ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[814] 大和魂(日本の心のルーツを探る)
日時: 2018/05/23 11:57
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XPKXw99A

「大和魂」と言う言葉を使うと嫌悪感に満ちてこれを否定する人たちが多い。
まるで街宣右翼と同類に扱われる。

しかしながら先の大戦において、国を守る為に散って行った200万近い兵士の事は、どのように思われるのか。

全てが全てでないとしても「大和魂」を信じて突進し倒れた兵士の事は考えられないのか。
その「大和魂」が軍部によって利用されていたとしても当事者の兵士の責任ではない。

ここで「大和魂」をミソクソに言う事は彼らの死を馬鹿にする事になる。
調子者が騙されて死んだと言えますか。

彼等の為にも「大和魂」は正当に評価することが大事と思います。
彼等は、まさしく彼等なりの「大和魂」を持って、国を守る為に死んで行ったのです。


(プロローグ)

人類が霊長類と分類されて他の動物よりも繁栄してきたのは、その頭脳的能力が発達、進化してきたからであります。
始原における人類は、その頭脳的能力で道具を使うことを覚え、そのうちに火を自在に使えるようになりました。

これは生きる(食べる)事において画期的な進化でありました。
一方で人々は集団で生活して行くことの重要性に目覚め次第に大きな集落を形成し分業をするようになってきた。
集団で生活し始めると、自分達の生活を脅かす自然の力に対する畏怖の心も結集することになり自然崇拝、呪術などが起きることになりました。
このころになると、集団には統治の機能が求められ次第に原始国家に近い概念が生まれてきました。

人間の頭脳的能力が生きるための対自然から、統治という人間自身の問題まで対象にし始めたと言うことです。
集団の英知(頭脳的能力の総体)を集めることに成功した人類は、農業、漁業、工業の分野を確立し安定した社会を構成することが出来ました。
このころになると、宗教と言うものが次第に鮮明な形を帯びてきて、人々の精神的ケアをするとともに、宗教を通じて集団の結束を図るようになってきました。
同時に統治者は独裁の傾向が強くなり王国を形成するようになります。
自然を相手に生産活動に殉じてきた人間でしたが、集団の力が強化されるとともに、他の集団を略奪することにより、成果がもたらされることに気がつき以来、血で血を洗う抗争が続いてきました。

さて、3000年も4000年も遡りますが、一応は自然を相手の格闘に一段落した人間は、その精神的な余裕の分だけ、その頭脳的能力を内面に向けるようになりました。
それが宗教であり、哲学の世界です。

文字として残る最古の哲学は、2000年くらい前のギリシャ哲学でありますが、その内容は主に統治の問題に絡んで話されています。
最初の哲学が、ようやく手に入れた人間社会の安定のために、人間は如何にあるべきかが最大テーマであったという事でしょう。
中国における儒教というものもこの範疇に入ると思います。

時を同じくして、キリスト教、イスラム教、仏教が興っています。現在まで続いているこれの宗教は、哲学とは別の方向から人間の内面性を説こうとしたものであり、それまでの宗教が民族単位に近かったものから人類共通の普遍性を主張しているのが特徴です。
西欧の歴史は、一時、キリスト教の精神で色濃く塗られていましたが、キリスト教的教義への反動として、500年くらい前にルネッサンス(文芸復興)と言う考え方が広まりました。
直接はキリスト教支配の前の人間精神への回帰ですが、実際は新たな人間性の認識へ移りました。
其処では、人間自身を自然とも切り離し、神とも切り離して如何に生きられるかについての思索がなされました。

それは300年後に資本主義、民主主義という鮮明な形で認識されるに至っています。
その途中、西欧哲学はスピノザに始まりホッブス、デカルト、カントへ至る人間自身の認識論(観念論)からヘーゲルの純粋論理的認識論(弁証法)へ進むなど、自然の理を超越しようとした試みが中心でありました。
それを人類の進化、発展と見れば、そのまま肯定もできるでしょう。
確かに、論理的に西欧哲学的思考で割り切ることにより、現代社会の繁栄があるのです。
さて、現代社会において我々が直面している困難は、深いところで人間性の問題につながっています。

資本主義、民主主義のシステムは、物資と情報、享楽と言う意味で人類に飛躍的な果実をもたらしました。
自然とともに生きなければならないと言う束縛から人類を解放したと言えます。
そうして、現代社会が直面している困難と言うのは、その昔、人類が経験していた自然の恐怖とは質が異なる困難であります。
ここに現代の困難は文明史的な次元の課題であると思います。
ここ4000年の間に営まれてきた宗教、哲学の概念の延長上で、どのように捉えられるか、更なる進化と言う観点から捉えるのか、人間性というものを自然との関わりで見直すことが正解であるのかが問われています。
これに対して、直線的に斯くあるべしと言うよりも、この観点から日本の歴史を振り返ってみたいと思います。

具体的には、弟3期西欧文明(資本主義・民主主義)が今日ある状況以外に人類は選択の余地がなかったのか、その過程において切り捨ててしまったものの中に人類が必要としていたものはなかったのかについて検証することから始めようと思います。
タイトルの「大和魂」とは、西欧文明以前の日本の精神文化を総称したものであります。
途方もなく長ったらしい話になりますが、ボチボチと御付き合い願いますよう御願いします。
説明のために掲げています長文は適当に読み飛ばしていただければ幸甚に思います。


(追申です 2017年6月24日)

このスレッドも、旧掲示板で書き始めてから言いますと10年近くたっています。
「大和魂」という標題のため、読んでくださる方は、常に「大和魂」の概念を探ろうとされているようです。
しかしながら、このタイトルは、このスレッド全体を通して感受されるべきものとして書いていますので、「大和魂」とは何かという設問には答えが見いだせなく戸惑いながら、結局は何が言いたいのか解らずしまいの様でしょう。
タイトルのつけ方が適正ではなかったかもしれません。
そこで、この時点(No188のレス)で私自身、ようやくたどり着いた「大和魂」の概念について次の様に説明して置きたいと思います。

<大和魂とは>

西欧民主主義が入ってくる前
江戸時代の朱子学に毒されるまえ
特に武士道などは、もってのほか。

それを取ったとき、
日本人はどのような生き方をしていたか。
それを探りたいのであり、言葉では、簡単には現せなく体感してほしいと思っております。

また「魂」という言葉を使っていますのは、物事に挑戦する意欲を表現しています。
これも具体的には言えませんが、山田長政の話やら、あまり良いことはしてないようですが倭寇など海外へ積極的に進出する、その気概。
日本人にも、そんな積極性があったことを頼もしく感じています。
そして、それは日本独自の文化、芸術を生み育てる力にもなっています。

その様なものを一括して「大和魂」と言っています。
そうして、そういうものを、この文章から感じ取っていただけることが出来たら幸いと思って書いています。
ですが、将来の日本人に「大和魂」だけを押し付けるつもりで言っているのではありません。
日本人には「大和魂」があることを忘れず、社会を生きてほしいと願うのです。

※ 体感してほしいと言っていますように、この文章の各所に伝説、神話、他の国の事情などを説明している箇所が随分とあります。退屈かもしれませんが、それを読まれることによって、それが書かれた時代、場所の様子を感じ取っていただきたいのです。
特に前半の部分は、日本民族と他国の民族性の違いを感じ取るために、長ったらしく資料を集めました。

(目  次)
No 0      プロローグ・目次
(前 章)
NO 1〜7    「大和」とは
(民話・伝説)
No 8〜16    日本の神話・伝説
NO 17〜20  中国の神話・伝説
NO 21〜37    世界のドラゴン伝説
No 38〜42    中国の民話
NO 43〜47    世界の七夕伝説
NO 48〜50    中国の民話・伝説
NO 51〜67    インドの民話・伝説
No 67〜93    イスラムの民話・伝説
No 94〜124   アングロサクソンの民話・伝説
(日本の歴史検証)
No 125〜137   「和」の検証 
No 138〜151   神代の時代から古墳時代
N0        飛鳥・奈良時代(一時、サーバのトラブルがあり、この部分が消えています)
No        平安時代(一時、サーバのトラブルがあり、この部分が消えています)
※ 後日復旧する予定。
No 152〜169   鎌倉時代
NO 170〜     室町時代
NO        江戸時代(未稿)
No        明治時代(未稿)
No        現代(未稿)
NO        「大和魂」とは(未稿)
No        エピローグ(未稿)

※ 世界の民話・伝説に紙面を割いているのは、日本人と他民族の気質の違いを探るためです。
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

大和魂 25 ( No.27 )
日時: 2010/10/15 11:28
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

第二章 中国の神獣・龍

 第二章では、中国において龍がどのように捉えられ、信仰されてきたのか。第一章で西洋の龍、アジアの蛇について取り上げたと同様に、中国の龍の形態、性質、自然との結びつきを中心に考察していきたい。

(一) 皇帝のシンボル

 すでに序章で述べたことだが、中国における龍は四霊、四神思想を始めとするように、聖獣、守護神などとみなされ、信仰対象として親しまれている。中国の聖なる神獣・龍、西洋の邪悪なる怪獣・ドラゴンといった通り、対照的な性質であることを両者の相違点における特徴とする。龍とドラゴン、全く異なる性格を有しているにもかかわらず、一般的に西洋のドラゴンは龍と訳され、同一の動物として認識されている。

このことからも推測できるように、両者とも似通った形態を有している。まずここで混乱を避けるためにも、この章では西洋の龍を「ドラゴン」、中国のものを「龍」と呼ぶことに統一する。

ドラゴンと同様に中国の龍もいくつかの動物を組み合わせた複合動物である。鋭い爪のついた四本の足を持つ、鱗でおおわれた蛇のような胴体を基本とし、頭には二本の角と髭をそなえている。龍の形態に関して、「九似説」と称される鹿の角やみずちの腹、鬼または兎の眼、虎の掌など、九つの動物のある部分を併せ持つともいわれている。

当然のことながら神獣・龍も天を自由に飛翔する能力を有する。しかし、その多くの龍は胴体に翼をつけていることはない。翼を持つ龍は応龍と称され、分類される。さらに空を飛ぶ龍を飛龍ともいう。龍は飛翔できるだけではなく、水中深くに潜り、さらには自由自在に姿を変えることができるという。

複数の動物を合成し、多くの能力を持ち、吉祥とされ、人々の様々な願望を表した姿をしているのである。さきに序章で述べた『家語』においてはあらゆる生きものを虫と称し、鳳・麟・亀・龍・人を五霊と定めた上で、それぞれに中央を含めた五方位を配して諸虫の首としており、その中でも龍は鱗虫の長であると記している。

鱗虫とは魚類のことである。また、『淮南子』では龍をあらゆる生き物の祖とし、それぞれの祖を羽虫は飛龍、毛虫は応龍、鱗虫はみずちの意も持つ咬龍、介虫は先龍であると記載している。羽虫は鳥類、毛虫は獣、介虫はかたい外皮をもった動物を指す。

 龍は強い力を象徴しており、ドラゴン、ナーガ三者ともに共通していることだが、龍は神の配下である。中国の古代神話、伝説には禹の行った治水についての話が語られている。禹の父は鯀といい、父子は帝であった堯と舜に仕えていたとされている。

死んだ後三年を経ても鯀の死体は朽ちることなく、その腹の中から様々な神力を身につけ、龍となって禹が誕生したと伝えられている。黄河などの大河を抱える中国にとって、河の氾濫は生活を脅かす大問題であり、政を行う上で治水は重要なことで、そのためか、禹が治水を成功させたことにより舜は帝の位を譲ったのである。ここで中国初の王朝とされる夏王朝が幕を開ける。禹が行った治水には、その助けとして応龍や一群の大龍小龍が登場し、また龍は禹一族のトーテムとされている。

続く
メンテ
大和魂 26 ( No.28 )
日時: 2010/10/15 11:30
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

さらに中国神話において伏羲・女 という二人の神が天地を創造したとされるが、この神々の上半身は人、下半身は蛇の胴体を持つという。古代人にとって龍は鳳とともに重要な地位に位置していた。

同じことはその後、漢代以降の皇帝にもみられるようになる。天子の顔を例えて龍顔、龍犀と称し、龍母という皇太后の尊称、天子の即位を龍飛というように、中国では龍は専ら皇帝のシンボルとされている。

特にその中でも二つの角と五つの爪を持つ龍は皇帝を象徴するものとして神聖視されており、民間で用いることを禁じ、龍袍ともいわれるように皇帝の衣服や紫禁城の至るところ、さらには殿内に残されている皇帝の所有物とされる様々なものに二本角と五本爪の龍が使用されていた。

龍は皇帝自身そのものでもあり、皇帝もしくは王朝の守護神でもある。第二章で、仏典に記載されたナーガが中国に持ち込まれた際に、龍と訳されたと述べたが、ナーガが仏教の守護神とみなされているように、中国でも龍が似た性格を持ち、その上ナーガ、龍の両者が大蛇に似た形態をしているために龍と同一の聖獣として認識されたと考えられる。

 日本においてもよく使用されているが、「逆鱗に触れる」「画龍点睛」「登龍門」などといったように龍の字のついた言葉がたくさん存在している。上に挙げた三つは中国で生まれた言葉である。「逆鱗に触れる」は中国の故事によるもので、龍の喉の下に逆さに生えた鱗が一枚だけあり、もし人がこれに触れると、龍は必ずその人を殺したということから、君主や目上の人の激しい怒りをかう意を持つ。

「画龍点睛」は物事を完成させるための大切な一点の意味だが、やはり中国の絵の名手が描いた龍に最後に睛(ひとみ)を描き入れると、たちまち龍が天に昇ってしまったという故事から、「登龍門」は立身出世のための関門の意であり、黄河の上流にある龍門を登ることに成功した鯉が龍になったという故事によるものである。このように、中国には龍に関する説話や物語などが数多く言い伝えられている。

 聖なる獣・龍ではあるが、中国においても龍退治の物語が存在している。『淮南子』には、空に穴が開き、天地のバランスが崩れてしまったときに、女 が五色の石を練り上げて作ったものを用いて空を修繕した。それとともに大雨を降らせていた黒龍を殺し、大洪水を止め、冀州を救ったと記されている。民話には黒い龍が村の谷川の水をすべて飲み干し、涸らしてしまったためにその龍は殺され、岩に姿を変えたという。

また中国には四海や河、湖などを守護するとともに暴れ者として河を氾濫させるといわれる龍王が存在し、その龍を退治する英雄が登場するのである。とはいえ、その多くの龍は神の配下や吉兆を示す神聖なものであり、さらには長寿、円満など人々の願いを象徴した、信仰の対象としてみなされているのである。

続く
 
メンテ
大和魂 27 ( No.29 )
日時: 2010/10/15 11:31
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

(二) 龍の信仰

 第二項では、龍が実際にどのように信仰されているのかを見ていきたい。
 龍もドラゴン同様、水中や海、河川、湖などを棲処とする。ただ物語やファンタジーに登場するドラゴンは、その多くが暗いイメージのまとわりつく洞窟を棲処とするが、龍にはあまりみられない。水棲の動物であるためか、龍も「水」と結びつけられる。

西洋ではドラゴン退治を行った神々が雨を降らせる存在であるのに対して、中国では龍が雲を起こし、恵みの雨をもたらす神であり、雨乞いの対象とされる。龍は水のシンボルともいわれ、人々のみならず総ての生き物にとって死活問題である海や河川の支配者として水や雨を自在に操り雨を呼び起こし、さらには洪水の原因となると考えられている。

そのため龍を敬い、崇めるのである。仏教では龍王を祀る王廟をつくり供物を供え、ヒンズー教や密教にも雨乞いが行われているが、中国においても古くから農民によって龍の踊りや呪文を唱えることで雨を祈願したという。乾いた土に水をかけその泥で龍型をつくり、その土龍に降雨を祈り、唐の玄宗皇帝は大干魃時に、龍だけを描いている絵描きに龍を描かせ雨乞いをしたと伝えられる。

 また中国各地で龍に関する行事が行われ、一年を通してみることができる。旧暦一月龍灯、旧暦二月龍抬頭、旧暦五月分龍節、雲南省では旧暦五月に龍王を祭って供物を捧げ、旧暦七月には龍母の昇天を、旧暦の八月には龍公の昇天を見送る。ラオス、タイ同様に、中国の大河でも夏の始まる頃に龍頭祭が催される。青海省の省都西寧は、かつてのシルクロード南ルートであり、チベット族やモンゴル族、回族の人々が多く生活している。

この地には黄河という大河が流れ、青海湖がある。ここにおいても旧暦の七月に龍に関する祭祀、「海祭り」が行われている。ラマ僧によって楽が催され、海に捧げる供物が用意され、「赤、青、白、黄色の「龍達」とよばれる紙片もこの炎に向かってなげいれるや、炎のいきおいで空高く舞い上がる。うまく舞い上がると五穀豊穣や家畜の繁栄などが約束される兆しとして喜ばれる」。

その後「法舞」という舞が行われる。虎や龍、牛などの動物をかたどった面をつけたラマ僧によって舞が舞われ、護法神としての役割を持つ。チベット族でも「龍舞祭」が行われる。ここでも火が燃え、そこに龍達(ロンダー)や供物の五穀が人々の手によって投げ入れられる。

「火炎の気流にのって空高く舞い上がる龍達は、龍が天に昇るようにさえ見える」という。さらに龍舞、「大きな円形を描き龍がとぐろを巻いているように龍の舞」が舞われ、龍女を意味する女体像が登場する。また、湖南省や貴州省に暮らすミャオ族では龍王が信仰されている。秋の稲収穫後または春の耕し前に、龍を呼び出す儀式を行う。

そこには伝統的な色と方位との関係がみられる東の青龍、南の赤龍、西の白龍、北の黒龍、中央の黄龍が登場するのである。黄色は中国にとって特別な意を持つ色であり、神話に語られる禹の姿は龍であったと先に触れたが、その龍は黄龍であった。

続く
メンテ
大和魂 28 ( No.30 )
日時: 2010/10/15 11:32
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

龍は長寿または不死と結びつき、天高く飛翔することから天地を行き来することができ、天上への乗り物と考えられた。龍は春分には地上から天に昇っていき、秋分には下りてきて淵に入るという。

このことは空に瞬く星と関係しているのだろう。序章で記述した戦国時代前期の曾候乙墓から出土した漆箱の蓋には、北斗七星にあたる星名とともに二十八宿がみられ、東方と西方に青龍七宿と白虎七宿が対として表わされ、その後南方と北方に朱雀七宿と玄武七宿がそれぞれ加えられたが、四方にわけた天に四神をあてはめる思想の原型がすでにあったことを示している。

文献に関しては漢代に司馬遷によって書かれた『史記』律書には、四方に配された二十八宿についての記載がある。この東方の青龍にあたる七宿は西洋においてはサソリが連想された。その中でも一番明るい光を放ち、サソリの心臓とされるアンタレスは中国では心(なかご)とも大火あるいは火とも称されているが、特に春分のころに空に輝き、秋分のころには姿を見せなくなった故に、淵に入るとされたのではないだろうか。すなわちこの季節は農業にとって作物を生育させるために必要不可欠な恵みの雨がもたらされるために、龍と雨乞いとが関連づけられたのだろう。

「十二支は殷代にさかのぼれる」という。

その中でも唯一十二支に登場する、想像上の動物である、辰。「辰」は北極星や北斗七星を指し、また東方青龍七宿のひとつである房(そい)星のことでもあり、青龍の本体のことを指している。このことからも四神思想と星宿が密接に関わりを持っていることが推測できる。

「四神」という思想は曾候乙墓の漆箱からもみてとれるように、その原型はおよそ戦国時代に成立していた。様々な造形に表現され、現存の動物を土台にしてイメージした「四神」を象徴する神獣として青龍、白虎、朱雀、玄武が配されるのは、漢代の中期、武帝以降のことである。武帝は神秘主義的性格の強い儒教を国教とし、陰陽五行説に基づく四神図像が成立した。それ以前の漢代には四神ではなく、三神の例が多くある。

「戦国末から前漢初の図像資料のなかには、亀と蛇の交尾形である玄武が描かれていないものも多く、玄武が最後に四神の仲間入りしたことだけは明らかである」という。

四神は天体で、もともと天の四方に配された星宿の名であり、それが徐々に下へとさがり、地の四方の守り神となった。中国人は中央を加えた五方を基本として考えており、四神思想は五行思想に基づいている。また方格規矩四神鏡からは、四角い大地と円い天がその上にあるとする「天四地方」が見てとられ、大地の四方に柱=四極が天を支えているという思想が反映されている。

続く
 
メンテ
大和魂 29 ( No.31 )
日時: 2010/10/15 11:37
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

 第三章 龍の起源説

 第三章では、古代中国人がどのような思想に基づき、どのように自然と接していたのか結論を導くために、龍がどういった経緯で成立したのか、明確な答えが得られる問題ではないと思われるが、様々な起源説が存在する中でも、特に蛇、ワニ、恐竜など爬虫類を中心とする動物を起源とするもの、また河や雷など自然現象を起源とする説を取り上げる。

 (一) 龍と蛇

 現存する動物の中で、龍に一番近い形態を持つとされるものは蛇であろう。ドラゴンについて述べた項にあるように、西洋の龍・ドラゴンは一般的に緑や黒っぽい色の鱗におおわれた蛇、もしくは蜥蜴のような爬虫類の胴体を持つとされる。『新約聖書』に登場するドラゴンは年を経た蛇として書かれ、エジプト神話のアポピスは大蛇で蛇の王であった。

また「ドラゴン」の由来とされる「ドラコーン」はギリシア語で蛇を意味する言葉であるし、その多くは蛇が変化したものとして表わされている。さらにエジプトで発掘されたツタンカーメン王の黄金のマスクには蛇が装飾されており、「エジプトの象徴のハゲワシとコブラ」とあるように蛇は信仰の対象でもあった。

わたしは第一章でエジプトを地理的に捉えた上で西洋のものとして扱ったが、エジプトにはウラエウスという蛇形の聖獣がおり、「エジプトではウラエウスが中国の龍とおなじように王権のシンボルであった」とあるように毒蛇コブラを神格化し、信仰の対象としていた。

善のウラエウスと悪のアポピス、それぞれの性質を持つ蛇がエジプトには存在し、そのままの姿のコブラを信仰する文化は西洋には見られないもので、ドラゴンというよりも、善悪二面性を共有するインドのナーガに共通点が多く見られる。

同じくナーガも毒蛇コブラを神格化したものであり、インドを始め東南アジアに広く分布するナーガ信仰は、インドの原住民によって民間信仰として行われていた蛇神信仰が徐々に龍神信仰として形を変え、取り入れられた結果による。ヒンズー教の神、シヴァ神が身体に巻き付けたもの、ヴィシュヌ神が従えているものは蛇であり、ヒンズー教に登場する毒龍カーリヤも蛇の王であった。

 ドラゴン、ナーガと同様に中国の龍も基本体は蛇の胴体に似た、鱗におおわれたものとして描かれている。洪水になると、河を生きたまま流れる姿がみられたため、蛇が洪水を起こすとも考えられていた。龍の形態に関して九似説に蛇の項とみずちの腹とあるように、みずちは蛇に似た形態を持つ想像上の動物であり、龍はその身体に蛇の部位を多く持つ。さらに中国において天地の創造神である伏羲・女カの下半身は蛇であった。

続く
 
メンテ
大和魂 30 ( No.32 )
日時: 2010/10/15 11:38
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

蛇に関する信仰は世界各地で見られるもので、日本も例外ではない。中国の四神思想や龍信仰から多くの影響を受け、それらを吸収するとともに他地域と同様に独自の文化をも誕生させている。

日本神話においても蛇退治の話が存在する。素佐之男命(すさのおのみこと)と八岐大蛇(やまたのおろち)との一戦である。大蛇は年を経て巨大化した蛇で、ここに登場する大蛇は、身体に四肢を持たず、蛇形を保ったまま頭のみが龍と化したものとして描かれる。「この神話は、異文化の部族同士の争いを神格化したもので、大蛇の尾から天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を得たということは、一方を鉄文化を持った部族とする説もある」という。

この神話は『リグ・ヴェータ』に書かれた、インドの侵略者アーリア人によるインドラ神と原住民による蛇神崇拝がアヒとして描かれ、対立した物語に類似点があるように思われる。

 以上に示した通り龍の起源は蛇にあり、龍は正当さを主張するために用いられ、「龍は政治化された蛇である」とする説がある一方で、「蛇にあると思っていた龍の起源はまったくの誤りであった。龍は馬や猪あるいは鹿などのトーテムを中心として形成されたものであった。

蛇が龍の中に取り入れられた部分もあるが、蛇がその中心的母体となって龍になったわけではない」といった説もある。ナーガの起源は蛇であるのは明らかである。龍の起源をドラゴン、ナーガの両者と同一のものと見なすのであれば、龍の起源は蛇であろう。

しかし、ナーガは中国に伝播するにあたって、龍と類似する性質を有していたことも関係して同一のものと認識されただけであって、中国の龍とナーガは異なるものである。アジアにおける龍神崇拝は蛇神崇拝を基としたものであるが、仏法がもたらされるより以前にすでに中国には龍が存在していた。

とする一方、蛇そのままの形態を持つナーガが中国において龍と同一視されたのは、龍もナーガ同様、蛇を起源とする動物だからだろうか。また形態こそ類似するものではあるが、善と悪、全く異なった性質を持つ龍とドラゴンは同一のものではない。それぞれ独自の起源を持つのだろうか。

続く
 
メンテ
大和魂 31 ( No.33 )
日時: 2010/10/15 11:40
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

ここでまた、閑話休題。

以下は、トブゾー氏が寄せられたものです。

注連縄(しめなわ)は蛇が絡む様子を示しています。要するにオスとメスの絡み。蛇の生命力は強いとされており、それが注連縄で表される。
注連縄は土着の神を社内に閉じ込める意味があります。大注連縄で有名な出雲大社など、地元の勢力が強ければ強いほど、大きな注連縄で閉める必要があったわけです。

お祭りで神社の周囲に巡らされる縄に付けられたぎざぎざの白い紙は稲光を表わす。ようするに蛇や龍の登場は、稲光とともに雨をもたらすということで尊重されます。雷はアーリア人の神でもありました。
メンテ
大和魂 32 ( No.34 )
日時: 2010/10/15 11:41
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

Res38
引用

 (二) 恐龍とワニ

 次に挙げるのは、主に中生代に繁栄した大型爬虫類、恐龍を起源とする説である。「近代になって恐竜の化石の発見が多くなるにつれて判明したことは、この巨大な爬虫類が竜の基本形態に似ているし、その怪異な姿は西洋人の想像した竜とよく似ている」ことによる説で、その巨大な生物は様々な能力を持つと考えられ、信仰されるに至った。

「たかだか今より二千年か三千年くらい前までは、たとえ稀であっても、恐龍が出没しなかったとは言い切れないはずだ。五千年前や、一万年前には、もっとひんぱんに出現していたとしたなら、遅く登場した人類は目撃しえたはずで、人類の遺伝子へきっちりその恐怖とともにインプットされていても、おかしくはない」という。

恐龍を起源とする説においても信仰理由はそのものに対する恐れであり、畏怖によって神格化された。インドで毒蛇コブラがその危険さゆえに崇められた理由と同様であると言える。龍が恐龍であるならば、序章で十二支の中で辰は唯一の想像上の動物であると述べたが、すでに絶滅し、実在しない生物ではあるといえ、「かつては確実に存在していた故に、十二支の中に数えられ」たのである。

 同じく爬虫類のワニを龍の起源とした説がある。絶滅した恐龍に一番近い形態を持つ動物はワニであろう。特にドラゴンは恐竜に似た形態をしており、四肢を持つといった特徴が共通点としてみてとれる。とするならば、ドラゴンはワニを起源としていると言うことができる。古代エジプトでは蛇を始めとする様々な動物が神聖なものとして扱われており、ワニもその中のひとつであった。

そのエジプト文明を栄えさせたナイル川には凶暴なナイルワニが棲息している。インドやエジプトのコブラと同様に、「ナイルではワニの存在が恐怖の具現者として絶大であったために、そのまま神格化したのである」38中国にも揚子江流域あたりにワニが棲息していたとされ、龍の起源となったとも言われている。『ワニと龍』の中では、「蛟」はすなわちワニを指し、後漢時代になり気候の寒冷化が進む以前には揚子江にも棲息していたが、姿を消したために、龍へと変化したのだと述べている。

このような理由を挙げ、「ワニが「龍」であって十二支の中の動物だ」とも言っている。とすると、龍の起源が恐竜であれ、ワニであれ、全くの想像上の動物だとは言い切ることができない。実在していたからこそ、十二支のひとつに数えあげられたのだと言うことができる。

 以上のように生物を起源とするものをいくつか取り上げてみたが、その他にも同じ爬虫類では蜥蜴、ほ乳類では馬や牛、鹿、猪、または魚類など様々な動物を起源とする説が数多くある。わたしは龍の起源は、次に取り上げる自然現象から生まれたのではないか、という説が有力であるように思われる。いくつかの動物を組み合わせた形態を持つ龍は、人々の願望、あこがれの象徴であり、様々な能力を付与するためにも複合されるに至ったのだろう。

続く
 

メンテ
大和魂 33 ( No.35 )
日時: 2010/10/15 11:42
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

(三) 自然現象

 自然現象を起源とする説で、まず取り上げるものはその起源を河とする説であり、「中国では、蛇行する長大な河が、竜、龍のイメージを」持ったことから龍思想が生まれたという。ナイル川がエジプト文明を育んだように、中国においても中国北方を流れる広大な黄河が古代文明を築いた。河は生活や農業、人類の営みと密接に関わりを持つ。

洪水が起これば全てのものは水に流され失われてしまう。逆に河が枯渇してしまっても人間は生きていくことができない。自然は恵みをもたらすとともに、脅威でもあった。伝説の中で夏の始祖、禹が治水を行ったことから帝の地位についたように、古代の政治においては治水を成功させることが最重要課題であった。そのため、水・河の神を崇め、河が常に平穏であり、恵みをもたらしてくれることを願ったのだろう。

 大河は文明の繁栄において重要な役割を持ち、黄河文明よりも早くに誕生した、人類初とされるシュメール人が築いた古代メソポタミア文明もティグリス、ユーフラテス河と切り離して考えることはできない。やはりこの河も恵みを与えもし、氾濫も引き起こした。シュメールの印章には龍退治をモチーフにしたとされる図が描かれている。その後この神話は第一章で記した、「南メソポタミアの覇者となったバビロニアに引きつがれ」て、英雄マルドゥークと龍ティアマトとして登場している。

 次に龍の起源を雷とする、古代の人々は空に閃く稲妻から龍をイメージしたのであろうとする説である。気の遠くなるような時間を経た今日でも、自然のシステムが変化することはなく、稲妻、雷鳴と同時に雨がもたらされ、この現象は春分から秋分にかけて特に多くみられる。

雷と雨は結び付いた自然現象であり雷すなわち龍が雨を呼ぶと考えられ、稲妻の形が龍の姿を連想させ、雷鳴は龍の吠える様子とも想像されたのではないか。また雷はときに嵐と伴い、河を氾濫させる原因でもあり、自然の脅威の力は恐怖でもあった。そのため、龍は人々に恵みをもたらすと同時に畏怖の念をも抱かせる神として崇められ、雨乞いの対象、雨・水の神となるに至った。さらに雷は神鳴りの意味も持っている。

とすると、西洋のドラゴンは雷を起源とはしないのだろうか。ドラゴンは雨を降らす能力は持っておらず、そのドラゴンを退治した神々が雨をもたらすのである。バビロニアの英雄マルドゥークは雷と嵐を武器としていた。その一方、ヒッタイトでは稲妻や嵐は龍がもたらすものと考えられていた。雷が立ち去った後には、必ずといって良い程太陽が顔を覗かせる。ペルシャのゾロアスター教やエジプトでは水の神ではなく、太陽を神として信仰していた。

続く
メンテ
大和魂 34 ( No.36 )
日時: 2010/10/15 11:44
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:AOs0erLs

 雷と同様に、自然現象である龍巻を起源とする説では、「竜巻は雷雨にともなわれる場合が多いし、地表の地物を巻きあげたり、水面では魚類などを巻きあげて魚などの雨を降らせたりする」ことによって龍が生まれたという。

しかし、龍巻はめったに見られるものではない。また雷、龍巻と関連して、千変万化である雲を起源とする説がある。「地上の水蒸気が天上の雲を生み、雨または豪雨となって地上にもどる。この豪雨は巨大な土石流をひきおこし山野を疾駆する。雲はときに雷雲となって、稲妻を閃かせ雷鳴を轟かす。また雲は風をよび龍巻となって大地を移行する」

 次に「竜の機能すなわち、竜の天に昇り、われわれの生活にもっとも関係の深い農業に必要な雨を降らす霊物として天然現象を竜の原型として考えられる」とされる天上の星を起源とする説である。すでに第二章、龍の信仰で述べたが、四神は天の星としての守護者から地に下り、四方の守護者となった。春分から秋分にかけて姿を表わす一等星、アンタレスが古代中国では龍と連想され、農作物の生育において必要とされる雨が降雨する季節に出現する星でもあり、雨をもたらす神として雨乞いの儀式が行われるようになったという。

また人々は天上世界にあこがれを抱いていた。龍は天上への乗り物とされ、不老長寿、不死延命を願う神仙思想と結びつけられた。すなわち天に輝く星々が天上へ導くもの、龍であった。しかし、「星座を竜に見立てるには、まずその前に竜の観念がなければならない」とされ、空に輝く龍が雨・水の神となった理由としては認められるが、そこから龍が生み出されたとは言い切れず、「議論が逆である」と考えられる。

 龍の飛翔や変幻自在といった能力は自然に由来するものであり、人間を超越した自然の力が人の想像力を掻き立たせ、龍を生み出した。あらゆる生き物にとって水は生きていく上で最も重要なもので、よって信仰の対象となり得たのだろう。ここに似た形態を持つ蛇などの動物が結び付き、さらに様々な動物の形態が組み合わされていき、その動物の特徴までもが取り込まれ、現在にみられる龍が誕生したのだろう。

続き
 
メンテ

Page: 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前  「名前#任意の文字列」でトリップ生成
E-Mail 入力すると メールを送信する からメールを受け取れます(アドレス非表示)
URL
パスワード ご自分の投稿文の編集、削除の際必要です。面倒でしょうが入力をお勧めします。
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
コメント

   クッキー保存