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[814] 大和魂(日本の心のルーツを探る)
日時: 2018/05/23 11:57
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XPKXw99A

「大和魂」と言う言葉を使うと嫌悪感に満ちてこれを否定する人たちが多い。
まるで街宣右翼と同類に扱われる。

しかしながら先の大戦において、国を守る為に散って行った200万近い兵士の事は、どのように思われるのか。

全てが全てでないとしても「大和魂」を信じて突進し倒れた兵士の事は考えられないのか。
その「大和魂」が軍部によって利用されていたとしても当事者の兵士の責任ではない。

ここで「大和魂」をミソクソに言う事は彼らの死を馬鹿にする事になる。
調子者が騙されて死んだと言えますか。

彼等の為にも「大和魂」は正当に評価することが大事と思います。
彼等は、まさしく彼等なりの「大和魂」を持って、国を守る為に死んで行ったのです。


(プロローグ)

人類が霊長類と分類されて他の動物よりも繁栄してきたのは、その頭脳的能力が発達、進化してきたからであります。
始原における人類は、その頭脳的能力で道具を使うことを覚え、そのうちに火を自在に使えるようになりました。

これは生きる(食べる)事において画期的な進化でありました。
一方で人々は集団で生活して行くことの重要性に目覚め次第に大きな集落を形成し分業をするようになってきた。
集団で生活し始めると、自分達の生活を脅かす自然の力に対する畏怖の心も結集することになり自然崇拝、呪術などが起きることになりました。
このころになると、集団には統治の機能が求められ次第に原始国家に近い概念が生まれてきました。

人間の頭脳的能力が生きるための対自然から、統治という人間自身の問題まで対象にし始めたと言うことです。
集団の英知(頭脳的能力の総体)を集めることに成功した人類は、農業、漁業、工業の分野を確立し安定した社会を構成することが出来ました。
このころになると、宗教と言うものが次第に鮮明な形を帯びてきて、人々の精神的ケアをするとともに、宗教を通じて集団の結束を図るようになってきました。
同時に統治者は独裁の傾向が強くなり王国を形成するようになります。
自然を相手に生産活動に殉じてきた人間でしたが、集団の力が強化されるとともに、他の集団を略奪することにより、成果がもたらされることに気がつき以来、血で血を洗う抗争が続いてきました。

さて、3000年も4000年も遡りますが、一応は自然を相手の格闘に一段落した人間は、その精神的な余裕の分だけ、その頭脳的能力を内面に向けるようになりました。
それが宗教であり、哲学の世界です。

文字として残る最古の哲学は、2000年くらい前のギリシャ哲学でありますが、その内容は主に統治の問題に絡んで話されています。
最初の哲学が、ようやく手に入れた人間社会の安定のために、人間は如何にあるべきかが最大テーマであったという事でしょう。
中国における儒教というものもこの範疇に入ると思います。

時を同じくして、キリスト教、イスラム教、仏教が興っています。現在まで続いているこれの宗教は、哲学とは別の方向から人間の内面性を説こうとしたものであり、それまでの宗教が民族単位に近かったものから人類共通の普遍性を主張しているのが特徴です。
西欧の歴史は、一時、キリスト教の精神で色濃く塗られていましたが、キリスト教的教義への反動として、500年くらい前にルネッサンス(文芸復興)と言う考え方が広まりました。
直接はキリスト教支配の前の人間精神への回帰ですが、実際は新たな人間性の認識へ移りました。
其処では、人間自身を自然とも切り離し、神とも切り離して如何に生きられるかについての思索がなされました。

それは300年後に資本主義、民主主義という鮮明な形で認識されるに至っています。
その途中、西欧哲学はスピノザに始まりホッブス、デカルト、カントへ至る人間自身の認識論(観念論)からヘーゲルの純粋論理的認識論(弁証法)へ進むなど、自然の理を超越しようとした試みが中心でありました。
それを人類の進化、発展と見れば、そのまま肯定もできるでしょう。
確かに、論理的に西欧哲学的思考で割り切ることにより、現代社会の繁栄があるのです。
さて、現代社会において我々が直面している困難は、深いところで人間性の問題につながっています。

資本主義、民主主義のシステムは、物資と情報、享楽と言う意味で人類に飛躍的な果実をもたらしました。
自然とともに生きなければならないと言う束縛から人類を解放したと言えます。
そうして、現代社会が直面している困難と言うのは、その昔、人類が経験していた自然の恐怖とは質が異なる困難であります。
ここに現代の困難は文明史的な次元の課題であると思います。
ここ4000年の間に営まれてきた宗教、哲学の概念の延長上で、どのように捉えられるか、更なる進化と言う観点から捉えるのか、人間性というものを自然との関わりで見直すことが正解であるのかが問われています。
これに対して、直線的に斯くあるべしと言うよりも、この観点から日本の歴史を振り返ってみたいと思います。

具体的には、弟3期西欧文明(資本主義・民主主義)が今日ある状況以外に人類は選択の余地がなかったのか、その過程において切り捨ててしまったものの中に人類が必要としていたものはなかったのかについて検証することから始めようと思います。
タイトルの「大和魂」とは、西欧文明以前の日本の精神文化を総称したものであります。
途方もなく長ったらしい話になりますが、ボチボチと御付き合い願いますよう御願いします。
説明のために掲げています長文は適当に読み飛ばしていただければ幸甚に思います。


(追申です 2017年6月24日)

このスレッドも、旧掲示板で書き始めてから言いますと10年近くたっています。
「大和魂」という標題のため、読んでくださる方は、常に「大和魂」の概念を探ろうとされているようです。
しかしながら、このタイトルは、このスレッド全体を通して感受されるべきものとして書いていますので、「大和魂」とは何かという設問には答えが見いだせなく戸惑いながら、結局は何が言いたいのか解らずしまいの様でしょう。
タイトルのつけ方が適正ではなかったかもしれません。
そこで、この時点(No188のレス)で私自身、ようやくたどり着いた「大和魂」の概念について次の様に説明して置きたいと思います。

<大和魂とは>

西欧民主主義が入ってくる前
江戸時代の朱子学に毒されるまえ
特に武士道などは、もってのほか。

それを取ったとき、
日本人はどのような生き方をしていたか。
それを探りたいのであり、言葉では、簡単には現せなく体感してほしいと思っております。

また「魂」という言葉を使っていますのは、物事に挑戦する意欲を表現しています。
これも具体的には言えませんが、山田長政の話やら、あまり良いことはしてないようですが倭寇など海外へ積極的に進出する、その気概。
日本人にも、そんな積極性があったことを頼もしく感じています。
そして、それは日本独自の文化、芸術を生み育てる力にもなっています。

その様なものを一括して「大和魂」と言っています。
そうして、そういうものを、この文章から感じ取っていただけることが出来たら幸いと思って書いています。
ですが、将来の日本人に「大和魂」だけを押し付けるつもりで言っているのではありません。
日本人には「大和魂」があることを忘れず、社会を生きてほしいと願うのです。

※ 体感してほしいと言っていますように、この文章の各所に伝説、神話、他の国の事情などを説明している箇所が随分とあります。退屈かもしれませんが、それを読まれることによって、それが書かれた時代、場所の様子を感じ取っていただきたいのです。
特に前半の部分は、日本民族と他国の民族性の違いを感じ取るために、長ったらしく資料を集めました。

(目  次)
No 0      プロローグ・目次
(前 章)
NO 1〜7    「大和」とは
(民話・伝説)
No 8〜16    日本の神話・伝説
NO 17〜20  中国の神話・伝説
NO 21〜37    世界のドラゴン伝説
No 38〜42    中国の民話
NO 43〜47    世界の七夕伝説
NO 48〜50    中国の民話・伝説
NO 51〜67    インドの民話・伝説
No 67〜93    イスラムの民話・伝説
No 94〜124   アングロサクソンの民話・伝説
(日本の歴史検証)
No 125〜137   「和」の検証 
No 138〜151   神代の時代から古墳時代
N0        飛鳥・奈良時代(一時、サーバのトラブルがあり、この部分が消えています)
No        平安時代(一時、サーバのトラブルがあり、この部分が消えています)
※ 後日復旧する予定。
No 152〜169   鎌倉時代
NO 170〜     室町時代
NO        江戸時代(未稿)
No        明治時代(未稿)
No        現代(未稿)
NO        「大和魂」とは(未稿)
No        エピローグ(未稿)

※ 世界の民話・伝説に紙面を割いているのは、日本人と他民族の気質の違いを探るためです。
メンテ

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大和魂 55 ( No.57 )
日時: 2010/10/18 18:49
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ijv0VBCI

しばらくは、インドの神話の世界です。

〜古代インド大叙事詩『ラーマーヤナ』より〜
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mizuta/mizutasekaisi/4rama.htm

ヒンドゥー教の聖典は?
 キリスト教は『聖書』、イスラム教は『コーラン』、ではヒンドゥー教の聖典は? 実はヒンドゥー教には聖典はありません。しかし、ヒンドゥー教徒には、聖典ともいえる心のよりどころになっている書物があります。それは、紀元前数世紀から語り継がれている『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』という二つの大叙事詩なのです。

 『ラーマーヤナ』は、インドや東南アジアのヒンドゥー教徒の世界では、祭りなどの時に芝居・舞踊劇・紙芝居などで上演され続けています。また『ラーマーヤナ』は、二千数百年間、親から子さらに孫へと語り継がれてきました。字が読める読めないということと関係なく、すべてのヒンドゥー教徒の心の中で、今も『ラーマーヤナ』は生きているのです。

作者ヴァールミーキはインドのホメロス
 『ラーマーヤナ』は24000シュローカの大叙事詩です。シュローカというのは、二行を一つの対にした詩の単位でのことです。『ラーマーヤナ』は48000行の長大な詩なのです。

 この叙事詩はヴァールミーキという詩人の作とされています。ヴァールミーキはガンジス川流域のコーサラ国(紀元前6世紀頃)の人であったといわれています。インドのホメロス(古代ギリシアの大詩人)ともいえる人です。

『ラーマーヤナ』の舞台
 現在、北インドで多数を占めるアーリア人がインドに侵入したのは紀元前1500年頃です。その頃、古代インダス文明は衰退期に入っていました。アーリア人は、インダス文明の残滓から諸要素を吸収しつつ、のちのヒンドゥー教につながる宗教観・宇宙観を生みだしていきました。

 アーリア人がインド北部を東進して肥沃なガンジス川流域に入ったのは、紀元前1000年頃です。やがて、ガンジス川流域に16の王国が生まれます。その中にコーサラ国(紀元前6世紀頃)という王国がありました。これから紹介する大叙事詩『ラーマーヤナ』はこのコーサラ国の王子ラーマとその妃シーターを中心に展開される愛と冒険の物語です。北はコーサラ国から南はマイソールさらにスリランカまで、インド全体がその舞台となります。

主人公ラーマ
 ラーマはコーサラ国の都アヨーディヤーで、ダシャラタ王とその一番目の妃との間に生まれました。ダシャラタ王には三人の妃があり、二人目の妃との間に生まれたバラタ王子、さらに三人目の妃との間に双子の王子がおりました。長男ラーマはこの異母兄弟三人とともに育ちました。

 実は、この四人兄弟はヴィシュヌ神の生まれ変わりでした。ヴィシュヌ神は万物に化身して世界を救う神です。ラーマたちは、この世の災厄のもとになっている魔王ラーヴァナを退治するために、人間の姿をしてこの世にあらわれたヴィシュヌ神の化身だったのです。

ラーマ王子の妃シーター
 同じ時代、ガンジス川流域にミティラーという国がありました。ある時、その国の王が鋤(すき)で土を掘り起こしていると、土の中から幼女が現れました。王はこの幼女にシーターと名づけ、王女として育てたのです。シーターとは田の畝(うね)という意味です。

 王は神の大きな強い弓を引くことのできる者にシーターを嫁がせることにしました。美しいシーターを求めて多くの男たちがやってきましたが、だれもこの弓を引けるものは現れませんでした。そこへ、ラーマがやってきました。ラーマはその弓をやすやすと持ち上げ、弦をつけようと曲げはじめたとき、たちまち百雷のごときとどろきとともに弓は真二つに折れたのです。こうして、土から生まれたシーターはヴィシュヌ神の化身ラーマと結婚することになりました。その後12年の間、二人は幸せな日々を都で過ごしました。

続く
メンテ
大和魂 56 ( No.58 )
日時: 2010/10/18 18:55
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ijv0VBCI

少しだけストーリーを追ってみて、その世界の様子を見たいと思います。

ラーマ、森へ追放される

 コーサラ国のダシャラタ王が引退して、ラーマが王位を継ごうとした時のことです。異母弟バラタの母が悪い侍女にそそのかされて陰謀をはたらきます。その陰謀のために、気の進まない弟バラタが王位につき、ラーマは14年間、森に追放されることになってしまいました。

 ラーマは一人で森に行こうとします。しかし、シーターは「森にお連れくださいませ。さもなくば毒を仰ぐか火に入るかでございます」と嘆願します。妃シーターのことばを聞いたラーマは、シーターを連れていく決心をしました。さらにラーマを慕っていた弟ラクシュマナ(双子の一人)も一緒に行くことを願います。ラーマはシーター、ラクシュマナとともに森の中へと入っていきます。森の生活は厳しいながらも、三人は力を合わせて生きていきます。

魔王ラーヴァナ

 ラーマは、魔王ラーヴァナを退治するためにこの世に現れたヴィシュヌ神の化身でした。魔王ラーヴァナは、ランカー島(今のスリランカ)にいました。魔王にはシュールパナカーという妹がいます。ある時、その妹がラーマたちのいる森に遊びに来ました。魔王の妹はラーマに恋をします。そして、ラーマを誘惑しようとするのですが、ふられてしまいます。魔王の妹は、開き直ってラーマの妃シーターに襲いかかるのですが、逆にラーマ兄弟に耳と鼻を切り落とされてしまうのです。この話を聞いた魔王ラーヴァナは、シーターを奪い取ることを決心します。魔王ラーヴァナは、魔法師を強引に説き伏せてシーター誘拐計画を実行するのです。

金色の鹿

 魔王に説き伏せられた魔法師は、金色の鹿に化けてシーターの前にあらわれます。シーターはこの金色の鹿に魅了されてしまいます。そして、ラーマにその鹿を捕らえて欲しいと強くねだるのです。ラーマはシーターのために逃げ去る金色の鹿を追いかけていきます。遠くまで追いかけた末、ついにラーマは金色の鹿を射止めました。すると、鹿は魔法師の本性を現しました。そして、ラーマの声を真似て「ああシーター!ああラクシュマナー!」と叫びながら死んでいきました。

 遠くから聞こえるその声を聞いたシーターは、弟ラクシュマナにラーマを助けに行って欲しいと懇願します。弟ラクシュマナは、シーターを守っておくようにというラーマの命令との間で激しく葛藤します。しかし、「ラーマをうしなうならば、私は火にも入り…、いかにしても命を絶つ。他の男に身をまかせることなどあろうか」というシーターことばにおされて、弟ラクシュマナはシーターをおいてラーマの方へ向かうのでした。
 魔王ラーヴァナは、計画通り、一人になったシーターを捕らえてランカー島に連れ去ってしまうのです。

猿の王スグリーヴァ

 ラーマ兄弟は、必死になってシーターを探します。その捜索中に、キシュキンダー(南インドのマイソール)の森で、シーター誘拐を目撃していた猿の王スグリーヴァとその重臣たちにであいます。猿たちは、シーターが残していった装身具と肩掛けを保管していました。
 この猿の王スグリーヴァは、猿の国の王位を兄に奪われていました。兄が戦いで死んだと誤解して王位についていたスグリーヴァのもとに、生きていた兄が遠征から帰ってきたのです。兄は弟から王位を取り返すだけでなく、弟の妻ターラーまで奪い取ったのでした。
 その話を聞いたラーマは、妃シーターを失っている自らの身の上から、強く猿の王スグリーヴァに同情します。そして、王位奪還の戦いを助ける約束をします。一方、スグリーヴァは、兄を倒して王位に復したのち、猿王国の軍団でシーターを探し出す約束をするのです。

猿の王位争い

 スグリーヴァは兄に戦いを挑みました。激しい一騎打ちの末、スグリーヴァが倒されかけた時、ラーマは影から弓を放って兄を倒します。スグリーヴァはラーマの助けにより勝ちました。敗れて死に瀕した兄は、ラーマの攻撃を「ルール違反の罪深い攻撃」であったと非難します。ラーマは、弟の妻ターラーを掠奪した兄の罪に対する処罰を与えたのだと言ってこれに答えました。

 兄は亡くなります。兄の妃になっていたターラーは、同じ弓で自分も殺して欲しいとラーマに懇願します。しかし、ラーマはターラーを殺しませんでした。そして、倒された兄は、一人で火葬されたのです。

続く
 
メンテ
大和魂 57 ( No.59 )
日時: 2010/10/18 18:57
名前: 天橋立の愚痴人間

快楽に耽る猿たち

 兄を倒したスグリーヴァは猿の王に復帰します。戴冠式が行われました。その後、宴会が延々と続き、王スグリーヴァ、再び妃となったターラーをはじめ、猿たちは快楽に耽る日々を過ごしてしまうのです。王スグリーヴァは、シーター捜索の約束をなかなか実行しません。

 その猿たちの都へ、ラーマの弟ラクシュマナがやってきます。ラクシュマナは快楽に耽る猿たちの様子を見て怒りに燃え上がるのです。怒るラクシュマナに対し、猿王の妃ターラーは答えます。「私はラーマがなにゆえに立腹しておられるのかということも、遅延の原因も知っております。私はまた、現在いかなることがなされるべきかも知っております。私は、肉の欲望の力にさえ無知ではありません。

…王は、色情におぼれながらつねに私のかたわらで過ごし、恥を知る心も忘れてしまいました。…しかし、王はすでに兵を召集するよう命をくだしております。…」さらに続くおだやかなターラーの思慮深いことばによって、ラーマの弟ラクシュマナは心をなごませるのでした。ターラーは、友情を大切にしなければならないことを忘れていませんでした。ターラーは、酒と快楽の中にありながらも自己を見失っていなかったのです。兄王の葬儀の時に、殉死するというターラーをラーマが殺さなかったからこそ、このようなターラーがあったのだと思います。

 そして、剛勇な猿たちが集結するのでした。

猿王の重臣ハヌマーンの大活躍

 猿王の重臣ハヌマーンはシーター捜索のため、集結した猿の軍勢をひきつれてランカー島に向かいました。そしてついにシーターを見つけだしました。シーターは魔王ラーヴァナのいうことをすべて拒否して、監禁されていたのです。

 ハヌマーンたちは満身創痍になって戦います。が、ハヌマーンは捕らえられてしまい、しっぽに油を注がれて火をつけられてしまいます。しかし、シーターの祈りが火の神アグニに通じます。ハヌマーンは火の熱さを感じませんでした。逆にその火でランカー島に火を放ち、島は火の海となるのです。ハヌマーンはシーターの所在を知らせにラーマの元へと帰るのです。
 知らせを聞いたラーマはランカー島へ行き、魔王ラーヴァナを壮絶な戦いの末に倒しました。

ラーマの疑いと怒り

 そして、ラーマはついにシーターと再会します。しかし、彼は
「余が戦争を完遂したのは、おんみのためではなかった。…いま余は、夷狄の家に長く滞留したことについて、おんみの徳性を疑うものである。余の前に立つおんみを、余は見るに耐えないのである。…いずこへと好むところへおもむくがよいであろう。」
とシーターの純潔を疑うとともに、シーターに怒りをぶつけるのです。
炎の中のシーター

 ラーマに疑われたシーターは、

「誓って申しますが、私は潔白であります。…ラーヴァナは私の意識がないとき、私の肢体に触れたかもしれませんが、それは私の罪でしょうか。…葬送の火を私のためにおつくり下さい。…この非難を受けては、生きる心はありません。…私は身を焔に投じます。」
と言います。ラーマの弟ラクシュマナは葬送の火を準備しました。シーターはラーマのまわりを一度あるき、火に近づき、火神アグニに呼びかけました。

「もし私のラーマへの愛がまったく純潔でありますならば、私をこの火焔より守らせたまえ」
 シーターは火を一巡し、その火に身を投じました。すると、その炎の中から火神アグニがシーターを膝に置いてあらわれました。シーターは真紅の衣裳をまとい黒髪をなびかせ、燦然とあらわれたのです。火はシーターを焼きませんでした。

 こうして、ラーマはシーターを再び迎えることになるのです。ラーマはシーターとともにコーサラ国の都アヨーディヤーに凱旋します。弟バラタは、父王ダシャラタの死後、ラーマのサンダルを玉座に置いて帰りを待っていました。ラーマは弟バラタの差し出すサンダルをはいて玉座にのぼりました。
 こうして壮大な『ラーマーヤナ』の物語は終わるのです。

メンテ
大和魂 58 ( No.60 )
日時: 2010/10/18 19:10
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ijv0VBCI

如何でしょう。日本の神話に登場する神々たちも、親族間の争いを経て、建国の神が現れています。

中国には、このような神話はありません。これから訪れるイスラムの世界の成り立ちも、そんなに人間的なものではありません。
ただインドと日本の違いは、倒した政敵の扱いです。
日本では、怨霊伝説となって倒された神々にも思いを馳せております。


話は少し飛びますが、インドには“サティ(寡婦殉死)”と言う風習があります。

 ヒンドゥー教の世界では、夫に先立たれた妻が、夫の火葬の火で殉死する風習がありました。これをサティといいます。この風習の背景には、『ラーマーヤナ』の物語があると考えられます。しかし、サティを行う人間の女性はシーターのように炎の中からは現れません。インドでは、多くの女性がサティの犠牲になってきたのです。サティは1829年に禁止されました。しかし、その後もサティは散発的に行われてきています。

ループ・カンワルさんのサティ

 1987年1月17日、インド北西部のラジャスタン州デオララ村で、18才の娘ループ・カンワルさんは24才の医者をめざしていたマン・シンさんと結婚しました。しかし、夫マン・シンさんはその年の秋に亡くなってしまいました。葬儀はその日に行われました。若妻カンワルさんは赤い結婚式の衣裳に身を包みました。

村人が見守る中、遺体を焼くために積み上げられた薪の上に座ったのです。喪主である夫の弟が火をつけました。1987年9月4日、カンワルさんはそのまま焼死しました。カンワルさんは炎の中で笑みを浮かべていたと村人はいいます。

 カンワルさんは神になりました。その後、神になったカンワルさんを崇(あが)める盛大な儀式が行われました。人口1万人に満たない村に30万人以上の人々が集まったといいます。

カンワルさんは微笑んだか?
 この話を知ったとき、私はカンワルさんの炎の中での微笑みが信じられませんでした。彼女の微笑みは村人たちの幻想だったのではないでしょうか。私は、カンワルさんがシーターのように熱さを感じなかったとは考えられないのです。カンワルさんは生身の人間です。サティは、「死」への恐怖とともに、身体的に大きな痛みを伴う残虐な儀式なのです。

 カンワルさんは死後、神になったかも知れません。しかし、炎に包まれていた時は、神ではなく生身の人間だったはずです。

神々の過ち

 『ラーマーヤナ』のシーターのお話はとても純粋で美しい物語です。ただし、シーターは土から生まれた神さまであったことを忘れてはなりません。その純粋さ・美しさは神ゆえのものなのです。生身の人間に神さまの純粋さを求めてはいけないと思います。

 『ラーマーヤナ』をよく読んでみると、神々でさえいろいろな過ちを犯しています。シーターは金色の鹿に目を奪われてしまってラーマにしつこくねだりました。ラーマは猿の王位争いで、弓を影から放っています。ラーマがシーターを疑ったのも大きな過ちでした。人間の姿をしているというだけで、神々もいろいろな過ちを犯してしまうのです。

猿たちの過ち
 『ラーマーヤナ』では、猿たちもいろいろな過ちを犯しています。王位争いは誤解から始まっています。弟スグリーヴァの戴冠後、猿たちは快楽に耽る日々を過ごしました。そして、ラーマとの約束をなかなか果たしませんでした。ターラーは、兄王の死後に自分も殺して欲しいと言ったすぐ後から、弟王と快楽に耽る生活を送っていました。

しかし、ターラーは自らの過酷な運命に負けませんでした。怒るラーマの弟を冷静になぐさめ、猿たちに約束を果たさせたのです。その時のターラーの様子は次のようでした。

「艶冶(えんや)なターラーは、酔顔のまま、よろめく足どりに帯をならしながら、豊満な胸の重みから体をいささか前に傾けて、ラクシュマナ(ラーマの弟)に進みよった。…ターラーは酔いのゆえに羞恥を忘れ、…媚(こび)をたたえながら大胆に話しかけた。」

過酷な運命に翻弄され、酒と快楽の中にありました。しかし、ターラーは自己を見失うことなく、冷静に思慮深いことばを語りだしたのです。ターラーは友情の大切さを忘れませんでした。

シーターからターラーへ

 「猿の世界」と「ラーマたち神々の化身」の世界とは大きな違いがあります。それは、ラーマたちが、猿の世界にはない「完璧な純粋性」を求めていたということです。そこに『ラーマーヤナ』の美しさがあります。その神々しい美しさは炎の中のシーターに結晶します。シーターのような神々しい美しさを求める心は大切かも知れません。

ただ、神の求める「完璧な純粋性」を生身の人間に求めてはいけないのではないでしょうか。『ラーマーヤナ』は、神々でさえ人間の姿をしている時は、過ちを犯すものだと教えているではありませんか。


ラーマヤーナの項、終わり
メンテ
大和魂 59 ( No.61 )
日時: 2010/10/20 14:21
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:O0eqDvis

インドの伝説を一つ紹介します。
http://chaichai.campur.com/indozatugaku/ganesha.html

「ゾウの神様ガネーシャ伝説」

インドでもっとも人気のある神様ガネーシャ。その強烈なキャラクターは数ある神々のなかでも異彩を放っており、一度見た人は決して忘れることは出来ないだろう。



ガネーシャの特徴はその顔にある。写真を見ていただけば分かるように、見事なゾウ顔なのだ。ユーモラスな顔という人もあるが、目付きは結構怪しい。

それは例えるなら、マリファナのやりすぎみたいな恍惚の表情のようでもあるし、またじっさいのゾウにも似ていなくもない。見れば見るほど不思議な気分になる神様でもある。

ところで、ガネーシャの足元にはいつもネズミの姿がある。じつはこのネズミ、ガネーシャの乗り物である。じっさいに乗っている絵はまだ見たことがない。

また、ガネーシャの牙の片方は必ず折れていなければならない。伝説によると。…とある月夜の晩にふらふらとガネーシャが出歩いているとき、目の前を横切った蛇にネズミが驚き、主人のガネーシャを振り落としてしまった。牙はその衝撃でポキリと折れてしまった。ガネーシャは怒って、蛇を捕まえ、腰に巻きつけてしまったのだとか…。また、その場面を見ていた月が大笑いしたため、ガネーシャはまたもや癇癪をおこして折れた牙を投げつけてしまった。それで結局、折れた牙は今も行方不明のままだ。まったく神様らしくない話だが、ガネーシャ誕生譚はさらに奇想天外なものだ。


元祖ガネーシャ?

ことの始まりはシヴァ神(破壊の神)の妻パールヴァティーが自分の垢で人形を作ったことにあった。多分、これも気まぐれに違いないが、すっかり気に入った彼女はその人形に魂を吹き込み息子にしてしまった。そしてまず、この息子に自分が入浴中の門番の役割をいいつけた。

そんなこととは知らずにこの家に戻ってきたのが夫のシヴァだった。でも、シヴァとこの息子は初対面、お互い「入れろ入れない」の押し問答になってしまった。すっかり激昂したシヴァはこの息子を殺そうとしたがなかなか歯が立たない(史上最強の神様のはずなのに…?)。そこでビシュヌの助けも借り、ようやくこの息子の首を切り落とすことに成功した。

しかし、問題はパールヴァティーである。まさか自分の夫が息子を殺してしまうなどと想像もしていなかったから、この事態に激しく動揺し、嘆き悲しんだ。シヴァはもともと同情心の強い神様だから何とかしなければ、という訳で、とにかく家来の悪鬼たちに「すぐに何でもいいから首を用意してこい」と命令した。そこで悪鬼たちが慌てて出発し、ようやく見つけたのがゾウだった。ゾウは哀れにも首を切り落とされ、その首を死んだ息子の胴体につけて生き返らせた。こうして生まれたのがガネーシャである。

ガネーシャの一般的な説明を読むと、「富をもたらす現世利益のおだやかな神様」といった説明がよくあるが、そんなつまらない神様はインドには存在しない(存在できない)。ガネーシャもまた、かなり癖のある神様である。ずるがしこいし癇癪持ちだし何より嫉妬深い。信者たちは、その嫉妬を恐れて、寺院に行くとまずガネーシャの祠へ行ってお祈りをする。まあ、かなり我がままな神様だと思って間違いない。

ところで、毎年夏、8月から9月の10日間、ガネーシャの誕生を祝う祭りが西インドを中心に行われる。粘土で作られたガネーシャの巨大な像が街を練り歩き、最後は川や海に流される。とくに有名なのはムンバイとプネ、いつかは行きたい祭りの一つだ。

−−−−−−−−−−−−−
ガネーシャは日本にもやってきている。おそらく平安時代、空海あたりによって連れてこられ、長いあいだ門外不出であったのが、中世あたりに一般に出回った。いわゆる「聖天さん」がそうだ。正式名称は「大聖歓喜天」である。ゾウ頭の男女が抱き合うような怪しい格好をとる姿で知られている。あまりに怪しかったためか、お稲荷さんや弁天さんのようにはメジャーにはならなかったが、その分、謎めいている。


如何でしょうか。
日本の穏やかな話と違い、逞しい創造性が見られるでしょう。
これがインドの特徴で、全体の流れよりも個人の恣意が尊重されます。
メンテ
大和魂 60 ( No.62 )
日時: 2010/10/20 14:24
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:O0eqDvis

「月の模様になったうさぎの伝説」

昔から日本では月にはうさぎが住んでいて、お餅をついていると伝えられて
いますが、そのルーツをたどるとインドの伝説が元になっているようです。
インドではこのような伝説が伝わっています。
 昔ウサギとキツネとサルの三匹がとても仲良く暮らしていました。ある時三匹は、
自分たちが何故獣の姿をしているのかを、真剣に話し合いました。

   「きっと前世の行いが、悪かったからだろう」
   「それならばこれからは、人の役に立つような行いを、しようじゃないか」

まもなくそのチャンスが訪れました。三匹の前に、ひとりのみすぼらしい老人が
現れたのです。彼らはさっそく老人の世話をすることにしました。サルは木に登り
木の実を集めてきました。キツネは野山を走り回って、果物を集めてきました。
しかし、ウサギには何もすることがありませんでした。そこで彼は自分自身を
食べてもらおうと、燃えさかる炎の中に身を投じてしまいました。これを見た老人は
びっくりしてしまいました。実は老人は神様の仮の姿だったのです。

   「お前たちの優しい気持ちは良くわかった。来世ではきっと人間にしよう。
   それにしてもウサギには可愛そうなことをした。月の中にウサギの姿を
   永遠に残してやろう。」
月の黒い模様は、ウサギが喜んではねている姿なのである。



「狩猟の神アルテミスの伝説」

月の女神アルテミスは、芸術の神アポロンの双子の姉です。アルテミスは
処女の女神としても知られていて、他に狩猟と弓の技をつかさどりました。
いつも弓矢を持ちニンフに囲まれて、野山を駆けめぐりました。野生の動
物や子供、弱者達の守護神でもあったのです。

しかし少女のような純粋さゆえか、異常なまでに潔癖で、しばし冷酷な一面
もみせました。彼女が池や川で水浴をしているところを覗いた男達は、ひど
い報復を受け、その罰として女に変身させられた者もいるほどです。

 その中でも悲惨な処罰を受けたのが、優れた狩人であったアクタイオン
でした。彼は狩りの途中で、偶然にアルテミスの水浴中の裸身を見てしまい
ました。アルテミスはこの偶然を許そうとはしませんでした。アクタイオンは
ポロンの孫であり、人間の世界で言えば、アルテミスは大伯母に当たります。
それにも関わらず、アクタイオンを鹿に変えてしまいました。彼の50匹の猟犬
は、その鹿が主人であることも知らないままに飛びかかり、主人を貪り食って
しまったのです。
メンテ
大和魂 61 ( No.63 )
日時: 2010/10/20 14:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:O0eqDvis

次は民話です。

「人の運命」

 ある国に貧乏な爺さんと、婆さんと、その息子がいた。三人はたいへん信心深くて、毎日神に祈りを捧げながら日を送っていた。けれどいっこうにその御利益もなくて、二晩に一晩は飯をぬいて寝る、というふうだった。それでも三人は神の祭礼だけは欠かした事がなかった。
 ある日、天で幸福の女神のラクシュミーが夫のナーラーヤナ神に言った。
「ねえ、あなた。あの三人は毎日わたしたちをこれほど熱心に拝んでいるのに、あんなに不幸だなんて」

「そんな事を言っても、彼らの運命は現世ではこういう事になっているのじゃ」
ナーラーヤナがこう答えるとラクシュミーは、
「いいえ、あなた。それは嘘ですよ。わたしは幸福の神ラクシュミーですよ。あなたは偉大なナーラーヤナ神じゃありませんか。ああしていつもわたしたちの事を拝んでいるのですから、ひとつ行って望みを叶えてやろうじゃありませんか」と言った。

 そこで二人の神は連れ立って下界へ下りていった。そして三人の住む家の庭に立ち、家の者を呼ぶと中から爺さんが出て来た。
「われわれは天から来たナーラーヤナとラクシュミーじゃ」
ナーラーヤナ神がこう言うと、爺さんはびっくりして、
「こんな貧乏人の家になんでまた来られましたか」と言って、いそいそと家の中から破れたカンタ(刺し子布)を出して来た。二神はそこに坐って言った。
「お前達はたいへん信仰があつい。そこで今日はお前達の望みを叶えに来たのじゃ。何なりと望みを申すがよい」

「それは本当ですか」
「本当じゃ。明日から毎朝ひとりずつ池に行って身を清め、そのあとで自分の望みを言うがよい。財宝でも何でもやろう。もし大国の王になりたいというなら王にもしてやるぞ」
こう言って、二人の神は天に帰っていった。

 これを聞いた爺さんと婆さんと息子は喜んだ。そしてそれぞれ自分の願いごとを考え、誰がはじめに望みを叶えてもらうかその順番を決めた。
まず婆さんが初めに望みを叶えてもらう事になった。婆さんは翌朝早く池へ行き、体や手足を洗って身を清めると、どんな望みを言おうかと考えた。
「わしはこんなに黒くて醜い。村の連中もわしを見てはバカにしおる。爺さんは財宝が欲しいと言っていたから、うん、そうじゃ。それならわしは...」と言って神にこう願った。
「神様、わしを美人にして下さいな。インドで一番美しい女に、いやそれより世界で一番美しい女にして下さいな」

 するとたちまち婆さんはこの世にまたとないほどの美女になった。
 そして池から上がり、さて家へ帰ろうかと思っているところへ、ある国の商人が通りかかった。そして美女になった婆さんを見た。
「わたしのような金持ちの家にもこんなに美しい女はいないのに、こんな辺ぴな田舎の池のほとりにこんな美女がいるとは...」

 商人はこうつぶやくと、美女になった婆さんを馬に乗せてさらっていってしまった。
 これを見た爺さんはたいへん悲しんだ。
「わしの婆さんがいなかったら、この所帯も意味がない。いくら財宝を得て王になったところで婆さんがいなくては何になろう。それならいっそのこと...」

爺さんは翌朝池に行き、身を清めてから神にこう祈った。
「神様、さらわれてしまったわしの婆さんをどうか豚にして下さい」
 商人は美女になった婆さんをさらっていって家の一室にかくまい、翌日結婚式をあげる事にしていた。ところが一日たってみると驚いた事に美女が豚になっている。
「これはどうした事だ!わたしは豚などさらってきた覚えはなかったが...」

 商人は豚をひっぱたいて追い出した。
 豚は家に帰って来たが、豚になってしまっては仕方がない。爺さんも豚をたたいてはあっちへ追ったりこっちへ追ったりしていた。これを見て息子は、
「ああ、母さんが豚になってしまっては、いくらおれが財を得たところで何になろう」と思って、

翌朝池に行くと神様にこう願った。
「神様、どうかおれの母さんを元通りの姿にして下さい」
 すると婆さんは黒くて醜い元の姿に戻った。これで三人の願いは聞き届けられた。
 天でナーラーヤナ神は言った。
「どうだね、ラクシュミー。わしが言った通り、彼らに運はなかったのじゃ」-おわり-



我々にも、そのまま当てはまるような話しです。
しかし、日本ではこの種の民話はありません。
倫理、道徳の間に埋没しているのでしょう。
メンテ
大和魂 62 ( No.64 )
日時: 2010/10/20 14:30
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:O0eqDvis

今度は、現代にも生きている、ことわざの類です。

インドのことわざ 言い伝え
http://www.namasute-mumbai.com/kotowaza.html

日本語がご堪能なギータ・ナイアルさんにインドのことわざや
日常生活での言い伝えについてうかがいました。
ギータ先生は、印日協会で日本語講師を勤めるかたわら、
日系企業の通訳としてご活躍です。
英語、ヒンディー語、カルナータカ語など5つ以上の言語を習得されてます。
美術の造詣も深くムンバイのJJアートスクールで学ばれました。

 皆さんこんにちは、今回のテーマをいただいた時に、最初に考えたのは、子供の時に聞いた物語です。その事からお話します。

 夜、泥棒が、街一番のお金持ちの家に忍び込み、荷物を持って逃げ出そうとした時、足の指の爪を剥がして家の中に落としてしまいました。泥棒は大急ぎで戻って爪を拾おうとしたが、爪はなかなか見つからず、仕方なく電気をつけたら見つかってしまいました。

この泥棒が、どうして爪などにこだわったかといえば、インドでは、古くから「爪を落としたところは滅びる」といわれていました。泥棒にしてみれば、大事な仕事場(お金持ちの家)がなくなっては困るので、爪を必死になって探していたという笑い話です。

インドの社会背景には、『小さなものでも大きなものへのつながりがある。』という考え方があります。カルマ(因縁)と言いますが、常に、自分の言った些細な言葉や考え方も、大きなものにつながっている、だから思慮の足りない言動を慎む様にという戒めが、この物語にはあります。もちろん先のとがった爪は危ないので切った後の始末の戒めでもあるわけですが。

Q.爪の話が出ましたが、日本では、夜のタブーがあります。例えば、夜に爪を切ってはいけない。

夜に、塩を買ってはいけない。夜に、新しいものを使い始めてはいけな
い。それと反対に、祝事は、朝の方が良いとされています。インドには、朝・夜の時間によるタブーがありますか。

インドでも時間に関するいろいろな観念があります。日没の時間は、1日の中で、とても大切な瞬間です。サンスクリットの考えから来ていますが、日没と日の出の時間は精神的にも大変敏感になる時間で、この時間には、お線香をたき空気を清めてお祈りをします。日が暮れて家に灯をともす時、私も今日1日の無事を感謝しながら敬虔な気持ちでお祈りをします。

この時間をサンジャ(サンスクリット)と言い、女性の名前にもよく使われています。日の出は、ウシャ(サンスクリット)といい、これもよく女性の名前として、使われています。ウシャには、ヒンディーの聖人にとっても大事な時間で、早朝4時頃からお祈りをします。太陽に水を奉げて祈る時間です。

インドでも夜、爪や髪の毛を切ってはいけないといわれています。夜、暗いところで刃物を使うと事故になることへの戒めでもあると思いますが…。また、夜は、塩、ヨーグルトは、貸してはいけないとされています。鍋などの調理器具の貸し借りもいけなくて、結婚式や、人寄せで、大なべを借りに来た時は、担保に小さな鍋を預かるというしきたりもあります。また、夜の戒めとして、新しいものをおろして使わない、お金を貸さない、新しいものを買わないという、戒めもあります。

 ボンベイのような都会では、このような時間の戒めを全部守っていくには、忙しすぎるし、合理的ではありません。インドでもゆったりとした時間があった時の戒めが多いのですが、私自身、若い頃はあまり気にしなかったことも、歳をとるにしたがって、何か、生活上に意味のある決まりなのではないかと思うようになりました。

夜遅くまで外出していて、日没をかなり過ぎてから電気をつけるような時もスイッチを入れながら、心の中で、お祈りしています。夕方の時間は、とても大切な時間と、意識しています。また、女性は、家の運を守る役割があるとも言われていて、灯をともし、スイッチを入れるのは、守り神の女性の仕事でもあります。

続く
 
メンテ
大和魂 63 ( No.65 )
日時: 2010/10/20 14:31
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:O0eqDvis

Q.日本では、「茶柱が立つ」(お茶の中に茶の芯が浮く事)と縁起が良いとか、「雨降って地かたまる」という、縁起の良い前触れについても良く言われます。良い事のまえぶれについてインドにも言い伝えがありますか。

 商店などでは、朝1番のお客さんを大切にします。何も買わずに帰られてしまうと、1日商売がうまくいかないという考えから、たとえどんなにお客に値切られても買ってもらいたがります。以前は、私の母が朝早くクレープ(布地)を買いに行き、その店では買わなかったけど、母が再び戻ってきたら店主が店の前で母を待っていたそうです。

母が店を出てから1時間あまりの間に大変な客入りで、大繁盛。母は、ただで、クレープを貰ったそうです。母が、商売繁盛をもたらしたと思ったそうです。一番最初のお客は大事にされます。

また、仕事場に入る時、そこの床に手をついてその手を自分の額に持っていき拝んだりします。今日1日仕事が上手くいきますようにという気持ちですね。舞台に上がる時もそうですね。

 インドでは、朝一番に目に、入ったもので、その日の運を占ったりします。それは、いつも嫌われていたり疎まれているもので、生肉、お酒、痛いもの(刺とか、出掛けにどこかをぶつけて、痛い思いをする)、ヒジュラ(インドのオカマの人たち)などです。こういうものに、朝一番に出会うと、今日は、これ以上嫌なことはない、転じて、良い事があるとなるわけです。

 ヒンディー教の新年(4月14,15日ごろ)には、朝、母に4時ごろに起こされます。この時目は目隠しされていて、祭壇の前に行くまで目を閉じていなければなりません。祭壇には、お盆に花、カジョル、鏡、ランプ、米、ビンディーの赤い粉、金貨など美しいものが入っています。新年に先ず目に入るものが美しいものであり、これを見ると1年間良い事があると思われています。またこの日は、子供たちは少しだけお金を貰います。お年玉と同じです。新年のお花には、ハルディーという金色の花が使われます。藤のような花で黄色です。

(この花は、日本名で金くさり、英名ゴールデン・シャワーというそうです。イギリスでもよく観られるそうです。4月頃、マニ・バワンの通りが見事だそうで、この通りは、ハルディー・レーンというそうです。)
カジョルとは、ギー(インドのバター)を煮詰めてその煤を銅版に受けて作った黒い粉です。子供が厄除けで目の下につけています。

Q.カジョル(子供が目の下につける黒い墨)について教えてください。

インドでは、あまりむやみに子供を誉めてはいけないと言われています。なぜなら、可愛い、綺麗といわれて、人の妬みを買うと子供に災いが起こるといわれているからです。だからよく子供が器量を誉められるとお母さんは急いで子供を家に連れて帰り、塩とチリをつかんで、子供の前で、ぐるぐる3、5、7回まわして、口の中で、小さな声で呪文を唱えてチリと塩を火に投げ捨てて清めたりします。

そのために、目の下にカジョル(黒墨)をつけて人の妬みをかわない様に厄除けにします。子供の食べっぷりを誉めてもいけません。赤ちゃんなどが、よく食べますねといわれると病気になるともいわれています。しかし、親ならばわがこを誉められて、悪い気はしないのでこの言い伝えについてはあまり神経質になることはありませんが。
メンテ
大和魂 64 ( No.66 )
日時: 2010/10/20 14:32
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:O0eqDvis

Q.方角についても日本では、南や東は、良い方角ですが、北や西は、あまり良くあり
ません。インドはどうですか。

インドでは死んだ人は、南向きに寝かせます。普通は、東を頭にして寝るのが良いとされていますが、北についてはあまりタブーはありません。西は、好ましくない方位です。

Q.左右の使い分けについても教えてください。

基本的には、上半身は、右手で、下半身は左手で。物を手渡す時は、必ず右手で。厳格な人は、顔は右手で、腰から下、足は左手で洗いますが、これはとても不便なので、気分的にそう守ろうと考えている程度で…しっかり分けては暮らせませんから。

Q.アジアの女性には、タブーはたくさんあると思うのですが、女性のタブーで今でも厳しく守られている事があれば教えてください。

一番強く言われているのは、妊娠中に月食を見てはいけない、月食中の外出です。これは、子供に障るといわれていて、どんなに、西洋的教育を受けて、進歩的なインドの女性も頑なに守っています。

Q.日本では、3や、8が昔から良い数字といわれています。また、贈り物をする時などは、4(し)は、死に通じるので、嫌われます。奇数は、これ以上半分にできないので、壊れないという意味から、祝事に使われます。数字についても教えてください。

奇数はよい数とされています。結婚のお祝い金は、10,001ルピーというように奇数を包みます。また、0(ゼロ)は、インドで発見された数字ですけど、何もない、空虚であるということから良い数字とされています。かたちも輪なので、完全無欠で良い数です。

おでこにつけるビンディーは○。実はここから来ています。
また、ビンディーは、第三の目、心の目でもあるわけですが。
4についてのインドでの考え方は、社会の規範は、4で表されます。方角、ヴェータ(ヒンドゥー教の聖典)は、4つあります。カーストも4つですね。

 話が横にそれますが、ヒンディー教のヴェータ(聖典)というのは、4つあって、これには、人間はなぜ生きるのか、生きる目的について書かれています。1はダルマ(人間らしさ)ダルマのために働く、人が人のために働く、人の役に立つということ。2つ目は、アッタ(物、お金)の為に働くということ。3つ目は、カーマ(愛)ですね。もちろん、子供や隣人への愛も含まれますよ。4つ目はモクシャ(悟り、自分の魂の開放)です。

5は5つの金属を合わせたものは、体に良いとされていて、5種類の金属をバングルなどにして身につけていますね。
7は、サンスクリットでも大事な数です。7つの世界、7つの大陸、7つの海、7つの惑星、インドの音階も7つですね(サ・レ・ガ・マ・パ・ダ・ニ・ラ)=(ド・レ・ミ…)。結婚式で、火の周りを回るのも7回ですし、大事な人が来た時にお清めで、お盆に載ったお供え(花、ランプ、カジョルなど8品目)を、ぐるぐる回すのも7回です。
8は、このお供えが8品目ですね。


まだまだ書いてありますが以下は省略します。
メンテ

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