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[3367] 中国の脅威<中国の覇権主義に警鐘を!
日時: 2020/07/26 20:15
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:q3i.rQco

中国は南シナ海、東シナ海に存在する海底資源を自国のものとするために、領海拡大を狙って、南沙諸島を自国に取り込んだり、東シナ海のガス田開発を勝手にすすめ、尖閣諸島の領有まで主張している。

その背景には、軍事的根拠としてアメリカに対応するための防衛ラインを構築すると言う理屈がある。



>第一列島線(だいいちれっとうせん)および第二列島線(だいにれっとうせん)は、中華人民共和国の軍事戦略上の概念のことであり、戦力展開の目標ラインであり、対米防衛線である。

もともとは1982年に、当時の最高指導者であるケ小平の意向を受けて、中国人民解放軍海軍司令員(司令官)・劉華清(1989年から1997年まで中国共産党中央軍事委員会副主席)が打ち出した中国人民解放軍近代化計画のなかの概念だが、最近外交事情変化によって殊更に重視される様になった。すなわち、1990年代までは、広大な国境線を接していたソビエト連邦への備えから、中国人民解放軍は陸軍を中心として組織されており[1]、海軍は、沿岸防備を行う程度の沿岸海軍であったが、冷戦が終結してソ連が崩壊し、東欧同盟国を失ったロシアが中国との関係改善に動き国境問題が解決した結果、中国人民解放軍の課題は台湾問題となり、一方で、第二次天安門事件や台湾海峡危機の結果、中国人民解放軍の第一潜在仮想敵国はロシアから、台湾を支援するアメリカ合衆国に変わったからである。1993年には、李鵬首相が全国人民代表大会で「防御の対象に海洋権益を含める」と表明した。1997年に石雲生が海軍司令員に就任すると、沿岸海軍から「近海海軍」への変革を本格化させた。その中で打ち出された「海軍発展戦略」の中でも、第一列島線および第
二列島線の概念が強調された。

法制面では、1992年に、尖閣諸島、西沙諸島、南沙諸島を中国の領土であると規定した「領海および接続水域法」(領海法)を施行し、海洋の管理権と海洋権益等に関する独自の法整備を行った。さらに1997年、国防の範囲に海洋権益の維持を明記した「国防法」を施行、さらに現在、国家海洋局が中心となって、島嶼の管理を強化する「海島法」の立法作業を進めている。


第一列島線

第一列島線は、九州を起点に、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島にいたるラインを指す[2]。中国海軍および中国空軍の作戦区域・対米国防ラインとされる。マスコミ発表ではこの第一列島線に日本列島の一部が含まれており、日本の一般国民には寝耳に水であったため、一時期問題となった。

中国海軍にとっては、台湾有事の際の作戦海域であり、同時に対米有事において、南シナ海・東シナ海・日本海に米空母・原子力潜水艦が侵入するのを阻止せねばならない国防上の必要のため、有事において、このライン内においては、制海権を握ることを目標として、戦力整備を行っており、また作戦活動もそれに準じている。

中国側の対米国防・生存権の立場から見るならば、少ない守備海空軍力で優勢な米海・空軍相手に米空母・原潜の南シナ海・東シナ海・日本海侵入阻止をするには島嶼線を天然の防波堤として利用するのは「軍事的地形利用としては」当然であるが、中国人民解放軍が想定した島嶼線は(中国の同盟国でもない)日本・台湾・フィリピン・インドネシアの領土/領海である。中国人民解放軍を統帥する国家中央軍事委員会の副主席であり中国海軍を掌握する劉華清提督がそのような「内部国防方針」を打ち出した事は、その話を聞いたこれら島嶼各国を困惑させた。

また、この区域内には、南沙諸島問題、尖閣諸島問題や東シナ海ガス田問題など、領土問題が存在しているため、第一列島線に関連する戦力整備・軍事行動は関連諸国の警戒を呼び起こしている。

中国は区域内の海域を「海洋領土」と呼称しており、海洋事業は国家発展戦略であるとしている。その原則に従って、1980年代より、中国の海洋調査船により、第一列島線区域において、海底の地形や水温などの緻密な海洋調査が行われてきた。 このことの背景としては海底資源調査だけでなく、海底地形や海水温分布、海水密度分布などのデーターの蓄積が(機雷戦を含む)潜水艦戦を有利に進めるために必須なこととも密接に結びついていると考えられている。

(引用終わり)

中国が何時から覇権主義となったのか、
共産主義中国が、東南アジアの共産化の為に動いたことは周知の事実。

ケ小平時代に、民主化、資本主義化へ踏み切ったが、覇権主義は残ってしまったか。
元来、中国は他民族国家、古代から領土争いは繰り返してきたが、他国の植民地化などは、民主国家では19世紀の終わりで終焉しているはず。

その点、民主国家を経験してない中国が、100年遅れて領土拡大に目覚めたのか。
いずれにしても迷惑な話。

その中国の横暴を抑えるのはアメリカ、ただ一国。
東南アジアの関係諸国(インドネシア、ベトナム、フィリピン、日本)はアメリカの手を借り中国包囲網を構築しなければならない。

中国の「一帯一路」構想も、中国の思惑(覇権主義)を考えると素直に同調できないものがある。
ここらで中国を経済逆封鎖で押え込む必要があるのではなかろうか。

中国が引き受けている世界の工場など、インド、東南アジア諸国が肩代わりすればよいのである。

思いあがった中国を窘めよう!

メンテ

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一路一帯構想と中華思想 その3(終わり) ( No.9 )
日時: 2020/09/01 15:48
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:kGZ/Dp82

現代中国→拝金主義社会

市場経済にともなって著しい変化をとげた中国で、昔と今との大きな違いは、間違いなく金銭観である。拝金主義に走っている中国で、もっとも変わったのは国民のお金に対する考え方だ。

昔の中国でもっとも定着していたスローガンは「向前看」(前に目を向けよう)であったが、現在の中国では、発音は同じだが「向銭看」(金に目を向けよう)となり、「前程無量」(出世するのが一番)から「銭程無量」(お金が一番)に変わってしまった。
中国の伝統的な価値観の影響で、長い間お金は不潔なもののように扱われてきた。数千年続いた封建社会は、お金を持っているかどうかではなく、職業によって社会的な地位が決まっていた。士農工商という身分制度によって、商人は金儲けを目的とした人間なので、社会的地位も最下位にとどまってきた。商売で金儲けをしているかぎり、どんなことをしても地位は低く扱われた。儒教では、人間のすべての行動は、ひとたび金に関わると、動機そのものも疑われてしまうと考えられていた。いわばお金は「万悪の元」だったのである。

以前の中国人は、みんな貧乏でお金は無かったが、お金を大事に使ったことを自慢していた。文革時代の中国人は、毛沢東思想より友情を大切にしており、お金の上手な使い道といえば、友情を築くために使うことが一番だと思っていた。とくに独身の人は、給与のほとんどを友達との食事代にあてており、お金を借りてでも友人に贅沢な料理を食べさせることが、その時代の金銭観、友人観であった。

今では中国人みんなが拝金主義になっているが、逆にお金に一番ドライなのは今の子供達である。
最近の中国では「三分の一が三分のニを使う」という言葉があるが、これは一人っ子政策のために子供の数は家族の中で三分の一しか占めていないのに、その子供が使っているお金は世帯収入の三分のニであるという意味である。多くの都会の子供達は、まともな金銭感覚を持っていない。お金に困ったことがないから、お金にも無関心なのである。

ただし、農村では恵まれている子供はまだ少なく、経済的な理由で学校にも行けない子供達は、いぜんとしてその数は多い。
収入や年齢によって中国人のお金の使い道はかなり違ってくるが、それでもいくつかの共通点がある。
中国では、友人や親戚を招待するために使う費用はかなり大きい。中国人は、たとえ貧乏であっても、友人を招待するときにお金をケチることはしない。友達にケチだという印象を与えると、面子を重んじる中国では、かなりのダメージになるからだ。

冠婚葬祭の費用も日本人の想像以上である。人脈重視、人情深い中国の風土ゆえ、中国人は冠婚葬祭での費用を惜しまない。気持ちを表したければ、その気持ちの重みに見合った、お金をかけたお土産を贈るのが常識だ。ある調査会社が武漢の農民を対象に、お土産などの年間贈与費を調べたところ、実に純収入の四分の一を占めていることが明らかになったという。

中国ではビジネスを含むあらゆることを成功させるのは人脈次第だが、その人脈作りには、かなりの投資とコストが必要になる。
また、中国人は日本人以上に教育熱心であり、家族意識が非常に強い中国人は、子供に対する投資はもっとも価値があり、リターンも高いと思われている。

中国には「衣食足りて礼節を知る」という言葉がある。日本でもお馴染みの有名な言葉である。これは中国の管仲(中国の春秋時代における斉の政治家)の著書とされている『管子』の中の言葉で、正確には「倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る。」である。中国語では「倉廩實則知禮節、衣食足則知榮辱。」となる。つまり、「人は、物質的に不自由がなくなって、初めて礼儀に心を向ける余裕ができてくる。」という意味である。

ところが、経済発展著しく、海外旅行にまで行けるようになった中国人、衣食は足りているにもかかわらず、なぜか礼節を知らない。かつては「礼節の国」とまで言われた国が、今では「無礼の国」とまで言われる始末である。中国は経済格差が激しく、豊かになったのは一部の地域、一部の人だけである。近年は内陸部の開発も進んできたが、依然として格差は縮まらない。豊かになった人たちでさえそうなのだから、今日明日の生活さえ精一杯の人が心に余裕などあるわけがない。

経済的な面ばかりではない。中国国内には、他国では考えられない「理不尽」と「矛盾」と「強迫観念」がごろごろしている。中国国内では毎年数万件の暴動がおきている。余裕どころか不満だらけという証拠である。かといって、政府を激しく非難することもできない。言論の自由など建前でしかないからだ。うかつなことを言えば、すぐに目をつけられる。最悪の場合は逮捕されて刑務所行きである。政府にとって都合の悪い人間は、濡れ衣を着せられ死刑にされたことも珍しくはない。政府から管理され、監視される息苦しい生活を強いられている中国国民が、本当の意味でも「幸福感」や「満足感」のある充実した人生を過ごせるだろうか。

あらゆる場面でとかく話題に上る中国人のマナー問題。社会生活におけるあらゆるマナーは、心に余裕のある人間にこそ養われる。相手を想う気持ちは、自分の心が他者に素直になれて初めて芽生えるものだ。しかし、大多数の中国人は、まず自分とその家族が矛盾した現代中国社会の中で生き残ることしか頭に浮かばない。海外旅行ができるほど経済的余裕ができた人間も、これだけ乱れた希望のない国で、心に余裕のないまま生き抜いていれば、マナーなど身につくはずがない。衣食足りても礼節を知らず・・・当然である。


>話は代わって、中国人に対する一般的な評価も紹介する。

今回は中国人の性格について話します。一国の国民の性格を総じて語ることは一種のス テレオタイプ化であり、簡単なことではないことは重々承知しています。しかし、今回は あくまで私がこれまで四か月あまり中国で生活する中で、遭遇したことや気づいたことを もとにしているという前提のもと、話してみたいと思います。 まず、意外に思われる方もいるかもしれませんが、中国人はとても謙虚です。何かにつ いて褒めると必ず「そんなことないよ」、と謙遜します。中国語にはその時に使う「哪里哪 里」(いやいやとんでもない)や「马马虎虎」(そんなでもないです、やっとです)という 言葉もあります。 また、中国人には客をもてなす、という文化があり、客人に対して大変気前がいいです。 例えば数人の中国人と私が初めて食事をするときなど、「今日は、初めて会ったから、私た ちがあなたをもてなすよ」と言っておごってくれることがよくありました。そして私が「い いよいいよ」というと、「太客气了」(気を使いすぎだよ)、「别客气了」(遠慮しないでよ) といさめられます。この「客气」というのは、「遠慮」という意味です。

一方で、ある中国人の友人によると、「中国人は他人には冷たい」そうです。中国人は一 旦仲良くなると、非常に親切だし、よく世話を焼いてくれます。しかし、赤の他人のこと はどうでもいいし、敵だといっても過言ではないそうです。確かに、私が日本で使ってい た中国語の教科書の中で、道でけがをしている人を助けたのに、その人に言われもなく罪 を擦り付けられ賠償金を要求された、という事件を見たことがあります。ですから、中国 では外で知らない人を安易に助けてはいけないのです。

一方で、私が中国で生活する中で、見知らぬ外国人である私に対して親切にしてもらっ たことが何度もあります。例えば、私が中国に来るとき、上海で別の空港に移動して飛行 機を乗り換えなければなりませんでした。その時に最初の飛行機で隣に居合わせた中国人 の女性が、次の空港への移動方法を調べてバス停まで連れて行ってくれました。それから、 バスに乗るときにバスカードも小銭もないことに気づいた(バスに乗るときはバスカード を使うか、ぴったりの小銭を用意しなければならない)ときや、バスに乗ってからバスカ ードのチャージが足りないことが分かったときがありました。しかしどちらも見知らぬ人 が代わりにバス代を支払ってくれたのです。

例えば、2005 年に尖閣諸島問題が再燃、中国における反日デモが激化した際の映像から イメージされる「血の気の多い中国人」、日本に観光に来る「爆買いする中国人」「マナー の悪い中国人」など、日本のメディアで見られる中国人のイメージはあまりいいものでは ないことが多いような気がします。しかし、実際に中国で生活してみると、それらはただ の一側面にすぎないということがよく分かります。当たり前ですが、中国人にも「いい人」 も「悪い人」もいて、みんなそれぞれ性格が違い、一概に「中国人は〜だ」と決めつける ことはできないのです。そしてこれはもちろん日本にだって、そして他のどの国にだって 当てはまるはずです。物事にはいろんな側面があるということ。色眼鏡で人を見るべきで はないということ。留学という自分の今まで生活してきた場所とは違う場所に長く身を置 く経験を通して、これらの教訓がより実際のものとして得られるように思います

(引用終わり)

概ね好意的な見方と思うが、処々に先に挙げた中国人の性格に符合するものがあるでしょう。

個人の問題としてみれば、アメリカ人もロシア人も善良な人が大半を占めるでしょう。
ところが、その個人個人が集団を作った時、その集団の意思は、個人の欲望を現す権力を構成し争奪が始まる。

公務員にしても、そうである。
身近な公務員一人ひとりは善良であっても、集団としての公務員は国民を搾取しても平気である。
それを知りながら一般の公務員は愛想笑いを続けている。

中国人が構成する中国と言う国の特性は改めがたいものがある。
個人と集団の関係は、人類の宿命であろうか。

それをコントロールする術はないのであろうか。

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