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[814] 大和魂(日本の心のルーツを探る)
日時: 2017/06/26 13:15
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ZChukVGk

(プロローグ)

人類が霊長類と分類されて他の動物よりも繁栄してきたのは、その頭脳的能力が発達、進化してきたからであります。
始原における人類は、その頭脳的能力で道具を使うことを覚え、そのうちに火を自在に使えるようになりました。

これは生きる(食べる)事において画期的な進化でありました。
一方で人々は集団で生活して行くことの重要性に目覚め次第に大きな集落を形成し分業をするようになってきた。
集団で生活し始めると、自分達の生活を脅かす自然の力に対する畏怖の心も結集することになり自然崇拝、呪術などが起きることになりました。
このころになると、集団には統治の機能が求められ次第に原始国家に近い概念が生まれてきました。

人間の頭脳的能力が生きるための対自然から、統治という人間自身の問題まで対象にし始めたと言うことです。
集団の英知(頭脳的能力の総体)を集めることに成功した人類は、農業、漁業、工業の分野を確立し安定した社会を構成することが出来ました。
このころになると、宗教と言うものが次第に鮮明な形を帯びてきて、人々の精神的ケアをするとともに、宗教を通じて集団の結束を図るようになってきました。
同時に統治者は独裁の傾向が強くなり王国を形成するようになります。
自然を相手に生産活動に殉じてきた人間でしたが、集団の力が強化されるとともに、他の集団を略奪することにより、成果がもたらされることに気がつき以来、血で血を洗う抗争が続いてきました。

さて、3000年も4000年も遡りますが、一応は自然を相手の格闘に一段落した人間は、その精神的な余裕の分だけ、その頭脳的能力を内面に向けるようになりました。
それが宗教であり、哲学の世界です。

文字として残る最古の哲学は、2000年くらい前のギリシャ哲学でありますが、その内容は主に統治の問題に絡んで話されています。
最初の哲学が、ようやく手に入れた人間社会の安定のために、人間は如何にあるべきかが最大テーマであったという事でしょう。
中国における儒教というものもこの範疇に入ると思います。

時を同じくして、キリスト教、イスラム教、仏教が興っています。現在まで続いているこれの宗教は、哲学とは別の方向から人間の内面性を説こうとしたものであり、それまでの宗教が民族単位に近かったものから人類共通の普遍性を主張しているのが特徴です。
西欧の歴史は、一時、キリスト教の精神で色濃く塗られていましたが、キリスト教的教義への反動として、500年くらい前にルネッサンス(文芸復興)と言う考え方が広まりました。
直接はキリスト教支配の前の人間精神への回帰ですが、実際は新たな人間性の認識へ移りました。
其処では、人間自身を自然とも切り離し、神とも切り離して如何に生きられるかについての思索がなされました。

それは300年後に資本主義、民主主義という鮮明な形で認識されるに至っています。
その途中、西欧哲学はスピノザに始まりホッブス、デカルト、カントへ至る人間自身の認識論(観念論)からヘーゲルの純粋論理的認識論(弁証法)へ進むなど、自然の理を超越しようとした試みが中心でありました。
それを人類の進化、発展と見れば、そのまま肯定もできるでしょう。
確かに、論理的に西欧哲学的思考で割り切ることにより、現代社会の繁栄があるのです。
さて、現代社会において我々が直面している困難は、深いところで人間性の問題につながっています。

資本主義、民主主義のシステムは、物資と情報、享楽と言う意味で人類に飛躍的な果実をもたらしました。
自然とともに生きなければならないと言う束縛から人類を解放したと言えます。
そうして、現代社会が直面している困難と言うのは、その昔、人類が経験していた自然の恐怖とは質が異なる困難であります。
ここに現代の困難は文明史的な次元の課題であると思います。
ここ4000年の間に営まれてきた宗教、哲学の概念の延長上で、どのように捉えられるか、更なる進化と言う観点から捉えるのか、人間性というものを自然との関わりで見直すことが正解であるのかが問われています。
これに対して、直線的に斯くあるべしと言うよりも、この観点から日本の歴史を振り返ってみたいと思います。

具体的には、弟3期西欧文明(資本主義・民主主義)が今日ある状況以外に人類は選択の余地がなかったのか、その過程において切り捨ててしまったものの中に人類が必要としていたものはなかったのかについて検証することから始めようと思います。
タイトルの「大和魂」とは、西欧文明以前の日本の精神文化を総称したものであります。
途方もなく長ったらしい話になりますが、ボチボチと御付き合い願いますよう御願いします。
説明のために掲げています長文は適当に読み飛ばしていただければ幸甚に思います。



(追申です 2017年6月24日)

このスレッドも、旧掲示板で書き始めてから言いますと10年近くたっています。
「大和魂」という標題のため、読んでくださる方は、常に「大和魂」の概念を探ろうとされているようです。
しかしながら、このタイトルは、このスレッド全体を通して感受されるべきものとして書いていますので、「大和魂」とは何かという設問には答えが見いだせなく戸惑いながら、結局は何が言いたいのか解らずしまいの様でしょう。
タイトルのつけ方が適正ではなかったかもしれません。
そこで、この時点(No188のレス)で私自身、ようやくたどり着いた「大和魂」の概念について次の様に説明して置きたいと思います。

<大和魂とは>

西欧民主主義が入ってくる前
江戸時代の朱子学に毒されるまえ
特に武士道などは、もってのほか。

それを取ったとき、
日本人はどのような生き方をしていたか。
それを探りたいのであり、言葉では、簡単には現せなく体感してほしいと思っております。

また「魂」という言葉を使っていますのは、物事に挑戦する意欲を表現しています。
これも具体的には言えませんが、山田長政の話やら、あまり良いことはしてないようですが倭寇など海外へ積極的に進出する、その気概。
日本人にも、そんな積極性があったことを頼もしく感じています。
そして、それは日本独自の文化、芸術を生み育てる力にもなっています。

その様なものを一括して「大和魂」と言っています。
そうして、そういうものを、この文章から感じ取っていただけることが出来たら幸いと思って書いています。
ですが、将来の日本人に「大和魂」だけを押し付けるつもりで言っているのではありません。
日本人には「大和魂」があることを忘れず、社会を生きてほしいと願うのです。

※ 体感してほしいと言っていますように、この文章の各所に伝説、神話、他の国の事情などを説明している箇所が随分とあります。退屈かもしれませんが、それを読まれることによって、それが書かれた時代、場所の様子を感じ取っていただきたいのです。
特に前半の部分は、日本民族と他国の民族性の違いを感じ取るために、長ったらしく資料を集めました。

(目  次)
No 0      プロローグ・目次
(前 章)
NO 1〜7    「大和」とは
(民話・伝説)
No 8〜16    日本の神話・伝説
NO 17〜20  中国の神話・伝説
NO 21〜37    世界のドラゴン伝説
No 38〜42    中国の民話
NO 43〜47    世界の七夕伝説
NO 48〜50    中国の民話・伝説
NO 51〜67    インドの民話・伝説
No 67〜93    イスラムの民話・伝説
No 94〜124   アングロサクソンの民話・伝説
(日本の歴史検証)
No 125〜137   「和」の検証 
No 138〜151   神代の時代から古墳時代
N0        飛鳥・奈良時代(一時、サーバのトラブルがあり、この部分が消えています)
No        平安時代(一時、サーバのトラブルがあり、この部分が消えています)
※ 後日復旧する予定。
No 152〜169   鎌倉時代
NO 170〜     室町時代
NO        江戸時代(未稿)
No        明治時代(未稿)
No        現代(未稿)
NO        「大和魂」とは(未稿)
No        エピローグ(未稿)

※ 世界の民話・伝説に紙面を割いているのは、日本人と他民族の気質の違いを探るためです。
メンテ

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大和魂 20 ( No.22 )
日時: 2010/10/15 11:22
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

これからしばらくの記事は永井朋子氏の「中国古代の聖獣伝説 -龍思想に関する研究-」からの引用です。

http://www.hum.ibaraki.ac.jp/kano/student/99nagai.html

少し長くなりますが、龍伝説を題材に世界の民族の風習に言及されていて今後、民族性を比較するのに良いと思いましたので全文掲載します。

次にあげる氏の感想は、「大和魂」を探る論旨からは離れていますが、現在、まさしく考えねばならないことを指摘されています。ちなみに氏は中国文化を研究されている、新進気鋭の方であります。


「またドラゴンと龍の捉えられ方が異なるに至った理由には、古代においては生活そのものであった、それぞれの土地で行われてきた農業の状況が大きく関わっている。

東洋の灌漑水に依存する稲作・漁撈51地帯では、ドラゴンは神であり、そこでは人々は自然を畏敬し、異なるものと共生融合し、あらゆるものは再生と循環をくりかえすと考えた。」

これに対し、天水に依存するドラゴンを殺す麦作・牧畜地帯の西洋文明は、自然を支配し分析する近代科学を発展させ、人類に幸せをもたらした。

しかし、人類が発展したことにより地球の自然は壊れ始め、今日では様々な環境問題を抱えている。自然を敬い、共生してきた中国古代の思想に、今こそ立ち返り、見つめ直すときがきている」

続く
メンテ
大和魂 21 ( No.23 )
日時: 2010/10/15 11:24
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

第一章 世界各地に分布する龍

 第一章では、前述した通り、中国の龍に類似する代表的なものとして西洋のドラゴン及びインドのナーガを取り上げようと思う。三者ともそれぞれ想像上の動物であり、蛇に似た形態を持つという特徴がみられる。そこで中国の古代思想、自然観を考察する上で、ドラゴン、ナーガがそれぞれどのように信仰されてきたのか、相違点を比較してみたい。

(一) 悪の化身 西洋のドラゴン

 序章で前述したように、龍は古代中国において四神・四霊などの一つに数え挙げられ、神獣や瑞獣とみなされてきた。また中国では、龍は天子を意味するものであり、天子に関する事柄に用いられ、さらには英雄や豪傑をたとえるものでもあり、特に優れていることを指している。

ところがヨーロッパにおいては、伝説上の怪獣・ドラゴンは中国の龍に近い形態を持つ動物であるにもかかわらず龍とは異なる立場に位置し、強い力・暗黒・暴力を象徴するものとされている。

ヨーロッパで描かれる典型的なドラゴンは、頭に角を持ち、胴は緑や黒っぽい色の鱗におおわれた蛇、あるいはトカゲのような爬虫類のもので、西洋における龍の名「ドラゴン」はギリシア語の「ドラコーン」を由来とし、「ドラコーン」とはすなわち蛇を意味している。獅子の前脚と鷲の後ろ足、サソリの尾などを持つものとして描かれており、また特徴として、コウモリのような翼を有している。

この翼を用いて天空を飛翔し、口から火と煙を吐くとされている。また太古の昔、人類登場以前に存在していた恐竜に似た姿をしてもいる。このようにドラゴンはいくつかの動物が組み合わされた形態を持っていた。

 強い力・悪を象徴する西洋の龍=ドラゴンは、神話や物語、伝説の中では神々と対立する存在として登場する。その多くが神々の敵として悪魔視されており、その姿を変えることなく人間を襲うドラゴンは、聖人・英雄に悉く退治されてしまうのである。ギリシア神話の中ではヘラクレス、ゼウス、アポロンをはじめとする多くの神々・英雄たちによるドラゴン退治の話が語られている。

特にキリスト教では、ドラゴンは秩序を乱す悪(=異教徒)として邪悪、醜悪なものと見なされていた。『新約聖書』ヨハネの黙示録には、巨大な龍または年を経た蛇が天上で天使ミカエル等と戦った末に敗れ、全人類を惑わす者、悪魔・サタンと呼ばれ、地上に投げ落とされ、地下深くに閉じこめられたと記されている。

この中に登場する龍は、火のように赤い大きな龍で、七つの頭、七つの冠に十本の角を持ち、一度に天の星の三分の一をなぎ払ってしまうような尾を有する強大な怪物であった。聖書においてのドラゴンは、何か実在の生き物を表わす言葉として使用されているのではなく、むしろ邪悪・悪魔といったイメージの象徴的な意味を表わすものとして描かれている。

その他、イタリア、スペイン、ドイツ、北欧などヨーロッパ各地の至るところに神々・英雄によるドラゴン退治の物語が残っているのみならず、数多くの絵画や彫刻などにもモチーフとして用いられてきた。

続く
メンテ
大和魂 22 ( No.24 )
日時: 2010/10/15 11:25
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

 ヨーロッパより以前、古代オリエント文明においても龍退治の話が存在している。龍退治は主に天地創造において語られているが、バビロニア8の叙事詩『エヌマ・エリシュ』の中においては、英雄マルドゥークが龍とされるティアマトを殺し、天と地を創造したと記している。

さらにティアマトが大蛇、巨大な龍などの様々な怪物を産み出したとも書いている。後のキリスト教に影響を与えたペルシャのゾロアスター教9の経典『アヴェスタ』には、三頭に六つの眼と三つの口を有し、千の超能力を持つ、邪悪な龍、アジ・ダハーカが登場する。ゾロアスター教は善神と悪神との対立を説いており、善神の勝利を信ずる。アジ・ダハーカは終末における善と悪の戦いで、神の敵対者であるアンラ・マンユの配下として、ともに最後まで善に抵抗する悪として登場している。さらに『アヴェスタ』においても龍を退治する英雄が、ペルシャの英雄叙事詩『シャー・ナーメ』でも勇者ロスタムが荒野に棲む龍と戦う話が書かれている。神々は強い力の象徴とされるドラゴンを退治することによって、自らの権力、力の強さを誇示することに利用したのである。

また龍であるとは断言できないが、エジプト神話においては、天の支配者・太陽神ラーとその協力者である天候神セトによって、淵ヌンに住む冥界の大蛇で暗黒の象徴とされるアポピスが征服される話が語られている。

 ドラゴンは海や川の水中を始めとし、池や泉にまで至る水際や地中、洞窟などを棲み家とする水棲の動物とされ、「水」に関連づけられることがあるが雨を降らすことはできず、神々が自らの能力を示威するかのように、ドラゴン退治を行った結果、大地に恵みの雨をもたらすことができるのだと考えられていた。その上、稲妻や大雨による洪水などの災害は龍がもたらすものと考えられていたため、嵐・天候を司る神が、最強とされる巨大な龍・イルルヤンカシュを退治する話がヒッタイト10に残っており、その話をモチーフにしたものが石灰岩に刻まれている。

 悪の象徴と否定的な存在としてみなされる一方で、古代ローマでは龍の描かれた軍旗が用いられていた。強い力を象徴する龍を軍旗に用いることは広い地域で見られるもので、東はエジプト、西ではケルト族11において特に盛んに使われていた。

船に龍頭をかたどったものや、イギリスでは、ワイヴァーンと称される二本の足と翼を持ったドラゴンが霊力を持つ聖なる動物として扱われており、旗に用いられただけでなく、現在でもロンドン市の紋章にワイヴァーンが使用されており、イギリス王室の紋章にも見られる。その他柱、鉄道会社などの紋章として彫られたワイヴァーンを至るところで見ることができる。

ドラゴンと似た形態を有してはいるが、性格は全く異なるものである。さらに古代イランにおいては、尾をくわえ輪になったウロボロス型の龍が、永遠を象徴するもの、また墓の守護者として墓石に使用されていた。


 またドラゴンは中世ヨーロッパで行われていた錬金術において、水銀と結びつく、神聖な第一物質とみなされ、「錬金術師たちが獅子、鷲、鴉(または一角獣)と併せてドラゴンを四性の一とした。」12とあり、ドラゴンはサラマンダー(火蜥蜴)とともに四元素13のうち火を象徴するものとされている。以上のように、肯定的な象徴として捉えられていたドラゴンの例がいくつか残ってはいるが、およそ西洋においてのドラゴンは邪悪な悪の化身とみなされ、神々・英雄によって退治される対象者であるという思想が主流である。

続く
メンテ
大和魂 23 ( No.25 )
日時: 2010/10/15 11:26
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

(二) 善悪二面性を併せ持つ インドのナーガ(龍神)

 インドのナーガは神の協力者である。ナーガは龍神または蛇神、龍蛇ともされている。ナーガは大蛇を神格化したもので、半蛇半神の姿で、時に多頭で現され、聖獣とされる。インドに棲息する毒蛇コブラの神であり、四肢はなく、角と髭いずれも有しておらず、合成獣である龍やドラゴンと違って、動物との混成はみられない。

ナーガは仏教において重要な役割を持つ。ナーガは仏法の守護神であるとともに、雨を恵む水の神でもあり、時に雲を起こし、雨を降らせて五穀豊作をもたらす。竜宮に住み、神通力を持ち、変幻自在で、人間の姿に変わることも可能とする。

ナーガとは古代インドの文章語、サンスクリット語で、蛇を指す。しかし、仏典が中国に持ち込まれ漢語に訳された際に「龍」、ナーガ・ラージャは「龍王」と訳され、ナーガが中国における龍と同一視されるに至った。

 その一方でインドにはヴリトラと呼ばれる悪龍が存在し、人々に危害を及ぼし、人畜五穀に大きな災禍を加えるものとして恐れられていた。仏教以前の古代インドでは、当時インドを支配していたバラモン族を中心とするアーリア人14によって、多神教であるバラモン教が信仰されていた。バラモン教はヒンズー教の前身とされている。バラモン教の経典の一つ、『リグ・ヴェーダ』にヴリトラ龍とインドラ神との戦いが述べられている。

その中でヴリトラ龍はアヒと呼ばれており、アヒとはすなわち蛇を指し、アヒは世界の始まりと同時にその身体に全世界の水を巻き付かせ、流れを止めてしまった。そのアヒを稲妻によって殺したインドラ神が水を穿ち、大地に雨を降らせたのである。

アヒは水の神であったにもかかわらず、それ自体が信仰されることはなく、ヨーロッパにおけるドラゴン退治を行った神々・英雄と同様に、アーリア人の主神であった武勇の神・インドラが雨を恵むのであり、人々はインドラ神に雨を祈願し、信仰の対象としていた。後にインドラ神は仏教にも取り入れられ、梵天15と並ぶ仏教の護法神・帝釈天となる。

 邪神とみなされた龍であったが、アーリア人の侵入以前にはインドの原住民によって樹木、リンガ(性器)崇拝などと併せて蛇神崇拝が行われていた。その後インドに侵入してきた異民族は蛇神を龍神信仰として取り入れ、龍王はアイラーヴァタまたはマニバドラなどと称され、龍神は尊神として信仰されるに至る。

また西北インドを征服したクシャーナ族16においても民間信仰から取り入れられた龍神は崇拝の対象とされていた。蛇神崇拝は後の仏教、主に西インドで広く信仰されているジャイナ教17の民間信仰に大きな影響を与えている。

 インドの民族宗教であるヒンズー教は多神教であり、バラモン教から多くを受け継ぐとともに、仏教や民間信仰から多くの影響を受けている。バラモン教において、さして高い地位に位置していなかったシヴァ(ルドラ)神、ヴィシュヌ神がヒンズー教では最高位の主神として迎え入れられた。シヴァ神崇拝は蛇神、特にリンガ崇拝をその中に取り入れている。

さらにインド神話には、シヴァに従わない修験者によって猛毒のコブラ蛇を投げつけられたが、シヴァはそれを恐れもせずに身体を装飾するかのように巻き付け、修験者から崇められたと語られている。シヴァ神は大自在天として仏教の中に姿を見せている。

続く
 
メンテ
大和魂 24 ( No.26 )
日時: 2010/10/15 11:27
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

一方ヴィシュヌ神は、七つや五つまたは九つといった頭を持つアナンタもしくはシェーシャなどと称される多頭の蛇を使者のようなものとし、モンスーンの期間中には長円形にとぐろを巻いたアナンタの上に眠り続け、雨を降らせる。その後、ヴィシュヌ神はアナンタに座し、その頭上には多頭の蛇がヴィシュヌ神を守護するかのように首をもたげる。この姿に似たものは仏教の中にも見られ、アナンタはアナンタ竜王(難陀竜王)と名を変え、仏陀の守護神として登場する。

 さらにヴィシュヌ神、アナンタと切り離せないものとして、神鳥ガルーダが挙げられる。ヴィシュヌ神は横たわり、座す時にはアナンタを用いるが、移動を行う時にはガルーダの背に乗って天空を飛翔するとされ、ガルーダも後に迦楼羅として仏教に取り入れられている。

ガルーダは鷹のような鋭い爪と嘴、大きな翼と尾を有し、悪をくじく戦いの神と信仰され、ナーガの天敵であり、蛇を喰らうといわれる。ガルーダとナーガはともにヒンズー教の中で聖獣とみなされており、一対となって正と悪、天界と冥界、東と西、男性と女性をそれぞれ象徴している。ヒンズー教の美術品として、ナーガを背にしたガルーダ像や多頭のナーガにまたがったガルーダ像が東南アジア、主にインドネシア、アンコール・ワットに残されている。

 聖獣としての龍のみならず、『リグ・ヴェーダ』のヴリトラ龍とインドラ神の戦いと同様に、ヒンズー教においても毒龍カーリヤとクリシュナ神の戦いの物語が存在している。カーリヤ龍は蛇の王とされ、ガンジス川または海に棲み、五つの頭と毒気を持ち、五つの口から炎とともに吐き出す。

クリシュナ神はヴィシュヌ神の化身のひとつであり、ヒンズー教の二大叙事詩のひとつ『マハーバーラタ』に牧童として登場する。同じく仏教の中にも悪龍が登場する。仏法に従わず、雨を呼び起こして五穀に大きな災害をもたらすとされる龍王が存在しているのである。

 ナーガ信仰はインドのみならず、東南アジアを中心とした地域にその姿をみることができる。イスラム教の伝播によりヒンズー教の衰退を余儀なくされた東南アジアでは、ナーガやガルーダをモチーフにした美術品がインドネシアやカンボジアのアンコール・ワットなどの遺跡に残されているように、以前はヒンズー教徒がその多くを占め、それとともに仏教もが取り入れられ、それぞれ独自の文化が息づいていた。

またネパールにおいてもナーガ信仰が行われており、ヒンズー教や仏教からの影響を多く受けている。首都カトマンズはナーガが住まう地といわれ、ナーガをカトマンズ盆地の守護神として祀っている。ネパールはインドからの移住者によって支配され、その王朝が栄えた。当時の王宮跡や寺院にはモチーフとなったナーガが多く刻まれており、今日でも五穀に恵みの雨をもたらす水の神として信仰の対象となっている。さらにラオスでもナーガが信仰され、やはり、昔栄えた王宮や寺院などにナーガを刻んだものが見受けられる。

ナーガは河や海、水源の支配者であり、雨を自由に操る能力を有すると考えられ、今日でもラオス、タイの龍船祭を始めとして、ネパールなど各地で降雨を祈願する祭りが行われている。

 各地でナーガを対象とする雨乞いが行われているように、ナーガ信仰は善の性質をより多く持つ。インドに棲息する猛毒コブラは人々に死をもたらす動物として恐れられていたが、古代人はそれを崇めることで危険を遠ざけられると考えていた。インドの原住民18によって行われていた蛇神崇拝などの民間信仰は、徐々に異民族の中に取り入れられていったが、当初、侵入者であるアーリア人にとって敵対する原住民の信仰は邪悪なものとして扱われていた。

そのため、悪としての性質を持つ龍も神話や伝説とともに生き続け、ナーガが善悪二面性を有するに至ったのだろう。

続く
 
メンテ
大和魂 25 ( No.27 )
日時: 2010/10/15 11:28
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

第二章 中国の神獣・龍

 第二章では、中国において龍がどのように捉えられ、信仰されてきたのか。第一章で西洋の龍、アジアの蛇について取り上げたと同様に、中国の龍の形態、性質、自然との結びつきを中心に考察していきたい。

(一) 皇帝のシンボル

 すでに序章で述べたことだが、中国における龍は四霊、四神思想を始めとするように、聖獣、守護神などとみなされ、信仰対象として親しまれている。中国の聖なる神獣・龍、西洋の邪悪なる怪獣・ドラゴンといった通り、対照的な性質であることを両者の相違点における特徴とする。龍とドラゴン、全く異なる性格を有しているにもかかわらず、一般的に西洋のドラゴンは龍と訳され、同一の動物として認識されている。

このことからも推測できるように、両者とも似通った形態を有している。まずここで混乱を避けるためにも、この章では西洋の龍を「ドラゴン」、中国のものを「龍」と呼ぶことに統一する。

ドラゴンと同様に中国の龍もいくつかの動物を組み合わせた複合動物である。鋭い爪のついた四本の足を持つ、鱗でおおわれた蛇のような胴体を基本とし、頭には二本の角と髭をそなえている。龍の形態に関して、「九似説」と称される鹿の角やみずちの腹、鬼または兎の眼、虎の掌など、九つの動物のある部分を併せ持つともいわれている。

当然のことながら神獣・龍も天を自由に飛翔する能力を有する。しかし、その多くの龍は胴体に翼をつけていることはない。翼を持つ龍は応龍と称され、分類される。さらに空を飛ぶ龍を飛龍ともいう。龍は飛翔できるだけではなく、水中深くに潜り、さらには自由自在に姿を変えることができるという。

複数の動物を合成し、多くの能力を持ち、吉祥とされ、人々の様々な願望を表した姿をしているのである。さきに序章で述べた『家語』においてはあらゆる生きものを虫と称し、鳳・麟・亀・龍・人を五霊と定めた上で、それぞれに中央を含めた五方位を配して諸虫の首としており、その中でも龍は鱗虫の長であると記している。

鱗虫とは魚類のことである。また、『淮南子』では龍をあらゆる生き物の祖とし、それぞれの祖を羽虫は飛龍、毛虫は応龍、鱗虫はみずちの意も持つ咬龍、介虫は先龍であると記載している。羽虫は鳥類、毛虫は獣、介虫はかたい外皮をもった動物を指す。

 龍は強い力を象徴しており、ドラゴン、ナーガ三者ともに共通していることだが、龍は神の配下である。中国の古代神話、伝説には禹の行った治水についての話が語られている。禹の父は鯀といい、父子は帝であった堯と舜に仕えていたとされている。

死んだ後三年を経ても鯀の死体は朽ちることなく、その腹の中から様々な神力を身につけ、龍となって禹が誕生したと伝えられている。黄河などの大河を抱える中国にとって、河の氾濫は生活を脅かす大問題であり、政を行う上で治水は重要なことで、そのためか、禹が治水を成功させたことにより舜は帝の位を譲ったのである。ここで中国初の王朝とされる夏王朝が幕を開ける。禹が行った治水には、その助けとして応龍や一群の大龍小龍が登場し、また龍は禹一族のトーテムとされている。

続く
メンテ
大和魂 26 ( No.28 )
日時: 2010/10/15 11:30
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

さらに中国神話において伏羲・女 という二人の神が天地を創造したとされるが、この神々の上半身は人、下半身は蛇の胴体を持つという。古代人にとって龍は鳳とともに重要な地位に位置していた。

同じことはその後、漢代以降の皇帝にもみられるようになる。天子の顔を例えて龍顔、龍犀と称し、龍母という皇太后の尊称、天子の即位を龍飛というように、中国では龍は専ら皇帝のシンボルとされている。

特にその中でも二つの角と五つの爪を持つ龍は皇帝を象徴するものとして神聖視されており、民間で用いることを禁じ、龍袍ともいわれるように皇帝の衣服や紫禁城の至るところ、さらには殿内に残されている皇帝の所有物とされる様々なものに二本角と五本爪の龍が使用されていた。

龍は皇帝自身そのものでもあり、皇帝もしくは王朝の守護神でもある。第二章で、仏典に記載されたナーガが中国に持ち込まれた際に、龍と訳されたと述べたが、ナーガが仏教の守護神とみなされているように、中国でも龍が似た性格を持ち、その上ナーガ、龍の両者が大蛇に似た形態をしているために龍と同一の聖獣として認識されたと考えられる。

 日本においてもよく使用されているが、「逆鱗に触れる」「画龍点睛」「登龍門」などといったように龍の字のついた言葉がたくさん存在している。上に挙げた三つは中国で生まれた言葉である。「逆鱗に触れる」は中国の故事によるもので、龍の喉の下に逆さに生えた鱗が一枚だけあり、もし人がこれに触れると、龍は必ずその人を殺したということから、君主や目上の人の激しい怒りをかう意を持つ。

「画龍点睛」は物事を完成させるための大切な一点の意味だが、やはり中国の絵の名手が描いた龍に最後に睛(ひとみ)を描き入れると、たちまち龍が天に昇ってしまったという故事から、「登龍門」は立身出世のための関門の意であり、黄河の上流にある龍門を登ることに成功した鯉が龍になったという故事によるものである。このように、中国には龍に関する説話や物語などが数多く言い伝えられている。

 聖なる獣・龍ではあるが、中国においても龍退治の物語が存在している。『淮南子』には、空に穴が開き、天地のバランスが崩れてしまったときに、女 が五色の石を練り上げて作ったものを用いて空を修繕した。それとともに大雨を降らせていた黒龍を殺し、大洪水を止め、冀州を救ったと記されている。民話には黒い龍が村の谷川の水をすべて飲み干し、涸らしてしまったためにその龍は殺され、岩に姿を変えたという。

また中国には四海や河、湖などを守護するとともに暴れ者として河を氾濫させるといわれる龍王が存在し、その龍を退治する英雄が登場するのである。とはいえ、その多くの龍は神の配下や吉兆を示す神聖なものであり、さらには長寿、円満など人々の願いを象徴した、信仰の対象としてみなされているのである。

続く
 
メンテ
大和魂 27 ( No.29 )
日時: 2010/10/15 11:31
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

(二) 龍の信仰

 第二項では、龍が実際にどのように信仰されているのかを見ていきたい。
 龍もドラゴン同様、水中や海、河川、湖などを棲処とする。ただ物語やファンタジーに登場するドラゴンは、その多くが暗いイメージのまとわりつく洞窟を棲処とするが、龍にはあまりみられない。水棲の動物であるためか、龍も「水」と結びつけられる。

西洋ではドラゴン退治を行った神々が雨を降らせる存在であるのに対して、中国では龍が雲を起こし、恵みの雨をもたらす神であり、雨乞いの対象とされる。龍は水のシンボルともいわれ、人々のみならず総ての生き物にとって死活問題である海や河川の支配者として水や雨を自在に操り雨を呼び起こし、さらには洪水の原因となると考えられている。

そのため龍を敬い、崇めるのである。仏教では龍王を祀る王廟をつくり供物を供え、ヒンズー教や密教にも雨乞いが行われているが、中国においても古くから農民によって龍の踊りや呪文を唱えることで雨を祈願したという。乾いた土に水をかけその泥で龍型をつくり、その土龍に降雨を祈り、唐の玄宗皇帝は大干魃時に、龍だけを描いている絵描きに龍を描かせ雨乞いをしたと伝えられる。

 また中国各地で龍に関する行事が行われ、一年を通してみることができる。旧暦一月龍灯、旧暦二月龍抬頭、旧暦五月分龍節、雲南省では旧暦五月に龍王を祭って供物を捧げ、旧暦七月には龍母の昇天を、旧暦の八月には龍公の昇天を見送る。ラオス、タイ同様に、中国の大河でも夏の始まる頃に龍頭祭が催される。青海省の省都西寧は、かつてのシルクロード南ルートであり、チベット族やモンゴル族、回族の人々が多く生活している。

この地には黄河という大河が流れ、青海湖がある。ここにおいても旧暦の七月に龍に関する祭祀、「海祭り」が行われている。ラマ僧によって楽が催され、海に捧げる供物が用意され、「赤、青、白、黄色の「龍達」とよばれる紙片もこの炎に向かってなげいれるや、炎のいきおいで空高く舞い上がる。うまく舞い上がると五穀豊穣や家畜の繁栄などが約束される兆しとして喜ばれる」。

その後「法舞」という舞が行われる。虎や龍、牛などの動物をかたどった面をつけたラマ僧によって舞が舞われ、護法神としての役割を持つ。チベット族でも「龍舞祭」が行われる。ここでも火が燃え、そこに龍達(ロンダー)や供物の五穀が人々の手によって投げ入れられる。

「火炎の気流にのって空高く舞い上がる龍達は、龍が天に昇るようにさえ見える」という。さらに龍舞、「大きな円形を描き龍がとぐろを巻いているように龍の舞」が舞われ、龍女を意味する女体像が登場する。また、湖南省や貴州省に暮らすミャオ族では龍王が信仰されている。秋の稲収穫後または春の耕し前に、龍を呼び出す儀式を行う。

そこには伝統的な色と方位との関係がみられる東の青龍、南の赤龍、西の白龍、北の黒龍、中央の黄龍が登場するのである。黄色は中国にとって特別な意を持つ色であり、神話に語られる禹の姿は龍であったと先に触れたが、その龍は黄龍であった。

続く
メンテ
大和魂 28 ( No.30 )
日時: 2010/10/15 11:32
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

龍は長寿または不死と結びつき、天高く飛翔することから天地を行き来することができ、天上への乗り物と考えられた。龍は春分には地上から天に昇っていき、秋分には下りてきて淵に入るという。

このことは空に瞬く星と関係しているのだろう。序章で記述した戦国時代前期の曾候乙墓から出土した漆箱の蓋には、北斗七星にあたる星名とともに二十八宿がみられ、東方と西方に青龍七宿と白虎七宿が対として表わされ、その後南方と北方に朱雀七宿と玄武七宿がそれぞれ加えられたが、四方にわけた天に四神をあてはめる思想の原型がすでにあったことを示している。

文献に関しては漢代に司馬遷によって書かれた『史記』律書には、四方に配された二十八宿についての記載がある。この東方の青龍にあたる七宿は西洋においてはサソリが連想された。その中でも一番明るい光を放ち、サソリの心臓とされるアンタレスは中国では心(なかご)とも大火あるいは火とも称されているが、特に春分のころに空に輝き、秋分のころには姿を見せなくなった故に、淵に入るとされたのではないだろうか。すなわちこの季節は農業にとって作物を生育させるために必要不可欠な恵みの雨がもたらされるために、龍と雨乞いとが関連づけられたのだろう。

「十二支は殷代にさかのぼれる」という。

その中でも唯一十二支に登場する、想像上の動物である、辰。「辰」は北極星や北斗七星を指し、また東方青龍七宿のひとつである房(そい)星のことでもあり、青龍の本体のことを指している。このことからも四神思想と星宿が密接に関わりを持っていることが推測できる。

「四神」という思想は曾候乙墓の漆箱からもみてとれるように、その原型はおよそ戦国時代に成立していた。様々な造形に表現され、現存の動物を土台にしてイメージした「四神」を象徴する神獣として青龍、白虎、朱雀、玄武が配されるのは、漢代の中期、武帝以降のことである。武帝は神秘主義的性格の強い儒教を国教とし、陰陽五行説に基づく四神図像が成立した。それ以前の漢代には四神ではなく、三神の例が多くある。

「戦国末から前漢初の図像資料のなかには、亀と蛇の交尾形である玄武が描かれていないものも多く、玄武が最後に四神の仲間入りしたことだけは明らかである」という。

四神は天体で、もともと天の四方に配された星宿の名であり、それが徐々に下へとさがり、地の四方の守り神となった。中国人は中央を加えた五方を基本として考えており、四神思想は五行思想に基づいている。また方格規矩四神鏡からは、四角い大地と円い天がその上にあるとする「天四地方」が見てとられ、大地の四方に柱=四極が天を支えているという思想が反映されている。

続く
 
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大和魂 29 ( No.31 )
日時: 2010/10/15 11:37
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

 第三章 龍の起源説

 第三章では、古代中国人がどのような思想に基づき、どのように自然と接していたのか結論を導くために、龍がどういった経緯で成立したのか、明確な答えが得られる問題ではないと思われるが、様々な起源説が存在する中でも、特に蛇、ワニ、恐竜など爬虫類を中心とする動物を起源とするもの、また河や雷など自然現象を起源とする説を取り上げる。

 (一) 龍と蛇

 現存する動物の中で、龍に一番近い形態を持つとされるものは蛇であろう。ドラゴンについて述べた項にあるように、西洋の龍・ドラゴンは一般的に緑や黒っぽい色の鱗におおわれた蛇、もしくは蜥蜴のような爬虫類の胴体を持つとされる。『新約聖書』に登場するドラゴンは年を経た蛇として書かれ、エジプト神話のアポピスは大蛇で蛇の王であった。

また「ドラゴン」の由来とされる「ドラコーン」はギリシア語で蛇を意味する言葉であるし、その多くは蛇が変化したものとして表わされている。さらにエジプトで発掘されたツタンカーメン王の黄金のマスクには蛇が装飾されており、「エジプトの象徴のハゲワシとコブラ」とあるように蛇は信仰の対象でもあった。

わたしは第一章でエジプトを地理的に捉えた上で西洋のものとして扱ったが、エジプトにはウラエウスという蛇形の聖獣がおり、「エジプトではウラエウスが中国の龍とおなじように王権のシンボルであった」とあるように毒蛇コブラを神格化し、信仰の対象としていた。

善のウラエウスと悪のアポピス、それぞれの性質を持つ蛇がエジプトには存在し、そのままの姿のコブラを信仰する文化は西洋には見られないもので、ドラゴンというよりも、善悪二面性を共有するインドのナーガに共通点が多く見られる。

同じくナーガも毒蛇コブラを神格化したものであり、インドを始め東南アジアに広く分布するナーガ信仰は、インドの原住民によって民間信仰として行われていた蛇神信仰が徐々に龍神信仰として形を変え、取り入れられた結果による。ヒンズー教の神、シヴァ神が身体に巻き付けたもの、ヴィシュヌ神が従えているものは蛇であり、ヒンズー教に登場する毒龍カーリヤも蛇の王であった。

 ドラゴン、ナーガと同様に中国の龍も基本体は蛇の胴体に似た、鱗におおわれたものとして描かれている。洪水になると、河を生きたまま流れる姿がみられたため、蛇が洪水を起こすとも考えられていた。龍の形態に関して九似説に蛇の項とみずちの腹とあるように、みずちは蛇に似た形態を持つ想像上の動物であり、龍はその身体に蛇の部位を多く持つ。さらに中国において天地の創造神である伏羲・女カの下半身は蛇であった。

続く
 
メンテ

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