ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[814] 大和魂(日本の心のルーツを探る)
日時: 2018/05/23 11:57
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XPKXw99A

「大和魂」と言う言葉を使うと嫌悪感に満ちてこれを否定する人たちが多い。
まるで街宣右翼と同類に扱われる。

しかしながら先の大戦において、国を守る為に散って行った200万近い兵士の事は、どのように思われるのか。

全てが全てでないとしても「大和魂」を信じて突進し倒れた兵士の事は考えられないのか。
その「大和魂」が軍部によって利用されていたとしても当事者の兵士の責任ではない。

ここで「大和魂」をミソクソに言う事は彼らの死を馬鹿にする事になる。
調子者が騙されて死んだと言えますか。

彼等の為にも「大和魂」は正当に評価することが大事と思います。
彼等は、まさしく彼等なりの「大和魂」を持って、国を守る為に死んで行ったのです。


(プロローグ)

人類が霊長類と分類されて他の動物よりも繁栄してきたのは、その頭脳的能力が発達、進化してきたからであります。
始原における人類は、その頭脳的能力で道具を使うことを覚え、そのうちに火を自在に使えるようになりました。

これは生きる(食べる)事において画期的な進化でありました。
一方で人々は集団で生活して行くことの重要性に目覚め次第に大きな集落を形成し分業をするようになってきた。
集団で生活し始めると、自分達の生活を脅かす自然の力に対する畏怖の心も結集することになり自然崇拝、呪術などが起きることになりました。
このころになると、集団には統治の機能が求められ次第に原始国家に近い概念が生まれてきました。

人間の頭脳的能力が生きるための対自然から、統治という人間自身の問題まで対象にし始めたと言うことです。
集団の英知(頭脳的能力の総体)を集めることに成功した人類は、農業、漁業、工業の分野を確立し安定した社会を構成することが出来ました。
このころになると、宗教と言うものが次第に鮮明な形を帯びてきて、人々の精神的ケアをするとともに、宗教を通じて集団の結束を図るようになってきました。
同時に統治者は独裁の傾向が強くなり王国を形成するようになります。
自然を相手に生産活動に殉じてきた人間でしたが、集団の力が強化されるとともに、他の集団を略奪することにより、成果がもたらされることに気がつき以来、血で血を洗う抗争が続いてきました。

さて、3000年も4000年も遡りますが、一応は自然を相手の格闘に一段落した人間は、その精神的な余裕の分だけ、その頭脳的能力を内面に向けるようになりました。
それが宗教であり、哲学の世界です。

文字として残る最古の哲学は、2000年くらい前のギリシャ哲学でありますが、その内容は主に統治の問題に絡んで話されています。
最初の哲学が、ようやく手に入れた人間社会の安定のために、人間は如何にあるべきかが最大テーマであったという事でしょう。
中国における儒教というものもこの範疇に入ると思います。

時を同じくして、キリスト教、イスラム教、仏教が興っています。現在まで続いているこれの宗教は、哲学とは別の方向から人間の内面性を説こうとしたものであり、それまでの宗教が民族単位に近かったものから人類共通の普遍性を主張しているのが特徴です。
西欧の歴史は、一時、キリスト教の精神で色濃く塗られていましたが、キリスト教的教義への反動として、500年くらい前にルネッサンス(文芸復興)と言う考え方が広まりました。
直接はキリスト教支配の前の人間精神への回帰ですが、実際は新たな人間性の認識へ移りました。
其処では、人間自身を自然とも切り離し、神とも切り離して如何に生きられるかについての思索がなされました。

それは300年後に資本主義、民主主義という鮮明な形で認識されるに至っています。
その途中、西欧哲学はスピノザに始まりホッブス、デカルト、カントへ至る人間自身の認識論(観念論)からヘーゲルの純粋論理的認識論(弁証法)へ進むなど、自然の理を超越しようとした試みが中心でありました。
それを人類の進化、発展と見れば、そのまま肯定もできるでしょう。
確かに、論理的に西欧哲学的思考で割り切ることにより、現代社会の繁栄があるのです。
さて、現代社会において我々が直面している困難は、深いところで人間性の問題につながっています。

資本主義、民主主義のシステムは、物資と情報、享楽と言う意味で人類に飛躍的な果実をもたらしました。
自然とともに生きなければならないと言う束縛から人類を解放したと言えます。
そうして、現代社会が直面している困難と言うのは、その昔、人類が経験していた自然の恐怖とは質が異なる困難であります。
ここに現代の困難は文明史的な次元の課題であると思います。
ここ4000年の間に営まれてきた宗教、哲学の概念の延長上で、どのように捉えられるか、更なる進化と言う観点から捉えるのか、人間性というものを自然との関わりで見直すことが正解であるのかが問われています。
これに対して、直線的に斯くあるべしと言うよりも、この観点から日本の歴史を振り返ってみたいと思います。

具体的には、弟3期西欧文明(資本主義・民主主義)が今日ある状況以外に人類は選択の余地がなかったのか、その過程において切り捨ててしまったものの中に人類が必要としていたものはなかったのかについて検証することから始めようと思います。
タイトルの「大和魂」とは、西欧文明以前の日本の精神文化を総称したものであります。
途方もなく長ったらしい話になりますが、ボチボチと御付き合い願いますよう御願いします。
説明のために掲げています長文は適当に読み飛ばしていただければ幸甚に思います。


(追申です 2017年6月24日)

このスレッドも、旧掲示板で書き始めてから言いますと10年近くたっています。
「大和魂」という標題のため、読んでくださる方は、常に「大和魂」の概念を探ろうとされているようです。
しかしながら、このタイトルは、このスレッド全体を通して感受されるべきものとして書いていますので、「大和魂」とは何かという設問には答えが見いだせなく戸惑いながら、結局は何が言いたいのか解らずしまいの様でしょう。
タイトルのつけ方が適正ではなかったかもしれません。
そこで、この時点(No188のレス)で私自身、ようやくたどり着いた「大和魂」の概念について次の様に説明して置きたいと思います。

<大和魂とは>

西欧民主主義が入ってくる前
江戸時代の朱子学に毒されるまえ
特に武士道などは、もってのほか。

それを取ったとき、
日本人はどのような生き方をしていたか。
それを探りたいのであり、言葉では、簡単には現せなく体感してほしいと思っております。

また「魂」という言葉を使っていますのは、物事に挑戦する意欲を表現しています。
これも具体的には言えませんが、山田長政の話やら、あまり良いことはしてないようですが倭寇など海外へ積極的に進出する、その気概。
日本人にも、そんな積極性があったことを頼もしく感じています。
そして、それは日本独自の文化、芸術を生み育てる力にもなっています。

その様なものを一括して「大和魂」と言っています。
そうして、そういうものを、この文章から感じ取っていただけることが出来たら幸いと思って書いています。
ですが、将来の日本人に「大和魂」だけを押し付けるつもりで言っているのではありません。
日本人には「大和魂」があることを忘れず、社会を生きてほしいと願うのです。

※ 体感してほしいと言っていますように、この文章の各所に伝説、神話、他の国の事情などを説明している箇所が随分とあります。退屈かもしれませんが、それを読まれることによって、それが書かれた時代、場所の様子を感じ取っていただきたいのです。
特に前半の部分は、日本民族と他国の民族性の違いを感じ取るために、長ったらしく資料を集めました。

(目  次)
No 0      プロローグ・目次
(前 章)
NO 1〜7    「大和」とは
(民話・伝説)
No 8〜16    日本の神話・伝説
NO 17〜20  中国の神話・伝説
NO 21〜37    世界のドラゴン伝説
No 38〜42    中国の民話
NO 43〜47    世界の七夕伝説
NO 48〜50    中国の民話・伝説
NO 51〜67    インドの民話・伝説
No 67〜93    イスラムの民話・伝説
No 94〜124   アングロサクソンの民話・伝説
(日本の歴史検証)
No 125〜137   「和」の検証 
No 138〜151   神代の時代から古墳時代
N0        飛鳥・奈良時代(一時、サーバのトラブルがあり、この部分が消えています)
No        平安時代(一時、サーバのトラブルがあり、この部分が消えています)
※ 後日復旧する予定。
No 152〜169   鎌倉時代
NO 170〜     室町時代
NO        江戸時代(未稿)
No        明治時代(未稿)
No        現代(未稿)
NO        「大和魂」とは(未稿)
No        エピローグ(未稿)

※ 世界の民話・伝説に紙面を割いているのは、日本人と他民族の気質の違いを探るためです。
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

大和魂 63 ( No.65 )
日時: 2010/10/20 14:31
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:O0eqDvis

Q.日本では、「茶柱が立つ」(お茶の中に茶の芯が浮く事)と縁起が良いとか、「雨降って地かたまる」という、縁起の良い前触れについても良く言われます。良い事のまえぶれについてインドにも言い伝えがありますか。

 商店などでは、朝1番のお客さんを大切にします。何も買わずに帰られてしまうと、1日商売がうまくいかないという考えから、たとえどんなにお客に値切られても買ってもらいたがります。以前は、私の母が朝早くクレープ(布地)を買いに行き、その店では買わなかったけど、母が再び戻ってきたら店主が店の前で母を待っていたそうです。

母が店を出てから1時間あまりの間に大変な客入りで、大繁盛。母は、ただで、クレープを貰ったそうです。母が、商売繁盛をもたらしたと思ったそうです。一番最初のお客は大事にされます。

また、仕事場に入る時、そこの床に手をついてその手を自分の額に持っていき拝んだりします。今日1日仕事が上手くいきますようにという気持ちですね。舞台に上がる時もそうですね。

 インドでは、朝一番に目に、入ったもので、その日の運を占ったりします。それは、いつも嫌われていたり疎まれているもので、生肉、お酒、痛いもの(刺とか、出掛けにどこかをぶつけて、痛い思いをする)、ヒジュラ(インドのオカマの人たち)などです。こういうものに、朝一番に出会うと、今日は、これ以上嫌なことはない、転じて、良い事があるとなるわけです。

 ヒンディー教の新年(4月14,15日ごろ)には、朝、母に4時ごろに起こされます。この時目は目隠しされていて、祭壇の前に行くまで目を閉じていなければなりません。祭壇には、お盆に花、カジョル、鏡、ランプ、米、ビンディーの赤い粉、金貨など美しいものが入っています。新年に先ず目に入るものが美しいものであり、これを見ると1年間良い事があると思われています。またこの日は、子供たちは少しだけお金を貰います。お年玉と同じです。新年のお花には、ハルディーという金色の花が使われます。藤のような花で黄色です。

(この花は、日本名で金くさり、英名ゴールデン・シャワーというそうです。イギリスでもよく観られるそうです。4月頃、マニ・バワンの通りが見事だそうで、この通りは、ハルディー・レーンというそうです。)
カジョルとは、ギー(インドのバター)を煮詰めてその煤を銅版に受けて作った黒い粉です。子供が厄除けで目の下につけています。

Q.カジョル(子供が目の下につける黒い墨)について教えてください。

インドでは、あまりむやみに子供を誉めてはいけないと言われています。なぜなら、可愛い、綺麗といわれて、人の妬みを買うと子供に災いが起こるといわれているからです。だからよく子供が器量を誉められるとお母さんは急いで子供を家に連れて帰り、塩とチリをつかんで、子供の前で、ぐるぐる3、5、7回まわして、口の中で、小さな声で呪文を唱えてチリと塩を火に投げ捨てて清めたりします。

そのために、目の下にカジョル(黒墨)をつけて人の妬みをかわない様に厄除けにします。子供の食べっぷりを誉めてもいけません。赤ちゃんなどが、よく食べますねといわれると病気になるともいわれています。しかし、親ならばわがこを誉められて、悪い気はしないのでこの言い伝えについてはあまり神経質になることはありませんが。
メンテ
大和魂 64 ( No.66 )
日時: 2010/10/20 14:32
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:O0eqDvis

Q.方角についても日本では、南や東は、良い方角ですが、北や西は、あまり良くあり
ません。インドはどうですか。

インドでは死んだ人は、南向きに寝かせます。普通は、東を頭にして寝るのが良いとされていますが、北についてはあまりタブーはありません。西は、好ましくない方位です。

Q.左右の使い分けについても教えてください。

基本的には、上半身は、右手で、下半身は左手で。物を手渡す時は、必ず右手で。厳格な人は、顔は右手で、腰から下、足は左手で洗いますが、これはとても不便なので、気分的にそう守ろうと考えている程度で…しっかり分けては暮らせませんから。

Q.アジアの女性には、タブーはたくさんあると思うのですが、女性のタブーで今でも厳しく守られている事があれば教えてください。

一番強く言われているのは、妊娠中に月食を見てはいけない、月食中の外出です。これは、子供に障るといわれていて、どんなに、西洋的教育を受けて、進歩的なインドの女性も頑なに守っています。

Q.日本では、3や、8が昔から良い数字といわれています。また、贈り物をする時などは、4(し)は、死に通じるので、嫌われます。奇数は、これ以上半分にできないので、壊れないという意味から、祝事に使われます。数字についても教えてください。

奇数はよい数とされています。結婚のお祝い金は、10,001ルピーというように奇数を包みます。また、0(ゼロ)は、インドで発見された数字ですけど、何もない、空虚であるということから良い数字とされています。かたちも輪なので、完全無欠で良い数です。

おでこにつけるビンディーは○。実はここから来ています。
また、ビンディーは、第三の目、心の目でもあるわけですが。
4についてのインドでの考え方は、社会の規範は、4で表されます。方角、ヴェータ(ヒンドゥー教の聖典)は、4つあります。カーストも4つですね。

 話が横にそれますが、ヒンディー教のヴェータ(聖典)というのは、4つあって、これには、人間はなぜ生きるのか、生きる目的について書かれています。1はダルマ(人間らしさ)ダルマのために働く、人が人のために働く、人の役に立つということ。2つ目は、アッタ(物、お金)の為に働くということ。3つ目は、カーマ(愛)ですね。もちろん、子供や隣人への愛も含まれますよ。4つ目はモクシャ(悟り、自分の魂の開放)です。

5は5つの金属を合わせたものは、体に良いとされていて、5種類の金属をバングルなどにして身につけていますね。
7は、サンスクリットでも大事な数です。7つの世界、7つの大陸、7つの海、7つの惑星、インドの音階も7つですね(サ・レ・ガ・マ・パ・ダ・ニ・ラ)=(ド・レ・ミ…)。結婚式で、火の周りを回るのも7回ですし、大事な人が来た時にお清めで、お盆に載ったお供え(花、ランプ、カジョルなど8品目)を、ぐるぐる回すのも7回です。
8は、このお供えが8品目ですね。


まだまだ書いてありますが以下は省略します。
メンテ
大和魂 65 ( No.67 )
日時: 2010/10/20 14:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:O0eqDvis

インド古代への旅は一段落させておいて現代インドの様子も見ておきましょう。

インドの社会と言えば、現在も残るカーストの制度とIT産業分野を発達させた高度な知識集団の存在を思い浮かべます。

歴史的に見ても、イスラム圏との宗教戦争や独立戦争はあったとしても覇権を争う大きな戦争は体験していない大国であります。

その他に、宗教的な考え方を大切にしている国民性などが感じられます。
そう言うものを、限られた情報ですが少し検証してみます。

インドのカースト制
http://www.indochannel.jp/society/class/01.html

日本では一般的に、インド独特の身分制度であるカースト制度とは、バラモン(僧侶)、クシャトリヤ(王侯・武士)、ヴァイシャ(平民)、シュードラ(隷属民)という四階層で構成される身分制度であると思われています。この区分はすでに紀元前数世紀頃、古代インドのバラモン教(ヒンドゥー教の母体となった民族宗教)の聖典『リグ・ヴェーダ』の中に見ることができます。この区分はインドでは「ヴァルナ」と呼ばれ、本来は肌の色に由来するものでした。当時インドに侵攻したアーリア人の肌が、土着のドラヴィダ民族に比べ白かったため、自らの肌色を頂点として作り上げた階級制度です。

日本語では四姓制度としても知られるヴァルナですが、実際にはこれらの制度に入ることのできないアウトカースト(不可触民・アチュート・ダリット)も存在するため、インドの社会は大きく五つに区分されるということもできます

このヴァルナに加え、職業別の階級制度(身分差別)であるジャーティという区分も存在します。サブ・カーストとも呼ばれるジャーティの種類は、一説には2,000とも3,000とも言われます。インド社会を現実的に構成するのは、数え切れないほど細分化された世襲制度ジャーティです。各ジャーティは伝統的な職能集団で、地域社会内ではジャーティ間での分業体制が成り立っています。これに加え、ジャーティの特徴として内婚制(同ジャーティ内での結婚)が挙げられます。この内婚制度は現在でも厳格に守られており、異カースト(異宗教)間の結婚は少数です。このように、インドのカースト制度とは、「ヴァルナ・ジャーティ」制度ということができます。

 この身分制度の根幹を成す考え方として、ヒンドゥー教独特の浄・不浄の概念があります。もっとも身分が高い階級は最高に清浄であり、身分が下がるに従ってケガレも増すという考えです。そして浄・不浄の概念は、これもヒンドゥー教の根幹を成す業・輪廻の概念と抜きがたく結びついています。つまり、現世の身分を決定するのは前世の行いであり、現在の自分に与えられた身分(職業)に没頭することで、来世のよりよい身分が約束されるというわけです。この考え方の枠組みによれば、下の階級が上層階級へ尽くすことこそが、自らを救済する道であるということになります。このことが、いわゆるカースト制度がなかなか消えない理由でしょう。

 独立後のインド憲法ではカースト差別を禁止しており、政府は最下層に置かれた不可触民や先住民の地位向上のため教育、公的雇用、選挙での留保制度といった保護政策をとっています。また近代化や都市化が進みつつあるため、新たな職業への進出等で地域の伝統的な分業関係が崩れ、カースト制度はゆるやかに解体の方向に進みつつあるといってもいいでしょう。しかし村落社会を中心に依然として根強い影響を持っています。   

インドの大家族制

インドでは、伝統的にジョイント・ファミリーと呼ばれる一族郎党が一ヶ所に集まって暮らす大家族システムが一般的でした。これは、大量の労働力を確保する必要がある農村地帯でとくに発達したスタイルです。現在都市部では核家族も増えてきてはいますが、依然としてジョイント・ファミリーは一般的なインド人の理想とする暮らし方であるということは間違いないでしょう。今でも農村部では、100人以上の家族を抱えるジョイント・ファミリーも存在します。 大家族制度の影響を示すひとつの例として、親族の名称の複雑さが挙げられます。インドでは、父方の祖父(ダーダー)、父方の祖母(ダーディー)、母方の祖父(ナーナー)、母方の祖母(ナーニー)それぞれに名称があります(カッコ内はヒンディ語での呼称)。このように、父母どちらの血統かで呼び名が異なっており、おじやおばに当たる呼称も10種類に分類されるそうです。

続く
メンテ
大和魂 66 ( No.68 )
日時: 2010/10/20 14:40
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:O0eqDvis

IT産業の発展と「〇」の概念を生み出した国。

インドではヒンドゥー教をベースに頭脳労働が尊いとされており、初等教育よりも高等教育に重点がおかれていることも特徴です。

インド工科大学(IIT、Indian Institute of Technology)やインド科学大学院大学(IISc、Indian Institute of Science)など、世界のトップクラスの大学や大学院があります。IITなどは、ここに落ちた学生で、米国のマサチューセッツ工科大学に入るとまで言われているほどです。
もともとインドの数学の発達は早く

特に、インドの数学は古代ギリシャの数学の影響を多大に受け、古代インドで発展した数学は8世紀ころにはイスラム世界に伝わりアラビア数学に影響を与えた歴史があります。
有名な「ゼロ」の概念も当時のインドで発見されています。

「ゼロ」の発見の意味

ゼロの数字「0」は、インドで生まれたといわれています。インドでは夜空に輝く星は、地球から眺めると点や小さな円に見えることから、それを「・」や「○」で表していました。これを無を意味する概念、「シーニャ」と呼びました。

ゼロという数字は、まず、「何もない」ということを示すためにある、といえます。私たちは、モノの数を数えるときに数字という概念を使い始めましたが、何個あるかということの他に、「何もない」ということを表現しなければならなくなったのです。

私たちは普段、十進法の数字を使います。これは、数が十個目になったら、次のケタにあがるというものです。

 1 2 3 4 5 6 7 8 9

 その次は、十個のかたまりが1つという意味で、十の位が「1」になります。つまり、こうです。

 1

 わかりましたか?これが十を表したつもりです。一の位は何もないので、何もかかなかったのですが...この表現方法では、とても分かりにくいので、ゼロが必要になったのです。つまり「ケタ」を表す必要があったのです。当然、正しくはこうなります。

 10

 日本や中国では、漢数字で数を表すことができます。一、十、百、千、万、億...ですから、言葉にするときも、ゼロを意識せず言うことができます。

 「三百五」

 しかし、ときどき聞き間違えることがあるので、丁寧にいうときは、

 「三百とんで五」

 と言うこともあります。この「とんで」がゼロを意味しているのです。
 ゼロの存在に慣れてしまった今では、ありがたみが薄いかもしれませんが、ゼロの発見はとても偉大です。何もないことを最初に表現しようと考え付いたのは一体誰なのでしょうか?まさに暗号を解くような発想です。


インドではもともと、哲学と宗教の境目がなく、哲学者といわれる人が衆人の前で白熱した持論を戦わせる、それが時には数日に及ぶようなことがあったそうである。

見方を変えれば哲学が大衆の中に溶け込んでいると言えるでしょう。これはヒンズー教が一神教ではなく、また先に言いましたようにインドの宗教は日本で言う仏教よりも神道信仰に近いものであり、現世のあり方と結びついていることと無縁ではないと思います。

そう言う観念力が発達した社会がカースト制度を受け入れていることも、西欧の合理的精神から見れば不思議なことです。

メンテ
大和魂 67 ( No.69 )
日時: 2010/10/20 14:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:O0eqDvis

最後にリグ・ベーダの一章を紹介してインドへの旅を終えようと思います。
私の好きなこの詩は、現代インドの人々の底流に今も生きているのではないでしょうか。
不思議の国、インドであります。

「リグ・ベーダ」

そのとき、無もなく、有もなかった、
空界もなく、その上の天もなかった。
世界を庇護したのはだれか、それを包んだのはだれか。
あの底知れぬ深遠はどこにあったのか、あの海はどこに。

そのとき、死もなく、不死もなく、
夜と昼とがさだかでなかった。
かの唯一者は、息なく呼吸し、
そのほかには何ものも存在しなかった。

全世界は暗黒におおわれ、
光なく、夜の中に消える大洋であった。
そのとき、おおいの中に隠れていたもの、
かの(唯一者)が灼熱の力によって生まれた。

これから出て、はじめに現れたのが、
知の種子なる意欲であった。
有の根底を無のなかに見いだしたのは、
心の動きにしたがい、探し求めた聖賢たちであった。

彼らが測素を横にずっと張ったとき、
何がその下にあって、何がその上にあったのか。
種子をもつものが存在し、活動する力が存在した。
自存力が下に、あふれそうな力が上に。

だが、だれがうまく尋ね当てたのか。
創造がどこから生じたかを、だれか認めたものがいたのか。
神々も、この創造よりのちに生まれ出た。
では、創造がどこから生じたかを、だれが宣言するのか。

創造を生み出したもの、
彼はいと高き天の光でそれを総覧し、
彼はそれをつくりなし、あるいはつくりなさず。
彼はそれを知り、あるいはまたそれを知らないか。
メンテ
大和魂 68 ( No.70 )
日時: 2010/10/23 15:41
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:YwJjsl9g

さてイスラムの社会です。
ここはメソポタミア文明発祥の地で、これまでの中国、インドに比べて入り乱れた民族間の抗争の地です。
何を持って古代イスラムとすればよいのでしょう。
とりあえずは、メソポタミア文明というものに近づいてみましょう。

http://www.geocities.jp/timeway/kougi-1.html
上記は金岡新氏が高校生の授業のために書かれた「世界史講義録」です、紹介する以外に実に広範な内容を書かれています。
しばらくは、この文章によって話を進めます。
最初に、論旨には直接関係はありませんが「人類の誕生」と言う内容について書かれていることを紹介します。
以前に「人間の歴史」(イリン著)と言う書物を読みました。其処では原始人たちが、火や道具を用いるようになったきっかけ等が書かれていました。
そういう時代から人間が社会を構成するようになるまでの経緯を述べたものです。
その要約とも言うべき氏の文章を紹介します。

「人類の誕生」

進化論
 歴史が始まるには、人類が誕生しなければなりません。どのように人類が誕生したか。今でこそ進化ということは常識になっているけれど、この考えが発表された当時は大きな抵抗がありました。
 進化論で有名な学者、知っていますか。そう、ダーウィンですね。イギリス海軍の測量船「ビーグル号」に博物学者として乗り込み、南半球の各地を調査した。各地の動植物を観察するなかで進化論を確立します。
有名なのがガラパゴス諸島。小さな島がたくさん集まっていて、ここにしかいないという動物がたくさんいるんですが、ダーウィンが観察してると、あることに気づく。ちょっと隣の島に行くと、同じ種類の鳥でもくちばしの形が少しづつ違う。ガラパゴスゾウガメというカメがいるのですが、これも隣の島に行くと甲羅の形が違っている。こういう体験と自然淘汰という考えを結びつけて、『種の起源』という本を出版したのが1859年でした。進化論をとなえたのはダーウィンがはじめてではないのですが、この本が一大センセーションを巻き起こしたんですね。

 何が問題だったかというと、ダーウィンはイギリス人ですね。イギリス人を含めてヨーロッパ人はみんなキリスト教を信じている。

続く
メンテ
大和魂 69 ( No.71 )
日時: 2010/10/23 15:42
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:YwJjsl9g

聖書には神がアダムとイブをつくったと書いてあって、人類はみんなその子孫だと信じていたわけですよ。私みたいにあまり信心深くない者にはそういう気持ちはわからないですけどね。ダーウィン自身は『種の起源』では人類については直接書いていないのですが、進化論を人間にあてはまれば、ヒトの祖先はサルの仲間ということになり、聖書の記述を否定することになる。

 信仰と科学の対立、ということだね。ヒトは神がつくったんではなくて、サルから進化したという考えは、未だに論争になります。アメリカでは、公立学校で進化論を教えるのに反対する人がいて、進化論を教えるなら、同時に聖書の人類創造説も教えるべきだと裁判が起こされたりします。

続く

今から20年も前になりますが、高校生だった私はラジオの深夜放送を聞いていた。受験勉強しながらね。「ノックノック○○」という番組だった。ディスクジョッキーがアメリカのどこかの砂漠で奇妙な化石が発見されたと言ってたんです。
 その化石というのは恐竜の足跡の化石で、それだけならどうということはないんだが、その恐竜の足跡のすぐ横にヒトの足跡も残っていた、というんだね。それも現生人類の足と同じモノが。
 これ、本当だったらすごいです。今までの進化の定説が覆るからね。これは、ビッグニュースだと思って、私は翌日の新聞を隅から隅まで読んだけど、どこにもそんな記事がない。ちょっと前の発見かもしれないから、その後、いろいろ本など注意深く見ていたのですが、やっぱり無いわけ。

 ずっと、変だなと思いつづけて何年かして、ハッと思いあたった。
 その番組、キリスト教関係団体の提供だったのね。「ノックノック〜」という番組名も「たたけよ、さらば開かれん」のことだったと思うよ。DJも、時々聖書の話なんかしてた。その化石のニュースはいわゆるガセネタだったんだね。
 DJが意識して嘘をついたとは思わないけど、恐竜とヒトが同時代に存在していれば、少なくともヒトに関しての進化論、人類学の現在の学説は否定できるからね。
 テレビやラジオで言っていたからといって、簡単に信じてはいけませんね。

 今でもそんなことがあるくらいだから、100年以上昔のダーウィンがキリスト教の本場で、どれくらい強い非難をうけたかは想像できるでしょう。

 さて、進化論を証明するには、証拠が見つかればよい。化石です。サルとヒトのあいだをつなぐ生物の化石が見つかれば。

続く
メンテ
大和魂 70 ( No.72 )
日時: 2010/10/23 15:44
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:YwJjsl9g

ヒトとは
 ダーウィンの時代から現在まで、多くの人類学者が化石人類の発掘をしています。ところで、発掘して出てきた骨が、ヒトなのか、サルなのか、どうやって見分けるんでしょうね。要するに、人間とは何か、がわかっていなければいくら化石を掘り出しても、いつ頃人類が地球上に登場したかは決められないです。

 ヒトと他の動物を分ける決定的なポイントは何だと思いますか。
 はい、道具を使う、そうね。他には、…言葉、立つ、うん。
道具を使うのはヒトだけでは無い。かつては道具を「つくる」のがヒトだとも言われていましたが、チンパンジーも道具をつくる。
 サル学というのがあって、日本ではサルの研究が世界的にみても進んでいます。たくさんの本がでていますから、興味があったら読んでみてください。これが非常に面白い。

 ある日本の研究者がアフリカでチンパンジーの群をずっと観察していて、面白い行動を発見した。
 ある一頭のチンパンジー、ある朝目覚めると、木の枝を拾いはじめたんだ。拾ってはいじくりまわして、どうも枝を選んでいるようなんだね。何をしているのか、観察を続けていると、一本選んでその葉をちぎり取って、ちょうど釣り竿みたいな形にした。そして、それをひょいと肩に担いでトコトコと歩き出した。

 その研究者は不思議におもってつけていった。数キロ歩いたチンパンジー、蟻塚に到着した。蟻塚というのは蟻の巣で、日本みたいに地下に穴を掘った巣ではなく、1メートルくらいの高さに山みたいに土を盛り上げて、カチンカチンに固めてその中が巣になっているんです。出入り口は、小さいな穴になっている。
 で、チンパンジー君は、担いで持ってきた枝を蟻塚の巣穴に突っ込んだ。そして、それを引っぱり出すと、枝に蟻がたくさんくっついてくる。その蟻をぺろぺろ食べ出したんだね。何回もその動作を繰り返した。やがて蟻喰いに飽きてようやくその枝をほっぽらかして、別の行動に移った。

 これが、のちに非常に有名になる「蟻釣り」という行動です。
 これは、二つの意味ですごいことだ。
 ひとつは、明らかに、このチンパンジーは道具をつくっている。枝を選んでいるように見えたのは、蟻釣りにちょうど良い長さと太さ、そして、しなり具合の良い枝を探していたんだ。
 二つ目にすごいのは、蟻塚を見つけてから、釣り竿を作りはじめたのではないことです。かれは、始めからそこに蟻塚があることは知っていた。朝、目覚めて、かれは「今日は何しようかなあ」と考えた。「天気はいいし、木の実は食い飽きた。久しぶりに、あそこの蟻塚で蟻喰おうか」
 そう考えて、釣り竿を準備して出かけているということです。計画を立てていることは確実です。
 人間との差はほんのわずかです。実際ヒトとチンパンジーの赤ちゃんを一緒に育てると3歳くらいまでは、全く同じように成長するそうです。精神的にもね。サルの仲間でも、チンパンジー、ゴリラ、オラウータンの3種類は類人猿と呼ばれていて、非常にヒトに近い。DNAの98%はヒトと同じだそうです。

 どのくらいの知能をチンパンジーは持っているのか。アメリカでは、手話を覚えたチンパンジーがいる。数百の言葉を覚えた。このチンパンジーに別のサルを見せたら、「オマエ、キタナイ、サル」と言ったそうな。

 夕日を見つめるサルというのもある。これも、日本の研究者の観察ですけれど、あるチンパンジーの群のなかに、決まって夕暮れ時になると群から姿を消す個体がいた。
どこで、何をしているのか。研究者がつけていくと、そのチンパンジーは崖の端まで出かけていって、そこからサバンナの地平線に沈んでゆく太陽をじっと見つめているんだって。
 ぐーっと沈んでいくでっかい太陽を、身じろぎもせず…何を想っているのだろう。感動しませんか。
 夕日を見つめるチンパンジー…。

 野生動物というのは、決して意味のない行動、無駄な行動はしないものらしい。肉食獣もいるわけで、無意味な行動は生命の危険に直結する。群から離れて一匹で崖っぷちまで行く、非常に危険です。しかも、崖っぷちで夕日、これは無意味な行動で、本来ありえない。

 サルの話を続けているとキリがないのでこの辺でやめておきますが、言葉をしゃべるというのも、ヒトだけとは限らない。イルカや鯨の言葉を研究している人いるでしょ。ホントに言葉といえるモノがあるかはわかりませんが、今の段階でヒトだけが言葉を持つとはいいにくい。

続く
メンテ
大和魂 71 ( No.73 )
日時: 2010/10/23 15:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:YwJjsl9g

結局、ヒトと他の動物を分けるポイントはこれ。漢字6文字。直立二足歩行。
 これはヒトだけです。チンパンジーもゴリラも歩くときは、普通は手をつきます。
 直立二足歩行は、二つの結果をヒトにもたらしました。ひとつは、手が自由になったこと。二つは、脳が発達できたこと。ヒトは他の動物と比較して体重に対する脳の比率がとりわけ大きい。
 その大きな脳を、直立することによって支えることができるようになります。たとえば、このボールペンが背骨として(水平に持つ)、この先端にこの黒板消しをくっつけようとしても、まあ、ボンドを使ってもすぐ落ちてしまうでしょう。でもこうして(ボールペンを垂直に持つ)立てれば、ほら、何も使わなくてもこの黒板消しが乗りますね(そっと乗せてみる)。ね。同じ理屈です。脳が大きくなれるのです。

 ただ、直立二足歩行というのは、かなり無理がある姿勢みたいで、ヒト独特の苦労も生みました。
 たとえば、出産の時にヒトほど苦痛をともなう動物はいないそうです。直立しているから妊婦さんのお腹から赤ちゃんが落ちないように、子宮の出口がものすごく固く閉まっているわけ。そこを、無理矢理こじ開けて子どもを生まなければならない。これが出産時の痛みの原因です。
 あと、腰痛もヒトだけの病気らしいです。

 脳が大きくなるには、手が自由になることが影響したようです。手で、何か作業しますね、これが脳を刺激する、するともっと複雑な作業もできるようになる、で、脳がもっと刺激される。こんなふうに相互作用が手と脳のあいだに生まれました。すべてのもとは、直立二足歩行。

 どんな化石が見つかればヒトか、ということでしたが、直立二足歩行の化石だったらヒトなのです。頭蓋骨、大腿骨、骨盤、こんな部分が見つかれば解るようです。

 ところで、カンガルー、あれは直立二足歩行ですか。そしたらヒトですか。じゃあペンギンは?答えは言いませんから、みなさん自分で考えてごらん。

続く
メンテ
大和魂 72 ( No.74 )
日時: 2010/10/23 15:46
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:YwJjsl9g

化石人類の発見
--------------
 さて、ダーウィンの時代以後、ヒトの祖先の化石はいろいろ発見されました。整理しておきましょう。

 ヒトがはじめて地上に登場したのが、いまから400万年前。もっとも原始的なこの段階のヒトを、「猿人」と呼びます。猿人にはいろいろ種類があって「アウストラロピテクス」と呼ばれるものがもっとも有名です。これ以外にも別の名前を与えられている猿人もいます。別種がいて、同時に何種類か存在した時期があったようです。どれがわれわれの直接の祖先かは、定説はありません。

 「アウストラロピテクス」類が、たくさん発掘されて有名な場所が、タンザニアの「オルドヴァイ峡谷」です。東アフリカのモザンビークからエチオピアにかけて、東アフリカ大地溝帯と呼ばれる地球の割れ目があります。オルドヴァイ峡谷もここにあって何百万年も前の地層が露出していて化石発掘には絶好です。
 最初にここに目を付けて、猿人を発掘した人がルイス・リーキー。1959年のことです。その後、この峡谷で画期的な発見が相次ぎます。こんなふうに言うと、いとも簡単に発掘できたみたいですが、リーキーは最初の発見まで、実に28年間ここで調査を続けていたんですよ。先駆者というのはすごいね。
 ルイス・リーキーは1972年に亡くなっていますが、息子のリチャード・リーキーという人が、現在も発掘を続けて成果をあげています。どう、みなさんもアフリカへ行って30年くらい我慢して穴を掘り続けたら、ひょっとして画期的な発見で教科書に載るかもしれないよ。

 猿人が発掘されるのはアフリカだけなので、人類の故郷はアフリカといわれます。猿人の時代が200万年前まで続き、その後登場するのが「原人」です。40万年くらい前までが原人の時代です。

 原人は二つ覚えてください。「ジャワ原人」と「北京原人」です。

 ジャワ原人の発見者は、デュボアというオランダ人です。1891年のことです。かれはもっとも早い時期に化石人類を発見した人で、先駆者の悲哀を味わいます。
 デュボアは、ダーウィンの本に刺激され、ヒトとサルを結ぶ化石の発見を志します。医者として将来は大学教授の地位も約束されていたんですが、その地位をなげうって、オランダ軍の軍医に志願します。23歳の時でした。
 軍医になったのはインドネシアで化石を発掘するためでした。インドネシアは当時オランダの植民地で、軍人になればインドネシアに行けたんだね。ただ、インドネシアに化石があるなんて保証は何もない。ただ、ヒトの祖先は熱い地域に住んでいたに違いないと思っただけです。オランダ人が行ける熱い所がインドネシアだった、ただそれだけの理由です。
 実にいいかげんといえば、いいかげんだね。

続く
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前  「名前#任意の文字列」でトリップ生成
E-Mail 入力すると メールを送信する からメールを受け取れます(アドレス非表示)
URL
パスワード ご自分の投稿文の編集、削除の際必要です。面倒でしょうが入力をお勧めします。
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
コメント

   クッキー保存