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[99] 高山 渚 さんのスレッド <官僚論・東大論
日時: 2009/08/29 20:24
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2900  日本の教育の見直し 
□投稿者/ 高山 渚 -(2008/02/10(Sun) 11:27:01) [ID:xRpRbi5Z]

親記事
引用
日本の教育は一日でも早く革命的改革が必要な国家事業だと私は思います。

日本の教育は入学試験に合格するための受験教育に過ぎません。そしてその弊害を象徴的に示す最近の新聞・雑誌の記事を二つあげてみます。

一つは、日経新聞でJFE(日本鋼管と川崎製鉄の合弁)が官需減少のため海外からごみ処理プラントを受注したところ受注に見合う技術レベルが追いつかず大幅の赤字損失を計上した。また石川島播磨重工の発電用ボイラーも荏原の廃棄物処理施設も結局、見積もりに見合う技術的裏づけがなく海外受注したものの解約や工事の遅れで大幅な損失を出しているというものです。

もう一つは、週刊文春の記事で、千名の女性からみた嫌いな大学アンケートで、1位東大176票、2位早稲田138票、3位慶応89標、4位京大29票で、その理由はいずれも「自分は頭が良いという自己中心的価値観」ということに集約され、いずれも自分の同門と群れを作っている(企業や官庁にはびこる学閥の原点)という指摘です。多くの大学卒がいる中で、京大は除外できても、上位3校は10%以上の人が不快に感じ、少なくとも尊敬されない人間集団であり、この国の難関校なるものの教育の実態を極めて良く示す証拠でもあります。

この一見全く無関係に見える現象こそが、喫緊に革命的な改善を加えなければならない日本の教育の姿を表しています。そして入学試験の点数の高さのみに関心を奪われた難関校の当事者自身が、入試点数が高ければ我が校は超一流と鼻を高くし、自分の学校の教育内容などどうでもよいという極めて愚かで低級な、これを愚劣と言いますが、愚劣人間によって日本の教育が荒廃させられていることを私たちは確認することができます。

最初の記事は、戦後の日本の高度経済成長を支えたものが高品質の製品製造を可能にした技術教育、職業教育を受けた技術者でした。しかし、この30年間の間に難関東大を頂点とする受験教育にこれらの生徒が巻き込まれ、内容のない大学教育の犠牲になったことを示しているのです。

日本の労働生産性を見ると、いまや先進30カ国中19位です。大学卒が多い第三次産業のサービス業は最下位なのです。しかし製造業の第二次産業がアメリカに次いで第2位なので、全体で19位にとどまっているに過ぎません。日本を支える産業が農業などの一次産業や製造業の2次産業であるのもかかわらず、受験名門合格を最優先させる教育改革などまさに狂気の沙汰であることを申し上げたいと思います。

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Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.1 )
日時: 2009/08/29 20:51
名前: 天の橋立の愚痴人間

■1985  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/07/26(Thu) 14:54:54) [ID:qk5XCOsO]

Res13
引用
2007/07/26(Thu) 17:18:41 編集(管理者)

「我が国のことをかえり見るに、明治維新を契機に民主主義の世界へ踏み出していらい、先の大戦までの数十年間は、伝統的、御上体質はあったものの、総じて行政機構(官僚は)欧米諸国に負けない国を作る事に精をだし、その意味で国民の側に立った経営を行ってきた。」

天橋立の愚痴人間さん、こんにちは。

私は技術屋で政治・経済の知識に疎いのですが、日本の国の政治が嘘と利権にまみれてきた原因について、考えてきました。ご指摘のように、その根源は官僚の腐敗にあると思います。 いや、清潔で高邁な官僚が腐敗したのではなく、最初から日本の官僚は腐敗するように育成されたのです。

近代的国家運営のために、官僚ならずとも国家有為の人材を教育し、輩出することが近代高等教育における最も重要な課題でした。すなわち教育は国家100年の計でありました。 しかし日本ではそれがうまく機能しなかったのです。しかも旧世代の価値観に支配された腐敗なら、教育によって新しい世代、新しい価値観・倫理観を育成することで克服できたはずですが、日本の教育ではそれが出来なかったことを意味します。

日本の政治腐敗や国家としての後進性は実はこの日本のエリート教育にあったと私は考えています。つまり日本の政治の腐敗の原点は創立順に陸軍士官学校、海軍兵学校そして東大なのです。いずれも当時、超難関という教育機関の名門中の名門でした。

明治維新から日露戦争までに至る日本の近代化は、藩閥政治という腐敗を抱えながらも近代教育を受けない世代に担われてきました。 日本の高等教育は藩閥政治や士農工商という旧弊を克服するために意味があったかもしれませんが、継ぐべき財産を持たないけれども学業に覚えのある旧士族や有力農家の次男、三男が立身出世を目指してこの難関に挑戦したのです。

そしてこの教育機関は入学試験や学業成績を重視し、点数の高低により人間の頭の良し悪しの順位を決めることに使われました。 日本の知性はこの時から入学試験の点数で決定ずけられるようになり、それが人物評価の絶対的尺度となったのです。 日本の国家が腐敗する原点はここにありました。

頭の良い人間が決めたことに一般の国民は文句が言えなくなりました。 そしてこれらの高等教育機関とその生徒達は、国家を、そして国民を睥睨し、自らの立身出生にのみ強い関心を抱くようになったのです。 

山本権兵衛首相は成人後に教育を受けた受験世代ではない首相でしたが、極めて優れた政治家でした。 しかし山本内閣は、中堅幹部になりつつあった陸士、海兵出身の軍事官僚の汚職によって崩壊したのです。 日露戦争以後、軍事官僚に東大出身の官僚が加わりますが、日中戦争の遠因となる近代外交史上でも恥ずべき、「21か条の要求」は東大首席の加藤高明外務大臣(後に東大出身の最初の首相)が世界第一次大戦のドサクサに紛れて中国に突きつけたものでした。

彼は三菱財閥の娘婿でもあり、国家と財閥企業との癒着と、それを取り持つ高級官僚の腐敗を象徴する人物だと思います。このように、日本の構造的な汚職政治は近代日本の高等教育機関が育んだ天下の秀才達により始められたのです。

敗戦により軍隊は解体されました。しかし東大と文官官僚組織はそのまま残されたのです。いま、日本の教育が危機的状況にあると思うのは、学力低下でも、教師力の低下でもありません。 センター試験という新しい道具で大学のランキング化を行い、日本人の知性を依然として試験の点数で序列化しようという考えが残っているために、本当は世界に誇れる日本の子供達が不毛で、構造的汚職に結びつく受験勉強に支配されていることです。

日本人には根深く刻み込まれている価値観でしょうが、これは立身出世の競争を煽り、刻苦勉励の代償に汚職を容認する恥ずべき国家に陥ることに早く私達日本人は気づくべきなのです。

この問題を政治腐敗の原点という課題で、投稿させていただきます。

メンテ
Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.2 )
日時: 2009/08/29 20:52
名前: 天の橋立の愚痴人間

■1998  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/07/28(Sat) 21:42:56) [ID:iwi1DXGY]

Res19
引用
「政治や官僚の糾弾の手を休めるものではありませんが、人類の新しい命題を探し流布させる流れがどの様なものであるのか考えていただけませんか。」

私が思うこの国の理想は、人類の新しい命題、それを私は「民族の共生」「国家の共生」という言葉で表そうと思ってきましたが、奇妙な人間が「共生党」という言葉を使ったために、使いにくくなりましたが、この命題を実現する世界のリーダーになることだと考えています。今、思いましたが「共存」の方が適切かもしれません。経済発展も、宗教も、そして生活習慣や水準も異なるこの地球に存在する全ての国家が、地球を守りながら共存することを推進するリーダー国家、それが日本の理想です。

歴史を振り返りましょう。中国大陸が西欧列強による植民地化に晒された時代、恐らく日本は極東の最も未開な国家に過ぎませんでした。しかし、近代教育なしに、富国強兵に勤しみ、日露戦争を戦い、中国のアフリカ化を阻止しました。西欧の植民地の下で喘ぐアジアの人々を勇気付け、彼らの激しい独立への希望にリアリティーを与えたことは間違いありません。この時代に、一人でも良いから、幕末に生きた破格の日本人の資質を持つ政治家か官僚さえいれば、日本は大東亜戦争から太平洋戦争へ至る余りにも愚かな国家破綻などせずにすんだのです。しかし、日本の難関教育はいつの時代の日本にも出現した破格の人間を一人も育てることが出来ませんでした。難関教育の中にいた有為の人材すらこのシステムは壊してしまったからです。

でもどうでしょうか、一面の空襲をうけ、原爆の惨禍で壊滅した日本は、難関教育とは無縁に再生したのです。BRICが台頭して来たといいますが、科学技術や工業製品は日本のものなしにこれからの発展は望めないと思います。環境保全、省エネ技術、無策の農政により壊滅的な日本の農業でさえ、難関教育とは無関係にその技術は世界でも破格なのです。しかし、この優れた日本人の資質を壊しているのが難関教育なのです。日本の優秀な子供はたくさんいます。日本の工業といわず農業でも商業でも、難関受験などと無縁に公平で自由に教育してあげることです。そして技術や技能とともに高い理性と自信を与えてあげればいいのです。必ずアジアではリーダーになれるでしょう。優れた日本人を教育、育成するということが実践できる大学ならどこの大学を出てても良いのです。

私は東大出ではありませんので、東大に通った人間の話をします。彼は高校のとき、全国レベルで物理が得意でした。希望は「元素を変えられるか」の研究だったそうです。しかし、文学や歴史、国語は余り得意ではありませんでした。それでも一生懸命勉強して東大の理科1類に入学したのですが、駒場での生活が悪かったので成績が悪く、留年も経験しました。専門を選ぶ時に、物理学科は勿論、理科1類の学科には進めず、理科2類の農業経済へ進むことになりました。東大に限らず、学問の序列さえ時には試験の成績で評価されることがありますが、理科系では物理、数学、化学の順に点数が高いから高尚で、理2の農学、薬学などの実学は低レベルと学生だけでなく、教師までもが信じて疑わない時代でした。今は人気が変わっていますかしら? 薬学や獣医が難しいので、高尚な学科らしいですね。

東大に入学できる天才が何人いるか分かりませんが、入学できたとしても本当の天才は東大の教養教育など馬鹿らしくて真面目に学校などへは行かないでしょう。アインシュタインなど東大の物理学科はおろか、入試にすら合格しないと思います。東大で満足するのは法学部政治学科に進んだ連中であり、それも大蔵省とか外務省に合格した人間が東大では最も尊敬されるのです。昔は一高東大が絶大な権威を持っていました。それ以外は、わずかな点数で序列を意識し合います。逆に東大ならどこでも良いという人間も大勢います。ライブドアの堀江さんは文学部宗教学科中退ですが、かの天才がこの学科を本当に志望したのかどうか、恐らく宗教学に興味は無かったのではないでしょうか。経済学部とか数学科へ進ませれば異能の研究家でマイクロソフトのビルゲーツのような本当のアントレプレナーだったかも知れません。

今では、官僚への風当たりが強いし、官僚になっても儲からないから医者にでもなろうかが主流なのではないでしょうか。それからなんで難関大学が優れているのでしょう。理由は一つ、昔は在野精神で東大の横暴への義憤を共有していた早稲田や慶応が財界や政界に既得権益を持つマフィアを形成するようになったからです。頭が良いという証明書がこの国では大変重要であり、経済マフィアの彼らには難関という栄誉が絶対に必要だったのです。ゆえに、早稲田の総長が付属小学校の入学寄付金300万円を「将来を考えれば決して高くないですよ」という発言になるわけです。

軍部独裁となった時代にあって官僚出身代議士が沈黙する中、粛軍演説を敢行した斎藤隆夫や満州放棄を主張した石橋湛山などの早稲田の先輩はこれをどう思うでしょうか。世界に誇れるはずの有能な日本の子供達をスポイルして、やれフリーターやプー太郎だと言っているのも、腐敗官僚のみならず、大企業の幹部や或いは日本人の多くに蔓延する陋劣な人物評価観も知性も、全てはこの明治以来の入試教育に由来していることをご理解いただければ幸いです。


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Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.3 )
日時: 2009/08/29 20:53
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2008  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/07/29(Sun) 15:48:48) [ID:iwi1DXGY]

Res21
引用
公務員改革法は渡辺喜美行革大臣が反官僚の観点から天下り規制を目的として作られたものですが、その文言の趣旨どうりになるかどうか、疑わしいのです。渡辺さんが官僚を含まないスタッフでこれを作らせたかどうか不明ですが、東大法学部卒の官僚の腕の見せ所が実はこの法案作成なのです。この作成手続きが実に複雑怪奇な慣行があり、作成極意を知るもの意外に手は出せません。従ってその文言にはいかようにも落としどころとかいう専門用語で異なる主旨も込められます。それに国家公務員法という法律もあり、人事院も絡んできます。こうなると、よほど明確な主旨に表現したり、関連の法律も整備しない限り、今までの骨抜き操作は簡単に行われます。次に示す日本国憲法を参照下さい。

第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
第17条 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。

この憲法の条文から言って官僚の腐敗は起こらないはずです。私達は国民の手で不適切な官僚は罷免できると考えますが、これは主に選挙される公務員(代議士、首長、議員)にしか当てはまりません。17条は不法行為によりとありますから、各省庁の法律に従って行ったといえば、何ら官僚の責任や国の責任が問えないのです。それから法律に従って賠償を求める途中で、何十年もかかるかもしれません。これはどの様なケースにも当てはまります。痴漢行為の現行犯などという刑法犯で無い限り、憲法で謳われても私達国民は不適切な公務員一人の責任すら問えない現実に突き当たります。

第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

この憲法22条は、これからフルに公務員により活用されるはずです。
外務大臣になった田中真紀子さんが伏魔殿の外務省を改革すると宣言して人事介入しました。任命権者が罷免だと言っても、当の事務次官が居直って不当を叫べば、容易に罷免すら出来ません。行政の混乱や停滞という大儀名分により、小泉首相により喧嘩両成敗で両者が更迭されました。このときの外務事務次官がひげの野上義二(現イギリス大使)で、問題は今、アメリカ大使をしていて「従軍慰安婦謝罪法案」撤回を「イラク政策不支持」で恐喝したと話題を提供している加藤良三の処遇でした。彼らは前任の川島次官、加藤紘一代議士らと、日比谷高ー東大ー外務省の同窓生なのです。


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Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.4 )
日時: 2009/08/29 20:54
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2016  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/07/30(Mon) 21:10:36) [ID:iwi1DXGY]

Res25
引用
天橋立の愚痴人間さんの欄に居座って申し訳けありません。すこし言い訳けをさせて下さい。
私はniftyにあった文芸春秋の日本の論点に投稿欄がありましたので、そこに何回か教育のテーマで投稿しておりました。そのうち何の理由か知りませんが、開店休業になり、私ばかりでなく他の方の投稿も掲載されなくなりました。それでもう1年以上、投稿の機会がなく、あきらめておりましたところ、偶然、このサイトに出会ったのです。

その間に、拙いIT検索技術でしたが2ちゃんねるを見る機会があり、教育の分野では大学入試ランキングだの、それをネタに他人を誹謗中傷、侮辱する言葉の氾濫に驚きました。私達が受験していたころには、心では思っていたのかもしれませんが「お前の大学は低レベル」とか「低レベルの大学生に言われたくない」ということは口にしなかったように思います。

今、私もこの国の腐敗と同様に日本の若者の不健康を心配しますが、この価値観は実はとても古く、私達も共有して来た、やはりこの日本の教育と無縁ではないと考えてきました。そして日本の後進性は、考えて見れば日本の教育で最も優れた教育機関から発しているのではないか、そこからこの国を検証したいと考えたしだいです。

貴方のアメリカ合衆国の欄にケンタロウさんという方がスウェーデンの教科書の詩文を紹介しているのを読みました。大変大きな意味のある言葉です。例えば、

殴られて大きくなった 子どもは
力にたよることを おぼえる

賞賛をうけた 子どもは
評価することを おぼえる

フェアプレーを経験した 子どもは
公正を おぼえる

国家に飼いならされた 子どもは
他者を飼いならすことを おぼえる

この言葉は人間の陥りやすい状態を示唆する重要な意味を持っています。「校内暴力やいじめ」「幼児虐待や家庭内暴力」などを起こす人間の多くが、過去に自分もそのような状態に置かれた経験をもつことが高頻度に観察されることが医学的にいわれています。美談として子供のとき親から激しい暴力を受けた子供が成人して自分の子供を持ったときに、いくら貧しくても自分が経験したことは絶対子供にはしない、という方もいますが、その方はよほど優れた人格を授かったか、或いは大変良い教師か医師にめぐり合い、精神的に癒された経験を持つかのいずれかだと思われます。

私の主張は、この詩文に続けるなら「尊大な教師に教育された子供は 他者に尊大に振舞うことを学ぶ」ということの検証になります。これが私のこの国の腐敗をもたらした一つの要因であることを考察してゆきたいと思っています。

専門家でもなく、文才にめぐまれてもいない者が、しかし物言わぬ多数の中でこんなことを考えているというメッセージを発すことが大変重要な意味をもっていると考えています。そのうち、このような取り組みから、すばらしい天才作家が現れて、これらをヒントに日本人の心を揺さぶり、日本の政治を変えるほどの文学作品が生まれることをかすかに期待しています。それで、稚拙は否めませんが、自分の研究発表のような思いで、参加させていただきました。
別の欄を作ったほうが良ければアドバイスをお願い致します。

メンテ
Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.5 )
日時: 2009/08/29 20:55
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2158  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/09/01(Sat) 14:05:55) [ID:xRpRbi5Z]

Res29
引用
年金をあてに出来ない者として、貧乏暇なしで仕事しており、本欄も読めませんでした。
nyanfoさんが教育関連の情報を提供されており、私も続きます。

さて本欄の「政治と官僚」というテーマは日本では「国家腐敗の構造」という言葉で表現されると思いますが、それが日本の東大を頂点とする教育とは呼べない「利権者選別教育」であり、「点数難関主義教育」にあることを問題提起し、その改革がこの国を正す一つの方法論であることをめげずに主張して行きたいと思います。

このことを実感したのは、10年ほど前でしょうか。まだ介護保険制度は始まっていませんでしたが、年金破綻、医療保険破綻の危機が意識され、「少子高齢化」問題が深刻な姿を現したとき、当時の厚生省事務次官が老人福祉施設の理事長と癒着して高級マンションや自動車をおねだりして逮捕されました。この国の崩壊の兆しを前にして、この行政当事者の姿ほど浅ましいものはありませんでした。傲岸不遜に振舞うこの国の官僚がどういうものかを示してくれました。この光岡事務次官は2年浪人して東大法学部を卒業した者ですが、旧大蔵省や旧内務省の次官は東大法学部卒以外はなれない掟があり、いくら優秀だとしても早稲田などの私立は勿論、京大などの旧帝大系国立大キャリアでもなれません。東大経済だって危ないのです。作家の堺屋太一さんは通産省を中途で辞めましたが、本人じゃないと分かりませんが、彼は東大経済で次官の目がなかったからも辞めた理由の一つかも知れません。光岡の厚生省は旧内務省なのです。

日本の教育は育んだ官僚達により一度、この国は破滅しました。そして戦後に生きながらえた同じ官僚達が作った自民党とその下で暗躍する現役官僚達により、再びこの国は破綻の淵に立っています。社会保障制度や財政破綻だけではありません。高度成長を支えた地場の製造業、そして日本の農業や医療すら、崩壊の危機にあります。自民党政府に依存して利益を得てきた企業や地方の自営業者は、決して過半数ではなかったけれど常に自民党が第一党になる投票を続け、自らの利権を守ってきたのです。これを最近やけに喧伝される「官民協力体制」にちなみ「官学財民腐敗の共同体」と呼ぶことにしましょう。この構造を支えた病巣こそ東大を頂点とする「点数利権主義的選抜教育」であると考えたわけです。

私の次の見出しは「ああ玉杯に花受けて、栄華の巷低くみて、天上天下唯我独尊」ということで、東大で教育した者、卒業した官僚の業績評価を試みようと考えていましたところ、出張先の本屋で立ち読みしていましたら、新潮文庫の「東大法学部」という本が目の前に現れました。著者は一高寮歌「ああ玉杯に」の作詞者をお祖父さんにもつ水木さんという方で、結論的には私と同じく東大法学部批判なのですが、一高寮長のお祖父さんのぬくもりを感じさせる「東大法学部への挽歌」という印象も持つ本でした。東大の成り立ちについて、私の理解と少しずれますが、資料として参考になりました。

「ああ玉杯に花受けて」は「天皇から国家隆盛の運営を嘱望されて」、「栄華の巷低く見て」は「世俗の栄耀栄華などには興味なく」というのが正確な意味だと思いますが、「天皇国家から権限を与えられ、社会や人民を見下して」と解釈すると次の「天上天下唯我独尊」という言葉に続き、明治期以降、この国を壟断してきた一高東大官僚の姿になり、それが今日まで続いているこの国の可及的速やかに切除が必要な病根像になると私は考えていました。

「尊大な教育を受けた生徒は、尊大に振舞うことを覚える」の仮説に基づき、まず教師側として東大草創期の外人教師、それから東大教授としては日清戦争の火種になった竹添進一郎、辛亥革命の孫文の革命資金を猫ババしたといわれる中村弥六、被害者か加害者かは分からない卒業生の外交官小村寿太郎、牧野伸顕、東大卒首相の加藤高明、城山三郎さんの「男子の本懐」の浜口雄幸や井上準之助などについて、次の機会に検証したいと思います。
 
メンテ
Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.6 )
日時: 2009/08/29 20:57
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2210  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/09/08(Sat) 15:36:19) [ID:xRpRbi5Z]

Res38
引用
nyanfoさん
貴方の指摘された「特権意識の崩壊」がこの国の再生には絶対に欠かせないことだと私も考えます。
そこで私はこの欄をお借りして東大弊害論を述べたいと思ったのですが、なにせ私は残念にも政治や歴史が専門ではないのでこの論証では文献資料や生の資料の手持ちがなく、伝記、歴史ノンフィクション、新聞記事や随筆、ウィキペディアなどの辞典に準拠しなければなりません。早速、私の投稿を読んだ友人から厚生事務次官は光岡でなく、岡光だろう。中村弥六は東大教授になるのがいやで政治家になり、そこで孫文の資金流用をした、との指摘をうけました。

最近、ウィキペディアが公務員により事実をゆがめる書き込みが行われていたそうですが、そこで確認しますと、中村弥六は東大の前身の東京農林学校教授でした。誇大妄想の妄言といわれないためにも、もしこの拙い文章をお読みになり、誤りにお気付きの方はご指摘いただきたいと思います。詳しく書くと誤りが大きくなりそうなので、エキスだけにします。それから、この下手な論証よりもこの掲示板の汚職官僚、高額所得天下り官僚のリストに出身大学一覧をつけることや、新聞の官僚人事と同様に事件を起こした者の出身大学を明記することをするだけで、この国の教育、なかんずく東大などの難関と呼ばれる学校の教育が「特権意識を植え付ける」だけの教育だったことが見事に立証されるはずです。

例えば「東大法卒佐藤福島県知事は、賄賂を業者から受け」「京大法卒木村和歌山県知事は業者と談合し」「東大法卒町田顕最高裁判事は衆院選の定数不平等による選挙無効の訴えを退け」とか、現在なら「東大法卒若林農水大臣の団体は補助金受給団体の長を兼ね」とかです。そのほうが手取り早い気もしますが、大学入試の勉強以来、歴史の教育を受けなかった素人でも東大批判の論証ができるほどひどいものだったぞ、ということを示すためにも論証は続けたいと思います。

さて、天皇を主権者に戻して中央集権国家を樹立した明治維新は日本で唯一の革命であったといえます。が、この革命後の日本の近代化は既成秩序の中にいた人間の「特権意識の崩壊」に重点が置かれました。その廃絶のために「廃藩置県」「四民平等」を行いますが、しかし既成秩序の権力闘争だった戊辰戦争と同じく今度は西郷隆盛に指導された反政府闘争の西南戦争を経験しなければなりませんでした。

特権意識に囚われた武士や公家と呼ばれる貴族ではこの国の近代化は覚束ないと当時の大久保利通や伊藤博文などの指導者は考えたようです。そして彼らは教育こそがこの問題を解決し、国家近代化の原動力とするためにも全ての国民を対象とした教育が絶対に必要だとして国民皆教育を始めました。教育が現在の日本にとっても重要なことと同様に、この考えは優れていたと思います。しかし日本のエリート教育が育んだ官僚がとんでもない国に日本を導くとは、彼らには想像できなかったことでしょう。

大久保利通や1世代若い山本権兵衛は藩閥政治の弊害を感じ、大久保は実力主義で、山本は近代教育のエリートで、官僚の抜擢を考え、藩閥に胡坐をかく無能の役人(公務員)を冗員として大幅に解雇しました。ご承知のように大久保も西郷も薩摩藩の下級武士出身ですが、彼らだけでなく日本の下級武士の中には反体制や尊王攘夷の志士として暴力に明け暮れるだけではなく、自ら勉強会を作り、維新後の日本の近代化を考え、西洋列強の侵略を如何に防ぐかに腐心していたことに驚きます。大久保も西郷も身長180cmぐらいあり、当時の日本人の中では巨漢で、知力と腕力にも優れていたといわれます。薩摩藩出身の山本権兵衛も海軍兵学寮(兵学校の前身)の教官を殴りつけるような乱暴者で西南戦争では西郷に味方しようとして鹿児島へ赴き、西郷に将来を嘱望されて追い返されたというエピソードを持ちます。

天下の難関、陸軍士官学校、海軍兵学校、そして東京大学になるその前身の学校へ、10代の学生が旧藩の優等生の中から選ばれて入学しました。おおむね山本権兵衛のように知力と腕力に優れた者は陸士、海兵へ、小村寿太郎のように貧窮士族でも知力に優れた者は東大へ入学しました。小村寿太郎は身長150cmぐらいですから軍人官僚向きではなかったわけです。西洋式近代教育機関の最高峰ですが、近代の西洋教育を行う教師は当然日本人にはおりません。そこでお抱え教師という外国人教師が欧米から招聘されました。大学ばかりでなく、ドイツ式教育制度を真似た日本の高等教育進学者向けの旧制中学や高校にも外国人教師がおりました。

「尊大な教師から教育された生徒は、他者に尊大に振舞うことを覚える」
この仮説の教育は、まず有色人種蔑視、アジア・アフリカ植民地化に血道を上げていた国々からやってきた外国人教師によって始められたのではないかと私は考えています。



メンテ
Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.7 )
日時: 2009/08/29 20:58
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2219  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/09/09(Sun) 18:26:54) [ID:xRpRbi5Z]

Res40
引用
nyanfoさん
いつも応答有難うございます。性懲りもなく続けます。

京大や早慶上智(難関の新御三家というのだそうですが)に入試偏差値を追い上げられ、東大のご威光が相対的に低下してきたそうですが、東大卒以外の人間がこの国の中枢に関与することは喜ばしいのですが、これらの大学が東大の亜流コピーであることに気づいていない姿を見ますとやはり憂慮します。東大卒の桝添要一が阿部首相に「バカにつける薬はない」、早大卒の田中真紀子が「東大出の家庭教師に特訓されたら、バカでも慶応ぐらいには入れる」と言ったそうですが、成蹊大卒の安部晋三ではだめだと聞こえます。「東大の家庭教師に習うか、俺のように勉強すれば、バカでも東大、早稲田に入れるぞ」なら分かります。

入試偏差値の高い難関卒なら何でも言えると考えているのかしら。これもある種の難関「特権意識」の症状の一つです。慶応の医学部集団、早稲田のスーフリー、京大アメフト部、と書けばおわかりでしょうが、いずれも強姦集団でした。おそらく欧米の名門大学なら社会に対して自ら廃校を宣言するほどの深刻な問題だったはずです。彼らの意識の底には「難関大の俺達だからやったって構わんだろう、騙されるバカが悪いんだから」という奢りがあったはずで、税金掠取や天下りなど当たり前と考える日本の官僚に通じる意識でもあります。そしてこれは例外的な集団ではなく、日本の難関とされる大学が多くの健全な日本人をこのように駄目にする危険性を持つことを示す証拠というべきものなのです。

さて、日本の教育は1873年(明治5年)始まりましたが、最初はイギリス式、すぐにアメリカ式、そしてドイツ式が取り入れられました。水木さんの著書「東大法学部」では、東大の初代総長が19世紀に勃興したドイツ帝国の躍進振りを見て東大の教育にドイツ式を採用したということですが、当時は鉄血宰相ビスマルクに率いられてヨーロッパ先進国のイギリス、フランス、ロシアを追い上げるドイツ帝国の躍進振りは富国強兵国家を目指す日本の為政者には良く映ったものと思います。外国人お雇い教師の数は、数千名と言われますが、教師はイギリス人が最も多く、外国語は蘭学のオランダ語やドイツ語ではなく、英語が主流でした。

ところで、私達は日本の高等教育を始めたのが外国人教師であることは良く知っておりますが、その教師の名前や伝記を余り聞かないことに違和感を覚えます。知っているとしたら札幌農学校のクラーク博士とか、小泉八雲のラフカディオ・ハーン、そして「ベルツの日記」のエルウィン・ベルツ、江戸時代からの日本語ローマ字の創始者ヘボンぐらいですか。数千人もの教師が来日し、日本人に教育した割には極めて少ない情報量だと思います。このうち東大で教えたのは医師のベルツだけで、ハーンはすぐに東大を辞めています。キリスト教宣教師のヘボンは明治学院大の創立者になりますが、東大とは無縁です。足跡も神田のニコライ堂や鹿鳴館の設計者ぐらいでしょうか。鹿鳴館は取り壊されています。

この秘密や日本のエリート教育の失敗の原因が、実は「ベルツの日記」から読み取れるような気がします。引用すると大変なのですが、ウイキペデイアにベルツの日本観として一部要約した引用があります。
ベルツは日本医学の父とも呼ばれるドイツ人医師で、日本婦人と結婚した大変な親日家で20年以上、東大で教鞭をとりました。戦前の日本の医学がドイツ医学であり、医学部進学にはドイツ語が必修でした。外国語選択で甲乙丙類とあった旧制高校では、理科乙類の出身者です。ベルツの日記を引用します。

「一部のものは日本の全てをこき下ろし、また別のものは、日本の取り入れる全てを賞賛する。」とベルツは同僚外国人教師を批判します。そして日本人を「自分自身の過去についてはなにも知りたくないのだ。それどころか、教養人たちはそれを恥じてさえいる。『なにもかもすべて野蛮でした、われわれには歴史はありません。』『われわれの歴史は今、始まるのです』という日本人さえいる。」と指摘します。更に日本のエリート教育をやがて施すことになる日本人生徒の学問理解が、「日本人は学問を、年間に一定量の仕事をこなし、簡単によそへ運んで稼動させることのできる機械の様に考えている。ヨーロッパの学問世界は機械ではなく、ひとつの有機体であり、あらゆる有機体と同じく、花を咲かせるためには一定の気候、一定の風土を必要とするのだ。」「日本人は根本にある精神を究めるかわりに最新の成果さえ受け取れば十分と考えたわけである。」と述べています。

コンプレックスは劣等感という意味で使われますが、「心的複合」の意味で、この感情にはinferiority complex(劣等感)とsuperiority complex(優越感)が含まれます。従って劣等感と優越感は表裏一体のものと言えます。傲慢な白人教師から自らの文化を蔑まれた日本のエリート達は、恐らく劣等感に苛まれたに違いありません。しかしその心は次には優越感として他者へ向けられる欲求に駆られます。尊大な教師に教育されたエリートは、多くがかつては士族だった意識と相俟って、日本の同胞に向かっては尊大に振舞うことが許される、それこそが難関出身の証と考えても不思議ではありません。尊大な教師に対する尊敬の念や感謝の心は勿論ありません。合理性のみ追求した者の追従笑いや慇懃無礼は出来るけれど、それに隠された利己的で冷酷な打算による傲岸不遜な心が育まれていたと私は考えます。

 
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Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.8 )
日時: 2009/08/29 20:58
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2240  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/09/12(Wed) 15:37:52) [ID:QveveMQR]

Res42
引用
nyanfoさん、
下手な論証でもあたたかく応援して頂くと、やはり人間はそれにお応えしなければならないという気持ちに動かされます。そこで今晩も老骨に鞭打って、続きを書きます。
貴方が心配されていたように、安部首相辞意は農水大臣に焦点を絞り意図的にスキャンダルを漏洩した亡国の科挙官僚の策動だと私も思います。そこで舛添氏のこれからの挙動を注意深く観察しましょう。

最初は各藩にあった藩校の優等生が推薦されて日本の高等教育機関の難関校に入学しましたが、この入学は文字通りの推薦入学で、藩校の教師や周囲から秀才と認められたものが選ばれました。従って最初はペーパー入学試験はありませんでした。旧制中学の第一回卒業生が出始まったころから、入学試験が始まりましたが、小学から中学を終えるまで、難関校は入学者がいなかったわけではありません。すでに学齢に達していた子供や青年は推薦でそれぞれの学校に入学しましたから、入学試験が始まるまで5,6年の年月が必要でした。

この期間、中国の科挙のような試験はなかったのです。週刊新潮にコラムを連載している帝京大の高山教授によると、遣唐使の時代から日本の政府は中国の政治制度や文化を取り入れましたが、採用しなかったものに科挙試験、宦官そして纏足の3つを挙げています。内閣や大臣、昔の関白、相国などの官名も中国の文献に由来します。しかし科挙はそれ以後の歴代政権でも採用しなかったので、科挙官僚による亡国の歴史を見ずに済んだと述べています。ところが明治維新政府は高等教育学校に科挙試験のようなペーパー試験を採用してしまいました。

さて、明治維新に生きた日本の英傑を、現在の偏差値入試に当てはめて、どの程度のものかを推定するのも意義があると思います。まず西郷隆盛。彼は江戸決戦を叫ぶ幕臣が篭城した江戸城総攻撃を勝海舟の説得であっさり中止します。独断です。彼には江戸城攻撃が無数の市民を巻き添えにする大惨事になることを簡単に想像できたからです。

若い頃に喧嘩で右手を負傷し、障害を持ったので武術より学問を選んだといますから、中高一貫の鹿児島ラサール高校に通えばあるいは偏差値がすこぶる高い少年だったかも知れません。しかし藩主と衝突し、仏僧と入水自殺しようとする激情も持ち、坂本竜馬とも繋がる天才でしたから、中高一貫予備校に通う気はさらさらなかったと思います。それで偏差値は60ぐらいでしょうか。

大久保利通も大男でしたが、腕力ばかりでなく藩主の信頼を勝ち取るほどの秀才でした。しかし、漢学塾に飽きたらず、自分の欲する知識の習得以外に意義を見出す人間ではありませんから知識の詰め込みとは無縁です。それでも抜群の知力ですから受験勉強せずとも西郷同様60ぐらいは取ったと思います。

伊藤博文も秀才です。しかし20歳のころは藩校明倫館ではなく天才吉田松陰の松下村塾の同窓、井上馨や高杉晋作と倒幕の人殺しをしていましたから受験勉強とは無縁で、恐らく偏差値は50ぐらいでしょう。しかし僅か1年間のイギリス密航で英語の通訳が務まるほどの才能の持ち主でした。高杉は良家の息子で秀才ですから偏差値60ぐらい、井上馨も良家出身ですが、伊藤と同じイギリス密航組で自分の頭は伊藤にかなわないということなので45ぐらいですか。

現在、河合塾とかいう予備校の資料によると、難関校の東大法学部(文科I類)70、早稲田政経71、慶応経済72で、東大を越えたそうです。偏差値70は統計学で言うと受験者全体の4.6%に相当します。受験者が同年の子供の1/3とすると、同い年の僅か1.5%となります。千人で15人。結論からいうと、明治維新を起こした日本人で東大に合格したものは恐らく一人もいなかったと推定されます。なぜなら彼らは我利我利ではなく、この国家の近代化に興味があり、立身出世のために一日中机に向かうことなど考えられなかった人間達だったからです。


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Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.9 )
日時: 2009/08/29 20:59
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2264  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/09/15(Sat) 17:40:20) [ID:xRpRbi5Z]

Res49
引用
nyanfoさん、天の橋立愚痴人間さん
仕事から今日帰って参りました。

貴重なご意見を有難うございます。本当にのんびり東大批判などしていられない政治状況になってきました。しかし、やはりこの政治状況こそが亡国の東大卒官僚による蠢動を表していることだと思います。何故なら明治以前の日本には官僚による亡国の歴史はありませんでしたが、明治に始まった科挙式官僚によってこの日本は一度、亡国を経験しました。しかし戦後の今に生き延びた東大卒官僚によって、この国は2度目の亡国に瀕しているのです。これが今、最も重要な認識であると私は考えています。

サイパン・ガム島など絶対国防線が陥落し、退陣に追い込まれた東條首相が敗戦の1年前、この戦争はいつ終わるのかと新聞記者に質問されて、「この戦争に勝利したときが終戦である」と答え、終戦前夜、本土決戦というまさに日本民族滅亡を意味する天皇直訴に及んだのも、武人ならぬ軍事官僚だったのです。亡国の官僚は、この国が果てるまで、身内の農水省や国交省の一つや二つを犠牲にしても、己の見果てぬ栄耀栄華を追求するに違いありません。

東大卒の学者は自己否定の故に絶対に書かず、自分は勉強不足だったと自覚する東大卒ではない学者にも真実や本音が書けない「東大見直し論」「東大否定論」は、やはり書き続けなければならないと思っています。私の観察では、東大を出て満足しているのは半数で、残りの半数は東大内での競争に負けて意気消沈されられた言わば被害者でもありますが、それぞれの分野に出て行った東大卒の10中8,9の人間はこの論証に当てはまります。そして10中1、2の方々が例外です。

さて、東大草創期の日本人東大教授を一人紹介しましょう。それは日清戦争の導火線役を果たす甲申事変の朝鮮人金玉均に関わった竹添進一郎です。竹添は熊本藩の漢学塾で勉学13年の秀才といわれました。明治維新のとき26歳でしたが日本が大きく変化する時代を黙々と経書の勉強に耽っていました。漢文に詳しいので明治12年、天津総領事となり、そして朝鮮公使になりますが、明治17年、事大主義的で親清反日の朝鮮王朝閔氏政権を、日本の明治維新にならい打倒しようとした開明派官僚の金玉均たちをそそのかして、親日政権作りのクーデターを起こします。

しかし無学と言われた清朝の袁世凱の軍隊にまんまと裏をかかれ、日本軍をも動員したクーデターは失敗します。仁川に逃れた竹添公使一行は商船千歳丸で日本へ脱出しますが、金玉均らの乗船を拒みました。竹添の態度に義憤を覚えた千歳丸船長の計らいで金玉均らも乗船できて危うく追っ手から逃れられました。

明治維新の英傑と竹添進一郎の落差の大きさに愕然としますが、これが無学の志士と勉強秀才の実像の落差といって間違いありません。やがて竹添は新設された東大支那語学教授になりますが、彼が朝鮮人に向かって話す姿は鬼面のごとくと言われました。それを自分でも自慢げに記録していますが、そこには戦前、或いは戦後の朝鮮人或いは中国人を蔑視する日本人の姿が見事に表現されています。

こんな教授に教育された東大の中国文学や歴史学の生徒はどのような人間に育ったのでしょうか。西欧文明礼賛の反動で、東大の中にやがて国粋主義的な学問や学者の流れが出現しますが、近代教育を受けない世代が戦った日清、日露戦争の勝利によって、劣等意識から優越意識に振れたこれらの日本のエリート集団は、すぐに日本人自身をも見下す独善集団へと変質してゆくことになったと私は考えています。

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Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.10 )
日時: 2009/08/29 21:01
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2313  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/09/21(Fri) 11:58:44) [ID:xRpRbi5Z]

Res59
引用
天橋立の愚痴人間さん
いろいろご配慮有難うございます。nyanfoさんが体調をくずされているようで、心配です。風邪程度ですとよいのですが。お大事に。

今夜も東大否定論を続けさせていただきます。

今日は東大出の明治時代の外交官2人を取り上げます。この外交官以外に、日本外交史に名前を残す外交官はA級戦犯になった国際連盟脱退の日本代表松岡洋佑、ユダヤ人に手書き旅券を発行した杉原千畝ぐらいしか見当たりません。松岡も杉原も東大卒でもキャリア外交官でもありませんでした。難関中の難関、秀才中の秀才だけが合格出来ると言われた外交官試験及第者が千名は有に越えるというのに、何というテイタラクでしょうか。私達はキャリア外交官の活躍などほとんど知りません。飾られた学歴や経歴は絢爛でしたが、伝えるべき業績などまるで持たなかったことを意味します。しかし一方では海外での華麗な貴族生活を満喫していた事実だけが伝えられました。これは多事多難な近代史の中で、ひときわ情けない姿を海外で晒していたことを意味します。

明治維新後に教育された外交官二人とは小村寿太郎と牧野伸顕ですが、二人に共通するのは東大へ二人とも推薦入学したことです。小村寿太郎は日露戦争勝利後のアメリカポーツマスで行われた日露交渉の日本全権大使として、牧野伸顕は第一次大戦後のパリ和平会議の副全権として英米とやり合った外交官として知られています。

小村寿太郎は薩長藩閥から外れた宮崎県の小藩の貧窮士族の子として生まれました。身長150cmに満たない彼は目から鼻に抜けるような利口な子供で、そろばん、習字、藩校の儒学の暗記など、抜群の記憶力を示し、家を助けるためアルバイトは何でもこなしました。よその家のものも良く失敬したと言います。この末恐ろしい天才小僧は、藩の進貢生として15歳で東大の前身に入学しました。大学でも抜群の記憶力を示し、彼は第一期海外留学生としてハーバード大学へ留学します。

帰国後、裁判官から外務省へ移りますが、藩閥政治に阻まれて不遇でした。父親の倒産もあり借金取りに追われるほど官僚になっても貧乏でした。来客のタバコにたかったり、飲み屋のつけを平気で踏み倒した彼は、坂本竜馬の海援隊上がりの陸奥宗光に認められ登用されました。西暦1900年に起きた中国義和団事件後の講和会議では駐清日本公使として代表を務めます。

排外秘密結社の義和団の軍隊に攻撃された列強の外交官は北京に55日間篭城しましたが、彼らを救出したのは日本軍をはじめとする各国の軍隊でした。しかし進駐したイギリス、フランス、ドイツ、ロシアの軍隊は40年前のアロー号事件後に起きたイギリスとフランス軍による歴代清朝の宝物館でもある円明園焼き討ち事件で中国の宝物をあらかた略奪した事を真似て、北京市民に残虐無残な略奪暴行の限りを働きました。この時、旧士族あがりの司令官に指揮された日本軍とアメリカ軍は規律厳正で、北京市民の護衛官のようだったと清の記録にも残っているそうです。

ロシアのアジア侵略を食い止めた日露戦争の勝利は、日本人のみならず中国や西欧列強の植民地下で苦しむアジア各国の人々を狂喜乱舞させました。ロシアの領土割譲と賠償金支払いに固執した小村のポーツマスでの日露交渉は、樺太の半分と満州のロシア権益の譲渡という成果しか挙げられず、日本では「戦争に勝って談判に負けた」という世論が渦巻き、各地で暴動が起こりました。この時の小村の判断を否定する者はいないと思います。しかしこの時、アメリカ政府の工作でアメリカ鉄道王ハリマンが来日し、桂太郎首相、井上馨外相、伊藤博文などと会い、ロシアから譲渡された満州鉄道を日米共同経営しようという話が持ち込まれていました。維新の志士でもある井上と伊藤は満州からヨーロッパ、北米をつなぐこの壮大な鉄道計画に未来の日本を託し、桂首相に契約覚書に調印させました。

帰国してこの調印を知った小村寿太郎は激怒し、桂太郎首相に覚書を破棄させます。小村が小藩出身の小僧だけなら桂も伊藤も井上も、一蹴したに違いありません。しかし相手は東大卒でアメリカ帰りの外交官です。彼の日本単独経営に同意せざるを得ませんでした。小村の方にも、無学な年寄りが何を言うかの思いがあったに違いありません。この破棄はその後の日米関係に暗い影を落とします。


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Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.11 )
日時: 2009/08/29 21:02
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2315  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/09/22(Sat) 17:32:56) [ID:xRpRbi5Z]

Res60
引用
二人めの外交官の牧野伸顕は自民党の麻生太郎の曽祖父です。続けて、小村寿太郎に続けて考察します。

牧野伸顕はご存知のとおり大久保利通の次男で、11歳のとき父の外遊に随行してアメリカの中学へ入り、卒業後、東大の前身へやはり推薦のような形で入学します。しかし彼は薩長閥の首領を父に持ちましたから、父の死後に中退して外務省へ入り出世します。ちなみに後の首相の吉田茂は牧野の娘と結婚し、その娘が麻生太賀吉と結婚して現在の自民党幹事長の麻生太郎を生みますから、麻生太郎の母方の祖父は吉田茂、曽祖父は牧野伸顕、そして高曽祖父が大久保利通になります。

牧野が活躍したのは、第一次世界大戦後の1919年に開かれたパリ講和会議ですが、この会議には伏線がありました。1915年、大隈重信内閣の外務大臣加藤高明が大戦のドサクサに紛れて対華21か条の要求を袁世凱政権に強引に認めさせ、辛亥革命後で混乱する中国各地で反日デモが巻き起こっていました。
この要求は中国の侵略者がロシアから日本へ変わり、ドイツの租借地権益を日本のものとするものでしたから、日露戦争の勝利に誘発されて中国の近代化革命のために日本へ留学していた夥しい数の中国人留学生が日本に失望して帰国していました。

牧野ら日本代表はパリ会議の主題はヨーロッパ諸国の戦後権益処理であり、中国権益は確定したと高をくくり、この会議への準備をしていませんでした。しかしアメリカのウイルソン大統領は戦争を防ぐ国際機関として、国際連盟設立の提案を行います。そして中国代表が日本の21か条の要求を取り上げ、日本が中国でいかに酷い侵略行為を働いているかをコロンビア大に留学した顧維鈞の素晴らしい英語で訴えました。国際会議では英語の演説が下手でサイレントネイバー(寡黙な隣人)と揶揄されていた日本代表団はあわてます。

国際連盟の提案に一矢報いようと、牧野伸顕は頭をひねります。そこで考え付いたのが、人種差別撤廃項目の条文化でした。植民地支配や奴隷売買を行うイギリスとアメリカの激しい反対に合います。牧野が考えたように、一般論としては正しい思想でしたから、採決ではフランス、イタリアなどを含む賛成多数で可決されました。しかしウイルソンやイギリス代表は重要議題だから全会一致が必要ということで、この条項を国際連合憲章に加えることを否決してしまいます。

この時、日本人の中国人に対する行動から日本の人種差別撤廃や人道主義は日本の本意ではなく、偽善的なものとの評価が駐日イギリス大使から伝えられていたとも言われます(NHKテレビ)。そしてウイルソンから本当のアジアのリーダーたれとの希望を述べられて完敗してしまいます。2年後のワシントン会議では対華21か条の要求は破棄されました。

日露戦争後は世界の5大国として、陸奥宗光や小村寿太郎が江戸時代に締結された西欧諸国との不平等条約の解消に努力した成果と相俟って、日本の内政・外交は近代教育を受けた文官官僚により取り仕切られていました。軍事は勿論、天下の難関、陸士、海兵組が進出していました。しかし、20世紀に入り、世界が大きく変化する時代にあって、日本の国家運営は独善的な政策の連発により、国際的に孤立してゆく道でもありました。

その一つはロシア革命後に列強がロシアに干渉した時にも、地理的理由から日本のシベリア出兵は日米共同歩調という原敬内閣の計画に反し、すでに形成されていた陸軍参謀本部は勝手に、そして世界の情勢分析も何の将来展望もなく、アメリカの撤兵後も居座り続け、国際的な非難を一身に浴びることになったのです。義和団事件までは整然としていた日本の軍隊も、無学な山県有朋より酷い、陸士出身の司令官に指揮されるようになり、政治も東大卒官僚によって運営される時代に入っていました。

メンテ
Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.12 )
日時: 2009/08/29 21:02
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2320  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/09/24(Mon) 15:51:30) [ID:xRpRbi5Z]

Res61
引用
今回は独善と傲岸不遜の系譜ということで、東大卒官僚を取り上げます。

明治天皇は近代教育の最高峰の東大を大変嘱望され、皇室の領地を東大の敷地に賜るほど、卒業生の政治的活躍を期待したことが知られていますが、水木さんの「東大法学部」によれば、東大の卒業式は天皇臨席で行われ、首席卒業者には恩賜の銀時計が贈られたとのことです。東大首席卒業者を銀時計組と呼ぶのはここから来ています。この卒業式はまさに天皇の高級官僚任官式であり、最高の栄誉と将来の栄耀栄華が約束される感激に溢れた場に違いありませんでした。

嘗ての中国では科挙試験の最終考課は皇帝臨席で行われ、これを殿試と呼びました。そして首席合格者を状元と称し、点数によって合格者の順位と役職の順位も決められました。科挙試験合格者は皇帝の官僚を意味しましたが、近代西欧諸国から高等教育制度を取り入れた日本の東大もその中味は創立のときから天皇の官僚養成所の意義を持っていました。

東大はすぐに帝国大学と名称を改めます。京都や東北などの帝大が出来るまで、帝大は東大の略称でした。そして欧米の大学が主として時の権力と距離を保ち、学問の自由を守る立場を貫く私立だったのに対して、東大は最高権力者天皇の学校だったわけです。最初に東大卒首相となった加藤高明はじめ、それ以後の東大卒首相の多くも銀時計組でした。銀時計組は、今ならさしずめ最高の入試偏差値と言われる東大理科III類の首席で、日本で最も頭が良いと国家からお墨付きを貰った者を意味すると思います。

日本の状元加藤高明の評価は極端に二分します。下級武士の家に生まれ、東大から三菱の娘婿、外交官、そして代議士に転進した彼は、超一流の秀才と称され、日英同盟、対華21か条の要求、そして普通選挙法の成立がその業績と言われます。他方、加藤の行動は貴族院議員は勿論、その他の元老議員や同僚に対して、挨拶は一切なしの傲岸不遜な人間としても知られていました。国民の目にも尊大な姿に映っていました。その人間が民主主義の原理の普通選挙法を成立させますから、少し意外です。しかし枢密院の強い要請に応え、ロシア革命の影響を受けた社会主義者の台頭を封ずるために、かの悪名高き治安維持法の成立者でもありました。

水木さんの著書によれば、「強盗慶太」の異名を持つ東急電鉄創始者の五島慶太は苦学して東大から鉄道省の官僚になった経歴をもちますが、「俺の傲慢は加藤首相から習った」と嘯いたように傲慢が背広を着ていると言われた人物でした。加藤は同じく政党政治を標榜する犬養毅と手を組んだり、離反したりでしっくり行きませんでしたが、同じ東大銀時計組の若槻礼次郎とはウマがあいました。恐らく慶応出身の犬飼とは政策論争以前に同調出来なかったのではないかと考えられるふしもあります。

加藤内閣の後継でもある浜口雄幸内閣で大蔵大臣を務めた井上準之助も東大卒ですが、この内閣が強引に推し進めた金本位制の解禁では内外で論争がありました。井上も加藤に劣らず傲岸不遜な人間で、石橋湛山などの平価切下げ金解禁論を一蹴しました。早稲田や一橋出身者の意見には耳を貸さない傲慢さで、満州事変へつながる国家経済破綻のデフレを引き起こす大失策を犯した人物でした。浜口自身は日本経済の政商・財閥もたれあい体質を改善する意味があると信じ、「玉砕するとも男子の本懐」という名台詞で有名ですが、この政策は金貸し財閥の三井銀行などが円買いドル売りで大儲けしただけで、アメリカの大恐慌の煽りを喰らって日本の外貨準備は底をつき、昭和の大恐慌を招いたのです。

東大卒の官僚が政治の世界に進出してその実像を現した所見は、雑多な出身者が多い政界や官界或いは実業界の中で、傲岸不遜や慇懃無礼が飛びぬけて顕著であったことです。若槻礼次郎は線が細いと言われた人物でも慇懃無礼な人物でした。「ああ玉杯に花うけて」の天下の秀才達は、欧米に向かっては劣等感を、内にあっては「人民ばかりでなく、元勲や貴族までをも見下す」集団でもありました。

しかし「末は博士か大臣か」の秀才達の実態は、英会話はチンプンカンプンなくせに、やたらと横文字語を使い、庶民をして「ああやっぱり帝大の学士様はすごい」という印象を振りまき続けました。フウテンの寅さんの映画で、「屁」を6ヶ国語か7ヶ国語で言う東大卒らしき人物が登場して、寅さんが「やっぱりインテリは違うナー」と感嘆する場面がありますが、彼らが学んだ学問の底が本当に深いものだったのかどうか疑問です。そして、よく「日本人には独創性がない」と言われますが、この言葉は実は彼ら超難関卒の天下の秀才に当てはまる言葉ではなかったかと私は思います。

 
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Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.13 )
日時: 2009/08/29 21:03
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2330  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 天橋立の愚痴人間 -(2007/09/26(Wed) 16:15:02) [ID:lFUJbh3l]

Res62
引用
ますます佳境に入る東大論、と言うよりも、日本の学校教育で抜けている近代史です。

膨大な資料を駆使されていると思います。興味深く拝見しています。

今までのところ、東大設立と同時に、現在に通じる様相が現れているようですが、明治維新直後の様子であれば、また時代の時代、このような推移も止むを得ないと思います。
また、同じ弊害があるとしても、結果が間違っていたにしても、国を思う気概があったと思います。
外交で、適わぬまでも奮闘する姿も頼もしいです。
その分、歴史を快く受け入れられます。

現在のような、自己の利権に汲々とする矮小人間がどの時点で発生してきたか興味のあるところです。

メンテ
Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.14 )
日時: 2009/08/29 21:04
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2348  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/09/30(Sun) 18:00:10) [ID:xRpRbi5Z]

Res63
引用
天橋立の愚痴人間さん
拙い論証に声援を頂き有難うございます。

自己の利権に汲々とする人間像として、中国の科挙官僚や現在の中国共産党幹部の汚職にその原型を見る思いがします。中国は昔から現在に至るまで門閥、閨閥、出身地閥が暗躍して政治を腐敗させ、歴代王朝滅亡の原因を作ってきましたが、科挙官僚を含めて統治する人民に対する責任と義務という意識の欠如と私利私欲の追求というアサマシイ姿を見ます。日本の近代教育にも偽善的であれこの「高貴なる者の義務 (Noblis Obligate)」という概念がなかったように思います。

イギリスの政治家を見ると貴族出身者が圧倒的に多いのですが、議員報酬など名目的なもので、これはアメリカの知事や市長、議員にも当てはまります。それから例えばイギリスやアメリカの士官学校卒業者の第二次世界大戦での戦死者数は日本の陸軍士官学校や海軍兵学校卒業者のそれより圧倒的に多かったことが言われます。英米の多くの将校は部下の先頭に立って戦い、日本の将校の多くは部下の後方で戦ったことを意味します。

軍人とは正反対の位置にある医師の世界でも、日本の大学病院では大名行列と呼ばれる教授回診というものがありますが、帝大病院の教授回診では入院患者がベッドの上に正座して診察を受けさせられたといわれますが、これなど医療の本末転倒であり、高貴なる者の義務の放棄のなにものでもありませんでした。社会的に尊敬されるべき人間が己の責任感と義務感を喪失して、ただ卑しい自尊心を優先させた姿であり、この価値観こそが自己の利権に汲々とする官僚像の原点ではないかと考えています。

「高貴なる者の義務」と言えるかどうか分かりませんが、中国の明朝最後の皇帝である崇貞帝は謀反した李自成の軍隊が北京城に雪崩れ込んでくるのを見て、自分の命と引き換えに「無辜の生霊(人民)を殺傷することなかれ」と遺詔して自縊したことや、日本では戦国時代の織田と毛利の戦争で秀吉に攻められた高松城主の清水宗治が領民安堵の身代わりに自刃したことが該当するでしょうか。

本来、政治家や高級官僚は「高貴なる者の義務」が強制されているものであり、テロが伝統化した維新時代を生きた大久保利通や伊藤博文などは予見される自らの暗殺を恐れず、そして同様に原 敬、犬養毅、高橋是清も斃れました。西郷隆盛も不平士族の反乱軍に政治的に殉じた側面を持ちます。最近言われる「侍魂」とか「大和魂」などとは無縁で、それを口にした戦前の高級軍事官僚や、現在の中曽根康弘、石原慎太郎などとは全く正反対の側に立った人物でした。


メンテ
Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.15 )
日時: 2009/08/29 21:04
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2367  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/10/05(Fri) 14:23:30) [ID:xRpRbi5Z]

Res65
引用
天橋立の愚痴人間さん

> 政治と官僚糾弾に手を抜く事とは別ですが、国民の自覚の醸成の問題も大層深刻なものですね。

その通りです。この国の致命的欠陥が点数序列式難関教育に発していますが、大多数の国民はわが子の将来を託して難関合格を願い、膨大な資金を支出し、そして教育とこの国そのものを破壊していることに気づいていません。大変に深刻な問題です。故に、東大の虚構を暴き、日本の難関・名門と呼ばれた学校こそがこの国の恐るべき後進性を歴史的にも、現在も醸成し続けていることを広く国民に知らせる必要があると私は思っています。

ここで少し訂正させて下さい。松岡洋佑は洋右で、彼はアメリカ苦学の後、外交官試験首席合格者でした。さもありなんです。「Noblis Obligate」は「Noblis Oblige」です。

さて、明治が終わり大正時代が始まりますと、明治維新から国家の近代化を進め、日清、日露戦争を戦った維新の志士たちの時代が終わり、高等教育を受けたエリートたちの時代になっていました。日本の経済もお上という官営主導の産業構造でしたが戦争需要を背景として欧米列強に並ぶ発展をしておりました。藩閥や閨閥による企業経営や新興財閥の形成などがあり、多くの成金達も出現しました。しかし、西欧列強の侵略を免れ、皇帝専制政治から議会を通じた政党政治を志向するアジアのリーダーたる条件が整えられていた時代でもありました。

この時代こそが、近代日本の国家形成にとり極めて重要な時期であり、真のアジアの開放、アジアの発展、ひいては日本の国家繁栄のための近代的国家戦略と政治が、新興のアメリカ同様に日本人の全ての叡智を集めて行われなければならない極めて重要な時代であったのです。そして明治維新後に創設された最高峰の学校の究極の設立目的が、国家100年の大計たる維新後半世紀のこの時代のための人材育成に他なりませんでした。山本権兵衛や原敬首相は藩閥政治打倒のために、高等教育出身者の登用を推進しました。原敬などは高等教育機関の不足を実感し、専門学校だった早稲田や慶応を東京帝大と同格の私立大学に昇格させました。

しかし世界的近代国家への入り口の時代だった山本権兵衛内閣は明治の最難関たる海軍兵学校出身者らが起こした汚職事件で退陣を余儀なくされました。これはシーメンス事件(1914年,大正3年)と呼ばれますが、ドイツの武器会社シーメンス社やイギリスの軍艦造船会社などから賄賂を受け取った空前の疑獄事件でした。ここに関わった海軍の高官はいずれも海兵-海大出身者であり、それに新興財閥の三井物産が中継役を果たしていました。

陸軍士官学校はどうだったでしょうか。それは1918年のシベリア出兵でよく見えます。ロシア革命の列強国による干渉戦争だったこの派兵は海軍長老の山本権兵衛や原敬首相の日米共同歩調の政策・指令に対して、陸士-陸大出身者により率いられた陸軍参謀本部はこれを無視し、列強国が撤兵した後も何の展望も戦略もなく駐留し続けました。目的もなく極寒の地に駐留させられる兵士達の中に不満が渦巻きました。このときの陸大卒の司令官津野一輔は荒んだ兵士達の略奪強姦を鎮めるために陸軍公認の慰安所を設置しました。従軍慰安婦問題の先駆けです。結局この派兵は当時の国家予算12億円に対して9億円を浪費し、尼港事件のような多数の日本人の命が失われ、その挙句に日米関係の悪化と世界的な孤立という歴史的に全く馬鹿げた派兵に終わりました。

国内では高騰する米価の調整に官僚主導の行政が失敗し、軍需品にかこつけた買占めが横行して日本経済は深刻なインフレと不景気に見舞われました。米騒動という国民の暴動が各地に起こりました。また、この派兵をめぐる国際外交では、後に首相となる幣原喜重郎駐米大使の失敗につぐ失敗の外交が挙げられていますが、幣原は陸軍に対して外交は外務省一元外交である旨を通告し、現在の省庁縦割り行政の先駆けになりました。陸軍は「戦争遂行に素人は口を出すな」、海軍は「海戦に素人は口を出すな」の首相や元勲をも超える縄張り意識が難関出身者達の間で深刻に形成されていった時でもありました。


メンテ
Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.16 )
日時: 2009/08/29 21:05
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2372  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/10/05(Fri) 21:03:15) [ID:xRpRbi5Z]

Res70
引用
nyanfoさん、お元気でなによりでした。
私の東大否定論の戦前までの部分はこれで一度、終了します。次は現在にも続く欠陥教育を書きます。

さて、シベリア出兵後のインフレ不況から大正13年に関東大震災が起き、日本経済は更に打撃を受けました。ここで山本権兵衛が再度内閣を組織しますが、摂政時代の昭和天皇暗殺未遂事件が起きてまたも退陣し、選挙管理内閣の清浦の後をついで東大首席の加藤高明が首相になりました。次のやはり東大首席の若槻礼次郎内閣のときに昭和の金融恐慌が起こりました。これは震災手形と呼ばれた債権が文字通り不良債権化したことから起きた恐慌で、破綻する銀行が相次ぎましたが若槻内閣は有効な手を打てず、総辞職します。

昭和天皇は明治天皇と同様に文官官僚による政治運営を希望したと伝えられていますが、東大卒外交官の幣原喜重郎の曖昧自由主義外交や若槻の経済失政の混乱で、長州閥陸大出身の田中義一内閣の登場を許すことになりました。田中は一転して文官官僚の政策を軟弱とみなし、外交方針も軍縮も全て反故にし、シベリア出兵の教訓を生かすことなく満州侵略の野望を膨らます満州関東軍参謀の陸大出身板垣征四郎や石原莞爾の暗躍を許すことになります。

同じ関東軍参謀であった東條英機は、戦後の東京A級戦犯裁判の法廷で、「自分は天皇の忠実な臣下として戦ったまでだ」と答え、ならばこの戦争は天皇の意思・命令によったのかと尋ねられると、「自分が独断でやった」と言葉を変えています。これが真実だと思いますが、明治維新後に嘱望された日本のエリート達は陸士、海兵、或いは東大卒以外の人間の言葉には耳を貸さないという想像を絶するエリート意識の権化となり、それは天皇にまでも及ぶ凄まじいものになっていたのです。まさにおのれの自尊心や虚栄のためならこの国が滅びようとも変えないという「詰め込み教育欠陥人間」と呼ぶにふさわしい最低の日本人に成り果てた姿でした。

張作霖爆殺にはじまる満州事変の勃発で、昭和天皇から叱責されて退陣した田中内閣の後を東大次席の浜口雄幸が引き継ぎますが、彼が片腕と頼む井上準之助の緊縮経済や金解禁は見事に失敗に帰して、日本経済は破綻寸前に追い込まれました。浜口は恐ろしいほどの頑迷実直さで、井上はその傲岸不遜のためにテロに倒れますが、日本経済を救うのはまたしても金融恐慌のときの大蔵大臣、かのヘボンが創立した明治学院出身の高橋是清の積極経済政策でした。アメリカではルーズベルトがケインズ経済学の原点のような有効需要の拡大である同じ積極経済のニューデール政策により大恐慌からアメリカ経済を立て直していました。

政治を壟断する東大卒官僚を見下すことが出来る人間は、日本には陸軍大学と海軍大学卒業生しかおりませんでした。海外の先進的教養や文化を学ぶ機会を奪われて五・一五事件、二・二六事件を起こした畸形人間の彼らには、この国の行く末など眼中にはありませんでした。ただ一言、狂気が支配していたのです。昭和12年の二・二六事件の直後に行われた斎藤隆夫の粛軍演説は、外交主導で戦争回避を願ったとされる東大首席の広田弘毅を前にして行われましたが、厳しく粛軍を迫ると同時に政治姿勢や教育にも及びます。それを引用します。

「広田首相の声明の中には、確乎不抜の国策を樹立して以て之を実現する、・・一方に政策と云う言葉がある。国策と政策とはどう違うのであるか、甚だ曖抹に用いられて居りまするが、併し国策と云う以上は、少くとも日本国家の進むべき大方針であるに相違ない、日本国家の進むべき大方針が、今日に於ても未だ決って居らぬ、是から研究して決めるなどと云うことは、私に取っては甚だ受取れない。」

「学制改革は今日世界文明国に於て最も重大なる問題となって居るのであります・・・・然るに我国の教育は如何なるものであるかと云うと、・・所謂過度の詰込主義に偏して、精神主義、人格主義を殆ど無視して居る、是が為に中途に倒れる者がどれだけあるか分らぬ、斯う云う時代遅れの教育を施して居りながら、所謂躍進日本の運命を担えと迫った所で、是が出来ることか出来ないことか、考える迄もないことである。」

こうしてこの日本の国は亡国の大東亜戦争に突入してゆくことになりました。点数序列の優越意識に固まった暴力集団の軍事官僚を前にして、「ああ玉杯に花受けて」の官僚達は手も足も出せず、おのれの無力を呪うわけでもなく、同じ狂気の次元で暴力に加担し、国民を見下し続け、同じ亡国の道を先導したのです。国家最高峰の難関の門など虚構に過ぎないことを虚しく伝えています。

 
メンテ
Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.17 )
日時: 2009/08/29 21:06
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2379  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/10/07(Sun) 13:47:55) [ID:xRpRbi5Z]

Res76
引用
nyanfoさん、天橋立の愚痴人間さん、こんにちは
お二人とも日本の教育に触れられていますので、私も日本の教育について話をさせていただきます。

戦前の日本を支えていたのは、実は高等工業や高等商業と呼ばれた専門学校出身者達でした。戦後、これらの学校は国立2期校と呼ばれる大学に昇格しますが、東大中退の大宅壮一はこれを駅弁大学と呼びました。工業高校や商業高校の前身の工業学校や商業学校も旧制中学以上にこの国を支える日本人でした。

終戦後の新興企業創立や官製企業の建て直しは、ほとんどこれらの学校の出身者により行われたのです。半官営の石川島重工や東芝の再建で有名な土光敏夫さんがそうです。戦後の日本の復興の成功例として池田内閣の所得倍増計画という政策が挙げられますが、東大経済卒の下村治さんが作ったと言われます。しかしこれはGDPを倍増させて収入を2倍にするという単純な理論で、国内需要を喚起し、輸出を増やすという政策です。今の中国政府もやっています。

まず町の零細企業からおもちゃの輸出が始まりました。朝鮮戦争特需で製鉄業が復活しました。そして松下電器やソニーの家庭電化製品の国内需要が爆発的に拡大しました。トヨタ、ホンダ、ヤマハ、そしてキャノンという新興企業の台頭もありました。これらはすべて日本の高等教育とは無関係の出身者により行われたのです。池田自民党政府の成功といわれますが、そうではありません。トヨタや松下、ソニーはやがて日本製品輸出の花形企業になりますが、優れた品質と国際競争力を持ったのは工業学校出身者の高い製造技術があったからです。その証拠に、政府の計画よりもはるかに早い速度で日本のGDPは伸び、高度経済成長は実現したのです。

政府官僚による無駄な支出の最たるものは軍事費ですが、それを零細企業にまわしただけで日本経済は見事に再生できる国民の力を備えていただけの話しです。しかし、高度経済成長を自民党政府の大業績とし、行政の成功といい、金融政策の勝利といい、戦前の東大卒官僚はわが世の春を謳歌しました。それに連なる金融資本の連中も我が物顔でのし歩きました。

これは戦前から続く学歴偏重年功序列の秩序の再構築につながりました。製造業で働いた私の経験として語れますが、大企業の工場生産を支えたのは大学卒の技術者ではなく工業高出の技術者でした。しかし彼らには社内での昇進の道は固く閉ざされていました。一方、大学出なら無能力でもらくらく昇進し、管理職となって行きました。これが終戦後30年の企業のあり方であり、これは企業だけでなく役所までを含む日本の組織すべての悪弊となりました。無能者でも更迭できず、不公平な人事考課を受ける、社員の多数を占める非大学卒業者の思いはこれでした。

大企業の系列として働いた町の零細企業も、扱いはほとんどこの点数序列学歴偏重の秩序の中で政府からも企業からも扱われてきたのです。こうなれば結論は一つ、わが子には大学教育をなんとしても受けさせるということになります。こうして工業高校や商業高校は普通科高校に行けない子供の落ちこぼれ学校とみなされ、やがて公立学校は大学進学に向かないという理由で存在意義を失い始めたのです。

しかし日本の大学は東大を含めて高等教育など施さず、レジャーセンターだと指摘されて久しい時間が経ちました。中味はますます悪くなっていると思います。教師自身が人間を育成する教育を受けた経験を持たないからです。戦前の東大が官僚試験予備校と呼ばれたように、ここでも単なる知識の暗記と点数成績が最優先される教育とは呼べない学校に堕しているからです。いや、中味がないから入試点数が何点かなどというランキングで自分の頭の中味を保証しようとする陋劣な価値観が今の若い世代には溢れています。私はこれは一つの劣情だと考えています。

この反動として、この掲示板でも語られていますがテレビを中心媒体とする俗悪文化に毒された多くの若者達の反社会的行動が目立って増えているのです。日本の教育は深刻な問題を抱えています。しかしそれは東大を頂点とするこの日本社会の仕組みから発生しているのです。今、私が考えられる方法は東大を廃校にすること、または税金の投入を止めること、それが最も現実的なこの国改造法だと考えています。

メンテ
Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.18 )
日時: 2009/08/29 21:07
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2386  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/10/08(Mon) 13:05:50) [ID:xRpRbi5Z]

Res82
引用
東大の学問について触れさせて頂きます。
日本人は独創性がないのでノーベル賞が取れないと言われた時期がありました。主に東大卒の評論家が言ったことですが、これが事実ではなかった例を挙げます。

ノーベル賞は1900年に創設されましたが、実はこの第一回受賞者の有力候補者の中に日本人がおりました。北里柴三郎です。彼は熊本医学校から東京医学校(東大医学部の前身)に入学しましたが、試験が苦手で卒業まで通常の倍の8年を費やしました。今なら東大の1次試験にも合格できないでしょうが、草創期なので入学することが出来たのです。卒業後、東大を追われるようにドイツのコッホの下へ留学します。コッホはパスツールと並んで細菌学の父と呼ばれる大学者ですがここでコレラ菌を発見し、ベーリングと共同で抗血清療法を発明しました。今なら誰でも知っている病原菌の抗体療法のことです。

ノーベル財団から日本の帝国学士院にその旨の照会があり、推薦書の要請がありましたが学士院は推薦状を書きませんでした。帝国学士院は言わずと知れた東大の牙城です。北里は日本医学界を代表する東大医学部と当時の軍医の最高峰でもあった森鴎外の学説と真っ向から対立していました。東大と森鴎外は日本人に多い脚気は細菌によると唱えていました。北里はそれを実験的に否定していたのです。

次は1910年の鈴木梅太郎のビタミンB1の発見です。これは脚気が細菌ではなく栄養素欠乏で起こる病気であり、ビタミンという栄養素を世界最初に発見したものでした。鈴木梅太郎は東大農学部出身であったため、またも医学部の森鴎外は農学者が病気治療につながる業績を上げることは絶対に認めたくなかったと伝えられ、鈴木梅太郎の受賞も消えました。

その次は1914年と18年の2回ノーベル賞候補になった野口英世です。彼の業績は申すまでもありませんが、梅毒スピロヘータの発見とその神経麻痺の因果関係の発見という、今でも目もくらむような業績でした。昨年のノーベル賞は胃のピロリ菌発見者が受賞しています。しかし野口は小学校から日本医科大の前身の医学校で勉強させて貰い、当時の試験制度で19歳にして医師国家試験に合格する神童でしたが、学歴と生来の女遊びが大好きという不良であったことから帝国学士院の推薦は貰えず、2度とも見送られました。彼は京都帝大からすぐに医学博士を授与されますが、東大は彼が世界的に有名になった後で不思議にも理学博士の学位を授与しています。つまり東大は彼を医師とは認めなかったのです。

何とも凄まじい学閥意識と人を見る目のなさでしょうか。試験秀才エリートともてはやす事は森鴎外のような優れた作家の目ですら曇らすのです。日本の科学研究は東大が独占する、いや他者にはやらせないという意識が確立されていました。ノーベル賞の先陣は戦後すぐ京都大の湯川秀樹によってなされました。学界を牛耳ってはみたものの東大主流にはノーベル賞クラスの研究は生まれなかったのです。

東大卒はソニーの前身に努めた江崎玲於奈が取りますが、東大ではなく、彼はアメリカIBMへ渡り、半導体の研究でノーベル賞を受賞したのです。当時、もう一人有力候補がいました。光通信や発光ダイオードの発明者である東北大の西沢潤一です。現在のノーベル賞候補の青色ダイオード発明者の徳島大卒中村修二に先駆けて赤と黄色の発明者ですが、江崎がまだ受賞する前の西沢の論文は東大主導の日本の学会では否定されていました。これもアメリカで高い評価を受け、江崎の受賞後に西沢は学士院賞を受賞しました。

科学研究は研究費がなければ出来ません。アメリカと日本の差は研究費の差と言われ。従って論文の発表数は研究費に比例するとも言われます。日本の学会で他を圧倒する研究実績を示す有力な方法は何でしょうか。そうです、研究費に差をつけることです。次に示すのは2004年度の朝日新聞の大学ランキングの資料です。資料では左2列のみ掲載されていました。

 科研費獲得ランク 論文数ランク  論文経費ランク
1位 東 大 185億6900万円   1位 東 大 3,661件  1位 阪 大 255万円/件
2位 京 大  94億4800万円  2位 京 大 2,972件  2位 東北大 274万円/件
3位 阪 大  71億6900万円  3位 阪 大 2,814件  3位 京 大 318万円/件
4位 東北大  69億500万円   4位 東北大 2,525件  4位 東 大 507万円/件

左の2つから、やはり東大はすごい、科研費選抜でも論文数でも他を圧倒しているという結論になります。しかしそれでは1論文の経費はどうかと言えば、右端のようにこの順位は見事に逆転するのです。東大は阪大や東北大の2倍もの金がかかっています。文部省と東大のみならず朝日新聞も一心同体になって国民を欺き続けて来た証拠です。


メンテ
Re: 高山 渚 さんのスレッド ( No.19 )
日時: 2009/08/29 21:08
名前: 天の橋立の愚痴人間

■2392  Re: 政治と官僚 

□投稿者/ 高山 渚 -(2007/10/09(Tue) 15:53:00) [ID:QveveMQR]

Res84
引用
nyanfoさん
私のこの論証も自分の経験から骨子を作っていますが、貴方のご経験による検証は、更にこの論証に公平さを与える上で、大変有難いものです。

今日は東大主導文科省による「大学構造改革」なる欺瞞に満ちた政策を取り上げます。
これは21世紀COE(Center of excellence)プログラムというもので、「研究拠点形成費等補助金」という科学研究費とは別のお金配分プログラムです。

その主旨は「我が国の大学が、世界トップレベルの大学と伍して教育及び研究活動を行っていくためには、第三者評価に基づく競争原理により競争的環境を一層醸成し、国公私を通じた大学間の競い合いがより活発に行われること」とされています。

そして各大学から提案された課題について第三者委員会が評価してトップ30と呼ばれる大学が選ばれ、総額180億円、1件年間1〜5億円が5年間補助されるという仕組みです。
ところが、「選考過程は非公開。結果は公表するが、理由などどこまで公表するかは決まっていない。」とされ、委員長の東大卒ノーベル賞受賞者江崎玲於奈は「将来構想を重視したい。評価は主観的なもので、客観的なものはあり得ないと思う。評価者の見識に任せるしかない」というのです。

それで採用件数はどうかというと次の通りです。
11件: 東大,京大
 7件: 阪大,名大
 5件: 東北大,早稲田,慶応
 4件: 北大、東工大、九大
 3件: 筑波大、立命館大
 2件: 農工大、東京外大、奈良先端大,横浜国大,豊橋技術大,広島大

競争原理により競争環境を醸成する必要があるなら、研究費で差別してきた環境を一度すべて取り払い、公平に研究費を配分した後で第三者の評価にかけるのが競争原理の最初です。競争する前から研究費や設備費で差別したら、競争も何もありません。競争という言葉そのものを使うのもおこがましい。研究費があるほうが研究実績を上げるのは当然です。

もし東大が優秀であるというのであれば、下位の大学に多く補助金を逆配分して、改めて競争原理による評価を行うべきなのです。国立2期校と呼ばれた地方の大学は研究費が満足に貰えず、大学院もなく、戦後は国立1期校と呼ばれた旧帝大系大学に研究実績を独占されてきたようなものでした。

地方の国立医科大学の基礎科目担当の教授は、研究費が100万円に満たない年もあり、文科省の科研費審査は毎年落選続きと嘆き、その一方では東大卒の独立行政法人研究所の教授は年間6千万円、5年3億円の研究費を貰っているのです。論文数に差がでるのは当たり前で、Nature誌にも論文掲載の実績を持つ医学部教授は日本語の論文すら満足に書けない状況に追い込まれています。

東大以外の大学からの不満や批判に応えて、こんな欺瞞に満ちた構造改革の政策を出してきましたが、今までのあり方ではダメということは、少なくとも東大ではダメだという意味以外にはあり得ません。他の大学は世界と競争など研究費すら満足にないのですから、夢のまた夢でした。こんな不平等を半世紀以上続けて来ても恬として恥じないこの傲慢さペーパー試験によって支えられて来たのです。これ以上の下劣な後進性はありません。まともではないのです。

構造改革の本質は入試点数序列に従って予算を配分してきた誤りを正すものでなければなりません。入試難関が研究員の資質など保障しないことはもはや常識の部類です。それに日本の教育費は入試難関の研究員だけのものではあり得ない。江崎玲於奈が主観的に将来性に期待するというならなおのこと、無名でも全ての研究者へ予算を配分すべきことは論を待たないことです。彼らだって選ばれた人間だからです。それから公平に評価すればいいのです。

しかしこのような自明な理屈でも上の採択件数に見るように考慮されることはまずありません。だからこの日本の国は、東大が主導して行う政策の全てが必ず先の戦争のように破滅に進むことを私達日本人は肝に銘じなければならないのです。


メンテ
高山氏の官僚論・東大論 ( No.20 )
日時: 2010/04/15 17:55
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:wnuVWnio

このスレッドは、2年くらい前までこのサイトに投稿されていた高山渚さんが拘っておられた官僚批判、東大批判の一部を紹介しています。

スレッドの後ろの方に行っていましたが、他のブログなどで良く内容を引用されております。
古いものですので、ご存じない方もあろうかと、UPしておきます。

元の記事は、旧掲示板にありますが、最近旧掲示板がなくなりました。

高山氏は、その後自分のブログで活動されています。

http://n-takayama.cocolog-nifty.com/

当サイトともリンクされています。

「官僚を撃て」と言う名で、当サイトのトップページに出ています。

ご紹介しておきます。
メンテ
旧糾弾掲示板のリンクについて ( No.21 )
日時: 2010/08/16 02:00
名前: 管理人 安楽庵 ID:N3xTm9rI メールを送信する

旧糾弾掲示板のトップページからのリンクが無くなっている事に気がつきませんでした。
申し訳ありません。
質の高い、大変な数の投稿があり、是非残しておき、多くの皆様に読んで頂きたいと思います。

http://www.kyudan.com/cgi-bin/mb/mb.cgi?P=R&no=0

管理人
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これだけは言っておきたい ( No.22 )
日時: 2010/08/30 22:31
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:yYb25.VU

高山さんのスレッドを借りて、どうしても言ってみたくなった。

ほんに、東大卒と言うのは馬鹿が多い。

これだけで十分!
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これだけは 言っておきたい ( No.23 )
日時: 2010/08/30 22:38
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:yYb25.VU

何故、こうなるのか。

それは連中が若い頃から

思い上がっているからである。



そのような奴らは、記憶力、知識はあっても

判断力など総合的な人間力においては

100点満点中の 30〜40点であることが解らない。

そんな連中を、何時までも優秀と思い込んでいる廻りも悪い。

思い当たる者共は即刻身を引くべし。

思い上がっているから、それも自覚できないか。

クソッタレ!

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N級品 ( No.24 )
日時: 2017/12/29 22:28
名前: 9936 ID:G9c/zQkw メールを送信する
参照: http://www.bbagok.com/watch/panerai/index.html

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