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靖国神社 |
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最近にわかに人気者になった、靖国神社とはどんな神社で、何が問題なのかを簡単におさらいします。
靖国神社は、徳川幕府が倒れ、明治の新時代に生まれ変わる時に起った内戦、戊辰戦争で斃(たお)れた人達を祀(まつ)るために、明治2年(1869)に明治天皇の命によって創建された。 そして、その後に起こった戦争や事変での戦死者もこの神社に祀る事になった。
表は靖国神社が公表している戦死者の数だが、今問題になっているのは大東亜戦争、つまり第二次世界大戦のA級戦犯28人のうち、絞首刑に処せられた東條英機首相、板垣征四郎、木村兵太郎、土肥原賢二、松井石根、武藤章、広田弘毅の7人。 裁判中に病死した松岡洋右元外相、永野修身ら2人、受刑中に死亡した白鳥敏夫元駐イタリア大使、梅津美治郎、小磯国昭、平沼騏一郎ら5人の計14人を1978年に合祀(ごうし)した事に起因する。 神社の立場は戦争裁判受刑者は国内法上の犯罪者ではない」と言う事だ。
合祀と言っても仏教の位牌のようなものが保管されたり、お墓に関係するものが祀られているのではなく、単に靖国神社に祀られている「霊璽簿」(れいじぼ)に氏名、階級、戦死場所が記入されるだけの事なのだ。 問題は戦争を計画し、決断した軍の幹部や政治家の責任を区別せず、赤紙一枚で戦場に行かされ、戦死した何百万もの人々と一緒にした事だ。 簡単に言うと、第二次世界大戦で戦死した兵士の家族や友人がが靖国神社でその肉親や友人の冥福を祈ると、同時にその戦争を推進した戦争犯罪者に対しても祈りを捧げてしまう事になり、釈然としない点が問題なのだ。 A級戦犯の合祀に関しては不明なことが多いが、1965年に厚生省の援護局から各都道府県に送られた「昭和40年以降の旧陸軍関係戦没者の靖国神社合祀事務の協力要請」により、この時期までに合祀基準に該当しない戦没者も合祀できるように基準の変更をしたことに始まる。 靖国神社は戦後まで軍の管轄下にあり、戦死者を悼(いた)むと同時に、戦死をほめたたえる、いわゆる顕彰(けんしょう)の目的があった。 つまり、戦意を高揚し、国民を戦争に動員するための役割を果たしてきた。 戦後、宗教法人になったが、戦争の正当化という基本的なメッセージは変わらない。 神社の立場は、自衛のためにやむを得なかった戦争であり、東京裁判で戦争責任を問われたA級戦犯は連合国に「ぬれぎぬ」を着せられた、というのだ。 小泉が何度も繰り返して言っている、「戦没者に対する敬意と感謝を込めて、哀悼の念を示し、平和を祈願するための参拝」と言う目的を果たせる神社でない事は歴然としている。 あきらかな戦争犯罪者の栄誉もたたえている神社で平和を祈るとは何を考えているのだろう。 中国や韓国が問題にしているのは戦死した一般兵士の追悼ではなく、戦争指導者の追悼である。 A級戦犯が合祀された靖国神社を、日本国を代表する首相が参拝するのが許せないというのだ。 侵略され、蹂躙(じゅうりん)された被害国からのこの批判を、単純に「反日」と片づけるわけにはいかないだろう。 戦後の歴代首相27人のうち、在職中に5回以上参拝した首相は、吉田茂(5回)、池田勇人(5回)、佐藤栄作(11回)、田中角栄(5回)、鈴木善幸(9回)、中曽根康弘(10回)で、小泉は、毎年一度の参拝をしている。 おしまい |
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