ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
[294] 達磨さんに催促されて  天皇論
日時: 2009/10/25 13:36
名前: 天橋立の愚痴人間

岡田外務大臣の天皇陛下の発言い関する云々はいただけないと思っていました。

なぜかと言えば、天皇家にも何時不埒な人格を持った人が出て来るか解りません。
歴史を遡れば、取り巻きの影響があったとしても、天皇家も身内で権力争奪の殺し合いをされているときもありました。

憲法で囲ってあるからこその象徴天皇なのです。

さて本来の天皇論ですが、私は従来の天皇論の延長では考えてはいません。
民主主義を基にして考えれば否定するのみです。

その民主主義の行く末の事に思いを馳せた場合に天皇制のことを考えます。
ずっと将来、あらゆる分野のグローバル化がなり、民主主義(個人主義)が行き渡った状態で人間社会の平安が保たれるかと言うことです。

現代社会は、何でもかんでも個人の生き様を重要視してますが、人間の半分くらいは、もともと従属して(共生の概念の中に)生きることに安心感を抱いているものです。

多くの物資を手に入れ、享楽に浸っている、表面上を見ていれば、そのようには見えないでしょうが、元来持っている生への不安感は深いところでなくなってはいません。

将来、民族意識が希薄になり、国家意識が希薄になったときに、人間は何に共生の概念を持つ事になるのでしょう。

民主主義の考え方からすれば不合理なことですが、その不合理が必要でないとは、結論は出せません。
何となれば、民主主義も、ここ200年間の実験の最中なのです。

民族とか国家と関連して天皇制を考えるので戦争のことも想定するのです。
そのずっと将来、人間社会に天皇のような象徴が必要か否かの議論もしなくてはなりませんが、私は全ての(我が国に限れば1億、世界では100億)人間が個の集合の概念だけで平和な社会を維持できるとは思いません。

この世に宗教があるのも、人間の精神の限界があると思っています。
将来の社会で共生の象徴(統治では無い)を考える時に、折角の歴史を不用意に排除する必要はないと思っているのです。

営々と象徴でいなければならない、天皇家には迷惑な話と思いますが。



どの道、現実を逸脱した未来論ですので、余り話さないことを御解りいただけたでしょうか。
メンテ

Page: 1 | 2 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

上記の続きです ( No.6 )
日時: 2011/01/01 22:03
名前: 沖縄戦の亡霊

きのうの続きです。

昭和天皇の沖縄メッセージは全体が「痛い」けれど、とくに「痛い」文言があります。マッカーサー宛のほうの、以下のところです。

……United States military occupation of Okinawa……should be based upon the
fiction of a long-term lease……According to the Emperor, this method of
occupation would convince the Japanese people that the United States has no
permanent designs on the Ryukyu Islands……

訳すと、「米軍による沖縄占領は、長期リースというフィクションに立脚すべきで、
天皇によると、このやり方で占領すれば、
日本の民衆は、米国が琉球列島にパーマネントにいるという構想などないと信じ込むだろう」となります。
「長期の租借なんて、日本の民衆向けの嘘ですからね、
貴国は沖縄を半永久的に軍事占領するべく算段してください、ということが本意ですからね」
と昭和天皇のお使いは言った、としているのです。
ワシントン宛のほうには、「日本の民衆は米国の軍事的もくろみにウェルカム(喜ぶ)だろう」と、
昭和天皇は言っている、ともあります。
この「日本の民衆」に沖縄の人びとが入っていないことは明白です。
この時、沖縄は米軍の軍政下にあり、「日本」ではなかったのですから。
そんな状況のもとで提案されたことが、
「核抜き本土並み復帰」というさらなるフィクションを重ねて(まさに嘘の上塗り)、今なおしぶとく延命している……。

問題はさらにあります。
昭和天皇は、新しい憲法によって、政治には一切関わらないことになったはずです。
けれども、新憲法施行からわずか4カ月あまりのこの時期、
むしろ戦中よりも活発に、まるで水を得た魚のように、
憲法など第4条(天皇の国政参加禁止)も
第99条(憲法遵守義務者の筆頭は天皇)も
どこ吹く風、政治家として旺盛に活動していたわけです。
しかもその動きが以後60年以上、沖縄の桎梏となり続けたとなると、その政治責任は重い。
昭和天皇の戦争責任について、議論は収束していません。
しかし私は、昭和天皇の戦後責任、
とくに沖縄に関する政治家としての責任についても問われねばならないと考えています。

先ごろ民主党政権は、
米軍辺野古基地新設反対の市長を選んだ名護市への交付金16億円を停止しました。
住民の民主的意志決定ではなく日米合意を金科玉条とする「民主」党政権は、
つぎつぎと閣僚を沖縄に送り込み、「じゃあ普天間はそのままってことですね。
危険でいやだと言うなら立ち退くしかありませんね」と慇懃にすごんでいます
(ブログ「地元紙で識るオキナワ」さんの記事はこちら)。
ヤンバルの高江では100人もの作業員が、非暴力で抗議する村人たちを尻目に、
米軍ヘリパッド建設のためのフェンスをつくってしまいました(琉球朝日放送のサイトはこちら。動画あり)。
さらに23日には、米軍ヘリが「ヘリパッドいらない」住民の会の
テントの上空たった15メートルで1分間ホバリング、
テントは支柱のパイプが曲がり、シートがはずれ、机や看板が飛ばされました(こちら)。
なんのつもりかわかりませんが、いやがらせととられても構わないと考えてやったことは否めないのではないでしょうか。

(筆者注:私はその後、高江住民の人たちが
沖縄防衛局へ抗議に行ったビデオを全篇みました。
http://takae.ti-da.net/e3294244.html

最初、沖縄防衛局側は「局長は居ません」と言うのですが、
ここで高江住民の皆さんの怒りが爆発。
その中に「お前達、米軍と組んでやったんだろう!」
という主旨の発言があります。) 

そんな昨今の沖縄を見るにつけ、
60数年前の昭和天皇の沖縄メッセージは、きわめて重いと思えてなりません。
天皇制を支持する方がたにも、この問題をいっしょに考えていただきたい。
これをクリアすること、つまりひとりの政治家としての昭和天皇にきちんとした評価を下すことは、
これからも天皇一家に好意を寄せていきたいとする人びとの課題ではないでしょうか。
これは、尊崇や敬愛といった個々人の内面にかかわることをいったん棚上げにした、政治一般の問題です。
ひとりの政治家の結果責任を後世が問うという、ごく通常の歴史の手続きです。
私は、昭和天皇はすごい政治家だったと思います。
その意図した通りのことが、2010年も終わろうとしている今なお、現在進行形で進んでいるのですから。

沖縄メッセージに戻ると、
……Soviet Russia and China, would thereby be stopped from demanding similar rights
という件(くだり)が目をひきます。
similar rights、「おなじような権利」とは、沖縄を占領する権利のことで、
アメリカが沖縄をとってくれれば、ソ連や中国がとれなくなる、というわけです。
これは、戦争は植民地獲得のためという、帝国主義時代の発想です。
そうした侵略戦争は、すでに国連憲章とニュルンベルク裁判で禁止されていました。
昭和天皇は、新しい国際法とのかねあいを沖縄の主権は日本に残すところに求めながらも、
古いルールをひきずって、沖縄をいずれかの戦勝国に戦利品として差し出す植民地と見ていたことがうかがえます。

沖縄メッセージを伝えた寺崎英成という人の「先見の明」にも舌を巻きます。
マッカーサー宛の最後の段落です。寺崎は、沖縄の軍事占領は日米二国間の条約によるべきで、
連合国側との講和条約に含めるべきではない、と提案したというのです。
なぜなら、講和条約に含めると頭ごなしの感じが強く出すぎて、
将来、日本の民衆のものわかりのよさ(the sympathetic understanding)を損ねる虞があるから。
サンフランシスコ講和条約と日米安保条約は、この提案をみごとに具現しています。それで、先見の明と言いました。
在米日本大使館に勤務したことのある元外交官寺崎の顔は、徹頭徹尾アメリカに向いています。
「沖縄軍事占領をこの先ずっと民衆に受けいれさせるにはこうしたほうがいいですよ」と、
アメリカに入れ知恵しているのです。まさに買弁とはこのことです。
ここに戦後の外務省、ひいては現政権にいたるすべての政権の原型を見る思いがするのは、私だけでしょうか。

とにもかくにも、昭和天皇の沖縄メッセージが広く共通の情報となることがたいせつです。
「文書を示せ」とおっしゃる方がおられるのですから、
公開から30余年がたった今なおあまり知られていないのでしょう。
今年は、アサンジュ氏のウィキリークス情報が、各国政府を震撼させました。
このくにでは公安情報と尖閣ビデオが流出して、議論を呼びました。
だけど、各国政府が地道にやっている情報公開によっても、
沖縄メッセージのようなすごい情報は次々と私たちのものになっています。
直近では、外務省が沖縄返還にかんする機密を公開しました。
そうした古典的な公開情報にも目配りしなくては。私たち、忙しい。

それにしても、「このポンコツ」なんてはしたない言葉遣いの人に熱烈なシンパシーを寄せられたら、
おととい喜寿を迎えた方ならずとも、困っちゃうんじゃないでしょうか。
漫画表現なら、はんぱな笑い顔に冷や汗たらーってところです。


12月25日の朝日ニュースター「パックインジャーナル」で、
田岡俊次さんが、「戦後、沖縄だけをアメリカに占領させてほかは独立してしまったのは悪質なこと]
と言っていました。(12月26日2:00追記)
メンテ
と、以上を踏まえてです ( No.7 )
日時: 2011/01/01 22:34
名前: 沖縄戦の亡霊 ID:OVKR8jBg

<うちなー系やまとぅんちゅのヤマトへの提言>

ヤマトにきて、つくづくと想う。

私はいわゆる「皇室」なるものが偉いとはこれっぽっちも想わない。

敬意?アホじゃないの。ただの人間でしょ。

そりゃ、自分より人生経験のある人は敬うよ。

ただそれは、沖縄における文化に基いた

「(他の誰のためでもない、自らが生きていく智恵をしっかり身につけていくために)
お年を召した方を大事にする」の延長でしかない。

私にとっちゃ、そこら辺の道を歩いているオバサンも

天皇も「同じぐらい尊敬に値する」。

「ぬちどぅたから」だから。

ただ、それだけのこと。

おまけに これ(上の天皇「沖縄メッセージ」のこと)

知ってたら、どうやって敬意持つのよ。

出来る人がいたら教えて欲しい。


結局、天皇も我が身可愛い「ただの人」だということ。

その「ただの人」から

生まれつき職業選択の自由も、居住移転の自由も、選挙権も何もかも

「憲法で奪う」って、これ、国によるイジメと何が違うの?

これやってるから、子ども達がいじめ始めて、

沖縄に基地集中させて何とも思わない大人ばっかりになって、

最後結局、戦争が始まる。


え、【あの】アメリカですら、そこまではしてないよ。

せいぜい、大統領が就任式に聖書に手、置くぐらいさ。

結局、ヤマトというのは文化の根本そのものに「イジメ」が含まれてる場所。

「イジメ」をやることに最高の悦楽を感じる、それが文化なんである。

そうしてそれが「生命のランクづけ」にまで至り、最高法規の第一条に書かれている。

これ、文化だから、そう簡単には変わらない。

変わるのは1000年、2000年単位。


もし変わりたいって真剣に思ってるんだったら、

9条変える前に1条から8条、削除する改正した方がいい。

お布施で食べてもらえばいいさ。

好きな人、たくさんいるんでしょ?

(私は一円だって払うつもりないが。それぐらいだったら島の世界遺産維持のために使う)


で、皇居と赤坂御所の跡地に在沖米軍持って来ればいい。

それで皇居と赤坂御所の森が壊れていくのを全国ネットでテレビで流さんと、

ヤマトゥンチュは今まで自分たちが沖縄を含む、

他の東アジアって呼ばれる地域の近隣諸国に対して何をしてきたのか理解できんし、

「日米安全保障条約」って何か、意味が判らん。

もう、それぐらいの荒療治をしない限り鎖国した方がマシなところまで事態が進んでいる。

で、日米安保の話が出てきたら、これは「世界」との関連になってくる。

はっきり言うが、日本と仲良くしようと思う場所など、世界に一つもないよ。

日本の持ってる「オカネ」と付き合いたい人はいるかもしれんが。

大体、「イジメ」が文化の人たちと、誰が付き合いたいと思うね?

そして、遂にその「オカネの付き合い」すらも出来なくなってきた。名護みれば解る。


結局、今現在生きてる人の中にあるヤマトの歴史っていうのは、
近くに侵略戦争に行って、沖縄に基地押しつけて、
世界中でアメリカと一緒に戦争してお金儲ることが「外交」だった、それがこの150年くらい。

その前が300年の鎖国……

そういう歴史的智恵しかない場所で生きてきた人間と付き合いたい人いますか、
って聞かれて手あげる人、いるわけないでしょ。

どんなに「リベラル」って呼ばれてる人の中にも、
最近、その「根性」が透かして見えるようになってきた。
最初は全然判らなかったが。
経験が多くなればなるほど、「酷い」のだけが見えてくる場所というのも珍しい。

田中宇さんのいう「日本は清貧な鎖国が似合う国 」とはそういうことと解釈中。

(あ、島は元々違う国だから、別に鎖国しなくてもいいよ。ずっとやって来たから出来るし。
だからさっさとヤマトと縁を切り、鎖国の中に入らんようにした方がいい。)
メンテ
Re: 達磨さんに催促されて  天皇論 ( No.8 )
日時: 2011/01/01 22:50
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:pZT5uw6.

沖縄戦の亡霊 さん、始めましてで宜しかったでしょうか。

あなたが仰っていることは、すべて正しいと思います。
ここ100年に限って天皇論を言う場合ですが。

そうしてあなたの怒りは天皇家と言うよりも、ヤマトンチューに向けられているかと思います。
それも正しいと思います。

大いに気を発してヤマトンチュウーの目を覚ましてください。

それと大きな意味での天皇論は、パパママさんのスレッドで答えています。
メンテ
Re: 達磨さんに催促されて  天皇論 ( No.9 )
日時: 2011/01/01 23:05
名前: 沖縄戦の亡霊

天橋立の愚痴人間 さん

あけましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。(もう、バレバレ・笑)

そうしてあなたの怒りは天皇家と言うよりも、ヤマトンチューに向けられているかと思います。
<仰る通りです。何しろ、私自身が現在はヤマトゥンチュなのです。

実は私がこれだけ厳しく言えるのは、
私がこの10年近く、ずっとヤマトゥンチュと一緒に暮らしてきて、
「本当のヤマトゥンチュは、天橋立の愚痴人間さんの仰る<100年前の感覚>を
未だしっかりその芯に残している」と感じているからです。

ただ恐れながら「大きな意味」については、そこは宗教に入り込むので、
宗教と無関係の「ただの人」の私は、そこに論を入れる事を余り好んでおりません。

神秘体験(と恐らくは通常呼ばれるもの)の経験を、事実、この身で経ているからです。
実際に経験してしまうと、これは厳密な意味での「個人の死生観の確立」ですから、
それはさすがに他者と共有できない、それが「人間」としての限界でもあり、矜持でもある、と認識しています。

それを共有しようとすると、それはどうしても宗教になってしまう。
宗教の教祖様なんて、真っ平ゴメン、と思っています。
なので私は、敢えてそこに行かないでいます。どうぞ、ご容赦を。

ただ、一つだけ「大きな意味」を思う時に感じることなのですが…
「象徴」という実に複雑なものを最高法規の第一条に持ってきてしまったゆえに、
ヤマトゥンチュは、宗教と政治を分けて考える―すなわち「政教分離」をこの150年、
一度だってしていない、というのが私の考えです。
(大日本帝国憲法の頃は、「政教分離していない」ことがはっきりしていましたが、
今は、政教分離しているのかどうかはっきりしていません。
けれど、どう見ても「政教分離してない」です。上のブログに書いてあることしかり、です。
つまり「象徴制」とは「政教分離してる」ように見せかけた詐術としか考えられません。
結局、現在の日本国憲法は実は第1条〜第8条がある以上、
いつだって「大日本帝国憲法」と何ら変わりなく施行できる可能性を残している。
いや、沖縄からすれば事実、そうやって運用されてきています。
実は、双方見てる私にすれば沖縄だけじゃなくて全部そうなんですけどね…。
沖縄にいれば、それがよりはっきり見える、ということです。
そうでなければ「日米安保」なるたった二国間の条約が、憲法の上位概念に存在している事実をどうやって説明しますか?
実際、東京じゃあナンカ変わった条例が出来て、今まで通り漫画すら描けなくなったそうで。
もうこれ、戦前の治安維持法による検閲の始まり以外の何ものにも見えません。
結局「日本」と呼ばれる場所で生きてる人は「大日本帝国憲法」下における臣民なんです。
更には今の憲法があるため「そのことに、自分で気づけなくなった」
50年に一度と言われる政権交代が起こって、今回つくづく思ったのですが。
結局はその「詐術」の腕前が上がっただけで、何もかわっていない。実際の暮らしが何も変わらないのはそのためです。)

結果、宗教(というより歴史的文化)も政治も失ってしまっている、
という風に異国人には見えます。
文化も政治もない国、それが「ヤマト」なんです。

(憲法といえども法律です。それは「改正」が可能なのです。
すなわち「なくなる」可能性がそこに発生する。
しかしながら「歴史的文化」であれば、それは法律とは何ら関係がありませんから「なくなる」ことがありません。
すなわち、引継ごうと思う人がいさえすれば、それは半永久的に持続されます。
その「歴史的文化」をちゃんと持っていたのが、
天橋立の愚痴人間 さんの仰る「100年前の日本人」なんじゃないでしょうか。
…私は明治政府成立を節目として考えてるので150年なんですけど。
本来ならば、こういった指摘は外国からきた私がすべきことではないような気もしますが。)

島には政治はないけれど、世界遺産となった「歴史的文化」が残っています。
世界遺産になろうがどうなろうが、それが私を含む、島で生まれた多くの人が、
「私はウチナーンチュである」と言う時、真っ先に思き、
更にはそれが今も島に暮らす人との結びつきの根拠だと思える以上は
それが一つの歴史的文化であることは間違いありません。

歴史的文化もない、そして政治もないでは、人が頼るべきものは最早何もありません。
それが恐らく、昨年の昭和22年の統計開始以来最多の(すなわち太平洋戦争当時よりも多い)
119万4千人の死亡者数の原因なのじゃあないか、と見ています。

ちなみに、沖縄は死亡者数も多いでしょうが、出生率は全国トップクラスであると記憶しています。
(だから島は「白物家電市場」なるものが今もちゃんと廻ってます。
ちなみに、今、ちょっとネットを調べてみたら、沖縄、死亡率もどうやら全国最下位レベルのようです。)
メンテ
Re: 達磨さんに催促されて  天皇論 ( No.10 )
日時: 2017/07/28 14:13
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:qkc3vFZk

天皇制をまともに論じる場などはめったにありません。
ここでは多くの人が思いを述べられています。

せっかくですので過去ログに入る前にUPして保存しておきます。


メンテ
Re: 達磨さんに催促されて  天皇論 ( No.13 )
日時: 2017/07/28 15:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:qkc3vFZk

いらっしゃい中川さん。

ところで、どこでこんな記事を見付けられた。
こんな事を書いていると右翼に狙われますよ。

明治天皇云々は、想像もつかないが、秋篠宮の容貌に関するくだりには、そうかと思わせるものがあります。
もう死にましたが、私の母親などが、こんな事を聞けばヒステリックの怒り出しますよ。

ヒステリックと言えばイントさん、彼女の論調もヒステリックでしょう。
彼女自身がヒステリックとは言いませんよ。
そんな事を言ったら叱られます。

まあ天皇家の血筋と言えば、いろいろな陰謀論が出ても仕方がないですね。
同じ様に徳川幕府にも直系は碌な将軍が出ていませんね。

しかしながら、ここで聞きたいのは天皇制、そのものの是非なのですが。
どうやら中川さんも、多くの皆さんと同じように問題外と思っておられるようですね。

メンテ
「大嘗祭」を国費でするのは疑問である→秋篠宮の発言 ( No.14 )
日時: 2018/11/30 16:02
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:wsY4Xqvw

秋篠宮さまが、53歳の誕生日を前に、きのう11月29日に記者会見を開かれた。
そこで日本を揺るがす大きな政治的発言をされた。

すなわち、天皇の代替わりに行われる皇室行事である「大嘗祭」の経費について、「宗教色の強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と異議を唱えられたというのだ。


「大嘗祭(だいじょうさい)」

天皇が即位の礼の後、初めて行う新嘗祭。大嘗祭は古くは「おほにへまつり」、「おほなめまつり」とも訓じたが、現在は「だいじょうさい」と音読みすることが多い。新嘗祭(にいなめさい)は毎年11月に、天皇が行う収穫祭で、その年の新穀を天皇が神に捧げ、天皇自らも食す祭儀であるが、「大嘗祭」は一世一度、新天皇の即位のときに大々的に行われてきた。

(引用終り)

前回、平成天皇の即位に際しても、22億円(多くは式場建設費)を使ったが、その時もこの問題は出ていたそうである。
天皇制について、必ずしも国民が一致して受け入れている訳でもないので当然の事と言える。

しかしながら天皇家の方から、しかも皇太子が即位すれば皇統第一位の相続者の位置にある秋篠宮の発言としては、別途、問題が生じる。
天皇制を受け入れる入れないの問題は常に存在し、民主主義の手法によって現在の憲法は天皇制を受け入れている。

それによって宮内庁を設置し皇族の生活権も保証している。
秋篠宮の大嘗祭の経費を国費に拠る拠らないも結局は国民の税金を使う事には違いはない。

秋篠宮が天皇制は必要ないと言うならば、その話も聞けよう。
しかしながら、大嘗祭を国費でやるか、やらないかは国民の判断である、政治の判断である。

当事者(天皇家側)が発言するならば、財政も苦しい折、質素に執り行って欲しいと言う希望であるだろう。

もうひとつの問題がある。
この時期、次の天皇の即位の儀式に現天皇を飛び越えて、このような発言をするならば、昔の朝廷では反逆者扱いとなる。

よくも、まあ、

言ったものだ。

政治の事が暇なので、このような話題を提供します。

天皇制について、我々は否応なしにある程度受け入れているのです。
だから天皇制維持のために予算も組んでいるのです。

天皇が変わると元号が変わります。
少々うっとおしいこともありますが、
これも古代からの日本の文化と言えましょう。

私は万事、合理化の西欧の知恵は否定します。
その西欧でも、最後の土壇場では人知れず、懺悔、告白などで逃げているでしょう。
その方が、余程卑劣な文化と言えます。

メンテ
「大嘗祭」の経費について ( No.15 )
日時: 2018/12/01 14:09
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:xVRyWh9A

>天皇の代替わりに行われる皇室行事である「大嘗祭」の経費について、「宗教色の強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と異議を唱えられた。

この秋篠宮の発言に対してネットでは概ね秋篠宮の発言を称賛し秋篠宮の意見を無視する宮内庁を言語道断と避難している。

だが、一歩引いて考えては如何なものか。
天皇制について憲法では次のように規定している。

第1章 天皇

第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第2条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
第3条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
第4条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
第5条 皇室典範の定めるところにより、摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。
第6条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
 1 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
 2 国会を召集すること。
 3 衆議院を解散すること。
 4 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
 5 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
 6 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
 7 栄典を授与すること。
 8 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
 9 外国の大使及び公使を接受すること。
10 儀式を行ふこと。
第8条 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。

(引用終り)


一番大事なのは、天皇が政治に関わらないことの規定である。
しかしながら象徴と言ってもアイドルと言う意味では決してない。
限定された中での国体に組み込まれているのである。

皇位継承についても皇室典範に基づき内閣の承認が必用な項目である。
天皇家の財産権についても、その処分は国会の議決が必要である。

皇位継承と言う事は、天皇制において重要な事であり、世襲せいであっても、皇族の勝手な決定をそのまま受け入れられるものではない。
国民が納得することも重大な事である。

「大嘗祭」はある程度宗教色が出るとしても、それは日本人の多くが受け入れている神道のものであり、また五穀豊穣を願う儀式が宗教的偏りとは言えない。

この重大な式典を、皇族だけが取り仕切ってよいのであろうか。
皇族の婚姻などは、天皇家の問題として概ね天皇家の私事であって良い。

判官贔屓かしらないが、秋篠宮の発言を我が意を得たりの様に反応するのは、余りにも視野が狭い。
なるほど、経費の節約と言う観点からは話が聞けても、もっと大きな問題があるのである。

天皇制と言う大きな枠組みの中で、天皇継承について、天皇家の意のままにされる事で良いのか。

「大嘗祭」を盛大にするか否かは、国民が判断する事であろう。

その「大嘗祭」が質素なものであっても良いと言う皇室側の希望は発言されてもしかるべきであるが、それを言うのは現天皇でなければならない。

秋篠宮は出過ぎた真似をしたことになり、かつ、国民と天皇制の関係を私物化して考えているのである。

秋篠宮の越権行為は秋篠宮の性格であり、今後我が国の天皇制の根幹を揺るがすことにもなりかねない。


(宗教色と言うことに関する考察)

五穀豊穣、社会の安寧を求める儀式は、特定の宗教を指す事にはならない。
政治と宗教を切り離すのは、キリスト教の於けるイエスの存在、イスラム教におけるアラーの存在の影響を受けない為である。

また五穀豊穣、社会の安寧などは、カルト以外のどの宗教でも目的であり、これを受け入れる事は信仰の偏りではなく人間生活の中の精神的希求である。

拠って「大嘗祭」の神事は、殆どの国民の受け入れる所であり、宗教的偏りではない。

神社庁などが全国の神社を統括し皇室と神道を結び付けようとしている事は問題ではあるが、神社庁の存在など後世に出てきたもので本来の神道(氏神信仰)の精神ではない。

それに大日本帝国憲法では天皇を現人神と規定したが、現在の憲法では国民の象徴と規定していて天皇をキリスト、アラ―のように神と思う人間はいない。

神道の歴史においても天皇を神と規定したことはない。

>「宗教色の強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と異議を唱えられた。

と言った秋篠宮の発言は、余りにも拙速な判断であった。
メンテ
秋篠宮はノータリン ( No.16 )
日時: 2018/12/01 20:11
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:xVRyWh9A

ついでにもう一言。

秋篠宮が言った、大嘗祭の費用は内廷会計で行うべきだ」と異議を唱えたそうだ。
馬鹿も休み休みに言え。
内廷費は天皇家のいわば生活費で、年間3億円くらい支払われている。

これとは別に皇族費として一人当たり、約3000万円が支給されている。
さて、さて

秋篠宮が言う様に内廷費で大嘗祭をやるとなると、葬式における家族葬みたいなもので、来賓は一切呼ばず内輪でしようと言う事か。

日本の皇室は世界の王室と付き合いもあり、天皇の継承ともなると世界中の大使も参列してしかるべきもの。

秋篠宮という奴は、安倍以上にノータリンではないか。
ついでに言うと、
皇室関係の予算は、
秋篠宮自身も言っている宮廷費が主な予算で、その年の行事や、宮殿の改修などで年に拠って異なるが、28年度で55億円使われている。

この中に式典費、警備費などが含まれていて皇族の公務に関わる費用を出している。
大嘗祭の費用は、当然、ここから出すべきものであり、内廷費などから出せるものではない。

こんな馬鹿な話を何故!
取り上げるのか。

秋篠宮はノータリン
おそらく内廷費が幾ら出ているかも知らなかったのであろう。
宮内庁は馬鹿を相手にしていられない、と無視したのであろう。

(参考までに)

イギリスも王室費として、年間60億円ほどの予算を組んでいる。
しかしながら、イギリス王室と日本の皇室と違うのは、イギリス王室はその資産を運用し独自に収入を得ている事である。
エリザベス女王にかぎって言えば、10年間で2900億円の収入があり、ただしこれらの収入の85%は政府に渡しているそうだ。
ちなみにチャールズ皇太子は、その所領から年間25億円の収入があるそうだ。

メンテ
即位の礼・大嘗祭 ( No.17 )
日時: 2018/12/01 21:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:xVRyWh9A

大嘗祭について勘違いして記述した面があるので追記します。
天皇の継承、即位の儀式は、1年にも及ぶ長い期間に渡るものです。
大嘗祭は、その一連の行事として行われるものであり、行事の中心は即位の礼であります。
次に今生天皇の即位の礼、大嘗祭の日程を紹介します。

1990年(平成2年)

1月23日 賢所・皇霊殿・神殿に期日奉告の儀、伊勢神宮・天皇陵等に勅使発遣の儀
1月25日 伊勢神宮・神武天皇・前四代天皇陵奉幣の儀
2月8日 斎田点定の儀
8月2日 大嘗宮地鎮祭
9月27日 斎田抜穂前一日大祓(悠紀田:秋田県南秋田郡五城目町)
9月28日 斎田抜穂の儀(悠紀田)
10月9日 斎田抜穂前一日大祓(主基田:大分県玖珠郡玖珠町)
10月10日 斎田抜穂の儀(主基田)
11月12日 即位礼当日賢所大前の儀
同日 即位礼当日皇霊殿・神殿に報告の儀
同日 即位の礼・即位礼正殿の儀 ※国事行為
同日 即位の礼・祝賀御列の儀(オープンカーでのパレード) ※国事行為
同日 - 15日 即位の礼・饗宴の儀 ※国事行為
11月13日 園遊会・内閣総理大臣夫妻主催の晩餐
11月16日 伊勢神宮に勅使発遣の儀
11月18日 一般参賀
11月20日 大嘗祭前二日御禊・大祓
11月21日 大嘗祭前一日鎮魂の儀・同大嘗宮鎮祭
11月22日 大嘗祭当日神宮に奉幣の儀
同日 大嘗祭当日賢所大御饌供進の儀
同日 大嘗祭当日皇霊殿・神殿に奉告の儀
同日 大嘗宮の儀・悠紀殿供饌の儀
11月23日 大嘗宮の儀・主基殿供饌の儀
11月23日 - 25日 大饗の儀
11月24日 大嘗祭後一日大嘗宮鎮祭
11月27日 - 28日 即位礼・大嘗祭後神宮に親謁の儀
12月2・3・5日 即位礼・大嘗祭後神武天皇・前四代天皇陵親謁の儀
12月3日 茶会
12月6日 即位礼・大嘗祭後賢所・皇霊殿・神殿に親謁の儀
同日 即位礼・大嘗祭後賢所御神楽の儀
12月10日 天皇陛下御即位記念祝賀会

※ 秋篠宮が言及した 大嘗祭は、この中の一部であり、即位の礼の約10日後に行われています。

なお、即位礼正殿の儀 ・祝賀御列の儀・饗宴の儀は国事行為とされています。
国事行以外は、内廷費から出すべきだと言う秋篠宮の主張ですが、そうなれば、その年の内廷費を増やさねば出来ません。
結局は税金を使う事になるのですが、秋篠宮の発言は、経費的な面よりも、神事は宗教的な意味があると言う事を重視した発言となります。

天皇家と神道の関係は、厳密には難しい問題がありますが、天皇を象徴として受け入れた我が国の体制(憲法)は、天皇家と神道の関係も抱合して受け入れているものと思います。

古代エジプトの時代から王家という存在は何時でも民衆以外の要素と結び付けられるものがあります。
それは宗教と言うよりも神の概念に基づくものです。

天皇家を天皇家として在らしめることの中に神的なものがあっても不思議ではありません。
天皇制を一切、否定するならばともかく、天皇家と神道の関係を一般的な信仰と同じように捉えることが良いのでしょうか。

しかしながら現実的には政治と宗教の慣れあいは好ましくなく、神事については国事行為から外しているのでしょう。
ただ、天皇家の一族、ましてや皇位継承第一位となるような秋篠宮自ら、神事を明確に切り捨てる(一般民衆と同じ観念で)のは如何なものか。

曖昧になっている天皇制の根源を危うくするものであると言える。





メンテ

Page: 1 | 2 | 全部表示 スレッド一覧 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前  「名前#任意の文字列」でトリップ生成
E-Mail 入力すると メールを送信する からメールを受け取れます(アドレス非表示)
URL
パスワード ご自分の投稿文の編集、削除の際必要です。面倒でしょうが入力をお勧めします。
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
コメント

   クッキー保存