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[814] 大和魂(日本の心のルーツを探る)
日時: 2018/05/23 11:57
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XPKXw99A

「大和魂」と言う言葉を使うと嫌悪感に満ちてこれを否定する人たちが多い。
まるで街宣右翼と同類に扱われる。

しかしながら先の大戦において、国を守る為に散って行った200万近い兵士の事は、どのように思われるのか。

全てが全てでないとしても「大和魂」を信じて突進し倒れた兵士の事は考えられないのか。
その「大和魂」が軍部によって利用されていたとしても当事者の兵士の責任ではない。

ここで「大和魂」をミソクソに言う事は彼らの死を馬鹿にする事になる。
調子者が騙されて死んだと言えますか。

彼等の為にも「大和魂」は正当に評価することが大事と思います。
彼等は、まさしく彼等なりの「大和魂」を持って、国を守る為に死んで行ったのです。


(プロローグ)

人類が霊長類と分類されて他の動物よりも繁栄してきたのは、その頭脳的能力が発達、進化してきたからであります。
始原における人類は、その頭脳的能力で道具を使うことを覚え、そのうちに火を自在に使えるようになりました。

これは生きる(食べる)事において画期的な進化でありました。
一方で人々は集団で生活して行くことの重要性に目覚め次第に大きな集落を形成し分業をするようになってきた。
集団で生活し始めると、自分達の生活を脅かす自然の力に対する畏怖の心も結集することになり自然崇拝、呪術などが起きることになりました。
このころになると、集団には統治の機能が求められ次第に原始国家に近い概念が生まれてきました。

人間の頭脳的能力が生きるための対自然から、統治という人間自身の問題まで対象にし始めたと言うことです。
集団の英知(頭脳的能力の総体)を集めることに成功した人類は、農業、漁業、工業の分野を確立し安定した社会を構成することが出来ました。
このころになると、宗教と言うものが次第に鮮明な形を帯びてきて、人々の精神的ケアをするとともに、宗教を通じて集団の結束を図るようになってきました。
同時に統治者は独裁の傾向が強くなり王国を形成するようになります。
自然を相手に生産活動に殉じてきた人間でしたが、集団の力が強化されるとともに、他の集団を略奪することにより、成果がもたらされることに気がつき以来、血で血を洗う抗争が続いてきました。

さて、3000年も4000年も遡りますが、一応は自然を相手の格闘に一段落した人間は、その精神的な余裕の分だけ、その頭脳的能力を内面に向けるようになりました。
それが宗教であり、哲学の世界です。

文字として残る最古の哲学は、2000年くらい前のギリシャ哲学でありますが、その内容は主に統治の問題に絡んで話されています。
最初の哲学が、ようやく手に入れた人間社会の安定のために、人間は如何にあるべきかが最大テーマであったという事でしょう。
中国における儒教というものもこの範疇に入ると思います。

時を同じくして、キリスト教、イスラム教、仏教が興っています。現在まで続いているこれの宗教は、哲学とは別の方向から人間の内面性を説こうとしたものであり、それまでの宗教が民族単位に近かったものから人類共通の普遍性を主張しているのが特徴です。
西欧の歴史は、一時、キリスト教の精神で色濃く塗られていましたが、キリスト教的教義への反動として、500年くらい前にルネッサンス(文芸復興)と言う考え方が広まりました。
直接はキリスト教支配の前の人間精神への回帰ですが、実際は新たな人間性の認識へ移りました。
其処では、人間自身を自然とも切り離し、神とも切り離して如何に生きられるかについての思索がなされました。

それは300年後に資本主義、民主主義という鮮明な形で認識されるに至っています。
その途中、西欧哲学はスピノザに始まりホッブス、デカルト、カントへ至る人間自身の認識論(観念論)からヘーゲルの純粋論理的認識論(弁証法)へ進むなど、自然の理を超越しようとした試みが中心でありました。
それを人類の進化、発展と見れば、そのまま肯定もできるでしょう。
確かに、論理的に西欧哲学的思考で割り切ることにより、現代社会の繁栄があるのです。
さて、現代社会において我々が直面している困難は、深いところで人間性の問題につながっています。

資本主義、民主主義のシステムは、物資と情報、享楽と言う意味で人類に飛躍的な果実をもたらしました。
自然とともに生きなければならないと言う束縛から人類を解放したと言えます。
そうして、現代社会が直面している困難と言うのは、その昔、人類が経験していた自然の恐怖とは質が異なる困難であります。
ここに現代の困難は文明史的な次元の課題であると思います。
ここ4000年の間に営まれてきた宗教、哲学の概念の延長上で、どのように捉えられるか、更なる進化と言う観点から捉えるのか、人間性というものを自然との関わりで見直すことが正解であるのかが問われています。
これに対して、直線的に斯くあるべしと言うよりも、この観点から日本の歴史を振り返ってみたいと思います。

具体的には、弟3期西欧文明(資本主義・民主主義)が今日ある状況以外に人類は選択の余地がなかったのか、その過程において切り捨ててしまったものの中に人類が必要としていたものはなかったのかについて検証することから始めようと思います。
タイトルの「大和魂」とは、西欧文明以前の日本の精神文化を総称したものであります。
途方もなく長ったらしい話になりますが、ボチボチと御付き合い願いますよう御願いします。
説明のために掲げています長文は適当に読み飛ばしていただければ幸甚に思います。


(追申です 2017年6月24日)

このスレッドも、旧掲示板で書き始めてから言いますと10年近くたっています。
「大和魂」という標題のため、読んでくださる方は、常に「大和魂」の概念を探ろうとされているようです。
しかしながら、このタイトルは、このスレッド全体を通して感受されるべきものとして書いていますので、「大和魂」とは何かという設問には答えが見いだせなく戸惑いながら、結局は何が言いたいのか解らずしまいの様でしょう。
タイトルのつけ方が適正ではなかったかもしれません。
そこで、この時点(No188のレス)で私自身、ようやくたどり着いた「大和魂」の概念について次の様に説明して置きたいと思います。

<大和魂とは>

西欧民主主義が入ってくる前
江戸時代の朱子学に毒されるまえ
特に武士道などは、もってのほか。

それを取ったとき、
日本人はどのような生き方をしていたか。
それを探りたいのであり、言葉では、簡単には現せなく体感してほしいと思っております。

また「魂」という言葉を使っていますのは、物事に挑戦する意欲を表現しています。
これも具体的には言えませんが、山田長政の話やら、あまり良いことはしてないようですが倭寇など海外へ積極的に進出する、その気概。
日本人にも、そんな積極性があったことを頼もしく感じています。
そして、それは日本独自の文化、芸術を生み育てる力にもなっています。

その様なものを一括して「大和魂」と言っています。
そうして、そういうものを、この文章から感じ取っていただけることが出来たら幸いと思って書いています。
ですが、将来の日本人に「大和魂」だけを押し付けるつもりで言っているのではありません。
日本人には「大和魂」があることを忘れず、社会を生きてほしいと願うのです。

※ 体感してほしいと言っていますように、この文章の各所に伝説、神話、他の国の事情などを説明している箇所が随分とあります。退屈かもしれませんが、それを読まれることによって、それが書かれた時代、場所の様子を感じ取っていただきたいのです。
特に前半の部分は、日本民族と他国の民族性の違いを感じ取るために、長ったらしく資料を集めました。

(目  次)
No 0      プロローグ・目次
(前 章)
NO 1〜7    「大和」とは
(民話・伝説)
No 8〜16    日本の神話・伝説
NO 17〜20  中国の神話・伝説
NO 21〜37    世界のドラゴン伝説
No 38〜42    中国の民話
NO 43〜47    世界の七夕伝説
NO 48〜50    中国の民話・伝説
NO 51〜67    インドの民話・伝説
No 67〜93    イスラムの民話・伝説
No 94〜124   アングロサクソンの民話・伝説
(日本の歴史検証)
No 125〜137   「和」の検証 
No 138〜151   神代の時代から古墳時代
N0        飛鳥・奈良時代(一時、サーバのトラブルがあり、この部分が消えています)
No        平安時代(一時、サーバのトラブルがあり、この部分が消えています)
※ 後日復旧する予定。
No 152〜169   鎌倉時代
NO 170〜     室町時代
NO        江戸時代(未稿)
No        明治時代(未稿)
No        現代(未稿)
NO        「大和魂」とは(未稿)
No        エピローグ(未稿)

※ 世界の民話・伝説に紙面を割いているのは、日本人と他民族の気質の違いを探るためです。
メンテ

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大和魂 103 ( No.107 )
日時: 2011/01/01 03:21
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:pZT5uw6.

6 再びカイロにて

ルクソールから夜行列車でカイロに向かった。ルクソールを深夜出て丸半日、正午を回って列車は運河に沿って走っている。夜が明けてからまるで変らぬ風景が続いている。狭く、空気の汚れた車内にいるのがしんどくなって、デッキへ行った。幅が日本の列車の一倍半程あるドアは開け放たれていて、乾いた暖かい風が吹き付けてくる。降りる駅が近づいたのか4,5人の黒人がどやどやとデッキに出てきた。きいてみると、スーダンから来たという。

カイロの南数十キロの小さな町の大学に留学するのだそうで、列車がスピードをゆるめる度に、ちがうちがうこの町じゃない、などと言い合っている。その中の一人が僕にむかって“エジプトはいい所だろう”“ウンウン皆親切でいい人たちだ”そう答えながら、明日この国を去る僕はエジプトで会ったいろいろな男たちの顔を思い出していた。親切であることは間違いないが、日本語や英語でいう親切とは少し違うような気がした。

親切エジプト人は俺は俺、お前はお前で、お互いの人格を認めつつ、博愛主義的親切を発揮するヨーロッパ人とは違う。その点では何やらエジプト全体でひとつの家族のようにお互い仲の良いエジプト人は、相手が自分と同質の人間であることを期待する日本人に近いのかもしれない。しかし絶対的親切というか、あの確信に満ちた顔付きは、行動や考え方が人からどうみられているかということに容易に左右される日本人では持ち得ないものである。歴史なのか土地なのか民族なのか分からないが、あれはもうそういう風に人間が出来ているとしか言いようがない。

スーダンの学生が僕が持ってたマイルドセブンライトを珍しそうに見るので一本ずつ分けてあげた。と、それまで黙って我々の傍に立っていた太ったエジプト人のオッサンが、何やらエジプト語を言いながら僕の煙草を箱ごと取り上げ、自分のポケットにしまいこみ、代わりにクレオパトラというこの国の人気煙草を僕に渡してよこし、ニッと笑った。遠くサッカラの階段状ピラミッドが見えてきた。列車は混乱と喧騒の町カイロに近づきつつあった。 

(おわり)


このようにエジプト人の気質が、豊穣の地ナイルで育ったおおらかさと共に、厳しい王権に耐えて生き抜いてきエジプト人のしたたかさの両方を受け継いでいるというのは早計でしょうか。

考えますと中国の民族性も、大陸的といわれるような大らかさと、厳しい個人的エゴが内在しているように見えます。
大きな文明が展開した地域は、作物に恵まれ人々の心が安定して発達してきた反面、中国では蒙古が略奪を常套手段とした様に呵責のない民族性が顕著であります。

落ち着ける土地に恵まれなかったユダヤの民や、農業でなく牧畜に生活を頼った地域、または小国家間で抗争が絶えなかった地域では、民族の移動が盛んに行われ、4大文明が発達した地域に比べて大らかさにかけた民族性となったことも事実でしょう。
そうして、これから辿るユダヤ、キリスト於いてはアングロサクソンの世界は、その4大文明地の対極にある社会の検証となります。
メンテ
大和魂 104(キリスト教) ( No.108 )
日時: 2011/01/02 15:09
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:DIuVJCPI

西欧(アングロサクソン)の世界を知るのに、どうしてもキリスト教をはずして考えることはできません。
そのキリスト教の世界を見てみることにしましょう。

http://www.ijournal.org/world/christ.htm

キリスト教の前身のユダヤ教は神からあたえられた戒め、戒律、掟、聖書でいえば十戒、仏教でいえば五戒、そういう戒めを守り、その守った度合いに応じて義とされるということで、人間の自力が強調されている。すなわち人間の徹底的な自力本願の宗教である。それに対し、キリスト教はイエス キリストの十字架というかたちでもって罪の赦しが与えられるわけである。信仰生活はただ一方的に神の愛と恵みと恩寵によって成立する。これがキリスト教、特にプロテスタント神学の立場である。そういう点において、キリスト教は徹底した他力本願の宗教であると言える。

ユダヤ人たちは神から要求された律法の箇条というものを何とか全うしようとした。律法を遵守している人はおうおうにして律法を行っていない人と比較して、優越感にひたるという過ちに陥ることがある。イエス キリストはそのような人たちを痛烈に批判した。律法を遵守するという行為の動機が自分が救われたいとか自分が優越感を感じたいということにあることを痛烈に批判したのである。

キリスト教は人間が救われるため何か条件を立てることの必要のない宗教である。何故かというとキリスト教によると天国にいく条件というのは神側から一方的なプレゼントとしてくれるわけである。人間が何かの条件を立てたのでその見返りとして神から何か恵みをもらえるということではないのである。善行は救われるためにするのではなくて、救われたから、赦されたから、愛されたからというのがその動機である。何か打算的なそれをする事によって何か見返りを期待したり、そうするところに結局は善を指向しながらもエゴイズムがあるんだとイエス キリストは指摘したのである。
(引用終わり)

上記の文章を検証するまでにキリスト教の経典「新約聖書」を紹介します。

『新約聖書』(しんやくせいしょ、ギリシア語: Καινή Διαθήκη, ラテン語: Novum Testamentum)は、紀元1世紀から2世紀にかけてキリスト教徒たちによって書かれた文書で、『旧約聖書』とならぶキリスト教の聖典。また、イスラム教でもイエスを預言者の一人として認めることから、その一部(福音書)が啓典とされている。『

新約聖書』には27の書が含まれるが、それらはイエス・キリストの生涯と言葉(福音と呼ばれる)、初代教会の歴史(『使徒言行録』)、初代教会の指導者たちによって書かれた手紙(書簡)、黙示文学(『ヨハネの黙示録』)からなっている。「旧約聖書」「新約聖書」の「旧」「新」という言い方を避けるため、旧約聖書を『ヘブライ語聖書』、新約聖書を『ギリシア語聖書』と呼ぶこともある。

福音書には下記のものがあります。

マタイによる福音書 (マタイ書、マタイ伝) 税吏出身の使徒マタイ
マルコによる福音書 (マルコ書、マルコ伝) ペトロとパウロの弟子であったマルコ
ルカによる福音書 (ルカ書、ルカ伝) おそらくパウロの弟子であったルカ
ヨハネによる福音書 (ヨハネ伝) 使徒ヨハネ

そのうちのマタイの福音書の一部を転載します。
メンテ
大和魂 105(キリスト教) ( No.109 )
日時: 2011/01/02 15:14
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:DIuVJCPI

マタイによる福音書
山上の垂訓

全体の1/3くらいに省略してますが、それでもずいぶんと長いので適当に割愛して読んでいただクコとで、初めての御方に聖書の世界を感じていただきたく思います。

第1章
1:1
アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図。
1:2
アブラハムはイサクの父であり、イサクはヤコブの父、ヤコブはユダとその兄弟たちとの父、
1:3
ユダはタマルによるパレスとザラとの父、パレスはエスロンの父、エスロンはアラムの父、
1:4
アラムはアミナダブの父、アミナダブはナアソンの父、ナアソンはサルモンの父、
1:5
サルモンはラハブによるボアズの父、ボアズはルツによるオベデの父、オベデはエッサイの父、
1:6
エッサイはダビデ王の父であった。ダビデはウリヤの妻によるソロモンの父であり、
1:7
ソロモンはレハベアムの父、レハベアムはアビヤの父、アビヤはアサの父、
1:8
アサはヨサパテの父、ヨサパテはヨラムの父、ヨラムはウジヤの父、
1:9
ウジヤはヨタムの父、ヨタムはアハズの父、アハズはヒゼキヤの父、
1:10
ヒゼキヤはマナセの父、マナセはアモンの父、アモンはヨシヤの父、
1:11
ヨシヤはバビロンへ移されたころ、エコニヤとその兄弟たちとの父となった。
1:12
バビロンへ移されたのち、エコニヤはサラテルの父となった。サラテルはゾロバベルの父、
1:13
ゾロバベルはアビウデの父、アビウデはエリヤキムの父、エリヤキムはアゾルの父、
1:14
アゾルはサドクの父、サドクはアキムの父、アキムはエリウデの父、
1:15
エリウデはエレアザルの父、エレアザルはマタンの父、マタンはヤコブの父、
1:16
ヤコブはマリヤの夫ヨセフの父であった。このマリヤからキリストといわれるイエスがお生れになった。
1:17
だから、アブラハムからダビデまでの代は合わせて十四代、ダビデからバビロンへ移されるまでは十四代、そして、バビロンへ移されてからキリストまでは十四代である。
1:18
イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。
1:19
夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。
1:20
彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。
1:21
彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。
1:22
すべてこれらのことが起ったのは、主が預言者によって言われたことの成就するためである。すなわち、
1:23
「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。
その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。
これは、「神われらと共にいます」という意味である。
1:24
ヨセフは眠りからさめた後に、主の使が命じたとおりに、マリヤを妻に迎えた。
1:25
しかし、子が生れるまでは、彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名づけた。
メンテ
大和魂 106(キリスト教) ( No.110 )
日時: 2011/01/02 15:15
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:DIuVJCPI

第2章
2:1
イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、
2:2
「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。
2:3
ヘロデ王はこのことを聞いて不安を感じた。エルサレムの人々もみな、同様であった。
2:4
そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。
2:5
彼らは王に言った、「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、
2:6
『ユダの地、ベツレヘムよ、
おまえはユダの君たちの中で、
決して最も小さいものではない。
おまえの中からひとりの君が出て、
わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。
2:7
そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、星の現れた時について詳しく聞き、
2:8
彼らをベツレヘムにつかわして言った、「行って、その幼な子のことを詳しく調べ、見つかったらわたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」。
2:9
彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。
2:10
彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。
2:11
そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。
2:12
そして、夢でヘロデのところに帰るなとのみ告げを受けたので、他の道をとおって自分の国へ帰って行った。
2:13
彼らが帰って行ったのち、見よ、主の使が夢でヨセフに現れて言った、「立って、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが幼な子を捜し出して、殺そうとしている」。
2:14
そこで、ヨセフは立って、夜の間に幼な子とその母とを連れてエジプトへ行き、
2:15
ヘロデが死ぬまでそこにとどまっていた。それは、主が預言者によって「エジプトからわが子を呼び出した」と言われたことが、成就するためである。
2:16
さて、ヘロデは博士たちにだまされたと知って、非常に立腹した。そして人々をつかわし、博士たちから確かめた時に基いて、ベツレヘムとその附近の地方とにいる二歳以下の男の子を、ことごとく殺した。
2:17
こうして、預言者エレミヤによって言われたことが、成就したのである。
2:18
「叫び泣く大いなる悲しみの声が
ラマで聞えた。
ラケルはその子らのためになげいた。
子らがもはやいないので、
慰められることさえ願わなかった」。
2:19
さて、ヘロデが死んだのち、見よ、主の使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて言った、
2:20
「立って、幼な子とその母を連れて、イスラエルの地に行け。幼な子の命をねらっていた人々は、死んでしまった」。
2:21
そこでヨセフは立って、幼な子とその母とを連れて、イスラエルの地に帰った。
2:22
しかし、アケラオがその父ヘロデに代ってユダヤを治めていると聞いたので、そこへ行くことを恐れた。そして夢でみ告げを受けたので、ガリラヤの地方に退き、
2:23
ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちによって、「彼はナザレ人と呼ばれるであろう」と言われたことが、成就するためである。
第3章
3:1
そのころ、バプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教を宣べて言った、
3:2
「悔い改めよ、天国は近づいた」。
3:3
預言者イザヤによって、
「荒野で呼ばわる者の声がする、
『主の道を備えよ、
その道筋をまっすぐにせよ』」
と言われたのは、この人のことである。
3:4
このヨハネは、らくだの毛ごろもを着物にし、腰に皮の帯をしめ、いなごと野蜜とを食物としていた。
3:5
すると、エルサレムとユダヤ全土とヨルダン附近一帯の人々が、ぞくぞくとヨハネのところに出てきて、
3:6
自分の罪を告白し、ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受けた。
3:7
ヨハネは、パリサイ人やサドカイ人が大ぜいバプテスマを受けようとしてきたのを見て、彼らに言った、「まむしの子らよ、迫ってきている神の怒りから、おまえたちはのがれられると、だれが教えたのか。
3:8
だから、悔改めにふさわしい実を結べ。
3:9
自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、心の中で思ってもみるな。おまえたちに言っておく、神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ。
3:10
斧がすでに木の根もとに置かれている。だから、良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれるのだ。
3:11
わたしは悔改めのために、水でおまえたちにバプテスマを授けている。しかし、わたしのあとから来る人はわたしよりも力のあるかたで、わたしはそのくつをぬがせてあげる値うちもない。このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう。
3:12
また、箕を手に持って、打ち場の麦をふるい分け、麦は倉に納め、からは消えない火で焼き捨てるであろう」。
3:13
そのときイエスは、ガリラヤを出てヨルダン川に現れ、ヨハネのところにきて、バプテスマを受けようとされた。
3:14
ところがヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った、「わたしこそあなたからバプテスマを受けるはずですのに、あなたがわたしのところにおいでになるのですか」。
3:15
しかし、イエスは答えて言われた、「今は受けさせてもらいたい。このように、すべての正しいことを成就するのは、われわれにふさわしいことである」。そこでヨハネはイエスの言われるとおりにした。
3:16
イエスはバプテスマを受けるとすぐ、水から上がられた。すると、見よ、天が開け、神の御霊がはとのように自分の上に下ってくるのを、ごらんになった。
3:17
また天から声があって言った、「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」。
メンテ
大和魂 107(キリスト教) ( No.111 )
日時: 2011/01/02 15:17
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:DIuVJCPI

第4章
4:1
さて、イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである。
4:2
そして、四十日四十夜、断食をし、そののち空腹になられた。
4:3
すると試みる者がきて言った、「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」。
4:4
イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。
4:5
それから悪魔は、イエスを聖なる都に連れて行き、宮の頂上に立たせて
4:6
言った、「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい。
『神はあなたのために御使たちにお命じになると、
あなたの足が石に打ちつけられないように、
彼らはあなたを手でささえるであろう』
と書いてありますから」。
4:7
イエスは彼に言われた、「『主なるあなたの神を試みてはならない』とまた書いてある」。
4:8
次に悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華とを見せて
4:9
言った、「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのものを皆あなたにあげましょう」。
4:10
するとイエスは彼に言われた、「サタンよ、退け。『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」。
4:11
そこで、悪魔はイエスを離れ去り、そして、御使たちがみもとにきて仕えた。
4:12
さて、イエスはヨハネが捕えられたと聞いて、ガリラヤへ退かれた。
4:13
そしてナザレを去り、ゼブルンとナフタリとの地方にある海べの町カペナウムに行って住まわれた。
4:14
これは預言者イザヤによって言われた言が、成就するためである。
4:15
「ゼブルンの地、ナフタリの地、
海に沿う地方、ヨルダンの向こうの地、
異邦人のガリラヤ、
4:16
暗黒の中に住んでいる民は大いなる光を見、
死の地、死の陰に住んでいる人々に、光がのぼった」。
4:17
この時からイエスは教を宣べはじめて言われた、「悔い改めよ、天国は近づいた」。
4:18
さて、イエスがガリラヤの海べを歩いておられると、ふたりの兄弟、すなわち、ペテロと呼ばれたシモンとその兄弟アンデレとが、海に網を打っているのをごらんになった。彼らは漁師であった。
4:19
イエスは彼らに言われた、「わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」。
4:20
すると、彼らはすぐに網を捨てて、イエスに従った。
4:21
そこから進んで行かれると、ほかのふたりの兄弟、すなわち、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネとが、父ゼベダイと一緒に、舟の中で網を繕っているのをごらんになった。そこで彼らをお招きになると、
4:22
すぐ舟と父とをおいて、イエスに従って行った。
4:23
イエスはガリラヤの全地を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった。
4:24
そこで、その評判はシリヤ全地にひろまり、人々があらゆる病にかかっている者、すなわち、いろいろの病気と苦しみとに悩んでいる者、悪霊につかれている者、てんかん、中風の者などをイエスのところに連れてきたので、これらの人々をおいやしになった。
4:25
こうして、ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ及びヨルダンの向こうから、おびただしい群衆がきてイエスに従った。
メンテ
大和魂 108(キリスト教) ( No.112 )
日時: 2011/01/02 15:19
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:DIuVJCPI

第5章
5:1
イエスはこの群衆を見て、山に登り、座につかれると、弟子たちがみもとに近寄ってきた。
5:2
そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて言われた。
5:3
「こころの貧しい人たちは、さいわいである、
天国は彼らのものである。
5:4
悲しんでいる人たちは、さいわいである、
彼らは慰められるであろう。
5:5
柔和な人たちは、さいわいである、
彼らは地を受けつぐであろう。
5:6
義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、
彼らは飽き足りるようになるであろう。
5:7
あわれみ深い人たちは、さいわいである、
彼らはあわれみを受けるであろう。
5:8
心の清い人たちは、さいわいである、
彼らは神を見るであろう。
5:9
平和をつくり出す人たちは、さいわいである、
彼らは神の子と呼ばれるであろう。
5:10
義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、
天国は彼らのものである。
5:11
わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。
5:12
喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。
5:13
あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。
5:14
あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。
5:15
また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。
5:16
そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。
5:17
わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである。
5:18
よく言っておく。天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることはなく、ことごとく全うされるのである。
5:19
それだから、これらの最も小さいいましめの一つでも破り、またそうするように人に教えたりする者は、天国で最も小さい者と呼ばれるであろう。しかし、これをおこないまたそう教える者は、天国で大いなる者と呼ばれるであろう。
5:20
わたしは言っておく。あなたがたの義が律法学者やパリサイ人の義にまさっていなければ、決して天国に、はいることはできない。
5:21
昔の人々に『殺すな。殺す者は裁判を受けねばならない』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
5:22
しかし、わたしはあなたがたに言う。兄弟に対して怒る者は、だれでも裁判を受けねばならない。兄弟にむかって愚か者と言う者は、議会に引きわたされるであろう。また、ばか者と言う者は、地獄の火に投げ込まれるであろう。
5:23
だから、祭壇に供え物をささげようとする場合、兄弟が自分に対して何かうらみをいだいていることを、そこで思い出したなら、
5:24
その供え物を祭壇の前に残しておき、まず行ってその兄弟と和解し、それから帰ってきて、供え物をささげることにしなさい。
5:25
あなたを訴える者と一緒に道を行く時には、その途中で早く仲直りをしなさい。そうしないと、その訴える者はあなたを裁判官にわたし、裁判官は下役にわたし、そして、あなたは獄に入れられるであろう。
5:26
よくあなたに言っておく。最後の一コドラントを支払ってしまうまでは、決してそこから出てくることはできない。
5:27
『姦淫するな』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
5:28
しかし、わたしはあなたがたに言う。だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。
5:29
もしあなたの右の目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に投げ入れられない方が、あなたにとって益である。
5:30
もしあなたの右の手が罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に落ち込まない方が、あなたにとって益である。
5:31
また『妻を出す者は離縁状を渡せ』と言われている。
5:32
しかし、わたしはあなたがたに言う。だれでも、不品行以外の理由で自分の妻を出す者は、姦淫を行わせるのである。また出された女をめとる者も、姦淫を行うのである。
5:33
また昔の人々に『いつわり誓うな、誓ったことは、すべて主に対して果せ』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
5:34
しかし、わたしはあなたがたに言う。いっさい誓ってはならない。天をさして誓うな。そこは神の御座であるから。
5:35
また地をさして誓うな。そこは神の足台であるから。またエルサレムをさして誓うな。それは『大王の都』であるから。
5:36
また、自分の頭をさして誓うな。あなたは髪の毛一すじさえ、白くも黒くもすることができない。
5:37
あなたがたの言葉は、ただ、しかり、しかり、否、否、であるべきだ。それ以上に出ることは、悪から来るのである。
5:38
『目には目を、歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
5:39
しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。
5:40
あなたを訴えて、下着を取ろうとする者には、上着をも与えなさい。
5:41
もし、だれかが、あなたをしいて一マイル行かせようとするなら、その人と共に二マイル行きなさい。
5:42
求める者には与え、借りようとする者を断るな。
5:43
『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
5:44
しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。
5:45
こうして、天にいますあなたがたの父の子となるためである。天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである。
5:46
あなたがたが自分を愛する者を愛したからとて、なんの報いがあろうか。そのようなことは取税人でもするではないか。
5:47
兄弟だけにあいさつをしたからとて、なんのすぐれた事をしているだろうか。そのようなことは異邦人でもしているではないか。
5:48
それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。
メンテ
大和魂 109(キリスト教) ( No.113 )
日時: 2011/01/02 15:20
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:DIuVJCPI

第6章
6:1
自分の義を、見られるために人の前で行わないように、注意しなさい。もし、そうしないと、天にいますあなたがたの父から報いを受けることがないであろう。
6:2
だから、施しをする時には、偽善者たちが人にほめられるため会堂や町の中でするように、自分の前でラッパを吹きならすな。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
6:3
あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせるな。
6:4
それは、あなたのする施しが隠れているためである。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。
6:5
また祈る時には、偽善者たちのようにするな。彼らは人に見せようとして、会堂や大通りのつじに立って祈ることを好む。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
6:6
あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。
6:7
また、祈る場合、異邦人のように、くどくどと祈るな。彼らは言葉かずが多ければ、聞きいれられるものと思っている。
6:8
だから、彼らのまねをするな。あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである。
6:9
だから、あなたがたはこう祈りなさい、
天にいますわれらの父よ、
御名があがめられますように。
6:10
御国がきますように。
みこころが天に行われるとおり、
地にも行われますように。
6:11
わたしたちの日ごとの食物を、
きょうもお与えください。
6:12
わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、
わたしたちの負債をもおゆるしください。
6:13
わたしたちを試みに会わせないで、
悪しき者からお救いください。
6:14
もしも、あなたがたが、人々のあやまちをゆるすならば、あなたがたの天の父も、あなたがたをゆるして下さるであろう。
6:15
もし人をゆるさないならば、あなたがたの父も、あなたがたのあやまちをゆるして下さらないであろう。
6:16
また断食をする時には、偽善者がするように、陰気な顔つきをするな。彼らは断食をしていることを人に見せようとして、自分の顔を見苦しくするのである。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
6:17
あなたがたは断食をする時には、自分の頭に油を塗り、顔を洗いなさい。
6:18
それは断食をしていることが人に知れないで、隠れた所においでになるあなたの父に知られるためである。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いて下さるであろう。
6:19
あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。
6:20
むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。
6:21
あなたの宝のある所には、心もあるからである。
6:22
目はからだのあかりである。だから、あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいだろう。
6:23
しかし、あなたの目が悪ければ、全身も暗いだろう。だから、もしあなたの内なる光が暗ければ、その暗さは、どんなであろう。
6:24
だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。
6:25
それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。
6:26
空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。
6:27
あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
6:28
また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。
6:29
しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
6:30
きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。
6:31
だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。
6:32
これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。
6:33
まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。
6:34
だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。
メンテ
大和魂 110(キリスト教) ( No.114 )
日時: 2011/01/02 15:21
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:DIuVJCPI

第7章
7:1
人をさばくな。自分がさばかれないためである。
7:2
あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。
7:3
なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
7:4
自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。
7:5
偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。
7:6
聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。
7:7
求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。
7:8
すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。
7:9
あなたがたのうちで、自分の子がパンを求めるのに、石を与える者があろうか。
7:10
魚を求めるのに、へびを与える者があろうか。
7:11
このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。
7:12
だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。これが律法であり預言者である。
7:13
狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。
7:14
命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。
7:15
にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。
7:16
あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。
7:17
そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
7:18
良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない。
7:19
良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれる。
7:20
このように、あなたがたはその実によって彼らを見わけるのである。
7:21
わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。
7:22
その日には、多くの者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか』と言うであろう。
7:23
そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』。
7:24
それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。
7:25
雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れることはない。岩を土台としているからである。
7:26
また、わたしのこれらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができよう。
7:27
雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまう。そしてその倒れ方はひどいのである」。
7:28
イエスがこれらの言を語り終えられると、群衆はその教にひどく驚いた。
7:29
それは律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように、教えられたからである。
メンテ
大和魂 111(キリスト教) ( No.115 )
日時: 2011/01/02 15:22
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:DIuVJCPI

第8章
8:1
イエスが山をお降りになると、おびただしい群衆がついてきた。
8:2
すると、そのとき、ひとりのらい病人がイエスのところにきて、ひれ伏して言った、「主よ、みこころでしたら、きよめていただけるのですが」。
8:3
イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われた。すると、らい病は直ちにきよめられた。
8:4
イエスは彼に言われた、「だれにも話さないように、注意しなさい。ただ行って、自分のからだを祭司に見せ、それから、モーセが命じた供え物をささげて、人々に証明しなさい」。
8:5
さて、イエスがカペナウムに帰ってこられたとき、ある百卒長がみもとにきて訴えて言った、
8:6
「主よ、わたしの僕が中風でひどく苦しんで、家に寝ています」。
8:7
イエスは彼に、「わたしが行ってなおしてあげよう」と言われた。
8:8
そこで百卒長は答えて言った、「主よ、わたしの屋根の下にあなたをお入れする資格は、わたしにはございません。ただ、お言葉を下さい。そうすれば僕はなおります。
8:9
わたしも権威の下にある者ですが、わたしの下にも兵卒がいまして、ひとりの者に『行け』と言えば行き、ほかの者に『こい』と言えばきますし、また、僕に『これをせよ』と言えば、してくれるのです」。
8:10
イエスはこれを聞いて非常に感心され、ついてきた人々に言われた、「よく聞きなさい。イスラエル人の中にも、これほどの信仰を見たことがない。
8:11
なお、あなたがたに言うが、多くの人が東から西からきて、天国で、アブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席につくが、
8:12
この国の子らは外のやみに追い出され、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう」。
8:13
それからイエスは百卒長に「行け、あなたの信じたとおりになるように」と言われた。すると、ちょうどその時に、僕はいやされた。
8:14
それから、イエスはペテロの家にはいって行かれ、そのしゅうとめが熱病で、床についているのをごらんになった。
8:15
そこで、その手にさわられると、熱が引いた。そして女は起きあがってイエスをもてなした。
8:16
夕暮になると、人々は悪霊につかれた者を大ぜい、みもとに連れてきたので、イエスはみ言葉をもって霊どもを追い出し、病人をことごとくおいやしになった。
8:17
これは、預言者イザヤによって「彼は、わたしたちのわずらいを身に受け、わたしたちの病を負うた」と言われた言葉が成就するためである。
8:18
イエスは、群衆が自分のまわりに群がっているのを見て、向こう岸に行くようにと弟子たちにお命じになった。
8:19
するとひとりの律法学者が近づいてきて言った、「先生、あなたがおいでになる所なら、どこへでも従ってまいります」。
8:20
イエスはその人に言われた、「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子にはまくらする所がない」。
8:21
また弟子のひとりが言った、「主よ、まず、父を葬りに行かせて下さい」。
8:22
イエスは彼に言われた、「わたしに従ってきなさい。そして、その死人を葬ることは、死人に任せておくがよい」。
8:23
それから、イエスが舟に乗り込まれると、弟子たちも従った。
8:24
すると突然、海上に激しい暴風が起って、舟は波にのまれそうになった。ところが、イエスは眠っておられた。
8:25
そこで弟子たちはみそばに寄ってきてイエスを起し、「主よ、お助けください、わたしたちは死にそうです」と言った。
8:26
するとイエスは彼らに言われた、「なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちよ」。それから起きあがって、風と海とをおしかりになると、大なぎになった。
8:27
彼らは驚いて言った、「このかたはどういう人なのだろう。風も海も従わせるとは」。
8:28
それから、向こう岸、ガダラ人の地に着かれると、悪霊につかれたふたりの者が、墓場から出てきてイエスに出会った。彼らは手に負えない乱暴者で、だれもその辺の道を通ることができないほどであった。
8:29
すると突然、彼らは叫んで言った、「神の子よ、あなたはわたしどもとなんの係わりがあるのです。まだその時ではないのに、ここにきて、わたしどもを苦しめるのですか」。
8:30
さて、そこからはるか離れた所に、おびただしい豚の群れが飼ってあった。
8:31
悪霊どもはイエスに願って言った、「もしわたしどもを追い出されるのなら、あの豚の群れの中につかわして下さい」。
8:32
そこで、イエスが「行け」と言われると、彼らは出て行って、豚の中へはいり込んだ。すると、その群れ全体が、がけから海へなだれを打って駆け下り、水の中で死んでしまった。
8:33
飼う者たちは逃げて町に行き、悪霊につかれた者たちのことなど、いっさいを知らせた。
8:34
すると、町中の者がイエスに会いに出てきた。そして、イエスに会うと、この地方から去ってくださるようにと頼んだ。
メンテ
大和魂 112(キリスト教) ( No.116 )
日時: 2011/01/02 15:24
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:DIuVJCPI

(中略)

第18章
18:1
そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。
18:2
すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、
18:3
「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。
18:4
この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。
18:5
また、だれでも、このようなひとりの幼な子を、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。
18:6
しかし、わたしを信ずるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が、その人の益になる。
18:7
この世は、罪の誘惑があるから、わざわいである。罪の誘惑は必ず来る。しかし、それをきたらせる人は、わざわいである。
18:8
もしあなたの片手または片足が、罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。両手、両足がそろったままで、永遠の火に投げ込まれるよりは、片手、片足になって命に入る方がよい。
18:9
もしあなたの片目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。両眼がそろったままで地獄の火に投げ入れられるよりは、片目になって命に入る方がよい。
18:10
あなたがたは、これらの小さい者のひとりをも軽んじないように、気をつけなさい。あなたがたに言うが、彼らの御使たちは天にあって、天にいますわたしの父のみ顔をいつも仰いでいるのである。〔
18:11
人の子は、滅びる者を救うためにきたのである。〕
18:12
あなたがたはどう思うか。ある人に百匹の羊があり、その中の一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊を捜しに出かけないであろうか。
18:13
もしそれを見つけたなら、よく聞きなさい、迷わないでいる九十九匹のためよりも、むしろその一匹のために喜ぶであろう。
18:14
そのように、これらの小さい者のひとりが滅びることは、天にいますあなたがたの父のみこころではない。
18:15
もしあなたの兄弟が罪を犯すなら、行って、彼とふたりだけの所で忠告しなさい。もし聞いてくれたら、あなたの兄弟を得たことになる。
18:16
もし聞いてくれないなら、ほかにひとりふたりを、一緒に連れて行きなさい。それは、ふたりまたは三人の証人の口によって、すべてのことがらが確かめられるためである。
18:17
もし彼らの言うことを聞かないなら、教会に申し出なさい。もし教会の言うことも聞かないなら、その人を異邦人または取税人同様に扱いなさい。
18:18
よく言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう。
18:19
また、よく言っておく。もしあなたがたのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいますわたしの父はそれをかなえて下さるであろう。
18:20
ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」。
18:21
そのとき、ペテロがイエスのもとにきて言った、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、幾たびゆるさねばなりませんか。七たびまでですか」。
18:22
イエスは彼に言われた、「わたしは七たびまでとは言わない。七たびを七十倍するまでにしなさい。
18:23
それだから、天国は王が僕たちと決算をするようなものだ。
18:24
決算が始まると、一万タラントの負債のある者が、王のところに連れられてきた。
18:25
しかし、返せなかったので、主人は、その人自身とその妻子と持ち物全部とを売って返すように命じた。
18:26
そこで、この僕はひれ伏して哀願した、『どうぞお待ちください。全部お返しいたしますから』。
18:27
僕の主人はあわれに思って、彼をゆるし、その負債を免じてやった。
18:28
その僕が出て行くと、百デナリを貸しているひとりの仲間に出会い、彼をつかまえ、首をしめて『借金を返せ』と言った。
18:29
そこでこの仲間はひれ伏し、『どうか待ってくれ。返すから』と言って頼んだ。
18:30
しかし承知せずに、その人をひっぱって行って、借金を返すまで獄に入れた。
18:31
その人の仲間たちは、この様子を見て、非常に心をいため、行ってそのことをのこらず主人に話した。
18:32
そこでこの主人は彼を呼びつけて言った、『悪い僕、わたしに願ったからこそ、あの負債を全部ゆるしてやったのだ。
18:33
わたしがあわれんでやったように、あの仲間をあわれんでやるべきではなかったか』。
18:34
そして主人は立腹して、負債全部を返してしまうまで、彼を獄吏に引きわたした。
18:35
あなたがためいめいも、もし心から兄弟をゆるさないならば、わたしの天の父もまたあなたがたに対して、そのようになさるであろう」。
メンテ

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