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[39] 息抜き投稿蘭です
日時: 2009/08/04 13:49
名前: 天橋立の愚痴人間

<< 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。

 秦の趙高(ちょうこう)、漢の王莽(おうもう)、梁の周伊(しゅい)、唐の禄山(ろくさん−安禄山)らも旧主先皇の政治に従わず、楽しみをきわめ諫言も聞かず、天下の乱れも知らず、民衆の憂いも顧みないので亡びてしまった。>>

我が国の現状、何をか況や。平家にあらずんば人にあらず。公務員にあらずんば国民にあらず。

少し前の時代、未曾有の経済の発展を遂げた我が国は、思いあがり、浮かれきっていたのもつかの間のこと。

気が付けば、多くの民は疲弊し、世は乱れ、為政者はまつりごとを忘れ、都に住む栄誉の一族のみが繁栄を貪り続けている。

やがて来るべき暗黒の世を知らず。

民を忘れた為政者は、民を見る勇気を持たず、打ちひしがれた弱き者たちは怠惰と享楽に身を任せ、悪霊ばかりが横行する。

そのような世の中を正す、一傑の英雄の現われることなく、空しく時は過ぎ去る。
夢か、うつつか、目を覚ませ。一時の繁栄に我を忘れた諸人よ。
メンテ

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大和魂 ( No.75 )
日時: 2017/06/04 22:13
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:FGQcIkrk

大和魂と言いますと、すぐに戦前の特高精神、街宣右翼が使う言葉の様に考えられます。

ウィキペディアによりますと、そうではなく

大和魂

外国と比して日本流であると考えられる精神や知恵・才覚などを指す用語・概念。大和心。和魂。儒教や仏教などが入ってくる以前からの、日本人の本来的なものの考え方や見方を支えている精神である。
とあります。
大和魂という言葉が使われたのは、『源氏物語』の『少女』帖とされている。大和魂の語・概念は、漢才という語・概念と対のものとして生まれ、和魂漢才と言うこともあった。漢才、すなわち中国などから流入してきた知識・学問をそのまま日本へ移植するのではなく、あくまで基礎的教養として採り入れ、それを日本の実情に合わせて応用的に政治や生活の場面で発揮することが大和魂とされた。

源氏物語 乙女の帖
第二章 夕霧の物語 光る源氏の子息教育の物語
[第一段 子息夕霧の元服と教育論]

「高き家の子として、官位爵位心にかなひ、世の中盛りにおごりならひぬれば、学問などに身を苦しめむことは、いと遠くなむおぼゆべかめる。戯れ遊びを好みて、心のままなる官爵に昇りぬれば、時に従ふ世人の、下には鼻まじろきをしつつ、追従し、けしきとりつつ従ふほどは、おのづから人とおぼえて、やむごとなきやうなれど、時移り、さるべき人に立ちおくれて、世衰ふる末には、人に軽めあなづらるるに、取るところなきことになむはべる。

なほ、才をもととしてこそ、大和魂の世に用ゐらるる方も強うはべらめ。」

に出てきます。
(れを現代訳しますと下記になります)

「高貴な家の子弟として、官位爵位が心にかない、世の中の栄華におごる癖がついてしまいますと、学問などで苦労するようなことは、とても縁遠いことのように思うようです。遊び事や音楽ばかりを好んで、思いのままの官爵に昇ってしまうと、時勢に従う世の人が、内心ではばかにしながら、追従し、機嫌をとりながら従っているうちは、自然とひとかどの人物らしく立派なようですが、時勢が移り、頼む人に先立たれて、運勢が衰えた末には、人に軽んじらればかにされて、取り柄とするところがないものでございます。

やはり、学問を基礎にしてこそ、「政治家としての心の働き」が世間に認められるところもしっかりしたものでございましょう。」
(以上)

ここに出てくる「政治家としての心の働き」が大和魂なのです。
最初に言いました現代風の解釈とは全く違います。
現代の政治家は、この大和魂の片りんも持ち合わせていないことが嘆かれます。
大和魂はフランスの騎士道、ノブレスオブルージュにつながるものがあるでしょう。

大和魂と同じような概念に
イギリスのジョンブル魂
不屈の精神を持つ本当の意味でのイギリス人という意味で使われる言葉。

アメリカのフロンティアスピリット
アメリカ人が困難に打ち勝って西部に土地を開拓した時のような、進取・自由の精神。開拓者魂。フロンティア精神。

ドイツのゲルマン魂
その勝負強さ、最後まであきらめない精神力を称する言葉

このように民族のバックボーン、誇りを持つことに何の問題がありますか。
大和魂を忘れた現代日本の有り様は、西欧民主主義を見習う事明け暮れ、結局は西欧人にもなりきれず、さまよっている状態です。

以上、極単に偏向された「大和魂」と言う言葉の説明をしました

メンテ
暑中お見舞い申し上げます ( No.76 )
日時: 2017/08/05 04:16
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:CVEB5slo

今日は丹後半島の中央部を紹介します。

上世屋集落

http://www.sato100.com/?page_id=191

上世屋の動画

http://kamiseya.com/

上記に紹介した上世屋部落から、さらに車で10分足らず、木子という部落は家の軒数、6〜7軒の更なる別天地であります。


森の生活 木子集落

http://tenkyo.exblog.jp/15119370/

最も、昔から住んでおられる方は殆どいなく、多くは都会からの移住者です。
その人たちが経営するペンションも2軒あり、都会からの常連客で賑わっています。
夏でもクーラーなどは使わないと言うことです。


んっ

私の住んでいるところ!

いや何、同じ宮津市でも、此処から車で25分の、も少し都会に住んでいます。


ついでに私の住んでいる部落の春祭りの動画をどうぞ(実は私も映っています)

https://www.youtube.com/watch?v=5g6H7jzX2RU

太刀振り

https://www.youtube.com/watch?v=GQemnlhXzcM
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そういえば、丹後って、稲田朋美の実家がある場所とか! 名前は椿原! ( No.77 )
日時: 2017/08/11 22:03
名前: イントィッション ID:eSc7jYp6

稲田朋美前防衛大臣! それも不正選挙で当選したかの牢屋行大罪人!

それが、防衛大臣をやめて発言した言葉が「私、何か悪いことしたかな? ただ防衛大臣務めただけなのに〜。」

と。。。 どれだけ能無しかわかりませんか? それも国民の税金から給与もらって生活している人間が言う言葉か???

呆れてとんでもないバカで能無し! 幼稚園以下!

こんな人間が、「自分の国は自分で守る。」なんて発言するからとんでもである。。。

「国民が一人一人血を流す!」 って、ユダヤ金融悪魔の人口削減の話かよ!!! である。。。
メンテ
丹後半島の事 ( No.78 )
日時: 2017/08/12 10:57
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:lgvsliH.

稲田朋美が私に断りもなく、防衛大臣を受けたとはけしからん!
と思いながら、考えてみると彼女は福井県越前市の生まれで、高校は京都市近郊の学校を卒業しています。

ところで丹後半島に関係のある人物と言えば、

古い順番から言えば

徐福

秦の始皇帝の時代に徐福と言う者が不老長寿の薬を求めて日本に来ています。
その徐福が上陸した所が丹後半島の突端、新井(にい)と言う村で、今でもある新井神社は徐福を祀っていると言います。

顕宗天皇(24代)
仁賢天皇(25代)

2人は兄弟ですが天皇の後継争いで父親が雄略天皇に殺され、子供のころ丹後半島に逃れてきて、30年後に天皇に復活しました。
私の住んでいる地域には、両天皇が建立したと言う神社があります。

間人(たいざ)皇后

彼女は聖徳太子の生母で、当時蘇我氏と物部氏の戦いを避けて丹後半島の間人と言うところへ避難していたと言います。

小野小町

平安時代の歌人で、出所ははっきりせず、墓も全国に散らばっているとか。
丹後半島の中央部も、小町終焉の地と言われています。

チョット古すぎる資料でした。

古いと言えば、もっと古い物語があります。

丹後王国論。

歴史学者の門脇禎二氏が主張されていることですか。
丹後半島周辺は4〜5世紀には、後に登場する大和政権と肩を並べるくらいの勢力があったとされています。

近くの神社の宮司、海部家の系譜は、天皇家のそれよりも古いと言われ国宝になっています。
丹後半島には古墳が多くあり、大きなものでは全長200mもあります。

私は丹後半島の付け根の部分に住んでいますが、限られた地域でも500〜700の古墳があるそうです。
それだけ有力者が沢山いた証明です。

半島中央部に近い南太田古墳からは、青銅鏡が発見されています。
その青銅鏡は3世紀の初め卑弥呼が中国の魏に使いを送りもらったものの1枚と言われています。
http://inoues.net/tango/ohta_minami.html


最後に平安時代の貴族が当地(ほとんど天橋立周辺)の事を読んだ歌を紹介します。

万葉集
       五月雨くらはし山の杜鵑
           おほつかなくも鳴渡るなり
       白雲のたな引いたる倉椅の
          山の松とも君はしらすや      貫之
       霧はれぬくらはし山の秋風の
         音にや月を鳴き渡るらん       慈鎮
       倉椅の山のかひより春霞
          としをみつゝやなり渡るらん    朝忠
続古今集 
       橋立の倉椅川にかる螢
          永き日くらし涼む頃かな      後鳥羽院
     
       飛螢もへこそ渡れ橋立の
       倉椅川のくらき波間に       頓阿法師


現在は、水上勉の小説「五番町夕霧楼」など、華やかさとは裏腹の貧困地域の代名詞のようにもなっていますね。
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Re: 息抜き投稿蘭です ( No.79 )
日時: 2017/08/14 12:18
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:j0DWt/fk

私の住んでいるところは京都北部の田舎町です。
時折、京阪神へ車で行くのですが、途中の内陸部の過疎地域(と言っても私が住んでいる町とそんなに変わらないのですが)と通るとき、ポツン、ポツンとある家に洗濯物が干してある光景が見えます。

こんなところにも家族がいて、奥さんが毎日、毎日家を守って生活しているのだ。
何の刺激もないようなこの場所で、いったい何を張り合いに生活しているのであろうと。勝手に同情して人生の儚さを感じます。

そうして、その後で、何時もの事ですが、人生とは何であろうと言うことへ向かいます。
妻のことを伴侶とも呼ぶように、妻でなくとも人生には伴侶がなくては空しさに耐えられないのではと思います。

そういうものが何処から来るのかは、別の範疇の問題として、人は多くの人とつながりながら生きていることに心の安寧を感じることだと思います。

その結果、1軒屋の生活を寂しく思い、都市部の密集に我を忘れることになるのでしょう。
まあ、密集と言っても「隣の人は何する人」と言いますように密集の中の孤独と言う概念もあります。

また、単につながりと言いましたが、量的なつながりばかりではないはずであり、小さな集団であっても、その深さにおいて量を凌駕することも考えられます。

結局は、その1軒屋の家族が幸せであれば良いのだと、幸せであることを願って、私の心を納得させるころには、車は数キロ先を走っていることになります。

1軒屋の奥さんにとって、まったく御節介な干渉ではありますが、車で通る時、私自身の心が平穏であるときは繰り返し浮かぶ感傷です。

「人生とは何か」と問うとき、
もっともっと、赤裸々な答えを出すことがあります。

人生論の始めに言ってみたかった経験でした。

少々湿っぽくなり息抜きにはなりませんでした。
そこで気晴らしに

猫の写真をどうぞ

https://www.kyudan.com/funny/cat.htm

犬の写真

https://www.kyudan.com/funny/dog.htm

管理人さんの「気ままコラム」から
メンテ
食べる話し ( No.80 )
日時: 2017/11/13 15:34
名前: 管理人さんの趣旨と提言より ID:t7TZHxoI

外国から日本旅行に来ていた夫婦と話していたら、日本のテレビ番組は食べる番組が多いような気がする、と言う。 なるほど、確かに地方の旅館などへタレントが行き、そこで名物料理をご馳走になる、有名レストランで自慢料理を食べる。 ドラマのなかにも食事のシーンは多い。 彼らが日本でテレビを見ながら最初に覚えた言葉は 「おいしい」 だと言っていた。

気になっていた事だが、それ以上に食事のマナーと言うか食べ方がなんとなく下品と言うか、野蛮に見える。 ステーキを大きく切り取り、それを一口で食べる、などはヨーロッパでは決してしない。 口の中がお肉で一杯、と言うような食べ方ではなく、せいぜい2センチ位に切り、食べる。 日本人はそんな食べ方では食べた気がしないのかも知れないが。

箸の持ち方も、使い方もまともに使えるタレントが少ないのも驚きだ。 今では家庭で教えないのだろうか。 それこそ外人の方がきちんとした、まともな使い方を知っている。 これこそキチンと使ってもらわないと、料理が下に落ちてしまわないかと、他人事でも心配になってしまう。

食いしん坊!万歳と言う番組の現在の食いしん坊はテニスのプロだった松岡修造だが、彼の食べ方はまさに下品そのものだ。 大きな舌を出して食べる様は見ていて気持ちが悪い。 どうしてあんなに舌を出さなくては食べられないのか、不思議でならない。

昔の映画で、フランスの俳優ジャン ギャバンが小さく切った肉片をとても早く咀嚼しているシーンがあったが、いつ話し掛けられても返事が出来るくらいの大きさが最適なようだ。 話をしながら食べると言うのは、日本の礼儀には反するようだが、ヨーロッパでは逆に話しながらゆっくりと食べるのが礼儀だ。

日本人に限らず東洋では、おかずとご飯を口の中で混ぜて、かなりの量が同時に口いっぱいになるような食べ方が一般だが、ヨーロッパでは違う。 一品づつ口に入れ、間にパンを食べるのが普通だ。 肉や魚と同時に付け合せを食べる事はあるが、量は多くない。 日本食ではご飯のせいか口の中がべたつくので、味噌汁やお吸い物が必要になるが、パンはほとんどべたつかないのでスープは別になっている。

日本人はスープとパンの習慣が無いので一生懸命連続してスープを飲むが、ヨーロッパではその様な食べ方はしない。 スープは1、2杯飲んでパンを食べ、2、3杯飲んではパンを食べるような飲み方です。 また、スプーンはたてて飲むと音がしません。 たてとは先の方を口に向けて飲むと言う事です。 横から飲むとどうしても音がして、下品に思われます。

アメリカにはマナーと言われるようなものは無いのでかなり自由だ。 食事とコカコーラと言うのはヨーロッパではあまり見かけない。 コーヒーも食後、と決まっている、がアメリカでは食事と同時にコーヒーと言うのは特に珍しい事ではない。 ハンバーグを食べる時のように、肉、レタス、トマト、ピクルスなどを口の中で色々な食材を混ぜて食べる、と言うような食事はヨーロッパでは少なく、唯一イタリアのピザがなんとなく似ている。

1975年にエリザベス女王が来日する事になり、晩餐会に招かれた財界、政界のお歴々に対してイギリス式のマナーを教授する食事会があった。 そこで食事中に話をする場合は食べ物を飲み込んで、ナフキンで口を拭き、おもむろに話すこと、ナイフを持ったまま話をしない事、音を立てない事等々細かく指導されたそうです。

しかし、本番の晩餐会ではエリザベス女王みずからによってことごとく覆された。 女王が食べながら大きな声で話し、話す前に口など拭かず、教官から決してしてはいけません、と言われたコーヒーカップを持ったまま話しかけたり、コーヒーカップをソーサーに置く時、カチャンと音を立てたり、かなり自由に振舞っていたそうだ。 後日財界人の集まりで、マナーを教えた教官はどこでそんなマナーおぼえたのだろう、と皆で笑ったと言う。

柿の種はビールのつまみでピーナッツと一緒に食べると美味しいのだが、その割合はピーナッツ1個につき柿の種が4個か5個位が丁度良いと思うのだが、外人に出すと一緒に食べずに一個ずつ食べる。 同時に食べるように教えても数個を同時に食べる事には抵抗があるようだ。 柿の種の量に較べるとピーナッツの方が量が少ないので交互に食べると、最後は柿の種ばかりになってしまう。

ソフトクリームでも食べ方が違う。 日本人はかじるように食べるが、外人はひたすらなめる。 当然、長時間なめる事になる。 彼らにはかじるような食べ方は出来ないようだ。 スプーンで取るようなタイプのアイスクリームでも多くの外人がそのスプーンのアイスクリームをなめている。 パクリと食べてしまうのは惜しいのかもしれない。

難しいのはスパゲッティだ。 イタリア人は実に上手にホークに巻き取って食べる。 一緒に食事しながら観察をして、真似してみたが上手くいかない。 食べ方が下手なために何本ものネクタイを駄目にしてしまった。 だいたいネクタイなどして食べるようなものではないのかも知れない。 スパゲッティを巻く時のホークの持ち方は立てないで、横にして丁度つかむような持ち方だ。 つまり小指でホークの下の部分を抑え、人差し指と親指でクルクル廻すとソースが飛ばないし、上手に巻けるようだ。 イタリア人が食べていた本場の食べ方です。 試してみてください。

日本に来た外人が最初にとまどうのはソースや醤油などや唐辛子、洋がらし、ラー油など等あまりにも多い調味料だ。 何の料理になにが最適なのか、覚えきれないと言う。 たんに餃子を食べるにしても、醤油、酢、ラー油と混ぜるのだが、その割合などは面倒そうだ。 刺身のわさびを一口で食べてしまい、死ぬ思いをした外人は多いに違いない。

食べると言う行為は習慣で簡単には変える事が出来ないかも知れないが、テレビのタレントで食べる事でギャラをもらっているような人は、もう少しマナーを覚えてほしいものだ。

おしまい

メンテ
Re: 息抜き投稿蘭です 料理上手の奥様は「人殺し」 ( No.81 )
日時: 2017/11/14 21:49
名前: 「南の島 九州 達磨」 ID:ll.t7jQ. メールを送信する

▲息抜き投稿蘭です 料理上手の奥様は「人殺し」

美味い料理は 沢山食べて
1杯のご飯は  美味いと 2杯・3杯と 食べて

無駄な栄養過多で  肥満で 殺されます

米国人の 肥満でも 判るように

今は 調味料の 使いすぎで
 贅沢な 食材で  食べ過ぎが 多過ぎ ます

やはり  食べる量が 多すぎる 日常です

今になって  やっと  気づいたのです

天橋立愚痴人間様も  投稿者も
 これを機会に 食べるのを 減らして
   「糾弾 日本の政治改革」維持に

長生き  致しましょう・・・・

「南の島 九州 達磨」 謹言
メンテ
ダビンチ落札はサウジ王子 最高額の500億円 ( No.82 )
日時: 2017/12/10 00:18
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:re6qSOeU

米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は6日、巨匠レオナルド・ダビンチがキリストを描いた油絵を11月に美術品としては史上最高額の約4億5000万ドル(約506億円)で落札したのは、サウジアラビアのバデル王子だったと報じた。

 競売を主催した競売大手クリスティーズによると、この絵は20枚もない現存するダビンチの絵画のうち唯一の個人所有で、長年行方不明になっていた「幻の作品」。落札者に注目が集まっていた。

 バデル王子は、サウジアラビアの汚職を巡り富豪の王子や閣僚ら約200人の拘束を主導したムハンマド皇太子の友人。美術品収集家の間では全く知られていなかった。

 パリのルーブル美術館の海外別館でアラブ首長国連邦(UAE)にある「ルーブル・アブダビ」は6日、ツイッターで落札された油絵が同館に移送されると明らかにした。移送の経緯は不明だが、ムハンマド皇太子はUAEの王族と親密な関係にあるという。(共同)

(世界の高額絵画一覧)

https://matome.naver.jp/odai/2133688564260969501

2位 336億円 デ・クーニング『インターチェンジ』  購入者: ケネス・グリフィン

3位 307億円 セザンヌ『カード遊びをする人々』  購入者 カタール王室

4位 245億円 ゴーギャン『ナフェア・ファア・イポイポ(いつ結婚するの)』 カタール国立美術館

5位 224億円 ポロック『ナンバー17A』      購入者: ケネス・グリフィン

6位 202億円 レンブラント『マールテン・ソールマンスとオーペン・コーピットの肖像』  

購入者: アムステルダム国立美術館とルーブル美術館

7位 201億円 ピカソ『アルジェの女たち』   購入者: ハマド・ビン・ジャシム

8位 191億円 モディリアーニ『横たわる裸婦』   購入者: 劉益謙

9位 185億円 ポロック『No.5, 1948』    購入者: デヴィッド・マルチネス

10位 182億円 デ・クーニング『ウーマンIII』   購入者: スティーブ・コーエン(SACキャピタルアドバイザーズ)

11位 177億5000万円 ピカソ『夢』   購入者: スティーブ・コーエン(SACキャピタルアドバイザーズ)

12位 177億4000万円 クリムト『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I』  購入者: ロナルド・ローダー(エスティローダー)

13位 170億7000万円 リキテンスタイン『マスターピース』   購入者: 匿名

14位 170億2000万円 ゴッホ『医師ガシェの肖像』   購入者: 齊藤了英(大昭和製紙)

15位 163億2000万円 クリムト『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像II』  購入者: 中国系バイヤー




30位 114億2000万円 ルーベンス『幼児虐殺』   購入者: ケネス・トムソン

31位 113億6000万円 ベーコン『トリプティク(三幅対), 1976』  購入者: ロマン・アブラモビッチ



大した絵じゃないのに、と言うのは、私の僻みか!

その私でも、本当に気にいった絵であれば、5万円くらいははりこむだろう。

しかしながら、それがピカソでもゴッホでも、5万円以上は出さない(出せない)。


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氷河時代が到来するか! ( No.83 )
日時: 2018/02/05 23:39
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:dKUGpEkw

最近、寒波が押し寄せ、東京などでは混乱が起きているようです。

そこで氷河期のはなし。

ヒューロニアン氷期 24億〜21億年前
スターティアン氷期・マリノアン氷期 8億〜6億3500万年前
アンデス・サハラ氷期 4億5000万〜4億2000万年前
カルー氷期 3億6000万〜2億6000万年前
現在の氷期  300万年前〜現在(第四紀氷河期と言うそうで、2600万年前から始まったとも言われている)

さて第四氷河期以来、地球では4万年と10万年の時間スケールで周期的に氷床の発達と後退を繰り返してきており、これらは氷期と間氷期、あるいは氷床拡大期や氷床後退期などと呼ばれる。地球は現在間氷期にあり、最後の氷期(最終氷期)は約1万年前に終わった。

次の氷期が来るとしても、早くても1〜2億年先のこと。
ですが、我々は、今年は寒いから氷河期が近づきそうだとか、言って心配をしています。
心配性なのですね!

地球が出来たのは45億年まえ
なんと40億年前には原始生命が誕生したと言われています。

その後、氷河期の到来のたびに生命体は絶滅の危機にあっています。
3億6000万年ほど前には、脊椎動物が誕生して、動物が陸上に上がってきました。

皆様おなじみの恐竜時代と言うのは、その直後(?)2億3000万年前には始まっています。

なを、地球史的には、この後、2億3000年前に、地球上で生物の大規模な絶滅が起きています。
海生生物のうち最大96%、全ての生物種で見ても90%から95%が絶滅した。

また6500万年前には、巨大隕石の落下に伴い、地上の生物の大量絶滅がおきました。
恐竜時代は一夜にして滅びました。

3000万年くらい前になると、霊長類の子孫が生まれ
600〜700万年まえには、人間らしき動物が登場します。

ようやく20万年前には、アフリカで現代人につながるホモサピエンスが登場し、10万年くらい前から世界中に移動し始めました。
日本列島へは2万年くらい前には来たと言われています。

縄文時代の初期(今から1万年前)、日本列島には2万人が住んでいたとみられています。
さらに今から4000年くらい前には、縄文時代の最盛期で26万人の人口に増えていたらしいですが、そのご8万人くらいに減ってしまい、弥生時代を迎えた様です。

ついでに言いますと、飛鳥時代の人口は500万人の様です。

メンテ
夢のまた夢の話し ( No.84 )
日時: 2018/05/21 12:14
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:aA98q2Qw

現在の政治などに関わっていても仕方がない。
悠久の話題で時間を過ごしましょう。

さて人類(我々)とは何か。
要するにホモ・サピエンスの歴史に触れてみましょう。
人類はサルから進化した霊長類と言われています。
元は哺乳類の一種(正確には一目)とされてきたが、今から600〜700万年前にサルとは区別されるようになったらしいです。
その家系図で言えば、爺さん婆さんの親戚にはネズミ属やウサギ属がいたらしいですね。

その頃の人類は旧人と言われ遺跡の発掘の状況によって、それぞれの名前が付けられています。
注目に値するのはネアンデルタール人でしょう。

ネアンデルタール人は、約40万年前に出現し、2万数千年前に絶滅したとみられるヒト属の一種である。
さらに20万年まえのころ、新人類と言われる種が登場します。
ホモ・サピエンスもそうですがクロマニョン人が登場します。
スペインのアルタミラ、フランスのラスコーに洞窟画を残したクロマニョン人です。
クロマニョン人は後期旧石器時代にヨーロッパ、北アフリカに分布した人類で、現代人と同じホモ・サピエンスに属し、コーカソイドに入ると考えられるが、現在は化石でのみ発見されるので、同時代の他地域の上洞人・港川人などと共に「化石現生人類」とも言う。精密な石器・骨器などの道具を製作し、優れた洞窟壁画や彫刻を残した。また、死者を丁重に埋葬し、呪術を行なった証拠もあるなど、進んだ文化を持っていた。

そのクロマニョン人が絶滅したのは、13000年前と言われていて我が国の縄文時代にはまだ生きていたのですね。
いよいよ我々のこと(ホモ・サピエンス)ですが、
現生人類はホモ・サピエンス種である。そして、そのうち唯一現存する亜種はホモ・サピエンス・サピエンスとして知られる。他の既知の亜種であるホモ・サピエンス・イダルトゥはすでに絶滅している。一時期、ホモ・ネアンデルターレンシスと呼ばれて亜種に分類されていたネアンデルタール人は3万年前に絶滅している。遺伝学研究は現生人類とネアンデルタール人の共通祖先がおよそ50万年前に分岐したことを示唆する。

と、此れも一筋縄では語れませんが、
現生人類の最も古い化石は、エチオピアのオモ遺跡(英語版)から発見されたおよそ19万5,000年前のものとされて来たが、2004年にモロッコのJebel Irhoudの地層で発見された、頭蓋骨及びその同年代のもの思われる複数の石器がおよそ30万年前のものであると結論づけられ、2017年6月のNatureに発表された。分子生物学の研究結果からすべての現生人類がおよそ20万年前のアフリカ人祖先集団に由来するとした証拠が示されているが、それより10万年ほども古い化石が発見されたことで、今後のさらなる研究が待たれる。アフリカ人の遺伝的多様性に関する広範な研究から、14の「祖先集団クラスター」に由来するサンプリングされた113の様々な集団のうち、サン人の遺伝的多様性が最も高いことが判明している。また、この研究報告は南西アフリカのナミビアとアンゴラの沿岸境界近くが現生人類の移動の起点だとしている。

とまあ、このような事で、ホモ・サピエンスと言っても他の種族に対して純潔を守っていたとはとても考えられませんね。

人類の歴史、700万年から考えて現代人類の発展は言語に絶するものがあります。
今から5000年前は、エジプトに王朝がありメソポタミア文明も栄えています。
クロマニョン人が絶滅して8000年後の事です。
20万年の間、同じ時期に暮らしていたホモ・サピエンスも、クロマニョン人が書いたスペインのアルタミラ、フランスのラスコーに洞窟画に勝る文化を持っていたのでしょうか。
それとも、その後に急速に進化したのでしょうか。

また、ネアンデルタール人やクロマニョン人が生存していたら、現在の世界文化はどのようになっていたか。
彼等と切磋琢磨して成長していたか、彼らと大戦争を起こしていたか、夢のまた夢の話しでした。
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