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[814] 大和魂(日本の心のルーツを探る)
日時: 2018/05/23 11:57
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:XPKXw99A

「大和魂」と言う言葉を使うと嫌悪感に満ちてこれを否定する人たちが多い。
まるで街宣右翼と同類に扱われる。

しかしながら先の大戦において、国を守る為に散って行った200万近い兵士の事は、どのように思われるのか。

全てが全てでないとしても「大和魂」を信じて突進し倒れた兵士の事は考えられないのか。
その「大和魂」が軍部によって利用されていたとしても当事者の兵士の責任ではない。

ここで「大和魂」をミソクソに言う事は彼らの死を馬鹿にする事になる。
調子者が騙されて死んだと言えますか。

彼等の為にも「大和魂」は正当に評価することが大事と思います。
彼等は、まさしく彼等なりの「大和魂」を持って、国を守る為に死んで行ったのです。


(プロローグ)

人類が霊長類と分類されて他の動物よりも繁栄してきたのは、その頭脳的能力が発達、進化してきたからであります。
始原における人類は、その頭脳的能力で道具を使うことを覚え、そのうちに火を自在に使えるようになりました。

これは生きる(食べる)事において画期的な進化でありました。
一方で人々は集団で生活して行くことの重要性に目覚め次第に大きな集落を形成し分業をするようになってきた。
集団で生活し始めると、自分達の生活を脅かす自然の力に対する畏怖の心も結集することになり自然崇拝、呪術などが起きることになりました。
このころになると、集団には統治の機能が求められ次第に原始国家に近い概念が生まれてきました。

人間の頭脳的能力が生きるための対自然から、統治という人間自身の問題まで対象にし始めたと言うことです。
集団の英知(頭脳的能力の総体)を集めることに成功した人類は、農業、漁業、工業の分野を確立し安定した社会を構成することが出来ました。
このころになると、宗教と言うものが次第に鮮明な形を帯びてきて、人々の精神的ケアをするとともに、宗教を通じて集団の結束を図るようになってきました。
同時に統治者は独裁の傾向が強くなり王国を形成するようになります。
自然を相手に生産活動に殉じてきた人間でしたが、集団の力が強化されるとともに、他の集団を略奪することにより、成果がもたらされることに気がつき以来、血で血を洗う抗争が続いてきました。

さて、3000年も4000年も遡りますが、一応は自然を相手の格闘に一段落した人間は、その精神的な余裕の分だけ、その頭脳的能力を内面に向けるようになりました。
それが宗教であり、哲学の世界です。

文字として残る最古の哲学は、2000年くらい前のギリシャ哲学でありますが、その内容は主に統治の問題に絡んで話されています。
最初の哲学が、ようやく手に入れた人間社会の安定のために、人間は如何にあるべきかが最大テーマであったという事でしょう。
中国における儒教というものもこの範疇に入ると思います。

時を同じくして、キリスト教、イスラム教、仏教が興っています。現在まで続いているこれの宗教は、哲学とは別の方向から人間の内面性を説こうとしたものであり、それまでの宗教が民族単位に近かったものから人類共通の普遍性を主張しているのが特徴です。
西欧の歴史は、一時、キリスト教の精神で色濃く塗られていましたが、キリスト教的教義への反動として、500年くらい前にルネッサンス(文芸復興)と言う考え方が広まりました。
直接はキリスト教支配の前の人間精神への回帰ですが、実際は新たな人間性の認識へ移りました。
其処では、人間自身を自然とも切り離し、神とも切り離して如何に生きられるかについての思索がなされました。

それは300年後に資本主義、民主主義という鮮明な形で認識されるに至っています。
その途中、西欧哲学はスピノザに始まりホッブス、デカルト、カントへ至る人間自身の認識論(観念論)からヘーゲルの純粋論理的認識論(弁証法)へ進むなど、自然の理を超越しようとした試みが中心でありました。
それを人類の進化、発展と見れば、そのまま肯定もできるでしょう。
確かに、論理的に西欧哲学的思考で割り切ることにより、現代社会の繁栄があるのです。
さて、現代社会において我々が直面している困難は、深いところで人間性の問題につながっています。

資本主義、民主主義のシステムは、物資と情報、享楽と言う意味で人類に飛躍的な果実をもたらしました。
自然とともに生きなければならないと言う束縛から人類を解放したと言えます。
そうして、現代社会が直面している困難と言うのは、その昔、人類が経験していた自然の恐怖とは質が異なる困難であります。
ここに現代の困難は文明史的な次元の課題であると思います。
ここ4000年の間に営まれてきた宗教、哲学の概念の延長上で、どのように捉えられるか、更なる進化と言う観点から捉えるのか、人間性というものを自然との関わりで見直すことが正解であるのかが問われています。
これに対して、直線的に斯くあるべしと言うよりも、この観点から日本の歴史を振り返ってみたいと思います。

具体的には、弟3期西欧文明(資本主義・民主主義)が今日ある状況以外に人類は選択の余地がなかったのか、その過程において切り捨ててしまったものの中に人類が必要としていたものはなかったのかについて検証することから始めようと思います。
タイトルの「大和魂」とは、西欧文明以前の日本の精神文化を総称したものであります。
途方もなく長ったらしい話になりますが、ボチボチと御付き合い願いますよう御願いします。
説明のために掲げています長文は適当に読み飛ばしていただければ幸甚に思います。


(追申です 2017年6月24日)

このスレッドも、旧掲示板で書き始めてから言いますと10年近くたっています。
「大和魂」という標題のため、読んでくださる方は、常に「大和魂」の概念を探ろうとされているようです。
しかしながら、このタイトルは、このスレッド全体を通して感受されるべきものとして書いていますので、「大和魂」とは何かという設問には答えが見いだせなく戸惑いながら、結局は何が言いたいのか解らずしまいの様でしょう。
タイトルのつけ方が適正ではなかったかもしれません。
そこで、この時点(No188のレス)で私自身、ようやくたどり着いた「大和魂」の概念について次の様に説明して置きたいと思います。

<大和魂とは>

西欧民主主義が入ってくる前
江戸時代の朱子学に毒されるまえ
特に武士道などは、もってのほか。

それを取ったとき、
日本人はどのような生き方をしていたか。
それを探りたいのであり、言葉では、簡単には現せなく体感してほしいと思っております。

また「魂」という言葉を使っていますのは、物事に挑戦する意欲を表現しています。
これも具体的には言えませんが、山田長政の話やら、あまり良いことはしてないようですが倭寇など海外へ積極的に進出する、その気概。
日本人にも、そんな積極性があったことを頼もしく感じています。
そして、それは日本独自の文化、芸術を生み育てる力にもなっています。

その様なものを一括して「大和魂」と言っています。
そうして、そういうものを、この文章から感じ取っていただけることが出来たら幸いと思って書いています。
ですが、将来の日本人に「大和魂」だけを押し付けるつもりで言っているのではありません。
日本人には「大和魂」があることを忘れず、社会を生きてほしいと願うのです。

※ 体感してほしいと言っていますように、この文章の各所に伝説、神話、他の国の事情などを説明している箇所が随分とあります。退屈かもしれませんが、それを読まれることによって、それが書かれた時代、場所の様子を感じ取っていただきたいのです。
特に前半の部分は、日本民族と他国の民族性の違いを感じ取るために、長ったらしく資料を集めました。

(目  次)
No 0      プロローグ・目次
(前 章)
NO 1〜7    「大和」とは
(民話・伝説)
No 8〜16    日本の神話・伝説
NO 17〜20  中国の神話・伝説
NO 21〜37    世界のドラゴン伝説
No 38〜42    中国の民話
NO 43〜47    世界の七夕伝説
NO 48〜50    中国の民話・伝説
NO 51〜67    インドの民話・伝説
No 67〜93    イスラムの民話・伝説
No 94〜124   アングロサクソンの民話・伝説
(日本の歴史検証)
No 125〜137   「和」の検証 
No 138〜151   神代の時代から古墳時代
N0        飛鳥・奈良時代(一時、サーバのトラブルがあり、この部分が消えています)
No        平安時代(一時、サーバのトラブルがあり、この部分が消えています)
※ 後日復旧する予定。
No 152〜169   鎌倉時代
NO 170〜     室町時代
NO        江戸時代(未稿)
No        明治時代(未稿)
No        現代(未稿)
NO        「大和魂」とは(未稿)
No        エピローグ(未稿)

※ 世界の民話・伝説に紙面を割いているのは、日本人と他民族の気質の違いを探るためです。
メンテ

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大和魂(日本の心のルーツを探る)  馬鹿者の戯言さんへ ( No.186 )
日時: 2017/06/24 13:35
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:saPMkyLI

馬鹿者の戯言さんこんばんわ
何時もながら、貴方の言われている事は十分に理解できます。
しかしながら、説明はし難いのですが、御幣があるので、少々長くもなり、このスレッドでも初めて言いますが結論的な私の想いを書いてみます。


日本人は古代から氏神信仰で見られるように自然の中ではぐくんだ優しい心を持っていました。
もちろん日本の古代でも争いはあり薬園の様な生活をしていた訳ではありませんが、他の大陸の諸国と比べての事です。
大和朝廷成立の頃には仏教が伝来し、その中から信仰心とは別に慈悲の心が受け入れられるようになりました。
室町時代以降に入ってきた儒教からは孝行と言う家族のきずなを学びました。

このようなものが日本人の気質として政治や宗教、学問等とは異なり心の中にて定着し日本人の精神文化となりました。
念の為に断りますが、大和魂を言う場合、ただこれだけでは十分ではありません。
「大和魂」と言う場合、こうした気質に基づいて行動する意欲の事を言います。
我が国は、この大和魂と共に歩み歴史を作ってきました。
ところが明治時代の到来は、文明開化と言う名目で異なる文化が押し寄せ、それに迎合することが善しとされ、国民も喜んで受け入れました。

精神的には西欧民主主義、個人主義の世界です。
社会の西欧化は政治、学問、科学の発達は諸手を上げて喜ぶべきことであり、個人的にも民主主義の思想は、それまで束縛を強いられてきた個人の精神を大きく解放することになりました。
しかしながら、従来の日本的精神文化と、キリスト教的精神文化との違いを、どれほど意識していたのでしょうか。
キリスト教的精神文化は、倫理、道徳、形而上学的な存在意識において、神との契約が根底にあります(一神教)。
それに対して、日本の精神文化は、形而上学的には多神教、倫理、道徳も神との約束事ではなく実生活から積み上げられた普遍性です。
一見して両者は同じ様に見えるかも知れませんが、そうではない部分があると言う事は、なかなか具体的には見えません。
キリスト教的行動規範は、神との契約が根底にあり、それは聖書などに書かれている内容で示され、示されているもの以外は人々の自由な解釈が肯定されているのです。
一方で、日本古来の行動規範は、たとえば倫理、道徳面の規範でも、それは実体験から生まれた普遍性であり、人々は、どのような場合でもそれを当てはめようとします。

ここにわずかですが差異が出来るのです。
西欧的な発想と、日本的なものと、優劣をつけたいのではありませんが、その違いについては認識しておくことが必要でしょう。
このような表現では、抽象的で解りにくいと思うので具体的な例で説明しましょう。
家族制度について西欧的な考えでは核家族が当たり前で、親子同居の二世帯住宅など考えられません。
ところが伝統的な日本の考え方は、長男が家を継ぎ、その家庭は親子同居、場合によっては三世代同居が当たり前です。
どちらが良いと言えば、現代の人は100%近く西欧型核家族を選ぶでしょう。
しかしながら、実際には老人介護の問題などで核家族の問題が発生しています。

昔型のニ世代同居へ戻れと言っているのではありませんが、二世代同居の長所も理解はされているでしょう。
私が言いたいのは、西欧型核家族制度を選ぶ前に、日本的な家族制度についてしっかりと認識した上での結論が欲しいと言う事です。
この場合、家族の単位の事を言いましたが、西欧型精神文化を取り入れる前に、日本の精神文化について正しく認識すべきであったのですが、明治時代の文明開化は、そんなことには目もくれず西欧化へ走りました。
それでも明治政府の政策もあり家族制度などの西欧化は法例で抑えられていた分も相当ありました。
そういう不満がバネの役目を果たし、戦後の民主化は明治の文明開化以上に西欧化に飛びつく結果となりました。
日本的な精神文化はすっかり悪者にされ見捨てられていきました。

ですが結局は現在に至り、西欧民主主義の世界の矛盾を目の当たりにし戸惑っている状態ではありませんか。
個人の自由、自由と叫んでも結局は大した幸せ感を得ることが出来ないことも解ってきたでしょう。
司馬遼太郎が明治以降の日本文化を接ぎ木文化と言ったように、明治以降、日本の精神文化は少々歪な成長をしてきたのです。
日本の文化は、最初は「和」の心に代表されるように氏神信仰の世界の様に温厚なものでした。

その後に入ってきた仏教の教えも、儒教の教えも十分に日本の精神として受け入れ、接ぎ木と言われる様な成長はしませんでした。
仏教の教えも儒教の教えも決してそのまま人々に受けいられらた訳ではないでしょう、西欧文化も当然、日本の精神文化に合うように取り入れられるべきものではないでしょうか。
そこに問題を見出しています。

私が「大和魂」のスレッドを書いていますのは、こうしたことを問きほぐし将来社会の方向を探る為の試みです。
ですので「大和魂」と言う単語の解釈をどのようにしようとも私の言いたいことは認識できないでしょう。


ついでに読者の方にも申し上げます。
このスレッドでは、昔話や伝説など例えの文章を随分と多く記載していて辟易されている方も多いと思います。
ですが、この話は論理を追及しているのではなく、実態の精神を問題にしています。
ですので、その時代時代、項目毎の実際の様子を体験していただくことなくして、言っている事は理解出来ないと思って書いています。
メンテ
Re: 大和魂(日本の心のルーツを探る) ( No.187 )
日時: 2017/06/24 18:37
名前: 馬鹿者の戯言  ID:mD834Yeg

天橋立さん、「大和魂」に付いて、色々、彼れや此れや、お書きに成りますので、論旨の焦点がぼけてしまいます。

で、もちょっと簡潔に「大和魂」とは何なのか、如何言う事なのか、教えて頂きたい。

そのご返書を以って、此のスレへの私の要らざる書き込みは終わりと致したいと思います。

如何でしょうか?
メンテ
大和魂   馬鹿者の戯言さん ( No.188 )
日時: 2017/06/25 11:28
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:6UOUgxbg

>もちょっと簡潔に「大和魂」とは何なのか

どういえば良いのでしょう。


西欧民主主義が入ってくる前
江戸時代の朱子学に毒されるまえ
特に武士道などは、もってのほか。

それを取ったとき、
日本人はどのような生き方をしていたか。
それを探りたいのであり、言葉では、簡単には現せなく体感してほしいと思っております。

また「魂」という言葉を使っていますのは、物事に挑戦する意欲を表現しています。
これも具体的には言えませんが、山田長政の話やら、あまり良いことはしてないようですが倭寇など海外へ積極的に進出する、その気概。
日本人にも、そんな積極性があったことを頼もしく感じています。
そして、それは日本独自の文化、芸術を生み育てる力にもなっています。

その様なものを一括して「大和魂」と言っています。
そうして、そういうものを、この文章から感じ取っていただけることが出来たら幸いと思って書いています。
ですが、将来の日本人に「大和魂」だけを押し付けるつもりで言っているのではありません。
日本人には「大和魂」があることを忘れず、社会を生きてほしいと願うのです。


このスレッドは、これから江戸時代、明治を経て現代社会を検証してみたいと考えています。
10年近く書き続けていますが、このスレッドを訪ねていただいた方は、貴方を含めて3〜4人とさびしいものです。

このスレッドはA4に書けばすでに200ページを超えています。
文章の中身は、回りくどく不要なものもあり、整理し簡潔にまとめたものを出版して(自費)せっかくの思いを将来誰かに伝えたくも思っていたのですが、いまだに完成していないこともあり、その気力は怪しいものになってしまいました。

最後に、

どなたの意見も、表に現さなくても吸収して取り入れているつもりなので、私だけが一方的に喋っていて、とっつきにくいスレッドでしょうが何回も訪れてください。

馬鹿者の戯言さんの意見も、他人からは、このように見られていると思うと、非常に参考になるのです。
このコメントが書けたのも、貴方の問いかけがあったからで、改めて自分の思いを見つめることが出来ました。

メンテ
馬鹿者の戯言さんへ  最初のページに目次をつけました。 ( No.189 )
日時: 2017/06/25 12:43
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:6UOUgxbg

馬鹿者の戯言さんへ

自分で読み返していても、その時、その時に書き綴っていたので、随分と分かりにくいものでした。
改めて目次を打ってみましたので、興味のある部分がありましたらご覧ください。

すっかり忘れていましたが、肝心の飛鳥、奈良、平安時代のことが消えてしまっていました。
この復旧には滅入ってしまいます。

最初の頃の日付は2010年10月14〜30日の投稿分、95ページは、旧掲示板で書いていたものを転載していたものです。
メンテ
Re: 大和魂(日本の心のルーツを探る) 此れを以って馬鹿者からは終わりにします ( No.190 )
日時: 2017/06/26 09:35
名前: 馬鹿者の戯言  ID:gdnR9y9Y

「大和魂」と言う言葉が、その包含する意味に於いて歪曲されたのは、幕末から明治以後、特に昭和の軍国主義旺盛な時期でした。

幕末のテロリズム・アジテーター「吉田松陰」等が言った言葉、

  『斯くすれば 斯く成るものと 知りながら 已むに已まれぬ 大和魂」

と、短歌調に言って居ますが、理性より感情が先に立つ、と言うメチャクチャな物です。思わず突っ走ってしまうのです。

此れが、それ以後の日本人の指導層(長州閥でしたから)に大きな影響を与え、日清、日露、太平洋戦争、と続き、遂に1945年の悲劇、原爆投下の大惨事 を招いたのですが、戦後も70年を経過して、またぞろ「長州閥系」の“安倍低能総理”によって復活させられそうに成って居ます。 洗脳によって愚民化した 日本人 は其れが判らないのです。

考えても見て下さい。スナックなどの水商売を経営する様な、カミさんを持った総理大臣なんて前代未聞です。芸者に入れ揚げた奴は何人も居ますがね。 そんな総理ですから「オトモダチ」の法人に利益供与する事に血道を上げているのです。其れをまた必死に擁護する自民政治屋集団が居るのですから、日本人の馬鹿さ加減は世界中の笑いものです。

さて、大和魂 が最初に見えるのは、平安時代の著述家「紫式部」が著した「源氏物語」です。曰く、

 『才を本としてこそ やまとたましい の世に用いらるる云々・・」の一説が見えます。

そしてその「才」とは日本人固有の「知恵」「思慮分別」「情緒を理解する心」等を指します。

其れを箇条書きにすると、
@ 日本流の知恵
A 思慮分別
B 感情的な情緒や人情によって物事を把握し、共感する心
C 社会の中で物事を円滑に進める為の能力
等に成ります。

天橋立さん、も否定しておられる様に、
此処には、明治以後の右翼や軍閥が国民を指嗾した、“イケ、イケ、どん、どん”の軍国主義思想は有りませんね。

私がこの、「大和魂」をあまり論じたくないのは、歪められた解釈によるこの言葉が、根強く日本人の中に定着しているからです。

では此れで終わりと致します、また別のスレでお会いしましょう。失礼しました。
メンテ
Re: 大和魂(日本の心のルーツを探る)   馬鹿者の戯言 さん ( No.191 )
日時: 2017/06/26 10:54
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:ZChukVGk

馬鹿者の戯言 さん

レスを有難うございました。
最後に一言、申し上げます。

誤解を受ける、厄介な「大和魂」などと言う言葉をあえて標題にしていますのは、
アメリカのフロンティアスピリット
イギリスのジョンブル魂

などと同じように国民の意気込みを現すのに適当な言葉として「大和魂」という言葉に目を付けたのです。
現在、多くの人に思われている「大和魂」の概念を払しょくしてこそ、私が言う「大和魂→日本のこころ」が日の目を見ると思うとともに、なんとしても、固定概念を払拭させねばならないと思った次第です。

ですので、このスレッドに注目していただけるほとんどの人とは、この様な問題は避けて通れていないのが現状です。
私も、少しよくばりすぎていると思っています。

メンテ
気質、魂、文化・・・(2) 満天さんがこの分野で面白いことをお書きになっているので、世にも不思議な物語から引用しました。 ( No.192 )
日時: 2017/06/29 17:04
名前: イントィッション ID:9FhkzI7.

日時: 2011/05/07 07:52名前: 満天下有人 ID:I08KD8W6

・・・よく言われる日本人は情緒的、精神論的、それも画一的、社会構造もそれを変えるという合理的精神より、世の歪みも自分の人生観の中に消化して自己完結させてしまう・・・毛唐は合理主義・・・こちらは強いものに弱い、毅然とした姿勢が取れない、強いものには一目置くというより迎合してしまう、しかし弱いとみると、対アジア政策に見られたように、バカにしながら懐柔策を取る・・・

西洋は強いものには一目を置く、イラク戦でフランスが反対の口火を切り、英国がそれに続きました・・・さすがのアメリカも一目置かざるを得なかった・・・、

こちらは強いものに弱いから、戦争当事者でもないのにインド洋無料ガソリンスタンドを継続した、駐米大使に面と向かって、表だって反対していたのは、小沢一郎一人であった、それに対し国民はブーイングを浴びせる・・・コアが無くて情緒的に群れてしまう・・・典型的なのが、

「敷島の 大和心を人問はば 朝日に匂ふ 山桜花」(本居宣長)でしょう・・・

・・・大和魂というものが何なのか未だに良く分からないのですが、、他者との関係においては親切とか礼儀正しいとかいう面はあっても、それは西洋人とて持っているものだが、大和のそれは社会契約を軸にした概念というものではないから、総じて国際関係においても世の構造変革という面にまで深い考えとして到達しない・・・逆説的に大胆に言うなら、大和気質=魂がそうさせているとも言える・・・

・・・反戦さんが言われている西洋コンプレックス、珍しくこれに反発したのが対米宣戦布告となったのでしょう、それも画一的な心情=詠嘆調が軸になっていて合理性を基準にしたものでなかった・・・その反省も英霊に申し訳が立たないという精神論で情緒的に自己完結してしまう・・・独自の文化=気質、魂という側面から見ると、これも情緒的な事がコアになって、世界が見る日本文化とは異国情緒なものとしか捉えられない・・・と、ここまで考えて来るとこの国に社会関係までをも動かす独自の文化というものがあったのかなと、疑問が湧いて来るのです・・・

正しい義を軸にしたものが、大和魂の本義であったとしても、魂の別の側面=一般における気質は情緒的、精神論的なものを軸にしているから、英国におけるジョンブル精神とも質がかなり違う・・・

先日の英国ロイヤルウエデイングの模様を見ていて、彼らの文化とはどういうものであったかに思いを巡らすと、彼らの祖先も北部ドイツやデンマークあたりからブリテインに侵入したゲルマン族だから、アングロのサクソン人には侵略を軸にしてその気質が創られている・・・そこから善悪は別にしてプライド高い気質が根本にある・・・それをベースに民衆権利を確保する大憲章も生まれている・・・

・・・天橋立さんが、貧乏人にとって小金がありがたいように、戦後の教育の充実で多くの知識を得た国民が知識そのものをありがたく受け取って、本来の自分自身を見失ってしまっているのでしょうか、と疑問を投げておられるが、元々大和魂の気質なるものが情緒的なものであるとの大胆な仮定に立つと、その上に出来る文化なるもの、それも魂にまで迫れぬ(迫った所で同じものが出来るというものでもない)マネごと文化であれば、そもそもからして純粋独自の精神文化なるものがこの国に存在していたのであろうかという、大きな命題にぶつかってしまいます・・・

・・・ややこしい話を長々と書きました・・・少し肩を和らげるために小金というアメリカ学生のジョークを・・・小金を英語でチエンジと言う、つり銭もチエンジと言います・・・「オバマはチエンジ(改革)というが、我々はチエンジ(小金)が欲しいだけなのだ」・・・(笑)・・・。


メンテ
Re: 大和魂(日本の心のルーツを探る) ( No.193 )
日時: 2017/06/29 18:46
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:kz/EEfpk

イントィッションさん、差入れをありがとうございます。

満天下さんとは、こんなことも話していたのですね。
満天下さんも戦前の「大和魂」の被害者であり、沁み込んだ思いを捨てきれなかったでしょうに、私の話に耳を傾けていてくださった様子が解ります。

最近になって申していますように「大和魂」と言えば、どなたも大仰に構えられてしまいます。
そうではなく、もっと自然で単純な概念のつもりなのですが。

この話、まだまだ30回分ほど続けなくてはなりません。
サーバの都合で消えてしまった飛鳥時代から平安時代の大事な話を書きなおさねばならず、滅入っております。

メンテ
大和心と大和魂・・・ ( No.194 )
日時: 2017/07/02 15:52
名前: イントィッション ID:Ps5V/1Jw

もう一つ満天のおっちゃんの差し入れをしておきました。。。

日時: 2011/05/08 00:55名前: 満天下有人 ID:IdNoaKcI

・・・同じ世代の、ひょっとして同じ年の生まれかも知れない反戦さんや私にとっては、大和魂なるのものにはぞっとする現実のトラウマがありまして、これは拭い去ることが出来ません・・・

大和魂なるものが間違って大東亜戦争に利用されたとしても、古くは紫式部が詠った魂の心があったにせよ、現実では利用された者のトラウマの方がより強く、悪く、心の一角に沁みついております・・・意気高揚させるモチーフとして使われても、誰も古代における心には思いが戻らず、やはり強烈な傷を残した大東亜戦争時のそれが真っ先に出てきます・・・

・・・私が良く使う、日本人の気質には出口が無くなると止むを得ず「自己完結」してしまう所があると言うのは、例えば大和魂を吹き込まれ体当たりして散った特攻隊員など、心から止むに止まれぬ鬼畜米英の精神からと言うより、どこかおかしいなあと感じつつも、それは絶対に外に出さない、その出せない気持ちも同じく止むにやまれぬ心情でしたでしょう・・・

・・・それを黙って(いや晩年沢山の親に出した最後の手紙には真情が滲み出ていますが)実行に移せたのは自分の心の中で運命として昇華させてしまった、つまり自己完結で纏めてしまった・・・それは大和の魂というより、やさしい大和の「心」がそのように結論付けてくれた・・・その側面が勝ったからと言う風に理解しております・・・

・・・もし大和の「心」と大和の「魂」が、同列なものとすると、魂も穏やかなものである筈で、魂の方は檄を飛ばすというような手段とするなら、矛盾して来ます・・・現代において現実の大和魂がいかな使われ方をしたのか、皮膚感覚的に理解出来ない時代に入っている時、大和魂で行くべしと言っても、説明がつかなくなります・・・何故大和人としての倫理観、道徳観を表す大和心で現状を糾弾出来ないか、いやそれでは弱い、やはり大和魂だとなると、東条英機や河本大作まで出て来て、また侵略戦争かとなり混乱すると思います・・・

・・・あれは侵略戦争だったのかというテーマでもありませんのでここでストップしますが、天橋立さんが<西田幾太郎や和辻哲郎がそれぞれの立場で、日本的なものを昇華しようとしたが、日本的なものに摺り替えようとしたが成功しなかった>と言われているそこに、あなたの意図があるようです・・・(加えて無気力化した日本人のケツを蹴飛ばしたい気持ち)・・・

ならば「大和心」が軸になって来ます・・・となると大和心なるものはむしろ、国家概念から離れた村落共同体的意識であり、それはイントゥさんが持ち出されていたマイケルサンデルの「共同体主義」と共通項を持ちます・・・サンデルの場合はそれをグローバル化しようとする点で実現はかなり困難なものとなる・・・サンデルを批判する者には、共同体と言っても、諸国がそれぞれに文化歴史を持っているから、各共同体に軋みが生じる、ドイツなどで批判が多いようです・・・ただその障害を取り除く手段としてサンデルは、世界共通の問題、例えば戦争とか原子力の問題を持ち出して異国間での市民による討論を通じて、共通項の認識から世界共同体の実現を意識しているようですが、村落共同体的発想でも同じように言える「政治」という概念が抜けているようです・・・

・・・いや、そんなロクでもなかった政治など、国家単位でも不要であるとして、それで共同体がうまく動けば良いのですが・・・そうも行きますまい・・・

我が国での共同体的社会の仕組みの理想は、どこら辺に可能性があるのか、歴史文化宗教的意識が全然違い、そこから形成されて来た所謂西洋型個人主義などと言うものを、今からこさえてそれを土台にするなどは、不可能なことですし、その必要も無いとすると、穏やかな田園型村落共同体にして、反戦さんが言われていた道州制の中で、経済も循環するような仕組みが一番、実現可能かな?・・・官僚どもが抑えにかかってきたら、それこそ大和心でガンジー的抵抗をすれば成功率はかなり高くなると思えます・・・という意識も民衆にも無いなら、まさしくクタバレ日本だ・・・。
メンテ
大和心と大和魂、喪失の典型は菅民主党・・・ ( No.195 )
日時: 2017/07/02 16:13
名前: イントィッション ID:Ps5V/1Jw

日時: 2011/05/10 06:37名前: 満天下有人 ID:nEEcnlWA

・・・天橋立さんの大和心の概念は、花鳥風月、山川草木の中で、穏やかに育まれた気質ということを言われているのだろう・・・
ただ世の中が複雑化し、よく気を付けておかねば、その穏やかな心情まで虫ばまれてしまう、理不尽さに抵抗する勇気、それが大和魂であると言われ、それれを持てとて言うことであろう・・・

武士道にしても維新の時、大東亜戦争にせよ、その勇気が国家権力に利用され、外に対する勇猛心として使われてしまった、利用される側としても我が民族が持つ別の気質・画一性がそれに迎合してしまった、問題の本質がどこにあるのか、噛み砕くことをしなかった・・・

・・・時代性がそうさせたと言ってしまへば、結論は早いかも知れないが、大和心が持つ穏やかな気質が、本質的に問題意識を産まないものとするなら、いかなる時代にあっても大和魂は生まれない、時代性がそうさせてしまったというのも、弁解に過ぎなくなる・・・大容量サウンドデモで人が集まる現象というのも、理不尽さに対する問題意識が十分に認識された上での抵抗心、勇気の発露というより、むしろ大和心が持つ時流に乗る等質化傾向の表現ではないだろうか・・・

・・・目下行われているデモを否定しているのではない、大和魂が理不尽なことに対する抵抗の勇気であるなら、警官隊に誘導されて歩くようなものは、デモとも言えない・・・一人や二人くらい逮捕されて、いやむしろそれが契機となって一歩踏み込むくらいにならないと、大和魂以前の場所で群れて大和心を発散しているだけに留まる・・・菅政権にブーイングしながらそれを倒せない現象も、似たような心情がそうさせているやに見える・・・

・・・覇気のない世相を生み出したもの、それは大和心が過保護の方向に走った・・・その前に菅、仙谷、谷垣など、そして財界においても団塊の世代が世の中をリードしている、その下に団塊ジュニアが繋がる・・・彼らが置かれて育った環境は彼らの所為ではないにせよ、過保護の心情はどうやって形成されたのだろうか、独断と偏見のもの見をして見るに、外敵に対する勇気よりも、自己防御心の方が勝ってしまった・・・世の中の仕組みはこれこれしかじかとなっている、可愛い子供たちを守るには、その場で他人より優位な場所に居れるようにとの、過保護心が先に働いてしまった・・・市場原理主義を誘導する金融資本の何たるかなど、どうでも良く、その中で少しでも優位な位置に居たい・・・
権力の座についた菅民主党の豹変ぶりにその傾向が透けて見える・・・

・・・数百人の民主党議員の資質も、いわば同じ質を持つ社会の構成員の土壌の上に出来上がったものであろう・・・大和心が持つ画一性が見事にそこに反映された、そしてそこには大和魂を要する批判と打倒の対象とすべき事柄の分解と認識が大きく欠落している・・・言い換えると、では何を求めるかの未来像を描けていない・・・

ハーヴァードのサンデル教授による演繹討論から帰納を導く手法にしても、その前提となる政治と経済の視点が欠落している、これは前提として必須欠くべからざるものである・・・原発問題一つにせよ背後にあるのは、資本的生産関係の中で脱原発が可能なのかという側面にも目が行かねばならない・・・目が行かないものだから問題が供給電力の不足や、電気料金の問題に矮小化されてしまう・・・中部電力が菅の意向を受け入れると決定した途端にマスコミは、東電に援助しようとしていた分が無くなると騒ぎだす、原発止めても東電の供給能力はあったという報道は、では何だったのか・・・仮に不足してもそれを乗りきろうという誘導は微塵も無い・・・

・・・菅直人が脱原発を明確化せずに浜岡だけを停止してくれと要請を出す、仙谷が副官房長官の立場で、原発は“戦略的”に位置付けられるべきもので、廃止する積りは無いと公言する・・・原発は恐ろしい事故を起こすから、その対策・安全性を強化して行かねばならないと、問題を刷り替えて言う・・・

・・・核、戦略、恐ろしさ、この三つの言葉からすぐに連想されるのは戦略核兵器という言葉だ・・・これは実際には使用不可能なものである・・・原発は例え百年に一回のことであっても、復興不可能な危険をはらむものである本質は同じである、目の前の実例が見えないのか、多くの過去事例があるではないのか・・・思い切って現状を打破する勇気・大和魂の欠落がそこに見える・・・

・・・“戦略的”原発とは一体何なのか・・・クセの悪い過保護育ち世代が使いそうな訳の分からぬ言葉だ・・・クセの悪さは自民党にも向かい、これまた過保護世代の谷垣などウロウロするばかり・・・振り上げた内閣不信任案など、どこかへ吹っ飛んでしまった・・・どこもかしこも大和心も大和魂も無い光景である・・・

・・・古代人が日蝕をとても怖がった、御天道様が無くなったら理屈もへったくれも無い・・・御天道様さへも破壊しかねない人工技術の恐ろしさをしっかり認識すべきである・・・核廃棄物の場所をモンゴルにまで求めて何の戦略だと言うのだ・・・原発が無くなったら経済が破綻するなどと言う意見まで出る土壌って、一体、何なのだ、未来像を描けないこと自体に、未来が無くなる因子が潜んでいるというのに・・・大和心も大和魂も何もないのだ、原発に限ったことでもない、大きな矛盾にぶつかっていけないのだ・・・その心無くては、全ては空中楼閣を営々とこさえているに過ぎない・・・。
メンテ

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