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[53] 教育の話し
日時: 2009/08/07 19:53
名前: 天橋立の愚痴人間

教育会議なる馬鹿の集まりが、馬鹿にふさわしい馬鹿な提言をまとめた。

曰く PTAに父親も参加すべし。

曰く 赤ん坊は、母親がおっぱいを飲まし、子守唄を歌うこと。


最早、会議そのものを解散し、かかった費用は彼らから徴収すべきである。
さすがに、政府もこれを発表する事は参院選のためにはならないと提言を差し戻したらしい。
またある議員は、おっぱいの出ない人に対して差別発言であるような理由をつけたらしい。

差し戻す理由も理由であるが、こんな馬鹿共を任命した責任も取ってもらわねばならない。

こんな連中が何を考えているか、知れたものではない。
こんな連中に教育改革を担当する資格はないのである。

つでに言っておきますが、マスコミに取材を受けた主婦達の反応は、そんなことはもとより解っている、大きな御世話というのが圧倒的であった。


どんどん入ってくる日本崩壊のニュースに、まとうな精神で対処していれば疲れてしまいます。

人生を振り返るに、今日ほど、愚劣な出来事が連続した記憶はありません。
管理人さんの考えは当たっているようです。
メンテ

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シュタイナー学校(ワルドルフ学校) ( No.6 )
日時: 2013/09/21 21:37
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:nG3PlehE

イエナプラン教育と似たようなものに、シュタイナー学校(ワルドルフ学校)があります。


ルドルフ・シュタイナー

 ルドルフ・シュタイナーは1861年にオーストリアの田舎町に生まれ、1925年に亡くなりました。彼はカントを学び、ゲーテの書籍などをまとめたりし、さまざまな思想家、哲学者とも交流して、真理は神秘的直観、体験によってしか得られないという神秘主義の上に立つ、神智学を打ち立てました。

 シュタイナーは、ゲーテの権威であり、劇作家であり、オイリュトミーという運動芸術の発案者であり、哲学、神学、教育、農学、建築学、薬草学、薬学、医学、自然農法、共同体思想など、ありとあらゆる分野の専門家であり、また全部を繋げた人でもあります。この本で取り上げた幼児教育は、その巨大な氷山の一角といえます。

シュタイナー学校(ワルドルフ学校)

 シュタイナーは、人間は7年ごとの周期で大きく発達していくと言います。生まれてから永久歯の生えてくる7歳までが第一段階で、肉体の完成にあらゆるエネルギーを総動員しているときです。思春期の訪れる14歳までが第二段階で、エーテル体という、肉体に生命を注ぎこんでいる力の活躍する時期です。14歳から、人間としてすべての要素が整う21歳までが第三段階です。第二次性徴が訪れると、思考や想像力、判断力が目覚め、アストラル体が活躍を始めます。そして21歳に自我が目覚め、人間として完成します。シュタイナー学校のカリキュラムは、その人間の発達を待ち受けるかたちでつくられています。

 シュタイナー学校は、別名ワルドルフ学校と呼ばれますが、ドイツのシュツッツガルトで、1919年に初めてワルドルフ・アストリアという名前の煙草工場で働く人たちの子どもたちのためにモデル校をつくったところから始まったのがそのいわれです。

 最初の学校ができてから、現在では国境を越えて46ケ国に900以上もの学校ができるまでに発展しました。その他、とくにヨーロッパでは多くの公立校がシュタイナー学校のメソッドを取り入れています。

幼稚園

 幼稚園は年齢タテ割りで、知育をしません。子どもはまだお母さんのお腹の中にいるような気分で生きているので、部屋も子宮の中を思わせる淡いサーモンピンクのペンキで塗り、透きとおったカーテンで直射日光をさえぎり、夢の中のような雰囲気を保ちます。子どもはこの時期は理屈ではなく、模倣から物事を身につけて成長しますから、静かで、優しく、生き生きしたよい人間関係とリズムのある生活とよい環境を与えます。この年齢の子どもの生活半径は家庭にあるので、幼稚園も家庭的な雰囲気をつくって教師はお母さんやお父さんのような雰囲気で子どもに接します。幼稚園では教師は脇役です。

1年生から8年生まで

• オリジナルのカリキュラム
 アメリカのシュタイナー学校では、小学校は1年生から8年生までで、つぎが高校で9年生から12年生までです。小学校は、教師は持ち上がりで、子どもの魂を育てます。この年齢の子どもたちは主に感覚を育てています。

 カリキュラムは、それぞれの教師が、どんな時代にどこでどんな子どもを相手に、また自分が誰であるかによって、発達段階などの基本線を保ちながら、独自のものをつくり上げます。また全教科にそれぞれ横のつながりをもたせると同時に、全体像がつかめて、子どもが今学んでいることや理由が無意識のうちに理解できるように配慮します。

 たとえば七歳の子は幼児からの転換期にいますから、まだおとぎ話の世界に住んでいます。ですから一年生は全教科が物語形式で導入されます。九歳は自分と他人が区別できるようになる年齢です。すると国語では人間のもっとも古い歴史と呼ばれる旧約聖書がテーマになります。手の仕事では自分と他人がぶつかるイメージのクロスステッチが入ってきますし、音楽では和音、輪唱などが出てきます。また全体と部分の例としては、算数の場合、足し算、引き算、割り算、掛け算の四体系全部が最初に物語形式で提示されてから、それぞれの体系に移っていきます。

• メインレッスン形式の授業

 一日の初めは二時間弱、主要科目を集中して勉強します。とくに低学年は、歌をうたったり、詩を唱えたり、ゲームや劇などの芸術体験を通し、肉体の動き、心、頭を総動員してすべてを学び、最後に自分たちでその日に身につけたものを大きなノートに挿絵とともにまとめていき、それが教科書になります。

 教科は国語なら二〜三週間毎日ずっと国語ばかり学びます。つぎに国語は休んで、学んだことが消化するのを待ち、その間に算数に進むという具合です。主要教科のあとは手の仕事、二つの外国語、体育、オイリュトミーという運動芸術などが続きます。

 小学校に入ると子どもの中に記憶力が目覚め、言語を通して物事の意味が理解できるようになっていきますが、まだいろいろな判断力のもとをつくっている段階です。将来きれいなものと汚いものが区別できるように、美しい環境を用意し、人間の生き方を含め、子どもの人生のお手本になるような資料のみ使います。すべての教科を、人間がそれを初めて発見したときからの歴史を経験させることにより、自分の力で現在の発達までを全身で理解できるようにします。点数評価はありません。

 子どもと大人の境目である思春期は、人間の歴史でいえばルネッサンス、革命の時期です。その時期には、それに対応したカリキュラムをもってきます。変動期の歴史を自分がその時代の主人公になったようなかたちで学び、国語は喜劇と悲劇を交互に用意し、子どもの転換期を発散させます。この時期は、幼稚園で家庭が子どもの行動半径だったのが、学校という共同体にまで広がります。八年生まで、教師は生徒の前でしっかりした権威をもちます。

9年生から12年生まで

• 思考、想像力、判断力が目覚める高校時代

 高校になると、子どもにはついに本当の意味での思考力、想像力、判断力が芽生えますから、それからはすべての授業が思考を通して行われます。子どもの行動半径は地域社会にまで伸びます。人類の歴史を人の成長の中に見ると、幼児はまだおとぎ話や神話の時代に生きていますが、小学校で人類の太古の歴史からルネッサンスや革命時代まで行きつき、高校で現代社会までたどりつきます。子どもたちが見るもの、聞くもの、経験するものが血や肉で理解できるよう、さまざまな角度から物事を学びます。

 自分の育った環境と違う世界を経験するよう、障害者学校や施設や貧しい地域の託児所、その他工場などへ学校の教科の一つとして働きにいきます。社会科の授業では、息子は裁判所へ実際殺人事件の裁判をしているところを見に行きました。授業はほとんど考える授業で、討論の結果や研究成果をクラスで口頭で発表してから、挿絵付きのレポートにまとめるというスタイルが多くなります。

 10年生くらいになると、よその国のシュタイナー学校との交換留学が盛んに行われます。私の長男はドイツ、次男はフランスの学校に行きました。アフリカやオーストラリアなどに行く子もいます。そして11年生ごろから大学への進学準備に入ります。この時期の子どもは地域社会に住み、21歳までに現在の世の中に出て行く準備が整います。思春期から子どもの自立心が目覚めてきますから、親や教師はふたたび脇役に回ります。



シュタイナー教育の目的

 学校教育で一番大切な部分は、子どもたちに人間とは何者か、なぜ自分は生きているのか、いったい自分はどこから来て、どこへ行くのか無意識のうちに感じさせることにあります。いわゆる教科は、生きるための手段であり、目的は別のところにあるのです。けれども人智学を教えてはいけないことになっています。

 シュタイナー教育は、全人教育であり、自由への教育ともいわれます。それは自分が好き勝手なことをするのではなく、いつも全体と部分、周りの世界に対する自分の立場を感じ取り、自分で温かい心をもって、正しい思考ができ、判断し、それを実行できるだけのあらゆる意味での基礎をつくることにあります。ですから教師が子どもたちにものを教えているときも、現在の子どもに語りかける部分、それからこれから成長させていく種をまいている部分の両方に気を配ります。教師が子どもに教えられるのは高校の卒業までで、その後はその基礎を経験とともに延ばしていってもらいたいからです。いつも目の前の子どもたちの二〇年後、三〇年後、そして年を取って死ぬまでのことを考慮に入れて基礎をつくっていきます。

 感情、知性、行動力のバランスがとれた自由人を育てることがシュタイナー教育の目的です。



最後に、紹介した教育の方法に共通することは、子供に自主性を理解させるというものです。
但し、これは3段階に分けられていて、幼児期の自主性の開発の為には、それこそ子供の潜在した可能性を導き出す為に、何事も子供に任せるということをするらしいです。
我が国と異なるところは、小学生、中学生の年代になると教師の指導を中心とする様に切り替わってきて、教師はあらゆる社会的な規範を子供にしつけると言います。
その後、子供が自立する時代、要するに高校生の時期から、再び、子供の自主性を尊重し、それぞれが、それぞれにあった生き方を選択するように指導すると言う方法を取っている事です。
そのために、特に小中学校の時代の教師の能力を育てるような事がされていて、新任の教師には、人により様々ですが、1〜3年くらいは先輩の教師が、その教師の指導に当っているという事です。
この点も、学校出たての新任教師が赴任すると、たちまち一人前に扱われ、誰の干渉もなく教育に当っている我が国の環境とでは教師の質に大きな違いがあります。
「自主性教育」と言う言葉だけを追っている我が国の間違いを認識するべきですが、文部科学省、教育委員会、日教組全てが、本当の子供の教育とは、何かを問う姿勢はなく、単に自分たちの立場から教育方針を弄んでいる現状では、誰もが気がつきません。
ましてやペアレントモンスターなどと言うPTAが存在していては、我が国の教育に何の期待も出来ないでしょう。



(終わり)
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