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[35] 新しい日本のかたち
日時: 2009/08/03 07:48
名前: 天橋立の愚痴人間

政権交代後を睨み、50年100年先までの構想を探りたいと思います。

抽象的な紹介で申し訳けありませんが、此処も皆様の御意見で埋めていただきたいと思います。

私も、そのうちに力を入れて書き込みをしようと思います。
メンテ

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Re: 新しい日本のかたち ( No.38 )
日時: 2012/12/19 17:26:06
名前: 天橋立の愚痴人間

「新しい日本のかたち」スレッドの目標は、現代日本の社会を省みて、日本人として、何を考え直す必要があるのか、どうすればより幸せな生活環境(国つくり)を得る事ができるかについて根本的に検証する為の書き起こしです。

しかしながら、随分と手間取っている間に論旨が訳が判らなくなっている様に思います。
最初から復唱してみますに、まずが現状のことを書き出し、そのご、国民の生き様と言う面の検証をしています。

西欧民主主義の真っ只中に生活していますが、本当に、それだけで十分であり、それ以上考えることはないのか、と言う事がテーマです。

同じように、生活の基盤である経済の面で、資本主義と言うシステムに、どっかりと寄りかかっているだけで幸せが得られるのしょうか、と言う事に言及しています。

その経済の面で、これまで資本主義の生い立ちをアダムスミスからハイエクまで俯瞰して来ました。
いよいよ、現状の問題をあぶりだす手前で止まっています。
まあ、これは一々言わなくても皆さんが感じられている事でもありますが。

今後は、いよいよ、現状を分析しながら、新しい経済のシステムとして、どのようなものが考えられるか追い求めて行く事にしましょう。

メンテ
Re: 新しい日本のかたち ( No.39 )
日時: 2012/12/19 18:06:30
名前: 天橋立の愚痴人間

話を少し進めまして、新しい経済のシステムの骨格として、

1 地域循環型経済圏の構築

2 国家による直接の雇用の確保

3 新しい国民生活の様式の展開

と言う3点を考えています。

地域循環型経済圏の構築の中の地域とは、グローバル化との対意の意味であり、具体的な地域の設定において、都道府県単位とか、国別単位を決め付けているのではありません。

地域循環の地域が、東アジアであっても良いのです。
もちろん、日本1国でも良く、府県単位のことも含まれます。

その上に、小さな地域(円=地方)と中くらいの地域(円=国家)大きな地域(円=アジア)は複層的に重複して考えればよいのです。

その経済圏の設定は、それこそ地域の特性を生かしたものであるべきで、それゆえに他の地域循環型経済圏とも共生できるのです。

また地域循環とは、全ての経済活動において循環させると言う意味でもありません。
要するに現代の資本主義のシステムが陥っている需要と供給地が遠隔地にある事によって生じる流通の偏り(貨幣の流れの偏り)を是正する事が目的なのです。

たとえば、食料鎖国と言う概念を言っておりますが、食料の輸入を原則やめれば、食料の生産、売買に関する金の流れは国内にとどまります、国内で今まで売る事ができなかった商品も売れるようになります。
食料の輸入と言っても、年間で5兆円くらいです(世界第4位)。

これだけ見ていればGDPの1%で、大したようには思えませんが、食料の直接生産だけではなく、関連の農機具、肥料、流通システムを考えると馬鹿にはなりません。

なによりも、その5兆円の生産流通に携わるのは中小零細の人々あり、需要供給地を限定することで金の流れが日本と言う経済圏のなかで流れる事になります(=雇用が確保される)。
これが自働車を5兆円分輸出できたとしても、トヨタ自動車(年間売り上げ23兆円)の従業員を潤すだけと随分と違うでしょう。

実際に鎖国をすると言うことには、大きな問題が次々と出てきますが、たとえば、このようなものと言う意味です。

同じように細かく検証すれば、地域の経済を保護する方策は、色々と考えられるでしょう。

地域循環型経済圏の確保について、まだまだ言わねばならないことはありますが、とりあえず、これまでとします。

一言、追加して置きますと、このような施策(食料鎖国)を取る為には国民の了解が要ります。
食料の輸入を止めるということは、早速食料品の価格に問題が生じるからです。

詳しくは後の検証としまして、このような大きな変革は、経済の面だけではなく、国民の生き様、意識の変革も必要になってくるのです。

これは上記の3つについて共通する課題です。

しかしながら、良く考えてください、
タバコの生産も国に限定されており、必要以上に高価なものを自然と受け入れているではないですか。
麻薬の禁止も受け入れているではないですか。

国民が必要と認めたものについては、今でも資本主義の例外を認めているのです。



メンテ
Re: 新しい日本のかたち ( No.40 )
日時: 2012/12/19 18:12:54
名前: 天橋立の愚痴人間

忘れてしまいそうなので、言っておきますと、

道州制と言うものは、先のレスで言いました、地域循環型経済圏と言うものを想定し、それにふさわしい行政の再編であるべきなのです。

単なる経費的な面の再編など、国民ヘのサービスの低下を追認させるための勝手な言い分であることは、先の平成の市町村合併で十分に知らされているはずです。

質素倹約が、問題を解決しないことは江戸時代の3大改革が証明しているはずです。
メンテ
Re: 新しい日本のかたち ( No.41 )
日時: 2012/12/19 23:06:58
名前: 神の目

貧困の、ための、貧困生活をする、民の心も、貧困化する、まず、サラ金徳政令を、急いで、発動することです。
そして、正義を守れる国を、作ること、自殺殺人は法曹界の闇に隠れてる。 「国民の目覚め」
メンテ
Re: 新しい日本のかたち ( No.42 )
日時: 2012/12/20 12:35:36
名前: 天橋立の愚痴人間

地域循環型経済圏の構築について、もう少し説明したいと思います。

この地域と言う概念を、日本の地方へ当てはめることは、それだけを単純に見ていては非常に難しいのです。

先に言いました「食料鎖国」政策は、まだ具体的な方向が見えていますが、日本国内を、そのような(直接物資を特定しての)線引きは出来ないのです。

出来るとすれば、行政単位毎に自立可能な経済環境を念頭に再編し、その中でも富の再配分が図れるようにする事です。
具体的には、過疎化で悩む弱小地域と、それなりに活力が期待できる地域を組み合わせバランスをとること。
また、現況に拘らず、将来、地域の特性を促進するために国家の施策として支援するシステムを作ること。

農業に適している地域には、後で言います公共事業によって、インフラ整備を十分に実施する。
工場の設置も、国土の経済的バランスを考慮して進める施策をとる。

3つの骨格に「新しい国民生活の様式の展開」と書いておりますが、それは下記の様なことも含んでいます。

老人ホーム、豊かな人のセカンドハウス等を産業の育たない地域へ優先して設ける様に施策を講じる(強制ではなくて、メリットがあるように施策を講じる)。
平均寿命が伸びた現在、65〜75くらいまでの体力もある間のセカンドライフを楽しむために、安易に地方へ移り、後、生まれ育ったところへ帰られるというライフサイクルを可能にする環境を整備する。
要するに売買が容易なセカンドハウスを準備するか、もしくはレンタルを考える。
一方、大量の人を一時的にせよ地方へ迎えるためには医療、交通網などインフラの整備が必要です。
こうして、人口を流動化させることは、とりも直さず、国内での需要供給のバランスを保つ事が出来ます。

一部の事ですが、地方循環型経済圏が出来ると言うものです。
また、過疎化が激しく、行政にも住んでいる方にも厳しい環境を解消するためには、移住を勧めるということも手段であります。
自然の中で生活したいという人を無理やり移住せよというものではありません。

言いたいことは、国つくりを通して地域循環型経済圏と言うものを考えねば、足し算、引き算では実現できないと言う事です。
地域経済については、地域貨幣のことを言う方もいますが、地域の産物を地域で消費するように進めるためには、特定の商品に限り用いることも手段ではあると思います。

新しいエネルギーの開発が言われていますが、その施設の立地なども地域の経済環境のバランスを考慮して決めるのも良いでしょう。
このようなことを総合して進めることにより、地域の経済圏を作る事が出来るのです。
それには地方分権にこだわりすぎていると、それ自体が足かせとなり旨く行かないでしょう。

道州制による行政の再構築、地方分権は地域の経済的のバランスが取れた安定を基準にして判断すべきなのです。

もう一つ「 国家による直接の雇用の確保」と言いますのは、この過程で、インフラ整備のための公共事業を大量に発注し地域を中心に雇用を生み出す事により地域の需要を増やすと言う事です。

地域を充填にして都市部を見てないように思えますが、元々都市集中による弊害が原因であることも鑑み、逆に都市部の住民(仕事のない住民)に地方回帰を促すものです。
人口さえ、ある程度まとまれば、そこに色々な産業が生まれるのです。

景気と言うものは、必ずしも定量的に分析出来るものでもありません。
景気が景気を生むように、貨幣が順調に展開すれば、その経済圏自体が膨張すると言う事が考えられます(パイが大きくなる)。
それによってグローバル化の弊害(安い輸入品に悩まされること)も緩和されます。

しかしながら、ある程度は様子を見ていて輸入制限することは視野に入れておかないといけないでしょう。

今回は国内における、端末の地域経済圏について言いましたが、これも概念に過ぎません。
実現のためには、膨大な検証がいるでしょう。
私などが出来るはずはなく、この様なことこそ、頭だけは優秀な官僚を使えば良いのです。
あいつ等を100人ほど使い、3年も経てば、相当な試案を作ってくるでしょう。
こういうことは優秀で、頼りがいがあると思いませんか。

国家単位の経済圏、アジアなどと言う広範囲の経済圏の構想については、次にします。


最後に断って起きますが、この構想を説明すればするほど、現実離れしていると指摘される方が殆どですが、元々冒頭で断っていますように、50年100年先を睨んだものです。

5年や10年で結果が出るようなものを追っていては、何時までも社会は変わらず、資本主義のシステムと共に奈落の底へ沈むでしょう。

そうならないための施策は、全くないのか。と言う事に対する返答なのです。
最初にも断りましたが、この方向を目指すためには、我々自身の意識、価値観の転換が必要です。

いずれ、それも人々が受け入れざるを得ない事態がくるものと思っています。
メンテ
需要と供給の話し ( No.43 )
日時: 2013/09/19 01:16
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:18OD3CKE

最近、グッキーさんと、需要と生産の関係について議論をしてきました。

思えば、このテーマは、1年以上前に、交わした内容と関係しています。
当時、このスレッドのNo11〜33のレスで、随分と長くなりましたが資本主義経済のシステム(理論)の移り変わりの概略を説明していました。

すっかり忘れていましたが、今から思えば結構突っ込んでいたように思います。
ですが、本当はさらに検証をすすめ、現代の問題に対応する糸口でも見つかればよかったのですが、結局はこのスレッドも立ち往生の状況です。
ですが、手を変え品を変えて忘れてはいません。

参考にUPしましたので、興味のある方は、御覧ください。

メンテ
新しい日本のかたち <見本> ( No.44 )
日時: 2013/09/21 21:05
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:nG3PlehE

50年から100年前までと現在の経済の違いは、物資の生産に必要な人手が驚くほど少なく済むようになった事です。

それは、どこの先進国でも製造業を中心とする第二次産業の割合(就労者)が25%前後まで落ちでいることで現されています。
第一次産業も機械化のあおりで、第二次産業よりも酷く5〜10%の労働者より必要としません。

この認識なしに現代の経済を語れないと共に、既成の経済の理論(アダムスミスからハイエクまで)が想定している経済と言うものは、表面の通貨の動きを追うだけで成り立っていて、問題点といえば、通貨の循環の齟齬ばかりを気にかけています。

その中では人間の実際の生活と言うもの取り残されてしまっています。
経済為の経済であり、それで社会を維持しなければならないと言う観念がありません。

既成の経済の理論、方程式には、失業と言うものを、景気、不景気の概念の中で考えようとしているのです。
資本主義の実態を早くから見抜いていたマルクスさえも、このような環境を想定して資本論に取り組んでいたとはいえません。
ですので、全ての既成の経済論を、そのまま延長して乗り切ることは出来ません。

では、現代の社会が持つ、この根本的な矛盾が、どのようにすれば解決できるかであります。
一つは第一次、二次産業で必要ではなくなった労働力を第三次産業で吸収できるかと言う事です。

第三次産業と言いますと、大きく分けて次の様に成ります。

電気・ガス・熱供給・水道業
情報通信業
運輸業、郵便業
卸売業、小売業
金融業、保険業
不動産業、物品賃貸業
学術研究、専門・技術サービス業
宿泊業、飲食サービス業
生活関連サービス業、娯楽業
教育、学習支援業
医療、福祉
複合サービス事業
サービス業(他に分類されないもの)
公務(他に分類されるものを除く)
分類不能の産業

エネルギー分野は、太陽光発電、風力発電など、新しいものを求めて将来活気つくことでしょうが、それに人力が必要かと言えば、従来の石油、石炭算出の手間と、そんなに変わりはありません。
情報通信の分野は、すでに携帯電話の市場が満杯に近づいている事で判るように、もう少しは増えても大きなものは期待できません。

卸売業、小売業などは、昔のように対人販売のよさを省みる習慣が戻らなければ、ますますネット販売に傾き、縮小する方向といえましょう。

金融業、保険業について、金融立国などと言う発想は、アイスランドの危機でいかに脆弱なものであることが実証されています。
詐欺が職業として市民権を持たない限り、金融、保険業が余った労働力を吸収するとは思えません。

不動産業、物品保管業も新しい試みが伴わなければ、マンション、店舗共に十二分に在庫があります。

生活関連サービス、娯楽業については後述します。

教育、学習支援業は、人々の生活に余裕があってこそ、伸びるものであり、人々の生活を豊かにする為の起爆剤とはなりえません。

医療、福祉の分野も後述します。

複合サービス業、分類不可能の産業については割愛します。

さて、公務員については如何でしょう。公務員の世界もPCの普及で人手が足りないという事態ではありません。
むしろ財政難のあおりで縮小させる傾向がありますが、実は、ギリシャではありませんが、他に仕事がないとき、強いて公務員と言う形で失業者を吸収することも考えられます。

さて、飛ばしました、医療、福祉の分野ですが、これは老人人口の比率が増えている現在、これに携わる人間を増やす傾向は間違いなくあるでしょう。
しかしながら、この分野は不採算部門なのです。
要するに税金で保証されなければ経営が成り立たないのです。
ですので、この分野の経済を大きくすることは、それだけ大衆の負担も増える事になり、厳密に言えば付加価値を生産して、その対価として給料を支払い雇用を確保すると言うことには成りません。
富裕層が、税金として、その負担に耐えられるかと、言う問題が発生します。

最後に、生活関連サービス、娯楽業ですが、これから伸ばせる第三次産業としては、どうしても、これに期待をする訳ですが、これも金に余裕があって、始めて活性化する分野であり、ます先に金がなければ、幾ら奨励しても動かないでしょう。
この分野は、世直しが旨く言って最終的に伸びてくる分野であり、最初から期待できるものではありません。
それなのに、一足飛びに、この分野に期待すること錯覚以外の何でもありません。

今までのことを総括しますと、第三次産業の分野は、他の第一次、二次産業と異なり、集約化、グローバル化の影響が少ない分野なので、急に縮小する事はないでしょう。
それよりも、やりようによっては微増が期待できます。
医療、福祉の分野は、人数的に言って、あと300万人くらいは増えるとしてもよいでしょうが、新たに発生する人件費、年収300万円として9兆円、資材その他も必要なので実際は15兆円くらいの資金が必要です。
この資金を何処から調達すればよいのでしょう。
利用者から調達するとしても、3000万人の利用者から年間30万円を徴収するとして(それだけ払える年寄りが幾らいるかと言うことも問題)、これも9兆円です。
この9兆円が、通常の付加価値と計算することも出来るでしょう。
では、後の6兆円は富裕層から頂く事になります。
新たにこれを負担できる富裕層として3000万人を見込めば(5000万人くらいが所得税を納めています)、年間20万円の増税とまります。
医療、福祉の領域で300万人くらいは増やせると言ったのは、この程度が富裕層が負担する限界ではないかと言う事です。
ところで、生産技技術、IT技術の発達は、現在も止んでいません。
今後は、機械化、省力化でますます失業する人間が増えるでしょう。
要するに、将来は2500〜3000万人分の仕事がなくなると想定します(労働人口の半分近く)。

これに対して、医療、福祉の領域で300万人、他の領域を含めて好意的に見て、第三次産業全体で500〜600万人の雇用を生む事が限界かと思います。

それでは、他に手はないのでしょうか。

一時、森首相の時でしたか、新しい産業の興隆を言い、ベンチャー企業の事が騒がれました。
自分の智恵と才覚で、世の中に打って出ようとする人間は、本当に極僅かな人たちであり、こんな分野で労働力を吸収できるなどと考える方が間違っています。

全く新しい産業が発生する期待は期待として持っていてもよいでしょう。
この様な状況のもと、厚かましくも、最後に私の持論を述べさせていただきます。

常に主張しています「新しい公共事業」の発注と「食料鎖国政策」です。

土木、建築の分野は、まだまだ人手を多く要する分野であり、グローバル化の影響を受けにくい分野です。
また仕事も無尽蔵と言ってよいほど(100〜200年分)あると思います。
それを、どの分野からも必要とされなかった人々の受け皿として就労の場を提供できるように発注するシステムを作る事です。
このシステムは、特別に共産主義的な考えではありません。
要するに、中小零細企業中心に発注するのです。
最近は建設業に携わる人間が足りないと言われていますが、そんな事には関係なく、このような施策を10年も続けると、自然に労働者が集まってきます。

受注は飽くまでも資本主義のルールに乗っ取り競争入札ですればよいのです。
年間50兆円分の公共事業の発注を言っていますが、この中に直接含まれる(建設労働者として収入を見込む)人件費は、おそらく6〜7兆円くらいでしょう。
この場合の年収は、雇用促進事業の様なものなので200〜250万円で辛抱していただきます。
結局、建設現場で働く人は250〜300万人がそれで生活できる事になります。
先には建設現場で直接、収入を得る人と言いましたが、これに建設資材の生産、運搬などに携わる人たちを含めると、さらに150から200万人の人に仕事が増えるという事になります。
都合、年間50兆円の公共事業の発注で新たな雇用を500万人くらいは発生すると見込んでいます。

その他の方法として、農業、漁業、林業を復活させます。
復活させると言っても言葉だけでは復活しません。
そこで考えたのは食料鎖国(原則)と言う施策です。
これならば、何が何でもこの分野に力をいれねばなりません。
この分野でも、都合100〜150万人の雇用を作ります。
食料鎖国政策と共に確かな補助手段の施策が必要ですので、此処にも公的資金が随分と必要になります。

結果、最初に言いました第三次産業の増加による雇用増 500万人
公共事業の発注によるもの 500万人
農業、漁業、林業の復活によるもの 150万人

都合、1150万人の雇用増は期待できます。
ですが、先に想定した、2500〜3000万人分には至りません。
私の計算では50兆円の公共事業を発注し、他の施策も旨く言っても、あと500〜1000万人分の雇用の保証が出来ません。

ただし、1500万人くらいの雇用増が実現でき、それで10年くらい経てば、生活の安定した人々が消費に目覚め新たな需要を生み、後の1000万人くらいの人は、そこへ吸収されると言う虫のよい話です。
どちらにしても、あと500万人分くらいの雇用の確保の方策を見つけねばなりません。

それでも、現在では、まだ3000万人の人が失業していないので、今すぐ、この施策を採用すれば、それでやって行けるのではないでしょうか。

最後になりましたが、一方で、年金の改革をして殆んどの人は老後に憂いがないようにする事です。
これも消費を活性化する大きな要因です。

どれも、これも金がいる話です。
ですので、前提条件として、ヘリマネ政策を訴えているのです。
ヘリマネと言っても、実際に現金を支給するのではなく、公共事業に使うか、年金や医療、介護保険の資金として補充するのです。
これなら、インフレも起きなく、働く意欲を保ち続ける事が出きます。

このためには、通貨の概念さえも変える必要があるのです。

これを実現出来る経済のシステムを、修正資本主義と考えています。

別の言い方をすれば、ヘリマネ(通貨の増刷)さえ受け入れる事が出来れば、現在資本主義が直面している、そして最後には破綻する問題を解決できる方法があるのです。
何故、人類は、其れに踏み切らないのでしょうか。
本当に出来ないのでしょうか。

ヘリマネといっても、ベーシック・インカムには、飽くまでも反対する者です。
メンテ
Re: 新しい日本のかたち ( No.45 )
日時: 2013/10/08 20:12
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:SzDFJTGg

UP
メンテ
Re: 新しい日本のかたち ( No.46 )
日時: 2017/04/28 12:22
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ecQnl6kc

忘れていたようなスレッドですが、私が一番書き上げたいスレッドです。
まだまだ途中ですが、久しぶりにUPします。
メンテ
Re: 新しい日本のかたち ( No.47 )
日時: 2018/10/24 01:18
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:h0ag2goc

新しい国の形
http://www.pipi.jp/~exa/mazu/kuni.html

>近代国家は必ず破綻を繰り返す

 近代国家のほとんどは国民から税金を通貨で集め、それを配分する事で成り立っている。 しかしこの様なシステムでは国家はいずれ必ず破綻する。

 なぜならこの様な国家は税金を広く集め、集まった税金を政府で予算を決めて配分することになるが、 配分した先には利益となり企業や団体がそれを充てにして活動するようになる。 予算を減らされたら死活問題であるので、予算の減額にはあらゆる集団で抵抗するだろう。よって予算を減らす事は困難になる。
 しかし社会の変化や時代の変化に伴い、新規の必要性の有る事業が増えて行く。この結果国家の予算は増え続け、いずれ国が借金をするようになる。 借金が増えて行っても予算の削減は困難であり無理に実行すれば政情不安を生むだろう。 どうにもならないまま時が経ち最後には国家が財政破綻する。これは分かり切っている道筋である。

 つまり医療や福祉などを税金で補助し整備しようとすれば、予算は際限なく増え続けるだろう。関連業界は効率良く確実に補助金を得る手段を考える。 それが最も正しい経済活動だからだ。自ら減らそうとする馬鹿は存在しない。公共事業や軍事費においても同様である。 減らせば会社が倒産し失業する人が出てくる、業界は必死で予算を増やそうと死力を尽くす。
 国家予算を減らせば失業が増え税収が減る、そして社会福祉の費用は増大する。この悪循環を止める事は出来ない。

 よって現代の近代国家における税金を集め配分すると言う社会システムは、将来必ず財政破綻するシステムなのである。

>国家破綻の解決方法は戦争だった

通貨を基本にする国家システムとは、国民を馬車馬のように働かせる発展途上国向きの経済システムなのだ。そして最後は国家が破綻するのを避けられない。

 この問題を解決するため戦争を起こす必要が有った。戦争が有れば混乱に乗じてあらゆる誤魔化しが出来た。 戦争特需や戦後の復興需要により一時的に解消されたように見えるかも知れない。しかし根本は何も変化していないし解決もしていない。
 よって定期的に戦争し国家破綻を誤魔化す事が国家にとって必須になる。

 しかし何度戦争しても、やっぱり最後は破綻する運命に変わりは無い。国民は失うために努力しているのだ。
 近代国家の国民は「繰り返す大戦争を招くために日々努力して生活している。」と言えるのである。 そしてそれは「国民は国家よりも、通貨の支配者の利益の為に努力している。」事を意味している。

>国の維持管理システムを変える必要が有る

 ではどうすればいいのだろうか。これを解決するためには、税金を通貨で集めるという社会システムを変える事が重要である。

 国家にとって必要な事業は、国民や各自治体や関係企業が協力して実施する形にすれば良い。 事業の承認と実行は国が予算を付けるのでは無く、関係者が行うようにすればこの問題は解決する。
 国の役割は予算配分では無く、計画を立て指導と纏め役をする事になる。この様な国家運営は古代にも見られ長期間安定して国を維持できていた。

 基本経済MAZUも同様な発想である。これを国家として導入すれば社会福祉や公共事業が国民の社会奉仕として実現する。 予算は不要である、必要なのは国民の労働力の分配と優れた計画性である。
 国家の予算が毎年増え続ける事が必死なのと比較し、MAZU型国家事業は整備されれば後は毎年減り続ける。 それは国民が税金を渋り予算を分捕る方向を目指すのでは無く、労働力をなるべく減らす方向に努力するようになるからだ。

 インフラが完全に整備されれば公共投資は0で済む。それで十分だし国民はそれの方が満足できるのだ。 生活の心配も無いから自由に使える余暇が増えるだけである。よって無駄な公共事業をする必要性は全く無くなる。 沢山税金を払っていながら無駄な物が作られ続けると言う馬鹿な循環も無くなる。

>国は税金が無い方が発展する

 法人税や所得税の税率引き下げは経済効果も高く、これに異論を挟む人は居ないだろう。そしてMAZU経済においても通貨は否定しない。 通貨を得るために仕事する人も当然存在するし、経済にとって重要な役割を持つ。しかしその役割は少し変化する。
 国家の税金は通貨で支払う必要は無くなり、社会奉仕こそが国家が必要とする国民の義務になる。 もちろんMAZUに反対する人は、社会奉仕を拒否する代わりに今までと同じように通貨でその分を支払って構わない。 国家はこの社会奉仕を拒否して集まった資金(税金では無く反則金)を元手に事業を行える。

 もしMAZUの参加者が少なければ、これは見かけ上は今までとほとんど同じであり変化を感じる事は少ない。 よって重大な社会システムの変更だが、移行はほとんど混乱も少なくスムーズに行われるだろう。 資本主義→共産主義の様に一気に大規模に社会システムを変更すれば、大混乱が起き多くの国民は不幸になるだろうが、その心配は無い。

 しかしやがて大きな違いが生まれる事になる。最も大きな差異は国民の義務に通貨は必須でなくなっている点だ。 通貨の支配者が作った理不尽なルールの元で、通貨を得るために過酷な労働や目の色変えてマネーゲームをする必要が無くなっている事に気付くだろう。

 そして社会を維持するために必要な奉仕は、社会や技術が進歩すれば進歩するほど減少する。 更に失業者や経済的理由で進学を諦める人は存在しなくなり、福祉に落ちこぼれるような人も居なくなるだろう。 そして人々は儲けるためでなく、社会を良くするように努力し奉仕するようになる。 そのほうが自分にとって利益に繋がる事を実感するからだ。

 優れた芸術は貧困からは生まれない。むしろ安定した生活が必要である。 国民の義務を通貨による税金から労働奉仕を基本にしたMAZU経済的な国家は、国民に究極の安定した生活を与えるだろう。 なにしろ国民は税金や保険など数多くの支払いをする必要が無いのだ。最小限の社会奉仕する事で無税国家になるのである。 病気や事故や失業により公共料金の支払いにも窮し、財産や家を差し押さえられる様な事も無くなる。

 芸術家は生活を気にする必要も無くなり、事業家を目指す人は失敗を恐れず起業する事が可能になる。 その結果創作や発明が多数生まれ、萎縮した経済や文化 に活気が生まれる。よって文化も科学もずっと発展するだろう。

 税金が無く、失業者も無く、文化も科学も発展する。
 これが新しい国の形である。
 近未来に実現可能な国の形である。


(引用終わり)


この考え方に、私は賛同しない。

ただ税金に頼らない国家運営と言う発想に共感しただけである。

この考え方の一番大きな問題点は、人間は生きるためには何某かの労働を必用とする状況を捨て去る事は人間らしい精神の維持に絶対不可欠な問題と思う。

かつ自分がより豊かになりたいと言う人間同士の競争心は人間の活動に方向を与え、これも人間らしい精神の維持に必要な事である。

必要以上に平等な社会、働かなくても生きて行ける社会など、人間が本質的に持つ性(さが)に照らしあわせれば、地獄のような社会を現出することになる。

アダムとイブの話で歴史が始まった様に、人間には常に欲望がある。
そうして、人間は一つの欲望が満たされると、次の欲望へ向かう。
この人間性の際限の無さが、人間を活かすも、殺すも動機となる。
人間社会の理想を勘違いしてはいけない。

この点において、紹介した文章は致命的な欠点がある。
メンテ

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