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日本人のいじめ体質 |
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いじめと言う問題が学校で起こり、問題になっている。 いじめは日本人特有の潜在差別化の行動で、何も子供に限った事ではない。 日本人は自分たちと価値観が同等、もしくはそれに近くない物は排除しようとする特異な性格を持っている。
古くは江戸時代から行われている習慣で村八分(下部参照)と言うのがその典型だ。 基本的には仲間はずれにする事で、村のきまりを守らない、村の秩序を破った、上で決めた事に従順ではない等々でその本人や家族に対し、村全体で申し合わせて絶交する事だ。 そしてこれは公認の習慣であった。 現代社会では大人の職場でも同じような事が起こっている。 一時期言われた窓際族などがそれにあたり、会社内で嫌われたり、役に立たないと思われたりと事情はいろいろあるのだろうが、村八分同様に隔離してしまう。 そしてその本人の仕事を奪い、何もさせずに勤務時間内はきまったデスクに座らしておく、と言う陰湿ないじめ行為だ。 仕事が出来すぎるためにいじめにあう事もある。 ある支店の支店長は短期間でめざましい発展を遂げ、売り上げが急激に伸びたが、他の支店長達が自分達の身を守るために、しめし合わせて、その優秀な支店長を僻地の支店に飛ばしてしまった。 日本ではこのような事を『出る釘は打たれる』と言う。 いじめというのは、自分と違う他人の存在を受け入れることができない、と言う事が原因なのだが、人間の多様性を認められない排他的な行動と言える。 日本人の陰湿な性格に起因するいじめ問題の根本的な解決などは無いが、世の中が多様化する中で、個人主義を尊重すると言う基本的なことから始めなければならない。 日本では個人主義は自分勝手と理解され、個人の価値を認めない風習がある。 多数の意見と違う人に対しては変人、異人、奇人とされ、差別するだけではなく制裁まで加えると言う特異な性格をほとんどの日本人が持っている。 また、議論を嫌い、根回しと言う表現で表される決定方法は、少人数で決めた事柄を多数に押し付けると言う変則的な方法を好む。 何でも法律の日本では教育基本法の見直しでいじめ問題を解決しようとしているが、そんな事で解決できる問題ではない。 日本社会全体で取り組まなくてはならない大きな課題なのだ。 最近でも石原東京都知事の三国人発言や、韓国人差別、アジア人蔑視など誰もが内心持っている、日本人にとってはごく自然な感情なのだが、これらもいじめと同列に並ぶ問題なのだ。 古くからある日本独自の差別は、部落民の問題だ。 同和などと言い方は変えてもこの差別は根強い。 部落民とは江戸時代の階級で士農工商や坊主、神職などに属さない下部の民の総称で、穢多(えた)、非人と呼ばれ、人間扱いされなかった。 動物と同じ、という意味合いから、”四つ”とも言われる。 1871年に明治政府により、平民同様との布告、解放令が発令され、以前の賤民階層が廃止されたが、差別は現代に至るまで根深く存続している。 つい最近まで部落出身者は上場企業に就職することは出来なかった。 隠していても、それが分かった時点で差別され、言われぬ理由でクビになったりしていた。 逆に最近は同和がそれを逆手にとって、たいした差別でもないのに差別だと言って騒ぎ立てる事態も起こっている。 日本にとって困った差別問題だ。 さらに陰湿なのが障害者に対するいじめだ。 そしてこれは日本社会全体でのいじめだ。 街自体が健康な人のために作られており、体が不自由な人が街の散策など出来ないように作られている。 都会で障害者に出会うのが珍しい国は日本くらいだと思う。 知的障害のある子供を家に閉じ込める親は、他の兄弟がいじめにあわないようにするため、やもう得ずしているのだ。 そこまでしなくてはならないのは異常だ。 なぜもっと人間として扱えないか不思議でならない。 これは教育以前の問題で、まさにモラルの低下と言える。 差別用語の欄にもある死語となってしまったチンバ、ビッコ、オシ、ツンボ、メクラなどはそのようにさげすむのを避けるために用語事態なくしてしまったのだが、言葉の問題ではなく本当は対応の問題なのだ。 そのようなカタワモノが皆と一緒に普通の社会生活が営め、それ相応の収入があれば、何と言われようが気にならないと思う。 尽きるところ、日本は差別大国で、アメリカの黒人差別を批判する資格など全く無い。 おしまい 村八分の意味 江戸時代から行われた悪しき習慣の事で、村八分の「八分」とは、冠(祝い事)、婚礼、出産、病気、建築、水害、年忌、旅行の事で、これらには参加させない。 後の2分は葬式と火事の場合でそれ以外は、付き合わないという意味からとされる。 追記 いじめられてる君たちへ まず最初に自分を強くし、自分は決して悪い事はしていないと確信して下さい。 自分に自信を持って生きていく事を誓ってください。 死ぬ事を覚悟するくらいなら出来るはずです。 いじめる側が悪いのであって、あなたはその被害者なのです。 いじめは卑劣で陰湿な行為です。 あなたは絶対に死を選んではいけません。 死ぬ事はあなたの敗北です。 絶対に死ぬものか、と繰り返し自分に言い聞かせて下さい。
追記 村八分はいけません! 新潟県関川村のわずか36戸しかない山あいの集落で、地区長ら3人から「村八分にされた」として、住民11人が約1100万円の損害賠償などを求めていた訴訟で、新潟地裁新発田支部が、地区長らに計220万円の支払いと“村八分”を即刻やめるよう命じる判断を下した。 同支部の松井芳明裁判官は「被告らの行為が村八分と呼べるかどうかはともかくとして、違法」と指摘したうえで、「生活上の不便を感じたのみならず、精神的な苦痛を被った」と原告側の損害を認定した。 騒動の発端は、04年8月に行われた集落恒例のイワナつかみ取り大会だった。4月の準備段階で原告の1人が「準備と後片付けでお盆をゆっくり過ごせない」と訴えたうえ、被告の1人が村の補助金で支払われるイワナ購入費用を「水増し請求している」との理由で参加を拒否。最終的に集落の15人が参加をやめるという事態に発展した。 これに怒った地区長や実行委員長らは、地域の決定に従わなければ「集落のすべての権利を放棄し脱退したものとする」と通告。6月1日からはゴミ収集箱に鍵をかけて原告らの使用を禁止したほか、山菜やキノコ採りのための入山も禁止し、違反者は罰金3万円などとした。さらに、役場の回覧板も回さないといった嫌がらせを続けた。 狭い集落を分断した争いは感情的なしこりも大きく、簡単には解決しないようで、被告側は「もう人の心は変わらない」と控訴するという。 ZAKZAK 2007/02/28 |
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