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[53] 教育の話し
日時: 2009/08/07 19:53
名前: 天橋立の愚痴人間

教育会議なる馬鹿の集まりが、馬鹿にふさわしい馬鹿な提言をまとめた。

曰く PTAに父親も参加すべし。

曰く 赤ん坊は、母親がおっぱいを飲まし、子守唄を歌うこと。


最早、会議そのものを解散し、かかった費用は彼らから徴収すべきである。
さすがに、政府もこれを発表する事は参院選のためにはならないと提言を差し戻したらしい。
またある議員は、おっぱいの出ない人に対して差別発言であるような理由をつけたらしい。

差し戻す理由も理由であるが、こんな馬鹿共を任命した責任も取ってもらわねばならない。

こんな連中が何を考えているか、知れたものではない。
こんな連中に教育改革を担当する資格はないのである。

つでに言っておきますが、マスコミに取材を受けた主婦達の反応は、そんなことはもとより解っている、大きな御世話というのが圧倒的であった。


どんどん入ってくる日本崩壊のニュースに、まとうな精神で対処していれば疲れてしまいます。

人生を振り返るに、今日ほど、愚劣な出来事が連続した記憶はありません。
管理人さんの考えは当たっているようです。
メンテ

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Re: 教育の話し ( No.7 )
日時: 2011/09/18 13:32
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:3R2ku166

さて、元へ戻って、関口博之氏の教育論です。
関口氏は、氏のグログへ行けば御分かりになるように、

http://d.hatena.ne.jp/msehi/
ドイツを参考に、教育、産業、原発行政などの分野で新しい日本の形を求めておられるようです。
そういう意味で敬意を払うとともに、表題の教育論(これだけではありません)について、私からも一言参加させていただきたく思います。

氏の記事の趣旨は、安倍改革によって行なわれた、新自由主義の枠に組み込まむ教育改革の総括とも言うべき教育基本法案に対する批難です。

考えてみれば、もともと教育とは、何であったかということも考えなければならなくなります。
教育と言う概念の発祥は、王権国家の時代の帝王学に端を発していると思います。

ギリシャ時代から君主論などが書かれていました。
その後の教育は、一方で宗教の世界の修業とは別として、国家の官吏を養成する事が主眼となり、中国の科挙の制度などが良い例です。
近代になって、庶民が少しは裕福になると、庶民の生活の為の読み書きソロバンというものを教育するようになりました。
始めての大衆教育であります。

その後、産業革命を経て、国家の覇権争いは、武力だけでなく経済全般の問題となり、国家の富国強兵の為に国民を教育することが必要となりました。
国民皆教育の為に義務教育制度が出来たのは、この頃からです。

帝国主義による国家間の覇権争いが収まると共に、民主主義の社会と言うものが標榜されて、始めて人権や個人の権利の概念が教育の中に盛り込まれてきました。
しかしながら、富国強兵に代わって企業戦争に勝ち抜くための人材確保と言う面が、よりダイナミックに蠢いています。

現代社会は、まさしくこの延長にあり「教育に何を求めるか」と言う概念も醸成されてはいません。
もちろん、教育の過去は過去、これからの教育のあるべき姿を追い求める必要が嫌が上にも増してきていると思います。
新自由主義の枠組みの中の教育は、あいも変わらず富国強兵の延長にあり、格差に悩む庶民の生き様の指標にはなりません。
物資と情報の氾濫による人間性の崩壊にも対応できません。

要するに文明史的な価値観の転換が求められているのです。
それが何であるかの方向性は漠然とは皆が感じ取ってはいると思います。

そういうものを凝縮して新しい教育の理念をつくらねばならないと思います。
同時に、それを、倫理、道徳と言った範疇の精神の領域へ求めてはならないことを認識しておくべきです。
メンテ

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