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[39] 息抜き投稿蘭です
日時: 2009/08/04 13:49
名前: 天橋立の愚痴人間

<< 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。

 秦の趙高(ちょうこう)、漢の王莽(おうもう)、梁の周伊(しゅい)、唐の禄山(ろくさん−安禄山)らも旧主先皇の政治に従わず、楽しみをきわめ諫言も聞かず、天下の乱れも知らず、民衆の憂いも顧みないので亡びてしまった。>>

我が国の現状、何をか況や。平家にあらずんば人にあらず。公務員にあらずんば国民にあらず。

少し前の時代、未曾有の経済の発展を遂げた我が国は、思いあがり、浮かれきっていたのもつかの間のこと。

気が付けば、多くの民は疲弊し、世は乱れ、為政者はまつりごとを忘れ、都に住む栄誉の一族のみが繁栄を貪り続けている。

やがて来るべき暗黒の世を知らず。

民を忘れた為政者は、民を見る勇気を持たず、打ちひしがれた弱き者たちは怠惰と享楽に身を任せ、悪霊ばかりが横行する。

そのような世の中を正す、一傑の英雄の現われることなく、空しく時は過ぎ去る。
夢か、うつつか、目を覚ませ。一時の繁栄に我を忘れた諸人よ。
メンテ

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Re: 息抜き投稿蘭です ( No.45 )
日時: 2016/02/13 21:07
名前: 北の国から ID:I.gAbh8A

 天橋立の愚痴人間さん。

 久々に心安らぐ音楽を聴きました。

ボクも、受験勉強のとき、このジェットストリームは、大好きな番組でした。
あの、フランク・プールセル・グランド・オーケストラの「ミスターロンリー」
に、どれだけ癒されたことか。城達也さんの、あの、やや低温のゆっくりとし
た語りにも。
 社会に出て、札幌の病院でプログラマーの仕事。残業を終え車で40分の家
に帰るときも、カーラジオから、「満天の星のかなたに…」のナレーションと
BGMが聞こえて来ると「ああ、今日も終わったなー」と、心からほっと一息
つけたものでした。
 ありがとうございます。
メンテ
北の国からさん ( No.46 )
日時: 2016/02/14 00:26
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:9TwrrPTY

北の国から さん、久しぶりです。

あなたは何時も御覧になっているものと思っていました。

最近の様相をみると、もう、何も話したくなる気持ちは十分に理解しています。

私は、この掲示板とともに、どのような時でもやってきました。

ほとんど、私、一人が書き込んでいる時もありました。

この掲示板の信念を貫くために、必要以上の理屈っぽさで書いている事も承知しています。

そのために、多くの読者には敬遠されているのかもしれません。

ですが、誰かが、本当の事を言い続けなければ成りません。

今回、私のスレッドの多くをUPしましたのは、その意志の表明です。

頑張ってみますので、見守っていて下さい。

読者の方も、一言でも良いので、参加していただきたく思います。

メンテ
Re: 息抜き投稿蘭です ( No.47 )
日時: 2016/02/14 04:49
名前: 北の国から ID:KdtsVofc

 天橋立の愚痴人間さん。
 ご丁寧にありがとうございます。

 ボクは、依然としてこの掲示板はいつも読ませていただいています。
そして、てボクにとって、世の中の出来事の深いところの問題について理解する
の、また、世界の醜いできごとにに対し「そしたらどうすればいいのか」という
鮮やかな提案も含め、極めて重要な掲示板です。
(先日、50年ぶりに、2週間ばかり入院したときも、パソコンを病室に持ち込
み、この掲示板に「がんばる糧」をもらっていました)

 なかなかレスポンスできないのは、あまりにも「糾弾」すべき大きいことが、
つぎつぎと起き、しかもそれが、末期的症状のもで、その病巣の深刻さに「ど
う投稿したらいいのか」むずかしいという現象でした。

 しかし、そういうなかでも「地域循環型経済」に関する投稿や、「食糧品鎖国」
などについて「日本で生産される食料品で、何人の日本人が生きられるのかという
ことと、農・水産物を独自に(無理なく)増量できる具体的可能性について、北海
道の実態から考えて」みたり、「新たにつぎつぎと配線にされようとしている北海
道の鉄道と、まともに暮らしている国民にとって時速300キロの新幹線建設など
まったく必要ない」こととか「科学・技術の発展がなぜこんなに人類の不幸とつな
がっていくのか」の問題などについて考えたりしていました。

 そして、初歩的ながら「地域、地方で人間がまともに暮らすためには『地方こそ
主人公』にならなくては。そのために住民にどうはたらきかけるべきか。具体的で
実現可能で、住民に理解される提案とは」などについても、北海道のいくつかの地
域の実践なども勉強したりしています。

 巨大ヘッジファンドと、年間70兆円も売り上げている軍需産業に翻弄されてい
る世界ではありますが、人類の「考え方」をすこしづつでも変えていくには、やは
り「地域の小さな実践と、その実績による変革」、ここにおおきな可能性があるよ
うに確信しているところです。

 天橋立の愚痴人間さん。ひきつづきよろしくお願いいたします。

 
メンテ
Re: 息抜き投稿蘭です ( No.48 )
日時: 2016/02/25 20:34
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:O4n3kZn2

少し話題が古くなってしまいましたが、

管理人さんの「きままコラム」より

<偽者(にせもの)社会 日本>
http://www.kyudan.com/column/nise.htm

偽者ばかりの日本、歌の下手な歌手、漫才ができない漫才師、絵の下手な画家、模倣ばかりで創造性の無い芸術家、評論の出来ない評論家、真実を伝えないジャーナリスト、まともな小説が書けない小説家、コシヒカリと書いた袋に入った普通の米、清純派と言われているやらせ女などは大して害が無いし、マァ許せる範囲内だ。

許されない偽者は、病気を治せないばかりか殺してしまう医者、的確な判断が出来ない弁護士、痴漢や犯罪を犯す警察官、判断が片寄っている裁判官、こうなると許すわけには行かない。
そして最悪なのは、政治の分からない政治家、まさに害悪そのもの、ただ単に税金の無駄使いなどと言っている場合でない。

小泉などと言う輩は親父の褌担ぎ(ふんどしかつぎ)が精々の所、首相にまでなってしまった。 国民に多大な迷惑をかけるほどの無能者のくせに、英雄気取りではしゃいでいる姿は滑稽でしかない。 ここまで日本の政治が落ちるとはお釈迦様もびっくり仰天でしょう。

確かに、森よりははるかにましだ。 石川県の星、森などと言う無知、無能の低脳児が日本の総理大臣になった、ということ事態、自民党にとっても、政治史にとってもとてつもなく大きな汚点となって残る。

群馬県の星、低脳、小渕が早々に死んでくれて助かった、とホッとしたのも束の間、馬鹿の森の出現で興ざめ。 森君の事では随分と笑えましたけどね。 やはりお笑いが一番でしょうか。
 ♪♪ 森と(小)泉に囲まれて、日本は滅んでゆきました・・・・・・・♪♪(ブルーシャカイ)。

日本に世界一のソムリエがいるというのを聞いて驚いた。 フランスのコンクールで優勝したことがあるそうだ。 プロの世界ではまったく相手にされていないコンクールで優勝したからと言って、世界一とは恐れ入ったタイトルだ。 そのようなコンクールは、彼自身がそうであったように、失業者で将来ソムリエになりたい人が参加するもだ。

NHKのニュースなどで出てくる評論家が台本を棒読みしているなんぞは、本当は何がいいたいのか皆目見当がつかない。

慎太郎の東京都が見違えるほど素晴らしい都市になったと思う人はいないだろう。 何の変わりも無い、誰がやっても同じ、と言うのが本音でしょう。 慎太郎一人お山の大将で、偏執狂のように言いたい放題ではしゃいでいる。

元巨人軍の長島は日本一の監督だそうだ。 誰が言い出したか知らないが、ジャ、2番は誰、と言うと誰も答えられない。 2番も3番もいなければ、一番も無いのじゃないの、本当のところ。 こんな監督を日本一と言ったら他の監督に迷惑だ。

中国の斉の時代の諺で、牛首を掛けて馬肉を売る、とか羊頭狗肉とか言われるように、昔から偽物で稼ぐ事は常套手段だ。

しかしながら、多くの国民に多大な損害を与え、平和な暮らしを脅かすような政治家の偽物は断じて許す事は出来ない、早急に排除しなくてはならない。

おしまい


懐かしい「ブルーシャトー」で癒してください。

♪森と(小)泉に囲まれて静かに滅ぶ
♪ブルーブリーブルーシャトー
♪日本の民を待っている暗くて貧しい
♪ブルーブルーブルーシャトー


(繰り返し)
♪きっとあなたは永田町の
♪クソ(自民)の香りを思い出し
♪悔し涙を流すでしょう
♪絶望のガウンに包まれて静かに眠る
♪ブルーブルーブルーシャトー
♪ブルーブルーブルー
♪ブルーブルーブルーシャトー戻る


伴奏が要る方は、どうぞ。

https://www.youtube.com/watch?v=jzRphgmA4J8
メンテ
ルーテルアワー  暗いと不平を言うよりも・・・ ( No.49 )
日時: 2016/02/27 13:06
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:6i.z3m02

  暗いと不平を言うよりも、
   すすんであかりをつけましょう

この言葉、ご年配の方は、あるいはご記憶がおありかもしれません。私のあやふやな記憶によれば、昭和30年代半ば頃(いやそのもっと前から、そしてその後も長く続いたのかもしれませんが)、学校に登校する前の朝の時間に流れていたラジオ番組「ルーテル・アワー」の確か冒頭で、いつも決まって流されていた言葉だったと思います。
確か女性の声でした。その頃は小学校高学年、当時唯一の娯楽といっていいラジオが、我が家にもたらされたばかりの頃でした。夜はもっぱら歌謡曲が流れてきましたが、さすがに一日の始まりである厳粛な時間には、このような格調高い番組も組まれていたようです。


ルーテルアワー
「心のともしび」

1957年に京都放送で放送開始。ハヤット神父が私財を投じ、自ら企画出演するミニ番組だったが、協賛者を得て徐々にネット局を拡大。
主に月曜日 - 土曜日の早朝に放送されているが、土曜日分を日曜日に放送、あるいは土曜日分を割愛するネット局もあり、それらに対する配慮から、エンディングの「ではまたあした!」の件を、週末分のみ「ではまた!」に変更する場合がある。

ラジオ放送の原稿は、1957年から7年間、ハヤット神父がすべて書いていたが、1964年になった時、カトリックの作家や、先生たちから執筆の協力を得られるようになった。そこで、神父は、夜は執筆者の方々の原稿で"心のともしび"番組を放送し、朝は、新しくラジオ番組"太陽のほほえみ"の放送を開始。そのお話はすべてハヤット神父によるものであった。司会進行は、開始当初はハヤット神父自ら出演していたがハヤット神父はこれら二つの番組の朗読者について、1964年に神父が俳優座の田中千禾夫に相談した時に、女優の河内桃子を紹介された。当時、彼女は、朗読にはあまり乗り気ではなく、田中の紹介でもあったので、1、2ヶ月位経ったら断ろうと思っていた。しかし、彼女は、34年間、休むことなく朗読を続けた。のちに彼女は坪井木の実を推薦し、坪井が後任となった。

オープニング - テーマ曲である、ベートーベンの交響曲第6番「田園」の第1楽章の一部にのせ、「心に愛がなければ どんなに美しい言葉も 相手の胸に響かない - 聖パウロの言葉より - カトリック教会がお届けする『心のともしび』」で開始する。執筆者による"心のともしび"番組が放送されるようになった時、ハヤット神父はお話が朗読される前に、何か聖書の言葉をと思い、田中澄江に相談した。そして、選ばれた言葉が"心に愛がなければ、どんなに美しい言葉も相手の胸に響かない"(聖パウロのコリント人への第1の手紙の13章を参考)。ベートーベンの調べとともに、この言葉が流れ、お話が朗読されるようになったのであった。
当初存在した、ハヤット神父の肉声による「暗いと不平を言うよりも-」の運動スローガンは沿革の途中から省かれ、現在はエンディングで読まれる。

(引用終わり)


もう半世紀の前のことになりますが、私が大学生のころ、下宿でよく聞いたラジオ番組です。

同じ局の「ジェットストリウム」を聴いて、夜が更けた事を思い。
ルーテルアワーが始じまると、とうとう、夜が明ける事を知らされ、眠りについたものです。

みんなの声を聞き、皆の社会を親しむ

そういう、素直な生き様の

何と、懐かしいことか!


メンテ
現代武士道 ( No.50 )
日時: 2016/07/15 16:23
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:OiEfI52Q

武士道とは、封建社会の日本における武士階級の倫理及び価値基準の根本をなす、体系化された思想一般をさす。

武士道の始まりは個人的戦闘者の生存術としての武士道であり、武名を高めることにより自己および一族郎党の発展を有利にすることを主眼に置いていて中世期の主従関係は主君と郎党間の契約関係であり、「奉公とは「御恩」の対価である」とする観念があったためである。

この意識は少なくとも室町末期ごろまで続き、後世に言われるような「裏切りは卑怯」「主君と生死を共にするのが武士」といった考え方は当時は主流ではなかった。
このことは「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」という藤堂高虎の遺した家訓に良く現されている。

江戸時代の安定期に入ると山鹿素行は、武士がなぜ存在するのかを突き詰めて考えた。
山鹿の結論は武士は身分という制度ではなく自分が(封建)社会全体への責任を負う立場であると定義をすることで武士となり、(封建)社会全体への倫理を担うとするものであると考えた。
こうして最初に書いたように、武士道(ぶしどう)は、封建社会の日本における武士階級の倫理及び価値基準の根本をなす、体系化された思想一般をさすことになる。

その極端な例として佐賀藩で、「武士道と云ふは、死ぬ事と見付けたり」の一節で有名な「葉隠」などの著作も出ている。 

武士道の究極として、下級武士が、自らの落ち度(其の是非に関わらず)を指摘されれば、上司に対して一切の弁解することなく切腹して死を選ぶということが最高の武士道の美徳とされた。

封建国家において、このような都合の良い官吏を養成するのが武士道であった。


ところが明治になって何を勘違いしたのか、教育者で思想家の新渡戸稲造が武士道を新たな感覚で評価した。
西欧文化と日本の文化の融合をキリスト教的理念から考えたものであろうが彼が何故そんな無謀な企みをしたのか解らない。

今までに見てきた明治までの武士道にそれを日本民族のバックボーンとするほどの内容はさらさらなかったのである。
特に徳川時代の武士道などは権力者側のマインドコントロールであり、そんなまやかしを受け入れることは出来ない。

でありますが、我々現代人も何を武士道と思っているか知りませんが、武士道こそ深遠な日本人の生き様であり自身の中に生きているように未だに勘違いしている向きがあります。

これは武士道とサムライと言う概念を重ね合わせている為ではないでしょうか。
サムライは、文字通り、理屈抜きに勇敢な戦士を意味しています。
黒澤明の7人のサムライではないですが、サムライは痛快な物語を演出します。
一方で武士道を扱った映画や小説などは陰険極まるものであり、遺棄したい概念であります。

現代社会において役所や企業などで不祥事が起きるたびに繰り返されるトカゲの尻尾切りの人事は、未だに武士道が生きている証拠です。
民衆に対する責任で詰め腹を切るような輩が皆無であることを、武士道の欠陥と考えることは間違いなのです。
もともと武士道に民の心を代弁する機能はないのです。


前置きが随分と長くなりましたが、残念ながら我が国の武士道精神は未だに健在なようです。
多くの方が嘆いているマスメディアの頽廃は、全て武士道精神のなせるものと考えてよいでしょう。

メディアは権力に媚をうり、メディアに登場するキャスター、コメンテータも御上のためなら、どんな無理難題も受け入れ、私を殺して仕えます。
男芸者のような、そんな輩がサムライであるはずはありません。

現代武士道とは、流れに順応し、その中に小市民としての立ち位置を考える者の処世術の事を言う。
現代で武士道は、若き頃から知能の鍛錬に励み、難関のテストをかいくぐり到着できる組織に入ってひたすら上司に服従することで成就する道なのである。

政治の退廃を目にしながら、選挙と言うと黙々と投票所に足を運ぶ気概(?)を言う。

それを現代エリート道と考えている奴らに中国の故事え答えよう。

「燕雀 ( えんじゃく ) いずくんぞ 鴻鵠 ( こうこく ) の志を知らんや」
メンテ
久しぶりに ジェットストリームをどうぞ ( No.51 )
日時: 2016/09/26 11:11
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:jUqHWDso

http://video.search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A0&tid=235087b0ec4a613babab9fcbc98c0c32&ei=UTF-8&rkf=2&dd=1

(あなたのジェットストリーム/城達也 )を選んでください。

これを聞くのは深夜がよいかな。
私は学生時代聞いていた。
そのときは、格別なものと意識してなかったが、年を経るほど当時の様相を懐かしく思い出す。
このようなものに安らぎを覚える時代であった。


あなたのジェットストリーム/城達也 -...


遠い地平線が消えて、ふかぶかとした夜の闇に心を休める時、 はるか雲海の上を 音もなく流れ去る気流は、たゆみない宇宙の営みを告げています。

 満点の星をいただく、はてしない光の海を ゆたかに流れゆく風に 心を開けば、きらめく星座の物語も聞こえてくる、夜の静寂(しじま)の、なんと饒舌なことでしょうか。

 光と影の境に消えていった はるかな地平線も瞼(まぶた)に浮かんでまいります。

日本航空があなたにお送りする音楽の定期便 ジェットストリーム 皆様の夜間飛行のお供を致しますパイロットは 私、城達也です。
メンテ
男の3欲(糾弾管理人さん) ( No.52 )
日時: 2016/09/26 11:33
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:jUqHWDso

男の三欲は言うまでもなく、飲む、打つ、買うです。 酒飲んで、博打をして、勝ったら女を抱く、と言うのが最高の遊びなのでしょう。 お金に余裕があれば是非してみたい、という願望かもしれません。

男は女性と愛情のないSEXでも平気で出来ます。 知り合って、わずか数分でも充分愛せてしまうのは、愛情がわきやすい性質なのか、男の勝手な都合なのでしょうか。

女性は、男のSEXはおしっこと一緒、と考えていたら間違いありません。 単に溜まるから出したくなり、どうせ出すなら楽しみながら出したい、と言う事です。

女性が、男はスケベイでいやらしい、と言います。 正しいと思います。 男はほんの瞬間、女性の頭から足先まで見るだけで、想像する事が出来ます。 実際、裸にしてみると裏切られる事も多いのですが・・・。 そして、裸にして触ってみたい、という願望に年齢はありません。 いい歳して「女性の裸だなんて・・・」と言う言い方は正しくありません。 年齢に関係なく男は女性の裸体には興味あります。

しかし、そのスケベ根性こそが男の活力の源なのです。 男が、女と”見たくない””やりたくない”と思い始めたらどうなるのでしょう。 人類の滅亡は目前です。 この「やりたい」と言う気持ちが、社会で活躍しよう、金を儲けようと思う源であり、子孫繁栄の原点なのです。

サラリーマンが酒飲みながら会社の上司、同僚、仕事の愚痴を言いながら、焼酎をチビチビと飲んでいる姿は、哀れそのものです。 こんな所に可愛らしい女性が一人仲間に入るだけで、話題や状況は一変し、その女性中心のような雰囲気になっていきます。 女性が如何に男性にとって潤滑材になっているかがわかります。

女は容姿、という所が本音でしょう。 そうじゃない、心だ、と思う気持ちは理解できますが、究極はそうなんです。 美人に生まれてこなかった女性は、人生の最初から損をしている訳です。 男は金を稼ぎ、好い女を妻にする、そして、その女を喜ばせるために、さらに働く。 男の方が女性より寿命が短いのはそんな理由なのでしょう。

日本では賭博がなぜか禁止されているので、とりあえずは、酒と女しかメニューにない訳ですから、選択の幅が狭いだけそれに熱中します。 「酒なくてなんでこの世が桜かな、今日も咲け酒、明日も咲け酒」と言います。 また、うまい具合に、酒と女は相性がよく、このふたつは切っても切れない関係にあります。 酒無くて女は口説けず、女の居ない酒は味気ない。 うまい具合に出来ているもんです。

バーなどで水のようなウイスキーを飲まされて、それで充分酔える人がいる。 数杯飲んで帰りには千鳥足、なんていう輩は安上がりで羨ましい。 あんなもの何杯飲んでも、みな小便になるだけで酔えない。 なんでもっと濃い目の水割りを作らないのだろう。

博打に女と酒は禁物ですが、あか抜けた美人はアクセサリーとしては最適です。 しかし、一緒になって遊びたがったり、横から口出しする女は禁物です。 

賭けは人生そのものです。 最初から負けて負けて、と言う事は余程運が悪くなければありません。 勝ったり、負けたりの繰り返しです。 その周期が突然ある時点で、負けが続いたり、勝ちが続いたりということが起こります。 負けの周期でオケラになって、未練たらしく見ていると、突然勝ちの周期が来るような事があります。 賭けるお金など無く、悔しい思いをさせられます。

負けている時には休んで、バーでゆっくりと落ち着いてコーヒーでも飲んでいるのが正解です。 そんな時に女性がいると時間つぶしには最適です。 ムキになってはいけません。 その時は運から見放されているのですから。

カジノと言えばルーレット。 ブラックジャック、バカラ、さいころ、スロットなどありますが気楽に遊べるのがルーレットです。 ルーレットとは0から36までの数字が書かれたシリンダーと言うお皿がくるくる回るところに、その回転方向とは逆に白いボールを入れ、最終的に入った数字が当たり、と言う単純な遊びです。

面白いのは各地で数字の配列が違う事です。 ヨーロッパでは大まかに、どの国でも同じで、アメリカは00があり一つ数字が多く配列はヨーロッパとは全く違う。 数字の配列は理由は分らないが5種類はある。 (オランダの空港にあるルーレットはアメリカ式です)

ルーレットは大まかに言うとフランス式とアメリカ式の2通りの賭け方がある。 フランス式はチップそれぞれの金額が決まっていて、ディラーに置いてもらうのが基本です。 自分で賭けることも出来ますが、すべてのチップが同じ色ですので当たった時に賭けたかどうか分らなくなる。 何時も同じ数字に賭けるような場合は楽で、ものすごく記憶力の良いディラーが覚えていて、賭けてくれる。

アメリカ式は掛け金は自由でチップの色も10位に分かれていて、自分の色で、希望の金額に設定する事が出来る。 カジノ、テーブルによって最低金額、最高金額が決まっていて、自分の財布と相談して遊ぶ事になる。 自分の色は同じテーブルでは他の人が持つ事はなく、テーブルごとにチップの模様が違う。

勝ったら やめると言うのが、唯一賭けに負けない方法です。 現実には幸運の周期がどこで終結するか、誰にも分かりません。 判れば悲しい思いなどする事などないのですが、自分の予想通り、終結する事はまれで、大抵は後で後悔する事が分かっていても、止められないのが現実です。

ちなみに、一番安心して遊べるカジノはロンドンで、勝ってもチップを受け取らないところが良く、最低は韓国のウォーカーヒル、まるで乞食の集まりで、チップ、チップとうるさく、とても気持ちよく遊べる雰囲気ではありません。 カジノも勉強のうち、一度くらいは経験しておく事を勧めます。
私などは、女も、酒も、博打も勉強しすぎちゃって・・・。

おしまい
メンテ
Re: 息抜き投稿蘭です ( No.54 )
日時: 2016/12/26 01:24
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:S8Zvs7uo

UP
メンテ
食べる話 ( No.55 )
日時: 2017/01/12 19:22
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:tAcyNJuQ

外国から日本旅行に来ていた夫婦と話していたら、日本のテレビ番組は食べる番組が多いような気がする、と言う。 なるほど、確かに地方の旅館などへタレントが行き、そこで名物料理をご馳走になる、有名レストランで自慢料理を食べる。 ドラマのなかにも食事のシーンは多い。 彼らが日本でテレビを見ながら最初に覚えた言葉は 「おいしい」 だと言っていた。

気になっていた事だが、それ以上に食事のマナーと言うか食べ方がなんとなく下品と言うか、野蛮に見える。 ステーキを大きく切り取り、それを一口で食べる、などはヨーロッパでは決してしない。 口の中がお肉で一杯、と言うような食べ方ではなく、せいぜい2センチ位に切り、食べる。 日本人はそんな食べ方では食べた気がしないのかも知れないが。

箸の持ち方も、使い方もまともに使えるタレントが少ないのも驚きだ。 今では家庭で教えないのだろうか。 それこそ外人の方がきちんとした、まともな使い方を知っている。 これこそキチンと使ってもらわないと、料理が下に落ちてしまわないかと、他人事でも心配になってしまう。

食いしん坊!万歳と言う番組の現在の食いしん坊はテニスのプロだった松岡修造だが、彼の食べ方はまさに下品そのものだ。 大きな舌を出して食べる様は見ていて気持ちが悪い。 どうしてあんなに舌を出さなくては食べられないのか、不思議でならない。

昔の映画で、フランスの俳優ジャン ギャバンが小さく切った肉片をとても早く咀嚼しているシーンがあったが、いつ話し掛けられても返事が出来るくらいの大きさが最適なようだ。 話をしながら食べると言うのは、日本の礼儀には反するようだが、ヨーロッパでは逆に話しながらゆっくりと食べるのが礼儀だ。

日本人に限らず東洋では、おかずとご飯を口の中で混ぜて、かなりの量が同時に口いっぱいになるような食べ方が一般だが、ヨーロッパでは違う。 一品づつ口に入れ、間にパンを食べるのが普通だ。 肉や魚と同時に付け合せを食べる事はあるが、量は多くない。 日本食ではご飯のせいか口の中がべたつくので、味噌汁やお吸い物が必要になるが、パンはほとんどべたつかないのでスープは別になっている。

日本人はスープとパンの習慣が無いので一生懸命連続してスープを飲むが、ヨーロッパではその様な食べ方はしない。 スープは1、2杯飲んでパンを食べ、2、3杯飲んではパンを食べるような飲み方です。 また、スプーンはたてて飲むと音がしません。 たてとは先の方を口に向けて飲むと言う事です。 横から飲むとどうしても音がして、下品に思われます。

アメリカにはマナーと言われるようなものは無いのでかなり自由だ。 食事とコカコーラと言うのはヨーロッパではあまり見かけない。 コーヒーも食後、と決まっている、がアメリカでは食事と同時にコーヒーと言うのは特に珍しい事ではない。 ハンバーグを食べる時のように、肉、レタス、トマト、ピクルスなどを口の中で色々な食材を混ぜて食べる、と言うような食事はヨーロッパでは少なく、唯一イタリアのピザがなんとなく似ている。

1975年にエリザベス女王が来日する事になり、晩餐会に招かれた財界、政界のお歴々に対してイギリス式のマナーを教授する食事会があった。 そこで食事中に話をする場合は食べ物を飲み込んで、ナフキンで口を拭き、おもむろに話すこと、ナイフを持ったまま話をしない事、音を立てない事等々細かく指導されたそうです。

しかし、本番の晩餐会ではエリザベス女王みずからによってことごとく覆された。 女王が食べながら大きな声で話し、話す前に口など拭かず、教官から決してしてはいけません、と言われたコーヒーカップを持ったまま話しかけたり、コーヒーカップをソーサーに置く時、カチャンと音を立てたり、かなり自由に振舞っていたそうだ。 後日財界人の集まりで、マナーを教えた教官はどこでそんなマナーおぼえたのだろう、と皆で笑ったと言う。

柿の種はビールのつまみでピーナッツと一緒に食べると美味しいのだが、その割合はピーナッツ1個につき柿の種が4個か5個位が丁度良いと思うのだが、外人に出すと一緒に食べずに一個ずつ食べる。 同時に食べるように教えても数個を同時に食べる事には抵抗があるようだ。 柿の種の量に較べるとピーナッツの方が量が少ないので交互に食べると、最後は柿の種ばかりになってしまう。

ソフトクリームでも食べ方が違う。 日本人はかじるように食べるが、外人はひたすらなめる。 当然、長時間なめる事になる。 彼らにはかじるような食べ方は出来ないようだ。 スプーンで取るようなタイプのアイスクリームでも多くの外人がそのスプーンのアイスクリームをなめている。 パクリと食べてしまうのは惜しいのかもしれない。

難しいのはスパゲッティだ。 イタリア人は実に上手にホークに巻き取って食べる。 一緒に食事しながら観察をして、真似してみたが上手くいかない。 食べ方が下手なために何本ものネクタイを駄目にしてしまった。 だいたいネクタイなどして食べるようなものではないのかも知れない。 スパゲッティを巻く時のホークの持ち方は立てないで、横にして丁度つかむような持ち方だ。 つまり小指でホークの下の部分を抑え、人差し指と親指でクルクル廻すとソースが飛ばないし、上手に巻けるようだ。 イタリア人が食べていた本場の食べ方です。 試してみてください。

日本に来た外人が最初にとまどうのはソースや醤油などや唐辛子、洋がらし、ラー油など等あまりにも多い調味料だ。 何の料理になにが最適なのか、覚えきれないと言う。 たんに餃子を食べるにしても、醤油、酢、ラー油と混ぜるのだが、その割合などは面倒そうだ。 刺身のわさびを一口で食べてしまい、死ぬ思いをした外人は多いに違いない。

食べると言う行為は習慣で簡単には変える事が出来ないかも知れないが、テレビのタレントで食べる事でギャラをもらっているような人は、もう少しマナーを覚えてほしいものだ。

おしまい

http://www.kyudan.com/column/eat.htm
管理人さんの気ままコラムより
メンテ

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