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[814] 大和魂(日本の心のルーツを探る)
日時: 2018/05/23 11:57
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XPKXw99A

「大和魂」と言う言葉を使うと嫌悪感に満ちてこれを否定する人たちが多い。
まるで街宣右翼と同類に扱われる。

しかしながら先の大戦において、国を守る為に散って行った200万近い兵士の事は、どのように思われるのか。

全てが全てでないとしても「大和魂」を信じて突進し倒れた兵士の事は考えられないのか。
その「大和魂」が軍部によって利用されていたとしても当事者の兵士の責任ではない。

ここで「大和魂」をミソクソに言う事は彼らの死を馬鹿にする事になる。
調子者が騙されて死んだと言えますか。

彼等の為にも「大和魂」は正当に評価することが大事と思います。
彼等は、まさしく彼等なりの「大和魂」を持って、国を守る為に死んで行ったのです。


(プロローグ)

人類が霊長類と分類されて他の動物よりも繁栄してきたのは、その頭脳的能力が発達、進化してきたからであります。
始原における人類は、その頭脳的能力で道具を使うことを覚え、そのうちに火を自在に使えるようになりました。

これは生きる(食べる)事において画期的な進化でありました。
一方で人々は集団で生活して行くことの重要性に目覚め次第に大きな集落を形成し分業をするようになってきた。
集団で生活し始めると、自分達の生活を脅かす自然の力に対する畏怖の心も結集することになり自然崇拝、呪術などが起きることになりました。
このころになると、集団には統治の機能が求められ次第に原始国家に近い概念が生まれてきました。

人間の頭脳的能力が生きるための対自然から、統治という人間自身の問題まで対象にし始めたと言うことです。
集団の英知(頭脳的能力の総体)を集めることに成功した人類は、農業、漁業、工業の分野を確立し安定した社会を構成することが出来ました。
このころになると、宗教と言うものが次第に鮮明な形を帯びてきて、人々の精神的ケアをするとともに、宗教を通じて集団の結束を図るようになってきました。
同時に統治者は独裁の傾向が強くなり王国を形成するようになります。
自然を相手に生産活動に殉じてきた人間でしたが、集団の力が強化されるとともに、他の集団を略奪することにより、成果がもたらされることに気がつき以来、血で血を洗う抗争が続いてきました。

さて、3000年も4000年も遡りますが、一応は自然を相手の格闘に一段落した人間は、その精神的な余裕の分だけ、その頭脳的能力を内面に向けるようになりました。
それが宗教であり、哲学の世界です。

文字として残る最古の哲学は、2000年くらい前のギリシャ哲学でありますが、その内容は主に統治の問題に絡んで話されています。
最初の哲学が、ようやく手に入れた人間社会の安定のために、人間は如何にあるべきかが最大テーマであったという事でしょう。
中国における儒教というものもこの範疇に入ると思います。

時を同じくして、キリスト教、イスラム教、仏教が興っています。現在まで続いているこれの宗教は、哲学とは別の方向から人間の内面性を説こうとしたものであり、それまでの宗教が民族単位に近かったものから人類共通の普遍性を主張しているのが特徴です。
西欧の歴史は、一時、キリスト教の精神で色濃く塗られていましたが、キリスト教的教義への反動として、500年くらい前にルネッサンス(文芸復興)と言う考え方が広まりました。
直接はキリスト教支配の前の人間精神への回帰ですが、実際は新たな人間性の認識へ移りました。
其処では、人間自身を自然とも切り離し、神とも切り離して如何に生きられるかについての思索がなされました。

それは300年後に資本主義、民主主義という鮮明な形で認識されるに至っています。
その途中、西欧哲学はスピノザに始まりホッブス、デカルト、カントへ至る人間自身の認識論(観念論)からヘーゲルの純粋論理的認識論(弁証法)へ進むなど、自然の理を超越しようとした試みが中心でありました。
それを人類の進化、発展と見れば、そのまま肯定もできるでしょう。
確かに、論理的に西欧哲学的思考で割り切ることにより、現代社会の繁栄があるのです。
さて、現代社会において我々が直面している困難は、深いところで人間性の問題につながっています。

資本主義、民主主義のシステムは、物資と情報、享楽と言う意味で人類に飛躍的な果実をもたらしました。
自然とともに生きなければならないと言う束縛から人類を解放したと言えます。
そうして、現代社会が直面している困難と言うのは、その昔、人類が経験していた自然の恐怖とは質が異なる困難であります。
ここに現代の困難は文明史的な次元の課題であると思います。
ここ4000年の間に営まれてきた宗教、哲学の概念の延長上で、どのように捉えられるか、更なる進化と言う観点から捉えるのか、人間性というものを自然との関わりで見直すことが正解であるのかが問われています。
これに対して、直線的に斯くあるべしと言うよりも、この観点から日本の歴史を振り返ってみたいと思います。

具体的には、弟3期西欧文明(資本主義・民主主義)が今日ある状況以外に人類は選択の余地がなかったのか、その過程において切り捨ててしまったものの中に人類が必要としていたものはなかったのかについて検証することから始めようと思います。
タイトルの「大和魂」とは、西欧文明以前の日本の精神文化を総称したものであります。
途方もなく長ったらしい話になりますが、ボチボチと御付き合い願いますよう御願いします。
説明のために掲げています長文は適当に読み飛ばしていただければ幸甚に思います。


(追申です 2017年6月24日)

このスレッドも、旧掲示板で書き始めてから言いますと10年近くたっています。
「大和魂」という標題のため、読んでくださる方は、常に「大和魂」の概念を探ろうとされているようです。
しかしながら、このタイトルは、このスレッド全体を通して感受されるべきものとして書いていますので、「大和魂」とは何かという設問には答えが見いだせなく戸惑いながら、結局は何が言いたいのか解らずしまいの様でしょう。
タイトルのつけ方が適正ではなかったかもしれません。
そこで、この時点(No188のレス)で私自身、ようやくたどり着いた「大和魂」の概念について次の様に説明して置きたいと思います。

<大和魂とは>

西欧民主主義が入ってくる前
江戸時代の朱子学に毒されるまえ
特に武士道などは、もってのほか。

それを取ったとき、
日本人はどのような生き方をしていたか。
それを探りたいのであり、言葉では、簡単には現せなく体感してほしいと思っております。

また「魂」という言葉を使っていますのは、物事に挑戦する意欲を表現しています。
これも具体的には言えませんが、山田長政の話やら、あまり良いことはしてないようですが倭寇など海外へ積極的に進出する、その気概。
日本人にも、そんな積極性があったことを頼もしく感じています。
そして、それは日本独自の文化、芸術を生み育てる力にもなっています。

その様なものを一括して「大和魂」と言っています。
そうして、そういうものを、この文章から感じ取っていただけることが出来たら幸いと思って書いています。
ですが、将来の日本人に「大和魂」だけを押し付けるつもりで言っているのではありません。
日本人には「大和魂」があることを忘れず、社会を生きてほしいと願うのです。

※ 体感してほしいと言っていますように、この文章の各所に伝説、神話、他の国の事情などを説明している箇所が随分とあります。退屈かもしれませんが、それを読まれることによって、それが書かれた時代、場所の様子を感じ取っていただきたいのです。
特に前半の部分は、日本民族と他国の民族性の違いを感じ取るために、長ったらしく資料を集めました。

(目  次)
No 0      プロローグ・目次
(前 章)
NO 1〜7    「大和」とは
(民話・伝説)
No 8〜16    日本の神話・伝説
NO 17〜20  中国の神話・伝説
NO 21〜37    世界のドラゴン伝説
No 38〜42    中国の民話
NO 43〜47    世界の七夕伝説
NO 48〜50    中国の民話・伝説
NO 51〜67    インドの民話・伝説
No 67〜93    イスラムの民話・伝説
No 94〜124   アングロサクソンの民話・伝説
(日本の歴史検証)
No 125〜137   「和」の検証 
No 138〜151   神代の時代から古墳時代
N0        飛鳥・奈良時代(一時、サーバのトラブルがあり、この部分が消えています)
No        平安時代(一時、サーバのトラブルがあり、この部分が消えています)
※ 後日復旧する予定。
No 152〜169   鎌倉時代
NO 170〜     室町時代
NO        江戸時代(未稿)
No        明治時代(未稿)
No        現代(未稿)
NO        「大和魂」とは(未稿)
No        エピローグ(未稿)

※ 世界の民話・伝説に紙面を割いているのは、日本人と他民族の気質の違いを探るためです。
メンテ

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時代考証のまとめ 2 ( No.233 )
日時: 2018/05/23 21:42
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XPKXw99A

前回、

>現代社会はと言えば、江戸時代、明治時代に渡って巧妙にマイルドコントロールされた日本人が、西欧文明を接ぎ木され、元木の姿が解らないままに、発育して来た様なものである。

と言ったが、元木の姿とは何を指すのであろう。
それは文化、文明の成果の事ではなく「大和魂」で現される心の問題である。
「大和魂」と言っても、その源流である「和の心は」接ぎ木への栄養分として常に供給されていたとも言える。

ごく最近、神戸大震災でも、東日本大震災でも、被害者達の整然とした行動は世界中を驚愕させるものであった。
これが日本人なのである。

ただし、接ぎ木の部分は、別の西欧風の進化を遂げ、別の様相を呈しているのである。
日本と言う大木は、接ぎ木によって、もっと違う形に成長していた可能性もあるのである。

さすがに、司馬遼太郎は整然と日本の歴史を俯瞰している。
それによると、奈良、飛鳥の時代から明治まで、中国の影響を受けながら、それは体制的な分野の事であり、民衆レベルではなかったと言っている。

江戸時代でも一般庶民の生活は西欧に引けをとるものでは決してなかったと言っている。
士農工商と言う、幕藩体制でありながら、民衆が自由奔放に生活していた面は、箱庭の民主主義が成立していたとも言える。
戦争がなくなった250年の間、民衆が育てた社会なのであろう。

また、蒙古の襲来はあったものの、我が国は外国の侵略とは縁の遠い数千年の歴史がある。
「和の心」は、それだからこそ醸成して行ったとも言える。

しかしながら、我が国の民主主義は、本当の意味で民衆が勝ち取ったものではない。
民衆が止むにやまれず行動して勝ち取ったものではない。
民主主義の第一義は主権在民である。

「和の心」が先行して、この面が希薄なまま現代に至っている。
そのために、既に社会としては江戸時代から民主主義と言いながら明治から先の大戦に至る国家権力の暴走を止められなかった。
現代社会においてアメリカ追従に専念せざるを得ないのも、権力に対する抵抗心が弱いからである。
現代社会の専制君主は、アメリカに代表される資本の力(世界経済)である。
世界中が、その専制に疑問を持ち始めているのに、日本は未だに従順に従うつもりであるのだ。

200年前の市民革命は封建権力に対してであった。
現代社会が求められている第二の市民革命の相手は資本(世界経済)である。

「大和魂」の源流{和の心」は現代日本にも未だに息づいている。
でも、それだけでは不十分であり、必要十分条件として「和の心+○○」が必要であるのだ。
「和の心+○○」、これを「大和魂」としている。

そうして、それが認められるのが我が国の中世であると思っている。
江戸時代以降の儒教(朱子学)が潜航する統治への認識は、その「大和魂」の発露を阻害している。

「大和魂」とは、アメリカのフロンティアスピリット、イギリスのジョンブル魂の様に民衆の持つ気概の事である。
フロンティアスピリットもジョンブル魂も、それは決して対外的進攻を意味するものではない。

日本の「大和魂」だけが、戦争の道具の様に思われているが、それは戦前の軍部により押し付けであり、その様な軽薄なもので「大和魂」を理解してはいけないのである。

「和の心」も大切なものであり、民族的な心としては得難いものであるが、時代の困難を切り抜けるには、それだけでは出来ないのである。

メンテ
「大和魂」とは! ( No.234 )
日時: 2018/05/23 21:49
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XPKXw99A

時代考証は終わりにして、改まって「大和魂」とは、何かと考えてみよう。

この文章の書きかけにおいて「大和魂」と言う言葉は紫式部が源氏物語の於いて、当時の貴族の青年たちに、将来、政治に関わるときの心構えとして教えていた事に始まる。

大和魂に代わる言葉として「社会正義」として見る事も出来るでしょう。

ウィキペディアによると、

正義とは、倫理、合理性、法律、自然法、宗教、公正などにもとづく道徳的な正しさに関する概念である。 正義の実質的な内容を探究する学問分野は正義論と呼ばれる。広義すなわち日本語の日常的な意味においては、道理に適った正しいこと全般を意味する。

正義の言葉の中の義については東洋的な意味では、特に次の事が強調される。

人間の行動・志操・道徳で、「よい」「ただしい」とされる概念である。義人とは「堅く正義を守る人。わが身の利害をかえりみずに他人のために尽くす人」。

言語的には問題は無いとしても、実際において、何が正義かという観点から見ると、正義の意味が往々にして変節する場合がある。
ヒットラーの登場も、当時のドイツでは正義であった。
日本の軍部の独走も多くの国民には正義と見えた。

で、あるので「大和魂」を正義と言う概念で見るだけでは問題があります。

また、ヒットラーの場合の様に暴走はしなくても、その言葉に多くの人たちが影響を受けすぎると狂信者の集団の様な弊害をもたらす。
「社会正義」と言っても、それが具体的なある方向性を示した時、一つの勢力となり他方を圧迫する。

革命が必要なとき以外は「大和魂」と言う概念を、その様なもので捉える事は問題である。
正義と言う意味では、個人個人が正義の心根を強く持っている状態としておきたい。

また、その正義とは

>倫理、合理性、法律、自然法、宗教、公正などにもとづく道徳的な正しさに関する概念である。

という意味でもない。
その様なものも超越した生き様と見ている。

人間社会に必要な向上心、助け合いの心を強く持ち、必要な時にはそれを発揮できる気概である。
決して特定の正義に組する事ではない。

その様な「大和魂」であってこそ、民衆を正しく導くことが出来るのである。
また、導くと言っても国家、民族そのものを導くなどと言っている訳でもない。

人間の集団は、幾ら民主主義を唱えても結局は一部の先験者によって導かれるもの。
これは、歴史においても、皆さんの身の回りにおいても実証されているはず。

太鼓を打つとき、大きく打てば大きく反応し、小さく打てば小さく反応するように、「大和魂」は必要に応じて発揮されれば良いのである。

昨今、安倍内閣打倒のデモが国会周辺で行われている。
デモを主宰している人、参加している人は、それぞれ止むを得ない心情(大和魂)に駆られてやっているのでしょう。
でも、それに多くの人が呼応しません。

結果、あの安倍自民党が何時までも悪政を敷いたままです。
イスラムの様な熱狂を支持する訳ではありませんが、我が国は大人しすぎる。

というか、それぞれが身勝手すぎる。
社会正義よりも、己の安全、安泰、損得を優先する。
己と言う小さな小さな入れ物に閉じこもる。

「大和魂」を謳い、熱狂せよとは毛頭言いません。
また、歴史的にも、そんな時代はありませんでした(戦前の一時期を除いて)。

時代が、そういう環境であったのでしょうが、
貴族政権から解放された日本人が、自らの可能性を求めて積極的に動き始めたのが鎌倉時代以降。
その生き様の中に「大和魂」を見る思いです。
勿論、当然の事ですが、当時は、彼らに、その様な自覚など無かったでしょう。

「大和魂」とは、その様なもの
フロンティアスピリットとは、その様なものではありませんか。


(追伸)

「大和魂」と言う言葉を使うと嫌悪感に満ちてこれを否定する人たちが多い。
まるで街宣右翼と同類に扱われる。

しかしながら先の大戦において、国を守る為に散って行った200万近い兵士の事は、どのように思われるのか。

全てが全てでないとしても「大和魂」を信じて突進し倒れた兵士の事は考えられないのか。
その「大和魂」が軍部によって利用されていたとしても当事者の兵士の責任ではない。

ここで「大和魂」をミソクソに言う事は彼らの死を馬鹿にする事になる。
調子者が騙されて死んだと言えますか。

彼等の為にも「大和魂」は正当に評価することが大事と思います。
彼等は、まさしく彼等なりの「大和魂」を持って、国を守る為に死んだのです。


メンテ
大和魂とは ( No.235 )
日時: 2018/08/02 16:37
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:42inf0Oo

阿修羅掲示版などでも、安倍政権批判が渦を巻いている。

批判する心は理解できる。

しかしながら、理屈が先行し、理屈に拘るばかりで、国民の切なる思い、憤怒の気持ち、何とかしたいと言う気持ちは、あまり伝わってはこない。

「大和魂」とは、国民自身が、共に良い社会を築こうとする思いではないかと思う。

「大和魂」と言う言葉を使えば、直ちに戦前までの、権力による押し付けの心の様に取り上げられる。

そうでは、無いでしょう。

権力の形態が何であろうと、国民の望む心意気ではありませんか。

格差が広まり政治は腐敗し誰もが救いの手を差し伸べないとき

国民自身が、これではいけないと想う強い気持ちを持つべきではないか。

その気持ちの総体が「大和魂」ではないかと思う。

民主主義の名の下に、希薄になってしまった連帯意識を取り戻すのが「大和魂」ではないかと思います。

「大和魂」は皆の気持ちであり、権力者に利用されるものではなく、逆に権力者に立ち向かうものであると思います。

メンテ
民族のバックボーン(大和魂) ( No.236 )
日時: 2018/09/30 14:40
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:yGU1Ap.Q

久しぶりに書き込みます。
最近、糾弾掲示板の意図に反して邪悪は心根から発する投稿が続いていました。
糾弾掲示板は、どのような内容に関わらず、真摯に思いを訴えるところです。
御口直しにどうぞ!

世界の民族のバックボーン

>フロンティアスピリット(アメリカ)
開拓者精神。特に米国の西部辺境における開拓者たちの精神。剛健・忍耐・創意、また闘争性・現実性・利己性などを特色とする。

>ジョンブル魂(イギリス)
言ってみれば、日本の「大和魂」やドイツの「ゲルマン魂」の英国版です。
一言で言えば「不屈の精神」ですが、意味するところは「イギリス人固有の、頑固で律儀、
こつこつと自分の思いを追求する姿勢」のことでしょう。

>ゲルマン魂(ドイツ)
ゲルマン魂とは、「不屈の精神」などと言われますが、

サッカーで言えば、最後のホイッスルまで絶対にあきらめないめない。
裏を返せば、勝利にこだわり常に敗北を恐れている魂とも言い換えられるでしょう。

ゲルマン人(ゲルマンじん、ドイツ語:Germanen)は、現在のドイツ北部・デンマーク・スカンディナヴィア南部地帯に居住していたインド・ヨーロッパ語族。
原始ゲルマン人は現在のデンマーク人、スウェーデン人、ノルウェー人、アイスランド人、アングロ・サクソン人、オランダ人、ドイツ人などの祖先となった[2]。アングロ・サクソン人になったゲルマン人系部族にはアングル人、サクソン人、ジュート人、フリース人がいた。

>ノブレスオブリージュ(フランス)
高い地位や身分に伴う義務。ヨーロッパ社会で、貴族など高い身分の者にはそれに相応した重い責任・義務があるとする考え方。

>中華思想(中国)
中国が世界の文化,政治の中心であり,他に優越しているという意識,思想。中国では伝統的に漢民族の居住する黄河中下流を中原と称し,異民族を夷狄 (いてき) ,あるいは蛮夷と呼んできた。異民族は東夷,西戎,南蛮,北狄に分けられ,この四夷を,中華がその徳化によって包摂しようというのである。この思想は古く周代に始り,以後近代まで連綿として引継がれ,中国人独特の世界観を形成してその歴史や文化に多大な影響を与えてきた。漢民族の優位が確保されている限りにおいては寛容で開放的な博愛主義となって現れるが,ひとたび優位が否定された場合には,きわめて偏狭な保守排外主義の傾向が示される。

>大和魂
日本民族固有の精神として強調された観念。和魂,大和心,日本精神と同義。日本人の対外意識の一面を示すもので,古くは中国に対し,近代以降は西洋に対して主張された。平安時代には,和魂漢才という語にみるように,日本人の実生活から遊離した漢才(からざえ),すなわち漢学上の知識や才能に対して,日本人独自の思考ないし行動の仕方をさすのに用いられた。江戸時代に入り,国学者本居宣長は儒者の漢学崇拝に対抗して和魂を訪ね,「敷島のやまとごころを人問はば朝日に匂ふ山桜花」と詠んで,日本的美意識と,中華思想に対する日本文化自立の心意気をうたいあげた。

※ 詳しい検証は、このスレッドの全てでやっています。
メンテ
悪貨は良貨を駆逐する ( No.237 )
日時: 2019/04/13 14:56
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:zxOrmilQ

多くの皆さんが日本人の劣化を嘆いておられます。
政治批判も民意批判もつまるところ日本人の劣化を指しています。

>「悪貨は良貨を駆逐する」と言う言葉があります。

これは以外にもイギリスで言われたことです。

十六世紀、エドワード六世・エリザベス一世のもとで財務顧問を担当した貿易商グレシャムが唱えた経済法則で、エリザベス一世に提出した意見書にあることば。
当時は通貨は金で作られており、通貨を増やすために金の含有量を減らした通貨が流通し、金の含有量が高い通貨はしまい込まれると言ったのです。

※ 現在では経済法則から離れて、悪人(物)がのさばる社会では善人(物)が追い払われるという意味で使われることが多い。

これを現代社会全般の事象に当てはめて見ましょう。

昔の日本、特に江戸時代以降の日本では儒教、仏教の影響によって倫理・道徳の思想は社会に浸透していました。
幕末から明治にかけて来日した欧米人が吃驚したほどです。
まあ、貨幣で言えば金の純度が高い人格が普通であったと言えます。

明治時代の到来とともに西欧化が進み民主主義的考え方が入って来ましたが、同時に皇国思想も押し付けられ、皇室に対する思いが国民を抱合することで、共生の要素が醸し出されていました。

戦後の民主化は、その枠も取り払われ、日本人はまともに西欧民主主義と向かい合うことになりました。
西欧民主主義というものは、同時にキリスト教社会でもあり、キリスト教の規範は、彼等の根底に息づいていました。

ところが、日本では、そのキリスト教抜きの民主主義を民主主義と捉え狂気して迎えました。
安易に手に入る悪貨は、個人の権利、自由意識と捉えることが出来るでしょう。
良貨とは、社会を守る規範の思想です。

この場合、良貨を大切にしているのではなく、しまいこんで忘れているのです。
戦前から生きている人たちは、まだ良貨の価値を知っていますが、現代人には、それが認識できない。
ことある場合には非常に脆弱な社会となっていると思います。

それに対して欧米人は、悪貨を使いながらもキリスト教を捨ててはいない。
逆に捉えれば悪の確信犯。

そりゃあ、悪に対しては、日本より強いであろう。
中国人は中華思想が根底にあり、これも極悪人の要素を持っている。
アフリカ、東南アジアの発展途上国は、悪の競争に勝ち抜くことに懸命で、それなりの緊張感がある。

日本だけが、悪の社会に埋没し、悪自身の大きな方向も知らず、悪に親しんでいる状況。
じっとしていれば、他国に追いつかれ、追い抜かれることになる。

民主主義が悪いとは言わない。
けれども民主主義だけに埋没することは危険である。

民主主義は貨幣ではあるが悪貨なのである・
良貨の存在を忘れては貨幣経済は成り立たないで、いずれ自滅することになる。

日本人にとって良貨とは何か。
それは倫理、道徳であり、和の心、同時によりよき社会を求める気概(大和魂)であろう。

悪貨の中の、のんべんだらりとした生活は、いずれ社会そのものを見失う。
民主主義とは主権在民のこと。

その民が、民主主義の中の個人の権利、自由に埋没していれば、やがて社会の恩恵は失われることになる。
それだけではなく、強力な悪貨にも打ち負かされる。

民主主義は良い。
だが、それを追い求めるばかりでは、民主主義の恩恵を享受することも出来なくなる。

スマホに興じ、ゲームに夢中の現代人にそれが防止できるのであろうか。
馬鹿を売り物にするテレビ番組の中で育った子供たちが気がつくであろうか。

日本には何かが足りない。
キリスト教的、覇権主義もなく、発展途上国の情熱もない。

民衆はともかくとしても、政治でも経済界でも、大きな理念に裏打ちされた人間がいない。




メンテ
私の大和魂! 俺の大和魂 ! ( No.238 )
日時: 2019/08/31 00:16
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:KMSoEItk

NO236のレスで、フロンティアスピリット、ジョンブル魂、中華思想などと比べて、大和魂のことを次のように書きました。

>大和魂

日本民族固有の精神として強調された観念。和魂,大和心,日本精神と同義。日本人の対外意識の一面を示すもので,古くは中国に対し,近代以降は西洋に対して主張された。平安時代には,和魂漢才という語にみるように,日本人の実生活から遊離した漢才(からざえ),すなわち漢学上の知識や才能に対して,日本人独自の思考ないし行動の仕方をさすのに用いられた。江戸時代に入り,国学者本居宣長は儒者の漢学崇拝に対抗して和魂を訪ね,「敷島のやまとごころを人問はば朝日に匂ふ山桜花」と詠んで,日本的美意識と,中華思想に対する日本文化自立の心意気をうたいあげた。

大和に拘るのは、古代の日本で入りんで来る中国の影響に対して日本独自のものとして使われ始めていた。
しかしながら、このスレッドで求めたい「大和魂」は、中国などを意識するものではなく、日本独自の境地を求めるものである。

経緯については、このスレッドの冒頭から、随分と長い道のりで追及してきましたが、現実問題として平たく取り上げれば、次の様になります。

たとえば、この掲示板に皆さんは、止むに止まれぬ気持ちら、空しく思っても、日本のこと、国民のことを思って投稿をされています。
投稿したからと言って何の得もありません。

でも、社会のために何かをしたいという気持ちが、そうさせているのです。
その気持ちを「大和魂」と言いたいのです。

社会に貢献するということですが、
キリスト教社会でも、そうしたことはなされています。
しかしながら、それはキリスト教に基づく偽善といえばしかられますが、日本人が持つ感情とは少し違います。

インドでも、イスラム社会でも助け合いの気持ちはあるでしょう。
日本の場合、その根源にあるものは「和」の心、その民族性であり、他民族にはない、穏やかな心,善良なもので誇りに思っています。

それから出てくる助け合いの心、信念、意思が大和魂としたいのです。
また「大和魂」が花開くといいますか、求められるのは、時代性が有ります。
貴族社会から民衆社会への過渡期、鎌倉時代に「大和魂」が花開いた時代を見ています。

この場合の「大和魂」は英雄的なものですが、偉業をなす英雄でなくても、それぞれの人たちの心意気も立派な「大和魂」としたいです。

要するに日本人の心のルーツ、求めるべきルールが「大和魂」のです。
そういう意味で、何の得もないのに、日本を憂いて投稿してくださる方々は、立派な「大和魂」を持っておられると思います。
俺の「大和魂」が、そうさせるのだと、思っていただいて何の不都合があるのでしょう。

できれば多くの国民が、これに目覚めていただきたいものです。
そうすれば、安倍政権打倒の市民デモも多くの人が参加するでしょう。

でもね、私が「大和魂」を言えば、殆どの人は街宣右翼が使う、戦前の間違った認識を当て嵌めうっとおしく思われます。
それでは、皆さんが想っている社会を憂い、何とかしたいという気持ちは何なのでしょう。

止むぬ止まれぬ「大和魂」と言うことに、何の問題があるのでしょう。

明治以降の一時の様相で、伝統的な「大和魂」と言う言葉を汚されたくは無いものです。

現代日本に欠落しているのは、

民主主義の名の下に各人が身勝手になりすぎ、政治を含む公の問題を省みない、

その「大和魂」と言うものではないですか。

権力者に対して言っているのでは、決してありませんよ。

「大和魂」と言う言葉に抵抗があるなら「日本魂」でも良いのですが、同じこと。

ならば、1500年の昔からある「大和魂」で良いではありませんか。

フロンティアスピリッツといえば、インデアンを別として殆どのアメリカ人は誇らしく応えるでしょう。

日本人は、どうして「大和魂」と言う言葉に嫌悪感を抱くのか。



※ 今回のレスで、実質的に、このスレッドの結論に達してしまいました。

中世に入ってからの、儒教とか仏教の影響、国学との関係など、まだまだ、説明したいところもあるのですが。

このスレッドが、この様に長くなったのは、ひとえに「大和魂」と言う言葉に込めた日本人の心情(心のルール)を、色々な面から認識(知識で伝えるのではなく、身体で感じ取っていただきたい)していただきたい為、神話・伝説の世界まで入り込みました。

我が国の歴史で「大和魂」が溌剌として具現したのは鎌倉時代と思っています。
残念ながら、その鎌倉時代に言い及んだ投稿の多くは、掲示板のサーバのトラブルで消えてしまっています。
復活したいところですが、最近は気力を失い、ままなりません。

御長読を有難うございました。
メンテ
ひさしぶりに <保守とは国家の自立とは ( No.239 )
日時: 2020/06/30 16:01
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:3vi8mMxg

別スレッド(日本会議を甘くみてよいのか)の事ですが、

ooeyamaさんが紹介された適菜収氏の文章を巡って、保守とか日本の自立についての話がありました。
これは、まさに「大和魂」スレッドが取り上げている内容の結論であります。

●適菜収(てきな・おさむ)
1975年山梨県生まれ。作家、作詞家。著書にニーチェの『アンチ・クリスト』を現代語訳した『キリスト教は邪教です!』や『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』(ともに講談社+α新書)、清水忠史との共著『日本共産党政権奪取の条件』(ベストセラーズ)など多数。

詳しいことは、すでにこのスレッドで書いていますので、簡単に振り返ります。

>適菜氏の言う「保守思想」とは

多くの方が、明治以降、戦争までの、皇国国家のあり様を思い浮かべると思いますが、それは間違っています。
日本の歴史の中で、天皇を神と据えたり、天皇中心の社会など、大和朝廷時代にもありませんでした。

明治維新で志士達が、とりあえず構築した国体などに「本来の日本」を見る必要は無いのです。
それが日本の保守ではないのです。

それでは江戸時代の有様が、本来の日本の姿(保守)と言えるでしょうか。
なる程、江戸時代は我が国の歴史の中で安定していた時代です。

ですが、飽くまでも、封建国家の姿であり、身分制度の下に飼いならされた庶民がいたのです。
江戸時代に培われた倫理・道徳・勤勉さは、素晴らしい国民性ですが、民主主義の現代に、それを保守と肯定する訳にはいきません。

もう一つ、それは古代から戦国時代の事です。
国家としての統治は緩く、国家としての政治も適当であり、政治的には未熟な時代でした。

ですが、その中に(上からの押し付けのない状態)、民衆が何を望んでいたかと言う様相にに保守(国の形)を見出してはいかがでしょう。

しかしながら、実際には日本の歴史の中に、望むべき保守の形をとっていた政治(国家)はありません。
ですが、江戸時代、明治の政治を保守などと呼ぶならば、保守など志向することはありません。

保守とは

>保守(ほしゅ)または保守主義(ほしゅしゅぎとは、従来からの伝統・習慣・制度・社会組織・考え方などを尊重し、革命などの急激な改革に反対する社会的・政治的な立場、傾向、思想などを指す用語。また、そのような政治的な立場を奉ずる人物、勢力も保守、あるいは保守主義者(英: conservative)と呼ぶ。対義語はリベラル、進歩、革新など。非社会主義国において保守主義は、左翼・右翼の政治的スペクトルでは、通常は右翼に位置づけられる。ただし、保守と保守主義では意味において若干の相違がある。

とあります。

ならば、その保守の意味をしっかり認識することが必要で、それでこそ、本当の革新(リベラル)を見つけられるのではないでしょうか。

申し遅れましたが、日本の自立とは、まず、その保守(本来あるべき日本の保守)を認識することではないでしょうか。

それに比べて、アメリカへの従属を否定すればよいでしょう。

話は変りますが、

右翼とは、保守主義・反動主義・排外主義的な思想の事を言いますが、戦前の右翼はともかく、現代の右翼は、所謂、街宣右翼と言い、単純な皇国思想を看板に何かあると自動車に乗り拡声器で相手を誹謗して歩くことが政治と思い込んでいるバカ共で、中には暴力団も絡む政治ゴロの事を言います。

日本会議も、自民党も、本当の日本、日本人のあり様を探求し、国民の為の政治を忘れた、紛い物。
街宣右翼の姿と変わらないもの。

このような奴らでは、日本は自立できない。

メンテ
Re: 大和魂(日本の心のルーツを探る) ( No.240 )
日時: 2022/02/04 21:14
名前: 自衛隊出身の障害者 ID:/g5w8tF6 メールを送信する

私の父は 旧日本軍の招集で旧兵長として満洲に派兵されていました。そのせいなのか私が12歳の時に72という状況でしたので
周りの同級生からは、継母とかという当時ありふれた虐めに会っていましたが、親に尋ねても絶対に認めませんでした。
当時は何故?という気持ちを持ち続け、父母を悩ませたのでしょう。
おかげさまで、父は88歳、母は102歳まで生きてくれました。
私は本当に感謝しております。
たまたま私も再婚しておりますが、息子が2人居りまして・・・まあ家系は大丈夫かな?と・・・(笑)
そんなこんなで、本当に戦中を経験された方には、尊敬と感謝の気持ちしかありません。
因みに私も自衛隊の看護師として、勤務しておりましたが・・・肥大型心筋症という難病に罹患していることが判明して
昇任前に退官という事になりましたが、現在は看護師として活躍中です。
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Re: 大和魂(日本の心のルーツを探る) ( No.241 )
日時: 2022/02/11 23:06
名前: イントィッション ID:EGIr89MA

自衛隊出身の障碍者様

人生の体験談をお話くださりありがとうございます。

色々なことが」おありだったんでしょう。

ぜひ、またここで色々お聞かせくださることを希望します。
メンテ
日本人は先住民の縄文人・アイヌ人を滅ぼして日本列島を乗っ取った ( No.242 )
日時: 2022/05/04 21:54
名前: スメラ尊 ID:kDcE/R1I

日本人は先住民の縄文人・アイヌ人を滅ぼして日本列島を乗っ取った

最新の核DNA解析で

・アイヌは縄文人の直系の子孫
・日本人は半島の無文土器人の直系の子孫
だというのが証明されています。

縄文語はアイヌ語
日本語は半島の無文土器人の言葉
皇室や公家が平安時代まで使っていたのは百済語

というのがわかってきたんですね。

天皇、公家、身分が高い武士は一重瞼、面長顔の kan 民族だとわかってきました。
日本人は二重瞼で丸顔なんですね。北斎や歌麿の浮世絵に出て来る一重瞼で面長な上流階級の男女が渡来人です。

平安文化は百済系の文化、武士道は高句麗系の k an 民族の文化で、稲作民族の日本人の文化ではありません。

日本語は chousen 無文土器文化人の話していた言葉だった


先行研究(Jinam et al. 2012)で発表された北海道アイヌの人々のデータなど日本列島周辺の人類集団との関係を分析したところ、本州縄文人であるIK002は、アイヌのクラスターに含まれた。
この結果は北海道縄文人の全ゲノム解析(Kanzawa-Kiriyama et al. 2019)と一致し、アイヌ民族が日本列島の住人として最も古い系統であると同時に東ユーラシア人の創始集団の直接の子孫の1つである可能性が高いことを示している。

2020/08/25
縄文人ゲノム解析から見えてきた東ユーラシアの人類史
覚張 隆史(金沢大学人間社会研究域附属 国際文化資源学研究センター 助教)
太田 博樹(生物科学専攻 教授)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2020/6987/  

考古学「日本の先住民はアイヌ」
縄文人骨の特徴は、弥生時代に入り本州で失われていった。その一方で、北海道ではオホーツク文化の進入にもかかわらず近代まで維持された
https://www.sapmed.ac.jp/medm/7-30.html

言語学「日本の先住民はアイヌ」
東北北部にアイヌ語地名が多くのこっており、また北海道と同じ遺物が出る以上、東北地方にアイヌ語を話す人聞が居住していたことは否定出来ず、「蝦夷もある時代まではアイヌ語を使用していた」という考えを表明する
http://id.nii.ac.jp/1204/00000541/

・倭国大乱 → 畿内の縄文勢力を抹殺
・ヤマトタケルの東征 → 関東の縄文勢力を抹殺
・坂上田村麻呂の蝦夷征伐 → 東北の縄文勢力を抹殺
・北海道への和人大量入植 → 最後の縄文勢力を民族 jyouka

が、大まかな流れです。 今の日本で生き残っている縄文人はアイヌ人、琉球人、douwa buraku 民だけです。
douwa buraku 民は日本人との結婚を禁じられていたので純血のままです。

そもそも縄文人は日本全体で僅か10万人、西日本はほぼ無人、しかも山奥にしか住んでいなかったので日本人と混血なんかしないのですね。

▲△▽▼

天皇のルーツが渡来系である可能性は昔から指摘されています。

これは近代国家の枠組みから外れるために、社会一般にも研究者間でもある種のタブー、
として扱われていた事は、昭和の時代から存在していました。
例としては、天皇家の埋葬が土葬で、chousen 式の埋葬法で古墳と似て山のような
盛り土である事は知られています。
古い時代の古墳が調査禁止となっているのは、そこから物的証拠が出てくるからです。

民俗学的考古学的に調査を行った話としては、天皇のルーツはchousen 半島の38°線付近の

小さな集落に、風習がとても似た村があると指摘されていて、それらは紛争地帯である
ために容易に近づく事は出来ないだろう、同行した当時KCIA局員の話としては、
そうした天皇の由来について何らかの事情を知っていたらしく、意見を聞かれ
「知らない方が良いこともあるのだ」と答えたという研究者の話が伝わっています。

この話はあるメディアに流れました。
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