったけど彼は手を付けず。怪しいから冗談半分問いつめたら白状してくれた。

そんときは炙りだった。

半年位経ったとき彼氏がわたしにあぶった煙を口移しで入れてきたことがあって、その瞬間に絶対社部には手をつけないって決めてたことが消えて気づいたら彼より炙りにハマってた。ていうか二人でエロビ見ながらまったり炙ってる時間が大好きだった。

キメHも最高で6時間とか平気でほとんど毎日。

それから半年後彼が炙りからPに変えた。
そうなるとまったりした時間もなくなって面白くなくなって。

わたしもPに変えようかと思ったけど ますます自分が堕ちて行きそうだしこわいからやめておいた。炙ることもやめた。

1年後彼氏が他の女の子と頻繁に連絡とってたり出会い系とかし始めてるのに気がついて、他の女の子んとこに行かないように また2人で楽しくなりたくて最後の切り札で1度だけと決めてPに。。

彼氏に射れてもらった瞬間、今まで経験したことない快感が。

それからは他の女の子に示してた彼の興味がこっちに移って、わたしも その快感と大好きな彼に突いてもらうPにハマってしまった。

キメHはエスカレートしてどんどん変態チックになってシラフじゃ絶対無理な事でもできるようになってった。

でもお互いがMになってしまうのにキメるとすぐ彼はしてして言う。しかも切れ目のときにもしてして言う。最初は面白くて色々してあげてた。でも次第にそれが嫌になってきてアダルトグッズを買い与えたりした。

何というか、わたしの頭の中で

キメる=してあげないといけない=面倒くさい 

というのが頭に染み付いて社部から自然と離れた。

彼は彼でツケがかなりの額をいったみたいで止めざるを得なくなったみたい。
後遺症でお互いシラフじゃHできなくなってる。

でも不思議とキメてるときより刺激はないけど仲良くて楽しい気がする。


228 :?e^?E`:2005/05/03(火) 12:27:25 ID:oRdTcyZK0217

わたし無理に強要された訳でもないのに、たまに被害者感情がありました。
てか、キメててもどこか切ない感情がわいてました。

やぱ今の所Hは無理っぽいです。何かちょっと触られるだけでムカムカ
して嫌悪感がー。お互いに。

わたしはどノーマルなことしか経験してなかったから、これがきっかけでとことん追求しました。W  

オモチャもいっぱーい。
(今は彼が分解と改造しまくって生き残ってるのは非電動ものだけ。)

追求したと言うか知らぬ間に...ですね。
わたしはそんなに依存ないしやめれたっちゃーやめれたんですけど忘れられないです。

たまにするにはいいかな〜みたいな。
彼は虫が湧いててうるさい。それを煽ると面白いけど。
たまにネタで釣ると何でも言う事聞ききますよ。W
与えないんですけどね。W


233 :渋茶:2005/05/03(火) 23:50:52 ID:ieKO1KzA0
>>228
?e^?E`さん
おもちゃって女の人にとって、病み付きになるよね、見てると。。
ローターやバイブないと物足りなくなるっつーか。。

最近、ネットでエロ動画をDLすると、 マッサージ器をバイブにしてるの多いな。あれ、電池じゃなくてコンセントだから強力で確かに凄そう。w 
やったことある?
それにしても、改造ってできるんだ。彼氏、凄いな。


236 :?e^?E`:2005/05/04(水) 13:20:42 ID:SkJWgnMy0>>230さん
>>233さん
マッサージ器はやったことあるけど強力すぎて苦しくなります。
てか、おもちゃはわたしのじゃないんですよ。
わたし用に買ってくれた物でも最終的には彼用です;


511 :篤史:2005/05/14(土) 04:18:08 ID:5B9FONnA0

ただいまーーーーっと!!
やっと、仕事終わって帰宅。女の相手は疲れる!!

女って何であんなにめんどくせーの??誰かおせーて!!!

私のこと好き?とかなんとか!!好きな訳ねーだろボケ!!

俺が好きなのは、シャブと金とふわふわのおっぱいだけだ!!

おっぱい成人篤史で悪いかーー!!


351 :名無しさん@_@:2005/05/08(日) 22:06:48 ID:D0HO9et80

オレの好きなものは 競泳水着、電マ、ダンス音楽(93年ぐらいの)、SM。。
しかも40のオッサン。ラッシュと diptとサプリ好きw

そんなにいい女ではない、太めだが性格は明るく元気だ。ただどんな風なのか非常に不幸で不運なのだ。

そんな女だがオレとするのには抵抗があった。

離婚してまもなくだがもうアッチは3年ほどしてないらしく恥ずかしがっていた。
しかし無理やりに触るとアソコがビショビショで、結局寝ることが出来た。

ラッシュを嗅がせるとビーン!となって凄く良かったらしい。

二度目に合うときはいきなりラブホだ。もうこうなると話が早い。ヤリタイ盛りが付いてきたのだ。

カバンから縄を取り出して見せると怖がった。だが目は好奇心で一杯で麻縄から視線を離せない。

最初からきつく縛り上げてやる。

注射器を取り出すと怖がった。だがシャブじゃないのでdiptの水溶液をケツから注入する。

肛門を触られることは彼女にとってとても恥ずかしいことらしい。

物凄い抵抗があったが注入すると五分ほどで反応が出てくる。
瞳孔がひらき、ちょっとした刺激で濡れてくるのだ。

何度も何度もアソコを舐めて気持ちをせり上げてやる。
凄い反応だがイク瞬間に止める。

何度も何度も繰り返すとなきながら「イカせてぇ〜!!」と絶叫するようになる。
ベッドから頭を下に逆さに落とす。

バックドロップのような体勢のままでローターを入れて放置すると子宮まで下がって刺激しつづけるのだ。だがその刺激がわからないうちに「イッタらアナルセックス」と約束させる。

そのままオレはシャワーを浴びにいく。

まあ実はそっと見ているんだが放置されて怖いのと刺激がせりあがってくるので声を上げられずにうめく姿がある。

モゾモゾと動くとさらにローターが食い込んでいくのだ。
顔は逆立ちと同じで血が上がって真っ赤だ。苦悶の表情は見えないがうめきが凄い。

15分ほどかもっと短いか。。もう限界だったんだろう、一気に絶叫を上げた。
カエルが踏み潰されたような 声で

「いくーーー!!っっっ!!!イっちゃウぅぅぅぃーー!!」っと何度も。。

同時に失禁なのか汐なのか、液体が吹き出ている。
びゅっ!びゅ!と顔に掛かるほど吹き出ている。

数分ほど絶叫したあとにふいに声がやんだ。いや声が出ないほどイッテいうのだ。。

ひざと肩がつくほど屈曲して縛ってあるのだが足首がピーン!と伸びているいやそっている。
まるでバレエのように曲がっているのだ。


そこへオレは海パンで登場。約束を破ったのは明らかなんだが聞いてみることにする

「やあ待ったかい?ところでイッタりしてないよね?」とか聞く。

顔はフルフルと振っているがその顔がびっしょりと濡れている。

「汗かいてるのかな?ちょっとクーラー利いてないみたいだね」

とかいうとまたフルフルと顔を振る。
アナルセックスしたいのかい?ときくと激しく振るのだ。。

そのままの体勢のままで顔面にしゃがみこんでオレのものを海パンごしに舐めさせる。

息が苦しいらしくフガフガいうが、そのままオレはあそこを舐めまわす。
いい加減舐めてると絶叫するように

「いれてぇーっ!オチンチンいれてぇーーっっ!!」って言う。

それがオレのアナルを震わせて気持ちいい。 十分楽しんだら身体を離してこう命令する。

「んじゃ、ローターでイクとこ見せてよ。ね?イキたいんでしょ?
何度でもイッテもいいよ、見てあげるから」って。

息を呑んでから勢いをつけるように絶叫しだす。

「イックゥー!あー!頭おかしくなっちゃう!いっくーぅー!」

イキ始めるとアソコがヌルヌルになる。

「イッテもいいけどシオ拭いたらアナルセックスだよ?いいね?」

すごいな。よっぽどアナルが恥ずかしいのだろう。ギュ!っと肛門が閉まるのが見える。

だがかえってそれが刺激となって子宮の収縮が始まる。

「とめてー!もうだめぇー!」

アソコからびゅ!びゅっ!と噴出してしまうのだ。
一瞬笑ったようになってから全身の力がぬけるのが感じられた。

ビチューと音がして小便を垂れ流し始めた。
すぐにそれを責め上げると言葉だけで何度も登りつめた。

そのうち反応がおかしくなってきたので抱き起こしてなわを解く。
かなり全身が鋭敏になっているので すれるだけでイクらしい。ビクンビクンと跳ね回る。

いやらしい身体を褒め上げて自虐的になってから風呂に入る。
シャワーがいやらしいのをしっているのが何人いるだろうか。。

よく洗ってやり、もう一度縛る。今度はシャワーフックに片足を吊る。

開ききった足とその付け根の肛門へ浣腸してやる。泣きながら拒むが構わず浣腸。

三本使ってから今度はシャワーヘッドを外して直撃。グググと入るのを感じる。

一滴でもいれさせまいときつく閉じているのが逆に出ようとしている便意を押し留めている。

だがそれもグリセリンと温水ですぐに限界がくる。

「おねがい!トイレいかせて!」

当然だが行かせない。

さらに言葉で煽って限界を迎えさせてちょっと出したところで慌てて行かせるフリをする。トイレで出せると思って最後のふんばりするのだ。


だがオレはローションマットへ押し倒す。両足を抱えるようにして挿入。
のもすごい締めにびっくりだがグイグイと出し入れするとギリギリと音がする。

歯を食いしばっているのだ。それもすぐに終わる。

ラッシュだ。タオルにこぼして口に押し付ける。目がかっと見開いたあとふわっと力が抜ける。

うう、とうめいた後にブリッ ブシャー!と脱糞するのだ。

狭い風呂場で物凄い号泣がする。笑いながら泣いているのだ。おれも中で出す。
ショボイし結構早いのだw

ニオイに後悔しながら、なおかつ射精の後は反省の日々なのだ。
奇麗に洗って風呂に入る。

さんざイッタんだからもういいだろうと見るとまだイケるらしい。
ジェットバスでもじもじしているのだ。

両腕を前で縛ってやりジェットバスでいくように命令してさっさと上がる。
ベッドでBAD入る俺が泣いているwだが食いしばって体裁を整えると整理だ。
縄とかローターとか片付けるオレがいとおしい。

競泳水着を取り出して用意する。今度はダンスだ。。

風呂から出てきた。だいぶ楽しんだようで目がトロンとしてる。

ホカホカと上がる湯気を見ながら髪の毛なんか拭いてやってテレビ見たりマッサージしてやる。コンビニで買ってきたケーキを食ったりチョコレート食ったりドリンク剤の飲み比べなんかやって体力回復と糖分摂取をする。

四つんばいにさせて肛門からさらに追加する。

あまり追加しても危ないだけだからちょっとだけな。すぐにブルっと震える。あぅぅあぅうって言い出すので調度いいらしい。

化粧を直させてから水着だ。

体が割と大きいのだがサイズはM、かなりきついらしくさんざ苦労して着る。
オレもまた水着を着ているのだ。
あ、オレはメンズなw

シリコンの白いキャップをかぶらせ髪の毛はキッチリと中へ入れさせる。
ゴーグルはミラータイプだ。

股の部分をめくって黒いディルドウを入れる。ウゥ!っと唸るがぐいと押し込むのだがすでにヌルヌルなのはなんでだろ〜?♪とギター弾くマネしてたら蹴られた。

むかつくので延長コードで延ばした電マで刺激。
登りつめると中断、これを数回繰り返して服従させる。

「おねがいっ!イカせて〜!」って自主的に言うまでは無言で責め上げた。

ヘッドフォンを装着してやる。ダンス音楽だ。オレの好きなのはジュリアナ93だ。
すでに同じCDを渡しておいて聞きながらオナらせておいたのでパブロフの犬状態であろう。

持ってきたのはMP3プレイヤ、ライターほどのサイズで大音量かつ動かしても音が飛ばないので便利。

二股ジャックでヘッドフォンがふたつ。オレのと相手のとだ。

ベッドに腰掛けてるようにして座らせて ヘッドフォンから流れるダンス音楽に合わせて電マを操る。ドムドムと響くベースには前後に、シャカシャカとしたハイハットには前後にこすりつけてやる。サビで盛り上がったときには刺さったままのディルドウに強にして押し付ける。だが、イキかけたら弱にして刺激を弱める。

ヘッドフォンして超えだすのは結構恥ずかしい。どのくらいの声量だか判らないからね。でもそのうち絶叫しだす。

「うん、うん!すんごい!すんごい!イイっ!イイッ!!」 

リズムに乗せてるようだ。

激しく左右に首を振る。ベッドで腰掛けているのだが上下にはねるようにジャンプしている。

1曲終わったので今度はたたせてべッドに腕をつかせて建ったままでよつんばいにさせた。

ディルドウが股間の布を押し出して形になっている。

肩のヒモを強引に引っ張って胸をはだけさせてローションを塗りつける。

再び着せるのだ。生地が密なのでローションが染み出てこないのだ。水着の上から絞り出すようにきつく責める。かなり気持ちいいらしい。

自ら片手で強く揉むようにさせてから再びボリュームを上げる。
かなり耳に悪い音量だ。

そのまま電マを股間に押し付けてやる。凄い叫び声だ。
おぉー!って感じにほえるようになってきた。

ちょっと離れてからケツにけりを入れてやった。ベッドにつんのめるように吹っ飛んでいく。

それでも今度は両手で胸をもみし抱いている。ヌルヌルと布の感触を楽しんでいるのか痛いほどの刺激が気持ちいいのか、その両方かもしれない。
もう一度ベッドに腰をおろした体勢にさせる。危ないので後ろにかけ布団をたたんで置いておく。

今度は片手は乳房、反対は電マだ。いや電マ持ったり揉んだりとせわしない。
もうおれがそばにいようと離れてようと視野に入ってない。

イク!気持ちイイ!しか言わない。

ドリンク剤を口移しに飲ませる。

ナマ暖かいドリンク剤をわざとのどの奥へビュッっと吹き付ける。まるで射精のように何度かに。。ゴーグルのミラー越しに間が見開いているのがわかる。

ガチガチと歯を鳴らし硬直している。ドリンク剤の作用と射精の瞬間を夢想したらしく逝ってしまうのだ。

上を向いた体制で固まって絶頂を迎えた。声も出ないほどだった。ほどなく大きく息を吐いた。

その瞬間にラッシュを染み込ませたティッシュを口に当てる。一瞬なんだか判らなかったようだがすぐに気が付く。大きく吸い込んでしまったラッシュに気が付くのだがもう遅い。

ぐわわんとゆがんだ視界に「あ、あわわぁぁゎゎ・・」しかいわない。

室内はまったく音がしないので ヘッドフォンからの音楽がシャカシャカとするだけだ。

大きく前後に揺れたのだが倒れないようにしてさらに吸い込ませる。
イヤイヤをするのだが強引に息を吹き込んでやる。
ついでにオレも吸って一緒にグラグラしてみるw

ブワンとした意識の中で電マ全開。物凄い絶叫にびっくり。さらに絶叫させてみる。

後方へ倒れたついでに両手で乳房を揉みしごかせる。本当にしごくというのは凄い。
跡がついてたぐらい。

電マを水着の中に入れる。まるで巨大なチンポだ。

「もう!やめてー!!とめてぇー!!しんじゃうーーっっ!!」って後で計ると2分以上絶叫してた。

両足がピーーーーンと伸びた後にだらんとした。 ヤバイのでこの辺でやめる。
お尻のほうまでびっしょりと濡れている。

ぐったりとしているがまた糖分補給とドリンク剤だ。
飲むたびにこめかみがキューンとなって気持ち悪い。ぐらんぐらんする。
もうただあーあーしか言わない。

再びラッシュをティッシュに含ませる。今度は丸めて口の中にいれてキスだ。

ゆっくりと呼吸を交換する。この瞬間がスキだ。お互いの息が肺に入ってくる。。

グルグルとしだすととたんにエロくなってしまう。耳が痛いほどガンガンした音楽が心地いい刺激に感じる。

あ、ヤべ、オレがエロ

ミラーだから良く見えないのだが ニヤリとしたような気がする。

オレのをしゃぶってくるのだがどうもリズムに合わせて上下させてくるのだ。
その凄いめくるめく快感に神経を持っていかれる感じがする。。意識が飛びそうになるが首を振って振り払う。

しかし何度目かのラッシュ息の交換でおれは絶えられなくなる。いつのまにかオレも絶叫していた。w


555 :イカレ:2005/05/17(火) 04:30:48 ID:sOULFMFn0

これは4年前の話です。18歳女子がトンじゃった話。

いつもみたいにダチと悪い事して遊んでたら面白いヤツ紹介するよって。
会ってみたらスッゲー可愛い子で18よりも下に見えたかな。

その子と俺のダチはメチャ仲良さそうだから付き合ってるのかとか思ってたら…

なんとそのダチから「4Pしない?」

マジ笑いが止まらない。
ホントかよ?とか思いつつその少女のマンションに行くと…

あきらかに速くなっちゃってキモチイイとしか言えない娘。
その娘をダッチワイフのごとく犯してる話の聞けない状態のダチ。

混ぜてって言う前にチ○ポしゃぶられちゃって…もうハチャメチャ。

俺もキマってるからアッチは全然ダメ。逆にオモチャ持ち出して…

その子は田舎から出てきたばかりで俺のダチにナンパされて、それで遊んでたらいつのまにかダチに社部チュウにされちゃった。

その子、半年後は病院でヨダレ垂らしてました。


557 :ゲルニカ ◆yU.PcG83ks :2005/05/18(水) 12:03:58 ID:xz44+gZJ0

漬けられちゃうと、3P,4Pとか当たり前になるよね。

なんか、彼氏が友達連れてきて、その人まだいるのに注射されて、無抵抗にされてからその友達も加わってくる・・。ってかんじ。

写真とかもめっちゃ撮られたし・・。アレ今どこにあるのかと思うと不安。


558 :名無しさん@_@:2005/05/18(水) 12:32:22 ID:5sizkYlL0↑

彼氏っていうかあんたおもちゃにされただけやんw


559 :ゲルニカ ◆yU.PcG83ks :2005/05/18(水) 12:37:20 ID:xz44+gZJ0

まさにそれですw。
今でも仲はいいんですけど、別な女をおもちゃにしとるみたいです。
チンピラですw。


560 :名無しさん@_@:2005/05/18(水) 12:38:07 ID:5sizkYlL0

まあボンクラどもがやりそうなことだわなw

561 :ゲルニカ ◆yU.PcG83ks :2005/05/18(水) 12:42:07 ID:xz44+gZJ0

ホント、早くパクられたらいいのに!
とか思うけど、なかなか悪運が強いみたいで・・。


562 :名無しさん@_@:2005/05/18(水) 12:51:30 ID:5sizkYlL0

あなたは何人目のおもちゃだったの?何号?2号?それとも1号?w


567 :ゲルニカ ◆yU.PcG83ks :2005/05/18(水) 14:12:54 ID:xz44+gZJ0
>>562
その当時は一緒に住んでたんですけど、今となっては何番目かなんて わかんないですよね。
女はいっぱいいたみたいです。シャブ中限定でw。


945 :ゲルニカ ◆yU.PcG83ks :2005/05/30(月) 13:09:45 ID:oAHWG3Wo0

本当に好きな人には・・・

ってよく言うけど、あたしは本当に好きな人となら二人でシャブやって、シャブセックスしまくって、勘繰りあいしまくって、心身ともに傷つけ合い、もう堕落して、堕ちるところまで堕ちるのも それはそれで美しいと思います。

文学的。←どこが。

もう、お互いにシャブやめたい&やめさせたい・・けど、やめられない・・・。
ものすごいジレンマの中、泣きながらシャブ打ってセックスしまくる。


574 :名無しさん@_@:2005/05/19(木) 04:29:11 ID:jvtC0H4vO

質問です。
女を何人もシャブ漬けにしてる男の人ってその女に情とかわくものなんですか??
私の友達が漬けられてて、その男の連絡を突然やめたらすごいしつこかったそうです・・・。


575 :名無しさん@_@:2005/05/19(木) 05:44:23 ID:DRbSOfKz0
ただやりたいだけでしょ、適当なおもちゃ女が見つかりにくいだけ


576 :名無しさん@_@:2005/05/19(木) 06:01:11 ID:ju1poq9SO
私の友達にもいた!そのパターン。
シャブ売りたいじゃない?あと、シャブやってる男って依存心強い。


577 :名無しさん@_@:2005/05/19(木) 12:26:02 ID:JpZ9mXJfO

今思えば、相当数の女を漬けてしまったが、当時は女を漬けようとして漬けたのではなかった。漬けてオモチャに…とかではなかった。
やると独占欲とか執着心みたいな感情が強くなった。だからHも自分の快楽の為もあったが、女が自分から離れないようにと、自然に女にも打ち、どんどん変態的になっていった。

すべてはやりすぎ特有の邪気が原因だった、とやめてから気付いたけどネ。すべて自分の思い通りにならないと嫌だったみたいな。


586 :名無しさん@_@:2005/05/21(土) 02:23:46 ID:meWgjF8x0

デリヘルの客だった奴はポン注で、1回一緒にやるとその日から毎日家にきました。

打って吸ってHして・・・・毎日毎日寝かせてくれませんでした。

AVとまったく同じことしたり立たないチンコと洗ってない万個を舐め合いこすり合い・・毎日毎日・・・。

彼氏がメールしか連絡ないこと心配して訪ねてきても奴がいるから ぱにくっちゃって出れない・・。

「男がいるのか?!!」ってばれちゃって彼とお別れになりました。

私はだんだん被害妄想になり恐ろしくなり奴からの携帯をぶっちするも家に来てチャイム鳴らしまくりドア叩きまくりでしかたなく又H。

結局夜逃げ同然に引越しし携帯も解約(頭狂って水につけた)ました。

奴はチンピラだったので私の職場だったデリヘルにヤカラ電話入れまくり、 以前働いていた店で風俗誌に出ていたのをどこからか見つけだしその店にもヤカラ電話。

私はそれぞれの店長に怒られ平謝り。
私が連絡取らなければそこらに電話されるのでしかたなく連絡。

「週1でいいから家に来てHさせろ!できないなら俺が置いていった服などの
(捨てた)金を払え!
俺の知り合いに顔写真渡してあるからすぐつかまえれるぞ!」

などチンピラ特有のヤカラ・・・。
私は疲れはて「もう捕まってもいい。警察に行きますから。」と告げた。

警察へ行きました。Sのことはとりあえず内緒でストーカー被害の相談に・・。
すると警察のおっちゃんに「おっちゃんの娘だったら引っ叩いてるよ。」
などなど説教されまくり。奴の名前を調べた警察のおっちゃんは

「あんたちょっとヤバイのと関わったね・・奴はあんたの前で薬とかしてなかったか??(恐い顔)」

とドキドキな質問をしてきました。

「・・・見たことありません。」とだけ答えました。
とりあえず私は腕なども調べられることなく終わりました。

警察へ行く、発言から奴からは連絡が無くなりました。
そんなことであきらめるならさっさと言えばよかったな、と思いました。



▲△▽▼


『漬ける』覚醒剤やめますか、それとも人間やめますか 2014年09月08日

何年か前に、滋賀県警東近江署が京都市に住む市立高校2年の女子高生が、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで逮捕された。


逮捕に至る過程としては、彼女のポーチの中から、ビニール袋に入った覚醒剤と注射器が見つかって、覚せい剤所持での現行犯逮捕となり、さらに、尿から覚せい剤の陽性反応が出たため、同使用容疑で再逮捕となったとのこと。


何とも言えない不快感を覚える事件となるこのニュースを、当時ネットで見ていた時に、ふと、歌舞伎町は桜通りの傍にある月下美人というトルコ風呂が、ソープランドと名称を変えた頃からしばらくの間、他を圧倒する指名数を誇り、同じ週発売のグラビア記事で、何誌もの男性向け週刊誌に特集を組まれていた、No.1ソープ嬢の遥香と言うお客を思い出した。


初めて会った頃の彼女は、自衛隊出身ながらも私立の名門、青山学院大学に通う、美嶋と言う名の新人ホストを指名するために、毎晩のようにヌーベルアムールへ通い詰めていた。


ヘルプとして彼女の席に座った私は、芸能人で言えば、平山あや(写真)を想わせるぐらいに美形でスタイルがよいばかりでなく、その性格の優しさにも驚かされた。


普通、No.1ソープ嬢が、ホストクラブで酒を飲みながら、自身の正体を明かして仕事の話をするときには、泡まみれとなって疲れる作業を、数多くこなしてきたストレスを発散するためだろうか、たちの悪いお客へのサービスに関する愚痴を言うことはあっても、そのお客たちを褒めるなどということは滅多にない。


何とも愛らしい面差しを持った妙齢の女性の口から、今日は10本もこなしたから顎がおかしくなっただの、あそこがひりひりするだの、なかなかイッてくれないので腹筋が痛くなったというような話を聞かされたこともある。しかし、彼女は違っていた。1日に何本の指名が入っても、それを苦痛とは思わず、つねに感謝の気持ちを素直なまでに表情へと現わしていた。


また、源氏名を使わずに、本名の遥香という名で働いていたことにも驚かされた。その為に、多くの週刊誌でグラビア特集が掲載された時は、その記事を親戚に見られてしまい、それを聞いた家族からの追求を浴び、本名でソープ嬢などやる訳が無く、あくまで他人の空似だと言い張ったとのこと。


人に喜んで貰うことが、とても嬉しいとも常に言っていた。本当に可愛らしく性格のいい女性であったが、ただ、その優しすぎる性格と、緩い思考力は、歌舞伎町に巣食う邪まな男たちにとって、格好の食い扶ちとなっていた。


『巣窟』で紹介したナイトプリンスの飛鳥は、ヤクザとホストの違いを、彼なりの解釈で次のように述べていた。


いざ面倒な事が起こった時に、執拗に食らい付き、体を張って最後まで闘うのがヤクザであり、修羅場は御免と、貢がせた女からスタコラサッサと逃げだすのがホストである。続けて彼は、つまり自分らホストはヤクザ以下の最低の生き物であると、居直るように吐き捨てていた。


遥香がホスト通いから足を洗って、〇〇組のヤクザと付き合っているとの噂を聞いてから、数年の年月が経った頃だった。その当時、ラムールの早い時間に籍を置いていた私に、沖縄出身の美形ホスト、早瀬が、久しぶりに遥香が飲みに来ていることと、その変貌ぶりに驚かされたことを、悲しげな表情で伝えに来た。


本番で来ているとのことで、懐かしさも手伝って、私も彼女の席へ挨拶に行くことにした。軽く会釈をしてから、遥香が座った席の正面の椅子に腰を掛けて、彼女の形相をしっかりと確認したときの私は、思いっ切り唖然とさせられた。


遥香ということを前もって聞かされていなければ、彼女であるということを理解するのに、どれだけの時間が掛かるか分からないほどに、荒んだ肌とやつれた表情で、私に会えた懐かしさから笑顔となって開いた口の中には、隙間だらけで茶色くなった歯が、情けないまでに小さくなって生えていた。


数年前に会った時には、透き通るような白い肌と、これ以上ないような愛くるしい眼差しに、歯並びのよい口元から、秋波を漂わせていた遥香が、どうしてこんなにまで不快な醜い姿を晒すようになってしまったのかと、悲し過ぎるほどの胸の痛みが堪え切れず、私は直ぐに彼女の席から離れた。


後から早瀬に聞いた話によれば、毎月何百万も稼ぐNo.1ソープ嬢の遥香は、現在も付き合っている〇〇組のヤクザにとって、これ以上なき金蔓であり、二度とホストに入れ揚げたりしないようにと、その男の手で、常軌を逸するほどの量のシャブ(覚醒剤)に漬け込まれたとのこと。


ナイトプリンスの飛鳥が言っていたように、確かにヤクザは、自分の体や命を張ってまで女をものにすることもあるが、そうまでして自分のものにした女が、見るも無残な襤褸雑巾になるまで、手段を選ばずに、平然と金を吸い上げるようなこともする。


ホストで在りながら、自分のお客にシャブを勧める者も全くいない訳ではないが、ここまで酷い話は今までに聞いたことがない。やはり、表社会でも無く、裏社会とも言えないような、どこまでも中途半端な生き方をしている多くのホストと、完全なまでの闇社会を生きるヤクザとでは、稼ぎに対する思い入れが天と地ほどに違っているのだろうか。


どこまでも愛々しく魅惑的であった頃の遥香の姿と、この時に逮捕された女子高生のイメージが、何故か被さったように感じてしまう想いが、私の胸の内をやる瀬なくさせる。


その逮捕を切っ掛けとして、シャブからは完全に足を洗い、もしヤクザと付き合っているようなら、その男からも姿をくらますことで、この女子高生が、最後に会った時の遥香のような姿になど、決してならないで欲しいと願うばかりである。



▲△▽▼



『沈める』風俗嬢に絶対の禁句。何故こんな所で働くの 2014年08月04日


高度経済成長が終焉を迎えて数年の時を経た頃、歌舞伎町のTビル地下にあった老舗のホストクラブ、ジェントルには、実に灰汁が強く喧嘩っ早いホストが何人も集まっていた。

そんなホストたちの中でも如月(きさらぎ)は、図抜けて手が早いことで名を馳せており、リスト前で鼻血を流しているホストを睨みつけ、怒りを露わにしている彼の姿を見たことも、一度や二度ではなかった。


スレンダーな身体つきに、派手目のスーツを着こなし、どこかしら童顔ではにかんだ表情が、お客のハートを揺らし、無口ゆえにそのお客たちの母性を擽るのか、毎月の指名本数も多く、売上グラフは常に上位に付けていた。


酒乱なのだから大目に見てやろうと言う周囲の空気もあり、気が付くと眼前の相手を殴りつけるという、彼の悪癖は治まらなかった。


手が早いからといって喧嘩が強いのかというと、そうではなく、怒った相手ホストに殴り返されて、絨毯の上に引っ繰り返っていることも間々あった。また、後先を考えずに手が早いのは、喧嘩だけではなく、お客に対しても殆んど変わらぬ行動をとった。


初めて来店した若いクラブホステスを、その日のうちにホテルへ連れて行き、出来うる限りの性技を尽くして、とことん彼女を愛欲の世界へ誘うと、ホテルを出るや否や、顔見知りのトルコ風呂に沈めてしまうといった、呆れるような離れ業をこなしていたのだ。

現在、ソープランドという名称に変えられてしまったが、1984年にトルコ人留学生の抗議運動が起こる以前は、一般的にトルコと呼ばれていた。美人女優として一世を風靡した大原麗子(※)も、若き日には、『(秘)トルコ風呂』や、『トルコ風呂王将戦』といった映画で、主役を張り、No.1トルコ嬢を演じている。


何年か後に、如月に嵌められて風呂屋になったというお客の一人から話を聞いたことがある。彼女は、その時分に勤めていた高級クラブで、普段から世話になっている先輩ホステスに誘われるまま、生まれて初めてホストクラブへ行った。

その時にヘルプで付いた如月の魅力にいつの間にか惹きつけられて、彼と出会ったその日にホテルで結ばれたのだが、ホテルを出るなり、トルコ風呂の面接を受けさせられ、気がついた時には、泡まみれの仕事をさせられていたとのこと。


恨みつらみは既に消えて、いい加減な気持ちで、ヘルプのクラブホステスを続けたところで大した収入にも成らず、今では、月に何百万も稼げるNo.1になれたのだから、これで良かったのよと、前述の大原麗子を思わせる、あどけなさの混じった愛くるしい笑顔を私に向けたときには、何ともいえない胸の痛みを覚えさせられた。


如月が風呂屋へ沈めたお客が何人になるのか、何十人になるのか、或いはそれ以上になるのかは、私には皆目見当がつかないが、そこまで非情に徹した彼の仕事ぶりには、些かの不快感を覚えずにはいられない。

もっとも、最近のニュースなどで報道される、若いお客に高額の売掛金を背負わせて、無理やりに風呂屋へ沈めようとするホストと彼を比べれば、実にスマートな仕事のやり方とも言えるだろう。


私が最後に如月と遭ったのは、横浜から歌舞伎町に舞い戻って間も無い頃に、指名客との付き合いで行った、早朝まで営業しているサパークラブであった。

その頃すでにジェントルは潰れていて(原因はオーナーが覚醒剤で逮捕された為との噂があった)、今はEビルにあるスターサファイアに籍を置いているとのこと。酒が入っていた為か、やや目が据わっているように見えたが、どこか人懐っこそうな笑顔は相変わらずであった。


さらに数年の時が流れ、私が歌舞伎町に戻ってから三軒目の店となる、ヌーベルアムールに勤めていた時であった。如月が死亡したとのニュースが流れた。


報道では、同居していたホストの播磨(はりま)に殴打されたことが原因とのこと。噂によれば、例によって酒乱の如月がいきなり播磨を殴り、それでかっとなった播磨が如月を殴り返したところ、そのまま後ろへ倒れた為に、運悪く如月の背後にあった階段の縁へ、激しく後頭部を打ちつけたそうである。


その場所では間もなく気が付いて、播磨と一緒に部屋へ戻り、直ぐに床に就いたが、夕方、いつもなら起きてくる時間になっても目を覚まさず、既に身体は冷たくなっていたそうだ。


播磨は傷害致死罪で懲役3年の刑を受けたが、わずか1年余りで仮出所の身分となり、スターサファイアに戻って仕事を再開すると、歌舞伎町界隈のホストクラブでは、人殺しホストとして、誰からも怖れられる存在になっていた。


傍から見ると、弱いくせに酒乱で喧嘩っ早かった為の、如月の自業自得に見える話ではあるが、私にはそれだけが原因とは何故か思えなかった。

もしかしたら、如月が風呂屋に沈めた何人ものお客たちの恨みが、魑魅となって播磨に乗り移り、その私怨を晴らさんが為に、彼に非業の最期を迎えさせるべく、自分たちが風呂屋へ沈められたように、彼を死の淵へと沈めたのではないだろうか。


元ホストとしてこんな話を吐露するのは、はなはだ気が引けるところでもあったが、記憶が確かな内に筆を取らないと、永久に闇へと封じられてしまう気がしたので、思い切って書き記してみたけれど、さて、いかがなものか。




▲△▽▼


2016年09月27日
【レイプ】ヤクザの女を捕まえて監禁。エロい拷問をして犬にもエッチさせる話
僕が中学を卒業してしばらく経った頃にしていた、ある組織の事務所でのバイトで見た裏世界です。

僕は中学生になった頃から落ちこぼれ、喧嘩と飲酒、喫煙を覚え、日の当たらない道を歩むようになりました。

学校単位では喧嘩も強く威張っていましたが世界は広く、僕を子供扱いするような強い人は山ほどいました。

そんな人たちと付き合うようになったのがキッカケでした。

上下関係、先輩後輩の秩序ある関係など自分を中心とした相関図を常に把握しておかなければ、ちょっとした事が命取りになる世界で、昔は唾の吐き方一つで半殺しの目に会わされて引退した人もいたようです。

僕は親しくさせていただいた先輩が心配してくれて、2日で5000円のお小遣いをくれて口の聞き方や行儀作法を教えてくれるし、今親しくしておけば将来きっと助かる事があるだろうと、ある組の事務所の電話番をしました。

直接指導してくれたのは経験2年の先輩でしたが、目上の人に対する言葉遣いは半端なく、また目上の人と話をする時は常に頭を下げたままで話を聞き、話をしていました。

また、電話を受けても相手からは見えないのに、やはり頭を下げたまま受け答えをしていました。

電話の取り次ぎで系列の方々に連絡する時も同様でした。
「見られるわけないのになぜキチッと応対するんですか?」
と聞くと

「確かに無駄な事かも知れん。だが、いつ誰が見て聞いているかも知れんし、見られてるからキッチリする、見てないからダラける、それじゃ俺を信頼してくれてる親分や兄さんに申し訳ないて思う。不器用な男やから上手く立ち回れんのじゃ」
と教えてくれた。

また、
「掛かってきた電話を取るのは俺やお前かも知れんが、相手は○○組に掛けてるから組の看板を汚す訳にも行かんから掃除と同じくらい電話番もキッチリしにゃならん」
とも教えてくれました。

ほとんど何事もなく穏やかな日が続いていましたが、何やら対立関係にある組織とトラブルが生じていたらしい頃です。

対立関係の組織だとかトラブルの内容だとかは、僕らみたいな若造には話してもらえませんでしたが、兄貴たちは誰かを見つけ出して事務所まで拐ってこいと言われていたようでした。

毎日、昼も夜も人探しをしていました。

ある時、その兄貴から事務所に電話が入り、
「月を拾った。今から事務所に引っ張るから裏のシャッターを15分後に上げて待て。俺のクラウンが入ったら、シャッターを直ぐに下ろせ」
という内容でした。

「月」というのは探している本人ではなく親しい関係にある人の事で、嫁さんとか兄弟姉妹、愛人などを示しますので、人質みたいなものを確保したらしい事は分かりました。

重要と思われる電話は、当番で事務所にいる先輩に伝えることになっていましたので、内容を正確に伝えました。

時計を見ながら待っていると電話が入り、
「すぐに着くから頼むぞ」
と言われ、僕は裏に回りシャッターを頭の上くらいの高さまで上げて止めました。
シャッターの外には出ずにカーブミラーを見て待ちました。

一方通行の狭い道の向こうから黒塗りのクラウンが来て、そのままシャッターをくぐり入りました。

僕はクラウンが完全に入ったタイミングでシャッターを下ろしました。
事務所にいた先輩方が後ろのドアを開け、中にいた別の先輩がロープで縛られた20歳過ぎくらいの女と共に出てきました。

逆側からも別の先輩が出てきました。

後部座席の真ん中に縛られた女が乗せられ、左右を先輩方が固めていたようでした。
シャッターの内側から女が引きづられるように建物の中に入って行き、地下の物置として使っていると言われていた部屋に女は連れて行かれました。

物置とは、戦争になった時に事務所での自炊やらの為に米や非常食、水、トイレットペーパーなどが保管されている部屋と、もう1つ天井に鉄骨が剥き出しになっていて、滑車やフックがぶら下がっているほとんど何もない部屋があり、女はそっちに連れ込まれました。

緊急体制とやらで電話番は当番の先輩方が引き受けてくれ、僕は他の先輩の手元として地下の女がいる部屋に待機していました。

女はそれまでのロープをほどかれましたがすぐに両手首を縛られ、天井から下がっているフックに両手首を縛ったロープを回して滑車を操作し、女の爪先が床に着かない程度まで吊るしました。

そこで女の口を塞いでいた猿ぐつわが外され、口の中に押し込んであったハンドタオルみたいなものも出されました。

女は相当な美人で、髪は長く縦ロールで巻かれていて肩甲骨の下までありました。
体つきはかなり痩せ気味でしたが、胸は突き出していてウェストには明確なクビレがあり、お尻は豊かな丸みがありながら張りがあるように見えました。

先輩の一人、石川さんが吊るされた女の顎を持ち顔を引き寄せて
「楽しい時間を過ごさせてやるからな」
と言うと、女は石川さんの顔に唾を吐きました。

石川さんは女の頬をつねり上げて
「その威勢の良さがいつまで持つかな?」
と言うと、女の着ている服を力任せに剥ぎ取りました。

ビリビリと裂けるように服は切れっ端になり、腕や身体に巻き付いた布切れはハサミでザクザクと切られて身体を覆うものはほとんど無くなり、ブラジャーとガードルと、その下のショーツだけになりました。

石川さんは僕にハサミを手渡し、
「全部むしり取れ」
と言いました。

僕は
「切り刻んでいいですか?」

と聞くと石川さんは

「どうせ無事には帰れんだろ。着替えの必要も無いし、きっちり剥いで生まれたまんまの姿にしてやれ」

と言いました。

「遊びながら楽しくやってみろ。逆らうようなら逆らわなくなるまで遊んでやりな」

と言うと、石川さんは壁際にあるベンチとテーブルの所で煙草を吸い始めました。
僕はガードルのウェスト部分を引っ張り臍の辺りからハサミを入れ、恥骨の上までを割きました。

次いで、逆のお尻の上からお尻の割れ目に沿ってハサミを入れました。
ガードルを下げ、股の部分を切りガードルは左右に分かれ太ももの所で止まっています。

ブラジャーの肩紐を切り、背中のホックを外すとブラジャーは女の足元に落ちました。

目障りになったガードルを足首から引き抜き、ショーツの左右にハサミを入れ切りました。

ショーツを手に取り女に見せつけ、細かく切り刻み二度と使えないぼろ切れにしてから足元に落としました。

この時に女の目から涙が伝っているのが分かりました。

女の顔をまじまじと見ていたら、元アイドル歌手の麻丘めぐみとAV女優の塚本ゆきを足して割ったような容姿だと思いました。

足首にロープを巻き左右に開くようにロープを引っ張り固定しました。
女は完全に床に足が着かない状態で吊るされています。

足をもっと開くように足首に巻いたロープを更に引っ張りました。
隠しようの無い姿を晒す女の周りをゆっくりと歩き、眺めました。

女の身体に触れず、明るい中で女の詳細な部分まで眺めるのは初めてで、隠唇の歪みやアナルの皺まで鑑賞しました。

陰毛はある程度まで手入れされていましたが、全て剃り落としました。
アナル周りの無駄毛まで処理し、剃り残しが無いか指先で確かめました。

お尻の割れ目をなぞり、アナル・膣口を通過し、マンコの溝に沿ってクリトリスまで何往復かすると膣から湿り気を感じ、やがて濡れ始めました。

まだ女は目を瞑り唇を固く結んでいます。

僕はアナルと膣を重点的に解しました。

アナルには抵抗がありましたが、膣は濡れてピチャピチャと音がし始めました。
膣に指を入れると女は仰け反りました。

指を二本にして少しずつ強く激しく揺すると、女の口から吐息が洩れだしました。
膣の中の指と外側からクリトリスに圧を加えていた親指で挟み細かく動かしました。
僕は、この美人の女性のもっと淫らな姿を見たいと思い、膝にロープを回して両手を吊るしているフックに掛けました。

女は両膝が上がり足首は下に引かれていて、M字開脚のような幼い子がオシッコをする時のような格好になり股間を晒しています。

少し開いた割れ目と、その上に肥大化した豆が見えています。

目線を上げると、巨乳に近いボリュームのある乳房が見え、更に上には憂いを帯びて今にも泣き出しそうな可愛らしい顔が見えます。

「誰でもいいんだろう?」
僕は小さく囁いた。
女はビクッと反応した。
まさか・・・という顔で僕を見る。

僕は女の開かれた足の間に入ってベルトを緩めると、女は首を横に振った。

「私は××組の東堂のオンナだよ。命なくすよ」
と小さな声で言う。

「兄さん、この人、なんとか組の東堂のオンナだそうです」

「やっと吐いたか・・・知らぬ存ぜぬだからな、女は油断できねえ。間違った女を引っ張ったかと思うぜ。なんか御褒美やらなきゃな・・・」

この時、まだ俺は童貞で女の身体をマジマジと見たのも初めてだった。
自分を強く見せたいという気持ちから経験済みみたいな顔をしていたが、正直勃起ビンビンで先端からは先走りが出ていた。

しかし、今、ここでヤルという勇気は無かった。
ただ見て楽しむだけで充分だった。

色気というのか見ているだけで逝きそうな気がした。
せいぜい指で遊んでやるくらいが精一杯だ。
煙草を吸い終えた兄貴分が来てくれました。

「遊んでる分にはいいが挿入はまだだぜ。上のグラスから順番に入れてくからな。ま、俺の番が来るのに3時間くらいかかるやろな」
と言いました。

じゃ、俺の番が来るのは明日じゃないか・・・と思ったら、気がついた。
俺の番なんか無いんじゃないかと。

「兄さん、写メ撮っていいですか?」
「おう、いくらでも撮っとけ。どうせコイツは薬に浸けて風呂に沈めたるからな」

女は

「ふざけんなよ!お前ら、命無くすぞ!」

と暴れたが身動き出来ない。身体がおかしく揺れただけだった。
隠しようのない身動き出来ない姿で撮影されまくりで女は泣きそうだった。
泣きそうな顔も勃起を促した。

マンコが呼吸してるみたいにヒクヒクして、面白かった。
まだ少年のような心が俺にも残っていた。

胸を見る。

俺の感覚では胸とか乳房というよりオッパイという方がピンとくる。
撮影に飽きてきた頃、先輩方が続々と集まってきました。

許可を貰ったから始めようか、と縦縞のスーツを着た人が言うと、派手なトレーナーを着た人が味の素みたいな粉を水に溶かして注射器で吸い入れて、女のマンコに近付けた。

何人もの先輩方が見守る中でマンコの中に注射したみたいだった。

「どのくらいで効いてくる?」

「モノが良いので即効です」

と笑顔で答えました。

先輩方は女を見守るというか、観察をしているみたいだった。

女は息が荒くなり、肩が上下に動いていた。

先輩の一人がマンコに触ったようだった。
クリトリスかも知れない。

女が「あ〜っ!!」と大きな声を上げた。

面白がって、先輩が何度も女の股間を弄くる。
その度に女の喘ぐような叫び声がしました。

先輩方が女から離れましたが、女は何もされていないのに喘ぎ続けていました。

顔は紅潮して滝のような汗をかき、目は飛んでいて

「ハァハァ、ゼィゼィ」

と荒い呼吸で、股間をきつく閉めようとしたり弛んで開いたりしていました。
力なく、ジョ、ジョー、ジョボ、ジョボと漏らしました。

勢いが無く、長い時間オシッコを垂れ流していました。

「もう、どこをどう触っても逝きまくりですょ」

とトレーナーが言い、指名された先輩が乳首を摘まむと
「はぁ〜あ、ぁ、あぁぁぁあ!!」

と女が叫び、身体全体を煽りながら痙攣していました。

乳首を摘んだまま、捻ったり押したり引っ張ったりする度にぎゃあぎゃあ喚き喘ぎました。

「気持ちいいか?」

と聞けば

「気持ちいい〜っ!」

と答え、

「逝きそうか?」

と聞くと

「逝っちゃう〜っ、逝っちゃう〜っ」

と答えました。

「欲しいか?」

と聞くと

「欲しい〜よ、欲しい」

と答え、

「何が欲しいんだ?」

と聞くと

「おチンチンっ!」

と答えました。

先ほどまでの気丈さは消え去りました。

トレーナーを着た先輩は実は組とは直接の関係はなく、医師免許を持つ医師だそうで、専門は薬物依存症だそうでした。

この女は乳房の太い血管や股の付け根の太い血管に注射痕があり、その様子から薬物の常習者だそうで、キッカケを与えれば逆らわず何でもやるだろうとの事・・・。

注射も自分で打てるところを探して打ってたんだろう。
何もされないのに女は喘ぎ続けていました。

条件反射の1つで、多分セックスの前に打っていたから、打てばセックスをするというように身体が覚えてしまったのだろう。

今いる中で一番上の位にあると思われる先輩が

「コイツはゴロウに払い下げるから、先にヤりたい者はヤっていい」
と言いました。

聞いていた何人かがズボンとパンツを脱ぎ、女に群がると凄い喘ぎ声が途切れる事なく聞こえました。

「あ、ぎゃ〜っ、あうっ、ぁん〜っ、ぁふ、ぁふん、ぁん〜っ、あ゛〜っ」
マンコから抜き差しする時のピチュピチュピチャッピチャッ・・・という音が聞こえ、女の喘ぎ声とシンクロしていました。

女は床に下ろされ、うつ伏せになってお尻を捧げる格好で男を迎え入れていました。

口元には何本ものチンコが突きつけられ、女は順番もなく顔を突つかれる度にチンコを咥えていました。

一段落ついた頃に、ゴロウが連れられてきました。

4歳の、人間でいうと16,7歳くらいになるオスの土佐犬だそうで、体重も40kgを越えているのではないかと聞きました。

俺と違い、何人かの人間の女を経験しているらしく、マンコやケツからザーメンを垂らす女を見て尻尾を高く上げてゆっくりと振って近づきました。
四つん這いの女の後ろからケツの穴やマンコの臭いを嗅ぎ舐め始めると、女は再び呻き喘ぎ始めました。

ケツを前後に揺らしながらゴロウの愛撫を受けています。
自分から気持ちいいポイントをゴロウに舐めさせるかのように艶かしく腰が動きました。

ゴロウが前足を女の腰に乗せると下半身を女の股間に近づけ、垣間見た巨大な少しイビツな陰茎をマンコに差し入れ、人間では不可能だろうと思うような激しく早い動きで女を攻めました。

カクカクした小刻みな振動で女は揺れ、動きに合った喘ぎ声を発して、皆の嘲りに包まれました。

「お犬様にお情けいただく気持ちはどうだ?」
と聞かれて

「気持ち良い〜っ、大きいっ、太いっ、ぁあ〜っ逝くっ逝く・・・!!」
と逝かされました。

ゴロウは抜かずに動きが緩やかになっただけで、程なく腰が動き出すとマンコとゴロウの間から泡立った白い体液が溢れ、洩れてきました。

ゴロウが女から離れると、マンコがパックリ開いていて、そこからゴロウの精子が糸を引いて滴り落ちました。

女は口角から泡を吹き涎を垂らし眼は宙を泳いでいました。
「あぅう・・・ぁうぅ・・・」
と息吹きのような声が洩れていました。

「おまえはこれからゴロウの女だ。分かったな。可愛がってもらえよ」
女は、ゴロウの陰茎を口に含みました。

舐めるように唇が頭と同じ動きで前後すると、ゴロウが女を押し倒しました。
ゴロウは正乗位の形で女に乗り早く激しい動きで女を犯しました。

女は果てました、だらしなく股間を広げて内臓まで晒して失神していました。

トレーナーを着た先輩が再び女のマンコに注射をし、十数分経つと女は息を吹き返しました。

これが薬の力か・・・と思うと怖くなりました。
女の眼に力が漲りました。目力は凄いものがありました。

さっきまで泳いだ眼をして、犬にお尻を与えて喘いでいた女だとは思えません。
トレーナーの先輩が女の首にゴロウ用に購入してあったベルトの太い首輪と八目編みの太くて黒いリードを付け、ゴロウが結ばれた同じ丸環に、同じように結ばれました。

まるで、ツガイのようです。

数日この状態で置き、ゴロウが求めれば身体が結ばれ、女が求めればゴロウが交尾するという事が当たり前になってきた頃に、身内向けにゴロウと女の
「獸姦ショー」
を交通費だけで提供するようになって、石川さんが運転手となり、石川さんの指名で俺が手元に付きました。

俺はまだ童貞でしたが、この女が畜生の性処理便所に堕ちる前に突っ込んでおけばよかったのかな・・・と思う事はあります、今となっては。
ちなみに東堂は、この女について、

「知ってはいるが付き合っているわけでもなく、情婦であるわけではない。落ちていたのなら拾った人が好きにすればいい。飼うにしろ捨てるにしろ。私がとやかく言う筋ではない」

と人伝に知らせてきたそうです。

まぁ仮に自分の女だったにせよ、他の男たちに抱かれ

「東堂よりこっちのおチンチンの方がいい!逝くっ〜ぅ!(土佐犬の)ゴロウ方がいい!」

と叫んだ女を未練たらしく追い掛けるのも・・・と判断したのだろう。

「獸姦ショー」の時だけ女は下着を含めて衣類を身につけるようになっていました。
ショーが無い時は、ずーっと裸のままでリードに繋がれ、ゴロウの傍で寄り添っていました。

ショーの前と前回の投与から2日空けて、薬を注射して与えています。
初めの1週間は1日に数回、その後は1日1回、1ヶ月後からは1日おきに薬の投与は行われ、ショーが始まってしばらくしてから2日空けた方が薬の効果が顕著になり、「観客」が喜ぶ事が分かりました。

逆にショーの前日・前々日に投与されませんので禁断症状が現れ、女が怒る、泣く、土下座して要求するなど、明確なオネダリがされました。

初めの頃は
「薬くれたら私に何をしてもいい」
と駆け引きしてましたが、犬に抱かれて逝きまくる自分に商品としての価値が微塵も無い事を知ると要求しなくなりました。

3日に1回は貰えるし、ゴロウとのショーの前にも貰える事が分かったようで、その時を待っていました。

ショーが何日か続くとショーのある日は確実に投与されるので、女は
「もっと皆に見ていただけるよう配慮してください」
みたいなお願いをしました。

無料でイイ女がストリップをし丸裸を見せ、剃毛シーン、オナニーシーンを公開し、オナニーで逝った後で目の前で獸姦シーンを見られるので、友好団体の若い者からもオファーが殺到していました。

また、付き合っている彼女や友人が興味本意で見てみたいという要求もあり、飽きられる前に新たな観客希望者が生まれました。

しばらくしてから、組関係者が経営するスナックの売り上げを使い込んだ21歳の女が失踪し、探し出されて新たな薬漬け肉便器としてゴロウにあてがわれ、3P獸姦ショーとして無料提供されるようになり、このフェロモンバリバリの女が俺の初マンコになりました。

見るだけでしたが、経験を積んでいたので初体験としては女を先に失神するまで逝かせれたのは喜びでした。

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釣崎清隆。覚醒剤で逮捕された50歳の男は16.9%に入れるか?


2017年7月24日、危険地区を中心に活動していた写真家、釣崎清隆(つりさき・きよたか)という50歳の男が東京都世田谷区豪徳寺1丁目の自宅アパートで逮捕されている。死体写真などで有名な人物だった。

隠してあった覚醒剤は1グラム、玄関脇のブーツの中にあったのを池袋警察署が発見した。釣崎清隆は覚醒剤を使用していたのを認めている。

覚醒剤は中南米で覚えて帰ってきて、日本でも続けていたという。彼は少なくとも2011年から2012年あたりには日本に戻ってきている。

中南米で覚えてそれからずっと覚醒剤を使っていたとすると、彼が覚醒剤に手を出したのは1年や2年前の話ではない可能性がある。依存者としてのキャリアは長いはずだ。

それなのに、今ごろになって警察に密告(たれこみ)があって逮捕されている。

資金がショートしてトラブルが起きていたのか、それとも覚醒剤の量が増えて言動に異常が出ていたか、何にせよ今までと違う何かが起きていたに違いない。

ちなみに釣崎清隆が隠し持っていた覚醒剤は1グラムであると報道されているのだが、1グラムと言えば現在の都内の相場では約7万円だと言われている。安いものではない。


1ヶ月7万円から28万円程度の散財があったのか?

相場は数万円レベルで増減する。日本の覚醒剤は中国や北朝鮮経由でやってきており、北朝鮮がミサイルを飛ばして経済制裁などが始まると覚醒剤の値段は上がる。

今後、北朝鮮はかなり制裁を受けることになるので、アンダーグラウンドでは覚醒剤の価格が暴騰するのではないかと噂されている。六本木界隈の売人も、客を選んでいる。

ちなみに、覚醒剤1グラムは少ない量ではない。また1回分でもない。

通常では、0.02グラムほどを使って、依存が深まれば深まるほど量も回数も増えていく。そのうちに0.2グラムになっていく人もいるが、そうなると初心者の10倍である。1日1回でコントロールするとしても1週間持たない量だ。

かりに1週間で7万円を使い切るとすると、1ヶ月では28万円は必要になる。

釣崎清隆がどのレベルの依存にあったのかは分からないが、一般的な相場と依存のレベルから考えると、1ヶ月7万円から28万円程度の散財があったとしてもおかしくない。

かりに、かなり強い自制心があって1ヶ月7万円で制御できていたとしても、釣崎清隆のように固定収入のないフリーの人間にとっては金銭的にかなり負担だったはずだ。

覚醒剤はアップ系のドラッグなので、それだけ覚醒剤を使っていたら連日連夜のごとく徹夜仕事ができて、かなり仕事がはかどって結果的に儲かるのではないかと考える人もいる。

しかし、実際はそうではない。

覚醒剤は切れた後の虚脱感がかなり強く、薬で少しくらいの集中力が手に入ってもトータルで見ると何もできなくて苦しんでいる時間の方が長い。

また、集中力は必ずしも仕事に向かうわけでもない。そして集中力が精密さを生み出すわけでもない。覚醒剤で手に入れる集中力は、往々にして質が悪い集中力になりやすく、仕事は逆にうまくいかないことの方が多い。


2017年7月24日、危険地区を中心に活動していた写真家、釣崎清隆(つりさき・きよたか)という50歳の男が東京都世田谷区豪徳寺1丁目の自宅アパートで逮捕されている。死体写真などで有名な人物だった。


50代では、83.1%が再び覚醒剤に手を出して逮捕

釣崎清隆は2017年7月24日の逮捕が初犯だ。覚醒剤の使用を認めているのだが、逮捕時の記事ではどこも「陽性反応が出た」とは書かれていない。

尿検査をして陽性反応が出ていなかった場合、「いや、やっぱり使用していない。受け取っただけで何だか知らなかった」と言い張れば、不起訴になる可能性がある。その場合は、1ヶ月も経たずに出てこられるだろう。

仮に陽性で使用を認めたとしても、釣崎清隆の場合は初犯であり潔く認めていることからも保釈請求で執行猶予で2ヶ月ほどで出てこられる可能性が高い。

私は、釣崎清隆は2ヶ月ほどで執行猶予で保釈になる方向に賭けている。

しかし、問題はここからだ。

彼は覚醒剤の使用が数年前からだった可能性が高く、しかも逮捕時の年齢は50歳である。覚醒剤には強い依存性があるのだが、そのために覚醒剤による再犯率は非常に高い。

50代では83.1%が再び覚醒剤に手を出して逮捕されている。

覚醒剤の依存は自制心で何とかなるような甘いレベルではなく、再び手を出さないためには本人の意志だけでなく、まわりの関係者の相当なサポートが必要だ。

まわりの支援があって、「もう絶対に覚醒剤には手を出しません」と誓っても、それでも再び地獄に堕ちていくのが覚醒剤という薬物の恐ろしさだ。

年齢がいけばいくほど依存を断ち切るのが難しく、50代では83.1%なのだから、はっきり言って更生はイバラの道となる。再犯しない16.9%に入るのは至難の業だ。

釣崎清隆はアンダーグラウンド系の作家なのだから、思い立てばいつでもアンダーグラウンドにアクセスできるわけで、なおさら更生に苦労するだろう。

だから、2ヶ月ほどで執行猶予で保釈になったとしても、釣崎清隆の本当の戦いはここから始まることになる。


アンダーグラウンドと関わればリスクが生まれる

アンダーグラウンドではどこでもドラッグがある。日本でも手に入るし、東南アジアでも簡単に手に入る。

タイの歓楽街であるパッポンでもしばしばドラッグを売買している現場を見かけたし、多くの人たちが気軽にドラッグに誘ってくる。

パタヤでも、私が体調が悪かったりしたら、一緒にいる女性が「元気が出る薬があるよ」と、心配して善意で勧めてくれたこともあった。

(3つの悪霊を見る女。売春と、愛と、深い嫉妬の中で(3))



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まるでバファリンでも勧めるように、ドラッグを勧める。彼女たちは強烈な依存症に気付いていなくて、「よく効く薬」程度に思っている可能性もある。

いったんハマれば人生を破壊してしまう確率の高いものなのに、あまりにも簡単に手に入りすぎる。無防備にいたら、いつでも堕とされる。

うさん臭い人間も勧めてくるのだが、好きな女性もまた「気持ちがいいのよ」と心をこめて勧めてくるのである。

(「あなたもどう?」と麻薬を出した女性をしみじみと想う)




タイで「ヤーバー」と呼ばれるドラッグは、成分は覚醒剤と同じものだが、注射器を使わないのでタイで爆発的流行して、今も蔓延が止まらない。

こうした麻薬禍はフィリピンでも広がっており、それが「売人は殺せ」というロドリド・ドゥテルテ大統領の登場につながったのは記憶に新しい。

(フィリピン麻薬戦争。これが現場の血まみれ殺害光景だ)


最近はインドネシアでもジョコ・ウィドド大統領が「麻薬の売人は殺していい」と言い出し始めている。

なぜ、こんなことになっているのかというと、それほどドラッグが蔓延しているからである。覚醒剤くらい、いくらでも手に入るのが現状なのだ。

ということは、それを知っている釣崎清隆のような人間であればあるほど、誘惑を振り切るのは難しいということになる。海を渡ればドラッグ大国が待っている。

釣崎清隆は仕事がら積極的にアンダーグラウンドに関わっていったのだが、裏の人間たちと関わることで堕ちるべくして堕ちたということになる。この点は同情の余地がある。

彼が執行猶予で保釈されたとして、その後は暴走するのか更生するのか未知数だ。もし更生に失敗して次に再犯したら、その瞬間に少なくとも2年か3年は刑務所で人生を消耗することになる。

晩年を娑婆と刑務所の行き来で終わらせるのは意味のある生き方ではない。つまり、再犯率83.1%の側に堕ちるのは意味のある生き方ではない。

そうであれば、16.9%の側に来なければならない。それができるのかどうか、誰も分からない。釣崎清隆自身も分からないだろう。


晩年を娑婆と刑務所の行き来で終わらせるのは意味のある生き方ではない。つまり、再犯率83.1%の側に堕ちるのは意味のある生き方ではない。そうであれば、16.9%の側に来なければならない。それができるのかどうか、誰も分からない。釣崎清隆自身も分からないだろう。





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人を短期間のうちに激しく劣化させるのが麻薬中毒の特徴だ 2010年11月13日土曜日

ヘヴィーな麻薬に限らず、薬物の中毒になると人間の細胞の劣化が激しい勢いで進んでいく。

人間の細胞というのは3ヶ月から6ヶ月の周期で新しいものに変わっていくと言われているが、薬物をオーバードーズ(過剰摂取)していると細胞の再生に劣化が起きるのだろう。

人の老け具合は個人差があるのだが、そういったものを差し引いたとしても、麻薬での老化のスピードは驚くほどのスピードが見られることがある。


覚醒剤やヘロインでの中毒が極まると、どんどん痩せていって「やつれる」感じの劣化(老化)が進む。中毒者は見た目を構うこともなくなるので、見た目の荒廃もまた想像以上だ。

タイで数年前に見た女性が同じ女性だとは思えないほど荒廃して禍々しい顔つきになったのを私は見ている。彼女は覚醒剤(ヤーバー)に溺れていた。

あまりにも肌の老化が進むと、女性はそれをごまかすために化粧を厚塗する。それがますます化け物のような印象を醸し出す。

額やこめかみに浮いた血管や窪んだ頬を隠す化粧品はない。しかし、中毒者はそれを隠そうとあがく。悪循環の連鎖は、本人の想像以上にひどい印象をまわりに与えるように思える。

では、もう化粧もしないでいたら少しはマシなのかと言えば、こちらもまた肌の荒廃がそのままストレートに目につくので老化が恐ろしいものに感じる。

以前に書いたが、以前にヘロイン中毒の女性と一緒にいたことがある。彼女は化粧もしないで髪も乱れるがまま放置しているような女性だった。彼女は常にまわりから薄気味悪い生き物でも見るような目つきで見られていた。

もし彼女がヘロインに溺れていなかったら、かわいらしい女性だったのだと思う。ヘロイン中毒の彼女はそうではなかった。


人を激しく劣化させる有機溶剤

途上国の底辺層にいる若者と言えば、シンナーを好むことが多いが、それは手に入りやすく、安く、酩酊が強いからである。

タイでもかつてはシンナーを吸っている娼婦があちこちにたむろしていたし、カンボジアではホームレスやゴミ山を漁る少年・少女たちがビニールを持って哄笑している姿をよく見た。カンボジアには数年訪れていないが、今もそうかもしれない。

インドの貧困層では見なかったが、バングラではやはり少年たちがシンナー遊びをしていた。

シンナーは安く手に入るから、副作用も軽微なのかと言えばまったくそんなことはなく、知っている人も多いかもしれないが、その害悪は凄まじい。

もしかしたら人間を劣化させる薬剤の中で、シンナー(トルエン、キシレン、ベンゼン)などの有機溶剤系は、相当上位にあるのかもしれないと個人的には感じている。

ロシアの女性の顔の変遷が写真にある。


2004年
2004年。横顔は若々しく美しい。
2005年。顔がむくんでいる。劣化が始まっている。
2008年。劣化を厚化粧でごまかす段階に来ているようだ。
2010年。もはや6年前の面影はここにない。

前歯がない。髪も乱れているのが分かる。


たったの6年で老婆のようになってしまった。

サイトには「薬物」としか書かれていないが、私はこれを見てすぐにシンナー系を想像した。この荒廃は覚醒剤やヘロインとは少し違う。最後には歯がなくなっているが、これは有機溶剤系のドラッグの特徴だ。

有機溶剤は骨を溶かすので、まずは歯に症状が出てくる。シンナー中毒の人間の死体を火葬すると骨が残らないと言われるが、その前に歯のほとんどを失ってしまう。

また、脳が萎縮するので性格が激変する。短絡的で、怒りっぽく、思慮が足りなくなる。精神的な変調をきたす場合も往々にあって、暴れて精神病院に放り込まれる中毒者も多い。

精神病院で治るものではない。脳の萎縮は元に戻らないからである。ろれつが回らず、頭も回っていないので、シンナー依存から抜けだしたとしても、その後の社会生活には支障をきたすことになるだろう。

そして、脳の萎縮はやはり外見の劣化も呼び起こす原因にもなる。もはや身の回りに気を配る余裕すらなくなってしまうので、常にだらしがなく、上着でもボタンが外れていたり掛け違えていたりするのも判断できない。

ときどき、唾液を垂らしていることもあるが、やはり本人は気がついていない。激しい体臭でまわりが閉口するときもあるのだが、それも気がついていないようなのは、嗅覚がやられてしまうからなのだろう。

なぜ私がこうやって書くことができるかというと、アジアでそういう若者を多く見てきたからだ。

売春地帯に徘徊する奇妙で滑稽な言動の男が近づいてくると、女たちは露骨に顔をしかめてそれとなく姿を隠す。誰もがそんな男と関わりたくないと思っている。

薬物で身も心もボロボロに劣化した人の姿は、とても孤独な感じである。



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もはや廃人か。ドラッグで追い込まれた女性たちの悲惨な姿 2013-09-16


欧米でもアジアでもクラブ・ディスコ等でそれが出回るのはなぜか。コカインがあればハイな状態のままずっと踊り続けて過ごすことが可能だからだ。

だから、コカインはパーティ薬とも呼ばれている。

真夜中のダンス・シーンの中でコカインをきめると、無尽蔵の体力とダンスで派手で騒々しいクラブやディスコで一目置かれるようになる。

やがて人間関係ができ、多幸感を覚え、ドラッグも極まってくると、その強烈な世界から抜け出せなくなり、ずっとコカインに頼らざるを得なくなる。

本来ならば休息が必要な身体に休息を与えず、ドラッグによってエネルギーを先取りするのである。薬が切れたときは、その虚脱感は相当なものであることは想像できるはずだ。

結局、ベッドから起き上がることも寝返りを打つことすらもできないような激しい消耗から逃れるために、またコカインが必要になる。


何も知らない人でも、ひと目見て異様さを感じる

虚脱感から抜け出せなくなると、「何とかしなければ」という気持ちが、またもやドラッグに向かわせる。それが劇的に効くのは分かっているからだ。

肉体的にも精神的にも、それが欲しくて我慢できなくなる。

何とかドラッグを手に入れて、それを体内に取り入れると元気になるが、またもやそれはエネルギーの先取りである。切れると、もっと重症の虚脱感がやってくる。

このようにして、負のスパイラルを繰り返すうちに、もはやドラッグがなくてはならない身体になっていく。

そうなった頃は、目の下に隈(くま)を作り、皮膚は荒れ、身だしなみに気を配ることもできなくなり、ジャンキー特有の、異様な雰囲気になっていく。

アメリカのダウンタウンでよく見るタイプの売春女性は、だいたいこの状態に落ちた女性が多い。

何も知らない人でも、ひと目見て異様さを感じて避ける。あまりの異様さに、彼らを見て泣き出す子供さえもいるほどだ。

消耗した身体は、本来であれば絶対安静の患者と同じくらいの重篤な状態にある。ところが、彼らはさらにドラッグで覚醒しようとする。

精神は正常性を失っていくのも当然だ。

やがて、ドラッグは効かなくなり、幻覚や幻聴をひっきりなしに見たり聞いたりする。

神経が過敏になり、不安が倍増する。恐怖と、虚妄にさいなまされ、正気を失っていく。


120ドルで身体を売っているときに逮捕されたコカイン中毒の女性。


ドラッグが極まっていくと、突出して、異様な雰囲気、異様な行動を起こすようになる。何かがおかしいというのは、ひと目で分かるようになる。


こういった女性たちを好んで買う男たちもいる

コカインや覚醒剤でよく見られる譫妄(せんもう)は、身体に虫が這い回るというものである。

神経が過敏になり、肌が敏感になると、そこに妄想が加わって、身体の内や外に小さな虫が這い回っていると感じるようだ。

いったんそういった妄想に取り憑かれると、中毒者は掻きむしり、転がり、皮をむしっていく。

顔と言わず、腕と言わず、足と言わず、虫が這い回っていると思うところを激しくむしる。自分で皮膚を引き剥がし、皮膚の中の虫を見つけようとする。

そういった状態にまで陥った患者の写真もよく見かける。

ドラッグの譫妄(せんもう)が中毒者に与える影響として覚えておいたほうがいい。

譫妄が嵩じると、もはや正気に戻ることもなくなり、重度の精神病患者として扱われるようになる。

重度にまで陥ると、彼らはもう自分の名前も分からない。生きているが、そこには精神がない。「廃人」という便利な言葉が日本にはある。

彼らの行き着く先は「廃人」でしかない。

アメリカにもメキシコにも夜になると、コカインで身を滅ぼした女たちがどこからともなく出てきて狂気の目でさまよっている。

今でも、廃人に堕ちる一歩手前の売春女性の姿を見ることができるはずだ。100ドルで、彼女はすべてを投げ売っている。また、こういった女性たちを好んで買う男たちもいる。

なぜなら、彼女たちはコンドームもセーフ・セックスも興味がなく、言われれば何でもやるからだ。

「何でもやる」という部分を重要視している男たちもいるのだから、彼女たちにも需要がある。彼女たちの立つところが、売春地帯の地獄に近い部分かもしれない。


譫妄(せんもう)で皮膚を失った中毒者


剥がれた皮膚を痛がる女性


最初からモンスターではなかった

ところで、彼女たちが地獄に堕ちてしまったのは間違いないが、もともと地獄の住民だったわけではない。

ドラッグを常用するようになってから末期的な中毒者になるまでの期間というのは、それこそ人それぞれで、1年も経たずにそうなる人もいれば、5年ほど時間をかけてそうなっていく人もいる。

逆に言えば、上記の女性たちも5年前までさかのぼれば、今とまったく違う穏やかな表情をしたごく普通の女性たちだったはずだ。

家族がいて、ボーイフレンドがいて、まだ彼女たちに気をかけてくれる愛する人達がいたはずだ。モンスターではなかった。

そもそも、初めから中毒の女性はいない。

ほんのちょっとしたきっかけで道を踏み外し、堕ちるところまで堕ちて売春地帯をさまよう人生になっていったはずだ。(何も知らない普通の人をドラッグの世界に引きずり込む手口)

それが、悪友の薦めなのか、自分の好奇心なのか、それとも悪いボーイフレンドに騙されたのか、這い出せない環境や挫折感がそうさせたのか、個人個人によって違う。

しかし、堕ちると終わりだ。自分を失ったとき、必死になって救い出してくれる人は少ないし、最初の段階でその人達を振り切ってしまうと、もう後がない。

堕ちた後に寄ってくる人たちは、それなりの人たちでしかない。自分と同類か、自分を利用して儲けようとする人間である。類は友を呼ぶというのは本当だ。

人は彼女たちの姿を見て顔を背けることもできるし、彼女たちを安く買って、その堕ちた人の身体を見つめることもできる。

しかし、もう誰も彼女たちを助けることはできない。

誰でも不意に落とし穴に落ちることがある。私たちが今まで落ちなかったのは偶然だったかもしれない。


鼻が炎症を起こし、胸の脂肪を失っている女性


極端に痩せてしまった女性


痩せて肌が荒れ、狂気の目をした女性


彼女も肌がボロボロになり、胸の脂肪を失っている



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あの「クリスチーネF」が今も生きていることを知った 2010年11月1日月曜日

「クリスチーネF」という映画は、1981年の映画だが、私はずいぶん後になって見た。この映画を見て、私は思い出す女性があって泣いたことを覚えている。

タイに初めて行ったとき、ほんの少しの期間だけフランス人の女性と一緒に行動していたことがあったのだが、彼女はヘロイン中毒だった。


映画『クリスチーネF』


この映画のクリスチーネFと同じように、目の下に青い病的な隈をつけ、乱れた髪で虚ろに遠くを見るしぐさが、あまりにも似ていて切なかった。


「ああ、彼女と同じだな」と思うと、この映画の内容が他人事ではなくなって、そのヘロイン中毒の描写に震えるほど恐怖を感じた。

この映画はドイツ映画だったらしいが、私は今までずっとフランス映画だと思い込んでいた。

恐らく長い年月の中で、映画の細かいディテールを忘れていき、映画と自分の原体験が混合してしまったのだと思う。


長期に渡って国外を放浪するバックパッカーなら誰でも知っているが、ヘロインもマリファナも覚醒剤も睡眠剤も、海外では何から何まで手に入る。

手に入るどころか、知らない間にそれを体内に入れていたりする。「ほら、お前が今食べたのはマジックマッシュルームだよ。どうだい? 効いてきたかい?」

海外の放浪で出会うのは、いつもそんな状況だ。だから、長期放浪者の誰もが麻薬に取り巻かれているし、いつしか麻薬と無縁ではなくなる人も多い。

長期間日本に戻らない経験のある人は、非常に怠惰か、それとも何かに没頭してしまう人か、そのどちらかのタイプが多い。

自転車で世界一周するだとか、アフリカを歩いて横断するとか、そういう極端な目標を持つ人も多いが、そういう人は没頭してしまうタイプに分類されるのだろう。

しかし、そういう健全な没頭は罪がなく清々しい。問題は、麻薬に没頭してしまう人もまったく珍しくないことだ。若い間はスリルに貪欲だ。進んで危険に飛び込んでいく。

私がタイで知り合ったフランス人の彼女もそうだったのかもしれない。

不幸なことに、当時のタイは欲しければ好きなだけヘロインを手に入れることができて、その気になれば3日もあれば完全なる麻薬中毒になれたはずだ。

恐らく今のタイなら手軽に覚醒剤中毒になれるだろう。アジアでもっとも覚醒剤中毒者が多いのがタイであろうと言われているくらいだから、その蔓延ぶりは半端ではない。

このブログを読んでいる人がもっとも多いのは、もちろん日本国内だが、その次がタイからのアクセスだ。

今もこの文章をタイで読んでいる人も間違いなくいる。そして、そこにいるのであれば、ヤーバーが簡単に手に入ることも知っているはずだ。タイは昔からずっとそういう国だった。


もしかしたら生きているかもしれない

私はヘロイン中毒のフランス女性と別れてから同じ場所を訪れていない。彼女が生きているのか死んでいるのか、確かめる術もない。

しかし、もう生きていないものだとずっと考えていた。

映画のクリスチーネFの実在の女性もまた激しいヘロイン依存できっと死んでしまっているのだろうと漠然と考えていた。

しかし、最近クリスチーネFがまだ死んでいないことを偶然に知った。クリスチーネの記事を探していたのではなく、たまたま彼女が記事になっていてそれを見つけたのだった。

Christiane Felscherinow

Christiane Felscherinow というのが彼女の本名だったようだ。当時の映画が「F」となっているのは、もちろん彼女が当時未成年だったからである。

彼女の近況の写真が載っていて、「更生していた彼女が再びヘヴィードラッグ(ヘロイン)に手を出している」と書いてあった。2年ほど前の記事だ。

子供もいるようだ。彼女が麻薬に手を出しているので施設が子供の面倒をみているようだが、子供自体はごく普通の生活をしているらしい。彼女は麻薬を子供に持ち込まなかったようだ。

探せば今現在の記事もあるのかもしれないが、何となく近況を知る気になれなくて、そのまま探さないでいる。深く知りたくないこともある。

一度、麻薬渦に飲まれた人はどんなに長く断ち切ることができても、やがていつかそれに戻っていくことになる。中毒者は、そういう環境を知っているし、世界を知っているし、そこに過去の自分がある。

知り合いも「類は友を呼ぶ」だろうし、身体も依存を覚えている。それは苦痛になる前は快楽だったのだから、強烈な印象が脳裏に刻まれていているのだ。すべての思い出が、麻薬を中心にして回っているはずだ。

父や母の想い出を捨てることが誰にもできないように、自分がのめり込んだ「それ」を捨てることは難しい。

だから、クリスチーネもまた依存と更生を何度も何度も往復することになるだろう。それによって失うものも大きいと思う。麻薬にとらわれた人は、何度も何度も麻薬に戻り、更生を期待していたまわりの人を裏切って、最終的にすべてを失っていく。

「だらしがない」「失望した」「もう関わりたくない」と多くの人に言われるだろう。しかし、彼女は生きている。それがとても重要だ。

思ったのは、クリスチーネが生きているのであれば、私がタイで知り合ったヘロイン中毒の彼女も生きているかもしれないということだ。

彼女がたまらなく懐かしい……。



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ヘロイン、コカイン、覚醒剤。1933年には、すべてが出揃った 2013-02-14


どんなに時代が変わっても、人はドラッグに取り憑かれる。

ドラッグが人生を破滅させ、肉体を破滅させ、精神を崩壊させる。それに取り憑かれれば、最終的には精神的にも肉体的にも廃人同様になってしまう。

そんなことは誰でも知っている。しかし、人はそれを「終わり」にすることができない。

かつて中国は、イギリスの東インド会社が持ち込んだ大量の阿片で、国中の人々が阿片中毒になった。この事実は歴史の教科書で覚えている人もいるかもしれない。

当時の中国は「清」の国だった。清はイギリスから大量に流れこんでくる阿片と、膨大に流出する銀(阿片の決済は銀で行われた)に業を煮やして、厳しい禁止令を出した。

しかし、それでも阿片貿易は止まらなかった。

1839年、清は阿片の貿易を強硬に禁止して、イギリスはそれを不服として中国に戦争を挑んだ。

これが阿片戦争だった。


1933年は人類の災厄が揃った年

阿片が国中に蔓延するのを防止しようとする清に対して、イギリスは強引にそれを認めさせようとしていた。

当時のイギリスは、まさに世界最大の「ポン引き国家」だったのである。

道徳的に考えると、清の方が正しい。ところが、清はこの戦争に破れていく。不平等条約を飲まされ、香港をイギリスに取られたのも、この戦争に負けてからである。

中国は「眠れる豚」になり、中国に残ったのは阿片中毒者だけだった。

この阿片文化は中国南部にも下って行き、東南アジアにも伝播してゆく。東南アジアの阿片文化は、中国からやってきて定着したものである。

さらに時代が変わると、その阿片が精錬されて結晶化し、ヘロインとして現在は世界を駆け巡るようになっていく。

ヘロインがはじめて売られるようになったのは1898年だが、その頃に問題になっていたのはモルヒネだった。

モルヒネと言えば、麻酔薬として今でも知らない人はいない薬だが、ここにヘロインが加わった。

さらには、コカインもまた同時期に開発されている。そして、トドメを刺すかのように、1933年にはベンゼドリン=覚醒剤が市販された。

1933年に覚醒剤は誕生したのだが、この1933年とはどんな年だったのか。


阿片に飲み込まれた中国。この阿片はやがてさらに純化されてヘロインへとなり、現代に流通している。


1933年というのは、「悪夢の年」だった

1933年は、ちょうどドイツでアドルフ・ヒトラーがドイツの首相に就任した劇的な年なのだ。

裏の世界ではヒトラーの首相就任とまったく同じ年に、覚醒剤が生まれ、阿片、ヘロイン、モルヒネ、コカインという、今でも現役の「ドラッグの王者」がすべて姿を現していた。

もしかしたら1933年というのは、人類にとっては後(のち)に巨大な災厄を生み出す「悪夢の年」だったのかもしれない。

ヒトラーは第二次世界大戦を引き起こして人類の歴史に大きな禍根を残し、ドラッグは今でも人類を蝕む巨大な害悪としてそこにあり続けている。

1990年代まで世界最大のドラッグ製造拠点は、タイ・ミャンマー・ラオス国境の「ゴールデン・トライアングル」だった。

現在では、アフガニスタンが世界最大のヘロイン輸出国となっている。

アメリカ大陸では、ラテンアメリカのコカインがメキシコを中継点にしてどんどんアメリカに流れこんでいる。

ドラッグ製造拠点は最貧国、ドラッグの消費拠点は先進国。ドラッグ・ビジネスは今も昔もグローバルな流れでビジネスが成立している。

北朝鮮が密かに覚醒剤やその原材料であるメタンフェタミンを精製して大量に日本に持ち込んでいるというのも同じ構図だ。

最貧国が売ることができる最大の輸出品は、紛れもなくドラッグである。

経済が破綻した国であればあるほど、ドラッグの輸出が重要な産業になる。


最貧国が手っ取り早く現金収入を得るには、ドラッグの原料となるケシを育てることだ。現在は、アフガニスタンが世界最大のケシ生産地になっている。


需要があれば供給がある

ある意味、諸悪の根源であるドラッグが拡散しているのは、すなわち国と国の「格差」が生み出しているとも言える。

ドラッグは法が整っていない国で作って、先進国に高く売るというのが最もシステマチックで利益が高い。だから、そのように発展している。

そうだとすれば、グローバル化がさらに進み、複雑怪奇に絡みあって暴走していく今後も、同じ災厄が続いていくということになる。

特に先進国に人々の視点では、常にドラッグを供給する貧困国側(アフガニスタンやメキシコ)が悪いということになる。

「アフガニスタンや、メキシコのせいで、先進国の若者が悲劇に巻き込まれている。やつらを何とかしろ」

誰のせいでドラッグが蔓延しているのかの問いに、先進国の人々は「それらを製造・密輸する後進国のせいだ」と答える。

しかし、それを求めているのは先進国であり、裏をかえせば先進国の問題とも言える。

需要があれば供給がある。

それは単純なビジネスの法則だ。ドラッグもまた例外ではない。先進国の人間が求めるからドラッグが蔓延しているという答え方もある。

1933年に出揃った強烈なドラッグは、これからも人間を虜にして破滅させて行く。ドラッグに大金を払う人間がいる限り、それはなくなることはない。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20130214T0328450900.html







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「覚醒剤」投稿者 エンセン 日時 2003 年 9 月 29 日 21:01:51:ieVyGVASbNhvI

この投稿をするのは、ちょっと勇気が必要ですが、投稿しちゃいます。

「覚醒剤」は法律で禁止されています。理由はよく分かりません。

私は10年ほど前までは毎日のように大量使用していました(許してね)。
量で言えば、初心者の致死量と言われる量を毎日使用していたということですね。
方法はポンプ(注射器)です。
現在でもうっすらとですが、左腕の血管に沿って一本のスジがその時の注射痕として残っています。(一種の刺青みたいな感じですかね)
もう一生、使用しない自信があるので、こんなことを書いています。

「覚醒剤」は戦後ずっと問題視されてきたようです。
その中でも1番の問題点は暴力団の資金源になるからだと言われています。
本当の理由は別のところにあるのだと思いますが、表立って言われているのは「暴力団の資金源」ということのようです。

「覚醒剤」は一般的に精神的依存が非常に高く、止めたくても1度やったら止められないという脅迫的な(根拠はあるのでしょうが)話が当然のことであるかのように広められています。
個人差はあるのでしょうが、私はタバコをやめることよりも簡単だと思っています。
現に私は「覚醒剤」を10年以上止めています。逮捕歴もありませんし、誰かに「止めろ」と言われて止めたわけでもありません。
また、私が自ら「覚醒剤」を使用していると打ち明けていた人たちを除いて、私が「覚醒剤」を使用しているとは誰も想像していないようでした。
プチ熟女さんへのレスで私の経歴を“ほんの少し”だけ書きましたが、きちんと税金を支払いながら働こうと決意したために「覚醒剤」を止めようと決めて、決めた通りに止めれました。

以前に投稿したものですが、「http://www.asyura.com/0306/nihon7/msg/106.html」の中に、
「覚せい剤の使用料は、1回当たり0.02〜0.03グラムと言われており、作用時間は約2時間、長くても3〜4時間ですが、恐ろしいのは、覚せい剤を一度使用すると、快楽、陶酔感を再び味わいたいと言う強い欲求と、更に、薬物の消失後に生ずる疲労、倦怠感から逃避するため、どうしても乱用を反復継続したいと言う強い「精神的依存」が起きるといわれています。このようにして、覚せい剤を継続使用すると、数ヶ月で中毒症状を呈するようになり、幻覚、幻聴、妄想が現われ、また歯がボロボロとなり、肝臓障害(肝硬変、肝臓ガン)を起こします」

と書かれています。これもおそらく定説になっていることなのでしょう。

私は1日、1グラム以上を使用していました。結構もの凄い量ですよ。
しかし書かれているような、「中毒症状」も「幻覚、幻聴」も「歯がボロボロ」になるようなことも「肝臓障害」にもなっていません。まったくありません。
すみちゃん、この定説は本当なのでしょうか?

「覚醒剤」の禁止によって価格が高いということや、市場の独占が起こっていると思いますが、もしやこれが本当の狙い?とさえ思えてきます。
法律で禁止されずにタバコやお酒のようにわりと自由に使用が認められていれば「精神的依存」すら起こらない可能性があります。要するに、止めれない止めれない、と暗示を掛けられている可能性も有りだと思えます。

決して「覚醒剤」が身体に無害だとは思っていませんし、「覚醒剤」の使用を勧めているわけでもありません。使用しない方がきっといいのでしょう。

使用時にはいい事が沢山あります。(決して勧めているわけではありません。経験者の体験談だと思っていただければ)
例えば、代表的なのはセックス時の快感です。これは、この世にこんな気持ちのいいセックスがあったのかよ!というある種のカルチャーショックを受けます。
快感の差はもの凄いです。
男性は(下品ですが)立ちっぱなしで1日中持続可能です。疲れません。射精時には皆さんの想像を超えた気持ち良さが前身に巡ります。
女性はもっと凄いのかもしれません。あえて書きませんが。
かといって使用していないセックスがもの足りないということもありません。これは普通に気持ちがいいです。

眠くなりません。私は最高6日間起き続けていたこともあります。
また、毎日使用する人はその内に毎日眠れるようになります。
お腹も空きません。2.3日間、何も食べなくても平気です。
これも毎日使用する人はその内に毎日食べれるようになります。

何かに対する集中力も半端じゃありません。やろうと決めれば納得のいくまでやり続けられます。
受験勉強に使えば東大も可能かもしれません。
無口な人も沢山喋れるようになります。頭で考えると同時に喋っている感じです。
考え事なんか1人でしだしたら大変です。宇宙のすべてを理解してしまうかもしれません。きっと自分なりの答えが見つけられると思います。本当だよ。
また自分の意志を全面に出すことになりますので洗脳は受けにくいと思われます。
まだまだ沢山ありますがこの辺でいいでしょう。

次は悪い面です。
脳みそが常に起きていますので、色んなことを考え過ぎるのです。これは悪い事ばかりではありませんが、悪い方面に考え出すと頭の中は最悪のことを最悪に考え出します。
例えば、あいつは俺のことが嫌いなんじゃないのか?と考えたとすると実際はそうじゃなくても自分が相手のことを嫌いになってしまう恐れがあります。その考えが行き着くといきなり電話を書けて文句を言いたくなったりもします。殆んどの人は考えだけでしょうが中には本当に電話をかけていきなり喧嘩を吹っかけたりする人もいるようです。
要するに初めから嫌いで目障りな人物がいたとすると、その人物を殺したくなってしまう恐れがあるということです。本人の潜在意識を表に持ってきてしまい、実際に行動してしまうかもしれないのです。「覚醒剤」が眠っている感情を表に出してしまうのだと思います。そのように思い込んだら多分、誰にも止められないかもしれません。

「覚醒剤」の効き目が切れた時も結構大変です。
慣れていない人は2日くらい眠りつづけるかもしれません。
起きた時にまた打ってしまえば楽ですが、打たずに日常生活を送ろうとすると苦労します。すぐに眠くなるのです。3.4日は常に眠い日が続きます。眠気が抜ければまったく普通の状態だと思います。

肌がとても荒れるようです。
身体に利尿作用が働いていますので、喉が渇きます。トイレが近くなります。そしてすぐに小便になります。これも始めのうちだけなんですけどね。

痩せます。始めて使用しだして数ヶ月で簡単に体重の2割は減ると思います。
しかし本物の(もの凄い)使用者は痩せていないことが多いです。太る人もいます。

まだ他にも悪い面は沢山あると思いますが、この辺で...


何が言いたいのかと言いますと、「覚醒剤」の危険性とは、一般的に言われているような「人間やめますか?」と言うほどの危険では無くて、危険や害があるとは思いますが「「覚醒剤」の禁止によって価格が高いということや、市場の独占が起こっていると思いますが、もしやこれが本当の狙い?とさえ思えてきます」ということが事実なのでは?と思えてくるのです。

止めたくても止められない人は沢山いますが、それは簡単に手に入らないモノだからこそ起こる「精神的依存」だとも思えるのです。

私は現在、普通の生活を送っていますし、何の障害も引き起こしていませんし、体調だってどこもおかしくはありません。
また、止めた後だって、もう1度打ちたい、という衝動にも1度すらかられていません。「覚醒剤」の使用というのは、本人が楽しんで使用している限りは、アルコールと同様に誰にも迷惑をかけていないとも考えられます。

でも、「覚醒剤」を国民誰もが簡単に格安で手に入れることが可能になり、国民が皆「覚醒剤」を使用しだしたら国家は破綻する可能性がある、という説は“ある”かもしれませんね。







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963 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2010/01/14(木) 22:55:11 ID:mksWzFz/0

芸能界の子も接待要員にスカウトされてました

売れっ子アイドルに薬物をすすめてわざと警察につかまったときに陽性反応でるようにして”サツにつかまらないように俺がナシつけといてやるから安心シナ。

そのかわり赤坂の○○の部屋でシャワー浴びて、部屋に入ってきた先生方を接待してね”と命令するのがいつもの手です。

ちなみに窓口係は○勢○祐介と金子○です。

バーニング系の芸能事務所、レ○ロエンターテインメントは組織ぐるみでこれやってました。吉川雛野やがっきーや はせきょうはここ出身です。

たとえ売れっ子でも、いったん引っかかると半永久的に出られません。

一例だけ稀有な例があって、金属バットで武装した戦闘集団を数十人雇って、路上で首謀者を撲殺して、やっとのこと脱出した人がいます。もちろん、誰もが名前を知っている売れっ子女優です。






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逮捕前日の美女も 清原容疑者と関係した女3人は“雲隠れ”
2016年2月7日 日刊ゲンダイ

 警視庁の1年以上にわたる内偵調査により現行犯逮捕された清原和博容疑者(48)。捜査関係者は、清原が逮捕前日、オンナと泊まった部屋でクスリにふけっていた様子をキャッチしていたという。そのオンナの正体とは――。


■群馬へ行き購入

「清原は逮捕前日の1日に群馬に行き、暴力団関係者から直接、覚醒剤を購入した。その後、東京都港区の高級ホテルで交際相手の女性と宿泊していたことが、警視庁の内偵で判明しています。部屋に残されたティッシュの汗から、覚醒剤の成分が検出されました」(捜査事情通)

 清原は彼女に夢中で、警察のマークに気付かなかったのか。番長の気が緩むのも仕方ない。交際女性Aさんは20代前半で、銀座の高級クラブ「B」に勤める白人系ハーフ美女。現役の大学生で、1児の母でもあるという。

 隣席に座るAさんを見たという客は、「ものすごく細くて、背が高い。リカちゃん人形みたいだった」と振り返る。

 2人は逮捕直前まで一緒にいたという情報もあるが、清原が連行されて以降、Aさんは行方が分からなくなっているという。

「彼女はBに週5回出勤。普段は真面目に仕事をしていたそうですが、逮捕当日には店を無断欠勤しています。それから店に姿を現していません。清原にシャブをやめさせるよう、彼女が警視庁に情報を流したのではないか、とクラブ関係者の間ではウワサになっています。清原が彼女にプロポーズし、同棲までしていたと報道で知って驚いていますよ」(銀座クラブ関係者)


■高級クラブのママも

 実は清原逮捕後に雲隠れした女性は、Aさんに限らないようだ。数年前まで清原と交際していたとされる銀座の高級クラブ「R」のママ、Kさんもそのひとり。週刊文春が09年に清原の不倫相手として報じたこともある人物だ。

「清原にドラッグをキメての性行為をたたき込み、シャブ漬けにさせた張本人といわれています。以前に勤めていた高級クラブで知り合い、清原と長年交際していましたが、3年ほど前に別れたようです。今は彼女、暴力団関係者と“深い付き合い”をしているとか。清原逮捕の翌日から店には出勤していません」(前出のクラブ関係者)

 他にもこんなウワサがある。

「清原と以前に付き合っていた元愛人も姿が見えなくなっています。大物女優の息子で、暴力団関係者に近い人物がかくまっているそうで、報道後、急いで都内にある薬物依存の回復支援施設に入所させたそうです。他にも清原と“深い関係”にあった女性は皆、姿を消しているといいます」(事情通)

 基本的には目の前にいる人の覚醒剤使用を止めなかったからといって、幇助罪に問われることはない。姿をくらましたオンナたちには、もっとやましい理由があったのか。

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2016-02-11
その人の人生を完全に破壊するまで続く覚醒剤の快楽地獄


有名人が次々とドラッグで問題を起こしている。以前から噂されていた元野球選手の清原和博も覚醒剤で転落した。

清原和博はかなり気合いの入った覚醒剤使用者だったようだが、覚醒剤を使用しながらセックスに高じていたことも徐々に明るみに出てきている。

これは歌手の飛鳥と同じく、反社会的な人間たちが言う「キメセク」だとか「シャブセク」と呼ばれるもので、覚醒剤とセックスの合わせ技にハマると、もう抜けられない。

清原和博のドラッグ依存の実態はこれからさらに掘り下げられることになるはずだが、間違いなくこれから浮き彫りになっていくのは、清原和博のもう一つの暗部である「セックス」の方である。


セックスのドラッグとして史上最強のものは、覚醒剤だと言われている。

その表現方法は様々だが、突き抜けるような、身体の芯が痺れるような、身体中が性感帯になったような……と非常に大袈裟な言い方で、繰り返し繰り返し依存者によって語られる。

それほど大袈裟な言い方をしたくなるほど、強烈でインパクトのある快楽がそこにあるというのは事実だ。


覚醒剤は誰かが広告を出しているわけではない

快楽も強ければ、持続時間も長く、覚醒剤セックスを行うカップルは徹夜どころか24時間ぶっ通しでセックスに没頭することもしばしばあると言われている。

こうした「覚醒剤セックス」に堕ちてしまうと、男でも女でも、もうそこから抜け出せないと言われている。

そういったこともあって、覚醒剤は日本で周期的に大流行しているのだが、日本だけではなく、欧米でも"Meth"(メス)と呼ばれるドラッグとして大量に出回っている。

覚醒剤は1933年にはすでに出回っていたが、それが未だに現役で売られ続けている。

(ヘロイン、コカイン、覚醒剤。1933年には、すべてが出揃った)


覚醒剤は誰かが広告を出しているわけではない。テレビで宣伝されたり、良い物だと口コミがされているわけでもない。それでも「快楽」を求める人がいる限り、それは廃れない。

覚醒剤というドラッグは、それだけ完成されていると言ってもいい。

だからこそ、覚醒剤には根強い需要があって、それは世界中に売られ続けている。そして、麻薬組織の定番の資金源となっている。

メキシコの凄まじいドラッグ・カルテルは、その「需要」に支えられているのである。

(「殺戮大陸メキシコの狂気」史上最悪の犯罪組織)


覚醒剤は、一度その魔力に取り憑かれると、精神的な依存が生まれて、決して逃れることができない。その精神的依存はあまりにも強すぎて、その人の人生を完全に破壊するまで続いていくのである。

再犯率もすごい。覚醒剤依存者の、2人に1人は刑務所から出所しても再びまた覚醒剤に手を出す。年代が上がれば上がるほど、この再犯率は増えていき、50歳以上の再犯率は79%にもなると言われている。

約80%の人間が再びドラッグに染まっていくというのは、覚醒剤というドラッグの精神的依存がいかに強いかということである。一度そのワナに堕ちたら、もう人間としては人生が詰んだも同然である。


覚醒剤依存者の、2人に1人は刑務所から出所しても再びまた覚醒剤に手を出す。年代が上がれば上がるほど、この再犯率は増えていき、50歳以上の再犯率は79%にもなると言われている。


「強い射精感が30分も続く感じ」になる

言うまでもないが、そういったことは誰でも知っている。

警察も「覚醒剤をやめますか、それとも人間やめますか」と長年に渡って啓蒙活動を続けているのだから、今や小学校ですらも「覚醒剤は危ない」と分かっているのである。しかし、それでも覚醒剤は売れ続ける。

社会からも見捨てられるというのが分かっていても止まらないのである。

(負け犬はとことん蹴落とされて見捨てられるアメリカの現状)


人は誰でも快楽を求める。そこから逃れることはできない。人間の三大欲求は「食欲、性欲、睡眠欲」と言われる。

この中のどれが欠けても人間の生活として成り立たないと言われているが、この中で最も直接的な「快楽」を感じるのは、セックスである。

人は誰でもセックスによるオーガズム(絶頂)を知っている。オーガズムはそれが永遠のように思えても、実際には1分にも満たない時間である。

余韻も入れると5分はオーガズムを感じる人もいるかもしれないが、「強烈な快楽」はほんの一瞬で終わる。

ところが、覚醒剤は違う。覚醒剤の快楽は通常「ラッシュ」と言われるのだが、覚醒剤を注射器によって体内に注入すると背筋がバリバリと冷たくなり、激しい快楽が一気に押し寄せる。

このラッシュは一瞬ではない。なんと延々と30分も続くのである。男は、このラッシュの30分を「強い射精感が30分も続く感じ」と言う。女は「身体中が痺れるようなオーガズムが30分も続く」と表現する。

尋常ではない究極の快楽がそこにあることが分かる。

覚醒剤を打つと、最初にこの「ラッシュ」で人は文字通り痺れてしまうのである。

しかも、覚醒剤の効果はそれだけではない。ラッシュが終わったあと、覚醒剤は、文字通り「人間を覚醒」させて、疲れを取り去り、猛烈なやる気が溢れてくる。

こういった状態を「ハイになる」と依存者たちは表現する。猛烈な集中力と覚醒感の中で有頂天(ハイ)になって、それが延々と続くのだ。

ハイな状態でセックスをすると、異様なまでの集中力で性行為に没頭し、尽きることなく快楽を貪り合うことになる。男なら何度射精しても、まだ性行為を続けることができる。女なら何度絶頂に達してもまた欲しくなる。

これが覚醒剤の威力だ。


ハイな状態でセックスをすると、異様なまでの集中力で性行為に没頭し、尽きることなく快楽を貪り合うことになる。男なら何度射精しても、まだ性行為を続けることができる。女なら何度絶頂に達してもまた欲しくなる。


足らないことであっても、異常な集中力でそれに没頭

一度覚醒剤を打つと、十数時間もハイの状態が味わえる。

自分が世界の王になった気分で、何でもできるような気分になる。それこそ、「前向きに生きよう」という成功哲学の論理そのままに、無鉄砲なまでに「恐れを知らない積極性」を持つことができる。

普通、人間は集中力を保つのに努力する必要がある。しかし、覚醒剤を打って十数時間は、まったく何の苦労もなく強い集中力を維持することが可能になる。

それこそ、どんな取るに足らないことであっても、異常な集中力でそれに没頭する。しかも限度がないので、どこから見ても異常になってしまう。

ある依存者は、覚醒剤を打ったあとに身体が痒いと思って激しく掻いているうちに止まらなくなり、首筋の皮膚のをすべて毟り取ってしまったというケースもある。

アメリカのある依存者は一緒にいた恋人の身体の中に虫が入っているという想像にとらわれて、虫を取り出すためにナイフでズタズタに刺し続け、遺体が発見されたときは人間の形をしていない肉塊がそこにあったというケースもあったという。

現在、中東ではISISが凄まじい暴力を繰り広げているが、彼らもまた「カプタゴン」と呼ばれる覚醒剤をさらに強力にしたものを使っている。

(不眠不休でも、疲労も死の恐怖もない。究極の戦争ドラッグ)


集中力が止まらないというのは、そのようなことなのだ。自分がコントロールできなくなって、正常な判断力も失ってしまうのである。

だから、ドラッグ組織は少女をドラッグ漬けにして売春ビジネスに堕とし、使い捨てにしてしまう。

(未成年少女をドラッグ漬け、不要になったら殺して捨てる国)



覚醒剤が切れると身体を動かすことすらもできないような脱力感が続くのだが、その執拗で根深い脱力感から逃れるためには、さらに覚醒剤が必要だと思うようになる。そうやってドラッグしか頭にないジャンキーが誕生する。

清原和博も逮捕前は野球よりもドラッグの方が重大な関心事だったはずだ。それが自分の人生を破壊するものであると分かっていても逃れられない。男でも女でも関係ない。女の方がもっと堕ちる。

(小向美奈子。覚醒剤を切れずどこまでも転落していく女性)


ジャンキーになってしまったら2人に1人は戻れないのだ。年配であればあるほど正常に戻れる率は減っていき、最後には破滅しか残っていない。

(ドラッグ。堕ちていった人たちの末期はこのような状態になる)



清原和博は48歳なので、もうすでに再犯率79%の部類に入る。その後の人生は、確実に一生ドラッグとの戦いになる。厳しい人生になるはずだ。


彼らは日本でも有名な芸能人だが、ドラッグの暗黒面に堕ちた。再犯率は非常に高い。果たして再犯しない方にとどまれるだろうか?



▲△▽▼


561 :名無番長:2016/02/12(金) 18:30:11.74 0.net

清原はおそらく、覚醒剤は基本「炙り」やろね。もしくは本物の覚醒剤ではなく類似薬物。
巨人時代から普通に注射しながら野球するのは100%無理。突き始めたのは最近やな。


569 :名無番長:2016/02/12(金) 18:38:07.94 0.net

狩野の彼女の痩せ方はどう思う?


571 :名無番長:2016/02/12(金) 18:40:04.31 0.net
>>569
あれ覚醒剤の典型的容姿だよなぁ。ヤッてないとしたら拒食症を患ってるしか思えない。


573 :名無番長:2016/02/12(金) 18:44:27.07 0.net
>>571
拒食症なら海外で仕事できるほど元気じゃないと思うが


589 :名無番長:2016/02/12(金) 19:07:10.41 0.net
>>571
だとしたら彼氏もヤバイんじゃね?
ハイテンションキャラだし


579 :名無番長:2016/02/12(金) 18:47:49.92 0.net

シャブってsexの快楽強化剤の用途しか思い付かない。
トラックとか寝ないで仕事する人は別だろうけど。
トラック運転手では歯茎に塗るという使い方が普及してるって。
あれ苦いらしいのに


578 :名無番長:2016/02/12(金) 18:47:38.33 0.net

一般人は便通よくするといいんじゃないの?


581 :名無番長:2016/02/12(金) 18:53:34.86 0.net
>>578
ポンプで射れるのは怖い、炙るのはもったいないで、水に溶いてスポイトで尻穴注入してるのもおったな(笑)


491 :名無番長:2016/02/12(金) 15:40:21.45 0.net

もう30才超えてもシャブやっとる奴は止めれないな。
俺は18才で止めて、今は一切の中毒症状もないし隣で誰か打ってても余裕で我慢できる。我慢と言う言葉も必要ないよ。


492 :名無番長:2016/02/12(金) 15:42:25.46 0.net
>>491
そんなに気持ちいいモノなの?
使用方法はどこまで?


535 :名無番長:2016/02/12(金) 17:42:51.46 0.net
>>492
頭の中で、鳥肌が立つような感じ。とにかく「スカっ」としてポジティブなる。
ネガティブな事が絶対に考えられない様な状態になる。


536 :名無番長:2016/02/12(金) 17:46:33.75 0.net
>>535
やっぱりやめられないもんなの?


557 :名無番長:2016/02/12(金) 18:25:57.12 0.net
>>536
sexが最高
どくどくどくどく〜〜〜〜


539 :名無番長:2016/02/12(金) 17:51:00.11 0.net
>>536
いや、友達が少なく、金もあれば止める必要ないしね。
俺は10代の時で友達も居たし、何より金が続かないから、至って普通に止めれた。まぁ大阪は普通に路上販売してるからなぁ。東京にもあると思うが。


540 :名無番長:2016/02/12(金) 17:51:52.44 0.net
>>539
でも体の害が大きいんじゃない?
脳がやられるとか


543 :名無番長:2016/02/12(金) 17:58:49.58 0.net
>>540
200回ぐらいか打ってる奴ですら、平気で止めた人も居る。
勿論、車両窃盗団にまで落ちた人も居る。
シャブやって盗難して、車を解体して、部品をネットで売る。
その金でシャブ買うの繰り返し。


538 :名無番長:2016/02/12(金) 17:49:19.76 0.net

ところで、現実の病気とかも一瞬だけ良くなったりするの?
頭痛とか便秘とかそーいうの良くなると言うか、気持ち良さがそれを上回って忘れるって感じ?


541 :名無番長:2016/02/12(金) 17:54:01.11 0.net
>>538
どうやろ。俺は10回程度の使用で常に体調が万全の状態だったから。
眠気は確実にブっ飛ぶとしか断言できない。とにかく異常な程スカッっとする。


545 :名無番長:2016/02/12(金) 18:02:33.00 0.net

うつ病の人とか一時的にでも良くなるのかな?


546 :名無番長:2016/02/12(金) 18:06:33.00 0.net
>>545
100%良くなる。絶対にネガティブになれないから。
ただ効き目の時だけな。切れ目あるから。体がとにかくだるくなる。
効き目10〜15時間。切れ目5時間程度。


547 :名無番長:2016/02/12(金) 18:07:31.15 0.net
>>546
その5時間がきつそうだね


548 :名無番長:2016/02/12(金) 18:13:19.21 0.net
>>545
シャブきれたらその何十倍もの壮絶な鬱がくるぞ!
悩みながら射れたら120l壮絶な切れ目がくる
その時、思いつきで自殺したり、誰か〈みんな〉に監視されてるような壮絶な勘繰り、疑心暗鬼状態になる
対人恐怖症、統合失調症、うつで悩んでるなら尚更悪化するぞ!


549 :名無番長:2016/02/12(金) 18:13:36.70 0.net

じゃあ鬱の人が使ったらクスリ切れた時ヤバイんじゃないの


550 :名無番長:2016/02/12(金) 18:16:06.57 0.net
アメリカではADHDの治療薬にグリーニー的なものが使われてるよ

552 :名無番長:2016/02/12(金) 18:18:16.12 0.net
>>547
5時間では終わらんよ
はっきり言ってシャブ楽しめるのはオレみたいな楽天馬鹿連中だけ
兄貴みたいに小難しく考える人間はキレ目のぶり返し、途中でパトカーのサイレンでも聞こうものなら
もうオレ捕まえにきたんじゃないか!?
とか考え出すよ、絶対にな!


588 :名無番長:2016/02/12(金) 19:06:03.59 0.net

ここで不良らが誘惑してくるやろうけど、1 の快楽の後に 9 の、いやそれ以上の絶望、鬱、後悔がくるからな!
二日酔いなどとは比べ物にならん酷い状態になるから・・・
常に物事、思考がマイナス方面に向かう!

私、切れ目にすきっ腹がガマンできなくなり、ガムを噛んでたら止まらんなって9枚丸ごと口に入れて飲み込み
その後ラーメン作ってる最中にガマンできんで、生米掴んでバリバリ食べながら出来たラーメンも箸使わずに手で掴んで焼けどしながらガッついたりした。
その時に酒みたいに酔って覚えてないではなくてハッキリ意識がある所が怖いんだよ(汗)


604 :名無番長:2016/02/12(金) 20:08:06.30 0.net
>>588
まあそれぐらいなっても不思議じゃねえわな
俺の知り合いは錯乱して自分で腹切ったからな


555 :名無番長:2016/02/12(金) 18:23:57.02 0.net

俺の先輩は窃盗団落ちしたなぁ。シャブで。
ネットで名前打ったら出てくるけど、7億近い車両窃盗したとかで。


559 :名無番長:2016/02/12(金) 18:27:59.34 0.net
>>555
ハイエース?


563 :名無番長:2016/02/12(金) 18:33:00.95 0.net
>>559
違う。基本はインプレッサ中心のスポーツカー。
勿論、何でも盗ると思うが、いつもスポーツカー探し回ってた。
ハイエースは海外しか売れない、スポーツカーは解体して国内で部品売れるから。まぁそれでアシがついたんだけど。


556 :名無番長:2016/02/12(金) 18:25:56.17 0.net

切れ目に耐えれない人は「追い突き」する。
その前に一般人がそれを維持できる金がない。だから窃盗団落ちする。


553 :名無番長:2016/02/12(金) 18:22:03.25 0.net>>549
だから彼ら、彼女らマイスリーやセルシン、パキシル、ルボックス、ソラナックス、アモキサン、ドクマチール手放せなくなるじゃない!?
昔は、合法鬱病薬だったけど現在は麻薬指定されてる薬沢山あるんだぜ!


554 :名無番長:2016/02/12(金) 18:23:34.04 0.net
>>553
その今羅列した薬はシャブに似た成分ってこと?


558 :名無番長:2016/02/12(金) 18:27:27.23 0.net
>>554
現在合法的に病院で処方されるクスリだけど、これも一度手を出したら抜けるのは至難だぜ!?
変な興味本位なら絶対に手を出すべきじゃないし、シャブの効果とは全然違うから(笑)


560 :名無番長:2016/02/12(金) 18:29:54.74 0.net
>>558
シャブに似た効能ある薬で不安や焦燥感ぶっ飛ばす合法の薬はないの?


564 :名無番長:2016/02/12(金) 18:33:01.01 0.net
>>560
ない


565 :名無番長:2016/02/12(金) 18:34:51.86 0.net
>>560
高濃度の栄養ドリンクがぶ飲み、あとお酒だよ・・・ある意味アルコールが最強かもよ!?
昔はプロザックとかあったけど、現在これ認められてないからね。


566 :名無番長:2016/02/12(金) 18:35:12.56 0.net
>>560
結局シャブ成分を多く含んでるものじゃないと無理やね。
エクスタシーは錠剤だけど、結局は覚醒剤だし。


575 :名無番長:2016/02/12(金) 18:46:39.26 0.net

モルヒネってただの痛み止めで気分や気持ちがよくなったりしないの?


580 :名無番長:2016/02/12(金) 18:49:14.35 0.net
>>575
モルヒネ、ヘロイン チャイナホワイト は完全な別物
シャブはアクティブ、モルヒネ等は完全ダウナー


586 :名無番長:2016/02/12(金) 19:05:38.83 0.net
>>575
量にもよる
嘘だと思うけど癌患者にはヘロインを少量使ってる

ヘロインはモルヒネを精製して作ってる
麻薬だけど医療にも使われてんだよ

覚せい剤は、もともと薬だから心臓が止まりそうな人に強心剤として使われてるんじゃない

全て医師と薬剤師と厚生委員会の承諾無いと使えないけど
どちらかが欠けてれば即逮捕



▲△▽▼


907 :名無番長:2016/02/14(日) 03:39:44.73 0.net

女のポン中って男でも引くよ
気持ち悪いくらい

男がその気ないとルーター
マンコにいれて自分でやるブーブー

見てて吐き気して帰ったよ

女と一緒にシャブやるやつは必ず捕まるね
女には本当は売りたくないって、売人が言ってたね
口が軽いしハマり過ぎだって


185 : 名無番長 2016/02/15(月) 17:35:21.96 0

プロスポーツ選手が街に飲みに出ると本当に色んな奴が寄ってくるんだよ

あからさまに暴力団構成員だと警戒されるから実業家騙って社長社長言われてる企業舎弟みたいな輩が飲み代や飯御馳走したりしてご機嫌とって仲良くなって一緒に遊ぶようになるとお決まりのハニートラップ

可愛い未成年の女あてがって仕上げにキメセクしたところを動画に記録すれば一丁上がり


201 : 名無番長 2016/02/15(月) 18:47:45.64 0

ソープは記者やスカウトから。
プロに任せたほうが女で問題起こさんしな。
大人が子供を手懐けたわけな


316 : 名無番長 2016/02/16(火) 11:49:38.06 0

ASKA事件とどっちが奥が深いの?
ASKAは栩内姐さんという素晴らしい脇役がいたが
清原事件は野村アニキで、これもいいキャラだが
美女成分がちょっと足りないと思うんだ。


324 : 名無番長 2016/02/16(火) 12:21:38.02 0
>>316
ASKAはパナソの政財官のセックス接待
汚染との絡みがあるのであっちの方が深い


330 : 名無番長 2016/02/16(火) 13:00:23.52 0

そう言えば、清原の件のジャブばばぁの息子がパクられたな??
ばばぁは住吉系の愛人だったけど、ジャブで稼いで豪邸建てて、介護や色々な会社を経営して、ポン中の女を売春させて、(笑)



▲△▽▼


ピザの宅配より早く届く?覚醒剤入手の難易度とは

覚醒剤 芸能人の覚醒剤スキャンダルなどを定期的に耳にするが、そもそもシャブ自体そんなに簡単に手に入るものなのか? 一般人には未知数だ。そこで、まずは歌舞伎町在住で裏社会事情に詳しい、K氏に話を聞いてみることに。

「道端で売るようなヤツはさすがにいなくなったからね。難しいのはプッシャーの電話番号をどう手に入れるかで、だいたいは知り合いのツテ。ただ、番号さえあれば、すぐに買えるよ」

 そう言うとK氏はおもむろに携帯電話をかざした。

「ピザの宅配より早く届くから。俺はもうやらないけど、要るなら頼んであげようか?」

 丁寧に辞退する我々をいたずらっぽく笑うK氏。浄化が進んだとはいえ、眠らぬ街では、コネさえあればいまだにすぐ買えるようだ。

 また、ネットでもシャブ入手のハードルは低い。平日はマジメに仕事をし、週末だけシャブ使うという“週末シャブ中”のOさんはこう語る。

「逆探知が不可能な匿名化ソフトを使った『××板』で探せば、いくらでも入手先は出てきますよ。ツイッターやLINEでも、『△△友』募集と入れればすぐに出てきます」

 やめる難しさに反比例して、入手は簡単なのだ。

取材・撮影・文/“週末シャブ中”調査班
[週末シャブ中]ビジネスマンの告白 ―


売人が明かした「覚醒剤はこうして取引される」2016.01.20

「最近の若いやつは覚醒剤を買わなくなった。危険ドラッグや大麻に移行している。お客の中心は40代だ」


 東京都内で覚醒剤の売人をしているA(30代)は、最近の客層についてそう語る。今は「新規にお客を増やすより、常連客を大事にする」のだという。


 警察庁の資料によると、覚醒剤事犯の昨年の検挙件数は1万5000件余り。年々微減しているものの、年間1万人余りが逮捕されている状況だ。


「お客の多くは定職を持たない人間。仕事は何かわからないけど、クスリを買う金は持っている。次に多いのは現場作業員だ。なかには地方都市の首長が、わざわざ買いに来る場合もある。ほかにはJRの社員もいる。売る側としては、ちゃんとした仕事をしている客のほうが安心して売ることができる」


 現在の覚醒剤の値段は1g3万円から4万円。売人の仕入れ値は7000〜8000円で下落傾向にあるという。1人の売人が持つ客数はおよそ50人。客1人は月に平均して10万円分ぐらい買うというから、売人の売り上げは月に500万円に上るのだ。


「最近はアフリカから入ってきている。アフリカ産は覚醒剤の結晶にゴミが入っていることもあるが、ものとしてはいい。中国から入ってくるものも多いが、いいものはそんなに多くない。いちばんいいのは北朝鮮産だが、今はほとんど入ってこなくなった」


 産地によって仕入れ値は変わってくるというが、売値は客を見て決める。


「芸能人は一般客の2倍から3倍の値段がついた。5倍の値がつく有名人もいる。相手を見て値段は変わる」


 こうした覚醒剤はどうやって国内に持ち込まれるのか。これまでは船で運ぶルートが主流だったが、最近は違う運び方をしているという。


「じつは水に溶かしてペットボトルに入れて運ぶ方法が多くなっている。500ミリリットルのペットボトルで覚醒剤100g分ぐらいを溶かすことができる。それを乾燥して再結晶化させる。ジュースでもなんでもオッケー。ただ、一度に大量に持ち込めないのが難点」


 売人が持っているのは、売り専用の携帯電話。この携帯に客の携帯番号が登録してある。電話がかかってくると、その日の待ち合わせ場所と購入量を決め、時間に合わせ覚醒剤を運んでいく。覚醒剤はお菓子のパッケージに入れて、レジ袋に入れる。あとは待ち合わせ場所で、現金を入れた客のレジ袋と交換すれば売買は成立するのだという。


(FLASH+ 2015年12月5日増刊)



確実に覚醒剤を購入出来る方法


覚醒剤を確実に手に入れれる場所とは限られてくる。

そこで一番確実に手に入れれる場所はやはり覚醒剤で検挙率全国1位の大阪の西成区
がもっとも確実と言えるだろう。その西成区で覚醒剤を確実に購入できる方法を説明
しましょう。ただし西成区自体にネタ切れと言う自体が何年かに1回くらいの確立で
起こるのでその時は一週間程あけて再度行くとその時は確実にあるでしょう。


 西成売人の法則

 西成の売人の法則を並べました。まずはコレを制覇しなければ成りません。

・買う時は、1万円を一つと言う。
・ほとんど1万単位でしか買えない
・万札はすぐに取れるポケットなどに出来るだけ小さく折って持っておく事。
・回りの人は皆慣れているので見られても殆ど平気です。
・皆xQ者ばかりだが性格の優しい人が多い。
・皆挙動不審である。


 場所説明

 まずは地図を用意してください。今から場所と実際に売人の居る場所を説明します。

 目印の西成警察の真横に有名な三角公園があります。

・JR大阪駅から、環状線に乗り"新今宮駅"で下車。

・駅員に"西成警察署"への道のりを聞きます。

・国道25号線に出て"西成警察署"への行き先を聞いた通りに歩いて行きます。
 (8車線位の大きな道路)

・そして、駅員に右に曲がれと言われた交差点を右に曲がります。
 このまま真っ直ぐに行けば"西成警察署"です。

 右に曲がる為にR25を横切るとボロボロの商店街のような通りに入ります。
 ここからがもう売人達が居る地帯です。ポイントとしては各交差点や西成警察署か
 ら 真っ直ぐに歩いて公園の端に出たところです。まぁ全てがポイントでしょう。

 売人から買う時のコツ

 売人は見てすぐに分かる位、オーバーリアクションで手招きしてきますので見付け
 る のは問題ないでしょう。話し掛けてくる人は殆ど売人です。
 警察の場合はすぐに分かるでしょう。

 以下に売人とのやり取りのコツをまとめました。

・適度の疑いを忘れない。
・決してオドオドしない。
・態度は小さく相手を無理にでもたてる。
・マンションなどに行こうと言われたら素直に行く。

 マンションに行けば確実に外で買う時より多く貰えると思っても良いくらいです。

 もし渋られても私はしりません。

 西成で上にあがる方法
 やはり西成の道端の売人から買うのは怖いでしょう。
 普通の人は売人の上はすぐにヤクザなどと思って居るようですが売人の上は売人と
 言うケースが多いでしょう。

 ですからその上へ行きますと量も増えるしもちろん道端では無いので安全です。
 その上の人への移り方をお教えしましょう。

 一気に高額買う時に「何時もようさん買ってるから、上の人教えてくれへんか?」 と言う。

 高額と行っても四万有れば十分です。ただこれだけだったんです。
 3万買う時「三つ買うから四つちょうだい」などと言うと大抵は貰えると思います。

 このような、単純な事を繰り返して居ると、だんだん上へ上へ行けます。




▲△▽▼


qqt********さん 2016/7/7 07:15:45

西成区でやっていたシャブの路上販売はまだやっていますか?



fuk********さん 2016/7/11 16:20:13

昔はよく売り買いがされてましたけど。
最近は、現場にパトカーや警察官が一日中立って警戒されて
いたので。
そういった販売行為はなくなりつつあるようです。
少し前に、中毒者が錯乱した状態で車を暴走させ危険運転し逮捕された
事件の影響もあるのでしょうか。

少しでも気になる歩行者を警察官が職務質問し、持ち物検査も
ひんぱんにしています。

何人かは、連れていかれそうになって。本人はかなりごねていましたが。
最後は、警察官の数も10人くらいに増えてきて。やがて尿検査を受け入れるように説得されて連れていかれてました。

自車でなく。タクシーに乗って買いに来る人が結構いるようで。
ドライブスルー状態の時期もあったのですが。
タクシーの運転手さんが、覚せい剤の売買に協力させられている
ようでかわいそうだなとおもいました。



nek********さん 2016/7/7 12:24:46

以前は普通に売っていましたよね・・・。
現在は見かけませんよ。


spi********さん 2016/7/7 08:15:50

知事が橋下徹さんになってからは、西成区界隈の売人は一掃されたそうですけど、西成の何処かには売人が居るでしょうね。





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アングラ2ch掲示板


2ch式アングラ掲示板です。
エロいのとアングラ板の避難所としても。海外サーバー使用中。
利用者さんたちのIPログを残しません。裏の世界の情報交換の掲示板としてどうぞ。


 《エス 0・1 18000 都内 手渡し》

 インターネットの掲示板には「エス」「アイス」などと覚醒剤を表す隠語に量、価格、取引方法などが簡潔に掲載され、メールで詳細を詰めれば簡単に売買が成立する。

 塩野容疑者が、掲示板で使った『冷たいの』も覚醒剤の隠語の一つだ。

 財団法人「インターネット協会」によると、掲示板は「禁止用語」を設定しているケースが多く、薬物の名称は伏せ、隠語が飛び交っている。ただ、ネットなどで隠語の意味が周知されており、隠語から薬物を容易に連想できるという。

 同協会が運営する有害サイトの通報窓口「インターネット・ホットラインセンター」に寄せられた薬物の情報は、昨年1年間で1174件。一方、警察庁によると、ネット上の薬物売買の検挙数は、わずか18件にとどまっている。

 「ネットの掲示板は、詐欺まがいの書き込みも多く、警察は確実に薬物を所持しているという情報を重視する傾向がある」

 同協会は、警察の捜査がネット情報に及んでいないことを指摘する。警察もこうした実態を憂慮しているが、「警察が掲示板の情報を逐一つぶしていくことは現実的には難しい」(警視庁幹部)。





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セックス+覚せい剤で脳が壊れる! 犯罪ジャーナリストが警告する、女性こそハマりやすい「クスリ」の恐怖
丸山ゴンザレス 2014/06/09

女性こそハマりやすい覚せい剤の恐怖

5月27日に歌手のASKAと一緒に愛人とされる栩内(とちない)香澄美が逮捕された。二人の背後関係は、現在も様々な憶測が飛び交っているが、このニュースを見ていて、女性のみなさんは、自分と覚せい剤が無縁だと思っていないだろうか?

実は今日の日本では誰もがドラッグを使った犯罪の当事者になる可能性があるのだ。なかでも女性はドラッグと相性が特にいい。その理由とともに覚せい剤をとりまく現状について紹介したい。

善良な市民に広まる覚せい剤

昨年、覚せい剤(使用や所持)で逮捕されたのは1万909人。そのうち暴力団関係者は6,096人(全逮捕者の55%)で、残りは裏社会の人間ばかりではなく普通の人たちである。現在男女別統計が出ている2012年では、2,268人の女性が逮捕された。未成年も99人含まれている(平成25年版『犯罪白書』より)。この数値は氷山の一角で、実際にはさらに10〜100倍の使用者がいるとも言われている。また、逮捕者の中には、高校生や中学生までいて、もはや「誰がやっていても不思議ではない」のが実情なのだ。

違法薬物が簡単に入手できる!?

覚せい剤には「シャブ」「エス」「スピード」などの俗称がある。また、使用すると冷感を覚えることから「冷たいの(アイス)」と呼ばれる。見た目は氷砂糖を砕いたような細かい半透明の結晶の欠片である。効果は一般的に「眠くなくなって興奮する」とされている。

危険な薬物をいったいどうやって手に入れているのか。最近ではインターネット掲示板、SNS等で「キメ友募集」「渋谷でP(パケットやポンプの意味)」など、覚せい剤を意味する隠語を使って打診したり、取引を持ち掛けてくる売人(プッシャー)から購入するパターンが大半。ほかには友達ネットワークで直接売人を紹介してもらうこともある。

数年前には都内の高級住宅地で主婦の覚せい剤利用者が急増した。プッシャーの携帯電話に連絡を入れ、指定の場所に金を置き、指定された覚せい剤の隠し場所を教えてもらって受け取る。自動販売機の裏、公園の植え込みなど、様々な場所に巧妙に隠されている。主婦たちは子育ての合間に受け取りにいったという。彼女たちは「家庭」というリスクがあるため口が堅く、金払いもよい。主婦の間で口コミだけで広まり、2008年にイラン人プッシャーが逮捕されるまで、麻布や白金などで延べ2万人に販売され、約2億円の売り上げがあった。

プッシャーたちは、覚せい剤を1グラム4〜5万円で販売している。1回当たりの使用量は0.02〜0.03グラムで、金額としては800〜1,500円程度。意外にリーズナブルな側面もある。だが、客が女の場合、金以外の対価としてプッシャーがセックスを要求してくることがかなりの確率である。女性も覚せい剤を手に入れるためなら断れないのが実情である。というのもそれほどまでに覚せい剤とセックスの相性がいいからだ。

一度使うと“気持ちいい”が深く刻まれる

覚せい剤を使用した女性たちが最初の動機として挙げるのは、ダイエットや受験勉強など。覚醒効果や食欲減退などの効能が発揮される結果なのだが、一番ポピュラーなのがパートナーにすすめられること。元アイドルで、覚せい剤取締法違反で逮捕された酒井法子も同様の動機を挙げていた。

男女で覚せい剤を使用する場合には、性行為とセットで使用する、通称「キメセク」が多い。覚せい剤とセックスの組み合わせは、脳の中枢神経に強く作用して過剰に「快楽」を使用者に与えてくれるからだ。ただし、キメセクは強烈な快楽をもたらすと同時に脳を壊してしまう。快楽物質を無理に供給したことで脳の欲求を司る部分に負担がかかって破壊されるからだ。キメセクをしている当人たちは、この状態を「体に刻まれたからやめられない」と言うのだが、実際には脳が壊れてしまった状態なのである。

覚せい剤の効果が切れた時に襲いかかる異常な倦怠感、眠気、意欲低下といった副作用に、壊れた脳では耐え切れない。睡眠、食事、タバコや酒を我慢する「意思の強さ」とは根本的に原因が違うからだ。ブレーキの壊れた車で急停止しようとしているようなものなのだ。

一度でも体に入れてしまうと決して取り出すことのできない「悪魔の薬」ともいわれる覚せい剤。薬物中毒者は多くが犯罪者となって逮捕されたり後遺症に悩まされ、社会復帰不可能な状態になる。待ち受けているのは例外なく破滅でしかない。こんなものを快楽と引き換えにするには釣り合うはずがないのだ。



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大麻を一度でも吸うとやがてヘロインや覚醒剤にも手を出す様になる。

幻覚・幻聴…覚醒剤と危険性同じ
「大麻は恐ろしい薬物だと認識してほしい」専門家警鐘


 大阪府警が昨年11月、大麻取締法違反(所持)容疑で、大阪府内に住む中学3年の男子生徒(15)を逮捕した。警察庁によると、平成27年中に大麻の所持容疑などで摘発された未成年者は144人で、前年(80人)の1・8倍にのぼっている。中高生は27人で、大阪府警が摘発した男子生徒を含む3人が中学生だった。京都市では小学6年の男児が大麻吸引を教師に告白する問題が発覚するなど、低年齢化も深刻さを増しており、専門家や支援に取り組む関係者は、改めて危険性に警鐘を鳴らしている。

 「脳に作用するメカニズムは覚醒剤とほぼ同じ。過剰摂取で幻覚や幻聴の症状も出るし、大麻は恐ろしい薬物だと認識してほしい」

 違法薬物に詳しい近畿大薬学部の川畑篤史教授(病態薬理学)はこう指摘する。

 川畑教授によると、大麻や覚醒剤などの薬物は脳内の神経細胞に作用し、神経伝達物質「ドーパミン」を過剰に分泌させる。ドーパミンは学習や意欲などに作用する物質とされるが、過剰分泌は快感を生み、脳がこの快感を覚えてしまえば、「より強く作用する覚醒剤などに誘引されるようになる」という。


 「最初に使った大麻が、脳に起きた『核爆発』のようなものだった」

 覚醒剤などの薬物犯罪で4回の逮捕歴があり、現在は薬物依存症の回復を支援する民間リハビリ施設「香川ダルク」(高松市)の代表を務める村上亨さん(49)はそう振り返る。

 違法薬物に初めて手を染めたのは16歳の時。先輩に勧められるままに初めて大麻を吸ったが、やがてヘロインや覚醒剤に次々と手を出した。

幻覚や幻聴に襲われ、何度も警察に逮捕されたものの、考えるのは薬物のことだけ。約10年間を刑務所で過ごした末に、薬物依存に苦しむ人たちと語り合うプログラムなどを通じて、ようやく依存を断ち切ることができた。

 「何かに行き詰まると、薬物に逃げてしまう人はいつの時代もいる。若い人ならなおさらで、治療には本人の意思はもちろん、周囲のサポートが不可欠」と訴える。




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池上 司さん 精神科医
出来心が命とりに 覚醒剤の恐怖 2014年6月2日

「統合失調症」を実験的に作り出す覚醒剤

出来心が命とりに 覚醒剤の恐怖覚醒剤(薬品名:アンフェタミン、メタンフェタミンなど)が「統合失調症」を実験的に作り出す薬剤であることを知っていますか?

覚醒剤は、使用すれば、覚醒、高揚、疲労回復、自信増強、多幸・万能感、快感などの作用が得られるため、乱用が後を絶たず、日本では1995年頃から第3次乱用期に入っているとされています。こうした薬理作用は、覚醒剤が脳内神経伝達物質であるドーパミンの神経細胞による取り込みを抑えることにより、脳の神経細胞間のシナプスの隙間があり得ないほどのドーパミンで溢れるためにもたらされます。

統合失調症の幻覚妄想の原因のひとつは、脳内ドーパミンの過活動によるとされており、覚醒剤を動物に投与すると、ヒトの統合失調症と似た異常行動を生じさせることができます。

高揚感や快感を得て反復使用すると急速に耐性が上昇

覚醒剤による人格の崩壊は、3つの段階を経て起こります。まず、覚醒剤を使用すると段階によらず上記の薬理効果が得られます。脳は異常に覚醒し、眠気はとれ、頭が冴え渡ります。注意・集中力が増し、疲れを感じなくなり、気分が高揚し、何でもできるような万能感を覚え、また性感が高まります。交感神経が刺激されるため、脈拍・血圧が上がり、食欲は低下します。やせ薬に使われる所以です。

魔法の薬効のように思えますが、使用後、数時間で醒めてしまいます。後に待っているのは、薬効のリバウンドとして「全く何もする気が起こらない」虚脱状態、うつ状態で、これが数日間続きます。この虚脱状態では、当人は意識がもうろうとし、問いかけにも応えられないほどで、会社にも行けません。一種の禁断症状で、これが非常に辛いために再び高揚感や快感を得ようと薬を繰り返します。酒の精神的依存の時期にあたります。この乱用の時期が第一段階です。

覚醒剤の恐ろしいところは、反復使用すると急速に耐性が上昇する(同じ量では効果が出なくなる)ことです。通常の数百倍使用しないと初回と同程度の効果は出なくなるとされています。覚醒剤常習者が注射を使うのは、このためです。注射により、速やかに且つ強度に禁断症状から逃れ薬効を得ることができます。さらに、覚醒剤を連用すると次第にある種の「陶酔感」が加わります。全身がすーっとする感覚と性的な絶頂感に似た快感と言われています。注射で急速にこの陶酔感に至れる「スピード」(覚醒剤の別称)にイカレて、第二段階の身体的な依存が完成します。こうなると「骨までシャブられても薬を止め」ません。不眠、疲弊、うつ、やせ、焦燥、怒りっぽさなどが目立ってきます。

わずか2?3ヶ月で「覚醒剤精神病」が発症

覚醒剤の大量を静脈注射し続けた場合、わずか2?3ヶ月で、統合失調症に酷似した「覚醒剤精神病」が発症します。覚醒剤使用の終着駅です。スピードの名の通り特急で。被害的な幻覚妄想を中心とするのが特徴です。脳に不可逆的な変化を残すため、薬を止めていったん症状が消えても、少量の再使用によって再発します。また、発症後も覚醒剤を続けた場合、覚醒剤を使わないのに他の依存性薬物の使用や感情的なストレスだけでも再発が起こるようになってしまいます。

統合失調症と違う点は覚醒剤による被害的な幻覚妄想には特徴があり、「誰かが自分の悪口を言っている」「誰かが見張っている、つけてくる」「誰かが殺しにくる」というふうに常に誰かに狙われているという観念に付きまとわれることです。幻覚妄想に追いつめられ禁断症状の焦燥感・易怒性により攻撃性がエスカレートすると、最悪の場合、まれにですが、突発的で無差別な凶悪事件にも至りうることは周知のごとくです。ですから、覚醒剤は「ダメ。ゼッタイ。」なのです。


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【覚せい剤】電波に命令されて6人を殺害
白いブリーフのシャブ中通り魔殺人鬼、ゾッとする発言とは? 2016.02.12.


 元プロ野球選手の清原和博が、覚せい剤所持容疑で警視庁に逮捕される前、「代償」というタイトルでブログに書き綴っていた内容は、覚せい剤依存による妄想の有様を如実に現していたといえるだろう。

 内容をかいつまんで説明すると、こうだ。

 清原が知人と食事していたところ、店に入ってきた2人の客が清原に気づきその中の1人が何度も、自分を笑いながら指を指してきたように思えた。ぶち切れそうになりながらも、歯を食いしばって我慢したが、「やっぱり、あかん!」と手元の灰皿をたたき割った。

 このブログでは清原はケンカを我慢したことが綴られているが、覚せい剤依存が重くなると、止まらない妄想が原因で殺人にまで至ってしまうケースも珍しくない。


■ある覚せい剤依存症の殺人鬼の証言

sasakirryuzo.jpg画像は、『深川通り魔殺人事件 (文春文庫)』

「心理的電波・テープによる男と女のキチガイのような声に、何年ものあいだ毎日毎晩、昼夜の区別なく、一瞬の休みもなく、この世のものとは思えない壮絶な大声でいじめられ続けたことが、原因なのであります」

 犯行に至った経緯を、奇妙な言葉で法廷で語ったのは、川俣軍司。昭和56年6月17日に、6人の死傷者を出した深川通り魔殺人事件を起こした男だ。作家の佐木隆三が書いた『深川通り魔殺人事件』(新風舎文庫)は、テレビ朝日系の「月曜ワイド劇場」でドラマ化された。


■深川通り魔殺人事件 川俣軍司が狂うまで

「俺は日本一の板前になる」

 中学を卒業した川俣が、希望を抱いて銚子から東京に出てきたのは、昭和42年3月末。築地の鮨屋に住み込みで働き、見込みがあるとも言われていたが、その店を3年半で辞めた。

 そこから、転落の道を辿り始める。

 昭和46年6月、恐喝罪により東京地裁で懲役2年執行猶予3年の判決を受ける。昭和47年3月、暴行傷害事件により東京簡裁で罰金3万円の判決。昭和47年9月には、やはり暴行傷害事件で、東京地裁で懲役10カ月の実刑判決を受け服役した。出所後の昭和51年7月に、暴力行為など処罰に関する法律違反、脅迫罪により、東京地裁で再び懲役10カ月の判決を言い渡された。


■覚せい剤を使用し「電波・テープ」と交信するように

 昭和52年4月に出所した川俣に手をさしのべたのは、父親だった。自分の仕事である“しじみ掻き”を継がないかと誘ったのだ。最初の頃は身を入れて働いていたが、両親に暴言を吐くようになった。この頃から、覚せい剤を始めていたのだ。

 その後も事件を起こし、昭和54年と昭和55〜56年、いずれも府中刑務所で服役している。

 昭和56年4月21日に出所すると、川俣は兄に電話する。

「今回の懲役ほど、苦労したことはなかった。親兄弟までグルになって、俺をいじめるとは思わなかったが、おかげで電波・テープにひっつかれた。俺は黒幕から、麻酔を注射して殺される。その前にいっそ、舌を噛んで死んでやるが、それでも兄貴は平気か?」

 不気味に思った兄は、川俣に会って4万円ほど渡すと、「家には絶対に近づくな」と釘を刺した。

■働き口を失い、転々とする川俣

 その後、川俣は鮨職人として働き始めるが、遅刻するなどして半月ほどしか続かない。女子店員にぞんざいな口を利き、2日でクビになった店もある。覚せい剤をやっていると疑われて、解雇された店もある。いくつもの店を渡り歩き、2カ月足らずの間に勤めた店は7軒に及ぶ。

 そして、運命の就活日がやってくる。

 6月16日、銀座のチェーン店の鮨屋の本部で、川俣は面接を受けた。「明日電話ください」と言われたので、「これは採用される」とほくそ笑む。

 6月17日午前11時半頃、川俣は築地の公衆電話からかけた。面接をした部長が応対する。

「当社の規定にちょっと合わない部分がありますので、今回は勘弁していただけませんか」
「おう、おう、おう」

 電話を切った川俣は、森下2丁目商店街を進んだ。そして、バックから刃渡り22センチの柳刃包丁を取り出したのだ――。


■商店街を駆け回る、地獄の包丁

 喫茶店「ロアール」の前には、ベビーバックに乗せた1歳の男児と2歳の女児を連れた、27歳の主婦がいた。バギーghを投げ飛ばす勢いで、川俣は包丁を振り回し、3人を傷つけた。そして、商店街を歩いていた女性、Nさん(33歳)、Kさん(71歳)、Yさん(39歳)の女性を次々に刺した。

 午前11時40分頃、歩いていたIさん(33歳)の喉元に包丁を突きつけて、中華料理店「萬來」に引きずり込んだ。そこにいた経営者夫婦を脅して追い出すと、彼女を人質にして、調理場奥の6畳間に籠城する。駆けつけてきた警官が、曇りガラスごしに呼びかけた。Iさんは川俣の言葉を口述筆記させられる。

「電波でひっついている役人の家族をすぐつれて来い。次に書くすし店の夫婦を、全員連れてこい。銚子の水産会社の夫婦も連れてこい。半日以内に来なければ人質を殺す。おれがこういうことをしたのも、みんなひっついている役人が悪いからだ。電波でひっついているからだ。人が死んだのも、役人とグルになっておれを苦しめた、すし店と水産会社が悪いからだ」

 その紙を、川俣は外の警官に向かって投げた。

 店内のテレビをつけた川俣は、ニュースを見て自分が刺したうちの4人が死亡したのを知る。それでも、要求して差し入れさせたカレーライスや牛乳、ジュースを平らげた。

■白いブリーフに白いソックス姿で…

 すし職人に変装した捜査官が店の外にやってきていた。川俣の要求に応じた振りをして、隙をつく計画だ。

 午後7時前、川俣が気を緩めた時に、Iさんは6畳間から調理場へと逃げ出した。捜査官たちが突入、柳刃包丁を振り回す川俣を取り押さえ、逮捕した。

 店から連れ座された川俣は、白いブリーフに白いソックスだけという姿。靴も履いていなかった。そして、口には、自殺防止のため白い布を咥えさせられた格好で姿をあらわした。

 逮捕された川俣は、覚せい剤を使っていたことを認めようとしなかった。だが、警視庁の科学捜査研究所は、川俣の尿と血液を捜査して「2、3日以内に覚せい剤を使用したとみられる」と鑑定した。

 取り調べでも法廷でも、川俣はいつも「電波」を口にした。黒幕である役人が電波を使って、すし店に自分をクビにさせたり、親兄弟に冷酷なことを言わせたというような内容だ。

 法廷では、こんなことを言った。

「府中刑務所に服役中は、テープの内容もだんだん異常になって、『同囚にケツを掘らせてやる』とか、『女装しろ、オカマになれ、刑務所を出てもすし屋なんかやらせないぞ』とか、電波と一緒になってテープの内容を想像させられたりして、イライラさせられました」

 昭和57年10月22日、東京地裁において、検察官が川俣に求刑したのは、「死刑」ではなく「無期懲役」だった。その理由は、こう述べられている。

「被告人は本件犯行時に、是非善悪を弁識しその弁識にしたがって行為を制御する能力が減弱していたと認められるので、刑法第32条2項にのっとり、被告人を無期懲役に処すると相当と思料する」

 12月23日に、東京地裁で、無期懲役の判決が下った。川俣は控訴を考えていたが、「被害の重大さを考えなさい」「命が助かれば上々ではないか」と弁護人に諭され、「模範囚になる」と言って、刑を受け容れた。




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同じアパートの住人を包丁で襲い、7人の死傷者を出す・橋田忠昭
長年覚醒剤を使用し続けた男は幻覚や幻聴・被害妄想に取りつかれ、夫婦喧嘩を発端に怒りが一気に爆発した。


▼事件発生

昭和57年2月7日、大阪市西成区で、覚醒剤常習者の男が、自分の住んでいるアパートの住人を次々と包丁で刺すという事件が起きた。

男の名は橋田忠昭(47)。15歳の時から覚醒剤を使い始め、事件の数年前からは絶え間なく幻覚や幻聴に襲われていたという。普段から些細(ささい)なことにでもすぐに逆上し、完全に情緒不安定になっていた。


西成区の文化住宅「グリーンハウス」の二階で、妻(34)と子供(11)と三人暮らしをしていた橋田は当時無職であり、生活保護を受けていた。この生活保護と妻の仕事の収入で生計を立てていた。

2月7日、午前9時30分過ぎ、橋田はこの日も特にすることがなく自分の家にいると、妻が出かけようとしていた。宗教活動の会合に出かけるという。

橋田が「朝メシの用意ぐらいして行け!」と怒鳴ったが、妻は無視した。頭に来た橋田は妻の手を掴(つか)み、口ゲンカとなった。

妻は「やめてよ!このぐうたらが!」と叫び、橋田の手を振り払った。仕事もせずブラブラしている橋田にとってはこの言葉は強烈で、橋田の怒りが一気に爆発した。


台所に走って行って刃渡り20cmの包丁を持って戻ってきた橋田は、妻の胸をいきなり包丁で突き刺した。妻は悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。(一時間後に病院で死亡)

母親が刺されたを見てびっくりした息子は「お母ちゃんに何するんや!」と、橋田を止めに入った。
しかし橋田は無情にも、この自分の息子さえ包丁で刺して振り払った。(二週間の怪我)

しかし橋田の犯行はこの二人だけにとどまらなかった。
普段からアパートの住人が大きな音をたてて自分に嫌がらせをしているとか、陰口を言っているなど、筋違いの恨みを持っていた橋田は、このまま一気に部屋の外へ飛び出し、アパートの住人を次々と襲う。


三人目と四人目の犠牲者となったのは、橋田の隣の部屋に住んでいた夫婦である。この部屋に飛び込んで来た橋田は、まずいきなり夫(34)を刺し、すぐに妻(47)を刺した。二人の悲鳴が上がる。

二人とも刺された直後はまだ動けたので、何とか部屋を飛び出し、血だらけになりながらも二階の廊下部分を走って逃げた。(夫は重傷・妻は40分後に病院で死亡)


この三人目・四人目の夫婦の悲鳴を聞いて、同じ二階に住む別の女性(34)がびっくりして廊下に飛び出してみると、この二人が血だらけになりながら走って逃げて行くのを目撃した。

驚いた女性は、すぐに部屋に戻り、自分の夫(39)に「あんたあ!救急車呼んで!」と叫んだ。しかしこの声を聞いた橋田は更に逆上し「何をすんのやぁ!」と、今度はこの女性を追いかけ始めた。

女性は自分の家に逃げ込んだが、ドアを閉める暇もなく、橋田が一緒に飛び込んできた。

女性の家の中には、その女性と夫、そしてたまたまこの部屋を訪問していた、同じアパートの女性(49)の、合計三人がいた。包丁を持って襲いかかった橋田は、一番近くにいた、この「訪問客の女性」の胸をいきなりメッタ刺しにした。(40分後に病院で死亡)夫婦は無事だった。犠牲者は五人となった。


そして橋田は今度はアパートの一階へと降りて行く。すると橋田の目の前で突然ドアが開いた。タイミング悪く、ちょうどこの部屋に住んでいる娘(20)が出勤するところだったのだ。

いきなり顔を合わせた形となった橋田は、間髪入れずこの娘の顔を切りつけた。六人目の犠牲者である(怪我)。部屋の中にいた父親(56)が急いでドアの外に出てみると、ここでいきなり橋田に胸を刺された。これで七人が刺された。

この父親を刺したのを最後に橋田は逃げ始める。最後の犠牲者のこの父親は橋田を追いかけたが、無念にも力尽きて途中で倒れ、死亡した。

5分後、通報を受けて駆けつけた西成署員が街にいる橋田を発見し、すぐに逮捕した。手にはまだ包丁を持ち、服は血に染まっていた。

橋田がアパートで凶行を行った時間はわずかに5分程度であった。その間に四人が殺害され、三人が重軽傷を負った。


▼犯行に至るまで

15歳で覚醒剤を覚えた橋田は、この頃から恐喝や詐欺などで警察から補導されるワルであった。親が覚醒剤を止めるよう何度も説得するが聞く耳を持たず、18歳で実家を出て行き、繁華街を転々としながら生活を続ける。

スリや空き巣を繰り返して五回逮捕され、そのうち三回は刑務所行きとなった。そのうち、あるホステスと知り合って言い寄り、同棲を経て結婚するが覚醒剤は相変わらず続けていた。


橋田忠昭
橋田は覚醒剤を買う金欲しさに妻にソープランドで働くことを強制し、妻が嫌がると子供に危害を加えると脅したり、妻を殴ったりしてでも命令に従わせた。しかし妻の稼ぎだけではまだ少ない。橋田は自分の両親から金を吸い上げることを思いついた。

実家へ行って両親に頭を下げ、「二度と覚醒剤はやらん。これからは真面目に働く。」などと言って両親を安心させ、「それでな、実は結婚して子供が出来たんやけど・・。なんやかやと金がかかるが都合してくれへんか?」

などと更正を装って両親から金を引き出した。孫が出来たことに喜ぶ両親は、橋田が真面目になったことを信用し、頼まれるがまま貯金通帳や家の権利書などを渡す。

しかし両親の気持ちも平気で裏切る橋田は勝手に家を売却し、それらの金を全て覚醒剤につぎ込んだ。両親が橋田の本性に気付いた時にはすでに遅かった。

自分の息子にだまされ、財産の全てを失った父親は、精神科の病院に入院することになり、恨みと後悔の中、この病院でこの世を去った。


一方、妻とはまだ一緒に生活を続けていたが、長年の覚醒剤の乱用で幻覚や幻聴がたびたび訪れるようになり、頭の中で「殺せ」という声が聞こえたり「妻が浮気をしている」などと思い込むようになり、突発的に包丁を持ち出して妻を刺したことがあった。この時は妻は一命を取り止めたものの、橋田は殺人未遂で3年の刑に服した。

妻も子供も、服役を境に橋田が覚醒剤を止めてくれると信じていたが、出所してからの橋田は期待をあっさりと裏切り、再び覚醒剤に染まっていった。頭の中はますますひどくなっていき、アパートの住人が階段を昇る足音や、干した布団を叩く音など日常での音が過剰なほど気になり、「奴らは騒音を出してワシに嫌がらせをしとる。」「ワシを追い出そうとしとる。」などの被害妄想を抱(いだ)くようになっていった。


仕事には就(つ)いておらず、月14万円の生活保護と妻の収入で暮らしていたが、妻との中は険悪で、夫婦喧嘩や家庭内暴力が絶えず、アパートには怒鳴り声がしょっちゅう響いていた。同じアパートの住人も不安を感じて怖がり、また、覚醒剤をやっているという噂も広まり、一度警察に相談したのだが、「ただの夫婦喧嘩でしょう。何かあるようだったら連絡して下さい。」と言われただけであった。

たび重なる暴力と奇行に耐えられず、妻は薬を飲んで自殺を図(はか)ったが、この時は幸いにも一命を取りとめ、退院後は救いを求めて子供を連れて宗教団体に入信した。既(すで)にすがるものは宗教しかない状態であった。

橋田は事件を起こした頃には毎日覚醒剤0.02gを注射しており、逮捕後に橋田の腕を見た警察官は、注射部分の腕の変色に驚いたという。


▼判決

昭和59年4月20日、大阪地裁で橋田には無期懲役の判決が下された。三人に重軽傷を負わせ、四人を殺害した判決としては軽過ぎるとの意見が上がったが、当時橋田は覚醒剤により心神耗弱(しんしんこうじゃく)の状態にあったと判断され、極刑である死刑から減刑されて無期懲役という判決となったのである。

※心神耗弱(しんしんこうじゃく)者:意思能力はあるが、精神機能の障害のため、その結果を正しく認識しえずに行為をするおそれがある者。

刑法によれば心神耗弱の状態にあった者は、刑を軽くするように定められており、また、心神喪失においては処罰されない。

心神喪失者:精神機能の障害のため、意思能力を欠く状態にある者。

覚醒剤を使用し続けた結果に引き起こした事件において、果たして心神耗弱による減刑が妥当かどうかは賛否両論あるところである。





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貧困、いじめ、10代で覚醒剤、強盗 「相談できる人いなかった」2019年3月30日

自身の体験を語る女性=神奈川県内で



 非行に走る少女の多くが、幼少期に親から虐待を受けている。少年と比べると、性暴力被害や妊娠・出産など女性ならではの問題を抱えるケースも少なくないが、周囲の大人たちの理解は不足しており、更生の糸口がなかなか見つからない。十代で強盗傷害事件を起こし、少年院に収容された経験のある関東地方の女性(26)の半生から考えた。 (竹谷直子)


 女性は本紙の取材に「相談できる人が誰もいなかった」と眉をひそめた。


 女性は幼いころに両親が離婚し、母と暮らした。新たな男性と交際しているらしい母はほとんど家に帰らなかった。生活は苦しく、三日分の食事はロールパン六個。空腹に耐えかねて小学生で万引を繰り返すようになった。料金未納でガスが止められた際には風呂に入れず、学校で「汚い」といじめられた。


 転落のきっかけは中学時代、友人からの「もらいたばこ」だった。たまたま吸っているところを上級生に見とがめられ、「親にばらすぞ」と万引や性的関係を強要された。本意ではないのに非行はエスカレート。思いあまって暴力団と関係のある男性を頼ると、守ってくれた代わりに覚醒剤を薦められた。初めは拒んだが、やがてやめられなくなった。


 覚醒剤を買う金を工面するために強盗傷害事件を起こしたのは高校一年の十六歳。東京都狛江市の女子少年院「愛光女子学園」に入所した。


 一年半の少年院生活では真剣に向き合ってくれる教官にも出会った。出所時は更生したとの自負もあった。しかし、別の高校に入学したものの、学生生活になじめずに退学。職探しでは「学歴がないと、全く相手にされなかった」。


 昔のグループとの関係は断ち切れず、その仲間らと結婚、DVを受けるなどして離婚を三回繰り返し、三人の子をもうけた。この間、少年院出所者の全国ネットワーク・NPO法人「セカンドチャンス!」(SC)に参加していたが、生活が困窮するたびに風俗店で働いた。住居と託児所を用意してくれるのが大きかった。「少年院に入っているときは、誰もが更生したいと思うけど、夢の世界と現実は違う」


 給料を減らされても風俗店から抜け出せずに働く四十代の女性の姿に将来を重ねた。一方、同じ四十代でも、SCの先輩は大学を卒業して就職した。ようやく三年前、子どものために大学進学を決意。中学卒業や高校中退の学歴でも、高校卒業と同等の資格が得られる大学通信教育の「特修生制度」を利用し、四月から学び始める。一定の単位を習得すれば一般の大学生になれる。税理士の資格を取るのが目標で「生活を立て直して、私と同じようなシングルマザーの支援がしたい」と前を向く。

◆幼少期に7割 虐待経験


 専門家からは切れ目のない支援を求める声が上がる。


 非行問題に詳しい千葉大学教育学部の羽間(はざま)京子教授が二〇一五年度、全国の少年院で実施した調査によると、幼少期に家族から虐待を受けた女性の割合は72%、第三者から暴力などを振るわれた被害経験のある女性は88%に達した。羽間教授は「地域や学校の先生など、子どもに関わる大人たちは背景に何があるかを知ることが必要。大人のまなざしが変われば、それ以上の非行を食い止めることにつながる」と指摘する。


 「女性は性被害の経験のある人が多く、人を信じられなくなることがある。一方で、生きていくために性を利用されがちだ」と語るのは、十代〜二十代の女性を支援するNPO法人「BONDプロジェクト」(東京都渋谷区)代表の橘ジュンさん(48)だ。「女性は子どもがいると就労の門戸が狭くなる。自立するまで支援する緩やかなシェルターが圧倒的に足りていない」と懸念する。


 羽間教授も、二十歳になると保護観察が終了することから「(成人後も)支援のつなぎ目になるNPOや自助団体がもっと必要だ」と強調した。





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ヤクザがシャブをやっちゃう理由
日本のシャブ事情(前編)
2019.4.5(金) 廣末 登

気づかないだけで、覚せい剤は身の回りで確実に増えている


 昨今、覚せい剤の摘発記事に接し、驚かされることがある。それは、摘発される量の多さだ。何グラム、何パケなどのレベルではなく、ハンパない量が摘発されている。


シャブ(=覚せい剤)市場としてオイシイ国ニッポン

 たとえば、平成30年2月17日に、成田空港で2人のカナダ人が覚せい剤密輸で逮捕された。

 2人は別々の飛行機で来日し、面識はないという。カナダ人の男女が相次いで逮捕され、あわせておよそ47kg、28億円相当である。この日、1日のみの摘発量で、成田税関支署の平成30年の覚せい剤押収量の9割にあたるとのこと。

 平成28年に警察が検挙した覚せい剤の密輸入事件(82件)について、その仕出地の内訳を見ると、香港と台湾を除く中国(24件、29.3%)が最も多く、アメリカ(14件、17.1%)、香港(8件、9.8%)、台湾(8件、9.8%)と続いており、カナダというのは珍しい。

 現在は、国際的な政治的事情と当局の取り締まり強化を受け、北朝鮮やロシアンルートが無くなったため、南方からのチャイナルートが主な供給源だと言われている。


豪で870億円相当の覚せい剤押収 過去最多、中国からか

オーストラリア西部ジェラルトンで1.2トンのメタンフェタミン(結晶状覚せい剤)を押収後、容疑者らを見張る捜査員ら。このメタンフェタミンは、船からの荷降ろし後に差し押さえられた。当局は同船の出港地を中国とみている。豪連邦警察提供(2017年12月21日撮影、公開)。(c)AFP PHOTO / AUSTRALIAN FEDERAL POLICE〔AFPBB News〕

 ちなみに、平成30年、東京税関が摘発した覚せい剤事件の押収量は、およそ493kgにのぼり、昭和60年の統計開始以来最多となったそうである。

 一方、全国の情勢をみると、覚醒剤密輸入事犯の検挙件数は増加し、平成26年以降3年ぶりに100件を超え、いわゆる運び屋による密輸入事犯の検挙が相次いだため、前年比で大幅に増加した。押収量は前年比で減少したものの、洋上取引や船舶コンテナ貨物の利用による大量密輸入事犯の検挙に伴い、前年に引き続き1000kgを超えたと、警察庁の報告にある(警察庁組織犯罪対策部組織犯罪対策課「平成29年における組織犯罪の情勢」)。

 筆者が、福岡県更生保護就労支援事業所で最近支援した、ひとりの保護観察対象者の方は、知人に頼まれて、覚せい剤を「体内に隠して」入国を試みたために逮捕。営利犯(販売目的=営利のための覚せい剤所持)未遂で、長期間刑務所に服役していた。

「体内で、シャブ(覚せい剤)の袋が破けなくてよかったね。破けたら、マジであの世行ってたよ」と、筆者が言うと、「そうなんですよ。思い返すと恐ろしいことです。もう、絶対しません」とのこと。彼は、自分で覚せい剤を使用していた人ではないので、その言葉に偽りはないと思う。現在は、日々マジメに働き、雇用主の評判も良い。

 この記事を書いている4月2日、同様の手口で覚せい剤を密輸しようとした台湾人が死亡したとの記事が毎日新聞に掲載された。

 記事によると「台湾人の60代男性が東京都台東区のホテルの部屋で死亡しているのが見つかり、司法解剖の結果、体内から覚醒剤とみられる薬物が入った小袋約50袋が見つかった」とのこと。筆者の指摘を裏付ける悲劇である。


覚せい剤1トン密輸、台湾人8人に死刑判決 インドネシア

メタンフェタミン(結晶状覚せい剤)約1トンを密輸したとして、インドネシアの首都ジャカルタの裁判所で判決を待つ台湾人の被告ら。裁判所はこの日、彼らに死刑判決を言い渡した。(2018年4月26日撮影)。(c)AFP PHOTO / Ari Firdaus 〔AFPBB News〕

 なぜ、このような危険を冒してまで、覚せい剤を日本国に入れようとするのか。読者の皆さんは不思議に思われると思うが、その答えは簡単「儲かるから」。海外の市場で覚せい剤を売っても、それほど利幅はない。しかし、日本の市場は、ハイリスクではあるもののハイリターンであり、間違いなく儲かるカタイ商品なのである。


数字で見るシャブの現在(いま)

 近年の覚せい剤取締法違反(覚せい剤に係る麻薬特例法違反を含む)の検挙人員(特別司法警察員である麻薬取締官や海上保安官が検挙した者を含む)の推移をみると、平成13年以降は減少傾向にあったものの、平成18年以降はおおむね横ばいで推移し、毎年1万人を超える状況が続いている。もっとも、こうした数字は検挙された者を対象としているので、氷山の一角であることを念頭に置いていただきたい。

 次に、再犯者に目を転じると、警察が検挙した覚せい剤取締法違反(覚せい剤に係る麻薬特例法違反を含む)の成人検挙人員のうち、同一罪名再犯者(前に覚せい剤取締法違反で検挙されたことがあり、再び同法違反で検挙された者)の人員及び同一罪名再犯者率(覚せい剤取締法違反の成人検挙人員に占める同一罪名再犯者の人員の比率)の推移は、近年上昇傾向にある。平成28年は65.8%であり、平成19年(57.1%)と比べて8.7ポイント上昇している。ウリ(覚せい剤の販売)も使用(自分に服用する)も、シャブで味をしめると、なかなか抜けられないようだ。

 なお、平成28年に覚せい剤取締法違反により警察に検挙された者のうち、営利犯(販売目的)で検挙された者及び暴力団構成員等(暴力団構成員及び準構成員その他の周辺者)の各人員を違反態様別に見ると、同年の営利犯で検挙された者の比率は565人(5.4%)であり、その内、暴力団構成員等の比率は48.5%であった(平成29年版犯罪白書)。

 これは、暴力団=覚せい剤という見方を肯定する数字である。ヤクザのシノギについて、山口組の顧問弁護士を務めた山之内幸夫氏は、ヤクザの間で、やってはいけない悪事とやっても良い悪事があるという点に言及している。

「窃盗、強盗などはやってはいけないシノギで、賭博、売春は本業、詐欺はやらない方が良いが、恐喝は比較的やっても良いとされる」(山之内幸夫『日本ヤクザ「絶滅の日」――元山口組顧問弁護士が見た極道の実態』徳間書店)。

『日本ヤクザ「絶滅の日」ー元山口組顧問弁護士が見た極道の実態』(山之内幸夫著、徳間書店)

 山之内元弁護士は言及していないが、シャブは、ヤクザのシノギの中でもご法度の部類に入る。しかし、それはタテマエであり、実際はグレーゾーン。極道として「薬屋」と言われるのは恰好悪いが、不況時代の裏社会で確実に儲かるのがシャブをはじめとする麻薬ネタである。昨今は、ピエール瀧氏のコカイン事件が世間の耳目を集めたが、世の中には「シナモノ」と隠語で呼ばれるシャブ以外にも、大麻やコカイン、合成麻薬等、薬屋のシノギのネタは様々である。

 ちなみに、昨今ではポンプ(注射器)も品薄であり、昭和の時代にみられたように、パケ(覚せい剤の小袋)買ったらポンプが1本もれなく付いてくるなどというサービスは無くなり、1本1000円から1500円で取引されている。

 世の中の暴排が進み、シノギが先細りする昨今、ハイリスクであろうと、恰好悪かろうと、ITや金融、合法企業経営などに明るいモダ―ンな組織でない限り、背に腹は代えられないから、薬屋に甘んじないと食えない現実があるのではなかろうか。

ヤクザがシャブをやっちゃう理由

 ヤクザがシャブを扱うのは「どうせ、自分の快楽の為でしょ」と思われがちである。そうした見方を筆者は否定しない。しかし、彼らのサブカルチャーを知るにつけ「そりゃ、シャブに走るのも無理ないな」と思われるような、切ないケースも散見されるのである。以下、引退したヤクザの元幹部M氏に聞いた「シャブをやっちゃう理由」につき、紹介する。

 確かに、ヤクザでも好奇心からシャブに手を出し「こりゃ超気持ちいいわ」と、ズブズブの関係になる人がいる。彼らの多くは何らかの非行集団に関係していた過去があるから、日常生活において、比較的近いところにシャブがある。だから、つい、好奇心からツマミ食いしたくなるのも首肯できる。しかし、それ以外にも、ヤクザというサブカルチャーの中で生きていると、止むを得ない事情もあるのである。

 M氏によると、「ヤクザはね、シャブやんないといけない場面があり、二つの理由から(シャブの使用は)止むを得ないこともあるんだよ」と言う。

「理由の一つは、部屋住みの時(住み込みで雑用をさせられる時期)ね、若い衆は寝る時間がないんだよ。だって、親分が外出するのは夜でしょ(シマ内の店のハシゴなどなど)。車の中で待ってなきゃなんない。この待ってる間は眠たいんだよね。だから眠気覚ましにポンとやっちゃう」


「もう一つの理由。それは、兄貴分から勧められるんだよ。でもね、嫌とは言えないでしょう。だって、ヤクザは親(分)のために命を捨てる覚悟がいるんだからね。そこで、もし断ったらりしたら、『何やお前、われの命、組に預けたんちゃうんかい。死ぬんが怖いんか』って言われるよ。だから、ヤクザになると嫌でもシャブやんなきゃなんないんだよね」

 こうなると一種の踏み絵である。

 このM氏の話は、とても説得力があった。平成18年、彼と出会って以降、筆者は多くのヤクザの方と会うこととなるが、同様の体験を経て、シャブの常習者になった方は複数存在した。しかし、一方で、次のような理由でシャブに手を出したレアな方も居るのである。

「(シャブに手を出したんは)現役の頃や・・・。ちょっとこれには訳があるんや。実はな、わしの現役の頃に友人が居った。新聞社の人でなあ、いい人やった。この人が子どもの育て方をわしに教えてくれたんや。わし自身、子ども時代不遇やったから、その人の話聞いてな、わし、次第に(ヤクザの)組を抜けたいと考えるようになったんや。方法をいろいろ考えたんやが、一番いい方法がシャブやった。わしら博徒や、シャブでボロボロになったら、博徒は務まらん。それで(親分に)破門してもらったんや」

 この話をしてくれたO氏は、博徒系ヤクザで、常盆の胴師(常に開催されている盆=すなわち常設賭場の札を繰る役を担当し、本引き博打の親側席の真ん中に座る。世話役である合力が両脇に座る)であり、腕が良かったため、引っ張りだこであったとのこと。

 本引き博打は、誰でもが胴師になれるわけではないから「組を辞めるためにシャブでヨレた」体を取る以外に方法は無かったのだろう。

 ちなみに、このO氏は、そのままツネポン(覚せい剤の常習者)になることなく、組抜けしたら直ぐにシャブとはキッパリと縁を切り、猛勉強をして牧師となり、刑務所に収監されている元同胞たちの相談役になっていた。

日本社会から麻薬が無くならない理由
 筆者は覚せい剤、大麻、合成麻薬など、様々な中毒者の方と、公私共にかかわってきた。「公的かかわり」とは更生保護就労支援であり、「私的かかわり」とは、アングラ社会の取材である。

 筆者がフィールドで感じたザックリとした感想で申し訳ないが、ツネポン(覚せい剤常習者)も、タマポン(タマにポンする使用者)も、社会生活上で何らかの不安や問題を抱えているように思える。


 もっとも、女性の場合は、男性から影響を受けるケースが散見される。なぜなら、シャブの販売促進担当には女性が利用されることが多い。悪い奴は、まず、女性をシャブ漬けにする。そうしておいて、彼女を通して寄ってくる男性に広めてゆく。これは一般的なシャブの販売方法である。だから、同時に、性病なども抱き合わせ販売されているのではないかと、密かに危惧するところである。

『組長の妻、はじめます。: 女ギャング亜弓姐さんの超ワル人生懺悔録』(廣末登著、新潮社)

 一般の方の使用者に関してみると、未来への希望の有無、慣習的な社会や人とのつながりの濃淡、強弱と関係があるように思える。現代社会では、人は容易に孤立する。人生で一度つまずいたら再起は難しく未来への希望も色あせる。会社員だから、学生だから、主婦だからといって、社会的居場所があり、万事オッケー問題なしと考えるのは、ちょっとばかし早計ではないか。

 彼らは、そうした形式的な帰属集団で、日々苦痛を感じながら、必死になって自分の役割を演じているのかもしれない。苦痛は、やがて希望を蝕みながら厭世観へと成長し、社会的逃避の一環として覚せい剤に手を染めるのかもしれない。

『組長の娘―ヤクザの家に生まれて』(廣末登著、新潮文庫)
 就労支援の現場で、調査フィールドで、筆者は幾度となくこうした事例を目にしてきた。人間は社会的動物である。ひとりでは生きられない。現代社会を侵食する社会的孤立などの問題は、人にとって、日本社会にとって、覚せい剤よりも問題視すべき根本的な社会病理であるように思えるのである。

 次回は、筆者がアングラな取材現場で見聞きしたシャブの魔力について、拙著『組長の妻、はじめます。:女ギャング亜弓姐さんの超ワル人生懺悔録』(新潮社)、『組長の娘―ヤクザの家に生まれて―』(新潮文庫)の主人公たちの証言をもとに、生々しくリポートする。


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