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[529] 1000兆円の借金について<マクロ経済論>
日時: 2010/03/11 00:41
名前: 天橋立の愚痴人間

ヤフー掲示板より。
「21世紀の世界」トピックスで、最近興味のある意見交換をやっています。
私には、今一つ理解できない部分があります。
当サイトでも、財政の問題について同じような発想を持っておられる方がいます。
ご意見を御聞かせください。


http://profiles.yahoo.co.jp/junkangatashakai

2)内需拡大政策:国の資産を増やすような事業を国が行って、その支払いは通貨の印刷で賄う。この方法は内需拡大で景気をよくし、且つ将来に国の債務を残さないことを意味する。

国民の資産を増やすような事業を国が行って、需要を拡大する方法は、少なくともその需要分の景気浮揚効果がある。

その資金調達の方法が、国債発行に拠るのか、印刷に拠るのかによってその効果が変わるかだが、変わらないと言うのが正しいだろう。何故ならどちらの場合も通貨の増大量は同じだからだ。(貸借関係から生まれた通貨か、単に印刷して生まれた通貨かの違いはあるが、通貨の増大量は同一)

確かに通貨増大が国の借金となっているか、なっていないかの違いはあるが、もし国の借金になっていないことに意味があるのなら、買いオペをすれば実質的に同じこととなる。ところが既に述べたように、現状の日本では、買いオペは経済浮揚効果をほとんど持っていない。

国債は現状で買い手が付いているし、更には国の借金なら民間に金利分が流れる。そこにはいくらかの景気浮揚効果も期待できる。

私にはここまで、通貨の印刷による景気浮揚の道筋は見えて来ていません。もしシリウスさんが、景気浮揚効果が期待できる具体的道筋のアイデアがあるのなら、ぜひ教えてください。


以上全文転載。
メンテ

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Re: 1000兆円の借金について ( No.1 )
日時: 2010/03/11 00:43
名前: 天橋立の愚痴人間

以下も全文転載です。


投稿者 :
zero_gunnier


米国債は日本政府は売れないのに西郷札じゃないとよく言えますね(笑)

もうちょっと今の現状を知った上で発言してくださいな。

世界は通貨を発行し国力を増大させているのに
日本は通貨を発行せず国力を減退させ続けている。

会計学上貿易黒字国は政府紙幣を発行しなければならないのは確定している。

というのも為替差損という勘定科目が不当な勘定科目であるからです。

通貨を発行した国では差損は計上されず通貨を発行しなかった国だけがこの為替差損を計上します。日本はずっとこの差損を計上し続けています。中国はこの為替差損を法人や労働者に負担させるのは不当な競争であるとして為替を固定し、余剰の外貨を基準に国民のために通貨を供給しています(事実上政府紙幣発行です)。

どちらが会計学上正しいかといわれれば中国の方が正しいです。

貿易を行う場合、貿易赤字に対して通貨を発行し、毀損させて返済をしようとする国に対してその毀損を貿易黒字国の日本が背負わないようにするためには、中国同様日本政府も通貨を供給し国民へ還付しなければなりません。

以上をもちまして国際会計上は政府紙幣を日本は発行しなければならないという意見を終わります。

ちなみに貿易黒字額を中国のように日本がきっちり政府紙幣を発行していたならば国債の発行残高はほとんどなかったという事も付記しておきます。

つまり為替差損の積み上げが日本の国債の発行残高なのです。

日本は何も気にせず政府紙幣を発行すべきなのです。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について ( No.2 )
日時: 2010/03/11 00:57
名前: 天橋立の愚痴人間

投稿者 :
blue_00_siriusu


単純な印刷だけなら、資金需要が無ければ、
市中に流れることもありません。
直接の景気浮揚効果は少ないでしょう。

国家による、付加価値の創造は
仕事量の増加、雇用の創出を伴い
実効性のある資金流通量の増加が見込めます。




投稿者 :
blue_00_siriusu

国家の付加価値の創造においては

その価値の分、政府紙幣の印刷が可能である。

と、同時に印刷の義務も発生する。



投稿者 :
junkangatashakai

>付加価値であるなら、資産に拘る必要は無いものと考えます。新規構築システムでも良いはずです。>

付加価値であるなら何でもいいとなると、国が年間に生み出している付加価値の総計はGDPそのものですから、毎年GDP相当額の紙幣を印刷するということになってしまいます。しかしこれは現実的ではないでしょう。

「資産」と「新規構築システム」とのどちらかになるような付加価値に限定するとも解釈できます。
「新規構築システム」とは何を意味するのか、説明していただけると有り難いです。

もしかすると「国の支払い際して、そこに含まれる付加価値については紙幣を印刷して払う」ということかもしれませんね。そうすると公共投資以外にも公務員の人件費なども付加価値ですから、年間に相当量印刷することになります。

あるいは「国の支払い際して、そこに含まれる「資産」と「新規構築システム」とのどちらかに相当するような付加価値については、紙幣を印刷して払う」ということかもしれません。

どのような表現が適切か教えていただけますか。



投稿者 :
blue_00_siriusu

(マクロ経済における)適切な表現としては、

付加価値が国民の財産たりうる必要があります。

帳簿上、財産計上できるものであれば、ですね。

前述の構築システムは、例えば、安全とか平和であることとか、

国民の財産として適切であれば、資産計上できると思われます。


公務員の給与は、ランニングコストとみなすのが適切でしょうから、

国民の財産としては計上できないと思われます。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.3 )
日時: 2010/03/11 01:07
名前: 天橋立の愚痴人間

さらに紹介を続けます。

投稿者 :
junkangatashakai

「通貨の増大」を巡って議論をしているが、その目的は「景気をよくしたい」、あるいは「経済水準をより高く、より安定的にしたい」などで、「通貨の増大」は手段である。

「通貨の増大」によって具体的にどのようにして景気をよくするかについては、以下のような三つの道筋が考えられる。

1)円安政策:政府が印刷するなどして調達した円で、市場でドルなどの外貨を大量に買って(円を大量に売って)円安にして、輸出主導で景気をよくする。

2)内需拡大政策:国の資産を増やすような事業を国が行って、その支払いは通貨の印刷で賄う。この方法は内需拡大で景気をよくし、且つ将来に国の債務を残さないことを意味する。

3)通貨増大政策:一般に景気がよくなれば通貨は増大する。それを逆手にとって、通貨を増大させて景気をよくする。(90年代末のインフレターゲット論に似ている。)

上記の三つは必ずしもそれぞれが独立していない。例えば1)や2)で景気をよくする場合、同時に通貨の増大も伴うから、3)の効果も期待できる。

それぞれを見ていくこととする。



メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.4 )
日時: 2010/03/11 01:08
名前: 天橋立の愚痴人間

投稿者 :
zero_gunnier

>現状の日本で通貨の供給量をどうやって上げるのですか?民間資金需要が無く、貿易黒字が多い(貯蓄が多い)という状況で、通貨量をどうやって上げるのですか?

国債を償還したらいいじゃないですか(笑)金利の支払いだけでも税収の半分以上を負担せざるをえないのですからもはや国債は発行のしすぎです。それを政府紙幣によって買い取らなければなりません。

それと日本でも民間の資金需要は山ほどあります。あなたが知らないだけです。

といっても金利の知識がないとわからないですかね。金利を引き上げると景気が刺激され金利を引き下げると景気が悪化する。

この話が理解できるなら資金需要の話も理解できますが、わかりますか?わからないなら解説します。

>結局国債の日銀買いオペとマッタク変わりません。それとも違うのですか?
インパクトは違いますね。

>貿易黒字分(国民の貯蓄分)をすべて配ってしまうわけにもいかないでしょう。
いえいえ配って良いとおもいます。累積貿易黒字と為替差損の計500兆円を総額で毎年定期的に配るべきだと思います。

何故ならば本来日本国民が得られた所得ですからね。為替差損によって失った所得を補填するのは国家の基本的な役割です。

>結局円安にするにはドルを買うしかないということになると思いますけど・・
いえ、全然。ドルなんて買う必要性がありません。政府紙幣を発行してしまえばそれで終わりです。



以上で、転載を終わります。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.5 )
日時: 2010/03/11 01:25
名前: 天橋立の愚痴人間

今度は、私の意見。

付加価値を伴う貨幣の供給が可能ならば、私の持論、食料鎖国論に弾みがつく。

年間、10兆円くらいの投資をして、全国に人口農地を展開する。
その人口農地は水利、営農にやさしいものとし、比較的容易に農業に従事できるものとする。
勿論、自然災害にも強い農地とする。

これを国家は300年くらいの償還計画で農家に貸し付ける。
実質の試算はしてませんが、年間、1反(300坪)3万円くらいなら、まずは只のようなものである。

食料の自給もでき、就業の確保もでき、さらには農地建設による公共事業が継続できる。
しかも、その工事は技術的に難しいものではなく、地方の多くの建設業者に任せればよい。

一石三鳥の名案と思うが、

如何でしょう。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.6 )
日時: 2010/03/11 17:29
名前: 北の国から

 まじめに(自然を相手に)働けば、すくなくとも普通の暮らしができる。しかも会社の一方的都合によって解雇や、「雇い止め」の不安もなくなります。農地建設の公共事業は、まともな国民であれば、よほどのことが無い限り、反対しないでしょう。
 さらに、このことが一定軌道に乗ると(食料鎖国から2〜3年)、北海道から、沖縄まで(米軍基地は撤去されているかもしれない)広域で、平均的に経済活動が活性化される、というすごい効果もあります。
 もっとすごいのは、農業技術を蓄積しておられるけど、いろいろあって、その蓄積を後身に伝承できていない、すごい数の「元農民」のかたたちの出番と、人口ピラミッドの上のほうのひとたちも、若者とともに「やりがいのある仕事」を選択していくようになるでしょう。

 ところが、日本から、電気製品や、自動車を輸入している一部(ほんの一部)の国は、さまざまな報復をこころみるでしょう。
 そして、一部の国民は「食料品鎖国では、輸出産業が崩壊してしまう」などと、(対案はもうないのに)さわぎたて、バカなマスコミも(スポンサーの横槍もあって)、「食料品鎖国とは何事」などというキャンペーンをやるにちがいありません。
 そういう、「昔ながらの抵抗」に、多くの国民が、どれだけ戦えるか。そこがカギですね。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.7 )
日時: 2010/03/11 20:11
名前: 天橋立の愚痴人間

>ところが、日本から、電気製品や、自動車を輸入している一部(ほんの一部)の国は、さまざまな報復をこころみるでしょう。
 そして、一部の国民は「食料品鎖国では、輸出産業が崩壊してしまう」などと、(対案はもうないのに)さわぎたて、バカなマスコミも(スポンサーの横槍もあって)、「食料品鎖国とは何事」などというキャンペーンをやるにちがいありません。


北の国から さん、財界の傀儡政権、自民党はまさにこれだけでやってきました。

>そういう、「昔ながらの抵抗」に、多くの国民が、どれだけ戦えるか。そこがカギですね。

そうですね、勢力を増した(?)ワーキングプアと壮絶な戦いを始めねばならないと思います。

ボノボさんの口癖

「政治は殺し合いである」

の認識を、みんなが持てるでしょうか。



まあ、とにかく、

民主党が、このような範疇のことに思いを寄せてないことは確実でしょう。

殺し合いではなく、

友愛ですものね。

民主党のだらしない根拠は

まさに、ここにあるのです。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.8 )
日時: 2010/03/11 22:53
名前: seijikeizai111

政府紙幣と国債は根源的には同じである。
政府紙幣と国債の違いは、発行体である政府部門の会計処理の違いに過ぎない。

政府紙幣は損益勘定で行い、国債は資産・負債勘定でする。

だから、国債は限りなく貨幣である。

政府紙幣がよいなら、国債もよい。

むしろ同じであるなら国債の方が優っている。

なぜなら貨幣量の調整という役割には、資産負債勘定の方が適しているからだ。
また、利息相当分(経済成長分)の供給もするからだ。

ただ、貨幣を増やしたからと言って経済成長しない。
何に使うかが一番大切だ。

国は、直接使わず減税すべきである。
使い方は国民が決めるべきである。
減税の財源が、国債の発行である。



貿易黒字分をどうするかという話

基本的には円を基軸通貨にするくらいの覚悟がないとだめだ。
基軸通貨になるための条件は、経済力だけでなく軍事力も必要になる。
基軸通貨というのは、世界の通貨発行権があることなのである。
通貨発行権は、権力者の権利なのである。


食料鎖国論の話

天橋立の愚痴人間さんの持論ということですが、初めて知ったのでこの文章だけではよくわかりません。


私のアイデアは、・・・

地方への交付金を、その県の面積(陸地と海洋含む)に応じて配分すればいいと思っています。
国土や海洋を守るにはそれなりのコストがかかるからです。
お金のあるところに人が集まるからです。
何に使うかは、国が決めるのではなくそれぞれの地方で決めて、特色を出せばよいからです。
地方によってはそれを全額減税するところもあってよいと思う。

もちろん不景気の時には、国債を発行して配ればいいです。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.9 )
日時: 2010/03/11 23:42
名前: 天橋立の愚痴人間

seijikeizai111 さん、こんばんは。

経済のことに御詳しい貴方に聞いていただきたい。

「食料鎖国論」は4年も前から展開しています。

格差社会の問題を景気、不景気さらには金融の問題にすり替えて考えていますが、それ以前に、科学の発達による生産技術の進歩が引き起こす職場を無くする人間の増大は、また別の次元の話です。

日本だけを考えても、所謂工業生産品の生産力は、我が国で消費する量をはるかに上回っております。
ですから、今まで一番多くの人を吸収してきた物資の生産の場で、働く人々は非常に少なくてよくなってきています。

今のところ、輸出によって外国で裁くことによりあまり目立っていませんが(実はすでに産業の空洞化による失業者の増加という現象はかなり酷くなってきています)、中国、インドなどが同じように生産力を発達させれば、たちまちその現実が押し寄せます。

こんな時に、現在我が国にいる6500万人の労働者はの幾らくらいが就業可能かです。
ですから、働くということを漫然と考えていては大変です。

そこで考えたのが、第一次産業の復活なのです。
農業に関わらず、林業、漁業共に大変な職業であり、苦労の割には収入が見込まれません。
ですが、たとえ年収が200〜300万円であっても、考えようによっては幸せな生活を送れます。

現在、第一次産業に従事している人は、300〜400万人でしょう。
それを将来は2000万人くらいにすることで、工業生産の分野の余剰人員を吸収できないか、と考えています。

そうして、この分野は不必要に集約化、機械化をすることはいけないと思っています。
人間の知恵として、この分野の進歩は抑制することです。
しかしながら、そうすればたちまちにしてエンゲル係数が上がるとか、住宅建設が高額になるとかの影響が出ます。

こういう選択を我々が出来るか否かは、我々自身の価値観の転換(パラダイムチェンジ)が必要です。
そのほかに、農地の問題や、実際に第一次産業を希望する人間がいるか、否かなど大きな課題があります。

でありますが、これなくしては多くの人々が生活保護など福祉の力をかりて、働かずに生活することになります。
人間、働いてこそ人間性が維持できるのであり、働かない人間の大集団の行き着く先は、それこそ地獄絵図であると思っています。


こういう観点から、まず日本の農業のありようを見直し、多くの人が地方に移住して農業を営めるような環境を国家が用意することです。

そのために与えられた時間は、30〜50年と思っています。
ということは、すぐにも着手しなければならないということになります。

多くの人が地方へ移住すること事態、社会の環境を変えて、他の経済の流れも変わってきます。
今は非常に希薄になってしまった、地域循環型の経済圏が出来てくるという期待もしています。

今の市場主義の発達は、経済圏の循環領域が少なくともアジア単位まで広がり、其処には初期の資本主義の根本原理、需要と供給のバランスが、実質的には、地域にいる限り取れていません。

地域の人たち、都市部の人たちも同じで、グローバル化の波に乗り切れない多くの人にとっては、もはや現代は、資本主義の経済圏にも、昔の自給自足の経済圏にも入っていないのです。

これが格差社会の根本の原因と思っています。

ただし、グローバル化の波に乗っている輸出企業、大手流通業などの系列にいる人たちは、いまだ市場主義の競争に目の色を変えて追っかけている上に、国家も、その後押しをする事だけが国家の使命、国家の興隆と勘違いして、誰もが来るべき危機に備えてはいません。



まあ、食料鎖国論の背景はこんなものです。
ですが、机上の論理はできても、現実は切り替えの資金、財政の問題に行き当たります。

そこで、マクロ経済の分野で、先に紹介したようなことが本当に可能か、否かに興味があるのです。





メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.10 )
日時: 2010/03/12 10:01
名前: 北の国から

 「食料鎖国」を、圧倒的多くの国民に共感してもらうポイントについて考えてみました。
 まず、就業人口のなかで少なくなってしまったとは言え、「一次産業」に従事しておられるかたたち、関連のかたたちは、生活実感としてたいへんな思いをしておられるのですから、ていねいに話せばほとんどのんたたちは「賛成」でしょう。
 「人間、ほんとうは『働く』ことによって幸福感を味わえる」というキャンペーンも、ある意味とても大事なポイントです。わたしも、「仕事がない、住むところもない、お金もあまりない」というかたたちの(ささやかな)相談に乗って、最終的には、生活保護の申請、受給のお手伝いをさせていただいたことがありますが、そういうかたたちでも、そのほとんどは「仕事をしたいなー」と思っているし、「お上の金で暮しているうちに人間ダメになってしまう」と思っている人だって、意外と多いのです。
 国と地方自治体が支出する「生活保護」のお金を、一次産業をまともに再建することで、これを圧縮し、同時に、貧困に陥りそうな人たちに「自分で働いて、自分の暮らしを支える、という人間としての喜びを、みんなでわかちあうことができる。このことに反対する人はほんとうは、いないのではないでしょうか。
 一次産業における、いわゆる大規模化、機械化とのたたかい。これが結構むずかしいですね。
 いまでも、自民党の長年の悪政によって、「小規模」の家族単位の農業はなりたたなくなっています。大規模では、機械化、近代化による借金で(北海道の酪農家の、一戸あたりの借金の平均は、約4千万円)これもたいへんです。
 機械化、近代化は決してマイナスのことではありませんが、農業機械、大規模化とともに、そうした商品を扱う会社の「資本の論理」が、客観的に存在する以上「人間の進歩として、この分野を抑制する」(天橋立さん)は、並大抵のことではありません。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.11 )
日時: 2010/03/12 10:21
名前: 北の国から

 つまり、天橋立の愚痴人間さんが強調されているように、国民の多くの価値観を変えて、たとえば「肉にしても、野菜にしても、ただ安ければいいというものではない」とか「日本で一次産業にたずさわっている人たちの努力で、日本の国の食料と、経済はなりたっている」とか「少し高くても、日本の食料品を使用することによって、国の再建に役立つ」などと言う考えかたが、広く普及していくことは、ひとつの方法で、これは可能でしょう。
 ところが、一次産業を相手に(少なくなったとは言え)、商売している金融、農機具、肥料などの企業が、機械化、近代化をやはり協力におしすすめることによって生き残っていくしか道はないからです。
 しかし、この面でも「まあ、状況が変わっていけば、何とかなるもんだ」というような事例が、ごく最近ありました。
 いいことなのか、どうかは別にして、自家用車保有者の「好みの車種」の大きなかわりようです。(日本だけでなく、世界でも)
 わたし自身も含め、車には「快適さ」をもとめてしまいます。加速、ダートでの壮行性能、長距離を運転しても疲れないなどでしょうか。ところが「燃料が高くなった」「収入が上がらない」ということが数年つづいたなかで、いわゆる「大きい車」の需要はダウンし、町中に「軽自動車」がすごい勢いで増えています。
 つまり、具体的な大きな変化によって、対応する国民だということでもありますね。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.12 )
日時: 2010/03/12 11:21
名前: 北の国から

 天橋立の愚痴人間さんがそうであるように、わたしも「科学と技術の発展」を否定していません。むしろ全面的に肯定しています。(原子力は危険な要素があるものの、原子力の「科学としての」研究は、積極的におこなうべきです)
 第一次産業、とりわけ農業が、科学(自然科学の分野が多い)の進歩を、どう受け入れ、道考えたらいいのか、ということは簡単ではありません。
 たとえば、農業にとって「アンモニアの合成」(ずいぶん昔の話ですが)によって、収穫が飛躍的に改善されたのは、行く知られたことです。そして、その収穫の改善によって、(その当時の)多くの餓死者が、作物の普及によって、劇的に現象したのもよく知られていることです。

 つまり、自然科学の発展、成果は、基本的には人類の幸福に役立っているはずです。
 そして、それは、経済のしくみ(資本主義であろうと社会主義であろうと)、とんでもなく悪用される危険に満ち溢れています。

 しかし、逆に、資本主義経済であっても、(フランス、オランダなどの実績をみるまでもなく)農業と、科学技術、安全ということは、かなりのレベルで、うまく解け合うことはまったく可能なのですね。科学者、研究者、技術者と企業が、どれだけそういう立場にたてるのか、そういう研究をどれだけ、政治として支援できるのか、ということだけなのですから。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.13 )
日時: 2010/03/12 13:28
名前: 天橋立の愚痴人間

ご理解をいただきありがとうございます。
私が言っていますことは、これだけでは、理想屋のそしりを受けると思います。
ですが、現在は400年前から始まったと思われる、西欧第三期文明にたいする、文明史的転換の時代と位置づけています。

科学技術の礼賛、発達と、利己心の開放を促進してきた民主主義、資本主義に対する反省です。
ただし、それら全てを否定する訳ではありません。

ただ進歩という概念を少しばかり制御はしなければならないかと思います。
たしか、「進歩」の概念を皮肉って表現している映像もありました。

勿論、医学や宇宙工学などまだまだ進歩を望む分野もありますが、資本の論理の性急な展開などはコントロールを必要とするでしょう。
400年前から始まった文明の展開の根源は、利己心(人間性)の開放が源泉でした。
これにより人間は新しい幸せを掴むことが出来ました。

ですから私は人間の利己心のコントロールは出来るだけやるべきではないと思います。
しかし、細かいところでは例の禁煙問題など、ルール、マナーとして存在しています。
我が国で大規模営農を禁止する、農業への株式会社の参入は法律で禁止してきました。

コントロールしすぎるということは、人間に束縛感を生じさせ、決して良い社会を築くことにはなりません。カルトの社会になってしまうからです。

それ以前に、人間自身が新しい価値観に目覚めることです。
幸いに、北の国からさんも感じておられるように、物質的な繁栄が、逆に物質の追求欲という面で少しは変化してきている様相も見えるようです。

食料鎖国論と言いますのは、新しい国のかたち(文明)の実現のための単なる象徴的な面に過ぎません。
食料鎖国のような体制を具体的に追及することよりも、これを受け入れられる国民の心を醸成することの方が大変なのです。

私は「大和魂」という命題で、最近は忘れてしまっている人間の精神の良い面を取り戻すように訴えようとしています。
そういうところから解きほぐして行かねばならないのですが、それも遅々として進まない状況です。

最後に、これも言い尽くしていることですが、歴史家のアーノルド・トインビーが40年以上前に「これからの人類の課題は余暇の問題になるであろう」と言っていますように、物質的豊かさと、有り余る余暇の時間は、人間にとって最も困難な事態を引き起こすということも、そろそろ自覚しなければならないのではないでしょうか。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.14 )
日時: 2010/03/12 19:16
名前: 平 國造

天橋立の愚痴人間さん皆々様
毎度勉強させて頂いております。私、昨年の小沢氏の西松問題の報道に疑問を抱き、初めてネットを始めた不勉強者でありました。それからは、政治経済のブログ、それに対するコメントを拝読するうちに極最近「ベーシック・インカム」とゆう言葉を知り下記のURLに記載された講演記録を読み目から鱗の想いを抱いております。天橋立の愚痴人間さん皆々様のご意見ご感想など記載くだされば
嬉しいです。

     http://bijp.net/transcript/article/91
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.15 )
日時: 2010/03/12 23:01
名前: 天橋立の愚痴人間

平 國造 さん、はじめまして。

私も「ベーシック・インカム」という言葉を始めて聞きました。

早速紹介されたサイトへ行ってきました。

ですが、人間にとって生きるために働かねばならないと言う拘束は大変重要な意味を持っていると思います。

みんなが、働かなくても何とかなると思い込んでしまっては、それこそ社会が千路に乱れます。
ちょっとした事で喧嘩をし、殺し合いが始まる社会となるでしょう。

なにせ、働くことなど真剣で考えなくとも良いのですから、人間の欲が何処へ向かうか知れたものではありません。

働かねば食えないという状況は、人間の精神を良くコントロールしているのだと思います。
また人生の充実も、貧富の問題ではなく、喜怒哀楽を潜り抜けてきた人生に対して感じられるものだと思います。

福祉の一環としての救済なら良いですが、一律に「ベーシック・インカム」の制度を適応するのは如何なものでしょう。

ブログを主唱されている方は、そんな制度を取り入れても実際に活用する人は多くはないはずといっておられるようですが、根本的に生きることが国家によって自動的に保証されることになれば、人生の緊張感の大半が希薄になってしまいます。

そこで生まれる精神的な弛緩が、とんでもない社会を現出することになるのではないでしょうか。

政治のことなど、殆どの人が無関心になるでしょう。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.16 )
日時: 2010/03/13 08:04
名前: seijikeizai111

昨日珍しく忙しくお返事遅くなりました。

食料鎖国論の背景については同意します。

財源については、マクロ的には(長期的には)国債を発行すれば問題ありません。

おっしゃるように2000万人分くらいのものです。
300万円×2000万人=60兆円です。

60兆円はどこにあるのだと言われるでしょう。
60兆円は、まわりまわって所得税という形で必ず国に戻ります。
戻らないのは税制に不備があるか、途中で金融資産にされているかですから、儲けた人から税金を取るという税制を整備すればよい。
それでも捕捉できなくて金融資産になってしまったものは国債を発行してまた取り戻せばいいのです。

その金額で経済が均衡していきます。

経済は生き物です。
誰かの支出は誰かの所得。
有機的につながっています。
物の価値にも絶対というものは無く、すべて相対評価ですから、変動しながら落ち着いていきます。
60兆円が所得再配分されるという前提で、経済が動き、やがて有機的なつながりができて、落ち着きます。
その時今の物価がすべて10倍になっていても、所得も10倍になっていればいいわけです。

リンゴ1個=1ドルだとすると

リンゴ1個100円=1ドル
 が
リンゴ1個1000円=1ドル
 となっても

リンゴ1個=1ドルというのは変わらないからです。

リンゴが10倍になっても所得も10倍になるから同じです。
これをインフレだという人、円安にすれば損するという人はおかしいのです。
インフレになっても何も損していません。得もしていません。
円安になっても何も損はしていません。何も得もしていません。

このように物の価値が変動して経済が安定するのです。

だから、経済を破壊してリンゴが作れなくなることが一番ダメなことなのです。
経済を破壊してリンゴが作れなくなってしまえば、1ドルは手に入りません。


ただ、長期的に見てよくても短期的にいいかどうかは別です。

前期の前提は、所得も10倍になればということです。

急激に激変すれば、生身の人間ですからついていけません。
短期的にはすごく得する人とすごく損する人が出てしまいます。
所得が20倍になる人もいれば、変わらない人も出ます。
ですからゆっくりとする必要はあります。
ただし、ゆっくりしてもついてこれない人は他の方法で救済します。(福祉です。)


さて、食料鎖国論という方法がよいかどうかですが、個別にはいろいろ問題はあるとおもいます。

もしよいとしても国全体で同じことをしても需給バランスが保てません。
魚、米、野菜、果物、それぞれ地域特性があります。
水も大きな食料の一つです。
また、農林業といっても食料になるだけではありません。
紙、木材、などもあります。

それぞれの地域で何を作り出すかということを、中央で決めるのでは無理があります。
できるだけ地方で決めさせるようにするべきです。


ベーシックインカムでもよいのではないかといわれるように問題の本質は、所得の再配分の方法です。
ベーシックインカムでもマクロ的には同じですが、天橋立の愚痴人間さんの言われるとおり、それは人間としての生き方の問題であり、社会が成り立たなくなるということになるでしょう。


ですから、都市から地方へお金をどうやって大義名分が立てて戻すかです。
お金のある人からお金のない人にどうやって大義名分が立てて戻すかです。


田中角栄はやはり天才だったと思います。
あの時代では最適な方法でした。
しかし、田中角栄の時代に考え出された公共事業を通じての地方へ配分は、道路など作るものがなくなってしまった段階で行き詰ってきました。
田中角栄が悪いのではなく、いつまでも同じ方法にしがみついていた後の政治家が悪いのです。

私は、国土保全を大義名分に地方にお金を配ればよいと思っています。

地方に配られたお金の使い方は、それぞれの地方で決めればよい。
選択するのは地方です。

国土保全の一環として天橋立の愚痴人間さんの言われるような食料鎖国論としての農業、林業、水産業もあればよいと思います。

また単に、山林の保全だけでもいいでしょう。
生産するだけが、仕事ではありません。
国土保全は広い意味で、人間が生活するためのインフラ事業です。

国などの公機関は、儲からないけど国全体にとって必要なことをするのが仕事だからです。
国土保全は、儲からないから国がやらなければならない事業です。

60兆円を地方に分配するのです。
国土保全が目的ですから、配分は面積割がいいと思っています。
2000万人分の雇用相当分です。

思いつくままに述べましたが、食料鎖国論をたたき台にしていろいろ考えられますね。

食料鎖国論の背景となる基本的な考えには賛成です。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.17 )
日時: 2010/03/13 19:59
名前: 平 國造

天橋立の愚痴人間さま
早々のご返事誠にありがとうございます。

私は飢餓への恐れがちょっとしたことで喧嘩をし、殺し合う社会になることを危惧しております。「このままでは食べて行けない、人として生活できない」
という絶望的な思考が精神を乱し秋葉のような事案が発生したやに思慮しております。そのような人達が集団を組んだら・・・・
その行為の未然防止のためにと個人に対する様々な規制を設けた法律が制定される。そして・・・・

古代ローマは「パンとサーカス」で滅びたとも言われておりそのことを心配されることも解りますが、「パンとたっぷりの教育と少々のサーカス」
であれば良いのではと思った次第でありました。      感謝
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.18 )
日時: 2010/03/13 20:22
名前: 天橋立の愚痴人間

平 國造 さん、

貴方が指摘されていることは、すぐ其処まできている現実に近いでしょう。

最近は、田舎町でも窃盗事件が多くなり、それが何時殺人になるかも知れません。

もはや、泥棒も職業の一つに数えても良いのではないでしょうか。

恐ろしいことが起きようとしています。

個人が、どんなに努力しても食えないのでは仕方ないでしょう。

あきらめて死んで行った私の知人もいます。

力のある人間が食べるための犯罪を犯すことを誰が止められるでしょう。




可能な限りの知恵を絞って

何とかしなければならないと思います。

「ベーシックインカム」を思いついた人も、こういうことを考えられているのでしょう。
メンテ
ベーシック.インカム ( No.19 )
日時: 2010/03/14 09:30
名前: 石郷岡

憲法14条に「すべて国民は・・・政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」とあります。
税金が国の運営の根幹である事を鑑みれば、租税特別措置(宗教法人の税減免含む)や、生活保護、障害者給付、累進課税は、国民を差別しており憲法違反です。

給付に関しては、政策的に資金補助・サービス提供する事を完全に否定するつもりはありません。
しかしながら運営の際、議員や行政担当者の恣意的な判断が入る可能性は否定できず、公平が損なわれる可能性があります。従って、極力抑制すべきでしょう。

そのような考え方を持っていたところ、一年ほど前にYahoo掲示板で「ベーシック・インカム」を紹介されました。
「老若男女全ての国民に公平に一定額を支給する」という、憲法14条と25条の理念に適った考え方で、当然私は賛成です。

貧困問題・失業問題・自殺問題・少子化問題・過疎化問題を同時に解決する方法であり、尚且つ行政の簡素化・景気回復・新たなビジネス創造による国際競争力向上も期待できるのです。

問題は財源です。私は「金融資産税の導入」を考えておりましたが、電子マネー(e\)には考えが及びませんでした。インフレが心配ですが、検討する価値は十分あります。
同時に、考えを同じくする人々の存在に勇気づけられ、BI実現に一筋の光明が見えた思いです。

平さん、サイトのご紹介ありがとうございました。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.20 )
日時: 2010/03/14 12:54
名前: 天橋立の愚痴人間

石郷岡 さん、貴方の憲法解釈は間違っています。


第十四条【法の下の平等、貴族制度の否認、栄典の限界】

 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。


先に「政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」よあるのは、その前段である「人種、信条、性別、社会的身分又は門地により」を抜かしては意味が違ってしまいます。



また

第二十五条【生存権、国の生存権保障義務】

 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。


国家は、これを維持するために税金を徴収し施策をやっているのです。そして経済的な分野の福祉の対象は貧困層が対象になる場合が多く、そのための累進課税、生活保護制度などは、この25条を根拠に実施されている。

国家が何故国民一般の生存権の保障義務を負っているかといえば、人間社会は基本的に弱肉強食の性質を持っているゆえ、国家の介入が必要であるということであり、そのために国家による差別的とも思われる規制は国民全体の平等性、公平性の理念のもと、限られた範囲で、これを行うという行為です。

と、言いますのは「ベーシックインカム」などの手段では、別の大きな問題を引き起こすので、富者のものから一部を貧者に還元する手段はやむを得ないのです。

これを否定することは、憲法25条、そのものを否定することになります。


メンテ
天橋立さんへ ( No.21 )
日時: 2010/03/14 20:20
名前: 石郷岡

天橋立さんが、あまりに大きな間違いを主張していらっしゃるので、解説しておきます。

>先に「政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」よあるのは、その前段である「人種、信条、性別、社会的身分又は門地により」を抜かしては意味が違ってしまいます。

意味は違いません。なぜならば「人種、信条、性別、社会的身分又は門地」という後段列挙事由は、「限定列挙」ではなく「例示列挙」だからです。
つまり、後段列挙事由は単に主要なものを列挙しただけに過ぎず、その例示だけではなく他の差別も同様に禁止される訳です。
従って、国家による差別は「人種、信条、性別、社会的身分又は門地」だけが禁止されるものではなく、全ての面での差別を禁止しているのが憲法14条です。

逆にお聞き致します。後段列挙に例示していない差別、例えば血液型での差別があったとしたら、天橋立さんは憲法違反ではないとお考えですか?

また憲法25条に関して言えば、判例ではプログラム規定であり国家の努力目標ですから、

>富者のものから一部を貧者に還元する手段はやむを得ないのです。
>これを否定することは、憲法25条、そのものを否定することになります。

というのはあまりにも大袈裟であり、私には冗句にしか聞こえません。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.22 )
日時: 2010/03/14 21:00
名前: 天橋立の愚痴人間

石郷岡 さん、こんばんは。

早速の返信、恐れ入ります。

ところで「限定列挙」とか「例示列挙」という言葉を御使いですが、それは法論理学上の概念なのでしょうか。
私は、まだそういう論理になれていませんので解らないことがありますが、自然体で思うところを述べてみます。

人間の社会で、何事に起きましても格差、主義の違い、があるのはあたり前です。

政治的には、その心情の違いは認めるが、人種、性別、身分において差別をつけてはならないとする規制が、この条文であると解釈しています。

ちなみに、部落差別の問題とか、セクハラ対策とか、男女平等の精神は、この憲法の下、人権擁護関係の法令により規定されています。

また人々の経済力の差異による、不平等感もいたし方ないのが現実で、単に憲法で平等であれと規定しても、実際は何の効果もありません。

ですから「政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」といっても、それはある条件下に限って制限をすると言うことです。

たとえば、憲法で経済的な差別を禁じているから、皆は他の人とのバランスを考えて働けなどと規定できるはずはありません。

ただし、前段の人種的偏見、性別を理由に給料の差をつけるのは禁じるというような規制はできます。
これも実際には法令として、具体的には知りませんし、その内容が何処まで公平性を言えているかも知りませんが、労働基準法などの何処かに存在しているはずです。

憲法の精神を100%生かしてはいないですが、法令は大体憲法の精神を実行するためのルールですので、法令とリンクして考えていただければ、

「政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」が 前段の条件つきのものであることを理解していただけるのではないでしょうか。

逆に、これを無条件の「政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」とすれば、各種の法令自体で憲法違反になるものが大量に発生します。

もともと、貴方はその意味で、

租税特別措置(宗教法人の税減免含む)や、生活保護、障害者給付、累進課税は、国民を差別しており憲法違反と言っておられるので、貴方にとっては矛盾はしないでしょうが、

本当に、それでよいのでしょうか。
貴方が言われる解釈で、現実の法体系を作ることができるでしょうか。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.23 )
日時: 2010/03/15 00:00
名前: seijikeizai111

ベーシックインカムについて

自由市場経済、資本主義経済においては、必ず、所得の再配分を行わなければならない。

その方法として、ベーシックインカムが適しているかと言えば、そうは思わない。

社会が成り立たなくなるという精神論もそうだが、あまりにもインフレが加速してしまうからだ。

ベーシックインカムでは、無条件で一律配るわけだから、一律配った分だけ貨幣量は増加する。
すると今年8万円が最低保障とすると、来年は8万1千円保障しないと保障にならなくなる。
その次は8万1千500円というように貨幣量の増加に応じて増えていく。

貨幣量がふえて生産量が変わらなければ、インフレになる。

やはり、儲けた人からたくさんとるということもしないと貨幣量があまりにも多くなりすぎ、インフレを抑えられなくなる。

インフレの加速は、新たな所得格差を生む。
新たな所得格差が生まれれば本末転倒になる。

従来のように取る方は累進課税で、配る方は必要な人へとして所得の再配分をしても、決して収支が均衡することはあり得ないが、ベーシックインカムの方法よりは、貨幣量の増加はましである。

ベーシックインカム以外の所得配分の方法を考えなければならない。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.24 )
日時: 2010/03/17 18:24
名前: 天橋立の愚痴人間

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100317-00000039-mai-bus_all

 日銀は17日、金融政策決定会合を開き、追加の金融緩和策を決めた。年0.1%の超低金利で3カ月間の資金を市場に供給する「新型オペ」を拡充し、供給額を現行から倍増の20兆円規模に引き上げる。政策委員7人中5人の賛成多数で決定、須田美矢子、野田忠男両委員が反対した。白川方明総裁が同日午後に会見し、追加緩和の理由を説明する。

 日銀が公表した声明では、好調な新興国需要にけん引されて企業収益は回復しており、足元の景気判断は「持ち直している」のまま据え置いた。

 新型オペは、急激な円高と株安が進んだ09年12月に導入。超低金利の資金を供給して短期金利を低下させることで、企業が投資しやすい環境を整えるとともに、円高を抑える効果も期待される。雇用や賃金の改善が鈍く、消費者物価指数の下落に歯止めがかからないため、新型オペを拡充して一段の金融緩和を進め、景気を下支えする方針だ。

(以上引用)


こう言った記事がよく出てきます。
買いオペで通貨の供給量を増やして景気を刺激する景気対策であるようです。
要するに金融政策で不況に対抗するという手段が常道とされていますが、
これが解りません。

通貨の供給量を増やすといっても、それは金融機関を通して融資として市中に金をばら撒くということでしょう。
受注が多くて設備投資をやりたい企業には大助かりでしょう。また新しい商品を開発する資金を求めている企業や、運転資金が必要な企業は業績を上げることが出来るでしょう。

一方で、仕事がなく、人員整理や事業の縮小を余儀なくされている企業には決して回らない資金であるということです。
また、借金の返済に困っている企業に金をつぎ込んでも金融機関に逆戻りするだけ。

ですから、業績の良い企業は、資金が大量に投入されれば活性化しても、もともと困窮している企業群には何の効果もありません。

そうして、現在のように困窮している企業が大量に発生しているのに、政府、日銀のやっていることは、相変わらず「買いオペ」だそうである。

グローバル化の影響で困窮している企業にとって、景気、不景気は一時の流れではないのです。
それなのに金融政策で対応しようとする態度は、明らかに間違っています。

現在は、資本主義のシステムで用いられてきた全ての手法を見直さねばなりません。
今までの既成概念を取り去って経済のことを考えねばなりません。

こういう点で、政治も経済の専門家も、非常に無責任な態度といえるでしょう。
先に紹介した日銀の発表の最後のほうに、つけたしで下記のような記述があります。

>日銀の金融政策を巡っては、デフレの長期化を警戒する政府が、一段の緩和に期待感を表明していた。しかし資金供給を増やすだけでは、需要の底上げ効果は限定的との見方も強い。日銀は今後、政府に対し、需要創出などの成長戦略を促す方針だ。<


・・・しかし資金供給を増やすだけでは、需要の底上げ効果は限定的との見方も強い・・・

しかし、ではないのである。
このことが一番の課題であり、政府が取り組まねばならないことである。

こういう誤魔化しで(実際は判っていながら、このように逃げている)、お茶を濁されてはたまらない。

世の批評家といわれる連中も、当たらず触らずの言葉で見て見ぬふりをする。
竹中のようなクソッタレは、自分が読んだ書籍の跡なぜをするのが精一杯の馬鹿に過ぎない。

現在は、新しいシステムが必要とされているのです。
メンテ
seijikeizai111さんへ ( No.25 )
日時: 2010/03/20 00:01
名前: 石郷岡

seijikeizai111さんへ

No.23に異議があります。

>自由市場経済、資本主義経済においては、必ず、所得の再配分を行わなければならない。

そんな事はありません。再配分が必要なのは「所得」ではなく「資産」です。
所得は目に見えず把握が困難ですが、資産は現物ですから把握が容易です。
公平の観点から言えば、脱税まみれの所得税より資産税のほうが再配分に適しています。

>ベーシックインカムでは、無条件で一律配るわけだから、一律配った分だけ貨幣量は増加する。>すると今年8万円が最低保障とすると、来年は8万1千円保障しないと保障にならなくなる。>その次は8万1千500円というように貨幣量の増加に応じて増えていく。

何が問題なのでしょうか?
貨幣価値が下がれば、貨幣を多く持っている人の資産が減少する事になります。時間を経るごとに貨幣価値が低下する事が明確ならば、当然早く買うほど有利になります。
つまり資産格差の是正と景気回復の一石二鳥が期待できるという事です。

従って、

>インフレの加速は、新たな所得格差を生む。>新たな所得格差が生まれれば本末転倒になる。

というのは意味不明です。インフレによって資産格差は緩和されますし、景気回復すれば失業率も減少します。
もちろん中には大儲けする人もいるでしょう。しかしそれで所得格差が拡大したとしても、国民全員の所得が底上げになって、誰もが普通に食っていける社会にするのが目的ですから、決して本末転倒ではありません。
正当に大儲けした人に嫉妬して足を引っ張るような視点は、残念ながら私は持ち合わせておりません。

「インフレは悪」で思考停止してしまうと、利点が見えません。seijikeizai111さんの例示された毎年1,000円や500円程度のインフレでしたら、問題ないどころかメリットの方がずっと多いのです。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.26 )
日時: 2010/03/20 17:30
名前: seijikeizai111

>自由市場経済、資本主義経済においては、必ず、所得の再配分を行わなければならない。

>>そんな事はありません。再配分が必要なのは「所得」ではなく「資産」です。
所得は目に見えず把握が困難ですが、資産は現物ですから把握が容易です。
公平の観点から言えば、脱税まみれの所得税より資産税のほうが再配分に適しています。



所得が違うから資産が違ってきます。
ただ、個人や民間会社が所得の中から貯蓄に回して資産を残すことは、正しい行動です。
たくさん使ったほうが褒められるというのは、間違った行動です。不景気の時だけに通じるものです。
所得に課税できるように納税者番号制などが検討されています。


>ベーシックインカムでは、無条件で一律配るわけだから、一律配った分だけ貨幣量は増加する。>すると今年8万円が最低保障とすると、来年は8万1千円保障しないと保障にならなくなる。>その次は8万1千500円というように貨幣量の増加に応じて増えていく。

>>何が問題なのでしょうか?
貨幣価値が下がれば、貨幣を多く持っている人の資産が減少する事になります。時間を経るごとに貨幣価値が低下する事が明確ならば、当然早く買うほど有利になります。
つまり資産格差の是正と景気回復の一石二鳥が期待できるという事です。


物価は経済成長の過程で結果としてあがるもので、物価を上げたからといって経済は成長もしない。

物価が安定するということは、大事なことです。
政策では、できるだけ物価の変動を少ない方法を選択しておくべきです。
全員一律に配るより、多い所得の人から取って少ない所得の人に配る方が物価の変動は少なくて済みます。

今は景気回復が必要な場面ですが、将来は景気を抑制しなければならない場面が来ます。
その時になって総額が大きいベーシックインカムでは、その抑制が難しい。
より多くの増税が必要です。
波が大きいのでコントロールも難しい。



>インフレの加速は、新たな所得格差を生む。>新たな所得格差が生まれれば本末転倒になる。

>>というのは意味不明です。インフレによって資産格差は緩和されますし、景気回復すれば失業率も減少します。
もちろん中には大儲けする人もいるでしょう。しかしそれで所得格差が拡大したとしても、国民全員の所得が底上げになって、誰もが普通に食っていける社会にするのが目的ですから、決して本末転倒ではありません。
正当に大儲けした人に嫉妬して足を引っ張るような視点は、残念ながら私は持ち合わせておりません。

インフレによって資産格差が緩和されるというのはどういった理由でしょうか。
銀行預金に代表される金融資産に限ってのことでしょうか。
インフレやデフレは、長い目で見れば同じでも、短期的にはすぐに価格転嫁できる人とできない人がでます。
物価の安定は、経済活動の安定であり、社会の安定のためにも大切です。

供給に見合わないお金をばらまくのではなく、供給に見合うお金を、どう公平に分配するかが大切です。

不景気の時に一時的に供給以上のお金をばらまかなければならない時もあるでしょうが、しかしいつでもその反対ができるように考えておかないといけません。


>>「インフレは悪」で思考停止してしまうと、利点が見えません。seijikeizai111さんの例示された毎年1,000円や500円程度のインフレでしたら、問題ないどころかメリットの方がずっと多いのです。

例で言った1000円というのは、およそであって、何パーセントづつインフレになるかはわかりません。ただし、複利で増えていきます。

GDP500兆円で月額8万円1億人で96兆円増える。まったく増税しなければ20パーセントアップ。
(逆に96兆円配って96兆円増税すればインフレにはなりません。)



メンテ
所得と資産 ( No.27 )
日時: 2010/03/21 11:24
名前: 石郷岡

>所得が違うから資産が違ってきます。

違います。所得と資産は必ずしもリンクしません。

わかり易い例が鳩山総理です。
国会で答弁しているように、彼は【所得のない子供の頃】、祖父からブリジストン株を贈与され【資産を持ちました】。
所得税であれば、その資産からは税を徴収できません。
その事例を見ても、資本主義社会における富の再配分は「所得」ではなく「資産」である必要があります。

一方会社を倒産させて多額の借金を背負い、それを返済すべく寝る暇も惜しんで必死に働いている人の例。
所得税では、稼げば稼ぐほど罰則のように累進で課税されます。借金は斟酌されず、あくまでその所得金額で課税されます。
借金は負の資産ですから、私の提唱する「金融資産税」では資産とは相殺されます。

労働もせず所得がないにもかかわらず莫大な資産がある鳩山少年には課税されず、必死に労働して借金を返済している人には累進で課税する。
所得税は極めて不公平な税制と言わざるを得ません。

さらに繰り返しで恐縮ですが、クロヨンと呼ばれる所得捕捉率の不公平は改善不可能です。
外科医が患者の家族から受け取る付け届け、ソープ嬢の収入、ネットでの個人売買による収入、覚醒剤売買による収入等等、それを全て税務署が把握する事などできません。

所得を基に税を徴収する事は、益々不公平な社会を助長する事になります。従って所得税は廃止すべきというのが私の結論です。
メンテ
インフレについて ( No.28 )
日時: 2010/03/21 11:26
名前: 石郷岡

>ただ、個人や民間会社が所得の中から貯蓄に回して資産を残すことは、正しい行動です。>たくさん使ったほうが褒められるというのは、間違った行動です。不景気の時だけに通じるものです。


何故「正しい行動」「間違った行動」なのか理由が書き込まれていないので良くわかりませんが、個人貯蓄は将来に対する生活不安に対する防衛です。
ベーシックインカムで将来の生活不安が無くなれば、貯蓄の意義も自ずから変化しますので、何が正しいかは一概に言えません。
但し現状のデフレ不況下においては、金回りを滞らせ景気を停滞させる貯蓄は悪であり、自分で自分の首を絞める行為に他なりません。


>全員一律に配るより、多い所得の人から取って少ない所得の人に配る方が物価の変動は少なくて済みます。

申し訳ありませんが、話が噛み合っていないようです。
私がベーシックインカム導入後インフレ基調になると申し上げたのは、貨幣量の増大というよりも、労働の価値観が変わることによる給与の増加が想定されるからです。

ベーシックインカムで生活が保障されれば、「絶対必要なのだが誰もがやりたくない仕事」に就労する人は減少します。
労働力の需要と供給の関係で、労働の価値が増大すれば給料も増加します。人件費のコストがサービスや商品に転嫁され、物価が上昇する訳です。
労働に対する適正な評価がなされるという意味で、ベーシックインカムの一つの効果と考えており、それによる多少のインフレは問題にはなりません。

>インフレによって資産格差が緩和されるというのはどういった理由でしょうか。>銀行預金に代表される金融資産に限ってのことでしょうか。

私はベーシックインカムと同時に金融資産税を提唱していますので、おっしゃるとおり金融資産に関して述べています。
インフレになれば実質的に貨幣価値が減少しますので、金融資産価値も減少します。

>物価の安定は、経済活動の安定であり、社会の安定のためにも大切です。

本末転倒です。「社会の安定」は国民生活の安定のために必要なのであって、国民生活の安定を無視して「社会の安定」は成立しません。
国民生活の安定のためにベーシックインカムを導入するのですから、多少物価が上がったとしても「社会の安定」が損なわれることはありません。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.29 )
日時: 2010/03/21 20:36
名前: seijikeizai111

ベーシックインカムで生活が保障されるためには、配られるお金がモノやサービスなどの供給に見合った価値あるお金でないと意味がありません。

それともお金を配ったら、それに見合うモノやサービスの供給が提供されるのでしょうか。

貴殿も『「絶対必要なのだが誰もがやりたくない仕事」に就労する人は減少します。』とおっしゃっています通り、通貨に見合う供給は生まれません。

多少は触媒の役目もするでしょうが、やはりモノやサービスの供給よりお金の方が多くなるので、配られたお金は生活を保障できる価値で無くなると思います。


そこが議論がかみ合わないのでしょうね。


ただ、金融資産税をお考えのようですが、それがフローの所得への課税であれば所得の再配分であり、経済取引の中で生まれた貨幣ですから供給に見合ったお金であり、それをだれが使うかですから、一応お金に価値はあります。(一応というのは行き過ぎるとバブルのような価値がなくなる場合もあるということです。)

でもそれなら、所得の再配分をどうするかですから、全員にお金を配るなどというようなやり方はまずいやり方だと思います。



メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.30 )
日時: 2010/03/29 16:27
名前: 天橋立の愚痴人間

ベーシックインカムの話が出てきたところで、是非とも皆様に御聞きしたい。

年間20兆円、あるいは30兆円くらいを税収とは別に毎年公共事業としてばら撒き続けると言う手法がマクロ経済的に成り立つと思いますか。

勿論、無料でその受益者に貸与するのは、物(人口農地、漁礁)によっては別の弊害を生むので、無利子、超長期間の償還計画を伴う。


ただ金をばら撒くのではなく実態があるので、その分インフレの恐れも少なく、為替の問題もクリアできるのではないでしょうか。

できれば、良い返事がいただきたいのですが、御無理をなさらず検証を御願いします。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.31 )
日時: 2010/03/31 09:18
名前: 満天下有人

「1000兆円借金の中での公共投資」@

・・・問題は色々ありますが、どっち道どうにもならぬのなら、破綻は見えているのだから、百兆だろうが二百兆であろうが、ええい、やっちまえ、という考えもあります(笑)・・・マクロ分析しても、どうにもならぬものは、どうにもならぬとして、地方に撒け!ということで・・・

・・・でも少し真面目に検証するとして、年20兆円x10年の公共事業、何に財政投資するかで乗数効果は違ってきますけど、計算の前提としての・・・

年間20兆円公共事業支出による経済効果、マクロ検証・・・

前提条件:
@無利子、超長期国債を財源とする、
A消費税、所得税は現行税制による、
B失業者1300万人が20兆円公共事業によりど の程度吸収されるかは、除外する(20兆円恩恵 にある程度含まれるものとする)
C現在では、何に消費するか、有効需要の対象が無 くなって来ており、並行して新有効需要の開発が ないと、公共投資波及の効果測定は困難でありま すが、古臭くなったと言われるケインズ乗数効果 を数式化したハロッド・ドーマーモデルマクロ方 程式を、一応適用することにする、
    
・・・典型的文科系のため、数式理解が正しいのかどうかに不安があること、及び数式全体をここに書くのは不可能故、公共事業支出による効果のポインを見ることに重点を置き、話を分かり易いようにするために、貿易収支=経常収支は度外視、国内限界消費性向と限界貯蓄性向だけから、そして数式から導かれるその効果を簡単に見ることにします・・・

(注記:昔はマクロ経済、ミクロ経済と言う分類でなく、マルクス経済学、近代経済学という風に分類されておりました・・・若い頃、経済は総社会的なものの中にあるわけで、近代経済学という一つの社会体制の中だけでの分析=計量経済分析だけやっても意味が無い,今日、何故派遣労働が発生するのか、何故資本は資本の蓄積だけに走るのか、資本主義はどこまで延命し得るのか、さような議論が盛んになっている傾向も、何ごとも総社会的に事を見ないと意味が無い、打開できない、昔感じた疑問と似て来たなと感じる次第・・・近代経済学=計量分析経済学の始祖と言われるケインズにしても、経済哲学の根底に、自由な社会主義なる思想は横たわっておりましたことを付記しておきます・・・
「総社会的な」という見地からすれば、マクロ経済とて、総社会的にはミクロの範疇に入るとも言えます・・・

第二点は、ということで、計量分析経済には余り自信がないので、間違っているかも知れないという、予めの逃げの伏線を張っておこうという意図も込めておりますので(笑)、ご批判はご自由に・・・)

・・・文科系独特の、数式には現れない消費者「心理」を嗅ぐという見方から、消費者心理に潜む将来不安も加味し、20兆円無利子公共事業について、数式だけでは規定できない限界消費性向と貯蓄性向も検証して見たいと思います・・・

先ず、マクロ経済におけるハロッド・ドーマー方程式を理解しておかないと、この投稿も分かりにくいと思いますので、詳しくは検索などで予め知識を得ていただいておくことが必要かと・・・

・・・先ずマクロ経済とは何を指すのか、最も基本となる簡単方程式を以下に書きます、既にご存知の方はここを無視されて、そこを土台にして尚、生じるであろう問題点の議論に進まれても構いませんが、読んでいる方々が、一体何の議論をしているのか分からないと、議論の意味がありませんから、先ずは基礎を抑えておく必要があると思いまして、初歩的なことをと、笑われる方もちょっと我慢していただいて、復習の積りで・・・

・・・学者さんたちによる難解な言葉を羅列しても、意味が分からないと何んにもなりませんので、可能な限り平易に噛み砕けるように努力して見ます・・・(尚、誤字、文章前後が言葉足らずで理解しにくい箇所は、順次修正にて,乞う容赦)・・・。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.32 )
日時: 2010/03/31 09:25
名前: 満天下有人

「1000兆円借金の中での公共投資」A

・・・最初にハロッド・ドーマーマクロ方程式を理解するための用語について理解しておく必要がありますので・・・

◎限界消費性向とは、所得が増えたとき、生活者消費者は、増加分1単位当たりどれくらい消費支出に回すかという概念で、限界貯蓄性向とは、所得増加分のうちどれくらい貯蓄に回しておくかという傾向のことで、両者は相関関係にあります・・・

上述のように、将来生活に不安が強まっている時には、文科系的心理分析を加味すると、限界貯蓄性向が強まると思われますが、一応わが国のこれまでの平均的性向として、30%とします・・・同じ観点で限界消費性向も、何を需要するかの傾向が変わって来ていること、あるいは将来不安のために限界貯蓄性向が強まる反面として、限界消費性向も変化して来る・・・

しかしこれも、推定心理分析ばかりやっていると、傾向値の予測がやりにくくなりますから、わが国経験値としての、限界消費性向=1−限界貯蓄性向30%=70%と仮定した上で、無利子国債による公共投資の効果及び全体に及ぼす影響の仮定検証をして見ます・・・

◎国民所得計算基本方程式

 (A)国民所得=消費+税+貯蓄・・・これを一国の総支出及び総生産の角度から見ると・・・
 (B)国内総生産=消費+財政支出+民間投資・・・
(★ここに+経常収支(輸出―輸入)を考慮せねばなりません、国内総生産には当然に外需が含まれ、それも国内で生産するわけですから、しかし話が煩雑になるので、ここは別に考えることにして・・・)

Bにおける財政支出も民間投資も、Aの税と貯蓄がベースになりますから、AとBを等式に置くことが出来ます・・・

(A)消費+税+貯蓄=(B)消費+財政支出+民間投資・・・両辺から同じ消費を控除しますと・・・税+貯蓄=財政支出+民間投資・・・となります、これを(イ)としておきます・・・

財政支出としての国債発行、及び民間投資は全て国民貯蓄及び税収をバックにせねばならないという原理が導かれますね・・・これがハロッド・ドーマ定理から導かれる一国におけるIS投資バランスI(投資)=S(貯蓄)というものになります・・・わが国でよく聞きます貯蓄残高がまだあるし、無利子国債発行で更に所得増加が見込まれるから、まだ国債発行の余裕はあるとの論、それは限界消費性向と限界貯蓄性向を考慮しているのか、後述します金利上の「流動性プレミアム」との関連を計算に入れているのかという点で、疑問を感じております・・・

・・・では、I>Sの場合はどういう意味になるか、貯蓄不足だから海外からの投資に頼ることになる・・・アメリカの場合、貯蓄性向は0に近かった、消費者金融により消費が促進されて、家計借金は可処分所得を超えていた、それでも成長率が高かったのは、ドルが機軸通貨であるが故に、貿易で稼いだドルが金利差もあってアメリカに還流されていた訳だ・・・そこでこの金利差、一国内においても、マクロ方程式には項として参入されていませんが、マクロ経済では外部要因としての金利、マクロ用語で「流動性プレミアム」と呼ばれますが、これは後述します・・・

このことは、無利子国債発行でうまく行くかどうかに、大いに関連して来ます・・・ベーシックインカムスレッドで、ケインズの概念、マクロ経済においては利子率=資本の限界効率+ヘリマネのコスト、ヘリマネ(無利子国債も政府紙幣もそう)コスト<利子率でなければならないとする式も紹介しましたが、そうでない場合は金融面からの経済混乱を招くという原則論を、後で無利子国債発行との関連で検証して見たいと思います・・・。

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Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.33 )
日時: 2010/03/31 16:16
名前: 満天下有人

「1000兆円借金の中での公共投資」B
 
・・・学校の椅子に座っているような、眠くなるお勉強を、も少し続けます(笑)・・・いやこのことは、失業者溢れる中での増税傾向、既に小泉時代から配偶者特別控除、老人控除、定率控除などの廃止を通じ、諸々の増税がなされ、しかし成長路線は旧態已然とした景気回復を口をあけて待っているだけで、もろに生活に影響が出る話ですから、お勉強も少々我慢、無利子国債発行ならどうなるかの、検証論も出て来て当然でしょう・・・

◎前回★印の経常収支のことは、一旦省略しましたが、国民所得、国民総生産方程式では大事な項になります・・・内需不振の折、わが国生きる道は輸出だとする論もありますので・・・でも輸出型資本の論理では、競争力名目で海外に移転する傾向も強くなり、経常収支が赤字になるとマクロ経済方程式上、どういう結果になるかを、頭に入れておくという意味で・・・

前稿(B)式に経常収支・+(輸出―輸入)を加え、供給源と需要面の側面から考えて見るために式を移行して見ると・・・

 (供給源)国内生産+輸入=(需要源)消費+財政支出+民間投資+輸出・・・

となります・・・外需といえどもそれは需要に違いなく、当然右辺に加算されます・・・その供給はこちら国内で生産するわけですから左辺の供給源に加わります・・・更に国内での供給は当然外国からの輸入品も供給される訳で、特にわが国のように原材料は海外から輸入せねばなりませんから,左辺での輸入は供給源となり、よって上記等式が成立します・・・

・・・これが左辺>右辺となると、当然右辺の投資、財政出動、あるいは海外からの投資を仰ぐ必要が生じて来ます・・・目下このケースになっているのは、公共投資抑制と消費減退が重なってデフレ状況が発生していることになり、ならば右辺を増加させるにはどうすれば良いのか、そこが議論の中心になっているわけですね・・・

・・・1000兆円の巨大借金があるから財政支出が困難、ならば無利子国債発行の可能性はどうか、あるいは消費そのものを増加させる、消費支出とは何も物資相手だけではありません、医療費もあり教育費もありで、ならばそれをベーシックインカムで言う政府紙幣でやれないか、減税すれば良いではないか・・・ま、ざっとこんな具合の議論になっているのですね・・・

・・・も一度マクロ経済方程式に戻って見ます・・・

(A)国民所得=消費+税金+貯蓄でした・・・税金+貯蓄は(B)式における財政支出+民間投資でした、これを(イ)とします・・・(A)の税金部分の減税が貯蓄に回る可能性はどうか、食えない階層が増加している状況では貯蓄性向が高まる可能性は小さいということを考慮せねばなりません・・・

すると(A)式内では現状、消費に回る可能性が高くなりますが、(イ)の量が減少します・・・つまり(B)式における(イ)部分も減少することになります・・・つまり投資は政府であれ民間であれ税と貯蓄をバックにしておりますから、(B)式における(イ)部分も減少します・・・

ならば、A、Bともに消費がその分増加すれば良いのですが、ここが難しいところで限界消費性向と限界貯蓄性向が果たしてどのように変化するのか・・・特に財政危機が切迫してくると貯蓄のタンス預金化か、あるいは金などへの安心素材に向かう傾向が強まって来ます・・・例え減税が貯蓄に回るとしても、それが明らかな形での貯蓄形成とはならない、これを「貯蓄のパラドックス」と言いまして、限界貯蓄性向が高まることを期待しての、予めの財政投資の裏付けは歪んでしまう・・・

そこに影響を更に与えるのが「流動性プレミアム」であり、無利子国債発行によるプレミアム=金利体系への影響、金利が低下するか、あるいは財政危機の匂いで暴騰して行くのか、大きな要素になって来ます・・・

金利体系に影響を与える「流動性プレミアム」とは具体的にどういうことか、それと無利子国債発行とは、どう関連し影響するのか、無利子国債発行に欠かせない重要要因ですから、次にそこを検証して見たいと思います・・・。
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Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.34 )
日時: 2010/03/31 16:49
名前: 天橋立の愚痴人間

満天下有人 さん、ありがとうございます。

これは仕事に集中するときのような緊張感がなければ理解できません。
今まで仰ったことの中でも質問したいことがありますが、も少し成り行きを見てからにします。

全体として、ヘリマネのような手法を取り入れる限界を理論的に導かれようとしているのは解ります。

それが知りたかったのです。

エイ、ヤッでやるヘリマネならば、山勘主義の私で十分ですが、それでは社会に対して責任をもてません。
基準がなくては、ヘリマネずくめになって、そういう不届きものがでて、社会を破滅させます。

続きを、宜しく御願いします。
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Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.35 )
日時: 2010/04/01 12:11
名前: 満天下有人

「1000兆円借金の中での公共投資」C

・・・先にマクロ経済基本方程式について紹介しました、各式項の実数は、総務省、内閣府が細かく統計を発表しております・・・

・・・さて、ある1単位の政府投資が国民所得増加へどのような効果をもたらすのか、所謂、乗数効果を検証して置く必要があります・・・天橋立さんがこの間、ヤフー21世紀トピでこれについて何かやりあっているとの紹介を受けて覗いてみたら、穴掘ってまた穴を埋める乗数効果について、罵倒交じりに言い合っておりましたね(笑)・・・あの議論は全体像を見ずに、マクロをやっているのに実は、ミクロの陥穽に落ち込んでいるから、果てしない罵倒の応酬になっていたようです(笑)・・・

・・・この乗数効果というもの、最初の政府財政出動・政府投資、それが無利子超長期国債発行によるものであれ、政府紙幣であれ、「流動性プレミアム」から受ける影響を、一応除外するとして、下記のような方程式になります・・・

・・・テーマは、無利子超長期国債発行の是非論でした、なのに何故、以下の投資による乗数効果まで持ち出すのか、疑問に思われると思います・・・それは、乗数効果によって生じる税収増加を勘案し、無利子であっても(一般会計に上乗せ負担が生じないものであっても)、一方で累積して行く国債費とのバランスを見ておかなければならないと思うからです・・・

乗数効果の方程式、何故そうなるのか、これは一次微分に始まり延々と続く方程式でありまして、とても書けませんので簡単に説明しますと・・・自動車であれ架橋であれ新エネルギー開発であれ、当初の投資によって各産業の生産がどのように触発されて行くか・・・つまり各産業の連関函数も算入せねばならず、CPUの発達に伴ないアメリカの何とか言う数理経済学者が16の函数を投入する手法を編み出しました・・・

・・・ところがこれが当たったためしがない・・・ガハハッ!・・・これは前に申しました限界消費性向と限界貯蓄性向が人間の心理、その時々の経済社会状況によってどう動くか、その仮定が読みきれないことから生じる誤差でありましょうか・・・年頭でよく経済学者が、本年のGDPはと予測しますが、これも当たりません・・・それは人間心理に加えて、国際関係が密接化した今日においては、どこかの国で何かが起これば、予測数値に大きく影響する、それを予め想定することは不可能でありますから・・・端的な例はサブローン破綻による世界経済の破綻が好例ですね・・・でも予測できたことではありましたけど・・・わが国バブル崩壊もその例に入ります、それを予測しない、経済学の怠慢ということになります・・・

・・・いずれにしても、さような不特定要因は除くとして、誤差はあっても大まかに乗数効果は測定できます・・・

乗数効果の方程式:最初に国民所得(A)=消費C+I(=貯蓄+税)
でした・・・これを、追加投資による所得増加、消費増加の側面から見てみます・・・

1単位の投資増加による所得増加で、消費が増加します、1単位当たりの消費増加額は限界消費性向によって決まって来ます・・・これは一次投資が二次段階で更に所得・消費を発生させ(二次段階での付加価値創出)、これが三次,四次、五次・・・・各段階での付加価値加算によりGDPが増加する・・・

簡単に数式で表しますと、追加投資による所得増加で増加する消費増は、限界消費性向で決まって来るから、

C=Ac となります・・・これを(A)に挿入すると・・・A=Ac+I
これを移行しますと・・・・・   (1−c )A=I
                      A=I÷(1−c)

ここで奇妙なことに気がつかれると思います、それは限界消費性向cは、数式移行の過程で(1−c)になっておりますね・・・これは=限界貯蓄率であります・・・つまり新規投資も、新規貯蓄の限界率によって決まるという原則論がここでも見えて来ます・・・さて、

現在の限界消費性向c=65%とすると、追加投資20兆円にによる消費予想増加は平均的に A=20兆円÷(1−0.65)=約57兆円になります・・・

これは二次、三次へとその波及が大きいものへの追加投資になるほど大きくなります、新世代新たな住宅への投資が一番大きいかな?・・・

ここを抑えて57兆円のGDP増加として、税収増加はどれくらいか・・・

GDP増加率=57兆円÷500兆円=11.4%・・・税収弾性値(GDP伸び率に対する税収増加の比率)は、1.3くらいです・・・

税収予想増加=5.6x1.3=14.82%x現行税収40兆円=約6兆円

予想国債利払費増加分=10年国債利回り1.5%x昨年度国家残高700兆円=10.5兆円―*新規投資による税収増6兆円=▲ 4.5兆円

二年目予想国債発行残高730兆円(利払い不足分、社会保障費増、借換債等)x0.15%=11.3兆円―*=▲5.33兆円・・・これが累増して行く。

ならば、追加財政支出を倍の40兆円で、どうだ!・・・ここで無利子国債発行で金利がどう動くか、ここがキイポイントになって来ます・・・今のような低金利を継続できるのか・・・つまり流動性プレミアムがマクロとして緊密に影響し始める・・・無利子国債そのものは、金利負担が無いとしても、既存借金残高に対する影響、これが大きいと思うのです・・・それよりもっと大きな問題があります・・・無利子国債を誰が引き受けるのか、ということです・・・

やっと本論の手前までたどり着きましたが、段々と、ええい、小細工なんぞやっても面倒くさい!やっちまえ、という気分が嵩じて来ます(笑)・・・。
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Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.36 )
日時: 2010/04/01 16:59
名前: 天橋立の愚痴人間

満天下さん、後ろの方から質問します。

>乗数効果の方程式:最初に国民所得(A)=消費C+I(=貯蓄+税)
でした・・・これを、追加投資による所得増加、消費増加の側面から見てみます・・・

>1単位の投資増加による所得増加で、消費が増加します、1単位当たりの消費増加額は限界消費性向によって決まって来ます・・・これは一次投資が二次段階で更に所得・消費を発生させ(二次段階での付加価値創出)、これが三次,四次、五次・・・・各段階での付加価値加算によりGDPが増加する・・・

C=Ac となります・・・これを(A)に挿入すると・・・A=Ac+I
これを移行しますと・・・・・   (1−c )A=I
                      A=I÷(1−c)

これなどの数値は苦手ですが、要するに、同じ5兆円を、ヘリマネでも国債でも、投資する効果について、
子供手当てのように現金でばら撒く場合と、公共事業というかたちで出す場合と、経済に影響する量的な効果に違いが出ると言うように解釈しても良いのでしょうか。

勿論、両方とも厳密な手法が問題ですが、
私が他のスレッド(子供手当てと公共事業)で書きましたように、子供手当てが単なる授業料に消えたりする場合と、公共事業がなるべく多くの企業に行き渡るように発注されると言う想定の下のことですが。

単純な金額面では、5兆円の分割過程であり、総量に違いはないのですが、それが2次3次4次5次と波及する方式の方が、予期せぬ乗数効果を生むことになるから、子供手当てよりも公共事業の方が効果的という意味に取ってよいのでしょうか。

そうして、それは・・・一次微分に始まり延々と続く方程式・・・で証明できるということでしょうか。

相乗効果という意味では住宅が一番であるといわれていることも、数式では出来ない理解の助けになります。

で、あれば

すでにこの時点で民主党が言う
「コンクリートから人へ」の対応策として「子供手当て」は意味を成していないと言うことになります。

ただ、相乗効果の具体的な把握は、自身ではまだ出来てないと思っています。
希望的観測はいただけました。


これとは別に、最初の方で言われている、無利子長期国債(ヘリマネ)のマクロ的な存在については

・・・◎国民所得計算基本方程式

 (A)国民所得=消費+税+貯蓄・・・これを一国の総支出及び総生産の角度から見ると・・・
 (B)国内総生産=消費+財政支出+民間投資・・・
(★ここに+経常収支(輸出―輸入)を考慮せねばなりません、国内総生産には当然に外需が含まれ、それも国内で生産するわけですから、しかし話が煩雑になるので、ここは別に考えることにして・・・)

Bにおける財政支出も民間投資も、Aの税と貯蓄がベースになりますから、AとBを等式に置くことが出来ます・・・

(A)消費+税+貯蓄=(B)消費+財政支出+民間投資・・・両辺から同じ消費を控除しますと・・・税+貯蓄=財政支出+民間投資・・・となります、これを(イ)としておきます・・・

財政支出としての国債発行、及び民間投資は全て国民貯蓄及び税収をバックにせねばならないという原理が導かれますね・・・これがハロッド・ドーマ定理から導かれる一国におけるIS投資バランスI(投資)=S(貯蓄)というものになります・・・わが国でよく聞きます貯蓄残高がまだあるし、無利子国債発行で更に所得増加が見込まれるから、まだ国債発行の余裕はあるとの論、それは限界消費性向と限界貯蓄性向を考慮しているのか、後述します金利上の「流動性プレミアム」との関連を計算に入れているのかという点で、疑問を感じております・・・

・・・を理解しなければなりません。


私は、自分の極少の規模の確定申告においても「損益計算書」までは書いていますが「貸借対照表」は手が出ません。
出来ればさらに30万円の控除が可能なのですが、指をくわえてみています。

負債を資本に繰り入れる、その意味が直感では理解できないのです。
同じこと、国家のマクロ経済も、この点で行き詰まっているのです。

この件は、後ほど質問することにします。
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Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.37 )
日時: 2010/04/01 19:34
名前: 満天下有人

「天橋立さんNO36へのレス」

・・・丁度、最終纏めの投稿下書きに入ろうとして、橋立さんがここで出された疑問のことにも、触れつつありました・・・この基本方程式はあくまでマクロの相関関係を見るための、辿り易い道しるべであり、しかし正に触れようとしていたことは、この基本方程式は正しいのですが、時代が変わりました・・・

方程式各項、消費、貯蓄、投資にせよ、人間社会が何か変わろうとしている潮目を感じ、現に各項に対する人間の行動パターンが変化しているkから、公式計算結果の検証もまた,必要であると私は思います・・・これは纏めに譲るとして・・・

・・・しかしそれはあくまでもマクロ観点からの、言い換えますと何に追加投資するかの対象から、国民所得が増加し、それが消費をどのように刺激するのか(需要パターンも変化している)、貯蓄に廻るか、投資に廻るにせよ、初期投資の結果としての各項の問題であります・・・

そこで、<要するに、同じ5兆円を、ヘリマネでも国債でも、投資する効果について、子供手当てのように現金でばら撒く場合と、公共事業というかたちで出す場合と、経済に影響する量的な効果に違いが出ると言うように解釈しても良いのでしょうか。・・・そしてそれは一次微分に始まり延々と続く・・・>・・・

・・・その解釈で結構です・・・上述の通り、何かのコアに財政出動させ、その末端波及効果として、結果として教育費などが楽になった、そういうやり方ではなく、最初から末端に投資分を直接ぶち込むというやり方ですね、ベシックインカム論の影響でしょうか・・・

さようなやり方をどう見るか・・・・その効果はどうか・・・

(1)善意に立てば、ジミン政策のお陰で、末端は極度に疲弊している、先ずそこへ栄養剤注射を打つ必要がある・・・それはそれで必要ななことではありましよう・・・だがしかし、そんなこといつまでもやれるはずがありませんね、大きな土台をどうするかの策と平行していないと・・・私がクドクド繰り返しております、グランドデザイン無きあり様では、破綻するという意味は、そういうことです・・・それがないから(と、少なくとも私にはそう見えますが)、教科書無料化問題でも、在日総連系学校の扱いはどうするとか、そんなことで右往左往してしまう・・・

(2)初期投資が上述のように、波及効果が期待できる所への投資の場合と違って、直接末端に給付された場合は、仰る通り、波及効果は期待できません、なぜなら、二次、三次、四次の段階がなく、省略されしまっておりますから・・・精々、そのうちいくらが消費刺激になるかという程度でしょう・・・

(3)要するに、一定の財源の中で、どこえ配分するかの問題になって来ます、何故大きな財政出動ができないか、結局巨大債務の問題に行き着いてしまいます、それをどうするかが、さっぱり見えません・・・私の持論は一貫して変わりませんが、正にマクロ視点で捉え、その中での教育費や増大して行く社会保障費なども捉えるべきなのに、ミクロのことでああだこうだと言うのが、昨今の政治社会風景ですね・・・大平正芳語録ですか?、時代認識もさることながら、目に見える現状国家の認識すら,果たしてあるのか、という感じです・・・

・・・無利子国債発行論纏めで言う積りですが、国際関係からの圧力が、近いうちに必ずかかってくると思います、連中は柔ではありませんからね、戦争と同じレベルで通貨戦争を仕掛ける効果を良く知っておりますから・・・だからその前にやるべきことは何か、その認識があるのか知らん?・・・時代認識以前の問題ですね・・・

<負債を資本に組み入れる、その意味が理解できないのです>・・・

この部分は、誰かがそういうことを言われたのでしょうか、ちょっと前後の流れを知りませんので・・・多分、政府紙幣か何かの絡みで、それは負債ではないのだから、とかどうとか言うような話かなと、推定は出来ますけど・・・

・・・それでも個人であれ、企業としての貸借対照表、損益計算書概念及びその相関関係と,国家や日銀などの場合とでは、全然見方が違ってきます・・・。
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Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.38 )
日時: 2010/04/02 11:30
名前: 満天下有人

「1000兆円借金の中での公共投資」(完―1)

・・・教科書的にマクロ基本方程式を書いて来たのは、個々の策や提案が、全体としてどのような効果、あるいは悪影響を及ぼすのか、それを見落とさないためにという趣意を込めてのものでした・・・無利子国債、政府紙幣発行論にせよ、それを検証する場合にも役にたちます、マクロ視点とはそういうものであると思います・・・

巨大財政借金を抱えたままでの無利子、超長期国債の発行・・・何故そういうことをせねばならないのか、財政危機を自ら世界に暴露しているようなものですね・・・無利子国債そのものからは、新たなコストは発生しませんが、国際金融基準となる長期金利指標に影響が出て、それが国家経済に大きく影響する・・・

このスレッド冒頭、経済学の怠慢でも疑問を呈しましたが、基本となるマクロ経済方程式でも、貨幣が持つ影響、その位置付けが算入されていない、あえて言えば、「貯蓄」項目に貨幣と人間関係の行動パターンが埋め込まれていると、言えるのかも知れませんが、公共性を維持する重要フアクターとしての通貨要因が方程式に含まれていない・・・また、政治経済の場でこの種の議論が行われる時でも、このフアクターが加味された場面に、ほとんどお目にかかったこともない・・・

「流動性プレミアム」つまり、世に存在するモノ、サービスを得るための交換手段は、流動性が高い順にプレミアムはつかないという原則で動いております・・・国債にせよ長期なものになるほど流動性は低くなり、その分、プレミアムは高くなり、更に危険度が高いものほど、プレミアムは高くなるのが、常識です(リスクプレミアム)、それは貨幣に対する人間の性向がそうさせているのであって、超長期国債がこの原則に反してプレミアムを0にしておくというそのことが、マクロに与える影響を検証しておかねばなりません・・・具体的には長期金利指標にかなりの影響を与えるだろうということです、財政破綻を加速させます・・・

流動性が最も高いものは現金です、交換手段としては最も便利です、しかし現金を持ち歩いていても、そのものからは何もプレミアム・利子は生まれません・・・もっともそれが貨幣が持つ本来的な使用価値であり、その機能に押し込んでいないから、世の中おかしくなるという論もありましょう、しかしモノはモノで買えないが貨幣なら何でも入手できるという「融通無碍」なものを増やしておきたいという人間の欲、あるいは防衛本能を無視することは出来ない・・・

このプレミアム基準になっているのが、正に国債です、長期10年債がそれです、国際金融関係もそれが基準になっているように、その比較プレミアムが一国の信用を裏付けている・・・そのプレミアムが低いということは、どういうことなのか・・・上述で流動性が高いものほどプレミアムは低いと申しました、では超低金利や無利子国債は流動性が高いことになるのか・・・国債の場合は特殊性があって交換手段としての役割よりも、国家経済の指標としての役割も持っていますから、プレミアムが極端に低いということは、国家経済が悪化しているという指標になっているということです・・・

・・・原因は戦争であったにせよわが国国債が、国際市場でリスクプレミアムを課せられた史実は過去2、3度?あります・・・目下は世界中がリスクに晒されておりますから、その陰に隠れてしまっているにせよ、他国は国家債務がGDPの6割以内ですから、わが国極端な比率(間もなく200%)が目にされだしますと、ポンド叩きをやったジョージソロスのような,国債金融筋からの崩しリスクも、高い確立で計算に入れておく必要がありましょう・・・

麻生内閣末期にこの無利子国債発行論が政府紙幣発行論と抱き合わせで国会で取上げられました・・・政府紙幣の方はあっさりしりぞけられましたが、この新型国債については、財政及び金融担当大臣はまんざらでもないような印象でした・・・

それは政府が使えるお金確保だけが中心となり、つまり財政歯止めの道具の発想しか感じられず、新成長のためにという発想は全くなかったように思います、つまりグランドデザインが全く無いところでさような議論が行われるというのが、わが国の特質でしょうか・・・その点で言えば,橋立さんは地方活性化、投資乗数効果をも含めての新型国債発行の是非を考えておられるだけ、まだ是とするものがあります・・・

・・・それでも長期金利指標への悪影響、その他に誰が引受けるのかという問題が生じてきます・・・。
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Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.39 )
日時: 2010/04/02 11:47
名前: 満天下有人

「1000兆円借金の中での公共投資」(完―終)

・・・誰が引き受けるのか、当時国会議論の俎上に上がったとき、生保、銀行などは鼻から問題にもしておりませんでした・・・

・・・そこで浮上したのが相続税免除を条件に引受けさせるという案でしたね・・・でも国債を引き受ける現金用意のために、一旦借金せねばならない、そこで金利負担が生じ、その負担と相続税免除額との綱引きが生じて来る・・・ややこしい話になるし、第一相続税発生額は年間1兆円強くらいです、対象資産は約10兆円はあると言われていますが、これは金融当局の深層部でないと分からないでしょう・・・も一つはアングラマネーを白日の下に炙り出す狙いもあったかも知れません・・・

・・・引受け手がないと結局,日銀かという話になって来ます・・・

財政法、日銀法の縛りで中央銀行日銀は国債引受けは出来ません、では法を改正すればいいではないかという話になって来ます・・・過去の例を少し見て検証したいと思います・・・

1932年(昭和7年)昭和恐慌時、人身売買まで行なわれたすさまじい世相の中で軍事費の急増、それ以前に日銀正貨維持を狙った金解禁によって、日銀正貨が海外に大量に流出し、通貨不足も重なって財政が極度に逼迫、蔵相高橋是清が日銀に政府発行の国債を引き受けさせました、それでも対GDP比率は最高時でも40%くらいのものでした・・・

・・・高橋は緊急事態回避の策であり、いずれ国債売オペで日銀から国債を引き離す、そうしないと日銀正貨の国際信用ががた落ちになることは分かっているから、せいぜい2,3年までだ、と・・・ところが、満州事変などの軍事費急増も抑えねばならないし、借金先のロスチャイルドが債権取立てに来るわ、満州資源権益の一部を寄こすなら大目に見ても良い、そんな毛唐にまで借金するとは皇国軍部を何と心得ているのか、軍事費抑えと毛唐にまで借金していたとは何事だと怒り狂った軍部が高橋蔵相を226事件で暗殺・・・

・・・当時、禁じ手の中央銀行国債引受について、以降急増するであろう日銀の国債引受懸念の本音が、日銀百年史に記されております・・・「昭和7年秋に本行が国債引受に同意したことは、本行からセントラルバンクの機能を奪い去る第一歩となったという意味において、誠に遺憾なことであった」、日銀史上最大の失敗であったと総括しております・・・

・・・日銀の国債引受けは、中央銀行が政府の借金を肩代わりするということです、通貨発行当局が借金を肩代わりするとどういうことになりましょうか、通貨の信用が一気に下落します、金利暴騰を招きます、現在一般会計での国債費負担額は20兆円、うち半分が利払費で、その基準は前述の通り、国際基準による長期国債の利回りで算定され、それが2倍以上になったら、もうアウトですね・・・

アメリカFRBは確か、緊急時に供えて3億ドルは引受け可能だったと思いますが、原則禁止のはずです・・・サブローンによるメタメタの状況下で、特に最大のアメリカン保険・AIUが破綻しそうになったとき、FRBが約30兆円の国債を引き受けたと報道されてましたが、これは所謂国債買いオペによるものではないかな・・・しかしベン・バーナンキ議長は、私募債であれ何であれ、紙切れみたいなものまで引受け姿勢でしたから、「ヘリコプター・ベン」と揶揄されて、米議会に何度か証言を求められていましたね・・・ヘリマネなる用語は多分、そこから生まれたものです・・・

・・・さて、せっかくの無利子国債発行による乗数効果期待論も、最後の砦・日銀が同意するはずもありませんね・・・この発行による国際金融市場からのリスクプレミアム上昇の危険と、何よりも引き受け手がない、この二つのことから無利子長期国債の発行はムリであるというのが、私の結論であります・・・

・・・私の持論、金融も含む時限鎖国をやって、円を切り下げて一時ドルペッグにして為替リスクも固定し、そしてグランドデザインを持って国債及び旧日銀券を一旦焼却し新円を発行するくらいの抜本的革命でもやらない限り、小手先処理では破綻に手を貸すようなものではないか、さように思います・・・

郵政問題にしても、預け限度額引き上げの是非議論や、亀井がどうのとか、仙石戦略担当大臣は聞いていなかったとか、そんなことばかりに目を向けるマスコミの誘導・・・背景に大きな金融問題が横たはっていることがポイントなのに、それは危機状態にある財政やアメリカとの関係がキイポイントなのに、そこを突く議論も無い・・・

・・・郵政新社長に元大蔵事務次官を据えた訳、国債引受の大きなバックボーンであった郵貯と国債の関係、何か隠された過去の問題があるのではなかろうか、・・・ゴールドマンサックスCEOであったポールソンが財務長官になり、中国との金融関係を深め、こちらは民営化万能主義の小泉内閣・・・ポールソンが中国に原発開発基金として15兆円だったか、日本郵貯から資金を出させる約束も取り付けているという外電を、ちらっと見たこともありましたが、数日で削除されていました・・・

・・・過去のこともさることながら、これから毎年生じ増大する国債費と償還借り換えの問題と郵政が大きく関係している、どうも何かが隠されたままでそのバンソウ膏張りばかりが、目下の国のあり様でしょう・・・国際関係も絡むこの問題に、中学校生徒会が太刀打ちできるのか、他にめぼしい野郎もいないし・・・

・・・小沢一郎テーマの投稿で、小沢のスタンスを紹介しました・・・バブル崩壊、住専問題処理で国会が紛糾した時、小沢は住専問題の処理と言う狭い範囲でのことではなく、米恐慌時の「ペトラ委員会」を参考に、経済、財政、金融にわたる総合的な構造改革委員会を創ってやらねば一時しのぎで終るだけだと、頑固に主張して政府与党の言うことを聞きませんでした・・・最後にこのことを再掲しておきます・・・。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.40 )
日時: 2010/04/02 19:19
名前: 天橋立の愚痴人間

満天下さん、詳しい説明をありがとうございます。
以前から溜めていた思いをぶつけます。
まずは、また後ろからですが、本論は、最初に書かれている為替などの実際起きる弊害についてです。


「中央銀行の役割」

1 決済システム   銀行券を発行して、経済活動の決済を円滑に行う役割。 
2 銀行の銀行    最後の貸し手として民間銀行に対して流動性を確保する役割。
3 物価の安定    金融政策を運営するにあたり、金利や通貨供給量をコントロールして物価の安定をはかる役割。
4金融機関に対する規制と監督   民間銀行に対する信用の背景は中央銀行にあるので、中央銀行は、民間銀行を監督する役割を持つ。
5 政府の銀行    政府預金を預かり国庫金の受払い業務を行う。

上記にははっきりと出てきませんが、貨幣価値の保障をすると言う最大の役割があると思います。
具体的には金利と通貨供給量をコントロールする方法でやります。

ところで、貨幣価値とはどのようにして維持されるかについてみてみます。

「兌換紙幣と不換紙幣」

兌換紙幣とは、金、銀との交換が出来る紙幣のことで、その比率を常に維持することで政府は信用を保っている。
不換紙幣も、その紙幣に見合う政府の保証が出来ることが条件である。
それが比率通りに交換できないようになれば、インフレ等が起きて紙幣の価値が定まらないと貨幣経済社会が混乱、最悪は破綻する。
勿論現在では不換紙幣が殆どなので政府の保証(信用)が出来るか、否かが何にも増して経済のシステムを維持する要素となっています。

原則は、原則として、現代社会は貨幣と交換する価値(商品など)の総量を大きく上回る貨幣が流通している。
信用取引というもので、株式、手形、投機資金、借入金など全ては信用の上でのみ成り立っている部分が巨大化して一人歩きしてしまっているといえます。

政府の保証と言っても、金本位制の時代のように保障する実態がありません。
結局は、その保証能力の指標を、GNPとか、国民総資産に求めています。
このこと自体、架空のものであり、経済学者のつじつまあわせではないかと思います。

信用保証は資本主義経済体制の発展に貢献している反面、その考え方に大きな瑕疵もあると言えるのではないでしょうか。

なぜならば、常識で考えられることが、その金融システムがあるが故に、雁字搦めになって実行できない。
すでに矛盾があるのに、これに手を付けられないことがあるのでしょうか。
今までは、そのシステムを守るメリットの方が多かったにせよ、今後もそうであるとは限らないと思います。

このように考えれば、既存の経済学理論そのものに疑義を持たねばなりません。
本当に、これより考えられないのでしょうか。

この面からの検証は、一旦おくとしまして、実際はこのシステムで動いているのですから、そのルール通りでやると何が問題なのか、為替レートなどの問題で見てみることにしましょう。


ただし、私は素人中の素人です。推論に無茶苦茶な面もあると思いますが、素人こそ大発見、発明の源なのです。

そういう意味で御笑覧ください。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.41 )
日時: 2010/04/03 10:50
名前: 満天下有人

「不換紙幣の価値基準」@

・・・お早うございます・・・大きな問題意識を提示されましたね・・・

・・・<ただし、私は素人中の素人です。推論に無茶苦茶な面もあると思いますが、素人こそ大発見、発明の源なのです。そういう意味で御笑覧ください。>・・・

あはは橋立さん、私とて金融業会の出身でもありませんし、同じ素人です・・・しかし素人であるが故に、客観的に見ることも出来るから、批判も自由・・・業界内部者は本音とは別の擁護論でカムフラージュして来ますからね・・・

・・・次は通貨と為替の問題に入られるようですが、そこは順次拝見するとして、ご指摘の中に、兌換紙幣と不換紙幣のこと、必要以上の貨幣が流通していること、不換紙幣通貨の信用とは何か、基本命題が多々含まれております・・・

・・・兌換紙幣が管理通貨・不換紙幣に代わった経緯については、中央銀行設立の背景の歴史まで遡らねばなりませんが、産業革命による資本的生産関係の拡大で、兌換の裏付けとなる金だけでは、商品交換に間に合わない、さりとて紙切れ紙幣だけでは、相互の信用が維持できない、金兌換という信用の下で紙幣も流通することになったわけですが、戦争や他の要因によって一国の経済が信用できなくなると、兌換によって金が流出し、兌換紙幣の価値を維持できなくなった・・・金輸出入の禁止、解禁の歴史に通貨の信用維持攻防の足跡がうかがえます・・・、

・・・現在、世界中の通貨が不換紙幣にとって代わったのも、問題は「金」にあったわけですね・・・古くはアメリカ独立戦争時代や第一次大戦の時、31年の英国による金本位制の離脱もそうでしたが、最も最近の例では、第二次大戦が終った直後、メロメロになった欧州諸国に代わって、戦場になっていなく巨大な経済力を温存できたアメリカの兌換紙幣ドルを機軸通貨にしよう・・・(ケインズ卿が議長になった1945年のブレトンウッズ協定)・・・

・・・ところが機軸通貨になったが故にドルが、世界中の需要増大に応じなkればならなくなり大量に発行され、兌換要求が増えだしてアメリカの金保有高が激減、1971年(昭和46年)にニクソン大統領が金ドル兌換停止措置を取り、わが国も一時混乱状態になりました(株式市場の大暴落・・・ここが橋立さんが言われる紙幣の過剰流通が株式、投機資金に向かっている箇所に、後で関連させます・・・)

・・・ここが不換紙幣時代へのターニングポイントになりました・・・しかし不換紙幣時代になっても尚、人間、その集団としての諸国には、やはり金の呪縛が強く残っているようです・・・端的には5年ほど前から中国による金の保有増大に見られますし、主要国では金の放出、買い入れが随所に見られる、それが何よりの証拠でしょう・・・それは世界が、不換紙幣の価値基準は一体どこに置くのか、それがまだ見えない、決められない状況の裏返しの証左でもありましょう・・・

・・・不換紙幣の価値基準をどこに置くのか、橋立さんの<政府の保証と言っても、金本位制の時代のように保障する実態がありません。結局は、その保証能力の指標を、GNPとか、国民総資産に求めています。このこと自体、架空のものであり、経済学者のつじつまあわせではないかと思います。信用保証は資本主義経済体制の発展に貢献している反面、その考え方に大きな瑕疵もあると言えるのではないでしょうか。>・・・

・・・不換紙幣には仰る通り、金のような「絶対」価値はありません、何を以って価値基準を決めるか、この場合の価値も、単なる「交換」価値です・・・ではその交換価値基準をどこに置くのかという命題に進んできます・・・それがGNPを含む一国の経済力であり、財政状態であり、社会の安定度であり、ドルのように軍事力も加味されたり、そのようないわば漠然とした基準しか手がかりしかありません・・・現実には「流動性プレミアム」によって導き出される長期国債利率から生じる金利体系の差によって、相対交換価値が決められる要素が非常に大きい・・・

・・・基本的には漠然としたものを基準にして尚、現実はそれを基準にして動いていない・・・なぜかというと、不換紙幣には「絶対」価値基準がなく、相対「交換」価値で動かざるを得ないからです・・・例えば一国の色んな要素を加味した日銀実質実効為替レートでは、250円/ドルと計算されておりますが、それも反映されない・・・

端的な例が昨今のドル安円高傾向です・・・不安定になった米国の社会経済状況の反映としてのドル安は当然として、ではデフレ傾向が強まり、社会不安定化、世界一悪化している財政状態にあるわが国・円が、強くなるはずがありません・・・結局相対「交換」価値によってそうなっているだけに過ぎません・・・中国元とドルの争いにもそれが端的に見られます・・・このような問題をどう解決して行くのか、G8から新興国加入の拡大G20で、昨年からこの問題が意識され始めました・・・中国はIMF特別引出権SDRの拡大変更を求めていますが、これも長い話になりますから、別稿にしますけど、これも不換紙幣の価値基準に大きく関連することであり、無視できません・・・
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.42 )
日時: 2010/04/03 10:57
名前: 満天下有人

「不換紙幣の価値基準」A

・・・橋立さんは「政府の保証」という表現をされました・・・一方で日銀の役割も記述されました・・・政府は何も保証することは出来ません、敢えて経済循環の中で政策によって「交換」価値基準を「維持」するだけが役目です・・・私が申しているグランドデザインの一つの範疇に入って来ます・・・日銀はその交換価値基準を金融政策によって補完する位置に居るだけです・・・

その補完位置に居るものが過剰マネーサプライで、株式、投機資金の手助けをしている・・・
つまりマクロ政策での紙幣供給がミクロの分野でいいように利用されている形ですが、その規制はこれもまた、供給コントロールによって成される・・・

・・・それ以上のことをやれということになると、これは「資本」主義的生産関係における貨幣の否定に繋がって行きます・・・どういうことかと言いますと、現代にあっては資本は、株式市場、債権市場で資本を調達せねばならないからです・・・その行為が拡大すほどに貨幣供給増加が求めらるという相関関係にあります・・・そこを通貨発行当局が投機資金規正を名目にコントロールせよということになりますと、角をためて牛を殺す格好になって、非常に難しい問題が生じてきます・・・つまり資本主義を否定するところまで問題が発展して行きます・・・

(誤解が無い様にするため、このテーマで私は、資本主義がいいか社会主義が良いのかという、選択を問題にしている訳ではありませんことを、挿入しておきます、それは別の大きな範疇での問題ですから・・・ただしこの議論を延長して行けば、必然的に新しい社会形態模索のテーマに繋がって行きます)・・・

・・・よって現状では、株式市場や商品市場に向かう余剰マネーのコントロールは、市場そのものの規制に委ねざるを得ません、具体的には例えば、東京証券取引所とか商品市場で言えばNY先物商品取引所(NYMEX)による自主規制がそれに該当してきます・・・

しかし、世界経済の減退、つまり需要減退が始まると貨幣・現金は、前にも申しました通り、「流動性プレミアム」が低い性質を補完する動きから、金融市場に向かいます、所謂不景気の株高とか言う結果現象をもたらします・・・目下は経済減退を素直に受け入れて(笑)、株高の現象は見えませんが、NY商品市場ではそうでもないようですね・・・

その中でも顕著なのが金の高騰です、不換紙幣への不信の表明でもありましょう・・・

不換紙幣の、限りなく絶対的価値に近づける交換価値基準をどこに求めるか、難解な問題ではあります・・・この解決を限りなく追求して行けば、ケインズ卿がブレトンウッヅ会議で提唱した世界単一通貨「バンコール」の概念に到達し、さすれば金利の差も、不換紙幣の交換価値の差も消え去って行きます・・・はてさて、これは世界単一社会主義の出現になり、果たして地勢の違いからも生じてきた伝統文化,習慣の違い、それを超えられるかという途方も無い神学に近い問題にぶつかってしまいます・・・

・・・冒頭の問題提起に戻って<<政府の保証と言っても、金本位制の時代のように保障する実態がありません。結局は、その保証能力の指標を、GNPとか、国民総資産に求めています。このこと自体、架空のものであり、経済学者のつじつまあわせではないかと思います。>

・・・私が主張する経済学怠慢に通じるものですが、私の趣意は、そのような要素を、少なくとも資本的生産関係を前提としてマクロ概念に入れるなら、その影響度もマクロ概念に入れておけ、そいう意味ですが、その前にもっときちっとした概念が極めて不足していることは糾弾されねばなりません・・・

・・・西欧における経済理論、とんでもないものもあって玉石混交ではありますが、少なくと先哲たちには、哲学、社会学からアプローチしてきた形跡は否定できません・・・わが国ではどうでしょう、ロクな者しかおりません・・・。


メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.43 )
日時: 2010/04/03 11:40
名前: seijikeizai111

>>『年間20兆円、あるいは30兆円くらいを税収とは別に毎年公共事業としてばら撒き続けると言う手法がマクロ経済的に成り立つと思いますか。』

という問いかけが気になっていたのですが、年度末でちょっと書き込みができませんでした。

結論を先に言いますと

今の日本の経済規模なら20兆円や30兆円くらいなら成り立つ、です。

 理由は、
いまでも役に立たない公務員や仕事もしない人たちをその程度以上食わしている。
出発点が役に立たないお金の使い方であっても、お金はお金、触媒程度の役割は果たす。


ただ、「公共事業』を「軍事費』に置き換えてみればイメージがわくと思いますが、じゃあ100兆円や200兆円でも成り立つのかというと今の日本の経済規模なら、成り立たない、です。

日本は衰退する。

なぜなら

お金を計画経済のように人為的に使うのは、人や資源の適正配分を歪めてしまうからです。
軍人ばかりになって鉄砲の弾ばかりにお金を使っても、生活に必要な生産に人や資源がいかなくなるように、穴を掘っては埋め、掘っては埋めするような公共事業ばかりなら、やはり生活に必要な生産に人や資源がいかなくなる。

公共事業が、高度成長期の日本のように高速道路や新幹線などの建設で経済成長の役に立つものに使われれば100兆円になっても問題ない。
しかし先進国というのは、目指す手本がないから先進国なのであり、何がこれから必要な事業かは誰もわからない。わかるというのは人間の傲慢である。

だから『神の見えざる手』が必要なのである。


>>ただし、私は素人中の素人です。推論に無茶苦茶な面もあると思いますが、素人こそ大発見、発明の源なのです。

私も素人です。

デジタルは、道具であって、アナログが最後に勝つと思っています。 

満天下さんが詳しく説明されていますが、実際の経済は、変数が多すぎて理論どうり所詮いきません。
経済理論は囲碁や将棋のコンピューターソフトを作るための理論みたいなもので、結局コンピューターが、人間に勝てないのと同じで、実際の経済政策には役立たないと思います。

といっても、定石や過去の棋譜の勉強をすることは大事なことでり、そうしたものの上での話ですので、経済理論では結局結論は出ないということだけです。
だから満天下さんの意見を否定しているわけではありませんので念のため申し添えます。


何が言いたいかといえば、デジタル人間である主に官僚たちに任せることだけは絶対に間違えるもとだということです。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.44 )
日時: 2010/04/03 12:48
名前: 天橋立の愚痴人間

議論を少し中断しますが、
今日のニュースでオバマ大統領が「アメリカの雇用が16万人増えた、これで失業問題解決のスタートになった」と言っていました。

私はこういう発想に危機感を持っています。
グローバル化による底辺の経済の疲弊が一時の施策で、短期間に、本当に解決できるものなのでしょうか。
4000万人近いフードスタンプ受給者を何とかするほど新しい雇用が生まれるのでしょうか。
ここ3ヶ月くらいは16万人の雇用が増えたとしても、確実な新産業分野の興隆がなければ、先のリーマンショックのような出来事一つで元の木阿弥。
これを繰り返して現代の格差社会が出来てきているのです。
何処の国でも、このような選挙目当ての無責任な認識が蔓延っています。

seijikeizai111 さん、

>今の日本の経済規模なら20兆円や30兆円くらいなら成り立つ、です。

勇気をいただきましてありがとうございます。
私も直感でやれると思っているのですが、それを少しでも理論的に証明したいと思い、問いかけております。

満天下さんが言われているのは、現状の経済理論の限界の説明と受け取っています。
その上の見解としては「一時的な金融鎖国」と言うかたちで現しておられます。

問題は、この部分の検証なのです。
貴方が仰っておられるのも、この部分を意識しておられると思います。
「金融鎖国」と言う言葉自体を厳密に取られると誤解があるでしょうが、現状の理論を凌駕しなければ根本の解決は出来ないという認識です。

何となれば、貴方は何事も理論通りには行かないと言われていますが、それは現実で理論通りに行って、理論が間違いなければ問題自身が起きません。

ですが、経済のコントロールをする立場の人間は、その不確実性の高い理論にしがみついてより業務に対処することが出来ません。

また組織とは、システムとはそういうものと思います。
で、あれば、
理論を変えてやる必要が在ります。

もともとは経済学がやらねばならない大事業なのですが、少なくとも社会に影響を及ぼすことの出来る経済学者どもは、自らの地位の確保が大事で、怠惰を決め込んでいます。

仕方がないので、素人の我々が方向付けくらいは示してやろうと言うわけです。
私は常々「新しい国のかたち」を言っていますが

資本主義の修正と余暇の問題がその中心です。

ですが、そのためには単なる経済的な分野で出来ることではありません。
共産主義社会のような手法によれば経済の分野はコントロールできるかも知れませんが、それでは「余暇」と言う言葉で示している人間性の問題は解決できません。

また資本主義の修正は、とりもなおさず民主主義の修正にもつながります。
限りない自由、個性の尊重は、混沌を招きます。
格差社会は、下層上層の人々に有り余る余暇をもたらせます。
有り余る余暇は人間性を変えてしまいます、悪いほうに。
働く必要がなくなる社会は人類にとって地獄の一丁目と言うことです。

こういうことを訴えて、資本主義と民主主義の修正の必要性を我々自身が納得しなければなりません。
それが出来れば、資本主義経済の論理も変えられるのではないでしょうか。

また、其処までの認識で進めなければ、この理念は進められないと思います。





メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.45 )
日時: 2010/04/03 15:45
名前: 天橋立の愚痴人間

>・・・橋立さんは「政府の保証」という表現をされました・・・一方で日銀の役割も記述されました・・・政府は何も保証することは出来ません、敢えて経済循環の中で政策によって「交換」価値基準を「維持」するだけが役目です・・・私が申しているグランドデザインの一つの範疇に入って来ます・・・日銀はその交換価値基準を金融政策によって補完する位置に居るだけです・・・

その補完位置に居るものが過剰マネーサプライで、株式、投機資金の手助けをしている・・・
つまりマクロ政策での紙幣供給がミクロの分野でいいように利用されている形ですが、その規制はこれもまた、供給コントロールによって成される・・・



「不換紙幣の価値基準」と言うことで、マクロ中のマクロの考え方に一応の算段を見ておきたいと思います。

価値基準といいましても実際は金本位制など実態的な価値の裏づけは出来ないと思います。
不換紙幣通の価値の維持が、貨供給量が適切であるか否かが、政府や中央銀行の役割と認識するならば、それはインフレを起こすか、起こさないかの判断が、通貨供給量の管理の最大の指針となるのではありませんか。

実際もすでにそのようになっているのではないかと思います。
そうで在れば、他の理屈はかなぐり捨てて、インフレ度合いに注目すれば、他の金融政策も成り立つのではありませんか。

成り立ちと言うよりも、その理念を自分のものとしてない臆病が、とり得る政策も取り得ていないことになります。

まあ、これから検証しなければならない為替の問題がありますので単純には行かないでしょうが。
その為替のことも、根源的に考えれば人為のなせることです。
総合的、多角的に考えて、何かの考え方が出来るのではないでしょうか。
この件は、後に譲りたいと思います。

>・・・それ以上のことをやれということになると、これは「資本」主義的生産関係における貨幣の否定に繋がって行きます・・・どういうことかと言いますと、現代にあっては資本は、株式市場、債権市場で資本を調達せねばならないからです・・・その行為が拡大すほどに貨幣供給増加が求めらるという相関関係にあります・・・そこを通貨発行当局が投機資金規正を名目にコントロールせよということになりますと、角をためて牛を殺す格好になって、非常に難しい問題が生じてきます・・・つまり資本主義を否定するところまで問題が発展して行きます・・・


その通りでして、明らかに修正資本主義を検討していることになると思います。
そうして、同時に民主主義も少々修正に応じることをしないと、仰るとおり、資本主義を殺してしまう結果となるでしょう。

でも決して共産主義の方向へ向かっているものではないと思っています。


ここで新たな質問ですが、

不換紙幣の価値の維持について、政府、中央銀行の役割は、仮想的な価値基準に拘ってないで、あっさりインフレの度合い管理とすると言う意見は如何でしょうか。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.46 )
日時: 2010/04/03 20:17
名前: 満天下有人


・・・<ここで新たな質問ですが、不換紙幣の価値の維持について、政府、中央銀行の役割は、仮想的な価値基準に拘ってないで、あっさりインフレの度合い管理とすると言う意見は如何でしょうか。>・・・

・・・う〜ん・・・それだけでうまく行けるかどうか、断言する自信がありません・・・GDP成長も、財政基準も、外から仕掛けられる通貨リスクなど、通貨価値を損ねる要因と全て無関係に物価管理だけやっておれと言うことになると、どういうことになりましょうか・・・逆に物価管理なる目的から、物価というより生活全体に襲いかかってくる他の要因を監視するという意味なら、大いに意味有りと思います・・・

金のように具体的な裏付けが無い不換紙幣の「交換価値」維持、その維持に及ぼす影響は、現代にあっては物価だけではないと思います・・・経済の破綻には財政状態のほかに、正に言われていた投機資金の規制問題もあります、掲げておられた日銀の役割の中にも金融機関の規制監視という項目がありました・・・

わが国では政府金融庁がやっておりますから、日銀の役目からははずされていると思いますけど、アメリカではFRBにその機能を持たせよと、けんけんがくがくやっておりますね・・・

政府日銀は、物価監視をやっておればそれで良い、相対関係にある円交換価値に影響を及ぼす為替にも介入する必要は無い、ただ物価、インフレを監視するだけで良いとなると、最初のテーマであった無利子国債、円交換価値の下落から生じるであろう物価上昇をどう監視するのか、監視する以前の問題として、やめておこうということになって来ます・・・

・・・橋立さんのインフレ監視論の中には、それを逆手にとって、インフレターゲットを置けという意味も込められているのでしょうか、そのために日銀が通貨供給を増やしても、名目物価は上昇し、名目賃金も上昇するでしょうが、両辺から「名目」を差し引くと,実質何も変わらないことになります・・・国民所得計算基礎項目の消費、貯蓄とて時代が変わり、必ずしも過去の傾向値も当てはまらなくなっていると申しました・・・通貨価値下落で物価だけが上昇し、不況は変わらないというスタグフレーションのリスクも考慮せねばなりません・・・これも物価監視の重要な役割には違いありませんけど・・・

・・・私が申しました、<政府は何も保証することは出来ません、敢えて経済循環の中で政策によって「交換」価値基準を「維持」するだけが役目です・・・私が申しているグランドデザインの一つの範疇に入って来ます・・・日銀はその交換価値基準を金融政策によって補完する位置に居るだけです・・・>・・・

・・・この文章に誤解を受ける言い回しがありましたので、訂正します・・・交換価値を維持する“だけが”役目・・・交換価値を維持“するのが”役目に、訂正します・・・失礼しました・・・

最初の“政府は何も保証することは出来ません”の意味は、“金と交換するという具体的保証がない場合は、”という点で、保証裏付けは何も無いという意味です・・・従って、経済循環の中におけるグランドデザインある政策が,重要な保証になる、そういう意味です・・・

・・・更に、経済学の怠慢がけしからんと言うことと同時に、そんな分かっていることを政策にしない施政者の怠慢もけしからんという二重の思いを込めております・・・

・・・まあ、クソ真面目にマクロ理論を分析しても、施政者が何もしないなら、ムダな努力ではありますけど、町衆として議論する場合、どこを基準に議論しているのか、土台をどこに置いて議論しているのか、よく分からないケースが多いので、些か教科書風に基礎を振り返ってみた次第です・・・

・・・いいんですよ、20兆円であろうが100兆円であろうが、やってしまえば・・・しばしの間、それで財政維持が出来、外から攻撃されないなら・・・その予測認識の違いだけでありまして、大丈夫、破綻はしないと思う向きが多ければ、やっちまえば良いだけの話です・・・

・・・ただ私の経験からすれば、外の攻撃者、柔いものではありません、掲示板ですから個人的な経験は省くとして、国民全体が影響を受けたバブル、その崩壊、立ち直りかけたときの新自由主義経済、その結果としての現在・・・そこに何よりも有効な問題提起=方程式があるのではないでしょうか・・・そこから次に何を求めて行くのか・・・物価監視以上の、もっと大きなものを・・・そこにたどり着くための、切り口が基礎方程式に潜められていはしないか・・・そういう意味でした・・・社会構造をどう変えるべきかは、また別の議論になりますので、ここでは最初のテーゼ、無利子国債発行に限定して、色々検証して見た次第です・・・。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.47 )
日時: 2010/04/03 23:02
名前: 天橋立の愚痴人間

>・・・う〜ん・・・それだけでうまく行けるかどうか、断言する自信がありません・・・GDP成長も、財政基準も、外から仕掛けられる通貨リスクなど、通貨価値を損ねる要因と全て無関係に物価管理だけやっておれと言うことになると、どういうことになりましょうか・・・逆に物価管理なる目的から、物価というより生活全体に襲いかかってくる他の要因を監視するという意味なら、大いに意味有りと思います・・・



勿論、
「不換紙幣の価値の維持について、政府、中央銀行の役割は、仮想的な価値基準に拘ってないで、あっさりインフレの度合い管理とすると言う意見は如何でしょうか」

これは一面的な見方でして、自国ではどうにもならぬ外的要因や、自国内で在っても投機資本の動きなど単純に割り切れるものでないと思います。

しかしながら、現在の実体経済が、そういうもの(金融資本)に振り回されているのは、実態のない不換紙幣の貨幣価値のありようを彼らに握られているからではありませんか。

経済を国民のために取り戻すと言うことは、貨幣価値の判断基準を国民にゆだねる、つまり政府による貨幣価値の判断基準を金融現象以外の観点にシフトする事ができるか、と言うことになります。

経済は独自の法則で進むとしても、国家の運営は社会学的な要素も取り込んで行うと言うことになりますが、実際は、その接点で常に抗争が発生すると思います。

繰り返しますが、横綱相撲のように、為替、投機筋など金融マフィアの攻撃があることは、これを認めて受けねばならないと思います。

ただ、横綱であるような強力な強さ、この場合意思になりますが、を国民、つまり政府が持つことができるかということです。

民主党ではありませんし、抽象的で仮定の話ですが、

「不換紙幣の価値の維持について、政府、中央銀行の役割は、仮想的な価値基準に拘ってないで、あっさりインフレの度合い管理とすると言う意見は如何でしょうか」

をバックボーンとして、貫くことができる純粋理念と考えてよいかと言うことです。

勿論前述しました諸問題との戦いはこれから考えねばなりません。

資本主義経済が市場主義やら何やらで、結局資本の暴走を許し、非人間的な面を増徴させてきた原因を貨幣の価値の管理の根本をしっかりとやってこなかったせいと独断しています。

しかしながら、マルクス主義の労働価値説のような近視眼的な認識では、経済の発展はできなかったはずです。
膨大な乖離があるといえ、不換貨幣の容量の膨張は肯定することはあっても否定するものではありません。

ただ、その管理の手段は、まだ別の可能性もあるのではと思います。


随分と、抽象的になってきましたが、結論は明確でなくても、おおむね、問題点が見えると共に、この考えを追求する価値もあるという程度には理解しました。

それから、

>・・・ただ私の経験からすれば、外の攻撃者、柔いものではありません、掲示板ですから個人的な経験は省くとして、国民全体が影響を受けたバブル、その崩壊、立ち直りかけたときの新自由主義経済、その結果としての現在・・・そこに何よりも有効な問題提起=方程式があるのではないでしょうか・


この部分は、最初に言われている領域の問題と思います。
後ろから(満天下さんの記述の)から質問を始めましたが、理論的には最初の段階と思います。

後に続く諸問題も関連して検証しなければならないのは解っていますが、今までは意図的にはずしていました。

何となれば、一緒ではとても頭に入らないからです。
続けて、各論の方の質問をしたいと思います。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.48 )
日時: 2010/04/04 11:08
名前: 満天下有人

「天橋立さんNO、47へのレス」@

・・・<しかしながら、現在の実体経済が、そういうもの(金融資本)に振り回されているのは、実態のない不換紙幣の貨幣価値のありようを彼らに握られているからではありませんか。
経済を国民のために取り戻すと言うことは、貨幣価値の判断基準を国民にゆだねる、つまり政府による貨幣価値の判断基準を金融現象以外の観点にシフトする事ができるか、と言うことになります。・・・・
・・・・繰り返しますが、横綱相撲のように、為替、投機筋など金融マフィアの攻撃があることは、これを認めて受けねばならないと思います。ただ、横綱であるような強力な強さ、この場合意思になりますが、を国民、つまり政府が持つことができるかということです。>・・・

・・・・言われている不換紙幣価値維持の二面性、本来的に国家国民による経済実態を反映させる基準、それが投機資金などによって歪められるそれを、排除する・・・排除できるか・・・そういうことを言われているのだと思います・・・

・・・後者を政府国民意思によって排除できるか・・・こちらがしっかりしない限り、限りなく排除できません、なぜか・・・不換紙幣への転換の歴史と現代金融資本のありさまが、軌道を同じくしているからで・・・

それは一重に米英がやってくれない限り不可能です・・・英イングランド銀行創立の経緯、米FRB創立の経緯、まさに米英政府が支配されてきたその歴史から米英政府が脱却できるか、そこにかかっているからです・・・サブローン破綻で浮き上がって来たその支配構造、米議会での喧々諤々の議論は、英イングランド銀行創立時及び米第一、第二合衆国銀行設立からFRB創立に至る時の抗争議論と、全く同じ光景が再現されている・・・ここでも別スレッドで概略を書いた記憶があります・・・

・・・不換紙幣の価値基準を本来基準に戻す、経済構造のありようを、しっかり守り、金融現象については動きをよく分析して予め防衛しておく、最初から相手の言うことをホイホイ聞いて手に乗るようなスタイルでは、排除できないでしょう・・・基地問題とどうやら絡んできた郵政資金のキナ臭さもそうです・・・

・・・投機マフイアという言葉、わが国では何だかヤ組がアングラマネーを操っているような印象ですが、米英では公的機関がそれに該当するのですから、手に負えません・・・
再度書きますが、民主党藤井裕久が財務大臣になったとき、プラザ合意で通貨マフイアなるニックネームを付けられた行天豊雄氏を特別顧問に据えました・・・・

この通貨マフイアなる言葉は多分、アメリカのジャーナリストが付けたものだと思います・・・何でこんなこと言い出すのかというと、あちらでは金融におけるマフイアなるものは、「公」がやっているという意味があり、だからアメリカ公的金融マフイアをもじって大蔵行天氏にも、そのニックネームをあっさり献上したのだと思うからです・・・政府も「公」ですが金融も「公」の名の下で堂々とマフイア行為をやっている、政府の公は金融の公に抑えられているからです・・・リンカーンとケネデイが暗殺されました、米有名大統領で比較的中立でがんばったのは、ニューデイール政策で有名なセオドア・ルーズベルトくらいです・・・・オバマも歯切れが悪くなって来ました、背景は容易に推定できます・・・

・・・米英では奇妙な信仰があって、戦争より強い武器がある、それは金融戦略である・・・
数年前にもその一端の光景が見れました・・・北朝鮮核を巡って米朝会談が行き詰まりました・・・その時アメリカは局面打開に北朝鮮金融当局を招請しました・・・会談の前列に座ったのは米金融大資本のお歴々でした・・・マフイア戦略の一端が見えます、対中国においてもそうです、でも今回訪米する胡主席はグーグル問題かけひきに元/ドル問題を使おうと、しぶとくやっておりますね・・・それくらいのかけひきが出来ないと、外部金融攻撃は排除できません・・・
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.49 )
日時: 2010/04/04 11:12
名前: 満天下有人


「天橋立さんNO、47へのレス」A

・・・少し横路になりますが、金融以外でも排除できない要因は他分野にもあります、現代生活に欠かせない鉱物資源です・・・昨年夏以来話題に上った英豪2巨大鉱物資源会社、リオ・テイントとBHPビリトンの合併、合併すると世界シエア40%、世界トップのブラジルリオドセを入れると、世界の80%が寡占状態になります・・・

・・・これが合併して供給量及び価格面で大きな力を持つと、手が出ません・・・中国は国際独禁法違反として合併反対の強硬姿勢を取っていますが・・・この二大鉱物企業をどこが握っているか、背景を見ると英米金融構造と良く似ています、人間基本物資である食糧穀物、これも金融構造と良く似て、わが国が振り回される構造になっております、そこに態々頼るというスタンスではどうにもなりません・・・

鉱物のようにモノそのものに限度があるものは排除できませんが、金融とか食糧についてはいくらでも防衛措置が取れると思います、それもやるということで、本来の価値基準を守るべしで、、例えば不動産業活性化のために、外資不動産フアンドなどに頼るからいけないのであって、大和アイデア、大和フアンド組成で何故やらないのか、これでは金融攻撃を排除できません・・・・

結局、
<資本主義経済が市場主義やら何やらで、結局資本の暴走を許し、非人間的な面を増徴させてきた原因を貨幣の価値の管理の根本をしっかりとやってこなかったせいと独断しています。>、ここに帰結するわけですが、その根源は米英にあり、しかし長い歴史の中で、人間の本源的な欲望とあいまって強固に構築されて来たものを、一朝一夕で崩すことは至難のワザでもあります・・・

<しかしながら、マルクス主義の労働価値説のような近視眼的な認識では、経済の発展はできなかったはずです。>・・・

ここは、剰余価値の労働価値への再分配が抑制されたから、資本主義が発達した、という意味でしょうか?、最終消費者、生活者を押し込めて来たから資本もまた行き詰まっているように見えるのですが・・・資本論を逆に読むと色んなヒントが隠されていると思いますし、ありがたい理論だと、私はそう思うのですが(笑)・・・・そしてマルクス思想が良くなかったのではなく、ソ連官僚型共産主義が悪かった・・・私にはそのように見えます・・・。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.50 )
日時: 2010/04/04 12:09
名前: 天橋立の愚痴人間

最初に戻りまして、国内流通の総貨幣の配分について次のように説明されました。

国民所得計算基本方程式
(A)国民所得=消費+税+貯蓄・・・これを一国の総支出及び総生産の角度から見ると・・・
(B)国内総生産=消費+財政支出+民間投資・・・

Bにおける財政支出も民間投資も、Aの税と貯蓄がベースになりますから、AとBを等式に置くことが出来ます・・・

(A)消費+税+貯蓄=(B)消費+財政支出+民間投資・・・両辺から同じ消費を控除しますと・・・税+貯蓄=財政支出+民間投資・・・となります、これを(イ)としておきます・・・

貿易の要素はややこしくなるので、とりあえず国内だけに限ってと言うことで、ここまでは解ります。
消費の動向でその増減を考えることは指摘されていますが、これはある一定の時間における静的な、机上の理論での分析に過ぎず、現実の説明及び総量の変動の説明する方程式にはなっていません。

つまり、消費、経済全体の容量が増減する要因の説明が、この方程式だけでは説明できないと思います。
金利政策や買オペ、売オペ等によって、この方程式が時計の振り子の中心であるように振幅させることをやっていることはわかります。
他方、国債発行による景気刺激とは、上記の方程式が実は
(A)消費+税+個人貯蓄(1300兆円)>(B)消費+財政支出(残高900兆円)+民間投資
なので(A)=(B)までは国債発行を増やしても健全であると言われていますが、これを正しい考え方とすれば、もともと(A)=(B)が良いのではなく、(A)>(B)は理想的となってしまいます。

それでは、(A)=(B)の方程式は絶対的なものではないことにつながります。
上記の方程式の正解は(A)≧(B)と言うことになります。
であれば、>の分だけ、厳密な方式とはいえないと思います。
かつ実際は殆ど>の部分で金融政策が決められているのではないでしょうか。
曖昧なままに、恐る恐る。
といいますよりも>の部分の方程式を確立しなければならないのではないでしょうか。

要するに、最初に言いました不換紙幣の価値の維持基準が曖昧なことの根拠がこういう基本方程式の曖昧さにも反映されているのではないでしょうか。

ところで、貨幣価値の基準が曖昧といいましたが、それは金本位制のようなものが確実で、そのようにすると言うことではありません。
金本位制にしても、金に希少価値があるというだけの設定ですので、貨幣価値などはあくまでも相対的なものと割り切って考えることが、確実ではないのでしょうか。

一応のバランスは考えていますが、>の部分の政策の実態はヘリマネであるといっても差し支えないのではないでしょうか。
そのように考えますとヘリマネ政策などは、もっと自信を持って積極的に活用することが肝要かと思います。


気まま勝手に天下の方程式を私物化してしまいましたが、ひとえにヘリマネを実施させるための方便です。
後は、難物の国際金融の問題があります。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.51 )
日時: 2010/04/04 12:34
名前: 天橋立の愚痴人間

満天下さん、レスをありがとうございます。

>・・・・言われている不換紙幣価値維持の二面性、本来的に国家国民による経済実態を反映させる基準、それが投機資金などによって歪められるそれを、排除する・・・排除できるか・・・そういうことを言われているのだと思います・・・


と言われていますが、私のはもっと単純な発想で、インフレさえコントロールできていれば、時には少々の失敗をしても、ヘリマネを含めて自由闊達に金融政策を取れということです。

その詳細は、No50で言いましたように規制の理論に拘らないでやれということです。
ただし、まだ国際金融、交易の面の検証まで行っていませんし、ヘリマネの手法も具体的に言及していません(現金ばら撒きは良くないと思います)。

そして、そういうことを実施するには、国民にもそれなりの覚悟が必要という意味です。


誰でも、何時でも良くマルクスを引き合いに出されますが、これから議論して行きたい修正資本主義が成立すれば(?)、最早、マルクスの出番はないのではと思います。

といいますのは、労働面を重視しすぎるマルクスでは、これからの社会の人間活動を規定する事はできないからです。
事実、やろうと思えば労働しなくても人口の半数くらいは生活させることができるまで科学が発達してしまっているのです。

まだ、現実の経済(金融)規模は、実態経済を大きく上回り、それを制御することに困難をきたしていて、マルクスはそれを指摘はするが、対応のことは述べることができてないと思います。

対応=マルクス経済論といいたいのでしょうが、それも現実には当てはめられないと思います。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.52 )
日時: 2010/04/04 15:48
名前: 天橋立の愚痴人間

満天下さん、いよいよ為替、交易の問題を含めて結論的な領域に入ります。

>政府日銀は、物価監視をやっておればそれで良い、相対関係にある円交換価値に影響を及ぼす為替にも介入する必要は無い、ただ物価、インフレを監視するだけで良いとなると、最初のテーマであった無利子国債、円交換価値の下落から生じるであろう物価上昇をどう監視するのか、監視する以前の問題として、やめておこうということになって来ます・・・

この後、続けて言われていますように、

>・・・橋立さんのインフレ監視論の中には、それを逆手にとって、インフレターゲットを置けという意味も込められているのでしょうか・・・

のように、受身の物価の監視でなく、物価高騰、つまりインフレをコントロールできる範囲で積極的に財政出動を続けるということです。それが普通になり(定着し)、インフレも起きないようになるまで。

>そのために日銀が通貨供給を増やしても、名目物価は上昇し、名目賃金も上昇するでしょうが、両辺から「名目」を差し引くと,実質何も変わらないことになります・・・国民所得計算基礎項目の消費、貯蓄とて時代が変わり、必ずしも過去の傾向値も当てはまらなくなっていると申しました・・・通貨価値下落で物価だけが上昇し、不況は変わらないというスタグフレーションのリスクも考慮せねばなりません・・・これも物価監視の重要な役割には違いありませんけど・・・

座して破綻を待つよりも、やってみる必要があり、またそんな手段を定着させねばならないほどに資本主義のシステムは変化しているともいえます。

それと、資源の問題が特に我が国では大問題です。

>・・・少し横路になりますが、金融以外でも排除できない要因は他分野にもあります、現代生活に欠かせない鉱物資源です・・・昨年夏以来話題に上った英豪2巨大鉱物資源会社、リオ・テイントとBHPビリトンの合併、合併すると世界シエア40%、世界トップのブラジルリオドセを入れると、世界の80%が寡占状態になります・・・

こういう状態も人為のなせることなので、絶対真理として容認しなくても良い方向へ変えることができないでしょうか。
勿論、他国から強奪することはできないので貿易はなくなりませんが、どのような分野にしろ極端な寡占状態は資本主義の理念の遂行には齟齬をきたします。

そんなことは各国皆承知のことと思います。
これを修正するのも国家、世界の国家の使命ではありませんか。
まあ、アメリカが軍事力を背景に威圧している現在では至難のことと思いますが。

次には為替の問題を検証したいと思います。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.53 )
日時: 2010/04/04 16:26
名前: 天橋立の愚痴人間

為替の問題があります、この分野こそ全くなじみもなく概念が定まりませんが、良く言われていますように円高の推移、予想のことがあります。

これなどを観察していますと、リーマンショックやらドバイの問題で、ぴりぴりと変動しています。
これは為替レートを市場に任せているからのことであり、その市場の原理は、実態経済よりも過大部分の金融資本の影響下にあり本当の比率を反映しているか、否が問題です。
また、その適否の問題だけでなく、為替の動向で各国の全体経済が必要以上に揺れ動き、それに合わせて各国の経済政策が翻弄されています。

我が国で、今まで言ってきたような政策が取れないのも、必要以上に国際金融、為替の影響を気にしているからではありませんか。

仮に我が国で少々のインフレが続いたとしても、それによって経済の容量が大きくなれば、為替もついてくるのではないでしょうか。

平たく言えば、誰もが言っています内需の拡大があれば、色々なことが同時に解決できるということです。

現在の中国などが良い例と思います。

勿論、こんな理屈も賢い方たちは先刻ご承知と思いますが、何故実践できてないかといいますと、これは左脳だけの能力では追いつかない課題でしょう。


要するに内需拡大の具体的な方策が見つからないので、貨幣価値の維持、インフレ、為替の三竦み状態が現状であると思うのです。

日銀で後、数年を大過なくすごせば割の良い天下りが出来ると計算しているような老いぼれに、この三竦みを打破するような気概があるはずもなく、このままでは100年経っても社会を変えることはできない相談です。



結論が手前味噌で申し訳ありませんが、もともとこれを確認するための質問でありましたので御容赦願います。

現実の資本の論理が支配している(このことを決して悪とは言いません)中で、どういう方法があるといいますと、

一部ではありますが、世界のルール破り(食料鎖国)をしまして、ここへヘリマネのような財政投資を続けます。
他にも第一次産業の分野を国家単位の特別の施策(食料主権という言葉が認められているように、これは世界各国に説得できる分野でもあります)を組み、これを中心に地域(国別と考えても良い)循環型の経済圏をグローバルな経済圏の中に内包させる。

このような方法で、市場主義経済のシステムの瑕疵を補完することで国内の国民経済を良好に維持することにより、表題の内需を拡大する。

各国がこのような施策をとることは、必然的に市場主義のある部分は変質することを余儀なくされて修正資本主義が完成される。

しかしながら、この問題は民意の了解なくしてはできないこともあり、それは民主主義のルールにも抵触します。
この部分の議論は別の機会にするとします。

と、まあ

こんな絵を描いてみたのですが、根源の部分的なヘリマネが容認されなければ、地域循環型の経済圏を作ることができません(これこそ民でできることではありません)。

勿論、そのヘリマネは、地域循環型産業興隆のためのインフラ整備の公共事業を発注するということです。
年間、30兆円くらいを続けても、ある程度かたちになるまでは20年はかかると思います。


以上のことについて、決して結審したとは思いません。
一連の意見交換を通して、自分自身が考えなければならない概要が浮かんだくらいに思ってますが、大変参考になりました。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.54 )
日時: 2010/04/04 22:48
名前: 満天下有人

・・・橋立さん、午後から所用が増え、詳しくはまた時間取れ次第と思い、基本方程式の読み方を混同されている箇所もあり、取りあえず要点だけのレス文、60分以内なら送信可能になったようですから、悠々と送信ボタンを押したところ、時間超過の表示が出まして、ブラウザの戻るボタンを押したら、全文消えてしまいました(笑)・・・

・・・ということで、今日、多分明日も、余裕時間がありませんので、対論再開まで少し時間を頂きます・・・。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.55 )
日時: 2010/04/04 23:24
名前: 天橋立の愚痴人間

満天下有人 さん、

それは大変でした、私もたまにやりますので御同情いたします。

今の部分が一番基準になりますのでできる限りの方向から検証したいと思っています。

今から45年もまえ、20歳で学生運動がまだ終焉してなかったころの話ですが、
色々とマルクスが論じられているころ、私がマルクスを信じることができなかったのは、ごく単純な理由です。

当時、東京にすんでいましたので、鎌倉あたりに住居を構え新幹線で通勤できるのがサラリーマンとして最高の環境と思っていました。

ところがどの様に考えても、そんな住居地を手に入れられる人はごく少数です。
共産主義国ならば、その権利はどのようにして分け与えられるかを考えました。

少なくともマルクスの本にはそんなことは何処にも出てきません。
勿論現実は、欲深いものが手に入れることになります。
それが共産主義国でも抽選で引くような子供じみたことはないと思います。

要するに人間の欲望の対象として、貨幣だけならば機会均等、労働に応じて分配することはできても、欲の対象となるものは、そう簡単に公平に分けることなどできません。

そこで結局は権力争い、コネ、地位を利用することが常套手段として行われるであろう。
これは恵まれた土地というものが対象でありますが、一時が万事このようなことが起きるとすれば、それは専制、独裁の芽をはじめから含んでいる危険な思想と思った訳です。

正直、マルクスは、こういう人間の欲望と言うものを単純に取り扱ってしまっていると思います。
このことが、幾らマルクス主義を進めても結局は砂上の楼閣のごとく一筋の水流で瓦解する運命であると思ったのです。

共産主義国家は、その水流を発生させないために、多くの人々を粛清し70年の間何とか崩壊を防いでいましたが、結局は情報の発達で国民全般に懐疑の思考が行き渡り徐々に体制が維持できなくなったのだと思います。
ゴルバチョフは、そのことを理解していたのではないでしょうか。幕末の徳川慶喜のように。

マルクスの話を出しましたのは、大きな転換を目指すのであれば、基本中の基本のことの検証を残していては同じ事を繰り返します。

そういう意味で経済的な問題について、あらゆる面の問題点を出していただければ幸いです。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.56 )
日時: 2010/04/06 08:25
名前: 満天下有人

「天橋立さんNO。50へのレス」@

・・・橋立さん、遅レスになりました・・・国民所得計算(GNPでなくGDP)の数値挿入が間違っておられますので、少しばかり頭の体操に戻ります・・・

「投稿NO.50について」

ハロッドドーマの公準定理、A(税+貯蓄)=財政支出+民間投資は、一国内における投資は常に税収と貯蓄をバックに行はれる、その意味で=だというもので、ただし、中間ではA>Bのケースも、A<Bも有り得るわけで、最終的にはA=Bでないと財政破綻するという意味です・・・

中間でA>Bも、A<Bも有り得るのに、1300兆円>900兆円が=になっていないとの疑問は、言うなれば損益計算書と貸借対照表をごちゃ混ぜにされていることから生じた混乱です・・・

国民所得計算はGDPの指標であると申しました・・・GDPは昨年より今年はどれだけ成長があったか、それを見るのも大きな目的の一つであり、その意味で「単年度計算」であります・・・単年度損益計算書に近いものです・・・一方、貯蓄と国債発行残高は単年度の累積、いわば貸借対照表に近いものです・・・この数値を単年度損益計算書に挿入するとおかしくなってしまいます・・・国民所得計算を仕訳して政府貸借対照表、政府損益計算書=一般会計予算へ振替えるとき、貯蓄は政府の貯蓄ではありませんから、振替えはできません・・・振替えるのは、財政支出分です・・・この財政支出は後述の通り公共投資と政府支出から構成されておりますが、税収不足分も併せて国債発行で賄はれますから、その分は政府貸借対照表の「負債」に振り替えられます・・・政府支出分は同時に、政府損益計算へ、つまり一般会計予算書の支出に振り替えられます・・・

・・・その貸借対照表の負債累計が900兆円であります・・・1300兆円と900兆円の比較は、あくまで政府財務諸表の外のことであり、国民経済上最終的にはA=Bでなければいけないという、逆に言うなら後どれくらい国債発行が許容されるかという、一つの指標であって、損益計算書計算方程式上で見るものではありません・・・その発行許容量も臨界点を超えれば破綻します、これは普通に民間事業経営に当てはめて見れば、自ずと明らかでしょう・・・

単年度A>Bは、財政投資の効果があって、税収も貯蓄も伸びた、結構なことであり、需要があるならまだ追加投資が不足しているとも言えますし、逆にA<Bは財政支出の効果が無いか、やっていないか、あるいは単にムダで波及効果もなく、式の左辺を刺激しない「費用支出」(霞ヶ関維持費)だけをやっていると読むことが出来ます・・・・

単年度税の仕訳は政府単年度損益計算書・予算書に振替えられます・・・

財政支出について少し触れておきます・・・その中身は、公共投資+政府支出から構成されております・・・しかしGDP比率で言えば公共投資は0.4%、政府支出は18%、最も大きいのは保健ですが、公共サービス、警察や教育現場他の公務員人件費で占められています・・・これは民間消費のように市場で直接対価を払って購入し消費しているのではないから、区分けして政府支出とされています・・・

以上を纏めますと、
〇国民所得計算はあくまで単年度の損益計算書であり、そのうちの財政支出は、背景にある税及び国債発行で賄われ、国債発行分は政府貸借対照表の負債に計上されること、その累積が発行残高であること・・・
〇貯蓄は、政府財務諸表の外にあるもので、あくまでA=B概念の指標であること・・・単年度A>B、A<Bの累積結果であり、限界はA=Bに収斂されねばならないこと・・・
〇現状Bに占めるものは、大部分は霞ヶ関維持費であり、A増加の刺激になっていないこと・・・

以上ですが、Bをヘリマネ追加でやればどうか、・・・日銀増刷も結局、(法改正により)政府発行の国債直接引き受けとなり、日銀貸借対照表上、資産国債・負債日銀券増刷で、一見バランスは取れますが、国際公準がそれをどう見てくるか、通貨価値がかなり下げて見られるリスクは、財政悪化との兼ね合いで大きいと思います・・・米国ではFRB財務指標悪化が議会で、基軸通貨価値下落リスクが非難の的になっております、それが更に国民負担となって跳ね返るとして・・・。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.57 )
日時: 2010/04/06 08:27
名前: 満天下有人

「天橋立さんNO。50へのレス」A

・・・<金本位制にしても、金に希少価値があるというだけの設定ですので、貨幣価値などはあくまでも相対的なものと割り切って考えることが、確実ではないのでしょうか。
一応のバランスは考えていますが、>の部分の政策の実態はヘリマネであるといっても差し支えないのではないでしょうか。そのように考えますとヘリマネ政策などは、もっと自信を持って積極的に活用することが肝要かと思います。>・・・・・

・・・金と紙幣の関係については、ヨーロッパ中世において、領主諸侯と金細工師の関係、つまり領主諸侯が金細工師に命じ貨幣を好き放題に操れる貨幣発行権を独占して(シニョレッジ)、その副産物として信用の創造も発生したのですが(ここに通貨発行券者と政治権力者は分離されておかねべならない原点があります)、そこを大きな仕組みで利用したロスチャイルドに始まる過去歴史上、不換紙幣発行にも絡む壮大な通貨戦略が背景にありまして(目下の米FRB右往左往も、その延長線上にある)、これは長い話になりますから、いずれ別項で検証して見る積りですが、前の投稿で中国が金の保有高を増やす戦略に出ていることを、暗示的に申しておきます・・・不換紙幣に明確な基準がないから、割り切って増刷なり何なりやれるという訳にも、行かない局面が必ずある、とだけ申しておきます・・・

・・・>の部分の政策の実態はヘリマネであるといっても差し支えないのではないか・・・ここは前稿で説明申しましたように、方程式の取り違え解釈のために、差し支えないとの疑問が生じたものと思います・・・

そこで改めて右辺(B)に、ヘリマネを投入して見たらどうか、そこを検証して見たいと思います・・・<貨幣価値などは、あくまでも相対的なものと割り切って・・・>・・・はい、割り切ることは別に構わないと思います、問題は結果影響です、その想定される結果も割り切れるなら、構いません、すさまじい増税も結構だと割り切れるかどうかにかかって来ます・・・

先ず、前にも申しましたように、テーマが最初、無利子国債発行の是非でした、一種のヘリマネです・・・何故そこまでやらざるを得ないのか、その実体に必ず目が向いて行くと思います・・・それは第一義的に正に言われる所の、貨幣価値の相対的な面に現れて来ると思います・・・

具体的には流動性プレミアムで言うところの、政府プレミアムの下落=国債価格の下落による金利急上昇になって現れると思います・・・こりゃもう、一般会計上での国債費支出膨張となって跳ね返って来ます・・・消費税30%へ増税が囁かれておりますが、それは現行低金利体系でもそれほど増税せねばならないのに、金利上昇が始まればそんなものでは済まなくなります、そしてその増税が北欧のような社会福祉国家への転換のためにというものではなく、単なる過去の財政政策尻拭いの道具にしかなりません・・・

財政悪化の臨界点、貯蓄≦政府債務の状態になったとき、仮に国際公準から例えばIMFがデフオルトをかけて来た場合、政治バランスを除外するとしても、強烈な歳出削減が要求されます、ロシア、アルゼンチンのケースやアフリカ貧困国に対する措置からも明らかです・・・

まあ、政治バランス上、こちらが貢いで来たアメリカが、日本に引受けさせた米国債をどのように楯に取ってIMFをなだめるか・・・IMFに発言権を増してきた中国が、日中関係でどこまでわが国をかばってくれるかにもよりますが・・・

・・・前に癌と抗癌剤に例えて話しましたが、抗癌剤費用が嵩む上に、副作用もきつくなって行くだけで、先ずは患部(異常な財政構造)を取り除いてから、ヘリマネ抗がん剤を打つなら、まだしも、副作用(国民生活破壊)が激しくなるだけです・・・もっとも、患部を取り除いた後の抗がん剤なら、何もヘリマネを使う必要もありませんが・・・

・・・ただ一つ、ヘリマネは日銀財務上、負債増加になりますが(国際公準がそれをどう見るかは別にして)、一方で政府への債権資産になり、政府ではそれが負債になる、では、政府もそれに見合う資産として扱えないか、単なる支出、負債でなく、国民経済活性化に対する貸付金扱いはできないものか・・・現在でも貸付金計上が約217兆円はありますけど、その相手は特殊法人105兆円、地方自治体71兆円で、民間活性化貸付は、国金・現日本政策公庫からの住宅ローンがどれくらい占めているか知りませんが、民間一般零細に対する貸付金は、わずかなものでしょう・・・・そこを地方民間が何らかの事業投資を行うに当たり、個々バラバラでなく、何らかの事業シンジケートを組んで政府がそこへ貸し付ける・・・

・・・貸付先太宗が特殊法人であるそこを是正して、政府財務省配下にある日本政策公庫が、政策なる名前に変えた通に、政府政策を体現してやるべしなのですが・・・・その政府政策がはっきりしないようでは(笑)・・・・そして財務省も反論だけに終始させずに、政治主導でやると言ったのだから、財務省をネジ伏せないと、逆に取り込まれているようではどうしようもありません・・・ボノボさんじゃないけど、言うのも疲れて来ます・・・・

・・・とりあえず今日は、方程式の混同とヘリマネに関する愚見にて・・・為替、国際金融問題は改めて愚見を書いてみます・・・。


メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.58 )
日時: 2010/04/06 21:55
名前: 天橋立の愚痴人間

満天下さん

「投稿NO.50について」で言われている意味は大体理解しているつもりです。
ただし、貸借対照表の概念で見ることには、未だに自信がありませんが。

要するに=と言う現実はほとんどなく、< か、> の対応が実際の動きであることはわかります。

言いたいのは=と言う方程式は、重要であるかも知れないが、役にはたたない代物ともいえます。
問題は<の動きを引き出す方程式が、見当たりません。

ネットで見る限り、この部分の解説は、満天下さんの域を出るものはありません。

そうして、満天下さんが言われています、この部分、

>・・・その貸借対照表の負債累計が900兆円であります・・・1300兆円と900兆円の比較は、あくまで政府財務諸表の外のことであり、国民経済上最終的にはA=Bでなければいけないという、逆に言うなら後どれくらい国債発行が許容されるかという、一つの指標であって、損益計算書計算方程式上で見るものではありません・・・その発行許容量も臨界点を超えれば破綻します、

「これは普通に民間事業経営に当てはめて見れば」自ずと明らかでしょう・・・

ここですね、
民間の一企業に当てはめられる方程式が、マクロの方程式であってよいものかということです。

ただし、この言葉は満天下さんが私に判りやすいように無理して例えられたと考えています。

要するに<とか>の部分の考え方の中に、何かが存在できるのではないか、
それがあるゆえ、マクロ経済論であるのではないかと思うのです。


>財政悪化の臨界点、貯蓄≦政府債務の状態になったとき、仮に国際公準から例えばIMFがデフオルトをかけて来た場合、政治バランスを除外するとしても、強烈な歳出削減が要求されます、ロシア、アルゼンチンのケースやアフリカ貧困国に対する措置からも明らかです・・・

これなどは、実際に起きていることで、これからも日本が対面することになるかも知れない状況と思いますが、そのそも、これを打ち崩す方策が必要と言うことです。
上記のの例は、現在の市場主義体制を守りたい資本の圧力が強大ということになります。

なぜならば、それを放置することで被害を蒙るのをあわてて避けたいのは、その国の国民よりも国際的な資本ではないかと思います。

要するに身動きできない資本の論理で世界中が縛られていると言うことです。
それに風穴を開けようと言うのですから、はじめから暴挙ではありますが、現実は現実として理論的にでも風穴を開ける可能性はないものでしょうか。

またその為には、民主主義の修正の領域にも立ち入らないと、経済だけでは、巨大な怪物をコントロールすることはできないとは思っています。

ですので、今のところは机上の空論であっても、理屈を教えていただきたいのです。

中国が、金を買い集めていることを仰っていましたが、貨幣価値の維持との関係でやっているのでしょうか。
そうであれば、どんな基準を持っているのでしょう。
世界で流通している貨幣の総量を金で換えるとなれば、それこそ、g100万円くらいとなり。誰も買わないのであれば、希少価値も無価値となるのではないでしょうか。


どちらにしても、国際金融の問題、為替のことなど、まだまだ概念不足です。
もっと知らなければ、暴論の完成もできません。

宜しく御願いします。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.59 )
日時: 2010/04/07 21:09
名前: 満天下有人

「天橋立さんNO。53へのレス」@

・・・結論は多分、橋立さんと同じところへたどり着くであろうと(経済学(者)と政治の怠慢問題、新たな社会形態の想定欠如=三竦みの状態)、分かって書いているのですが、最終結論に至る途中での考え方(ヘリマネなど)が違うだけであります・・・

橋立さんは座して死を待つくらいなら、ヘリマネでも何でもやれば良い、私はヘリマネは、死を早め、葬式費用が予想より嵩むから、(最もそうした方が政治も国民も死を早く認識できるという効果はありますけど・笑)、既に仮死状態にある者の密葬を視野に入れて(金融を中心に鎖国)、準備をしておいた方が、諸々への影響を極力押さえることが出来るという立場・・・

・・・そしてその日が到来した時の挨拶状は、「御承知の通り、かねてより体調すぐれなかった(経済停滞、財政悪化)〇〇は、予定通り昨日他界しました・・・ここに御通知致しますとともに、何分にも身内のことであり(日本の問題)、密葬と致したく(鎖国)、ご厚誼ご香典の儀は(IMFの支援)謹んで辞退申し上げます」・・・ってなことにして、火葬場で旧国債、旧円を一斉に燃やしてしまい、新たな門出の死とする・・・

・・・その途中でのやり方の問題に過ぎず、結論は同じであると推察しますが、<(左辺)消費の動向で、(右辺の)その増減を考えることは指摘されておりますが、これはある一定の時間における静的な、机上の空論での分析にしか過ぎず、現実の説明及び総量の変動の説明になっていません>・・・・と言われている箇所について少し捕捉説明します・・・

・・・A=Bは、一国経済の成り立ちの基本なのです、机上の空論ではありません・・・そうでないなら、別途、ニセ金も加わっているということになります・・・
2はあくまで2であり、2=2であります・・・しかし右辺の2は、−1に3が加わっての2なのか、そこを見るには、この基本式に他の変数方程式を加えねばなりません・・・

この変数方程式、金融要因なら例えばフイッシャーの貨幣数量方程式、消費、貯蓄なら限界理論式、あるいは為替変動要因も加えねばなりませんが、最初に申しましたように、掲示板ではとても書き切れません・・・そしてこれらの変数方程式を全部網羅した方程式は、いまだにありません・・・

・・・しかし言えることは、左辺に影響するこの変動要因を個々に加味しても、その結果としては最終基本方程式に収斂されて行くはずです・・・そうでないとするなら、ニセ金とか他の要因が加わって、それを認めていることになります・・・どんな形態の社会でもその経済は、物々交換社会でなく、貨幣交換社会である限り、最終的にはこの基本方程式に関連が収斂されます・・・

・・・当初のテーマが無利子国債発行であったので、先ずは基本方程式だけで足りるとした次第です・・・
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.60 )
日時: 2010/04/07 21:18
名前: 満天下有人

天橋立さんNO。53へのレス」A

・・・さて、資本主義問題、修正資本主義へのテーマの前に、変動要因としての為替のテーマに移ります・・・これも資源関係で<これを修正するのも国家、世界の国家の使命ではありませんか>・・・所詮そこへたどり着くことになりますけど・・・

<これなどを観察していますと、リーマンショックやらドバイの問題で、ぴりぴりと変動しています。これは為替レートを市場に任せているからのことであり、その市場の原理は、実態経済よりも過大部分の金融資本の影響下にあり本当の比率を反映しているか、否が問題です。
また、その適否の問題だけでなく、為替の動向で各国の全体経済が必要以上に揺れ動き、それに合わせて各国の経済政策が翻弄されています。>・・・・

・・・全くその通りですね・・・為替にも色々理屈はあるようですが、購買力平価にしても実質実効為替レートにしても、経常収支フアクターにしても、現実には日々の交換レートによって決まり、実物経済以外の要因で上下する・・・最も大きなフアクターは米国(ドル)との関連ですね・・・

・・・何でそんなことになったのか、少し教科書的に振り返ると、原因は一重にアメリカ問題であると思います・・・戦後機軸通貨になったこと、主要商品の取引がドル建てになったこと、ドル紙幣への需要が当然多くなりアメリカはドルを刷りまくらざるを得なくなった・・・当初は兌換紙幣としてスタートしたが、当然、金保有にも限界があり、ドル交換価値下落で兌換離脱、そもそもドルペッグ制だったのが、それも持ちこたえられなくなり、変動相場制に移行、それが余剰ドルを投機資金に変貌させる土壌になりました・・・実物経済から離れて、金利差や、そもそも将来リスクカバーが目的である先物現物価格差を追うようになる・・・

(金を裏付けとしたのは、現存する素材で金が鉱物素材として最も優れており、人間が最も崇めるものであったことの他に、紙切れ紙幣の膨張を抑制する狙いもあったと思います)

・・・元々将来リスクを現時点でヘッジする行いは、わが国堂島コメ市場にもあり、シカゴ穀物取引所より誕生が早いのですが、貨幣におけるそれは、やはり米英の発明、この余剰ドルが金融工学とあいまって投機に向かったことは、もう言うまでもないことですね・・・

・・・どれくらいの紙幣が実物経済から離れて世界を飛び回ったか、一説によると一日300兆円のようですが、金融デリバテイブ累積額としてデーターを出したアジア開銀のデーターによれば、今回マネーの証券化による損失は、

米国が総投資額の10%で、2兆7千億ドル、逆算投資額は27兆ドル≒2700兆円
欧州損失は総投資額の5%で約1兆2千億ドル、逆算投資額は24兆ドル≒2400兆円

合計で5100兆円、世界GDP付加価値合計が5000兆円ですから、実物経済と同じくらいのマネーが投機として投入されているkとになります・・・これは所謂金融デリバテイブだけの話で、NY商品市場・NYMEXや、シカゴ穀物市場・CBOTを合わせると、途方も無い金額になります・・・もっとも、信用の創造部分もありますから、この額が全てドル現金という訳ではありませんけど・・・

・・・もう基本的なことは既に承知のことと思いますので、私の結論を申しますと・・・

世界は固定相場制に戻すべき、それで諸国間の成長に不都合があるなら、都度世界会議で諸国通貨の切り上げ切り下げで対応すれば良い・・・

為替問題を包含する通貨問題で、最も理想が高く、最も実現性が低いものから順に考えますと・・・

最終理想は世界単一通貨ですが、これは競艇主催者であった故・笹川良一のように「世界人類みな同じ」(笑)になれば良いのですが、経済規模の違い、財政の違い、文化習慣の違いがある以上、理想に近い・・・国連でさへ纏まらないことが多い・・・

次に、ではEUのように、ブロック経済圏として、域内中央銀行を設けてやっているにせよ、現実には財政規律の差異(赤字問題)から、統一金融政策が取りにくい・・・これはまだ途中段階ですからまだ、同じ地域内での解決の可能性は残っている・・・

アジアの場合はどうか・・・格差が大きすぎる、中国に単一共通通貨への動きの芽が見られますが、東南アジアでは既に元決済が中心になりつつありことを勘案すると、これは元覇権の色彩が強く本来の共通通貨の概念とは質が違う・・・アジア共通通貨に対するわが国のリーダー性はどうか・・・鳩山首相がアジア共同体実現に踏み出すと言ったものの、僅か数ヶ月で、沖縄基地絡みのせいか、日米同盟は基地だけの問題ではない(通貨面ではドル支えに協力するニュアンス)と言い出し、全く問題外・・・・

・・・最も実現性が高いのがアジア通貨基金などの制度によって、各国通貨を一つの籠に入れ、公平に各国通貨の格差の比率を決めて、決済上の通貨でなく計算単位によって実際の通貨交換価格を調整する・・・さすれば1:1のいがみあい、為替変動のリスクがかなり軽減される・・・

このケースなら、EUが共通通貨発行の際に基準にした財政赤字の問題は、当面回避できる・・・・

・・・色々申して来ました、でもどれも実現にはほど遠いでしょう、つまり政治が追いつけないからです、特に米国が何も決定できない、それは世界統一通貨はドルであるとする覇権主義が消え去らないからです・・・投機マネー規制も規制ではなく倫理綱領で行こうとする気配に如実に示されていると思います・・・SECでなくFRBに責任と権限を持たせるべきだという意見があっても、それが出来ない・・・なぜか、何度も申しました通貨の事実上の支配者が誰かという、そこを摘除できないからです・・・FRBとそこが一体になっていますから、FRBも英イングランド銀行も、中央銀行でなく私的銀行であるという、一見政府と発券銀行が別体であるように見せかけて、政府を事実上支配しているからでしょう・・・

・・・わが国の場合は、別の意味で政治が主体性を持っていないから、金融庁あたりが監視してはいるものの、国際マネーに対しては、政府が、というより金融官僚が迎合の姿勢を取っている以上、どうにもなりません、その意味で破綻葬式も出す度胸もありません・・・

・・・橋立さんの次ぎのテーマ、「修正」資本主義なら、そこをどう裁かれるか・・・修正資本主義も、例えばこの概念が始めて議論された昭和30年頃、資本家と企業を分離するという所有と経営の分離論程度のものであり、その点でこの概念は、それぞれによってかなり構想が違うように思えます・・・

・・・またの時に、橋立さんの修正資本主義の考えを聞かせてください・・・。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.61 )
日時: 2010/04/08 16:47
名前: 天橋立の愚痴人間

突如として物理学の世界へ御案内。

「E=mc²」

◇エネルギーと質量の関係

E=mc²の左辺のEはエネルギーを表していて、右辺のmは物質の質量、cは光速度を表します。

エネルギーとは何かというと、物を動かすための能力を表す量で、式では、「物体に加えた力×物体が動いた距離」などで表されることもあります。エネルギーには、いろいろな形があって、動いている物体が持っている運動エネルギーであったり、動いていなくても、重力などの力を受けていることで、蓄えられる位置エネルギーであったり、熱くなっている物体が持つ熱エネルギーであったりします。

質量とは何か。率直に考えると、「重さ」と言えるかも知れません。しかし、実は、質量と重さは、別物なのです。重さは、重力という力が加わったときに、その重力の強さを表すものです。では、質量とは何なのかというと、ここには、深い問題が潜んでいて、2種類の質量の定義というものが存在し、それは、難しい言葉で言うと、「慣性質量」と「重力質量」の2種類のことなのですが、今でも、物理学者にとって、この2つの質量の違いというのは、研究課題のひとつになっています。しかし、ここでは、そういう難しい問題には触れずに、(間違ってはいるけれども)単に「重さ」ということにしておきます。

E=mc²で表されるエネルギーというのは、「静止エネルギー」と呼ばれています。この静止エネルギーは、"物体が力を受けていたり、動いていたりしていなくても"、質量というものを持っていれば、常に物体が持っているエネルギーです。

ここで、注意しておくべきことは、光速というのは、一定で不変であるということです。これが、何を意味するかというと、物質の質量(重さ)は、エネルギーに変換することができて、物を動かすことができうるということを意味します。すなわち、"物質が、その質量を変化させることで、物を動かすエネルギーになる"ということです。これが、E=mc²という式の意味です。

◇原子力エネルギーと平和利用

E=mc²という式から生まれるエネルギーは、現在、原子力エネルギーという形で実用化されています。アインシュタインとエネルギーの式、E=mc²の話をしてきたからには、そのことについて、どうしても言及しておかなければならないことがあります。

原子力エネルギーが、どれくらいの大きさなのかというと、例えば、1グラムの物質がすべてエネルギーに変わったとして計算すると、光速度は、秒速30万キロなので、1(g)×300000(km/s)×300000(km/s)=約90兆J(ジュール)という莫大なエネルギーになります。この莫大なエネルギーが何に用いられるかという問題は、きわめて重要な問題です。一方では、原子力発電所として、人々の生活を支える電力の重要な柱となっています。また、その一方で、核兵器として、大量殺人の道具として応用されています。

もちろん、アインシュタインが導き出した公式E=mc²から、原子力発電所や、核兵器を作ることはできません。この式は、こうした技術の設計図には、ならないからです。しかし、人間が、原子力エネルギーという莫大なエネルギーを生み出すことができることを知ったからには、その使い道を、よくよく考えなければなりません。あらゆる科学や技術は、人を幸福にするために、用いられるべきです。人を殺すための道具として用いたり、人を苦しめ、不幸にするために用いることは、決して許されるものではありません。これから科学者、技術者になろうと考えている人たちや、現にそういう職についている人たちは、いったい、「何のために」、科学と技術を用いるのかということを、常に自分に問いかけていって頂きたいと思います。

以上引用。

何が言いたいかと言えば、

国民所得計算基本方程式
(A)国民所得=消費+税+貯蓄・・・これを一国の総支出及び総生産の角度から見ると・・・
(B)国内総生産=消費+財政支出+民間投資・・・

(A)=(B)は物理学で言う E=mc²に相当する方程式ではないかと言うことです。

そうして E=mc²は、あくまでも「静止エネルギー」における概念であり、原子力発電などの実用科学に当てはめるには、別途の方程式が必要であると言うことです。

要するに経済学で言うところの、(A)=(B)は必要な条件であっても(A)<(B)・(A)>(B)の中にある事象を究明することこそが、経済学に求められているのではないでしょうか。

そうして、満天下さんも指摘されているように、この部分の方程式はすでに完成されているとは言いがたい状態のようです。

>・・・またの時に、橋立さんの修正資本主義の考えを聞かせてください・・・。

の数式的根拠として、市場主義経済学の方程式に不完全なところがあるなら、其処に修正の余地を見出すとしておきましょう。

ただし、実際は、満天下さんとのやり取りの中で掴んだ発想であり、
実際は、マルクス批判と同じように、単なる直感であることを申し上げておきます。

ですので、修正資本主義といいましても、それは共産主義(マルクス経済学)を念頭に置いたものではありません。

あくまでも人間の利己心を解放する中でのルールを検証すると言うことです。
しかしながら、現在の民主主義のありようと同じように、利己心を無限大に開放することは、現実にありえませんし、それが人間社会にとって理想とも思いません。

ですが、利己心の開放の限度を何処に置くかによって、また大変な問題が起きます。
腫れ物に触るような命題ですが、望ましい経済社会を手に入れるためにのみ、少々の我慢を強いると言うことです。

何、ご心配なさらずに。
具体的に言えば「食料鎖国」などを実施した場合に考えられる食料品の価格が少しばかり上がるのを我慢してくださる事を納得していただく程度の問題です。

これが簡単なようで、なかなか大変なのです。

私は修正資本主義で、人々の収入の格差を無くすことなど一切考えていません。
誰にも就労の保証ができるような仕組みを構築するために、地域循環型経済圏も、現在の経済の仕組みの中に並存させる訳には行かないかと考えているだけでありまして、それを受け入れることができる社会を「修正資本主義」と言っております。

具体的な検証は、これからなのです。


メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.62 )
日時: 2010/04/08 16:59
名前: 天橋立の愚痴人間

「修正資本主義」の追伸です。

E=mc&sup2 転換がうまく行きませんでしたが E=MC2(二乗)のことです。

ついでに言わしていただきますと、
ヘリマネを可能とする理論を、経済学の特殊相対性理論と名づけておきましょうか。

これを発見された方に、ノーベル経済学賞は保証されています。


また

「地域循環型経済圏も、現在の経済の仕組みの中に並存させる訳には行かないかと考えているだけでありまして、それを受け入れることができる社会を「修正資本主義」と言っております」

この社会を実現するためのインフラ整備のための資金の抽出にヘリマネが必要なことと
それを維持するためには、国家が使命を自覚していただかねばならないと言うことです。

何処かの馬鹿な政党が「これからは小さな政府」だとほざいていますが、彼らには遠い将来の国家観が欠如している証拠なのです。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.63 )
日時: 2010/04/08 22:54
名前: 満天下有人

「天橋立さんNO。61へのレス」

・・・これはこれは、難しい話が出て参りました(笑)・・・

E=MC2も、何となくボンヤリとは分かりますが、宇宙原則も、条件としてではなく、結果としてA=Bである、運動し膨張して行くいかなる物質も、究極では一定の関係の中で均衡しているものだと、理解します・・・

・・・経済構造にあてはめて見ると、この基本式を取り巻く諸変数が、例えば資本と労働の配分を、相互の特殊相対性でなく、一般相対性として把握すると、より大きなA=Bになるのかも知れません・・・

A=Bをより大きくするために、質量としてのヘリマネを与える場合、「利子率」なる質を除去できるかが、カギになると思います・・・既に存在する物体(既存の財政構造)の質・利子率に影響を与えることはないか、与えるとするなら、そこから利子率を除去できるかという、そこが極めて重要なポイントになると思います・・・

既に利子率という原子核をもって、物質体系が構築されている物体へ、利子率がないという衝撃を与えた場合、既存の物体が破壊されてしまいはせぬか・・・

・・・これも中間処方で、そこに至る実験で生じた痛みても、一時的に耐えればよいことかも知れません・・・また笑える時も来る・・・

・・・随分昔、若い頃に観た映画・・・ステイーブンステイルスバーグ監督の未知との遭遇だったか、紀元200X年宇宙の旅だったか、忘れましたが、映画の出だしで、類人猿が木の枝を初めて手にし、道具として使い始める・・・その枝をいきなり空へ放り上げると画面が一変して、ワルツ・ドナウ河のさざ波の軽快な音楽にあわせて、宇宙船がゆっくりどこかへ向かって飛行している・・・・

・・・この、先祖・類人猿から一気に宇宙画面に変わるその中間体で、人類なるものは、ああでもないこうでもないと、葛藤してきた・・・痛みも随分とありました、でも悲喜こもごもの中で、已然として生存している・・・

・・・ああでもないこうでもない葛藤、でも考えて見ると、そこに案外人間と社会構造関係の面白みもあって、次から次へと出てくる現象とて、一時のことで痛みも耐え得る・・・あれこれ考えることも無いのかも知れません・・・

・・・能詮は報身、所詮は法身、色相の文字は即ち 是れ応身(おうじん)なり・・・。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.64 )
日時: 2010/04/10 12:34
名前: 天橋立の愚痴人間

>A=Bをより大きくするために、質量としてのヘリマネを与える場合、「利子率」なる質を除去できるかが、カギになると思います・・・既に存在する物体(既存の財政構造)の質・利子率に影響を与えることはないか、与えるとするなら、そこから利子率を除去できるかという、そこが極めて重要なポイントになると思います・・・


何時も言われている「利子率」の問題は、認識不足で、しばらく時間をかけて見てみなければ、これ以上の応答に窮します。

少し研究することにします。
最も、この部分が焦点なので、簡単には思うように行かないと思います。

それよりも、今度は他の問題(外部要因)、
国際金融(為替、固定相場制)などの検証をしていただきたいものです。



と、言いながら、しつこいようですが、

たとえば我が国の道路建設費(高速道路、一般道路、地方の道路とも)を全て新札の増刷で賄えば、どのようなことになるでしょう。

勿論、年間の上限を決めておかねばなりませんが。
現在、地方分を合わせると4〜5兆円くらいの予算が税金より使われていると想定します。
これを全て、現金でない公共事業の発注と言うヘリマネで行うとして、

高速道路に料金も取ればよいし、道路に使っていた予算を福祉に振り向けることもでき一石二丁です。

この程度でも、例の(A)=(B)の観点から、何の不都合があるのでしょうか。


こういう形のヘリマネを実行することが限度さえ守れば可能であるならば、
必要に応じて限度内で施策を積極的に立てても良いのではないかと思います。

ただし経済的な法則上で成り立っても、必要のない箱物建設などは、国民の安易な期待感を刺激し、国民からヘリマネを求めるようになります。

こういう面は、曖昧にしておく訳には行きません。
民主主義の修正と言いますのは、こういう無形の影響力を排除しなければなりません。

勿論、国民の自然な同意に基づかねば専制政治となります。
共産主義国家では実施されているものを民主主義国家としてやらねばならないのです。
それには国民自身のパラダイムのチェンジが必要なのです。

繰り返し言っておりますように、これができるか否かが大変でして、マルクスが資本論の中で、この面を軽く扱った事への批判の裏返しと認識しています。

その上で厳然とした指針(対象と規模)がなければなりません。
政治と切り離して中央銀行が、政治の動向を見定めて、その限度の判断をすることには賛同します。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.65 )
日時: 2010/04/10 20:19
名前: 満天下有人

「天橋立さん投稿64へのレス」@

・・・この種の対論、特に数値が絡む現実経済、財政の対論を行うとき、議論がチグハグにならないようにする為には、用語の確認が大変重要になります・・・使われた言葉の意味を、こちらが理解していたことと違っていた場合、双方何を言っているのかが、途中から分からなくなってしまうことが、しばしばあります・・・特に専門的分野になりますと・・・

・・・同時に言葉不足から相手に理解してもらえなくなることもしばしばですね・・・このテーマでの対論でも私は、自分の考えを後で読み返して,字が間違っていたり、簡潔文章を心がける余り、後で自分で読み返して自分で分からない・・・そこでこれまでのレス投稿も、かなり補足文を追加、修正しております・・・

・・・本論に入ります・・・「既に存在する物体(既存の財政構造)の質、利子率」の箇所を、(既存の国内財政構造及び内外金融構造)の質・利子率、としまして、内外金融構造なる言葉を補足します・・・

第二点は、生活者の半分は働かなくとも食える時代が来るであろう、余暇の問題、あるいはマルクス経済の問題等々、それは目下の現実のこととしてのヘリマネによる経済刺激方策とは離して考えて見ることだと思いますので・・・勿論現実問題に関連して、その先にある重要なことではありますが、あくまでも現実を分解して見ます・・・

先ず2、3確認させてください・・・

○新札:これは現在の日銀券を、経済刺激のために「増刷」するという意味でしょうか、と言うのは、私がいつも申しております国債も日銀券も一度燃やしてしまへ、そこで新札を刷れ という意味は、デザインから何から何まで、構造を変えよという意味での、「新札」なもので・・・目下のところでは、“形の上で”日銀は約70兆円のお札を持っており、不足分は市中に預金などの形で滞留しているお札を、300兆円くらい吸い上げることは可能だと思います・・・

○この300兆円は、A=Bの範囲内ですから、これは吸い上げても別に問題はありません、具体的には、国債発行分に対応させるという大義名分がありますから・・・

○次に、これを吸い上げて経済刺激に使うことの問題に入りますが、既に申しました通り、どういう方法でやるのか・・・橋立さんは無利子国債で、という前提は変わっていないのでしょうか・・・・あるいは日銀が直接に公共事業なりに投入せよという論なのか・・・どちらにせよ、利子率に大きな影響が出て来るのは、間違いないでしょう・・・・

○あくまでも、金融があるいは為替が、オープンな形で世界と連動している現実の金融構造の中では・・・お札の流通量増加がインフレ影響になるとした場合、それは必ず利子率の大幅上昇を伴なってきます・・・それが証拠に中央銀行は、インフレ警戒に入った場合、必ず流通紙幣の吸い上げと同時に、利率を上げてきます・・・その指標は何か・・・短期コール市場での資金供給を押さえに入ります、そして長期金利の上昇を必ず伴なってきます・・・短期市場での操作がうまく行ったにせよ、長期金利は必ず上昇します・・・なぜか・・・

○仮に有利子国債でヘリマネを(この場合はヘリマネではなくなりますけど、仮に)供給するとして、追加利子負担が更なる財政圧迫になって、既発行国債の価格が下がります、利子率と価格は表裏一体である国際公準がありますから、この場合は利子率が上昇します・・・なんで既国債の価格が下がるの?・・・国にとってこれ以上の利息負担はムリではないかとの市場心理が働くからです,既国債への売り圧力が強まってきます・・・では、そうならないようにするにはどうしたら良いか、言い換えると、追加発行分の利子負担は心配ないとする方法です・・・増税しかありません・・・目下密かに消費税率を30%にするか、35%にするかが水面下で検討されていますね、これなんです・・・
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.66 )
日時: 2010/04/10 20:30
名前: 満天下有人

「天橋立さん投稿64へのレス」A

・・・では、道路なり何なりに投資したとします、高速料金収入もあるではないか、道路建設から得られる消費税収入もあるではないか・・・そこで利子負担率とのバランスの問題が生じてきます・・・新たな歳入>利子負担率となるか、逆になるか、逆になったらもう、死期が早まることになりましょう、そういう意味で、乗数効果が大きい投資でないとダメだと、申した次第です・・・現にそういう形になってしまったのが、今日の姿ですね、そこに厳然たる結果が横たわっております・・・

つまりA=Bでなければならないとは、裏付けのある財政投資でないと、利子率急上昇を招く、第二に、裏付けがあってもA=Bなる臨界点を超えると、破裂してしまいます・・・私が申しました、右辺質量のパワーを上げるとしても、右辺におけるその質に、利子率という質がなければというのは、そういう意味です・・・

・・・正常な状態の場合は、別に何も問題はありません、臨終間近でのそれは、逆効果になる・・・よって、やるなら鎖国して一度焼却してしまうのが一番手っ取り早い・・・これは人によって考え方が違うと思います、極限まで持って行けば良い、いや、そういうことにはならない、人さまざまです、問題の捉え方は・・・

・・・しかし私は、あくまでも、オープンな国際金融関係においては、ヘリマネはできないという論です、いややっても構わないのです、A=Bでないと何の不都合があるのかということなら・・・いくらでも税で、あるいは貯蓄を取り崩してでも、全部召し上げられても負担してあげるという覚悟なら・・・ヘリマネでなくとも正面からやっても、利子率を除外できるならともかくも、それは現実金融構造の下では不可能でしょう、皆が定期預金しても利子はいらない・・・人間経済において金融利益は不要である、利子なんぞいらぬ、そういう一変した世界ならともかく、日銀券増発にしても国債増発にしても、必ず利子率が絡んで来ます・・・

・・・利子(率)なるもの、そもそもは「無」から生じさせた「有」ですね、利己心のない世界になったらまた,話は別ですけど・・・個々人の段階では、それは困る、だが全体になったら、コスト0でやれという要求が出てくる・・・「合成の誤謬」・・・やっかいです。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.67 )
日時: 2010/04/10 22:27
名前: 天橋立の愚痴人間

いやおうでも、苦手な領域に入らねばならないようです。

理論的な発言は出来ませんので、事例を持って質問させていただきます。
日常流通している貨幣の総額は、およそ70兆円ということです。
それに対して通帳や債権などのかたちで存在しているものは、個人貯蓄が1300兆円と言われていますから、およそ2000兆円くらいと見ればよいですか。

問題は、2000兆円の部分のようです。
何となれば、株式、相場を除き、それぞれに金利がついていると言うことでしょう。
2000兆円分の貨幣を預かっている金融機関は預金者、債権保持者に利息を払わねばなりません。

そこで金融機関は貸付その他で運用をすることになります。
たとえば2000兆円の利子分(3%として)60兆円分と金融機関の経費は最低生み出す必要があります。
それで、平均5%の運用を行い、100兆円の運用益を出したとします。差額の40兆円は金融機関の経費及び利益となります。

ややこしくなるので、とりあえず全ての経済行為は国内に限られていると仮定しますと、金融機関の運用益分の100兆円は何処から生まれてくるのでしょう。

2000兆円の金融資産はそのままで、70兆円の流通貨幣も、その100兆円に向かうものではないと思います。
実際は、2000兆円の多くの部分が国債などへ向けられているので、全てが企業活動の中で生まれる事にはなりませんが、それもここではひっくるめて考えます。

考えられるのは、500兆円というDGPの概念です。
実際に存在している貨幣は(金融資産と言われる2000兆円を除く)70兆円ですが、事業、売り買いによって動く貨幣の総量は、500兆円、否、統計に上がらない流通を考えると1000兆円にもなると思います。

100兆円は、ここから信用貨幣(70兆円が繰り返し交換される、ないし現金は動かなくても決済できる)として引き出されるのでしょうか。
そうして、下の方程式では、これらの運動を総括して消費とされているのでしょうか。

(A)国民所得=消費+税+貯蓄・・・これを一国の総支出及び総生産の角度から見ると・・・
(B)国内総生産=消費+財政支出+民間投資・・・
(A)消費+税+個人貯蓄(1300兆円)>(B)消費+財政支出(残高900兆円)+民間投資

いずれにしても、金融機関が運用益と言うかたちで市場から吸い上げる100兆円は、金融資産を増やすことになります。
実際は、投資に当てられている資金を、ある時期、総引き揚げすると仮定した場合です。

A=Bが絶対的数値であるならば、長期間、景気が良くて投資が順調に伸びれば市場の活動は縮小に向かうことになるのではないでしょうか。

勿論、現実はその反対であり、経済の諸方程式は経済活動の容量に常に影響されていると言うことになります。

続く
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.68 )
日時: 2010/04/10 23:04
名前: 天橋立の愚痴人間

景気が好調なときには、ほっておいても投資が進み、経済の運動量は大きくなり、実質の貨幣の流通は総金額において増加してきます。
この場合加熱する経済活動を止めようと、日銀は公定歩合を上げて融資の条件をきつくし民間投資を抑えようとするようです。
また国債などを買い上げて、市中で運用できる金額を減らしているようです。

一方、不景気のおりには日銀が金利を下げて融資の条件を緩くし、企業の投資意欲を引き出して経済活動を活発にしようとします。

好景気なのに日銀が介入するのは、バブルの崩壊やインフレを未然に防止するためでしょうが、不景気の対策としての施策も両方とも、そんなにうまく行った試しはないのではないでしょうか。

言い換えれば、金利政策では管理しきれないものをもっている市場を、また金利政策とは関係なく伸張する能力を持っている市場を、金利政策で管理できるとする理論が不完全ではないのでしょうか。

E=mc2ではありませんが、膨張する宇宙の基本法式であっても、それだけでは実用科学を生み出す方程式にはなりえない、同じことがA=Bにもいえるのではないでしょうか。

要するに現在の金融理論は、総体のごく一部に適用することが可能な範囲のものと思うのです。

ヘリマネを可能にする理論を構成できなければ、またそれが可能である事を証明する理論こそ本当の理論ではないかと暴論します。

何となれば、日銀の買いオペ、売りオペ(この言葉の意味は殆ど解らずに使っています)等の手段そのものがヘリマネであると思います。

現実に0.1%の金利など、無利子と殆ど違いはないと思います。
それが出来るのならば、ある一定の事業に対しての無利子の融資などおおいに可能と思います。



こんな意見を繰り返していても、やはり利子率の問題を深く認識しなければ不安ですのであり、意見の進歩になりません。引き続き御教授願います。

それと、今まではあくまでも国際関係を無視していますので、先に進んで国際金融工学を御願いしたいものです。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.69 )
日時: 2010/04/10 23:51
名前: 天橋立の愚痴人間

満天下有人 さん、追伸です。

今まで言ってきたことは、なるほどこのスレッドのタイトルは「1000兆円の借金について」でありますが、そういうことは棚上げにしていっています。

何となれば、本題が片つけば、それによって1000兆円の借金の対応の仕方が決まると思うのです。

満天下さんもヘリマネに色気を示しておられます。

ヘリマネと言う言葉を使っていますが、実際に現金をばら撒くヘリマネは良くないと思っています。

年間、30兆円のヘリマネで貨幣の量を増やしても、十年間で300兆円、100年間で3000兆円です。
ほっておいても、市場主義を続ける限り、それ以上の経済の膨張があると思います。

A=Bは保つことが出来るのではないでしょうか。

それから、満天下さんが言っておられる
一度、現行の日銀券を償却し、新たに発行する手法ですが、これがさっぱり理解できません。

やはりマクロは鬼門です。
でも、何とか認識しなければなりません。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.70 )
日時: 2010/04/11 12:03
名前: 満天下有人

「天橋立さん67へのレス」@

・・・先ず、橋立さんが計上されているマネー流通の数値、今後の対論で行き違いにならぬよう、基本用語と実数を合わせておきます・・・(全て昨年度日銀実数統計による)

(何だか金融論入門について、高い所からモノ申すような格好になり、余りいい感じでないのですが、そこは一つご容赦ください・・・)

先ず基本の基本数値を押さえておきます・・・

〇日銀券の流通量(マネーサプライ)

M1・(現金通貨72兆円+預金通貨413兆円)
+M2・準通貨572兆円=1057兆円
+その他負債114兆円=1171兆円

(註:●民間での現金通貨を持ち歩く額は小額で、殆ど銀行に預けて出し入れを行っているという意味で、全部預金通貨として括られていること。これには個人だけでなく企業保有分も入ります。現金通貨72兆円は日銀保有分で、色んな形で点在。

●準通貨とは、流動性プレミアムで少し触れましたが、定期性預金と理解して下さい。

●尚、政府が為替介入などを行う場合、短期証券で円を調達し、円売りドル買い操作をやった場合は、形の上では外貨に変わっており、しかし円発行額がバックにありますから、このような形での負債(日銀にせよ銀行にせよ、通貨は彼らから見ると国民に対する負債・簿記仕分けでは通常の簿記と反対になります・・・いわゆる銀行簿記というやつです)、この負債額対応発行通貨は、その他負債として括られます。

〇国内非金融部門資産

では上記マネーがどのような形で国内に流通あるいは滞留しているか、いわゆる国民金融資産というものですが、仰る通り約2000兆円だったのが、昨年度では約140兆円減少しております・・・生活苦による資産の取り崩し、株式市場の低迷の軌跡が如実に現れております・・・

●家計部門:1456兆円(預金:757兆円、証券193兆円、保健年金準備金398兆円、その他108兆円・・・これが現金かも?です)
●非金融民間法人:364兆円(預金:167兆円、証券197兆円)

総計:1820兆円

(註@:通貨発行量との差は、例えば証券なら支払通貨は相手方に入っていますから、一つの器の中で循環しており、資産と発行通貨額は必ずしも一致しません。                  註A民間純資産:1355兆円
1820兆円―負債644兆円(家計308兆円+非金融法人336兆円)=1176兆円
 
●A=Bの問題:民間純資産1176−901(既発行国債引受分707兆円、地方債194兆円)=275兆円・・・・これが世情で言われる国債発行余裕額ということです・・・私も余裕額は400兆円近くあるものと思っておりましたが、今日、最新統計と比較してみて、もう限界に近づいていることを知り、愕然としております・・・

財務省がこれからどうするかという、最新の冊子が発行されているようですが、まだ読んでおりません、目次を見ると、今後は個人に引受けてもらいたい、外国への引受け方法も記載されているようですが、かなり緊張感が高い内容になっている印象を受けます・・・外国に新発国債を引き受けてもらう・・・ロシア、メキシコ、アルゼンチン破綻を想定すると、これは絶対に避けるべきでしょう・・・。

・・・次稿で、金融機関の決算などから、利子などの考察をやって見たいと思います・・・とりあえず入り口としての基本数値の確認まで・・・。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.71 )
日時: 2010/04/11 21:51
名前: 満天下有人

「天橋立さん67へのレス」A

・・・<やはりマクロは鬼門です。でも・・・先に進んで国際金融工学を>・・・

こんな意見を繰り返していても、しょうがない、飽きて来られたら何時でもストップサインを出してください(笑)・・・金融ゼミなら1年間は悠にかかる眠たい話です(笑)・・・要するにマクロ経済とは最初に示しましたA=B及び、それを取り巻く変数関係の総合化されたものなのです、それだけのことなのです・・・

・・・先に金融工学を、はい、それでも結構ですが、流通紙幣と金融機関関係と、そしてGDPとの関連にかなり混乱が見られますので、引き続き基本を確認して、今少し整合性を取っておきたいと思います・・・でないと、金融工学にも混乱が生じると思いますので・・・

・・・<金融機関の100兆円の運用益は何処から生まれて来るのでしょう。2000兆円の金融資産はそのままで、70兆円の流通貨幣も、その100兆円に向かうものではないと思います。>・・・

先ず、金融機関が利子益あるいは投資運用益を生み出すのに用いる、通貨の量は、前稿に記しました通貨のうち「預金通貨413兆円と準通貨572兆円=985兆円」、これが金融機関における利子生&投資益の源泉通貨になります・・・約1000兆円としましょう・・・

従いまして、2000兆円金融資産はそのままでなく、約1000兆円で金融利益の源泉として流通しているわけですね・・・70兆円の流通貨幣ではありません、70兆円はあくまでも日銀保有の、つまり利子生貨幣でなく「現金のままで」退蔵されている額です・・・運用益100兆円には向かいません・・・

この1000兆円は、金融庁預金保険機構が示しております保険でカバーされる(ペイオフ)対象額の逆数とほぼ一致しますから、これが金融機関によって運用されている額となります・・・

金融機関粗利益の総計は、全金融機関の決算書を合計すれば分かりますが、とてもじゃない作業になりますので、預金者に支払う運用利子率と、貸付先から得る利子率の差から、100兆円とするならその100兆円が粗利益として生じて来るわけです・・・平均利子率の差はどれくらいか、銀行協会といえども教えてくれないでしょう(笑)、こちらが主要利子率を集めて逆算推定するしかありません、全決算書からほぼ推定は可能ですが・・・

参考までに昨年3月期の、三菱UFJ、三井住友、みずほ銀行グループなどメガバンク11行の決算は、不良債権償却▲2兆円、株式損失▲1.5兆円差引後業務純益は2.6兆円です・・・平均自己資本比率は約12%で、国際決済銀行基準値8%以上になっており、当面は問題ありませんが、今後国債保有額をある比率で資産勘定から除外する=自己資本比率引き上げの動きが出ております・・・

繰り返し申して来ましたように、国債保有高はかくの如く、国際金融公準からの影響を無視できない理由の一つが、ここにもあるわけです・・・国際公準に合わせるということになって来ますと、国債売=国債価格下落=長期金利上昇=一般会計国債費上昇=穴埋め国債追加発行=更なる財政悪化=消費税増税=経済活動の更なる悪化=更なる税収不足、A=Bの崩壊・・・と、まあ、さような悪循環に陥ります・・・預金封鎖などの強行措置が取ら、町中にペンペン草でも生えて失業者が溢れ出すと、自衛隊による2:26事件の再来・・・おっと不安煽りになりますからストップ・・・

・・・(明日に続く)・・・。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.72 )
日時: 2010/04/11 22:20
名前: 天橋立の愚痴人間

満天下有人 さん、途中で意見を差し挟みます。

私の言葉の使い方で混乱させてしまっているようですが、

>・・・<金融機関の100兆円の運用益は何処から生まれて来るのでしょう。2000兆円の金融資産はそのままで、70兆円の流通貨幣も、その100兆円に向かうものではないと思います・・・

>実際に存在している貨幣は(金融資産と言われる2000兆円を除く)70兆円ですが、事業、売り買いによって動く貨幣の総量は、500兆円、否、統計に上がらない流通を考えると1000兆円にもなると思います。

上記は、利子率を求めて動く資金の量は、100兆円(元の金融資産は2000兆円として)を問題としていますが、実際に機能している資金の総体は、必ずしも利子率とは関係ない決済があるので、1000〜2000兆円(検討もつきません)の貨幣の交換(流通)が行われているはずです。

このような面から見るとDGPなどの数値も静的なものとなります。
経済規模の実態と言うのは、果たしてGDPだけで計測できるものなのでしょうか。

最初の金融資産のありようも静的な分析であり、GDPも同じような性格を持っています。
利子率を問題としているのは、個人も含めて金融資本の問題と思います。

利子率の観点から貨幣のありようを解析するのは比較的容易と思いますが(静的な分析が有効であるから)、それで本当に貨幣の流通の方程式になるのでしょうか。

利子率とは関係のない貨幣の動きの中に別の要因があると思うのですが。
その証拠に、絶えず言われている消費の回復、消費の拡大があります。

結局は、これが大きな貨幣経済の要因であるはずです。
ところが、利子率の考えでは直接それに関連してないように思います。


このことを、先の文書で言いたかったのです。

>こんな意見を繰り返していても、しょうがない、飽きて来られたら何時でもストップサインを出してください(笑)・・・金融ゼミなら1年間は悠にかかる眠たい話です(笑)・・・

1年はきついですが、飽きることなどありません。
金融工学などを所望していますのは、他の面からもアプローチすることで、この基本的な関係を把握しやすいのではと思うからです。

それから、満天下有人さんの意見に食い下がっていますのは、満天下さんが言われる正当なる市場主義経済学を突破しなければ修正主義の確立ができないからです。
突破の可能性でも確認できればよいものと、色々なアプローチを試みていますが、気を悪くなさらないよう御願いします。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.73 )
日時: 2010/04/12 20:34
名前: 満天下有人

「天橋立さん、68、69、72へのレス」@

・・・趣意了解しました・・・全体として、国民所得計算方程式が、静的なものかどうか議論しても始まらないのですが、少なくとも貨幣経済に入った人類の経済行為を分析する時、国民所得計算から編み出されたGDP概念以外に、基準が何も無いのです・・・

・・・無いというより、人間経済活動の収斂は、前にも申しましたように、いかなる社会形態であれ結局のところ消費か貯蓄で表われて来るということです・・・その刺激策としてのヘリマネ論も、実はそれでも構わないのです・・・道端に転がっている石コロでも何であれ、それを基準として人間が認めれば、それで済むことなのです・・・修正されるべき資本主義、あるいは修正された資本主義とは何か、そして貨幣の根底に横たわる利子率、それをも考える必要もなくなるわけです・・・マクロ経済視点なるもの、人間の本能を加味せねばならないという点で、基準判断が大変に困難なシロモノではあります・・・

・・・<満天下さんも、ヘリマネに色気を示しておられます>・・・

あはは、・・・私の場合は、旧態已然として遅々として何も変わらないアンシャンレジームを打破するには、それが手っ取り早い方策である、くたばるなら早く、一度(過去には何度かありますけど)くたばってしまった方が良いという趣意です・・・

ネズミをぞろぞろ引き連れて、川で溺れさせてしまうハメルーンの笛吹き、笛の音(ヘリマネ)も、それが最後の心地良さならそれでも構わないと思います・・・


<私の言葉の使い方で混乱させてしまっているようですが、・・・・・・上記は、利子率を求めて動く資金の量は、100兆円(元の金融資産は2000兆円として)を問題としていますが、実際に機能している資金の総体は、必ずしも利子率とは関係ない決済があるので、1000〜2000兆円(検討もつきません)の貨幣の交換(流通)が行われているはずです。>・・・

・・・このご意見の中に、金融工学の不思議への疑問が感じられる所ですが、貨幣の不思議、流通貨幣が持つ二重の顔・・・利子生み機能、いやむしろ利子を求めて徘徊し出す性質(マルクス貨幣論)と決済機能です・・・本来的には財の交換手段である貨幣(商品の所有者が膨大な商品の山を見てため息をつく、そのタメ息を解決する手段)が利子を求め始める・・・お札の表側を決済手段、裏側を利子生み機能と理解しても良いでしょう・・・しかしそのお札は同じ1枚のお札です・・・

預金通貨と準通貨合計1000兆円は金融機関を通じて動き回ります・・・例えそれが決済手段として使はれようとも、その背後では必ず利子が付いて回ります、故に金融機関は原則的に貨幣を運用せねばなりません、・・・逆に言うと、運用によって利益を上げたい、その源泉になる預金をノドから手が出るほど、欲しがるわけです・・・今回郵政郵貯の預け入れ限度額拡大問題で、市中金融機関は一斉に反発しました、我々を圧迫するのかと・・・ここにもお札が持つ利子生み性格が如実に現れております・・・

(それが嵩じて、金融工学上でのデリバテイブ(金融派生商品)に向かって走り出す・・・そもそも金融工学はリスクヘッジがそもそもの原点ですが、これが異常な分野にまで発展していたことが、今回サブローン破綻の結果、明らかになりました・・・アメリカでは未だに議論が続いております、銀行機能からヘッジフアンド機能を分離せよ、それをFRBが監視せよ、等々・・・結局いつも、銀行救済から事後措置が取られます、全て銀行経由で運用されている民間金融資産が破壊される危険がありますから)・・・・

・・・いかなる1000兆円であれ、それは利子生み貨幣であると申しました・・・預金通貨であれ、ただ今は0みたいなものですがしかし、普通預金とていくらかの利子は付いております・・・途中で「流動性プレミアム」の話をしました、金融機関側から見て、最も流動性の高い貨幣の順に、プレミアムが低い(利子率が低い)・・・理解し易くするために、橋立さんが言われる全ての貨幣が利子率に向かっているのではないとするなら、預金通貨でなく準通貨だけが利子生み運用向けと言えるかも知れません・・・預金通貨といえどもちょっと纏まったお札を預けたままにしておくと金融機関は必ず、定期にしてくれとか債券を買ってくれとか、言い寄ってきますね、向かうか向かわないかは別にして、人間の本姓がそうさせている貨幣は、本源的に利子率を求めるという性格があります・・・金融機関はそれを商売にしている企業と言えるでしょう・・・

・・・利子を求める貨幣は、当然のことながらより高い利子率を求めて動きます、言い換えますと利回りがより高いものへ、ということになります・・・原則的には長期金利は国債利回(国債利子率)によって、短期的にはコール市場で決まる銀行利子率が基準になりますが、利子率とは何も銀行利子率だけではありません、・・・金融工学による債券利回りも、利子率概念に入ってきます・・・。


メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.74 )
日時: 2010/04/12 20:42
名前: 満天下有人

「天橋立さん68,69,72へのレス」A

・・・<このような面から見るとGDPなどの数値も静的なものとなります。
経済規模の実態と言うのは、果たしてGDPだけで計測できるものなのでしょうか。
最初の金融資産のありようも静的な分析であり、GDPも同じような性格を持っています。
利子率を問題としているのは、個人も含めて金融資本の問題と思います。

利子率の観点から貨幣のありようを解析するのは比較的容易と思いますが(静的な分析が有効であるから)、それで本当に貨幣の流通の方程式になるのでしょうか。

利子率とは関係のない貨幣の動きの中に別の要因があると思うのですが。
その証拠に、絶えず言われている消費の回復、消費の拡大があります。

結局は、これが大きな貨幣経済の要因であるはずです。
ところが、利子率の考えでは直接それに関連してないように思います。
このことを、先の文書で言いたかったのです。>・・・・

・・・先ず、●GDPの数値は静的なものではないかとの質問ですが、これは前にも申しました通り、単年度損益計算書のようなものであり、動的なものです・・・その累積を静的に見るのが貸借対照表であると申しました・・・

昭和30年頃では、会計学上でも、損益計算書は動的会計であり(ペイトン・リトルトンの動的会計学概念)、貸借対照表によって静的資産状態を重視する静的会計学(シュマーレンバッハ)という大きな二つの流れがありました・・・前者は期間損益を重視するアメリカ経済を象徴的に表すものとして、後者はドイツの概念を表すものでしたが、わが国金融機関での見方は資産状況に軸足をおく、後者の見方が強かったような記憶があります・・・・

・・・時代の変遷と共に、両者が表裏一体として捉えられ始めましたが、アメリカは已然として期間損益重視型です・・・ノルマがそこに置かれています・・・だから静態論としての国家財政状態が放置されて来て、財政赤字であろうが経常赤字であろうが、お構いなしでした・・・

そのことは横において、例えば橋立企業が年間経営を通じ、動的な経営活動の表明が橋立企業損益計算書であると思います・・・GDP方程式もそのようなもので、色んな動的な国民、政府の活動が表せられたものであります・・・動的活動がどのような結果を示すか、それが前年対比での成長率というやつですね・・・まあこれも、静態か動態かの議論をしてもしょうがありませんので、GDP方程式は、如何なる社会形態であれ、単年度の国民経済の動き回った結果表示であると、しておきます・・・

●<経済規模の実体というものは、果たしてGDPだけで計測できるものなのか・・・>

・・・冒頭で申しましたように結局のところ、貨幣経済における経済行為は、消費に向かうか貯蓄に向かうか、貯蓄の先に投資があって資産形成もあるのであって、その源泉も貯蓄にあるわけです、貯蓄の貨幣的形態がマネーサプライによって表されている、そういうことです・・・

・・・言わんとする意味は理解しております、つまり貨幣要因のことであると・・・これについては基本方程式に含まれておりません、でも、外部変数要因として分析されてはいます・・・その結果は、方程式の一部要因として消費、貯蓄の動向結果に含まれていると、私は理解しております・・・・

●<最初の金融資産のありようも静的な分析であり、GDPも同じような性格を持っています。利子率を問題としているのは、個人も含めて金融資本の問題と思います。

利子率の観点から貨幣のありようを解析するのは比較的容易と思いますが(静的な分析が有効であるから)、それで本当に貨幣の流通の方程式になるのでしょうか。利子率とは関係のない貨幣の動きの中に別の要因があると思うのですが。その証拠に、絶えず言われている消費の回復、消費の拡大があります。>・・・・・

・・・先ず私が利子率の概念を持ち出しましたのは、政府財政に与える影響を測定するためでした・・・消費、貯蓄の増減に最初から影響を与えるものと言うより、消費の行き過ぎ=景気過熱を調整する一つの基準であります・・・それと前記したように、利子率とは何も銀行利率だけではありません、それはあくまでも金融機関や個人の金融行為に対する基準であって、常により高い利子率を求めて動き回ります・・・言い換えますと「利回り」を求めるということです、これも広義での利子率です・・・

・・・それから、あのマネーサプライの数値は、現存する貨幣の単なる足し算でありまして、方程式ではありません・・・貨幣の乗数効果測定の元になる貨幣の量は、どれくらいあるかとの、単なる静的合計値に過ぎませんので,誤解のないように・・・言い換えますと、財政出動における最初の貨幣も単に静的な数値であり、投入結果の乗数効果の元になる、という意味で、マネーサプライ量も同じ意味で、当初は静的な存在です・・・

・・・<年間、30兆円のヘリマネで貨幣の量を増やしても、十年間で300兆円、100年間で3000兆円です。ほっておいても、市場主義を続ける限り、それ以上の経済の膨張があると思います。>・・・・

・・・ここは一重に、財政赤字とのバランス問題に帰結します・・・ヘリマネでやらねばならなくなった現状です・・・戦後需要過多、供給不足のような時代なら、ヘリマネでなくとも正面からやれます・・・仮にヘリマネでやるとしても、投資対象が問題になって来ます・・・従来型だと乗数効果が旧態已然となり、要するに次世代を視野に入れた乗数効果を考慮せねば、消費も増えないのではないでしょうか・・・

前にも書きましたマーシャルのK・・・貨幣供給がどの程度GDPに寄与したか、マネーサプライは既にGDPの二倍になっています、だがさっぱり成長が無い・・・これは財政出動の対象が間違っていたということと同時に、マネーが実物経済から離れて金融市場に向かったという証左でもありましょう・・・ところが国民金融資産数値で紹介しましたように、民間での金融資産は減少してしまっている、証券保有額も大幅に減少していますね・・・

・・・実需が何なのか、それも分からなくなった今日では、それに懲りずにいっそのこと、金融立国に走った方が良いのかも知れません・・・しかし、それでは格差社会では、倒れる者が激増して行く・・・やはり、腐れかかった国債、旧紙幣は一度燃やしてしまうことで、新たな需要、新たな経済社会への再出発の動機にした方が良い・・・

・・・何、話は簡単なことです・・・そもそも紙幣なるもの、紙切れに過ぎない、でも利子率とか財政赤字とか、増税とか、現世のしがらみに縛られているとするなら、新しい紙切れを作れば良いだけのことです、旧札及び国債を焼却する、そして国民金融資産に見合う新札と取り替えて、国民に戻す・・・但し国際公準からの攻撃を受けないために、一旦鎖国する,他所から何と言われようと・・・その方が,馬鹿な苦しみを味わうより余程、楽です・・・。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.75 )
日時: 2010/04/12 21:40
名前: 天橋立の愚痴人間

この問題、突っ込めば、突っ込むほど、こんがらがってきます。

しかしながら、得たいの知れない塊でも、あちこちに浮かび出して来ただけでも対応しなければならない物を考えることができ、したがって概念は大きなところからかたちをなすことができるのではないでしょうか。

とりあえずは、同じ言葉でも満天下さんの概念と、私が込めている概念にかなり違いがありますが、そりゃ同じであるはずがありません。
同じ概念で話ができるなら専門家同士の話になります。
其処は異業種交流のつもりで御願いしたいものです。

こちらは反論する以外の部分を吸収させていただいています。

さて、繰り返しの、繰り返しになりますが、

<私の言葉の使い方で混乱させてしまっているようですが、・・・・・・上記は、利子率を求めて動く資金の量は、100兆円(元の金融資産は2000兆円として)を問題としていますが、実際に機能している資金の総体は、必ずしも利子率とは関係ない決済があるので、1000〜2000兆円(検討もつきません)の貨幣の交換(流通)が行われているはずです。>・・・

さらに続いて、

>利子率とは関係のない貨幣の動きの中に別の要因があると思うのですが。
その証拠に、絶えず言われている消費の回復、消費の拡大があります。


と言っていますのは、もっと具体的に言えば「景気回復の鍵は内需拡大」と良く言われます。
ところが、利子率を念頭においての経済の方程式はあっても、実際の内需拡大の方程式は誰も示せません。

と言うことは、経済の全体をコントロールできる方程式がないのに、利子率を根拠に経済を把握する方程式のみが巾を利かしても片手落ちではないかということです。

その結果が、満天下さんも言われているように、デリバティブ取引を容認拡大させ、現在の歪な金融のあり方を招くことになったのではないでしょうか。
ここまでは、マルクスも指摘しているようですが。

資本主義の行き着くところの問題に、それがあるなら、我々は何か見落とした法則があるのではないかということになります。

その分野の発展、研究をおろそかにしてきたことについて、満天下さんは自身のスレッドの冒頭で「経済学の怠慢」と言う言葉で言っておられたと思います。

静的とか動的など、不用意な言葉を使いましたが、静的という意味には、方程式で捕らえていない要素に対して、捕らえることが容易な故に、方程式として存在する経済の現象面のことをさしたつもりなのです。何せ事態がつかめていないものですので、事態が変わる毎に説明の仕方が変わりますが御容赦を。

とりあえず、ここまでのところはじっくりと読み返して、もう少し頭に入れる必要がありますので置いておきまして、

下記は満天下さんのヘリマネ部分ですが、

>・・・実需が何なのか、それも分からなくなった今日では、それに懲りずにいっそのこと、金融立国に走った方が良いのかも知れません・・・しかし、それでは格差社会では、倒れる者が激増して行く・・・やはり、腐れかかった国債、旧紙幣は一度燃やしてしまうことで、新たな需要、新たな経済社会への再出発の動機にした方が良い・・・

・・・何、話は簡単なことです・・・そもそも紙幣なるもの、紙切れに過ぎない、でも利子率とか財政赤字とか、増税とか、現世のしがらみに縛られているとするなら、新しい紙切れを作れば良いだけのことです、旧札及び国債を焼却する、そして国民金融資産に見合う新札と取り替えて、国民に戻す・・・但し国際公準からの攻撃を受けないために、一旦鎖国する,他所から何と言われようと・・・その方が,馬鹿な苦しみを味わうより余程、楽です・・・。


新円発行が何故問題解決(ヘリマネ)になるかが理解できないのです。

また、私は今までの意見のおいて、表題の1000兆円の借金のことは棚上げで考えてきています。

勿論、後では問題にしなければならないでしょうが。
メンテ
1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.76 )
日時: 2010/04/14 22:30
名前: 天橋立の愚痴人間

今日のテレビで池上彰の「そうだったのか」と言うニュースショーを見ていたところ、丁度良い話題に出くわしましたので報告しておきます。

一つは北朝鮮の出来事です。

国営市場では商品が手に入れられなくなって、闇市場が盛んになり(結局は国が認めるようになったが、この部分は市場主義経済の法則)やっているうちに、闇市を利用して富を蓄える層が発生し、所謂、格差社会が出来てきて、困った国がやったことは、労働者の給料をいきなり20倍にしたそうです。

やりかたは、まさしくヘリマネ、要するに紙幣の大増刷をしたそうです。
それで、ごく一時的には、なるほど富裕層と貧困層が所持する紙幣のアンバランスが解消されたそうです。

ところが、紙幣で買うことができる商品は相変わらず生産が進まず相変わらず品不足のままであったから、たちまちのうちにインフレを起こし、闇市を利用して稼ぐ富裕層が取得する紙幣は、それは膨大になり、格差はますます広がったと言うことです。

夢のような実例が、実際に起きたそうです。

ヘリマネで失敗した国は、今度は富裕層の紙幣の価値を減らそうと、今度は1/100のデノミをしたそうです。
それで経済はますます大混乱に陥ったと言う、素晴らしい実例を聞かされました。



次には、ギリシャの話です。

ギリシャでは時の政権が国民サービスに熱心で、全国民の年金を60歳(日本は65歳)から、現役時代の給料の8割を(日本は4〜5割)支給していたそうです。
一方で、税金を集める方法が実に粗雑で、マーケットなどではレジで打たれた金額を基準として税金(法人税)を算出するため、レジを通さないで物を売る慣習が蔓延し、これによる実質だ脱税が、全体の税収の2割にも達していたそうです。

これでは勿論、巨額な財政赤字になることは目に見えています。

一方で、観光立国のギリシャでは、海外からの観光客を受け入れるために、ぜひとユーロ圏に加入することは必要であったので、勿論EUに飛び込みました。

そのEU加盟では、財政の健全化が条件とされていたので、国家は、財政赤字を何としても隠さねばなりません。
結果、国家自身が粉飾決算をやることになりました。
ところが、それがEU諸国の知ることとなり、さあ、大変。

ギリシャ国債等でギリシャに債権を持つEU諸国の銀行が、ギリシャ国債が紙切れになっては大変と、こぞってギリシャを攻め立てるものですので、ギリシャは国内、国外共に大騒ぎとなっているようです。

このことは、現在進行中のようでして、世界的にユーロ不安でユーロの価値が下がり、ユーロに対して円が高くなるという、とんだところまで影響が出ているそうです。

ギリシャ観光を目指す人々は今がチャンスと言う、思いもかけない贈り物がついて廻るという、
世界経済の、面白さ、怖さを示す、これも実例の話です。

とりあえず、情報提供まで。
メンテ
ギリシャと北朝鮮実例から考えて見る・・・ ( No.77 )
日時: 2010/04/15 22:14
名前: 満天下有人 ID:KZtU7O2M

「天橋立さん75、76へのレス」@

・・・原則論をやってもなかなか分かりにくい所、実例の解説を聞かれて良かったですね・・・橋立さんが疑問に感じておられた、日銀券増発で何故景気刺激してはダメなのか、その方法を聞いてみようと思っていたところです・・・

・・・北朝鮮、ギリシャのことは、どこかで少し触れましたが、貨幣錯覚を端的に表した北朝鮮デノミ問題と、利子率と財政の関係を端的に表した今回のギリシャ問題はA=Bの限界を超えた典型的な事例でしょう・・・

・・・基本は、国民資産=貯蓄+税の範囲を超える経済策は、必ず破綻するということです・・・これを拡大均衡させるために、財政による経済刺激策があって、表裏一体の関係にあるわけですが、それがA=Bの範疇を超えると破綻する・・・民主党政策の(財務省の)増税論も、財政刺激による成長分野を策定できないものだから、しかしこの基本方程式からはみ出る政策は取れないということの表れでもありましょう、国際基準がある以上・・・

・・・今回のギリシャ破綻は、いわばわが国将来像のミニ版とも言えるものですが、故にEUは発足時に、ユーロ通貨加盟国の財政規律を厳格に決めたわけですね・・・それは巨大通貨となるユーロ通貨が、世界経済に与える影響、下手すると翻って自分とこに跳ね返る危険性を予め防御しておかねばならない・・・

それがお膝元のギリシャから火の手があがった、後、スペイン、ポルトガルからも煙が出ている・・・ちなみにEUによる財政規律基準は、加盟国の財政赤字は対GDP比3%以内という加盟条件に対しギリシャは、年間財政赤字は対GDP比3.7%と報告していた・・・それが実際は12.7%であった・・・粉飾をやっていたわけですね・・・

今年の初めこの粉飾にゴールドマンサックスが、為替スワップ取引を巧妙に計上させて協力していたというスッパ抜き記事をチラッと目にしましたが、翌日削除されておりました・・・

・・・わが国の場合の対GDP年間赤字は約10%ですね、でもその累積は間もなくGDPの200%になる・・・成長無きところでの2倍の赤字累積は、必ず国際公準によって打撃を受けるでしょう・・・現にギリシャを例に取ると、EUは同国をデオフオルト(国家破綻宣言)させないために、同国の国債発行による資金調達に同意し、金融支援枠組みを整えていたものの、国債を買ってくれるところが無い、新発7年中期国債約6000億円の利率が6%(ドイツの倍)に跳ね上がり、破綻寸前の国の足を更に引っ張る形になっていますね・・・

利子率の他にも一つ見逃がしてはならないのは、クレジット・デフオルト・スワップ(CDS)の、ギリシャ国債に対するプレミアムが急上昇していることです・・・

CDSとは、債券に対する保険証券のことです・・・わが国国債は引受先がほとんど国内ですから、保険をかける必要はありませんが、外国が引き受ける際にはほとんどが、別に保険をかけています・・・そしてその債券が更に市場で取引されます・・・

(金融工学による債券市場の分野には、まだ入っておりませんが、少し横路の話として、サブローン問題の根は、サブローンだけに留まらず、このCDS市場で滅茶苦茶な紙切れバブルが起っていた、世界第一の米保険会社・AIGがリーマンブラザース債券に対し発行していた保険債券CDSは850億ドル、約9兆円で、これがジャンク債となり、米政府は救済のためにこのお金を貸し付けました・・・AIG発行のCDSに群がり、そこから倍々ゲームで発行されたCDSは6千兆円とも推計されております・・・)

ギリシャに対するCDSプレミアムの上昇は、更にギリシャ国債の利率上昇を招き、手がつけられなくなります・・・

・・・EUは経済共同体なのに、何故中央銀行ECBが救済しないのか、ここに中央銀行による国債引受がいかに危険なものであるかとの、解が潜んでいます・・・ユーロ安を招き金利を全体に引き上げねばならなくなります・・・

これではサブローンの影響で、ただでさへ減速している経済の足を引っ張り、不景気下での物価上昇、スタグフレーション現象が起こります・・・加えて月末から5月にかけて旧国債の償還期日が重なってくる、5月では2兆4千億円・・・

・・・結局IMFが相談に乗ると言い出して、トリシエECB総裁の格が下落・・・

メンテ
ギリシャと北朝鮮実例から考えて見る・・・2 ( No.78 )
日時: 2010/04/15 22:21
名前: 満天下有人 ID:KZtU7O2M

「天橋立さん75、76へのレス」A

・・・過去破綻した国家と今回ギリシャ問題を比較して見ます・・・

★今回のギリシャ危機とロシアルーブル危機との共通点は、・・・

◎税徴収のシステムが放漫であったこと・・・、
◎逆の点は、ロシアがルーブルをどんどん印刷して危機を回避しようとしたことに対し、EUは通貨増刷はダメとして、国債発行を容認しそれで以って回避策を取っていること・・・
◎それは、上述の通り、巨大通貨となったユーロの価値への跳ね返りを防止せねばならないこと・・・

ルーブル危機の時の状況を少し紹介しましょう・・・
●通貨増刷で、対ドル相場は92年比96年破綻時で1/5に下落、
●ハイパーインフレ率は92年/96破綻時比1800%!)

・・・ロシアは、通貨増刷でなく国債発行で対処せよとのIMF条件を呑み、国債増発に踏み切りましたが、96年最初の利回りは50%!でした・・・同時に為替を対ドルで固定(ドルペッグ)にして、インフレを回避、海外のロシア国債に対する安心感の漸増とあいまって、2年後には25%にまで低下・・・

・・・為替も徐々に落ち着いて来て供給不足も緩和されて、特に第一次天然資源の大量保有国でしたから、この開発による安定収入が重なって、何とか回復基調に入った・・・

★96年のロシア危機と今回北朝鮮危機との類似点は・・・
〇供給不足ですね・・・ただしロシアの場合はソ連経済から市場経済への移行期ではありましたが、・・・、
〇北朝鮮も通貨で凌ごうといている点が似ています・・・
〇具体的にはデノミですね・・・ロシアでは1000:1、今回北朝鮮は100:1でしょうか・・・
・・・池上氏解説での<所謂、格差社会が出来てきて、困った国がやったことは、労働者の給料をいきなり20倍にしたそうです。>・・・

・・・この20倍にしたという意味は、年収を20倍にしたということではなく、労働者に対する新通貨での支払いは、旧通貨と同じ額で支払うということですね・・・例えば旧通貨での労働賃金が20ウオンで、デノミを20:1とするなら、労働賃金は1ウオンになるところ、新通貨でも旧基準と同じ労賃を保証すれば、20ウオンが保証されるわけで、労賃は1ウオンが正当なのに新通貨で20ウオン保証される・・・・まあ結果的には20倍にしたということには、なりますが・・・

しかしこの措置は、供給が増えない限り、闇市場と違う要因で、またまた大きなインフレの要素を含んでおりますね・・・・、


Bギリシャ現状のアルゼンチン破綻の時との共通点は、
〇国民不満が増大していること・・・政府の予算削減と21%の増税に対し、弁護士会と公証人会がストを打ちました・・・アルゼンチンの時も、年金証書が紙切れになって、ブエノスで大暴動が起きました・・・

特にIMFの資金供給を米大金融資本を通じて実務をやらせたものですから、資金供給が大企業だけに向けられて、末端救済にならかったことが、国民の大きな反発を招きました・・・

・・・今回ギリシャ救済策をIMFに委ねると、ギリシャ政府以上の厳しい歳出削減が行われるでしょう、年金0にするとか・・・EUがギリシャに対しEU離脱を勧告するかが注目の的ですね、・・・

メンテ
ギリシャと北朝鮮実例から考えて見る・・・3 ( No.79 )
日時: 2010/04/15 22:32
名前: 満天下有人

「天橋立さん75、76へのレス」B

・・・話が横に入りますが、そうですか、ギリシャ年金の給付率は80%ですか、北欧と同じく現役時代税負担に見合うなら高いともいえませんが、多分、高いのでしょう・・・

わが国では40〜50%と池上氏は言ったとか、これは年金がテーマでなかったからと思いますが、厚生労働省の数値はごまかしが多いですからね・・・元々給付率は59%だと言っていたものを50%に下げました・・・でも、この給付率そもそもがインチキですね・・・

・・・分母の現役時代標準所得は、社会保険料、税負担を差し引いたネット額にたいし、分子の年金額は差引き前グロス額で計算されていますから、給付率が高くなって当たり前です・・・加えて専業主婦計算もごまかしている・・・

以前、昭和16年にわが国年金発足時の初代年金課長であった花沢何某が、どうせ支給は何十年か後だから、年金制度は戦費充当にはもってこいだとうそぶいた話を紹介したことがありました・・・

結局敗戦時に、何もかもパアにされてしまいました・・・現状財政赤字にせよ、もっと隠していることは、多分あると思います・・・ギリシャが実数を誤魔化していたことを他岸の火事とばかりノンキに構えることは出来ません・・・順調な時にこそ、貯えておかねばならいことは、庶民家計ではきちっとやるものですが、何故か政官になると、その時に何もせず使え使えで詐欺ってしまうのです・・・

・・・通貨の問題から話がそれてしまいましたが、こやつらを放逐しない限り、国家経済は限りなく破綻に追い込まれて行きます・・・なのに毎日、独法、公益法人のドロボウ行為が報道されない日はない・・・

最後になりましたが、<新円発行が何故問題解決(ヘリマネ)になるかが理解できないのです。また、私は今までの意見のおいて、表題の1000兆円の借金のことは棚上げで考えてきています。>・・・

・・・新円切り替えは、問題解決になるというより、それしか手がないだろうという意味です・・・そして1000兆円問題は棚上げにするのではなく、ギリシャ問題がそうであるように、何ごとにも現実から入らないと、理屈が分からなくなります・・・

ざっくりした具体例は、日銀が2000兆円の新円を用意し、同時に1000兆円の旧国債を政府から引き受けます・・・

「日銀B/S」 資産:国債1000兆円  負債:新円2000兆円
(ここで国債1000兆円と新円のうち1000兆円を相殺します(燃やす・・・残高1000兆円を市中金融機関を通じて旧円と交換させます)
「政府B/S」資産:日銀への旧国債売却新円受取1000兆円 負債旧国債1000兆円・・・これを相殺します(燃やす)

条件:海外負債が無いこと、現在はその状態にあります。
    国民資産が1000兆円ある内にやること(負債部分は同じ通貨ですから、現在流通の1000兆円に見合えば、通貨上では問題はないこと・・・
為替をロシアがやったように、ドルに固定しておくこと、準備は超極秘、超法規的にやること(これが難しいところですが)
影響:インフレ懸念・・・供給過多の状態で、需要が低迷しているときにやれば、さほど懸念しなくても良いでしょう・・・

・・・これはどこの国でもやれる手法ではありません、幸いにもわが国の場合、国債が国内で引受けられて来たこと、まだ国民資産がバックに付いていること・・・何ごとも幸いなるうちに歪みを糾さないと、過去調子が良かったときでも、バンバン無駄使いしたから、こんなことになるのですね、まだばっさりやれるチャンスがあるだけでも幸いと思うのですが、まあ、やらないでしょう・・・増税路線でギリギリまで持ち込んでから、ハイ、ギリシャと同じになりましたでは・・・国民はアホな最後の負担を強いられるわけです・・・。


メンテ
小話 ( No.80 )
日時: 2010/04/25 11:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:QJOPE47I

ちょいと小話を差し挟みます。

実は本日、テレビでソフトバンクの孫社長が言っていました。

会社経営では、年間5〜10%の成長を実現できないと社長を辞めねばならない。

政府は色々な権限を所有している。

その政府が、5〜10%の成長を実現できないのは理解できない。

ここからが、小話です。


「僕にお金を印刷する権限をいただけるものなら・・・・

ウッフッフ・・・」




マクロ経済の真髄を言いたかったのでしょう。
メンテ
通貨発行権・・・ ( No.81 )
日時: 2010/04/25 15:38
名前: 満天下有人 ID:WrH1ttwE

・・・へぇ〜、孫さんが通貨発行権を、とはねぇ〜・・・

実業家ですから、これ以上の紙風船を作るわけでもないでしょうが(笑)、実需は何なのか、興味ありますね・・・

・・・一国のこととなると、1企業が株式市場を通じての企業巨大化とは、少し趣が違ってきますし・・・。
メンテ
メモのようなもの ( No.82 )
日時: 2010/04/29 23:48
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:395RgcxM

満天下さん、本論を進める余裕がないのですがテレビを見ていて気づいたことを、忘れないようにメモしておきます。

世界の小国の紹介でした。

人口1000人足らずのバチカンを始め、人口10万人足らずの国が結構あるようです。

そういう国の国家経済について思いを馳せました。
勿論、そういう国にも貿易はあるのでしょうが、国内の産業は、それなりに自給自足を確立していて先進諸国におけるような産業の空洞化は起きてはいないのではないかという点に興味を持ちました。

それが本当か、否かは報道の対象ではないので判りません。

巨大国家にに当てはめられないとは思いますが、考えるヒントはあるのではないでしょうか。
メンテ
Re:メモのようなもの@ ( No.83 )
日時: 2010/04/30 12:13
名前: 満天下有人 ID:kD6kBC5w

・・・<本論を進める余裕がないのですがテレビを見ていて気づいたことを、忘れないようにメモしておきます。>・・・

・・・あはは、橋立さん、この問題は1年やそこらでも到達できることでもないし、当然のことです、本源的には人間経済と通貨、通貨と金、金を排除した不換紙幣の歴史、誠に壮大な歴史的過程がありますから・・・

一つはっきりしていることは、世界戦略物資は原油と食糧ですが、それを動かして来たのが不換紙幣であり、よく言われる例えで、赤子を黙らせるには武器はいらない、砲弾を撃ち込む必要も無い、金融戦争を仕掛ければ良いだけだ、というのがあります・・・その原点は19世紀に英イングランド銀行を支配下においたロスチャイルド家の天才的手法である、このことだけは、はっきりしております・・・

当初は貨幣信用の裏付けとしての金に目をつけ、*南ア・ボーア戦争などを通じ金鉱山を支配下に置いて、世界の金取引も支配下におきました・・・

(*1880年ボーア戦争:オランダ東インド会社の指令により、オランダ人を南アに入植させ、金・ダイアモンド鉱山を支配・・・それを奪取するために英国が仕掛けた戦争。
侵略の青写真を描いたのはドイツ人・ミルナー。オックスフード大でアーノルド・トインビーと意気投合し南ア侵略を画策。この甥が橋立さんが時折触れておられるかの有名な歴史学者で同姓同名のアーノルド・トインビー・・・彼は英外務省情報部諜報機関出身ですね彼の歴史観には、その根底に潜む戦略的思考に対して、賛否両論があるようです・・・

・・・オランダ東インド会社の頭目がゴーシェン。その末裔に英大蔵大臣になるゴーシェンが居り、ミルナーはこの大蔵大臣ゴーシェンの秘書に抜擢されて、南ア金塊利権を英国に与える戦争を画策・・・南ア問題は人種差別戦争の前に、金、ウラン鉱山利権の争奪戦が本質です。

このゴーシェン大蔵大臣の末裔がダイアナ妃のダイアナ家です。資産力10兆円とも言われております・・・母方はロスチャイルドの出です・・・

前回、昨年の巨大鉱山会社リオ・テイントとBHPパリバの合併の話に少し触れました・・・この巨大鉱山会社リオ・テイント(ロスチャイルドのもの)はこのボーア戦争で英国が奪取した鉱山です。他に巨大鉱山会社アングロアメリカン、これもロスチャイルドのものですが関係は紙面都合上省略しますが、わが国で最も関係が深いのは三井です・・・

・・・金を支配し、その価格も決定していたのもロスチャイルドです、金本位制の下では鉱物としての金には「政治金属」の本質があるとして・・・正式には1919年,世界5大金取引業者であるモカッタゴールドシュミット、ビクスレイアベル、サミュエルモンターギユー、シャープスウイルキンソンとロスチャイルド銀行との間で、金価格4.189ポンドを7.5ドルにすると定めました・・・両者によって毎朝取引価格が決定されておりました・・・

ところが2004年にロスチャイルドはこの金シンジケートから脱退しました・・・そして銀取引の王者であったAIG(今回サブローン問題で債券保険を大量に発行して破綻しかかった世界最大の保険会社)も、銀取引から撤退しました・・・

これが何を意味したのか、真相は不明ですが、察するに不換紙幣の後始末に最後の砦である金銀との交換が持ち出されると、手の打ちようが無いとの判断があったかもです・・・彼ら通貨戦略の武器は正に不換紙幣なのですから・・・
メンテ
Re:メモのようなものA ( No.84 )
日時: 2010/04/30 12:28
名前: 満天下有人 ID:kD6kBC5w

・・・孫さんが、紙幣発行権をくれたらな、ウッフフと含み笑いをされたとか、彼のような国際経済人は、紙幣本質を良く見極めている、それが含み笑いに現れております(笑)・・・

・・・小国における産業の空洞化が無い現象は、経済のパイが小さければ可能でしょう・・・パイが大きくなるにつれてマルクスではありませんが、多数の商品の媒介手段がどうしても必要になって来ます・・・紙幣が不可欠になって来ます・・・

そうでなくとも世界に影響を残しておきたい向きは、紙幣の力に預かりたい、ヴァチカンなどその代表例でしょう・・・何せゴールドマンサックスがバックについて、結構な資産を築いておりますからね・・・金融業者で法王に謁見を許されるのは、ポールソン前米財務長官(元ゴールドマンサックスCEO)くらいでしょう・・・

このポールソンも、今回の米政府(SEC)によるゴールドマン刑事告発の主要犯罪人として槍玉に上がっております、つまり、金融デリバテイブ商品発売に際し、ポールソンフアンドが関係していて、販売後にその証券が値下がりすることを見込み、顧客に実体を知らせずに、発売と同時にこの証券の空売りを密かにかけていた・・・それが詐欺行為に当たるとして・・・

これはもう、単なる金融商品の規制の問題を超えた、歴史上長きに亘るユダヤ金融資本間の最終戦争のようなものです・・・勿論責任はFRBにあるわけですが、こことてユダヤ金融資本が創業者ですから、中央銀行とは名だけで、150年経った今、英イングランド銀行、FRB創設の時の紙幣発行権を巡る私的バトルが再開されたという構図だと、私は見ております・・・ウオール街と政府の闘い・・・ウオール街のウオールとは、ユダヤ金融資本の城壁という意味で名付けられたものですから・・・

・・・紙幣による世界支配権が金融工学と表裏一体となって加速され、その扱いをどうするかの熾烈なバトルです、古くは1986年のアイヴァン・ボウスキー事件、「アービトラージ(裁定取引=金融工学商品)は最高の科学であるとうそぶいて、インサイダー取引で罰金200億円で懲役は僅か3年・・・

彼はクリントン政権での財務長官ルービン(これもゴールドマンサックス出身)と二大トレーダーとして金融工学の実践面で競争しておりました・・・

近くでは2008年の何と米株式市場ナスダックの会長であったマドフが、世界の銀行を相手にこれまた金融工学を悪用して詐欺事件を起こし、罰金500億円懲役150年で服役中・・・これなど全て、同じユダヤ金融競争におけるセレブに対する下層層の戦いなのです・・・

・・・まあ、勝手にやっておれば良いだけの話ですが、これによって世界中が被害を受けますから、看過できない・・・看過できないどころかこれにヒントを得てヘリマネ論が被害国においても出てくるあり様です・・・不換紙幣とはかくも恐ろしき存在であり、よって十分過ぎるほどの管理監視が求められる所以です・・・

・・・国際金融投機家のジョージソロスは「アカデミー・オブ・フアイナンス」なる著書で、金融の核爆弾、目標は東京」という気を許せない発言をしております・・・どういうことかと申しますと、アメリカ経済への融資者としての日本は、今だにアメリカの陰で成長しようとしている、それを通じて得る金融への強権度を強める狙いがあるなら、その存在は不気味である・・・と・・・
私が、積み重なって行くわが国財政危機、それを回避するためのヘリマネをやれば,国際公準による攻撃を受けてペンペン草も生えないような状態になると危惧しているのは、ソロスのような国際投機家がチャンスを狙っていることを、政府金融筋は視野に入れておくべしという趣意です・・・それに比べ、中国はさすがに華僑の国でもあり通貨本質が良く分かって、しぶとく防御しておりますね・・・
メンテ
Re:メモのようなものB ( No.85 )
日時: 2010/04/30 12:32
名前: 満天下有人 ID:kD6kBC5w

・・・国際金融識者の間での笑い話を一つ・・・

住民マハテールは(アジア通貨危機のとき、国際金融フアンドを追い出したマレーシア首相)、ドロボウに入られ、警官グリーンスパン(前FRB議長)に,犯人はジョージソロス臭いと通報・・・

グリーンスパンは鼻先で笑いながら、「犯人が全て悪いわけではないよ、お前にだって原因があるだろう,お前の家の庭は誰にだって入れるんだからね・・・」

住民マハテイールは怪訝な顔をして「では何故,中国とインドは盗まれないのか?」

グリーンスパン:「中国とインドは塀が高すぎるんだよ、ソロスといえども越えられないんだよ、万が一、塀から落ちて見ろ、俺の余計な仕事が増えるだけだ(米政府が批判される)からな・・・

これを盗み聞きしていたソロスは・・・「壁に穴を開けても入り込めないのか・・・」
グリーンスパン警官は声を潜めて「しっ!既にポールソンを(前米財務長官)中国に行かせているから、そのうち穴も開けられるさ・・・」・・・喜んだソロスは即携帯電話で仲間に・・・
「人はバカだから、こっちには資金はあるし、中国へ行くぞっ!」・・・途中、東京を爆撃するかどうかには、この笑い話は触れていないけど・・・(笑)。

・・・話を金融工学とは何か・・・余り教科書的なことを言うのもはばかれますので、書き手を止めておりますけど、その功罪はほんとに難しいものがあります・・・坂本龍馬が薩長同盟の武器として発想した、長州のコメと薩摩の武器の交換で薩長同盟を成立させた発想にもデリバテイブのカケラが見えます・・・

・・・金融工学においては、その初歩的な面で既に、個人とて、円天事件がそうであったように、あるいは上記米金融工学悪用の金融詐欺などに引っ掛かってしまう専門筋が後を絶たないように、紙切れのカラクリが巧妙に仕組まれていますから、国家単位の話となると、政府日銀筋は余程前後の関係を見抜く繊細な神経が望まれる所為です・・・国家といえどもプラザ合意のように、国際金融筋にコロッとやられてしまいますから、中央銀行・法定通貨の扱いは慎重に願いたいところです・・・。



メンテ
久しぶりで ( No.86 )
日時: 2010/05/08 10:17
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:vfHm8gZQ

今までは、貨幣価値の問題を含めて、1国の中だけのマクロ経済のことに触れてきました。
触れてきたと言いましても、私にとっては匂いを嗅いだ程度の理解ですが。

今度は別の、より難解な面から少しアプローチしてみたいです。
国際金融の問題です。

折も折、ギリシャの破綻で教科書があるようなものです。
私が根本的に解らないのは、1国の、それも10兆円あまりの問題で、何故、世界経済がこれほど大騒ぎしなければならないかということです。

現在の金融システムに大きな瑕疵があるのではと思います。

そのためには、ギリシャの破綻が、何故世界に連動するかを検証し(最も、この部分は満天下さんに説明していただかねば手も足も出ません)、まずシステムを認識できてから他の方法はないのかを探りたいと思います。

巨大ユダヤ資本の暗躍が、資本主義経済のありようを歪なものへ変えているのではないかと思います。
それとも、これは資本主義の宿命的な結果であり、逃れられないものなのでしょうか。
資本主義そのもののありようを考え直すことは出来ないのでしょうか。

少なくともグローバル化を一部であっても規制することは可能ではないでしょうか。
一部というのは、内容的、地域的、それも複層的な概念でやれば色々と方法があるのではないでしょうか。

このようなことを検証したいと思います。

普天間の基地移転問題よりも少し困難かと思いますので、民主党に任せることは出来ないようです。


メンテ
ギリシャ破綻が何故怖いのか・・1 ( No.87 )
日時: 2010/05/08 13:59
名前: 満天下有人 ID:S5xeYcgk

・・・産業革命によってこの世には、膨大な商品が出現して来ました・・・

この商品の交換手段として貨幣への需要が一気に拡大しました、金属貨幣だけでは間に合わなくなって、紙幣が生まれ、でも当初それは価値の裏付けあるものでした(金兌換紙幣)・・・

金の裏付け制限があると、金融業者は紙幣を通じて彼らの商品である紙幣の量を増やすことができない、つまり通貨を全て不換紙幣にしようとする計略動機が生じ、現実にその通りになって今日がある・・・

その量も単に付加価値見合いだけの量の発行では、世界を支配できない、ロスチャイルドの天才的ひらめきは、世界規模で借金を創出しこれに見合う通貨が必要となってくれば、すごい量の貨幣を支配できる(ケインズは、公共投資論=国債発行を抱き合わせてその理論建ての貢献者とも言えます)・・・

・・・18世紀以来、通貨の支配には血で血を洗う闘いが繰り広げられて来ましたが、端的にはアメリカ独立の時、通貨発行権を巡る戦いが象徴的なものでしょう・・・それが80年代に始まった金融工学と表裏一体となって資本主義が金融資本主義に変貌していた、大きな流れを見ることができます・・・

これは、明治維新のときわが国も抱き込まれた長いテーマになりますから、とりあえずギリシャ問題を見てみます・・・

・・・<私が根本的に解らないのは、1国の、それも10兆円あまりの問題で、何故、世界経済がこれほど大騒ぎしなければならないのかということです>・・・

実は、ギリシャの財政赤字がGDPの約13%を占めていた、そのことだけではないのです・・・同国は既に国債発行残高が約2900億ユーロ≒4000億ドル≒40兆円ありました・・・

引受け先はギリシャ国内銀行25%、フランス17%、ドイツ10%、その他EU諸国35%、その他13%・・・この40兆円という数字、似たもののとしてはサブローン破綻の切っ掛けとなったリーマンブラザーズの負債総額がほぼこの額で破産し救済も受けられませんでした・・・これはアメリカ内部における同じユダヤ系金融資本同士の葛藤が絡んで、救済するとは何事だと言う世論の手前、倒産させるしか手がなかった、他は救済しましたからね・・・それでもここから事件の輪が拡大し、世界経済が恐慌一歩手前の事態になりました・・・

ところがまだ実数は把握できていない(把握されていると思いますがインパクトが強くて公表できないと思います)ものに、どうやらギリシャを初めとする金融機関が、ギリシャ国債及びギリシャ金融機関が民間などに融資をし、それのリスクカバーとして発行していた*CDSが、かなりあるのではないか、その疑念が国債リスクに更に輪をかけているようです・・・

*CDS=クレジット・デフオルト・スワップ
例えば橋立企業に満天銀行が融資します・・・橋立企業はしっかりした会社で、利益を拡大するだろう、しかし万一のこともあるから、この貸出し債券に保険をかけて、A保険証券を発行して民間や他の金融機関に売ろう・・・引受人たちは橋立企業を基にした債券の保険証券だから利回り低くても安心だ、よし俺も更にこの保険証券を基にB証券発行して利ざやを稼ごう、さすればA保険を売っておくことになるから、リスクも同時に消せるわけだ・・・

これが順々に輪を広げて行って、何がどうなっているのか訳が分からなくなったのが、サブローン破綻による累損で、推定、兆でなく何京円にも達している・・・これが金融工学が編み出した派生金融商品・デリバテイブの最も原初的形態なのです・・・これが逆回転し始めると、どういうことになるか、説明するまでもなくアメリカが実例を示しておりますね・・・昨日米住宅供給公社のフレデイマックは、かなりの公的資金注入を受けて来たのに更に1兆円の支援を要請するなど、一旦受けた損害を消すには、相当の時間がかかる例でしょう・・・
メンテ
ギリシャ破綻が何故怖いのか・・2 ( No.88 )
日時: 2010/05/08 14:02
名前: 満天下有人 ID:S5xeYcgk

・・・私はよく80年代からの紙幣の本質は、通貨の債務化=債務通貨にあるという表現をさせてもらっておりますが、前記デリバテイブ商品の倍々ゲームによって紙幣も増刷されて行きます・・・債務の「通貨化」はこの過程に照らして見ると理解が早くなると思います・・・詳しくはまたにして、

このギリシャ国債を持つ諸国金融機関の財務状況が悪化すると、そこへテコ入れする他国金融機関のリスクプレミアムが上昇し、そこの金融がフン詰まる連鎖現象が次ぎに拡大されて行きます・・・金利がどんどん上昇し逆に経済活動は沈下して行く・・・極限状態が恐慌という事態ですね・・・

投資銀行JPモルガンの計算では、金融機関へのリスクプレミアムが0.2%上昇しそれを顧客に即ヘッジできない場合、その金融機関の翌年での利益は、8〜11%の利益減になるとのマニュアルを持って商売をやっております・・・

ギリシャはIMF規定によって超緊縮財政を取らねばならず、来年度成長率はマイナス3%になると予想されているようですが、EUにおける連鎖反応を予想するとEU全体では0成長になるでしょう・・・禁じ手のユーロ増刷で対応するとどうなるか、ユーロ暴落に拍車がかかりユーロ債権を持つ諸国への影響が激しくなり、これまた恐慌の引き金になりかねません・・・
・・・ギリシャ国民には申し訳ないけど、食うものも食わずに耐えて行くしか方法はないでしょう、少なくとも債務化された通貨による資本主義時代にあっては・・・もしわが国が同じ状態になったら、どうでしょう、債務国債の額が柔じゃありませんから・・・。
メンテ
リバイアサン ( No.89 )
日時: 2010/05/08 22:39
名前: 天橋立の愚痴人間

早速のレスをありがとうございます。

最初の頃の貨幣(紙幣)が増える話は比較的理解しやすかったと思います。

ところで、

*CDS=クレジット・デフオルト・スワップ

というような言葉は知りませんでした。

損害保険において、結局は英国のロイドに集約されるように金融保障システムが、互いに保障をしあうという形でネズミ講のような枝葉を作り上げているということです。

そうして裏の金融資本は、そのシステムを弄ぶ妖怪じみた存在のようです。
ロスチャイルドの陰謀のように言われていますが、まさしく金融のための金融市場が闊歩していて、この妖怪から逃げることは、それこそ数百万の軍隊を指揮して退治するような力が必要と想像できます。

大体が、融資の保証の保証、其のまた保証が必要なプ巨額の資金が必要なロジェクトなど始めから企画しなければ良いのではありませんか。

ところが、ドバイの巨大プロジェクトなど枚挙にいとまなく、グローバル化に目が眩んだ資本家にはこれを避けて通ることは出来ないようです。

要するに実質10兆円の問題が、数百兆円の問題に化けるシステムがあるということですね。


17世紀イギリスの代表的政治哲学者ホッブズの主著に「リバイアサン」というのがあります。

リバイアサンとは、『旧約聖書』の「ヨブ記」41章に出てくる怪獣の名前で、神を除き、この地上において最強のものを象徴したことば。ホッブズによれば、この最強なるものとは、人々がその生命を守るために契約を結んで設立した政治共同体=コモンウェルス(国家)を意味した。

また、このリバイアサンは海の怪獣、しかも平和の怪獣であったことに注意すべきである。したがって、国家は、人間が生命の安全と平和を確保するために力を合成する契約行為を通じてつくった政治共同体であるから、王族、教会、議会、ギルドなどの集団よりも強い、というわけである。ピューリタン革命という悲惨な政治状況を目の前にして、ホッブズが、いかにして人間の生命や自由を保障できる平和で統一的な政治社会を確立するかを考えて、『リバイアサン』を構想・執筆したことは間違いない。

国家を怪獣に例えたホッブスの気持ちは、民衆を王族、教会、ギルド、ピューリタン革命などの社会的勢力から国民を守れる国家という意味でリバイアサンという概念を使ったということです。

現代は、さしものリバイアサンも、金融資本という妖怪の妖術には適わないのでしょうか。
それとも、リバイアサンの力が弱まったスキに、妖怪が跋扈したのでしょうか。

いずれにしても、経済を、政治を、社会を民衆の手に取り戻すには、このような範疇で対策を考えねばならない様です。


今日のところは、これまでとします。

気が重いテーマです。
メンテ
公権力と自然権 ( No.90 )
日時: 2010/05/09 00:05
名前: 満天下有人 ID:RvNfPRyo

・・人間が人間として生存し得る権利=自然権、人間同士がおれは自然権を持っていると主張し合っても権利が保証されるわけでもない、下部での抗争が生じるだけだとする「万人の万人による闘い」・・・

各人の自然権をある程度制限し、秩序を保つために国家が必要であり、各人はその公権力に自然権の制限を委託する・・・委託された側は、絶大な委任を受けてリバイアサン化して行く・・・

紙幣資本主義もまた、これに似た構図ですが、原点には自然権としての人間の欲望が横たわっている・・・各人の欲望が積み重なって委任者が束ねる構造が出来ると、原初の各人欲望が反対の形となって跳ね返って来る・・・難しい問題です・・・

16世紀ホッブスの時代に比べれば、民主主義もかなり進展はしたものの、経済分野では平均的各人は、労働力を商品として売るしか手が無い・・・しかも紙幣リバイアサンは、あなたたちに便利なものを提供しているのですよと、耳障りの良い言葉を響かせ、不況時には紙幣を国債を通じてあなたがたを守りますと囁く・・・

・・・CDSになると更に、安心保険が発行されていますよと囁き、実はこの怪獣は次々に子怪獣を生んでいるのです・・・子怪獣とはCDSの基に更に、根が住宅ローンですから資産担保証券ABSを発行し、これにまた債務担保証券CDOを発行して行く・・・資産が債務化されるのです、これに伴なう紙幣増刷もまた、債務流通の手助けを行うという構図ですね・・・最後に破綻してその損を誰が負担するのか、国民の資産以外に何もありません・・・

・・・この構図の原点は、人間各人が望む欲にあるわけですから、いわば誰もがリバイアサンの卵を持っていることになり、怪獣の卵を持つ者が手に負えなくなった怪獣と戦うという、何とも奇妙な光景が繰り広げられる・・・アメリカでも戦いの結論が、なかなか纏まりません・・・

・・・永遠の謎です(笑)・・・謎解きには時間がかかりますから、一息入れてまた、怪獣の姿を見ましょう(笑)。
メンテ
為替相場 ( No.91 )
日時: 2010/05/09 11:04
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:f0Fkgcb.

固定相場制と変動相場制の歴史について下記の記事を引用します。
これによると変動相場制になったのが如何にも最近で、驚きました。

http://www.fxprime.com/excite/bn_ykk/ykk_bn10.html

やさしい経済講座


情報提供:FXプライム(株)

変動相場制とは?
 

変動相場制の歴史は、金本位制、そして固定相場制の時代を経て、まだ30年余りに過ぎません。さて、その歴史はどのように作られていったのでしょうか?

 
■変動相場制とは?
 
固定相場制のように通貨を一定比率に固定せず、為替レートの決定をマーケットの需要と供給に委ねる制度です。フロート制ともいいます。

ただ、現在の変動相場制は、市場で通貨の交換レートを決めますが、中央銀行が市場介入による為替レート操作を行う場合もあるため、完全なフロート制とは言い難い面もあります。
各国の貿易収支不均衡の問題をはじめ、多くの課題に直面していますが、協調介入や各国のマクロ経済政策の協調などで対応し、何度も崩れかけそうになったこの変動相場制のシステムを支えています。

 
■変動相場制へのプロローグ
 
1944年にアメリカのニューハンプシャー州のブレトンウッズで国際通貨基金協定などが結ばれ、その中で、IMF(国際通貨基金)が発足します。
金だけを国際通貨とする金本位制を採用せず、ドルを基軸通貨として金とならぶ国際通貨とする制度を作りました。

いわゆる基軸通貨となった米ドルですが、その後欧州や日本の経済復興で国外への流出が起こります。又、ベトナム戦争を経てアメリカの財政も悪化するのです。
市場では価値が低くなってきた米ドルを売って、金を買うという動きが加速しました。

 
■ニクソンショックとは?
 
アメリカはそれまで唯一、金と通貨の交換(1オンス=35ドル)を認められていた国でしたが、米ドルを売って金を買う動きに耐え切れなくなりました。
そして1971年、当時のニクソン大統領が金と「ドルと金の交換停止」を表明します。
それをニクソンショックといいます。

金とドルの交換を前提に構築されていた固定相場制_ブレトンウッズ体制は、これにより終焉を迎えました。

 
■スミソニアン体制とは?

 
ニクソンショックの後でも通貨制度の破綻を回避する方法が模索されました。
1971年12月、ワシントンのスミソニアン博物館で先進10ヶ国蔵相会議が開かれ、ドルの切り下げと為替変動幅の拡大が決定されました。金とドルの交換率は、1オンス=35ドルから38ドルへ引き上げられ(ドルは7.89%切り下げ)、円は1ドル=360円から308円(16.88%切り上げ)となりました。また、為替変動幅は、上下各1%から上下各2.25%へと拡大されました。この新たな固定相場制をスミソニアン体制と言います。

しかし、スミソニアン体制下においても、米国の国際収支の悪化は続き、1972年6月に英国がこの体制を放棄し変動相場制に移行すると、1973年3月までには主要国は変動相場制に移行しました。

 
■キングストン合意とは?

 
前述のように主要先進国は、1973年には変動相場制に移行しました。
1976年1月、ジャマイカのキングストンで、IMFの暫定委員会が開かれ、変動相場制の正式承認を含む、IMFの第2次協定改正が決定しました。

ここで金の廃貨が決まりました。
この制度は、1978年4月1日に発効となり、これをキングストン合意といいます。ここに現在まで続く国際通貨体制が確立されたのです。

 
■管理された中での変動相場制
 
1977年にIMF(国際通貨基金)理事会で、中央銀行の為替政策のガイドラインが決められました

●加盟国は不公正な競争上の優位を守るために為替相場を操作しないこと
●輸出を伸ばすために意図的に為替相場を操作(為替介入)してはいけないこと
●介入は短期的に乱高下し秩序が保てないときのみ認められること

が原則として定められました。


〜1978年11月1日 カーターショック・ドル防衛策

当時、アメリカでは貿易収支の大幅な赤字によって経常収支が赤字に転落し、インフレが加速していました。このアメリカのファンダメンタルの悪化を背景に、米ドルは主要通貨に対して急落、例えばドル円は5月の230円レベルから10月31日には175円台まで下落しました。
半年で55円のドル安円高です。

そこで、カーター米大統領は、

●日本、西ドイツ、スイスの中央銀行とのスワップ枠拡大等による為替市場への協調介入の強化
●300億ドルの介入資金調達
●公定歩合の引上げ(8.5%→9.5%)
●預金準備率の引き上げ

からなるドル防衛総合対策を発表したのです。

それを受けて11月1日、ドル円は1日で10円以上もドル高円安になり、その後もその流れは続きました。

〜1985年9月22日(日)プラザ合意・ドル高是正

レーガン大統領の時代のアメリカは財政赤字と貿易赤字(双子の赤字)が構造的に定着し、第一次世界大戦後初めて純債務国へと転落しました。
そして、ドル安によって米国の輸出競争力を高め、貿易赤字を減らすことを主目的として、1985年9月22日(日)、過度なドル高の対策のためにアメリカの呼びかけで、ニューヨークのプラザホテルに先進国5カ国(日・米・英・独・仏=G5)の大蔵大臣(米国は財務長官)と中央銀行総裁が集まり、会議が開催されました。この会議で、

●為替レートの調整によって対外不均衡の是正が可能であり、また有効である
●為替レートは各国のファンダメンタルを反映すべきである 
●為替レートの調整は主要通貨の対ドルレートの上昇によって行なわれ、各国が直ちに介入によってこれを実現する

この会議は秘密裏に行なわれ、マーケットではまさに寝耳に水の状態でしたので、翌23日(月)には、合意が明らかになって最初に迎えたオセアニア・東京市場からドル売りが殺到し、1日で1ドル=240円レベルから10円もドル安円高になりました。

(引用終わり)

一つ一つの検証の前ですが、ここ30年間の変動相場制のありようが、金融のデリバティブ部分を巨大に押し上げ、リーマンショック、サブプライムローン、ギリシャ、ドバイ問題などで常に不安定な環境をもたらせたのではないでしょうか。

軍事評論家の意見は大切であるが、それだけでは沖縄基地問題は解決できないように、この問題は経済の専門家だけでは解決できないのではないでしょうか。

1000兆円の借金の問題に近づくのは、まだ程遠いようです。
メンテ
UP ( No.92 )
日時: 2010/07/20 09:08
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:I6KA8xCk

満天下さん、ひさしぶりでこのスレッドをUPします。
前回、話し合った頃から、1500近いアクセスがあります。

政治では誰も、本当の改革、新しい国の形のことを言及しません。
その方向性があることを、可能なことを何とか証明してみたいものです。

新しい国の形は経済面だけを追っていても成らないことと思いますが、何せ経済の問題はその中心を占めるものです。

今までは、貨幣の性格、兌換紙幣、不換紙幣についての概念に始まり、貨幣の供給のありようを追ってきました。
そこでは、貨幣の対価としての、労働ないし、商品の総量に対して流通する貨幣の量が比例しなくなっている。

所謂、信用取引、デリバブルの領域が大きくなり、貨幣の流通原理が当初考えられた資本主義経済のそれとは異質なものになってきている。

また、国単位で見ると、経済的な格差が大きく、その交換比率の齟齬が、純粋な経済活動の原理を歪なものとしています。
所謂、為替の世界で、これを利用する金融資本の暗躍が、経済そのものを変質させている(純粋な経済活動による生計を立てることを損なっている)。

このような面を、全て悪と葬ることが良いのか、否かさえ解りません。
さて、前回までは、この為替について触れ始めたところです。

一般的な為替の原理と共に「経済鎖国論」まで踏み込んだ議論をしたいものです。

今日は、とりあえず、このスレッドのUPとします。
メンテ
経済学の勧め <基礎を振り返る ( No.93 )
日時: 2010/07/20 13:19
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:I6KA8xCk

(資本主義経済論)

これからしばらく資本主義の展開する様相を説明しますが、何分に素人ですので、自分話しの都合の良い部分だけの抜書きになります、専門知識のある方は加筆訂正してくださるよう御願いします。

今から250年も昔、ヨーロッパで起こった産業革命により活気つく経済活動は、やがてアダムスミスなどにより資本主義経済の理念を醸成して行く事になる。

当時の想定する理想的経済人とは、「自らが最も優位性を持つただひとつのモノを生産することに特化する人間」であり、「分業によって技術革新がおこなわれ、労働生産性が上昇することによって富(生産物の増大)は生まれる」と考えた。

この点、よく統治された社会ではその最下層まで富裕が広く行き渡るが、それを可能とするものは分業に他ならないとスミスは語っている。

分業によって支えられている労働はすべてのものの価値の根源でもあり、その尺度でもある。
そして、人間の利己的本能と利他的本能は全能の神が人間創造のとき、人間の幸福のために与えたもの。これらを発揮することによって人間は最も幸福になる。言い換えると自分の利益を追求した経済活動(競争)はみんなを幸せにするという「公共の善」をもたらす。しかもそれは自然に実現する。→「神の見えざる手」と言う言葉で現されている。

また政府は余計な介入をしてはならない。市場を「自由放任」の状態にしておかねばならないと経済自由主義を唱えた。
その後の資本主義の研究はまず「需要と供給の関係」について色々と分析が進んだ。競争市場では、需要と供給が一致することにより市場価格と取引数量が決定される。

最初で一番単純な需要と供給の法則。

(1) 価格が下がると需要は増える。
(2)価格が上がると供給は増える。
(3) (1)と(2)より、需要と供給がバランスしたところで価格が決まる。

ところがこの方式は、現代社会では色々と矛盾を含んでいることに気がつきます。
少し先走ったところまで行きますが、

最初に考えられた、需要と供給の法則’は、農業が産業の中心で、製造業、サービス業が未発達で市場経済も未成熟だった19世紀以前には、説得力がある原理だったかもしれません。
かつては供給(農作物の収穫量)は、気象条件など人間が制御できない要素で決まってしまいました。また、不足した物資をとなり町や隣国から取り寄せるということもなかなかできませんでした。

しかし、これを21世紀の今、グローバル競争の中、流通網の発達と共に市場は途方もなく拡大しそのまま「市場経済の根本的な原理」としておく事は出来なくなっている。
つまりは、自由な経済活動が「公共の善」をもたらすと言う「神の手」が信じられなくなってきている。

また、音楽や文字・映像など情報産業の生産物はそれぞれCDや本・ビデオなどに記録されて販売されています。そしてCDメディアや紙・ビデオテープには需要に応じていくらでもコピー、印刷できます。その結果他の生産物のようには需要と供給の関係が成り立たない。


つづく。
メンテ
経済学の勧め <基礎を振り返る 2 ( No.94 )
日時: 2010/07/20 13:24
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:I6KA8xCk

前のレスでいささか結論を先に言ってしまた部分があります、古典的な段階で、需要と供給の関係だけでも下記のような理論が模索されていました。

「セイの法則」

セイの法則とは、「供給はそれ自身の需要を創造する」と要約される経済学の法則。あらゆる経済活動は物々交換にすぎず、需要と供給が一致しないときは価格調整が行われるということを前提に、供給が増え供給超過になっても、かならず価格が下がるので、結果として、需要が増え、需要と供給は一致する。それゆえ、需要(あるいはその合計としての国富)を増やすには、供給を増やせばよいという考えである。

「限界効用」

ある財の消費を1単位増加した場合の消費者の効用(満足)の増加分。限界効用学派によって初めて唱えられた概念。古典派経済学においては,水のように貴重であるが安価なものと,宝石のように生活に不可欠ではないが非常に高価なものの相違を説明するのに価値と価格の二元論を用いていたが,この限界効用の概念を用いることによって一元的に説明されるようになった。すなわちこの相違は,財全体から受ける効用と財がさらに1単位増加したときに増加する効用(限界効用)の違いであり,財の需要価格は限界効用により決ると考えた。このような限界概念の発見はそれまでの経済学に革新的な変化を与え,近代経済学の基礎となった。(→限界効用均等の法則。限界効用逓減の法則)

ある種の財何単位かが一定の欲望充足のために消費される場合,最後の1単位の財から得られる追加的な心理的満足(効用)。marginal utility▽財そのものの特質だけできまるのではなく,財の種類や消費者の趣好,さらに消費者のもつ各種の財の量的な割合などによって決定される。一般に,財貨所有量が大きいほど効用は小さくなる。
以下 ウィキペディア(Wikipedia)からの引用を書きますが、読み飛ばされるのが宜しいかと思います。

(限界効用逓減の法則)

投機的な目的を除けば、人が消費できる財の消費量には限度があるのが普通である。(最初の1杯のビールは美味いが、飲みすぎれば飲みたくなくなる。空腹時には1杯の白飯も美味いが、いずれ他のおかずも欲しくなるだろう。)
一般的に、財の消費量が増えるにつれて、財の追加消費分から得られる効用は次第に小さくなる。これを限界効用逓減の法則(げんかいこうよう ていげんのほうそく)、又はゴッセンの第1法則という。

(限界効用均等の法則)

人は、効用を最大にしようと合理的に行動(効用の最大化)するものと仮定されている。(上の例では、人が白飯よりもおかずが欲しくなるのは、限界効用逓減により、白飯の限界効用がおかずの限界効用を下回ったためと解釈できる。)人は少しでも限界効用の大きい方を選択(選好)し、その財の限界効用はより小さくなる。結果として、各財の限界効用はすべて均等化されることになる。

財は貨幣で購入されるため、貨幣1単位で購入できる財の量は価格により異なる。(即ち、価格の逆数''になる。) 貨幣1単位で得られる各財の限界効用は、財の限界効用 × 価格の逆数(即ち、財の限界効用と価格との比、加重限界効用)になる。人は少しでも(加重)限界効用の大きい方を選好し、結果として、各財の(加重)限界効用はすべて均等化されることになる。これを、限界効用均等の法則(げんかいこうよう きんとうのほうそく)、又はゴッセンの第2法則という。


以上、経済を勉強されている方には、イロハの文字を教えるようなものですが、共通の認識のために復唱しました。
メンテ
? ? ? ( No.95 )
日時: 2010/07/20 14:08
名前: 天橋立の愚痴人間

続きまして、ここから古典派経済学(セイの法則重視)と新古典派経済学(限界効用説重視)へ分かれて行く過程、さらにはケインズの登場と、現在の自由主義経済論への経緯を説明しなければならないのですが、前に集めた資料が散逸してわかりません。

これは為替の発生源である、国家間の経済関係(貿易)との意味合いへつながります。
と言うことは、為替の概念自体、色々と考えられるのだはないかと思います。

このあたり、特に満天下さんに御助けを願いたいものです。
メンテ
Re:経済学の勧め・・・ ( No.96 )
日時: 2010/07/20 22:49
名前: 満天下有人 ID:w3To7.zA

・・・これはこれは大変な勉強を始められましたね、ご苦労様であると同時に、知らない分野については、やはり積み上げてみないと分かりませんから、がんばって下さい・・・

・・・現在の事象が分からなくなった時、よく古典に遡れと言われます・・・

だが文学や哲学の場合は、現代が忘れていることについて、煌めくような精神を往々にして発見しますが、経済学の場合、とくに古典学派の場合、マルクスとケインズ理論の一部をを除けば、ほとんどが現代に当てはまらないものばかりですね、与件が変わってしまいましたから・・・

・・・ただ古典派から新古典派に至る過程であれ何であれ、その理論に経済「哲学」なるものが土台に座っていないと、単なる事象の分析論に留まってしまいます・・・

アダムスミスがいみじくも富とは、継続する人間の労働によって生み出されるものであると言ったことは、現代でも忘れてはならない真理であると思います・・・経済は所詮供給と需要であると言っても、それを担っているものは誰かということです・・・

・・・勿論、担い手である労働価値といえども、その供給と需要によって再生産が左右されるわけですから、セイ以降の限界効用学派がそこを重点に理論を打ち立てて来たわけですが、得てして均衡点の分析が目的化してしまい、(経済)価値の担い手とその価値実現が「社会的な」ものであるべしの視点が往々にして抜けて行くものです・・・

・・・実は私も経済理論が、マクロ経済とミクロ経済に分類されていることを知ったのは最近のことです・・・若い頃はマルクス経済か近代経済学かという分類の時代でした・・・

そして近代経済の概念は、限界効用説による需給の均衡点分析に重点がおかれ、社会関係としての経済論ではありませんでした・・・

・・・記憶に残っている部分だけで申せば、後に東大総長になられた大河内一男さんが打ち立てられた社会政策経済学などは、経済の社会関係に重点を置かれ、この系統に入る大学では東大、京大、九大・・・資本主義の前提に立って限界効用説から景気循環の分析に重点を置いたところでは、一ツ橋、阪大などでした・・・

・・・今や金融経済の時代になってしまいましたね・・・貨幣数量とその回転スピード分析が経済学の中心になってしまった観ありです・・・

その延長線上に為替があるわけですが、為替理論にも色々あるようで(笑)、
しかし理論と現実は大きくかけ離れている、それが市場における現実です・・・。
メンテ
経済学の勧め <基礎を振り返る 3 ( No.97 )
日時: 2010/07/21 15:47
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:vSacdtyM

下記のような著作が出ています。
佐伯啓思 「アダムスミスの誤算−幻想のグローバル資本主義(上)」 PHP新書
 グローバル資本主義の祖(と思われている)アダム・スミスが実は(今日で言うところの)グローバル資本主義に批判的であったのではないか、と主張する本。政府の規制の象徴である重商主義を批判し、自由放任経済を主張した、といわれているアダム・スミス。しかし、これは貨幣に対する不信感から出てきた主張であり、彼自身は「土地と労働への投資」が自然な姿である、と主張していた、とこの本では主張する。

 「土地と労働への投資」と聞くとなんだか、日本的経営論でよく言われたの「土地神話」「従業員主権」何かをイメージしてしまうけれども、(この本で力点が置かれている)アダム・スミスはそんなバブルの勧めをしているわけではもちろんない。貨幣という「信用」の上にのみ成り立つ虚構のものよりも、確実なものとしての土地や労働に対する投資の方が自然の姿であり、望ましいと考えられていたと言うことである。この観点からすると、日本のバブルは「土地」を不確かなものとして扱ったが故の産物であるといえよう。そして「土地」に対する信用が崩れた後がまさしく現在の日本の姿だといえるのだろう。

 貨幣が信用によって成り立っているのは、確かにその通りであり、それが時として猛威を振るうのは、アジア通貨危機などをみても明らかである。ただ「信用」がないと、取引の際の費用や情報探索コストがかかって仕方ないだろう。つまり、信用はありすぎても、なさすぎても困るものなんだろうと思う。今(2000年冒頭)の株式市場を見ていると、IT関連は信用が集まりすぎ、逆に重厚長大型は信用がなさ過ぎのような気がする。まあ、ぱっとみの感想にしかすぎないけれど。

(引用終わり)

アダムスミス以降展開されてきた経済学は先に紹介した「セイの法則」や「限界効用説」を根拠に「古典派経済学」、「新古典派経済学」と言われるものに大きく分かれて行きました。

その過程で問題となっている事に、普通、我々一般人が「需要」と「供給」と言う単純な概念、それに「神の見えざる手」と言う単純な思い込みによる経済の有様とは随分と異なるものがあります。
表記の著作は、アダムスミス自身も予想してない要素があったということであり、我々が簡単に把握できるものでもないのでしょう。
その一端を「重商主義」と言うキーワードで見てみたいと思います。

続く
メンテ
経済学の勧め <基礎を振り返る 4 ( No.98 )
日時: 2010/07/21 15:49
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:vSacdtyM

http://homepage3.nifty.com/tkubota/kotenha01.htm
松田広島大学助教授

「古典派の経済学」

 古典派の主張の中心点は、貨幣が経済の実体面に影響を持たないということである。古典派の経済学は、貨幣の不足による需要の不足を否定した。それをもっとも簡潔に示したのが「セイの法則」である。すなわち、「供給はそれ自らの需要を生み出す」という命題である。セイは需要を経済循環の視点から見た。供給をした人は何かが欲しいから供給をしたという理解が基礎となっている。生産がなされればそれと同額だけの所得が生まれているはずだとすれば、供給があればそれと同額の需要があるはずだという考え方である。

 もし貯蓄がなければそれは正しいが、現実には貯蓄がある。しかし、その代わりに投資というものもある。貯蓄されたために消費されなかった分だけ需要が少ないが、その分だけ投資需要があれば作った分だけ売れることになる。セイはそこまで議論している。

 古典派は供給だけの需要が生まれると主張したが、その根拠は利子率による貯蓄と投資の一致である。縦に利子率、横に貯蓄と投資をとって図を描いてみよう。古典派は利子率が上がると貯蓄が増えると考える。将来多く消費できるのなら現在の消費をがまんするだろうという考え方である。また古典派は投資は利子が下がれば増加すると考える。返す金利分が少なくなれば、採算に合う投資が増えて来るという考え方に基づく。その貯蓄と投資が等しくなるようなところで利子率が決定されると主張するのである。

 その結果、作ったものは必ず売れるということになる。需要不足による不景気は起こりえない。では古典派の経済学では生産量を決めるのは、いったい何か。古典派は、労働市場において労働の需給が一致するところで生産がなされると考えるのである。常に完全雇用が成立し、失業は自発的失業と摩擦的失業のみ存在することになる。

 労働市場で、雇用量と実質所得が決まるこのような経済では、貨幣は経済の実体面に影響を持たない。貨幣と実物経済とは別に考えることが可能である。これを貨幣と実物の2分法という。古典派は、貨幣を経済の実物面をわかりにくくするベールであると考えた。これを古典派の貨幣ベール観という。古典派の経済学では、貨幣は物価を決める働きしかしていない。

 古典派の物価理論を貨幣数量説という。貨幣量が2倍になれば、物価が2倍になるという考え方であるが、これにはフィッシャー型とケンブリッジ型の2つのタイプがある。
 まずフィッシャー型から説明する。貨幣数量説的な考え方は非常に古くからある。フィッシャーの議論は、その歴史の最初ではなく、むしろ最後の方に現れたいわば集大成である。フィッシャーは取引の二面性に目を向ける。

 すべての取引には片一方には財・サービスが、もう一方には貨幣がある。取り引きされた財・サービスの総額=手渡された貨幣の総額という式が成立する。取り引きされた財・サービスの総額は取引量×物価水準である。貨幣の流通速度を貨幣が一年間に平均して人手をわたる回数と定義すれば、取引に使われた貨幣総額は貨幣量×貨幣の流通速度となる。
 古典派の考えでは、取引量は経済の実体面から決まってくる。貨幣の流通速度は取引慣行が変わらなければ一定と考える。そうすれば、結論として、貨幣量が2倍になれば物価は2倍になると考えられる。

 ケンブリッジ型では、そのような取引慣行ではなく、貨幣需要を考える。人々が所得に応じて、その一定割合の貨幣を保有すると考える。その割合を示す記号kを、ケンブリッジの教授の名を冠して、マーシャルのkと呼ぶ。kは一定で、生産量は経済の実物面から決まってくる。ここでも貨幣が2倍になれば物価が2倍になると結論できる。
 取引慣行が一定なら、取引量と生産量とは比例関係にあるだろう。フィッシャー型で取引量の変わりに生産量を使う型もある。そのとき貨幣の流通速度を所得流通速度という(取引量を使った場合、その流通速度を取引流通速度という)。マーシャルのkは、所得流通速度の逆数となる。

 この2つの型の貨幣数量説は、式の上ではあまり違わないように見える。しかし、ケンブリッジ型では、需要という個人の意志が表面に出ている。その点がフィッシャー型の単にそのような傾向があるという主張と違っていることに注意が必要である。

続く
メンテ
経済学の勧め <基礎を振り返る 5 ( No.99 )
日時: 2010/07/21 15:51
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:vSacdtyM

http://www.ne.jp/asahi/british/pub/econ/neoclassic.html

「新古典派経済学」

現在米英で主流派といわれる考え方。この学派はその根源をアダムスミスにまでさかのぼることができる。競争によるパレート最適、およびそれに付随するウェルフェアマキシマムを強調する。市場原理に基づいた競争が、諸要素の適正配分を促し、かつ技術の発展をもたらすというもの。現在の世界銀行及びIMFもおおよそこの考え方に乗っている。イギリスではこの考え方が、サッチャリズム=新保守主義のもとでの規制撤廃・民営化をバックアップした。

開発経済にあてはめた場合、途上国の政府はその介入範囲の狭小化を迫られることになる。つまり、国家的支援や国営企業、地場産業育成のための各種補助金などを切り捨て、自由競争・自由市場をモットーとする「小さな政府」となることが要請されるのである。もちろん国際経済の中にあっては、輸出・輸入ともに開かれたものとなる。経済的側面において政府に与えられた役割は、Market Failure、いわゆる「市場機能の欠落」部分に関しての修正のみである。市場機能が欠落する分野というのは、教育・福祉などの公共財や、市場原理を取りこめない自然独占状態についてである。(独占という状態は基本的に許されないが。)また、市場原理が望ましくない結果をもたらす場合(下記郵政行為を参照)や市場原理とは関係のない外部要因(環境汚染など)について管理・規制することが認められるのみである。

ここで想定される開発経路は、外資企業による直接海外投資によってである。安い労働力はそのまま比較優位となって、外資企業を誘致する。直接海外投資は資金のみならず、技術やR&D施設、ノウハウなども包括するので、これにしたがって開発がすすむ。ただし、これは企業行為の現地化が必要事項となる。現地経済と切り離された外資企業の経済活動は、ローカル企業に技術の移転を及ぼさず、現地経済を刺激することもないからである。
この考え方を、わかりやすく説明すると下のようになる。

八百屋の主人のぼやき

「まいったね、向かいのスーパーが安売りを始めたってさ。客がとられちゃたまらん。こっちも安売り始めなきゃ。ますます利益がさがっちまう*1。こりゃ経営を見なおして、ムダを省いて*2、新たに仕入先を見つけなきゃいかんな。新たなサービスも始めるか…。こうも競争が激しいと、いつつぶれるかわからんしな*3。隣町の魚屋はスーパーに負けて店をたたんじまったっていうし。」

おばさんのつぶやき

「スーパーが安売りを始めたおかげで、八百屋さんのお野菜も安くなったわ。やっぱり競争がないとダメなのよね。八百屋さんも新鮮なものをそろえるようになったし、種類も増えたわ。もし、郵便局が民営化されたら、宅急便と競争するようになって、郵便料金も安くなるのかしら*4」

先進国企業の戦略

「まいったな〜。この国では最近、パートですらも高い給料あげなくちゃいけないから、人件費が高くついちまう。このさい、どっか給料安くすむところに工場を移すか。*5」

途上国の政府の希望

「どっかおかね持ってる外国の企業さんがうちの国に来てくれないかな。そしたら、うちの国民働かせて給料がっぽりもらうのに。ついでに機械の扱い方とか教えてくれたらいいな。だって、うちの国民まだそういうの慣れてないし。もしそれで教育してくれたら、今度はもっと高い給料もらえるようになって、また別の企業が“安くて質のいい労働力”を求めてこの国に入ってくるに違いない。*6」

*1 市場競争は売主の不当搾取を不可能にする。つまり、価格競争があるところでは下手に高い値段をつけるとほされてしまうのだ。
*2 市場競争は、恒久的に技術革新を要請する。経営の合理化と新規戦略の提案は競争力を維持するための基本的要素である。
*3 市場競争においては、つねに破産および赤字のリスクが伴う。これと対照的なのが国営企業である。例えば、林野庁の膨れ上がった赤字は有名であろう。このように赤字のリスクが破産に直結しないところでは、放漫な経営になりがちである。
*4 一時期話題になったのが郵政省の民営化である。ここでのポイントは、郵政省が黒字運営であること。および、離島・山岳奥地地帯への配達義務である。まず、黒字運営の状態ならば当面民営化の緊急性は薄い。ほとんどの場合、民営化はその放漫経営が問題化されてから議題にあがる。次に、経済的視点からすると離島・山岳奥地地帯への配達は理に適うものではない。50円のハガキ一枚のために郵便ボートを走らせたり、山奥に入っていくのは大幅な赤字原因となる。現在郵便行為が国営に限られているのも大きくはその理由による。
*5   比較優位とは、もともとリカルドが考えたもの。経済をやった人なら一度はワインと布の話を聞いたことがあると思う。
*6   政府の役割は制限的なものになるので、ここでの政府は全部希望を愚痴るだけということになる。積極的な外資企業誘致は、政府の恣意的価値観が介入するので好ましくないとされる。

続く
メンテ
経済学の勧め <基礎を振り返る 6 ( No.100 )
日時: 2010/07/21 15:54
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:vSacdtyM

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=18452
「るいネット」
スミスの批判する重商主義とは、つまり富とは貨幣であるという考え方です。そして、当時、外貨(金銀)をいかに獲得するかが重要な国家のテーマであったわけです。スミスは、国富の基盤をこうした貨幣という不確かなものに据えることを批判したかったわけです。そして、確かな富とは、土地に根ざした労働生産物であるべきだと考えたのでした。土地を所有するということは、その土地に責任を持つことを意味します。そして、そこから貴族に特有の徳、すなわち、勇気、知恵、深慮、寛容が成立していたのでした。つまり、スミスが求めたものは、市場経済の確かな基礎であったのです。

 さらに、スミスは、人はもっとも確実で安全なところにまず投資し、その順序は、農業、製造業、そして最後に外国貿易の順序になると述べています。つまり、これが自由な経済活動の帰結であり、要は、スミスは、国内経済を重視するがゆえに重商主義を批判したわけです。ここで、「神の見えざる手」のくだりについて考えてみると、つまり、スミスは、自由にすれば当然国内に投資をするだろうということを述べたかったのではないかという帰結に至るわけです。スミスにとって、貿易とは、余剰生産物の交換にすぎなかったのです。

 アダムスミスの述べた「神の見えざる手」が、当時の時代背景や思想的背景を無視して、現代において一人歩きをしているという点です。当時スミスがもっとも言いたかったのは、地に足のついた経済基盤によるべきだという点です。しかし、現代の市場は、株式市場を始めとして、ますます投機的な要素が増大し、人々の感情によって大きく変動するものとなっており、正にスミスがもっとも批判したかったものそのものとなっているわけです。現代においてスミスがいたら、まさかこんな市場に経済をゆだねるべきだとは絶対に言わないでしょう。
 近年のアメリカの好景気は、金融業やIT産業に対する過剰な期待によって支えられています。いずれの産業も不確実な要素の大きい産業です。また、経済活動においては、市場のおける自由競争の原理が強調されており、そのとき引き合いに出されるのがアダムスミスの「神の見えざる手」です。実は、不確実なものを経済の基盤に置くことを批判していたアダムスミスのの言葉が、彼の批判した経済活動のありかたを助長するための引き合いに出されているということになります。
 
 日本ではアメリカの成功(?)にならい、アメリカの後を追う形で、IT産業に活路を見出そうとしています。その期待は過剰ともいえます。また、日本では90年代に起きたバブル経済の崩壊の教訓を生かせと言われています。しかし、IT産業によせる人々の過剰な期待は、まさにあれだけ痛い目を見たバブルの再来を期待しているようにみえます。

 このような状況をみれば、アダムスミスは、おそらく「もっと地に足をつけた経済活動をしなさい。」と批判するに違いありません。

(引用終わり)

これは先に紹介した、佐伯啓思 「アダムスミスの誤算−幻想のグローバル資本主義(上)」 に関連する記事である。

言われているように、スミスが考えた重商主義批判というのは、当時の経済活動が帰結として国家の富の増加に重きが置かれているのに対して、万民による万民のための経済活動の開放を目指したものである。

それも確かな「富」とは土地に根ざした労働生産物であるべきだと言ったように、経済活動を人間社会がそれまでやってきたように始原的な「需要」と「供給」を想定していた。
勿論、それは科学技術の進歩による生産性、運搬手段の発達により、想定外の現象が生まれることは予想できなかったことは認めなければならない。

その矛盾を突いてと言うか、補って展開したのが「新古典派経済学」ぼ流れである。
しかしながら、もともと曖昧な認識である「見えざる神の手」の部分については何の検証もしてないところに「新古典派経済学」の末裔の身勝手さがある。

結果、アダムスミスが目指した経済活動の主役を国家(少数の支配者)から一般の民衆に移そうとした本来の意義をないがしろにして、経済の主役を巨大資本にすり替えたのである。
アダムスミスの頃は、自由と思われる国民の経済活動の成果が行き着くところ国家(支配者)へ集まっていた。

現在は同じように一般民衆は、それ(資本主義)を信じて経済活動に勤しんでいるが、その富の多くは、結局一部の資本家へ集まっている。
これは社会科学としての近代経済学の大きな瑕疵である。

続く
メンテ
経済学の勧め <基礎を振り返る 7 ( No.101 )
日時: 2010/07/21 15:58
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:vSacdtyM

ところで、先に紹介した広島大学助教授は下記のように言われている。
http://homepage3.nifty.com/tkubota/kotenha01.htm

「マクロ経済学の発生」

 国民所得決定の理論はマクロ経済学の中心問題である。1930年代には大不況の時代があった。映画「モダンタイムズ」などでその頃のムードを知ることができる。マクロ経済学はそのような状況を背景に生まれてきた。

 1936年に出版されたケインズの『一般理論』がその契機となった(Keynes, J.M., The General Theory of Employment, Interest and Money, Macmillan, 1936)。第2次世界大戦後、ケインズ経済学が学界で一般に広く普及した。1950年代、60年代は、ケインズ経済学の時代であった。

 その後、1970年代に新古典派経済学が支配的になって、状況は変化した。この2つの学派で失業問題に関する意見の相違がある。

 失業を3種類に分業しよう。自発的失業、摩擦的失業、非自発的失業の3つである。自発的失業とは賃金が低いから、それで働かないという失業である。そのような失業は別に問題ではない。摩擦的失業とはリクルートのための失業である。これは転職する先が十分にあるのなら問題にする必要がない。政治的に問題になるのは非自発的失業である、すなわち現行の賃金で働きたいと思っているのに職が無くて失業している状態をさす。

 非自発的失業が存在するのならば、政治的に対応が必要である。新古典派経済学は非自発的失業の存在を認めない。現在は、1990年代の不況で、ケインズ経済学が少し見直されつつある。マクロ経済学の教科書では、短期にはケインズ経済学、長期では新古典派があてはまると整理しているものが多い。この講義では、この2つの立場の両方を説明する。

 景気の変動はかなり古くから知られていた。そのような景気変動の説明として、貨幣の不足説がある。つまり、貨幣が少ないから不景気で、貨幣を増やせば景気が良くなるとい
う説である。経済学はそのような説を否定するところから始まった。

 ケインズ経済学が批判の対象とした理論を古典派の経済学という(経済学史の用語法から言えば、これも新古典派経済学である。マクロ経済学では、新古典派という場合、ケインズ以後の精緻化されたものだけを指すことが多い)。


(引用終わり)

満天下さんが指摘された下記の言葉につながって行く。

>・・・記憶に残っている部分だけで申せば、後に東大総長になられた大河内一男さんが打ち立てられた社会政策経済学などは、経済の社会関係に重点を置かれ、この系統に入る大学では東大、京大、九大・・・資本主義の前提に立って限界効用説から景気循環の分析に重点を置いたところでは、一ツ橋、阪大などでした・・・

「社会政策経済学」と言う言葉に興味を引くし、ぜひ内容を知りたいものである。


最後に、

以上長々と説明しましたが、問題の「為替」の概念にも、同じように始原的な為替の概念と、新自由主義的に使われる為替の概念があり、少なくとも、現在我々が抱いている為替の概念に、そのまま拘る必要はないのではないでしょうか。


この項終わり。

もし全部読まれたら、
誠に、誠に、御長読ありがとうございました。
メンテ
「神の見えざる手」の問題 ( No.102 )
日時: 2010/07/21 16:37
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:vSacdtyM

近代経済学は「神の見えざる手」について何の言及もしていない。
アダムスミスの頃の「神の手」は、それでも万民がかすかに意識できるものであった。

経済学においては、その「神の見えざる手」が最大のテーマであらねばならぬはずである。
それを、スミスが、その言葉で逃げたのを幸いに、以降すっと解明から逃げている。

一方で世界の国家は自らを、民主主義国家であると定義し、福祉国家と自称してはばからない。
経済における「神の手」は、その言葉通り世界の国家の上に君臨し、ひたすら巨大資本に使える僕を増やしている。

国家は、その後始末をするのに大わらわの状態である。
それも、神ならぬモンスターの手にかかれば国家の矜持も限界を示している。

およそ人間の手に成るもの、科学でさえもタブーを合わせもっている。
すなわち「人間のコピー」であり
「細菌兵器」の開発である。
倫理、道徳には刑法がある。

経済の世界で「神の見えざる手」は何故放置されているのであろう。
現世の信者達が、独占禁止法などの防御手段を講じることはあっても、教父である経済学者には何の呵責の念もない。

現代経済学者の卑劣さは、カルト教団の首謀者と同類である。
厳しく経済界の怠慢を問う。
メンテ
Re:経済学の勧め・中間差入れ・・・ ( No.103 )
日時: 2010/07/22 07:59
名前: 満天下有人 ID:zmQjlWTg

・・・アダムスミスに始まる古典派経済、そこから色んな学派が分化して来たわけですが、一国の富は領主や王が創り出すものではなく、当時の中世から近世への転換期における生産関係上、富は農地や資本設備に投下された労働の生産物であると規定、これがマルクスの、より精緻な労働価値論を生むことになる・・・

一方、生産物の、そしてそれによって創出される富の分配、これもマルクスが剰余価値概念の構築によって、資本的生産様式では付加価値分配を歪める本質的な欠陥があるとし、同時に商品という形態を通じて価値が実現されるとき、その価値はどのような方法で決められるのか、つまり価格は何によって決まるのか、そこを重点とする学派が供給と需要の関係、それも人間の満足度による効用によって決まるとする、限界効用学派が分岐して来る・・・

・・・限界効用学派の需給論は、ある意味、人間が本来的に持つ意志の選択、それは時々に変化するものであるから、その意味でスミスの「神の見えざる手」の概念に通じるものがあります・・・

人間を制御することは不可能である、故に放置しておけ、自由にさせておけ、その行為が社会秩序を壊すなら法によって処罰するしかない、衆愚というものはさような存在であるからという、現代版思想の大御所がハイエクですね・・・

・・・古典経済は、この二つの大きな学派に分化されて来たわけですが、逆に言うとスミスの国富論は、二つの大きな命題を含んでいたと言えます・・・

・・・人間が生存に必要とする財、それは商品なる形態によって供給されるから必然的に「貨幣」の需要を発生させる・・・これはマルクスが価値概念で、価値&#10141;使用価値&#10141;交換価値の概念で論理的に証明しているところですが、同時に、この融通無碍なる「商品としての貨幣」が将来、どのような暴れ方をするのかも資本論の中の貨幣論で予測もしておりました・・・現実はまさにそのようになってしまいました・・・貨幣もまた「商品として」利益を生む手段の側面が強く働き出しました・・・

・・・限界効用学派は、限界効用分析に注力する余り、そこまで分析しておりませんでしたが、しかしその延長線上で貨幣が経済を活性化させるという新理論が出てきました・・・所謂マネタリズムです、マルクスによる貨幣暴走論の予言が的中した形です・・・

・・・ご紹介の佐伯啓思はまたこのようにも言っていますね・・・経済は生存と生活の安定を確保するための組織立った活動ではなく、諸個人の能力を試すゲームになってしまった・・・

これはハイエク的新自由主義への批判であり、能力を試すゲームとは、金融市場における能力であり、まさにマルクスが予言した貨幣の暴走の実現の場が、限界効用学派を胎盤として生まれてきたマネタリズムによって実現されている・・・それが現代における経済の光景であろうと思うのです・・・

・・・混乱の中に調和が生まれて来る、そう言った先哲の名は忘れましたが、ここまで来ると、混乱は調和を生むのでなく滅亡を生むのではないかと・・・

それを誰も止めることが出来ない、なぜか、人間がそうしてしまっているから・・・神の見えざる手というより、人間の「見えざる愚」という方が、適格かも知れません・・・。
メンテ
Re 経済学の勧め・中間差入れ ( No.104 )
日時: 2010/07/22 09:03
名前: 天橋立の愚痴人間

満天下さん、おはようございます。
今日は、これでも久しぶりに早くからPCの前に座っています。

差し入れの内容、さすがに知識を良く咀嚼された解りやすい文章です。
マルクスのことも省略しましたが、初期の資本主義の理念構想に意外と貢献しているのですね。
これは大発見でした。


>それを誰も止めることが出来ない、なぜか、人間がそうしてしまっているから・・・神の見えざる手というより、人間の「見えざる愚」という方が、適格かも知れません・・・。

これが満天下さん「当代世間裏算用」スレッドの冒頭で指摘されている「経済学の怠慢」なのですね。

開放された利己心の行く末が、このようになることは解りきったこと、だから現代においてはマルクスでなくとも、誰でも予想できます。
結局のところ人類は、経済の面において1万年前の弱肉強食の時代へ逆戻りしてしまったと言うことでしょう。
まあ、人類は本質的に変わらないともいえるでしょうが。

軍事産業のためには、9.11テロや、イラク、アフガン戦争を引き起こすなどは、さらに悪辣になっているとも言えます。

西欧文明第三期と言うものは、ここ200年くらい、民主主義と資本主義の両輪により展開されてきました。
昔の、王権国家、宗教国家の形態が良いとは勿論思いませんが、このままでも良いとも思いません。
大変困難な命題ですが、何かが必要ですね。

これからは「神」のせいにしないで、人間が人間自身と対峙する必要があります。経済学と言えども。


>・・・混乱の中に調和が生まれて来る、そう言った先哲の名は忘れましたが、ここまで来ると、混乱は調和を生むのでなく滅亡を生むのではないかと・・・

その哲学者、誰か知りませんが、それは哲学ではなく、論理学、分類学の範疇ですね。

西欧個人主義というものがなかなか理解しづらかったのですが、それ故、日本人も見につけるべき良いものと思っていたのですが、最近は完全にクエッションマークをつけるに至りました。

人生における「個」の主張、なるほど魅力的な言葉でありますが、生か死かの問題、価値観の問題、情緒的な問題、物質的格差の問題の中で生きる人々全てに健全な「個」を主張させようとしても無理と言うものです。

前にも言いましたように、キリスト教圏の、悩みは神との対話で処理しましょうと言うのも現代では最早通用しません。

人間はやはりある程度は「公(共)」の意識に助けられねば人間性を維持できない人も相当いることを自覚すべきでしょう。

その方法も、経済学で言う「神の手」のごとく難解な問題のようです。
何となれば、西欧哲学者が何千年かけても、結局は誰一人現代の人類を救うことが出来ないことで証明されています。

この情報社会に生きる現代人の多くは、プラトン、スピノザ、デカルト、カント、ニーチェ、サルトルの論理を身につけていると思います。
ただ巧緻な表現力を持たないだけです。

今後のことを考えるとため息ですね。
最も、若い人たちに言わせれは、天が落ちてくることを憂いているようなものと言われるでしょうが。
メンテ
最早日本は平成恐慌と言える<菊地英博 ( No.105 )
日時: 2010/08/08 22:05
名前: 天橋立の愚痴人間 メールを送信する

以下菊池氏の文章を紹介します。

最後に「日本復活5ヵ年計画」を示されしいるところは評価したい。
だが、具体的な施策は抽象的であるし「昭和の恐慌」から反省点を求められているようだが、因果関係は想定できても、それでは本当の改革着手点は不明のままである。
それは論理が純粋経済学の範疇にあるからであると推測する。
であるので、さらに大きな側面からの取り組みが必要と思われるが、それがこのスレッドの課題である。

http://tokyonotes.cocolog-nifty.com/blog/files/kikuchi2009may.pdf

「内需創出国債」100兆円を発行せよ
もはや平成恐慌。泥沼から脱出する唯一の方策は?

菊地英博 (日本金融財政研究所所長)


 日本は既に「経済恐慌」に陥っている。輸出の激減と円高によって、昨年10〜12月
の日本の実質GDP(国内総生産、われわれの給与と企業の税引き前利益の合計と見てよ
い)の伸び率は、欧米諸国の2倍以上の低下を見せた。輸出だけに依存してきた日本経済
の脆弱性が、顕著に露呈している。

「平成恐慌」とも言える状態に陥ったのは、この10年の「構造改革」以来の経済政策が
根本的に間違っていたからだ。構造改革による内需抑制策の結果、日本は「10年デフ
レ」「10年ゼロ成長」の状況にあり、OECD(経済協力開発機構)加盟国の「相対的
貧困度ランキング」でワースト4位という惨めな国になってしまった。いまや、雇用者の
3分の1、若者では40数%が非正規社員(2,800万人)である。生活保護者は
160万人を突破し、年収200万円以下のワーキングプアは1千万人を超えた。
 ところが一方で、日本は世界一の金持ち国家でもある。個人預貯金は1,500兆円に
および、このうち、300兆円を超すおカネを対外純債権として海外に貸し出しているの
だ。

 本稿では「10年デフレ」「10年ゼロ成長」を招くに至った経済政策の問題点をつま
びらかにした上で、日本を成長軌道に戻すための処方箋を提案していく。さらには我々が
経験してきた昭和恐慌とアメリカ大恐慌の教訓から、平成恐慌を乗り越える現実的な方針
を探ってみようと思う。

経済を陥没させた「構造改革」

 日本は二つの誤った経済政策を取り入れたことで、「10年デフレ」「10年ゼロ成長」
を招いた。それは「基礎的財政収支均衡目標(2011年度目標)」と「金融庁の三点
セットによる金融機関の締め付け(ペイオフ、時価会計・減損会計、自己資本比率規
制)」である。そのベースとなったのが、新自由主義・市場原理主義という「伝染病」だ。

 伝染病に罹患した政府与党は「小さい政府」「均衡財政」「消費税引き上げ」という三つ
のドグマに陥った。結果として現在の日本は、緊縮財政デフレ → 経済規模縮小でゼロ成
長 → 雇用減少 → 税収減 → 増税(既に定率減税廃止)→ 消費税増税という「悪魔の縮小
均衡」の状態にある。抜本的な政策の変更がなければ、「20年デフレ」「20年ゼロ成
長」へ向かって一段と深刻になるであろう。

 そもそもデフレとは、物価が継続して下がることである。最も的確に総合的な物価動向
を表す指標はGDPデフレーターというもので、年率2〜3%のプラスの時、経済は健全
だと言える。


 97年、当時の橋本内閣が財政改革を断行。所得税と消費税を引き上げ、公共投資を大
幅削減した。この緊縮財政によって、一挙に需要は抑制され、結果として株価は暴落。多
額の株式を保有していた大手銀行は自己資本が減り、大掛かりな信用収縮を引き起こした。
この「平成金融恐慌」が起きた翌年の98年からGDPデフレーターはマイナスとなり、
デフレが始まった。

 橋本内閣の後を受けた小渕内閣は、98年から99年にかけて金融安定化政策(不良債
権処理)と景気振興策を実施。これにより99年度にはGDP成長率がプラスに転じ、
2000年度には税収が50兆円台に戻るなど、日本経済はいったん、息を吹き返そうと
していた。

 ところが01年4月に成立した小泉内閣は、「構造改革」という美名の下に、財政・金
融両面で典型的なデフレ政策を強行。成長軌道に乗りつつあった経済を墜落させてしまっ
たのだ。

 財政面では02年度に、基礎的財政収支(プライマリーバランス)を11年度までに均
衡させる目標を導入し、デフレを強化してきた。基礎的財政収支の均衡策とは、構造改革
による緊縮財政で税収が激減したために、財政支出をその激減した税収の範囲内で抑えよ
うという政策である。

 具体的に見ると、01年度から地方交付税交付金・国庫支出金の削減、02年度から公
共投資の削減が始まっている。現在まで、8年間にわたってこの方針は継続され、09年
度予算でも見直されなかった。「構造改革」が始まる前の00年度の水準と比較すると、
8年間の削減額の累計は、地方交付税交付金で、47兆円、公共投資で13兆円、合計で
60兆円になる。つまり、地方から60兆円を召し上げて、小泉内閣の緊縮財政で悪化し
た基礎的財政収支を11年度までに均衡させようとしてきたのである。

 過去8年間で都道府県別名目GDPの成長率を見ると、一部の地域を除いてほとんどの
県がゼロないしマイナスであり、都市部との格差は拡大する一方である。とくに交付税の
削減は、地方の医療費、教育費を中心とする地域の公共サービスの削減につながり、医療
崩壊を招いた主因となっている。

 金融面では、前述の「金融庁の三点セット」によって金融機関を締め付けることで、デ
フレを助長してきた。

 なかでも「時価会計」は、保有する有価証券や不動産(含む担保物件)を、その時に取
引された時価で評価しようとする方法である。時価会計の下では、株式や債券の市場価格
が上下するたびに、自己資本が変動する。株価が下がり続けている状況では、金融機関の
貸し出し態度はどんどん厳しくなり、融資を受けられない企業が続出するのは当然の成り
行きだ。こうしたメカニズムがはたらくことで、デフレは一段と悪化して行く。

続く
メンテ
最早日本は平成恐慌と言える<菊地英博 ( No.106 )
日時: 2010/08/08 22:09
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AJTtBgi6

アメリカ大恐慌のときには、1933年に政府が「金融機関に対する時価会計の適用を
停止する」と宣言し、実に93年まで60年間も継続していたのである。現在、欧米では
既に事実上、金融機関に対する時価会計の適用を凍結している。
 また、「自己資本比率規制」は、92年度から日本の金融機関に適用されている。

しかし私は、当初から「地域銀行等には適用すべきではない」と考えていた。デフレが深刻化
している時期には自己資本が減額するので、貸し出しが減少する原因となるからである。

「構造改革によって国内がゼロ成長であるにもかかわらず、その事態の大きさを隠蔽して
きたのは、「円安バブル」「輸出バブル」によるGDPの粉飾であった。政府は極端な低金
利と金融緩和策で、円ドル相場を円安に誘導し、円安・輸出バブルを演出してきたのだ。

 こうした政策によって、輸出企業の多い都心部や一部の地域(愛知県、三重県など)で
はGDPの名目成長率がプラスになり、辛うじて日本国内のマイナス成長を防止してきた。
次第にGDPに占める輸出比率は上昇し、08年では、15〜17%にも達している。

GDPに占める「純輸出」(輸出から輸入を引いたネットの輸出)の割合は、90年代で
は1%程度だったのが、07年には5%、金額として25兆円を超える水準まで上昇して
いた。

 輸出への依存度が高まっていた状況下で、昨年後半からアメリカ発の世界同時不況が起
こり、各国の株価が暴落。海外需要が激減し、日本の輸出産業は大ダメージを受けた。ア
メリカの消費ブームは既に崩壊しており、欧州やアジアでも今後は日本からの輸入は大幅
に落ち込むであろう。

 国内のマイナス成長を輸出バブルで表面だけ糊塗してきた政策は崩壊した。GDPの
5%に達していた純輸出はゼロないしマイナスに落ち込み、国内の有効需要は少なくとも
25〜35兆円の減少となっている。「輸出大国日本」は終焉を迎えた。そして日本の
「10年デフレ」「10年ゼロ成長」を招いた「構造改革」の帰結は、国内経済の陥没で
あった。

「日本復活5ヵ年計画」

 現下の「平成恐慌」から脱却するためには、どのような処方箋が必要なのか。ここでは
次のような政策を提案したい。

 第一に、制度面からデフレ要因を根絶していく必要がある。そのためにはまず、「基礎
的財政収支均衡目標」を凍結廃止し、「金融行政三点セット」の適用を廃止すべきだ。い
ずれも日本の現状にそぐわない、市場原理主義の発想による制度だ。政府は緊縮財政、増
税路線をやめ、重点投資と投資減税による積極財政へと方針を転換する必要がある。「三
点セット」の中のペイオフは、欧米では今回の金融危機を受け、首相や財務大臣が「銀行
預金は全額保護する」「銀行間の資金取引は政府保証する」と宣言しており、事実上、凍
結されている。また、アメリカは自国の金融機関が危機に直面した途端、時価会計の導入
を凍結している。金融財政システムの根幹から市場原理主義を一掃するために、三点セッ
トの凍結を法制化すべきである。

 第二に、「輸出大国」から「社会大国」への転換を図るべきである。輸出中心の経済モ
デルが崩壊した日本では、内需を拡大し、内需中心の成長産業を育成していく経済モデル
への転換が求められる。「社会大国」となるには、そのベースとして、医療や年金などの
社会保障制度を充実させ、国民全体に行き渡るしっかりしたセーフティ・ネットを張り巡
らせる必要があるだろう。経済成長が促進される中で、社会保障費の財源が生み出される
形をとれればいい。

 具体的な打開策としては、「日本復活5ヵ年計画」を提言する。これは、政府投資の
30兆円と減税枠の10兆円(投資減税、定率減税復活、消費税減税)を合わせた40兆
円(GDPの8%)の景気対策を毎年実施し、5年間にわたって継続するというものだ。
40兆円はすべて新規の財政支出(真水)とし、5年間で予算総額は200兆円になる。
景気が回復して税収が増加すると、初年度の財政支出は4年目から税収の増加額で戻って
くるので、5ヵ年計画の財源はほぼ120〜130兆円で十分である。

 新しい成長産業として育成すべき分野は、国民生活を豊かにする社会基盤・インフラス
トラクチャー(社会的共通資本)の構築、自然環境の整備、教育、医療、未来を見つめた
資源問題など、われわれ国民の生活を充実させる産業である。デフレで消沈している民間
では限度があるので、官民が一体となり、国が大きなビジョンを出すべきである。

 また、緊縮財政で極度に疲弊している地方に対して、交付税を大幅に増加し、08年度
予算で25.4兆円に落ち込んでいる「地方交付税交付金」と「国庫支出金」の合計を、
00年度の34.4兆円まで早急に戻すべきである。戻ったお金で、都市部では依然とし
て残る通勤地獄や交通渋滞の解消や、都市環境を美化し保全するための電線の地下への埋
設など、G7国で最も貧弱な社会資本を拡充していくのだ。

 この計画から、次の経済成長が期待できる(『週刊エコノミスト』09年3月31日号
に掲載された筑波大学元副学長・宍戸駿太郎氏の経済モデルから筆者が推計)。
@名目GDP成長率 年平均4〜5%(実質3〜4%)。A名目GDP金額は初年度で、
530〜540兆円、5年目で650〜680兆円。B税収は初年度、52〜54兆円、
5年目70〜75兆円。C政府の「純債務」の国民負担率は初年度で55〜58%、5年
目で42〜45%に改善し、超健全財政となる。「純債務」とは政府の粗債務から政府保
有の金融資産を引いたネットの債務のことだ。この中から医療費や年金などの社会保障費
は、消費税の増税なしでも十分支出できる。
財源はいくらでもある。


続く
メンテ
最早日本は平成恐慌と言える<菊地英博 ( ( No.107 )
日時: 2010/08/08 22:11
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AJTtBgi6

 ここまで、「平成不況」から脱却するための処方箋を提示してきたが、こうした財政支
出をするための財源はどこにあるのか。実は、政府にも民間にも財源はいくらでもあるの
だ。

 財務省は「日本は838兆円もの債務を抱えており、これはGDPの160%にものぼ
る危機的な金額だ」と財政危機を煽っている。ところが日本は世界一の金融資産を持つ債
権国である。財政はどの国でも「純債務」で見るべきであり、特に日本政府はGDPを上
回る金融資産(特別会計にある)を保有しているから、純債務で見ないと実態がわからな
い。07年末現在で「粗債務」は838兆円、「金融資産」は549兆円で、「純債務」は
289兆円に過ぎない。これは名目GDP比で52%程度であって、ユーロ地域並である。
海外の経済学者や金融関係者で日本が財政危機だと思っている人はいない。

 日本経済を活性化させ、税収が増える経済にするには、名目GDP成長率を毎年4〜
5%に引き上げる必要がある。それには政府が緊縮財政をやめて、積極財政政策に転換し、
財政支出の重点を投資項目に集中させることだ。過去の経験からみて、これ以外に税収を
増加させて財政赤字を縮小する道は絶対にありえない。

 そのための財政支出の財源を次のように考えたい。

@「内需創出国債」を80〜100兆円発行する。
 内需を創出するために、新規に建設国債を発行する。この新国債を「内需創出国債」と
名づけたい。その財源は、アメリカの国債に投資されている国民の預貯金を使う。われわ
れ国民の預貯金を、われわれのために使うようにするのだ。

 現在、日本が保有している対外債権のうち、90兆円は外貨準備として保有し、大部分
をアメリカの国債で運用している。外貨準備は一国が経済危機に陥ったときや、急に多額
の外貨が必要になったときに使うために保有している資金で、国家のために外貨を買うの
であるから、中央銀行の資金で賄うのが当然だ。

 99年9月までは、外貨準備は日本銀行の資金で調達されていた。円高対策として、財
務省が為替市場でドル買い(円売り)をするときに必要な円資金は、財務省が政府短期証
券を発行し、それを日銀が引き受けて(買い取って)調達していた。これはどこの国でも
当然のことで、国の代理として中央銀行が自らの資金で外貨を調達し、保有していたので
ある。

 ところが、99年10月から、政府は、外貨買取りの円資金調達のための政府短期証券
を市場に売りっ放しにし、主に一般の金融機関がそれを購入することになった。こうなる
と、われわれ国民の預貯金が政府短期証券の購入に充てられ、政府はこの資金を使ってド
ル買いをして円高を防いでいる。こうして、購入したドルを政府はほとんどアメリカの国
債に投資している。つまり、われわれ国民の預貯金が海外に流出して国民のために使われ
ていないのだ。これが一因で国内経済が不活発になっている。

 今回提案する方式は、政府が新たに建設国債(内需創出国債)を発行するとともに、日
銀は外貨準備のために発行していた政府短期証券を新規の建設国債と同額だけ市場で買い
取る。こうすることによって、「外貨準備は中央銀行の資金で賄う」という原則に戻るこ
とができ、「内需創出国債」は新たな国民負担とはならず、われわれ国民の預貯金で調達
されたことになる。

 外貨準備の調達資金を日銀の資産に戻せば、国民の預貯金のうち外貨準備の原資分で
あった102兆円(07年末)は、建設国債発行のためにすぐに利用可能である。さらに、
社会保障基金も大部分がわれわれ国民が拠出した資金であり、新規国債発行のための担保
になる積立金である。07年末で、残高は222兆円ある。

A個人向けに「デフレ脱却国債」を20兆円以上発行する。
 非譲渡性の預金と同じ形式の、5年ものの新国債を発行し、原則5年継続で保有しても
らう。これを「デフレ脱却国債」と名づける。購入者には5年後に無税扱いの10%の褒
賞金か、相続人が褒賞金と同額の相続税の税額控除が受けられる特典を与える。現在、大
口の相続税は土地や農地で物納されることが多い。この新国債を購入したい人に対しては、
政府系金融機関が土地や農地を担保に同額の融資を実行する。高齢者がこの融資制度を利
用して生前に新国債を購入しておけば、相続に際して税額控除を受けることが可能になる。

B特別会計の「国家備蓄金(埋蔵金)」のうち、50兆円程度を一般会計の投資項目に振
り向ける。

 特別会計内の「積立金・剰余金・繰越金」(06年度決算で104兆円)と外貨準備の
運用益(約3〜4兆円)は、本来すべて一般会計に入れて税収と同様に扱うべき利益金で
あり、特別会計に備蓄する必要はまったくない。これらを政府投資支出の財源として活用
する。また、現在財務省が考えている、「国債整理基金」(06年度決算で34.9兆円の
繰越・剰余金)の資金による既発国債の期限前買い入れ償却は止める。

 以上のようにして得た資金を政府投資にまわし、経済が活性化すれば、名目GDPも増
加して税収も増える。結果として政府債務の国民負担率(政府債務を名目GDPで割った
比率)が低下し、国債残高も減ることになる。

続く
メンテ
最早日本は平成恐慌と言える<菊地英博 ( No.108 )
日時: 2010/08/08 22:13
名前: 天橋立の愚痴人間 メールを送信する

昭和恐慌からの教訓

 我々は過去、1930年1月〜31年12月の2年間にわたり、「昭和恐慌」を経験し
ている。当時の状況を仔細に分析することで、恐慌を抜け出す光明は見えてこないだろう
か。

 平成恐慌と昭和恐慌を比較すると、類似点が多いことに気付く。第一に、両方ともデフ
レが進んでいる最中に、大蔵省・財務省の主導で均衡財政(自らのデフレ政策で落ち込ん
だ税収に合わせて歳出を削減する)を強行した「財政デフレ」であることだ。そして金融
政策はともに引き締める方針をとった。

 昭和恐慌の指導者は、大蔵省出身の浜口雄幸首相(民政党)と、日本銀行出身の井上準
之助大蔵大臣だった。30年からの2年間で財政支出を15%削減したことにより、24
年から継続していたデフレ(GDPデフレーターのマイナス)が一挙に加速した。

 平成恐慌では財務省が主導して「財政改革」「基礎的財政収支均衡策」が進められた。
また、竹中平蔵経済財政政策担当大臣は「市場原理清算型の不良債権処理」を行った。竹
中行政では減損会計を使って不良資産を増加させることで、信用不安も起こしていない
UFJ銀行を意図的に合併に追いやり、金融システムを不安定にしてしまった。さらに
01年度から公共投資と地方交付税交付金・国庫支出金(補助金)を毎年削減し続け、
8年間で27%(累計60兆円)も削った。09年度予算もデフレ促進型であり、恐慌の
終わりは見えない。

 第二に、ともに円の対ドル相場が切りあがっている。昭和恐慌では円の対ドル相場を
22.9%切り上げて金本位制(通貨の供給量を保有している金の増減に合わせる通貨制度で円を金価格に結び付ける)に復帰した。平成恐慌でもすでに円の対ドル相場は20%
前後上昇し、輸出が減少している。

 第三に、昭和恐慌では、新聞・ラジオがデフレを称賛しており、平成恐慌でもマスコミ
は構造改革と財政危機の宣伝に熱心であった。

 第四に、昭和恐慌では金本位制への復帰が、平成恐慌では新自由主義、市場原理主義が
グローバル・スタンダードであると宣伝されていた。

 第五に、社会不安が深刻化していった。昭和恐慌では「(都会の芸者置屋へ)娘身売り
の場合は当相談所へ御出下さい」(山形県伊佐澤村相談所)という張り紙が出されるほど
(1930年2月5日付、山形新聞)、国民の生活は困窮していた。浜口雄幸首相、井上
準之助大蔵大臣はともに襲撃され、デフレによる国民の犠牲とそれへの反発は尋常ではな
く、31年9月の満州事変を国民は喝采した。平成恐慌でも生活困窮者の増加が顕著で、
戦後初めての大きな社会不安が醸成されている。

 しかし、昭和恐慌は31年12月の政権交代によって終わりを迎えた。

 民政党の若槻内閣の後を受けた政友会の犬養毅首相は、大蔵大臣に高橋是清を任命。高
橋はまず、金本位制から離脱し、通貨供給量を金の保有高に関係なく、政府と日本銀行の
裁量によって決められるようにした。国民には政友会の新しい政策を発表し、「金融を大
幅に緩和すること」「政府投資で雇用の機会を増やすこと」を公約する。この時点で昭和
恐慌のデフレ心理は解消したのである。

 続いて早急に、公共投資を中心とした財政支出を大幅に増加させた。前年度との対比で
見ると、32年に22%、33年に20%、34年に12%と継続して増加させることで、
28年から4年続いたGDPのマイナス成長がプラスに転じた。物価は上昇し、国民所得
も増加。経済規模の拡大により雇用機会も増え、地方経済にも好影響をもたらした。この
結果、33年ごろからは税収も増加し始め、34年ごろから政府投資の原資を税収の増加
で賄えるようになり、国債発行額が少なくなっていった。景気振興策として国債を発行す
ると、当初の1〜2年は政府の債務負担は増加するものの、3〜4年で名目GDPが増加
し、税収が増加するので、政府債務の国民負担率は低下してゆくのだ。

続く
メンテ
最早日本は平成恐慌と言える<菊地英博 ( No.109 )
日時: 2010/08/08 22:16
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AJTtBgi6

大恐慌を救った公共投資

 一方、大恐慌を経験したアメリカは、どのようにして立ち直ったのだろうか。
 昭和恐慌が始まる前年の29年10月、ニューヨーク株式市場の株価が大暴落し、一大
金融恐慌に発展した。時のフーバー大統領(共和党)が銀行破綻を放置したので金融シス
テムは崩壊し、経済活動は停滞した。税収の落ち込みをカバーしようと石油税を引き上げ
たために、経済活動は一段と冷え込み、32年には国民所得が29年のほぼ半分にまで低
下してしまった。

 こうした最中、33年3月に大統領に就任した民主党のルーズベルトは、金融と財政面
から大恐慌を救済する政策を実行する。金融面では緊急銀行法を制定して公的資金で銀行
に資本注入する道を開き、新銀行法(グラス・スティーガル法)を制定して、銀行の株式
保有を禁止し、預金保険機構を作った。

 緊急銀行法を制定する前に、政府は7日間のバンク・ホリデー(銀行休日)を設けて銀
行の資産を洗い直し、再開する銀行と破綻させる銀行を仕分けした。銀行が再開される前
夜の炉辺談話で、ルーズベルト大統領は国民に語りかけ、「明日再開される銀行は絶対に
潰れないから、マットの下のおカネは銀行に預けたほうが安全だと私が保証しますよ」と
伝えた。翌日は早朝から銀行の前に列ができ、国民はこぞって「タンス預金」を銀行に預
けに行ったのである。この時点で「デフレ心理」は終わったのだ。

 一方、財政面では4年間も極端なマイナス成長が継続していたため、公共投資で需要を
喚起する以外に経済を復活させる道はなかった。33年から36年にかけて財政支出を毎
年のGDPと比較して平均約6%増加させ、それを公共投資に集中した。高速道路・ダム
建設、大規模な感慨工事、森林保護育成、環境改善と保全、病院・学校新設など、民間投
資では後手に回る分野を中心に政府投資を増加し、民間投資を誘引する政策を進めた。そ
れでも、民間が銀行借り入れにより投資を実行し始めたのは36年ごろからであり、デフ
レ後の民間投資の慎重さがはっきりと現れている。

 昭和恐慌とアメリカ大恐慌を振り返り、結論として言えるのは、「デフレから経済を脱
却させるためには、公共投資しかない」ということだ。また、両方とも国債を発行して政
府の債務が増えても、名目GDPは増加している。それに伴い、政府債務の国民負担率は
当初の1〜2年は増加するものの、3年目ぐらいからは低下している。つまり、景気回復
→ 名目GDP増加 → 雇用増加 → 税収増加となって、名目GDPの増加の方が債務の増
加よりも大きくなるため、政府債務の国民負担率は低下してゆくのである。公共投資・医
療費など財政の投資項目を増加させると、経済規模(名目GDP)の増加、雇用、税収の
増加となって、財政改革につながるのだ。

 1993年に就任したアメリカのクリントン大統領も、予算支出の中味を公共投資・地
域開発・教育訓練などの投資項目に集中する政策を8年間継続し、5年目で財政収支が黒
字になった。また、法人所得と個人所得に累進制を強化して、景気回復による税収の自然
増加をもたらした。

政権交代でデフレを脱け出せ

 百年に一度ともいわれる大不況下でアメリカ大統領に就任したバラク・オバマは、先人
たちの教訓に従っているようだ。

 本年1月にオバマ大統領は、総額7千億ドルを上回る規模の経済対策を発表した。これ
はアメリカのGDPの約6%に相当し、大恐慌のときにルーズベルト大統領が公共投資に
支出した財政規模とほぼ一致する。また、公共投資によって5年間で財政赤字を解消した
クリントン大統領の成功例を政策に取り入れており、思い切った財政支出と経済社会の地
盤強化政策による経済浮揚効果を狙っている。さらに、政権を支えるブレーンには、ロー

レンス・サマーズ(国家経済会議 NEC委員長)、クリスチナ・ローマー(大統領経済諮
問委員会 CEA議長)といった大恐慌の専門家をそろえている。

 反面日本では、依然として市場原理主義者が経済財政諮問会議や官邸・財務省・金融庁
内審議会に巣くっており、建設的な意見はまったく出てこない。日本の政府与党はまさに
脳死状態で、政権が変わらなければ思い切った経済政策は打てないのではないか。

 日本はいまだ、終わりの見えない不況の中にある。「10年デフレ」「10年ゼロ成長」
の原因を分析してみると、新自由主義・市場原理主義という伝染病に冒され、金融・財政
両面で罠に落ち込んでしまったことがよく分かる。

 とくに消費税増税は、市場原理型税制(レーガン型税制)の帰結であり、もし強行すれ
ば、日本は必ず「20年デフレ」に陥るだろう。新自由主義の元祖、ミルトン・フリード
マンは「税率は個人・法人を問わず、一律(フラット)が最も望ましい」という。すなわ
ち、「個人所得が3億円でも300万円でも、税率は10%にする」という主張であり、
税率が持つ所得分配の是正、社会保障制度のための累進課税を否定する。レーガン大統領
時代の82年にかなりフラットな税制を採用したアメリカは、税収が激減し、大幅な財政
赤字となり、85年には債務国に転落してしまった。

 いま日本が「10年デフレ」から脱するには、本稿で述べた「5ヵ年計画」を実行する
とともに、税制を市場原理型税制から日本型税制に改め、所得税と法人税をさらなる累進
型に戻すことが望ましい。そうすれば、景気拡大とともに自然に税収が増え、財政赤字の
縮小と財政再建が可能になり、消費税の引き下げが可能になる。

 歴史が教えるデフレ脱却の基本は、政権交代である。デフレ政策を強行してきた政権が
180度転換した政策を出すことは不可能だ。国民に対しても退任して責任を明確にすべ
きだろう。

 同時に、デフレ政策を支持してきた政府の審議会などの御用学者、マスコミによく出る
エコノミストなども総入れ替えが不可欠である。政権交代による政策と人のチェンジが、
国を救うのだ。

終わり
メンテ
菊池氏の論文を読んで <マクロ経済論> ( No.110 )
日時: 2010/08/08 22:31
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AJTtBgi6

「平成の恐慌」を宣言された菊池氏の論文紹介の冒頭で述べたように、「昭和の恐慌」の脱出方法と今回のそれは異質なものであることを認識しなければならない。

一つは貨幣の流通の状態が金本位制下の「昭和の恐慌」時とは比較にならないものであり、1国の裁量の範囲では如何ともし難い要素を含んでいることである。

もう一つは、経済の建て直しの方法であるが、当時は第二次産業所謂、製造業がまだ飛躍的発展を遂げる余地があった。
現代は経済活動をする底辺の1/3が仕事の確保が、絶対的に出来ない状態であるのである。

こういう状況で氏が言われている財政出動100兆円で具体的に何がやれるかである。
単なるバラ撒きであれば、社会をさらに疲弊させるのみである。

このことを直視しない意見は本当の解決方法ではないのである。
そういうものが、現在出てこないことを憂うものである。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.111 )
日時: 2010/08/09 12:23
名前: johnyuan2000 ID:Ptm1m8zU

天橋立さんお久しぶりです。

かれこれ半年近くのお休みになってしまいましたが、その間に情勢もずいぶん変化したようですね。私は元々民主党に批判的でしたが、その後はどうなりましたでしょうか?中国にいると細かい事情は入って来ないのでリハビリをかねて少しお話を伺わせてください。

こちらのトピには天橋立さんの最新投稿というだけの理由でお邪魔しましたが、一応『1000兆円の借金について<マクロ経済論>』というテーマなので、『新しい日本のかたち』の立場で一言:

 民主党政権が終了する事を前提に、財政をもっと拡大して消費税を上げるな。(詰まり財政赤字を拡大して、一切の均衡策を諦めろ)

と言うのが私の考え方です。

どう思われますか?

John
メンテ
ジョンさんへ ( No.112 )
日時: 2010/08/09 19:38
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:zVONs2w2

ジョンさん、全く久しぶりです。

上海の万博は賑わっていますか。
ジョンさんが民主党に批判的であった理由を聞いてみたい気持ちです。
60年間続いた自民党、官僚政治の閉塞感を打破し、新しい日本の形へ向かって踏み出せるものと思い期待していた民主党は、見る影もなく私達の心から消えてしまいました。

枝野、原口、安住など民主党の若手の実行力ついてはもともと疑問符をつけていましたが、その予想をはるかに上回る腰抜けでした。

政策の善し悪しの問題でさえありません。
この掲示板に関わらずあちこちのブログ、掲示板で彼らのことを生徒会の域を出ていないと酷評しています。
加えて、中心となるべき鳩山の軟弱さ、甘さは彼の立場まで上り詰めた人間として到底信じられません。
菅、岡田、仙石その他多数が、まず政治をやれる人間ではなかったのです。
こんな馬鹿な話があって良いものでしょうか。

最近は、何処のサイトでも、奴らのことをオリジナル民主党と言い、まとめて相手にはしていません。

それに加えて民衆の態度は、菅に60%を超える支持率をつけるかと思えば30%台に急降下させ、最近はまたまた40%台に戻るなど、一体何を基準に政治を見ているか話にもなりません。

政治を語るに、良しも悪しも自分の利害を真剣に考えて動くならまだ、政治は動けます。
小沢問題にしても、小沢の政治的信念よりも、小沢と言う政治家の出処進退を弄ぶことに興味があるのです。

菅がどのような政策を取ろうとも良いのです。
自分達が関心があることだけに目くじらを立てていて、新たな関心ごとに触れるとそっちのほうに飛びつきます。

日本人は何事につけても真剣で取り組む気概をなくしてしまいました。
民族の息吹が感じられないのです。
人間力が喪失してしまっています。

これは成人の引きこもりが70万人いることと、さらに引きこもり予備群が150万人いるとされていることでも解ります。

ジョンさんのように外国で渡り合っている人に、本家本元の日本人の愚痴を言うのは申し訳ない気持ちです。

ジョンさんが言われておられる「新しい国の形」のちなんだ、いろいろな方策なども、今の日本、日本人には、それを考える必要性も解らないでしょう。

しかしながら、政治が動かなくても、民衆が馬鹿であっても、出来る人間は将来の指標を作ってやらねばなりません。

表には出てきませんが、本当のことにチャレンジしている学者もいると思います。
政治の問題は別として、掲示板でも、何とか「新しい国の形」を追及したいものです。
最早、日本が変わるのは20年先を待たねばならないと思います。

20年先のためにも、何かの指標を得たいものです。
今日は憤怒の気持ちばかり高ぶってとりとめもない愚痴に終わりましたが、ぜひとも続きをやって欲しいものです。

満天下さんとも、一時マクロ経済のことを話していましたが、私も時間的に余裕がなく、何時も尻切れトンボになっています。
が、しかし以前から一貫して言っておりますことは、まだまだ追求したいと思っています。
メンテ
johnyuan2000さん、よく帰ってきましたね ( No.113 )
日時: 2010/08/09 19:39
名前: ボノボ ID:YfuMMqKk

長い付き合いになったもの。

元気で、ほっとしましたよ。

メンテ
ボノボさん、お久しぶりです。 ( No.114 )
日時: 2010/08/10 12:05
名前: johnyuan2000 ID:CgEoRp5A

ボノボさん、お元気そうで何よりです。

 先日、こちらの中国の友人が東京旅行にいった折、以前から頼んでおいた『芋きん』を買ってきてくれました。

 残念ながら、彼は芋きんが生ものだと言うことを知らずに、賞味期限をだいぶ過ぎてから持ってきてくれたのですが、それでも浅草の思い出を伺うには十分なお土産でした。

 生業が忙しく休み休みではありますが、またお世話になります。

John
メンテ
財政均衡政策を禁止せよ ( No.115 )
日時: 2010/08/11 08:46
名前: johnyuan2000 ID:MGAq8JBU

天橋立さん、早速のレス有り難うございます。

私はマクロ経済学については詳しくもありませんし、特に追求したいとも思っていません。

<経済が良くなる>経済学など存在しないのではいでしょうか?

『***政策をとると』その結果どうなるという予測は経済学の範疇ですが、我々の本来の仕事は『どういう政策をとりたいか?』と考えることで、それを経済学に当てはめてみても本末転倒になるだけです。


---

2年前のリーマンショックの時に『アメリカ良い国だな〜』と思いました。

当時の経済危機は日本の住専問題と同じで資産の無価値の人(債権)にモラルのない金融テクニックをつけて売りまくった事がげんいんのようです。

でもこれって、逆に多くの資産余力のない人に家を買う機会を与えたということになりますよね?

更にアメリカの個人資産はマイナスですから、要するに平均的なアメリカ人なら資産や収入に関係なく「誰にでも家を与える政策」だったとも言えるかもしれません。

--

翻って我が日本ですが、未だに世界一の純資産国です。詰まり、国民一人当たりの資産は世界最大の大金持ちですね。

ところが平均的日本人には家を買うどころか、ワーキングプアーに落ち込まないようにするのがやっとです。

死ぬほど働いて、一生懸命に貯めて、絶対に自分では使わない…これが日本人の現在の姿なのです。

--

自分で使わないから、誰かに使ってもらわないと、巡り巡って自分の収入もなくなって(経済が死んで)しまうので誰かに使ってもらわなくてはいけません。

その誰かの筆頭が日本政府で、次がアメリカ国民、その次が中国政府です。

日本の債権の量からいえば、恐らく、もう少し財政赤字を拡大して、財政均衡政策を向こう20年凍結するという時限立法でも作らないと、日本人の未来の姿はガス欠の産業ロボットのような感じに成ってしまうのではないでしょうか?
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.116 )
日時: 2010/08/11 11:52
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:M0OKv8So

>2年前のリーマンショックの時に『アメリカ良い国だな〜』と思いました。

ジョンさん独特の言い回しですね。
最も表面的な騒動に捉われずに見れば、このようになるのでしょう。

>私はマクロ経済学については詳しくもありませんし、特に追求したいとも思っていません。

と言われておりますが、上記のこともマクロ経済そのものの分析と承ります。


>我が日本ですが、未だに世界一の純資産国です。詰まり、国民一人当たりの資産は世界最大の大金持ちですね。

>ところが平均的日本人には家を買うどころか、ワーキングプアーに落ち込まないようにするのがやっとです。

>死ぬほど働いて、一生懸命に貯めて、絶対に自分では使わない…これが日本人の現在の姿なのです。

この話は良く聞くことですが、これが現実的に理解できないのです。

一つは1000兆円と言われる資金がタンス預金されている訳でもなく、何らかの形で運用されていると思うのです。
おそらくその運用先のことが問題となるのでしょう。

もう一つは、僅かな預貯金よりない人たちがおそらく人口の半分近くあると思うのです。
そうして巨額の金融資産を持っている後の半分は、家電製品は有り余るほど保有し、自動車も複数所有し、住宅は勿論、一部の人は別荘も持っている人もいます。

こういう人たちは、これ以上、そんなに消費をする必要はないのです。
最も王侯貴族のような生活を彼らに求めれば別ですが。

ですので余った資金は、さらに資金としての増殖のために運用されているのだと思います。
民間で運用している先は海外投資か先端企業の設備投資であると思います。
ですので幾ら運用されても国内の末端の経済を活性化するには至っていません。

後一つの問題は、経済的環境の格差の問題(半数がワーキングプアないしそれに近いもの)を覗けば、上層部の人たちにとって現在は何の問題もないのです。
国家としても、財政赤字の問題を除けば世界有数の実力国家なのです。
こういう意味では、日本は改革の必要などないことになります。


最初に戻りまして、

>我が日本ですが、未だに世界一の純資産国です。詰まり、国民一人当たりの資産は世界最大の大金持ちですね。

これを生かして何が出来るかを知りたいものです。
結局は国家の形の問題として国家の有様を考えなければならないことに思います。

何時も堂々巡りに8なりがちですが、それも止むを得ないでしょう。
簡単に解れば、問題になどならないのですから。



ところで、菅首相が100年前の韓国併合について新たに謝罪の意思表示をすることになりました。
このことについて、国内には賛否両論があるそうです。
私などは「今更何を言うのか」と怒りを覚えます。
賛否両論が起きることも、実に情けなく思っています。

中国人の気質では、この様なことをどのように考えるのでしょうか。
答えは、今までのジョンさんの話しから想像できますが、それでも一言聞いてみたく思います。


メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.117 )
日時: 2010/08/11 13:54
名前: johnyuan2000 ID:Ay6NqIVU

>菅首相が100年前の韓国併合について新たに謝罪の意思表示をすることになりました。
>このことについて、国内には賛否両論があるそうです。


以下の点については、もう何度も申し上げているので、簡単にお話ししますと


>私などは「今更何を言うのか」と怒りを覚えます。

同感です。この点から見ても民主党には政権能力がないことは明かです。菅首相にしても小沢氏にしても早く引退してもらいたいところです。


>中国人の気質では、この様なことをどのように考えるのでしょうか。

何も感じていないでしょう。政治的には歓迎すると思いますが、単なる社交辞令です。

巷の中国人は日本の事などもうなにも気にしていません。

元寇があったからといって、日本人がモンゴル人を敵だとか経済的脅威だとかは感じていないのと同じです。

先日、近くの大学へ新卒のリクルートにいった折、友人の教授(アメリカ人)に聞いた話では、平均的な中国学生は日本に実力で第二次大戦に勝ったと考えているようで、表面的にはUN,日本が実質アメリカ軍に破れたということを知らないそうです。

友好的な中国の隙をついて(パールハーバー同様に)中国を急襲し、中国軍の反撃される途中に武力を持たない市民を大量に虐殺して逃げ帰ったのが日本だという見方です。

帰りのタクシーの中で、シンセン市と日本とどちらが大きいか?と運ちゃんに聞かれてビックリしましたが、大体平均的な中国人の日本人観はこんなもんです。(シンセン市は面積・人工共に東京都と同じぐらい)
メンテ
民主党が「腰抜け」なのではない ( No.118 )
日時: 2010/08/13 13:40
名前: johnyuan2000 ID:5jNBdJVw




天橋立さんは民主党支持ながら、その不甲斐無さに落胆されているようですが、私はさほどに感じていません。

どんな新政党、新政権がおこってもこの様な”不甲斐無さ”は起こります。

むしろ、どんな新政権ができても、直ぐにその所信が反映出きるようなシステムが日本にないだけです。

逆の例として、アングロサクソンの連中を見れば明かです。見たことも聞いたこともない政治家が実績・指導力と関係なく、その政策・政見を主な理由として選ばれて即座に新政策が実行されますね。

日本は逆で、新政策はすべて反対、官僚は非協力、政治の話題は新政策の内容でなく、新人事のスキャンダル/実績/単なるミスをついて足を引っ張る事ばかり…。こういうことは他国の政治にもありますが日本は少々ひどすぎます。

かく言う、民主党も野党時代は自民党に同じ事をしていたのですから、別に驚くことではないでしょう。自民党の方が政権についていた時代が長かったために、それなりのコネが官僚やマスコミにできているので民主党よりも足の引っ張りあいがうまいというだけの事です。

こういうことの解決は簡単ではないですが、20年前に堺屋太一がいっていたように、団塊の世代以前の政治家・官僚・民間関係者を(民主党も含めて)全員総引退させて東京から、というか政治・行政機関があるところには近寄ってはいけないという法令でも作るしかないですね。
メンテ
クタバレ民主党 ( No.119 )
日時: 2010/08/13 18:04
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ywC/DzPg

民主党支持と言っても、それまでの自民党の理念なき官僚政治に対してNOを突きつけ新しい理念の下に政治をやってくれると思ったからであり、それは鳩山内閣が出来て1ヶ月で疑問符がつきました。

そんな疑問符が現実となって確認できるのに3ヶ月も必要はなかったです。
その時点で民主党には見切りをつけています。

要するに、奴らは口舌の徒であったのです。
鳩山の未熟さは格別のものでありましたが、前原をはじめ全ての閣僚が揃いも揃って腰抜けでありました。

藤井財務大臣にしてから、就任直後(1週間くらい)に予算編成権は財務省にあると言った発言を聞いて「こりゃ駄目だ」と思った次第です。

口先が先行して、政治家としての根性の面では、それまでのテレビでの問答から民主党の若手諸氏の実力には不安を感じてはいたのですが、これほど酷いとは、それこそ「お釈迦様でも気がつくまい」です。

半年間くらいは、それでも何とかならないかと切り捨てることをためらっていたのですが、今では「民主党」と言う党名には裏切り、欺瞞、能無しの集団の代名詞となり、全く意義を認めていません。

ただ、唯一残った小沢が何か始めてくれるのではないかと期待をしているだけです。
勿論、小沢だからと言って全幅の信頼を置ける訳ではありません。
ケチのついた民主党の名前など、もう変えて新しいイメージでやれるものならやって欲しいと思っています。


>逆の例として、アングロサクソンの連中を見れば明かです。見たことも聞いたこともない政治家が実績・指導力と関係なく、その政策・政見を主な理由として選ばれて即座に新政策が実行されますね。

もともとアングロサクソンに比べて日本人は控えめで争いを好まない民族としても、過去はそれなりにリーダーもでてやってきました。
それが現在はどうでしょう。

アングロサクソンの民主主義の表面の形だけをまねてた結果、大人しいなりにも機能してきた日本民族の意思決定の過程がなくなってしまいました。

アングロサクソンの民主主義は、アングロサクソンの厚かましさの土壌の上に培われたものであり、日本における民主主義の展開は、本家本元のアングロサクソン民族から見れば異様な光景に映っているでしょう。

現代社会考でも述べていますように、日本人は本当に不甲斐ないものとなっています。
ジョンさんも随分と長く日本を離れておられて、おそらく30年近い前の日本人感を御持ちと思います。

私自身が感じていても、今の日本人は駄目ですね。
ただし、勤勉さだけは外国に比べるとまだ随分あるので悲観的に見られないかも知れませんが、政治の分野は壊滅状態です。
こんなことを続けているといづれ国家全体の衰退に向かうことになるでしょう。
日本人の人間力が衰退してきているのです。

これはジョンさんが感じておられるよりも非常に危機的であると思います。
メンテ
国家全体の繁栄とは何でしょう? ( No.120 )
日時: 2010/08/14 13:46
名前: johnyuan2000 ID:8NpwAM16

引用前後しますがお許しください。


>私自身が感じていても、今の日本人は駄目ですね。

この辺が団塊の世代以前の方には総引退していただきたい理由です。

ダメでも生きてゆけるのが本当は良い世の中の筈で、実際そういうものを日本人は作り上げて来たではないですか?そういう状況を享受(甘える)だけで、堕落しているいる人間が多いからといって日本をダメだといいきるのは、初めから日本が嫌いだというのに等しいのでは?


>ジョンさんも随分と長く日本を離れておられて、おそらく30年近い前の日本人感を御持ちと思います。

かもしれませんし、それで良いと思います。大体高度成長終わりからバブルの時代の日本人観でしょうか?

>ただし、勤勉さだけは外国に比べるとまだ随分あるので

これは間違えです。中国人は日本人より確実に勤勉です。また、アメリカ人は報酬や目的がはっきりすれば、日本人よりがむしゃらに成るので、アメリカ人は勤勉であるといえます。

要するに、何となく誰でも同じように長時間働くと言う意味で日本人は勤勉なだけです。努力が反映しない社会ということです。


>こんなことを続けているといづれ国家全体の衰退に向かうことになるでしょう。

国家全体の繁栄とは何でしょう?また、それを追求しなければいけない意味があるのでしょうか?


(いつものように長文に成るところですが、また忙しく成って尻切れに成るかもしれないので、細切れになるのを恐れず、豆に投稿します。)
メンテ
団塊の世代擁護論 ! ( No.121 )
日時: 2010/08/14 21:05
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:TXVxZpPU

>ダメでも生きてゆけるのが本当は良い世の中の筈で、実際そういうものを日本人は作り上げて来たではないですか?

素直に言えば「ダメでは生きて行けない(福祉は別途)世の中であるべきである」と言うことで、これは大賛成です。
最近、ベーシックインカムなる言葉がもてはやされていますが、これば人間社会を崩壊させるでしょうね。

それと下記の言葉との整合性が理解出来ません。

>この辺が団塊の世代以前の方には総引退していただきたい理由です。

団塊の世代と言うのは私くらいの年代からジョンさんの年代までを言うと思いますが、この世代が東京オリンピック、大阪万博以降のイケイケドンドンの経済発展の主力でありました。

私はこの時期の政治の有様を否定しています。
田中角栄を先頭に経済的な好調(世界的にそうであった)に乗っかるだけの為政を行い、その後に起きる状況を思うことなく、その時できる根本的な政策をせずに栄華を貪り続けました。
これは団塊の世代ではありません。
明治の末期から大正時代に生を受けた戦時の人間です。

岸などをいち早く政界に復帰させるなど、先の大戦で要領よく生き残った連中が、国のために死んでいった仲間の思いを冒涜することで日本の国の形を誤ったのです。

団塊の世代達は、私もそのようであるとおり、ただ黙々と働き続けました。
ただし、政治的には団塊の世代からは英気の人材が殆ど出てないことは認めます。

しかしながら、私が憂いていますのは、失礼ですがジョンさんの年代以降の人たちの体たらくのことであります。
この世代は日本が経済的な大発展をした後、それに関わらず育った人たちなので努力と言うものがわかりません。

当然、根性がないのです。
政治家で言えば民主党の若手が全て入ります。
政治家でなくても、彼らの多くは出世欲もなく、自分のペースですごすことを第一にしています。
個性を売り物にして個性なく、向上心に変えて自由を謳い、何か難問に突き当たる毎に進路を替え社会人としては誠に信頼の置けない連中が多くいます。
それでも全体としては高給を得て生活に困らないので一人前と勘違いしています。

さらに問題なのは、その後の若い世代(30代まで)なのです。
経験的などんな辛苦を味わうでなく、頭の中だけで自由、平等を醸成してきた彼らは、生きるための行動の厳しさにも耐えることが出来ません。
これも民主党と同じで、自分の無能力を反省しないで環境のせいにして引きこもり、無責任を平気でやります。
15〜30代の引きこもり、及び予備軍は200万人と言われており、せっかくの大学で専門教育を受けておきながら、社会へ出て1〜3年で会社を辞めてしまう層も含めればまだまだ多くの若者が無気力な生活をしています。

だれもが目の色を変えて働くべしとは言いませんが、あまりにも怠惰な連中が多いのです。
彼らは普通の状態では目立つことはなくとも、仕事の上で事あると、すぐさまその正体を現します。

私の地方の建設会社の現場監督についていいますと、その会社にいる50人ばかりの監督の中で、大きな現場を仕切れる人間は殆ど50代以上になってしまいました。
皆が皆ではありませんが、出来る層と出来ない層が極端に分かれてしまいました。
昔のように技術は順調に後進に伝えられなくなっています。

昔から「最近の若いものは・・・」と言われてきましたが、それこそ最近は言葉通りのことが起きています。

>>こんなことを続けているといづれ国家全体の衰退に向かうことになるでしょう。

とは、このような状態のことを指していて

>国家全体の繁栄とは何でしょう?また、それを追求しなければいけない意味があるのでしょうか?

「国家全体の繁栄」と言う言葉で、何らかの果実を伴った社会を想定している訳ではありません。
多くの国民が安心して過ごせる、基本的な制度と民意を醸成しることが課題であると言いたいのです。


>これは間違えです。中国人は日本人より確実に勤勉です。また、アメリカ人は報酬や目的がはっきりすれば、日本人よりがむしゃらに成るので、アメリカ人は勤勉であるといえます。


これは興味を引く言葉です。
徐々にかみ締めたいと思います。


メンテ
グウタラを受け入れるということ ( No.122 )
日時: 2010/08/15 09:34
名前: johnyuan2000 ID:oSsU8oP.



天橋立さん前回の投稿にある感覚「今の若者はダメだ…」と言うのが現在の日本全体がダメな理由で、そういう方を全員虐殺するか、自主的に総引退していただくのが次の日本の第一歩だと思います。もちろん虐殺もはたまたダメな若者の虐殺もできないので、どうするか?というのが本来の「新しい日本のかたち」のテーマです。

あだ、反論の為に書いているわけではないので、以下の投稿は1回だけにしたいです。

>>ダメでも生きてゆけるのが本当は良い世の中の筈で、実際そういうものを日本人は作り上げて来たではないですか?

>素直に言えば「ダメでは生きて行けない(福祉は別途)世の中であるべきである」と言うことで、これは大賛成です。
>最近、ベーシックインカムなる言葉がもてはやされていますが、これば人間社会を崩壊させるでしょうね。

この部分よく分かりません。推測で書かせていただければ、
「ダメでも生きてゆけるのが本当は良い世の中」ー>人間社会を崩壊させる
とお考えであれば、私は天橋立さんが間違っているとおもいます。


>多くの国民が安心して過ごせる、基本的な制度と民意を醸成しることが課題であると言いたいのです。

こちらも、私とはまったく反対です。多くの国民が安心して過ごせる…と言うのは「怠惰でも暮らせる」世の中の事です。

働くのが嫌でも生活保護で生きられる。または親の層が一般に金持ちでスネかじりと遺産でなんとかなる。または、金融政策の結果収入も資産もマイナスなのに家が買える…等々、手段は違うにしても、収入や資産を得ることに真剣でない連中でも何とか生きてゆける世の中が「多くの国民が安心して過ごせる」です。

「真剣に仕事をする」「勤勉である」等の道徳観はそれがあるから政治がどう変わるわけでもないので、この掲示板全体からいえばどうでも良い問題です。

ただ、こういう道徳観が新しい世の中を作る妨げになります。

大きく言えば、道徳観=経験の積み上げと修練が必要=比較的年齢の高い人が確固たるものを持つことが多いのですが、こういう人たちはこれから死んでしまうので、これから苦労して新時代を作った結果、それを担う人たちには役に立たないというのが、我々の好き嫌いを越えて「現実」だと言うことです。

以下は読み飛ばしてください。私の考えを明確にするだけの物です。

>団塊の世代達は、私もそのようであるとおり、ただ黙々と働き続けました。
>ただし、政治的には団塊の世代からは英気の人材が殆ど出てないことは認めます。

良い時代だったのです。著名な政治家が出るということは、世の中がそういう人を必要としているということで、実際は良い世の中になる途中の場合が多いです。政治に人材がいないと言うことは悪いことではありません。




>政治家でなくても、彼らの多くは出世欲もなく、自分のペースですごすことを第一にしています。
>経験的などんな辛苦を味わうでなく、頭の中だけで自由、平等を醸成してきた彼らは、生きるための行動の厳しさにも耐えることが出来ません。

大変良いことです。出世欲を持たない政治家が悪いとは言いませんが、「***欲」にとらわれずマイペースで行くことが何かを生み出す基本です。
何かの基準にしたがって、勤勉で実践的でなくてはいけないと言うのは悪い世の中の代表例です。

>個性を売り物にして個性なく、向上心に変えて自由を謳い、何か難問に突き当たる毎に進路を替え

自由な世の中と言うのは、働く機会が平等であるだけでなく、止める機会が平等、「あいつは落ち着かない…」と言う偏見にとらわれない社会風土がる事が必要です。転々とすると信用を失うというのは、世の中が十分な選択肢を与えられていない裏返しです。


>及び予備軍は200万人と言われており、せっかくの大学で専門教育を受けておきながら、社会へ出て1〜3年で会社を辞めてしまう層も含めればまだまだ多くの若者が無気力な生活をしています。

失敗を受け入れない硬直化した社会に共通する現象です。

何かを変える・新しくするときの一番大事な点は、色々な選択肢・機会を与える事ではありません。

1番重要な事は、失敗に寛容でその失敗をも成功者の一部として活用・報奨できることにあります。日本には決定的にかけている部分です。

皆等しく豊に成るなんてことは、社会はおろか、普通の自然界にもそういうことは起こりません。持って生まれた物も社会から与えられる機会も均等ではありません。

政治でも実業でも芸術でも、一人の大成功者が他の9999万9999人のぐうたらを食わすと言う状態でも構わないし、理念として崇高でなくとも自然界では当然そういうことが起きていると認識するべきです。


天橋立さん、怠惰を嫌うことを悪いとは言いません。しかし、勤勉を奨励することは結局「失敗の否定」につながり、価値観が硬直します。要するに新しい事をする努力を間接的に否定します。

今のぐうたらの中から、1億人を背負って立つ人材が出るかどうかは疑問ですが、そういう人でも受け入れる世の中でないと、1億人を背負える人も出てきません。

(反論ばかりになってしまいました。こういうことを長々かくのはあまり本位ではありません。申し訳ございませんでした。)
メンテ
小沢氏は自殺せよ! ( No.123 )
日時: 2010/08/15 12:05
名前: johnyuan2000 ID:oSsU8oP.

要するに政権が不安定なのは民主党の所為ではないこと、日本の社会がイマイチなのは怠惰な若者の所為ではないと私が主張しています。

もちろん私は民主党を支持しているわけではないですが、それでも民主党に投じたのは自民党が敗れると言うイベントを成立させたいと思ったからでした。しかし、その政策には反対だったので政権樹立後の政策には概ね反対です。

仮に私が民主党選出の内閣総理大臣なら、唯一出きることは、官僚の総引退と国会選出の(今の場合は民主党の)内閣を総辞職をして、以後、国会・政党から影響を受けない内閣を作ることです。


そうして、新内閣制度の立法が整ったら、自内閣を総辞職(当然自分も辞職)します。ただし普通は内閣総辞職後は国会の総選挙ですが、今回は国会の総選挙ではなく、新内閣総理大臣(一人だけ)の国民投票という事になります。旧国会議員はそのまま国会議員で、旧政党もそのままです。完全にいなくなるのが官僚と言うことになります。

要するに、何でも民主党に(投票した者として)要求できるとすれば、自殺しろということに成ります。
メンテ
ジョンさんは忙しそうでなりより  ( No.124 )
日時: 2010/08/15 12:10
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Y/GnOSPE

反論のための反論は論外ですが、反論なくしては議論値打ちがなく、進歩が出来ません。
ジョンさんの思考方法が私と同じでは、海外で御活躍されるはずもなく、その当たりを議論の内容とは別に参考にさせていただいています。


>こちらも、私とはまったく反対です。多くの国民が安心して過ごせる…と言うのは「怠惰でも暮らせる」世の中の事です。

>大変良いことです。出世欲を持たない政治家が悪いとは言いませんが、「***欲」にとらわれずマイペースで行くことが何かを生み出す基本です。
何かの基準にしたがって、勤勉で実践的でなくてはいけないと言うのは悪い世の中の代表例です。

生きるための精神的緊張がなければ人間社会はどのように推移して行くのかについてジョンさんは如何に考えておられるのでしょうか。

過去200年の歴史は、基本的に競争社会(資本主義)の中で相応の緊張下で生活し、かつそれなりの果実を受けられていたという、理想に近い環境を維持できていたと思います。

これがベーシックインカムとか、共産主義的な政策でグータラしていても生活が保障されるとなれば今までと同じような人間性を保つことが出来るでしょうか。

富者、権力者はより欲望を追及し、多くの人は怠惰を決め込む状況が定着することは最悪の人間社会と考えます。

経済的な格差の問題、国家の形の問題以前の根源的なものではないのでしょうか。

と、思ってきたのですが、

ジョンさんが言われる「グータラはグータラのままで生きて行ければ幾ら数が増えても良い」と言う社会の有様を実践的に経験されているのでしょうか。
部分的にでも、その様な事例を見ておられるのでしょうか。
また中国など外国の人たちは、こういう問題をどのように考えているのでしょう。
日本人とは異なる発想があるかも知れません。


>1番重要な事は、失敗に寛容でその失敗をも成功者の一部として活用・報奨できることにあります。日本には決定的にかけている部分です。

日本の中小企業における個人保証、連帯保証の問題など、大きな企業は別として事業に失敗すれば殆どの経営者が死活の問題に追い込まれます。
失業の給付も経営者にはありません。
こういう状況は随分と以前から指摘されていますが、何時まで経っても改善されません。
ですので、日本では必死で倒産を免れようとして、更なる悲劇を生むことが多くあります。
再起など極一部の人に残されている道です。

この事と、最近の若い人たちの転職の問題は全く別のものです。
自分に合わなかったとして転職をするのは構わないと思います。
ですが、そうして転職する若者の殆どが、別の道に挑戦している訳ではないのです。
単に自分にとっての厳しい環境から逃避しているだけなのです。

出世を望まないことも考えようによっては立派なことです。
田舎で自然と共に暮らす道を選ぶのも生き様として尊重します。

これも単なる上司、会社からうるさく言われたり、自分の時間が少なくなるからの理由です。
当地は京都北部の片田舎でして、その環境が良いと都会から移住されている方もチラホラ見受けられます。
そういう方の大半は年配者(団塊の世代)なのです。
環境は良くても実際の田舎での生活も大変です。
農業をするといっても映像で見るほど容易なものではありません。

価値観の多様性のことを言いますが、それほど主張するならば、若者こそ生き様の多様性に挑戦してみればよいと思います。
そういう姿を見れば、私も現代の若者を評価することになるでしょう。


最後に、ジョンさんは大変忙しそうですね。
レスなど何時でも良いのでマイペースでやってください。

それからしつこい反論も歓迎します。
私も言いたいことを言いすぎるくらい言う方ですが、他の人から言われることも、それが反論でも参考にこそすれ気を悪くするようなことなどありません。

特にジョンさんの反論は、私の世界以外の考え方として重宝しています。
メンテ
事業失敗と自堕落 ( No.125 )
日時: 2010/08/22 11:10
名前: johnyuan2000 ID:rMUfIy/6

お互い中小企業のオヤジとしては人事ではないお話しですね。


>事業に失敗すれば殆どの経営者が死活の問題に追い込まれます。
<中略>
>この事と、最近の若い人たちの転職の問題は全く別のものです。


天橋立さんのこのご意見には同意できません。

基本的には『40年体制』の問題だと思いますが、簡単に言えば戦中・戦後に会社倒産は社会悪とされていた時代の遺物で、事業が良かろうが悪かろうが、雇用を減らすような状況を作る事に個人的な懲罰を与えるための法的/社会モラルが自然に出来上がった結果です。戦前に”事業失敗=経営者の死活問題”という構図は有りませんでした。労働者側から見ても、忍耐、歯車となれ、高成長・投機性(=不安定だが高給料)に釣られて転職するな…等々、古くさいけど日本ではお馴染みのモラルができたのではないでしょうか?

そういう、『非雇用の悪』を唱えすぎたために、おもしろい仕事がない、投機的かもしれないけどビックリするほどの収入が期待できる仕事がないと言う状況が出来上がっただけで、例えばスポーツ選手や芸能人の収入が欧米に比べ少ないとか、自堕落者でも働けるようなマニュアル・環境作りに熱心でなく、むしろ、長期勤務による職能熟練を誇る風潮ができたのでしょう。

これは比較の問題かもしれません。欧米とくにアメリカでの仕事のおもしろさや投機性がたかい仕事が顕著というだけですが、自堕落な若者の数と言う意味でもアメリカの方が断然多いですから、日本がダメだこうだと言う話をする場合は、経営者の事業失敗の懲罰、労働者の不勤勉への偏見は同元だと言えると思います。

事業失敗については、おもしろい話があります。私のいたカルフォルニアの統計だったか、アメリカ全土だったかは忘れてしあったのですが、全産業のなかで倒産・破産のトップは私のいるIT産業だそうです。ところが破産者も含めて、収入平均のトップもIT産業だそうで、結論としては極小数の成功IT企業がその他の”元”経営者をも含めて食わしてしまっている、そしてその”元”経営者も、”元”従業員たちも倒産後、転職後も他の産業より高給を得ているということです。

日本の場合、事業投資・投機を制裁する傾向に有るばかりでなく、失敗者を労使関係なく懲罰する方向にも有るということです。

事業失敗・自堕落労働を奨励しようと言うのは有りません。成功賛美は日米ともに盛んですが、失敗・堕落によよる社会制裁があまりにも厳しいため、やる気のある事業家、労働者が『出る杭は叩かれる』のを恐れて現状に甘んじてしまう事が問題なのです。

アメリアに『戦後』は有りませんので、こういった圧力とほぼ制度化された懲罰は有りませんが、日本は懲罰が普通になってしまっているので、逆に失敗者を優遇する制度、堕落を奨励しないまでも個人的に興味のない仕事には就かなくても良いことを仮定した、教育・雇用制度・保険制度を再構築する必要が有ると思います。
メンテ
「自堕落な若者」 日米比較 ( No.126 )
日時: 2010/08/22 15:14
名前: 天橋立の愚痴人間

>これは比較の問題かもしれません。欧米とくにアメリカでの仕事のおもしろさや投機性がたかい仕事が顕著というだけですが、

「自堕落な若者の数と言う意味でもアメリカの方が断然多いですから」

私は映像以外に外国の実情を知りませんが、アメリカではおそらくその通りと思っていました。
ですが、その人間達の心情にまで触れることは出来ませんが、彼らの非社会性有と言う観点からみて、相当に手に負えないものではないでしょうか。

何となれば、日本人とアングロサクソンなど他の民族の民族性の違いに端を発しているのだと思っています。

この民族性については、日本人の方が余程好ましい存在と思っています(この件は「大和魂」のスレッドで追求したいところです)。
ですのでアメリカの例をとって日本の有様の基準とはしたくないです。
日本人が大切にしたいせっかくの心情が、社会のグローバル化と共に退化して行くのを防止したいのです。

同じように中国などでは、社会の主流から取り残された人たちの心情的なものは、どのように考えればよいのでしょうか。

また、

>基本的には『40年体制』の問題だと思いますが、簡単に言えば戦中・戦後に会社倒産は社会悪とされていた時代の遺物で、事業が良かろうが悪かろうが、雇用を減らすような状況を作る事に個人的な懲罰を与えるための法的/社会モラルが自然に出来上がった結果です。戦前に”事業失敗=経営者の死活問題”という構図は有りませんでした。労働者側から見ても、忍耐、歯車となれ、高成長・投機性(=不安定だが高給料)に釣られて転職するな…等々、古くさいけど日本ではお馴染みのモラルができたのではないでしょうか?


このような自覚は私自身にも最早ありません。
若者は単に社会の仕組みから逃避しているのです。
その逃避の仕方におけるアメリカ人のそれとの違いなど興味をそそるところです。


>事業失敗については、おもしろい話があります。私のいたカルフォルニアの統計だったか、アメリカ全土だったかは忘れてしあったのですが、全産業のなかで倒産・破産のトップは私のいるIT産業だそうです。ところが破産者も含めて、収入平均のトップもIT産業だそうで、結論としては極小数の成功IT企業がその他の”元”経営者をも含めて食わしてしまっている、そしてその”元”経営者も、”元”従業員たちも倒産後、転職後も他の産業より高給を得ているということです。

アメリカのこのような風潮は、参考にすべきものと思います。
日本でこのようなことはあまり考えられません。
これなどは日本人のマイナスの心情のなせることではないでしょうか。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.127 )
日時: 2010/10/25 03:20
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:yAyaBq2A

満天下有人さん、
久しぶりで、この続きを御願いできませんか。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.128 )
日時: 2010/10/25 07:27
名前: 満天下有人 ID:ZJF2cR1A

・・・直前の投稿が、ジョン氏との、日米の違う文化論でしたね・・・そこから生じた雇用の流動性に関する受け止め方の違い・・・

そもそもアメリカには、国家形成の過程で王室、皇室に該当する存在が無く、国家なるものがある一転に遭遇する時、その求心力を発揮する核がアメリカの場合は「自由、民主主義」なるもので、個人主義とか正義とかのアメリカニズムと呼称しても良いくらいに、「無きもの」の代替品として、強調され過ぎたものとして、国という場所に置かれてしまった・・・

・・・今日、王室皇室の歴史を持つ諸国が、別にそれを国の核としている訳ではないにせよ、無意識のうちに、社会秩序が“一転”しようとする時、その最後の拠り所の“一点”は、アメリカニズムとは違うテコで動いて行くはずのものが、アメリカニズムで動こうとする所から、世界は変な混乱を生じ、何も纏まらずに変な方向へ向かおうとしているやに見えます・・・それぞれの国の魂は、違うと思うのですが・・・

・・・表題が経済なので、それに合わせて観察して見ても、何でまた1000兆円もの借金が出来てしまったのか、きっかけはドルに内蔵される、一種の自由主義からの圧力によってでした・・・

当時の円が安過ぎるという通貨問題から、通貨が持つ債務性を、アメリカの為に日本国内の債務増加にモロに応用してしまったのが、結果としての今日の帳簿状況ですね・・・

そしておかしなことに、特に我が国が原因でドルが安くなっている訳でもないのに、25年前と同じように外に迎合するような姿勢が、改まっていない・・・我が国財政金融当局のバカどもが、為替市場介入でもって、経済のアンバランスを是正しようとする矛盾行為・・・為替介入による通貨の切り下げは、本来的に近隣国窮乏化政策とも言われるもので、アメリカがその借金の目減り政策を取っているときに、こちらもその対抗措置を取るのは、通貨安競争に一緒にのめり込むという矛盾した意思表示になってしまう・・・

・・・そして他と同じように、中国(元)けしからんと歩調を合わせるだけで、もっと本源的な大胆な提案もできずに、大きな世界規模での原因には目が向かず、緊急対策としての5兆円の補正財源問題に議論が落とし込まれて、玄葉と仕訳人蓮舫、そして野田バカ財務番頭でのやり取りで、群盲象をなでる毎日・・・

・・・王室や封建諸侯、そして宗教的なものから抑圧されていた自由と民主主義が新大陸にやって来た訳ですから、その反動としてアメリカンイデオロギーになってしまっているその思想を基準に、経済の自由化が叫ばれて今日の有り様になってしまっている・・・

・・・貿易取引による世界経済の少しのメリットを犠牲にしてでも、一旦、資本移動の自由化を阻止しない限り、為替影響による目に見えない、硝煙無き戦争は収まらない・・・目下は新興国中国だけに焦点が向けられていますが、ドル増刷によるドルハケ口の一つになっているブラジルとて、世界最大の鉄鋼鉱山ヴァーレに与える影響が出て来ると、黙ってはいなくなるでしょう・・・

・・・新興国相手の国際会議で、アメリカと一緒になって新興国非難に回るのでなく、日米同盟に胸を張りたいなら、その同盟相手に、おい、も少ししっかりしてくれよ、と言うだけの貫録を示しても良いのにね・・・こんなヤツラに何を言ってもヌカにクギですからね・・・。
メンテ
台湾は何故産業の空洞化を乗り切ったのか ( No.129 )
日時: 2010/10/25 20:48
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:yAyaBq2A

>・・・直前の投稿が、ジョン氏との、日米の違う文化論でしたね・・・そこから生じた雇用の流動性に関する受け止め方の違い・・・

随分と前のことで、思い出しながらのレスですが、確かジョンさんは経済のシステムはこのままでの幾らでも雇用のチャンスは作れるというような方針であったように思います。

その証拠に、シリコンバレーに起きた産業の空洞かも見事克服されたように書かれいました。
かつての台湾の産業の空洞化も、日本とは比較にならないほど酷いものであったが、その台湾の経済今も中小零細を機軸に活発であるということも言われていました。

私などは、産業の空洞化、即、雇用の機会の消失、だからヘリマネが必要と結びつけてしまいます。
エリーゼさんともヘリマネを前提にマクロ経済のことを言っておりました。

まずは、ジョンさんが言われているように、産業の空洞化は産業の体質改善で防げるか否かについて教えて欲しいところです。

台湾の場合、たとえば、大手レストランチェーンよりも、屋台などの零細企業が必要とされる生活様式が根底にあり、万時、そういうものが底辺の経済を支えている様に感じています。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.130 )
日時: 2011/06/26 17:39
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:rH3wz/nM

ひさしぶりにこのスレッドをUPします。

途中ですが、マクロ経済に触れています。
今は出てこられなくなりましたが中国で事業をしておられるjohnyuan2000さん(40代の日本人)などの理論的ではありませんが独特の経済観念の披露があります。
エリーゼ氏も途中参加されています。

このスレッドの続きをやりたいですね。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.131 )
日時: 2011/08/30 10:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:EWkDWMZU

阿修羅などで小沢批判を続けていますが、実のところ批判の根拠となる新しい国のかたち、とりわけ経済のシステムについて、こちらの方も理論的な形を成していません。

それ故、肝心なところで曖昧になってしまいます。
要するに修正資本主義と仮に名付けているシステムが運用可能かの試行錯誤が出来ていません。

今まで、概念的なものは書き込んでいます。
これを他人に説得し、納得していただくためには理論武装が必要です。

経済に強い満天下さん、グッキーさんのマクロ経済論など衆智を集めて完成させて下さい。
要するに、現在の市場主義のシステムのある分野の規制をやり、底辺の雇用の確保を国がするというものです。

これを進めるためには、当然、権利、自由と喚く民主主義至上主義者を黙らせるための方策も必要です。
規制の経済論の延長では不可能あことでも、民主主義の修正まで視野に入れると可能になることも出てくるでしょう。

経済学の怠慢が、我々にこのようなことを考えさせることになりました。
でも、誰かがこれをしないと、世界的な貧困、格差、失業の問題は解決できません。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.132 )
日時: 2011/08/30 11:26
名前: グッキー ID:pbwZn2Cs

天橋立の愚痴人間 さん

>要するに修正資本主義と仮に名付けているシステムが運用可能かの試行錯誤が出来ていません。
ーーーーーーー

完全な自由資本主義市場義経済などというものは存在しません。
かならず独占禁止法、労働法など弱者保護があり、累進課税という富の再配分の方法も有りました。
いわば今まで行われてきたのは修正市場経済と言うべきものです。
でなければ簡単に富が偏ってしまい、経済がすぐに崩壊します。


どこまで弱者保護をすべきか、富の再分配をすべきか、どこまで自由にするべきかの綱引きです。
最近は自由という名の力による富の分取りが横行し、格差が拡大しました。
自由と弱者保護、富の再分配のバランスが重要なのです。
完全な平等では勤労意欲が無くなり、かといって自由に任せれば搾取が横行するということです。
ーーーーー

>国民の資産を増やすような事業を国が行って、需要を拡大する方法は、少なくともその需要分の景気浮揚効果がある。
ーーーーーー

公共事業は90年代にさんざんおこなわれました。
しかし日本では効率の良い公共事業がそれほど無く、つまり資産に成らないのです。
極端に言えば、穴を掘って埋める、金を使っただけということです。

しかもその金は経済の病根、格差を縮小するという方向に流れず、銀行やゼネコン、大企業を救っただけでした。
病根の縮小にはたいして役に立たなかったのです。

10年ほど前に南米で、農地を小作人が占拠して工作するということが多発しました。
農地は地主が儲からないと遊ばせておき(儲かる輸出用作物が安かったため)小作人は飢えに苦しんでいたからです。

今の日本では生産手段は遊んでおり、人々は失業と低所得に苦しんでいます。
これは同じ原因からおきています。格差が拡大すると経済はこういう方向に行ってしまうのです。
でも格差を縮小しようなんて政策は、自由と自己責任という名の下に、行われません。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.133 )
日時: 2013/08/09 18:37:01
名前: 1000兆円を超えた 1・天橋立愚痴人間

ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130809-00000071-jij-pol

初の1000兆円突破=「国の借金」膨張止まらず―1人当たり792万円・6月末
時事通信 8月9日(金)14時6分配信

 財務省は9日、国債や借入金、政府短期証券の残高を合計した「国の借金」が6月末時点で1008兆6281億円になったと発表した。社会保障費など歳出増加に伴って借金の膨張に歯止めがかからず、3月末から17兆270億円増え、初めて1000兆円を突破した。日本の厳しい財政事情が改めて浮き彫りになった。
 7月1日時点の人口推計(1億2735万人)で割ると、国民1人当たり約792万円の借金を背負う計算となる。
 「借金」の内訳は、普通国債が3月末比11兆3470億円増の716兆3542億円、特殊法人への貸し付けの原資となる財投債は1兆7424億円減の107兆5183億円、政府短期証券は8兆1007億円増の123兆3683億円など。
 財務省は2013年度末の「借金」は1107兆1000億円になると見込んでいる。 

(引用終わり)

さて、久しぶりにこのスレッドをUPし、1000兆円の借金の事に言及する事にしましょう。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.134 )
日時: 2013/08/09 19:02:47
名前: 1000兆円を超えた 2・天橋立愚痴人間

問題の国債の残高は

1996年では350兆円
それが2013年度の終わりでは1100兆円とされています。
17年間で750兆円の増加。
1年では44兆円となります。

(国債の種類と目的)

建設国債
公共事業に充てる

特例国債(赤字国債)
一時的な税収の不足(一般会計の歳入不足)を補う

年金特例国債
基礎年金の国庫負担分(2分の1)に充てる

復興国債
東日本大震災の復興財源に充てる

財政投融資特別会計国債(財投債)
特殊法人に融資する

借換国債
既存の国債を返済(償還)する

1年で44兆円もの国債を発行し続けねばならなかった理由は、一般会計予算が90兆円必要なのに対して税収が40兆円そこそこの財政事情では、当然のことと理解できるでしょう。

金利も年平均、2%とすれば、毎年20兆円となります。
2.0%はなくても、毎年発行される国債の中に含まれる金利分を差し引くと、所謂、真水部分は30兆円にもなりません。

このようなことを続けて行けば、国の借金が2000兆円になるのは、15〜20年後。
3000兆円になるころは、もはや金利分でも50兆円は必要で、さらに10年も経たずになるでしょう。

そうかと言って税収が100兆円に届くなどとは夢物語です。
要するに、日本の財政は、借金が500兆円を超えた頃から破綻しているのです。

これを、どのように対処できるかが問題であり、もはや通常の方法で解決できるものではありません。
通常の方法と言いますのは、従来の経済金融理論の事です。
次には、その非常事態の論理を考えて見ましょう。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.135 )
日時: 2013/08/09 19:16:25
名前: 1000兆円を超えた 3・天橋立愚痴人間

現在、日本の国際の引き受け手は以下の通りです。

郵貯銀行   23%
銀行     18%
生命保険   10%
簡易保険   9%
年金     15%
日銀     9%
海外     7%
家計(個人) 5%
その他    4%

と言う内訳です。

此処で日銀による国債購入についてです。

中央政府が発行した国債を中央銀行が直接引き受けることは財政規律や通貨安定を損なう恐れがあるため、各国で財政規律や通貨安定を損わないことを目的に、中央銀行の直接引き受けについて一定のルールが設けられている。

日本における財政法第5条のように、中央銀行が国債を直接引き受けることは原則として禁止している国が多いが、中央銀行が市中から購入することは広く行われている。ちなみに日本における財政法第5条には、但し書きで、特別な理由がある場合には国会の議決の範囲内で直接引き受けは可能であるとしている。

たとえば、2010年11月に米国のFRBは、8ヶ月間で総額約50兆円(約6000億USドル)の米国債を買い取る決定をした。その際にFRB議長であるベン・バーナンキは、この国債の引き受けの目的を「長期金利の上昇を抑制するため」と述べている[5]。
さらに高橋洋一によれば、直接引き受けについても、実際には満期を迎える国債の借換債の引き受け等という形で日本銀行による国債の直接引き受けは毎年行われており「国債の日銀引受は禁じ手」というのは文学的表現に過ぎないとする[6]。2011年末時点で日本銀行は67.6兆円(8.95%)の日本国債を保有している。さらに、国債のほかに政府短期証券(FB)も24兆円保有している。

(引用終わり)

ここで言う中央銀行による国債の購入を禁じると言う事についてです。
これがタブーであると言う理由は上記で延べられています。

しかしながら、中央銀行ならば無利子で大量の国債を半永久にでも引き受ける事ができます。
グローバル化した経済の影響で世界の貨幣は実態経済を大きく上回る貨幣が出回っています(2京ドルとか言う)。
それは、貨幣は、もはや需要と供給の関係を仲立ちすると言う意味を逸脱していると言えます。

今までの金融論では、中央銀行により国債の引き受けは禁じ手であっても、それが果たして正しいものか、出来ないものかを検証しなくてはなりません。
検証する意味があります。

次には、その記事を紹介しましょう。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.136 )
日時: 2013/08/09 19:19:01
名前: 1000兆円を超えた 4・天橋立愚痴人間

日銀の国債引受けは、なぜ「悪魔的手法」なのか
――熊野英生・第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
ttp://diamond.jp/articles/-/16945?page=4

日銀の金融政策を巡っては、様々な論争がある。その中で、究極の禁じ手とされる日銀の国債引受けについて考えてみたい。
 思考実験として、増税をすることを止めて、政府の必要資金をすべて日銀からの資金供給で賄うことにしたとする。皆さんは、「消費税の増税をせずに、日銀が国債発行分を全て引き受けて、税収不足を補えばよいのではないか」と問われたならば、その可否をどう答えるか。
財政管理は
通貨の信認につながる

 筆者がその問いかけに回答するならば、「政府がお札を勝手に印刷すると信用を失うから、止めた方がよい」と答える。極端な例として、もしも紙に「1,000,000円也」とペンで書いて、自動車購入の代金に充てればどうなるか。
 もちろん、それは詐欺的行為である。なぜならば、100万円と書かれた紙と、自動車を交換しようとすれば、間違いなく不等価交換になるからだ。
 では、100枚の1万円札と、自動車の交換はどうか。それは、等価交換だからOKである。お札の表示は、価値の裏付けがある。価値の裏付けとは、政府がお札の額面で納税などの支払いに充てることを保証していることにある。

 国民は、政府が1万円で受け取るのだから、同様に1万円の価値で相互取引をしてもよいと認めるのである。1万円札に与えられた信用が、連鎖的に認められて、不換紙幣の価値が成り立つ。
 紙幣の歴史では、金の代用品として兌換券が流通し、それがやがて金の裏付けのない不換紙幣へと変わっていった。不換紙幣は、その価値が政府・中央銀行によって厳格に管理されていることが、信用の根拠になっている。管理通貨制度とは、不換紙幣を流通させるための信用確保の制度だとも言える。

 通貨を厳格に管理しようとしても、ルーズになりやすいのは、政府の財政運営である。そうならないために、政府が行なう借金(国債発行)は、いつか必ず税金で償還されることが約束される。
 現在、日本政府が、2020年度までに基礎的財政収支(プライマリー・バランス)を黒字化させることを公約して、消費税率を引き上げようとしているのも、財政運営の健全性をどうにか維持しようと考えているからだ。最終的に税金で債務を完済するという約束が、通貨の信用をつなぎとめているとも言える。

 ところが、今、日本の財政再建が危ぶまれている。政治的に、消費税率の引き上げへの反対論が強まっている。消費税を上げずに済ませる戦術の中には、いっそのこと消費税を増税せずに、日銀が新発国債を直接引き受けて、政府に財源を供与すればよいという考え方もある。

 この日銀の国債引受けは、日銀が政府の当座預金に無制限に資金を振り込むことになり、お札の増刷と同じことになる。一方、従来のように、日銀が流通市場から長期国債を買い切る政策は、日銀の保有国債にもいずれ税金から償還資金が支払われるという点で、増税策と両立する。
 日銀の直接引受けは、増税策の代替案として論じられる点で質的に異なる。日銀の国債引受けは、マネー・プリンティング(紙幣増刷)や財政ファイナンスと同義であることには注意が必要だ。
国民が通貨の健全性を
信じなくなったら終わり

 もしも政府が、お札を刷って国民に対して、各種の支払いを始めればどんなことが起こるか。増税は絶対にできなくなり、安易な減税や歳出拡大が繰り返されて、日銀が便利な現金自動預け払い機(ATM)と化する。
恐ろしいのは、政府がお札をプリントして大々的に配ると、次第に国民が「受け取ったお札は1万円の価値がないのではないか」と疑い始めることだ。タコが自分の足を食べて生きていこうとするように、常識が麻痺した状態になることこそ、日銀の国債引受けが「悪魔的手法」と呼ばれるゆえんである。

 江戸時代には、幕府が小判の金の含有量を減らして流通させ、財源不足を補おうとすることがあった。庶民は、品質が劣化した小判が流通することを知ると、手元に金の含有量費の高い小判を置き、品位の落ちた小判を率先して手放した。これが、「悪貨が良貨を駆逐する」という現象である。
 現代においても、日銀の国債引受けが行われると、同じように「悪貨が良貨を駆逐する」現象が起こるだろう。個人は、円を信用しなくなり、資産保全のために率先して外貨を保有しようとする。キャピタル・フライト(資産逃避)である。

 そして、制御できない大幅な円安になった挙句、輸入物価が予想外に上昇して、国民は物価高に苦しむ。消費税を5%上げることを嫌がっていたのに、もっと大きな輸入物価上昇に直面するのでは、元も子もない。輸入物価の上昇が国内からの購買力を流出させることは、庶民を貧しくさせる。
ぎりぎりの節度は
どこにあるのか

 経済学の教科書に則して言えば、「日銀は物価をコントロールすることができる」前提になっている。しかし、「物価」を「通貨」と読み替えると、日銀は通貨価値を完全に操作・制御できない。特に、経済情勢が平時であれば、コントロールの力は高まるが、危機時になるとその力量は大きく落ちる。
 管理通貨制度は、政府や中央銀行の規律によって、通貨の信用を築いているのだから、その信用が崩れたとき、通貨・物価のコントロールは制御不能に陥る。「通貨を堕落させる」操作には、ブレーキが効かない。
 最後に、日銀の金融政策について述べておきたい。筆者は、今の日銀の政策姿勢が全て正しいなどとは思っていない。もっと積極的に、デフレ解消の知恵を出すべきだと常々考えている。

 2月14日になって、日銀は「物価安定の理解」を表明し、消費者物価の上昇率1%を目指すことを改めてアピールした。程度の差はあれ、擬似的なインフレ目標である。この擬似的なインフレ目標の焦点は、日銀が消費者物価1%の伸びを達成するために、「何をやるか」が問題である。

 今のところ、日銀資金を使って政府が財政拡張をし、民間需要を刺激するという手法は、支持されていない。量を操作しながらプライス・メカニズムを通じて金融面での間接的な効果を高めようとしている。
 具体的には、中長期金利の低下を促し、間接的に為替を円安化させて、民間需要を刺激しようとしている。
 ただし、この間接的な刺激効果は、限界が見えている。その限界を超えて、日銀がどんな非常手段を採れるかは、まだ合意がなされていない。
 金融関係者の中には、「日銀の包括緩和政策の枠組みをもっと拡張した方がよい」と考える人も少なくない。筆者もそう考えるが、それで手応えのあるデフレ解消効果が得られると言い切れないのが、もどかしいところだ。

(全文引用)


現役の研究者は、さすがに過激な発言は控えられているのでしょう。と言うよりも後のコメントでグッキーさんが指摘されたように、この発言者は現行のやり方を擁護しています。
この文章を論破することが必要なのです。

私は、この考え方の中の(ぎりぎりの節度を探る)を徹底的に推し進めること以外に、財政の立て直しと言いますか、国内の経済を政治が主導して発展させて行くことは出来ないと思います。
要するに中央銀行による国債引受を解禁するのです。

インフレが起きない限りで、ヘリマネを行なう事です。
金の増発の仕方を考えれば出来ると思うのです。
具体的には、国家によって仕事をばら撒く(公共事業)と言う発想です。

直接金をばら撒くのではなく、国民に必要な仕事を与えると言う事です。
多くの国民の生活が安定すれば、必要な税収も確保できますし、国民が自立すると言うことは社会保障費の軽減もできます。

財政の帳簿上の建て直しなどは500年くらいかけてやればよいのです。

如何なものでしょう。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.137 )
日時: 2013/08/09 20:17:39
名前: グッキー

熊野英生・第一生命経済研究所

↑橋立さん、これって財務省の宣伝の財政再建主義じゃない??

日銀だから安心などとは大嘘
ライヒスバンクがマルクをじゃんじゃん印刷してハイパーインフレに
したれいがある。
また生産力が余っている時代にはインフレには成らない。
減反までして生産調整しているおコメがどんどん上がるわけが
ないでしょう。
ご飯を1日6回食べるわけが無いでしょう。
他の商品も似たり寄ったり。

生産力が余って居る時に起きるインフレは
資産インフレ=バブル
その資産インフレを起こしたのは日銀でしょう。
何が中央銀行だから安心だだ。
政府が通貨発行しても選挙という歯止めがあります。

間違い一杯有りすぎて書ききれないww
投稿できるかどうかも分からないし
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.138 )
日時: 2013/08/09 20:33:53
名前: グッキさんへ・・・天橋立愚痴人間

グッキー さん こんばんわ

>橋立さん、これって財務省の宣伝の財政再建主義じゃない??

実は今、読み返していたところです。
御指摘の通りの内容です。

前の記事のコメントを書き直そうとしています。

>ぎりぎりの節度はどこにあるのか

と言う一文で本人は、このぎりぎりの節度と言う言葉で、日銀引受について何某かの肯定する意義も認めていると感じて、これを突破口に言及できると思った次第です。

ところで、グッキーさんは、ヘリマネに理解を示されていると思っています。
その手法は、私とは少し違うと思いますが。

この問題を堂々と、まな板の上に挙げて、料理しようとする人は殆んどいません。
今や、と言いますか、将来は、この問題の解決にかかっていると思います。

難しい問題ですが、意見を聞かせてください。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.139 )
日時: 2013/08/10 07:06:26
名前: グッキー

まず通貨に対しての基本的考え方が違います。
通貨は国民が商品を売ることのより、価値を保証しています。
通貨を発行しすぎればインフレに成ることにより国民が出来任を取ります。
日銀が日銀券を発行すれば、その日銀券で国民は商品を売らなければ
成らないのです。
つまり通貨発行とは国民の負債です。
通貨発行が国民の負債なら、その通貨は国民の元に行き資産と成らなければ
成らないのです。
通貨とは国民の負債、国民の資産として両建てで出来るものなのです。
通貨は日銀のものでも政府のものでも有りません。
通貨発行し日銀や政府が恣意的に一部の者に供給するのは犯罪です。

次に分業化経済では必要量の通貨を必要としています。
通貨が無ければ商品の交換が行われず、非自発的失業が発生します。
市場(銀行ではない)には絶えず必要量の通貨が必要なのです。
で、必要量の通貨を計算し、自動的に国民に平等に配られるのが
正しい。
政府や日銀が恣意的に配るのは腐敗の温床です。

ついでに言えば日本銀行券ではなく、日本国紙幣とでも名前を変えるのが
通貨に対する認識を正しくさせるのではないかと思います。

通貨の海外逃避などということは真に受けなくてよろしいかと
日本円は日本から基本的に出て行きません。
海外で日本円は使えないからです
日本円を売れば必ず日本円を買うものが居ます。
為替レートは円安に成るだけのことです。
しかし通貨の価値は購買力です。
日本円に購買力が有れば、また輸出が増えて円高に戻る
だけのことです。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.140 )
日時: 2013/08/10 17:14:58
名前: 通貨の問題・・天橋立愚痴人間

グッキー さん

>まず通貨に対しての基本的考え方が違います。

これについての前段の説明ですが、今ひとつ概念がつかめません。
私流に解釈して以下のような認識でよいのでしょうか。

現在世界中に、2京ドルと言う通貨が名目的には出回っているそうです。
これに対して実態の経済活動に必要な通貨の量は、おそらく1/4もないでしょう。

この差額は、大衆が必要な経済活動をするための量ではなく、何の為に、そんな通貨が発行されているかと言うことと思います。
何の為に、誰が発行したと言うことを糾せば、貴方が言われる

「まず通貨に対しての基本的考え方が違います」この事に行き当たると思います。

確かに、根本的な発想の違いがあると思います。
かつ、これを糾す事が是非必要でしょうね。

次に、

>政府や日銀が恣意的に配るのは腐敗の温床です。

といわれている「配る」と言うことの意味は通貨の管理をすると言う意味に捉えました。
腐敗の温床になろうとも、誰かが管理に当る以上、その問題は付きまといますが、また、大衆が直接、これを管理することも現実はできない事です。


文脈を遡りまして、

>必要量の通貨を計算し、自動的に国民に平等に配られるのが正しい

といわれていますが、必要量の通貨の計算も実は、トンでもない労力を有し、それが適正であるか、否かも、また判断に迷うところです。

「国民に平等」と言うことも、言葉では言えても、平等の基準は、それも数十億の人間を包括しての基準線を仮定することも出来ないでしょう。

最も、貴方の言われていることは、実際に平等にするとかの問題ではなく、そういう方針を確立すると言うことと思っています(つまりは、新しいシステムを確立すると言う事です)。

今回のレスを、このように解釈しています。
どちらにしても、これは入り口の中の入り口論です。

其の先も、伺いたいものですね。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.141 )
日時: 2013/08/11 23:04:29
名前: 増税前に公務員ボーナス・退職金廃止せよ


増税して公務員はボーナス・退職金を盗るなんでとんでもない

公務員のボーナス廃止で「 年 4 兆 円 」取り戻す。

公務員は退職金くらい自分の給与で積み立てろ!

税金で食わせてやって、定年後まで面倒みてやる理由なんてない。

退職金3,000万円の場合、40年で割ると、年75万円、月62,500円

退職金欲しい公務員は、月々積み立て62,500円給与から天引きします。

これで国債の金利分位は余裕で賄える。

年10兆円、100年かけて1000兆円の借金を返していくしかないのだ。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.142 )
日時: 2013/08/12 20:42:18
名前: グッキー

橋立さん

>この差額は、大衆が必要な経済活動をするための量ではなく、何の為に、そんな通貨が発行されているかと言うことと思います。
何の為に、誰が発行したと言うことを糾せば、貴方が言われる

これは1%がマネーを集めてしまうため、増発しなければ
実体経済が持たないので発行されたものです。
1%がマネーを吸い上げて金融市場に持っていってしまうから、
政府が借金をしてそれを実体経済に戻さなければ成らなくなっています。

>といわれている「配る」と言うことの意味は通貨の管理をすると言う意味に捉えました。
腐敗の温床になろうとも、誰かが管理に当る以上、その問題は付きまといますが、また、大衆が直接、これを管理することも現実はできない事です。

申し訳ないですが基礎的考え方から説明させて貰います。
日銀が通貨を発行すれば、国民はその通貨で商品を売らなければ成らない。
日銀が通貨を発行しすぎれば国民はインフレで責任を取らなければ成らない。

つまり通貨は国民の負債なのです。
通貨が国民の負債なら、その分、国民の資産が出来なければ詐欺でしょう。
つまり新規通貨を印刷すると同時に、国民に自動的に平等に配ってしまうのが
正しい通貨の有り方だと思います。

今は国民の負債である通貨を増発し、政府や日銀が恣意的に銀行や
大企業に配ってしまうという詐欺が行われているのです。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.143 )
日時: 2013/08/12 21:42:05
名前: 天橋立愚痴人間

グッキー さん

貴方の基礎的な考え方の中には、現実的なシステムがありません。
貴方が言われていることを実践出来るシステムが述べられていません。

そこが一番問題なのではありませんか。

「平等」と言っても、それを実現する基準が抽象的で、このままではシステム化は出来ないでしょう。

以前に議論していたときも、結局は個人の恣意に任されています。
要するに経済の分野に倫理、道徳を持ち込まれているのではないでしょうか。

其処のところを、さらに追求して欲しく思っています。

追伸です。

別スレッド「経済の話し」貨幣 4で言っています、貨幣の価値の担保と言う領域から入っていただけば、私の疑問に直接答えていただけるのではないでしょうか。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.144 )
日時: 2013/08/12 22:03:13
名前: 渡邊(平沼)妙子

ちなみに国民年金40年払って貰えるのはたった6万くらいですw
1日1000円しか使えないからタバコは吸えないし寿司も食べられなくなるかもしれません
それに近所付き合いもできないし、香典も出せないし、朝食はパン一枚になるかもしれません
生活保護はじめませんか?

生活保護いくら貰えるの?
(1)生活扶助額の例(平成24年4月〜)
                  東京都区部等         地方群部等
標準3人世帯            172,170円          135,680円
高齢者単身世帯          80,820円           62,640円
高齢者夫婦世帯          121,940円          94,500円
母子世帯              192,900円          157,300円
※児童養育加算を含む


これらに以下の扶助が任意に追加されます
(2)住宅扶助
(3)教育扶助
(4)介護扶助
(5)医療扶助
(6)出産扶助
(7)生業扶助
(8)葬祭扶助

平成24年9月現在、2,124,218人が受給しています
ttp://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/hihogosya/m2012/09.html

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.145 )
日時: 2013/08/12 22:08:20
名前: 平等とは・・・天橋立愚痴人間

国井さんも、よく使われる「平等」と言う言葉の概念を整理してみましょう。


広辞苑を引きますと「平等」とは「かたよりや差別がなく、すべてのものが一様で等しいこと」その用例としては

「・・・に扱う」とか「男女・・」のように、あるものとあるものの関係において平等の概念を当てはめることが正しい使い方であり、

また「みかんを平等に分ける」の場合のように、平等の概念が適用できる対象について可能な言葉であります。

しかるに、我々人間の能力・環境など、それ自体が平等になりえないものに、平等の概念を適用しようとする行為は間違いです。

経済の世界において、単なる金を平等に分け与える場合は、平等と言う分配が可能でも。
各人の努力、活動の結果得られる金を平等にすると言うような考えは、平等の概念に反します。

平等に分けると言うような場合を除き、概ね、平等とは、機会が平等であるという概念になります。

民主主義の名の下に、これを誤解しておられるかたが多いようです。

現代社会の若者が、学生である時代に、平等、平等と教え込まれ、社会人として実際の活動の結果、自分が他人よりも不平等に扱われていると思ったり、自分が思うような成果が上げられないことを、自分自身の能力よりも、環境(社会)のせいにし、不満を募らせる傾向が強いのも、幼い頃から植えつけられている間違った平等意識の結果であります。

人間自身の能力は平等に付与されているものではありません。
最も人間の能力と言っても多岐に渡っていて、全ての領域で自分の能力があると思うのは大きなまちがいであると共に、ある一面の能力にこだわりすぎて自分の能力を過小評価することも間違いであります。

人は、それぞれの能力を自覚し、自身のある面については自信を持ち、他人より劣っていることは素直に自覚し、自分の能力を伸ばす努力を続けることで報われるのではないでしょうか。

よく見れば、殆んどの人に誇るべき能力は備わっているものです。
決して、一方の能力で自分も他人も評価すべきではないのではないでしょうか。

ところでグッキーさん、

貴方が言われている経済の分野の「平等」とは、具体的にどのようなものなのでしょう。



(追伸)

学校における平等のお話し。

「私の主張欄」学校における「平等」と「自主性」教育の問題点より転載。


お話 その1」

 京都府のある小学校の四年のクラスには、教育に非常に熱心な先生がおられまして、その先生は、テストのとき、生徒の全部に90点以上を取らせたいと思い、試験が近づくと、黒板に問題と解答を書き出し、何回も何回も生徒に覚えさせていました。 結果は聞いておりませんが、その父兄の一人は、先生の努力を奇異なものと感じておられました。

「お話 その2」

 私の子供が小学生のおり、「学級通信」なるプリントを殆ど毎日の様に持って帰ってきました。 始めは、先生も大変と思いながら、少しは目も通しておりましたが、そのうち、捨てる訳にもならす、ただ集積するに任したものです。 日常化した膨大な量のプリントは子供にとって本来の連絡紙の意味を感じなくなり、本当に必要な内容を含んだものも含めて親に確実に手渡す事の大切さがだんだんとわからなくなってしまいました。

 知り合いの小学校教諭に聞きますと、そのプリントの作成に毎日時間を取られて、また、毎日なので書く内容に神経を使うため大変らしいです。 費用対効果の意味で先生方に同情するだけではすまされない問題が内在していると思います。

「お話 その3」

 最近小学校での運動会では、1等・2等・3等と順位をつけない学校があるらしい。 幸いに、私の子供の学校では経験しなかったが、早く走れるのにふざけて走らない子供、玉入れでは相手の籠に玉を入れる子供、またそれを観戦する父兄のしらけた表情など、想像するに耐え難い光景を現実のものとしている小学校が少なからずあるようです。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.146 )
日時: 2013/08/12 23:41:46
名前: 渡邊さん・・・天橋立愚痴人間

渡邊(平沼)妙子 こんばんわ
投稿が重なり、貴方のレスを消してしまいました。

>ちなみに国民年金40年払って貰えるのはたった6万くらいですw

そうですね、夫婦で国民年金を受給して12.0万円、
それから介護保険などを差し引かれて、9万円も手取りがありますか。

夫婦でなら、まだしも、どちらかがなくなれば、もういけません。
実質、5万円に足りない年金から、光熱費、通信費などを差し引けば、食費は3万円もないでしょう。
それも、だんだんと身体が弱り、買い物にも不自由するとなれば、出前の食事にも頼らねばなりません。
家賃や固定資産税を払うなど到底できず、付き合い費などが出てくるところもありません。

要するに人生の最後において、これほど悲しい現実を押し付けられているのです。
ですが、これが公務員となるとどのようであるかご存知ですか。

公務員共済から支給される年金は、平均で23万円(現在加入機関が35年として)と言います。
現役中の仕事ぶりなど、公務員よりも必死で働いてきた結果がこれです。

このような不合理を国家が進めているのです。
年金制度などは、40年前に幾らでも改革する機会がありました。
ヨーロッパ諸国でも、基礎年金は、6〜10万円くらいですが、これは国家が保証して誰もが受け取れるようになっています。
其の上の、加算分は現役時代の収入、掛け金によって変わります。
公務員や大会社の社員とても、同じルールの下にやっています。
それで全体の年金制度が維持できています。

さらには、そういう国では医療費などは全額国家の負担ですし、その他の社会保障制度も充実しているので老人は安心して生涯を送れるようです。

このような情報など、政治家、官僚などは、十分に理解しているのに、誰もが、これを変えようとはしませんでした。
年金の話しになると、
腹が立って、腹が立って
興奮が収まりません。

政治屋、官僚共にどうして恨みを晴らしてやれるか!
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.147 )
日時: 2013/08/13 03:19:25
名前: グッキー

橋立さん
また始まりましたね。すべてを説明しなければならない病が。

貴方の言っていることは
政治家が公共投資10兆円をすることを決めるのに
大学や経済総研でする経済予測をすべて政治家が正確に予測しろ
各省庁などから積み上げて出されるべき公共事業を、すべて
政治家が正確に出せと言ってるに等しいのですよ

人間は18歳までに常識という妄想を創り上げる
(アインシュタイン)
まず自分の常識を疑うという習慣が無ければ新しいものを
理解するのは困難です。

通貨増発分ー政府や日銀が恣意的に使う
これを
通貨増発分ー自動的に国民に配分する
に変えた方が良いと言っているだけです。

平等とは均一という意味に決まっているじゃないですか。
12600万人に差をつけられるわけはなし。その差をつける根拠も無い。

この国民に自動的に配分す根拠として、通貨は元々国民のもので、
国民が責任を負うものだと説明したのです。

これ以上の説明は困難です。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.148 )
日時: 2013/08/13 11:31:40
名前: グッキーさんへ・・・天橋立愚痴人間

意見交換をするばあい、互いに使う単語の概念を捉えておかなければ、知らず知らずの内に行き違いが起きます。
相手がグッキーさんならでこそ、意見交換の前に、其のことを突き詰めておく必要があるでしょう。

平等という概念についてグッキーさんは以下のように使われているようです。

>平等とは均一という意味に決まっているじゃないですか。

先に私が挙げた平等の概念の中で、均等に分けると言う意味に近いようです。

>貨増発分ー自動的に国民に配分する

これをベーシック・インカムと捉えてよいようです、かつ、そこに平等の概念が盛り込まれているようですね。


>この国民に自動的に配分す根拠として、通貨は元々国民のもので、
>国民が責任を負うものだと説明したのです。

>>まず通貨に対しての基本的考え方が違います。
>>通貨は国民が商品を売ることのより、価値を保証しています。
>>通貨を発行しすぎればインフレに成ることにより国民が出来任を取ります。
>>日銀が日銀券を発行すれば、その日銀券で国民は商品を売らなければ
成らないのです。
>>つまり通貨発行とは国民の負債です。
通貨発行が国民の負債なら、その通貨は国民の元に行き資産と成らなければ
>>成らないのです。
>>通貨とは国民の負債、国民の資産として両建てで出来るものなのです。
>>通貨は日銀のものでも政府のものでも有りません。
>>通貨発行し日銀や政府が恣意的に一部の者に供給するのは犯罪です。

前回のレスともあわせて、グッキーさんが言っておられるのは、現行の通貨管理の状況が、金融システムを維持しようとする一部の専門家、極端に言えばユダ菌、一党に支配されていることに対する反論と思います。
一部の専門家とかユダ菌と言いましたが、もともと資本主義経済における通貨の概念は、現行のそれを肯定して発達してきたものと思います。

その基本原理に、?マークをつけることを始めようとすれば、そりゃ、大変です。
殆んどの人々が、其れに何の疑いも持っていないのです。
それ以外の可能性も感じていないのです。

私がグッキーさんに魅力を感じていますのは、其の根本の概念に挑戦されていると言うところです。
以前、マーフィーさんは、地域通貨と言う領域で、同じような挑戦をされていたと思います。

しかしながら、此処までは解っていても、相手は大衆です。
殆んどの人が価値観でも変えなければ、新しい通貨の概念が受け入れられません。
マルクス主義が旨く機能しなかったのは、大衆が、本当の意味でマルクスの価値観を受け入れなかったからと思っています。

私は一歩進んで、どのようにすれば大衆が受け入れられる、現行の資本主義の価値観を修正できるシステムの説明が出来るかと言う事に興味を持っています。

具体的に言いますと、株価の変動とか、為替の変動に一喜一憂する経済の意味を、根本的に考え直したく思っています。
もともと物資の交換手段に過ぎなかった通貨が、信用と言うものを媒体として、此処まで大量に発行され、通貨自身の売り買いが経済の目的となっている部分が大きくなりました。

物資の交換手段だけであった時代の通貨はグッキーさんが言われるような国民のものと言う概念で捉えられるでしょう。
課題は、どのようにすれば過度の信用経済を縮小できるかと言う事になります。

理屈だけのことなら、満天下さんも言われているように「金融鎖国」と言う手段も考えられます。
この場合、現行の金融制度を否定するのではなく、それを制限すると言う意味です。

私の場合は、別の方法を考えています。

>通貨は元々国民のもので、
>国民が責任を負うものだと説明したのです。

具体的には、どのようなシステムで、それが可能かと言うことを問うているのです。
もっとも、明確に答えられるような課題ではないことは解っています。
少なくとも、ベイシック・インカムは、其れに当らないと思っています。


(アインシュタイン)
まず自分の常識を疑うという習慣が無ければ新しいものを
理解するのは困難です。

上記の諭しは、私の場合は本件に関するかぎり、不要かと思いますが。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.149 )
日時: 2013/08/13 12:30:02
名前: グッキーさん2・・・天橋立愚痴人間

グッキーさん、

以下は「経済の話し」スレッドのNo 22のレスからの抜粋です。

>まあ、この理屈は簡単で、通貨の価値を担保しているのはその国の供給能力だからです。(もう耳タコですが・・・私は指タコか)

>物不足になるとその物に対する希少価値が上昇し物価が上がりますよね。
つまり物の供給、生産力が高いと物余りになり、物価が下がる=通貨の価値が上がる(デフレ) という事です。

これによると通貨の価値を担保するものに供給能力を挙げています。

貴方の理論も、日本の場合は供給能力は高いことを前提として需要の喚起を問いておられると思います。
需要云々はともかく、通貨の価値の担保と言う意味で、この意見はどのように判断されますか。

これは必ずしも中央銀行の恣意だけでなく通貨の価値の担保が得られると言うことになりませんか。
これによると、日本の財政が大赤字なのに円の価値は一定のものを保っておられると言うことで証明されます。

まあ経済の要因はそれだけではないことは解りますが、国債投機筋に必要以上に左右されない実力を、日本は持っていると自負することは出来るのではありませんか。

そういう観点から、しっかりと見つめることで外構上、有利に立て、経済政策(金融政策)も、もっと日本独自のものを打ち出せるのではないでしょうか。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.150 )
日時: 2013/08/13 13:15:29
名前: グッキー

橋立さん

>上記の諭しは、私の場合は本件に関するかぎり、不要かと思いますが。

私も含めてかも知れませんが、人間てのは思い込みが強いんですよ。
阿修羅を見ていると思い込み人間がうじゃうじゃいます。

では通貨は国民のものと言うのはご理解いただけたでしょうか??
これは経済の基本原則みたいなもので、相対性原理と同じで、
これが理解できなければ先に進んでも混乱するだけです。

>物資の交換手段だけであった時代の通貨はグッキーさんが言われるような国民のものと言う概念で捉えられるでしょう。
課題は、どのようにすれば過度の信用経済を縮小できるかと言う事になります。

通貨準備率を高くし、信用創造を止めちゃえば良いのです。
預金=法定準備預金(ブタ積み)に成っちゃえば信用創造は出来ません。

もともと銀行が信用創造し通貨を増やせることがおかしいのです。
石ころでもキャッチボールをして、それに銀行が融資を付けていけば
通貨が増え、通貨価値が薄まります。(バブルの基本原理)
これは社会的に不公正なことです。

銀行が信用創造出来なければマネーサプライは減ります。
変わりに日銀が国民に通貨供給すればベースマネーは増えます。
消費者に通貨が増えればマネーサプライの回転率が高まり、
マネーサプライが減っても大丈夫です。

現在0,4なんてふざけたマネーサプライの回転率は
銀行にお金がみんな集まっちゃったということです。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.151 )
日時: 2013/08/13 17:02:48
名前: グッキーさんへ・・・天橋立愚痴人間

>阿修羅を見ていると思い込み人間がうじゃうじゃいます。

アッハッハ
阿修羅を見ていますとグッキーさんの意見に対して、全く既成の概念から、ものを言う人が殆んどで、話が進展して行きませんね。

また、私とグッキーさんの間でも、グッキーさんが経済の理屈に詳しい分だけ、まだ既成の概念に囚われておられるような気がします。

まあ、私のは徒手空拳で兵に立ち向かうようなものですが。
かつてヤフー掲示板で経済に詳しい人の意見に食い下がっていた経験があります。

結局、その人は、案外、素人の方が判っているところもあるのかな!
と言っておられました。

>では通貨は国民のものと言うのはご理解いただけたでしょうか??
>これは経済の基本原則みたいなもので、相対性原理と同じで、
>これが理解できなければ先に進んでも混乱するだけです。

形而上学的になってしまった通貨論を、国民が身近に感じられるように、その様なシステムの構成が必要だと言うことを理解しています。
で、
先に進むとは、如何なものでしょう。
それを、ぜひともお伺いしたいのです。

この領域で、グッキーさんは、いささか先祖帰り(資本主義の基本理念)されているのではないでしょうか。
それを下記の様な言葉の中に垣間見ているのですが、間違いでしょうか。

>通貨準備率を高くし、信用創造を止めちゃえば良いのです。
>預金=法定準備預金(ブタ積み)に成っちゃえば信用創造は出来ません。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.152 )
日時: 2013/08/15 18:21:51
名前: 1000兆円の踏み倒し・・天橋立愚痴人間

「政府の借金は返済してはならない 」と言う記事を見つけました。

ttp://ameblo.jp/hirohitorigoto/entry-11582766012.html

途中からですが転載します。

・・・

本題ですが、藤巻氏は相変わらずと言いますか、

・政府のプライマリーバランスは黒字化しなければならない。
・政府の借金1000兆円は返済しなければならない。

と考えているようです。

最初の政府のプライマリーバランス黒字化に意味が無いことは過去のエントリーで書きましたが、

黒字化しなければならないという思い込み
→ttp://ameblo.jp/hirohitorigoto/entry-11552467234.html

よって、今回は政府の借金を返済したらどうなるかに対して焦点を当てて説明します。

下の図は日本国家全体の資産を左側に、負債を右側に積み上げた貸借対照表(バランスシート)ですが、これを使って100兆円の国債償還をした場合のシミュレーションをしてみます。(過去に作った物なのでデータは古いです・・・手抜きスマン)

(図表)

まず、政府が100兆円の国債を償還するためには、民間から100兆円の税を徴収しなければなりません。
企業、家計からそれぞれ50兆円ずつ税を徴収し、政府の資産が100兆円増加したとします

(図表)

次に、その徴収した税100兆円で国債100兆円を償還します。

(図表)

するとどうなるのか・・

(図表)

政府の資産100兆円と、負債100兆円はめでたく消えて無くなりますが、この貸借対照表のトータルの金額を見て下さい。

日本国家全体で資産と負債が100兆円減っている事がお分かり頂けると思います。
(正確には税の徴収により国民の預金が減るので、金融機関の負債(国民の預金)が減少し、同時に金融機関の資産も減るのでトータルでは200兆円の資産と負債が減ります。それを図に書くとごちゃごちゃしてわかりにくいので省きます)

国債の償還とは民間の資産を100兆円減らし、政府の負債を100兆円減らす行為、ただそれだけであって、スコーンとだるま落としのように日本の経済のパイが縮小してくだけになります。

もし、藤巻氏の言うようにすべての政府の負債1000兆円を返済したならば、恐らく日本の貸借対照表(バランスシート)は、資産、負債共にほぼゼロになり、日本経済は完全に崩壊してしまうものと思います。

※補足:しかし、国債を償還したらそのお金は国債の保有者(主に金融機関)に返済されるので民間の資産は減らないのではないか?
と思われるかもしれませんが、国債の保有者から見ると、国債という金融資産が現金に置き換わるだけなので資産の増減はありません。

資本主義の経済とは借金を拡大することでバランスシートの反対側つまり資産を増やすことで経済を成長させていきます。
ところが今の日本経済では、民間(特に企業)が投資を縮小し、借金を返済しているので日本全体の負債が減少しているのが実情(下図参照)。その減少分を政府が国債を発行し補完することで、日本全体の負債減少を食い止め、国民の資産の縮小、経済のパイが縮小することをなんとか防いでいるわけです。

(図表)

もし、仮にこのような状況で政府までもが借金を減らしたらどうなるか?
間違いなく日本経済は崩壊してしまいます。

参考までに日本を含めた全世界の国の政府債務の推移をグラフにしてみましたが

(図表)

2000〜2012年の間に政府の負債は3倍近く増加しています。
借金を減らしている国は存在しません。

借金をして資産を拡大させていく、これは「信用創造」と呼ばれる資本主義経済の基本中の基本。つまり、借金を減らせと主張する藤巻氏は資本主義経済そのものを否定しているに等しいわけで、このような人物が「エコノミスト」と名乗っている事に違和感を感じます。

と言いますか、マスコミも「政府の負債を減らす」事が目的化してしまい、その結果国民経済にどのような影響をおよぼすのか、その様な考察が一切ありません。非常に不可解です。

それとも分かった上で、日本経済を破壊する目的で言っているのか。

あまり陰謀論は好きではないのですけど、つまりはこういう事なのかなと思ってしまいますね。
以下はbandoさんのブログ記事ですが、

コミンテルンを知ろう!!
→ttp://ameblo.jp/tokyo-kouhatsu-bando/entry-11581001301.html

日本経済を混迷させ、国民の不安を煽って政府を倒し革命を成す。
そのような目的があるのではないかと疑いたくなります。

ただ、政府の負債はすべての経済状況において返済してはならないという訳ではありません。
過度なインフレの時、景気が加熱しすぎた時は、民間の経済活動の熱を取る目的で政府が国債を償還するのは有効な手段となり得ます。
ですが、今のようなデフレ不況では国債の償還を考える必要はありません。


(転載終わり)

まあ、言っていることは解るのですが、1000兆円の国債を現状維持するための利息分の処置については語られていません。
毎年、巨額な利子を、どのように手当てすればよいのでしょうね。
詰まるところは、その利子を(年間20兆円近い)補完する無利子国債を日銀が引き受けてくれる事が前提ではないのでしょうか。

其処まで言って欲しいのですが、
まあ、全体の流れは判ったような、判らないような・・・

でも、私は、この考えを支持します。

この方は、別の文章でGNPの20%くらいの通過の増発は悪性インフレは起きないと言っておられます。
生産力が十二分にある日本では!

550×0.2=110兆円ですので
20兆円(4%)くらい、やっていただきましょう。

勇気ある政治屋さん、
御願いしますよ。

そうでなきゃ
消費税増税があぶくとなって消える心配がなくならないのです。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.153 )
日時: 2013/08/16 04:57:19
名前: グッキー

橋立さん

>この方は、別の文章でGNPの20%くらいの通過の増発は悪性インフレは起きないと言っておられます。
生産力が十二分にある日本では!

実はこの増やし方が問題で、どうやって増やせば良いか
誰も言わないのです。
従来の手法、日銀が金融市場、日銀の代理店(銀行)を通じて増やす
という手法しか知らないのです。

日銀が銀行から資産を買い取り銀行にマネーを供給しても
そのマネーがブタ積み(日銀当座預金)に成ってしまったのでは
何にも成らないのです。
日銀がQEとか言ってマネーを供給しても、ブタ積があれよあれよと
いう間に増えて行き、この間70兆円に成ったとか言ってたけど
現在はいくらに成ったことやら。

本来、銀行の信用創造というものに問題があります。
法定準備率を上げて銀行の信用創造を減らしていけば、
日銀がベースマネーを発行できる余地は極端に大きくなります。

銀行の信用創造を減らし、日銀が直接国民に紙幣を配布すれば
無借金経済に成り、経済が健全化します。
投機資金はレバレッジが利かないので大幅に減少します。
その上金融取引税でも課せば投機そのものがほとんど無くなります。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.154 )
日時: 2013/08/16 06:13:30
名前: グッキー

橋立さん

>これによると通貨の価値を担保するものに供給能力を挙げています。
貴方の理論も、日本の場合は供給能力は高いことを前提として需要の喚起を問いておられると思います。
需要云々はともかく、通貨の価値の担保と言う意味で、この意見はどのように判断されますか。

供給とは国民が生産するものです。だから国民が保証しているのです。

>まあ、言っていることは解るのですが、1000兆円の国債を現状維持するための利息分の処置については語られていません。
毎年、巨額な利子を、どのように手当てすればよいのでしょうね。

日銀が国債を保有すれば、日銀費用などを除いて国庫納付金になる。
つまり国債が増えても無利子国債と同じなのです。

でも本来は政府も債務が無い方が良い。帳簿上健全ですww
日銀が国民にマネーを配布し、その中から税金を徴収し政府債務を
返していけば0に出来ます。

こういう発想をするには、紙幣は国民の無利息永久債務証書という
基本概念が必要なのです。

紙幣は日本銀行券という発想からみんな抜け出せないのです。
(↑18歳までに出来た常識という妄想)

銀行は信用創造するもの
(↑18歳までに出来た常識という妄想)

石ころでもキャッチボールをして銀国が融資をつければ通貨を
増やすことが出来ます。
偽札製造です。偽札でも通貨が増えれば景気は良くなります。
しかしやがて石ころは石ころだと分かり暴落し、通貨は減少し
景気は悪化します。
これがバブルの本質です。
銀行の信用創造とは偽札を印刷することが出来るので、
健全、公正なものではないのです。

銀行が信用創造出来なければ(法定準備率で可能)
日銀が直接国民に通貨供給することにより、
経済はより健全、公正になります。

でも人間は自分だけがお金を儲けたいので、
銀行の信用創造を減らすなんて発想が出来ないww
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.155 )
日時: 2013/08/16 12:38:41
名前: 金融政策・・・ 天橋立愚痴人間

グッキーさんの意見は、現状を打破できない(固定観念に縛られている)経済の専門家のどんな意見よりも。私に近いものと思っています。

ですが、

>供給とは国民が生産するものです。だから国民が保証しているのです。

供給力が十分ある国では、通貨の増発で悪性インフレが起きる心配はない、と言うような言い方で通貨の価値の担保と言う領域の話をされている方がいます。

ですが、現在がそうである様に、それだけでは(言っているだけでは)何も変わりません。

資本主義の修正の問題は、一つには通貨の恣意的増発が理論的に可能かと言うことと、通貨の価値の担保をどのように設定できるかと言うことであると思います。勿論、通貨の増発の仕方、つまり配分の方法も問題です。

通貨の増発の可否については、言うまでもなく、すでに世界の各国が実践しています。
ttp://ameblo.jp/hirohitorigoto/entry-11582766012.html
で紹介したように、世界の主要国の政府債務は、ここ10年で、2〜3倍となっています。

日本でもここ10年、毎年40兆円の債務が増え続けています。
殆んどは国債の発行と言う手段によっていますが、どのような理由であれ、どのような配分方式であれ、恣意的な通貨の増発にはちがいありません。
インフレも起きてはいません。

と言うことは、恣意的通貨の増発は、対GNP比で1割くらいは構わないという事になります。
勿論、それがベーシック・インカムの様なものでは判りませんが。

で、あるのに、多くの経済専門家は古典的な資本主義の金融理論にしがみつき、現状を理論的に認めようとはしません。
これは、何故、そうなるのかを検証する事によって、純粋な資本主義理論の裏で暗躍するユダ菌などの支配構造があるのではないでしょうか。

また、そのユダ菌の陰謀を暴くためにも、金融政策で通貨の価値の担保を取っているように見せかけている世界の経済関係者の考えを理論的に打破しなければならないのではないでしょうか。

ところでユダ菌の陰謀とは、まさしく通貨の価値の担保と言う領域で働いていると思います。
現在の通貨の価値の担保は、為替レートを管理する事を目安としてやられていると思います。

ユダ菌の陰謀を暴くためには、国内生産の供給力を、通貨の価値の担保の要因に加えるように動かねばならないでしょう。
どのように取り上げる事が出来るかが、議論の的ではないでしょうか。

要するに、

>供給とは国民が生産するものです。だから国民が保証しているのです。

この言葉の実践方法を考えることが必要なのです。

増発通貨の配分方法については、私は現金ではなく、公共事業を通した仕事の配分を主張していますが、このことは別の機会で話しましょう。




上記のことを纏めれば

生産力が十分に発達した世界の国々は、同時に失業者問題で悩むようになってきた。
一方で社会福祉にかかる金が税金では足りなくなってきた。

資本主義社会も、ある意味、円熟期を向かえ、発展途上の様なシステム、そのものを変える事を迫られている。
実質、それが出来るのに、しようとしない勢力が存在し、世界を牛耳っている。

世界の住人が、このようなことを自覚すれば、社会は動くのに!

新らしい、経済の理論(修正資本主義)は可能であるのに。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.156 )
日時: 2013/08/16 13:10:21
名前: 固定相場制の復活・・・ 天橋立愚痴人間

>ユダ菌の陰謀を暴くためには、国内生産の供給力を、通貨の価値の担保の要因に加えるように動かねばならないでしょう。
どのように取り上げる事が出来るかが、議論の的ではないでしょうか。


上記に対応する一案です。

固定相場制から変動相場制に移行した経緯は詳しく知りませんが、

昔のままでなくても、固定相場制を復活することを勧めます。
そのための弊害は、関税と言う手段で解決出来るでしょう。
それも、相手国毎の関税率の設定をしては如何でしょう。

ずるい国が、固定相場制を利用して利益を貪ることは出来ません。
各国の実情に応じた経済政策が取れるはずです。

少々の不便はあっても、総体的に国民の為にはなるでしょう。
自由主義経済を唯一の形として追求してきたのは世界の巨大資本、ユダ菌などではありませんか。
そのシステムが破綻してきた現在、其のやり方の反対のものを見直すことなど常道ではありませんか。


メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.157 )
日時: 2013/08/16 13:30:09
名前: Re:固定相場制復活・・満天下有人

やっと私の持論に近くなりました。新たな社会体制を創ることも出来ず、現行体制の中で生きる防衛策としては、(準)鎖国しかないと思います。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.158 )
日時: 2013/08/16 14:23:00
名前: 固定相場制の復活・・通貨管理の話し

満天下さんの「金融鎖国論」については以前から聞いています。

話しを、また別の角度から見て、

各国の財政は、税金と言うものを中心にやっています。
ところが、社会福祉政策を重視しようと思えば、それでは足りなくなってくることは当たり前の事です。

税金(所得税だけではなく、所謂国民負担分と言う意味です)を多く徴収するためには、国民を金銭的に豊かにしなければなりません。

ですので生産力を増やし国民の需要を喚起すると共に、輸出によって豊かになろうとします。
一部の国だけなら、その自国のためだけならば、輸入する国家が多くある事によって、成果も得られるでしょうが、世界中の国は、それぞれの立場で、同じ事を思いつきます。

結局は、経済の発展に頼る、福祉国家つくりは、其の内に破綻してしまいます。
それが判りながら、ユダ菌、一部の企業の利益の為に止められないのです。

と、言うことは、
>各国の財政は、税金と言うものを中心にやっています。

これを止めればよいのです。
各国の財政を税金以外のもの(通貨の恣意的発行)に頼ってはいけないと言う法則は何なのでしょう。

貨幣の価値の担保が出来ないと言う理由ですが、その担保の仕方も、金本位制の時代であれば、それなりに納得は出来ても、2京円と言う、実態経済の何倍かの通貨をすでに発行している現在、従来の実体経済論の中から出てきている、需要、供給の関係やら、飛び交うファンドマネーの交換比率などで、貨幣の管理をすること自体が欺瞞であると言えます。
グッキーさんも主張しておられるような形、

「国民が通貨の価値を保証している」とは言えないのです。

結局は
「各国の財政を税金以外のもの(通貨の恣意的発行)に頼ってはいけない」と言う事を、誰もが証明は出来ていないのです。

このような矛盾により、株価の乱高下や、為替の変動など、実体経済とは関係ない経済の動きがあり、其れによって経済政策が取られているのです。

このような事が続くはずもなく、このままでは世界の経済が破綻してしまいます。
世界の経済学者などユダ菌の走狗に過ぎず、彼等が言う屁理屈など、聞き捨てにして、私たち自身で、新たな経済のシステムを求める活動をしなければなりません。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.159 )
日時: 2013/08/18 20:00:03
名前: グッキー

経済鎖国、金融鎖国するとどんなプロセスで、どんな
結果が出るのか私にはぜんぜん見えてきません。
是非どういうプロセスが起きるのか説明してください。
−−−−−−−−

阿修羅の「パチンコ人口激減!・・街なか産業の「最後の稼業」も消える!」
ttp://www.asyura2.com/12/hasan78/msg/568.html

のスレ見てたら、137コメも付いているのに、パチンコ業界の
現実を把握している人がほとんで居ません。
現状を知らない人が、どうだこうだと能書きを言ってるだけです。
能書きを言いたい人だけが集まっているのにはうんざりします。

パチンコは貸し玉1個4円、このレートを長年続けてきました。
それが2年ほど前から貸し玉1個1円というのが出てきてレートが
4分の1に切り下がりました。

つまり売り上げが4分の1になるということです。
こんなレートでよく営業しているなーと思っていたら、
今年になって貸し玉1個0,4円というのまで出てきました。
レート10分の1、売り上げ10分の1です。
これじゃ電気代も出ない。

まあ、店員を出来るだけ減らしたり徹底的に経費を切り詰めて
居るんでしょうけど、売り上げ4分の1や10分の1では
時間の問題でしょう。
こんなことは今まで無かったことで、予想さえもされていませんでした。

パチンコ業界というのは昔から不景気に成ると景気が良くなると
言われて業界です。
不景気に成ると暇が出来、お客が増えるということです。

これが何を意味するかというと、実体経済のマネーが極端に
少なくなっているということです。目を覆うような状況です。
この現実を理解しないで経済なんて語っても話に成りません。

分業化経済ではマネーが無ければ、商品、サービスの交換が止まり
生産が止まり失業が大量に発生します。
労働需要が少なければ賃金が下がり労働条件が悪化します。

アメリカのアマゾンの商品倉庫では、ベンチ・マーキング目標で
労働者がこま鼠のように働かされ、冷房が無いので熱中症で倒れたら
外で待機している救急車が病院に連れて行き、すぐに後釜の労働者を
入れるということだそうです。
それでも仕事が有るだけましだと思えと言われるそうです。
もはや賃金奴隷です。

このままでは日本も同じことに成るでしょう。
実体経済にマネーが有れば需要が増え、生産が増え、仕事が増えるのに、
たった実体経済にマネーが無いということだけで人々が奴隷化されようと
しています。

それなのに政府のやることは、マネーの有り余った金融業界にさらに
マネーを供給しようとし、実体経済からは消費税でさらにマネーを
少なくさせようとしています。

まあ、もう市民の反乱しか無いですね。阿修羅のように現状も知らない
人たちが能書きを言っているのには呆れるばかりです。
日本人では市民の反乱は起こせないかも

しかし市民の反乱は欧州から、世界から津波のように伝わってきます。
密かにそれに期待しています。
その前に警察国家に成らないことを願うばかりです。


メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.160 )
日時: 2013/08/18 20:13:22
名前: グッキー

ベンチ・マーキング(成績の良い者を目標にする)というのは
酷いシステムで、失業率が高いという条件で成り立ちます。

労働者はベンチ・マーキング目標により働かされ、成績の悪いものは
首にされ新たな労働者を入れます。
それを監督する者もベンチ・マーキング目標があり、成績が悪いと
首にされ入れ替えられます。
その上もまた同じです。

こうやって労働者がこま鼠のような奴隷労働をしなければ
成らないシステムを造っているのです。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.161 )
日時: 2013/08/18 20:50:38
名前: パチンコの話し・・・天橋立愚痴人間

グッキーさん、久しぶりですねえ。

金融鎖国については、後で話すとしまして、
とりあえず「パチンコ」の話しに飛びつきます。

私も、以前は、結構パチンコへ行っていた方でして、週に、2〜3回は行っていました。
当時のレートは、1玉4円。
フィーバー(大当たり)がかかると15分くらいで5000円程度の玉がドンドン出てきます。
それまでに、1〜3万もつぎ込んで、ハラハラ、ドキドキの気持ちがたまらないのです。

1玉4円のレートでは、負け続けると1万円の資金が30分も持ちません。
私の場合は、そんなに資金を持っていかないので、大抵は2〜3万円で止めます。
それでも1ヶ月では、勝ち負けを含めて5万円くらいは、取られます。
私は取られたのではなく、パチンコ銀行に預けてあると言っていますので、都合300万円も貯金が出来ているでしょうか。
人によっては、家1件分の預金をしている人もいるようです。
貯金なので、実力があれば利子をつけて引き出せるはずですが、預けっぱなしで終わっています。

パチプロと言われて殆んど毎日パチンコ屋へ通っている人もあり、彼等は10万以上の元手を持って行くらしいです。
まあ、私とは違って、総計では儲けているのでしょう。

ありゃ、こんなことを言うためではないのです。
パチンコで3時間ほど我を忘れる時間を取る事は、私のように何時もPCとにらめっこをしている人間には、この上もない気分転換になるのですが、その月に5万円が勿体無くて出せなくなり、5年ほど前から、月に1〜2回程度より行かなくなりました。
それも1円パチンコと言って、1玉1円のレートの台です。

このレートでは、5000円も持って行くと、1時間くらいは遊べます。
何回か、フーバーがあれば2〜3時間は遊べます。

1円パチンコが出たのは、5年、くらい前のことでしょうか。
元手に自信のない人間は、すぐに、これに群がりました。
仰るとおり、パチンコ屋の売り上げは落ちていたと思います。

商売がら、パチンコ店の工事にも関係する事があります(積算の立場で)。
ずっと昔は、パチンコ店と言いますと、随分ときらびやかな装飾を施したものでしたが、20年近く前から、だんだんと装飾も控えめになって来ました。
初期投資が、あまり出来なくなってきたのです。
昔のパチンコ業は、投資した資金を3年で償還するほどの部の良い商売でした。

時代が過ぎて、最近は、私の住んでいる近くの(車で15分程度)パチンコ店、7件のうち3件が店を閉めて、残りの3件は、すでに青息吐息で営業しているようです。
パチンコ店の駐車場に止まっている自動車の台数が、往時の1/3〜1/2もないのです。

これは、私のようにパチンコへ行く余裕のある人間が、減ってきているのです。
本当は、もっともっと、少なくなっているはずですが、そこは、飽くまでも博打、金がなくても無理して通うマニアがいるのです。

私は道路を走りながら、パチンコ店の繁盛の様子を疲弊している社会のバロメータと思い、様子を見ています。
あと2〜3件もつぶれたら、暴動でも起こさねばならないような危険な状態となるでしょう。

暴動は起きなくても窃盗、泥棒の類がはびこる物騒な社会となって行くと思います。
それも、順調に行くと、あと3、4年の事ではないでしょうか。

日本中のパチンコ店がつぶれると、トンでもない事になります。
皆さん、そういう目で、パチンコ店を見ていただき、せいぜい、パチンコへ通ってください。

?????
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.162 )
日時: 2013/08/18 22:54:58
名前: グッキー

橋立さん

>私も、以前は、結構パチンコへ行っていた方でして、週に、2〜3回は行っていました。

私もずいぶん昔に行ってたことが有ります。週1回くらい
家族孝行がメインで、朝、私が行って何箱か出しとくか
確変でも当てて置く。そこに女房が来て交代し、
私は子供を遊園地にでも連れて行くという感じですw

>パチンコ店の駐車場に止まっている自動車の台数が、往時の1/3〜1/2もないのです。

お客が減ってレートを大幅に下げて、よくやって行けるなーと感心しています。

>それも、順調に行くと、あと3、4年の事ではないでしょうか。

日本だけの話ならそういう計算も出来るんでしょうけど、欧州からリーマンショックを
どれだけ上回るか分からないものが襲ってきます。
今年中か来年か
知っている金融関係者は、自給自足するんだと言って、田舎で農園を
やっています。

失業率27%、先は見えず経済は落ちていくだけ。
一所懸命つぎはぎして持たせていますが、市民がどこで
爆発するかです。爆発すると金融ショックです。

>皆さん、そういう目で、パチンコ店を見ていただき

私もそういう目で見ています。
パチンコ屋の客が減って0,4円の貸し玉が出てきて、景気が良い、
いい加減にしてくれよです。

しかし阿修羅の現実を知らない人の多さには疲れが出ます。
曰く、パチンコ屋を無くせば社会にその文のお金が回る。

そんな金が何処に有るwww
あぶく銭が出来るから消費が増えるんじゃないか。
パチンコ屋みんな潰れたら、みんな必死に貯金するよ。

曰く、パチンコ屋にもっと税金をかけろ。

無いところに税をかけても取れないよwww
みんな昔の儲かっていた時代を想定して考えている。
そんな現実認識で、よく偉そうにどうだこうだと言えると
呆れています。
それも136コメ有って135くらいの人たちです。
呆然、なすすべも無い
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.163 )
日時: 2013/08/18 23:32:08
名前: グッキーさんへ・・・天橋立愚痴人間

グッキーさんへ、

糾弾掲示板は、もう少しすれば管理人さんが改装されます。
勿論、今までのスレッドはこのまま継承されます。

改装の目的は、現在使われているアメリカのブロバイダーでは、よくトラブルが起きて(アクセス出来なくなるなど)参加者、ロムされている方に迷惑をかけているからと、ブロバイダーを替えられるようです。

書式は殆んど同じですが、スレッドのサブタイトルが表示出来るようにされているようです(私の希望でしたが)。

ところで、グッキーさんは物知りで、阿修羅では、いろいろと多方面の情報を紹介されていました。
この掲示板が阿修羅と違いますのは、一旦、スレッドを立てれば何時までも、それが閲覧できる事です。

また糾弾掲示板の特徴として、あるスレッドは、随分と長く、レス数も膨大で、議論を続けて展開できる事です。
そういう面も大切にする為に、
例えば、紹介する事が主な目的の記事に対しては、それを数種類(10種類でも)に仕分けいただいて、ドンドン紹介してくだされば、読者も、私たちも、そのスレッドを開く事によりいつでも情報を確認できます。

例えば、一時、アメリカの99%運動の成り行きを追っておられました。
99%運動と言うスレッドでも立ち上げていただき、時期に応じた情報を集めてくだされば、それが糾弾掲示板の魅力ともなると思います。
しかめっ面して、議論ばかりをしていても窮屈な掲示板となり、来てくれる人も少なくなります。

経済論など持論を展開されて、議論もやられたいスレッドは、そのスレッドとして立ち上げていただけば喜んで異論を差し挟みに行かせていただきます。

このように言いますのは、余りスレッドが立ち過ぎますと、掲示板としての落ち着きがなくなり、議論板の部分がかすんでしまうからです。

このことは「日本の陰謀」を展開されている、ねこ さんにも依頼しました。
始めの頃の、ねこ さんは、一つ一つの陰謀を、一スレッドで出されていたため、陰謀に関するスレッドが掲示板P1(100スレッド)の中で20近くもなり、まとめていただくよう御願いした経緯があります。

その後、ねこ さんは、遠慮されすぎていて、もう少しはスレッドを立てていただいても、掲示板の流れに支障はないのですが。

グッキーさんの、多くの情報は、もっと展開して欲しいですね。
魅力ですよ。

ついでに言わせて頂きます。
糾弾掲示板へのアクセスは、糾弾のトップページや、糾弾掲示板から入ってこられる人と、ヤフーなどの検索で、直接、スレッドへこられる方がいます。
糾弾トップページのカウンターは、全く当てにならず、ページビューで言いますと、今でも1日に1000を超えています。
一時は2000を優に越えていました。
このことは、随分と古くなっているスレッドへのアクセスが結構あるということで判ります(2、3度、全てのスレッドを手で数えて見ました)。
言いたいことは、スレッドのタイトルを、誰もが興味を持つ様な名前にする事です。
例えば、私がやっています「年金問題とか」「官僚の腐敗」とかの言葉は多くの人に共通する言葉です。
今日、UPした「宗教とは何か」と言うスレッドは、書き込みが続いている間は、せいぜい1000のアクセスでしたが、知らぬ間に5000を超えています。
阿修羅のように急激なアクセスはありませんが、糾弾掲示板も時間をかければ、結構見ていただいていると言う事が言えます。


そんな事も、考えていただき、この掲示板の発展の為に宜しく御願いします。





私の投稿も、目立たなくなりますし。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.164 )
日時: 2013/08/19 07:53
名前: グッキー ID:VInzu6wc

橋立さん

ではお言葉にあまえて投稿させて貰います

と、返事を書いたのに消えちゃいました???ww
メンテ
金融鎖国論 ( No.165 )
日時: 2013/08/19 12:41
名前: 天橋立愚痴人間 ID:18OD3CKE

さてグッキーさん、金融鎖国についての話です。

先のレスで経済鎖国と言う言葉を使っていおられましが、これは違います。
金融鎖国を、どのように思うかなどとは、これが新しい経済のシステムを考える場合の核心とも言える事なので、今の時点で納得できる説明となりますか、どうか、判りません。

考えて見ますに、現在の経済(資本主義と言いますか、新自由主義経済)のシステムの何処が不都合であるかと言うことから入りましょう。

新自由主義経済とは、グローバル化と言う形で浸透しています。
グローバル化に伴い、あらゆる企業は集約化され、より規模の大きな企業が残り、中小、零細企業は市場から退場することを余儀なくされます。

其れに生産力の発達に伴い、生産に必要な労働者の数がいらなくなります。
その両方の事が原因で、世界各地に失業者が増えてきています。

グローバル化の影響は、別の意味でも重大です。
それは物資の生産地と使用地が、随分とかけ離れてしまっている事が多くなりました。経済学で言う、需要と供給の関係は成り立っても、それを媒介する通貨と言う意味では、人々の生活圏を乗り越えていて、必要な通貨の循環が起きません。

そういう意味で、輸出に関する企業の従業員には通貨が廻ってきても、輸出とは関係のない企業の従業員は、国内の経済活動からより通貨を得る事が出来ません。
通貨の流通の市場が偏っているのです。
アベノミクスにより大手、特に輸出大手企業の従業員の収入が増えても、それ以外の企業の従業員には恩恵がないことで証明されます。

以上の事は、資本主義経済のシステムを取る限り、ある程度は認めなければならない事でもあり、これを認めても資本主義経済のシステムは人類にとって必要なものであると思います。

ところで、このグローバル化を必要以上に促進しているのは金融のシステムのありようです。
企業の集約(合併、併合)には多額の資金が必要で、ファンドと言う投機資金が暗躍する結果となっています。
どちらかと言えば、投機資金が己の利殖の為にグローバル化を推し進めていると言えるでしょう。

それは、実態経済(GNPで5000兆円)を大幅に上回る通貨(2京円)が出回っている事で証明されます。
投機資金が、このように膨らんだのは、為替、株式投資、物資の投機などの結果です。
こうした投機筋の資金に煽られて企業は、更なるグローバル化を競っているのが現実です。

さらには、こうした投機筋の動きは、各国の金融、経済政策に影響を及ぼしています。
国内企業のグローバル化(世界企業化)と言うものを人質にとり、国が独自の政策を取ることを牽制しています。

グッキーさんも主張されているような、ベーシック・インカムの政策なども、彼等の論理に従うと、円の価値が無くなり日本の経済が破綻すと言って脅してきます。
では、それほど為替管理が重要なのでしょうか。

勿論、完全な鎖国では、実際に日本の経済は立ち行かないでしょう。
ですが、現在の変動相場制を止めて、新しい意味での固定相場制に代えるくらいなら出来るのではありませんか(現在も中国は固定相場制でやっているはずです)。
機軸通貨、ドルを誇大に重視して変動相場制を維持し、其の分だけドル国家、アメリカの金融支配を許しているのではありませんか。

勿論、固定相場制に移行する事により、我が国の貿易収支には、結構な影響が出るでしょう。
ですが、その代わりに国内の経済政策を国民の為にやれるのであれば、その不利益を解消するものが生まれるのと違いますか。

現在の風潮は、アメリカの陰謀、ユダ菌の陰謀と騒いでいるだけですが、それを打ち破る方法も考えればよいのです。
これくらいの自覚、覚悟が国民には必要なのです。

こういう発想で「金融鎖国」と言う言葉を象徴的に使っています。
「金融鎖国論」とは、これによってグローバル化する経済を少しでもコントロールするためのものです。
今回は柔らかい金融鎖国論でしたが、もっと過激な方法もあると思いますが、私には具体的には言えません。
それを指し示してください。
おそらく、満天下さんも同じようなことを考えておられると思っています。


食料鎖国とか、ヘリマネによる公共事業のばら撒きで国民を救済する話しは、別途のものとします。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.166 )
日時: 2013/08/19 16:51
名前: グッキー ID:VInzu6wc

橋立さん
ここからは意見が分かれると思いますがPC的な論争でお願いしますよ。
論理により意見を交わす知的遊戯です。
負ける事に意義がありますww
勝った方は何も新しい知識が入ってこないので進歩が有りません。
負けた方は新しい知識が入るので進歩が有ります。
まあ、情報が多いPCと少ないPCが論争するような文ですね。
勝ったPCは情報量が変わりません。
負けたPCは情報量が増えます。

>グローバル化に伴い、あらゆる企業は集約化され、より規模の大きな企業が残り、中小、零細企業は市場から退場することを余儀なくされます。
其れに生産力の発達に伴い、生産に必要な労働者の数がいらなくなります。
その両方の事が原因で、世界各地に失業者が増えてきています。

生産力が増えても仕事は無くなりません。新しい仕事が出来るだけです。
現実に戦後から現在までどれだけ新しい仕事が増えたでしょう。
海外旅行1000万人、これすべて仕事ー雇用が伴います。
スポーツ施設、レジャーセンター、カルチャーセンター、教育、
数え上げたら切がありません。
人間は暇に成れば何かをする。ロボットみたいに倉庫で寝ているわけでは
有りません。
すると仕事が出来るのです。

失業はお金が無く、商品、サービスの交換が出来なくなることにより
発生します。
またケインズは金利が一定以下に下がらないことが非自発的失業を生むと
言いました。
つまり儲からないんじゃ企業は生産しないということです。
仮に金利がマイナス20%なら、その金利で資金調達すれば、企業はマイナス
10%の赤字でも生産するということです。

社会にお金が増えれば、パチンコ屋にお客がどんどん来て、レートが4円に戻り、
パチンコ屋は慌てて求人を行い、また昔のように何番さん大当たりーと、
店員がマイクでがなりたてるように成りますよww

途上国が何で何時までも貧乏なのか。
輸出用のアンフェア・トレード商品の生産をするからです。
これでは何時まで経っても国内需要が増えない。従って国内向け消費財の
生産をしないから貧乏なのです。
権力者と多国籍企業が結託し、そういう構造を造ってしまったからです。

>グローバル化の影響は、別の意味でも重大です。
それは物資の生産地と使用地が、随分とかけ離れてしまっている事が多くなりました。経済学で言う、需要と供給の関係は成り立っても、それを媒介する通貨と言う意味では、人々の生活圏を乗り越えていて、必要な通貨の循環が起きません。
そういう意味で、輸出に関する企業の従業員には通貨が廻ってきても、輸出とは関係のない企業の従業員は、国内の経済活動からより通貨を得る事が出来ません。
通貨の流通の市場が偏っているのです。
アベノミクスにより大手、特に輸出大手企業の従業員の収入が増えても、それ以外の企業の従業員には恩恵がないことで証明されます。
以上の事は、資本主義経済のシステムを取る限り、ある程度は認めなければならない事でもあり、これを認めても資本主義経済のシステムは人類にとって必要なものであると思います。

通貨の偏りとは空間の広さとは関係ないと思います。
アメリカ資本主義ー拮抗力の概念ガルブレイスで示されたように、
経済主体間の拮抗力が無くなったために強い経済主体にマネーが集まるだけです。

>ところで、このグローバル化を必要以上に促進しているのは金融のシステムのありようです。
企業の集約(合併、併合)には多額の資金が必要で、ファンドと言う投機資金が暗躍する結果となっています。
どちらかと言えば、投機資金が己の利殖の為にグローバル化を推し進めていると言えるでしょう。
それは、実態経済(GNPで5000兆円)を大幅に上回る通貨(2京円)が出回っている事で証明されます。
投機資金が、このように膨らんだのは、為替、株式投資、物資の投機などの結果です。
こうした投機筋の資金に煽られて企業は、更なるグローバル化を競っているのが現実です。

グローバル化すればより巨大な市場、より巨大な企業が生まれます。
しかし国内経済に限ったとしても、拮抗力に差が開いていくのは同じことです。
市場支配力のある企業が儲かる、これが現実の市場です。
その儲けを寡占による超過利潤と言います。
その寡占による超過利潤を政治により再分配していかなければ、格差が開き、
マネーは偏り経済は循環を止め崩壊します。
それが現在です。

>さらには、こうした投機筋の動きは、各国の金融、経済政策に影響を及ぼしています。
国内企業のグローバル化(世界企業化)と言うものを人質にとり、国が独自の政策を取ることを牽制しています。

経済をグローバル化するなら政治もグローバル化しなければおかしいのです。
政治がグローバル化できない以上、経済のグローバル化は間違いです。
その間違いにつけ込んで、多国籍企業、大資本が儲けていますね。

>グッキーさんも主張されているような、ベーシック・インカムの政策なども、彼等の論理に従うと、円の価値が無くなり日本の経済が破綻すと言って脅してきます。
では、それほど為替管理が重要なのでしょうか。

私はBIを主張していません

>勿論、完全な鎖国では、実際に日本の経済は立ち行かないでしょう。
ですが、現在の変動相場制を止めて、新しい意味での固定相場制に代えるくらいなら出来るのではありませんか(現在も中国は固定相場制でやっているはずです)。
機軸通貨、ドルを誇大に重視して変動相場制を維持し、其の分だけドル国家、アメリカの金融支配を許しているのではありませんか。
勿論固定相場制に移行する事により、我が国の貿易収支には、結構な影響が出るでしょう。
ですが、その代わりに国内の経済政策を国民の為にやれるのであれば、その不利益を解消するものが生まれるのと違いますか。

国際収支の均衡する水準に為替を誘導するのが良いと思います。
問題は内需なのですよ
内需拡大=国民生活が豊かに成る
なのに世界中で内需拡大と言っている政府が有りません。
世界中の権力者が悪辣&薄らバカなのです。

内需拡大といってもバブルやサブプライムローンのような
ファイナンスではいけません。ファイナンスによらない
内需拡大です。
メンテ
今後の労働市場 ( No.167 )
日時: 2013/08/19 18:00
名前: 天橋立愚痴人間 ID:18OD3CKE

以下は、何時もグッキーさんに質問するところです。

>生産力が増えても仕事は無くなりません。新しい仕事が出来るだけです。
現実に戦後から現在までどれだけ新しい仕事が増えたでしょう。

戦後は確かにその通りでしたし、その代わり一時的な景気、不景気の変動はあったとしても、総じて、雇用は確保されてきましたが、現在も同じ事が言えるでしょうか。
何にもまして、ヨーロッパ諸国の失業率の高さは、どの様に説明できますか。

生産力が高いということは、別のスレッドで貨幣価値の担保と言う面で使える要素であると言っておられますが、それは有効な要素であるとは思います。

>海外旅行1000万人、これすべて仕事ー雇用が伴います。
スポーツ施設、レジャーセンター、カルチャーセンター、教育、
数え上げたら切がありません。


卵が先か、鶏が先かの問題になり、実際に多くの人が、レジャーに使える金を持っていれば、その様に進展するでしょう。
しかし、今、現在、ワーキングプアーと言われる層が、労働人口の20%にもなろうとしています。
年収320万円以下の人を対象にすれば50%近いでしょう。

これらの人にとっては、上記の設定は出来ないのと違いますか。
確かに後の50%の人々は、レジャーも増やし新たな購買力を維持できるでしょう。
現在の貧困層、職がない連中は、豊かな連中が贅沢するのを待っていると言うことでしょうか。

現在日本の労働者の産業別比率は、第三次産業が75%を超えようとしています。建築業を含む第二次、第一次産業に従事する人間は25%に落ちていて、製造業はさらに人件費の比率を下げようとしています。
このまま行けば、80〜85%が第三次産業で吸収しなければなりません。

その第三次産業でも、銀行のキャッシューコーナー、ガソリンスタンドの無人化、スーパーのレジの無人化などがあり、ドンドンと省力化が進んでいます。
残っているのは介護師、ツアーコンダクター、スポーツジムのトレーナーなどでしょう。
本当にサービス業で殆んどの働き手を出来るのでしょうか。
また地域的に見ても、全国くまなく、そういう職場が確保できるのでしょうか。
労働者の能力から見て、極、平凡な人間でこなせる職業でしょうか。

その様な問題に疑問を感じます。
最も、グッキーさんが言われているように「新しい産業」が出てくればよいとも思いますが、これから考えられる新しい産業とは、いずれもハイテクを使ったもので、これも大衆が馴染めるものでしょうか。
レジャ産業がどれだけ拡大できて、労働者を吸収できるかについては本格的に検証したことはありませんが、やって見ることは必要でしょうね。
ある意味、それ以外、逃げ道が無いのではと思っています。

しつこく言っていますのは、グッキーさんに絡んでいる訳でもなく、白黒をつけたい為でもなく、この問題(新しい経済のシステムの追求)は、どうしても避けて通れないことであり、責任(自信)を持って意見を纏めたいと思うので、曖昧な点は除去して進みたいからです。

私が気がつかない、納得できるものがあれば、それを受容することに、勿論、躊躇するものではありません。


この下りについて、グッキーさんの考えの、更なる詳細が聞きたいですね。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.168 )
日時: 2013/08/19 22:38
名前: グッキー ID:VInzu6wc

天橋立愚痴人間さん

>戦後は確かにその通りでしたし、その代わり一時的な景気、不景気の変動はあったとしても、総じて、雇用は確保されてきましたが、現在も同じ事が言えるでしょうか。
何にもまして、ヨーロッパ諸国の失業率の高さは、どの様に説明できますか。

問題は市場が自由な市場ではなく寡占市場だということです。
寡占市場では生産を減少させることで利潤を生み出します。
減産=失業です。
完全競争状態の市場では減産などというものは有り得ません。

何で需要が少なくなり失業が発生するのか。
寡占大企業が市場支配力により寡占による超過利潤を得て、それを
貯蓄に回してしまうためです。お金の循環が止まってしまいます。
(ここまでがガルブレイスが言っていることです)

それでも金利がマイナスに成るのなら、企業はマイナス金利で資本を調達し、
マイナス利潤で営業できます。
いくら儲からなくともその分マイナス金利に成れば、
企業は生産が出来るのです=失業が発生しない
(ここまでがケインズ、ゲゼルの言っていること)

で、ゲゼルが減価する通貨を考えた。
現実の寡占市場では、寡占による超過利潤を止めることは不可能です。
だから政治による再分配が必要なのに、それを無くしたのが新自由主義です。

で更に合理的な解決法として考えたのが、実体経済に必要な通貨量(失業が発生しない水準)
を供給し、投機が発生しないように法定預金準備率を引き上げて、
銀行の信用創造を減少させるという方法です。
銀行が信用創造出来なければ、通貨に大幅な発行余地が出来ます。

>生産力が高いということは、別のスレッドで貨幣価値の担保と言う面で使える要素であると言っておられますが、それは有効な要素であるとは思います。

通貨の信用は購買力です。昨日とだいたい同じ値段で商品が買えるのに
何で通貨の信用が無くなるでしょう。
その商品、サービスを生産し売るのは国民です。

>卵が先か、鶏が先かの問題になり、実際に多くの人が、レジャーに使える金を持っていれば、その様に進展するでしょう。
しかし、今、現在、ワーキングプアーと言われる層が、労働人口の20%にもなろうとしています。
年収320万円以下の人を対象にすれば50%近いでしょう。

卵が先か鶏が先かでは有りません。
需要が無ければ生産は生まれません。
生産が無くとも需要は生まれます。

需要なんてお金を増やせば簡単に増えるでしょう。
生産は需要が無い限り増えないんですよ。


>これらの人にとっては、上記の設定は出来ないのと違いますか。
確かに後の50%の人々は、レジャーも増やし新たな購買力を維持できるでしょう。
現在の貧困層、職がない連中は、豊かな連中が贅沢するのを待っていると言うことでしょうか。

お金は印刷すれば簡単に増えます。

>現在日本の労働者の産業別比率は、第三次産業が75%を超えようとしています。建築業を含む第二次、第一次産業に従事する人間は25%に落ちていて、製造業はさらに人件費の比率を下げようとしています。
このまま行けば、80〜85%が第三次産業で吸収しなければなりません。

1次2次産業が、その人口で生産可能ならそうなります。
国民は色々な余暇を楽しむことになります=仕事が出来ます。

>その第三次産業でも、銀行のキャッシューコーナー、ガソリンスタンドの無人化、スーパーのレジの無人化などがあり、ドンドンと省力化が進んでいます。
残っているのは介護師、ツアーコンダクター、スポーツジムのトレーナーなどでしょう。
本当にサービス業で殆んどの働き手を出来るのでしょうか。
また地域的に見ても、全国くまなく、そういう職場が確保できるのでしょうか。
労働者の能力から見て、極、平凡な人間でこなせる職業でしょうか。

人間は暇が出来たら倉庫で眠っていない。何かをする=仕事が出来るということです。
現実にはものが買えなくて困っている人がいくらでも居る=お金を増やせば
いくらでも仕事が有るということです。
失業者、困窮者が居るということは、お金が無く、商品、サービスの交換が
出来なくなっているという単純なことなのです。

>その様な問題に疑問を感じます。
最も、グッキーさんが言われているように「新しい産業」が出てくればよいとも思いますが、これから考えられる新しい産業とは、いずれもハイテクを使ったもので、これも大衆が馴染めるものでしょうか。
レジャ産業がどれだけ拡大できて、労働者を吸収できるかについては本格的に検証したことはありませんが、やって見ることは必要でしょうね。
ある意味、それ以外、逃げ道が無いのではと思っています。

失業者、困窮者が居るということは単なるお金不足なのです。

>しつこく言っていますのは、グッキーさんに絡んでいる訳でもなく、白黒をつけたい為でもなく、この問題(新しい経済のシステムの追求)は、どうしても避けて通れないことであり、責任(自信)を持って意見を纏めたいと思うので、曖昧な点は除去して進みたいからです。

社会にお金が増える。パチンコ屋さん繁盛して店員どんどん増やすでしょう。
家を立てる人も増え、橋立さんの仕事も忙しく成るでしょう。
みんな同じです。稼いだお金で何かを買う。多重関係の交換なのです。
マネーはその多重関係の交換を成立させるものなのです。


>私が気がつかない、納得できるものがあれば、それを受容することに、勿論、躊躇するものではありません。
この下りについて、グッキーさんの考えの、更なる詳細が聞きたいですね。

いくらでも説明しますよ。
阿修羅みたいに人を言い負かそうとして言ってくる人にはうんざりしますが、
知識を深めるための議論とは有益なものです。
私が知らないものも有るし、橋立さんが知らないものも有るでしょう。
知識の交換をすることによって足りないものを補い合えます。
メンテ
「寡占市場の弊害を取り除く」 ( No.169 )
日時: 2013/08/19 23:17
名前: 天橋立愚痴人間 ID:18OD3CKE

今回のグッキーさんのレスで、一つ判った事があります。


>問題は市場が自由な市場ではなく寡占市場だということです。
寡占市場では生産を減少させることで利潤を生み出します。
減産=失業です。
完全競争状態の市場では減産などというものは有り得ません。

「寡占市場の弊害を取り除く」

これは意味が判ります。
アベノミクス効果で、地方でも少しは潤うかと期待していたのですが、結局増加した公共事業の殆んどは、土木工事や大型工事が大半で、中小零細の、本当に仕事が無くて困っている人間には廻って来ません。

建設業者でも、他の分野の業者でも、大手企業から順番に1/3ほど削除すれば、どれほど仕事が廻ってくることでしょう。
寡占化、要するにグローバル化の状況では、グッキーさんが言う、仕事が増えないという事ですね。

方向性は、大体似ているのですが、どうすれば、それが可能かと言うことを、突き詰めたいですね。
経済の専門家と言う人間が、とっくに手をつけているべきこの分野の理論付けを避けている状況では、我々でも挑戦しなければならないのです。

いろいろと言っていますが、多くの人を説得できる実際のシステム(公式)など、もし打ち出せればノーベル経済学賞を一度に10個くらいもらえる大それた事であるという自覚は持っています。



それから、キーポイントは以下の言葉だと思います。
これは直接的に理解します。

>需要なんてお金を増やせば簡単に増えるでしょう。

>お金は印刷すれば簡単に増えます。

印刷すれば簡単に増えるとは、何時も言っておられます。
このやり方を突き詰めて説明して欲しいのです。

インフレなどとの関係では、GNPの20%くらいは毎年増刷しても良いという意見を言っておられる方もいます。
この点に関しましては、誰かが思い切ってやれば済むことでしょう。

後は国際金融の問題ですね。
これを、どのように考えれば良いと思われますか。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.170 )
日時: 2013/08/20 14:19
名前: グッキー ID:36uAyHGw

天橋立愚痴人間さん

>「寡占市場の弊害を取り除く」

寡占市場は現実の市場経済では無くなりません。
だから再分配が必要なのです。それを新自由主義が止めました。

ウオールマートの会長が「その市場に参入するかどうかは、その市場の
支配的プレーヤーに成れるかどうかだ」と言いました。
ヤマダ電機の会長が「この業界は3社くらいが適正だ」と言いました。
大企業や大資本というのは、みんなこの寡占による超過利潤を狙って
経営しているのです。

設計料のダンピングが激しいな、よししばらく設計しないでいよう、
なんてこと出来ますか?
中小零細企業はみんな激しい競争に晒されているのです。
それで大企業が寡占による超過利潤ではマネーが大企業、大資本に
集まってしまって流れなくなります。
おまけに政治力まで使って儲けようとする。


>これは意味が判ります。
アベノミクス効果で、地方でも少しは潤うかと期待していたのですが、結局増加した公共事業の殆んどは、土木工事や大型工事が大半で、中小零細の、本当に仕事が無くて困っている人間には廻って来ません。
建設業者でも、他の分野の業者でも、大手企業から順番に1/3ほど削除すれば、どれほど仕事が廻ってくることでしょう。
寡占化、要するにグローバル化の状況では、グッキーさんが言う、仕事が増えないという事ですね。

いえ、減産=操業短縮、操業停止=失業です

>方向性は、大体似ているのですが、どうすれば、それが可能かと言うことを、突き詰めたいですね。
経済の専門家と言う人間が、とっくに手をつけているべきこの分野の理論付けを避けている状況では、我々でも挑戦しなければならないのです。
いろいろと言っていますが、多くの人を説得できる実際のシステム(公式)など、もし打ち出せればノーベル経済学賞を一度に10個くらいもらえる大それた事であるという自覚は持っています。

じゃーノーベル賞10個貰っちゃいましょうかww
現在、国民一人当たりに100万円のお金が増えたら
パチンコ屋さん大繁盛でしょうwwレートも4円に戻って
店員をじゃんじゃん雇い、ハンドマイクでガンガン何番さん大当たりー!!
と煽るでしょう。
お金が増え、生来不安が無くなれば、住宅建設などが増え、建築士さん、
パチンコに行く暇も無い!とぼやくように成っちゃいますねww
他の商売も大同小異です。

http://www.kyudan.com/cgi-bin/bbskd/read.cgi?no=1808
ケインズ・・・みすずのさと

ここでばら撒きが良いと言ってますね。
じゃなんで子供手当てとか公共投資とか迂遠な方法でばら撒かなきゃ
ならないんですか?
時間も掛かるし公正にもいかない。

究極のばら撒き、国民に均等にばら撒いちゃえば良いことじゃないですか。
これは即効的で1ヶ月もすればみんな景気が良くなったことを実感します。
すべての人に均等にばら撒くので公正です。

これを言ったのがこの人で
http://niwaharuki.exblog.jp/

天才的経済学者なんて、こんな簡単なことを言って自惚れていますが、
しかしばら撒かなければ成らない状況に何で成ったのか知らず、
半分理解が足りないようです。

バーナンキはヘリマネ、金融業界だけにばら撒きしています。
資産買取とかファイナンスでヘリマネしていますが、実際は単に
ばら撒いたのと変わらないのです。
中央銀行が債権、株を買い取る、ファイナンスをつけて、債券、株の
価格を上げるのは、値上がり分をばら撒いたことと同じなのです。

土地神話は何で出来たか
住宅ローン、土地購入ローンなどを持ち家の支援だなどと言って
政府が行いました。
しかし需要家の資金が増えるということは商品価格が上がるということに
過ぎないのです。つまり土地保有者へのばら撒きです。
住宅購入者はローン金額が大きくなったに過ぎないのです。
本当の持ち家支援政策なら供給を増やすことを考えなければ成りません。


>それから、キーポイントは以下の言葉だと思います。
これは直接的に理解します。
印刷すれば簡単に増えるとは、何時も言っておられます。
このやり方を突き詰めて説明して欲しいのです。

方法は簡単です。政府紙幣発行でも、無利子永久国債でも、単なる国債でも、
あるいは紙幣を日本銀行券では無くし、日本国紙幣とでもし、単に印刷し(実際は銀行口座の残高が増えるだけ)
定額給付金と同じように配っちゃえば良いことです。
まだノーベル賞10個、もらえませんかww

>インフレなどとの関係では、GNPの20%くらいは毎年増刷しても良いという意見を言っておられる方もいます。
この点に関しましては、誰かが思い切ってやれば済むことでしょう。

同時に法定準備率を高くして銀行の信用創造を押さえれば、
マネーサプライは減少し、投機資金は大幅に減ります。

>後は国際金融の問題ですね。
これを、どのように考えれば良いと思われますか。

国民にばら撒き、銀行の信用創造を抑えればそれほどの
影響は出ないと思います。
通貨の信用は購買力ですから、短期的な為替変動は有っても
購買力に見合った為替レートに成ります。

こうやって内需拡大していけば、世界各国とも
日本を見習うことに成ります。
でないと国民の不満を抑えられないでしょう。

世界中で景気拡大が起こりますが、出来れば省資源、省エネルギー型の
景気拡大にして欲しいと思います。
それは消費者が何を選択するかに掛かっています。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.171 )
日時: 2013/08/22 23:34
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:H5W6WCqs

テスト
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.172 )
日時: 2013/08/23 09:49
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ipGotWNs

UPします
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.173 )
日時: 2013/08/24 00:55
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:0WMuZKUo

復活
メンテ
復活します ( No.174 )
日時: 2013/08/24 15:49
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:0WMuZKUo

復活します
メンテ
復活 ( No.175 )
日時: 2013/08/29 21:00
名前: 天橋立の愚痴人間

復活
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.176 )
日時: 2013/08/30 18:34
名前: 天橋立の愚痴人間

UP
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.177 )
日時: 2013/08/31 17:28
名前: 天橋立の愚痴人間

復活
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.178 )
日時: 2013/09/09 22:00
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:wb3SUSYc

UPします
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.179 )
日時: 2013/10/07 17:40
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Tp2cFY8E

ギリシャ、スペイン、イタリア、アメリカ・・・

軒並み財政破綻しているこの実態は、何を指しているのでしょう。

福祉制度の維持のためと言う理由も確かにあるでしょう。

では、それを少なくすれば良いかと言うと

経済のグローバル化で、まともな職業に就けない人が続出し、格差社会が進んだ現在、福祉のための費用は増大こそすれ少なく出来るものではない。

要するに、世界中の国家の財政破綻は、グローバル化により、福祉にかかる費用が増大した結果ともいえる。

であれば、年々そういう傾向が続いてきた結果、いよいよ深刻な状況に追い込まれたということであり、各国の財政運用の仕方が間違っていた訳ではない事になる。

これは、市場主義経済体制の必然、行き着くところであろう。

故に、財政再建と言う発想で、取り組んでも解決は出来はしない。

我が国の1000兆円の借金問題もしかりである。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.180 )
日時: 2013/10/19 14:53
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:pl1k1oSA

経済の話を続ける為にUPします。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.181 )
日時: 2013/11/26 19:47
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:lQ23pAbo

UP
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.182 )
日時: 2013/11/27 15:11
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gpydwSqE

UPします
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.183 )
日時: 2016/02/08 21:00
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:5MBe./mI

久しぶりにUPします。
懐かしいレスを再掲します。

日時: 2010/03/11 22:53
名前: seijikeizai111


政府紙幣と国債は根源的には同じである。
政府紙幣と国債の違いは、発行体である政府部門の会計処理の違いに過ぎない。

政府紙幣は損益勘定で行い、国債は資産・負債勘定でする。

だから、国債は限りなく貨幣である。

政府紙幣がよいなら、国債もよい。

むしろ同じであるなら国債の方が優っている。

なぜなら貨幣量の調整という役割には、資産負債勘定の方が適しているからだ。
また、利息相当分(経済成長分)の供給もするからだ。

ただ、貨幣を増やしたからと言って経済成長しない。
何に使うかが一番大切だ。

国は、直接使わず減税すべきである。
使い方は国民が決めるべきである。
減税の財源が、国債の発行である。



貿易黒字分をどうするかという話

基本的には円を基軸通貨にするくらいの覚悟がないとだめだ。
基軸通貨になるための条件は、経済力だけでなく軍事力も必要になる。
基軸通貨というのは、世界の通貨発行権があることなのである。
通貨発行権は、権力者の権利なのである。


食料鎖国論の話

天橋立の愚痴人間さんの持論ということですが、初めて知ったのでこの文章だけではよくわかりません。


私のアイデアは、・・・

地方への交付金を、その県の面積(陸地と海洋含む)に応じて配分すればいいと思っています。
国土や海洋を守るにはそれなりのコストがかかるからです。
お金のあるところに人が集まるからです。
何に使うかは、国が決めるのではなくそれぞれの地方で決めて、特色を出せばよいからです。
地方によってはそれを全額減税するところもあってよいと思う。

もちろん不景気の時には、国債を発行して配ればいいです。




日時: 2010/03/11 23:42名前: 天橋立の愚痴人間

seijikeizai111 さん、こんばんは。

経済のことに御詳しい貴方に聞いていただきたい。

「食料鎖国論」は4年も前から展開しています。

格差社会の問題を景気、不景気さらには金融の問題にすり替えて考えていますが、それ以前に、科学の発達による生産技術の進歩が引き起こす職場を無くする人間の増大は、また別の次元の話です。

日本だけを考えても、所謂工業生産品の生産力は、我が国で消費する量をはるかに上回っております。
ですから、今まで一番多くの人を吸収してきた物資の生産の場で、働く人々は非常に少なくてよくなってきています。

今のところ、輸出によって外国で裁くことによりあまり目立っていませんが(実はすでに産業の空洞化による失業者の増加という現象はかなり酷くなってきています)、中国、インドなどが同じように生産力を発達させれば、たちまちその現実が押し寄せます。

こんな時に、現在我が国にいる6500万人の労働者はの幾らくらいが就業可能かです。
ですから、働くということを漫然と考えていては大変です。

そこで考えたのが、第一次産業の復活なのです。
農業に関わらず、林業、漁業共に大変な職業であり、苦労の割には収入が見込まれません。
ですが、たとえ年収が200〜300万円であっても、考えようによっては幸せな生活を送れます。

現在、第一次産業に従事している人は、300〜400万人でしょう。
それを将来は2000万人くらいにすることで、工業生産の分野の余剰人員を吸収できないか、と考えています。

そうして、この分野は不必要に集約化、機械化をすることはいけないと思っています。
人間の知恵として、この分野の進歩は抑制することです。
しかしながら、そうすればたちまちにしてエンゲル係数が上がるとか、住宅建設が高額になるとかの影響が出ます。

こういう選択を我々が出来るか否かは、我々自身の価値観の転換(パラダイムチェンジ)が必要です。
そのほかに、農地の問題や、実際に第一次産業を希望する人間がいるか、否かなど大きな課題があります。

でありますが、これなくしては多くの人々が生活保護など福祉の力をかりて、働かずに生活することになります。
人間、働いてこそ人間性が維持できるのであり、働かない人間の大集団の行き着く先は、それこそ地獄絵図であると思っています。


こういう観点から、まず日本の農業のありようを見直し、多くの人が地方に移住して農業を営めるような環境を国家が用意することです。

そのために与えられた時間は、30〜50年と思っています。
ということは、すぐにも着手しなければならないということになります。

多くの人が地方へ移住すること事態、社会の環境を変えて、他の経済の流れも変わってきます。
今は非常に希薄になってしまった、地域循環型の経済圏が出来てくるという期待もしています。

今の市場主義の発達は、経済圏の循環領域が少なくともアジア単位まで広がり、其処には初期の資本主義の根本原理、需要と供給のバランスが、実質的には、地域にいる限り取れていません。

地域の人たち、都市部の人たちも同じで、グローバル化の波に乗り切れない多くの人にとっては、もはや現代は、資本主義の経済圏にも、昔の自給自足の経済圏にも入っていないのです。

これが格差社会の根本の原因と思っています。

ただし、グローバル化の波に乗っている輸出企業、大手流通業などの系列にいる人たちは、いまだ市場主義の競争に目の色を変えて追っかけている上に、国家も、その後押しをする事だけが国家の使命、国家の興隆と勘違いして、誰もが来るべき危機に備えてはいません。



まあ、食料鎖国論の背景はこんなものです。
ですが、机上の論理はできても、現実は切り替えの資金、財政の問題に行き当たります。

そこで、マクロ経済の分野で、先に紹介したようなことが本当に可能か、否かに興味があるのです。




日時: 2010/03/13 08:04名前: seijikeizai111

昨日珍しく忙しくお返事遅くなりました。

食料鎖国論の背景については同意します。

財源については、マクロ的には(長期的には)国債を発行すれば問題ありません。

おっしゃるように2000万人分くらいのものです。
300万円×2000万人=60兆円です。

60兆円はどこにあるのだと言われるでしょう。
60兆円は、まわりまわって所得税という形で必ず国に戻ります。
戻らないのは税制に不備があるか、途中で金融資産にされているかですから、儲けた人から税金を取るという税制を整備すればよい。
それでも捕捉できなくて金融資産になってしまったものは国債を発行してまた取り戻せばいいのです。

その金額で経済が均衡していきます。

経済は生き物です。
誰かの支出は誰かの所得。
有機的につながっています。
物の価値にも絶対というものは無く、すべて相対評価ですから、変動しながら落ち着いていきます。
60兆円が所得再配分されるという前提で、経済が動き、やがて有機的なつながりができて、落ち着きます。
その時今の物価がすべて10倍になっていても、所得も10倍になっていればいいわけです。

リンゴ1個=1ドルだとすると

リンゴ1個100円=1ドル
 が
リンゴ1個1000円=1ドル
 となっても

リンゴ1個=1ドルというのは変わらないからです。

リンゴが10倍になっても所得も10倍になるから同じです。
これをインフレだという人、円安にすれば損するという人はおかしいのです。
インフレになっても何も損していません。得もしていません。
円安になっても何も損はしていません。何も得もしていません。

このように物の価値が変動して経済が安定するのです。

だから、経済を破壊してリンゴが作れなくなることが一番ダメなことなのです。
経済を破壊してリンゴが作れなくなってしまえば、1ドルは手に入りません。


ただ、長期的に見てよくても短期的にいいかどうかは別です。

前期の前提は、所得も10倍になればということです。

急激に激変すれば、生身の人間ですからついていけません。
短期的にはすごく得する人とすごく損する人が出てしまいます。
所得が20倍になる人もいれば、変わらない人も出ます。
ですからゆっくりとする必要はあります。
ただし、ゆっくりしてもついてこれない人は他の方法で救済します。(福祉です。)


さて、食料鎖国論という方法がよいかどうかですが、個別にはいろいろ問題はあるとおもいます。

もしよいとしても国全体で同じことをしても需給バランスが保てません。
魚、米、野菜、果物、それぞれ地域特性があります。
水も大きな食料の一つです。
また、農林業といっても食料になるだけではありません。
紙、木材、などもあります。

それぞれの地域で何を作り出すかということを、中央で決めるのでは無理があります。
できるだけ地方で決めさせるようにするべきです。


ベーシックインカムでもよいのではないかといわれるように問題の本質は、所得の再配分の方法です。
ベーシックインカムでもマクロ的には同じですが、天橋立の愚痴人間さんの言われるとおり、それは人間としての生き方の問題であり、社会が成り立たなくなるということになるでしょう。


ですから、都市から地方へお金をどうやって大義名分が立てて戻すかです。
お金のある人からお金のない人にどうやって大義名分が立てて戻すかです。


田中角栄はやはり天才だったと思います。
あの時代では最適な方法でした。
しかし、田中角栄の時代に考え出された公共事業を通じての地方へ配分は、道路など作るものがなくなってしまった段階で行き詰ってきました。
田中角栄が悪いのではなく、いつまでも同じ方法にしがみついていた後の政治家が悪いのです。

私は、国土保全を大義名分に地方にお金を配ればよいと思っています。

地方に配られたお金の使い方は、それぞれの地方で決めればよい。
選択するのは地方です。

国土保全の一環として天橋立の愚痴人間さんの言われるような食料鎖国論としての農業、林業、水産業もあればよいと思います。

また単に、山林の保全だけでもいいでしょう。
生産するだけが、仕事ではありません。
国土保全は広い意味で、人間が生活するためのインフラ事業です。

国などの公機関は、儲からないけど国全体にとって必要なことをするのが仕事だからです。
国土保全は、儲からないから国がやらなければならない事業です。

60兆円を地方に分配するのです。
国土保全が目的ですから、配分は面積割がいいと思っています。
2000万人分の雇用相当分です。

思いつくままに述べましたが、食料鎖国論をたたき台にしていろいろ考えられますね。

食料鎖国論の背景となる基本的な考えには賛成です。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.184 )
日時: 2016/02/08 21:40
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:5MBe./mI

先のレスで seijikeizai111さんも言っておられる様に、60兆円のお金を有効に使えば、かなり社会が変わります。

500兆円も用意すれば、どれほど変わることができるか。

それに引き換え、現在の債務、1000兆円は、どうしてできたのか。

全く理解できないことが、この半世紀で起きています。

起きてしまったことは取り返しがつかないとしても、今後は同じ轍を踏まないようにしなければ成りません。

現在の政治屋、官僚共に、それができるでしょうか。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.185 )
日時: 2016/02/12 21:41
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:x9umxIbE

一時はプライマリーバランス云々と、ふざけた話を大層に提示していた。

金融当局は、1000兆円を超える債務が出来たことの原因も隠して、プライマリーバランスだと、とぼけた事を言い、精勤を回避し、国民をたぶらかせている。

考えれば解ること。
税収の倍以上の予算を組み、それで1000兆円の借金を、どうして返せる。
破綻する企業の借金は、最終的に雪だるま式に増えるもの。

10年も経たずに、1000兆円は2000兆円を超える。
30年も経つと8000兆円となる予想もされている。

それにも関わらず、未だに現行資本主義の金融理論えお聖書の様に守ると言う愚かさ。
何の為である。

その金融理論のために現在があるのではないか。
日本は北朝鮮のような国家ではないのである。

あらゆる商品が溢れるほどある。
十二分な生産力もある。

通貨が溢れても、商品の取り合いになるはずはない。
それでも、通貨の増刷を拒み(実際は金融システムを桃るためにやりながら)、金利、為替差益と言う名目で、国民の資産を資本が吸い上げているのである。

そのような経済のシステムをなんとかしなければ、社会が持たない。
弱者は救われない。

1000兆円の借金をどうするかなど明白なこと。
そのようなことよりも重大な問題があるのである。
メンテ
国債残高について ( No.186 )
日時: 2016/02/24 01:01
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:VWVYJGm6

現在日本は1000兆円近い国債残高があります。

国債自体は明治の頃からありますが、戦後の少し余裕が出来た頃から建設国債を中心に、増えてきます。
少し遅れて赤字国債も増えてきました。

昭和の終わりになると、借り換えの為の国債発行が始まります。
正規の償還ができなくなってきたのです。

これからば、国債残高が貯まる一方で、現在の1000兆円の借金となっています。
昭和50年度の国債残高は15兆円程度であります。
昭和50年と言いますと、ベトナム戦争が終結した年であり、田中角栄が政権を降りた直後です。

建設国際は、一時期、10兆円を超えていましたが平均すれば、現在に至るまで、7〜8兆円と言ったところです。
増えて言ったのは特例債と言われる赤字国際です。

これが平成12年には20兆円を超えました。
それと同時に、国債を償還する為の国債、借換債の発行が、50兆円を超えて、もはや財政は破綻状態です。
平成27年度には
建設国債       6.0兆円
特例債(赤字国債)  31.0兆円
借換債       116.0兆円

と、もう滅茶苦茶です。

今まで発行した国債の類計を見てみましょう。

建設国債などは戦後、総計しても350兆円くらいのものです。
ついでに言いますと
特例債(赤字国債)は 約600兆円
借換債は       約2400兆円

この数字が何を意味するかお解りでしょう。

建設国債の発行が原因で、1000兆円の借金が出来た訳ではありません。
実際は税収の不足を補うために発行した赤字国債と国債償還のために出している借換債が積もり積もって、雪だるま式に1000兆円となったのです。

なを、最近深刻なのは、1年で発行しなければならないう借換債が100兆円を超えていることです。
この増え方が急激に大きく、このまま行けば30年後には8000兆円を超える債務ができると言った予想に現れています。

要するに、これは、現行の制度の下に通貨の制度の維持のために通貨の増刷をやっていることに違いありません。
通貨の増刷、そのものの意味はなく、国民にとって何の利益もありません。

また現在の時点で、日本国債の95%は国内でまかなわれています。
これが理由で日本の財政は大丈夫と言う人もいますが、何を持って大丈夫と言うのでしょう。
国内の国債の引受手で一番多いのは銀行、保険会社であり65%を持っています。
あとは、日銀や政府が持っていて、個人の所有は30兆円、3%です。
このことは国債発行が単なる金融ゲームとして操作されていることを示しています。

これを、国民の経済問題として取り上げるべくもありません。
1000兆円の借金の返済のことよりも、根本的な通貨制度の改変が必要なのです。

具体的には、金利を考えなくてよい、単なる通貨の増刷です。
いきなりではいけませんが(いきなりでも良いかもしれません)、毎年の国債の償還には、はじめから通貨の増刷で対応すれば10年もすれば借金はなくなります。
金利の付く借換債など発行しない。

おそらく財務省も究極のところは、これで逃げるつもりなのでしょう。
また、通貨の考え方を考えればできるのです。

1000兆円の借金の問題は、これより手はなく、小学生でも解ることです。

https://sites.google.com/site/nekodemokeizai/jing-jino-ben-zhitookane/14-okaneno-si-zhiha-hede-juemaru
(ネコでも解る経済問題)

現在の通貨管理制度では、あらゆる面で対応できなくなっているのです。
中央銀行制度などと、意味のない事を、後生大事にやっているから収拾がつかなくなっているのです。
メンテ
ネコでも解る経済学  財政債権 1 ( No.187 )
日時: 2016/03/01 13:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:tpQGzreo

https://sites.google.com/site/nekodemokeizai/nekodemowakaru-jing-ji-yong-yu/syakkin_gokai
から全文引用

財政再建 国債を廃止し、政府通貨を発行せよ

<会計学に頭が凝り固まっている人は経済を理解できない>

Q.

ネットで経済記事を見ていたら、ある記事で財政再建推進派の学者が、「増税によって国債を減らせば消費が減るのは当然で、それは将来の世代のために受け入れろ」のような事を書いていたのにゃ。本当にそうなのかにゃ?その部分を引用してみるにゃ。

「これまでは、後世に債務を付け回していた分だけ可処分所得が多かったことで消費が多かっただけで、増税により後世に債務を付け回さないようにした分だけ消費が減るのは、今を生きる世代が、世代間の責任を全うするコストともいえよう。」

A.

ほっほっほ、突っ込みどころ満載じゃな。世間の人はこういう「常識っぽい話」に騙されることが多いのじゃが、これはミクロ経済とマクロ経済を、意図的に混同させた記事じゃ。確かにミクロ(一般家庭)ではそうじゃが、マクロ(国家経済全体)で言えば、まるで意味不明の主張じゃと思う。

最大の誤解は「後世に債務を付け回していた分だけ可処分所得が多かったことで消費が多かった」という部分じゃ。ご家庭の話ならその通り!ある家庭のご主人の給料が毎月30万円で、それに加えて10万円の借金をして、合計40万円を毎月消費していたとしよう。すると借金の返済をはじめたら、たとえば毎月5万円の返済をはじめたら、毎月の給料である30万円から5万円を返済に回すから、消費は25万円に減る。これは、小学生でもわかることじゃ。これはミクロ経済(一般家庭や企業)の話じゃ。

Q.

確かに、そんなのネコでもわかるにゃ。でも、マクロ経済(国家経済)だとそうじゃないのかにゃ?

A.

左様じゃ。もちろん、マクロ的な視点で見ただけではダメじゃ。「カネでしか物事を見れない」頭、つまり会計学でしか経済を理解できない頭では真実は見えてこない。会計学だけで経済は語れない。経済の原理原則から、ゼロベースで経済を考える視点が必要なのじゃ。経済の原理原則はカネではない。モノじゃ。そもそも経済活動とは、古来から、人々がモノを生産し、それを分配(または市場における交換)することで成り立ってきた。この「生産と分配」こそが経済の本質なのじゃ。そしておカネは生産されたものを分配(交換)する目的のためにある。そこを原点に考える必要がある。

すると、突然、現代経済の違う姿が見えてくる。

たとえば先ほどの「後世に債務を付け回していた分だけ可処分所得が多かったことで消費が多かった・・・」という下りじゃが、これが奇妙に見えてくる。確かに購買可能なおカネの量という、カネの視点(会計学)からみればその通りじゃが、分配可能なモノの量という、モノの視点から見れば、まるで違う。購買可能なモノの生産力は、負債を増やしていた時期も、返済を始めてからも、何も変化することはないからじゃ。つまり分配可能なモノは返済を始めてからも十分に確保できる。モノが十分にあるにも関わらず、消費だけが減るとすれば、これは通貨が不足しているに過ぎない。

つまり、カネすなわち会計学から言えば、最大消費量は可処分所得によって決まるが、モノの視点から言えば、最大消費量は生産力によって決まる。そして、実体経済とはカネではなく、モノである。ゆえに、借金を減らしたからと言って、最大消費量が必ずしも減少するとは限らない。

Q.

う〜、わかりにくいにゃ。もっと簡単に言うにゃ。
A.

つまり、「消費が多かった」という事は、おカネの量がどうこういう以前に、そもそも、消費可能なモノをたくさん生産できる生産力が存在していた事を意味する。つまり、人々の豊かな生活を支えるのに十分な量のモノを作り出す力があるという事じゃ。その生産力こそが人々の消費を支えるのじゃ。もし、借金をしてたくさんのおカネを持っていたとしても、そもそも買えるだけのモノが不足しておれば、消費は出来ない。消費とは借金で成り立つのではなく、モノがあって成り立つのじゃ。

消費の量を根本的に決めるのは、おカネの量ではなく、モノの量、ひいては生産力なのじゃ。おカネは、市場においてモノの交換を媒介する道具に過ぎない。もし生産力が十分にあるにもかかわらず、人々に豊かさが行き渡らないのであれば、それはカネが足りないだけなのじゃ。

たとえば借金によって消費していた時代に生産能力が100あったとする。ある時点から借金の返済を始めたとしても、相変わらず生産能力は100である。モノの視点から経済を見れば、100の生産能力があるのだから、国民は100の財を受け取ることができるはずだ。借金をするとか、しないとかは本来は関係がないのじゃ。これは実体経済がカネの理論でゆがめられる典型的な例じゃな。


(続く)
メンテ
ネコでも解る経済学   財政債権 2 ( No.188 )
日時: 2016/03/01 13:30
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:tpQGzreo

<なぜ借金を増やすと経済が活性化するのか>

Q.

ふ〜ん、わかったような、わからないような。でも、おカネよりモノが大切なのはわかるにゃ。おカネがいくらあってもモノが不足していれば消費はできないにゃ。借金して消費が増えるというのは、そもそも前提条件として、それだけ生産力が大きいという事にゃ。

A.

経済の原理原則に戻ってみよう。経済とは人々が生産したモノを分配(交換)して成り立っておる。ということは、人々がより多くのモノを生産できるようになれば、より多くのモノを分配(交換)できるようになる。つまり、モノをたくさんつくる力、すなわち生産力が大きければ人々に行き渡るモノも多くなり、消費は大きくなるはずじゃ。これが消費が大きいという本質的な意味じゃ。

ところが、おカネが不足すると、モノや生産力がたくさんあるにも関わらず、分配(交換)がスムーズにできなくなり、消費が減退する。「おカネがまわらなくなる」とはこの事じゃ。おカネは市場経済において生産されたモノ(財)を交換する役割を果たす。だから回るおカネの量が減るとモノの交換に支障をきたすのじゃ。これがデフレの正体じゃ。

じゃからこそ、デフレを防ぐために政府が国債を発行して借金でおカネを増やし、それを使うことによっておカネを回し、モノ(財)の交換を活発化することで消費を増やしてきたのじゃ。おカネを増やせば、もともと社会に備わっていた生産力が十分に発揮されて経済が活性化するのじゃ。つまり、「回るおカネの量」が経済に極めて大きな意味を持つ。回るおカネが不足しておるから、それを増やすために借金するのじゃよ。

Q.

にゃるほどニャ〜。回るおカネが増えれば、市場におけるモノの交換がスムーズになって、生産力のポテンシャル(潜在力)を十分に発揮することができるのにゃ。

A.

回るおカネの量が足りないということは、本来必要とされているおカネの量に比べて、現在のおカネの量が不足しておるという事じゃ。じゃから借金をしておカネを増やせば、経済が本来のポテンシャルを発揮できるようになる。では、おカネを増やす方法としては借金しかあり得ないのじゃろうか?


<借金でおカネを増やすな 国債を廃止し、通貨を発行せよ>

Q.

ふにゃ〜!そう言われてみればそうなのにゃ。おカネが足りないから借金する、そんな事をしているから財政破たんになるのにゃ。「おカネは印刷すればできる」。それは日銀がバンバンおカネを刷って証明したにゃ。国債なんかすぐにやめるにゃ。おカネを刷るのにゃ!

A.

ほっほっほ、ネコもついに気が付いたようじゃな。国債を発行するから政府が借金まみれになり、将来世代への付け回しとなるのじゃ。国債は廃止すべきじゃ。そもそも通貨発行権を持つ「国家」が借金まみれになるのは、異常事態と言わすして何と言えるじゃろうか。なぜこんな異常事態になるかというと、通貨発行権を日銀という「政府であって政府でない」変な機関に握られておるからじゃ。おまけに日銀は「日銀の独立性」を主張し、政府のいう事を聞かず、国民を無視して勝手な事をしてきた。安倍政権に焼きを入れられて少しはおとなしくなったが、ネコをかぶっておるだけじゃろう。

Q.

日銀がネコをかぶるとは、ネコに対する冒涜にゃ。いっしょにしないで欲しいにゃ。

A.

まあまあ。そこで、いう事を聞かない日銀は役に立たんので、政府紙幣を発行するのじゃ。極めて当然の事じゃが、政府にも通貨の発行権はある。それが「硬貨」じゃ。硬貨は日銀ではなく政府が発行しておる。それを紙幣に拡大するというだけの話じゃ。当然じゃが、政府紙幣の1万円と日銀券の1万円は同じじゃ。

もちろん、政府紙幣を発行しなくとも、日銀が政府に協力的になり、国債を直接引き受けするようになれば、政府紙幣は必要ない。じゃが、今のところ日銀は「国債の直接引き受けはしない」と言っているので、であれば、政府紙幣もやむを得ないじゃろう。

そして国債を廃止し、通貨発行で財政を補填するようになれば、財政破綻の心配は全く無くなる。

国債を廃止し、財政破綻の原因を元から絶つべきじゃ。

<預金課税で通貨を回収 インフレを防ぐ>

Q.

でも、おカネを刷ると「ハイパーインフレが〜」と騒ぐ人が出るのにゃ。

A.

そうじゃな、じゃが、国債を廃しして通貨を発行すれば財政破綻を防げるから良いのではないか?そもそも財政再建も景気回復もインフレ抑制も、同時にすべて達成できるほど「都合の良い」方法などありはせん。通貨発行は、インフレにはなるが、財政再建も景気回復も可能な政策じゃ。それを否定するとは、いったい何が望みなのじゃろう。日本の景気回復をさせたくないのじゃろうか?

「おカネを増やすとおカネが水増しになってインフレになる」という人がおるが、これは全く違う。おカネを増やすと、回るおカネも増える。すると企業の投資や家計の購買力が増え、モノが飛ぶように売れるようになり、景気が劇的に回復する。すると売り上げが増えすぎてモノが足りなくなるのでインフレが生じる。つまり結果的にインフレになる。じゃが、景気回復でインフレになって何か問題はあるのか?

Q.

モノがばんばん売れるようになって困るのは、日本復活を望まない人くらいのものにゃ。

A.

とはいえ、無制限におカネを増やし続ければ、インフレが止まらなくなるのは当然じゃ。そこで、インフレ目標を明確にして、その範囲内で通貨を発行し、財政を行うわけじゃ。

そして、同時に「預金課税」を新設する。これは必ず必要じゃ。おカネを増やせば、一時的におカネが市場に回るが、やがて誰かの資産として貯め込まれてしまう。例えば、バブル崩壊後に公共事業のために大量に国債が発行されたが、それで生まれた膨大なおカネはどこへ行ったのか?大企業や一部の資産家の資産になったわけじゃ。じゃからこそ、個人の金融資産が1600兆円もあり、大企業の内部留保が300兆円もあるのじゃ。それは国家のバランスシートを見れば明白じゃ。

じゃから、政府通貨を継続的に供給すると、それらのカネは資産家や企業の貯蓄としてどんどん膨らみ続け、インフレを引き起こす潜在的なリスクとなる。しかも、余剰なおカネは使われず死蔵されるだけでなく、逆に投機に使われてバブルを引き起こし、実体経済を破壊するリスクがある。回るおカネは大切じゃが、死蔵されるカネはリスクに過ぎん。じゃから、政府通貨発行で増え続ける「死蔵されているカネ」を預金課税として回収して財源に活用する。そうすれば政府通貨の新規発行額を減らすことができる。

政府通貨発行に関しては、インフレ目標を達成したあとは、新規に発行できる通貨の量は減らさざるを得ない。従って通貨発行以外に財政のための財源が必要となるが、これが預金課税と消費税じゃ。そして、この二つの税をうまく使い分ける事で物価のコントロールも同時に可能だと考えておる。たとえば、通貨が貯め込まれて動かなくなるデフレ期には預金課税を増税して消費税を減税する。逆に消費過熱によるインフレの際には消費税を増税して預金課税を減税する。このように景気の状態に応じて、通貨発行と消費税や預金課税を使い分けるのじゃ。これで過剰な通貨供給を押さえ、インフレをコントロールする。


<国債を廃止し、通貨を発行して、将来への貯蓄とせよ>

A.

国債とは確かに後世へのつけ回しである。じゃから国債を発行するのはやめるべきじゃ。そもそも国債は発行する必要などない。おカネが足りないのであれば、借金で充当するのではなく、おカネを印刷すれば良いのじゃ。国債とは、債務によって現在の生産力のポテンシャルを引き出す行為である。昔はそれでも経済は成り立っていた。しかし今日、それは持続可能ではなく、やがて破綻することが明らかとなった。じゃから国債は廃止すべきじゃ。

国債は後世へのつけ回しである。しかし通貨発行は後世への貯蓄となる。なぜなら、通貨発行によって経済のポテンシャル(潜在力)を引き出せるからじゃ。貨幣経済において経済のポテンシャルを引き出す手段はおカネである。おカネさえあれば、経済は活性化できる。しかしそのおカネを借金で調達すれば、後世へのつけ回しとなる。しかし政府紙幣で調達すれば、それは返済の必要が無い。

返済する必要のないおカネで経済を活性化することが、将来の世代への貯蓄となる。

もちろん、貯蓄と言っても「実体経済に寄生するおカネという存在」ではない。

「力強い生産力」という、実体のある、つまり真の意味での財産である。



国債を廃止し、政府紙幣を発行しよう。




メンテ
年間100兆円の通貨の増刷で、1000兆円の債務は消える。 ( No.189 )
日時: 2016/03/09 14:08
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:RA.xYlXk

日本の債務の合計は、2000年では500兆円、2015年では1000兆円と増えている。
実質の財政では、社会福祉費こそ増えているが、年間1〜2兆円の問題。

年平均で、35兆円の債務の超過の説明にはならない。
要するに赤字国債(借換債)が増えているのである。

それも、2000当時は、10兆円くらいであったものが、最近は100兆円を越している。
実質の通貨の増刷以外の何ものでもない。

国債の引受を日銀がする場合、通貨の増刷になるが、民間の場合はそうではないという議論が出てくるであろうが、それなら、考えてみましょう。

国債の引き受けての大手は銀行、保険会社であり全体の65%を占めている。
つまり年間65兆円を超える国債を購入し続ける資金が彼らにあるのか。
償還金もあるとしても、それは30〜40兆円のことであり。20〜30兆円の資金を毎年国債に変える余裕などないはずである。

これには。何かカラクリがあるはずだ。
思いつくのは、銀行、保険会社の国債購入資金は、約束手形のようなものであり、実際に現金は動いてないということになる。
そうでなければ、毎年、何の臆面もなく、100兆円を超える借換債の発行を言い出すことはできないはず。
要するに、これは、実質通貨の増刷にほかならない。


それでいて、通貨管理政策など、片腹痛い。
どうして、そんな猿芝居をしなければならぬ。

最初から、過去に発行した国債の償還の為に通貨の増刷をすれば良いこと。
毎年100兆円の通貨の増刷をすれば、1000兆円の債務など10年で消える。
過去に国債を購入している人たちの権利も保証される。
問題は何もない。
いや、問題がある。
それは政府に頼まれて毎年空手形を発行し、10年間で300兆円ほどの払い戻し(償還)受け取る企業が存在することである。

また、実質通貨の増刷、最近は100兆円の増刷をしても、名目さえ立っていれば経済に混乱は起きていないことが実証されている。
では、通貨の増刷をタブーとする理屈の正体は、何なのだ。
それはユダ菌など巨大資本の利権を担保するための金融システムを維持する為に過ぎない。

通貨の増刷によって将来社会の基盤を作ろうと言っても、それは現金をバラまくことではない。
あくまでも、社会保障制度の維持の為、雇用を確保するために使うということである。

それに寄って深刻なインフレなど起きることはないのである。
過去15年間で実際に起きてはいない。

これは世界中に共通することであり、各国が、それに目覚めて、現行の通貨管理の歪な矛盾に気がついて、国の事情にあった通貨管理、通貨の増刷に踏み切ることである。

これによってこそ、ユダ菌はじめ、巨大資本の束縛から解放されるのである。
物資の生産力も十分にあり、これ以上のグローバル化も必要なく、安定した国づくりを始める時代であるのだ。
ユダ菌問題などは、霞んでしまうことであろう。



メンテ
ユダ菌の増殖の仕組み ( No.190 )
日時: 2016/03/15 12:53
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AUUu9AR2

順序が逆になったかもしれません。」


<無から創造されるお金(巨額債務発生の手順)>

日本語では、紙幣と手形は違う言葉で表現されますが、英語では紙幣も手形も「notes」「bill」「draft」です。
つまり、
ドルというお金の正体は、米国政府が発行する国債を担保に、ニューヨーク連邦準備銀行が米国政府に貸し付けた手形=債券証書なのです。

例えば、米国政府が1億ドル必要だとしましょう。
そうすると連邦準備銀行は、米国財務省から1億ドル分の国債を購入し、政府の口座に1億ドルを振り込みます。
この政府の口座に振り込まれた1億ドルは、誰かの口座から借りてきて振り込んだお金ではありません。連邦準備銀行が何か実物的な資産を提供しているわけでもありません。
ただ、米国政府の口座に1億ドルと記入するだけです。

連邦準備銀行は口座に数字を記入するだけで“無”から1億ドルを創造するのです。
そして、政府は、1億ドルを受け取り、公共事業の出費として米国社会に1億ドルが流れていきます。

さて、政府は時が来たら、連邦準備銀行に利子をつけて返さなければなりません。

仮に利子をつけて1億5千万ドルを返済するとしましょう。米国政府はアメリカ国民から税金を集め、1億5千万ドルを連邦準備銀行に返済しなければなりません。しかし、
世の中に出回っているおカネは1億ドル。5千万ドル足りません。
政府が1億5千万ドルを連邦準備銀行に返済するには、新しく国債を発行し、世の中に流し、回収するしかありません。

ここに政府の借金が規則的なリズムで大きくなっていく理由があります。
銀行は“無”からおカネを生み出し、国民はそれに対して利息を支払う義務を負う。
また政府は財政赤字を積み上げていく。

そして、このマジックのようなお金を使って世界中からアメリカに実質的な富が流れ込んでいく。その利益が最終的にはロスチャイルド一族をはじめとする国際金融資本家の懐(ふところ)に収まる、という仕組みになっています。
つまり(中央)銀行制度とは合法的な搾取(さくしゅ)システムなのです。

「現代の銀行制度は、貨幣を“無”から作り出す。その手口は、恐らく、これまで発明された詐術の中で、最も驚くべき代物である。銀行は不正によって作られ、罪のうちに生まれた。銀行家は地球を所有する。」―イングランド銀行初代総裁 ジョシア・スタンプ卿


(引用終わり)

要するに、この利子の存在が問題なのです。
全体は架空の金でも利子は現実の搾取として残ります。

ユダ菌が狙っているのは、まさしく、この利子分。
奴らは金貸しなので当然のこと。

だから、国家による通貨の増刷(無利子)は絶対に許せない。
メンテ
1000兆円の借金について!   簡単なことですよ ( No.191 )
日時: 2016/03/17 14:50
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:8MA7xPeY

No186のレスより

それと同時に、国債を償還する為の国債、借換債の発行が、50兆円を超えて、もはや財政は破綻状態です。
平成27年度には
建設国債       6.0兆円
特例債(赤字国債)  31.0兆円
借換債       116.0兆円


毎年、100兆円を超える借換債としての通貨の増刷をやっているのです。

これを金利が付く国債などではなく、単なる通貨の増刷で行えば、10年で、たちまちチャラになる。
国債を購入している人たちも無事償還されて損害はない。

であるのに、なぜ!

わざわざ、金利の付く国債を発行し続けるのか。
なにか
やましいところがあるのではないか!



もう一つ、おまけに!

>国内の国債の引受手で一番多いのは銀行、保険会社であり65%を持っています。

と言う、その銀行、保険会社が毎年65兆円の国債を購入する資金がどこにあると言うのだ。

毎年だよ!

驚き、モノの木、山椒の木!
メンテ
1000兆円の借金は本当か! ( No.192 )
日時: 2016/03/18 11:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:Wz7sM5dw

長々としたデータは結局は必要ではなかったように思います
結論だけをご覧下さい。
数値は平成27年度以外は適当に当てはめています。

平成15年には
建設国債       10.0兆円 
特例債(赤字国債)  20.0兆円
借換債        50.0兆円

平成16年度
建設国債       10.0兆円
特例債(赤字国債)  21.0兆円
借換債       52.0兆円

平成17年度
建設国債       9.0兆円
特例債(赤字国債)  33.0兆円
借換債       74.0兆円

平成18
建設国債       12.0兆円
特例債(赤字国債)  30.0兆円
借換債       70.0兆円

平成19には
建設国債       8.0兆円
特例債(赤字国債)  30.0兆円
借換債       78.0兆円

平成20度には
建設国債       7.0兆円
特例債(赤字国債)  30.0兆円
借換債       80.0兆円

平成21度には
建設国債       7.0兆円
特例債(赤字国債)  30.0兆円
借換債       90.0兆円

平成22度には
建設国債       10.0兆円
特例債(赤字国債)  30.0兆円
借換債       94.0兆円

平成23年度には
建設国債       7.0兆円
特例債(赤字国債)  30.0兆円
借換債       100.0兆円

平成24年度には
建設国債       9.0兆円
特例債(赤字国債)  28.0兆円
借換債       950.0兆円

平成25年度には
建設国債       7.0兆円
特例債(赤字国債)  33.0兆円
借換債       100.0兆円

平成26年度には
建設国債       7.0兆円
特例債(赤字国債)  32.0兆円
借換債       105.0兆円

平成27年度には
建設国債       6.0兆円
特例債(赤字国債)  31.0兆円
借換債       116.0兆円   

平成27年度国債発行金額累計    平成17年度国債+借換債=116.0兆円+27年度分 建設国債+特例債=153.兆円
                 都合153兆円の65%、99.5兆円は銀行、保険会社が用立てる
このうち116兆円分は償還されるので、その償還金総計の65%、75兆円は銀行、保険会社が受け取る。
この取引を都合良く行ったとして、銀行、保険会社は、償還された国債費+新規国債購入のために、約25兆円の経費を帳簿上に計上しなければばならない。
これを毎年、毎年繰り返している。
トヨタでさえも年間の純利益が2兆円と言って驚かされている。
営利企業と言うものが、そのような高額の留保金が生み出せるものか。

同様にして(推計)
平成28年度国債発行金額累計    平成18年度国債+借換債=112.0兆円+28年度分 建設国債+特例債=160.兆円

平成29年度国債発行金額累計    平成18年度国債+借換債=116.0兆円+29年度分 建設国債+特例債=180.兆円


要するに国債会計は形だけのものであり、実際の取引はなされていないということになる。
我が国に本当に1000兆円の借金があるとは思わない、と言う人もいる。
このような事を言っているのであろう。

問題は、何のために、そのような芝居がなされているかである。

メンテ
1000兆円の借金について<預金封鎖 ( No.193 )
日時: 2016/03/23 18:12
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:3zxz9qTM

他のスレッドでも書いたのですが、

>国の借金がGDPの2倍、1000兆円を超えた、戦時中の我が国の財政もGDPの2倍を超えていたらしい。
>政治中の借金は、言わずと知れた戦費調達の為の国債の乱発であった。
>同じような状況から、現代の我が国でも預金封鎖が行われると言う噂も出ているようである。

それで、実際に預金封鎖して(国民の金融資産は1400兆円)1000兆円の資産を何らかの形で国家が没収すると、どのようになるのでしょう。

1000兆円の国債の償還を一時に行うとして、預金封鎖によって取り上げた資産はそのまま、国債を買っている人々の口座に振り込まれると言うことになるでしょう。
結局のところ、1000兆円の預金は名義が変わっただけのことになります。
政府としては、今後の借金のことは考えすにすみ、責任は果たしたことになります。

それと通貨の価値、信用度との関係は全くないでしょう。
ですが、金融専門家の間では、我が国の国債の発行限度は国民資産(今のところ金融資産)の比例して、1400兆円までは可能だとする意見が大半です。
そのうちに、債務残高を2000兆、3000兆円としなければならなくなると、不動産も含むと言い出すでしょう。

国債の発行限度と言うものは、己らが預金封鎖などで責任回避できる限界のことであり、純粋に通貨の維持管理の理念上の事ではないであろう。
もっとも、そのうちに国民資産と言うのを不動産を含めと、言うことにするであろうが、不動産では預金から天引きはできないの無理であろう。

国家が言う、預金封鎖とは、このようなものであり、実際に、それをやっても国民の間の資産の所有権が変わるだけの事。
実際は、購入されている国債の65%は、銀行、保険会社であり、30%は日銀、政府など公的機関である。
要するに国民から取り上げた950兆円の資産は、銀行、保険会社、日銀、政府の懐に入ることになる。
そうして取り上げた金は、どうして使うのであろう。

これで国民生活は成り立つであろうか。
こうしたことで、通貨の価値の担保をしたと言うのであろうか。

バカも休み休みに言えと言うもの。

それでも、このような理屈の為の理屈が通っているのが現在の経済理論。
これじゃ、社会が良くなるはずはないのである。

何が通貨管理であるか。
肝心要で出鱈目をやりながら、専門家で御座いとは、片腹痛い!

悪性インフレ防止のために預金封鎖は必要であるが、国民の資産を取り上げて、あらゆる面で為になることは何もない。
預金封鎖を通貨の価値の担保などと勝手に関連付けることは、はじめから間違った認識。

実際に出来もしないことをできるように見せかけて理論を構築すること自体が、まやかしであるのだ。
現行の経済論の根幹は概ねこのようなものである。
なにせ、経済理論なるうものが現状の経済を追認してできているものであり、事情によってコロコロ変わるもので先の予測などできないのである。

ただしね、対外債務がある場合は、同じようにはいかないかも!
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.194 )
日時: 2016/05/04 09:42
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:yP05ZAx6

久しぶりにUPします。

>国の借金がGDPの2倍、1000兆円を超えた、戦時中の我が国の財政もGDPの2倍を超えていたらしい。
>政治中の借金は、言わずと知れた戦費調達の為の国債の乱発であった。
>同じような状況から、現代の我が国でも預金封鎖が行われると言う噂も出ているようである。

1000兆円の借金について上のことが言われています。

別サイトの記事を紹介します。

日本の借金1000兆円超、本年利息20兆円位、税収見込み40兆円位、新規借金50兆円位(利息返済分20兆円+その他30兆円)、結局、本年度も50兆円借金を増やしただけで1円も借金返済は無し、来年以降も同じ事の繰り返し
が100%の確率で行われるでしょう、 利息分を新規借金して返済では本来の借金1000兆円超が増えるのみです、大鉈をふるい新規借金はやめて全て税収以内で予算編成をする覚悟が必要でしょう、税収40兆円−利息返済20兆円=20兆円、これが使える予算です、20兆円から1兆円を借金返済に回して19兆円が実予算です、世の中がひっくりかえるでしょうがやらねばある日突然もっと悲惨な状況になるでしょう、 毎年、利息返済以外で1兆円を借金返済に充てても1000年以上が必要となります、100年以上の返済計画なんて有り得ないですよね、返済不可能って事ですよね、、、、結局、日本は既に破綻していると思いますが、皆さんはどう思いますか? どうしたら良いと思いますか? 財務官僚や政治家は判っていても手の打ちようが無いのでしょうが徳川幕府の崩壊のような国家転覆、戦争などの国家大混乱で全てがチャラになる事を願ってるのかも、 なぜなら日本の借金は殆んどが国内借金だから、、、、


また、下記の様な的外れの言い分もある。

先週26日(土曜日)、大阪朝日放送の番組「正義のミカタ」に出た。大阪のニュース情報番組だが、東京とは違って、自由な面白さがある。そこで、「日本経済の諸悪の根源はZ」というコーナーをやった。Zとは財務省である。
その中で筆者が強調したのは「借金1000兆円のウソ」である。借金が1000兆円もあるので、増税しないと財政破綻になるという、ほとんどのマスコミが信じている財務省の言い分が正しくないと指摘したのだ。
借金1000兆円、国民一人当たりに直すと800万円になる。みなさん、こんな借金を自分の子や孫に背負わせていいのか。借金を返すためには増税が必要だ。……こんなセリフは誰でも聞いたことがあるだろう。財務省が1980年代の頃から、繰り返してきたものだ。
テレビ番組は時間も少ないので、簡単に話した。「借金1000兆円というが、政府内にある資産を考慮すれば500兆円。政府の関係会社も考慮して連結してみると200兆円になる。これは先進国と比較してもたいした数字ではない」
これに対して、番組内で、ゲストの鳥越俊太郎さんから、「資産といっても処分できないものばかりでしょう」と反論があった。それに対して、多くの資産は金融資産なので換金できる、といった。
筆者がこう言うのを財務省も知っているので、財務省は多くのテレビ関係者に対して、「資産は売れないものばかり」というレクをしている。鳥越さんも直接レクされたかがどうかは定かでないが、財務省の反論を言ってきたのには笑ってしまった。
番組が昼にかかり15分くらいの休憩があった。そのとき、鳥越さんから、「金融資産とは何ですか」と筆者に聞いてきた。「政策投資銀行(旧日本開発銀行)やUR都市機構(旧住都公団)などの特殊法人、独立行政法人に対する貸付金、出資金です」と答えた。それに対して「それらを回収したらどうなるの」とさらに聞かれたので、「民営化か廃止すれば回収ということになるが、それらへの天下りができなくなる」と答えた。


金利付きの1000兆円の借金を返済するとすれば、我が国の税収50兆円を全て返済に当てても30年はかかる。
その間、国家は何の事業もせずに、公務員も全て無休としても。
営利企業であれば、何十年前に既に破綻していたであろう。

もうひとつの返済方法、国民の金融資産を全て没収し返済に充てる。
国家の財産を処分すると言う意見もあるが、処分すると言っても誰が買うのかについては触れていないのでナンセンス。
1000兆円を超える個人資産を持つ者に強制的に買わせるのか。
いずれにしても、そう言う返済方法は国家としては自殺行為。
1000兆円の借金は返せても国民経済はガタガタ。
失業者はいやが上にも増え、国家に対する信頼は消え、自給自足に走らねばならない国民が増大する。

まあ、武士階級や特権階級のための国家であった江戸時代に逆戻り。
否、グローバル化の影響で、庶民が生活の糧を得る雇用の機会を奪われている現代は、それ以下の社会となる。

先の大戦以来、黙々と励んできた結果が、なぜ、このようになるのか。
どこで問題が生じたかなど検証はできる。
検証はできても解決はできない。

問題は、こうした状況を打開する動きがないことである。
政治屋、経済の専門家は、これ以上ない壮大なペテンを行い、問題をうやむやにしてきているのである。

国家とは何か、
国家は何をしなければならないか
何が出来るかを見直さねばならない。

国家は企業の為にあるのではない。
企業のための経済を追い求めていれば良い時代は終わったのである。

1000兆円の借金の問題は、単なる貸借関係と見ずに、現代社会が直面する大きな問題の領域で考えるべきである。
そうすれば、解決の方向性も見えてくる。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.195 )
日時: 2016/07/19 16:11
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:0.HGKauM

京都北部の田舎町、私が住んでいる宮津市は、とうとう人口が2万人を割ってしまった。

当市の一般会計の予算は、それでも100億円。
収入はと言えば、なんと22億円のみ。

一番大きなのが、固定資産税  13億円
        所得税    6億円
        法人税    1億円
        タバコ税   1.3億円(不肖私はこれに貢献著しい)
        その他    0.7億円

支出の大きいのが人件費    20億円(職員の平均年収630万円)

話し変わるが、行政が絡んでいる各地の第三セクター
これも人件費が出れば成功の部類。

如何でしょうか、収入の性格からして、自立した行政としては成り立っていないでしょう。
固定資産税が徐々に、徐々に挙げられる意味が分かる。

大なり、小なり地方自治体の財務状況は大差なし。
他方、国家の財政と言えば、

歳入は50兆円、
歳出は100兆円

と、地方の状況と同じようなもの。
積もり積もった借金が、1200兆円。
後、30年もすれば 8000兆円。
これが企業の決算であるならば、生き残っている行政は東京都だけであろう。
なにせ、東京都には全国の富の70%が集まっている。

財政の健全化とか、プライマリーバランスなど、経済専門家は、何を根拠にふざけた事を抜かしているか。
学者の頭で考えたら、解決策があるとでも。



良いんだよ!
行政の借金など返さなくても。

と、言う様に

はっきりとせい!

戯け者共。

月給泥棒。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.197 )
日時: 2016/11/03 13:15
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:3eHCd/jc

UP
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.198 )
日時: 2017/06/29 11:47
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:kz/EEfpk

「経済のはなし」スレッドでの問答を、転載します。

日時: 2012/12/22 09:23:38名前: 満天下有人

超金融緩和が庶民生活に与える影響=一般会計における赤字増税はどれほどの額を要するのか、複利計算機で大雑把に計算すると・・・

前提条件:10年債表面利率1.3%の複利計算

○現行国債発行残高800兆円x10年x1.3%・・・1年目810兆円、2年目821兆円・・・10年間利払い分≒110兆円
○毎年の赤字国債補填国債来年度分40兆円x9年x1.3%・・・以降2年目分40兆円〜10年目利払30兆円
○国債基金増枠国債発行分36兆円x9年x1.3%≒4兆円
○支払制度支援国債発行分15兆円x9年x1.3%≒2兆円
○公共事業費毎年20兆円・・・1年目、2年目・・・10年目合計利払額≒15兆円
利払い総計161兆円

元本国債発行高残高累計・・・1,451兆円+利払い分161兆円=1,612兆円
(但し税によるカバー分は除いた場合)



満天下さんの借金の増え方について、難しい複利計算式などできませんが、ネットで調べて、それに当てはめてやって見ました。

前のレスの場合で

元金      800兆円
毎年の積立金  50兆円(赤字国債)
これを金利3.0%/年で計算し10年後にはどんな金額になっているかを見たところ 1587兆円と出ました。
満天下さんの 1612兆円にほぼ近い結果です。

満天下さんの計算は2012年ですので2017年の今年では期間を5年とし同じ計算では1215兆円と出ました。
2016年末での国債発行残高は1050兆円くらいのようなので、期末ではおよそ1100兆円と言ったところでしょうか。

少し誤差がありますが、認めたくもないですが安倍内閣の功績(国債発行を抑えた)でしょうか。

ところで、現在の国債発行残高を1100兆円とし毎年の赤字国債の発行額を60兆円として、20年後の借金の複利計算をやって見ました。
元利合計は 3520兆円の借金と出ました。

同じく50年後の姿は
1京1360兆円で、もはや天文学的な数字、実感は湧きません。

毎年の赤字国債発行を60兆円としてますが、実際にはだんだんと赤字国債が増えるでしょう。
ですので30年後には借金が8000兆円になると言う話も現実味があります。

一体、どうするのでしょうね。

(追申です)

国債の金利を3.0%/年で計算しましたが、最近では1.8%くらいの様です。
1.0%の違いはかなり大きく、
2.0%では50年後に8000兆円になります。

(サービス)

複利計算式を見つけたついでに、皆さんが長期定期預金をした場合を考えてみます。

元金      0円
毎年の積立金  5万円 
これを金利   2.0%/年(現在はこの金利に該当するものはありません)
所得税  初めは 0 次に 5% 10% 20%となる

さて30年後には、これが2300万円になります。

金利を昔の様に 5.0%で計算すれば
3450万円になります。

積立田元金は 5×12×30=1800万円です。
メンテ
国の借金は 2017年 1300兆円を超えた! ( No.199 )
日時: 2017/10/27 11:07
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:z2TFINrE

「国債残高の推移」

1981   124(鈴木内閣)

2000   732(小渕内閣)  

2005   968(小泉内閣)
2006   971
2007   974
2008   995
2009   1020
2010   1080(民主党政権)
2011   1131(民主党政権)
2012   1171(民主党政権)   
2013   1210  
2014   1243
2015   1262
2016   1295
2017年  1307

これは返せるものではない。
返す努力をすれば国が極度に衰退する。

別の方策を取らねばならない。
返しても大変動が起きるのなら
別の方策に挑戦すれば良い。

メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.200 )
日時: 2017/12/12 13:28
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:feWsao2o

UP
メンテ
社会福祉費 ( No.201 )
日時: 2017/12/29 22:40
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:9CF9k0Uw

我が国の債務残高は2017年で、1307兆5880億円と言われています。
下記の表は各国の債務残高を、対GDPの比率で現したものです。
http://ecodb.net/ranking/imf_ggxwdg_ngdp.html
日本の場合GDPを540兆円くらいで計算しています。
アメリカの債務残高は、2518兆5600億円と言われています。
アメリカのGDPは、2234兆8800億円です。

1位  日本   239.3 %
2 位  ギリシャ  181.5
4 位  イタリア  132.6
15 位  アメリカ  107.1
16 位  ベルギー  105.9
18 位  スペイン  99.6
22 位  フランス  96.5
25 位  カナダ  92.4
26 位  イギリス  89.2
29 位  オーストリア  84.6
51 位  ドイツ  68.1
62 位  フィンランド  63.1
66 位  オランダ  61.8
108 位  中国  44.3
115 位  スエーデン  41.6
126 位  韓国  38.3
127 位  デンマーク  37.7
146 位  ノルウエー  33.1
177 位  ロシア  15.6
184 位  マカオ  0.06
185 位  香港  0.00

上位の方には、コンゴ、モザンビークなど治安が悪化している国が入っていますが、先進国と言われている国は、どちらかと言えば、半分以上の上位に入っています。
下位の方には、ここが、という様に比較的小国で目立たない国があります。
この表は、185位の香港で終わっています。
先進国で大国と言われている国の多くは、債務残高がGDPに近くなっているところが多いです。
先進諸国の財政が悪化している大きな理由に社会福祉費が増大していることがあります。

台湾、フィリピン、インドネシアの例を取って考えてみましょう。

135 位  台湾  36.2
141 位  フィリピン  34.6
156 位  インドネシア  27.6

これらの国の様に、債務残高を仮に、40%としてみましょう。
GDP 540×0.4=216.兆円の債務残高となります。
実際の金額 1307兆円-216兆円=1091兆円
我が国の債務残高が増え始めたのは、40年くらい前からです。
1091÷40=27兆円が毎年増えてきたことになります。

一般会計予算で社会福祉費は約33兆円を見込んでいます。
33兆円の財源を確保するために予算全体で34兆円の国債を発行しています。
30年前はと言いますと、

社会福祉費の予算は、11兆円、この時も7兆円の国債を発行してます。
福祉費が30年前のままなら、単純計算で34―7=27兆円の国債発行はしなくて良くなります。
翻って、インドネシアの社会福祉の現状を言いますと、年金を受給している人は全国民の15%くらいの様です。
医療保険制度も最近でこそ、80%くらいになった程度の様です。

全体的に社会福祉政策が充実すれば、何処の国でも財政が問題になるでしょう。
しかしながら、西欧の主な国では、GDP比で100%までで何とかやっています
その内容も、239.3%を使う日本よりも、進んでいても劣っているとは言えません。

やはり、我が国の経済政策は、何処かが間違っているのでしょうね。
少なくとも、アメリカに追従していては、成るものもならないでしょう。

1000兆円と言う巨額の財政赤字の問題は、ともかく、社会福祉費をどのように捻出するかについては、別の角度からの検証が必要でしょう。
それなのに、未だに1000兆円の借金を減らすなどと、下手な誤魔化しは止めていただきたいもの。
メンテ
1000兆円の借金について<マクロ経済論> おさらい ( No.202 )
日時: 2018/06/16 18:04
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:rFpNfvC6

1000兆円の借金が多いか、安全か!
漠然として解らないでしょう。そこでおさらいをしてみましょう。

日本の債務は既に1400兆円を超えているでしょう。
アメリカの債務も3000兆円ほど、中国も4000兆円の債務を抱えていると言います。
国家の債務と企業や家計簿の債務は明らかに異なります。
ギリシャなどは破綻したと言いますが、国が消滅した訳でもなく、国民が家(国)出した訳でもありません。


通貨(お金)は水や空気と同じく。通貨とは何かと考えるまでもなく、生きて行くために必要不可欠なものとなっている。
その通貨は何千年も前に物々交換の媒体として発祥し、始めは特別な貝殻とか石でした。
媒体にするには通貨自体に何らかの価値が無くてはなりません。
やがてメソポタミア文明圏では、自然の貝殻などに代わる硬貨を鋳造しこれに当てました。

中世には紙幣が登場しますが、やはり通貨自体に価値を持たせねばなりません。
通貨を広く流通させるには、それなりの通貨の価値を保証する機構が存在する必要があります。
ですので通貨の発行は国家やそれに代わる有力な組織が担う事になりました。
金本位制と言う言葉があります。
紙幣の価値を金の価格で裏打ちする事によって、その交換価格を通貨の価値の保証としました。

一方で、が飛躍的に増えると共に通貨の信用度を確保するために通貨の管理制度が発達してきました。
金本位制を取って通貨発行者は、発行する通貨に比例すて実際の金を貯蔵してきましたが、じっさいには採掘された全部の金を所有していても発行した通貨の全てを交換する訳にはいきません。
ですが産業革命を経て貨幣経済はどんどん増殖し、金本位制では意味がなくなり、信用通貨制度へ移行してきました。
その為にも通貨管理制度は重要な役割を果たさねばなりません。
具体的に言えばインフレを起こすと通貨の信用がなくなると言う事になり通貨制度自体が破綻します。
その国、地域の通貨制度が破綻すると、全ての経済的活動が成り立ちません。

ところで、現行の通貨管理制度のやり方が間違っていないかの検証をしてみましょう。
インフレを起こさないために各国は必至で通貨の信用度を確保しようとしていますが、その目安は、今でも通貨の兌換と言う事を主題にしています。

金本位制の時代は、兌換できる金の貯蔵に努めました。
現在はと言えば、通貨の発行量に見合う金融資産の確保を前提にしています。
通貨の発行と言う事は、会計的に発行者の負債と設定し、担保として国民の金融資産の量をみているのですが、実際に全国の国民の金融資産を抑える事は不可能です。

実際の国民経済を見ていましょう。

まずは、国民総資産という角度から。

この表は、企業会計における貸借対照表の作成と同じ意味を持ちます。単位は兆円で、平成22年度で見ています。


<資産の部(国民総資産)>
(非金融資産の内の生産資産)
在庫                 69.0
住宅                 350
住宅以外の固定資産         1129
無形固定資産             29
(非金融資産の内の有形非生産資産)
土地           1205
土地以外の有形非生産資産   2
(金融資産)
株式以外の金融資産    5302
株式            413

合計       8500兆円


<負債の部>
(負債)
その他の負債            490
保険・年金準備金          419
金融派生商品             63
株式・出資金      610
株式以外の金融商品    1267
借入れ金      1295

現金・預金      1330
正味資産      3036

 合計     8500兆円

(正味資産とは)

国あるいは各制度部門の所有する実物資産及び金融資産(株式を含む)の総額から、負債(株式を含む)の総額を差し引いたものを正味資産といい、国民あるいは制度部門貸借対照表のバランス項目である。国冨とは、国全体の正味資産であり、実物資産と大外純資産の合計に等しい。

22年度の数値を掲示されていますので、これを基に言いますと、正味資産3036兆円、これには在庫や固定資産が2764兆円ありますね。

これを分解しますと民間保有分2014兆円、*公的部門749兆円
この固定資産は、国家から見て現実に換金価値があるのは、国家デフオルトにより、総資産封鎖を実行した時で、そうとしても、民間の固定資産まで対象とする訳にも行かないでしょうから、これを差引くと正味資産は、1022兆円となります。ただこれには年金などの社会保障基金ネットで185兆円が含まれており、これを差引きますと837兆円です。後840兆円くらいは、ヘリマネ出来ますぞ(笑)。もっともこの額は、日銀統計国民一般家計現金預金額とほぼ一致しており、最悪これも差し出す覚悟で。


次には、実際の通貨の流れ(通貨管理の実態)を見てみましょう。

マネタリーベース(ベースマネー)とマネーストック(マネーサプライ)について

マネタリーベースは、マネーストック(世の中に出回っているお金の総額)の基となる通貨という意味で、ベースマネーとも呼んでいます。また、この通貨が大きな預金通貨を生み出す強い力を持っているという意味で、ハイパワードマネー(強権貨幣)と呼ぶ場合もあります。
マネタリーベースは、現金通貨(日銀券、補助貨幣)と、民間金融機関の法定準備預金(日銀当座預金)を合計して求めます。

マネーストックは、これまでマネーサプライ(通貨供給量、貨幣供給量)として統計が公表されてきました(下表)
マネーストックはマネタリーベースに累乗して現れます。

(M1) 
現金通貨と預金通貨を合計し、そこから調査対象金融機関保有の小切手・手形を差し引いたもの。対象金融機関は日本銀行(代理店預け金等)、国内銀行(ゆうちょ銀行を含む)、外国銀行在日支店、信金中央金庫、信用金庫、農林中央金庫、商工組合中央金庫、その他金融機関(全国信用協同組合連合会、信用組合、労働金庫連合会、労働金庫、信用農業協同組合連合会、農業協同組合、信用漁業協同組合連合会、漁業協同組合)。※現金通貨 = 銀行券発行高 + 貨幣流通高※預金通貨 = 要求払預金(当座、普通、貯蓄、通知、別段、納税準備) - 調査対象金融機関の保有小切手・手形

(M2)
現金通貨と国内銀行等に預けられた預金を合計したもの。対象金融機関は日本銀行、ゆうちょ銀行以外の国内銀行、外国銀行在日支店、信金中央金庫、信用金庫、農林中央金庫、商工組合中央金庫。
(M3)
M1 + 準通貨 + CD(譲渡性預金)。対象金融機関はM1と同じ。

※ これらのうち日銀はM3を最も代表的な統計と見なしている。

具体的に表すと次の様になります。

平成26年度のベースマネーは 209兆円
平成26年度のマネーストックは 863兆円
実際に市中で流通している日銀券は 98兆円


日銀はマネタリーベースの発行量の調整によって社会に出回るマネーストック(マネーサプライ)をコントロールしているのです。
また、マネーストックとは、現実に出回っている通貨の総量ではありません。


その日銀の通貨管理の指標として、次の経済の地論があります。

(続く)




メンテ
1000兆円の借金について<マクロ経済論> おさらい 2 ( No.203 )
日時: 2018/06/16 18:46
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:rFpNfvC6

国家の経済の容量を現す言葉にGDPがあります。
500兆円を超えていた日本のGDPも470兆円くらいです。

マクロ経済の考え方の中に、通貨がどのように位置づけられるのか見てみましょう。

国民所得とは、ある一定期間内に国民が稼いだ所得の合計額のことです。これは、国民純生産(NNP)から間接税を差し引き、補助金を足し合わせることで求めることが出来ます。また、要素費用表示の国民純生産とも表現されます。(要素費用表示については、改めて下で説明します。)

三面等価の原則:(ハロッド・ドーマーの定理)

先ず混乱されないように前提を置くとして、この定理はあくまでも単年度の動態分析で、単年度損益計算書だと思って下さい。でないと政府累積借金=それはこの単年度損益計算から、静態分析資料である国の貸借対照表に反映され、累積されて行くものでありますから、最後に記しておりますISバランス理屈との整合性に混乱してしまいますので。

GDP(輸出入を含むGNPは別途)国民総生産は全て、家計・企業・政府(税)に分配
されて所得となり、支出される。これが三面等価の原則で、それで全体の説明が出来ます。

【総生産:】

【(A)分配面からの所得=】

雇用者所得(消費+貯蓄+税)
企業所得(消費+貯蓄(企業の場合は内部留保・営業余剰+税)

(註1)この税は=政府所得になります。
(註2)固定資本減耗=所謂減価償却費は、企業内部留保とみなし、営業余剰に含ませて、項目省略によってすっきりさせます。 

【(B)所得の支出=次のように分解されます。】

民間最終消費
企業最終消費
政府最終消費
総固定資本形成(民間投資+政府投資(所謂公共事業費)
在庫品

(A)=(B)ですから、両辺から消費を相殺しますと、
(S)貯蓄+税=(I)民間投資+政府公共事業となります。

この(I)投資=(S)貯蓄が、ハロッド・ドーマー定理のミソで、これをISバランス
と言います。S>Iの場合はまだ投資出来る、S<Iの場合は、投資不足で国内での
財源が不足を意味し、海外からの投資を要請するケースとなります。

我が国現状ではまだ(S)>(I)の状況にあり、投資の余裕はありますが、これが財政赤字に消費され投資国債になっていない。

また通貨の流通を要素として経済拡大の為の理論を色々な人が書いております。
こうした内容を総合的に検証して通貨管理がなされているのです。

続いて通貨管理の考え方も以下のように変遷していきます。

貨幣量の増減は物価にだけ影響を与え、生産活動や雇用の増減などには影響を与えないとする説。古典派経済学の中心的な命題のひとつであり、中立説によれば、貨幣は社会的な分業や効率性をもたらす以上の役割はない。経済活動の本質は物々交換であり貨幣はその仲介を行っているにすぎず、貨幣量の増減は貨幣錯覚による混乱をもたらすが国富・国民経済の観点では中立的であり、国富の増大には貨幣量の拡大ではなく生産・供給能力の増強によるべきとした。

数量説は貨幣の中立性を前提にしており、物価の乱高下は流通貨幣量の管理によって押さえ込むことができるとする。管理通貨制度が定着する以前は、社会に存在する貨幣の総量は誰にも計測できず、金塊が採掘されるなり、難破などの事故により貴金属が喪失するといった確率現象や、貯蓄のために金塊を退蔵するといった個々人の経済行動は、物価に対して深刻な影響を与える要素であった。

貨幣中立説は、歴史的には大航海時代以後にスペインなどが重金主義を採用したことによる反動ともいえる。後の絶対王政以後のフランスでは重商主義が唱えられ、貿易黒字による差額があれば、金銀は自然と自国に蓄積されるという考え方であった[4]。

フリードリヒ・ハイエクは、貨幣は相対価格を動かすことによって生産量に影響を及ぼすと考え、貨幣中立説を否定している[5][6]。

長期的には貨幣の中立性は成立し、金融政策は実体経済に影響を与えず、ただ名目変数を動かすだけであるという点では、新古典派経済学、マネタリスト、ニュー・ケインジアンの見解は一致している[7]。ただし、短期的には実体経済に影響を及ぼすかどうか、急激な経済の変動に対して金融政策は有効かどうかという点では、新古典派とケインジアンは対立している。

>フィッシャーの交換方程式

現実の統計値から貨幣量と物価の相関関係を分析するためのツールとして、アーヴィング・フィッシャーの交換方程式がある。これは貨幣量と物価の関係を、貨幣の流通速度あるいは取引水準といった概念を導入することで記述するもので、貨幣数量説の代表的なアイデアである。
M\cdot V = P\cdot Q
ここで
M はある期間中の任意の時点tにおける流通貨幣(通貨)の総量
V は貨幣の"流通速度"(特定期間内に人々のあいだで受け渡しされる回数:貨幣の回転率のようなもの)売買契約の約定回数
P はある期間中の任意の時点tにおける物価水準(通常は基準年度を1としたデフレータ)
Q は"取引量" (特定期間内に人々のあいだで行われる取引量(quantity)の合計)

である。

交換方程式は逐一個別の取引(単価p の商品をq 個だけ取引するため、貨幣m を1回支払う)をマクロ経済全体で合計(牌 = 1 → V )したものとされる。これは数学上非常に明晰な記述であるが、現実にはマクロ経済全体における流通速度V (= P Q /M )や取引量Q といった経済統計としては非常に観測・推計しにくい概念を導入しなければならない困難がある。

>現金残高方程式(ケンブリッジ方程式)とマーシャルのk

アーヴィング・フィッシャーとほぼ同時代のイギリスの経済学者アルフレッド・マーシャルも、独自に貨幣量と経済水準の相関関係に着目していた。1871年頃には着想を得ていたとされ、1923年に文章化、完全な定式化は弟子のアーサー・セシル・ピグーによって公刊された。貨幣数量説を批判的にとらえる論拠とされるアイデアである。
M = k\cdot P\cdot Y
ここで
M はある期間中の任意の時点t における現金残高(=ストック)
k は比例定数で、マーシャルのkと呼ばれる
P はある期間中の任意の時点t における物価水準(通常は基準年度を1としたデフレータ)
Y は実質GDP

である。

P Y は名目GDPであり、ケンブリッジ方程式の要諦は「現金として保有される残高は名目GDPに比例している」というものである。人はある年間所得(P Y)の水準に比例する程度に、つねに手元に投資や貸付、消費に回してしまわない資金量を一定(M )確保していることが予測できる。その割合比率(k )は貨幣選好であるが、マクロ経済全体で合計した場合にも同様の傾向があるはずである。そこで経済全体をおしなべた結果としての貨幣選好をk とすれば前述の方程式で記述される。なお、このマーシャルのkの逆数(P Y /M )は、貨幣の所得 流通速度と呼ばれる。フィッシャーの交換方程式とは異なり、特定時点での現金残高Mや、期中での名目GDP(名目総生産=名目総所得)は直接の統計や推計により比較的容易に計測することができる。また、k やP が変化しないという仮定の下では、M を増加させることでY を増加させることができるという関係を表している。

フィッシャーの交換方程式は明瞭で、一見するとMとPに極めて強い相関関係が予想される。しかしその根拠としてVとQが硬直的であることが前提となる。VやQが柔軟に動くものであれば、実際Mが増減してそれがPの変動をもたらしたとしても、なぜそうなるのかはフィッシャーの交換方程式では説明されていない。MV=PQは恒等式であり常に成立するが、あるMの水準に対してVやQがなぜか相応な値をとって、結果Pが相応な水準になっている、としか言えない。

新古典派経済学の考え方によると、労働供給が飽和する水準で実質GDPは均衡するので((セイの法則))、実質GDPは貨幣量や物価とは関係なく決定される。そこで貨幣量Mが一意的に物価水準Pを決めることになり、物価を安定させるには貨幣量Mの水準にのみ関心を払えばよい。フィッシャーのMが増加すればPも増加するという説明は、昔からある貨幣の中立性を数学的に洗練して叙述したものである。

ミルトン・フリードマンに代表されるマネタリストは、Q/Vの構造に長期的な安定傾向を見いだし、短期的には貨幣の中立性が満たされないことはあるが、長期的には満たされるとする。このため貨幣量が増加すると一時的に実質GDPまで拡大することはありうるが、長期的には実質GDPは完全雇用できまる水準に低下し、物価Pの上昇をもたらすだけだと考える。Q/Vは一回あたりの発注ロット数の平均値をあらわすが、フリードマンは経済の期待成長力や期待収益率の多寡によって、1回あたりの受発注量が増減することは短期的に観察できる事実であるが、長期の統計においては安定した関係にあると実証した(この功績でノーベル賞を受賞)。

交換方程式は取引経済の実態そのものの数式化であり、かならず両辺が一致する。限定された期中における交換のみに着目した恒等式には、来期以降の不確実性に対する予測やそれに対する準備という概念を一見必要としない明瞭さがある。一方でケンブリッジ方程式は貨幣選好kにもとづいて現金残高は特定の水準PYに対しても変動する。マーシャルのkは経済全体がどの程度の含み資産をもっているか、経済成長力(自然利子率)がどの程度か、投資収益率(名目利子率)がどの程度か、などといった状況にも左右されるかもしれない。

フィッシャーの交換方程式と、マーシャルのケンブリッジ方程式は、本来まったく別のアプローチから通貨量と物価の関わりを記述したものである。流通速度(PQ/M)の逆数が貨幣選好であると読み換えることの根拠はない。しかしQとは相殺取引等を前提とせず、不動産や債券など金融資産の売買を考慮せず、中間生産物の売買を除去すれば国富・国民経済計算の観点からは実質的な価値(実質GDP=Y)そのものであり、また統計的にはMやPは共通した統計量であり、二つの方程式を統合した分析は信用サイクルの分析などに重要な示唆をあたえている。

現実にはマーシャルの現金残高方程式の過程、すなわち貨幣量(流動性)が増減することで実体経済Yが深く影響を受ける効果があることは無視できない。

>有効需要

詳細は「有効需要」を参照

貨幣量の増加は、実質金利の低下へつながる。この結果、設備投資の増加へつながり乗数効果で有効需要が増加する。有効需要の増大は生産の増大、あるいは物価の上昇へ結びつく。

>貨幣錯覚

流通貨幣量の増減は、事前に約束され容易に変更されることのない数値である金利や賃金、社会保障、税、および資産価格などに対する評価の修正を通じて経済活動全般に影響を与える。

>ケインズによる解釈

一般化された記述[編集]
e = e_d(1 - e_e\cdot e_0 (1- e_w))
ここで
e は貨幣量の変化に対する物価の弾力性
ed は貨幣量の変化に対する(貨幣で測られた)有効需要の弾力性
ee は(賃金単位で測られた)有効需要の変化に対する雇用の弾力性
e0 は雇用の変化に対する産出量の弾力性
ew は(貨幣で測られた)有効需要の変化に対する賃金単位の弾力性

である。

ケインズによれば[8]、貨幣数量説では、ed = 1であるとともに、失業の存在するときはew = 0、ee e0 = 1よりe = 0となって物価が不変となり、完全雇用に到達するなり、ew = 1、ee e0 = 0よりe = 1となって物価は貨幣量に正比例して変化すると主張されているとする。

これに対してケインズは、流動性選好・資本の限界効率・消費性向の諸制約によってed = 1とは限らず、ew は完全雇用の到達以前に貨幣賃金率などの上昇が見られるため0と1の間の値を示し、ee e0 は収穫法則の制約によって1と0との間の値を示すことから、e は通例1より小であると一般化することができると考え、これを貨幣数量説の一般化された記述と呼んだ。

(引用終わり)

このようにケインズで初めて雇用の要素を取り上げています。
他の人間は、通貨のバランスのことより頭にありません。
特に最近の雇用情勢の悪化はグローバル化と生産手段の発達にあるのですが、それを考えようとはしません。
要するに、彼らは現状分析をしているだけです、それも後手に回って。
現状の経済学と言うものが、何の為に存在しているのか。

経済(金融)のための経済学(金融工学)でよりありません。
それでは、経済を研究し、論じるとは何の為であるのでしょう。

これが現状の経済学の実態であり、もはやその数式は全て見直す必要があるのです。
経済の話スレッドのNO116〜118の実態があるにも関わらず、全く効力のない戯言を弄んでいる経済専門家は恥を知るべきであります。
既成の経済理論こそ、実質の通貨の発行を野放しに許している。
国家経済を会計理論でまとめようとしている。
会計学上の理論では、国家、そのものが存在しない、活動停止であり、世界中にそのような国が既にあるはずである。
日本が1000兆円の債務を抱えながら、破綻しないのはなぜか。
国債の引き受けての95%が屋内であるからと言う理由が、まさしく通貨発行の原理を証明している。

中央銀行制度にこだわっているから身動きが取れない、先が見えないのである。
通貨発行権を国家(国民)に取り戻し、将来の為の現実にあった経済理念を立てねばならない。

資本主義のシステムも、基本的な見直しが必要な時代になってきたのである。
これができればユダ菌などは、自然と力を失って行く。
既存のルールの下でユダ菌に戦いを挑んでも、もはや勝てはしないのである。
通貨発行権を国家が持ち国民の為に適正に運営すれば、ユダ菌が何京円の通貨を溜め込んでいても、それは紙くず同然となる。

国家が、その生産力に見合った分だけ通貨発行権をもち、国民経済をリードしていくのが本来の有り様である。
それで深刻なインフレなど起きないのに、何故やらないのであるか。

これが出来るのが現代であり、人類の発展の成果であるのだ。
未来の社会であるのだ。
メンテ
1000兆円の借金について<マクロ経済論> おさらい 3 ( No.204 )
日時: 2018/06/16 19:15
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:rFpNfvC6

この2回、難しい理屈を紹介してきましたが、このようなものは斜め読みしていただいて結構かと思います。
今回、書いているのが、新しい感覚で、従来のこむつかしい理屈など蹴っ飛ばしていただけば良いかと思います。

従来の、あのような理屈に捉われていては何も出来ないことを証明してみたかったのです。
しかしながら経済の専門家と言われる人たちは従来の法則から飛び出そうとしません。
政治と経済の関係においても、是非、見直したいものです。

次に紹介しますのは、

http://noranekoma.blogspot.com/(ネコでも解る経済論より)

通貨制度とは何か (信用通貨と政府通貨)

(じいちゃん)
マクロ経済の運営ツールについて、今回は通貨制度について説明しようと思う。通貨制度は経済運営に極めて重要なんじゃが、どういうわけか無視されておる。というか、そもそも通貨制度には2種類ある事すら新聞マスコミは絶対に触れない。現行の「信用通貨制度」がまるで永遠不変の原則のように経済運営の前提となっておるが、ここには大きな問題も潜んでおるんじゃよ。

(ねこ)
通貨制度には2種類あるの?

(じいちゃん)
通貨制度には大きく二種類あると考えておる。
@「信用通貨制度」・・・借金によって通貨を作り出す制度
A「政府通貨制度」・・・資産として通貨を作り出す制度

@信用通貨制度
現在の通貨制度はこれじゃ。この通貨制度の最大の特徴は、通貨はすべて誰かが銀行から借りた借金によって生まれることにある。これは本当じゃ。その証拠に世の中の金融資産と金融負債の合計は必ずゼロとなる。この事が極めて重要なんじゃ。この仕組みは本サイトでは何度も説明しておるが、簡単に説明するとこうじゃ。現金は日銀が発行する。しかし発行しただけでは世の中に供給されない。この現金を民間銀行が日銀から借りるんじゃ。そして日銀から借りた現金を元にして、民間銀行が企業や個人に貸し付ける。これによって初めておカネが世の中に流れだすんじゃ。誰かが借りることで世の中におカネが供給されるということは、世の中のおカネはすべて借金から出来ていることになる。逆に言えば、世の中の企業や個人がおカネを借りなければ、世の中のおカネはすべて消滅して経済はマヒする。これはバランスシートという帳簿の性質上、必ずそうなる。

つまり、現代の資本主義経済は「借金経済システム」だと言えるんじゃ。誰かが常に借金し続けなければ経済がマヒしてしまう。今は世界不況でおカネを借りる人が減っている。だから、日銀が必死になって企業や個人の貸し出しを増やそうと金利を下げておるんじゃ。

(ねこ)
誰かが借金しないとおカネが消えて経済がマヒする制度なんて、根本的におかしいにゃ。でも、どうして今まで問題にならなかったのかにゃ?

(じいちゃん)
そこが重要じゃ。高度経済成長期のように経済成長が著しい時代では、投資によって儲けが出る。じゃから銀行から借金して投資する企業や個人がいっぱい居たんじゃ。だから世の中の借金がどんどん増え、それによって世の中のおカネもどんどん増えたんじゃ(信用拡大)。するとおカネの不足によって生じるデフレのような問題は生じない。むしろ借金が多いために世の中のおカネの量も過剰になり、インフレになるんじゃ。だから、経済成長率が高い時代では、資本主義が借金経済システムであったとしても問題にならなかった。

ところが世界経済は低成長の時代となり、投資しても儲からなくなった。こうなると銀行から借金する人がどんどん減る。すると世の中の借金がへるから、同時に世の中のおカネが減少し、デフレとなる。

このデフレは企業や個人が借金をしないから生じている。放置すれば世の中のおカネはどんどん減る(信用収縮)。そこで仕方なく政府が借金するんじゃ。これによって政府の借金が増えるが、世の中のおカネの量は維持できる。この維持されているおカネが家計や企業の貯め込んでいる金融資産=預金なんじゃよ。ところが、財務省が騒ぎ始めた。国の借金ガーじゃ。しかしすでにお分かりのように、政府の借金を返済すると世の中のおカネの量が減るから家計や企業の貯め込んでいる金融資産は激減するはずじゃ。

このように、経済成長率が低下した時代になったため、信用通貨制度の矛盾が明らかになってきたんじゃ。この矛盾をごまかすためにグローバル化が推進されておるとも言える。多くの人は新聞マスコミによって洗脳されておるので、通貨制度はこの信用通貨制度しかないと信じ込んでおる。しかし通貨制度には別の選択肢もある。

A政府通貨制度
歴史的にはこの制度の方が遥かに古い。この通貨制度の最大の特徴は、通貨は借金と無関係に供給される点にある。じゃから世の中の金融資産と金融負債の合計は必ずプラスになる。この事が極めて重要じゃ。つまりこういう事じゃ。先ほどの信用通貨制度の場合、おカネは誰かが借金しないと生まれないため、常に誰かが借金する必要があった。政府通貨制度の場合は誰も借金しなくてもおカネは生まれる。だから世の中のおカネの量を維持するために政府が借金する必要はまったく無い。

具体的な通貨供給のしくみはこうじゃ。まず日銀が現金を発行する。これを政府が財政支出で使用し、インフラや医療・社会福祉などに使う。これで世の中におカネが流れ出す。実に簡単じゃ。ただしこの方法を高度経済成長の時代に行うと大変な事になる。高度成長期にはただでさえ借金して投資する企業や個人が多くて、世の中のおカネが増えているのに、政府が財政支出なんかしたら、おカネだらけになってインフレが激しくなるんじゃ。これが可能なのは先進国が低成長の時代に移行したからじゃ。そういう時代になったんじゃ。

つまり、高度成長の時代と低成長の時代で、同じ通貨制度を使い続ける必然性はない。それぞれに適した通貨制度を選択すべきということじゃ。そして、信用通貨制度と政府通貨制度をミックスして運用することも可能じゃ。時代の変化に合わせて柔軟に対応すべきじゃが、新聞マスコミは必死になって@信用通貨制度を擁護し、A政府通貨制度を批判する。つまり、政府通貨制度の場合は、おカネを発行して財政支出を行なうことによって世の中におカネを供給するが、「それは財政ファイナンスだから禁じ手だー」と言って猛反対する。新聞マスコミが反対する理由はおそらく次のようなことじゃろう。@信用通貨制度は銀行に利益をもたらすが、A政府通貨制度は銀行に利益をもたらさない。つまり銀行の金利収入が減るので銀行権益にからむ人々は猛反対する。世の中はそんなもんじゃよ。

(ねこ)
結局は、カネへの欲望が世界を支配してるんだにゃ。

<余談>
(じいちゃん)
そもそもおカネは制度として生まれたものではない。国つまり政府が誕生する以前から物々交換の媒介として何らかのモノを利用することで、原初のおカネの概念が生まれたんじゃ。古代のおカネは政府が作るわけではないので、黒曜石のような矢じりの原料が使われることもあった。実用品じゃな。つまり実際に使用価値があって、腐らない(価値が保存される)ものがおカネとして利用されていたらしい。

国家が誕生すると、国つまり政府がおカネを発行するようになった。ローマ時代や江戸時代にはおカネは政府が発行しておった。これが「政府通貨」じゃ。多くの場合は金貨や銀貨のような貨幣がおカネとして作られたんじゃ。金や銀は実用品でもある。だから実際に使用価値があるし腐らない(価値が保存される)。そいうものをおカネとしていた。政府は金山や銀山を保有して金を掘り起こし、おカネを作った。そのおカネを使って城や公共の建物を建設したわけじゃ。

こうしたおカネは社会で流通する。するとおカネを貯め込む金持ちが現れたんじゃ。こうした金持ちはしこたま金貨や銀貨を貯め込んだが、こうなると泥棒に狙われる恐れが出てくる。そこで、武装した警備員に守られた貸金庫業者におカネを預けるのが安全じゃ。貸金庫業者は預かった金貨や銀貨の預り証を発行したんじゃ。そしてこの預り証を貸金庫業者に渡すと、いつでも金貨を引き出すことができる。この預り証がのちに銀行券(紙幣)となるんじゃ。たとえば金持ちが金貨1枚の預り証をもって肉屋で肉を買う。すると肉屋はこの預り証をもって貸金庫業者へ行けば金貨1枚と交換できるわけじゃ。じゃから、いちいち金貨を使って売買する必要はないんじゃ。

こうして貸金庫業者は銀行となり、銀行券つまり紙の通貨が生まれた。しかし金や銀と違って、紙のおカネには何ら使用価値はない。なぜ価値があるかと言えば、金や銀と交換できるという信用があるからじゃ。これが「信用通貨」のはじまりじゃな。この信用通貨の問題は、信用がどんどん膨張することにある。金や銀などのモノと違って信用は膨張する。どういうことか。

銀行はおカネを貸して利息を稼ぐ。ところで銀行は預かった金貨を貸すのではなく、預り証である銀行券を貸し出していた。銀行券はそもそも預り証じゃから本来は金貨の量と銀行券の量は同じであるはずじゃ。ところが銀行は保管している金貨の量の何倍もの銀行券を発行して、それを貸し出すようになった。金貨の何倍もの銀行券を発行することを「信用創造」という。この信用創造の仕組みが現在の銀行制度の根本的な仕組みにもなっておる。ただし預かっている金貨の何倍もの預かり証を発行すれば、大勢の人が一度に金貨を引き出しに銀行へ来ると金貨が足りなくなってしまう。これが取り付け騒ぎじゃ。じゃから「銀行券を金貨の何倍まで膨らませてよいか」というルールが必要となる。これが準備預金制度と呼ばれる考えの原点となるんじゃ。現代ではおよそ50倍から100倍程度じゃ。こうしておカネが何倍にも膨らむため、バブル経済を引き起こす根本的な原因となる。

しかし、現代の民間銀行は昔の銀行のように金貨を預かっているわけではない。金貨の代わりに銀行が預かっているのが「現金」じゃ。銀行は預かっている現金の何倍ものおカネを「信用創造」で貸し付けておる。この時に貸すのは銀行券ではなく「預金」じゃ。預金は現金と同等に扱われるので信用通貨なんじゃ。こうして、もともとは「政府通貨」として発行されてきた金貨や銀貨などに代わって、銀行が「信用通貨」を発行するようになったんじゃ。つまり、こうした流れを見ても、通貨を発行する役割が銀行である必要性は何もない事がわかる。銀行がおカネを発行する役割を担うのは、単なる慣習に過ぎんのじゃ。だから、何も信用通貨に執着する必要はない。政府が政府通貨を発行することは自然じゃ。実際、500円や100円のような少額貨幣については日銀ではなく、今でも政府が発行しておる。そして、信用通貨の発行を中止して政府通貨を主体とする通貨制度にすれば、おカネが何倍にも膨らむことがなくなるため、バブル経済は発生しなくなるんじゃ。

こうした話は新聞マスコミには絶対に出てこない。ということは、「通貨制度は強烈なタブー」であって、非常に危険を伴う話じゃ。こんな事を平気で書いておると、このサイトもそのうち閉鎖されるか、ワシが暗殺されるも知れんのう。

(引用終わり)

そうです、中央銀行主導の通貨管理政策は止めて、政府主導の通貨管理政策を取り、通貨の発行も政策による要素も取り入れることです。
政治と一体になって経済を支えて行くことです。
そうすれば1000兆円の借金も、内容が異なってくるし、なくす事も出来る。

従来の通貨管理の大原則に通貨の信用確保の根拠の問題でした。
金本位制を離れ不換紙幣となった現在、それでも通貨の信用を担保るる根拠として国民の金融資産を目当てにしていました。
しかしながら、実際流通している通貨の総量は数京円ともなり、それでも担保出来ません。
さらにはピットコインなどの仮想通貨も現れ、もはや通貨の信用度の確保も根拠がなくなりました。

この様に、曖昧なものを根拠として通貨管理が正当でしょうか。
考え方を変えれば、いろいろな可能性が出てくるのではないでしょうか。

最近、中央銀行制度を廃止して通貨発行権を国家に取り戻す国が出てきました。
IMFやG8、G20等の会議は中央銀行制度を遂行するユダヤ金融資本に牛耳られた会議であり、金融による世界支配の構造です。
このシステムから脱局し通貨の存在、そのものを見直す必要があるのです。

金融鎖国も考慮に入れた抜本的な改革が望まれます。
メンテ
Re: 1000兆円の借金について<マクロ経済論> ( No.205 )
日時: 2018/09/26 10:57
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:FSiV5xw6

UP
メンテ
地方財政の破綻! ( No.206 )
日時: 2018/10/15 11:59
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:E96LQx8c

財政破綻とは簡単にいえば、借金が返せなくなる状態のことです。

自治体の財政が正常に機能しなくなり、活動に必要な費用が十分に用意できなくなること、と言っても構わないかもしれません。

自治体は地方債を発行しています。地方債とは文字通り都道府県や市区町村などの地方自治体が発行する債券のことです。

自治体の主な収入源は税収と国庫支出金ですが、それだけで運営されている自治体は少ないです。多くの自治体は地方債を発行することにより、足りない収入を穴埋めしているのです。

地方債は債券の一種ですから、発行している自治体は当然利子を払わなければなりませんし、償還日が来たら元本も返済しなければなりません。

自治体が健全に運営されているうちは良いのですが、財政的に苦しくなってくるとこの利子や元本の支払いができなくなります。そうなると自治体に残された道は財政破綻しかありません。

財政再建団体とは、赤字額が標準財政規模の5%(都道府県)または20%(市区町村)を超えた破綻状態にあり、なおかつ財政再建団体を策定して総務大臣の同意を得た地方自治体のことです。

標準財政規模とは地方自治体の一般財源の規模のことです。自治体の収入から地方債と国庫支出金を除いたもの、と考えれば大体正しいです(厳密には違いますが、そこまで詳しく理解する必要はないでしょう)。

地方財政破綻の現状(京都府)

>財政力指数は、総務省の公表している自治体の決算カードから引用しています。財政力指数とは、自治体の財政力を示す指標であり、基準となる収入額を支出額で割り算(÷)した数値です。1.0であれば収支バランスがとれていることを示しており、1.0を上回れば基本的に地方交付税交付金が支給されません。は、その自治体自身の収入(税・他)に交付金を加えたもの。
>これとは別に自治体は市債などを発行して借金をして財政を賄っている。(歳入合計に含む)
>財政力指数は、総務省の公表している自治体の決算カードから引用しています。財政力指数とは、自治体の財政力を示す指標であり、基準となる収入額を支出額で割り算(÷)した数値です。1.0であれば収支バランスがとれていることを示しており、1.0を上回れば基本的に地方交付税交付金が支給されません。

順位 自治体名 財政力指数 標準財政規模 歳入総額 歳出総額

1 久御山町 1.05− 4,581,246千円 6,757,097千円 6,522,521千円
2 長岡京市 0.83− 15,856,430千円 28,361,021千円 27,437,756千円
3 大山崎町 0.82― 3,706,497千円 5,480,347千円 5,365,177千円
4 京都市 0.77− 73% 348,859,404千円 726,716,715千円 717,083,021千円
5 京田辺市 0.76− 13,874,502千円 24,991,520千円 24,359,709千円
6 宇治市 0.75 34,297,869千円 60,726,462千円 60,274,770千円
7 舞鶴市 0.73― 19,554,998千円 37,955,838千円 37,635,400千円
8 向日市 0.70― 10,678,005千円 18,729,641千円 18,274,100千円
9 精華町 0.69− 7,832,596千円 13,339,781千円 13,136,074千円
9 八幡市 0.69− 14,364,813千円 28,122,926千円 27,324,658千円
11 木津川市 0.65−16,291,735千円 25,960,353千円 25,303,984千円
12 宇治田原町 0.64− 2,744,855千円 4,310,281千円 4,129,487千円
13 城陽市 0.62− 15,041,645千円 25,006,503千円 24,947,895千円
14 亀岡市 0.58− 18,306,695千円 36,501,891千円 35,967,574千円
15 福知山市 0.54− 23,733,793千円 44,547,897千円 42,719,445千円
16 綾部市 0.47− 9,461,892千円 18,552,703千円 18,407,127千円
17 宮津市 0.41− 6,252,686千円 11,213,039千円 11,076,608千円
18 南丹市 0.34− 14,436,614千円 25,641,002千円 24,609,168千円
18 井手町 0.34− 32% 2,424,379千円 4,857,713千円 4,449,401千円
20 京丹後市 0.31− 20,989,684千円 39,124,262千円 37,615,513千円
21 与謝野町 0.30− 7,636,991千円 11,710,604千円 11,459,574千円
22 京丹波町 0.28− 7,280,878千円 13,340,739千円 13,019,149千円
23 笠置町 0.25− 824,027千円 1,469,375千円 1,425,605千円
24 南山城村 0.24− 1,659,497千円 2,535,568千円 2,475,498千円
25 和束町 0.20− 2,033,941千円 3,361,660千円 3,228,897千円
26 伊根町 0.11− 1,565,433千円 3,760,480千円 3,604,825千円

■これに対して総務省はこの様に考えている。

自治体が破綻する要因は何か

〈投資的事業の失敗〉
 財政破綻状態になる要因は、まず歳出面での過大投資や不適切な財政運営にあり、次に歳入面にある。
 現在の自治体の財政破綻は、多額の起債に依存した投資を続けた結果、公債費負担が過大となっていることに主因がある。一つは、1990年代の国(総務省、農林水産省、建設省など)の景気対策や過疎対策の一環として、地域活性化の名の下にとられた政策に便乗して、投資事業を身の丈を越えて拡大したことである。
 もう一つは、過大な計画に基づいて行ってしまった下水道事業のための巨額の起債に対して、その残高の償還にあえぐ自治体が多い。また大都市では、地下鉄や雨水対策という大都市的需要の財政負担に苦しむところが多い。

〈首長と議会の無責任〉
 人的かつ政治的な要因も見逃せない。第一には、首長である。財政破綻にいたる過程で、最も大きい役割を果たしてきたのは、ワンマンあるいは独断専行型の首長による長期政権である。
 第二には、この首長の動きを制約できない議会である。多くの場合、財政破綻の一方の責任は、事業のチェックができなかった議会にある。

〈国の政策による関与〉
 地方自治体の財政破綻を促進するのは、国土開発法やリゾート法など国の政策である。自己責任とは言い切れないような、国の政策の失敗につき合わされた場合が多い。
 もちろんこのような国の政策にぶら下がらないで、地域の活性化に成功した例も多い。古くは農政の基本法に逆らって「桃、栗植えてハワイに行こう」を実践した大分県大山町(現・日田市)や、行政に依存しないで日本一の温泉をつくった湯布院温泉観光旅館組合(現・由布市)、などがある。

〈人件費など経常経費の膨張〉
 自治体の財政破綻のパターンとしては、人件費など投資的経費ではない要因で破綻にいたる自治体がある。90年代からの大阪府内の都市は、人件費の膨張によって、経常収支比率が軒並み100を超える状況が続いた。これも財政破綻の一つのパターンである。
財政破綻を防ぐために必要なこと

〈破綻予防のチェックポイント〉
 財政破綻を予防するには、(1)財政健全化比率指標、および経常収支比率などを適正な水準に維持するとともに、公共サービスの品質を向上させるよう行財政改革を進める、(2)財政状況の積極的公開と説明責任を果たす、(3)本格的に計画行政をすすめる、(4)予算編成過程の公開と市民参加の推進、である。
 要するに、自治体の財政を市民にオープンにし、市民のコントロールがきくようにすることだ。そのためにはこれらの情報を分析し、評価する市民の力もまた必要とされている。


■ 如何に無責任な考え方でしょう。

地方財政が破綻に陥る原因は、産業の空洞化、少子高齢化、社会福祉予算の増大でしょう。
夕張市に見てみても、財政再建団体に対する国の指導は、行政サービスの縮小(学校の閉鎖、統合)、職員の給料カット(40%)、固定資産税、医療保険料率のUP、水道代などの値上げなど、福祉を縮小する事です。

地方財政が破綻する要因は、国の財政が破綻することと同じ内容。
国家は国債(地方は地方債)を発行し、切り抜けようとしているが、地方は債権を償還しなければならなく、結局は破綻する。

これに対して国債は、何度も借換え債を発行し1300兆円の国際発行残高となっても償還するつもりはない。
無いと言うよりも、国家であるからしなくても良いのである。
なぜなら、日本の通貨、円の発行主体である国家は、幾ら通貨を増刷しても良いのであるが、地方が同じことをすれば贋金つくりになってしまう。

財政破綻した地方を救うのに、社会福祉の低減をさせることに代わって、さらなる交付金を出しても良いのではないか。
それとも、国家財政の破綻の責任をとって国家公務員の給料を半分にすべきではないか。


福祉国家を自称しながら、実際は多くの地方自治体が破綻し福祉が維持できなくなるのを地方の責任として切り捨てる。

結果、財政的に裕福な地方行政だけが国家と考えているのであろう。

国家による巧妙な弱者切り捨てが、どんどん進んでいる事を認識しなければならない。

国家とは、その様なものであって良いのか。

安倍自民党のバカヤロウ!


メンテ
アイスランドの鍋釜革命 ( No.207 )
日時: 2019/02/08 11:43
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:d1TaFdkc

主流メディアが報道しないので、私たちはほとんど知りませんでしたが、
アイスランドで、国民による無血革命が着々と進行しています。

アイスランドが2008年にデフォルトし、その際、借金を踏み倒したこと、
そしてその後、わずか4年で、国債の格付けを投資適格まで引き上げるのに成功したことは、
以前、お伝えしましたが。
その他の詳細を、私も知りませんでした。ここまで進んでいたとはネ!

― 内閣総辞職
― 中央銀行国有化
― 経済に関する決定を、国民投票で
― 責任者たちを投獄
― 国民による憲法改正

何故、(奴らに支配された)主流メディアが報道しないかというと、もちろん、今、危ないギリシャやアイルランド、ポルトガル、スペインに、真似されると困るからですよね。でも、、、、、真似すると思いますよ。笑) 元々、国際金融ギャング団が、違法に、国家を罠にはめて、国の資産を乗っ取るために背負わせた借金なのですから。

アイスランドの無血革命、時系列で要約すると、以下の如くなるようです。


2008年

中央銀行を国有化。貨幣クローナが無価値になり、株式市場は停止。国家は破産した。

2009年

国会前で、国民が抗議行動。内閣総辞職で、総選挙。ひどい経済状況。この時、提案されていたのは、国家の負債として、35億ユーロをイギリスとオランダに、月賦で15年間、5.5%の金利で支払うことであった。

2010年

国民が抗議デモで、国民投票を要求。2010年1月、大統領は、提案を拒否し、国民集会を宣言した。

3月、国民投票により、支払い拒否が93%で可決。この間、政府は、この危機を招いた責任者たちに対する捜査を行い、多くの企業役員や銀行家が逮捕された。

インターポールが、犯罪に関与したグループに、国外退去を命じた。この危機を通じて、憲法改正を行うための国民議会が選出された。522人の立候補者から、無所属の25人の市民が選ばれた。候補者の資格は、成人で、30人のサポートを得ていること。

25人の市民は、新憲法の草稿を、国会に提出した。この普通の住民からなる25人は、オンラインで、何百人もの他の住民の助けを借りて、その書類をまとめた。

2011年

2月から、憲法集会がスタートした。全国の多様な集会が推薦するマグナカルタを提示。これは、現在の国会と次の正式選挙を通じて承認されなければならない。

2012年

6月30日に提案されていた国民投票は、国会により延期され、次の日程はまだ決まっていない。

さらに、驚きのニュースです。
アイスランドは、国民に対して、住宅ローンを免除したそうです!

やれば、できるんですね! いいなあ、住宅ローン免除って! 皆さん、そう思いません?


>話変わって通貨発行権のはなし。

貨幣の始まりは美しい貝殻のようなものだったみたいです。美しい貝殻に価値は有るのか?みんなが価値が有ると思い込む、思い込みにより価値が出来ました。みんなが価値が有ると思い込むことにより商品と交換できることが更に思い込みを助けました。

本当に価値が有るものとは何か?食料や生活に必要な商品などです。
貨幣はその商品と交換できるから価値が有るのです。
金貨や銀貨も思い込みによる価値がほとんどです。金貨や銀貨には工業用原料、装飾用原料としての価値は有ります。それ以上の価値は単に人間が価値が有ると思い込んでいる価値です。みんなが思い込んで居ればいつまででも価値が有ります。
金や銀は思い込みによる価値が文明史と同じくらい続いたので、その思い込みによる価値は簡単には無く成らないでしょう。

近代に入り銀行が銀行間市場ですべて繋がり、更にそれを中央銀行が補助するように成り銀行が預金と貸し付けを繰り返すことで通貨を創るように成りました。
銀行から出たお金はタンス預金に成らない限り銀行へ行く。いくら銀行がお金を貸し付けても銀行からお金は無く成らないのです。

むろんその通貨は法定通貨ということで保護され、分業化経済はお金を使わないと生活できないので必然的に商品と交換できるような仕組みに成って居ます。
最初は兌換紙幣、中央銀行が金との交換を保証しましたが、金や銀の現物がそれほど有るわけが無く不換紙幣という得体の知れないものに変わって行った。

通貨は商品と交換できるという暗黙の社会的取り決めが有るので価値が有るのです。

元々の通貨発行権は国民に有り、代議制民主主義だからそれを議会に委託した。議会に通貨をどう発行するか決める権限が有る。
それを議会が銀行なんかに通貨発行を任せてしまったのが間違いの元です。

通貨発行権が有れば総需要を管理することが出来る。つまり通貨発行権を持つものは総需要を管理する責任が有る。
総需要を管理出来れば景気のコントロールは自由自在、不況なんかあり得ない。
需要、つまり市場を確保できれば生産が安定し経済は動く。

つまり、公正で崩壊しない方法で国民の隅々までお金を行き渡らせれば良いってだけの事じゃ無い。
国民発行通貨ならそれが簡単に出来る。

メンテ
国債の話 ( No.208 )
日時: 2019/03/07 13:56
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:gEC3y6yg

ひさしぶりにUPします。

日本国債は、日本国政府が発行する公債である。「国債ニ関スル法律」(明治39年法律第34号)に基づいて日本国の運営に必要な資金を集めるために発行される。

その発行額について
年毎の国債発行額         国債発行残高
2006年   27.5兆円      531兆円
2008年   33.2         545
2009年(民主党) 52.0      594
2010年     42.3       636
2011年     42.8       669
2012年     47.5       705
2016年     34.4       837
2018年              995

この他に、国債を償還するための財源不足を解決するために借換国債と言う1年ものの短期国債を発行していて、最近はこれが年間100兆円を越えている(日銀引き受け)。

日本銀行における国債の直接引受けは、財政法第5条により、原則として禁止されています(これを「国債の市中消化の原則」と言います)。

これは、中央銀行がいったん国債の引受けによって政府への資金供与を始めると、その国の政府の財政節度を失わせ、ひいては中央銀行通貨の増発に歯止めが掛からなくなり、悪性のインフレーションを引き起こすおそれがあるからです。そうなると、その国の通貨や経済運営そのものに対する国内外からの信頼も失われてしまいます。これは長い歴史から得られた貴重な経験であり、わが国だけでなく先進各国で中央銀行による国債引受けが制度的に禁止されているのもこのためです。

それでも、実際の国債保有者は
日銀  45.7%
市中銀行  41.2
海外    5.9
社会保障基金  4.7
投資信託・証券会社  2.0
その他(家計を含む) 0.5
となっている。
それは日銀が市中銀行から買い上げる為である。
日本銀行による国債引き受けを禁じた法律は実際にはザル法である。

国民は通常銀行にお金を預ける。
銀行は預かるだけでは意味が無いから運用しないといけない。
優良融資先は非常に限られるため、預金の多くを国債で運用してきた。
その国債は政府のマイナス金利政策の煽りでほとんど利益を生まない。
業を煮やした銀行は国債を売却して海外に投資先を求め始めている。
本来であれば大量に売却された国債は値を下げ、金利の急上昇を招くはずであった。
だがそれを阻止したのが日銀である。
日銀は国債下落を防ぐため毎年大量の国債を買い上げてきた。

日銀は、こうして市中銀行から国債を買い上げることで金融政策をとってきた。
また、日本銀行では、金融調節の結果として保有している国債のうち、償還期限が到来したものについては、財政法第5条ただし書きの規定に基づいて、国会の議決を経た金額の範囲内に限って、国による借換えに応じています。こうした国による借換えのための国債の引受けは、予め年度ごとに政策委員会の決定を経て行っています。

市中銀行の国債保有は41.2%、つまり410兆円分の国債を保有していることになる。
昔、国債の金利が高かった時代は、安定した融資先として国債購入は有難い存在であったが、現在は10年もので0.35%。
これでは金融業として成り立たない。
日銀と市中銀行の間には準備預金制度という仕組みがある。
準備預金制度は、金融機関が保有している顧客による預金引出しに備えるための支払準備金を法的に制度化し、預金の一定割合(準備預金率)を中央銀行に強制的に預入させる制度である。
市中銀行は政府から買った国債の一部を日銀に買ってもらって、それを準備預金に繰り入れている。
また、銀行の大量の国債保有は銀行の安定性を示し預金を確保するのに有効であった。
しかしながら国債金利の低下とともに、これも怪しくなってきている。

とまあ、こんなところで、国債発行と金融政策の間には、結果オウライの仕組みが隠されており、どこまで真実であるか解らない。
我が国の金融資産は証券なども含めて1300兆円とされている。
その中の410兆円を銀行が国債購入に使っているという話も信じがたい。
何かあるのではないか。
このような面倒くさいことをしなくても、国債を直接日銀が購入するようにすれば良いのである。

いずれにせよ、1000兆円の借金の話は、我々の日常感覚で考える必要など、さらさら無いのである。

メンテ

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