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皇室と王室の違い |
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皇室を語るときに、ヨーロッパの王室と対比される。 開放的な王室と閉鎖的な皇室と言うように比較されるのだが、王室と皇室は全く別次元の家系で、それが日本人には理解できていないようだ。
皇室は日本人の血のルーツであり、古代から血統を守ってきた家系であって、いわば純粋な日本人と言う意味で存在している。 この血統、血を守ると言う考え方は、江戸時代に確立されたものだが、現在も残っている家元制度などで見ることが出来る。 血統を守ると言う原点が天皇家であり、その血統的系譜と言うのは日本人の思考の原点となっている。 江戸時代では殿様の息子は殿様になり、家老の息子が家老になるのは当然の事、として確立されていた。 そのようにしてそれぞれの家系を存続させてきた。 ![]() 現代でも人気のある水戸黄門は、何らかの実力があったのではなく、これを見ろ、と徳川家の紋章、三つ葉葵の印籠を差し出すことで、皆がひれ伏した。 ドラマの中とは言え、その時代をよく反映していて面白い。 また、日本人はこのような無意味な実力者を尊敬する傾向がある。 日本人の持つ尊血主義は外国には無く、理解されない。 市川団十郎は誰もがなれるのではなく、歌舞伎界の実力とは無縁のものである。 茶道の裏千家の宗匠になるには千家の息子として生まれるしかなく、他に適している人がいても、尊血社会では受け入れられない。 そして、この尊血主義が最も簡単に家を存続させる方法なのだ。 家元が変わるたびに作法が変わるようでは、流派が分裂してしまい、長続きしないことは明白だ。 徳川二百数十年の歴史ですっかり日本人に染み込んだ尊血主義は、現代でも役者の世界や歌手の世界にも定着している。 そして、政治の世界にも。 これだけは勘弁して欲しいのだが。 王室は血統などは全く無縁の系列で、戦う事によって勝ち取った地位なのだ。 戦争で勝った王の息子や娘が王の死後その地位を継ぐことが有っても、長く続くことは無かった。 歴史を見れば分かるように、自分を守るため、血統などとはかけ離れた異国人との政略結婚の繰り返しで、ヨーロッパの王室は親戚状態だ。 王室は王としての実権を取るため、または存続させるために、親子の間、兄弟間でも殺し、自らの力で勝ち取ったものなのだ。 そして、反抗する者は容赦なく殺す事が、唯一自分の地位を守る法でもあった。 王室が開放的で奔放、自由なのは、国民から尊敬される必要がないので、当然と言える。 王室は、例えばイギリスのエリザベス女王は大農園などの大地主であり、ロンドン市内の一等地に広大な土地を所有し、貸している。 その収入は莫大なもので、しかも無税なのだ。 一時期、税金を課すべき、と言う議論があったあので、今現在も無税かどうかは分からないが、いずれにしてもその収入は莫大なものである。 仮に、エリザベス女王が女王でなくなったとしても、その莫大な財産の所有者には違いない。 日本のマスコミは程度が低いので、このような単純明快な歴史も無視して皇族と王室を同列に並べて論ずることが多いが、全く別質なものを、無理やり同列にして論ずるのだから、突き詰めるほど矛盾が出てくる。 天皇家は、適しているから、ふさわしいからと言うような次元とは全く違う、日本人が好む血統が支配する世界なのだ。 おしまい |
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