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[294] 達磨さんに催促されて  天皇論
日時: 2009/10/25 13:36
名前: 天橋立の愚痴人間

天皇制の是非を問えば、10人中9人までが否定するでしょう。
その天皇制について考えてみたいと思います。

但し象徴天皇であることが条件です。

さて、その天皇論ですが、私は従来の天皇論の延長では考えてはいません。
民主主義を基にして考えれば否定するのみです。

その民主主義の行く末の事に思いを馳せた場合に天皇制のことを考えます。
ずっと将来、あらゆる分野のグローバル化がなり、民主主義(個人主義)が行き渡った状態で人間社会の平安が保たれるかと言うことです。

現代社会は、何でもかんでも個人の生き様を重要視してますが、人間の半分くらいは、もともと従属して(共生の概念の中に)生きることに安心感を抱いているものです。

多くの物資を手に入れ、享楽に浸っている、表面上を見ていれば、そのようには見えないでしょうが、元来持っている生への不安感は深いところでなくなってはいません。

将来、民族意識が希薄になり、国家意識が希薄になったときに、人間は何に共生の概念を持つ事になるのでしょう。

民主主義の考え方からすれば不合理なことですが、その不合理が必要でないとは、結論は出せません。
何となれば、民主主義も、ここ200年間の実験の最中なのです。

民族とか国家と関連して天皇制を考えるので戦争のことも想定するのです。
そのずっと将来、人間社会に天皇のような象徴が必要か否かの議論もしなくてはなりませんが、私は全ての(我が国に限れば1億、世界では100億)人間が個の集合の概念だけで平和な社会を維持できるとは思いません。

この世に宗教があるのも、人間の精神の限界があると思っています。
将来の社会で共生の象徴(統治では無い)を考える時に、折角の歴史を不用意に排除する必要はないと思っているのです。

営々と象徴でいなければならない、天皇家には迷惑な話と思いますが。


以上は前置きです。

なぜ象徴が必要であるかについては、少々長い説明になります。

(以下引用文)

「人間は社会的動物である」とは古代ギリシャの哲学者アリストテレス言葉であるが、この言葉は人間の本質をズバリ突いている。社会の中で生まれ育ち、社会を維持しながら生きていく(というか、それ以外のやり方では生きていくことができない)というのが人間の人間たる所以だからである。人間が生物・動物であるとともに、社会的存在であるという規定は、人間にかかわるいかなる問題を考察する際にも、外すことのできない重要なポイントである。しからば、社会とは何か、例えば動物の「群れ」とどう違うのか、というようなことが、当然、問題となってくる。

先に結論から述べておくなら、社会とは、労働の成果の共有・分配・交換を通じて結びついた集団のことである。多くの動物では、各個体は、餌などの自分にとって必要なものは自分で調達する。巣を作るに際しても、材料を探して来て組み上げるのは自分である。他の個体にお金を払ってやってもらうなどということはない。これに対して人間の場合、食べ物・衣服・住居・道具など必要なものをすべて自力で作り出して生活しているわけではない。これは最も原始的な生活をしている人々でさえそうである。社会の中の各個人が、それぞれの能力に応じて仕事を分担し、その成果を共有・分配・交換することで生活を成り立たせているのである。

人間以外の動物でも、群れを作って生活する動物の場合、ライオンやオオカミのように獲物をとるのに複数個体が協力してチームプレイを行なったり、とった獲物を集団で分け合ったりすることがあるし、また、サルの群れのように集団の中のリーダーの地位をめぐって権力闘争が起こるといったような、極めて“社会的”な現象が見られることもある。考えてみれば、人間も動物の一種として進化してきたわけですから、人間に見られる社会的な性格の一部が他の動物の中で見出されるとしても何らおかしなことではない。

しかし、動物の“社会的”行動は人間に比べれば極めて原初的・萌芽的なものでしかない。人間はそれを大きく越えて進化して来ており、人間社会では、進化史を通じて人間に至るまでに獲得されてきた諸特徴が大きく開花するとともに、経済・政治・文化・文明・学問・宗教・芸術のような、動物段階ではほとんど(或いは萌芽的にしか)存在しなかった活動が生活の主役となって躍り出てくる舞台となるのである。

共有認識と制度

社会は、人間どうしが物質的関係において結びついているのみならず、精神的にも結びついている集団である。そして、その精神的な結びつきは共有認識という形で実現される。社会の成員どうしが同じ認識を共有することで、互いを集団の仲間として認め合い、その中で多種多彩な秩序を創り出し、他の動物には見られなかったような種々の共同作業を実現することができるようになったのである。

またその過程で、多様な人間関係・役割関係を固定的な存在物として確立してきた。これらを制度という。制度は社会的存在物であるので、社会の諸成員が認識の共有を通じてその存在を承認し、それに従って行動することによって初めてその存在を維持することができる。例えば、政府・法律・権利・通貨などの社会的制度は、みんなが「ある」と思って行動するからこそ存在し得るものなのである。

(引用終わり)

この中で、すでに社会とか共有認識(共認)と言う言葉が出てきます。

社会意識とは(再び引用文)

定住革命以後、〈神〉の概念に革命をもたらしたのは、ユダヤ民族の離散である。その歴史的経験から〈一神教(モノセイズム)〉が生まれた。一神教の〈神〉は唯一の神であり、善と悪、愛と憎しみ、創造と破壊など擬人化された神が担っていた相反する概念をすべて引き受けるため大きな矛盾を抱えることになり、非人格化されていった。かくして〈一神教〉の世界は、偶像崇拝と偶像破壊、擬人化され親しみやすい〈神〉と非人格化され親しみにくい〈神〉の間で揺れ動くことになった。この葛藤を見事に調停したのが、キリスト教だと著者は語る。

「キリスト教が世界史において最も広がり、成功した宗教となりえた理由がここにあります。キリスト教は〈神とは何か〉という問いに最もシンプルで多くの人を納得させる方法で答えました。〈神とは完全な人間である〉と。それは心に響く答えであるだけでなく、元来、人類の脳に組み込まれている思考法なのです。私たちは無意識のうちに人間に引き寄せて神を考えるように仕向けられています。つまり、擬人化された神を唯一の〈神〉として心に思い描くように」  今、世界では宗教を持たない人々が増える一方、宗教紛争も絶えない。人類と宗教の関係は今後どうなっていくのだろうか。 「確かに人類は宗教に関心を寄せなくなっています。しかし、それは宗教を通して自分が何者であるかを確かめなくなっただけで、〈スピリチュアリティ〉と言われるものへの関心は高まっています。人類はやはり〈宗教的動物(ホモ・レリギオスス)〉なのです」

(引用終わり)

ここではユダヤ、キリストを例として、集団(社会意識)の発生、共認意識としての神(キリスト教)の登場の経緯を見てみました。

(説明)

スピリチュアリティは、個人の内面における奥深く、しばしば宗教的な感情および信念と関連があるという認識が広く持たれている。近年の欧米では、Spiritual but not religious(SBNR、宗教を信じないが、霊性は信じている)という人々も増加している。必ずしも特定の宗教に根ざすものではないが、宗教とスピリチュアリティが深い関係で結ばれていることは否定できない。


>最後に吉本隆明の共同幻想論を紹介します。

吉本は血縁・氏族的共同体(家族)が、地縁・部族的共同体(原始的な国家)に転化する結節点として、兄妹・姉弟の対幻想に着目している。兄妹・姉弟の対幻想は、夫婦の対幻想とは違って、肉体的な性交渉を伴わない対幻想なので、いくらでも無傷に空間的に拡大できる。兄妹・姉弟の対幻想が、他家との婚姻と言う形で空間的に拡大しているため、国民は心理的な一体感を共有し、幻想としての国家が成立するのである。逆に言えば、原始的な国家の成立は、兄妹・姉弟の近親相姦が自覚的に禁止されたときに求められる。中上健次の「国家は白昼に突発する幻想化された性なのだ」と言う言葉は、このことを指している。

また、吉本にとって、高度な経済力や科学力を持っていた近代国家である戦前の大日本帝国が、やすやすと天皇制と言う、宗教性の強い古代・中世的な政治体制やイデオロギーに支配されてしまったことは大きな難問だった。吉本は、宗教・法・国家はその本質の内部において、社会の生産様式の発展史とは関係がないと主張し、政治体制は経済体制に規定される(唯物史観)とするロシア・マルクス主義を批判する。その試みは、吉本にとってロシア・マルクス主義からの自立であって、少年期に骨の髄まで侵食された天皇制と言う共同幻想を意識化し、対象化し、相対化しようという試みでもあった。

(引用終わり)

吉岡が天皇制を擁護している訳ではないが、社会(共同生活体)の中の共認意識の象徴として取り上げ、それを一種の幻想(共同)の形と定義した。

冒頭に言いました、日本民族、国家の象徴としての天皇制の存在の意味を御分かりいただけたでしょうか。


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Re: 達磨さんに催促されて  天皇論 ( No.1 )
日時: 2009/10/28 07:05
名前: 「事実新見」

民度が低い国には 天皇制度  国王制度  が蔓延ります

民度が上がり 民意を大切にしてくると  
国王制度 天皇制度は崩壊します
現在の外国の国王制度を見れば 簡単です

日本の天皇制度も

 「天王陛下様」が 右翼との裏での悪魔の結託を
  早期に解除市内と いや 解除しないと
    天皇制崩壊は確実です

 「天王陛下様」の悪口 戦争責任論を論じただけで
国民に「街宣 殺害」に 「天王陛下様」が右翼様を派遣は
国民に「妨害 殺害」 意外に理解出来ませんぞ

長崎市の本島市長様が
 「天王陛下様」の「戦争責任論を述べた」 だけで
殺害仕掛けた右翼様がいた事実

本島市長は 「ご婦人問題」
(「事実新見」は下品な 女3人の日本語では言いませんぞ)では
市長様を助けた実績の右翼様が
何故  「天王陛下様」戦争責任論で本島市長様を
 この殺害仕掛けた右翼様は
山崎 拓 寸前のような ご婦人問題を
  沈静の恩人の右翼様でしたが
何故殺害仕掛けたのか?理解に苦しみます

人を助ける善人が 何故?事も有ろうに
助けた相手を殺害行為に走ったのか?
理解出来ません

ほら足利事件の 菅谷 様が
何故? 3人もの 殺害を自白したのか?

事は3人も 殺害殺した 嘘を人間が言う=自白は疑問
あとで 殺して居ない  と  犯罪「自民党」の真似を言う始末

絶対に理解は不可能ですぞ

ご婦人問題で 助けた本島市長様を
  何故? 殺害犯行に 人間性があられる右翼様が 走られるのか?
理解不可能ですから????
やはり  「天王陛下様」の碁石で いや ご意志で
実行されたのかも?

不思議な事件でした?
「判らん」  の  一語ですぞ


やはり 頭が悪い南の島 九州 達磨では
 「天王陛下様」が本島市長の戦争責任論の追求 悪口 論戦に対して
殺害を命令では?  疑われますが

ご婦人問題では助けて
戦争責任論で 同じ助けた市長を殺害するような
馬鹿低脳な右翼様では無いと推察 確信します
人類愛に高尚な 右翼様の筈

 「天王陛下様」は臣下の 
貧乏な 最低生活の日本人のホームレス 
悪魔の「自民党」政権で税金を盗まれる貧乏国民を
 「助けて頂く慈愛心が欲しい」ですぞ

日本人は何故か?  「天王陛下様」の言うこと「お言葉」は
平身低頭「はい  仰せ頂き」・・・・と 感謝感激で最敬礼し
 の 國民ですから

「立ってる者は 親でも使え」  の  格言も有りますぞ

平身低頭の 日本人の上に お立ちの 「天王陛下様」ですぞ  ▲笑????


 「天王陛下様」は日本の象徴? とか? 言われるが
何の?象徴か? 法的に明記が無いと思うが?

税金泥棒「自民党」の 日本の「税金泥棒の象徴」か?

「か弱い」病人から 高額医療費で儲けてベンツでゴルフに行く
   医者の病人いじめの象徴か?

天下りで 高額退職金を国民の税金から強盗の公務員強盗犯罪の象徴か?

灯台元の日本人のホームレスは  放置し見捨てて
   外国のか弱い悲哀の人間を助ける 不思議なNPO法人の象徴なのか?

憲法には 「天王陛下様」は「???の象徴の明記」が無し  不明では?

宮内庁の税金泥棒の報道もあったが?
裏が凄い ですな

何で? 日本公務員は 税金強盗するのかな?
まさか? 税金強盗の日本の象徴 「天王陛下様」ではあるまいに?

ワシには 判らん  判らん  ぞ







メンテ
Re: 達磨さんに催促されて  天皇論 ( No.2 )
日時: 2009/10/28 12:45
名前: 禿頭

ワシは天皇制について深く考えたことはなかった。
否、考えようとしてこなかった。
何やらタブー視してきたのかも知れん。
得体の知れない恐れ感覚?があったやに思う。

只、言えることは時の政府が陛下のご意思と関係なく天皇制度を利用してきたことは事実だと思う。

ワシは天皇家に特段の思いを持っていないがご存在を否定出来ない。
少し時間をかけて考えてみようと思う。

メンテ
Re: 達磨さんに催促されて  天皇論 ( No.3 )
日時: 2009/10/28 22:32
名前: 反戦主義者

特に、天皇制を否定する必要は有りません。只今現在、天皇は日本国の象徴と成っているのですからそれで充分です。
憲法にも、「天皇は憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」と第四条に定められているのですから其れでよいと思います。即ち、国の儀式や外国からの賓客との接見をするだけで、政治に関しては何も権力を持たないのです。
ですから戦前の様に、軍部が天皇陛下の名の下に国政を壟断しようと思っても不可能です。これは過去の痛い経験によって定められたのでしょう。 天皇陛下もその方が気楽だと言うものです。
只現在の天皇家の置かれた位置は、余りにも神棚の上に飾られた状態で、皇族方ご自身にとっても退屈で面白くないのでは?と思います。
戦前の様な“現人神”ではなくなったのですから、もっと自由に二重橋の外へお出に成って、例えば天皇陛下以外はご自分の好きな所へ就職なさって、一般市民と一緒に働かれたら良いと思います。(誤解の無い様に申しますが、給料を貰った分だけ“皇室費”を減額しようという意味ではありません)あくまでも皇室と国民の自然な交流の為です。
此れが出来ないのは、宮内庁を初め国民のある種の階層や特殊な集団が、皇室の名を借りて何処か威圧的な言動を行使したいと思う連中が居て、其れが殊更皇室を神聖なものとして祭り上げたがるからです。戦前は軍部、今はそう言う連中が皇室ご自身の意に反して皇室を窮屈なものにしているのです。誠にお気の毒と言うべきでしょう。
本来は、二の丸庭園あたりを散歩されていて散策中の国民と気軽に魔法瓶の紅茶でも飲み交わす事が出来るのが良いのですがねぇ。
メンテ
Re: 達磨さんに催促されて  天皇論 ( No.4 )
日時: 2011/01/01 13:49
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:pZT5uw6.

新春早々の天皇論。

パパママ さんの投稿に合わせてUPしてみました。
メンテ
沖縄からの皇室論 ( No.5 )
日時: 2011/01/01 22:01
名前: 沖縄戦の亡霊

ヤマトゥンチュの皆さん、
イイショーグヮチデービル(あけましておめでとうございます)

まだ、御屠蘇が抜けていないのでしょうか?
あれだけ書いたはずなのに、まだ出てこないとは。
あんまり酷いので、名前変えて再登場です。

いい加減に、現実を直視しましょう。
まず、これご覧下さい。そうしないと話が先に進みませんゆえ。
http://www.archives.pref.okinawa.jp/collection/2008/03/post-21.html

ちなみに以下は、池田香代子さんのブログからの転載です。

=================

「文書を示せこのポンコツ」 

昭和天皇の沖縄メッセージ先おとといの記事がツイッターで取り沙汰されています。ある方の私の記事からの引用、
「『米軍が沖縄に50年以上でも駐留することを希望する』という天皇の沖縄メッセージは、文書が残っています。動かぬ証拠が」
に、 別の方が「文書に残っているというのならその文書を示せこのポンコツ」と怒っています。

はい、これが文書です。沖縄県公文書館のサイトに載っています(こちら)。
文末に、ブログ「風のまにまに」さんから、英語原文と和訳をコピペしておきます(もとはこちら)。

この外交文書が機密解除されたのは1979年、沖縄「復帰」後7年目のことでした。沖縄は騒然としたと記録にあります。
それはそうです。皇国教育をうけ、沖縄戦に巻き込まれ、家族や家や土地を失った人びとはまだ青壮年です。
そして、戦場と化した島を逃げ惑ったおじぃおばぁが日の丸を掲げて島ぐるみで「本土復帰運動」をした経験は、
ついこのあいだのこととしてまなまなしく共有されていました。

1947年9月、このいわゆる昭和天皇の沖縄メッセージを宮内庁御用掛、
寺崎英成から伝えられたシーボルト連合国最高司令官政治顧問は、
率直に a hope which undoubtedly is largely based upon self-interest、
「疑いをはさむ余地なく主として self-interest から出た要望」と評しています。
self-interest は、私利私欲、利己心などと訳され、言うまでもなく道義的にあまり芳しくない意味を帯びています。
この一語にはシーボルトの軽蔑すら感じられます。

シーボルトが天皇の私利私欲と見たのはどのようなものだったのか。
ソ連の影響を阻止したいというのが国民の関心事である、という昭和天皇の認識をシーボルトが共有していたなら、
東西対立がいよいよ激化していた折柄、かれは昭和天皇の言い分はもっともだ、と同意したでしょう。
こんな侮蔑的な言い方はしなかったでしょう。

そうではなく、マッカーサーの政治顧問として、シーボルトは東京に身を置き、
民主化を求める人びとの怒濤のような勢いを肌で感じて、
ほんとうにこの人びとはおおきな政治的変革を起こすことを恐れてなどいるのだろうか、
結局戦争責任を不問に付されたとはいえ、天皇を心から支持しているのだろうか、と考えたのではないでしょうか。

だから、天皇個人がその保身のために革命を阻止したいと考えていると見て、
self-interest ということさらにネガティヴな言葉を用いたのではないでしょうか。

もしもそうだとしたら、シーボルトは誤解している、と私は思います。
なぜなら、戦後のこの時もまだ、昭和天皇は「朕は国体なり」と考えていたからこそ、
そうでもなければ破廉恥きわまりないこの「要望」を出したのだと思うからです。
わが身を守ることは国を守ること、という昭和天皇の特異な発想が、アメリカ人に通じるはずがありません。

けれど、昭和天皇にも致命的な誤解があります。
このときすでに施行されていた新しい憲法は、天皇が国家だなどとは謳ってはいないからです。
昭和天皇は、self-interest はふまえてはいないけれど、
大日本帝国憲法をふまえて、この沖縄メッセージを発したのだろうと思います。

けれど、もしも万が一、大きな社会変動が起これば、
天皇だけでなく体制派の多くの人びとやワシントンが懸念していたように裏でソ連が糸を引こうが、あるいは引くまいが、
それは日本社会の市民によって起こされるのです。

つまり昭和天皇は、日本に生きる市民たちから自分を(昭和天皇の心理的事実では日本国を)守るために、
アメリカは沖縄をいつまでも軍事占領してほしい、と言っているわけです。
天皇のなかでは、国家と「国民」が敵対関係、と言っては語弊があるならば、緊張関係にある。
「国民」は時として国家すなわち自分を脅かすものと認識されている。
だから、一朝事(いっちょうこと)あれば、沖縄にいる米軍の銃口を市民に向けてほしい、というわけです。

ここからは、皇国思想とともに、
軍は人びとを守るものではないという現実をふまえた、冷徹な軍人政治家の発想がうかがわれます。
なにしろ昭和天皇は、30代後半からの15年を軍服で生き、
ほんの2年前まで、いかに形式的だろうが大元帥として戦争を「指揮していた」のです。
そして、これはあまたの傀儡政権のトップに共通する発想です。
傀儡政権のトップを、「宗主国」の人間は尊敬しません。溥儀を関東軍が尊敬しなかったように。

うー、書ききれません。続きはまたあした。

メンテ
上記の続きです ( No.6 )
日時: 2011/01/01 22:03
名前: 沖縄戦の亡霊

きのうの続きです。

昭和天皇の沖縄メッセージは全体が「痛い」けれど、とくに「痛い」文言があります。マッカーサー宛のほうの、以下のところです。

……United States military occupation of Okinawa……should be based upon the
fiction of a long-term lease……According to the Emperor, this method of
occupation would convince the Japanese people that the United States has no
permanent designs on the Ryukyu Islands……

訳すと、「米軍による沖縄占領は、長期リースというフィクションに立脚すべきで、
天皇によると、このやり方で占領すれば、
日本の民衆は、米国が琉球列島にパーマネントにいるという構想などないと信じ込むだろう」となります。
「長期の租借なんて、日本の民衆向けの嘘ですからね、
貴国は沖縄を半永久的に軍事占領するべく算段してください、ということが本意ですからね」
と昭和天皇のお使いは言った、としているのです。
ワシントン宛のほうには、「日本の民衆は米国の軍事的もくろみにウェルカム(喜ぶ)だろう」と、
昭和天皇は言っている、ともあります。
この「日本の民衆」に沖縄の人びとが入っていないことは明白です。
この時、沖縄は米軍の軍政下にあり、「日本」ではなかったのですから。
そんな状況のもとで提案されたことが、
「核抜き本土並み復帰」というさらなるフィクションを重ねて(まさに嘘の上塗り)、今なおしぶとく延命している……。

問題はさらにあります。
昭和天皇は、新しい憲法によって、政治には一切関わらないことになったはずです。
けれども、新憲法施行からわずか4カ月あまりのこの時期、
むしろ戦中よりも活発に、まるで水を得た魚のように、
憲法など第4条(天皇の国政参加禁止)も
第99条(憲法遵守義務者の筆頭は天皇)も
どこ吹く風、政治家として旺盛に活動していたわけです。
しかもその動きが以後60年以上、沖縄の桎梏となり続けたとなると、その政治責任は重い。
昭和天皇の戦争責任について、議論は収束していません。
しかし私は、昭和天皇の戦後責任、
とくに沖縄に関する政治家としての責任についても問われねばならないと考えています。

先ごろ民主党政権は、
米軍辺野古基地新設反対の市長を選んだ名護市への交付金16億円を停止しました。
住民の民主的意志決定ではなく日米合意を金科玉条とする「民主」党政権は、
つぎつぎと閣僚を沖縄に送り込み、「じゃあ普天間はそのままってことですね。
危険でいやだと言うなら立ち退くしかありませんね」と慇懃にすごんでいます
(ブログ「地元紙で識るオキナワ」さんの記事はこちら)。
ヤンバルの高江では100人もの作業員が、非暴力で抗議する村人たちを尻目に、
米軍ヘリパッド建設のためのフェンスをつくってしまいました(琉球朝日放送のサイトはこちら。動画あり)。
さらに23日には、米軍ヘリが「ヘリパッドいらない」住民の会の
テントの上空たった15メートルで1分間ホバリング、
テントは支柱のパイプが曲がり、シートがはずれ、机や看板が飛ばされました(こちら)。
なんのつもりかわかりませんが、いやがらせととられても構わないと考えてやったことは否めないのではないでしょうか。

(筆者注:私はその後、高江住民の人たちが
沖縄防衛局へ抗議に行ったビデオを全篇みました。
http://takae.ti-da.net/e3294244.html

最初、沖縄防衛局側は「局長は居ません」と言うのですが、
ここで高江住民の皆さんの怒りが爆発。
その中に「お前達、米軍と組んでやったんだろう!」
という主旨の発言があります。) 

そんな昨今の沖縄を見るにつけ、
60数年前の昭和天皇の沖縄メッセージは、きわめて重いと思えてなりません。
天皇制を支持する方がたにも、この問題をいっしょに考えていただきたい。
これをクリアすること、つまりひとりの政治家としての昭和天皇にきちんとした評価を下すことは、
これからも天皇一家に好意を寄せていきたいとする人びとの課題ではないでしょうか。
これは、尊崇や敬愛といった個々人の内面にかかわることをいったん棚上げにした、政治一般の問題です。
ひとりの政治家の結果責任を後世が問うという、ごく通常の歴史の手続きです。
私は、昭和天皇はすごい政治家だったと思います。
その意図した通りのことが、2010年も終わろうとしている今なお、現在進行形で進んでいるのですから。

沖縄メッセージに戻ると、
……Soviet Russia and China, would thereby be stopped from demanding similar rights
という件(くだり)が目をひきます。
similar rights、「おなじような権利」とは、沖縄を占領する権利のことで、
アメリカが沖縄をとってくれれば、ソ連や中国がとれなくなる、というわけです。
これは、戦争は植民地獲得のためという、帝国主義時代の発想です。
そうした侵略戦争は、すでに国連憲章とニュルンベルク裁判で禁止されていました。
昭和天皇は、新しい国際法とのかねあいを沖縄の主権は日本に残すところに求めながらも、
古いルールをひきずって、沖縄をいずれかの戦勝国に戦利品として差し出す植民地と見ていたことがうかがえます。

沖縄メッセージを伝えた寺崎英成という人の「先見の明」にも舌を巻きます。
マッカーサー宛の最後の段落です。寺崎は、沖縄の軍事占領は日米二国間の条約によるべきで、
連合国側との講和条約に含めるべきではない、と提案したというのです。
なぜなら、講和条約に含めると頭ごなしの感じが強く出すぎて、
将来、日本の民衆のものわかりのよさ(the sympathetic understanding)を損ねる虞があるから。
サンフランシスコ講和条約と日米安保条約は、この提案をみごとに具現しています。それで、先見の明と言いました。
在米日本大使館に勤務したことのある元外交官寺崎の顔は、徹頭徹尾アメリカに向いています。
「沖縄軍事占領をこの先ずっと民衆に受けいれさせるにはこうしたほうがいいですよ」と、
アメリカに入れ知恵しているのです。まさに買弁とはこのことです。
ここに戦後の外務省、ひいては現政権にいたるすべての政権の原型を見る思いがするのは、私だけでしょうか。

とにもかくにも、昭和天皇の沖縄メッセージが広く共通の情報となることがたいせつです。
「文書を示せ」とおっしゃる方がおられるのですから、
公開から30余年がたった今なおあまり知られていないのでしょう。
今年は、アサンジュ氏のウィキリークス情報が、各国政府を震撼させました。
このくにでは公安情報と尖閣ビデオが流出して、議論を呼びました。
だけど、各国政府が地道にやっている情報公開によっても、
沖縄メッセージのようなすごい情報は次々と私たちのものになっています。
直近では、外務省が沖縄返還にかんする機密を公開しました。
そうした古典的な公開情報にも目配りしなくては。私たち、忙しい。

それにしても、「このポンコツ」なんてはしたない言葉遣いの人に熱烈なシンパシーを寄せられたら、
おととい喜寿を迎えた方ならずとも、困っちゃうんじゃないでしょうか。
漫画表現なら、はんぱな笑い顔に冷や汗たらーってところです。


12月25日の朝日ニュースター「パックインジャーナル」で、
田岡俊次さんが、「戦後、沖縄だけをアメリカに占領させてほかは独立してしまったのは悪質なこと]
と言っていました。(12月26日2:00追記)
メンテ
と、以上を踏まえてです ( No.7 )
日時: 2011/01/01 22:34
名前: 沖縄戦の亡霊 ID:OVKR8jBg

<うちなー系やまとぅんちゅのヤマトへの提言>

ヤマトにきて、つくづくと想う。

私はいわゆる「皇室」なるものが偉いとはこれっぽっちも想わない。

敬意?アホじゃないの。ただの人間でしょ。

そりゃ、自分より人生経験のある人は敬うよ。

ただそれは、沖縄における文化に基いた

「(他の誰のためでもない、自らが生きていく智恵をしっかり身につけていくために)
お年を召した方を大事にする」の延長でしかない。

私にとっちゃ、そこら辺の道を歩いているオバサンも

天皇も「同じぐらい尊敬に値する」。

「ぬちどぅたから」だから。

ただ、それだけのこと。

おまけに これ(上の天皇「沖縄メッセージ」のこと)

知ってたら、どうやって敬意持つのよ。

出来る人がいたら教えて欲しい。


結局、天皇も我が身可愛い「ただの人」だということ。

その「ただの人」から

生まれつき職業選択の自由も、居住移転の自由も、選挙権も何もかも

「憲法で奪う」って、これ、国によるイジメと何が違うの?

これやってるから、子ども達がいじめ始めて、

沖縄に基地集中させて何とも思わない大人ばっかりになって、

最後結局、戦争が始まる。


え、【あの】アメリカですら、そこまではしてないよ。

せいぜい、大統領が就任式に聖書に手、置くぐらいさ。

結局、ヤマトというのは文化の根本そのものに「イジメ」が含まれてる場所。

「イジメ」をやることに最高の悦楽を感じる、それが文化なんである。

そうしてそれが「生命のランクづけ」にまで至り、最高法規の第一条に書かれている。

これ、文化だから、そう簡単には変わらない。

変わるのは1000年、2000年単位。


もし変わりたいって真剣に思ってるんだったら、

9条変える前に1条から8条、削除する改正した方がいい。

お布施で食べてもらえばいいさ。

好きな人、たくさんいるんでしょ?

(私は一円だって払うつもりないが。それぐらいだったら島の世界遺産維持のために使う)


で、皇居と赤坂御所の跡地に在沖米軍持って来ればいい。

それで皇居と赤坂御所の森が壊れていくのを全国ネットでテレビで流さんと、

ヤマトゥンチュは今まで自分たちが沖縄を含む、

他の東アジアって呼ばれる地域の近隣諸国に対して何をしてきたのか理解できんし、

「日米安全保障条約」って何か、意味が判らん。

もう、それぐらいの荒療治をしない限り鎖国した方がマシなところまで事態が進んでいる。

で、日米安保の話が出てきたら、これは「世界」との関連になってくる。

はっきり言うが、日本と仲良くしようと思う場所など、世界に一つもないよ。

日本の持ってる「オカネ」と付き合いたい人はいるかもしれんが。

大体、「イジメ」が文化の人たちと、誰が付き合いたいと思うね?

そして、遂にその「オカネの付き合い」すらも出来なくなってきた。名護みれば解る。


結局、今現在生きてる人の中にあるヤマトの歴史っていうのは、
近くに侵略戦争に行って、沖縄に基地押しつけて、
世界中でアメリカと一緒に戦争してお金儲ることが「外交」だった、それがこの150年くらい。

その前が300年の鎖国……

そういう歴史的智恵しかない場所で生きてきた人間と付き合いたい人いますか、
って聞かれて手あげる人、いるわけないでしょ。

どんなに「リベラル」って呼ばれてる人の中にも、
最近、その「根性」が透かして見えるようになってきた。
最初は全然判らなかったが。
経験が多くなればなるほど、「酷い」のだけが見えてくる場所というのも珍しい。

田中宇さんのいう「日本は清貧な鎖国が似合う国 」とはそういうことと解釈中。

(あ、島は元々違う国だから、別に鎖国しなくてもいいよ。ずっとやって来たから出来るし。
だからさっさとヤマトと縁を切り、鎖国の中に入らんようにした方がいい。)
メンテ
Re: 達磨さんに催促されて  天皇論 ( No.8 )
日時: 2011/01/01 22:50
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:pZT5uw6.

沖縄戦の亡霊 さん、始めましてで宜しかったでしょうか。

あなたが仰っていることは、すべて正しいと思います。
ここ100年に限って天皇論を言う場合ですが。

そうしてあなたの怒りは天皇家と言うよりも、ヤマトンチューに向けられているかと思います。
それも正しいと思います。

大いに気を発してヤマトンチュウーの目を覚ましてください。

それと大きな意味での天皇論は、パパママさんのスレッドで答えています。
メンテ
Re: 達磨さんに催促されて  天皇論 ( No.9 )
日時: 2011/01/01 23:05
名前: 沖縄戦の亡霊

天橋立の愚痴人間 さん

あけましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。(もう、バレバレ・笑)

そうしてあなたの怒りは天皇家と言うよりも、ヤマトンチューに向けられているかと思います。
<仰る通りです。何しろ、私自身が現在はヤマトゥンチュなのです。

実は私がこれだけ厳しく言えるのは、
私がこの10年近く、ずっとヤマトゥンチュと一緒に暮らしてきて、
「本当のヤマトゥンチュは、天橋立の愚痴人間さんの仰る<100年前の感覚>を
未だしっかりその芯に残している」と感じているからです。

ただ恐れながら「大きな意味」については、そこは宗教に入り込むので、
宗教と無関係の「ただの人」の私は、そこに論を入れる事を余り好んでおりません。

神秘体験(と恐らくは通常呼ばれるもの)の経験を、事実、この身で経ているからです。
実際に経験してしまうと、これは厳密な意味での「個人の死生観の確立」ですから、
それはさすがに他者と共有できない、それが「人間」としての限界でもあり、矜持でもある、と認識しています。

それを共有しようとすると、それはどうしても宗教になってしまう。
宗教の教祖様なんて、真っ平ゴメン、と思っています。
なので私は、敢えてそこに行かないでいます。どうぞ、ご容赦を。

ただ、一つだけ「大きな意味」を思う時に感じることなのですが…
「象徴」という実に複雑なものを最高法規の第一条に持ってきてしまったゆえに、
ヤマトゥンチュは、宗教と政治を分けて考える―すなわち「政教分離」をこの150年、
一度だってしていない、というのが私の考えです。
(大日本帝国憲法の頃は、「政教分離していない」ことがはっきりしていましたが、
今は、政教分離しているのかどうかはっきりしていません。
けれど、どう見ても「政教分離してない」です。上のブログに書いてあることしかり、です。
つまり「象徴制」とは「政教分離してる」ように見せかけた詐術としか考えられません。
結局、現在の日本国憲法は実は第1条〜第8条がある以上、
いつだって「大日本帝国憲法」と何ら変わりなく施行できる可能性を残している。
いや、沖縄からすれば事実、そうやって運用されてきています。
実は、双方見てる私にすれば沖縄だけじゃなくて全部そうなんですけどね…。
沖縄にいれば、それがよりはっきり見える、ということです。
そうでなければ「日米安保」なるたった二国間の条約が、憲法の上位概念に存在している事実をどうやって説明しますか?
実際、東京じゃあナンカ変わった条例が出来て、今まで通り漫画すら描けなくなったそうで。
もうこれ、戦前の治安維持法による検閲の始まり以外の何ものにも見えません。
結局「日本」と呼ばれる場所で生きてる人は「大日本帝国憲法」下における臣民なんです。
更には今の憲法があるため「そのことに、自分で気づけなくなった」
50年に一度と言われる政権交代が起こって、今回つくづく思ったのですが。
結局はその「詐術」の腕前が上がっただけで、何もかわっていない。実際の暮らしが何も変わらないのはそのためです。)

結果、宗教(というより歴史的文化)も政治も失ってしまっている、
という風に異国人には見えます。
文化も政治もない国、それが「ヤマト」なんです。

(憲法といえども法律です。それは「改正」が可能なのです。
すなわち「なくなる」可能性がそこに発生する。
しかしながら「歴史的文化」であれば、それは法律とは何ら関係がありませんから「なくなる」ことがありません。
すなわち、引継ごうと思う人がいさえすれば、それは半永久的に持続されます。
その「歴史的文化」をちゃんと持っていたのが、
天橋立の愚痴人間 さんの仰る「100年前の日本人」なんじゃないでしょうか。
…私は明治政府成立を節目として考えてるので150年なんですけど。
本来ならば、こういった指摘は外国からきた私がすべきことではないような気もしますが。)

島には政治はないけれど、世界遺産となった「歴史的文化」が残っています。
世界遺産になろうがどうなろうが、それが私を含む、島で生まれた多くの人が、
「私はウチナーンチュである」と言う時、真っ先に思き、
更にはそれが今も島に暮らす人との結びつきの根拠だと思える以上は
それが一つの歴史的文化であることは間違いありません。

歴史的文化もない、そして政治もないでは、人が頼るべきものは最早何もありません。
それが恐らく、昨年の昭和22年の統計開始以来最多の(すなわち太平洋戦争当時よりも多い)
119万4千人の死亡者数の原因なのじゃあないか、と見ています。

ちなみに、沖縄は死亡者数も多いでしょうが、出生率は全国トップクラスであると記憶しています。
(だから島は「白物家電市場」なるものが今もちゃんと廻ってます。
ちなみに、今、ちょっとネットを調べてみたら、沖縄、死亡率もどうやら全国最下位レベルのようです。)
メンテ
Re: 達磨さんに催促されて  天皇論 ( No.10 )
日時: 2017/07/28 14:13
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:qkc3vFZk

天皇制をまともに論じる場などはめったにありません。
ここでは多くの人が思いを述べられています。

せっかくですので過去ログに入る前にUPして保存しておきます。


メンテ
Re: 達磨さんに催促されて  天皇論 ( No.13 )
日時: 2017/07/28 15:45
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:qkc3vFZk

いらっしゃい中川さん。

ところで、どこでこんな記事を見付けられた。
こんな事を書いていると右翼に狙われますよ。

明治天皇云々は、想像もつかないが、秋篠宮の容貌に関するくだりには、そうかと思わせるものがあります。
もう死にましたが、私の母親などが、こんな事を聞けばヒステリックの怒り出しますよ。

ヒステリックと言えばイントさん、彼女の論調もヒステリックでしょう。
彼女自身がヒステリックとは言いませんよ。
そんな事を言ったら叱られます。

まあ天皇家の血筋と言えば、いろいろな陰謀論が出ても仕方がないですね。
同じ様に徳川幕府にも直系は碌な将軍が出ていませんね。

しかしながら、ここで聞きたいのは天皇制、そのものの是非なのですが。
どうやら中川さんも、多くの皆さんと同じように問題外と思っておられるようですね。

メンテ
「大嘗祭」を国費でするのは疑問である→秋篠宮の発言 ( No.14 )
日時: 2018/11/30 16:02
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:wsY4Xqvw

秋篠宮さまが、53歳の誕生日を前に、きのう11月29日に記者会見を開かれた。
そこで日本を揺るがす大きな政治的発言をされた。

すなわち、天皇の代替わりに行われる皇室行事である「大嘗祭」の経費について、「宗教色の強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と異議を唱えられたというのだ。


「大嘗祭(だいじょうさい)」

天皇が即位の礼の後、初めて行う新嘗祭。大嘗祭は古くは「おほにへまつり」、「おほなめまつり」とも訓じたが、現在は「だいじょうさい」と音読みすることが多い。新嘗祭(にいなめさい)は毎年11月に、天皇が行う収穫祭で、その年の新穀を天皇が神に捧げ、天皇自らも食す祭儀であるが、「大嘗祭」は一世一度、新天皇の即位のときに大々的に行われてきた。

(引用終り)

前回、平成天皇の即位に際しても、22億円(多くは式場建設費)を使ったが、その時もこの問題は出ていたそうである。
天皇制について、必ずしも国民が一致して受け入れている訳でもないので当然の事と言える。

しかしながら天皇家の方から、しかも皇太子が即位すれば皇統第一位の相続者の位置にある秋篠宮の発言としては、別途、問題が生じる。
天皇制を受け入れる入れないの問題は常に存在し、民主主義の手法によって現在の憲法は天皇制を受け入れている。

それによって宮内庁を設置し皇族の生活権も保証している。
秋篠宮の大嘗祭の経費を国費に拠る拠らないも結局は国民の税金を使う事には違いはない。

秋篠宮が天皇制は必要ないと言うならば、その話も聞けよう。
しかしながら、大嘗祭を国費でやるか、やらないかは国民の判断である、政治の判断である。

当事者(天皇家側)が発言するならば、財政も苦しい折、質素に執り行って欲しいと言う希望であるだろう。

もうひとつの問題がある。
この時期、次の天皇の即位の儀式に現天皇を飛び越えて、このような発言をするならば、昔の朝廷では反逆者扱いとなる。

よくも、まあ、

言ったものだ。

政治の事が暇なので、このような話題を提供します。

天皇制について、我々は否応なしにある程度受け入れているのです。
だから天皇制維持のために予算も組んでいるのです。

天皇が変わると元号が変わります。
少々うっとおしいこともありますが、
これも古代からの日本の文化と言えましょう。

私は万事、合理化の西欧の知恵は否定します。
その西欧でも、最後の土壇場では人知れず、懺悔、告白などで逃げているでしょう。
その方が、余程卑劣な文化と言えます。

メンテ
「大嘗祭」の経費について ( No.15 )
日時: 2018/12/01 14:09
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:xVRyWh9A

>天皇の代替わりに行われる皇室行事である「大嘗祭」の経費について、「宗教色の強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と異議を唱えられた。

この秋篠宮の発言に対してネットでは概ね秋篠宮の発言を称賛し秋篠宮の意見を無視する宮内庁を言語道断と避難している。

だが、一歩引いて考えては如何なものか。
天皇制について憲法では次のように規定している。

第1章 天皇

第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第2条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
第3条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
第4条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
第5条 皇室典範の定めるところにより、摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。
第6条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
 1 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
 2 国会を召集すること。
 3 衆議院を解散すること。
 4 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
 5 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
 6 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
 7 栄典を授与すること。
 8 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
 9 外国の大使及び公使を接受すること。
10 儀式を行ふこと。
第8条 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。

(引用終り)


一番大事なのは、天皇が政治に関わらないことの規定である。
しかしながら象徴と言ってもアイドルと言う意味では決してない。
限定された中での国体に組み込まれているのである。

皇位継承についても皇室典範に基づき内閣の承認が必用な項目である。
天皇家の財産権についても、その処分は国会の議決が必要である。

皇位継承と言う事は、天皇制において重要な事であり、世襲せいであっても、皇族の勝手な決定をそのまま受け入れられるものではない。
国民が納得することも重大な事である。

「大嘗祭」はある程度宗教色が出るとしても、それは日本人の多くが受け入れている神道のものであり、また五穀豊穣を願う儀式が宗教的偏りとは言えない。

この重大な式典を、皇族だけが取り仕切ってよいのであろうか。
皇族の婚姻などは、天皇家の問題として概ね天皇家の私事であって良い。

判官贔屓かしらないが、秋篠宮の発言を我が意を得たりの様に反応するのは、余りにも視野が狭い。
なるほど、経費の節約と言う観点からは話が聞けても、もっと大きな問題があるのである。

天皇制と言う大きな枠組みの中で、天皇継承について、天皇家の意のままにされる事で良いのか。

「大嘗祭」を盛大にするか否かは、国民が判断する事であろう。

その「大嘗祭」が質素なものであっても良いと言う皇室側の希望は発言されてもしかるべきであるが、それを言うのは現天皇でなければならない。

秋篠宮は出過ぎた真似をしたことになり、かつ、国民と天皇制の関係を私物化して考えているのである。

秋篠宮の越権行為は秋篠宮の性格であり、今後我が国の天皇制の根幹を揺るがすことにもなりかねない。


(宗教色と言うことに関する考察)

五穀豊穣、社会の安寧を求める儀式は、特定の宗教を指す事にはならない。
政治と宗教を切り離すのは、キリスト教の於けるイエスの存在、イスラム教におけるアラーの存在の影響を受けない為である。

また五穀豊穣、社会の安寧などは、カルト以外のどの宗教でも目的であり、これを受け入れる事は信仰の偏りではなく人間生活の中の精神的希求である。

拠って「大嘗祭」の神事は、殆どの国民の受け入れる所であり、宗教的偏りではない。

神社庁などが全国の神社を統括し皇室と神道を結び付けようとしている事は問題ではあるが、神社庁の存在など後世に出てきたもので本来の神道(氏神信仰)の精神ではない。

それに大日本帝国憲法では天皇を現人神と規定したが、現在の憲法では国民の象徴と規定していて天皇をキリスト、アラ―のように神と思う人間はいない。

神道の歴史においても天皇を神と規定したことはない。

>「宗教色の強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と異議を唱えられた。

と言った秋篠宮の発言は、余りにも拙速な判断であった。
メンテ
秋篠宮はノータリン ( No.16 )
日時: 2018/12/01 20:11
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:xVRyWh9A

ついでにもう一言。

秋篠宮が言った、大嘗祭の費用は内廷会計で行うべきだ」と異議を唱えたそうだ。
馬鹿も休み休みに言え。
内廷費は天皇家のいわば生活費で、年間3億円くらい支払われている。

これとは別に皇族費として一人当たり、約3000万円が支給されている。
さて、さて

秋篠宮が言う様に内廷費で大嘗祭をやるとなると、葬式における家族葬みたいなもので、来賓は一切呼ばず内輪でしようと言う事か。

日本の皇室は世界の王室と付き合いもあり、天皇の継承ともなると世界中の大使も参列してしかるべきもの。

秋篠宮という奴は、安倍以上にノータリンではないか。
ついでに言うと、
皇室関係の予算は、
秋篠宮自身も言っている宮廷費が主な予算で、その年の行事や、宮殿の改修などで年に拠って異なるが、28年度で55億円使われている。

この中に式典費、警備費などが含まれていて皇族の公務に関わる費用を出している。
大嘗祭の費用は、当然、ここから出すべきものであり、内廷費などから出せるものではない。

こんな馬鹿な話を何故!
取り上げるのか。

秋篠宮はノータリン
おそらく内廷費が幾ら出ているかも知らなかったのであろう。
宮内庁は馬鹿を相手にしていられない、と無視したのであろう。

(参考までに)

イギリスも王室費として、年間60億円ほどの予算を組んでいる。
しかしながら、イギリス王室と日本の皇室と違うのは、イギリス王室はその資産を運用し独自に収入を得ている事である。
エリザベス女王にかぎって言えば、10年間で2900億円の収入があり、ただしこれらの収入の85%は政府に渡しているそうだ。
ちなみにチャールズ皇太子は、その所領から年間25億円の収入があるそうだ。

メンテ
即位の礼・大嘗祭 ( No.17 )
日時: 2018/12/01 21:36
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:xVRyWh9A

大嘗祭について勘違いして記述した面があるので追記します。
天皇の継承、即位の儀式は、1年にも及ぶ長い期間に渡るものです。
大嘗祭は、その一連の行事として行われるものであり、行事の中心は即位の礼であります。
次に今生天皇の即位の礼、大嘗祭の日程を紹介します。

1990年(平成2年)

1月23日 賢所・皇霊殿・神殿に期日奉告の儀、伊勢神宮・天皇陵等に勅使発遣の儀
1月25日 伊勢神宮・神武天皇・前四代天皇陵奉幣の儀
2月8日 斎田点定の儀
8月2日 大嘗宮地鎮祭
9月27日 斎田抜穂前一日大祓(悠紀田:秋田県南秋田郡五城目町)
9月28日 斎田抜穂の儀(悠紀田)
10月9日 斎田抜穂前一日大祓(主基田:大分県玖珠郡玖珠町)
10月10日 斎田抜穂の儀(主基田)
11月12日 即位礼当日賢所大前の儀
同日 即位礼当日皇霊殿・神殿に報告の儀
同日 即位の礼・即位礼正殿の儀 ※国事行為
同日 即位の礼・祝賀御列の儀(オープンカーでのパレード) ※国事行為
同日 - 15日 即位の礼・饗宴の儀 ※国事行為
11月13日 園遊会・内閣総理大臣夫妻主催の晩餐
11月16日 伊勢神宮に勅使発遣の儀
11月18日 一般参賀
11月20日 大嘗祭前二日御禊・大祓
11月21日 大嘗祭前一日鎮魂の儀・同大嘗宮鎮祭
11月22日 大嘗祭当日神宮に奉幣の儀
同日 大嘗祭当日賢所大御饌供進の儀
同日 大嘗祭当日皇霊殿・神殿に奉告の儀
同日 大嘗宮の儀・悠紀殿供饌の儀
11月23日 大嘗宮の儀・主基殿供饌の儀
11月23日 - 25日 大饗の儀
11月24日 大嘗祭後一日大嘗宮鎮祭
11月27日 - 28日 即位礼・大嘗祭後神宮に親謁の儀
12月2・3・5日 即位礼・大嘗祭後神武天皇・前四代天皇陵親謁の儀
12月3日 茶会
12月6日 即位礼・大嘗祭後賢所・皇霊殿・神殿に親謁の儀
同日 即位礼・大嘗祭後賢所御神楽の儀
12月10日 天皇陛下御即位記念祝賀会

※ 秋篠宮が言及した 大嘗祭は、この中の一部であり、即位の礼の約10日後に行われています。

なお、即位礼正殿の儀 ・祝賀御列の儀・饗宴の儀は国事行為とされています。
国事行以外は、内廷費から出すべきだと言う秋篠宮の主張ですが、そうなれば、その年の内廷費を増やさねば出来ません。
結局は税金を使う事になるのですが、秋篠宮の発言は、経費的な面よりも、神事は宗教的な意味があると言う事を重視した発言となります。

天皇家と神道の関係は、厳密には難しい問題がありますが、天皇を象徴として受け入れた我が国の体制(憲法)は、天皇家と神道の関係も抱合して受け入れているものと思います。

古代エジプトの時代から王家という存在は何時でも民衆以外の要素と結び付けられるものがあります。
それは宗教と言うよりも神の概念に基づくものです。

天皇家を天皇家として在らしめることの中に神的なものがあっても不思議ではありません。
天皇制を一切、否定するならばともかく、天皇家と神道の関係を一般的な信仰と同じように捉えることが良いのでしょうか。

しかしながら現実的には政治と宗教の慣れあいは好ましくなく、神事については国事行為から外しているのでしょう。
ただ、天皇家の一族、ましてや皇位継承第一位となるような秋篠宮自ら、神事を明確に切り捨てる(一般民衆と同じ観念で)のは如何なものか。

曖昧になっている天皇制の根源を危うくするものであると言える。





メンテ
秋篠宮殿下の行状 ( No.18 )
日時: 2018/12/29 10:43
名前: 天橋立の愚痴人間 ID:RU/sHrFQ

新天皇の即位後、初めて迎える新嘗祭が大嘗祭である。来年の11月14日から翌日にかけ、皇居に大嘗宮を設営して執り行われる運びとなっている。

 あらためて振り返ると、11月22日に会見に臨まれた秋篠宮さまは、以下のように述べられていた。

殿下 :具体的にもし言うのであれば,例えば,即位の礼は,これは国事行為で行われるわけです,その一連のものは。ただ、大嘗祭については,これは皇室の行事として行われるものですし,ある意味の宗教色が強いものになります。私はその宗教色が強いものについて,それを国費で賄うことが適当かどうか、これは平成のときの大嘗祭のときにもそうするべきではないという立場だったわけですけれども,その頃はうんと若かったですし、多少意見を言ったぐらいですけれども。今回も結局,そのときを踏襲することになったわけですね。もうそれは決まっているわけです。

ただ、私として、やはりこのすっきりしない感じというのは,今でも持っています。整理の仕方としては,一つの代で一度きりのものであり、大切な儀式ということから、もちろん国もそれについての関心があり、公的性格が強い,ゆえに国の国費で賄うということだと。平成のときの整理はそうだったわけですね。ただ、今回もそうなわけですけれども、宗教行事と憲法との関係はどうなのかというときに、それは、私はやはり内廷会計で行うべきだと思っています。今でも。ただ、それをするためには相当な費用が掛かりますけれども。大嘗祭自体は私は絶対にすべきものだと思います。ただ、そのできる範囲で、言ってみれば身の丈にあった儀式にすれば。少なくとも皇室の行事と言っていますし。そういう形で行うのが本来の姿ではないかなと思いますし、そのことは宮内庁長官などにはかなり私も言っているんですね。ただ,残念ながらそこを考えること,言ってみれば話を聞く耳を持たなかった。そのことは私は非常に残念なことだったなと思っています。

(記者会見終わり)

30日には大きく報じられ、山本信一郎長官は“そう受け止められたのであれば申し訳ない”とコメント。さる宮内庁関係者が明かす。

「予期せぬお言葉に、長官は困惑しきっていました。皇族方にお仕えする身とはいえ、あのような“仕打ち”には、我々の間でも顔をしかめる者がいたほどです」

※ あの様な仕打ちとは

>そのことは宮内庁長官などにはかなり私も言っているんですね。ただ,残念ながらそこを考えること,言ってみれば話を聞く耳を持たなかった。そのことは私は非常に残念なことだったなと思っています。

この下りです。
記者会見で、この様に言われれば宮内庁としても責任上、口を紡ぐことは出来ないだろう。

https://search.yahoo.co.jp/video/search?p=%E7%A7%8B%E7%AF%A0%E5%AE%AE%E3%81%AE%E5%A4%A7%E5%98%97%E7%A5%AD%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E7%99%BA%E8%A8%80&tid=fac871be999f412ea008bfff2d8ecbf9&ei=UTF-8&rkf=2&dd=1


 参考までに、前回は公費である宮廷費から総額約22億5千万円が支出され、うち大嘗宮の設営には14億円余りが充てられた。一方、現在の内廷費(両陛下と東宮ご一家共有の生活費)は年間3億2400万円。前年までの残余金と合わせても、これでは儀式の規模が大きく変容しかねない。

 さらに、矛先を向けられた政府でも、

「官邸はご発言の真意を測りかねています。大嘗祭の方針は4月に決まっているのに、何故このタイミングなのか。それを確認できるパイプもなく、秋篠宮さまが陛下や皇太子さまにもご相談された上で仰ったのではないか、と訝る声がもっぱらです」(政治部デスク)

※(私の注釈)陛下や皇太子が秋篠宮を使って代弁させるような姑息な人柄では決してないと思う。
しかも、具体的に神嘉殿を使えなどと言われるはずはない。
訝るとは、秋篠宮の発言が、それほど、信じられないものであったと言う事。

逸脱した行為

 折も折、10日には即位の礼と大嘗祭への公費支出が憲法違反にあたるとして、市民団体「違憲訴訟の会」のメンバーらが、宗教家など241人を原告として訴訟を提起した。同会の酒田芳人弁護士によれば、

「11月9日には訴訟へ向け、原告団の集会を開きました」

 秋篠宮さまの発言との関係については、

「原告団としてまとまった見解があるわけではなく、お答えしかねます」

 というのだが、こうした動きを勢いづかせるのは明白だ。麗澤大の八木秀次教授(憲法学)は、

「殿下ご自身が、政教分離について誤解なさっているのではないでしょうか」

 としながら、

「大嘗祭は、皇室の純然たる私的行事ではない。憲法が規定する皇位継承の移行に伴う由緒ある儀式と位置付けられ、政府は前回、公的性格を持つ儀式には宮廷費を使っても問題ないとしています。殿下は、皇室のプライベートな儀式と公的儀式との整理がついておられなかったのかもしれません。いずれにせよ、ご発言を巡って政府が対応せざるを得なくなったこと自体、皇族の行為としては逸脱していると思います」

 混乱を招きつつ、秋篠宮さまは5月から皇嗣、すなわち皇位継承順位1位となられるわけである。

「週刊新潮」2018年12月13日号 掲載


(引用終わり)


政教分離の立場で一般の国民の中からは、大嘗祭への国費の支出に異議を申す人たちはいる。
でも、それは政治の問題であり政府が判断するもの。
天皇制とは、元々このようになっている。

それを秋篠宮は、何の立場か知らないが、皇位継承第一位になる皇族の立場で言うからには、いろいろな問題が派生する。
第一、それが良い悪いに関わらず政治の判断に口を出したこと。
それも、言うだけではなく自分の言うことが聞けない宮内庁の担当者の対応に不快感を示すなど、あってはならない態度をしめした。


実際には大嘗宮の設営の経費、15億円の節約を理由にである。
近代ではまれにみる天皇の生前譲位のことであり、国民も注目しているところ、大嘗祭は宗教的な儀式であるとして皇族だけの内輪で済ませることが国民にとって了とすることか。

天皇制を認める代わりに天皇制のなかの重要な儀式は国民に対してオープンであるべきではないのか。
さらに秋篠宮は譲位が行われれば、皇位継承第一位になる立場。
そんな立場の人間が実兄、皇太子の即位の儀式の有り様に口を挟み、さらに、その旨を記者会見で公にするなど、時代が時代であれば反逆罪に問われるところ。

大嘗宮の設営について言えば、伊勢神宮では20年に一度遷宮を行っている。
実に勿体ない話であるが、それを合理的に考えるだけが考えではない。
文化というものには、そういう不合理性も随分とあるもの。
宗教意識と言うだけではなく、文化という面からも捉えてみることである。

また、この問題が高じれば天皇制の存在そのものを云々させるように発展しかねない。

今回の秋篠宮の発言は、秋篠宮自身の軽薄さを現したのみ。
皇位継承第一位になるようだが、容易に政治に口を出す、こんな人物が皇位に就いたら大変だ。

そんな秋篠宮の発言をもてはやす傾向もある様だが、政教分離の理屈だけにとらわれず、もっと事態を多角的に見てほしいもの。


>こんな意見も有りますよ。

そもそもの支出の是非については、宗教学者の島薗進氏のように、戦後の皇室に戦前からの国家神道的な考え方が多く引き継がれていることを指摘し、そうしたことや、公費支出に疑問を投げかけるニュアンスの意見もあれば、皇室問題に詳しい所収氏のように、宗教行事というよりは伝統文化行事だから構わないという人もいる。

私は皇室の行う宗教的な色彩の強い行事への支出は憲法違反と決めつけることもなく、皇室が行う上での問題はないと考えている。
皇室の宗教儀式が国民に影響を与えたり、皇室が政治に口をはさむことがなければ容認できることである。
そもそも、日本国憲法は皇室制度をいちから創設したのでなく、現実にあるものを追認したのである。そうである以上は、矛盾があるのは仕方ないのであって、政教分離と皇室の伝統のどちらかを優先させるわけにもいかず、バランスを取って仕切るしか仕方ないのである。

そこで、内廷費というのを設けて日常的な神事は、そちらから支出しているのであるが、大嘗祭は費用も大きいので国費でということに平成の大嘗祭のときになったのである。

それを安直に動かすことは、あまり気が進まないのが正直なところだ。また、内廷費といえども国費由来には違いない。
そういった経費も考慮に入れて、内廷費を特別に増額するというのも、非透明性を増すだけだで、いっそのこと国費で行う方が良いのではないか。
また、内廷費で払える程度の規模にするという意見もあるし、それは皇室行事一般についてもある議論だが、あまり目だなく何事もするなら、皇室の存在感も存在価値も低くなるだろう。
(即位式自体、海外からの来賓を制限し質素に行なうことも考えられる)

そういう意味では、秋篠宮殿下の考え方は、少し一面的なのではないかと思う。


(追記)

そんなに税金の無駄使いが心配なら、国民の懐を心配するならば皇居までは言わないが、京都御所、赤坂御用地など5000億円を超える不動産の一部でも手放したらどうか。

ついでのついでに管理人さんのブログから、王室と皇室の違い

皇室を語るときに、ヨーロッパの王室と対比される。 開放的な王室と閉鎖的な皇室と言うように比較されるのだが、王室と皇室は全く別次元の家系で、それが日本人には理解できていないようだ。

 皇室は日本人の血のルーツであり、古代から血統を守ってきた家系であって、いわば純粋な日本人と言う意味で存在している。 この血統、血を守ると言う考え方は、江戸時代に確立されたものだが、現在も残っている家元制度などで見ることが出来る。

 血統を守ると言う原点が天皇家であり、その血統的系譜と言うのは日本人の思考の原点となっている。 江戸時代では殿様の息子は殿様になり、家老の息子が家老になるのは当然の事、として確立されていた。 そのようにしてそれぞれの家系を存続させてきた。


 現代でも人気のある水戸黄門は、何らかの実力があったのではなく、これを見ろ、と徳川家の紋章、三つ葉葵の印籠+を差し出すことで、皆がひれ伏した。 ドラマの中とは言え、その時代をよく反映していて面白い。 また、日本人はこのような無意味な実力者を尊敬する傾向がある。

 日本人の持つ尊血主義は外国には無く、理解されない。 市川団十郎は誰もがなれるのではなく、歌舞伎界の実力とは無縁のものである。 茶道の裏千家の宗匠になるには千家の息子として生まれるしかなく、他に適している人がいても、尊血社会では受け入れられない。

 そして、この尊血主義が最も簡単に家を存続させる方法なのだ。 家元が変わるたびに作法が変わるようでは、流派が分裂してしまい、長続きしないことは明白だ。

 徳川二百数十年の歴史ですっかり日本人に染み込んだ尊血主義は、現代でも役者の世界や歌手の世界にも定着している。 そして、政治の世界にも。 これだけは勘弁して欲しいのだが。

 王室は血統などは全く無縁の系列で、戦う事によって勝ち取った地位なのだ。 戦争で勝った王の息子や娘が王の死後その地位を継ぐことが有っても、長く続くことは無かった。 歴史を見れば分かるように、自分を守るため、血統などとはかけ離れた異国人との政略結婚の繰り返しで、ヨーロッパの王室は親戚状態だ。

 王室は王としての実権を取るため、または存続させるために、親子の間、兄弟間でも殺し、自らの力で勝ち取ったものなのだ。 そして、反抗する者は容赦なく殺す事が、唯一自分の地位を守る法でもあった。

 王室が開放的で奔放、自由なのは、国民から尊敬される必要がないので、当然と言える。 王室は、例えばイギリスのエリザベス女王は大農園などの大地主であり、ロンドン市内の一等地に広大な土地を所有し、貸している。 その収入は莫大なもので、しかも無税なのだ。

 一時期、税金を課すべき、と言う議論があったあので、今現在も無税かどうかは分からないが、いずれにしてもその収入は莫大なものである。 仮に、エリザベス女王が女王でなくなったとしても、その莫大な財産の所有者には違いない。

 日本のマスコミは程度が低いので、このような単純明快な歴史も無視して皇族と王室を同列に並べて論ずることが多いが、全く別質なものを、無理やり同列にして論ずるのだから、突き詰めるほど矛盾が出てくる。

 天皇家は、適しているから、ふさわしいからと言うような次元とは全く違う、日本人が好む血統が支配する世界なのだ。

おしまい



秋篠宮は確信犯!

>天皇の代替わりに伴う皇室行事「大嘗祭(だいじょうさい)」への公費支出について、秋篠宮さまが宗教色が強いとして宮内庁に疑義を呈した際、代替案として、宮中の「神嘉殿(しんかでん)」を活用して費用を抑え、それを天皇家の私費で賄うという具体案を示していたことがわかった。

バッカじゃなかろうか!!!!!!

大嘗宮の設営に関わる経費の問題よりも、大嘗祭を内輪で行うと言う発想が問題になるのだ。

新天皇即位に関わる儀式だぞ!

時の政権が「財政困難のおり、大嘗祭は神嘉殿で行いたい」と言えば

「ハイ そうですか」と納得するのが皇族の立場であろう。


この様な事を見ていると

紀子妃と結婚前の付き合い中、2度も中絶させたと言う噂も信じたくなるではないか。
秋篠宮が大学2年の時、1年生として入学してきた紀子妃と出会い、結婚まで5年間交際を続けてきた。
また秋篠宮家では紀子妃が職員に厳しくあたり、その上東宮家と対抗意識があり宮内庁とは円満ではなかったようである。
この様な背景も今回の発言の裏側にはあるようだ。


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