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[3323] ファシスト 吉村洋文 の本性が駄々漏れになりつつある _ ヒトラー人気の再来か
日時: 2020/05/14 12:52
名前: 777 ID:gYjj1Bb.

ファシスト 吉村洋文 の本性が駄々漏れになりつつある _ ヒトラー人気の再来か


パチンコ店を生け贄に、「自己責任論」で責任を押し付けつつ自分に従わせ、
自粛期間延長では、自分がパチンコ店にした仕打ちを棚上げし「誰が責任をとるのか?」と、大阪府知事 としての責任放棄。


嘘つき吉村大阪府知事“パチンコ店名公表は圧力”の声に「府民の命を守る責任がある」
吉村洋文は純粋にパチ屋を叩けば支持を得られるからパチ屋を叩いている。


従わぬパチンコ3店に休業指示も 大阪・吉村知事が言及 2020年4月27日

休業要請について説明する吉村洋文大阪府知事=2020年4月13日午後、大阪市中央区、白井伸洋撮影


 大阪府の吉村洋文知事は27日、府の休業要請に応じないパチンコ店3店に対して、より強い措置になる休業指示を週内にも出す考えを示した。これまでの休業要請は行政指導で休業指示は行政処分にあたるが、罰則はない。府によると、新型コロナウイルスに対応する特別措置法45条に基づく休業指示に言及したのは吉村知事が初めてとみられる。

 休業要請に応じていない3店舗を含む府内のパチンコ店に対して府は24日、店名を公表。3店舗以外はその後、閉めた。吉村知事は「要請に応じていただけない店舗は、今週真ん中あたりに、休業指示の判断をする」と話した。営業を続けるパチンコ店には府民の反発もあるが、営業の自由を制限しかねないとの指摘も、強まりそうだ。

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大阪のパチンコ店が全店休業 吉村知事、休業指示見送る 2020年4月30日


定例記者会見で新型コロナウイルス対策について説明する吉村洋文知事=2020年4月8日午後3時10分、大阪府庁、多鹿ちなみ撮影

 大阪府の吉村洋文知事は30日、府の休業要請に応じていなかったパチンコ店が全店休業したことを明らかにした。吉村知事はより強い措置となる行政処分にあたる休業指示を出す考えを示していたが、見送る。

従わぬパチンコ3店に休業指示も 大阪・吉村知事が言及

 30日午前10時15分までに大阪市や堺市などの7店舗の休業を確認した。吉村知事は記者団に「色々な事情があるなかで感染拡大防止にご協力いただき、感謝申し上げたい」と話した。

 府は24日以降、新型コロナウイルスに対応する特別措置法に基づき、休業要請に応じないパチンコ店計10店舗の名称を公表した。3店は休業し、他の2店も28日までに休業の意向を示していたが、営業を続ける店舗もあった。
 このため、吉村知事は営業を続けている全店舗について、特別措置法45条に基づく休業指示を行うとの考えを記者団に示していた。

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極右政党、維新の吉村大阪府知事や橋本徹への政権待望論が湧き始めている。いずれも、T4作戦を敢行する前の、ナチス党のファッシズム思想に酷似した「優秀主義」の代理人といえる。

 彼らもまた、政権を獲得すれば、冒頭に紹介した、ハンガリーのオルバンや、ポーランドのカチンスキーと同じ発想の独裁政権を生み出す可能性が強いのだ。

 吉村は、高い能力を示して、大衆の大きな支持をかっているように見える。本当に、第一次大戦で打ちのめされてからヒトラーを熱狂的に支持したドイツに酷似した思想的状況が生まれつつあることを危惧するしかない。
 彼が、政権に向かったら、山本太郎よりも強力かもしれない。

 いずれにせよ、およそ知性や優しさを真逆の利己主義的な独裁権力を志向する、愚かな連中の天下は長く続くものではない。
 中国共産党だって、今回のコロナ禍で、とうとう70年の歴史のなかで断末魔を迎えようとしているから、余裕のない露骨な弾圧や、後の世にまで糾弾されるに違いない人間犯罪を繰り返しているのだ。

 だが、中国の崩壊後も、ソ連の崩壊後と同じように、おそらく8つに分裂する中国のそれぞれの国を、旧共産党系の組織が牛耳り、ちょうど今の東欧の独裁政権と同じような姿になるのは目に見えている。
 場合によっては、中国は人口が数分の一に減少するような歴史上最大の災厄に遭わないかぎり、まともな国には戻れないかもしれない。
 
 日本でも、現在の共産党が、安倍政権をガス抜き組織として背後で支えているのではないかと思うようなところがあり、これも消えてなくなった方が未来のためだろう。

 もっとも、そうなれば低俗下劣な誹謗中傷しか知らない低知能のネトウヨたちが魑魅魍魎として暴れ回るようになり、その愚かさを全国民が理解するときもやってくるかもしれない。


▲△▽▼


ヒトラーを独裁者にしたのは、一つには彼の性的魅力であったらしい。

彼の姿を一目見ただけで卒倒する女性が続出したそうだ。

ある女性などは、ヒトラーが通り過ぎたあと、彼が踏んだ小石を持っていたガラスびんに入れ、それを大切に抱きしめた。

彼女はそのまま恍惚としてしまい、力が入りすぎてガラスびんが割れた。血がだらだら流れるが、それでもなお彼女は陶然と立ち尽くしていたという。

当時、世界でもっとも進歩的と言われたワイマール憲法下で、ヒトラーがあくまでも合法的に政権の座についたことを考え合わせると、民主主義って本当に大丈夫なの、とつい思ってしまう。


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ヒトラーというとほとんどの日本人はドイツの独裁者でユダヤ人を虐殺した恐ろしい人とだけしか知らないのではないだろか。

ヒトラーに関して我々がしっかりと知っておかなければならないことは、

ヒトラーは当時、世界で最も民主主義的と言われたワイマール憲法の下で、合法的に独裁者になったということである。

ヒトラーの行くところはどこでもドイツ国民が、「ハイル、ハイル!」の大合唱。ドイツ国民のすべてがヒトラーに心酔していた。

そんな時、「私に全権を与えていただければ、もっと豊かなドイツを実現してみせます!」とヒトラーは言った。

ドイツ国民は将来悲惨なことが起こるなんてことは誰も疑わずに、あっさりとヒトラーに全権を与えてしまった。

1935年にドイツ国内で国民投票が行われた。

そしてなんと国民の90パーセント以上という圧倒的支持で、首相と大統領の兼任(行政権の完全な掌握)、立法権、軍隊の指揮権といった、司法権を除くすべての権力をヒトラーに渡してしまったのである。

こうして三権分立という鎖がはずされ、リバイアサンという怪物が解き放たれたのである。

その後は、皆さんもご承知のように、誰もヒトラーの暴走をくい止めることができなくなり、世界は人類がいまだ経験したことのない第二次世界大戦という大惨事に突入していったのである。



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世界は独裁政権=非民主主義の国家ばかりへ 2020年05月13日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1120.html



 トランプ・プーチンをはじめ、およそ「人の優しさ」とかけ離れた、傲慢な利己主義的価値観の国家指導者ばかりが登場してくる。

 すでに、「独裁国家」については、何回かブログを書いている。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-date-20200213.html

 日本では、安倍晋三が、法律をねじ曲げてでも自分たちの利権の守護者である黒川弘務を検事総長にして、違法行為を正当化させるための公務員法の改悪を行おうとしている。
 これが実現すれば、安倍晋三に正真正銘の「独裁政権」との尊称が与えられるわけだが、この群れのなかに、今度はハンガリーとポーランドが独裁政権として認定されることになった。

 ハンガリーの首相権限、無期限に拡大 「独裁」か 2020/3/31

 ハンガリーなど名指し、「もはや民主主義国でない」 人権報告書 2020年05月08日

 浜矩子 同志社大学教授 「今以上の歪みを許すまじ」【衝撃 コロナショック どうするのか この国のかたち】(下)2020年5月13日


 以下引用

 ◆非常事態下で独裁強化の国も

 この暴挙によって、この国のかたちはポーランド化しつつある。筆者はそう思う。ポーランドは現在のEU(欧州連合)の中にあって、その政治の強権体質が大問題となっている。極右排外主義的な「法と正義」党の党首であるヤロスワフ・カチンスキが事実上の独裁体制を敷いているのである。

 ことのほか問題視されているのが、彼の司法への介入だ。カチンスキ氏が強行してきた制度変革によって、司法官の任免に関する政治の影響力は大幅に強化された。政府の政策に対して批判的な見解を表明する裁判官については、政府による解任が可能になった。そのための新法には、誰言うとなく「さるぐつわ法」のあだ名がついた。最高裁判所長官については、「法と正義」の息がかかった裁判官たちによる選任がやり易くなるよう体制が整えられた。

 検察官と裁判官。いずれも、政治の関与から完璧に隔離されていなければいけない存在だ。政治からの独立は、完全に守られていなければならない。それが、まともに機能する民主主義の根幹であることは言うまでもない。

 だが、ポーランドそして日本において、この不可侵であるはずの原理が侵されようとしている。しかも、日本ではこのとんでもない展開が、パンデミックのさなかに持ち上がっている。

 今は、政治と政策が全身全霊を傾けてこの災禍への対応にまい進しているはずの時だ。ところがその時、検察の私物化への道を開くための企みが、国会の中を駆け抜けようとしている。この国のかたちを、独裁体制に向かって作り替えようとする行動が具体化しているのである。

 ポーランドのカチンスキ氏と並んで、強権的独裁をほしいままにしているのがハンガリーのビクトル・オルバン首相だ。新型コロナウイルス対応で導入された非常事態法の下、オルバン首相は自らの権限を大幅に強化した。

 この法律に基づいて発令された非常事態宣言は、政府が新型コロナウイルスによる危機が収束したと判断するまで、無期限延長することができる。議会の議決を経る必要はない。非常事態宣言の発令期間中は選挙は行われない。非常事態宣言が無期限で続けば、選挙もまた無期限で実施されないわけだ。

 新型コロナ関連で流言飛語を流布したとみなされた者は、最高5年の禁固刑に処せられる。何が流言飛語なのか、何をもってフェイクニュースとみなすのかは、むろん政府が判断する。反骨のジャーナリストや人権活動家たちが、「流言罪」で大量に収監される恐れがある。

 オルバン首相は、ここ10年ほどハンガリーの政治を牛耳ってきた。彼が率いる与党フィデス・ハンガリー市民連盟(Fidesz)は首相の完璧な下僕だ。そして、議会で3分の2の議席を占めている。オルバン氏は、自分が追求しているのは「自由無き民主主義」だと公言してはばからない。事実上の独裁者の地位をほしいままにしている。

 既にして、ここまで来ているのである。何も、ここでさらにまた権力の拡大強化に乗り出さなくてもよさそうなものだ。だが、権力亡者の欲には限りがない。権力を得れば得るほど、さらにもっと権力を得たくなる。

 事実上の独裁では満足できないのだろう。独裁体制を制度上も確立する。それをずっと狙ってきたに違いない。そもそも、独裁者は法の支配を求めないのであるから、これもおかしな話ではある。
 だが、とにもかくにも自分の権力基盤を微動だにしない絶対的なものにしたかったのだろう。この思惑を抱くオルバン首相にとって、パンデミックの到来はどんな好機にみえていることだろう。よこしまな野望を抱く下心政治家の心理とは、何と恐ろしいものであることか。
 
◆「指導力の無さ」には警戒を

永遠に続く非常事態宣言の中で、言論が抑え込まれ人権と民主主義を守ろうとする人々が弾圧される。このような国のかたちが日本で出現するようなことは、決してあってはならない。日本の善良で賢い市民たちがそんなことを許すはずはない。そう思いたいし、そう確信する。

 ただ、気になることが一つある。それは、ここに来て安倍政権の「指導力の無さ」に対して世論の批判が高まりつつあることだ。今求められているのは、もっと「強いリーダーシップ」だ。このような声もしばしば聞かれるようになっている。これは、実に要注意現象だと思う。

 検察庁法の改正案を、どさくさに紛れて国会通過させようとする。政府のこのやり方につけられた「火事場泥棒」の異名は、実に言い得て妙だ。ポーランドの「さるぐつわ法」に勝るとも劣らない。このようなネーミングがぴったりな政府与党に、指導力の強化を求めてはいけない。彼らに、この国のかたちをこれ以上、歪めさせてはいけない。
 
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 引用以上

 旧ソ連圏の国々(東欧)の権力者は、そもそも、ソ連共産党体制の利権にどっぷりと全身を浸かっていて、1990年のソ連消滅で、たなぼたのように国家権力が転がり込んできた共産党系組織が、そのまま支配体制を継続している場合が多い。

 一番ひどいというか、旧ソ連の独裁体制や秘密警察をそっくり受け継いだのが、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領である。


 チェルノブイリ事故の直後でも、ロシア原子力産業の権益を守るために奔走し、被曝被害者の訴えを黙らせて隠蔽し、大量死者の出た住宅街に、外国から移民を招いて住まわせ、公式統計まで操作して被害をひどく少なく見せていた。

 これはベラルーシやウクライナが、核ミサイル軍事産業を国家基盤に据えていたため、何よりも軍事産業を守ろうとする意思が働いたのだろう。

 ウクライナも、ソ連崩壊の1991年に独立国家となった。2004年のオレンジ革命で、民主派のユシチェンコが大統領となったが、当時のKGBや東欧の秘密警察から毒殺攻撃を受けて人相が変わるほど体調を悪化させた。

 旧共産党系秘密工作の成果で2006年、ユシチェンコの市民党は惨敗、ティモシェンコのグループが出てきたものの、これも弾圧工作にによって後退させられた。

 結局、旧ソ連派官僚のヤヌコービッチ政権が樹立され、そのまま現在に至っている。

 ベラルーシや、冒頭に述べた、ポーランド、ハンガリーの極端な独裁政権の本質は、旧ソ連時代の共産党官僚である。
 共産党は、「一党独裁」というレーニンの思想の下に、民主主義が大嫌いな官僚が集まっている。彼らの発想の根底には、「馬鹿な大衆の意見を聞いてるヒマがあるなら、優秀な共産党トップが独裁体制で進んだ方が良い結果が得られる」という思い込みがある。
 それに、国家利権を吸い取るシステムを構築しているから、絶対に、これを民主派に渡したくないのだ。

 しかし、今回のコロナ禍のような国家存亡のかかった事態になると、利権に寄り添ってきただけの共産党組織では歯が立たず、その無能な正体が全国民に知られてしまうため、ハンガリーのオルバン首相のように、あらゆる情報を強権で封鎖し、もしも、真実を報道したなら、「流言飛語」の容疑をかけて懲役6年というような法律を作りたがる。

 あるいは安倍晋三のように、自分たちの犯罪を見逃してくれる検察権力を作るため、安倍の飼い犬、黒川弘務を検事総長にするための、法律をコロナ禍の極限的多忙の最中に持ち出してくる。

 いずれも、絵に描いたような無能な対策(例えば37・5度以下、検査四日待機の強要)しか取れず、出さなくてもいい死者を大量に出すことで、国民が激怒することになる。
 こうなれば、政権に対する不信は頂点を極め、無能の烙印を世界中から押される運命を避けることはできない。

 もう国会で野党が批判してすませるようなレベルではない。ツイッター界隈で、これまで表に出なかった芸能人たちも大量に、安倍政権の独裁独善を真正面から批判するようになった。
 どんなに不正選挙で政権を作ってみても、その卑劣な正体に対し、全国民が激怒するような事態になりつつあり、これまで戦争ゲームなどの雰囲気から、ネトウヨになっていた若者たちも、さすがに、安倍をこのままにしておいていいのかと発言しはじめている。

 これほどの独善、独裁、利益誘導、日本の米国属国化を繰り返してきて、国民が安倍を許してきたと思うのは大きな間違いだ。例え、安倍政権に自発的に投票してきた人々でも、その理由は、メディアの買収で本当の事情を知らされなかったことと、まともな対立候補がいなかったからだ。

 だが、今は山本太郎がいる。山本太郎の日本史における歴史的な意味は、ますます巨大になりつつある。メディアにも、デモクラシーのような真実を述べるサイトが大きな力を持ち出している。

 しかし、一方で、極右政党、維新の吉村大阪府知事や橋本徹への政権待望論が湧き始めている。いずれも、T4作戦を敢行する前の、ナチス党のファッシズム思想に酷似した「優秀主義」の代理人といえる。
 彼らもまた、政権を獲得すれば、冒頭に紹介した、ハンガリーのオルバンや、ポーランドのカチンスキーと同じ発想の独裁政権を生み出す可能性が強いのだ。

 吉村は、高い能力を示して、大衆の大きな支持をかっているように見える。本当に、第一次大戦で打ちのめされてからヒトラーを熱狂的に支持したドイツに酷似した思想的状況が生まれつつあることを危惧するしかない。
 彼が、政権に向かったら、山本太郎よりも強力かもしれない。

 いずれにせよ、およそ知性や優しさを真逆の利己主義的な独裁権力を志向する、愚かな連中の天下は長く続くものではない。
 中国共産党だって、今回のコロナ禍で、とうとう70年の歴史のなかで断末魔を迎えようとしているから、余裕のない露骨な弾圧や、後の世にまで糾弾されるに違いない人間犯罪を繰り返しているのだ。

 だが、中国の崩壊後も、ソ連の崩壊後と同じように、おそらく8つに分裂する中国のそれぞれの国を、旧共産党系の組織が牛耳り、ちょうど今の東欧の独裁政権と同じような姿になるのは目に見えている。
 場合によっては、中国は人口が数分の一に減少するような歴史上最大の災厄に遭わないかぎり、まともな国には戻れないかもしれない。
 
 日本でも、現在の共産党が、安倍政権をガス抜き組織として背後で支えているのではないかと思うようなところがあり、これも消えてなくなった方が未来のためだろう。

 もっとも、そうなれば低俗下劣な誹謗中傷しか知らない低知能のネトウヨたちが魑魅魍魎として暴れ回るようになり、その愚かさを全国民が理解するときもやってくるかもしれない。




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中身もなく、筋も通さぬ吉村洋文(維新)大阪市長の駄々こねと、サンフランシスコ市長の大人の対応 ( No.1 )
日時: 2020/05/14 10:22
名前: 777 ID:gYjj1Bb.

中身もなく、筋も通さぬ吉村洋文(維新)大阪市長の駄々こねと、サンフランシスコ市長の大人の対応。2018/10/10

1957年に始まり60年を迎えた、大阪市とサンフランシスコ市の姉妹都市関係を、たった一人の暴君が破壊しようとしている。
その名は吉村洋文(維新)市長。


米サンフランシスコ市のロンドン=ブリード市長の事務所は10月3日、旧日本軍の慰安婦問題を象徴する少女像の寄贈受け入れを巡り、大阪市の吉村洋文市長から姉妹都市関係解消を通知する書簡を受け取ったと明らかにした。
解消決定は「残念」とする一方、人的交流は維持する考えを示した。

2015年9月22日に同市内に慰安婦記念像を設置する決議案が通過し、2年後の17年9月22日、セント=メリーズ公園で慰安婦像の除幕式が行われ、同市は9月22日を「慰安婦の日」と定めている。

サンフランシスコ市が受け入れたのは、像と碑文のほか最低20年間のメンテナンス費用として約$20万8千(約2300万円)。
像設置を主導した中国系米国人らの団体から寄贈された。

像は、台座に朝鮮半島と中国とフィリピン出身の若い女性3人が、手をつなぎ円を描く様子を描いている。
若い女性の像のそばには4人目の女性像も建っており、記念碑の一部となっている。

この台座から離れて、3人を見つめる4人目の年配の女性像は、朝鮮半島が日本の支配下にあった戦時中の自分の経験を初めて公に語った金学順(キム=ハクスン)氏を表している。

碑文には「この記念碑は、1931年から1945年まで日本軍によって性奴隷にされ、『慰安婦』と呼ばれたアジア太平洋地域13カ国にわたった何十万人の女性と少女の苦しみを表しています」と記されている。


吉村市長は碑文の内容に不確かで一方的な主張があると反発したが、当時のエドウィン=リー市長が同市への慰安婦像などの寄贈の受け入れを承認したことを受け、吉村市長は17年12月13日に姉妹都市解消を正式決定。

ただし、12月12日にリー市長が急逝したことから、吉村市長は市長選で当選した同市初の黒人女性市長であるロンドンブリード市長に見解をただす書簡を送っていた。

2018年9月には、寄贈した団体が設置1年の記念集会を行った。

曖昧とし解消について、吉村市長は、「慰安婦」像が「両市の信頼関係を破壊」したと述べた。

これに対しブリード市長は声明で、関係は「60年以上」緊密に続いており、両市の絆を断ち切るのは不可能だ、
「我々2都市の市民間に存在している関係を、1人の市長が一方的に終わらせることはできない」

記念碑は「奴隷化や性目的の人身売買に耐えることを強いられてきた、そして現在も強いられている全ての女性が直面する苦闘の象徴」だ、

「彼女たち犠牲者は尊敬に値するし、この記念碑は我々が絶対に忘れてはいけない出来事と教訓の全てを再認識させる」
と示している。



堺市議会では、維新も自公も辺野古新設賛成で、これまで6度も、市民による辺野古新設反対請願を反対討論すらせずに反対の意思表示だけをしてやり過ごしているのに、吉村市長のようにその気持ちを議会で「バークレー市との姉妹都市を解消せよ!」とは表さない。

そんなことは当たり前である。
姉妹都市など、1市長の感情で破壊することは、これまで友好関係を築いてきた市民にとっても多大な迷惑がかかるからだ。

犯罪者養成政党=維新に主張などなく、全ては「どうしたら人気取りになるかね?」が判断基準となっている。
慰安婦像など日本軍加害に対して、対外的に抵抗するのがファシズム政党=維新の姿勢であれば、これらについても議会で提起すべきで、吉村姿勢といかに矛盾しているのかがわかる。

吉村市長が、破壊に踏み切ったのは、このように選挙ネタに過ぎない。

自身が「(松井一郎・府知事の)副知事ではないぞ」と市議会本会議で公式発言で批判され、今井豊(維新 貝塚)府議のパペットでしかないのだから、同じ立場の永野耕平(維新)岸和田市長と、中身がなかろうが何だろうが、何かメディアに取り上げられる花火を上げて、市民にやっているように見せねばならないからこそ、このような愚策をぶち上げるのだ。
吉村主張に正当な根拠など何もない。

ハシシタ・元市長が歴史認識の対話からトンズラしたのと同じだ。


歴史を捻じ曲げ、国際的批判である、「人道としての罪を検証し、謝罪せよ」を無視し続ける安倍政権に乗って、
これまでの長年の友好関係まで分断する。

まさに近視眼で、今の人気取りだけを考える維新政治らしい判断である。

ちなみに、吉村弁護士は、家鋪隆仁氏の遺言書作成に携わり、遺言執行者として任命され相続などの依頼を受けていた(後日、遺言執行者は辞任)。

吉村弁護士は、、「そこまで言って委員会」や「たかじんNOマネー」、果ては沖縄ヘイトで番組が東京MXから消えた「ニュース女子」を製作したボーイズの代表、相原康司氏がたかじん氏に紹介し、
たかじん個人事務所「P、I、S」の顧問弁護士となっていた。
相原氏は、「たかじんの一番の子分」として、百田尚樹デマ小説『殉愛』に頻繁に登場し、たかじん氏とさくら氏の婚姻届の保証人となったと書かれている。

ゴタゴタについては、

たかじん遺産問題 後妻さくらと関わった吉村洋文弁護士の憂鬱 【殉愛騒動】 – NAVER まとめ
2017年05月13日

や、

「ヘイト番組制作会社 BOY’s についての西岡研介さんの連ツイ」
2017年1月28日(作成者:石野 雅之: @nocchi99)

ヘイト番組制作会社 BOY's についての西岡研介さんの連ツイ
や、 百田尚樹『殉愛』の真実 にも書かれている。

“2014年1月7日
Y弁護士がPISへ乗込み、「KとUには一切の権利がない」と伝え、会社の帳簿と関係書類を持ち出す。
(殉愛)”

“2014年1月7日
Y弁護士はKらに対し、「P社の次期社長はさくらさんなので・・・」と、P社から同社の実印や通帳、帳簿類や契約書などを持ち出し、後に実印と決算書などをさくらに手渡した。

「2月に入ってから、たかじん本人がP社の全株50株のうち、12株しか持っていないことが判明、これでは全株の4分の1にも満たないため、さくら本人の遺志だけでは社長になれないことが明らかになったのだ」
「K氏がY弁護士に何度も返還を要求したが、少なくとも2014.10月までには戻ってこなかった」
(以上、殉愛の真実)”

P社はたかじんの個人事務所であり、さくらとY弁護士が、大部分の株式をたかじんが所有しているものと早とちりし、遺言書で株式を相続するさくらが次期社長を務めると考え、P、I、S社の株主構成を確認することなくとった軽率な行動と言える。


この後、吉村弁護士は、さくら氏に契約解除される。

その寸前、「法知識は全くない」と自認するたかじんマネージャーの小丸さんや、相原氏にすら詰められて、従っており、弁護士として、依頼人を守ることすらできていない。

弁護士として十分な仕事をできずに、魑魅魍魎の政界で政治などできるはずがない証明のシンボルとして、これからも、吉村市長には、恥の上塗りを重ねてもらいたいところ。


オマケ:

吉村弁護士がスラップ訴訟の弁護士として、武富士代理人であったことを示す。

サラ金被害者よりも、違法追求の側よりも、犯罪者の側に立つってことね。
これは民事訴訟なので、刑事事件のように「被疑者の人権のため」との理屈は成り立たんよ。

「銭のため」とは言えるがね。
これは以下の事件にに関連する記事へのスラップ訴訟。

武富士がフリー記者・山岡俊介氏の自宅を盗聴した事件で、同社前会長の武井保雄氏が電気通信事業法違反などの罪に問われた事件で、
2004年11月17日、東京地裁判決では、青柳勤裁判長が「以前から常習的に盗聴しており、財力にものをいわせ、圧倒的な地位を利用して違法な手段に訴えた」と指摘。「みずからの非を省みず、名誉棄損にも及び、悪質」と指摘。

懲役3年、執行猶予4年(求刑懲役3年)を言い渡し、法人としての武富士には求刑通り罰金100万円を命じている。

武富士のスラップ訴訟について説明すると、2003年、武富士を批判していたフリーランスは、軒並み名誉毀損で提訴されている。
損害賠償請求金額も、山岡氏に対し4248万5000円、野田敬生氏に対し1748万5000円、三宅勝久氏に対し1億1000万円、寺澤氏に対し2億円と高額だった。

武富士から2億円の損害賠償請求を起こされ、弁護士費用や経費が計600万円にもなった寺澤氏は、本件に対して「武富士は2億2千万円払え!」と反訴。

武富士と武井前会長に対し、過去の違法提訴の責任を問い、損害賠償2億2000万円と謝罪広告を求めた。
武井会長の逮捕後に上限「9999万円」で懐柔してきたが、寺澤氏が¥は「なめるのにもほどがある」と和解条項を蹴った。
2007年6月26日、東京地裁民事45部(白石哲裁判長)による判決で、
東京地裁は、武富士側による提訴の違法性を認めたものの、名誉毀損の慰謝料の額や謝罪広告の必要性については言及せず、寺澤氏の請求は認めませんでした。

判決は、武富士側がホームページを通して非を認めたことや、新聞・雑誌で武富士名誉毀損訴訟の経過が報じられていること、武富士側が名誉毀損を認め1000万円を法務局に供託していること(寺澤氏に受け取らせることを目的としている)などから、「損害賠償請求権は消滅したものと解するのが相当」としました。
最終的には武富士側が請求を放棄している。


三宅氏に対する訴訟は、最高裁判所で武富士敗訴が確定。

筆者に対する訴訟は、武富士が「請求の放棄」(原告が自らの提訴に理由〈名誉毀損〉がなかったと認めること)の手続きをとった。その後、三宅も寺澤氏と同じく、武富士と武井前会長に対し、謝罪広告掲載と損害賠償(1100万円)を請求する訴訟を提起。
2006年9月22日、東京地裁の阿部潤裁判長は『週刊金曜日』と三宅氏にそれぞれ120万円ずつ、計240万円の賠償を武富士側に命じる判決を言い渡している。


山岡氏と野田氏に対する武富士の提訴も、武井前会長逮捕後、状況が一転し、

山岡氏と野田氏に対し、武富士と武井前会長は、「本件提訴は、当社が本件記事の内容が真実であると知りながら、貴殿が当社を批判するフリーのジャーナリストであることから、敢えて、これらの執筆活動を抑圧ないし牽制する目的をもってなされたものであり、(中略)

当社の本件提訴により貴殿の名誉・信用を毀損し、多大な迷惑をかけたことにつき、深くお詫び致します」などとする謝罪広告を掲載したうえ、山岡氏に対し3100万円、野田氏に対し600万円を支払った。

つまり、吉村弁護士は、何の役にもたたんかったってこと。




今では、弁護士に議員バイトの斡旋をしている。
周旋屋か女衒でも気取ってるつもりか?
維新信者は、“人買い”の吉村と呼んでやれよ。



メンテ
ファシスト 吉村洋文が総理大臣になるコロナ後の世界 ( No.2 )
日時: 2020/05/14 11:06
名前: 777 ID:gYjj1Bb.


ファシスト 吉村洋文が総理大臣になるコロナ後の世界


コロナ後の世界 - 内田樹の研究室 2020-04-22
http://blog.tatsuru.com/2020/04/22_1114.html

『月刊日本』にロングインタビューが掲載された。「コロナ後の世界」について。


■「独裁か、民主主義か」という歴史的分岐点

―― 世界中がコロナ危機の対応に追われています。しかしたとえコロナが収束しても、もはや「元の世界」には戻らないと思います。内田さんはコロナ危機にどんな問題意識を持っていますか。

内田 新型コロナウイルス禍は、これからの世界のあり方を一変させると思います。「コロナ以前」と「コロナ以後」では世界の政治体制や経済体制は別のものになるでしょう。

 最も危惧しているのは、「新型コロナウイルスが民主主義を殺すかもしれない」ということです。こういう危機に際しては民主国家よりも独裁国家の方が適切に対処できるのではないか・・・と人々が思い始めるリスクがある。今回は中国が都市閉鎖や「一夜城」的な病院建設や医療資源の集中という、民主国家ではまず実施できない政策を強権的に下して、結果的に感染の抑制に成功しました。逆に、アメリカはトランプ大統領が秋の大統領選での再選という自己都合を優先させて、感染当初は「まったく問題ない」と言い張って初動に大きく後れを取り、感染が広がり出してからは有権者受けを狙った政策を連発しました。科学的で巨視的な対策を採れなかった。

 この差は、コロナ禍が終息した後の「アメリカの相対的な国威の低下」と「中国の相対的な国威の向上」として帰結すると予測されます。パンデミックを契機に、国際社会における米中のプレゼンスが逆転する。

 中国は新型コロナウイルスの発生源になり、初期段階では情報隠蔽や責任回避など、非民主的体制の脆さを露呈しましたが、党中央が仕切るようになってからは、強権的な手法で一気に感染拡大を抑え込んだ。それだけではなくて、中国は他国の支援に乗り出した。中国はマスクや検査キットや人工呼吸器や防護服などの医療資源の生産拠点です。どの国も喉から手が出るほど欲しがっているものを国内で潤沢に生産できる。このアドバンテージを利用して、習近平は医療支援する側に回った。

 イタリアは3月初旬に医療崩壊の危機に瀕しました。支援を要請しましたがEUの他のメンバーは反応してくれなかった。中国だけが支援を申し出た。人工呼吸器、マスク、防護服を送りました。これでイタリア国民の対中国評価は一気に上がった。知り合いのイタリア人も「いま頼りになるのは中国だけだ」と言っていました。

 もちろん中国も国益優先です。でも、トランプは秋の大統領選までのことしか考えていないけれど、習近平はこれから5年先10年先の地政学的地位を見越して行動している。短期的には「持ち出し」でも、長期的にはこの出費は回収できると見越して支援に動いた。この視野の広さの差がはっきりした。コロナ禍への対応を通じて、中国は国際社会を支える能力も意志もあることを明示し、アメリカは国際社会のリーダーシップを事実上放棄した。コロナ禍との戦いはこれから後も場合によっては1年以上続くかも知れませんが、アメリカがどこかで軌道修正をしないと、これ以後の国際協力体制は中国が指導することになりかねない。

―― 今回、中国の成功と米国の失敗が明らかになった。それが「コロナ以後」の政治体制にもつながってくるわけですね。

内田 そうです。今後、コロナ禍が終息して、危機を総括する段階になったところで、「米中の明暗を分けたのは政治システムの違いではないか」という議論が出て来るはずです。

 米中の政治システムを比較してみると、まず中国は一党独裁で、血みどろの権力闘争に勝ち残った人間がトップになる。実力主義の競争ですから、無能な人間がトップになることはまずない。それに対してアメリカの有権者は必ずしも有能な統治者を求めていない。アレクシス・ド・トクヴィルが洞察した通り、アメリカの有権者は自分たちと知性・徳性において同程度の人間に親近感を覚える。だからトランプのような愚鈍で徳性に欠けた人間が大統領に選ばれるリスクがある。トクヴィルの訪米の時のアメリカ大統領はアンドリュー・ジャクソンでインディアンの虐殺以外に見るべき功績のない凡庸な軍人でしたが、アメリカの有権者は彼を二度大統領に選びました。さいわいなことに、これが中国だったら致命的なことになりますが、アメリカは連邦制と三権分立がしっかり機能しているので、どれほど愚鈍な大統領でも、統治機構に致命的な傷を与えることはできない。

 少なくとも現時点では、アメリカン・デモクラシーよりも、中国的独裁制の方が成功しているように見える。欧州や日本でも、コロナに懲りて、「民主制を制限すべきだ」と言い出す人が必ず出てきます。

 中国はすでに顔認証システムなど網羅的な国民監視システムを開発して、これをアフリカやシンガポールや中南米の独裁国家に輸出しています。国民を監視・管理するシステムにおいて、中国はすでに世界一です。そういう抑圧的な統治機構に親近感を感じる人は自民党にもいますから、彼らは遠からず「中国に学べ」と言い始めるでしょう。


■なぜ安倍政権には危機管理能力がなかったのか

―― そのような大勢のなかで日本の状況はどう見るべきですか。

内田 日本はパンデミックの対応にははっきり失敗したと言ってよいと思います。それがどれくらいの規模の失敗であるかは、最終的な感染者・死者数が確定するまでは言えませんが、やり方を間違えていなければ、死者数ははるかに少なく済んだということになるはずです。

 東アジアでは、ほぼ同時に、中国、台湾、韓国、日本の4か国がコロナ問題に取り組みました。中国はほぼ感染を抑え込みました。台湾と韓国は初動の動きが鮮やかで、すでにピークアウトしました。その中で、日本だけが、感染が広まる前の段階で中国韓国やヨーロッパの情報が入っているというアドバンテージがありながら、検査体制も治療体制も整備しないで、無為のうちに二カ月を空費した。準備の時間的余裕がありながら、それをまったく活用しないまま感染拡大を迎えてしまった。

―― なぜ日本は失敗したのですか。

内田 為政者が無能だったということに尽きます。それは総理会見を見れば一目瞭然です。これだけ危機的状況にあるなかで、安倍首相は官僚の書いた作文を読み上げることしかできない。自分の言葉で、現状を説明し、方針を語り、国民に協力を求めるということができない。

 ドイツのメルケル首相やイギリスのボリス・ジョンソン首相やニューヨークのアンドリュー・クオモ州知事はまことに説得力のあるメッセージを発信しました。それには比すべくもない。

 安倍首相は国会質疑でも、記者会見でも、問いに誠実に回答するということをこれまでしないで来ました。平気で嘘をつき、話をごまかし、平気で食言してきた。一言をこれほど軽んじた政治家を私はこれまで見たことがありません。国難的な状況では決して舵取りを委ねてはならない政治家に私たちは舵取りを委ねてしまった。それがどれほど日本に大きなダメージを与えることになっても、それはこのような人物を7年間も政権の座にとどめておいたわれわれの責任です。

 感染症対策として、やるべきことは一つしかありません。他国の成功例を模倣し、失敗例を回避する、これだけです。日本は感染拡大までタイムラグがありましたから、中国や台湾、韓国の前例に学ぶ時間的余裕はあったんです。しかし、政府はそれをしなかった。

 一つには、東京オリンピックを予定通り開催したいという願望に取り憑かれていたからです。そのために「日本では感染は広がっていない。防疫体制も完璧で、すべてはアンダーコントロールだ」と言い続ける必要があった。だから、検査もしなかったし、感染拡大に備えた医療資源の確保も病床の増設もしなかった。最悪の事態に備えてしまうと最悪の事態を招待するかも知れないから、何もしないことによって最悪の事態の到来を防ごうとしたのです。これは日本人に固有な民族誌的奇習です。気持ちはわからないでもありませんが、そういう呪術的な思考をする人間が近代国家の危機管理に当るべきではない。

 先行する成功事例を学ばなかったもう一つの理由は安倍政権が「イデオロギー政権」だからです。政策の適否よりもイデオロギーへの忠誠心の方を優先させた。だから、たとえ有効であることがわかっていても、中国や韓国や台湾の成功例は模倣したくない。野党も次々と対案を出していますが、それも採用しない。それは成功事例や対案の「内容」とは関係がないのです。「誰」が出した案であるかが問題なのです。ふだん敵視し、見下しているものたちのやることは絶対に模倣しない。国民の生命よりも自分のイデオロギーの無謬性方が優先するのです。こんな馬鹿げた理由で感染拡大を座視した国は世界のどこにもありません。

 安倍政権においては、主観的願望が客観的情勢判断を代行する。「そうであって欲しい」という祈願が自動的に「そうである」という事実として物質化する。安倍首相個人においては、それは日常的な現実なんだと思います。森友・加計・桜を見る会と、どの事案でも、首相が「そんなものはない」と宣告した公文書はいつのまにか消滅するし、首相が「知らない」と誓言したことについては関係者全員が記憶を失う。たぶんその全能感に慣れ切ってしまったのでしょう、「感染は拡大しない。すぐに終息する」と自分が言いさえすれば、それがそのまま現実になると半ば信じてしまった。

 リスクヘッジというのは「丁と半の両方の目に張る」ということです。両方に張るわけですから、片方は外れる。リスクヘッジでは、「準備したけれど、使わなかった資源」が必ず無駄になります。「準備したが使用しなかった資源」のことを経済学では「スラック(余裕、遊び)」と呼びます。スラックのあるシステムは危機耐性が強い。スラックのないシステムは弱い。

 東京五輪については「予定通りに開催される準備」と「五輪が中止されるほどのパンデミックに備えた防疫対策策の準備」の二つを同時並行的に行うというのが常識的なリスクヘッジです。五輪準備と防疫体制のいずれかが「スラック」になる。でも、どちらに転んでも対応できた。

 しかし、安倍政権は「五輪開催」の一点張りに賭けた。それを誰も止めなかった。それは今の日本の政治家や官僚の中にリスクヘッジというアイディアを理解している人間がほとんどいないということです。久しく費用対効果だとか「ジャストインタイム」だとか「在庫ゼロ」だとかいうことばかり言ってきたせいで、「危機に備えるためには、スラックが要る」ということの意味がもう理解できなくなった。

 感染症の場合、専門的な医療器具や病床は、パンデミックが起きないときにはほとんど使い道がありません。だから、「医療資源の効率的な活用」とか「病床稼働率の向上」とかいうことを医療の最優先課題だと思っている政治家や役人は感染症用の医療準備を無駄だと思って、カットします。そして、何年かに一度パンデミックが起きて、ばたばた人が死ぬのを見て、「どうして備えがないんだ?」とびっくりする。


■コロナ危機で中産階級が没落する

―― 日本が失敗したからこそ、独裁化の流れが生まれてくる。どういうことですか。

内田 日本はコロナ対応に失敗しましたが、これはもう起きてしまったことなので、取り返しがつかない。われわれに出来るのは、これからその失敗をどう総括し、どこを補正するかということです。本来なら「愚かな為政者を選んだせいで失敗した。これからはもっと賢い為政者を選びましょう」という簡単な話です。でも、そうはゆかない。

 コロナ終息後、自民党は「憲法のせいで必要な施策が実行できなかった」と総括すると思います。必ずそうします。「コロナ対応に失敗したのは、国民の基本的人権に配慮し過ぎたせいだ」と言って、自分たちの失敗の責任を憲法の瑕疵に転嫁しようとする。右派論壇からは、改憲して非常事態条項を新設せよとか、教育制度を変えて滅私奉公の愛国精神を涵養せよとか言い出す連中が湧いて出て来るでしょう。

 コロナ後には「すべて憲法のせい」「民主制は非効率だ」という言説が必ず湧き出てきます。これとどう立ち向かうか、それがコロナ後の最優先課題だと思います。心あるメディアは今こそ民主主義を守り、言論の自由を守るための論陣を張るべきだと思います。そうしないと、『月刊日本』なんかすぐに発禁ですよ。

―― 安倍政権はコロナ対策だけでなく、国民生活を守る経済政策にも失敗しています。

内田 コロナ禍がもたらした最大の社会的影響は「中間層の没落」が決定づけられたということでしょう。民主主義の土台になるのは「分厚い中産階級」です。しかし、新自由主義的な経済政策によって、世界的に階級の二極化が進み、中産階級がどんどん痩せ細って、貧困化している。

 コロナ禍のもたらす消費の冷え込みで、基礎体力のある大企業は何とか生き残れても、中小企業や自営業の多くは倒産や廃業に追い込まれるでしょう。ささやかながら自立した資本家であった市民たちが、労働以外に売るものを持たない無産階級に没落する。このままゆくと、日本社会は「一握りの富裕層」と「圧倒的多数の貧困層」に二極化する。それは亡国のシナリオです。食い止めようと思うならば、政策的に中産階級を保護するしかありません。

 野党はどこも「厚みのある中産階級を形成して、民主主義を守る」という政治課題については共通しているはずです。ですから、次の選挙では、「中産階級の再興と民主主義」をめざすのか「階層の二極化と独裁」をめざすのか、その選択の選挙だということを可視化する必要があると思います。

―― 中産階級が没落して民主主義が形骸化してしまったら、日本の政治はどういうものになるのですか。

内田 階層の二極化が進行すれば、さらに後進国化すると思います。ネポティズム(縁故主義)がはびこり、わずかな国富を少数の支配階層が排他的に独占するという、これまで開発独裁国や、後進国でしか見られなかったような政体になるだろうと思います。森友問題、加計問題、桜を見る会などの露骨なネポティズム事例を見ると、これは安倍政権の本質だと思います。独裁者とその一族が権力と国富を独占し、そのおこぼれに与ろうとする人々がそのまわりに群がる。そういう近代以前への退行が日本ではすでに始まっている。


■民主主義を遂行する「大人」であれ!

―― 今後、日本でも強権的な国家への誘惑が強まるかもしれませんが、それは亡国への道だという事実を肝に銘じなければならない。

内田 確かに短期的なスパンで見れば、中国のような独裁国家のほうが効率的に運営されているように見えます。民主主義は合意形成に時間がかかるし、作業効率が悪い。でも、長期的には民主的な国家のほうがよいものなんです。

 それは、民主主義は、市民の相当数が「成熟した市民」、つまり「大人」でなければ機能しないシステムだからです。少なくとも市民の7%くらいが「大人」でないと、民主主義的システムは回らない。一定数の「大人」がいないと動かないという民主主義の脆弱性が裏から見ると民主主義の遂行的な強みなんです。民主主義は市民たちに成熟を促します。王政や貴族政はそうではありません。少数の為政者が賢ければ、残りの国民はどれほど愚鈍でも未熟でも構わない。国民が全員「子ども」でも、独裁者ひとりが賢者であれば、国は適切に統治できる。むしろ独裁制では集団成員が「子ども」である方がうまく機能する。だから、独裁制は成員たちの市民的成熟を求めない。「何も考えないでいい」と甘やかす。その結果、自分でものを考える力のない、使い物にならない国民ばかりになって、国力が衰微、国運が尽きる。その点、民主主義は国民に対して「注文が多い」システムなんです。でも、そのおかげで復元力の強い、創造的な政体ができる。

 民主主義が生き延びるために、やることは簡単と言えば簡単なんです。システムとしてはもう出来上がっているんですから。後は「大人」の頭数を増やすことだけです。やることはそれだけです。

―― カミュは有名な小説『ペスト』のなかで、最終的に「ペストを他人に移さない紳士」の存在に希望を見出しています。ここに、いま私たちが何をなすべきかのヒントがあると思います。

内田 『ペスト』では、猛威を振るうペストに対して、市民たち有志が保健隊を組織します。これはナチズムに抵抗したレジスタンスの比喩とされています。いま私たちは新型コロナウイルスという「ペスト」に対抗しながら、同時に独裁化という「ペスト」にも対抗しなければならない。その意味で、『ペスト』は現在日本の危機的状況を寓話的に描いたものとして読むこともできます。

 『ペスト』の中で最も印象的な登場人物の一人は、下級役人のグランです。昼間は役所で働いて、夜は趣味で小説を書いている人物ですが、保健隊を結成したときにまっさきに志願する。役所仕事と執筆活動の合間に献身的に保健隊の活動を引き受け、ペストが終息すると、またなにごともなかったように元の平凡な生活に戻る。おそらくグランは、カミュが実際のレジスタンス活動のなかで出会った勇敢な人々の記憶を素材に造形された人物だと思います。特に英雄的なことをしようと思ったわけではなく、市民の当然の義務として、ひとつ間違えば命を落とすかもしれない危険な仕事に就いた。まるで、電車で老人に席を譲るようなカジュアルさで、レジスタンスの活動に参加した。それがカミュにとっての理想的な市民としての「紳士」だったんだろうと思います。

「紳士」にヒロイズムは要りません。過剰に意気込んだり、使命感に緊張したりすると、気長に戦い続けることができませんから。日常生活を穏やかに過ごしながらでなければ、持続した戦いを続けることはできない。

「コロナ以後」の日本で民主主義を守るためには、私たち一人ひとりが「大人」に、でき得るならば「紳士」にならなけらばならない。私はそう思います。




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『山本太郎から見える日本』から - 内田樹の研究室 2020-04-10
http://blog.tatsuru.com/2020/04/10_1141.html
山本太郎の起こしているムーヴメントは、たとえばスペインのポデモスや、アメリカのバーニー・サンダース、オカシオ゠コルテスなどが巻き起こしているオルタナティヴな運動とリンクしていると考えていいでしょうか?

内田 リンクしていると思います。ただそれは、よそでこういう実践があったから、それを模倣しようということではないと思います。世界同時多発的に起きるんです、こういうものは。

いま世界のどこも反民主主義的で、強権的な政治家が成功しています。アメリカのトランプも、ロシアのプーチンも、中国の習近平も、トルコのエルドアンも、フィリピンのドゥテルテも。非民主的な政体と市場経済が結びついた「政治的資本主義」が成功している。

 中国がその典型ですけれど、独裁的な政府が、どのプロジェクトにどんなリソースを集中すべきか一元的に決定できる。民間企業も軍部も大学も、党中央の命令には服さなければいけない。巨視的なプランを手際よく実行するためには、こちらの方が圧倒的に効率がよい。

民主国家では、民間企業や大学に対して、政府のプロジェクトに全面的に協力しろというようなことは要求できませんから。非民主的な国なら、政府のアジェンダに反対する人たちは強権的に黙らせられるし、人権も制約できるし、言論の自由も抑え込める。だから、短期的な成功を目指すなら「中国モデル」は魅力的です。日本の安倍政権も、無自覚ですけれど、中国やシンガポールのような強権政治にあこがれている。だから、国内的にはそれに対するアンチが出て来る。日本の場合は、それが山本太郎だったということなんじゃないですか。
メンテ

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