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[53] 教育の話し
日時: 2009/08/07 19:53
名前: 天橋立の愚痴人間

教育会議なる馬鹿の集まりが、馬鹿にふさわしい馬鹿な提言をまとめた。

曰く PTAに父親も参加すべし。

曰く 赤ん坊は、母親がおっぱいを飲まし、子守唄を歌うこと。


最早、会議そのものを解散し、かかった費用は彼らから徴収すべきである。
さすがに、政府もこれを発表する事は参院選のためにはならないと提言を差し戻したらしい。
またある議員は、おっぱいの出ない人に対して差別発言であるような理由をつけたらしい。

差し戻す理由も理由であるが、こんな馬鹿共を任命した責任も取ってもらわねばならない。

こんな連中が何を考えているか、知れたものではない。
こんな連中に教育改革を担当する資格はないのである。

つでに言っておきますが、マスコミに取材を受けた主婦達の反応は、そんなことはもとより解っている、大きな御世話というのが圧倒的であった。


どんどん入ってくる日本崩壊のニュースに、まとうな精神で対処していれば疲れてしまいます。

人生を振り返るに、今日ほど、愚劣な出来事が連続した記憶はありません。
管理人さんの考えは当たっているようです。
メンテ

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正しい自主性教育とは ( No.24 )
日時: 2020/07/24 12:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:nMbh/ObM

前のレス シュタイナー教育の要約

自主性教育には3段階ある

その1 幼児期

  幼児の脳の発達の為に、幼児の脳が思いつく事は、出来るだけ放任し幼児自体の脳の展開を妨げない。
  子供の才能の可能性を広める。

その2 学童期

  ある程度発達した脳に規範を植え付ける。
  自我の未発達な段階で、将来、自我に目覚めたときに考えるべき物事の道理を知らしめる。
  それは、常に身近にいる教師、親が教えることであり、自我が目覚め正しい自主性を身に着けるための栄養のようなものである。
  自主性と言っても、何でもありと言う事ではない。反社会的な言動を自主性と認めるならば、強いてそれを教育することもないで
  あろう。
  思春期に入ると子供でも素直に従わないと言う事を考えれば大人が子供を教育する最後で、最大の環境が学童期であるのだ。
  この時期に、なんでも、かんでも子供の意思に任せるのは、教育と言うもの、全てを否定することで、何のために「自主性教育」
  などと言う。
  具体的に言うと、駄目なものは駄目と言うこと。子供はほおっておいても思春期になると、自分で考え、大人の言う事を聞こうと
  もしなくなる。

その3 思春期(中学生・高校生)

   思春期が自我が発達する時期である。
   自我とは自分の意思を自覚するもので、自我の発達と共に他人を識別する、所謂反抗期と呼ばれるもので表面化する。
   この段階で、初めて自主性を自覚することになり、その人間の性格、生き様を左右することになる。
   それを正しく伸ばしてやるのが自主性教育である。
   具体的には、本人の判断(自主性)を尊重し、見守ってやることである。
   
本当の自主性教育と言うのは、この3段階を熟知していてこそできるもの。

戦後の子供に対する、誤った自主性教育の結果、「自主性」の乏しい(自立できない)社会人を多く、生み出しています。
また何事においても、自分が思うようになる(自主性)と思い込んで育った子供は(学童期の教育を受けていない)、社会に出た時、挫折感を味わい、その後の精神発達にも対応できなくなる。

メンテ

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