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盗賊の頭 橋本会長辞任
終えんに向かうか派閥政治
どろぼうにおいぜに=税金泥棒の国会議員にさらにお金を投げつけるること。
自民党最大派閥の橋本派を直撃した日本歯科医師連盟からの1億円提供問題は7月30日、橋本龍太郎元首相の会長辞任、派閥からの脱退に発展した。 同派はこれで問題の幕引きを図ろうとしているが、橋本氏から同問題についての明確な説明はなく、野党は反発を強めている。 一方、田中派の流れを組み、自民党の権力の中枢を担ってきた橋本派の衰退は、終焉(しゅうえん)に向かう同党の派閥政治を象徴している。 
【毎日新聞 中田卓二】

◇内向き倫理限界

自民党本部で30日午後に開かれた橋本派の総会で、橋本氏は会長辞任と派閥からの脱退を淡々とした口調で表明した。 

ただ、1億円の小切手を受け取ったことについては「覚えていない」と改めて表明。 引責辞任を予測した報道に触れ「こういうものは自分で決めるもので、マスコミに決めてもらうものではない」と持ち前のプライドの高さをのぞかせた。 周辺は「悪いことをしたから辞めるというわけではないという意地だ」と解説した。 

「諸々の問題について、来週、改めてみんなで相談し、一致団結して進んでいきたい。 今日はここでお開きにしたい」

事務総長の津島雄二元厚相は橋本氏の発言が終わると、すかさず引き取って総会を打ち切り、集まった60人以上の衆参両院議員が意見を言う機会はなかった。 

資金提供問題が発覚した15日、橋本氏は「何か私に責任がありますか」と強気を崩さなかった。 同派幹部も「会長に責任論は生じない」と確認した。 しかし、そうした「派閥の論理」だけで乗り切れる局面ではなかった。 28、29両日に開いた当選1~4回の議員と幹部との意見交換では刷新を求める声が続出。 また、東京地検特捜部が会計責任者を立件する見通しとなり、橋本氏はどんどん追い込まれた。 責任論封じ込めを狙った幹部も最後には「慰留しない」と突き放す以外にない状況になった。 

◇カネ・ポスト…うまみ消え

「(派閥)事務所は閉鎖し、(派閥)職員は党で雇う。 そういうことで具体的に(派閥解消が)進むことを民主党が台頭してきたこの時期に考えなければならないと思う」。 橋本氏の早期辞任を強く求めてきた熊代昭彦衆院議員は30日、国会内で記者団にこう語った。 単に会長交代ですませるべきではないと強調したものだ。 

96年、それぞれの派閥に推薦された複数の候補が互いに争った中選挙区制から、党の1人の代表が他党の代表と戦う小選挙区制に変わった。 これに伴い公認権を握る執行部に権限が集中し、派閥の存在意義も薄れた。 小泉純一郎首相が唱えた「自民党をぶっ壊す」のスローガンは、業界団体と深く結びついた橋本派への挑戦とも言え、小泉首相の派閥推薦を無視した人事は、最大派閥に所属するうまみをなくした。 派閥が求心力を維持するために必要と言われた「カネ」「リーダー」「ポスト」のいずれをとっても、橋本派は欠如する状態になった。 

同派の中堅議員は「今の時代、中堅・若手は『派閥の効能』をほとんど感じていない」と実情を語る。 橋本派は国会開会中、毎週木曜日の正午から党本部で定例総会を開く。 以前なら100人近い議員が集まったが、最近の出席者は全体の3分の1程度。 橋本派以外にも共通する現象で、背景には中堅・若手の多くが超党派や超派閥の政策勉強会に軸足を置き始めたことがあげられる。 

同派若手議員は「地元で、派閥のことを話しても反応は悪い。 政策の中身の議論をしなければ、有権者にはバカにされる」と明かす。 

橋本派は当面、会長を空席にしたまま、青木幹雄参院議員会長を中心に派閥の立て直しをはかることになる。 参院を束ねる青木氏は衆院の同調者を募ったうえで、第2派閥の森派と連携を強めながら小泉政権を支えることで、存在意義を示そうとするものと見られる。 

幹部の一人は「総裁候補を立てて結束をはかるか、9月の党役員人事で幹事長ポストを確保しない限り、派閥は空中分解する可能性がある」と語る。 

◇検察「金丸事件」教訓

橋本派が橋本氏の会長辞任で資金提供問題の幕引きを図ったのに対し、野党は強く反発している。 橋本氏が派の責任者としてその非を認めず、何の責任をとって辞任をしたのかはっきりさせなかったからだ。 

今回の問題とダブるのは、92年の東京佐川急便から金丸信・自民党元副総裁(故人)への5億円資金提供スキャンダルだ。 金丸氏は東京地検の聴取に応じないまま、政治資金規正法違反(量的制限)を認める上申書を提出し、略式起訴にとどまった。 このため「検察は大物議員を特別扱いしている」と世間の激しい批判にさらされた。 結局、同問題は当時の竹下派の分裂に発展し、さらに翌年の自民党分裂につながった。 

当時の竹下派は絶大な影響力を誇り、現在の橋本派とは大人と子供の差があるが、共通しているのは「政治とカネ」の問題を軽く考えている点だ。 今回橋本派内でも当初、「政治資金収支報告書を修正すればいい」という甘い認識があったのは事実だ。 派閥会長辞任というけじめのつけ方も永田町では大事件だが、世間では「身内の論理」との受け止め方もあるだろう。 

民主党の藤井裕久幹事長は30日、記者団に「一派閥の問題ではなく、自民党の旧態依然とした体質の問題だ」と述べた。 他の野党も「腐敗と癒着の構造を徹底的に明らかにする」(志位和夫共産党委員長)、「国会で真相を明らかにすべきだ。 臭いものにふたをしろというのが自民党の考え方だ」(又市征治社民党幹事長)と態度を硬化させており、秋の臨時国会では資金提供問題が大きな焦点になりそうだ。 

一方、捜査当局は東京地検特捜部が会計責任者らを事情聴取し、政治資金規正法違反(虚偽記入)容疑で刑事責任を追及する方針で調べを進めている。 今後は代表者の橋本氏に及ぶかどうかが焦点となる。 

同法は、政治団体の代表者が会計責任者の選任及び監督について、相当の注意を怠った時、50万円以下の罰金と定めている。 橋本氏に監督を怠った過失があるかどうか問題となるが、「大派閥の代表が日常的に会計処理に目を光らせるのは現実的に難しいのでは」との声が検察内部にもあり、刑事責任が問えるかは微妙とみられる。 

検察幹部は今回の問題について「1億円ものカネをうっかり記載しなかったでは済まない。 橋本派も分かってるでしょう」と話しており、橋本氏本人からの聴取は避けられない見通しだ。 捜査当局に5億円提供スキャンダルの苦い教訓が生きているとも言える。 

◆橋本派の歴史◆

1972年  7月 田中角栄内閣発足
1974年11月 田中首相が金脈問題で退陣表明
1985年  2月 竹下登氏が田中派内に「創政会」を結成
1987年  7月 田中派分裂、竹下派結成
1987年11月 竹下内閣発足。 金丸信氏が会長に就任
1989年  4月 竹下首相がリクルート事件で退陣表明
1992年10月 金丸氏が東京佐川急便事件で議員辞職
1992年12月 竹下派分裂。 小渕恵三氏が会長に就任
1993年  6月 小沢一郎氏、羽田孜氏ら離党
1993年12月 田中氏死去
1996年  1月 橋本龍太郎内閣発足
1998年  7月 参院選敗北で橋本首相が退陣。 小渕内閣発足。 綿貫民輔氏が会長就任
2000年  4月 小渕首相が緊急入院で退陣
2000年  5月 竹下氏政界引退を表明。 小渕氏死去
2000年  6月 竹下氏死去
2000年  7月 橋本氏が会長に就任
2000年12月 橋本氏が森喜朗改造内閣に入閣
2001年  4月 自民党総裁選で橋本氏が小泉純一郎首相に敗北
2003年  9月 自民党総裁選で小泉首相支持派と独自候補の藤井孝男元運輸相支持派が対立
2004年  7月 参院選で勢力減。 日歯連からの資金提供問題が発覚
2005年?月 橋本龍太郎 自殺 - 心からご冥福をお祈りいたします。

毎日新聞 2004年7月31日
衆議院議員 橋本龍太郎読売新聞2004年7月31日橋本元首相、政倫審で弁明 橋本元首相-この芝居で幕は引けぬ
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